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歴史観 - とほほブログ

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歴史観

2005年06月17日 | この国のゆくえ
武蔵の一住民さんと私の歴史観にたいする食い違いというのは実はそんなに大きな問題ではない。言ってみればどちらも正しいのである。私は民主主義や国際秩序を考える上で現代の体制である国民国家型秩序に非常な閉塞感を感じている、そこに持ってきて現代日本の先進的歴史学はそうした閉塞感を打ち破るに十分な希望を与えてくれるのだ。そう言う意味では私の歴史観もイデオロギチック(こんな言葉があるのか?)といえるかもしれない。

さて紹介している世に倦む日日で、第3弾がでたようだ。この書評にかなり力が入っているな(笑)
この世に倦む日日の執筆者の方の論評は非常に面白い。歴史学にジェンダーを感じる感性には私も共感するものだ。ジェンダーと言う言葉単純な性差の問題としてとらえては居ないのであろう、ジェンダー論との論理的類似性の認識が旧来の歴史学を超越した視点で眺めるには必要なのかもしれない。
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