1 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/18(木) 23:32:17 ID:T0yWGzeY
やんごとないお姫様をテーマにした総合スレです。
エロな小説(オリジナルでもパロでも)投下の他、姫に関する萌え話などでマターリ楽しみましょう。

■前スレ■
お姫様でエロなスレ9
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1226223611/

■過去スレ■
囚われのお姫様って
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1073571845/
お姫様でエロなスレ2
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1133193721/
お姫様でエロなスレ3
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1148836416/
お姫様でエロなスレ4
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1157393191/
お姫様でエロなスレ5
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1166529179/
お姫様でエロなスレ6
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1178961024/
お姫様でエロなスレ7
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1196012780/
お姫様でエロなスレ8
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1209913078/

■関連スレ■
【従者】 主従でエロ小説 第六章 【お嬢様】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1222667087/
◆ファンタジー世界の戦う女(女兵士)総合スレ 6◆
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1209042964/
古代・中世ファンタジー・オリジナルエロパロスレ3
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1218039118/
妄想的時代小説part2
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1155751291/
世界の神話でエロパロ創世2
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1201135577/
逸話や童話世界でエロパロ2
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1205727509/

■保管庫■
http://vs8.f-t-s.com/~pinkprincess/princess/index.html


気位の高い姫への強姦・陵辱SS、囚われの姫への調教SSなど以外にも、
エロ姫が権力のまま他者を蹂躙するSS、民衆の為に剣振るう英雄姫の敗北SS、
姫と身分違いの男とが愛を貫くような和姦・純愛SSも可。基本的に何でもあり。

ただし幅広く同居する為に、ハードグロほか荒れかねない極端な属性は
SS投下時にスルー用警告よろ。スカ程度なら大丈夫っぽい。逆に住人も、
警告があり姫さえ出れば、他スレで放逐されがちな属性も受け入れヨロ。

姫のタイプも、高貴で繊細な姫、武闘派姫から、親近感ある庶民派お姫様。
中世西洋風な姫、和風な姫から、砂漠や辺境や南海の国の姫。王女、皇女、
貴族令嬢、または王妃や女王まで、姫っぽいなら何でもあり。
ライトファンタジー、重厚ファンタジー、歴史モノと、背景も職人の自由で。


2 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/18(木) 23:49:42 ID:sdZ3hDAA
おお、>>1乙です

3 花影幻燈(後篇2) sage 2008/12/19(金) 00:05:47 ID:T0yWGzeY
それは香りだった。
エレノールが身にまとっているのはふだんの白檀ではないことに彼は初めて気がついた。
正確には、彼女の髪に焚きしめられた白檀の上に、ほのかな移り香を感じとったのだった。
(ああ、―――これはそういえば、エマニュエルの香りだ)
先ほどの告別はほんの短いあいだに終わってしまい、彼女の漂わせる香に意識を配る暇もなかったが、
たしかに今朝のエマニュエルは、旅支度の身であるがゆえに髪に焚き染める時間を惜しんだためか、ふだんのように白檀を用いてはいなかった。
そのかわり彼女は、果実を思わせる瑞々しいこの香り、
そしてどこか酩酊をいざなうようなこの香りを全身にゆったりとまとっていた。
今日はなぜ調合を変えたのだろう。
だがこの香りは、一般の精製された香料に比べるといかにも野趣を残していた。
アランは目をつむった。何かを思い出せる気がした。

(そうだ、昨日の参拝の途上でも、以前の山中の散策でも、このような房をつけた木は見たおぼえがある。
 ―――これは山葡萄の花実だ。この香りは、山葡萄の香りか)
そして朝靄が晴れゆくように、視界を覆うものが去ってゆく感覚をおぼえた。
エマニュエルがつい先ほどまで離宮の聖堂にて祈念を捧げていた相手は天上の主ではなく、
まして実際は壮健であるはずの夫君の守護聖人などではない。
それは他ならぬ聖リュシアンであり、
祭壇に捧げたのは庭園の花々ではなく今朝がた山中で手折ったばかりの山葡萄の枝なのだ。
そして近隣の酒倉から買い上げた数年来の果実酒も、ともに奉納したのだろう。

山葡萄はかの洞窟の鉱水と並び聖リュシアンの象徴であり、
聖人そのひとの故事をふまえて、一般には樽職人や果樹園主等から職業的な護符の代わりとして崇められている。
しかし一方でまた、属すべきギルドなどを持たない、より寄る辺なき人々から深く仰がれているのも事実だった。
人の世から見捨てられ、忘れ去られし者たち―――殊にいまだ罪を知らぬ小さき者たちは、
象徴物を通じて聖リュシアンの加護にあまねく浴する、そう信じる人々もやはり少なくないのだった。
ゆえに彼は往々にして、男性としては非常に珍しいことながら、
幼な子のみならずいまだ世に生まれ来ぬ子の守護者、生を望まれぬ子の庇護者、
そしてすべての母子の安産寧育を司る聖者としても広く信仰を集めていた。

房のついた小枝はエレノールの手に包まれながら、湖畔より吹きわたる風にときおり自らをそよがせていた。
アランは妻の背中を抱いて強く引き寄せ、先ほどエマニュエル自身がそうしていたように彼女の髪に顔をうずめた。
小枝を指先でなぞっていたエレノールは驚いたように一瞬身をすくめたが、やがて夫の力に身を任せた。

洗練とほのかな野生が溶けあう香りの輪のなかで、アランはひとり目を閉じた。
馬車の隊列が街道の舗石を踏みしめ遠ざかる音が、ふたたび彼方から聞こえてきた。
ふと耳元に、アラン、と恥じらいがちな囁きが上がった
護衛や侍従たちが周囲に居並ぶ前で夫がこのような挙に出たことに、
腕のなかのエレノールは戸惑いをおぼえているに違いなかった。

アランは答えず、ただ黙って瞼を上げた。
耳に残る蹄の響きはもはや過去に属するかのように、現実のざらつきをゆっくりと失いかけていた。
街道の果てゆく先にかろうじて見いだされた隊列の後塵は、起伏多き山肌の陰に今にも融けこもうとしていた。



(終)




4 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 00:10:21 ID:ZDUaJpzr
リアルタイムキター

最初はハラハラしたけど、しんみりうまくまとめてあるのは流石です。
ほんと、良かった…

5 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 00:24:06 ID:GmI21BMj
リアルタイムGJ!!!
余韻がすごいな…

6 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 01:11:08 ID:cHxkoFvF
深い…すごい余韻だ…
この言葉では言い表せないくらいだが、言わせてもらう
GJ

7 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 01:33:28 ID:x2Vxw7/R
リアルタイムGJ!単なる勧善懲悪に終わらず深くていい話だ…
マヌエラがどうなるのか後日談が読みたいくらい
憎んだりはしているけどやっぱり同じ姉妹だから祝福したかったんだろうな
時系列からすると「第七の罪」後になるから余計アランも辛かっただろうし

ふと思って次女の名前って出てきたっけと思って読んできたけど見当たらなかった
そもそも次女かどうかも分からないよなorz
長女がルイーズで三番目が女の子は確定だったか

次回作も楽しみにしています。とても楽しませて頂いてありがとう、お疲れ様でした

8 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 01:33:52 ID:JPMk4lqi
最後にそんな事実が解るとは…
それ故にエマニュエルは憎しみが沸いたのですね…
返ってきた腕輪に口づけるシーンと合わせて切ない。
GJでした。


9 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 02:07:24 ID:S1130o/o
スレ立て&後篇完結ありがとうございます

何と言うか…言葉が見つからないくらい物語の余韻に浸っています。
いつにも増して格調高い文章が、まるで山葡萄の香りのようです。

前回までエマニュエルの狂気に怯みながら読んでいましたが
ここに至って彼女の深い絶望と亡き子への愛惜に胸が詰りました。
直接としては最後となるであろう姉への言葉が祝福だった事に
どんなに憎んでいたとしても、同じだけ愛してもいるのだと
アランとエレノールのみならず、自分も救われた思いです。
ほろ苦い痛みを伴いながらも希望の光が見える結末、お見事でした!


10 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 17:50:48 ID:Ek59JiTV
GJ!!

リアル中世の暗さとか生々しい宮廷事情が読んでて非常に勉強になった
つか女も愛人作りまくるのが当時の王族の普通だったってのに軽くカルチャーショック
何が汝姦淫すべからずだよカトリック教徒と激しくツッコミたい

11 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 18:00:33 ID:GrkGOGPf
映画 ブーリン家の姉妹 はこのスレ住人にとっては良い映画かも
下世話に言うと姉妹で王様を取り合う話なんだけど
王様の愛を手に入れたって幸せじゃないんだよなー
後、女はやっぱり政治の道具つーことがわかります
エロは期待しない方向でw

12 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 18:22:17 ID:axI37K8j
いやー、何にしても今年中に『花影幻燈』が無事完結して良かった。なんか読むの辛かったけど、
面白かったよ、次はいちゃつくアランとエレノールが見たい。
さて、これであとはセシリアの話の続きが読めれば、今年はもう思い残すことは無いな。

13 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 20:34:50 ID:WQj5b6No
>天の定めにひとつ狂いが生じていれば、あるいはこの女を愛していたのかもしれないと思った。

スパニヤ王が姉妹の結婚相手を逆に定めていれば、エマニュエルは幸福な結婚生活を送り、
エレノールは恋人の思慕にとらわれたまま、不遇な毎日を過ごしていたのかもしれない。
「九夜」でも女性の身の上の儚さについて語られているけど、めぐり合わせの不思議さやかなしさを感じました。
少し早めの、すてきなクリスマスプレゼントをありがとうございました。

14 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 21:28:22 ID:W02M+V7I
もし、アランに嫁いだのがエマニュエルだったとして
果たしてエレノールと同様に彼女を愛せただろうか?

アランとエレノールとの間に故国での恋人の存在があるからこそ
あそこまで妻を熱愛するに至ったのだと思う。
エマニュエルの冴えた聡明さがいずれアランには疎ましくなって
世継さえ出来たら彼女の閨を去って愛妾を作りまくっていたと思う。

結論:アランとエレノールは倦怠期知らずの最強カップル


15 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 23:25:59 ID:++DNQci1
エロは勿論だが、それよりも物語が秀逸ですな
眼福で御座います。有難たや
最後に一言だけ言わせて貰います

エレノール俺だー不倫してくr

16 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/19(金) 23:32:46 ID:x2Vxw7/R
クレメンテ乙w

17 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/20(土) 00:04:44 ID:jCc9HRjQ
深い話だった。
素晴らしい作品ありがとうございます。

このシリーズを加筆して出版してくれまいかと
思っているのは自分だけではあるまい。

18 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/20(土) 01:43:56 ID:NeNl4R89
自分で印刷して製本してニヤニヤすればいいじゃない

19 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/20(土) 05:25:16 ID:Ngb4XSTI
それにしてもだな、この板のみならずエロにおける陵辱設定って超定番ネタなんだけど
自分が今まで見たのはいずれも女が嫌な男に無理やり云々、でも身体が感じちゃう〜な
ベタ展開ばっかだったので、逆パターンは新鮮だった。

発端は己が行動ゆえとはいえアランには同情し、一方エレノールはいくらなんでも
夫を放り出して妹と終始べったりってどうなんだろうと思ってたけど、こういう事実が
あったとは。腕輪のあたりからリアルで落涙してしまった。
作者さまGJ! そして長編おつかれさまでした。

20 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/20(土) 06:24:56 ID:2JjT8tvl
>>14
アランとエレノールは至上無比のカップルだし、過去の男への嫉妬が妻へ執着を強めたというのも同意。
でも愛情が持続している理由は、妻の情愛深さや善良さや敬虔さ等の美質ゆえと思っているので、
同様の資質を備えている妹も、今の夫よりは大切にされたろうと思うんだよなあ。

たとえアランは愛妾を置いても、ヴァネシア公のように人格を否定するような挙には出なかったろうし・・・


最後にマヌエラのみせた「嗤い」は緊迫感があって意味深で良かったなあ・・・。

21 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/20(土) 08:07:26 ID:QwqzuVFQ
>>20
同意。
>「エレノールであったかもしれぬ女を穢すことはできない」
この台詞グッときた。
前半ヘタレ気味でハラハラしたけど、アランはやっぱりいい男だなあ。
作者さま、完結編ありがとうございました。
これで思い残すことなく年が越せます。

22 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/20(土) 16:24:55 ID:gIpQtE/Q
アランとエレノールは救われたかもしれないけどエマニュエルにはこれから先も生き地獄しかないのかと思うと可哀相だな。夫が死んでも救われはしないんだろうし。死ぬまで少しずつ正気を失いつづけていくんだろうな。
エマニュエルの立場になったらエレノールに腹が立つのもわからないでもないな。自分の苛立ちが理不尽なものだとわかっててもやっぱり憎まずにはいられないだろう。
だからってアランとエレノール夫婦がラブラブなのが嫌だってわけじゃないけど。

23 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/20(土) 19:27:02 ID:zaPxf67A
>>3
完結GJ、そしてスレ立て乙!!

24 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/20(土) 21:03:44 ID:rkscAVd5
やっぱどこかもの悲しさを持ったままエンディングっていう
のは一種の洗練さを感じるな

ところで前スレってもう書き込めないの?

25 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/20(土) 21:41:51 ID:BIbmFkfA
>>24
スレ容量が500KB超えたら書き込めなくなる

26 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/20(土) 21:56:26 ID:2JjT8tvl
第七の罪でも感じたけど、作者さんの決別シーンは波紋のように拡がる抒情感があるよね。
ルネは自身で選んだ道を歩むことができたけど、マヌエラは例え夫が逝去してもマリーのように
(身体のことや父王の不興もあって)たやすく再嫁できないだろうし・・・悲嘆がこみ上げてくるな。

母子を守護する聖人の象徴をエレノールの髪にさりげなく差し込み、祝福を述べて去った彼女に、今回一番の
強さと優しさを感じた。彼女の未来にもリュシアンの恩寵が届くといいな、と思う。

27 名無しさん@ピンキー 2008/12/22(月) 07:34:48 ID:rltDd2N0
新スレage

28 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 18:27:59 ID:6GSbfcft
前スレで話に出てたwiki
誰かが作ってくれるもんだと思ってたんだけど進展がないようなので。
とりあえず大枠だけ作ってみた。
http://www14.atwiki.jp/princess-ss/


誰でも自由に編集出来るにしてあります。
とりあえず元の保管庫に収録されていないものだけ追加するってことでいいのかな。

後は女兵士スレは結局どうするのか分からなかったんで
とりあえずページは作成していないけれど必要なら追加してください。

29 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 18:29:28 ID:6GSbfcft
それと8までのログ持ってないので
どなたかお時間ある時で構いませんので保管願います。

30 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 19:13:30 ID:vtKCKNNp
いつの間にかエロ可になったのか
ログは取れるが時間が無い

31 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 19:59:02 ID:7+PiJfly
>>30
あー、まずいのかな。全年齢のしか作ったことなかったから気付かなかった…。
まぁ駄目なら他に移すまでだけど

32 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 20:05:46 ID:wHPK+Kjg
よくある質問見てみた。

>アダルト的な要素を含んだコンテンツを公開しても良いですか?
>@wikiではアダルトコンテンツを禁止しております。

だそうだ。
せっかく作ってくれたのにな……

33 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 20:16:49 ID:S5aTKpSZ
>>30-32
@wikiもlivedoorwikiも、アダルトコンテンツは禁止とサイトのトップで公言してるんだ
でもぶっちゃけエロパロ板の20〜30のスレがこれらを借りてまとめwikiにしてる
あの有名スレとか、このスレの類縁のあのスレとかも
でも運営側から削除されたケースはないし、各スレでもそれを指摘する輩はいない

なんだかなぁとは思わないでもないけど、たぶんそういうことなんだと思う


34 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 20:21:49 ID:lo0Ura2s
魚心あれば水心
見て見ぬふり
知らぬが仏
暗黙の了解
大人の事情

を前提に、

寝た子を起こすな
重箱の隅をつつくんじゃない

ということですねw

35 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 20:33:50 ID:vtKCKNNp
>>33
livedoorはエロ可だったと記憶してるけど

36 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 21:04:23 ID:S5aTKpSZ
本当だ
>利用者がこれらの禁止行為を行った場合、弊社は当該利用者のウィキを削除し、以後の利用を禁止する場合があります
>・過激な性描写、残酷な表現、犯罪を誘発する表現、差別表現など、公序良俗に反する行為やウィキ閲覧者に不快感を与える行為
裏を返せば「過激じゃなきゃいいよ」「禁止しない場合もあるよ」って言ってるや

37 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 21:44:42 ID:ka7v6soS
その説明書きだったらアダルトは禁止なんじゃないのか?

38 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/25(木) 22:19:19 ID:CuLDuN6H
「女性は肌を見せるのもいかん! 過激だ」って言う人もいれば、
「スカトロなんて過激すぎる!」って人もいるし、
「パンチラなど乙女の慎みに欠ける!過激だ!」って人もいる。
逆に、
「胸揉むだけじゃ物足りないよ、ぬるぽ」
「本番無しで18禁とか何考えてんだよ」
「近親相姦とか言いつつ背徳感の欠片もないよ。もっと過激なの読みたいお」
って人もいる。
何が過激かなんて人それぞれ。

後は日本人的な玉虫色の発言というやつだよ。

39 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/26(金) 21:10:06 ID:xLCnCa63
>>27 GJです。でも移転するのかな?



蛮族王子×貴族令嬢で征服系の続き。の前編。純愛甘々和姦物。
今回もおそらく前回同様、全4回構成程度になると思います。
火と闇のの人とネタが被ってしまったので、先にそれをお詫びします。

40 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/26(金) 21:10:37 ID:xLCnCa63

 夢を見た。とても素敵な、夢のような夢だ。
 悪い魔法使いに囚われていたお姫様を、本当に王子様が助けに来てくれたのだ。
 …ちょっとガラが悪くて品性にも劣る、図体でかい黒馬の王子様だが。


まどろみの中に朝陽を感じて、気だるさに瞼を持ち上げる。
とても素敵な夢を見た気がしたが、いつまでも惰眠を貪るわけにもいかない。
山城の朝は早いからと、やたら眠いながら起きようとして、
――目の前のチョコレート色の壁に気がついた。

「おはよ、リュカ」

…甘く耳をくすぐる声に、『ああこれは夢の続きなのか』と、極めて自然に得心する。
そうして再び瞼を閉じた。
何かやたらと温かい、目の前のあんかのような温もりもまた夢の証拠だろう。
全裸の肌寒さに熱を求め、当然の道理としてそれに抱きつく。
届く心音のような拍動も、眠りを誘うに心地よい。
…が、同時に酷く喉が渇く、ヒリヒリのあまり唾を飲むのさえ痛いのに気がついた。
全身がだるく、身体は睡眠を求めているのに、これではゆっくり眠れない。
「りゅか、りゅかー」
まるで動物にするかのように、人差し指での顎のこちょこちょもくすぐったい。
夢にしてはやけに生々しい感覚に、とうとう耐えかねて目を開いた。

「おはようリュカ、朝だぞー」
「………」

 来るはずがないだろう王子様など。絵本や童話の中じゃあるまいし。
 不幸から一夜にして幸福の絶頂だなんて、そんな上手い話が転がっているはずがない。

「どした? 眠い? それともだるい?」
「………」
覗き込まれながら尋ねられ、辛うじて頷くことだけは出来た。
「まぁ昨日はあんなに激しかったもんな。…起きれる?」
「………」
促されるがまま、のろのろと身体を動かしてみる。
腕と上半身だけは動いたが、でも腰から下は完全に言うことを聞かなかった。
結果ぱたむと重力に押し戻されて、もう一度シーツに埋まってしまう。
「…だ、だいじょうか? どっか具合悪かったり?」
流石にそれを見て不安になったのか、おっかなびっくりの相手の声。
「……のど、が」
普段からの侍女の使いがてら、それだけは何とか答えられた。
というか本当に喉がカラカラだ。痛い。痛い。水。水。

「待ってて」
ひょいと寝台から抜け出した巨体、緩慢な身体を動かしてその行く末を追う間もなく、
ばたばたと足音を立てて、たちどころに何か抱えて戻って来た。

41 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:11:25 ID:xLCnCa63
「ほら、蜂蜜酒」
着付け薬としても使われる琥珀色の液体が、リュカの目の前で朝陽に揺れる。
そのままでは杯を取り落としてしまいそうな彼女のために、
男は背中を支えつつ、ゆっくりと杯を口元へと運ぶのを手伝ってやった。
信じられないくらいの、至り尽くせり。
度数は低くも糖度の高い液体が、熱く喉を潤わせながら空っぽの胃に染み渡る。
徐々に意識が浮上してくると共に、そんな背中を優しくさすり、時にぽむぽむと叩いてくれる、
相手の手の大きさ温かさにじんわりと心がまどろんだ。
同時に褐色、陽の中に尚分かる目前の赤銅色に、じくじくと背徳の歓喜が身を焦がす。
――ああ、そうだ、思い出した。

「大丈夫? 水も飲む?」
「…あ、はい」
より大きい銀の水差しから、より大きな銀杯になみなみと水を注がれて、
今度はしっかりと自分の手でがぶがぶ、喉に染み付いた蜜の甘さを洗い落とす。
…結局蜂蜜酒2杯と水3杯、胃がたぷたぷになるまで水分を補給して、
ようやく一息つくと、改めて目の前の男に向き直った。
「……ロア?」
「ん?」
確認するように相手の名前を出すと、男が『何?』とでも言う風に小首を傾げる。
その仕草。その赤色の髪。その褐色の肌。その金色の目。
夜の角灯の光の中でなく、朝の陽光の中でだからだこそより分かった。

――ああ、ロアだ。夢じゃない、夢じゃない、夢じゃない。

「…ロア、ロア、ろあ、ろあ!」
「って、おいおいおいおい、なんだよ急に」
抱きつかれて粗雑に、だけど明らかに楽しげな声で男が困ったように身じろぎする。
「あ、ご、ごめんなさい、急に」
「…え、いやうん、いいんだけどさ、別に」
それに『ぶしつけだったかな』と急に少女が気勢を弱めたのを見ると、
男はそれはそれでまた困ったような顔、持ったままだった銀の水差しを小机に置き、
…そうして改めてリュカを抱き締めると、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「よし、…リュカ、リュカ、りゅかー」
「……はう」
瞳の光を滲ませて、されるがままに抱きつく少女。
記憶以前に、身体が、魂が覚えていた。
その手の大きさ、胸板の厚さ、体温の高さ、撫で撫での優しさ。
――自分の新しいご主人様。


しばらくじゃれ合い、たっぷり抱擁した後身を離す。
「そうだ、なぁ、腹減らない?」
「……ん」
言われて、そういえばとリュカも空腹に気がついた。
昨夜あれだけ激しい運動をしたのだから、まぁ無理もないといえば無理もないのだが。
「…えっと……」
でも、とリュカは辺りを見回す。

42 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:12:04 ID:xLCnCa63
普段は必ず控えた侍女達の姿はそこになく、ただ朝の静謐さが場を満たすだけ。
たとえ部屋の中にはいなくても、隣室には必ずお付きが控えている、
普段は卓上のベルを鳴らせばすぐにでも直参するだけに、この静けさは異例だった。

リュカは、それでも貴族の家の子女である。
かつてはペレウザ子爵家の、昨日まではヴェンチサ侯爵家の。
自分で料理など作らない。菓子さえ焼かず、果物の皮、酒瓶の蓋にさえ手をつけない。
そういうのは卑女や侍女の仕事たる領分で、
貴上の婦人は触れるべきでないと、厳しく教えられて来た。

「……あの、誰か呼んだ方がいいですか?」
となれば当然小首を傾げて、恐る恐る相手に伺いを立て、
「ん。大丈夫、それなら気にしなくていいよ、――俺がやるから」
「……え?」
男の何気ない言葉に、驚いてぽかんと口を開けた。
「よっと」
再度寝台から外に出ると、腰布さえ身に着けないでのしのしと部屋の隅に歩く。
「しっかし爺は準備がいいなー」などと呟きながら、おもむろに卓上の果物籠を持ち上げて。

「じゃーん!」
「………」

……そうやってじゃーん!と果物籠を掲げることに、
戦の姫――何の意味があるんだと、極めて冷静かつ白い目でツッコむわけでもなく。
貴の姫――馬鹿丸出しの行動に、眉を顰めて扇子で口元を隠しもせず。
艶の姫――隠そうともしない股間の立派に、劣情を覚えて目元を緩めるでもなしに、
『すごいなあ、楽しそうだなあ』と、単純にリュカはそう思った。

行動力がすごい、やたらと元気だ、何でも楽しそうだ、すごく主体性がある。
…何でも言われるがまま、世界の、社会の、他人の決めた律に従い、
耐えて、弁えて、命じられて生きてきたリュカにとって、
それは野蛮だとか粗暴だとかを通り越し、とても眩しく映るものだった。
その膨大な活力とエネルギーに、だからこそ魅せられ心酔もした。

…逆に言えば、ロアでもそこまでは壊せなかった。
生誕の事情も加わり、生まれた時からの『産む器械』『政略結婚の道具』としての教育。
受け身、従属する側であるということは、
完全にリュカという存在の根幹を占め、その人格の基底部分を成してしまっていた。
男子の生まれない家で男として育てられたとか、
ある程度まで育ててからの屈折、矜持を憎悪や力への渇望などに変えれていれば、
毅然とした女騎士や、魔性の妖婦になれてただろうが、あくまでそれは『if』の話。

…そうしてそんな彼女とは全く逆の、人格形成を辿った少年はというと、

43 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:12:38 ID:xLCnCa63
「これ、使ってもいい?」
「え? …あ、はい」
絨毯の上に落ちていた、見覚えのある立派な短刀を拾い上げ、
寝台に腰掛けると実に手馴れた手つき、くるくると果物の皮を剥き始めた。
「ロア、凄いですね」
「こんなん大した事ないって」
素直な感嘆を漏らすリュカに対し、謙遜はするがまんざらではなさそう。
たちまち皮を剥き輪切りにスライスすると、柔らかい果肉をお行儀悪く指で摘み、
「ほら、あーん♪」
「あ、あーん…」
満面の笑顔で、腰が抜けてる少女に対して差し出した。
…鮮血どころか果汁塗れでべとべとの短刀が、なんだか非常に恨めしげだ。

そうしてもきゅもきゅと、果汁したたる果肉の甘さを噛み締めつつ、
「あの……」
「ん?」
差し出された手前――要求されたら反射的に応じてしまうのが良いわんこ――
食べてしまってから言うのもなんなのだが。
「…これって普通、逆…じゃないですか?」
更にもう一切れ差し出される果肉を前に、リュカは極めて真っ当な疑問を述べた。

耳掃除。膝枕。看病。あーん。
すべからくするのが女の役目で、してもらうのが男の望み、……だとばかり思ってたのだが。

「いいんだよ別に、気にすんな気にすんな!」
晴れやかな笑顔を浮かべて、実に幸せそうに『はい、あーん♪』してくる少年。
「で、でも、ロアも食べないと……」
「俺はいいんだよ、男だし、身体も大きいし、お前よりずっと体力もあるから!」
申し訳ない気がして遠慮をしてみるも、それも自信満々に断られる。
確かに向こうは凄い元気、へばってしまっているのは己の方で、
「それに、疲れた時は甘いものが一番なんだぞ!…って親父が言ってた!」
「…そ、そうですか」
――それに物凄い幸せそうな笑顔で『あーん』して来るロアを見ていると、
リュカの方もなんか、段々断るのが申し訳なく思えて来て……

……もぐもぐ、もぐもぐ。
「おいしい? うまい? 元気出てきた?」
「…は、はい、おかげさまで……」
ああー断れない。わんこは今ものすごく相手の勢いに流されてるよ、超押しに弱いねぇー。

そうして自分も最後の一片を口の中へと放り込み、
果汁で汚れた己の指をぺろりぺろりと舐めていた眼が、そこでピーンと見開かれた。
「そーだ、食べさせ合いっこしようぜ!」
「…た、たべさせあいっこ??」
期待と興奮に振り返られた顔に、何でだかドキドキしながら反復するリュカ。
「…それならもう、今やってるのがそれに当たるのでは……」
「バカ、そうじゃなくてさ、『口移し』だよ、口移し!」
バカにバカって言われつつ、ロアの力説に己の知識と『口移し』という単語を照会し……
「…あの、私、自力で食べられないほど衰弱はしてないし、気絶もしていませんよ?」
「いや、いいんだって! 別にそうじゃないけどやるんだって!」
生真面目に答えて、それに対するロアの返答にまた困惑する。

44 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:13:13 ID:xLCnCa63
「あーもう、とにかく俺がチューするから、そしたらお前も食べる、いいな!?」
「え、えええ??」
とうとうロアが業を煮やし、また新しい果実の皮を剥くと裂いてもぐもぐ噛み砕き出す。
そうして近づけられた相手の唇を、――勿論わんこが拒めるはずもなかった。

(んっ……)
覚えている柔らかい感触、そしてそれを割って押し込まれるすり潰された果肉。
甘味に唾液のほろ苦さが混じり合い、そこに相手の舌の感触が加わる。
ぐいぐい押し込まれる感覚と、ぴちゃぴちゃちゅぷちゅぷした感覚。
飲み込むのを促すように喉をさすられては、もう飲み込まずにはいられない。
「はふ…」
唇を果汁で濡らしながら、離れる唇に恍惚とした視線を返す。
そんなリュカの半開きの唇に、つい、と新たな欠片が押し当てられた。
「ほら、今度はそっちの番な」
「………」

昨日までの彼女なら、『どうしてこのようなことをしなければならないのですか!』と、
顔を真っ赤にして立腹していたかもしれない、体面や立場の命じるままに。

…もきゅもきゅ噛んで、精一杯背伸びすると自分から男の唇に唇を合わせる。
親鳥から雛鳥への餌の施与というよりは、手本に習う子を親が微笑ましく眺める構図、
零れた果汁が大量に女の喉を伝い落ちたが、それでもロアは幸せそうだ。
ぱさりと、リュカの身体を申し分に覆っていた薄布が落ちる。
お互い生まれたままの姿だったが、女がそれに恐慌を来たす様子は微塵もない。
「あ、あの……これ……」
で、そうやって何とか口移しを終えたリュカが、喉元も拭わぬままに萎縮して言うには。
「ん?」
「な、なんだかこれ……愛人同士がやることみたいな気がするんですけど」

そうなのだ。

「だよな! やっぱりこういうのって燃えるよな!」
「……は、はあ」
なのにそうやって意気衝天とガッツポーズを決められると、
一瞬で背徳的なイメージがぶっ飛ぶのはなんでだろ。
「こういうのを一度やってみたかったんだよ! こーいうのに憧れてた! ラブイチャ!」
「…ら、らぶいちゃ??」
またリュカの語彙にない単語が出て来た。
『らぶいちゃ』。
…下々の者が使う言葉は奥が深いなぁと、混乱した頭に感心する。
「俺も戦、戦で割とセーシュン犠牲にして来た方だし、こーいう所で取り戻さないとな!
それこそ純愛ラブラブカップルがやるような、あんな事やこんなロッマーンスも……」
「そ、それは結構だと思うんですけど」
でも、だ。

「…あの、これ、陵辱とか戦利品とか、そういうの、です、…よね?」
そういうのじゃないのか? いわゆるよくある。
「? そうだよ?」
そういうのらしいよ? いわゆるよくある。

45 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:13:55 ID:xLCnCa63
「…え? だって俺、割と無理難題とか無茶な要求してない?」
「……いや……」
そりゃ確かに、ハードル高いことは要求されまくってる。
そりゃ確かに、やたらと恥ずかしい、いわゆる『辱め』と呼んでいいことはされてる。
「拒否権無しで犯したよな? 優しくこそしたけど」
「……まあ、そうなんですけど……」
犬扱いも受けたし、腰掴んでまるで道具みたいにズコズコもされた。
でも、なんだ。

「てかいいじゃんそんなん、よくあることじゃねーの? こういうグダグダの乱世的には。
戦利品すなわち妻だとか、強奪愛のち純愛、ところにより愛人いこーる本妻とか」
「…や、そ、その理屈はおかしい! その理屈はおかしいですよ!」
おかしいおかしい。ないないないない。あるあるねーよ。
確かにすっごい悲惨な時代だし、すっごい暴力と権力で理不尽が公然と通ってるけど、
でも百歩譲って『戦利品=妻』は成り立っても、『愛人=本妻』は成り立たない。
その属性は同一時間上、同一存在内には同居し得ない、先生その公式間違ってます!

「でも、あるんだろ? なんか聞いたぞ? 帝国でも皇帝とか大公様とかが、
格下貴族とか部下の妻が気に入って召し上げちゃう、権力を傘に強奪するとか」
「…………それは……まぁ……ありますけど」
あるねぇ帝国的に。めっちゃ専横と横暴の極みなのに、ホント公然堂々とやられるよね。
「で、そうやって引き裂かれた奥さんが、元夫を思って泣いて暮らすかと思えば、
恥を忍んで身体差し出すどころか寵姫化でしょ? ガッツリ皇宮で権力獲得なんだろ?」
「…………いや……その……」
あるねぇ野心ある女的に。むしろ元旦那の方が泣いてしょんぼり隠居したりすんの。
「そーいうのは別に売女扱いされないよね? 尻軽女呼ばわりされない、…なんで?」
「………………えと……」
されないねぇ権威による公然合法の乗り換えな以上。経過自体は変わんないのに。

「言うじゃん、『男と女の関係は分からない』とか『秋の空』とか。
物凄い頭いい賢者とか学者まで言ってんだ、これもそーいうのなんだよきっと」
「え、…ええええ???」
そりゃ、確かにこの関係が複雑怪奇で訳分かんない状態なのはリュカも認める。
異常でおかしい、何か褒められたことじゃない、売女的な経過だとも思う。
…でも、本当にこれはそんな、ややこしくて複雑な問題なのか?
何か違うくないか? どっかで論点が摩り替わってないか?
「『えきぞちっく』で『あばんぎゃるど』な『らぶろまんす』なんだよ。乱世ではよくあること」
「う、あ、あぅ」
確かに彼女にもよく分からないが、でも、でも、でも、でも――

「…んうっ?」
――悩む彼女の唇が塞がれ、またちゅくちゅく果実が入ってく来た。
溢れる甘さと柔らかな舌が、渦巻く思案を更に乱す。
それから解放されたと思えば、今度はさも『俺にもしてして』と言いたげな顔だ、
抗えないから、要求に従わないわけにはいかないから応じて移す。
何度も何度も。ぴちゃぴちゃぺちゃぺちゃ。
…そうすると段々頭がぼうっとしてきて、なんだかどうでもよくなってくる。
こぷこぷ果汁を口端から零し、でもロアが正しく思えてくる。
動物がじゃれて来るようなその求めは、それくらい力強くもまっすぐで、熱い温もりに満ちており。

46 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:14:25 ID:xLCnCa63
最後の一欠片になった時唇が重なり、同時にぐっと抱き寄せられた。
離れようにも背に回された腕はビクともせず、
歯茎を嬲り、口腔を吸われ、くちゅくちゅちゅうちゅう舌を絡め合て互いの唾液を混ぜ合わせる。
ふぅふぅと鼻息が荒くなって来ても止めず、女がピクピクして来てもまだ止めない。
女の乳頭が痛々しいくらいに尖り出した頃になって、
ようやく拘束する腕の力を緩め、糸を引かせながら唇を解放した。

「ふあぁ……」
果実とは別に甘さにまいってしまっているリュカの耳元に、ロアは唇を近づける。
「――やっぱりリュカが一番美味いな」
「…っ!!」
激昂して扇子を投げつける、あるいは冷蔑をもって睨みつけるべきな下世話な発言。
なのにリュカの背筋はびくんと反応して、頭はじん…と痺れてしまう。
(あ……)
抜けた腰にも、自身の花弁と蜜壷がひくひくと痙攣して震えるのが分かった。
それは相手の方も同じだったらしい。

「…な? していい? していい?」
「ふぇ」
しきりに彼女の脇腹から腰に掛けてを擦りながら、ねだるように聞いてくる。
「出来そう? だいじょぶ? 疲れてない? ヒリヒリしない?」
こちらだけを心配してくる言葉の中には、彼女が最も疑問に思う心配事項が含まれておらず、
「…そ、そっちこそ大丈――」
「いや、俺は全然だいじょぶだから!」
普通に異常だと彼女が思うことは、極めてあっさりと流された。

「てかホント、昨日があんなだし、ヒリヒリしないの? ズキズキしてない?」
「…ひ、ヒリヒリズキズキはしてないですけど……」
処女を奪われた日と、それからしばらくの日々を思い出す。
あの頃はまだそんな事もあった、擦り剥けたり炎症を起こして塗薬されることもあったが、
「…力が入らなくて、まだ何か挟まってる感じがするけど……痛くはない、です」
正直に答える。
腰は抜けてしまって感覚もないが、でも痛くはない、ちょっとぼうっとする程度だ。
「そっかあ! てか頑丈だな、こんなちっこいのに凄いタフだなお前!」
「う……」
皮肉や蔑視の欠片もなく、純粋に凄い凄いと尊敬され、少女の顔が羞恥に赤らむ。
綺麗な桃色でなくて赤黒い、使いこまれた自分の花びらが、
まさかこんな形で喜んでもらえる日が来るなど、想像してもいなかったのだ。

「てかさ、俺今思いっきり努力して五分勃ちぐらいに抑えてんだけど、
この状態で挿れるんなら割と簡単だと思うんだよ、完全に勃っちゃったら辛いけど」
「…う、あう」
促されて示されるのを見れば、確かに起き上がりかけの黒い大蛇が見える。
…そうしてる間にもリュカの視線を感じてなのか、少しずつ鎌首をもたげつつあるが、
「挿れていい? 何か濡れてるし、今の内に急いで挿れちゃっていい?」
とにかく緊急を要する事態だということだけは理解でき、
「いっ、いいですよ、だいじょぶですっ!」
本当は半分も分かってない、思いっきり勢いに流されつつ、リュカは承諾してしまった。

47 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:14:59 ID:xLCnCa63
たちまち、そうしている間にも五分から六分勃ちになりそうな大蛇が掴まれると、
あれよあれよとリュカの脚がひっくり返されてまんぐり返され、
「はぐっ」
露になった潤む膣口に、あてがわれるも時が勿体無いとばかりに捻じ込まれた。
「ん、んんっ」
潤んではいたがほぐれてない、そんな所への体積が体積、流石にちょっと悲鳴も上げる。
…でも本当に悲鳴が上がったのはそこからだった。

「はー…」
「あっ? ああッ、あああっ!」
これでも必死に勃たないように、萎えるようなことを頭の中で考えてたロアが、
一晩の間に冷え縮んだ膣内に快感の息を洩らした瞬間、
むくむくと急激に奥まで入った陰茎が肥大、内側からリュカを押し上げ出した。
「お、おっきい、おっきいぃ!」
膣壁がみちみちと押し広げられる、昨夜が再現されるに及び、
でも少女の口からは歓喜を帯びた悲鳴が上がる。
まだこなれ温まっていない、引き締まった蜜壷ではロアの全てを飲み込むのは叶わず、
むりむりと一度は奥まで入った肉棒が膣圧に負け、根元部分から吐き出される。

「す…げ……」
「おっ、おっきい……おっきいよぅ……」
――熱く蕩けた底なし沼もいいけど、冷たく締まった肉万力もいい。
ガチガチに己を硬くしながら、みちみちと押し出される感触にそれを学習したロアは、
ちょっぴり苦しそうな息を吐く真下のリュカに、最善の施策を思いついた。
「し、しばらくこうしてような! 慣れるまでじっとしてよーぜ!」
「……ッ、……っ!」
ふるふると頷くリュカ。同時に二人で熱く震えた溜め息を吐く。
最終的に締め出された三分の一が、名残惜しそうに愛液にてらてらと黒光りした。

ただ、黙ってじっとしてるのも芸がないので、
おもむろに傍らの果物籠に手を伸ばすと、今度は胡桃と胡桃割りを取る。
この時代においては滋養の高い果物扱いのそれを、
ガキンと割って自らの口に含み、…そうしてすぐに彼女の唇めがけて屈みこんだ。
「あむっ…」
ペースト状になったほろ苦い脂肪分が、どろりとリュカの口内に押し込まれる。
上下の位置関係、そうして組み敷き敷かれた構図上、
今度は彼女の方からの口移しはできず、結果としてロアからの一方的な施与になる。
「んっ、あむっ、んむ…」
「……♪」
上手く嚥下できるよう、褐色の指の腹で彼女の白い喉をさすってやりながら、
猫科の肉食獣めいたその眼光が、次第に爛々と輝き出す。

 ――これが男の欠点だった。
 確かに親分肌で、面倒見がよく気前もいい、理想の上司そのものだったが、
 でも同時にそれが悪癖だった、あまりにも『能動』で『積極的』すぎた。
 乱暴なわけではない、むしろ優しい、甲斐甲斐しいと言えるくらいに愛撫も丁寧で、
 でも全部取り上げてしまうのだ、主導権を握らなきゃ気がすまない。

 『あれもしなくていいよ』 『これもしなくていいよ』 『俺が全部やってあげるからね』
 『お前はただ黙って俺の言うこと聞いて、座ってるだけでいいからね』

48 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:15:33 ID:xLCnCa63
「んっ、んむっ、はむぅ…」
たくさんキスされ、滋養の高いものも食べさせてもらい、すっかり腹がくちたらしい。
満腹のお腹を撫で擦りつつ、幸せそうな表情でリュカが唸る。
そんな彼女を実にご満悦で眺めると、
また何か思いついたのだろうピーンときた猫目、ひょいと背伸びして何か掴む。

陶器の水差し、蜂蜜酒。

ぼんやりとリュカが見上げている前で、ロアは改めてためつすがめつした後……
……行儀の悪いことには杯を使わず、直接差し口から飲み始めた。
んぐんぐとがぶ飲みし始めたロアを、ぽーっとした表情でリュカが見つめる。
パワフルだなー、というのが感想だ。
意地汚いと思うどころか、むしろ褐色の喉がごくごく鳴る、その逞しさにうっとりとする。
……当然、そんな子分へのお零れも来た。
食後の一杯と言わんばかりに、今度は琥珀色の甘露が流し込まれる。
度数が低くてもそれは酒であり、流し込まれる度に喉が、肺腑が、臓腑が焼ける。
そうしてそんな彼女の唇に、直接差し口を突っ込むなんてこともなく、
何度も何度も、一度口に含んでは彼女の唇に、何度も何度も、何度も何度も。

「はおおぉぉ……ッ!?」
きゅううう…と切なげに股の剛直を締め付ける膣肉、
陶然のあまり洩れてしまったそんな声に、リュカは慌てて口を抑えた。
どう見ても良家の令嬢、高貴な淑女の洩らす声ではない。
もっとこう、『きゃん』とか『ひゃん』とか、せめてもう少し食いしばって押し殺すとか。
「あッ? ひゃっ!」
そんな彼女を見て取ったか、にぃーっと笑ったロアが水差しを傾け、
ぽたぽたとしこった乳首の上へ琥珀色の液体を滴らせた。
そのまま屈み込んで舐め――ようとして屈み切れない、身長差ありすぎて猫背でも無理。

「うっ、わうっ!」
しょうがないので座位。
「あっ、あッ」
そうして糖蜜をかけたスグリを食むよう、あるいは家畜の乳を啜るよう、先端の突起を舐りだした。
吸い、転がし、しゃぶり、舐め、時に軽く甘噛みする。

「ろ、ろあっ、ろあぁ」
女の快楽と母の悦楽の狭間で、たまらずリュカは赤子にするようロアの頭を掻き抱いた。
やはりこれが好きらしく、ちゅうちゅうと乳を吸うロアを陶然と眺め、
でもここぞとばかりに低いところに来た赤髪を撫で、その目鼻立ちや顔形を確かめる。
散々子供みたく頭を撫でられ、顎をくすぐられてきた仕返しと言わんばかりだ。
「やっ、ああんっ?」
でもそんな彼女の母性も虚しく、悪戯坊主は片手で水差しを掲げると、
とろとろと僅かにとろみを帯びた酒精を乳房に掛ける、吸い尽くす度に継ぎ足していく。
双丘に掛かるねばねばな感触に、いやいやするかのようにリュカが首を振り、
乳頭から遠心力で、まるで乳汁のように琥珀液が飛び散り、互いの身体に降りかかった。
…同時にじくじくと違う蜜も、坑に刺さった黒柱を伝って会陰や陰嚢へ滴り落ちる。

49 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:16:06 ID:xLCnCa63
最後に壷底に残った澱のような濃い蜜を、壷を逆手にして彼女の谷間にぶっ掛けると、
べろべろと大型の獣がするように舐め、腹に散った蜜まで指で掬って食む。
「…ん」
菓子を食い終わった後の幼子のように、口の周りを蜜だらけにして笑った時には、
周囲にはすっかりむせ返るような酒香が満ちてしまっていた。

乳首を口に含ませたまま、何故か頭を解放しようとしないリュカを尻目に、
ロアは腕を伸ばして小机に水差しを戻そうとし――たが今度は座位だと手が届かない。
「ウうっ?」
ありすぎる身長差の不便を改めて感じつつ、彼女を押し倒して正常位に戻すと、
ロアは寝台の背もたれを支えに目一杯背筋を伸ばして手を差し伸べ、
「うあっ!?」
ちゅうっと乳首に走った変な感触に、思わず瓶を取り落としそうになった。

「んふー…」
「りゅ、リュカ!? 何やってんだよお前!?」
見れば意外や意外、下から鳶色の髪が男の左乳首へと吸い付いている。
「お、男の乳首なんて吸うなよ!」
この予想外の反撃に、さしものロアも動揺を隠せず上擦った声を上げるのだが。
「ん……だって……ろあばっか……」
「俺ばっか?」
「…ろあばっかり……おっぱいちゅーちゅーして……ずるいもん……」
「………」
流石に『なんか様子がおかしいな』と気がついたロアの鼻腔を、ツン…と突き上げる酒精の香気。

「…お前、まさか酔ってる?」
「酔ってませんよ!!」
むーと唇を尖らせ、心外な指摘にリュカは憤然と抗議の声を上げた。
こんな朝っぱらから、大体呂律だってしっかりしているし、平衡感覚も失っていない、
「ちょっとポカポカしてふわふわ気持ちいーだけです! 酔ってません!」
「………」
――酔ってる奴は皆そう言うんだよ。
そんな小さな呟きは、しかし再び吸い始めたリュカの耳には届かなかった。
「ちょ、こら。…や、やめろよ」
その暴挙に改めてロアの声が震え、青天の霹靂、声色から余裕が失われる。

姿勢がまずい。よりによってこの体勢。
伸ばしきった背、左手はギリギリ背もたれを掴み、右手には水差しを持ったまま。
なんてことはない、力を抜いて寝台に身体を預ければいいのだが、
そうすると真下のリュカが『むきゅ』っとなる、ぶっちゃけ鼻とかが潰れてしまうだろう。
ただでさえの体格差だ、本気で全体重を預けるのはロアの沽券が許せない。
なにより。
「…う、あっ」
忘れてた。腐っても元人妻、舌技が玄人。
昨日のフェラで分かってたじゃんと自分を叱ってみても、相手の妖艶な責苦はやまない。
左乳首への責めなせいで、突っ張った左腕がやばい、やばいやばい、超やっべぇ。

50 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:16:39 ID:xLCnCa63
結局、起死回生の乾坤一擲。
「ッ、だあぁッ!」
『落ちるなー』という願いを込めて、瓶底の端を乗っけた状態からの『とうっ』、
――見事巧い具合に台上を滑り、小机の中央付近でカタカタしながら止まった水差しに
心の中でガッツポーズすると、空いた右腕で支点を確保!
「こらっ!」
しがみ付いて離れない、躾のなってない悪いわんこを叱ることにした。
…もちろん、本気で怒ってるわけではない。
あれだ、子犬や子猫が粗相をした時に、躾に熱心な飼い主がよくやる、
『めっ! ご主人様は怒ってるんだぞ!』っていうポーズ。ふり。

「…〜♪」
「…こ、こら!」
なのだが生憎と相手は人間だ。本気では怒ってないのは一瞬でバレ、おかげでちっとも怯まない。
むしろますます甘えたように、男の胸にしがみつく有りさま。
「…あーもー」
嬉しいんだか困るんだか、自分でもよく分かんないモヤモヤを持て余した後、
「…ほら、左乳首だけでいいのか?」
「…んう?」
促してやったら、本当に右乳首に移って吸い出す女に、また溜め息をついた。

開戦前戦略間違ったかなー、とも思う。
やっぱり昨日みたく合体前、自由に身動き取れる時点で一方的に攻めといて、
圧倒的戦力差に抵抗戦力と余裕を剥奪、士気を枯渇させとくべきだった。
余力を残したまま激突するから、こんな泥沼の合戦にもなるんだと思って――
「…だから男の乳首なんか吸ったって乳なんて出ねーぞ」
「んふっ、んちゅ」
「……聞こえてねーし」
――まぁでも、こういう泥仕合もちょっといいかな、とも思ってしまう。
わしわしと後ろ頭を撫でやりながら、孕ませてーなーこいつ、とかも考える。

…けど、引っ付いて背中を浮き上がらせた彼女の上半身が結構辛そう、
なんかプルプルしてるのに何度目かの溜め息を吐き、
「ほら」
「ふぁんッ?」
親分であるロアは寛大にも上下を入れ替えて、自分が下になってやった。

「んっ、はふ、はう…」
楽になったらしく、くたっと全身を男に預けながらちゅうちゅうを続行する少女を眺め、
撫で撫でしてやりつつ漫然と思う。
明るい朝の陽射しに輝く彼女の肢体は、宵闇の燈光に見たよりも一層白く眩しくて、
そんなミルク色の肢体の背や太腿に点々と痣痕や傷痕が散り、
己の褐色の巨体の上で幸せになってしまっているのが、何ともエロい情景だ。
そんなエロい情景にぼーっとするあまり、
ついついその白さの中でも一番の眩しさを誇る、豊かな臀部へと手を伸ばしてしまい、
――ああでもそうか、引っ付かれて胸も陰核も唇もダメでも此処があった!
ぐにゅりと両手で鷲掴み、パン生地を捏ねるように揉みしだき出した。

51 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:17:12 ID:xLCnCa63
「んうっ?」
揉む。揉む。揉む。揉む。たっぷりの白肉を掌全体を使って、集め、握って、弄び、
「あ、あ、あ、は……ひんッ?!」
パァン、と平手で叩く。
「ぁああんッ!?」
弱かったのでもう一度、パァン!と高らかに音が鳴るよう、ふるふるの肉をひっぱたく。
「あ、あ……」
ひっぱたかれてピリピリしてるだろう尻を、また強く優しく揉みほぐしだす。
『マゾ女には尻叩きだ』とは兄貴の一人の力説であるが、
なるほど本当だなとロアは思い、すごい効き目だなとロアは思った。
緩と急、飴と鞭、優しくマッサージしてやって気持ち良さげになって来たところを、
高らかに叩いて羞恥を煽る、気の緩みを突くのは兵法でも常理。

バシッというよりはむしろピシャン、痛みよりかは音と衝撃を重視した殴打を、
「はふ、はふ…」
数回繰り返した頃にはもう、リュカは鼻を鳴らして乳首をロアの胸板に擦りだしていた。
「あう、はうぅ……ひゅんッ!」
いやらしく腰をカクカクさせては乳房とお腹をロアに擦りつけ、
尻をはたかれる度に膣肉を締まらせる、その都度肉柱に熱い蜜を浴びせかける。
「い……ひぅ……」
尻でさえ感じてしまうだなんて、なんてハイスペックな女だろう。
『確かに女は外見でなくて中身だな』と、間違った認識に少年は深々と頷いた。

だから。
「……淫乱わんこ」
「…ッ!」
「ダメわんこ、いやらしわんこ、雌犬わんこ」
「…っ、…ぁ」

「お尻で感じてんの? お前男に尻揉まれて感じちゃってるの?」
「かっ、感じて…ないもん……」
酔っているのは、リュカだけではないのだろう。
「でもビクビクしてるよ? イキそうだよね? またイキそうになっちゃってるよね?」
「…イッ、イカないもん! お尻なんかじゃイカないです!」
酒精、女体、場の雰囲気、どれにかは分からずも酔ってるのには違いなかった。
「…嘘つけバカわんこッ! この嘘つきわんこ、正直に言えよ、分かんだぞ!」
「あッ、やああっ、はくっ、あぅんッ、……だ、だって、だって!」
だから目を爛々と輝かせながら、意地悪く、興奮を隠し切れずに尻を叩く。

――というか、どういう若気の至りだこいつら。
自分らが相当マニアックなプレイしてるって自覚、あるんだろうか?

「だってロアの手おっきい、おっきくて、熱くて!」
リュカもロアのせいとは言え、すっかり男の良さに目覚めてしまったらしく、
酒の助けを借りてはいても、露呈しているのはあくまで本心。
「おっきい手でお尻むにむにされると気持ちいいんだもん、…ふあっ、そこっ」
「ここ? ここがいいの?」
大きな身体に押し潰され、太く逞しい腕に抱きしめられて、大きい手に乳や尻を弄ばれる。
そういうのを快感に感じれてしまう辺り、割と本気で淫乱化中。
「はっ、ああぁ…っ、…き、きもちい…それ気持ちいい、気持ちいいの、ぐにーって」
快楽に溺れ、抑え切れず鳴いてしまい、貞淑と見せかけて貪欲で、
…でもそういう弱さがどれだけ男を狂わせるか、分かってない辺りがまた傾国。

52 ロアとリュカ(前編) sage 2008/12/26(金) 21:18:17 ID:xLCnCa63
「イッちゃうな。花芽でも乳首でもなく、よりによって尻なんかでイッちゃうな」
「……い、イカないもん」
わざと羞恥心を煽るように言われれば、必死に頑張って耐えようとする。
尻肉はぐにぐにと弄ばれ、もうとっくに手遅れなのにだ。
「てかもう諦めようよ。お前素質あったんだよ。淫乱わんこになっちゃったんだよ」
「…いかない…いかない…イカない……」
本当は尻だけではなく、実はくいくい、腰からの抱擁を子壷の口にも受けている。
それに甘い痺れを感じ、腰も無意識に動かしてしまって、
でも『素質』とか『淫乱わんこ』という単語に涙目で抵抗しようとする。
「好きだよリュカ。可愛いよ。これから毎日、こういういやらしいことして遊ぼうな」
「! いっ、いかない……いかにゃいぃ……」
でもここで、そういう風に言葉でも優しく囁かれるのは反則だった。
ぎいっと歯を食いしばりながら、優しくさすさすされるお尻にぽろりと一滴涙を零す。
…実際には言葉で、挿入で、全身でイってしまいそうになっているのに、
彼女の頭の中にはロアに思考誘導された結果、以下のような危機感しかない。
――『イッちゃう。お尻でイッちゃう、お尻なんかでイッちゃうよ』。

「いっ、いか……にゃあああああ゙あ゙!!」

歯を食いしばり、暴れ、でも犬なのに猫みたく達してしまう。
嫌がるように身を捩り、そうしてエビのように反り返ったリュカの身体を、
ロアが持ち前の大きな身体でぎゅうっと下から包み込んだ。
「あ、あオおおォ…」
尻なんかで相当キちゃったらしい、涙まで流してガクガクのリュカを、それでも優しく拘束する。
――そういう行為が、男に見取られながら逝く歓びを、女の本能に刷り込ませる。
「ほらイッちゃった。ほら淫乱わんこだ」
「……ご…ごめんなさい……ごめんなひゃいぃ……」
「ん。怒ってない、怒ってないよ」
――そういう許容、どんなに見苦しく激しい痴態とて許してしまう優しさこそが、
女に解放の快感を味占めさせる、次からはもっと保てなくなる。
「ん……はふ……」
「ほら、仲直り」
ぽむぽむと呼気整える背中を叩いてくれる手が、けれど甘美な麻痺毒だ。
また少し心が壊れ、また少し自分一人では立てなくなった。

やがてころりと転がっての正常位、口付けに合わせてゆっくりと腰の律動を開始する。
「そろそろ動くけど、いいよな?」
「はっ、は、あ…」
ちゅぷりと唇を離して、もう動いてるくせに言うロアに、リュカは歓喜の息を洩らす。
たむたむと会陰に当たる陰嚢の感触に、背に回した腕への力を込める。
「奥まで挿れるけど、いいよな?」
「う、うん、おく、奥…」
温まってほぐれだした膣壁を押し広げ、ずぶずぶと真っ黒な杭が沈み出すが、
もうリュカは気持ち良くしか思えず、苦しくても早く根元まで埋めて欲しくて、
「また思いっきり一番奥で出すけど、いいよな?」
「ッ、ふあっ、ああッ」
徐々に体重を加えられて寝台へ沈められる、重たく息苦しくなっていく中で、
でもそんなロアの重量さえ心地よく、リュカはぎゅうっと背に回した腕に力を込めると、

(省略されました。続きを読むにはわんわんわわーんと書き込んで下さい)

53 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/26(金) 21:19:09 ID:xLCnCa63
<続>


あと最後に、wiki保管庫に関して質問です。
これって書き手こそが各自率先して自分のSSを登録すべきで、他人を当てにしたら駄目なもの?
それとも読み手の有志に期待して、書き手は執筆だけに専念しててもいいんでしょうか?

54 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/26(金) 22:05:05 ID:KYO0JG39
わんわんわわーん♪

55 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/26(金) 22:08:11 ID:hrt/+gcl
わんわんわわーん。GJです!
>先生その公式間違ってます!
に吹きましたww

保管庫の扱いはどうすべきなんでしょうね・・・
保管拒否の書き手さんもいるし、考え方がいろいろあるから難しいな。

56 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/26(金) 22:40:20 ID:Fik/WiuV
わんわんわわーん!



57 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/26(金) 23:04:19 ID:3+hXSl3j
どっちでもいいんじゃないかな
自分の話を自分で載せたからって自演ってわけでもないし
載せないからって無責任や怠けってわけでもない
職人にWikiの手入れまでさせるよりは
誰か暇な住民が率先してやるのが理想だけどね

そしてわんこの川流れ吹いた
薄幸姫がどんどんエロ犬に…w

58 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/26(金) 23:15:41 ID:z8O9S7W2
わんわんわわーん!

わーい!新作ずっとお待ちしておりました!!
毎日覗いててよかったよー!
相変わらずリュカとロアが可愛すぎて禿げ上がるほど萌えましたw
らぶあま犬姫ばんざーい!ロアもっとやれwww

59 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/26(金) 23:55:48 ID:xLCnCa63
>>55>>57
分かりました。どうもです。

60 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/27(土) 00:14:19 ID:IEU0Vno1
保管庫管理人です。

>>53
他のスレでも使っているとのことでしたので、今はこの保管庫でやろうと思います。
既に更新をしてくれた方もいるようですし。

念のためバックアップは定期的にとっていきますので。

SSは有志で追加していければ、と考えています。
保管庫に載せて欲しくないという作者の方は投下時に記載していただければ。


61 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/27(土) 11:56:56 ID:z+589ggq
わんわんわわーん!

保管庫作成&SS保管作業お疲れ様です
ありがたく利用させて頂きます

62 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/27(土) 14:34:19 ID:4ILqZrdw
わんわんわわーん

ラブラブだなあー
ロアのキャラがいい!

63 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/27(土) 22:22:40 ID:cOWTgBzw
わんわんわわーん
ロアリュカ可愛い!
ラブ甘最高。続きが気になって年が越せませんww

64 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/27(土) 22:39:30 ID:GO3jYELb
新保管庫作成ありがとう
これを機に旧保管庫と合わせて
みんなのオススメを教えて欲しい





65 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/27(土) 22:40:37 ID:MXThkCr4
みんなちがって みんないい

結論:全部読め

66 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/28(日) 09:33:38 ID:NiijVNcR
>>52
わんわんわわーん!!!

朝から俺の胸の中でビッグバンが起こったぜ…
うおおおおおおおおお!!!
もう、尻叩きプレイとか何なの?
俺のツボをずびしずびしと的確に突いてこられる…続きほんっとありがとうございます!

67 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/29(月) 14:21:25 ID:kHR4qm31
最近の作品を名指しで推薦するのはあれなんで控えるけど
>>64
面談シリーズ
テオドルとアーデルハイトシリーズ
旧保管庫限定でならこの二つかな

68 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/29(月) 20:11:13 ID:DgLNQMfv
>>64
このスレの大元ともいえる「暁の風」シリーズに一票。
絵本みたいな語り口調と怒涛の展開がたまらなかった。
今のスレのニーズとは随分かけ離れてるだろうけど

69 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/29(月) 21:18:38 ID:1TkAwz0i
>>64
ロウィーナ姫のシリーズ。
続きが読みたい。

70 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/29(月) 21:39:13 ID:9ejbM0GS
>>64
ほとんど新保管庫にあるからオススメしていいものか迷ったけれど
自分がこのスレの住人になるきっかけになったセシリア、エルドシリーズをオススメしたい


71 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/29(月) 23:33:30 ID:IXT51YrE
>>64
新旧両方にあるけど
ガルィア王室繁盛記

72 名無しさん@ピンキー 2008/12/30(火) 00:12:41 ID:OdC5tSKW
自分もロウィーナの続き読みたい。リチャードが誰か気になるし、
ヘンリーはどうなったんだろうなあ。

73 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/30(火) 03:28:51 ID:ik28Fdtz
ロウィーナは素晴らしいんだけど、独占厨な俺には涙目な展開……
いえ、投下していただければ大喜びで読ませていただきますが

74 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/30(火) 07:47:34 ID:GgwvzIR8
>>65 氏のいうとおりなのですが、あえて挙げるなら
イヴァンシリーズ(特にコリーヌ姫の話。保管庫からも行けた筈)、テオドールとアーデルハイドのお話。
どちらもあと1回というところで断筆されているので、気になっています。

75 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/30(火) 14:11:55 ID:x3/TDnhB
ロウィーナ姫はじめて読んできた。
一話一話の中で視点と年月がとびまくりでわかりづらかった。
でも話の続きがすごい気になる。明かされてない伏線や設定大杉。

76 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/30(火) 19:27:44 ID:W8S4XDqC
>>74
禿げ上がる程同意。かなり気になる。
ラスト近いとわかるからこそもどかしい。

77 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/30(火) 21:11:30 ID:4M1mW9Jt
ロウィーナ姫、連載中はそれほど感じなかったけど、まとめで一気に読むと物語に引き込まれてしまう

78 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/30(火) 23:21:51 ID:B4fa6bgY
単行本で読んで面白さを見出すみたいな感じに近いのかな

79 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/31(水) 07:34:20 ID:38EdB5Il
セシリアとエルドシリーズのひと〜〜
連載中の後編まってるよ〜〜〜TT
あの2人のちょっとへんてこな関係が好きだ
セシリアがすごくかわいくて好きだからもっとみたい

80 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/31(水) 08:51:42 ID:WTGBFIxC
このスレの作品は物語としても面白いものが多いよねえ

81 名無しさん@ピンキー sage 2008/12/31(水) 23:32:44 ID:y3U1qr39
去年の最終レスは7スレ目の149か…
今年は随分進んだなぁ
そんなこのスレも2009年の1月8日でとうとうSM板の初代から5周年
月日が経つのは早いねぇ

82 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/01(木) 08:18:22 ID:Q5ecJRWP
今年も数々の名作に出会えますように

83 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/01(木) 09:19:20 ID:xx0JMC4A
書き手さんたち、今年もよろしくお願いします!

84 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/01(木) 10:03:47 ID:ukn85Wly
昨年は大変お世話になりました
今年もよろしくお願いします

85 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/01(木) 13:45:01 ID:3hmKXtd0
今年もこのスレが堅実に繁栄しますように。
今年も楽しみだ!

86 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/02(金) 11:37:18 ID:OwcFz6kY
わんわんわわーん!

87 名無しさん@ピンキー 2009/01/02(金) 22:34:41 ID:f1EL/qwe
わんわんわわわん!


88 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/02(金) 23:18:57 ID:aPm2FdAB
続き楽しみです!

89 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/03(土) 17:47:16 ID:0ieHVTpi
犬姫様続きの中編。純愛甘々和姦(ややSM気味)。



「えー」と思うかもしれないですけど、昔は『こんなもん』だと思ってください。

90 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:48:01 ID:0ieHVTpi
「ふいいぃっ!」
顔をぐしゃぐしゃにしたその少女が、思わず変な声を出すのも無理はない。
一晩のインターバルにて再充填された精は、濃さでは劣れど量と勢いは十二分だった。
ジュッ、ジュッ、じわっ、じわっ、また否が応にも『分かって』しまう。
「あ、あ、あ、あ……」
捻じ込まれた規格外からの、びゅくん、びゅくん、というその脈動。
完全に押さえつけられ、全身で覆い被さられ、一切身動き取れなくされての種付け行為。
逞しい褐色の肌、赤色の髪と金色の瞳が、彼女の視界を埋めていて、
「出てる……中出てるぅ……」
でも少女はだらしなく口を開けて、そんな犯される歓びに酔ってしまう。

「リュカ、犯されちゃったな」
「…うん、犯された……犯されたぁ……」
ハァハァ見つめ合いながらの明るい声に、でもどこか幸せそうに女は頷く。
両手は男の背にしがみ付き、生白い両脚はしなやかにも深く男の腰に絡んでいた。
「妊娠しちゃうな、こんな膣出しされて」
「…! …や、やだ……妊娠やだ……怖いぃ……」
意地悪く囁かれたのにビクンとして、でもあまり怖がってない風に男の胸へとすがりつく。
「ほんと、ダメなわんこだね」
「う……ご、ごめんなさい……リュカ、ダメなわんこでごめんなさい……」
こつんと額を合わせられて、また少女の身体が軽く震える。
『ご主人様いやらしいわんこでごめんなさい、だからもっといじめてください』
今にもそんな声が聞こえてきそうな、淫靡にも健気な雌犬の顔。

「リュカ、好きだよ、大好きだよ」
「あう……」
中出しされながらの繋がりあっての口接に、目を閉じた少女が貪欲に応じる。
激しく舌を絡め合う歓喜と、萎えかけた肉棒にぬちゅぬちゅと精液を混ぜ込まれる歓喜。
行為後の最高な余韻と酩酊を、更に高める優しい後戯に、
(……もう、いいや……)
だからリュカは、どろりとした思考でそう思った。
(……ロアの赤ちゃんなら、もういいや……)
周りは許さないかもしれないけど、世間的には不道徳かもしれなくても、
――でも強いもん。優しいもん。頼もしくって逞しくって、大事に守ってくれそうだもん。
(……いい、いい、……できても、いい……)
ぬちゅぬちゅ、ぬちゅぬちゅ、上のお口と下のお口で互いの体液を攪拌し合う。
完全に陰茎が萎えてしまうまで、チョコとミルクをぐちゃぐちゃと混ぜた。

 *  *  *

「また汗かいちゃったなー」
「ん…」
貴上の男女や恋人というよりは、やっぱり家畜と飼育係。
自分も汗だくなのさえほったらかして、嬉々として女の子の身体を拭いたげている王子が、
でも牧畜民族の末王子な以上、それも仕方がないのかもしれない。
…どう見ても馬や羊への愛情の注ぎ方の延長だとしても、本人に悪気はないのである。
おかげでまるで剣盾か商品でも磨くみたく、ころころころころ転がされる少女。
「わう…」
でもそんな奔放さを割と楽しんでたりするリュカの瞳に、ふとそれが像を結んだ。

股間の黒々としたぶらさがり。
硬さは失ってしまっていたが、それでも見た目に大きくべとべとで。

91 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:48:30 ID:0ieHVTpi
「おわっ!?」
反射的に顔を近づけて口に含んでしまったのは、そういう習慣があったからだ。
かつてはこうやってよく、事後に男根を清めさせられた。
「お、おおー!」
何か感動したような感嘆が上から響いてくるにも関わらず、
リュカは身に染み付いた習慣のままにロアの男根も綺麗にしていく。
すると不思議なことが起こった。
「……!?」
あれほど出したはずなのに、みるみる彼女の口内で萎えた陰茎が膨張しだす。
たちまち口中には収まり切らず、押しやられるようにして最早半分も咥えられなくなった。
驚き戸惑う以上に、口中で起こったその暴威に『なぜか』無性に興奮する。
口中を蹂躙するそれに、まるで畜獣が餌に飛びつくよう、夢中でちゅうっと吸い付いた。
そうするとまたビクビクッとして大きく硬くなるそれが、すごく楽しい、面白い。

ぱっくり開いた尿道の残滓を吸い取って、カリ裏や亀頭も丁寧に清めた。
口から離すと途端にビンと反り返ったその硬い幹に、愛おしむように舌を這わせる。
どころか同じく大きな陰嚢の、皺一つ一つにまで舌を沿わせ、
ぐるりと潜り込むと性器と肛門の間、股下の汚れまで綺麗にこそぐ。
あまつ肛門付近まで汚れているのを見ると、そこにもためらうことなくペロペロと――
「…ッ、…っ」
――上の方で白黒している目にも気がつかず、付着した汚れを口に吸う。
そうして再度、今やギンギンの怒張の前に来ると、改めてその亀頭にかぶりつき、
顎が外れんばかりに咥え込むと、ちゅっちゅとカリ裏にバキュー……

「ちょっ、ちょちょちょ、ストップ! ストップストップ!!」
……制されて、不思議そうにのそのそ顔を上げた。
「限界だから! もう限界、てか出ちゃうから! それ以上されるとマジ出るから!」
非常に慌てて止められるが、でもだからこそ彼女には分からない。
「…出るなら、出した方がいいんじゃないですか?」
そうだ、それが陽根を鎮める一番だろう?
「そりゃ出るけど、でも出たら絶対痛いんだって、ほとんど汁しか出ないんだって!」
…痛い? 汁?

「でも、硬くなって……あ。ひょっとして、硬くなってるけど出すと痛い?」
「そう! てか勃っちゃうんだよ若いから!」
小首を傾げて野太いものを凝視する彼女に、酷く切羽詰った声が降り注ぐ。
「若いともう限界でも刺激受けると反応しちまうんだって! そーゆーもんなんだって!」
そんな間にもそれはギリギリと反り返り、テカテカと尿道を広げた先端なんか、
どう見てもリュカには限界に見えず……でもなんとなく理解した。
よく言うではないか、『若い内は気力体力で多少の無茶や徹夜も利く』と。
これはつまり、きっとそういうことなのだろう。
だから『若い』とか『青い』と呼ばれる燕達は、熟れた淑女達から好まれるわけか。

「……わかりました」
理解が及び、故に素直に身を離す。
「…あの、すみません」
「え?」
一を聞いて十を知り、十を知って百を弁える。
「その、もう限界なのに、勝手に刺激してしまって」
「あ、いや、それはいいよ。全然悪くねえ、ってかむしろ凄い良かったし」
本当に聡く賢いわんこの、律儀で真面目、謙虚な態度に、むしろロアの方が赤面した。
悪くない。そりゃもう全然悪くない。

92 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:49:03 ID:0ieHVTpi
「ていうかさ」
「っ?」
だから一旦離した身を、ひょいと抱きかかえられてもう一度引き戻され、
「綺麗にしてくれたんだよな? …ありがとな」
「……あ」
抱き締められながら撫でられる頭に、リュカの心は満たされた。

事実だけを言えば、決して甘くも美味しくもない。
精は苦く、愛液は酸っぱい。どちらも生臭くてぬるぬるで、そこだけ取れば不快の極みだ。
だからかつては嫌であり、故に今はもう嫌ではなかった。
「その、また今度してくれる? …すっげえ気持ち良かったからさ」
「………はい」
ご主人様に褒められて嬉しい、求められるからまたしてあげたい。
信賞必罰が守られる体制は、だから首長への忠誠を生む。
苦行や苦役を積んだ後に、然るべき褒美と賞賛が待つから、苦行それ自体も快になる。
達成感。充実感。生きがい。やりがい。

「汗かいちゃったから、また水飲もうな?」
「………」
コクリと頷いて、杯を渡され水を注がれ飲まされて、でもそんな手取り足取りが幸せだ。
『あぁー私は今ご主人様に一挙一動に至るまでの全てを支配されてるよー、楽しいねぇー』
とお空に向かって叫んでしまいたい、それくらいの幸せだ。
「残り俺飲むけど、もういい?」
「……はい」
ああほら杯を片手に、ご主人様が実に行儀悪く水差しの水をラッパ飲みするのを見て、
でもそんなご主人様の強さ逞しさに、見てるだけで幸せになっちゃえている。
なんて燃費のいい女だろう、ご主人様のカッコいい姿だけでご飯三杯はいけそうだ!
ドM、ドM、理想のドM!!



