1DAYS 上陸 7月○日 払暁 北日本近海 <<OA-6J蛟竜>> 海兵隊の戦術攻撃機“海神”の観測機型、上陸作戦時には艦砲射撃の着弾観測や部隊の管制を実施する。 時にドライデッキ・シェルターを装備して武装偵察隊を送り届ける潜航艇としても使用される。 今そのチェンバー内には潜水服に身を包んだ国連軍第301衛士訓練部隊 F分隊8名の姿があった。 衛士を志すものが通らねばならない関門である『総合戦闘技術演習』通称“総演”に参加する為である。 演習開始当日、301訓練部隊は営庭での大場基地司令の訓示の後、各分隊は輸送機やヘリ等、 様々な手段で百里を発ち各地の演習場へと赴いていった。 総演の日程が発表されてからというもの通常の基礎訓練に加えて航空機やヘリからの降下訓練やスキューバのよる潜水訓練が追加された。 “これって衛士に必要な技能なのか?”事情がわからず戸惑う者や日頃の単調な基礎訓練と違う物珍しさから喜ぶ者反応は様々だったが それらはこの日の為だったらしい。 (でもまさか自分が潜水艦に乗るだなんて半年前には思いもしなかったけどね) F分隊の最年長、日吉梓は自分の境遇に思わず苦笑しかけ、気を引き締める。 日吉は国連軍横浜基地に整備士として配属され戦術機の機付長を勤めていた。 だが昨年末の基地防衛戦の際、格納庫を守る為整備員までもが戦術機の搭乗して戦った。 その際の操作ログから新OSへの適性が認められ百里に編入された、ということらしいが詳しい理由は判らない。 何しろ書類上は“志願”と言うことになっているからだ。 当初は戸惑い、百里を訪れたかつての上司に殴りか掛かった事さえあった。 だが今は、自分がどこまでやれるかわからないが出来うることをやってみようと思う。 それはあの日見送った“暁”の光景がそうさせているのかもしれない。 確かに望んで来た訳ではないが“常に最善を尽くす”が日吉の整備士時代から変わらぬ信念でもあった。 いま日吉が配属されているF分隊の評価は芳しくない。 とかく緊張感に欠けるといわれ続けたF分隊にとってこの演習は汚名返上の又とない機会といえる・・・はずなのだが。 今回の演習の試験である富樫教官から封緘命令書を手渡され、潜水母艦“たつなみ”を離れる事30分、 当初の緊張が解けたのかチェンバー内では分隊長を筆頭にのん気な会話が繰り広げられている。 「あう〜 いい加減お日様が恋しいなぁ、このままじゃ琴美“もやし”になっちゃうの」 そうこぼすのは分隊長の市原琴美、いつも本人がはぐらかす為詳しい経歴は誰も知らないが何処かの大学に在籍していたという話だ。 おっとりした口調と度々飛躍する会話から“天然”と周囲からは思われがちだがそれは彼女の頭の回転が速く思考の途中経過を飛ばし 結論から話すからに他ならない。分隊配属当初は“これで分隊長が勤まるのか”と皆一同困惑したものだ。 「出発してからずっと潜水艦ですから時計を見ないと昼か夜か判りませんね。“たつなみ”の人たちも航海中は食事の内容で初めて 朝夕が判るわからいってました。」 市原のぼやき応じたのは田村芽衣、補給部隊出身だが父母、兄共に衛士という軍人一家に育った彼女は幼い外見に反して礼儀正しく その口調もしっかりとしたものだ。 もっとも兄の所属している部隊が出撃した報を聞く度に心配で眠れないという辺りは年相応で微笑ましく、分隊の“妹”という位置づけだ。 「そういえば昨日の金曜カレー、噂どおり本当においしかったですね〜」 そう続けたのは工兵科出身の加藤愛華だ。 「なんでも艦ごとに伝統のレシピがあるそうです。烹炊長さんに尋ねたら「演習に合格したら隠し味教えてやる」といわれました ・・こうなったら皆さん、がんばりましょうね」 「カレーの為に頑張るというのも愛ちゃんらしいの」 「そっそんなつもりじゃ・・ごめんなさい〜」 「琴美さん駄目ですよ、愛華さん困ってるじゃないですか」。 琴美のからかいにオロオロする加藤に田村が助け舟を出す、入隊するまで多忙な両親に代わり妹弟達の面倒を見ていた事もあり家庭的で 細やかな気配りが出来るのだが多少人見知りで気弱な面もあった そんな会話に加わっていない分隊員もいる  高山楓と青木美里はメモを取りながらなにやら呟いている。どうやら駒や盤を使わず暗譜で将棋を指しているらしい。 帝国軍の幼年学校から編入された高山は大人しそうな外見に似合わず戦術的思考に秀でており将来のCP候補として噂されていた。 市原の“天然”も高山を介すことで的確に伝わるようになり、最近のF分隊の訓練成績が好調なのは彼女の力も大きい。 またそのセンス故か将棋の腕も301部隊の中でも群を抜いていた。 一方の青木は北部方面軍出身、軽い身のこなしで射撃や格闘、戦技全般に優れている。 既に“実戦”経験があるのではと噂されていたが青木も自ら語ろうとはしない。 