第一の主人公でありながら本編において碌な活躍も無く、第二部特に凪鞘編ではあまり出番が無い李信。 戦歴はエイジスや北条に負け、戦績では水素の足下にも及ばず。 「こいつが居なければどうなっていたか」という場面はアティークの封印くらい。 そんな二次元に行っても落ちこぼれの主人公・李信の知られざる物語が今、始まる。 卍 解 ! ! 時は移り変わり、凪鞘を倒し世界に平和が訪れた後。これは幕間の話である。 読者の皆様は覚えているだろうか?「この物語の主人公は誰なのか」ということを。 氷河期?確かにそうだ。水素?確かにそうだ。北条?確かにそうだ。この3人は出番も多く活躍も目覚ましい。 …だが1人、忘れられている男が居る。そもそも、この物語はこの男が異世界に転生したことから始まったのだ。この男を中心に物語は進んでいる筈だった。 李信。引き篭もりニートだったところを親に殺処分され二次元に転生した男。憧れのBLEACHの能力を全て手に入れた。現実では個体値が全て逆Vだった分、二次元では憧れの力を手に入れたのだ。 しかし蓋を開けてみればどうだろうか。彼は憧れの力で無双出来たか?彼女を作れたか?世界平和に貢献したか?強敵をなぎ倒して来たか? 答えは全てノーだ。落ちこぼれは二次元に行っても落ちこぼれだった。 強力な力を手に入れたにも関わらず成果を出せない。それは微妙な能力で頑張っている人間よりダサい。 そんな主人公・李信の活躍がようやく(?)見れるのがこの外伝である。 さて、前置きはこのくらいにして次のレスから物語を始めよう。李信よ、今度こそ解き放て!魂の卍解を! ある日のことである。李信の帝都にある屋敷を訪問してくる者があった。 「こんな早くから誰だよ俺は眠いんだよタコが」 インターホンが鳴り続ける。眠い目を擦ってぶつくさ言いながら寝室を出るのだが、時刻は既に9時を過ぎていた。 「誰だよったく…」」 李信が不機嫌なままドアを乱暴に開ける。そこに立っていたのは氷河期だった。 「直江氏まだ寝てたのか?もう9時だぞ?」 李信が寝間着であるジャージ姿なので氷河期はさっきまで李信が寝ていたのを察したようだ。 「氷河期さんか…。俺の中じゃ9時は早朝だ…。で、なんか用?」 「いや、ちょっと爺さんから直江氏を呼んでくるように頼まれてな」 「誰だよ爺さんって」 「俺がこの世界に来てから知り合った爺さんだ。まあ俺とは長い付き合いでな。その爺さんが直江氏に用があるようだ」 「用があるならそっちから来いバーカって伝えといて。じゃ、俺は二度寝するから」 李信はそう言ってドアを閉めようとすると… 「稼ぐチャンスだぞ」 「は?」 「ひょっとしたら数億とか手に入るかもな」 「何の話だ?」 氷河期はドアに手をかけて閉めるのを阻止しながら言う。 「あの爺さん、儲け話は結構持ってくるからな」 「…騙されたと思って付き合ってやる。だが下らない話なら即座に帰らせてもらう」 李信は文字通り騙されたと思って氷河期について行くことにした。氷河期は李信のそのセリフには触れずにさっさと着替えて来いと催促した。 爺さん(とレイン)の家 「爺さん、直江氏…じゃなくて李信さんを連れて来たぞ」 氷河期が李信を伴い都の一角に構えられている木造の二階建ての家を訪ねて来ていた。内装は天井に大きなプロペラやお洒落なインテリアが備え付けられており、見栄えは結構良い。広さは100坪といったところか。一階から二階は吹き抜けになっている。 「おお!来たか!エイジスもご苦労!おぬしが噂のニンジンだな?」 爺さんは李信の姿を見るなり目を輝かせてジェスチャーで居間の木製椅子に腰掛けるように促す。 「ニンジン?俺は李信だ。用があるっていうからわざわざ来てやった。用件を聞こうか」 「異世界人の名前は覚えにくくてな…。にしてもおぬし、歳上に対する礼儀ってもんを知らんようじゃな。何じゃその態度は」 爺さんは李信に対してついつい高圧的な態度に出る。 「呼び出したのはそっちだ。説教するなら帰るぞ」 「まったく近頃の若者は…まあいい、まずは自己紹介からじゃ。ワシはエイジスとは古い付き合いで孫がエイジスの喫茶店で働いている。レオン・ヴァントニルというものじゃ」 爺さんは李信が怒って帰るのはまずいと思ったのか、説教をやめてまず自己紹介から始める。 「元グリーン王国軍第二軍長兼軍師参謀、現ポケガイ帝国軍第一軍長の李信、又の名を直江山城守兼続…まあどちらか好きな方で呼べ。みんなは大体直江と呼ぶ」 李信も初対面なので一応名乗り返す。 「で、ニンジン。本題に入ろうか」 「ジジイ、俺の斬魄刀の錆にしてやろうか?」 名乗ったばかりだというのに間違えたまま呼んでくるので流石に李信もカチンときたようだ。 「冗談じゃよ。まったく噂通りキレやすい男みたいじゃな。今日おぬしを呼んだ理由は三つある。一つは一儲けする為におぬしのこれまでの話や能力のことを直に聞きたい。二つ目はおぬしにエイジスの真実を話したい。三つ目はワシの孫含むエイジスに所縁のある者達と和解して欲しい」 爺さん…レオンが提示した3つの用件を聞いた李信は少し考える素振りを見せると 「二つ目の用件までは分かった。だが最後のは…お前の話次第だ、レオン」 と、ニコリともせずに返事する。因みに李信は営業スマイルが嫌いである。理由?散々これを駆使したにも関わらず面接で落とされまくった苦い思い出があるからだ。 面接では笑顔とハキハキと話すことが大事とよく言われているが、やはり学歴と、気の利いたことが言えるかどうかが問題なのだと李信は学んでいた。まあ、李信にはどちらも無いのだが。 「ニンジ…じゃなかった、李信。おぬし本当にエイジスの仲間か?エイジスは人当たりも良くワシにも敬語を一応使い、美少女にモテモテだというのに…。おぬしは礼儀もなっとらんし女っ気も無い。陰気で陰鬱で根暗…エイジスとな正反対じゃな。エイジスの友人だとは思えん」 「………。」 嫌味なジジイだ。今すぐ月牙天衝で殺してやろうかとも一瞬思ったが、これでも氷河期の知己だと思い直してその考えを取り止めた。 「おぬしもエイジスと同じ異世界から来た人間というが、異世界ではシュウカツというものがあるそうじゃな。仕事探しをする活動のことを指すそうな。おぬしはそれに見事に失敗したらしいな。ま、おぬしの人となりを見れば分かる。とてもおぬしが他人に好感を持たれる人間には見えん」 「氷河期さん、余計なことを身内に話すな」 氷河期が色々自分について話したんだろうと察した李信は氷河期の方を向いて睨むが氷河期は気づかないふりをしてキッチンでコーヒーを淹れている。 「あと李信。いいことを教えてやろう。これは人生の大先輩からの教えだと思って素直に聞け」 「…何だ」 散々扱き下ろされた李信は結構苛立っていたがレオンの言ってることがあながち間違いではないだけに反論は出来ない。氷河期の顔を立てる為にも、もう暫く短気を起こさず付き合うことにした。 「人間的魅力が無い者はなにをしても上手くいかない。そう、おぬしにはオスとしての魅力が全く無い。おぬし、童貞じゃろ?」 「は?」 いきなり何を言い出すんだこのジジイはと言わんばかりの顔を浮かべる。 「図星じゃろ」 「否定はしない。だがそれが何だ?」 「魅力の無い男は恋人も職も得られないということじゃ。面接官も女も同じじゃ。相手を口説き落とさなければ望む者は得られんぞ。ワシなんて数え切れない程の女を口説き落としてきた」 「…喧しい。与太話するだけなら帰るぞ。お前が氷河期さんの知己だと言うから大目に見てやっているだけだ。力の差を思い知らせてやってもいいんだぞ?」 やはり短気な李信は思い直しても数分後には忘れるらしい。斬魄刀の柄に手をかけている。 「それに今はこの国の将軍だ。これでもクワッタの戦いやスカグル戦では戦果を挙げている」 李信は柄から手を離す。 「おお、すまんすまん!そうじゃったわ!おぬしのこれまで経緯や能力について話を聞かせてくれ」 レオンは本題をやっと思い出したかのような様子を演じて李信の怒りを逸らそうとする。 「ようやくか。あれは今から2年前…いや、3年前だったか…。まあいい、俺にとってはつい昨日の出来事だ。俺には数十通りの名前があるから何と呼べばいいか…。まあ此処は李信でいいだろう」 因みに数十通りの名前とはポケガイで名乗った半値の数である。ともかく、李信はゆっくりと語り始めた。 2年前 現実世界 日本 埼玉県のとある市内 李信の部屋 「そんな学歴で大丈夫か?」 「大丈夫だ、問題ない」 李信は関東地方にある低偏差値大学「穢腐乱大学」に通う大学生だった。休日のある日、久しぶりにリア友である琢蔵と自室で3DSのポケモンで遊んでいた。因みに2人で直接会っているのにそれぞれレーティング対戦で遊んでいる。因みに琢蔵は中堅私大の「中ノ上大学」の学生であり、李信とは格が違う。 そんな中、琢蔵はふと就活のことを話題に出していた。もう少しでレート2000の大台に乗るという時に相手のメガリザードンXのフレアドライブか急所に当たって負けたので気分を落ち着かせる為に休憩していた。 「でも就活って学歴フィルターヤバいらしいぞ」 「そんなの大企業だけだろ。大学さえ出れば仕事はあるだろ。それよりお前、パーティ組み直せば?貴重なメガ枠をフーディンなんかに使ってるからレート2000帯に勝てないんだよ」 就活の話題は底辺大学に通う李信にとってはあまり面白い話題ではなかった。なので即座に話題を変える。 「フーディンは俺の魂なんだよ!フーディン使わないで勝っても意味がねえ。見てろよ今度こそレート2000に乗ってやる!」 琢蔵が3DSを再び手にとってレーティングバトルを再開する。余談だが琢蔵はフーディンが大好きであり、ピカチュウ版の時代からずっとフーディンをパーティに入れている。 「だがフーディン使って1900台だもんな、すげえわお前」 「お前は厨ポケばかりなのに1700台だもんな(笑)メガボーマンダとかクレセリアとかテンプレじゃねえか。もっと自分で考えろよ」 「…あ、また負けたわ。ふざけんなマジで死ねよオニゴーリ」 李信はオニゴーリで運ゲーを仕掛けてきた相手に憤っている。どうやらまた負けたようだ。確かに琢蔵の言う通り、李信はテンプレを真似ているだけだった。 「つかやべえよ次負けたら1600台になっちまう!」 「プッ(笑)1600(笑)あ、気合い球外してんじゃねえよ畜生!あ、ラッキー相手も大文字外してくれたわwよし行け!今度こそ気合い球当てろ!よし!よし!勝ったァ!レート2000だああああああ!!」 見事に李信と琢蔵の実力の対比がセリフになって現れていた。 しかし、ポケモンで負けることなど大したことはない。就活で負ければ人生が終わる。李信はそれをこれから思い知らされることになる。 それから数ヶ月後… 李信にとって一生消えないトラウマを刻みつけるイベント…そう、就活が始まった。Fラン大学という重いハンデを背負って。 「まずは自己紹介をお願いします」 東京の従業員200人居るか居ないかくらいのとある中小企業での面接。李信は此処で現実を思い知ることになるのだ。 面接官は30歳くらいの眼鏡をかけた男性で、ニコリともしない常に真顔で見つめてくる。緊張するし精神的に威圧されるのでニコっとくらい笑って欲しいものだが。 「穢腐乱大学から参りました、李信と申します。本日はよろしくお願い致します」 李信は第一印象が大事と指導されていたことを思い出し、割と大きな声でハキハキと話すことに努めようとしていた。面接の練習もしたのでぬかりはない。 「えー、穢腐乱大学の李信さんですね。自己PRを1分程でお願いします」 「はい、私は~(省略)」 想定していた定番の質問だ。スラスラと殆どつっかえることなく笑顔を意識して答える。こんなものは朝飯前だ。大したことはない。 「ありがとうございます。では、学生時代取り組んだことを教えて下さい」 「はい、私は部活動にて(以下略)」 実際、学生時代など何もしない。ただ毎日ゲームしたりネットサーフィンしたり好きな戦国時代の本を読んだりアニメ見たり漫画を読んでいたり…そんな生活を送ってきただけである。つまり、部活経験など捏造だ。就活に備えて捏造エピソードを作り出してアピールするのである。それも、突っ込まれてもいいように念入りに。 「ありがとうございます。では李信さんの志望動機を教えて下さい」 相変わらず表情を変えずに真顔で聞いてくる。こっちだって緊張しているのだからそんな態度で来られると正直キツいのだが 「はい。私は~(以下略)」 まあ、考えてきた答えを話すだけだ。問題無い。履歴書のまんまだと自分の言葉で話して下さいと突っ込まれるので多少言葉を変えて答える。 「今までで一番悔しかった経験を教えて下さい」 「はい、(以下略)」 また捏造した部活動での体験を話す。フッ、隙など無い。 「あのー、先程から部活動の話が多いのですが他に無いんですか?」 「えっ…?」 「いや、部活動だけじゃなくてもっとあるでしょう。大学生活4年間もあったんだから。他のエピソードから具体的に教えて下さい」 「いや…その…」 は?何を言ってるんだこの面接官は。あるわけないだろそんなもの。求めるもの多過ぎだろ。大学生がみんなコミュ強でフットワークが軽くて多彩な経験積んでるとでも思ってんのか?これ以上を求めるのか?一つで十分だろうが。 「はぁ…分かりました。結果は近日中に連絡します」 明らかに聞こえるため息をついた面接官のセリフで面接は終了した。李信は殺意を覚えたがグッと堪えて退室する。 2日後、携帯に届いたのはやはりお祈りメールだった。 後で判明したのだが、従業員200人もいかないような中小企業で、別にトップクラスのシェアを占めているわけでもない無名企業であるにも関わらず、李信の他にこの企業を受けていたのはFランレベルももちろん居たが、何故かMARCHレベルの高学歴がわんさか居たのだ。 「どういうこった?あんな中小企業に何でMARCHレベルの高学歴が沢山受けに来るんだ?」 因みにMARCHというのは明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学の頭文字を取ってつけた東京にある偏差値60前後の私立大学群の総称である。2ちゃんねるではMARCHはFランだの、MARCHなんて大したことないだのとよく言われているが、偏差値60前後はある高レベルの大学であり、決して簡単に入れるわけではない。 そんな高レベルの大学の連中が受ける企業ではないだろと疑問に思うのは当然で、こんな中小企業を受けに来るのはせいぜい良くてニッコマくらいだろうと思っていた。 そして、今度は従業員150人前後の企業の説明会に足を運ぶ。 東京都 某所 ◯◯株式会社 説明会 会場と書かれた案内板に従い会場に入る。別に上場もしていない無名の中小企業だ。しかし… 説明会に足を運んだ李信の前には数十人規模の長蛇の列が。 (おいおい、これ倍率何倍だよ。こんな倍率の中面接を3回も突破するなんて無理ゲー過ぎるだろ。俺はそんな優秀じゃねえぞ?) しかも、受付の人間に大学名と氏名を名乗るのだが、前の連中の名乗りを聞いていると耳を疑うようなセリフが数々… 「立教大学から参りました、池面男です」 「明治大学から参りました、田井育海です」 「早稲田大学から参りました、話巧太です」 「立教大学から参りました、江井御出来太郎です」 (は?MARCHがこんなに来てるだけでもおかしいのにその上早稲田だと?どうなってやがるんだ…。ここ中小企業だよな?上場してないよな?シェアも大してないよな?俺ちゃんとホームページも四季報も見たぞ?!) 信じられない光景を見せつけられている内に李信の番がやってきた。 「穢腐乱大学から参りました、李信です」 (うわ、高学歴ばっかじゃねえかよ恥ずかしくて大学名言いたくねえ…クソが…) 「はい、李信さんですね。あちらのお席にどうぞ」 「はい。ありがとうございます」 マナーに乗っ取り会釈してそう言い放った後、指定された席につく。真ん中より少し前くらいの位置の席である。 席に着き、テーブルに置かれていた会社案内のパンフレットを手に取り開く。うん、やはり上場していないし大した企業ではない。どう考えても高学歴が来る場所ではない。 「あの、李信さんでしたっけ。大学はどちらでしたっけ」 隣に座っていたのは先程の立教大学から来た池面男だった。李信に話しかけてくる。 (うわっ…話しかけて来やがった。大学名聞いてくるとか嫌味かよこのクソ野郎…) 「えっ?はぁ、えっと、穢腐乱大学ですけど」 (マジうぜえ…) 内心ウザいと思いつつも人事はこういったところも見ているので無視するわけにはいかない。 「そうなんですかー。遠いですねー。私は立教大学なんですよ。割と此処から近いですねw10駅くらいありますけどw」 悪びれもせず笑顔で勝手に語り出す。李信には嫌味にしか聞こえなかった。 「李信さんって趣味とかあるんですか?私は海外留学してましてね、英会話が趣味なんですよ。後スポーツも好きですね、ホラ、最近だと田中マー君!ファンなんですよ!」 「へ、へえ…そうなんですか。それは凄いですね(趣味?アニメとゲームだよ。田中マー君って誰だ?知らねえよ。野球なんてイチローとか松井秀喜とかしか分からん。つか話しかけてくんな。お前みたいなタイプは嫌いなんだよ!)」 その会話を遮るように、会社の人事担当が「それではお時間になりましたので説明会を始めさせていただきます」と始めた。正直李信は救われた気持ちだった。話の合わない奴との会話など苦痛でしかない。戦国武将やアニメキャラの名前ならいくらでも言えるが英語だの野球だのそんなものは李信の守備範囲外だ。 説明会は無難に終わった。質疑応答の時間では意外とFランレベルの大学生も居たが、MARCH以上も多かった。 「ふう…やっと終わったか。さて帰って録画していたアニメでも見るか」 その日は無事に終わった。が、次の面接で普通に話せたにも関わらずあっさりと落とされた。 「お前は不採用だ。何故不採用か?足りないからだ、学歴だ」という面接官の幻聴が聴こえそうだった。 一文字でも書き損じたら書き直しの手書き履歴書、数学レベルが小学生レベルなのに中学生レベルの数学問題が出題される筆記試験、中小でもまともな待遇の企業だと押し寄せてくる高学歴共、圧迫面接、日々届いてくるお祈りメール… 李信の精神は着実に削られていった。李信が他の就活生と比較して、平均レベルに達しているのは国語(言語)分野の学力くらいのものであった。 受けては落とされ、受けては落とされを繰り返した李信はある日、大学の就職課に足を運んだ。 「何か良い求人ありませんか」 李信は藁にも縋る思いで声を絞り出し、就職課の職員に相談を持ちかけた。 「お、李信君!今ちょうどこういう求人が来てるんですよ!」 職員が李信に見せて来たのは何と、飲食業の求人だった。 「すいません、もういいっす…」 李信はその場から立ち上がり、虚ろな目で歩き去る。その胸中は絶望に支配されていた。 Fラン大学の就職課は、大学の就職率を上げる為に学生にブラック企業を進める。就職率さえ確保出来ればノルマ達成出来るし、宣伝にもなる。離職率など掲載しないので彼らは知ったことではないのだ。李信は自分はもうブラック企業に行くしかないのだと思い、頭の中に「死」の文字が浮かび上がっていた。 「おう李信!」 途方に暮れながら学内敷地を歩いていると、友人Aが話しかけてくる。 「おう、Aか…」 「その様子だとまだ内定が無いみたいだな」 「お前は?」 「まだ無いよ。なあ李信、売り手市場って本当なのか?俺もう30社は落ちたぞ?」 李信は申し訳ないと思いながらも内心ホッとした。苦しんでいるのは自分だけではないのだと。仲間が居るのだと。その友人の暗い表情を見ながら李信は安心したのだ。 「売り手市場とは言われているが…それは一定レベル以上の人間に限った話のようだ」 「確かになぁ…この大学、もう10月なのに内定率半分以下だってよ…ハァ…」 「酷過ぎるだろ…やはり学歴なのか…」 友人Aは溜息をつきながら李信に愚痴を吐く。李信ももう気力が萎えかけていた。 李信はもう少し頑張って駄目なら死のうと心に決め、就職エージェントに登録した。東京にある人材紹介会社に足を運び、そのエージェントと面談になった。 その会社は、東京23区内のオフィス街にある、上手く言えないが御洒落なビルにあった。 「えー、李信さんですね。ふむふむ…穢腐乱大学在籍と。学生時代に頑張ったエピソードとか何かありますか?」 20代後半くらいの爽やか系の男性エージェントがにこやかに尋ねてくる。面接官の悪魔のような表情に比べたら天使のようだと李信は安心感を覚える。まあ、営業スマイルなのだが。 「いや、特に無いんで…(中略)と、こんな風に捏造しています」 「あぁ~…そうですか。李信さんの希望を聞かせてもらえますか?」 「希望は(中略)でお願いします」 「成る程、こういう求人はどうですか?」 エージェントは手元にある求人票を李信に差し出す。李信は就職課での経験もあり、恐る恐る手を差し伸ばして受け取る。 ところが、大学の就職課と違って劣悪な労働条件のブラック企業ではなかった。ほぼ希望通りの会社である。 「受けてみませんか?」 「はい、お願いします!」 そんな感じで面談は終了、後日一次面接、二次面接を行い、李信は見事に通過したのだ。 「行ける!まだ行ける!俺は社会から必要とされてるんだ!俺は生きてていいんだ!」 李信が最終面接にまで辿り着いたのは東証二部上場のBtoB、従業員600人くらいの割と大きな企業だった。此処に入れればまともな人生は約束される。正直、李信はFランを自覚していたので高望みはせず、従業員100~300人くらいの中小企業ばかり受けていた。試しに中堅企業を受けてみたら最終面接まで辿り着いたのだ。 しかし… 李信は最終面接で失敗した。李信は元々緊張症であり、最終面接ということもありそれが表面化してしまったのだ。今まで面接で落ち続けた原因でもある。 後日、エージェントからその企業で不採用にされた連絡が届いた。 「何だよ…何なんだよ…!緊張しちゃいけないってのかよ…!面接なんだから緊張するのは当たり前だろ…」 李信は深い絶望の闇に落とされた。携帯を持つ手が震え、その画面には涙が次々と落ちていた。 李信は、死のうと決意した。 李信はLINEで母親に対してこうメッセージを残した。 「就活で疲れたしこの先生きてても良いこと無いんで死にます。さようなら」 李信は最寄り駅まで足を運び、ホームに立った。此処で電車が来た時に飛び込めば全てが終わる。辛いこと、苦しいこと、就活から全て解放される。真の「自由」がやってくると。 (李信死すとも就活は死せず、か。あの面接官共、呪い殺してやる…!) いよいよ次の電車が来るアナウンスが鳴った時である。 「アンタ!」 「おい李信!」 「ゲッ…」 両親が李信の自殺を止める為に追って来ていたのだ。李信はその場で敢え無く取り押さえられた。 やはり死ぬのは怖かった。だから母親にメッセージを残すような真似をしたのかもしれない。しかし、内定の無い李信には生きる術も無かった。 「もう、全部どうでもいいや…」 生きる術も、死ぬ勇気も持たない李信はその日から部屋に引き篭るようになった。 (社会から必要とされてないのだから仕方ない。俺は就労意欲はあったんだ。社会の方が俺を拒んだ。俺は何も悪くない) 李信は既に鬱症状が出ていた。所謂「就活うつ」である。 その日から李信は履歴書ではなくコントローラーをその手に持ち替え、ひたすら「信長の野望」に没頭するようになった。 引き篭り生活が数ヶ月過ぎたある日のことである。李信は普段通り深夜アニメをリアルタイムで視聴した後、眠りにつく為にベッドに横になった。 そんな時、ガチャリと部屋のドアが空いたのだ。こんな時間に誰だろうと思うと、何と鬼の形相で包丁を持っている母親だった。 「働きもしないでアニメとゲームばかり!もういやあああああ!!」 あの時は自殺を止めた母親も、無気力になって引き篭りを続けている李信に流石に嫌気がさしたようだった。いや、嫌気どころかそれは明確な殺意だった。 「ちょっ…包丁!?お、おい落ち着…」 狼狽する李信の胸に包丁の刃が突き立てられる。包丁は貫通する程深く突き刺さった。心臓を潰された李信は呆気なく絶命したのだ。 享年20代。無能な男の哀れで呆気ない最期だった。 現実世界にて生涯を終えた李信は本来目覚めることは無い。だが、目覚めたのだ。見たこともない黒い世界に。黒しかない空間に一つ、ポツンと1人、見知らぬ女性が。 「李信さん、ようこそ死後の世界へ。貴方はつい先程、不幸にも無くなりました」 青い髪に、青い羽衣…現実世界の人間とは思えない。というか二次元だろ、と李信は心の中で呟いた。 「短い人生でしたが、貴方は死んだのです」 「俺は死後の世界などというものは信じられないが…いやしかしこの状況に直面すれば信じるしかないな」 現実世界にこんな二次元キャラクターが居るはず無い。李信はすぐに二次元に来たのだと理解していた。 「それにしても哀れな死に方でしたね。あんな死に方、まあ今時よくありますけどwバブル世代と違って就職難ですからね。貴方みたいに落ちこぼれる人は沢山居ますw」 女性は明らかに李信を嘲笑している。 「アンタは誰だ?何故俺の名を、死に方を知っている?」 「私はポケガイ住民の魂を管轄する女神です。亡くなったポケガイ住民の魂を二次元世界へ送り届けるのが役目です」 嘲笑など気にせず女性に尋ねると、ポケガイというユニークな単語が絡む答えが帰ってくる。 「女神か…信じるしかないようだな。この信じられない光景を実際に見せつけられるとな」 李信はそもそも神や輪廻、あの世などというものを全く信じていなかった。だがこの状況に置かれれば信じるしかない。 「そんな学歴で大丈夫か?」 そして脈絡も無く脳裏に浮かぶ一年前の琢蔵の言葉。 「一番いい学歴を頼む」 「何か言いましたか?今学歴って…それが貴方が異世界に持っていきたいものですか?」 唐突に女神の口から出てきた「異世界」という単語。李信は目を見開く。 「いや、今のは生前に友人に言われた言葉に対する改めての返答だ。もう届くことは無いがな。で、異世界とは何だ?」 「はい、これから貴方は異世界に転生することになります。それが亡くなったポケガイ住民に課せられた輪廻の宿命なのです。理由などありません、そういう運命、システムなのです」 「…それで、異世界に何かを持っていけるってことか?」 李信は飲み込みが早かった。生前にそういう内容のアニメを見たことがあるからである。 「はい、しかし持っていけるものの質や数は生前の人生と反比例します。単純にゲーム的な運もありますが」 女神が椅子の上を脚を組み直しながら説明する。 「それで、俺の場合はどうなんだ」 「李信さんは運がとても良いです!異世界への転生者50人目です!それに生前に最低レベルのスペックを持ち、ゴミみたいな人生を送ってきたこともあり、望んだ物を持っていけますね。例えば強力な能力とか」 「それ、マジか?能力はオリジナルじゃなくていいのか!?」 李信は目を輝かせて前のめりの姿勢になる。 「はい、確か李信さんはBLEACHという漫画が大好きでしたね」 女神は微笑みながら李信に希望に満ちた言葉を吐く。やはり李信の生前の趣味嗜好は把握しているようだ。 「そう、BLEACHだよ!じゃあBLEACHに登場する斬魄刀、能力、技、鬼道とか全部使えるようにしてくれ!」 李信は欲張った。此処で欲張らなくていつ欲張る?次の世界でこそは必ず成功してやる、最強スペックを引っさげて無双してやる!と強く思っていた。 「随分欲張りますね。まあ過去には貴方と同じくらい欲張った人やもっと凄い能力を強請ったりする人も居ましたし、それを叶えてきましたので貴方の生前を考えたらこのくらいは妥当でしょう。いいでしょう、後、容姿はどうします?」 李信の懇願はあっさり女神に聞き入れられた。 「容姿の希望も通るのか!なら黒髪で15~16歳くらいのイケメンの少年、瞳の色は黒、服装は黒マントに黒尽くめ装束…あと死覇装も用意してくれ!髪型は…そうだな、ウルキオラに近い感じで!後、剣八の眼帯とか虚(ホロウ)の穴とか崩玉とかその他諸々忘れんなよ!BLEACHの全てだぞ!声は諏訪部順◯氏で!」 李信は生前、容姿にかなり恵まれなかった為に此処ぞとばかりに必死に希望をぶちまけた。 「はいはい分かりましたよ。全部叶えます。全て抜かりなくね。李信さん、それでは異世界で大活躍することをお祈りしています」 「そのお祈りってのはやめろ。まあ全部叶えてくれるなら何でもいい」 李信は「お祈り」という言葉にトラウマがあったので思わず突っ込んだが、まあ全て叶えられると分かったのでそれ以上は咎めないことにした。 「それでは李信さん、第二の人生の始まりです!貴方に幸あることを願っています!」 女神の両手から聖なる光が満ち溢れ、李信を包み込んだ。李信は再び深い眠りに落ちた…。 李信の新たな人生が始まろうとしていた。 李信は再び眼を覚ます。見たこともない街。行き交う二次元世界の住民達…レンガ造りの道路や建造物、聳え立つ巨大な西洋風の城…どうやら西洋をモチーフにした街のようだ。市場の付近であり、様々な人間が骨董品や食糧などの店を出して賑わっていた。 そして… 「此処は…?そうか、此処が二次元世界…!夢にまで見た世界…!」 李信は自らの格好、服装を確認する。全て女神に伝えた希望の通りだった。腰にはちゃんと斬魄刀を帯びていた。 「クックック…死神代行・李信として生まれ変わったということか…!最強の力を引っさげ、今俺はこの地に立った…!………で、異世界についての説明殆ど受けなかったが敵とか居るのか?」 ブツブツと独り言を言っている李信を、周囲を行き交う人々は皆ジロジロと見たり、わざとらしく顔を背けたりしている。 「散れ!俺は見世物ではない!」 李信は大喝した。周囲の人間からすれば李信の格好はやはり奇抜だったようである。気持ち悪い独り言も効いたのだろうが。 李信の大喝で周囲の人々は皆慌ててその場から離れていく。 「これが最強の威厳というやつか。クックック…これは愉快、実に愉快だ。これから俺に逆らう者は全て抹殺してやる…!」 気分が大きくなった李信はそんなひ 気分が大きくなった李信はそんな独り言を呟きながら街を散策し始める。だが、至って平和に賑わう街であり、せっかくの能力を試す相手は見つかりそうにない。 「あの城は最高権力者の本拠地といったところか。ならばこの街は安全な筈。やはり能力を試す敵は居ないか…」 李信は辿り着いた高台から街の景色を見ながらそんな諦めのセリフを吐いていた。 「そこの者、神妙にしなさい!」 李信が1人、高台で黄昏れていると女の声が後ろから響いてくる。 「…俺のことか」 李信は振り向いて声の主を確認する。数十人の騎士を引き連れて街の警備巡回に当たっているといった体であった。声の主は金髪のロングヘアーで、青色の瞳をしており、鞘に収めている剣の柄に手をかけている。年齢は、今の姿の李信より少し歳上に見えた。そして、青色の瞳を赤い光が覆っている。 「通行人から通報がありました。不審な黒尽くめの格好をした男が街を徘徊していると。貴方のことですね」 「不審者、か。この世界に来たばかりで何が不審か何がそうじゃないか分からんのでな。だが怪しい者じゃない。俺は…」 「身分証を見せなさい」 李信が名乗ろうとすると、女騎士はそれを遮り声を張り上げる。 「身分証?何だそれは」 「やはり不穏分子だったようですね。貴方を逮捕します!」 李信は何のことか分からないと返答すると、女騎士は鞘から剣を引き抜いて構える。 「大人しく手を挙げなさい。抵抗すれば命の保証は出来ません。…貴方達!」 「ハッ!」 女騎士の指示で部下と思われる取り巻きの10人程の騎士達が李信を取り囲んでジリジリと包囲の輪を狭めていく。 「安心しろ。抵抗しなければ命は保証する。大人しく両手を挙げて縛につくんだ」 そう言った騎士と9人程が李信の至近距離まで歩み寄ってくる。1人は拘束用の手錠を持っている。 「命を保証する?貴様ら如きがこの俺の?フッ…笑わせる…。神にでもなったつもりか?俺より格上になったつもりか?愚かな陶酔だ。覚まさせてやろう、今すぐに!」 李信は霊圧を解放し、自らを包囲していた10人程の騎士達はあまりに強い霊圧に耐えられずに一瞬で絶命し、その場に倒れた。 「なっ…こんなことをして許されると思ってるのですか!?こんなことをすれば貴方は死刑…」 「一体いつから自分に生殺与奪の権利があると錯覚していた?」 李信は不敵な笑みを浮かべながら斬魄刀を鞘から引き抜いてそのまま鋒を女騎士に向ける。 「斬月」 李信がそう呟くと、斬魄刀の形状が大きな出刃包丁の様なものに変化する。 「あくまで抵抗するなら…止むを得ません!貴方を排除します!」 女騎士は剣を振りかぶって魔力による斬撃を繰り出す。 「月牙天衝」 斬月を右から左へ一閃、自らの霊力を喰らわせた超高密度の青い三日月型の斬撃を飛ばす。 女騎士が放った魔法の斬撃と李信の斬月から放たれた月牙天衝が激突したが、威力の差は歴然だった。月牙天衝が魔力の斬撃をかき消して女騎士の腹部に直撃した。 「カハッ…!」 月牙天衝を腹部に受けた女騎士は吐血しながら吹っ飛ばされ、この高台から更に上に続く50m先にある階段に背中から叩きつけられた。 「これでもかなり加減しているんだがな。骨のある奴は居ないのか…」 あの女神は李信をとんでもない高スペックで転生させていた。いや、女神が調整したのではない。李信の生前のスペックや人生と反比例した結果がこの圧倒的かつ莫大な戦闘力と霊圧なのである。霊圧は実にあの最後の月牙天衝状態の一護の更に数倍である。しかしそれを常に放出すれば半径数キロ単位で周囲の生物が死滅するレベルなので更木剣八の眼帯が極端に霊圧を抑え込む役割を果たしている。更に、李信は今の月牙天衝の威力をかなり加減していた。試し斬りという感覚である。 李信は始解の、更にかなり加減した月牙天衝を受けてもう瀕死寸前の女騎士に落胆した。 「これじゃ寝起きの運動にもならねえ。もういい、虫けらは虫けららしく這い蹲りながら死を迎えるがいい」 李信が二撃目の月牙天衝を放たんと斬魄刀に青い霊圧を溜め始める。 「隊長をやらせてたまるか!」 隊長を守らんと、部下の騎士達40人程が一斉に剣先から魔法陣を展開する。 「「「「「邪なる悪を祓いたまえ!」」」」」 それぞれの魔法陣から魔力を固めたビームが李信に向けて一斉に放出された。 「縛道の八十一 断空」 自ら四方八方に鬼道による障壁を展開、ビームを全て無力化してしまう。 「破道の九十 黒棺」 無数の、重力の奔流である黒い直方体を出現させ、騎士達を閉じ込める。騎士達はその中で斬り刻まれ、無数の肉片に変えられた。 「詠唱破棄の鬼道にも耐えられないか、ゴミ共め。さあ隊長、次はお前だ」 李信が邪悪に満ちた笑みを浮かべながら剣を杖代わりにして必死に立ち上がろうとしている女騎士に歩み寄っていく。 「強過ぎる…!こんなの出鱈目よ…!」 「それが遺言か?」 李信が斬月を振り上げる。女騎士は蹌踉めきながら立ち上がり李信の腹に剣を突き出す。が、硬いその皮膚は剣を全く通さず、傷一つつかない。破面(アランカル)の鋼皮(イエロ)である。 「…!」 「無駄な足掻きだ。往生際が悪いぞ虫けら」 李信の斬魄刀を振り下ろし、月牙天衝を放った。 月牙天衝は階段を真っ二つを斬り裂いたのみであった。女騎士に放った筈だが、女騎士は突如現れたウルフカットの少年に抱えられて月牙天衝から逃れていた。 「何なんだ、アンタ」 「見て分からないのか?俺は死神だ。死神兼虚(ホロウ)兼滅却師(クインシー)兼完現術者(フルブリンガー)兼バウント兼…とにかく色々だ。まあ死神ってことだ。そういうお前は何者だ」 ウルフカットの少年は抱えていた女騎士をその場に下ろして高速移動で李信の眼前に現れる。 「お前は重罪人だ。これから俺に刑を執行されるお前に名乗る必要は無い」 少年は腰に帯びていた二丁短剣を取り出す。 「我は鋼なり、鋼故に怯まず、鋼故に惑わず、一度敵に逢うては一切合切の躊躇無く。これを滅ぼす凶器なり。」 『鉄血転化』 少年の頭髪と瞳が赤く染まり、肌には赤い刺青のような紋様が浮かび上がる。 「人に尋ねておいて自らは名乗らないか。その無礼な口を塞いでやろう!」 『月牙天衝』 李信が斬月を振り下ろして月牙天衝を少年に放つが、少年は 素早い動きで月牙天衝を回避する。 「そんな鈍重な技で俺を殺れるかよ!」 まるで狼を彷彿とさせるような獣じみた俊敏な動きで李信の心臓目掛けて短剣を突き立てる。 「硬い…!鉄血転化状態でも駄目なのか…!」 「鋼皮(イエロ)と静血装(ブルート・ヴェーネ)だ。そんな矮小な威力の攻撃は効かん」 李信は左手の人差し指を少年に向けて指先に霊圧を込める。 『虚閃(セロ)』 青色の破壊の閃光が少年を呑み込んでいく。 「虚閃(セロ)に耐えたか。まあそうこなくてはな」 『冷殺剣』 少年は虚閃をまともに喰らい、全身にダメージを負ったが鉄血転化の身体能力強化もあり何とか耐えきった。少年は一度跳び退がって李信と距離を取ると、短剣を鞘に収め、新たに鞘から長剣を取り出して冷気と魔力を纏わせた。 『エイジストラッシュ』 目にも留まらぬ動きで李信の視界から姿を消し、瞬時に眼前に迫って冷気を纏わせた剣による高速斬撃を繰り出す。 (速い!だが…) 李信は死神の高等歩法『瞬歩』で瞬時に斬撃を回避、少年の背後に回る。 『月牙天衝』 『エイジストラッシュ』 李信が月牙天衝を繰り出すと同時に、少年も振り向きざまに冷殺剣から冷気の斬撃を放つ。二つの斬撃は衝突し爆音と共に相殺された。 『虚閃(セロ)』 李信が続けて虚閃を放つが、少年は冷殺剣で虚閃を斬り裂きながら高速で直進、李信に冷殺剣を突き出す。 「クッ…!」 李信は戦闘力こそ高いが、武術剣術の心得は全く無い。接近戦に持ち込まれたら不利な面があった。何度も少年と斬月で打ち合いになるが次第に鉄血転化で強化している少年に追い詰められていく。 「調子に乗るな」 少年から突き出された冷殺剣を素手で受け止めながら斬月から月牙天衝を放つ。だが少年は剣から手を離さないままその場で空中逆立ちを行い横払いに放たれた月牙天衝を避け、更にその体勢から冷気を纏わせたかかと落としからの蹴りを高速で李信に見舞う。 肩を蹴られた李信は吹っ飛ばされ、先程自分が真っ二つにした階段に叩きつけられた。 