そうしてリュカを抱き寄せたロアが、彼女を自分の胡坐上に座らせて数十秒。
((……暇だなぁ))
奇しくも二人、全く同じことを考えた。
『田舎の娯楽だなんてセックスくらいだ』との、お偉い文明人様の言葉があるが、
悔しいけどそれは間違っちゃいない、本当に碌な暇潰しがない。

ロアはロアで、こう見えて忙しい身、仕事サボりそうでサボれない。
血族としての自覚に加え、親兄姉への信義もあって、与えられた仕事はしっかりこなす。
実を好むあまり名を疎かにする悪癖はあるが、それでも腐ってるなりに王弟殿下、
…それでいて遊びや悪戯にも全力を尽くすから、『阿呆』や『うつけ』とも謗られるのだが。
チラリと窓の外を見れば、日は随分高くなったものの中天には遠い。
昼まで時間をもらった以上、それまで暇を潰す必要があるが、
でも今更庭を案内してもらったり、引越し先の探検をする気にはなれなかった。

リュカはリュカでやはり元忙しい身、侯爵夫人としてかつては多忙も極めていた。
亡夫ヴェンチサ侯フェリウスは、能はあるけど情のない人物、
『飼い犬が粗相をして飼い主に恥をかかす』だなんて許すはずもない以上、
公の場では完璧な淑女として振舞えるよう、厳しい躾が施されていた。

……崩れたのは、やはり春の急な開戦と、三月前よりの篭城戦以降だろう。

93 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:49:34 ID:0ieHVTpi
戦争、それも敗色濃厚の戦争というのは、色々な過飾を取り払ってしまう。
着付けに時間なんて掛けられなくなったので、ドレスもコルセットも纏わなくなった。
髪結いに時間さえ掛けられなくなったので、長かった髪も切り落とされた。
最初の一ヶ月こそ普段よりも苛烈な家庭内暴力に晒されたが、
以後はそれすらされない、その時点から既に奥離れで監禁状態だったのが変な話だ。
普通ならこういう時こそ『ギラついた欲望』の発露対象にされるのだろうが、
どっこい普段から散々発散されてただけに、いざそうなったら『構ってる暇なし』と放置、
最後には『役立たずだから』と忘れられてさえいたのが皮肉である。
――最後の数日間、監禁中なのに食事が運ばれなくなって飢え死にしかけ、
自決手段さえ無い中、同じく押し込められた侍女数人と励まし合いつつ水だけで凌いだ、
起き上がれないところを敵兵に救われたのが、せいぜい味わった苦痛だろうか。

だからこそ今の幸せが夢のようだ、この暇な時間さえ代え難い。

肌に染み付いた栗の花や柑橘の匂いは、拭いた程度では当然取れず、
二人とも沐浴なり湯浴みなりの必要を感じていたが、今はこの匂いに浸っていたかった。
ロアはロアで、リュカの髪に顔を埋めながらぼんやりとそんな匂いを満喫し、
リュカはリュカで、回されたロアの腕の熱さ、背中に感じる彼の体温を感じている。
意識はクリアなのに身体が火照ってだるい中、そうやってただぼんやりと座っていて……
「――そうだ」
「…?」
行動を起こしたのは、やはり主導権者たるロアの方だった。

「なんかすげぇ順序逆な気もするんだけどさ」
「はい」
見上げたリュカの目と、見下ろすロアの目が、カチリと合う。
「ロア、ロアネアム」
……ああ、そうか。
「先盟主ゼリドの末子、華王クウナが末弟、ゼティスのロアネアム」
本当に今更の気はするが、そういえば確かに抜けていた。

「昨日付けでこの城の城主、北中央ヴェンチサの属領執政官ってことになったから」
途中まで名前さえ知らないのに、忍ばれ受け入れてしまってたなんて、
本当に叙事詩や恋愛譚の中のことみたいで、改めてリュカの顔が赤くなる。

「階級は小将師……あ、これ大中小の将軍でいうならの小将軍な?」
「はぁ…」
そうしてやっぱり、なんか軽い。
「まぁ戦時だってんでの臨時の論功行賞、正式な拝命は年明けなんだけどな。
指揮兵数も1000のままだから、実質千人長と変わんねーし」
『属領執政官』だとか、『小将軍』だとか、職名だけ聞けば何か偉そうな響きが、
でも非常にどーでもいいことのようにポンポン飛び出すせいで、やたら軽い。
「…あ。それとあれだ、オーテーデンカ?らしいよ? 自称王国の自称王子だけど」
あまつ『王弟殿下』に該当する帝国語の発音とアクセントがおかしかったせいで、
本家帝国人であるはずのリュカにさえ、最初意味が通じなかった。

オーテーデンカ、オーテテンカ、……ひょっとしなくても王弟殿下?
…まさかなぁ、と思いつつ、ちらりとロアの顔を盗み見る。

94 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:50:16 ID:0ieHVTpi
「……リュカは?」
「えっ? あ」
そんな物凄い失礼を考えてるとは露も知らず、ごくごく自然に訊いて来たので、
リュカも動揺、ある種条件反射的に応じてしまった。
「リュ、リュケイアーナ。リュケイアーナ・オル・ペレウザ・ウェド・ヴェンチサです」
帝国貴族では普通の、長い本名。
どっこい。
「…あ? オルペー、ウー…?」
「あ、や、いえ。…リュカでいいです、忘れてください」
…なんとなくそんな予感はしていたけれど、
やっぱり覚えられなかったなぁと、ある意味達観と共に首を振ってしまう。
まぁいいんだけどね。捕虜だし。本当に名前の意味が消えてるし。

が、そうなると何を紹介したらいいのやら、改めてちょっと言葉に詰まる。
「ええと……生まれは帝国の中央の方で、ペレウザ…っていう子爵家の、令嬢――」
「シシャク?」
「あ、子爵は帝国貴族の階級で、…まぁあんまり目立たない低い方の爵位、です。
…令嬢をしてたんですけれど、四年くらい前から、その、このヴェンチサに嫁いで、
あとはご存知の通り、南領辺境侯フェリウスの、四番目の後妻、してました」
ロアにも分かりやすいよう慎重に言葉を選びながら、
なるべく砕けた言い方で――意外と難作業だ――自分の複雑な境遇を説明していく。
「…まぁ、建前なんですけどね。本当に見ての通り、愛妾ですらない立場でして」

ただ、ロアはそんなリュカの四苦八苦よりも、別なことに注目が奪われたらしい。
「……四年?」
パチパチと目をしばたかせたロアが腑に落ちないという表情をし、
「いくつ?」
今度はある程度予期していた問いだったので、速やかに答えることができた。
「19です」
「ええ!? 俺より二つ上!?」
露骨に見えないとでも言いたげなその表情に、リュカはムッとして眉を顰める。

19歳なのだ。…15、16にしか見えなくたって。
篭城の際に腰まであった髪を切ってしまい、お子様髪型になってしまったからそう見えるだけ、
大体首から下は立派に大人なのだ、背丈や目鼻立ちだけで人を判断しないで欲しい。
19歳、女で19というのはこの時代ではもう立派な大人、
本来なら子供の一人二人設けてて普通、そういう意味でもリュカは負け組なのであって、
「ええそうです二つ上――」

二つ上。
ふ た つ う え ?

「ん? 俺?」
硬直してこっちを見つめる目に、リュカが何を問いたいのか即察したらしい。
「17だよ? てかホントに19?」
「………」

じゅうなな。

95 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:51:01 ID:0ieHVTpi
「………う」
「う?」
「嘘だああああぁ!!」
悲鳴じみた絶叫が上がった。

「えっ、ちょっ、17!? …じょ、冗談はやめてくださいよ、からかわないでくださいッ!」
「…え、いや、本当に17なんだけど俺」
「有り得ないですよッ、せめてもうちょっとまともな嘘ついてください! 最低限22とか!」
「…だから、ホントにじゅうな」
「何処をどう見たらそう見えるんですか! …ほら、立って!」
「てかお前やっぱり酔っ」
「立って! 立ってください! ――立ちなさい!!」

勿論酔っている、およそ令嬢もとい未亡人らしくない騒々しさでもって
――でも何故か一瞬だけ威厳が戻ったのも事実だ――命令するリュカに、
気圧されるがままにぶつぶつと、男が寝台の横に立つ。
勢い自身も立ち上がろうとして……でもやっぱり無理だったらしい、
しょうがないのでぺたんこ座りしたまま、まるで鬼の首取ったみたいに勝ち誇った。
「ほらおっきい!」
――だからこそ最初見た時、鬼とか悪魔にも思えて恐ろしかった。
――だからこそこんな短剣じゃ到底殺せそうにないと、実行する前から諦めた。

「何が17ですか、こんなおっきい17歳なんていません、5つはサバ読んでますね!?」
「だから本当に17……ってか、むしろ5つもサバ読んでるのお前の方じゃ――」
「14なわけないじゃないですか! 流石にそこまで子供じゃないです!」
口答えされてのお子ちゃま呼ばわりに、ムキになって反発するが、
…でも酔眼あらわに頬を赤らめて、興奮した子犬みたくにキャンキャン喚く姿や、
握り拳を固めながら上目遣い、勝ち誇っての得意げを見るに、ロアだってもごもご呟いてしまう。

「大体、風格が違いますもん! ふーかくが!」
それに気を良くしたのだろう、敵の沈黙に満足げに、わんこの嬉しそうなご主人様自慢が始まる。
「こんな傷だらけで筋骨隆々な17歳なんていません! 迫力と威圧感が違います!」
…自慢してる相手がご主人様本人ってのが、何か非常に取り違えていたが。

振る舞いは子供でも、あくまでそれは『子供っぽい大人』、
妙にの器の大きさや、漂う賊輩の親分っぽさが、上辺はともかく芯には成熟を感じさせる。
野性味を感じさせる精悍さといい、目つきの悪さから来る悪人面といい、
「…そりゃ『お前は黙ってれば25には見えるから』って、散々口閉じてろ言われっけどさあ」
悪戯小僧がそのまま大人になったような巨漢が、ガリガリと所在なさげに頭を掻く。
全裸で仁王立ちしてるってのに前を隠そうともしない辺りが、尚更青年を小僧に見せない。

「傷だらけなのだって昔からヤンチャ……ってか12が初陣だからで」
「じゅうにっ!? じゅうに!?」
自慢する風でもない、というか何度か同じ状態に陥ったことがあるのだろう、
リュカが童顔扱いに慣れてたように、ロアも困ったように説明していく。
「嘘ですよ12歳で初陣なんて! 無理ですよ! 嘘!」
だが帝国の貴族達を知るリュカからすれば、それはもっと信じられない話で。
12歳の子供が戦場に出る姿を想い、ぶんぶんと信じられないとばかりに頭を振って、
「でも俺図体だけはでかくて、12の時点でもう身長七尺(約161cm)近かったしさ」
「ななしゃく!?」
仰天ビックリ、絶句した。

96 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:51:54 ID:0ieHVTpi
栄養状態に劣ったこの時代、庶民男性の標準身長は大人でも155±5、
栄養状態に恵まれた貴族男性でさえ、最終的に180弱あれば『雲突く大男』と讃えられた世だ。
「兜被れば顔見えねーし。…その頃から5歳は水増し出来たなー」
老けてんのかなーと呟いての指折りを、リュカはただあんぐりと聞くしかない。

曰く、
有力者の子供なので、肉や魚をたくさん食えた。幼少期から健康と体格に恵まれていた。
医学の未熟なこの時代、健康と頑丈は何よりも得難い宝である。
有力者の子供なので、武術に兵法にと英才教育、狩りとかも普通にできていた。
家の手伝いに追われる庶民の子らとは、その辺でまた違ってる。
有力者の子供なので、親のコネで最初から百人長、普通じゃありえないキャリアスタート。
わざわざ補佐をつけてもらい、わざわざ軍師をつけてもらい、手取り足取り帝王学。

「…だからリュカがおかしいって思うのも、仕方ねーっては思うぞ?」
「え?」
突っ立ってるのに飽きたのだろう、ぼふりとリュカの横に腰掛けながらロアが言った。
「だっておかしいだろ? 17で将軍だなんて、普通にないもんな」
「………」
おかしくない。おかしくない。

「大体若き英雄っつったって、自力で裸一貫から成り上がったとかそーゆーのじゃねぇ、
親爺の代、爺さんの代からの雌伏と工作っつか、そーゆーのあっての大勝利だし」
でも傷だらけじゃないですかとリュカは思う。
潜った死線が目に見える、筋骨隆々じゃないですかと思う。
「てか無理だよな17で英雄とか。フツーに後ろの担ぎ上げとかお膳立て疑うべきだよな」
すっごい頭いいのに、驚く。
「一代でやるなら騙して利用して裏切って簒奪して、それで30近くでようやっとだろ?」
バカと見せかけて本質見抜いてる、調子乗ってると見せかけて弁えてるのに感動する。
「なのにこんな、なんつーか、…あー」
弱々しい、ちょっと愚痴めいて零す、そんな横顔に泣きそうになる。
可愛いのだ。強いのに弱い、賢いのにバカだ、そんな子供っぽい姿が可愛すぎる。

「……えと」
片や六尺三寸(約145cm)の小娘に対し、片や八尺余(約188cm)の大男。
「……じゅうななさい?」
「17だよ?」
だからポカンとして訊くリュカに、それでもキョトンとロアが答えた。
「…あ、でも厳密には17.5歳ぐらいだ」
「そ、それを言ったら私だって19.5歳ぐらいですよ!」
個々の誕生日を祝う風習のない昔なので、何歳何ヶ月とかはあまり意味がない。
年始に生まれても年末に生まれても、次の元旦で全員1歳、そういうアバウトな大昔。

「…てか、俺が17だと何かまずいわけ?」
そして唐突に、特に意味があるわけでもなく発せられた言葉が、
「――!!」
でも実に単純明快な解答だった。
予想外に大きなリュカの反応に、ロアはピクリと目を大きく見開いて……
けど真実に到達する、――ああなるほど、だからこんな『嘘だ嘘だ』と五月蝿かったのか。

97 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:52:23 ID:0ieHVTpi
「……二つ年下だと、困るんだ?」
「そっ――!?」
そんなことありませんよ、と言い掛けた身体が、ロアの体重によって妨げられた。
「んー♪」
「やっ!?」
大きな動物がじゃれついてくるような動きだが、動物の大きさが大きさだけに遊びでも脅威、
たちまちリュカはシーツに埋まってしまい、押さえつけられて動けなくなる。
「柔らかいベットって、こういう時便利だなー」
「お、重い、重いですよぉ!?」
重くても、でもぺちゃんこにならない程度には加減してもらえて苦しくはなく、
なのにビクともしない寝技の妙、力以上の技のキレと、完全に遊ばれてるその余裕。

「年下が『ご主人様』だと、何か問題があったりするわけ?」
「……ッ」
濡らすなと言うだけ無理がある。
「年下に大好き大好きとか言いながら、抱きついてすんすん泣いちゃったよな、そういや」
「や……」
ギャップ萌えなんて概念ない時代だが、しかし人の愚かさ欲望は永遠不変。
こんなに屈強で意地悪なのに、そこに『おっきな弟』、『弟属性』。
「俺の上にお漏らしもしちゃったし」
「……! ……!」
こんなに臆病で甘えっ子なのに、そこに『ちっちゃい姉』、『姉属性』。
「『わうぅ』とか『あおおぉ』とか、凄い声で叫びながらガクガクイッちゃってたっけ」
「!! やっ、やめて……やめてください!」
双方興奮するなと言うだに無理がある。
年下なのにご主人様と懐かれて、年上なのに自分から奴隷宣言してしまい。
「私、私犬じゃない、犬なんかじゃありません!」
「そーだな、犬じゃないな」
子犬がきゃんきゃん、『Bitch(雌犬)』にさえなれない『Puppy(子犬)』がきゃんきゃん、
年上なのにという羞恥心に拠って、果敢な抵抗を試みるけど、
「でもわんこだね、犬じゃないけどダメわんこ」
「――!!」
でも虎からすればそんな抵抗、可哀想だけれども一捻りだ。

ああ、ちゅーの体勢に入った、キスってよりもちゅーの体勢に入った。
力の差と体格差で押さえ込んだ後の、数分近く続く愛情たっぷりのディープなちゅー。
ぐいぐいと身体を擦り付けて、空いた手でさわさわと白い尻や太腿を撫でる。
抵抗がやんでおとなしく、どころか次第に相手が昂ぶってしまいだしてもまだ止めない。
涙目で相手が舌を絡め、抱きついてしまうのをニヤニヤ眺めてる。
無慈悲なまでの愛情による飽和攻撃、ぺんぺん草さえ許さない焦土作戦。

「ふあ、あぁぁ……」
「ほら、わんこだ」
湯気が立つくらいに掻き混ぜた唾液を引きつつ、ロアが見下ろし睥睨し断言する。
「キスだけでこんなはふはふになっちゃって、何が年上だよ、わんこだろ?」
「……ろ、ろあのいじわる……いじわるぅぅ……」
劣等感が、敗北感が、けれどぐじゅぐじゅの快楽となってリュカの心を侵食する。
――負けている。年下相手に負けている。あらゆる全てで負けている。
そういうダメな、情けない自分に、でもきゅううっと子宮が切なくなり、じくりと脳が快感に滲んだ。

98 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:52:52 ID:0ieHVTpi
「あ、や? やっ、だめッ…」
太腿に当たる熱さと、濡れた入り口にぐっと押し当てられた硬い感触。
「やだ、だめ、もうだめ……」
「なんで? もうぐしょぐしょだろ? 余裕で入りそうだよ?」
ロアがまたしたがってる、挿れたがってるのを感じ取り、リュカは必死に拒もうとした。
「さっき、さっきもう限界だって、もう無理だって…」
「大丈夫だって! ちゃんと休憩したからもう大丈夫、一回は出来る!」
でも腕力体力では絶対的に勝てない。
押さえつけられたままぬぷぬぷぬぷぬぷ、入り口に先っぽをくいくいされる。
「あ、あ、あ、あ…」
「てかリュカが悪いんだよ! リュカが可愛すぎるから悪い、俺は悪くない!」
無茶苦茶な理屈で開き直られるが、でもそんな無理な理屈さえ、
反応してしまう自分の身体を恥じる謙虚なリュカには、額面通りの言葉として届いた。
「な? 挿れていいよね? 挿れていいよな?」
「だめ、いれないで、いれないで……」
今挿れられたら絶対にまた獣にされる、雌にされる。
そんな予感、確信があるから、だから必死で拒んだのに。

「挿れるよ? 挿れる、挿れちゃうからな?」
「いれな――っああああッ!」

ぐぼ、と入り口を押し広げて潜り込んだ剛直が、そのままずるずると彼女を最奥までを貫いた。
「がうッ…」
どすっと奥に当たった感触、これまで以上に凄まじい快感が脳を灼く。
先程の行為の余韻のせいか、昨夜の一番最初と比べ、実にあっけないほどの受け入れだった。
あまりの苦痛の無さと快楽の強さに、本人が慄きさえしたほどだ。
だというのに例によって耳に聞こえた、とっても気持ち良さそうなロアの溜め息が、
そこから更にリュカの心を押し込んで、――ぞくりという震えを身に走らせる。
(…やだ……イク……イッちゃうよ……)
痙攣する脚の付け根近くや、剛直を抱擁して離さない膣肉に、明確にそれを意識する。
(…や……動かないで……)
動かれたら絶対達してしまう、動いて欲しくなくて、
だからリュカははっしとロアにしがみ付き、ままならぬ脚を使って腰を挟み込む。
…けれどそういうのこそが機密漏洩、虎を狂奔させてるとは気づけない。

「うあああッ!?」
ずるるるっと引き抜かれた凶悪な太さに、ビクビクッと全身を引き攣らせてしまい、
「や、待……はああああぁぁッ!!」
再度押し込まれ掻き分けられる感触に、ガクガクしながら肺の空気を吐く。
「……やだ……いく……」
思わず洩れた泣き言を、もちろんロアが聞き逃すはずもない。

三擦り半という、男性の到達の早さの揶揄があるが。
「んゔゔゔううぅぅ!!!」
結局女であるリュカの方が、情けなくも三回往復で達してしまった。
ロアの胸板に顔を埋め、震えつつも必死で声を押し殺すあたりはまだ余裕はあるが、
獣めいた唸りが隠せてないら辺、それも余裕と言えるのか疑わしい。
乱暴にされて感じてしまったのが恥ずかしく、あっという間に達してしまったのが恥ずかしく、
惨めで悔しくて逆らえない、――それ故にの至高の快楽だった。

99 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:53:47 ID:0ieHVTpi
そうして呼吸を整えつつ、閉じた目からひくひく涙を零すリュカに対し、
「…やっぱり、すっげー気持ちいいや、リュカん中」
「………」
覆い被さったのがこういうこと言ってくるのだ。
「いっつもおまんこぐちょぐちょでさ、やーらかくてぴたぴたで」
「……や」
安心しきった幼子の人懐っこさが、これまた羞恥を煽り立てる。
「このずるずるまんこにチンコ突っ込んでると、すっげー安心するもん、温けーもん」
「…や、やだよぉ……」
自分の身体がとてつもなくいやらしい身体に思え、娼婦よりも淫らな肉体に思え、
…でも役に立てるのが嬉しくて、喜んでもらえるのが幸せで、
「…これで最後なんだよなーもう」
「……え」
聞き捨てならない単語に、ぱちりと大きく目を見開いた。

「……さいご?」
――最後?

「ん。昼になったら俺も仕事戻んないと駄目だし、昼飯もあるし」
「……あ」
言われて、思い出してしまった。
「お前も侍女とか戻ってくるからさ、こう、ぱぱっと片付けて、何事もなかったみたく」
夢は醒めるものだ。
永遠に楽しめる午睡などなく、永遠に貪れる惰眠などない。
背徳と獣が跋扈する宵闇は終わり、必ず夜明けはやって来てしまう。
どれだけ醒めたくなかろうと、どれだけ明けて欲しくなかろうと。

「…………やだ」
押しのけ、見ないようにしていた現実が戻って来て、
「……やだ、やだ、やだ、やだ!」
「……?」
冷たい現実に押し潰されるように、リュカの堤防が決壊した。
「やだ、いかないで、いっちゃやだ!!」

醒めたくない。
醒めたくない。
二度と夢から醒めたくない。

「…そ、そりゃ、俺だってずっとこうしてたいけどさ」
しがみついてくるその姿が哀れな子犬を連想させ、ロアも思わず胸キュンで言う。
「でもお前だって一応ほら、元侯爵夫人な立場なわけだし……」
「侯爵夫人なんかじゃないッ!!」
だが帰って来た反応の劇的さに、さしもの彼も戸惑った。

「…だってロア、言ってくれたじゃないですか、『ただの女だよ』って」
泣いていた。
男の目の前で、今までの歓喜のどれとも違う、痛ましい涙を流していた。
「…わんこだ、ペットだって、言ってくれたじゃないですか……」
見上げてくる先の、どこか狂気じみてさえ見える半笑いに、
初めてロアにも内心『あれ?』と、漠然とした疑念が浮かんで来る。
「……奴隷でいいです……」
――あれ、ひょっとして、自分は、何か。
「…捕虜でも、虜囚でも……家畜でも道具でも犬でもいい!」
――何か、とんでもないこと、してしまったりとか。

100 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:54:56 ID:0ieHVTpi
「……どーぶつで……いい……」
「…え」
目にいっぱい涙を溜めて、そんなことまで呟いてしまう彼女を見ては、
初めてロアも、何か踏み込んではいけない領域まで踏み躙ってしまった己を自覚、
散々やらかした自分の所業が、どれだけ彼女を追い詰めたか知った。
「……人間に……戻りたく……ないよぅ……」
「……あ」
そうしてそうやって泣く彼女の言わんとする所に、愛しさに胸を詰まらせる。
そこまで辛く苦しかったのだろう、これまでの彼女の人生を察し、痛ましさに胸を熱くした。
――『わんこ』『わんこ』、散々からかってきた己の招いた事態を看破した。

ロアも男だ。若く性欲旺盛な一人の少年だ。
「何でも、するから……妊娠、しても……赤ちゃん産まされる、道具でも、いいから」
だから雌犬、性奴隷なんて言葉には憧れるし、自分にベタ惚れの一途な女とか堪らない、
妊娠とか孕ませなんて単語には反応して、彼女が孕んだ姿を想って興奮もした。
「……お願い、しまう、ロアの傍に、置いてくだひゃい……」
――でも、こういうのを望んだわけではない。
「……飼って…………捨てないでくだはい、おねがいひあふ……」
ボロボロと涙を零しながら泣きじゃくり、
リアルで冗談抜きに、奴隷に、家畜にしてくれと懇願する少女を目前にして思ったのは、
達成感や保護欲庇護欲、征服欲支配欲に尚勝る――罪悪感だった。

「…ご、ごめんな」
反射的に謝ってしまう。
何か自分が凄く悪いことをした気がし――ようやくその自覚が生まれ出した。
「ごめんな? ごめん」
押し潰して組み敷いてた身体を引き上げて、座位の体勢に座らせ直すと、
『ひぐ』とか『えぐ』とか泣いてしまうリュカの背中を、必死で撫で抱いてあやし始める。
…ほんのちょっとからかった、軽い意地悪のだけのつもりだったのに、
不幸にも急所、マジ泣きし始めてしまった『妹』に対して『兄』が必死で慰めようとする如く。
「……本当に、ごめん」
そうしてその背中の小ささに、危うい情愛、深すぎる情愛も抱き出す。
これが本当に『兄と妹』、為されて当然な社会からも認められた保護だったなら、
まだマシだった、どこかでストッパーがかかったのかもしれない。
でも『弟と姉』、『敵と味方』。

「……がんばれ、ないよぅ……」
リュカの方とて相手が年下、それも未開人で侵略者だとは分かっていても、
それでも縋りたいという欲求を抑えられない、もっと駄目になってくのに止まれなかった。
「……もーこうしゃくふじん、がんばれないよぉ……」
あったかいチョコ色の泥沼に、ずぶずぶ肩まで浸かってしまい、居心地良すぎて出られない。
「……りゅけいあーなで、がんばれないぃ……」
単純に彼女のせいだけではない、昨日の昼までの彼女なら、きっと耐えられて頑張れた。
…でももう壊れてしまったのだ、目の前の男に、暴威の如く薙ぎ払われた。

がんばりたくない。がんばれない。
どれだけ頑張っても成果の出せない、身の程にそぐわぬ大任大役なんてもうしたくない。
辛いことばっかりで、苦しいことばっかりで、楽しくないことなんてしたくない。
…それくらいならまだ『わんこ』がいい。
頑張れば確かな成果の出せる、自分でも誰かの役に立てる、喜んで貰える仕事がいい。
家畜だろうと楽しくて、やりがいのある仕事をしたい。

101 ロアとリュカ(中編) sage 2009/01/03(土) 17:55:46 ID:0ieHVTpi
えぐえぐと泣きじゃくる生白い裸体を、褐色の大男が同じく裸体で抱きしめる。
極めて淫靡な光景のはずが、今だけは卑猥さなんて微塵もなかった。
せっかく入った陰茎も、ずるりと萎えて抜け出てしまうが、ロアが気にした様子はない。
ここでまだ罪悪感よりも性欲が勝つまでには、バカも腐ってはいなかった。
――どうしたらいいか考える。
一人の男として、ご主人様として、一軍を率いる者として考える。
ロアには女心は分からない。でも戦場は知っている。
兵達を勇気づけて気勢を上げ、鼓舞して恐怖を取り払う、将星としての機知と采配。
それでも山賊王子なりに、兵の心を掴む術、君子の在り方は知っている。

恐慌が止み、感情の暴発が収まるまで、無言で撫でて、抱きしめてやって、
「…でも、今生の別れってわけじゃねえからさ」
「………」
それでも優しく語り掛ける。
「今晩は無理だけど、でも明日の晩にでもまた会いに来っから、何度でも会えっから」
「……ん」
それさえ待てないと言いたげに、首元に顔を寄せてくるリュカの背中を、
ロアはしょうがないなと言わんばかりにぽむぽむと叩く。
「そりゃ、俺だってこうしてたいよ。寝て、起きて、食って、子作りして、また寝て。
そうやって暮らしてけるんだったら、俺だってリュカとそうしてたい」
想像して、そして二人同時に『贅沢だな』と思う。
煌びやかな宝飾も、歌や踊りや演劇もない、酒と女が少量あるだけだが贅沢だと。

「でもさぁ、やっぱ男たるもん、食い扶持は自力で稼がねーと」
「………うん」
光明神教の教えに反し、公然と一夫多妻が認められているオルブであるが、
しかし父や兄を見てきたロアからすれば、それは特段理不尽でもない。
「でないと、お前が子供産んでくれても養えないし、…な?」
「……うん」
きちんと愛せてちゃんと面倒も見れるからこそ、妻子が何人居ようと問題ないのだ。
更にそれらを養う食い扶持が、正統な責務の対価であるなら尚更良い。

「……ろあ、ごめんなさい」
「ん?」
リュカはとても賢く頭がいい。
「……わがまま言って、ごめんなさい」
だから道理を諭され冷静になれれば、すぐに反省することが出来た。
「ん。いいんだって、俺がそもそも大言吐いたのが悪いんだし」
辛いのは自分だけではないのだと分かれば、そこで素直に引き下がることが出来た。
「誰だって泣き言言いたい時や甘えたい時はあるって。俺なんていつもそーだ」
「んふ……」
むしろ理解して、慮ってもらえればそれだけで嬉しい。
ほっぺたにキスをされて、思わず甘えてしまいそうになって、――でも居住まいを正す。

「……怖いんです」
冷静になった今だからこそ、伝えなければならなかった。


<続>

102 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/03(土) 23:21:03 ID:22EyC/sV
ロアとリュカの続き来てターーー( ゜∀ ゜)!!!

改めて自己紹介などし直して、少しだけお互いの立ち位置に戻って話をする二人がスゲー可愛い。
ってかロア17歳ですか。そんなに若くして女子といちゃいちゃする喜びに対して諦観を抱きかけていたのか……リュカと出会えて良かったね、としみじみ思う。

作者さん、二人の話の後編も楽しみにしてますわん!!

103 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/04(日) 00:06:58 ID:Y22TS5BZ
あれ?ちんこ出してハァハァしてたはずが
いつのまにかぼろぼろ泣かされてしまった…
良い意味で抜けない小説。
2匹の間に生まれてくる御子が楽しみだ。
平均的な身長かなぁ
それかおっきいのとちっさいのの2極化か。
凌辱完了楽しみに待ってます!

104 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/04(日) 05:41:29 ID:oyeho5Xa
ちっちゃい姉とおっきい弟の双子という幻視が
逆も可

105 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/04(日) 11:41:39 ID:ago0jnDe
わんわんわわーん!
ロアリュカ続きお待ちしてました!
ロアという新しいご主人様に出会ったことでリュカの中で価値観や色々なものが大きく変わって、前のリュケイアーナには戻れなくなったんですね
それがリュカの幸せに繋がっていくといいな!

ロアにはリュカを目一杯愛してリュカを幸せにしてほしい。

新年早々素敵なお年玉をありがとうございました。
続き楽しみにしております!

106 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/04(日) 13:17:52 ID:LP6TFb8k
高貴なお姫様が海賊や山賊の荒らくれ男に毎日激しく責められて
次第に牝に堕ちてく系が大好物なんですよ

何が言いたいかというとGJGJいいぞもっとやれ!

107 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/04(日) 17:22:06 ID:3flr5+r4
中編GJ!!!
ロアとリュカのラブラブ&トラウマがチラついてるあたりが何とも言えん…!

しかしロアの国って一夫多妻なんだね。
一夫一婦制の文化だったリュカがどう思うのか、今から不安だorz

108 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/04(日) 23:30:53 ID:zB3o0w0N
並大抵のやつじゃ満足に入らないし、迂闊に結婚できん立場だから、
ロアに限れば大丈夫なんじゃないか?w

109 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 03:07:41 ID:68T0xWuv
中丸明や清水義範の本読んでて思い付いたんだが
標準語ではなく方言で喋る王子王女というのはうけるだろうか
エロよりコメディの方に重点おきそうだけど

110 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 03:54:21 ID:sCleVAKS
読んでみないとなんとも言えないが、先にふれてこられるとインパクトは既に落ちてしまっているぞw

111 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 04:31:59 ID:68T0xWuv
いやー、読み手を選びそうだからさ
さすがに注意書き書いてポンと投下するだけってのもためらって

要は
王子「おみゃー様がエレノール殿下であらせられっきゃ?
しょーじょーがよりもえろう別嬪さんだがや。
絵師さにおぜぜ掴ませたわけじゃなかったんだがな。」
(意訳:貴方様がエレオノール殿下でございますか?
肖像画とは別人の様に麗しいので驚きました。
当方の宮廷では宮廷画家に袖の下を贈ったのでは、
とまで囁かれていたのにそれ以上とは)
王女「そんなずっこい事するわけないやろ。
もっともベルンハルト殿下こそ肖像画より男前やから
こちらとしても儲けもんやな」
(意訳:そのような事はいたしませんわ。
もっともベルンハルト殿下も肖像画より凛々しくあらせられます)

という感じに名古屋弁王子と関西弁王女の美男美女が
櫃まぶしときしめんを食いながらお見合いするとかそんなのを

・・・宮廷奴隷は江戸弁にすべきかな

112 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 05:07:23 ID:50R/17mF
方言だと好みとかいう以前に解読出来ないことがあるんだよね
でもそのぐらいのならなんとなく大体分かるから、心配せずに投下してみるんだ

113 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 06:37:09 ID:acKzHrp5
>>111
人それぞれだろうが、少なくとも俺はエロどころではなくなってしまうw
方言はどうも笑ってしまって駄目だ

114 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 07:15:25 ID:YLAKROwM
方言お姫様で、前読んだTONOって人の漫画思い出した
隣国に嫁ぐことになったお姫様、肖像画を見て婚約者の王子様に一目惚れ
少しでも王子に気に入られようと、隣国から派遣された教育係から
隣国の言葉を必死で覚えた
けど、実はその教育係は政略結婚にトラウマがあって嫌がらせで
隣国の言葉だけどわざと田舎オヤジのような訛った言葉を教えていた
嫁ぐ直前にそれが発覚、式を延期できず嫁ぐけど
王子に嫌われたくなくてしゃべらない姫
一方、王子も姫の肖像画を見て一目惚れてたんだけど
教育係に、姫は王子を嫌って隣国の言葉を勉強したがらなかったと
聞いて落ち込んでいた

そして迎えた初夜の床
しゃべらない姫に、王子はこっそり習ってた
姫の国の言葉で告白する、それは下手くそな片言だったけど
姫の心をうち、姫もまた訛った言葉で愛を告白する
そうしてラブラブになった二人は教育係の嫌がらせを退け幸せに暮らしましたって話

かわいい姫が
「マブいぜあんちゃん、ヨダレがでらあ」とか言ってるのが楽しかった

115 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 08:03:15 ID:nLMKYEar
その漫画のタイトルが知りたい!

116 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 08:21:47 ID:YLAKROwM
>>115
TONOさんの「カルバニア物語」の一巻に入ってる
本編の番外短編「プリンセス・トーキング」って漫画

全編ほのぼのギャグ時々シリアスなのでエロはまったく期待できないけど
ちょっと懐かしい感じのファンタジーものなのでこのスレが好きな
人は結構気に入るかも

父王の死でその国初の女王になった巨乳天然、ある意味名君主な主人公とか
その幼なじみで普段は男装ばかりして態度も見かけも美少年にしか見えないけど
女装すると美人な公爵家の貧乳姫とかが出て来る本編もオススメ

114から携帯書き込みしてるんで改行読みづらいのに長文ごめん

117 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 08:26:00 ID:/GSL4Nn3
カ.ル.バ.ニ.アはいい王子や姫がわんさかいるので自分も大好きだ。
レーベルは男性が手に取りにくいところだが、かなりお薦め。

118 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 15:20:39 ID:jcnwGXPS
ガルィアシリーズ作者さんのサイトに新作があがってた
あれ読んでまたエレノールの複雑な心の内にぐっときた

119 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 17:18:11 ID:nLMKYEar
>>116
ありがとう。本屋で探してみる。


>>118
個人サイトの話は作者さんに迷惑かかるからするなって前に一悶着あったろ。作者さんに気使えよ。

120 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 21:06:04 ID:+p82VxHW
作者さんの意向の尊重も勿論だけど、このスレは古参の人や新しい人、さまざまな方で構成されているから、
誰もが共有できる話題(現在ここに投下されている作品や保管庫ネタ、過去の雑談等)を中心に
話を進めたほうが、読み手さんたちにも優しいと思う・・・。

121 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 21:10:06 ID:kj1il8Nb
111だが
読み直したが、王子と王女の台詞に改行入れた方が読みやすかったな
すまん

それで意訳は入れていいんだろうか?何となく入れてみたが

後、食ってるものが櫃まぶしときしめんなのもギャグのつもりだったが
分かりにくいだろうか?

122 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 21:28:07 ID:boOZJRnO
てことは日本が舞台になるのかな?

意訳も入りすぎると読むのが止まっちゃって中々話の世界に入りづらくなりそうな気がする(あくまで自分は、だけど)


方言も関西弁くらいならテレビでよく聞くからわかるんだけどほかの地方だと全然わかんないから意訳がないのも困るんだけど


方言でエロパロみたいなスレが在ればいいのにね

123 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 21:32:36 ID:boOZJRnO
書きこんだ後に探したらあったよ
【関西】方言少女でエロパロ2【東北】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1198765467/

こっちのほうが方言は受け入れられやすいかと

124 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 22:50:48 ID:kj1il8Nb
>>122
いや日本じゃなくて
ヨーロッパっぽい金髪碧眼の高貴な美男美女が喋るラテン語の
例えばドイツ訛りギリシア訛りを
日本の方言で訳したりしたら外見のギャップもあって
面白いじゃなかろうか
という試みだ
食い物は一応小道具。何で存在してるかはファンタジー要素

>>123
情報提供サンクス
ただ一応姫様はじめとする貴人や宮廷関係者知識人
といった人々に喋らせたかったので
このスレに書いた

125 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/05(月) 22:58:12 ID:sCleVAKS
>>124
そこまで決めているなら、わざわざお伺い立てないでもいいじゃないか
自分は書いてくれるのに文句なんかなにもないよ

126 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/06(火) 00:18:58 ID:B86kjwCk
おお、ロアリュカが更新されてるうぅぅー!
読み終わるのが勿体なくて一字一句じっくり読ませて頂きました。

リュカのこれからも気になるところだがロア一族にリュカがどう溶け込むのか楽しみ。
ロアのにーちゃん達がリュカに手を出したりとかあり得なくもない気がするw

127 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/06(火) 04:17:18 ID:tc/gp6ei
弟の婚約者寝取っちゃう兄ちゃんだもんなww

128 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/06(火) 11:29:01 ID:uCUZ0ojN
俺は爺とリュカのご対面が無いか楽しみにしている。
どんな態度とるんだろ

129 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/06(火) 20:08:05 ID:WKFRNime
あけましておめでとーございます

火と闇の 第六幕を投下させて頂きます
以下内容

 中世ファンタジー的舞台背景でのお話
 長めで、これまでよりも暗めな展開なのでご注意を

 ネタ被りは仕方がない点もあるので、気にしない方向でどうかお願い致します

130 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:08:54 ID:WKFRNime

「納得がいきません!」
 少女の声が、そう広くもない部屋の中で反響する。
(俺もしてるわけじゃねえよ)
 耳朶を打つその叫びにサズは眉の根を寄せて、今の今まで開かせていた口を噤ませていた。
 予想していた通りの反応ではあったが、だからといって彼の方から引くわけにもいかない。
「他に、なさりようがあるのではないですか」
 フィニアが自らの憤りを鎮めるように、声音を落ち着けて問いかけてきた。
「ない。少なくとも俺に考え付けるのはこれが精々だ。他に良いやり方があるっていうのなら、こっちが
 教えて欲しいくらいだ」
「……それにしても急過ぎます」
 彼の持ち出してきた案に代わる方策を見つけることもできず。
 フィニアは肩を落として項垂れ、力なくつぶやいた。

 サズ・マレフは、己の腕一つを頼りに生きてきた流れの冒険者だ。
 その彼が、ここボルド王国より南の地にある、ベルガと呼ばれる古き都で一つの依頼を受けた。
 フィニアという名の少女を、外の世界へと連れ出しその身の安全を守る。
 早い話が、護衛だ。ボディーガードと呼んでも差し支えは無い。
 仕事の上はでそうなっていたが、しかしそれはこの二人と依頼主の間のみでしか通用しない話であった。
 ベルガの人々からして見れば、彼は立派な人攫いなのである。
 しかも攫った相手は王族の出自で、同時に異能の才を持ち合わせる巫女でもあった。
 だから、追っ手は当然の如く放たれる。そしてそれからは逃げ続けなければならない。
 そういう約束事だから、そんな二人が一所に留まり続けることは普通に考えれば有り得ない。
 馬鹿げた選択だとしか言えなかった。

 その二人が、今現在ではボルドの王都にある露店の元に留まり、世話になっている。
 避けねばならない選択を選んでいた理由は、至極簡単なものであった。
 楽しかったからだ。
 サズはそこで、それまでの旅の中では味わうことができなかった、ささやかで安らぎに満ちた時間を
 過ごすことができた。
 フィニアにしても、それはきっと、そう違った意味合いのものでもなかった筈だ。

「逆だ。遅すぎたんだよ。本当なら、最初にお前を白づくめの連中から助け出した時点で、王都を去る
 べきだったんだ。そうすれば、俺たちを追っている連中だって、ここにやってくることもなかった」
 人攫い役の青年が、疲れたような表情で少女のつぶやきを否定した。
 その否定は、自分自身へと向けたものでもある。
 部屋を貸し与えてくれた店主夫婦にも累が及ぶことを予想しつつも、彼はそれに甘えてしまった。
 その結果、三度にも渡って追っ手の接触を許すことになった。
「サズが――サズは、守ってはくれないのですか。いつも私を守ってくださっているように、おじ様や
 おば様のことも」
 それがただの我侭だとは思いながらも、フィニアはそう望まずにはおれなかった。

 唐突に、サズは王都を離れるのだとフィニアに宣言した。
 相談事などではなく、一方的な決定事項として告げたのだ。
 反発は仕方がない。だが、従ってくれなければ感傷では済まない、大きな傷跡を残すだけだ。
 そんな結果を、サズは目の前の少女に見せたくはなかった。

「守るどころか、もう俺は一度あの二人を見捨てているんだ。話したろ。銀髪の男がここに忍び込んで
 来たってことも。指示さえ出ていれば、あいつはコルツさんとソシアラさんを盾にお前を引き渡すよう
 取引を仕掛けてくることもできたんだ。そうなれば俺がどうしたかなんて、言わせないでくれ」
 サズが自嘲気味に哂う。
 無力さよりも、己の浅はかさに対してそうしていたのだが、それが彼女のことを哂ったように見えても
 構わないとさえ思っていた。


131 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:09:31 ID:WKFRNime

 開店の時間はとっくに過ぎている。
 往来を行き交う人々の声は、いつもにも増して大きい。
 店へと続く廊下を進むサズの後を、陰鬱な表情でフィニアが続いていた。
 サズが扉を開こうとした。握り手の感触が、妙に重く感じられる。
 一息吐いて、彼はそれを思い切り開け放つ。

 活気と喧騒。
 その中心に、見慣れた男の背中があった。そしてそれが、すぐにこちらを振り向いてくる。
「遅刻だぞ、この寝ぼすけ――」
 わりぃ、と。
 そういつものように声を返せないことが、これほどまでに辛いことだとは思ってもいなかった。
 腰に剣を佩き、旅装に身を包んだサズの姿に、店主は声を詰まらせて立ち竦んでいる。
 気後れし掛けたサズの背中を、微かな嗚咽の声が後押しした。
 手近な木箱を蹴り飛ばす。
 派手な物音を立てて、それは巧いこと店の軒先へと転がって行ってくれた。
「さっちゃん、あんた突然なにを」
 呆然とする店主の傍らへと駆け寄ってきたソシアラが、心配げに声をかけてきた。
 ごめんなさいと、堪えきれずにフィニアが声を洩らす。
 彼女の声を掻き消そうとするように、サズはただ只管に同じことを繰り返した。
 店を訪れていた客は既に通りの方へと駆け出している。
 通りを行く人々はその光景を遠巻きに見ている。
 手は届かずとも、サズの一挙一動は見て取れる。
 実に都合の良い位置取りだ。今ばかりは、感謝の念すら覚えてしまう。
「うんざりなんだよ、こんなところで扱き使われるのにはな」
 苛立つ表情を作るのには、さして苦労もせずに済んだ。
 彼の他に動く者もいなかったので、そこまで大きくなかった声も十分に響き渡ってくれている。
「いきなり、どういうことなんだい。訳を話しておくれよ」
「訳も糞もあるか。口にしたまんまの意味だよ」
 サズが不遜に笑う。背中でフィニアの姿を隠すと、彼女はそれに身を預けるようにしてきてくれた。
 事前に話をしていれば、少しは楽だったろうとは思ったのは確かだ。
 だが、それではこのやり取り自体の意味が薄れてしまう。それでは本末転倒なのだ。

「お前は下がっていろ」
 険しい視線をサズへと浴びせかけ、店主がソシアラを軽く押し退けた。
「へっ――」
 一歩ずつ、悠然とした足取りで自分の下へと近づいてくる男に、サズがせせら笑いを浮かべて見せる。
 そして目の前に立った男と同じように、片手でフィニアを後ろへと下がらせた。
「言うことは、それだけか」
「言い足りないくらいだがな。延々やっていりゃあ、陽が暮れちまう。まあ、こんな店じゃあそうして
 いようがいまいが、そう大して客足も変わらねえ――」
 用意しておいた台詞の大体言い終えたところで、サズの身体が縦に揺れた。
 重い音。続く女性二人の悲鳴は、野次馬のどよめきに入り混じっても消えてはくれなかった。
「そうか」
 耳に届いて来た声で、サズは膝をつきかけたところを強引に踏み止まった。

132 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:10:03 ID:WKFRNime

 閑散とした路地に流れる外気が、鉄の味が残る唇の端へと触れてくる。
 冷たく痺れるその感触で、サズは意識の明瞭さを取り戻すことができた。
「寒いな」
 独白のつもりではなかったその声に、答えは返ってこない。 
 出会ったその時と同じ、灰色の長衣でフィニアは全身を覆い尽くしている。
 サズも少し前まではずっとそうしていたように、外套に縫い合わされたフードを目深に被っている。
「ここを離れる前に、防寒着は揃えておこう。他の物は一応用意していたんだがな、ちょっと暖かい所に
 長居し過ぎていたせいか、感覚が狂っていたみたいだ」
 その言葉にも、やはり返事はない。
 無視されたとはサズは感じてはいなかった。
 気落ちしている。そういう時だってあるものだ。そうとだけ思った。

「ありがとうございます」
 そう言って彼女が口を開いたのは、随分と時間が経ってからのことであった。
 あれからサズは、フィニアを連れて旅装の類を取り扱う店へと足を運んでいた。
 そこは主に行商人たちが利用する店で、家族と行動を共にすることも多い彼らに向けた品が多くある。
 そういった商品の中から、サズはフィニアに丁度良いサイズの防寒着を選び、自身も使い古していた
 ベストを下取りに出して、より厚手の物へと交換を済ませていた。

 その言葉が、服を選んでくれたことへの礼として告げられたものだとは、彼は思わなかった。
「そう言って貰えると、気は楽になるけどな。無理に納得してくれなくてもいいんだ。あのやり取りが
 無駄に終わる可能性だって、当然あるわけだしな」
 多少おどけて首を振って返してみせたが、人の噂の恐ろしさというものを彼は良く知っていた。
 このところ、あの露店街には場所代をせびりに来るような連中も姿を見せておらず、平穏そのものの
 日々が続いていたのだ。
 そこにちょっとした騒ぎの一つでも起これば、後は誰が吹聴するでもなく、自然周囲に広まって行く。
 勿論、面白おかしく大袈裟な誇張が付け加えられてだ。
 だからあのくらい単純にやった方が効果はあるのだ。
 そう考え、サズは自らを納得させていた。

「何処に、向かわれますか」
 フィニアも、それ以上その話題について追求することは避けてくれたようだ。
 話の矛先を変えて、彼女は羊毛の編みこまれたガウンの襟を揃えた。
「最終的な行く先は、まだ決めていない。決めるためにも、まずはここから西にあるフィンレッツって
 所に向かう」
「フィンレッツ――」
「学術都市とか、魔術都市とか呼ばれている所だな。以前逗留していたことがあった場所だから、勝手も 
 悪くないし、なにより色々と調べ事をするのには向いている。フィニアが興味を持ちそうな物も、沢山
 あるだろうな」
「そうですか」
 感情を押し殺した声で、少女が答える。
 視線は樫の建材で組まれた大棚に向けられており、会話の最中、ずっとそこから動くことはなかった。
「街道は整備されているし、貸し馬を使えば二週間もあれば、着ける筈だ。ちょっとばかし鞍が堅くて
 疲れるとは思うけどな。景色は中々悪くないし、宿場町も沢山あるから寝床には苦労しなくて済む」
 次第にサズは饒舌になってゆく。
 あまり意味の無いことばかりを口にしている気はしていたが、黙っていても碌なことを思いつきそうに
 なかったので、それを止めようとも思わなかった。 

133 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:10:46 ID:WKFRNime

 街を出た。関所を抜ける際には、別段手間取ることもなかった。
 他国へと向かうのならともかく、目的地であるフィンレッツはボルド王国の属領として栄えており、
 手形さえ所持していれば、期限でも切れていない限り、余程のことがなければ素通りすることができる。
 その手形も国内への物であれば、簡単な身分証明を提示し通行税を納めれば大抵の者が入手可能なのだ。
 サズは海路を経由してボルドの領内に入ったおりに、手形を手に入れていた。
 冒険者ギルドへと入会し証明書を発行した際に、物のついででその手続きを済ませていたのだ。

 城門を出てすぐの場所に設けられている国営の貸し馬屋からも、同じ証明書で馬を借りることができる。
 借りた馬は、街道沿いに設けられた別の貸し馬屋に立ち寄った際に、一旦そこで返却を行うのだ。
 継続して利用したい場合は、またそこで新しい馬を借りる。
 無論、馬に大きな怪我を負わせた者は追加の支払いの義務が発生し、馬泥棒を仕出かした者には厳しい
 処罰が科せられる。
 それでも、気軽に馬を利用でき、無理をさせなければ脚も鈍らずに旅を進められるため、利用者からの
 評判は上々であった。
 
 サズが旅脚として借りてきたのは、老成した連銭葦毛の牡馬であった。
 二人で乗れるようにと、中間種の中でも特に体格の良いものを彼は選んだ。 
「大きいのですね」
 フィニアが、目をまん丸にしてその馬を見つめる。
「荷運びもさせるからな。――そういえばフィニアは、馬に乗るのは初めてだったか?」
「初めてです」
 やや緊張した面持ちになって、フィニアは頷き返してきた。
 目の前の葦毛は、露店での仕入れに使っていた二頭引きの馬車のものよりも、随分と大きい。
 彼女がベルガで目にしてきた馬も、式典用の礼装甲冑に身を纏った騎士が用いるもの殆どで、その手の
 馬は見た目の優美さや軽妙な動きを優先して、軽種のものが用いられていた。
 なので、フィニアが目にしたことがある馬の中では、その馬は飛び抜けて大きく感じられたのだ。
 興味津々になって自分のことを見つめてくる少女にも、葦毛は嘶きも上げずに、時折耳をぴくりとだけ
 動かして、後は身じろぎ一つもせずにいた。
 如何にも、慣れている。
 そんな葦毛の態度と少女の仕草に、サズは思わず小さく噴出してしまっていた。
 だがフィニアはそれに気付くこともなく、真剣な様子で観察行為を続けている。
「ふれても、平気でしょうか」
 仕舞いには、真面目な顔でそんなことを言い出す始末だ。
「後でな。まずはこいつに仕事をさせてやることだ」
 そう言って、サズはひらりと葦毛の鞍に飛び乗ってみせた。
「わ……」
「いや、待て。ちょっと待ってろよ? 最初は踏み台を作ってやるから」
 今にも彼の真似をして後ろの鞍へと飛び乗ろうしていたフィニアを制し、彼は鞍上から身を降ろした。
 そして少女と葦毛の間で掌を組み合わせて、宣言通りに足踏み台を作ってやった。
 備え付けの鐙を、慣れない彼女が巧く扱って騎乗できるとは考えていなかったからだ。
「そら、ここに足乗せて。途中まで上がれたら押してやるから。跨ぐ方の足で馬の腹蹴らないようにな」
「え、でも、それではサズの手が」
「汚れるのが、お前の全身になるよりは随分と面倒が無くて済む」
 納得がいったのか、それとも早く馬に乗ってみたかっただけなのか。彼女はすぐに手綱に手を伸ばした。
 サズが小さな靴を受け止めて、それを真上へと押し上げる。
 金色の髪房をふわりとなびかせて、コートに身を包んだフィニアが葦毛の鞍上に収まった。
 サズの思った通り、馬の方は落ち着いた様子だ。
「こ、これで良いのでしょうか?」
 むしろ、フィニアの方に落ち着きが無い。
「まあまあだな」
 掌を軽くはたいて土埃を落としてから、サズも後ろ側の鞍へと騎乗を済ませた。
「最初は鞍にしっかり掴まっていろよ。早駆けさせる馬じゃないが、慣れない内はどうしてもバランスが
 巧く取れずないもんだ。無理に手を離しても、落ちそうになるのが相場だからな」
 わかりましたと、緊張した声が返ってくる。
 ――何回、落ちそうになるかな。
 そんな意地の悪いことを考えてみると、悲しみはどこかに紛れてくれそうだった。

134 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:11:18 ID:WKFRNime

 想像していた以上には葦毛の馬体は揺れることもなく、サズの手馴れた手綱捌きも手伝ってか。
 フィニアは意外なほどにすんなりと、鞍上での旅に順応していた。
「こうしてみると、歩いている時よりも随分と遠くまで、景色が見えるのですね」
 馬上から眺める街道の景色は、以前に旅をした際に目にしてきたものとは全く違って見えていた。
 秋は、道端に咲く花々を愛でるよりも、紅葉に色づく木々の色彩に目を向けるのが楽しみ易い季節だ。
 そういった点では、例え揺られながらであっても、馬上からの眺めは悪くはないのかもしれない。
「ここらはまだ農地も多いからな。もう少し行けば山間の景色も目に入ってくる。南の方は知っての通り
 平野ばかりだから、つまらないもんだが」
「なるほどですね。確かに、ベルガからこちらに来た時は、あまり景色が変わらなかったです。牛さんは
 沢山おりましたけれども」
「あっち側には、少し東に行けばアノイシエフって街があってな。そこでは農業をやっている人間が多い」
 当初の予想を裏切って、フィニアは一向に落馬の危機に見舞われない。
 少しだけ肩透かしを食らった気分になりつつも、サズは地理的な内容を中心に話を続けていた。

 開拓されきった土地である南方面の平野部よりは、なだらかな山間部に位置するフィンレッツへ向かう
 道程の方が、観光的な視点では価値が見出せるだろう。
 無論、サズはそんな目的で魔術の都を目指す訳ではないが、それでフィニアの気が多少なりとも紛れて
 くれるのなら、それは彼にとっても悪いことではなかった。 
 
 それにしてもと、サズは思う。
(こいつ、本当に乗るのが巧いな……)
 秋の風から身を隠すことも叶わぬ前方の鞍にフィニアを乗せたのは、ちゃんとした理由がある。
 彼女が落馬しそうになった際に、サズがそれを防ぐことを第一の理由としてそうさせていたのだ。
 案外、手綱を取らせてみても器用に乗りこなしてみせるではないか。
 そんなことを考えてしまう程に、フィニアは見事に体のバランスを取り、周囲の景色に目を向けている。
 その為には、当然馬術の基本を教え込む必要はあるのだが、いつまで続くとも知れぬ旅の生活の上では
 それは覚えておいて損をするようなことでもない。
(放っておいたら、勝手に乗ろうとするかもだしな)
 フィニアの性格を考慮すれば、それは十分に有り得る話だ。
 馬というよりも動物全般の恐ろしさを知らない人間が、そんなことをすれば軽い怪我では済まない。
 
 そこまで考えて、サズの脳裏にある悪戯が閃いた。
 思いついたが、それをすぐに実行してしまうのはあまりに露骨だ。
 なので、大人しく葦毛の背に揺られながら、彼はその機会を待つことにした。
 山間へと向かう街道は、一見すると整備が行き届いているように見える。
 だが、そこには常時街道管理者の手が加えられているわけではない。
 恒常的に行商の者たちや旅人が道を行き交うからこそ、そう簡単には荒れ果てゆかないだけなのだ。
 そういった道には、当然の如く悪路にも近い荒れた路面も点在していることを、彼は知っていた。

(良し)
 良くはない。
 決して良くはないのだが、サズはそれを視界の先に認めて、目蓋を軽く落とした。
 少し先の方を見れば、街道の端が微妙に崩れており、その脇にある田畑へと土砂を流れ込ませている。
 補修の後は見受けられた。
 しかしそれは、街道を管理する役目を負わされた者の手によるものではなかったのだろう。
 恐らくは田畑の持ち主か、そこでの労働に従事する者の手によるものだ。
 その証拠に、盛り返された土には砂利や石が見え隠れしており、それが周囲のまだ健在である街道に
 まで転がって、見るからに邪魔げな礫となって散乱している。
 
 サズが葦毛を操り、崩れた街道の一角を避けるようにした。
 踏み固められているかどうかも疑わしい、おざなりな補修の後を通るのは流石に馬鹿げていた。
 茶目っ気を出して、滑落でもすればそれこそ洒落にならない。
 しかし、小石が散らばった程度の場所では、もし何かあっても手綱を捌く手が狂うくらいで済むだろう。
(何事も、経験だからな)

135 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:11:50 ID:WKFRNime

「あら、ここは道が荒れてしまっていますね」
(こいつ……っ!)
 サズが音を発さずに舌打ちを飛ばそうとして、見事に失敗する。
 それは、緊張に身を硬くしながらも、体勢を崩さぬフィニアに対して向けようとしたものではなかった。
 サズは手綱を不規則に引き、腿を絞め、わざと馬の歩調を狂わせようとしていた。
 だが、連銭葦毛のこの馬はそれに従おうとしないのだ。
(こらっ、言うこと聞けよっ。それが仕事だろっ、お前っ!)
「お馬さん、お利巧さんですね。小石が一杯ですのに、全然慌てていません」
 サズがむきになって手綱を強めに引くが、葦毛は自分の首筋を優しく撫で付けてくる少女の声が優先と
 ばかりに、悠然とした足取りで蹄を鳴らして進んでゆくだけであった。

 そうする内に悪路らしい道も過ぎ去り、二人と一匹は木々の立ち並ぶ林の入り口へと差し掛かっていた。
 深まる緑の道筋が秋風を受け止め、薫風の残り香となってサズの鼻先を掠める。
(なんつぅ、我の強い馬だ)
 今は葦毛も、サズの手綱捌きに従いその役目を果たしている。
 落ち着いた馬を選定する手段を、サズは知っていた。
 元来、彼は馬の良し悪しを視る目に秀でていたわけではなかった。
 それでも、あることをすればそれがわかったのだ。
 厩舎に繋がれた馬の大概は、彼がその目で睨み付けてやると怯え嘶く。
 怯えも見せずに堂々としている馬は、胆の据わった馬であることが多かった。
 そうしている内に、彼には馬の顔付き――相みたいなものが、わかってくるようにもなった。
 この葦毛も、まずは顔付きを見て選んだ。
 念の為にと軽く睨んでも動じる気配もなかったので、彼はそれで安心しきっていたのだ。

(この手の奴の顔付きも、できれば覚えておくか)
 目論見を潰されたこともあるが、いざという時に我を出されては困る。
 そう思い、溜息を吐こうとしたサズの耳へと、風のさざめきに混じって獣の遠吠えが届いてきた。
「いまの――」
「来たかな。降りるぞ、フィニア」
 犬の鳴き声にも似たそれから連想する相手は、普段なら三つある。
 ずばりそのもの、野犬と狼。そして狗頭の人型生物、コボルト。
 数を成す点以外は、サズにとっては恐れるような相手ではないが、今はその誰何の対象を一つ追加を 
 しなければならなかった。

 獣人。ライカントロピーである。
 月の満ちた刻限にこそ、その本性と実力を発揮する夜の世界の住人。
 今はまだ昼の日中ではあったが、彼らへと差し向けられた追っ手の中には、過去数回に渡りその獣人の
 兵士が含まれていたのだ。
 油断のできる相手ではない。しかも、そこに新たな手合いが加わってくる可能性も少なくはないのだ。

 サズが軽やかな身のこなしで地に降り立ち、剣を抜き放つ。
 手綱を握ると、彼はゆっくりと遠吠えの木霊する林道を歩き始めていた。

136 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:12:24 ID:WKFRNime

 風に運ばれ損ねた血の臭いが、獣臭と絡み合って辺りに立ち籠めている。
「思い過ごしだったな」
 硬い鍔鳴りの音を響かせてサズが剣を鞘に収め、手にしていた布切れを無造作に投げ捨てた。
「やはり、間近でこういった光景を目にするのは苦手です」
 出来る限りこの場の空気を吸わないようにと、フィニアが声を小さくして肩を震わせた。
「直接齧られるよりは、随分と良いと思うけどな」
 二人の足元には、目と口を大きく見開いて絶命した人型の生物が転がっている。
 そのすぐ隣にも同じものがあり、そいつの顔には、つい今し方サズが投げ捨てた血糊で汚れた布切れが
 張り付いていた。
 小汚いぼろを身に纏い、ばらばらの武器を手にしたコボルトたちが、今回の襲撃者の正体であった。

「にしても……」
 サズがその場を振り向く。視線の先には、小さく鼻を嘶かせる葦毛が一頭。
 八匹のコボルトの集団は、彼が五匹目切り伏せた時点で壊滅した。残る二匹が逃げだしたからだ。
 それに対するかの如く、この葦毛の馬はこの馬を離れずにいた。
 離れずに、二番目に襲い掛かってきたコボルトの鼻面を、その蹄で一撃以って見事に陥没させた。
 サズの後ろに回り身を隠していたフィニアは、その現場を目にはしていない。
 しかしサズは気付いていた。
 魔術を用いてそのコボルトを撃退する腹積もりだったので、気付かぬ筈がなかったのだ。
「いい馬だな」
「あ……はい。ですね。お利巧な上に、大人しいお馬さんです」
 少女との間に見解の相違はあったが、サズは葦毛の首筋を一撫でして、大きく頷いてみせた。
 返すまでには絶対に顔付きを覚えおくべきだ。今度は、そう思っていた。

「もう、襲ってはこないのでしょうか」
「さっきの奴らなら、来ないだろうな。林の奥の方に鉱山の一つでもあれば、他の団体が来るかもだが」
 再び馬上にあって、しかし今度はフィニアを後方の鞍に乗せて、二人は紅葉を間近に覗かせる木々の
 合間を進んでいた。
「鉱山はコボルトたちの格好の住処らしいからな。まあ、あいつらを野放しにしているような鉱山なんて
 大した収益も見込めないか、近くに働き手がいないかのどちらかだろうけど」
 フィニアが不思議そうな顔をした気配をなんとなくで感じ取り、サズは雑学を披露し続けていた。
「少し前にあった路肩の崩落跡も、あいつらが馬車でも襲ってできたのかもしれないな。ボルドの領内は
 平穏に過ぎる部分があるし、商人相手の護衛で食っている連中の中には、あの程度の魔物相手にも腰を
 抜かして逃げ出しちまう手合いもいるって話だ」
「それで、あの犬の魔物さんたちは武器を持っていたのですね」
「ん。そうだな。もっとも、手入れをするなんて感覚や知恵は持ち合わせていないから、勿体無いことに
 錆だらけのなまくら揃いなんだけどな」

 本来ならば、魔物から受ける襲撃などは百害あって一利なし、といったところだ。
 なのだが、今のサズはそれを切欠にして冒険で得てきた話をすることで、少女との間が持ってくれる
 ことが、不本意ながらも有難く感じられた。
 本当は、別に聞いてみたいことや、話をしてみたいことが山ほどあったのだが、あの店を出てから間も
 置かずにそれをするのには躊躇いがあった。
 焦る気持ちを抑え込み、サズは口調を変えずに話し続けた。

137 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:12:59 ID:WKFRNime

「ごめんなさい、サズ」
 変わらぬ調子で揺れる葦毛の背の上で、フィニアは唐突に謝罪の言葉を口にした。
 サズが小さく息を呑んだのが、彼女にははっきりと伝わってきている。
「わりぃ。喋り過ぎだったか」
 そうは言ってみても、彼は自分がどういったことを口にしていて、どれほどの間喋り続けていたのか
 よく覚えてはいなかった。
「いえ、お話はとても面白いです。聞いていると気持ちも楽になりますので、感謝しています」
 優しいとフィニアは彼のことを思った。
 そして強いのだとも。
 
 気持ちの上では、まだあの場所を離れたことを、彼女は整理し切れてはいない。
 それでも、理屈の上でなら彼のとった行動は間違ったものではないと、考えることはできた。
 目を閉じると、血に濡れた狗頭の魔物の姿が何者かと重なって浮かび上がってくる。
 その何者かは、彼女が親愛の情を寄せた人々の姿にも成り得る。
 なんの脈絡もない、子供染みた連想。
 だが、そういったことから目を背け、留まり続けていたのも確かなのだ。
 叱り飛ばしてくれる人がいなければ、彼女はずっとそこにしがみ付いていただろう。

 
「隠していることがあります」
 吐き出すような想いでそれを口にする。口にすることが、できた。
 謝罪の理由だけを、フィニアは簡潔に述べて、そこで一旦口を閉ざす。
 ぴたりと身体を合わせている青年の背中の温もりが、遠ざかってゆく気がした。
 過ぎ行く景色の速さと、馬蹄の響きだけは変わらない。
 それで幾分かは気持ちを落ち着けることができた。
「今夜、お話をさせて下さい」
 逡巡の気配を見せるサズへと伝えて、フィニアは小さく俯いた。
「俺も、お前に聞いておきたいことがあった。できればそれを先に聞かせてくれ」
「承知致しました」
 返事を返した際の口調の固さに、ちょっとした自己嫌悪を感じる。
 それでもそれ以上視線を落とすことはせずに、少女は青年の背中をきつく抱きしめた。

138 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:13:39 ID:WKFRNime

 林を抜けると斜陽の光が辺りには満ちており、吹き荒ぶ風はその冷たさを冴え渡らせていた。 
「もう少し行けば、宿場町があった筈だ。名前は……なんて言ったっけな。まあ、西への新街道沿いには
 小さな町や村が沢山あるし、全部覚えるなんて奇特な真似は俺にはできそうにないな」
「私から見れば、サズはなんでも知っているように見えるのですが」
「知っていることだけ、自信満々で話しているからなぁ」
 寒気の中であっても、葦毛の歩調は落ちてはいない。
 むしろ、風に逆らうようにして嘶きの声を発する度に、四肢の力強さを増しているようにも思える。
(暫くの間は、馬丁に無理を言ってでもこいつを借りておくか)
 気に入ってしまうと、離れることが辛くなる。
 それはわかっているのだが、もうその味を忘れることもできなくなっている。
 そのことに、サズは取り立てて戸惑いを感じることもなかった。

 あれからは魔物の類が姿を見せるようなこともなく、その道程は単調ですらあった。
 もっとも、ボルド王国の支配下にある、中央大陸西部には昔から大した量の魔物が生息していないので、
 それは取り立てて珍しいことでもなかった。
 そしてそれ故に、この国は長い歴史と安定した社会基盤を築くことができていたのだ。

 ボルドにとっての目下の外敵は魔物ではなく、東に位置するオーズロン地方を領土とする四つの中規模
 国家群――キルヴァ、アイレノス、ソルトブル、コクンヴァラドが名を連ねるオーズロン連合こそが、
 その最たる相手であった。
 今より百年以上前には、この二大勢力は幾度と無く軍勢を激突させ、互いの領土内に踏み入っては至る
 場所で戦火の渦を巻き起こしてきていた。
 そんなボルドとオーズロンの両勢力の間であっても、現在では不可侵条約が結ばれている。
 度重なる出兵による国力の疲弊と、それに伴う民の不満の噴出が形を成した小規模な反乱の頻発化が、
 過熱する領土争いに歯止めを利かせたのだ。 
 ボルドはその海に面した地形故に、隆盛であった北のムルシュ帝国からの介入を恐れ、オーズロンの
 四ヶ国は、自領土内に存在していた魔物の脅威と、連合間での喰い合いを恐れて、その講和は驚くほど
 円滑な手並みで以って締結された。

 同時に、それは中央大陸に措ける一つの時代の終焉を意味した。
 鉄と炎による争いが、弁舌と呪いを以って行われる。
 平穏という名の水面の下では、冷たい戦が繰り広げられている。
 そんな時代が、今という世の中であった。

139 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:14:12 ID:WKFRNime

 コシュという名のその町は、宿場町というだけあって流石に旅人を受け入れ慣れていた。
 町から近い街道の傍には王国兵の詰め所が置かれており、そこで兵士が宿泊客の来訪を確認し、灯りで
 以って町へそれをいち早く知らせる手筈になっているのだ。
 それも勤めの一部なのか、はたまたなにか町から見返りがあるからなのか、詰め所の兵士たちは不満な
 顔の一つ見せずに、そこを訪れたサズとフィニアを町まで案内してくれた。

 町の入り口に着く頃には、灯りを手にした出迎えの男性が待ち構えていた。
 その男性も、二言三言の世間話と旅の疲れを労う言葉を掛けてきただけで、空いている宿と酒場への
 案内を済ませると、余計なことは一切せずにその場を後にした。
 サズは以前利用したことのある宿を選び、貸し馬屋の厩舎に葦毛を預けると、早々に部屋での食事を
 摂ることにした。

 食事には、少しだけ梃子摺った。
 それというのも、サズは宿の主人に向けて、温まるスープと適当にお勧めの物を頼む、とあまり深く
 考えずに食事の注文をしてしまったからだ。
 そして供されたのが、子山羊のスパイスグリルと他数種の夕食。
「これは……まずったかな」
「が、頑張ってみます」
 テーブルの上をでかでかと占拠した大皿を前に、フィニアは思いきり身構えていた。
 頑張るといっても基本手掴みで口にする料理が殆どだったので、結局は二人がかりで肉を削ぎ落とす
 ところから始まり、その作業が終わった頃には温かかったオニオンスープも、すっかりと冷え切って
 しまっていた。
「最初から、サズのようにして食べていればよかったですね」
 自分の分は手掴みにして肉を頬張るサズを眺めて、フィニアは嘆息を洩らした。
「あんまり品のないことばかり教えても、シェリンカに文句を言われるかもしれないしなぁ」
 互いに困り顔を見せつつも、二人は料理を見事に平らげてしまっていた。
 子山羊の肉は独特の匂いを持っていたが、脂の味に深い旨みがあり、肉自体の味付けも良かった。

