輸送ヘリの窓からは、先ほどまで彼が作戦行動を行っていた エリアがまだ、見えた。ミラージュ社の兵站基地であったはるか眼下 のあの場所は、ついさっき、彼が文字通り「壊滅」させてきた。 ミサイルを受け崩れ落ち、ぽっかりと穴が開いてしまった 司令塔からは今も黒煙がたなびいていた。 爆風で引きちぎられたミラージュ社の社章旗の切れはしが今も 風に抗うように奇妙に折れ曲がったポールにからまっている。 広大なステップにはぽつぽつと、動かない黒い点が幾つか見える。 さきほどまではMTと呼ばれていた機動兵器のなれのはてだった。 あるものは虚空にロケット砲の銃身を向けたまま、またあるものは 力尽きたようにうつぶせで無残に破壊された姿を晒していた。 そのうちに地上は厚い雲に遮られ、見えなくなっていった。 眼下を覆う乳白色の雲を見ながら、レイヴンはいまだ鼻腔に こびりついた火薬とものが焼ける匂いにため息をついた。 「…ご苦労だったね、レイヴン」 窓から目を離し声のしたほうを向く。そこには白いスーツを着て いやらしい笑みを浮かべた細身の男が立っていた。 「…まだ、何か用が?」 レイヴン、と呼ばれた男が眉をしかめた。レイヴンと呼ばれた男は 白いスーツの男に生理的な嫌悪感を持っていた。 それは輸送用とはいえ、油と埃にまみれ戦地へ赴くヘリに乗るのに ふさわしくない彼の白い清潔そうなスーツのせいかも知れないし 髪に撫で付けられたポマードの鼻をつく匂いのせいかも知れなかった。 それとも趣味の悪いピンク色のネクタイのせいかも知れない。 もしくは、それら全ての要素を凝縮して生成されたかのような 顔に張り付いた薄ら笑いが大きな要因なのだろう。 白いスーツの男はクレスト社の幹部クラスらしかった。一応は。 視察を名目に、レイヴンがミラージュ部隊を屠るのを見物に来たのだ。 「いやね、キミの活躍ぶりには目を見張るものがあったよ。  イヤ、これはお世辞じゃない。ボクの本音さ。  すごいじゃないか!我がクレスト社のMT部隊が三度攻略に失敗した  あの基地をキミはたった二十分やそこらで落としたんだからね。  いや〜、惚れ惚れするよ。マッタク!  最初からキミに頼むべきだったとボクは思うよ。  高い金を払った甲斐がある、というものさ。  あのエネルギーライフルで装甲を貫かれて爆散したMT!  いい気味だよ、マッタク!いや〜、爽快だったね!マッタク!」 「それはどうも」 レイヴンは興奮する男に素っ気なくそう返し、固い座席に背を沈めた。 もうこれ以上、あんたの話に付き合う気は無い。そういう意思表示だった。 「そうだ!キミキミ!キミに頼みたい仕事がまだまだあるんだよ。  OAEの部隊がまた我々にちょっかいを出そうとしているもんで  彼らを撃退して欲しいんだ。あ、それにキサラギ社の奴らが  何か発見したようでそれの横取りも頼みたいしね。  あ、まだまだあるぞ!キミのその戦闘能力を是非我々クレスト社の  ためにだけ、活かして欲しいんだよ。上層部もキミの能力を  高く評価しているんだ。並みのレイヴンじゃこうはいかないぞ!  キミはついてるね〜、マッタク!」 考えておく。レイヴンはそうとだけ言って目を閉じた。眠りたかった。 ただでさえACの操縦で神経をすり減らしている と言うのに、こんなヤツに構っていられるか、というのが本心だった。 軽い眠りに落ちるまでに、レイヴンはスーツの男が今の会話で マッタク、を何度言っていたかを数えた。 四回かも知れないし、それ以上言っていたような気もしたが そのうちにどうでもよくなった。           ******* 「……てくれ、レイヴン。…レイヴン!」 「ん…?なん、だ……?」 レイヴンは左手首に巻いたアナログの腕時計を見てみた。帰還予定時刻は まだまだ先だった。目の前には、神妙な面持ちの男が彼の肩を つかんで覗きこんでいた。少し間をおいて、レイヴンは目の前の男が このヘリの副操縦士だとようやく気づいた。 「寝ているところを悪いな、レイヴン。実は基地への帰投の最中に  妙な通信を傍受したんだ。場所はこの、すぐ近くだ。  戦闘の可能性は低いが、このヘリは丸腰だ。あんたに付近の  警戒を頼みたい。頼む」 「もちろん、戦闘が起きた際は報酬を出そうじゃないか!  帰り道で小遣い稼ぎができるなんてツイてるな、レイヴン!  マッタク!」 副操縦士の背後から例のスーツの男の声が聞こえてきた。 レイヴンは深いため息をついてから、ミッションを了承した。 固い座席から身を起こす。長い時間同じ姿勢で固い座席に座って いたからだろう。背骨が軋む音がした。           ****** 「目的地に到達。AC投下後、本機も着陸する。警戒を頼む」 短い通信のすぐ後、突然に浮遊感が彼を襲う。 空中に放り出され、遊園地のフリーフォールのように ACが落下を始めたのだ。高度計がぐんぐんと0に近づく。 ブーストを吹かし、着地の衝撃を緩和する。 ずん、と重い衝撃が座席越しに全身を貫く。素人ならば これだけでコクピット内を吐瀉物まみれにしてしまうものだが レイヴンは揺りかごに揺られているような心地よさを感じていた。 先ほどの戦闘で何度かロケット弾やライフル弾を受けて 暗緑色の装甲はダメージで多少歪んではいた。 しかしACを構成する各パーツに大きなダメージはないようだった。 すぐに機体を360度旋回させる。FCSのロックサイト内には反応は出ない。 レーダー画面に目をやる。……こちらにも反応は何も無い。 唯一ある緑の点は先ほど自分を投下した輸送ヘリだ。 自機のすぐ傍に着陸した。ヘリの横腹がゆっくりと開かれ、小型車両が 一台出てくる。モニタに写ったそれを拡大すると、白いスーツの男が 見えた。運転しているのはさきほどの副操縦士だった。 「レイヴン、ついて来てくれ!警戒を頼む!  ……くれぐれも我々を踏み潰さないように、頼むぞ!」 「分かっている」 レバーを前進方向に倒す。先行する小型車の後ろにつけた。 ACと車両では速度に差がありすぎる。レイヴンは車両を踏み潰さ ないよう、細心の注意を払いながら前進した。 山の合間の一本道を進む。ACの高さから、木々のずっと向こうに 何か白い構造物が見えた。 「こちらAC。先行車両、応答しろ」 「…なんだ?」 返答を聞きながら、彼はカメラを最大望遠に設定する。 どうやら、白い構造物は教会のチャペルのようだ。 「この先に、教会らしい建物がある。マップデータから推測すると  発信源はその辺りらしいな」 「教会から…?どうしてそんな場所から我が社のMTの通信反応が  出るんだ?マッタク!」 妙な通信、とはこのことか。レイヴンは納得した。 自社の利益を最優先する企業が教会などに寄付に行くわけが無い。 しかも、研究施設でもなんでもない教会にMTの通信反応があれば なおさら奇妙だ。 「こちらAC。先行して、現状であの教会がどうなっているのか  確かめる。何か発見があれば逐一通信を入れる、以上」 「レイヴ……うわぁぁぁぁっ!?」 ブースターから吐き出される強風に驚いたのだろう。 スーツの男の絶叫がスピーカー越しにこだました。 いい気味だ。構わずにレイヴンはブースターペダルを強く踏みこみ 車両を飛び越し、教会へと向かった。            ****** 時速300キロを優に超える機動性で、ACは瞬く間にチャペルの眼前まで 迫っていた。依然、レーダー圏内には何も反応は無かった。 ブースターを吹かし、機体を上空まで持ち上げる。 チャペルの前の広場が見えた。――あそこならば着陸に丁度いい。 レイヴンはそう考え、機体を急速降下させる。