◇◇◇◇◇ 「じゃあ全員、それぞれの敵を倒したか撃退したんだな」 そう言ったのは水素である。氷河期、水素、李信、アティークの4人は葬儀のあった会場の跡地に集合していた。 「まあ李信だけ負けたんだがな。俺が来なけりゃこいつは今頃カタストロフィの元気玉で御陀仏だったな」 「余計なことを言うなクソが。それに俺は不死だ」 「負けたのは事実だろ?」 「チッ」 李信はバツが悪そうにそっぽを向いた。 「結局北条には逃げられた…この手で奴を仕留めると心に誓っていたのに…!」 「まあ、北条も十分強いっちゃ強いからな。そう肩を落とすなよ、お前はよくやったよ氷河期」 「ああ…って、何さり気なく俺達に溶け込もうとしてんだお前は!」 氷河期は落ち込んでいた自分の肩を叩き慰めの言葉をかけてきたのがアティークであると気づいたのは3秒くらい経ってからだった。 「え?俺達もう仲間だろ?昨日の敵は今日の友って言うじゃん?」 「ふざけんな!ほんの数ヶ月前まで殺し合ったじゃねえか!お前自分が何したか分かってんのか?!」 「反省してま~す」 「てめえ…!」 アティークの適当な態度に氷河期はギリギリと歯軋りしながら睨みつけて憤りを露わにする。 「文句なら俺に言え。アティークを釈放して連れて来たのは俺だ」 李信が横から割って入ってくる。 「直江さん!アンタもアンタだろ!何でこんなことを!」 「何でかって?そりゃ今回の戦いを振り返れば分かるだろ?」 「…!」 氷河期は李信に言われてハッとなった。アティークが来なければ燦々に対して実力が劣る自分では対処出来なかったことに。 「じゃ、そういうことだからこれからも夜露死苦!」 「水素は納得してんのかよ」 アティークの挨拶を無視した氷河期は水素にも問う。 「まあ俺も反対だったけど今回のことはアティークの必要性を示したからなあ。悪いが賛成派に回るわ」 「…」 最後の頼みである水素さえこうである。氷河期は失望の念を抱いた。 「話をぶり返すようだけどさ、今回直江だけ負けたのは仕方ないと思うぜ」 アティークが突然話題を戻して言及を始める。 「氷河期も水素も俺も、それぞれの相手と実力的に互角かそれ以上だったけど直江だけ相手が格上だからなあ。純粋に相手が悪かったな」 あ 「アティーク…お前はよく分かってるじゃねえか」 李信がアティークのフォローに少しではあるが感心の様子を見せる。 「でもお前負け過ぎじゃね?最近勝ったのいつだよ?」 水素の容赦無いツッコミが入る。 「お前んとこのメイドとメルヘン幼女を助けたサテラ戦と、その数週間前の北条戦…そのくらいか」 「ざっこ」 「…」 李信は何も言い返せなかった。確かに水素の言う通り、本当に数える程しか勝ってないのである。 「まあまあ直江、こんな嫌味な奴らほっといて美味いもんでも食いに行こうぜ!」 アティークが李信の肩に手を回して絡んでくる。 「調子いいな…お前そんなキャラだったっけ?まあいいや、今日は味噌ラーメン食いたいな。味噌ラーメン大盛り」 「よし行こう!」 水素と氷河期を無視して李信とアティークはどんどん先へと歩いていった。 「なあ水素、直江氏って何しに来たの?」 「負けに来たんだろ」 「…だよなあ」 水素からの答えに、氷河期はとりあえず納得する風を見せるのだった。 氷河期、李信、アティークはそれぞれ既に魔力または霊力が枯渇していた。 氷河期は李信や水素との内輪揉めと今回の北条戦で、李信は氷河期や水素との内輪揉めやアティークとの決闘そして今回のカタストロフィ戦で、アティークは長い間封印されていたので本調子ではなかったところでの李信との決闘と今回の燦々戦である。 水素は特殊な力など何も無いので特に問題は無い。肉体だけで最強の実力を持つ男は上記3人と比べてもそれだけで計り知れないアドバンテージだ。一々魔力だの霊力だのチャクラだの、そういったものの残量を気にせず戦えるからである。 そしてそれは帰り道でも差が出る。 「じゃあ俺一足先に帰るわ。レムりん達が待ってるし」 水素はそう言って高速で走り去ってしまった。瞬く間に3人の視界から消えたのである。 そして氷河期は… 「俺、仲間達とこれから合流して馬車で帰るからお前ら、じゃーなー」 オットー・スーウェンという商人が用意した地竜が引っ張る馬車十台に、傭兵団等の仲間達と乗って帰ってしまった。 「2人になっちまったな直江」 「そのようだなアティーク…と言うところだが実は違う」 「え?どういうことだ?」 「アティーク、お前に会わせたい奴が居る。少し寄り道して帰るぞ」 「会わせたい奴って誰だ?まあいいや付き合うぜ」 もうすっかり過去のことなど忘れたかのように2人は打ち解けていた。そして李信がアティークに会わせたい奴とは一体誰なのか、アティークは気にせずにはいられない。 「それは会ってからのお楽しみだ。行くぞ」 「ふーん…気になるなあ」 2人は水素や氷河期一行が去っていった北の方角ではなく、少しずれた北西の方角へと歩き出した。 李信とアティークは、駅で借りた馬に乗り氷河期の仲間達の葬儀が行われた会場跡地から北西に5里(約20km)の距離にある街に到着していた。2人は城門前で馬を降りて繋ぎ、街へと入り人混みの中に身を投じる。 中国風の城塞都市と言っていい、巨大な城壁に囲まれた街であり、中央に5層にもなる300m四方になる政庁が置かれている。 宿場や飲食店、土産物屋など商業でも賑わっており、常に一定以上の人間が歩いている。 「此処だ。入るぞ」 アティークは李信に連れられて何やら高そうな雰囲気の店の暖簾を潜って入店した。店員の案内で2人は5m四方の個室へと入る。そこで待っていたのは… 「連れて来たぞ」 「よう、アティークちゃん!」 「Hope…?お前、Hopeなのか!?」 李信がアティークに引き合わせたかった人物とは、アティークの友人であるHopeだった。 「何で…お前水素に撲殺されたんじゃあ…」 アティークは驚きと、死んだとばかり思っていた友人に会えた喜びで打ち震えていた。 「水素?あいつは化け物だよ。この俺が超(スーパー)サイヤ人ブルーになっても手も足も出なかった。俺はあいつに殴り飛ばされて意識を失った。ところが俺は生きていた。見たこともない遥か遠くの奥地に殴り飛ばされてたんだ。水素の奴、この俺の本気に対して手加減する余裕がありやがったってことだ。とんでもねえ奴だよ」 Hopeが語っているのは、アティークの側近として参戦した牡丹城の戦いにおけることである。 「良かった…お前が生きてて良かった…!」 「ハハハ泣くなよアティークちゃんw」 アティークは涙を流しながら友との再会を喜んだ。 「水素が何故Hopeに手加減したのかは知らん。最近密かに辺境に駐屯している藤原さんから連絡が会って、流浪しているHopeを発見したとのことだからこっちに送らせた。もう妙な野心も無いようだしな」 李信の言う「妙な野心が無い」とは、もはやアティークの勢力は崩壊しており、目的を果たすのは困難になっていること、そしてHopeは水素との激戦で奥地に飛ばされていたので気はあったとしてもほぼ飲まず食わずで流浪してきており、藤原軍に襲い掛かることなど不可能なこともあった。 「Hopeも帝都に連れ帰る。アティークと共に行動してもらうことになる。まあその前に俺も腹減ったしなんか注文しよう」 リア友2人組と李信という奇妙な組み合わせで、食事が行われる。 ズラリと並べられた麺類、小麦類、肉や魚介類の料理を食べながらアティークとHopeは積もる話をしていた。李信は当然暫く蚊帳の外である。黙々と料理を箸で摘んでは口に運んでいくループを続けていた。 アティークとHopeの話の話題は、Hopeが具体的に今まで何をしていたか、マリアンというシスターと生活していた昔話、転生前の現実世界の思い出話、燦々との2度目の戦いなどだった。 李信は本当なら2人の邪魔をしないように席を外すのがマナーだと思ってはいた。しかし、 (アティークもHopeもペルシャ帝国事変の中心人物。何かあったらまずいから常に俺が随行してなければならない。それは2人が何かやらかさない保証が無いという意味でも、2人を知る人間が現れてトラブルにならない保証が無いという意味でもな) したがって李信はアティークとHopeを互いに向かいに座らせ、自分はアティークの隣の席で黙して箸を進めている。 「でさー、あの時マリアンがさー」 「ハハハ、何だよそれwウケるーw」 アティークもHopeも随分酒が入っている。李信はヒヤヒヤしていた。が、せっかくの再会に色々口を出すのも気が引けたので遠慮していた。 「アティーク、Hope。俺は用を足してくるがあまり羽目を外すなよ。すぐに戻る」 李信はそう言って離席した。アティークとHopeは談笑と酒に夢中で気づいてはいないが、李信は気づいた。こんな時に出くわしてはいけない集団の声がこの店の大広間から聞こえてくるのである。 「やっぱりな。これは面倒だな」 通路から大広間をそっと覗くと、集まって食事をしていたのは氷河期の一行だった。 (連中は北の方角に向かっていった筈だが…此処に通じる別の道があったのか。まずいな) アティークに加えてHopeまで許してアティークに引き合わせ、その上連れ帰ろうとしており呑気に店で食事しているところを見られたらこの一行はどんな態度を取るかは想像に難くない。 「早く戻ってアティークとHopeに知らせてさっさと退散するしかないな」 李信はそう呟いて個室に帰ろうと振り向いた瞬間… 「あ、直江ちゃんもトイレー?俺らは連れションだぜー?」 「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャw」 完全に酔っているHopeとアティークが大声で笑いながら声をかけてきたのだ。 「黙れ…!羽目を外すなって言ったろ!今ヤバい状況なんだよ…!」 李信は両手を使い2人の口を塞いで険しい表情で静止した。 「ん?今アティーク…ともう1人聞き覚えのある笑い声が聞こえたような…」 仲間達に囲まれて食事をしていた氷河期は少し気取った様子を見せた。 (ヤバい…!気づかれたか…?) 「おいお前ら、退散するぞ…!」 李信がわざわざ氷河期達に聞かれない声量で促したにも関わらず… 「おーい店員さーん!北京ダック追加ねー!」 「おい馬鹿…!やめろ…!」 「おい、店で馬鹿騒ぎすんなよ。って、お前ら…!」 李信がアティークの口元を塞ぐ手の力を更に強めたが遅かった。声に気づいた氷河期が広間から出てきて遭遇してしまったのである。 「アティークに…死んだ筈のHope…!ペルシャ帝国戦争の首謀者2人を連れて何をしてるんだ直江氏…!」 案の定、氷河期は心中穏やかならぬ勢いで李信に問い質す。 「まあ、色々あってな。話せば長くなる…。行くぞアティーク、Hope」 「待て!」 李信がアティークとHopeを連れて立ち去ろうとした時である。3人の目の前に植物の巨大な蔓が表れ行く手を遮った。 「恐らく3人で良からぬことを企んでいるのでしょう。例えば、謀叛とか」 術者は氷河期の仲間の精霊術師の女だった。 「話しても分かってくれそうにないな、アティークちゃん、直江ちゃん」 Hopeは急に酔いが醒めた様に2人に声をかける。 「だが俺もHopeも直江も戦えないぞ。俺は魔力が、Hopeは気が、直江は霊力が枯渇している状態だ」 アティークはこの絶望的な状況を敢えて口に出すことで再確認する。 「ここは兵法の三十六計に従うしかないな。アティーク、Hope」 李信が何かをアティークとHopeに目配せをする。 「ならいつ逃げるか!」 「今でしょ!」 アティークのフリにHopeが答え、何処から手に入れたのか分からない煙玉を床に叩きつけた。 「うわっ!」 氷河期は完全に虚を突かれ、3人を見失った。 「追うぞ!放ってはおけない!」 騒ぎに気づいた他の仲間達も駆けつけ、氷河期の指示で3人の行方を追い始める。その数は30人に及ぶ。 「直江ちゃん、店選び思い切りミスってんぞ!」 「仕方ねえだろ!あいつらが来るなんて知らなかったんだ!」 「大声出すな馬鹿共!奴らに気づかれる!」 3人は予約していた宿屋に向かって全力で走っていた。見つかりにくい狭い小道を行く。 「見つけたぞ!逆賊共!」 氷河期の仲間の大男が3人の行く手を阻む。 「チッ…!氷河期の犬め…!」 Hopeは睨みつけるが、アティークはその肩を掴んで李信と共に引き返し再び疾走する。 「仕方ない…!2人とも、あそこに入るぞ!」 李信が指差したのは、右折や左折を繰り返した末に発見したマンホールの蓋である。 ◇◇◇ 「くせえなオイ」 マンホールの蓋を開け、梯子を伝って降りたところでHopeが愚痴を吐く。 「仕方ないだろ。このまま地下を行く。行き着く先は分からない、宿屋から離れるかもしれないがな」 「身を隠すなら絶好の通路だ。行こう」 Hopeに対して、李信とアティークは現実的だった。3人は何処へ続いているのかも分からない下水道を歩き進む。 ◇◇◇ 「すまないエイジス、見失った」 「いや、あいつらはもうおしまいさ」 傭兵団の大男・スワムは氷河期に詫びを入れる。下水道に入った3人を完全に見失ったのである。ところが氷河期は冷静だった。 「何か手を打ったのか」 「ああ。あいつら単純なんだよ。バレバレなのさ」 李信、アティーク、Hopeの3人は下水道の通路の行き止まりに辿り着いた。梯子が通路の端に地上へと続く梯子がある。 「此処で地上に出れる。行くぞ」 李信を先頭に、3人は梯子を登りマンホールの蓋を開けて地上へと出たが… 「やっぱり此処に現れたな。終わりだ謀反人共」 傭兵団のリーダー・ディアベルが傭兵団28人を引き連れてマンホールの蓋の周りを取り囲み待ち伏せしていたのだ。 「万事休すか…」 流石に為す術が無い。能力依存の戦いしか出来ず、武術剣術はからっきしの李信から尚更である。 「李信、アティーク、Hope。大人しく縛についてもらおう」 ディアベルが剣の鋒を向けて距離を縮めて来る。 「おいおいおいおいおいおいおいおいおい!これってかなりヤバいんじゃないの!?」 「此処までかよクソ…!」 と、Hopeとアティーク。 「仕方ない。手荒な真似はしたくはなかったんだがな」 李信が勇んでディアベルの眼前まで足を進める。アティークとHopeの前に立つ格好となる。 「李信、お前のことは聞いている。弱い上に独善的と自己中を併せ持って、他人の感情を省みない、更に頭も悪いそうだな。アティークとHope…大罪人を連れて何を企んでいる」 「馬鹿でも雑魚でもいいが、どかないと痛い目に逢うぞ」 ディアベルに剣を向けられながらも李信は退かずに言い返す。 「霊力が尽きているお前に何が出来る?」 「そうだな、こういうことが出来る」 李信は右腕を払いディアベルの剣を跳ね飛ばすと、右拳でディアベルの腹部を殴打し吹っ飛ばす。その際に何人かの後ろにいたメンバーも巻き添えを喰らい、ディアベル共々仰向けに倒れてしまう。 「これが鋼皮(イエロ)と完現術(フルブリング)。俺の基本スペックだ。痛い目に逢いたくないならどけ」 「動かないで!」 そんな李信の背後で、精霊術師の女が精霊術で形成した鋭利な枝をHopeとアティークの首筋に突きつけながら李信を威嚇する。 「わりい直江ちゃん、捕まっちまったわ」 「すまねえ直江」 人質を取られた李信に為す術はなかった。 「助けてくれー直江ちゃーん!」 酔いが回っているのもあり、Hopeは李信に向けて喚く。思えば、Hopeは李信と碌に面識も無く殆ど今日が初対面にも関わらずちゃん付けである。長年の友であるアティークにちゃん付けならまだしも…やはり酒のせいか、と李信はどうでもいいことをふと思った。 Hopeが喚くものだから、精霊術師の女は更にHopeに向けた枝を首筋に近づける。 「Hope、少し静かにしてくれ。お前ら、早とちりすんな。謀反だなんて企んでないぞ俺達は。Hopeと久しぶりに会えたもんだから一緒に飲んでただけなんだよ」 アティークがそう訴えるも… 「ペルシャ帝国の乱を起こした張本人の口からそんなこと言われても全く信用出来ないわ。それに、それならどうして全く関係無い李信が居るのかしら?」 と、一蹴された。 「ペルシャ帝国の乱ねえ…。お前らだって桑田に加担して暴れてた癖によく言うよねえ…。自分らのことは棚に上げるのか?」 「…!」 「ほーら言い返せない。馬鹿はどっちだって話よ。分かったら2人を解放しろ」 李信が傭兵団達の痛いところを突きながらアティークとHopeに歩み寄ろうとする。 「そうはいかねえな李将軍よぉ」 李信の首筋に背後から刃が突きつけられた。李信が先程殴り飛ばしたディアベルである。口元から血を流しながら息切れを起こしている。 「俺らはもうこの通り真人間なんでな。今危険なアンタらを疑うのは当たり前だよなあ?」 「そんな剣で俺を斬れるつもりか?いくら何でも舐め過ぎだと思わないか?」 「エイジスから聞いたが、1人だけ負けたカスなんかこの剣で充分だろうがよお。毎回敵にボコられてるみてえだしなあ」 「…格ってもんを分からせてやる」 李信はディアベルの鳩尾に肘打ちをかまし、再び吹っ飛ばしてしまった。 「俺が北条やカタストロフィや怪人神に負けてもお前らが俺より強くなるわけじゃねーからなあ。そもそも俺はBLEACHに登場する全ての能力とか技を使えるわけ。この時点でお前ら虫ケラより遥か格上なの。Can you understand?」 李信の口調が急に変わる。この男、気分次第で話し方をコロコロ変えるのでイマイチキャラが確立しにくい。 「それ以上妙な真似をしたら人質の命は保証出来ないわ。大人しく投降しなさい李信将軍」 精霊術師が相変わらず人質を脅しに使って李信に投降を迫ってくる。 「さて、窮地は変わらないか…どうしたものか…」 李信はその場で止まり、一計が浮かばないかと思案を続けたがどうにも浮かんでこない。そんな呑気なことをしている内に傭兵団の団員達が縄を持って李信にジリジリと接近してくる。 そんな時、人質に取られていたアティークが李信に目配せする。何かを考えている。そこまでは読み取れるが、李信はHopeの様にアティークと付き合いが長いわけでもない。今は仲間だが、言葉が無くとも通じ合えるような間柄と言うには難しい関係である。アティークはHopeにも目配せするが、Hopeはそれだけで理解したようである。 (流石は親友リア友コンビだ。だが俺は何かをしようとしていることくらいしか察せない。だがこの状況を打破するには賭けに乗るしかない。…是非も無い) 李信は意を決してアティークに目配せする。アティークは李信が理解したものと判断して動き出した。腰の鞘からミスラの剣を突如引き抜いて精霊術の枝を真っ二つにすると、間髪入れずにHopeに突きつけらている枝も斬り裂く為に剣を振るう。 「させないわ!…カハッ…!」 当然新たな精霊術で妨害しようとするが、背後から李信が拳を背中に炸裂させ、前へと吹き飛ばされてしまう。邪魔が無くなったアティークは枝を斬り裂きHopeを救出する。 「よく理解した直江!ズラかるぞ!」 「サンキュー、アティークちゃんに直江ちゃん!」 アティークとHopeが跳躍して包囲を突破して逃げ出す。李信もそれを追うようにしてジャンプで包囲を抜けて走り出した。 「あいつら…魔力やら気やら霊力が無い状態でディアベル団長とレインを…!追え!逃がすな!」 ダリの指示で団員達が3人を追って駆け始める。 「まだ追って来やがるぞ、奴ら」 Hopeが後ろを振り返ると、最後尾を走る李信とそれを追う傭兵団達が視界に入る。 だが、Hopeはサイヤ人として過酷な修行を積んでいる。アティークは元々足は速い。李信は《完現術(フルブリング)》で身体能力を飛躍的に常勝させ、もはや人間のそれではない域に達している程である。そんな3人は見る見る内に傭兵団を引き離し、曲がり角が多い宿場街エリアに潜り込んだ。 「ゼェ…ゼェ…此処まで来ればもう追って来ないだろ」 しかし流石に疲れたのか、Hopeは息切れを起こしている。 「ハァ…ハァ…やっと宿屋に着いた。入ろうぜ。此処に入ればもう連中も分からないだろ」 アティークも息切れを起こしながらHopeと肩を支え合っている。 「喋るのは入ってからだ。奴らしつこいからな」 流石は完現術。李信に疲れの色は見られない。李信は2人の前に出て木造建築の宿屋の暖簾を潜る。2人もそれに続く。 「予約していた者だが。俺が鴨目武、後ろの2人が双槍ドラグとポークだ」 こういう事態を多少は想定していたのか、李信とアティークはこの世界の戸籍に登録している正式名ではなく以前名乗っていたハンドルネームを、Hopeは適当な偽名を使いチェックインを済ませた。 因みに中華風の街ではあるが、この宿屋は木造建築な上に部屋は畳敷きである。寝床はベッドではなく敷布団。日本昔ながらの伝統を感じさせる。 そして、李信はリア友2人組であるアティークとHopeの旧交を温める機会に水を差すのに気が引けた。しかし自分の責任・保護監察で2人を戦力として迎え入れた上にこの状況ではと、止む無く同室に泊まることにした。 「おー割と良い部屋じゃねえか」 「見晴らしもいいな。これなら奴らが来てもすぐに分かる」 Hopeとアティークは2人で何やら部屋に感激しているようだが…李信は申し訳無さそうに部屋の隅に布団を敷いて黙って布団に入ってしまった。 「直江、もう寝るのか?」 「いや、まだ起きてるが横になりたいだけだ。2人で積もる話の続きでもしていいぞ」 アティークの問いに李信はそう答えた。 アティークとHopeは宿屋の女将に頼んで酒とつまみを持ってこさせて2人で並べていた。 「直江ちゃんも飲むか?」 「俺は酒はあまり好きじゃないからパス」 布団で横になっている李信にHopeが誘いをかけるも李信はやんわりと断った。気遣いもあるが、李信は本当に酒が苦手なのだ。 「お前ノリ悪いぞ直江。こっち向け」 アティークに言われるがまま李信が寝返りをうつ。するとおちょぼを無理矢理口に突っ込まれて酒を流し込まれた。 「ゲホッ!ゲホッ!何すんだアティーク…!」 李信はアティークに飲まされた酒で咽せて咳を出す。 「お前がノリ悪いからだろ。さあ飲むぞ!」 「まだ飲むつもりなのか…。お前らあんだけさっき料理屋で飲んだだろうが…」 アティークに対して李信がそれをつつくと 「女将さーん酒と軍鶏鍋追加ねー!」 Hopeは李信が一緒に飲むものとして酒の追加を頼んでいる。 「聞いてねえし…。こいつら状況分かってんのか?」 李信のせっかくの気遣いは無駄に終わった。 「お前らが酔い潰れる前に話すから良く聞け」 状況が状況なので李信は2人に今後のことを話す為に真顔で声をかける。 「直江ちゃんも軍鶏食べるでしょー?」 「軍鶏ー!軍鶏ー!」 「…黙れ」 Hopeとアティークのリア友コンビのハイテンションに李信はついていけない。というより、話を聞こうとしないので李信は睨みつけた。 「…すまん」 「…ごめんよ直江ちゃん」 流石にふざけ過ぎたとアティークとHopeも謝ってきた。 「…それでいい。アティークはもう公認だから問題無いがHopeに関してはまだ認められていないからな。それに氷河期さんはアティークのことも認めてない。まあ、それは一旦置いておく」 「直江ちゃん、何とかしてくれよー」 「話は最後まで聞け」 相変わらずのちゃん付けでおちゃらけた感じのHopeだがそこは仕方ないと李信は諦めた。 「セールにまずHopeのことを認めてもらうよう俺が書状をしたためる。セールの返事が可ならセールから錦の御旗を借り国境に駐屯している藤原から兵を借りて帝都に凱旋する」 錦の御旗とは、名の通り皇帝の旗だ。日本では幕末の薩長軍や室町幕府軍、それに織田信長の甲州征伐などで使われた。天皇の許可が無ければ使用出来ない。逆に錦の御旗を掲げたならそれは天皇の軍隊、つまり官軍ということになり絶対的な大義名分を得られる。天皇の軍隊に逆らう者は皆逆賊だからである。 李信は、セールが所有する皇帝の旗を錦の御旗と呼び、それを借り受け藤原から兵を借りて(藤原は李信の部下なのでもとは李信の兵だが)、皇帝の軍隊としてアティークや藤原と共に帝都に凱旋することで2人を内外に認めさせるという策を講じたのだ。 これならば、氷河期やその傭兵団の面々、更には他の者も一切文句は言えなくなる。 「ま、それまでには当然時を要するから暫くはこの宿屋に潜伏することになる。明日の朝早速書状を書いて飛脚に渡す。お前らは近くに外出や買い物に行くならいいが決して宿場町を離れるな。そして氷河期氏の傭兵団には絶対に見つかるな」 「お、おう分かった」 「了解」 李信が話し終えるとアティークとHopeは同意したようで返事を短く返した。 「話は終わりだ。飲んでいいがあまり騒ぐなよ」 しかしそれからは2人はまた酒を飲んで騒ぎ始めた。 翌日李信が書いた書状は飛脚によってまず星屑ら李信の仲間達に届けられた。セールに送る前に仲間達に署名させる為である。その効力は言うまでもないだろう。有力な能力者達による嘆願とあらばセールも無視は出来ないだろうと李信は考えていた。 「多数派工作は…もしかしてこの為か…?」 2日酔いのせいで力ない声を発しながらアティークが李信に問う。 「Hopeらしき人物が生きているとの連絡は藤原から来ていた。単にアティークの釈放と加入だけを目的としたものではなかった」 アティークを釈放した後に李信が星屑やマロンらを集めてアティークに引き合わせた理由。それはアティークの釈放と戦力加入を目的としたものであるが、こうしたことも頭に入れていた。 「なら藤原って奴は何でもっと早くHopeを保護しなかった?」 「藤原が駐屯している国境は辺鄙な地だ。蜃気楼のせいで…」 「成る程、よく分かった」 李信が話し終えるわけでもなくアティークは全てを理解した。 ◇◇◇ 李信の屋敷 「アティークに加えてHopeまで来れば北条との戦争が一気に有利になるな。これに賛成しない手はねえぜ」 星屑はそう言って何も迷うことなく筆を取り、李信から届けられた書状の左下の余白に自身の名を署名した。既に李信と話し合い納得していた星屑をはじめとする面々は反対することなく全員署名した。 「火の神にサイヤ人か…。この2人が加入するのはかなりデカいぞ」 「この世界には神の力を宿す普通の能力者より遥かに強い奴らが居た。あらかた俺達はそいつらを何とか倒してきたが北条がそいつらを穢土転生して一斉に攻めてきたら…」 「アティークとHopeの力は不可欠ということだな」 マロン、赤牡丹、星屑がそう話す。 「しかし直接帰らずに直江さんがこんな回りくどい真似をするということは…」 「まあ自然な形ではあるがトラブルに巻き込まれている可能性もあるな」 Hopeをいきなり許可もなく連れ帰れば国中からのバッシングは免れない。だからこうした手段を取るのは自然ではあるが、何故帝都の付近の街で待機せず離れた場所に居るのか、ということをWあと太鼓侍は話していた。 アティーク、Hope、李信の3人が行動を共にしているならば危険など考えなくても良い筈だからだ。 「おい、聞いたか」 此処は帝都にある小銭十魔宅。小銭十魔の私室に小銭十魔、オルトロス、まさっち、くれないが木製の四角いテーブルを囲んで集まっていた。最初に口を開いたのは小銭である。 「ああ。直江がアティークを釈放して自分の監視下に置いて戦力に加えたことだろ?」 と、既に情報は聞き及んでいたオルトロス。 「冗談じゃないお^^;俺はあいつとガチバトルして死にかけたんだお^^;擬似シン化した俺のエヴァンゲリオンで全く歯が立たなかった危険人物を仲間にするなんて正気の沙汰じゃないお^^;」 まさっちはペルシャ帝国事件のことを思い出しながら反対の意を明確に表した。 「俺もまさっちと一緒に奴と戦ったから分かる。確かに味方にすれば頼りになるがそれは本当に味方だった場合だ。奴がまた変心したら水素以外に抑えられないぞ。ましてや直江じゃ無理だ」 と、くれないも反対を明確にする。 「直江ってよー、そもそもあいつがまともに勝ったのを見たことも聞いたことも殆ど無いんだが?あいつじゃあなあ…」 「と言っても恐らく戦闘力的には俺達も直江と対して変わらない。だから尚更アティークを解放するなんて信じらん程の愚行なんだよ」 小銭とくれないが李信の戦績について暗に言及する。 「くれないよォ、お前セールの側近でもあんだろォが。反対派を代表してセールに諫言しろよ」 と、オルトロスはくれないの立場を利用することを思いつくと 「俺だけで言うよりお前らも居た方が説得力も増す。お前らも来い」 くれないはそう返答してその場を立つ。 「善は急げって言うんだお^^今すぐセールに会いに行くんだお^^」 くれないの次にまさっちが続き、小銭やオルトロスも小銭宅を出る。一行は皇帝・セールが鎮座するポケガイ城を目指して歩き出した。 アティーク、Hope赦免派(李信派)の星屑、マロン、Wあ、太鼓侍、赤牡丹の一行は李信から送られてきたセールへの上奏文に署名し、それをセールに届けてHopeの従属を認めることを訴える為にポケガイ城に向かっていた。 ポケガイ城の皇帝の間に先に到着していたのは、小銭、オルトロス、まさっち、くれないの反対派4人だった。李信派の5人が後から皇帝の間に入って来ても、反対派4人は李信派5人の目的をまだ知らないのですぐに争いにはならない。 ただ、「お前らもセールに何か用なのかよ」 と、その偶然に少し驚いただけである。しかし、この場で対立は表面化することになる。 セールに先に用件を問われたのは、先に到着した反対派だった。反対派を代表して、セールに近しいくれないが述べる。 「アティークはペルシャ帝国事件を起こし、神の力を濫用した危険人物だ。せっかく封印、投獄に成功したというのにまた野に放つとは如何なる了見か?!アティークが我々に心から味方するとは思えない。余計な災いの種を増やすつもりか」 このくれないの訴えにより、李信派の面々はくれない達4人がアティークの釈放に反対する為に登城してきたのだと気づく。 「アティークは直江の監視下にある。そう簡単に変な真似は出来ないだろう」 「直江の実力ではアティークの統御が務まるとはとても思えないな。なら試しに奴が最近単独で勝利を収めた例はあるか言ってみろ」 「…」 くれないに反論されてセールは黙り込んでしまった。確かにここ最近、新怪人協会の頭目や北条にも敗れたことしか聞いていない。 「待て!」 この流れに待ったをかけたのが李信派の星屑だった。 「俺達はその直江に頼まれてこの書状に署名して持参した。セールに読んで欲しい」 星屑はセールの前にズカズカと進み出てセールに李信直筆の上、自分達の署名が入った書状を手渡した。セールはすぐさまそれを開いて数秒ほど黙読する。 「…アティークに加えて生きていたHopeを保護したのでポケガイ帝国の陣営に加えることを許して欲しい、とある」 書状に書かれていた概略を皆がすぐに分かるようにセールは言った。 「何だと!?正気か直江は!」 そう激したのはくれないである。Hopeと言えばアティークのリア友にして側近、数億の戦闘力を誇るサイヤ人であり、アティーク同様危険人物と見做されていたからである。 「あの野郎、アティークとHopeを自分の陣営に加えて戦争での戦功を大きくして自分に都合の良い国造りをする気だな」 そう疑いの念を吐露したのは小銭である。 「いや、アティークやHopeと結んで謀叛を起こす気かもしれん。ペルシャ帝国の時のようなことがまた起こるかもしれないぞ」 セールの横に居た側近・筋肉即売会も否定的な意見を述べる。 「そうじゃなくても、アティーク達はあれだけのことをした奴らなんだか、腹に一物あるわなァ…。どうすんだよもしまた裏切ったりしたらよォ。牢にブチ込んだままにしておくべきだったなァ」 オルトロスも続く。 「もしまた裏切ったらどうすんだお^^;水素以外に止められる奴が居ないお^^水素をアティーク達の監視にかかりきりにさせたら戦争に支障を来すお^^;」 まさっちの言うこともまた現実的と言えるだろう。反対派の面々は、アティークやHopeに対する疑心に加えて、李信の派閥が肥え太るのを嫌っていたのだ。 「待てよお前ら。セールも書状は最後まで読め」 口々に反対意見を述べる反対派に対して星屑は待ったをかけた。星屑に促されたセールは書状を見返す。 「アティークが直江に人質の提出をするそうだ。人質はアティークの身内の…これは西アジアや中東に見られる名前っぽいな。性別は女らしい」 「アティークは元々番人の幸福と平和を願って争いの無い世界の実現を目指していた。だからこそあんな行動に出た。それは正しいことではないがアティークはそもそも野心家じゃない。その証拠に、その書状にもあるように北条が穢土転生で口寄せした能力者を討伐して氷河期の救援を成功させている。それに人質も提出すると言っている。信用に充分値する」 セールが概略を口にすると、今度は赤牡丹が力説した。 「直江さんは北条や穢土転生軍団、更に新怪人協会の軍勢相手に今の戦力だけじゃ心許ないと判断したんだ。事実、書状にあるようにアティークが居なければ氷河期は危なかった。アティークが戦力に加わらなければ敵からの被害は拡大して戦争は長引くぞ」 マロンも直江の為だとばかりに力説した。 「下らない遺恨や足の引っ張り合いで、救える筈の命を捨てるつもりですか?貴方がたは」 Wあが反対派の面々の方を向いて問うた。 「奪われない筈の命を奪われることになったらお前らは責任を取れるのか?」 と、くれないがWあに返す。 「氷河期さんへの加勢と人質の提出で彼らへの疑いは晴らされる筈です」 「それがそう思い込ませる為のパフォーマンスだとしたら?」 「もしそうなら、氷河期さんを見捨てて此方の戦力減少を看過した方が向こうには有益な筈だ」 「その認識が甘いんだ!」 Wあとくれないが口論を始め、他の反対派と李信派もそれぞれ言い争いを始めた。 「静まれい!」 セールの一括は1分程言い争いで騒がしかったその場を静けさせた。 「これは直江やWあ達の言い分に筋が通っている。よって直江の嘆願を聞き入れHopeの加入を認めると共に、直江には皇帝の旗を貸し与え凱旋する許可を出すものとする!以上!」 セールは答えを宣言すると、そのまま玉座を立って段を降り、私室へ向かう為に背を向け歩き出していった。 「待てセール!考え直せ!」 筋肉即売会はセールを引き止めようとするも、セールは聞く耳を持たなかった。 反対派の面々は、唖然としていた。 李信派と反対派の争いはセールがあっさり結論を出した為に決着がついた…と思われた。しかし、反対派の面々がこのまま引き下がることはなかった。 城での一件の後、セールの決定に不服な反対派4人は小銭宅へ戻り再び集まっていた。 「このまま直江の力が増すのを指を咥えて見ていろというのか」 「それにアティークとHopeは危険分子だ。野に放ってしまった以上排除するしかねえだろ」 くれないと小銭は口々に言った。 「その通りだ小銭。セールはこの決定を直江に伝える為に書状を直江に送る筈だ。つまりセールの決定は直江に伝わって初めて直江は正当な権限を得る。その前に…セールの使者が直江のところに辿り着く前に、アティークとHopeを暗殺すればいい」 くれないは恐るべき案を口に出した。 「今ならアティークもHopeも魔力や気が尽きてる状態の筈だ。殺るなら今しかないぞ」 小銭は早速暗殺計画を実行に移すようくれないに催促する。 「でもよォ…今俺らが動いて暗殺しに行ったら成功したとしても明らかに怪しいしバレバレだろうがよぉ。どうすんだよ?」 「そうだお^^;危ない橋は渡りたくないお^^;」 オルトロスとまさっちは暗殺計画に否定的だった。 「俺の配下には足の速い馬を駆る騎兵が多い。そいつに変装させて俺からの伝言を預ける」 「伝言?誰へのだよ?」 くれないの案にオルトロスが疑問を口にする。 「元暗殺ギルドとして活動していた腕利きの暗殺者を従え、自らも能力や魔力以外にも格闘や剣術、暗殺に優れた男…しかもその男はまだ直江達とそう離れてない場所に居る筈だ」 「まさか…」 くれないが何を意図しているかを小銭は察した。 「氷河期…いや、エイジス・リブレッシャー。奴の真価を発揮させるのは今を置いて他に無い」 くれないが暗殺計画を実行する者として、氷河期の名を挙げたのだ。 「待て。氷河期がアティーク参入に否定的とは限らないだろ。こっちから使者を送れば氷河期は直江に知らせるかもしれんぞ」 小銭は誰もが頭に浮かんだ疑問を投げた。確かに、氷河期が李信やアティークに対する反対派とは限らないのだ。 「この俺の情報網をナメるな。ポケガイ帝国領の各地には俺が放っている密偵が居るのだ。そいつらから入った情報によれば、3日前に李信、アティークの2人はポケガイ帝国領にある城塞都市であるエキキョーに入り、先に待っていたHopeと合流したところを謀叛の疑いありと氷河期一派が捕縛しようとしたらしい。結局3人に逃げられたらしいがな」 「成る程、暗殺に長けた氷河期が近くに居たのはラッキーだ。あいつにアティークとHopeを始末させちまおう」 くれないの言に頷いた小銭だった。くれないは実際にポケガイ帝国領の多くの場所に密偵を常に放ち続けて巨大なネットワークを形成していたのだ。 「上手くいけば直江の野郎から権力や兵権を削ぎ落とせるかもしれないしな。アティークとHopeが参入して戦争で手柄をあげてもそれは即ち直江の手柄にもなるからな」 オルトロスも賛成した。彼らは李信の力が国内で増大することが面白くなかったのだ。 「なーにが保護監察だお^^;要するに自分の指揮下に置いて武功を挙げまくりたいだけなんだお^^;自分じゃ何も出来ない直江に良い顔なんてさせないお^^」 まさっちも思いは同じだった。 この会合の後、くれないは早速配下の中から使者を選んで氷河期のもとへと走らせた。 ◇◇◇ エキキョー エキキョー城 エイジスこと氷河期率いる傭兵団が拠点として選んだのは、エキキョーの中央にある政庁兼軍事拠点として築かれている城である。無論、くれないは氷河期がこの城に滞在していることを知っている。 氷河期達は李信達に逃げられた後も捜索していたが一向に見つかる気配は無い。日毎にエリアを決めてしらみつぶしに捜しているが、エキキョーは広い。数km四方の巨大な城塞都市だからである。 因みに李信達が逃げた後に氷河期はディアベルを含む精鋭達に命じてエキキョーの四方の門、つまり出口は封鎖している。それ故に李信達がエキキョー外に逃げることは不可能であり、エキキョー内を捜せばいいという状況をつくった。 しかし李信達の手掛かりはない。そんな状況に苛立ちながら昼食を摂っているところでスワムという名の大男に呼ばれて城内の一室に赴くと、一通の書状を携えた男が平伏していた。 「ポケガイ帝国将軍の氷河期殿とお見受け致す。私は主・くれないの命にて氷河期殿にこの書状を届けに参じた次第。どうぞご見分いただきたい」 「くれないからだと?はて、奴が俺に一体何の用だ?」 氷河期は使者から差し出された書状を取り上げて開き、黙読を始める。 「…成る程。アティークとHopeを暗殺して李信は捕縛しろと…。確かにエキキョー内に閉じ込め、3人ともエネルギー切れで異能が使えない今こそが好機だな。急がないとな」 あまり交わりの無いくれないからの使者とあり、氷河期はその意図を図りかねた。しかしくれないや小銭らも自分と全く同じ考えであることを書状で知り、氷河期は納得した。 「承知したとくれないに伝えろ。何かあればこちらから使者を寄越す」 「ハッ!」 氷河期の返答を聞いた使者は一礼して立ち退いていった。そして… ◇◇◇ エキキョー南門 皇帝・セール自らが派遣した李信への使者が馬を駆りながらエキキョーの南門を通過しようとした時である。南門封鎖を担当していたディアベルが使者が着ている衣服にポケガイ帝国の紋(モンスターボール)があるのを発見したので呼び止めた。 「そこの者、止まれ!」 ディアベルは通過しようとする使者の前を阻んだのだ。 「この紋所が目に入らぬか!私は皇帝陛下の使者であるぞ!その進路を阻まんとすることは皇帝陛下に対する無礼であるぞ!」 「誰に対する使者か!?エイジスか?」 ディアベルは非礼であることを指摘されてもそれは捨て置き、誰に対する使者であるのかを問う。 「名も身分も明かさぬ、氏素性も分からぬ貴様に答える必要無し!そこをどいてもらおう!」 「我は騎士団長・エイジス家臣のディアベル!して、貴殿は誰への使者か!」 「陪臣に答える義理無し!」 ディアベルが名乗ったところで、使者は答えようとはしなかった。使者からすればディアベルなど皇帝であるセールの配下であるエイジスのそのまた配下、つまり陪臣である。陪臣にそんなことを尋ねられる筋合いは無いし、邪魔をすればいわれもない。 ディアベルは配下に命じて使者を馬から引き摺り下ろし、縄をかけて捕らえる。そしてエキキョー城に陣取るエイジスこと氷河期の前に突き出した。 氷河期の前に突き出された使者は毅然と言い放つ。 「皇帝陛下の使者である私にこのような真似を…これは立派な国家反逆罪であるぞ!」 「反逆?違うな。反逆者となるのは李信達の方だ」 氷河期が指をパチンと鳴らしたのを合図に、複数の軍兵が広間へ押し入ってきて使者を取り囲んだ。そしてそれは明らかにくれない配下の軍兵が装着する装備である。 「何の真似だエイジス騎士団長!」 「手筈通りだ。連れて行け」 氷河期がくれない配下の兵に命じると、兵達は抵抗し暴れる使者を押さえつけながら城の外へと連行していったのだ。 「あの使者はくれないが上手く処理することになっている。書状に書かれた手筈通りだ。これで直江氏はHopeを傘下に加える大義名分を失った」 くれないが立案したアティークとHopeの暗殺計画。それは単に、皇帝・セールの使者が李信達のところへ辿り着く前に氷河期に指示するだけではなく、氷河期と図ってくれないの配下が使者を抑えて処分することだった。 「これも正義の為、平和の為だ。許せよ」 氷河期は城の窓から見える、くれないの配下達に連行されていく使者に対して、聞こえもしない謝罪を呟いた。 事態は動き出す… ◇◇◇ アティークとHopeの処遇を巡る対立が、利権が絡んだ派閥抗争にまで発展していた。しかしそんな中で1人、そんな事情は知らずにぬくぬくと暮らしている男が居た。 平沢水素。ポケガイ帝国最強の男である。彼は凪鞘を倒して帝都に戻ってセールに報告した後は元の暮らしに戻っている。 無論、いつ北条の穢土転生軍団や新怪人協会の残党が帝都に侵攻してくるかは分からない。これは束の間の平和である。 ある日水素は屋敷の食料庫にある肉が尽きたのでそれを買い求める為にレムと共に市場に出ていたのだが… 「なあレムりん、目的の物は買ったしちょっと服買ったりしに行かないか?」 目的の物は既に購入出来たようだ。水素は暗にデートしようと誘っているのだ。 「お気持ちは嬉しいです。でも、姉様達も仕事していますし…」 「少しくらい大丈夫大丈夫!お土産買っていけばいいさ!」 水素は強引にレムの手を取って繰り出しに行っている間に屋敷では… ◇◇◇ 「もう3日も何も食ってねえ…このままでは生きてはいけねえ…」 銃を担いだ1人の男がゲッソリ窶れた面を下げながらブツブツと呟いている。場所は、水素邸の正門前。 「この屋敷、金や食い物が沢山ありそうだ…!3日ぶりの食い物にありつけそうだ!」 男が手に担いでいる銃を構えて門の鍵の部分を撃ち抜く。銃声と共に門の鍵は破壊される。 「見つからない内に忍び込むぜ」 「残念だけど、もう見つかってるわよ」 男が小走りで屋敷の敷地へ進入しようとすると、既に門の先にはラムが待ち構えていた。 「な…!誰だお前は!」 驚いた男はラムに向けて銃口を向けて威嚇する。 「それが進入者のセリフかしら。それは普通こっちのセリフよ」 ラムは風魔法の行使を始め、自身の周りに風を纏い臨戦態勢に入る。 「わりいな。アンタに恨みはねえが俺はペインに家や財産を破壊されて今日食う飯にも困ってるんだ。邪魔をするなら容赦はしねえ!」 男がラムに向けた銃の引き金を引いて銃口から弾丸が射出される。ところが…ラムへと弾丸が至る前にラムの前に謎の異空間が現れ銃弾は吸い込まれてしまったのだ。 「やれやれ、これは一体何の騒ぎかしら」 現れたのはベアトリスだった。騒ぎを聞いて屋敷の禁書庫からワープしてきたようである。 「ベアトリス様、進入者を発見し只今交戦中でございます」 「進入者ァ?まったく、ニーチャのぬいぐるみを愛でながら静かに読書していたのに邪魔されてベティは不愉快なのよ。さっさと排除してやるかしら」 ラムは相変わらず慇懃にベアトリスに接している。ベアトリスはラムから報告を聞くと、言葉通り不愉快そうな表情を浮かべて男を睨みつけた。 「加勢か…だが1人増えたところでこの俺の敵ではなァい!俺の銃は全てを撃ち抜く!行くぜェ!」 男は今度はベアトリスに向けて引き金を引くが、音速で現れた何者かにより銃弾は弾かれてしまった。 「おいおいおいおい!今度は誰だァ!」 「趣味でヒーローをやっている者だ」 銃弾を右手で弾いてベアトリスを守ったのは、他でもない平沢水素だった。 「見たところこの屋敷の家主ってとこか?ふざけた奴だな…てめえも邪魔するなら蜂の巣だァ!」 男は凄まじい脚力で跳躍し、銃口を水素に向けると引き金を引く。引き金を引いたかと思えば戻すことなく銃弾の雨を水素に向けて降らせる。即ち連射《マシンガンスプライト》である。 「へえー面白い技だな。射撃手がジャンプするのか」 だが、水素は動かない。銃弾が命中したとて、服にさえ傷もつかないし貫通もしない。全てのものを貫通してきた自分の銃弾を止める者がいようとは、と男は目を見開き驚きを隠せずに着地する。 (!) 刹那。1/10000秒単位で物を見る動体視力を持つこの男でさえ反応出来ない速度で水素は接近し男を殴り飛ばした。 「グボァ!」 血を吐きながら吹っ飛ばされ、背中から大木に激突する。男の意識はそこで途絶えた。 目を覚ますと、男は縄で柱に縛り付けられた状態で屋敷の一室に軟禁されていた。知らない空間が視界に広がるが、男は目を覚ましてすぐに、ここは進入しようとした屋敷の中であることを察した。 「まさかこの俺が放った弾を弾き、その上受けても無傷な奴が居るとはな…。こんなにあっさり捕まるとは思わなかったぜ」 「そうね。水素様は最強だもの。今までいろんな能力者を叩き潰してこられて負けたことがないのよ」 男は独り言のつもりでそう呟いたのだが、部屋の中には念の為監視に寄越されたラムが居たのだ。 「さっきのメイドか…俺をどうするつもりだ?」 「それはラムじゃなくて水素様がお決めになることだわ」 「ラムっていうのか。見た目に違わず可愛い名前じゃねえか」 「口説くつもり?無駄よ。ラムは盗人なんかに落とされないわ」 「そういうツンとしたクールなところもいいねえ。益々好みだぜ」 この男には反省のはの字もなかった。 「目が覚めたか」 ガチャリと部屋のドアが開く音がするかと思うと、男が見上げたら水素が入ってきていた。 「屋敷のご主人様のお出ましかァ。俺をどうするんだい?軍に引き渡すつもりかい?」 今更だが、この国では軍が警察の役割も兼ねている。そして、帝都の軍を統括しているのはセールの側近にして近衛軍団長も務める筋肉即売会であり、後は大司馬である李信が各地方の皇帝直轄領の軍を統括している。無論李信は普段帝都に居るか、有事の際は自軍を率いたり単身で戦う為にこの役割はポルク・ロッドや藤原、キモ男が果たしている。 「お前、ペインの襲撃で家も財産も失ったんだって?それであんなことをしたわけね」 「…そうでもしないと生きていけないんでねえ。文字通りの一文無しさ」 水素の問いに、男は観念したかのように下を向いて答える。 「まあでも実力はあるみたいだねえ。その強さ、軍に入って活かせば飯も食えるぞ?」 「軍は駄目だ。筋肉即売会もくれないも李信も、騎士団のエイジスも俺は好かねえ」 「生き死にがかかってんのに感情優先かよ…。じゃあ、俺は?」 「アンタは…まだ分からねえ」 会ってすぐの人間に簡単に好意や嫌悪感を抱くのは余程のインパクトが無ければ難しい。男はそう思った。 「好かない奴よりはまだ分からねえ奴の方が良くないか?俺は用心棒が欲しくてねえ。お前さえ良ければ俺の部下っていうか屋敷の用心棒っていうか…とにかくうちに来ないか?」 「…いいのかよ、泥棒をそんなに信用して」 「何となく目を見れば分かる。お前は悪人じゃない」 「そうかい…ありがとうよ」 「ラム、縄を解いてやってくれ」 水素の指示でラムが風魔法で男を縛っていた縄を斬り落とした。男は晴れて水素邸の住人となったのだ。 程無くして、男は食堂に招かれレムが作った料理を貪り食っていた。 「うめえ!うめえ?どれもうめえな!これはどっちが作ったんだ?」 水素邸の2人のメイド、つまりラムとレムが控えている。この料理はどちらが作ったのかと男は尋ねた。 「平沢家の食卓はレムが預かっています」 「成る程…。じゃあレムの方が料理が上手くて掃除とか選択はラムの方が得意って感じ?」 男はしきりに2人に話しかける。まともな食べ物にありつけたのも久しぶりだが、女子と話すのも久しぶりでつい口数が多くなる。 「いえ、掃除洗濯家事全般においてレムは姉様より得意です」 「姉様の存在価値消えたな!」 レムは淡々と男の質問に答えていく。水素と姉であるラム以外にはいつも塩対応なのだ。営業用スマイルさえレムは中々見せない。 「姉様は千里眼の力がありますし、戦闘能力がレムより高いです。水素様の留守は姉様が守っていることが多いです」 水素とラム以外の人間に対してはいつも口数の少ないレムだが、この時明らかに落ち込んでいる様子だった。 「ふうん…2人のことは何となく分かったぜ。で、ご主人様の…平沢水素だっけ?アンタめちゃくちゃ強かったわ。能力を使わずに俺を倒すなんてよ。で、アンタの本当の能力は何なんだ?」 「ねえよ、そんなもん」 男は身体能力だけで自分を倒した水素の能力が気になっていた。水素は一言で答える。 「え?能力無いのに俺の銃撃で無傷だったり、射出した弾丸を弾いたり、音速で移動できるわけ?」 「ああ、そうだ。俺はこの肉体だけが武器であり、盾だ。今まで殆どの敵をワンパンで倒してきたし、負けたことはない」 「え?マジのマジか?例えば瞳が赤くなって巨人を出したり、刀から斬撃を出したり、人型の何かを出してパワーアップしたり、異空間から無数に剣を飛ばしたり、炎を操ったりは出来ないのか?」 「そんなことは出来ないし俺の攻撃手段は殴るか蹴るか高速移動して衝撃波を起こすだけだ。まあ、今挙げられた奴らが束になっても俺には勝てないけどな。実際その内の殆どと戦ってボコボコにしたよ」 「マジかよ…化け物じゃねえか。道理で俺が勝てないわけだ」 男はこの会話で水素の化け物じみた力の持ち主だということに納得がいったようだった。 「で、お前名前は?」 水素、ラム、レムは名を明かしたが肝心のこの男はまだ名乗っていない。 「お、そういや名乗るのを忘れてたな。わりいわりい」 男も言われて初めて気づいたようで、右手の爪で後頭部を掻きながら形ばかりの謝罪をする。 「俺は射殺了解っていうんだ。名の通り愛用の銃『ジ・エターナルイリュージョンガン』で戦う。戦闘能力は…そうだな、多分この国の皇帝くらいには強い」 男は自分の戦闘能力の主観的な評価を加えて名乗った。 「それくらい強いなら十分屋敷の番人は務まるな。俺は度々屋敷を留守にするから頼むぜ」 「ラムとレムじゃ番人は務まらないのか?ラムは風の魔法が使えるようだったが」 水素が射殺了解の力を認めた。射殺了解はそれに対してさっき風魔法を使っていたラムやレムの戦闘能力について尋ねる。 「2人はワケありでな。確かに魔法は使えるしそこそこは戦えるんだが…。特にレムは最近色々あってな…」 水素はそこまで言ってそれ以上話すのを自ら憚った。レムは最近、暴走した挙句に李信にツノを斬り落とされてそれからあまり元気が無い。 「じゃあ、金髪ドリルロリは?」 「そこそこには強いが、最近のこの世界のパワーインフレを考えるとどうしてもな…」 射殺了解は察してそれ以上ラムやレムについて尋ねるのをやめ、話題を変える為にベアトリスについて尋ねた。 「で、もう一つ質問なんだが」 「何だ?」 「番人をやればいいっていうのは分かった。じゃあ普段は何すればいいんだ?」 「好きにしていいぞ。ニート生活を満喫するもよし、俺が屋敷に居る間は外出も自由だ。でもなるべく帝都からは出るなよ」 「了解!」 射殺了解は敬礼しながら返事を返した。射殺了解の新たな生活が始まった。 射殺了解は翌朝起きると、朝食の用意をしているラムとレムのいる厨房へと赴いた。 「よう、お前ら。おはよう」 「おはよう射殺。すぐに朝食できるから待っていなさい」 挨拶を返したのはラムだけであり、レムは黙々と調理している。 「マジか。手伝おうと思ったんだがなあ。じゃあ食堂に行ってるわ」 番人と言っても有事が無ければ仕事は無い。居候のニートと何ら変わりはないのだ。従って少し家事の手伝いをしようと思っていた。 仕方ないがないので射殺了解は厨房を出て食卓についた。水素が既に席についていた。 「ようご主人様」 「射殺か。おはよう」 水素は寝起きで目が半開きであり、返事にも精気は無い。 「ラムとレムの手伝いをしようと思ったんだが追い返されちまった」 「まあ、あの2人は長年のプロだからお前は…足手纏いにしかならないぞ」 「ふーん…そうか」 水素に諭されて射殺は家事に手を出すのを諦めようと決心した。 「暇なら頼まれて欲しいんだが」 「お、仕事か?俺は何をすればいい?」 「後で話す」 結局、朝食を食べ終えるまで仕事の話がされることはなかった。 「射殺、ラム。ちょっと話があるから残ってくれ」 朝食の後、レムとベアトリスは退出していったが、水素に名指しされた射殺了解とラムは食堂に残った。 「今この国の中央情勢はどうやら荒れているようだ。射殺はその日を生きるのに精一杯だったかもしれんが、どうも最近異変が起きたようでな」 水素は鋭い。自分は敢えて表向きは不介入だが、中央の争いに少しは勘付いていたようだ。 「ラムは何度か会ってるから知ってるだろうが…射殺は李信を知ってるか?」 「まあ、昨日話に出したからな。死神とやらの力を使って刀を変形させて斬撃を出したり、顔に白い仮面をつけてパワーアップして戦う能力者だろ?」 射殺は少しながら李信のことを知ってはいたようである。しかし、何故今そこで李信の名前が水素から出てくるのかは察しかねた。 「その李信だがな、帝都に帰って来ないんだよ。もう1週間だ。そんなにかかる道のりじゃないのにだ。何かに巻きこまれた…そう考えるのが自然だ」 「成る程、アンタは仲間が心配なんだな。で、俺はその李信とやらを助けに行けばいいのか?」 流石に察しがいい。だが、違った。 「まずは情報収集だ。今日1日帝都で情報を集めて欲しい。新入りのお前1人じゃ不安だからラムも同行させる」 「大雑把な命令だな。分かった、行ってくるぜ」 射殺が言った通り、実に大雑把な命令だった。しかし、情報収集というものは具体的に何をしろと言うのではなく、臨機応変に行っていくものである。そこは射殺了解も理解していた。 「ラム、射殺を頼む」 「はい、水素様」 この水素とラムの短いやりとりにはある意味が含まれていた。そう、射殺了解が妙な真似をしないか監視するということと、新参の射殺が迷わないようにしっかりついててやることである。 「いつ北条軍団や強大な怪人達が襲ってくるか分からないから俺は帝都を長期間留守には出来ない。場合によっては射殺とラムには李信のところへ行ってもらうことになる」 これでは射殺了解を番人として雇った意味が無くなるが何事も臨機応変だと水素は自分に言い聞かせた。 射殺了解は準備を整えてラムと共に外に出る時に水素に呼び止められて、話の付け加えとしてこう言われた。 「言い忘れたことがある。氷河期も帝都に帰って来ないんだよ。氷河期についても何か情報があったら知らせてくれ」 氷河期もまた、あれから1週間帝都に帰って来ていない。氷河期に関しては死んだ仲間達のことがあるから特別不自然というわけではない。 やはり水素が心配なのは李信だった。李信はあまり義理堅い性格でも、他人の為に自分の時間を割くようなタイプの人間ではなく、氷河期の死んだ仲間に関することで居残ってるとはとても思えない。 かくして、射殺了解はラムと街にくりだした。まずは李信と親しいと有名な星屑を訪ねることにした。 ラムが昨夜に気を利かせて書き上げた地図を頼りに星屑宅を目指す。ラムは帝都に住んで長いので外出の機会に街のことを調べていたのだ。 「いやー、よく考えればこれデートみたいだな!」 射殺了解は呑気にそんなことを歩きながら言い出す。 「そうね、透明人間とでもデートしてなさい。これは遊びじゃないの。いい加減な気持ちで取り組まないで。水素様はご友人のことを心配なさっているのに」 「…ジョークが通じねえなお前。で、李信と氷河期ってどんな奴なんだ?」 