やあ、よく来てくれた>干 ようこそ、Bar【 LAMBER JACK 】へ。  つ□ このラジエターはサービスだから、とりあえず装備して 熱暴走寸前の股間のパーツをなんとか冷却させて欲しい。 …あぁ。実は「また」なんだ。 騙して悪いがこちらはガチホモなどではないのでな…。駄文ですまないが読んでもらおうか。 「コンテナミサイルも四度まで」と言うしな。 謝って許してもらおうなどとは微塵も思っちゃあいない…。 だがレイヴン、君はこのURLを見たときに言葉では言い表せない 『 キ サ ラ ギ 』みたいなものを感じたはずだ。 騙されるのが傭兵の常とは言っても、そういった気持ちを忘れないで居て欲しい。 そう思ってこのSSを書いたんだ。それじゃ、さくさく読んでもらおうか↓ 〜ズベン・L・ゲヌビ〜 ズベンはいつも考える。どうやって相手を騙そうかと。 ズベンはいつも考える。どうやって相手を追い込もうかと。 ズベンはいつも考える。 ガレージの、元々はブリーフィングルームであっただろう今はがらんとした 部屋の隅でタバコを吹かしながら、ぼんやりとガラス越しに空を見上げながら。 しばらくはそのままだったが、唐突に跳ね起き、床に吸い差しのタバコを 放り投げオペレータルームへ突進した。いいことを思いついた。ズベンはそう思った。 我ながら名案だ、そうも考えた。この時は。 手馴れた手つきでキーボードを叩く。メーラーを起動し、宛先を入力する。 送信先は、数時間前にディルガン流通管理局でバーテックスの中堅レイヴン「ライウン」を 葬ったというレイヴンだ。 ライウンと言えばエネルギー兵器で固めたACを駆り両肩に装備された超大型の エネルギーキャノンで何機ものACを撃破してきた強化人間だ。 そのライウンを非強化――つまり『真人間』が、しかも、それまでは特に注目を集めることも なかったレイヴンが、倒したのだ。特攻兵器の襲撃以来、その数が両手で数えるほどになった 強化人間を、それを倒した真人間。これをやっつけたら私の知名度や評価は格段にアップするはずだ。 ズベンはそう考えたのだった。 ん、んっ。あ。あー。あー♪ のどに手を当て、わざとらしく咳払いしたズベンはメールに添付する依頼内容を吹き込み始めた。 『我々の拠点が、所属不明のACに襲撃されている』 『こちらの戦力では、これ以上の攻撃に持ちこたえられそうもない。  大至急、応援を頼む』 『目標となるACの武装は、すべてエネルギー系で、火力も非常に高い。  対処可能な万全の機体で臨んでほしい』 『もちろん、敵レイヴンにかけられた賞金は、全てお前のものだ。  ぜひとも力を貸してくれ』 こんなもんだろう。ズベンは満足そうに送信ボタンをクリックした。 今は午前十一時過ぎ。向こうは朝八時から休まずに戦い続けている。それなりに疲弊しているに違いない。 さっき入手した情報ではジャック・O直々の依頼を受けどこだかの採掘場でグリーン・ホーンを 撃破したらしい。これで二人目だ。グリーン・ホーン自体は単なるウスノロで、大したことは ない相手だけれどこの短時間でACを二体続けて撃破したとなると、ますます倒したときの 評価が期待できると言うものだ。懸賞金もきっと高くなるに違いない。 もしかしたら希少なパーツが貰えるかも知れない。そうなればサウスネイルの強化も出来る。 もっと、強くなれるんだ。ズベンはそう考えた。 「誰にメールを送ったんだ、ズベン」 ぎょっ、として振り返るとそこにはアゴヒゲをたくわえた見知った男が立っていた。 スモーク加工された硬化レンズのはめられたゴーグルを着けており、視線は窺がえない。 「リム!お帰り!」 ズベンはひょいと座席から跳ね、リムと呼ばれた男に抱きつこうとした。 が、鍛えられた彼の腕に軽々と頭を押さえつけられてあえなく阻止された。 「痛い!痛いってば……リム!」 五本の指で頭をぎりぎりと締め付けられ、たまらずに声を上げるズベンを見て ようやくリムは手の力を緩めた。そそくさとさっきまで座っていた座席へ逃げ、背もたれの陰から 小動物のようにこちらを窺がうズベン。リムはやれやれ、とでも言いたげにため息をついた。 「で、誰にメールを送ったんだ。ルゥメイン?」 ルゥメイン、と呼ばれたズベンは露骨に嫌そうな表情を浮かべながらその名前で 呼ぶのはやめて。と、呟いた。その後で、ライウンを倒したレイヴン、と付け足した。 リムの表情が硬くなる。 「お前などであいつが倒せると思ったのか?身の程知らずめ」 「身の程知らずなんかじゃない!絶対に倒すもの!私だって強化人間なんだから!」 リムに言われた言葉を掻き消すように、座席の背もたれの向こうで大声でズベンは叫んだ。 リムの耳に届いたその声は、さっきのメールに添付したような男性の声ではなく、女性の声だった。 まだ幼さの残る女の声だった。その声が呟いた。「……失敗作だけど」と。           ***** ルゥメイン――いや「ズベン」は自分の両親を知らない。両親ばかりか、自分の本当の 年齢も知らない。ズベンがよく知っているもの、記憶に残っているものは、それは消毒液の匂い。 注射針の光沢。地下施設のカビの匂い。乾ききった吐瀉物の酷い臭い。身を裂くほどの痛み。 彼女は、公衆便所の中で泣いているのをKISARAGI社の研究者によって拾われた、そう誰かに言われた のを覚えている。その「誰か」の顔をズベンはもう、覚えていない。 だって、散弾銃で吹き飛ばしたから。 「また失敗だな」 「やはりこの方法ではイマイチのようですね」 「まぁいいさ。コレはそのための実験体さ」 失敗するだろうと予測される実験にあえて用いられる検体――ズベンはそういう役目をもったモルモット。 博士たちがあれこれと技術改良のための相談をする隣で、破裂した内臓を、あるいは二度と使い物に ならなくなった「部品」を手際よく人造部品とすげかえる施術医師を眺めながら、ズベンはいつも考えた。 「なぜ私だけ生き残っているんだろう」と。 他の子達は、いつの間にか居なくなっていた。最初は部屋が狭いと感じられるほどの人数が押し込め られていたのに、気づけばズベン一人だけだった。仲良しになったあの子、投薬実験のせいで左半身が 動かなくなってしまったあの男の子も、知らないうちに居なくなってしまっていた。 