だが、少年も油断は禁物。李信はすぐにその体勢から虚閃を放つ。 『冷却砲』 少年は掌から冷気を凝縮したビームを放ち対抗する。虚閃と冷却砲は衝突し互いに弾け飛んだ。 「アンタ、強いな。この俺と互角に渡り合う程の実力者はこの世界の原住民には居ない。アンタは、異世界人だな?」 「刑を執行するだけの対象である俺には興味無かったんじゃないのか?」 茶髪ウルフカットの少年は李信と戦って気づいたのだ。此れ程の実力者はこの異世界の原住民には存在しない。原住民は人によって魔法や能力、その類は使えるが現実世界から転生してきた者に実力は遠く及ばない、と。だから興味の類を抱いたのだ。少しだが。 「原住民にはアンタ程強い奴は居ないからな。アンタはポケガイ住民だろう。それに月牙天衝、虚閃、黒棺…どれもBLEACHとかって漫画の技だ。その斬魄刀もな。ポケガイ住民でBLEACHが好きな奴と言えば…自ずと答えは見えてきたな…」 「今お前が想像している答えで間違い無い。俺はポケガイじゃ有名だからな。…悪い意味で」 少年は李信の正体を看破したようだった。まあ、斬魄刀を持っているポケガイ住民という時点で、ポケガイ住民であればお察しなわけだが。 「そうかい、望んだ力を得たってわけだな。BLEACHの能力を持ってるってことは舐めてかかっていい相手じゃないことは確かだ」 少年は全身から溜め込んでいた青い魔力を放出しながら呟く。己の枷を解き放つ、自らの二つ名でもある名を。 『フェンリル』 少年を全身を覆う魔力が研ぎ澄まされたかの様に見えなくなり、四つ脚の狼が現れたのだ。 「進化…いや四つ脚になったから退化か?まあいい、少しは楽しめそうだ」 李信は狼に変化した少年に向けて指先から青い虚閃(セロ)を放つ。 「冷却砲」 狼はそれに対して大きな口腔から極太の冷気の波動(ビーム)を放つ。虚閃と冷却砲は衝突するのだが… 「…馬鹿な」 虚閃は一瞬で押し切られ、李信はフェンリル形態から放たれた冷却砲をまともに浴びてしまった。 「月牙…天衝!」 冷却砲を浴びてつま先から腰の部分まで凍らされた李信だが、すぐに霊圧で氷を吹き飛ばして後方へ跳躍しながら斬月を振るい、月牙天衝を飛ばす。 「また月牙か。もう見飽きたぜ」 狼は前脚を使って月牙天衝をいとも容易く斬り裂き、そのまま驚異的な脚力と速さで空中の李信に飛びかかる。 (速い…!) 「冷撃!」 二本の前脚に冷気を纏い、力いっぱい李信に振り下ろす。狼の強力な一撃が李信を空中から地へ叩き落とした。 狼は更に追撃する。地面に叩き落とされた李信をその前脚の爪による高速斬撃を連続で見舞ったのだ。その姿は獲物を狩る獰猛な獣の様である。 (馬鹿な…!静血装(ブルート・ヴェーネ)も鋼皮(イエロ)も貫通だと!?) 満身創痍にされた李信を狼が更に後ろ脚で空中へと蹴り上げる。 「クッ…!破道の九十一 千手皎天汰炮!」 九十番台の鬼道『千手皎天汰炮』。桃色の眩い光の霊圧を狼に撃ち込む。が、狼は自身の前方に氷の壁を展開して鬼道を防ぐ。そして跳躍し、高速であらゆる方向からのラッシュ攻撃を叩き込み、更に蹴り上げる。 「破道の…」 李信が狼に向けて鬼道を放とうとするも、真下には既に狼の姿は無かった。狼のは李信の遥か上に二段跳びで高速移動していたのだ。 「終わりだ、死神」 無数の氷の槍を展開し、李信に向けて一斉に射出する。空中に居て身動きが取れない李信は氷の槍に貫かれ串刺しにされた後に地に落ちた。李信の体から流れる真紅の血が氷の槍を伝って地に流れていく。 「…そりゃそうか」 だが、李信は生きていた。はだけている李信の衣服。露出している胸部からは崩玉が姿を覗かせていた。 「不死身かよ、アンタ」 地に降り立った狼が李信の様子を見て驚きを見せる。 「そっちが強化形態になってるのに俺が始解のままじゃ勝てるわけねえわな。迂闊だったぜ」 狼のセリフには答えず、李信は霊圧で氷の槍を吹き飛ばして斬月を杖代わりにして立ち上がる。 「言葉に気をつけろ死神。まるでアンタが更に強くなれるみたいな言い方だぜ?」 「ああ、だからそう言ったんだよ!行くぜ…!」 李信の周りを青い霊圧が覆い、それが斬月に集まっていく。李信は斬月を両手で持ち、前に突き出す構えをとって霊圧を斬月に集中させる。 (まさかこいつ、鉄血転化状態の俺と互角に渡り合い、フェンリル状態からの攻撃からも生き延びる上にまだ強くなるってのか…!こりゃ厄介だぜ…!) やがて霊圧が収束し、不可視化する。李信の魂の叫びが炸裂する。 『卍 解 ! !』 再び巨大な霊圧を放ちながら斬月を中心に、李信を包み込んでいく。そして再び霊圧が不可視化した時、進化した斬月が姿を現す…。 『天鎖斬月』 卍型の鍔を持ち、柄尻に鎖がついている漆黒の日本刀が現れた。これが斬月の卍解『天鎖斬月』である。更に李信の衣装も黒いロングコート状のものに変化していた。 「そうか、それが卍解ってやつか。やっぱり使えるんだな」 狼のセリフの直後、李信は狼の視界から消える。 (何!?) 気付いた時には、狼の胴は背後に回った李信の天鎖斬月に貫かれていた。 (スピードで俺を上回っただと!?) 「自慢のスピードも俺に負けてちゃ形無しだなぁ、狼さんよぉ」 そのまま天鎖斬月を狼の体から引き抜いて掌から巨大な閃光を放つ。 『王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)』 閃光を背中から受けた狼は高台から吹っ飛ばされ、下の市場にある果物屋の幕に落ち、店の天幕を破り売棚、商品を落下の衝撃で破壊してしまった。 「クソッ…とんでもない奴がこの王国の敵になったぞ…」 背中から止め処なく血が溢れ、それが店の商品や棚に流れて赤く染めていく。 「うわ参ったなこりゃ。店が…ってまさかアンタは騎士団のエイジス様!?」 店主の筋肉質の男は落ちてきた狼を見て驚愕する。偶然狼が落ちてきたということ、そして狼に変身して戦う者といえばこの少年「エイジス」であり、この国では最強と名高い騎士なのである。 「店主…面目無い。弁償は後でする…」 「そんなことはいいんですよ!貴方がこんなにやられるなんて信じられません!誰にやられたんです!?」 力無い声でエイジスは謝罪するが、店主は赤い果物をエイジスを差し出しながらエイジスに問う。 「お食べください。これはリンガといって、傷を治癒する効果があるんですよ」 「かたじけない。信じられないくらい強い奴がこの街に現われましてね。どうやら敵の様です。奴がいつ害を為すか分からないので今日は店仕舞いして帰った方がいいですよ」 差し出されたリンガに齧り付きながらエイジスは店主に忠告する。 「死んだか?あの狼」 李信が狼の生死を確認する為に高台の下へと飛び降りようとした時である。 突如跳び上がってきた狼・エイジスがそのまま後ろ脚で李信を蹴り上げたのである。 「さっきは油断したよ。だが奇跡は一度だ。二度は無いぞ死神」 狼の口腔から冷却砲が空中の李信に向けて発射される。 「王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)」 掌から発射される巨大な破壊の閃光と冷却砲が衝突、威力は互角で相殺されたが… 李信はエイジスを取り囲むように高速移動、残像が見えるほどのスピードでエイジスを翻弄していく。 「いくらお前でもこのスピードについてこれるか?」 「冷却砲!」 エイジスは口腔から冷却砲を吐きながら後ろ脚を軸に体を回していく。すると李信の残像は次々と消されていく。 (居ない!?) 全ての残像を消滅させた。しかし李信の本体はその中には居なかったのだ。 「奇跡は一度と言ったな。じゃあ二度目は何だ?」 「!?」 眼前に現れた李信の天鎖斬月がエイジスの前脚を斬り裂いた。切断面からは止め処なく血液が流れ出てくる。 「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 前脚を切断された激痛でエイジスは悶え苦しみ絶叫する。 「俺も鬼じゃない。遺言くらい聞いてやる」 李信が天鎖斬月の鋒を顔に突きつけながらエイジスに尋ねる。 「…ファフニール」 「何!?」 突如エイジスの体を青い魔力が包み込み、あまりの冷気の量に李信が寒気を感じて距離を取る。 やがてエイジスが姿を現す。北欧神話に伝わる天翔ける龍『ファフニール』となって。 巨大な体躯、全身から発せられる冷気、更に尖った鱗…先程の狼とは似つかない。咆哮しながら李信を睨みつけてくる。 「まだ奥の手を隠してたのか…だが」 李信はファフニールの顔部分に瞬歩で近づくと、その眼玉に天鎖斬月を突き出した。 目玉を天鎖斬月で貫こうとした刹那、その瞳や全身から強烈な冷気を帯びた閃光が放出され、李信は吹き飛ばされてしまう。 「なんだ…この力は…本当にさっきまでの狼と同一個体か?」 李信は右腕に違和感を覚える。天鎖斬月を持っていた、その感触が無いのだ。ふと、右腕を見ると、肘から先が無くなっていたのだ。そして前方に目をやると50m程先に煉瓦造りの道に突き刺さった天鎖斬月の姿があった。 「俺の腕が…だが…!」 李信は冷静だった。BLEACHの能力を全て持っているとすれば超速再生も可能な筈…李信は意識を腕の切断面に集中させ、右腕を完全に復活させた。 「そんな小細工を使っても無駄だ、死神」 無数の樹木が瞬時に道を割って生えてくる。それらが一斉に李信に向かって突き進んでいく。 「破道の九十六 一刀火葬」 李信は自身の両腕を媒体に、二つの巨大な刀状の火柱を巻き起こし、全ての樹木を焼き払う。失った両腕は超速再生で復活させ、それでも生えてくる樹木から逃れる為に瞬歩でエイジスに近づかんと試みる。 天鎖斬月の能力で超速で動ける李信だが、李信が着地した瞬間にその地点から無数の樹木が発生、李信の四肢や胴体を串刺しにした。 「最初から仕掛けていたな…小賢しい奴め」 「トドメだ死神」 憎まれ口を叩く李信にエイジスは容赦無く口腔から冷撃砲を発射、李信は串刺しにされたまま氷漬けにされた。 「オールハイルガルガイド!オールハイルクワタ!王国に仇なす敵を討ち取ったぞ!」 エイジスは高らかに叫ぶ。不埒者を討ち取ったことを王都中の皆に知らしめる為に。王国に刃向かう者の末路を示す為に。 しかし、突如破られる氷像。李信は赤黒い霊圧を放出して樹木も氷も吹き飛ばしてしまった。ところがそれだけではない。様子が、おかしいのである。 「まだ生きていたのか、しぶとい奴だ」 傷は超速再生により完全に塞がっている。そしてそれよりも注目すべきは、顔の半分を覆っている赤ラインに彩られた白い仮面と黄色い瞳、黒い眼玉、歪んだ笑みを浮かべている口元である。 「だからてめえは甘いんだよ、李信!てめえに与えられた力は宝の持ち腐れだ!全然使いこなせてねえじゃねえか!中で見てやがれ李信!俺が教えてやるよ!力の使い方って奴をよ!」 声にもエコーがかかっており、歪んでいる。 「お前、李信じゃないのか?一体何者だ?」 「何者だァ?名前なんか…ねえよ!」 李信の異変に気付いたエイジスが尋ねるが、李信の中身であるその何者かが、天鎖斬月を霊圧で右手に引き寄せ、そのまま赤黒い斬撃を天鎖斬月から飛ばした。その斬撃が放たれた刹那、エイジスの長い体躯は真っ二つに斬り裂かれた。 「黒い…月牙だと…」 始解の時に放つ月牙とは比べ物にならない威力の黒い月牙…それに正気を失い別人格に支配されている李信…全てがエイジスの予想の範囲外だ。斬り裂かれた切断面が痛む。そして痛みに顔をしかめる間も無く、李信は「ヒャアアアアアアッハアアアアアアアアアアア!!」という奇声を発しながら瞬歩で目の前に迫り、黒い月牙をエイジスの顔面に放つ。 「冷撃砲!」 冷却砲より威力が高いその冷気の波動を放つ。だが、冷撃砲は黒い月牙に押し負けてエイジスの顔は深く抉られた。 「イヤッハアアアアアアア!!」 瞬歩でエイジスの背後に回った李信が放った黒い月牙がエイジスの首部分を切断してしまう。 「情けねえなあ!デッカい頭だけ残して無様だぜ!」 頭一つとなったエイジスの変身は解除され、元の人間体に戻ってしまった。 「此れ程とは…アンタは一体…」 息を切らしながらエイジスが李信に問う。李信は瞬歩でエイジスの正面に現れ、こう答える。 「俺は李信だ」 元の李信の声が聞こえる。様子が、おかしい。 「クソッ!てめえ李信!中で見てろって言ったろうが!おい、邪魔すんじゃねえ!このまま俺に任せておけば…!」 「黙れ!消え失せろ!」 どうやら二つの人格(?)が鬩ぎ合っている様だった。李信は左腕に力を込めて仮面を無理矢理顔から剥がし、抵抗する人格を振り払った。瞳の色も元に戻る。 「邪魔が入った。さあ、決着をつけるぞ、ガルガイドの騎士よ」 李信が天鎖斬月をエイジスに向けて言い放つ。 「あのまま別人格に任せときゃ楽に勝てたんじゃないのか?アンタ」 「そうかもしれんが、あのままでは俺が奴に乗っ取られかねないんでな」 「そうかい、じゃあ俺の最強の技でアンタを倒してやんよ!」 エイジスは掌に、自らに残る全ての魔力を集中させる。 「閃(ひかり)を…掴む!」 掌を一度握り締め、再度その手を開いてありったけの魔力を込める。巨大な青い魔力と冷気の塊が球体となり更に膨れ上がる。 「すげえな…悪いがこの天鎖斬月にはそんなすげえ技はねえ。天鎖斬月の技は月牙天衝ただ一つだ」 冷や汗を滲ませながら李信は膨大な魔力の塊を見つめ、そして天鎖斬月に黒い霊圧を注ぎ込む。 「だから俺に出来るのは、残る霊力を全てこの一撃に注ぎ込むことだけだ!」 『究極魔法・コキュートス!』 膨大な魔力の塊が霧散し、それが一気に李信に向けて放出されていく。李信は天鎖斬月と全身に黒い霊圧を纏いながらコキュートスに突進する。 「うおおおおおおおおおおおお!!」 李信がコキュートスの中を突き進み、エイジスの眼前まで迫ったところで両者の力が激突、霊圧と魔力の巨大な渦が巻き起こり、辺り一帯を吹き飛ばしてしまう。 そして渦が消え、両者は互いに50m程離れて背を向けていた。 「クソ…俺が…突然現れた侵入者如きに…!」 息を切らしながらエイジスはその場でうつ伏せに倒れてしまった。 「ハァ…ハァ…ハァ…フンッ…!」 初の戦闘、そして初の勝利…李信は息を切らしながら心中で歓喜に沸いたがすぐ我に帰る。 「此処は敵地の真っ只中…まずいな。さっさと逃げるとしよう」 宛てなど無い。この世界に来て初めて踏んだ地が敵地で、しかもこの世界の地理など全く知らない李信は途方に暮れる思いだったが、そんなことを言っている場合ではない。少なくとも此処は敵国の王都だからである。 「待ち…なさい」 李信が逃げようとしていると先程の女騎士が新たに連れ従えている騎士に両肩を支えられながら李信に近づいてくる。 「逃…さない!」 「そんなザマで何が出来る?そこに倒れている氷使いに救われた命を無駄に捨てるのか?悪いがもうお前に用も興味も無い。じゃあな」 李信はそう吐き捨てると瞬歩で消え去ってしまった。 エイジスとの戦いで今の自分に扱える全ての量の霊力を使い切った李信にはもう戦う力は残っていなかった。謂わば逃げである。 しかし、女騎士は侵入者を逃した悔しさに身を震わせていた。そして多数の部下を失い、エイジスも意識を失う程のダメージを負った。此れ程の失態を演じて、桑田王にどのツラ下げてお詫びすれば良いのだろうと、思考は全てそれに支配されていた。 激闘の後の王都には、冷たい風が吹き荒れていた。 李信は異世界でのデビュー戦を白星で飾った。李信はその後色々あってグリーン王国の王都に逃げ込んだのだが、その経緯は本編の第一部をご覧いただきたい。 グリーン王国の王都に逃げた李信は1人の、これまた奇抜な格好をした男に出会った。 「お、お前ちょっくんじゃね!?」 都の市場を歩いていると、人混みの中から李信に声をかけてくる謎の男。李信が振り返ると、人混みの中で一際異彩を放つ黄色いヒーロースーツと、白いマントと赤い手袋と赤いブーツを身につけている男の姿があった。 「えっと、どちらさん?何で俺のこと知ってんの?」 「ちょっくん今有名になってるぜ?ま、俺んチで話でもしようや」 成り行きで李信はその男についていくことになった。そしてその男の正体が水素だと発覚したりと屋敷で色々あった後、李信は夜遅いので帰ることにしたのだが、水素は「今お前狙われてるし危険だから護衛するわ」と言ってきたので王都に与えられた自宅まで護衛してもらうことにした。因みに水素の話によれば水素には何も能力が無いらしい。せっかく二次元に転生したのに勿体無い、何より何も能力無いのに護衛されても、と内心思った李信だった。 その帰り道、突然『奴』は現れた。 「お前が直江だな」 2人の前に現れた謎の男。16~17歳くらいで、容姿はほぼまんまNARUTOのうちはサスケであり、服装はサスケの衣装にマダラの赤い鎧といった出で立ちだった。更に右眼はあの『万華鏡写輪眼』であり、左眼はあの『輪廻眼』の究極系である『輪廻写輪眼』だった。 「誰だてめえ」 「俺は北条、又の名をまだら。帝国から派遣された刺客でお前の抹殺命令を受けている」 李信の問いに男はあっさりと答える。 「刺客の癖に正面から堂々と来るとかお前馬鹿じゃね?」 李信の横に居た水素がツッコミを入れる。まさにその通りだと李信は内心思った。 「確かにそうだが…俺は直江、お前と純粋に戦いたい。だからこうして現れた」 「面白い、BLEACHの俺とNARUTOのお前、どっちが強いか白黒つけようじゃねえか」 北条のセリフに李信は沸き立つが… 「おい待てちょっくん。お前今エイジスとの戦闘で霊力使い果たしてまだ回復してないだろ。今のお前じゃ無理だって。ここは俺に任せろ」 水素が李信の前に出て北条の眼前に進み出たのである。 「おい無茶言うな水素。奴の眼を見ろ!万華鏡写輪眼と輪廻眼だぞ?何の能力も無いお前が勝てる相手じゃねえ!」 「いいから、黙って見てろよ」 李信の説得も聞かず、水素は一歩も退く様子を見せようとしない。 グリーン王国の王都にあるコロッセウム 李信が止めるのも聞かずに水素は北条とフィールドで対峙している。水素は戦う気満々であり、李信は一体どういうつもりだと思っていた。 「何の能力も持たない奴に用は無い。直江を出せ」 「お前、もしかして俺にビビってんのか?」 北条に対して水素は右手の人差し指をクイクイと動かして挑発する。 「…いいだろう。何処からそんな自信が湧くのかは知らんがお前から消してやる」 「ボッコボッコにしてやんよ」 水素は構えも取らずに余裕の笑みを浮かべ続けるが、そこに印を結んだ北条が術を発動する。 「火遁・豪火滅却!」 北条が口から多量の火炎を吐き、フィールドを火の海に変える。水素も押し寄せる火炎に呑み込まれてしまった。 (いきなり豪火滅却か、まずいな) 水素に言われたので観客席に座りながら観戦していた李信はまずいと内心で呟いた。何の能力も持たない水素が火遁のトップクラスの術である豪火滅却を浴びて生きている筈が無いと思ったのだ。 「これ、豪火滅却って言うの?これあったかいな。寒かったから丁度良い暖になるぜ」 ところが、全くダメージを受けていない水素が火の海の中から現れ平然としている。 「馬鹿な!豪火滅却を受けて無傷だと!?」 「おいおいどうした?豪語した割にはそんなもんか?」 驚愕する北条に対し、水素は当然の様に煽りの言葉を口にする。 「ならば…!」 北条は今度は雷遁の印を結び始める。印が結び終わると、北条の左手が放電し始め、千羽の鳥の地鳴きの様な効果音が聞こえる。 「千鳥!」 高速で直進し、水素に千鳥を繰り出すが。 「これで速いつもり?」 水素は千鳥を繰り出してきた北条の左手を平然と掴んでいた。 「馬鹿な…素手で…」 水素はそのまま北条を前へと放り投げてしまった。 放り投げられた北条はコロッセウムのスタンドに激突、全身がめり込んでしまった。 「何なんだこの力は…!何の能力も無い奴の力かこれが!?」 「おーい、これでも人間向けに極端に加減してるんだぜ?もうちょい楽しませてくれよー!」 北条に突き刺さる水素の余裕から出てくる言葉だった。北条は少し本気を出さねばまずいと感じ始めた。 「ならば見せてやる…!両眼で異なる能力を得た万華鏡写輪眼を開眼せし者に宿る第三の術・須佐能乎(スサノオ)を!」 北条を紫色の半透明の骸が囲い始める。更に骸から皮、皮から鎧と進化を遂げていき、巨大な鎧武者の形状となった。これが須佐能乎の第二形態である。須佐能乎の発現により、北条がめり込んでいたスタンドは音を立てて崩壊した。 「へえー。すげえの持ってるじゃん、お前」 「無能力者如きにこの須佐能乎を見せることになるとはな。だが所詮少し身体能力が優れているだけだ。 多重木遁分身の術!」 北条は須佐能乎を纏ったまま25体程に分身し、その分身達が水素の周囲を幾重にも取り囲む。 「…あまり驚いていないようだな。無能力者よ、今去れば許してやるぞ。無能力者がこの須佐能乎に敵う術など無い」 「何言ってんだよ。これからちょっと楽しくなりそうなところじゃねえか。つかやっぱりお前、俺にビビってる?」 「…殺せ!」 北条の最後通牒さえ跳ね除けた水素に巨大な太刀を持った須佐能乎を纏った北条の分身達が次々と斬りかかる。 だが… 「普通のパンチ」 まず最初に襲い掛かってきた須佐能乎を右手の拳を突き出し瞬時にワンパンで粉砕すると、中に居た北条の分身も余波で消滅させられた。 そして次々と振り下ろされる太刀を軽快かつ目にも止まらぬ音速以上の動きで回避したり、受け止めて対処、その動きの中で更に数体の分身を須佐能乎ごとそれぞれワンパンで粉砕する。 「これは…何かの間違いだ!」 北条本体の須佐能乎が巨大な弓で矢を番えて水素目掛けて放つ。 「はいキャッチ」 水素は左手でその矢をキャッチし、いとも容易く握力で圧砕してしまった。 「必殺マジシリーズ マジ反復横跳び」 ただ音速以上の速さで反復横跳びするのだが、水素のそれはあまりにも速過ぎる為強力な衝撃波が発生、残る分身を全て消滅させてしまった。 「天照!」 北条の左眼から瞳術『天照(アマテラス)』が発動、水素の全身を、対象を焼き尽くすまで消えない黒炎が覆う。 「やべえ!服が燃える!」 水素は自身の体よりも服の心配を口にしながら急いで両手で黒炎を振り払う。 「おいお前どうしてくれんだよ。このヒーロースーツは特注品なんだぞ!」 「何なんだ…」 水素が天照を放った北条に抗議するも、北条の思考はそれどころではなかった。 「お前は一体何なんだ!」 無能力者に火遁も千鳥も須佐能乎も天照も効かなかった。北条は此処で激しく戦慄したのである。 「趣味でヒーローをやっている者だ」 水素は短くそう答えた。平然と間抜け面で。 「…そのふざけた口を塞いでやる!完成体須佐能乎!」 北条を覆う須佐能乎が更に巨大化、鼻は天狗の様に尖り、背中には二枚の翼が生える。 「死ねえ!」 完成体須佐能乎で飛行しながら北条は黒炎の剣『加具土命の剣』で水素に斬りかかる。 『連続普通のパンチ』 加具土命の剣はあっさり回避され、完成体須佐能乎の胸部に高速かつ連続のパンチを喰らう。するとほぼ一瞬で完成体須佐能乎は粉砕、消滅してしまった。 「なっ…!」 完成体須佐能乎を破壊された北条は高速で水素と距離を取る。 『口寄せ・外道魔像』 北条は口寄せの印を結び、左手を地面に叩きつける。すると北条の背後に九つの目を持つ尾獣チャクラの巨大な容れ物『外道魔像』が現れた。 「今、俺が有している全ての尾獣チャクラの一部を注ぎ込み十尾を復活させる!」 北条が体内で練った赤い尾獣チャクラを背後の外道魔像に注ぎ込み、九つの目に瞳が宿り、その殻が破ける。 「さあ復活しろ十尾よ!そしてあのふざけた男ごとこの都を吹き飛ばせ!」 殻が破けると、神樹の様な、一つ目で十本の尾を持つ巨大な化け物が出現する。これが十尾である。 「ほえー、でかいな」 『尾獣玉!』 北条が命じると、十尾は目玉から巨大な赤黒い粒子と青い粒子を固めたエネルギー弾を生成する。やがて生成が数秒で完了し、それを水素目掛けて発射する。 『必殺マジシリーズ マジ殴り』 水素はそれに対し渾身のパンチを右手から繰り出すと、瞬時に尾獣玉をかき消して余波で十尾を粉微塵にしてしまった。 『建御雷神(タケミカヅチ)!』 北条は足掻きをやめない。十尾が破壊された後一呼吸置くと千鳥と黒炎を合わせた建御雷神を左手から水素に急接近して繰り出す。 『普通のパンチ』 建御雷神を纏っていた左腕は吹き飛ばされ、北条も後方のコロッセウムの観客席に叩きつけられた。そのまま北条は激痛と衝撃で意識を失った。(これでも水素は人間向けに威力を調節して極端に加減している) 「またワンパンで終わっちまった…くそったれえええええ!!」 北条を殴り飛ばした己の拳を見つめながら地面に両膝をつけ、水素はコロッセウム全体に響く程の大きな声で吠えた。 「強過ぎる…俺は最強でも何でもなかったということか…。水素に勝てる気が全くしねえ…」 観戦していた李信は、あまりにも強過ぎる水素の実力を見て呆然としていた。自分が最強だと思っていた。何の能力も無い水素を甘く見ていた。しかし、蓋を開けてみれば力関係は全く逆だった。 「何の能力も無いとか言ってたが…強過ぎるだろお前…チート過ぎる」 観客席から瞬歩で水素の隣に立った李信が項垂れている水素に声をかける。 「圧倒的な力ってのは つまらないもんだ」 それが立ち上がった水素の口から出た返事だった。虚空を見つめながら、勝利の喜びなど何も無く虚しそうに言っていた。 「この世界に来てから殆どの悪や敵に出会ってきた。俺はそれらと戦い世界を、この国を守ってきた。でも達成感だの勝利の喜びだの、そんなものはない。だって全部ワンパンで片付くんだからな。俺と互角に戦える奴が皆無だし何だこれ」 「チートにはチートの悩みがあるってことか…贅沢な悩みだな」 意識を失い伸びている北条を尻目に、水素と李信は帰路についた。 それから星屑や小銭とも出会い、みさくら討伐クエストをクリアした後のある朝、ぐり~んから与えられた自宅のベッドから跳ね起きた李信は、水素のチートっぷりを北条戦とみさくら戦で見せつけられたことで考えていた。 「俺、最強の力を手に入れたつもりだった、いや少なくともトップクラスだと思っていた。でも実はこの世界に転生したポケガイ民の中じゃそうでもないんじゃないか?」 そう、それが重大な問題だった。未だ李信は力を得て日が浅く、操れる斬魄刀や能力に限りがあるのが現状で、しかも霊圧・霊力も安定していない。 「このままじゃこの世界でも俺の立場ねえじゃん」 李信はそう感じた。それにエイジス戦で自分を乗っ取った内なる虚(ホロウ)も制御しなければまた暴走してしまう。 「寝よ」 しかし生来の怠惰癖は治らない。彼は眠気を感じて再び上体を寝かせ、熟睡に至る。 「ふわあーよく寝た」 時刻は既に23時を上回っていた。一体何時間寝ればこの男は気が済むのだろうか。とにかく李信はようやく起き上がった。 「小腹が空いたな」 そう感じた李信は寝間着から着替えて王都にあるコンビニ「オーソン」を目指して外に出る。 「うーさぶいー」 季節は冬。冷風が容赦無く体を打ち付けてくる。早く食べ物を買って帰りたい、李信はそう思いながら歩幅を大きくし始める。人影も無く、夜は一層静けさが増すこの通り。だが前方50mくらいに人影があるのを李信は目で捉えてた。 「お、こんな時間にここに人が歩いてんのか」 そう思った矢先… 「オワッ!」 李信の真横を光り輝く宝剣が掠めたのである。 「敵か?」 李信は反射的に腰の斬魄刀を鞘から引き抜いて構えた。 「よう直江」 前から声がする。そして声の主、つまり人影が現れる。李信が数日前に見知った顔だった。更に、この宵闇で一際目立つ金ピカ鎧を装着している。 「てめえ小銭、これは何の真似だ?」 数日前のクエストでは仲間として参加したにも関わらず、何故突然攻撃してくるのかと李信は問うた。 「てめえ全く戦わなかった癖にクエスト報酬の分け前貰いやがって…気に食わねえんだよ!」 小銭の怒声と共に小銭の背後に無数に現れた異空間から宝剣や宝槍を李信に向けて次々に射出される。 『外殻静血装(ブルート・ヴェーネ・アンバーベン)』 滅却師(クインシー)の『静血装(ブルート・ヴェーネ)』を体外にまで拡張し、ドーム型の防御壁と成して小銭の宝物庫『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』から射出された剣や槍を弾いていく。 「んな攻撃が効くかよ!」 李信は掌を前に翳し、光の弓を出現させて滅却師の矢『神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)』の複数版『大聖弓(ザンクト・ボーゲン)』を射出して尚も射出してくる小銭の剣や槍を全て叩き落とした。 「クエストで力を見せなかったからって俺を舐めているのか?ただ武器を飛ばすだけで勝てる程俺は甘くないぞ」 李信はその言葉と共に斬魄刀『斬月』を解放する。 「うるせえ!俺はキーレてんだよ!日頃からキレる体質じゃないんだけどな?まさかキレたんだよ!報酬金返しやがれこの馬鹿!」 小銭は怒声を発すると共に一枚のクラスカードを懐から取り出す。 「クラスカード『セイバー』!」 クラスカードが光を放ち、小銭はセイバーの(ちゃんと男用装備)装備に変化する。その剣は『風王結界(インビジブル・エア)』により不可視の剣となっている。 「見えねえ剣でこそこそってか。てめえに相応しい陰湿な魔法だぜ!」 今度は李信から仕掛ける。左手の指先から青い『虚閃(セロ)』を放ったのだ。 「雑魚がいい気になってんじゃねえ!」 小銭は不可視化させている剣で虚閃を真っ二つに斬り裂き、斬り裂かれた虚閃が小銭の左右を通り抜けて塀や施設に着弾し、轟音を立てながら崩壊させていく。 「死ね!」 小銭が李信に急接近、剣を右から左へ薙ぐように振る。 「チッ!」 李信は斬月でそれを受け止め、霊圧を込める。 『月牙天衝!』 青い三日月型の巨大な斬撃が鍔迫り合いの状態から放たれた。 ※『外殻静血装』の読みは「ブルート・ヴェーネ・アンバーベン」ではなく「ブルート・ヴェーネ・アンハーベン」です。前レスで変換ミスしました。 所詮は始解の月牙天衝。魔力で編まれた鎧を身に纏う小銭にダメージは殆ど無かった。小銭は至近距離からの月牙天衝に耐えると見えない剣による剣撃を繰り返してくる。 李信は斬月を振るって応戦するがAクラスの『直感』の能力を持つセイバー時の小銭にしてみれば、剣術においてド素人の李信など敵ではない。 李信はそもそも身体能力が低く、剣術だの武術だのの経験も皆無である。身体能力は転生してから得た『完現術(フルブリング)』で大幅に強化され一応人間離れしているスペックに達している(それでも水素の足下にも及ばないのは当然、写輪眼を持つ北条にも劣る)。しかし剣術や武術はどうにもならない。 一方小銭は剣術や槍術、弓術などに優れた英霊の力をクラスカードから行使することでその武芸を受け継いでいるのである。 当然、剣戟において李信は歯が立たなかった。小銭に容易に隙を突かれて胸元に剣を突き出される。 (とった!) 小銭はそう確信したが、どうもおかしい。李信の皮膚があまりに硬く、貫けないのである。 『鋼皮(イエロ)』と『静血装(ブルート・ヴェーネ)』を持つ李信にしてみれば、剣戟で負けることなど問題にもならない。 「その程度か、小銭十魔!」 李信は左手で小銭の剣の刃を掴んで逃さないようにしてから胸の中心に青い霊圧を込める。 (まさか、この至近距離で虚閃だと…!?つか胸からも撃てるのかよ!) 小銭の反応は回避するにはもう遅い。 『虚閃(セロ)』 『風王鉄槌(ストライク・エア)!』 李信が放った虚閃と、小銭が咄嗟に剣から放った光を帯びた暴風が至近距離で衝突、両者はその爆風で吹き飛んだ。 両者は体勢を整えて着地、対峙する。 「晒したな、秘蔵の剣」 「ああ。だから一気に決着つけねえとな!」 小銭の黄金の剣が膨大な光を纏う。小銭はそれを天に向けて振り上げる。 「本気ってわけかよ。じゃあこっちも行くぜ!」 李信は斬月を両手で持って鋒を前へと向ける。 『卍 解』 斬月を赤黒い霊圧が覆い、漆黒の斬魄刀が姿を現す。 『天鎖斬月』 「輝けるかの剣こそは、過去・現在・未来を通じ戦場に散っていくすべての兵たちが、今際のきわに懐く哀しくも尊きユメ「栄光」という名の祈りの結晶。その意志を誇りと掲げ、その信義を貫けと糾し、いま常勝の王は高らかに、手に執る奇跡の真名を謳う。その名は…」 『約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!』 卍解した李信に対し、剣を振り下ろして巨大な光の斬撃を放出する。 『月牙天衝!!』 李信も天鎖斬月から黒い月牙を放って対抗する。 聖なる光の斬撃と黒い霊圧の斬撃が激突する…。 「!」 しかし黒い月牙天衝は光の斬撃に斬り裂かれ、李信目掛けて直進してくる。 「クッソがあああああ!」 天鎖斬月で光の斬撃を受け止めるも、李信は呑み込まれてしまった。 「調子に…乗んなよ…小銭の癖によぉ!」 『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を受けた満身創痍の李信が吠える。満身創痍ではあったが超速再生がすぐに始まり傷が全て塞がる。 「弱い犬ほどよく吠えるってな!斬撃は斬撃でもお前の月牙天衝と俺のエクスカリバーじゃ格が違うんだよ!」 「言わせて…おけば…!」 瞬歩で小銭の背後を取り、天鎖斬月を振るう。 「甘い!」 小銭はそれを前を向いたまま剣で受け止める。 「ならこのスピードについてこれるか?!」 天鎖斬月はその小型の形状に卍解としての力を圧縮することで超スピードでの戦闘を可能にする卍解である。李信はそれを利用して残像が幾重にも重なって見える程のスピードで小銭の周囲を移動しながら連続で斬りつけていく。 (速い!) Aクラスの『直感』のスキルを持つ小銭も流石についていけず、受け止め損ねて腕や腹、胸、x?「暴?鬚弔韻蕕譴討い? 『月牙天衝!』 その中で李信は月牙天衝を放つ。今度は小銭は月牙天衝をまともに背中に食らってしまった。 「どうだ?さっき馬鹿にしていた月牙の味は!?」 「畜生め…」 月牙天衝を受けた小銭は虫の息だった。剣を杖代わりに蹌踉めく体を支え始める。 「さて、そろそろ決着といくか」 李信は小銭の正面40m程に立ち、天鎖斬月に赤黒い霊圧を込め始める。小銭も蹌踉めきながら何とか体勢を立て直し、剣を再び振り上げる。 「月牙…」 「エクス…」 「天衝!!」 「カリバー!!」 二つの斬撃が再び激突する。今度は威力はほぼ互角のようで、相殺され聖なる白い光と黒い霊圧が入り混じる爆発が広範囲に発生し、周囲の一切を吹き飛ばす。 「ハア…ハア…金返せよ不細工…!」 「うるせえ…このゲツドラマー…!」 互いに強がってはいるが、2人とも力をかなり引き出して疲弊し息を切らしている。 「よお李信!まーた苦戦してやがんのか!俺が手を貸してやろうか!?」 「グァッ…!クソ!出てくんじゃねえ!」 李信の様子がおかしくなる。右目の目玉の白い部分に黒い影が侵食し始めたのだ。 「元々黒い月牙は俺の技だぜ!?その技を使えば俺が出てくるに決まってんじゃねえか!」 「黙れ!!消え失せろ!てめえに用はねえんだよ内なる虚(ホロウ)!」 李信はエイジス戦の時に己を乗っ取った内なる虚(ホロウ)と自分の中で鬩ぎ合っていた。右目を右手で押さえ込みながら。 「その様子を見るにやっぱりその黒い月牙、回数制限があるみてえだなぶさちょく!撃てて3~4回ってところか!?」 小銭が口元を歪めながら叫んでくる。 「てめえのエクスカリバーも撃てる数に限界があるみてえじゃねえか!2回目の威力の下がりようは何なんだ!?もう魔力ねえだろてめえ!」 互いに弱点を指摘し合うも、戦う力は残っていない。 「なあ!もう一回月牙を撃てよ!そしたら俺がお前を乗っ取ってやる!」 「黙れ!消えろおおおおおおおお!!」 李信は叫びながら内なる虚に抵抗し、これを何とか抑え込んだ。 「まだ俺には使える斬魄刀がある…。それでてめえを…」 「まだ俺にも使えるクラスカードがある…。それでてめえを…」 2人が限界まで力を使っていたにも関わらず更なる力を発動しようとした時である。 「そこまでだ」 何者かが背中から黒い羽を束ねた翼を生やしながら李信と小銭の間に舞い降りてきたのだ。 「お前ら、こんな真夜中に何やってるんだ?何でこんなことになった?」 現れたのは星屑だった。小銭と李信を交互に見やり、双方が疲弊しているのを確認する。 「ぶさちょくが戦ってない癖に報酬金の分け前ゲットしたのが気に食わねえんだよ!」 「ケツドラマー発狂キチガイがいきなり襲ってきたからぶち殺してやろうと思ってな」 「馬鹿かお前ら。ガキの喧嘩かよ。やれやれだぜ」 双方の言い分を聞いた星屑は首を横に振り呆れたと言わんばかりの態度を見せる。 「仲間同士でガキみてえな理由で争ってるんじゃあねえぜ。これ以上やるって言うなら俺のスタンドでてめえらまとめてぶっ飛ばす」 「…」 「…」 星屑に威圧された2人は漸くお互いに剣を収め、力の解放を解除する。この状態で星屑と戦う余裕は無いからである。 「よしそれでいい。それと直江、お前の内なる虚だが何とかしてやれんこともない」 「何?」 「明日の昼に王都はずれの緑野原に来い。いいな」 「…分かった」 李信が返事をすると星屑はその場から飛び去ってしまった。 見渡す限り地平線の彼方まで草原が広がる。此処は王都から離れた緑野原。昨夜星屑に呼び出された李信はこの地に足を運んでいた。 「来たな、直江」 殺風景な野原にぽつんと1人立っている星屑が声をかけてくる。 「星屑、俺の中の虚(ホロウ)を何とかしてくれるってのはマジか?どうやって?」 「…こうやってだよ!」 星屑は突然腕から光り輝く刃を出現させて李信に斬りかかる。だが鋼皮と静血装に備えている李信はそれを左腕で受け止める。 「何のつもりだ星屑!」 『オーバードライブ!』 赤石(せきせき)の力により通常の数倍もの威力を発する波紋を流し込んだ手刀で李信の左腕を焼き切ってしまう。 「クソッ!どいつもこいつも!」 李信はその場から瞬歩で退がって星屑と距離を取る。焼き切られた左腕は超速再生で復元する。 『斬月!』 斬魄刀を斬月に解放、霊圧を込めて振り上げる。 『月牙天衝!』 