真顔で言われた射殺了解は少しバツの悪そうな顔をした。話題を切り替える為に2人のことについてラムに尋ねた。 「氷河期…もといエイジスについてはあまり会ったことがないからよく分からないわ。知ってるのは、氷属性の強力な魔法や能力、精霊術や身体能力強化術が使えるってことと、性格はよくも悪くも真っ直ぐで融通が利かないということ。本人は騎士道とか言ってるらしいけど」 ラムは客観に限りなく近い形で氷河期という人間を語った。ラムにしてみれば殆ど関わりがないのでこれ以上詳しく語りようがない。 「李信って奴は?」 「貴方が昨日言ったように、刀から斬撃を出したり手からビームを出したりして戦う奴よ。本人は死神とか言ってるけど。ラムは正直見下してるわ」 やはり、ラムの李信評は辛口だった。 「見下してる?ご主人様の大事な友人だろうがよ」 普通メイドが主人の仲間を悪く言うか?と内心思った射殺了解はラムの真意を問いただす。 「貴方も実際に会えば分かるわ」 「…ふうん」 射殺了解は納得出来ないが納得した風に見せた。ラムの氷河期評も決して良いとは言えないが李信評はもっと酷かった。ラムが元々毒舌なのか、氷河期や李信があまり褒められた人間ではないのかは射殺了解にも分からなかった。ただ、ラムという人物については何となくわかったことがある。 「お前、水素と妹のレム以外はどうでもいいって思ってるだろ」 「ええ、貴方も含めてどうでもいいわね」 「さらっと言われると傷つくな…」 そんなこんなで射殺了解とラムは会話をしている内に星屑宅に辿り着いた。ラムが星屑宅のドア前にあるインターホンを押す。 「はーい」 インターホンを押すといきなりドアを開けて出てきたのは星屑…ではなく謎の女性。何故か遊戯王カードのデッキがセットされたデュエルディスクを腕に装着している。 「俺は水素に仕える能力者で射殺了解という。こっちは水素のメイドのラム。星屑に用があるんだが」 「水素さんの…成る程ね。星屑君なら今留守にしてますよー。何か直江の家に行ってくるとか言ったきりずっと帰って来ないけど。帰ってきたら強制デュエルの刑ね」 「わかった。ありがとう、邪魔したな」 「いえ、星屑君に会ったら強制デュエル刑って伝えといて下さい」 「お、おう…わかった」 静かではあるが、目は笑っていない。この女性はきっと星屑のアレだろう。そりゃ何日も連絡もよこさず友人宅に遊びに行っていればどんな女でもキレるものだと射殺了解は感じた。 射殺了解とラムは李信邸へと足を進めることにした。 射殺了解とラムは星屑の同居人の言葉を頼りに、李信邸へと辿り着いた。李信邸のインターホンをラムが押すと、またもやいきなりドアが開かれる。 「ん、来客か。悪いが直江は今居ねえぜ。あいつは別地で取り込み中でな。また日を改めるんだな」 出てきたのは、何故か学ランに学帽姿のゴツい男。そう、彼こそがエイジスや北条、李信に並ぶ実力を持つ星屑である。 「ラム達はその直江…いえニシンのことについて聞きたいのだけれど。というより貴方が星屑よね?何でニシンの家に居るのかしら?」 「俺が星屑で間違いねえぜ。ちょい事情があってな、直江に頼まれて留守を預かってる。リアル世界からの仲間なんでな。そっちもワケありらしいな。で、そいつ誰だ?」 話の流れで当然、星屑は新顔の男の方に視線が移る。 「新しく水素の部下になった射殺了解だ!立ち塞がる敵は全て俺の銃弾で貫くぜー!」 「なんか甲高い声だしテンション高い奴だな。外じゃなんだし入れよ。俺の家じゃないけど」 星屑に通されてリビングに辿り着くと、ズラりと揃っている男達。射殺了解は「李家は大家族なのか?」と聞くとラムからは「いえ、そんな筈は無いわ」と返される。 とりあえず2人はソファに座らされた。 「まあ、此処に居るのは全員直江と親しい奴だよ。つまりお前らが直江の敵なら生きて帰れないってことだが」 「ラム達は水素様の名代ってところよ。水素様はニシンのことを心配しているわ。何で帝都にずっと帰って来ないのか、何かに巻き込まれたんじゃないかって。それにいくら仲間だからってニシンが不在のニシンの家にこんなに集まってるなんて不自然だわ」 星屑は2人が李信の敵ではないか探りを入れようとしたが直球過ぎた。だがラムがそれを否定したので事なきを得た…気がした。 「そのニシンって呼び方は何なんだ?まあいいが…。実は直江は…」 星屑は李信が今置かれている状況について一切合切をラムと射殺了解に話した。 「ニシンがそんなことに…。まあ自業自得ね。アティークなんかに関わるからそうなるのよ」 「お前らメイド姉妹はほんと直江のことが嫌いなんだな…。まあ話せることは全て話した。まだ何か質問あるか?」 「いえ、ないわ。ありがとう星屑。じゃあラム達は帰るわね」 ラムと射殺了解はこうして李信邸を後にした。 ※射殺了解もかなり喋ったがセリフ省略 射殺了解とラムは水素邸に帰還した。途中、射殺了解がラムをデートに誘ったがやはり断られた。 「これで星屑の話は全部だ」 珍しくラムではなく射殺了解が報告している。ラムは家事に戻ったらしい。 「やっぱり厄介ごとに巻き込まれてたんだなあいつ…。アティークとHopeを庇ってそんなことになってたなんてな」 水素はやっぱり、と納得した表情で頷いた。 「アンタ、何でHopeに手加減して生かしたんだ?」 「あいつはいつかこっちの味方になる。そんな気がしただけだ」 射殺了解は抱かずにはいられない疑問を吐き出した。水素の答えから分かるように、特に深い考えはなかったようだ。 「で、アンタ立場はどうするんだよ?李信につくのか?くれないやエイジスにつくのか?」 「まあ、李信よりの中立だな。氷河期には賛成派になったって言ったけど。俺は来たる穢土転生や怪人の軍団に備えなきゃならないから内輪揉めに参加する余裕は無い。 だから表立って自らあいつを助けはしない。その代わりお前とラムを星屑から聞いたというエキキョーに派遣する」 「成る程…だから李信よりの中立ってわけか」 李信は星屑らへの書状にしっかり自らの居場所を書いていた。同時に、直接エキキョーには来るなと指示していた。星屑達には中央での反対派牽制の為に帝都に残留せよとのことだった。 「分かった。明朝立とう」 「李信は全身黒ずくめで腰に刀を差している。首には変な骨の飾りがついている。あと、どっちの目だか忘れたが眼帯をつけている。見つければすぐ分かる筈だ」 「厨二丸出しじゃねえか…。了解した」 そして出立の朝が来た。 「長いデートになるが、宜しく頼むな」 「いい加減にして。これは大事な任務よ」 射殺了解はどうやら本気でラムに惚れたらしい。普段は少しおちゃらけた男でその態度はほぼ一貫しているが、ラムにはしつこくアタックしていく。ラムは相手にしていない。 2人が水素に命じられた任務は「エキキョーに居る李信、アティーク、Hopeの3名をエイジスやくれないの配下の包囲から救い出すこと。エイジスやくれないの私兵共が襲ってきた時の判断は全て任せる。場合によっては抹殺しても構わない」というものだった。 水素は仲間として李信を心配しているのも少しはあった。しかし根底にあるのはやはり戦力の増強。 如何に水素が最強無敵でも体は一つしかない。北条が離れた多方面から侵攻してくれば1人で同時には対処出来ない。そして、自分の次に強いのはソラ、星屑、エイジス、李信といった面々だが彼らだけでは心許ない。以上のことから、アティークとHopeの参入は大歓迎だった。 出立の朝、水素は2人に全てを含み聞かせて送り出したのだった。 「なあラム。じゃあ賭けをしようぜ」 「賭け?」 「この任務を成功させたら俺と結婚しよう。失敗したら俺は平沢家を出ていく」 「…お断りよ。貴方と結婚なんて死んでも考えられない」 こんな調子である。前途は多難だった。 ソラ。全ての仮面ライダーに変身出来る強力な能力者。この男が水素邸を訪れたのは、射殺了解とラムが出立した2日後だった。 「水素先生は居るか?」 庭の盆栽の手入れをしていたレムにソラが尋ねる。 「貴方は水素君の弟子の…」 「ソラだ。で、先生は?」 「水素君なら屋敷の自室に居ると思います」 「分かった」 ニコりともせずにソラはレムの目の前を過ぎ去っていく。 ◇◇◇ 「先生!」 「うおっ!ソラかよ!どうしたんだ」 ソラはノックもせずに勢いよく水素の部屋のドアを開けて中へ入った。 「聞きましたよ!朝廷で騒ぎになったと!李信派とくれない派で対立していると!そして俺は情報を入手してきました!」 余談だがこの「朝廷」とは、君主制下での政府や官僚機構を指す。中国では周の時代にまで遡るらしい。 ソラはポケットから何らかが写し出された写真を撮り出して水素に見せた。 「おい…何だよこれ…」 水素は一瞬目を疑った。写し出されていたものとは… 「俺は偶然所用でホクヘー(エキキョーの隣にある城塞都市)に滞在していました。その帰りに発見したのがこの死体です。見て下さい。この服の紋の豚とモンスターボールは明らかに皇帝の使者である証です。それがこうも無惨に…」 ソラが持っている写真に写っていたのは、岩に押し潰された死体となった皇帝の使者だった。 「明らかにおかしいです。タイミングが合い過ぎとは思いませんか?」 「おいおいおいおい…それってまさか…」 「恐らくそのまさかでしょう。これも見て下さい!」 次にソラが取り出したのは、皇帝の使者が持っていたセール直筆の書状だった。セールのサインが入っている。 「これは、セールが李信に皇帝の旗を貸してアティークとHopeを連れて帝都に帰還することを許可した書状です!」 「やったのはくれない…もしくは…」 「氷河期の手の者でしょう」 「ソラ…俺は帝都防衛の為に離れられない。悪いが先にエキキョーに派遣したラムともう1人を追いかけて李信にこの書状を…!」 「了解しました!先生!」 ソラは即座に部屋を飛び出し水素邸を出て一度自宅に戻り、支度してから急いでラム達の後を追うべく駆け始めた。 くれない邸 「アティークとHopeの首はまだ挙がらないのか?氷河期は何をしている」 くれないは苛立っていた。氷河期は傭兵団総出で李信ら3人を捜索しているのだが、未だに発見には至らない。 くれないら反対派の策はこうである。皇帝・セールが派遣した李信への使者を殺害して事故死に見せかけ、氷河期の傭兵団にはエキキョーの四門を閉鎖させる。更に残った傭兵団全員で3人の捜索をし、発見次第アティークとHopeを暗殺して首を挙げ、李信は捕縛して逆賊の汚名を着せて処断する。 更に、殺害したセールの使者にはわざとらしく李(直江家)から配下の密偵に盗ませた紋を掴ませていた。 くれないは更に行動に出た。 ◇◇◇ 「皇帝陛下に申し上げたき儀がございまして、本日は参上致しました。まずはこれをご覧下さい」 セールはくれないから1枚の写真を受け取る。それは、ソラが水素に見せた写真と同じ光景を写したものだった。 「これはどういうことだ、くれない」 「そのままでござる。直江らの仕業でございましょう」 セールは目を疑う。くれないはニヤけそうになったが、必死に堪えてセールに訴える。 「…直江、アティーク、Hopeがこんなことをして何の得がある?」 確かにそうだ。自分達を認める返事を書いた使者を殺して3人に何の得があろうかと。 「アティークはかつて一夜にしてグリーン王国を滅ぼし、成り代わった欲深い男です。直江はそんなアティークの欲を煽り独立志向を露わにしたのかと思われます。使者を殺したのは目眩し。そこに我らの目を集中させてから落ち延び、挙兵に及ばんとする腹づもりでしょう」 くれないはここぞとばかりに畳み掛ける。 「しかし、俄かには信じ難い…。直江は確かに純粋な義勇の士ではないが、自分が頂点に立つ野望など無い筈。だからこそ奴は俺を皇帝に推したのだ」 「乙女でなくとも人間の心は秋風の如きものです。皇帝陛下、我々に李信討伐の勅(皇帝や天皇からの正式な命令のこと)をお下し下さい!」 「…確かに証拠は揃っている。お前の言い分に理がある。良かろう、逆賊・李信、アティーク、Hopeの討伐を命ずる!」 「ありがたきお言葉!このくれない、必ずや李信を捕らえ、アティークとHopeの首を陛下のご覧に入れまする!」 ついにセールはくれないに言葉巧みに説得され、李信らの討伐令を出した。ここで政治的な形勢は逆転した。李信らは逆賊の烙印を押され、くれないやエイジスらは官軍となったのである。 星屑ら李信の息のかかった武官達は直ちに出仕を禁じられ、謹慎処分と相成った。だが、この沙汰に当然李信派の面々は憤った。 「くれない…。奴の仕業だ」 李信邸に再度集まり密会を行った李信派の面々が星屑の言葉に頷く。 「やられたな。だがこのまま黙ってやられっぱなしってわけにはいかねえな」 赤牡丹が2番目に言葉を発する。 「ではどうする?蜂起するか?能力者の数では我々の方が上だ」 武力に訴える。太鼓侍の発言はこの場に集まる全員の心中を吐いたといっていい。 「最早それしかないでしょう。実は俺に案があるんですよ」 「案?」 Wあはマロンの問いに頷きながら帝都の地図をテーブルの上に広げた。 「実は謹慎処分が命じられた直後に俺はカクレオンを密偵として探らせていました。今、反対派は全員くれない邸に集まっている」 「ならばそこを全員で一網打尽に…」 Wあの策に対して赤牡丹が確認するように声を発する。 「如何にも。この状況を打開するにはくれないらを戦闘不能に追い込み捕らえるか、抹殺するかした後に城に乗り込んで武力制圧し、セールに勅を取り下げさせる他はありません」 「賛成だ。俺はいつでも戦えるぜ」 Wあの説明を受けた星屑が立ち上がり腕を鳴らす。 「俺も賛成」 「賛成だ」 「賛成」 マロン、太鼓侍、赤牡丹も賛同し、早速5人は行動を開始することになった。 「おかしい」 李信はアティークやHopeと共同部屋で過ごす宿屋でそう呟いた。 セールからの返書を携えた使者が一向に訪れない。星屑達に託した書状はちゃんとセールの目に触れているのか。星屑達が何かしらのヘマをしたのか。裏切りは考えていない。星屑、Wあ、太鼓侍、マロン、赤牡丹はポケガイ住民の中でも最も親しい住民達という枠に入るので李信は信じていた。 「何かトラブルが起こったのかもしれない。気になるな…だが…」 帝都には戻れない。Hopeを見捨てて2人で帰るわけにもいかないのだ。アティークはそう言いかけて口を噤んだ。エキキョーを出ればセールからの使者は自分達の居場所が分からなくなるし、辿り着くにも時間がかかる。 「今日は遅いなHope」 Hopeは李信とアティークに断って外出していた。李信からはあまり離れようにと指示されてはいたが…因みにこのセリフはアティークのものである。 「おいアティークちゃん!直江!ヤバいぞ!」 全身から汗を流し、激しい息切れを起こしながら、Hopeが血相を変えて部屋に飛び込んできた。因みに酔ってはいないので李信に対してはちゃん付けではなく直江呼びである。基本は親しい者にしかちゃん付けはしないらしい。 「遅いぞ!心配したぞHope!」 アティークが怒気を強めながらHopeを叱責するも、Hopeは取り合わない。 やはり友人だから心配だったのであろう。 「何があったHope」 李信は冷静である。心配していなかったわけではないが、感情を強めるには付き合いが短過ぎる。それに、今からHopeがもたらす情報が大局に影響を及ぼすものであるとしたら、そちらに重きを置くべきと思っていた。 「エキキョーの全ての門が氷河期とその手下共に封鎖されてるんだよ!」 「…何だと?」 李信の声は明らかにトーンが低くなっていた。 「おいHope!遠くへ行くなと直江が散々言ってただろ!」 「待てアティーク。今はHopeの話を聞こう」 友人としての感情が先行するアティークに対し、李信は冷静だった。 「東西南北全ての門を固められていた!政庁にも氷河期の旗が立っている!しかもくれないの兵までいやがる!」 Hopeはペルシャ帝国時代にアティークの側近として、軍を率いてセールや李信ら連合軍と戦った。なのでどんな格好や紋、旗なら誰の軍兵なのかを知っているのだ。 「東西南北の門を守備する長と兵力は?」 「東門はガチムチの大男で兵150、西門は杖を持ってる魔術師の男で兵100、北門は精霊術師の女で兵80、南門はこの間のディアベルとかって剣士の男で兵120だ!」 「指示を無視した行動ではあるが、よく知らせてくれた。これより我らは強行突破を図る」 Hopeの報告を聞き終えた李信は意を決したように宣言する。因みに、エイジスの傭兵団は総勢30名程であるが、くれないの援兵で兵力は増大していた。 「強行突破!?出来るのかそんなことが!」 「出来る出来ないではなく、策はこれしかない。くれないからの増援が更に来る前にやるしかない」 アティークは不安そうに問い質したが、李信は冷静に答えた。 「最も守りが手薄な北門から強行突破を図る。Hopeの体力が回復次第出るぞ」 「待てよ直江、行く宛はあるのか?」 Hopeからの当然の突っ込み。李信は顔をHopeに向ける。 「俺の副官の藤原という男が6万の兵を率いてエルフ族の国との国境・ポケールフに駐屯している。ポケールフを目指して落ち延びる」 「いや、それよりも兵を増やせる場所がある。ポケールフに行くのはその後にしないか?」 李信の提案にアティークが待ったをかける。 「何処だ、それは」 「…ウルク。この世界における、俺の故郷だ」 アティークの口から出たのは、失われた故郷の地名だった。 「大変です!」 半刻も経った宿屋の主人が額に汗して息を切らしながら階段を駆け上がって部屋に飛び込んで来る。 「何があった!」 真っ先に反応したのはアティークだった。主人の様子が尋常ではないとアティークもそれにつられて表情が強張る。 「お逃げ下さい!エイジス傭兵団とくれないの兵が…!」 「何だとぉ?!」 主人に言われてHopeは部屋の戸を開ける。既に宿屋の周りをエイジス傭兵団の北門部隊とくれないの兵に取り囲まれていた。 「見つけたぞ!奴がHopeだ!アティークと李信も一緒の筈だ!アティークとHopeは討ち取れ!李信は可能なら生け捕れ!無理なら討ち取れ!」 北門部隊を率いるディアベルが指揮下の兵に号令すると、一斉に兵達は宿屋に雪崩れ込んで行く。 「主人、女将や他の客を連れて奴に投降しろ。氷河期さんは民間人を害したりはしない」 「はっ、はい!御三方とも、どうかご無事で!」 李信に促された宿屋の主人は3人に何もしてやれないことを無念に思いながらも女将や他の客らと共にディアベル隊に投降すべく階段を駆け降りていった。 「さて、正念場だ。敵は俺達を皆殺しにするつもりだ。俺も氷河期さんの配下だからといって遠慮はしない。手向かう敵全てを斬り捨てろ!」 「おう!」 「了解!」 斬魄刀を抜き放った李信の言葉に、アティークは鞘からミスラの剣を抜き、Hopeは武道の構えを取り戦闘体勢を整える。 (剣術の心得は全く無い。だが鋼皮や完現術による身体強化がある分戦える) 李信は覚悟を決めて、襖を勢いよく開けて突入してきたエイジス傭兵団の兵を一刀のもとに斬り捨てる。 「李将軍…手向かいをしなければ命は助ける。投降しろとエイジスは言っている」 次に兵の1人の小隊長が入ってきて李信にそう諭すように声をかける。 「分かった。俺は投降する。命は助けてくれ」 李信がそう言って小隊長の前に出ていく。小隊長の合図で他の兵が李信を捕縛するべく取り囲む。 「おい直江!裏切るのかよ!」 「クソ!騙したな直江ェ!」 反対側の襖から突入してきた兵達を斬り捨て、撲殺していきながらアティークとHopeは怒号を飛ばす。 「ああ、裏切る」 李信はけろっとした顔でそう答えて、兵達には観念したように目を瞑る。しかし次の瞬間、李信はカッと目を見開いて刀を横に一閃、後ろの兵達にも反撃の隙を与えず一回転しもう一閃。瞬く間に小隊長含む5人を斬殺した。 「…こいつらをな」 無論投降など嘘であり、そういう意味での「裏切る」だった。小隊長1人を殺したことで敵軍の指揮系統は多少乱れ、戦力は弱体化すると見立てた上での行動だった。 「何だよ…じゃあ俺達も負けてらんねえなあ!」 何故だろうか。李信と同じくアティークにも剣術の心得は全く無い。だがまるで剣が勝手に動いているのかと錯覚する程に体が軽く動き、敵兵を次々に斬り倒していく。人間、追い詰められると普段からは想像も出来ないことをやってのけるのだ。 Hopeは気は無くともサイヤ人。鍛え上げられた体をフル活用して敵兵を次々に撲殺していく。拳を突き出せば鎧ごと敵の体は粉微塵になったり、顔はぐちゃぐちゃになるか吹き飛ばされる。 前回と違い、アティークとHopeにはアルコールが入っていない。だから軽快な動きで前回よりも戦えるのである。 李信もそうだった。火事場の馬鹿力というやつだろうか、剣術の心得など皆無であるにもかかわらず凄まじい剣戟を演じて、まさにバッタバッタと敵兵を次々に斬り倒していく。しかし、やはりそのモーションはとても剣術のそれではなく、がむしゃらに体を動かし斬魄刀を振るってるだけだった。 「李信…確か貴様は剣術や身のこなしはからっきしだった筈だ…」 「知ってるか?人間は追い込まれると普段からは想像のつかない力を発揮するらしい」 李信の鬼神の如き力に恐れて後退りしていく敵兵達だが、右からアティークがミスラの剣を、左からHopeが拳を振るってそれぞれ殺害する。 「お前ら、何人殺した?俺は16人」 「…13人だ」 「20人だ。剣があるのに情けないぞ直江、アティークちゃん」 アティークが李信とHopeに何人の敵兵を倒したかを尋ねると、李信とHopeは狂気の笑いを浮かべながら答えた。 「ヒッ…ヒィ…!こいつらやっぱ化け物だァ!」 3人の鬼神の如き強さを恐れた氷河期やくれないの兵達は3人と距離を取り退いていく。 「どけ!俺がやる!」 「ディアベル様!」 そんな雑兵達を掻き分けて現れたのは隊を率いるディアベルだった。 「傭兵団リーダー・ディアベルが相手だ。覚悟はいいか?逆賊共」 「逆賊だと?貴様らこそ逆賊の筈だ」 「何も知らない哀れな李将軍に、せめて早めの終焉をプレゼントしてやろう!」 何かディアベルのセリフが李信の中で引っかかったが、ディアベルが斬りつけてきたので考える余裕は無かった。 李信はディアベルの剣を斬魄刀で受け止めた。だが、ディアベルの剣は重く、李信の斬魄刀を持つ手は震えている。 すかさずアティークが右脇からミスラの剣を持ってディアベルの脇腹を突き刺さんと剣を突き立ててくるが、ディアベルは巧みに腰に差していたもう一つの剣で防いだ。 「俺を忘れんなよ!」 左脇からHopeがディアベル目掛けて殴りかかる。が、ディアベルは巧みにバック転しながら回避してみせた。 「チッ…呂布や項羽でもあるまいし3人を同時に相手どるなど普通は不可能な筈だ…」 「それはお前らが先程まで我が配下にしてきたことと同じだ!」 李信はディアベルの武を古の有名な武将に擬えて表現した。ディアベルが再び李信に斬りつけてくる。 「もしお前と初めから仲間だったなら是非聴かせて欲しかったな。その項羽とやらの話を!」 「俺の世界ではあまりにも有名な大昔の武将だ。あの世に先に行っているポケガイ民にでも聞くんだな」 李信はディアベルの剣を三度受けて鍔迫り合いになった後、力で押し返した。が、ディアベルが怯む様子は無い。 「舐めるな!」 アティークが再び脇から斬りかかるが、ディアベルにはまたもや受け止められてしまった。 「サイヤ人を舐めるな!」 Hopeが殴りかかるが、ディアベルは魔力による身体強化を果たしてその拳を受けたがダメージは無かった。 「魔力も霊力も気も無い貴様らなどこのディアベルの敵では無い!あの時は油断したがな!」 更にディアベルは魔力を放出しそれを剣や全身に纏う。 しかしアティークにも変化が起こる。アティークの全身を赤い魔力が駆け巡り始めたのである。 「魔力ならたった今少々戻った…。神の裁きをお前に下す!」 アティークが念じると、ディアベルの身体強化能力は解除されてしまう。 「馬鹿なっ!何故いきなり!」 「死ね」 狼狽えるディアベルに、李信が斬魄刀で斬りつける。完全に後手に回ったディアベルは更に横撃してきたHopeの拳を防ぐ術が無かった。 「しまっ…!」 だが、Hopeの拳がディアベルに届くことは無かった。突如現れた何者かに抱えられて宿屋の2階の窓から外へと飛び降り脱出したからである。 「俺が来たからには、こいつらの隙にはさせない!」 睨みながら3人を見上げてそう言い放ってディアベルを下ろしたのはエイジスこと氷河期だった。 「氷河期…!助けてやった恩を忘れたのか!」 アティークが氷河期を睨み返す。ミスラの剣を握る手は怒りで震えている。 「それよりも、ペルシャ帝国と凪鞘計画の時にお前に殺されかけたことの方が重い。それにお前は世界平和の為に生かしておくわけにはいかない!」 氷河期が腰の鞘から剣を抜き放つ。 「世界平和を口にしながら内輪揉めを起こす矛盾…。何と愚かなことだ氷河期さん」 「内輪揉めの種を蒔いたのはアンタだぜ直江氏」 李信の冷ややかな侮蔑には氷河期は冷静に振る舞い返した。 「分からないのか?こうしている間にも北条が帝国領に侵攻する為の戦力を整えているのが。そして、その北条の軍団を殲滅するにはアティークとHopeの力が必要だ」 「アンタはただ自分が武功を挙げて国内での発言権を増したいだけさ。それが証拠にアティークとHopeを自軍に加えて反対者を炙り出している」 「炙り出すだと?貴殿らが勝手に反対して妨害をしているだけではないか」 「黙れ!エイジス・リブレッシャー、逆賊を討つ!」 問答は拉致があかない。無意味な議論は時間を浪費するだけ。両者はそう感じ取る。氷河期は剣に冷気を纏わせ『冷殺剣』とする。 「…直江。氷河期は俺がやる。魔力が少しだけだが戻ってきたからな」 「ならば加勢する。どのみち外へと通じる門は全て封鎖されている。3人一緒でなければ脱出は能わない」 アティークが李信の前に出て氷河期と対峙するが、李信も足を前に進めてアティークに並び立つ。 「霊力は大丈夫か?」 「俺も少しだが戻った。向こうは俺達を殺しに来ている。俺達も躊躇う必要は無い」 「…よし!いくぞ直江!思えばお前との共闘は初めてだな!」 「…ああ」 李信は斬魄刀の鋒を氷河期に向けて構える。アティークもミスラの剣を両手で持って構える。 「わりい二人とも。俺はまだ気が戻らねえ」 「見ててくれ。すぐに終わるからよHope」 Hopeはまだ戦える状態ではないことを2人に告げると、アティークが後ろのHopeを少し見やって返事をした。 「ああ、すぐに終わるさ。俺の勝利でな!」 氷河期は掌から《冷撃砲》を李信とアティークに向けて放ってきた。極太の冷凍ビームが一直線に伸びてくる。 「聖霊プラヴァシよ!我らに加護を!」 アティークがミスラの剣を掲げると、翼を纏った男性の姿の光る聖霊が2人の前に現れて冷撃砲をかき消した。 「プラヴァシは俺達を守ってくれる。直江にも加護がある筈だ」 アティークの言う通り、プラヴァシはその手に持つリングを掲げて李信、アティーク、Hopeの3人に守護の光を纏わせ加護を授けた。 「…助かるぞアティーク」 そんなやり取りをしている間にも氷河期は《鉄血転化》で身体能力を向上させて李信に冷殺剣で斬りかかってくる。 「何っ!?」 が、プラヴァシの加護により李信の体には傷一つつかない。 『散れ 千本桜』 李信の斬魄刀の刀身が無数の桜の花弁の様に分かれて吹き荒れ、氷河期に竜巻のように襲い掛かる。 『火の寺院(アヴェスタン)』 千本桜の嵐を跳び退がり回避した氷河期の足元から、火炎に覆われた寺院が現れて氷河期を閉じ込める。 「燃え尽きろ…!」 火の寺院は更に燃え上がり、氷河期は神の業火に包まれた。 「やったか?」 アティークの《火の寺院(アヴェスタン)》による業火で、氷河期の姿は完全に視認が不可能になる。 「…神の代行者とやらも落ちたものだな。本来であれば遥か格下である俺さえ倒しきれないとはな」 冷気で全ての業火を振り払い、更に寺院を氷漬けにした後に一瞬で粉々にした氷河期が現れた。 「やっぱり魔力が足りてねえのか…!クソ!」 アティークは万全な状態ではなく、魔力が不足していた。本来であれば簡単に倒せる相手である氷河期相手でさえ今は戦うのがやっとだった。 「死ね」 氷河期の《エターナルフォースブリザード》が冷気の波となってアティークと李信に迫り来る。 「ヤバい!いくらプラヴァシでも今の俺の魔力じゃ…!」 『縛道の八十一 断空』 アティークは今のプラヴァシの力ではこの威力の技を抑えられないと言う。そこで李信が前に出て鬼道による障壁を展開して冷気の波を防ぎ始める。 「ナイスだ直江!」 「いや…これももたない…!」 何とか防ぎ切れるかという淡い希望を抱いたアティークだが、李信の断空に亀裂が入り、今にも限界を迎えそうな有様だった。 「これで何とか!」 アティークは左手の掌から膨大な量の業火を放出するが、それでもまだ威力が足りないようで氷河期の技に押されている。 『君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 真理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ 破道の三十三 蒼火墜』 アティークの火炎放射が氷河期の《エターナルフォースブリザード》に押されている間に李信は詠唱を完遂して左手から青い炎を発する。完全詠唱だけあって、威力はそこらの建造物の数倍の高さにまでなり、アティークの火炎放射と合わさって氷河期の技と相殺した。 「本来であればお前より遥か格下の俺が押している…。だがこれが今のお前の土俵だアティーク!」 氷河期の2度目の《冷撃砲》がアティークと李信に向かって一直線に伸びて行く。 『アムシャ・スプンタ アシャ・ワヒスタ!』 アティークがアムシャ・スプンタと呼ばれるアフラ・マズダーの分霊を召喚することで氷河期の《冷撃砲》を打ち消した。 「…また奇怪な技を使ってきやがるな」 「アティークばかりに気を取られてていいのか?」 李信が回転をかけた特殊な瞬歩で氷河期の背後を取り、刺突で鎖結と魄睡を破壊せんと斬魄刀を突き出すが、《鉄血転化》で身体能力を強化している氷河期にはこの《閃花》をあっさり後ろ跳びで回避されてしまう。 『破道の九十 黒棺』 氷河期の着地点から巨大な黒い直方体を出現させるが、それはすぐに冷殺剣で斬り裂かれてしまう。 しかし間髪入れずにアティークの炎の波動が氷河期に直撃する。 …いや、直撃したかの様に見えたが氷河期は寸前で氷の壁を創り出して防ぎ切っていた。 「お前ら2人がかりでその程度か。情けないな、一気にケリをつけてやる」 氷河期の傍に、何処からか飛んできたか分からない白黒のおたまじゃくしの様な姿をした精霊が現れた。 「ファフ、久しぶりだな」 「久しぶりだポン!街の復旧はちょっとお休みするポン!エイジスに力を貸すポン!」 「頼むぞ!」 氷河期の全身を精霊の光が駆け巡る。 氷河期はそのまま精霊術の力で《夢想・樹海浸殺》を発動、巨大な枝や蔦が大地から次々に湧き上がり、前方のアティークと後方の李信に襲い掛からせる。 『カーヴェ!』 アティークは炎の矢を無数に飛ばして樹海にぶつける。焼き払おうと図るが、樹海は次々に湧き上がりアティークを取り囲んでその全身を串刺しにした。 『破道の九十六 一刀火葬』 李信は左手を犠牲にして巨大な刀身の形状をした爆炎を放つ高位破道を発動する。しかし、李信も同じく樹海を完全には焼き払えず、取り囲まれて串刺しにされてしまった。 「ガッ…!」 李信は吐血し、足元の蔦や枝が赤く染まっていく。 「これもこの国と平和と民の平穏な生活を守る為だ。悪く思わないでくれ直江氏」 李信に恨みはない。長年の仲間であった。しかし相容れないのであれば仕方ない。ましてや多くの民や仲間の為だと氷河期は割り切っていた。 『…フワルナフ!』 アティークを串刺しにしていた樹海が焼き払われ、アティークはその身に聖なる光輪を纏う。そして全ての傷は再生により見る見るうちに塞がる。 「神の代行者の力を舐めるな…!」 「まだ戦えんのか、しぶといな」 氷河期がアティークの方を再び向いて厄介だとでも言いたげな表情に変わる。だが、直後に背後から大きな霊圧を感じで向き直る。 「精霊術を取り戻したか…ならば俺も始解のままでは不足と見た。今から繰り出す我が刃、その身の深奥までをも斬り刻む…!」 超速再生で体の傷や欠損した左腕を元通りにし、千本桜の無数の刃で枝や蔦を斬砕した李信が、千本桜を再び一つの斬魄刀にして、刀身を地面に向けて握っていた右手を柄から離す。 『卍解』 斬魄刀が地面に吸い込まれ、李信の背後に千本の刀の刀身が出現する。 『千本桜景厳』 千本の刀身が一斉に桜の花弁の様に舞い散っていく。 「やっと出したな卍解…!でも万全な状態でしかも精霊術を取り戻した俺の敵じゃないな!」 「ならば試してみるか?」 李信の背後から李信を通り抜けて億の刃が津波の様に氷河期へと押し寄せていく。《鉄血転化》で身体能力を強化している氷河期は次々に迫り来る億の刃の塊を跳躍しながら回避していく。 「そんなもんか?!卍解ってのは!」 「そちらこそ守勢に回っているように見えるが?」 跳躍し宙から李信に向かって叫ぶ氷河期だが、その直後から億の刃の移動スピードが格段に上昇していることに気がついた。 (何だこのスピードは!) 「手掌で操れば…速度は2倍…!」 《千本桜景厳》は使用者の念でも操れるが、手掌で操れば倍の速度を発揮する卍解であり、李信は手掌での操作に切り替えたのだ。 倍の速度になって襲い掛かってくる千本桜景厳から逃げ切れず、氷河期は寸前で氷の壁を創り出すが斬砕されてしまう。そんな時背後からアティークの炎の矢《カーヴェ》が2、3発飛んで来て背中に直撃した。 「ぐあっ!」 『吭景・千本桜景厳』 この隙を見逃す李信ではない。億の刃で氷河期を球状に取り囲み、全方位から一気に斬り刻んだ。 「やったか直江?」 「いや、まだ奴の魔力を感じる。気を抜くな」 「マジかよ…」 そんなやり取りをしていると、千本桜景厳は振り払われ、狼の姿となった氷河期が姿を現した。 「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」 満月の夜。この状況が更に氷河期に力を与える。 狼と化した氷河期は真っ先にアティークに飛び掛かっていく。その爪に冷気と魔力を纏いながら。 「我が神アフラ・マズダーよ!我に力を!」 アティークは更にアフラ・マズダーと同化することによって自身を強化する。そして… 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」 炎を纏ったミスラの剣で氷河期を迎え撃つ。威力はまさに互角、ぶつかり合った二つの力が膨張し弾ける。 「だが、休む暇など与えはしない」 今度は李信が千本桜景厳を無数の刀剣に押し固めて千本の桃色に光る刀剣の葬列と成し、そのフィールドで自身と氷河期を取り囲む。 『殲景・千本桜景厳』 「防御を捨て、殺傷能力を極限まで高めた千本桜景厳の攻撃形態だ」 無数の刃を一つの刀剣に押し固めることで、爆発的に殺傷能力を高めた千本桜景厳の形態。それがこの殲景である。 「一々カッコつけてんじゃねえ!」 「…これは驚いた。獣と化しても人語を操るとは」 氷河期が爪に冷気を込めて李信に飛び掛かっていく。李信は刀剣の一つをその右手に引き寄せて迎え撃つ。 氷河期の左の前脚の中指と薬指の爪が李信が振るった刀により切り離されてしまう。 「…!」 「見れば分かる。さっきのアティークとの激突で火傷していたようだな、その前脚」 そう、李信はアティークとの激突で火傷を負っていた氷河期の前脚を見逃さなかったのだ。 「陰湿なアンタらしいやり方だな…!」 「如何なる戦でも勝機を逃さない。それが将器というものだ」 「駄洒落のつもりか?面白くねえんだよ!」 少しのやり取りの後、氷河期は残った右の前脚を振りかざして李信に飛び掛かってくる。 「相も変わらず芸が無いな…。騎士が聞いて呆れる」 李信は刀剣で氷河期の爪を受け止めるが、氷河期は更に魔力を纏った後ろ脚でクローを繰り出してくる。 『破道の四 白雷』 左手の人差し指から霊力を込めた一筋の雷撃を放つ。が、氷河期が繰り出してきた後ろ脚の爪に斬り裂かれて消え失せてしまう。 「ならば…!」 李信は瞬歩でその場から姿を消し、氷河期の背後に回り刀剣を振り下ろす。 「ワオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」 「…ッ!」 しかし氷河期の胴体を縦に斬り裂こうとして刀剣を振り下ろした李信は氷河期の雄叫びによる音圧で吹き飛ばされてしまう。 「大丈夫か、直江!」 「クソッ…!耳が…!」 「やってくれたな氷河期!喰らえ!」 アティークが巨大な炎の龍を創り出して氷河期に飛ばすが、それも音圧で消し飛ばされてしまう。 「アティーク済まない…。今のでプラヴァシの加護も消えた」 李信の申告。それは李信を包むプラヴァシの加護の光が消えていることからアティークはすぐに分かった。 「いや、俺が弱い加護の力しか出せないのが悪い。やっぱり今の俺達じゃ魔力と霊力が足りねえんだ…。どうすりゃ…」 「今の状態で出来得る限り全力を出すしかない」 「でも力を使い切ったらこの街から脱出する時に…!」 「先のことは考えるな。でなければこの場で死ぬぞ」 「…畜生!仕方ねえ!」 李信に諭されたアティークは覚悟を決めたように氷河期をその視界に捉えた。 「アフラ・マズダーよ!我に力を!」 アティークと火の神アフラ・マズダーが同化し、アティークはアフラ・マズダーの化身と化す。全身に神の炎を纏い、その瞳には神の炎が灯る。 李信も左眼を隠している眼帯を外して、崩玉と融合した証である白い瞳に紫色の黒目部分の左眼を晒して今ある霊圧を最大限に引き出す。 「行くぞ直江!」 「ああ」 アティークは炎を纏ったミスラの剣を空間転移で氷河期に急接近して振り下ろす。 李信も無数の刃を押し固めた刀剣を瞬歩で背後に回って横に払い斬り付ける。 だが、その異名「フェンリル」は飾りではない。右前脚と左の後ろ脚で2人の斬撃を受け止める。 しかし2人も諦めない。一度受け止められても何度も何度もそれぞれ角度や方向を変えて刃を振るっていく。氷河期は四つ脚で巧みに2人の斬撃を捌きながら、時には巧みに体を反らしたり跳びあがったり避けながら自らも冷気を纏わせた攻撃を繰り出していく。 「チッ!」 李信が氷河期の後ろ脚から繰り出される冷気を纏ったクローを受けて右眼を潰されてしまう。 「直江!」 だがアティークも李信の心配をしている場合ではなかった。アティークも氷河期の前脚から繰り出された打撃を受けて吹き飛ばされてしまう。 氷河期は更に後ろ脚で強く地を踏みしめて氷に覆われた樹海を李信に向けて召還する。 「させるかよ!」 アティークが念じて氷に覆われた樹海を焼き尽くす。 『殲景・千本桜景厳 奥義 一咬千刃花』 李信の『殲景・千本桜景厳』の千本の刀剣が一斉に氷河期へと四方八方から降り注ぐ。さしもの氷河期もこれは回避出来ず、四肢や胴体に無数の刃が容赦無く突き刺さる。 「神の炎をその身に受けろ!」 ミスラの剣から発せられた神の業火が氷河期に降り掛かる。氷河期は激痛と熱で激しい呻きを上げる。しかし、これで終わる程「フェンリル」と呼ばれた男は甘くない。凄まじい量の魔力と冷気で神の業火も千本桜も吹き飛ばしたのだ。 「やべえ直江、もう俺魔力が…!」 「俺もだ。アティーク、俺もお前も次の一撃で決めにいくぞ」 「…それしかないな。いくぞ!」 アティークは李信に言われて納得し、その右手に握る巨大な炎の剣を創り出す。巨大な炎の剣が纏ったのは不死鳥ではなくスィームルグ(イラン神話に登場する神秘的な鳥)。《フワルナフ》の力で更に強化された証である。 『アーテシュ・シャムシール!!』 その炎の剣を全力で振り上げ、そして振り下ろす。 『コキュートス!!』 氷河期も自身の持ち得る最強クラスの氷属性魔術を発動し、巨大な冷気や氷の塊がアティークの炎の剣とぶつかり合う。両者の力は拮抗し膨張、盛大に弾け飛び水蒸気と化す。 「氷河期さん、どうやら力をほぼ使い切ったようだな。だがこの俺を忘れていないか?」 氷河期はアティークの全力の大技を自身の最強クラスの技で相殺するのがやっとで、李信にまで気を回せなかった。 『千本桜景厳 終景・白帝剣』 千本桜景巌の全ての刃を圧し固め、一振りの刀にした白い形態に変化させ、霊圧が牙を剥く鳥獣に変化し凄まじさを物語る。 「!」 「終わりだ。俺達を敵に回したことを後悔しながら果てるがいい」 接近してきた李信の《終景・白帝剣》が氷河期の胴を貫いた。 「終わった…」 李信は氷河期の体に突き刺した白帝剣を引き抜き、元の形状の斬魄刀へと戻す。それを見たアティークも魔力の限界に達してアフラ・マズダーとの同化を解除して元の姿に戻る。氷河期は目を閉じ、微動だにしない。 「今度こそやったな直江」 「惜しい人物を討ってしまった…。だが仕方がなかった。国の為世界の為にはどうしても避けては通れない。俺達はいずれこうなる運命だった」 お互いに歩みより声をかけ合う李信とアティーク。だがここはまだ戦場だった。 「エイジスがやられた!あの不埒者2人とHopeを即刻殺せえええ!!」 怒りに満ちたディアベルの号令一下、傭兵団やくれない兵が一斉に李信、アティーク、Hopeに斬りかかっていく。 「Hope!頼んだ!」 「おうよ、丁度ほんの少し気が戻ってきたところだ!」 アティークに促されたHopeは両手を右腰の隣で合わせてエネルギー波を放ち敵の軍勢を前方に居た吹き飛ばしてしまう。 「やべ!今ので気をまた使い切っちまった!だが突破口は開いたぜ!行くぞ2人とも!」 Hopeが先に走り出す。アティークや李信もHopeが開けた突破口目指して走り出す。が、その突破口はすぐに塞がれてしまった。駆け付けてきたエイジス傭兵団の他の面々である。 「よくもエイジスを!お前ら3人はぜってえ生きて帰さねえ!」 大男が大音声で怒りを乗せて叫ぶ。 「待って!まだ助かる!」 いつの間にか部隊を引き連れて駆け付けてきた精霊術師が3人と氷河期の間にメンバーによる壁をつくり、氷河期に近づきまだ息があることを顔を近づけて確認する。 「精霊の加護をもたらし私がエイジスに魔力を注ぎ込めば…!お願い、傷を治して!」 「分かったわ!」 回復担当の金髪少女に頼み、李信の白帝剣やアティークの炎で受けたダメージの回復にあたらせる。 「チィッ!」 李信がその女2人に向けて《虚閃(セロ)》を放とうと左手を前に出すが、不発に終わる。 「氷河期の回復を妨害するより今は回復する前に逃げようぜ直江!」 「だがこれでは流石に多勢に無勢だ…。向こうには強力な支援魔法もヒーラーも居るし戦闘員も多い…」 アティークに言われた李信だがどのみち突破は叶いそうにないことを口にした。 「僕が皆さんの身体能力や魔力、肉体を飛躍的に支援魔法で高めます!皆さんであの3人を討ち取って下さい!」 眼鏡をかけた傭兵団の魔術師が杖を掲げてメンバー達に支援魔法をかけ始める。 「ここまでかよ…!」 「ああ、お前らはここまでだな」 精霊の加護と回復魔法で早くも完全に復活した氷河期が後ろから3人に声をかける。 「終わりだ。氷漬けになって朽ち果てろ!」 氷河期が3人に向けて《冷殺剣》で斬りかかり、他のメンバーも剣を構えて3人に突撃しようとした瞬間である。 複数の銃弾が傭兵団メンバー達の体を貫き、氷河期の脇腹をも貫通した。体を貫かれたメンバー達は血を流しながら、呻きながら地に伏していく。 「何者だ!」 銃弾が飛んで来た方向を向いた魔術師が呼ばわる。するとその方向から男の声がした。 「趣味でヒーローをやっている者…の部下だ」 「水素の部下だと?見たことないぞお前なんて」 《氷河期(アイスエイジ)》の力で受けた傷を冷気化しまた肉体に戻して再生した氷河期がその銃を持った男を睨みつける。回復する過程で狼から人間の姿に戻っている。 「最近水素の部下になったからなァ!覚えておけ!俺の名は射殺了解!どんなもんでも撃ち抜く最強の狙撃手だァ!」 射殺了解はそう言いながら3人に斬りかかる傭兵達の心臓を連射で撃ち抜いていく。 「直江、こりゃどういうことだ?」 「…俺が知るか。だが奴はどうやら俺達の味方の様だ。九死に一生を得たようだな」 「首が繋がったぜ!誰だか知らねえが助かったぜ!なあアティークちゃん!」 「いやまだ分からないぜ…?あの射殺了解って奴がどのくらいの実力なのか…氷河期と少なくとも互角じゃねえと話にならねえ…!」 3人が口々に言い合っていると、射殺了解に続いてラムが現れた。 「どうやら間に合ったようね。ニシンやっぱりボロボロじゃない」 李信のみを指して嘲笑していた。 「どうあっても通してくれないみたいだな…なら戦うしかねえがどうするよ?」 射殺了解が銃口を氷河期に向けて威嚇する。 「どうあってもこの3人は見逃すわけにはいかなくてね。水素の部下だか何だか知らないが水素じゃないなら恐れることもないしな」 「想像力の無い馬鹿だな。水素の部下である俺が来たってことは後から水素が来る可能性もあるってことだ。そこんとこ分かってるか?」 「本当に水素が来るならそんな言い方はしない筈だ!」 氷河期は《冷撃砲》を掌から射殺了解に向けて発射した。 射殺了解は氷河期が放った《冷撃砲》を華麗な身のこなしで横に回避する。 『鉄血転化』 詠唱破棄。それは決して李信の鬼道にのみ働く技術ではなく、詠唱を必要とする技や能力を使用する能力者に共通する技能の極致。 《鉄血転化》を詠唱破棄で発動した氷河期が急接近してきて《冷殺剣》で射殺了解に斬りつけてくるが… 「鉄血何とかだか知らねえがよォ、身体能力を強化したところでお前の動きなんざスローモーションにしか見えねえんだよォ!」 氷河期がいくら斬りつけてきても射殺了解にはスローモーションにしか見えない。ヒラヒラと軽い身のこなしで全ての斬撃を避けていく。 「隙ありィ!」 射殺了解は連続で斬撃を繰り出してくる氷河期の僅かな隙をついて銃口から弾丸を発射する。そして銃弾は氷河期の心臓に風穴を開けた。 「オラオラオラオラァ!どうしたどうしたァ!」 心臓を貫かれ動けなくなった氷河期に対して容赦無く連射して無数に風穴を増やしていく。 「何だあの銃使い…。滅茶苦茶強いぞ…どうなってやがんだよこりゃあ…」 「水素の隠し玉ってやつかもな…!あの氷河期を圧倒するなんて信じられん…」 Hopeとアティークは射殺了解の強さに見惚れていた。傭兵団のメンバー達も戦いを見守っている。 「何処を見てやがんだ?」 だが、無数に風穴を開けられた氷河期の体はその場で霧散し消え失せる。次の瞬間、背後から現れた氷河期が冷殺剣を高速かつ連続で射殺了解に振り下ろす。 氷河期の高速剣技。しかし射殺了解にしてみればそれさえただのスローモーションだった。巧みに連続回避し、至近距離から火薬を詰め込んだ榴弾を発射する。これが《ボンバースナイプ》である。 氷河期は回避が間に合わず、榴弾が腹部に直撃し爆散した。 「教えといてやるよ。アティーク、李信もよく聴いとけ!最強の武器は剣じゃねえ!銃だァ!」 「あまり舐めない方がいい…これでも俺は最強の騎士と呼ばれた男だ」 《氷河期(アイスエイジ)》の能力の一つとして、損傷箇所を一度冷気化して元の無傷の肉体に戻すことが可能である。しかし精霊術の加護が無ければ扱いは難しい欠点がある。 「その騎士ってのが古いんだよ!これからは銃の時代だ!」 氷河期が冷気を纏った斬撃を 飛ばしてくる。 「だからそんな攻撃当たらねえんだよウスノロがァ!」 射殺了解は斬撃を軽く回避し、銃から弾丸を氷河期に向けて連射する。 「ならば範囲攻撃だ。『エターナルフォースブリザード』!」 氷河期の掌から膨大な冷気の波動を射殺了解に向けて放出する。 更に、念じることで氷山を次々と発生させて射殺了解へと襲い掛からせ、追加で無数の氷の槍を展開して飛ばしていく。 「無駄だァ!」 射殺了解は宙高くジャンプ、その衝撃で周囲で大爆発が発生し氷山や無数の氷の槍を破壊し冷気の波動と相殺する。 「だから言ったろうがウスノロがァ!」 「ちょこまかと!」 宙にいる射殺了解に氷河期は再び無数の氷の槍を飛ばす。が、射殺了解は銃弾の連射で全てを粉微塵に粉砕した。 「馬鹿な!」 『インフィニティ∞ガイア&スカイストーム!!』 空中に居ながら更にジャンプする射殺了解。その瞬間、いつの間にか空中にばら撒いた無数の火薬が爆発を起こし、地上の火薬も引火する。連動による大爆発が氷河期を呑み込んだ。 「李信!アティーク!Hope!」 「!」「!」「!」 李信、アティーク、Hopeの3人はすっかり射殺了解と氷河期の戦いに見惚れていた。そして射殺了解に呼ばれたことでハッとなる。 「呆けてんじゃねえ!今の内に逃げんぞ!ラム、頼む!」 「ええ!」 ラムが支援魔法が切れた傭兵団やくれない兵を風魔法で次々に斬り刻んでいく。数十人の悲鳴が夜の街に木霊する。 「突破口は開いたわ!北門から逃げるわよ!」 「急げ!まだ氷河期は仕留めきれていない!」 ラムを先頭に射殺了解が続いて走り出し、3人にも全速力で走るように促す。突破口を塞いでくる敵兵をラムが風魔法で、射殺了解が銃撃で次々に倒していく。 「行くしかねえ!」 「ああ、アティークちゃん!」 アティークが走り出す。Hopeもアティークの後ろについて全速力で駆け始める。李信も無言で最後尾を走り始めた。 「今はどの門も守備は手薄な筈だ。これで脱出出来る!」 くれない兵もエイジス兵も殆どが3人が拠点としていた宿屋に駆けつけて来ていたのでどの門も守りが手薄であることを射殺了解が指摘した。 「射殺了解だっけか?助かった!お前が来なければ俺達は…!」 「礼なら後だ!」 アティークの横から斬りつけてきた敵兵を射殺了解が撃ち倒す。 「見えたぞ!北門だ!俺に任せろ!」 15分程ほぼ全速力で走ると、エキキョーの北門が見える。守備兵はざっと20人程。それら全てを射殺了解は無駄玉を一切撃つことなく正確に、迅速に撃ち倒した。 「抜けたぞォォォォォォォォォォォォォォ!!」 Hopeが叫ぶ。かくて5人はついにエキキョーを脱出した。 エキキョーから脱出した5人は、エイジス兵やくれない兵の追撃のことも考え一晩ひたすら駆け、辺りに街も村も見当たらないので見つけた洞穴の中で休むことにした。 「寒いわね」 ラムの一言は他の4人も感じていたことだった。寒冷地域の野宿は洞穴の中とはいえ、そのままでは体に堪える。 「俺が薪となる枝を集めてくる。お前らは待ってろ」 射殺了解が立ち上がり歩き出す。 「私も行くわ」 「気持ちはありがたいがラムは3人についててやれ。いざとなったら千里眼で敵を感知出来るしな」 「…分かったわ」 李信、アティーク、Hopeの3人は戦える状態ではない。索敵能力を持つラムが3人についててやるのが安全策だということである。 理解したラムが坐り直すと、射殺了解はそのまま洞穴の外へと出て行った。 「…えっと…俺はHopeってんだ!よろしく!」 暫く静まり返る。その静寂を破ったのは、ラムに握手を求めて手を差し出したHopeだった。 「貴方は私を知らなくても私は貴方を知ってるわ。アティークの側近でサイヤ人とやらのHopeでしょ」 ラムは握手はしない。差し伸べられた手を握ることなく淡々と返した。水素とレム以外には愛想を振りまくことさえしないのがラムである。 「…なんか感じわりいな」 Hopeは手を引っ込めてそうボヤいた。 「俺はアティーク。火の神を司る能力者だ。よろしく」 「知ってるわよ。貴方は悪い意味で超有名人だもの。ペルシャ帝国皇帝さん」 「…」 アティークは握手は求めずに自己紹介だけしたが、ラムの毒舌に気を悪くして黙り込んだ。 「久しぶりね、ニシン」 「…そうだな」 ラムはどういうわけか李信には自ら声をかけてきた。随分前からの知り合いということもあるのだろうか。初期からの水素の仲間ということもあるのだろうか。しかし李信は生返事だった。 「貴方、またやられていたわね。いつもいつも無様な姿しか晒せないのかしら」 「…俺のことはどうでもいいだろう。何故お前が俺達のところへ来たのか説明しろ」 「助けてあげたというのに酷い言い草ね。でもそれを話すのはあいつが帰って来てからよ」 「…そうか」 李信はそう言ったきり黙り込んでしまう。疲れているのもあり、まともに口を利く気も起きない状態だった。 「なあ、こいつ直江のメイドなの?」 李信とだけは普通(?)に話していたラムを指してHopeが問う。 「何処の世界に主人を呼び捨てにしてタメ口を利くメイドが居るのかしら。少しは無い頭を使いなさい」 「ウッ…!」 「それにこんな弱くてガサツで根暗な男のメイドになるなんて死んでも御免だわ。ラムは水素様の使用人よ」 「おいアンタ、感じ悪過ぎないか?助けてくれたのは感謝するが、口を少し慎めよ」 アティークがラムに食ってかかろうとした時に李信が腕で制止した。 「やめておけ。こいつはこういう奴だ。慣れるしかない。ずっと前からこいつを知ってるから俺には分かる」 「そうかよ」 「ああ」 李信は言い終えると疲れのせいか眠ってしまった。 李信は目を覚ました。火が発する熱が肌に伝わり暖かさを感じると同時に宙に浮いた感覚を覚える。首が、苦しい。 「おいてめえ」 その一言で李信は自分が置かれている状況を把握した。李信は射殺了解に胸ぐらを掴まれ立たされていたのだ。 「ラムとどういう関係だてめえ」 「…ゲホッ!ゲホッ!何の…話だ…」 李信は息苦しさを覚えながら咳払いをする。射殺了解の言ってる意味が分からない。 「てめえだけラムと親しげに話してたそうじゃねえかオイ!」 「やめろ!直江はそんなんじゃない!このメイドとは昔からの知り合いなだけだ!」 「そうだよせよ!」 射殺了解が吠えるのでアティークとHopeが射殺了解を李信から無理矢理引き剥がす。解放された李信は尻餅をついて咳払いをする。 「いきなり何なんだお前は…」 李信は射殺了解をギロリと睨みつけて見上げる。 「お前…ラムとは本当に何も無いのか?」 「だから…何の話だ?」 李信には射殺了解の意図が汲み取りかねたのである。そして、当のラムは眠っていた。射殺了解が戻ったから起きていなきゃいけない理由も無くなったからだろうか。 「お前はラムと男女の仲なんじゃないかって話だよ」 「そんなわけないだろう。むしろ嫌われてるし俺もタイプではない」 李信はようやっと射殺了解の言っている意味を理解すると即時に否定した。 「何だ…ならいい。ラムは俺のものにしてみせる。お前に邪魔はさせねえ」 「勝手にやってろ。くだらん」 李信はそっぽを向いた。射殺了解は勝手に誤解して嫉妬していただけだった。 暫く時が経過する。2時間程経過すると、ラムも目を覚まし全員が起きている状態で再び揃った。だが、相変わらず会話は無い。李信、アティーク、Hopeの3人は張り詰めていた状況が何日も続いていたのと戦闘による疲れで喋る気など失せていた。 射殺了解とラムも3人を救出する為に駆け通しだったこともある。李信とラムは元々無口(李信の場合根暗コミュ障という方がしっくりくるかもしれない)なのもあった。 更に、先程のラムの毒舌と射殺了解の勘違い暴走で場の雰囲気は最悪だった。 「おいお前ら。何で黙りこくってんだよ。全員揃ったところで改めて自己紹介すんのが流れだろうが」 「じゃあお前からしろよ」 静寂を破った射殺了解にアティークが反発した。言い出しっぺから始めろよという意味を含んでいる。しかし射殺了解は単に馴れ合いの為に自己紹介を始めようと言ったわけではなかった。名前はもちろん、それぞれが能力を明かすことで今後戦いやすくする為だった。 「いいだろう。俺の名は射殺了解。つい1週間と少しくらい前に水素の部下になった。能力は…こいつだ」 射殺了解は異空間から銃を取り出して構えるポーズを見せてくる。 「《無限弾丸の幻影銃(ジ・エターナルイリュージョンガン)》。あらゆる物質の通過と破壊が出来る弾丸を放つ魔法みたいな銃だ。当然俺にしか使えねえ。弾丸を一時的に透過させる事で物質を通過させて実体化させて対象を破壊することも出来る。連射も出来るし弾切れは永遠に起こさねえ。だからリロードも必要ねえ」 「じゃあさっきの驚異的な動体視力と反射神経は何なんだ?」 「あれは俺の基本能力で、1/10000秒単位で物を見る動体視力を持っている。狙った敵には文字通り百発百中、視力は無限、射程距離も無限だ」 Hopeが氷河期との戦いで射殺了解が見せた驚異的な動きを思い出して尋ねると射殺了解はそう返答した。 「次は俺だな。俺はアティーク。過去に世界に騒ぎを起こした張本人だがあまり気にしないで欲しい。能力は火だ。ゾロアスター教という宗教で崇められているアフラ・マズダーという神と契約している。近接戦ではこの腰に差しているミスラの剣を使う。自惚れとかではなく事実だが、この中の誰よりも実力は上だ。