〜あらすじ〜

ユウ 男。ミュージシャンなるべく、ギター一本もって上京した。
レイ 女。高校の頃ユウのバンドのマネージャーだった。
ゴウ、バン 高校の頃のバンドのメンバー。

問題ばかり起こすため高校を退学になる。
そのままクラスメイト、バンドのメンバー達と悶着があるが、和解。
高校退学後上京する。そして十年後の同窓会。

〜本編〜
 
「すまんすまん遅れた」
 ペコペコと頭を下げて店に入ってきたユウは、皺一つないスーツを着ていた。
 清潔さが感じられるよう短く切りそろえられた髪は、
 ”音楽”というの名の青春のしがらみさえも、切り離してるようだった。
 かつての同級生たちもまた、似たような格好だ。ただ一人をのぞいて。
「おいおいおい、ユウお前なんだその格好!」
 金髪のモヒカンに、レザーの上着と破れたGパン。
 対照的な程派手な格好をしたゴウは、友人の変わり様を信じられない素振りで叫んだ。
「お前相変わらず派手だなぁー、今朝取引先に呼ばれてさ。仕事終えてそのまま来たんだよ」
「仕事ぉ〜?」
 ゴウは嫌味のように大袈裟な声で言った。
「何でミュージシャンがスーツ着て仕事してんだよ? おい、バンも何か言ってやれよ」
 促されたバンは、私服とは言え落ち着いた服装をしていた。
 その姿は彼もまた、音楽をやめてしまっている事を物語っている。
「お疲れ、良く来てくれたな。今何してんだよ?」
 隣に座る旧友に、ビールをそそぐ。
「営業だよ営業。しがないサラリーマンさ。俺今参考書売ってるんだぜ? 笑えるだろ」
「同じ同じ。俺も親父の後継いで農家やってるよ」
 二人は笑い合い、酒を酌み交わす。
「あーあー夢を捨てた人間たちの慰めあいかぁ、さもしいねぇ!」
 間に割って入りながらゴウがぼやいた。
 その後頭部を、バンがべしっと叩く。
「何言ってやがる。お前だってバイト先の楽器屋、今度店長になるんだろうが」
「おっ、本当かよ」
 ドッキリをばらしたように、ゴウはへへへと笑った。
「まぁ俺はちゃんとした就職先も無かったしな」
「いやいや、間接的とは言え音楽を仕事に出来たじゃないか。羨ましいよ」
 三人は自分たちを称え、そして嘲笑し、意味も無く笑った。
 立場、所違えどまだ心は繋がっている、ユウは年甲斐も無くそう思った。
「あ、そいやレイは?」
 彼女にまだ再会してない事を思い出し聞いた。
 来てないはずが無い、彼女はこういう行事には必ず参加しているのだ。
「あそこに居るじゃん」
 指差す先には記憶中のレイを、そのまま大人にした女性が居た。
 他の同級生の女と無邪気に笑っている。
 思わず懐かしい高校の思い出が、走馬灯のように蘇った。
 すぐさま向こうもこちらに気付いたようで、目が合う。
 先ほどの走馬灯のせいで、何となく気恥ずかしさがあり照れながら手を振った。
 ニコリともせず、手だけ振り返される。
 彼女はそのまま言葉も交わす事なく、元の女同士の談笑に戻ってしまた。
 あれ、何だか反応薄いな。
「あーユウじゃん! なっつかしいなー! ちょっとは大人の男になったかコノヤロー!」
 そんな言葉を覚悟するやら期待するやらしていたのに。
 自分の知っているレイとは少し違う態度に、多少戸惑った。
 だがまぁ、みんな懐かしの再会なんだから。他の人と話したい事なんていくらでもあるんだろう。
 そう思い直し、特に気にする事は無かった。

「それじゃぁ一旦お開きにさせてもらいます。みなさまどうもお疲れ様でした!」
 出た店先で幹事が威勢の良い声を放った。
 皆はそれぞれを二次会に誘ったり、別れを惜しんだりしていた。
 ユウは、自分はどうするかな、とやや離れた位置で同級生の様子を見守る。
 本格的な冬に入りかけた、冷たい空気が耳を痛ませた。
「ねぇ、ちょっと付き合ってよ」
 突然背後から声をかけられる。
 振り返ると、頭一つ下でレイが白い息を吐きながらユウを見上げていた。
 赤く染めた頬は寒さのためだろう、だがどこか怒りを秘めているような表情には思いつく理由が無かった。
「話があるの、二人で」
 要領を得ない誘いでに何故か胸をドキドキさせて
「いいけど」
 と言ってしまった。