 それから二人は、桶に湯を頼んで体の汚れを落とした。
 それには香草を混ぜた物も付いてきた。宿の者が言うには、旅の女性客へのサービスなのだそうだ。 
「良いところですね」
 手拭いで湯を取り手足を綺麗すると、それでフィニアは一心地つけたのか、ようやく笑みをみせた。
 相変わらず、生活環境に対しては頓着が無い様子だ。
「んん……一年前に寄った時は、ここまで感じが良くもなかったけどな。感じっていうよりも、羽振りが
 いいのか。料理はケチくさかったし、詰め所の兵士にしてももっとダラダラしていたような……」
 料金が値上がりしていないことは、サズは事前に確認していた。
 金銭感覚が無くては一人旅などやっていけないので、そういったことを記憶するのは癖になっている。
「そういや最近は外を出歩いてなかったから、景気がどうとか、そういったことには随分疎くなってるな。
 ……明日は久しぶりに酒場にでも行ってみるか」
「え、本当ですか?」
「酒は飲まないし、飲ませないけどな。なにかあってから、酔っていましたじゃ話になんねえし」
「そうですか……」
「そうですよ」

 さらっと流してはみたが、実のところサズは下戸だ。
 飲みたくても飲めないのでクチなので、もう最近は飲もうとも思っていない。
 以前からアルコールに強い興味を示すフィニアを、サズは護衛の仕事に差し支えるからとの一点張りで
 退けてきている。
 フィニアはまだ十四歳で、ボルドの成人として定められた十六の齢に達してはおらず、普通に考えれば
 サズのような抗弁をせずとも、彼女が未成年なのを理由にすることはできる筈であった。
 彼もフィニアと出会って最初の頃は、それを理由に飲酒を禁じてはいた。
 しかし今は、そんな彼女に対してサズも色々と仕出かしてしまっている。
 そういった訳で、年齢的なものを盾にするのは気が引けてしまう。
 飲ませたらどうなるかは気にはならないわけでもなかったが、それでも自分が下戸なことが露見して
 しまわないかと思うと、迂闊なことは言い出せないのだ。

140 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:14:49 ID:WKFRNime

 湯を片付けて夜着へと着替えを済ませると、そこで一日の疲れが押し寄せてきた。
 旅慣れていないフィニアは当然として、サズも暫く振りのことに少々の疲れをみせている。
 このまま睡魔の手招きに従い寝台に倒れこんでしまえば、それなりに幸せだろう。
 だが二人とも椅子に腰掛けたままで、そんな気配は微塵も見せない。
 町を訪れる前、林道の中で交わしていた会話の続きを行う為であった。
「フィニア。これから、どうしたい?」
 できる限り簡潔に、サズは本題を切り出した。
「遠くに行ってしまいたいですね。もう誰からも逃げずに済むくらいに、逃げてしまって」
 矛盾を含んだ返答にも、サズは特に表情を動かすこともなかった。
 フィニアが目蓋を伏して、寂しげに笑う。
「サズと、お姉さまも一緒に。それとあのお馬さんも。私、今日一日であの子のことが大好きになって 
 しまいました。皆で仲良く、どこかで暮らしてみたいです」
 その光景を想像したのだろう。彼女の微笑みが、束の間、明るく輝く。
 そしてまたそれは、寂しげなものとなった。
「すみません」
「謝ることはないだろ。俺もそういうことを考えたことはあった。誰にだって、あるのかもしれねえし」
 サズは、彼女に言いたいことを言わしてしまいたかった。
 その上で、二人としての今後取るべき道を決めておきたかったのだ。
 いくら弱音を吐いたり悩んだところで、身の危険が迫れば、動いていかねばならないのだ。
 そういう生き方は、本当はフィニアには必要がないものかもしれないと、サズは思ってはいる。
 しかし、護衛の関係を越えて自分と行動を共にするのであれば、そうも言っていられないのだ。

「できるなら、サズとだけでも静かに暮らしてゆきたいです。お姉さまは私にベルガでの生活を望んで
 いるのでしょうが……」
「故郷を捨てるのは、辛いぞ」
 咄嗟に口が出てしまい、サズは発言を悔いた。
「そうなのでしょうね。まだ、私にはそういうことは良くわかりません。帰りたくなれば、帰ればいい
 とか、そんな話でないことだけは、わかりますが」
 望む者と望まぬ者の差だ。サズとしては、そう思える。
 不快ではないが、酷くもどかしい。
「俺はな」
 訪れた沈黙に耐え切れず、サズは息を吐いた。
「シェリンカには悪いし、ギルドの登録も抹消されるかもだが、本当にお前を攫っちまうのも悪くはない
 かなって思ってる。その気になれば、北に渡ってもいい。あそこなら、仕事に困ることもないしな」

 ムルシュ帝国がその領土の六割を占める北の大陸には、人の手が及ばぬ魔境が数多存在している。
 そこでなら、サズのような冒険者にも生活の糧とできるものはまだ多くあるのだ。
 無論、それは多大なリスクを背負ってのことだが、選択肢の一つとしてはそう悪くもない。

「こういうことは、聞きたくはないのかもだろうけどな。仮に、シェリンカたちの方が、ザギブとかいう
 司祭のおっさんとの勢力争いに負けたとする。その時は、お前はどうする」
 問われ、少女の顔が緊迫したものになる。
「……姉さまのことが気になると思います」
 フィニアの発言には、具体性というものはない。
 恐らくは、言っている本人もそれを強く感じているだろう。
「その時は、攫うからな」
「え?」
「攫われて困るなら、それなりに理由とか、やりたいことは考えておけ。俺はフィニアのことは好きでも
 なんでもおんぶ抱っこでやっていけるほど、器用でもなければ大物なわけでもないんだ。今はこれでも
 仕事の内でやっている部分もあるから、甘く見えているところだって、あるだろうしな」
 結局は自分の方が言いたいことを言ってしまうことにはなったが、サズはそれで満足したらしい。
 そのまま彼は椅子から身を離して、寝台の上へと転がった。

141 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:16:08 ID:WKFRNime

 そんなサズの行動を、フィニアは口をぽかんと開いて眺めていた。
 彼の質問に答えらしい答えを返せたとは、彼女も思ってはいなかった。
 しかしサズは、もう自分の話は仕舞いだとばかりにくつろいでしまっている。
 自然と、肩の力が抜けてゆくのがわかった。
(そういうところが、甘いのだと思うのですが)
 今日付けの授業で学ぶべき範囲の公式を、宿題にされてしまったような。
 そんな気分にフィニアはなっていた。
 確かに、甘いやり口ではあった。
 見方を変えれば、柔軟な対応とも言えるのかもしれない。
 お陰でフィニアは、気持ち的に随分と楽になることができた。
 
 サズとしてみては、本当はもう少し突っ込んだ話をしてみたいところではあった。
 幽閉の身に近かったとはいえ、彼女からベルガの内情や人間関係を聞き出すことも多少はできる筈だ。
 できるが、今は彼女を詰問したりするような真似はしたくない。
 悠長なやり方だとは思うが、互いにもう少しだけ落ち着いてからにしたかった。

「俺の質問は、今回はここまでだ。気が変わってなければ、フィニアの話を聞かせてくれ」
 ひらひらと掌を振って、サズは話を切り替える。
「気など変わりませんよ。変わるどころか、やはりきちんとお話しておかなければと思いました」
「……そっか」
 真摯な眼差しを向けてくる少女に、サズが居住まいを正してその瞳へと向き直る。
「まず、お聞きしたいのですが」
 椅子に腰掛けたまま、フィニアは問いかけてきた。 
「サズは、シェリンカお姉さまからお仕事をお受けされた時に、私のことはどのように説明されましたか」
「お姫様だって聞いたな。血筋も、王族の直系の出だとかなんとか」
「その半分は本当で、半分は嘘です」
 サズはその告白に驚きはしなかった。
 彼の頭の中では、ある男の姿が思い返されている。
(あの銀髪野郎の言っていたことに、関係があることか)
 薄闇の中に在った為、顔をはっきりと見たわけではなかったが、その男の印象は強かった。

 若干の間をおいて、フィニアが言葉を続ける。
「私が、ベルガ王ソムス・クス・イニメドの娘であることは事実です。ですが私には王位継承権どころか、
 王の娘を名乗る資格さえないのです」
「……んん?」
 サズが眉の根を寄せて、フィニアの告げてきた言葉の意味を噛み砕こうとした。
「ベルガでは、巫女として神殿入りした女性はその出自に関わらず、神殿に籍が置かれるのです」
(出家してるようなものってことか?)
「待遇としては他の巫女の方よりも良くして貰っていたとは思いますが、王族というよりは神殿に属する
 貴族のような扱いを受けていました」
「お姫様じゃないってことか」
「はい。神事に際すること以外では、血縁的に価値のない人間と言っても差し支えありません」
 悲観するような口振りではないが、熱が入った風でもなく、フィニアは淡々と自身のことを述べてゆく。
 サズは彼女の話へと、耳を傾け続けていた。
 確かに彼女が――というよりも、シェリンカが、サズに偽りの情報を与えていたということは、決して
 気持ちの良い話ではなかった。
 しかし、その件に関する事の真偽は、サズにとってはあまりにも価値の無いものだ。
 どうでもいいとまでは行かないが、それを知ったところで彼女に対する心象が悪くわけでもない。
 だから彼は、後に続くであろう話を待ち続けた。
 今という時にフィニアが話を切り出してくるには、その内容が不足していると思えたからだ。
 淡々と喋り続ける彼女の姿が、なにか大きな不安に立ち向かおうとしているように見えたからだ。

142 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:16:48 ID:WKFRNime

「ベルガの巫女が生来の縁故を失うのには、それなりの理由があります」
 来たか。サズが心の中でつぶやく。
 恐らくはその理由とやらが、彼女が自分に隠していたという事柄なのだとサズは直感した。
 フィニアの瞳からは生気が失われている。
「……血筋を残すことが、出来ないからです」
 重々しく口をついて出たのはそんな一言であった。
 
 受け取り方は、二つ考えられた。
 その片方をサズは即座に否定した。
 否定してから、辿り着く。それでなければ、目の前の少女が見る間に憔悴してゆくこともないのだと。
「子を儲けることができません」
 いつの間にか、サズは立ち上がっていた。
 声を張り上げて何事かを叫んでいた気がしたが、それは錯覚に過ぎなかった。
 立ち竦む彼の耳朶を、消え入りそうなまでに細くなってしまった少女の声が更に打ちのめす。
「私、サズと一緒にいたいです。一緒になりたいです。でも私は」
 お前がいればそれで。
 そう吐き出しかけて、一欠片の理性でそれを押し留めた。
 わかりようのない苦しみだ。
 男女の観点から見た違いもある。
 今そのことを知りえた自分と、ずっと前からそれを抱え続けてきた彼女との違いもあった。
「貴方の赤ちゃん、産めないんです」
 彼女の泣き顔をはっきりと見るのはこれが始めてのことなのだと、サズは気付かされた。
 

 次にサズが気が付いた時には、フィニアは彼の腕の中にいた。
 少しばかり、時間が経ってしまった気がする。
「フィズだ」
「――え?」
 突然の声に、フィニアは泣き腫らした瞳でサズの顔を見上げた。
「男の子ならフィズで、女の子ならサニア」
「ええと――サズ?」
「子供の名前だ。産まれたら、そう名付けるぞ」
「いえ、ですから……話、聞いていましたよね?」
「聞いてた。一言一句逃さず覚えた。朗読もできるぞ」
 フィニアが、肩に回された青年の腕をぐいっと押し退ける。 
「馬鹿ですか」
 ちょっと可愛そうな人を見る目で、そう言った。
「馬鹿って言うな。前から真剣に考えていたんだぞ」
「安直が過ぎます。それに何故、今の話からそのような話題に飛ぶのですか」
「関係のない話でもないだろ。むしろ大有りの筈だ」
 フィニアから至極もっともな指摘を飛ばされ、サズがむきになって己が発言の正当性を主張し始める。

 サズも考え無しにそんなことを言い出したわけではなかった。
 彼は彼なりに、フィニアを励ますつもりで色々と考えた。 
 ただその途中で、重すぎた議題を彼の頭脳と人生経験では処理しきれなくなっただけの話だ。 
 そして、一旦は真っ白になった頭の中で彼はこう考えた。
 ――取り敢えずは明るい話題で、なにか関連性のあることを、と。

143 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:17:22 ID:WKFRNime

 フィニアが深々とした溜息を吐く。
 その表情は、まるで聞き分けの無い子供をあやしそこねた母親のそれだ。
「納得がいくかっ! そんな話!」
 それが青年の反感を買った。どこかで見かけた反感だ。
 フィニアが息継ぎを一つとる。
「――私も納得しているわけではありませんっ!」
 溜めていた呼気と感情を吐き出して、フィニアが真っ向からそれを受け止めた。
 ちょっとお客さん、声が……と、宿の人間から苦情が飛び込んで来てもおかしくない程の喧しさだ。
 二人とも、暫くの間そういったことに気を使わずに済む環境に居たので、感覚が狂ってしまっている。
「色々と、理屈もあるのですよ!? 月の乱れがどうとか、力のある霊を憑依させたらどうとか!」
「知るか! 大体、可能か不可能かの判断なんて、気の遠くなる程の試行作業を繰り返してから答えを
 出すもんなんだよっ! それがはっきりと言えるくらい、今までの巫女は試してきたのかよ!?」
 どこかで聞き齧っていた確率論と統計学の話を盾に、サズは抗弁にも成らぬ駄々をこね始めた。
「わ、訳のわからないことをっ」
 確かに訳がわからない。
 わからないが、なんとなくその現場を想像してしまい、フィニアは耳まで顔を赤くしてしまった。
 その反応を気圧されたものと受け取って、サズが詰め寄る。
「なんでも、やるだけやってから駄目かどうかなんて決めるんだよっ。他の奴が無理でしたから、自分も
 無理ですなんてのも納得がいかねぇっ。死ぬまで繰り返して、それで駄目な時にだけ言えっ」
 危険を友として傍らに置き、刹那の駆け引きを繰り返して日々を生きてゆく冒険者の台詞とは思えない
 台詞を、彼はその唇の端から垂れ流し続けた。
「ですから、誰も納得など」
「してないなら、諦めるなっ」
 感情に任せて、無理を言う。
 それが彼女の心の堤にひびを入れた。

「でしたら」
 冷たい声。
 頭の天辺から冷水を浴びせ掛けられたかのように、サズの思考から一気に熱が引いてゆく。
 しまったと思いはしたが、遅い。
「でしたら何故、おじ様とおば様の元に留まらせてくれなかったのですか」
 口調は冷たいが、深い青色を宿した瞳は男の言動への理不尽さに燃え、白い肌からは隠しようのない
 怒気が撒き散らされている。
 一瞬、サズにはフィニアの姿が揺らいで見えた気がした。
 渦巻く感情が熱を生み出し、陽炎を従えて燃え盛っている。
 強ちそれも勘違いではないとさえ思えた。
 今更、自分も納得はしていなかった等と言える空気ではない。
 自然現象に例えるなら、それは噴火直前の火山の様相だ。
 考える必要も、抗する必要もない。転がり落ちてでも逃げ出すのが、出来うる最善の選択だろう。 
 ――謝ろう。
 それがサズの辿り着いた答えであった。
「フィニア――」
 そして、不幸であった。

 彼は冒険者で、その上、一匹狼に成らざるを得ない境遇にあった。
 それだけに、可能な限り独力で生きてゆく術には長けていた。
 それだけに、他者との意思のやり取りを行う術には不慣れであった。
 直情径行と言えば、まだ聞こえはいい。
 しかし実際は、細やかな気遣いや婉曲な言い回しといった、対人対話の能力が磨かれていないだけだ。
 それが原因で諍いを起こすと、彼は余計に人付き合いというものを避けてゆくようになっていた。
 悪循環ではあったが、流れ者に理解者など不要だと孤高を気取っている部分もあったので、そこから
 抜け出すこともできなかったし、その必要性も感じてはいなかった。

144 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:17:59 ID:WKFRNime

 一重に、今の今までサズがフィニアとの間に、それなりに巧く人間関係を構築してこれたのは、彼女が
 年下であることと、彼に向けられた気持ちに依るところが非常に大きかったお陰だ。
 サズはそんな関係をあまり深く考えずに受け入れたし、踏み入っていった。
 相性が良い。言葉を交わさずとも分かり合える仲。在りのままの自分を受け入れてくれる存在。
 ――運命の女性。
 そんなものだと、彼は思っていた。
 だから、社会的観点で彼女との関係を維持する為に色々と思案はしてみても、当のフィニアに対しては
 率直な思いをぶつけること以外の接し方は、考えようともしなかった。
 
 フィニアにも、経験不足な点はある。
 王族から離れた身とはいえ、彼女の身分はベルガの巫女――それも従姉妹であるシェリンカが勤める
 最高位の神座(かむざの)巫女に次ぐ位の、神是(かむぜの)巫女という位にあり、貴族にも比肩する
 特権階級として扱われる地位にあった。
 あったのだが、そこに様々な理由が重なり、彼女は周囲の人々から遠ざけられ、忌避されていた。
 それでも、彼女は目上の者に対しては敬意と共に礼を払うことができたし、目下の者に対しても生来の
 穏やかさと、宮中で身に付けた鷹揚さとを合わせて接することもできた。

 環境の差異は少なからずあるが、人に対する積極性が差となって顕れた結果であろう。
 サズは、数少ない人と接する機会を自ら放棄していた。
 フィニアは、それに望んで向かい合っていた。
 そんな二人の均衡は、実生活面ではサズのお陰で、交友面ではフィニアのお陰で互いに成り立っていた。
 フィニアは、サズに支えられているのを自覚していた。
 サズは――

「――」
 続く言葉が出てこない。
 素直に謝罪の言葉を告げるべきか、それとも彼女に言わせたいことを言わせるべきか。
 そんな葛藤をしていたわけでもない。
 単にサズは、慣れないこの状況に只管テンパっていた。
 フィニアの強い感情の発露を目にするのが、これが始めてというわけではない。
 まだ出会ってそう長くも経ってはいないが、彼女との間にはそれなりに色々とあった。
 喧嘩のようなものもしたと記憶している。
 ただ、そういった時にはフィニアの方からなにかを訴えかけてくる気配があったりして、サズの方から
 踏み込んでゆくだけの、間隙を埋める余裕のようなものを感じ取ることができたのだ。

 今、眼前に在る冷然とした構えを崩さぬ少女の姿からは、そんなものは微塵も感じ取れない。
 共感や、理解を求める姿勢は一切無かった。
 自身への絶対的な服従のみが求められている。
 サズには、そう映って見えた。
 舌の根が乾く。喉が焼け付く。目蓋を落とすことが、何故だか罪を犯すことのように感じられて、彼は
 浅い呼吸を恐る恐る繰り返した。
「サズ」
 少女の唇が僅かに開き、喉元が微かに揺れた。
 ああ、俺ってこんなに耳がよかったんだ――
 自らの名を呼ばれた時、サズはそんなことを考えていた。
 それ以外のことは、あまり考えたくなかった。

 つぃ、と。細い指先が、彼の顎の先端へと伸ばされてきた。
 再びその唇が形を歪ませるのが、サズには見えた。否が応でも見せ付けられた。
 聞きたくない。
 築き上げてきたと思っていたものの全てが、彼女の意思とそれを伝えてくる大気の振動だけで、脆くも
 崩れ去ってしまう。
 今更ながらに、そういった力関係であったことを彼は思い知らされた。
 一瞬本気で音封じの結界を張ろうかと思ったりもした。
 だが、それを実行するだけの非常識さも無ければ、破れかぶれになるだけの糞度胸も残されてはいない。
 動くのは、やはりフィニアの唇の方からであった。

145 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:18:32 ID:WKFRNime

「試してみましょうか」 
 フィニアの口調は変わらない。それと同様に、態度の方にも変化は見受けられない。
 サズは彼女の意図を掴みかねている。
 危惧していたような内容の言葉を浴びせ掛けられたわけではなかったが、だからといって安心もできず、
 できることと言えば彼女の二の句を待ち続けるだけ。
 少女の整った眉睫が不意に動き、苛立ちを表してきた。
 癇に障った。正にそういった感じの表情だ。
 知らずの内に、サズは呻き声を洩らし、後退りしていた。
 忌まわしき不死性を備えた屍食鬼や、恐るべき魔獣キマイラを目の前にしても、彼は人前でそんな姿を
 晒した経験はない。それなのに、冷や汗が止まらなかった。
 別に、フィニアが悪鬼羅刹の形相を浮かべていたわけでもない。
 生理的な嫌悪感や動物的な害意には、武器を手に身構え、気炎を上げて抗することはできる。
 だが、思いを寄せた女性に一睨みされたのに対し、敵意や悪意を糧に反発することなど、できはしない。
 情けないと自分自身を叱責する余裕すらなく、彼は静かな怒りを燃やす少女に圧倒されていた。
 
 そんなサズの挙措を失った態度までもが、フィニアには不満であった。
 彼の身勝手な言い草に反感を覚えて、情動に任せた立ち振る舞いをとったものの、彼の主張の正当性
 までを疑ってかかったわけではないのだ。
 サズが彼女の為を思って事の後先を決めているのはわかっている。
 ただ、その言い方とかやり方に、多少ついてゆけない時があるだけなのだ。
 既に彼女は、自らの怒りを持て余している。
 至らない我侭な自分が、いささか、ほんの少し、ちょっぴりと――鬱積していたものを発露させただけ。
 後はいつもの通りに寛大に構えた彼が、彼女を優しく叱り、抱擁を交わしてくれて、それで終わり。
 彼女の中では、それで済む筈のことであった。 
 その筈が、今日の青年ときたらどうだ。
 なにがそんなに怖いのか。なにがそんなに後ろめたいのか。
 日に焼けた肌が、鍛え込まれた四肢が、燃える彩りを映す瞳が――萎縮して、その輝きを失っている。

 身の回りの世話を侍女に任せて育ち、知り得ていた男性といえば、王侯貴族や騎士の身分にある者と、
 それに追従する者がその殆どであったフィニアにとって、サズという青年は型破りに過ぎた。
 圧倒的な個の存在。それがサズに対する、フィニアの第一印象であった。
 社会性の無さを同時に示すそれは、彼女の中にあった幼き日からの憧れの存在と重なって見えた。
 気付いた時には、既に心は彼の方を向いていた。
 その内に、その内面までもが特異であることが見えてきた。
 強さも優しさも剥き出しなのに、寂しさだけがその奥に隠れている。
 彼の情熱に肌を晒し、寂寞たる思いにふれることに、彼女は深い喜びを見出すことができた。
 
 フィニアの胸中を、憤懣やるかたない思いが駆け回る。
「わかりませんか」
 わかりませんといった感じのサズの面持ちは、心苦しさに満ちている。
 苛々が募る。そのせいで彼女の口調には刺々しさだけが加味されてゆくこととなった。
 それが青年を更に追い詰めるのだが、フィニアはそれを認識できていない。

146 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:19:04 ID:WKFRNime

 できないままに、彼女は行動を開始した。
 部屋には、三つの寝台が配されている。 
 二人部屋は改装中とのことで、そちらと同じ料金で三人部屋へと通されていたのだが、内装の類は割と
 良い造りをしていた。
 寝台も宮付きの物で、手入れが行き届いており、真っ白なシーツは清潔感に溢れている。
 腰を下ろした際に伝わってくる感触も、そう悪くは感じなかった。
 ただ、大きさだけが多少物足りない。正確には物足りないというよりも、困る気がした。

「これは、そちらに置いて下さい」 
 フィニアが寝台の足側に折り畳まれた厚手のキルトを指し示す。
「あ――ああ、わかった」
 流石にその言葉は理解できたのか、サズが彼女の指示に従う形で動いた。
 邪魔な布切れが取り除かれると、フィニアはそこに両脚を伸ばして横になる。
「んっ」
 鈍い痛みに、彼女の全身が強張る。
「フィニア?」
「――なんでもありません。それより、いつまでもそんな所にいないで、早くこちらにいらして下さい」
「え……ええっ!?」
 驚きの声を上げるサズの顔は、自然見上げる形となってフィニアの視界へと入ってきている。
 狼狽する彼の姿は珍しく、フィニアはそれを少しだけ面白く感じた。
「そ、それって」
「ですから貴方の仰るように、出来るまで試して下さいと申し上げているのです」
 フィニアとしてはもう暫くの間その光景を目にしておきたくもあったが、結局は両の足先にふれてくる
 シーツの肌寒さに負けてしまい、それは断念することにした。
「寒いのですから、早く」
 思うままに気持ちを吐き出せば、胸につかえたものはとれてゆく。
 すっとする思いと入れ替わりに、それに倍する傍寒さを覚え、フィニアは小さく身を震わせた。
  
(これって……仲直りのお誘いなのか?)
 サズは当惑していた。
 困ったので、ちらりとフィニアの顔色を覗き見た。そしてその変わりように驚く。
 先刻までの眼光の鋭さと、その内側に垣間見えていた激情とが、嘘のように鳴りを潜めてしまっている。
(わかんねえ)
 どう動くべきなのか。幾つかの選択肢が浮かびはしたが、踏ん切りが付かない。
 今でこそ、寒さに身を竦める小兎のようにして寝台の上で身体を丸めている少女だが、その変化に対し
 サズは諸手を上げて喜べる心境ではなかった。
 なかったが、このまま彼女を待たせておけば、再びその不興を買うのは火を見るよりも明らかではある。
「え、ええと……それでは、失礼します」
 口調がおかしくなるが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
 一応の確認を兼ねて、彼女の横たわる寝台に膝頭から先に踏み入ってみるが、反応らしい反応がない。
 指先を少女の身に付けていた夜着の肩紐へと伸ばす。
 普段であれば、そこで一気に詰め寄って事に及ぶところであったが、今日ばかりは彼も慎重に慎重を
 重ね、行動せざるを得なかった。

147 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:19:43 ID:WKFRNime

 フィニアの中では、一応の心の整理はついていた。
 可愛げのないやり方ではあると思ってはいたが、幸いにもサズもその気になってくれたようであったし、
 後はもう好きなだけ彼の胸の内で甘えてしまえる。
 そうなってくると、ゆっくりとしたサズの動きに身体が焦れてきた。
 色々と期待をし始めた肌の感覚が、一気に研ぎ澄まされてゆく。
 早くして欲しい。
 サズは恐る恐るといった風で彼女の傍に身を寄せてきているが、全身を支配していた怒りの熱を失った
 フィニアには、まだ人の温もりに満ちていない寝台の上の寒さを、薄手の夜着一枚で凌ぐのは、相当に
 辛いことであった。
 早くして欲しい。早く抱きしめて欲しい。早く満たして欲しい。
 先ず第一に抱擁を期待するには、彼女は青年をびびらせ過ぎていた。

「ひゃっ!?」
「!?」
 連鎖するように、二人の肩が立て続けに跳ねる。
 その感触が訪れたのは肩口だ。フィニアの肩口に、刺すような夜の気が舞い込んできていた。
 寒い。思わず彼女は夜着の肌蹴た部分に手を当てて、身を縮こまらせていた。
 拒絶とも見て取れる彼女のその動きに、サズは当惑を深めてしまう。
「……止めにするか?」
 彼は迷ったが、結局はそう口にしていた。
 フィニアも迷う。
 サズが、いつものように抱きしめてくれない。
 怒らせてしまったのだろうか。それで、仕返しに意地悪をしてきているのだろうか。
 そんな思考にフィニアは突き当たってしまったが、それにしては彼の表情は真剣そのものに見えた。
 なにかを言いかけそうになるが、それが巧く形にならない。
 サズの手が遠のいてゆく。
「さ、寒いのでっ」
 焦り、そんな言葉が彼女の唇を衝いて出た。

 寒いので、なんだと言うのだ。あれだけ冷たくしておいて、図々しくも温めて下さいと?
 心中では青年の身勝手さを謗っておいて、口を開けば自分は身勝手を言うのかと。
 指先がかじかむ。洩らす吐息が白い。見つめてくる瞳は、赤い。

「寒いので――着たままでお願いしますっ」
 良し。これなら、我侭は言っていない。大丈夫。オールオッケー。
 新たな一歩を踏み出したことには気付かずに、フィニアは夜着の裾へと己が指先を這わせてみせた。

148 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:20:15 ID:WKFRNime

 サズは、基本的にフィニアのことを可愛いと思っている。
 容姿については言うまでもなく、健気であったり、心根が優しかったり、時折強情であったり。
 彼女と同じ時を過ごした分だけ、彼の中にあるその想いは増してゆくばかりであった。
 そういった彼女に抱いていたイメージと、今この時に眼前で身を震わせて自分を誘ってくる彼女の姿は、
 あまりに掛け離れたものであった。
 少女は、薄手の絹地を指先で控えめにたくし上げ、浅い吐息と瞬きを気もそぞろに繰り返している。
 内ももと紺に染められた夜着の合間から、ちらと覗き見える白い薄物はとても刺激的だ。
 おぼえず、手が伸びていた。
 露にされていたふくらはぎから膝の裏にかけて、サズは両の掌を這い回らせる。
 それに呼応して、フィニアがぴくんと身体を震わせた。
 視線を移してみると、面持ちまでもがこれまでとは違って見える。
 緊張よりは安堵が。恥じらいよりは悦びが、そこにはっきりと表されている。
「あっ……」
「そんなに、物欲しそうな目で見るなって」
 脱がしてはいけない。掛けられた制約が、何故だか彼を燃え立たせていた。

 始めは、予め肌が露になっていた彼女の脚や首筋を責め立てていた。
 だが、反射的に手が胸元や腰の辺りにも伸びてしまう。
 約束違反かなとは思いつつも服の上からそこを愛撫してみると、思いのほか敏感な反応で返された。
 合意の上での行為に違いはないのだが、何故だか赦され難いことに及んでいる気がしてくる。
 ――別に悪いことをしているわけではない。
 そう思ってなんとか気を落ち着けようとはしたが、巧くはいかなかった。

 その奇妙な背徳感はフィニアにも伝染していたのか、行為の最中にあって二人は妙に無口であった。
 サズがその指先を少女の股の付け根へと伸ばし、ショーツの上で往復させる間も、それは変わることは
 なく、空虚なほどに広々とした室内には荒い息遣いの声だけが響き続けている。
「んっ」
 フィニアがその双眸をきつく閉じて、全身を戦慄かせた。
 しかし、それ以上の高みには中々に辿り着けない。
 夜着と下着を身につけたままで受ける愛撫はもどかしく、彼女の身体は火照るばかりだ。
「あ、あつ……」
「脱ぐか?」
 思わず声を上げた彼女に、サズが性急になって問いかけた。
「ん……どしましょ」
 奥底から沸き立つ熱に身を任せ、フィニアがサズへと反問する。
 既にその声は甘く、瞳は潤み始めている。
 サズが暫しの間、思い悩む顔を見せた。
「着たままで、いいですよ」
 いつの間にか自分の要望を相手の要望に摩り替えて、フィニアは彼の思考を中断させた。
「したそうです。サズ」
「まあ、な」
 頬を掻いて、サズはその指摘を認めた。 
「怒っておられますか?」
「いや、全然」
 唐突なその質問に、サズは即答で返した。
「本当でしょうか……」
「絡むな。俺が怒っていると思って、こんな誘い方してきたのか?」
「そういう訳ではありません。ただ……」
 フィニアが口篭る。
「――ああ」
 その様子を見て取り、サズは部屋の天井を仰ぎ見た。

149 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:20:48 ID:WKFRNime

 釣られて顔を上げたフィニアの唇に、やわらかな感触が重なってきた。
 続き、身体の方も折り重なる。手と手が、指先と指先が絡み合い、静寂が場を支配する。
「安心致しました」
 たっぷりとそれを繰り返した後の離れ際、フィニアはそうつぶやいていた。
「忘れていたってわけでもないんだが……」
 怖かったので、とは言えずにサズが語尾を濁した。
 その指は再びフィニアの秘所へと向けて伸ばされている。
「ふっ、ぁ……あ゛っ!」
 指の腹でそこを強く刺激されて、少女が背を仰け反らせた。
 円を描くその動きに、嬌声が踊る。
 布地の上からの愛撫であるにも関わらず、ぐちりとした重い水音が立てられる。
「じっとしてろよ」
 跳ねる彼女の身体を片腕で抑え込み、サズはトラウザのベルトを外して深く息を吐いた。
 外気に晒された男の象徴が、天を衝いてそそり立つ。
 ――俺はあれだけびびってたのに、お前はなんなんだ。
 萎えていてもそれはそれで大いに困ったのだが、普段と変わらず元気にしている息子を目にし、サズは
 一瞬複雑な気分に陥った。
「あ……」
 フィニアがその存在に目を奪われる。
 乱れた衣服から覗くしなやかな肢体。期待に満ちた眼差し。
 それらを前にしてサズの怒張が更に勢いを増していった。

 湿り気を帯びて重みを増したショーツへと、サズが指をかける。
「え……」
 かけられたのがいつもとは違う位置であることを気取り、フィニアは声を上げた。
「あの、そこは脱がしても宜しいのですよ?」
「いや。このままがいい」
 言うが早いかサズの指先が動き、花芯を覆い隠していたそれを横へとずらした。
「――あっ」 
 ここにきてフィニアの頬が朱色に染まった。
 ひんやりとした空気が、大切な場所を撫で上げる。
 入れ替わりで、むわっとした大量の熱気が立ち昇るのがわかってしまったからだ。
「ほかほかだ。やらしいな」
「そゆことは……んっ、口になさらないで、あ、んぅっ!」
 サズがそこに肉茎の竿の部分をぴたぴたと打ち合わせる。
「もう、挿れるぞ? 俺も温かいのは好きだからな」
 花びらと蕾の合間のぬめりと温かさを愉しんでから、フィニアの耳元でサズが宣言する。
 冷めない内に味わいたい。その気持ちは共通のものであった。
 一度目を合わせてから、番いの形を作る為に互いの身を寄せ合う。
(今日は前からか)
 不意に、サズはそんなことを考えてしまう。
 軽く浮かしてきた少女の腰を腕で支えた時、その予想は裏切られた。

150 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:21:38 ID:WKFRNime

「――ぅ」
 か細い声。フィニアの声だ。
 その内にある苦痛の響きを、サズは聞き逃さなかった。
「どっかおかしいのか」
 問うてから、思い当たる。
「さっきのも、痛かったんだな。怪我してたのか」
 先刻目にしていた、彼女が寝台の上で身体を強張らせていた姿。
 それが彼の脳裏へと浮かび上がってきていた。
「大したこと、ありませんよ。目立った怪我もしていませんし」
「診てもいないのに、勝手に決めるなって。どこが、どうしたら痛む? 傷になってたりするのか?」
 サズの声音には微かな苛立ちが見える。
 彼女の身体的な異常にも気付かず、のぼせ上がっていた自身への苛立ちだ。
 よくもまあ、毎度毎度見逃してばかりだと、自分でも感心したくなってくる。
「ごめんなさい。両脚の、太ももの辺りが少し張ってしまっていて……」
「いや、謝んなって。――そういや今日は、始めて馬に乗ったんだったな。ああ、もう迂闊過ぎたな」
 舌打ちを飛ばしかけて、彼はようやく彼女を謝らせていた原因に思い当たった。
「あー。フィニアに怒っているわけじゃない。俺がな、考え無しだったって話だ。とにかく、塗り薬は
 補充してあるから、すぐに湿布薬を作ってやる。待ってろ」

 フィニアの痛みの原因を筋肉痛だと断定して、サズは身を起こした。
 彼女は、若く健康な肉体を持っている。運動をしたその日の内に疲労による痛みが起こるのも、別段
 不思議という程のことでもない。
 ただ、甘く見ていると筋を違えたり、翌朝には痛みが増して動けなくなるということも十分に有り得る。 
 早めに処置を施し、安静にすることだ。
 そう考えて、再度湯を貰う為に部屋を出ようとしたサズの一の腕を、強い力が引きとめた。
「フィニア」
「後ほど、必ずお薬は貰います」
 振り返ってきた彼に二の句を継がせず、フィニアが首を横に振ってみせた。
 その彼女の勢いに押され、サズは視線を彷徨わせる。
「……絶対だぞ」
「はい。ですから、今は――んぅ」
 サズがお返しとばかりに少女の唇を奪い、言葉を封じる。
 舌を吸う。されるがままの口内を蹂躙して、肩をきつく抱き寄せた。
「言うこと、聞けよ」
「……はい」 
 予想外のおねだりにすっかりと息を荒くしたサズが、彼女の耳元で短く命じた。

 サズの腕の中には、背を預け、膝を抱えたフィニアの身体がある。
「やり方は、あるといえばあるしな」
 そう言ったきりで、その方法は説明せずに簡単な指示だけを与えてくるサズに、フィニアは抵抗らしい
 抵抗も見せず、言われるままになっていた。
「最初だけ膝立ちになってろよ。……うん、そうだ。始めたら、こっちに思い切り体重かけるんだぞ」
 従う。平静を保ったままで従うと、一旦は消えかけていた火照りが、ぐんぐんと増してゆく。
 望む形になってくれたことに、深い安堵感を覚える。
 彼が望むようにしてくれることに、強い喜びを感じる。
「これなら、そんなには負担もないと思うんだけどな」
 自問とも受け取れる声が、すぐ傍で聞こえてきた。
 その分どこかの誰かさんが背負い込んでくれることに、多少の負い目もあるが。
 大きく頷いて、彼女はそれを受け入れた。

151 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:22:20 ID:WKFRNime

 夜着が後ろから捲り上げられ、お尻の曲線がするりと撫で上げられる。
 身震い一つしてから、サズのしようとしていることがフィニアにも理解できた。
 背面座位。確か、本の上ではそんな名称で記されていたのを覚えている。
 図解を見て、椅子に腰掛けているみたいだと思った記憶がある。
 非常に不安定に見えたので、これではすぐに女性の方がずり落ちてしまうのでは、とも。

(実際には、落ちそうにないですね)
 腰掛けるものがアレでは、落ちたくても落ちれないのではないか。今はそう思えた。
 既に彼女の秘所には、隆起したサズの肉茎が下から押し当てられている。
 見えないことが、ほんの少しだけ怖かった。
「椅子かなにかに座るつもりで、腰下ろしてみろ」
「はい。……ふふっ」
「なに、笑ってんだ」
「いいえ。同じことを考えていたのだなあ、と」
 安堵の笑みを見せて、フィニアがゆっくりと身を沈めた。
 秘裂が、影に隠れたサズの昂ぶりを飲み込み始める。
「うっ、く……ぁあ」
 みちみちと膣壁を掻き分け、ずぶり、ぐぷりとそれが埋没してゆく。
 先に溜息を吐いたのは、どちらの方であったのか。
 中ほどまで進んだところで、フィニアが背筋を伸ばして後ろを振り向いた。
「お馬さんに乗っている時より、難しいですよ……」
 思いっきり困り顔だ。
「きついか?」
「痛くはないのですが……服の所為でしょうか?」
「俺に聞かれてもなあ」
「サズは、きつくはないのですか?」  
「体勢的には、全然。――お前、遠慮せずに体重かけてこいって」
 別のところはキツイけど、という言葉は呑み込んで、サズが少女の腰を引き寄せる腕に力を込めた。
「ぁんっ! あ、あっ、ああ゛っ!?」
「ぐっ……」
 それでサズにかかってきていた負担と、肉茎を包む快感が一気に大きくなる。
 思わず腰が後ろに引けてしまう。正座に近い格好であった姿勢が崩れる。
「う゛ぁっ、さ、さずっ」
 奥深くまで貫かれてしまったフィニアが、強すぎる刺激から逃れようと足をばたつかせて藻掻いた。

(これ、全然楽じゃないですっ) 
 脚が痛い。
 動くことを止めればそれは収まるのだが、そうすると自分の身体を抱え込んでいるサズの方に全体重が
 かかってしまう。
 繋がるのは、正直に言ってフィニアも好きだ。
 しかしそれでも好みのペース配分というものはある。
 例え濡れていたとしても、最初から全開でねじ込まれるのはサイズの関係上もあって、少々辛い。
「あ゛はっ、い゛っ! も、もすこし、ゆっくりぃ」
「わ、わりぃ」
 流石に、サズもそのことには気付いていた。
 暴れる少女の身体を支えようとしつつ、なんとか楽な体勢に移行しようと四苦八苦する。
 どう考えても一旦抜いてしまえば楽なのに、互いにそうはしようとしないところが性質が悪い。 
 そもそも、不慣れな体勢で楽をしようというのが間違いだったのであろう。
 冷静に考えれば、サズにだってそれくらいのことはすぐにわかる。

152 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:23:05 ID:WKFRNime

 揺れる金色の髪。乱れた衣服と少女の吐息。
 それらに加えて、後ろからの挿入という状況と視界。
(これ、滅茶苦茶くるな……) 
 彼は非常に興奮していた。冷静な心境には程遠い状態だ。

 性行為に限って言えば、サズは情感的なものよりも、視覚的な刺激に弱い。
 苦しげに身を捩じらせるフィニアの後姿は、視える刺激となり。
 紺に染め上げられた絹地に隠れて繋がる二人の接合部は、視えぬ刺激となって、彼の欲情を煽り立てる。
「フィニア、逃げるなって。それ以上逃げたら、後ろから襲い掛かるぞ」
「そ、そんなことを仰られても」
 命令というよりも、それは忠告に近い。
 このままでは本当に後ろから突きかかってしまい兼ねないので、彼はわざわざそれを口に出した。
 合意の上――と言うか、お誘いを受けた立場だったので、それくらいは勢いで許されそうな気もしたが
 あんまり無理をして、また怖い思いをするのも勘弁といった感じなのだ。

 ふと、フィニアがその抵抗を弱めた。
「んっ!」
 噛み締めたその声は甘い。それに続くように、肉茎を締め上げていた膣壁にも変化が現れ始めた。
「なんだかんだで、出来上がってきちまったな。もう、根元まで届いちまってるぞ」
 ご丁寧なことに、サズがそれを解説する。
「は――うぅ」
 一瞬の抵抗を見せた後、観念したとばかりにフィニアが身体を後ろへと預けてきた。
 それを全身で受け止め、サズが満足気に微笑む。
「ちょっと、いい体勢思いついた。膝下に腕通して、抱えてみろ」
「あ――は、はい。えと、こうでしょうか?」
「ばっちりだ。そのまま、脚が動かないようにしとけよ――っと!」
「え、わっ、ひゃ! あっ!?」
 フィニアの全身を浮遊感が包み、次いでちゅぽんという派手な水音と共に、喪失感が駆け抜けた。
 椅子に腰掛けていたような体勢から持ち上げられ、その身体は今やサズの両腕の内に捕らえられている。
 ほぼ、腕の力のみで少女は宙に浮かされている。結構な力技だ。
「落とすからな。そしたら、もう腕は抜いていいぞ」
 言い付けを守ってももを抱えていたフィニアの陰唇の浅い部分を、再びサズの肉茎が捉える。
「あっ……」
 今度の声からは、安堵の響きが強く滲み出ている。返事をすることは忘れてしまったようだ。
(やっぱ可愛いのは、可愛いんだよな)
 腰を落とし、シーツの上に胡坐を掻いたサズが、無言になって彼の次に取る行動を待ち受ける少女を
 見つめて、そんなことを考えた。
「さずぅ……」
「エロ可愛い、辺りが妥当かな」
「え――あ゛っ、あはぅっ!」
「うん。悪くねえ。ていうか、いいわこれ」
 初めからこうしておけばよかった。
 熱い媚肉と化した膣のぬめりと締め付け。それと蕩けきってしまったフィニアの横顔に無遠慮な形容を
 与えておいて、サズは己が思い至った交合の形にご満悦の由を見せていた。

153 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:23:39 ID:WKFRNime

 ゆさりと揺らせば、甲高く可愛らしい鳴き声が上がる。
 ぐいと突き上げれば、艶を含んだ切なげな泣き声が洩れる。
「痛くねえか?」
 フィニアの膝下には、彼女の細く華奢な腕と入れ替わりで、サズの太く逞しい腕が廻されている。
「へ、へいきで――ひぅっ! あっ、あ゛あ、いやぁっ……」
 フィニアは、何度も何度もサズの手によって持ち上げられ、尻餅を突かされている。
 突かされている先には、当然の如く彼の剛直が待ち構えている。
 彼女の声に拒絶の意思がないことを確認し、彼女の吐息に快楽の色を見て取って。
 拍子を取るように粘着質な衝突音を立てるその行為に、サズは没頭していた。
 ぺたん、ぺたんと繰り返す内にそれは押し寄せてきた。
「出るぞ、フィニア」
「あ゛っ」 
 びゅくびゅくと遠慮無しにサズが熱い精を少女の天井へと向けて迸らせた。

 萎えない。
 なんとなくそのことが、サズには予想がついていた。
「でてる、でています。ぁ……かたいです。すごい、さずの、まだ」
「できるまで、出してやる。抱ける日は、毎晩押し倒してやる。生意気言う奴にはお仕置きだ」
「おしおきですか、これっ、あっ、あふっ」
「ご褒美だってか? 服、汗でべとべとだな」
 一旦は尻餅を突かせるのを止めたのかと思いきや。
 サズは片方の手で汗ばんだフィニアの夜着の胸元を弄り、手早くボタンを外してゆく。
 潜り込んだ指先が目的の場所を捉える迄に、時間はかからなかった。
「お前のここも硬いな」 
「あ、ぬがすの――は、ぁっ」
 起立した胸の頂から、ぷっくりと膨れ上がったその周囲にかけてを執拗に捏ね繰り回され、フィニアは
 息も絶え絶えに身をくねらせる。
 もちもちとした内ももの抱え心地も中々に良かったと、サズは思う。
 が、やはり明らかな手応えを兼ね備えるその突起は、更に魅惑的な部位なのだ。
「う、うえとした一緒にするのは、ずるいですよぉ」
「ずるいの、好きだろ。どうせだ。もっとずるいことしてやるよ」
「う?」
 傾げたつもりの彼女の首は、断続的に与えられ続ける緩やかな刺激の所為で巧く動いてくれなかった。
 やっとのことで視線だけを横に逸らすと、そこにはいつの間にか開放された自分の足先がある。
 ――じゃあ、それを捕らえていた手は?
 
 答えではなく、まずはヒントがやってきた。
 下腹の辺り。しょりしょりと撫ぜられる感触が、微妙にくすぐったい。
 性的なものとは微妙に縁遠いが、それが徐々に下の方へと移動してきている。
 勘にきた。
 どろどろに熔かされてしまった思考の中で、次に自分がされることに合点がいってしまった。
「逃げるなよ」
 例え逃げたいと思っていても、この脚で、この体勢ではそれも叶わない。
 知っていて、この青年はこんなことを言うのだ。
 欲望の成せる業なのか、はたまたこの短時間でコツを掴んでしまったのか。それとも、その両方なのか。
 既にサズは腕も使わずに、下半身のバランスだけでフィニアの身体を支えてきている。
「ま、まってください」
「わかった。五秒な。一、二」
「え、えぇ!? ず、ずる――ひっ!」

154 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:24:15 ID:WKFRNime

 ずるい。しかも四秒の時点で動き始めた。  
「あっ、あ、くぅっ、や、そこは――ぁ、あ゛っ!」
 指の腹で以って、フィニアの陰核が責め上げられる。
 まだ覚えて間もないその悦びに身体の芯を揺すられて、フィニアは敢無く達してしまった。
 軽く昇りつめた分まで含めてしまえば、もう三度目の絶頂に数えられる。
「締め付け、凄いな。ぎゅるぎゅるって感じだ」
 サズが包皮と陰核の間に指を滑らせると、それが一層強いものとなる。
 堪らず彼は腰を縦に大きく動かした。
 射精したばかりだというのに、もう次なる果てが鎌首をもたげてきている。
 早いだとか、そういったことはサズにはどうだってよかった。
 今は少しでも速く、多く、フィニアの膣内へと注ぎ込んでしまいたい。
 彼女もそれを望んでいるのだと思えば、そうすることに躊躇いはなかった。
 その為には、性的な刺激は多く強いに越したことはない。

 やわらかな質感を備えた少女の髪が、噴出す熱と汗に濡れている。
 サズの大好きな髪だ。それが白いうなじへと張り付く。
 その一房を口に咥え、サズが全ての動きを加速させていった。
 視覚的なものは、もうこれ以上ないというくらいに満たされている。
 残るは、情感的なものと、直接的な類の刺激だ。
「さ、サズっ、これ以上はおかしく、おかしくなって――あ、ふ、しまい、しまいますよっ」
「ん。遠慮すんな。俺はもう十分、お前にやられてる」
 迷うことなくその後者を選んだ結果、フィニアは背を大きく仰け反らせてそれに応えてきてくれた。

 硬く尖らせた胸の小さな頂を弾かれ。蜜にふやけてしまったやわらかな豆粒を弄ばれ。
 番う僅かな合間から二人の絶頂の証を溢れさせ、フィニアが喘ぐ。 
 二度目の放出を控えたサズが、その身体をきつく抱きすくめた。
 少女が肩を小さく戦慄かせたと同時に、それは再び膣内を白く汚していった。

 上向きに放たれた奔流は、先程のそれよりも長い時をかけて荒れ狂っている。
 そんな感覚が、動きを止めて崩れ落ちた二人を支配していた。
 無論、錯覚だ。実際には量的にも時間的にも、より劣った規模でしかない。
 そう思わせた理由は、フィニアの方にあった。
 彼女の性器は、行為を終えても尚サズの肉茎を間断無く締め付け続けている。
「……湿布」
 張っておかねえと。
 ぼやけた頭でサズはそれだけをなんとか思い出し、緩慢な動作で上体を起こしていた。
「あ、あぁ……だめ、だめですっ」
 最早、身を起こす力も尽きたのか。
 フィニアが声だけで、彼のその行動を押し留めようとしてきた。
 半勃ちの肉茎が、緩やかに彼女の秘裂に押し返されてゆく。
 サズの方にはそのことが把握できていなかった。
 立て続けの射精を迎え、感覚が鈍くなってしまっていたからだ。
 だが、フィニアの訴えはなんとか理解できた。
「ちょっと、今すぐは無理そうだ。ごめんな、フィニア」
 理解は出来ても、身体がついて行ってくれない。

155 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:24:52 ID:WKFRNime

 え、と。
 サズは驚きの声を上げた。
 啜り泣く声が聞こえてきている。
「やですよぉ……寂しいですよぉ」
 ひくりと幼い蕾を綻ばせて、フィニアが切々とした喉を震わせた。
 そこから後は声にならない。
 サズには耳には、なにも届いては来ていないし、その姿の殆どは見えてもいない。
「あっ」
 一気に膨張する。嬉しげな声を耳にして、それが瞬時にして最高の昂ぶりを迎える。 
 気が付いた時には、上から乱暴に覆いかぶさっていた。
「あっ、サズっ! うれしいっ! もっと、もっとくださいっ!」
「……ああ」
 自分が一体なにをしているのか、良くはわかっていなかった。 

 湧き上がってきた想いが、サズを衝き動かす。
 それは安っぽい同情なのかも知れない。
 ただそれは彼女としか分かち合えない、希少で特異な感情なのだ。
 泣き虫の二人が嬉しさで泣けるのならば、それは得難い想いに違いはなかった。


 窓を通して差し込んで来る日差しが弱弱しい。
 曇り空が遅い目覚めに拍車を掛けたのか、単に眠りが深かったのか。
 昼過ぎになって、ようやく二人は目を覚ましていた。
「不覚だったぜ」
 やや大袈裟に、サズは溜息を吐いてみせた。
 夜を通しての行為に及んでも、彼はフィニアの手当てをすることを忘れたりはしなかった。
「外に出るのは、今日は無理そうですね」
 その彼の脚の付け根を手で優しく撫でつけながら、フィニアはくすりと微笑んでみせた。
 寝台の上に腰を下ろす二人の足元には、薬草を浸した小さな湯桶が置かれている。
 朝を迎えて、筋肉痛は当然の如くやってきた。
「しかし、見事なもんだな」
 ぴちゃりと水音を立てて広げられたそれに目を向けて、サズが感心の声を上げた。
「先生が良いですから」
 フィニアが、ぱんぱんに膨れ上がったサズの太ももへとそれを巻きつける。 
 
 仲良く一枚のキルトに包まれて、二人は起床を迎えていた。
 起きてみて、碌に動くことも叶わなかったのは、フィニアではなく、サズの方であった。
「何回、したっけ?」
 頑張り過ぎたことに後悔はなかったが、体裁は悪く感じてしまう。
「さあ。でも、灯りを消した後も、脚をずっと優しく撫でてくれていたことは、覚えていますよ」 
「すぐに寝たから、そんなに長くも撫でてないと思うけどな」
 どうやら、先に自分が寝付いてそれを延々と繰り返していたのは覚えていないらしい。
「……なんだよ。笑うなよ。そりゃあ、みっともない姿だけどよ」
「いえ、ごめんなさい。ご飯を食べたら、もう一度湿布の方をお張りさせて頂きますね」
 彼らしい行動と言い草に、フィニアはつい声を立てて笑ってしまっていた。
「いや、もう十分だ」
「だめです。腰の方がまだですから」
 きちんと、養生して貰いませんと。
 そう心の中で付け加えて、彼女は真っ白い包帯の結び目をきつく締め合わせた。

156 火と闇の 第六幕 sage 2009/01/06(火) 20:25:32 ID:WKFRNime

 ゆったりとした午後の一時が、二人の間を流れてゆく。
 二人とも、互いの汗を流す為に一糸纏わぬ姿で寝台の上に転がっている。
 うつ伏せになったサズの肩へと、細い指先が伸ばされてきた。
「置いて行かないでくださいね。私なりに、追いかけますので」
「心配しなくても、俺はそんなに速く走れねえよ」
 サズが体勢を入れ替えて、フィニアの体を吹き上げてゆく。
 吐息に揺れる髪を指で梳かす。
「フィンレッツになくても、きっと何処かにある」
「……そですね」
「諦めずに行こうぜ。何処に行っても見つからなかったら、俺がベルガにでも殴りこみかけてやる」
「その時も、ついていきますよ。道案内程度ならできますので」
「頼もしいな」
 屈託の無い笑みに、サズも釣られて笑みを覗かせていた。

 はたと、フィニアが顔を上げた。
「そう言えば――」
「ん?」
 くちづけを交わそうとしていた二人の目が見開かれて、互いに顔を見合わせた。
「名前。あれじゃだめですからね」
 にっこりと笑って、彼女は唇を重ねてきた。


〈 完 〉

157 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/06(火) 20:28:51 ID:WKFRNime
以上です
毎度の長文、申し訳ありません

158 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/06(火) 20:34:18 ID:WKFRNime
あああああああ
後半校正していないの投下してましたorz
前後がおかしいところがあります、すみませんすみません

159 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/06(火) 20:56:15 ID:38rzqm1R
GJ!

160 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/07(水) 11:59:17 ID:FPBzlisj
GJ!!
確かに欝展開だけど銀髪男の口振りを考えるに
裏というかまだ何か隠されてる事情があるといいな

そして毎度の感想であれだけどこの二人はエロいのぅ

161 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/07(水) 21:16:54 ID:K+lt2IPP
エロかった、GJ
けど女将さん達とこういう風に別れることになるとは思ってなかったので、そこは素直に凹んだ
なんか下手な血みどろダークファンタジーよりも効いた感じがする
こういう巻き込まないためにあえて酷薄に突き放すような、悲しい別離系には弱いわ自分

162 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/08(木) 07:54:22 ID:8IvYov6l
GJ

163 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 03:24:35 ID:92DgVTDo
ヨーロッパ風の世界というか文化だとして
お姫様が好きそうな食べ物ってどんなの連想する?

164 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 05:10:56 ID:9x+3qGwU
紅茶と相性のいい物

165 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 05:23:44 ID:EpGOjwrc
リアルに合わせて時代考証、とか考えない限り>164とか適当に洋菓子から選べば良いんじゃね?

時代考証考えちゃうと地獄だ。果物から選ぶしかないw
古典的と言われるミルフィーユすら19世紀後半だしな

166 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 08:51:42 ID:zLi/EIxK
そういえば戦国時代のカステラは今とはつくりと食感が違うってどこかで見たなあ。
あとアイス(というよりシャーベット?)がフランスに伝わったのは
カトリーヌ・メディチがイタリアの実家から連れてきた料理人が教えたからだと
昔読んだ英語の教科書に載ってたなあ……。
まあ氷菓子は平安時代にもあったらしいので時代考証というより立地条件が問題か。

167 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 10:06:01 ID:NOIQU+JI
紅茶、コーヒー、チョコレートなんて原材料を考えればヨーロッパから外へ向かって出て行ったからこその賜物だよな。
スパイス類もだが。

168 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 15:12:09 ID:F2JeiJ57
新保管庫って今作ってるんだっけ?


169 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 16:19:58 ID:EpGOjwrc
>28で良い筈。

まあ、>30-33の通りある意味グレーゾーンな存在なんだけど。

170 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 16:21:06 ID:EpGOjwrc
>167
アップルパイなら何とかなるが…お姫様?

171 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 16:32:08 ID:EjF5PsaA
ガイエがマヴァール年代記の作中世界で無理やりジャガイモがとれる
設定にしたことを思い出すな

172 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 16:38:50 ID:i6EeXx7l
ヨーロッパそのものを舞台にしているんじゃなくて、ヨーロッパ風なら
自分はそんなに気にしない

173 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 17:20:00 ID:zlZQ30de
現実世界を舞台に考証を正確にすればするほど、不潔だし食文化もないし、様にならないことこの上ないからな。
フィクション入れないとやってられんよ。

174 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 20:13:06 ID:Il5rfCjh
肌が汗と垢のにおいでくさい上に、立ったまま召使いの捧げ持った皿の上にうんこをする
一ヶ月に一回体をぬぐうだけの姫とかちょっとマニアックすぎるからな

175 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/10(土) 20:20:08 ID:YhZEdCRP
目を背けたい現実はうまくぼかせるのがフィクションのいいところですな
お城とドレスと天蓋付ベッド万歳

176 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/11(日) 09:38:47 ID:viIv9JI7
SS内で描写されていない部分とかは好みの想像で自己補完しちゃっているしな

しかし、wikiで読み返してみるとSSもまた違った味を感じる
作成とまとめ作業本当にありがとう

177 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/12(月) 22:10:38 ID:bByI0kMe
いぬ姫続編激しく期待中
わんわんわわーん!

178 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/12(月) 22:30:33 ID:R+6MfdIc
うるさいな

179 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/12(月) 23:49:42 ID:VGIwiBT/
わんわんわわーん!
自分も激しく期待中!

180 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/13(火) 00:29:48 ID:pbq1F4Lp
空気読まずに
オーギュストとマリーの続きが読みたい
マリーはかなりオーギュストにメロメロになってってるけどその過程が読みたい
あるいはミュリエルやナディーヌやロクサーヌやトマが読みたい
もちろんエレノールやアンヌだって読みたい
大作の後なのでいつまでも気長に待ってます

181 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/13(火) 02:16:48 ID:aMIvAVi3
姫君と見習い魔術師が好きなんだが、作者さんはどうしちゃったんだろうか…

182 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/13(火) 04:29:37 ID:ItfKdr3Z
セシリアたんとエルドに会いたい……(´;ω;)

二人のケンカップルぶりが大好きこのスレの住人になったのに…

183 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/13(火) 07:39:59 ID:7VbclGB0
続き物は未完で終わると思っていた方がいい部分があるからねえ

>>178
まあ、まったりしようぜ兄弟

184 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/14(水) 15:12:28 ID:F5g+b1rg
わりと遠慮深い気がするからな
このスレの書き手さんたちは

>183
そのかわり何年経っても続きを投下してくれると嬉しいよな
読み手のほうも我慢強いと思うし

185 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/14(水) 21:34:43 ID:tWjN0ous
続きが待ち遠しいSSだらけなのが素敵

186 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/14(水) 21:47:56 ID:j+7Yoa7P
セシリアとエルドなんてお互い恋愛感情を抱くところまですらいってないという…

187 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/15(木) 00:50:14 ID:/xlJmhtd
>>186
でもあの距離感というか独特の関係は
オリジナリティがあっていいよねえ。

188 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/15(木) 01:54:05 ID:nOhqrmYY
>>187
わかるw
くっついてほしいけど、あのもどかしい距離のままでも
あのシリーズは複線が気になるんだよな…
姉の思い人とか、エルド祖父の秘密とか

189 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/15(木) 03:48:48 ID:yu/+Zfas
>>188
禿同。ものすごく切ない結末の伏線のような気がしてしまう。セシリアの性格があんな感じだからより一層。

190 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/15(木) 22:01:01 ID:xW4XYFgF
セシリアはあの初恋未満な反応がこうたまんない訳ですよw

191 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/18(日) 00:46:02 ID:lzUODZaS
この隙にエレノールは俺のよm

192 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/18(日) 01:04:05 ID:thMgE+Fv
アラン乙

193 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/18(日) 13:55:10 ID:ekWm31lX
じゃあ俺はロアを頂いていきますね

194 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/18(日) 19:51:34 ID:szFsGLov
それじゃあ俺は優秀な爺を頂くぜ!

195 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/18(日) 23:23:23 ID:++WiOIB0
つまり、魅力的な男性キャラが描けてるという評価方法なんですね

この間にリュカは貰った

196 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/18(日) 23:38:06 ID:fFhDQKsq
ナタリーに逢いたい


197 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/19(月) 01:00:10 ID:/ufcJvAt
ナタリーには逢いたいけど漏れなくイヴァンもついてくるのが問題だw
妹に横暴だわ大して報いは受けないわあんなに読んでてぶん殴りたくなる奴は珍しい
いっちょナタリーがリベンジする話が読んでみたい気がする

198 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/19(月) 01:32:58 ID:NCv2tEOg
俺はイヴァンはギャグ要員だと思って読んでる

199 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/19(月) 22:46:44 ID:aYI0zSON
コリーヌに叱りつけられるイヴァンがみたいw

200 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/20(火) 19:31:52 ID:Wo5u8Ymw
唐突だけど、自分は続き物以外にも非常に期待しているよ
新しいSSもどんどん投下お願いします

201 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/21(水) 16:00:33 ID:xZpBWM/t
>>200
同意。大作じゃなく短編でもいいしね。

202 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/21(水) 23:37:22 ID:KwQFuA1Z
>>197
リベンジかあ
ナタリーが夫を嵌めるとか
ナタリー完全主導で最後まで終わらせるとか?

203 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/22(木) 00:04:08 ID:9L7lKZwj
>>202

リベンジ
ナタリー
ナタリー

と書いてあったせいで、目の錯覚で一瞬ベジータと読んでしまったではないか!!


204 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/22(木) 00:40:16 ID:pRwzEyxY
>>203
ふむ、戦闘民族のお姫様と科学者の人間との恋愛か
ここって汎銀河とか星間文明とかのSFはありなのか?

205 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/22(木) 00:44:25 ID:DWBul6nB
超エリートと下級戦士の差を教えて差し上げますわ。

か、勘違いなさらないでくださる!?
貴方がたを助けたわけではなくてよ。カカロットさんを倒すのは、サイヤ人の姫である私だからですわ!

頑張ってください、カカロットさん。貴方がナンバーワンです!

206 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/22(木) 01:46:57 ID:xsK8w2Kx
>>204
ありじゃない?

>>205
べジータの顔で脳内再生されるわww

207 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/22(木) 04:18:30 ID:pRwzEyxY
>>205
あ、男は悟空の方でやる?
そうすると話の筋が戦闘に固定されちゃいそうだから
男ブルマっぽい設定がいいかと思ったんだが

>>206
そこは精神力でw
スーパーサイヤ人のせいか金髪碧眼で妄想補完されたが

尻尾つけるべきかなあ
後身長低いのがコンプレックスとかはどうだろう?

208 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/22(木) 08:16:10 ID:GHtLQMPd
カカロットさんは天真爛漫な女の子で押しかけ彼氏のチチさんがいるんだ、きっと。

209 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/22(木) 18:11:04 ID:rJj0oATx
そういやチチの方は姫というかお嬢様属性あるな

210 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/22(木) 22:06:55 ID:nmWOkjVk
なんといっても王の娘ですから

211 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/23(金) 11:37:20 ID:IanwzIuK
ブルマも一応お嬢様だよね

212 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/23(金) 20:44:07 ID:zmrKVyPS
でも姫ではない

213 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/24(土) 00:55:07 ID:Erouz9or
で猿の尻尾はついたままなのか?

214 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/24(土) 01:00:33 ID:2HeLB0Or
>>213
IDにエロ
おめでとうございます。

215 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/24(土) 01:20:00 ID:ak60/D6N
そう言うあなたはIDにヘル…

216 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/24(土) 02:42:06 ID:Qw5gR+wS
地獄のお姫様→ 牛魔王の娘→ やっぱりチチ、ですねわかります。

217 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/24(土) 22:05:52 ID:tNaYluWD
犬姫様続き、の後編の前編。
次回で結。前回同様、後編ほど長くなってしまって申し訳ない。




スカトロ属性あり。愛のあるソフトSMあり。孕ませ要素少しあり。
あと一応は堕ち系です。征服されて調教とか奴隷化とか。

218 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:06:49 ID:tNaYluWD
「……怖いんです」
冷静になった今だからこそ、伝えなければならなかった。

「私、なんかもう『今まで通り』の自分でいられる自信ないです」
自分の中の張り詰めていた何かが、折れ崩れてしまったのを感じていた。
「意地張ってました。自分に嘘ついてました。…でも、だから頑張って来れたんです」
追い立てられていたからこそ、苦痛から逃げるためにも走って来れた。
怠ければ、立ち止まれば、尻に鞭がくれられたからこそ泣きながら走って来れたのだ。
なのに痛みがなくなったら。
「ロア、私どうしたらいいと思いますか? ……どうしよう」
緩んでしまった心、緊張を保てない心に、今更貴上の仮面を被り通せる自信がなくて、
それでもきゅうっとしがみつく姿には、男への揺ぎない信頼がある。
――ロアならきっと答えをくれる。自分に道を示してくれる。

「うん、そんなリュカに、実はお願いがあんだけどさ」
果たして、彼女の信望は正しかった。

「城の皆、特に女連中にさ、リュカから説明して説得してくんない?
俺ら悪い奴らじゃないですよ、悪魔じゃないです、酷いことする気ありませんって」
「え、ええ?」
「……ていうかこれ、どう見ても俺がムリヤリ犯したようにしか見えないから、
強姦じゃなくって和姦だったよって、リュカからも言って欲しいんだよ」
「それは……確かに、必要ですけど」
汗に愛液に精液に、おまけに『世界地図』との惨憺たる有り様のシーツを見て、
ちょっぴり冷や汗を掻くロアに、リュカも表情を強張らせる。
「…信じて、もらえるんでしょうか?」
というかこれ、冗談抜きで真剣な問題である。

二人の立場、この体格差、それでいて証拠隠滅のしようがないほどのこの大惨事。
自分が弁護したところで果たしてどれほど効果があるか、女としては大いに疑問なのだが。

「だいじょぶだって! 男が『強姦じゃなくて和姦だ』って言い張っても通じないけど、
女が『和姦だ』って主張したら実は逆レイプでもそれで通るって兄貴が言ってた!」
「そ……そういうものですか??」
よく分からないけれどものロアの自信満々な主張に、よく分からないなりに頷いてしまった。
どうも『逆レイプ』って単語がピンと来ないが、
しかしロアがそこまで力説するなら、きっとそうなのだろうと安心できた。

しかし理論では保証はされようも、問題はそれを実践する当人の実力。
「…で、でも無理ですよ、私が皆を説得だなんて」
「? でもリュカ、この家の女連中のトップだろ? 一応発言力は一番でかいんだろ?」
「だ、だから一応なんですよ、あくまで」
卑屈なリュカ、でも聡明なリュカ。ただでさえ後妻、それも四番目の妻であり若年の己が、
初妻時代から仕える年嵩の侍女の面々に、真に認められてるとは思ってない。

同じ女として同情はされ、憐憫は抱かれているかもしれないが、しかしそれとこれとは話は別。
二番目三番目の妻と同様、夫の独裁を抑止できずに一方的に嬲られた。
同情はできるも統治者の妻に程遠い姿は、
しかし見てきた周囲に『無力』であると、『小娘』だと思わせるには十分だ。
「私なんかが偉そうなこと言ったって、皆聴いてくれるはずないです」
世が乱れるほどに民衆は、解決できない、現状維持しかできない、無能な君主を許さない。
為政者は、統治者は、そういう意味では甘い仕事じゃないはずなのだ。
「……だって」

219 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:07:20 ID:tNaYluWD
――だって彼女に、何が出来ただろう。
悲惨を極めた篭城戦の、例によっての徹底抗戦、玉砕とかが叫ばれる中、
次第に色濃くなる敗勢、来ない援軍、折られたプライドから来る自棄、狂気、疑心暗鬼。
…味方同士での粛清に次ぐ粛清、味方なはずの兵に犯された女を他所に、
しかし押し込められ監禁されるだけで済んでいた自分に、一体何が言えるだろう?

――そうとも、何が言えるというのだ。
まだ彼女の境遇は、じわじわと陰湿かつゆっくりな分、命だけは助かるものだった。
買われて来た幼子、逆鱗に触れてしまった下女、密告を受けた槍玉の臣、
…地下の拷問部屋に連れて行かれ、帰って来なかった彼らを思うに、まだ恵まれてる。
許されるはずがない。許してもらえるわけがない。…許されちゃ駄目だ。

「だって私……わんこだもん……」

自分が一番知っていた。
一番幸せになっちゃいけないのに、一人だけ幸せになってるその浅ましさ。
奪われ、犯され、悪魔な相手の精をたっぷり注がれてしまい、
でも幸せにしか思えない、罰なはずのそれが幸福で仕方ないのが許せなかった。
こんな厚顔無恥な女が、これからも侯爵夫人面して良い訳がない。
こんな淫乱で浅ましい売女が、貴族の女として余人の上に立つべきだろうか?