破壊、防御、再生どれも俺に敵う奴は居ないだろう」 「ケッ!結局自慢じゃねえかよ」 アティークの自己紹介が癪に障ったのか、射殺了解はそう吐き捨てる。 「俺はHope。アティークとは元の世界からの友達でこの世界に来てからも一緒だ。能力はサイヤ人だ。気さえ戻れば軽く惑星や銀河系を破壊出来る。戦闘スタイルは主に肉弾戦とビームだ」 「何だよお前もチートかよ」 Hopeの自己紹介が終わると射殺了解がまたも悪態を吐く。 「何ボケッとしてんだよお前の番だよ李信」 数十秒ほど黙り込んでいた射殺了解が銃口を李信に向けて催促する。李信はイラついた表情を見せながらもようやく口を開く。 「名は李信だが大体の奴は俺を直江と呼ぶ。好きな方で呼んでくれて構わない。だがあのあだ名だけは厳禁だ。能力は多岐に渡る。まずこの斬魄刀は様々な形状に変化させてそれぞれの能力を発動する。斬魄刀の解放は始解と卍解の2段階あり、始解は…」 「お前長くなりそうだからもういいや。能力がシンプルじゃねえ奴は面倒だしつまんねえ。おまけに沢山能力持ってりゃいいってもんじゃねえ。大事なのは戦闘力だ」 「…うぜえ」 自己紹介を途中でやめさせられた李信は益々不快になり一言呟いて再び黙ってしまった。 「私はラム。水素様付きの使用人よ。能力は風魔法と千里眼。この5人の中では戦闘力は1番低いしマナも少ない。ラムは射殺了解の監督役みたいなものよ」 「だろうな。千里眼も必要無い。俺には《探査回路(ペスキス)》があるからな」 李信がラムの自己紹介に悪態を吐いた。要するに俺の方が強いしお前が出来ることも出来るからお前は不要だという意味である。 「ニシンの癖に生意気ね。水素様の足下にも及ばない癖に。それに助けてあげた恩を忘れたのかしら」 「チッ!まさしく虎の威を借る狐だな。他人ではなく自分の力はどうなんだ?」 李信とラムがまさに一触即発の状況になった時… 「いやー、喧嘩する程仲が良いって言うよね!お二人さん痴話喧嘩はそのくらいにしようぜ!」 Hopeが間に入って仲裁を試みた。 「…Hope。さっきと言ってることが違うぞ。また面倒ごとを引き起こしたいのか」 「あっ…やべっ…」 Hopeは李信に指摘されて口を噤んだ。射殺了解が李信を睨みつけている。 「てめえ…やっぱラムとそういう関係だったのか…!」 「しつけえ奴だな。違うって言ったろ。いい加減にしろよお前」 食ってかかる射殺了解に対してついに李信は素を出した口語口調に変わった。 「そうよ。ただ割と古い知り合いってだけよ。ラムはこんな奴嫌いよ」 ラムの一言はその時ばかりは助けになる…そう李信は思っていた。 「気に食わねえ…。口じゃこう言ってはいるが本当のところは分からねえ…!てめえ俺とラムをかけて勝負しろ!」 「はぁ~本当にうっぜえなお前。今内輪揉めしてる場合じゃねえだろうが。俺達は疲れを癒したらウルクへ向かう。助けてくれたことには感謝するが邪魔をするならラムを連れて水素のところに帰れ」 「そうはいかねえ。気に入らねえが水素からお前らを助けて連れ帰るように言われてんだよ。だから勝負しろ!」 2人の口論は暫く止むことはなかった。 「おい李信、表出ろよ!」 射殺了解が李信とラムの関係を誤解したまま勝負を諦めようとしない。李信は再三「ここで無駄な力を使いたくない」と返しているがあまりにもしつこいので 「…いいだろう。一度痛い目に遭わなければ気が済まないようだな」 と、洞穴の外に出て射殺了解との対決を承諾した。 「ちょっと待ちなさい。2人ともラムの意思は無視するの?ラムはどちらにも好意なんてないんだけど」 「モテモテだな~ラム!良かったな!」 Hopeが茶化そうとするとラムがHopeを睨みつける。 「直江も災難だな~好きでもない女をかけて勝負する羽目になるなんてよ」 アティークは李信に同情的だが魔力残量的にまだ2人を止めるだけの力はなかった。 「よっしゃ!ラムにまたいいとこ見せてやるぜ!」 李信と対峙した射殺了解は銃を異空間から取り出して銃口を李信に向けて構えた。 「…せいぜい吠えてろ三下」 好きな女に自分が強いところを見せたいと張り切る射殺了解の熱を李信は心底鬱陶しいと感じていた。ラムが好きなら勝手にアプローチしろ、俺は関係無いと心中で呟いていた。李信は性格的にテンションが高いタイプとは合わないのもあった。 「行くぜ!風穴開けてやらァ!」 射殺了解が榴弾を連続で発射する。李信は回避しきれず榴弾を浴び、その体は爆散してしまった。…そう、あくまで射殺了解の中では。 「あ…やべえやり過ぎちまった…」 李信を殺めてしまったと後悔する射殺了解だが、『砕けろ 鏡花水月』の一言で目の前の現象が幻覚であることに気づく。 「終わりだ」 背後から李信が射殺了解の首筋に斬魄刀を突きつける。 「…いつの間に!」 「鏡花水月は始解を見た相手の五感と霊圧知覚を意のままに操る完全催眠の能力を持つ始解だ。お前が俺を爆殺したように見えたのも幻覚だ。勝負あったな」 「…クソッ!」 射殺了解はその場で両膝をついて項垂れ、拳を地面に叩きつけて固まってしまった。李信はそれを尻目に洞穴に戻っていく。 「ありゃりゃー。負けちゃったねー射殺ちゃん」 「負けてばっかだから忘れてたけど直江も一応実力者だからな」 観戦していたHopeとアティークはそんなやり取りをしながら洞穴に戻っていく。 新怪人協会アジト。帝国領内の何処かの地下に密かに作られたこのアジトに「奴」は現れた。 北条。現在起こっている全ての騒動の元凶である。氷河期との戦いに敗れて《神威》で脱出後に自らの新たなアジトで療養した後に此処へ訪れていた。 「何だお前は!」 「アルミュールを出せ」 下っ端怪人の問いなど歯牙にもかけずにいきなり高圧的な態度に出る。 「質問に答えろってんだよ!誰だてめえは!」 「アルミュール様はお前みたいな雑魚には会わねえよ!」 「アルミュール様を呼び捨てだと?死にてえのか人間!」 『天照』 行く手を遮りにじり寄ってくる災害レベル竜の怪人達に向けられたのは北条の《万華鏡写輪眼》の瞳術《天照》だった。北条を取り囲んでいた怪人達の体から黒い炎が発生し、その身を焼き尽くしていく。 木霊する怪人達の悲鳴。全身を焼き尽くされ消えてなくなっていく様子はまさに無常。 「騒がしいな。何事か」 「あ、アルミュール様!侵入者です!」 騒ぎを聞いて現れたらアルミュールに下っ端怪人が北条を指差して報告する。 「…北条ではないか。久しぶりだな。何用か」 「お前ら新怪人協会の力を貸せ」 「それが人…いや、怪人にものを頼む態度か?それに我々新怪人協会がお前に協力すると同盟を結んだのは怪人髪デュー様だ。デュー様はもう居ない。契約は白紙に戻ったのだ」 「ならば同盟を結び直す。アルミュール、俺に協力しろ。そうすれば世界の半分をくれてやる」 「デュー様亡き今、お前に協力する理由が無い。帰れ」 「…どうやら力づくでいくしかないようだな」 同盟締結をアルミュールに断られた北条の万華鏡写輪眼の赤模様が一瞬光り輝く。 『天照』 北条の速攻。左眼の《輪廻写輪眼》から発動される瞳術《天照》だが、黒炎が発火したのは既にアルミュールがその場から消えた後の床だった。 (速い…!) アルミュールが青く輝くビームサーベルを北条に上段から振るう。北条は《千鳥》を《草薙剣》に流した《草薙剣・千鳥刀》を持ってビームサーベルを受け止める。 「流石は写輪眼、良い反応をするようだが我が剣技についてくるのは至難の業だぞ」 顔を覆う格子状の兜の向こうから発せられるエコーのかかった低い声と共に高速剣技を始めるアルミュール。 《くっ…!》 写輪眼と高度な剣術を持つ北条でさえ、アルミュールの高速剣技を捌くのがやっとである。そして北条はついにx?「筝?吠??い蟒?鯢蕕錣気譴討靴泙Α 『千鳥流し!』 何とかアルミュールの剣に合わせて千鳥刀で受け止めた北条は鍔迫り合いの状態から、アルミュールのビームサーベルを伝ってアルミュール自身に《千鳥》を流して攻撃する。 「効かんな」 《千鳥流し》がアルミュールの体に届くことはなかった。アルミュールは更に二本目の赤いビームサーベルを腰から抜き放ち斬撃の構えを取る。 『火遁・灰塵隠れの術!』 北条は口から火炎を吐いて周囲の柱や岩盤、床を燃焼させることで灰と塵を大量に巻き上げ、それに紛れることでアルミュールから姿を隠した。 「目眩しか。だが所詮一時の時間稼ぎにしかならない。それはお前も理解している筈だ」 アルミュールは姿を隠した北条を辺りを見回して探し始める。が、北条の姿を捕捉するには至らない。 (奴は何処だ?後ろか?) 背後を見回す。しかし北条の姿はおろか、気配さえ感じ取ることは出来ない。 突如、アルミュールの脳天から股までを半透明の紫色のチャクラの矢が貫いた。 「何だその巨人は」 「『須佐能乎』だ。両眼に『万華鏡写輪眼』を開眼した者が覚醒する第三の力だ。しかし矢で貫いたのはやはり幻影だったか。写輪眼の前では全てお見通しだ」 北条の須佐能乎がアルミュールの後方にある階段の上の段から放った須佐能乎の矢が貫いたのは、アルミュールの幻影であり本体ではなかった。幻影を貫いた直後にアルミュールは階段の下段に現れたのである。 「では何故幻影の俺とまともに打ち上いをした?北条よ」 「お前の手の内を探る為だアルミュール。しかし、この俺相手に幻術の類を使ってくるとは何とも恐れを知らない奴だな」 『火遁・鳳仙火の術』 《万華鏡写輪眼》と《輪廻写輪眼》を持つ北条に幻術合戦を挑むなど笑止と言い放つ北条が印を結ぶと、須佐能乎の口から無数の小さな火球がアルミュールに向けて流星群の様に吐き出される。 「そのような低級な術が通用すると思ったか」 二本のビームサーベルで降り注ぐ全ての火球を斬り裂いてしまう。アルミュールはそのまま真っ直ぐ北条目掛けて突っ走り始める。そして何故か北条は《須佐能乎》を解除しアルミュールに対して刀を構える。 ビームサーベルと千鳥を帯びた草薙剣が再びぶつかり合う。 「また打ち上う気か?結果は先程と変わらないぞ」 「そいつはどうかな?」 「何だと?」 再び剣術対決。しかし写輪眼を持つ北条でさえ圧倒されるアルミュールの剣術は次第に北条を追い詰めていく。 『神羅天征』 北条の《輪廻写輪眼》の瞳術《神羅天征》により、北条を中心に強大な斥力が発生しアルミュールは後方に吹き飛ばされる。 「グハッ…!」 アルミュールは背中から岩盤に激突し、その衝撃で吐血しながら前のめりに倒れる。 『火遁・龍焔業歌』 北条が術を発動する為の印を結ぶと、口から龍の頭を象った炎をアルミュールに向けて無数に吹き放つ。アルミュールは何とか体を動かして蹌踉めきながらも立ち上がり、二本のビームサーベルで炎の全てを叩き落とした。 「成る程。貴様は多くの術を使えるようだが特に写輪眼や火遁、雷遁が得意と見える」 「それが分かったところでお前に勝ち目は無いぞアルミュール」 「まだ勝負はついていない。行くぞ!」 アルミュールは二本のビームサーベルをクロスさせるようにして構え直す。そして北条と距離が離れているにも関わらず二本のビームサーベルを、側から見れば半ばやみくもに振るい始めたのだ。 「どうした?勝ち目が無いと悟って自暴自棄になったか?」 北条が薄ら笑いを浮かべながら左手に《黒い千鳥》を帯びながらアルミュールに向けて高速で突進していく。だが、北条の千鳥がアルミュールに届くことはなかった。北条を見えない壁が阻み、勢いあまって激突してしまったのだ。 「どういうことだ…?」 北条は一度体勢を立て直さんと後方に跳び下がろうとするが、まるで飛び跳ねて遊んでいる子供の様に頭から見えない壁に激突してしまったのである。 「恐ろしいか?目の前で自分の理解出来ないことが起こっているのは」 アルミュールの斬撃。北条は千鳥刀で受け止めようと体を動かすが叶わない。まるで四方を壁に囲まれた様に身動きが取れないのである。 「終わりだ。北条」 アルミュールの青いビームサーベルが北条の心臓を貫いた。北条が吐血し、血飛沫がアルミュールの首や胸にかかる。しかし、アルミュールが勝利を信じた瞬間に心臓を貫いた北条の体が消えた。 「まさか…影分身…!?」 そう、この北条は《影分身の術》で作り出した北条の分身だった。 「本体は何処だ…?」 『神威』 更に別の北条がアルミュールの背後から神威を発動させ、神威空間へと吸収しようとするが、アルミュールは右斜め前方へ超高速で突っ切ることで難を逃れる。 『天照』 しかし逃れた先には天照。これも空間転移と見紛う程のスピードでアルミュールは回避するが、北条は天照を発動し続けアルミュールではなくアジトの床を狙っていく。アルミュールの足場を無くす作戦に出たのである。 北条の《天照》により、ついにアルミュールはフィールドの中心部分に追い詰められた。それを視認した北条は《須佐能乎》を顕現させ、須佐能乎の手に持つ弓に矢を番え、《炎遁・加具土命》の力で天照の黒炎を付加した。 『炎遁・須佐能乎加具土命!』 須佐能乎の弓から黒炎を纏った巨大な矢が天に向けて放たれ、ある程度の高度まで達したところで無数に分離し、まさに雨霰の如くアルミュールに降り注ぐ。 「燃え尽きろ!」 北条の一言と共に地に降り注いだ矢を覆う黒炎が一気に噴き出し炎上する。さしものアルミュールもこれでは無事では済まないだろう、そう北条は思っていたが… 「何とか回避したが…片腕を失う羽目になるとはな」 アルミュールは驚異的なスピードで矢の雨の間隙を縫って回避したものの、左腕に矢を受け焼き尽くされてしまっていた。このままでは左腕から全身に黒炎が廻ってしまうと察したアルミュールは自らの左腕を斬り落としたのである。 「まだやるのか?俺の有利は火を見るより明らかだ」 「まだ俺は本気を出してはいない。この程度で屈していてはデュー様に申し訳が立たぬ!」 アルミュールはビームサーベルを振るうことで黒炎を空間ごと削り取り足場の確保に成功すると、そのビームサーベルに魔力を込め始める。 「貴様を空間ごと、次元ごと斬り裂く!」 超スピードで接近したアルミュールは《完成体須佐能乎》と化した北条の太刀と切り結ぶ。そして、アルミュールのビームサーベルを受け止めた須佐能乎の太刀は跡形も無く消滅してしまう。 『月読!』 だが、正面衝突をすればお互いに相手の目を見ることになる。北条はその機を逃さず万華鏡写輪眼の瞳術《月読》を発動する。 そして、アルミュールは否が応でも北条の月読の世界に引きずり込まれた。 「何だこの光景は…!」 「月読の世界では、空間も時間も質量も、全ては俺が支配する」 「これから72時間、貴様はデューを失ったあの日を彷徨え。そしてつま先から頭のてっぺんが消えて無くなるまでお前を自動の鑢で削り続ける」 アルミュールの地獄が始まった。 『必殺マジシリーズ マジ殴り!』 白いマント、黄色のヒーロースーツ、黒いベルト、赤の手袋とブーツという何ともふざけた格好のヒーロー…すなわち水素の本気の拳でデューの肉体は無数の肉片と血飛沫に変えられる。その血飛沫は間近に居るアルミュールの顔や体に降り掛かる。 「デュー様!デュー様ァァァァァァァァ!!!」 デューを救おうと動こうとした。だが、右手両足を拘束され椅子に縛り付けられており一切の身動きが出来ない。そんな状態で敬愛する主君をふざけた格好のヒーローに撲殺される。そんな光景を一度ではなく無限に見せられ続けるのである。 ならばせめてとアルミュールは目を瞑ろうとするが、瞼が固定されておりそれさえも叶わない。更に視界には北条の姿もある。激昂したアルミュールはせめて大声で叫ぼうとするが、口の拘束具がそれをさせない。 「さて、これから72時間お前にはこの光景を楽しんでもらう。更にさっき言ったようにお楽しみもある」 北条が視線を向けたのはアルミュールの足の裏に備え付けられた自動動作する鉄製の鋭い鑢だった。アルミュールは戦慄する。 「これでお前のつま先から頭のてっぺんまで削り続ける。完全にお前が消えて無くなったらまたお前は復活して削られ続ける」 北条が鑢の自動スイッチをONに切り替えると鑢は高速で回転し始める。足の裏が削られ激痛が走る。アルミュールに為す術など無かった。 悲鳴を上げることさえ出来ず、ただただ激痛を感じながら、飛び散っていく自分の血を見ながらアルミュールは自分の体が消えていくのを見ながら悶絶した。こうした拷問を北条は月読世界の中で72時間も続けた。 月読世界では72時間、現実では一瞬の拷問が終わる。アルミュールは北条の前で俯せに倒れてしまった。 「勝負あったな。如何なる強者であろうがこの幻術月読を破ることは出来ない」 北条は左手に《千鳥》を纏い、俯せに倒れているアルミュールの右目掛けて突き出した。アルミュールの右肩は貫かれ、残った右腕さえも剣を振るえる状態ではなくなってしまう。 「デュー………様………」 アルミュールは完全に意識を失った。 「目が覚めたか」 半日も経っただろうか。アルミュールは意識を取り戻し目を覚ました。起き上がって視界に現れたのは自分の意識を奪った張本人である北条だった。 「くっ…!」 北条に千鳥で貫かれた右肩に激痛が走る。だが、その右肩を抑える左手はもう無い。 「俺に協力しろアルミュール。そうすればデューを生き返らせて傷も治してやる。さもなくば今ここでお前にとどめを刺して新怪人協会を滅ぼす」 「何…だと…?」 アルミュールは我が耳を疑った。デューを生き返らせると、アルミュールは確かに聞いた気がした。だが死んだ者を生き返らせることなど本当に可能なのか?とアルミュールはその話をすぐに信じようとはしなかった。 「今…なんと言った」 「俺に協力するならその傷を治してデューも復活させてやる。さもなくば新怪人協会を滅ぼす」 2度も聞けば流石に我が耳を疑うことはない。アルミュールは先に首を縦に振って頷いてから 「いいだろう。お前の計画に新怪人協会を挙げて協力することを誓う…!」 苦渋の決断であり、デューを復活させるなどアルミュールは本気で信じてはいなかった。しかしデューから受け継いだこの新怪人協会を守る為には北条に従うより他は無い。 「よく決心したアルミュール。約束通りその傷を治してやる」 北条はアルミュールの右肩の傷口に手を当てると、手にチャクラを流し込んで医療忍術を使い始める。アルミュールの傷口が徐々に塞がっていく。 「お前こんなことも出来るのか」 と、アルミュールは北条の術や能力の多彩さに感心している。 「そうだ。俺に逆らうのは下策だと理解出来ただろう?」 この日から新怪人協会は北条の計画に協力することに決まった。反対する怪人も居たが、反対の意を示した怪人は全員北条により抹殺された。 マロンの剣から放たれた雷がくれない邸に落ちて跡形も無く吹き飛ばした。 星屑、マロン、赤牡丹、Wあはついに動き出した。太鼓侍は李信邸の守備についた。 4人はくれない邸に攻撃を仕掛けた。エキキョーで騒乱が起こった5日後のことである。何故攻撃を仕掛けるのに時間がかかったか。それは何処からか流れた噂が原因である。 「新怪人協会が帝都を狙って動いている」 だが結局それはデマだった。マロンらは5日間もデマによる足止めを喰らったのである。 「これで一網打尽…というわけにはなるわけねえか」 《雷光剣(バララークサイカ)》の雷でくれない邸を吹き飛ばしたはいいが、小銭の宝具《熾天覆う七つの円環(ローアイアス)》で彼らの身は守られていたからである。 「やっぱり来やがったか直江の犬ども」 くれないが先頭切ってマロンらの前に立つ。 「俺らが直江の犬ならお前らは何だ?セールの犬か?まあそのセールも直江を支持してるみたいだがな」 星屑が煽り返す。 「フッ…本当にお前らはおめでたい奴等だな」 「何?」 「既に勅は改められた…。お前らが逆賊になったのだ」 「どういうことだ?」 「クックック…」 くれないの口から李信派に衝撃の真実が明かされようとしていた。 「セールは既に勅を改めた。李信、アティーク、Hopeこそが朝敵…つまりこのポケガイ帝国が討伐すべき敵なのだ」 くれないは見下すような笑みを浮かべながら真実を告げた。因みに朝敵というのは逆賊とほぼ同じ意味の言葉だと考えて良い。要するに国家の敵、朝廷の敵、君主の敵ということである。 「グレートだぜ…こいつは…。何で直江が朝敵にならなきゃならねえんだ!さてはお前らが何か碌でもねえことをしやがったのか!」 星屑は半信半疑ではあるが、くれないがそう言っている以上100%嘘だと楽観するのも下策だと考え、もう少しくれないを探ろうとしたが… 「貴様らが知る必要無いだろ?今ここで死ぬんだからよォ!」 くれないから経緯についての詳細を引き出すことは叶わなかった。 「言わせておけば!『スタープラチナ!』」 話を聞き出せないとあらば、利用価値の無いただの敵である。星屑の頭の中では既にくれないは尋問対象から抹殺対象に切り替わったのだ。スタンド《スタープラチナ》を出してくれないに接近する。 『北斗百烈拳!』 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」 「あたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!!」 星屑の《スタープラチナ》のラッシュとくれないの《北斗百烈拳》のラッシュがぶつかり合い、あまりの激しさに拳がぶつかり合う鈍い音が周囲に響き渡る。 「貴様の経絡秘孔を突いてその体をバラバラ死体に変えてやるゥ!!」 「ほざけ!俺のスタープラチナの方がパワーもスピードも上だぜ!!」 しかし、いくら連続でぶつけ合っても全くの互角であり、一向に決着がつく様子が無い。そこで星屑はこれでは拉致があかないと考え次の手に出ることにした。 『スタープラチナ・ザ・ワールド!』 時を止めた。星屑以外の世界の全ての時間が停止する。無論くれないも例外ではなく、先程まで超高速で《北斗百烈拳》を放っていたのが嘘のようにピクリとも動かない。 「喰らえ!波紋『オーバードライブ!』」 星屑が右腕に波紋エネルギーを纏って手刀をくれないに見舞う。《スタープラチナ・ザ・ワールド》の時間停止能力が解除されると共にくれないはその場で意識を失い仰向けに倒れた。 「グレートだぜ、こいつは」 仰向けに倒れたくれないの顔面に、星屑は唾を吐きかけた。 「エヴァを出せないまさっちさんなんてただの人間ですよね?」 そう言って生身のまさっちを煽るのは稀代のポケモントレーナー・Wあ。彼はモンスターボールを胸の内から取り出して投げつける構えを取る。 「出てこいカプ・コケコ!」 カプ・コケコ。電気タイプとフェアリータイプを併せ持つアローラ地方の準伝説ポケモンである。カプ・コケコの特性によりエレキフィールドが展開され、辺りは静電気が敷かれ磁場と化す。 「カプ・コケコ、奴に10まんボルトだ!」 Wあの命令を受けたカプ・コケコはその場で全身から放電し、10万ボルトの電撃をまさっちに向けて放つ。しかし、まさっちは自分の前方に何とATフィールドを展開して電撃を防いだのだ。 「なんだこれ…」 「俺が生身のただの人間だなんて勝手な決めつけだお^^そんな甘い考えだからお前らはいつの間にか逆賊認定される政治的弱者に成り下がるんだお^^」 ATフィールドを連続で出し続けていくまさっち。これでは正面からのカプ・コケコの攻撃はまさっちには届かないし、WあがATフィールドを受ければ押し潰されるか吹き飛ばされてしまう。 「カクレオン、影撃ちだ!」 「え…?」 突如背後に現れたWあのカクレオンの攻撃。まさっちは影撃ちを受けて気絶してしまった。 「甘いのは貴方でしょうまさっちさん。俺が無策で貴方に挑むとでも?バトルも論争も同じですよ」 「ポケモンを二体同時に使うのが卑怯?そんなことはありません。勝てば正義です」 既に意識を失っているまさっちにWあは続けて捨て台詞を吐いた。 『憤怒と英傑の精霊よ、汝と汝の眷属に命ず、我が魔力を糧として我が意志に大いなる力を与えよ!』 マロンは自らの金属器となる剣を掲げて呪文を唱えると、憤怒と英傑のジン・バアルと融合した姿になる全身魔装の状態となった。そして、対するはポケガイ帝国の実力者・小銭十魔。彼は懐からクラスカードを取り出して掲げる。 『クラスカード・アーチャー!』 小銭はアーチャーのクラスカードの力により古代バビロニアの王・ギルガメッシュの姿になる。そして同時に小銭は宝物庫を異空間からのゲートの様に無数に展開、その宝物庫からまた無数の宝剣が顔を覗かせる。 「お前と戦うのは初めてだ。でもお前が活躍したってことは聞いたことがない。つまりこの戦いは既に勝敗が決してるんだよ! 小銭は無数の宝剣をマロンに向けて次々と射出する。小銭は既にこれだけで勝ったと思い込んだ。だが… マロンは回避した。それも宙に浮いてである。全身魔装を発動したマロンは浮遊・飛行が可能になるのである。 「名や活躍が知られていないから簡単に勝てる?それがお前の認識の甘さだよ小銭十魔」 「ほざけ!」 宝物庫のゲートの上空に向けて宝剣を次々に射出するも、マロンは悠々とそれをかわし続ける。しかも、無意味だと言わんばかりに小銭を嘲笑うかのような笑顔で。 「だったら俺も空中戦だァ!」 宝物庫から宝具の一つである黄金とエメラルドで出来た空中戦艦《ヴィマーナ》を取り出して座席に腰をかけるとすぐにマロン目掛けて発進、飛行を開始した。 「俺を手こずらせるんじゃねえよ!」 次々と空中から宝剣を射出し続ける。が、マロンには当たらない。マロンも素早く飛行しながら回避を続けるからである。 「こうなったらアレを使うしかないか?」 「アレ」とは、《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》のことである。小銭はこれを軽々しく使いたくはない。つい最近もペインという特に重要ボスでもない立ち位置の相手に使ってしまったばかりではあるが。 「プライドより勝利だ!やっぱり使う!」 小銭は《ヴィマーナ》で飛行を続けながら《乖離剣エア》を宝物庫から取り出した。 『雷光剣(バララークサイカ)』 守勢だったマロンがついに攻撃に出る。金属器となる剣に雷を纏わせてそれを巨大化させて放出したのだ。小銭は間一髪のところで右にそれて避ける。小銭の脇を掠めた雷はそのまま帝都の遥か後方にある山を穿ち大穴を開けて崩壊された。凄まじい雷鳴と山が崩れる音が小銭の耳を劈く。 「なんだよこの威力は…直江の月牙天衝とか氷河期の冷撃とかよりよっぽどやべえじゃねえか…」 小銭は恐怖した。自分はとんでもない奴を敵にしてしまったのだと。 「あんな厄介な奴は今倒しておかねえと厄介になる!決めたぜ!今使う!」 《乖離剣エア》の三つの円筒がそれぞれ別の方向へと回転し始める。そして膨大な魔力が纏われ、小銭はそれを天からマロンへと向ける。  これこそあらゆる死の国の原典、生命の原初の記憶。  カレ等が地獄を謳うのなら、ソレは地獄を作り上げる。  天地が乖離する以前、この大地は溶岩とガス、灼熱と極寒入り乱れる地獄であった。  その苛烈さは語り継がれる記憶にあらずとも、目に見えぬ遺伝子に刻まれている。  ……そう。  地獄とは、このおおらかな星があらゆる生命の存在を許さなかった、原初の姿そのものだと‐‐‐! 『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!』 三つの円筒が回転することにより圧縮され絡み合う風圧の断層は、擬似的な時空断層となって敵対する全てを粉砕する…筈なのだが… 「極大魔法『雷光滅剣(バララークインケラードサイカ)』 マロンの剣から先ほどよりも更に巨大な雷が解き放たれた。小銭の《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》とついに空中で激突、数秒ほど互いの技は凌ぎを削り一歩も譲らなかったが… 「そんな馬鹿な!対界宝具が破られるだと!?」 《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》は打ち破られ、一筋の巨大な雷が小銭に向かって伸びていく。 「くっ…!」 かわしきれない。そう判断した小銭は咄嗟に《熾天覆う七つの円環(ローアイアス)》を展開し雷を防ごうとするが、全ての花弁状のシールドは破壊されて小銭は雷をその身に浴びてしまった。 「馬鹿…な…何で…俺が…」 小銭はその場から墜落し、地面に激突して意識を失った。 「ふう…流石に強敵だったが何とかなったぜ…」 全身魔装を解除し地上に降りたマロンはホッと胸を撫で下ろした。 赤牡丹vsオルトロス 赤牡丹はオルトロスに為す術無く敗れた。赤牡丹の能力は悉くオルトロスの《一方通行(アクセラレータ)》に跳ね返され、今まさにとどめを刺されようとしていた。 「終わりだ隠密ゥ…」 オルトロスはその右手で赤牡丹の体に触れて血液を逆流させるべく突き出した。 『スタープラチナ・ザ・ワールド!』 時間は停止し、ただ1人止まった世界の中で星屑がスタープラチナで赤牡丹を抱えてオルトロスの攻撃の射線上から救い出した。 「そして時は動き出す」 たかが2秒。されど2秒。赤牡丹を救い出すには十分な時間だった。そして星屑はオルトロスから赤牡丹を庇うように前に出て対峙する。 「くれないならそこで伸びてるぜ。残りはてめえだけだオルトロス」 「邪魔すんじゃねえよスタンド使いィ!」 オルトロスが星屑目掛けて急接近してくるが、星屑は《スタープラチナ》でオルトロスをぶっ飛ばした。ぶっ飛ばされたオルトロスは建造物に激突し血反吐を吐き、瓦礫を掻き分けながら蹌踉めき立つ。 「スタープラチナはパワーとスピードもさることながら精密な動きが得意なスタンドでな。所謂、木原神拳的なことも出来るんだよ」 「クソ…が…!」 オルトロスは竜巻を発生させて星屑への反撃を試みる。が… 『サイコキネシス』 竜巻は星屑の後ろから赤牡丹が超能力を発動してx_砲?辰靴拭?海譴鮃サ,箸个?蠅棒蔚?魯?襯肇蹈垢棒楸瓩垢襦 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!オラァ!」 抵抗虚しくオルトロスは《スタープラチナ》のラッシュにより顔面は腫れ上がりぶっ飛ばされてリタイアとなった。 「助かったぜ星屑」 「礼には及ばねえ。こいつとお前じゃ相性が悪い。仕方ねえさ」 ともかくこれで4人を片付けることに成功した星屑達李信派だった。 李信派の4人は何とか反対派の4人を片付けることに成功したが、命を奪うことはしなかった。それは彼らが再び味方になると思っていたからである。 根拠は、セールと李信の人望の差である。確かに李信も人望が厚い方ではない。むしろ無い方ではあるがセールよりはある。Wあ、赤牡丹、マロン、太鼓侍、星屑は紛れもなく李信の仲間と言える。内憂外患を抱えた際に必ず李信の味方になる者達である。 更に、アティークとHopeの2人は特別李信に好感を抱いてはいないが、今はその力を必要としており李信の統率に従っている。これも味方て言える。 次に、平沢水素。平沢水素も特に李信に好感を抱いているわけではないが、特に反感も抱いておらずいざという時には救援に来ている。 エイジスとは仲違いを繰り返しているが、友好度はある筈である。 しかしセールと親しいと言えるのは筋肉即売会とくれないくらいである。彼らも李信が有利と見れば寝返る可能性はある。小銭、オルトロス、まさっちは李信が有利と見れば寝返るだろうと彼らは考えている。つまり、北条との決戦もあるので未来の戦力を削りたくないのである。仲間割れして殺し合っている場合ではないという結論である。 そして、彼らはまだくれないとエイジスによる密約と工作のことを知らなかった。それも大きい。 勝利を収めた李信派4人は余勢を駆って一気にセールが鎮座するポケガイ城へと乗り込まんと走り始めるが、それを阻む者があった。エキキョーからこの帝都に戻ってきたエイジスこと氷河期である。 「氷河期…久しぶりだな。そこを通してくれないか?」 「そういうわけにはいかない。これ以上直江氏の好きにはさせない」 星屑はまず物腰柔らかく氷河期に声をかけ、交渉を試みるも氷河期の意は既に決していた。 「今俺達は仲間割れしている場合じゃねえじゃあねえのか!?こうしている間にも北条が戦力を増強してるんだぞ」 「だが北条の乱を収めても次はまたアティークが牙を剥くだろう。そうやっていつまでも戦乱は続く…未来を予測し火種を消す…。それが平和への道だ」 「どうあっても通してくれねえってことか…だが4vs1だぜ諦めな」 「そいつはどうかな?」 氷河期がそう言うと、氷河期の後ろから神秘的なオーラを纏い、浮遊したまま近づいてくる男と、白衣を着た科学者風の男が現れた。 「エスパニョ~ル博士、完成したか?」 「残念ながら未完成だが…しかしこいつらを蹴散らすくらいの力は引き出せる筈だ。行け、凪鞘!」 「凪鞘だと?一体どういうことだ!凪鞘は水素が倒した筈だ!」 星屑の後ろに立っている赤牡丹が、確かに自分の視界に収まっている凪鞘の姿を確認しているが半信半疑でもあった。 「北条の穢土転生とかって術をこの天才科学者・エスパニョ~ル様の技術で模倣して凪鞘を復活させてみたのさァ!私は世界最高のマッドサイエンティスト・エスパニョ~ル!私に不可能はなァい!」 エスパニョ~ルが眼鏡をクイッと右手の人差し指と中指でたくし上げながら高らかに叫ぶ。その様子は如何にもマッドサイエンティストといった風だった。 「俺があの戦場から水素が倒した凪鞘のDNAを回収してエスパニョ~ル博士に頼んだのさ。やはりエスパニョ~ル博士は天才だ…!これで世界は平和へ向かう…!」 氷河期の言う「あの戦場」とは、領那戦で戦死した氷河期の仲間達の葬儀会場のことである。氷河期は密かに水素が倒した凪鞘のDNAを持ち去っていたのである。 「おいおいおいおい…こりゃ相当やべえんじゃあねえのか…?」 凪鞘の姿を見せられたとあってはさしもの星屑も体が震え始める。 「いや、エスパニョ~ルの奴はさっきまだ凪鞘は未完成とか言ってたぞ。まだ完全じゃない内に倒せばいいのさ」 マロンが勇んで見せるもその手はやはり震えている。 「しかし相手は凪鞘に加えて氷河期さんも居る…どうすれば…」 凪鞘は不完全とあっても最強の超越神。あの水素に傷を負わせた唯一の存在。そんな相手、4人がかりでも恐らく厳しいというのに更に氷河期までいる。形成は一気に不利になったとWあは考えた。 「氷河期の相手は俺に任せてもらおうか」 突如氷河期と向かい合うようにして何処からか跳んで現れた変身ベルトを腰に装着した男があった。 「お前…誰だっけ…?」 「ソラだ。不在の水素先生に比べれば役不足だが氷河期と対等に戦う自身はある」 星屑は他の3人の気持ちをも代弁する形で男に尋ねる。たまにしか姿を現さない為にソラは忘れられていた。 「あー!仮面ライダーの!済まねえが氷河期は任せていいか?」 「そのつもりで来た!こいつらの陰謀を知ったからには放ってはおけない!」 氷河期vsソラ 凪鞘vs星屑、赤牡丹、マロン、Wあ 二つの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。 「妙だとは思わないか?」 「ええ、俺もそう思ってました」 世紀のマッドサイエンティスト・エスパニョ~ルの手により蘇った伝説の超越神・凪鞘を前にして星屑とWあは違和感を感じていた。 「あいつ、何も話さないな」 「ずっと無口だ。不完全ってのは言語能力のことなのか?俺は戦闘能力が不完全なのを期待してたんだが「( 星屑とWあの掛け合いにマロンが気付き、赤牡丹が推測と希望を述べる。そう、凪鞘は彼らの前に現れた時から一言も言葉を発しておらず、口も開いていない。そのことを彼らは言っていた。 「いいや、言葉を発せない他にも不完全と言うからには何かある筈です。行け、ダークライ!」 Wあはダークボールを懐から出して前へと投げる。ダークボールからは伝説の漆黒のポケモン・ダークライが登場する。 「『ダークボール』だ!」 Wあのダークライへの指令。ダークライは無言で頷き、黒いブラックホールの様なエネルギーを両手で生成して凪鞘に投げる。凪鞘は回避も防御もする様子を見せずにダークホールを受けて眠りにつく。 「よし、みんなは手を出すな。奴が眠っている内に俺のスタンドでキメる!『デス13(サーティーン)』!」 星屑は眠っている凪鞘に近づいて鎌を持った死神の様な姿をしたスタンドを顕現させる。 「夢の世界に招待してやろう…」 星屑のスタンド《デス13》の能力により、凪鞘は夢の世界へと強制的に引きずり込まれた。 (此処は…何処だ…?) 凪鞘はいつの間にか自分が見たこともない世界に引きずり込まれたことに気づく。その光景は何と、遊園地だった。 「聴こえるか凪鞘。これは俺のスタンドの能力だ。この夢の世界では全ては俺の意のままだ。如何に超越神であろうと今お前の命は俺に握られている」 姿を見せず何処からか凪鞘に語りかける星屑。その直後、凪鞘の頭上から脱線したジェットコースターが墜落してきた。 (…!) しかし、凪鞘に回避する余裕は無かった。星屑の言葉に耳を傾けていたので反応が遅れたのである。 凪鞘は落下してきたジェットコースターによりトマトみたいに潰れて死んだ…と思いきや、凪鞘は右手のみでジェットコースターの車両を受け止め前へと放り投げたのだ。 「やるな超越神!膂力も超越してやがるぜ。だがこれはどうだ?」 またもや何処からか星屑の声が聞こえる。すると今度は凪鞘の頭髪が急激に伸び出して背後にある二つの柱に巻きつけられ身動きが取れなくなった。 「どうだ、動けまい!」 身動きの取れなくなった凪鞘に、鎌を持った死神の様な姿になった星屑が背後から接近する。そして、その手に持っている鎌を思い切り振り上げる。 「死ねえ!」 そのまま鎌が振り下ろされる。一息に凪鞘の首を刎ねようとした星屑の行動であるが、何故か鎌は凪鞘の首に届く前に見えない何かにより食い止められてしまう。 「愚かな星屑…。私にそのような小手先のスタンドとやらが通用するとでも思っていたのか?」 「やっと喋る様になったか。やはり何らかの防御策を…」 「策ではない。これは我の基本的な力だ。貴様如きに我が策を弄する程の労力を割くと思うのか?思い上がりが過ぎるぞ星屑」 星屑はスタンド《デス13》での戦闘を諦め、《デス13》を収めた。それと同時に夢の世界は消え失せて凪鞘は目を覚ます。 「星屑!凪鞘が目を覚ましたぞ!」 「すまねえ…しくじっちまったぜ」 凪鞘が目を覚ましたのを見た赤牡丹に星屑が申し訳なさそうに答えた。 「この凪鞘を止める手立てなど貴様らにありはしない」 凪鞘は《ゴッドブレード》を顕現させて星屑に切りつけてくる。 『第四波動!』 《ゴッドブレード》で星屑に斬りつけようと迫る凪鞘に向けて赤牡丹の右腕から強力な熱戦《第四波動》が放出され凪鞘に直撃する。 「そんなものがこの凪鞘にダメージになると思っているのか?!」 『ゴールドエクスペリエンスレクイエム!』 赤牡丹の《第四波動》を払い除けた凪鞘が蚊でも止まったかの様に言い捨てて星屑への斬撃を続行する。星屑はスタンド《ゴールドエクスペリエンスレクイエム》を出して凪鞘の《ゴッドブレード》を白刃どりする。 「成る程、さっきの火炎は目眩しと時間稼ぎというわけか」 「無駄ァ!」 凪鞘の問いには反応せずに星屑は凪鞘の剣を力で押し戻すと《ゴールドエクスペリエンスレクイエム》の拳を凪鞘の顔面に見舞う。 「ぐふゥ!」 「当たったァ!『ゴールドエクスペリエンスレクイエム』の能力は有効の様だな!」 顔面にスタンドの一撃を受けた凪鞘のx?「?戮気赱椶?侏莨紊?襦H?錣世辰芯怯杰世隆蕕聾?襪睫技瓦併僂砲覆辰拭 「貴様…!人間如きがこの凪鞘の顔を…!許されるとでも思って…」 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!無駄ァ!!」 凪鞘が言いかけたところで星屑は最後まで耳を傾けるつもりなど無くスタンドのラッシュ攻撃を容赦無く凪鞘に浴びせた。 「ぐはっ…!星屑…貴様ァ!!」 『極大魔法・雷光滅剣(バララークインケラードサイカ)』 吐血しながら、全身から血を流しながら怒りのあまり剣を持つ右腕を震わせて星屑の名を呼ばわり激昂する凪鞘にマロンが追撃とばかりに全身魔装の状態で巨大な雷を放った。雷は見事凪鞘に直撃し、凪鞘は悲鳴をあげながら全身を黒焦げにされてしまう。 『特攻・ヴァルカンショック・リトルボーイ!』 赤牡丹の全身に炎を纏った強力な体当たりがそこへ炸裂、凪鞘は脇腹に直撃させられ吹き飛ばされた。 「皆さん、仕上げの時間です!メガボーマンダ、『捨て身タックル!』」 星屑らが戦っている間にヨクアタール、ディフェンダーなどのアイテムで全ての能力を6段階上昇させたWあのメガボーマンダの《捨て身タックル》が虫の息の凪鞘の腹部に炸裂した。 腹部にメガボーマンダの《捨て身タックル》を受けた凪鞘は骨がミシミシと折れる音を響かせながら吹き飛ばされていった。 「やりましたかね?」 「おいそのセリフはフラグだからやめろ」 トドメを刺したWあが吹き飛ばされた先で仰向けに倒れた凪鞘を確認してそう呟いた。それに突っ込んだのは星屑だった。 「誰が誰をやったというのだ?」 「「「「!」」」」 倒した筈の凪鞘の声がエコーがかかった状態で星屑達の耳に届く。星屑達が気づいた時には凪鞘は空間転移で星屑達がすぐに見上げられる空まで浮遊していた。体の損傷は全て回復しており、先程までのラッシュ攻撃は全て無意味だったのかと4人を絶望させた。 「傷が全部塞がってやがる…火傷も…」 「嘘だろおい…」 マロンと赤牡丹が他の2人の意も含めた絶望の感情を言い表す。凪鞘はそれを見て不敵な笑みを浮かべていた。 「やっとほんの少しだけ調子が戻ってきた。あのヘボ科学者めは我をこんな状態でしか復活させられない癖によくも天才を自称出来るものだ」 「ボーマンダ!『ハイパーボイス』だ!」 メガボーマンダが2枚の翼を羽ばたかせて飛び上がり、凪鞘に近づいて口腔から強力な音波を放出する。が、凪鞘には何の影響もなく動じなかった。 「その龍、目障りだな」 凪鞘はそう言って左手の全ての指をメガボーマンダに向けると《イモータルキャノン》を射出した。 メガボーマンダは、憧れた空で無惨にその命を散らした。 「ボーマンダァァァァァァァァァ!!!」 墜落していくボーマンダの遺骸。相棒を失い絶叫するWあ。何も出来なかったという無力さがこみ上げてくるのを感じる星屑達。 形成は完全に逆転した。 「Wあ、退がってろ!」 ポケモンを殺されたWあはもう凪鞘とは戦えない。別のポケモンを繰り出してもまたあのキャノン砲の連射で殺されるだけだ。そう考えた星屑はWあに退がる様に言って自ら背中の2枚の翼を使い浮遊している凪鞘に近づいた。 『ヘヴンズ・ドア!』 「これでてめえの情報を書き換えてやるぜ!」 このスタンドは基本的には、身体のどこかの部位が薄く剥がれるような形で「本」のページになる。「本」には対象の肉体や精神が記憶している「人生の体験」が記されており、記述を読むことで相手や相手の知っている情報を知ったり、ページに書き込むことで相手の行動・記憶を使用者の思うとおりに制御することも可能となる。 「そんなことをさせると思うか?」 「させてもらわないと困るんだよ!」 凪鞘から見て左に回ったマロンが相手の動きを封じる魔法《傀儡子操葬(アラ・ラケーサ)》を発動しようとしたが、凪鞘が放った《イモータルキャノン》で脇腹を貫かれて墜落していく。 「仲間の心配をしている場合か?」 「…!」 思わずマロンの方を向いた星屑だが、気づけば眼前に凪鞘の姿があった。星屑は内心「しまった!」と感じるも遅かった。 「死ねえ星屑ゥ!」 凪鞘が《ゴッドブレード》を星屑の脳天に振り下ろす。星屑は咄嗟に《キラークイーン》を出して白刃どりで受け止める。 「爆ぜて消えろ!」 自分が不死かつ再生力もある星屑はこのゼロ距離で躊躇わずに《キラークイーン》の起爆スイッチを作動させた。凄まじい爆音が、一気に空に広がる爆炎と共に湧き上がった。しかし… 凪鞘は爆炎を《ゴッドブレード》で振り払う。自らの体を爆弾とされて起爆されたにもかかわらず無傷であった。星屑は凪鞘の気配に気づいて慌てて距離をとったので凪鞘の斬撃は受けていない。 「マタドガス、『えんまく』!暫く吐き続けろ!」 Wあが地上からマタドガスを繰り出してマタドガスに《えんまく》を命じると、今度はラティオスを繰り出して背中に飛び乗り、赤牡丹と倒れているマロンを素早く回収した。 凪鞘が《ゴッドブレード》を振るうも、振るう度にまた《えんまく》により視界が遮られる。 「星屑さんは自分で飛べるますね!?俺達じゃこいつには勝てない!逃げましょう!」 「氷河期の相手してるソラはどうすんだよ!」 「ソラさんならもう離脱しました!早く!」 「クソ!」 星屑は凪鞘に背を向けて全速力で飛び始めた。Wあもマロンと赤牡丹を乗せてラティオスに全速力飛行を命じ、あてもなく凪鞘とは逆方向に逃げ始める。 凪鞘というイレギュラーの登場により、李信派はその圧倒的な実力の前に敗れ去った。その後、彼らの消息は主だった者達全員が掴めなくなる。 少し時間を遡り ソラvs氷河期 凪鞘と星屑、マロン、赤牡丹、Wあが戦っているのと同時にソラと氷河期は対峙していた。互いに睨み合い、数秒緊迫し無言の空間となっていた。その重い静寂をソラが破る。 「先生の邪魔をすると言うならば誰であろうが容赦はしない。それにお前は俺には勝てない。お前に与えられた選択肢は二つだ。俺に降伏するか俺に殺されるかだ」 ソラは右手の指でチョキの形を作りながら氷河期に選択肢と称して突きつける。 「お前が俺に勝つ?いつも水素の陰に隠れているお前如きの実力で精霊術を取り戻した俺にか?あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ」 氷河期は取り逃がしはしたものの、アティークや李信らを破って調子に乗っているようだ。もっとも、それは仲間の回復サポートがあったからこそ。そしてこの場には彼らは居ないが後ろにはエスパニョ~ルが控えている。 「説得は無駄なようだ。これからお前を排除する」 ソラの変身ベルトのコアが眩い光を放ち始める。 「変身!」 ソラの全身が光に包まれ、それが消えるとソラは仮面ライダーカブトの姿に変身していた。それを見た氷河期も戦闘体勢に入る。 『鉄血転化』 身体能力を底上げする強化術を発動、頭髪や瞳が赤く染まる。左右の腰からは二本一対の機剣を抜いてソラに対して構える。だが、そんな身体強化術も無意味だった。 ソラは《ハイパーゼクター》と呼ばれるレバー状の取手(ゼクターホーン)がついている装置を変身ベルトに装着する。そして《ハイパーゼクター》のスイッチを入れることにより『Hyper Clock Up』と電子音が鳴り響く。 ハイパーゼクターのゼクターホーンを倒し、「Maximum Rider Power」の電子音声と共にカブトゼクターにマキシマムライダーパワーが送り込まれる。 カブトゼクター(変身ベルト)上部の脚3本それぞれに内蔵されたスイッチを「1,2,3」の順に押し、「Rider Kick」の電子音声が響くとソラはその場で地を蹴り跳躍する。 氷河期は反応出来ない。何故ならこの《ハイパークロックアップ》は超高速を超える高速であり、自らの時間を操ることで敵の全く反応出来ないスピードで行動する能力だからである。 ゼクターから『Rider kick』の電子音が響くと同時にタキオン粒子を足に纏い氷河期に向けて特攻する。 ソラの《ライダーキック》を顔面に受けた氷河期は原始分解されて消え去った。 「次はお前だ」 生かしておけば後々厄介になるであろうエスパニョ~ルをも始末しようと、《ハイパークロックアップ》を発動させたまま再び《ライダーキック》を行い、逃げる暇さえ与えないままエスパニョ~ルを原子分解した。 「特撮ヒーローだからと言って舐めていたか?訳のわからない深夜アニメに出てくる能力より遥かに格上…何故ならわけのわからないオタクよりも、子供達に人気のある仮面ライダーの方が人気も知名度も上だからだ。…って、もう消滅したんだから聴こえないか…」 「向こうではもう追い詰められているな…しかし彼らも引き際が分からない馬鹿ではないだろう。凪鞘は水素先生でなければ倒せない。俺はここで退こう」 ソラはそう言ってハイパークロックアップの中でその場から消えるようにして撤退した。彼の消息も、凪鞘と戦っていた4人と同様暫く絶えることになるが、それはまた別の話である。 ともあれ、李信派4人と援軍1人は、凪鞘に手も足も出せずに無念を抱えて撤退した。つまりこの時点で、李信派はセール派に敗れて1人残らず帝都から追い出された結果になる。李信派は武力でも政争でも敗れたのだ。 ◇◇◇◇◇ 「凪鞘の力により星屑らは逃亡しました。以上が事の顛末です」 数時間後。意識を取り戻したくれない、オルトロス、まさっち、小銭十魔の4人が報告の為にポケガイ城に登城しセールに謁見していた。 「結局は凪鞘頼みか。まあいい、ご苦労だった。取り逃がしたのは口惜しいが上々だ。此方に凪鞘がいる限り我らに負けはない」 「はっ!」 報告を終えたくれないにセールは一応労いの言葉をかける。結局凪鞘が居なければそのまま負けていた彼ら4人をセールは苦々しく思ってはいたが、今は説教に時間を割くのが惜しいので抑えることにしていた。 「すぐに万を超える軍を編成して李信、アティーク、Hopeを捜索しろ。見つけ次第殺せ!」 「はっ!それではこれにて!」 セールの命令を受け取り立ち上がり退出しようとするくれないら4人。 「待て!」 セールはふと、あることを思い出しくれないらを呼び止めた。 「氷河期はどうした」 「凪鞘によれば氷河期はソラとかいう仮面ライダーに変身する能力者の男に敗れて消し去られたとのことです」 くれないの答えを聞いたセールはプルプルと怒りで腕を震わせる。 「どいつもこいつも…役立たず共め…!」 くれないらに聴かれないよう、小声でそう罵倒し手に汗握るセールだった。 さて、何故セール(くれない)派及び凪鞘と李信派及びソラの戦いに水素が参戦しなかったか。それは水素が既に帝都には居なかったからである。話は、李信派がくれない邸に襲撃をかける少し前に遡る。 水素邸。射殺了解とラムが李信らを追う為に出払っており、水素は個人的に飲むお茶を切らしていた。レムをそんなことで使いパシリにするのもあれだと思い、水素はすぐに戻るからと街まで買い物の為に出掛けた。 その矢先だった。レム(と、一応ベアトリス)しか居ないこの屋敷の庭に突然現れたのは、銀髪の髪を逆立てた18歳くらいに見える男だった。 「よう、お前がレムか?」 庭な手入れをしていたレムが突然この知らない男に声をかけられて振り向いた。会ったことがないにもかかわらず、この男は何故自分を知っているのかと怪しんだ。 「はい、レムです。どちら様でしょうか?」 「俺は人間怪人・ガロウ。新怪人協会と一時的に手を組んでヒーロー狩りをやっている。既に閃光のフラッシュ、アトミック侍は蹴散らした」 「何ですって…!アトミック侍さんとフラッシュさんが…!」 レムはアトミック侍や閃光のフラッシュといったヒーローと共にクエストを受け共闘したことがある。水素程ではないが彼らは非常に強い。S級ヒーロー2人を蹴散らしたと言う目の前にいるこの男に、レムは途端に恐怖を感じた。 「納得いかねえが新怪人協会の意向でこれからてめえを攫う。水素をおびき出す為にな!」 「水よ!」 ガロウが飛び出して来たのでレムは水魔法を発動してガロウに飛ばすが、ガロウはそれを軽々と避けてレムに急接近すると… 『神殺瞬撃』 殺さない程度に力をセーブしてレムに無数の打撃を与えて吹き飛ばした。レムは吐血してその場で意識を失い俯せに倒れてしまった。 「北条とかいう奴に渡されたこの置き手紙を残して…これでいいだろ。任務完了だ」 ガロウは懐から置き手紙を取り出してレムが吐いた血がこびりついた地面にそれを落とすと、手紙は血に染まり真っ赤になっていく。そしてガロウはレムを右肩に乱暴に背負うと、水素が戻って来ない内にと急いで何処かへ走り去ってしまった。 ◇◇◇ 「ただいまー」 水素が帰って来たのは、それから暫くしてからだった。水素は屋敷の扉の前の地面が赤くなっていることに気づく。どう見ても血である。 (まさか…!) 水素は嫌な予感がした。胸騒ぎがする。レムの身に何かあったのではないかと。血に染まっている置き手紙を拾って両手で広げる。 平沢水素へ お前の使用人は預かった。助けたければ新怪人協会のアジトまで来い。さもなくば人質の命は無いと思え。期限は俺の気が変わらない内にだ。では待っている。 北条より 「レム…!レム!」 水素はパニックになった。愛するレムが北条の息がかかった者に攫われた。奴の気が変わらない内に見つけ出して救い出さなければレムが殺されてしまう。しかも、新怪人協会のアジトが何処にあるのかも分からない。 「レムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」 水素は冷静さを完全に失っていた。愛する者の名を叫び、レムを捜すために屋敷の敷地を出ようとするも、そこで屋敷の扉が開いた。水素が振り返ると、そこには水素の絶叫を聞きつけて禁書庫から出て来たベアトリスが立っていた。 「お前、うるさいのよ。もう少し静かに出来ないのかしら」 「ベア子!レムが…!レムが!」 水素はレムの血に染まった置き手紙をベアトリスに突き出すようにして手渡した。ベアトリスはそれを受け取り手紙を広げて目を通す。 「助けに行くつもりかしら」 「当たり前だ!」 「ラムとあの胡散臭い狙撃手に命じた任務はどうなるのかしら。お前が帝都を守るんじゃないのかしら」 ベアトリスは冷静さを欠いた水素を睨みつけながら厳しい言葉をつきつける。そう、水素が居なくなれば命じた任務や帝都の守備はどうなるのかとベアトリスは言ったのだ。 「女1人とこの国…いえ世界。どちらが大事なのかは明白なのよ。少し落ち着くのよ」 「ああ。明白だな。世界なんてちっぽけなものより愛する女の方が大事に決まってんだろ!!」 水素はベアトリスにそう怒鳴りつけると小声で「後は任せた」と一言言い残し、ベアトリスが反論する前にその場から高く跳んで去ってしまった。 ◇◇◇ 「水素先生は居るか?」 水素邸の呼び鈴を押して水素を呼び出す、腰に変身ベルトを装着した金髪の男が1人。ソラである。だが、ソラの予想に反して出て来たのは水素ではなくベアトリスだった。 「お前は確か…」 「水素先生の弟子のソラだ。水素先生からの任務について報告したいことがある」 ベアトリスは普段禁書庫に篭っているので、ソラのことは一度しか見たことがない。記憶力は良い方だが一応名前を確認してみた。ソラは報告の為に水素邸を訪れていた。 ソラは水素からくれないや氷河期の陰謀から李信らを守るように言われて帝都を出た。しかしその道中で旅人から「エキキョーで能力者同士の大規模な闘争があった。氷や炎が遠くからも見える程だった。春でもないのに桜も舞っていた」との話を聞き、これは氷河期、アティーク、李信のことだと確信して急いでエキキョーに向かった。しかしソラがエキキョーに到着した頃には全てが終わり、李信らは脱走し氷河期の一味も何処かへ撤収した後だった。 街の人々に李信らの行方を聞いても収穫は無く、やむなくソラは帝都へ帰還してきたのである。 「生憎、水素ならさっき飛び出していったのよ。恐らくすぐには戻らないのよ」 ベアトリスはそうソラに伝えて例の置き手紙を手渡した。その血に染まった手紙に内心驚きつつも目を通したソラは絶句した。そして全てを悟った。 「お前、これからどうのかしら」 「…分からない。水素先生を追うべきか、李信達を捜すべきか…」 ベアトリスに問われて思案を始めたソラは何やら胸騒ぎを覚えた。 「高速接近反応…は来ないが何やら胸騒ぎがする。街の方へ行ってくる」 ソラはベアトリスにそう言い残して飛び出していった。 洞穴での一悶着があってから数日、李信とその一行は未だ道中にあった。見渡す限りの砂漠地帯で、集落や街が近くにある気配は全く無い。太陽光が容赦なく照りつける。気温は恐らく50度はあるだろう。 李信とアティークは氷河期の傭兵団メンバーの葬儀会場に現れた北条と穢土転生軍団を倒す為に駆けつけ、それを片付けたらすぐに帝都に戻るつもりだった。Hopeとの密会が予定外で、成り行きで此処まで来てしまった。 射殺了解とラムは李信ら3人を救出してすぐに帝都に戻るつもりだった。従ってこの一行は路銀がもう僅かしかないのである。 「なあ…本当にウルクへの道はこっちであってんのかよ…」 長過ぎる砂漠地帯の旅が祟ったのか、射殺了解は既に虫の息だった。息を切らし汗を全身から滝のように流しながらアティークにそう語りかける。 「俺は元ウルクの民…のようなものだった。亡国の王子と呼ばれたこの俺に任せておけば間違いはない…」 「それに俺もアティークちゃんと同じウルクに住んでたんだぜ?