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南京の人口(ラーベ日記からの検証) - とほほブログ

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南京の人口(ラーベ日記からの検証)

2005年10月10日 | 南京事件
思考錯誤[1201]Re(11):逆転極東裁判へげもん  - 05/9/17(土) 21:05からの続き。

> ラーベの日記には「80万人が逃げた」とありますが、これを否定できますか?

これの検証もまた大変でしょうから私も協力しますよ。とりあえず私が南京陥落前日12月12日までの日記を担当しましょう。へげもんさんはそれ以降をお願いします。ただ前述したとおり私が所蔵しているのは「南京の真実、ジョン・ラーベ著・エルヴィン・ヴィッケルト編/平野卿子訳」講談社と言う書籍だけでして口うるさい当掲示板諸氏によればかなりの誤訳があるそうです(^^;
なので原本をお持ちかまたは私の記述に落ち度がありましたらへげもんさんの方で指摘されてください。

とりあえず、同書から南京市民の動向、移動状況に関すると思われる記述のある箇所を日付ごとに全文抽出していきます。

【九月分総括及び10月分日記】
9月分の日記については南京市民の動向や様子を描いた記述についてはこれ以上見つけることが出来ませんでした。
10月分も同様ではありますが、南京における市民またはラーベ自身の戦争認識に関するものがしばしば見受けられます。これは南京の動向についての参考になると思いますので、この部分を列挙していきます。

【10月分総括及び11月分日記】
前述したように10月分の日記からは南京の人口等に関する動向をラーベが指摘した記述は見当たりません。ただ、市内の様子としてそれほどのパニック(住民が大挙して南京を脱出する)にはなっていないことは見て取れます。もちろん空爆からの避難は緊急課題でありそのために「富裕層は既に南京を脱出している」とラーベは認識しているようです。この認識は概ね正しいのではないかと私も考えます。

特にラーベの立場からすれば南京在住の外国人の動向についてはかなり正確であったのではないでしょうか?

また、私がなぜラーベの日記を全体的な記述から論証しようとしているのかは「否定論者」の印象操作戦術の一つにラーベに特別な又はある程度の権力者的な印象を与えようとしているからです。現実にはラーベとはジーメンス(富士通の前身であることは有名ですね)と言う一企業の従業員に過ぎず、安全委員会と言うのも中国軍が創設したものでも政府でも市行政府でもなく、国際法上安全が確保されねばならない外国人がその立場を活用して中国民衆の安全を確保しようとしたボランティア活動団体である、と言う認識が正しいと思います。この印象だけでラーベの日記の読み方印象が全く変わってきます。

ですから、例えば小林ヨシノリなどは安全委員会の元に陳情する中国人をまるで役所に訴えに来る工作員のような書き方で印象操作してますが、現実には安全委員会には何の権力もなく、その陳情も行く先のない民衆の苦情のはけ口にしか過ぎないのです。安全委員会に出来る事は外国人である特権を活用して日本軍へ苦情を伝える事だけです。国際法的な地位も権力もありません。つまり市民運動のひとつです。そんなものを日本軍がまともに相手しないと言う現象の説明としてその体質からして十分説得力のある説です。

否定論は「ラーベ」を日本に敵対するナチスの重要人物でありその日記は反日思想に満ちている、と言う印象を与えようとしているわけです。そうした印象操作に乗せられた人は「ラーベの記述を否定できますか?」等と言うトンチンカンな質問をしたりします、誰とはいいません(笑)
こういう質問が出ること自体が「否定論対肯定論」と言う対立図式を刷り込まれている証拠で肯定論のバイブル「ラーベの日記」を否定できまい。位の思考しかしていないのです。資料に対して肯定も否定もありません。資料は歴然としてそこにあるものでありそうした資料群の中から真実を描き出していこう、とするのが科学(歴史学)です。

