脱・マンガ嫌韓流と言うブログの紹介記事が私のところの掲示板思考錯誤に紹介された。あまりにくだらない漫画である。思考錯誤でもいろんな人が批判しているので読んでいただきたい。とにかく朝鮮殖民支配がどういうものであったのか、日本の朝鮮支配論理が以下にデタラメだったのかを実証的に提示していくしかない。ブログの主催者一人では大変な労力だ、少しでも助けになればとトラックバックを送る、以下は言論人の中でも保守派いや右と言っても良いかもしれない上坂冬子の記事を引用してみる。
その漫画の一こまに「列強に植民地にされないように日本が富国強兵に励んでいる間に朝鮮は何をしていたのだ」などといきまいている一こまがあるが(^^;
日本は富国強兵によって自らが帝国主義化することで列強に対抗したのである。泥棒に対抗するのに自らが泥棒になり隣国から略奪しておいて、盗人猛々しいにも程がある。何ともおめでたいおつむの作者が書いた漫画であろうか(^^;
以下「慶州ナザレ園、忘れられた日本人妻たち」 上坂冬子 中央公論社より
しかし、それにしても、あらためてこれまでの経過をふりかえると、金龍成が真っ先に日本人妻の施設に着手する理由が頷けない。繰り返して述べると、彼の父親は抗日の志士として官憲に命を奪われており、彼にとって日本は、いわば"親の仇"のはずである。
かつて創氏改名を迫られた時、本名の上に父親の故郷からとった一字を付け加え、千金龍成となって自己主張を貫いた彼は、これまで黒以外の色の背広を着たことがない。彼はその理由を「黒が好きだから」とのみ説明したが、彼の人生から推して、その姿は、生涯を通じて父親の喪に服しているかに見えるのだ。にもかかわらず、なぜ同胞に先んじて日本人妻を救うのかと、再三問いかけたところ、金はここで持ち前のゆったりとした口調で、初めてその真意を語り始めたのであった。
「戦前に、"朝鮮人"といわれた韓国人の夫とともにこの国に渡ってきてくれた妻たちは、我々と同じ差別を経験した人たちです。じっとしていれば優位にあったものを、親から勘当され、世間からは白い眼でみられながらも、はるばる海を越えて被差別側にまわってきてくれた人たちです。この"愛の勝利者"を、どうして私たちがないがしろにできましょう。
日本人妻の中には、独立直後の韓国の反日思想に身を縮めた挙句、不道徳な男によって妻妾同居に悩んだりした人も少なくありません。歴史の歯車の中で二重の差別を受けたことになりますね。
いずれにしてもあの時代に一等国といわれた国から、被差別側に身を寄せてきた妻たちを、いまここでいい加減に扱うような事があれば、我々の対面がすたります。私としては、せめてこの妻たち一代だけでも責任を持って、手厚くもてなすべきだと考えているのです。
禹常務理事が、ナザレ園の日本人妻はすべて韓国人だといった気持ちは十分に理解できますが、国籍と言うのは微妙なもので、どんなにこの土地で長く暮しても、日本人が韓国人にあることはあり得ず、またその逆もないと私は思います。人が人を差別するということがどれほどひどいものか、知りつくしているからこそ、私たちは孤老の日本人妻たちに安らぎの場を与えたいのです」
あくまでも国籍の違う人間だからこそ、そして、かつての支配国の血を引いている人間だからこそ、被差別側にあった者としては"対面"をかけてもてなしたい、その底流に信念として反日帝が一貫しているのを見逃すわけにはいくまい。同時に、こうして金龍成ら韓国の福祉家が、新しい韓国の進路を決めれば決めるほど、日本の対面がなしくずしに失われてゆくのを認めないわけにはいくまい。
その漫画の一こまに「列強に植民地にされないように日本が富国強兵に励んでいる間に朝鮮は何をしていたのだ」などといきまいている一こまがあるが(^^;
日本は富国強兵によって自らが帝国主義化することで列強に対抗したのである。泥棒に対抗するのに自らが泥棒になり隣国から略奪しておいて、盗人猛々しいにも程がある。何ともおめでたいおつむの作者が書いた漫画であろうか(^^;
以下「慶州ナザレ園、忘れられた日本人妻たち」 上坂冬子 中央公論社より
しかし、それにしても、あらためてこれまでの経過をふりかえると、金龍成が真っ先に日本人妻の施設に着手する理由が頷けない。繰り返して述べると、彼の父親は抗日の志士として官憲に命を奪われており、彼にとって日本は、いわば"親の仇"のはずである。
かつて創氏改名を迫られた時、本名の上に父親の故郷からとった一字を付け加え、千金龍成となって自己主張を貫いた彼は、これまで黒以外の色の背広を着たことがない。彼はその理由を「黒が好きだから」とのみ説明したが、彼の人生から推して、その姿は、生涯を通じて父親の喪に服しているかに見えるのだ。にもかかわらず、なぜ同胞に先んじて日本人妻を救うのかと、再三問いかけたところ、金はここで持ち前のゆったりとした口調で、初めてその真意を語り始めたのであった。
「戦前に、"朝鮮人"といわれた韓国人の夫とともにこの国に渡ってきてくれた妻たちは、我々と同じ差別を経験した人たちです。じっとしていれば優位にあったものを、親から勘当され、世間からは白い眼でみられながらも、はるばる海を越えて被差別側にまわってきてくれた人たちです。この"愛の勝利者"を、どうして私たちがないがしろにできましょう。
日本人妻の中には、独立直後の韓国の反日思想に身を縮めた挙句、不道徳な男によって妻妾同居に悩んだりした人も少なくありません。歴史の歯車の中で二重の差別を受けたことになりますね。
いずれにしてもあの時代に一等国といわれた国から、被差別側に身を寄せてきた妻たちを、いまここでいい加減に扱うような事があれば、我々の対面がすたります。私としては、せめてこの妻たち一代だけでも責任を持って、手厚くもてなすべきだと考えているのです。
禹常務理事が、ナザレ園の日本人妻はすべて韓国人だといった気持ちは十分に理解できますが、国籍と言うのは微妙なもので、どんなにこの土地で長く暮しても、日本人が韓国人にあることはあり得ず、またその逆もないと私は思います。人が人を差別するということがどれほどひどいものか、知りつくしているからこそ、私たちは孤老の日本人妻たちに安らぎの場を与えたいのです」
あくまでも国籍の違う人間だからこそ、そして、かつての支配国の血を引いている人間だからこそ、被差別側にあった者としては"対面"をかけてもてなしたい、その底流に信念として反日帝が一貫しているのを見逃すわけにはいくまい。同時に、こうして金龍成ら韓国の福祉家が、新しい韓国の進路を決めれば決めるほど、日本の対面がなしくずしに失われてゆくのを認めないわけにはいくまい。








