←前へ  次へ→    『爾前二乗菩薩不作仏事』
(★182n)
 金の註に云はく「境は謂はく四諦、百界三千の生死は即ち苦なり。此の生死即ち是涅槃なりと達するを衆生無辺誓願度と名づく。百界三千三惑を具足す。此の煩悩即ち是菩提なりと達するを煩悩無辺誓願断と名づく。生死即涅槃なれば円の仏性を証するは即ち仏道無上誓願成なり。惑即菩提にして般若に非ざること無ければ即ち法門無尽誓願知なり。惑智無二なれば生仏体同じ。苦集唯心、四弘融摂、一即一切なり、斯の言徴有り」文。慈覚大師の速証仏位集に云はく「第一に唯今経の力用仏の下化衆生の願を満ず。故に世に出でて之を説く。所謂諸仏の因位・四弘の願・利生断惑・知法作仏なり。然るに因円果満なれば後の三願は満ず。利生の一願甚だ満じ難しと為す。彼の華厳の力十界皆仏道を成ずること能はず。阿含・方等・般若も亦爾なり。後番の五味皆成仏道の本懐なること能はず。今此の妙経は十界皆成仏道なること分明なり。彼の達多無間に堕するに天王仏の記を授け、竜女成仏し、十羅刹女も仏道を悟り、阿修羅も成仏の総記を受け、人天・二乗・三教の菩薩円妙の仏道に入る。経に云はく我が昔の所願の如きは今已に満足しぬ。一切衆生を化して皆仏道に入らしむ云云。衆生界尽きざるが故に、未だ仏道に入らざる衆生有りと雖も然れども十界皆成仏すること唯今経の力に在り。故に利生の本懐なり」云云。又云はく「第一に妙経の大意を明かさば、諸仏は唯一大事の因縁を以ての故に世に出現し、一切衆生悉有仏性と説く。聞法・観行皆当に作仏すべし」と。
  抑仏何の因縁を以て十界の衆生悉く三因仏性有りと説きたまふや。天親菩薩の仏性論縁起分の第一に云はく「如来五種の過失を除き、五種の功徳を生ずるが為の故に、一切衆生悉有仏性と説きたまふ。謂はく、五種の過失とは、一には下劣心、二には高慢心、三には虚妄執、四には真法を謗じ、五には我執を起こす。五種の功徳とは、一に正勤、二には恭敬、三には般若、四には闍那、五には大悲なり。生ずること無しと疑ふが故に菩提心を発すこと能はざるを下劣心と名づけ、我に性有って能く菩提心を発すと謂へるを高慢と名づけ、
 
平成新編御書 ―182n―