信用しろよ、この道で合ってるさ」 「そう言うなら信じるけどよ…暑過ぎる…喉が渇いた…」 アティークとHopeに諭された射殺了解はまだ内心では納得しきれていなかった。が、これ以上言っても状況が変わるわけではないし、口を開けば余計な体力を使うことになるので話はそれで打ち切ることにした。 そんな中、ラムがマナの枯渇による倦怠感と砂漠地帯の高温、そして歩き続けたことによる疲労で倒れてしまった。 「ラム!」 真っ先に駆け寄ったのは隣で歩いていた李信ではなく、中央を歩いていた射殺了解だった。先ほどまで如何にも辛そうに歩いていたこの男の動きが急に俊敏になった。 「大丈夫か!」 「…平気。ただの立ち眩みよ」 強がってはいるが顔色も良くない。恐らく体力の限界に達したのであろう。 (李信は頼りない。それにこいつは女を守るような性格じゃねえ) 射殺了解はラムに了解も取らずに勝手にその華奢な体を背負って歩き始めた。 「や、やめなさい…!貴方なんかに…!」 「いいから。辛い時は頼ってくれよ」 口だけである。ラムに抵抗する力は残っていない。射殺了解は自分だけでも苦しいこの時に他人を背負って歩いている。 (これが、愛のパワーってやつか?好きな女の為なら何故だか力が湧いてくる…!) 射殺了解は自分の心の内から湧いてくるこの力をそう解釈した。それに、ラムのx?「隆郷┐簑??い?召謀舛錣辰討?襦?融ξ参鬚論嵬未形歓箸???覆辰討い?里魎兇犬拭 (そうだ。お前が連れて来たんだからお前が責任とってフォローしろ。俺は限界だ…) ラムの隣を、道中で落ちていた太い枝を杖代わりに歩いていた李信は知らん顔をしながらその様子を見ていた。 (…!何か来る!) 敵の気配。李信の《探査回路(ペスキス)》が反応した。後ろを振り返ると、黒い大きな影が近づいて来る。2枚の翼に四つ脚…明らかに人間のものではない。 「あれは…セルレギオス…!」 李信が目を見開きながら小さく叫んだ。一行を追って飛行している大きな影。その真上を見上げると飛んでいるのは黄色を基調としたカラーで2枚の翼てて鋭い爪を持つモンスター・セルレギオスだった。 「おい!前からも来るぞ!」 Hopeが前方の空を指差す。その先にはこちらに向かって飛んで来る大型のモンスターが二体。 「ベリオロス亜種とリオレウス希少種だ!」 ベリオロス亜種。凍土に生息しているベリオロスの亜種であり、橙色の二本の鋭い牙が特徴的な2枚の翼を持つ龍。そしてリオレウス希少種は本来砂漠には生息していない筈なのにも関わらず一行を追ってきている。 リオレウス希少種が口腔から火球を吐き出して攻撃を仕掛けて来る。 『かーめーはーめー波ー!!』 まずHopeが《かめはめ波》を放ちリオレウス希少種を跡形も無く消し去る。 『カーヴェ!』 前の敵はHopeに任せたと目配せしたアティークは後ろから襲いかかろうと急降下してくるセルレギオスに炎の矢を無数に飛ばして焼き尽くす。 ところがリオレウス希少種を始末している間にベリオロス亜種が回り込んで射殺了解に向かって竜巻を吐き出そうと口を開ける。 「ラムは俺が守る!」 《ジ・エターナルイリュージョンガン》を出した射殺了解がその銃の引き金を引いて連射し続け、竜巻が吐き出される前にベリオロス亜種の体に無数の風穴を開けて始末した。 「お前らよくやった。行くぞ」 「てめえ何もしてねえだろ…!」 「感知したのは俺だ」 しかし李信と射殺了解の仲は相変わらずだった。 「お、おい駅だ!駅があるぞ!」 Hopeが脈絡も無く突然前を指差す。その先には先程までは見えなかった伝馬制の駅があり、数頭の馬が繋がれていた。 「あれ?さっきまでは見えなかったのに…。まあいいや行こうぜ!一休み出来そうだ!」 一行の心中に希望が芽生えたことを代弁するかのようにアティークが張り切りだした。 李信ら一行は広大な砂漠に比して小さな駅舎に大きな希望を胸に尋ねていた。先頭切ってアティークが受付窓の向こうで座っている駅舎の役人(職員)らしき者に声をかける。 「職員、久しぶりだな」 アティークが不意に声をかけると、その中年の職員はアティークの顔を見て目を丸くする。そして次第に口角が上がり、目を綻ばせて立ち上がりアティークの手を取る。 「アンタ、もしかしてあの時の…!ゾロアスター教の教会に行った旅人!いや、違うな!ご無沙汰していますアティーク様!」 この中年の職員はアティークを知っていた。アティークがこの世界に来て間もない頃、ゾロアスター教の教会に向かうアティークに特別に馬を貸してくれた男である。そして男は当時アティークの名など知らなかった。 「私は…いえウルクの民は皆知っております…!貴方がウルクを滅ぼした仇を討って下さったことも!貴方がゾロアスター教による安らかな世界を築いて下さったことも!…そして、その世界が自称ヒーローや死神などというふざけた男に壊されたことも…!貴方様は…アティーク様は我らの英雄です!」 アティークは驚いた。これ程歓迎されるとは思ってもいなかったのである。「亡国の王子」と呼ばれるようになってから久しい。それからグリーン王国の大将軍になり、ガルガイド王国と戦い、ペルシャ帝国を築き、水素や李信に野望を打ち砕かれた。そのアティークの軌跡はウルクの民の知るところとなっていた。 「あー…何と言っていいやら…その、ありがとな」 「自称ヒーローや死神に封印されたと聞いた時、私はこの世の終わりかのように思い涙が止まりませんでした…!出来ることなら私がその水素とか李信を殺してアティーク様をお救いしたいと思っておりました!よかった…本当にアティーク様が…!」 アティークはこそばゆさと共に複雑な感情を抱いた。この職員がアティークの仇と憎む李信が今まさに側に居るからである。チラリと後ろを見やると、李信がバツの悪そうな顔をしている。経緯が経緯なのでアティークは李信を気の毒に思った。 「…おや?…漆黒の和服に設えられたX字の紋様、X字の籠手、ショルダー、白いマント…もしや…」 職員はアティークの後ろに居る李信に視点を移した。殺したい程憎い相手の外見的特徴は既にウルクの民には伝わっていたのである。 「貴様ァァァ!!どのツラ下げてここへ来たのだ!貴様のような犬畜生にも劣る下等で醜いゴミ虫が、ウルクに足を踏み入れるなァァァ!!」 職員は駅舎から飛び出して李信のところへ駆け寄り有無を言わさず罵倒し胸ぐらを掴む。李信は黙ったまま職員から顔を背けた。 「待ってくれ!違うんだ!いや、違くないけど違うんだ!」 職員のあまりの剣幕に気圧されたアティークは自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。しかしとにかく李信を庇わなければという思いが頭を巡っていた。 「え?アティーク様、この男は李信ではないのですか?」 「いや、李信なんだけどさ。ええっと…確かに俺を封印したのはそいつなんだけど今は仲間なんだ。だから一緒に旅して来たんだ」 職員に胸ぐらを掴まれて罵倒された李信のフォロー。それが今最もウルクで人望のある自分のやるべきことだとアティークは理解していた。でなければ、李信だけウルクに入れず宿無しになってしまう。 「仲間…仲間ですと!?アティーク様は血迷われたのですか!聞けば、こいつが中心になってペルシャ帝国に立ちはだかったそうではありませんか!」 「あ、ああ…それは合ってるんだけどな?上に働きかけて俺を釈放したのも、俺が受け入れられるように上に掛け合ったのも、それが実らなくて一緒に戦ってくれたのもこいつなんだよ。だから今は仲間なんだ。こいつが居なければ俺はここまで来れなかった。だからどうか許してやって欲しい」 職員が目を血走らせて益々李信の胸ぐらを掴む手の力を強くする。アティークはそれを見て必死に李信の弁護に勤めた。そしてその想いから出る言葉は一言一句全てが真実であり、決して盛っているわけではない。 「アティーク様がそうおっしゃるのであれば…」 アティークの誠心誠意は職員に届いたらしく、職員は李信の胸ぐらを掴んでいた手をパッと話した。李信は自分からは一切語らず終始黙っていた。自分の口から言っても無意味だと悟ったからである。 「おい、アティークに会えて嬉しいのと李信が嫌いなのは分かるがこっちは病人抱えてんだよ。このままじゃあぶねーんだ。早く馬貸してくれや」 射殺了解が訴える。ラムは一言も発さずマナ不足による倦怠感と暑さによる脱水で虫の息の状態だった。射殺了解の肩を掴む手の力も弱くなってきている。 「…すまない。すぐに馬を手配しよう。…あ」 射殺了解に言われた職員はすぐに人数分の馬を手配しようとしたが、馬が4頭しか居ないことに気づいた。 「すまない。馬が4頭しかない」 と、職員は射殺了解に謝る。 「ラムは俺が乗せて行くから問題無い。頼む」 「了解」 「ほら、自分で乗れ…そうもないな。俺が引き上げるからちょっと待っててくれ」 射殺了解はラムの様子を見てとても自分の力で馬に乗れる状態ではないと判断した。自分が軽々と馬に跨った後にそのまま上半身を屈めて「少し痛いかもしれないが我慢してくれ」と断りラムの両脇を抱えて自分の前に引き上げ馬に跨らせた。 「ウ…」 もうまともに口が利ける状態ではない。射殺了解は焦った。このままでは危険であると。 「おい、この辺りに宿とかは無いのか?馬があるとは言えもう1里も炎天下を移動している余裕はない」 「それなら、此処から真っ直ぐ進めば割とすぐ宿屋がある。急ぐこったな」 「礼を言う!」 射殺了解から職員から答えを聞き出すと李信、アティーク、Hopeよりもすぐに馬で駆り出した。3人からはどんどんその姿が小さく見えていく。 「あいつ、リーダーであるアティークちゃんを置いていきやがったぞ!」 「まあすぐのところにあるみたいだし普通に追いつけるだろ。行くぞ」 Hopeとアティークも射殺了解に続いて馬を走らせる。 「女の為に必死だな射殺…。馬鹿らしい。水素も氷河期もそうだったが女の為に何でそんなに必死になれるんだ?」 そんな独り言を呟きながら、暑さがだいぶ堪えていた李信も馬を走らせ…られなかった。この男、実は馬に乗れないのである。前に合戦の時に馬に乗っていたのは… 「あの時は何故か馬に気に入られて勝手に進んだり止まったりしてくれたが…。あの馬は特別だったみたいだな」 李信は万策尽きた。馬に乗れない、そして喉が異常に渇いて仕方がない。暑さで滝の様な汗が流れており、このままでは熱中症で倒れてしまう。そして自分はアティークの仇でもあるのでウルクの民ひいては駅の職員に助けを求めることも出来ない。 「詰んだなこれ」 李信が馬を降りて立往生していると、近くから馬車がガラガラと音を立ててくる。 「あれ?復讐屋の人じゃないないですか!」 二頭の馬が引く馬車に乗って通りがかってきたのは、商人のオットーだった。 「ん?お前はオットーか。久しぶりだな…いや、久しぶりだねえ」 復讐屋と呼ばれたので口調も復讐屋仕様に変える。別にそんな必要は無いのにもかかわらずである。 「やっぱりあの時の復讐屋さんでしたか!お久しぶりです!こんなところに突っ立っててどうしたんですか?」 「いやあ、もう歩く体力も体内の水分もなくてねえ。それに馬にも乗れなくてねえ。このままじゃ死んでしまうところなんだよ」 久しぶりの再会にオットーは喜ぶも、李信にそんな余裕は無かった。余談だが、このオットーは李信が強姦殺人事件の被害者遺族に復讐代行を依頼された際に拷問道具一式を揃えた縁がある。 「じゃあ乗っていきますか?僕もウルクを目指してるんですよ!何しろウルクにはまだ行ったことがなくて、ウルクにないものを揃えたんで良い商いが出来るかと思いまして!」 「お言葉に甘えさせてもらうよ」 李信はオットーが乗っていくかと言ってきてくれるのを待っていた。予想通りの言葉に甘えて遠慮なく荷台に乗って品物を避けて寝転がる。 「何かここから先に馬で走ったらすぐのところに宿があるらしいねえ。そこまでお願いするよ」 「分かりました!」 オットーは快く返事をすると馬の手綱を引き締めて移動を再開する。 ◇◇◇ 「復讐屋さんはどうしてウルクへ?」 「色々あって国から追い出されてしまってねえ。それで仲間と一緒にウルクを目指してた。もう二度と帰国できないねえ」 「大変だったんですね…。でもお一人のようですが…」 「置いていかれちゃってねえ。どうしようもないところにおまえさんがタイミングよく来てくれた。ありがとう」 「いえ、このくらいいいんです。そろそろ着きますよ」 李信は暫くこんな感じでオットーと会話をしていたらオットーが間も無く到着することを教えてくれた。上体を起こして正面を見据えると、成る程砂漠に佇む小さな白い煉瓦造りの宿屋が目に入る。 ◇◇◇ 「此処でいいよ。ありがとう」 「いえいえ。それより、ウルクに着いてから困ったことがあったら相談して下さい!復讐屋さんの力になれると思います!」 「うん、ありがとう。もう復讐代行はしないと思うけどねえ。あ、運賃は後払いでお願いするよ。今は手持ちがちょっとね…」 「いえ、このくらいのことなんでお金は必要ありません。ではまたウルクで会いましょう!」 一礼してオットーは再び自分以外無人となった馬車を走らせる。1度李信と縁があっただけなのにもかかわらず、妙に李信に親しげで協力的な態度を示していた。 「あ、直江だやっと来たなお前!」 「遅いぞ直江!」 宿屋で受付を済ませて部屋に移動しようとする李信を1階の飲み屋兼エントランスで待っていたのはアティークとHopeだった。 「仕方ないだろ…俺は乗馬出来ないんだよ。あー喉渇いて死にそうだ。水くれ」 飲み屋の店員に水を持ってくるよう催促しながら李信は木製のテーブルを向かい合ったアティーク、Hopeと挟んで椅子に腰をかけた。 「あのクソ銃使いとクソメイドはどうした?」 「射殺了解ならあのメイドの看病をしてるぜ。健気なこったな。あー俺も早くアイーシャに会いてえな」 李信は疲労からか机にだらしなく突っ伏してこの場に居ない2人のことを尋ねる。アティークが言ったアイーシャという名前については気にしないことにした。どうせ恋人か現地妻かなんかだろう。 「俺も現地妻がウルクにいるんだよねー。元気にしてるかなー」 「知るか。で、問題は別にあるだろ」 Hopeも自慢するように言ってくるので李信は軽く受け流して本題に入ることにした。 「俺はウルクに受け入れられないだろう。過去にお前らとやり合って牢にぶち込んだんだからな。ペルシャ帝国の兵士も大勢殺したし、お前らの幹部も大勢殺した。さっきの駅員の様子を見てそれを悟った」 再三説明してきたが、李信は過去にアティークに対抗して反対勢力の一員としてそのアティーク一党を大勢殺し、アティークを鬼道で封印している。この世界のウルクの民やゾロアスター教徒は特に李信と水素をアティークの仇として憎悪しているのだ。 「他ならぬこの俺がウルクの民やゾロアスター教徒にお前のことを取り成すよ。必ず説得するから安心して欲しい。お前はもはや俺にとって必要な戦力なんだからな。ウルクはペルシャ帝国時代に俺が大幅に復興させてゾロアスター教の有力な地とした。近くにある教会を含めて謂わば聖地だな」 「そうだよ。直江がアティークちゃんと共闘しなければ氷河期を撃退して此処まで逃げてくるなんて出来なかったんだぜ?直江はもう立派な味方だ。過去のことはもうお互い水に流そうぜ?俺もアティークちゃんの側近だから顔は効くんだ、協力するよ!」 アティークとHopeは過去の因縁を全て水に流して李信の為に力を尽くすと言うのである。星屑達と音信不通になってしまった今、この2人はまさに強力にして唯一(2人だが)の味方だと李信は再認識した。 「ハッハッハ。全く皮肉なもんだな。ペルシャ帝国の時に味方だった氷河期達が今は敵で、最大の敵だったお前らが今度は最大の味方なんだからな。昨日の敵は今日の友とはまさにこのことだ」 李信はそう言って2人に笑いかけながら店員が運んできたグラス一杯の水を一気に飲み干した。 「俺達の目的はウルクで兵を集めてポケガイ帝国に侵攻し地位を回復することだ。その為には俺達3人が力を合わせなければならない」 「俺達で世の中をひっくり返すんだ!ワクワクしてきたぜ!」 アティークに続けてHopeが興奮気味にそう言った。そこで3人の会話を聞いていた近くのテーブルの女がこちらへ足を向けてつかつかと歩いてきた。 「そこのお兄さん達、ちょっといいかしら」 「ん?何だ?」 「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったの。でも聞こえちゃったから」 「ん?あ…ああ、別にいいよ。例え誰かに聞かれてもウルク付近は俺らの庭みたいなもんだから…な、なあアティークちゃん?」 「おう、その通りだ」 長身でグラマラスなスタイルをした、胸をやけに強調させた露出が多くて首回りに紫色の毛を施した黒い衣装を身に纏った女である。Hopeは鼻の下を伸ばしながらアティークに振る。アティークも女に見惚れていた。 「で、用件は何だ?氷河期やくれないの回し者か?」 「あら、疑り深いのね。そんなんじゃないわ。ただ貴方達に忠告をと思って」 李信は険しい顔つきで女を睨む。2人と違って冷静だった。こういうあからさまな格好をした女は実に胡散臭いと李信は思っていたからである。 「忠告だと?」 「ええ。貴方達、ウルクをあてにしているようだけどあそこで兵を集めるのは無理よ」 「俺は元ペルシャ帝国皇帝で通称某国の王子・アティーク。ゾロアスター教の神をこの身に宿すゾロアスター教の申し子だ。俺のネームバリューは通用する筈だ」 「貴方達がゾロアスター教徒のリーダーだからこそよ。今ウルクやその周辺ではゾロアスター教は弾圧されているんだもの」 李信がまだ疑いの目を向けたまま一応女から話すのを促す。アティークはもはや聞かれてしまっているので女に隠すことなく自己紹介する。 「…何だって!?」 アティークの声が裏返った。そんな馬鹿な、と内心思った。ペルシャ帝国時代にウルクの街を大幅に復興させてゾロアスター教の街として栄させたのにそんなことはありえないということである。 「今ウルクは あ という人物を教祖としてあ信教という新興宗教一色に染められているわ。そしてそれ以外の宗教は異端、異教徒として改宗を迫られるか、弾圧されている」 「俺がポケガイ帝国の牢に居る間にそんなことが…」 女から驚愕の真実を伝えられたアティークはガックリと頭を机に密着させた。自分の故郷が、ゾロアスター教の聖地が聞いたこともないわけの分からない宗教に侵されているなど考えたくもない。 「で、あ信教ってのはどんな宗教なんだ?」 「何でも、奇跡を起こすとか。噂では悪代官に殺された村娘を生き返らせたり、氾濫を頻発させる川の勢いを鎮めたりしているそうよ」 「胡散臭え…如何にもカルトっぽいぜ」 Hopeは苦虫を潰すような表情で女の話を聞いていた。やはりアティークの側近としては面白くない話である。 「それはそうとして、貴方達は氷河期…エイジスの知り合いなの?」 「奴を知ってるのか?」 女の口からエイジスという名前が出たので李信がピクリと動いて反応する。氷河期はこの世界に知り合いや仲間が多い。もしやこの女は氷河期の仲間なのではと勘繰る。 「ええ、前に一度会ったわ。良い動きをするのね、彼。その彼と戦ったと聞いたから貴方達に興味が湧いてきたの」 「お前も奴と戦ったのか?」 「戦いだなんて…ただ遊んでもらっただけ。私は別に彼の敵ってわけではないわ。興味はあるけれど」 「…一つだけ言っておく。俺達を害そうというなら容赦無く殺す。俺はあいつ程生温くないぞ」 「あら怖い。私はただ親切で接触しただけよ」 女が何か含んだ話し方をするので李信はぎりっと睨みつけながら女を威圧する。女から何か得体の知れない不気味な何かを感じ取ったのである。それを見ていたHopeはすぐさま李信の口を手で塞いで 「悪いな!こいつちょっと変な奴なんだ!アハハハハハハ」 と女に笑いながら形ばかりの謝罪をした。 「いいのよ。それじゃあ私はこれで失礼するわ。縁があったらまた会いましょう」 そう言ってその場から立ち去ろうとする女を「ちょっと待った」とHopeが声をかけて止める。 「まだ名前を聞いてなかったな!俺はHopeっていうんだ!此処にいるアティークちゃんの側近かつ親友だ!」 「エルザ。エルザ・グランヒルテ」 どうやらミステリアスな雰囲気を纏う女の見た目が余程気に入ったのかHopeは女から名前を聞き出そうとする。女は名を名乗ると、左手の掌を上に向けて右手で拳をつくりポンと叩く。何やら思いついたかのようである。 「まだ貴方の名前をちゃんと聞いてなかったわね」 エルザの視線が李信に向いていた。 「…李信」 そっぽを向きながら一応名乗るだけ名乗る。エルザは李信の名を聞くと満足気な顔をして宿屋を後にした。 「あの子がエイジスのライバルという李信…。あの子の腸を凄く見たくなったわ…。いずれお腹を割って中を見てあげる…」 宿屋を後にしたエルザは微笑しながら小さく独り言を呟いてウルクの方へと歩き出した。 「おい、どうすんだよ。ウルクに行っても兵を集めるのはおろか、居場所さえないぞ」 エルザが立ち去ってからHopeはエルザの話が本当であることを前提に話を始めた。エルザの話が本当であれば自分達が行っても勢力の回復と依るべき地を得るどころか、厄介な敵が待ち構えているのだ。それを懸念しているのはHopeばかりではなかった。 「此処まで来て引き下がれない。ウルクを支配しゾロアスター教とその教徒を弾圧するあ信教を排除し本来のウルクを取り戻す!ウルクの民を見捨てるわけにはいかない!」 「まあアティークちゃんならそう言うと思ってたがな。他に行くところもないしな。あ信教を倒して街を救おうぜ!」 アティークが高らかに宣言するのでHopeも待っていたとばかりに立ち上がり同調する。 「成る程。さしずめ宗教戦争か。ゾロアスター教とあ信教の血で血を洗う戦争の始まりだ。…まあ俺はお前らと違ってゾロアスター教徒でもないし無神論者だが。だがこの際そんなことはいい。俺もゾロアスター教側として戦おう」 李信も賛意を示した。ゾロアスター教徒でないばかりか無神論者でありながらゾロアスター教に味方として戦うことになろうとは奇妙なものだと心中で呟いたが、それもいいだろうと納得した。 「そうだ!この際直江もゾロアスター教徒になれよ!そしたら俺達と同じだぜ!」 「悪いがそれは断る。さっきも言ったが俺は無神論者だ。神など信じていない」 Hopeの提案を李信はにべにもなく拒絶する。あくまで状況打開の為に戦うのであり、決して神などという不確かで、人間の弱さが創り出した縋り付く為の偶像に膝を屈するつもりは毛頭無いのだ。 「そっかあ…ゾロアスター教徒になればウルクの民にも受け入れられやすいのになあ」 「まあまあHope、ゾロアスター教側として協力してくれるって言うんだからそれでいいじゃないか」 「それもそうだな」 Hopeはアティークの制止もあり李信の強い信念を知ったことで再び誘いの言葉をかけることはなかった。自分達がゾロアスター教徒としてアフラ・マズダーに尽くし戦うのと同じで、李信も無神論者思想を徹底的に貫く信念を持っているのだと感じた。 「ところでさあ…もう一つ問題があるんだよね」 「何だよアティークちゃん」 話がひと段落ついたところでアティークがもったいつけるように言い出すのでHopeが気になって聞き出そうと疑問を投げる。 「…悪いんだけどさ、部屋数の関係で俺ら5人で二つしか部屋を使えないんだわ」 「…マジで?」 「…」 アティークが言った衝撃の事実にHopeは思わず聞き返し、李信は絶句していた。 結局アティーク、Hope、李信が同部屋になった。射殺了解はずっとラムの面倒を見ると言ってアティークから1階で3人で話していた内容を伝えられた後「分かった」と返事をして部屋に戻った。 ーーーーその夜 「おい、暇だから誰か面白い話してくれよ」 各々がお茶を飲んだり宿屋のエントランスにあった無料のウルクの地図を広げて眺めたりしていると突然Hopeが言い出した。 「こういう時は恋バナじゃね?修学旅行みたいでなんか面白いじゃん」 「いいねー。じゃあアティークちゃんから!」 「…ちょっと俺用足してくる」 Hopeとアティークが何やら盛り上がり始めたが、話題が話題なので李信は逃げるように部屋を出ていった。用を足すなどというのはていの良い嘘である。 「ったく俺が居るのに恋バナとか始めんじゃねーっつの。困るんだよなあそういうの」 あのままでは自分も巻き込まれかねない、そして自分には話すネタが無い。そう考えて呟きながら李信は階段を降りて1階に出る。昼の時とは違い、夜はバーに様変わりしていた。 「あれ?何か雰囲気変わってんな。まあいいや水飲みに来ただけだし」 水道の水はまずい。昼に飲んだ澄んだ水の味が忘れられずにやって来たのもあり、何やらダンディな雰囲気の中年に「水くれや」と頼んで待つことにした。 「もし」 「ん?」 隣の席に座って高そうなウイスキーを飲んでいる客に声をかけられる。「あ」と赤い刺繍がデカデカとあるフード付きの純白の装束に身を包み、首からは「あ」の文字が象られた黄金の首飾りを提げている。 「貴方は旅の方ですか?」 「ん、まあそんなところだ。アンタ誰だ?」 怪しげな格好の若い男にいきなり声をかけられたので李信は不審に思い名や身分を問う。刺繍や首飾りからして昼の話にあったあ信教の人間だということは想像がついてはいたが。 「これは失礼。私はあ信教の教徒で、ああ と申します。以後お見知り置きを」 「そのあ信教とやらの信徒が何の用だ?」 男は威儀を正してああと名乗るが、ポケガイではありきたりな名前なのでどの住民なのかは分からない。益々怪しいと思った李信の表情が険しいものになる。 「貴方もあ信教に入りませんか?」 「いやいや、急に誘われてもな。俺、神とか宗教とかはっきり言って嫌いだし」 唐突な勧誘。しかし李信は自分のありのままの思いを伝えてきっぱり断り追い払おうと考えた。しかし直後に (いや、待てよ?ここで話を聞くだけ聞いてあ信教の情報をできるだけ聞き出した方がいいな。いいタイミングだこれは) と考え直して話を引き出すことに決めた。 「そのようなことを仰らずに話だけでも聞いて下さいませんか?あ様とあ信教の素晴らしさをお聞きになれば貴方も考えが変わる筈です」 「まあ、話だけなら」 李信は心の声に従いああの話に耳を傾けると伝える。ああはあくまで優しい口調であり、此方を威圧するような態度は示さない。昼の話で聞いていた異教徒の弾圧や強制改宗のイメージとは程遠いものである。 「ありがとうございます。それではお話致します。まず、あ様のご来歴についてですが…」 ああは緩やかな口調で話を始めた。 「あ様は我々がこの世界に来る遥か昔よりこの世界に転生されました。あ様ご自身のお話によりますと、9年くらい前ということです。あ様は奇跡を起こす力を持っていました」 ゆっくりでも早口でもない聞き取りやすい早さで男は話しだす。 (9年くらい前か。あまり昔の記憶は無いがちょうどあ信教がポケガイから消えた辺りかその少し後だな。つまり…) あ信教の教祖"あ"はポケガイから姿を消したのは何らかの事件や事故の類でこの世界に転生したから、と李信は推察した。 「あ様は医学も科学も文明の何もかもが進歩していないこの世界に降り立ち嘆き悲しみました。元いた世界では治せた病や水害、飢饉などで人々が苦しみ死んでいく光景に目を覆いました」 「…続けろ。質問は話が全て終わってからさせてもらう」 ああが教祖についての話を途中で区切るので、李信は区切らず続けろと促す。正直真面目に聞くような話ではない。教祖を持ち上げてこの宗教は素晴らしいなどと説くのはカルトの常套手段である。 「ありがとうございます。あ様はこの世界に来て手に入れた不思議な力で人々から不幸や不安を取り除き、幸福をお与えになりました。どのような病をも治し、どのような天災も鎮まらせ、どのような圧政からも人々を救い、理不尽に殺された人の命を取り戻しました。人々の生活は豊かになり、誰も下を向いて歩く者は居なくなりました。そうして人々はあ様をお慕いしていくようになり、このあ信教が創設されました。あ様の教えは全人類が幸福になれる唯一の道なのです」 「あ様はこの世界の人々に教えを説き、救い続けました。ところが、数年前に転生してきた桑田という者が邪な考えを抱き、我らが偉大なる教祖にして御神体であるあ様を騙し討ちにしてしまったのです。あ様は不老不死の体をお持ちなので幸いにも命に別状はありませんでしたが、桑田の邪悪な力により数年もの間、眠りについてしまわれました。信徒の者達は大いに嘆き悲しみました」 「それからというもの、ポケガイ民が国を築いて好き勝手に政や戦を行うようになったり、ゾロアスター教だのという宗教を広める国が築かれたりと世は乱れました。我々あ信教徒は乱れたこの世を再び正して下さるよう、あ様に祈りを捧げました。すると奇跡が起こりました」 「何と、あ様が目を覚まされたのです!あ信教徒は皆、あ様のご復活を喜び再びあ信教は世を正すべく活動を始めたのでございます」 長い長いああの話が終わる。李信は思わずため息をつきたくなったがここでそれをすれば余計な不興を買うので堪えた。何とも退屈な話である。 (何も捻りも無いただの教祖賛美か。しかも抽象的で具体性もない) 「質問がある」 李信は呆れを心中に留め、表面的にはあくまで少し興味がある態度を匂わせることにした。その方が情報を引き出しやすいと考えたからである。 「なんなりと」 「その教祖が転生しあ信教を興したのは何処の地だ?あ信教はどの程度の範囲で信仰されていた?今の本拠地は?そしてお前らはウルクで何をやっている?」 「…ウルクというイラン風の国家の東にあるキュウガイという都市です」 李信の質問にああは答えるが、その顔は引き攣っていた。ああは李信があ信教の戒律や教えについて聞いてくるのかと思いきや、疑ってかかるような質問をしてきたからである。 「次に、あ信教の教えや戒律についてお話をしま…」「待て、質問はまだ終わっていない」 李信の意図に気づいたああは話を逸らそうとするが、それを見透かした李信の追及は鋭さを見せた。 「いえ、しかし先ほど貴方も質問は話が全て終わってからと」 さっきと話が違うとああは狼狽えたが… 「戒律や教えよりも真実を伝えろ。でなければ俺はあ信教を信用できない。信用できない宗教に入るつもりはない」 「…急用を思い出しました。私はこれにて失礼」 この男を入信させるのは不可能だ。そう判断したああは不自然な形で話を切り上げてそそくさと席を立ち帰ってしまった。 「お客様」 「どうした」 「あまりこの近辺であ信教から不興を買うようなことはしない方がよろしいかと」 「そうだな。もう少し考えるべきだった。もう部屋に戻る」 バーのマスターの忠告もそこそこに李信は立ち上がり、部屋に戻る為に二階へと続く階段を登る。階段を登って左手にあるバルコニーに1人佇む射殺了解が居たが見ぬふりをして歩き去ろうとする。 「待てよ」 李信の気配に気づいた射殺了解が呼び止めて来た。 「ラムの様子はどうだ?」 呼び止められたので仕方なく合わせることにする。元来李信は他愛のない会話や雑談を極端に不得手としている。故に仲の良い相手以外とは殆ど話さないし積極的に話そうともしない。 それに、考えてみれば李信にとってラムは重要な存在である。水素から派遣されてきた援軍・従者と言えば聞こえはいいが、捉え方によれば人質にもなる。「ラムが居るということは水素は李信達の味方」と喧伝することも出来る。 「ああ、落ち着いたよ。今は眠ってる。命に別状は無い。本当に良かった…!」 「それは良かった。俺も安心したよ」 射殺了解のそれは利害など関係無い純粋な安堵である。何時間もつきっきりで看病したのだろう。 しかし李信は違う。李信にしてみればラムはただの示威の為の駒であり水素から寄越された人質である。利用価値が高いから何かあれば困るのだ。 「ま、てめえの考えてることは分かるよ。だがラムはてめえの道具じゃねえ。彼女に何かしてみろ、俺がお前を撃ち殺す」 「あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ」 「てめえ…」 「まあ何かしたりしやしないよ。存在自体を利用させてもらうけどね」 李信は煽りのつもりか、それとも素なのか、含み笑いを浮かべながらそう言うと部屋に戻ろうと歩き始めた。 「なあ、一つ聞かせてくれ」 「ん?」 部屋に戻ろうとする李信をまたもや射殺了解が呼び止める。 「アンタ、何の為に戦ってんだ?俺は惚れた女の為だ。ラムの為なら命を捨てられる。でもお前からはそういうのは感じられねえんだ。でもお前は氷河期に立ち向かった。今まで何度も死闘を厭わずやってきたらしいじゃねえか。人間、精神的な原動力が無きゃそこまで出来ねえ。一体お前は何で戦うんだ?何の為に生きてんだ?」 「そりゃ、戦いが楽しいからさ」 李信の口から出た答えは射殺了解が耳を疑うようなものだった。 「戦いが楽しいだと?お前やっぱおかしいぜ」 「ああ、俺はおかしくなってるよ。人間というのはな、力を手にすれば変わっちまうのさ。元が弱者なら余計にな。それは異能や武力という意味でも、権力という意味でもだ」 射殺了解から当然の指摘を受けた李信はそれを否定せず平然と認めた。 「だが、おかしくなるにもおかしくなる方向を間違わないことが大切だ。それが力を手にした元弱者の心掛けだと俺は思う」 「方向も何も、正しくておかしい奴なんざいやしねえだろうが、このサイコ野郎」 李信の言っている意味が益々分からなくなり、射殺了解は李信を罵る。 「クイズだ射殺了解。為政者が警察や軍隊を持つのは何故だか分かるか?何故権力者が司法や立法を行うか分かるか?」 「んなもん、統治する上で治安を維持しなきゃ話にならねえからだろ。無法地帯じゃ政治は出来ねえ」 「ふむ…無難過ぎる答えだな」 無論李信は射殺了解が真の答えを出せるとは考えていなかった。李信の返事に益々苛立ちを募らせた射殺了解は李信に躙り寄る。 「じゃあ何だってんだ?あ?」 「為政者や権益層が最も恐れていること…それは反乱だ。組織し掌握する軍隊や警察の数はそのまま彼奴らの恐れの大きさなんだよ」 「…!」 「おかしくなるなら抑圧する狂気ではなく、下から牙を剥き正義を為す為に殺戮する狂気に染まるべきだ」 「…てめえ、それじゃあ…」 射殺了解はようやく李信が言いたいことを理解したとばかりに目を見開く。 「ああ、手にした力は良民を抑圧し弾圧する蝿を容赦無く皆殺しにする正義の為に使う。そういう戦いは実に楽しい。お前も力があるなら狂う方向を絶対に間違えるなよ」 李信は射殺了解に言い残し部屋へと立ち去った。 李信と別れた射殺了解は自分とラムに割り当てられた部屋に戻った。念の為ゆっくりと、なるべく音を立てないようにドアを開ける。 「ラム…って、起きてたのか!」 ベッドの上で上体を起こしているラムが朧げな目をしながら射殺了解の方を振り向いた。 「此処は…そうだ、ラムは宿屋の前で意識を失って…」 「そうだよ…!お前熱中症で倒れて意識が無くて…だから俺がずっと…!」 射殺了解は張り詰めていたものが取れたようで涙を流していた。 「ありがとう。でも大袈裟よ。何も泣くほどのことじゃ…」 「どんだけ心配したと思ってんだよ…!俺は…」 「ずっと看病してくれてたんでしょ?」 「…ああ」 同じ部屋なのだからそうなんだろうとラムは射殺了解がしてきてくれたことを当てる。案の定だった。 「だが、俺はお前に謝らなければならない…恐らくお前は怒るだろう。気に入らないなら殺してくれても構わない。俺は最低のことをした」 「?」 射殺了解がいきなり穏やかではない言葉を使うのでラムはキョトンとなる。 「中々お前が水を飲み込まなくて危険な状態だったんでな、その…口移しで…」 「…」 「本当に済まない!命で償ってもいい!それでお前の気が済むなら…!」 流石に衝撃発言だったのでラムも少し口を噤んでしまう。が… 「そうまでしてラムを助けたかったの?」 全く怒りもせず、静かな声で問う。 「当たり前だ。俺はアティークだの李信だの、あんな奴らはどうでもいいんだ。水素でさえな。いや、水素については言い過ぎたわ…でも俺が戦うのは誰よりもお前の為なんだ」 射殺了解は言い切った。捉えようによっては告白にもなるこの言葉を吐いた射殺了解のx?「蝋板?靴討い拭 「…そう。助けてくれてありがとう」 この日以来、ラムは射殺了解にだけは毒舌を吐かなくなった。恩があるからか、それとも…。 まあ、正直言って恋愛描写などオマケである。これは著者である私の担当編集を名乗る男がどうしても書けというので書いたのだ。 この物語の主人公は恋愛になど見向きもしない我らが硬派な高潔漢・李信なのだから。 さて、その李信や仲間であるアティークらがこれから活躍することになる舞台・ウルクの物語を始めようと思う。 この世界のウルクは、アティークが転生してきて暫く暮らした故郷とも言うべき地である。 アティークはこの街でマリアンやアイーシャといった女性達に囲まれながらゾロアスター教徒となり、神の力を手に入れた。かけがえのない家族のようなものを手に入れ、ウルクの軍に入ったアティークはこの世界に疑問を抱きながらも充実した毎日を送っていた。 だが、ガルガイド王国と結んでウルクに対してクーデターを起こした王子・燦々によりマリアンらを殺害される。家族と故郷を奪われたことで憤慨したアティークは苦戦し力尽きかけるも、上官であるルルーの加勢もあり燦々を討ち果たす。 そしてアティークは灰燼に帰したウルクを後に、親友・Hopeを引き連れて旅立った。神の代行者として世界を変える為に。 アティークはやがてグリーン王国に辿り着きその力を発揮、瞬く間に大将軍の座を掴み取ると故郷と家族を奪ったガルガイドに対し大軍を率いて侵攻。ガルガイド王国を打ち破り報復を果たす。 が、グリーンの下ではゾロアスター教による世界平和は実現出来ない。アティークはクーデターを起こしグリーン王国を滅亡させペルシャ帝国を打ち立てる。 アティークは皇帝として故郷ウルクの再興に尽力した。莫大な投資と人的支援を施し、燦々とガルガイドにより灰燼に帰していたウルクはゾロアスター教の本山とまで呼ばれる大規模なゾロアスター教の都市が完成したのだ。 続々とウルクに帰郷してきたウルクの民はアティークに対して皆涙を流し感謝した。ウルクの民はアティークへの感謝と忠誠の証としてナオジョテを執り行いゾロアスター教に入信したのだ。 だがその繁栄は長くは続かなかった。アティークにより帝都グリーンバレーを追われた水素、李信、氷河期、北条らが牡丹王国の黒牡丹と結んで反攻作戦を開始し、ついにアティークは牡丹城の戦いで水素に敗れ、李信の封印鬼道により力を封印され、セールを皇帝とし新しく樹立されたポケガイ帝国により投獄刑に処された。 ペルシャ帝国の崩壊によりウルクは力を失い、ウルクの民は隣国で発足されたという、あ信教に都市を征圧され弾圧され圧政を敷かれていたのだった。 ここからは、アティークやHope、そして李信、ウルクのゾロアスター教徒によるあ信教への逆襲の物語が始まる。 ポケガイ住民達が転生してきた二次元異世界。聖者の時代は終わりを告げ人間の欲望は解放されていた。激烈なる戦争と戦乱の嵐が長きにわたって異世界全土に吹き荒れていた。欲望、快楽、苦痛、恐怖。過酷で絶望に満ちたその世界には、龍がいたに違いない。時代という名の、龍が。 ーーーー元ウルク王国領 元ペルシャ帝国領 現あ王国領 ウルクーーーー ウルク領内に封地を持ち、代々ウルク王国に仕えた騎士(貴族)の家があった。 当主の名は、冷暗双剣。アティークの元同僚である。彼は転生してきた時に既にこの貴族の当主の嫡子ということだった。 ウルクの政治は腐敗していた。王に成り代わり朝廷を牛耳る宦官達が暴政を敷き、王を政から遠ざけた。冷暗双剣の父は宦官打倒の兵を起こし宦官達を残らず殺したが、彼自身も王の座する城に兵を向けた罪で梟首された。 冷暗双剣の家は没落し、新入りのアティークと同じ立場に甘んじることになった。だが、これが彼の人生における最大の出会いになろうとは思わなかった。 「お兄様!お兄様!」 「頑張れ!ウルクに戻れば弾圧から逃げられるんだ!」 騎士甲冑の腰の両脇に暗く冷たい双剣を差しているこの男こそ、その冷暗双剣である。彼はあ信教直轄領となったウルクの東に取り残された妹を救うべく突入、15人ものあ信教兵を斬り倒して妹を救い出すと、妹を連れて残されたウルク領に戻るべく走った。 「直接道を通っていくのでは関所を通過せねばならない…。関所には異教徒を容赦無く処刑する代官・あああが居る!険しくなるが道なき道を…ウルク山を通っていくしかない!」 ウルクの民のみが知る険しいウルク山への行き先、獣道。冷暗双剣は疲労で走れなくなった妹を抱えて山へと駆けた。 たった1人残された家族である妹と暮らす為に。ウルクにゾロアスター教を取り戻す戦いを始める為に。 冷暗双剣は険しい斜面の山道を、妹を抱えながら進んでいた。季節は冬。この標高1500mはある雪山で容赦無く猛吹雪が打ち付けてくる。 「すまない妹よ、耐えてくれ…!」 「はい…。お兄様がついてくれるのであれば私はこのくらい平気です…!」 冷暗双剣の腕にしがみつきながら寒さに震える妹。それをどうしてやることも出来ない状況を歯痒く思いながらも冷暗双剣は雪道を歩き続ける。 寒い。気温は恐らく氷点下に達するか達していないかといったところだろう。食糧も残りが乏しくなり、暖を取る為の物資も尽きた。辺りには小屋の一つもなく、休憩さえままならない。 それでもこの山を越えれば、あ信教の手を逃れ晴れてウルク領で共に暮らせるのだ。そして冷暗双剣はウルク領で打倒あ信教の兵を挙げるつもりだった。自分達だけではなく、ウルクの未来を取り戻す為に。 「お兄様…」 「この山を越えるまで耐えてくれ…!そうすればウルク領に…!」 「辿り着けるとでも思ったか?」 妹を励ます冷暗双剣の言葉が、謎の男によって遮られる。ハッとなった冷暗双剣が前を見ると見知らぬ男の姿が。全身を白いローブに包んだ男が配下の兵を率いて近づいてくる。 「ウルク貴族の冷暗双剣とその妹だな。密行の罪で貴様を関所へ連行する」 「…!」 白いローブをまとった隊長と思しき男が右手を挙げてそれを真正面へと振り下ろす。すると配下の10人程の兵が冷暗双剣へと抜剣して襲い掛かってきた。 冷暗双剣の能力は強力とは言えない。水素、李信や星屑や北条の様な現実世界にある既存作品の能力を持っているわけでもなく、アティークの様に神話に登場する神の力を持っているわけでもなく、射殺了解や氷河期などの様に強力なオリジナル能力を持っているわけでもない。 そんな彼の能力は… 「やるしかないか…妹よ、俺に負ぶされ!」 冷暗双剣は両手で抱えていた妹を一度下ろして背負う。妹は離れない様にしっかりと冷暗双剣にしがみつく。それを感じた冷暗双剣は左右の腰に差していた二本の双剣を引き抜いた。 「行くぞ…」 冷暗双剣が魔力を二本の双剣に流し込む。その証拠に、氷属性の冷気の魔力を纏っているのがはっきりと目視出来る。 まず5人程が冷暗双剣の正面から槍を突き入れてくる。冷暗双剣はそれを身を屈めて回避し、右の剣でまず中央の騎士を斬り捨てる。 「剣は僅かに届いていなかった筈…何故だ…」 「フッ…」 騎士の疑問の答えは剣を覆う尖った魔力が鋒から伸びるようになっており、僅かにリーチを長くしている為だった。斬り捨てられた騎士の傷口が凍りついている。 「おのれ!」 残った4人が槍を一斉に突き入れてくるが、冷暗双剣は左の剣でそれを受け、右の剣で右の騎士の喉を引き裂く。3人になった正面の騎士達だが、彼らが不利と見た残り10人がぐるりと冷暗双剣を包囲する。 「やれ!」 隊長の命令一下、それぞれの方向の騎士達が槍衾を作って攻撃を仕掛けてくる。冷暗双剣は跳び上がり回避したが、ずっと寒さに耐えていた妹の悴んで力を失った手が離れてしまい、振り落とされた。 「キャッ!」 ズボッと積雪した道に落下し倒れた妹に騎士達の槍が突き付けられる。 「動くな!」 着地した冷暗双剣はしまった!と思ったが時すでに遅し。妹は人質に取られてしまった。 「妹よ!」 「妹を殺されたくなければ大人しく武器をしまって関所までご同行願おう。冷暗双剣殿」 「くっ…」 冷暗双剣に選択肢はなかった。大人しく隊長の指示に従い双剣を鞘に納める。 「お兄様!私に構わず逃げて下さい!お兄様こそがウルクの希望なのです!」 「馬鹿野郎…お前を置いていけるわけねえだろ!」 自己犠牲。こんなのでも今残っているウルクの能力者の中では強い冷暗双剣。その旗頭の一角とも言える冷暗双剣を失えばウルクは一気にあ信教への抵抗力を失う。妹はそれを考えて冷暗双剣に逃げるように叫ぶが、冷暗双剣は非常になれなかった。 結局、冷暗双剣は騎士達に捕縛されて関所に連行されることになってしまった。 イナンナの関所。あ帝国領とウルク領の境にあり、二つの塔からなる軍事施設を兼ねた関所である。東西を険阻な山に挟まれており、南北には塔の内部からでなければ開閉出来ない鉄柵が二つずつ設けられれている。3階建ての二つの塔から成っており、密行者を見逃すことのないよう、各階には望遠鏡が備え付けられている。 関所の代官の名はああああ。鍛えられた肉体と髭を蓄えた骨太の男である。密行者や異教徒、あ信教に逆らう反乱分子やその一族郎党を容赦無く残虐な方法で処刑することでウルクの民からは非常に恐れられている。 その代官ああああの前に、連行されてきた冷暗双剣とその妹は引き出された。2人とも縄をかけられ跪かされている。 「お前が噂に聞くウルクの騎士・冷暗双剣か」 「…」 ああああの問いに返事もせず、冷暗双剣はただギリっと睨みつけた。するとああああの側に控えていた騎士の1人が 「貴様!なんだその目は!自分の立場を分かっているのか!」 と怒鳴りつけ、右脚で冷暗双剣の頭を思い切り、何度も踏みつけた。冷暗双剣が顔中から血を流し痣を無数につくったところを見計らい、ああああがその騎士を右腕を伸ばして静止した。 「助けてやろうかとも思ったが今の反抗的な態度で気が変わった。まず妹の方を処刑する」 「やめろォ!やめてくれ!処刑するなら俺1人だけにしてくれ!妹は何も悪くない!妹は俺が連れ出したんだ!」 ああああの冷酷な沙汰を聞いた冷暗双剣は取り乱し、涙を流して妹の助命を訴えた。 「行動を共にした時点で同罪だ。そして貴様の身内というだけでもな。だがお前の嘆願、確かに響いた。よってチャンスを与える」 「チャンスだと?」 何処か嫌らしい笑みを浮かべるああああに冷暗双剣が悪寒を覚える。 「この棒を今から倒す。倒した棒が向いていた方を処刑し、1人は助命する」 「!」 「いえ!そんなことをする必要はありません!兄を助けて下さい!私が兄の好意に甘えたのがいけないんです!」 ああああの断に衝撃を受ける冷暗双剣。だが、妹はそれに不服を唱える。 「いや、妹を助けてくれ。妹を失えば俺は生きていけない…!」 妹の訴えに反対し自分を処刑する様に冷暗双剣は再度嘆願する。 「美しい兄妹愛だ。だがお互いに譲って聞かないのであれば俺が決めるしかない。せいぜい祈ることだ」 そう言ってああああは感情を込めることなく木の棒を倒す。 (お願い!お兄様を助けて…!) (頼む!俺の方を向いてくれ!) そして棒が指していた先は…冷暗双剣の方だった。 「そんな…いや!お兄様を!お兄様を助けて!私はどうなってもいいから!」 妹は尋常ならざる取り乱し様で必死にああああに冷暗双剣の助命を乞う。涙を止め処なく溢れさせながら。 「これでいい…これでいいんだ…。妹よ、よく聞け」 「いや!いや!お兄様!」 妹を助けることが出来ると冷暗双剣は安堵しているのに対し、妹は駄々をこねて泣いている。兄妹の反応は対照的なものだった。 「結果は出た。さあ、俺を処刑しろああああ」 泣いている妹を横目に毅然とした態度でああああに迫る冷暗双剣だが、そんな彼にああああは微笑し 「良かったですね妹さん。愛するお兄様を助けることが出来て」 そう言ってのけた。棒が向いた先は間違いなく冷暗双剣であるにもかかわらず、である。 「…へ?」 「…どういうことだ…!どういうことだ代官!!」 当然、妹は自分の耳を疑いキョトンとなる。それに対し冷暗双剣は話が違うと激昂する。 「誰も棒の頭が指した方とは言ってないぞ?棒の尻の延長線上にお前の妹が居るだろう?さあ、処刑対象は決まった。刑を執行するぞ!」 冷暗双剣の怒声を受け流し、ああああは配下の騎士に命じて断頭台を引かせてくる。 「ああああ!貴様、俺を弄んだな!希望を持たせて!踏み躙り、それで絶望の淵に突き落とす為に…!貴様ァァァァァァァァァ!!」 冷暗双剣が立ち上がりそのまま怒りに任せてああああに突進するを仕掛けるも騎士達に押さえつけられ、顔や体を踏みつけられる。 「良かった…。お兄様は助かる…」 妹はホッとしながら涙を止める。そしてその頭が騎士の手により断頭台に固定される。 「やめろォォォォォォォォォォ!!!」 冷暗双剣の天まで届くかのような大音声などまるで聴こえないかのように、ああああは右手を振り上げ 「仕置き、執行!」 と叫ぶと同時に振り上げた右手を振り下ろす。それを合図に手に大斧を持って振り上げ待機していた騎士が両腕を力一杯振り下ろす。 冷暗双剣の視界は、血塗られた赤に染められたのだった。それは家族という名の残る希望全てを奪う非情にして絶望の、鮮やかな色だった。 「…そん…な…」 押さえつけられ倒れている冷暗双剣の目の前に転がり落ちてくる妹の生首が、これは夢ではなく現実なのだということを意味していた。 「さて、妹の処刑は済んだ。次は冷暗双剣の方だな」 と、嫌らしい笑みを浮かべながら冷暗双剣に向けて言い放つ。 「どういう…ことだ…!」 「あれ?言ってなかったか?棒の尻がある延長線上に居る方を【先に】処刑するとな」 騙された。冷暗双剣はそう察した。最初からああああには片方を助ける気などなかったのである。こうして希望を持たせて絶望に突き落とし悶え苦しみながら死んでいく受刑者を見て楽しむ悪癖がこの男にはあったのだ。 「冷暗双剣を断頭台へ!刑を執行する!」 冷暗双剣に下された非情な沙汰。騎士達は冷暗双剣の両脇を抱えて無理やり立ち上がらせ、断頭台へと引きずっていく。 「ゴミ屑野郎…!絶対に許さねえ…!」 「何だ?異教徒の蛮族の言葉はよく理解できなくてな」 冷暗双剣の罵る声に嫌みたらしく返すああああ。そして、冷暗双剣は断頭台に固定された。妹の返り血がついた大斧を騎士が振り上げる。 「家族を無惨に殺されて…騙されて…弄ばれて…俺は終わるのか…」 冷暗双剣が1人呟く。今までの思い出が頭の中を駆け巡ってくる。この世界に転生した時のこと、新たな家族が出来たこと、軍に入ったこと、アティークに出会ったこと。これが走馬灯というものかと思った時に 「仕置き、執行!」 と、ああああによる処刑執行の命令が騎士に下される。命令を受けた騎士は大斧を冷暗双剣へと振り下ろす。だが、大斧が冷暗双剣の首に迫った瞬間、突如強い冷風が吹いて騎士を吹き飛ばした。 「…!?」 それと同時に冷暗双剣は異変を感じた。自分に起こった異変をである。今までにない多量の魔力が冷暗双剣の体を駆け巡ってきたのである。 「何だ…これは…力が…力が湧いてくる…!」 吹き付けてくる冷風の刃が冷暗双剣を縛っていた縄を切り裂いた。 「神が言っているのか?俺にまだ戦えと…!あ信教を倒せと!」 「何を訳の分からないことを言っている!大人しく死ねェ!」 1人自問自答の様なセリフを吐きながら立ち上がる冷暗双剣を、ああああは太陽の刻印が現れた左手と、月の刻印が現れた右手を突き出して何らかの攻撃を仕掛けようとするも、冷暗双剣は強力な冷風を剣から起こして迎え撃つ。 負けじとああああが冷暗双剣の剣を掴む。冷暗双剣が更にもう片方の剣を抜いてああああに斬りつけようとした時、ああああが触れていた剣が爆発し、爆風が発生する。 冷風と爆風は反発し合い、お互いを遥か彼方まで吹き飛ばしてしまった。関所の鉄柵を越えた、更に向こうへ。冷暗双剣にしてみれば故郷であるウルクの残存勢力圏である。 「まさかこんな形で帰ることになろうとは…」 爆発によるダメージで意識が薄れゆく中、冷暗双剣は1人誓った。必ずあ信教への復讐を遂げてみせると。ら ルルー。アティークのウルク軍時代の上官だった男である。彼も異能を有する能力者ではあるが、その力は決して強力なものとは言えない。 得物はノコギリの様な形状の剣。彼が転生した時から持っていた武器であり、何故このような不思議な形の武器を自分が持っているかは分からないが、何か天から与えられれたものだとして常に携えている。因みに関係ないが、好物はマクドナルドのハンバーガー。 暴政と弾圧による支配に抵抗すべく反乱を起こそうと冷暗双剣に打ち明けたが、冷暗双剣は「アティーク無しでは無理だ」と弱腰になり、決起は出来ないままでいる。 そんな彼は今日も何処かで暴力や取り立てを受けているウルクの民を救うべく、残されたウルクの領内を歩いていたのだが… 「あれは…?!」 街角で倒れている、双剣を携えた男。間違いないと確信したルルーはその男、つまり冷暗双剣に駆け寄る。 「冷暗双剣!冷暗双剣!」 返事が無い。目は綴じられている。まさかとは思いルルーは冷暗双剣の腕を捲り脈を確かめる。 「脈はある。息もしているようだ。とにかく連れて帰ろう」 そんな誰も聴いていないにもかかわらずにセリフを吐くと、すぐに冷暗双剣を担いで自宅に向かう。 ◇◇◇ ルルーの家。ウルク領内にある平民と変わらぬ規模の一軒家。そこの居間のソファに冷暗双剣を寝かせて毛布をかけてやり、暖炉に薪を入れ火を起こす。 「冷暗双剣…何があったというんだ?」 語りかけても返事は無い。だが、ルルーは冷暗双剣の額にある紋章に気がつく。薄っすらと浮かんでいる程度だが、神のような天使のような二枚の翼の紋章だ。 「こんなの…初めて見たぞ?いつの間に…」 冷暗双剣が新たな力に目覚めたのかと思考を巡らせるルルーだったが 「ん…う…んん…」 という冷暗双剣の目覚めに伴う小さな呻きに気づいた考えるのを中断した。 「冷暗双剣、気づいたか!」 冷暗双剣は目を覚まし、ルルーの声に気づいてルルーの方へ顔を向ける。 「此処は…そうか、ルルーの家か…。俺は吹き飛ばされて、それで…」 「話すのは落ち着いてからでいい。これを飲め」 混乱している冷暗双剣を静止したルルーは、二つティーカップを戸棚から取り出して茶葉を入れ、ポッドからお湯を注いで一つを冷暗双剣に手渡した。 「あったかい…それに旨い…」 注がれた紅茶をズズズと音を立てながら冷暗双剣はゆっくりと飲んでいく。少し落ち着きを取り戻したようだ。 冷暗双剣はルルーに全てを話した。今はあ帝国領になった地に取り残されている妹を助けに行ったこと、失敗して関所の代官に妹を殺されたこと、そして何やら自分が新たな力に目覚めたことをである。 「成る程、分かった」 ルルーの反応はそれだけだった。「何故独断で動いたのだ」「お前の身勝手が妹を殺したのだ」「お前のせいであ帝国に更に睨まれるではないか」などと責められるのを覚悟していた冷暗双剣だったが、ルルーの反応は意外なものだった。 「妹はさ、身体中傷だらけだったんだよ…。きっとあ信教の奴らに色々されていたに違いない…」 力無く話を続ける冷暗双剣に、ルルーは黙ってマクドナルドのハンバーガーを差し出す。 「…?」 「そうか…。辛かったな。唯一の身内だったもんな。だが意外だ。お前ならきっと絶望のあまり生きる気力を失ったものかと思ったがそうじゃない」 差し出したハンバーガーをジェスチャーで食べろと勧めながらルルーは話しだす。 「目を見れば分かるさ。お前は…復讐という生きる糧を得たんだろう。絶望とは明らかに違う目つきだ」 「…だが、俺達にはあ信教を倒す力は無い。分かるだろ?俺達の能力は強力とは言えない」 「…そうだな。アティークさえ、アティークさえ居てくれれば…」 2人は肩を落とした。叶わぬ現実。彼らにとってもアティークは希望そのものだった。燦々を倒し、壊滅していたウルクを復興させ、強力な力により守ってきたアティークの存在はウルク人にとって希望の光であった。 そのアティークを倒しウルクから平和と希望を奪ったのは… 「言っても仕方ないさ。アティークは今…」 「…そうだよな。ポケガイ帝国の牢の中だもんな…。水素に李信…あいつらさえ居なければ…」 ウルクはこんなことにはならなかった。と、続けて言わないまでもルルーは察して冷暗双剣の言葉に頷いている。どうすることも出来ない無力感が彼らを支配していた。力に目覚めたと言っても、所詮は風を起こすだけ。あ信教の上位能力者達にはとても太刀打ち出来ない。 「そういやさ、アティークの…家族はどうしてる?」 「アイーシャというシスターのことか。あいつは今でもアティークの帰りを待ってるよ。