広場めがけて。 時速300キロ、重量8000を超える巨体が広場めがけて急速降下する。 不意に、FCSが画面の下方に何かの反応を捕らえた。小さい。 その小さい反応が、人間の子供であるとレイヴンが気づいたのは すでに着地体勢に入ってからだった。 「なんで子供が…ッ!!」 ブレーキングペダル、ブースターペダル、脚部統制ユニットに 無意識的に手足が伸びた。スロットルを握る手が汗でぬめる。 中量脚の左足が地面を蹴る。目前にチャペルの壁が迫っていた。 とうていブレーキが利くとは思えない。 レイヴンはエクステンションに装備した急速後退ブースターを作動 させた。ブースターの風圧でチャペルの屋根が軋む。 屋根に張られたパネルが何枚か、木の葉のように舞った。 自機の真下にモニタの視線を向ける。ありがたいことに何も無い。 しかし、もしも何かがあっても彼のACにはもうコンデンサ容量が残って いなかったのでそのまま落下することしか出来なかったが。 ブースターを使わずに着地したせいで尻に響く痛みがあったが レイヴンはそれよりも、さっき自分が左足を着いた場所へ視線を 走らせた。赤い色の染みができていないことを祈りながら。 ACの足の形のくぼみの数メートル先に、頭を抱え込んだ子供が 見えた。ほっ、と胸をなでおろす。コクピット内に響く キン、キン、という断続的なチャージング音よりも、自分の心臓の 鼓動のほうがレイヴンはうるさく感じた。 「おい、大丈夫か!」 外部スピーカーを通して呼びかける。急に大音量で叫ぶ声が聞こえたから なのだろうか、子供は地面に伏したまま小さい体を更に縮こませた。 「おい、そこの子供。悪かったな、ACからじゃ小さくて見えなくて  な…。驚かせるつもりはなかったんだ…」 レイヴンはACから降り、歩きながら話しかけてみた。 子供は地面に伏せたまま、動こうとしない。小さな男の子だった。 しかたがないので、レイヴンは抱き起こそうとした。 しかし子供はイヤがるように首を横に振るばかりだった。 耐Gスーツの背中に何か当たる感触があった。 男の子から手を離し、振り返る。そこには、別の子供が 立っていた。もう少し成長すれば、青年、と言って構わないくらいの 年齢だろう少年だった。この子の兄だろうか、レイヴンは考えた。 「ソイツから離れろこの野郎!ぶっ殺すぞ!!」 少年の手から石が投げられ、ヘルメットに当たる。 手当たりしだいそのあたりに転がる石を放り投げてくる。 「おっ、おい、やめろ!こらっ!」 「オレは怪しいものじゃない!やめるんだ!  それともお前は知らない人には石を投げろと親に教えられたのか!?」 少年の手が止まった。石は握られたままだったが。 「…親なんて、居ないっ!!」 「オレにも、そのチビ助にもな!」 また、石を投げつけ始めた。スーツ越しなので痛くはなかった。 少年もそれを分かっていそうだったが、それでも止めようとはしない。 広場に不意に銃声が一発響く。 投げようとした石を取り落とし、そちらを向いた少年と同じように レイヴンも視線を向けた。広場の入り口に見たことのある車両が 止まっていた。白いスーツの男が拳銃を空に向けて発射したのだった。 「おい、レイヴン!そのガキはなんなんだ!?  何かあったら逐一通信を入れると言ったろう!  それにどういうことだ?我が社のMTなんて欠片もありゃしない!  どうなってんだ!マッタク!」 スーツの男の言葉を聞いた途端、少年の顔色が変わった。 レイヴンに向けられていたよりもはるかに強い感情がその 顔にはしっかりと刻まれていた。 「おまえら…あいつらの仲間かっ!!」 「は?あいつら?」 「とぼけんな!シスターも、神父様も!みんな、みんな殺したくせに!」 その場にいた大人たちは、少年の言っていることが理解できないでいた。 口をぽかんと開いて、少年をただ、見ていた。 少年は声がかれるまで、大人たちに罵声を浴びせ続けた。 いつの間にか少年の目からは涙が溢れていた。かたわらでうずくまる 小さな男の子も、肩を震わせて泣いているようだった。 「…話をまとめると、だな。  武装した盗賊団が我が社のMTを使ってこの付近の小都市を中心に  暴れているというわけかな?  そして食料を奪いに来た彼らを諭そうとして、神父とシスターは  他の子供ともども逆に殺されてしまった、と。  …むごい話だな。マッタク!」 むごい話、と自分で言っておきながらスーツの男の顔には まったくと言っていいほど憐れむような表情は浮かんでいなかった。 彼にとっては顧客にも労働力にも成り得ない下級層の人間など どうでもいいのだろう。実に企業人らしい反応だ、レイヴンは 眉をしかめて顔を背けた。背けた視線の先にはさきほどの 子供たちが居た。輸送ヘリに常備してあったレーション(携帯食料) から、子供が喜びそうな甘いものを選んで副操縦士が与えたのだった。 小さな男の子は口の端に固いクリームをべったりとつけたまま 粗末なレーションケーキを頬張る。あんなろくでもない、甘ったるい ケーキをがっつくくらいだ、余程甘いものが好きなんだろう。 男の子の隣に座った栗毛の少女が、男の子の口の端についた クリームを可愛らしい花の刺繍のされたハンカチでぬぐってやる。 栗毛の少女は、地下室に隠れていたのを年長の少年が連れてきた。 少女は、男の子に自分のほうがお姉さんなんだと示したいんだろう。 嫌がる男の子を諭すような口ぶりだ。 レイヴンの頬が緩む。どちらの子供も、同じくらいの年頃なのにな。 平和で穏やかな光景だ、そう思った。 いつもレイヴンの目に入るのは、爆風と、銃口から発せられる マズルフラッシュ。それとすべてを焼き尽くす高熱の炎だった。 久しぶりに見る、目の前の穏やかな時間はレイヴンに少しばかり 安らぎを与えてくれた。 二人の子供から少しはなれて座り、ケーキをかじりながら 同じ光景を見ていた年長の少年と目が合った。 少年もレイヴンと同じように頬を緩ませていたが、レイヴンと 目が合うと頬を強張らせ、視線を背けた。 レイヴンは自分の体の温度が急に下がったような気がした。          ****** 「なんだと?…おい、もう一度言ってみろ」 返す言葉に詰まり、引きつった笑いを浮かべるスーツの男。 レイヴンは、一歩踏み込んで顔をスーツの男に近づけ もう一度、繰り返す。ゆっくりと、はっきりと、強い口調で。 「もう一度、言ってみろ。そう言ったんだが?」 「だだだ、だからだね、出撃は、し、しなくてもいいと、そう言った!」 スーツの男は、声をうわずらせながらなんとか、言った。 そのまま彼は後ろに下がろうとしたが、半歩下がったところで それ以上進めなかった。ヘリの操縦士と、副操縦士だ。 小型車両の通信を受け、教会の中庭に着陸したヘリの中は 異様な熱気と張り詰めた空気が支配していた。 今、輸送ヘリの中ではスーツの男以外は皆、彼に詰め寄り 今すぐにでも掴みかからんとしていた。それにはわけがあった。 「仕方が無いんだよ!これはクレスト本社の意向でもあるんだ  ボクだけの意見では!マッタク、断じてないぞ!」 「それはないでしょう!ここまで来てそれは!」 副操縦士がスーツの男に、更に詰め寄った。 彼らは皆、このままこの教会を襲い、そして山の向こうに 去っていったという例の武装集団の追撃、及び殲滅作戦へ 向かおうとしていたその矢先の出来事だ、無理もなかった。 「レイヴン、キミが所属するレイヴンズ・アークの規則にも  あるだろう!アークの仲介なしに勝手に依頼を受けてはならないと!  おい、なんとか言えレイヴン!」 確かにそのとおりだった。 