aml-stove
Message-Id: <200001150238.AA00005@default.ddt.or.jp>
Date: Sat, 15 Jan 2000 11:38:17 +0900
To: aml-stove@jca.ax.apc.org
Subject: [aml-stove 240] なるほどーー、巧妙ですよね。
From: tohoho@ddt.or.jp (とほほ)
X-Mailer: AL-Mail32 Version 1.10
Reply-To: aml-stove@jca.ax.apc.org
in[aml 15678] bachさん wrote:
|bach> 先ずは、連合国が、戦後の戦犯裁判の陰で、しばしばドイツ人被疑者に
|bach> 拷問を加えて(!)「自白調書」や「証言」を得ていたと言う事実について
|bach> です。「ガス室」が有ったと言い切る方達の多くが、二言目には「証言が有る」
|bach> と言いますが、その「証言」の内、ドイツ人からの「証言」については、
|bach> この様な重大な問題が存在するのです。
なるほどーー、巧妙ですよね。
「拷問による証言が有効だ」等とこれは口が避けても言えませんものね。
特にこちらに参加されているような方々の多くは人権問題を真摯に捉え考
えている人達でしょうし、そうした囚人への人権侵害を徹底糾弾してきた
人達でしょうし、今もその戦いを続けている人もいるのかもしれませんしね。
そんな証言に基づく裁判結果等決して支持してはいけませんね(@_@)
もちろん、論点のすり替えである事は皆さんわかっていても下手に絡んで
ご活動の挙げ足取りとんでも発言を投稿されたりしたら割に合いませんも
のね、、、。
でも私が知りたいのは裁判結果が正当かどうか?ではなく真実は何か?と
言う事なんですよね。私は活動家では無いので以前にこんな発言をよそで
した事あるんですよね。
‖> まず真実を追究する、と言う事と法廷で決着をつける、と言う事の意味の違い
‖> がわかっているのか?(^^;
‖> 裁判と言うのは何も真実を追及する場ではないのです。(原理的に)ある意味
‖> で決着をつける場です。
‖> しかも支配下の民衆への国家権力の行使であるわけです。
‖>
‖> で、その歴史的事象においての法廷裁判はその事象のなかですでに決着がつい
‖> ているのですよ。しかもその法廷は今はもうないのです。
‖> その裁判のやりなおしをしたいのであればもう一度戦争してその法廷を開かな
‖> くてはなりません。戦争裁判などそのあり方から不条理なのです。戦争そのも
‖> のが不条理なのだから当たり前なのですが、、、。
‖>
‖> まずこの大前提を無視しているからつい引っかかってしまうのです。
‖>
‖> 真実の追究と言うのは学問的立場で行っていかなくてはなりません。
‖> 極端な話、この手の論が許されるなら信長が女子供を含む全員を中にとじこめ
‖> て火をつけて虐殺した、等という証拠はない。
‖>
‖> と言う議論と同じ事なんです。
‖> 歴史的事象の真実の探求と言うはある仮説伝説噂等の地道な証拠調べに他なら
‖> ない訳ですよね?
これでも一生懸命考えて書いたものなんですよ、間違ってますかね?
それにしてもなぜ向こうに投稿するんでしょうかね?
もしかしたら私がここで正論を言っているからこっちに来るのがこわ
いのでしょうかね?
だとしたら私も強くなったものだ。(~o~)
(そうではない、こわいのは高橋さんや山崎さん達だ、、(-_-)/~~~~ピシー!ピシー!)
|bach> 以下の書き込み(抜粋)をした際、私はとほほさんに質問しましたが、
|bach> どなたでも結構です。私の以下の書き込み(抜粋)に、答えて下さいませんか?
と言う事でお答えします。
私は研究者ではないので事実関係を知りません(^^ゞ
|bach> 拷問によって得られた「自白」だけではなく、交差尋問も受けずに
|bach>語られた「証言」や後に「証言」の主自身が撤回した「証言」までを
|bach>そのまま鵜呑みにし、「歴史」を語るという事は、事実という神聖な
|bach>物に対する冒涜であると私は思います。そして、事実が尊重されない
|bach>ところに、自由や民主主義が存在する訳が無いと、私は思うのです。
よって「ここに書かれていることが事実であるならば」と言う事が前提である
事をご承知おきください。
もちろん裁判の内容や証言がそのような物であるならば決してその裁判結果
を容認すべきでなく徹底糾弾すべきであると言う部分に関して木村さんや西
岡さんのご意見を支持します。(もう一点マルコポーロ廃刊の経緯について
もどちらかと言えば私は西岡さんの立場を支持してます。同じくこちら
aml-stove へ移行する義務はない、と言う意見も支持します、(^^ゞ )
が、それは「ガス室がなかった」と言う結論にはなって無いのでは無いですか?
と言う事を皆さん口を酸っぱくして言っているのです。
つまり西岡さんの主張は決して「ガス室はなかった」と言う事を指し示して
はいないのです。
だからこそ、西岡さんや木村さんの主張をもう少し聞いてみたい、と言って
いるのです。
具体的に例をあげれば、西岡さんの主張が、「ガス室否定」を指示するには
拷問による証言が法的(倫理的)に無効である事を証明するのではなく、証
言が虚偽である事を証明せねばなりません。
もしくは、法的に無効な証言は真実ではない、と言う事を証明せねばなりま
せん。これが歴史研究だと思うのです。
拷問によって書かれた歴史を支持する気は毛頭ありません。
一方高橋さん達のHPに書かれていることは「ガス室の存在」を明かに指示し
ています。高橋さん達が誰かを拷問して書いた歴史では無い、と思います。
私は真摯な歴史研究をなさる方の意見を支持して行きたいと思っています。
(@ @) (* *) (* *) ★tohoho@ddt.or.jp
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