←前へ 次へ→ 『災難対治抄』
(★194n)
仁王経に云はく「仏戒に依らざるを、是を破仏・破国の因縁と為す○若し一切の聖人去る時は七難必ず起こらん」上已。此等の文を以て之を勘ふるに、法華経等の諸大乗経国中に在りと雖も、一切の四衆捨離の心を生じて聴聞し供養するの志を起こさず。故に国中守護の善神・一切の聖人此の国を捨てゝ去り、守護の善神・聖人等無きが故に出来する所の災難なり。
問うて日く、国中の諸人、諸大乗経に於て捨離の心を生じて供養の志を生ぜざる事は何の故より之起こるや。答へて日く、仁王経に云はく「諸の悪比丘多く名利を求め、国王・太子・王子の前に於て自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説くに、其の王別へずして此の語を信聴し横に法制を作りて仏戒に依らず」と。法華経に云はく「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に末だ得ざるを為れ得たりと謂ひ我慢の心充満せん○是の人悪心を懐き○国王・大臣・婆羅門・居士・及び余の諸の比丘に向かって誹謗して我が悪を説ひて、是邪見の人、外道の論議を説くと謂はん○悪鬼其の身に入る」等云云。此等の文を以て之を思ふに、諸の悪比丘国中に充満して破国・破仏法の因縁を説く。国王並びに国中の四衆弁へずして信聴を加ふるが故に、諸大乗経に於て捨離の心を生ずるなり。
問うて日く、諸の悪比丘等国中に充満して破国・破仏戒等の因縁を説くこと仏弟子の中に出来すべきか、外道の中に出来すべきか。答へて日く仁王経に云はく「三宝を護る者にして転更に三宝を滅破せんこと、師子の身中の虫の自ら師子を食ふが如し。外道には非ず」文。此の文の如くんば仏弟子の中に於て破国・破仏法の者出来すべきか。
問うて曰く、諸の悪比丘正法を壊るに相似の法を以て之を破らんか、当に亦悪法を以て之を破るべしと為さんか。答へて曰く小乗を以て権大乗を破し、権大乗を以て実大乗を破して師弟共に謗法破国の因縁を知らず。故に破仏戒、破国の因縁を成じて三悪道に堕するなり。
問うて曰く、其の証拠如何。答へて曰く、法華経に云はく「仏の方便随宜所説の法を知らずして悪口して顰蹙し数々擯出せられん」と。涅槃経に云はく「我涅槃の後、当に百千無量の衆生有りて、誹謗して是の大涅槃を信ぜざるべし○三乗の人も亦復是くの如く無上の大涅槃経を憎悪せん」已上。勝意比丘の喜根菩薩を謗じて三悪道に堕し尼思仏等の不軽菩薩を打って阿鼻の炎を招くも、皆大小権実を弁へざるより之起これり。十悪・五逆は愚者皆罪たることを知る。故に輙く破国・破仏法の因縁を成ぜず。故に仁王経に云はく「其の王別へずして此の語を信聴す」と。涅槃経に云はく「若し四重を犯し、五逆罪を作り、自ら定めて是くの如き重事を犯すと知って、而も心に初めより怖畏懺悔無く肯へて発露せず」已上。此等の文の如くんば、謗法の者は自他共に子細を知らず。故に重罪を成して国を破り仏法を破るなり。
問うて曰く、若し爾らば此の国土を於て権経を以て人の意を取りて実教を失ふ者之有るか如何。答へて曰く爾なり。
平成新編御書 ―194n―