「どうしてギターやめっちゃったの?」
 適当な喫茶店を見つけ、席に着いた瞬間レイはテーブルを叩いた。
 熱いコーヒーの入ったカップが、カチャンと音を立てた。
 勢い押されたじろぐ。
 少し滴ってしまったコーヒーをすすった。
「そんな事かよ」
 ぶっきらぼうに答えた。
「そんな事じゃないじゃん」
 レイはまたも声を上げた。
 五月蝿いな、そう思った。
 レイは下唇を軽く噛んで、ごまんとある言いたい事を飲み込み何とか要約した一言を発した。
「……夢だったんでしょ?」
「はは、夢とか言えば難でも肯定されると思ったか?
あんなもんはな、糞だ。人生を堕落させるための言い訳でしかないよ。
無くなっちまえとは思わないが、盲信してる馬鹿が多すぎる」
「あんたの生きる意味じゃなかったの?」
「生きる意味、ね。そんなもん本当に見つけれるなら音楽続けたいよ。
生きる意味なんて存在しない。全人類平等にね」
「でも、でも……」
 十年前とは違う、冷めたユウに戸惑っていた。
「みんなの夢、託されてもらえるかな?」
 あの時自分が発した言葉が、頭の中で回っていた。
 まだ少年と言ってもいい程の幼い顔をした彼は、何の根拠もなく
「おう!」
 と元気良く笑ったのだ。
 あの約束を忘れてしまったのだろうか、問いただしてしまいたかった。。
 だが、さすがにそこまで青臭い事は言えず、かと言って納得出来ないジレンマが彼女の肩を落としていた。
 その様子に、居辛さを感じたユウが話し始めた。
「俺さ、高校の時ずーっと何かモヤモヤしてたんだよね」
「モヤモヤ?」
 唐突な言葉に思わず聞き返す。
「そう、モヤモヤ。イライラとは違うんだけどさ、何していいか分からない何がしたいのか分からない気分。
このモヤモヤってさ、生死に関る悩みがが無くて、衣食住の生活の悩みもも無くて、その上さらに人間関係とか恋愛とか
そんな悩みすら無いやつが持ってる、唯一の悩みだと思ってたんだよ。
だからさこのモヤモヤが何か分かった時、きっとすごい事が分かると思ったんだ。
そしてこのモヤモヤを消してくれるのがギターだけだったんだ。
だからギターの事もすごいって思ったよ、本気で神様が作ったもんだと思った。
でもさ、上京してバイトして、金足らなくて就職して、気付いたらモヤモヤが無くなってんだ。
それに気付いた時なんか馬鹿馬鹿しくなってさ。
訳わかんない事言って訳わかんない事やって、そんな事が出来るのは
あの何も知らないキラキラした目を持った若い奴だけなんだよ。
人生なんてな、死ぬまでの”暇つぶし”だ」
 レイはずっと黙っていてくれた。そして一言だけ聞いた。
「そんな世界に無理にあてはめられてる事に、もう何の抵抗も無いのね?」
 ユウは思わず声を上げて笑った。
「そうだよ、俺も立派な社会の歯車の一つになれました」
「馬鹿っ!」
 今までで一番でかい声を出し、レイは店を走り出てった。
 店員と他の客の視線が痛い。
 何だかなぁ、十年の月日は俺の方が大人になってしまったようだ。
 ユウはそんな事を思いながら、何故かレイの分のコーヒー代まで払わされた。
 ふと、ある事が頭に浮かぶ。
 ここで走ってレイを追いかける、そして肩を掴んで強引に振り向かせる。
「また、俺たちの……俺のマネージャーやってくれ」
 涙を浮かべ彼女は頷く。
 どこからか現れたゴウとバンが囃し立てる。
「俺ら、もう一回やってみねぇか?」
 一瞬呆気に取られるが、二人はすぐに顔をあわせてニマッと笑う。
「そうこなくっちゃ!」「親父にはもうちょっと働いてもらうか!」
「……なんてな」
 そうなったら面白い。でもよ、そんな訳にはいかない、いかないじゃないか。
 ユウの心にはあのモヤモヤがまたも渦巻いていた。
 そうだ、このモヤモヤは忘れる事はあっても消えたりなんかしない。
 言うなれば自我の代償、これそのものが俺なんだ。
 考えながら歩いてる所に冷たい冬風が吹いた。
「さみっ」
 一言そう漏らすと、ユウは人だかりの雑踏に姿を消した。