←前へ 次へ→ 『爾前得道有無御書』
(★183n)後
0025 爾前得道有無御書 (正元元年 三八歳)
爾前当分跨節の両得道有無の事
仏滅後月氏には一千年の間、論師は心に存して之を弘めず。仏法漢土に渡りて五百余年、二百六十余の訳者人師も此の義無し。陳隋の初めに天台智者大師一人始めて此の義を立てたまふ。日本国には欽明より桓武に至るまで二百余年、又此の義を知らず。伝教大師始めて之を覚り粗之を弘通したまへり。其の後今に至るまで四百余年、漸々に習ひ失ひて当世は知れる人之無し。纔かに之を知れども夢の如く囈語の如し。
今日蓮宿習有りて粗之を覚知す。此の国の道俗の習ひ高慢無知にして日蓮を蔑如して之を習はず。而るに国主は狂へるが如く万民は矜りを為し、終に苦海に沈まんか。諸人未だ之を知らず。余宗余家の学者が此の義を習はんの時は先づ爾前の経々に当分跨節の得道有るの由、粗之を知らしめて、復返って彼の義を破して、之を建立するなり。所謂天台宗の意は四教を立てゝ一代を摂尽す。四教とは蔵通別円是なり。蔵に三有り、諸謂阿含の蔵・方等の蔵・涅槃の蔵なり。尽して一の蔵と為し三蔵教と称す。通に三有り、所謂方等の通・般若の通・涅槃の通なり。
平成新編御書 ―183n―