ズベンは一人、生き残っていた。度重なる手術の結果、出来損ないの強化人間になってしまっていた。 反動制御がダメだ。放熱効率が悪い。FCSとのシンクロ率を上げろ。 今度はACに乗せられ、強制的に戦わされた。撤退するミラージュのMT部隊の夜襲や、目障りなテロリスト 共を騙まし討ちしたり、他のACと戦いボロボロになったレイヴンのACとも戦わされた。 その度に、戦闘中の映像データを見せられながらなじられ、ぶたれた。 必ず最後には、「出来損ないめ!」と罵声を浴びせられた。反抗心はあった。でも、そのうちに それは段々としおれ、そのうちに枯れてしまった。ここで何人かを殺しても、すぐに捕らえられる。 そして、今度は「手術」ではなく「解剖」される。それを理解していたから。生きたまま、麻酔もなく 切り刻まれ、そして飾りっ気のないショウケースのようなあの硬質ガラスの筒に納められて 博士たちの酒の肴にでもされてしまうのが。永遠にそんな扱いをされるのは嫌だった。 それは死んでしまうことよりも恐ろしいことだ、ズベンはそう考える。 あの日、仲良しだったあの男の子が入ったガラスの筒を見てしまった時から。 標本ケースにはその子の名前はなく、ただ、記号と年月日だけが貼られたシールに乱暴に書かれていた。 ぶたれても、唾を吐きかけられても、夜遅くに酒臭い息を浴びせられながら犯されても、 ズベンは死ぬことを考えたことはなかった。絶対にいつかここを出て、青い空の下で私は 思い切り笑ってやるんだ。それだけを心の杖として生きた。 反抗心という名の花は枯らしても、根はしっかりと息づいていたのだった。 そのうちに、世界を恐怖に包んだある事件が起きた。 後に「特攻兵器」と呼ばれることとなる無数の正体不明の機械たちの来襲。 それはビルを食いちぎり、都市を焼き、ACを含むあらゆる人間が造った兵器を破壊した。 ズベンが居た、地下施設もそれらの襲撃を受けた。地下施設とは言っても、完全に地下に 埋まっているわけではなかった。物資搬入用のエレベータ。換気用のエアダクト。 そして各所に設置されたハッチ。それらの小さな侵入口から特攻兵器達は飛び込んできた。 上層部からあっという間に施設全体にそれらは拡がった。そして、施設は破壊された。 真っ赤な回転灯と耳障りな緊急アナウンス、そして飛び交う怒号。 見つからないように、見つからないように、特攻兵器の爆発で出来た壁の割れ目から部屋を抜け出し そして、廊下で半身を爆風で引きちぎられた兵士の手に握られていた散弾銃を手に、ズベンは 最下層のガレージに向かった。そこにはズベンが戦闘で乗る、違う、「乗らせられる」ACがあった。 向かう途中で、ようやく気づいた。今こそが脱出の絶好の機会であると同時に、絶好の復讐の機会だ、と。 ポンプアクションの散弾銃の中には、博士たちを全員撃っても釣りが出るくらいには銃弾が込められ ていた。ためらいは無かった。ためらう理由が無かった、と言えばいいのかも知れない。 博士達は、書類やコンピュータのデータを必死に持ち出そうとしていた。 停止したコンピュータから無理やりに引き剥がしたのだろうメモリーやCPU、そして一抱えもある 箱に溢れんばかりに詰め込まれた紙の束。それらが山をなして所内移動用のモーター・カーに 積まれていた。ズベンはその光景を滑稽だ、と思った。命よりも大事なものなど在りはしないのに、 それよりも大事そうに剥き出しのメモリ基盤やファイルを扱う白衣の人間たちに。 「ねぇ、博士たち?その車はもう『重量過多』だよ。それじゃあ走れないんじゃないかな?」 部屋の入り口で、微笑みをたたえながら立っている少女を、誰かが見た。 その手に、少女の手には余るだろう大型の散弾銃が握られているのに気づいた研究者はそう多くなかった。 最初にズベンの声に反応した女の研究者は、振り返る途中で背中に大粒の散弾を浴び、張り付くように 床に倒れ、そして動くのを止めた。女の手から舞った書類をとろうとした若い男は、手を伸ばしたところを 胸を撃ち抜かれ、死んだ。逃げ出そうとした細身の男は、高速で撃ち出された十数粒の散弾に腕をもがれ、 しばらく床を転げながらみっともない声をあげていたが、すぐに静かになった。 「た、助けてくれ。止めてくれ、お願いだ……ルゥメイン。逃がしてやるから。  も、もう二度とあんなことはしないと誓う、だから――」 最後に残った一人の男は、跪き、そう言った。とびきり哀れそうな表情を浮かべながら。 ズベンはそれを見ながら、少しだけ首を捻って何かを考えた。そして返事の代わりにトリガーを絞った。 スプーンで抉り取ったかのように、男の顔、上から半分が吹き飛び、床に散り散りになった。 顔半分から下の男の体はそれきり動かなくなった。 「あんた、あの夜、私が泣き叫んでもやめてくれなかったじゃない」 動くのをやめた男の体を蹴り倒し、唾を吐きかけてその場を後にした。 部屋は血やらなんやらで酷い有様だったのだろうが、回転灯の赤い光のおかげで気にならなかった。 施設最下層のガレージまでは、誰とも会わなかった。 みんな逃げるのに必死で、とうの昔に上層部へ逃げてしまったからだった。生きている者は。 死んで死体になった者には、会ったとは言えない。死体ならごろごろと転がっていた。 撃つたびに手が痺れる重たい散弾銃は、持っていると疲れるので途中で放り投げた。 ガレージへ着くと、頑丈な扉は内側からひしゃげており、車でも簡単に通り抜けられる隙間があった。 恐る恐る中を覗いてみると、あちらこちらで多少火の手は上がっていたものの、使えそうな ACパーツや弾薬類はそれなりに残っていた。ガレージの端には、ACが二体、鎮座していた。 一体は特攻兵器のせいだろう、頭や腕部が大きく損傷していた。使えそうに無い。 いつも乗らされていた、中量二脚型だった。少し、がっかりした。 もう一体は、コアに二、三ヘコミが認められる程度の損傷だった。逆間接型で、紫色の 塗装が施されたそれは、己を駆る主を待っているかのように、背面へ操縦席を突き出したまま 膝を着いていた。これでもいいや。ズベンはため息をついた。そもそも他に機体などなく、 選択の余地は無かったわけだったし。