「……わんこだよう」

だから『罰』して欲しかった。畜生のように浅ましいから、家畜の地位が相応しい。
実際今なら、リュカは性玩具にされ、肉便器にされても喜んだだろう。
公衆の面前での排泄や、公開出産プレイもたぶん喜んだ。
そうすることで、いかに自分が『ダメでいやらしい女』か、皆に周知してもらえるから。
軽蔑の目、呆れの目、汚物を見るような目をもって、でも正統な評価と換え、
虐げられる己に『罰』を感じ、それをもって『罪』と相殺、贖罪の快楽に酔えただろう。
そうしてそんな罰せられてるのに、快楽を感じてしまう自分に更なる呵責、
もっと激しい、もっと惨めな、もっと犬っぽくしてくれる罰を求めて――
――心も体もボロボロにしてしまう、へらへら笑いながら座り込むまで堕ちたはずだ。
典型的なドMの心理。
無力なくせに、責任感が強いせいでのドMの末路。

でも、やっぱりそれでは罰にならない。
彼女が真性のドMな以上、『償えている』という勘違いを与えて歓ばすだけ。

「そんなことないって!」
死ぬことで逃げ、辱めを受けることで楽になりたいと、思う奴ほど罰してはいけない。
楽な方へと逃げるのを許す、そういう意味では全然罰になってない。
「リュカは凄い優秀だよ、俺ヤッてて分かったもん、すっごい賢くて気配りもできるよ」
「……そっ、そそ、そんなことッ?」
ドMをこそ過酷な奴隷労働、人一倍の激務とかに置いて、社会に還元させるべき。
「わんこはわんこだけど、やれば出来るわんこだよ、ちょっと臆病なだけ」
「そんな……こと……」
『やれば出来る子だから』と甘やかされることで、ダメになってしまう弱い者がいて、
『やれば出来る子だから』と支えて貰えなければ、いつまでも踏ん切れない弱い者がいる。

リュカは。

220 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:08:10 ID:tNaYluWD
「ていうかさ、俺のお願い。なっ? リュカがそうしてくれると、俺も助かる」
「う……」
自分のためには頑張れないタイプだ。
自分に自信を持てないタイプ。
「大体お飾りっていうけどさ、だからって他に天辺で音頭取る奴がいるでもなし、
侍従に、下女に、料理女洗濯女、個別に話つけてくのも面倒だろ?」
「そ、それは……でも」
なまじ賢いからこそ、やる前から結果が見えてしまう。
心根が優しいからこそ、他人に強く出られない。
「それに号令かける奴って、必要だよ? お飾りかもしんなくても、必要なお飾り。
俺も内政に関しちゃ判子押すだけの飾りだけど、でも要らないとは思ってないぞ?」
「う……。……う?」
周りに流されやすく、枠に嵌められやすい。
お前が悪い悪いと凄い剣幕で怒鳴られると、そうかもしれないと思い込んでしまう。
「皆割と命令して欲しいもんなんだよ、特に思い切ったことする時はさ。
命令してもらえれば安心できるんだって、今のリュカがそうなみたく」
典型的なイエスマン、典型的なトップに立てないタイプ、
誰か強い人に決めてもらえないと決断できない、典型的な主体性なしで。

「それに皆、そこまでお前のこと嫌ってなかったよ?」
「…え?」

でもだからこそ、主人によってどこまでも化ける、使い手次第の人材だ。
小物に使われれば小物並、大物に使われれば大物並に、白くも黒くも如何様にも染まる。
利発で、義理堅くて、責任感も強いから、補佐官としては非常に優秀だ。

「あちこちで言われてたってか、直訴に来た女連中まで居たみたいだもん。
『もうやめてあげてください』、『どうかそっとしておいて上げてください』って」
「…う、うそ…………ほん、とう、に?」

常に他人の顔色を伺う卑屈な女だが、だからこそ空気を読めて、地雷も避けれる。
八方美人で自己顕示に乏しく、だからこそ和の才、相手の顔を立てられる。
およそ欲しがり望みねだるをしないが、譲歩や気配りたるや一級品、
己に自信がないからこそ、相手の長所を見つけられ、心の底から褒められる。
優れていれば良いわけではない。強気で果断なら良いわけではない。
むしろ劣って弱々しくこそ、優越感からの同情や信望、強者の保護欲とて勝ち取れる。

「だから頑張ろう、頑張ろうリュカ! 生まれ変わって新しい自分になるんだっ!」
「わっ、わうううっ、わううううう!?」
かわいー、とばかりにロアがくしゃくしゃ撫でるので、
彼女の頭はガクガクと揺れ、まるでどこかの新興宗教の洗脳儀式みたいで。
「頑張れる、頑張れるよ! …っていうか――」
でも実際、
「――頑張れねーなら追放だろ? 協力してくれないなら軟禁か処刑だよ」
「!!」
洗脳なのだ。

戦場に、人の生き死にの場に立つ以上、おちゃらけてはいけない時がある。
むしろ普段からおちゃらけて、フレンドリーにしていればこそ、
そういう時に自分が真剣になることが、どれだけ兵の心を引き締めるか知っている。
将の動揺は兵の動揺、戦場での迷いは命取り。
男は『英雄』なんかではないけれど、それでも『英雄のフリ』なら誰よりも上手だ。


221 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:08:38 ID:tNaYluWD
――この目で見られるのが好きだった。可愛いロアも好きだがそれ以上に。
「ご主人様命令、聞けないのか?」
――この声で囁かれるのが好きだった。昨夜の激しい、暴力的な交合を思い出す。
本能的にひれ伏したくなる、圧倒的なまでの威圧と覇気に、リュカの花弁がじわりと湿り、
「…なんだ、やっぱりダメわんこだな」
そうして人を小馬鹿にしたような、鼻で笑ったやっすい挑発。

『やって来い』と示された先には、およそ越えれそうにない大山脈。
言われたのは『風船爆弾でイージス艦沈めて来い』とか、
『背丈ほどもあるマウンテンカキ氷を完食しろ』とか、それくらい無茶な命令だ。
それに名犬リュカが持ち前の聡明さと思慮深さでもって、
冷静に計算、勝率を予測、対費用効果や時間効率に、可不可の判定を下す前に――

「でっ、できるもん! ダメわんこじゃないッ!!」

――実に犬っぽい脊髄反射、やっすい挑発なのに乗ってしまった。

だってここまで挑発されては夢は家畜、雌犬を自負する女として黙ってられない。
ドMのプライドに火だってつく。
ナメんなご主人様、ナメんなよご主人様、見てやがれご主人様、ドMナメんな!
私はやるぜ、私はやるぜ、私はやる――
「んうッ!?」
にいーっと笑ったご主人様に唇を塞がれ、しかし憤慨のわんこは意を挫かれた。

思わず身を捩って逃げようとするが、今回は唇だけではない。
(あっ)
きゅむ、と乳房に手が置かれ、そのままたぷたぷと水風船のように弄ばれる。
頭なでなで、お尻もみもみと似た気持ちよさに、思わず『はふ…』となりかけた所で、
(ひう!?)
ピーンと先端についた輪っかを弾かれ、広がる甘い痺れに硬直した。
更にはそんな、痺れの発生源を揉み潰すかのごとく、
太くゴワゴワした指の腹で摘んで、きゅきゅきゅと擦ったり引っ張ったりするのだ。
(や、や…)
そうして痺れが苦痛に変わる寸前で、ぱっと指を離すと、またたぷたぷする。
緩く甘い快楽に安堵すると同時に、ジンジンする乳首をまた意地悪して欲しくなり、
そうしている間にもちゅくちゅくちゅくちゅく、熱い口付けは止む気配がない。

「は、くぅ…」
唇を離される頃には、沸騰した激昂はすっかり緩い熱へと変わっていた。
「リュカは偉いな、いいわんこ」
熱を帯びた言葉で囁かれて、またすぐ熱い口付けをされる。
萎えていた股間のぶら下がりが、気がつけばぐいぐいと鎌首を押し付け、
彼女のぬめった腹の上をずるんと滑ると、
雄々しく垂直に天を指し、同時にぴたぴたと女の腹に、熱く重たく寄り添った。

(あ……)
自分の鳩尾近くまであるその大きさにぞくっとして、そうして不意に理解する。
(……私、もう駄目だ……)
離れた唇から熱い息を吐き、けどまた塞がれながらそう思う。
(……もう駄目だ絶対……)
乳首をつねられ、輪を弾かれ、むにむに揉みしだかれながらそう思う。


222 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:09:09 ID:tNaYluWD
「……上手く出来なくても、怒らない?」
何度目かの口付けの果て、対面というよりは横抱きにされながらそう尋ねる。
「当たり前だろ? 俺が責任取る」
そう言いながら唇を押し付けられ、でもリュカの目の色が明らかに変わる。
ご主人様には迷惑かけられない。
ご主人様の不利益になることは、絶対にできない、させられない。
「…私、悪女ですね」
そんな泣きながらの言い聞かせが、けれどロアへの答えになった。

――戦犯だけど、でも責任ある死も、今の地位の破棄も選ばないことに決めた。
皆から同情されているのを良いことに、同じく被害者なのを良いことに、
どうすれば己の発言を通せるか、人の良心に訴えかけられるかを考えだした。
今まで培ってきた『毒にも薬にもならない』との信用を使えば、どこまで人を欺けそうか。
『無力』『無害』との印象を使えば、誰の同情なら取り付けられそうか。

何一つ変わっていないリュカの内部で、それでも何かがガラリと変わる。
能力、知識、経験は不変、でもその矢印の向きだけが、カタリと今までと真逆を向く。

「でも、リュカ、俺が好きだからそうしてくれんだろ? 大好きだからそうしてくれんだろ?」
無抵抗を選んでいた瞳に意思が宿り、専守防衛だった瞳に攻撃的な光が宿る、
それを見て満足そうに頷くと、ロアはリュカの鼻先に人差し指を置く。
「ありがとな」
「ん…」
くすぐったそうに笑う少女を見て、少年も思わずつられて笑った。

 それでも男は分かっていない。
 自分がどれだけの怪物を生み、どれほどの強駒を手に入れたのか。

「ほら、来いよ」
ふいにリュカから身を離したロアが、どっかりと壁面に寄りかかり、大きくこっちへと手を伸ばす。
「頑張るって決めたご褒美、前払いでやるからさ」
「あ……」
そのご褒美という言葉に惹かれるがままに、リュカはそっちに向かおうとして、

――かくかくかくかく。

「…た、立てない、立てないですよやっぱりぃ」
笑って力が入らない足腰に、やっぱり泣きそうな声で見上げてしまった。
だらしなく愛液を内股に垂らし、四つん這いでぷるぷるするその姿に、
「しょーがねーなー」
といいつつも非常に嬉しそうに、男が後ろからその腰を掴む。
「あ、んあ……」
二本の腕に簡単に空中に浮かばされる感触に、やっぱりドキッとするらしい。
そのまま胡坐の上に抱き寄せられて、背後から先端をあてがわれ、
「はう、はう……」
位置を確かめ角度を合わせるように、ぬぷぬぷと浅く往復する太い感触、
待ちきれないとばかりにハッハッと淫らな息を吐いて。
「あっ」
ちょっとロアの力が抜けて、ずぶっと腰が沈む。
「ふあっ、はっ」
更に腕の力が抜かれて、一番太い部分が入り口部分を越えてしまう。
「ああああああん!!」
そこで一気に手を離された。

223 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:09:37 ID:tNaYluWD
なにぶん太さが太さなので、一気に奥までは貫かれなかったものの、
でもぬぶぶぶぶぶぶと重く沈む感触は、
これはこれで凄い挿入感と陵辱感、開ける新世界に歓喜が洩れる。

「ん……はぁん」
凶悪な肉槍に貫かれてるのに、虚空を見上げる瞳に宿るは、もう陶然と安堵だけ。
そんな彼女を満足げに撫で回しつつ、改めての素敵な一体感に、ロアが素直な感想を洩らした。
「っあー、この体位もいいなー…」
対面ではなく背面の座位、後ろから抱きかかえる格好での結合なのだが、
「なんかあんまり深過ぎないってか、これも優しく入る感じで悪くないよな?」
「うっ、うん、これ好き、好きぃ……」
リュカの大きなお尻に邪魔されるせいか、危惧していたほど深くは抉らない。
むしろいい具合に柔らかく奥まで挿入された、そのフィット感に二人とも軽く息を吐く。

「そもそもお前、挿れられただけでまだ動いてもないのに感じすぎ」
「だ、だって」
ちっこくて白くて可愛いらしい女が、でかくてゴツくて褐色な自分の上に、
ちょこんと座ってひゅんひゅんしてしまってるのは、なかなかに素敵な絶景で。
「凄いんだもん、あそこぐぼって、ぐばって。入って来る時広がって、みちみちって……はふ」
要約すると『おっきいおちんちん大好き』と言ってくれる彼女を、
ロアはまた幸せな気持ちになって、ぎゅーっと覆い被さるみたく抱きしめた。

「しっかし最初は『うえー』って思ったけど、慣れれば結構悪くないな」
「ひゃっ?」
背後から双丘を鷲づかみにしてたぷたぷすると、ちりちり指の間から輪が揺れる。
「本当に家畜みたいってか、乳の出良さそうだよなー、なんか」
「ろ、ロアあぁ!? くうっ!」
その言い草に上がった抗議するような声も、両方の突起を同時に摘まれては止まる。
「だって、ほら」
「はっ? あっ、ああっ」
ギシギシと寝台のクッションを弾ませてやると、ふるんふるんとその乳房が揺れ、
「こうやって揺すられっと、パタパタぱたぱた、ピンピンしちゃってさ」
「やあっ、やあぁんッ」
ずぷッ、ずぷッという膣壁への抽送に、リュカはいやいやするように首を振る。
パタパタ揺れてしまう三つの輪は、確かに彼女の目にもいやらしかった。

「花芽もギンギンに勃起しちゃって、うんいい眺めだよ、感じてんのすぐ分かるもんな」
「やだ、イク、イッちゃう!」
ズンズンと脳に響くように突かれながらの、片方には愛情たっぷりの乳首コリコリ、
他方では意地悪く陰核をきゅむきゅむ、三点への同時攻撃に、リュカがあっさり悲鳴を上げる。
無論その声を聞いたロアが、効果的なこの攻め手を止めるはずもなく。

「ほら、可愛いよ。火傷の痕だって可愛いよ。擦られるとくすぐったいんだろ? な?」
「ぅ、はぅん…」
見られるのが嫌だった左脇腹と右肩下の火傷痕も、でも触られると気持ちいい。
乾いたかさぶたをカリカリされるみたく、淡い刺激がくすぐったい。
「ゼンシンセーカンタイだな、ほんっとゼンシンセーカンタイだね」
「イク…イクの……気持ちいい……きもちいいよぉ…」
全ての自信が打ち崩された跡に、そうやって新しい自信が建っていく。


224 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:09:55 ID:tNaYluWD
「あうっ、あッ、……んんんんん゙ん゙ッ!」
だから脳内麻薬の過剰分泌、
ジンジンとした刺激を乳首と陰核に、体内の男を締め付けつつ、実に気持ちよく達してしまった。
久々の軽めな絶頂だが、そうして見てみればこれも悪くない、
軽めで余裕が残ってるからこそ、隅々まで十二分に愉しむことが出来た。
「はぁっ……はあん……はあぁん……っ」
ご主人様から貰えた幸せを、一片だって洩らし逃したくなくて、
実に意地汚くも食いしん坊に、駆け巡る絶頂を心身を駆使して受け止める。
まるで床に零れたスープまで舐めちゃうようなはしたなさだが、
でも横でご主人様が笑って撫でて、『偉いね』と褒めてくれるのなら何も問題はない。

「リュカ、だからイキ過ぎだって、ホントすぐイクなお前」
「……だ、だって、だって」
肩横から顔を覗かせての、からかうような少年の言葉に、少女は必死に言い訳する。
「ま、前はこんなじゃなかった……ロアが相手だから、…ですよ」
そうして彼女自身、本当にどうしてなのかと思う。
亡夫とロアと、されたこと自体は同じく意地悪で陵辱なのに、どうしてここまでと考えかけて、
でも即座に首を振った。
――ううん、違う。全然違う。あんなのと同じに扱うのは、ロアに対して失礼だ。

「ロアに抱っこされるだけで頭じーんってなって、コンコンされるとあそこきゅんってなって…」
「…えっろいなぁお前」
酷薄で冷たくて理不尽な意地悪と、優しくて暖かくて愛情たっぷりの意地悪。
同じだけど違う、身に味わってみれば全然違う。

喪も明けぬ前から敵国の若い将軍に身体を開いてる自分は、きっと淫売なんだと思う。
死んだ人間を、それでも夫だった人間を嘲笑う自分は、きっと毒婦なんだと思う。
……でも、それでもやっぱり憎悪してたのだ。
憎んでいた、恨んでいた、好きなんかじゃなかった本心と向き合う。
それが新しき主への彼女なりの忠誠の示し方であり、『犬』な自分の受け入れだった。


確かに英雄だった。無能どころか極めて有能、暴君ではあったが暗君ではなかった。
盲従や狂信者を生むのも無理はない、奇跡的な戦績と采配の数々は、
確かに修羅の化身であり、小娘であるリュカの目から見ても生ける軍神だったと思う。
……でもそれだけだ。
ただ強いだけ、ただ優秀なだけ、ただ万の農兵を手足のように操れただけ。

散々殴る蹴るされ、罵られて来た身だから分かる。
あの人はたぶん人間が、人類という愚かな生き物のことが心の底から大嫌いだった。
だからこそ美しいものに嘲笑い、綺麗なものを穢したがった。
終始一貫はしていたし、信条は覆さず決然としていた、その点はある意味潔かった。
よって同じように『人が憎くて仕方がない者達』に心酔され、
悪のカリスマ、絶対的な独裁者として、辺境領という半閉鎖社会に君臨できた。

でもその結果が、いざ見てみればどうだ。


225 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:10:15 ID:tNaYluWD
「ロア、ろあ……」
自分に逆らう可能性、下克上の芽を全部潰して来れたからこそ、
ここまで付け入る余地なき完璧な覇権を作り上げ――でも後進は全く育たなかった。
「だいすき、だいすき……」
愛国心や皇帝への忠誠、宗教や血縁なんてものに惑わされなかったせいで、
でもだからこそ一代の梟雄止まり、圧倒の栄華もただの一代で止まってしまった。
「ひゃ…わぅ、わううぅ……」
可哀想なお爺ちゃん、可哀想な軍神様と、だから悪女はせせら笑う。
どこまでもたった一人で生き、たった一人で死んだ猛将を、心の底から蔑視する。
「んうっ、んっ、ふ…」
そうしてロアにはスリスリと擦り寄り、犬のように媚びては身を預ける。

教養でも政才でも軍才でも劣ろうと、リュカは、女は、彼が好き。
粗野でチンピラで野獣でも、優しい優しい、泰然と王道を往く虎さんが好き。
だからもっと使って欲しくて、全部を貰って喜んで欲しくて――

「んっ、あっ…?」
「? どした?」
練った唾液を零しながら、満ち足りた金眼と見開かれた碧眼が見つめ合う。
「……ぁ、……ぅ」
喉まで出掛かった言葉を持て余すように、一瞬尻込みし逡巡する様子を見せたものの、
息を吐くように出掛かっていた言葉を、結局リュカはするりと吐いた。

「…お、おしっこ」


「………」「………」
暖かな陽射しの差し込む室内を、束の間の沈黙が支配した。

「……おしっこ?」
「……う」
毒気を抜かれたかのような確かめの問いに、ぴくんと少女が畏れに震える。
乞うとも期待するとも目に映る、怖がり甘えた雌犬の姿。
「へー…」
それを腕の中に抱いてしまっては、虎も正気ではいられない。

「…また漏らしそうなんだ、よーするに?」
「やうッ!?」
ずん、と強く大きく突かれて、びくんと少女の身体が震える。
「一晩に二回お漏らしとかさ」
「あ、あああぁっ?」
囁かれながら両腿を掴まれ、ずるずると入り口近くまで引き上げられ、
「子供でもしねえよな? …19歳のすることじゃねえよなー?」
「うぁああああんッ!」
ぐちんと奥まで押し込まれる、根元まで深々と埋め込まれた。
「は……あ……」
「しないよな? リュカはそんなはしたないことしないよな?」
意地悪く肩越しに囁かれ、つんつんと指先で膨張した陰核を突っつかれる。
尿意はぞわぞわと背筋を這い上がり、ぴくぴくと尿道口が痙攣する。


226 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:10:35 ID:tNaYluWD
……これが並のドMなら、認めた上で素直におもらしプレイに入っていただろう。
だが流石に一級ドMたるリュカは格が違った。

「……も、漏らさないもん……」
「お?」
反抗。
「…漏らしません、漏らしませんから」
ご主人様を怒らせる反抗。意にそぐわない生意気な態度。
「昨日はお漏らししちゃいましたけど、今日は絶対漏らさないんですからね!」
ただその目と声の震えを見れば、意図はすぐに読めただろう。

「へぇ」
くっ、と大きく、金色の獣眼が見開かれる。
「言うなぁお前」
――ああ、目の前になんだか面白い獲物がいるぞ。
――なんだか生意気な奴がいるぞ。
ちょろちょろ動くオモチャを前に、前足でのパシパシを止められないがごとく、
嗜虐心全開の双眸が、残酷にも喜悦満面で見開かれ、
「……ぁぅ」
それだけで達してしまえるくらい、リュカも興奮してしまった。

リュカは賢いわんこである。
おとなしく恭順を選ぶよりも、あっさりと無抵抗を選ぶよりも、
逆らって逆らって、抵抗して抵抗して、力の限りの反抗の果て、でもその上から叩き潰される、
――その方がずっと快感なのを、身に染みて感じ分かってしまった。
情けなくて悔しくて、惨めな敗北感と屈服感に、
――でもおかしくなるくらい気持ちいい、ぐちゃぐちゃになれるのを分かっていた。
それをもう学習して、もう味を占めた。
そうして優れたドMであり、一を聞いて十を知れ、百を思えるドMである。
その方がロアに愉しんでもらえ、喜んでもらえるのを察している。
生きが良いのがご主人様的には大好物と、それを弁えていたから媚びなかった。
歯ごたえのない己の非力を、せめて揉み応えのある歓楽に変えようと、
怖いけど一生懸命尻を突き出し、威嚇して誘って、猫さんの興奮を更に煽る。

「そうだな、リュカは賢いわんこだもんな!」
「あっ、やっ、はッ」
おかげでギシギシ、寝台が軋む。
「厠所でおしっこできるよな、床や部屋ん中でちーちーしちゃったりしねーよな」
「うあっ、うああっ!」
ギッシ、ギッシと激しい軋みに、身体が揺さぶられて上下する。
「ちょーっとイッちまったぐらいで、別に漏らしたりしないよな!」
「ゃっ、やああっ、やああん!」
ギシギシギシギシ、木枠の悲鳴にガクンガクンと少女が揺れる。

がっちりと腰を固定され、まるで剛直を扱く肉筒みたく、道具みたいに使われる。
ぐぽぐぽ膣肉を引き摺り回される快楽に、ぱんぱんと肉がぶつかる音、
ずるるると入り口近くまで掻き出されたかと思いきや、ぐぼっと奥まで強く押し広げられ、
どすんと先端が最奥に当たる、…でもその乱暴さがいい。ちょっぴり辛いくらいの強さがいい。
「はひ、はひ、ひあっ、ひはっ」
奥を叩かれる都度圧迫される横隔膜に、必死で口を開けて空気を逃がす。


227 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:10:57 ID:tNaYluWD
上下にガクガク揺すられるせいで、上気した肌からはぽたぽた小さく汗が飛び、
揺れる双丘の頂点と股間では、ぱたぱた小さなリングが揺れて、
「あっ、くるっ、いくっ、イクッ!」
膀胱の痙攣、股間に集まったお漏らしの予感に天を仰いで待ち構――

――えていたのにピタリと動きが静止した。

「………う」
最高のタイミングを伺っていたわんこには、一瞬何が起こったか理解できず、
「…あうっ!」
しかし事態の把握に及び、哀しみさえ滲ませた抗議と共に背中を主へと擦り付けた。
百の言葉を尽くしても伝え切れない、切羽詰った想いと欲望。
ここに来てこの『おあずけ』は酷すぎる、早く最後の一押しをして欲しい。。
おかしくして欲しい。ダメにして欲しい。突き飛ばして、狂わせて、犯して汚してバラバラにして。

そう願いながら顧みた瞳に、けれど硬直したロアの瞳が映り込んだ。
「…やっべ」

 こぷこぷ、こぷこぷ銀杯を両手に、リュカはたくさん水分を補給してしまった。
 がぶがぶ、がぶがぶ水差しをラッパ飲みに、ロアもたくさん水分を補給してしまった。

「…俺も出そう」
静まり返った二人の世界に、一言は妙に鮮明に響き渡った。
抗議の哀しみも止まってしまう。
相手の何が出そうなのか、それだけで分かってしまうリュカの賢さが悲劇であり、
というか合わせてしまった相手の瞳に、すっかり捕われて動けない。
「はくっ」
ぐいっと押し込まれた先端部、反り返った先っぽが彼女の奥を押すのに及び、
ようやく自分が追い詰められていたのを、瀬戸際だったのを思い出す。
「ふぁああッ?!」
その状態からの続けてのぶるっという男の身震いに、危うく達しそうになりかける、
…それだけで甘い痺れがじくじくと、大量の脳汁を分泌させた。
虎さんの身体は、子犬のそれと比べてとても大きい。
同じ尿意に身を震わせるのでも、子犬のぷるぷるとでは到底スケールが比較にならない。
「……出していい?」

 どこまで一緒に行けるんだろう。
 どこまで一つになれるのか、どこまで二人で近づけるのか。

ブレーキをかけられそうな常識が、どこにもないのが不幸だった。
「……出していい?」
「……ッ」
『出したい』という大きな弟、年下なご主人様の甘えた声が問題であり、
相手の女の子が嫌がりもせず、怒り出しもしないのも問題だった。
そもそも第一に抜きたくないし、抜かれたくない。離れたくないし、離れたくない。
あったかいし、ピッタリだし、幸せだし、大好きだし。
「……出す」


228 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:11:19 ID:tNaYluWD

 ちっちゃな彼女とは比べ物にならない、おっきな身体、おっきな性器。

「やあああああぁ!!」
背筋をピンと反り返らせ、それを引き金に達してしまった。
膣奥を叩く熱い迸りは、薄くて粘りはないとはいえ、それでも射精に酷似している。
ジュッ、ジュッと、おぼろげに奥に当たるあの感覚に、広がる熱。
「ひゃっ、あああっ!?」
呼応するようにぷしゃっと、彼女の股間からも薄黄色の液体が弾け出た。
痙攣と浮遊感に包まれた下半身から、背後から抱きかかえられるままにぴうっ、ぴうっと、
イヤイヤする彼女とは裏腹に、綺麗な放物線を描いて虚空に飛沫く。
それを見て、そうして間違いなく背後から見られて。
背後に感じるロアの安堵、吐息とぶるぶるっという震えがまた、悦楽の電撃で脳を撃つ。
「ふああっ、ふああああっ!」

身体の中でおしっこをされてるのに気持ちいい。
二人で一緒に漏らしてしまって、ぐしょぐしょのびちゃびちゃなのにあったかい。
変なのだ。明らかにおかしい。
でも止まれない。
ぐちょぐちょのずるずるになっていくのに止まれない。
後戻りできないのに止まれない。
……後戻りできない『のが』気持ちいい。
男なしじゃ生きられない、ロアなしじゃ生きられなくされてるのを分かってて、
でも心を許し、弱さを出し、混ぜてはいけないものを混ぜる倒錯に、少女は歓喜の悲鳴を上げる。

そうして放尿も止む気配がない。
「ふ、ふあ」
リュカの方は例によっての、剛直に尿道が圧迫されるが故の刻み刻みだったが、
ロアの方はロアの方で、剛直が屹立してしまうが故の断続だ。
…朝勃ちが収まらぬままの放尿が、しかし意外と大変だという、男にだけは分かる苦労。
「うあっ、うああっ」
朝一番というにはやや時間帯が遅いものの、
しかし今までひたすら精優先だったが故に、一度通路を確保したが最後止まらない。
リュカと違って昨夜は出せてなかったことも、地味に量を増やしてる。

「ふいっ、ふいいっ」
……おかげで、また来てしまう。
終わらない放尿を擬似的な射精と錯覚した子宮が、きゅうっと切なげに収縮する。
好きな男の子に、強い雄に、激しく射精されるのにも似た錯覚が、
敏感になった少女の本能を刺激して、生理的な反応で女の肉体を昂ぶらせてしまい、
「んあああ゙あ゙ッ?!」
そんな中だってのに更にぐりっと、カチコチの両乳首を背後から痛いくらいに摘み潰された。

「あ゙……あ……」
痛い、でも、その何倍もの快感がビリビリっと、電流を流されたみたく全身に走る。
「……肉便器」
「ッ!!」
囁かれた声に、怖いくらいのぞわぞわが、背筋を、脳内を駆け巡った。
「リュカ、気持ちいいよ。リュカの犬まんこ気持ちいいよ」
「あ……や……」
ぐりぐりと容赦なく、太く荒れた指の腹で乳首を挟まれすり潰される。
それなのに下からはジュッ、ジュッ、熱い液体に穿たれる。


229 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:11:54 ID:tNaYluWD
「リュカの肉マンコにションベンとか、世界で最高の便器だよ」
「やぁ……やああぁぁぁ……」
そして摘み潰しから解放されたかと思ったら、
乳首につけられた家畜の輪っかに、指を通されて引っ張られた。
「愛してるよ」
軽く微かな痛痒と共に、でも確かなGが掛かり、乳房の先端がやや斜め上を向く。
「愛してるよ」
その引力に、乳首が堪らなく切なくなる。
「愛してる」
「くゥっ…」
愛されておっぱいをオモチャにされてる、その事実自体に興奮する。

「……ぁ」
そう、初めて興奮した。
汚猥で普通じゃなくなってしまった、かつては嘆き悲しんだ蓄獣の肉体を、
でも『ロアに弄ばれてオモチャにされる』、
それを通して初めて心から興奮できた、なんていやらしいんだろうと感動できた。
こんなに淫靡になれる自らの身体を誇りに思う。
強すぎるロアの獣欲を、こんなにも受け止められるのを誇らしく思う。
「かわいいよリュカ。お漏らししちゃって、ションベン出されて、
なのに気持ちよくなっちゃってる淫乱わんこかわいいよ」
「………ひぐ」
だからなんて言えばいいのかは分かってる。
どうすればご主人様に喜んでもらえ、どうすれば気持ちよくなれるか分かってる。
「家畜な変態リュカかわいいよ」

「ひぐッ!」
「おしっこでイグッ! おしっこざれてるのに二回もイッぢゃう!!」
「イグッ、乳首イグッ、ひグッ、ひぐうううウウッッ!!!」

…飲み込めぬ唾にごろごろと呂律を濁らせつつ、力の限りに絶頂した。
より淫らに、より卑しく、ご主人様に喜んでもらおうと自ら願ってのその痴態は、
彼女の熱意と努力もあって、実に見事な結実を得た。
「ひぐ……いぐのおぉぉ……」
もう誰も今の彼女を帝国貴族、貴上の女性だなんて思わない。
「…あ……ちくび……ちくびぃ…」
激震に脳裏をチカチカさせながら、でもふるんと引力から解放された乳房、
切なかった乳首を再度ぎゅうっと摘んでもらえば、悦楽にだらしない笑みも浮かべた。
達してる最中だというのに、乳首をいじめてもらって歓んでしまう。
幼めで可愛らしい素の仕草が、またそんな淫靡さを何倍にも高め増幅する。

「ひあっ?」
そうしてじゅぱんと、尿まみれで池めいてしまった膣内を剛直が大きく行き来した。
「あっ、や、だめ!」
肉棒というよりは肉柱と呼ぶべき、凶悪な太さの剛直だ。
「ふあっ、ゔああっ!」
張り出した雁に液体は見る見る排水され、すぐに膣壁が絡みだす。
数往復もしない内に、引っかかり掻き出されるのは尿水でなく膣肉になり始めた。
「やだ、来ちゃう! また気持ちよぐなっぢゃう!」
ごりごりと膣壁を擦られるその激しさに、だからリュカは目を見開いて叫ぶ。
「また昨日の来ちゃう! わんこになっぢゃううぅ!!」

また来る、あれが来る、絶対来る。
イッて、イカされて、イッたのにまたイカされて、イッてるのにまだイカされて。


230 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:12:14 ID:tNaYluWD
「いやだッ、やだ……やだよぉ……」
本心からの拒絶ではない。
「奥、どちゅどちゅしないで……、いじめないで……」
恐怖はある。未知への恐れであり苦痛スレスレな快感への怯え。
けれど愛しい。どすん、どすんという全身への振動、痺れる頭にのその存在感。
「苦しい……苦しいのに気持ちいいよ……あたま、へんに、なるよぉ……」
嫌がる上から潰して欲しい。
怖がる上から塗り潰し、全部塗り替えて抱きとめて欲しい。
「ごりごり……気持ちい……こすれてる……広がっちゃう……」
はぁはぁハァハァ、必死で肺の空気を逃がしながら、でも白じみの歓楽に咽び泣く。
太い、太い、密度がすごい、気持ちいい所を何回も何回も、ごりごりごりごり往復される。
「乳首…止まんない……きもちいいの…止まんない……」
乳頭から走るビリビリという強すぎな刺激を、でも止めて欲しくない。
息苦しさに血が昇って顔は赤く熱を持ち、鼻水で鼻がグスグス、涙も零れて。
「ドーブツん……なっちゃうぅ……」
翻弄され滅茶苦茶にされるのを、歓ぶと同時に怖がりながら、
「ドーブツっ、んっ、いい゙ッ?! やああああ゙ッ!!」
唐突に変わった刺激の質に、耐え切れずにビクンとイッてしまった。

男が喜ばぬはずがない。

爛々と目を輝かせて、虎は鼻息荒くも興奮する。
乳首を苛められてイッてしまう子犬が、可愛くて可愛くてたまらなかった。
ロアも男だ、自分の愛情たっぷりな精一杯の愛撫も、感情を抑えきれずしての暴走も、
でも全部嫌がらずに受け止めて、快楽の善がりとして返してくれる、
打てば響くように最高の反応を返してくれるリュカが、愛しくて愛しくて仕方ない。
今だってそうだ。
抽送を繰り返す内に巨根にも微妙な取っ掛かり、弱点っぽい反応に気がついたので、
左右に小刻みに捻ってみたら、返って来たのは劇的な反応、腕の中で女がイッてしまった。
『弱点が分かった』その手応え、男冥利に尽きるもなし。
実に素敵な達成感であり、満たされる自信に俄然意気とて昂揚する。

――『小人、大器に出会って大人となり、大器、能臣を得て飛躍を果たす』

(リュカかわいいよ、可愛いよ可愛いよ可愛いよ)
着実に経験値と熟練度を蓄積しているのは、何もリュカだけとは限らない。
どんどん開花しているのは、ロアの方とて同じである。
素人女からは散々怖がられてきた身の丈を、今は負い目に感じなかった。
行き過ぎた巨根もここに来て、持ってて良かったと心から思う。

「…なれよドーブツに」
「うあっ!?」
だから胡坐の上に抱いていた彼女を、前に突き飛ばすようにして押し倒した。
「飼われたいんだろ? 家畜にして欲しいんだろ!?」
「んっ、ひあっ!」
ぽたぽたと尻や腿から尿の残滓を撒き散らしながら、
獣の体勢で柔尻を引き寄せ、パンパンと二度三度打ち込んだ。
「……ッ」
思っていた通り苦痛の反応、長すぎなせいで根元まで全部入らない。
どうしても強めにぶつかってしまい、それ故苦い経験から封印を決意していた体位なのだが、
「あっ?」
考えあって腰を掴んだ手を離すと、そのまま身体を前に倒して両腕を突いた。


231 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:12:40 ID:tNaYluWD
尻を突き出しつつ四つん這いでへたるリュカの上に、更に覆い被さり四つ足をつく。
同じ獣でも犬や猿でなく、馬の交尾に近い格好。
白くて小柄なリュカの上に、褐色で大柄なロアが被さるせいで余計にそう見える中を、
「んっ、あっ?」
パンパンではなくパコパコと。
脚だけでなく腕も自分の身体を支えるのに使ってしまった分、全身の密着から腰だけを使う、
深い部分での短い往復を繰り返す。
「あっ、やっ、やうっ!」
外観の見栄えこそ良くないものの、しかし実際の交接具合たるや見ての通り。
「やあっ、あっ、あんッ!」
覆い被さった彼女がひくひくし、声に困惑と喜悦が混じる、
膣肉がきゅうっと剛直を締め付けるに及んで、少年は仮説に自信を持った。

密着しているから気持ちいいのだ。
不安定だと、密着している部分が少ないと、支点が少ないと相手が痛い。
狭域への鋭い衝突だから、衝撃が集約して膣奥にぶつかる。
本来の形とは主導権が逆、
リュカがロアの上に跨るのでなく、ロアの上に覆い被さって抱きつく変則型騎乗位が、
それでもあんなに気持ちいい、二人とも楽な理由がこれで分かった。
「卜」の字で斜め下から、腰だけを接点にぶつかるのではない、
覆い被さり間にたっぷりの尻肉を挟む、それをクッションに抽送の衝撃を全身に散らし、
その状態からグイグイへこへこ、ひっついたままで腰を振る。

「はひっ、はっ、はあッ!?」
足首絡めて、と耳元で命令すれば、ガクガクなりに必死で足を動かし、
ロアの脛にフックをかけるように足首を絡めて固定した。
広い肩幅の利点を生かし、腕ごと彼女の肩を押し包むことでこれもガッチリ固定する。
固定すれば固定するほど、ガンガンゴツゴツ、痛い突き方をしなくて済む。
密着すれば密着するほど、どむどむずむずむ、柔らかく押せる。

――大発見だ。どうして今までこのやり方を思いつかなかったのだろう?
のしかかった下で、ビン、と絶頂に全身を突っ張らせる少女に、夢見心地でそう思う。
エロい、いやらしい、大興奮。それでいて二人共気持ちいい。
多少、非常に馴れ馴れしくて、女側が感じる被征服感と屈辱感が過大だという欠点はあるが、
「はおっ、おっ……おっ、お…」
……まぁ彼女に限って言うならば、そこら辺はむしろ好材料。
成功体験だから気持ちいい。
組み敷いた下の女の子が、でも完全に自分に所有物、咽び泣いてるから最高だ。

「はっ、はああっ、はああぁ、あああ」
泣いちゃって唸っちゃって涎ダラダラの彼女が、なので可愛い、愛しい、溺れていく。
腹筋全体に当たってくる、乳色な尻肉は柔らかい。
添わせ重ねて密着した四肢も、みんな柔らかくって気持ちいい。
包んでくる膣壁はみちみちぬめぬめ、決して締まりがいいとは言えないけど、
その代わり柔肉の量がとても豊富だ、ぷりぷりの優しさが実にリュカらしい。
「や…やらひい……ぱこぱこ……やらひいよぉ……」
熱を帯びた泥濘の中を泳ぐように、居心地よくって、あったかくって、
――だからこそますます抜けなくなる、腰が自然と深くに誘われて行くその矛盾。
「やっ、ひぐっ!? またひぐ、ひぐっ、ひぐううううっ!!」
そうしてぎゅうっと目を瞑った彼女が、かぷかぷ涎を零しながらイッてしまう時だけは、
そんなみちみちの熱い淫肉がずりゅんと奥へ、引き込むようにロアの剛直をぎゅうぎゅうする。
瀕死でビクビクイッってしまっているリュカを、腕に、胸に、全身に感じながら、
だから恍惚の中に眼だけはギラギラ、虎は我を忘れて腰を振った。
じわじわ、じわじわ込み上げてくる、二度目なせいでの遅い射精感さえ愉しかった。

232 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:12:55 ID:tNaYluWD
「…おっ、…おあ、……あ」
転じてリュカも限界だ。
「うあ……やらひ……どーぶつ……やだぁ」
理性の衣を剥ぎ取られ、本能が露出してしまった今のリュカに、この攻め方はあまりも辛い。
「……わんこ、くるぅ……」

奥手で臆病、良いトコ育ちのお嬢様なリュカだ。
万事控えめで強く言えない、お澄まし屋さんのリュカなのだ。
本当は恥ずかしい。
自分の醜いところ、卑しいところ、『ご主人様』には全部偽りなく曝け出したい反面、
涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃの顔を、『好きな男の子』には見られたくない。
出てしまう「わぉぉ」とか「がぅぅ」みたいな獣の雄叫び、恥ずかしくって聞かれたくない。
『一人の女の子』としての願望と、『一匹の雌犬』としての願望。
両方本当だからこそ、矛盾しつつも並存していた。
一匹の雌犬としてもご主人様が好きで、一人の女の子としても男の子が好きで、
苛められたいけど愛して欲しい、子種も欲しいけどキスして欲しい。

だからそこには意味がある。
「…さっさと鳴けよ、昨日みたく」
「……!!」
暴力で強引に無理を通すのは。強烈な衝撃で一時的な混沌を作り出すのは。
「言っただろ!? 犬が人間の言葉喋るなって!!」
「うあッ」
相反する水と油を、一時的にとはいえ混ぜて一つにするために。
「鳴けよさっさと! 『わおぉぉ』って鳴け!」

 秩序は混沌の奥底から。再生は破壊のその先に。

「わっ、わおおっ!」
一度自分の意思で言ってしまえば、後はもう坂を転げるようだった。
「わんんっ、わおおおッ!!」
「…よぉし」
二度三度弾みをつけるように、男の動きに合わせて吼える。
みるみる彼女の表情から、蕩けるように幾つかの硬さが抜け落ち出した。
――怯え、恐れ、不安、躊躇。

「わおおっ、あおおおおおんっ!」
「よぉしリュカ、偉いぞぉ」
瞳に浮かび上がる狂気じみた喜悦、痴女めいてにへらと緩んだ口元に、
これまた暴走してしまってるロアが、心の底からよしよしと褒める。
ご主人様に褒められた嬉しさに、わんこは笑って、はしたなくも力一杯天へと吼える。
……仕方ないじゃないか。気持ち良すぎるのだから。
(あはっ、あは、あは、あは)
命令してもらえた。強引に無理矢理雌犬にしてもらえた。
その圧倒的な力強さと牽引力に、リュカは幸せ一杯でわんわん吼えた。
(ロア、上手、上手ぅっ…)
ぬぷんぬぷん腰を押し付ける。男の動きに合わせて動かす。犬みたく尻を高々と掲げふりふりし、


233 ロアとリュカ(後編1) sage 2009/01/24(土) 22:13:17 ID:tNaYluWD
ああほら。
「わッ!?」
来た。
「わうッ!!」
来た来た。
「わおおおおオオオオッ!!!」
ついに来た。

ビグンッ!となったのに、そのビグンッ!が終わらない内にまた次のビグンッ!が来る。
弾けている内からまた内側から弾け、どんどん押し広げられて広がっていく感覚。
どんどん真っ白になっていく。見えないし聞こえないし分からない。
ロアの身体しか分からない。
発汗が凄くて、涙も、涎も、鼻水も、きっと物凄くみっともないんだろう。
絶対に支離滅裂なことを叫んでしまっている自分の口が、
でも何て言ってるのか分からない、耳には届いてはいても脳がそれを認知できない。

そうやって獣声を上げて哭き狂うリュカを、ロアも多幸感と共に肌で感じる。
また壊せたというその事実が、確かな自信となって心に根付き、
自分が壊したんだというその事実が、所有欲と独占欲を心地よく満たす。
イキっぱなしの膣壁に、それまでの優しさとは別人みたくギチギチと締め上げられる、
おかげであっという間に達しそうになってるのだが、もう良かった。
もうゴールはした。
男として最高の仕事はした。
だから馬のように覆い被さりながらも、猫のようにリュカの背中にすりすりして、
…そうして優しさと残酷さの同居した、常軌を逸した目を見開く。

――汚す。犯す。孕ませる。
一番奥で射精して、胎の中に子種をぶちまけて、褐色の肌の子を仕込んでやる。
ミルクの出ちゃう身体にして、ぽっこり膨らんだお腹にして、
こんな乳色の綺麗な股から、金色の獣眼の子を獣の雄叫びと共にひり出させ、
…でもそれさえ幸せにしか思えない、それくらい幸せにしてやるのだ。

「りゅか、りゅかっ、りゅかッ!」
「ぎゅうううううううっ!!」
理性なき瞳、押し潰されるような獣の悲鳴、ぷちぷちと歯の隙間から零れる泡。
てらてらと濡れ光る乳色の柔肌に、擦り込まれるように添う褐色。
「出る! 出る! 出すぞっ、だすぞっ!」
「うううう、ううウウウウウウッ!」
女の上半身をグッと寝台に押し付けての男の叫びに、
思考が飛んでるなりにわんこもぐいぐい、尻を男の腰に押し付けながら唸る。
びちゃっと中に出して欲しい。どぷっと奥に出して欲しい。
どろどろの濃密な子供の種を、胎内にたっぷり擦り込んで欲しい。

「がああアアアアアッ!!」
叫んでバコバコバコバコ、女の腰が壊れそうなくらいにガンガン揺すり、押し込んで、
「ツゥっ」「ぎゃうんッ」
びくんっ、と震えた男の褐色の尻に、女の乳色の下半身全体が巻き込まれた。
びゅるるんという生々しい音を、それでも二人とも確かに聴いた。


<続>


234 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/24(土) 22:38:26 ID:Zg9ST+au
GJ!!!
この二人を待ってました!
この先も色々と活躍がありそうで更にwktkしてきました

235 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/25(日) 01:12:34 ID:6+usxoeS
えろすぎだろこれ

236 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/25(日) 02:38:09 ID:qKvxepmn
えっと
振込み先はどこかな
こんなのが無料によめるなんてありえないもんな

237 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/25(日) 02:40:08 ID:Tm9JEuAj
だがそれがいい!!
愛し合うお互いが、お互いの奥底の欲望を理解して、
更にそれを晒しあえるセックスはスバラシイと思ったよ……


いっつ・わんだほ―!!!
(犬姫だけに!)

238 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/25(日) 10:50:20 ID:2qPmJoaP
一級ドM強調されてて吹いたwGJ!

239 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/25(日) 13:15:39 ID:Tm9JEuAj
昨夜読んで、また今読み返してて気付いたんだけど、
リュカの気合いの中に某シーザー(ハスキー犬)を発見した。

前回は『信号渡る犬』ネタももあったし、つくづく小ネタの引き出しの多い作者さんだねぇ、
そういった所もまた非常に楽しませて貰っています。

240 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/25(日) 16:46:21 ID:2YUfrJTe
自分はイージス艦で吹いたw

241 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/26(月) 07:59:52 ID:PLp52bW6
しかしこれ、本人らは幸せそうなんで忘れがちだけど
冷静に見ればリュカくらいマゾっ気あって苦痛に耐性ある子でないと普通に拷問だよな
並の女だととっくに犯し殺されてるぐらいのスキンシップの激しさだ

242 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/26(月) 13:27:52 ID:FRddr7ka
告知内容的には合ってるし、まあそこは相性ってことで

243 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/26(月) 15:04:15 ID:clsRxNMn
ロアはあれか
可愛い可愛いしてペットやつれさせるタイプか?w

244 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/26(月) 19:43:56 ID:h422TFZi
そう言われると森田さんしか思い浮かばんw

245 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/26(月) 21:04:57 ID:j6AjjW5p
あぁ!森田さんwww
体格のいい森田さんだな確かにwww

246 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/27(火) 11:19:09 ID:wIOWyh0s
ところで森田さんとは誰か教えてくれないか。
ムツゴロウさんの関係者ではなさそうだ、と勝手に推測。

247 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/27(火) 11:29:17 ID:ZkiQfMu3
森田と言われても森田実ネ申しか思い浮かばない…。

248 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/27(火) 12:31:06 ID:HbUm5TJP
ハチミツとクローバーって漫画の登場人物、だよな?<森田さん

249 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/27(火) 12:49:32 ID:rv3/mg11
え、ゴッドハンドこと森田誠さんの話じゃないの?

250 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/27(火) 13:10:11 ID:2bu0UfnF
なにこの森田スレ

251 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/27(火) 17:15:46 ID:HbUm5TJP
マルタとかモリィとか、あんな感じでモリタって名前のお姫様が居ても良いよね
と思いかけたけど、気のせいだった▼▼

252 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/27(火) 22:33:06 ID:hIMlX6zS
森田さんと言えば天気予報士の人でしょう

253 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/27(火) 22:53:34 ID:MDmNaBVy
ハチクロだね
森田さんは盛大に周りを愛するからなw

254 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/28(水) 11:43:24 ID:cOgTfUCG
自分>>246だが、森田さんとはハチクロの登場人物なのか、なるほど。
今まで読んだことなかったが、今度満喫行ったときに読んでみることにする。

255 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 21:37:53 ID:4RthWWHB
火と闇の 第七幕を投下させて頂きます
以下内容

 中世ファンタジー的舞台背景でのお話。
 今回は話の進行メイン。非エロで戦闘描写が多いです。
 ご注意をお願いします。

256 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 21:38:28 ID:4RthWWHB

 耳障りな擦過音と共に、サズの体が大きく揺らぐ。
 新調したばかりの鋲打ちのベストには、横一線の軌跡が刻み込まれている。
 吐き出された獣の呼気に対して、たたらを踏んでいたことが彼に幸いした。
「――照らせっ」
 薄闇に合わせて見開かれていた一揃いの虹彩が、戸惑うようにぶれた。
 三度目になる魔術の明かりを頭上へと灯したサズが、その脇を駆け抜ける。
 剣を走らせ、利き手にかかる重みを振りほどく。
 数瞬遅れて、水気を含んだ物体が、ぼたりと音を立てて足元へと広がる。 
 断末魔の叫びを上げることも叶わずに、逆光に照らされた人型の影が崩れ落ちた。
「悠長なもんだなぁ。ザギブの奴も」
 嘲りを含んだ笑い声が上がる。
 背後に無数の影を従えて、大振りの蛮刀を肩に担いだそいつが続けた。
「こうやって余計な首を突っ込まれる前に、さっさと仕掛けちまえばいいのになぁ」
(突っ込みたくもなかったけどな)
 立て続けに行使した魔術の反動が積み重なり、澱みとなってサズの意識を圧迫する。
 なんとかしてこの場を脱したいが、それは難しく思えた。
 地を踏みしめた脚部に力を込める。
 懸念であった筋肉の張りが、完全に解消されていたのが幸いだ。 
 長剣を手に飛び掛ってくる獣人の一撃を、今度は余裕を持って右へと躱した。

青白い光源の浮かぶ建物内の一角で、その戦いは繰り広げられていた。

 第一の敵である、闇は退けた。
 次は、なにを第二の敵として選定し、打破してゆくべきか。
 大振り一撃を外してよろめく豹頭の獣人の胸目掛けて突きを放ち、サズは錯綜する思考を抑え込む。
「ありゃりゃ……やっぱ下手くそだな、お前ら。武器の扱いってもんが、まるでなっちゃあいねえ」
 巨漢の男が洩らした言葉に、心の中で相槌を打つ。
 闇に紛れた獣の正確な数を把握する術など、サズは持ち合わせていない。
 いないが、明かりに照らされた範囲に限ってみても、両の手では足りない数であることは見て取れた。
「それ、次。いけ。腕の一本くらいは落としてみせろって」
 血泡を吹いて剣を振り回す豹頭を脇へと蹴り飛ばし、男がやる気のない指示を飛ばす。
 その声に従って、新たな影がサズの前へと進み出てくる。
 
 それは滑稽な光景に見えた。
 お行儀良く命令を守り、順にこちらへと襲い掛かってくる姿といい。
 剥き出しにされた爪牙での猛攻よりも、格段に劣る武器での攻撃のみを愚直に繰り返す姿といい。
 ざらつく声で以って中央大陸語を口にする、同類の指示に従う姿といい――
 その全てが、サズの持つ獣人という種族に対する知識からは、遠くかけ離れた内容のものであった。
(お陰で助かってるけどな)
 大した備えもせず彼らと相対することとなった身の上を考えれば、それは僥倖であったのかもしれない。
 一見して獣人たちの頭目と思しき巨漢の人狼は、奮闘するサズを相手に慌てる様子もない。
 その余裕が失われぬように心掛けて、サズは脱出の機を狙い続けていた。

257 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 21:39:13 ID:4RthWWHB

 始めは、ちょっとした小銭稼ぎ程度の腹積もりであった。
「こっちも急ぎの用件があってな。悪いが、その額じゃ寄り道してまで引き受ける気にはなれない」
「そこをなんとか」
 堅材で作られたテーブルの席に着いたままのサズへと向けて、町の役員を名乗る男は薄い頭を低くして
 食い下がってきた。
「隣村の人たちには世話になっていて、見捨てるわけにもいかないのです」
「助け合いの精神だな。ここの景気が良いのは、そのイルシュシュの村から食料品やらを安く仕入れて
 いるお陰だって話は聞いてるぞ」
「イルルシュ、ですよ。サズ」
 ぞんざいな態度を見せるサズの横合いから、遠慮がちな指摘が入れられた。
 フィニアだ。
 彼女の手にしたグラスの中身は、葡萄の絞り汁を冷たい水で割ったもので満たされている。
 酒場に入ってすぐに注文を済ませ、早々と運ばれてきたそれに、彼女はまだ口を付けてもいなかった。
「もう少しくらいは、お話を聞いてみませんか? 急ぐと言っても、フィンレッツに着くまでに明確な
 期日を定めているわけでもありませんし」
「おお、あなた方はフィンレッツへ行かれる途中でしたか」
 サズが、思わず口をへの字に曲げた。

 フィニアの興味は、席に着いてすぐにこちらに声を掛けてきた、中年の男の話へと移ってしまっていた。
(仕方がないか)
 横合いから出された助け舟に縋り付いた男は、既にサズへの頼み事である仕事の話を、フィニア相手に
 熱心な口調で以って説明し始めている。
 サズには大体のところの話の経緯は見えていたが、出費に次ぐ出費に寂しくなる一方の懐事情を憂慮し、
 白熱の報酬交渉を繰り広げる予定だったのだ。

「……なるほど。それは皆さん大変にお困りでしょうね」
「ええ、そうなのです。ここだけの話ですが、王都からの兵の派遣は期待できません。宿場そのものの
 経営に関わらないことについては、冷たいものですから。なので、私はここのところ毎日この場所に
 顔を出して、頼りになる方がいないものかと捜し続けていたのです――」
「親父、ホットミルクをもう一杯くれ。あと、ペッパーチキンも。肋のところがあれば、そこ頼むわ」
 頻りに首を縦に振り合って話し込む二人を余所に、サズが陶製のジョッキを掲げる。
 偶には気前良く仕事を受けてみせるのも、そう悪くはない。そんな風に、彼は思い始めていた。
 それに、こうして外に出て人と話すフィニアの姿を眺めているのには、不思議と飽きが来なかった。
(にしても……また、コボルトか。本当に手付かずの鉱山でも、あるんじゃないのか)
 非力な狗頭の魔物の姿を思い返しつつ、彼はジョッキの中身を飲み干していた。

「それでは、あちらには伝書を飛ばしておきますので。道中の安全と、吉報を願っております」
「あんたらも気をつけてろよ。あいつ等は、人里を襲うことを覚えるとしつこいらしいからな」
「精々、詰め所の兵士たちに愛想良くしておきますよ」
 椅子に腰掛けたままで、サズが男に見送りの言葉を送った。
 その脇では、フィニアが小さく手を振ってにこやかな微笑を浮かべている。
「……銀貨ですらないときたか」
 後悔先に立たず。
 そんな言葉がサズの脳裏を掠めていた。
「サズ?」
「ん。なんでもない。まだ昼だし、今日の内にそのイルなんたらって村まで行ってみよう」
 男に手渡された、前金である袋の中身については、もう気にしないことにした。
 気にするよりは、次回はまともな交渉を心掛けようと反省する方が、遥かに建設的だと判断したからだ。
「良かったです。あの人、とても喜んでくださっていて」
(なんだかんだで、いいとこ育ちなんだよな。こいつは)
 食い過ぎたわけでもないのに、胃が痛い。
 一度路銀の管理をさせてやろうかと考えもしたが、この寒空広がる季節に毎夜毎晩野宿では、自分の
 身も持たないことに気付いて、それは止めにすることにした。
「それじゃあ、厩舎に行くか。まだ、あいつが貸し出されていないと良いんだけどな」
 三日前から旅路を共にしていた、連銭葦毛の牡馬の姿を思い出して、サズは言った。

258 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 21:39:58 ID:4RthWWHB

「あいつとは、あのお馬さんのことですか?」
 きょとんとした面持ちで、フィニアが首を傾げた。
「ああ。誰かが先に目を付けて、借りていってるかもだけどな」
 酒場での勘定を、サズは早速袋の中身を占めていた銅貨で済ませていた。
 二人連れ立って出入り口の戸をくぐり、町の中心部へと出てゆく。
「あの、それでしたら心配する必要は、ないと思うのですが……」
「ん? なんでだ」
 疑問の声を上げるサズに、フィニアはガウンの襟元を寄せて首を傾げた。
「サズは、先程のお話を伺っていなかったのですか?」
「仕事の内容だったら、全部耳に入れていたつもりだぞ。身の上話やら苦労話だとか、そういうのは殆ど
 聞き流していたけどな」
「……なるほど。では、宿に荷物を取りに行ってから、お馬さんとお会いすることに致しましょう」
「あ、おい。待てって、フィニア」
 サズの制止の甲斐もなく、フィニアは小走りになって駆け出した。
 それを追いかけようと足を踏み出しかけたところで、サズは思い留まった。

 なにからなにまで自分だけで決めてしまうのは、サズ本人にしてみれば、気楽ではあった。
 気楽ではあるが、そうすることで、フィニアの意思を蔑ろにしている場合もあるのかなと、思えたのだ。
 彼女には、なにか考えがあるのだろう。
 なら、決定的な過ちがないようであれば、まずは様子くらいは見てみよう――
 溌剌とした少女の後姿に絆されたのか。
 サズはゆったりとした歩みを刻みつつ、そんなことを考えていた。 

 歩かせ方が足りていないのか、馬の嘶き声が少々耳にうるさい。
 掃除の行き届いた厩舎の外で、何故かサズは一人待ち呆けていた。
「フィニアさんですね。お話はブラフィンさんから伺っていますよ」
「はい。ありがとうございます」
「大切にしてあげて下さいね。そんなに若くはない馬ですから」
 連銭葦毛の引き綱を手に、にこやかな笑みを浮かべた馬丁の青年が姿を現した。
 フィニアは葦毛の馬体を挟んで、その青年に向けて丁寧に礼の言葉を述べている。
 ぶるるっと、葦毛が鼻を一つ鳴らした。サズに向けて挨拶でもしているのであろうか。
「はい。これが譲渡証だそうです。でも、まだ貸し出しのプレートは付けてあるので、一応の物だとか」
「……どういうこった」
 呆気に取られたサズの口から、短いつぶやきが洩れた。
 フィニアから受け渡された、上質の紙片に書き記された内容を見れば、その意味は理解できた。
 だが、そこまでの経緯が理解できない。

「えと、ですね。先ほどお話をされていた、ブラフィンさん。あの方は、出身がフィンレッツとのことで
 そこから少し話が弾んでしまってですね……そこは、長くなりますので割愛致しますが、お話をさせて
 貰っている内に、仕事の方を引き受けてくれるのであれば、貸し馬屋のお馬さんを成功報酬にしても
 良いということになっていたのです。なので、今のところは仮譲渡ということなのだそうです」
 その経緯を、フィニアがなんでもないことのように、サズへと告げてきた。
「いや……いやいやいやいや」
 サズが、軽く頭を抱えた。
 葦毛が珍しく調子外れな声で嘶いてきた。馬鹿にしているのであろうか。
 直立したわんころ相手には、破格過ぎる報酬であった。
 どこをどう交渉したとしても、サズには引き出せない代物だ。
「も、もしかして余計なことをしてしまったのでしょうか」
「――いや。良くやった。あのおっさんの頭の中身は良くわからんが、良くやったぞ、フィニア。これで
 旅脚は楽になるし、出費も随分と抑えられる。でかした。依頼の方は全力で達成するから、後は任せろ」
「……えへへ。サズに喜んで貰えて、良かったです。でも、お仕事の方は気をつけてくださいね」
「ああ」
 コボルト退治と題して、蓋を開けてみれば数十匹とかで沸き出てくるのではないか。
 あまりの報酬の良さに、そんな不吉な予測が脳裏を過ぎったが、彼は敢えてそれを無視することにした。

259 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 21:40:34 ID:4RthWWHB

 二人が立ち寄っていたコシュの宿場町から、北に二つ丘を越えると、その村は見えてきた。
 イルルシュと呼ばれる村に住む人々は、古くから酪農と畜産を生業としている。
 地形的には山麓に位置しており、難所らしい難所もなく、牧草や飼料の類は一見しただけでも豊富だ。
「結構、大きな村だな。広さだけならコシュよりも上なんじゃないか、ここって」
「最近、大きくなっている村らしいですよ。水源を利用して、水車での製粉業を行っているとか。それで
 得た小麦粉と、他の食材をコシュの村の方々は使っているのだと、ブラフィンさんは仰られていました」
「ふぅん。共存共栄ってやつか。どうりで」
 サズが、葦毛の鞍上から広大な高原を見渡す。
 近くには耕地が。村の周囲には牧地が。遠景には、舞い上がる水飛沫に霞む、巨大な滝壷が見て取れた。

 サズの引き受けた依頼の内容は、至極単純なものであった。
 イルルシュの村で、夜半から未明にかけて出没している、コボルトの群れを退治して欲しい。
 場所は、村に点在する水車小屋の周辺。
 退治と言っても、臆病な性質でも知られるコボルトのこと。
 一度、まとめて痛い目に合わせて追い払ってくれれば、それで良いとの話であった。 

 初めはちょっとした迷惑程度であったそれは、最近では大胆な動きに変わってきていた。
 製粉所の中には、機材の類を傷つけられ、既に使い物にならなくなった物まで出てきた。
 次に狙われるとすれば、村でも有数の大きさを持つ、貯蔵庫を備えた大型の施設ではないか――
 村人たちはそう懸念し、急ぎ対策を練ろうとした。
 そしてそれが、自分たちでは手の施しようがない事態だとことに、彼らはすぐに気付かされた。
 村は、平穏過ぎたのだ。
 近年に受けた外敵からの被害と言えば、山を降りてきた熊や狐に田畑を荒らされる程度のもの。
 狩猟で生計を立てる者が大勢いるわけでもなし、自警団を必要としていた訳でもなし。
 闇に紛れて姿を現し始めた、武器を手に持つ魔物に対して立ち向かおうとする者など、のどかな気風で
 知られるイルルシュの村に生まれ育った人々の中に、存在する筈もなかった。
 
 安堵半分、不安半分といった村人たちからの視線が、サズとフィニアに向けられている。
 サズにしてみれば、その手の扱いは慣れっこであった。
 体格の面でも、風貌の面でも、自分に迫力というものが備わっていないことは良くわかっていた。
 そんな自分自身の身体的な要素に、彼は密かに感謝していたりもした。
 恐れられるよりは、気味悪がられる方が、まだマシだといった思いがあるからだ。
「良くぞ、来て下さった」
 バイエルと名乗った初老の男性だけは、朗らかな笑みを浮かべて、二人を自宅へと迎え入れてくれた。
「ブラフィンには、以前から良くしてもらっていてのう。今回の件でも頼り切ることになってしまったが、
 被害が深刻になる前に専門の方が見つかってよかった。やり方は任せますので、あの醜悪で恐ろしい
 魔物共を、なるべく早い内に追い払って下され」
 頭頂部の物に比べて随分と白さの目立つ顎の髯を、手で頻りに撫で付けながら、彼は頭を下げてきた。
「明るい内に下調べをしておきたい。今まで荒らされた現場に詳しいのを一人、付けてくれ」
 サズが窓の方へと目線を向けてみせた。
 急ぎ目で向かってきたので、そこから差し込んでくる日差しは、まだしっかりとしたものであった。
 その言葉にバイエルは頷き、使いの者を外へと走らせた。
 彼はこの村で、外部の人間との商談に関することを、殆ど一人で取り仕切っているらしい。
 今回の件に関しては、周囲の人間に適任だと判断され、応対役を引き受けたとの話であった。
「そろそろ引退して、コシュにおる息子に任せたいと思っていた矢先。これでしてな」
 明らかに暗い表情を見せていた他の人々とは違い、彼は好々爺然とした笑みを絶やさずに続けた。
 話し好きのフィニアを中心として、束の間、和やかな談笑が交わされた。

 村の案内を務めたのは、イスタという名の若者であった。
 彼は魔物たちの被害に一番にあった家の人間で、村人の中で、夜中に武器を持った人影を一番最初に
 目撃していた人物でもあった。
 その彼がサズへと向けてくる視線もまた、他の村人とそう変わらないものであった。
「本当に、こんな奴が魔物を追い払えるのか」
 言葉にするのであれば、そんなところであろう。
 ただ、そのサズの後をちょこちょことついて廻るフィニアに対しては、彼は随分と好意的な様子を見せ、
 なにかにつけて、気さくな口調で以って彼女へと話しかけていた。

260 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 21:41:24 ID:4RthWWHB

「疲れた」
 案内の若者が二人の前から立ち去ってから暫くして、サズは不意にそんなことを言い出した。
 既に陽は大きく傾いており、緑に覆われていた山肌は、薄暗い影にその大部分を塗り潰されている。
「どうされたのですか?」
「別に。お前は元気だな。ずっと喋りっ放しで」
「え……」
 突然に思えたサズの変わり様に、フィニアが戸惑う。
 疲れたとは口にしていたが、表面上の様子を見た限りでは、彼の体調の良し悪しの判別を付けることは
 彼女には出来なかった。
 顔を覗き見てみたが、普段も見せるような無表情な面持ちであったので、なにを考えているのか予測を
 付けるとこも難しい。
「――本当に、どうなされたのですか?」
 つい反射的に謝罪の言葉が口を衝いて出そうになったが、それは堪えて、再度サズへと問いかける。
 フードを目深に被っていた青年の口元が歪み、その視線が宙を泳いだ。

 見つめてくる真摯な眼差しに、サズが怯む。
 苛々の原因は、わかっていた。
 自分がどんなに子供っぽい反応を示して、彼女を困らせているのかも。
「変なことを言って悪かった。一度、バイエルさんの所に戻ろう。気の篭っていない説明でも、大体の
 様子はわかったしな」
 つい、余計な一言が付いて回ってしまう。
 了承も取らずに、サズは元来た道へと足を向けて歩き出した。
「あの、疲れているのでしたら、無理にお仕事をされなくても」
「平気だ。さっさと終わらせて、こんな所とはおさらばさせて貰うぞ」
「サズ」
 彼女の声に咎めるような韻はない。あるのは、僅かな悛改の響きだけだ。
「なにか、お気にさわってしまったのですね」
 フィニアはそれだけを言うと、サズの後に従うのではなく、彼と連れ立って歩き始めた。 
 歩幅の差がある為に、彼女にとっては結構な早足となってしまう。
 それでも少女は青年と肩を並べて、不揃いな石礫の敷かれた小道を行き続けた。

 その歩みが、不意に中断された。
 先に足を止めたのは、サズの方であった。
「サズは悪くはありませんよ」
 その彼へと振り返ってきたフィニアが、機先を制するかのように告げてきた。
 逆光となった夕暮れの煌線が、少女の背後で紅く瞬き、沈んでゆく。
「なんだよ、そりゃ」
 出鼻を挫かれたサズが、小さく吹き出す。
「言ってみただけです。それよりも、理由を教えてくださいませんか?」 
「んんっ……まあ、あれだ。ほら」
「あれでは、わかりませんよ」
 もにょもにょと口を濁すサズへと、フィニアが詰め寄る。
 その様子はどこか楽しげなものになっており、それがサズの中でわだかまっていたものを、押し流した。

「わかったよ。話す。だから、笑ったりするなよ?」
 根負けしたことを悟った青年が、一応の保険を掛けつつも、小さく溜息を洩らした。
 フィニアは真剣な面持ちになって頷いている。
「妬いてた。あのイスタとかいうガキが、色気出してお前に付いて回るし、お前はお前で調子良くずっと
 喋り捲っていたからな。それで、苛ついて、へそ曲げてた」 
 そんな少女の眼差しから逃げるように、サズは明後日の方向を向き、心情を吐露し始めた。
 そしてほんの少しだけ顔を顰めてから、一息に続ける。
「お前にそんなつもりがないのは、わかってるつもりだ。でも、目の前でずっと眺めさせられているとな。
 こっちとしては気が気じゃあ、ない。……まあ、そんな訳だ」
 夕日の眩しさに負けて――ということにして、彼は視線をちらりと戻した。
「……馬鹿ですねぇ」
 幸せそうに微笑まれていた所為か、そう言われても、腹の一つも立たなかった。

261 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 21:42:11 ID:4RthWWHB

 爪先に鋼板の仕込まれたブーツの紐をきつく結び、地を固く踏みしめる。
 機敏な動きを妨げるフード付きの外套は外して、代わりに固形燃料を詰めた携帯用のランプを腰に下げ、
 それに手早く火を灯すと、サズは肩を一つ鳴らした。
「本当に、サズ殿お一人で行かれるのですか」
「頭数だけ揃えてもな。それに、なんとかする奴がいなかったからお呼びが掛かったんだろ。それよりも
 上手くコボルトたちが姿を現すことを祈っていた方がいいぜ。俺みたいなのに長々と居付かれてたら、
 あんたも風当たりが強くて敵わないだろ」
「そんなことは……」
 サズがそれの以上の心配は無用だと、言葉尻を濁すバイエルに首を振ってみせた。
 暖炉の薪が、乾いた音を立てて爆ぜる。
「じいさん。物の取引には慣れているのかもだが、流れ者の扱いは、全然だな。俺みたいな奴は、依頼が
 こなせればそれで良いんだ。それが出来なければ、ただの疫病神なんだからな」
 自嘲する風でもなく、言ってのける。
 老人が、救いを求めて彼の隣に立つ少女へと目を向けた。
「お爺様には親切にしてくださって、サズも私も感謝しておりますよ」
「……難儀なことですな」
 彼女のにこやかな笑みの内に隠された、微かな諦観を見て取ると、やっとのことでそれだけを口にした。

「じゃあ、戻ってくるまでその子を頼む。フィニア、我侭言ってじいさんを困らせるなよ」
 ベルガからの追っ手のことが気になりはしたが、サズはフィニアを預けてゆくことにしていた。
 コシュの町からの山道を行く間、連中から後を尾けられている様子はなかったからだ。
「サズこそ、いらない心配事に気を回し過ぎて、怪我などなさらないでくださいね」
「気を付ける」
 痛いところを突かれ、サズは苦笑いを一つ見せてから、入り口の扉を押し開けた。
 足を踏み出せば、視界一杯へと薄闇が広がってゆく。
 夜の村には明かりを灯す民家も少なく、どこからか響いてくる虫の音色と、冷たい風に煽られた草木の
 そよぎだけが辺りを行き交っている。
 サズは迷うこともなく、小道の一つを選び歩を進めていった。
 魔物の襲撃が予測されていた水車小屋は、その全てを夕方の内に調べ終えていたので、まずは単純に
 そこを巡回してゆくのだ。
「ん――」
 ぶるる、と。音がした方を見てみれば、厩舎の隅に繋がれた葦毛の馬が鼻音を鳴らしていた。
 前足の蹄で土を蹴っている。奥に見える村の馬たちも、どこか落ち着きがない。 
「来てるって、言いたいのか? ――ありがとよ」
 ひんと短く嘶き、葦毛はたてがみを小さく揺らした。
 その警告を受け止め、サズは剣を抜き放っておくことにした。

 製粉所である水車小屋が立ち並ぶ区域は、村の中心からかなり離れた場所にあった。
 近くに、民家らしい建物は見当たらない。
 水流の強い滝の傍に建てるほど、製粉作業の能率は増すのだが、如何せんそんな場所なので、鳴り響く
 水音はそれなりに大きく、好んでその近くに住もうとする者もいなかったのであろう。
(ここでも、贅沢に水を使ってやがるなぁ)
 既にボルドの各地で見慣れていた光景にも関わらず、サズはそんなことを考えていた。
 水資源に乏しい土地に生まれた彼には、それはどうしても引っ掛かる部分なのだ。
(しかし、これであの宿場町が景気が良かった理由がわかったな。こいつら、申告無しでやってるわけか)

 申告とは、ボルド王国の領内に措ける、水力利用に関する届出のことである。
 河川に恵まれており、気候的にも水害の打撃を受けにくいボルドでは、強く太い水流を支配する者は、
 それだけで強大な生産力を有していると言える。
 大きな川さえあれば、例えそこが荒れた土地であったとしても、人が住める程度に開拓を施した上で
 生活に苦しむ者を集めて、水車による労働を行わせることで、莫大な富を得ることができるからだ。
 なので、王国はそれに対する利用権を、法の上で定めている。
 申告を行った者は王国からの審査を受けた上で、水源を利用する権利を得ることができ、一定の税を
 収め続けることで、それを維持できるという仕組みだ。

262 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 21:43:12 ID:4RthWWHB

 だが、全ての河川が、国の手により厳密に管理されているわけではない。
 土地を預かる領主と役人の怠慢による管理不行き届きや、調査不足。
 それに加えて上部・下部組織を問わぬ賄賂の横行で、それが取り決めの通りに行われていないことなど、
 どこにでも転がっている話なのだ。
(なにが、王都からの兵の派遣は期待ができないだ。して欲しくないだけの話だろ、こりゃあ)
 サズが皮肉っぽく口元を歪めて、小屋の合鍵を懐から取り出した。
 案内役の若者の前では確認できなかったが、今その目で見てみれば、この村の水車には、利用権を表す
 王国の紋章が一切記されていないことが、すぐにわかった。
 危機感の無い連中だと、サズは首を竦めてしまう。
 密告があれば、この村の働き手になる人間の全てが、即刻労役に課せられても何ら不思議はないのだ。
(口止め料含めての、馬一頭……ってのは考え過ぎか)
 それならば、依頼を持ち掛けてきたブラフィンからも、なにか一言くらいはある筈だ。
 流れ者の冒険者一人程度から、木っ端役人に告げ口があったところで、幾らでも揉み潰せる。
 考えとしては、そんなところであろう。
(正解だろうけどな。こっちもお堅い役人なんぞとは、顔をつき合わせたくはないさ)
 互いに利するところがあれば、それでいい。
 己の役割を果す為、サズはランプの灯りを頼りに、闇の中を進み続けた。