最近もよく見かける。健気なものだ」 冷暗双剣は突飛にアティークの家族と言えるアイーシャの名を出す。アティークが長く留守にしているので心配になっていたというのもあるが。 「留守でもせめてアティークが元気なら救われるんだが、投獄されてるんじゃな…」 「…アティーク、早く帰って来いよ。みんなお前を待っているのに…」 2人は肩を落とし項垂れたまま言葉を交わし続けるのだった。 "異教徒狩り" あ信教軍による異教徒(9割がゾロアスター教徒)を見つけ出し捕え、異端審問にかけて処刑するかその場で殺す行為を指す。 残された僅かなウルク南部の領内では、あ信教の将兵がやって来て異教徒狩りを行うのだ。 何故、あ信教はウルクの全ての領土を奪わず僅かな領土を残し、間接統治に留めているのか。 それは、一種の懐柔の様なものである。全ての領土を奪えばそれは即ち多くの難民が出る。難民が死に物狂いで暴徒化すればあ信教にも被害が出る。また、アティークは死んだわけではなく、言うなればポケガイ帝国に保護されているのだ。難民と化したゾロアスター教徒がアティークに何かを働きかければ厄介なことになる。 なら、滅ぼしてしまえばいいと思われるが、そうではない。 ウルク南部の土地は古来より続く民や土地の性質上、直接統治は骨の折れる地である。 更に、ウルク民を残しておけば多くの税を搾り取ることが出来るのだ。 僅かばかりの自治権は認めるが、あ信教の兵が巡回しており、もはや自領とは言えないものである。 アティークの残された家族とも言うべきアイーシャという少女は、そんなウルクの街でアティークの帰りを待ち続けていた。 「さあ、今日もアフラ・マズダーに祈りを捧げる時間だわ」 一日も早くアティークが帰って来るように、アフラ・マズダーがアティークを守ってくれるように、それらを祈る為にアイーシャは毎日祈りを捧げていた。 領内の教会や火の寺院は全て破壊されあ信教の教会に作り替えられている。アイーシャは止む無く自宅で祈りをする。 ゾロアスター教の礼拝は、「火の寺院」と称される礼拝所でおこなわれる。寺院は信者以外は立入禁止となっており、信者は礼拝所に入る前、手と顔を清め、クスティと呼ばれる祈りの儀式をおこなう習わしとなっている。クスティののち履物を脱いで建物に入り聖火の前に進んで、その灰を自分の顔に塗って聖なる火に対して礼拝を捧げるのである。※Wikipediaより。 アイーシャは聖火に見立てた灯火の前に出て灰を顔に塗って礼拝する。 「神よ、どうかご加護を…!」 恨めしい。ウルクを奪った燦々も、あ信教も、アティークを奪った水素も李信もセールも。自分にはどうすることも出来ない。自分の無力もまた恨めしい。 祈りを捧げても事態は好転しない。日に日に弾圧は激しさを増すばかりであった。 祈りを捧げ終えたアイーシャは儀式に必要な物を片付けると、買い物の為に外を出る。アティークが帰るまで生き延びねばならない。 バンっと家のドアが勢いよく開け放たれる。 「アイーシャは居るか!?」 野太い男の声がする。あ帝国の兵士だろう。それを察したアイーシャは自室の窓から履物も履かずに外へ飛び出した。 逃げなければ。恐らくゾロアスター教を棄教していないのが知られたに違いない。または、その疑いがかけられたかである。 「奥の方から物音がしたぞ!捜せ!」 隊長の騎士は確かに奥の方で物音がしたのを聞き取っていた。隊長の指示の下に4人の騎士が玄関から入り奥の部屋のドアを蹴破って突入する。が… 「隊長!もぬけの殻です!」 既にアイーシャの姿はなかった。だが、部屋の窓は全開になっている。もちろんそれに気づかない騎士達ではない。 「捜せ!見つけ次第捕らえろ!抵抗するなら殺せ!まだそう遠くへは行っていない筈だ!」 「はっ!」 少し遅れて部屋に入ってきた隊長の指示は早かった。騎士達は熟練した身のこなしで玄関まで引き返して先程の部屋の窓に繋がる家の裏手へ回り、アイーシャの捜索を開始すべく走り出した。 「はぁ…はぁ…」 アイーシャはひたすら走り逃げる。行く宛など無い。既に頼れる家族は皆死んだか居なくなっている。そして、ルルーや冷暗双剣に迷惑をかけるわけにもいかない。まだ十代半ばのこの少女の体力で逃げられる距離などたかがしれている。 (それでも逃げなきゃ…!私まで死んだら誰が…誰がアティークを迎えるのよ!) 心中での悲痛な叫び。自分が死ねば、アティークはこの世で独りぼっちになってしまうかもしれない。こんな時になっても尚、アイーシャは自分のことよりもアティークのことを考えていた。それだけアティークのことを大切に思っていた。いや、愛していたのだ。 (とにかく…建物や路地の多い区画に出てやり過ごせば…いえ、それじゃ一時凌ぎにしかならない!ウルクを出てポケガイ帝国に助けを…!) 思考は現実に引き戻される。頼る?ポケガイ帝国を?アティークの夢を壊してアティークを塀の中に閉じ込めた連中を?アイーシャの思考は混乱する。 足の裏が痛む。靴を履く間も無く、裸足で飛び出して走り続けているのだから当然だ。 「いたっ!」 アイーシャは石に躓いて前のめりに転んでしまった。脚をかなり 「 脚をかなり擦り剥いてしまっている。鈍いような鋭いような痛みが傷口から響いてくる。 「こんな…こんなことで…!アティークはもっと大変なんだから…!」 アイーシャに痛がっている暇など無い。痛みを堪えすぐに立ち上がりウルクの出口に向けて走り出す。勝手知っている道である。騎士達の巡回網を潜り抜けながら住宅街を抜けた。 「あと少し…あと少しでウルクの出口…!ウルクから出れば奴らはやって来ない!」 ゴール、つまりウルクの街の出入口までは僅か800mのところまで逃げて来ていた。あと体力の少ない少女でも5分前後で到達出来るだろう。怪我を加味しても7~8分。ようやくアイーシャに希望の光が差してきたところだった。 「お願い…!もう少し頑張って…!私の体…!」 既に3km近く走ってきており、おまけに足の怪我である。息切れが激しく、少女の体力はもはや限界に達していた。 怪我した脚を引きずりながら進む。住宅街を出て、運河の上にある大きな橋へ。しかし… 「うっ…ぐっ…!」 またもや転倒。しかも前々日に大雨が降った為にその体は水溜りにバシャンと音を立てて突っ込んでしまった。 「いっ…!」 痛い。それにずぶ濡れになった髪や顔や衣服に両脚の大きな擦り傷、裸足で走ってきたことによる足の裏の無数の傷。泣いてはいけないと強く思っていても涙が溢れてくるのを止められない。 「駄目よアイーシャ。こんなこと、アティークが戦ってきたことに比べたら…!」 立ち上がろうとするも、右脚を挫いたようでズキっと激しい痛みが襲い掛かる。立ち上がることさえ最早ままならない。 「見つけたぞ!」 そして橋の前後から退路を封鎖してやって来たあ帝国の10人程の騎士がアイーシャを取り囲んでいた。 「やっと見つけたぞ!捕らえろ!」 「はっ!」 隊長の命令を受けた騎士の1人が、倒れているアイーシャの両脇を乱暴に掴んで無理矢理立たせようとするも、アイーシャは右脚を挫いている為立つことが出来ない。 「立て!さっさと立たんか!」 立たせようとしても痛みで涙を流しへたりこんでしまうアイーシャを再度無理矢理立たせて腹に拳を突き入れる。 「がはっ…!」 「あ様に逆らいアフラ・マズダーを信仰する不届きものめ!」 腹を殴打されて倒れるアイーシャを更に膝蹴りを入れていたぶる。それを見た他の騎士達もよってたかってアイーシャに群がり、髪を引っ張ったり、顔や腹や背中を殴ったり、挫いた脚に蹴りを入れたりと暴行を加えていく。隊長はそれを止めもせずニヤニヤしながら眺めている。 「隊長!こいつがゾロアスター教徒である証拠です!」 アイーシャの胸元を無理矢理開かせて騎士が取り上げたのは、アフラ・マズダーの彫刻が施された首飾りだった。 「決まりだな。こいつを連行し異端審問にかける。明後日にはこいつは火炙りだ」 隊長の言葉で騎士達がアイーシャに縄をかけようとすると… 「そうはさせない!」 と叫んで向かってくる。男と後に続いてくる3人の男と1人の女があった。 「まさか…!」 その声をアイーシャが忘れる筈もない。ずっと待ち焦がれていた男が今、自分の眼に映っているのがその証拠だった。 「アティーク…!」 「何者だ!」 「ゾロアスター教徒の頂点に立ち、アフラ・マズダーをこの身に宿す神の代行者…我が名はアティーク!全ては善なる神の意のままに!」 隊長の問いにアティークが答える。真紅に輝くミスラの剣を鞘から抜き放ちながらである。 「アティークだと!?アティークは今ポケガイ城の地下に投獄されている筈だ!」 「そうだ!アティークは水素に負けて牢屋の中だ!」 「李信に力を封印された筈だ!」 隊長をはじめ、騎士達は次々にアティークに信じられないという意の言葉を浴びせてくる。 「俺がその李信なんだがな…」 「女の子を寄ってたかって…許せねえなゲス共」 「色々あって釈放されたんだよ。さて、俺の大事な家族を傷つけた罪はどう贖ってもらおうか」 李信とHopeの言葉は流されて真紅の剣が炎を纏う。アティークによる彼らへの判決は問うまでもなかった。無論その表情は怒りに満ちている。 「者共迎撃しろ!神の代行者を名乗る異教徒とその一味を討て!」 兵士達が一斉に抜剣して剣先に魔力を込め始める。対象はアティークとその仲間4人である。しかし… 『カーヴェ!』 アティークが剣先から炎の矢を射出し隊長を一瞬にして塵も残さず焼き尽くしてしまう。隊長を討たれた騎士達は狼狽し始める。 「馬鹿な!隊長がこんな簡単に!本当に奴はアティークなのか!?」 「た、退散だ!こんな化け物に勝てるわけねえ!」 「逃げろ!逃げろー!」 騎士達は口々に言いながら背を向けて逃走を始める。が、このまま逃がしてやる程彼らは甘くない。 『かーめーはーめー波ー!!』 Hopeの掌から放たれたエネルギー波が5~6人の騎士を呑み込み塵と為す。 「女を集団でいたぶるような屑には地獄へのチケットしかプレゼントするもんがねえ。受け取りなァ!」 射殺了解が更に5人の騎士を《ジ・エターナルイリュージョンガン》で蜂の巣にする。 残った10人程の騎士が後ろで同僚らの悲鳴を聴いて慌てふためきながら逃走を続ける。何とか逃げ切ろうと全力で走るも、彼らの前に空間転移と《瞬歩》で先回りしたアティークと李信が立ち塞がった。 「アフラ・マズダーはお怒りだ。お前らにも裁きを下す」 アティークが3人を掌から火球を射出して燃やし尽くす。残った2人は尻餅をついて、 「た、助けて下さい!助けて下さいィィィィィィィィ!!」 「心からお詫びします!本当に申し訳ないな、と…!」 命乞いを始めた。当然彼らは許す気など毛頭無い。 『月牙天衝』 李信の《斬月》から放たれた漆黒の斬撃が2人の兵士の体を真っ二つに斬り裂いた。 アイーシャを追ってきた騎士達を全滅させたアティーク達は酷い暴行を受けて動けないアイーシャの所へ集まっていた。 「アティーク…!本当にアティークなの?」 アイーシャは騎士達の暴行による痛みやらアティークと再会出来たことによる嬉しさやらで溢れる涙を止める術を持たなかった。大好きな家族に再会した少女の顔は痣と涙でグシャグシャになっていた。 「ああ、本当に俺だよ。アイーシャ…こんなになるまで…間に合わなくてすまなかった」 「いいのよアティーク。だってアティークは帰って来てくれた!アティークにずっと会いたかった!」 「アイーシャ、ただいま…!」 「おかえり、アティーク…!」 感動の再会を染み染みと味わうアティークとアイーシャ。アティークも一筋の涙を流していた。 (帰って来たんだ。ウルクに。此処まで本当に長かった…) アティークは復興したもののあ信教により一部の景観が破壊されたウルクの街を見渡す。それは大半が自分の覚えているウルクだった。 「感動の再会を味わってるところ悪いが、あまり悠長に構えてるとあ信教の奴らに見つかるぞ。騒ぎになる前に行くぞ」 雰囲気をぶち壊したのは李信だった。成る程現実を見た正論ではあるが、そう思っていても黙っていたHopeや射殺了解、ラムとは違い李信はすぐに口にした。 「…直江。お前空気読めないの?」 「これだからDTは…。何で自分がモテないか考えたことあるか?」 「お前らは空気より状況を読め。再会を味わうなら家に着いてからいくらでもやれ。行くぞアティーク」 Hopeと射殺了解の説教の聴き流して李信はアティークを急かす。 「まあ、直江の言うことにも一理ある。アイーシャ、家まで案内してもらえるか?」 「う、うん」 アティークは自分の力で立てないアイーシャを抱き抱えて道案内を頼んだ。思えばアティークはアイーシャの家の場所は知らなかった。 (今アティーク達はこの眼帯黒尽くめの人を直江と呼んだ…。直江ってあの李信の別名よね?李信…李信…!何でアティークが李信と一緒に居るのよ!) 李信はアティークの仇の様なものではないか。何故アティークや側近のHopeまでもが李信と共に行動しているのか。アイーシャに一抹の疑念が生まれていた。 アイーシャを抱えたアティークをはじめ、一行はアイーシャの家に到着していた。道中のあ信教の騎士達はアティークが全て塵も残らず焼き尽くした。 「積もる話もあるけどアイーシャはまず体を洗って着替えて手当してからだな」 「ラム、悪いけどアイーシャのことを頼む」 この場でアイーシャの他に女はラムしか居ない。入浴やら全身の手当てやらは自分がやるわけにもいかないので已む無くラムに頼むことにした。 「分かったわ。さあアイーシャ、行きましょう」 「お願い…します」 自力で歩行するのが難しい状態のアイーシャに肩を貸しながらラムは家の奥にある浴室へと向かった。 「さて、アイーシャに何て説明するかな。お前のこと」 アティークは李信の方を向いて言った。 「…俺はお前の仇敵だからな。お前やウルクの民の夢と希望を奪った張本人だ」 李信は後ろめたさなど微塵も感じずに言い返した。 「アイーシャやウルクのみんなが納得するかなあ、お前のこと」 「…難しい、というか無理だろうな。口より行動で示す他ない」 「行動?」 「決まってるだろ。戦争だ。俺が戦争で功績を挙げるしかない」 「やっぱそうなるよなあ…。まあでもどの道宿は何とかしてやるよ」 「アテがあるのか」 「ああ、俺が建てさせたフリーの家が何件かな。後、マリアン宅の跡地に建てた家もある」 「ならアイーシャとやらの説得は必要無いな。悪いが案内を頼む」 「お前なあ…」 今の会話でアティークは李信があまり人望がなく、二次元に来て容姿は良くなったのにも関わらず異性に縁が無い理由がわかった。 (こいつ、何かと一緒に行動するアイーシャの気持ちなんて考えてねえ。女相手でも全く遠慮がねえ。一連の流れで仲間になったけどやっぱHopeみたいに仲良くするのはちょっと難しいかもな) 「なあアティークちゃん、此処は直江本人から話させてみない?」 突然会話に入ってきたのはHopeだった。 「ふざけてるのかHope。俺に初対面の、それも女と話せと言うのか」 当然李信は反発する。この男は女とまともに話したことなど殆ど無いのだ。それは現実でも、この異世界でもである。女耐性など皆無の李信にしてみれば蕁麻疹が出るような話だった。 「直江さあ、分かるだろ?お前自分で張本人って言ったじゃないか。全部アティークちゃん任せにするわけにいかないだろ?成長しようぜ?」 「俺よりアティークが話した方があのアイーシャとかいうシスターも聞く耳を持つだろう。いきなり家族の仇の話をお前なら聞くのか?」 「それは…」 李信が言い返すとHopeは黙ってしまった。 「はいはい喧嘩するなよHopeに直江。基本俺から話すけど直江にも居てもらうし少しは話してもらう。それと射殺了解もな」 アティークは李信とHopeの仲裁に入り、更に射殺了解にも目を向ける。 「え?俺もか?」 「当たり前だろ。お前、水素の部下じゃん。水素はウルクでは直江と同じくらい憎まれているからな」 「マジでか…」 射殺了解は厄介だなと言わんばかりに顔をしかめた。それに、水素がアティークを倒したことなど自分には関係の無いことだった。射殺了解が水素の部下になったのはアティークが投獄されたずっと後だ。 ◇◇◇ 入浴と着替えと手当てを終えたアイーシャがラムに支えられながら居間へと足を引きずりながら戻ってきたのはそれから30分くらい経過した後のことだった。 「アイーシャ、大丈夫か?今日はもう辛いか?」 「いえ、アティーク。私気になることがあるの。特に…あいつについてね」 アティークは大怪我を負っているアイーシャを気遣ってたつもりだったが、アイーシャは李信をギロリと睨みながら返事をした。 「まあ、そうだよな。おい直江。まず何とか言えよ」 「元ポケガイ帝国所属の李信だ。今は色々あってポケガイ帝国を追放されてアティークとは仲間になり行動を共にしている。知っての通り俺がアティークの力を封じてペルシャを打ち砕いた。それはアティークのやり方が強引だったからだ。だが今この世界に必要なのはアティークの思想と力だ。我々はアティークを頂点とした新しき…」 「ふざけないで!!」 アティークに促された李信が自己紹介と経緯の説明を始めた時、それをアイーシャが声を張り上げて遮った。 「いきなりアティークを悪者扱いする気!?それで都合が悪い時はアティークを水素とかと一緒にリンチして、自分が危なくなったらアティークに泣きつくんだ!?最低!アンタみたいな男が1番嫌いよ!」 「おい、事情もよく知らない癖にいきなりこれか…」 「聞かなくたって分かる!アンタがアティークを都合良く利用してるってのがね!」 「はぁ…アティーク。後は頼んだ。こいつは疲れる」 予想通りと言うべきか。アイーシャは李信に怒りをぶつけてきて話すのが面倒になったので後はアティークに投げることにした。 「直江は俺を釈放してくれたんだ。来るべき大敵に対抗する為に俺の力が必要だと言ってな。そしてはぐれてしまったHopeと俺を引き合わせてくれたのも直江だ。ところが俺とHopeを庇ったばかりに直江は俺達と一緒に追われる身になってしまった。もう俺と直江は殺し合う敵じゃない、志を同じくする仲間なんだ」 「志を同じくするですって!?李信とアティークが!?じゃあ李信!具体的にアティークと何をするのよ!」 アティークが簡単に経緯を説明し李信を擁護するもアイーシャが納得する気配は無かった。李信はアイーシャに問いを投げられたので再び口を開く。 「王道の実現。それが俺とアティークが為すべきことだ」 「王道…!?」 具体的な説明を求めたにも関わらず、抽象的な表現から入る李信という男にアイーシャは益々嫌悪感を募らせていく。 「世界帝国の建設、そして全ての民を慰撫し大敵を討ち亡ぼすこと。ゾロアスター教を国教としてな。無論君主の座にはアティークに就いてもらう。俺はバックアップと戦争だ」 「帝国の建設!?アンタとアティークが!?」 「そうだ。そもそも大敵を討ち亡ぼすのにアティークの力が必要なのにアティークを受け入れないばかりか追討令を出すような国はもう必要無い。我々はアティークを主としてこのウルクで挙兵し邪なるあ信教を滅ぼす。ウルクを橋頭堡にポケガイ帝国領へ侵攻しポケガイ帝国を滅ぼす。そして大敵北条と新怪人協会を滅ぼし世界平和を実現した後は善政を敷き民を慰撫する。具体的な国家体制や戦略の話も必要か?」 「…結局貴方はアティークを主にして自分がやりたいようにやるだけじゃない。自分じゃ求心力が無いからアティークを使う。違う?」 「違うな。挙兵する時も建国する時もリーダーはアティークでナンバー2はHopeだ。上に2人も居れば俺とて勝手な真似は出来ない。俺が暴走するなら必ずHopeが止める。俺の人望のなさはHopeが埋める。アティークは求心力、Hopeは緩衝材として必要だ。俺は軍事担当だな、多分。それに…」 「それに?」 「アティークもそれを望んでいる。今度こそ間違わない方向でみんなに優しい国を創りたいと。ウルクを助けたいと。ゾロアスター教の力で成し遂げたいと」 「そうなの?アティーク、Hopeさん」 李信はこれはアティークもHopeもの合意の上だと語る。それは本当なのかとアイーシャはアティークとHopeに問い質す。 「こいつはかつてグリーン王国の時代に大軍で攻めてきたガルガイド王国軍を打ち破り見事に桑田の首級を挙げた。そればかりじゃない、兵力で劣るグリーン王国軍を指揮してクワッタの戦いでランドラ帝国軍を撃破し帝国の滅亡させる原因を作り出した。あ信教を倒すにもポケガイ帝国を倒すにもこいつの力が必要なんだ。それに俺も直江もみんなに優しい世界を創りたいと思ってる」 「俺はアティークちゃんに着いていく。アティークちゃんが直江を認めるなら俺もそうする。少なくとも直江にはそれだけの価値がある」 「アティーク、Hopeさん…」 アティークとHopeから返ってきたのはいずれも肯定の言葉。アイーシャは諦めたように俯くと、再び李信の方を向く。 「教えて李信。何で今更掌を返したの?」 「こいつの、アティークの思想と行動が合致したからだ」 「どういうこと?」 「アティークは本来、王道的思想を持ちながら全国民のゾロアスター教徒化や武力行使による世界統一国家を目指すといった義に囚われない覇道を歩んだ。だから世界中の反発を招いて失敗した。覇業では王道は成らない。 だが今は違う。悪と見做した敵だけを滅ぼし人民を解放しそれを慰撫する。仁の世を築く…本当の王道だ」 「そう…なんだ…。じゃあアンタは本当に味方なのね?」 「アティークが正しいリーダーである限りはな」 「…分かった。でも私は貴方を決して許しはしない」 「それでいい。お前はアティークを支えていればいい」 一応これは和解となったのだろうか。2人の様子を見ていたアティークとHopeもホッと胸を撫で下ろしていた。 因みに射殺了解とラムが水素の部下であることも明かしたが、アティークの説得と射殺了解がペルシャ崩壊と何も関わりがないこと、ラムも関与していないこともあり李信と違いあっさり和解した。 試練、再び。 アイーシャとの再会を果たしたアティーク。彼が次に李信、Hope、射殺了解を引き連れて行った先は、もちろん懐かしき同僚と上官が居る場所だった。 ピンポーンとインターホンを押す。家の場所は既にアイーシャに聞いている。アイーシャ曰く、冷暗双剣とルルーは互いの家にちょくちょく遊びに来ているらしい。2人はよくアイーシャのことを気にかけて何かしら支援していたとか。アティークとの縁の誼だろう。 アティークがインターホンを押して15秒ほど待つと、家のドアがガチャリと開かれる。 「よう冷暗双剣!久しぶりだな!」 「何だ…って…まさか…まさか…!おいルルー!ルルー!」 出てきた冷暗双剣への再会の挨拶をしたアティーク。突然のことに驚きを隠せず冷暗双剣は狼狽し家の中へドタバタと走ってルルーの名を叫んでいた。 「何だ騒々しいぞ」 「アティークが!アティークが帰って来た!」 「…何だと!?」 食べかけのハンバーガーを置いてルルーも冷暗双剣と共に玄関へと駆け込んでいく。2人はアティークの顔を覗き込み本物だと確信するとその手を握って涙した。 「アティーク!よく帰って来てくれた!」 「投獄されてるんじゃなかったのか!?とにかく本物のアティークだ!」 「おう、俺は正真正銘本物のアティークだ。投獄されてたけど釈放されたんだよ。こいつにな」 ルルーの問いに答える為にアティークは横にいる李信を親指で指した。 「こ、こいつは…まさか…」 「真っ黒の和服(死覇装のこと)に眼帯、黒いマント、腰には刀…おいアティーク、こいつって…」 会ったことはない。だが冷暗双剣もルルーも噂には聞いていた。桑田の軍を打ち破ったり、アティークを封印したりと、李信は水素やエイジス、セール程ではないが世界中に名が知られている。無論そういったカッコいいことばかりではなく、戦闘での戦績が割と酷いことや性格が悪く人望が無いことなどのマイナス面も含めてであるが。 「ああ、こいつが直江だ。色々あって仲間になった。お前らもこいつに含むところはあるかもしれないけど、俺達には必要な戦力なんだ。どうか受け入れ…」 「おいてめえ李信!じゃなくて直江!どっちでもいいがよくものこのことこのウルクに来れたもんだな!」 アティークが話している途中でそれを遮り、李信の胸ぐらを掴んで怒り出したのは冷暗双剣だった。 「色々事情があってな。お前らウルクの奴らに協力することになった。無論、あ信教を滅ぼしてウルクを独立させる戦いへの協力だ」 「ふざけんな!お前の協力なんて要らねえ!今すぐウルクから出ていけ!お前は全ウルク民の敵だ!」 「そんなに敵を増やしてどうする?お前らの今の敵はあ信教だろ!」 「黙れ!おいアティーク、何でこんな奴を仲間にしたんだ!」 冷暗双剣は李信の胸ぐらを掴んでいた右手を放してアティークに凄んだ。アティークやHopeの帰還は嬉しいがその他は招かれざる客ということである。 「よう、話のついででわりいんだけどよ。そいつは紛れも無くアティークの大望を阻止した李信本人だ。んで、俺はアティークのもう1人の仇・平沢水素の部下だ」 李信がこの場に居ることに憤慨している冷暗双剣の耳に、射殺了解から更に怒りという名の火に油を注ぐ名が入ってくる。 「なんだとォ!?おいアティーク!お前が帰って来たのは嬉しいがこれは何のつもりなんだ!」 「…話せば長くなるけど水素も一応味方なんだ。わけあって本人は来れないけど。だから水素が応援として派遣してきたのがこの射殺了解って奴なんだ。あの氷河期と互角に渡り合うくらいだからこいつも戦力として重宝する。ウルクを解放する為には李信や射殺了解の力が必要なんだ」 アティークは怒れる射殺了解に言葉を尽くして事情を説明し2人のことを認めてもらおうとするが、冷暗双剣はそれを良しとはしない。 「俺もウルク軍将軍としてウルクの仇と言っても過言ではない李信本人と水素の部下の参戦は認められない。ウルクはウルク民だけで解放してこそ意味がある。こんな余所者は必要無い」 ルルーも冷暗双剣よりは冷静だが、その眼は怒りの静かな炎を灯す眼差しだった。それを李信と射殺了解に向けている。 「現実と大局を見れないこんな無能が将軍とは…ウルクは相当人手不足だったと見える」 「何だと?もう一度言ってみろ」 そのルルーの怒りにも油を注ぐ李信。2人は睨み合っていた。 「俺と射殺了解抜きの戦力でウルクを解放出来るのか?見たところこの残された領土だけで動員出来る兵力は恐らくあ信教の…よくて数分の一だ。俺が配下の軍に呼び掛けるだけで数万の援軍をお前らは得られるんだがな」 「こっちには神の代行者が居る!あ信教など恐るるに足らん!」 「あ信教のリーダーが神の代行者である可能性は考えないのか?」 「!」 ルルーは李信に指摘されたことでハッとなった。もしあ信教のリーダーや幹部に神の代行者が居ればアティーク1人だけでは戦力的に心許ない。アティーク1人が敵の神の代行者にかかりきりになれば他の戦力で上回る必要が当然出てくる。 「あ信教。宗教を名乗り瞬く間に版図を広げウルクをここまで追い詰め、民から崇拝される…。神の代行者くらい居てもおかしくないだろうな」 「それは…!」 「それでも俺達を不要と言うか?ウルク国将軍・ルルー」 正論、というより妥当な推察だ。だがそれを李信に突きつけられたルルーは黙ってしまう。ウルクの仇の力を借りて恥を偲ぶか、このまま戦力的に不安を抱えたまま不利な戦争をあ信教に挑むか。これはルルー、いや、ウルクの民のプライドをかけた選択になることは明白だった。そして自分には、将軍としてウルクの未来の為の選択をする必要がある。 (俺はどうすれば…!) プライドを捨てるか、国の未来を捨てるか。ルルーの心は揺れる。 「おい。そんなに自分達が戦力として通用すると思うならそれを証明してみろ」 割って入って来たのは冷暗双剣である。 「成る程、そいつぁ面白いじゃねえか!俺の力、見せてやるぜ!」 それに乗り気で即答したのは射殺了解だった。 「それはいい。こいつらが本当に戦力になり得るならこいつらにも協力してもらおう。もしそうでなければ…帰ってもらおう」 ルルーも賛意を示した。 「なら俺とルルー、お前ら2人…2vs2で手合わせ願おうか。表に出ろ」 「上等だ!お前らごとき俺1人で十分だ!」 冷暗双剣が提示したルルーに賛成した射殺了解は真っ先に大通りの真ん中に走り出た。李信、ルルー、冷暗双剣もそれに続く。 李信と射殺了解、冷暗双剣とルルーがそれぞれ隣に並んで相手と対峙する。その間隔は15mほど。 「射殺、手を出すな。2人まとめて俺がやる」 「ああ!?お前それズルくねえか!?俺様の力を見せる絶好のチャンスなのによぉ!」 李信が射殺了解より一歩前に出て言うと、射殺了解は当然反発した。射殺了解もこの戦いで力を示さなければならない立場である。しかし… 「俺はアティークと対立した張本人、対してお前はただ単に水素の部下というだけだ。どちらが力を示さなければならない立場かは明白だ」 「…だが!」 「チームで勝てばいい。2人とも活躍しなきゃならないなんてルールは決められていない」 「ケッ!お前のことだ、どうせ無様に負けて俺に泣きつくんだろうぜ!それまで見せてもらおうじゃねえか!」 「決まりだな」 李信と射殺了解がやり取りを終える。行動を共にするようになってから1週間は経過しているがこの2人の不仲は未だに解消されることはない。価値観や思想、性格が違い過ぎていたのだ。 「おい、作戦会議は終わったかよ!?」 「お前ら如きと戦うのに作戦が必要だと思うか?」 「…後悔させてやる」 冷暗双剣がやり取りを終えた2人に確認をとるが、それに返ってきた李信の答えは挑発的なものだった。 冷暗双剣低い声でボソッと呟き、腰の鞘から双剣を同時に引き抜く。 「では始めるぞ!李信、射殺了解!お前達の力を見せてみろ!」 ルルーは右手を広げる。その掌に稲妻が走り、一瞬にして槍と化していた。 「行くぞ」 李信も腰の鞘から斬魄刀を抜いて下段に構える。射殺了解を除いた3人が臨戦態勢を整えた。 最初に動き出したのは冷暗双剣だった。彼は鞘から抜いた双剣に氷属性の魔力、冷気を纏わせて李信目掛けて突っ走る。 「どれで相手しようか迷っていたが今日の気分はこいつだ」 『霜天に坐せ 氷輪丸』 李信が始解の解号と名を口にすると巨大な氷の龍が斬魄刀に従い現れて突っ込んでくる冷暗双剣に真正面から向かっていく。斬魄刀自体には柄尻に鎖で繋がれた龍の尾のような三日月形の刃物が付く。同時に、半径12kmに及ぶ広範囲が乱層雲に覆われる。これが《氷輪丸》の能力の一つである《天相従臨》である。 「氷属性には氷属性ってことかよ!面白えじゃねえか!」 冷暗双剣は冷気を纏った双剣で氷の龍を迎え撃つ。双剣をクロスさせて攻撃を受け止めんとするが、その圧倒的な質量に押し負け靴裏を引きずりながら後退させられてしまう。 「この始解、かなり弱い部類に入るんだがな。やはり同じ氷属性でもお前と氷河期さんでは天地の差だ」 「…っざけんな…!俺を氷河期と比べんじゃねえよ!」 冷暗双剣は氷輪丸に後退され続けながらも双剣で受け止めながら必死で耐えている。 「我も居るってことを忘れてないか?李大将軍!」 正面切ってルルーが槍を携えて向かってくる。槍にはいくつもの稲妻を纏い、絶えず雷光を放っている。 「油断もしよう。警戒する必要がもはや無いのだ。ルルー大将軍」 ルルーが突き出してきた槍を斬魄刀で受け止める。すると稲妻に覆われた槍は穂先からやがて全体まで氷漬けになってしまった。 「なっ…!」 『破道の三十一 赤火砲』 武器が機能しなくなり丸腰も同然のルルーに李信の左手から発せられた中級鬼道の霊球がぶつけられて中規模の爆発を起こす。 「ぐあっ!」 「話にならんな。始解と中級鬼道で倒せるポケガイ民に出会ったのは久方ぶりだ」 慢心するのも無理からぬこと。戦績こそ酷いものだが異変の民としての李信に授けられた異能は絶大な戦闘力を誇る。強者が多いポケガイ民には苦戦していたが、目の前に居るのは大したことのないアティークのおまけみたいなものだ。 だが、油断していられる時間はそう長くはなかった。ルルーの槍は稲妻を帯びて氷を破壊、更に雷に姿を変えて李信に天から堕ちた。 音よりも速い稲妻。李信は対応出来ずにまともに浴びてしまう。顔に焦げ跡がつき、死覇装もボロボロになっていた。 「寂しいことを言うんだな李将軍。本番はこれからだろう?」 雷を収束した槍を持ったルルーがニヤリと笑った。 だが、李信の体の損傷の全ては見る見るうちに自動で治癒されてしまった。虚(ホロウ)の超速再生能力は健在である。 「意外と耐えるんだな、なら…」 『破道の五十四 廃炎』 楕円状の炎がルルーへと放たれる。ルルーは難無く槍でそれを弾いてニヤリと李信にドヤ顔を向ける。 「我はブリーチとかいう漫画のことはよく分からないだが、流石にもっと強い技はあるだろう?いつまで舐めプしてるつもりだ?」 ルルーによる高速槍術。あっという間に李信に接近して1秒に10撃もの槍を突き出す。李信は斬魄刀で受け止めんと図るも流石に武術だけは生前の李信そのもの。心臓を捕捉され槍が突き出される。が、李信の皮膚は《鋼皮(イエロ)》と呼ばれるもので、名の通り硬さは鋼鉄の如し。通常の武器程度を通すようなものではなかった。 「なっ…!」 「お前の底は見えた。落雷も大したダメージにはならない、槍術に関して言えば古代中世の豪傑を彷彿とさせるものだが異能を持つ者には何の役にも立たない技術だ」 李信は呆気に取られるルルーに斬魄刀を向けてそう言い捨て、刀に霊圧を込める。 『竜霰架』 氷の刃が突き刺されようとした時、背後から突然氷輪丸に押し込められていた筈の冷暗双剣が現れた。 「首の後ろは生物にとって最大の死角だよ。そんな場所に何の防御も施さずに戦いに臨むと思うかい?」 振り下ろされた二刀一対の剣が、多角形の自動バリアが起動して李信の身を守る。 「だが、ルルーからお前の気を逸らすことは出来た!」 「逸らしてどうする?それにどうやって氷輪丸を…」 突破した?と言いかけたところで冷暗双剣はこちらを向いた李信に斬りかかる。 「ハァ!」 冷暗双剣の双剣から放たれた一陣の風が刃となり、李信の《鋼皮(イエロ)》をも突破し胴に右から左へ斜めに大きな傷を負わせた。 「貴様、何処からそんな力が…!」 「今更気づいたんだけどよぉ、俺、お前が言ってた神の代行者とかってやつだったわ」 「なん…だと…」 冷暗双剣が剣から冷たい突風を発生させて李信に向けて飛ばすと、李信は抗う術もなく吹き飛ばされてしまった。 「ルルー、退がってろ。直江は俺がやる」 「冷暗双剣…やはりお前の力は…そうだったか…すまんが任せる」 自ら神の代行者として覚醒したと言う冷暗双剣の配慮はルルーもしっかりと理解して冷暗双剣の後ろに退がる。敵わないと判断すれば潔く退くのも将の器だとルルーは思っていた。 「北風よ」 冷暗双剣の額の二枚の翼の紋章が白い光を放ち始める。双剣もそれに呼応するかのように水色に輝く。 二つの剣先から放たれたカマイタチを無数に内包した竜巻が吹き飛ばした李信目掛けてつむじの様に回転しながら接近していく。 『縛道の八十一 断空』 鬼道による透明な長方形の障壁。八十九番までの破道を防ぐ防御力に優れた縛道だが、所詮それは同作品内の狭い世界の中での話。神の力を得た冷暗双剣の前では無力に等しい、画用紙も同然の壁。断空はズタズタに引き裂かれ突破されてしまう。 「クソッ!雑魚が急に強くなりやがった!神の力だと!?」 李信は迫ってくる二つの竜巻に《虚閃(セロ)》を放つも、竜巻に接触すると断空同様引き裂かれ霧散してしまう。 「この俺が無名の能力者に圧倒されているだと!?ぐおおおおおおおおおああああああああ!!」 《瞬歩》で回避を図るも判断を誤っていた。最初に瞬歩していれば避けられたのだ。断空や虚閃を使用することにより冷暗双剣に時間を与えてしまった。竜巻に呑み込まれた李信はその中で無数のカマイタチにより八つ裂きにされた。 目が回る。そんな生易しい表現ではこの威力は説明出来ない。絶えず反転、横転を続ける自分の目に映る世界。切断される四肢や腹部。尋常ではない量の鮮血が舞う。 (脱出せねば…!滅却師(クインシー)には敵からの攻撃を屈折させて回避したり理想を現実にしたり未来を変えたりする能力があった筈だ!) 思念した能力の発動を図るも、発動することはなかった。李信は忘れていた。神の代行者の前では神以外の特殊能力は一切が無効になることを(もちろん神の代行者の力量やコンディション等によるが)。 「勝負あったな直江。この街から出て行けと先程は言った。だがやはりそれでは気が済まない。お前のために命を落としあ信教の奴隷と成り果てた同胞達にその命で贖え!」 (流石にまずいな。加勢するぞ李信!) 李信に言われて戦いを静観していた射殺了解が《ジ・エターナルイリュージョンガン)を取り出し銃口を冷暗双剣に向けて構える。 (殺しはしないが手脚くらい覚悟してもらうぜ。李信の支援が俺が水素から与えられた任務なんでな…!) 「手出しはさせんぞ銃使いよ!」 狙撃はルルーが許さなかった。彼は射殺了解の脇から槍を突き入れて妨害を図る。 「邪魔だ!雑魚は引っ込んでろよ!」 引き金を引くも銃口はルルーから外れており、僅かに頬を掠めただけだった。 銃弾が頬を掠めたことによりルルーの頬には一筋の傷ができ、鮮血が少量舞っていた。ルルーはそれにも構わず槍を雷として射殺了解に落とす構えを取る。その時間はわずか1秒にも満たない。 「…」 射殺了解は無言でルルーの右腕を引き金を引いて貫いた。その僅かな隙さえ射殺了解は見逃さずに突いてみせた。 射殺了解が引き金を引き、ズドンという音と共に腕に焼けるような痛みが走り、重くなる。いつのまにか槍を手放しており、ルルーは視線を右腕に移すと夥しい量の血が傷口から溢れていた。 「まだやるか?やるってんなら次は心臓(コア)をブチ抜く。引き金を引いたと同時にてめえのチンケな一生もこのチンケな街の未来もジ・エンドよ」 「…!わ、分かった…!射殺了解、お前の実力はよく分かった…降参だ」 右腕の傷口を左手で抑えながら降参の意を示す。これ以上やっても仕方ないとばかりに、苦痛に顔を歪めていた。 「いいだろう。なら褒美をやるぜ。ほらよ」 射殺了解はルルーの返答に満足して懐から「いいキズぐすり」と書かれたスプレー状の薬品を取り出してルルーに投げ渡した。 「これは…」 「いいキズぐすりっていう回復アイテムだ。この世界に来た時に最初に出会った能力者から貰ったのが余っていたのを思い出した。早く使わないと化膿するぞ」 射殺了解に頷いたルルーは投げ渡されたいいキズぐすりを傷口に狙いを定めてシュッとかける。 「…!」 染みる。これ以上ないくらいに。今までにない激痛がルルーの右腕を襲った。ルルーの顔は更に歪む。 「染みるだろうが我慢しろ。お前も男だろ」 突如神の力に覚醒した冷暗双剣の竜巻カマイタチ攻撃に呑み込まれ為す術もなく斬り刻まれていく李信。彼はもうこれしかないと判断し斬魄刀に霊圧を込める。 『卍 解』 斬魄刀や李信自身から放たれた膨大な霊圧が竜巻を吹き飛ばしていく。背中には二枚の氷の翼と12個の氷の花弁が展開され、手脚にも氷を纏い、斬り刻まれた傷は超速再生で塞がっており、切断された箇所は元通りに生えている。 『大紅蓮氷輪丸』 冷暗双剣は感じる。これまでにない気温の低下、つまり寒さと冷気を。放っているのは自分の双剣と目の前の李信の斬魄刀だ。 「それが卍解ってやつか。噂には聞いてたが実際に観ると壮観だな」 「お前が神の代行者とは知らなかった。そうでなければ卍解など使うつもりは無かった。無名の能力者が俺をここまで追い込むとはな」 「俺は知ってるぜ。偉そうなこと言ってるがアンタはあんまり勝ってねえ」 「だからここで勝ち星を挙げる。この卍解の餌食となれ!」 『群鳥氷柱!』 言葉の応酬が終わると、李信は斬魄刀を振るって無数の氷柱を創り出して冷暗双剣へと射出する。 冷暗双剣は神の力による北風で上昇し全ての氷柱を回避すると、今度は冷暗双剣が上空から李信へ北風の刃を無数にとばしてくる。李信はそれに対して《大紅蓮氷輪丸》の二枚の翼を使い飛翔し冷暗双剣に接近する。 『氷竜旋尾』 氷で形成された斬撃を放つも、それも更に上昇され避けられてしまう。だが李信はそこで第二撃を間髪入れずに行う。 『氷竜旋尾・絶空!』 氷竜旋尾を上にいる冷暗双剣に向けて放つ。冷暗双剣は今度は回避行動を取るのではなく、双剣から氷属性を帯びた風の斬撃を出して李信から放たれた氷の斬撃を破壊した。 「卍解ってなぁあんま大したことねえんだな。アンタの戦績がカスなのも頷けるぜ!死ねえ!」 冷暗双剣から放たれた斬撃が李信の体を真っ二つに斬り裂いた。しかしそれは… 「氷の人形!?本体は何処だ!?」 《残氷人形》。つまりは冷暗双剣が李信自身だと思い込み斬り裂いたのは氷で作り出した李信に擬態した人形だった。本体は別にいる。何処だ。冷暗双剣が周りを見渡すが見つけることは叶わない。 「上か!」 「遅い」 冷暗双剣は真上を見やるも時既に遅く、肩から腰までをバッサリと大紅蓮氷輪丸まで斬り付けられでしまった。 「殺しに来たってことはお前は俺に殺されても文句は言えねえ。この氷雪系最強の斬魄刀でお前の未来を永遠に氷の中に封じ込める」 大紅蓮氷輪丸で直接斬られたことにより冷暗双剣は傷口から体を凍らされていくが… 「調子に乗るな雑魚死神」 体を凍らせていく氷も、大紅蓮氷輪丸から発せられる冷気も、李信の体も、一振りで吹き飛ばし斬り裂いた。 「ぐはっ…!」 胸を深く抉られた李信が吐血しながら地上へと落下していく。が、それもまた氷となって崩れていく。またしても《残氷人形》だった。 『千年氷牢!』 背後に現れた李信本体と思われる者が斬魄刀を振るうと、冷暗双剣の周りを複数の氷の柱が天まで届かんかのような長さとなり取り囲む。 「てめえの氷は効きやしねえんだよ!」 《千年氷牢》は全て双剣から放たれた竜巻カマイタチにより斬り刻まれて跡形も無く粉砕されてしまう。冷暗双剣は双剣の先から冷風の竜巻を再度形成すると、剣先から発した状態のまま李信に向けてくる。 「チィッ!」 氷の龍を斬魄刀から繰り出してその竜巻にぶつけて応戦する。二つの力は拮抗して相殺され弾け飛んでいく。 (今だ!) 李信は冷暗双剣の隙を突いて青い《虚閃(セロ)》を脇腹目掛けて放つ。だが、北風の助けを借りて瞬速となった冷暗双剣に届くことはなかった。 「今度こそてめえの命を俺の風で穿つ!」 急接近してきた冷暗双剣が李信の心臓目掛けて竜巻を錐状に帯びた剣を突き出してくる。 『綾陣氷壁』 李信は正面に氷の壁を展開して防御を試みるも、容易くそれは突破され砕け散ってしまう。 「もらったァ!」 冷暗双剣が錐状竜巻を李信の心臓目掛けて剣ごと突き刺さそうとしたその時、李信はかろうじて身を逸らした。心臓は免れたが、左肩を貫かれた。 「フンッ!」 吐血しながらも、右腕の力を振り絞り斬魄刀を冷暗双剣の心臓目掛けて突き出す。しかし冷暗双剣は二刀流。左肩を貫いている右ではなく、余った左の双剣で受け流し軌道を逸らす。 「終わりだ李信!」 「終わりはお前だ…カスが」 冷暗双剣が左の剣を振るうより先に李信が口に溜めていた血を冷暗双剣の目に向けて吐き出し、怯ませたところで貫かれた左肩に突き刺さっている剣をものともせずに自分が深く刺さるように前へと動く。そして… 「この距離ならかわせまい…!」 「クソ!放しやがれ!」 《掴み虚閃(アガラール・セロ)》。左手で冷暗双剣の頭をがっしりと掴んだ李信はゼロ距離で虚閃を放ち、頭を吹き飛ばした…つもりだった。 「…しくじったか」 風の防御壁を寸前で展開したことにより李信の虚閃の威力は大幅に弱まり冷暗双剣はほぼ無傷だった。しかし自身は虚閃の衝撃で吹き飛んだ為に李信にトドメを刺す機会は失われた。 「…油断し過ぎだ」 李信は虚閃を凌いで一息ついている冷暗双剣の真上から氷の龍を放つ。不意を突かれた冷暗双剣は下へ下へと押しまくられ防戦一方となった。 「そろそろ終わらせるとしよう。お前の未来は永劫に氷の中に閉ざされる。再び春が訪れることはない。お前は俺の命を狙った時点で自ら再び春の陽射しの下で咲く桜を観る機会を捨てたのだ」 氷の龍により真上から押されて双剣で食い止めるもついに地上まで落下していった冷暗双剣を見下ろしながら李信は大紅蓮氷輪丸に霊圧を込める。 「《天相従臨》の影響もあるがこのウルクは実に良い空を持っている。冬に至りては雲で街を覆う」 大紅蓮氷輪丸から発せられた膨大な霊圧が天まで届き、積乱雲に行き渡る。 『氷天百華葬』 やがて雨雲に大穴が開き、粉雪が無数にそこから舞い落ちていく。下で必死に氷の龍を受け止めている冷暗双剣にも粉雪は降り注いでいく。 「どりゃぁ!」 冷暗双剣は北風の力でようやく氷の龍を粉砕するも、その時自分に降ってきた粉雪が右腕に当たった時に氷の華が咲いた。 「何だよこれ…」 剣を振るって風を起こし雪を振り払おうとするも、その腕に次々と雪が触れて氷の華が咲き凍りつかされて腕を動かせなくなる。 「その雪に触れたものは瞬時に華の様に凍りつく。百輪の華が咲き終える頃には てめえの命は消えている」 次々と降ってくる雪に為す術もなく全身を凍りつかされた冷暗双剣は完全にその動きを止めていた。形成された氷の華はツリーの様に積み重なっていた。 冷暗双剣を見事に倒した李信が空から地上へとゆっくり降り立った。 「結局ルルーはお前が勝負をつけたようだな」 超速再生で左肩の傷を治癒しながら射殺了解に声をかける。 「別にいいだろ?お前は冷暗双剣とのバトルに必死だった。ルルーを片付けたらそっちにも加勢しようと思ったがお前が卍解したら互角になってたからな。見守っていた」 「我も戦いを見守っていた。力に目覚めたばかりの冷暗双剣ではやはりまだ無理だったようだな。李信、あの氷の華を解除してくれ」 「しかし奴は命を狙ってきたからな…」 「我が話をつける。責任持ってな」 「…いいだろう」 射殺了解やルルーとのやり取りを終えた李信が凍らされた冷暗双剣の方に向き直る。すると眩い光が冷暗双剣の周りから発せられて氷の華は全て粉々に砕け散った。 「まだだ李信!まだ俺は終わってはいない!」 「…しぶとい」 李信と冷暗双剣は再び対峙した。 「冷暗双剣!もういい!李信と射殺了解の力は十分分かった!これ以上やり合う必要は無い!」 「ルルー将軍。アンタにこいつらとやり合う理由が無くても俺にはあるんだよ!こいつらはウルク全民の敵だ!」 ルルーは大音声で説得を試みるも、李信の過去にやったことに憤る冷暗双剣は聴く耳など持たなかった。額の紋様は更に強い光を放ち、瞳も左右で氷属性も表す青と風属性を表す緑色に輝いている。 「違う!我々の敵はあ信教だ!李信や水素ではない!」 「李信も水素もその銃使いもあ信教も全員敵だ!止めんじゃねえ!」 冷暗双剣は双剣を振りかざして李信目掛けて突っ走っていく。彼が走り抜けた跡は悉く強烈な冷風で道が抉れていく。見聞きしていた李信もまた決意を固めた。 「是非もなし。俺も力をもって応ずるより他なし。射殺、手を出すな」 射殺了解が冷暗双剣に銃口を向けて引き金を引こうとしているので李信はそれを斬魄刀を持った右腕を広げて制止する。 「ああ。だがヤバくなったら手を出すからな!」 「その前にケリをつける」 射殺了解にそう答えた李信は左眼を覆っていた眼帯を取り外し封じ込めていた霊圧を解放する。膨大な霊圧が光の柱の様に天に伸びていく。 「うおおおおおおおおおおおお李信ンンンンンンン!!」 「ハアアアアアアアアアアアアアア!!」 2人が同時に刀と剣を振り下ろす。膨大な霊圧と魔力がぶつかり合い弾け飛び、周囲の広大な範囲の道や地面を抉っていく。 「ハァッ!」 冷暗双剣がもう一つの剣を李信に振り下ろし李信の左腕を肩から切断する。李信は胸の中心から《虚閃(セロ)》を発射するも右の剣で切り裂かれる。 「ぐおっ!」 諦めずに李信は斬魄刀から氷の龍を繰り出す。しかし先程と比べて大幅に力が上昇している冷暗双剣には一瞬で風で消しとばされてしまった。 「お前の卍解、その背後にある花弁が全部なくなったら維持出来ないんだろ?もうお前に勝ち目はねえ!」 「その前に勝負をつけるまでだ!」 「ああ、つけるさ。俺の…神の力でなァ!」 冷暗双剣から発せられた暴風が李信を吹き飛ばし、カマイタチを乗せて切り刻んでいく。そして… 「…!」 李信の背後にある最後の一つの氷の花弁が、崩れ落ちた。 「大紅蓮氷輪丸は完成した」 背後の12枚の氷の花弁が全て散った時、突如李信の霊圧が上昇し、冷暗双剣が発した竜巻カマイタチは霊圧により吹き飛ばされる。同時に、李信は少し老けて20歳くらいの見た目になっていた(二次元での外見年齢、戸籍年齢は16歳)。それは、李信が未熟で大紅蓮氷輪丸を御しきれていないからである。 「何だ…なんか奴の魔力が急激に…!神の代行者たる俺の力が通じないだと!?」 「神こそが絶対という貴様達の固定観念を捨て去るべきだ。いつ何時、何処であっても神をつくるのは人の妄想で虚構だ」 狼狽える冷暗双剣に李信は自身の神に対する考えを述べる。 「まあ、そんなことはいい。それより、お前の自慢の双剣は凍って機能停止したぞ」 李信の完成された大紅蓮氷輪丸の力で、話している最中に既に冷暗双剣の双剣は凍りついていた。 「いつの間に!だがまた北風を起こしてこんな氷は…!」 「無駄だ。凍らせたものの全ての物質の機能と特殊能力を封じる。お前にはもう為す術は無い」 冷暗双剣は双剣に魔力を込めるが全く能力を発動しない。李信の言っていることはまやかしではない証拠である。 「李信…貴様ァァァ!!」 凍りつき、機能を封じられた双剣を振りかざして冷暗双剣が李信目掛けて走っていく。こうなれば最早ヤケである。 『四界氷結』 そんな冷暗双剣の体は何歩か動いたところで一瞬で全身氷漬けになり動かなくなった。 「四歩の内に踏みしめた地水火風全てを凍結させその機能や特殊能力を封じる。勝負あったな」 動かなくなり最早李信の声など冷暗双剣には届いていなかった。勝ちを確信した李信。勝負は李信の勝利であるとギャラリー達も思った瞬間だった。 暴風が冷暗双剣を中心に巻き起こり、冷暗双剣を覆っていた氷は全て風の刃で斬り刻まれ吹き飛ぶ。 「我が神ボレアースよ!我に勝利をォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」 「こいつまだ…!」 冷暗双剣の双剣から渾身の冷風竜巻が李信に振り下ろされようとしていた。勝ちを確信していた李信は完全に不意を突かれて対応出来ず、その身に神の一撃をまともに受けてしまった。 「砕け散れ李信ンンンンン!!」 「ぐああああああああああああああああ!!」 斬り刻まれた箇所から凍らされ、比喩ではなく全身の血や内臓が掻き回され凍らされていく。だが、冷暗双剣の逆転劇はここまでだった。ズドン!という2発の激しい銃声と共に冷暗双剣の剣を持つ手が撃ち抜かれ双剣を手放してしまう。 「一体…」 何が起こったのか分からなかった。冷暗双剣が痛みの走る己の両手を見ると風穴を開けられており、止め処なく血が溢れ出ている。 前を見遣る。李信の後ろに控えている射殺了解が撃った銃弾であることをすぐに理解した。射殺了解は自分に銃口を向けていたのだ。李信は口を差し挟むことはしなかった。このままでは自分が負けていたからである。 「俺の狙撃は何でも貫きしかも百発百中。まだ戦うってんなら次は脚を貫く」 「やってみろ!」 冷暗双剣は冷風の斬撃を射殺了解に放つ為にモーションを取ると、今度は予告通り左脚首を撃ち抜かれた。 「ぐっ…!」 冷暗双剣は焼けるような痛みを左足首に感じると、その場で姿勢を崩して前のめりに倒れてしまう。そのまま意識は失われた。 「今度こそ勝負ありってな。俺達の勝ちだぜ。なあ李信」 「…」 射殺了解が言うが、李信は何も答えなかった。結局自分は何も出来なかった。自分は負けていた。射殺了解が居なければ何も出来なかった。 冷暗双剣は未熟だった。李信もまた未熟だった。だが射殺了解は技術・能力共に熟達していた。それを思い知らされた勝負だったと、この後李信と射殺了解は思わされることになる。 李信、射殺了解vs冷暗双剣、ルルーの対決は李信、射殺了解組に軍配が上がる結果となった。 しかし李信は無意味に粘っただけであり、最後に勝負を決めたのは射殺了解の狙撃だった。 「いやー見事だな!射殺了解!」 このタッグマッチを見ていたHopeが一人で拍手をしながら最後に勝負を決めた射殺了解を讃える。 「敢えて止めはしなかった。今後の蟠りを一切無くす為にもお互い全力でぶつかるべきだからな。そしてルルー…」 「分かっている。我は約束を違えたりはしない。李信と射殺了解を仲間として認めることにする」 アティークに促されたルルーは2人をきちんと仲間として受け入れることを宣言した。 『双天帰盾』 射殺了解の狙撃により両手と左足を撃ち抜かれて負傷している冷暗双剣を李信は有している能力で傷を無くして治療した。 「立て。これで自分の力で歩けるだろう」 「…恩を売るつもりか、李信…!射殺了解が居なければ俺はお前を殺していた」 「お前も重要な戦力だ。お前に情をかけることはない」 「他人に助けられて勝った分際で偉そうにほざくなカスが」 冷暗双剣は李信の手を借りることなく立ち上がった。まだ冷暗双剣は李信を認めてはいなかった。 「自力で勝ってからモノを言え。雑魚に発言権はねえんだよ」 「…優秀な味方を得るのも能力の内だ。使えるものは何でも使う。勝負の鉄則だ」 「使ったんじゃなくて明らかに助けてもらってたろうがゴミ」 「…」 射殺了解に真実を指摘された李信は黙りこんでしまった。 アティーク、Hope、李信、射殺了解、ルルー、冷暗双剣。ウルクに会したあ信教に立ち向かう6人の勇士は今、アティークによってHopeに与えられた家に集まっていた。 「確かに直江は冷暗双剣に負けたが射殺了解が倒したから2人の勝ちだ。タッグマッチってことを忘れないようにな。つまり直江と射殺了解はもう完全に仲間だ。異論は挟ませないぞ。俺がアフラ・マズダーをその身に宿すゾロアスター教の代表にしてお前らのリーダーだ」 アティークはリーダーとしての最初の仕事に取り掛かろうとしていた。それは、仲間意識が薄く犬猿の仲である相手がメンバー同士で居るようなまるでまとまりがないこのチームをまとめることだった。 「我々はアティークを盟主として新たな国造りを行う。即ちペルシャ帝国の復活だ」 李信が空気を読まずに突然言い出した。 「何だと!?つかその言い方じゃてめえが新しく造るペルシャ帝国の重鎮になるみたいじゃねえか!」 「アティークの意向だ。既に…」 「ふざけんな!」 李信に反発したのは冷暗双剣だった。先程の試合にしても、冷暗双剣は李信を認めていない。自分は李信に勝った。確かに勝ったのだ。射殺了解が居なければ李信は負けていた。ここのメンバーにはなれなかった。それがたまらなく不満なのだ。 「お前はな、アティークに対して許されないことをした。アティークだけじゃない、Hopeにもルルーにも俺にもアイーシャにも…ウルクの民全員にだ!」 「…世界を前にして尚自分達の主張こそが全てと言い切らんかの如き物言いだな。間違った統治者を打倒するのは力を持つ善民の使命だ」 李信の返事を聞いた冷暗双剣は李信を右の拳で殴った。 「…!」 「俺は認めねえ!てめえなんかが…なんかが!」 引っ込めた拳を震わせながら冷暗双剣がそう言っている。李信は敢えて黙っていた。 「よさぬか冷暗双剣!我々は負けたのだ!納得出来ないかもしれないがこれはアティークが決めたことだ!」 ルルーが冷暗双剣を諌めに入る。 この後、冷暗双剣をアティークとルルーが言葉を尽くして冷暗双剣を説得した。冷暗双剣は形の上だけでは納得した返事を出し、この場はことなきを得た。 先程の会合で話し合って決めたことは ・あ信教勢力についての情報収集が今後各自がやるべきこと ・あ信教側の能力者に遭遇したら各自の判断で対処すること ・市民を戦いに巻き込まないこと ・何かあれば必ずアティークに報告すること このようなことだった。あ信教の幹部以上の戦闘能力についての情報は必要無い。ただ、何処に居るかを突き止めなければウルクを解放することは出来ない。こちらから誘き出したりすれば民に迷惑がかかることになる。そしてリーダーのアティークに全ての情報を行き渡らせることも重要だった。 アティークはリーダーとして見事に会議をまとめて終わらせてみせた。これが人の上に立つ器かとルルーやHopeは感じていた。因みに副リーダーはHopeである。 ◇◇◇ 「今日も色々あったな…」 李信は与えられた住居の屋根に上がって仰向けの体勢で寝転がっていた。眼帯を外した全霊圧を解放してのバトルの後は消耗し切っている。体力的にもこれ以上は動けそうにない。 「しかしやはり此処は居づらい」 それが正直な感想である。アティークもHopeも仲間になってからは日が浅い。射殺了解とは性格的に合わない。ルルーはよく分からない男だ。一応まともな奴ではありそうだ。