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講座・痛快!『徹底批判「国民の歴史』(1)−−国際法理解の誤り
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歴史修正主義  ピエール E-MAILWEB  - ^05/3/20 -

引用なし
   (2000/07/03,問答有用)

皆さん、こんにちは。
「歴史の真実を語る」掲示板に投稿したところ、早くも大好評を戴いている「講座・痛快!『徹底批判「国民の歴史』」シリーズを、この「問答有用」掲示板でも転載させていただきたいと思います。皆さんの参考になれば幸甚です。

皆さんは、「人為的ベストセラー」の呼び声高い、西尾幹二「新しい歴史教科書をつくる会」会長の『国民の歴史』(産経新聞社、1999年)はもうお読みになられたでしょうか?。私は発売と同時に買って読み始めたのですが、あまりに退屈で30ページほどでギブアップしてしまいました。この本が「新しい歴史教科書のパイロット版」という触れ込みで、しかも会長自身が「親子で読める分かりやすい日本の通史を書く」と宣言していたものですから、興味深々で手にとったのですが、これが酷い。「通史」ではなくて、単に西尾会長の個人的な歴史認識を一方的に披瀝するだけのエッセー集なのですね。だから、日本という国家、社会がどのような変遷をたどって今日にいたったのかが、まったく理解できない。「新しい歴史教科書のパイロット版」という宣伝文句は詐欺ですね。それでも、暇なときにパラパラとめくって眺める程度でした。

そこへ、今年5月、大月書店から『徹底批判「国民の歴史」』が発刊されました。もちろん、この本は『国民の歴史』に対する、第一線の歴史研究者による真正面からの批判本なのですが、ありがたいのは、『国民の歴史』の中での西尾会長の主張が、実にコンパクトに纏められている点です。ですから、退屈な『国民の歴史』を人生の大切な時間を費やして端から端まで読みとおす必要が無く、『徹底批判「国民の歴史」』を読むだけで、西尾会長の主張のポイントが理解できるのですね。そして、その「主張」に対して、一つ一つ、史実で構成された歴史学の研究成果を通じて、完膚なきまでの徹底批判が加えられている。私が西尾会長だったら、山奥に隠遁して二度と世間様の前には出て来れないな、というほどのすさまじくも鮮やかな論破です。

この痛快で画期的な良書を、どうしても皆さんにご紹介したいと思いますので、これから例の講座形式で連載していきたいと思います。『徹底批判「国民の歴史」』は、大きく2部構成で、1部で『国民の歴史』を貫く歴史観の特徴と問題点を大所高所からマクロ的に論じ、歴史教育のあり方についても積極的な提言をしています。2部では、『国民の歴史』の史実認識について、具体的な事実を挙げながら一つ一つ反駁していきます。1部も、歴史教育を考える上でもちろん重要なのですが、2部で西尾会長の無知・無恥・不勉強が実に痛快に白日の下にさらけ出されているとともに、私自身も知らなかった史実が紹介されているので、こちらから先に書いていきたいと思います。

トップバッターは、南京大虐殺研究の大家で、日本人の戦争観の移り変わりにも詳しい、吉田裕・一橋大学教授です。
さあ、行きましょう!。

『歴史の中の戦争責任問題』

(1) 国際法理解の誤り

【国際法の「二重性」について】

[西尾会長の謬論1.]
国際法には「二重性」がある。ひとつは「自国の欲望を抑え相手国と協定や条約を結ぶ」という形での国際社会のルールとしての側面(『国民の歴史』435p、以下、特に断りの無い場合は『国民の歴史』のページを表す)、もうひとつは、「ヨーロッパ人にとって自己の戦争を優位かつ合理的に展開するためのルール」、あるいは、「異教徒への蔑視と、コントロールの術をどこかで必ず内包していたに違いない法的規則」としての側面(458p)。

[徹底批判1.]
たしかに、大沼保昭東大教授『戦争責任論序説』(東京大学出版会、1975年)が明らかにしているように、国際法上の観念自体が、「国家の行動を規制する拘束的規範」としての機能と、「国家の行動を正当化するイデオロギー」としての機能という「二重の構造」をもっている。しかし、西尾氏の国際法理解の最大の問題点は、【国際法のもつ規範としての機能を事実上まったく無視し、イデオロギー機能だけをことさらに強調する】点にある。

1922年に調印され、中国の主権の尊重や中国における門戸開放・機会均等等の原則を規定した「9カ国条約」をみると、関係各国のさまざまな思惑と妥協のうえに成立し、その当時のアメリカなどの大国を中心にした国際秩序を正当化するという機能を明らかにもっている。しかし、一度条約として成立した以上、それは中国の主権の尊重という点では、ある種の普遍的規範としても機能した。事実、日中全面戦争が開始されると、国際連盟やアメリカは、日本の中国侵略が9カ国条約などに違反すると認定して対日批判を強めた。これに対して、日本政府内部では、東アジアの現状にもはや適合しないとして9カ国条約の廃棄論が台頭するが、廃棄は結局は実現しなかった。「廃棄などを実行する際の正当な論拠が見出せな」かったからである(伊香俊哉「日中戦争期の9カ国条約廃棄問題」『歴史評論』1997年9月号)。9カ国条約はそれを桎梏と感じていた日本政府すら完全に否定することの出来ない国際的規範として機能している。