 慌しく扉が打ち鳴らされる音で、フィニアは顔を上げた。
「なんじゃろうな。この時分に」
 手にした本を閉じた少女と視線を交わしてから、バイエルが腰を上げた。
「バイエル老。俺です。イスタです」
「どうした。今は客人がいるのだ。あまり騒々しくするな」
「その客人に関係があることです。急ぎの用件なので、開けて下さい」
 むうと唸り声一つを上げて、バイエルが扉の鍵を外した。
 一陣の風が屋内へと舞い込み、暖炉の火が強く燃え立つ。
 扉の前に現れたのは、サズとフィニアの案内役を務めていた若者であった。
 彼は視線を老人の家の中へと彷徨わせ、目当ての人物を探し当てると、その口を開いてきた。
「フィニア。君の連れが、呼んでいる。僕はその案内を頼まれて、ここに来たんだ」
「サズが……ですか」
 その言葉を聞いたフィニアが、荷袋の一つを抱えて、イスタの元へと駆け寄ろうとした。
 若者が、少女の腕を取ろうとする。
「待て、イスタ」
 深い年輪の刻まれた腕が、それを制した。
「イスタ、サズ殿はなんと言われてお前を遣したのだ? あの御仁は、この娘さんをコボルト退治には
 巻き込めぬからと、わしの家に預けていかれたのだぞ」
「彼女にしか頼めないことがあるそうです。冒険者の符丁だかなにかを口にしていましたが、そのことは
 俺には良くはわかりませんでした。とにかく急ぎなのだと、それだけは念を押されましたが」
 詰問に近い口調のバイエルを押し退けて、イスタはフィニアの手を握り締めた。
 不意に訪れた見知らぬ異性の手の感触に、フィニアがびくりと身を竦める。
 汗ばんだ若者の掌は生暖かく、そのことに対して、彼女は僅かな疑念を抱いた。
「よさんか」
「――私、行きます。お爺様、お心遣い深謝致します。必ず戻ってきますので」
 フィニアが若者の指を振りほどいて、バイエルに向け深々と頭を下げた。

 フィニアは一度室内へと戻り、羊毛の織り込まれたガウンを羽織り込んだ。
 若者の言動には、はっきりとした不信感を抱いてはいた。
 しかし、それを理由にして、サズからの呼び掛けがあった可能性を無視する気には、到底なれなかった。
「イスタさん、案内をお願い致します」
「任せてくれ」
 嬉しそうな顔で答えてくる若者とは、極力視線を合わせず、少女は宵の暗がりへと身を躍らせていった。

263 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 21:44:24 ID:4RthWWHB

 妙であった。
 サズが調べているのは三軒目の水車小屋であった。その三軒目だけが、どうにも臭うのだ。
 臭うと言っても、彼の直感を刺激するものがあったわけではない。
「こりゃあ……わんころだけの臭いじゃあねえな」
 妙だと感じたその理由を、思わずこぼしてしまう。
「臭うと言えば、こんな場所を狙うってこと自体が、そうか。普通は、家畜辺りから手を付ける筈だしな」
 つぶやき、そこで顔を軽く顰めた。
 鼻腔を刺す、濃い獣臭が辺りに残されていたからだ。 
 残されてはいたのだが、内部に生き物の気配は感じられない。
「コボルトどもが休憩所にしてる……って訳でも、なさそうだな」
 面白くもない冗談を口にして、サズが小屋の中へ踏み入り、その様子を伺う。
 見回りのルートに入れていた中の水車小屋の中では、ここが一番大きな建物だ。
 ランプで内部を照らすと、奥行きが随分とある。
 外周には二階部分が設けられており、そこで水車へ川の水流を取り込む操作を行うのだと、案内役の
 若者は自慢げに話していたのを、彼は思い出していた。

(テメェが作った訳でもなかろうに)
 サズはそんなことを思ってはいたが、その説明に熱心に耳を傾けていたフィニアに悪い気がしたので、
 それは口にせず、なるべくその会話には参加せずにいたのだ。
 そしてその内に、完全に蚊帳の外状態になってしまったのだから、世話が無い話である。
「うぅ、思っていた以上に寒いな。滝の傍だってのを忘れてたぜ」
 一度沈黙を破ると、段々と独り言が増えてくる。
 剣を石臼に立て掛けて、彼は両の掌をすり合わせて唇を震えさせていた。
「寒いと、余計に臭いがきつく感じるんだよな。……しかし、この臭い、どっかで嗅いだことがある気も
 するな。なんだっけか……オーガーじゃないよな。ミノタウロス……は会ったことねえか。でもどっち
 かって言うと、やっぱそういった手合いの臭いだよな。獣。猫とか犬に近いのが混ざり合ってる感じだ」
「猫に犬かい。随分と可愛らしい分類をしてくれるなぁ」
「こうも臭うと、可愛らしくも――って誰だよ」
 思考に没入してるところに横槍を入れられて、サズが声の主へと向き直った。 
 
 初め、サズはその声の主を、村に住む人間のものだろうと思い込んだ。
 濁声ではあったが、その言葉は中央大陸語であり、その語調は暢気さに溢れていたからだ。
 気さくな親父風味だと言っても良い。
 その判断が間違いであったことは、すぐに知らされた。
 サズの手にしたランプの灯りが床板の上を真っ直ぐに伸びて、小屋の入り口に佇んでいたそれを照らす。
「うぉっと、いきなり眩しいだろ。兄ちゃん」
「……なんだ、手前は」
 遅蒔きながら、サズの肌が泡立つ。
 常識の外にある、狼の頭の大男が人語を口にしているという事実。それが彼を動かしていた。

「――照らせ!」
 ランプを光源として扱うことは、諦めた。
 魔術の明かりを頭上に放つと同時に、吸気口を閉じて火を落とす。
 わざわざ消したのは、なにかの間違いで床の上に落として、引火してしまうのを避ける為であった。
「おやぁ。今度は魔法の光か。なりといい、今時珍しいボウケンシャって奴かい、兄ちゃん」
 大男との会話を成立させることなく、サズは神経を集中させた。
 油断していたとはいえ、微塵の気配も感じさせずに、こちらへと接近を果たしていた相手だ。
 そして、この人狼が水車小屋を荒らしていた魔物であることに、相違はなさそうであった。
 排除すべき相手であることは確かだろうと、彼は判断した。
 剣を水平に構えて、仕掛ける機を伺う。
「だんまりかよ。まあ、こそこそやるのにも飽きていたし、ザギブの奴の言うところのリンキオーヘンに
 ってので行かせて貰おうかね」
(……ザギブ?)
 聞き覚えるあるその名前に、極力大男の軽口を受け流そうとしていた、サズの平静が乱される。
 動揺の最中、残してきた少女の姿がその脳裏を掠めた。
「そんじゃあ、お前ら。今日は実戦だ。気合入れていけよ?」
 声に命ぜられて、無数の影が薄闇の中に紛れ始める。
 今更ながらに獣臭の正体に気付かされ、サズは忌々しげに舌を打ち鳴らした。

264 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 21:45:47 ID:4RthWWHB

 夜気が、フィニアの頬をさす。
 そぞろ寒さを感じさせるそれを吐息で吹き散らし、彼女はひた走っていた。
「大丈夫かい、フィニア」 
 息が上がり、慣れぬ夜道に何度も足を取られた。
 その度に若者はそう言って立ち止まり、手を差し伸べてきた。
 イスタには月明かりさえあれば、村の中を走る道は見えるのだろう。
 フィニアにはわからない。どのくらいの距離を走ったのかも、方角さえも、見当もつけられない。

 辺りの静けさに、彼女は違和感を覚えた。
 サズが向かっていたのは、夕刻にも立ち寄った水車小屋の筈であった。
「こちらは、水車小屋のある方角なのですか」 
「なにを言っているんだい。そうに決まってるじゃないか。もうそこまで来ているから、急ごう」
「ここは、水の音がしておりません。滝もあった筈でしたのに。おかしくはありませんか」
「……とにかく、ほら!」
 不意に腕を強く掴まれ、フィニアは反射的に身を固くした。
 闇に溶け、判然としない若者の顔の輪郭が、彼女の目からは大きく歪んだ物に見えた。
「いやっ……!」
 外気のもたらすものとは異なる、身体の芯を奮わす寒気に慄く。
 かぶりを振って束縛から逃れようとするが、抗しきれずに姿勢を崩した。
「暴れないでくれ、フィニア」
「はなして、はなしてくださいっ!」
「フィニア、落ち着いて僕の話を聞いてくれ」
「いやっ! サズっ! どこですか、サ――あぅ!?」
 腕を軽く捻られ、フィニアが苦鳴の声を上げた。
 痛みに耐えかねて膝を落としたところに、イスタが詰め寄る。
「……あんなゴロツキみたいな奴の、一体どこがいいんだ」
「くっ、あ、イ、イスタ……貴方、なにを」
 覆い被さってくる若者の声が、強い敵愾心に満ちていることに気付き、フィニアは衝撃を覚えた。
「そうだろ。冒険者なんて呼ばれていたりもするけど、あいつらなんて村を食い物にしに来ているだけだ。
 兵士でもないのに、剣なんかぶら下げて。ああやって威張り散らしていれば、人が、黙って言うことを
 聞くと思っているんだ」
 吐き出される悪意に、胸が締め付けられた。
 否定の言葉が浮かぶよりも先に、失意を感じた。

 怯えているようにも、蔑んでいるようにも聞こえてくる声で、彼は続けた。
「君は騙されているんだ。あいつみたいな奴は、君には相応しくない。今だって、魔物と殺し合いをして
 君を放り出して行っているじゃないか。魔物と同じさ。髪だって、目だって、血の色で、気味が悪い」
 最後の方は、せせら笑いにも等しくなっていた。 
 自身の正当性を確信した、そんな笑いだ。
「僕が、あいつから守ってやる。水車を襲っているコボルトだって、大人たちが止めなければ、僕が全部
 追い払ってやる筈だったんだ。それを、あいつは横から」
「同じですよ」
 下からの声に、若者が弄るようにしていた腕の動きを止めた。
「フィニア?」
 冷たい。底の底からくるその感覚を、イスタはそうと感じることしかできなかった。
 歯の根が鳴る。邪魔だとしか思えていなかった厚手のガウンに触れていた腕が、冷たく痺れている。
 深い闇の所為か、美しかった少女の金色の髪が、紫に染まって見えていた。
「同じなんです。あの人が魔物なら、私だって、そうなんですよ」 
 感慨もなく、フィニアは若者の腕を振り払っていた。

265 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:47:29 ID:4RthWWHB

「フィ、フィニア……」
 あの目だ。そう、フィニアは思った。
 見て取ることは適わずとも、手に取るようにわかる。
「サズのいる所へ、連れて行ってください」
「ち、違う。君は違う! 君は魔物なんかじゃないっ」 
「――」
 どうしようかと、フィニアは思いあぐねた。
 この分では、サズが自分を呼んでいたという話も怪しい。
 若者と会話をするという選択肢は、一番に排している。
 本当に、どうしようか……
「聞いてくれ、フィニア。僕は」
「そのくらいで、止めておけ」
 懸命になって話を続けようとするイスタの背に、男性のものと思しき声が投げ掛けられた。
 びくりと体を震わせて、若者が振り返る。
 一条の光が、そこに射し込んできた。明かり石と呼ばれる、魔術の産物が発する青い光だ。
「アズフ、ですか」
 短い叫び声を上げて後退りした若者に代わり、フィニアがその声に応じる。
「名を覚えて頂き、光栄に存じます」
「なにを……忘れる筈もありませんのに」
 彼女は、安堵の息を吐いた。

 威圧するように靴音を鳴らして歩み寄ってくる人影は、確かにフィニアには見覚えのある姿であった。
 背は高く、明かりに照らされた容貌は端整で、肌の色は病的なまでに白い。 
 肩口まで伸ばされた髪は銀。瞳は薄い赤。
 身に纏う外套の黒さが、その奇異な色合いを助長して見せている。
 手には、精緻な飾り付けのなされた一振りの長剣を携えており、それが嫌味無く様になっていた。

「臣下の礼というやつだ。それよりも、こんな所でなにをしている。あの男は、どうした」
 高くもなく、低くもない声音で、アズフと呼ばれた男が問いかけてきた。
 三間ばかりもあった距離は、無造作に詰められている。
「な、なんだよあんたはっ」
「この村の者か。斬らねばならなくなる前に、ここを去れ。そして、命惜しくば目にしたことを忘れろ」
 歩みを刻むのと変わらぬ所作で、男は剣を抜き放った。
 青い光を照り返す刀身を、鼻先ぎりぎりの所に突きつけられて、若者が声を無くす。
 白銀の軌跡が一つ翻ったところで、彼は支えを失ったかのように、後ろへと倒れ込んだ。
「アズフ」
「この娘の口から、これ以上余計なことを聞いてしまう前に、動け。這ってゆくくらいの刻は与えてやる」
 咎めの言葉を口にしかけたフィニアを制して、男が鋭く命じた。
 
 なにかが草花の上を転げ回る音と、甲高い息漏れの声が十分に遠ざかってから、彼は視線を動かした。
「怖いな」
「え?」
 ぼそりとつぶやいてきた顔見知りの一言に、フィニアは怪訝な面持ちを浮かべてしまう。
「いや、良い。質問の続きをさせて貰おう。シェリンカの雇った護衛はどうした。お前を見捨てて夜逃げ
 でもしたか」
「……礼を言う気を、なくさせないでくださいますか」
「随分と言うようになったな。気にさわったのであれば、謝罪しよう」
 剣鞘を鳴り合わせて腰に収め、男は唇の端に薄い笑いを浮かべた。
 
 男の名は、アズフ・ラズフ。
 ベルガがその領内に唯一擁する、静謐騎士団の副団長を務める人物であり、その中に在って彼は随一の
 剣の使い手とされる、生粋の武人でもあった。
 フィニアにとって、その存在はそれなりに近しい。
 従姉妹であり、姉代わりでもあったシェリンカを通して、幼い頃から彼との面識を得ていたからだ。
 シェリンカとアズフは親しい間柄であったので、姉に良く懐いていたフィニアは、その彼と度々言葉を
 交わす機会があった。

266 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:48:08 ID:4RthWWHB

 あったのだが、フィニアは彼のことが苦手であった。
 彼は今年で二十六に達している筈だが、フィニアの目から見てみれば、外見上はサズとそう大差ない
 歳に見える。
 性格的な面では、誠実で温厚と評され、騎士の称号を拝して間もない内に部隊長へと昇進し、今では
 次期騎士団長と目される程の評価を受けている。
 家柄の良さもそれを後押ししていた。
 狭いながらも、ベルガでは稀な統治領を有する、貴族の家の長男として生まれている。

 実力と人格に加えて良家の子息である彼のことが、何故に苦手かと尋ねられたとすれば、フィニアは
 胸を張ってこう答えるつもりだ。
 姉さまを取ってゆくからです、と。
 彼のことが苦手だと人に洩らしたことはなかったので、未だにその言葉を口に上らせたことはない。
 もっとも、当のアズフには、その不満がバレてしまっているようではあったが。

「サズは、大事なお仕事をされているところです。私はそれを待っていたわけであって、決してあの方に
 置いて行かれたわけではありません」
「そうか。それは済まないことを口にした」
 からかいの笑みを口元に貼り付けたまま、アズフは謝罪の言葉を口にした。
 誠意が感じられない。フィニアは半歩後ろに引いて、彼に問い返す。
「では、今度はこちらから質問させて頂きます。この間、サズと私がいる部屋に姿を現した男とは貴方の
 ことですか。今宵は、誰に如何なる命を受けてこの場に姿を現したのですか。先ほどのは、私に恩を
 売ったおつもりですか。答えてください」
「そう一遍に喋るな。そんな調子では、シェリンカのやつに顔を合わせた時に、呆れられるぞ」
 くつくつと笑い声を立てる彼の仕草は、どこか姉と似通って見えた。
 それが余計に彼女の神経を逆撫でする。
「姉さまの話は、今は関係ありませんっ」
 静寂を押し通していた夜の帳を、少女の声が引き裂く。  
 アズフは、そんなフィニアの剣幕にも動ずることもなく、首を縦に振ってきた。
「それもそうだな。では、順に答えよう。あの男……サズとやらの言うところの出歯亀に及んでいたのは
 私に間違いない」
「最低ですね。姉さまに、言い付けてあげます」
「関係なかったのではないのか。次の質問に関しては、秘匿させて貰う。最後の冗談については、あまり
 笑えなかったとだけ言っておこう」
「……司祭長の、ザギブの命で、私を連れ戻しに来たのでは、ないのですか」
 不信の眼差しを向けて、フィニアが更に半歩だけ下がる。

「どうやら、その役目を果さねばならなくなったようだ」
 暫しの沈黙の後、アズフはそんなことを口にした。
 山肌から吹き降ろしてくる風鳴りの音に、彼は耳を傾けている。
「どういうことですか」
 正確にはそこに混じる微かな咆哮に対してなのだが、フィニアにはそれを聞き分けることができない。
 アズフが、手にしていた明かり石を少女へと投げて寄越した。
「持っておけ。ついてくるにしろ、戻るにしろ、必要だろう」
 それをなんとか落とさずに受け止めたフィニアへと告げると、彼は剣戟の打ち鳴らされる音を頼りに、  
 夜陰を伸びる枝道の中の一つへと、足を踏みだした。

267 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:48:49 ID:4RthWWHB

 血に塗れた切っ先が、随分と重いものに感じられる。
(楽な依頼だと思っていたんだがな)
 美味い話には裏があるとは良く言ったもの。
 小銭稼ぎのつもりが、良馬を手にする好機へと成り上がったと思えば、このざまだ――
 大振りの一撃が、頭蓋目掛けて振るわれてくる。
 毒突く間を得ることすらも叶わず、サズは身を低くして槍の穂先から逃れた。
 振り切られた柄の中心が、石臼の上に組まれた杵にぶつかり、乾いた音を立てて砕け散った。

 人狼が、溜息と共に天を仰ぐ。
「あー……本当に馬鹿だなぁ、お前ら」
 馬鹿なのは頭の方だけにして欲しいと、サズは本気で思う。
 素人同然の動きと言えど、獣性剥き出しの馬鹿力で押し続けられるのは厳しかった。
 一転突破。
 当初は囲みの一角を崩してのそれを目論んでいたが、実際にはそれが難しかった。
 挽いた小麦の粉を湿り気から守る為か、製粉所には一箇所しか出入り口が設けられていなかったのだ。
 当然、その唯一の出入り口の前には、巨漢の人狼が立ち塞がっている。
 殺傷力に劣る細剣と半端な魔術を用いた程度で、瞬時に打ち倒せる相手には見えない。
 下見を疎かにしていたことと、初手の判断ミスであったと認めざるを得ない状況に、彼は置かれていた。
 
 数にして五体目の獣人を屠り、或いは行動不能にまで追い込んだところで、息が上がり始めた。
 単純な動きとしての消耗に加えて、いつ始まるとも知れぬ格闘戦と一斉攻撃の脅威が、見えぬ形での
 重圧となって彼を追い詰めているのだ。
(確かに、武器を持って直立した獣ではあるけどなっ)
 小柄で臆病なコボルトと、旺盛な戦意と屈強な肉体を持つライカンスロープを同列に語るなどという、
 ナンセンスな事態に対し、今更ながらに眩暈がしてきていた。
 上体を泳がせた獣人の顎先を前蹴りで跳ね上げて、続けざまに平突きを見舞い――

 外した。
 避けられた訳でもなく、狙いそのものをサズは外していた。
 人狼が大仰に肩を竦めたのが、視界の片隅に映る。
「ああっ、もう止めだっ! まとめて丸焼きになりやがれっ」
 プツン、と。 
 彼の頭の中で、なにかが音を立てて千切れた。
 初歩的な発火の魔術を選んで、片手で印を結ぶ。
「お?」
 その動きと気勢に、人狼が興味を示してくる。
 それが明確な行動となって現れる前に、サズの指先に燐光が灯された。
 発現するのは、ほんの小さな火種に過ぎない。
 そこに上乗せをする。自身の中の破壊の力を込め、現し世の煉獄を創り上げるようとする。
 泰然とした構えを崩そうとはしない標的を見据えて、彼は掌を突き出した。
 
 放たれたが最後、猛火によって対象を焼き尽くす筈のその炎は、しかし完成することはなかった。
 正確には、させることができなかった。
 視線の先の、その先。開け放たれていたままの扉の奥に、小さな光が浮かんでいる。
 その光が、二つの人影をサズに視認させていた。
「――フィニア?」
 惚けたような声が洩れる。その隙を逃さず、人狼が地を蹴り走る。
 照り返しに光る刃が、横凪に振り抜かれた。 

268 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:49:24 ID:4RthWWHB

 抑制を失った魔術が本来の形で指先に現れ、直後に掻き消えた。
「ぐっ!」
 跳び退ったところに追い縋ってきた灼熱の感触に、サズが堪らず呻く。
 逆袈裟に放たれた蛮刀の一撃によって、左の肩口が斬り裂かれていた。
「ありゃ、コケオドシだったか?」
 人狼が拍子抜けした表情を浮かべて、得物を肩に担ぎなおした。
 追撃の構えはない。徹底的に遊ぶ腹積もりらしい。

 ――危なかった。
 倒れこみそうになる体を、剣を支えにしてサズは踏み留まっていた。
 危うく半分にされるところであった。山火事を起こすところであった。自滅してしまうところであった。
 取り返しのつかない過ちを犯してしまうところであった。
 何故とは、思わなかった。
 もう一人の人影に、駆け出したところを制されていたのは、確かにフィニアその人であった。
 自分の名を呼ぶ声も聞こえてきている。
 良く見えたなと、無駄に感心したところで思い出す。彼女には気の色を見る力があったのだと。

 思考を切り替える。
 極力、状況の悪さは意識しないことにした。
 ザギブ――フィニアの奪還を狙う勢力の元締めの名が出てきた時点で、敵の懐に入り込んでいたのだと
 いうことは、認識できていたのだ。
 この場を脱すればそれでいいという訳でもなくなったが、逆に腹が据わった部分もあった。
「……全員伸してやる。来いよ、畜生共」
 吐いたその言葉に、人狼が一瞬目を丸くした。
 後を追って浮かべられた笑みにも、今度は腹が立つこともなかった。

「アズフ、離してっ! 離しなさいっ!」
「そういう訳にもいかん。流石にお前に怪我をされては、口喧しい連中から揃って面罵されることになる」
「そんなこと、知りません! 行かせないというのであれば、貴方が行って、彼を助けてくださいっ!」
 少女の身を押さえながら、肩を竦めるという器用な真似をしてくるアズフに対し、フィニアは思い切り
 体を捩り、あらん限りの声を張り上げ、その縛めから逃れようとしていた。
 一言たりとも言葉を発さずに、暗い夜道を突き進むアズフの、その後を追い続け、彼女はこの場に辿り
 着いていた。
 そしてすぐにサズの存在に気付くと、そこへ駆け出そうとした。
 捜し求めていた火の赤さを、大勢の紫紺の影が取り囲んでいたからだ。
「――では、中には行きません! ですから、離しなさいっ!」
 そう叫ぶと、意外な程にあっさりと手が放された。
 その変わりだとでも言うかのように、アズフは小屋の出入り口へと立ち塞がる。
 一瞥もせずに、フィニアは駆け出す。
 小屋の二階部分に巡らされた外周の足場。
 急勾配になった階段の手摺に手を掛けて、彼女は脇目も振らずそこを目指した。

269 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:50:02 ID:4RthWWHB

 手にした明かり石を眼前に翳して、フィニアは狭い足場を進んでゆく。
 外周の足場に面した壁の各所に、覗き戸が取り付けられていたことを、彼女は思い出していた。
 その一つを探し出し、手を掛ける。
 取っ手を回すと、戸は簡単に開いた。
 先刻の出来事はともかくとして、今はイスタという名の若者に感謝したかった。
 彼は本当に熱心に、彼女に水車小屋の仕組みに関する説明をしていてくれたのだ。
「サズ!」
 呼び掛け、肩幅よりはやや狭いそこから内部の様子を覗き見る。
 明るい。青白い光が幾つか浮かんで幾つかの人影と、彼女の捜し求める人の姿を照らしあげている。
 続けて言葉を発しようとしたところで、フィニアは血と獣の臭気に激しく咽せ込んでしまった。

「無茶をするなよ。一応、飛び込めるような所はなさそうではあるが」
 いつの間にか、アズフが彼女の後ろに控えていた。
 彼には取り乱した様子も全くない。完全に他人事といった風だ。
「アズフ。いえ、静謐騎士団副団長、アズフ・ラズフ」
 振り返ったフィニアの語調は、いつになく強いものであった。
「あの獣兵はベルガから連れてきたものですね。今すぐ、彼らを退かせなさい。必要であれば、私を捕え
 司祭長に引き渡しても構いません」
 迷うことなく、そう命じた。
 獣人たちの数が、あまりにも多過ぎたからだ。
 今までに、追っ手として放たれたきた数の比ではない。
 幾度と無く自分を守り抜いてきてくれた、サズの技量は確かなものではあったが、それに縋って彼を
 見殺しにするような真似は、彼女にはできなかった。
「随分と殊勝な物言いだが、生憎と私にはあの兵士たちを指揮する権限がない。お前を連れて帰るのは、
 サズとやらが殺されてしまった時にでもさせて貰うが」
「殺させなど、しませんっ!」
 自身の気持ちの全てを否定された怒りに任せて、フィニアが宣言した。
 もう誰が、こんな男に頼るものか。
 なんとかするのだ。なんとかして、サズをこの窮地から逃してやらねばならない。
 その為に、自分にできることはないのか。
 それだけを少女は考え始めた。 

 思いつくということは、容易ではなかった。
 経験が足りないのだ。困難に対し、自力でそれを克服し打破するという経験が。
 気ばかりが焦る。無意味に叫び出しそうになる体を、必死になって抑えつけた。
 剣戟の音が耳へと飛び込んでくる。
 野卑な笑い声が、まるで自分のことを嘲るかのように建物の中を反響している。
 悔しさに下唇を噛んでしまい、慣れない味が口の中へと広がっていった。

『まずはなんでも、人のすることを注意深く見ていろ』

 不意に、声が思い出されてきた。
 それが何者の声であったかということに彼女が思い至るよりも早く、次の声が頭の中へと響いてきた。

『いくらやる気を出しても、知らないこと、経験のないことは上手くはいかない。――焦るな』

 戸口の外から、内部の様子を探る。
 自分には、それができる。それなら、何度もやってきていた。
 姉さまに褒められたことだってある。素質があるのだと。それに負けない修練も積んだのだと。

270 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:50:47 ID:4RthWWHB

 第二の瞳――この世に在る数多の魂魄を視る、霊視の瞳をフィニアは開かせた。
 雑多な、肉体を支える「魄」を持たぬ「魂」だけを視界の内から排すると、その後には生きた者たちの
 魂魄だけが、はっきりとした色彩を伴って視えてくる。
 ぶつかり合う赤と、白銀。そして紫紺の色は無数に。
 違和感などではなく、はっきりとした疑問として、今は感じることができた。
 紫紺の色は、獣兵たちの色だ。
 彼女の知る限りでは魂魄の色というものには、一人一人、草の一本一本であれ、多様性に満ちており、
 似た色合いこそあれど、全く同じ色合いを持つもの等はいなかったのだ。

 だが、獣兵たちのそれは違った。
 同じなのだ。数多くあるその魂魄の色には、何一つとして違いが見受けられない。
 異様なものに見えた。無個性。無感情。そんな言葉をフィニアは連想した。
 集中する。注意深く、その色を意識の全体で捉えた。
 それに関してだけなら、自分は誰にも引けは取らないのだと念じる。

 薄く漂う、細いなにか。
 他の感覚を全て捨て去ることで、それは視えてきた。
 無数の紫紺から個々に伸びるそれを、フィニアは糸のようだと感じた。
 一度捉えれば、そこからは造作なくその糸が描く軌跡を辿れた。
 糸は、その全てがある一点を目指して伸ばされている。
 逆なのかもしれないとも、思った。
 糸は初めから撚り合わされており、その一点から伸ばされているのだと。

 意識を深くから、浅いところへと引き戻す。
 白銀の魂魄が、糸の袂となっている。
 その光景が、彼女の知るなにかを思い出させた。

『憑依の業はね。視ることから始まるのよ。漂う魂魄を視て、その存在を覚え、術者自身の気をそれに
 合わせて使役するの。なんて言ったらいいのかしらね……呼び寄せた霊体を、操る感じなのかしら?
 気を体の内で練り上げて、傀儡の糸のように。私は、そうイメージしていたわ」
 
 今度のは、わかる。姉の声だ。
 巫女としての修練を積む過程で、中々上手く憑依を行えないフィニアに、シェリンカはそんなことを
 言って聞かせてくれていたのだ。
 糸。傀儡。
 ベルガの術士たちが獣人を使役する術に長けていることは、彼女も知ってはいた。
 しかし、どういった理屈でそれを可能にしているのかなどは、終ぞ考えたこともなかった。
 だが、その支配を断ち切れたらとしたら?

 戸口から、再度中を覗き見る。
 明かりに照らされたサズと、一人の獣人の姿が視認できた。
 濁った銀色の体毛を持つ大柄な獣人の左の拳に、紫紺色の糸が撚り集っているのが、フィニアの目に
 はっきりと映った。
「サズ!」
 それが賭けだとは思えた。
 獣兵たちを支配から解き放てる確証はない。もっと言えば、支配などされていないのかもしれない。
 例えその推測が正しかったとしても、束縛から解き放たれた獣兵たちが、どういった行動にでるのかも、
 彼女には予測できない。
 できないからこそ、そこから先は任せることにした。
「貴方が戦っている獣人の、左手です!」
 後ろでアズフが感心の声をあげたが、それが彼女に耳へと入ってくることはなかった。

271 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:51:32 ID:4RthWWHB

 短いその叫びだけでは、サズはなにかを掴むことはできなかった。
 しかし、彼は逃さない。 
 目の前に立ち塞がる巨漢の人狼が見せた一瞬の動揺と、明らかな隙を逃すことはしなかった。
 左手に視線を飛ばし、そこに光る金属質のなにかを見止めた。
「がっ」
 苦痛の声に続いて、それが人狼の指ごと、床の上へと落ちた。
 動揺の気配が周囲に広がってゆくのがわかる。
 地に落ちたそれを蹴り飛ばそうとしたが、それは未然に防がれた。

「……邪魔が入っているようだなぁっ」
「それで獣人共と仲良くやっていたってわけか。手品の種がばれたな、わんころ」
「誰がわんころか!」
 獣そのものの俊敏さで斬り落とされた己の指を攫い、距離を開けた人狼が、怒気を撒き散らした。
 獣人たちは、口々に戸惑いの吼え声を上げ始めている。
「いいとこなんだっ、黙っていろ!」
 一声、それを圧する響きで人狼が吼えて、その動揺は治まりをみせた。

 体勢を崩したところに仕掛けることを、サズは敢えてしなかった。
 中途半端に追い詰めて、全ての獣人を差し向けられては、到底敵わないからだ。
「指輪みてえだな。つけてなくても、握ってればいいわけか。……さて、手傷も負ったし、そろそろ数に
 任せて畳み掛けてくるか? そうすれば、あんたにも十分に勝ち目はあるぜ」
「数で押さなきゃ、俺が負けると言いたいわけか」
 特に捻りも効かせていない挑発に、巨漢の人狼はあっさりと乗ってきた。
「サシでやってやるよ、小僧。だが、これを見てから吠え面を掻くなよ?」
 床に肩膝を突いていた人狼が、根元から切り落とされた指を見せびらかすように、己の眼前に翳した。
 そしてそれを、鮮血の溢れる左の掌に合わせる。
 丁度、本来あるべき位置にそれは収まった。

「さて。それじゃあ仕切り直しだ。今度は、手加減抜きでいくぜ」
 特になにをするでもなく、人狼がその場から立ち上がる。
「……全力だったろ、さっきまでので」
 サズが発した声は、今度は挑発としての意味を成さず、逆に苦し紛れの体を現していた。
 一瞬のことで、概にその指は癒着したのだろう。
「じゃあ、嘘か本当か――試してみろよっ!」
 蛮刀の柄を両手で握り締め、人狼が突進を仕掛けてくる。
 予想外の再生能力に、サズは舌打ちを飛ばしかけて、それを止めた。
 完全に誤算ではあったが、それも手伝って、都合良く一対一の状況ができあがってくれた。
 倒してしまえば、取り巻きはその統制を失うことがほぼ確実なのだ。
 人狼との戦いに専念する意味が、明らかに出てきている。
 それならばと、剣の柄を握る指に、力を込め直す。
 ぼうっと横に佇んでいた熊頭の獣人を楯に、サズは蛮刀の一撃をやり過ごした。

 再開される剣戟の音に、しかしフィニアは衝撃を受けることはなかった。
 自分の指摘が、一時的にではあれ、サズを助けることが出来ていたからだ。
 彼が交わしていた会話の一部始終を聞き届け、彼女はそう判断をしていた。
 同時に、自分が助けを入れることができたなら、サズはそれを即座に活かしてくれることもわかった。
 一連の結果を踏まえ、考える。
 指輪だと、サズは口にしていた。
 それによって銀色の獣人が、獣兵たちを支配していることは確かなのだろう。
 そこに介入することができれば。その支配を奪えればと、フィニアは考えた。
 試みてみるだけの価値はあるとも思えた。
 念じて、瞳を閉じる。

272 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:52:08 ID:4RthWWHB

 肩を強く掴まれる感触で、彼女のその思惑はあっさりと崩された。
「止めておけ」
「邪魔を、しないでください」
 引き止めてきた腕の主へと、フィニアは毅然として言い放った。
 アズフは引き下がらない。
 彼女が行おうとしていた業が憑依術の一種であることを、彼は見抜いていた。
 彼の良く知る人が、幾度と無くそれを行ってきたのを、幼少の頃より見届けてきていたからだ。
 それに付随する危険性も、第三者的な立場ではあれ、それなりに知り得ていた。
 少女に如何な思惑があろうと、黙ってそれを見過ごす訳にはいかない。
 そんな気持ちで、彼はフィニアの行動を制止していた。
 彼女の帰りを心の底で望んでいる人の悲しむ顔を、彼は見たくはなかった。
 
 男の見慣れぬ表情に、フィニアは一瞬の戸惑いを見せた。
 サズを助けたい。彼を救いたい。
 そんな自身の気持ちを、鏡に写し出されたかのような錯覚を覚えてしまっていた。
「離してください。決して、無理はしません。約束します」
 一瞬の逡巡を見せてから、彼女は口調を改めて言った。
 肩を掴む強い力が、消え去ってゆく。
 後に残ったのは、見慣れた他人事な表情だけであった。
 不思議と、それが憎らしくは見えてこない。
「ですので、もう邪魔はなさらないでくださいね」
 気持ちを落ち着かせて、フィニアは再び思考の中へと舞い戻っていった。

 ――フィニアの助勢を期待してみよう。
 サズは、そんな気持ちになっていた。
 こういった場面で人の助けを受けるということは、あまり体験をしたことがなかった。
 意外に、良いものだと思えた。
 期待のし過ぎは良くないのかもだが、頼りにしてみると、不思議に気力が沸いて出て来る気もした。
(サシじゃあ、ないかもだけどなっ)
 闇の死角に乗じた猛攻を仕掛けてくる人狼相手にも、引けを取る気がしない。
 灼けるように熱かった肩の傷も、高揚感を増す一つの要素としか感じなくなっていた。
「頼むぜっ! フィニア!」
 燐光の下、剣閃が疾る。

 初見の印象では、少しばかりはしっこそうな青年といったところであった。
 一刀目を弾く。そこから剣が翻り、首筋を狙った剣呑極まりない二刀目となって襲い掛かってくる。
 でくのぼう共を五体かそこら斬り伏せられた時点で、興味は沸かされていた。
 刃を交えてすぐに感じたのは、典型的な軽戦士と見做していた自分は、まだまだだったかなという思い。
 質の軽い細剣での連撃は、弾く方がまだマシであった。
 得意とするシミターでの受け流しは、この青年相手には思ったよう効果を挙げられていない。
 握り手に力を込め、愛刀を振りぬく。
 受けを許さぬその一撃を、追撃を許さぬ立ち位置へと退いて、青年はやり過ごしていた。
 ――近い。お行儀良く人の姿形をとっちゃあいるが、こいつはこっちよりだ。
 都を発つその際に、念を押されていた言葉を思い返す。
 存在を気取られる程度であれば、捨てておけ。
 直接知られたのであれば、遊ぶな。斬って捨てろ。
 つまらない話だと、彼は思っていた。
 薙ぎ払ったその先に、でくのぼうが一匹。
 待機の命に縛られたそれは、避けることも叶わず、胴に一撃を受ける。
 めり込んだ切っ先の分だけ動きが鈍る。煩わしい下僕の叫びに、頭の芯がくらりと揺れる。
 機を逃がさず、喉元目掛けて突きが放たれてくる。
 身を捻って肩をくれてやると、深く抉ろうとはせずに引いていった。

273 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:52:58 ID:4RthWWHB

(思っていたんだがなあ)
 おぼえず、笑みをこぼしていた。
 遊ぶのは、そうしなければ楽しめないことがあまりにも多かったからだ。
 遊ばずに楽しめるのであれば、それに越したことはない。
 疲れるばかりでしかない、毎夜毎晩のこそ泥紛いの仕事にも、彼は飽きを覚えていた。
 派手にやりたいのだ。もっと苛烈に、もっと刺激的に。
 丸焼きだ等と叫ばれて、本当に火が付いてしまった気もする。

 同意したかった。
 彼が住んでいた古臭い都の中にいる連中は、その大抵が、辛気臭い顔をして、怯えていた。
 外に出ても、それは同じであった。
 余所者に自分たちの縄張りを荒らされているというのに、牙を剥くどころか、碌に姿を見せもしない。
 初めから、そういうところを選んであるのだとわかっていても、つまらないものはつまらなかった。
 日を重ねてみてやっと現れたのは、どう見ても余所者の青年が一人だけ。

(いや、二人か)
 若い女の声と、気配は感じていた。青年の連れだろうと、決め付ける。
 姿は見せてはいないが、逃げない分だけマシだと思えた。
 それと、もう一人。
 あのいけ好かない男がこの場にいることは、自慢の鼻が知らせてくれていた。
 血よりも臭って届いてくるのが、やはり好かない。
 それに比べれば、眼前の青年の臭いは好ましいとすら言えた。
 その青年の息が上がってゆく。技の切れも、明らかに鈍り始めている。
 残念だとは思わない。
 獣は、追い込んでからが一番危険なのだ。そして、一番面白いのだ。
 尖らせた狩猟の本能を更に昂ぶらせて、人狼は鋭く気を吐き飛ばした。

 サズを助ける為に広げられていたフィニアの眼に、一つの変化が映し出されていた。
 それは、悲鳴と苦痛に揺らぐ紫紺と白銀の魂魄であった。
 サズが勝ったのであろうか――
 先ず、そんな安易で希望的な観測をした。
 しかしそれはすぐに裏切られる。
 戸口から覗き見てみれば、依然として大柄な獣人は健在で、武器を振るってサズを追い回している。
 サズの様子は良くわからない。
 わかるのは、彼が苦戦しているのだということだけであった。
 アズフに宣言した言葉を取り消して、その場に駆け込みたかった。
 例え再び動きを拘束されるだけだとしても、なんの手立ても打てずにこの場で指を加えているだけなら、
 そうした方が良いようにさえ思えてくる。
 きつく掌を握り締めて、その衝動をフィニアは堪えた。
 まだなにか、できる筈だ。
 大したことは出来ていなかったのかもしれないが、ベルガを出てから出来ることは増えていたのだ。
 おじ様は、お客が喜んでいると、自分の仕事のやり方を褒めてくれた。
 おば様は、本と料理が好きなのは良いことだと、にこやかに笑ってくれた。 
 サズは、諦めずに行こうと言ってくれた。
 なら、まだ自分にもできることはある筈だ。諦めないで、良い筈だ。

 気を引き締めた。伏せそうになっていた顔を上げた。 
 思考を巡らせると、再び指輪のことについて考えが及んだ。
 アズフに引き止められなくとも、魔術の道具について知識のないフィニアが、それを触れもせずに操る
 ことなどは、まず不可能に等しかった。
 それでも、やはり糸口としてはそこなのだと思えた。

274 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:53:57 ID:4RthWWHB

 魔術とは、大小様々な形の、目に見えぬ力を扱う技術を指していう、一種の総称だ。
 その魔術について、彼女が知り得ていることが、一つあった。
 サズが扱う印術とフィニアの憑依術だけを比べてみても、その性質や発現する力の在り方に幾つもの
 差異はあったが、両者にはある共通の法則が存在しているのだ。
 力を用いれば、そこには必ず、なにかしらの反動が付き纏う。
 単純で、煩わしくも感じる、魔術に対する幻想を根本から否定する、基本とも云える法則だ。
 そしてその反動――負担の大きさは、扱う力の大きさに比例する。 
 
 幾つかの仮説を立て、それらを繋げてみた。
 指輪の効力は、人語を口にする獣人がそれを失った折に、獣兵たちの統制を失いかけたことや、再び
 それを手にして、その混乱を治めたことからしても、自分の予想したものと遠くないことが実証された。
 支配の呪力を秘めた、強力な魔術の品だと考えられる。
 そしてそれを扱う獣人に、その呪力から発せられる筈の強大な反動の影響は、一見して見受けられない。
 指輪が魔術そのものの効力と、本来術者へと跳ね返ってくるその負担の、両方を支えているのだろうか。
 それとも――

 そう考えてみると、自分なりに納得がいった。
 同時に、もしもそうならばと、思いつけることもあった。
 限られた知識と経験からの推測でしかないが、やってみるだけの価値はあると、フィニアは判断した。
 一旦戸口から離れて、手中にあった明かり石で足場を照らす。
 足元と小屋の外壁を確かめながら、彼女は進んでゆく。
 目的としたものが、あった。

「たしか、これで――」
 自分の二の腕程の太さを持つ一本の棒状の物体を、フィニアは探し当てていた。 
 木製の壁面から突き出たそれは、やや上向きに傾斜がついており、端の方に触れてみると思わず身を
 竦めてしまう程に夜の気に冷え切ってしまっていた。
「く、ぅ……っ!」
 腕の力だけではそれを引き下げることは叶わないとみて、今度はぶら下がるようにして己の全体重を
 掛けてみる。
 これが動けば、上手くゆくかもしれないのだ。
(サズ!)
 縋る為ではなく、力になる為に。
 彼女はその名を唱え続けた。

 指先が痺れる。
 じわじわとその位置を落として来ていた鉄製の棒は、水平に達したところで、完全に動きを止めていた。
 目線よりは低い位置に来ていたので、今度は上から押し込んでみるが、変化はなかった。
 非力だ。呆れる程になにもできない。悔しさで涙が滲んでくる。
 それでも、鬱血した指に有りっ丈の力を込めることを、彼女は止めはしなかった。
「退いていろ」
 聞き覚えのある声が、耳へと届いてきた。
 へたり込むようにして、フィニアがその手を放す。
 青白い、しかし鍛え上げられた男の腕が、水車の作動レバーを一気に引き下ろした。

 ごうん、と。
 深く水流を呑んで、無数の歯車が軋み始める。
 呆けた目でその背を見つめられながら、アズフが三つの水車を続けて起動してゆく。
「一度だけだ。シェリンカの奴に、手伝ってくれなかったと言われては敵わん。……いつまでもぼうっと
 していないで、様子を見てやったらどうだ。なにを考えていたのかは知らんが、あの男を助けたかった
 から、こんなことをしていたのだろう」
 手を払い、やや早口になって顎先を戸口へと向けて、彼は小さく息を吐いた。
「あ……ありがとう、アズフ」
 それ以上は口を開こうとせぬ男へと頭を下げて、フィニアが立ち上がる。
 既に全ての水車は回り出しており、小屋の中からは騒々しい物音が響き始めていた。

275 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:54:53 ID:4RthWWHB

 始めは騒音のようであったそれは、次第に一定の律動を奏でるように変化を遂げていった。
 歯車の軋みは、その場を支配していた荒い息の音を、すぐさま掻き消した。
 杵は、本来は籾殻を取った小麦があるべき、石臼の底を力強く叩いている。
 突然の自体に、サズと人狼の両者共々が戸惑った。
 だが、この程度の変化にいつまでも浮き足立つなど、多少実戦慣れした者であれば有り得ない話だ。
 立ち直り、対峙していた相手を見据える。

 それができたのは、サズ一人であった。
「く……う、おおおおおおおおおぉ!」
 突如、人狼が咆哮を上げた。
 小屋全体に響き渡る作業音をも圧する、力強さを持ったそれには、明らかな苦悶の色が含まれている。
 サズが動いた。
 腰を踏ん張り、必殺の気を練り上げ、狙いを定める。
 人狼が顔を歪ませながらも、ぎらつく双眸を向けてきた。
 サズが剣を振るう。
 完全に剣の間合いは外している。
 蛮刀で防御の構えだけを取り、人狼はその場から動こうとはしなかった。
 獣の瞳が、忌避すべき赤の軌跡を捉えた。

 それは鍛え上げられた戦士の直感と、彼自身の本能がそうさせたのであろう。
 ごとりと重い音を立てて、銀色の体毛に覆われた腕が床の上へと転がった。
 灼けつく痛みを堪え、人狼が深く息を吐いた。
「そうくるかぁ」
 燃え上がるその物体を、彼は感服の眼差しで見つめていた。
 己の物であった左の腕が、肘の手前程から切断され、燃えている。
 斬られた肘を見てみれば、そこに炎が灯される気配はない。
 ただ、断面は黒く焦げて、周囲は完全な煤と化していた。
「さて……あとは、どちらがここから逃げ延びるかだな」
 サズは肩を大きく鳴らして、自我を取り戻した周囲の獣人へと目線を向けてみせた。
 ばふっ、と。
 一度その火を縮こまらせた人狼の左腕が、大きく爆ぜて散る。
「その必要はないなぁ」
「死ぬまでやり合おうってか。そういう流儀は捨てたんだけどな」
「いやぁ……アズフ! 見ていただろう!」
 呆れた顔になるサズの言葉を否定して、人狼が上へと向けて声を上げた。
「見物はそこまでにしろ! 俺は命令を果たせなかった。あとはお前が引き継いで、撤収しろっ」
「――承知した」
 返されてきたその一言に合わせるように、獣人たちが動きを止めた。
 その結果に満足したのか。
 人狼は大きく頷き、己が得物を床板の上へと突き立てた。

「なんだ」
「引き継いだので、命令を与えさせて貰う。お前がこいつらを連れて、戻れ」
「……やっぱり、お前のことは好かん」
 人狼が嘆息し、天を仰いでいる。
 アズフより渡された指輪を忌々しげに指に嵌めると、彼はゆったりとした動きでその場を振り返った。
 視線の先には、フィニアに肩を支えられたサズの姿がある。
 場所は小屋の外に移っており、ひしめき合うようにしていた獣人たちは、その影すら見せていない。
 人狼は一時の間、サズへと眼差しをくれていたが、ふとそれを、隣に在る少女へと滑らせていった。

276 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:55:36 ID:4RthWWHB

「嬢ちゃん、指輪の欠点に気付いていたのか」
「――支配の魔術は、維持するだけなら比較的容易なので」
「そうだ。それくらいなら、手前でも動きながら扱える。だが、あれだけ操っているところに揺さ振りを
 掛けられちゃ、正直堪らん。まだ、頭がくらくらしているぜ」
「すみません……」
 大袈裟に頭を振ってみせる人狼に、フィニアが申し訳なさそうに顔を伏せた。
 横で、サズが吹き出す。
「サズ。笑わないでください」
「そうだ。笑っちゃいけねえぞ、小僧。手前を助けてくれた女を笑うなんざ、しちゃあいけねえなぁ」
「……そういうあんたも笑ってるじゃねえか」
 予想外の挟撃を受けて、サズが苦笑いを浮かべる。

 今一状況の把握ができてはいなかったが、人狼が告げてきた停戦の申し出を、彼は受け入れていた。
 剣を引いた理由は、一応聞いてみた。
 返ってきたのは、こんな答えであった。
「土産話を持って帰るには、死んでいちゃあ、いけねえからな」
 獣人の表情の変化が、意外に細かいものなのだということに気付かされ、サズは妙に感心させられた。
「さて、それじゃあ命令通り。尻尾巻いて逃げるとするか」
「サズ・マレフだ」
「ふぅん。ギ・グだ。あんまり名前じゃ呼ばれねえけどな。それじゃあ――」
 名を返した人狼が、後ろに控える男へと意味ありげに視線を移した。
「つまらんところで、おっちぬなよ。サズ」 
 隻腕となった手で蛮刀を肩に背負い、人狼は深い闇の中へと歩み去っていった。

 見送るようにして、サズはその光景に眼を向けていた。
 そこに、声がかかる。
「また会ったな」
 一難去ってまた一難。本音を言えば、彼も頭が痛いところであった。
 振り向くと、そこに銀髪の男が佇んでいる。
「アズフ・ラズフ……だったっけか。騎士団のお偉いさんだとは、聞いているぜ」
「自己紹介の手間が省けて、助かる。ついでと言ってはなんだが、貴公がここで目にしたことを忘れて
 くれると、更に手間が省けるのだが」
 月と、明かり石に照らされて、痩身の優男はサズの前へと進み出てきた。
 サズは無言でフィニアを後ろへとさがらせた。
「忘れる……って言っても、すぐに別件に移る気だろ?」
 手にしていたままの剣を下段に構え、サズが威圧の気を放つ。
 それに臆する風でもなく、アズフは携えていた長剣を抜き放った。
「察しの通り。一番にすべきことは、片が付いた。次は、我らがベルガの姫君を取り戻すという大任を
 果たさせて貰うとしよう」
「お姫様なんかじゃないって、こいつは言ってるんだがな」
 砂利の混じった土肌を削って、二人が間合いを詰める。

 銀色の光が二条、硬質な音を立てて互いに弾きあった。 
「アズフ!?」
「事情が変わった。今ではそいつは立派な王族だ。シェリンカも、最早奪還の命を止める術は持たない」
「随分とまあ、勝手な話だな。フィニアも、大変だ」
 三者の声がすれ違う。
 数合打ち合って、先に引いたのはアズフの方からであった。
 長剣が投げ捨てられ、外套がはためく。
 薄闇の中で彼が手にした得物の正体を、サズは素早く見抜いた。
 小型の弩。狙いは既に定められている。
 射線がフィニア重ならぬよう、サズが横っ飛びに動いた。
 その足元を掠めて、矢が地面へと突き刺さる。

277 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:56:23 ID:4RthWWHB

 体が重い。
 矢を避け続けるには無理があることを、サズは悟った。
 だが、得意の展開に持ち込めたことに対しては、誰にとも無く感謝していた。
 片手で印を切る。印術の扱いなら、火を操るよりは風を操るのを、彼は得意としていた。
 距離を開けたアズフは、矢を装填し終えている。
 澱みのない、手馴れた動きであった。
 無理に距離を詰めれば、まず間違いなくサズの体は射抜かれる。
「止めてください! 先程は、助けてくれたではありませんかっ」
 フィニアの叫びが、木々の合間に虚しく響く。
 位置的に、彼女はサズとアズフの真横にいる形となっていた。
 サズが踏み込みを増す為に、両脚に力を溜め込んだ。
 アズフが僅かに腰を落とし、引き金を引き絞る。 
「――渦巻けっ!」
 呪文を口に、サズが地を蹴った。
 耳鳴りの音を伴い、周囲に旋風が巻き起こされる。
 放たれた矢は狙いを狂わされて、小屋の外壁へと突き刺さった。

 アズフへの距離を詰める一瞬の最中で、サズは彼が何事かを口にするのを目にしていた。
 無機質ななにかに、背筋が泡立つのを感じた。
 咄嗟に体を横に投げ出したところを、そのなにかが過ぎ去っていった。
 
 アズフの手には、一振りの剣が携えられている。
 投げ出した筈の、長剣だ。
 絶句するサズへと、それが振るわれてきた。
 避け損ね、左の脹脛にそれを受けた。
 鮮血が溢れ、少女の悲鳴が上がる。
 守れば、負ける。
 積み重なった肉体と精神の両面の疲労から、サズは決断をした。
 繰り出される連続攻撃を、体勢を崩しながらもなんとか剣で弾く。
 掌に力を込めた。人狼の腕を斬り飛ばした一撃を、再び放つ為に。

 奥の手であるそれは、既にこの男には見られている筈であった。
 まともに仕掛ければ避けられ、その時点でサズの勝ちは無くなる。
 狙いは一点。
 受け太刀と見せて、炎刃を浴びせて倒す。
 最後の勝機を定め、彼は全神経を集中させていった。

 横に回られるよりも早く、その機は訪れてきた。
 粘りを見せるサズの守勢を衝き崩そうとしたのか、アズフの剣が大上段に振りかぶられた。
 それに合わせて、サズも渾身の一撃を見舞う。
 かち鳴らされた小さな火花が、その戦いに終わりを告げた。

「残念だったな」
 息む男の言葉に返すだけの力を、サズは残してはいなかった。
 ――空人の遺産。
 虚ろに等しくなった頭のどこかで、その存在を思い出していた。
 どんと、無造作に腹を蹴られて、大きく後ろへとよろめいた。
 反射で剣を構えようとしたところを、魔剣の一閃が過ぎ去っていった。

 倒れる。
 愛したその人が、目の前で崩れ去る。
 現実味のない光景に見えたその中で、地に広がる赤い血溜まりだけが、妙に生々しい。
 そのことがなにを意味するのかを、彼女は知り得ていた。

278 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:57:01 ID:4RthWWHB

「アズフ・ラズフ!」
 絶叫が木霊する。
 生まれて初めて、憎しみから人の名を口にした。
 呼び寄せる。許されるべきではない、この男を打ち倒す。ただその為だけに。
 念じて、フィニアは歪んだ魂魄を己の内へと引き寄せた。
「フィニア」
 男の顔が苦渋に歪んだ。
 少女が変貌を遂げる。髪は白く、肌は赤く、瞳は灰色に変わり、纏う気も荒々しく猛ってうねる。
「――風を颶し、地を祓え」
「止せっ」
 制止の声を上げるアズフの元へと、澱んだ風が押し寄せた。
 四肢の動きを束縛するその力に、アズフの全身が動きを止める。  
 フィニアが、笑みを浮かべて掌を突き出した。
 開かれたそれが、なにかを握り潰すように動かされる。

 金属が激しく鳴り合わさって生まれる、甲高く、耳障りな音が周囲に響き渡った。
「うぁ……っ」
 フィニアの耳朶を打ち、それが呪縛の力を削いでゆく。
 魔剣とその鞘が共鳴し、震える音であった。
 続き、硬質な破砕音が起こる。
「止せ、フィニア! 今すぐに憑依を解けっ!」
 視えぬ束縛から脱して、アズフが剣を構えた。
 その片腕が、外套の内側へと伸ばされている。
 魔道書。グリモワールとも呼ばれるその書物を手に、彼は迫る禍神の呪力に備えた。
 次々に押し寄せてくる束縛の風を、書物の一頁、或いは数頁が受け止めて白紙へと還ってゆく。

(本当に、必要になってしまうとは)
 司祭長から、万が一の為にと渡されていたその魔道書の効力がある内に、なんとかして狂乱する少女を
 押さえ込まねばならない。
 アズフの手にした魔剣には、魔力呪力の類を四散させる力が秘められているが、流石に先程の相手とは
 違い、それで直接フィニアを斬り付けるわけにもいかない。
 接近を試みて、昏倒させるしかないだろう。
 急がねば、書物の効力のみならず、フィニアの体が保たない。最悪、命を落とす可能性さえもある。
 それは、あってはならないことなのだ。
 叩きつけられる圧力に逆らい、アズフは足を強く踏み出した。

 腕を掴まれ、フィニアは激しく身を捩った。
「はなせっ!」
 単調に力を振るうだけの禍神の影響を受けてか、彼女の語気は荒く、その形相は醜く歪んでいる。
「許せとは言わん。ベルガに着くまでの間は、眠っていろ」
 額に剣の柄を押し付けられ、逆巻く気の奔流が消えうせ始めた。
 少しずつ、フィニアの意識が鮮明になってゆき、そこから落ちてゆく。
 駄目だったのだ。
 そう思い、サズの姿を捜し求めた。
 薄れゆく激情の後には、彼のことを思う気持ちしか残されていなかった。
 視界の端に、赤く染まった彼の姿を捉えた。
(助けて)
 願う。
 深淵に堕ちてゆく意識の中で、その更に深きを目指して、ただ只管に願う。
(助けて、サズを……彼を助けて)

 ――ルクルア。

279 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:57:40 ID:4RthWWHB

 アズフは飛び退いていた。
 少女を掴んでいた腕は、違和感を覚えると同時に放していた。
 放して、離れても尚、背筋から怖気が離れてはくれない。
 再び変貌を遂げた少女に、彼は根本的な惧れを抱いた。
「忌々しい」
 険を覗かせる枯れ逝く冬の音色で、少女が告げてきた。
 手が振り上げられる。それに追従するように黒色の波紋が広がっていった。

 幹にそれを受けた樹木が、忽ちの内に枝葉の全てを枯れさせて、死に逝く。
 アズフの手の中で、魔道書が音もなく崩れ落ちた。腕には強い痺れが残っている。 
 これ以上、確実に身を守る術も無い。
 これ以上、彼女を消耗させる訳にもいかない。
 迷わず、退くことを彼は選択した。
 
 反響する言霊に逆らい損ねて、ルクルアが顔を顰めた。
「……まあ、善いか」
 既にアズフの姿はない。
 彼女の思考に、逃げた者を追う等という選択肢は、最初から存在していない。
 体調は、すこぶる良い。
 蝋の如き白さの肌を見ても、ぬめるように艶やかな紫の髪を見ても、なにかを損なっているようには
 到底思えない。
 損なっているのは、もっと別の、目には見えぬものであった。
 
 そんなに派手にやられている風には見えないが、これでも放っておけば息絶えてしまうのであろう。
 そんなことを考えていると、催促がやってきた。
 ――ハヤクシテ。シンジャウ。ハヤクシテ。
「五月蝿い。わかっておるわ」
 ルクルアが、その白い細腕を地に倒れ伏した男の背中へと宛がった。
 二人の全身を、黒いもやが包んでゆく。
「どうにも、塩梅が悪いのう……」
 愚痴を洩らしつつも、指先に強く力を込めた。
 見る間に、サズの傷が癒されてゆく。
 その代償として用いているのは、少女の持つ生命力。流転の法で以って、それが大量に流し込まれる。
 
 傷自体は塞がってはいたが、そこからどの程度回復をさせればいいのかまでは、良くわからなかった。
 仕方が無いので、ぎりぎり体力の限界まで注ぎ込む。
 お陰で異様に疲れてはしまったが、サズの血色は良くなっており、喧しい催促の声も消えてくれた。
 回り続ける水車の音だけが、ルクルアを取り巻く。
 暫しの間、それに身を任せて、彼女は想いに耽っていた。
(憐れと言えば、憐れよの)
 血と土埃に汚れたサズの体を、身に着けていたガウンでくるんで抱き寄せた。

 暫しを過ぎると、彼女はそれに飽きた。
「いい加減……目を覚まさぬかっ」
「あつぅ!?」 
 冷たい掌で頬を叩くと、素っ頓狂な声を上げてサズが意識を取り戻した。
 手荒い目覚ましをくれた相手に抗議の眼差しを向けて、彼はそこで固まってしまう。
「――ルクルア?」
 草むらの上へと転がっていた明かり石が、化生の貌を薄っすらと照らし上げている。
 判然としない記憶を振り返ってみるが、良くは思い出せない。
 血に塗れた己の姿を目にして、漸く辿り着く始末であった。

280 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:58:31 ID:4RthWWHB

 暖炉の火を絶やさず、バイエルはサズたちの帰りを待ち侘びていた。
 煤を張り付かせた扉が、外側から叩かれた。
「おぉ、無事でしたか――」
 扉を押し開け、二人を招き入れようとしたところで、彼は声を失った。
 現れたのは、確かに老人の知る一組の男女ではあった。
「驚かせたな、じいさん。コボルトは追い払っておいた。手違いで水車を動かしちまったから、それは
 明日にでも止めておいてくれ。あと、水車小屋の中の魔物の死体を片付けるのも、頼みたい」
「そ、それは構わんのですが……サズ殿は、怪我をなされているでは、ないですか。それに、その……」
「気にしないでおいてくれ。その方が、有難い」
 初めて見る青年の笑みの力のなさに、バイエルは二の句を継ぎ損ねた。
 少女の方へと声を掛けようかとも迷うが、それも出来ずに押し黙ってしまう。

 せめて、今晩だけでもと。
 別れを告げる青年に乞うように申し出たが、それも固辞された。
「血で汚したくないんだ」
 依頼を達成した証である、老人の手書きの書状だけを受け取り、二人は去っていった。
 本当であれば、それは青年がコボルトを退治したのを確認した上で、渡すべき筈の物であった。
 考えようによっては、一芝居打たれた可能性はあるかと、バイエルも思いはした。
 だが、そこで彼は考えるのを止めた。
 青年の残していった結果を元に、一刻も早く村の人々を安心させることが、自分の役目であったからだ。
 コボルトの襲撃が止んだところで、外部の者を頼った時点で反発は予想出来ていたのだ。
 やるべきことを果たすことの方が、先だと思えた。

 壁に掛けていた外套とランタンを手に、バイエルは夜道へと踏み出した。
 その行動を他の村人が見れば、危なかしいと口々に言ってくるのであろう。
 老人は、歩むことを止めなかった。
 追い払ったと、青年は言ったのだ。
 ならばなにを恐れることがある。
 久しぶりに道慣れた歩みを刻むと、なんとも言えぬ開放感があった。
 水車の音が彼の道標となり、月明かりの下で連綿と回り続けていた。
 

「この揺れは、どうにかならんのか……」
 連銭葦毛の牡馬の背に揺られながら、サズの背中へとしがみ付いたルクルアが不平の声を洩らす。
「我慢してくれ。急ぐには、こいつが一番なんだ」
 イルルシュの村を発ってから、既に半時程の時間が過ぎ去っている。
 その間、サズはルクルアを宥め賺して手綱を取り続けていた。
 真夜中の山道を行くのにも、葦毛に迷いはない。背中で騒ぎ立てる珍客にも動じる気配もない。
(俺も、こいつくらいにしっかりしていればな)
 意識を取り戻した直後、ルクルアの口から告げられた言葉を、サズは再三再四と思い返していた。
 思い返すが、その内容については、今一つ理解しきれていない。
「なあ、さっきの話だけどよ」
「なんじゃ、またか」
「突拍子も無さ過ぎてな……悪いけど、もう一度最初から説明してくれねえか」
「ぐっ、悪いなどと、思うな。もっと平静にしておれ、平静に」
 ルクルアが唐突に顔を顰めて、頭をぶんぶんと振り出した。
 そうは言われてもと、サズは思ったが、ここは素直に彼女の言葉に従うことにした。
 彼が気を落ち着けると、まるでそれに連動しているかのように、ルクルアの表情までもが和らいでゆく。
「はぁ……全く、世話よのう。仕方がないのう。今度は、そなたでも良くわかるように、砕いて説明して
 やる故、ようく聞いておくのじゃぞ」
 本当に仕方がないといった調子で、ルクルアがその軽い口を開いた。 

281 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:59:13 ID:4RthWWHB

 曰く、呪いを掛けていきよった。
 曰く、眠りについておる。
 曰く、どうにもならん。

「つまり……フィニアは、俺を助ける為にお前を呼び出して、力尽きて眠りについている、と」
 端的に、しかも自分中心にしか物事を伝えてこようとせぬ化生の言葉を、サズはなんとか頭の中で繋ぎ
 合わせて、今ある結果へと結びつけていた。
「戯けっ、話を聞かぬ奴じゃな。妾は強制されておるのじゃぞっ! この妾がっ」  
「それが、呪いか。どうにも、しっくりと来ないな」
 憤慨するルクルアに、出来るだけ気持ちを揺り動かされないように気を払って、サズが首を傾げた。
 呪い。他者を縛る呪法。ギアス。
 魔術の専門家であっても、おいそれとは手が出せぬ禁呪外法の行いを、あのフィニアが仕出かしたと
 いう話を、サズは鵜呑みにする気にはなれなかった。

 どちらかと言えば、彼は信じたくなかったのかもしれない。
「本当に、本当の話なんだな」
「くどいぞ。現に、妾はそなたの願望に反する行いは取れんのだ。そうでなければ、このような珍妙な
 生き物の上に、黙って跨っておる筈もなかろう」
 誰が黙っているのかは謎であったが、サズは彼女の口にした言葉を、一つずつ整理してゆこうとした。
 フィニアはルクルアに対し、「サズを助けろ」と命じてきたのだと言うのだ。
 非常に抽象的なその命令と束縛が、どこでどう働くのか、当のルクルアにも良くはわからないとも言う。
 そして、彼女がその命令に反すれば、強い苦痛が与えられると言うのだ。

「死ぬほど痛いのじゃ。だから、そなたに従うのも仕方のないことなのじゃっ」
「あー、ちょっと黙ってろって。物凄く深刻な事態なのに、どうもお前に言いたい放題言わせておくと
 気が緩んで……って、今のでも駄目なのか」
「うぅ、うー」
 大して邪険に扱った訳でもないのに、呪いの効果はしっかりと現れているらしい。
 むしろ都合が良いとばかりに、サズは呻く化生に対して無視を決め込んだ。

 今はこんな調子ではあっても、ルクルアは強大の霊力の持ち主であり、彼女本人が言っているように、
 大人しくサズの頼みを聞いているような、殊勝な性格の持ち主ではないのだ。
 少なくとも、呪いを掛けられたということは、本当のことなのだろう。
 それを認めると、気が重くなった。
 そして残る二つの言葉が、その想いに追い討ちをかけてくる。

「フィニアは、自分自身を対価にしてお前を縛っているんだな」
「うむ。そうじゃ。酔狂よのう。そして、この上もなく傍迷惑な話じゃ」
「滅茶苦茶しやがる……手助けしてくるにしても、助け過ぎなんだよ、あの、馬鹿」
 口にするだけ口にしてから、悔しさが滲み出てきた。
 その想いが後悔の念へと変ずるより前に、サズは葦毛の腹を蹴り手綱を大きく波打たせていた。 
 葦毛が駆け出す。
 林道を過ぎ去り、夜霧を掻き散らして、土くれの上に馬蹄の跡を次々と刻んでゆく。
「わっぷ!? こ、こらっ、突然っ、あ、ひゃ! おち、落ちる、落ちるぞ!?」
 ルクルアが体を前へとのめらせて、抗議の声を上げる。
「掴まってろ」
 一応は加減をして葦毛を走らせるが、流石に手綱捌きにも乱れが出ていた。

 どうにもならんと、彼女は肩を竦めて言った。 
 それはサズにしてもそうだ。
 まともな手順や触媒も用いずに、術者の魂のみを媒介にして、フィニアはそれに及んだのだ。
 まともな方法でそれを解呪しようとすれば、その方法を調べ上げるだけで、相当な時間を、それこそ
 月単位で消費しかねない。
 そしてその間に、フィニアの魂の力が削り取られてゆくことは確実なのだ。

282 火と闇の 第七幕 sage 2009/01/29(木) 21:59:45 ID:4RthWWHB

 必要なのは、専門家の協力であった。
 それも、憑依の術について、深い知識と技術を持つ人間からの。
 心当たりは、当然ある。

「そんなに急いで、何処へ行くつもりじゃ」
「まずは、こいつを譲り受けに。そのあとは――」
 葦毛が一声、嘶く。
 駆けるその豪脚が踏み込みの力強さを増してゆく。
「ベルガだ」 


〈 完 〉

283 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 22:01:00 ID:4RthWWHB
途中までタイトルの記入忘れをしていました。申し訳ありません。
毎度毎度ドジ過ぎて、いい加減自分に萌える。

284 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 22:07:15 ID:mVX2HEuY
萌えんなw

285 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/29(木) 23:39:04 ID:hpNbbDld
ははは、こやつめ

286 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/30(金) 23:00:03 ID:JofbWy1u
GJ
人狼さんのキャラがいいなぁ

287 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/30(金) 23:54:14 ID:eaxTXlpN
それ、>>283に煮え湯を飲ませよ

ともあれ邪霊とか魔道とか、もっと冒頭のオズローンが絡んでくるのかと思ってたけど
蓋を開けてみれば案外ローカルなお家騒動で収まるんだろうか
ベルガに始まりベルガに終わるで黒幕のザキブさんともそろそろご対面か?
ハッピーエンドフラグは立ってるっぽいけど、その辺の伏線回収は非常に気になる

288 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/31(土) 13:21:33 ID:I7r4d6Lx
毎度ながら大作乙です
サズかわいいよサズ

289 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/01(日) 02:21:04 ID:dHP58hwT
ふとwikiのアクセス数を見てみたら、姫スレ偉い伸びてるね
見ている人、結構多かったんだなあ

290 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/02(月) 02:03:45 ID:7Rh1L9K5
ちょっとグーグル先生で遊んでいたら、面白いものを見つけてしまった

うん、元保管庫形式の作品紹介文付きまとめwiki(厳密には破棄されているようだけど
元保管庫の短い紹介文、妙に好きだったから見れて嬉しかったよw

291 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/04(水) 22:01:07 ID:NIGfxl7n
ベルガ
をベルゼルガと読み間違えた俺orz

292 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/06(金) 01:50:29 ID:lYKY0UFk
青の騎士ですね

五体満足では済まない未来を想像してしまうな

293 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/09(月) 01:30:06 ID:nL7yNnnG
決してクレクレをするわけじゃないのだけど
明るいのも読みたいです

クレクレかorz

294 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/09(月) 22:35:16 ID:ZiDIdm9O
セシリアはいねがー、どこいったー、ずっと待ってるぞー

295 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/11(水) 00:18:59 ID:HmHnIPZV
いぬひめさまも待ってるぞー

296 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/11(水) 14:39:28 ID:uqFKuHb9
わんわんわわーん、てな所でちょっと思ったんだが、
2〜3歳頃までの子ども時代のロアが、童謡『犬のおまわりさん』の子猫ちゃんのごとくに
ピーピー泣いてばかりで保護者を困らせてた……
…とか妄想したらちょっと萌えた。

まあ多分ありえないけどね( ゜∀ ゜)!

