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aml

From: bach@sub-tky.hosp.go.jp
Subject: [aml 15716] とほほさん、誤読していませんか?    西岡   
To: aml@jca.ax.apc.org
X-Mailer: htmail
Date: Sat, 15 Jan 2000 12:05:10 JST
Message-id: <01151205.ME0862201@sub-tky.hosp.go.jp>
Reply-To: aml@jca.ax.apc.org
(読みたくない方は読まずにお捨て下さい)
   「アウシュヴィッツ「ガス室」の真実」(日新報道・1997年)の
著者、西岡です。
   とほほさんと言う匿名の方から、aml-stove上で、御意見を頂きました。
その趣旨は、連合国(アメリカなど)が、戦後の戦犯裁判の陰で、しばしば
ドイツ人被疑者に拷問を加えて「自白」を得ていたのが事実だとしても、
それだけでは「ガス室」が無かった事にはならないのではないか、と言う
もので、同時に、とほほさんからは、「拷問によって書かれた歴史」を信じる
積もりは無い、との言明が有りました。(とほほさん、違ったら訂正して
下さい)
   御意見をありがとうございました。しかし、とほほさん、私は、
連合国が、しばしばドイツ人被疑者に拷問を加えて「自白」や「証言」を
得ていたと言うだけの理由で「ガス室」の存在を否定したりはしておりません。
この点で、とほほさんは、私が書いた事を誤読しておられる様に思います。
   その証拠を以下に示します。昨年(1999年12月19日)に私が
書いた書き込みの全文です。良くお読み下さい。
(以下引用)
>
>    もう一度言いますが、私は、もちろん、連合国がドイツ人被疑者に
> 拷問を加えて「自白」や「証言」を得ていたというだけの理由で「ユダヤ人
> 絶滅計画」や「ガス室」を信じられない、と言っているのではありません。
> 先に挙げた幾つかの論拠の他にも、例えば、アウシュヴィッツ(ビルケナウを
> 含む)やトレブリンカと言った、処刑用ガスが存在したとされる収容所に入れ
> られていたユダヤ人等の元被収容者の中に−−つまりナチスの被害者たちの
> 中に(!)−−それらの収容所における「ガス室」の存在に否定的な証言を
> する人々が実は多数居たと言う事実など、お話しなければならない事は本当に
> 山の様にあります。(「ショアー」に登場する「生き証人」の一人、ルドルフ・
> フルバ氏が、追求されて、自分の「目撃証言」を事実上撤回した事は御存知
> ですか?)しかし、そうした事とは別に、私がこの連合国の拷問による調書
> の問題にこだわるのは、もう一度言いますが、私が木村氏と同様、ファシズム
> に反対するからです。私が自著(「アウシュヴィッツ「ガス室」の真実」

> 日新報道 1997年)に書いた以下の箇所をとほほさんはどうお読みに
> なるでしょうか。
>
>
>
>    ・・・既にお話ししている事ですが、これらの戦後の戦犯裁判の
>    一部で、連合国側の取り調べ官たちが、ドイツ人被疑者に拷問を
>    加えて「自白調書」を作成していた事が、アメリカ議会記録に
>    明記されています。(この記録は、日本の国会図書館にもあり
>    ます)・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・
>    拷問で自白調書を得るなど、法的にも人道的にも許されない事は
>    言うまでもありません。たとえ、相手が何者であろうとも、です。
>    しかし、私がここで皆さんに考えて頂きたい事は、現にその様な
>    裁判で「認知」された事柄を、検証もせず、「事実」として鵜呑み
>    にして良いのか、と言う問題なのです。言い換えれば、拷問に
>    よって書かれた「歴史」を私たちは検証もせずに受け入れるべきか、
>    と言う問いを、皆さん一人一人に、私は考えて頂きたいのです。
>    何故なら、それは、私たちの自由に関わる問題だからです。
>     象徴的な言い方をしますが、拷問によって書かれた歴史を信じる
>    事を強制され、それに異をはさむ事が許されない社会が、民主主義
>    社会である訳がありません。私は、その様な社会に生きたいとは
>    思わないのです。そんな社会こそは「ネオナチ」の社会だと思い
>    ますし、そんな歴史を信じろと言う人々が、自由を愛する人々とも
>    信じられません。

>     拷問によって得られた「自白」だけではなく、交差尋問も受けずに
>    語られた「証言」や後に「証言」の主自身が撤回した「証言」までを
>    そのまま鵜呑みにし、「歴史」を語るという事は、事実という神聖な
>    物に対する冒涜であると私は思います。そして、事実が尊重されない
>    ところに、自由や民主主義が存在する訳が無いと、私は思うのです。
>     これは、ナチスや第二次世界大戦に関する道徳的議論とは全く別の
>    次元の問題であり、もし、私のこの問いかけを「ナチスの弁護」等と
>    呼ぶ方がいたとしたら、その方こそは、「ナチス」に最も近い方では
>    ないかと、私は思います。
>   (西岡昌紀「アウシュヴィッツ「ガス室」の真実」日新報道
>    184−186ページより)
>
>
>
>    「ネオナチと同じ」なのは、私でしょうか?それとも、こういう
> 問題を論じるな、と言う人々でしょうか?どちらが「ネオナチ」に近いか、
> とほほさんはお分かりにならない方ではないと信じます。
>
>
>
>                        
>                    
>                             西岡昌紀
>
>           連絡先:ファックス(03)3431−9564
>
2000年1月15日(土)
                           西岡昌紀
       連絡・抗議先:ファックス(03)3431−9564