『スカーレットオーバードライブ!』 星屑は月牙天衝を赤色の波紋を流し込んだ刃で迎え撃ち、掻き消してしまう。 『縛道の六十一 六杖光牢』 『スタープラチナ!』 星屑の腰回りを六つの鬼道の光が囲んで無動きを封じるが、星屑は人型のスタンド『スタープラチナ』を呼び出して六杖光牢を破壊する。 『スタープラチナ・ザ・ワールド!』 更にスタープラチナの時間停止能力を発動させ、一気に李信に接近する。しかしこの時間停止はもって2秒である。 「そして時は動き出す」 星屑の言葉と共に世界の時間は再び動き出した。 『縛道の三十九 円閘扇!』 「オラァ!」 急接近してきた星屑に対して鬼道による円型の盾を素早く展開するがスタープラチナに容易く破壊されてしまう。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!オラァ!!」 スタープラチナの拳から繰り出されるラッシュ攻撃を鋼皮の腕や斬月で受け止めるが、最後の一撃で吹っ飛ばされてしまう。 「星屑てめえ、マジで俺とやり合おうってか!上等だ!」 吹っ飛ばされた李信は体勢を整えて斬月を両手で持って正面に向ける。 『卍解!!』 『天鎖斬月』 斬月を赤黒い霊圧が覆い、天鎖斬月が出現する。 「そうだ直江!さあかかってこい!」 星屑は背中の2枚の黒い翼から無数の鋭利な羽を一斉に射出する。 『月牙…天衝!』 天鎖斬月から繰り出された黒い月牙が全ての羽を吹き飛ばして星屑に直撃する。しかし月牙を放った直後、李信の眼には再び黒い影が現れる。 「クソッ!」 李信は左手で右眼を押さえ込むようにして覆い隠す。内なる虚(ホロウ)が現れたのだ。 「よし、やっぱり出てきたな」 星屑は李信の様子を見て動きを止めた。 「どういう…ことだ星屑」 「直江、お前の中の虚(ホロウ)を制するにはまず虚に出てきてもらわないと話にならねえ。そしてお前は内なる虚を出した上でそれと戦って勝たなきゃならねえ」 ここにきて漸く星屑は自らの真意を明かした。 「だがお前がお前の中で虚と戦っている時、お前本体は虚に呑み込まれて暴走する。その時の為の俺だ」 「最初からそういうつもりだったか。いいだろう。内なる虚を抑えて俺の力にしてやる!」 精神世界。高層ビルの様な形状の建造物らしきものの壁に立っている李信。現実世界とは重力の法則が違う様だ。そして対峙するのは… 「よう李信!待ってたぜえ!」 エコーがかかっているが李信と全く同じ声で李信を呼ぶ。内なる虚(ホロウ)の正体『白李信』である。髪、肌、斬魄刀、衣装の全ての色が白く、目玉は黒く瞳は黄色い。 「てめえ、いつもいつも俺の邪魔ばかりしやがって!てめえを制して力を手にするのは俺だ!」 李信は天鎖斬月の鋒を白李信に向けながら睨みつける。 「とかいう割にはお前、斬月ばかり使ってるじゃねえか!他の斬魄刀や能力を使えば俺が出てくることはねえんだぜ!?」 「俺の中にお前という存在が居ること自体が目障りだ。それに他の斬魄刀を使い続けてもそれは問題を先送りにしているだけだ。それにてめえが邪魔で滅却師(クインシー)の力を殆ど使えねえんだよ!」 「ひでえ言い草だぜ!エイジス戦で助けてやった恩を忘れたのかよ!?」 「助けてくれと頼んだ覚えはない。消えろ!」 李信は左手の掌から青い虚閃(セロ)を放つ。が、白李信は瞬歩で回避して李信の背後を取る。 『月牙天衝!』 白い天鎖斬月を振り下ろし、白い月牙天衝を繰り出す。李信はそれを黒い天鎖斬月で受け止めるが、僅かに防ぎきれずに右腕に傷が入る。 『縛道の六十一 六杖光牢』 李信は指先から鬼道の光を放って白李信の動きを封じる。 「動け…ねえ…!」 『滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧き上がり否定し 痺れ瞬き 眠りを妨げる 爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち 己の無力をしれ』 『破道の九十 黒棺!』 動きを封じられた白李信に対し、完全詠唱の黒棺を発動する。黒棺が白李信を取り囲み、覆い尽くす。 黒棺の内部から発せられる無数の刃により全身を斬り刻まれた白李信が姿を現す。 「どうだ?虚(ホロウ)も死神も超越した俺が放つ完全詠唱の黒棺は」 斬り刻まれ、白い天鎖斬月を杖代わり立っている白李信に、李信は余裕を顔に出しながら戯れに問う。 「李信、てめえはやっぱり駄目な奴だ」 「何だと?」 「てめえは俺を恐れるあまりに俺との戦いで天鎖斬月を使うことを避けてやがる。さっきから虚閃(セロ)と鬼道しか使ってねえじゃねえか!そんなんじゃいつまで経っても俺を制するには足りねえぜ!」 白李信が白い天鎖斬月を下から上へと振るって白い月牙天衝を放ち、李信の腰から肩を袈裟斬りにしてしまう。 「クソがっ…!」 傷口を左手で抑えながら超速再生を発動しようとするも、何故か発動出来ない。 「使いこなせよ!俺を!そして斬月を!じゃねえとてめえの他の力はこれからも先も殆ど使えねえし威力や効果も弱いままだ!」 「てめえ…!ぶった斬ってやる…!」 「そうだ!向き合えよ!自分とよぉ!」 李信と白李信が同時に月牙天衝を放つ。白い月牙と黒い月牙がぶつかり、相殺される。 続けて、互いに天鎖斬月の能力を利用した超高速での移動を始め、互いにその刀を振るい互角の勝負を繰り広げる。 一方、外部の世界では虚(ホロウ)化して暴走する李信を抑えるべく星屑が死力を尽くしていた。 「アアアアアアアアアアアア!!」 声にならない咆哮を響かせながら、顔と頭部を覆う虚の仮面の角から放たれる青い虚閃(セロ)を星屑は波紋エネルギーを両手に纏って受け止める。 「グオッ!なんつー威力だこりゃあ!」 赤石により威力が大幅に増幅されている波紋をぶつけてもその両腕は吹き飛ばされてしまったのだ。 「俺が究極生命体じゃなきゃヤバかったなこれ」 星屑はそう言いながら吹き飛ばされた両腕を究極生命体の力で修復する。その刹那、瞬歩で急接近してきた李信が天鎖斬月を星屑に振り下ろす。 「オラァ!」 星屑は素早く反応しスタンド『スタープラチナ』を呼び出す。スタープラチナの両腕が振り下ろされた天鎖斬月を白刃どりの要領で受け止める。 「スタープラチナは精密な動きが出来るスタンドだ。そんな至近距離からの斬撃が通用するかよ!」 しかし、星屑の声など李信には届かない。李信は尚も何度も何度も天鎖斬月を振り下ろして打ち込んでくる。 「鬱陶しいんだよ!」 スタープラチナの左手で天鎖斬月を掴み取り、右手で拳をつくり李信の顔面の仮面を殴打する。 「いい加減目ェ覚ませってんだよ直江ェ!」 李信の虚の仮面がスタープラチナの拳によりヒビを入れられる。 「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 李信は強引にスタープラチナの手を振りほどいて零距離から月牙天衝を星屑に放つ。 「しまった!」 星屑は零距離からの月牙天衝をまともに喰らってしまった。 体を真っ二つに斬り裂かれた星屑。しかし彼はその状態からでさえ再生することが出来る。究極生命体は無敵なのだ。 「いい加減に…しやがれ!オラァ!」 星屑のスタープラチナによる一撃が、ヒビが入っている李信の仮面を完全に破壊した。 李信の精神世界 『月牙…天衝!!』 李信が放った渾身の月牙天衝。白い月牙天衝を斬り裂いて白李信の肩から腰を両断した。 「ハァ…ハァ…ハァ…」 息を切らしながらその場に李信は両膝をついて項垂れる。 「忘れんなよ!?てめえに隙があれば俺はいつでもてめえの頭蓋を踏み砕くぜ!?」 白李信は光の粒子となってその場から消滅した。 元の世界 「よお直江、気がついたかよ」 虚化が解除されていた李信は正気を取り戻す兆しを見せていた。全身を覆っていた白い虚の皮膚が人間のものへと正常化していたのである。 「ああ。あっちで内なる虚を倒した。そして俺は新たな力を手に入れた。これで今まで使えなかった力も徐々に使えるようになるだろう」 天鎖斬月の卍解、更には始解の斬月の解放も解いて元の姿になった斬魄刀を鞘に収めながら李信は星屑の問いに答える。 「直江、これでお前は今までとは比べ物にならないくらい強くなった筈だ。だがその力、使いどころを間違えるなよ?」 「分かってる。協力感謝するぜ星屑」 翌日昼 グリーン王国の王都の役所を含め広範囲で建造物や道路に謎のエネルギー弾が命中し、爆発が発生した。大規模かつ複数箇所である為に王都中にその爆音が響き、爆炎が天高く舞い上がる様はキノコ雲の形状だった。 「ハアアアアアアアアアアアア!!ハアア!!」 王都の上空には、そのエネルギー弾を放った怪人が飛行していた。紫色の、バイキンマンが八頭身になったような怪人である。 グリーン王国 王都 グリーン城 グリーン王国軍 災害対策本部 「近いぞ!」 「誰か居ないのか!」 本部では軍の災害対策本部に勤務する職員達が怪人の出現にレーダーが反応している様がモニターに映し出されているのを確認、対策に当たろうと忙しなく動いていた。 「死神の李信と、スタンド使いの星屑が向かったとの連絡がありました!」 女性オペレーターが2人からの連絡を傍受して報告している。 「災害レベルの設定を急げ!」 男性職員の指示が本部に響く。 その頃現場では… 「うわあひでえ…女子供も容赦無しかよ…」 瓦礫に押し潰された焼死体が転がっている様を見て星屑が思わず嘆息を洩らす。 「星屑、油断するな。敵の気配が近いぞ」 李信が敵の気配を察知したようで、星屑に警戒を促す。 「フッフッフッフ…次に私に殺されたいのはお前達か」 バイキンマンを八頭身にしたような全身が紫色の怪人が空中から舞い降りて李信と星屑の正面に着地する。 「これをやったのはお前か。なら落とし前はつけてもらうぜ」 星屑がスタンド『ザ・ワールド』を顕現させて構える。 「そうだ。私の名はワクチンマン。人類が築いた文明を消し去るべく活動している!」 この怪人、名乗ったはいいが声までバイキンマンだった。 「お前の目的などどうでもいい。王都に害為す者は全て抹殺するのが俺の役目だ」 李信は鞘から斬魄刀を抜いて自らの脇の下を刀身に潜らせるようにして構える。 『軋れ 豹王(パンテラ)!』 李信は斬魄刀の刀身を霊圧を込めた右手の爪で引っ掻いて力を解放する。斬魄刀の刀身が青く光り、李信を青い霊圧が包み込む。 霊圧の渦から、豹の様な尖った耳、尻尾、爪、白い装甲に覆われた李信が現れる。 「俺から行くぞ!ザ・ワールド!」 星屑のザ・ワールドの時間停止能力が発動し、星屑以外の世界の全ての時間が止まる。 「バイキンマンもどき風情が…身の程を知れ!」 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!無駄ァ!」 星屑のザ・ワールドによるラッシュ攻撃。しかしワクチンマンには傷一つ、痣一つすらつけられない。そうこうしている内に時間停止が時間切れになってしまう。 「死ねえ!」 ワクチンマンの右手から放たれたエネルギー弾が星屑の胴体に命中、星屑は吹き飛ばされてしまった。 「星屑!クソッ!次は俺だ!」 李信は鋭利な両手の爪から青い霊圧を十本出現させる。 『豹王の爪(デスガロン)!』 青い霊圧の斬撃が飛ばされるが、ワクチンマンが放ったエネルギー弾に全て掻き消され、そのまま直進してきたエネルギー弾に李信はやはり吹き飛ばされてしまった。 「グハッ!俺が…こんなふざけた怪人如きに…!」 李信の視界は、真っ暗になった。 「物凄い轟音と揺れが続いています!突如王都を襲った大爆発はなおも規模を拡大させ、街全体がまるで…うわああああ!!」 ニュース中継のプツンと映像が切れ、画面が砂嵐状態になる。 「行くか」 王都にある水素の屋敷。昼に起きてたまたまニュース番組を見ていた水素は事件を知ってすぐにヒーロースーツに着替える。 正 義 執 行 水素はヒーロースーツを身に纏い、自らの屋敷の扉を開けて外に出る。 現場では、既にワクチンマンに挑んだ李信と星屑が返り討ちにあって倒れ、気絶していた。そして逃げ遅れた幼い少女が瓦礫に囲まれた場所で泣き喚いている。 「えーん!うえーん!パパー!ママー!」 幼い少女の背後にワクチンマンが現れ、右手を巨大化させて握り潰そうとするが… 突如音速より速い人影が現れて少女をワクチンマンの手から救ったのだ。少女を抱えたその男…水素は、比較的離れた場所に少女を放してやると、すぐにワクチンマンの前まで舞い戻る。 「何者だ!?お前は」 ワクチンマンが青筋を額に浮かべながら水素に問う。水素はその問いに一瞬ニヤリと笑みを浮かべながら 「趣味でヒーローをやっている者だ」 と、答えた。腕を組みながら。 「なんだその適当な設定は?」 あまりにふざけた格好とセリフの水素に対してワクチンマンは怒りを露わにする。 「私は人間共が環境汚染を繰り返すことによって生まれた ワクチンマンだ!!」 ワクチンマンは自身の右腕を左胸に当てて名前の部分を強調する。 「地球は一個の生命体である!貴様ら人間は地球の命を蝕み続ける病原菌に他ならない!」 そして、ワクチンマンの全身がムクムクと細胞分裂し、膨張を始める。 「私はそんな人間どもとそれが生み出した害悪文明を抹消するため 地球の意志によって生み出されたのだ!」 水素は相変わらずそんなワクチンマンを冷めた目で見つめている。 「それを趣味?趣味だと!?そんな理由で地球の使徒である私に刃向かうとは!」 ワクチンマンが巨大化し、鋭く巨大な爪と真紅に光る眼、尖った牙を持つ怪物に変化し水素を威嚇する。 「やはり人間!根絶やしにするほかないようだ!」 しかしそこで水素の拳がワクチンマンに炸裂する。 「ぐっはあああああああああああああああああ!!」 ワクチンマンは無数の肉片と化し、緑色の体液と共に飛散する。 「またワンパンで終わっちまった…くそったぇええええええええええええ!!」 またもワンパンで勝負がついてしまったことに絶望した水素はガクリと両手と両膝を地面につけて項垂れ、大声で嘆いたのであった。 「此処は…何処だ…?」 見知らぬ純白の天井。高そうなシャンデリア。窓から射し込んでくる日光。李信は意識を取り戻し眼を覚ますと、此処は何処かと問う。が、答える者など居る筈も…あった。 「あらお客様、意識を取り戻したのですね」 声がする方、つまり李信からすると右隣にピンク色のショートヘアと赤い瞳を持つメイド服を着た少女の姿があった。 「俺は確か怪人にやられて…」 「はい。お客様が挑んで無様にやられた怪人を倒した水素様がお客様をこの水素様の屋敷まで運んできたのです。後で水素様にお礼を言うべきです。それにしてもお客様達は無様ですね。水素様が1人で、しかも一撃で倒した敵に2人がかりで返り討ちにされるなんて」 「ってことは此処は水素の屋敷か。クソ、あんな怪人に下手打つとはな。っていうかアンタが看病してくれてたのか。サンキューな」 「水素様に頼まれたのでやったまでです。お礼なら水素様に」 「そうか。ところで星屑は?あー、星屑ってのは筋肉質の長身で学帽を被ってて学ランと紫色のシャツを着ている奴だ」 「そのお客様なら此方に。私の妹が見ていますので問題ありません」 ふと眼を見やると、李信が眠っていたベッドと3m程感覚を空けた場所にもう一つベッドがあり、青いショートヘアと青い瞳を持つメイド服を着た少女に看病されながら眠る星屑が居た。 「そうか。なら良かった」 星屑の無事を確認した李信はホッと胸を撫で下ろす。 「姉様姉様。今そちらの眼帯をつけているお客様にイヤらしい眼で見られた気がします。姉様が」 「レムレム。今こちらの眼帯をつけているお客様にイヤらしい眼で見られた気がするわ。レムが」 やけにセリフの調子が合う上に容姿も似ていると、見比べた李信は思った。 「俺はそういう方向のキャラじゃない。自意識過剰もいいとこだ。水素は何処だ?」 李信は2人の煽りに対して冷静に返しつつ立ち上がる。 「水素様なら応接室にいらっしゃると思います。この間お客様を招待されたお部屋です」 ピンク髪メイドがそう答えると、李信はそこからは無言で部屋を出ていった。 「水素、居るか?」 「ちょっくんか、入りな」 応接室の前で水素が居るか確認をする為に一声かけると返事がしたので扉を開けて中に入る。 「まあ座れよ」 水素に促されたので李信は水素と向かい合う形で黒いソファに腰掛ける。 「さっきは面目無い。あんな怪人にやられるとは思わなかった」 李信が気まずそうに話を切り出す。 「どうせ舐めプしたんだろ?お前も星屑も。災害レベル竜の怪人相手に余裕こいてるからそうなるんだ。まあ俺は全く本気出さなくてもワンパンだがなw」 そう言いながら水素はチラシを手にとって眺めている。チラシには大きく「むなげや」と書かれている。 「グリムジョーの帰刃(レスレクシオン)なんて使うんじゃなかったぜ。ありゃ並の能力者なら瞬殺されるな。そのくらい強かった。お前が来なけりゃどうなってたことか…」 「お前、俺ほどじゃないけど強いのに勿体無いよな」 「回復したしすぐ帰ろうと思ったんだがな。礼を言いに来た。じゃ、俺は帰るぜ。星屑にもよろしく」 李信はそう言って立ち上がる。 「待てよ」 「何だ?」 「…蚊だ」 「…蚊だな」 窓も開けていないこの部屋に蚊が一匹、プーンと音を立てながら飛んでいる。 「死ね」 李信は蚊が居る窓際まで瞬歩で移動、両手を合わせて蚊を叩く。が… プーンと音を立て、李信の両手の隙間から抜け出してくる。 「おい何やってんだよ蚊如きに。蚊なんて、こう!」 続いて水素が目にも止まらぬ速さで蚊を両手で叩くも、蚊は水素からも逃れてしまう。 「おい」 「いや、まあ失敗は誰にでもある。見てろ、次こそは…」 「やったか?」 水素の頭の右側に止まった蚊を、思い切り叩くがまたも逃げられる。 「おい…」 2度も失敗する水素を冷ややかな目で見ている李信。 「蚊めぇぇぇ~!!」 額に青筋を浮かべた水素は高速で移動しながら蚊を潰そうと何度も両手で叩く。しかし蚊を退治するには至らない。 ガチャリと応接室のドアが開く音がする。入って来たのは紅茶と菓子を用意してきたピンク髪メイドだった。 「あのー、2人して何をしているのですか?」 そして応接室では水素と李信が蚊と格闘を繰り広げている最中。ピンク髪メイドからすれば反復横跳びや瞬歩を駆使して蚊を潰そうと必死な2人の姿がシュールに映る。 「ラムちーか。この蚊が、全然死なねえんだよ!」 「この糞虫!ぜってえ殺す!」 目を血走らせながら一匹の蚊を追う2人の姿はラムには滑稽に思い、クスリと笑う。 「あのー、お茶とお菓子をご用意したので此処に置いときますね…」 ラムが一声かけるも、 「サンキュー、蚊をぶち殺したらいただくぜ!」 水素はラムに一瞥さえせずに目の前の蚊に必死であり、李信は返事さえしなかった。 (蚊を退治するのに大袈裟な…) ラムは心中でそう呟きつつ、一礼して部屋を退出していった。 「今年の蚊の大量発生、その原因は何なのか!?蚊の専門家であり、本も出されているカーフェチ氏に来ていただきました。よろしくお願いします」 李信は手元が狂い、応接室のテレビのリモコンの電源ボタンを押してしまった。つけたチャンネルでニュース報道がなされている。 「えー、結論から言わせてもらうと今年の蚊は完全な新種であるため私も分かりません」 「帰れ!」 男性キャスターに促された専門家が話すが、あまりにお粗末なコメントであった為にキャスターから思わずツッコミを入れられている。 「番組の途中ですが臨時ニュースをお伝えします!」 「グリーンバレーに大量の蚊の群れが向かっています!住民は絶対に外に出ないようにして下さい!災害レベルは鬼です!」 「既に襲われた家畜はミイラ化していたとのことです!群れに接触したら確実に死にます!」 「これがその映像です!」 アナウンサーからの報道の後、全身の血を全て吸われ、ミイラ化した家畜の牛が数頭転がっている映像が映し出されていた。 「おい水素、聞いたか」 プツンとテレビの電源を切ると、李信は蚊の退治に夢中な水素に声をかける。 蚊に刺された場所を爪で掻いている水素が「うわあ大量発生とか勘弁してくれよ~」とボヤいている。 「さっきの蚊はどうした?」 「窓の隙間から逃げやがった。追うぞちょっくん!もしかしたら蚊の群れの元凶に当たるかもしれんぞ!」 水素は言いながら窓の鍵に手をかけていた。 「やれやれまた怪人か。仕方ないな」 窓を開けて外に飛び降りた水素の後を李信も追おうとするが… 「これ窓の鍵誰が閉めるんだ?蚊が大量発生してて開けっ放しにすると屋敷に蚊の群れが…」 外に出ようとするが、李信はふと水素の屋敷が心配になったのだ。 「お客様、お茶のお代わりは…って水素様がいらっしゃらないようですが。それに…」 と、いいタイミングでピンク髪メイドのラムが応接室に入ってきた。 「ラムとか言ったな。いいところに来た。水素と俺は大事な急用が出来た。部屋の戸締りを頼む。それから屋敷中の窓は全て閉めろ。蚊が大量発生していて危険だからな」 「あ、あの…」 「頼んだぞ。じゃあな」 ラムに有無を言わさず李信は念を押して窓から飛び降りてしまった。応接室には手付かずの紅茶と茶菓子が2人分残されていた。 「行ってしまいました…」 事態を知らないラムは突然のことに呆然としていた。 グリーンバレーのとある商店街 ガシャンという窓ガラスが割れる音と共に中からニット帽を被った金の長髪の男がバールと盗品を詰め込んだ袋を持って出てくる。 「あっはっはw警報でどの店も無人…馬鹿どもが!蚊に刺されて死ぬ人間がいるかっつの!こんだけ盗っときゃ多少蚊に血ィ吸われてもオッケーよ!」 と、呑気に言っている男のニット帽を風のようなものが吹き飛ばしていく。 「なんだ、風か?」 しかし、男が風だと思っていたものは… 「お?」 黒い塊が蠢きながら男の全身を覆う。そして… 「うがっ!?あうう!おお!」 黒い塊は大量の蚊の群れだった。蚊の群れは男の全身に張り付いて血を吸い尽くしてしまったのである。 血を吸い尽くされた男はさながらミイラの様な姿に変わり果て、その場で倒れた。 その蚊の群れは皆、一箇所に集まろうと移動を始める。その場所とは… 「ぷはぁ~何よアンタ達!こんなんじゃ全然足んないわよ!もっと吸ってらっしゃい!」 蚊の群れが吸った血を人と蚊が融合したような姿の女怪人に供給する。 (今、何匹か死んだ。近い) 女怪人は自らが操る蚊の何匹かが死んだのを察した。敵の気配を感じ取ったようだ。 「なるほど。蚊の大群に血を吸わせ、それをお前が独り占めしていたのか」 「お前が蚊に信号のようなものを送り操っていたとすればこの不可解な集団行動にも説明がつく」 「主人であるお前を排除すればこの目障りな群れも居なくなるのか?」 蚊の大群に全然を覆われながらもダメージを受けている様子も無い男の声が、怪人の真下から聞こえてくる。 「食事が来たわ!吸い尽くしてあげなさい!」 怪人の指示で更なる蚊の大群が男に襲い掛かる。が… 「お前を排除する。そのまま動くな」 古代ペルシャに伝わる甲冑に身を包み、ミスリルの剣から炎を放ち迫り来た蚊の群れを一瞬で焼き払った男が上空の怪人を見据えて言い放つ。 「俺はこのグリーン王国軍の唯一の大将軍にして最高司令官・アティークだ!善なる火の神の裁きをお前に下す!」 「ふふふ…私を排除するですって!?やってみなさいよ!」 蚊の女怪人が2枚の羽を羽ばたかせてアティーク目掛けて鋭い角を向けながら突進してくる。 『炎熱波動!』 アティークが怪人に向けて炎の波動を放つが怪人は巧みにそれを回避し、アティークへの接近を図る。 怪人の角がアティークの心臓をあわや貫くという時に、アティークの全身を突如炎の鎧が覆い攻撃を防ぐ。それどころか、炎の鎧に触れた怪人が焼け死ぬ筈…だったが、瞬時に怪人は蚊の群れに信号を送り盾として自らを守らせた。 「当たらなければどうってことないのよ!」 「チッ!」 アティークの炎から身を守った怪人は再度上昇して距離を取り、自らを蚊の群れに覆わせる。 「あの群れ…成る程。あれは相当な量の血を集めたな。グリーンバレーだけではなくもっと広範囲からな。奴にとって血は食糧というだけではないらしい。そう…エネルギー源だ。厄介なことになる前に奴を排除せねばこの王都が…」 アティークが鞘からミスリルの剣を引き抜いて剣先から炎を発しようとした時である。 「待てコラァ!まだ俺との決着がついてねえぞ!」 アースジェットのスプレー缶を持ち、スプレーを噴射させながら一匹の蚊を走って追って来た水素がアティークの間近まで走って来た。 「口入った!ペッペッ!んのヤロ~!」 どうやら水素の口の中に蚊が入ったらしく、吐き出したらしい。 「水素じゃねえか!早く避難しろよ!」 「アティークか!って何だありゃ!」 「見ての通り蚊の群れだ。容赦無く襲ってくるからさっさと逃げるこったな」 アティークは水素に避難を促す。 「待てよ水素!やっと追いついたぞ!って、何だこりゃあ!?」 瞬歩を繰り返して水素に追いついた李信も姿を現した。 「直江もかよ。お前ら2人がかりで一匹の蚊を追ってたのかよ…。とにかく奴らは俺が消すからお前らは避難してろよ」 そんなやりとりをしている内に上空の蚊の群れは3人に向かって襲い掛かってくる。 「来やがったか!焼き消してやる!」 アティークの全身から火炎が放出され、広範囲の蚊の群れを焼き尽くす。 「わざわざ一箇所に集めるなんて馬鹿だな。まとめて焼いてやったぜ」 アティークの火炎によりグリーンバレーの全ての蚊は焼かれて消されてしまった。 「神の力を宿す俺は魔力や生体反応感知も出来てな、周囲500m以内に生体反応は…って、やべえ水素と直江を巻きこんじまった!」 「呼んだか?」 李信は『縛道の七十三 倒山晶』を一時的に発動させてアティークの火炎から身を守っていた。倒山晶を自ら内部から破壊して出て来た李信の姿を見てアティークは一安心する。 「いやー助かったよちょっくん。服が燃えたらヤバいからな」 水素も一緒だった。アティークは2人を巻き込まずに済んだとホッとする。 「あははははは!バーカねえ!その子達は必要無くなったのよ!だって…」 全身が赤を基調とするカラーを持つ体に進化していた怪人が鋭く巨大な爪で間近にある高層建造物を斬り裂く。 「こーんなに!強くなったんですもの!ふふっ!」 笑いながらアティーク、水素、李信を見下ろす。その表情には「余裕」の文字しか無い。 「目障りな蚊女め、俺が消す」 『破道の三十三 蒼火墜』 李信が右手の掌から怪人に向けて蒼炎を固めた、かなり広範囲に発せられる鬼道を放つも、素早くなった怪人に容易く避けられてしまう。 「この攻撃範囲でも避けられるのか…ならば破道の七十三…」 「待て直江!ここは俺が!」 両手の掌を重ね合わせて『破道の七十三 双蓮蒼火墜』を発動しようとする李信を制止したアティークが剣先から爆炎を放つ。しかしそれさえ回避した怪人が猛スピードで飛行しながら迫ってくる。 「ああもう埒が明かねえ!」 2人に任せても仕方ないと判断した水素が高速で跳躍、怪人を強力なビンタで吹き飛ばしてしまった。 「蚊、うぜえ!」 怪人が吸った血が辺りに大量に撒き散らされ、決着はついた。 水素邸 ※アティークはあの後軍本部に帰りました。 「で、何で俺はまた水素の屋敷に来てるの?」 「せっかく淹れてもらったお茶を飲まないで放置して帰る気か?よく淹れてもらったお茶は手をつけないのが礼儀とか言う奴が居るがそれ、失礼だからな」 「…頂こう」 手をつけずに放置した紅茶を飲み、菓子を食べさせる為だけに水素は李信を再度自邸に連れて来ていた。よっぽど暇なのだろう。 「水素様」 応接室に今度は、先程「レム」と呼ばれていた青髪メイドが入ってくる。 「水素様とお客様がお出掛けになられている間に星屑様が目を覚まされてお帰りになりました。水素様によろしくと」 「分かった。サンキューな」 「はい。失礼しました」 水素の返事を聞いてレムは一礼して部屋を後にしようとするのだが、明らかに一瞬李信を睨んでいた。 (…) レムは鬼の形相(実際鬼だが)から一変、柔和な表情に戻り部屋を出て行く。 「おい、あのメイド俺のことを今一瞬睨んだぞ」 「気のせいだろ。自意識過剰じゃないのか?」 水素は全く気づいていないようである。自分のメイドだからであろう。 (あのレムって奴には注意しないとな) レムのあの顔が李信の頭から離れなかった。 「じゃあそろそろ帰る。戦支度もあるんでな」 現在の世界情勢。ガルガイド王国の王都で乱暴狼藉を働いた李信の身柄をガルガイド王国の国王桑田はグリーン王国に引き渡すように要求したが、グリーン王国の国王ぐり~んはこれを拒否、戦争にいつ突入してもおかしくない事態となっていた。 李信がソファから立ち上がると、突然天井が何者かに突き破られる。突き破られた天井の瓦礫が水素と李信に降りかかるが、2人は巧みに回避する。 「モスキート娘がやられたか。それも一撃で。奴も所詮試作品ということだ」 如何にも怪しい、薄暗い研究室。其処彼処に緑の培養液が入ったカプセルが設置されており、この眼鏡をかけた怪しい研究所はブツブツ呟きながら目の前のモニターを操作する。 「まあいい。これはいいサンプルになりそうだ。無理矢理にでも彼の体を調べさせてもらおう。使者を送って彼を正体しろ。我々進化の家にね」 水素邸 「ヒャーッハッハ!俺の名は…え?」 天井を破壊して現れたのはカマキリ型の怪人だったが、名乗る前に顔面に水素の拳を喰らって飛散した。 「天井弁償しろ」 天井を破壊されたことに怒った水素による問答無用の一発だった。 「ねえ」 「ん?」 「なんか先陣切ったカマキュリーがやられたみたい。オデのテレパシーが届かん」 「え!?あいつ結構強くなかったか?」 水素邸を外から見張っていたナメクジ型怪人と蛙型怪人がカマキュリーの死亡に気がついたようだった。 「外にも二体いるようだ。今度こそ俺が…」 李信は敵の反応を察知、破壊された天井から飛び出して外に出るが… 「いや、何でもない…」 既に水素が二体を逆さまに地中に埋めてしまっていた。 「人んチの天井を~!そもそも玄関から入って来いよなー!」 しかし今度は地中から鋭い爪が生えた焦げ茶色の腕が現れ、水素を首を残して地中に埋めてしまう。 「水素!」 「あ、大丈夫大丈夫。なんつーか、筑紫になった気分だ」 李信が思わず声をかけるが、水素には相変わらずダメージは無いようだ。水素は土の感触を心地良く感じていた。 「高エネルギー反応アリ」 突然李信の背後に、全身を銀の甲冑で包んでいる巨体を持つ怪人が現れた。 「次から次へと…鬱陶しいな」 「ターゲットハオ前デハナイ…」 振り返った李信の姿を確認したその怪人は片言でそう言った。声に機械音が混じっている。 「え、何?見えない!」 首を残して地中に埋められている水素からは李信の体に隠れて見えないようだ。 「邪魔ダ!」 怪人の両目が光り、李信に向けて拳を突き出してくる。 「邪魔って…俺からしたらお前らが邪魔だよ」 李信はそう言いながら素早く怪人の攻撃を回避し、左手の掌を怪人に向ける。 『破道の三十一 赤火砲』 掌から赤い球体状の鬼道を撃ち出して怪人が纏っている鎧を破壊する。 「へえー中身はそうなってんのか。つかただのゴリラじゃん」 「我々ニ刃向カウ敵ハ消サネバナラナイ…!」 『縛道の六十二 百歩欄干』 尚も向かってくるゴリラに複数の光の棒を飛ばし、壁際に張り付けるようにして捕獲した。 「ハッハッハッハッハ!手も足も出ないとはまさにこのことだ!よくやったグランドドラゴン」 頭を残して地中に埋められている水素の前に、二足歩行で巨体を持つ獅子の怪人が現れた。 「暴れられるのも面倒だしな」 地中から這い出てきたのは先程水素の体を地中に埋めたモグラ型の怪人だった。 「おい貴様!なんだその顔は!」 眠そうな顔をしている水素に対して獅子の怪人は立腹したらしい。舐められていると。 「フワ~ア…土の中って冷んやりしつつ暖かさもあって気持ちいいのな。眠くなってきたからほっといてくれ」 「ハッハッハッハ!これは立場を分からせる必要があるようだ!」 そんな水素に対して獅子の怪人は水素の目玉の間近に自らの鋭い爪を突きつける。 「いいか!これで貴様の両目を潰す!抵抗出来ぬようにな!獣王は如何なる相手にも決して手を抜かぬのだ」 獣王の威嚇に対して水素はあっさり全身を地中から出すと、 「ま、冗談はさておき…お前ら、謝るなら今の内だぞ。人んチの天井壊しやがってよぉ~」 当然だが、まだ根に持っている水素はイライラを少し見せながら獣王とグランドドラゴンに警告する。 「ふっ。良かろう。ならば獣王の力、存分に見せてや…」 「あ、変なトコ土入っちゃってるよ~」 舐めた態度を取り続ける水素に対して獣王は戦闘に移行しようとするが、水素はそれを遮り腰に身につけているベルトの中の土を払い始めた。 「おい聞いてるのか!」 「今土払ってるから待って」 イライラのボルテージが増していく獣王に対して水素は平然と土を払い続ける。 「終わったか?」 「もうちょい…終わった」 ベルトについた土を払い終わり、水素は獣王の方に向き直る。 「ならば、この獣王の力、存分に見せてやる!」 獣王の両手の爪が巨大化し、戦闘モードに入る。 『獅子斬!』 獣王はその鋭い爪から斬撃を飛ばすが水素は素早く回避する。 「ふん!ふん!ふん!うおおおお!」 獣王は爪を次々に振るい水素に振り下ろすが、悉く避けられていく。 「いてて、大丈夫?」 ナメクジの怪人が地中から頭を出してまだ頭が埋まっている蛙の怪人を気遣う。しかし… 「邪魔だ軟弱ども!」 獣王の獅子斬の巻き添えになり、全身を細切れにされてしまった。 「フッハッハッハッハ!弱肉強食!次はお前だ!」 「待て!今は殺すな!」 本気を出そうとする獣王にグランドドラゴンは止めようとするが、もはや獣王に手をつけられない。 『獅子斬流星群!』 高速かつ連続で『獅子斬』を繰り出すがそれさえ全て水素に回避され… 『連続…普通のパンチ!』 水素が連続かつ高速でパンチを繰り出し、獣王の体は無数の肉片と化した。 獣王を倒した水素の冷ややかな視線がグランドドラゴンに向けられる。 「ヒ、ヒィッ!」 グランドドラゴンは冷や汗を流しながら地中を掘って逃げ始める。 「あんなの、聞いてない!ここは一度退散して仕切り直しだ!」 「みーっけ!」 しかし水素に追いつかれ、その顔がグランドドラゴンの眼前に現れる。 「嘘だろ~!」 グランドドラゴンは水素により天高く殴り飛ばされた。 「で、お前らは結局何なんだ?」 壁際にゴリラを追い詰めた李信が斬魄刀の鋒を向けて威圧しながら尋ねる。 「オ前ニ話スコトナド何モナイ。我ハ進化ノ家デハナンバー3。今来テイルナンバー2ノ獣王ニ貴様ラハ勝テヌ」 ゴリラは片言でそう返す。というより、「進化の家」とちゃっかり答えを言ってしまっている。 「それこいつのことじゃね?」 「だ、そうだ」 水素が倒した獣王の目玉をぶら下げてゴリラに見せつける。李信も横目でそれを視認、斬魄刀の鋒を更にゴリラの鼻の間近に突きつけ威圧を強める。 「….…….…….…….…….…….…….…….…」 ゴリラはそれを見て口を噤んで黙り込む。数秒の沈黙が続いた後 「あの、全部話しますんで勘弁して下さい」 先程まで片言だったゴリラが突然滑らかに話し始めたのだ。 「何だお前?さっきまで片言だったじゃねえか」 「すいません、雰囲気出してカッコつけてました」 水素からの当然のツッコミに対して何とも滑稽な答えが返ってくる。李信はあまりの下らなさに暫し沈黙した。 「で、進化の家ってのは何処だ?答えないと消すぞ」 いつまでも沈黙するわけにもいかないので李信は本題を切り出す。斬魄刀の鋒に霊圧を込めて虚閃(セロ)を放つ構えを見せながら。 「えーっと、あっちの方向、徒歩で4時間くらいだ」 「嘘だったら殺すからな。それと妙な真似をしても殺す」 『南の心臓 北の瞳 西の指先 東の踵(きびす) 風持ちて集い 雨払いて散れ』 『縛道の五十八 掴趾追雀』 ゴリラが指差したのは東の方向。李信はその情報の真偽を確かめる為に鬼道で築いた青い光を放つ陣で標的の位置座標を捕捉する。 「どうやら嘘はついてないな。此処から真東に徒歩4時間の距離にこいつらのアジトがあるようだ」 「…お前最初からそれ使えばいいじゃん」 水素のツッコミは最もだったが李信はゴリラの真意を確かめる為にわざと聞いた節があった。その心中は面倒だったので水素には伝えなかった。 「行こうぜちょっくん。こいつらほっとくとまた刺客を送ってきやがるから面倒だ」 「今から行くのか?」 「明日はスーパーの特売日だから行けないしな」 「…お前金持ちだったろ…。まあ善は急げと言うからな異存は無いが」 2人はそれぞれ走りと瞬歩で高速移動を始めた。目指すは「進化の家」である。 「俺の鬼道によれば此処で間違い無い」 水素と李信は4時間どころかものの数分で進化の家の前に到着していた。流石は最強無敵のヒーロー(と、金魚のフン)である(李信の鬼道のお陰でもある)。 「お前ってたまには有能なんだな」 「たまには余計だ」 八層からなる無機質な感じの高層建造物が2人の前に聳え立つ。 「さて…」 李信は掌を建造物に向けて青い霊圧を溜め始める。 『虚閃(セロ)』 青い閃光が放たれ、高層建造物を跡形も無く吹き飛ばしてしまった。 「いや、何やってんの、お前」 「これが効率的に一網打尽にする最善の手段だと思ったが」 「そうだけどさ、敵も色々準備してたろうに…えげつないな、お前」 跡形も無く消し飛んだ建造物跡を眺めながら水素は呆然としていたがすぐに切り替える。 「お、なんかあるぞ。地下への入り口だなこれは」 水素は足下に四角い鉄板があることに気づいて片手でそれをこじ開ける。すると、一見すると真っ暗闇な地下への入り口だった。 「今度こそ活躍してやる…」 「お前さっきゴリラ倒したじゃん」 「大体これは俺の外伝だ。何でお前の方が活躍しててヒロインにモテてるんだ」 「メタ発言やめろよ。それに日頃の行いと人間的魅力と戦闘能力の差だろうが」 「要するに俺は全て劣ってるってことじゃねえかよこの野郎…」 そんな下らない会話をしながら開かれた地下通路へと潜入する。 進化の家 「馬鹿な!旧人類撲滅型精鋭戦力が全滅だと!?」 「アーマードゴリラからの通信によるとこの2人は此方に攻め込んでくるそうです!」 進化の家では天才科学者であるジーナス博士が、自らが作り出し送り込んだ怪人全てが倒されたとの情報に慌てふためいていた。 