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aml-stove
Message-Id: <200001221356.AA00020@default.ddt.or.jp>
From: tohoho <TOHOHO@DDT.OR.JP>
Date: Sat, 22 Jan 2000 22:56:06 +0900
To: aml-stove@jca.ax.apc.org
Subject: [aml-stove 306] RE:ルドルフ・ヘスの「自白調書」(3)
In-Reply-To: <01221337.ME2462301@sub-tky.hosp.go.jp>
X-Mailer: AL-Mail32 Version 1.10
Reply-To: aml-stove@jca.ax.apc.org

西岡さん wrote: (^.^)/
|西岡> 分かって来たのですが、私や木村さんを批判する人は、
|西岡> 要するにnizkorというアメリカのサイト以外に頼る物が無い
|西岡> みたいですね。(笑)とほほさんも、現にこうしてnizkorを
|西岡> 引用していますが、不思議なのは、nizkorを引用する人たちが、
|西岡> nizkorの内容を自分で検証しようとしない事です。とほほさん、
|西岡> この記述の裏は取らないのですか???

というか、実は自分で検証する能力がないのですよ。(^^;
英語もわからないので、先に私がリンクしたサイトの情報しか理解する事
が出来ません。

だから西岡さんの投稿には大変感謝しております。ありがとうございます。
ただ、nizkor にある内容は定説として存在している、と言う意見には同意
して頂けているんでしょうか?
とすれば基本的には私のような物にとってアカデミズムと言う物を信頼す
るしかなくそのアカデミズムの見解であるのが定説であるとすればここの
記事を提示する事にご異存はないと思うのですが、。
それとも nizkor の記事も定説と呼ばれているものとはかけ離れているの
でしょうか?

少し私の方で纏めさせてもらってよろしいでしょうか?
先に引用した文を不祥私めが西岡さんに教えてもらった事を踏まえて nizkor
の記事を書きなおしておきます。

----- とほほ 修正文 --------------------------------------------------

ヘスが強制を受け作り話を押しつけられたという仮説を、きわめて強く支持し
ている。証拠が三つ存在する。
●ルペート・ブトラーの「死の軍団」という本。
ブトラーは、ヘスが最初に見つかった時に殴打されたことの
目撃について語っている。彼が、イギリス軍の制服を着た
ユダヤ人エージェントについて、何の言及もしていないのは、
確かである。

何が起こったかについてのブトラーの説明は、ヘスが作り話を
押しつけられたとする否定者の仮説と矛盾しているということ
もある。ブトラーの本のどこにも、ヘスが偽証用に特定の作り
話を与えられたとの言及はない。ヘスが殴打された、と単に述
べているだけであることも確かだ。

が、しかし、この本はバ−ナ−ド・クラ−ク(Bernard Clerk)
というイギリスの軍人をインタビューしたものであり、彼は戦
争直後のドイツでヘスを捕らえ、尋問して問題の「自白調書」
を作成した当人である事は強く認識しておくべきだ。

書かれている内容について
‖> 「逮捕の前には、私の髪は真っ黒だった。その三日後には、
‖> 突然、真ん中に白いすじが現れた。」(訳 木村愛二:
‖> 木村愛二「アウシュヴィッツの争点」76ペ−ジより)
(補足)

もう一つ別の、ヘスによるとされる「回想」の原文の中に、この
イギリス発表の「自白文書」が作成された際、自分(ヘス)は激
しい暴力を加えられた、と言う意味の事が有ると言う指摘も有る。

●「リビジョニスト」のロベール・フォーリソンが、勝手に公開
はできないとしている秘密文書の中に含まれているとされる、
断片的伝聞。(もしもそれが関係あるとするならば、否定者が
伝聞を根拠として認める最初の例となるだろう)
(「双方の言い分を聞こう」というマーク・ウェーバーの小論の

脚注2を見よ。この小論は、グレッグ・ラビンのウェブ・サイト
とエルンスト・ツンデルのウェブ・サイトの「ホロコーストに
ついての異なる視点」にアップされている) 

この二つの脆い言い訳によって、否定者は、ヘスの自白、証言、
告白遺録、その他、ヘスがガス殺と絶滅計画について言ったり
書いたりしたすべてを却下し無視する。ヘスの証言と告白遺録
からの抄録が入手可能である。

●自白調書自体の不合理さ
 1、ヴォルゼックと言う有りもしなかった(!)収容所の名前が
出てきて、その存在しない収容所で大量殺人が行われていた、と
言う噴飯物の記述が有るのです。

2、この「自白」の中でヘスは、アウシュヴィッツで「四百万人」
を殺したと述べた事になっているのに、1990年、ポーランド
当局は、それを110万から150万に「下方修正」しています。
大変な違いですが、この「修正」が正しいなら、「ヘス自白調書」
の「四百万人」と言う数字は、一体何だったのか?

以上の証拠、状況から『その「自白調書」が拷問の産物であった事を
暗示』しており、この「証言」には任意性が無く、従って信用出来な
い、よってこの自白調書は歴史資料として不適切でありその内容は全
面的に信用すべきではない。

---- とほほ修正文終わり ---------------------------------------------



と、言う風に纏めてみましたが、本当にこれでよろしいのでしょうか?
私はどうも最後の結論部分が納得いかないのですよね。
もっとも私が西岡さんの結論を良く理解できず、結論部分はほとんど
私の創作と言われても仕方がないのですが、この様に主張している様に
思えたのです。違っていたらすみません、すぐ訂正しますのでおっしゃ
って下さい。

とりあえずこの通りだとすると、事実検証として少し甘い、と思います。
まず、これらの証拠で暗示された内容が真実だ、と仮定しても「全面的
に信用すべきではない。」とするのは飛躍しすぎてます。

と言うのは、拷問による自白が真実である可能性も十分ありえる、と言
う点。

また、ここで採用した証拠は拷問のあった可能性を指し示すものばかり
であり温厚な取り調べであった可能性を示す証拠の存在を無視する事に
なってしまい、客観性にかけてしまう可能性が高い、と言うことです。
実は「温厚な取り調べであった可能性を示す証拠」として高橋亨さんが
[aml-stove 112]で述べられています。

一部を引用します。
‖> 「ポーランドで書き残した」ということになると、ホェッスがポーランドに移 
‖> 送された後、処刑までの約1年間に書き溜めた回想録ということになります。 
‖> この回想録には、ホェッスが逮捕された直後、英国公安警察の係官から殴られ、 
‖> 酒に酔わされて自白調書をとられたこと、またホェッス自身、その調書に何が 
‖> 書かれていたか思い出せないことが述べられています。しかし、この回想録は 
‖> 上記主張の根拠にはなり得ません。何となれば、この回想録には、彼がアウシュ 
‖> ヴィッツで行わせたガス室による大量虐殺の状況が、彼自身の筆によって、よ 
‖> り詳細に記述されているからです。おまけに、(逮捕当初の殴打を除けば)彼 
‖> に対する扱いが全般に温和であり、裁判官たちが公正であったことへの驚きま 
‖> で表明されています。[1][2] 

お手元に過去ログがなければ全文を取り寄せてご覧になられてください。
ROM の方の為にも取り寄せ方法を書いておきます。

majordomo-j@jca.apc.org 宛てに
タイトル不要で
get aml-stove 112
end

と本文に書いて送信する。

この高橋さんが示した証拠を不採用にする合理的根拠があるのですか?


    (@ @)         (* *)         (* *)     ★tohoho@ddt.or.jp
ooO--(_)--Ooo-ooO--(_)--Ooo-ooO--(_)--Ooo-★ ICQ #:17242201
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