ガレージ内にあった作業車を使い、なんとかかんとか コアへよじ登り、コクピットへ腰を下ろした。計器類は、ほとんど前に乗っていたACと 変わりは無く、動かすのに問題はなさそうだった。スイッチを押す。 ごぅん、と腹に響く低い音を立てながら、座席が前方へスライドする。 ヘルメットを被りながら、少し大きいから後で調節しないとね、と小さく呟いた。 「……システム通常モード、起動。  ……機体の損傷を確認。損傷のチェックを開始します。  ……  ……  ……  ……  チェック完了。  コア異常無し。  右腕部異常無し。  左腕部異常無し。  頭部異常無し。  脚部異常無し。  損傷は軽微。  運用に支障無し。以上、チェック終了します。」 見た目通り、機体はそれほどダメージを受けてはいない様だった。 あれこれとその辺に雑多に並んだ計器類を見やってから、音声入力でCOMに指示を出す。 「レーダー、えーと…ファンクションを、起動。周辺の、チェック開始」 見る間にヘルメットのバイザーに内蔵されたディスプレイに現在地のマップが3Dで生成されてゆく。 縦長の穴の底に自分は居る。縦穴のてっぺんや壁のあちこちに幾つかの穴があるようだ。 特攻兵器が開けたものだろう。レーダーの中には、幾つか青い点が写ってはすぐに消える。 どこかずっと頭上で、まだ幾つか特攻兵器が施設内を荒らしまわっているんだろう。 すぐにみんな消えてしまう。そう考えて、ズベンは少しだけ眠ることにした。 本来ならばすぐにでもここを脱出して、どこか適当な隠れ場所を見つけてそこで 休息するべきなのだろうが、ズベンは今、眠りたかった。 「システム停止。ジェネレータも停止。」 COMはすぐに全機能を停止し、ズベンの乗ったACは完全に沈黙した。 座席の背を倒し、ズベンは横になって目を瞑る。どこかで何かが爆発する音がかすかに聞こえてくる。 それを子守唄代わりに眠った。特攻兵器によって破られた縦穴のハッチ部分から差し込む月の光が ズベンの乗ったACを照らし、僅かに鈍い輝きを返した。騒乱の夜は、静かに静かに更けていった。 目を覚ましたズベンは、まず、今は何時くらいなんだろうと考えた。 ACのコアにも時計はあったが、時刻合わせがされておらず、AM00:00を表示したまま 点滅を繰り返すのみだった。きっとこれから誰かのために調整されるはずだった新品なんだろうこれは。 ACに再び火を入れ、ゆっくりと立ち上がらせる。なんだかふわふわした乗り心地だな、と 考えた。逆間接型特有のショックアブゾーバがそう感じさせていた。 ACの周りに積まれているコンテナや作業車の荷台をひっくり返し、武器になる銃器や ミサイルポッド、ロケット砲、内装型デコイや弾薬類をコンテナの一つに放り込む。 コンテナにはワイヤーが取り付けられており、それを左手に握らせた。買い物籠代わりだ。 空いた右手には、少し重量はあるが、マガジン式のリニアライフルを握らせた。弾丸はフルに 込められており、いつでも使える状態だった。長方形の薄い箱に取っ手をつけただけのような 単純なフォルムだったが、ズベンはそれを気に入った。いいじゃん、かっこいいじゃん。 ガンマンのように前方にそれをかざしながら、ズベンは笑みを浮かべた。 その後、思い出したようにコクピット背面のパネルを引き剥がし、その中から目当てのケーブルを 探り当てた。それらを引き抜き、別のプラグに繋ぎなおす。少し時間はかかったが、 なんとかやってのけた。昨日までは怒られながらやっていたなぁ。そう思い出す。 接続を終え、どこにも接続しないでおいた何本かのプラグを、コードの色を確かめながら自身の首に 埋め込まれたピンジャックへと差し込んでゆく。差し込むたびに背骨にかすかに電気ショックに似た 痛みが走る、でも我慢した。全ての接続を完了すると、ズベンの乗ったACはそれ以前とは 格段に挙動が良くなっていた。レーダーは間隔を短縮、さらに各種センサーが付加、 エネルギー効率上昇、旋回能力向上、放熱効率上昇、ブースター消費軽減、ミサイル迎撃と各種処理能力が 上昇していた。完全ではないとはいえ、強化人間手術の恩恵だ。本来ならば更にブレードの長さ延長や 肩部キャノン反動制御による構え姿勢解除なども付加するハズだったが、それらの「機能」は ズベンには無かった。それでも、並みのACよりも機動性は向上しているハズだ。 滞空能力も。長い縦穴も一息に飛び出せるだろう。装備を整え、ズベンは頭上を見上げた。 はるか頭上、穴の先の空にはまだ日の光は見えない。それほど長い時間眠っていないようだった。 ズベンは脚部の感触を確かめるように何度か小さく跳躍を繰り返した後、思い切り機体をジャンプさせた。 今まで使っていた機体よりも、ずっといい乗り心地だ、感激した。 そのままブースターを吹かし、上昇した。期待したほどの速度は出なかったが、するすると ACは上昇を続ける。壁に開いたいびつな穴の向こうでは、今も炎がくすぶっていたが、無視して 飛び続けた。何度か小刻みに機体の位置をずらしながら、てっぺんの穴から外へと飛び出した。 飛び出した先は一面の砂漠で、ところどころにMTらしい大きなものの残骸や、 戦闘ヘリの残骸、輸送トラックや何かが転がっていた。それらの中には動くものは何一つ無かった。 幾度も出撃させられた見慣れたこの場所も、これでサヨウナラ。 ずしん、と大袈裟な音を立て着地し、もう一度辺りを見回す。遠くに、赤い光や青い光条が時おり 見えた。ずっと遠くなので関係は無かったが、誰かがあそこで特攻兵器か何かと戦っているらしかった。 どうでもいいや。遠いし。近くに追っ手らしき機影もなく、気を緩めた。 今、自分が向いているのは東の方向だ。それに気づいたズベンはその場でしばらくその方角を 見つめ続けた。大荷物を担いだままそこに居続けるのは良くないことだったが誰か来たら逃げれば いいのだ。楽天的に考えよう。 しばらくすると、空が白み始め、やがてゆっくりと朝日が砂の地平線の上に顔を出し始めた。 ズベンはいそいでコクピットを背後にスライドさせ、ACの肩部の上によじ登った。 ACの肩に乗り、両手両足をついた恰好のまま、朝日が完全に昇るのをずっと見ていた。 砂の大地が日の光に熱せられ、気温が上がり始める。 