ジーナス博士は本来老齢であるがその知能を活かした研究成果で若さを手に入れ、自らのクローンを何体も作り出していた。 研究室のモニターには水素と李信の顔が映し出されており、ジーナス博士とそのクローン達は方策を巡って言い合いをしていたが… 「…阿修羅カブトを解き放つ準備をしろ」 「何!?阿修羅カブトを!?」 「しかし奴は…」 「これ以外に方法が無い!奴らが攻め込んで来たらこれまで積み上げて来た研究データを全て破壊されかねないぞ!」 ジーナス博士の口から出た「阿修羅カブト」とは一体… 進化の家 地下通路 「なんかテンション上がるなー!」 「…」 水素と李信は地下通路へ潜入、元凶を探し求めて歩いていた。靴が床を踏む音が歩く度に反響する。 「…誰か来たようだ」 李信は優れた霊圧知覚(この世界で霊圧を持っているのは彼だけだが)、或いは破面(アランカル)の霊圧知覚能力である探査回路(ペスキス)を備えている。比較的大きな気配が近づいてくるのを察知した。 「うおおおおお居た居たー!2匹居るけどどっちだあああああ!」 少なくとも2m以上はある巨大な体躯を持つ、茶色を基調としたカラーリング、そして頭に生えたツノが特徴的な怪人「阿修羅カブト」がジーナス博士を左手で掴んで運びながら走ってくる。 「右だ!」 「じゃあ左のこいつは要らねえんだなぁ!?」 ジーナス博士は2人並んで歩いている右の水素と左の李信を視認、研究対象は無敵のパワーを持つ水素である為そう答えた。すると阿修羅カブトが左腕で拳をつくり李信に殴りかかってくる。 「…そこまで舐めるなよ」 『聖唱(キルヒエンリート)』 『聖域礼賛(ザンクト・ツヴィンガー)』 李信の周囲を光の柱が取り囲む。攻防一体の極大防御呪法である。 「うおっ!」 『聖域礼賛』を仕掛けた李信の莫大な霊圧に気圧されて寸前で退がる阿修羅カブト。 「俺は水素ほど強くはないが…舐め過ぎなんだよお前ら」 「気が変わった…。左の奴も捕らえろ阿修羅カブト。右の奴同様生死は問わない。最高のサンプルが2人も…!私はついている!」 「ああ!だが此処じゃ狭いからよ~!俺は阿修羅カブトっていうんだ!戦闘実験用ルームがあるからよぉ~!そこでやろうぜぇ!」 李信の強い霊圧と技を見たジーナス博士は水素だけではなく李信も研究データとして欲するようになった。阿修羅カブトは2人を戦闘実験用ルームで迎え撃つ意向を伝える。 「上等だ!」 水素の承諾で決闘は成立する。李信の意向?知るかそんなもん。 進化の家 戦闘実験用ルーム 「広いだろぉ!?この施設で一番でけえ場所だ!戦力として使えるかどうかここで戦わせて実験してんだぁ!んじゃぁ…殺し合いといくかぁ」 「まずは俺からだ」 阿修羅カブトの前に出たのは李信だった。 「ま、弱い奴から出るのが王道だぁなぁ」 「その弱い奴からさっき退いたのは何処のカスだ?」 「減らず口を…死ねぇ!」 阿修羅カブトの煽りに対する李信の毒舌。それが阿修羅カブトの怒りに火をつけた。阿修羅カブトはその巨躯からは想像もつかない速さで李信目掛けて突っ走る。 『散れ 千本桜』 李信の鞘から抜いていた斬魄刀が無数の花びらの様に分裂する。直後、刃の吹雪は一斉に阿修羅カブトに向かい、やがて阿修羅カブトの全身を覆い尽くす。 「桜の様に分かれた無数の刃に斬り刻まれるがいい」 李信が左手を正面に突き出してそれを一気に握り潰すような所作を取ると、無数の刃は阿修羅カブトを斬砕せんと一気に襲い掛かる。 「バーーカーーー!!」 阿修羅カブトの強力な息で千本桜を悉く李信に跳ね返してしまう。 「馬鹿な!息だけで!」 千本桜を跳ね返された李信は逆に千本桜に斬り刻まれ…はしなかった。彼には硬皮(イエロ)と静血装(ブルート・ヴェーネ)があるからである。 「その実力…災害レベル竜といったところか。やはり始解では駄目か…」 「やっぱてめぇ大したことねえなあ!?雑魚に用はねえから早く強い方とやらせろや!」 李信はそんな阿修羅カブトの言葉は無視して斬魄刀を逆さにして地面に向かって離す。斬魄刀は地面に吸い込まれていく様に消える。 『卍解』 直後、李信の周囲に千本の巨大な刀身が現れ、その全てが桜の花びらの様に散っていく。 『千本桜景厳』 「さっきの花びらの量が増えただけじゃねえかよ!やっぱ大したことねえなぁ!」 阿修羅カブトは李信に猛スピードで突進してくるが… 「何処を見ている」 阿修羅カブトが突進攻撃を喰らわせた李信は残像だった。 『隠密歩法”四楓”の参「空蝉(うつせみ)」』 李信は自ら身につけていた黒いマントを変わり身として瞬歩で阿修羅カブトの攻撃から逃れていた。 「てめぇ…俺様をコケにした罪はその命で償ってもらうぜぇ!」 「水素が出るまでもない。俺がお前を葬る」 『吭景・千本桜景厳』 振り向いた阿修羅カブトに対して無数の刃を操り球状に包囲する。そして… 「刃の吭に 呑まれて消えろ」 球状に包囲した無数の刃が阿修羅カブトを押し包む。阿修羅カブトを斬砕したかに思えたが… 「バアアアアアアアアアカアアアアアアア!」 「!?」 阿修羅カブトは全くの無傷だった。更に無数の刃を息で李信に吹き返してくる。 「しまった…視界が!ならば殲景…」 無数の刃を目眩しとして利用されてしまい、李信が体勢を立て直そうとするも、腹部に阿修羅カブトの渾身の一撃を喰らって壁に激突、吐血した直後に気絶してしまった。 「さて、次はてめぇの番だぜぇ!」 「随分と俺を期待させる演出をしてくれるじゃねえか!」 水素は額に青筋を浮かべながら前に出て阿修羅カブトと対峙する。 「分かる!分かるぅぅぅ!お前つええな!」 「そっちこそガッカリさせんなよ?お前、ここの最終兵器なんだろ?今までの奴らとは明らかに違う。自信に満ちた表情してっからな!」 指差してくる阿修羅カブトに水素は歩いて近づいていく。 そして阿修羅カブトが奇声を上げながら瞬時に水素の背後を取るが…水素の『オーラ』にあてられて恐怖を感じ、背中の羽で飛びながら後退する。 「何してんだ?おい」 突然の阿修羅カブトの行動に不可解だとでも言いたげな水素の表情だった。 (今手を出せばやられていた…!何なんだこいつは!?隙だらけなのに俺の直感が大音量で危険信号を発している!) 全身に冷や汗をかきながら恐怖に支配された表情で水素を見据えている阿修羅カブト。 「貴様ァァァァァ!!それほどまでの力…一体どうやって手に入れたんだよぉぉぉ!!」 阿修羅カブトは感じ取っていた。水素の真の強さを。 「え?いや、前の世界で眠って目覚めたらこの世界にいて、で、このパワーを手に入れてた。方法なんて知らん」 水素はあっけらかんとそう答えた。しかし事実なので仕方がなかった。 「そうか…秘密を教える気がねえってんなら構わねえぜぇ?どうせ俺よりかは…強くはねえんだ!但し…ムカついたからてめえはなぶり殺す…!」 『阿修羅モード!!』 阿修羅カブトの全身が無数の細胞分裂を起こし、そして更なる巨大化を遂げ、エヴァ初号機カラーに変色する。 「こうなるともう、まる1週間は理性が飛んで暴走本能が静まることはなぁい!」 「お前を殺した後は街へ降りて来週の土曜まで大量殺戮が止まらねえぜぇ!」 「まる1週間」「来週の土曜」という阿修羅カブトのセリフを聞いた水素は衝撃を受けて硬直してしまう。 「強いヒーローだったら俺を止めてみろー!」 「ホアアアアアアアアアアアアア!!」 阿修羅カブトは咆哮しながらその拳で水素を殴り飛ばす。 (そんな、まさか…) 殴り飛ばされた水素は壁に激突、その衝撃で弾んで更に何度もルーム内の壁に激突、空中に投げ出される格好となる。 (まずい、俺は大変なミスを犯したのかもしれない) 阿修羅カブトの怒涛の連撃を受けながら、水素は全く別のことを考えていた。 (こいつの阿修羅モードはこのまままる1週間暴走を続けるだと!?) 「シェシェシェシェシェシェシェシェシェ!」 阿修羅カブトのラッシュを受けつつ、水素は更に思考を続ける。 (この調子で来週の土曜までだと!?) 水素が全く別のことを考えていることなど知る由もなく、阿修羅カブトは水素を天井へ殴り飛ばす。 (1週間後が…来週の土曜…) (つまりは今日も、土曜ってことじゃねえかよ!) (ということは今日が…) 阿修羅カブトは容赦無く水素に更なる攻撃を加える為にジャンプで接近する。 「ということは今日が…スーパーの…特売日じゃねえかぁぁぁぁぁ!!」 怒りに任せた水素の拳が阿修羅カブトに炸裂、阿修羅カブトの体は無数の肉片となって飛散、戦闘ルームに転がった。 「うおおおおおおおおおおお!」 水素は両膝を床につけ、両手を後頭部に当てて吠える。 「しくじったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 (何を言っている…!?) 阿修羅モード化した阿修羅カブトをワンパンで倒されたジーナス博士はあまりのことに呆然としていた。因みに水素は全くダメージを受けておらず無傷だった。 「恐らく水素はこのことを気にしている」 気絶状態からいつの間にか目を覚ましていた李信がスーパー「むなげや」の特売セールのチラシをジーナス博士に見せつける。ジーナス博士は言葉が出てこない。 「水素、閉店は22時だ。急げばまだ間に合うと思うが」 「急げばまだ間に合うんだな!?」 項垂れていた水素は李信の言葉を聞いて即座に立ち上がる。 「俺も買い物に協力する。時間が惜しいんだろ?」 「ああ、行くぞちょっくん!」 「ああ」 水素と李信がルームの壁に向かって走り出す。水素が壁を拳で破壊し、2人はジーナス博士の視界から消えていった。 「もうやめよう…こんな研究は…」 ジーナス博士は鼻水を垂らしながら研究をやめることを決意したのだった。 水素と李信は例のごとく高速で移動、スーパー「むなげや」に到着したのは21時45分だった。 「水素、そのメモを半分切って寄越せ。協力する」 李信は水素が手に持っていた買い物リストが書いてあるメモを半分切って渡すように要求した。 「済まんちょっくん!恩に着る!」 「口より手を動かせ。早く!」 「ああ!」 水素は李信の温情に感謝し声を震わせながらメモを半分破いて手渡した。 「水素は惣菜コーナー、俺は生鮮食品だ。時間が無い、急ぐぞ!」 李信は半分に破られたメモを手に持ち瞬歩で店の中へと消えた。 「俺も急ごう!えっとコロッケに唐揚げに…」 水素は凄まじい速力を発揮し店内に雪崩れ込み、持ち前の俊敏さで買い物かごに商品を入れていく。 「よし、全て入れたぞ!後はレジに持っていくだけ!」 (って、何でこんなに並んでるんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!) 2人の買い物は5分程で無事に終わった。多少レジで並びはしたが、目的の商品は全て買うことが出来た。 「サンキューちょっくん!お前のおかげで間に合ったぜ!」 買い物が終わり、店外付近の自販機の前で水素は礼として缶コーヒーを李信に投げ渡す。 「いや、今日の茶と菓子の礼だ。ワクチンマンや阿修羅カブトから助けてもらったしな。じゃあいい時間なんで帰る。またな」 「ああ、またな」 李信は水素に別れを告げて帰路についていった。 こうして波乱の1日は終わりを告げた。 翌日、9時頃に起床した李信は家を出た。目的などない。珍しくそういう気分になったのである。家を出て5分ほど歩くと、街の風景にはあまり合わない和風の茶屋の横を通りかかる。 ガラスはなく、外から暖簾の向こうが丸見えな造りとなっている。 「あいつらは…」 李信は、2人並んで茶を啜り、団子を食している男達を目撃した。1人は笠で顔を隠しており、1人はサングラスをかけている為に素顔は確認出来ないが、1人については李信は見覚えがあった。 (あの野郎、また来たのか…。しつこい奴だ) 「何で毎回毎回お前と俺がセットなんだよ」 「知るか。しずくなのがぐり~んに呼び出し食らったんだから2人なのは仕方ないだろ」 王都の外れには運河に架けられている朱色の橋がある。その上で小銭と星屑は何やら言い合っていた。 「…おい小銭」 「…ああ」 言い合いから一変、2人は急に冷静になる。その理由は、見覚えのある姿をした男を含む2人組が、それぞれ笠とサングラスで顔を隠しながら歩いているのを目撃したからである。星屑と小銭は人目も憚らずに2人の前に出る。 「よう北条、久しぶりだな。今は敵の帝国側であるお前らがこのグリーンバレーに何の用だ?」 最初に言葉を発したのは星屑だった。 「バレたなら仕方ないな。捜し物を見つけに来た」 「済むわけねえだろ。敵地のど真ん中に踏み込んで生きて帰れると思うなよ?」 北条は被っている笠を外して道に捨てると、堂々と素顔を晒す。小銭は「殺る気」満々である。 「お前らと戦う気は無い。すぐに去れば見逃すぜ?さもなくば殺す」 「俺らをいつでも殺せるみてえな言い方だなオイ。ちょっと傲りが過ぎるんじゃあねえのか?」 北条の余裕ある言葉に対して星屑が威嚇を始める。 「北条、お前の知り合いかよ。なら俺も自己紹介しとくか。俺はオルトロスってんだ」 オルトロスと名乗った白髪の男はサングラスを外して素顔を見せる。 「こいつらうるせえなあ。騒がれると面倒だし…殺すか?」 「さっさと口を封じた方が良さそうだ」 「…決まりだな」 オルトロスの意思を北条が肯定すると、王国側2人組と帝国側2人組は一触即発の状況となる。 『スタープラチナ!』 星屑がスタンド『スタープラチナ』を呼び出して北条にラッシュ攻撃を仕掛ける。 『須佐能乎!』 北条の右眼が万華鏡写輪眼に切り替わり、その全身を半透明の巨大な紫色の鎧武者が覆う。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」 スタープラチナによるラッシュ攻撃を繰り出すが、須佐能乎には傷一つつけることさえ叶わない。 「無駄な攻撃だ…!『神羅天征!』」 ラッシュ攻撃を繰り返す星屑を、北条は強力な斥力を発動させて吹き飛ばそうと図る。 『スタープラチナ・ザ・ワールド!』 あわや吹き飛ばされそうになった星屑だが、時間停止を発動させてその場から右に避けることで難を逃れる。 「時間停止か…便利な能力だがそんな力を用いたところで俺の須佐能乎を破れはしない…」 「ならばこれならどうだ?『クリーム!』」 星屑は暗黒空間へと続く口を持つ人型のスタンドを呼び出し、自らもその口の中に入る。 「この状態の俺は無敵。そして…」 「ひとりひとり、順番に順番に、この星屑の暗黒空間にバラまいてやる」 星屑はそう言い放つと、暗黒空間と融合した球体となり北条に向かって転がっていく。 「クリームだと?初めて見るスタンドだが…まあこの須佐能乎の敵ではない」 ところが暗黒の球体は須佐能乎に接触すると暗黒空間に呑み込んでしまう。そして北条は… 「触れたものを消す能力か。だがお前が俺に触れることは出来ない…この万華鏡写輪眼に宿った『神威』がある限り…!」 星屑の暗黒球体は北条の体をすり抜けてそのまま直進してしまっていたのだ。 「確かに強力な能力だが、そんなチンタラ動いているのなら容易だ。逆に神威で神威空間に吸い込んでやる!」 『神威!』 北条の万華鏡写輪眼から効果音が響き、星屑を神威空間に吸い込め…なかった。 「何処見てんだよヘボ忍者!」 瞬時に背後に回った星屑が銃のスタンド『皇帝(エンペラー)』の引き金を北条に引いた。 『神威!』 しかしエンペラーから発射された直進する弾丸が北条を貫くことはなかった。北条の神威が弾丸を吸い込んで神威空間に飛ばしたからである。 『波紋 オーバードライブ!』 星屑は銃を捨てて手刀に波紋エネルギーを纏って北条に接近して振り下ろす。 『千鳥!』 北条は印を結ばずに左手から放電させてオーバードライブと激突する。両者の攻撃が鳥の地鳴きのような効果音と波紋の効果音を発しながら数秒ぶつかり合い、威力は互角に思われた。 『千鳥鋭槍』 波紋を纏った星屑の右手と激突している、千鳥を発している自身の左手から槍状に形態変化させて千鳥を伸ばすことで星屑の右手の掌から腕を貫通し、肩まで貫いた。 「うぐっ…!」 右腕、右肩の筋肉や骨を貫かれた激痛に顔を顰める星屑だが、北条は容赦しない。 『神羅天征!』 北条から斥力が発生し、星屑を後方数十メートル程へ突き飛ばす。 『皇帝(エンペラー)!』 再び銃を手に出現させて北条に銃口を向けて引き金を引く。が、弾丸は北条が顕現させた『完成体須佐能乎』に当たり、ポトリと地面に落ちてしまった。 『地爆天星!』 須佐能乎の中で印を結び、左眼の輪廻写輪眼から効果音が鳴る。直後、星屑の真上に黒い球体が現れ、周囲の建造物やコンクリート、岩、土など全てを星屑ごと引き寄せていく。 「な、何だよこりゃあ…!」 黒い球体から発せられる強力な引力に、星屑は争う術を持たなかった。為すすべなく周囲の全てと共に黒い球体に張り付けられ、やがて星屑を数多の土や岩が覆って押し潰していく。 「フッ…」 北条の地爆天星により星屑は完全に閉じ込められてしまった。 「とどめを刺してやる」 完成体須佐能乎の巨大な右手には千鳥が纏われ、背中の斜め横まで引いて勢いをつけている。 『千鳥・星砕き!』 北条を覆う完成体須佐能乎が背中に生えた二枚の翼で飛翔し、星屑が囚われている球体を目掛けて千鳥を打ち出そうとする。 「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」 すると、球体から星屑の叫びが聞こえてくる。北条はそれを聞いて動きを止めた。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」 球体に亀裂が入り、それが星屑の掛け声と共に巨大化し、ついには粉砕された球体からスタープラチナと共に星屑が飛び出してきたのである。 「オラァ!」 「チッ!」 波紋エネルギーを纏った星屑のスタープラチナの拳が須佐能乎目掛けて突き出される。北条の須佐能乎の千鳥と激突し、上空は雷鳴と爆音と共に稲妻と波紋の膨張による爆炎に包まれた。 爆炎が消えると星屑のスタープラチナの拳には大きな亀裂が入っており、北条の完成体須佐能乎の右手は指が二本ほど吹き飛んでいた。 「この完成体須佐能乎がこの世界に来て二度も損傷させられるとはな」 「パワーと精密な動きが売りだからな、このスタンド…スタープラチナは」 精神エネルギーを糧としスタンドを操る星屑とチャクラを練って術を発動する北条。このスタンド使いと忍者の戦いは互いに一歩も譲る気配は無かった。 「お前も中々やるようだが、そろそろ終わらせてやる。俺は手加減をやめるぞ!北条ー!」 星屑から見て真正面に新たな人型のスタンドが現れる。 『キラークイーン!』 「また違うスタンドか。だがな、教えてやる。如何なる手段を用いようとお前は俺には勝てないぞ、星屑!」 「そいつはどうかねえ…」 キラークイーン。触れた対象を爆弾に変えることが出来る人型のスタンドである。星屑は何とキラークイーンで自分の背中に生えている羽根を触り始めたのだ。 「お前と共に戦ったことがあるから知ってるさ。触れたものを何でも爆弾に変えるスタンドだろ?だが俺には神威がある!お前のキラークイーンの攻撃は俺には通用しない!」 豪語する北条に向かって星屑が爆弾化した背中の無数の羽根を北条に向けて射出する。が、北条の言葉通りに神威によって羽根は須佐能乎も北条もすり抜けてしまった。 「無駄な足掻きだ」 北条の言葉に耳を貸さず。星屑は羽根を次々に再生させていく。羽根を再生させる度にキラークイーンに一々触れさせている為、はたから見ればシュールな場面ではある。 星屑はそれを延々と繰り返し、絶え間無く羽根を射出し続ける。キラークイーンは右手で羽根を触って周り、左手のスイッチで射出した羽根を爆破し続ける。 「てめぇの神威、一見無敵だが…いつまでチャクラがもつかな?」 「!」 そう、星屑の狙いはこれにあった。攻撃をすり抜けることが出来る神威は確かに無敵だが、それは北条のチャクラが尽きない限りという条件付きである。 北条は小さく歯噛みすると、輪廻写輪眼の新たな術を発動する。そう、星屑と北条の位置がそのまま入れ替わったのだ。 「お前が爆破されて死ね」 爆破された羽根が星屑に直撃、まともに浴びた星屑は上空から真っ逆さまに落ちていく。 「終わりだ…!『神威雷切!』」 須佐能乎による黒き雷切が星屑を一閃しようと急降下を始める…。 一方、小銭vsオルトロス 「俺は学園都市第1位、レベル5の能力を持つオルトロスだ。逃げるなら今のうちだぜぇ?まあ、逃げられたらの話だがなぁ!」 「この面貌を目にして尚不遜なセリフを吐き続ける…その口を塞いでやろう!クラスカード『アーチャー』!」 小銭はアーチャーのクラスカードを取り出して金ピカの甲冑に身を包んだギルガメッシュの姿になる。その直後、小銭の背後から黄金の異空間への円形のゲートが無数に出現しそこから無数の宝剣(宝具)が顔を覗かせる。 小銭が右手を振り上げ、それを自らの胴体と垂直になるまで一気に振り下ろす。無数の宝具が雨霰の様にオルトロスに向けて射出されていく。 だが、オルトロスは薄ら笑いを浮かべるだけで特に回避行動を行う意思は見せなかった。無数の宝具はオルトロスに突き刺さることはなく、逆に反射されて小銭に突き刺さる。 「俺はレベル5の『一方通行(アクセラレータ)』だァ!ベクトルを反射するように設定しとけばてめえの武器なんざこの通りよ!」 前髪を右手でたくし上げながら、無数の宝具で全身を蜂の巣にされた小銭を見て疳高い叫びを上げる。 「そういやてめえの名前を聞き忘れちまったなァ!ま、死んだ奴の名前なんてどうでもいいか」 「十魔…」 ボソリと呟く声が聞こえる。 「あぁ!?」 「小銭…十魔だ!」 全身に刺さった無数の剣を宝物庫に蔵い、小銭の傷は見る見るうちに塞がっていく。 「小銭だと?あのアイドルオタクのか!ヒャハハハハハハハハハハ!お前がFateの能力者とかマジで笑えるぜ!」 「うるせえよ。それより、てめえの弱点分かったぜ」 「なんだと?」 やり取りの直後、オルトロスの背後に小銭は新たなクラスカードを取り出す。 「クラスカード『ライダー』!」 小銭はギルガメッシュからメドゥーサの姿に変化する。 小銭は目隠しを外し、その魔眼でオルトロスを直視するが… 「おせえ」 オルトロスは何らかのベクトルを操作して瞬間的な移動速度で小銭の懐に飛び込む。 「んなもん当たらなきゃ意味ねえよなぁ!?体中の血を逆流させてやんよ!」 オルトロスに胸部を触れられた小銭は全身の血を逆流させられてその場で倒れた。だが一瞬小銭の視界に入ったオルトロスもまだ頭部の一部が石化してしまっていた。 「ケッ!」 石化してはいるが、頭髪の一部のみである。行動に支障は無かった。 「こんなもんかよ、グリーン王国の能力者ってのは。念の為に頭も潰しておくとするぜえ」 オルトロスは右手で手刀を作り小銭の頭部に振り下ろす。 その時だった。 目にも留まらぬ速さでやってきた何者かがその手刀を素手で受け止めたのだ。 「誰だ、あぁん!?」 「李信 現在年齢不明 髪の色 ブラック 瞳の色 ブラック 前職の企業 ブラック 職業/自宅警備員兼死神代行」 漆黒の死覇装に身を包んだ男がオルトロスの手刀を受け止めてそのまま虚閃(セロ)を放った。 一方、北条の神威雷切でとどめを刺されようとしていた星屑もまた突如現れた影に抱えられ、高速で難を逃れた。 「何だ?」 「趣味でヒーローをやっている者だ」 星屑は地上に下ろした水素がそう答える。 「またお前か…この間は不覚をとったが今度はそうはいかない」 「待て」 小銭の窮地を救った李信が割り込んでくる。 「今度こそ北条とは俺がやる。水素は白髪の方を頼む」 「駄目だねぇ…お前は2人を連れて此処から離れろ。2人まとめて俺が相手する」 水素は李信の提案をあっさり拒否した。 「おい。俺は今霊力も回復してるぜ。お前ばかりに活躍させられねえよ」 「俺1人で十分だからな。あんまりド派手なバトルを続けると目立つし街にも被害が出るんだよ。お前らにもしものことがあっても困るしな」 「チッ…!行くぞ星屑、小銭!」 既に再生能力で全快していた星屑と小銭に声をかけ、李信を含めた3人はその場から瞬時に離れていった。 「待ちやがれ死神!てめぇに用があんだよ!」 音より速いスピードで追おうと動くオルトロス。しかし… 「俺はお前らに用があるんだよ」 水素の驚異的な動体視力と動きがオルトロスの頭を掴んで阻む。 「何なんだてめぇは…」 「さっきも言ったろ。俺は趣味でヒーローをやっている者だ」 掴んだ頭をそのまま地面に叩きつけ、路面に大きな亀裂が入りオルトロスはめり込んでしまう。 オルトロスは地面にめり込んだまま気絶してしまった。 「何でオルトロスのベクトル反射が効かねえんだ…」 「おい、北条。さっさと失せな」 水素にオルトロスの反射さえ無効化された…しかし北条は退かない。同じ相手に2度負けるわけにはいかないからである。 「俺は退かない。今度こそてめぇを倒すぜ趣味ヒーロー」 「諦めろ。この世界で俺に勝てる奴は居ない」 「俺が諦めるのを…諦めろ!」 北条は決め台詞に近い台詞を勝負の前に吐く。直後、北条は九喇嘛モードを併用した六道仙人モードに変化し全身に九尾を模したオレンジ色のチャクラの衣を纏う。更に、背後には黒い求道玉が複数出現する。 『仙法・磁遁螺旋丸!』 雷遁と土遁を組み合わせて起こす性質変化・磁遁で水素の体を強制的に引き寄せて腹部に螺旋丸を叩き込む。螺旋丸を受けた水素は螺旋状に回転しながら吹っ飛ばされて行く。 『風遁・超大玉螺旋手裏剣!」 掌で超大型サイズの螺旋手裏剣を形成、吹っ飛ばされていく水素に追い討ちをかけるように投げつける。螺旋手裏剣は弧を描きながら水素に直撃、直後に一気に拡散する。 「螺旋手裏剣は攻撃を受けた敵の経絡系を無数の風遁の針状のチャクラによりズタズタに引き裂く。如何に貴様と言えども…」 北条は口を噤む。水素が螺旋手裏剣を内側から破壊して無傷のまま出てきたからである。 「だから言ったろうが。俺には勝てないってな。そこの白髪を連れてさっさと去りな」 『神威!』 万華鏡写輪眼から繰り出される最強の時空間忍術『神威』。水素の周囲を時空間の本流が渦巻くが… 本流は水素を吸い込む前に止まり、消え失せてしまった。 「何やってんの、お前」 何が起きたのかわからない水素はキョトンとした顔で北条に尋ねる。しかしそれが北条の神経を逆撫でした。 「馬鹿な…!神威が効かないだと!?」 「え?何?カムイ?何も起きてないけど?」 目を丸くする北条に水素は相変わらず無神経である。 「成る程…余程俺を馬鹿にするのが好きなようだな。貴様は確実に殺す!」 北条は両手の指で印を結ぶ。 『多重影分身の術!』 次々と北条の実態を持つ分身が周囲を埋め尽くさんばかりに現れる。少なくとも100人は居るだろう。そして本体含め、全員が片手に巨大な螺旋丸を形成する。 『仙法・超大玉螺旋多連丸!』 全ての北条がその螺旋丸を掲げて水素に飛び掛かっていく。 『必殺マジシリーズ マジ反復横跳び』 水素はその場から音速を超える速さでの反復横跳びを敢行、あまりの速さに衝撃波が発生し全ての北条の影分身は消滅し、北条もまた衝撃波を受けて吹っ飛んだ。 「貴様…一体何をした…」 「ただ全力で反復横跳びしただけだ」 その答えを聞くや否や 北条は気を失い仰向けに倒れてしまった。 「さてと、帰るか」 水素は仕上げとばかりに気絶しているオルトロスと北条の片腕ずつを両手で掴んで空高く投げ飛ばすと、何事もなかったかのように帰路へとついた。 「3人とも、終わったぞ」 水素は先に逃げていた李信、星屑、小銭と合流を果たした。 「何?もう終わったのか?」 自分達が苦戦し、追い詰められた敵をいとも容易く短時間で片付けたと言う水素の発言が、星屑には信じられなかった。 「ああ。全然大したことない連中だった」 「マジかよ…」 最強クラスの英霊『ギルガメッシュ』のクラスカードまで使ったのに逆に追い詰められた小銭は惨めな気持ちで一杯だった。 「…水素」 それまでだんまりだった李信が口を開く。 「俺と決闘しろ」 短くだが、その声には鋭さがあった。 「いきなり何だよ、お前」 「俺が強いってことを証明してやる。今回も全部お前にもっていかれたからな。このままじゃ死神代行としての俺の立場がねえ」 李信は本気だった。手から汗が滲み出し、強く握られ眼差しを鋭く水素を捉えている。 「断っても突っ掛かってきそうだな。いいぜ、相手になってやるよ」 舞台は以前の水素と北条との戦いで半壊したコロッセウムへと移る… グリーン王国 王都にあるコロッセウム 「一応聞くけど、マジでやるのか?」 水素は李信に最後の確認として念を押す。 「たまには俺の見せ場かあってもいいだろ?まだこの世界に来てお前に勝った奴は1人も居ないらしいな。そして黒星がついていない能力者もお前だけらしいな。ならば!俺が!お前に!勝つ!勝って最強の座を手に入れてやる!」 李信はいつにも無い異常なハイテンションで答える。一々区切るのが特徴的だ。 「ワクチンマンや阿修羅カブトに負けるような奴が俺に勝てるわけないだろ。現実を見ろよちょっくん」 「あの時は本気を全く出してなかったからな。だがな!俺の本気はマジで凄いぞ!」 腰に差している鞘から斬魄刀を引き抜く。 「あー分かった分かった。雨降りそうだからさっさとかかって来い」 水素が言うように、天空は黒い雨雲で埋め尽くされていた。 『万象一切灰燼と為せ 流刃若火』 李信が斬魄刀の解号を唱え、右手に持つ斬魄刀から灼熱の炎が噴き出す。瞬時に辺り一面の火の海に変えてしまった。 「行くぞ水素ォォォ!!」 瞬歩。死神が持つ高等歩法で李信は水素の背後を取る。 『流刃若火一ツ目 撫斬』 刃を振り下ろし、灼熱の斬撃を放つ。だが水素の反応は速かった。瞬時に右にステップして斬撃を回避すると、李信に『普通のパンチ』を右手から繰り出す。 (速い!) 咄嗟の判断。李信は瞬歩により紙一重で水素の拳から逃れた。 「人間だし仲間向けだから正直めっちゃ手加減してるけどそれでも俺のパンチを避けたのはお前が初めてだ。やるな、お前」 「めっちゃ手加減だと?」 水素のセリフは何気無く発されたものだったが、李信の顳x?C?修譴鉾娠?靴謄團?蠅汎阿? 「ああ。まあそうだな、災害レベル竜の怪人を殺さない程度に力をセーブしてる感じだな」 「…あまり俺を舐めない方がいいぞ」 『雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に分かつ 縛道の六十一 六杖光牢』 李信は詠唱を唱え、鬼道の光で水素を拘束する。 『六方封陣』 更に6本の柱を東西南北上下に発生させて相手を封じる結界を出現させ、水素を中に閉じ込める。 『夢想家(ザ・ヴィジョナリー)』 更に聖文字(シュリフト)『V』の字を冠する、理想を現実に変える力で結界内をガソリンで満たす。 「チェックメイトだ」 流刃若火を振るい、一瞬だけ結界の一部に穴を開けて灼熱の業火を放つ。結界内は忽ち火炎で満たされ、結界は赤く染まる。 「これで少しは…」 セリフの途中で聞こえる結界が破壊される音が響く。 「いやあ、無料で暖を取らせてくれるサービス?そういうの好きだぜ」 六杖光牢も六方封陣も破った無傷の水素が炎の中から姿を現す。 「…化け物め」 「動きを止める」 李信が爆炎を噴出している流刃若火を上段に構える。 (また何かやる気か?全部無駄なのになぁ…) 李信は真剣だが、水素は仕方なく付き合ってやっているという心中であり、それは駄々を捏ねる幼児に対して向けるものと同じである。故に実際は災害レベル竜どころか、本人の感覚ではそれ以下の怪人と戦う時の感覚である。 『城郭炎上』 李信が刀を振るうと、放たれた爆炎が水素の周囲を取り囲む。そして水素の視界から李信が消える。 「何処を見ている」 やる気無さそうに周りをボーッと眺めている水素の頭上から李信が流刃若火を振り下ろす。 「いや、知ってたし」 既に李信の気配を察知していた水素に空中からの振り下ろされた流刃若火はその炎ごと左手で受け止められてしまう。 (だがまだ左手がある) 『破道の九十六 一刀火葬』 受け止められた流刃若火の柄から左手を離し、触媒としてヒビ割れた左手から巨大な刀身の形状をした爆炎を零距離で水素に放つ。 『軍相八寸 退くに能わず・青き閂 白き閂 黒き閂 赤き閂・相贖いて大海に沈む 竜尾の城門 虎咬の城門 亀鎧の城門 鳳翼の城門』 『四獣塞門!』 更に詠唱を唱え、水素の前方に竜尾の城門、左に虎咬の城門、右に亀鎧の城門、上に鳳翼の城門という四種類の壁を発生させ、その壁で作られた直方体のかなり頑強な結界で相手を閉じ込める鬼道を発動する。これにより一刀火葬の範囲を集中させ、威力を逃さず命中させることに成功した。 「少しは応えたか?」 結界の中を満たす爆炎が瞳を焼き尽くすかの様な熱を発して渦巻いている。しかし… 『連続普通のパンチ』 結界は粉砕され爆炎も吹き飛ばされ、全くダメージを受けていない水素が急接近してきたのだ。『普通のパンチ』を瞬歩で回避した李信は真横に現れて流刃若火を振るい『松明』を発生させるが容易く右手で受けられてしまう。 李信は人知を超えた速力で水素から離れ、そのまま水素の周囲を取り囲むかのような残像を残す程のスピードで回り始める。 『松明』 水素が残像に翻弄されていると見た李信は流刃若火を振るい爆炎を水素に放つ。が、全て水素に見破られていた李信は直後に水素に右腕を掴まれてしまう。 「!」 「なあ、もう茶番はやめろよ。まだ本気出してないだろ、お前。本気のお前を負かしてどっちが上かを思い知らせてやるよ」 呆気に取られる李信に水素は催促する。 「いいだろう。仲間相手だからと極端に手を抜いたことを後悔させてやる!」 右腕を解放された李信は瞬歩で後方30mに移動、自らの右眼を覆っている黒い眼帯を取り外す。すると極端に抑え込んでいた霊圧が一気に噴き出し、周囲の全てが軋み始める。 「へーすげえじゃん。でもまだ全力じゃないだろ?出せよ、卍解を」 「そのつもりだ。全力で叩き潰す」 『卍 解』 流刃若火に霊圧を込めると、刀身が光り輝く。そして… 『残火の太刀』 焼け焦げた様な刀身を持つ斬魄刀が姿を現した。炎は…殆ど消えている。ただ焼け焦げた刀身で燻っているのみである。 「これが俺の最強の卍解だ。見た目で油断しない方がいい」 「油断もするぜ。斬魄刀の見た目や能力に関わらず、な。だって警戒する必要がねえからな。俺は最強だから」 水素は警戒する素振りも見せずに呑気に構えている。 「その口を今すぐ塞いでやる」 『残火の太刀 東 旭日刃』 「残火の太刀は流刃若火の炎を全てその刀身に凝縮した卍解だ。斬りつけた対象を問答無用で消し飛ばす」 瞬歩で急接近した李信が真正面から水素に斬りかかる。が、水素はそれを左手で受け止めてしまう。 「!」 「あれ?俺は消し飛ばないぞ?」 水素がわざとらしく右手でパンチのフォームを作るが、「おっと」と李信が待ったをかけたので寸止めした。 『残火の太刀 西 残日獄衣』 「1500万度の熱を持つ霊圧の衣を纏い、触れた者を消滅させる。本来なら近づいただけでも消し飛ぶ筈だがお前には理屈は通用しないな。だが俺に触れたら流石のお前も御陀仏…」 セリフの途中で寸止めされていた水素の拳が李信の腹部に直撃した。 「ぐっはあああああああああああああ!!」 残日獄衣などまるで通用しなかった。残日獄衣越しにも関わらず水素のパンチを受けた李信は悲鳴を上げながら吹っ飛び、コロッセウムのスタンドに激突、全身がめり込んでしまった。李信は無様に鼻や口から吐血して気絶している。 「またワンパンで終わっちまった……くそったれえええええええ!!」 ほんの少しだけ力を出しただけでこの始末である。北条の時と何も変わらなかった。 「俺は強くなりすぎた」 ある日、李信は水素邸を訪れていた。用向きは最近発生した集団強姦殺人事件の捜査の打ち合わせである。 ポケガイ帝国軍は軍務だけではなく、現実世界でいう警察や消防といった公務員的な要素も兼ねているのだ。 2人は客室のソファに腰掛けて、犯人達の顔写真が貼り付けられている資料をテーブルに広げる。 「今回の事件は…」 「男1人が宅配便を装い民家に押し入り、留守番中の15歳少女を拉致、泣き始め弟である0歳の乳児を撲殺した後少女を廃屋に連れ去り4人で8日間に渡り強姦を繰り返した後に暴行し殺害、遺体を山中に遺棄した…これが概要だ」 水素が資料のページをペラペラとめくり始めると、李信が概要を説明する。 「ちょっくん、お前の鬼道の出番だぞ」 「そうだn…」 「水素様、お客様です」 「え、俺に客?」 李信が鬼道を発動しようとすると、水素のメイドである青髪の少女が入ってくる。 「あの、本日はお願いがあって参りました…」 20代前半くらいの女性が客室に通されて水素と李信の向かい側のソファに腰掛けて深妙な面持ちで話始める。 「水素、知り合いか?」 「いや、初対面だ」 李信も水素もこの女性と会ったのは初めてである。初対面であるこの女性、一体何の用向きで来たのか2人は察しかねた。 「私は、5日前に殺害された少女の姉です…」 女性はゆっくりと語り始めた。 女性の話によれば、この被害者の姉である女性と両親は買い物に出かけていた。 ピンポーン 2週間ほど前のことである。領内にあるとある民家を「宅配便でーす」と男が訪れた。 「はーい」 留守番をしながら弟である乳児の面倒を見ていた少女がインターホンと男の声に反応してドアを開けた。すると… ガバッと男は少女の首に手を回して押し倒したのである。 「ちょっ…やめて!何するんですか!!」 「オギャア!オギャア!オギャアアアアアアアアアア!!」 手足をジタバタさせて抵抗する少女。その様子を見ていた乳児が泣き出した。 「あーうるせえなぁ!」 男は少女の腹と鳩尾に一発ずつ渾身の殴打を喰らわせる。少女は激痛で「うぅ…」と蹲る。少女が暫く動けない状態となると男はそこから立ち上がる。 「うるせえなぁ!チンコ萎えたじゃねえかよオイ!」 「ちょ…やめて…何する気なの…!」 ズカズカと足音を立てながら赤ん坊へと接近し、泣き喚く乳児を数え切れない回数殴る蹴るを繰り返し、全身の骨を折って最後は逆さに持って思い切り床に叩きつけて頭蓋を割って殺害した。 「いや…いや…いやアアアアアアアアアア!!」 