レイヴンズ・アークの仲介なしに企業等から直接依頼を受けるのは 契約違反だった。それに対する唯一の罰則は「除籍」つまりクビだ。 庶民では三代かかろうと到底稼げないだろう莫大な金額を たった数年で稼ぐチャンスが永久に失われる。 そして、法的手段を用いて全ての口座が凍結・没収され アークが斡旋した倉庫内に保管されたACパーツも同様の処置を受ける。 それどころか、レイヴンズ・アークに所属する全てのレイヴンに 狙われる可能性すら高いのだ。賞金がかけられるからだ。 それも相場を越える金額をかけられて。 「それにキミら!いいのか、ボクにそんな態度を取って!?  キミら程度の人材など幾らでも代わりは居るんだぞっ、ええ?!」 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ操縦士二人が一歩下がる。 レイヴンの受け取る報酬の足元にも及ばないが、それでも 企業が彼らに支払う報酬は非常に割りのいい金額なのだ。 彼らには養うべき家族も居るだろう。 「少し、話に食い違いがあるようだが?」 レイヴンがスーツの男に言った。鼻息を荒くしたスーツの男が レイヴンを睨んだ。それでもレイヴンは表情一つ変えない。 「これはクレスト社から受けた追加のミッションだ。  さっきオレが潰したミラージュ基地からの帰路に受けた追加の、な。  現場では時に、様々な不確定要素が発生する。  そこでアークは我々レイヴンに『現場での追加ミッション受諾』  の権限を与えた。応じるも応じないもその場の気分しだい、とな。  オレは追加のミッションに応じただけだ。何の問題があるんだ?」 今度はスーツの男が苦虫を噛み潰す番だった。 しばらくは口をぱくぱくと開けたり閉じたりしていたが さすがに幹部クラス、といったところか、反撃に転じた。 「しかし!これはクレスト本社の意向なんだよ、マッタク!    『武装集団など放って置いて構わない。1コームにも   ならない。そんなものは無視してとっとと帰投しろ』  そもそも武装集団が我々クレストのMTを使用しているという  明確な証拠は一つもない。したがって我々が高い金を  払ってレイヴンに討伐を依頼する理由などないのだよ!  いいや、あってたまるものか!  そもそも、これはミラージュかキサラギが我々クレスト社の  評判を落とすためにしている妨害工作かも知れないんだぞ!?  クレスト製のMTに見せかけた自社のMTを使ってな!  罠の可能性が高いと分かっていてのこのこ出て行ってやられる  バカがどこに居る!?」 スーツの男がべらべらと早口でまくしたてるのをレイヴンは 静かに聞いていた。言いたい放題言いつくし、肩を大きく上下させる スーツの男に、レイヴンは一言だけ返した。 「…そのバカなら、ここに居る。あんたの目の前だ」 相変わらず肩を上下させながら、スーツの男が顔を 引きつらせた。心底呆れたよ、その顔がそう言いたげだった。 「――我が社からは一切、報酬は出さないぞ。  キミにはそれが分かっているのか?金で動くレイヴンが  タダ働きをするなんて、とんだお笑い種だな、マッタク…」  それに、すでにさきほどのミッションについての  キミのACの弾薬費、それに修理賃の見積もりは終わってるんだぞ?  これ以上自分のACに損害が出た場合、キミは自分の所持金から  それらを支払うことになるんだ、高額な修理費を、だ。  それでもいいのかね?」 「ミサイルはもう残弾も予備もない。それに今回右腕武器は  エネルギーライフル、弾薬費はゼロ。金はかからない。  左腕は元々ブレードだしな。  それと、もう片方の肩武器はレーザーキャノンだ」 好きにしろ。スーツの男が折れた。 スーツの男はそのまま崩れ落ちるように座席へ腰を下ろした。 やり取りの一部始終を見ていたヘリ操縦士二人があわただしく 動き始める。ACのエネルギーライフルへの充電、ヘリのエンジンにも 火が入り、軽合金製のヘリの心臓が脈を打ち始めた。 レイヴンも、不要になったミサイルポッドをパージ、ヘリへ 格納、それと電子機器のチェック、微調整を始めた。 スーツの男はそれらの作業に手を貸さず、ヘリの近くにあった 壊れかけたベンチに座りぶつぶつと何か言っているだけだった。 ジェネレーター用のエネルギー源はまだ60%ほど残っていた。 これならばオーバードブーストを織り交ぜた高速戦闘を仕掛けても 優に一時間は問題無く稼動できるだろう。レイヴンはチェックを 終えてACを降りる。ACを降りるとそこに、いつから居たのだろう 子供達三人が立っていた。 「レイヴン」 「どうした?」 年長の少年が何かを言いたそうに口ごもる。 小さな男の子と少女は、後ろに手を回して少年に 寄り添うようにして立っていた。 何か用か?少し強い口調でレイヴンはもう一度尋ねる。 「……あれ、なんだい?」 あちこちに視線を泳がし、会話の糸口に丁度いいものを見つけた。 そんな顔で少年が指を差す。その方向に首を捻ると自分のACだった。 真っ直ぐに伸ばされた指は、左肩の辺りを差していた。 「あの、エンブレムが気になるのか?」 少年がこくこくと頷く。 「あの羽は、ワタリガラスの羽をモチーフに描いたんだ。  『レイヴン』はワタリガラスのことなんだ。知ってたか?」 暗緑色の塗装の上に白色で描かれた羽のマーク。 レイヴンはこの鳥の名が気に入っていた。 自分の名でなく単に「レイヴン」と他人に呼ばせるのも その言葉の響きが好きだったからだった。 「そ、そうなんだ。知らなかった」 不自然とも思える沈黙が訪れ、レイヴンは子供達が何かを 言いに来たのを悟った。 何かオレに言いたいことがあるんだろう? 聞いても子供達はうつむいて答えようとしない。 「……忙しいんだ、今は。言いたいことがあるなら、後で」 付き合っていられない。ため息を一つ、レイヴンは子供達に 背を向けてACに歩みようとしたが、誰かに背中を突つかれた。 いぶかしげに眉をひそめ振り返ると、少女が背中に回していた 両腕をこちらに差し出してきた。 少女は何か、一抱えほどある箱を差し出していた。 よく見ると錆びては居るが、何か菓子でも、おそらくクッキーが 入っていたものだろう。平たい、ブリキの円柱形の缶だった。 「…これ」 受け取って。そう言う様に少女はレイヴンに缶を掲げて見せた。 「?」 レイヴンは何も言わず黙ってそれを受け取った。 思ったよりもずしりとした重みがあった。 缶が揺れるたび、じゃらじゃらと缶の中で金属同士がこすれあう 音がした。蓋に手をかけ、力を込める。 錆び付いていたわりには、すんなりと蓋は開いた。 「…この金は?」 缶の中身は、薄汚れしわが目立つ紙幣がわずかに入っていた。 紙幣のほかには、缶の中を埋め尽くすほどの小銭が入っていた。 「4コーム、あるよ」 「それ、あげる。だから、あいつらをやっつけて。お願い」 「オレ達と、殺されちまった他のやつらで、神父様とシスターに  なんかプレゼントしようって貯めた金だけど。  …でも、いいんだ、もう」 「それに、レイヴンは金を貰って仕事を請け負うんだろ?  オレ達が持ってる金じゃ、少ないんだろうけど。  でも、これで、仕事をして欲しいんだ……」 三人の子供は、皆泣きだしていた。悔しいから泣いているのだ。 悲しくて流している涙ではないのがレイヴンには理解できた。 「貰っておく」 「…だが、半分だ」 レイヴンはそう言うと、節くれだった指で缶から器用に 丁度2コーム分の小銭と紙幣を拾いあげた。 そうして残った半分の入った缶の蓋を閉め、年長の少年に手渡した。 「全部、あげるよ?私たちね、もう、そのお金、要らないの。  