冷暗双剣は言わずもがなである。 「星屑とか氷河期さんとかWあさんとかは今頃何してんだろうな」 親しいコテ達のことを思い出しながら目を閉じる。睡魔がやって来ていた。しかし、そんな時に僅かな物音に気付いた李信はハッと目を覚ますことになる。 裏口からだ。僅かではあるが誰かが侵入してきたような、そんな物音がしたのだ。 「疲れてるってのに何なんだよクソが」 そう言って屋根からハシゴで降りて屋内に戻る。ハシゴから降りた瞬間、李信の心臓を狙った刃物による一撃が胸に命中する。しかし皮膚は非常に硬いので刃物を体内に通すことはなかった。 李信は目の前に襲撃者が居ることを認知すると、靴で思い切り脛を蹴り飛ばした。 「~~~!!」 あまりの破壊力に骨でも折れたのだろうか。襲撃者が床に倒れる音が聴こえてくる。襲撃者は激痛で悶絶する。 「鉄板入りのブーツ 効くでしょう?」 そう、李信が履いていたのは鉄板入りの靴だった。自分はウルクでは敵視されているので用心していたのだ。 李信は部屋の明かりをつけると、目の前で自分に蹴り飛ばされて倒れているのがやけに露出の多い服を着ている女であることを確認する。 「!」 明かりをつけられて正体がバレた女が驚いたように目を見開くも、脛の激痛で口を開いて何かを言うことはしない。 「お前は確か…」 ウルクに入る前の宿で出会ったエルザ・グランヒルテとかいう女であることを李信が思い出した。やはり自分の命を狙っていたのかと、案の定だった。理由は推察出来ないがあの目は何となく自分を狙っている目であることは気付いていた。そして李信が消耗している今を狙ってきたのだろう。 「殺しに来たってことは…殺されても文句言わないんだよねえ?」 李信からの処刑宣告がエルザに下された。 ◇◇◇ 李信はエルザを縛り上げて空き倉庫に連行し、椅子に縛り付けて何やら鉄製の鑢をその足にあてがうように設置した。 「で、何でこんなことした?ちゃんと答えれば許してもやってもいいけどねえ」 縛り付けてから口が利けるように、鉄板入りのブーツで蹴ったダメージは治してやった。情報を何も引き出さずに殺すのは惜しいものだ。 「あら、深い理由なんてないわ。ただ貴方のお腹を割って腸を見たかっただけ」 そのエルザのセリフに李信は耳を疑った。腸?腸ってあの腸だよな?そんなの見てどうすんだ? 「腸?そんなものを見てどうするのか理解できないねえ」 「観ると興奮するの。快感なの。特に貴方の腸が見たかった!エイジスって子の腸は抵抗されて見れなかったけど、消耗している貴方なら!」 「あー分かった分かった。要するに猟奇的なアレか。お前はアレだ、異常性癖って言うか、うん」 エルザの吐く言葉に何の価値も無いと判断した李信は鉄製鑢のスイッチを入れてエルザの足の裏を削り始める。高速回転する鑢が容赦なくエルザの肉を削っていく。その度に鮮血が飛び散っていく。 「…!」 痛みに顔を歪めるエルザに李信はこう言う。 「誰もおまえさんの性癖の話なんて聞いてないよねえ?本当の目的を話さないならこのまま頭の天辺まで削るまで止めない」 結局エルザは真の目的を吐かなかった。どんなに鑢で体を削っても、どんなに鞭や棒で滅多打ちにしても、エルザは苦痛から逃れる為に口を割るようなことはしなかった。火責めにも水責めにも屈しなかった。強情な女だと李信は歯噛みしたのを覚えている。 「昨夜俺を襲撃してきた女だ。中々口を割らないがまだ利用価値があるかもしれん。で、とりあえず相談に来た」 李信はアイーシャ宅にいるアティークを訪ねていた。 「相談ってのは…」 「こいつの処遇だ」 縄で縛り上げ、倒れた体勢にさせて李信はエルザを引きずって来ていた。倉庫に縛り付けたままでも良かった気がするが、この方が話が早い。 「うーんそうだなあ。利用価値ってどんな?」 「仲間を誘き出したりできるかもしれん」 アティークは右手の親指と人差し指を顎に当てて悩むような風を見せながら李信に問う。李信は即答した。 「お前を直接殺しに行かされたような下っ端を助ける仲間が現れるとは思えんな。この俺ならともかく」 「しかしこいつはウルクのことを宿屋で俺達に教えて来た。何かあるのではと思ってな」 「どうせ最初は親切にして油断させてから隙を突いてやっちまおう的なアレだろ?とっとと殺しちまえよ直江。拷問しても情報吐かないんだろ?」 「…それもそうだな。こっちの方で処分しておく」 アティークへの報告と相談が終わった。李信はアイーシャ宅を辞してエルザを貸し倉庫に連れ帰ると、有無を言わさず即座に斬魄刀で首を刎ねた。 エルザ・グランヒルテ 享年23。 エイジスをも苦戦させたら腸狩りの実力者も呆気ない最期を迎えたのだった。李信は切断したエルザの首を持ってウルクにある広場に赴き、その首を広場中央の時計塔で晒した。所謂晒し首である。中世近世までの歴史において当たり前のように行われたことで、敵に対する見せしめである。 「そこなお方」 エルザを晒し首にした李信に声をかける民の姿があった。70は超えているであろう老婆である。 「俺か?」 「はい。貴方です。貴方は一体どうしてこんな惨いことをなさるのかと…。かなりのべっぴんさんではありませんか」 「敵とあらば老若男女の区別は無い。こいつは俺の命を奪いに夜襲を行なってきた。故に晒し首とした。こいつは恐らくだがあ信教の手先だ」 老爺の質問にも平然と李信は答える。若い女であろうが敵ならば殺す。それが李信の流儀である。 「失礼ですが、お名前は?あ信教とはどのような関係が?」 「俺は李信。あ信教の敵でお前らが崇めるアティークの仲間だ。じゃあな」 李信は名を残してすぐさま立ち去った。 「李信…?李信とはあの…。それにアティーク様のお名前が…。もしやアティーク様がこのウルクにお帰りに…?」 アティークが帰って来た。 その情報がウルク中に広がるのは必然と言えた。噂が噂を呼び、やがてそれは真実であると確信されるのも時間の問題だった。 李信と射殺了解はアティークを訪ねる為にアイーシャ宅に赴くと、 「李信に射殺了解ね。アティークは今居ないわ。冷暗双剣さんやルルーさんと、 Hope様と一緒に街の広場に行ってる」 「広場だあ?んなとこで何してんだあいつら」 アイーシャからアティーク達の動向を聞いてまず口を開いたのは射殺了解の方だった。 「ついにウルクのみんなに知れ渡っちゃったのよ。アティークと Hope様が帰って来たことがね。それでアティーク達は…」 「成る程な。おい李信、行くぞ」 全てを察した射殺了解が李信に促してアイーシャ宅を辞す。アイーシャにしてみれば李信は憎しみの対象であり、射殺了解は憎んでいる水素の部下である。故にあまりアイーシャと顔を合わせる時間が長くなるのは得策ではなかった。 「そうだな。建国する過程でどうせバレる。俺の存在も今公表しても良いだろう」 李信と射殺了解は広場に向かった。 ◇◇◇ 中央広場の壇上にはアティークを中心に Hope、ルルー、冷暗双剣が上がり、その前には万単位のウルクの民衆が集まっていた。 「アティーク様だ!」 「アティーク様が帰って来たぞ!」 「アティーク様!アティーク様!」 「本当にアティーク様だ!」 「アティーク様!我らをお救い下さい!」 「ウルクをお救い下さいアティーク様!」 流石の人気と言うべきか。アティークはアフラ・マズダーとの契約に始まり、亡国の王子伝説、ウルクの復興とゾロアスター教の復興と数々の偉業を成し遂げ、ウルクを救ってきた英雄である。民衆達のアティークを求める声がその証拠だった。 「大した人気だな奴は」 射殺了解は共に広場に駆けつけた李信を横に、様子を見て口にした。 「覚悟しておけ。アティークのこの絶大な人気と同じ分俺達への憎しみも…」 李信が最後まで言い切る前に 「…わかってるさそんなこと」 射殺了解は決まりが悪そうに返事をした。間も無くアティークの演説が始まろうとしていた。 「俺は帰って来た!アフラ・マズダーを宿すこのゾロアスター教代表のアティークが帰って来た!アフラ・マズダーのお導きだ!皆苦しかったろう!長い間何も出来ずあ信教の支配を許してしまった!本当に済まない!」 アティークは第一声から思い切り声を張り上げていた。数万の民衆に聞こえるようにする為にはやはり普段通りの声量では足りないのだ。 「だが俺はこれまで何も出来なかった分を清算する!あ信教を倒し皆を解放する!信仰の自由を取り戻す!だから皆もう少し辛抱してくれ!」 わー!という歓声が湧き上がった。ついにウルクの民全員が待ち望んでいたアティークが帰って来た。アティークさえ居れば救われる。アティークが必ずあ信教を倒してくれる。皆そう信じていた。アティークの言葉の一つ一つがウルクの民の心に響く。 「アティーク様ァ!」 「アティーク様ー!」 アティークコールが湧き上がる。やはりアティークはこのウルクの中心に居た人物なのだと、改めて気づかされる。そしてそれと同じ分だけ… 「おいおいみんなー!俺も忘れてもらっちゃ困るぜ!?Hopeだ!みんな俺のこと忘れてないよな!?」 アティークからHopeの話に変わり、民衆はそのおちゃらけたセリフと笑顔にどっと笑い声を上げる。 「いやー、牡丹城で水素にぶっ飛ばされた時は死んだかと思ったけどな!運良く生きてた!多分神が助けて下さったんだな!」 また笑い声が湧き上がる。このHopeという男は場を和ませたり、人の心に付け入るのが得意らしい。少なくとも李信には全く無いものを持っている。 「みんないい感じにリラックス出来てるな!じゃあ此処で新しい仲間を紹介するぜえ!おい、広場の隅に居る黒服の奴とスコープをつけてる奴!居るのはわかってんだぜ!さあ上がって来い!」 Hopeは皆がリラックスしたのを見ると、広場に入ってきたばかりの李信と射殺了解を壇上に呼びつけた。 「副官様がお呼びだ。行くぞ李信」 「…」 面倒。その一言に尽きる。自分達が名乗れば民衆は必ず激怒する。それを見越してのHopeのあの笑いを取る話だったのは容易に理解出来る。内心そう思っていた李信は黙り込んだまま射殺了解と共に壇上に上がった。 「というわけで皆に新しい仲間を紹介する。まずこのスコープをつけてる男が…」 「射殺了解だ。成り行きでアティーク達に協力することになった水素の部下だ。最初に言っておくが俺がこの世界に来たのは牡丹城の戦いのずっと後だから水素がやったことには関係ないからな」 アティークの他己紹介が終わる前に射殺了解が名乗った。民衆にぶちギレられるのも面倒なので自分はアティークとのかつての戦争には関係ないことを強調していた。 「水素の部下だと!?ふざけるなァ!」 「何でそんな奴がウルクに来てんのよ!」 「おい!みんなで袋にしちまおうぜ!」 しかし、案の定民衆の怒りに火がついたのだった。 「静まれぃ!!」 民衆の怒りに任せた大音声の数々を一喝で沈めたのは李信だった。ウルクの民に顔を見せるのはアティーク達を除けば初めてではあるが、李信は遠慮など一切しなかった。 「思わず黙っちまったが誰なんだあいつ…」 「あの眼帯男…まさか…!服装も容姿も…あの刀も…」 「間違いねえぞ!あの男は…初めて見たが噂通りだ!」 一喝されて思わず黙ってしまった民衆はその声の主を皆見上げていた。皆李信を見るのは初めてだが、アティークの敵として立ちはだかった憎むべき敵であることは、噂に聞いた容姿や武装と同じだったことから察した。 「お前らのその目…やはり俺を憎む目だな。そう、俺の名はお前らが察している通りだ。 俺は李信。ゾロアスター教の布教を妨げアティークの力を一時封印した李信だ」 「おい直江!民を煽ってどうする!」 李信の不遜な物言いにアティークは思わずその口を塞ごうとするが遅かった。 「何でてめえが居るんだ!」 「出ていけ!いや、殺してやる!」 「おいみんな、こいつこそやっちまおうぜ!」 皆思い思いに李信への憎しみを叫び、その中には生卵を投げつける者まであった。 「…」 民衆の数人が投げた生卵が李信の額や頬に直撃した。李信は内心殺意を覚えたが、この者達はこれから自身も統治することになる民だった。殺生をするわけにはいかない。 「みんなやめてくれ、これにはわけがあるんだ!」 しかしアティークの一声で民衆は再び落ち着きを取り戻した。 「確かに李信は敵だった!でもそれは李信だけじゃない!セールも氷河期も筋肉即売会も北条もだ!李信が俺の敵だったのはそういう流れの中でもある!もちろん俺と李信は思想も違うしだから反発した!」 「でもなみんな!周り全員が反対する中でこいつはアティークちゃんを解放して俺と引き合わせてくれた!俺らを庇って氷河期と死闘を繰り広げた!射殺了解もそうだ!」 アティークに続いて Hopeが李信、射殺了解のフォローに入る。この2人が庇うとなれば民衆も無視は出来ない。 ウルクの民が崇めるものが二つある。それはアフラ・マズダーとそれを宿すアティークである。そしてそのアティークの側近で人格者たる Hopeも絶大な人気がある。 そして、アティークと Hopeは2人を庇うようにその前に立った。もうこれで2人に物を投げつければアティークや Hopeに当たってしまうので不可能になる。 「そういうわけだ。これからは俺もあ信教打倒の為に力を尽くす。他に行き場が無いんでな。納得出来ないかもしれないがこれはアティークの意でもある」 「俺は成り行きだが、協力するぜ。それが水素の命令なんでな」 李信に続いて射殺了解も改めて協力の意を示す。 「我からも頼む。皆、この2人を受け入れてやってくれ!」 「…」 ルルーも昨日の戦いで2人を認めていたのでフォローに入る。冷暗双剣は黙ったままだ。 「これもアフラ・マズダーのお導きだ!李信と射殺了解は貴重な戦力だ!みんなを解放する為に戦ってくれる!昨日の敵は今日の友だ!」 アティークの一押しを受けて民衆は… 「アティーク様や Hope様、ルルー様までそう仰るなら…」 「納得は出来ないがアティーク様を信じよう」 「そうだな。李信は許せないがアティーク様のお願いなら…」 李信と射殺了解の存在を渋々受け入れる流れになっていた。皆表情は曇っていたが他ならぬアティークの願いとあらば無視は出来ないのだ。ゾロアスター教というよりアティーク教と言っても過言ではなかった。 「お前達、何をしている!」 「あ、あれは!隊長!あれを!」 「アティークです! Hopeも居ます!奴らが民衆を集めて何やら演説しています!」 「よし、奴らを抹殺しろ!」 そんな中、騒ぎを聞きつけてやって来たあ信教の騎士の小隊100人程が広場に乱入しようとしていた。隊長の指示のもと、騎士達は壇上目掛けて走り始めたのだ。 当然、ここで率先して出撃したのは李信と射殺了解だった。彼らはウルクでの人望は皆無どころかマイナスを突き抜けている。ここでその力と姿勢をアピールしなければならない。それを察しているアティーク達は自分達は待機し2人を見守ることにした。 「射殺、指揮官を殺れ。俺は雑魚狩りだ」 「了解。射殺する」 射殺了解がまず、敵の指揮官の眉間を撃ち抜く。指揮官が倒されて急なことに数秒他の騎士達は呆然と固まり、ようやく状況を認知し部隊の副官が「あの狙撃手を殺せ!」と下知するも、それもまたヘッドショットをキメられて仰向けに倒れる。 「ヒィ!何なんだあの武器は!?」 「指揮官殿と副官殿が討たれた!退却だ!」 文明レベルが古代から中世である騎士達は銃という武器を知らずに狼狽する。それぞれの小隊長がそれぞれの部下に下知を出すも、それを見た射殺了解は10人程の小隊長を全員ヘッドショットで撃ち抜く。 ここまで来ればもう騎士達は組織的な行動は出来ない。指揮官級を全員殺されて指揮系統が崩壊したのだ。それぞれがバラバラに逃げ出したところを李信が瞬歩で移動して一本道を塞ぐ。 「!?」 一瞬で目の前に現れた李信を前にして、騎士達は足を止めた。 「おまえさん達、まさか本気で生きて帰れると思ってないだろうねえ?」 「な、何を言ってるんだ貴様!」 騎士達は虚勢を張るも、恐怖でガチガチと歯を鳴らし、手脚も震えている。 「無抵抗の民衆を痛めつけるようなクズを生かして帰すわけねえだろバカ野郎」 李信が右手の人差し指の先から放った《虚閃(セロ)》が、残った80人余りの騎士達を呑み込み、1人残らず髪の毛一筋も残さずに消し飛ばした。 「え…本当か…!?」 「水素の部下と李信が騎士達を全滅させたぞ?」 「アティーク様程じゃないけど中々やるようだな」 「水素の部下が使ってたあの武器なんて言うんだ?すげえ!」 2人の活躍を見ていた民衆の、2人を見る目が少しだけ変わった瞬間だった。無論、こんなものではまだまだ心象を良くするには程遠いが。 李信や射殺了解があ信教の騎士達を全滅させた後、アティーク、Hope、ルルーの必死の説得もありウルクの民衆は李信や射殺了解の存在を渋々了承するに至った。 その夜、アティーク宅にはHope、射殺了解、ルルー、冷暗双剣、李信やウルクの有力者(公職の役職者やかつてのウルクの軍人の将校、豪商など)が集まっていた。 アティークとHopeの帰還を祝う歓迎会と言えば聞こえはいいが、ウルクの有力者達は理由を見つけて飲みたいだけの者も居た。 李信と射殺了解は居づらかったが、アティークがどうしても居ろと言うのでやむなく部屋の隅でそれぞれ冷えた水や酒を飲みながらチマチマ料理を食べていた。 アティークとHopeは主役なので部屋の1番北にある上座である。ルルー、冷暗双剣はそれぞれアティークとHopeの脇を固めていた。 「いやーアティーク様とHope様のご帰還は何より!さぞ大変だったでしょうな!誰とは言いませんが酒も飲めない、部屋の隅で水を飲んでいるヘボ能力者のせいで!」 将校の1人が李信にわざと聴こえるような大声で言いながらアティークに酌をする。 「もうよしてくれ。あいつが益々居づらくなる」 「アティーク様がそう仰るなら…」 アティークが嗜めるので将校は引き退る。Hopeにも別の将校が李信の悪口を言いながら酌をする。Hopeもアティーク同様将校を窘めた。 「すっかり嫌われもんだな、李信」 「お前もこうして隅でチマチマやってるだろ」 「俺は優しいからな。コミュ障でしかもバトルでも冷暗双剣に負けた雑魚死神君と一緒に飲んでやるのさ」 「そうか、その雑魚死神に負けたのは何処の誰だったかな」 「いや、俺は勝ち組だよ。お前よりはな」 悪態をつきあいながら李信と射殺了解は飲んでいる。そこへラムがやって来て射殺了解に酌をする。勝ち組とはこういう意味だった。 アティークにはアイーシャが、Hopeには見慣れぬ女性が、ルルーや冷暗双剣にも酌をする女性が居た。 「…」 李信はそのまま宴会が終わるまで黙り込んだまま飲食していた。 能力者達は宴会が終わった後も飲み過ぎてアティーク宅で寝転がっていた。水しか飲んでいない李信を除いては。 他の5人はそれぞれ恋人やら妻やら家族やら…とにかく女性の介抱を受けていた。 そんな時、ドンドンとアティーク宅のドアをノックする音が聞こえてくる。他の5人は唯一酔っていない李信に視線を向け、顎で出ろと言ってくる。李信は「仕方ないな」と低い声で呟きながらドアを開けた。 そこには白い修道服らしきものを着ている年配の男が1人立っていた。 「ん?アティークではないのか。アティークは居るか?」 「その前に名を名乗れ」 李信を見て男はアティークは居ないのかと尋ねてくる。李信は男を知らないので名乗れと言う。敵かもしれない者を易々と通すわけにもいかないからだ。 「私はホスロウと言う。ウルクの近くにあるゾロアスター教の教会僧正だ。アティーク宅に居る君こそ何者だ?」 ホスロウもまた李信に名を尋ねた。ホスロウからすれば李信は見ない顔だし、眼帯に黒尽くめ衣装なので悪い意味で目立つ。色々と疑われても仕方ない。 「俺は李信。死神の能力を持つ能力者でアティークの仲間だ。…それはゾロアスター教の守護霊・プラヴァシの首飾りだな」 李信はホスロウの問いに答えると共に、ホスロウが提げていたプラヴァシの首飾りに目をつけた。 「ほう、李信と言ったか?プラヴァシを知っているとは、君もゾロアスター教徒かね?」 「いや、俺は無宗教かつ無神論者だ。とにかくお前がアティークの知人であることは分かった。アティークは酔い潰れているが…」 「むっ…」 ホスロウはプラヴァシを知っている李信が一瞬ゾロアスター教徒だと期待したが、むしろ神を冒涜するような発言をしたのでムッとなった。 「俺への説教は要らん。アティークは中だ。入れ」 神への冒涜を口走ったので睨まれた李信だったが、宗教に入っている人間の説教は面倒そうなのでホスロウを中に通してアティークに会わせることにした。 「アティーク、お前に客だぞ」 玄関を出て廊下を歩けばすぐ居間に入る。居間の扉を開けて酔い潰れているアティークを呼ぶ。 「ん…な、直江~…。お前が対応しとけよ~」 居間に入っても、李信やホスロウとアティークが向いている方向は同じである為にアティークは客がホスロウであることに気づかない。 「ホスロウと言ったな。見ての通りアティークは今こんな状態だ。また明日とかにした方がいい。 「そのようだな。だがそうもいかんでな。一刻も早く伝えなければならんのだ」 李信はアティークがまともに話を聞ける状態ではないので日を改めるように勧めたが、ホスロウはそれを拒否する。 「俺が承ろうか」 「アティークに直接聞いてもらわなければ…。私はお前を信用していない。お前だけに話すなどもってのほかだ、異教徒よ」 「いや、異教徒というより無宗教だが。仕方ない。アティークの酔いが覚めるまで空き部屋で待っているといい」 「そうしよう。悪いがお前が案内してくれ」 そんな流れでホスロウは李信の案内で一階にある客間に通された。ホスロウは李信の勧めで客間のソファに腰をかける。 「アティークの酔いが覚めるまで暇になるな。お前、李信とか言ったな?話相手になれ」 「…雑談は苦手なんだが。お前から話題を振るなら構わないが」 李信は雑談だの会話だのが苦手である。得意分野とかアニメやゲームの話になるとペラペラ喋るが、普段はおとなしく他人とのコミュニケーションが苦手な、生前はそんな男だった。 「そうだな。何故お前は神を信じない?いや、信じないというより好んでいないように見える」 ホスロウからの直球質問だった。 「神というのは所詮は人間が創り出した偶像だ。自分達の力では生きられないから精神的救いを求め、自分達で存在もしない偶像を創り出して何も無いところに跪き、崇拝し、自分が救われたかのように錯覚し、神の為だと称しては戦争を起こし殺戮を行い選民思想に浸り自惚れる。生前居た世界ではそうだった。実にくだらん」 「…ほう」 「自分達の力では生きていけないメンタル弱者のやることだ。入信なんてのはな」 「…李信。やはりお前は何も分かっていないな」 李信は生前居た世界で学んだ宗教絡みの戦争やニュースで見たテロを思い出しながら神や宗教を非難する言葉を浴びせる。李信の高説(笑)を聞いたホスロウは当然ながら納得しない。ホスロウは反論しようとしていた。 「ほう?」 「創り出した偶像が歴史を、人々を動かしているなら、原動力になっているなら、それは立派な神ではないのか?」 「何が言いたい?」 「空想で偶像を現実にする。その象徴こそ神。信仰も歴史も紛れもなく神が創っている。人々の願いや想いがそれを形にし続けたのが歴史というものだろう」 「破壊や殺戮の歴史でもか?」 「李信、お前はその歴史の上で産まれ、生きている。理屈ではないのだ。お前は見たところ人間の感情に無頓着だ。それ故に失敗もしてきただろう」 「…お前と話すのは疲れるな。アティークが回復するまで寝てろ。電気は消しておく」 李信はこのホスロウという教会僧正の話が面倒になってきたところで切り上げ、部屋の電気を消してアティーク達の居る居間へと戻った。 「アティークは?」 「もう少しかかるみたい」 「後は俺がやる。お前は帰っていい」 居間に戻った李信はアティークを介抱しているアイーシャを帰らせた。アイーシャのやり方ではアティークは目覚めないと思ったからである。 『破道の一 衝』 指先から弱い鬼道を放ち、アティークに衝撃を与える。アティークはハッとなって目を覚ました。 「あれ?今のは?つか俺寝てたのか…」 目をこすりながらまだ赤らんでいる顔を触り、自分が眠っていたことを自覚する。 「お前に客だ。服装からして教会の人間だろう。ホスロウとか名乗ってたぞ」 「ホスロウ!?ホスロウだと!?」 その名を聞いた瞬間、アティークは更にハッとなった。段々と酔いも覚めてきている。他ならぬ、自分を神と契約させた僧正の名を出されたらこうなるのも無理は無い。 「客間で待たせてある。お前に用があるらしい。行くぞ」 「待て…その前に水をくれ…」 「仕方のない奴だ」 李信はアティークに水を飲ませてから肩を担ぎ、客間へと共に歩き出した。 アティークと李信が客間に入ると、既に起きていたホスロウが見据えていた。 「ホスロウ…久しぶりだな。元ウルク軍所属・アティーク、戻ったぞ」 「うむ…。随分と久しぶりだなアティーク。以前会った時より凛々しくなっている。修羅場を潜り抜けてきた男の顔だ」 「そりゃどうも。で、俺に用があるんだって?」 「うむ。まあまずは座られよ。お前の家だが」 再会を果たした2人はいくつかのやりとりを済ませてソファに腰を下ろしてテーブルを挟んで向かい合う。言われてもいないのに李信もアティークの横に座った。 「呼んだのはアティークだけだ。李信、お前は…」 「そうはいかない。さっきまで泥酔していた人間に全ては任せられない。俺も話を聞く」 ホスロウが出て行けと言う前に李信は先読みしてホスロウに言い放った。アティークはと言うと口を挟むことはない。黙認しているようだ。 「アティーク、お前の副官…側近はHopeというもっと陽気な男と聞いていた。副官を変えたのか?」 李信がアティークのこうした場に居合わせ、隣にいてアティークを補佐するのはさながら副官という印象を受けたのがホスロウだった。 「いや、アティークのナンバー2はHopeだ。これは不動なんだが当のHopeは泥酔していて話にならない。だから俺が居る」 「まあいいだろう。話を始めるぞ。というのはアティーク、お前が契約しているアフラ・マズダーの力についてだ」 ホスロウが話し始めた。 ホスロウはあれこれとゾロアスター教の起源やらアフラ・マズダーについてやらの知識を話した後に 「まずはじめに、お前が契約したアフラ・マズダーの力は完全ではない」 と言った。 「知ってるさ。この前燦々やエイジスという氷使いとの戦いの中で俺はゾロアスター教の聖典・アヴェスターをアフラ・マズダーにより授けられ更なる力を得た」 アティークは自分の懐に手を入れて聖典・アヴェスターを取り出してテーブルの上に置いた。ホスロウはそれを手に取り目を通し始める。 「ふむふむ…ヤスナ、ウィス・プラト、ウィーデーウ・ダート、ヤシュト、クワルタク・アパスパーク…成る程な …言いにくいことだがアティーク。この聖典は偽物だな」 聖典にさっと目を通したホスロウはそう言い切ってからアティークに返す。 「アフラ・マズダー直々に授けられたこの聖典が偽物だと!?そんな筈はない!ホスロウ!神に対する冒涜だぞ!」 アティークは完全に酔いが冷めていた。ホスロウのこの一言がアティークをそうさせるまでに怒りを煽る結果となった。隣にいた李信は「落ち着け」とアティークを嗜める。 「…すまん。偽物は言い過ぎた。だがこれは本来のアヴェスターでないのだ。だからお前のアフラ・マズダーの力も本来のものとはとても言えない。あ信教のあは今のお前を軽く凌駕する力を持つ。お前は神の代行者として半人前だ。今のお前ではあ信教は打倒できない」 アティークの怒りを目の当たりにしたホスロウは驚きつつも宥める為に訂正する。 「根拠はあるのかよ?」 「このアヴェスターは全て中世ペルシャ語で綴られている。つまり本来のアヴェスターではない。本来のアヴェスターは全て古代アヴェスター語で綴られている筈だからだ」 「…!じゃあなんだってんだよ!俺はまだアフラ・マズダーに信じられていないってことかよ!嘘だろ…!嘘だろ…!」 ホスロウが放った言葉の重さはアティークにしてみれば計り知れないものがあった。この世界に来てからずっと共に生きてきた、ずっと信じてきた神に自分はまだ信じられていない、力の全てを預けるに足る信者だと認められていないと受け止めたからである。 「落ち着けアティーク。そんなことだけを伝える為にわざわざ教会の僧正が来る筈がない。そうだろう、ホスロウとやら」 李信がアティークを宥めつつ視線をホスロウに移す。李信には分かっていた。絶望を与える為にわざわざ何里も移動してウルクに来る筈がないと。 「その通りだ。アティーク、お前が本来のアヴェスターを手にできないのには理由がある。お前が悪いわけではないのだ。そして察しがいいな李信とやら。アティーク、私が今から話すことを落ち着いてよく聞くんだ」 「と言うのも、ゾロアスター教の聖典・アヴェスターの原典は歴史の闇に葬られてしまったのだ。長い時を経てアフラ・マズダーもその原典を取り戻すことは叶わなかったのだ」 「歴史の闇に葬られた?例えば秦の始皇帝が行なった焚書坑儒のようなものでか?」 焚書坑儒。始皇帝により儒家が生き埋めにされ儒教に関する書物を焼かれたことを指す言葉である。李信がホスロウに言いたかったのは、要するにゾロアスター教を迫害する勢力又は個人が本来のアヴェスターを焼いたりしたのではないかということである。 「似たようなものだ。アケメネス朝滅亡時に多くが失われ、更にイスラム教による迫害を受け散逸してしまったのだ。アティークが持っているのは現存する部分を集め中世ペルシャ語に翻訳されたゼンダ・アヴェスタと呼ばれるもの。だがゼンダ・アヴェスタではアフラ・マズダーの力は4分の1に制限されたままなのだ」 「4分の1だと!?俺の今の力は…本来のたった4分の1!?」 「神の代行者の中には神と直接契約を交わせば力を手にする者も居るが、アティークの場合はどうやら聖典を介しての力の契約だったらしいのだ。アティーク、お前が最初に私の教会を訪れた時に契約した際はまだお前はアフラ・マズダーから十分に認められていなかった。あの時のお前の力は本来の10分の1以下といったところだろう。それがゼンダ・アヴェスタを授けられたことで4分の1まで引き上げられた。この4分1とは無論、現存するアヴェスターの内容に比例したものだ」 驚いているアティークを見つつも、ホスロウはアティークの力の真実を表情一つ変えずに話した。しかし李信はこのホスロウという男に違和感を抱いた。 (この男、何故現実世界の歴史を知っている?まさかこの男も…ポケガイ民か?) 焚書坑儒。アケメネス朝。ゼンダ・アヴェスタ。どれも現実世界の歴史に関することである。それをこの僧正は知っている。そもそも何故現実世界の宗教や聖典がこの世界に存在しているのかも李信が長年抱いていた疑問だった。 「そうだったのか…。で、その散逸したアヴェスターの在り処は分かるのか?ホスロウ、わざわざ来たってことは何かある筈だ」 ここまで聞けば、まだアルコールが残っているアティークの頭脳でも察しはつく。ホスロウはアティークが本来の力を取り戻す為の答えないしはヒントを伝えに来たのだと。 「李信もさっき同じことを言っていたな。アティーク、散逸した本来のアヴェスターの在り処の目星がついた。どのような手段で目星をつけたかは言えないが…」 「そんなことはいい。とにかく、在り処が知りたい。俺は強くならなければいけないんだ。この世界を救い、平和を築く為に。人々の豊かな生活を守る為に」 「よかろう、アティーク。これが目星をつけたアヴェスターの在り処だ。ゾロアスター教の開祖・ザラシュトラの遺体が置かれた沈黙の塔(ダフマ)が奥深くにあるとの伝説がある。だが…周囲や中には非常に強力な魔物が居て神の代行者でも油断出来ない。何人か仲間を連れて行くことだ」 ホスロウはアティークに地図を見せながら手渡して説明した。アティークは首肯してそれを受け取る。 「ありがとうホスロウ。俺は必ずあ信教もセールも北条も倒す!圧政、戦争、暴力、掠奪…全てを世界から取り払う!善なる神の御心に従ってな!」 「アティーク…いや、パルティアよ。アフラ・マズダーに見染められし善の申し子よ。その使命、大いに果たすがいい」 ホスロウは意気込むアティークにゾロアスター教徒して付けた名で呼びかけて激励した。 「待て、ホスロウ」 アティークに別れを告げてアティーク宅を出て暫く歩いていたホスロウに、李信が後ろから声をかけた。 「李信か。後をつけてきて何の用だ?ゾロアスター教に入信したいのか?」 振り返ったホスロウが若干睨むような表情を李信に向ける。明らかに李信に嫌悪感を持っている。神や宗教を冒涜されたのだから無理もないが。 「お前は何者だ?何故焚書坑儒やアケメネス朝を知っている?お前は現実世界からの転生者か?ポケガイ民か?」 「そのポケガイというのがなんなのかは私は知らん。だが李信よ、お前に答えるつもりはない。異変の民で最も信を置いているパルティアにさえ話していないのだからな」 当然、そんな直球で聞いてもホスロウから答えが返って来ることはない。分かってはいたが、李信にしてみれば反応があっただけ収穫だと思えた。 「答えるつもりがないってことは少なくとも疚しい何かがあるってことだ。まあいい。それともう一つだ」 「まだ何か用なのか」 「この世界には何故現実世界と同じ宗教がある?」 李信が抱いていた疑問。李信はアティークをはじめとするゾロアスター教の他にこの世界でイスラム教やキリスト教の存在を確認していた。現実世界とは異なるこの世界で何故同じ宗教が存在しているのか。そしてその宗教で信仰されている神の力を宿す者が何故存在するのか。 「知ってどうする?」 「この世界に現実世界との繋がりがどうあるのか、それが分かれば我々が来た謎の解明にも繋がる」 「そうか。だが断る。お前に答えることなど何も無い」 「…」 ホスロウに拒絶された李信は黙り込む。ホスロウはそれを確認するとそそくさと歩いて闇夜に消えてしまった。 「ザラシュトラか。もしかしたらムハンマドやイエス、仏陀もこの世界に…だとしたらこの世界は…」 李信はアティーク宅に帰らんと歩き始めるが、頭の中はホスロウとのやりとりばかりで埋め尽くされていた。 だが、そんな思考は一瞬で取り払われる。突如黒い魔力弾が李信のx?「鯲?瓩燭?蕕任△襦 「!」 李信は瞬時に敵だと悟り、斬魄刀を鞘から抜いて構える。そして魔力弾が飛んで来た方向に向けて刀の鋒から虚閃を放つ。が、反応は無い。 だが数瞬後、アゾット剣を空中から振り下ろして来た男に李信は気付いて斬魄刀で受け止めた。アゾット剣…ということは… 「よう。捜したぜ直江」 「小銭…十魔…!」 「よう直江ェ!久しぶりだなァ!そしてようやく会えた!お前を殺せば俺が1番手柄だ!セールにたんまり金貰って風俗行きまくるぜェ!」 アゾット剣を何度も振るいながら小銭が李信に攻撃を仕掛けていく。李信はそれを何とか斬魄刀で受け流していく。 「成る程…既にセールは刺客を派遣してるってわけか。どうやって此処に俺が居るかを知ったかは知らないが…居場所がバレた以上お前を生かして帰すわけにはいかなくなった」 小銭が横に払うように振るってきたアゾット剣を李信は斬魄刀で受け止めつつ、剣先から《虚閃》を放つも、小銭は軽快に高くバックジャンプして虚閃を回避し着地した。 『クラスカード アーチャー』 小銭がクラスカードを懐から取り出して発動する。小銭を眩い光が包むと共に全身を騎士の鎧が覆い、アーサー王の姿になる。 「安心しろ。アティークやHopeもすぐにお前のところに送ってやる」 「お前ではアティークやHopeは倒せない。自惚れるな」 「その言い方だとお前なら倒せるってことだな!」 軽口を叩きあう。小銭は《風王結界》で剣の姿を隠している。李信が斬魄刀で戦うのを知っているので間合いを測りにくくさせる為である。 「さあ斬魄刀を解放しろ直江!決着をつけるぞ!」 (こいつ…わざわざ俺の刀剣解放を待つと言うのか…。この間つかなかった決着をつけることに拘っているようだな。案外熱い男だ) 小銭の誘いに乗ることに決めた李信は斬魄刀に霊圧を注ぎ始める。 『斬月』 大小二刀の斬月が姿を現す。虚の力と滅却師の力に分けられた斬月の姿である。 「俺もだが、お前もあの時と同じかよ!」 「本気を出したいが消耗してるんでな。行くぞ」 小銭と李信。2人が互い目掛けて地を蹴り走り始めたのは同時だった。そして2人の刃がぶつかり合う。 ※ミス クラスカード アーチャーじゃなくてセイバーです。 李信と小銭の刃がぶつかり合い、周囲に行き渡る程の金属音が鳴り響く。この人気の無い夜のウルクの街で、死神と英霊は互いに譲れないもの(李信はアティークを王とする新国家の建設、小銭は風俗に行く金稼ぎ)を剣に乗せて交錯させようとしていた。 そして互角の鍔迫り合いが数秒ほど続く。力が互角だった。 「世界や正義より風俗の方が大事か!小銭十魔!」 「俺の世界とは風俗のこと!正義とは性欲のこと!お前の青臭い理想の国造りなんぞに興味はねえ!」 「ならば好きなだけ風俗に行くがいい!あの世でな!」 「お前こそ童貞のまま無様に死にやがれ!」 2人は互角の鍔迫り合いから剣戟を何合も打ち上い繰り広げていく。10合、20合と斬魄刀が、そして聖剣が風を切り空を切り、ぶつかり合い金属音を響かせていく。だが… 「もらったぞ!直江ェェェェェ!!」 剣術では小銭の方が上だった。李信の斬月を払い除けた小銭が聖剣の切っ先を李信の心臓に向け突き出していく。だが、小銭の剣が李信の心臓に届くことはなかった。 (硬い…!そうか…こいつの皮膚は確か…!) 基本スペックである《鋼皮(イエロ)》、そして《静血装(ブルート・ヴェーネ)》を発動し防御力を高めていたことにより小銭の刃を妨げたのだ。 「小銭十魔捕らえたり!」 李信は隙を逃さず小銭の右手首をガッシリと左手で掴む。小銭は逃れようと力を入れるが僅かに震えるだけで叶わない。 「消し飛べ」 小銭の手首を掴んだ李信の左手から《虚閃(セロ)》が発射される。だが小銭もただやられるつもりはなかった。脱出が不可能なことを悟ると《風王結界(インビジブル・エア)》で不可視化していた剣に魔力を込めていたのだ。 『風王鉄槌(ストライク・エア)!』 不可視化する為に剣に纏わせていた風の魔力を李信に向けて零距離で暴風として打ち出した。虚閃と風王鉄槌が混ざり合い、静かな夜の街に巨大な火柱が打ち上げられる。 李信の《虚閃》と小銭の《風王鉄槌(ストライク・エア)》がぶつかり合った結果は、痛み分けだった。お互いに吹き飛ばされ着地したところでお互いに睨み据える。双方とも大したダメージは負っていない。李信には《静血装(ブルート・ヴェーネ)》が、小銭には魔力で編まれた騎士の鎧がある。 『月牙天衝!』 大の方の斬月を振り下ろし、超高密度の青い霊圧を斬撃として打ち出す。しかし始解の状態で放つ月牙が対魔力Aと魔力放出Aの能力を持つ小銭に通用する筈もなく… 「ふんっ…」 小銭の剣に真っ二つに切り裂かれた。 「だが不可視化は解かせた。それで十分だ」 李信はそう呟いて大小二つの月牙を両手に、勢いよく地を蹴り突っ込んでいく。小銭はそれを聖剣で受け止めるも、膂力は《完現術(フルブリング)》による身体能力強化がある李信の方が上だった。李信の力に押されて小銭は靴裏を引きずりながら退がっていく。 「直江の癖に!直江の癖に何だこの力は!」 「お前は世界の歪みだ!俺は歪みを絶つ!」 「正義の味方気取りか不細工王!」 だが小銭も負けていない。自身の魔力を更に放出し筋力を強化し李信に比肩する勢いで斬月を受け止める。いや、互角なのは一瞬だった。小銭は更に魔力を放出し膂力を強化すると、李信の斬月と剣を合わせた瞬間に宙へと打ち上げる。 「これ程の膂力…!いつの間に…!」 「オラオラァ!どうしたどうしたァ!」 打ち上げた李信の更に上を取った小銭は全力で剣を振り下ろす。李信は二本の斬月で受け止めるが、小銭の膂力により地に背中から叩き落とされる。あまりの衝撃にクレーターが出来る程だった。 『月牙十字衝!』 倒れた体勢のまま二本の斬月を振るい十字型の月牙天衝を繰り出すも、小銭の剣はいとも容易くそれを切り裂いた。 「直江、覚悟!」 小銭は李信目掛けて剣を真っ直ぐに向けて降下していく。 小銭の聖剣が李信の胸を貫いた。李信は心臓部分は斬月でガードしていたために致命傷(もっとも崩玉の力で不死な上に再生するが)は免れた。だが、《静血装(ブルート・ヴェーネ)》も《鋼皮(イエロ)》も突破されたという事実は残った。 「ガハッ…!」 吐血する。貫かれた死覇装にも血が広がっていく。肺を貫かれたので呼吸が困難になる。苦しい。息をしようものなら肺に激痛が走る。 「直江、所詮お前はこの世界に来ても出来損ないなんだよ。お前がこの世界に来て一つでも何かを成したか?女の1人でも落とせたか?1人で何か出来たか?変わらねえんだよ、強い能力を得ようが何だろうがお前はお前なんだよ」 「だま…れ…!おれ…は…おれは…!」 何も変わっていない。確かにそうだった。李信は何も出来ていない。アティークの封印も水素が居なければ出来なかった。今回だってかつて敵だったアティークが居なければ何も出来ない。エイジスとの戦いも凪鞘との戦いも赤屍氏との戦いも… それでも歩みを止めるわけにはいかない。何故なら李信には理念がある。 アティークと抱いた夢。万民が幸せになれる世界の構築。アティークの純粋なまでに、それ故に歪んだ正義とぶつかったことがあった。だが今度こそは…共に手を取り合い成し遂げると誓った。 李信とアティークは同じだった。両者は現実世界で理不尽という理不尽を数え切れないほど体験し、見てきた。国家権力や上級国民に抑圧され、搾取され…そんなことが罷り通る世の中を心底憎悪していた。 何故一部の身勝手で欲深い人間の為に民が苦しまなければならないのか。 何故こんな世の中がいつまでも変わらないのか。 李信もアティークもそう思いながらも力は無く、ただ生きながら死んでいるだけだった。 この世界に転生した。力を得た。そう、理不尽を強いる支配者や個人を打ち倒す力を。同じ志を持つ李信とアティークならば…それが出来ると。 「あぁ!?聞こえねえよ!しね 「ああ?聞こえねえよ!死ね!」 小銭が聖剣を李信の肺から引き抜いて再度心臓目掛けて突き出してくる。だが李信は《外殻静血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン)》を発動し小銭の聖剣を妨げた。 「てめえまだ!」 『破道の九十 黒棺』 その間に超速再生で完全に傷を回復した李信は仰向けの体勢から立ち上がり小銭と距離を取る。そして無詠唱で高位鬼道を発動する。重力の奔流である黒い直方体が小銭を包み、内部から無数の刃で切り刻む。 「クソッ…!あんな防御技を!」 小銭が言ったのは《外殻静血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン)》である。《静血装(ブルート・ヴェーネ)》を体外まで拡張する防御技である。 「俺はアティークと共に新たな世界を造る。その為に世界の歪みを絶つ!」 全身血塗れになった小銭を視界に収めながら李信は大小の斬月に霊圧を込める。李信は決意を固めた。まず目の前の敵を手始めに、世界の歪みを全て排除すると。 『 卍 解 』 巨大な霊圧が火柱となり、天をも突く勢いで空高く上がっていく。そして大小二つの斬月を… 『天鎖斬月』 大小二つの斬月が一本化し、白い外郭が黒い斬月を覆ったまるでバスターソードの様な形状に変化した。柄尻からは黒い鎖が伸びている。 「行くぞ性欲王 精子の貯蔵は充分か!」 「おのれェ!」 小銭の傷は《全て遠き理想郷(アヴァロン)》により全て塞がっていた。 李信は天鎖斬月を手に、地を踏み締めて力いっぱい蹴って小銭の方へと飛び込んで行く。 小銭は聖剣を両手で構えて振り抜き、自らの膨大な魔力を光に変換し、加速・収束させて運動量を増大させていく。突っ込んでくる李信に対する最強の迎撃を行うつもりだった。 (あれは…約束された《勝利の剣(エクスカリバー)》!) 《約束された勝利の剣(エクスカリバー)》。最強の聖剣でありランクA + +の対城宝具。小銭が行おうとしているのはそれの解放だった。 (ならば並の威力の技では対抗し得ない…!) 李信は自らの顔に左手を翳して霊圧を収束させる。すると虚(ホロウ)の仮面が現れた。 白地に赤い紋様の仮面、そして白目の部分は黒く染まり、瞳は黒から黄色へと変色する。 (卍解、虚(ホロウ)化した状態の月牙ならエクスカリバーにも…!) 李信は天鎖斬月を両手で握り直し、黒い霊圧を注いでいく。黒い霊圧は天鎖斬月の刀身を覆い、更に切っ先から推三角形状に伸びる。 李信と小銭の距離が近づいていく。そして… 『エクス…カリバー!!!』 『月牙…天衝!!!』 小銭が振り抜いた剣を振り下ろす。光の断層が建造物群をも超す高さの巨大な斬撃となり李信に向かっていく。李信はそれを月牙を纏った天鎖斬月を振りかざしながら迎え撃つ。 二つの力が激突する。白い聖なる光と虚(ホロウ)の黒い霊圧が混ざり合い、やがてドーム型の爆発が発生し2人は飲み込まれた。 「くぅ…うおおおおおおおおおおおお!!」 李信が吹き飛ばされていく。小銭も魔力で編み込んだ鎧が粉々に砕け散る。街全体を覆わんかの勢いの光はやがて収束した。 「はぁ…はぁ…」 「ぜぇ…ぜぇ…」 李信も小銭も互いの斬撃により胸から腰にかけて大きな傷を負っていた。多くの血が流れ息は絶え絶えであり、決着の時が近づいているのは双方共に感じ取っていた。2人とも自らの剣を杖代わりに何とか立っている状態である。 「次の…一撃で…決める!」 既に魔力の大半を消耗している小銭が最後の力を振り絞り剣を天へと振り上げ魔力を注いで光に変換する。満身創痍になりながらもその目はしっかりと李信を見据えている。 (風俗に行く為に自らの命まで賭すか…。面白い奴だが…だからこそ倒さなければならない。世界の歪みを断ち切る為にな…) 李信も天鎖斬月に自らの霊圧を、更に《王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)》を乗せて上段に構えていく。 決着の時は近い。 『エクス…カリバァァァァァァァァ!!」 『月牙…天衝ォォォォォォォォォォ!!」 2人は同時に天衝斬月とエクスカリバーを振り下ろした。赤い光を帯びた黒い霊圧の斬撃と魔力を変換させた光の断層による斬撃が2人の距離の中間点で衝突した。 暫く月牙とエクスカリバーは拮抗し同じ地点で押しつ押されつと一進一退を繰り返していた。が、その状況も長くは続かなかった。 虚(ホロウ)と滅却師(クインシー)の力を融合し、更に《王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)》まで合わせている李信の月牙天衝が小銭の光の斬撃を食い破り始めたのだ。 「馬鹿な!《約束された勝利の剣(エクスカリバー)》が…対城宝具が敗れるだと!?」 「正義は勝つ…!行くぞ斬月!」 自らの中に眠る2人の斬月に呼び掛ける。「俺に力を貸してくれ」と言わんばかりのその声は2人の斬月に届き、更に月牙の威力は上昇し巨大化していく。 やがて《約束された勝利の剣(エクスカリバー)》による光の斬撃は完全に《王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)》と融合した《月牙天衝》に呑み込まれ… 「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 小銭の体は真っ二つに切り裂かれた。 真っ二つに引き裂かれた小銭の体は《全て遠き理想郷(アヴァロン)》により元通りになっていた。そして負った傷も全て。しかし消耗した魔力は今はどうにもならない。疲労も激しくまともに戦うのは無理だとも悟っていた。 「はぁ…はぁ…俺が…エクスカリバーが…負けるなんて…」 虚空を見つめながら仰向けに倒れている小銭の耳には徐々に近づいてくる足音が響いていた。視線は敢えて移さない。足音の主は分かり切っている。 「俺の勝ちだ。小銭十魔」 足音が止まると同時に、視界に映っていた星空は虚(ホロウ)の仮面を被っている黒髪の男に遮られた。 「正直…お前を舐めてたぜ…。お前は氷河期の仲間の葬式の時も4人の中で唯一襲撃者に負けた。その前には北条にも負けて逃してたな…。とにかくお前はいろんな奴に負けてた。勝ったことなんて数える程しかないだろ?だから…そんなお前になら勝てると思ったんだよ…」 「戦いはその日その時のコンディションや相手との相性にもよる。そして俺の場合、戦ってきた敵の大半が格上だった。それだけのことだ」 小銭の言に対して李信は天鎖斬月の切っ先を小銭の脳天に狙いを定めて構えながら答える。 「チッ…お前なら簡単に倒せて、そんでもってお前の首をセールに届ければたんまり金を貰って風俗で豪遊しようと思ってたのによぉ…。畜生…畜生…!」 「言い遺すことはそれだけか」 小銭の悲痛な言葉など李信には届く筈もない。李信は天鎖斬月に霊圧を注いで月牙を纏わせると 「さらばだ。小銭十魔」 そう別れを告げて天鎖斬月を小銭の頭部に突き刺さして月牙天衝を直接放出した。 巨大な黒い霊圧が火柱の様に打ち上がると共に小銭の体は木っ端微塵に砕け散り、やがて消滅した。 「いつになく熱くなってしまった。さて帰るか」 小銭の命の灯火が消えるのを見届けた李信は踵を返して歩き始める。 凪鞘。この世界を創造したとされる超越神である。エスパニョ~ルにより復活したこの凪鞘によって星屑は帝都からの脱出を余儀無くされた。 李信の居場所も分からない。マロン達とも逸れた星屑は行き場もなく帝国領内の森を彷徨っていた。 「此処が何処かも分からねえ…。俺は一体何をすればいいんだ…」 「留守を頼む」。李信に言われた一言が重くのしかかる。結局星屑は李信との約束を果たすことが出来なかった。オルトロスらを蹴散らしたまでは良かったが。 獣道しかない森の木々や種々を掻き分けながら歩いていると、丘の上に出て街が見える。ヨーロッパ風の田舎町で、大きな牧場があったり風車が回っている。 「こんな場所があったとはな…。それにしてもこの世界は中国風の街があったり西洋風の街があったりよく分からない…。やれやれだぜ」 そんな独り言を呟きながら丘の上から一気に飛び降りる。星屑には翼があるのでどんな高さから飛び降りても問題は無い。 街へと至る門はあるにはあるが、門番らしき存在もなく、入るのに手続きも必要無い。治安が悪いのかと思うとそうではなく、それなりに市場は賑わっており往来には人が行き交っている。 「とりあえずこの街で足を落ち着けるとするぜ…これからのことはそれから考えてもいいだろう」 星屑はまず宿を探すことにした。 ◇◇◇ 片っ端から宿屋という宿屋に部屋を求めて訪ねていった。しかしそれなりに人が行き交う街のようで部屋が空いている場所は中々見つからない。 もう6件目になるというところで星屑は宿屋の主人に空き部屋は無いかと尋ねるも、同時に来た男が 「すまない。俺も部屋を探しているんだが」 と主人に声をかける。 「悪いねえ!あと一部屋しかないんだ!どうしてもって言うなら相部屋になるが…」 「じゃあおじさん!これだけ出すから俺に部屋を貸してよ!」 主人が言いかけたところで、15~16歳くらいの少年が後ろから2人の間に割り込んで10枚の金貨をカウンターに叩きつけて来た。 「ちょいと待ちな。先に尋ねたのは俺達の方だぜ」 「俺も野宿は嫌なんでねえ…。悪いけど此処は譲ってもらうよ」 「マナーのなってねえ餓鬼だ。痛い目見たくなければ今すぐ帰りな」 「勝つつもりか?この俺に」 自信満々にニヤリと笑ったこの紫がかった髪色の少年と星屑は一触即発の状態になる。 幸い(?)にも、この街にはバトル用のフィールドがあるコロシアムが存在していた。バトルフィールド自体は東京ドームの半分ほどだが、観客席はそれ程多くなく天井も無い。 「俺はポケガイ帝国の星屑だ。そうだと分かってて勝負するつもりか?」 「あぁ~。噂は聞いてるよ!凄く強いスタンド使いがこの世界で活躍してるってね!でも俺も負けてないよ!あぁ、名乗り忘れてたな!俺は勝負尻っていうんだ!」 「やれやれ…てめえの名前なんざどうでもいい。とっとと始めようじゃあねえか」 「そうだな!行くぞ!」 開幕の声を上げたのは星屑だったが、先に技を繰り出したのは勝負尻の方だった。 (イメージは燃焼…火種を生み出し…酸素を加えて燃焼を促す!) 勝負尻は燃焼をイメージし、それに従い掌に魔力と酸素を流し込み…放出した。 放出された炎が竜巻状に渦巻いて星屑へと着弾、そしてドーム状の大爆発を起こす。 「またオレ何かやっちゃいました?」 やり過ぎた。勝負尻はそう感じていた。本気で殺すつもりもない相手に対してこの威力の魔法を使ってしまったと。 だが、その勝負尻の案じは杞憂に終わる。 「少しはやるじゃねえか」 星屑は鳥獣型のスタンド《マジシャンズレッド》を召喚して勝負尻が放った魔法を相殺していたのだ。 『クロスファイヤーハリケーン!』 星屑のスタンド《マジシャンズレッド》が♀状に炎を押し固めてそれを勝負尻に向けて放出する。だが勝負尻は魔力障壁を展開して《クロスファイヤーハリケーン》を霧散させた。 (バリアみたいなもんか?クロスファイヤーハリケーンは結構威力高い技なんだがな) しかしあまり思考している暇などない。勝負尻が『空気噴射』と書かれた靴に魔力を流してジェットの様に飛び出し剣を異空間から取り出して星屑に斬りかかってきたのだ。 (早い!) 『シルバーチャリオッツ!』 星屑による鋼鉄製の、剣を持った人型スタンドが勝負尻の剣を迎え撃つ。しかし…剣術で勝負!などとはならなかった。何故なら… 「チャリオッツ…!」 《シルバーチャリオッツ》の剣は勝負尻の『超音波振動』と書かれている振動している剣で真っ二つに切り裂かれてしまったからである。斬り裂かれた刀身は地に落ちて鈍い金属音を数秒奏でて動かなくなった。 『スタープラチナ!』 星屑は《スタープラチナ》で勝負尻が斬りつけてきたところを白刃どりして見せ、そのパワーで刀身をへし折り投げ飛ばしてしまった。 「お、俺の魔道具が…!」 魔道具とは、魔力を付与され特殊な効果を発揮する道具のことである。勝負尻の魔道具は中でもきわめて精巧なものだったのだが、スタープラチナのパワーの前には無力だった。 「これでてめえは丸腰だ。覚悟しな」 星屑はそう言うと、 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!オーラァー!」 オラオラの掛け声と共にスタープラチナの両手から怒涛のラッシュを勝負尻に繰り出した。 だが、星屑のスタープラチナのラッシュを受けた勝負尻には傷はおろか打撲痕さえ一つもない。涼しい顔をして反撃を仕掛けてきたのだ。 (俺の服は物理衝撃吸収の魔法が付与されてるからな…酸素と水素を高濃度で圧縮…!喰らえ!) 酸素と水素を混合させ燃焼を促す。またも炎熱系魔法だが、今度は威力と規模がまるで違った。ドーム全体を覆う程の業火が発生しそれが収束し星屑へと集中したのだ。 悲鳴一つ聴こえない。勝負尻は赤々と燃え盛り、天をも焦がす勢いの炎を瞳に焼き付けながら 「一瞬で焼き尽くしたか…この威力だ、無理も無い」 と、ニヤリと笑った。だが、そんな確信はすぐに覆されてしまう。燃え盛る炎の全てが星屑を掻き分けており、星屑には火傷一つなかったのだ。 「やれやれだぜ…。最初からこいつを使うべきだった」 星屑の傍らに居たのはスタンド《ゴールドエクスペリエンスレクイエム》。動作や意思の力をゼロにする究極のスタンドだった。 「また違うスタンドかい?どんな能力があるかは知らないが…」 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!無駄ァ!!」 「ぐっはああああああああああああああ!!」 物理衝撃完全吸収の力が付与された制服に魔力を通しても効力を発揮することなく、勝負尻は星屑のレクイエムのラッシュを顔、胸、腹に受けて吐血しながらフィールドを仕切るスタンドに衝突し意識を失った。 「こんな奴、馬鹿そうだしわざわざ殺す必要もねえか…」 星屑は勝負尻の命を奪うことなく、観戦していた男の居る席まで翼を使いひとっ飛びした。 「終わったぜ。お前が誰だか知らねえが宿を探してるんだろ?ついてきな」 「おお、ありがたい」 白と緑を基調とした制服らしき者に身を包む青い瞳を持つその男が低い声で頷いた。にしてもこの男、星屑には見覚えがあった。 (こいつ、某ラノベアニメ主人公のおにいさm…) 「どうした?行かないのか?」 「あ、ああ。行こうぜ」 思い出している途中で男から声がかかったので、小走りで追いつき並んで歩きながら街の宿を目指した。既に陽が沈みかけていた。 