目の前で弟が無残に殺された光景を見せつけられ泣き叫ぶ少女に刃物を出して男は「静かにしねえとてめぇも殺すぞ!」と脅迫する。 「…」 少女は恐怖のあまり声を押し殺す。そして「言うこと聞かねえと殺すかんな」と言われ、男によって全身を縄で縛り付けられると乱暴に車のトランクに押し込められ、拉致されてしまった。 少女が目を覚ます。視界には知らない灰色のコンクリートの天井が視界に広がっていた。そして首を動かすと自分を拉致した主犯の男を含めて4人が自分を取り囲んでいた。 「さーて、お目覚めだぜ。おいお前ら、お楽しみの時間だ!」 「待ってましたぁ!」 「こいつは上玉だぜえ!」 「じゃ、処女は俺が頂こうかな!w」 衣服や下着を全て無理矢理脱がされ全裸にされると、男達もズボンとパンツを下ろして逸物を露わにする。初めて見る男性の逸物は禍々しく、グロいという表現がぴったりだ。 「い、いや…いや…!」 少女は逃げようとするも男達の強い力で押さえつけられて身動きが取れなくなる。そのまま男達は少女の口や膣、肛門に次々と代わる代わる逸物を挿入し、数時間に渡り犯し続けた。 「ふー気持ち良かったぜ」 「ところでこの女どうするよ?」 数時間、満足するまで少女をレイプし続けた男達はパンツやズボンを履き直しながら話す。少女は涙を流しながらぐったりしている。 「帝国軍にチクられたらヤバいからよお、このまま連れてこうぜ。まだ使い途ありそうだしな」 「だな、お縄につくのは嫌だしな!」 「んじゃ俺が車まで運ぶわ」 身ぐるみを剥がされて犯され続けて逃げる力を失った少女は泣きながら「家に帰して欲しい」と何度も訴えたが、男達は聞く耳を持たなかった。 「おら!犬はワンだろうが!犬が人間語喋ってんじゃねえよ!」 主犯の男の命令と共に鈍い音が室内に響く。全裸で四つん這いになっている少女の腹に主犯の男が思い切り蹴りを入れたのである。 「アガッ…!」 「ワンだろうが!」 蹴られて悲鳴を上げると、今度は頭を殴られる。少女は泣きながら「ワンワン ワンワン」と四つん這いの体勢のまま口にする。 更に主犯の男が特に意味も無く、ウケ狙いと称して少女を殴りつける。共犯の3人も便乗し、暴行はエスカレートしていく。 頭、顔、胸、腹、背中、尻、脚 殴る蹴るの暴行を長時間受け続けた少女はついにぴくりとも動かなくなったのだ。 「うわっ。めんどくせ。こいつ死んでね?」 「バレたらヤバいな。どうするよ?」 「近くのグリーン山に埋めようぜ」 「よし、スコップの用意だ」 男達は少女が死んでもなお、反省や後悔、人を殺したことへの恐怖の念すら抱かずに自分達の保身ばかりを考えていた。 そして男達により少女の遺体はグリーン山の山中に埋められた。男達はそこから直ちに逃散したという。 「以上が、ことの顛末です…」 少女の姉は事件の全てを水素と李信に話し切った。その両目からは止め処なく涙が溢れ、流れている。 「胸糞悪い話だな、おい」 水素は腕を組みながら歯軋りした。 「…クソが」 李信は短くそう呟いただけだが、苦虫を潰したような表情をしており、その心中は犯人達への怒りで満ちていた。 「奴らはこのまま待てば軍に逮捕されて裁判で死刑になるでしょう…。でも、この国の死刑は斬首刑か絞首刑が基本です。妹を散々苦しめて嬲り殺した連中が楽に死んで逃げるなんて私には耐えられない!」 溢れ続ける涙を両手で持ったハンカチで顔を覆いながら止めている少女の姉がその顔を上げる。その震えた声からは悲痛な感情が溢れていた。 「お願いします…奴らも同じくらい苦しませて殺して下さい…!」 少女の姉がハンカチを顔から離して李信と水素を真っ直ぐに見つめて訴えた。 「うーん、気持ちに応えてあげたい気持ちは山々だけど俺らもポケガイ帝国軍の幹部だからねえ。命令違反するとセール皇帝にガミガミ言われちゃうわけよ」 水素は申し訳無さそうに答える。 「関係無い。そんな悪人(屑野郎)共は苦しんで死ぬべきだ。そうでなければ許されない。その依頼、俺が引き受けた」 水素の答えを否定するかの様に李信が立ち上がって言い放つ。 「お前、そんな正義漢キャラだっけ?お前そんな感情あったっけ?」 「いや、俺は基本的にドライな方だが…流石の俺もこれは胸糞悪くなった。屑野郎共にこれ以上無い苦痛を味わわせて殺さねえと気が済まねえ。お前がやらなくても俺はやる」 水素の質問に李信は拳を握り締めて答える。正面を睨みながら。 「ま、セールなんて適当に誤魔化せるだろ。俺も乗るよ。聞いちまった上に一緒に聞いたお前がそうなら、もう一蓮托生だしな」 「ありがとうございます!ありがとうございます!」 水素も結局李信に賛同した。それを聞いた少女の姉は深々と2人に頭を下げて礼を述べる。 「礼を言うのはまだ早い。礼は奴らを拷問した上で嬲り殺してからだ」 「はい」 李信に諭された少女の姉の口元は、僅かながら綻んでいた。 「水素様!…とついでにミシン様。どうやらエイジス騎士団長率いる帝国軍騎士団がセール陛下の命を受けて犯人達の捜索を開始したようです」 青髪のメイドの少女・レムが入ってきて主である水素と客人である李信に告げる。李信の名前を間違っているのがわざとらしいが今はツッコミを入れている場合ではない。 「まずいな。ガッキー(水素がつけた氷河期のあだ名)が動いたか」 「氷河期さんより先に奴らを見つけて拉致しなければならなくなった。そこで俺の鬼道の出番だ」 『南の心臓 北の瞳 西の指先 東の踵 風持ちて集い 雨払いて散れ』 『縛道の五十八 掴趾追雀』 対象を感知し陣を使って居場所を捕捉する鬼道を発動し、犯人達の居場所を突き止める。 「…馬鹿な奴らだ」 居場所を突き止めた李信がそう呟く。 「どうしたちょっくん」 「4人とも一箇所に固まっている。分かれて逃げれば良かったものを…。時間がない。急ぐぞ水素」 「お前が仕切るのも珍しいな。それじゃあ依頼人、レムりん、行って来るぜ」 水素はそう行って李信より先んじて部屋を出て行く。 「依頼人、折を見て迎えに行く」 「あの…」 李信に突然そう言われた少女の姉は答えに窮した。 「奴らが苦しんで死ぬ様を見せてやる。アンタにはその権利がある」 「はい。ありがとうございます!」 迎えに行くというセリフの意味が分かった少女の姉は李信に再び礼を言う。 「それじゃあ行ってくる」 「お気をつけて!」 少女の姉に見送られながら、李信も客室を後にした。 帝都から10km程離れた山林の更に奥にある山小屋に犯人達は隠れ潜んでいた。 「行くぞちょっくん」 「ああ」 水素が拳で山小屋のドアを粉砕すると、中では呑気に酒盛りしている犯人達4人の男が突然のことに狼狽していた。 「な、何だてめえらは!」 主犯の男が水素と李信に凄む。酒の勢いもあってその声は荒々しい。 「俺達は帝国g…」 言い掛けた李信を手で制止したのは水素だった。 「俺達は復讐屋だ。依頼人からの依頼を受けてお前らに復讐の代行を行う為に来た」 「あぁん?復讐の代行だと!?ふざけたこと言ってんじゃねえ!」 男は隠し持っていたナイフを取り出して水素に襲いかかるも、それを華麗に避けて腹パンを見舞う。男はその場で気を失って倒れてしまった。 「ヒ、ヒィ…!」 それを見ていた共犯の3人の男達は脱出用の勝手口から逃走を図るも、水素の素早いチョップにより全員が気絶させられ倒れた。 「水素、勝手口の向こうから数百人の魔力を感じる…恐らく氷河期さん麾下の騎士団だ。氷河期さんは居ないようだが」 犯人達の拉致に成功したかのように思えた束の間、李信は障害となるエイジス騎士団の魔力を感知した。 「面倒なことになったな。どうする?」 「お前とオットーは犯人達を馬車に乗せて屋敷に帰れ。俺が何とかする。後でまたお前の屋敷で落ち合おう」 「分かった。頼んだぞ」 水素はそう言って4人を順番に山小屋の前で止めていた馬車に無造作に放り投げて乗せると、馬車の主であるオットーに「急いでいる。早く出してくれ」と急かし、帰路を急がせた。 「さて、以前に何度か感じた魔力だ。面倒だが何とかせねばならんな」 李信は山小屋の勝手口から出てその姿を、山小屋を取り囲もうとしているエイジス騎士団の前に晒した。 「氷河期さんの家臣一同、一足遅かったな。犯人達の身柄はこの帝国軍第一軍団長の李信と帝国軍所属の遊撃手の水素が拘束した。貴君らには悪いが身を退いてもらおう。これも競争だ、悪く思うな」 エイジス騎士団150人程を前にした李信が高らかに宣言する。 「私はエイジス騎士団副団長です」 李信の前に躍り出たのは以前異世界に来た時に李信と初めて交戦した氷河期と縁のある金髪ロングの女騎士だった。 「李信将軍、これはどういうことでありましょうか」 形式的には皇帝の直臣であり一軍の司令官である李信の方が立場が上なので、陪臣(家臣の家臣という意味。この場合はセールの家臣が氷河期で、その氷河期の家臣がこの副団長)である副団長は敬語で応じるが、内心は李信に対する嫌悪感が渦巻いており、それは表情に現れていた。 「言っただろう。犯人達は俺と水素が拘束した。氷河期さんには悪いがそう伝えてくれ」 「承服しかねます。公務であるならば貴殿も将軍として一軍を率いて任務に当たるべきかと思います。貴殿のやったことは私的行為です」 「身軽な方がやりやすいんでな。堅苦しいお前らとは違うのさ。じゃ、俺は犯人達のことでまだやらなきゃならないことがあるから帰る。お前らも大人しく帰るんだな」 睨みながら反論する副団長に言い放ち、李信は背を向けて歩き出す。 「犯人達の身柄は速やかに公的に引き渡されるんでしょうね!?」 「…お前らの仕事の範囲外の質問だな。お前らはただ自分の任務に当たればいい。俺と揉める氷河期さんにも面倒ごとが降りかかるぞ?」 「くっ…!」 『縛道の二十一 赤煙遁』 李信は鬼道で赤い煙幕を発生させ、エイジス騎士団の面々の視界を遮ると、早々にその場から去ってしまった。 ポケガイ帝国 エイジス騎士団本部 「直江氏と水素さんがほぼ個人的に犯人を拘束して連れ去っただって?」 騎士団本部に戻ってきた副団長は団長であるエイジスこと氷河期に仔細を報告していた。報告を受けたエイジスは目を丸くしている。 「李信に至っては自分の軍を持っているにも関わらずそれさえ動かさないで行動していたわ。未だに犯人達の身柄は引き渡されていないし、あいつらやっぱり個人的に…。エイジス、これは皇帝陛下に報告を…」 「いや、やめておこう」 副団長の意見を氷河期はあっさり否定した。 「どうしてよ?!騎士として奴らの不正は見逃せないわ!騎士道精神を大事にしてる貴方なら!」 「あいつらは騎士じゃない。それに世の中ってのは規律や掟じゃ割り切れないこともあるんだよ」 激する副団長に対して氷河期は冷静に諭すように言う。 「規律や掟は、言ってしまえば人間が作ったものだ。人間が作ったものに完全や完璧なんて存在しない。俺達は騎士ではあるがそれ以前に人間だ。ただガチガチに規律を守るだけではなく時には臨機応変に、善悪や状況を考えて生きていくのが大切だ。その上での騎士道、その上での規律だ。分かるか?」 「確かに一理ある…。でも…」 「貴方は彼らのことが嫌いだから否定したくもなるだろう。その気持ちは分かる。でも、彼らも自分の正義に従っている。遺族の無念を晴らしたい、悪を許さないって気持ちは俺達と同じだ」 「…」 「自分達こそが絶対の正義だと思わない方がいい。違う複数の正義が存在する時はすれ違いもするし対立もする。ここは俺達が折れよう。捜索、ご苦労様」 氷河期はそう言って席を立ち、何処かへと行ってしまった。 水素邸 裏庭にある倉庫 此処で李信は、先に犯人達を拉致してきた水素と再会した。既に拷問の準備は整っていた。商人のオットーが水素の注文で拷問に使う道具を用意していたのである。倉庫にある木製の台にそれらは並べられていた。犯人達はというと、それぞれ違う体勢で拘束され、身動きは出来ないようにされている。 「今戻った。水素もオットーもご苦労様」 「は、はい。あの…拷問道具は此処に揃えましたので僕はこれで失礼します…」 この気弱な青年商人はこれから繰り広げられる凄惨な拷問など観賞出来るようなメンタルは持ち合わせていない。オットーは別れの挨拶を残してその場を後にした。 「依頼人、入っていいぞ」 李信が此処に来る途中に迎えに行っていた依頼人が倉庫の扉を開けて入ってくる。 「犯人達の拉致はこの通り成功した。さて、本当に拷問を見るか?辛くないか?」 「いえ、私には見届ける権利と義務があります。遠慮なくやって下さい」 「分かった」 依頼人の返事を聞いた李信は早速、台に並べらている工業用手袋を両手にはめて、やっとこ(針金や板金などをつかむための鉄製の工具)で鉄パイプを掴み取る。そのまま既に火がくべられている竃に鉄パイプを入れて熱し始める。 「おうおうおう!これは何の真似だてめえら!」 最初に目を覚ましたのは主犯の男だった。全裸にされ、大の字になるよう手足を拘束されている状況を認識して李信と水素を怒鳴りつける。 『掻き毟れ 疋殺地蔵』 李信は一度やっとこから手を離して斬魄刀を鞘から抜いて解号を口にする。すると、うねった三本の刀身を持ち、その根元に赤子のような顔が浮かんだ形状に変化する。 「な、何だよそりゃあ…」 異様な姿をした斬魄刀を見た男の声を他所に、李信はいきなり疋殺地蔵で男の腹部を刺す。 「ぐあああああああああ!!」 刺された男の腹から止め処なく血が溢れ出す。数秒も経たない内に血の池が広がる。 「もうこれで暴れることも出来ない。念の為四肢を動かせなくしたからな。さて、これからが本番だ」 「なん…だと…?」 「アンタァ、被害者の少女の肛門に異物を挿入して遊んでたんだってねえ。今度はアンタの番だねえ」 李信は男の背後に回り、やっとこで掴んでいる鉄パイプを、男の肛門に狙いを定めて近づける…。 李信がやっとこで掴んでいる、十分過ぎるほどに熱した鉄パイプを主犯の男の肛門に挿入し、無理矢理押し広げながら奥へと突っ込んだ。 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」 主犯格の男の絶叫が倉庫内に木霊する。そして李信は容赦無く肛門に突っ込んだ熱した鉄パイプを左右にグリグリグリと回して更に甚振る。 「あ゛あ゛!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」 そしてジュポッと熱した鉄パイプを男の肛門から引き抜く。すると男の肛門はあまりの熱により灼け爛れ、内壁同士がくっついて閉じてしまったのである。 「もう二度と ウンコできないねえ」 全くの平静な表情で決め台詞を言い放つ李信に対して、あまりの熱さと激痛で涙を流し呻きを上げている主犯の男という構図が対照的だ。 「畜生…!次会ったらぜってえ殺すからな…!」 「あのねえ…まだよく分かってないみたいなんだけど…おまえさん、次があると思ってる?」 地獄の様な苦痛を与えられた男は必死に李信への報復を宣言するが、李信はそれに対して暗に「お前を此処で殺す」と返したのだ。 「何だよそれ…何なんだよそれ…!」 「なあ、いくら欲しい?一千万でも五千万でもいいぞ…。車やマンションを売れば一億になる…。あーもう一億でいいよ!」 此処で殺されると悟った男は金を交渉材料に李信に命乞いを始めるが… 「悪人(クズ野郎)は許さないよ。絶対にね」 「だがおまえさんを殺すのはまだまだだ。おまえさんは更なる苦痛を与えられ、仲間が苦しみ抜いて死ぬのを見ながら絶望の闇の中で死を待つのさ。これだけで済むと思うなよ?」 これだけでとどめを刺す程、李信は甘くなかった。 「何でだよ…!何でそこまで…!一億じゃ足りないってのかよ!頼むから返してくれ!軍に自首するから!頼む!」 「無抵抗の赤ん坊殺すような屑を生かして帰すわけねえだろバカ野郎」 男の悲痛な命乞いなど、李信には全く響かなかった。 「そこで仲間が悶え苦しみながら死ぬ様を見ていろ。文字通りケツ穴が焼けた灼熱と地獄と腹を刺されて激痛が続く状態でな。何、そこまで深くは刺してない。失血死するには数時間はかかるから安心して最期の時まで生を味わうといい」 「畜生…!畜生…!」 これが所謂、真の『放置プレイ』というやつだろうか。まあ、エロ要素は全く無いのだが。李信は激痛に涙を流す男を尻目に一番右に拘束した共犯の男に歩み寄る。 「あ…う~ん…」 この共犯の男も丁度目を覚ましたようだった。そして、自分が全裸の状態で縄で椅子に縛り付けられていることに気づくのには数秒もかからなかった。 「お目覚めのようだな。よく眠れたか?それがおまえさんの人生最後の睡眠だ」 李信が木製の台から刃渡り8cm程のナイフを手にとって男に向ける。実際には睡眠ではなく気を失っただけだが些細な違いである。 「な、何だ此処…!何で俺は裸なんだ!って…何でみんな縛られてんだよ!何で久保田の腹から血が出てるんだよ…!何なんだよ!」 「俺達は復讐屋だ。おまえさん達に無惨に殺害された少女と赤ん坊は、おまえさん達の死によってしか成仏出来ない」 辺りを見渡し自分が置かれている状況に恐怖し、涙声で李信に訴える。しかし悪人(クズ野郎)がいくら泣いたところで李信には手心を加える気など一切起こらない。 「ま、待ってくれ!裁判を受けてちゃんと反省して罪を償う!だから許してくれ!」 この男もまた、主犯の久保田と同じく李信に命乞いをする。 「殺人事件の被害者が望むのは加害者の反省や更生なんかじゃない。ただ消えて欲しいだけなんだよ。この世からね」 李信はそう答えるとナイフで男の喉に浅く切れ込みを入れる。 「な、な…に…」 「声帯の一部を切った。もう大きな声は出せない」 泣き叫びたくてもそれが出来ない。そんな地獄がこの男を待っているのである。 「次はこいつだ」 「お、おい嘘だろ…?」 李信はナイフを何と男の睾丸に当て、切れ目を入れて切り取り始めたのである。ブチブチブチと音を立てながら睾丸は切除された。 「おまえさんの精子工場は本日をもって閉鎖だ」 「ああああ…」 李信は切り取った睾丸を掲げながらそう言い放つ。睾丸を切り取られた激痛と絶望により男は涙を流す。 「おまえさん、三国志は好きか?」 「!」 睾丸を切り取ったところで、李信は唐突に三国志の話題を持ち出す。男にはその意図が分からない。というより、この世界の歴史と李信が元居た現実世界の歴史は当然ながら違うのだ。 「俺は夏侯惇っていう魏の武将が好きでねえ。彼は戦場で目を矢で射たれるんだが、両親から貰った目を棄てるのは偲びねえって自分の目ん玉喰うんだよ」 因みに李信は別に夏侯惇のファンではない。夏侯惇を挙げたのはその場のノリである。 「男だよねえ。男ならそうするよ…なあ…。おまえさんも夏侯惇にしてやろう」 そう言って李信は切除した睾丸を、男の口を無理矢理開かせて近づける。 「食いなよ。両親から貰った陰嚢だ」 何とそれを無理矢理男の口へと押し込んで食わせたのである。男は涙を流しながら「おごぉ…」と小さく呻き、睾丸を食す。 「ま、おまえさんはこれくらいでいいだろう」 何を思ったのか、李信は縛り付けていた椅子から男を解放して右肩に担いだ。 「はは…俺さ。次からは人の役に立つ生き方をしようと思うんだ。数ヶ月前にあったガルドリアの消滅…あれの復興ボランティアに参加しようと思うんだ…」 助かったと思った男は懺悔の言葉を口にし始める。 「おまえさん、まさか本気で生きて帰れると思ってないだろうねえ?」 李信のそのセリフを聞いた男は目を丸くして硬直する。 「人間が長時間逆さに吊るされるとどうなると思う?」 「まず30分程で目玉が飛び出る。そして内臓が喉を通って鼻や口から出てくる」 「お、おい何言ってんだよ…」 これから起こることを薄々感じつつも、男は恐怖のあまり李信に尋ねる。 「言っただろ?俺は復讐屋だ。おまえさんを苦しませて殺すのが俺の仕事だ」 李信はそう言って男を逆さに吊るし、放置プレイを始めた。 「心からお詫び申し上げます!その女性の方には大変申し訳ないなと…!」 李信が次に歩み寄ったのは3人目の黒髪短髪で髭を生やしている少しDQN風の男だった。前の2人が凄惨な拷問を受けているのを見て、李信に必死に訴える。因みにこの男、過去に3回も性犯罪を犯しており、ついこの間釈放されたばかりだった。 李信はカッターナイフを手に取り… 「おまえさんのペニスを引っこ抜いて ケツの穴にぶち込んでやる」 と、宣言された男は背筋が凍るかの様な悪寒を感じたが… 「ってセリフが創作物とかだとよくあるよねえ。とてもやりそうにないことをやるって言う、謂わばブラックジョークなんだけど…」 続く李信のセリフで男は「まさかそんなことするわけないだろうと思ったよ」と内心安堵するのだが 「俺はジョークを言わない性格(タチ)でねえ」 一度安堵させてから落とす。男の安堵とペニスは切り落とされたのである。ブチブチブチと音を立てながら、逸物を切り落とされた激痛のあまり嗚咽し、涙する。 李信は宣言通りに引っこ抜いた男の逸物を肛門に無理矢理突っ込んだ。 「もう二度と レイプできないねえ」 「あああああ………」 しかし、この男への李信の拷問はまだ終わらない。李信は倉庫の隅で超高温で溶かした鉛が入った金属製のドラム缶を引っ張ってくる。 「ペニスを引っこ抜いても精子を出る穴はまだあるんだよねえ。塞いじゃった方がいいねえ」 (まさか…) そう、そのまさかだった。ちんぐり返しの様な格好で拘束されている男は、これからされることを察すると必死に手足をばたつかせ、身をよじり暴れ始めた。 「ほら、暴れると他の箇所にも熱した鉛が垂れてケガするから動かない方がいいねえ」 李信は泣きながら暴れる男の、ペニスを切り取った後の穴にその鉛を特殊な器具を使って流し始めた…。 「あああああああああああああああああああ!!」 あまりの激痛と想像を絶する高温により苦痛に顔を歪めて絶叫する男。暴れることにより穴だけではなく脚や腹にも垂れ流されるのだ。 「あ、手が滑った」 李信はそう言って男の鼻の穴や眼にも超高温で溶かした鉛を流し込む。手が滑った?いや、明らかにわざとである。 「グギャアアアアアアアアアア!!」 鼻や口を鉛で封じられ、鼻呼吸が出来なくなった男は苦しそうに、涎を垂れ流しながら口を開けて口呼吸を始める。 「ああああああ…!」 「五月蝿いねえ。その口も封じちゃおうかねえ」 容赦など一切しない。李信は男の口に鉛を喉の奥まで流し込んだのだ。熱で赤がかった銀色のドロドロした鉛が男の最後の呼吸を封じたのである。 「呼吸が出来なくて苦しいだろう?苦しみながら死ね。それがおまえさんに出来る被害者への唯一の償いだ」 やがて男は完全に事切れた。苦しみx~クヨ「て/撞曚髻??い魑瓩瓩銅蠡?鬚个燭弔?擦覆?蕁??屬海箸睥泙鯲?垢海箸盻侏茲困忘粘クヨ}えたのであるーbr> 「さて、次はおまえさんだ。おまえさんは最後の番だからとってもスペシャルなお仕置き を用意しましたー!」 もはやカモなのかモノクマなのかも分からない演技である。 「は?スペシャルなお仕置き?」 「ペニスの千切りって知ってる?」 全裸の加害者の男がそう言うと、李信は包丁を取り出し、男のペニスにそれを当てる。 「おい嘘だろ?なあ、冗談だよなあ?」 「さっきも言ったろ。俺はジョークを言わない性格(タチ)だってな」 男は震えながら李信に問う。李信の目は…全く笑っていなかった。李信は男のペニスに当てた包丁を持つ手に力を込める。すると、男のペニスの亀頭が切り落とされた。 「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」 男の絶叫が倉庫内に木霊する。切断面からは止め処なく血が溢れ出す。 「さて、次は…」 結局、李信は男のペニスを七回程に渡り切断し続け、最後はペニスの付け根を切断、完全男のペニスを切り離した。 「おまえさん、被害者の少女を何回強姦した?正直に言わないともっと酷い目に遭わせるよ?」 「さ、32回…」 李信の脅しに屈した男はそのとてつもない数を暴露する。 「そうか…32回か。ならそれに4をかけた数字を…つまりお前を128回切り刻む」 李信はそう言って男の右手の親指に包丁を当てる。 「ちょっと待て!ちゃんと回数を言ったじゃないか!」 「言えば酷い目に遭わせないとは一言も言ってないからねえ」 男の必死の叫びも虚しく、李信は男に『陵遅刑』を実行、128回に渡り切り刻まれた男は苦悶の末に絶命した。 「さて、復讐の仕上げだ」 『啜れ 邪淫妃(フォルニカラス)』 李信の斬魄刀が桃色に光り輝き、その光が消える。すると、背中に4本の細長い羽根が生え、身体が触手の様なドレスで覆われた李信の姿が露わになる。 「まあぶっちゃけこの解放、デザインがアレだから使いたくはないんだが…」 李信はそう言って主犯の久保田を羽根で包み込み、対象を模した掌サイズの人形を1体造る。 「ま、お前にはまだまだ苦しんでもらうよ。やり過ぎて2人もう殺しちゃったけど」 李信はそう言って人形の中のパーツを一つ指で取り出す。 「ふむ、胃か」 李信はそう言ってそのパーツを握り潰す。すると主犯の男である久保田が「ガハッ!」という悲鳴を上げて口から唾やら嘔吐物を吐いたのだ。 「何を…したんだてめぇ!」 久保田が激痛に耐え、怒声を上げる。 「この人形にはお前の内臓器官とリンクしたパーツが入っている。胃と書かれたパーツを破壊してお前の胃を潰した。次は右の肺だ」 李信はそう言って肺と書かれたパーツを破壊する。久保田は再び呻きを上げ、息苦しさと激痛でもがこうとするも、手脚を拘束されていてそれも出来ない。 『面を上げろ 侘助』 邪淫妃を解除し、全く違う解放を行う李信。斬魄刀は数字の7の様な形状に変化する。 「水素、その男はもう充分だ、枷を壊してやれ」 何を言い出すのかと思えば、李信は水素に男の解放を指示したのである。 「おいちょっくん、依頼人がそれで納得すると思ってんのかよ!?」 「必ず納得するさ。考えがあるからな。頼むよ水素」 「しゃーねーなー」 水素は凄まじい膂力で男の四肢を破壊した。 「俺を…解放してくれるのか…?」 「ああ。そうだ」 拘束から解放された久保田の顔は実に晴れやかだった。だがそれを見ていた依頼人は複雑な表情をしていた。果たして李信を信じて良かったのだろうかと。 「久保田、出口まで案内してやる。依頼人もついてきてくれ」 解放すると言われた久保田と依頼人は李信を先頭に、最後尾として監視する水素の視線に晒されながら水素邸にある屋外プールへと辿り着いた。水を満々と湛えた深さ3m、25m×50mの広大なプールである。 「お、おい…出口まで案内するって…どう見ても出口じゃねえじゃねえかよ…!」 久保田が李信に抗議する。当然だ。プールは鉄柵に囲まれており、出口など見当たらない。 「出口だぞ?お前の人生のな」 『縛道の六十三 鎖条鎖縛』 李信の左手の掌から光の鎖が伸びて男の上半身に巻きつく。 「騙したなてめ…」 久保田が言いかけたところで李信が『侘助』で久保田の脚に斬りつけた。 「なっ…!」 久保田は斬りつけられた脚が重くなるのを感じた。 「なんだよこれぇ…」 「侘助の能力だ。斬りつけた対象の重さを倍にする」 李信はそう言って光の鎖に埋もれていない久保田の両肩にも斬りつけ、久保田自体体重8倍にまで増幅させる。 「体が重いだろう?熱した肛門も痛いだろう?最後のもう一踏ん張りだ。この苦しみを乗り越えたらお前は解放される。そう、この世からな」 「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 李信は久保田をプールへと蹴り落とした。そして体重が8倍にも増幅した久保田は為すすべもなく水底へと沈んでいった…。 「あの…やっぱりこれで良かったんでしょうか…あんな惨い殺され方をした弟と妹の命を私は身内として一生背負うんだ…そう思うとそれでやりきれなくて…それで…」 全ての処刑が終わり、依頼人である女性は涙を流し、顔を両手で覆いながら李信に問いかける。 「俺は正しかったと思うねえ。因果応報って言葉があるだろう?それに奴らが死んだことで奴らの被害に遭う者はこれで居なくなった。それで何人かの人が助かったんじゃないかなあ」 「ありがとうございました…!ありがとうございました!」 女性は慰めの言葉をかけてくれた李信に何度も頭を下げてから帰途へとついていった。 「終わったな」 水素が後ろから声をかけてくる。 「いや、何も終わってないよ。世の中に悪人(クズ野郎)がいる限り、俺達の戦いは終わらない」 「それも…そうだな」 李信のセリフを受けて水素は納得したように頷く。 「じゃあ俺は帰るよ。何かあったらまた来る」 「ああ、お疲れさん」 李信はそう言って水素に背を向けたまま歩き出した。水素は李信を見送ると、自らも屋敷に戻っていった。 2人の長い1日か終わったのである。 李信は 李信は皇帝であるセールに、グリーン城改めポケガイ城に呼ばれていた。用件は何も伝えられていない。ただ、早朝に屋敷を訪れた使者が李信に城に来るようにと伝えたのみでそれ以上は使者は言わなかった。 李信は面倒だと思いながらも屋敷を出て徒歩で向かう。何分か歩くとこの帝都の名所の一つである広場に差し掛かるのだが… 「直江さん。久しぶりですね」 李信を広場で待ち構えていたのは北条だった。相変わらずNARUTOのうちはサスケにそっくりなイケメンかつイケボで澄ました表情で声をかけてくる。 「北条さんか久しぶり。こんなとこでどうしたん?」 李信の問いに数秒の沈黙が流れる。北条は何かを言いたげだが言いにくいことなのだろう。 「…実は、セールさんに直江さんを捕らえて来るように命令されましてね。悪く思わないで下さい…!」 言い切った北条の右眼が万華鏡写輪眼に変化する。逆らえば戦闘に入る気だろう。 「捕らえる?やはり強姦殺人事件の犯人共を私刑した件だな。だが捕まれば罪人、捕まるわけにはいかないねえ」 李信には心当たりがあった。先日、強姦を繰り返され殺害された少女の姉の懇願で李信は水素と共に勝手に犯人達を捕らえで私刑を加えて抹殺した。その件が何処から流れたのか、ついにセールの知るところとなった。これを聞いたセールは激怒、直ちに李信と水素を捕らえるよう命令を下したのである。 李信は斬魄刀を鞘から引き抜いた。北条に対抗する気である。 「やはりそうなりますね。覚悟してもらいます!」 北条の万華鏡写輪眼から効果音が響く。すると背後から北条が迫り、『草薙剣』という刀に『千鳥』を流したら千鳥刀で斬りつけてくる。 (幻術か…!) しかし李信が反応するまでもなく、千鳥刀は李信に届くことはなかった。李信が首の後ろに施してある100万層からなる光の盾が光り輝き千鳥刀を阻んだのである。 「…いい斬撃だが場所が良くない。首の後ろは生物の最大の死角だよ。そんな場所に何の防御も施さずに外に出てくると思うかい?」 「クソッ…!」 背後からの攻撃は無意味と知った北条は瞬時に真横に移動して千鳥刀で斬りつけてくる。李信は千鳥刀により真っ二つに斬り裂かれた。 「グフッ…!」 と悲鳴を上げたのは北条の方である。彼が千鳥刀で斬り裂いた李信は幻影で、斬り裂いた瞬間に消滅したのだ。北条は背後から李信に腹を斬魄刀で刺されていた。 『砕けろ 鏡花水月』 「鏡花水月は対象の五感や霊感を意のままに支配する斬魄刀だ」 「ぐはっ…!」 しかし北条を刺したはずの李信が今度は突如正面に現れていた北条に刺されていた。 『イザナギ』 「陰のチャクラで自分にとって不利な現実を夢に書き換え、陽のチャクラでそれを有利な状況に書き換える」 北条が左腕から覗かせたのは、埋め込まれた無数の写輪眼だった。 『全知全能(ジ・オールマイティ)』 「見たり受けたりした対象の能力や技は俺には通じない。更に…」 北条の体から巨大な空気の刃が噴き出す。 「ぐはっ!」 「霊王の右腕を吸収した形態となることで未来を見通し意のままに改変する」 李信は全身を黒い影と無数の目に覆われた姿となり、イザナギによる北条の攻撃を封じて未来改変能力により北条に致命傷を与えた。 「アンタは脇が甘い。アンタ自身にダメージや効果を与える術は通じなくてもイザナギの陰の力は健在だ。なら神威によるすり抜けも通じる筈だ」 イザナギを発動した無傷の北条が現れる。 「ならばお前がイザナギを使えなくなる未来にすればいいだけのことだ」 「それさえイザナギで無かったことにする」 両者の、未来と過去を操作する能力の応酬ではキリが無い。 「その腕に埋め込まれた無数の写輪眼…一つにつきどのくらいイザナギが持続するかは知らんが、俺の全知全能(ジ・オールマイティ)は無制限に使用出来るがお前のイザナギは有限だ。この勝負、俺の勝ちだ」 「どうかな?イザナギが切れる前にアンタに勝てばいい。純粋な術や技のぶつけ合いでな!」 李信は計算した結果を伝えて北条の戦意を削ぎにかかるが、北条はそれを踏まえた上で挑んできていた。李信が全知全能を発動して北条の術を封じたり、動きの先を呼んだり、命を奪えばそれをイザナギで無かったことにされる。北条のイザナギが起動している限り、全知全能による短期決着は不可能だ。 事実、全知全能とイザナギは反目しあい、互いの能力を相殺し無効化していた。 「お互いに特殊能力を相殺されるなら、技や術をぶつけ合うしかない…そういうことか北条さん」 「なら身のこなしの速い俺に分があるぞ直江さん!」 北条の左眼の輪廻写輪眼から血が流れ出す。 『天照!』 『縛道の八十一 断空』 北条は天照の黒炎を視点から発生させるが、李信は鬼道の障壁でそれを阻んだ。 「逆に言えば、お前のイザナギが切れるまで耐えれば俺の勝ちだ北条さん」 「チッ…!」 天照を防がれた北条は小さく舌打ちした。 『火遁・頭刻苦』 『風遁・圧害』 『火遁風遁・外留愚々』 風遁による暴風を左手から、火遁による火炎を右手から放出し、融合させることで巨大な炎の渦を発生させる北条。 『破道の九十九 五龍転滅』 迫り来る炎の渦に対し、大地から出現する巨大な竜型の鬼道を出現して攻撃すると、両者の技が衝突、相殺し消滅した。その衝撃で広場のコンクリートは広範囲にわたり抉られ、更にその下の地面も焼け焦げてしまった。 『火遁・豪火球の術!』 北条は印を結んで口から身長大以上の火球を李信に向かって吐き出す。 『破道の三十一 赤火砲』 李信は掌から鬼道の火の玉を発射し豪火球にぶつけて相殺、両者の正面は互いの火球の衝突により一面炎となり、互いの姿を視認出来なくなった。 「…当然そう来ることは読めている」 瞬身の術で李信の眼前まで接近した北条は左手から千鳥を繰り出す。北条の千鳥は李信を貫いたかに見えたが… (実体じゃない!?) 北条の千鳥が貫いたのは李信の残像だった。 『バーナーフィンガー2』 北条から見て左から、実体の李信が右手の二本の指先から鉤爪状の炎を放つ。 『水遁・水陣壁!』 バーナーフィンガー2を、北条は咄嗟に水の壁を正面に展開して防ぐ。 北条は手裏剣を口寄せでリストバンドから取り出し、それに風のチャクラを加えて李信に投げつける。 「今更そんな技が何だと言うのか…」 李信は飛んできた手裏剣の空洞の部分に斬魄刀の刀身をピンポイントで通し、風の刃を纏って回転を続ける手裏剣を斬魄刀を振るって北条に返す。北条はそれを草薙剣で弾く。すると手裏剣は広場の石柱を切り裂き、その巨大な破片が北条の頭上に落下してくる。 北条はそれを軽い身のこなしで回避するが、最中に隙を狙った李信が斬魄刀で斬り込む。しかし写輪眼で李信の動きを見切った北条は刀を振るい飛び込んできた李信の首根っこを掴んで捕らえてしまった。 「ガハッ!」 低く鋭い李信の呻きが響く。 「終わりだ。直江さん!」 北条は左手にチャクラを圧縮、乱回転させた球体『螺旋丸』を形成し突き出してくる。 「舐めるな…!」 北条の螺旋丸に、李信は青色の『虚閃(セロ)』を合わせて放つ。螺旋丸と虚閃がぶつかり合うが、攻撃範囲が広い虚閃が螺旋丸を掻き消して北条を呑み込んだ。 「やった…ワケがねえよな」 虚閃の一撃でくたばる程、北条は甘い相手ではない。北条は『完成体須佐能乎』を顕現させて防御していた。 「須佐能乎。やはり出してきたか…」 視界に収まりきれぬ全長数十mに及ぶ巨大な紫色の須佐能乎。天狗の様な鼻を持ち、二枚の翼を持つ。 「そして、そろそろ効いてくる頃だ」 北条が言った言葉の意味は李信の体にすぐに現れた。体が、動かない。指一本動かすこともままならない。そして李信の顔や体には黒い長方形の呪印が数多出現していた。 「てめえ…何をした…!」 「『自業呪縛の印』という呪印だ。触れた相手の身動きを封じる効果を持つ」 (あの時…!) 李信が北条に斬りかかった時に動きを見切られて首根っこを掴まれた時のことを李信は思い出す。 「もう動けないだろう。そのまま帝国本部に貴方を差し出す。悪く思わないでくれ」 北条の須佐能乎の右手が李信を掴み取ろうとした時である。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 李信は全身から膨大な青色の霊圧を放出して呪印を消滅させてしまった。 「崩玉の力を引き出す時が来たな」 李信の胸元に埋め込んである崩玉。それが眩い光を放ち始める。 崩玉の眩い光を放ち、李信の霊圧と溶け合い覆い隠す。やがて、崩玉と融合し蛹のような白い仮面が全身を覆った異形の形態へと変化した李信が姿を現した。 「この俺をここまで追い詰めるとはやるようだ。だが…」 李信の斬魄刀の一振りが、北条の完成体須佐能乎の右手の親指の関節から先を切断した。 「虚も死神も超越し、次元すら異にした力を持つこの形態の俺には無意味だ」 切り離された指が広場のコンクリートに落下して大きな亀裂を入れながら突き刺さる。 「直江さん…互いに全力を出さなきゃいけないようですね…」 北条は完成体須佐能乎の右手から千鳥を放出し始める。その巨大な腕から千もの鳥の地鳴きの様な効果音と共に、電撃が纏われる。 「帝国国門での戦いでは負けたが今度は勝たせてもらうぞ北条さん!」 李信は斬魄刀に紫色の膨大な霊圧を纏わせて須佐能乎に斬りかかる。 「今度も勝つのはこの俺だ!」 そして北条の須佐能乎の千鳥と激突する… 雷鳴が轟き、爆音が響き、両者の力が膨張し、広場どころか周囲一帯を跡形も無く吹き飛ばす。 そして李信の視界に黒炎を押し固めた巨大な剣『加具土命の剣』が現れ、頭上から振り下ろされる。それを瞬歩で回避し、須佐能乎から見て右側に出て宙に浮上すると、既に此方の動きを察知した北条がこちらを向いていた。 