297 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/11(水) 19:13:18 ID:QFWuo6r8
腐女子乙

298 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/11(水) 19:21:20 ID:HmHnIPZV
投下はまだかと貼り付いている俺も乙

299 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/11(水) 20:40:01 ID:udGEFvMO
ナタリーはぱこぱことやられているんだろうか。

300 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/11(水) 23:05:29 ID:00ftbNr1
ぱこぱこ だと・・・

仮にも王妃なのであるからして、威厳を持って ズコズコ とするべきであろう

301 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/12(木) 00:07:40 ID:VTaHJrU3
威厳じゃねーよw

302 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/12(木) 00:23:10 ID:yivgEnNu
では、バコバコが宜しいかと

303 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/12(木) 00:25:50 ID:QomKy+iN
版権だが、「パコパコ」といえばアザリンはいいお姫様だったなあ(実際は皇帝だけど)

304 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/12(木) 01:16:46 ID:2Ieb+RRD
>>303
懐かしいなー
タイラーシリーズはたまに、姫お嬢様成分があって良かったな

305 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/14(土) 08:58:43 ID:YZnF4+V5
連投になる形ですが、ちょっとしたワンシーン物を投下させて頂きます

以下内容

火と闇の 幕外
姫も出なければエロもない、そんな代物ですので御注意を

306 火と闇の 幕外 sage 2009/02/14(土) 09:00:05 ID:YZnF4+V5

「なんだ。珍しいもの作ってるな」
「あら、見つかっちゃったね。もう少しくらい、遅くなると思っていたんだけど」
 店仕舞いを終えてきた夫の声に、エプロン姿のソシアラが振り向く。
 彼女の手には泡立て器が握られており、目の前のテーブルには大きなボウルと、メレンゲがたっぷりと
 塗られたホールケーキとが鎮座していた。

「ちょっと、まだ食べちゃ駄目だよ」
 摘み食いの暴挙に出ようとする夫へと、ソシアラが泡立て器を振り上げて抗議の声を上げる。
「なに。まだこれで出来上がってないのか?」
 露店の店主――コルツは、伸ばしかけた指を引っ込めつつも、呆れた風に口を開いた。
「当たり前よ。まだ仕上げのトッピングどころか、生地の焼き上げも終わってないんだから」
「生地って……もう出来てるじゃねえか」
「あんた、料理ってもんをちっともわかってないねぇ」
 ソシアラが、「ちっちっ」と人差し指をリズミカルに左右に振り、焼き物用の釜戸の前へと移動した。

 煉瓦造りの釜の戸が開かれる。
「うん。良い加減ね。我ながら上出来、上出来」
 彼女がその中から取り出したのは、ほんわりと焼けた茶褐色のケーキ生地であった。
「ありゃ、もう一個あるのか」
「あんた……本当に駄目ねって、あっ、わっ」
「おいおい、なにやってんだ」
 見当外れな反応を見せる夫に、ソシアラは肩をがくりと落とし、その勢いでケーキも落としそうになる。

「で、どうすんだそれ」
「まぁ、黙って見てなさいって」
 チョコレートの練りこまれた生地へと、パン切り用の包丁が横向きに通されてゆく。
 それが二度繰り返されて、見事に三等分された生地が出来上がった。
「お、なんとなくわかって来たぞ」
「んふふふふ」
 ソシアラが先に出来上がっていたホールケーキにも、同じ要領で刃を通していった。
 だがそこで、メレンゲが包丁の刃に絡み、形が微妙に崩れてしまう。

「なあ……そのクリーム、後から塗ればよかったんじゃねえのか?」
「あーあー、聞こえない、聞こえない」
 やや強引に切り揃えを終えると、彼女はホールケーキの生地の間に、先程切り揃えていた焼きチョコの
 生地を挟み込んでいった。
「おい、それって下から上に積むようにし」
「煩い。気が散る」
 段々とその表情を険しいものへと変化させながらも、ソシアラは調理工程を進めていった。

307 火と闇の 幕外 sage 2009/02/14(土) 09:01:08 ID:YZnF4+V5

「はい、でっきあがり〜」
「……なんとなく、思っていた物と違うな」
「だから煩いって。大体、私はお菓子作りには慣れてないのよっ」
 微妙に傾き加減になった上に、デコレーションにも失敗した様子のケーキは、仕上げに振りかけられた
 ココアパウダーで以って、なんとかお菓子としての体裁を保っていた。
「そこなんだがよ」
 コルツが、首を傾げて疑問の声を上げる。
「なんだってお前、突然ケーキなんか焼いてるんだよ。自分で言ってる通りに、不慣れなんだろ」
「そりゃあ、ねぇ」
 ソシアラがケーキを切り分る手を止めて、小さく嘆息する。

「ニアちゃん。お菓子作りも好きだったからさ。さっちゃんも、食べるのは大好きだったし」
「……なるほど、な」
「私のレパートリーは、カスタードパイとクッキーで打ち止めだし。今のうちに教えられる品目を地道に
 増やしとこうと――はい、どうぞ召し上がれ」
「俺は、あいつらを許しちゃいねえぞ」
 小皿の上に乗せられたケーキを前に、コルツが行儀悪くテーブルに肘を突く。
「あら、あんただってわかってるんでしょ? あんな子供騙しのお芝居、ちょっとでもあの子達のことを
 知ってる人なら、すぐに気が付いちゃうわよ」
 ソシアラがくすりと微笑み、ティーポットへとお湯を注ぐ。

「まあ、よ」
 先に折れることにしたのか、コルツが口元の髭をしょりしょりと手で撫でながら、つぶやき始めた。
「事情があったんだろうがな。一言も無したぁ、どういうことだって思ってたんだが」
「あら可愛い。あんた、そんなことで拗ねてたの?」
「そんなことたぁ、なんだ。そんなこととはっ」
 几帳面に発音を整える夫の姿に、ソシアラはニコニコとした微笑を向ける。
「良いじゃない。内緒事の一つや二つ。あんただって、私にも隠し事くらい、あるでしょ?」
「そんなもんねぇぞ。俺は」
「あら? 私は一つと言わ……んんっ。まあ、あの子たちが帰ってきた時に、色々聞けばいいのよ!」
 わざとらしくフォークをカチカチと鳴らして、ソシアラが強引に話を終わらせた。

「ところでよ」
 ミルクティーをちびちびを飲みながら、コルツが台所へと視線を向ける。
「ん? まだおかわりする?」
 ほっぺにチョコクリームをひっつけたソシアラが、小首を傾げた。
「いや、そうじゃなくて……お前、今日は晩飯、どうすんだ」
「――あ」


〈 おしまい 〉

308 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/14(土) 09:05:53 ID:YZnF4+V5
以上です
それではまた〜


309 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/14(土) 11:27:02 ID:eVk0LLn4
メレンゲって生で食べてもおkなん?
基本加熱せんと危険だよw

310 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/14(土) 15:30:04 ID:FJKLJKvM
メレンゲは単に卵白と砂糖を泡立てたものだから普通に生食おkなんだけど
それより焼きたてのケーキはしばらく置いて粗熱とってから切りましょうねソシアラさん
せっかく塗ったクリームも熱でドロドロになっちゃいますし

…なんてささやかなツッコミはこの位にしてw
この話らしいバレンタインネタでGJでした

311 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/15(日) 03:03:30 ID:flH6f01O
駄目駄目すぎだな

312 名無しさん@ピンキー 2009/02/17(火) 23:52:23 ID:j0Xq+Vrp
セシリアたんは元気ですか?

313 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/18(水) 01:45:58 ID:C8l2blx+
わんわんわおーん!

314 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/18(水) 08:27:12 ID:aAg05lhp
犬うるさい

315 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/18(水) 10:18:01 ID:X2naIc2y
(´・ω・`)

316 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/18(水) 12:17:55 ID:eN2ORrkW
ならば猫ならばいいのだな!?

……そういやちょっと前のニュースの、
『猫だと思って飼ってたらやけに大きく育ってしまい、はたしてその正体は雪豹でした』
ってやつの関連で知ったんだが、雪豹ってニャーって鳴くんだよな(もちろんキーは低めなんだが)。


317 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/18(水) 12:33:57 ID:8RXu8dH6
マジか!>ユキヒョウ「ニャー
じゃあ剣牙虎が「にゃあ」でもおかしくないのか…

このままではスレ違いなので
お姫様の朝の着付けって燃えるよなあ
マリー・アントワネットの映画でやってたように沐浴から体拭いたり下着からドレスから髪や化粧まで人任せ
そんなのに慣れきってたお姫様が初夜の後身支度を整えようとしておたおたするのも
男が髪を結ったり化粧しようとして失敗してむくれる姫を面倒くさいから再度押し倒すのも
鎧姿ばかりで女姿に慣れてない姫が男のために一念発起して女らしくしようとして召使に着せ替え人形にされるのも
もちろん和洋中華エスニックどこの姫でも
萌え

318 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/18(水) 16:31:08 ID:CxZgYj7b
後者の方えらい萌えた

凛々しい姫将軍が、年下のひ弱青年に惚れに惚れて女らしくしようと
努力するんだけど、長年の地が出てしまい落ち込む姫
落ち込む姫を慰めようと、ひ弱青年が「いつもの凛々しい姫が好きです」
その言葉を受けてますます猛々しく強くなってく姫、がっかりする召使達
苦笑するひ弱青年、なんだかんだで上手くいった二人
みたいな電波を一瞬で受信した

319 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/18(水) 18:55:46 ID:6F0LdsUi
 投下をさせて頂きます。以下内容。

 中世ファンタジー的舞台背景でのお話。
・非常に長いです
・おっさん成分やや強め
・エロまでが非常に遠く、いつもの組み合わせではない

 以上の点にご注意をお願いします。

 バーボン規制等回避の為に、途中ある程度時間を空けさせて頂きます。
 申し訳ありません。

320 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 18:56:54 ID:6F0LdsUi

 黒水牛の皮を鞣して作られた宮廷靴が、磨き上げられた寄木細工の床の上を占領している。
 季節は冬も間近だというのに、室温は高い。加えて言うのならば、そこは非常に息苦しくもあった。
「にわかには、信じ難い話ではあるが――」
 空の玉座の右隣、副宰相の定位置である唐草模様の絨毯の上に立った男を正面にして、アズフは床へと
 膝を突き、恭しくこうべを垂れ続けていた。
「アズフ・ラズフよ。その報告の内容は、本当なのかね」
「はっ」
 ベルガの副宰相、カルロ・ジョミヌスの発した問い掛けには、念を込めるような抑揚が付けられていた。
 アズフはそれに、不動の姿勢を保ったままで短く答えを返す。
 一拍の間を置いて、カルロが深々と溜息を吐いてみせた。
 遺憾だとばかりのその仕草に、周囲からは追従のどよめきが沸き起こる。 
 それが十分に治まりをみせてから、彼は礼服の袖を上げると、掌を横に泳がせて制止の構えを取った。

 その場に集められていたのは、ベルガではそれなり以上の地位にある者ばかりであった。
 しかし、本来この場に居て然りである筈の政務と警護に携わる者の姿は、数える程しか見えてはおらず、
 むしろ領主や都の名士といった、支配者階級に属する者の姿が、その大半を占めていた。
 主不在となった謁見の間に、これ程の人間が詰め掛けているのはベルガでは前代未聞のこと。
 数にしてみれば、それは五十を越えない人の数ではあった。
 だが、その程度の人数で溢れ返りそうになる程に、謁見の間は手狭だ。
 唯一広々としているのは、絢爛な細工が施された半球状の格子天井くらいの物。
「ニア……」
 カルロの横に控えた、この場にいる唯一の女性官吏――シェリンカは、その空間へと向けて、焦慮の
 眼差しを注ぎ続けていた。

 小なりとも、そこに住む民と、それを統治する機構を備えた一個の勢力であるにも関わらず、ベルガは
 政治的・対外的な、国としての立場を備えてはいない。 
 領土と、人口の不足。地理的な条件。軍備と、それを保持増強し得るだけの利点。
 後付してみても、それらの全てに措いてベルガの在るミズリーフ地方は不遇であると言えた。
 そう。それは後付に過ぎないのだ。

 本来はボルドの一領に過ぎなかった、南の山岳地帯と僅かばかりの荒地を所領として興されたベルガの
 都は、その主であった一人の男より、ある言葉を遺されていた。
 汝らは、我が子孫としてのみ栄えよと。決して、外の世界と交わることなかれと。

 時は、今より八百年以上も昔のこと。
 大陸に覇を唱えるべく、旧ボルド王国とそれを取り巻く東西幾多の諸勢力が、戦乱の日々を繰り広げる
 中で、ベルガの都は創り出されたとされている。
 そこに集い、住まおうとしたのは、大陸の各地で虐げられて、住む土地を失った人々であり、それを
 庇護した者こそが、神霊の力をその身に宿した始祖の男であった。
 名も無き始祖の男の残した血は、彼の亡き後もベルガの地を、近隣諸勢力の武力的・政治的な脅威から、
 超常的な力を発現させることによって護り続けた。
 専守防衛を貫くベルガに、諸国は揃って敗れ続けていたのである。
 たかが地方の独立勢力にと。そう息巻く者も、少なくはなかった。
 だが、そうした人々は次々に奇病怪死の最後を遂げた。
 ――忘れよう。
 そう、誰かが口にした。
 それだけのことで、特に益することのない土地のことなど、誰もが忘れ去った。闇の中へと葬った。
 
 ベルガは、知られざる都ではなく、忘れられた都なのだ。
 始祖の言葉を守り続けることでその存在は支えられ続けてきたのだと、そこに住む人々は認識している。
 シェリンカが視線を戻し、沈鬱な表情を浮かべるカルロの向かい側に佇む、壮年の男性へと向け直した。
 黒い砂紋の法衣を身に纏った男は、この雑然とした場の中にあって、ただ一人、その口を開かずにいる。
 その男と己の視線が重なる前に、シェリンカは目蓋を深く落とした。

 ザギブ・ザハ・イニメド。
 宮殿の司祭を束ね、「国」の宰相を名乗るその男は、始祖の言葉を真っ向から否定する者でもあった。

321 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 18:57:33 ID:6F0LdsUi

 愛用の剣に手入れの布を走らせて、サズは異変に気付いた。
「――ちっ」
 舌打ちを飛ばして、手入れを怠らせていた刀身を覗き見る。
 顰められていた彼の眉根の谷が、更に深いものとなった。
 無数の傷跡を残す金属の肌に、一目見てそれと分かる欠けが生じている。
 道具の道理を外した結果が、形となって現れていたのだ。
 倒木の上から腰を上げ、一振りさせてみる。
 利き腕に、確かな違和感が伝わってきた。
 刀身に、歪みが入っている。
 原因は思い出すまでもなく、ベルガの騎士アズフ・ラズフと交えた最後の一撃にあった。 

 サズは魔術を戦いの場に持ち込む際に、得物として片手で扱える細剣を選んだ。
 技も、それに合わせて鍛え続けてきた。
 弱点と思える分野も、気付き次第、率先して克服し続けてきていた。
 戦いでの強さ――特に生き抜く術に関しては、自信があった。
 自分が負けたのは、剣の技が劣っていた所為でもなければ、振るう得物の差でもない。
 自らの限界に負けたのだと、彼は思っていた。
 アズフの剣が、その手元へと舞い戻って来た時点で、もっとその脅威に目を向けるべきだったのだ。
 技も力も及ばぬとみて、自身も忌避していた力に頼ってしまった己の弱さが、恨めしかった。

 炎の力にしてみても、そうだ。
 念ずるだけで、火を産み出す。人の扱う、自然の枠からも、魔術の枠からもはみ出した異能の力。
 不吉と忌み嫌われたそれが、半端過ぎる代物に思えてならなかった。
 もっと弱いものであれば、他者を遠ざけはしなかったのかもしれない。
 もっと強いものであれば、他者に負けることなどなかったのかもしれない。

 ここ最近は、そういったことに思い煩わされることは、あまりなかった。
 その反動もあってか。無為とも言える思考の渦から、サズは脱することが出来ずにいる。
 体だけは立ち止まらずに、なんとか目的の為に動いてはくれていることが、救いではあった。
 可能な限りの手入れを済ませ、剣を鞘へと収めて振り向く。
 せせらぎを伴って流れる小川の傍に、一人と一匹の、彼の連れの姿があった。
「そろそろ、行くぞ」
「なんじゃ。もうゆくのか。しかしこやつは、存外に面白き生き物よのぅ。仏頂面を引き下げっ放しの
 そなたより、余程、愛いやつよ。そなたも少しは見習うとよいぞ」   
 紫の髪をした少女が、からからと能天気そうな笑い声を上げて、サズの下へと駆け寄って来た。
 その後を、連銭葦毛の牡馬が、彼女を追い抜かぬ程度の速さで進んできている。
「元々、こういう顔なんだよ」
「それはまた、難儀なことじゃ」
 言いたいことを言い終えたのか、彼女は手馴れた動きで葦毛の背に飛び乗った。

 奔放に過ぎる化生――ルクルアの物言いに、サズは慣れきってしまっていた。
 子供のすることなのだと思えば、余計な苛立ちを感じることはない。
 ベルガへと向かう道すがら、幾度となく巻き起こされた騒動や、その言動に付き合わされ続けたことで、
 彼はルクルアの行いに対して、そういう結論を出すまでに達していた。
 あの時より、既に五日の刻を数えている。
 なにが起きてからなのかということに関しては、あまり考えないようにしていた。
 目的の場所へと辿り着いた後のことも、深くは考えることは出来なかった。
 ただ、早く声を聞きたかった。微笑む顔が見たかった。金色の髪を、撫でつけたかった。
 
 葦毛を走らせて進むこと、更に二日が経ち。
 切り立つ断崖を前に、彼は途方に暮れていた。
 場所はボルドの南端に程近い、樹木の茂る山岳地帯。
 農業と林業で栄えるアノイシエフを通り過ぎ、以前ベルガへと向かう際に通り抜けた間道の途中にて、
 彼はその行く手を阻まれていた。

322 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 18:58:06 ID:6F0LdsUi

「どうなってやがるんだっ、畜生っ!」
 抑えていたものを吐き出すように、サズは叫び声を上げた。
 降り注ぐ陽の光を、周囲の木々が受け止めている。地へと降り注ぐことを許さずにいる。
「なんじゃ、出し抜けに大声など出しよって」
 やおら張り上げられたその声に、鞍上にあったルクルアが小首を傾げてきた。
 サズは既に葦毛から降りて、自らの足で目当てのものを探し続けている。
「道があった筈なんだよ。ここを進んで行ける、ベルガへの抜け道がっ」
「ふむ。そなたの、覚え違いではないのか? どこをどう見ようと、岩壁が続いておるばかりで、その
 ような道は、見当たらぬ……ようじゃが」

 指摘の途中から、ルクルアの声と表情が段々と苦しいものになってきた。
 その様子に、サズが我に返って首をぶんぶんと横に振ってみせた。
「あ……悪い。確かに、俺の勘違いだったかもだ。うん、困ってないぞ。困ってなんか、いない」
「よいわ。上辺だけで取り繕ろおうが、どうせこの忌々しい束縛と痛みは、失せはせぬ。それよりもじゃ、 
 この先にベルガの都があるということは、真であろうな」
 サズに倣うように、少女が黄土の上へと降り立った。
「ああ。道の方はどこかで間違ってたかもだが、方角だけは確かだ。この岩壁と樹海に挟まれた、難儀な
 地形にしてみても、見覚え自体はあるしな」
「なら、よい」
 サズが彼女の立ち振る舞いに慣れてきたように、ルクルアもまた、サズと自身の間を縛る呪いの法則に
 随分と慣らされてきていた。
「直接、向こう側に跳ぶぞ。掴まっておれ」
「跳ぶって……いや、待ってくれ。こいつはどうすんだよ。それに、あまり大きな力を使うのは控えて
 貰わないと、それこそ困ったことになり兼ねない」
 横に並ぶ葦毛を指して、サズがルクルアの提案に異を唱えた。
「ならば、どうするというじゃ。このなんの面白みもない殺風景な岩の壁を見上げて、二人仲良くくだを
 巻いておるつもりか?」
「そんなつもりはないけどよ。だからって、短気を起こすのだけは止めてくれ」

 ルクルアは、事ある事無闇矢鱈に怪異超常の力を以って、事態を己の思う結果へと運ぼうとする悪癖の
 持ち主であった。
 雨が降れば、頭上の乱雲を吹き飛ばそうと息巻く。
 道中で出くわした他人から、好奇の視線を浴びせられれば、気に入らぬからと危害を加えようと企む。
 懸命になってサズが宥めると、呪いの効力に当てられ暫くの間は大人しくもなってはくれるが、元より
 その呪いによる束縛がなければ、彼がこうして旅路を共にする必要もない話なのだ。

 今回も、そういったやり取りを経てルクルアの方から引き下がってはくれた。
 考えようによっては、特に打開策も見付けられぬままに近辺をうろつくよりかは、彼女の提案に従って
 ベルガを目指し続ける方が、サズにとっても良かったのかもしれない。
 だが、その際にルクルアの体が変調を来たす可能性を、彼はなによりも恐れていた。
「短気とは、なんじゃ。妾の折角の好意を足蹴にしおってからに……」
「協力してくれようとするのは、嬉しいんだけどな。もう少し、地道な方法を選んでくれると助かる」
 頬を膨らませて不貞腐れ、ぶつぶつと不満を口にし続けるルクルアを見ていると、不意に彼女のしたい
 ようにさせてしまいたくなる時があるのが、自分でも不思議であった。 
 無論、そんなことはさせられる筈もないのだが、それでも奔放で高飛車な発言を繰り返す彼女の行動の
 悉くが、呪いによって阻まれているのを目の当たりにすると、居た堪れない気持ちが沸いてくる。
 同時に、それを強いている原因が自身にもあると思うと、辛い気持ちにもさせられた。

「まあ、まずは探すだけ探してから、それからまた考えるか」
「うむ。あまり悩むでないぞ」
 再び葦毛の上に跨った化生の声援を背に、サズが抜け道の捜索に着手する。
 二月前程にこの辺りを訪れた際の記憶と、まだ手元に残していたシェリンカからの依頼のメモを合わせ、
 道筋と地形を確かめると、彼はあることに気付いた。
 周囲には、似通った地形が非常に多く見受けられたのだ。
 以前は訪れた際には、特に道に迷うこともなく、ほぼ一本道でベルガにまで辿り着けていたので、その
 事実に目を向けることもなかった。

323 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 18:58:42 ID:6F0LdsUi

 しかし、今になってよくよく調べて回ってみれば、よくも道に迷わずに済んだものだと感心したくなる
 程に、辺り一帯の地形は、土の起伏や岩壁の傾斜、樹木の群生の仕方などに変化が乏しかった。
「こりゃあ、本当にどこかで道を間違えたかな……」
 サズが足元の草を蹴りつけながら、独りごちた。
 記憶力に自信がないわけではなかったが、正直なところ、気持ち的な部分には大いに自信が持てない。
 焦り、枝分かれした獣道を選び違えた可能性は否定出来なかった。
「くそっ」
 追い払った筈の焦燥の念が、またしてもその首をもたげてくる。
 苛立ち、彼は駆け出そうとした。
 こんな所で無駄な時間を過ごしている暇はないのだ。
 こんな結果で終わっていい筈がないのだ。
 駆け出した。背後から投げ掛けられた声も耳には入らず、無我夢中、遮二無二彼は駆け出していた。
 
 千切れた葦草が、ブーツの金具へと絡んできている。
 縦横に伸ばされた木々の枝葉で切っていたのか、頬や肘には無数の擦り傷が出来上がっていた。
 気息を乱し、膝に手をついてから、サズはそのことに気付かされた。
 駆けている間、なにも目には入ってきてはいなかった。
 無様だった。
 負けて、失ったことを認められないことが悔しく、だからといってそれを認める訳にもゆかず。
「フィニア……っ!」
 流れ出した涙を止める術を、彼は持ち合わせてはいなかった。

「おい――そっちは、崖だぜ」
 ふらふらと、夢遊病者のように草むらの中を進み出したサズの横合いから、声が上がった。
 ざらつきのある声だ。
 人ではないものが、無理に人の言葉を発音しようとしているような、その声と抑揚を、サズはどこかで
 聞いていたような気がした。
 緩慢な動作で振り向くと、そこにいた人物――と表現しても良いのか――にも、見覚えがあった。
 小振りな切り株の上にあぐらを掻いて、男はそこにいた。
 挨拶をするように軽く差し上げた右腕は、灰色の入り混じった銀の獣毛に覆われている。
 それはある一部分を覗いて、彼の全身を包んでいた。
「あんた……ギ・グ、だったか?」
「だったかなぁ。まあ、俺としては、お前がサズ・マレフでありさえすれば、どうだっていいんだがな」
 かかっと、人狼は呼気を笑いの形にして吐き飛ばした。 
「おっと、そう構えるなよ。今日は、お前とじゃれ合いに来たわけじゃねえ。ああっと、なんだったかな。
 ――そう。案内人だ。ミズサキ案内人ってやつだよ。俺は」
 奇妙なまでに白い犬歯を口元から覗かせて、彼は人差し指を天へと向けて立たせ、それをぎこちなく
 左右に振ってみせてきた。

「なんじゃ、あやつめ。人にはあれだけ離れるなと口煩く言っておいて」
 サズが走り去った後、ルクルアは葦毛と共に岩壁の前に取り残されていた。
 ほんの暫くの間、彼女はなにをするでもなく待ち続ける。
「……ベルガか」
 つぶやき、天を仰ぎ見た。
 朧になっていた記憶を振り返ると、そこには悲しみしか残されていない気がした。
 利用した者と、された者。愛した者と、愛せなかった者。
「あれから、どうなったのであろうな」
 一つの隆盛を見届けることなく、気が付けば彼女は生者としての型を失っていた。
 それに対する拘りは、当の昔に捨てていたつもりであった。
 つもりは、つもりに過ぎなかった。
 成り行きで再びその地に足を踏み入れることには、抵抗の気持ちがある。
 そして、望郷の念に似た想いもあった。
「どうしたものか……のう、ウマとやら」
 鞍上に座したまま、乳白色に染まった葦毛のたてがみを撫で付ける。
 馬蹄が、ゆっくりと弾み始めた。

324 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 18:59:29 ID:6F0LdsUi

「これはまた、珍妙な連れを増やしてみたものじゃな」
 葦毛の背で揺られるままに。
 程なくして、サズとギ・グの下に彼女は辿り着いていた。
「ありゃ。嬢ちゃんの方は、本当に変わっちまっているんだな」
「む? こたびのは、口まできくのかえ」
 顔を鉢合わせるなり、化生と人狼は互いを見て目を丸くし合った。
「ルクルア。いきなり走り出したりして、悪かった。俺がここにいるの、よく分かったな」
 ばつが悪そうな表情を浮かべつつも、サズは葦毛の傍へと近寄って来た。
「うむ。反省するが善いぞ。妾であったからであればこそ、こうして事無きを得たからよいものを」
 葦毛の嘶きを無視して、ルクルアが得意気になって胸を大きく逸らす。

 そのやり取りを見て、人狼が人の唸り声を洩らした。
「うーむ、本当に別人だなぁ。見た目どころか、中身の方までたぁ、たまげたな」 
 腕組みをして、神妙そうにも見える光を眼に灯す。
「あ、こいつはギ・グっていうんだ。ベルガへの案内人らしい」
「ほう。それは願ったりじゃな。じゃが、この席は譲らぬ故、歩きで供をさせてくれねば、困るぞ」
「乗らん乗らん。それよりも、急ぐぞお前ら。ここで陽が暮れると、少しばかり面倒なことになるからな」 
 ギ・グは腰掛けていた切り株から立ち上がると、迷いのない足取りで木々の合間を歩み始めた。
 サズも、葦毛の手綱を手に取ってそれに続く。
「面倒とは、一体なんのことじゃ」
「――おい、あんた。さっきの、見てたのか」
「ん? なんのことだ?」
 人狼が、片方の耳をぴくりと動かして小首を傾げた。
「こらっ、妾を無視するとは、何事じゃ!」
「おーおー、そうだそうだ。そのことなんだがな。ここいらにはな、夜になると魔物共が現れるんだよ。
 狂い落ちっていってな。まあ、大した奴らでもないんだが、しぶとい上に似たような仲間を呼び寄せ
 やがるからな。とっととここを移動しておくに越したことは、ないんだわ」

「もっともらしい話だな」
 明らかな疑いの眼差しを向けるサズに、ギ・グは飄々とした口振りで説明を続けてゆく。
「で、だ。そんな奴らや、迷子になった間抜けな旅人だとかをベルガの都や、隠れ里に近付けない為にな。
 目眩ましの仕掛けと、魔除けの結界が張られているって寸法なわけだ」
「それで、以前来た時とは違う場所に出てたってわけか……」 
「まあ、そこに行くまでの道自体は、何度か出入りしていれば自然と見分けが付く程度のもんだけどな。
 問題は、その魔除けの結界の方だ」
 そこまで話して、ギ・グはスンッと、鼻を大きく鳴らした。
 彼の足取りには、やはり迷いというものがない。
 恐らくはその鼻で以って、辿るべき道筋を選び出しているのだろう。

「結界は、抜け道の周囲に仕掛けられていてな。通行に必要な、対抗呪力の込められた品か、余程強力な
 魔術師でもなければ、そこに踏み入った時点で方向感覚を狂わされちまう。俺にとっては、目ん玉さえ
 閉じていれば、なんともない代物なんだけどよ」
「俺も迷わずに、その抜け道を見つけられたぞ」
 話の矛盾を指摘して、サズが口を挟む。
「そりゃあ、あれだ。なんか持っていたんだろ。それか、お前さんがここに辿り着くタイミングで、誰かが
 結界に細工をしていたかだな」
「持ってたって――あ」

 その言葉で勘に来て、サズは依頼のメモをベストの内側から取り出した。
 手に取ったそれは、一見してなんの変哲もない只の紙切れではある。
「――識者の手よ」
 サズが空いていた方の指先で印を切り、呪文を口する。
 指先に薄緑色の燐光が灯された。
 術者が、魔力の込められた品を手にしている時に生まれる反応だ。

325 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:00:06 ID:6F0LdsUi

「これが、通行証代わりになってたって訳か」
「な? まあ、それさえ持っていれば、後は地道に探せば見つからないこともなかったんだがなぁ」
「うっせえよ。でも、あれだぞ。まだおかしい所はある。その狂い落ちとかっていう魔物には、前にここの
 近くで野宿した時には、襲われるどころか、気配だって感じなかったぞ」
 不必要なまでに己の説明を否定されても、ギ・グは動じることはなかった。
「お前さん、野宿する時には川の傍を選んでいたりやしないか?」
「まあ、空が荒れ模様でもなければ……」
「あいつらは、水を嫌うからな」
 それだけを言うと、彼は足を運ぶ速さを上げていった。サズも、無言でそれに続く。

 抜け道へと入り込むと、辺りの大地を形作るのは、風に吹き晒されて切り立った岩壁のみとなっていた。
 時折吹き抜ける北からの風には、小さな砂の粒が入り混じっている。
「何度通っても、嫌な場所だなぁ」
「そなたの体では特にそうであろうな」
 ルクルアは、どこか楽しげな様子で人狼へと話し掛け続けている。
 身に着けていたガウンで頭からすっぽりと全身を覆っていたので、抜け道を行く三人の中では、彼女が
 一番黄砂の影響を受けずに済んでいた。
「しかし、見事に治したもんだな」
「ん? ああ、腕のことか」
 視線を自らの左腕へと持っていった人狼に、サズが頷く。
 あれからずっと、ルクルアの相手を彼に任せていたので、そろそろ話題の一つも振ってやりたくなって
 いたのだ。
「毛が生えてないのが、ちょっと面白いけどな」
「言うな。次の満月まで我慢するしかないんだからよ。と言うかな、俺は別に、あっさりと治したかった
 わけでもないんだぜ」
 ギ・グが不満気とも受け取れる形に口元を歪めて、まだ体毛に覆われていない己の左手を、ひらひらと
 動かしてみせた。
「なんでだよ」 
「なんとなくな。まあ、そしたらよ。大急ぎで都に戻ってみれば、片腕じゃ役立たずだとか面と向かって
 言ってくる奴らがいてなぁ。しかも、一人じゃこっちが聞く耳持たないと分かったら、二人がかりで
 挟み撃ちでよ。この前のといい、勘弁して欲しいよなぁ、全く」
「へぇ……仲良いんだな、そいつらと」

 人狼の言葉の端にも嫌味を感じなかったので、サズはそう返していた。
「まあ、付き合いも長いからな」
「そいつらに、俺とフィニアをベルガまで連れて来いって言われた訳か」
 ギ・グが、細めていた目を薄っすらと開いてみせた。
「片方にな」
「戦えって言われれば、戦う訳か」
「いつでもな」
 歩調は落とさずに、声のトーンだけをサズは落とした。
「……俺は、もうあんたとはやり合いたくない」
「そりゃあ、残念だ」
 程なくして、周囲の景色が開けてきた。  

 傾斜のある道を踏破して、森の中を進む。
 魔の森と称される、陽も差し込まぬ深い密林地帯だ。
 空を見上げようとしても、互いに絡み合うように覆い茂る樹木の枝葉にそれは隠され、紺碧色のまだら
 模様があるだけの、影の世界がそこにはあった。
 生き物の気配も、随分と少なくなってしまっている。
 ただ、ベルガへと伸びるその道だけは、しっかりと拓かれている。
「それじゃあ、俺はここまでだ」
「そっか」
「うむ。大儀であったぞ」
 道の上に人の足跡が見て取れるようになってくると、人狼は歩みを止めていた。
「じゃあな。巧くやれよ、サズ。譲ちゃんも、元気でな」

326 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:00:51 ID:6F0LdsUi

「どうした。ぼんやりしおって」
「いや……もう少しでベルガだなって、思ってただけだ」
 礼を言い損ねたことを気にして、サズは二度ばかり背後の道を振り返っていた。
 無論、そこには人の姿などない。
「ゆくのなら、さっさとゆくぞ。気は進まぬが、自由になれるのであれば、それはそれで有難いからの」
「ああ。絶対に、自由にしてみせる」
 宣するように力強く答え、葦毛の鞍に飛び乗る。
 迷いのない足取りを見ていた所為か、手綱捌きは随分と楽にこなせた。

 ベルガ王宮、リブルザナ。
 中央大陸語で、「影を残さぬ者」の意を持つその宮殿のある方角を、彼は目指した。
「懐かしかったり、するか?」
「外には、あまり出なかったのでな。なんとも言えん」
 ただ、と付け加えてから、ルクルアは続けてきた。
「この昏さには、憶えがあるな」
 その後を続ける風でもなかったので、サズは特になにを尋ね掛けることもしなかった。

 正確には、彼が目指していたのは王宮ではなく、その脇に築かれている司祭宮と呼ばれる建物であった。
 サズは以前、その司祭宮の一角に忍び込み、シェリンカと名乗る女性からある依頼を受けていた。
 もし、その依頼の主旨に沿って事が成されていたのであれば、その時にこそ、彼は再びこの地を訪れて
 いた筈であった。
 だが、結果としてそうはならなかった。
 遠目に、王宮の構えが見えてくる。
 初めてそれを目にした日から、長い歳月が過ぎ去ってしまったかのように、サズは感じていた。
 僅かに覗く空が、その様相を次第に青黒く変えてゆく。

「さて……どうしたものかな」
「どうしたもこうしたもないでしょう。司祭長が動かぬのを、不安に思うのは分かりますが」
 霧雨のかかり始めた王宮の庭園を、二人の男がガラス越しにして見やっている。
 一人は、口周りから顎下にかけて真っ白な髭を蓄えた初老の男性。
 丸みのある体に、金糸の刺繍で飾られた厚手のジュストコールを羽織り、会話の最中にも、時折指を
 鳴らしては、丸い大きな目を伏せている。
 もう一人は、短めに刈り込んだ黒髪と、口元で揃えられた黒い髭を持つ中年の男性。
 こちらは初老の男とは対照的な痩せた体付きをしており、黒一色のベストとホーズで身を固めている。
「一応、宰相と呼びたまえ。彼もそれを望んでいた筈だ」
「これは失礼を。カルロ副宰相殿」
「……まあ、多少筋書きから逸れてはいるが、許容出来ぬ程ではないな。それよりも、今は王女殿下への
 対処を誤らぬことだ。それについては、シェリンカと上手くやりたまえ」
「最悪、宰相殿の手をお借りすることにもなるとは思いますが」
「仕方もなかろう。貸しの一つくらいは、覚悟の上だ」
 一歩だけ控えて同室を済ませていた男に対し、カルロは渋面になって振り返る。
 鋭い眼光は、どこを見ているのかは判然とせず、それはその内心にしても同じであった。
 慇懃な身振りで以ってこうべを垂れ、男はその場から立ち去っていった。
「クオめ。なにが、王室特別補佐官か。笑わせおる」 
 その言葉とは裏腹に、カルロは風に震える窓枠を拳骨で押さえ、苦々しく吐き捨てていた。

327 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:01:27 ID:6F0LdsUi

 呼び出しを受けて、シェリンカは司祭宮の裏手に設けられた通用口へと足を運んでいた。
 普段はそこは、宮殿で生活を送る司祭や巫女の為に必要な物資を搬入する者たちが主に使っている。
 そういった人々は、大体が宮殿内にいる人物とは顔を合わせずに、決められた役割だけを果たすように
 心掛けているので、司祭や巫女の身分にある者たちも、そこへ立ち寄ることは殆どなかった。
「こちらです。物が多いので、御足元に御注意下さい」
 案内をする司祭見習いの少年が、灯りを手に緊張の面持ちで彼女の先を行く。
 自分に知らせを告げに来たこの少年は、事を知らされていないのだろう。
 そんなやり取りに明け暮れていることが、シェリンカには滑稽なことに思えた。

「シェリンカさま」
「大丈夫よ。本当に私の知人なの。そう心配しないで」
 閉ざされていた扉を前にして、不安げな眼差しを向けてきた少年に、彼女は穏やかに微笑んでみせた。
 握り手が引かれ、ざあという音が薄暗い通路へと流れ込んできた。
 微かな軋みを立てて、扉が開かれる。
 目に映ったのは、赤と紫の色。
 降りしきる雨に打たれながら、来訪者はそこにいた。

 サズが通されたのは、何者かの私室と思しき部屋であった。
「今、体の温まる物を持って来させるわ。その間に少し話をさせて頂戴」
 シェリンカはそう言いながら、ルクルアの濡れた髪を丁寧に拭き上げている。
「やけに用意が良いんだな」
 訝しむ様子も隠さずに、サズは置かれていた唐の椅子の上へと腰を下ろした。
「あの子が、いつ帰ってきても良いようにしていたから」
「それにしちゃ、大して驚いてもいない。落ち着き過ぎだろ、あんた」
「今は、そんな話をしている場合ではないでしょう? 落ち着くのは、貴方の方ね」
「俺は冷静だぜっ!」
 目の前のテーブルに掌を叩きつけて、サズが立ち上がった。
 ルクルアが眉を顰めるが、シェリンカの指先が髪の付け根を通し梳かしてゆくと、彼女は目蓋を落とし、
 椅子の背もたれへと身を預けていった。
「それもそうね。こうなってしまった後に、すぐにここを目指して来たことは、冷静だったと言えるわ。
 でもそれなら尚のこと、貴方の口から詳細な説明が必要になるところでしょう。だから、少しだけ体を
 休めて、それから順を追って話して頂戴」  

 飽くまでも平静な口調を保つシェリンカに、サズは一時、強い苛立ちを覚えた。
「正論だ。あんたの言う通りだ」
「……御免なさいね」
「謝るのは、俺の方だ。依頼も果たせずに、のこのこと顔を出してくるなんざ、ふざけた話だからな」
「――ふぁ」
 二人の会話を締めるように、少女の口から欠伸が洩らされてきた。
 見れば、その瞳の焦点は既に怪しいものになってきている。
「あら。こっちの子は、もうお休みのようね」
「散々連れ回したからな。ちょっと、寝が足りてないかも知れない」
「先にこの子を寝かせてあげましょう。貴方の方は、もう少しくらい平気でしょうから」
 その言葉に頷き、手伝う為に少女の体を支えようとする青年の姿に、シェリンカが微笑を浮かべる。
 一繋がりになった隣部屋へとサズが足を踏み入れると、飾り天蓋の下に配された大きな寝台が視界に
 飛び込んできた。

 その装飾に彼は暫しの間、目を奪われた。 
「ここって……もしかして、あいつの部屋だったのか」
「元々は、そうね。ニアが霊断の塔に移されてからは使ってはいなかったけど、手入れだけはしていたわ」
 サズが少女の体を寝台の上へと横たえさせて、その場から二歩程下がった。
 入れ替わりで、手に薄手のキルトを携えたシェリンカが進み出てくる。
「こんな仕掛けをしてないと、おちおち寝てもいられなかったって訳か……」
 つぶやき、彼は今一度、飾りの成された天蓋を見上げた。
 飾りによって成されていたのは、一目でそれと分かる封魔の術式。
 幾重にも重ねた呪文の印を刻まれたそれは、さながら神殿の高台に祀られた祭壇のようであった。

328 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:02:26 ID:6F0LdsUi

 鮮やかな紅色の液体で満たされたカップが傾き、青年の喉仏が大きく上下する。
 一息でその中程までを飲み干して息を吐くと、彼は事の顛末を語り出した。
「そう。そんなことになってしまっていたのね」
「済まなかった」
 寝息を立てる少女への気遣いからか、二人が交わす声は囁きに近い。
 ボルドの城下町で襲撃を受けて以降の、イルルシュの村での結末に至るまでを――無論、男女の仲に
 関する出来事は意図的に避けて――サズはシェリンカへと伝えていた。

「それで……ルクルア、だったかしら? あの子の意識が、ニアの体に縛られてしまっているわけね。
 それも、ニア自身の意思で。随分とまあ、好かれたものね」
「そんなこと、言ってる場合かっ」
「静かに。そう無関係な話でもないのよ。そういうのは。特に今回の場合、ニアは貴方を助けようとして
 そんな真似を仕出かしたのでしょう? 原因を掴んでいるのといないのでは、対処法の選別に掛かる
 手間も、実際に処置に臨んだ際の有効性も、大きく違ってくるわ」
 彼女の口にすることは、一々もっともなことに思えたが、何処かしら愉しんでいる節があるようにも
 思えて、サズは釈然としない気持ちにもさせられたりした。
「で……あの子とは、どこまでいったのかしら?」
 降りしきる霧雨の如く、サズは口の中に含んでいた液体を噴き出した。
 もろに器官に入ってしまったのか、激しく咽返ってしまっている。

「あら、あまり部屋を汚されては困るわね。片付け方、知らないでしょう」
「――あんた、絶対わざとだろっ!?」
「ええ。でも分かり易いのね、貴方。もう手を付けていますと、言っているようなものよ」 
 自然過ぎる程に自然な仕草で以って、シェリンカは自身の手元でティーポットを傾けた。
 対するサズは、顔を耳の先端まで真っ赤に染めてしまっている。
「あの子、まだほんの子供だったでしょうに。良い趣味しているわねぇ」
「うるせぇっ。大体、着替えも碌に一人で出来ないような子供を押し付けておいて」
「あら。どうしても断られるようなら、自分で頑張ってみなさいとは言っておいたのだけど」
 墓穴を掘って、サズが卓上へと沈む。
 鼻で軽く笑われた音が耳へと入ってきたが、最早それに抗する気力さえも沸きあがらず、彼は一方的に
 弄り倒されていた。

「大体の事情は分かったわ」
 根掘り葉掘り。
 そんな感じで、サズはシェリンカに「詳細な」報告を行わされていた。
「これで、あいつをなんとかしてくれるんだろうな……」
 聞きようによっては随分と勝手な言い草だが、例えようのない虚脱感に襲われていたサズには、細かい
 口の利き方にまで気を回す余裕など、残されてはいなかった。
「勿論。こんな事態になってしまったのは残念だけど、出来る限り……いえ、それ以上のことをやるわ」 
 言いたい放題、好き放題。
 青年に自己申告を行わせつつも、その青春っぷりを茶化し尽くしたシェリンカは、腰にまで伸ばした
 栗色の髪を櫛で梳かしている最中であった。
「頼む」
「あら。任せ切りにするつもり? まだ貴方には、やって貰うことがあってよ」
 疑念を露に、サズが伏せていた顔を上げた。
 視線の先には、それまでとは打って変わって真剣な表情となった女性の姿がある。
「言ってくれ。俺にできることなら、なんだってする」
 テーブルの上に両手を衝き、青年がそこから身を乗り出す。
 少女のものと同じ輝きを宿した双眸が、それに近付いてくる。
 くっきりとした太めの眉毛が、軽く寄せられてきた。
「貴方にはね……」
 ひそひそとした囁き声で耳打ちをされ、サズは戸惑いの表情を浮かべた。

329 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:03:18 ID:6F0LdsUi

 サズは耐えていた。
 シェリンカに引っ張られるようにして王宮へと連れ出され、並居る廷臣の前へと押し出された瞬間の
 心境は、それこそ裁きの場に引き立てられた罪人の気分であった。
 だが、今現在にして彼が忍耐を強いられているのは、そういった状況から来ているものではない。
 絶え間なく投げ掛けられる歯の浮くような美辞麗句の集中砲火を、彼は耐えていた。
 複数の貴人に取り囲まれ、一頻り賛辞賞賛の言葉を浴びせ掛けられ、それが途絶えたかと思えば、また
 新たな一団が押し寄せてきて、同じように彼を持て囃してゆくのだ。

 途中、あまりの鬱陶しさにその場から逃げ出そうともした。
 そうすると、なにをどう察したのか、遠巻きに様子を眺めていたシェリンカが近付いて来るのだ。
 それでサズは、昨晩彼女に告げられていた言葉を思い出す羽目になってしまう。
『王宮の中では、英雄になって貰うわ』
 むず痒さと居心地の悪さを抑え込み、彼は周囲にぎこちのない笑みを振り撒いた。
 そして思い返す。
 シェリンカとの間で交わされた取り決めを、サズは思い出していた。

「どういうことなんだよ、一体」
「言葉通りの意味ね。考えてもみて。貴方はこのまま行けば、宮殿でも高位にある巫女をかどわかした、
 重罪人なのよ。いえ、今ならもっと酷いわね。なにせ、ベルガの王女に手を出したということになるん
 ですもの。そんな危険人物を匿い続けるなんて、冗談じゃないわ」
「だからって、よくそんな白々しい嘘を思いつけるな。それこそ、冗談かと思うぜ」
 目の前の人物の正気を疑うように、サズは口元を歪めてみせた。
「確かに、大嘘ね。でも、貴方とニアが一緒に行動しているのを直接見ていて、生きている人は数える程
 しかいないわ」
「あの、アズフとか言う銀髪野郎がいる。他にも、心当たりはあるぞ」
「彼のことなら、安心して。私の方でなんとか手を打つわ。それに、貴方はこのままで良いの? 上手く
 ニアの意識を取り戻せたとしても、あの子が貴方と一緒にベルガを旅立つなんてことは、もう不可能よ」
「それは……」
 懸命になって説得を試みてくるシェリンカの勢いに圧され、サズは言葉を詰まらせていた。
 そこに、今度はシェリンカの方が詰め寄ってくる。
「危険はあるわ。貴方にも、私にも。ニアにだって、累が及ばないとは限らないわ。でもね。あの子が
 目を覚ました時に、貴方が傍にいなければ……きっと、悲しむわ。それとも貴方、あの子に借りを返し
 終えたら、それで御仕舞いにするつもりだったの?」
「――っ! そんな訳が、あるか!」
 思わず語気を荒くしてしまい、サズは自分の口元を手で覆っていた。
 シェリンカはそれを咎めはせず、むしろ容認するように大きく頷いてみせた。
「なら、決まりね。貴方は、悪漢に連れ去られた王女を助け出した旅の剣士。ベルガの王室にとっては、
 大恩ある人物よ。面倒なことにならない内に、明日には廷臣の方々に会って貰うわ」
 
 息苦しい宮廷服の襟元へと指をかけ、サズは苦りきった表情で舌打ちを飛ばした。
「割合、様になるものね」
 夕刻を過ぎたところで、彼は漸く人の渦から解放されていた。
 その彼が会談室を抜け出たところを見計らって、シェリンカは声を掛けてきたのだ。
「勘弁してくれ。窮屈で仕方がない」
「慣れて貰うしかないわ。きちんと上下で着こなせるようになったら、私の上司にも顔を合わせておいて
 くれないといけないし」
 彼女の指摘にあるように、サズの服装は非常に中途半端なものであった。
 彼は無地に近い程に装飾の少ない宮廷服を着込んではいたが、それは上着だけのことで、後は普段身に
 着けているシャツとトラウザのままなのだ。
 帯剣は、特別に赦されている。王女殿下の命の恩人という肩書きが、効いているらしい。

330 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:04:41 ID:6F0LdsUi

「あんたは、あんな重そうな服やら、そんなごてごてした衣装やら着込んで、どうにかならないのか」
「慣れよ。私は偶に、貴方のような服装をしてみたくはなるけども」
 あんなに重そうなとは、彼女が司祭宮で羽織っている法衣のことを指している。
 そんなごてごてしたというのは、宮廷内での彼女の礼装のことだ。
「普段は、もう少し簡素なものを選ぶのだけど。なにせ今日は英雄のエスコート役だったから」
 そう言ってシェリンカは、レースに刺繍、花飾りにリボンといった装飾がふんだんに成されたドレスの
 裾を指先で摘み上げてみせた。
 その何気ない仕草に、サズの動きが止まる。
「どうかしたのかしら? 口、開きっぱなしよ」
「あ、あぁ……いや、な。今の仕草、少しあいつに似てるなって、思って」
「そう? 周りの人たちからは、あまりそうは言われないけど。ニアのことが恋し過ぎて、誰が相手でも
 そう見えてしまうのではなくて?」
「それは……そんなもん、なのか?」
「冗談よ。貴方、素直ねえ。ニアとは大違いだわ」
 けたけたと笑うシェリンカについてゆけず、サズが困惑する。
「俺なんかより、フィニアの方が素直だろ」
「ああ。貴方にはそう見えるわけね。あの子はねぇ、頑固よ。頑固者。言い出したら、なにがあっても
 聞きはしないもの。その点、貴方は可愛いものね。聞き分けが違うわ」
 わかんねえと、サズが洩らして廊下を歩き出す。
 そこにシェリンカが並ぶ。その横顔は、また厳しいものへと変わっていた。
 
「結構、難しそうよ」
「ルクルアのやつが、言うことを聞かないのか?」
「そうじゃないわ。むしろ、あの子は妙に大人しくて助かっているくらい。昨日貴方から聞いていた話が、
 全くの嘘に思えるくらいにね。でも、肝心のニアの方がね。明日には、解呪の儀式に入るけど……」
 自然、サズの足は昨日使ったフィニアの私室へと向かっていた。
「なんとか、頼む。俺に出来ることなら、なんだって協力するから」
「言われなくても。でも、そう思ってくれている人がいるというのは、心強いものだわ」
 シェリンカの足が止まった。
 怪訝な表情になるサズに、彼女は通路の一角を指差してくる。
「部屋の方を空けておいたわ。王宮の方は、流石に無理があったから。暫くはそこで我慢していて頂戴。
 ――そんな顔しないで。ニアもあの部屋にはいないわ。司祭宮の奥に移されているの」
「分かった。なにからなにまで迷惑かけちまって、悪い。助かってる」
「どういたしまして。期待しているわよ、英雄さん」
 手を振る姿に、彼は軽く頭を下げてから、部屋の扉を開けた。

 部屋の内装は、フィニアの部屋のものに比べれば慎ましいものであったが、それが逆にサズの気持ちを
 幾分か楽にさせてくれた。
「抜け目がないな、全く」
 荷物の類はしっかりと運び込まれており、必要最低限の品も備えてある。
 葦毛の面倒も早朝の内に手配を済ませてくれていたようで、王宮での堅苦しいやり取りをこなす必要が
 ある以外では、彼は完全な客人として遇されていた。
「あれで、フィニアとは従姉妹だって言うんだからなぁ」
 確かに、似ていると言われないという話も分かる気はした。
 そこから、今度は少女のことを思い出す。
 最近は変異を取り除くこと以外では、努めて彼女のことを考えないようにしていた。
 気持ちに、蓋をしていたと言っても良い。
 暗中模索に等しかった事態に、明確な希望を見出せるようになったことが、その抑えを取り除いたか、
 今日の彼は、あまり気落ちせずに済んでいる。
 シェリンカは難しいと口にしていたが、サズにしてみれば、その判断さえもつかない状態にあったのだ。

「いますぐ危ない状態じゃないって、言ってたしな」
 僅かな安堵を抱えて寝台の上へと転がると、少しずつまどろみがやってきた。
 なんだかんだで、昨日も寝付くのは遅かったのだ。
 ぼうっと、少女のことを想いながら部屋の天井を見上げる。

331 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:05:29 ID:6F0LdsUi

 小さく戸を叩く音で、その目が開かれた。
「シェリンカか?」
 なにか、フィニアの身に変化があったのかもしれない。
 そう思い、サズはすぐに寝台の上から跳ね起きた。
 再度、戸が打ち鳴らされる。今度は、先程よりも強く叩かれている。
「今、開ける」
 冷静に考えてみれば、訪れたのがシェリンカであったのなら。
 用意周到な彼女のこと。合鍵の一つくらいは持参してくるだろうということに、彼は思い至らなかった。
 サズが扉の握り手を掴み、それを勢い良く押し開ける。
 
「きゃっ」
 短く、女性の悲鳴が上がる。
「え――あっ、わ、悪い」
 慌てて握り手から指を離し、謝罪の言葉を告げる。
 扉の前に居たのは、丈の長いエプロンドレスを身に着けた若い女性であった。
「いえ。こちらの方こそ、無作法な真似をお許しください」
 女性が、サズへと向けて深々とこうべを垂れてきた。
 そしてそのまま、開け放たれていた戸をくぐり、部屋の中へと入り込む。
 その動きがあまりに自然であった為、サズは警戒の念を緩めてしまっていた。
(シェリンカからの、使いかなにかかな……そう言や、夕飯がまだだったし)
 などと呑気に構えていたところに、その女性が顔を上げてきた。

 その口から、彼の意表を突く言葉が発せられる。
「リビアと申します。サズ様の、身の回りのお世話を仰せつかっております。どうぞ、お見知り置きを
 下さいませ」 
 緊張の面持ちで、女性が告げてきた。
「…………は?」
 かなりの間を置いて、サズは文字通りに間の抜けた声を洩らした。
 釣られるように、リビアと名乗った女性もきょとんとした表情になる。
「あの」
「あのさ」
 問い掛けの言葉が重なる。
「あっ、いえ。なんでしょうか」
「あ、いや。そっちから、どうぞ」
「いえいえ」
「いやいや」
 やり取りまでが、間の抜けたものになっている。
 拉致が明かないことに気付いたのは、女性の方が先であった。
「ですから、王宮の方より……サズ様、ですよね? 貴方様の傍仕えを命ぜられて、ここを訪れたのです。
 なんなりと、お申し付けになって下さい」
 焦茶色の瞳と睫毛をぱちぱちと瞬かせながら、彼女は噛み砕くようにして言い直してきた。
 
 司祭宮の最奥部へと伸びる大回廊を、サズが大股になって突き進む。
「シェリンカっ! 話があるっ、出て来いっ!」
 曲がり角を幾つも越え、門とも呼べるほどに巨大な古木の扉の前にまで到達した彼は、大音声で以って
 その珍客振りを遺憾無く発揮していた。
「神座巫女様は、フィニア王女への儀式を執り行っている最中です。どうか、お引取りを」
 守衛との押し問答の末、姿を現した年長の女性が厳かな口調で告げてきた。
 サズがその言葉に怯んだところを、守衛と男性司祭たちは一致団結して押し出しに掛かってくる。
 投げ出されるようにして、彼は司祭宮の外にまで連れ出されてしまっていた。

332 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:06:13 ID:6F0LdsUi

 石材と漆喰で仕上げられた司祭宮の壁面は、良く見れば下地に煉瓦を用いていることが分かる。
 星霜を重ね続ける内に、幾度もの補修と再建が繰り返されてきたのだろう。
 重厚たる威容を誇る王宮にしても、それは同じであった。  
 石柱の立ち並ぶ外路を、サズは憤然としながら歩いていた。
「なにも、閉め出すことはないだろ」
 開放されていそうな入り口を探し回っている内に、彼は王宮の近くにまで来てしまったいた。
 息を吐いて、周囲を見渡す。
 石柱には翼を持ち上げた鶺鴒の紋章が刻まれているが、雨風に晒されたその表層は丸く削れていって
 しまっており、物によっては根本から大きく傾いてしまっている。
 古い都だと、サズは捻りもなく感じていた。
 
 その彼の視線が、ある物を見つけて動きを止めた。
 緑の中に、赤や白の色彩が入り混じっている。
 庭園だ。
 司祭宮と王宮の間を繋ぐようにして設けられた、細長い庭園が遠目に見えていた。
 距離はそこまで近くもないが、間を遮るものはなにもない。
 どうせ待つことしか出来ない身なのだからと。
 サズはそこに宛てを見つけて、足を踏み出していった。

「ここは結構、新しい感じだな」
 複雑な垣根造りで植え込まれた若木の合間を、サズは分け入ってゆく。
 清涼感のある香りや、きつめの匂いを順々に感じながら進み続ける。
 人の気配があったので、今度はそこへと近付いてみる。
 普段の彼であれば、あまり取りそうにもない行動であったが、その時のサズは、なんとなくそうして
 みたくなっていたのだ。
「――おぉ」
 知らず、感嘆の声を洩らした。
 それに気付いてか、庭園の中心に居た人物が振り返ってくる。
「どうかしたのかね」
「いや……立派なもんだなと思って」
 問い掛けてきたその男へと、サズが会釈を返す。
 男が、小さく頷きをみせた。
「今は、どちらかと言えば寂しい季節なのだがね」
「あんたは、どの季節が好きなんだ?」
 自己紹介も交わさずに、二人は言葉を交わし始めた。
「在り来たりではあるが、春だね。秋も悪くはないのだが」
「俺は断然、秋だな。それも秋の初めの辺り」
 男は黒い直毛を肩の辺りにまで伸ばした、壮年の男性であった。
 黒い簡素な外着に、手には鋏という庭師風の格好をしている。
 眼光は鋭かったが、目尻に刻まれた浅い皺がそれを隠すようにしている。

 一目で、サズは彼に対して好感を抱いた。
 容姿に、そこまでの若々しさや秀麗さを感じたわけでもない。
 口調を含めた挙動にも、特に好ましいところはなかった。 
 ただ、活きた目をしている。
 そんな、漠然としていながらも、強い印象を受けた。
「良ければ、ここに来て眺めて見たまえ。丁度誰かしらからの、品評が欲しくなっていたところなのだ」
「そんな、偉そうなことは出来ないけどよ――っと」
 足元の芝目を乱さぬように気を付けて、サズはその招きに応じた。

333 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:07:09 ID:6F0LdsUi

 草花の扱いや美観の在り様については、全くの素人であるサズの一言一言にも、男は目尻の皺を深めて
 それに聞き入っているようであった。
「君は、ここの草木を観るのは初めてかね」
 ここのという言葉を、サズはベルガのものとして捉えた。
「ああ。森の辺りの木なんかは、ごつごつしていて、少し殺風景な感じだったけど。あんたの手入れが
 良いのかな。ここのは、若々しくて好きだ」
「ベルガでは、強い木しか生き残れないからね。私の手掛けているものは、弱いものが多い。若々しくは
 あるかもしれんが、歳を重ねることには不向きなのだよ」
「なるほど。難しいもんなんだな」
「それほどでもない」

 矛盾を感じさせる男の言に、サズが首を傾げた。
 男が、枝に鋏を入れながら続ける。
「生かすべきを生かし、死なすべきを死なす。要は、見極めだ」
「切り過ぎじゃないのか、それ」
 逡巡も見せずに葉の付いた枝を落としてゆく姿に、サズは思わず声を上げてしまう。
「見逃して欲しいな。本職ではなく、趣味でやっているものでね」
「そんなやつに切られるんじゃ、木も堪らないな」
「違いない」
 呆れ顔のサズの言葉に、どこか虚無感のある笑みを男が浮かべた。

 一頻り手を入れ終えたのか、男は鋏を上着の物入れの中へと仕舞い込んだ。
 そしてサズの方へと向き直ってくる。
「昼食の方は、まだだったかね」
「そういや、腹が減ってきた」
「良ければどうかな。そろそろパンが焼き上がっている頃合なのだが」
 盛られた赤土の上に直接腰を下ろしていた青年が、その一言で跳ね起きた。
「いいのか?」
「跳び上がっておいて、それはないな。来たまえ。馳走しよう」
「じゃあ、遠慮なく」
 先を行く男の背を追いかける。

(あれ……)
 サズが、歩く速さを上げた。
 意外なことに、普段の歩調では追いつくことが出来なかったのだ。 
 意識的にペースを合わせて追いつくと、既に司祭宮の片隅へと舞い戻っていた。
 男が金縁の取り付けられた扉へと腕を伸ばす。
「あ」
 サズが足を止めた。
 扉は、先刻サズが進入を試みた物の一つであったのだ。
 施錠がされていた筈のその扉を、男は鍵も用いずに片手で開け放つ。
「土足のままで構わんよ。入りたまえ」
 躊躇する様子をみせたサズへと声を掛け、男が軒下をくぐってゆく。
「あ、うん。じゃあ、お邪魔しまーす……」
 やや遠慮気味に、サズが敷居を跨いだ。

 暫く待つようにと言い渡されて、サズは石造りになった部屋の中で暇を潰していた。
 ざっと見た感じでは、そこは個人の部屋に思えた。
 手作りの品と思われる机に、椅子。本棚に、収納箱。
 内装である絨毯や灯り架けなどの幾つかの品を除けば、全てが自作の物で溢れ返っているように見える。
「器用なおっさんだな」
 疑いもなく、それらは男が手掛けた物だろうとサズは思っていた。
「しかし、美味そうな匂いだな」
 釘の一つも用いずに組まれた木製の椅子の上で、伸びを打つ。
「ん? こりゃあ……」
 視線を床の方へと落とすと、そこには見覚えのある物体が積み上げられていた。

334 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:09:37 ID:6F0LdsUi

 焼きたてのパンと自家製と思しきヨーグルトでの昼食の最中、サズはそれを読み耽っていた。
 内容は、特に変わったことが記されていた訳でもない。所謂、雑記帳だ。
 男の方は、彼のその行動を咎めるでもなく、食後の茶を口に運んでいる。
「珍しかったかね」
 サズが粗方それに目を通し終えたところで、声が掛かってきた。
「いや。懐かしかった」
 サズが手にしていたのは、薄い木片を繋げて作られた書簡であった。
 紐を通して整えられたそれは、無論精製された紙は元より、羊皮紙よりも嵩張る。
 記載出来る文字の数にも劣る。扱い難い代物だ。
「物好きなんだな、あんた」
「紙は高いからね」
 何気なくそう返され、サズは言葉に詰まった。
「そっか。そうだよな。余所から物が入ってくる訳でもないし……」
 慌ててそれらしいことを言って取り繕ってみるが、その語尾は濁ってしまっている。
 男は別段気を害した様子はみせていなかったが、サズにしてみれば居心地が悪い。

「フィニア王女殿下を救い出した、英雄」
 詩を朗ずるように、男が言葉を紡いでゆく。
 目線をうろうろとさせていたサズが、肩をびくりと跳ね上げた。
「驚かせたかね。しかし、ここで君のことを知らぬ者はおらんよ。なにせ、宮中の者たちは、退屈凌ぎに
 目がないからな」
 皮肉気な微笑を頬に貼り付かせて、男が目を細めた。
 明らかな毒を含んだ言い回しだ。
「その王女殿下って、なんだよ。フィニア……王女は、巫女だから」
 話題逸らしと予ねてよりの疑問を合わせて口に上らせてから、彼は自らの失言に気が付いた。
「知りたいかね?」
 男が素知らぬ顔で問い掛けてくる。 
 当然、彼が指して言っているのはフィニアの件に関してであった。
「教えてくれるのか」
「君の話のように、誰でも知っているような話だよ」
 問い返すサズに前置きをしてから、彼は話し出した。

「ベルガの現王で在らせられるソムス陛下が、五人の御子をお持ちであったことは知っていたかね」
 サズが首を横へと振って、否定の意を表す。
「五人の内、王位継承者としての号を与えられたのは三人。長女のアディス王女。長男のラグネス王子。 
 三男のハイリア王子。実子として以外に他に数名、号を賜っている者もいたが、陛下の御意向としては
 長男のラグネス王子殿下を後継とされるおつもりだったのだ……が」
 一旦言葉を区切って、男がサズの顔を覗きこむ。
 そして彼が話についてきていることを確認すると、説明を再開した。
「陛下が行方不明となられたことで、その状況が変わり始めたのだよ」
 言葉を挟みたくなるのを堪え、サズが話に耳を傾け続ける。
「その御身を探し出すべく、昼夜を問わずして捜索は行われたが……それが果たされる前に、宮中は割れた。
 後継者争いへと走ってしまったわけだ」

 そこまで聞いた時点で、サズは司祭長ザギブの名を出そうとした。
 だがそこで、自らが失言を重ねていたことを思い出し、開きかけていた口を閉じてしまう。
「良いかな?」
 結局、彼はその行動を、男の言葉に頷き返しておくだけに留めた。
「三週間程前のことになるのだがね。後継者争いを繰り広げていた御三方が、王位の継承権を放棄された。
 次期に、多少の前後はあったが……そこからどういうわけか、失踪中の神是巫女が王の代行者によって
 指名されたのだよ。王の、後継者としてね」
「神是巫女……フィニアのことか?」
 訝しむサズへと返されてきたのは、肯定の頷きであった。

335 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 19:10:09 ID:6F0LdsUi

「それにしちゃあさ」
 机の上で頭を抱えつつも、サズが疑問の声を上げる。
「ここのれ……人たちは、浮ついた感じじゃないか? 王様だって見つかっちゃいない上に、フィニア
 だって、その」
「王もおらず、後を継ぐ者もいないよりは、手元に在った方が良いということだろうな」
「あったって、そんな、物みたいによ」
 釈然としない様子の青年を、男が見つめてきた。
 その眼差しに込められた思いを読み取れず、サズは更に当惑を深めてゆくばかりだ。
「さて、そろそろ私の方は本業へと戻らせて貰うとするよ」
「あ。俺もシェリンカのやつを探しに行かないと。昼飯美味かった。話も、ありがとう……ございました」
 サズが椅子から立ち上がり、畏まってお辞儀の姿勢を取る。
 男の頬が僅かに緩み、微かな笑みを形取った。
 
 回廊を、二人の男が歩いている。
「そう言えば、あんた。司祭宮に部屋があるってことは、ここの司祭かなにかなのか?」
「一応そうなるね。ところで、シェリンカなら今日は夜遅くまで自室には戻らない筈だよ。今日の朝議で
 フィニア王女への儀式に専念する旨を、皆へと伝えていたからね」
「う……夜までか」
 昨晩の一件を思い出して、サズが再び頭を抱えた。
 シェリンカからは、呼び出しを受けない限り、宮中の敷地内におりさえすれば良いとは言われていたが、  
 サズとしては、好き好んで他人と顔を合わせるつもりは更々ない。 
 だからといって与えられた部屋に戻れば、リビアという女性に付き纏われるのも目に見えていた。

「悩み事が多いようだね」
「まあ、な。でも、いつまでもここでうろついてる訳にも行かないしな。大人しく部屋に戻ることにする」
「そうすると良い。時には、待つことも必要だ」 
「ああ。色々とありがとな、おっさん。機会があれば、また庭の方を見せてくれ」
「春に来たまえ」
「はは。そうする。その次は、秋だ」

 回廊に、一人の男が佇んでいる。
 いつものように、静寂がそこを支配していた。
 いつもとは、彼の日常だ。
 そしてそれは、ベルガの日常でもある。
 踵を返しかけて、彼は気付いた。
 自分が先程口にした言葉が、所謂冗談というものに類する台詞であったということに。
 暫しの間、彼は青年と交わした言葉を思い返していた。
 
「ここにおられたのですね。司祭長殿」
 呼び掛けられて、彼はその場を振り返った。
「クオか。君がここを訪れるとは、珍しいな」
「直々の頼み事がありましたもので――ああ、貴方のことは宰相とお呼びしなくてはいけないのでした」
 黒一色に身を包んだ男が、ザギブの下へと歩み寄ってくる。
「それも、珍しいな」
「そう警戒なさらないで下さい。宰相殿にとっても、決して悪い話ではありませんので」
「それは私が決めることだ」
「手厳しい」
 乾いた笑い声と共に、クオと呼ばれた男が降参の意を示すように両の腕を挙げた。
 ザギブが片腕を真横へと突き出す。
 砂紋の法衣が、主の背を覆い隠した。

336 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:18:02 ID:6F0LdsUi

 静かに。出来るだけ静かに、サズはその扉を叩いていた。
「開いているわよ」
 真夜中の訪問者への返事が、即答の形で返される。
 魔術の明かりを灯した剣の柄を手に、青年が部屋の中へと足を踏み入れる。
 ナイトガウンに身を包んだ女性の姿が、すぐにその視界へと入ってきた。
「おっす」
「めっ……なによ、こんな夜遅くにレディの部屋の戸を叩くなんて」
 非常識だと言わんばかりに眉を顰めて、シェリンカは後ろ手に扉を閉じた。
「悪いと思ってる。だけどな……って、お前、飲んでるのか」
 酒気に対しては敏感すぎる程に敏感なサズは、彼女が帯びた独特の臭気を即座に感じ取った。

「なによ。悪い? 巫女がお酒飲んじゃいけないなんて法令、誰が布いたのよ。迷惑だわ」
「ばっちり違法なんじゃねぇか」
「酔っていないから良いのよ。別に」
 シェリンカが髪をかき上げた。目元には、薄っすらと朱がさしている。
 見れば、寝台の脇にある化粧台の上には、ワインの瓶と底に赤みを残したグラスとが置かれていた。
「で……なによ。まさか夜這いでも仕掛けに来たのかしら?」
「馬鹿なこと抜かすな。夜中だし、手短に言うぞ。俺の部屋に寄越された、あのルビアって女をなんとか
 しろ。侍女だかなんだか知らないが、迷惑だ」
 サズが部屋の入り口に立ったまま、本題を切り出した。
「ルビア? 侍女って――ああ、そういうことね。いいじゃない。貴方、まだ全然ここに慣れてもいない
 でしょう。今日だって、騒ぎを起こしたって聞いているし。面倒くらい、みて貰いなさい」
「面倒って、こっちは小さいガキじゃねえんだぞ……って、まだ話は終わってないぞっ」 
 話は終わったとばかりに、すたすたと寝台へと戻ってゆくシェリンカの後を、サズが追う。

 シェリンカが彼へと振り向いてきたのは、きっちりと寝台の前にまで進み終えてからであった。
「貴方ねえ。フィニアと一緒に暮らすのなら、少しくらいはここの流儀に合わせなさい。まさか、ずっと
 冒険者気分のままでいるつもり?」
「そういう訳じゃないけどよ。合わせろって言ったって、その」
「なに。言うのなら、はっきりと言う。言えないのなら、黙っていなさい」
 決然とした口調と酒臭さに、サズが思わすたじろぎをみせた。 
 シェリンカが鼻を一つ鳴らして、そんな彼をねめつける。
「夜伽ね。馬鹿馬鹿しい。適当に済ませておきなさいよ」
「よと……なんだって?」
 初めて耳にする言葉に、サズは怪訝な面持ちを浮かべてしまう。
 シェリンカの方はというと、既に寝台の上へと腰を下ろし、飲み直しの体勢に入っている。
「よ、と、ぎ。夜の方のお世話よ。大方、御奉仕させて頂きますとか言われたんでしょ」
「――っ! わかってんなら、なんとかしろっ」
「なによ、顔真っ赤にして。厭らしいわね。部屋に戻ってスッキリさせて貰ってから、さっさと寝なさい」
「人の話を聞けっ」
 その言葉に、シェリンカが動きを止めた。

「良いわ。聞きましょう」
 なにを思ったのか、彼女は突如真顔になるとワインの瓶から手を放した。
 そして腕を胸の前で交差させ、足組みをし、青年の瞳を覗き込んでくる。
「なにが不満なのかしら。その侍女の容姿? 態度? それとも、年齢?」
「年齢って、おま……だから、そんなんじゃねえよ」
 一体なにがだからなのかは分からないが、サズは渋面になって顔を仰け反らせた。
「だから、はっきりと言いなさい。その人にも、貴方に就けられるに当たっての事情ってものがあるのよ。
 理由もなしに追い返されたりしたら、私だったら堪らないわ」
 腹を立てる風でもなく、シェリンカが話の要を引き摺ってゆく。 
 彼女からしてみれば、サズの主張は子供の捏ねる駄々とそう変わらない。
 そういった相手に対して正論を口にするのは、シェリンカの昔からの癖であった。

337 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:18:49 ID:6F0LdsUi

 サズ・マレフには、悪癖がある。
 人から高圧的に出られたと感じると、無意味に反発したくなるという癖が彼にはあった。
 聞きようによっては、それはそう珍しくもない、普遍的とも言える反射行動なのだろう。 
 それが悪癖として現れるのには、それなりの理由がある。
 