【国際法の発展】

[徹底批判2.]
もうひとつの問題は、各国の思惑や国益の衝突などによってジグザグの過程をたどりながらも、【国際法自体が歴史の中で着実な発展をとげている事実を、西尾氏がまったくみようとしていない】ことである。人類が経験した最初の総力戦となった第一次世界大戦では、悲惨な戦争の惨禍を背景にして、大戦後に国際法の領域で大きな転換が起こった。国際紛争を解決する手段として戦争という行為に訴えること自体を違法とみなす「戦争違法論」の成立だ。1928年のパリ不戦条約の締結は、そうした違法観の成立をよく示している。また、第二次世界大戦後の国際軍事裁判、ナチスの戦犯を裁いたニュルンベルク裁判と日本の戦犯を裁いた東京裁判では、従来から存在した「通例の戦争犯罪」にくわえて「平和に対する罪」と「人道に対する罪」という戦争犯罪の新たな類型が定立された。前者は「戦争違法観」と、その違法な戦争を指導した国家指導者の責任を問う「指導者責任観」が結びついたところに成立した犯罪類型であり、後者は、一般市民に対する組織的な集団虐殺などの非人道的行為を処罰しようとするものだった。

さらに、第二次世界大戦後から現在にいたるまでの時期においても、「戦争犯罪の概念はその範囲においてもまた内容においてもいっそう展開し、他方で、過去の反省にたった処罰制度をつくりあげる努力も積み上げられてきた」(藤田久一『戦争犯罪とは何か』岩波新書、1995年)。西尾氏の目には、そうした発展過程とそこにこめられた人類の営為がまったく映らないようだ。

それは、
[西尾会長の謬論2.]
「『人道に対する罪』などという新しい普遍的な尺度もまた、よく考えてみれば、しょせんはフィクションであり、にわかこしらえの約束であり、相対的な一観念でしかないであろう」(470p)
という傲慢な断定のなかによく示されている。

[徹底批判3.]
しかし、その一方で米軍による本土空襲を「人道に対する罪」にあたるとして非難しているのだから(584p)、あきれるほかはない。

【「万国公法」の受容】

[西尾会長の謬論3.]
近代国家形成期の日本社会は、国際法の「二重性」をまったく理解せず、「ヨーロッパでは悪をくぐり抜けてやむなく作った戦いのルールを、日本では最初から善として、目標として受け止めた」(458p)。あるいは、国際法を「道義の道」としてのみ理解した(454p)。なんと能天気な国民であることか。

[徹底批判4.]
歴史の実際の過程は、西尾氏が言うほど単純なものではない。
(1) 戦争法の受容と実践にさいしては、日本は対欧米の基準と対アジアの基準とを使い分けるというダブルスタンダードを採用した。「日本は日清、日露戦争および第一次世界大戦において、直接の敵国や欧米先進中立国に対してはほぼ戦争法遵守に欠けることはなかったが、朝鮮(韓国)や中国に対しては戦争法を遵守したとはいえず、むしろ国際法を日本の支配を拡大する手段として利用したと判断できよう」(田中忍「我が国における国際法の受容と実践」『国際法、国際連合と日本』弘文堂、1987年)。そこにあるのは、西尾氏が言うような「世界の政治現実をリアルに見ないあるきわめて特徴的な『単純さ』」(459p)などではけっしてなく、「道義」を完全に欠落させた剥き出しのパワー・ポリティクスの論理そのものである。
(2) 戦前日本の国際法研究のなかで戦争法は最も厚い研究の蓄積をもつ領域だったが、「日本の国家実行の必要により規定され、戦争行動の正当化・合法化に貢献することが研究の第一の目的と考えられる」傾向があった(藤田久一「日本における戦争法研究の歩み」『国際法外交雑誌』第96巻第4・5合併号、1997年)。つまり、「戦争における日本(軍)の実行を学説が追認し法的に正当化する形で、いわば実行と学説の癒着」が生ずるなかで研究が進展した。そこでは、平和で公正な国際秩序形成のための国際的な規範の創出といったようなアプローチは、第一次世界大戦後の一時期を除いてほとんどみられなかった。西尾氏の主張とは逆に、むしろ日本では、国際法のもつイデオロギー的機能こそが重視された。

★ 今回のポイント
(1) 国際法には「国家の拘束規範」と「国家行動正当化のイデオロギー」という「二重性」があるが、「イデオロギー」の面だけを強調するのは誤りで、例えば「9カ国条約」は日本の侵略を批判する規範として機能した。
(2) 国際法は歴史の中で発展を続けている。第二次大戦前にすでに「戦争違法論」が成立していた。大戦後も「指導者責任観」が成立した。
(3) 西尾会長は、「人道に対する罪」を「フィクション」として相対化しているが、その舌の根が乾かないうちに、米軍の日本本土空襲を「人道に対する罪」として非難するなど、自分の都合のいいように基準を使い分ける。
(4) 日本は、戦争法の受容と実践で、対欧米と対アジアでは基準を使い分け、「道義」を完全に欠落させたパワーポリティクスを展開した。
(5) 戦前日本の戦争法規研究は、国家の軍事行動を正当化するための研究を重視した「曲学阿世」ぶりだった。

(吉田教授の項、続く)

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