「一気に決着をつける。尾獣共!」 北条は自分の中に眠る一尾から九尾までの全ての尾獣のチャクラを完成体須佐能乎に注ぎ込む。すると完成体須佐能乎の中身が水色の巨人の様な姿になり、目は黄色に光り輝く。チャクラの残滓が辺りに撒き散らされていく。 「そうだな。遊びは終わりだ」 李信を再び紫色の膨張な霊圧が覆う。霊圧の光柱が天にも届く勢いで湧き上がり、中から出て来た李信は顔の皮が剥がれ、背中の羽が無数の首を持つ触手となった虚に近い姿へと変貌していた。 「そうか、やはり許せないか崩玉よ。この俺の他に超越者が存在するのは」 北条の完成体須佐能乎の両手には一振りずつ巨大な紫色の太刀が握られている。完成体須佐能乎がその2本の刃で李信に斬りかかるが、李信は空間転移によりそれを回避する。 『滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器』 「空間を瞬時に転移した…!?だが…!」 李信が鬼道の詠唱を唱え始める。詠唱中を狙い北条が須佐能乎ごと瞬身の術を使い李信に接近し斬りかかるが、尚も空間転移でかわされる。 『湧きあがり・否定し 痺れ・瞬き 眠りを妨げる』 「クソッ!」 回避した李信による詠唱は続く。北条は瞬身の術からの斬撃を繰り返すが李信はその都度空間転移で回避する。 『爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 』 『結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ』 『破道の九十 黒棺』 「しまった…!」 詠唱が完了し、巨大な完成体須佐能乎を、直方体の黒い重力の奔流が包み込む。 「虚(ホロウ)も死神も超越した完全詠唱の黒棺だ。時空が歪む程の重力の奔流だ」 黒棺の内部で、完成体須佐能乎は圧砕されたかと思いきや… ガラスを割る様な大きな音が響く。黒棺に亀裂が入り、やがて粉砕された。破壊された黒棺の破片が周辺広範囲に飛び散りやがて消滅する。 完成体須佐能乎はというと、黒棺を受けたことにより下半身と右頬、頭部の半分が破壊され消え去っていた。 「こんなことは水素のパンチ以来だ。だがこの一撃で全てを終わらせる!」 完成体須佐能乎は雷の弓をその手に顕現させ、全尾獣と雷遁のチャクラを注ぎ込んだ『インドラの矢』を番えて放つ。 「決着の時か…」 李信の背中から生えている複数の触手の口から紫色の霊子の球を吐き出す。 互いの、最後の技がぶつかり合い、上空で霊圧とチャクラが入り混じった、雷光を帯びた大爆発が巻き起こる。その球状の巨大な爆発の中から北条はゆっくりと地に落下し、起き上がることなく薄眼を開けながら、辛うじて意識を保つ。 「今度は俺の勝ちだな、北条さん」 元の姿に戻った李信が北条の喉元に斬魄刀を突きつける。 「2連勝ってわけにはいきませんでしたか…。ですが…油断しない方がいいですよ直江さん。貴方を捕らえに向かったのは俺だけじゃない筈だ」 「何だと?まさか…!」 北条の言を受けて李信が視線を正面に移す。すると突然、4人の見知った顔の男が現れた。 「エイジス騎士団団長・エイジス参上」 「こんにちは、小銭十魔です!」 「オルトロスだぁ…!まさかてめえが獲物になるとはなぁ!」 「………」 氷河期、小銭、オルトロス、そして何故かだんまりしている星屑の姿がそこにはあった。 「クソがっ!」 李信は彼らに抗う術など無い。北条との激戦で霊力を使い切ってしまったからである。その状況下で4人の協力者に阻まれ、まさに絶対絶命の李信。 「もはやこれまでか…!」 そう鋭く叫んだ時、1番左に居た星屑が『スタープラチナ・ザ・ワールド!』と叫んだかと思いきや、スタープラチナでオルトロスを遥か彼方へと殴り飛ばしたのである。星屑はそのまま氷河期や小銭の横から出て李信をかばう様にその前に立ち、2人と対峙する。 「星屑てめえ、裏切るのか!?」 それを見た小銭が激昂する。氷河期は沈黙している。 「やれやれだぜ…。裏切る?違うねえ。俺は元々直江の味方なんでな。大体直江1人を4人がかりでってのがまず男らしくねえじゃあねえか。文句あるならかかってきな」 星屑が啖呵を切る。 「星屑…お前…」 李信に希望の光が射した…と言いたいところだが李信が戦えない以上、全てを星屑に任せることになる。星屑は確かに実力者だが、対する小銭や氷河期も同レベルの実力者である。星屑1人では負けてしまう。 「雑種が、消え失せろ!」 裏切りに激昂した小銭の背後から異空間への黄金の円形ゲートが無数に現れ、無数の剣が顔を覗かせる。小銭の意思でそれらは次々と星屑に向けて射出される。 しかし星屑が今顕現させているスタンドは『スタープラチナ』。絶大なパワーを持ち精密な動きに優れる強力なスタンドである。スタープラチナはまず飛んできた剣二本を両手で掴み取ると、その両手の剣で残る全ての剣を弾いて見せた。 「オラァ!」 小銭に急接近した星屑はスタープラチナで奪った二本の剣を小銭に向けて振りかざす。 「おのれぇ…!」 小銭も宝物庫から更に二本の剣を取り出して受け止めるが、スタープラチナのパワーから繰り出された剣撃があまりに重く、両手から剣を落としてしまった。 「そこで寝てな」 スタープラチナからの渾身の拳が小銭の腹部に直撃、小銭は吐血しながら遥か後方へ吹っ飛ばされた。 「次はお前だぜ氷河期」 残るは氷河期のみ。星屑はスタープラチナをそのままに、氷河期の方へと向き直る。 「いやあ実はさあ…俺、この任務やる気全く無いんだよねwオルと小銭はやる気だったみたいだけどさ。お前と小銭の戦いで小銭に加勢してない時点で察して下さいよ~w」 「…何だ。お前もそうか。じゃあ、終いだな」 氷河期のやる気無い発言により、あっさり事は片付いたのだった。 「助かったぞ星屑。お前がここまで強いとはな」 李信は差し伸べられた星屑の手を取り立ち上がる。 「オルトロスの反射はスタープラチナで木原真拳の要領でぶん殴って突破した。スタープラチナの精密動作性なら造作もない。小銭は…まあ、相性かもな」 何はともあれ、これで李信に差し向けられた捕縛部隊は壊滅した。 「そういや水素はどうしてるだろうか…」 自分がこうして襲われたのだから、共犯である水素も狙われてると考えるのが自然である。 「そのことだが、セールさん、水素さんへは筋肉即売会とくれないを派遣してたぞ」 氷河期が答える。 「そうか。気の毒だな。筋肉即売会とくれないが」 かくして、水素邸では李信の言葉通りのことが起きていた… 水素邸 「水素は居るか!?」 「皇帝陛下の命により貴様を連行する!」 筋肉即売会とくれないが水素邸の正面口を抉じ開けて中へと進入、大音声で呼ばわったが… 「何人であろうとこの屋敷に許可無く進入する方は追い払わせていただきます!」 ちょうどその場に居合わせたレムが鬼の角を頭から生やしてモーニングスターで筋肉即売会に攻撃を仕掛けるが、筋肉即売会の硬度10の体には傷一つつかない。 「女に手ェ出すのは気がひけるんだがな…」 背後に回ったくれないがレムの首を手刀で叩いて気絶させようと振り上げる。しかし、その手刀がレムに当たることはなかった。それよりも先に猛スピードで接近してきた水素の拳がくれないのx?「北臣罎携發慮?海Δ悗反瓩暖瑤个気譴燭?蕕任△襦 「お前ら、俺のレムりんに手を出そうとしたってことは…覚悟出来てんだろうな?」 「水素様…」 水素の静かな怒りの矛先が残った筋肉即売会に向けられる。 「公務の邪魔をしたから眠らせようとしただけだ。水素、貴様を皇帝陛下の命により連行する!」 『魔のショーグン・クロー!』 筋肉即売会の鋼鉄の如き右腕が水素の顔面を掴もうと伸びていく。しかし筋肉即売会の『魔のショーグン・クロー』が決まるよりも先に水素の右手から繰り出された『普通のパンチ』が筋肉即売会の腹に炸裂した。 「ぐっはああああああああああああああああああああああああああ!!」 という悲鳴と共に、筋肉即売会は地平線の彼方まで吹っ飛ばされた。 「レムりん、ラムちーと一緒に留守を頼む」 「水素様、一体どちらへ…」 「ちょっとセールの奴にガツンと言ってくる」 水素はそのまま振り返らずに屋敷から出て行った。 「よう、ちょっくん」 李信が氷河期や星屑と話しているところに水素がやって来る。因みに北条は傍で仰向けに倒れて意識を失っていた。 「ほらな、何人強者を派遣したところで水素ならワンパンで終わらせてすぐに来る」 分かっていたとばかりに李信が右手の指で水素を指す。 「これお前らがやったの?派手にやったな~」 「いや、北条さんが戦いを仕掛けてきたから俺がタイマンで何とか勝った。オルトロスと小銭は俺に寝返った星屑のスタープラチナですぐにぶっ飛ばされた。氷河期さんも任務遂行する気無いらしい」 水素の視界には、美しい広場が跡形も無く吹き飛び荒野と化している様だった。 「ふーん、こっちにもくれないと筋肉即売会が来たがワンパンでぶっ飛ばした。死なない程度に加減はしたがありゃ肋何本かイッてるかもな」 「可哀想にな…」 李信は内心少しだけくれないと筋肉即売会に同情していた。 「さてちょっくん、ちょっとセールを恫喝しに行くぞ。お前も当事者なんだから」 「恫喝って……俺は口に自信は無いぞ。バトルでもお前より弱いけど。というわけで付いて行きはするけどお前に丸投げするわ」 「…お前役に立たないよなぁ。バトルも弱いし」 「さっき北条さんに勝ったぞ…辛うじてだが…」 「俺過去に2回、無傷で余裕で勝ってるけど」 「………」 返す言葉がなかった。水素が2回も、しかも無傷ですぐに倒した相手に全力を出さなければ勝てない現状を今のやりとりで思い知らされた。今回もギリギリだったし、前回北条と戦った時は負けている。 「そういうわけで俺らはセールにガツンと言ってくるから。またな、氷河期、星屑」 「おう」 「ああ」 2人との別れを済ませて水素が先頭を歩き、李信か後ろについていった。 帝都本庁 ポケガイ城 大手口(正門前) 水素と李信は城門前に到達したが案の定門番の兵が通行を妨げようとしていた。 「通せ。遊撃手(ワンマンアーミー)の平沢水素だ」 先頭の水素が門番に声をかける。 「水素様に李将軍!?貴方がたには…」 「捕らえに来た奴らは俺らに撃退されたか任務を放棄した。セールに物申したいからさっさと通せ」 既に水素と李信が勝手に強姦殺人の犯人達を私刑したのは末端の兵にまで伝わっていたようであり、門番の兵は2人の姿を見て驚いたようである。 「残念ながら、貴方がたには捕縛命令が出ています。大人しく縛について下さい。おいお前、近衛兵団長のメガテスタ様に知らせるんだ!」 「はっ!」 門番兵がもう1人の門番に命令し、門番は門を開けて走り去ろうとしたところで目の前に水素が瞬時に現れる。 「わりいが眠ってくんな」 水素がその門番兵を殴り飛ばして気絶させた。 「お前も寝てろ」 李信が残った門番兵の目に右手を翳して意識を奪った。『威眠』という技である。 「さて、先を急ぐぞ」 水素が走り出し、李信が追いかける。 「居たぞ!水素殿と李将軍だ!捕まえろ!」 しかし2人の姿を発見した近衛兵達が2人目掛けて押し寄せてくる。 「どけ!」 水素は槍を持って迫り来る近衛兵達をまとめて殴り飛ばした。 「ここを突っ切れば天守の中に入れる!」 城内に突入した2人は並み居る近衛兵を倒し(水素しか戦ってない。倒しはしたが殺してはいない)、ついに水素が皇帝の間の扉をパンチで破壊して乱入した。 「水素、直江…お前らというやつは…」 セールが玉座に座りながら2人を睨み据える。 「おいセール。今日はお前にガツンと言ってやりたくて来たんだ。俺らを捕まえようとしたことへの文句もな」 水素がコツコツと靴音を立てながらセールに近づいて行く。李信は無言で後を追う。 「天下の法を破り、特に直江は軍事を司る要職に居ながら勝手に犯人達を拉致しこれを私刑にて殺害するという天下の民に示しのつかない行い。断じて許されるものではない。俺は皇帝としてお前らを断罪する!」 セールが傍に控えていたポケガイ帝国の丞相(大司徒)・ああ袋に目をやると、ああ袋は巻物状に巻かれている縦長の厚紙を開いて口を開く。 「遊撃手・平沢水素並びに大尉(この場合の大尉は近代以降の軍の士官を指す階級ではなく、現実世界では中国の歴代王朝に存在した国の軍事を司る最高責任者)・李信、両名を国家反逆罪の罪でその官位・爵位・役職の一切を剥奪する!」 セールからの判決がああ袋の手で読み上げられた。 「つまり俺らはクビってことかセール」 「…そういうことだ。明日から着の身着のまま生きるんだな。それが法を軽んじ、皇帝である俺を軽んじた報いだ。法を破ればどうなるか、貴様らは見せしめだ」 水素の確認するような問いに、セールは冷たく言い放つ。 「おいおいそりゃおかしいぜセール。今日この国があるのは俺らの働きあってのもんだろうが。それにこの国の刑罰は軽過ぎる。あの強姦殺人の犯人共を逮捕し裁判にかけたとしたらどんな判決だったんだ?」 「彼らの内2名はまだ未成年だった。その2名に至っては少年法を適用し5~9年の懲役刑、共犯者1名は懲役15~20年、主犯は無期懲役か死刑といったところだろう。これは現実世界にて近代国家で採用されていた近代的な刑法による、正しい裁きだ」 水素の問いに、セールは現実世界の刑法を参考に制定したポケガイ帝国の法を持ち出して具体的な説明を行う。流石は大卒公務員を務めていた男で、水素や李信とは格が違う。 「そんな判決で…」 「被害者遺族が納得するとでも思ってるのか、そう言いたげだな水素」 セールは水素のセリフなどお見通しだった。 「法は被害者遺族の為に存在するのではない。何千万からなる民を制し、国の運営を円滑にする為のもの。法とは刑を用いて人を制する為のもの。今回の場合、被告人達は更生し生産活動に従事すれば国家としても益を得る。これは日本でも用いられていた…」 「温(ぬる)い」 セールが語っている最中に一言でそれを終わらせたのはそれまで無言だった李信である。 「何か言ったかな、直江君」 「温い、と言ったのだ」 李信が初めて口を開いたものなのでセールは念の為聞き返した。非常に冷静かつ厳かで目を細めた凄みのある表情で李信が答える。 「直江…いや大司馬(大尉と同義)・李信よ。皇帝たるこの俺の定めた法にケチをつけるというのか?Fラン卒で無職だったお前如きがこの…」 「今は法について論ずる時。俺個人への誹謗中傷は即ちセール皇帝、貴様の負けを意味する」 「…」 セールの言葉を李信が鋭く遮るのでセールは暫し沈黙した。 「セール皇帝に問う。法とは何だ?皇帝として深慮なる答えを期待する」 李信が問う。厳格な表情は崩さない。 「法とは政(まつりごと)を円滑に行い、国家を運営する為に制定する、民を自制させ破れば罰して秩序を守り、国家を内外の脅威から守護する決まりごとである」 「…30点だ」 セールの答えを聞いた李信は少し間を置いて評価を下す。 「…何だと?」 それを聞いたセールの顳x?C剖擇?發?屐 「貴様の答えが30点だと言ったのだ」 「貴様…!」 Fラン卒で就活に失敗した歳下の青二才如きに、皇帝たるセールは自らの答えを偉そうに低評価を口にされたことに憤りを感じた。 「グリーン王国、ガルガイド王国、ランドラ帝国、幻影帝国、仁王帝国の旧領全てを併合したこの広大な領土を持つポケガイ帝国を治める皇帝の答えがそんな短絡的な思考の持ち主とは…この国は長くないな」 「貴様言わせておけば…!なら貴様が答えてみろ!貴様がいう法とは何だ!」 「主が臣に国のあり方を問うか……。なら蒙昧なる皇帝陛下に俺が諭してやろう。国とは何か、法とは何かをな」 実際、セールの答えは決して間違ってなどいない。統治者としても申し分無い答えであるが李信はそれを否定した。この舌戦を制することで李信は地位を保つことを図るが故に吹っ掛けたのである。自らの思想を論じ、認めさせる。そして為政者たるセールに未熟さを思い知らせるのだ。 「法とは…人と共に生き続け、人と共に成長を遂げていくものだ」 李信は結論から言い切った。しかしこれでは表現が抽象的過ぎている。李信を睨み据えて耳を傾けるセールも、ああ袋も、隣に居る水素も首を傾げている。 「有史以前から人類は集団を形成し、掟を作ることでその秩序を保ってきた。そういう意味では法という言葉は無くとも、法は人類が産まれ、寄り合い、狩りや採集を生業としていた時から既に存在する」 「人類はその英知により文明を形成し、発展させ、狩りや採集の為の寄り合いが進化し、数多集まりやがて国家という巨大な社会集団を形成した」 「膨大な数の人を治める為に、正式な決まりごとを定め施行する…それが法の始まりだ」 「時代や場所により異なる文化を形成し、思想も宗教も経済も違う数多の民族や人間を取り纏めるにあたり、法は常に臨機応変に進化し続けた。それが出来た国は栄え、出来ない国は滅んだ」 「その昔、中国の戦国時代の秦の商鞅は強引な法改革を断行し、王侯貴族や民に恨まれ破滅した。人を顧みずに富国のみを目指した為政者の末路だ」 「法とは民の願いを実現し、君主が民への願いを形にするものだ」 「セール皇帝。多種多様な、それも5つもの巨大国家を併合したこの国の民を治めるにあたり、何の疑いも持たずに現世日本の法をそのまま採用し押し付けるのは君主として愚の極みだ」 「この国の法は民から受け入れられていると言えるか?」 「民とは、時に為政者でさえ手懐け、統制能わぬ理性無き魍魎と化す」 「古より民は戦に駆り出され、抑えつけられ、怨嗟が渦巻き国を滅ぼしてきた。それを治め得るのは天が下となり下が天なる考えを持つ君主だ」 「法とは人!法とは進化するもの!そして国家とはその法次第でいかようにも転ぶ枠組み!」 「俺は時代や世界に錯誤した法を憂い、民の願いを聞き入れたまでだ。この国の進化の礎とする為に!」 李信の長い弁舌が終わる。隣で聞いている水素は適当に首を小さく振って頷いている。内心は「あの復讐代行にそんな深い意味を込めてやったのか?」といったところである。水素はただ遣り切れない被害者遺族の無念を、ヒーローとして晴らしてやりたかっただけだった。 「お前がそんな理想を論じたところで、誰がお前の言を真に受けるというんだ?」 暫く無言だったセールが李信に問う。 「この世でお前の叫びを聞いているのはお前を裁こうとしている俺とああ袋だけだ。水素はそこで眠そうにしているぞ?お前1人で力みを誰が聞くというんだ?」 セールは続けて李信に問いを投げる。 「天だ」 李信は短くそう答えた。 李信はそれを右手の人差し指で天を指して叫んだのだ。 「時代錯誤、世界錯誤の法を敷き国を統べ、例え大臣百官がそれを見ぬふりをしようとも、天の眼は欺けない」 李信は続けて言ってのけた。 「おかしなことを言うな直江よ。だが人は天を知ることは出来ないぞ」 「天を知らずして法を敷き従わせるとは何たる矛盾か!セール皇帝!」 セールの嘲笑うかのような返事に李信は断じる。 「法は天意に則った時にのみ正しいのだ!」 李信は右手の人差し指がセールに向けられる。 「君主たる俺に法を説くか直江。お前は天を語り法を語るが、天は何も証言しないぞ」 セールの言うことは至極当然のことだった。 「天が証言する必要は無い。遍く民の声と世情が天の声を届けてくれる。天が下なる思想に、完全とまで言わずとも寄り添えばな」 「セール皇帝、貴殿も現世において腐敗した日本の政を嘆き批判していたではないか!あの時の思いを、自分が為政者として君臨することで忘れたのか!?」 「…!」 セールはハッとした。李信に言われたことで気づいた。自分もまた搾取され理不尽な扱いを受けた側の民であったことを。 「俺は…大事なことを忘れていたのかもしれんな…」 セールは俯きながらそう呟いた。 「国家とは万民の大義、天下の大義だ!天下の大義をもって国を治める覇者たらんとしないのであれば…俺はこれを裁き天下の正柱を律し天下の正義を為す!」 これは李信の、暗にセールが天下をきちんと治めないのであれば、そして此処で自分と水素を罰するならば叛旗を翻すとの意思表示である。 「俺は覇者ではないが天下の大義を知る!天下が機会を与えるならば天下を治むるに至る!」 李信は右手で拳を作って胸の真ん中を叩いて言い切った。 「ああ袋、2人の罪を記したその罪状を破れ」 「は…?」 「破れ!」 「ははっ!」 李信の言を受け入れたのか、セールは納得したように頷くと、ああ袋に罪状を破らせた。 「李信、水素。両名の罪を不問に伏す。退がれぃ!」 セールに促され、李信と水素は一礼して破壊された扉があった皇帝の間の出入り口から立ち去った。水素は終始、李信が何を言っているのか理解しようとするのも面倒で、殆ど上の空だった。とにかくようやく罪が消えて解放された、それだけだった。 2人は城から出て城下にある茶屋で茶を啜り団子を食べながら話していた。 「何を言っていたか全く聞いてないけど今回ばかりはお前のおかげで助かったよちょっくん」 「いや、最初に依頼人の依頼を遂行しようとしたのは俺だ。礼を言われるようなことじゃない」 水素は三色団子を頬張りながら礼を言うが李信はそれを否定する。 「いや、やっぱりお前が言い出さなくても俺はやってたよ。ヒーローだからな」 水素はモゴモゴと団子を口に入れながら言う。 「…そうか。しかしこの国はこれからが大変だ。俺も啖呵を切った以上、助力を求められるだろうしな」 「大丈夫なのかよお前」 水素が少し心配そうな表情を作る。 「俺の家中に文武を極め法にも明るい男が居る。今は俺に代わり与板城と領土を守っている…そう、守備の天才かつ法の番人…」 「ふーん。じゃあ大丈夫だな。おーい!お勘定!」 李信の話が長くなりそうなので水素は話を無理矢理区切って店員を呼んだ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「…ということが今日あったんだよ」 水素邸。水素と、水素邸の禁書庫の管理を務めているベアトリスが向かい合い、メイドのレムが作った夕食を食す。レムとラムは食卓の傍に立っている。 「そのちょく江だか直江だか李信だかよく分からないいけ好かない奴のおかげでベティー達も無一文にならずに済んだということかしら」 ベアトリスがスープをスプーンで掬いながら尋ねる。 「俺がガツンと言ってやる筈だったのになぁ。あいつ割って入って天下だの大義だのとカッコつけるから俺の出番が無くなっちまったよ~」 「民や復讐がどうだのなんて興味無いかしら。でもそいつのおかげで丸く収まったのだから礼を言っておくかしら。それより、当主として軽はずみな行動はやめて欲しいのよ。ベティー達の生活もかかってるんだから」 「お、このスープ美味いなレムりん!」 「誤魔化したかしら…」 こうしてまた長い1日が終わった。 騒動から程なくして李信はセールに登城するように命じられ、「ある男」を伴いセールに謁見していた。 「お初にお目にかかります皇帝陛下。ポルク・ロッドにございます」 長い金髪を束ね、首回りに羊毛を施した青い上着を着用し、腰には剣を帯びている。細く短い、菱形にも見える黒い顎髭を蓄えた青年である。 「聞けばポルク・ロッドは法にも政にも明るく、戦において守戦の天才だとか。直江の奴が言っていた。俺みたいな低スペック無職のカスには勿体無い人材だと」 「お褒めに預かり光栄ですが、私はそんな大層な人間ではありません皇帝陛下」 セールに言われてポルク・ロッドは謙遜する。 「まあ実際直江みたいな何の取り柄もない男の副官というのは勿体無い。本人もそう言っていたしな。どうだ?俺の直臣にならないか?勿論直江は了承している」 「お言葉ですが陛下、私に天下の政を差配する器量はございません。私はただ辺境の与板を守り、民の信に応えてこれを守ることに生き甲斐と喜びを感じております」 にべにもなく、ポルク・ロッドはセールの誘いを断った。 「ならば与板はお前の直轄地とし、直江からは独立させて直臣とする。こんな取り柄も器量も無い奴にそこまで義理立てする必要も無いだろう?」 「まあ確かに直江殿はオツムや精神年齢はアレですが…どういうわけか民からの評判は悪くはないようです」 「ほう?と言うと?」 セールは玉座から身を乗り出す。 「どうやら直江殿がかつて強行した税率の引き下げや商業港の開発で民は潤っておりまして…まあ彼は命令しただけで実行したのは私ですが。確かに彼は器はないですが私も彼も、彼の地からはある程度慕われておりまして、どちらが欠けても、その… たまたま直江殿が先にこの世界で権を得て領土を得ただけのこと。しかし私は必要とされてまして…離れるわけには…」 歯切れ悪くポルク・ロッドは答える。 「天才の上義理に厚い。益々気に入った!俺に仕えよ!直江より俺の方がお前を必要としているぞ!」 「そればかりはどうかご勘弁を…しかし陛下が必要と仰せなら私はいつでも力をお貸し致します」 尚も勧誘するセールにポルク・ロッドは深々と頭を下げてやんわりと断る。 「まあそれで良しとしよう。おい馬鹿無能直江、副官が優しい奴で良かったな。これからも一緒に居てくれるってよ」 「うーん、俺としては彼は独立して天下の政に直接携わった方が良いと思ったんだがな。しかしポルクさんの聖人っぷりにうっかり涙が出そうになったわ」 disられているにも関わらず、李信はそれを肯定してポルク・ロッドを気遣う発言をする。 「じゃあそういうことだから直江よ。ポルク・ロッドを借りるぞ。まあお前の意見も参考までに聞いてやらんでもないが」 「了解。とりあえず俺の考えはこれにまとめて来た。ポルクさんが後でついでに渡すから何かあったらまた呼んでくれ」 李信が自分が構想した法の草案や政策案をまとめた記録書を懐から出してセールに見せ、ポルク・ロッドに渡した。 「じゃ、直江はもう帰っていいぞ」 それを見たセールは早く帰れとばかりに李信に促す。 「おう。じゃ、また。ポルクさん、申し訳ないが後はお願いします」 「はい。後はお任せを」 ポルク・ロッドのその返事を聞いて安堵した李信は、皇帝の間から退出した。 すっかり夜になっていた。闇夜の中、城下に降りて帰路に着いた李信に、背後から突然刃が振り下ろされた。しかし李信の背後は100万層からなる光の盾『ミジョン・エスクード』に守られている。 背後からの攻撃は弾いたが、正面から何やら鞭の様な物が伸びてきて全身に巻きつかれる。そして先程背後から斬りかかってきた男が今度は真横から刃を突き出してくる。 李信はそれを『エル・エスクード』という防壁を展開して防ぎ、自らの霊圧で巻きついている鞭を消し飛ばした。 李信は無言で縛道を放ち、襲撃してきた2人を拘束した。 「何なんだお前ら?」 その返事に答えは無い。 「俺はこれでもこの国の軍事を司る最高官なんだよねえ。大司馬って知ってる?俗に言う三公ってやつの一つさ。その俺に刃を向けたってことは国家反逆罪になるってことなんだけど…分かってる?」 この男、口調がコロコロ変わる。色んな漫画やアニメ等の影響を受けやすい単純な男だからだ。 「あ、いたいた!アンタ達、こんなところで何やってんのよ!」 宵闇でよく見えないが、1人の女の声が聞こえてくる。 「あ、姐さん!」 初めて男の1人が声を発する。 「何勝手なことやってんだよ!そこの人は…李将軍じゃないか!」 「はぁ…俺の顔知ってんのね。アンタがこいつらの頭?部下の手綱くらい絞めておけよ」 李将軍と呼ばれても、この声に李信は聞き覚えは無い。 「私は咲。こいつらは部下のスワムとダリ。私達はエイジスの仲間さ」 「エイジス?あぁ、氷河期氏のことか。まさかとは思うが氷河期氏の命令じゃないだろうな?彼とは前世から交流があるんでな」 聞いたことが無い名前なのでこの世界の原住民だと察した。氷河期とはこの世界でも交流があるが彼の周りの人間についてまでは李信は知らない。そもそも李信はこの世界の原住民とは1人として交流が無い。あいも変わらず人間関係はポケガイの延長である。 「ま、無礼は氷河期氏に免じて不問に付してやろう。氷河期氏に感謝するんだな」 李信がそう言って立ち去ろうとした時である。 「待てこの国賊!」 咲と名乗る女にスワムと呼ばれた男が叫ぶ。 「何だと?」 李信が再び振り返る。 「知ってるぞ!貴様が皇帝陛下を恫喝して政に口を出し始めたのをな!謀叛を仄めかす様な発言もしたらしいな!一体貴様は何処まで世界を引っ掻き回すんだ!」 怒気迫る声でスワムが叫ぶ。 「え?何それ?誤解してない?むしろ俺は国の為にだな…」 予想だにしなかった罵倒を浴びて李信は目を丸くする。 「信用出来るか!貴様のせいでかつて戦争が起きて大勢人が死んだんだぞ!貴様自らが指揮した戦いでガルガイド人が大勢死んだ!」 「いや、それは誤解…」 「言い訳は聞きたくねえ!お前は消えた方が世界の為なんだよ!エイジスの仲間だか古い交流があるんだか知らねえが俺はお前を許さねえからな!」 「はぁ…」 こいつには何を言っても無駄だと感じた。「こいつもしかしたら俺より単細胞なんじゃねえの?」と内心思った。 「お前ら、こんなところで何してんだ?自警団(傭兵団)の活動に戻るぞ」 そこへ偶然通りかかった、李信がよく知る男の声。氷河期である。 「お、直江氏じゃないですか!」 「氷河期さん久しぶりですな。ちょっと貴方の仲間の原住民に噛み付かれましてね。何とかしてもらえませんかね」 良いタイミングで来てくれたと李信は思った。 「エイジスと李将軍って本当に知り合いだったのね…ってそうじゃなくて!エイジス、スワムとダリが李将軍に無礼を働いたのよ」 側から見ていた咲が状況を簡単に説明する。 「スワム、ダリ。お前らいい加減にしろよな。何で直江氏に絡んだんだ?」 「こいつはこの世界の災厄そのものだからだ!」 「こいつのせいで大勢の人間が死んだ!」 ダリとスワムが李信を指差して吠える。 「はぁ…まあかつては色々あったがあれの元凶は桑田でな…。直江氏に非は無いんだよ。お前ら謝れ」 エイジスが諭しても2人は態度を変えない。 「まあいいよ。氷河期氏に免じてこいつらは許すけど、こいつらの手綱はしっかり握って下さい。じゃあ俺は帰りますんで。お疲れ様です」 「ああ、お疲れ様です」 李信はこういう輩には関わりたくないので氷河期に挨拶してさっさと帰ることにした。 珍しく氷河期から呼び出しがあった。政のことはポルク・ロッドに、軍事のことは藤原に、領内のことはキモ男に任せている李信は呼び出された帝都のエイジスの自警団(傭兵団)の本部に足を運んだ。 「実はな直江氏。咲が死んだ。殺されたんだ」 「咲?この間の原住民の女か。犯人は分かってるのか?」 呼び出した用件が何かと思えば仲間の死を告げられるだけか?と感じた。李信には一度しか会っていない原住民が死んだから何なんだとしか思えなかった。 「直江氏、最近北条さんに会ったか?何処に居るのか知らないか?」 「いや、会ってないし知らないな。で、氷河期さんの仲間が死んだのとどう関係があるんだ?」 「直江氏、穢土転生って術は知ってるよな?」 「まあ、NARUTOは原作読んだしアニメも見てたからな」 「その穢土転生って術が使われてる可能性がある。死んだ筈のくろくろや領那の魔力を感知したんだ。これは穢土転生じゃないのか?」 「穢土転生…そしてこの世界でNARUTOの術を使えるのは…しかも最近姿を見ない…おい、まさか…」 「その、まさかの可能性が高い」 領那やくろくろの魔力を感知したというだけでも信じられないことだが、影であの北条が何か企み暗躍している可能性があるという話に内心驚愕した。 「おいおいおいおい…冗談だろ?北条さんは俺達の仲間じゃないか」 「俺も疑いたくはねえ。疑いたくはねえけど…もう、そうとしか思えねえ…!前にアンタと戦ったのだって、セールの命令だとかそんなもんはどうでも良かったんだ!北条さんはアンタを殺す為に…!」 「そんな…馬鹿なことが…」 氷河期が机を拳で叩いて顔を伏せる。その表情には悔しさがありありと滲み出ていた。李信は唖然としている。 「とにかく、北条さんを探し出すぞ!まだ犯人だと決まったわけじゃない!会って話をして確かめよう!」 気を取り直した李信が氷河期を説得しようと試みる。 「ああ…。李信軍はどれだけ動かせる?俺は自警団は今数百人動かせる!まあ、団長次第だけどな」 「俺も副官の藤原さんに聞いてみないと分からないが…3000人くらいなら多分何とか…」 氷河期と李信はそれぞれ上司と副官に掛け合い私兵を動員することを決め、その後具体的な打ち合わせを行った。 李信軍本部 「軍を動かせない!?何故だ藤原さん!」 李信は副官の藤原に兵を何割か動かせないかと掛け合っていたが、藤原からの返答は「否」だった。 「最近、歩毛門に異民族がちょっかいかけてきてる。可能性は低いが大規模侵攻も想定しないといけない。貴方は今まで中央で出仕してたから国境事情に疎いかもしれないが」 李信の知らないところで国は厄介な外患を抱えていたらしい。 「いくら軍の長が貴方でも今回ばかりはその命令は聞けない。貴方は貴方で忙しいのかもしれないがこっちも大変でね。明朝出発する旨の書状を先日貴方の家に届けさせた筈だが…まあポストを確認しなかったか忙しかったんだろうな。そういうわけだから悪いが独力で頑張ってくれ。その代わりこっちは任せろ」 「そういうことなら仕方ないな…。そっちは任せた。こっちは自分で何とかする」 藤原から聞かされた事情が事実なら仕方ないと、李信は諦めることにした。藤原によれば、明朝1万の兵を率いて歩毛門という国門を守備しているまさっち将軍の援軍に参じるらしい。 「何かあったら使者を寄越してくれ。それじゃ」 李信はそう言って帷幕から立ち去った。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「と、いうわけで身一つで行動する羽目になった。済まない氷河期さん」 此処は自警団ではなくエイジス騎士団の本部。 「いや、頼んでおいて悪いんだが、俺達自警団や仲間達だけで事に当たることになった」 「ほう?」 昨日打ち合わせまでしておいてどういうことだと内心では思うが口には出さない。 「自警団の団長も末端の団員も、昨日のスワムやダリもアンタのことを相当嫌っていてね。それこそ蛇蝎の如く、親の仇以上にだ。アンタと協力体制を敷くくらいなら自警団だけで何とかするって言って話を聞きゃしない」 「ふん、馬鹿な連中だ。そんなことを言ってられる事態じゃないだろう。国難に遭って尚感情を優先する連中に用は無い。失礼する」 氷河期から事情を明かされた李信は呆れて溜息をついた後捨て台詞を吐いて席を立つ。 「まあ、だがアンタにも非があると思うぜ直江氏」 「…」 「アンタ、この世界の原住民からの人望が無さ過ぎる。評判もすこぶる悪い。日頃から人心に配慮しないことばかりしてきたからこうなるんだ。少しは反省するんだな。特にアンタはこの世界の女性達からはかなり嫌われてるぞ」 「それはただの感情だろう。公私混同をするな」 氷河期の言うことにも一理あるが、李信の言うことは最もである。 「ともあれ、ウチの連中も我が儘過ぎるがな。だからせめてもの情報だ。死んだ咲がダイイングメッセージを残していた。犯人は残念だが北条と領那で間違い無い」 「そうか。ありがとう、じゃあこれで失礼」 少し不快そうな顔をしながら李信は去った。 「…言い過ぎたかな」 李信が去った後で、氷河期は言い過ぎたと後悔していた。 「よう直江!お困りのようだな!」 エイジス騎士団本部を出て帰路についていた李信に声をかけてきたのは星屑だった。 「星屑か。これから1人で北条の奴を探さないといけなくなってな。先が思いやられるよ」 「じゃあ俺も協力するぜ!」 少し話しただけで事情も知らない星屑は真っ先に協力すると言ってのけた。 「ありがとう星屑。どっかの自警団とは大違いだな。実は、かくかくしかじかで…」 李信は事情や経緯を細かく星屑に説明した。 「成る程、分かった。でもそれならお前の鬼道で探せるんじゃないか?」 「当然試したんだが、何故かそれでも北条の位置が分からなかった。多分特殊な結界忍術だろう」 星屑の指摘は当然の疑問から来るものだが、そんなものは当然試みている。 「分かった。ならその結界忍術とやらを使えそうな場所を探せば北条に辿り着くな!」 「そんな場所いくらでもあるぞ?どう探すんだ?」 「…ちょっとそこのカフェにでも寄らないか?話はそこでしよう」 「…分かった」 星屑には何やらあるらしい。含みのあるその発言は李信を大いに期待させた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Cafe Rengatei。星屑行きつけのカフェらしい。此処の屋内席に2人は向かい合って座る。そして星屑はカメラは懐から取り出す。 「カメラ?何に使うんだ?」 「まあ見てろよ。『ハーミットパープル!』」 星屑の手から紫色の荊が出現し、そのままテーブルに置いたカメラを叩き壊す。破片が散乱し内部が丸見えになったそのカメラから出て来たのは一枚のフィルム…。 「このハーミットパープルというスタンドは投影中のビジョンをフィルムに映す念写能力を持つ。一台3万円もするカメラを一々ぶっ壊さなければならんがな!」 星屑がフィルムを李信に差し出す。 「これは…北条…!そして薄暗いからよく分からないものの、薄っすら写っているのは岩の隙間から見える赤い鳥居の柱…!」 「場所が絞り込めたな。早速行くぞ。急がないと奴に気取られて逃げられるかもしれんぞ!」 「お客様、どうかされましたか?」 李信と星屑が盛り上がってるところで、騒がしいと感じたウェイターが声をかけてくる。 「何でもない。向こうへ行ってろ」 星屑が手振りを加えて店員を追い払う。 水素邸では食糧が乏しくなってきたので水素とラムが買い出しに行くことになり、留守はレムが任されていた。レムが留守番の理由は、ラムより家事が出来るのでレムが家に居た方がいいとのことである。 そんな折、事件は起こった。水素邸から程ない距離にある森林に張られていた結界が破られて無数の魔獣達が侵し始めたのである。 魔獣達が吠えるのを聴いたレムは屋敷から飛び出し、急いで森林の出入り口に差し掛かる。 「そんな…これじゃあ街の人達が危ないです…!私は水素様不在の今、屋敷を、みんなを守らないと!」 レムの視界に映った魔獣達には共通点があった。全ての魔獣の眼が、あの『輪廻眼』なのである。