星屑がこの某ラノベアニメに登場する最強イケメン主人公そっくりの男が、実はポケガイでの親友だったことを知るのは1時間と経たない内のことだった。 「じゃあ2人ともこの表に名前を書いてくれ」 宿屋の主人に言われるがまま2人は順番に自分の名前をボールペンでサラサラっとはっきりした字で書くと、お互いに目を見合わせたのだ。 「え?君ななたんだったの!?」 「まあさっき勝負尻に名前を呼ばれてたから知ってはいたが…本当に星屑だったとは…」 「ななおっさん、ネットと今で口調変わりすぎ!ネカマでも何でもないイケメンになってるし!」 「まあ何故かこんな姿で転生させられたんでな。でもイケメンだし、銃みたいな機械に魔力を込めたら敵は一瞬で消滅するし、ダメージ受けても再生出来るしなんだこのチート」 星屑とななたんがそんな会話をしていると 「アンタら知り合いか?再会を喜ぶのはいいが、他の客の迷惑にもなるから部屋でやってくれ。ほら、部屋の鍵だ!さあ行った行った!」 宿屋の主人が迷惑そうに鍵を星屑に投げ渡してきたので受け取り、ななたんと軽く話しながら部屋がある2階まで階段で登っていった。 星屑が部屋の鍵を開けて入ると、中々広く、割と大きなベッドが二つあり、寝室とリビングルームが一体になっている所謂スイートルームだった。 「この宿、かなり安いのに豪華な部屋だな」 煌びやかなシャンデリアやテーブルなどに加え、ティーセットまで置いてある。見窄らしい木造の外見からは想像もつかない内装だった。 「ななお、良い部屋だ。入ろうぜ」 「ああ」 ◇◇◇ 2人は少し落ち着いてからソファに腰掛けて紅茶を飲みながら話していた。 「ななお。お前、いつこの世界に来たんだ?」 「ついこの前だな。この世界の日付の概念がよく分からないが。俺の会社はブラックでな、サービスで4徹くらいさせられた後の帰路で倒れてそのままかえらぬ人になったらしい。そしたら水色髪で変な衣を纏った女が現れて貴方は可哀想だからイケメンで強い能力者にしてあげるから第二の人生楽しんでねとか言われて転生させられた」 星屑の質問に対して答えられたななたんからの衝撃の告白。やはり李信やエイジスやアティークみたいに死んでからこの世界に来る者が多いらしい。それにしても、ななたんは自分の姿と能力の元ネタが分からないのかと半ば呆れていた。 「ブラックか…まあこの世界にはブラック企業なんて無いから安心しな。というかななおは自分の姿と能力の元ネタを知らないのか?」 「いや、でもイケメンだしやたら強いし、俺TUEEE系の典型的ななろう産ラノベだろうなとは思ってるが」 ななたんは元ネタこそ知らないが察しがいい。星屑は先程心中で呟いたことを密かに撤回すると 「正解だぜ。それ、あの有名なお兄様だよ。魔法科高校の劣等生ってラノベの主人公。かなりのアタリを引いたな。運悪くハズレ能力引いた奴も沢山居るってのに」 「マジかよw」 ななたんは知らない内に風の噂で何度も聞いたお兄様に自分がなったと知ると面白さと喜びが入り混じってゲラゲラと笑っていた。 「だが、それに引き換え俺は…」 星屑はななたんから目を逸らし俯く。話の流れではまるで自分の力が不満であるようにも映ったななたんは星屑にこう尋ねる。 「どうしたんだ星屑。お前だって強いだろう。さっきの勝負尻との戦い、圧勝だったじゃないか。それに勝負尻も見たところ決して弱くはない。俺と同じ俺TUEEE系ラノベの臭いがしていた程だ」 「強いとか弱いとか、そういう話じゃねえんだよ…俺は…本来の自分を取り戻したい」 ななたんの慰めなど気休めにならない。そしてその様子を見てななたんは星屑の言う本来の自分とは何なのかをすぐに察した。 「星屑…本来のお前を…取り戻させてやれるかもしれない。お前と再会できて良かった」 「どういうことだ?」 ななたんの口から発せられる意味ありげな、希望をも帯びた言葉に星屑は思わずななたんに目を合わせて身を乗り出す。 「此処に来るまでに俺はエイジス…つまり氷河期という能力者に出会った。そしてそいつに耳寄りな情報を貰ったんだ」 「氷河期だと!?ななお、お前氷河期と会ったのか!?あいつは直江を裏切った野郎だ!氷河期は何処だ!行ってぶっ殺してやる!」 ななたんから氷河期という名前を聞いた星屑は身を乗り出しながら更にヒートアップしていく。ポケモン風に言えば怒りのボルテージが上がったというやつだろう。 「自分を取り戻したいのか、氷河期を倒したいのか…どちらを優先したいんだ星屑」 「!」 「どちらかにしろ。本来のお前になれば恐らく暫くは氷河期を倒す力は無くなる。氷河期に戦いを挑めばセール勢力や凪鞘が襲来する可能性も生まれて自分を取り戻す余裕は無くなる。冷静になれ星屑」 二択をつきつけられた。グリーン王国に所属する前の、本来の自分を取り戻したいという気持ちと、仲間である李信を裏切った者を倒したいという気持ちとで星屑は少し揺れた。自分を取るか、友情を取るか。ななたんという親友に出会うことでそれを突き付けられる結果になるとは、まさしく皮肉だと感じた。 「直江には悪いが、今は自分を取り戻したい。この機会を逃せば一生このまま生きていかなければならないような…そんな気がするんだ。そして全ての力を取り戻したら直江にも今より協力出来る」 「…それが星屑の答えか。ならその想いに俺は友として答えよう。これから氷河期に貰った情報を伝える」 星屑は迷う時間を作らずに一先ず自分を取ることに決めた。迷えば迷うだけ李信へ辿り着くのも遠くなり、力を取り戻すのも遠のくからである。 ◇◇◇ 星屑はななたんと共に街から5kmほど離れている天空遺跡へと辿り着いた。天空遺跡とは読んで字のごとく、空に浮遊している要塞の様にも見える遺跡である。星屑の2枚の翼で飛行、ななたんは星屑に抱きかかえられてこの天空遺跡の入口へと到達した。 「スターダスト・シュヴァリエとしての俺を取り戻す!絶対にな…」 星屑がななたんから聞いた話とは次の様な内容だった。 ななたんは少し前に帝都でエイジスに出会ったらしい。転生したばかりで右も左も分からないななたんが街でキョロキョロしているのを発見したエイジスはななたんに近づいて色々教えたらしい。 その話の中でクワタイト魔石と呼ばれるアイテムのことをエイジスがポロっと話していた。聞けば、ランダムで能力者の能力を変えるもので、非常に希少価値が高く世界中に数える程しかないのだとか。 エイジスは桑田との戦いの最中でその存在を知ったらしい。 だが、エイジスはこうも言った。 「基本はランダムだが、星屑みたいなタイプは別だろうな。クワタイト魔石は本人の魂に共鳴するらしいから」と。 何故、敵である星屑の友人であるななたんに星屑に耳寄りな情報を与えたのかと言うと…ななたんは流石にエイジスの本音までは聞き出せなかったが、李信が最も信頼を置いている仲間である星屑の今の能力は強力過ぎるので弱体化を促そうと図っているのだろう。 「氷河期は馬鹿な奴だな。スターダスト・シュヴァルツェの力も知らずに…」 ななたんの話を聞いた星屑はそう呟いた。 「入ろう。遺跡の何処かにクワタイト魔石はある筈だ。氷河期の話が本当ならな」 「早くこんなオラついたガチムチ男を卒業したいぜ…行こう」 ななたんに星屑が応える。2人は足並みを揃えながら遺跡の入口を潜り、ついにこの世界に来てから意外にも最初のダンジョン探索へと突入した。 天空遺跡の内部は誰もがそう易々と進んでいける様な仕様ではなかった。星屑とななたんは当然予想していたが。 まず星屑達に空洞の天空から襲って来たのは、何とあのリオレウス希少種だった。体の隅々まで染まった銀色を太陽光で反射して輝かせながら滑空、旋回、急降下して火球を吐き出す体勢に入るが… 「消えろ」 ななたんが懐から銃型のCADを取り出しリオレウス希少種に向けて魔力を込めると、跡形も無く消滅したのである。 「流石はななたん様です!」 「…急に何なんだ?」 「言いたかっただけだ。気にするな」 「お、おう」 そんなやりとりをしている2人を、息つく暇さえ与えないと言わんばかりに巨大な黒い影が覆う。何事かと2人が空を見上げると、アルバトリオンが飛行しながら旋回を繰り返していたのだ。 「またか」 例によってまたななたんが魔法を使用しアルバトリオンを一瞬で消し去った。もう2度目なので1度目よりは驚きも少ないが 「さすなな」 と星屑が呟いた。 「何だそれ」 「流石はななたん様です。の略だ」 魔法科高校の劣等生を知らないななたんには何だかよく分からなかったが、とにかく星屑に褒められていることは確かなので悪い気はしなかった。 「しかしこの調子なら余裕でクワタイト魔石もゲットできるな」 「ああ、正直手ごたえ無さすぎてつまらんがな」 ななたんは嘆息を漏らしながら星屑にそう呟くと遺跡の地下を目指して歩き出した。クワタイト魔石への距離はまだ長い。が、ななたんと星屑の実力で行けば難易度はイージーだった。 遺跡の最深部に辿り着くまでに特に語ることはない。何故なら襲来してきたモンスターは全てななたんのCADから発せられる分解魔法で全て消滅させたからである。 リオレウス希少種、アルバトリオンに始まり、シャガルマガラやラージャン、ミラボレアス、アマツマガツチなど何も強力なモンスターだったが全て一瞬で消滅させた。ななたんが。 星屑が「なあ、消したら勿体無くねえか?素材を回収出来たら売って一儲け出来るじゃあねえか」 と、洩らしたが 「そんなことしてたら日が暮れる」と、ななたんは取り合わなかった。流石はななたん様である。 ものの1時間程で最深部に辿り着いた星屑とななたん。そしてその最深部の部屋の一番奥に、岩で出来た祠がある。祠から青い光を放ち輝き続ける、丸い石があった。 「氷河期が言っていたことはどうやら本当だったようだな」 「これで…これで俺は…魔法少女に戻れる…!」 星屑が青い光を放つクワタイト魔石に近づき、そしてそれに右手の掌で触れた。 より一層強い光が魔石から放たれ、部屋全体を覆う程の輝きが星屑とななたんの視界を遮る。 そして… 「あれ…僕…」 星屑は自分の格好を舐めるように目で見回して確認する。あんなに重かった全身に目で見える程ついていた筋肉が全て取れ、色白で滑らかな肌に黒いセーラー服…一物は…生えていない。 自然に俺という一人称も口から出てこなくなっている。 「星屑…マジで女になったな…」 「うん、僕…やっと戻れたみたい。ありがとうななお」 「なんか口調も変わってるし…。これで目的は果たしたな。だが完全に力を取り戻すまではお前は俺が守る。常に行動を共にするからそのつもりで居ろ」 「うん、ありがとう」 星屑はななたんの男気に感じ入ると共に、やっと忌まわしいスタンド能力やオラついた自分と決別出来たという感動に内心浸っていた。 (これでシュヴァルツェの力が戻れば…!直江、待ってて…!) 何処に居るのかも分からない仲間の名を思い浮かべる。きっと何処かで苦労しているに違いない。アティークがついていることで少しは不安も和らいではいたが。 だが、自分を取り戻した感動と仲間への思いを馳せている時間はそうはなかった。 「星屑発見!ガンダムエクシア及びマイスター・フクナガ!これより敵を排除する!」 遥か上空から白を基調とした巨大な機体…ガンダムが降下してきたのである。星屑はその機体とパイロットの声に聞き覚えがあった。 「フクナガ…!僕があの時殺した筈なのに!」 クワッタの戦い。アティークや李信率いるグリーン王国軍とサバ率いるランドラ帝国軍がぶつかったこの世界でも珍しい万を超える兵が参加した合戦。その戦いでスタンド使いだった星屑がガンダムエクシアを操縦するフクナガと対峙した。星屑はスタンド《クリーム》によるエクシアを暗黒空間へと葬り、フクナガを抹殺した。 それに、その前に魔法少女だった時代にもフクナガとは幾度となく戦っている。 そのフクナガが、暗黒空間に呑み込んだ筈のエクシアに搭乗して目の前に居る。星屑はその光景が半ば信じられなかったのだ。 「北条っていう忍者が穢土転生とかいう奇怪な術で生き返らせてくれてなあ!エクシアはよく分からんが副産物だ!こうしてまたお前の前に来れた北条の為にも、俺自身の為にも今度こそお前を殺す!」 「…卑怯。僕がスタンドや究極生命体の能力を失ったところを狙ってくるなんて」 星屑が静かながらも怒りのこもった声でフクナガを非難する。それもそうだ。弱った相手を狙って復讐を狙う辺り、小物である。 「ああそうさ!またクリームみたいなスタンドを使われたらたまらないからな!タイミングを窺ってたんだよ!ずっとお前をマークしてなァ!死ねェ!」 フクナガは悪びれもせずに開き直ると、エクシアの武装であるビームサーベルを解放して星屑目掛けて急降下し風を切り振り下ろす。 「くっ…!」 「星屑!」 ビームサーベルの重い一撃を、刀で受け止めた星屑の足が地面にめり込む。その様子を見かねたななたんがCADをフクナガが搭乗するエクシアに向けて構えた。 「ななたん、邪魔はしないで。これは僕の戦い。そして、こいつは僕が倒す。僕が倒さなきゃいけないんだ」 「そんなクソ雑魚能力で誰を倒すってェ!?」 ななたんを言葉で制止した星屑に斬りかかるビームサーベルを持つエクシアの力が強まる。星屑は膝あたりまで地面に埋まってしまっていた。 「はぁ!」 星屑が懐からスターロッドを取り出して星をエクシアに飛ばし反撃する。 「そんな貧弱な攻撃が効くかよ!」 エクシアは銃を取り出し引き金を素早く引く。すると銃口からビームキャノンが発射されスターロッドによる攻撃は霧散し星屑の頭部をあわや貫こうとした。 だが、そうはならなかった。 ななたんがビームキャノンを分解、消滅させたのである。 「星屑、悪いが黙って見ていられない。俺はお前を守ると誓ったんだからな」 ななたんが優しくも鋭い声を星屑にかけた。星屑は肯定も否定もせず目配せするだけだった。その時だけは。 「お前が完璧に力を取り戻すまでは俺がお前の騎士だ。だから…」 「ありがとう。でも…こいつは…こいつだけは僕が倒さなきゃいけないんだ…!」 ななたんからの騎士宣言。だが星屑は喜びの表情を見せずにフクナガの機体・エクシアを睨み据えながら固い決意を再び露わにした。 因縁の相手は自分で倒さなければならない。 エイジスは自ら星を倒した。水素は自らかっしーを倒した。李信は自らアセトンを倒した。 ならば自分もと、星屑はそう思わずにはいられないのだ。彼らに遅れを取りたくはなかった。 「気味悪いんだよ!存在自体が!さっさとこの世から居なくなれ!」 フクナガはそう叫びながらビームサーベルを星屑に振り下ろしてくる。星屑はそれを体を右にそらして回避すると、フクナガが搭乗しているコクピットを狙い跳躍する。 (こうやって懐に入り込めば…!) しかし星屑の考えは甘かった。フクナガは機体を左に素早く逸らしてビームサーベルを宙に居る星屑目掛けて突き出してきたのだ。 「グッ…!」 しかも狙いは星屑の胸部ほぼど真ん中の心臓だった。星屑は咄嗟にスターロッドでビームサーベルの突きをガードするが武器性能の差は歴然としていた。星屑は攻撃を防ぎきれず、突き飛ばされて遺跡内の岩盤に叩きつけられてしまった。 ボキッ 確かにそんな擬音で表現しても間違いではないだろう。誰の耳にも響く、それでいて鈍い音。 (肋を…やられた…) 星屑の肋骨が折れた瞬間だった。あまりの激痛に体を抱え込み、星屑は蹲る。フクナガはそれを見てニヤリと不気味な笑みを浮かべると 「所詮お前は負け組!俺が勝ち組なんだよ!」 そう叫びながら星屑にビームサーベルを振り下ろした。 (戦うだけじゃ意味が無い…生き残るだけじゃ意味が無いんだ…!勝ちたい…!勝ちたい!!!) 星屑は心の中から渇望した。此処で負けて死んだら意味が無い。目の前の心の底から憎い男を前にして口惜しい結果に終わるのだけは、星屑のプライドが許さなかった。 (こいつを倒して…直江に会わなきゃいけないんだ…!僕が助けないといけないんだ!) そう願った星屑を突如、眩い光が覆い始める。 「!?」 その光はフクナガの機体・エクシアが振り下ろしたビームサーベルさえ弾き飛ばした。フクナガは一瞬何が起きたか分からず目を丸くしていたが、すぐに気を取り直して今度はエクシアに搭載されている剣を取り出して構える。 (もうなり振り構ってられない!今が星屑を殺すチャンスなんだ!) 何の捻りもなくただ感情のままに剣を振り下ろすも、眩い光から解放された星屑の刀で受け止められてしまった。 「お前…何処からそんな力が…」 「僕はスターダスト・シュヴァルツェ。お前を殺す能力者の名だよ。冥土の土産に覚えておくといいよら」 呆気に取らなるフクナガに銃を取り出し銃口を向け、エネルギー弾を発射した。エネルギー弾はフクナガが咄嗟に構えたビーム砲から生み出されたビームキャノンとぶつかり、それを突破してエクシアの巨大な左手を破損させた。 『夜空彩れ無数の星々(スターダスト・ボンゴレ・ヌーヴォラ)』 「何だと?」 「星のエネルギーを集めた僕の能力と、それを使い繰り出す技の名前」 フクナガの反応など待たずに星屑はエネルギー弾を連射し弾幕を張るかのような凄まじい猛攻をかける。フクナガは実剣で対抗しようと図るが、構えた巨大な剣さえエネルギー弾が命中し粉々に砕け散る。 もう一本調子でビームサーベルや剣を振るったり、ビームキャノンを発射すれば勝てるような相手ではない。 スターダスト・シュヴァルツェ。スタンドや波紋の力を失った星屑の新たな…いや、本来の姿であり、力。フクナガはそんな星屑の力など今まで知る由もなかった。 スタンドや波紋を失った星屑など塵も同然と戦いを挑んだフクナガのガンダム…エクシアは左手が破損した状態にまで追い込まれていた。 「お前のような雑魚には使いたくなかったが仕方ない!」 フクナガは何かと同調するように目を閉じると、エクシアの機体全身が赤い光を放ち輝き始める。 『トランザム!』 それがフクナガによる、ガンダムの力を最大限に引き上げる力だった。《トランザム》を発動したフクナガのガンダムエクシアは星屑が放つエネルギー弾を瞬間移動しているかのような速度で軽々と飛行しながら避けていく。 (この木偶ロボット…デカい癖にとんでもなく速くなった…!) 星屑はエネルギー弾の連射をやめて銃を懐にしまい、再び八房を手にトランザムを発動しているエクシアに飛びかかっていく。 だが… (狙っているのに…当たらない!) いくら遺跡内の岩壁のあちこちを蹴り跳躍からの斬撃を試みても軽々と避けられていく。 「そうだ…俺がガンダムだ!」 フクナガは決め台詞とばかりに叫びながらビームサーベルを星屑に向けて頭上から突き出していく。星屑はそれを八房で流そうとするが、そもそも馬力が違い過ぎた。星屑は防ぎきれずに胸部中央を大きく切り裂かれた。 「俺がガンダムだ!!」 フクナガのエクシアがこの機を逃さず畳み掛けてくる。 『一刀修羅ァァァ!!』 突如叫ぶ星屑。その身を一陣の風が吹き抜け髪は逆立ち、八房も手の中で震え出す。エクシアが振り下ろした大剣を風のように避け、フクナガが気づいた時には脇に回っていた星屑に機体の左腕を切断されていた。 「馬鹿な…!何でこんなに速く…!」 呆気にとられるフクナガを他所に、切り離された機体の左腕が握っていた大剣ごと地に堕ち轟音が響き渡る。 「もう一本も、もらう」 星屑はそう呟くと瞬間移動かと見紛うほどの速度でエクシアの右脇に現れる。 「させるかァァァ!!」 トランザム状態のエクシアの性能をフルに引き出し右に回り込んだ星屑へ横に薙ぐようにビームサーベルを振るう。が、星屑は機体の右腕の上から完全に姿を消した。 「羽虫の分際で!調子に乗るなァァァ!!」 次々と視界に現れては姿を消す星屑を相手にフクナガは冷静さを失いただ闇雲にビームサーベルを振り回すだけの有様だった。当然、そんな攻撃が星屑に当たる筈もなく… 「これは振り絞ってるんじゃない。なり振り構わず使ってるだけ」 星屑の一刀のもとに、エクシアの右腕が斬り落とされた。主を失った機体の右腕はそのまま地に堕ち豪快な落下音を立てながらクレーターをつくる。 「こんなのは…何かの間違いだ!そうだ…俺が…俺がガンダムだ!!」 しかしセリフとは裏腹に、フクナガの両手は言葉ではなく本能に従っていた。 恐怖。 今のフクナガの全てを表すこの一言。それはエクシアが星屑に背を向けて飛び去ろうとしていることから見ても明らかだった。 「さようなら、そのガンダムはお前の棺」 当然星屑がそれを黙って見逃す筈は無く、コクピットに回り込んだ星屑が銃からエネルギー弾を発射した。 引き金が引かれたと同時に、小さな命がまた消えた。 ななたんは歯痒い思いをしながらも星屑の戦いを見守っていた。途中、少し星屑に危険を感じて手を出したがそれ以降は傍観していた。 「ななお、終わったよ」 フクナガを無事に処理し終えた星屑が、主を失った大きな棺…ガンダムエクシアの機体の上でそう友に呟く。 「見ていたぞ。殆ど自力でよく頑張った。力も少し取り戻したようだな。ところで…」 ななたんは今更星屑に隠していた何かを伝えるかのような、そんな気まずさを表情に出しながら返事をしようとしていた。 「ありがとう。どうしたの、ななお」 「うむ。お前の…彼女のことなんだがな…」 彼女。星屑にとって最も大切な人物を指す言葉であることはななたんがはっきり言い表している。凪鞘により帝都を追われた星屑が已む無く残してきていたその人物のことを話に出された星屑が戸惑う。 「どうして、ななおが彼女のことを」 「そんなことは良い。お前の彼女は今帝都でオルトロスとかいう奴に囚われているぞ。直江より彼女を優先すべきじゃないのか?」 「…確かにそうだね。でも…冷静にならなきゃ」 何故ななたんが彼女のことを知っているのか?そんなことはどうでもいい。やはり彼女は無事ではなかった。彼女は今までこの世界で目立つようなことをせずにただ星屑と暮らしていただけである。だから星屑は彼女がセール達に目をつけられることはないと思っていた。 (いや、違う…!) 思っていたのではなく、思いたかっただけである。敢えて彼女のことは意識しないようにすることで、李信の救援のことばかり考えるようにするだけで、星屑は彼女が窮地に陥るかもしれない場所に居る現実から逃げていただけである。それを今、ななたんに気付かされた。 「ななお、彼女のことは君に任せたい」 「ちょっと待て。お前自身が助けに行くんじゃないのか?彼女は何よりも優先だろう?」 何よりも彼女を優先する星屑の口から出た言葉に耳を疑うななたん。 「だからこそ、今の時点では僕より強いななたんに彼女のことは任せたい。それに…事情はともあれ僕は彼女を見捨てたことになる。顔を合わせにくくてね。直江には悪いけど…直江は僕がその事実から目をそらす為の良い口実だよ」 「本当にそれでいいのか?」 「時間が、解決してくれる。今までもそうだった」 「…分かった。彼女のことは任せろ」 ななたんはそれ以上踏み込まずに星屑の頼みを了承した。星屑と彼女のことだから、当人達にしか分からないこともあるのだろうと、ななたんは勝手に解釈していた。 「これで暫くは彼女とギクシャクせずに済む。僕はただ直江を助けに行けばいい。…ごめんね直江」 自分が彼女の怒りから逃げる為に利用することを、星屑は李信の名を出して本人がそこに居ないにも関わらず詫びた。 その後、遺跡から街へ帰還した星屑とななたんはそれぞれの目的の為に分かれて旅立った。 まさっちがアーラム村付近にある祠の前に立っている。ある男の意識を回復させる為のセールからの命令だった。 男の名はエイジス。仮面ライダーに変身する能力者・ソラと戦い敗死したかのようだったが、ソラの《ライダーキック》を受ける前に自身の体を一部気体化させていた。だが《ハイパークロック》内では瞬時に能力を発動できず、結局、体の大部分は攻撃に晒された。 皇帝・セールの判断でエイジスは帝都にある病院に入れられていた。 エイジスの体は時間と共に周囲の水分を取り込んで自らの血肉とすることで元どおりになっていたが、いつまで経っても一向に意識を取り戻さない。 そこでセールはクワタイト魔石の力を借りてエイジスの意識を取り戻すことを思いついた。能力者であるまさっちに命じてクワタイト魔石を取りに行かせたのだ。 「間違いないお^^これがクワタイト魔石だお^^」 クワタイト魔石は青い光を周囲に放ち続けると聞いていたのでまさっちはすぐにクワタイト魔石の在り処が分かった。しかし自分が直接触れると自分のエヴァンゲリオンのパイロットとしての力が失われるのでそれはできない。 「よいしょっと…あったお^^エスパニョ~ル博士が開発したクワタイト魔石用のグローブだお^^」 まさっちはそんなことを呟きながら、一見ただの黒いグローブにしか見えないブツを懐から取り出して両手にはめた。 ◇◇◇ まさっちがクワタイト魔石を持ってエスパニョ~ルのラボを訪れたのはその日の夕暮れ時だった。エスパニョ~ルの後を継いでラボの所長になっていた火星という人物がまさっちを迎えた。 「待っていたよまさっち氏。さあ、僕が開発したファンタスティックな装置の実験がやっと始められるぞ!まさっち氏も中に入って実験を見届けてくれ!」 中世レベルの文明しかないこの異世界にテレビだのコンピュータだの家電だのを開発し普及させたのはエスパニョ~ルである。そのエスパニョ~ルが創設した研究所なのだから、やはり設備も中世世界のものとは思えない、現代に立ち返ったかのような錯覚をさせられるものだった。 そんなことをまさっちが思っていると、火星の案内により研究所の一室に通された。部屋の真ん中に容易された台にエイジスが寝かされており、様々な器具を繋げられていた。 「僕が開発した装置が正常に作動すれば氷河期さんは完全に回復する筈だ。まさっち氏、クワタイト魔石をあの装置の窪みに嵌め込んで欲しい」 「分かったお^^」 まさっちが火星に言われるがままに、例のグローブを装着したままクワタイト魔石を取り出して黒色の機械装置の上にある窪みにはめ込んだ。 カチッというはめ込んだ音が部屋中に響き渡るとクワタイト魔石は青い光を装置に吸収されていく。 「クワタイト魔石の力を吸い上げて、中で調整してから能力者の体に注ぎ込んで純粋なパワーアップと体や脳の機能回復を図るこの僕の画期的な発明さ!僕はエスパニョ~ル氏を超える!」 クワタイト魔石の欠点は、能力者がそれまでの能力を失いランダムで違う力を付与する点にある。つまり、望まない能力だけが残る可能性もあるのだ。 そのクワタイト魔石の力を抽出し調整し、元から有していた能力を失わずに力を付与するのと能力者の回復を実現するのが火星が発明したこの装置である。 クワタイト魔石の力を吸い込んだ装置の中央から青い光が洩れている。そして調整が終わったというサインなのか光は赤色に変色して特殊なチューブを伝ってエイジスの全身に送り込まれていく。 調整されたクワタイト魔石の光に覆われたエイジス。あまりにも眩しいのでまさっちと火星はそれを直視できなかった。 赤い光が霧散し完全に消え去った。しかし数秒待っても様子は変わらずエイジスが目を開けることはない。 「火星、こりゃ失敗だお^^お前エスパニョ~ルほどじゃないお^^」 まさっちは心底火星に落胆した。エイジスが目を覚まさないようでは自分達の陣営の戦力は心許ないままである。エイジス復活の望みを火星が叶えるというので預けてみたらこのザマだ。 「うーん…理論上は成功する筈なんだけどなあ。やっぱりお姫様のキスとかじゃないと起きないのかなあ」 そんな冗談めいたことを火星が言うのでまさっちはカチンとくる。 「ふざけたこと言ってる暇があったら早く次の手を探せお^^お姫様のキスは科学で証明されたやり方じゃないよね^^はい論破^^」 「いや、ちょっと冗談言っただけだよ。お姫様なんて居ないしね。うーん…でも理論上は…」 「それって君の主観だよね^^」 「まさっち氏!思考が邪魔されるから黙っててくれ!」 まさっちと火星がヒートアップしている最中、エイジスはゆっくりと瞼を開ける。見知らぬ天井に、側では口論しているまさっちと、白衣を着た見慣れぬ科学者風の男。少なくとも水素の屋敷や貧民街ではなさそうだ。 「あれ…此処は…」 「「!」」 実験は完全に失敗したと思い込んで喧嘩を始めていた火星とまさっちだったが、エイジスの静かな声を聞いてハッとなりエイジスの方を見下ろした。 「あれ?氷河期起きたお?^^」 「氷河期氏、何か体に異常を感じたりはしませんでしたか?」 まさっちの言葉はスルーして火星はまるで研究者というより医者のような言葉をエイジスにかける。 「ん?ああ…別に何ともないが何か力が漲ってくるような気がする」 エイジスは言葉も普通に発せる上に精神にも体にも異常は無いようだった。しかしそれだけでは実験成功とは言えない。 「ほう?力が漲るのか!それはクワタイト魔石の力だよ!」 「クワタイト魔石だと?俺の能力勝手に書き換えたのか!?」 「いや、違う。この実験は…」 エイジスに激怒される前に実験の説明を始めた火星。彼は実験の内容を事細かにエイジスに説明した。 「そういうことか。そういうことなら早速新たな力を試したいんだが…」 「すぐに氷河期さんが目を覚ましたことをセール氏にも伝えるよ。セール氏から君に任務を言い渡されたら思う存分に力を発揮するといいよ」 「任務…」 「まあ今の状況で任務と言ったらアティークと直江の討伐だろうね」 「…だろうな」 改めて問うまでもなかったが、エイジスには何か引っかかるところがあった。本当に言われるがまま任務を遂行して、果たして世界は良い方向に向かうのだろうかという疑問をエイジスは今更抱いたのだ。 翌日昼、エイジスはセールの命令により登城、皇帝の間において玉座に鎮座するセールに謁見した。エイジスはセールに対して敬おうという態度は微塵も示さず跪きもしない。ただ二本の脚で立ってセールの目を見据えるだけだ。 「用件は言わずとも分かる。俺に直江氏とアティークを討伐して欲しいんだろ?」 「…話が早くて助かる。だが一応お前だけを派遣する理由を説明し…」 「もういい。そんなことに興味はない。俺は行く」 「…次はしくじるなよ、氷河期」 セールの最後の一言には敢えて返事もせずにエイジスは礼もせずに背中を向けて立ち去った。 李信、アティーク、Hope。現在ポケガイ帝国により指名手配されている重罪人である。 李信はアティークとHopeを無断で引き合わせて、更にセールからの使者を殺害(これはくれないによる謀略)した罪。 アティークやHopeは李信に加担した罪である。 セールはくれない率いる数万の軍や小銭十魔を派遣し3人を捜させたが成果は無かった。くれないは捜索に失敗し帝都に帰還、セールから厳しい叱責を受けた。 小銭十魔は単身で捜索に当たったが未だに帰ってこない。それどころか音信不通になっており消息さえ分からなくなっている。 セールらポケガイ帝国側はまだウルクで小銭十魔が李信により殺害されたことを知らないのだ。 軍を派遣すれば足枷になる。能力者を何人も派遣すれば北条率いる新怪人協会や穢土転生軍団に隙を突かれる。 そこでセールが白羽の矢を立てたのがエイジス・リブレッシャーだった。 既にセールは火星からエイジスへのクワタイト魔石の実験が成功したと報告を受けていた。そこでエイジスに李信、アティーク、Hopeの討伐を託したのだ。 ◇◇◇ エイジスは出発前に挨拶する為にヴァントニル一族が住むとある森にある家へと足を運んでいた。 「というわけだ。出発は明後日としている。直江氏はともかく、アティークとHopeは強い。俺にもし何か、あったら…墓は質素でいい。葬式はやりたければやればいい。今日はそれを想定して別れを告げに来た」 決死の覚悟を持たなければ望めない任務だ。エイジスはこの世界に来て最も世話になったと言えるこのエルフの一族に真っ先に言わなければならないと決めていた。 「アティークと言えば神の代行者と呼ばれる異変の民の中でも上位に位置する最強クラスの能力者ではないか!それにHopeも相当の使い手…!李信とてその2人ほどではないが相当な実力者ではないか!」 真っ先にエイジスの報告に反応した一族の長老がエイジスの両手をとって言う。その顔は悲痛なものだった。 「アティークと言えばこの世界のゾロアスター教のリーダーで、ウルクではクーデターの首謀者を見事に討ち果たして亡国の王子と賛美された英雄…。そしてアフラ・マズダーと契約している代行者…ペルシャ帝国事件では世界に猛威を振るった…。いくらエイジスでもそんな相手に勝てっこない!」 涙目になりながら悲痛な思いを訴えたのはレインだった。 「勝てないかもしれない。だが勝てるかもしれない。俺はまた新たな力を得た。この力さえあれば神の代行者にも、スーパーサイヤ人にも、死神にも…いや、そいつら3人を同時に相手にしても勝てるかもしれないんだ。だから俺は任務を遂行する」 「それでも私はエイジスが心配。私も行ってはいけないの?」 「無理だ。悪いがレインでは3人の中で一番弱い直江氏にさえ足下にも及ばない。死にに行くようなものだ」 エイジスは事実を、遠慮なく告げる。それに李信はこの世界ではエイジスと何度も干戈を交えて勝って負けての繰り返しだ。そして向こうも強くなってるだろう。 「エイジス、言っちゃうの?」 最年少のレイラが涙で目を潤ませながら上目遣いで聞いてくる。 「ああ。だからお前らには形見を渡す」 エイジスは異空間から自分がかつて使っていた槍を取り出して長老に手渡した。だが、長老は「要らん」と言って突き返して来た。 「形見なんて受け取ってやるもんかい。どんな形でもいい、生きて戻って来い。それ以外の結果はワシは認めない、承知しないぞ」 「…分かった」 こうしてヴァントニル一族との別れは済ませたエイジスだった。 エイジスは帝都のディアベル宅にヴァントニル一族以外の仲間達を集めて、今回命じられた任務のことと、その任務には1人で行くことを説明した。 「おいエイジス。お前本当にあのアティークに1人で挑むのか?!無謀過ぎる!」 此処で最初に口を開き、身を乗り出したのはスワムという大男だった。 「アティークってあの亡国の王子の…ならせめて支援魔法が使える俺だけでも連れていけないか?エイジスの力を底上げできる」 「悪いが無理だな。神の代行者相手に身を隠すなどできる筈もない。直江氏や北条のような生半可な相手じゃないんだ。見つかったら確実に________死ぬぞ?」 「!」 ダリがついて行くことを提案するも、エイジスはあくまで拒絶する。全ては仲間を思いやるが故の選択だった。ヴァントニル一族と話した時と同じ展開である。 「俺は新たな力を手に入れた。それこそ斬魄刀よりも、スーパーサイヤ人化よりも、神との契約よりも強力な力だ。だから安心しろ。だが万が一ということもある。形見を…」 「そんなものは要らない。団長命令だ。必ず生きて帰って来い。任務には失敗してもいい」 エイジスが言いかけたところでヴァントニルの長老と同じことをディアベルにも言われた。 「…分かった。別れは告げられた。もう行く」 エイジスが立ち上がって歩き出そうとすると… 「…早過ぎないか?もう少しゆっくりしてってもいいんじゃないのか?」 「俺の問題だ。あまり長居すると情が強くなる。すると出立できなくなる」 「そうか。これを持っていけ」 ディアベルが懐から何かを取り出してエイジスに手渡す。 「これは…」 エイジスが手にしたのは、不思議な形の黄色い木の実だった。 「持っておけ。お前を助けてくれる筈だ」 ディアベルがそう言うのでエイジスはその木の実を懐にしまった。 「じゃあ今度こそ行く。暫くお別れだ」 エイジスは今度こそ立ち上がって3人の仲間に礼をしてディアベル宅を辞していった。 アティークは今や、北条と同じくらい…いや、ポケガイ帝国にしてみればそれ以上の脅威になっていた。そしてそのアティークにかつて立ち向かい封印した李信がついているのだから皮肉なものだ。 そんな世界の脅威達を排除すべく、エイジス・リブレッシャーは動いた。彼は仲間達との別れを済ませた2日後に帝都グリーンバレーを出立、5日後の昼にはかつてアティークや李信と死闘を繰り広げたエキキョーという中華風城塞都市に入った。 アティーク、Hope、李信、射殺了解の4人が脱出したのはエキキョーの北門だということは傭兵団の末端兵やくれない軍の兵卒から情報を得ている。エキキョーの北門から先は謂わば文化圏中央の人間は殆ど足を踏み入れない異世界と形容できる地域である。 厳しい気候に地形、補給物資の輸送も困難な道ばかりでくれないは大軍を率いての捜索に失敗していた。 「まずは情報を集めなければ」 エイジスはそう思い立ち、エキキョーの政庁が置かれている城へと足を運んだ。 ◇◇◇ 「アティーク達が北門から先へ行きそうなところ…ですか。1番考えられるのはやはりウルクでしょうかね」 役所に勤務する中年男性の役員がエイジスに手渡された地図を眺めながら言った。 「ウルク?アティークが亡国の王子と呼ばれるようになった地か」 役員が指差しているウルクと書かれた場所に赤ペンで丸で囲みながらエイジスが確認する。 「如何にも。あそこはクーデターで滅んだ都市国家だった筈なんですが、アティークがペルシャ帝国の皇帝だった時代に莫大な私財や公金を投じて復興させたそうで」 「成る程。自らの故地にて勢力を挽回し再起を図るつもりか」 「私にはそこまでは…。ただ十中八九、アティークや李信達はウルクに潜伏しているのではないでしょうか」 「ありがとう、助かった」 「また困ったことがありましたらいつでもお越し下さい」 エキキョーはポケガイ帝国領内最西端の地であり、アティーク達が軍を起こして侵攻してきようものなら最前線として戦わなければならない。そうならない為にも、エキキョーの役員はエイジスに快く情報を提供した。要するに、エイジスに早くアティーク達を始末して欲しいのである。 情報を得たエイジスは政庁を後にし、その日は宿屋に入り部屋で地図を広げながらウルクへと至るどの道で行くかと思案した。 少し遡り、某地の地下にある新怪人協会兼北条のアジトでは再び命を吹き込まれた禍々しいオーラを纏った者が居た。 『口寄せ・穢土転生!』 北条が術の発動に必要な印を両手で結ぶと、木製の長方形の棺桶の蓋が開けられ中身が露わになる。 「…」 「どうだ?自分が作ったようなものである世界で命を取り戻した感想は」 確かに命を再び手に入れた体は指先や脚が僅かに動いているだけでまだ北条の言葉に返事は無い。恐らく、状況の呑み込めないのと、久しぶりに体を動かすので生きているという感覚に実感が伴わないのだろう。 「返事をしろ。桑田貴透」 「君は…その輪廻眼…そうか、君は北条だね」 だが穢土転生により復活した体に慣れるのに10秒もかからなかった。感覚に意識が追いつくと北条の呼びかけにはっきりとした声で応えた。 「そうだ。今俺は穢土転生という禁術でお前を復活させた。そして穢土転生で復活させた死者は俺の意のまま…絶対に逆らうことはできない」 「そんなことをして、僕に何をやらせるつもりだい?」 「まあ、簡単に言えば世界征服ってやつだ。お前にはその為に存分に力を発揮してもらう」 「ポケガイの管理人にしてこの世界の管理者でもある僕を使って世界征服だなんてね…。君は中々面白い。でも僕を顎で使う代償は多分、将来高くつくと思うよ?」 穢土転生体であるにも関わらず不遜な態度をとる桑田に北条はクギを刺す。 「お前は俺の支配を逃れられない。お前は俺の駒でしかない。さあ駒よ、早速お前には働いてもらうぞ」 「やれやれ、人使いが荒いね。でも楽しそうだし君の遊びに付き合ってあげるよ」 「聞こえなかったのか?お前は俺の駒だ。お前の意思など関係なく俺の目的の為に働いてもらう」 「それで、僕は何をさせられるの?」 「そうだな_____」 北条が口にした桑田への命令の内容とは… また時間は少し遡る。 星屑。スタンド使い、波紋戦士、究極生命体としての力を捨て本来の自分に目覚めたこの能力者は、ななたんと別れた後に1週間以上を経て旧ガルガイド王国旧王都ガルドリアに辿り着いていた。 無論、李信(と、ついでにアティーク達)を捜して彷徨っていたのだが、やはり自分1人で闇雲に捜しても見つかる筈は無いと判断し、このような交通の要衝であり巨大都市であれば少しは情報も得られるだろうとの考えだ。 星屑はその街の情報屋に入っていた。 「いらっしゃい」 煉瓦造りの立派な一戸建ての建物の木製ドアを開けると、濃い紫色のローブを纏った如何にもな格好の老婆がカウンターの向こうで星屑を待ち受けていた。 「早速だけど、尋ねたいことがある」 星屑は何の前置きもなくいきなり本題に入ろうとしていた。時間が惜しい。一刻も早く李信達と合流したい。李信はたとえアティークがついてても1人で無茶をして命の危機に陥りやすいと星屑は知っていたからだ。 「いいけど、金は持ってるのかい?」 老婆が目を細めて星屑をギロリと睨みつける。 「金はあまり無い。でも、これならある」 星屑はそう言って懐から赤石を取り出して老婆に手渡した。 「これは赤石と言って、普通の鉱脈では絶対に手に入らない代物」 「…よく分からないが受け取っておくよ。で、何が聞きたいんだい?」 あっさりと情報の対価として赤石は受け取られた。赤石とは文字通り赤い石である。波紋戦士としての能力を増幅させる物であるが、もはや星屑には必要無くなっている。実際どれほどの価値がつくかは星屑にさえ分からないが、今の星屑にはそんなことはどうでもよかった。 「…仲間を、李信っていう死神の能力者を捜してる。何処に居るか知らない?」 「アティークと一緒にこの国から追放されたっていうあの…。まあ知らないことはないよ」 この老婆、一体何処から情報を集めているのだろうかと星屑は老婆の返事に対して思っていると… 「李信はね、アティークとかHope…それに射殺了解とかいう能力者と一緒にエキキョーの北門から脱出して途中で進路を西にとってウルクという旧都市国家の街に居るよ」 「…!」 「でも居所が分かってもあまり喜べる状況じゃないねえ」 「…?」 星屑がどういうことだろうと首を傾げていると、老婆から次のことを告げられた。 あ信教という強力な敵勢力と戦っていること。あ信教のリーダーや幹部は李信の手に余るくらい強いこと。 先程名が挙がった4人以外にも冷暗双剣やルルーというかつてのアティークの仲間が一緒に居ること。 更にエイジスがアティーク、Hope、李信の抹殺命令を帯びて現在エキキョーに居ることもである。流石に小銭十魔が李信に討たれたことまではこの老婆も知らなかったようだが。 「エキキョーに…行かなきゃ。氷河期を止めなきゃ」 話を聞いた星屑は李信達との合流よりも、李信達に余計な敵が背後から迫るのを防ぐという目的に切り替えた。 要するにエイジスの討伐である。 星屑は店を飛び出した。街に着いたばかりだというのに一息つくことも考えずにそのまま旧王都を飛び出した。 ◇◇◇ エイジスは宿屋で一泊すると北門を抜けてエキキョーを出立、最初の分岐を目指して数時間歩いていた。そして、ようやく分岐に差し掛かる。 「昨日地図を見て決めた道通りに行けばウルクに…」 そんな独り言を呟いている途中でエイジスの視界には自分の方を向いて眉をひそめ、目を細めて…そう、まるで睨みつけてくるかのような視線を向けている黒髪ショートで黒目の少女がくっきりと映ってきていた。 (誰だこいつは…いきなり睨みつけてくるなんて。だがまあ通り過ぎれば問題も無いか) エイジスが少女の真横を通り過ぎようとすると、突然少女が刀を抜き放ってエイジスが通るのを阻んだのである。 「…何なんだアンタ。俺は急いでるんだ。邪魔しないでくれ」 「うん、急いでるだろうね。でも直江の邪魔はさせないよ」 エイジスの進路を阻んだ刃が今度はそのままエイジスの胴を斬り裂かんと左下から右上へと薙ぎ払われる。エイジスは寸前で身を逸らして回避すると、一度体勢を立て直す為に後方へ跳んで退がった。 (こいつ、今なんて…!?確かに直江って言っていた…!だが直江氏に女の仲間なんて居る筈が無い。どういうことだ?そもそも何故俺の目的と動向を知っていた?誰なんだこいつは…!) 「僕が誰かとか、何でお前の目的や進路を知ってるとか思ってるよね?顔を見れば分かる」 エイジスは顔に出やすい方ではないのだが、この時ばかりは動揺が明らかに顔に出ていた。 「クワタイト魔石を使って能力や容姿…性別まで変わったからね。僕は星屑だよ。そして氷河期、お前の目的も知ってる。僕は仲間の邪魔はさせない」 「驚いたな、あのガチムチのスタンド使いが全くの別人じゃないか。だがいくら星屑でも邪魔をするなら容赦しないぜ。こっちも任務なんでな」 エイジスは二本の機剣(コンブレイド)を鞘から抜いて星屑に向けて構えた。相手がかつての仲間でも容赦はしない。それがエイジスなりの騎士道精神だった。 「ねえ、氷河期は本当にそれでいいの?」 「何だと?」 「本当にセールについて直江達を敵に回すのが氷河期のやり方なの?」 いざ戦わんという時に星屑がエイジスに疑問を投げかける。それは星屑が聞きたかったエイジスの本心を問うものだった。 「直江氏には悪いけど、アティークは危険人物だ。お前だってかつてアティークと殺し合った筈だ。奴は再び宗教の力で世界を掌握しようとしている。奴を牢から出すべきではなかったのに、直江氏はアティークをシャバに出して協力している。奴らが宗教で歪んだ世界を築く前に俺は止めなければならない」 「確かに直江は自己中な奴かもしれない。でも直江にも民衆やみんなを助けたい、悪を打ち払いたいって気持ちはある筈だよ。だからアティークのブレーキ役として従ってるんじゃないかな。それにアティークの力が無ければ北条達には勝てない。世界を守るにはアティークにも頼る必要があるんだ。セールやくれないじゃ世界は救えないんだよ」 「俺は…邪悪な宗教で染まった世界が築かれるよりは世界が滅んだ方がマシだと思う」 「邪悪なんかじゃない。アティーク達はきっと反省している」 「そんな不確かな希望の為に戦うのか、星屑!」 「希望とかじゃない。僕は仲間の邪魔をする奴を倒すだけだよ、氷河期」 ここまで言葉をかわした後、2人はそれぞれ武器を構え直した。言葉を交えて分かり合えないのならば刃を交えるしかない。2人はそれを分かっていた。 「僕は難しいことは考えない。自分が信じた正義を貫くだけ」 「ならば言葉ではなく刃を交えよう…」 「「互いに譲れないもののために!!」」 星屑とエイジスが決意を表明した時、皮肉にも同じタイミングで同じセリフが口から吐き出されていた。そしてそれを合図に戦いの火蓋は切って落とされた。 『我は鋼なり、鋼故に怯まず鋼ゆえに惑わず、一度敵に会うては一切合切の躊躇無く。敵を滅ぼす狂気なり。鉄血転化!』 エイジスの瞳や頭髪が燃える炎の様な赤に染まり、エイジスは身体能力が飛躍的に上昇するのを感じていた。 『血の道と 血の道と 其の血の道 返し畏み給おう 禍災に悩むこの病毒を この加持にて今吹き払う呪いの神風 橘の 小戸の禊を始めにて 今も清むる吾が身なりけり 千早振る 神の御末の吾ならば 祈りしことの叶わぬは無し』 星屑もエイジスが《鉄血転化》の詠唱を行なっている間に自身が得た新たな力を目覚めさせるべく詠唱を紡いでいた。 先に動いたのはエイジスだった。鉄血転化により身体能力を強化したエイジスは二本の機剣(コンブレイド)を両手で握り締めて星屑目掛けて突っ走っていく。だが星屑は刀を持ったままその場を動こうとしない。 「どうした星屑!今更怖気づいたのか!」 エイジスが機剣を横へと振るい星屑に斬りかかる。星屑はその場から動かずただ刀を持つ両腕だけを動かしてエイジスの刃を受け止める。 「…!」 エイジスが異変を感じたのはすぐだった。星屑の持つ刀と自らの機剣が交わった瞬間に、その機剣を持つ腕が腐敗し消え始めたのだ。 「敵の能力が何なのかさえ分かっていないのに突っ込んでくる…。それが君の底だよ、氷河期」 《許許太久禍穢速佐須良比給千座置座(ここだくのわざわいめしてはやさすらいたまえちくらのおきくら)》。それが星屑が発動した一種の祈りであり、創造だった。 星屑の口元が緩む。 星屑の技・能力まとめ スターダスト・シュヴァリエ 魔法は「星を自由に操るよ」 星型のものや星をモチーフにしたものならば自由に扱う事ができる。ただし本物の星を操ったりは出来ない。また必中などではなく本人の意思で操作するので、常に冷静さが求められる。 星の模様があるだけの物体を操る事も出来るので、応用性がある。しかし視認出来る範囲までが操作可能な限界。 副次的な能力として《星のエネルギー》を物体や肉体に蓄える事が出来る。これにより武器を補強したり、そのエネルギー自体を射出する事が可能。 星屑の『祈り』によりエイジスの右腕から腐り落ちていく。だがエイジスは一瞬以外表情を変えずに自らの右腕の肘から下を切り落とした。 そして自らの《氷河期(アイスエイジ)》の能力で腐り落ちた部分に冷気を集め、それを肉体化して再生させた。 その間、僅か2秒にも満たない。 『夢想封印』 エイジスの反撃。エイジスが呪符のようなものを無数に、自分を取り囲むように展開して陰陽が刻まれた巨大な光弾を出現させる。 「氷河期…まさか東方の力を…でも、僕も…!」 星屑がその右手に握るのは帝具《死者行軍 八房》。そしてその能力は… 「来い!僕の下僕!」 星屑が八房の能力を解放し、「下僕」を呼び寄せる。 遥か天空より現れ、2人を覆う巨大な影の持ち主は… 「さあ行けガンダムマイスター・フクナガ!その巨躯で僕の正義を遮る悪しき氷鬼を氷塊の如く撃ち砕け!」 ガンダムエクシア。北条の《口寄せ・穢土転生》により復活したフクナガを再度葬った星屑が八房の力で人形として操っているのだ。 意志を持たず、ただただ星屑の下僕人形と化したフクナガとエクシアはその武装の銃からビームキャノンを発射し《夢想封印》と衝突する。 二つの力が弾け飛び、周囲は光で満ち溢れた。これを好機と星屑を命令を下す。 「やれフクナガ!《トランザム》だ!」 するとフクナガが操縦するガンダムエクシアの機体が赤い光を放ち始める。ほぼ次の瞬間、光により視覚が定かではないエイジスにガンダムエクシアのビームサーベルが振り下ろされた。 「…くっ!なんて力だ!」 エイジスは《鉄血転化》を発動しているがそれでもガンダムの重量から繰り出されるビームサーベルを受け止めるには足りない。次第に押され、二本の機剣は叩き割られ、エイジスは斬撃を受け両断されてしまった。 エイジスは冷気を体に取り込み肉体の再生を果たす。これもエイジスの固有能力である《氷河期(アイスエイジ)》によるものである。 「君が!死ぬまで!戦うのを!やめない!」 星屑はエイジスに息づく暇すら与える気は無く、星のエネルギーを凝縮したビームを銃口から放つ。エイジスは掌をそこに向け 『マスタースパーク』 フクナガのガンダムエクシアのビームサーベルによる斬撃を幾度も空中に浮遊して回避しながら極太のビームを放って星屑のビームに対抗する。両者の攻撃が空中でぶつかり弾け飛ぶ。 「星屑!何故分からない!何故そこまでしてアティークなんかが築く世界を肯定しようとする!」 「アティークなんてどうでもいい。僕は直江を助けたいだけだ」 星屑は右腕の袖口からブレードを、ジャキンという音と共に出してエイジスに斬りかかる。鉄血転化で身体能力を強化しているエイジスはそれを咄嗟に右に逸れて回避すると、時間を操る程度の能力で時を止める。 「まずはフクナガとガンダムが邪魔だ…!」 『エイジストラッシュ!』 横から斬撃を繰り出してきたり、ビームを放ってきたりするしつこいガンダムエクシア。まるで生前のフクナガの性格を再現しているかのような星屑の死体人形と機械人形はエイジスの冷気を纏った巨大な斬撃を受けて両断された。 「仕上げだ、星屑」 エイジスは掌に、吸血鬼が使うような炎の槍を展開して星屑に投げつける。星屑の胸に見事に着弾したその炎の槍が火柱を上げて赤々と燃え盛る。 「とどめだ…!《夢想天生》!」 浮遊したエイジスが自身の周囲に無数の陰陽玉を展開させ絶えず弾幕を射出する。しかし星屑は… その一本のブレードで弾幕を全て斬り裂いた。斬り裂かれた弾幕は次々と弾け飛び霧散する。 「時間停止が…!」 「氷河期、君は弱くなっている。まだ使いこなせていない東方の力に頼って本来の力を出しきっいない」 《時間を操る程度の能力》。本来明確な制限時間は無い筈ではあるが、それでもエイジスのそれは未熟だったのかものの10秒で解かれてしまった。 星屑は隙を突いて素早い動きで氷河期の脇からブレードで斬り込んでいく。エイジスは破壊された機剣の代わりに一本の剣を背中の鞘から抜いて受け止める。 「忘れたの?僕の腐敗毒の力を」 しかし星屑のブレードによる斬撃でエイジスは再び腐敗毒に侵されていく。そして星屑のブレードにより受け止めたエイジスの剣は再び真っ二つに斬り裂かれた。 「…!」 「心臓を抉れば、君でも死ぬかな?」 呆気に取られているエイジスの心臓目掛けて、星屑のブレードが突き立てられた。心臓を一突きにされたエイジスが星屑の目を目掛けて吐血し、星屑の視界が遮られる。 「無駄な足掻きを…!」 エイジスの悪足掻き。少なくとも星屑はそう思った。しかし潰された視界を取り戻す為に目にかかった血を拭っている僅か2秒ほどの間にエイジスに腹部を蹴り飛ばされ10mほど吹っ飛んだ。 『コキュートス』 エイジスが掌に魔力と冷気を集めて一気に放出する。星屑のみではなく、視界に収まる限り、地平線の彼方まで全てを絶対零度の冷気で満たし、凍てつかせる。 「俺は弱くなどならない。俺には守るべきものがお前よりも沢山あるからだ」 「数より…質でしょ…」 既に下半身全てを凍らされ身動きの取れない星屑に先程言われたことに対する言葉を紡ぐ。星屑は下半身の感覚を失うかのような、身を切る冷たさに表情を強張らせながら言葉を搾り出した。 「僕は…!負けない…!」 星屑は銃をエイジスを向けて引き金を引く。星のエネルギーを充填させた上でのビームがエイジスの左半身を吹き飛ばす。 「最後の足掻きか。悪くはない」 再生していくエイジスの肉体を見て半ば諦めたような、怒りに満ちたような複雑な表情で星屑は視界を、意識を閉ざした。 ◇◇◇◇ 「はぁ…はぁ…」 小銭十魔との死闘の末、見事これを討ち果たした李信。だが彼には最早余力など無かった。絶えず口から出ていく切れた息がそれを証明している。 「とにかく…アティークの家に…戻らなければ…」 李信は斬魄刀を杖代わりに路面に次々と刺しながらヨロヨロと足を進めていく。アティーク宅まではおよそ500メートルほど。この状態でも何とか辿り着ける距離ではあるが、それでも厳しいものがあった。 視界が霞んでいく。意識が朦朧とする。久しぶりに強敵に勝った喜びなど忘れるかの如く、何とか意識を保たせることに全神経を注ぐ。 そしてそんな集中力を途切れさせる巨大なエンジン音と、二足歩行の機体の影。 「小銭!小銭!クソッ…!遅かったか!」 機体越しに男の声が聴こえる。高いような低いような、それでいてよく通る声だ。だがその声は明らかに必死さと悲嘆を帯びていた。そして李信がその声が自分への怒りに変わると勘付いたのはすぐである。 「!」 後ろに向き直り、斬魄刀を震える手で握り締め構える。見据えたのは、白を基調とした、ウイングと黄色に染まった二つの剣… 「これは…ガンダム…バエル…!」 李信はその機体を知っていた。生前この機体が登場するアニメを視聴していたことを思い出す。あのカリスマ性と知性を持ち合わせたストーリーのキーマンが、この機体を起動させた以降アホになって無様に敵組織に迎撃され散ったことを。 「小銭を殺ったのはお前か!」 バエルのパイロットが機体越しに李信に声を掛ける。その声にはやはり怒気が篭っていた。友を殺された純粋な男の怒り。李信にはそう届いた。即ち、このバエルのパイロットは… 「小銭十魔の友・チャイか。小銭十魔を殺したのは俺ではない」 無論、嘘である。いくら李信とてこの場で馬鹿正直に答えるほど馬鹿ではない。 「嘘だか。この状況…そして貴様の目を見れば分かる!貴様が小銭を殺した!それだけ分かれば十分だ!バエルを持つ私を怒らせた罪、その命で贖うがいい!」 「チッ…!やはりこうなるか!」 チャイが操縦するガンダムバエルが急接近して両手に持つ二本の剣を振り下ろしてくる。 『轟け 天譴』 李信が斬魄刀を振るうと同時に巨大な 李信が斬魄刀を振るうと同時に巨大な刀剣が出現し、それがバエルの二刀流を受け止める。だがバエルは速い。鍔迫り合いになったかと思えば李信の視界から姿を消し、高速旋回で背後まで迫っていた。 『王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)ォ!』 李信の掌から咄嗟に放たれる巨大な光弾も、バエルの剣の一振りで霧散してしまう。地に足をつけ踏み込んで下段からの切り上げを仕掛けてくるバエルに《天譴》で対抗するもパワーでバエルに押し切られ、靴裏を引きずりながら押し退げられていく。 