周りの砂漠には、さっき見えていたよりもずっと多くのものが散乱していた。 ズベンの乗ったACは、その散乱したものたちの中で唯一輝きを失わずに残った最後の一つ。 笑ってみた。大きな声で。腹の底から声を出して。 あはははははは。ふふふ。あはははは。ざまぁみろ。 誰も居ない砂漠で一人、ズベンは笑い続けた。声が嗄れる(かれる)まで。 いつの間にか、涙がこぼれていたが、拭わずに流れるままにしてあげた。そうするべきだ、 そう思った。頬を滑り落ちたそれは、日光で熱せられたACの装甲の上で蒸発していった。 笑いつかれ、肩で息をしながら、眼下の地上を見ていると、何か小さなものが 動いているのが見えた。目を凝らす。強化人間手術によって常人を遥かに超えた視力が 備わっているのだ。小さなそれは、サソリだった。人間が死に絶えたこの土地で、飄々と それは生き残っていた。しぶといやつだ。ズベンは感心する。掲げられたサソリの尾が鳥のカギ爪の ようだ。そう感じた。他人にどんなに悪く言われようと、あのサソリのようにしぶとく、 飄々と、そして力強く生きよう、ズベンはそう思った。 ルゥメイン、という、与えられた名はそこで捨てた。 誰も名を授けてくれるような人間は居なかったので、後で、自分で自分に名を与えた。 「ズベン・エル・ゲヌビ」と。 アラビアだか何処かの言葉で、「南の爪」という意味を持つ言葉。 それは自分があの場所から持ち出したACに付けた名「サウスネイル」と同じ意味だ。 てんびん座α星、古代、サソリ座の南の爪と見立てられた星だ。 狩人のオリオンは腕がよく、いつも自慢していました。 これを見たゼウスの妻ヘーラは怒り、サソリにオリオンを殺すよう命じました。 サソリはオリオンに忍び寄り、オリオンの足に猛毒の針を突き刺して、 オリオンは死んでしまいました。この功績によりサソリは星座に上げられたといいます。 私はサソリの毒針となろう。いつかオリオンを倒し夜空に輝く星座となれるように。 誰にも忘れられぬ姿と名を、手に入れよう。 ズベンはそう願ったのだった。           ***** 「さて、そろそろ来る頃か」 ズベンの傍らに立った長身の男――リム・ファイヤーが呟いた。 彼とズベンは、ガレージのAC格納庫に居た。背後には陸戦最強の名を欲しいままにする 鋼鉄製の人型兵器「アーマードコア」が二機、今は静かに戦いの時を待つ。 「ねぇ、リム」 なんだ?ズベンの問いかけにタバコに火を点けながらリム・ファイヤーは応える。 ズベンの細い腕がリムの眼前に伸び、彼が手に持ったタバコをそっと取り上げた。 舌打ちをし、もう一本タバコを取り出しリムはまた火を点ける。 「あいつ、私よりも強いかな」 「お前がライウンの野郎に勝てる見込みがあったか?ヤツは倒した。つまりそういうことだ」 そっか。ズベンはタバコの煙を吐き出しながら素っ気なく答えた。 ガレージには二人の他には誰もおらず、静かなものだった。 ズベンには自身が率いる武装勢力が居たが、彼らは今、別の武装勢力から物資を強奪する ためにズベンを置いて皆出て行っていた。彼らはズベンの身の上を知らなかったが、 実力はよく理解していた。でも、ズベンが何処からか連れて来た強力な助っ人が居たので ズベンを残して出かけるのに躊躇しなかった。 「あいつ、レイヴン倒したら、アライアンスか、バーテックスかに聞いてみるね」 「何をだ?」 「まずは懸賞金。それと、あとね、出来ればマシンガンのさ、NIXが欲しいな」 タバコをつまんだリムの指がわずかにぴくりと反応した。 ……NIXか。悪くないな。 ぼそりと呟いた男の顔を覗きこみながら、ズベンは嬉しそうに笑った。 「もし、もしね、貰えたらリムにあげるね、NIX」 「期待はしていないがな」 リムは口の端を歪めた。接近戦を好しとするリム・ファイヤーの愛機「バレット・ライフ」。 現在製品化されているAC武器で最高の連射機能を備えたマシンガンYWH13M-NIX。 愛用するFINGERと違いNIXはマガジン式ではあるが、それを差し引いても性能は上だ。 これが入手できれば更に敵にとっては脅威だろう。ただでさえ近接射撃戦闘で圧倒的な性能を 誇るバレット・ライフだ。これで両手にNIXなどと言ったら彼に勝ちうるレイヴンはますます 少なくなるだろう。リムもそれを分かっているようだった。 ガレージの屋根に穿たれたいくつかの小さな弾痕から、高く昇った太陽の光が差し込み ガレージの床に小さな円を映し出す。暖かな黄色の光条の中には細かな埃がちらちらと舞っていた。 何かを話すでもなく、二人はそれを眺めながらタバコを吹かす。 気まずい沈黙ではなく、もっと厳かで緩やかな静寂の雰囲気がガレージ内に立ち込めていた。 「そういえば」 ズベンがそれを破った。 そして続ける。 「どうしてリムは、私なんかの助っ人をしてくれるの?  周りはみんな、私がお金でリムを引き込んだって思ってる……」 「さてね」 履き込まれたブーツの、分厚いソールでタバコを踏み消しながらリムは答えた。 指を鳴らしながら、虚空を見上げ、少し考えるような素振りを見せた後リムはズベンに言った。 「お前は色んなやつに恨みを買うからな。  その分、レイヴンに出会う機会も多いだろう、そう踏んだ」 少し残念そうにズベンは、うん、と首を縦に振った。 嘘でもいいから、お前のためだって答えてくれれば貴方のために私は死ぬコトだって出来たのにな。 でもそれは言わないでおこうと決めていた。 自分もリムも、レイヴンだ。レイヴンはいつの時代も互いに殺しあう運命にある。 だからその時がもしも来たら、リムが躊躇わずに私を殺せるように。 それはレイヴン以外の人種には到底理解できないだろう優しさ、のようなものなのだろう。 リム・ファイヤーという男は、特攻兵器襲来前に父をレイヴンに倒され、亡くした。 そのレイヴンは、特攻兵器襲来後、行方不明だ。 特攻兵器を太古の眠りから目覚めさせ、この世界を破滅の一歩手前まで追い詰めたのは レイヴンという存在に他ならない、誰かがそう言ってレイヴンを憎んでいる。 リムもそう考える。平和だなんだと奇麗事は言わないが、リム・ファイヤーという男は 本当は穏やかな、美しい世界を望んでいるのだ。そして、ACたった一機で戦況が覆るこの異常な 世界に憤りを感じている。