「ユルユルのガバガバだから?」  水道の蛇口が捻られた。 「ああ、そうだ。お前となんかヤったところで気持ちよさの欠片もないんだからな」  歯ブラシをすすぎ、そこへミント味の歯磨き粉を絞る。  彼女は、それを口に突っ込んでから、篭る声で「ひっどい」と。 「あ。いい事、思いついた。こっち使えばいいじゃん」  そう言って、手形の水染みをパジャマの後ろに貼り付ける。 「やなこった。そもそも不衛生だ」  低めの声が言う。 「ヴァギナだけしか使わないなんて、前時代的なのよ」 「前時代? 馬鹿いっちゃいけない。価値観は文化の推移によって変化してゆくものだし、そもそも昔は同性愛にさえ寛容だったじゃないか。俺は単純に糞をひねり出すような穴に、ナニを突っ込むのがゴメンなだけだ」 「"文化の推移によって"意識改革をしたっていいじゃない」 「お前はそんなにケツの穴が使いたいのか」  呆れ声が言った。 「それをアンタがいう? 私のヴァギナを使うのが嫌だって言ったアンタが。そもそもそんな事を言い出したせいで私が妥協案を出してあげたんじゃないの」  少女はそこで口を漱ぐ。  唾液と、研磨剤の泡と、水道水が混ざった液体が排水溝に飲み込まれる。 「はん。結局、お前がヤりたいだけなんじゃないか」 「ええ、そうよ。悪い? 健康な若い女が体を持て余すなんて普通のことでしょう」  言いながら、櫛が髪を梳いた。癖のない髪は、抵抗ひとつしない。 「全くとんでもないエロ女だ」  鏡に映る少女に言葉が往復する。 「勝手に言ってろ」  乱暴な言葉を紡ぐと、制服を取りに部屋に引っ込んだ。  ついでに下着も替えて、布団の乱れも直しておく。それから、スカートの位置を直しつつ、少女は言う。  もう上着を着て鞄を持てば準備は終わりだ。 「朝から何て話してんだか」 「お前が言うか?」  すぐそう言ってから、髪をもう一度梳いた。  それから時計を見、時間があまりないのを確認するや否や、少女は「いってきます」と誰もいない家を、元気よく飛び出していった。 *一人芝居。 「ユルユルのガバガバだから?」  水道の蛇口が捻られた。 「ああ、そうだ。お前となんかヤったところで気持ちよさの欠片もないんだからな」  歯ブラシをすすぎ、そこへミント味の歯磨き粉を絞る。  私は、それを口に突っ込んでから、篭る声で「ひっどい」と。 「あ。いい事、思いついた。こっち使えばいいじゃん」  そう言って、手形の水染みをパジャマの後ろに貼り付ける。 「やなこった。そもそも不衛生だ」  低めの声で言う。 「ヴァギナだけしか使わないなんて、前時代的なのよ」  私は鏡を睨むようにして、そう言ってやった。  もちろん、鏡に映っているのはなかなか寝付けず、結局ほとんど眠らずに朝を迎えた間抜けな私一人だけだ。 「前時代? 馬鹿いっちゃいけない。価値観は文化の推移によって変化してゆくものだし、そもそも昔は同性愛にさえ寛容だったじゃないか。俺は単純に糞をひねり出すような穴に、ナニを突っ込むのがゴメンなだけだ」  好みの誰か、意中の王子様なんて居やしない。もし居るとするならば、私の頭の中にだけ存在するのだろう。でもそれは所詮は妄想。非現実でしかなく、私が邂逅するたびに姿を現してはみても、下品な対話の相手になるばかり。月ものの頃合は仕方ないと言い訳しながら、毎日のようにやっている自分はなんと愚かしいのだろう、とそこまでが恒例行事だ。 「"文化の推移によって"意識改革をしたっていいじゃない」  奥歯に、乱暴な手つきで歯ブラシを押し付けると、ガシガシだし、グリグリだった。 「お前はそんなにケツの穴が使いたいのか」  一人二役、今度は呆れ声に転じて言った。 「それをアンタがいう? 私のヴァギナを使うのが嫌だって言ったアンタが。そもそもそんな事を言い出したせいで私が妥協案を出してあげたんじゃないの」  私はそこで口を漱ぐ。  唾液と、研磨剤の泡と、水道水が混ざった液体が排水溝に飲み込まれる。毎日毎日、そんな穢れたものを飲んでくれる貴方はなんと広いお心の持ち主なのでしょう。 「はん。結局、お前がヤりたいだけなんじゃないか」  やや目を細めて。もしかしたら演劇の才能があるかも。でも、残念。私は面倒くさがり屋のお姫様。だから部活なんてやらないのさ。  櫛は何処だったかな。 「ええ、そうよ。悪い? 健康な若い女が体を持て余すなんて普通のことでしょう」  私が何処かの科白を口にしていても、櫛は髪を梳いてくれる。櫛にも感謝、世界の全てに感謝感謝! 「全くとんでもないエロ女だ」  やや投げやりになってきたと、自分でも思うのは飽きっぽさの自認。 「勝手に言ってろ」  一人話が続かなくて乱暴言ってのけて話を投げると、制服を取りに部屋に引っ込んだ。パジャマを脱ぎ捨て、下着を替えて、靴下を履いて。ふと思い立って布団の乱れも直しておく。我ながら酷い寝相だ。シーツが毎朝くるくるになるなんて、いったいどうやったんだろう。  少し寝相をシミュレート。ながらで、制服を着て、スカートの位置を直しつつ、それで朝の奇行を振り返った。 「朝から何てハナシしてんだか」  もう上着を着て鞄を持てば準備は終わり。 「お前が言うか?」  すぐにそう言ったのは自分のどちらの役にだったろう。  それから鏡の前に戻って、髪をもう一度だけ梳いてから時計を見た。  時間があまりないのを確認。うん、まずい。  私は「いってきます」と誰もいない家を、勢いをつけて飛び出した。