もう一つこの日記を読むときに我々後世から見た人間が陥りやすい錯誤があります。それは【空爆】というものに対する印象です。戦争だから空爆は仕方ない的な印象を持ちやすい。がしかし無防備都市への無差別空爆と言うのはこの時に世界で始めて日本が行ったのです。ですから世界中の非難を浴びてしまったのです。連合国側がこうした空爆をついに敢行するようになるのはもっとずっとあとのことです。
この辺の印象も正しい歴史認識の下に判断していかないと歴史の判断を見誤ります。
[#148]Re(1):南京渡洋爆撃とパナイ号 を参照のこと。
また、そうした南京空爆の悲惨な状況を伝えた有名なポスターや写真があります。否定論と言うのはそうしたものを嘘だ合成だと、わけのわからん理屈で主張します。この写真も否定論ページには必ずでてくるものです。
画像資料検証板 上海南駅で泣き叫ぶ子どもの写真 を参照されて否定論の卑怯ぶりをご確認の上、怒りを感じていただければ幸いです。

さて、11月に入りいよいよ日本軍の侵攻が間近に迫ってきました。政府の撤退の動き国民党軍に対するラーベの怒り等を感じ取る事が出来ます、またその中に南京の人口に対するラーベの見解も記されています(見解というより、ラーベが噂やその他から勝手に信じ込んでいる数字と見たほうが正確でラーベ自身そうした数字を主張しているわけでもないです)今後は出来るだけ正確に11月分の日記を転載していきますので皆さんご自身でそれをご確認ください。

【11月分総括及び12月12日までの日記】
さて、11月に入りいよいよあわただしい気配が南京にも迫ってきている事が11月分の日記からは感じ取る事が出来ます。しかし、それでも上旬のうちは12日の日記にも見られるように、壊れたミシンの修理であるとかまだまだノンビリと日常の業務の中にいる様子が感じられます。

慌しさを感じるようになるのは南京陥落まで後1ヶ月を切った15日の日記あたり、ラーベが政府の撤去を予測する辺りから始まります。

問題は現実にこの時点でどのくらいの人口が脱出していたかですかね?これまで検証してきたように空襲からの非難のため富裕層の脱出する様子は見受けられますが、それ以外には大きな脱出劇は感じられません。私はこの時点で人口の10%も脱出していないように思えるのですがいかがでしょう?

あくまでこれはラーベの日記から受ける印象に過ぎないのですが、10%と言うのも大きめに見積もったつもりです。まず外国人はほとんど脱出しているでしょう、外国人の人口はもともと無視できるほど問題ではないと思います、【南京の富裕層】というのが当時南京市にしめる割合はどのくらいだったのでしょうか?通常、この時代の都市部の経済を考えた場合、人口比率にしてほんの数%に過ぎないと思います。

実際ラーベの日記の中でもこれまでの記述の中にはほとんど出てきません、よく言われるラーベが目撃した大量の脱出民とは、政府の撤退時期の脱出民です。日記からは政府の撤退によるパニック状態、それも政府関係者の脱出劇ですね、それぞれの官僚や行政府職員やそれぞれの家族に従う使用人とその家族などが脱出劇の主役のようです。そしてそれは南京陥落のわずか1ヶ月前からはじまっています。
政府の大がかりな移転が始まったのが17日
それでも19日の時点では食料品等の店は開いているようです。

・韓はかなりの金額を集金してきた。
・店がまだ開いているうちに食料品が買えるだろう。

そしてこの日に国際委員会が発足してます。

さて具体的な数字となると。
11/28
【言いかえれば、役人はだれひとりここには残らないということだ。何十万もの国民のために、だれも身をささげないとは・・・・・・。さすが、賢明なお考えだ! 警察庁長王固盤は、南京には中国人がまだ二十万人住んでいるとくりかえした。】
位が出てくるのみです。しかも王固盤は29日には辞任し脱出しようとしている様子で
【シュペアリングから電話。王固盤が辞任し、後任が指名されたとのこと。スマイスは、「こんどの警察庁長は、警察といっしょに逃げ出すようなことはないだろう」と言っている。】
とても南京の残留数を把握できる状態ではないと思います。「まだ20万人が残っている」とは王固盤の単なる主観に過ぎないと考えた方が良いのではないでしょうか?

以前にもこの例えをあげたことがあるのですが、正月の東京は閑散として東京から人間が誰もいなくなったように感じます。テレビの様子では各交通機関や首都高の混雑振りを連日報道します。しかし、東京には実際にはどのくらいの人が残っているのでしょうか?80%もの人が果たして東京からいなくなっているでしょうか?

王固盤が慌しい市街の脱出の様子そしてその後の閑散とした様子から「20万人位」と言う数字を主観的に伝えただけではないかと思います。実際30日の日記からは国際委員会の課題として「正確な人口の把握」があげられてますので、人口はわからない状態でしょう、大まかに掴んでいる人口についてもおそらく王固盤の言ってみれば「あてずっぽう」の20万人が根拠である、と結論しても良いのではないでしょうか?