いや、感じてしまった。 泥にまみれ、血にまみれ、仲間を失いながら物量や戦術、そして運で生き残り勝利を収めるのが 本物の戦場だ、それもリム・ファイヤーの望む「美しい世界」。そこにACという圧倒的な戦力は 必要ない。もちろん、それを駆るレイヴンも。だからみんな殺す。破壊する。 ズベンはそういった狂気じみたリムの思想は理解できそうに無かったが、それを考えられる リム・ファイヤーという男は好きだった。自分にはそんな目標など無く、ただ、不幸な自分が嫌だから それらを帳消しに出来るほどの幸福が欲しいだけだった。たいていの「幸福」は金で買える。 そしてその金はACに乗り、少し働けばたんまり手に入る。そして自分の名も轟く。 ズベンはこんな単純な理由で戦う自分が少しだけ恥ずかしいのだ。 憧れとは、それは理解からは程遠い感情であるらしい。それでもリムに憧れる。 そして好きになった。狭い地下施設で育ったから、世間知らずなせいではない。 「彼でいい」のではなく「彼がいい」のだ。この感情は本物だ。人工物だらけの自分の体の中で 唯一つ本物の人間の部分がある証明でもある。その感情をズベンは誇らしいと思う。 友達が居なくとも、誰からも蔑まれても、私は本物の人生を歩んでいるのだから。 人は人を好きになる。それはいつの時代も変わらない人間の証明だ。ズベンはそう考える。 「人」と「人」の「間」に生きる、だから「人間」というのだ。そう考える。 私はモルモットとして生まれたわけではない。人間なんだ。人間なんだ。 彼が、リムが私は人間だと証明させてくれたのだ。してくれたんだ。 その感謝の意を顕すためになら、恩を返すためになら自分が滅んでしまっても、別にいいや。 そう、考える。 「――来た、ね」 「ああ、来たな」 クランウェル。両生綱無尾目ユビナガガエル科ツノガエル属に分類されるカエルの一種。 カエルの名を冠した大型輸送ヘリ。 それの駆動音を強化された二人の聴覚が捕らえていた。 今ここにそれが来るということは、他ならないレイヴンが来た証明。 そしてそれは戦いの幕開けを意味している。 城壁の変わりに半壊したガレージの前で、槍衾(やりぶすま)の代わりに携えた重火器類を。 千の、万の兵に匹敵する鋼鉄の巨人を駆って戦に臨むのだ。 さぁ、行こうサウスネイル。 騙されて出てきたあいつを嘲笑いに。そして願わくばまたリムに会えますように。 ズベンはACの戦闘モードを起動した。 「メインシステム、戦闘モード、起動します。」 フェマールタイプのCOM音声が抑揚のない声でそう告げた。              ***** YH-08 MANTIS CR-C75U2 CR-A88FG LH07-DINGO2 CR-WB73MB CR-WB73MB YWH13M-NIX WH05M-SYLPH ガレージ各所に設置してある小型カメラから見てとれるアセンブルはそんなものだった。 依頼で送った私のアドバイスは無視してくれたようだ。ちぇ。 でも、それなりに勘の働くレイヴンだということは分かった。 あいつを倒して、それで、出来ればあの右手のNIXは壊さないでリムにあげたいな。 でもそんな器用なことできるかな。分からないけどやってみよう。頑張ろう。よし。 扉の開閉ボタンを遠隔操作する。 重い、鋼鉄製の扉がゆっくりと開かれ、眩いばかりの日の光が頭部カメラを通して 直にズベンの視神経へと流れ込む。虹彩を絞り、光量を調節する。 一歩づつ前へと進む。柔らかめにセッティングされたショックアブゾーバが気持ちの良い振動を くれる。喉を鳴らし、声帯を調整する。こうすることで多種多様な声を出せる。 強化人間の機能の一つだ。 ガレージの扉が後ろで閉まってゆくのを確認しながら、言った。 「まんまと騙されてくれたな。  お前に依頼をしたのはこのオレさ。  そうとも知らずに……おめでたい野郎だ。  だが安心しな。  すぐに楽にしてやるよ!」 言い切ってからズベンはブースターペダルを強く踏み込み加速した。 向こうの、初期カラーリングの機体も同様に地面を滑走してくる。 サウスネイルの肩から放たれた中型ミサイルが火蓋を切る。 灰色の煙を尾のように宙に描きながら突進したミサイルは、目標を外れ地面で爆散した。 ならこれは!? 右腕リニアライフルを斉射する。今度は積まれたコンテナに阻まれた。 頭に血が上る感覚があった。追い討ちをかけるように銃弾のシャワーがサウスネイルの 装甲を叩く。敵は接近戦タイプ。スナイパーライフルを装備したサウスネイルとは相性が悪い。 地上戦では勝ち目はなさそうだった。なら、私の得意な間合いで戦ってあげるとするよ。 ひたすら接近を避けて、チクチクと銃弾を撃ち込んでやる。 ズベンはぎらぎらと目を光らせながら相対するACを睨む。 追いついて見せてよレイヴン! 真後ろに滑走しながら地面を蹴り飛び上がる。距離さえとればマシンガンなんて。 サイト内に灰色のACを捉えたままリニアライフルのトリガーを絞る。 HIT 反動でわずかに相手の動きが鈍った。そこへスナイパーライフル。 HIT よし。いける。ズベンは思った。 でもそんな状態は長く持たなかった。 飛び上がり距離をとろうとしてもすぐに追いすがられ。 狙いを定める前に自機のすぐ真下を通り抜け、真横から銃弾の雨を浴びせられる。 サウスネイルのCOMが無感情に告げる。「脚部損傷」「AP50%。機体ダメージが増加しています」 「じょ、冗談じゃ…」 いつの間に接近していたのか、眼前にACが迫っていた。両腕のマシンガンが瞬いた。 小刻みに機体を前後に揺さぶられる。悲鳴をあげそうになる。でも歯を食いしばって耐えた。 機体を素早く立て直し敵のサイドに回りつつリニアを一斉射。一発が敵ACの腕部を捉えた。 ここで悲鳴なんてあげたら負けだ。私が女だって分かったらあいつにナメられる。 にじむ涙をどうにか堪えながらトリガーを引き続ける。 レーダーに赤い点が映し出されているのに気がついた。 わずかに頭上へ視点をずらす。灰色の軌跡が四本。いつの間に撃ったんだあいつ。 考えているうちに上から押さえつけるような衝撃が一回、そして二回。三度。 四発発射されたうちの三発がサウスネイルを直撃した。 「頭部損傷」「AP10%。