「まだだ!バエルの力はこんなものではない!」 バエルの頭部にある二つの目が禍々しい赤に染まり、その動きはより速く、その力はより強くなっていく。バエルの二刀流を受け止めていた李信の天譴が、度重なる斬撃でついに砕け散る。 「まさかこいつ…阿頼耶識システムを…!」 「小銭の仇…取らせてもらう!」 天譴が砕け散り、一見守りが無くなった李信にバエルの剣が突き出されていく。李信は瞬時にドーム型のバリアを展開し、何とかこれを防ぐ。《外殻静血装(ブルートヴェーネ・アンハーベン)》。 「お前のような羽虫に…手をこまねいているわけにもいかないんでな…」 『卍解』 その掛け声と同時に李信の背後に二本のツノを持った巨大な鎧武者が出現する。 『黒縄天譴明王』 李信が斬魄刀を振り下ろす。その動きと連動した《黒縄天譴明王》がその右手に持つ刀剣をバエルに振り下ろす。 「なっ…!急に力が増大しただと…!?」 バエルの左腕が肩の部分から切断されてしまう。残った右腕で黒縄天譴明王の脇に回り込み、その肘に刃を突き立てる。 「ぐっ…!」 明王の肘から血液が噴き出すと同時に、李信の左腕からも出血してしまう。 「成る程、その卍解とやらの仕組み、理解したぞ直江!」 バエルの動きが水を得た魚の如く更に速くなり、多方向からの斬撃を次々と繰り出していく。 バエルのスピードに翻弄され全身を斬り刻まれていく黒縄天譴明王と、それとリンクしている李信。腕から顔から胸から腹から脚から、多量の血飛沫が次々と舞う。 「流石は厄災戦を終わらせた伝説のガンダム…!」 李信はその右手で握り締めた斬魄刀に左手を添えて振るい続ける。が、ただの一撃さえ当てることも叶わない。 「ハハハハハハ直江ェ!死ねェ!死んであの世の小銭に詫びを入れて来い!」 バエルの刃が《黒縄天譴明王》の、李信の左胸を抉る。《静血装(ブルート・ヴェーネ)》も鋼皮(イエロ)も貫通するそのバエルの刃が李信の肺に穴を開けたのだ。 「カハッ…!」 今までに無い量の血を吐き、視界に収まる路面が赤く染まっていく。視界が霞み、意識が朦朧としていくのが自分でも感じ取れる。 「こと…わる…」 それは李信の、先程のチャイの言葉に対する拒絶を意味する返事だった。それを聞いたチャイは黒縄天譴明王の胸に突き刺したバエルの刃を更に深く押し込む。 「バエルを持つ私の言葉に背くとは世界のルールに逆らうことになるが?」 「…」 李信は薄れていく意識を、胸を突かれた痛みに神経を集中して何とか保たせながら斬魄刀を逆手に持ち替えて後ろに突き出した。すると黒縄天譴明王の刀剣がバエルの胸部から上を両断し、コクピットの中身が露わになる。 「貴様…!」 切り離されたバエルの胸部と頭部が大路に落下し、凄まじい衝撃音と共にクレーターを形成する。 黒縄天譴明王から剣を引き抜いたバエルが飛行しながら一旦後退する。 「バエルは私の魂…!そのバエルを…!許さんぞ直江ェ!」 バエルが一直線に急接近してくる。 「動きが単調になったな」 李信が斬魄刀を上段の構えから振り下ろす。それに連動した黒縄天譴明王も同じ動作を行う。しかし李信の、黒縄天譴明王の刃がバエルに届くことはなかった。バエルが寸前で右に回避し、刀剣が地面を抉るにとどまったからである。 「終わりだ直江!バエルの剣の錆となれ!」 「…!」 黒縄天譴明王の首にバエルの刃が到達しようとしていたその時… 『か~め~は~め~…波ァァァァァァァ!!』 「!?」 突如右方向から青い光線が飛来し、バエルの右腕を消し飛ばしたのである。 バエルの右腕を消し飛ばした気を放った方向に顔を向けると、そこに立っていたのは… 「気づくのが遅れてすまない直江」 そう李信の方を向いて声をかけてきたのはアティークの親友・Hopeだった。 「Hope…気づいたのはお前だけか。他の連中は使えないな」 「話は後だ。今はこのガンダムを破壊する」 Hopeが睨み据えると、先程の《かめはめ波》の威力に恐れをなしたのか、チャイが冷や汗をかきながらバエルを操縦する両腕を震わせている。 「新手か…!しかもドラゴンボールってことは、こいつはあのHope…!流石に私のバエルでも倒すのは困難な相手かもしれない…」 Hopeは自分にしか聴こえない大きさの声でそう呟くと、バエルを帝都の方向に向けて急速発信し、李信とHopeの視界に収まる範囲から抜けて飛び去ってしまった。 ◇◇◇ 「助かったぞHope」 「直江…無茶はするな。お前に何かあったらアティークが困るんだ。勝手な行動は慎め」 チャイが搭乗するガンダムバエルを撃退したHopeに李信が礼を言うと、Hopeは李信に多少説教じみたことを言って返事とした。その顔つきは普段おちゃらけているHopeの印象から離れたものだった。因みに李信の傷は既に超速再生により塞がっている。 「…だが敵戦力は削った。小銭十魔を討ったからな」 「あの小銭を…?それは大手柄だな。だがお前はこれから必要な存在だ、軽はずみな行動はするな」 「ナンバー2が言うのでは仕方ないか。善処しよう」 小銭を討ったことに関しては口では褒めているが表情は変わっていない。Hopeは内心で「小銭程度なら俺でも倒せる」と思っていた。それよりも、本気を出せばそれなりの実力はある李信の必要性を理解しており、軽率な行動に多少頭を悩ませていた。 そんな調子で歩いていると、2人はアティーク宅に戻ってきていた。 李信とHopeがアティーク宅に帰り、2人で事の顛末をアティークに報告する。アティークは「酒が入っていて気づけなかった。すまない」と李信に一言詫びを入れると 「だがお前も軽はずみだったな直江。Hopeが来なければどうなってたことか…」 「…ならば他に選択肢があったとでも言うのか?」 肝心な時に酔っていて駆けつけもしないリーダーに俺の行動を非難する権利は無い、という言葉が口から出かかったが、それを口にしては拗れて面倒なことになると判断し呑み込んだ。 「小銭との戦闘の際に俺達が気づく場所まで誘導するとかあっただろう」 「過ぎたことだ。それに小銭は倒した。あ信教打倒後に戦わなければならないセール側の戦力は大幅に削がれた」 「…まあいい。俺にも落ち度はある。そしてHope、よく直江を助けてくれたな」 「アティークちゃんがだらしなければ俺が動く。それが親友ってもんだ」 話は揉め事になる前に終わった。李信はこれからの戦いに身を投じていく上で、仲間内での面倒事は避けたいと思いこの場は遠慮したのだ。 「それよりもだ。アティーク、俺とお前は皆に話がある筈だ」 李信が切り出した話とは、無論先程のホスロウによるゾロアスター教の聖典であるアヴェスターの原典の話である。 「ホスロウに言われたことか。そうだな、だが今日は皆酒が入って寝てしまってる。明日でいいか?」 「…兵は神速を貴ぶと言う。が、この状況では仕方ない。明日また此処に集合し皆に説明するぞ」 なるべく早く動いた方がいいという意の言葉を口にしながらも李信は空気を読んでこの場はアティークの裁量に任せることにした。 「遅くなってしまったが今夜は解散だ。皆には俺から伝えておく。Hope、直江。また明日この家に来てくれ」 アティークの言葉にHopeも李信も頷いてアティーク宅を後にしていった。酔い潰れて眠っている冷暗双剣、ルルー、射殺了解についてはアティークが家に泊めることにした。 翌日のことである。アティーク宅の応接室に待機していたアティーク、ルルー、冷暗双剣、射殺了解にHopeと李信が合流した。 「んで、みんなを集めて改まって話ってのはなんだい?アティークちゃん」 「ああ。実は昨日このウルクの近くの教会で僧正を務めているホスロウという男が訪ねてきた。お前らが酔ってる間にな」 Hopeの質問に対してアティークは早速本題に入った。もはや余計な前置きをする必要は無い。 「ホスロウって、アティークちゃんの神との契約を助けた老人か。久しぶりに聞く名前だな。それで?」 話はもちろんこれで終わりじゃないだろう、というセリフは省略してHopeが尋ねる。 「そのホスロウが言うには…」 アティークは李信を除く他の4人にホスロウから話されたことを全て説明した。時々李信がアティークの説明に補足を入れながらである。 アティークの力が今の状態では不完全であること。アヴェスターやザラシュトラのこと。アヴェスターの原典を手に入れなければあ信教に対抗し得る力は得られないこと。そのアヴェスターの原典は古代遺跡の奥に眠る沈黙の塔に存在すること。 「…と、いうわけだ。そこで俺達は二手に分かれて行動することにしたい」 言えば、アティークはこの時初めてリーダーシップをとっていることを感じていた。昨日の失態がまだ頭の中にはあったからである。 「二手に分かれる?戦力を分散して大丈夫なのか?」 「そうだ!また小銭十魔みたいなのが襲撃してくるかもしれねえぞ!」 「小銭より強い奴が来て…面倒なことにならなきゃいいんだがな」 「大丈夫も何も、これしか俺達に打つ手は無い。リスクは承知の上だ。黙ってアティークに従え」 ルルー、冷暗双剣、射殺了解が案に突っ込んできたが李信が一蹴する。 「直江、ありがとう。直江の言う通り俺達はリスクを承知で二手に分かれる。一つ目のチームは俺が率いてアヴェスターの原典がある遺跡へ向かう。二つ目はこのウルクに残って守るチームだ」 アティークがわざわざ指を使って2という数字を示しながら自分の案を話し始めた。 「チームは俺の方で決めてある。遺跡へは俺と直江の2人で向かい、他の4人にはこのウルクを守ってもらう」 アティークからのチーム分け発表。しかし当然他のメンバーからの疑問が出てくる。 「何で大して強くもねえ直江とアティークが2人きりなんだ?ウルク守備も大事だがアヴェスターを手に入れねえと勝てねえんだろ?もっと確実に…」 「お前はさっきと言ってることが逆だな。ウルクは多くの民が住む地であり俺達の唯一の拠点。此処をあ信教やポケガイ帝国に奪われるリスクを考えれば妥当な差配だと思うが?」 他の3人が抱えている疑問を代表して射殺了解がそれをぶつけてくるも、李信はアティークが言ったことの意味を察して返答する。 「ナイスフォローだ直江。それに現状、小銭やチャイが攻めてきたことからウルクに俺達が居るのがセール達に知られてる可能性が高い。ウルクの守りに多くを割きたいんだ。それに遺跡は何があるかは分からないが難敵が待ち構えているとは限らない。所詮はダンジョン、居ても少し強めのモンスターが関の山だろう」 アティークはこのようなチーム分けをした真意を説明した。 「アティークちゃん…」 「Hope。俺の親友として、副官として、ウルクを頼む。俺が遺跡に行っている間はお前がリーダーだ。お前にしかこんな大役は頼めない」 「アティークちゃんにそこまで言われちゃったら断るわけにはいかねえな!命に代えても守ってやるよ!今までだってずっと俺がアティークちゃんの傍でアティークちゃんを助けてきたんだからな!」 「それでは駄目だHope。お前も必ず生き残るんだ。俺のナンバー2はお前しか居ないんだからな」 「おう!」 2人でそんな美しい友情劇を繰り広げているところに李信が入り込む。 「昨日も言ったが、兵は神速を貴ぶ。話は終わった。俺とアティークは遺跡へ向かう準備をする」 李信がアティークに目配せすると、アティークも小さく頷いて席を立つ。遺跡へ向かう為には食糧や水、地図などの準備が必要だった。 「直江」 「何だ」 「アティークちゃんを頼む」 「分かった」 最後にHopeと李信が短いやり取りを済ますと、この会議は解散となり各々が準備を始めた。 李信はアティークと共に準備を済ませて家を出る。因みに準備した食糧や地図、テントや寝袋などの物資はアティークが異空間に収納していた。これも神の力だろうかと考えたりもしたが、面倒なので李信は敢えて触れなかった。 「じゃあ俺達は行くぜ。Hope、それにみんな。ウルクを頼む」 アティークが返す返すも皆にウルクのことを頼んでいた。やはりこの世界における故郷であり、今や自分達の唯一の依代であるだけに不安はあるのだ。 「アティークちゃん、こっちは任せろ!アティークちゃんは聖典を手に入れることだけ考えればいい!」 「了解、敵が来たら射殺する」 「俺が北風で吹き飛ばしてやる。あ信教だろうが帝国だろうがな」 「マクドナルドをもう一回食うまでは死ねないからな」 Hope、射殺了解、冷暗双剣、ルルーがそれぞれアティークの言葉に応える。アティークは皆の返答を聞くと満足したような笑顔に変わり 「皆のその言葉が聞けて安心した!じゃあ言ってくるぜ!絶対強くなって、みんなを、世界を守る力を手に入れて帰ってくる!みんなが幸せになれる世界を築く為に!」 「ああ!行って来いアティークちゃん!」 アティークとHopeが握手を交わす。決して今生の別れの握手などではなく、また会おうと固い約束を交わす握手である。程なくしてアティークは前を向いて歩き出した。 「直江、言うのは2回目だがアティークちゃんを頼む」 「命に代えて、とまでは言えないが努力はしよう」 李信は伏し目がちな態度でHopeにそう応えると、4人に背を向けて歩き出した。遺跡の方向はウルクから見て南側に存在する。 しかしまだアティークも李信も知らなかった。遺跡でこそ、命を捨てねばならない戦いの運命が待ち受けていることに…。 アティークと李信はその日の朝から多少の休憩を挟みはしたが殆ど歩き続けた。気付けば時刻は午後の7時頃になっていた。2人が居るのはウルクから南へと進んだ砂漠地帯。オアシスも無ければ動物さえ居ない、昼は熱帯で夜は寒冷の非常に厳しい環境である。 「直江…そろそろ着くぞ。長かったがな」 「時間にして10時間…距離にして37km…。此処まで遠いとはな」 歩き続けてきたアティークや李信は肉体的な疲労が大きいのか息切れを起こしていた。神の代行者や死神と言えどもベースは生身の人間であり、身体能力が強化されていても体力が向上するわけではない。 「遠かったが…今俺達の目の前に見える洞窟の入り口…あれが古代遺跡への道だ直江」 「随分分かりやすい…。ずっと誰も中に入らなかったとは思えんな」 「厳しい環境と言うのもあるが、中にモンスターが居るとか、そもそも誰もアフラ・マズダーに関心のある能力者が居ないとか、色々あるだろうな」 「だが今日は疲れた。突入は明日にして今日は休むことを提案する」 「そうだな、俺もこのままでは体力がもたない。テントの準備をする。俺1人でやるから直江は適当にその辺で休んでろ」 アティークの動きは早かった。以前アティークは亡国の王子と呼ばれてまだ日が浅かった頃にエッグマンという謎の人物が開催した帰属未定地の開拓イベントに参加してキャンプ暮らしをHopeと共に行っていたことがある。その時の経験がこんなところで活きているのだ。 「直江、出来たぞ。飯食ってさっさと寝よう」 「ああ」 テキパキと作業を終えたアティークが先に寝袋を出してテントへ入っていく。李信は意外に大きく広いテントに内心少し感心しながらアティークに続いた。 「ほらよ直江、食糧だ」 アティークがそう言ってレーションやカロリーメイトを李信に投げ渡す。何処でこんなものを手に入れたのかと疑問に思ったりはしたがやはりそれを口に出すことはなく、受け取った物を箱や袋から出して口の中へ入れていく。 「済まんな直江、お前にだけ遺跡に付き合わせて」 「別にいい。ホスロウの話を聞いていたのは俺とお前だけだ」 今更ながら、厳しい気候の中で体力の少ない李信に此処まで付き合わせたのを少し申し訳なく思いアティークは謝罪の言葉を口にした。事実、李信はテントに入って座り込んでからも軽い息切れを起こしたり、目を半開きにしている。 「神の力を完全なものにすれば、もうこんな戦いの日々も終わらせることができる。俺は世界中の人間の為に戦いたいんだ」 「立派なことだな。俺はただ…いや、何でもない」 理想を語るアティークに何かを言いかけようとして李信は呑み込んだ。自分は地位保全の為に戦っているなど、アティークに言えばどうなるかは明白だった。 李信は食事を終えるとアティークに声を掛けることもなく早々に寝袋に入って眠り始めた。 「やはり直江は直江か。Hopeみたいに陽気な奴じゃないから寝るまでの話し相手にもなってくれない…。仕方ない、こいつはこいつだ」 アティークはそう呟きながらHopeとの旅の日々で思い出す。同じテントでキャンプ暮らしをしていた時も、Hopeとは毎日話題が尽きずに楽しく話していたものだと。どんなに疲れていてもである。 だがHopeは自分に次ぐ重要戦力。此処に連れて来てはウルクの守りが薄くなる。仕方ないと諦めてアティークも寝袋に入って眠りに落ちた。 翌朝、李信とアティークは目を覚まして食事を摂り再び出発した。もう遺跡への入口は目と鼻の先だった。 「此処が…そうか」 「直江、中には何が居るか、何があるか分からない。もしかしたらモンスターとかが居るかもしれない。いつでも戦闘に入れる準備はしておけよ」 「…心得た」 入口を前にしてアティークが李信に注意を促すと、李信は腰に差している鞘から斬魄刀を引き抜いた。アティークも真紅に輝くミスラの剣を鞘から抜剣して先頭切ってついに洞窟に入った。 「とは言ったが何も無いな」 入口から入って数十メートルも歩いてはいるが、何も現れる気配は無い。中は真っ暗というわけではなく、ほんのり明かりが差していて視界が効かないわけではない。幅も広く、歩きづらいわけでもなく、モンスターやらも現れてこない。 「これなら楽勝だな。俺の心配はどうやら杞憂だったな」 アティークがそう呟くと、洞窟の天井から炎を吐いてくるものがあった。アティークが気づく前に李信が咄嗟に《縛道の八十一 断空》を発動させて攻撃を阻み、指先から《虚閃》を放って対象を撃ち落とした。 「油断するなアティーク。自分でさっき言ったばかりだろう」 「すまんな、ん?こいつ…はぐれメタルか?」 李信に注意され、形ばかりの謝罪もそこそこに、アティークは撃ち落とされたモンスターを見遣る。観ると、銀色に輝く体を持ちながらも体には粘性があるような何かを感じる。 「ドラクエのはぐれメタルかよ。何でこんなところに…」 「まだまだモンスターは出てくるだろう。まあこの程度なら俺達の敵ではないが」 2人が少しまた歩いて進む。すると、通路の途中で幅が広くなった部屋状のエリアに出て、青色に輝く目を此方に向けてくる、全身に稲妻を纏った四つ脚の獣龍に出くわす。 「こいつはモンハンのジンオウガ!もうわけわかんねえ…な!」 アティークがミスラの剣の切っ先から巨大な火球を形成して飛ばす。だが、ジンオウガにはダメージどころか火傷痕の一つさえない。 「嘘だろ!?神の力がたかがモンハンのモンスターに!」 「このジンオウガ、何かおかしい。時々眼が赤く光る。それに神の一撃にも耐え得る異常な耐久力…そこから導き出される結論は…」 驚いているアティークの横で李信が分析しているところへジンオウガのツノから雷球がいくつも2人に向けて発射される。 アティークは咄嗟にプラヴァシの加護を自らの内より引き出して自身と李信に付与する。2人を聖霊プラヴァシの加護による光が包み、ジンオウガの雷球から身を守る。 「恐らくだがこいつは操られている。あの眼の赤い光がそうだ。そして…!」 李信が話している途中にジンオウガが四つ脚で全力で地を蹴り、爪に稲妻を帯びて飛び掛かってくる。李信は左に、アティークは左に跳んでそれぞれ攻撃を回避した。 「そして、何だ!?」 「この遺跡にあるアヴェスターの原典から成る神の力の一部を悪用している者が存在する!アティークの神の一撃で無傷だったのが根拠だ!」 2人はそれぞれジンオウガの巨体の左右から走り込み背後に回る。アティークは神の炎を纏った剣での斬撃でジンオウガの尻尾を根本から切断し、李信は背中の電気袋に攻撃を仕掛ける。 『破道の七十三 双蓮蒼火墜』 両手の掌から極太の蒼炎を射出して電気袋に直撃させる。が、李信が鬼道で攻撃した箇所のみ傷さえつかない。 「アティークに比べて俺では力不足か。ならば…!」 ジンオウガが李信の方を向き直り前脚を振り上げて稲妻を帯びた鋭爪を振り下ろしてくる。李信はそれを跳び退がって避け、斬魄刀に霊圧を込める。 『咆えろ 蛇尾丸』 斬魄刀を始解させると、幅広の片刃剣で、分割された刃節をワイヤーで繋いだいわゆる蛇腹剣の形状に変化する。 「喰らえ!」 李信が蛇尾丸を伸ばして投げつけるように刀身を飛ばしジンオウガの爪に当てるも流石に威力が足りずに、刃節は砕け散り刀身はバラバラになってしまう。 「直江!」 爪が振り下ろされる瞬間、アティークが割って入りミスラの剣で受け止める。しかしあまりの衝撃にアティークが踏んでいる地面に亀裂が入り、それが大きさを増していく。 「オラァ!」 アティークがミスラの剣に魔力を籠めて炎を放つと、ジンオウガの全身を業火が包み込む。神の業火に焼かれて洞窟中に響き渡るかのような悲鳴をジンオウガが上げている隙に李信は技を発動させた。 「隙を見せたな…『狒牙絶咬!』」 ジンオウガにより砕け散った蛇尾丸の刃節が一斉に宙に浮かび上がり、神の業火に焼かれて全身に大火傷を負ったジンオウガに突き立てる。 「火傷した箇所を狙った。これなら…」 が、ジンオウガの硬い皮膚は、蛇尾丸の刃節などまるで通さなかった。李信の攻撃は文字通り不発に終わったのだ。 李信の攻撃はジンオウガの怒りという名の火に油を注いだだけだった。ジンオウガは李信を左前脚のクローで切り裂き衝撃で突き飛ばすと、アティークを狙って前脚を振り上げてからののしかかりを仕掛けてくる。 「俺達はなァ…世界を救う為の大事な戦いをしてんだよ!お前みたいなモンスターと遊んでる暇はねえ!Hopeが…みんなが待ってるんだ!」 アティークは左手に黄金の剣を顕現させてミスラの剣との二刀流でジンオウガの右前脚を跳びながら切断する。仰け反って激しい悲鳴を上げるジンオウガにアティークはこう言った。 「これはゾロアスター教における中級神(ヤズド)の英雄神・ウルスラグナの剣だ!ヤズドの力…そして剣の斬れ味…お前で試させてもらう!」 怒りに身を任せて雷球を乱発してくるジンオウガだが、それら全てをアティークはミスラの剣とウルスラグナの黄金の剣で斬り裂き霧散させた。そして後ろからも… 『卍解』 李信が砕け散った蛇尾丸の一つ一つの刃節に遠隔から霊圧を籠めていた。霊圧を帯びた蛇尾丸の全ての部分が赤い霊圧を纒い輝いている。そして… 『双王蛇尾丸』 李信は卍解し、右腕には大蛇の骨を纏い枝刃を生やした刀「オロチ王」、左肩には強い腕力を持った巨大な狒狒の腕「狒狒王」を装着する。 「直江!無事だったか!」 「俺は不死だし超速再生もある。それより敵に集中しろアティーク」 アティークが僅かに後ろを見やり李信を気にかけるが、李信はそれを意に介さず双王蛇尾丸を手にジンオウガへと瞬歩で突っ込んでいく。 ジンオウガは残された左前脚に雷撃を纏いクローを仕掛けてくる。 『狒々王!』 李信は左腕の《狒々王》でジンオウガの前脚を簡単に受け止める。 『オロチ王!』 そして右腕の《オロチ王》から突き出た刀で受け止めている右前脚を斬り飛ばした。二つの前脚を失ったことで体勢を崩れ、ジンオウガは頭から地へ項垂れ落ちていく。 『双王蛇尾丸___蛇牙鉄炮』 ジンオウガの腹部を狙い《オロチ王》の刀を突き刺し、強力な霊圧を放って大穴を開ける。が、まだジンオウガは生き絶えてはおらず、暴れながらのたうち回り始める。李信は瞬歩で距離を取り攻撃を回避していた。 「今だ!やれアティーク!」 『アワタール!!』 アティークが神に見初められたと伝わる黄金の剣を持つ人間に変身していた。黄金の剣に風を、ミスラの剣に神の炎を纏い、跳び上がりジンオウガの背中に斬撃を振り下ろす。ジンオウガの体は炎と風の斬撃を受けて両断され、数秒悲鳴を上げた後に生き絶えた。 「やったなアティーク。お前の神の炎で火傷した状態のジンオウガでなければ俺のこの卍解の攻撃は通じなかった」 「いや、直江はいい隙を作ってくれた。しかし聖典から溢れる神の力を利用してモンスターを強化するとは…何と罰当たりな」 李信は卍解を、アティークもアワタールを解除して元の姿に戻っていた。互いを労う言葉を掛け合う。 「つまり、だ。この先にはほぼ間違いなく能力者が居る。それもアヴェスターの原典をも利用する力を持つ強力な能力者だ」 「考えたくねえが、そうなんだろうな。だがこっちも戦う覚悟はできてるんだ。俺はウルクや世界の為に前へ突き進むだけだ」 「そうだな。先へ進むか」 軽いやり取りの後、アティークを前衛に、李信はその後ろについて歩き出した。 暫くは普通の洞窟といった通路が続いていたが、ある程度歩き進むと、横長のほぼ長方形の通路に出て、恐らくゾロアスター教やザラシュトラに関するであろう壁画が彫刻は所々に施されている。時代を思わせるような造りで、壁となっている土の塊や煉瓦は見た印象ではやはり紀元前のものである。 「これぞ遺跡って感じだな。直江、俺ワクワクしてきたぞ」 「観光に来たわけじゃない。目的と置かれてる状況を忘れるなアティーク」 心情を吐露したところで李信から返ってくるのは素っ気ない返事。アティークは昨日と同じく思った。こいつはそういう奴だ、Hopeと来れたら楽しかっただろうな、と。 「悪いな、俺はHopeみたいにはなれない。生来陰気なんでな」 「いや、いいんだ。お前はお前だ。俺が悪かった」 李信に心を見透かされたアティークはバツが悪そうに表情を強張らせていた。李信とて誰に対してもこうなるわけではなく、仲が良い相手とはそれなりに話せる。しかし相手は数ヶ月前に殺し合いを演じたアティークなのだ。今は仲間だが、心の中でまだそういった感情が残っていた。 「アティーク」 「何だ?」 李信が足を止めて前を歩くアティークを呼び止める。 「前を見てみろ。この先恐らく広大なエリアに出る」 「…確かに」 李信に言われた通り、アティークの視界にはこの通路が終わって上下左右の果てが見えない場所への入口が広がっていた。 「広大な場所は戦闘に最適だ。つまり…」 「この先に敵は居る…そういうことか」 「そうだ」 「うん、行こう直江」 アティークが前に向き直り、再び歩き始める。李信もそれに続く。 「戦闘になる」。恐らくは非常に強力な能力者。それが2人の気を引き締めさせ、それぞれミスラの剣と斬魄刀を握る手に汗握らせていた。 アティークと李信は通路の出口、ひいては次の空間の入口を通過した。李信の言う通り、上下左右数百メートルはあろうかという広大な空間が2人の前には広がっていた。アフラ・マズダーやヤズド、アムシャスプンタ、ザラシュトラといったゾロアスター教に関するものの壁画や彫刻が巨大なサイズで施されている。 そして、無人である筈のその空間には所々松明が焚かれており、2人の視界をはっきりと照らしていた。2人は出入口から出てすぐの断崖の上に居る。断崖の下は円形の空洞であり、50メートル程下が地になっている。 「直江の言った通りだ。そしてこの篝火は…」 「敵の手によるものか、アフラ・マズダーの力によるものか」 アティークと李信の声が空間中に反響する。それを合図にアティークと李信の僅かな間に手裏剣が投げ込まれ壁に突き刺さる。 「誰だ!」 アティークが叫ぶ。反対側の断崖の上から手裏剣が飛来してきたのは分かっていた。しかし篝火が焚かれているとは言え、距離もある上に少々薄暗いことには変わりない。敵の正体を測りかねていると、敵の方からコツコツと足音を響かせ姿を晒してきた。 「よう、ウスラトンカチ共」 聞き覚えのある低い声。黒い髪、右目に赤い瞳、左目に薄紫の波紋状の瞳。その男が正体を現してから反応したのはアティークではなく李信だった。 「北条…貴様がアヴェスターを利用して…」 「いや、確かにジンオウガを写輪眼の幻術にかけて操ったのは俺だが力を与えたのは俺じゃない」 李信の問いに北条が不敵な笑みを浮かべながら答える。 「この更に奥に元凶が居るようだな」 「…どうだろうな?まあこの先にお前らを進ませる気は無いがな。直江、アティーク」 北条が真っ直ぐ2人を見据えている。此処から先は通さないという強い意志が表情からも感じられる。 「何故お前が此処に居る?新怪人協会はどうした」 「これから死ぬお前らに教えることなど何も無い。…行け!」 李信の3度目の問いに北条が答えることはなく、自身の背後に控えていたラージャンとティガレックスに命じて李信とアティークに襲い掛からせる。やはり幻術で操られており、その眼は赤い光を帯びていた。 「…ふんっ」 アティークがミスラの剣に炎を纏い振るうことで炎の斬撃を飛ばす。ラージャンもティガレックスも口の辺りで横真っ二つに斬り裂かれ、神の炎で焼き尽くされ消滅した。 「チッ…アヴェスターの原典で強化してもこれか…!」 北条が歯xU擇澆靴覆?蚋譴い討い襪箸海蹐罵クn蘓??魍?? 「行け、アティーク。こいつは…北条は俺が引き受ける。こいつには返さなければならない借りがあるしな」 「だが直江…!」 「早く行け。お前には目的がある筈だ」 「…すまん!此処は任せたぞ!」 李信に促されたアティークが神の加護による翼を現出させ羽ばたかせ、この空間の出口を目指して北条の上を飛び去っていく。 「逃げて良いとは言ってないぞ」 しかしそんなアティークを北条は黙って見過ごす筈がなかった。北条は飛び去っていくアティークに焦点を合わせて跳び上がり、その左手にチャクラを籠めて放電する手刀と為す。 『千鳥!』 《千鳥》がアティークに突き刺さるかどうかという距離まで迫ったその時、瞬歩で現れた李信が《外殻静血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン)》を展開して防いだ。その隙にアティークは出口に到達して先へ先へと走っていってしまった。 「追っても良いと 言ったか?」 「直江…貴様っ…!」 李信は北条の左手首を右手で掴んで勢いよく地面へと投げ飛ばした。墜落の衝撃で土煙が巻き起こる。 「俺達の因縁にカタをつけようぜ北条。一瞬で、終わらせる」 「一瞬で、終わらせるか…。面白い、一瞬で終わらせよう。直江、貴様の敗北でな」 地に降り立った李信と、投げ飛ばされて立ち上がった北条が睨み合う。 死神が忍を見据え、忍が死神を見据える。李信と北条。2人はこの世界における最大のライバル関係と言ってもいいだろう。過去に直接3度刃を交えたが、その都度戦いに乗せる思いや目的は違った。 そして4度目の対決___ 『 卍 解 ! ! 』 開幕からの卍解。李信にはもう、目の前の宿敵を倒すことしか考えられなかった。その意思が霊圧の濃さと開幕からの卍解という行為に現れていたのは明白だ。赤黒い霊圧が李信を包み込み、斬魄刀は鍔が卍型の漆黒の日本刀と化す。 『天鎖斬月』 「いきなり卍解か…」 北条も既に右眼の写輪眼を万華鏡写輪眼に変化させていた。黒い瞳の中に赤い紋様。血色の面が李信を捉える。鞘から《草薙剣》を引き抜き、《千鳥》を流して《草薙剣・千鳥刀》と化す。 李信は《瞬歩》で、北条は《瞬身の術》で姿を消し、互いに零距離で姿を現し刃を交える。天鎖斬月と草薙剣・千鳥刀が衝突し金属音を奏でた瞬間、この遺跡空間内の巨像が一つ吹き飛び、粉々に砕け散った。 「刀の一振りで地形が変わる…それが今の俺の力だ」 北条はニヤリと笑みを浮かべながらそう言うと、第二撃、第三撃と打ち込んでくる。李信は天鎖斬月でその全てを受け止め、受け止める度に遺跡内の像や壁、台が吹き飛んだり地面が抉れた。 『月牙天衝』 第三撃の鍔迫り合い。李信はこの状態から天鎖斬月に霊圧を籠めて月牙を零距離で放出した。が、北条は輪廻眼から天道の瞳術《神羅天征》を発動させる。が、李信は吹き飛ばされるどころかビクともしない。 「馬鹿な…神羅天征に耐えるだと…?」 月牙の一撃をその身に浴びた北条。と、思いきや北条は万華鏡写輪眼《神威》によるすり抜けで月牙を回避していた。 《神威》で李信を神威空間に吸い込もうと発動させるが、李信はその前に瞬歩で逃れ、後方に退がっていた。 (奴は神威で吸い込む瞬間に実体化する。だが今はその時ではない。もっと動揺し隙を見せた時に確実に奴を斬る) 李信がそう思案していると 『火遁・豪火滅却』 北条が両手で印を結び、口から火の海と言っても差し支えのない程の大量の火炎を空間内に吐き出す。 「…こんなもんかよ」 李信が天鎖斬月を一振りすると、豪火滅却により火炎は李信の周囲から吹き飛ばされて消えてしまった。 「…!」 北条が火遁を消し飛ばされて動揺しているところで李信は瞬歩で北条の背後を取り天鎖斬月を振るう。が、北条には避ける必要がない。李信の刃は北条の体をすり抜けてしまう。 「隙を見せたな!『神威』!」 李信の天鎖斬月による斬り込みを《神威》によるすり抜けでやり過ごした北条は、攻撃をスカされて無防備になった李信を神威空間に吸い込もうと《神威》を発動させる。 『月牙天衝』 李信にしてみれば隙を見せたのは北条の方だった。《神威》は対象を吸い込む瞬間に術者は実体化する。李信はわざと斬り込んで隙を自ら晒け出してこれを狙っていた。そして、黒い月牙を実体化した状態で受けた北条の体が斬撃と共に吹き飛ばされていく。 「…ゲホッ!カハッ!」 血を吐きながら断崖に背中から叩きつけられた北条が吐血しながら体勢を立て直す。輪廻眼の《餓鬼道》の力で月牙を吸収しつつ受けていたので致命傷には至らなかった。が、戦闘を維持するのに支障を来す傷でないわけではない。 そんな北条に息つく暇も与えず李信は《月牙天衝》を放つ。 「何度も喰らうと思うな!」 《瞬身の術》で回避した北条が李信の背後に回り込み《草薙剣・千鳥刀》を振りかざす。李信はそれに即座に反応し天鎖斬月で受け止めた。 「ふっ…」 「何がおかしい」 北条が何の脈絡も無く笑みを見せるので李信は問うて見せる。別にそこまで気になるようなことでもなかったが。 「強くなった気でいるのか直江。だが残念だったな。俺は久々に戦うお前の力を測っていただけに過ぎない。この俺がその気になれば…お前の斬魄刀は一振りで破片になる!」 そう言いながら北条が千鳥刀を再度横に払うように振ってくる。李信はそれを冷静に見据えると… 「!」 千鳥刀を、左手で受け止めた。千鳥が流れる北条の高速剣戟をである。 (躱したのなら解る…いや本来なら躱せる速度ですら無い筈だが…それでも躱したというならまだ解る。だが、受け止めた!?…この俺の…ガード不可の千鳥刀を…!) 「何を驚いてんだ?」 「!」 起こっている事態が信じられないといった、目を見開いた表情で驚いている北条に李信が挑発めいた言葉を投げかける。 「俺がお前の刀を受け止めたことがそんなに信じられねえか?…怖いか?自分の目の前で、自分が理解できねえことが起こるのは」 北条はそこまで李信に言われてから1度跳躍し李信から距離を取るように退がる。 「勝ち誇ったような口を利くなよ。今のはたまたまお前の力が瞬間的に上昇しただけの話だ。ならば…そのような奇跡など起こらぬよう…この眼で貴様を焼き尽くすだけだ!」 北条の左眼の輪廻眼…正確には輪廻写輪眼から血が溢れて流れ出す。そして… 『天照!』 北条の視界に捉えた李信は自身に黒炎が発火する前に《縛道の八十一 断空》を展開して防いで見せた。 「気がついてねえみたいだな。今のお前の力より、俺の力の方が上だ。巨像や地面を吹き飛ばしたのは俺の刀だ」 「…!」 「行くぜ、北条」 瞬歩で眼前に迫った李信の天鎖斬月が、北条を左肩から右腰にかけて袈裟斬りにした。鮮血が舞い、北条は呆然とする。 北条は自らの肩から腰にかけて流れる血を見て苦悶に表情を歪めて《瞬身の術》でそこから20mほど退がった。 「何で今、距離を取った?」 「…!」 李信から発せられた挑発とも言えるセリフ。北条はそれを言われ、目を見開き、何も考えることができなかった。 「距離を取ることに意味があるのは自分と同格以下の相手に対してのみだ。今俺より格下のお前はきちんと、間近で俺の動きを注視する必要があるんじゃねえか?」 「直江…あまり調子に乗らないことだ。俺にはまだ奥の手があるんだからな」 北条は苦し紛れとも取れなくもない言葉を李信に返すと、自然エネルギーを自らに取り込み仙術チャクラと化させ力を溜め込んでいく。 「これが…六道の力だ」 黒い勾玉が描かれた白い衣を全身に纏い、肌は黄緑色と化し、額には白い鉢金状の装甲にツノらしきものが二本生えていた。北条が六道の力を完全に解放した姿だ。 更に背後には9つの黒い求道玉が浮かび上がっている。 「六道か。ならば俺も今の力の全力で応えるとしよう」 李信は自らの左眼を覆う黒い眼帯を左手で取り外し、更にその手に霊圧を収束させて顔に翳し、虚の仮面を出現させる。 湧き出る膨大な霊圧が六道の力を解放した北条さえも怯ませ、威圧する。 「俺の霊圧に当てられてビビったか?」 「誰が!」 北条のその言葉を合図に戦闘は再開された。北条が六道の力で浮遊し李信に術を発動したのである。 『仙法・陰遁雷派!』 両手から無数に枝分かれする紫色の雷を李信に向けて放つ。雷は地面を伝い李信に迫ってきていた。 『破道の九十 黒棺』 地面を伝い迫り来るなら覆い隠して粉砕してしまえばいい。李信は鬼道による黒い直方体を同時にいくつも出現させ、北条の陰遁雷派を木っ端微塵に内部で粉砕する。 李信は黒棺で北条の陰遁雷派を押し包み、重力の奔流で押し潰し打ち砕く。小さく舌打ちし歯xU擇澆靴覆?號名鬚麓,僚僂鯣?阿垢覦?魴襪崕猗?貌?襦 千鳥。いや、ただの千鳥ではない。北条の左手から発現した千鳥はいつもの青白い稲妻ではなく黒き雷光。 「…仙術チャクラか」 李信は前世でNARUTOを見ていたから知っている。サスケが六道の陰の力を授けられて発現した仙術チャクラを籠めることで発動した黒い千鳥を。《黒き千鳥》《忌まわしき千鳥》《慟哭の千鳥》と呼ばれている。 草薙剣に《慟哭の千鳥》を流し、黒い千鳥を纏った千鳥刀と化す。李信は分かっていた。ここまで来れば接近戦を仕掛けてくると。しかし写輪眼を持つ北条に対して接近戦では少々分が悪い。 『月牙…天衝!』 天鎖斬月を振るい巨大な赤黒い斬撃を飛ばす。虚と死神の力が融合した強力な斬撃。一直線に、北条目掛けて飛来する。 『神羅天征』 輪廻眼による天道の瞳術。自分を中心に斥力を発生させて李信が放った月牙を弾き飛ばしてしまう。六道の力を行使することで瞳力が上がっていることは火を見るより明らかだった。 「何…だと…」 「行くぞ直江ェェェェェェ!!」 黒き千鳥を流した草薙剣を手に、北条は李信目掛けて地を蹴り駆け始める。このままでは接近戦に持ち込まれてしまう。 「聖唱(キルヒエンリート)…」 そう唱えた李信を中心に地面に光の柱に囲まれた巨大な魔法陣らしき結界が現れる。眩い滅却師(クインシー)の光により形成された結界。 が、北条は構わず李信が張った結界に足を踏み入れた。 『聖域礼賛(ザンクト・ツヴィンガー)』 原作の使用者曰く「神の光」が、結界に足を踏み入れた北条の全身目掛けて伸び、体を斬り裂こうと迫り来る。 「攻防一体の極大防御呪法だ。安易に敵の技を見くびって突っ込まないことだな」 李信は天鎖斬月を握っていない左手に滅却師(クインシー)の光を収束させ形成した大剣を発現させ。神の光に斬り裂かれようとしている北条目掛けて振り下ろした。 「さらばだ、北条」 しかし李信には見えていた。斬られようとしている筈の北条の口元が緩んでいたのを…。 北条の背後に浮遊している求道玉の内の一つが北条の頭上に移動し、一瞬で広がり北条自身を覆い隠す。すると、極大防御呪法による神の光も、李信が振り下ろした光の大剣も消滅してしまったのだ。 そして隙を見せた李信の胸に黒き千鳥を纏った北条の草薙剣が突き刺さる。そしてその先には…李信が自身の胸に埋め込んでいる崩玉があった。 「浅はかだな。崩玉を破壊できると思ったのか?」 李信はそう呟いて左手で北条の草薙剣を握っている左手首をがっしりと掴み取る。 「北条捕らえたり」 「…面白いな。捕らえてどうする?」 「一死以て大悪を誅す 『破道の九十六 一刀火葬』」 李信が自らの左腕を触媒とした犠牲破道を発動した瞬間に北条の口元が再び緩む。圧倒的に不利な状況であるにも関わらずである。おかしい。何かが。そう李信が感じた時には、李信の視界に収まっていた、刀身状の爆炎に包まれた筈の北条は既に丸太となっていた。 (変わり身の術か…) そして背後から李信の左胸に千鳥刀が突き刺される。鋼皮(イエロ)も静血装(ブルート・ヴェーネ)も貫通する、黒き稲妻を帯びた刀が。 「俺はこの世界の唯一の革命家となる。愚かな能力者共を抹殺し俺が頂点に君臨し世界を管理する。その地位に昇る資格を持つ強さを俺は今、証明する」 北条が力を入れることにより千鳥刀が更に深く突き刺さる。李信の傷口から見る見るうちに血が溢れ、流れ出てくる。 「…」 背後から千鳥刀を突き刺した北条に李信の表情は見えない。だが李信が苦悶する声も上げなければその気配さえない。北条は僅かな違和感を感じていた。 「…どうやら仮面の力も随分上手く扱えるようになったようだな直江。そうでなければ…そうでなければならない。弱い相手を試しても証明にはならない。それに…つまらないからな」 「仮面が割れたら…つまんねえだと?笑わせんな…!」 李信が自らの体を前に押し進める形で千鳥刀を引き抜き、振り向きざまに北条の胸部に月牙を帯びた斬撃を見舞う。鮮血が舞い、返り血が李信の仮面に付着する。 「てめえこそつまんねえからその六道モード解くんじゃねえぞ!」 北条が目を見開く。眼前に居るのは千鳥刀による刺し傷や犠牲破道による左腕の欠損さえ超速再生で回復し、仮面の向こうから鬼のような眼で自らを睨む李信だった。 李信の天鎖斬月と北条の千鳥刀が交錯する。剣戟の応酬が始まった。 写輪眼を有する北条の方が剣戟では圧倒するかに思われたが、李信も存外ついていけていた。何合交えても北条の刃が李信に届くことはない。 (大丈夫だ…!よく見ろ…!よく見るんだ…!) 一種の過集中。普段は剣術などからっきしの李信だが、宿敵北条との戦いということで感覚が研ぎ澄まされていた。そして北条の左手首を掴んで制止した李信に北条が足払いを入れる。受け身を取りながら着地した李信は立ち上がり際に月牙を放つ。 『餓鬼道 封術吸引』 月牙天衝を差し出した右手で吸収されてしまう。更に北条は術を発動する為に印を結ぶ。 『地爆天星』 空中に黒い球体が出現し、凄まじい引力を発生させて周囲の地面や岩、壁、台を取り込み押し固めていく。 李信は北条の《地爆天星》による強力な引力に引き寄せられて岩盤で形成された球体の中心に押し込められてしまった。 「お前はまだ六道の力の一部しか味わっていない…。その身に喰らって朽ち果てるがいい…。六道たる…超越者たる…この世界の真の革命者たる俺の力をな」 北条は李信を閉じ込め押し潰した岩や土による浮遊球体を見上げると両手で印を結び輪廻眼による瞳力を発動させる。 『地爆天星』 複数の、強大な引力を持つ黒い球体を瞳力で生み出して李信を閉じ込めた球体の他に、岩や地面を次々と押し固めた隕石状の巨体な球体を無数に、この洞窟空間内の天井に創り出す。 『天照』 左眼の輪廻眼…正確には輪廻写輪眼の瞳力で創り出した全ての隕石に黒炎を発火させ、黒炎を纏う隕石と化させた。 『天涯流星』 そして黒炎を纏う隕石を、李信を閉じ込め押し潰した隕石に一斉に降り注がせる。次々と隕石に隕石が衝突する轟音とミシミシと亀裂が入る音が混じり合い、響き合う。隕石の破片が絶え間無く地上に落ちて行く。 そして、李信が居る隕石は衝撃と黒炎により押し潰された…かに思われた。 が、北条は未だ感じていた。決して消えることのない李信の重く、濃い霊圧を。 「しぶとい…」 北条は小さく歯xU擇澆靴拭O仔擦領呂魄覆辰討靴討眦櫃靴?譴覆ぁ⇒クn蘓箸いγ砲里靴屬箸気板戝里譴摸呂法 李信を押し込め、潰した筈の黒炎を纏った隕石の数々はその他ならぬ李信の《月牙天衝》で斬り裂かれ、重力に引き寄せられて隕石であった破片の数々が地面に吸い寄せられるように落下し、「地理も積もれば山となる」を現出したかのように不揃いな形の岩山を形成していく。 「熱いな…ジリジリと身を焼かれているのを感じる」 月牙で全ての隕石を粉微塵に砕いて脱出した李信だったが、自らの左腕や左肩に《天照》による黒炎が発火していることに気がついた。 「熱いか。だがそう恐れなくていい。俺がその地獄の業火に焼かれて果てる前に…今すぐにお前を消し去ってやる」 李信の呟きを聞いた北条はそう言って自らの背後にある求道玉の一つを宙高く浮遊させて徐々に巨大化させていく。 《求道玉》は火遁、風遁、雷遁、土遁、水遁、陽遁、陰遁全ての性質を持ち、触れたもの全てを文字通り抹消する力を持つ。その求道玉を膨張させることで李信を消し去ろうという魂胆だった。 そして自身は《神威》によるすり抜けで膨張求道玉による消滅を免れる。膨張を続ける求道玉がやがてこの洞窟空間内に満ち、天井は抉られ、太陽光がさすところとなった時… 李信の存在は北条から視認出来なくなっていた。 …そう、本当にこの求道玉によって李信が消されたのならば感じられなくなるのは視覚による存在の認知だけだった。 だが、彼の霊圧はまだ残っていた。残っていたのだ。 「まさか…この力を使うことになろうとは」 膨張求道玉はその一言と共に跡形も無く消し去られた。 李信はついに今まで殆ど使わなかった切り札を発動させた。 能力の名は《全知全能(ジ・オールマイティ)》。滅却師(クインシー)の力でも最上位に位置する聖文字(シュリフト)「A」の力。 「触れたもの全てを消し去る求道玉を逆に消し去っただと?」 自身の切り札とも言うべき術を完全に消し去られた北条の如何ともし難い表情が、自らが優位に立った証明と受け取り内心でほくそ笑む李信。 「もう一切の手加減はしない。お前がうちはマダラやカグヤになるのなら俺はユーハバッハの力を使う。…だが…お前が初めてだ。俺にここまでやらせたのはな」 李信の顔を覆っていた虚(ホロウ)の仮面が消えている。右手に握り締めている天鎖斬月からは今まで以上に黒く禍々しい霊圧が噴き出している。 「終わりだ。俺の未来に貴様は不要だ北条」 未来。全知全能の力において意のままに変えることができる時間。李信は自らが見通せる全ての未来において北条の生存を否定し、死を与えた。 「最初からこれを使っていれば良かったか。少々力を使い過ぎた…!?」 語尾が口から紡げない。いつのまにか自らの右胸に刺された放電している刃が暗に伝えてくる。 「俺が死ぬ未来だと?だったら今後ろからお前を刺している俺は一体何だ?」 「馬鹿な…!貴様が生き延びる未来は全て改変した筈…」 北条が李信の右胸から千鳥刀を引き抜く。李信はそのまま吐血しながら重力に吸い込まれるかのように地に落下していく。 (《イザナギ》。己の写輪眼を媒介、そして犠牲にすることで発動するうちはの禁術…。死を含めた自身に不利な出来事を夢に書き換える、己自身にかける究極幻術) 北条が包帯で覆い隠していた右腕が露わになる。そこにはあと4つ程開いている、はめ込まれた写輪眼があった。 「成る程…。イザナギか。それで俺の全知全能を退けたわけか。だが北条、イザナギには制限時間がある筈だ。最早貴様に時間は残されていない」 「そっちこそ相当消耗しているようだな…そろそろ決着をつけてやる。『須佐能乎』!」 瓦礫の山となった洞窟内に落下した李信が浮遊、地上に戻ってくるのを視認した北条は万華鏡写輪眼と輪廻写輪眼の瞳力で半透明の紫色の巨大な鎧武者《須佐能乎》を顕現させ自身を覆わせて攻防一体の体制となる。 「…面白い」 李信の顔や全身を無数の眼が浮かび上がっている黒い影が覆った。右手には天鎖斬月を、左手には光の大剣を握っている。 睨み合いは数秒だった。先に動いたのは北条だった。北条の須佐能乎が弓に矢をつがえて三発連続で李信目掛けて発射してくる。 『大聖弓(ザンクト・ボーゲン)』 自身の背後に巨大な光の矢を複数出現させてそれを放つことで北条の須佐能乎から放たれた矢を迎撃する。それぞれの矢が空中でぶつかり合い、威力は互角と言わんばかりに弾け飛ぶ。 (矢では力不足か) 北条の須佐能乎が、二足歩行の完成体となりその両手に大振りの太刀を顕現させる。背中に生えた2枚の翼で飛行、太刀を振りかざしながら李信目掛けて接近していく。 『外殻静血装(ブルート・ヴェーネ・アンハーベン)』 《静血装(ブルート・ヴェーネ)》を体外にまで拡張させることで自身を覆うドーム型の障壁と為し、須佐能乎の太刀による斬撃を防ぐ。同時に、須佐能乎の内部から攻撃を発動し粉砕してしまった。 「!?」 この技は触れた対象を侵食し、体内から攻撃を仕掛けることが出来る。李信は接近戦を仕掛けてくる北条の攻撃を逆に利用したのだ。 そして、完全に無防備になった北条の首筋に李信の天鎖斬月が振るわれる。黒い月牙が発生すると共に北条の首は宙に舞う。しかし北条は切り離された首も、首から下もその場から消える。 「…」 北条の姿を見失う。頭上からバチバチという稲妻が走る音が耳を劈いたのはその数瞬後だった。 「燃え尽きろ!」 完成体須佐能乎の左腕は千鳥と天照の黒炎を纏い、掌には螺旋丸を形成していた。だが、それに気づいた李信は視線を須佐能乎ではなく「北条自身」に向けていた。 頭上から《千鳥》《螺旋丸》《天照》の合わせ技で攻撃を仕掛けてきた北条の《完成体須佐能乎》を光剣と天鎖斬月の二刀流で食い止める李信。上を取っている須佐能乎に押しまくられ落下する。着地と同時に両者の力が膨張し盛大に弾け、ドーム型の大爆発を起こす。 (ようやく二つ目か…) 李信は頭上から猛攻を仕掛けてくる北条の右腕を確認していた。その時の記憶を冷静に脳内に呼び起こす。北条の右腕の写輪眼は残り二つ。二つのみがまだ光を失っていない写輪眼だった。 (イザナギを使えなくなった時…それが貴様の最期だ北条…。だが霊力を使い過ぎたな…もう少しもたせねば…!) 勝利条件と敗北条件の確認。此処で北条を討ち、因縁に終止符をつけ、アティークに聖典を取らせる。それが李信が再び表舞台に返り咲く唯一の手段であると信じて疑わなかった。そして、このような重要な戦いで全力を出すのを惜しむ理由は何処にも無い。 「!」 爆発により巻き起こった砂煙の向こうから突如《千鳥鋭槍》が伸びてくる。李信はそれを見抜き右に体を逸らして回避すると、その方向に『月牙天衝』を飛ばす。 手応えは無い。ならば次の攻撃だ、と李信は《大聖弓(ザンクト・ボーゲン)》を発射する。 (避けられたか…) これも手応えは無い。回避されたことを悟った李信は守りを固める為に後ろへ跳び退がる。だが着地する瞬間に北条の須佐能乎が《八坂ノ勾玉》を複数飛ばしてきた。 (着地を狙ってきたか…小賢しい奴め) 李信は光剣で八坂ノ勾玉を弾き飛ばす。そして天鎖斬月による卍解を、斬月による始解を順に解除して元の斬魄刀に戻す。 「俺の読みが正しければ奴の右腕の写輪眼は残り一つ…!決着をつける…」 砂煙を須佐能乎の太刀の一振りで振り払った北条だが、何故かその数瞬後に須佐能乎は消えていた。李信がすかさず光剣と斬魄刀を両手に北条に斬りかかる。 「神羅…ウッ…!」 輪廻眼の瞳術《神羅天征》を発動出来ない。北条は違和感を感じるのと同時にその輪廻眼に走った痛みの意味を探した。だが、そこに李信の光剣が振り下ろされる。 「!」 北条を袈裟斬りに、真っ二つに斬り裂くもまだ写輪眼は残っていた。《イザナギ》を発動させた北条が李信の背後を取る。 李信はそれに気付き斬魄刀で千鳥刀を受け止めた。北条の右腕の写輪眼は残り一つ。李信はしっかりと確認した上で (そろそろ仕掛けるか) と心中で呟く。 北条のチャクラは無尽蔵。確かにそうだった。だが、今まさに彼のチャクラは尽きようとしていた。何故か? 李信は《全知全能(ジ・オールマイティ)》で北条に仕掛けたことがある。それが「未来改変による北条のチャクラ無限の制限」である。 強力な瞳力を持つイザナギの効力に耐え得るレベルで李信ができた精一杯の抵抗だが、これが北条を追い詰めた。 そしてそれを北条も実感していた。消える《須佐能乎》、不発に終わる《神羅天征》…。李信に何か仕掛けられたのは明らかだった。イザナギを発動している右腕の写輪眼は残り一つ、更にチャクラも残り僅か。 北条も李信と同じく決着の時が来たことを感じ取り刀を鞘にしまい、左手から千鳥を槍状に伸ばした《千鳥鋭槍》を形成する。 「貴様のエゴの為に何人の命を奪ってきた!」 李信が光剣を突き出すようにして北条目掛けて駆けてくる。 「その手を下したのは穢土転生体達だ」 北条も千鳥鋭槍を手に李信目掛けて接近していく。 「お前がそうさせた!」 「…」 北条の返答に対して憤る李信が至近距離まで北条と近づくと光剣を突き出し胸を貫く。北条も無言で、千鳥鋭槍で李信の右胸を貫く。 両者共に霊力もチャクラも使い果たし、激しい息切れを起こしながら喀血していた。2人の口元から、傷口から溢れ出てくる血が、砂漠の大地の砂を赤く染めていく。そんな中で北条の口元が綻んでいるのを李信は見逃さなかった。北条が綻ばせた口を開く。 「早過ぎたな…。眼はまだ開いている」 北条の右腕の写輪眼の最後の一つはまだ開いていた。それが何を意味するかは李信にも分かっていた。イザナギが発動している限りは例え相討ちでも北条の勝ちになる。 「貴様は俺の写輪眼を攻略した気なのかもしれんが…やはり貴様にそんな能は無かったか。あの世で悔やみ続けるがいい」 だがそう言い放った後に北条は違和感を感じる。右腕の写輪眼は開いている筈なのに《イザナギ》が発動しないのである。 「どういう…ことだ…!イザナギが起動しないだと…!」 「…ハァ…ハァ…!今頃気付いたか、馬鹿め」 李信の口元が北条以上に緩んでいた。それは紛れもなく勝利を確信した者の笑み。 「相手を幻術にかける力を持つのが自分だけだと思うなよ」 李信が投げた言葉の意味を北条はすぐに理解した。そう、李信が右手に持っていた斬魄刀のことだった。何故卍解も始解も解いた通常形態の斬魄刀を鞘に納めず手に持ちながら戦闘していたのか。その意味を。 『砕けろ 鏡花水月』 李信が解号を口にすると共に、《完全催眠》が解かれる。北条は初めて自らの正確な状態をその眼で認知することとなった。 「やはり…!小賢しい真似を…!」 右腕の写輪眼は既に閉じていた。李信の《鏡花水月》による完全催眠で写輪眼が開いているように錯覚させられていたのだ。 「イザナギ…確かに強力な術だが分かりやすい。事実、貴様は右腕の写輪眼を常に眼で見て確認していた。欺くのは容易かった」 李信が光剣を北条の胸から引き抜く。北条もチャクラが尽き、李信を貫いていた千鳥鋭槍は消え失せた。 「ぐああああああああああ!!」 光剣で刺されていた場所から止め処なく血が溢れ、流れていく。血を吐く量もますます増えていく。北条の意識は数瞬後に閉ざされ、俯せに倒れていった。 「勝った…!と、言いたいところだが…」 しかし李信も重傷だった。更に力はとっくに使い果たし、光剣も無数の光の残滓に変わりやがて消える。それは李信の戦闘不能を意味していた。 「引き分け…か。俺…も…限界…」 霊力を使い果たし、重傷を負い、極度に披露していた李信も意識を保つことが出来ずにその場に俯せに倒れた。 意識を失い熱帯気候砂漠に横たわる2人の体に、容赦無く太陽が照りつけていた。 李信と北条の戦いが終わったのを感じ取っていた男が1人居た。亡国の王子ことアティークは激しい戦いによる音が洞窟内に全く響かなくなったのを感じていた。 「直江…どうなったんだ…」 アティークが心配しているのは李信自身の安否も勿論だが、それ以上に戦いの勝敗と北条の状態だった。李信のことだ、仮に負けても北条にアティークを負わせる力は残さないだろう。だが万一ということもあり得る。遺跡の最奥部に居る者とは恐らく戦いになる。ならば北条に魔力を割きたくないと考えるのは自然だった。 「いや、駄目だな俺は。あいつは一応仲間だ。王になるなら仲間を信じなければ」 無理矢理自分に言い聞かせてアティークは先を急ぐ。この延々と続く狭くて細い通路をあとどのくらい進めば辿り着けるか、など全てを頭から取り払う。 「そうだ…俺が王になるんだ。俺が世界を導くんだ。その為にHopeは笑って街に残ってくれた。その為に直江は北条の相手を引き受けてくれた。俺はそれに応えなければならない…」 そんな独り言を呟いていると、少し広い空間に出る。50メートル四方といったこの空間の中央でアティークを待ち構えていたのは、漆黒の体毛に覆われ、鋭い爪や牙、黄色の眼光を持つ竜だった。 「手応えの無い歓迎だな」 アティークはそう吐き捨てると自ら念じることでその黒竜…ナルガクルガを一瞬にして焼き尽くし灰と為した。 「先を急ぐか」 それからまた20分程ひたすら歩いた。アティークは思った。ダンジョンであるにも関わらず、ただ距離が長いだけで大した障害が無いと。 「この分ならすぐに聖典を手に入れられそうだ…最奥部にヤバいのが居ない限りはな」 見えてくる通路の出口。その先に待っているものとは…!?