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| こう言ったからといって、わたしは「事実とは観念の構築物にすぎない」というカント主義を採用しているわけではない。「事実」を「事実」として定位するもの、ある「事実」に他の「事実」以上の重要性を与えるもの、ある事実の背後にあってそれと対抗する「もうひとつの現実」を発掘するものは、それを構成する視点にほかならない、と言いたいだけである。社会的構築物としての「現実」とは物質的なものであり、わたしたちはその中で正統性を付与されたものだけを事実と呼び慣わしてきた。 #「ナショナリズムとジェンダー」、上野千鶴子、青土社 より引用。 |
| 歴史を正視するということ | とほほ 2002/02/08 |
私は常日頃否定論なるものの卑猥さ劣悪さを主張する者ですが、そうした姿勢に対してであろうか、歴史修正主義なるものを持ち出してその正統性を訴える投稿が「問答有用」という掲示板に投稿されました。それに対して返信したものです。 |
| 歴史修正主義と否定論 | とほほ 2002/02/08 |
上記の投稿に付随して、私の認識における歴史修正主義と南京虐殺否定論の関係及び否定論の劣悪さを主張しています。これらの認識は私の場合上野千鶴子氏からの影響が強く、それに対する批判も掲示板上ではなされています。 |
| 歴史修正主義とは何か? | ベルナール氏 2002/02/13 |
私の直感的な論考とは異なり、体系的に歴史修正主義について述べられています。我々が歴史修正主義と対峙する上で、その表面上の正統性やまやかしを見抜くために非常にわかりやすい概論であると思います。 |
| 歴史修正主義を支えるもの1 (何が歴史修正主義を支えているのか?) |
ベルナール氏 2002/09/05 |
私などは上記キャプション程度にしか考えておりませんがベルナールさんの説得力のある論考です。 【「一部の右翼や国粋主義者等」だけでなく、歴史修正主義に「賛成あるいは反対」しているわれわれの思考法そのものなのです。】との事。なるほどと考えさせられました。 |
| 歴史修正主義を支えるもの2 (Re:「中帰連」を挑発の巻) |
あすか氏 2002/09/05 |
私もよく否定論者と論争する上で「無知を武器にするな」と言うことを言います。 私が日頃主張する歴史修正主義を無視する事の危険性悪性を論じておられます。 無知は恥ずかしい事ではありません、が、無知に付け込む論理、無知を武器にした論理、これは大変恥ずかしい事です。 |
| 歴史修正主義を支えるもの3 (「歴史修正主義」論 2) |
ベルナール氏 2002/09/05 |
上記あすか氏の論考にある「無知である」の対象が担い手を指すものであればそれは必ずしも「無知」ではない、との指摘です。あすか氏は情報の受け手の無知を指摘しておりその無知の罪と無知を武器にした論理を批判していると私は受け取りましたが、ベルナール氏の言う通り担い手は無知ではないと思います。が己の知識を恣意的に隠匿し論理を構築する事は無知である事と何ら変わらないように思います。 知識を有しながら無知を武器にした論理を展開しているわけであり、、。 こりゃ、私には無謀だがベルナール氏相手に反論してみようかな(笑) とはいえ結論は私もベルナールさんと同じか(^^; |
| 歴史修正主義を支えるもの4 (Re:「歴史修正主義」論 2) |
あすか氏 2002/09/05 |
歴史修正主義の受け手の「無知へのいらだち」を主張していると思います。私も全く同感です。 無知である事は恥ずかしくはない、知ろうともせず論を主張し、論理破綻すると他人に責任転嫁する精神性の未熟さは私もネット上の受け売り否定論者と対峙していて常に感じます。主張するのであれば、反論するのであれば、何を論拠にしても良いが己の責任で為す、と言う当たり前の事が出来ていない。ゆえにおそらく子供であろうとは思うのだが、どうやら、、。 |