危険です」 「こんなはずじゃ…  おいっ!早く加勢してくれぇ!!」 恐怖に耐え切れずにズベンは叫んでいた。ACが接近してくる。しゃにむに両手のライフルを 撃ちながら空中へ退避しようと再び舞い上がった。 舞い上がったサウスネイルの前に灰色の影が覆いかぶさる。 瞬間、それがなんなのかズベンには理解できなかった。それは死神の鎌のように思えた。 それがYH-08 MANTISのフォルムを決定づける象徴的なアンテナだと気がついたときは、 もう、遅かった。がくがくと機体が空中で激しく揺さぶられる。 コクピット内のあらゆる警報機器が一斉に動作し始めた。 「頭部破損」「脚部破損」「コア、破損」 リム。助けて。 その声は外部に届かずに破損したコアの内部でわずかに、反響した。 ズベンが最後に感じたのは背後に思い切り吹き飛ばされるような感覚だった。 「サウスネイル消滅。敵AC《名称不明》健在」 ガレージ内、バレット・ライフに搭乗したリムは軽く舌打ちをした。 だから、お前は身の程知らずだと言うんだ。 しかし彼がズベンにしてやれることはその時点ではもう何も無かった。 たった一つだけあるとすれば、それはサウスネイルを撃破したあのACを破壊することだろう。 敵は帰り支度をしようとしているがそうは行かない。ここで退席はさせられない。 ここからが本番だ。今度はオレと踊るんだ、レイヴン。開け放たれたガレージの扉をくぐる。 「…随分と派手に暴れてくれたな。    助けるつもりなど元よりない。  ここで貴様も終わらせてやる……オレが今まで倒してきたヤツらと同じくな!」 重四脚が大地を蹴る。そのまま宙へ浮きあがり、まずはミサイルを発射する。さぁ、どう出る。 拡散して撃ち出されたマイクロミサイルが、一点に向かって収束しながら飛んでゆく。 先ほどまで立ち止まっていたはずの敵ACが左右に機体を振り、黒煙を切り裂きつつ こちらへ向かってくる。ミサイルの直撃はないようだった。そうでなくては。 リムはかすかに笑みを浮かべた。 敵の両腕に掲げられたマシンガンの先端がチカチカと瞬いた。バレットライフが 衝撃でわずかにぐらつく。このオレに接近戦で勝負とは面白い、受けて立とう。 即座に両手のFINGERを構え、トリガーを引く。 人間の指のように並んで装着された銃口から、小口径の機銃弾が豪雨を成して敵ACの装甲を叩く。 心地よい金属音。そうだ、これが戦場音楽だ。 「敵、AP50%。」 「もう観念しろ レイヴンなど不要な存在なのだ」 自機の眼前を、マシンガンを乱射しつつ駆け抜けるACに向かってそう叫ぶ。 建造物の陰に退避しようとするACに向かって再度KINNARAを放つ。 かろうじて直撃は避けたようだが、何発かはヒットしたようだ。 「敵、脚部損傷」 好し。そう思った瞬間、貯水タンクの影から数本の軌跡が空へ伸びる。 ――さっきの垂直ミサイルか。 一定高度まで上昇したミサイルが今度は急速に降下を始めた。 行き着く先はもちろんリムが駆るバレット・ライフだ。 小賢しい。デコイを射出し、回避運動を取る。 強化されたミサイル迎撃機能が四本のうち二本までを空中で粉砕した。 数を減らしたミサイルは、それでもバレット・ライフの喉元に噛み付こうと滑空する。 一本はデコイに吸い込まれるように軌道を変え地面へと消えたが一本がコアを直撃する。 衝撃をものともせずにリムは前進する。 レーダーに複数の赤い点が映し出されていた。二度目のミサイルだ。 機体を左右に振り追尾を振り切ろうとするも、今度は二本までが命中した。 チョロチョロと……鬱陶しい! 半壊したガレージを一挙に飛び越えその陰に居たレイヴンに頭上から弾丸のシャワーを 浴びせる。敵は左手のSYLPHで牽制しつつ、再び物陰からミサイルを打ち上げた。 「頭部損傷」「AP50%」 「認めない… 貴様らの存在など認めないぞ!!」 機体のダメージ増加に頭に血が上りかけたがすぐに冷静さを取り戻す。 リムは相手の戦い方について考えた。 どうやらまともにやり合うつもりはないようだ。 こちらの得意な接近戦を避け距離を取りながらミサイルで消耗を狙う。 狡いやり方だが戦いに綺麗も汚いも無い。いいだろう。それも立派な戦術だ。 だが、このやり方は決め手に欠ける。何か決め手になりうるものをヤツは持っているのか。 リムは牽制代わりにKINNARAを撃ちながら考えた。 NIXもSYLPHもズベンと戦った際にもう弾丸はほぼ尽きていると考えていいだろう。 しかし、未だにデッドウエイトであるそれらをパージする気配はない。 単に冷静さを欠いてパージを忘れてしまっているのか、それとも見せたくない「切り札」が まだあのコアに納められているのか。――恐らく後者だろう。 ならば、その切り札が出てくる前に終わらせてもらおう。 被弾覚悟で宙に舞い上がり距離を詰める。再び斉射されたミサイルが直撃、機体がぐらつく。 構うものか。肩部の大型チェインガンの弾丸をバラ撒く。 「敵、脚部破損」「敵、右腕部損傷」 至近距離からの連射が敵ACの装甲を剥ぎ取る。敵の足をとった。 もう一息だ。また一人。そして次のレイヴンも。最後に残るのはオレだ。 そうだ、オレこそが「ラストマン・スタンディング」に相応しい。 弾丸が尽きたFINGERはもう不要だ。両腕のマシンガンをパージする。 コアへ格納していたSYLPHを両手に握らせる。 敵も両肩のミサイルをパージした。機動性を確保し、こちらの背後を捕るつもりだろうが そうはいかない。その前に叩き潰す。リムの眼光が鋭さを増す。 距離を詰めるため、ブースターペダルを踏み込む。相手は真正面からの撃ち合いを嫌ってか 自機の左へと急速に旋回した、が、破損し火花を散らす脚部でどこまで逃げ回れると言うのか。 後ろへ飛び退きサイトへ敵を収めたリムが小さく呟く。 「これで――」 最期だ。そう言うつもりだった。 でも言葉は途中で途切れた。敵ACの両手に、さっきまで握られていたはずのマシンガンがなかった。 代わりに何か、小型の火器があった。見慣れない武器だった。「それ」の形式番号を思い出そうとする。 格納型グレネード?違う。あれはエネルギー兵器だ。プラズマ兵器だ。 そうだ。思い出した。あれはWH06PL-ORC。両手にそれが握られていた。