孤高を決め込んでいる訳ではないが休憩中も一人で本を読んでいることが多く他の分隊員から一歩引いているような印象があった。 そんな青木に高山が将棋に誘ったのが、物事にのめりこむ質なのか忽ち上達し今や分隊で彼女達に敵うものはいなかった。 (なにも此処まできてしなくてもいいじゃない・・) なかばあきれつつ分隊唯一の男性である有田遼平に目を向けるが、隔壁に背中を預け眼を閉じている、寝ているとしか思えない。 「遼平、起きてる? まさかこんな場所で寝てるんじゃないでしょうね?」 有田は日吉の呼びかけに目を開けると腕時計に目をやりながら応える。 「心配ない、いつも作戦5分前に目を覚ますようにしている。」 「それは良かった・・って今ホントに寝てた訳!?  しっかりしてよね、アンタは今回の演習の要なんだから」 「了解“常に最善を”だろ?」 そう応える有田の表情に気負いや不安が見て取れない事に日吉は安心した。 元機械化歩兵の有田は日吉と同じく横浜基地の先の基地防衛戦では格納庫において文字通り背中を預けて戦った。 その後の桜花作戦の混乱で互いの消息を判らぬまま、百里で再会し同じ分隊に配属された事には世間の意外な狭さを感じ驚いたものだ。 F分隊では有田は実戦経験と修練から得た近接戦闘の技能を生かして前衛を担当している。 今回の演習においても重要な役割を果たす事は間違いなかった。 「頼りにしてるよ“坊や”」 「・・・“坊や”は勘弁してくれ」 有田は元々口数が少なく、又ずっと男所帯にいた所為で女性と接するのが苦手という面もあった。 それでついぶっきらぼうな対応になってしまい加藤など「なんか怒こってるみたいで怖いです〜」と半ば本気で怯えていたようだ。 日吉はそんな有田を放っておけず分隊に溶け込めるようにとなにかと気を配った。 有田のほうもかつての“戦友”という親近感もあり日吉には気兼ねなく接するようになった。 最近では誤解も解けてきたが、今度は二人のどこか的外れなやり取りから“日吉と有田の夫婦漫才”と呼ばれる羽目に。 日吉が有田の事を“坊や”と呼んでからかうのも、心の何処でまんざらでなく思っている日吉の照れ隠しなのかも知れない。 市原達の雑談はまだ続いている、その中の一人水口萌花が妙なことを言い出した。 「まぁ確かに食事はうまいんだけどさ・・そもそもなんで潜水艦な訳?」 輸送部隊出身で雅な名前から想像も出来ない活発なお調子者、「萌ちゃんて萌花というより燃火だね」という加藤の水口評が全てを物語る。 「だいたい他の分隊はヘリだの輸送機で颯爽と出発したのにウチらだけ“ドン亀”だよ、扱い酷くない? 兎も角狭いし空気は匂うし、二言目には「走るな、喋るな、水は節約しろ!!」でしょ。 終いにゃ“空気が勿体無い、用がないなら静かに寝てろっ”て連れて行かれたのが魚雷の上のベットだし。 あんなモノの上で眠れるなんて潜水艦乗りの感覚を疑っちゃうよね。“ドン亀”のドンって鈍感のドンかも」 確かに水口の言う事は事実でもある、以前と比べて潜水艦内部の環境は大幅に改善されたとはいえ快適とはいいがたい。 ろ過機を通しても取れない独特のディーゼル臭はサブマリナーにとっても悩みの種の一つであった。 「あんた達、自分達が何処にいるかわすれてない?艇長に聞こえたらどうすんの」 エスカレートしていく潜水艦批判をたしなめるべく日吉が声を掛けたがどうやら遅かったようだ。 「馬鹿野郎、そういう話はマイクのスイッチを確かめるもんだ。こっちまで筒抜けだぞ」 壁のスピーカーから男の声が聞えた。 「「「「!?」」」」 「もっ申し訳ありません大尉殿。」さすがに慌てて市原が謝罪する 「馬鹿野郎、「だいい」だ。殿もいらねえよ、陸式じゃあるまいし。 まぁ確かに嬢ちゃんのいうようにドン亀だが、欠点も含めて愛着が湧くのが愛機なのさ。お前達もじきにわかる。」 大尉の“馬鹿野郎”はどうやら口癖らしい、苦笑交じりの声に怒気は感じられない。 「そろそろ予定ポイントだ、もう一度装備のチェックをしろ、泳げない奴はちゃんと浮き輪持っただろうな」 首に掛けていたゴーグルを装着、呼吸具の接続を互いに確認しあう。 「今日は大潮だ、ちょうど満潮も近いから波に乗っていけば楽に浜に辿り付ける筈だ。」 「了解です、大尉、送っていただきありがとうございました。」 「折角のバカンスだ、嬢ちゃん達楽しんでこい!! 注水開始するぞ」 足元から海水が上がってくる水位は見る間に上昇するがこれまでの訓練の成果か慌てるものはいないようだ。 注水完了を示すランプが点灯しDDSの後部ハッチがゆっくりと開いていく。 水深10m、目の前には夜明け前のほの暗い海中が広がっている。 琴美が手信号で出発の合図をだすと、各々装備を詰めた防水バックを手にして陸地目指してゆっくりと泳ぎ出した。 こうしてF分隊の“夏休み”は幕を開けた。 ---- とりあえずここまですOrz お目汚しとは思いますがご笑覧ください