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朝鮮から見た日露戦争(5)質疑応答
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日韓関係史  ピエール E-MAIL  - ^05/3/20 -

引用なし
   皆さん、こんにちは。
「朝鮮から見た日露戦争」最終回は、講演参加者と趙先生との質疑応答です。
これで日露戦争の実相の一端が明らかになったのではないでしょうか。
今年は日露終戦100年。司馬遼太郎のようなフィクションの勝手な解釈は避けて、わが国人民の共通認識を形成していければと思います。

【質疑応答】
Q)「日清・日露戦争」開戦の日本側の「大義名分」を教えて欲しい。
R)日清の時は「居留民保護」である。甲午農民戦争が起きたとき、朝鮮は自力で鎮圧する自信がなかった。そこで、清に援軍派遣を求めた。その時、清は日本に「これから派兵する」と打電した。なぜかというと、甲申政変後の1885年の天津条約で清軍と日本軍が朝鮮から撤兵する際、将来両軍が朝鮮に出兵する時には互いに出兵事前通知を行わなければならないという取り決めがあったからである。その後10年間は朝鮮半島には外国の軍隊はいなかったわけである。しかし、天津条約には、一方が出兵すれば、もう一方も軍隊を出していい、とは書かれていない。それなのに、出兵を依頼されていない日本は勝手に軍を出した。これは明らかな主権侵害である。先日、中国の潜水艦が日本南方の海域にやって来ただけで大騒ぎになった。日本は、かつてはそうした理不尽なことを平気でやったということである。
日清両軍の上陸を知った農民軍は兵を引いている。そこで朝鮮政府は、日本と清に撤兵してくれるように依頼するが、清はそれを了承したのに対して、日本は不承知であった。何故か? もう、清が出兵した時点で陸奥宗光の頭の中には戦争しかなかった。戦争のやり方としては、日本は常に「被動的」ポーズをとるが、やることは必ず清よりも先にやる。まず日本は、「居留民保護」を名目として、清と共同による内政干渉しようとした。しかし、朝貢体制というのは他国の内政には絶対に干渉しないシステムだから、宗主国として朝鮮との間に朝貢関係を結ぶ清はこれを拒否する。陸奥はそれを待っていた。日本はやむをえずという論理で単独で内政干渉をしようとするのである。ところが朝鮮政府は、日本に干渉される前にすでに「校正庁」という役所を作って独自に内政改革に乗り出していた。にもかかわらず、日本はそれを無視して7月23日に王宮を囲んで朝鮮と戦争を始めた。
日露に関しては、ロシアも「満韓交換」で譲歩していたので、する必要のない戦争だった。世論に押され、また軍部にも一部好戦的な将校がいたといわれている。ただし朝鮮の独立が大義名分となっていた。これは日清戦争の時も同じである。

Q)日本が朝鮮半島に軍を駐留させ始めたのはいつ頃で、いかなる理由か?
R)1882年に壬午軍乱がソウルで発生したが、これは反日運動だった。日本が朝鮮米を大量に買い付けて米不足になり、軍隊も待遇が悪くなって旧軍が蜂起した。日本公使館を襲撃して、新式軍隊を調練していた日本人将校を殺害した。これを鎮圧したのが清軍だった。日本はこの時、公使館保護の名目で日本軍「若干名」を駐留させることになった。150人ほどである。清は3,000人ほどいた。ベトナムで清仏戦争が始まると、半分の1,500人が清本国に帰ってしまう。この時に「開化派」が起こしたクーデターが、1884年の甲申政変である。これには日本の150人も協力するが、多勢に無勢でやられてしまう。実は福沢諭吉も兵器の用意などで動いていたふしがある。彼は最後までシラを切ったが、彼の弟子の井上角五郎が後年そのことを認めている。この時に天津条約が結ばれた。

Q)日露戦争での勝利で日本は対外膨張に弾みをつけ、それが太平洋戦争に結びついていくということか?