格納を前提に設計された 小型のプラズマライフル。マズい。マズい。マズい。あれを撃たせてはいけない。 強化された視神経が、脳細胞が叫ぶ。両手のマシンガンを構えようとする。 が、それよりも速く青い光球が二つ、彗星のように尾を引きながら放たれた。 先に言うと、リムは、バレット・ライフはそれを回避できなかった。 一方の光球は右腕を、もう一方の光球は四本の脚のうち一本をもぎ取っていった。 「まさか俺が… 死ねるか… 死ぬわけには!!」 動揺する自分を押さえつけ、リムはすぐさまチェインガンに武装を切り替え左手のマシンガンと 同時に撃ちまくる。煙を各所から噴き上げつつも、果敢に接近を挑む。 「敵、AP10%」 いける。勝てる。いや、勝つんだ。勝たなければならない。 敵も相当のダメージを負っている。動き回りながらなら、強化人間のオレのほうが有利だ。 チェインガンを撃ち続ける。バラ撒かれる弾丸の数発が、ACの装甲を叩き、剥ぎ取る音が聞こえる。 あとほんの数発であれは爆散する。もう一押し。トリガーを握り締めたまま口元を歪める。 まわり込もうとする敵の横を取ろうとこちらも旋回しつつ弾丸を撃ち続ける。 「!?」 チェインガンが不意に弾丸の射出をやめる。リロードだ。 次のマガジンに切り替えるまでの数秒を惜しんだリムは左後方へと飛び退いた。 距離を取ってミサイルでカタをつける! それを待っていたかのように敵ACも宙へ舞う。 読まれていた!?咄嗟に回避行動へ移ろうとしたが、機体が思った方向へ進まない。 さっきやられた脚部のせいか?違う。後ろの崖に阻まれ思うように身動きが取れないのだ。 そうか。こちらの動きを鈍らせるためにあえて旋回戦に誘い込んだか。 ハメられたのはオレだったんだ。いつの間にか。 視点を宙に舞う敵ACに合わせた。両手からプラズマが再度放たれたのが見えた。 二つの青白いプラズマ球がバレット・ライフの装甲を貫いた。 頭部とコアの装甲の大部分を引きちぎられたバレット・ライフは動くのを止めた。 機体がバラバラに砕け散ったのは、レイヴンのACが着地した次の瞬間だった。               ***** 「終わったわね…」 「レイヴン、お疲れさま。」   「汚いやり口だったけど、生き残るための賢い手段なのかもしれないわね」 「…それじゃあ帰還しましょうか」 オペレータのシーラの声を聞きながら、レイヴンはグローブを外した。 手にはべったりと汗がこびりついていた。それを乱暴に拭いながら、辺りを見回した。 瓦礫と、爆散したACの破片が二機分。戦闘の際破壊されたコンテナの幾つかからは 未だに煙があがっていた。動くものは何も無い。 よく生き残れたものだ。運が良かったのか、それとも…… 弾丸で抉れた地面の痕を見ながら考える。 感傷にふけるのもつかの間、すぐにパージした武器を集め、到着したヘリへと積み込み その場を後にした。次の依頼が待っている。 このすぐ後、ジナイーダというどの勢力にも属さない女レイヴンと相対するのを この時はまだ知らなかった。それがパルヴァライザー、「粉砕する者」と名づけられた 無人兵器との決戦を招いていることも。 ズベンが目を覚ましたのは、リムが乗るバレット・ライフが爆散したその音でだった。 コードや基盤の類いがちりちりと火花を上げているのがまず目に入った。 ヘルメットのモニターも、コクピット内の計器類も何も映し出しておらず、 ACが、自分が乗っていたサウスネイルがもはや機能していないことが良く理解できた。 なら、なんで私は生きているんだろう。そう考えた。 普通、ACは耐久値が限界を超えるとジェネレータがメルトダウンをおこし吹き飛んでしまうはずだ。 ジェネレータは座席のすぐ下にあるんだ。一緒に私も吹き飛んでばらばらにならなければおかしい。 暗く狭いコクピットに、わずかに日の光が差し込んでいるのが見える。頭のすぐ上の装甲板が 歪んで、そこから差し込んでいる。手でそれを剥がそうとしてみる。 でも、ズベンの貧弱な腕では薄いとはいえ強固な装甲板を引き剥がすことなどできず、 仕方なしに被ったヘルメットを脱いで、それで何度も叩いてようやく隙間を広げた。 隙間から手を差し入れ、力の限り何度も揺すると、それは軋みながらもスライドしていった。 元々、スライドして出入り口になる構造らしかった。 なんとか頭を出し、外の空気を思う存分吸い込もうと大きく口を開けぎょっとした。 目の前に、あのACの脚があったからだ。身動き一つせずに居たので、すぐ傍に居るのに 気がつかなかったのだった。すぐさま頭を引っ込め外から見えないようにコクピット内に隠れる。 ようやく自分があちこちに怪我を負っているのに気づいた。でも、治療は後回しだ。 やがて駆動音が聞こえ始め、辺りをゆっくりと歩き回っているらしかった。 私の死体を捜しているのだろうか?ズベンはおびえ、ますます縮こまる。 しかし、レイヴンが探していたのはさっきの戦闘で自分がパージした武器で、ズベンが納まっている コクピットなどには目もくれなかった。 やがて、ヘリの音も聞こえ始め、しばらくするとその音は去っていった。 完全に静かになるのを待って、ズベンはそこから飛び出して走った。 崖の前に、見慣れた迷彩色のACのパーツがごろごろと転がっていたからだ。 体中の傷が痛んだ。でも、構わずに走った。 「リム!リム!」 ぶすぶすと煙を上げるそれらの一つ一つが、彼が、リムがここで戦って敗れたことを示していた。 でも死んだとは思えない。私がこうして生きているんだから。リムならきっと私みたいに 火傷や切り傷もない。そう信じた。信じたかった。 もはや原型を留めていないコアを見つけ、恐る恐る中を覗き込む。 引きちぎられた装甲、シリンダーが剥き出しになるまでに破壊されたジェネレータの残骸。 リムらしいものは何も無く、少しだけほっとした。 じゃあ、リムは何処に行ったんだろう。もうここから逃げて、安全なところに居るんだろうか。 もしそうならいいんだけれど。そんな楽観的な考えさえ浮かんだ。でも、それはすぐ消えた。 「ズ…………ベ、ン」 強化された聴覚がかすかに聞き覚えのある声を捉えた。近い。すぐ近くだ。 「リム!どこ!返事して!リム!」 「こ、こだ……」 声のした方向へ走り寄る。