以上が私の11月分の総括となります。
さて十二月に入り陥落まであと12日、ここまでが私の検証担当ですが、あと12日間の間に果たしてどれだけ脱出できるものなのか?日記からそれを知る手がかりが見つかるのか?検証を続けていきたいと思います。

【12月12日分までにおけるラーベ日記総括】
さて、十二月分ではとりあえず、四日以降、南京陥落前日十二日の私の担当までを全文掲載しました。なぜなら、南京の人口に関して参考になる記述は一箇所しかない。それでも全文掲載したのは「ないこと」を説明するためには「あるもの」を全文掲載して確認していただく他にないからです(^^;

さてその一箇所はへげもんさんの指摘された一行の文章の含まれる箇所です。
すなわち十二月六日の日記にある箇所ですが、再掲しておきましょう。
【これほどまでに言語道断な台詞(せりふ)があるだろうか。二の句がつげない! しかもこいつは蒋介石委員長側近高官ときている! ここに残った人は、家族をつれて逃げたくても金がなかったのだ。おまえら軍人が犯した過ちを、こういう気の毒な人民の命で償わせようというのか! なぜ、金持ちを、約八十万人という恵まれた市民を逃がしたんだ? 首になわをつけても残せばよかったじゃないか? どうしていつもいつも、一番貧しい人間だけが命を捧げなければならないんだ?】
この箇所は[#1222]でも論証したように、この数字はラーベが公言したものでも誰かに報告したものでもなく【「最後の一人まで戦え」と言う国民党軍の将校への怒りを日記に書き記した部分です。】

従ってそれほど信憑性の置ける数字ではない、と考えます。すくなくとも『南京の真実』からだけではこの数字の根拠はほとんどつかめません。が、ありがたいことに今回の検証中、熊猫さんが紹介してくれた『目撃者の南京事件』のなかである二人の証言に南京の残留人口が約40万人であるという記述を発見する事ができました。熊猫さんによると
[#1370]
これら二つの記述は、全く関連性がないところで書かれたにもかかわらず偶然にも、【40万人】と【難民区の家賃が高い】等の共通点があります。 難民区以外にも、同等或はそれ以上の住民が居たことを難民達が認識していたとする資料ではないかと思います。 勿論、この40万人という数字が正確に集計された数字であるとは思っていません。むしろ南京市民よりも周辺住民が南京へ避難した数のほうが多いのではないかと思っております。
という事で、私もこの見解にはまったく同意します。しかし付け加えさえていただければ、この二人の証言者はともに防衛軍軍人であるということです。ですから、まったくの偶然、というよりは防衛軍内の認識として【残留人口40万人】というものがあったのかもしれない、と考えたほうが無難ですが、だとするとこの40万人という数字には南京への流入人口を含まない可能性が高いです。

この数字は元々南京に住んでいた民衆の人口であり、攻略戦に伴い攻略戦途上の民衆の避難場所であるはずの南京への流入人口、清野作戦等による流入人口、つまりもともと南京の住民ではない『難民』の数を含んでいないように思えます。しかもこの中国人被害者の証言によれば、安全区外の住民は陥落後数日内でほとんど殲滅されています。

私のいう雲を掴むような話である、とはこのこともそうですし、百人斬りで象徴されるような、攻略戦途上における虐殺数などは掴みようがないのです。【虐殺数三十万人】と言う数字が決して荒唐無稽な数字ではない事をご納得いただけましたでしょうか?

以下の私の各月の日記検証における総括を再度確認の上私の検証に明らかな誤りが有ればご指摘ください。

また、へげもんさんの十二月十三日以降の検証にも期待したいと思いますしまた、最初に申し上げましたとおり、南京事件の資料はなにもラーベ日記だけではありませんので他資料と照合した上でより一層の検証が必要である事は言うまでもありませんので、K-Kさんが南京の人口に関する資料もまとめてありますのであわせてご検討のうえ反論・批判等を賜りたく存じます。

9月分総括及び10月分日記一覧
10月分総括及び11月分日記一覧
11月分総括及び12月分日記一覧

南京事件資料集(K-K氏) 内、南京の人口




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