aml-stove
Message-Id: <200001050615.AA00015@tohoho.ddt.or.jp>
Date: Wed, 05 Jan 2000 15:15:11 +0900
To: aml-stove@jca.ax.apc.org
Subject: [aml-stove 201] 否定論って変。
From: tohoho@ddt.or.jp (とほほ)
X-Mailer: AL-Mail32 Version 1.10
Reply-To: aml-stove@jca.ax.apc.org
否定論って奴はなんでも否定しようと思えば出来ちゃうんですよね。(-.-)
極端な話、物質の存在を否定しようと思えばちゃんとその理論構築は
出来るんですよね、光速を絶対とする根拠は理論上ありませんものね、
、、。(-.-)
と言う私のアホな妄想はほっておいて。
例えばある方の否定論は「ガス室は無かった」と題して書き始める
わけですよね。
ところが実際には「あった」のですよね、この事は高橋さんや山崎さ
んの投稿を読んだりそのホームページを読んだりしたら良く判るわけ
ですよね。
そうすると、そこに書いてある事は間違いだと指摘してくるわけです
よね。ここまでは正しい(論理行動として)、、、。と思います。
だからその後の投稿に私も期待するわけですが、間違いだと指摘する
根拠がまるで示されていない。
示されているのは、高名な学者さんが実はこう言っている、ネット上
で散見できる知識だけではわからないのだよ、だからこの件について
より研究している人の意見を信じなさい、もしくは著作を読んでくだ
さい、と言う意見です。
確かに私がまだ接していない知識(情報)は膨大な量ですが私が死ぬ
までにつめこまなくてはいけない知識は選択していかねばならない。
(なんせ詰め込もうとする器の容量と性能が低くて(^^; )
選択するには判断せねばならない。
「ガス室を描くか見せるかせよ」って言うんですよね。
で「どこそこの、この施設がガス室だ。」って言うと、その施設がガ
ス室だと言う証拠を見せろ、って言うんですよね。
で、色んな証拠を提示すると、そこで議論が止まっちゃっているんで
すよね。
議論が止まっちゃって見えるのは私だけかもしれませんね、話だけは
進んでいるみたいですから、、、。
「ドイツ国内にはなかった」とか「絶滅目的で計画立案され設計され
たガス室はなかった」とか「そもそも絶滅政策など存在しない」とか
「私はネオナチではない」とか「あの本はホロコーストや虐待を否定
したわけでは無い」とか、、、。
それなら最初っからそう書いてくれよなそうすりゃ最初からそのスタ
ンスで反論も出来るのであろうし余計なエネルギーも使わなくてすん
だんじゃないの?なんて傍観者は思うわけです。
ついでに「げげっ、これってもしかしたら例の自由主義史観とか言う
インチキ論法と同じじゃない?」とかまで思っちゃうわけです。
「絶滅政策を肯定する証拠資料が存在しない」と言うのがよしんば正
しいとしても、それが絶滅政策の存在を否定することにはならない。
ユダヤ人への虐待差別政策を経験した国際社会やドイツ社会がその観
念(絶滅)の存在を肯定し反省しているのです。
ナチの政策は絶滅政策だ、と言っているであって、ナチがそれを「目
的」にしていたか否かは別問題では?(少なくともドイツ国内からの
絶滅の政策意志は確認出来るんですよね?)
「ナチが実際に絶滅を政策にしていた」と言う研究は重要で価値があ
ると思います。がそれを否定したところで「ナチの政策は絶滅政策で
はない」と言う事にはならない。
#うーーん、私の投稿が、高橋さん達の真摯な投稿のお邪魔
にならないように、、。
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