「貴方……子供ねぇ」
 シェリンカは呆れ返ってしまっていた。
 彼女がそういった反応をしてしまうのにも、無理はない。
 成人を迎えた男性が、会話の最中に顔を真横へと向け、口をつぐんでいる姿を見れば、誰だってそう
 言いたくもなるであろう。
「そうやって黙り込んで。一体、なにがしたいのかしら」
 サズは無言のままだ。
 シェリンカが再びワインの瓶を手に取り、グラスの中を満たし始めた。
 杯が呷られる。

「飲む?」
「飲まねえ」
 飲めねえ、の間違いであろう。
「ふぅん。まあ、いいけど。そうやってずっと不貞腐れていなさい。灯りは消してね。寝付けなくもない
 けど、眠りが浅くなるから」
「え? あ、おいっ」
「おやすみー」
 こてんと横倒しになって、シェリンカは羊毛で織られたふくよかなシーツの上へと身を沈み込ませた。
 
 ぽつねんとして、サズはそこに佇んでいた。
 そっとシェリンカの顔を覗きこんでみるが、寝息しか聞こえてこない。
 左右を見回すと、化粧台の傍に灯り架けが備え付けられていた。
 取り合えずそれを消して、彼は床に正座した。

 サズは、叱られた経験がない。
 諭されたようなこともない。
 彼に寄せられる大人からの反応には、子供に対する、そういったごく自然な行いが欠如していた。
 故に彼は、そういったことに近しい反応の、その意図を汲み取れなかった。
 シェリンカの言葉と対応を、馬鹿にされたと感じてしまったのだ。
 そういった時、サズは決まって相手に反抗した。
 罵声には罵声で。暴力には暴力で。無視には無視で。
 理不尽には、理不尽で返す。それが彼の中の原則であり、行動理念でもあった。

 だから、理不尽なことをされないとなにも出来ない。
 多少はあったとしても、それで女性に対して手を上げるなど、彼の中では在り得ないことであった。
 どうして良いのか、さっぱり分からなくなり――
 彼は途方に暮れていた。

「ニアに、悪いと思っているの?」
 サズの顔が跳ね上がる。
 剣の柄にかけていた明かりの魔術がまだ効果を残していたので、シェリンカの肩が動くのを見て取れた。
「そりゃあ、悪いだろ……」
「分かるけど。あの子、そういうところは潔癖でしょうし」
「べ、別にあいつが気にするからとか、そういうのじゃ」
「操立てでもしているつもり? そういうのって、話として聞く分には嫌いじゃないけど」
 気怠げに身を起こすのが、分かった。うつ伏せになり、枕の元をじっと見つめている。
「危険ね。貴方」 
 つぶやきに過ぎないその声も、夜の静けさの中に在っては鮮明な響きを残していた。

338 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:19:26 ID:6F0LdsUi

「侍女の件については、私の方から断りを入れておくわ」
 視線を外さぬまま、シェリンカが告げてきた。
「あ、ああ。そうして貰えると、助かる」
 膝を立てた体勢でサズは礼の言葉を述べたが、その声には内心の動揺が見え隠れしている。
 なにか、異様な雰囲気を彼は感じ取っていた。
「貴方。あの子が、子供を産めないことは知っているのよね」
「唐突に、なんだよ」
「いるのね。じゃあ、あの子がこの先、王位に就く可能性が高いことは?」
「……知ってるけどよ」
 シェリンカが完全に身を起こした。
 そしてサズへと向き直ってくる。
「これも、可能性の話よ。だから、しっかりと聞きなさい。あの子がベルガの女王の座に就けば、必ずその
 世継ぎに関する問題が出てくるわ。その時、貴方が伴侶としてニアの傍にいれば、先ず確実にその問題に
 巻き込まれてゆくの。それは避けられないことなのよ」
「お、おい。なんで今そんな話に」
「黙って聞くのよ。ここではね。王位にあるものの意思が、他のなによりも尊重されるの。でも今は、その
 王も不在。皆が権勢を争う中で、これからあの子の周りがどう動いて行くかなんて、誰にも分からないの」
 そこで一度言葉を区切り、彼女は息を吸い込んだ。
「場合によっては……貴方がこのベルガの王に選ばれることすら、在り得るのよ」
 
 そろそろサズは、いっぱいいっぱいになってきていた。
 世継ぎ?
 王? 
 単語としてはそれを捉えることは出来ても、それらを繋げて考えることは不可能であった。
 まして、彼の頭の中心は、フィニアに関することで占められてしまっている。
 事を真面目に考えるつもりはあっても、余裕というものが絶対的に不足していたし、そうでなくとも
 政治的なことに関する知識もなければ、それに対して本格的に関わるつもりすらなかったのだ。

 シェリンカとて、サズと話をしてみて、彼がそういったことに向いているとは思ってはいなかった。
 しかし、彼女にはあまり悠長なことは言ってられないだけの事情があった。
 フィニアのことに絞って物事を考えてゆくのなら、サズという青年はその扱い方一つで、毒にも薬にも
 成り得る存在だと、彼女は考えていたのだ。
 そしてそういったことを画策しているのは、彼女に限ったわけでもないだろう。
 事実、彼に対する動きは出て来ている。
 侍女を付けるなどをいう話を、シェリンカは誰からも耳にしてはいなかったのだ。

 それ自体は、大して問題にするようなことではなかったが、問題はサズの受け取り方にあった。
 なんというか、免疫が無さ過ぎるのだ。
 頑なにフィニアへの好意を貫こうとする姿勢には、正直に言って好感が持てる点もあった。
 純粋と言えば純粋なのだろう。
 流れの冒険者などを生業にしている彼が、まさかこんな性格の男だとは思っても見なかった。
 彼女の見積もりとしては、彼はもう少し世間慣れしている人物の筈であったのだ。

(実際には、世間ずれでしたってオチだなんて)
 シェリンカが、深々とした溜息を洩らす。
 彼女が話を終えないうちに、青年は床板とのにらめっこを開始してしまっていた。
(ニアには悪いけど、これはちょっと矯正が必要ね)
 元はと言えば自分の眼識のなさが招いた結果なのだからと、彼女は覚悟を決めた。
 多少の罪悪感はあったが、割り切る部分は割り切ってゆかないと話にならない。
(やるなら今の内じゃないと、ややこしいことになっちゃうし)
 不謹慎にも、彼女はフィニアが意識を取り戻していないことに、少しだけ感謝をしていた。

 皆、一様にそう言うのだ。
 酔ってなど、いないと。

339 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:20:11 ID:6F0LdsUi

(とは言え……こういう子には、どうすればいいのかしら)
 酔いも醒め切らぬ頭で、シェリンカは思案に耽った。
 男性の扱いにはそれなりに慣れているつもりではあったが、サズのような手合いを相手にしたことは
 なかったので、初手に悩んでしまう。
(強引にいっても、誘っても、逆に頑なになっちゃうそうだし……素直なところもあるっぽいんだけど)
 その気になってみたは良いが、中々の難物に狙いを定めてしまった気もしてきた。
 思いあぐねて、シェリンカはサズの表情を覗き見た。
 彼は、真剣な表情になってじっと考え込んでいる風であった。

「ねえ」
 サズが、その顔を上げた。
 シェリンカが、しまったとばかりに手で口を覆う。
 彼女は特になにかを思い付いたわけでもなく、青年へと向けて声を投げ掛けていた。
 当然、サズは彼女に視線を注いで来ている。
 真剣な表情だ。
 人の悩み顔は見飽きてしまう程に眺めてきたが、この手の表情には縁がなかった気がした。
(ああ)
 不意に、彼女は思い至った。
(ニアは、この子のこういうところを好きになったのね)
 そう思うのと同時に、自分が一体なにを口にしかけていたのかも、分かった。

「私と、寝てみない?」
 お茶でもしませんか。
 そんな調子で、シェリンカは問い掛けていた。
「――え?」
「寝てみないかって、聞いているのよ。勿論、男女の行為としてね」
「男女の……いやまて。なんだ、なんかおかしいぞ」
 自分の耳の調子を疑うように、サズが耳元に手を当てた。
「あ、あ、あ。あいうえお。ひのようじん、まじゅついっかいかじのもと」
「別に、聞き違いなんかじゃないわよ。失礼ね」
「……俺が失礼なら、あんたは非常識だろ。なんで、王位が云々なんて話から、そんな話に飛ぶんだ。
 しかも、なんでよりによってそんな内容に」

 真夜中ということを考慮して、サズは意識的に言葉を小さくした。
 普段であれば、確実に大声を出してしまっているところである。
「それは……はい、ごめんね」
 声と共にガウンの裾が翻り、そこからほっそりとした腕が伸びる。
「え、あ、って、こらっ、あんたなにをっ」
「やん。暴れないでよ。ちょっと確かめるだけだから」
「止めろって、あ、う――ぐぇ」
 床の上の住人が、一人増えた。

「あら。駄目じゃない」
 どっちが駄目なんだと。
 サズとしては、そう言いたかった。
「あんたなぁ……っ!」
 仰向けになった姿勢で、抗議の声を上げる。
 胸元には、寝台から滑り落ちてきたシェリンカの上半身が重なっていた。
「あんたあんたって、うるさいわね。それより、なによこれ」
 シェリンカが、青年の下腹部へと伸ばしていた指先を蠢かせた。
 途端、くぐもった声が洩らされてくる。  
「あの子以外には、興味がありませんって顔しておいて。随分と元気なんじゃない?」
「それは、あんたが妙なことをくちばし――っ、だから、止めろって!」
 服越しに伝わってくる柔らかな感触から逃れようと、サズは両腕を突き出した。

340 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:21:01 ID:6F0LdsUi

 腕に予想外の反動を感じ、彼は慌てて半身を起こした。 
「悪い、やりすぎ――」
「御立派ね。貴方」
 シェリンカが、つぶやく。
 咳き込みながらも寝台の側面を背もたれにするようにして、唇の端を皮肉っぽく吊り上げている。

「どんなことが起きても、あの子を裏切らない」
 純粋だと感じた。
「あの子の為なら、なんでもする」
 一途だと思えた。
「そういうのって、見ていて怖いのよね」
 危険だと評した。
「ねえ、貴方……本気でそうするつもりでしょう?」

 サズには、その問い掛けの意味が分からなかった。
 本気もなにも、フィニアを助けること以外に、自分にやるべきことがあるのだろうか。
 シェリンカは、自分の言葉と行動を、見てはいないのだろうか。
「分からない、って顔をしているわね。そうよ。貴方は、本当になに一つ分かっちゃいないわ。ニアの
 こと、ベルガのこと。自分のすべきこと。出来ることさえ、分かっちゃいない」
 淡々として身動ぎもせず、シェリンカは続けてゆく。

「貴方は、なにも出来ない。操られるだけ。踊らされるだけ。ニアを守ることも出来ずに、ただ利用され、
 打ち捨てられるのよ。貴方がしようとしているのは、そういうことだわ。――なに、その顔? 自分は
 なんでも出来るつもりなの? 騎士一人に斬り捨てられ、あの子に助けられたお陰で生き延びた分際で。
 恥を知りなさい。貴方のそういうところが、ニアを追い詰めたのよ。そんな貴方が、こんな場所に来て
 なにが出来るというの。そういうところが危険だって、思ってみたこともないの?」

 青い瞳が、サズを睨み付ける。

「ニアも、同じことを言うし、するわ。貴方を助けようと、力になろうとして、あの子はなんだってする。
 それがどんなに危険なことか、身を持って知ったでしょう? もし、明日にでもあの子を目覚めさせる
 ことが出来たって、二人してそんなことじゃ、待っているのは破滅だけよ。貴方は、貴方たちはそれを
 自覚して生きてゆかないといけないの。そうじゃないと、幸せになんて、永遠になれっこないのよ」

 可哀想だなんて言葉は、使いたくはなかった。
 シェリンカにしてみても、似たようなことはあるのだ。
 自分は、単純に運が良かっただけなのだと、彼女は考えていた。
 だから、単純に運の悪かった妹のような少女を気にかけた。
 恨み言の一つも口にしない従姉妹を、幸せにしてやりたかった。
 だから、自分がやれることを模索した。
 卑劣と謗られて然りの行いにも、手を染めた。
 武器になるものは、全て利用してきた。
 強者には従った。弱者を貶めることなんて、それこそ日常茶飯事だった。

 雇いの冒険者に対しては、特別な期待をかけていた。
 曰く付きではあったが上手く扱えば、ニアに初恋の一つくらいは与えてやれると考えていた。
 自分の行いが傲慢だとは、いつだって思っていた。
 それでも、してあげたかった。閉ざされた箱庭の如き世界で、一生を終えさせたくなどなかった。
 地獄というものがあれば、自分はきっとそこに落ちる。
 そんな思いは、むしろ願いにさえ近かった。
 それくらいでなければ、事を成就させうることなど、所詮絵空事に過ぎないと思っていたからだ。
 
 共感と苛立ち。好意と敵意。羨望と優越感。
 それら全てを同時に、サズという青年に対して抱いた。
 綯い交ぜになった感情を酒気に侵された理性で抑え切ることなどは、到底不可能であった。

341 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:21:50 ID:6F0LdsUi

 残る静寂。
「ごめんなさい。言ってはいけないことを、言ってしまったわ」
 吐き出した後には、空虚さが残っているだけであった。
 謝罪の言葉を口にしても、それが反射に近い行動であることを、彼女は自覚していた。
 やはり自分は傲慢なのだと、心底思えてくる。
 反撃は覚悟していた。
 彼女が罵倒した相手は、心根こそ幼いとは言え、荒事の中を生き抜いてきた正真正銘の冒険者なのだ。
 殺されなければ、それで良い。ニアの為に動かせる体さえあれば、後は望むまいと思った。
 
「フィニアがさ」
 世間話に興ずるかのような声が、シェリンカの耳へと届いてきた。
 場違いに思えたその響きに、彼女は思わず眉を顰める。
「あいつが、あんたのことをさ。姉さま、姉さまって言っていたのが、分かった気がする」
 途中から、その声が苦笑混じりのものとなってゆく。
「ちょっとベルガの話になれば、あいつ、決まってあんたの名前を出してよ。姉さまは、姉さまが、って。
 俺、男の兄弟はいても、姉とか妹はいなかったから、なんだかそういうのって、想像もつかなくてよ。
 そんなにいいもんなのかって疑問に思ったりもしてた。でも、あんたにはっきりと言われたらさ」

 サズが立ち上がり、指先で頬を掻いて続ける。
「なんか、スッキリした。こんなこと言ったら余計に怒るかもだけど、俺にもあんたみたいな姉貴とかが
 いてくれてたら良かったのになって。フィニアのことが、少し羨ましいなって」
 シェリンカへと向けて、手が差し伸べられた。
「そう思っちまった。多分、話の内容は、半分以上分かってないけどな」
 逆光にはなっていたが、それでも青年が照れ臭そうに笑っていることくらいは見て取れる。
「そんな簡単に分かられても、困るわよ」
 憎まれ口を叩きつつも、彼女はその手をしっかりと掴み、立ち上がっていた。

「本当に、ごめんなさいね」
 時間の経過と共に、彼女は次第に落ち着きを取り戻していた。
「良いって。耳には痛かったけど、あんたがどれだけフィニアのことを考えているのかも、分かったしさ」
 何度も頭を下げ、謝罪の言葉を繰り返すシェリンカへと、サズはかぶりを振って返す。
 そんな青年の反応に、シェリンカはばつの悪そうな表情を拭えずにいた。
「でもさ……」
 矛先を変えてみようと、サズは別の話題を振ることにした。
「でも、なに?」
 シェリンカがそれに食い付いてくる。
 彼女にしてみれば、言いたい放題で非難をしたことに対して、感謝の言葉で返されるなどという結末は、
 納得が行かないものだったのだ。
「いや。あんたに誘われた時、実はかなりやばかった。あんな冗談は、もうこれっきりにしてくれよ」
 サズが苦笑いを浮かべて、肩を竦める。
 場の空気を変えたくて言ってはみたものの、口にすると予想していた以上に恥ずかしかったので、彼は
 わざとおどけた仕草をしてみせて、それを誤魔化そうとしていた。

(なんなんだ、この沈黙は)
 確かに彼は、場の空気を変えることには、成功していた。
 静まり返った室内で、シェリンカはサズを見つめてきたまま、彼の目の前に立ち尽くしている。
 サズもなんとなく、彼女から目を逸らせずにいた。
 何故逸らせないのか。
 彼はその理由を探してしまう。
 どう考えても、自分がこれ以上この部屋に留まっている必要はない。
 目的である侍女からの解放については約束が成されていたし、なによりも――と言っても部屋を訪れた
 時点では失念していたが――ここは女性の寝室なのだ。
 彼女には明日の予定もある。
 礼を述べ終えた時点で速やかに退室すべきなのは、明白であった。

342 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:22:53 ID:6F0LdsUi

 無言のままの彼女を見つめているうちに、サズはあることに思い当たった。
 なにかをしたかった訳ではないのだ。
 今の自分は能動的に動くことに価値を見出しておらず、受動的にあることを待ち構えているのだと。
 ――シェリンカは、次はなにを言ってくるのだろう。
 その一点を、彼は気にしていたのだ。

 サズは基本、他者に対しては動的な行動を取ることが多い。
 それは自発的に動くことを彼が好んでいた訳ではなく、静的な対応、つまり、待つということを苦手と
 していたからであった。
 経験上、他人の出方を待つということをして、あまり良い思いをしたことがなかった。
 成すがままにされていると、限がないのだ。  
 だから、必要最低限に抑えてきた他者との接触の場においては、彼は積極的に動いた。
 やられる前にやるというスタンスが、日常の中で出来上がってしまっていたのだ。

 その彼が、今は他人の出方を待ち構えている。待ち侘びている。
 彼女の言葉を、心地良く感じ始めてしまっていたのだ。
 おかしなことだと思いはしたが、不思議に、反発する気持ちは生まれてこなかった。
 先刻彼女は、なじるようにしてサズの行いを責め、その考えのなさを非難してきたのに、だ。
 耳に痛かったというのは、事実だ。
 それは彼女の口にしたことが正論だと感じた故の、痛さなのだろう。
 言われてしまい、辛い部分は当然あったが、サズにとっては、彼女の言葉は理不尽ではなかったのだ。 
 そしてそれは彼にとって、非常に、非常に貴重なことであった。
  
 シェリンカが、青年を見つめ続ける。
 なんだろうと彼女は思っていた。
 何故か、言われたことが気に食わなかった。
 言葉の内容を思い返してみても、そんなに特別なことを言われたわけでもないと思う。

『誘われた時、実はかなりやばかった』

 確か、そんなことを口にしていた。
 やばかったというのは、勿論、性的な意味でだろう。
 抑えが利かなくなりそうだったとか、そんな意味合いなのだとは、分かる。
 それは別段、彼女にとっては不快なことではない。 
 むしろ、自分の女性的な魅力を評してくれたのだと考えれば、誇らしく思える気持ちすらあった。
 では、何故自分は彼の言ったことに反発を覚えたのだろう。
 気になり始めると、それは止まらなかった。

「サズ」
 始めて、彼女は青年のことを名前で呼んだ。
 そうすることが、正しいように思えたからだ。
「今の、もう一度言って」
 サズが、驚きの表情をみせる。
「なんでだよ」
「いいから」
 不透明過ぎる彼女の要求に一旦は彼も抵抗の意思をみせたが、シェリンカの短い言葉の中にある強い 
 意思を見て取ると、渋々とした様子ながらも従ってきた。
「ええと……誘われて、かなりやばかった……けど、もうそんな冗談は止してくれって」
 サズが、先刻口にした言葉を思い返して口を動かした。
 シェリンカはそれに聞き入って、動かない。
 動きを止めた彼女の反応を、サズは待ち続けた。

343 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:23:52 ID:6F0LdsUi

「いや」
 否定や嫌悪の意思をその顔に露にするでもなく、シェリンカはかぶりを振った。
「嫌って、あんた」
「いやよ。なんで、そんなこと言うの? 抱きたくなったのなら、抱けば良いじゃない。フィニアのこと
 好きだからって、もう誘うなだなんて、言わなくても良いじゃない」
 私的な会話の中で、従姉妹の名前を愛称ではなく普通の呼び名で口にするのは、彼女にしては極めて
 稀なことであった。
「ちょ……あ、あんた、なに言い出すんだ。正気かっ」
 ここにきて、サズはシェリンカの様子がおかしいことに気付いた。

 目が、潤んでいる。表情が、段々と不満気なものへと変化してきている。
「わかんない」
「わかんないって――」
 鸚鵡返しをするサズの胸へと、衝撃がきた。
 ゴム鞠を思いっきり柔らかくした物をぶつけられたような感触に、身体が押される。  
 バランスを崩すまいと、反射的にそれを抱きとめてしまう。
 結果、シェリンカの身体はサズの腕の中へと収まってしまっていた。

 抱きとめられたので、彼女は抱き返した。
 二人の身長にはあまり差がなく、腕を背中へと回すと顔と顔が向かい合う形になった。
「しましょう? 貴方がしたいと思ったのなら、私はしたいわ」
 甘い声で囁く。熱に侵された吐息で、青年の首筋を撫でまわす。
「駄目だって……っ! フィニアも、こういうのには敏感なんだよっ」
 身体の前面には柔らかさを、背筋にはぞくぞくとしたものを強く感じさせられ、サズは切羽詰った声を
 上げるが、それでもシェリンカの囁きが止まることはなかった。
「別に、最後まででなくてもいいの。貴方が満足してくれたら、私はそれで十分。あの子としていること
 とは、別のやり方でしましょう?」
「最後までじゃない、別のやり方って……」
 青年の気勢が弱まるを、彼女は見逃さなかった。
 一旦、腕の力を抜き、彼の腰骨の辺りへと沿えて、諭すような口調で以って言葉を紡ぎ始める。

 シェリンカの「説明」が始まる。
「そう。別のやり方よ。貴方が思っているようなことではなくて。ただ、貴方が感じている気持ちを消して
 あげたいだけ。それくらいなら、酷いことを言ってしまったお礼に、させてくれても良いでしょう?」
 少しずつ、言葉のすり替えが行われてゆく。
「直接、するわけじゃないわ。それに、貴方がするのではなくて、私がしたいだけの話よ。貴方は私に、
 少しの間だけ付き合ってくれれば、それでいいの」
 じわりじわりと、自らの帯びていた酒毒と、言葉の毒を流し込むようにして「説得」が行われる。
 ナイトガウンを肩口から背中へ流しながら、徐々に囁きを小さくしてゆく。
 
 はっきりとしない、微かなその声は、静寂の中に在ることで逆に青年の意識を強く引き付けた。
 それを感じ取ると、今度は断じるかのようにして告げ始める。
「貴方は、なにもしなくてもいいわ。全部、私がしてあげる。これから起こることは、貴方がしたのでは
 なくて、私にされたことなの。貴方はじっとしていてくれさえすれば、良いの」
 毒を熱い吐息と混ぜ、毒焔として肌へと擦り込み、予言の如く事の前後を逆転させ、返された砂時計を
 動かすように、また元へと戻す。
 指先を微かに動かし、夜着の一つ一つ、一枚一枚を肌蹴させてゆく。

 そうしたことを漫然としたものに感じさせる動作で以って繰り返し続け、その効力を僅かに残していた
 魔術の明かりが、剣の柄から消え行く頃には。

 彼女は、青年の目と耳を犯し終えていた。

344 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:24:39 ID:6F0LdsUi

 いつの間にか、部屋の中には再び照明が灯されていた。
 微かな香気を発しながら、壁掛けの燭台に炎が上がっている。
 安眠を誘う為の香油が混ぜ込まれた蝋燭の火は、鮮やかな緑色をしていた。
 サズが部屋の中に入って来た時には、そんなことに気付く余裕はなかった。
 もっとも、今のサズにも余裕らしい余裕はない。
 単に、蝋燭に火を付けたのがシェリンカの指先であったから、そのことを認識させられただけだ。
「目を閉じていても良いから、じっとしていてね」
 火種を産み出していた指先が、いざないの指先へと変わる。上着を脱がし、シャツを捲くってゆく。
 それがトラウザのベルトへと掛かると、サズは言われたように目を閉じてしまっていた。
 カチャカチャと金具の鳴り合わさる音に続く、開放感。
 ベルトが引き抜かれるのが分かった。同時にその下の部分が大きく開かれるのも。

「背の割りに、大きいのね。それにこんなところまで赤いだなんて、なんだか面白いわ」
 シェリンカが、既に半勃ちになっていた肉茎を鑑賞し、その感想を口に、指先をゆっくりと動かす。 
 その緩やかな刺激が快感へと変わるのを堪えようとして、サズは喉の奥で息を痞えさせた。
「息、溜めちゃ駄目よ。自分でする時みたいに、肩の力を抜いて……そう、いい子ね。立派よ」
 肌衣のみの姿となっていたシェリンカが、膝立ちの姿勢を取る。
 言葉の通りに立派になってしまった肉茎が、やや下向きに引き下げられる。
「こうしていないと、ずっと上を向いたままね」
 隆々とした怒張の、張りのある先端部分へと生温かな吐息が吹き掛けられた。

 しゅるりしゅるりと、輪を形取った指全体で竿の部分を撫ぜ上げられてゆく内に、サズの腫れ上がった
 亀頭の先端から、透明な液体が染み出し始めた。
 それを見たシェリンカの手の動きが、芯を育み、慈しむ動きを終えて、根元から先端へと向けて猛りを
 押し上げる動きへと変化してゆく。
 染み出た液体が、見る間にその総量を増やしていった。
「うっ、く……ぁ」
「ほら。もうこんなに。すごくねばついていて、きらきらしているわ」
 闇を選んだ視界の中、彼女のそうした言葉と行動の一つ一つが、サズの脳裏にまざまざと描かれてゆく。
「口の方で楽にしてあげてもいいのだけど」
 絞り上げるように動かされていた指の一つ。
 シェリンカの親指だけが、唐突にその挙動を変えた。
「折角だから、使わせてもらうわね。貴方の」

 なにを。
 サズが疑問の声を洩らすよりも先に、その感触はやってきた。
 肉茎の先端にシェリンカの親指の腹が遠慮なく、ぐりぐりと押し付けられてくる。
「うあっ」
 乱雑とも言えたその動きは、しかし青年に大きな快感を与えてきていた。
 肉茎の先でぬめる液体が、塗り上げられていっているのだ。
 それが亀頭の中心で柔らかな指と絡み、ぐちょぐちょと濡らしていっているのだ。

「ちょっと、そんなに可愛い声出さないで。反則よ」
 シェリンカが愉しげな声で、親指の動き回る範囲を大きくしてゆく。
「こっちまで濡れてきちゃいそう……なんて、少し下品かしら。ふふ」
 青年のふくらはぎに頬を寄せ、艶然と微笑む。
 淫らな音を立てる肉茎を前にして、自らの胸の鼓動が昂ぶってゆくのを実感する。
「気持ち良い? でも、これくらいのことは、貴方にだって経験はあるでしょう?」
 甘い柔らかさの中へと没入していた思考を引き戻すように、彼女は囁く。
「もう、目を開けてもいいわ。ここから先は、別のやり方だから。ほら、見て」
「う……ぁ?」
 誘われ、サズが目を開く。 
 指の動きを止めたシェリンカが、肉茎を解放した指先を、自らの胸元へと近付けてゆくのが見えた。

345 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:26:40 ID:6F0LdsUi

「暫く見ない内に、あの子も随分と育っちゃっていたけど」
 どこかしんみりとした口振りになりながらも、肌衣の結びを下から上に、ゆっくりと解き始める。
 へそから、豊かな谷間を作る胸元へと指先が上がってゆく。
 最後の結び目が解かれ、その下に隠されたものが露になるのを、サズは頭の芯を呆けさせてしまった
 ままで、眺め続けていた。
「はい。続き、しましょう?」
「――え?」
 誘いの声に、彼は思わず疑問の声を返す。
「ん……ああ、これね。すぐに、分かるわ」
 胸元への視線に、シェリンカは悪戯っぽい笑みを浮かべ、青年の顔を見上げてみせた。
 
 固さと粘つきを保ち続けていた肉茎が、再びシェリンカの手の中へと収まる。
「どうすると思う?」
「……わかんねぇ」
 分からなかった。
 自分が今していることは、とても悪いことの筈だった。
 でも、していないと彼女は言うのだ。されているだけなのだと。
 事実、自分は成すがままになっているだけで、取り立ててなにかをしている訳ではなかった。
 ――詭弁だ。
 頭のどこかで、警報が打ち鳴らされる。
 鳴るが、それを身体の方が危険だと感じ取ってくれない。
 判然としない思考が甘い感触に掻き乱されてゆくのが、気持ちが良かった。
 害意を一切持たない肌の接触を、身体の方が受け入れてしまっていた。
 今までに味わったことのない、ねばっこい、それでいて温かく甘い感触は、彼には抗い難いものだった。 

 既にシェリンカは、サズの経験の少なさを見抜いていた。 
 性的な経験ではなく、人的な経験の少なさを、である。
 見抜き終えると、捕食動物が触手を伸ばすようにして、それを包み込もうとした。
 そしてそれを終えると同時に、彼女は彼の思考を掌握していた。

 他者を篭絡することは、彼女にとってはごく自然なことで、言わば得意分野でもあった。
 しかしそれは、日常の中にあっては意識的に選択して行っていることだ。
 それを今の彼女は、無意識の内にやってしまっている。
 魔窟の如き宮廷生活の中で研ぎ上げてきた毒牙を、加減もなしに突き立ててしまっている。
 そうしてしまっていた訳は、彼女が酒に酔っていた所為だけでは、なかった。
 酒を飲み、それに見事に呑まれた理由が、その無意識の行動に加担をしていたのだ。

 フィニアを目覚めされられなかったことが、そもそもの始まりだった。
 ルクルアを縛り付けたことで眠りについた従姉妹を、シェリンカは懸命になって救い出そうとした。
 懸命にならざるを得なかった。
 自分が本気で懸かれば、まだまだ半人前のニアを救うことなど、容易い――
 解呪の儀式に取り掛かる前、シェリンカは心のどこかにそんな思いを持っていた。
 無論、それに及ぶに当たり、手を抜くつもりなどは毛頭なかったのだが、儀式に取り掛かったその直後、
 彼女の意識は見事に跳ね除けられた。
 それで、シェリンカは動揺してしまった。

 呪力と化した霊力に触れ、それを取り除く前の段階。
 他者と己の精神を同調させ、接触を試みる為の、初歩的な術を彼女は失敗させていた。
 フィニアの精神の殻の中へと踏み入ろうとした時点で、一方的に拒絶されてしまったのだ。
 反発されるとは夢にも思ってもいなかったところに、この結果は堪えた。
 そして、理解してしまった。
 フィニアには、自分よりも大切な人が出来てしまったのだということを、彼女は理解してしまったのだ。
 幼い頃から彼女を守り続けていた自分よりも、出会って間もない冒険者の男の方を選んだ。
 その事実に、自らの感情が荒れ狂うのを彼女は自覚した。
 自覚しながらも、懸命になって、全身全霊を傾けて再び儀式に及び。
……結果、単なるそれは徒労に終わった。

346 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:27:57 ID:6F0LdsUi

 動揺を外に出すような真似こそしなかったが、彼女にとってその衝撃は計り知れないものがあった。
 ――こんなことで動揺していてはいけない。ニアが年頃の女の子らしい経験を出来たと思えば、それは
 喜ぶべきことであって、嫉妬や焦りを覚えるようなことでは、決してないのだ。
 そう思い、彼女は堪えた。
 そこに、知らせが届いた。
 宮中で英雄扱いを受けている、サズという男がこの場所へと踏み込んで来ようとしたという、知らせが。

 その場に居合わせた者たちに、彼の非常識な行いへの謝罪をし、彼女は自室へと逃げ帰った。
 儀式に及んだとはいっても、実際に霊力を消耗する行為には及んでいなかった為、疲れは感じなかった。
 だが、精神的には完全に参ってしまっていた。
 抗しきれず、彼女は普段滅多に口を付けぬ安物のワインの瓶へと手を伸ばした。
 それを勢い良く飲み干したところで、部屋の扉が叩かれ――
 
「分からないのね? じゃあ、教えてあげるわ。貴方の身体に……教えてあげる」
 当惑と期待の入り混じった眼差しを上目遣いで捕え、シェリンカが満足気に微笑む。
 膝立ちのままで青年へと肌を寄せ、二度三度と猛る肉茎を指で擦り上げた。
 そしてその剛直を、自らの胸の谷間の下へと導いてゆく。
 絡めるように触れさせていた指を離すと、若さに溢れた肉茎は勢い良く上向きに跳ね上がった。
「ふふ。すごいのね。こうしておいて、正解だったわ」
 胸全体を吊り上げられる感触に、シェリンカはその笑みを深くした。
 彼女はまだ、黒の肌衣を身に着けている。
 外していった結び紐が、最後の最後、豊かな乳房の上の部分だけ、残されている。
「これは流石に、あの子にはして貰っていなかったでしょう?」
 サズが緩慢な動作で頷きを返した。
 
 確かに、それはサズがされたことのある行為ではなかった。
 フィニア相手には当然として、それまで性欲を処理する目的で使っていた娼館に勤める女たちからも、
 こんな行為をされたことはなかった。
 サズの股間にそそり立っていた肉茎は、今は肌衣に包まれたままのシェリンカの胸の谷間に、その姿を
 隠れさせてしまっている。
 彼が正常な思考を残していれば、それも一つの性交渉の形であると、当然認識出来たのであろう。
 しかし今のサズには、正常な思考なぞ一分も残されていない。
 あるのは、甘く柔らかな快感を伴う、支配されることへの心地良さのみ。
 大丈夫と、念押しの声を受けるまでもなく、彼は一見奉仕とも見て取れる、その行為を受け入れていた。

「気持ち良い?」
「……ん」
 ゆさゆさと上下に揺り動かされる心地良さを、柔肉に押し包まれた肉茎へと直に味わわされて、サズが
 夢見心地の答えを返す。
「そう。良かったわ。でも、まだこんなものじゃ逝けないでしょう?」
 そう言って、シェリンカは瞳を閉じて暫しの間、無言となった。
「ん……」
 彼女の顔が下向きにされ、肉茎を捕えた己の乳房を見つめる形になる。
 つうっと。
 一筋、光の軌跡が彼女の唇から落とされていった。

 ぴちゃりと、それが縦一線を作り出していた胸の谷間と繋がった。
 注がれ続ける光の雫に、谷間の溝はすぐに溢れかえり、唾液の水溜りを創り上げる。
「うあ、くっ、あっ」
「はい、完成。あら、そんなに暴れちゃ駄目よ。我慢していれば、もっと気持ち良くしてあげるから」
 言うことを聞き入れぬ幼子を嗜めるように、抱擁をするように、シェリンカは彼を包み込んだ。

347 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:28:36 ID:6F0LdsUi

 包み込んでいると感じると、満たされた気がした。
 青年の口から否定の言葉を口にされた時は、その意味を考えることもなく、彼女はただ、悲しく感じた。
 彼が、真っ直ぐな人物であることは理解出来ていた。
 やや乱暴な言動に反して、心根は正直であることは感じ取れていたし、好感が持てるとも思った。
 だから、納得もした。
 フィニアがサズという青年を強く想い慕っていることに、納得することが出来たのだ。
 そしてその様が、羨ましかった。自分もそうなりたいと、シェリンカは強く感じてしまった。

 同時に、認めさせたくもなった。 
 自分の選択は間違っていなかったのだと。
 自分がいなければ、今のフィニアはなかったのだと。
 サズに、自分を知って欲しいと思った。そして好ましく思って欲しかった。
 その彼の口から、自分への話題が挙げられた。魅力を感じたことを、伝えてきてくれた。
 良いと思ってくれたのなら、本当にそれを知って欲しくて。否定のままで、終わらせたくなくて。
 ただそれだけのことで、彼女は酩酊した思考の中、サズを篭絡することを決定した。

 ずぶりと沈み込む彼の肉茎が、シェリンカにはなんだかとても可愛らしいものに見えた。
 彼女の唾液と、溢れ出た己の欲望に塗れた剛直が、完全にふやけてしまった乳房の中で為す術もなく
 翻弄されているのことに対して、強い充足感を覚えてしまう。
 指先でそのうねりを操りながら上を見上げると、そこには快楽の波の中でもがく青年の顔があった。
「感じてくれて、嬉しいわ。――ねえ、まだ気持ち良くなりたい? もっと私と、してみたい……?」
 指の力を態と弱めて、彼女は息を荒げるサズへと囁き掛けた。
「ね? もっと、してもいい?」
 小さな問い掛けの後に、はっきりとしたねだり声を差し入れる。
 栗色のウェーブがかった髪を誘うように揺らして、小首を傾げる。

 抱擁の力を弱められ、それを求める気持ちから、サズは忘我の内に頷きを返してしまう。
「ん……いい。して、くれ……」
 おねだりを認めるつもりで、肯定の声を上げる。
「嬉しい」
 本当に、本当に嬉しそうな満面の笑みを、彼女は見せた。
 黒い濡れた皮膜と化した肌衣の結び目が解かれる。
 飲み込まれていた肉茎が、窮屈になっていた乳房を割り開くように、勢い良くそこから跳ね出た。
「きゃ……っ!」
「うあっ」
 飛び散らされた欲望の雫を頬の片側に受け、シェリンカは思わず瞳を閉じてしまう。
「わりぃ……」 
「ううん。元気ね。びっくりしちゃったわ」
 詫びの言葉を洩らす青年へと立ち上がり、抱きつく。
「じゃあ――しましょう? 貴方がしたいのなら、私は構わないから、いっぱいしましょう?」
 そう言って、そのまま後ろ向きに倒れ込んだ。
 腕の縛めは解かぬままに、背後にあった寝台の上へと、彼女は倒れ込んでいた。

 クッションの効いた寝台の上へと、二人の身体が勢い良く雪崩れ込む。
 肌理の細やかな羊毛のシーツが、一組の男女を受け止める。
「ぅわっ!?」
「んっ!」
 サズを受け止める形で、その下敷きになる形で、シェリンカが寝台へと身を沈み込ませた。
 背中側からの反発を受け、青年を抱きしめたままの彼女を、刹那の浮遊感が包み込む。
「あっ……く」
 胸の中に在る確かな重さが、その感覚から彼女を解放した。

348 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:29:27 ID:6F0LdsUi

 急変した視界と身体の前面を襲ってきた衝撃に、不鮮明にされていた青年の意識が目を覚ましかける。
 しかし、その衝撃はすぐに消え失せてしまい、それと入れ替わりになるようにして、柔らかな物体を
 押し潰してゆく、奇妙な感覚がやってきた。
(なんだろ……やぁらけぇ)
 押し潰す前に、その物体は彼を押し包むようにしてきた。
 その心地良さに強い安堵感を覚え、サズは自らそこに身を摺り寄せてしまう。
「あっ……く」
 耳の傍、耳元というよりは耳のすぐ横から、声が聞こえてきた。
 声だ。もがき、苦しむ時の――
(女の……声!?)
 意識を覚醒させて、サズは上体を跳ね起こした。

(やっちまったのか)
 意識を己のものとして取り戻してすぐに、彼はそう思った。
 自分の身体の下に、組み敷かれるようにされた半裸の女性の身体があったからだ。
「シェリンカ――」
 確認の意味を込めて、その女性の名前を口にした。
 だが、すぐに戸惑いを覚えた。
 シーツの上へと乱れ広がり、淡く色を変えた髪。
 汗と、それ以外のなにかに濡れて肌蹴た肩口を覆う肌衣。
 照明の照り返しにてらてらと光る、豊満な乳房。
 そして、情感に揺れる青い双眸が、サズの判断を迷わせていた。

 その瞳が、青年の姿を捉えてきた。
「ぁく……ごめん、なさい」
「え――あっ、わりぃ」
 二人が、互いに謝罪の言葉を口にする。 
 彼女に思い切り体重を預けていたことに気付き、サズは慌てて身を離そうとした。
「寒い……」
 したが、彼女のその一言で、動きを止められてしまう。
「ありがと」
 そこに腕が伸ばされてくる。
「シェリンカ、その……」
 甘さが出た。
「俺、あんたとしちまったのか……?」
 背を絡み取られながら、隙だらけの質問を投げ掛ける。
「素敵だったわ……」
「!」
 シェリンカが彼の背を走る無数の溝に指先を走らせながら、答えた。
 サズは硬直し、動きを止めている。

「――って言われたら、貴方、どうするの?」
「……え?」
 サズが虚脱の声を洩らす。
「駄目ねえ、ほんと。危なっかし過ぎて見ていられないわ」
「う、嘘かよっ! 笑うなよっ!」
「ふふ。ごめんなさい。でも、おかしくって……あは、うふふっ」
 指の動きは止めずに、彼女はくすくすと笑い続けた。
 ぽかんと口を開く青年の様子がおかしくて、中々そうすることを止められないのだ。
「――っ! 帰るっ!」
「あん。待ってよ。ここまでしておいて、それは酷いわ」
「したのは、あんたなんだろっ」
「意外と、細かいところに拘るのね。でも、本当に続きはさせて欲しいわ」
 サズに正気を取り戻されても、シェリンカはそのペースを変えはしなかった。

349 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:31:22 ID:6F0LdsUi

 言葉の通りに、彼女は本当にその気になってしまっていたのだ。
「さっきも言ったように、最後まででなくても良いから。せめて、お互いにスッキリとして終わりたいの」
「スッキリって……」
 サズの語調が再び弱まる。
 終わりたいという言葉に、この状況を円満に終わらせる、とても都合の良い解決法を想像させられて
 しまったからだ。
 フィニアに対して、浮気になるようなことはしたくない。しきれない。
 でも、股間の物に関しては治まりがついていない。
 混乱の最中にあっても異常なほどの固さを保ち続けており、どうしようもなく、したい。

「入れないから」
 そんなサズの身勝手な心の内を見透かしたように、シェリンカはにっこりと笑ってみせてきた。
 そうする間にも、手を彼の腰周りへと伸ばし、固く引き締まった臀部をさわさわと撫ぜ上げている。
 サズがそのくすぐったさから逃げるようと腰を前にずらす。
 そうすることで、汗ばんだ肌と肌が密着してしまう。夢見心地の中の出来事を、思い出してしまう。
「入れないって……入れないで、どうやってするんだよ」
 思考は既に、しないという方向からは完全に逸れてしまっている。
 視線は既に、シェリンカの開かれた胸元へと流れてしまっている。
「簡単よ」
 素早く、彼女は体勢を入れ代えた。

 寝心地の良い羊毛の上に、サズが寝転がされている。
 その彼の上へと、シェリンカは身をもたれ掛からせていた。
「流石に、もう脱いでおかないとね」
 肩口に引っ掛かる形で残されていた肌衣を、背を逸らし、肩を緩やかにくねらせて脱ぎ捨てる。
「んっ……」
 吐息と共に、黒の皮膜がサズの腿の上へとずり落ちてきた。
 豊かな乳房が左右に大きく踊り、上下に微かに揺れる。
 扇情的な光景と、両の腿に纏わり付いた濡れた衣の感触は、彼に羽化の瞬間を連想させた。
 毒蛾の羽化。
 人を惑わせる媚態を露に、人を狂わせる燐粉を撒き散らすそれを、サズは思い浮かべていた。

「胸、大きいでしょ?」
「……え?」
 反応が、どうしても一拍遅れてしまう。
「む、ね。おっぱいって言った方が、好みかしら? 自分では、大きさのわりには、形崩れしていないと
 思っているのだけど」
 シェリンカが自らの掌で、表面に静脈が青く浮き出た丸みのあるそれを、やわやわと震わせてみせる。
「でっけぇ……」
 司祭宮での重ね法衣や、宮廷での礼装を着込んでいる時から、若干は意識していたのだが、こうして
 そこを直接眺めてみると圧倒されるものがあった。
 肩や腰周りを含めた全体のラインとしては細めに類するので、尚更に目立つ感じだ。
「ありがと。でも、こっちはあまり好きじゃないのよね」
 彼女はそう言って、最後の着衣となっていた黒いショーツの両端へと指を通し、それを引き下げてゆく。

 濃い栗色の恥毛に覆われたそれは、成熟した女性の証としてサズの目には映っていた。
 やや上付きな陰門の周囲は小陰唇と大陰唇にはっきりと分かれており、浅く開かれた膣の入り口は、紅く
 ぬらぬらとした襞を覗かせ、その真下にあるショーツへと粘性の糸を引いて繋がりを見せていた。
 その淫猥な眺めに、サズは喉の奥に強い渇きを覚え、言葉を枯らしてしまう。

350 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:32:09 ID:6F0LdsUi

 そんな青年の反応に、シェリンカは戸惑いを覚えた。
 こういった行為と、それに対する相手の男性からの反応には、自分ではかなり無頓着になっていると
 思っていた筈なのに、今は何故だか、気恥ずかしさからくる強い焦りを感じてしまっている。
「あの子のに比べたら、ちょっと……というか、だいぶ」
「あんたってさ」
 ついには言い訳を始めてしまった彼女の言葉を押し退けるように、サズが掠れ気味の声でつぶやいた。
「厭らしいよな。性格も、やり口も」
「ちょ、ちょっと、なに。こんな時に突然」
「身体も、すげぇやらしい」
 ぐっと、シェリンカが声を詰まらせた。
 
「あんたみたいなのは、今までお目に掛かったことがなかったな」
 サズが、熱っぽい感想を言い終えた。
「――そりゃあ、どうも。人生経験豊富な冒険者さんに褒められて、光栄だわ」
 憎まれ口と皮肉の笑みで返して、彼女は喉の奥で笑いを堪えた。
 自分よりも三つか四つは年下に見える青年に、照れを覚えてしまっている自分が、妙におかしく思えた。
「それじゃあ、その厭らしいところを味わわせてあげなきゃいけないわね」
「ああ。出来れば、お手柔らかにな」
「そう言われるとねえ」
 彼女の片指に掛けてられたショーツが、くるりと回され、どこかへと飛んでゆく。
「本気、出したくなっちゃうじゃない」
 寝台がぎしりとした軋みを上げ、サズの太ももへと心地良い重みが掛けられてきた。 

 右の掌は欲望を滾らせる肉茎へと絡みつき、左の指は情欲を溢れさせる媚肉を掻き回している。
「うっ、く……こ、この程度で本気かよ」
「まぁだ。んっ……まだ、黙って見ていなさい」
 見ていろと言われて、サズが目をそこから上へと向けると、たわわな実りが揺れ弾んでいた。
(ほんと、でけえな)
「ぁくっ……そろそろ、かしら」
 蕩けた声と温い液体がもたらす粘性の感触に、サズの意識が己の股間へと押し流されてゆく。
 見ればそこには、彼の肉茎に両の掌を沿えて、己の下腹を摺り寄せてくるシェリンカの姿がある。
「ほんと、すごい。両手でもぎりぎりね」 
 左手で亀頭の先端を包み、右手で竿の根元までを圧迫するようにして、彼女は動き始めた。
「う、くあぁ……」
「私の毛。絡んで痛かったら、すぐに言ってね」
「そ、それは大丈夫、だけどよ……」 
 余裕なく、サズは返事を返した。

 ねちゃり、くちゅりと大きな水音を立てながら、シェリンカが指全体と濡れた花びらで以って、天を
 衝く青年の肉茎を挟みあげている。
 それがどういった技巧であるかぐらいは、サズも知識の上では知っていた。
 俗に素股と呼称される奉仕の技。
 彼もお世話になったことがある、娼婦たちにそれを好んで使う者が多かったので、知り得ていたのだ。
 実際、彼に対しても素股による営業行為を行おうとする女性もいたりはした。
 しかし、サズはそれを一度たりとも受け入れなかった。
 興味がなかったのだ。
 そんなもので気持ち良くなれるわけがない。所詮は手淫の延長だと、半ば馬鹿にしていたのだ。

 馬鹿は、自分の方であった――
 自在に生み出される緩急と、二種類の全くことなる女性の感触を同時に受け、彼は後悔にも似た慙愧の
 念に囚われていた。
「どぉ? これなら、なんとか逝けそうなんじゃないかしら?」
 シェリンカが捻りや圧迫、愛撫に静止といった動作を織り交ぜて、問い掛けてきた。
 その表情には男の本性を屈服させることへの自信に満ち溢れている。
 問い掛け自体も、確認の為などに発されたものではなく、むしろ挑発行為に近い代物だ。
 びくびくと脈動を強めてゆく肉茎を掌中に捕えていれば、自分の下に横たわる青年がどれ程迄に感じて
 しまっているかなど、容易に把握することは出来ていたのだ。

351 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:33:40 ID:6F0LdsUi

 実はもう、自分のものは彼女の膣の中へと、呑み込まれてしまっているのではないか――
 シェリンカの与えてくる快感が、あまりに大きく、あまりに柔軟性に富んだ抱擁感を与えてくるので、
 サズはそんな錯覚すら感じている有様であった。
「ね。どぉ? ここ、こんなにびくびくさせちゃっているけど、もしかして限界なのかしら? 始められた
 ばかりで、もう逝きそう?」 
「あっ、う、あ゛――こ、こんなの」
「あら。どうってこともない? じゃあ、遠慮しないわよ?」
「はぅ、あっ、そくっ、うあぁ……」
 こんなの、反則だ。
 そう言おうとしたところを愉しげに遮られて、サズが情けもなく声を喘がせた。
「んー……貴方、まだ若いんだし」
 そんな彼の反応に、シェリンカは暫しの逡巡をみせてから、身を大きくくねらせた。
 その片方の掌が、一度はサズの肉茎の根元を解放したかと思うと、指先を自身の紅の花びらへと宛がい、
 開かれた鋏を形作るように動かした。
「一度、逝ってしまいなさい」
 その声に合わせるように、指によって開かれたシェリンカの膣口が、青年の雁首をぱくりと挟みこんだ。 

 雁首と竿の一部に吸い付かれる感触に、彼は今度こそ、一線を越えてしまったのだと勘違いをしていた。
 快感の渦の中でもがきながらも、慌ててそれを生み出してくる場所を凝視する。
「なぁに? そんなに焦っちゃって。心配しなくても、入ってないわよ」
「でも、吸い付いてっ、あ、ぐっ」
「そうね。貴方のだと少し包みきれなくて、そうなっちゃうわね」
 シェリンカが腰を浮かせ、肉茎全体への奉仕から、亀頭と雁首に狙いを定めた責めへと移行させる。
「うあっ!?」
 堪らず、サズが腰を跳ね上げた。
 それでも、吸い付く襞は離れてはくれない。
 シェリンカは背を軽く逸らし、責めを強めてその様子を見守る。
 筆の使いすぎで荒れてしまった指の腹で擦り上げ、充血しきった秘貝で以って啜り上げる。
「大きいし、可愛いし」
 本当に、食べちゃおうかしら――
 その言葉は隠しておいて、追い立てるようにうねりを創り上げてゆく。
「しぇりん、かっ、あ、う゛あ゛っ」
「苦しそ。いいわよ、そのまま、そのまま逝って、吐き出して……ね?」
「ぐっ――あ゛っ」
 くぐもった声と共に、青年の怒張と意識が弾け跳ばされた。

 噴き上がる炎。
 彼女には、それはそう視えていた。
 射ち出され、ぼたぼたと肌の上へと降り注いでくるのを見ていると、地質学の文献に記載されていた
 溶岩という物を思い出してもしまう。
「ふぅ……真っ赤ねぇ、ほんと」
「あんたも視えるクチかよ……姉妹揃って、勘弁してくれ」
 ハァと、腹の奥から空気を押し出すようにサズが悲嘆の声を上げた。
 彼の微妙な間違いにも、シェリンカは指摘を入れはしなかった。
 フィニアとは本当の姉妹のようだと、周りの人々からも言われ続けて来ていたからだ。
「あーあ、こんなに出しちゃって」
 仕方がないねと言わんばかりに、彼女は自らの乳房やへそに溜まりを作っていたサズの精液を、中指の
 腹で掬い取ってみせた。
「でも、まだ元気になるわよね?」
「あんた、まだやる気かよ……」
「あら。スッキリしちゃったってわけ? 残念ね」
 馬鹿言うな――
 そう返そうとしたサズの目の前で、シェリンカは掌をひょいと持ち上げた。

352 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:34:22 ID:6F0LdsUi

「――」
 ちゅるりと、音を立てて吸い込まれてゆく。
「ん……美味し」
 自身の放った白いゲル状の物が、小さな唇に吸い込まれてゆくのを、サズは呆然として眺めていた。
 お世辞にも美しいとは言えぬシェリンカの指先が、再び粘つく水溜りを泳いで回る。
「……あら?」
 もう一度それを味わった直後、指を咥えたままでシェリンカはある変化に気付いた。
 サズもその彼女の反応で、気付く。
「あらあらあら」
「くっ……」
 からかうような女の声と、無念を露にした男の呻きとが交差した。
 精飲、もとい精吸の仕草で、サズの自慢の息子は、不肖の息子と化していたのだ。

「もう、やんねーぞ」
 機先を制するつもりで、サズがそっぽを向く。
「いいけど?」
 それをさらりと受け流して、シェリンカが汗で重みを増した髪を掻き上げる。
「自分が出してしまえば、それで満足――なんてのには、慣れているわ」
「そ、そういう訳じゃねえっ」
「一緒よ。私、結果が全てな主義だから」
 皮肉を装うでもなく、彼女はサズから身を離そうとした。
 
 離れてゆく彼女の腕が掴まれる。
「……フィニアには、絶対に内緒だぞ」
 わざわざそっぽを向き直した青年が腕を掴んでいる。
「あら。これって、浮気?」
「借りを返すだけだ。人聞きの悪い」
 ぶすくれた表情に、シェリンカがくつくつと喉の奥で笑う。
(ちょっと、染めちゃったかしら?)
 罪悪感がないでもなかったが、童を大人にしてやったような達成感の方が随分と大きかった。
「ただし、だ」
 そこに、反撃の意思を秘めた青年の声が続いてきた。
「ん? なぁに?」
 シェリンカが、意地悪く耳寄せをすると、彼は得意気な調子になって告げてきた。 
「また別のやり方でなら、だ。勿論、さっきやった胸とか素股は、もう禁止でだぞ」

「良いわよ」
 一瞬の迷いも見せずに、シェリンカが首を縦に振った。
(――あれ?)
 青年が、内心で首を捻る。
 サズとしては、それは十分な無理難題のつもりであった。
 女性が満足するのに、胸や秘所、それに陰核への刺激もなしに、それを可能にするという話は、終ぞ
 聞いたこともなかったからだ。
「あ、ええと。さっきのと、体勢が少し違うだけとか、そういうのもなしだぞ?」
「だから、良いって。さっきまでのと別のやり方であれば、それで良いんでしょう?」
「あ、ああ。良い……と思う」
 彼女の困り果てた顔を見てやろうと目論んでいた筈なのに、何故か自分の方が困り顔になってしまう。 
「じゃあ、決まりね」
 シェリンカが、にっこりと微笑む。
 そこには、困り果てた様子など微塵もない。
(本当に、出来るもんなのか?)
「どんなやり方か、知りたい?」
「え? あ、ああ。ちょっとだけ、気になる……かな」
 内心を見透かしたかの如きシェリンカの発言に、サズは浅く頷いてしまっていた。

353 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:35:05 ID:6F0LdsUi

(表情に出すぎなのよね。この子って)
 面白いように手玉に取られてくれる青年に、彼女は必死になって苦笑を堪えていた。
 黙って突っ立っていれば、クレバーな雰囲気すら感じさせる部分もあるのに、いざ顔を向き合わせて
 話をしてみれば、子供のように明け透けな反応を見せてくるのだ。

「そうねぇ……教えてあげても良いのだけど。それじゃ、折角興味を持ってくれたのに面白みがないし。
 ――そうね。最初だけ、目を瞑っていてくれないかしら? それで、私がやり始めたら、貴方がそれを
 当てるの。勿論、分からなければすぐに目を開けたっていいわ」
「……推理しろって訳か。おもしれえ」
 負けん気の強さも、分かり易すぎた。
 生意気にも自分をやり込めようとしてくる辺りで、そういった部分も丸分かりなのだ。
「それで不足がなければ、始めましょうか。私としては、もう少し譲歩しても良いのだけど」
「いらねえよ、そんなもん」
 やる気満々のところに水を指すのも悪く思えたので、彼女は即座に行動を開始することにした。

(見てろよ、シェリンカめ)
 好奇心と闘争心の両方に火を付けられて、サズは両の目をきつく閉じていた。
 無意味に腕組みまでして、寝台の上に仰向けとなった状態で、彼は相手の出方を待ち構えた。
「――っく、ぅ」
 先ず、なにかが亀頭を押し包んできた。
 咥えるように始まり、飲み込むように進んでゆく。
「これって……く」
「どぉ? 分かるかしら?」
「く、くぇっこう、結構気持ち良いな」
「そう? 嬉しいわ」
 一瞬、口淫を思い浮かべたところに声がやってきて、サズは慌ててその答えを取り下げた。
(考えてみれば、口じゃあっちは満足なんて出来ないしな)
 肉茎を包む温かなぬめりに唸りつつ、他の答えを捜し求める。

 その間にも、彼の怒張はそのぬめりに包まれてゆく。
 女性器のそれを連想させる締め付けに、思考が乱される。
「こんな簡単なのも分からないなんて、まだまだねぇ」
「ちくしょう……わかんねえって、こんなの」
 くすくすとしのばせた笑いに、サズが諦めの声で返した。
 考えてみれば、最初から予測も付けられぬ行為を、目を閉じた状態で当ててみろというのには、相当な
 無理があるのだ。そんな勝負に乗った自分が、どう考えても悪い。
「降参だ。認めるから、目ぇ開けてもいいか?」
「はいはい。じっくりと眺めて見てね。驚くと思うから」
「一体なにしてんだよ、あんたは……」
 負けを認めてしまうと、後に残されていた好奇心がしゃしゃり出て来た。
 不安半分、期待半分。
 頑なに閉ざしていたその瞳を、サズは一気に見開かせた。

354 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:36:36 ID:6F0LdsUi

 シェリンカが、にこにことした、今までに見せたことがない上機嫌の笑みを浮かべている。
「びっくりした?」
「びっくりもなにも……」
 怒りに肩を戦慄かせ、サズが強く歯噛みをしている。
「思いっきり、入れてるじゃねえかっ!」
「はい、正解っ……と言っても、見てからじゃ駄目ねえ」
「駄目なのは、あんただっ!」
 膝立ちの体勢で肉茎を受け入れたシェリンカが、怒声に眉を顰めた。
「ちょっと、怒鳴らないで。他の人たちはもう寝付いていてもおかしくないのよ」
「だからおかしいのは、あんただろ……っ」
 サズが律儀に声量を絞って身体を起こした。

「おかしくないわよ。だって、貴方に確認したもの。さっきのと違えば良いって。つまり、普通にして
 しまえば、さっきまでのとは、別のやり方になるわ……んっ、あはっ」
 座位に近い形になったところで、シェリンカは身体を深く沈み込ませた。
 怒張が膣の中へと飲み込まれ、その姿を消す。
「いや、その理屈はおかしいだろっ」
「んもう。そんな細かいこと、どうだっていいわよ。それより、ちゃんと満足させて頂戴。そういう約束
 だったでしょう?」 
 青い双眸を情欲に燃やして、流し目と言う名のおねだりが行われる。
「この――色魔っ」
「そんなこと言っても、だーめ。挟んでしている間に擦り付けすぎちゃって、私もう、止まれないわ」
 正しく淫魔の微笑みで、暴れる男の胸元へとしなだれかかる。
 シェリンカは、心底この状況を楽しんでいた。
(あれ? そう言えば、私――)
 ここに来て、彼女はあることに気付いた。
 政治的な取引事もなしに異性と肌を重ねるのは、これが生まれて始めてのことだったのだ、と。
 
 揺れる乳房の先端を、サズの掌が下側から持ち上げる。
 指先は動かされていない。ただ、支えるだけといった感じだ。
「ごめんなさい。怒らせてしまったかしら」
 殆ど確信を持って、シェリンカが緩やかな律動を刻み続ける。
 羊毛のシーツは、既に二人が流した汗でじゅくじゅくにふやけてしまっている。
「少しだけ、我慢してね。すぐ終わらせるから」
「我慢なんかしねてねえよ」 
 しゅんとして下を向くところを、不機嫌そうな声が押し留めた。
 栗色の髪が、否定の揺れを示す。
「いいのよ、無理しなくたって。調子に乗りすぎたわ」
「……じような……しやがって」
「え?」
「同じような顔しやがってって、言ってるんだよっ」
 
 サズの指先に力が込められる。
「あ゛っ!? ちょ、ちょっと、いた、い」
「あいつと同じような顔で、しょげ返りやがって」
「い、やぁ、摘んじゃ、つまんじゃ、い、や゛ぁっ」
「聞いてんのか、あんた。そんな顔で、怒ったか、だと? 誰が、怒るかっ」
 ぎりぎりと、遠慮もなしに迫る爪先に、胸の頂が抓られる。
 抑えを効かせられずに、サズは胸の内に溜め込んでいた気を吐き出した。
「いきたいのなら、好きなだけいかせてやる。欲しいのなら、今日だけは好きなだけくれてやる。だから、
 お願いだから、そんな顔だけはしないでくれ……っ!」 
 懇願するように吐息を落とし、彼は目の前の女性を強引に組み伏せていた。

355 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:37:30 ID:6F0LdsUi

 女性特有の美しい丸みを帯びた腰のラインを、節くれだった男の指先が捕らえる。
 部屋の天井が大きく揺れて見えて――それが自分自身の身体が揺らされていることからきている事象
 なのだと、シェリンカは漸くしてから気付くことが出来た。
「……?」
 状況が、良く分からない。
 分かるのは、それが自分にとっては非常に珍しい事態だということだけであった。
 強引に、意識を覚醒させる。
 意識の制動は得意な方だったので、気軽な気持ちで以って彼女はそれに及んだ。
 
 そうすると、今度は耳元へと激しい衝突音が届いてきた。
 肉と肉の音。ぱぁんと、柔らかな肉に、やや固い肉の塊がぶつけられる、聞き慣れた音。
 従属を強いられている気分にさせられる、あまり好きではない音を、何故か耳に心地良く感じてしまう。
「……ぁ、あっ、あ゛あっ、い、ひぅ、あ゛っ、ああ゛っ!?」 
 周囲の様々な情報を集め始めた身体は、次にそれを捉えた。
「うぐっ、あっ、ぐっ! おい、まだかよっ。まだ、欲しいって言うのかよっ」
「や、な、なにっ、あ゛、あぐっ、や゛ぁ、やだぁ!」 
 意識とは別に、享楽の中に叩き込まれ続けていた肉体の感覚が、その繋がりを取り戻した。
 熱い。灼熱の鉤棒で子宮の入り口が焼かれている。繰り返されていた荒々し過ぎる注挿で溜め込まれて
 いた快感が一塊の溶岩のように、膣内で弾けている。
 
 犯されている。
 知らない誰かが、自分を壊そうと犯してきている。
 中も外も、尊厳も恭順も、希望も諦観も。全て。全てを一緒くたにして、壊しに掛かってきている。
 壊して。壊して。潰して。なにもかも、消し去ってと。
 そう叫んでいたのを、聞き届けてくれたかのような、見事な壊し掛かりっぷりだ。
 熱いもので、お腹の中が満たされてゆく。空腹が満たされてゆく。
 ずっと欲しかったのに、手に入れることが出来なかったものだ。

 夢だと思った。
 望んで手に入るものなどは、限られている。
 自分は、それをもう使い果たしに掛かっていたから、こんなものまで手に入れることは、決して無理
 なのだと信じ切っていたから、夢だとしか思えなかった。
 夢。一夜限りの、短く、それでいて、なによりも強い夢。

 夢が、腕を掴んでくる。胸を、内ももを強い力で掴んでくる。
「あんた、欲深だなっ。突いても衝いても、包んできて、抜こうとすると、締め付けてきやがるっ」
 夢が喋り掛けてくる。良いところも、駄目なところも夢の中では隠せないのを知っていて、暴きにくる。
「肌とか、おかしいぜ。餅かなんかで出来てんじゃねえのか、これ。いい加減、離せよっ」
 夢は冗談まで言ってくる。包んでいるのに、離せだとか。
「一度だけ、聞くぞっ。どこに、どっちに欲しいっ!?」
 
 中だ。中に決まっている。
 欲しい夢なら、ずっと自分の中に閉じ込めてしまえば良いに決まっている。
「ちょうだいっ! わたしに、わたしにちょうだいっ!」
 叫んだ。なにもかも構わずに叫んでいた。
 両手をいっぱいに広げて、夢を抱きとめようとして、彼女は叫んでいた。
 夢が、その一番熱い芯の部分を大きく膨らませて跳ね回わる。
 放出への前兆を感じ取り、蕩けきっていた部分ががそこへと目掛けて殺到してゆく。
「じゃあ、受け止めろ! 溢すなよ! そらっ、こ、のぉっ!」
「うん! こぼさない、こぼさ、ぁ、あ、あっ、あはっ、あははっ」
「ぐっ――!!」
 一瞬の静寂に重なり、大量の蜜が中へと注がれてくる。
 死ぬほど甘くて、死ぬほど熱い蜜が、ぱんぱんに膨らんでいたお腹の中を埋め尽くしに掛かってきた。
「あ、すごぃ、しゅごひっ!? ころされちゃうっ、よわいやつら、ぜんぶ、ぜん――あ゛はっ!!!」
 
 へどろのような欲望たちに汚されていた神聖な場所も、炙って、意識諸共、全部押し流してくれた。

356 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:38:07 ID:6F0LdsUi

 体内時計の正確さには自信があったので、シェリンカは普段通りに目を覚ますことが出来た。
 日の差し込まぬ部屋で寝起きを繰り返していれば、それぐらいのことは出来て当然のことだ。
 だが、いつものように目覚めてすぐに寝台を離れはしなかった。
 うつ伏せに寝そべったままで、指先はシーツの上に這わせた。
 爪を立て、ごわごわに固まってしまった羊の毛を毟ろうとし、それに失敗する。
 それを何度か、彼女は繰り返した。

「はぁ」
 五度目の挑戦にて、シーツの表面がごっそりと毟り取れた。
「やられちゃったわねぇ」
「やっちゃったの、間違いだろ。事実を捻じ曲げるな、事実を」
「事実って、既成事実ってやつかしら」
「……頭痛がしてきた。なんで俺は、よりにもよってこんなやつと」
「失礼ね。尻軽男に言われたかないわよ」
 ぽいと投げ捨てられた白い塊が、宙を漂う。
 彼女はそれに息を吹き掛けて、狙い通りに寝台の外へと追い出した。
 指先を、床との接吻を交えそうになる瞬間に定める。
「さよなら〜」
 そこに闇が産まれ、それは跡形もなく消え去った。

 その結果に、シェリンカは満足気に鼻を鳴らす。
「おい、あぶねぇぞ」
「放っておいてよ。散々やられて、憂さが溜まっていたんだから」
「へぇへぇ」
「貴方こそ、いつまでもここに居ないで出て行ってよ。着替えなきゃいけないんだから」
 既に衣服を着込み、寝台の外側に腰を下ろしていたサズが、その言葉で立ち上がった。
「言われなくてもな。一応、目ぇ覚ますのだけは見ておきたかったんだよ」
「お優しいことで」
 サズが床に置かれていたままの剣を手に取り、シェリンカが不機嫌そうに髪を掻きあげた。
 床板の微かな軋みが、彼女の元から遠ざかってゆく。
「独り言なのだけど」
 軋みが止まる。
 部屋の入り口に背を向ける形で、シェリンカが独白を洩らし始めた。
「忘れないでもいいのかしら」
 軋みが、再び響き始めた。

 息を吐くのを堪えて、彼女はその場を振り向こうとした。
「フィニアに、言ってやる。あんたに無理矢理手篭めにされたってな」
「――なによそれ。もしかして脅しのつもり? それに、私の質問に対する答えにもなっていないわ」
 勝手な言い分を跳ね除けようとして振り向くと、目の前に赤い瞳があった。
 それが、くっきりとした栗色の眉を掠めてゆく。
「ちょ……」
「あんたの質問に答えてると、碌なことになんねぇからな」
 身をたじろがせた彼女の鼻先を、サズの笑い顔が通り過ぎてゆく。
「じゃあな。もう邪魔しないから、フィニアのこと、頼むぜ!」
「い、言われなくたって!」
 走り去るちぐはぐな背中姿に、彼女は拳を振り下ろして答えた。

357 火と闇の 第八幕 sage 2009/02/18(水) 20:38:59 ID:6F0LdsUi

 扉がそっと閉ざされる。
「……言われなくたって」 
 復唱してから、彼女は考えてしまった。
 もし、言われなかったらと。
 考えながら部屋の天井を見上げると、そこは揺れては見えなかった。
「馬鹿馬鹿しい」
 吐き捨てるも、その表情は清々しい。
 握り締めて拳を開くと、肩に入り続けていたが力が抜けていった。
 そこでふと、気付いた。
 自分の身体が綺麗に吹き上げられていたことに、シェリンカは気付いた。
 
 はた、と。
「あれ?」
 はたはたと、透明な雫が床へと落ちてゆく。
 頬と、目頭が熱い。
「あ、なに、これ。ちょっと……嘘、もう、なんなのっ」
 泣いていることくらいは、すぐに分かった。
 しかし、わからない。
 何故、自分が泣いてしまっているのか、その理由がわからない。
 嬉しいのに、嬉しくて堪らないのに涙が止まってはくれない。
「ああっ、もう――あぁ」
 わからぬままに、天を仰ぎ見て。

 燃えゆく涙もあるのだと、彼女はそれを知ることが出来た。


〈 完 〉

358 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/18(水) 20:39:42 ID:6F0LdsUi
以上でした。

359 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/18(水) 21:21:40 ID:Gl+PhG3N
>>318
すばらしいな

360 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/19(木) 10:43:36 ID:BbZgvAqC
是非書いてくれ

361 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/19(木) 16:08:42 ID:xObGAOac
>>358
GJ
番外編もほのぼのしていて良かった

362 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/20(金) 03:09:02 ID:27g2a1fL
いいね

363 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/21(土) 14:46:17 ID:fk3vwX/J
なげーよ

364 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/21(土) 19:30:47 ID:aRufW8DO
わんわんわわーん

いぬ姫も待ってるんだぜ!

365 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/21(土) 23:37:58 ID:o1vJyQdX
セシリア熱望中

366 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/23(月) 23:14:35 ID:/npNBq5u
この隙にマリーはいただいていきますね

367 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/24(火) 19:16:41 ID:6vj/i6ym
じゃあエレノールは俺のよ・・・な、何をするきさまらー

368 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/25(水) 19:27:43 ID:OR40o/M8
じゃあ万年文学少女のミュリエルはそれがしが…

369 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/25(水) 23:50:24 ID:y2Zw7/Li
天然きょぬーのベアトリスタソは俺のもの

370 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/25(水) 23:54:08 ID:znB1VRoo
リュカと深夜の散歩にいってきますノシ

371 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/26(木) 19:38:58 ID:UOx4TXgi
ふはははは!
このスレの作家さんたちは
全員わしが寝取ってやったぞ……グフ

372 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/26(木) 20:39:38 ID:F80vtN5P
腎虚になってもいいんだな
頑張れ

373 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/26(木) 21:57:04 ID:6fUCvoPS
静かだな

374 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/26(木) 22:52:29 ID:/J0AUbd2
良いことだ

375 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/27(金) 22:22:32 ID:d7BZfL57
>>371
対象ちょっと待てw

376 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/28(土) 00:22:18 ID:4d22m7Mi
全員男だったらww

でも、詮索する訳じゃないけどこのスレの職人さんは時々女性もいそう
ガルィアとか、いぬひめとか長編の人は男性かなと思うが

377 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/28(土) 00:33:05 ID:eCTGYOJU
結局野郎多いじゃねーか!