そう、これは幻術だった。輪廻写輪眼と強力な瞳力を持つ者が魔獣達を操り街を襲わせようと企んだのだ。聡いレムはそこまで読めていた。 「あははははははははははは!!あはははははははははははは!!」 レムの頭部から桃色に光り輝くツノが生え、狂った様にモーニングスターを振り回し魔獣達を撲殺していく。正気を失った様だ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 「あんな小娘に何が出来る……。既に魔獣を操る魔女は我が『万華鏡写輪眼』の最強幻術『別天神(コトアマツカミ)』をかけ我が意のまま…。しかし直江と星屑が此処の気づいた様だな…。仕方ない、奴らを使うか…」 帝都郊外にある、とある洞窟では北条が盤面の駒を動かしながら不気味な笑みを浮かべていた。そしてその周囲には多くの遺体や木製の棺が並べられていた。 李信と星屑は特定した北条の隠れ拠点を目指して急いでいた。帝都の門を抜け、グリーン川伝いの道を駆ける。しかし朱色の橋に差し掛かろうとした時に2人の行く手を1人の男が遮ったのだ。 「こいつの眼、黒いな。穢土転生体だ。そして随分久しぶりに見るぜ、神チー」 腹に四次元ポケットをつけている男の名は神チー。かつて星屑と小銭に敗れ、死んだ男である。 「俺は死んだ筈だがどういうわけか生き返っちまったよ。写輪眼を持ってる奴に蘇生させられてな。つか星屑てめえ!よくも俺を殺したなぁ!今度こそ殺してやる!」 自分を殺した星屑を見るなり神チーは怒り吠える。 「あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ」 怒りで滾る神チーにそう言ったのは李信だった。 「あん?誰だてめえ?星屑の仲間か!?あぁ!?」 「誰でもいいだろ。とりあえずお前の敵だよ」 李信は斬魄刀を引き抜いて答える。 「まあいい。お前らの人生は俺の秘密道具で終わらせてやる。行くぞ!『どくさいスイッチ!』」 神チーが四次元ポケットから手の平サイズのスイッチを取り出し掲げる。 「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ消え去れゴミ共ォォォォォォォォ!!」 しかし、どくさいスイッチを押しても何も起こらない。 「馬鹿な!?何故どくさいスイッチを押しても貴様らは消えない!?」 「どくさい…か。だが裁くのは俺のスタンドだ」 星屑の傍らには人型のスタンドが顕現していた。 「『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』。お前の『どくさいスイッチ』の効果を無効化した」 「馬鹿な…そんなチート過ぎる能力が存在するとでも…」 『月牙天衝!』 星屑のゴールド・エクスペリエンス・レクイエムにより秘密道具の効果を無効化された神チーはその隙を突いた李信の斬月から放たれた斬撃を喰らい、その体は真っ二つになった。 「やったか!?」 「それフラグだから。つか、大事なことをうっかり忘れてたんだが…」 星屑がフラグを立てる発言をするので李信がツッコミを入れる。 「ざんねーん!穢土転生体はいくら攻撃しても死なないんd…」 「ドララララララララララララララ!!ドラァ!」 神チーの体の欠損が塵のように集まり再生した瞬間に、星屑のスタンド『クレイジーダイヤモンド』からのラッシュが炸裂する。クレイジーダイヤモンドにより「作り変えられた」神チーの体は橋の縁の朱色の太い柱の一部にされ、その顔が柱に浮かび上がる。 「よし、神チー撃破だ。行くぞ直江」 「お、おう…つかお前めっちゃ強いな星屑…」 強敵・神チーをあっさり倒した2人(星屑しか役に立ってない)は、北条の居る洞窟へと先を急いだ。 柱には、一部とされて無様に涙を流し、もう死ぬことすら出来ない哀れな神チーの顔があったが事情を知らない人々は後にこれを帝国の名所と認識するようになるのだがそれはまた別の話である。 李信と星屑は神チーを撃破して橋を渡り、北条が居る洞窟を目指してグリーン川西岸の木々に囲まれた道をひた駆ける。そしてその道の中間辺りの地点で2人は足を止めた。今まさに追っている男が2人の前に現れたからである。しかも、いつもの衣装の上に黒地に赤雲の模様が描かれた外套のようなものを身につけている。NARUTOに登場する組織「暁」の装束だ。 「北条…てめえ自分が何をしてるかという自覚がねえわけじゃあねえだろうなあ!?」 北条の顔を見るなり星屑が怒鳴りつける。 「直江さんに星屑さん。当然理解してますよ。俺はその上で動いている。だがこれは俺なりの正義をもってやってるんです。全ては真の平和の為、世界に痛みを!」 北条の目に迷いは無い。確固たる意志をもっている者の、凛とした鋭い目である。 「正義、平和か。だがアンタが穢土転生した領那に氷河期さんの仲間が死んだようだが?アンタがやろうとしてることは無意味な虐殺だろう。此処でアンタを止める」 李信が鞘から斬魄刀を引き抜いて構える。 「木を見て森を見ていない。アンタ達は真の平和が何たるかを分かってないのさ」 北条が両手で、目にも止まらぬ速さで印を結ぶ。 『火遁・鳳仙火の術!』 北条が口から複数の小さな火球を吐き出してくる。李信と星屑はそれを高くジャンプして回避する。 「次来るぞ!」 李信は北条が次なる術の印を結んでいるのを見逃さなかった。注意を星屑に促す。 『火遁・豪火球の術!』 李信と星屑の着地を狙って北条が口から巨大な火球を吐き出す。 『縛道の八十一 断空!』 着地を狙われ回避は困難と悟った李信は正面に鬼道による防壁を展開して豪火球を防ぐ。 「星屑、奴の目を見るな。幻術にかけられるぞ。月読を喰らったらかなりヤバい」 「やれやれだぜ…分かってるよンなことはよぉ。俺はこいつと共闘したことも戦ったこともあるんだからな」 李信の注意喚起など星屑には不要だったようである。李信は星屑から視線を外し、北条の足下を見据える。 「鳳仙火に豪火球…お前にしては随分控えめだな北条。今更様子を見ないといけない程お互い手の内を知らないわけじゃないだろう」 「直江さん、貴方如きに本気を出す必要は無いんですよ。現に貴方は俺の目から目を背けビビっている」 李信からは見えないが、北条は余裕を含んだ笑みを浮かべる。 (何かおかしい…。いつものこいつなら上忍レベル以上の術を初っ端から遣う筈だ…) 李信は北条の様子に違和感を感じていた。『鳳仙火』も『豪火球』も中忍レベルの術であり、火遁の性質変化を持つ術の中でも下位に位置する。それでも北条は何度か好んで豪火球を使っているが、森林から抜ける出入口に当たる、比較的拓けたこの場所ではもっと威力の高い『豪火滅却』や『豪火滅失』、『爆風乱舞』が有効な筈だ。 「星屑、俺から突っ込む。後衛を頼む」 違和感の正体を探る為、李信は自ら前に出ることに決めた。 (行くぞ) 李信は瞬歩で一気に北条の眼前に現れ、斬魄刀を下から上へと振り上げる。北条はそれを、取り出したクナイで受け止める。 「直江さん、斬魄刀を解放しないんですか?様子見するつもりですか?」 「解放しているさ。既にな」 北条の視界に映っていた李信が突如消滅する。次の瞬間、北条は後ろから胸を斬魄刀で貫かれた。 「成る程…鏡花水月ですか。ですが…」 (手応えが無い…) 李信は斬魄刀で貫いた北条が本物でないことに、違和感から気づいた。李信が鏡花水月で完全催眠にかけたそれは、無数の烏に分裂して飛び去っていく。 (影分身…いや、烏分身の術か) そして、星屑の目の前に北条が迫る。星屑は咄嗟にスタープラチナを顕現させる。 「オラァ!」 北条のクナイによる斬りつけを避けてスタープラチナの一撃を叩き込む。しかし次の瞬間、その北条の体が爆発を起こしたのだ。 『スタープラチナ・ザ・ワールド!』 北条の影分身の爆発の寸前、星屑はスタープラチナの能力で時を止めて、止まった時の中で自分だけが動き、後退し回避した。 「時は動き出す…」 そして時は再び動き出す。星屑は2秒時を止めてかろうじて避けることに成功した。幸い、外傷は無い。 「また分身かよ」 「今のは『分身大爆破』だ。影分身を至近距離で爆破してダメージを与える術だ」 星屑に李信が、過去の経験や知識から説明する。 「しかし妙だな」 「何がだよ?」 李信がもう一点、北条の不自然な点に触れる。 「北条の奴、衣装を変えている。何故変えていると思う、星屑」 「イメチェンだろ」 「いや、違うな。あいつは…」 李信が言い掛けたところで『豪火球』が2人の真横から飛んで来る。2人はそれぞれ後ろへ跳んで回避した。しかし、2人が地から足を離しているにいる時に次の攻撃がくる。 『水遁・水飴拿原』 北条が口から粘性のある水を吐き出して李信と星屑が着地する一帯に水溜りを形成する。着地した2人の足に粘性のある水が絡みつき、動きを封じてしまう。 「なんだこれ!絡みつきいてきて…」 「落ち着け星屑!これは簡単に脱出出来る!」 『水遁・水牙弾!』 今度は水飴拿原から圧縮した水に回転を加えた、先が尖っている水の塊が湧き出してくる。2人はそれを水飴拿原から無理矢理足を解いて脱出し、空中へと回避するが、空中に居る2人には追撃が待っていた。 『火遁・鳳仙火の術』 複数の小さな火球が次々と吐き出され飛んでくるのだ。 星屑は鳳仙火に対処すべく、無意識に北条と目を合わせてしまったのだ。鳳仙火程度ではダメージらしいダメージなど受けない。が、人間の生存本能とは厄介で、例え当たっても平気な技や脅威に対しても、目で見て確認し対処しようと行動してしまう。個人差はあるが、ビビりな人間程その傾向にある。 星屑は波紋エネルギーを手に纏い、鳳仙火を消し飛ばしたが、幻術にかけられた李信は回避出来ず被弾、空中から地に落下する。 「無様だな。仲間に気をつけろと言っておいて自分が幻術にかかるとは…なあ直江さん?」 幻術にかかった李信の目には、北条の写輪眼とニヤリと綻ぶ口がはっきり映っている。 「後ろからの分身大爆破で星屑が俺がいる方に跳んで避けるよう誘導し、豪火球で少し距離を取らせて俺の意識を2人まとめて幻術からかける気だという推測から外させた後に、足下からの水遁でジャンプする様に誘導、そして俺のチキンハートを利用した火遁で目を合わさて幻術にかける…成る程よく考えている」 「その洞察力は大したものだが、もうアンタは幻術にかかっている。アンタは俺の掌の上で踊るしかないのさ」 北条の策を見破っても、もう遅かった。李信の全身から、李信が今まで会ったり倒したり、戦ってきた敵の顔が次々と湧いてくる。 ※前レスで幻術にかけられたのは李信です。星屑って表記はミス 「サン◯ー返せ不細工」 「金返せ不細工」 「働けよ高望みすんなブラック企業に行け」 「ぬわ~」 「よくも神使いの俺を封印してくれたな!許さねえ!」 数々のステハンやアティーク、そしてサバ、仁王。かつて現世や異世界で対立し戦ってきた者達の顏が腕や腹、胸から湧き上がる。 「邪魔なんだよ!何なんだてめえら!消えろおおおおおおおおおお! …なんつってな」 李信があっさりと北条の幻術を破り、体から生えてきた顔は消滅する。『全知全能』の力である。 「幻術を破ったか。だが俺は目を合わせずとも指一本で相手に幻術をかけられる。さあ、再び惑うがいい」 北条が人差し指を天に向ける構えを取ろうと手を動かすが… 「北条、よく自分の周りを見た方がいいぞ」 「何だと…これは…!」 今まで見えていなかったが、北条の周りには緑色に光る触手が幾重にも張り巡らされていた。 「こんなもの今まで…!」 「俺の鏡花水月でお前の視覚を操作して見えなくしてたからな。わざと俺が幻術にかけられてる間に張り巡らせたのさ。星屑にな。やれ、星屑!」 「喰らえ!『エメラルドスプラッシュ』!」 星屑の人型のスタンドから無数のエメラルドが放たれ、身動きが取れない北条の全身に突き刺さる。 「ぐはっ!」 エメラルドスプラッシュを喰らった北条が吐血しながら大きく仰け反る。 「その北条は分身じゃなくて本物だ、行けえ直江!」 『月牙…天衝!』 李信の斬月から三日月型の青い斬撃が放たれ、北条に直撃し吹き飛ばしていく。しかし、その時北条がニヤリと笑みを浮かべたのを李信は見逃さなかった。 「今の笑い…やはり…」 星屑と李信は月牙天衝で吹き飛ばされた北条を追ってその死体を見つけたが、その顔は北条とは全くの別人だった。 「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!俺は北条と戦っていたが倒してみたら別の男だった…! な…何を言っているのかわからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった… 。頭がどうにかなりそうだった…分身だとか幻術だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」 星屑は驚きのあまり何処かで聞いたようなセリフを口に出す。 「やはりな。最初から変だとは思ってたがやはりそうか」 李信は戦っている時からやはり察した様だった。これが先程の違和感の正体だった。 「どういうことだよ直江」 「おかしいとは思わなかったか?こいつは豪火球とか鳳仙火とか、比較的難易度が低い術ばかり使っていた。幻術も使ってきたが月読は使わなかった。北条が普段多用する千鳥や須佐能乎、神威等も使わなかった。いや、使わなかったんじゃない…使えなかったんだ」 説明を求める星屑に、李信が戦闘中に感じた違和感について話す。 「幻術にわざとかけられたのは違和感を確信に変える為だ。やはり、こいつは高等な術は使えない。本来の実力を発揮出来ないんだからな」 と、李信は続ける。 「しかし他人を自分の偽者に変えられるもんなのかねえ…精度が落ちるとは言えさ」 「これは『象転の術』だ。生きている人間を生贄にチャクラを与えて憑依し、対象の同一体を作り出す術だ。同一体が操る術は対象者と全く同じだが、与えられたチャクラ量によって使える術が限られてくる」 星屑の疑問に李信が答える。因みに、原作やアニメの知識である。 「成る程、こいつはただの足止めだったわけだな。で、誰なんだこいつは」 「名前は知らんが、氷河期さんの傭兵団に居た男だ。前にエイジス騎士団の本部に行った帰りにすれ違ったことがある」 李信は男の顔に見覚えがあった。エイジス騎士団の本部に出入りしていた傭兵団の構成員であり、すれ違った際に露骨に嫌な顔をされたことを。李信が推察するに、傭兵団での連絡事項を氷河期に伝える為に騎士団にまで足を運んでいたのだろう。 「そうかい。氷河期の部下だったか。気の毒にな。どうせ幻術で操られたんだろ」 「同情してる暇は無いぞ。偽者を作り出して俺達の足止めを測ったってことは北条は俺達がここまで来ることに気づいてるってことだ」 自分を嫌ってた奴がどうなろうが関係無いと言わんばかりの発言だが、一理ある。 「グレートですよ、こいつは!裏を返せば割と近くに確実に北条が居たってことじゃねえか?」 「行くぞ!逃げられたら厄介だ」 2人は北条の本体を追って走り出す。 李信と星屑はハーミットパープルの念写で特定した、大岩で穴が塞がれた洞窟をついに発見した。念写したフィルムに映っていたように、赤い大きな鳥居に穴が囲まれている。そして、穴を塞ぐ大岩には「禁」と書かれた札が貼ってある。 「ついに見つけたぜぇ。あの岩ぶっ壊して、北条の野郎をブチのめす!」 「待てよ。あの札は結界忍術の『五封結界』だ。あの札と、四方1kmに貼られている計4枚の札を剥がさないと破れない」 逸る星屑を李信が手で静止する。 「マジかよ。俺とお前の2人で札剥がしに行ってる間にあいつ逃げちまうぜ?」 「良い方法がある。俺に任せろ」 星屑にそう言って李信は再び口を開く。 『黒白の羅 二十二の橋梁 六十六の冠帯 足跡・遠雷・尖峰・回地・夜伏・雲海・蒼い隊列 太円に満ちて天を挺れ』 『縛道の七十七 天挺空羅』 李信が詠唱を唱えると、その右腕から黒い霊圧の、直角に曲がる網が幾重にも出現し、それが大きな四角い輪となり外へ飛び出す。そう、これは霊圧を網状に張り巡らせ複数人の対象の位置を捜索・捕捉し伝信する鬼道である。 「氷河期さん麾下の自警団及び傭兵団の者共に告ぐ」 李信は鬼道を発動した開口一番、氷河期本人や氷河期の自警団や傭兵団に属する者達に向けて告げ始める。 「これは…?」 「あの死神野郎の声だ。耳障りだぜ」 「これは直江氏の声じゃないか。みんな静かに。多分大事な話だ」 自警団本部。いきなり嫌いな人間の大声が聴こえてくればそりゃ耳障りにもなるが、スワムと違いダリは聡いので何か重要事項があるのだと察した。氷河期本人は協力的な態度を見せる。 「俺を嫌うのは勝手だ。別行動もむしろ望むところだがたまには役に立ってもらう」 相変わらず、反目しているだけあって、李信も上から目線であり言葉を全く選ばない。 「何なのあの陰険根暗男…。気に食わないわね」 「団長、今は直江氏の話を聞こう」 「仕方ないわね…」 団長も途端に不機嫌になるが、氷河期の頼みとあらば仕方ないとばかりに言に従う。 「今俺と星屑はグリーン川西岸の森林を抜けた先で北条の潜伏場所を発見した。だがその入口には奴の結界忍術が施されていて入れなくなっている。 この結界忍術には仕掛けがある。入口を塞ぐ大岩とその四方1kmに計5箇所に禁と書かれた札が貼ってある。 それを剥がさなければ結界忍術を解除することは出来ない。 氷河期さんの配下共にはこの札を探して剥がしてもらう。街を救う自警団、傭兵団なら協力しろ。 その人数は大きな武器になる。氷河期さん自身は動かない方がいい。 氷河期さん、ご協力を願う。では失礼」 李信は返事の是非を問わず一方的に告げて天挺空羅を打ち切った。 「お前、あんな一方的に…」 「ウダウダしてる場合じゃないからな。暫く待つとしよう」 星屑が呆れるが、李信は意にも介さずその場にある石を椅子代わりにして座り始めた。 自警団本部 「あの死神野郎の命令に何で俺達が従わなきゃなんねえんだよエイジス!」 「直江氏だって事態の解決の為に動いてるんだ。対立する必要は無いだろ。内輪揉めしてる場合じゃないだろ。こうしてる間にも北条の野望は進行してるんだ。まあ、彼も言い方には問題があったが」 スワムが憤り、その鬱憤を撒き散らす。氷河期がそれを宥めようとするが… 「しかしこっちは領那を追ってるんです。北条の居場所を先に突き止められたのは癪ですが、彼と星屑殿に協力して北条を止めれば穢土転生も解除されるのでは…となると、優先すべきは…」 ダリは本人と会った時と違い冷静だ。暗殺しようとした気概は何処へ?切り替えが早い男である。 「あいつが最大功労者になる為の手助けをさせられるなんて…最悪よ…」 治癒魔法担当の金髪少女の団員が拳を握り締めて歯をガチガチと鳴らし、全身を震わせる。 「私も悔しくてたまらないけど…でも国や民のことを考えたらあの陰険男に協力するしか…」 団長もワナワナと手を震わせながら呟いた。その時である、自警団本部に、全くの部外者達が現れた。 「どうも、ポケモントレーナーのWあです」 「仮面ライダーのソラです」 「赤牡丹です」 「マロンです」 続々と4人の男達が入ってくる。 「申し訳ない、盗み聞きする趣味は無いんですがね。まあ、事情は分かったんでこっちは我々に任せてもらっていいですかね」 4人の代表的なポジションのWあが氷河期に申し出る。 「Wあさん…助かります!俺達は見ての通りの有様で…」 「まあ、困った時はお互い様なんで。じゃあ我々4人が札を剥がしに向かいますんでそちらはそちらの目的を果たすことに専念して下さい。急ぎなんでこれにて失礼します」 氷河期はWあの手を取り、感謝の言葉を述べる。Wあは慇懃無礼に頭を下げると、3人を引き連れて退出していった。 「しかし、何ですかねえ。直江さんも散々な言われようですね」 本部を出たWあが独り言のように呟く。 「あそこまで影で罵詈雑言言われてると流石に同情しますな。彼が特別悪いことをしてきたとは思えない。むしろ経緯を考えると奴らの直江への逆恨みじゃあ…」 マロンも立場的に李信寄りなので彼に対して甘い節があるが、あながち間違いではないだろう。 「俺達はポケガイの時代からずっと直江さんの仲間だったからな。お互いに好意的だったがそうでない奴からするとあんなもんなのかもしれん。さて、罵詈雑言言われて協力を拒否されたその直江さんの為に俺達が協力しよう」 赤牡丹が何処から持ってきたのか地図を懐から出して広げる。 「この場で立っている方向の札をそれぞれ剥がしに行く感じでいいかな。俺は南東、マロンが南西、Wあさんが北東…で、そちらの仮面ライダーに変身出来る人が北西。おおよその札の位置は…それぞれこの辺だろう。この赤丸で囲んだ地帯をみんな頭に叩き込んでくれ。じゃあ解散だ」 赤牡丹が広げた地図に赤ペンで札があるであろう場所を推測して丸をつけていく。赤牡丹の説明に異論は上がらない。それぞれがやるべきことはすぐに割り振られ、それぞれが持ち場に向かい解散する。 「出て来い、リザードン!」 Wあはモンスターボールからリザードンを繰り出してその背中に飛び乗る。 「此処から北東を目指して飛んでくれ。ことは急を要する」 リザードンが鳴き声を上げながらその二本の足を地から離し、二枚の翼を羽ばたかせて上昇を始めた。 Wあは5分弱程探して、札が貼ってある柱をついに発見した。リザードンが大きな羽音を響かせながら地に足をつける。 「やっと見つけたか。直江さんをいつまでも待たせるわけにもいかないしさっさと剥がさないと」 Wあが柱に近づき、その札を剥がした瞬間である。ボンッという擬音に近い何かと共にWあが現れたのだ。 「これは…俺…?」 Wあが2人。2人目のWあ。Wあは自分が夢でも見ているのではないかと思い自身の頬をつねるが、やはり目の前に居るのはもう1人の自分である。 「行け、リザードン!」 もう1人の自分がモンスターボールを取り出してリザードンを繰り出してくる。まさか、使うポケモンまで同じなのかと内心で呟いた。 「成る程、そういう仕掛けだったわけですね。自分に打ち勝てとよく哲学めいたセリフはありますが、これは哲学でも道徳でもなくリアル!」 2人のWあ、そして2人のリザードン。今ここに、世にも奇妙なポケモンバトルが繰り広げられようとしていた。 「リザードン、メガシンカだ!」 Wあさは首にぶら下げているメガストーンを掲げて、リザードンの首に装着しているストーンと共鳴させる。眩いメガシンカエネルギーの光がリザードンを覆い、そして… リザードンは黒い皮膚と青い炎を持つ、メガリザードンXへのメガシンカを遂げた。 「メガリザードン、『りゅうのまい』だ!」 Wあの指示で、メガリザードンは言葉では言い表せない特殊なダンスを行う。 「そちらもメガシンカか。ならば俺のポケモンもメガシンカだ!」 もう1人のWあも首にぶら下げていたメガストーンをリザードンのキーストーンと共鳴させ、リザードンをメガリザードンXへとメガシンカさせたのだ。 一方、星屑のスタンド『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』により、大岩の札を剥がした。既に他の4枚の札は4人の能力者によって剥がされている。そして李信、星屑の前に現れたのは… 「久しぶりだな。直江さん、星屑」 まごう事無き本物の北条だった。 「北条…てめえのツケは金じゃあ払えねえぜ。覚悟は出来てんだろうな?」 星屑がジョジョ立ちの姿勢で北条を睨みつける。 「ツケ?何を言っているんだ?ツケを払うのは貴様らの方だ」 「何だと?」 反応したのは李信である。 「貴様らが居るからこの世界は醜い争いばかり起きる…大勢の無関係の人間が死んで行く。貴様らポケガイ帝国も、赤屍も、凪鞘も、アティークも、荒喧も、桑田も、その存在自体が火種だった。俺は醜い争いを根絶する為にこの世界から俺以外の能力者を一層する!俺こそがこの世界な唯一の能力者となり、全てを束ねる存在となる!これは…」 北条が一呼吸置いて息を吸い込んだ後、 「革命だ」 と、宣言した。 「待ちな!解せねえな。だったら何で無関係な街の人間も襲おうとしてんだよ?」 「奴らは帝都に住み、地方民から税を吸い上げて整えられたインフラの上で良い暮らしをするダニ共だ。ついでに抹殺する」 抱いて当然の疑問をぶつけた星屑だが、帰って来たのは予想だにしない答えだった。 「俺はこの世界を守り、争いを無くす!真の平和を訪れさせる!立ち塞がる者は全て抹殺する!」 凛とした眼…表情から伺えるように、その決意は固かった。 氷河期の自警団から危急を告げる文を足に縛り付けた鷹が飛んで来たのはその直後である。その鷹が、星屑の肩にゆっくりと足をつけた。 「これは氷河期のとこの鷹か…。こんな時になんだってんだ?」 星屑が鷹の脚から手紙を取り上げ、広げて目を通す。 「直江、街の方が怪人だとか魔獣だとかに襲われてヤバいらしい」 星屑が手紙を李信に手渡す。 「まさか北条、貴様…!」 「そう。俺が操ったり、手を組んだのさ。確実に世界の浄化は始まっている…!貴様らには何も出来はしない!」 北条が歪んだ笑みを浮かべながら言う。 「氷河期曰く、直江じゃ自警団の奴らが嫌がるから俺に手を貸して欲しいとのことだ。だが、俺達は北条を…」 「行け、星屑。北条は俺に任せろ」 「だが…!」 「下手すれば街が壊滅する。今は水素も居ない。星屑、街を頼む」 「…分かった」 2人の間に長いやり取りは必要ない。星屑はすぐさま背中に生えた翼で空高く舞い上がり、街の方へと飛んで行った。 「また2人になったな直江さん」 「そうだな、今度こそ真の決着をつけてやる」 「だが此処は場所が狭い。場所を移すぞ。俺達の決着に相応しい場所へな。着いて来い」 北条はそう言うと、李信の返事など聞かずに忍者ならではの素早いスピードで疾風の如く動き出す。 「いいだろう。誘いに乗ってやる」 しかしその返事は北条の耳には届かない。半ば独り言のような返事を呟き、李信も北条の後を追う。 ◆◆◆◆◆◆ 10分程移動しただろうか。北条が決戦の場に選んだのは、二つの巨大な像が建てられている、切り立った崖から滝が形成された場所だった。北条と李信はそれぞれ別の像の頭に飛び乗り対峙する。 「此処は終末の谷という。かつて超越神・凪鞘とポケガイ管理人・桑田が死闘を繰り広げた場所だ。どうだ?俺達の決戦の場に相応しい場所だろう?」 終末の谷。あのNARUTOに登場する、柱間VSマダラ、ナルトVSサスケの決戦が行われた場所と同名である。因みに今北条が立っているのが凪鞘の像、李信が立っているのが桑田の像である。 「この終末の谷で戦った凪鞘は桑田を殺し、勝利を収めた。今、俺はその凪鞘の像に立っている。つまり勝つのはこの俺だ」 「迷信だ。強い方が勝ち、弱い方が負ける。歴史は関係無い」 北条に対して李信が言い返す。そんな2人を木の葉舞う風が吹き付ける。 「強いのは俺だ。俺には世界を守るという大義がある。それにこの世界に来て大切な人間も出来た。守るものが何も無い、相変わらず独りのお前に俺は倒せない」 北条の言う大切な人間とはつまり、二次元美少女とそういう関係になれたかどうかである。 「強さってのは単に能力や技の威力や効果だ。下らん御託は無用、さっさと決めるぞ北条。どっちが生き残るに相応しい男なのかをな!」 李信がそう言い返す。2人の間に暫しの沈黙が流れる。そして…北条と李信、2人が足場を蹴り、互いに向けて走り出したのが同時だった。 北条は草薙剣を抜いて千鳥を流し、李信は斬魄刀を抜いて二刀流の斬月に解放し月牙を纏わせ一直線に走り、振りかざす。 そして、2人の刃が川の中心でぶつかった。 千鳥刀と月牙を帯びた斬月がぶつかり、その衝撃で川に波紋が幾重にも広がる。澄んだ川の水が2人の刀の刀身に映る。 そして、剣戟が始まり、数秒の間に数えるのも億劫になるほどのスピードと回数で打ち合っていく。 明らかに、李信が不利だった。能力を得て、飛躍的に身体能力も向上している李信だが生前では武道の嗜みも無く、喧嘩にも自信が無かった李信が、まるっきり素人の動きで剣を振るったところで、いくら二刀流でも、写輪眼を持つ北条に敵う筈が無いのだ。 不利な剣戟の中で次第に李信は北条の千鳥刀を捌き切れなくなり、x?「簣栃◆??鯔名鬚寮蘢仕瓩??瓩襦 (クソ…痺れる…!) 千鳥刀が体を掠めたことにより李信の体は一瞬痺れてしまう。 (もらった!) そう心中で呟いたのは北条だった。李信は僅かな抵抗を見せ小さな方の斬月で北条の千鳥刀から心臓を守り軌道をズラすが、右肩を貫かれた。 北条はそのまま無言で『千鳥流し』を使用、李信の全身を千鳥の雷撃が容赦無く駆け巡る。 全身に雷撃を浴びた李信は苦悶の表情を浮かべながらも、北条の左腕をガッシリと掴む。北条は構わず左手から千鳥を繰り出す。 李信は右手の掌からから青い『虚閃(セロ)』を放ち反撃する。虚閃を浴びた北条は咄嗟に全身に千鳥を流し防御するも吹き飛ばされる。 北条の千鳥刀に貫かれた李信の傷が超速再生で完全に塞がる。李信は吹き飛ばした北条に追い打ちをかけるべく斬月を振り上げ『月牙天衝』を放つ。 北条は体勢を立て直し、両手で印を結び『火遁・豪火球の術』を口から吐き出す。今まで見たこともない特大サイズの豪火球と月牙天衝が川の中心で激突、しかし… (チッ…!) 月牙天衝の方が威力は上だった。豪火球を掻き消した月牙が北条目掛けて飛んでいく。 豪火球を突破した月牙天衝が北条に迫るが、北条は千鳥刀で月牙天衝を斬り裂いた。北条はそのまま千鳥刀の鋒と刀身の3割程を水面に浸し、川全体に千鳥を流す。美しい水面に電撃が走る。 「!」 李信は咄嗟に瞬歩で空中に跳んで千鳥流しを回避するが、瞬身の術で眼前に迫った北条の回し蹴りで岸の向こうの崖岩に吹っ飛ばされてしまう。崖岩に激突し、全身がめり込む。 (クッ…!) 李信は体勢を立て直すが、李信を蹴り飛ばした北条はそのまま千鳥刀を李信に投げつけると同時に特大の豪火球を吐き出してくる。李信は投げつけられた千鳥刀を避けて大小の斬月から月牙十字衝を放つ。十字衝は見事に豪火球を弾けさせるが… 輪廻写輪眼の瞳術《天手力(アメノテヂカラ)》で自身と千鳥刀の位置を入れ替えた北条が李信の背後に現れる。 (左眼の…!) 北条の左手から繰り出された千鳥を振り向きざまにに喰らい、李信は崖から川へと吹っ飛ばされる。そして北条は《須佐能乎》を身に纏い、須佐能乎から巨大な矢を3発連続で射ち込んでくる。 落下中である李信は身動きが取れない。李信は3発の矢に向けて掌から《王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)》を放ち相殺して水面に着地する。 北条は更に炎遁の黒炎を纏わせた矢を雨霰の様に降り注がせてくる。その《炎遁・須佐能乎加具土命》を李信は瞬歩で全て回避し続けた。黒炎を纏った矢が水底へ沈んでいく。 矢による攻撃が通用しないと判断した北条は須佐能乎を《完成体須佐能乎》に昇華させ、須佐能乎の背中に生えた2枚の翼で飛行しながら、巨大な太刀を振りかざして李信に迫る。 (完成体須佐能乎か。俺もこのままでは勝てまい) 死神の力と溶け合った虚の力を発現し、長刀の斬月が白く染まり、左目が白黒反転した従来の虚化と同じ特徴が現れた。 更に髪が逆立ち、顔の左半分に完全虚化を思わせる仮面紋と胸部には虚の孔を象った仮面紋があり、左側頭部に角が出現した姿となる。 そして太刀を振り翳してくる北条の完成体須佐能乎に対して《月牙天衝》と《王虚の閃光》を融合させて放つ。 完成体須佐能乎はその攻撃で黒い霊圧に覆われるが、巨大な太刀で斬り裂いて事無きを得る。…と思いきや、腕や胸に大きな亀裂が入っている。 今度は須佐能乎からの太刀を振り下ろしての攻撃。李信は二本の斬月で二本の太刀を受け止めるも、想像を超える重さに耐え切れずに川底へ叩きつけられ沈んでいく。 「アンタは俺の革命の障害となる厄介な男の1人だ。此処で消えてもらう」 北条の完成体須佐能乎が巨大な弓で、黒炎を纏った矢をつがえ、李信が沈んだ所へ狙いを定める。 「その血の一滴まで焼き尽くしてやる」 その一言と共に矢は放たれた。矢は水面を勢いよく突破し、川底へと一直線に飛んで行く。 しかし… 「何だこの霊圧は…!」 矢が李信に届くことはなかった。膨大な量の青き霊圧が火柱となって川底から噴き出し、天高く伸びると同時に川に巨大な穴を開け、須佐能乎が放った矢をかき消したのだ。李信が膨大な霊圧を抑えている眼帯を外したのだ。 「北条、今アンタと剣を交えて分かった。今のアンタより俺の方が強い。俺がその気になればアンタのその太刀は一振りで破片になる」 川底だった場所から李信が瞬歩で須佐能乎に急接近し、大きな方の斬月を振り下ろす。北条は一振りの太刀でそれを受け止める。そして、李信の言葉通り、須佐能乎の太刀は無数の破片となってその手から落ちて行く。 「図に乗るな死神」 太刀が破壊されたことで手ぶらになった須佐能乎の右手から千鳥が繰り出される。李信も大小の斬月に月牙を纏わせて横へ薙ぐように振る。 再び、千鳥と月牙が空でぶつかり、黒い霊圧が雷撃に包まれ膨張し、バチバチと音を立てながら破裂した。 巨大な力の膨張が破裂し、互いの姿が露わになる。北条の須佐能乎には胴体に更に大きな亀裂が、李信の左肩から右腰にかけて大きな傷が出来ていた。 しかし、如何なる傷も李信には意味を成さない。彼には超速再生があるからである。その超速再生で胴体の傷は瞬く間に塞がる。 「やはり強いのは俺だ。…この世界は現実から逃げた俺達にとっては一睡の夢かもしれん。もしかしたら、俺達が今それぞれ憧れの作品の能力を使って戦ったり、二次元を目で見て肌で感じてるのも幻かもしれない。北条、もし夢ならば…醒める覚悟は出来ているか?理想から意識が遠ざかる感覚を味わう覚悟が…」 「そんな覚悟は必要無い。死ぬのは貴様だ直江。…尾獣共よ、俺に力を!」 北条がその内に眠る一尾から九尾までの尾獣のチャクラを呼び起こし、完成体須佐能乎の容れ物として纏わせる。すると尾獣のチャクラが水色となって表出し、膨大なチャクラが須佐能乎を纏う形に変化した。前回とは違い、今回は尾獣の持ち得るチャクラを全て出し切っている。 「これが俺の本気だ。貴様こそ死ぬ覚悟は出来てるか?直江」 完成体須佐能乎が李信を威圧するかの様に立ち塞がる。 「本気というのは覚悟が出来ない、明日を生きたいと願う者だけが出すものだ。だから俺は本気を出す。生きる為に、国を守る為にな。行くぜ…」 李信が大小二つの斬月に霊圧を注ぎ込む。 『 卍 解 』 青黒い膨大な霊圧が斬月と李信を包み込む。そして… 『天鎖斬月』 二本の斬月を束ねた、新たなる天鎖斬月が現れる。黒い短刀の斬月を覆うように白い斬月が囲み、バスターソードを思わせる巨大な大剣の形状となって。 「この勝負、覚悟が重い方が負ける。行くぞ!」 李信が天鎖斬月を思い切り振り上げる。 『月牙天衝!』 黒い三日月型の巨大な斬撃が放たれた。北条は《天手力》を使い水面に浮かぶ草薙剣と自身の位置を須佐能乎ごと入れ替えて月牙を回避する。 『火遁・豪火球の術』 印を結び、須佐能乎の口から今までのよりも更に大きな火球を空中の李信に向かって、それも連続で放つ。 李信はそれを避けながら須佐能乎に接近し天鎖斬月を振り下ろす。 李信が振り下ろした天鎖斬月を須佐能乎が太刀で受け止める。そのまま剣戟に移行し、須佐能乎は李信と打ち合いながら二枚の翼で上昇する。何度も打ち合っている内にやはり李信が須佐能乎の太刀を捌くのが困難になっていく。剣技の差もあるが、須佐能乎の重量によるところが大きい。防戦一方になった李信は須佐能乎の太刀を受け止めるのがやっとの状況に陥る。 「どうした?受け身なだけか?後手に回れば死ぬぞ」 見渡す限りの空に積乱雲が広がる中、そんな李信を煽るかの様な北条の一言。 『月牙…!』 李信が月牙を放とうとした時である。北条の須佐能乎の内側で自身の左手から千鳥を流し、積乱雲から雷を呼び起こす。巨大な麒麟(中国の伝説上の生き物)の形をした雷が李信に食らい付き、そのまま落雷として命中する。 「グッ…!」 北条の《麒麟》を受けた李信の全身は焼け焦げ、見るも無惨なボロボロの状態であった。 「こいつで終わらせる。俺の最強の術『インドラの矢』でな」 須佐能乎がその手に顕現させた弓に、尾獣チャクラと雷遁チャクラを注ぎ込んだ矢をつがえて李信に狙いを定める。 「終わらせないさ。この世界が終わらない限り、俺の命も…!」 李信が頭の二本の角の間に赤い霊圧を込めて『虚閃(セロ)』を溜める。 須佐能乎がインドラの矢を放ったのと、李信が虚閃を放ったのが同時だった。 (消え去れ…!死神らしく死者の世界に帰るがいい!) (海ならぬ川の藻屑となれ、反逆者!) インドラの矢と虚閃は空中でぶつかり、半径数kmをも巻き込む大爆発を起こした。赤い霊圧と雷が混じり合い、爆発の範囲内にある地面や全てを抉り取る。 爆発が止む。爆煙は消える。2人の姿が露わになり、北条は須佐能乎で、李信は虚の力で落下の衝撃から守られながら空中から地に堕ちる。そして2人を守っている力がチャクラや霊圧切れで消えてゆく。 先に起き上がったのは北条だった。彼は左眼に宿った《天照》を発動するが、李信は残った霊圧の内一部を纏い、体からの着火を回避する。 (これ自体ではやはり陽動にしかならないか…。尾獣共!…ウッ!) 北条が尾獣のチャクラを引き出そうとするが左眼を左手で抑える。チャクラを引き出し過ぎた反動が来たのだ。 『月牙…天衝!』 隙を突いた李信が天鎖斬月から月牙を放つが、北条は《天手力》で草薙剣と自身の位置を入れ替えて回避する。そして水面に立ちながら《雷光剣化》で手裏剣を素早くリストバンドから口寄せして雷遁を纏わせいくつも李信に向けて投げ飛ばす。 雷を帯びた手裏剣は李信の胸や腹、左脚に命中する。李信は痺れて動けなくなる。 『千鳥』 動けなくなり李信に北条は急接近し、容赦無くその腹に千鳥を放ち貫通する。 「うちはの力を持つ俺が勝つのは必然…!さらばだ死神!」 北条が李信の腹から左手を引き抜き、今度は心臓目掛けて千鳥を繰り出す。 「くたばれ、忍者もどき」 李信は左手の人差し指から虚閃を放ち、北条を吹き飛ばす。 虚閃により吹き飛ばされ満身創痍の北条が尚も千鳥を左手に纏い突っ込んでくる。李信はそれを瞬歩で辛うじて避けるが、北条の狙いは手放した草薙剣を回収することだった。 