R)日露戦争はもともと勝ち目のない戦争だった。日本が勝ったのは、ひとえに日本海海戦のせいだろう。陸軍ではロシアは、必ずしも負けていなかった。海軍はものすごい訓練をして、艦砲の命中率がすごかった。バルチック艦隊はほぼ全滅し、ロシアは海軍力の相当部分を失った。貴族が牛耳るロシア軍に対して、日本が国民軍だったというのも大きかっただろう。しかし日本は、日露戦争以降、精神主義に走って冷静な近代化を怠った。ノモンハン事件でソ連の機械化部隊に惨敗したのに、その教訓を生かさなかった。アジア太平洋戦争までそれは改まらず、勝てる見込みがないにもかかわらず、戦争に突入した。勝てる自信がなかったという点でアジア太平洋戦争は、日露戦争と似ている。しかし第2の日露戦争は、あり得なかったのである。

Q)「新しい歴史教科書をつくる会」などは、「当時最大の政党であった一進会が日韓併合を支持した。だから、韓国の一般的な世論の大勢は併合賛成だった。韓国人は併合を望んでいた」と主張しているが、これの当否は? また、「朝鮮半島は日本に向かって突きつけられたナイフであり、これをロシアに奪われたら日本の自存は脅かされていただろう」という主張があるが、仮に日露戦争で日本が負けていたら日本や東アジア情勢はどうなっていたと考えるか?

R)内田良平、武田範之という朝鮮浪人(大陸浪人)がいて、彼らの親分が右翼の元祖のような頭山満で、玄洋社を作った。内田はそれから分立して黒龍会を作った。武田は僧侶だった。伊藤博文も彼らの協力を仰いで日韓合邦運動をやらせた。一進会の李容九は、この運動に協力したが、彼はあくまでも日韓合邦の理想を信じていたことを確認しておく必要がある。李が拠り所にした思想は、樽井藤吉が日清戦争の前年に書いた『大東合邦論』だった可能性がある。これは日韓で対等合邦して「大東国」をつくり、清と同盟して列強に対抗しようというアジア主義の構想を説いたものである。李容九には、内田と武田がいろいろと入れ知恵している。一進会の上奏文も多くは武田が漢文で書いている。しかし、彼らは最初から対等合邦なんて考えていなかった。武田が書いたものなどを読むと、これは典型的な天皇主義者だ。かれは、昔太平天国の乱を起こした洪秀全が50年後に東方に「大豪傑」が現れると予言したが、その人物こそが明治天皇だと考えていた。その天皇を戴いている日本は、やはり韓国を併合する資格があるというのが武田の論理だ。李容九や一進会は見事に騙されたというしかない。
日本が日露戦争で負けていたら、どうなっていたかというのは難しい問題だが、日本が負けるといっても、どういう負け方かが問題であろう。日露戦争以前に考えるべきは、朝鮮の意思の問題である。朝鮮は中立国になりたいと言っているわけだから、そうしてあげるのが一番よかったのは自明のことだ。現実問題、イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・清国などは「局外中立」を受け入れている。しかし、日本はこれを無視した。戦争が始まったら、どんな戦争だって「防衛戦争」になるのは当たり前である。アメリカもイラク侵攻をテロから守るための防衛戦争と位置づけている。日本が負けたとしても、日本の状況の変化は、その負け方によると思う。ロシアの艦隊が逆に日本艦隊を打ち破るような完敗だったら大変な話だろうが、賠償金を取られても、日本が外交権を奪われて保護国化(植民地化)されるというのは、あの時点では考えにくいだろう。日本はすでに、「立派な」帝国主義国だったのだから。

Q)日本の韓国併合は、欧米列強の植民地支配とは違う、と言われるが、本当のところは?

R)たしかに「違う」だろう。日本は同化政策で、欧米は同化政策を推進しなかった。原敬は(同化政策は)台湾では無理だが、朝鮮なら可能だと考えていた。しかし、どこまで「本気なのかわからない」のが皇民化政策だ。1943年に朝鮮半島でも徴兵制が敷かれるが、差別やいじめで脱走が続出した。志願兵も奴隷のように扱われた。日本は戸籍を2つ作っている。日本人は内地戸籍、朝鮮人は朝鮮戸籍である。だから、名前を変えても、朝鮮人だということがすぐにわかる。本気で「同胞」と考えているなら、そんなことは出来ないであろう。土地を奪い、名前を奪い、宗教も奪った。全般的に欧米の植民地支配と比べてみて、欧米は文明破壊をもっぱら行ったが、日本はそれだけに止まらず、文化破壊を行った。朝鮮語の使用を禁止しようとしたり、文明として何ら普遍性を持たない神社参拝を強制したりしたのは、その最たるものである。日本は文化と文明を混同していた節があり、日本文化を文明の如く考えていた。

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