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aml-stove
Message-Id: <200001221356.AA00021@default.ddt.or.jp>
From: tohoho <TOHOHO@DDT.OR.JP>
Date: Sat, 22 Jan 2000 22:56:22 +0900
To: aml-stove@jca.ax.apc.org
Subject: [aml-stove 307] Re: (私の立場と姿勢)
In-Reply-To: <01221149.ME2419701@sub-tky.hosp.go.jp>
X-Mailer: AL-Mail32 Version 1.10
Reply-To: aml-stove@jca.ax.apc.org

[aml-stove 301] 西岡さん wrote: (^.^)/
|西岡> とほほさん、御意見には感謝します。しかし、厳しい事を
|西岡> 言う様ですが、高橋さんをはじめとする親イスラエル派の論者や
|西岡> サイトに対する検証は全くしていない様ですね。
|西岡> とほほさん、私は、あなたが、私の言う事を疑い、検証しようと
|西岡> しておられる事を大変嬉しく思います。私は、自分の言っている事を
|西岡> 鵜呑みにされてもちっとも嬉しくありません。疑いに疑って、最後に
|西岡> やっと同意してくれる人の様がずっと好きですから、頂いた様な質問
|西岡> が出ると本当に嬉しくなります。ただ、同じ懐疑精神を、私や見直し
|西岡> 論者に対してだけでなく、「ガス室」や「ユダヤ人絶滅計画」が
|西岡> 有ったと主張する人々に対しても向けて欲しいと思います。望む事は
|西岡> それだけです。

  私はよく他所のネットで発言すると「お前は赤だ」とか「赤に洗脳されてい
る」とか「サヨクだ」とか「思想に片寄りがある」と言われたりする事があり
ます。そんな時私は「私はそのような政治思想を勉強した事もないしグループ
団体に所属した事も活動した事もない」とむきになって抗弁する事があります(笑)
  で、ふと同じように「私はネオナチではない」と抗弁する方々を見て、これっ
て私が「サヨクではない」と言うのと同じ意味で使っているのかな?と思った
りします。

  つまり私の場合は、では「サヨク」と呼ばれる人達と思想的に相容れないの
かな?と思い、自らを左翼と名乗る人や左翼系 ML と銘打つ ML の参加者の皆
さんの考え方を聞いたり右翼、新右翼を名乗るHPを覗いたりして見たらどちら
かと言えば左翼と呼ばれる人達の意見に共感できるのです。
  もし「私はネオナチではない」と抗弁する人達が私と同じ意味でこの言葉を
使っているのであれば、こわいな、と思うわけです。

実際この aml でも「私はネオナチではない」と抗弁する方の一人が、人間社会
をアリの社会に例えて、種の違いによる「弱肉強食」の論理を展開した事があ
ります。私なんかは「そのまんま、ナチズムと言う思想ではないか」等と思っ
てしまうのです。つまり思想的には共鳴できる部分もあるが、只それが行きす
ぎて(やりすぎて)しまったナチスと言う政治集団の思想とは違う、と言う意
味なのかな、っと、、、。

なもので、西岡さんに対しての私の言動が攻撃的に感じられましたらそれは私
弱いアリの警戒心の表れかもしれません、西岡さんがおっしゃる様に反省せね
ばならない点かもしれません。西岡さんがそのナチスの弱肉強食の論理を展開
した方ではないからです。
と言うわけで私はこの議論をある種の二元対立構造で眺めるのは避けよう、と
考えておりますのでご安心下さい。

もう一点、私はリビジョニズム(歴史修正主義、歴史再審論)と言う考え方に
は肯定的な立場を取ろうとしています。ただ現代日本社会にはリビジョニズム
の衣を纏った妄想が氾濫している為だまされない様にしないと、と言う鎧を着
ているので西岡さんにはご不快に映る点もあるか思いますがご勘弁下さい。m(__)m
但し、リビジョニズムを私が肯定する為には対抗する言論があってはじめて成
り立ちます。つまりリビジョニズムと言うもの自体が定説と言う物があって初
めて成り立つ物なのではないか、と考えるからです。

ですからリビジョニズム側で定説側の論理的主張を無視し客観的事実の証明努
力を放棄した議論は間違いだと思っています。

------
こう言ったからといって、わたしは「事実とは観念の構築物にすぎない」とい
うカント主義を採用しているわけではない。「事実」を「事実」として定位す
るもの、ある「事実」に他の「事実」以上の重要性を与えるもの、ある事実の
背後にあってそれと対抗する「もうひとつの現実」を発掘するものは、それを
構成する視点にほかならない、と言いたいだけである。社会的構築物としての
「現実」とは物質的なものであり、わたしたちはその中で正統性を付与された
ものだけを事実と呼び慣わしてきた。
------

     #「ナショナリズムとジェンダー」、上野千鶴子、青土社 より引用。

この本は私がよそのネットで
「歴史修正主義ってなんですか?」
「この本を読むと良いかもしれませんよ」
「そうですか、ジェンダーさんってどう言う人ですか?」
「ハカイダーの弟ですよ」
と紹介されて読んでみた本なのですが(笑)

ちょっと私には難しい本でして(^^; 私が正しく理解出来ていないかもしれま
せんがそう言う事を言っているのだと思います。これは私がこの上野千鶴子さ
んという方の意見が正しいと主張したいわけではなく私のリビジョニズムへの
納得できる認識だと提示しているだけです。

高橋さんや皆さんは「もうこの件についてはすでに歴史の再審を経て決着して
いる」と主張してます。もちろん歴史は常に再審されねばならないのでしょう
がそれは定説側の主張を無視したまま同じ主張を繰り返す議論とは異なると思
います。定説は毅然として存在するわけですから再審論者側が常に批判を受け
る側に立つのは必然ではないでしょうか?

最後に私はこの件(この件以外でも(^^;  )に関して無知です。はっきり言っ
ておきます。
ただし「無知を武器にしてはならない」と思っています。
ですから論争という形態を取れません、常に西岡さんから知識を掠め取って(^^;
論を構築する事になります。ですから「自分で検証しようとしない」という批
判は事私相手には成り立ちません(笑)

私は検証しようとしています、が、外国語がわからずしかも日本語の文献も少
ないその上貧乏で本も買えず図書館に行く時間もない、となれば西岡さんやイ
ンターネット上から知識をタダで掠め取っていくしか手段はありません。

  #えー、もしかしたら私のガス室問題についての投稿をご覧になっている方
   の中で私のような姿勢でこの問題の投稿をするのは犠牲者に対して不謹慎
   だ、と思われる方もいらっしゃると思います。確かに私自身日本の戦争犯
   罪に関して議論したりする時当然色んな事を調べるわけですが調べている
   内に戦争犯罪に対する怒りが込み上げてきてつい相手に攻撃的になったり
   する事があります。だからと言って今ある知識の中で「許せん」と思える
   議論をほっておく事も出来ません、因果な奴がこの ML に入ってきたもの
   だ、とご勘弁下さいm(__)m。



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