だから全部持っていっていいのよ?」 「残りは、後で貰いに来る。だから大事に取っておいてくれ。  成功報酬って言葉を知ってるか?今オレが受け取ったのは  契約金、てヤツだ。これで商談成立だな」 レイヴンは涙を拭きながらつっかえつっかえ話す少女にそれだけ言うと 小銭でぱんぱんに膨らんだズボンのポケットを揺らしながら、輸送ヘリ に乗り込んでいった。 「幾ら貰ったんだね、レイヴン?」 座席に着いたレイヴンにスーツの男が話しかける。 2コームだ。レイヴンはまだしつこくからんでくるスーツの男に そう返した。スーツの男がハッ、と笑う。 「それはまた大金を貰ったもんだな。それじゃマシンガンの弾も  買えやしないぞ、これは完全に採算度外視の仕事だな。  赤字だね、いや、マッタク」 「――あんたは企業に属しているせいで誰かに命を狙われたことがあるか?」 「…?何度か、な」 そうか。レイヴンは表情を変えずにスーツの男を見上げた。 「それがどうかしたのかね?レイヴン」 「オレは、金のためにこんな仕事をしている。  大金が必要なんだ、理由はあんたには言わないがな。  オレは金のために人を殺す。  金のために命をかける人間を殺す。  ま、企業の人間なんかだな。  …オレも金のために命をはってる。だから金のために命を  落とすかもしれない。オレにはその覚悟が出来ている。  あんたもそうだろう?」 そこまで一気に言い終わってから、レイヴンは煙草に火をつけた。 吐き出された煙を、イヤそうにスーツの男が払う仕草をする。 「だからなんだと言うんだね、レイヴン?」 「だから?だからオレは行くんだ、今からあの教会を襲った  連中を殺しにな。あんたから見ればはした金だろうがこの  2コームはオレにとっちゃ立派な報酬なんでな。  命をはる責任が、この金を受け取ったオレにはある」 「そうか。……安い命だな」 レイヴンはもうスーツの男に返事をしなかった。 ふん、鼻を鳴らしてスーツの男は操縦室のほうへ消えていった。 上昇するヘリの窓からは、まだ広場で手を振っている三人が見えた。 ため息をひとつついたレイヴンが、誰にでもなく一言漏らした。 「赤字だって?……違うな、大赤字だ」 そのうちにヘリからは子供達が見えなくなった。 見えなくなったところで、ようやくレイヴンは重い腰をあげ ヘリの外部ハッチからACへ乗り込んだ。 『――システム、起動。これより、戦闘モードへ移行します』 合成された、抑揚の無い女性の音声がコア内部に響いた。 今まで消していた灯りを点けたように、レイヴンの瞳が強く光を放った。            ****** ヘリに吊り下げられた格好のまま、ACのカメラをあちこちに めぐらせていたレイヴンの視界、その端に人工的な構造物が ちらりと映った。山と山との谷間に、なかば木々に埋もれるような格好で それは存在した。隠れるのにうってつけの場所だ、そう思った。 教会や付近に点在する都市郡からの距離を考慮しても ここが適当だろう。レイヴンは判断した。それは勘と言っても良かった。 「こちら、AC。大規模な構造物を視認した。ヘリから確認できるか?」 「…ちら輸送ヘリ。こちらも確認した…ちょっと待ってくれ。  ――マップデータによると、だいぶ昔に倒産したレアメタルの  採掘場のようだが…。採掘量が激減したうえに、大きな負債を  抱えていたみたいだな。まぁ、時代の流れに淘汰された  中小企業の名残さ」 聞き流しながらレイヴンはモニタのカメラを最大望遠にする。 しかし上空からでは距離があり過ぎる。操車場のあちらこちらに 点在するコンテナ程度のものしか確認できなかった。 「高度を下げてくれ。距離がありすぎて様子が分からない」 了解した。ヘルメットのスピーカーがそう告げ、ぐん、と ACが揺さぶられる。ブレてクリアな視界が確保できないモニタの端で 高度計がするすると数字を小さくしていく。 高度計が1000を切る。 …900 …780 …500を切ったあたりで、眼下の操車場で何かがきらめいた。 「操縦士!今何か動いた、見えたかっ!?」 「い、いや何も……!?」 そんなハズはない。確かに何かが動いた。レイヴンはもう 一度、目を凝らしてモニタ範囲内に視線を巡らせる。 また何かが光った。小さな黒いゴマ粒のような… 「操縦士、回避しろ!……ロケット砲だ!!」 了解、操縦士の声とともにヘリががくん、と揺れる。 大きく重い機体に似合わない俊敏な機動性で、輸送ヘリは 急激に左下方にロールする。レイヴンは吊り下げられた自機の 後方で小さな爆発があったのを衝撃から理解した。 「危なかった…!」 無線越しに、操縦士が安堵する様子が窺がえた。 対してレイヴンは、まだそうするには早い、それを分かっていた。 「まだ来るぞ。真っ直ぐに飛ぶな、狙い撃ちされるぞ!」 レイヴンの言葉通り、操車場のあちらこちらで瞬くものがあった。 一発で落とせなかったので、今度は数で押す気らしかった。 対AC戦では、機動性、火力、どちらをとってもMTを初めとした 他の陸戦兵器に勝ち目は薄い。 ならば投下される前にヘリごと落とす。正しい判断だ。 「…とっととオレのACを投下して離脱しろ!  ACの重量を腹に抱えていてはこの砲撃をかわし切れないぞ!」 「しかし、この砲火の中では……!」 レイヴンの言うとおりだった。幾ら並みのヘリよりも 機動力があるとは言っても所詮は輸送用のヘリでしかない。 ロケット弾の直撃を受けて無事で済ませられるワケがなかった。 ACのすぐ横でロケット弾が爆発する。 「よし、キミのACを投下しようレイヴン」 スーツの男の声が聞こえた。とっととACを投下し 自分は安全圏へ逃げ出そう、そういう魂胆がみえみえだった。 とかげのしっぽ、そんな言葉が思い出されレイヴンは短く笑った。 「じゃあさっさと投下してくれ。オレもこのまま  ヘリにしがみついたままやられたんじゃ、あの子供達に  申し訳が立たないんでな」 「了解した……。レイヴン!幸運を祈る!」          がこん。 ACを固定していた機具が外される音。 空中に放り出されたACが自由落下を始めた。 例のフリーフォールの感覚だ。 ブースターを断続的に使用して飛来するロケットを次々と避ける。 「クソッ!当たらねぇぞ畜生!」 「無駄撃ちをするな!よく狙って撃て!タマはタダじゃねぇんだぞ!」 地上では、カムフラージュに被っていたコンテナの殻を脱ぎ捨てた MT数機が降下してくるACに向かって弾幕を張る。 「ACと戦うのがイヤで会社のMTを盗んで逃げ出したってのに…!  これじゃ本末転倒もいいとこだ!」 逆間接型MTのパイロットが叫ぶ。 彼らは元々各企業所属のMT部隊の隊員だった。 MTのパイロットは他のセクションに比べ、報酬が高い。 その金につられ入隊してきた人間達だった。 しかし、結局のところ彼らは逃げ出した。 ロケット砲やバズーカ、エネルギー砲で武装を施したMTだろうと レイヴンが駆るACの前ではただの動く的にしか過ぎなかった。 危険を前にした人間のほとんどがするように、彼らも 逃げ出したのだ。山間部に潜み、小規模な町や都市を襲い 金品や食料を奪い、道中で破壊されたMTを発見するたびに 弾薬やパーツを得て、彼らは生き延びてきた。しかし―― 「どうやら盗賊ごっこもここで終わりだな」 レイヴンは降下しながらエネルギーライフルの狙いを定める。 すでにMT群はロックサイト内に捕らえていた。 一機のMTを捕らえていたロックが黄色から赤に変わる。 「……え?」 それまで回避行動するだけで、攻撃の気配のなかったACの手元から突然 赤い光条が放たれた。