ヘシ折れた腕部の下に、さっき自分が目覚めたコクピットのような ものが挟まれている。あれだ。 「リム!大丈夫だよ、すぐに出してあ…………」 途中でズベンは言葉を失った。 コクピットを防護するはずだっただろう装甲板はなくなっており、代わりに折れ曲がった鉄片が リムの胴体に突き刺さっていた。いや、貫通していると言ったほうが良かった。 無理に引き抜こうとすれば、彼の体は上と下、半分づつにちぎれてしまうだろう。 「あ、あ、…………」 何も言えず、震えるズベンの顔を見て、リムは笑った。 痛覚などとうの昔に壊れてしまったんだろう。割れたスモークのレンズから茶色の瞳が覗いていた。 「お前は、平気そうだな。ん?ルゥメイン」 「だめ!リム喋っちゃダメ!」 ズベンは慌ててパイロットスーツのポーチからガーゼを取り出し、リムの口を拭う。 痛み止めのモルヒネ注射や、小さなボトルに入った消毒用アルコールがばらばらとズベンの足元に 散らばった。 「やめろ」 リムはズベンの介抱を嫌がるように顔を背けた。 彼の性格を考えると手で払いのけても良さそうだったがきっと手が動かないのだろう、それはしなかった。 ズベンは構わずに口の端から垂れる血をガーゼで拭う。すぐにガーゼは赤く染まり白い部分は無くなった。 足元に投げ捨てると、転がった装甲板の欠片に当たり、べちゃりという嫌な音を立てた。 「大丈夫。すぐに私の仲間、来るから。ね?そしたら出してあげるからね?  すぐにアライアンスに連絡するから。手術してもらおう。お金ならいっぱいあるから。  そしたら助かるんだから。リムは本物の強化人間だもん。  すぐまた戦えるようになるよ、ね?リムは強いもの」 震える声で言い続けるズベンの手をリムは静かに眺めていた。 新しいガーゼにアルコールを垂らしているが、手が震えてアルコールはばたばたと 地面へ落ちてゆく。体が動かせないせいで自分がどの程度の怪我をしているか分からなかったが、 相当のダメージなんだろう。ズベンの言っていることからもそれが分かった。 「お前のコアに、脱出機構を仕込んでおいて良かった」 「……オレのも問題なく作動したんだが、、、結局このザマだ」 大丈夫だよ、大丈夫。涙を流しながらズベンはアルコールをたっぷりと含ませたガーゼで 顔を拭い始めた。続いてスーツの胸を開き、拭う。すぐにガーゼは使い物にならなくなり それも投げ捨てた。 「ガーゼ……ガーゼ無い。なんでッ!もぅ!」 ズベンは自分のスーツを脱ぎ、下に着ていたコットンのシャツも脱ぎ、 それをリムの胸に押し当てた。まだそれほど発達していない平らな胸と傷だらけの背中があらわになる。 「おい、スーツを着ろ。みっともないぞ」 いいから黙って!ズベンは言い放ち涙を拭いながらもシャツを押し当てた片方の手は離さない。 ズベンの不健康そうな青白い肌に自分の血がついた。 リムは静かに目を閉じた。 手を動かそうとしたが、動かない。動くなら、ズベンの頭を撫でてやりたかったのだが。 さっきのように押さえつけるのでなく。 リムの胸中には敗北の二文字は無く、ただ、何か暖かさがあった。 それは、まだ父が、ピン・ファイヤーが生きていたときに感じていたものに近いと思った。 それからすぐにリム・ファイヤーの体は生命活動を停止した。 ルゥメインはしばらくの間、リムの胸に突っ伏して泣いた。 涙が枯れると、ルゥメインは顔をあげ、涙と血でぐしゃぐしゃの顔や唇を拭った。 そして、男の亡骸にそっと口づけをした。彼とする最初で最後の口づけは血と、オイルと、砂埃の味がした。 彼のゴーグルをそっと外し、自分の細い首にかけ、一度だけ頬を撫でてあげた。 そして立ち上がり、歩き始めた。振り返ることはしなかった。 日が暮れる頃、ズベンとリムの居るはずのガレージへ、ズベンの部下達の生き残りが戻ってきた。 犠牲は払ったが、それなりの収穫はあった。ズベンもリムも喜ぶだろう。そう思った。 だが、そこには自分たちの守護神たるACはなく、それらの残骸と一人の男の死体だけがあった。 女の死体は見つからなかったが、機体とともに砕け散ったんだろう。そう判断した。 リーダーを失った武装勢力は、別の武装勢力に吸収されることになり、ザークシティへと侵攻。 そこで次々と死んでいった。 夜が明け、バーテックスとアライアンスは双方ともに多大な損害をあげて戦いは終わった。 勝者はどちらなのかは、確かには分からなかった。誰にも。 アライアンス戦術部隊隊長エヴァンジェも、バーテックスがリーダー、ジャック・Oも、 ただ一人どんな勢力にも属さずに戦ったジナイーダも、誰も居なかった。 24時間の戦いの中で、22人のレイヴン達は戦い傷つきそして死んでいった。 残された一人のレイヴンが、傷だらけの機体とともに沈黙したザークシティの 近く、小高い丘の上から朝日が出るのを静かに見守っていた。             ***** 数年後、バーテックスとアライアンスの全面戦争があったその地には、別の地域から 流入してきたレイヴン達や、弱体化し切ったアライアンスの利権を掠め取るべく進出してきた 他の企業によって再び血が流され始めた。 幾多の人間たちがACを駆り、多額の報酬と栄誉を勝ち取るために戦いに明け暮れた。 その中で、色々な噂が流れる。 ザークシティの地下にはいつ造られたとも知れない施設の残骸がある、だとか かつてこの地で最後のレイヴンと呼ばれた男の行き先はどこだ、とか。 そのうちの一つに幽霊ACと言うものがあった。 かつてこの地で死んだレイヴンのACが現われ、そして襲い掛かってくるのだと言う。 それは重四脚のACで、両手には高性能のマシンガンを、肩にはミサイルとチェインガンを装備している 接近戦仕様のACだという。昨日は、騙まし討ちにあったレイヴンが一人倒された。 命からがら逃げ出してきたMTパイロットは、今も高熱にうなされていると聞く。 この地にかつてあったレイヴン組織、「レイヴンズ・アーク」に残されたデータを 見てみると、それに良く似た機体が一機あった。アライアンスとバーテックス全面戦争時の 記録によるとパイロットは死亡。機体も失われている。 迷彩色に彩られた機体、その名も「バレット・ライフ」それに良く似た機体であるという 情報があるが、真偽のほどは、定かではない。