人生、何が起こるかわからない。 父親の会社が傾き、多額の借金を背負い、夜逃げ。 その際、差し押さえられた荷物と一緒に息子も置いて行かれて。 最初のうちは、まだ残った食料と住む場所もあったが、三日後には知らないおじさんに怒鳴られながら、逃げるように家を出ていくことになった。 日々悠々と生きてきた罰なのか、それともただ運が悪かっただけなのか、それは僕にもわからない。 少なくとも、よく耳にする倒産して夜逃げなんて話にまさか僕が巻き込まれるなんてことは、考えもしなかったけれども。 そういう訳で、田中良治、17歳。今は河川敷の近くの橋の下に住んでいる。 秋も中旬になると、朝晩と冷え込み、寝付けないので、昼間に寝ることが多い。日中は人の視線も気になるし、丁度良いといえば、丁度良い。 今日も例外に漏れず、あたりが暗くなりかけてから、目が覚めた。 「寒い……」 ダンボールとブルーシートで作られた部屋の防寒性の劣悪さに怒りを唱えながら、昨日採ってきた野草を生で食べる。 この苦さは何度食べても慣れないが、人間の生理的欲求には抗えず、腹を満たし、栄養を取るためにはやむを得ない。 鼻の呼吸を止め一気に口に掻き込む。繊維が多いせいで、しっかり噛まないとならないが、歯に繊維がつまると地獄を味合うことになる。せめて、煮たいなあ……。 「まーた、草食ってんのか。まずくないか、それ? 生で食っても平気なのか?」 「あ、ゲンさん」 野草と格闘していると、ホームレス仲間のゲンさんが顔をひょいっと表した。 ゲンさんは、この橋の下のホームレス集団の中では、ボス的な存在であり、僕がこの近くで倒れていたのを助けてくれた恩人でもある。 「案外慣れればいけるもんですよ、これも。……味は何度も言ってますが察してください」 「お、おう、たくましいな……とても年下とは思えん……」 そう言いながら、なぜかゲンさんは草を食べる僕の姿をじっと見つめてくる。 「……食べます?」 「いらんわ」 即答された。 「じゃあ、何の用でしょう? 食べ物なら見ての通り、草しかありませんよ」 言うと、ゲンさんはニヤリとしたり顔をして、口を開いた。 「匂いで気付かないか……? この悪臭の中に走る一閃の匂い……。海鮮と化学調味料の見事なハーモニー」 悪臭とは、失礼な。……事実なだけに何も言い返せない。 しかし、空腹をそそるような、この匂い。 「……こ、これは!」 ゲンさんは、今にも効果音が出るような勢いで隠すように後ろに回していた手を頭上に掲げた。 「……そうだ。カップめんだ。シーフード味!」 なんですと。 「わ、分けてくれるんですか?」 僕がそう言うと、ゲンさんは、それを待ってた、という顔をした。 「いや、でも、良治は夕飯食べちゃったんだろ……? 付き合わせるの申し訳ない……」 「草ですよ。ねえ? 夕飯草ですよ? お願いしますお願いします」 食べたい。本気で食べたい……。 匂いが直接胃袋を刺激してくる。僕たちには、加熱する手段が無いため、普段食べるものが冷え切ったものばかりで、暖かいものは、かなり貴重。コンビニやスーパーのお湯なんかは、何か買わないともらえないし。 僕が懇願するような目でゲンさんに訴えかけると彼は、悲しそうな目をしながらうなだれた。 「……すまんが、お前にこれを分けることはできない……俺だって腹減ってるんだよ」 え?見せびらかしに来ただけ? 草を食べてる僕に? 「出て行ってください」 こんな匂い嗅ぎながら、草が食えるか……! あまりにもさもしすぎる。 僕がそう言い放つと、ゲンさんは慌てて手を振った。 「お、落ち着け。話は最後まで聞け。な?」 「なんですか、もう」 イライラしながら、ゲンさんの言葉に耳を傾ける。 「俺の分はお前にやれないが……」 「はぁ」 ゲンさんは、今持っているカップめんを床に置いて、体の後ろ側に手をやり、掴んだものを再び頭上に掲げた。 「実は、もう一つあるんだ。お前育ち盛りだからキングサイズな」 「えっ? ……ええ?」 ゲンさんは、にっこりと笑って、僕の手にずっしりと重く、温かいカップめんを乗せた。 「一緒に食おうぜ」 「ゲンさん……」 ゲンさんに拾われて良かった。きっと、他の地域じゃこんなに暖かい人はいない。 胸いっぱいになり、思わず涙が出そうになるが、こらえる。 確かに今の生活環境は酷いかもしれない。惨めかもしれない。 でも、こういう小さなうれしいことが少しでもあれば、僕は踏ん張って生きていける。 カップめんをすすりながら、そんなことを考えた秋の夜。 「ゲンさん……、めちゃくちゃ美味いです……。本当にありがとうございます」 麺をすすりながらそう言うと、先に食べ終わったゲンさんが、にこにこしながら、こちらに視線を送った。 「……食べたな?」 「はい、久々に暖かいもの食べました。……染みますねこれ」 「そうじゃなくて、食べたな?」 「いや、だから、美味いっすねって、…………えっ?」 「良治、頼みがあるんだけどさ」 ホームレス界隈は、まったくもってシビアな世界である。……はあ。