射撃することだけに気をとられていた逆足MTの 胴体部分を上から真っ直ぐに真っ赤な光が貫いた。 高熱を帯びたエネルギーの線に貫かれた逆足MTは微動だにしなかった。 少しの間、他のMT達はそれを眺めていた。 そのうち、力尽きたように逆足MTは地面に倒れこみ、そして爆散した。 「や、やられた…!一撃だなんて…そんな…」 爆散したMTの横に居た、エネルギーキャノンを装備した MTに乗っているパイロットが声を震わせた。 立ち上る炎にモニタを向けながら後退を始めた。 仲間がやられたのを見て怖気づいたのだろう。 「ばかやろう!余所見してんじゃねぇ!」 後退するキャノンMTに、ずっと後方のMTのパイロットが無線を通して叫ぶ。 重装甲MTを駆る彼はなおも叫び続ける。恐怖に支配されてしまう前に その感覚を消してしまわなければいけない。そうでなければ戦えない。 自分達が生き残るにはあのACを撃破する以外にないのだから。 慌てて前上方を向きなおそうとしたキャノンMTの眼前に、暗緑色のACが 舞い降りたのが後方のMTには見えた。 ACが左腕を振った。キャノンMTの背中が邪魔で、重装MTからは 何が起こったか、にわかには判断できなかった。 ACの左腕に弾かれたキャノンMTが割れたコンクリートの床を滑った。 火花を散らしながら重装MTの脚部にぶつかりようやく止まった キャノンMTは真一文字にコクピットを切り裂かれていた。 痛みも、恐怖を感じるヒマすら与えられずパイロットは エネルギーブレードの高熱で蒸発していた。 重装MTがACに向かってバズーカを発射する。 ブレードを作動させた際の硬直時間を狙われ、レイヴンのACは バズーカをもろに受けた。弾丸が炸裂した際の衝撃に機体を よろけさせながらも、レイヴンはライフルの引き金を引いた。 「ぐぉぉっ!」 重装MTは発射後すぐに回避行動に移っていたため、直撃を免れる。 が、重装ゆえの機動性の低さが仇となり右腕を熱線にもがれた。 「てめぇら何してやがるんだ!見てねぇで援護しろ!」 「りょ、了解!」 無線に向かって怒鳴りつけ、重装MTはコンテナの間をぬうように 後退し始めた。前方からライフルの銃声とロケットの炸裂音が 聞こえる。ACが彼のMTを追ってくる気配は無かった。 「オレのMTは腕をもがれて戦えねぇ!アレに乗り換える!  それまでお前らでもたせておけよ、いいな!」 返事を返すものは居なかった。怒号と悲鳴が聞こえてきた。 無線のスイッチをオフにして、彼は山をくり貫いて造られた 採掘場の中へ進んだ。MTの部品や銃器が散乱する倉庫の奥に 彼が乗り換えようとしているものが鎮座していた。 もぎとられた、右腕の付け根から煙を吹くMTを乗り捨て 「それ」に飛びつく。 コクピットにある計器盤、その端に設置されたメインスイッチを 押し込む。小さなコンピュータの起動音。 計器盤、続いてコクピット前面の大型のモニタが淡い光を 放ち始めた。数秒の間を置き、コクピット内に 合成された男性の声が響いた。 「システムを正常に起動しました。これより戦闘モードに移行します」 見ていろよ、レイヴンめ。すぐにこいつのパーツ取りにしてやるぞ。 四本ある脚がそれぞれに蠢き、間接を軋ませながら機体が前進を始めた。             ****** 「……3」 バックブースターで弾丸を回避し、左前方の二足MTに向かって ライフルを放つ。放たれた光はMT胴体部分の真ん中を貫いた。 「この野郎!死ね!死ねっ!!」 強力なECMを作動させつつ、もう一機の二足MTが背後からACに迫る。 短い衝撃を受けたことから、被弾したことをレイヴンは悟り 機体をジャンプさせコンテナの積まれた物陰へと退避した。 上空かFCSが捕らえた反応は六。 降下中に仕留めた逆足。 その直後にブレードでもう一機。 そして今やった二足型。 直撃を免れ、後退していったあの重装型は数に入れていない。 残りは今のECM型と、もう一機。 (クレスト製MT以外も混じっていたようだったが…) 不意にモニタ上方のロック警告ランプが点いていることに気づく。 止まっていると恰好の標的だ。ブースターペダルを踏み込んで 左横に機体を走らせる。  がん! がん! 機体を追うようにコンテナに弾痕が次々と穿たれる。 どこから?レーダーに目を走らせる。 自機のはるか後方、レーダー圏内ぎりぎりに赤い点が一つ。 狙撃されているらしかった。後方は森が広がっている、肉眼では 捉えられない。 そしてもう一つは…自機進行方向に一つ。 モニタの端に動くものが見えた。バックブースターで回避、ACは そのまま宙へ舞い衝突を逃れる。サイト内にロックされたMTは ライフルをこちらに向けていた。ライフルの先が発光した。 小さい衝撃が二度、三度。宙に舞い上がったACは恰好の的になっていた。 後方からも、大きな衝撃があった。このままではマズい。 機体を降下、ECM型の真正面へ着地した。依然ロックしたままだった。 エネルギーライフルを発射体勢に持ってゆく。 赤いロックサインが不意に消えた。直後、FCSがエラー警告音を鳴らす。 ECMによってこちらの射撃管制装置が狂わされた結果だった。 レイヴンは構わずにトリガーを引いたが、伸びていった赤い光条は コンテナに穴を開けただけだった。 「当たらないなら接近すればいいだけだ!」 コアの背中部分、普段は閉じられている大容量の吸気口がスイッチに 連動、カバーが弾かれるように開かれた。 大量の空気をジェネレータ内へ強制的に送り込む。 圧縮された空気と液体燃料が、急速にジェネレータの回転数を上げる。 それによって生まれた高温をともなったエネルギーが 通常と比較にならない高圧力で排出され、音速に迫る速度で 機体を押し出す。前へ前へと。 一秒半ほどで、暗緑色の機体はMTの眼前へ到達した。 MTパイロットは後退しようとスロットルを引いたが 時速800qを超えるACの速度には及ばなかった。 ACの左腕が掲げられ淡い黄色の高エネルギーで形成されたブレード刃が 見えた。MTパイロットが最期に見たのはその黄色い光の塊だった。 MTを両断し、オーバード・ブーストで発生した運動エネルギーの慣性で 反転したACは、そのままジャンプした。 「ここからなら……!」 レイヴンは即座に武装の切り替えスイッチを押す。 着地したコンテナの山の頂上で、ACはレーザーキャノンの発射体勢に 入るべく膝を着いた。足元からぎしぎしと鉄が軋む音がした。 コンテナがACの重量で潰れそうになっているらしい。 キャノンを構えたACを静止させ、ロックサイトをモニタ内で巡らす。 相手は森の中で、肉眼での発見は困難だ。そこでレイヴンはロックサイト を巡らせ反応を探した。装備したFCSはロック距離が長いタイプのものだ、 ここからでも森の中のMTを捉えられるはずだった。 「くそっ、どこに!?」 上半身を左右に振りながら、反応を探した。 コアが衝撃を感知、ダメージ警告表示が点滅した。 わずかにバランスを崩しはしたが、ACは発射体勢を保つ。 機体正面よりわずかに左、斜め下方からの射撃だった。 ロックサイトを移動する。黄色いロックサイトの枠が赤に変わった。 ――捉えた! 更にコンマ数秒でサイト内に赤い四角が現われ、標的までの 距離を自動的に算出した。完全にロックした。トリガーを引く。 左肩に載った銀色の筒から目が眩むほどにまばゆい白色の軌跡が 伸び、森に吸い込まれていった。着弾点で爆風が巻き起こり 木々が何本もなぎ倒される。すさまじい威力だ。 「……やった、か?」 しばらくの間、発射体制を維持したままレーダーに目を配る。 