378 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/28(土) 18:21:11 ID:rG1MBEHX
ガルィアの人は女性っぽいなと思ってた
ガルィアが一番安心して読めるんだよね(女です)
作者さんが男性でも女性でも、好きなことに変わりはないけど

379 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/28(土) 19:05:26 ID:L+oAA7Av
長引かせるのもなんだけど、性別がわかんないのが、2ちゃんのいいとこかなと。
雰囲気で察するだけだから、先入観なしにその作品だけを読めるんだよね。

380 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/28(土) 19:14:12 ID:eCTGYOJU
普通の小説読む際に、その作者が男か女かなんて気にしない
ここのも、一緒

381 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/28(土) 21:16:07 ID:x/uVvSn7
>>371
「作家」を「寝取る」で千夜一夜物語を連想してしまった・・・・・。
毎夜シャハリヤール王は美姫シャハラザードとの契りの後、彼女が紡ぐ話に
魅了されていくんだよね。非の打ち所のない美女が語る、エロ夜話という
設定もすごいなと思う。

382 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/28(土) 22:37:47 ID:8vVOjoWn
確かドゥヤンザードっていう妹も一緒に侍ってるんだよな

383 名無しさん@ピンキー sage 2009/03/01(日) 01:18:03 ID:eUbcQdyu
褐色の肌に黒髪のお姫様いいよねぇ
あと、ショールがたまらん

384 名無しさん@ピンキー sage 2009/03/01(日) 02:06:00 ID:MyczZMe3
>>381
その間に跡継ぎまで作ってるんだからすごいとしかいいようがないよなw
国中の美女味わい尽くして、最後には姉妹丼なんだからうらやましいことこの上ない

385 名無しさん@ピンキー sage 2009/03/01(日) 07:49:21 ID:uxOPmYLO
妹とは関係はもたず、最終的に王の弟の后にさせたんじゃなかったっけ?
ただし、シャハラザードに飽きたらすぐに妹が犠牲になったはずだから、
姉も自分と妹の命をつなぐため、必死に話をつなげたんだろうな。

毎夜一緒にいて、姫が二度も妊娠・出産(うち1回は双子)しているのに
千夜も気づかない王ってすごいw

386 名無しさん@ピンキー sage 2009/03/01(日) 09:18:45 ID:/g2x4WTv
誰か!文才を持った者はおらぬか!

387 名無しさん@ピンキー sage 2009/03/01(日) 22:22:45 ID:9dnX2RNJ
シャハラザードやドゥヤンザードとか訊くと
木下さくらさんの「ニューパラダイス」を連想した俺orz

388 名無しさん@ピンキー sage 2009/03/01(日) 22:26:08 ID:eUbcQdyu
>>386
投下する自信ないや
ぶっちゃけ死ねそう

389 名無しさん@ピンキー sage 2009/03/02(月) 01:05:09 ID:7o9E7IVs
方言のお姫様もこっそり期待していたんだけどな

390 名無しさん@ピンキー sage 2009/03/03(火) 18:33:34 ID:CQwnfaBT
 http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1236072726/

 投下の為、次スレを立てさせて頂きました。
 今回も少し時間を空けての投下となります。申し訳ありません。

 火と闇の 第九幕
 中世ファンタジー的舞台背景でのお話。

・表現の一部に不穏当な形容を含みます
・話の進行メイン
・エロ短め
・やっぱり長いです

 以上の点にご注意をお願いします。

391 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:34:34 ID:CQwnfaBT

「納得がいきません!」
 シェリンカの声が、黒檀の調度品が配された執務室の中で反響する。
「私とて、心苦しいよ。王室権威復興の足掛かりを、見す見す逃してしまうことにもなり兼ねんのだからね」
 憤りを隠せぬその叫びに、カルロが目蓋を伏せ、白い口髭を撫で付けながら口を開く。
 相手を説き伏せる算段を付けている時の、彼の癖だ。
「それがわかっていながら、何故。何故カルロ様ともあろうお方が、クオ如きの言いなりになるのですか」
 シェリンカが眼前の男の自尊心を焚き付けるように、声に苦渋の色を滲ませて問いを放つ。
「あれの言いなりになるつもり等、ないよ。これは王女殿下のことを第一に考えて決断したまでのこと。
 クオの案を採ったのは単なる場の流れだ。そこに君を同席させられなかったことには、悔いが残るがね」
「……出過ぎたことを口に致しました。申し訳ありません」
 カルロの釈明の中には、確信めいたものが感じられた。
 自らの非礼を詫びつつも、シェリンカは落胆の想いに肩が落ちるのを必死で堪えていた。

 四ヵ月振りの欠勤を挟み、宮廷の朝議へと出向いた彼女の下に、その報は届いた。
 現在、原因不明の病にて意識不明の状態にある、フィニア・レブ・イニメド第二王女殿下の移送。
 並びに、病状への対処責任者の変更。
 王室審議会と執政審議会。両者間における共通の決定事項としてその通達を受け、シェリンカは自身の
 体調が未だ回復しきってはいないことを、否応なしに認識させられた。

 立ち眩みから脱した身体を引き摺るようにして、彼女は自らの上役に当たる人物の下へと向かった。
 ベルガ王宮副宰相、カルロ・ジョミヌス。
 主要な民政を手掛ける保守派の筆頭にして、議会制への変革が進む宮廷内において絶対王政への復古を
 唱える親王族派の第一人者で、シェリンカはその直属の補佐官を務めてもいる。
 故に彼女は、その男の人となりをよく知っていた。

「君が言いたいことは分かる。だが、王女殿下の御身に降りかかった病魔は、思いの外に手強い代物だと
 いうことも確かなのだ。事実、君が体調を崩している間にも、二人の司祭を失うことになってしまった」
 カルロが磨き上げられた大机の上へと、溜めて込んでいた息を吹き掛ける。
「ここで個人的なことを口にするのは、憚られるがね。私は廷臣であると共に、人の上に立つ者だ。その
 私にとって、君という人物はこれからも必要となる存在なのだよ。万が一にでも、失ってしまうことは
 避けておきたいと思っているのだ」
「私の如き一官吏に、勿体無き御言葉です」
 持って回ったカルロの言葉に、シェリンカは謝辞を述べ、こうべを垂れた。

「勿論、君の実力を疑うわけではないよ。先程も言ったが、今回の件は場の流れで持ち上がってきた話だ。
 我がベルガにとって一番の至宝で在らせられる、王女殿下に降りかかった難を前に、副宰相である私と
 宰相が仲違いをしている等という、根も葉もない噂を払拭する為にもとね」
(良く言う)
 毅然とした表情を浮かべるカルロを前に、シェリンカはそう吐き捨てたくなる気持ちに駆られた。
 自分の体調不良にかこつけて、宰相寄りの司祭をフィニアの解呪に当たらせたことも、急な会合の場を
 設けたことも、その結果の報を今朝付けで届けてきたことさえも。
 全ては、彼の手によって行われたことは明らかであった。
 
「無論、女性としての君も魅力的ではあるがね」
 カルロが声音を露骨に変えて、丸みのある顔を揺らした。
 その彼の手が、大机の横側の空間へと伸ばされる。
 お決まり合図だ。
(こんな時にまで)
 立ち眩みからではなく、脱力からくるよろけを感じつつも、シェリンカは書架の間をすり抜け、革張りの
 椅子へと腰掛けるカルロの膝元へと進み出た。
「カルロ様。御勤めを果たさせて頂きます――」 
 事務的な口調で以って膝を折るシェリンカに、カルロがその眉目を開いて頷きを見せる。
 厚手のキュロットがぎこちない手つきで以って引き下げられ、露になった欲望が、紅も引かれていない
 唇の上で大きくなってゆく。
 ――娼婦のような女は、好かん。
 彼は行為の度に口癖のように、そう彼女の耳元で繰り返すのだ。
 礼服を着た狸と、それに尻尾を振る女狐。
 誰かが叩いていた陰口を思い出し、シェリンカは自虐に口を歪めた。
 勘違いにその身を肥え太らせた欲望の化身が、今日は一段と不快な物に思えた。

392 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:35:10 ID:CQwnfaBT

 客人の来訪を告げる音に、シェリンカが部屋の入り口を振り返る。
 彼女が自室での着替えを済ませたばかりのところに、彼はやってきた。
「ん……早かったわね」
「物見遊山の連中も、随分と少なくなってきたからな。この時間は暇なもんさ。それより、どうしたんだ。
 風邪でも引いちまったのか?」
 肩を竦めて椅子に腰を下ろしたサズが、口元を手で覆っていたシェリンカへと問い掛けてくる。
「ん? んん゛っ……ちょっと、ね。それよりもよ。不味いことになってきたわ」
「不味いって、どういう意味でだ」
「あの子の面倒を見る役目がね、どうも司祭長のザギブにいってしまいそうな流れなのよ」
 心配気な面持ちで自分を見つめてくる青年に、彼女はやや慎重になって言葉を選び、話を切り出した。
 
「納得の行かない話だな」
 一通りの説明を聞き終えたところで、サズはぼそりとした声を足元へと落とした。
「そのザギブにフィニアの身柄を渡したくないって主張してたのは、あんたが属してる親王族派の連中
 だった筈だろ。それがなんで、少しくらい解呪に手間取ったからって、易々と引き渡せるんだ」
「司祭長――宰相と副宰相の間、若しくは第三者の間で、なんらかの取引があったのだとは思うけど……
 その場に居合わせていたわけではないから、一時的な協力関係になったとしか見ることはできないわ」
 サズの声には、シェリンカを咎めるような響きはない。
 そんな青年の態度が、彼女に心苦しさを与えてくる。

「御免なさい。こんなことになってしまって」
「あんたが謝るようなことじゃないだろ。詫びを入れさせるのなら、他に当たる」
「ちょ、ちょっと。少しは落ち着いたかと思えば、なんてことを言い出すのよ」
 シェリンカが下げた目蓋をすぐに上げて、慌てふためく。
 ――この青年は、言い出したら本当にやりかねない。
 そんな印象を、彼女はサズに対して抱いていたのだ。
「物の例えだ。例え。あんたこそ、らしくないぞ」
「直接的すぎるのよ、貴方のは。とにかく今は状況を掴んでから――」
 コンコン、と。
 指先で溜息を散らしたシェリンカの言葉を遮り、来訪の音が再び室内に鳴り響く。   
「客が多いな」
「人払いはしていたのだけど……誰かしら? 訪れる際には名を告げるよう、言ってある筈なのだけれど」
 口調を心持ちきついものへと変えて、シェリンカが誰何の声を上げた。

 返事の声は、すぐにやってきた。
「私だ」
 男のものと思しき声。壮年の、厚みのある低い声が、扉を通して二人の下へと響いてくる。
「聞き覚えのある声だな」
「……それは意外ね」
 シェリンカがその口調を更に厳しいものへと変えて、部屋の入り口へと歩を進めた。
 サズが椅子から腰を上げ、鞘元に手を伸ばす。
 場に走る緊張を感じ取っての動きだが、シェリンカはそれを咎めはしなかった。
 扉が開かれる。
「突然、済まなかった」
「いえ。こちらの方こそ、司祭長に向けて良い言葉遣いではありませんでした」
 司祭長。シェリンカの発したその呼称に、サズの中の緊張が膨れ上がった。

「――え」
 動揺が、それを塗り潰す。
 その源が部屋の中へと足を踏み入れてきて、一瞬の静寂が場を支配した。
「やはり、ここに居たのだね」
 沈黙を、男の声が破る。
「あんたは……」
 黒い砂紋の法衣を身に纏った男の姿に、サズは確かな見覚えがあった。

393 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:37:53 ID:CQwnfaBT

「あんたは……あの時のおっさん」 
「おっさ……ちょっと貴方っ。少しは口の聞き方に気を付けなさいっ」 
 呆然とつぶやくサズと男の間に、シェリンカが割って入る。
 彼女が慌てるのも無理はない。
 シェリンカの私室を訪れてきた人物は、彼女の上役に当たる人物であったからだ。
 それも、宮中と司祭宮というベルガにおける、双子の如き権力の舞台にあってのことであった。

「構わんよ。彼はベルガの民に非ずして、神是巫女の恩人。礼を以って当たるべきは、むしろ私の方なの
 だからね」
「あんたが、ザギブだったのか」
 男の言も耳には届かぬ様子で、サズは目を見開いていた。
「如何にも。名乗るのが遅れていたね。私の名は、ザギブ=ザハ=イニメド。ここ、司祭宮では司祭長の。
 王宮では宰相の任を預からせて貰っている者だ」
 庭師の装いの時と変わらぬ口調で、彼は簡潔に自己紹介を済ませてきた。

 人は、とかく身勝手な生き物だ。
 自らが知り得ていることについてすら、己が立場により見方を変え、都合の良い解釈を取ろうとする。
 ましてそれが知り得ぬことに対してなら、言うまでもない。
 サズにしても、それは例外ではなかった。
 シェリンカの話を根っから信じていたのではないにしても、彼にとっての「ザギブ」とは、少なくとも
 好ましい人物ではない……筈であった。

 宰相。司祭長。ベルガの王座と、フィニアの力を狙う男。
 ――悪の親玉。
 そんな幼稚な心象を、サズはザギブという名に対して抱いていた。
「驚かせてしまったかね」
 幻想が口を開く。
 落とせそうだと、彼は思った。
 この瞬間にも腰の剣を抜き放ち、それを一閃させれば、首は落とせる。

「――サズ!」
 焦りを孕んだ咎めの声に、その幻想が霧散していった。
「あ……」
「ちょっと、しっかりして。ほら、挨拶くらいはしておきなさいっ」
 見ては居られぬとばかりに、シェリンカがサズの上着の裾を引いてきた。
 馬鹿な考えは止せと、その目が告げてきている。
 そう、馬鹿な考えをサズは抱いてしまっていたのだ。
 悪の親玉を倒してしまえば、不幸な物語はそれで御終い。幸せのままに閉幕。
 そんな話は、彼が一人で心の中に描いていた、都合の良い幻想に過ぎなかった。
 
「サズ・マレフだ。知っているとは思うけど、冒険者なんて商売をやって……います」
 中途半端に肩肘の張った自己紹介にも、ザギブは特に表情を変えることもなかった。
 平静なその面持ちは、穏やかとも無感情とも受け取れる。
 掴み所がない。それがサズの調子を余計に狂わせる。

 頷きを一つ見せて、ザギブはその場から身を引いていたシェリンカへと、声を掛けた。
「済まないが、彼を借りても良いかな? 少し、込み入った話をしておきたかったものでね」
「サズと話を、ですか」
 ザギブの突然の申し出に、シェリンカは警戒の色を隠せない様子であった。
「……不遜とは思いますが、理由をお聞かせ願えれば」
 大事な妹の身を預ければならなくなったところに、目の前の青年まで持ってゆくのかと。
 そんな反射的な拒絶感からくる言葉を、彼女はその口に上らせてしまっていた。

394 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:38:33 ID:CQwnfaBT

「フィニア王女殿下の件について……では、駄目かね」
 当然その話でしか有り得ないのに、彼は飄々としてそう返してきた。 
「わかりました。では、暫くの間はお待ちを願います。少し、彼と話しておきたいことがありますので」
 シェリンカが、あっさりと首を縦に振る。
 食い下がる代わりに、要求を突き付けた形だ。
 声に、それくらいは譲歩しろという圧力も織り交ぜてある。 
「では、後で使いの者を頼もうか。二度も君の部屋に足を運んでは、妙な噂を立てられかねないからね」
「……承知致しました。あまり、時間の方はかけないつもりです」
 返しの言葉に、シェリンカは幾分不機嫌になって了承を済ませた。

 ザギブの継げてきた二の句は、痛烈な皮肉であり、忠告でもあった。
 若い男、それも従姉妹の恩人である男を、夜更けに私室へと招き入れている部下に対しての苦言だ。
「疲れる男ね。相変わらず」
 予想外の闖入者への見送りを済ませた後、シェリンカは肩を落としてつぶやいていた。
「そんなに嫌っている訳でもないんだな」
「冗談。面と向かって話をしているだけでも、頭痛がしてくる時があるわ。……そういう意味では、彼と
 貴方は良く似ているわね」
「なんだよ、そりゃ」
 こっちの話よと、独白めいた言葉で会話を一旦締め、彼女は髪をかき上げて気を取り直した。
「まあ、ここでもあっちでも上司なんてのは、色々と大変なんだろうけどな」
 サズがその話を引き戻す。
「二宮の重職を兼任しているのなんて、彼くらいのものよ。私に限らず、頭が上がらないのが実情だわ」
「あんただって、似たようなもんだろ」
「私はね……対抗馬ってところかしら。安直な発想という他に、ないのだけれど」
 自らが神座巫女と副宰相の補佐官を兼任するに至った経緯を思い返して、シェリンカは笑った。
 もっともそれは、その発案者に対してだけでなく、出来レースに限っての出走を許されている、自身を
 嘲る意味合いも強かったのだが。

「そんな話よりも、今は彼が何故、貴方に会いに出向いてきたのかという話の方こそが重要よ。まさか、
 噂の剣士様の武勇伝を拝聴したいわけでもないでしょうし」
「フィニアの話だって言ってたじゃねえか」
「わかっているわよ、そんなの。……ああ、ほんとにもう。こっちが口出しし難くなるのを、待ち構えて
 いたみたいなタイミングの良さ――いえ、悪さね。きっと、最初から貴方に目を付けていたんだわ」
 半ば愚痴を吐き捨てるようにして、シェリンカは渋面になって言葉を続けていた。
 彼女がフィニアへの対処権を持ち続けていれば、それを盾にザギブの要求を跳ね除けるなり、介入する
 なりすることができた筈なのだ。それを考えると、表情が曇ってゆくのも仕方はなかった。
「行くつもり?」
 釈然とはせぬ思いを抱えたままではあったが、まずは青年の意思を確かめようと、彼女は問い掛けた。
「行かない訳にもいかないだろ」
「言うと思った。引き抜きか、追い出しか……接触を図って来ること自体は予想していたけれど、こうも
 直接的に切り出してくるとは、思ってもいなかったわ」

 そこまで口にしてから、シェリンカは自らが発した言葉に対して、首を傾げた。 
「接触と言えば、貴方。司祭長の声に聞き覚えがあるって、言っていたわよね」
「ん、ああ。一昨日な。ここと王宮の間にある庭で会って、昼飯に誘われた。ついでに言うと、その時に
 フィニアが王女に戻された経緯も聞いた。ここの王様が不在だって話とかと、一緒にな」
「ああ、それで。って、それなら今更自己紹介なんて、必要なかったんじゃないの」
「いや、お互い名乗ってなかったしな」
「……呆れた話ね。細々と悩んでいるのが、なんだか馬鹿らしくなってくるわ」
 質問を重ねるごとに増してゆく脱力感に、シェリンカは段々と肩を落としていった。
 サズの話を聞いている限りでは、彼がザギブの下から戻ってきた時には、ただ単に親睦を深めて帰って
 くるだけの結果に終わるのではとさえ、思えてくる。
(餌付けとか、あの男も意外にやることがせこいわね。効果的ではあることは、認めるけど) 
 自身も何度となくご相伴に預かっていたバターブレッドの香りを思い返しながら、シェリンカは大きな
 溜息を吐き出した。

395 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:39:08 ID:CQwnfaBT

「とにかく、彼の言うことを真に受けては駄目よ。あぁもう、本当に心配になってきた。こんなことなら、
 駄目で元々で一緒について行っちゃおうかしら」
「あんたなぁ……前にも言ったけどよ。小さいガキじゃないんだから、話し合いくらいはできるって」
 今までになく落ち着きのない様子を見せるシェリンカに、サズは多少辟易としてしまっていた。 
 心配されること自体は嫌ではなかったが、妙にそわそわとしているシェリンカの姿が、どうにもらしく
 なく思えて、やりづらかったからだ。
 しかし彼女には、先程、短慮どころではない衝動に駆られていたところを咎められてしまっている。
 それだけに強く反発することには気が引けてしまい、サズはあまり邪険な態度を取る事も出来ずにいた。

「なあ、シェリンカから見たおっさ……ザギブって奴は、どんな奴なんだ」
「だから、奴とか言わないの。――そうね、色々と語れることは多い人だけど」
 話を逸らしておこうとしたサズの目論見に一言入れておいてから、彼女はそれに乗ってきた。
「敢えて、一言で言うのなら」
 シェリンカの視線が、板張りの床の上を走ってゆく。 
「危険な理想主義者といったところね」
 再び青年の下へと舞い戻ってきた青い双眸の中には、剣呑な光が灯されていた。
「なるほど。そりゃあ、怖いな」
 それを見て取り、サズは口調の上では軽い感想を口にした。 

 短い付き合いの中ではあったが、サズはシェリンカという女性を、それなり以上に認めていた。
 その彼女の言葉と仕草から、植木に鋏を入れていた姿からは想像も付かなかったが、ザギブという男が
 組みし易くはない相手なのだということだけは、彼にも伝わってきていた。
「いつまでも、こうしているわけにも行かないわね」
 シェリンカはそう言って話を切り上げると、化粧台の引き出しへと腕を伸ばした。
 チリンという涼やかな音色が、部屋の中に響く。
 それは、彼女が手にした小さな鈴から発せられた音であった。

 暫くしてから、使用人と思しき中年の男性が部屋に現れた。
 シェリンカはその男にザギブへの訪問の旨を伝えるよう命じると、自身は略装の法衣を部屋着の上から
 羽織ってサズの隣へと並んだ。
「部屋の前までは、一緒させて貰うわ」
「随分と、便利な物を持ってるんだな」
 紅玉髄を彫り出して作られた鈴のことを指して、サズが言う。
「司祭長のお手製よ。彼、なんでも作ってしまうから」
「……確かに、とんでもない相手だな」
 なんでもないことのようにシェリンカは返してきたが、つい今し方、使用人を呼び付けた鈴の正体が
 所謂魔法の品であるということは、明らかであった。
「作るの、簡単らしいわよ。それにしては誰も作ろうとはしないのだけど」 
「そりゃあ、あんな物騒な剣も出てくる訳だ」

 自分の理解できる話へと会話の内容が移った途端、サズはその表情を悲嘆に暮れさせ始めた。
 それを見たシェリンカが、口元に指を寄せて可笑しげに目を細める。 
「アズフの剣ね。まあ、あれは完全に別格でしょうけど。もっとも、それも司祭長が食指を伸ばすまでは、 
 司祭宮の奥にガラクタ同然で転がっていたって話だけど」
「フィンレッツの学者共が、揃って涎垂れ流しそうな話だな」
 魔術と学術の都として名高いフィンレッツでは、魔法の品に関する研究が盛んに行われている。
 その中でも最も稀少で、最も高度だとされていたのが、今より数千年も昔に天空を支配し、その隆盛を
 極めていたとされている、古代種族の手により産み出された遺産に関するものであった。
 そのことについては、サズはあまり詳しい知識を持ち合わせてはいない。

 ただ、冒険者などという稼業についていれば、その手の物に関する逸話を耳にする機会には事欠かない。
 不死の秘薬により千年を越える時を生きた男の話やら、空を漂う魔法都市の話やら。
 サズはその多くを、酒代も稼ぎ出せぬ半端者の吹聴する与太話と決め込み、鼻で笑っていた。
「行きましょうか」
「ああ」
 鳩尾の下。
 へその少し上の辺りを無意識の内に手で触れながら、彼は瑠璃色の法衣の後を歩き始めた。

396 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:40:19 ID:CQwnfaBT

「巧くやってね」
「ん。ありがとうな、シェリンカ」   
 相手こそ違ったが、今度はしっかりと礼の言葉を返せたことに、サズは奇妙な満足感を覚えていた。
 そんな青年の反応に、シェリンカがたじろぐ。
「なによ、急に」
 ――これでお別れってわけでもないでしょう。
 何故か、言いたかったことの半分も言えぬまま。
 セキレイの印章が刻まれた扉がゆっくりと閉じてゆくのを、彼女は静かに見守り続けていた。

「待たせて、悪かった」
「こちらこそ、夜分に済まなかったね。まずは掛けたまえ。茶の一つも出そう」
 書斎造りになった部屋の中は広く、先日二人が座を共にした部屋よりも随分と古めかしい印象であった。
 部屋の片隅には、無造作に詰まれた本の山がある。
 サズが厚い塗り仕上げのなされた円卓の席に着くと、その真上の天井から吊るされていた明かり石が、
 青い燐光を放ち始めた。
「で……フィニアについて、どんな話があるって言うんだ」
 遅れる形で向かいの席に着いたザギブへと、サズは極力普段通りの口調になるように心掛けて、先手を
 打つように問い掛けた。
 湯の気を立ち昇らせる陶製のカップが、円卓の上に音もなく戻される。

「君は、あの娘のことを好いておるのかね」
 至極真面目に。からかいや、冷やかしの色など微塵も感じさせずに、男は反問を行ってきた。
「――好きだ。それが、どうした」
 頓狂な声を上げるのをなんとか堪えて、サズが真剣に答えを返す。
「そうか。なら、この話は長くなってしまうな」
 ザギブが、その表情を微かに曇らせた。
 憐憫のものとも、悲憤のものとも受け取れる、酷く曖昧な面持ち。それをサズが、正面から受け止める。
「サズ君。フィニア王女の呪いを完全に解くことと引き換えだ。君には、このベルガを去って貰う」

「……別に、あんたがやらなくても、シェリンカがいるだろうがっ」
 極力怒気を抑えてはいたが、それでも青年の声からは、眼前の男を敵視する響きが消えてはいなかった。
「今現在、シェリンカにはその手立てがない。期待はしない方が良いよ」 
 ザギブが、淡々とした口調でそれに返してきた。
「俺が断れば、王女様のことはほったらかしって訳か。そんな脅し、誰が呑むか」
「そんな真似はせんよ。ただ、その場合は現状を改善するに留めるだけの話だ。それだけのことで、私を
 王族派の一員だと宮中の人々に認じさせようとしている者たちは、諸手を上げて喜ぶだろうね」
「なにを――」
「聞きたまえ。彼女は今、神降ろしの巫女としての才を完全に開花させている状態なのだ。眠りについて
 いる間、彼女はなんの疲弊もしてはいない。自意識を閉ざすことのみで、あのルクルアという古代の
 大霊を使役している状態なのだよ。これは、異常なことなのだ。ベルガに残された文献の中にも、その
 ようなことを成しえた者は、一人としていない」

 国を興し、滅ぼすことも出来うる力なのだと。
 そう言って、彼は青年の眼を真っ直ぐに見据えてきた。

「それが……それが、どうしたって言うんだ」
 喘ぐように、サズはザギブの言葉に抗おうとした。
「私はね。見切りを付けたのだよ。王女の力は、私の器ではどう足掻いても扱いきれぬものだ。扱おうと
 すれば、自滅の道しか有り得ぬと判断した。だがね――」
 ザギブの目に、狂的なまでに強い敵意の光が灯る。
「いるのだよ。このベルガには、王族復権の旗を掲げ、女一人を神として祀り上げて、おのれらは自身は
 安全な、旧態依然の権力の座に居座ろうとする輩共が、ごまんといるのだ」
「――それは、あんただってそうなんだろ。ここの王になろうとしていて、その為にフィニアを幽閉して
 いたって。シェリンカたちの王族派だって、あんたに勝手をさせない為だって」

397 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:41:16 ID:CQwnfaBT

 人伝に聞いていた話を、口にすれば口にする程に。
 サズはその言葉に大した意味がないことを、思い知らされていた。
「それは、事実だ。内に篭るのみで、限界を迎えているベルガを、私は国へと変えてゆこうと決め、その
 為に行動している。必要とあらば、ソムス陛下に禅譲を願い出ることも辞さなかっただろう。特異な
 までに強い霊力を秘めていた巫女を、相手方の切り札を押さえる心算で軟禁もしていた。シェリンカと
 副宰相の強引な手に、その目論見は崩されてしまったがね」

 瞳の光を翳らせて、ザギブがその言を続ける。
「その上で、彼らは幾つかの保険を掛けてきた。その多くは、私にとっては瑣末な事柄ばかりで、他に
 優先して当たるべきことが山積みだったのだがね。その中に一つだけ、気にかかることがあった」
 彼の、右の人差し指がすうっと立てられた。 
「神是巫女に想い人を与え、それにより彼女から憑依へのトラウマを取り除く。その上で明確で操り易い
 弱みを作ろうという――」
「嘘だっ!」

 円卓の席が、床の上へと転がる。
「思い当たる節はないのかね」
「出鱈目だ。そんな話、あるかっ!」
「ないのかねと、聞いている」
 飽くまで平静な装いで、砂紋の法衣に身を包んだ男が、激昂する青年へと詰問してくる。
 その黒い紋様が歪んで見えて、サズは強い吐き気にも似た息苦しさに全身を震わせていた。 
 握り締めた拳に爪が深く食い込み、鬱血した皮膚が見る間に白く染まってゆく。

 その拳が、円卓の上へと叩きつけられる。
「あ、の……ぉ、女狐ぇっ!」
「彼女を責めるのは、酷というものだよ」
 怨嗟に満ちた気を吐き洩らす青年に、ザギブはかぶりを振って諌めの言葉を口にした。
「あんたの話だって、信用はできねえっ」
 卓上から転がり落ちたカップが床板の上へと落ちてゆく。
「フィニアを利用しないって言うのなら、なんでシェリンカの奴は、あんたに協力しないんだ。それとも、
 あいつがフィニアを心配してるっていうのも、嘘だったって言うつもりなのかっ!」
 陶器の砕け散る音は、その声に掻き消されていた。

「私のやり方では、リスクが高すぎるとのことでね。彼女は彼女のやり方を選んでいるに過ぎないという
 ことだよ。ベルガでは貴重な人材なので、それを惜しいとは思うが、彼女の望むような結果を確約して
 やれないのでは、仕方もない」
 サズが耳にしている声には、真実の響きがあった。
「当たり前だ。空人の遺産だかなんだかを持ち出すような物騒な奴を、誰が信じろって言うんだ」
 否定した。なにがなんでも、言い掛かりを付けてでも、彼はその感覚を否定した。
「それについては、私が迂闊だったと言うより他にないな」
 ザギブの反応は、己の非を認めているというよりは、青年の怒気を受け止めているかのようであった。
「強引な引き剥がしが、現状を招き、結果的にあちら側の思惑を助長した。だが、それについて私は君に
 謝るつもりは毛頭ないよ。私にとって、君は敵対勢力の一員に過ぎないのだからね」

 最後の一言だけには、明らかな威圧の意図が含まれていた。
 そうしてくるのも、当然のことであろう。
 サズは、ザギブの抱いていた懸念を前途への危惧にまで膨れ上がらせた、その当事者なのだ。
「最早、君を消せば良いというような場面も取り逃した。今更それに及んだとしても、フィニア王女は
 君の末路を知ろうとするだろう。その結果、どのようなことが起こるかは、想像に難くない筈だ」

 手を引け。
 彼女のことを思わばこそ、その手を引けと。
 眼前の男ではなく、己の内から聞こえてきた声に、サズは完全に反抗への足掛かりを失っていた。
 視界が暗転し、喉の奥から嫌悪感がせり上がってきて。
 彼は自失の内に、それを足元へとぶちまけていた。

398 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:42:33 ID:CQwnfaBT

「拭きたまえ」
 気道を灼かれ、喉に強く残る嘔吐感に息を乱し、吐瀉物の前に両の手をつく青年の前に、ザギブは腰を
 折り腕を差し出した。
 サズは朦朧としながらも、その掌の上にあった白い一枚のハンカチーフを受け取る。
「あんたの目的は……なんなんだ」
「このベルガを、諸国と渡り合えるだけの国へと造り変えることだ」
 声を篭らせたその問い掛けに、ザギブははっきりとした口調で答えてきた。

「その為には、まずは内憂を取り除く。掃除から始めているところだと思ってくれれば良い」
「フィニアの安全は守れるって、言い切れるのか」
「自殺以外は、手を尽くそう。心が死に逝くのだけは、どうにもならん。無論、そうならぬように配慮は
 欠かさぬつもりではあるが」
「……あいつは、俺がいないと駄目なんだよっ」
 心の内を反転させたサズの言葉に、深いかぶりが返されてきた。
「女性は、そういう部分では強いものだよ。在るものばかりを見ているわけではない。特に、あの娘は
 そういう点では信頼してやっても良いと思うよ」
「俺が、俺があんたに協力する。汚れ役だって、なんだってする」
「落ち着きたまえ」
 
 砂紋の法衣の裾を床の上へと広げたままで、ザギブは続けた。
「全てが片付けば、あの娘の為にも迎えの一つくらいは出してやれる。今が全てだとは、思わぬことだ」
「いきなり、ねえよ。そんな話って」
「――奥の部屋に王女殿下が眠っておられる」
 法衣の裾がサズの目の前で上がってゆき、それが二人の会話の幕引きとなった。 

 閉ざされた目蓋と蝋の如く白い肌は、まるで死者のそれを思わせたが、その胸は緩やかな上下をみせて
 おり、そのことがサズにぎりぎりの現実感を与えてきていた。
 豪奢な寝台の上を塞ぐ天蓋には、やはり複雑な印が刻み込まれている。
 部屋の扉は閉ざされている。
 戒められていたわけではなかったが、サズはそこに横たわる少女へと腕は伸ばせずにいた。
「攫っちまえばとか、ないな」
 遅かれ早かれ、この状況は訪れてきていたのかも知れない。
 そんなことを思いながら、彼は語り掛けていた。
「考えておけとか、偉そうなことばかり言って。俺は、なんも考えちゃいなかった。ただ、お前と一緒に
 いれたら良いってだけで」
 せめてとばかりに、語り掛けは続いてゆく。
「今、考えてみてもなんも浮かんでこねえ……難しいんだな、一人じゃないことって」
 気持ちが落ち着いてゆく代わりに、胸の内にあった現実感がどんどんとその重みを増してゆき、それで
 漸く、サズは地に足をつけている感覚を取り戻していた。

 覚悟は定まらずとも、避けるべき選択だけは見定めることができた気がしていた。
 少しずつ、どうするべきか、なにをしておくべきかということに気が回り始めていることが、辛い。
 ふと、彼は思った。
 なにをするべきか、それを考えられなくなった時点で。
 なにをすれば良いのかと、他者にそれを委ね切っていた時点で。
 自分はなにもできなくなっていたのかもしれないと思った。
 彼女の為だ。
 その言葉を念じることを、無力な自分への免罪符にしていた気がする。
 
「じゃあな」
 己の手で扉を開き、彼はそこを後にした。

399 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:44:45 ID:CQwnfaBT

 暗い。
 暗いのは闇の中なのだからなのだと、彼女はそれに気付いた。
 気付かなければ、ずっとそこで漂い続けていたのかも知れない。
 気付けたのは、闇以外のものがあったからだ。
 赤い。
 赤い光点が目の前に現れて、ゆらゆら、揺らめいていたので、そこに意識が向けることができたのだ。
 なんだろう。そう思うと、赤い光が近付いてきたように思えた。
 近寄ったのは彼女自身の方なのだが、闇に包まれたままでは、それを自覚することもできない。
 ゆらゆらが止まる。
 中心に、少年がいた。所々破けほつれた服を着た、赤い髪の少年が。

「どうしたの?」
 下を向き、手でごしごしと顔を拭い続ける少年へと、彼女は声を掛けた。
 少年の顔が上がり、赤い瞳が片方だけ向けられてきた。
 額に、血が滲んでいる。擦り傷は至る所に。赤茶色に見えていた服は、ごわごわと乾燥して見えた。
「いじめられたの?」
 泣いている理由を、彼女は問うた。
 手を伸ばしたいと思い、そこで気付く。
 身体がない。――念じた。腕を、身体を作り、彼女は手を伸ばして、少年の頭を包むように撫でた。
 腕の中で、少年の頭がぶんぶんと左右に振られる。
「?」
「花が」
 首を傾げた彼女へと、少年の握り締められていた手が差し出されてきた。
 指が開かれ、その掌が露になる前に、闇の中へと葉の一切れが零れ落ちた。
 煤だけが、残っていた。
「握れないの、燃えちゃって、消えちゃうの」
「――サズ!」
「花が」
 すんすんと鼻を鳴らす少年の髪をしわくちゃにして、彼女は抱え寄せた。
「さずっ!」
 包み込もうとして、自分もちいさな少女になっていた。
 抱き合う形でふれようとすると、赤い光が薄れ始めた。

 目を凝らして、彼女はそれを見つめ続ける。
 弱く、小さくなっていっても、消えてはいないことを確かめる為に。
 彼女はずっと、ずうっと、それを見つめ続けようとしていた。

「――」
 扉が閉ざされて一度だけ。彼女は何事かをつぶやくと、再び眠りの中へと落ちていった。

400 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:47:36 ID:CQwnfaBT

「くぁ……」
 部屋の片隅に積み上げられていた本の山が、どさどさと音を連ねて崩れ落ちる。
 その奥から、濁った銀色の体毛を持つ男がむくりと起き上がってきた。
「あん? なんだ、おめえ。食い過ぎにでもなったのか?」
「人の部屋で勝手に寝転がっておいて、いきなりそれか。まあ、私ではないが、食中りをしたのがいてな」
 職務机の前に座していたザギブが、その声に振り向く。
「冗談だよ。知っているって。おめえも酷いなあ。いたいけな少年を散々いたぶって」
「お前のように逃げ道まで塞いだりはせんよ。自棄になられては、困るしな」
 ぼりぼりと耳の後ろを掻く人狼――ギ・グへと返し、彼は筆を握っていた手の動きを止めた。

「あんなもん、空約束だろ。サズの奴も、青いなぁ」
「その青い少年を褒めちぎっていたのは、どこの誰だ。それに、空約束つもりなどないぞ。口にした以上、
 必ず果たしてみせる。無論、私一代でことが済めばの話ではあるが」
「気が短いんだか、長いんだか。どっちにしろ、あの嬢ちゃんにも責められるなぁ。楽しみ、楽しみ」
 けひひっと下品な笑い声を吐いて、ギ・グが飛び起きた。
 ザギブが居住まいを正して、その笑いを弾き飛ばす。
「差し詰め私は、悪の魔法使いだからな。それくらいは仕方もなかろう」

 真ん丸に見開かれた獣の瞳孔は、真剣味に満ちていて、意外に愛らしい。
「なんだ。その目は」
「いや……お前、冗談言えたんだな。すげぇ、とうとう完璧人間になっちまったな」
「そう思ったのなら、笑え」
 憮然とした眼差しを人狼へと叩きつけ、ザギブは溜息を一つ吐いた。

 そこにギ・グが歩み寄る。
「で、次はどこにちょっかいを出すんだ? 魔法使いさんよ。指輪の方は、もう手を入れ終えているん
 だろ。イリョクテーサツやら実験やらは、そろそろ勘弁願いたいところなんだが」
「キルヴァからだ。ブリス大公にも話は通してある。動き自体はコクンヴァラドへの方が先だが、どの道
 お前を使うのなら、派手な方に回しておきたいからな」

 フヒューという、軽い息洩れの音が部屋の中へと響いた。
「抜けんな、その癖は」
「うるせえ。顎が、口笛には向いてねえんだよ。ったく、一々茶を濁しがって。相手はボルドだよな?
 ロウジェルの砦には、まだ顔を出してねぇんだ。調練はアズフにでも任せて、俺は走っておくぞ」
「その前に、頼みたいことがある」
 肩を鳴らしてやる気を見せ始めた人狼へと、制止の声が掛けられる。
 ザギブが机の脇へと腕を伸ばし、鞘に収められた一本の剣を掴んだ。
 それが、ギ・グの胸元へと投げて寄越される。

「こりゃあ……」
「それと同じように扱えそうなのを、頼む」
「いつもの所からでいいのか?」
「構わん」
「太っ腹だな。じゃあ、鍵も寄越せ。夜逃げされる前に、渡しておいてやるからよ」
 頷きと共に、銀色の煌きがギ・グへと投げ放たれてくる。
「アズフの奴が困りそうなのを、選んでおくとするか」
 心底、愉しそうに笑いながら。
 それが宙にある内に指先で摘み取って、彼は部屋の出口へと向かって行った。

401 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:48:27 ID:CQwnfaBT

 風が強かった。
 夜中であっても、落ちる月明かりが空が荒れていないことを教えてくれている。
 厩舎から葦毛を引いてきた青年に、シェリンカは厳しい眼差しを送り続けていた。
「これ、持って行きなさい」
「受け取れねえよ」
「良いから、早く受け取って。持って帰るのも疲れるのよ」
 半ば押し付けるようにして、彼女は貨幣で嵩張った麻袋をサズへと渡した。
 サズの頭が、深く下がる。
「後、これも」
 そのままの勢いで、彼女は一冊の本を押し付けた。
「ニアの。もうこんな物を読むような歳でもないから。捨ててしまおうかと思っていたから、ついでよ」
「……手作りなんだな」 
 パラパラとその本の頁をめくっていって、サズはそれを荷袋の中へと仕舞い込んだ。
 それを見て、シェリンカはこっそりと息を吐く。

「私としては、あの子に余計な話をされずに済むと思えば……良いのだけれど」
 彼女は、不機嫌さを現すようにして胸の前で両の腕を組んでいた。
 サズは既に葦毛の鞍へと荷物を掛け、フードを目深に被り込んでしまっている。
 夜陰を裂く月光も、その内を照らし出してはくれない。
 シェリンカが、後に続ける言葉に迷った。
「悪かった」
「え?」
「あんたのことを疑った」
 それきり、彼は黙り込む。

「ついて行くべきだったのかしら」
 青年の突然の出立については、彼女はしっかりと説明を受けてはいなかった。
 ただ、サズがここを出てゆくと言ったので、こうして見送りをしに来ていたのだ。
「いつも、こうなのよね。あの男は、なんでもかんでもぶち壊しにしてゆくのよ。平穏な人生を送りたい
 人間としては、いい迷惑」
「かもな」
 その同意が、前後のどちらに対してなされていたのかは、彼女には良くは分からなかった。
 分からないのは、この状況にしてもそうだ。
 自分たちにとって、こうなることが良かったのか、悪かったのか。

「フィニアと仲良くな」
「……どうか、ご健勝であらせられますよう」
 出立なのだと、シェリンカは心の中でもう一度繰り返した。
 自分は、今まで通りにしていれば良い。帰りを待つのに、それは不要なものではないのだから、と。
 流れは自体は変わらない。その中に在っては、変えられはしなかった。
 ただ、作られた支流の一つが離れて行ったことを、彼女は感じ取っていた。

 伏した顔を上げる頃には、馬蹄の響きは遠ざかり。
 後に残るのは、見慣れた夜空と静寂の都。
 鳴かぬセキレイが、長き尾を繰り返し振り続けるだけで、飛び立ちもせずにそこに留まり続けている。 
 南東からの風が吹く。
 珍しかった。この季節の風は、もっぱら北の山肌を滑り落ちてベルガへと流れ込んでくるのだ。
 大地を覆う黄砂は、その山の岩壁が風化して生まれた物だ。
 繰り返し繰り返し。長い歳月を経て降り積もった黄土の大地以外を、シェリンカは知らない。
 文献の中にある様々な土の差異を知る内に、果て無き空でさえも、ここと外の物とでは、全くの別物
 なのではないかとさえ思い始めていた。 

 招き入れたエトランジェが去ってゆく。異邦人が去ってゆく。
 何故だか、自らの失策を悔やむ気持ちも湧かなければ、青年の行いに幻滅することもなかった。
 ――自分は、外の世界の人間を見てみたかったのだ。
 それに気付き、シェリンカは踵を返した。風が止むよりも早く、踵を返した。

402 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:49:13 ID:CQwnfaBT

 葦毛の挙動は、明らかに鈍かった。
 恐らくは、ベルガの厩舎に繋がれている間に、一度も外へとは連れ出されてはいなかったのであろう。
「悪いことしちまったな」
 走っていればそれで幸せというわけでもないのだろうが、それでもサズは連銭葦毛の牡馬に詫びた。  
 葦毛は気にした風もない。耳をぴくりとぴくりと動かして、歩を刻むことに専念しているようであった。
「これから、どうするかな」
 時折凪となる風を受けて、進んでゆく。
 岩壁に囲まれた抜け道を過ぎ去り、彼らは境界を越えていった。

 周囲の草花が見知った背の高さになる頃に、それは訪れてきた。
 サズの周りを、見慣れぬ生き物が取り囲んでいる。
「狂い落ちって奴か」
 自らの迂闊さにほぞを噛み、手綱を操る腕に力を込めた。
 ギ・グの話に出ていた魔物であろう。
 大人の腰程の上背を持つ土色の肌の人影が、耳障りな声で以って吼え始めた。
 木々の合間を縫って、それに木霊を返すような叫びが応えてくる。
 
 腰元へと片腕を伸ばして、サズは舌打ちを飛ばしていた。
 そこに、彼が愛用していた剣はない。
 魔術の印を結びかけて、すぐにそれを放棄する。
 下手に触発するよりかは、ギ・グが苦手だと言っていた水源目指して逃げた方が得策だと判断した。
 馬首を巡らせ、一気に葦毛を駆けさせようとする。
 その後ろから、地を蹴りつける野獣の疾走する気配が近付いてきた。
 ざんと草を押し退ける、一際強い蹴り足の音にサズが振り向き身構える。

 再び地に降り立つまでに、二閃。
 胴と頭を泣き別れにした魔物が二匹。肺を潰されて倒れ伏したのが一匹。
「だからそっちは、崖だって言っただろうが」
「ギ・グ、あんた」 
 ぎぃと声を上げて飛び掛ってきた魔物を、顔の高さまでに来たところで拳の裏で打ち払い、撫で斬りに
 して、人狼が呆れたような声を掛けてきた。
 その銀の体毛が、見る間に青黒い鮮血に塗れてゆく。
「こっちだ。ついてこい」
 優に十以上の魔物を打ち倒してから、ギ・グは暗い森の中へと駆け出した。
 サズがそれに続く。背後では、遠巻きにしていた瞳の群れが吼え狂っていた。

「今日は運が良かったぜ。砂が吹いてきていたら、追いつけなかったなぁ」
 ざばざばと川の水を身体に浴びて、ギ・グは嬉しそうな声を上げていた。
 一頻り汚れを流し終えると、川岸へと戻りぶるると首から全身を震わせて水切りをする。
「ほれ、持って行け」
 サズが跳ね飛んできた飛沫に顔を顰めていたところに、それが投げ寄越されてきた。
「これは――?」
 剣に見えたそれの鞘を掴み、今度は首を捻る。
「餞別代りってところだな。遠慮せずに持って行け」
 ギ・グの言葉に、サズは少しの間だけ逡巡をみせたが、結局はそれを腰へと佩いてみせた。
 人狼の顔が歪む。満足気に笑っているように、サズには見えた。
「じゃあ、俺はこのまま散歩に行ってくる」
「ああ。ありがとう、ギ・グ。助かった」
「止めろ止めろ。ただでさえ寒いのに、風邪引いちまわあ。――じゃあ、またな」
 返事も待たずに、人狼は白い息を吐き散らして駆け去っていった。
「俺らも、行くか」
 葦毛の嘶きを耳に、青年は月明かりの照り返しに光る道を進んで行った。

403 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:50:04 ID:CQwnfaBT

 まだら模様の友人との散歩に勤しむ以外は、なにをするでもなく。
 ベルガを離れて以降、サズはボルドの城下町に滞在し続けていた。
 ベルガを離れて、既に三月が過ぎようとしていたが、足は動いてはくれなかった。
 フィニアへの未練と、過ごした時間の多くがそこにあったので、離れられずにいたのだ。
 場末一歩手前の酒場で、酒に溺れられるわけでもなく、怠惰な日々を繰り返す。
 
 なにをするべきかと、考えはしていた。
 それが巧く行かない。滲み出てくる虚脱感に、肩が無気力に落ちてゆくだけであった。
 体調も酷かった。
 床に就こうとすれば、過去の選択を悔いて寝付けず。漸く眠ることができても、目を覚ませば少女との
 日々を反芻して、惰眠を貪る……昼夜は逆転し、日を数えるのに苦労した。

 いつまで待てば良いのだろうかと。
 腐りゆく中で、いつしか彼はそれだけを考えるようになっていた。
「――?」
 昼を回り、六つ目の鐘が打ち鳴らされ、日差しが緩やかになる時間帯を過ぎて。
 宿の一室にて、サズはその異変に気が付いた。
 外で怒声と悲鳴が上がり、それが止むことなく続いている。
 もう何度となく読み返していた本を閉じ、それを仕舞って建てつけの悪い窓へと近付いた。
 
 初め、それはよくある喧嘩騒ぎの一つかと彼は思った。  
 だが、それにしては様子が可笑しい。
 人の騒ぐ声は妙に大きく、窓枠を奮わせんばかりに届いてきているし、立ち並ぶ家屋からは、次々に
 その住人たちが顔を出している。
 ある者は、必死の形相で走り去って行った。
 ある者は、一度通りに姿を見せたきりで、扉を閉ざし続けていた。
 サズは暫くの間、そんな城下町の様子を眺めていた。
「そうだ」
 葦毛が騒ぎに巻き込まれてはいないだろうか。
 そう思い、彼は部屋を出ることにした。

 異様であった。
 地鳴りの如く人々の声は続き、その数も増してゆくばかりであった。
 その内容は聞き取れずとも、切迫した雰囲気だけは嫌が応にも伝わってきている。
 不安に駆られ、サズは駆け出していた。
 駆けながら、何事が起きたのかと考えを巡らせる。
 天変地異? それにしては空は晴れ渡っており、風は穏やかなものだ。
 大火事? そんなものは、臭いで分かる。
 貧相な馬小屋に辿り着くと、そこに繋がれていた馬たちは怯え切っている様子であった。

「どうした?」
 つい、サズは声を掛けてしまっていた。
 葦毛が強く鼻を鳴らし、それに返してくる。
 こいつだけはいつものように落ち着き払っているだろうと、そうサズは思い込んでいたのに、今日に
 限っては様子が違っていた。
 前足の蹄が、二度三度と剥き出しの土を掻いた。早く乗れと言わんばかりに、たてがみが振られる。
 頷き、青年は馬装に手を伸ばした。

 城下町においては、馬を走らせても良い道は定められている。
 基本的に住人たちが頻繁に足を運ぶ場所での、馬による通行は認められていない。
 逆に言えば、騎乗を認められた道を好んで歩く人は多くなかった。
「なんだよ、これ」
 鞍上のサズが、呆気に取られて声を洩らした。
 その騎乗を許可された道が、人で溢れかえりそうになっていた。 
 数はそう多くはないが、道の交差する場所で団子になってしまっている。
 その上、ぶつかり合った人々が諍いを起こし始めたりもしている。

404 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:53:35 ID:CQwnfaBT

「一体、なにがあったんだ」
 怒号の中をゆく一人を捕まえて、サズは問い掛けた。
「東のロウジェルが、落とされたんだよ!」
「ロウジェルって……あの要塞がか?」
 それだけを言って走り去る男の背を見送る形で、彼は問い掛けを続けてしまっていた。 

 ロウジェル。
 ボルド王国がオーズロン連合に対して築き上げた、軍事的要衝にして領内最大の要塞。
 結盟戦争と呼ばれたその戦いにおいて、王国側と連合側による争奪が繰り返され、最も多く人の血が
 流された場所とされ、別名「血の監獄」とも呼ばれた、広域要塞の名がそれであった。
 両勢力の間で結ばれた不可侵条約による和平が成された後にも、そこには王国きっての錬兵が置かれ、
 絶えず東方諸勢力に対しての警戒が行われていたのだ。

 それが陥落したと、男は言っていたのだ。
 戦争。その二文字が脳裏を過ぎることで、サズは異様な町の有様に納得することができた。
「センソウ――?」
 口にしてみる。確かめるつもりでつぶやいてみる。
 納得ができたのは、そこまでであった。
 後のことは漠然としか分からない。大勢の人が死ぬ。町は焼かれ、城は落とされる。
 その程度のことしか、その言葉からは連想できない。

 舗装の行われていない路地には、もうもうとした土埃が立ち込め始めていた。
「……ふざけんな」
 嫌だった。壊されるのが嫌だった。蹂躙されるなんて許せなかった。奪われることは懲り懲りだった。
 汚されるなど真っ平だった。踏み入られて見過ごせる筈がなかった。嫌なのだと、はっきりと思えた。
「ふざけてるんじゃねぇっ!」
 サズが吼えて、葦毛が東へと向けて疾駆する。
 そちらにだけは、人の垣根も存在はしておらず、突き抜けるようにして人馬は進んで行った。

 ボルド王国新歴212年。連合歴118年。中央大陸歴792年。
 オーズロン連合からのボルド王国への侵攻が開始された。
 皮切りとなったのは、連合側の主要都市を抱えるキルヴァ公国からの、ロウジェル要塞に対する電撃戦。
 キルヴァ最大の戦力、複合兵装騎兵による強襲。
 それを王国側に許したのは、小規模な突入部隊の暗躍による破壊工作の成果が大きかった。
 生還を果たした若干名の兵卒たちは、口々にこう言っていた。
 ――獣人。巨漢の人狼に率いられた、獣の兵士たちが、夜の闇に乗じて上官たちを次々に殺していった。

 火と鉄に加え、魔獣・幻獣までもが戦線に姿を現したその戦いは、後に獣魔戦争と呼称された。

405 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:54:41 ID:CQwnfaBT

 出撃ラッパの音と共に、外周の門が開かれてゆく。
 ボルド王国が擁する緑槍騎士団がその威容を顕わにするよりも早く、要塞陥落の報が城下町へと広がり
 きっていたことが、王国側の平和ぼけっぷりを見事に現していた。
 かつては大陸を越えて列強の名を知らしめた雷宣魔術師団は、その姿を現していない。
 指揮系統の乱れどころか、王都への召集そのものが成されていなかった故の失態だ。
 勢いだけは立派に開け放たれた門も、そこを通過するべき兵の姿は、遥か後方の王城の傍近くにあり、
 要塞を落とした勢いに乗じてくるであろう敵兵を、むざむざと招き入れようとしているようであった。

 ボルドが保持する総兵力は、未だ近隣諸国の追随を許さない。
 だが、自国内での紛争の鎮圧にも慣れ、連合間での小競り合いを繰り返してきたキルヴァの兵士たちに
 比べて、彼らは実戦経験の面で大きく見劣りしていた。
 指揮系統を完全に破壊されていたとはいえ、豊富な兵装に守備兵器を備えるロウジェルの、短時間での
 陥落がそれを証明したのだ。

 結果、現在王国の将軍職にあった者たちばかりが憤激し、その他の軍籍にある者の士気は地に落ちた。
 ――オーズロンが戦争を仕掛けてきたところで、一番に矢面に立つのは自分たちではない。
 多くの者たちは、そんな風に考えていたのだ。実力と気概が少しなりともある人間は、既に要塞への
 赴任を命じられていたのだ。
 残っていたのは、同胞の死に檄を飛ばす意気すら持たない者たちが大多数であったのだ。
 兵も、それを預かる隊長職にある者も、国王バラム・ウォズル・ボルド四世の命を受けた将軍が、己の
 上官にはならぬようにと、祈り続けている有様であった。

 吹き鳴らされたラッパ音の意味など、サズには分かる筈もなかった。
 ただ、彼にとっては都合の良いことに、東の門が開け放たれていた。
 もし、封鎖されていたらどうするのかとか、王国の兵士たちと鉢合わせたらとか。
 そんなことは最初から考えてもいなかったので、彼はそこを一気に駆け抜けた。
 死人のように顔を青ざめさせていた門兵たちは、背後から響いてきた激しい馬蹄の音に、揃いも揃って
 肝を冷やしてしまい、結果、全身を硬直させたままで青年の背中を見送ることとなった。
「――お、おい。今の」
 その中の一人が我に返り、同僚へと声を掛けた。
 辺りには彼ら以外には人影はない。
 心細さから身を寄せ合い、駆け抜けた若者の話題を口にすることで、門兵たちは気を紛らわせていた。

 サズの考えていたことは、一つであった。
 ふざけたことを仕出かそうとする奴の、横面を張り倒す。
 それで足りなければ、とことんまでやり合うと決めてしまっていた。
 これから戦場になろうという原野に軽装単騎で踊り出すさまは、傍から見れば気狂いのそれだ。
 だが、そのくつわの操りぶりは見事なもので、彼は葦毛を街道から程近い高台へと走らせると、陽の
 光を背に近傍遠景を見渡していた。
 ロウジェルからボルドの王都へと伸ばされた大街道の傍には、畜産と農業を営む平民の家屋も数多く
 存在し、それが自然と寄り集まることで小さな集落を成していた。
 
 大まかな地理を確かめると、サズは東へと向かって行った。
 進めば、いつかは押し寄せてくる不届き者と遭遇することができるだろう。
 人家や水田、畜舎に農園の様子を馬上から覗きつつ、彼は進み続けた。
 久しぶりに思い切り手綱を取っていたので、息は簡単に乱れてしまっていたが、やはり走りそのものは
 軽快な動きを維持することができていた。

 葦毛の調子が良いのだ。以前から良馬だとはサズも思ってはいたが、その言葉すら物足りなく思えて
 くる程に、切れが良い。呼吸も、サズが合わさせているというよりは、互いに合わせている感じだ。
「お前もやる気か」
 勢い任せに乗ってきてくれていることが、嬉しく思えた。
 久しぶりのその感情と、頬を打つ風の感触が心地が良かった。

406 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:55:31 ID:CQwnfaBT

 人の叫び声を耳にして、サズは手綱を緩めた。
 ももの締め付けを緩めて腰を張る。葦毛は彼の思うとおりに、歩調を緩やかなものへと変えていった。
 悲鳴と怒号、そして断末魔の叫びが飛び交っていたのは、小農家が集ったと思しき集落の一角からで、
 サズはそこに自らが求めていたものを感じ取っていた。
 嗅ぎ慣れた臭い。一方的に打ち倒し、倒される気配。戦いではなく、虐殺の場の空気。
 迷わず、彼はそこに飛び込んでいった。

 無計画さを絵に描いたような道をゆき、木造の家屋を二つ過ぎると、辺りは濃い血臭に満たされていた。
 襲われる者と襲っている者の見分けは、簡単に付いた。
「――そうかよっ!」
 言いざまに、腰にしていた長剣が抜き放たれた。
 腰を抜かした老女へと覆いかぶさるようにしていた襲撃者の首が、水平に飛んでいった。
 首。縞模様の毛皮に覆われた、獣の首だ。
 一撃で頸部を横へと断ち割られた獣人が、平らな断面から赤い飛沫を噴水のように噴き上げた。
 馬首を軽く返し、サズは次の獲物を求めて刀身を肩へと預ける。
 知らず彼の口元には、笑みが浮かぶ。
 湧き上がり続けていた怒りをぶつけるには、それは最高の相手であったからだ。

 馬上からの攻撃に向くだけのリーチを、その剣は備えていた。
 肉厚な刃が生み出す破壊力は、突進の力と合わさると、鎧を着込んでいた獣人の胴すらも両断した。
 加えて、それはサズの技量を一切損なうことがなかった。
 軽いのだ。手にしたその時には既に感じはしていたが、ギ・グより渡されたその剣は、驚く程に軽量で、
 細剣のみを扱い続けていたサズの手に、即座に馴染むバランスを有していた。
 軽い。だがしかし、重い。繰り出される剣撃の威力は、やはり重量を伴う長剣のそれなのだ。
 明らかな魔法の品であった。
 サズはそれを、軽量化の魔術が施されていたとばかり思い込んでいたが、実際にはもっと高度な、彼が
 その効力の名称さえも知らぬ魔力が込められた品であったのだ。

 葦毛の駆けるに任せて、片付けられる相手を粗方片付けて。
 サズは残る獲物を殲滅する為に鞍から飛び降りた。
 家屋に侵入できずにいた熊の体を持つ獣人が、そこに突進してきた。
 他の獣人とは違い、手に武器は持っていない。代わりにと言うべきか、全身をスパイクの仕込まれた
 板金鎧に包んでいる。 
 ちらと周囲の状況に目をやり、サズはその突進を受け止める構えをみせた。
 獣人が勢いに乗る。乗ったので、サズは構えを解いた。
 解いて、自らが背にしていた家屋の窓枠に足を掛け、彼は垂直に跳んだ。
 青年の足元ぎりぎりを獣人が通り過ぎてゆく。逆手に握られた長剣が、板金と獣毛の間に潜り込む。
 ずぶりと厚い肉の中へと突き立てられた刀身が、獣人が突進する勢いで再び外へと姿を現した。

 遠巻きに、人々は青年の姿を眺めていた。
 遺骸に泣き付き、そこを離れなかった者。家族を伴い、逃げ惑っていた者。
 突然の事態と恐怖に、身動きすることができなかった者。
 その全てから浮いている青年の姿を、誰もが見つめていた。
 その中の一人が、ふらふらと畜舎の中へと歩いてゆく。
 そして再び彼が姿を現した時には、その手には干草を扱う為のフォークが握られていた。

「あんた……?」
 妻に声を掛けられた中年の男が、ごくりと唾を飲み下し、足を前へと踏み出した。
「い、いってくる。お前は、子供たちを守っていてくれ」
 男は虫も殺せないような大人しい性格で、そのお陰で家畜を扱うのにも色々と苦労していた。
 その男にとって、妻はその苦労を分かちあえる大切な人であった。
「俺も」
 特に男と仲が良かったわけでもない、牧童の青年が地面にへたり込ませていた腰を上げて言った。
 男たちは顔を見合わせて、頷いた。
 慣れない血の臭いと、隣人と化け物の死骸を前に、おかしくなってしまったのかも知れない。
 そんなことを考えながらも、彼らは一つの輪を作り、立ち上がり始めていた。

407 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:56:18 ID:CQwnfaBT

 長剣の横腹が戦斧の一撃を、微細な鉄と火を散らして受け止める。
 蹴り上げられたブーツの先端の金属片が、涎を垂らす顎先を天へと突き上げた。
 数えて、十と八。家屋へと入り込んでいた奴に出会い頭の突きをくれてやり、更に一を加え。
 サズは残る気配の元へと突き進んでいた。
 彼が斬り結んできた相手は話など通じぬ魔物たちだが、サズは自身の経験から、それを操る者が近くに
 いることを予想し、期待していた。
 脳裏を濁銀の人狼の姿が過ぎるが、それも構わないと思っていた。

 気配を追って集落の外れへと向かうと、それは遠ざかっていった。
 思わず、舌打ちが飛んだ。腰抜けの動きに苛々が募り、彼は葦毛を呼び寄せて再び鞍上へと座した。
「逃がすか!」
 土塊を巻き上げ、四肢をしならせ、まだら模様の馬体が腰抜けを追い立てた。
 逃げる後姿はすぐに見えてきた。白い。白い外套の後姿をサズは視界に捉えた。
 既視感を覚えた。白。白装束。白尽くめの男――フィニアを攫おうとした者たちの姿を、サズが思い出す。
「オーズロンのっ」
 上らせた呼称の意味を考えるよりも早く、彼は長剣を振るっていた。

 白い外套の男の手に目当ての物を見つけて、サズは大きく息を吐いた。
 細かな差異は分からなかったが、恐らくはギ・グやアズフが嵌めていた物と同じ、支配の指輪。
 ベルガとオーズロン。シェリンカの伝えてきた情報からその関係は知りえていたが、それが明確な形を
 持ってサズの目の前に突き付けられてきていた。
 戦争。それを仕掛けてきたのは、東からではなく、南からなのかと。
「国に変える……か。奪って、それで造るのが、変えるってことなのかよ」
 強く歯噛みをすることで、平静さが降りてきた。
 同時に、強い疲労感がやってくる。感情と動きを爆発させた反動に、サズは軽い眩暈を感じた。

 そのサズの下へ、再び獣の足音がやってきた。
 気配を隠すつもりなぞ、微塵も感じさせぬ躍動感に満ちた軍勢の気配に、彼の背筋が凍る。
「まずいな、流石に」
 今更になって自分の無謀さを自覚し、葦毛の手綱へと腕を伸ばした。
 そこで彼は、雄叫びの声を耳にして振り向いた。
 小さな地鳴りの音に続き、集落にいた人々の姿が目に飛び込んできた。
 その殆どは男性であったが、手に鋤や鍬などの農具を持っている。
 戦うつもりなのだと、サズは悟った。

 まずかった。不味過ぎた。
 これからやってくるであろう獣人の一団を引き付け、このままこの場を駆け去る算段を付けたところに、
 この展開は不味過ぎた。
 自分と集落の人々が真っ向からかかったところで、ここを目指してくる獣人たちを打ち破れる可能性は
 なかった。襲うことに夢中になっていた、無能な指揮官相手に不意を付けたからこその戦果を、先程
 までの自分と同じように頭に血を昇らせた男たちは、理解できはしないだろう。
 陽動などと思わずに逃げれば、自分は助かる。
 助かるが、それはしたくなかった。逃げればそこまでなのだ。
 失ってしまうのは、もう本当に嫌だった。

 打開の術を思い浮かべると共に、彼は決断した。
 どうせなにかを捨てなければいけないのならと。
 疎まれても、忌み嫌われても、自分が大事にしたい物を取ることに決めた。
「どの道、あいつらはボルドに雪崩れ込むつもりだろうしな」
 一番の理由をついでのように言ってみたのは、単なる当て付けであった。
 今から自分を罵るであろう人々への、せめてもの当てつけに過ぎなかった。

408 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:57:03 ID:CQwnfaBT

 大街道の上を、獣の行進が席巻する。
 サズはそれを確かめると、今一度、背後に迫る集落の人々へと叫んだ。
「そこで、見ていろ!」
 発された声に合わせるように、葦毛が棹立ちとなった。
 そして一声嘶き、たてがみを震わせて獣の一団に相対する。
 それで、雄叫びが止んだ。足並みの揃わぬ猛進も、勢いを失った。
「片付けてきてやる」
 手綱が引き絞られる。矢の如く、彼らは突き進んだ。

 二つ、サズにはやることがあった。
 一つは、炎を以って眼前の敵を焼き尽くすこと。
 剣を鞘へと収め、両手で素早く印を結ぶ。
 印術を行使するのに、複雑な呪文の詠唱は必要ない。
 代わりに必要とされるのは、正確に描かれる呪印と並外れた集中力。それが発動への大前提なのだ。
 宙空を走る指先に、赤い火花が追従する。
 サズが極限まで集中を成した時に起こる、彼特有の術式の展開現象だ。

 獣の一団の先頭の姿が、はっきりと視認できる距離になった。
「――原初の灯火、火の源流」
 一旦は組まれた発火の印が、あやとりを返すかの如くして刻み返される。
 基本的なものを中心に印術を習得していたサズの扱える、唯一の上位魔術。
 自身の特性を前提に組まれた、専用魔術――オリジナル・スペル。
 先頭を行く狗頭の獣人を、豹頭の獣人が追い抜く。
 街道を逸れて走る影は見受けられなかった。荒々しくも、見事な行軍だ。
 小さな赤い光点が、サズの前方へと産み出された。
 その光点を通して、サズが土埃を巻き上げる敵対者の姿を睨み付ける。
「――いでよ、獄炎!」
 呪と印が、完成した。 

 赤い光が膨張してゆく。
 未だそののどかさを保っていた平野が、紅に染まる。
 膨張した光が収束し、爆ぜた。爆ぜて炎の嵐を巻き起こし、大街道の上を突き抜けてゆく。
 そこからは、時間との勝負であった。
「逆巻く奔流、天への標」
 サズの指先が再度、印を結んでゆく。
 風を操る。それがもう一つのやるべきこと。
 獣人たちが、炎に呑まれる。断末魔の叫びを上げることも叶わず、逞しい鋼の如き肉体を瞬時にして
 煤の塊へと変えられてゆく。
「吹き抜けろ!」
 限界までに射程を引き伸ばされた魔術が、燃え広がる炎の中心で発動した。

 風が、天へと向けて渦巻く。炎を、熱気すらも従えて、細く長く統制された風が吹き上がり続ける。
 間近にあった青年と葦毛の姿が、光の中に赤く染め上げられて映し出された。
 赤い髪を隠していたフードが、後ろへと押し流される。
(上手くいったか) 
 安堵の息を洩らしてから、サズは口元を歪めた。
「こんなことばかり、出来てもな」
 一直線に作られた焦土の上には、焼け焦げた武具と黒い彫像の残骸だけが残されていた。
 そこに動いているものはない。精々、風に煽られた煤が焦土の上を転がる程度だ。
 
 サズが首を後方へと巡らせて、続けて馬首を返した。
 滑り出すようにして、葦毛が悠然と歩を刻む。彼はそれを、引きとめはしなかった。
 せめて、逃げるように立ち去ることは避けたかったからだ。
 なんと言われようと、大嫌いな石が飛んでこようと、やりたくてやったことなのだから、堂々として
 いたかった。それくらいは、格好を付けさせて欲しかった。

409 火と闇の 第九幕 sage 2009/03/03(火) 18:57:45 ID:CQwnfaBT

 視線が、青年の下へと殺到してきた。
(……なんだ?)
 慣れていると思っていた筈なのに、サズはその眼差しに圧倒されるものを感じていた。
 それは見たことのない、瞳であった。そして、全て同じ色合いに見える瞳の群れでもあった。
 敵意は、一切感じられない。しかし、好意的というには強すぎる視線の雨に、サズは悪寒を覚えた。
「文句がないのなら、道を開けてくれ」
 掻き分けてでも進もうと決めていた道が、その一言で左右に割れた。人の群れという名の道が割れた。
(なんだってんだっ!)
 反発するように、彼は手綱を強く手繰り寄せた。
 葦毛が棹立ちをし、そこから街道の脇道へと駆け込んでいった。

 気分が悪かった。
(いや……)
 少しだけ考えてみて、サズはその感想を訂正した。
「気味がわりぃ……気味が悪かったのか」
 暴徒のようであった人々の変わり様を、彼は薄気味の悪いものに感じていた。
 あんな目で見られるくらいなら、罵声を飛ばされた方が良かった気さえもしてくる。
 そんな恐ろしいものに思える輝きを、彼らはその目に灯していた。
「くそ――そういやあ、王都の兵はどうしてんだよ。国の一大事だろ」
 無理矢理に、彼は別のことを考えることにした。

 葦毛が向かってくれた脇道は藪の多い獣道に近い代物で、そこを通るのに苦心しているうちに、サズは
 なんとか先程の出来事を忘れられそうになっていた。
「ん? あれは……」
 暫く進むと、ゆらゆらと蠢く黒いなにかが視界へと入ってきて、彼は目を細めてそれを凝視した。
 黒い物は、布切れに見えた。その布の中心は白く、横には支えの棒が見えてきた。
 旗だ。風にたなびいているわけでもなかったので、はっきりと紋章まで見て取ることはできなかったが、
 それが旗の類であることだけは、サズにも分かった。
「ってことは、軍旗か?」
 戦争と旗。それを安直に繋げて、サズはその物体の正体を推測した。
 推測して、遅まきながらそれが意味することを理解した。

 黒は、ボルドの軍旗に用いられている色ではなかった。
 それをどこが用いてるかと問われても、サズはそれに答えを返すことはできなかったが、とにかくその
 旗は、ボルドの軍旗でないことだけは確かであったのだ。
 軍旗でなければ、それでも問題はなかった。
 しかしこの状況下で、サズにはそんな楽天的な考えを持ち続けることは不可能であった。
 軍旗だ。ボルドの物でなければ、それは敵対者のそれでしか有り得ないだろう。
 速やかに、彼は道を引き返していった。

「そういうことか」
 引き返す途中で、サズは気付いた。
 進んでいる間は分からなかったが、戻ってゆく途中には道が二手に分かれていたのだ。
 しかもその道の方角は、ボルドの王都のある方角に違いなかった。
 戦の定石など、サズには分からない。
 だが、オーズロンの兵士たちがボルドの裏を掻こうとしているのだけは、分かった。
 斥候の一つも放たずに、ボルドの軍が大街道へと迎撃に出れば、オーズロンの兵士たちとすれ違う形に
 なるだろう。そうなれば、どんな結果が待ち受けているのか。
 それくらいのことは、サズにも予想ができた。
「洒落になってねえぞっ」
 疲労にふらつく体を葦毛に預け、彼は藪の中で擦り傷を増やしていった。