さきほどのECMの影響はもう無いはずだった。 レーダーの前方に、反応はない。メインカメラを最大望遠、 着弾点を拡大する。着弾点に、なぎ倒された木に押しつぶされた形で 平たい皿のような狙撃型MTの頭部が小さく見えた。 これでMTの掃討は完了した。 残りは、さっき逃げた重装型一機のみ。 キャノンの発射体制を解き、立ち上がる。今にも崩れてしまいそうな コンテナの山からジャンプした。直後、コンテナの山は崩れ去った。 ただし、レイヴンのACがジャンプした衝撃ではなく、爆風で、だった。 「何だっ!?この威力は!!」 爆発し、飛散したコンテナの破片を避けながら操車場を疾走る。 不意にモニタの隅で何かが光った。反射的にバックブースターを 吹かしなんとか回避した。このまま直進していたらレイヴンのACが 通過していただろう場所に真っ直ぐ飛来したそれは、地面に 直撃し、大規模な爆発を巻き起こす。 「……ちぃ!避けたか!」 採掘場の入り口から半身を乗り出した迷彩色の四脚AC。 その機体に装着された、通常の腕部とは異なるフォルムをした グレネードランチャー内蔵型腕パーツが、その長い砲身の先、砲口から 煙をあげていた。 レイヴンが後退すると見るや、すぐさま四脚ACは前進を始めた。 「AC!?あんなものを何故……!!」 レイヴンはコンテナの陰をぬうようにしながら後退、充分に 距離を取ったところで空へ舞い上がった。カメラが突如として出現した 所属不明ACを捕捉、コンピュータが敵ACの武装を映像から解析する。 もちろん、その間もレイヴンはACから目を離さない。 案の定敵ACの砲身がまたたき、再びグレネードが発射される。 すかさずブーストを停止、急降下で弾丸をかわす。 「――敵ACの所属は不明。長射程、高威力のグレネードを装備。  肩部にも大型の実弾兵器を装備しています。機動力を活かして  の一撃離脱戦法が有効と思われます」 それぐらい分かっている。抑揚のない人工知能の声に そう返しながら、レイヴンはひび割れたコンクリートの上を滑走する。 間隔を開けながら、時折近くのコンテナに大量の銃弾が撃ち込まれる。 大口径の弾丸に引きちぎられた鉄片が舞い、遮蔽物がじわじわと 失われてゆく。おそらく肩に装備された武器はチェインガンだろう。 グレネードは高破壊力で圧倒的な強さを見せつける武器だが 携行可能弾数は少ない。遮蔽物を取り除いた上で確実に狙いすました 砲撃をもって破壊するつもりであることが窺がえた。 「くそっ……ちょろちょろと鬱陶しいレイヴンめ」 四脚ACのコクピット内で、男が舌打ちする。 「グレネード 5」 「チェインガン 52」 武器表示画面の残弾数を確認する。 逃亡生活の中、ルーキーと思われる操縦の下手糞なレイヴンと遭遇。 戦闘の末撃破し入手したACを元に、破壊され廃棄されていたパーツや 武器を集め修理しやっとここまで組み上げてきた。 ようやく使い物になってきた機体の初戦がまさか本物のレイヴンだとは。 男は無精ひげを軽く撫でながら唇を歪ませた。 「高けぇタマ代と仲間の恨みは返させてもらうぜレイヴンよぉ!!」 再びチェインガンを斉射する。ACの足元で、排出された空薬莢が 済んだ音色をたてながらいくつも転がった。 足元に撃ち込まれた弾丸を急速後退、旋回してかわす。続いてジャンプ。 空中に飛びあがるのを待ち構えていたように、グレネード弾が敵ACから 撃ちだされた。それを、OBで空中を滑るように回避した。 標的を捉えることなく虚しく空をきったグレネード弾は空中で炸裂した。 「――これで向こうが撃ったグレネードは4発」 あのACが後何発、弾丸を携行しているのか。 恐らく正規の手続きを踏んで、ショップやアークから 手に入れた代物ではない。 盗んだか、あるいは誰かから奪ったものである可能性はおおいにあった。 日々新たなレイヴンが流入してくるこの地域には、素人同然の 腕しかない、死にに来たとした思えない新参レイヴンも居た。 彼はそういった「動く的」としか思えない憐れな レイヴンを何度か相手にしてきた。 そして「ランカー」と称される腕の確かなレイヴンとも、幾度も 銃火を交えた。 何度も何度もそういった死線を潜り抜け、培った経験、勘が 彼自身に言っていた。「敵の弾切れは近い」と。 現に、チェインガンは先ほどまでのように派手にバラまくような 撃ち方がされておらず、こまめな、牽制する役目しか果たしていない。 くわえてグレネードも機体がブレーキングするか、空中に 飛びあがったか、どちらかの隙を狙うかだった。 動きが止まったところを狙うのは道理だが、それにしても お粗末な「狙撃」ではあった。ACやMTのコンピュータには標的の 動きを予測して射撃管制を行う「予測射撃」の機能が備わっているが それは一手先しか読めない。先の先まで読めるのは人間の勘だけだ。 もしも相手が多少なりとも経験を積んだレイヴンであれば さっきジャンプした時も空中ではなく、着地の瞬間を狙っていたはずだ。 AC乗りとしてはまだ素人の域を脱しきれていない。勝算は充分にある。 エネルギーライフルを発射し、牽制しながら四脚ACへ直進する。 再び敵ACからグレネードが発射される。コンテナを盾にして そのまま真横へ逃れる。吹き飛んだコンテナの破片がレイヴンのACの 装甲をかすめて四方八方へ飛んでゆく。 「五発目」 すぐ後ろ、たった今真横を通り過ぎたばかりのコンテナが破裂 し、破片をもろに浴びる。金属と金属が擦れあう不快な大音響が コクピット内でこだました。機体が爆風と破片の衝撃でぐらついたが すぐに持ち直す。 「……六!」 レイヴンはこれ以上の機体の損傷を防ぐために全速力でACを滑走させる。           キン、キン、キン 思いもよらなかったその警告音にぎょっとし 慌ててレイヴンはわずかに残った数個のコンテナの陰に機体を寄せた。 ジェネレータのエネルギーゲージ残量が赤を示す。 ブーストを使いすぎたな。レイヴンは軽く舌を鳴らした。 エネルギー残量が無ければ、右腕に装備したライフルどころか ブレードも使えない。エネルギーは三十秒もあればまたコンデンサ の全容量まで回復するが、その三十秒の停止状態は戦場では 命取りだ。レイヴンは喚き散らしたいのを堪えた。 かん、かん、とコンテナの鉄板を銃弾が貫通する音が聞こえる。 コンテナ越しに敵ACをFCSに捉える。標的までの距離を表す 数字がじわじわと小さくなる。こちらが動いていないのに 数字が変化するということは――相手が接近している、ということだ。 レイヴンはようやく五割を超えたコンデンサ容量を視認し、いつでも コンテナの陰から退避できるように構えた。 相変わらずコンテナに響く断続的な乾いた音を聞きながら FCSに表示された相対距離を測る。 320。 この距離ならば、コンテナごと吹き飛ばしにかかってもよさそうな ものだったが、敵ACはチェインガンによるコンテナ越しの めくら撃ちをすることしかしない。予想よりもグレネードの弾数が 少なかったのかもしれない。レイヴンはコンテナの陰から飛び出した。 遮蔽物を破壊され、さっぱりとしたコンクリートの操車場を 右へ左へ、レイヴンは機体を振りチェインガンの弾丸を回避しつつ 様子を窺がう。相手もこちらを機体正面に捉え、いつでも 高火力のグレネードを撃てる状態だ。 レイヴンはエネルギーライフルを続けざまに数発放った。 四本の脚を俊敏に動作させ、回避にかかったが最後の一本の 光線がコアの左脇をかすめた。 乱暴なブレーキングをされ、ぐらついた四脚が今度は後退を始めた。 こちら側を向いてはいたが、頭部が落ち着き無く左右に振られている。 それは、逃げ道を断たれ、おろおろとそれでもどこかに突破口を 探す哀れな敗残兵そのままに見えた。ライフルを撃ち、牽制しつつ ゆっくりとレイヴンは接近し始めた。 四本の脚がもつれそうになるほど乱暴に、左右にふらふらと機体を 揺らしながら少しでも遠ざかろうとする。 じっくりと狙いを定め、レイヴンはライフルの引き金を引いた。 次の瞬間に、コアを光の束に貫かれ、爆散するAC。 ――――それをレイヴンは想像した。 しかし、そうはならず、相変わらず四脚ACはふらふらと機体を 後退させつつチェインガンを散発的に放ってきた。 二、三度機体に衝撃を受け、レイヴンは水平方向にACを走らせる。 「エネルギーライフル 0」 「レーザーキャノン 7」 「エネルギーブレード NO RIMIT」 ライフルのエネルギーがゼロを示していた。 ふらふらとしか動かない相手を見て、レイヴンはこの距離から ならばキャノンでも充分にトドメをさせる、そうも考えた。 しかし、あのACがどこの誰のものか知りたいと考えた。 見たことの無い構成、カラーリング。エンブレムも無いため 操縦しているレイヴンは分からなかった。そもそもレイヴンですら ないかも知れない。しかし、自分が知らないだけで別の地域から やってきたレイヴンなのかも知れない。そう考えたレイヴンは キャノンの発射を止め、OBボタンを押し込んだ。 ふぉ……ん 急激に加速された暗緑色のACが迷彩色のACに迫る。 掲げられた左腕に装備されたブレードが唸りをあげ、高エネルギーの 刃を形取り、独特のノイズを辺りに響かせる。 (…賞金がかかっていると、いいんだが) もしも賞金がかけられたレイヴンのACであれば、後でコアを 持ち帰りアークのコンピュータで解析すれば名前が分かる。 キャノンで粉砕するのは容易いが、それではコアごと破壊してしまう。 それでブレードでコクピットのみを狙うことに決めた。 この仕事で受けたダメージを修復する金も稼いでおきたかったし 何より、故郷では難病により今も病院のベッドに縛られる妻が居る。 珍しい、そして何より難しい病気だった。目玉が飛び出るほどの 高額な医療費がかかるのだ。幾らかでも足しにしたかった。 妻は病気のせいで、子供が産めない体になった。 だから、せめて元気になって欲しい。 もう一度、綺麗な洋服を着せてやり、どこかへ連れて行ってやりたい。 その願いが、レイヴンに危険な近接戦闘を選ばせた。 すでにチェインガンも弾切れのようで撃ってこない。 それに腕のグレネードも。 素晴らしい速度で距離が縮まっていく。 …250  …149  …80 振り上げたブレードでコアを一撃。 しようとした瞬間だった。視界が赤く染め上げられた。 何が起こったのか。コクピット内のあちこちに体をぶつけながら レイヴンは必死に考えた。目の前のモニタは何も写していない。 数種類の警告音が鳴り響く。 両腕から同時に発射されたグレネードの至近弾の直撃を喰らい 致命的なダメージを受けたのだ、そう理解すると同時に レイヴンは力尽きるように、その瞳を、閉じた。 「……やった!やったぜ!イィィィヤッホオォォォォゥゥゥ!!!!」 弾切れを装い、狼狽えてして逃走すると見せかけて引き付けた後 回避できないほどの至近距離からグレネードを喰らわせる。 五分五分、いや、それ以下の成功率だったろう思いつきの作戦が 見事に成功した。 正規のテストをパスし、困難な幾多の依頼をこなしてきただろう レイヴンをこの手で倒した。 二つの大きな喜びをかみ締めながら、男はペダルを操作し自分の真正面 に仰向けに倒れた暗緑色のACへ近寄っていった。 少し前に発売が開始されたキサラギ初のコアの、丁度胸部の中心。 グレネードが炸裂した証拠である、大きく歪んだ凹みを誇らしげに 見下ろした。 「ざまあみろ、こンの……くそったれレイヴンめ!」 「オレ様にたてつくバカヤロウは皆こうなるんだよ!ナメやがって!」 「てめぇのACパーツはオレ様がうまく使ってやるぜ、はははは!」 もう動かないACを真下に見下ろしながら、あらん限りの罵声を浴びせつつ 男は肩部のチェインガンの照準をコアに合わせる。 コアを中のパイロットごと撃ち、トドメをさした後でゆっくりと 解体し、パーツを奪う、そのつもりだった。 「このくそ……げほ、げほっげほっ!!くそ、ノドが涸れちまった…」 男は何度か咳払いをしてから、トリガーに指を掛けた。 照準はコア中央部に定められたままだ。 「じゃあな、くそったれレイヴンさんよ」 トリガーを引き絞った。 高速回転する多装砲身から音速で放たれた大口径の砲弾は 青い空へ、次々と吸い込まれるように消えていった。 男は、一秒ほど前までと全く違うモニタに映る光景を信じられなかった。 トリガーを引く指も硬直したまま、倒れこんだコンクリートの床を チェインガンの砲弾が抉るのを見続けた。 弾の無くなったチェインガンが、からからと音を立て続けていた。 「なんでだ」 「……なんなんだよ一体!!!なんでオレが?!どうしたんだこの  ポンコツがぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!」 ワケが分からない。男はコクピット内のモニタや計器類に 拳に何度も叩き付けた。状況を認識できないでいた。 涎を撒き散らしながら喚く男の声は、何層もの防弾・防音 そして断熱加工の施されたコアの中でだけ、反響した。 四脚ACは、ついさっきまでとは打って変わって、自分の 右側に倒れこむ形で横たわっていた。 右前脚、それと右後脚がすっぱりと切断されていた。 切断面は、高熱で焼ききられオレンジ色に輝いている。 残った左の二本の脚が、なんとか機体を水平に持ち直そうと がしがしとコンクリートの地面を蹴る。 しかし、逆から機体を支えるべき右脚は二本とも無く 横倒しになった機体を持ち上げるべき腕部は長い砲身をがたんがたんと わずかに上下に動かすだけで、突っ張り棒の役目など果たせることなど とうてい出来なかった。 暗緑色のACが、機体を軋ませながら立ち上がり始めた。 両腕の肘とマニピュレータを使い、慎重に。 元々ACは倒れることを前提として設計されているわけではない。 人間のように歩き、走り、腕を振るように設計されているといっても それは精緻な計算に基づいた計算の上でも話だ。 高速で空を地上を駆け巡り、高火力の武装をもって敵勢力を 迅速に殲滅させることだけを目的に造られているのだ。 「寝転がる」などという高機動戦闘とかけ離れた事態は想定外なのだ。 操縦に慣れた者であっても、ACを立ち上がらせるということは 難しい部類に入る操作だ。ゆっくり、ゆっくりと少しずつ機体を 立ち上がらせる。 想定外の負荷のせいだろうか、それともグレネードの直撃を受けた ダメージなのか、暗緑色のACの肩と胴体を繋ぐ間接から火花があがる。 その火花をモニタ越しに、男が見ていた。 「たっ…助けてくれぇ!」 迷彩色に彩られた頭部を、立ち上がったレイヴンのACに 向け、スピーカーから呼びかける。機体のところどころから 黄色いスパークが飛び、コンクリートに散りぢりになる。 「お願いだ、もう悪さはしないと誓うから!  会社……いや、OAEでもどこでもいい!  連れて行ってくれよ、な!?きっちりと裁きは受ける!だから――」 煙を機体のあちらこちらから吹き出しつつも、それを感じさせない 頑強さを見せつけ、自分を見下ろすACに男は叫ぶ。 レイヴンは、言葉で返事をする代わりに、その男ごと ACのコアを愛用のブレード「 MOON LIGHT 」の刃で貫いた。           ****** 空が赤く染まる。教会の向こう、丘に立てられた数本の十字架を あの少年が眺めていた。それが視界に入るたびにイヤな思いをする のを少年は知っていた。 子供達をかばうようにして、エネルギーキャノンを構えたMTの前に 両手を広げて立ちはだかった神父とシスター。 次の瞬間に見た、目が眩む強烈な光。 そこに居たはずの子供達と大人が二人、光が消えた後には そこには居なかったこと。 立ち去ってゆく大きな機械達。 そして、泣き出しそうな二人が声をあげないように押さえつけ 抱えていた自分。消えてしまった皆を助けられなかった無力な自分。 「…ご飯、出来たよ」 栗毛の少女が悲しそうな顔で、傍に立っていた。 少年は、顔を背けて鼻を拭うフリをして溢れそうな涙を服の袖で 拭った。 「すぐ行く。チビ助は?」 「泣きつかれて眠っちゃった」 そっか。無理に明るい調子を装ってそう言い、少年は笑って見せた。 家の中に戻る栗毛の少女の背中を見つめた。 夕日を見つめる。沈みかけた赤い太陽の小さな影が横切って行く。 数羽の鳥が、隊列を組んではばたいていた。 ……レイヴンは、まだ来ない。 本当にあいつらをやっつけてくれたんだろうか?逆にやられたんじゃ? それとも、金だけ受け取って逃げてしまったのかもしれない。 少年は首を横に振った。 あのレイヴンが、まさかそんな。 少年は大人が好きではなかった。でも、神父とシスターは別だった。 その好きだった大人二人に、あのレイヴンはどこか同じ感じが した。優しい、や安心する、そんな感じが。 きっとやってくれた。そう信じたかった。信じたい。 いつの間にか、鳥たちはどこかへ去っていっていた。 そろそろ、飯を食べに行こう。それに、チビ助も慰めてやらなくちゃ。 立ち上がろうとした。 「……?」 夕日を遮り、こちらに向かって飛んでくる鳥が一羽、見えた。 真っ直ぐ、こちらへ向かって飛んでくる。 それは、鳥とは違った。もっと、大きなものだ。 少年は駆け出した。 「おい!お前ら、今すぐ来いよ!早く早く!」 「なに?どうしたの?」 大きく、不恰好に切られたじゃがいもの入ったシチューを すくったスプーンを置いて、少女が目を丸くする。 大きな声を出したせいで、眠っていた小さな男の子も目を こすりながら起き出して来た。 「来たんだ、帰ってきたんだよ、すげぇ!」 「レイヴン!レイヴンが戻ってきた!」 小さな男の子と栗毛の少女は、少年を押しのけるようにして 外へ飛び出した。少年も後に続く。 空を見上げる。レイヴンのACを吊り下げた大きなヘリは もう、はっきりと肉眼で見えるところまで迫っていた。 声を張り上げ、三人が大きく手を振る。 ヘリは、二度、教会の周りを自らの帰還を示すように 旋回し、庭の中心でホバリングする。 「あれ、何かな!?あのレイヴンのヤツが持ってる大きいの!」 少年は栗毛の少女に言われ、やっと気づいた。 レイヴンのACが両手で持った妙なもの。 ワイヤーで数珠のように繋がれた、四角や丸のいくつもの 固まりがあった。眺めていると、それが不意に地上へ落とされた。 飛び上がるほどの衝撃があり、固まりは地上で転がった。 鉄の固まりだった。転がって正面を向いて止まったそれに 少年は見覚えがあった。他のみんなを殺したあの大砲を担いだMTの頭。 他の固まりもすべて、見覚えがあった。 前と違うのは、それらが全て焼け焦げていたり、穴ぼこだらけに なっていたことだ。 「――それをクズ鉄屋を呼んで持ってってもらえ!いい金になるぞ!」 スピーカーを通して、ひびわれた声が聞こえた。レイヴンの声。 それだけ告げると、すぐにヘリは滑るように空中を移動しはじめた。 ぽかん、とヘリとACの背中を見ていた少年は、重要なことを 思い出し、教会の中へ走っていった。 テーブルの上に置いてあった缶を掴み、また外に出た。 「おぉーーーーーい!これ!忘れるなよーーーー!おぉーい!!」 缶を振り上げ、走りながら叫んだ。じゃらじゃらと中で小銭が踊る。 あらん限りの大声を張り上げ、三人は何度もヘリに呼びかけた。 振り返らずにヘリは、その腹にACを抱えたまま山の向こうへ 消えていった。空は、もうすでに夜の、暗い群青色に染まろうとしていた。 「レイヴン……お金忘れてったね」 男の子が、ヘリが飛び去った空を眺めながら、ぽつりと言った。 「忘れてったって?チビ助、違う、置いていったんだよ、あいつ…」 少年には分かった。レイヴンは、自分達だけでも暮らしていけるように わざと金を置いていったんだ、と。わざわざMTの頭部まで土産にして。 ACの肩の、あの白い、羽のエンブレムを思い浮かべた。 「くそぅ……カッコつけやがって。レイヴン、あのヤロウ――」 「でも、すごーく、格好よかったよね。レイヴン」 栗毛の少女が、男の子に言った。男の子が大きく頷く。 少年は手に持ったままの缶を見下ろしながら、鼻をすすった。 「よし!飯食うぞ!な!おまえら」 笑顔を浮かべた二人の小さな子供を引き連れて少年は 教会の中へと戻った。教会の窓から、暖かい光が漏れだしてくる。 静かに、夜は更けていった。            ****** それから数ヶ月後、世界の空を黒い影に覆われた。 どこからか現われた大量の小型の、兵器とも生物とも言えない ものの襲撃を受けた。 都市は破壊しつくされ、焼き尽くされた。 各企業のMT部隊も、その他兵器群も 全ての戦力を以ってそれらに応戦した。 すべての、レイヴンズ・アークに所属するレイヴンが駆るACも 同様に、技量と火力すべてをもって立ち向かっていった。 激戦、と言う言葉でも及ばないほどのすさまじい戦いが展開された。 ある日突然、戦いが終わった。 原因は分からなかった。 来襲者達は消えうせ、そして世界はまた再建を始めた。 瓦礫と、スクラップと化した戦士達の残骸が地上全土を 埋め尽くしていた。 恐ろしいほどのスピードで、都市が、工場が、文明が 再建されていった。過去の惨劇をその下に塗りこめるように。 十年も経つ頃には、企業は再び、争いあうようになった。 大量の兵器が生産され、戦地へ送り出されていく。 もちろん、ACも。硝煙と爆風の時代が三度訪れた。 人々は嘆いた。自分達の愚かさに。 欲望という名の電車が走り始めた。 終着駅など、ありはしなかった。その電車には。 今日もまた、誰かがその電車へ乗り込んでゆく。 そんな時代に、ある地域でこんな話が聞こえてきた。 ある、三人のレイヴンの話だ。 まだ若い、三人のレイヴン達。彼らは何処かから現われた。 試験をパスし、晴れてレイヴンとなった彼らは 恐るべき速さで着々とランクを上げ続け、見る間に トップランクに上り詰めた。 彼らには一つの特徴があった。 レイヴンの中で特に優れたもの、アリーナにおける高位者を ランカーと呼ぶ。彼らはランカーでもあるに関わらず 他のランカー達が見向きもしない低報酬のミッションを 優先的に請け負った。通常、ランカー達にはその実力に見合う 高額な報酬が受け取れるミッションが斡旋されるのだが 彼らはそれを受けようとしなかった。 儲けのほとんど出ないような、企業以外からの小都市の防衛や 過疎地域からのミッションばかり。 エネルギー兵器しか使わない、だから弾薬費はかからない。 受けたダメージは自分たちの腕が悪いせいだ。 彼らはいつも、そう言って笑うのだそうだ。 彼らは今日も戦っているのだろう。 暗緑色に塗装が施されたACに乗りこんで。 彼らのACの左肩には揃いのエンブレムが描かれているそうだ。 白い羽をかたどったエンブレムが。 それは、ワタリガラスの羽を表したものなのだそうだ。 END.