草薙剣を回収した北条と天鎖斬月を持った李信が斬り結ぶ。 「いい加減に…しろよ!」 痺れが取れない李信の隙を突いて北条が草薙剣を突き出してくるが、李信はそれを左手で掴んで受け止めた。 (受け止めただと…!?かわしたというのならまだ分かる。いや、本来ならかわせる速度ですら無い筈だが…それでもかわしたならまだ分かる。だが、受け止めただと!?) 「どうしたよ?俺がアンタの刀を受け止めたのがそんなにおかしいか?怖いか?自分の予想出来ないことが自分の前で起こるのが」 「何だと?」 李信が天鎖斬月を力一杯振るう。北条は草薙剣で受け止めるが、踏み止まれずに吹っ飛ばされて向こう岸の岸壁に叩きつけられる。 「そろそろ終いにしてやる。この戦いをな…!」 李信が天鎖斬月を下段に構え、月牙と王虚の閃光を纏わせる。 「勝つのは俺だ…!」 北条は大勢を立て直してその手に持つ草薙剣に千鳥と炎遁の黒炎を纏わせる。 同時に地を蹴り、空中で激突する。2人の力がぶつかることで激しい光を帯びた力の膨張が発生する。 「ウッ…!」 先程の手裏剣や千鳥の影響で、天鎖斬月を持つ李信の腕が痺れて、込める力が弱まってしまう。そして、北条の千鳥と黒炎を纏った刀の力が勝ってその身に自身が持つ王虚の閃光と月牙天衝を纏った天鎖斬月の刃と千鳥、黒炎による斬撃を同時に受けてしまった。 力の膨張が塵のような粒子状の無数の粒に変わる。光が消えて辺り一面が見通せる環境に戻る。そう、その場に立っている北条からすれば。 李信は力尽きて水底へと沈み、2度とその場に浮上してくることはなかった。 「チッ…!出来れば遺体が欲しかった。そうすれば穢土転生で復活させて駒に出来たものを。まあいい、勝って生き残ったのはこの俺だ」 勝者となった北条はほんの一瞬薄ら笑いを浮かべると、満身創痍のその身をフラつかせながらその場から姿を消していった……。 (川の中…。そうか、俺は敗れたのか…) その身と共に沈んでいく意識の中で、李信は自分の状況を心中で呟く。 (星屑に俺に任せろと言ったのにこのザマかよ…。思えば俺、この世界に来てからマジで役に立ったことねえなぁ…) 李信はその手を水面に向かって伸ばすが、その身は水面から遠ざかるばかりで届くことはない。 (現実では就活で失敗してこの世界では北条と戦って終活したってか。ハハッ…全然笑えねえ) (一つはっきりしたことは、いくら強力な力を得ようが元がカスならカスのまま。そいつ自身の中身が変わるわけじゃねえ…) (まあ、俺にしては良い夢見させてもらったぜ。 大した活躍は出来なかったが、憧れの斬魄刀とか鬼道を使う時は爽快だった…) (もう、意識が…) (あばよ、星屑、水素、氷河期さん、みんな。あの世に行っても忘れねえよ) 李信は水中で完全に意識を失った。その眼を完全に閉じたのだ。そのまま李信の体は流されていった…。 ◆◆◆◆◆ 「直江氏の霊圧が…消えた!?」 自警団や傭兵団を率いて領那を捜索している氷河期の感知から、李信の反応が消えたのを感じ取った。 「何だと?あのクソ野郎、しくじりやがったのか!」 傍にいたいスワムがそれを聞くなり怒りを露わにする。 「どうやら…そうらしい。やはりあの御仁には無理があったようだな」 迫り来る魔獣の群れを冷殺剣で斬り殺しながら呟く。 「さっき此処からも見えた大爆発はそういうことでしたか。黒幕の北条には逃げられたとみてまず間違いないですね」 後衛のダリは冷や汗をかきながら支援魔法を全体にかけている。 「あの死神のせいで黒幕に逃げられて全部台無しだ畜生!」 「気持ちは分かるが今は愚痴を言ってる場合じゃないぞスワム。目の前の敵に集中しろ!」 「分かってるよ!」 スワムは魔獣を撲殺する。氷河期は冷撃で魔獣の群れを凍りつかせていく。黒幕に逃げられた悔しさを噛み締めている余裕など、彼らには無かったのだ。 ◆◆◆◆◆ WあvsWあのコピー メガリザードンXvsメガリザードンXのバトルは始まっていた。 「リザードン、『げきりん』!」 「リザードン、『げきりん』!」 WあのメガリザードンとWあのコピーのメガリザードンは互いに《げきりん》をぶつけ合ってダブルノックアウトとなった。 「くっ…!戻れリザードン!」 Wあはメガシンカが解除されたリザードンをモンスターボールに戻す。 「流石俺のコピー。俺と同じくらい強いようだな。だが…これでお前の弱点が分かったぞ偽者め」 「何だと?」 Wあの本体がリュックからポケモン図鑑を取り出す。 「オーキド博士いますかー?」 どうやら図鑑を介して知り合いとコミュニケーションを交わすつもりらしい。 「おー、Wあじゃないか!どうした?」 「ちょっと15体くらい厨ポケを転送してくれませんかね。大至急」 オーキド博士は「お安い御用じゃ!」と答える。直後、15体分のモンスターボールが図鑑を介して転送されてきた。 転送されてきた15体分のモンスターボールを次々に投げていく。 「行け!スイクン、ヒードラン、ガブリアス、カプ・コケコ、カプ・テテフ、バシャーモ、ボルトロス、ギルガルド、カイリュー、ゲンガー、クレセリア、ポリゴン2、バンギラス、メタグロス、ボーマンダ!!」 次々に登場する15体の厨ポケ達の前に、コピー体のWあは唖然とする。 「おい、そんなのズルでしょうが!行け!ギャラドス、ジバコイル、ミミッキュ、ハッサム、ハピナス!」 追い詰められたコピー体のWあは、残り5体のポケモンを一斉にモンスターボールから繰り出すが… 「これは対戦じゃなくて殺し合いなんでねえ…。つまり生き残った方が勝ちなんですよ。やれ、お前達!」 スイクンは凍える風を、ヒードランはマグマストームを、ガブリアスは地震を、カプ・コケコは10万ボルトを、カプ・テテフはサイコキネシスを、バシャーモはフレアドライブを、ボルトロスは雷を、ギルガルドはシャドーボールを、カイリューは逆鱗を、ゲンガーはヘドロ爆弾を、クレセリアはサイコキネシスを、ポリゴン2はトライアタックを、バンギラスは岩雪崩を、メタグロスはコメットパンチを、ボーマンダはハイパーボイスを繰り出した。 コピー体のWあのポケモン達は為すすべなく戦闘不能になりその場で倒れた。 「よし、ヒードラン!あの偽者にマグマストームだ!」 Wあの命令でヒードランが口からマグマストームを吐き出し、コピー体のWあを有無を言わさず焼き尽くしてしまった。 「オーキド博士、ありがとうございました。こいつらのことまたお願いします」 「うむ。何かあったらいつでも呼んでくれ」 Wあは図鑑を使いオーキド博士とビデオ通話をしながら15体のポケモンをモンスターボールに戻して研究所に転送したのだった。 「この世界で最も強い魔術師は誰か?」 この異世界の民100人にこの問いを投げたとしよう。100人中50人は「小銭十魔」と答える。そして、残り50人は「マロン」と答える。 そのマロンが今、北条が張った罠《鏡面襲者の術》によりもう1人の自分と死闘を繰り広げている。 マロンはダンジョン攻略者のみに与えられる《ソロモンの金属器》に宿るジン《バアル》の力を魔装によりその身に顕現させている。もちろん、相手のコピー体もだ。 実力も全く同じであるだけにいつまでも埒が明かない。そう考えたマロンは《全身魔装》を発動し、姿は稲妻のように折れ曲がった2本の角と龍のような尻尾に鱗を持つ、バアルに準じたものとなり、空中へと上昇する。 マロンのコピー体も全身魔装を使用し、全く同じ姿になる。 「「極大魔法『雷光滅剣(バララークインケラードサイカ)』」」 同時に、その手に持つ金属器である剣から極大魔法の巨大な雷(いかづち)を発し、それが空中でぶつかり、雷鳴と共に弾ける。恐らく北条の雷遁《麒麟》以上の威力である。 どのような強力な技を使おうと、相手は自分と同じ実力のコピー体、倒せる道理は無い。しかし、マロンの狙いは別にあった。 ◆◆◆◆◆ マロンの極大魔法。それは「SOS」のサインである。それに気づいた聡い男が居た。先程コピー体との戦闘を制したポケモントレーナーのWあである。 「あの雷、マロンさんのかな。一刻も早く全てのコピーを倒さなければ」 Wあはモンスターボールからサンダーを繰り出すとその背中に飛び乗り、マロンが居る方向へ飛ぶように指示した。 雷を思わせるギザギザの二枚の翼を羽ばたかせ、サンダーは飛翔する。 「サンダー、『どくどく』だ!」 Wあの指示を受けたサンダーがマロンのコピー体に向かってその嘴から球状の毒の塊を吐き出す。マロン本体に気を取られていたコピー体のマロンはどくどくをまともに浴びてしまった。猛毒状態にされたコピー体マロンが苦しみ呻き始める。 「マロンさん、今です!こいつはもうまともに戦えない!」 「助かったWあさん!喰らえ、『雷光滅剣(バララークインケラードサイカ)!』」 マロンが金属器である剣から巨大な雷を発し、それがコピー体のマロンに直撃する。極大魔法を被弾したコピー体のマロンが墜落していく。 「サンダー、奴に『10まんボルト』だ!」 容赦無いトドメの一撃が、コピー体のマロンを原型が止まらない程に消し炭にした。地に落下したコピー体は無数の焼け焦げた破片の様に飛び散った。 「いやあ助かりましたWあさん。しかし何で奴が偽者って分かったんですかね?」 「これさ」 互いに地上に降りて顔を合わせる。マロンの疑問に答えるように、Wあはかけているゴーグルのようなものに手をかける。 「それは?」 「これはシルフカンパニーが開発した特別製のゴーグルでして。まあ、物体や生命体の全てを見抜いたり、赤外線での探知機能もついてます。そんなことより急ぎましょう。他の2人はまだ多分戦っている」 Wあが再びサンダーに飛び乗り、マロンも乗れと言わんばかりに手を差し伸べる。マロンはWあの手を取りサンダーに飛び乗ると、Wあの指示でサンダーは飛翔した。 「変身!」 「変身!」 変身ベルトのコアが光り輝き、2人のソラが仮面ライダーウィザードの姿になる。ウィザードライバーガンソードを振り翳し刃を交える。幾度も刃を交えど、実力は同じなので全く決着がつかない。 「ヒー・ヒー・ヒーヒーヒー!」 肉弾戦では埒があかないと判断したソラはフレイムウィザードリングを使用して変身する火のエレメントを宿したウィザードの基本形態『フレイムスタイル』に変身する。 胸のコアから強力な火炎放射を発射するが、コピー体のソラもフレイムスタイルに変身して火炎放射で反撃を行う。 威力が互角なので衝突し弾けて消える。 「これじゃあどうにもならないじゃねえか」 そんな時、助っ人が登場した。Wあとマロンを乗せて飛んで来たサンダーがコピー体のソラに電磁波を放ったのだ。コピー体のソラの全身に電流が走り、痺れて動けなくなる。 「Wあさん、助かった!」 ソラはそう言いながら跳躍し、足底にエネルギーを集中させてライダーキックを炸裂させる。 コピー体のソラは粒子となって消え失せた。 『第四波動!』 赤牡丹がコピー体の赤牡丹目掛けてその掌から熱線を放つが、コピー体も《第四波動》を放つので相殺されてしまう。 『『マグネットワールド・赤牡丹!』』 お互いに強力な磁界を発生させお互いを引き寄せようとするが、それも弾けて相殺されてしまう。 「自分相手に戦うって…これじゃ決定打がねえじゃねえか」 赤牡丹が万事休すかと思ったその時、マロン、Wあ、ソラを乗せたサンダーが現れた。 『白煉獄龍(アシュトルインケラード)!』 マロンの金属器から龍を象った白い炎が放たれ、コピー体の赤牡丹を見る見る内に焼き尽くして灰にしてしまった。 「お、みんな無事に終わったようだな」 着地したサンダーの背中から降りた3人に赤牡丹が声をかける。 「ああ。これでどうにか直江さんも北条さんを捕まえられるといいんだが…」 マロンが呟く。Wあとソラも頷くが、そんな時、氷河期の傭兵団の団員が血相変えて4人のところへ駆けつけてきた。 「氷河期さんとこのじゃん。どうした?」 表情や、かいている汗の量から何かあったと察したマロンが声をかける。 「エイジスさんが、李信の霊圧を感知出来なくなったと…!李信は北条に敗れて死亡したものと…」 傭兵の一言は、4人を絶望の淵に叩き落とした。 さて、啖呵を切っておいて無様に敗れた無能な男だが… 「此処は…」 水底へと沈み命を落としたと思っていたが、意識が戻り、見知らぬ天井が視界に広がっている。死後の死後の世界か…と思いきやそうでもない。視線を横にやると、自分の血がついた手裏剣が並べられていたからだ。北条が《雷光剣化》で口寄せした手裏剣を《千鳥》による雷遁を纏わせて投げつけたものである。 傷は…超速再生で塞がっている。しかし、問題は此処が何処なのかということだ。 「まあ、誰が運んで来たかなどどうでもいい。住所書いたメモ置いて後日謝礼を払えばそれで…」 独り言を呟いていると、部屋のドアがバタンと開けられる。 「あ、ロム爺!客人の兄ちゃんが起きてるぜ!」 入ってきたのは紅の瞳を持つ金髪の人が少女だった。続いて、ヤケに大柄な老爺が入ってくる。 「…」 李信はすぐに声を発することはしなかった。見覚えあるキャラ2人に対して言葉を失ったというべきか。 「意識が戻って良かったな!兄ちゃん川に流されて岸に打ち付けられてたんだぜ?ビックリしたよ!」 この少女の名前を李信は知っている。名は…フェルト。 「お前ら…俺の斬魄刀や死覇装、マント、滅却師十字(クインシークロス)…その他諸々何処へやった?」 李信の口から出たのは感謝の言葉ではなく疑いの言葉。李信は知っているからだ。この少女や老爺が盗みで生計を立てているのを。 「命の恩人に向かって第一声がそれかよ!兄ちゃん、感じ悪すぎるぜ!」 「お前らが盗みで食ってるのは知ってるんだよ。俺の持ち物を商品にしたり売ったりしてないだろうな?」 フェルトからすれば善意で助けたのに、李信の言い草には流石にカチンときたらしい。 「してねーよそんなこと!兄ちゃん、見たところ異世界人だから強いだろうし、アタシ達もバカじゃねーから強い奴には喧嘩売ったりしねーよ!兄ちゃんの持ち物はこの部屋に全部ある!」 立腹したフェルトは眉を潜めて声を張り上げながら部屋の中にある白布に包んである何かを暴く為に布をどける。すると、李信の斬魄刀や死覇装などが全て保管してあった。 「埃とかついたらよくねーと思って預かってたんだよ!兄ちゃん、貧民街の住民を人間扱いしない差別主義者か!?」 「…悪かった」 持ち物を全て見て確認し、フェルトの怒りに対して李信は低い声で一言、謝罪の言葉を口にした。 「無礼を言った謝罪と助けてもらった恩は返す。今は持ってないが…後日兵を派遣して金を持っていかせる」 「分かればいいんだよ!あと、金よりもやって欲しいことがあるんだ!」 「何をすればいい?」 李信はフェルトに目も合わせずにコンタクトを取ろうとする。元来、この男は人と目を合わせるのがあまり得意ではない。相手が男であれ女であれ変わらない。というより、異世界に来てからも殆ど女と接する機会が無かったので耐性が無いのだ。 「その前に、兄ちゃんってもしかして帝都に居る能力者か?」 フェルトが突然突飛な質問を投げてくる。 「ああ、そうだ」 相変わらず目を逸らして李信は返事をする。 「エイジスっていう兄ちゃんのことは知ってるか?」 「エイジス…ああ、氷河期殿のことか。あの人、原住民に顔が広いようだな。彼とは長い付き合いだ」 この娘、氷河期氏の知り合いだったのかと心中で呟く。 「エイジスの兄ちゃんから四次元袋の代金取り立ててくれねーか?あいつ、雑魚モンスターの素材を代金代わりに寄越して逃げやがったからよ!」 「俺から謝礼を貰った方が早いのでは?」 「エイジスの兄ちゃんに逃げられたままじゃ腹の虫が収まらねーんだよ!頼むよ…えっと、そういや兄ちゃんの名前を聞いてなかったな!」 氷河期さんも大変だなと思いながらも李信は溜息をついた。氷河期とは親しいが、氷河期のところへ行くということは十中八九、氷河期の配下の原住民も一緒に居るので鉢合わせることになる。それで面倒に感じたのだ。 「名前?そうだな、人は俺を直江と呼ぶがこの世界での正式名は李信という。まあ好きな方で呼ぶといい」 因みに、かつてトラウマにつけられたあだ名については当然言わない。 「じゃあ李信の兄ちゃん!頼むぜ!」 「氷河期殿とは親しいが、氷河期殿の仲間達がね…奴らと顔を合わせるのは避けたいが…まあ仕方ない。いいだろう」 李信は命を救われたということもあり、フェルトの懇願を渋々了承した。 ◆◆◆ 一方水素は自身の使用人の1人であるラムと、屋敷で切らしていた香辛料などの買い出しに、帝都から離れた田舎街に来ていたのだが… 水素が1人で荷物を受け取ると強く言うので、ラムは店の外でベンチに座りながら待っていることにした。 ラムは《千里眼》と風系統の魔法を使える、鬼族の1人である。水素を狙う外敵が存在しないか常に張り巡らせる。もっとも、最強無敵である水素にはそんなものは必要無いが、これはラムの忠誠心故である。 そのラムの千里眼が、1人の男の姿を捉えた。刀を腰の後ろに帯び、紫色の波紋模様が幾重にも重なった眼が前髪からチラリと覗かせた、黒髪を長めにしている男。服の背中の部分にはうちわらしき形の家紋。 「これは、北条様…!?」 しかし、様子がおかしい。全身傷だらけであり、多くの箇所から流血している。帝都で何かあったのだろうか?いや、北条が居ると思われる森は帝都からも離れている。 「様子がおかしいわね…水素様、少し行って来ます」 居ても立っても居られないラムは店内の水素に一声かけて北条を追う為に走り出した。 ◆◆◆ 「畜生…奴との戦いで傷を負い過ぎたか…」 李信を終末の谷の戦いで破った北条は、満身創痍の体を引きずりながら歩いていた。 (いた…!) 北条を追って走っていたラムは木々生い茂る森林に敷かれた一本道でついにその姿を目で捉えた。 「北条様…一体何が…」 間近で見ると傷は深く、流血も多く感じられる。ラムは帝都で何かあったと考える。 (この女は…水素んトコの…!面倒だ。此処で始末するか?) 北条は木にもたれかかりつつも思考を始めた。 「その布の黒と白の切れ端…それはもしかしてニシンの…」 ラムは北条の両肩についている黒と白の布の切れ端を見つけた。そう、北条が倒した李信の死覇装の切れ端である。 「いや、これはちょっと街で歩いてる時に風が吹いてついてしまってな。水素の使用人が俺に何の用だ?」 北条は察していた。この女、自分を怪しんでいると。そうでなければ此処まで追ってきたり、布の切れ端のことまで聞いてきたりはしないと。 「じゃあな。俺は用事がある」 北条はラムの横を通り過ぎようとしたが… 「その体では歩くのも辛いでしょう。ラムの風魔法で貴方を街まで運んで差し上げましょう」 「いや、1人で大丈夫だ。お前は水素の所に戻れ」 北条がそう返事をした瞬間、ラムが風の刃を作り出し北条に向けて飛ばした。が、北条の体を振り抜け空を切ったのみであった。北条の万華鏡写輪眼の術《神威》である。 「何のつもりだ貴様…!」 「その布の切れ端はニシンの死覇装の切れ端、その血はニシンと戦って出来た傷なら流れているもの。貴方は水素様をいつもさん付けで呼んでいたにもかかわらず今は呼び捨て。やはりそういうことだったのですね…!」 ラムは魔法で風の刃を無数に作り続けて北条に向けて飛ばしていくも、神威により体を擦り抜けていく。 「仕方ない。お前には此処で死んでもらう。『天照』!」 北条の左眼はラムの全身を捉え、天照を発動。ラムの全身は、あらゆるものを焼き尽くす黒い炎に包まれる…筈だった。 ラムの前に突如現れた黄色いヒーロースーツに身を包んだ男が、その天照をラムの代わりに受けたのである。 「水素様…!」 水素の全身に《天照》による黒炎が発火するが、一瞬で全て消滅してしまう。 「水素…!」 北条はギリッと水素を睨みつける。少々面倒なことになったとそう心中で呟いた。 「北条、お前うちのラムちーに何しようとしてたんだ?」 鬼の形相。その言葉がぴったりな程、水素の表情は怒りに満ちていた。 「そいつが先に仕掛けて来たんだ。これは正当防衛だ」 「聞いて下さい水素様…!この男がニシンを…!この男が良からぬことを企んでいるのは間違いありません…」 北条のセリフの直後にラムは水素の背中にしがみついて訴える。 「お前、ちょっくんとやりあったのか。何考えてんだ?」 「…」 北条は水素を睨みつけたまま、すぐには言葉は発しない。 「ふふふ…ハハハハハハハハハハ!!もう遅い!遅いんだよ!」 北条が暫し間を置いてから手を顔に当てて大声で笑い出す。 「水素、もうお前が行っても遅いのさ!全て事は起こっている!残念だったな!」 そう叫びながら北条の体が渦巻きながら眼から生じる異空間に吸い込まれていく。《神威》である。 『連続普通のパンチ』 水素が高速かつ連続で普通のパンチを繰り出すが、既に北条の体は神威空間に全て吸い込まれていた。 「逃したか…!」 「水素様、街に何かあったに違いありません。レムのことも心配です。急いで戻りましょう」 「ああ、かなりやべえことになってるかもしれねえ。行くぞラムちー!」 2人は帝都に向かって駆け出した。 「行かねば…!」 北条との戦いで受けたダメージ。傷は超速再生ですぐに塞がるが、疲労まではどうにもならない。この男は体力があまり無いので尚更だ。だが、李信は盗品蔵から出てすぐに帝都に戻る意向を示す。 「その体じゃ無理だ李信の兄ちゃん!もう暫く休んでろよ!」 「それは…出来ない。俺のせいで事件の黒幕に逃げられた。罪滅ぼしをしなければ…」 フェルトが李信の右腕を掴んで必死に引き戻そうとする。 「兄ちゃんはまだまともに動ける体じゃねーんだ!後はエイジスの兄ちゃんとかに任せればいいんだよ!」 「氷河期殿か…。彼も…どうだろうな」 フェルトの口から出た氷河期の名前。それを聞いた李信は少し間を置く。 「彼は確かに強い。実力は俺と同じ…いや、アビリティキャパシティオーバーや体力面を考えると彼の方が戦闘力は上かもしれない。一概にそうとは言えないがな。だが、俺も彼も所詮、狭い身内の中でトップに近く序列が高いだけだ」 「世の中にはお前がよく知る氷河期殿や俺よりも遥かに強い化け物が存在する。彼だけには任せてはおけない。だから行かねばならない。世話になった」 フェルトが腕を掴む右手の力を弱めた隙に振り解き、李信は有無を言わさず盗品蔵を後にした。 「帝都を…帝国を守るのがこのポケガイ帝国軍最高司令官たる俺の役目だ…!」 李信は疲れ切った体に鞭打ち、冷風が容赦無く打ち付ける中進み始めた。 歩毛害山。元はグリーン山といったが、ポケガイ帝国建国直後に改名された。標高400m程の小高い山であり、この山からは帝都が一望出来る。李信は今、この山の頂上に到達していた。 「氷河期氏は領那と交戦中…星屑と戦っているのはクロノスか。Wあさん達は怪人を掃討中、怪人と魔獣で街が埋め尽くされているようだ。あれは…水素のメイドか」 李信は考えた。誰の加勢に向かうべきかを。星屑と氷河期は…苦戦しているようだが2人の強さは李信自身もよく知っている。それに彼らが苦戦するような敵に今の李信が挑んでも無意味である。Wあ、マロン、赤牡丹、ソラは怪人の軍勢相手に無双しているので問題無いだろう。 「水素のメイドは…追い詰められているようだな。ベアトリスが加勢しているようだが魔獣の数に処理が追いついていない…」 李信の行き先が決まった。レムとベアトリス、2人の加勢に行くことに決めた。霊力を殆ど消耗している今の李信でも魔獣の群れくらいは問題無く狩れる、そんな打算があった。彼女達は李信のことを割と嫌っている。その自覚はあったが水素の配下なので見捨てるわけにもいかない。 ◆◆◆◆◆ 「なんなのよ!倒しても倒してもキリが無いかしら!」 既に満身創痍、衣服も魔獣達の攻撃によりボロボロになっている。そんな状態のベアトリスが魔獣の群れに火属性魔法を放ちながら弱音を吐いている。数百年の時を生きているとは言え、やはり女である。 「あはははははははははははははははは!!」 ベアトリスのそんな叫びは鬼化して正気を失っているレムの耳には届かない。彼女もモーニングスターを振り回し魔獣を狩り続けているが、全身から流血し無数の傷口が開いている。体力も限界に近いだろう。 「水素の奴は何処で何してるのかしら!?こんな時に…!」 雷の属性魔法で背後から飛び掛かってくる魔獣を殺す。 レムは疲弊し切って意識が瞬間的に遠退いた瞬間に背後から魔獣の鋭利な爪で背中を引き裂こうと爪を振り下ろしてくる。 「レム!」 ベアトリスは思わず叫んだ。が、間に合わない。もはやこれまでと覚悟したその時、一筋の青いビームが魔獣を呑み込んだ。 「命拾いしたな、水素の犬共」 青いビーム、つまり《虚閃(セロ)》を放ったのは、黒い死覇装と黒いマントに身を包んだ男だった。 「お前は…」 ベアトリスが李信の姿を視認したところで李信は瞬歩でレムに接近し、その頭のツノを斬魄刀で一閃、桃色に光り輝くツノは宙を舞い、地面に落ちた。 「目を覚ませ、鬼族の娘」 李信は一刀のもとにレムのツノを切り落とし、レムの瞳に光が戻った。正気を取り戻したサインと見て間違い無いようだ。 「貴方は…ミシン様…!?どうして此処にミシン様が…それにどうしてそんなボロボロに…」 「水素じゃなくて悪かったな。残念ながらお前が嫌いな李信だ。正気を失ってたのでお前のツノを切り落とした」 李信に言われたレムはツノが生えていた自身の頭を触って確かめる。 「ミシン様…貴方は…」 「水素はまだ戻ってないようだ。そして俺も霊力は殆ど残ってない。この戦力で際限無く湧いてくる魔獣を殲滅するのは不可能に近い。根源を絶たなければ状況は変わらない」 因みに今、こうして会話出来ているのは李信の四角すいを逆さにした形で、周囲から中が見えない霊圧の結界を出現させる《縛道の七十三 倒山晶》によるものである。 「お前が度々水素が話に出していた李信かしら。いいところに来たかしら。でも水素の犬というのは聞き捨てならないかしら」 「ベアトリスか。さっきも言ったが俺にも余力は殆ど無い。この魔獣共は魔女により生み出され操られている。これより俺は魔女を狩りに行く。お前はレムを連れて屋敷に避難しろ」 ベアトリスとは初対面だが、李信はリゼロを見ていたのでベアトリスのことを知っていた。 「助けてもらっておいてなんだけどお前もボロボロなのよ。そんな状態で魔女の居場所を突き止めて倒せるのかしら。ここはベティーと協力して…」 「ボロボロだからこそだ。お前らは足手纏いだ」 李信の厳しい一言。だがそれがベアトリスの怒りを呼び覚ます。 「ムキーッ!なんなのよその態度は!ボロボロだから少し気遣ってやったのに!」 「水素の配下たるお前の役目は水素が愛するその鬼族の娘を守ることだ。帝国の大司馬たる俺の役目はこの国を守ることだ。違うか?」 ベアトリスは尚も李信を睨みつける。だが李信は冷静である。こういった発言が彼が嫌われる原因でもあるのだが。 「ミシン様。レムは…レムはまだ戦えます!レムには治癒魔法があります!だからまだ…!レムは水素様が帰ってくるこの街を!」 「気持ちは分からなくもないがお前は戦力として不十分だ。だがここまでよくやった方だ。水素が望んでるのは街よりもお前の無事だ。理解しろ」 あくまで淡々と李信は話す。この男には愛想というものが無いらしい。それがレムの目には非情に映るのだ。 「しかしミシン様!」 「くどいぞ。さっさと失せろ」 尚も突っかかるレムを一蹴し、李信はベアトリスに目配せする。さっさと連れて行けの意である。 「お前の言い分は分かったのよ。でもベティー達は逃げる気はないかしら。殆ど余力が無いお前に任せきりにしても全く安心出来ないのよ。3人で力を合わせれば勝率も上がるのよ。そんな簡単な計算も出来ないのかしら」 ベアトリスは李信の意を察したが、それを拒否する。 「しつこい女共だ。そこまで言うなら好きにしろ。だがせっかく拾った命を捨てることになろうとも俺はお前らを庇いきれないぞ」 「ミシン様には借りを作りっぱなしにするわけにはいきませんので」 レムのこの一言は、「嫌いなお前に守られてばかりなのは癪だ」という意味を含んでいた。 『縛道の五十八 掴趾追雀』 李信は霊圧による陣を築き、魔女の居場所を捕捉した。 「ベアトリス、お前の力で俺の霊力を回復出来るか?まず見渡す限りの魔獣を処理して道を開く」 「お前の馬鹿みたいな量の霊力とやらを全て回復は出来ないかしら。雀の涙程度なら何とか出来なくもないかしら」 李信は生前と身長は変わっていないので、幼女の容姿をしたベアトリスを見下ろす形で声をかける。ベアトリスはそれを見上げて答える。 「すぐやれ」 「水素と違って愛想の無い奴かしら。わかったのよ」 ベアトリスは李信の背中に両手を当ててマナを流し始める。李信はそれを霊子に変換して体内に取り込んでいく。 「ミシン様、レムは…」 「お前の出番はまだ先だ。死なないことだけ考えろ」 「はい…」 女性との接し方が分からない李信は無愛想にそう答えるだけである。水素や氷河期の様な微笑みや優しさは出さない。 「これ以上は…ベティーがもたないかしら」 ベアトリスがマナの供給を止める。光り輝いていたその手から光が消える。 「雀の涙にもならんな…。まあいい、いくぞ」 李信は礼も言わずに結界を解除する。 『破道の九十 黒棺』 重力の奔流である黒い直方体が複数出現、李信達を囲む魔獣の群れは一匹残らず斬砕された。 李信、ベアトリス、レムは水素の屋敷付近の森林を抜けた辺りに出ていた。 「お前、本当に此処に魔女が居るのかしら」 ベアトリスが言うように、木々に囲まれながらも半径50m以上は禿げている何も無い場所だった。 「鬼道によればそうだ。油断するな、それが命取りになる。お前らは俺の後ろにつけ」 李信が腰に帯びていた斬魄刀を引き抜いて構える。ベアトリスとレムは癪そうな表情だが、李信の言に一応従い後ろにつく。 「貴方ですか?私を殺してくれるのは」 紫紺の瞳を持つ銀髪のハーフエルフで、黒いゴスロリ風ファッションに身を包んだ少女が現れる。少女と言っても18歳くらいで今の李信の年齢よりは上であるが。突如現れたその魔女が李信に声をかける。 「お前が魔女か?」 「私は嫉妬の魔女サテラ。魔獣を生み出し操っていたのも私です」 質問に対する返答を聞いた李信は有無を言わさず斬魄刀を斬月へと解放し、無言で《月牙天衝》を放つ。が、サテラの背後から伸びてくる無数の黒い手が月牙を受け止め掻き消してしまう。 (やはり今の状態ではこんな雑魚相手でも厳しいか…) 北条戦でほぼ使い果たした霊力は、まだ殆ど回復していない。ベアトリスに回復させた分もあるが雀の涙以下である。 「サテラ…聞いたことがあります…。四百年が過ぎた今なお語り継がれる伝説上の存在であり、しかし同時に「龍」「賢者」「剣聖」という当時の最高戦力を集めても滅ぼしきれなかった嫉妬の魔女…。こんな相手に…いえ、勝たなければ!」 説明している途中で自分が弱気になっていることに気づいたレムはわざとそれを否定する言葉を口にして自らを奮い立たせる。 「貴方の名を聞かせてもらえますか、黒髪の男性…そう、貴方です」 「李信」 李信がそう短く答えると、サテラは額に拳を当てて考えるそぶりを見せる。 「貴方は、運命の人ではありません。私を殺してくれる運命の人は水素という方です。貴方では役不足です」 「ならその運命は俺が捻じ曲げ、お前を葬る」 李信は顔に右手を翳して黒い霊圧を発生させ、虚(ホロウ)の仮面を出現させる。 「こっちはお前の都合など知らない。お前がこっちの都合を無視して魔獣を送り込んだようにな。水素に殺されたいという願望は果たされない。後悔しながら地獄に堕ちろ」 レムの説明など耳を貸さずに李信は赤い虚閃をサテラに放った。 赤い《虚閃(セロ)》はサテラを貫くことはなく、またもや《見えざる手》により防がれてしまった。 「李信、今の貴方では私には勝てません。目障りです」 サテラの背後から見えざる手が李信に向かって伸びていく。 『花風紊れて花神啼き 天風紊れて天魔嗤う』 『花天狂骨』 李信の斬魄刀が二刀一対の青龍刀のような形状に変化する。そして李信はサテラの《見えざる手》を瞬歩で回避する。 『嶄鬼』 サテラの頭上に移動した李信は花天狂骨を真上から振り下ろす。瞬時に反応したサテラは黒い瘴気による防壁を展開し、花天狂骨を受け止める。 「どきなさい李信!私は水素にしか用はありません!」 「お前に無くても俺は用がある。お前を葬るという用がな」 サテラが無数の見えざる手を伸ばして李信を捕まえんとしてくる。李信はサテラが展開した黒い瘴気の防壁を足場にして跳躍する。 『不精独楽』 李信は空中で両手に花天狂骨を持ったまま回転し風圧と霊圧を飛ばす。風圧と霊圧が渦巻き竜巻の様な形状となりサテラを取り囲み、視界を遮り動きを阻害する。 『艶鬼 黒』 李信はそのまま瞬歩でサテラの背後に迫り、サテラの背中を花天狂骨で斬りつけた。 サテラの背中。右肩から左腰、左肩から右腰にかけて李信の花天狂骨により鮮血が舞う。李信は容赦なく二撃目を加えんと左手に持った花天狂骨でサテラの心臓狙って突き出す。 「少しはやるようですね…!李信…!」 サテラの周囲から発生した無数の見えざる手が李信に迫り来る。 『破道の七十八 斬華輪』 李信は二本の花天狂骨の切っ先をすり合わせ、そのまま左右に広げることで霊圧を放って対抗する。しかし見えざる手は李信の鬼道を掻き消してついに李信を捕らえてしまう。 「李信、この私に深傷を負わせたのは見事です。ですが貴方に出来るのはここまで。貴方では…物足りないのです」 李信の体を掴む無数の見えざる手の込める力が強まっていく。 「調子に乗るなよ小娘…俺が万全の状態ならお前など瞬殺だった」 「戦いは戦う前から始まっています。極度に消耗した状態で私に挑むこと自体が貴方の器の限界です」 サテラの頭上に黒い瘴気に覆われた巨大な剣が出現する。李信にトドメを刺すつもりであることは明らかである。 「水よ!かの者に刃を!」 水で創られた刃がサテラの真横から迫り、その腕を貫く。更にもう一本の刃が見えざる手を斬り裂くまではいかずとも貫き、見えざる手が込める力が多少弱まる。それを見逃す李信ではなかった。 『不精独楽』 花天狂骨を振るい、渦巻いた風圧でサテラを取り囲み身動きを抑制し脱出する。 「ミシン様、お怪我は…!」 「問題無い。今のは助かった」 レムは嫌いである筈の李信を心配し声をかけ、李信は興味の無い筈のレムに礼を述べる。人間というものは死への恐怖で団結し、無意識の内に互いを気にかける生き物らしい。もっとも、レムは亜人の鬼族で李信は不死だが。レムが誰かを気にかけ声をかけたのは水素とラム以外では初めてかもしれない。 「ベアトリス、お前には奴が出す手が見えるか?」 「当然なのよ。お前があの見えざる手が見えるのはベティーの支援魔法のおかげなのかしら」 「そうか。よくここまでやってくれた。だがもう退がれ。レムを連れてな」 「お前、何で1人でカッコつけたがるのかしら。そんなことをしてもベティー達はお前なんかに惚れないのよ」 「奴は始解で倒せる相手ではない。これから俺は卍解を使うが、その卍解は周囲広範囲を巻き込む。だから退がれ」 「…分かったのよ。その陰険な面、またベティーに見せるのよ」 李信はベアトリスに退却を促す。ベアトリスはそれを聞いてレムの手を握る。すると、ベアトリスの転移魔法で2人は異空間へのゲートに飲み込まれて消えた。 「李信、貴方1人で私を倒すつもりなのですか」 不精独楽を闇の剣で斬り裂き、サテラは李信を睨み据える。 「世界を滅ぼしたという嫉妬の魔女・サテラ。どんなものかと思えばこの程度か。貴様ごとき水素が出張る必要も無い。俺の卍解で幕を閉じよう」 『卍解』 昼だというのに周囲広範囲が薄暗くなり、その暗くなった空は更に遠くからも一望出来る程に、巨大な霊圧が寒気となり広がっていく。 『花天狂骨枯松心中』 李信の足元に無数の松の木のような黒い模様が出現する。 「卍解?そんなものが何だと言うのです!」 サテラは李信に向けて見えざる手を伸ばし、その腹部を背中まで貫く。ベアトリスが居ないのでもう李信には見えざる手は見えない。李信はただ静かにその口から一筋の血を流す。そして… 「避ける素ぶりさえ見せない。貴方は…」 「避ける必要は無い。これから俺はお前と〔心中〕するのだから」 「心中…?」 李信の口から出た「心中」の一言が、サテラには不可解だった。 「これは恋人同士の男女の心中劇。俺は女、お前は男だ。男女が逆だが…お前の最期は俺がロマンチックに飾ってやろう。水素に拳の一撃でやられるよりもずっと甘美で美しい死を贈ろう」 李信はそう言って「何をわけの分からないことを!」と叫ぶサテラをよそに、花天狂骨枯松心中の能力を発動させる。 『一段目・躊躇疵分合(ためらいきずのわかちあい)』 サテラの腹部に、李信が見えざる手で空けられた風穴と同じ傷が浮かび血が溢れ出す。サテラは咄嗟に傷口を右手で抑えるも、手では止まらず血は溢れ続ける。 「相手の体についた傷が分け合うように自分の体にも浮かび上がる。同じ痛みを共に味わおう。決して死ねないその傷で」 『二段目・慚愧の褥(ざんきのしとね)』 続く枯松心中の第二の能力。サテラの全身に黒い斑点のようなものが無数に浮かび上がる。 「相手に疵(きず)を負わせたことを悔いた男は慚愧(ざんき)の念から床に伏し癒えぬ病に罹ってしまう。今のお前は大切な恋人への罪悪感と後悔で病を得たセンチメンタルな人間さ」 李信が薄ら笑いを浮かべながら病にx~クヨス譴靴爛汽謄蕕魎兒,靴討い襦 ◆◆◆◆◆ 「まだ昼だというのにこんなに薄暗い…それに寒いです…。これがミシン様の卍解というものなんですか…」 ベアトリスの移動魔法でかなり李信とは距離を置いた筈ではあるが、レムは李信の卍解の霊圧に当てられた恐怖と戦慄で寒気を肌で感じ全身を震わせている。 「あの男…嫌な能力を持っているのよ。水素みたいにワンパンで仕留めてくれたらいいのよ」 ベアトリスも強い寒気を感じながらもレムを気遣いマナを微小な量だけ使用し薪に火をつけ暖をとる。 「水素様はどんな敵にも負けません…!どんな敵もワンパンでやっつけてくれます…!明るくて面白いですしレム達に優しくしてくれる陽だまりの様な方です…!私やっぱりミシン様のことが苦手です…」 レムがここへきて初めて涙を浮かべ始める。魔獣との死闘を潜り抜け、生き延びたところでプツンときたのもそうだが、李信の卍解の暗く冷たい霊圧に当てられたのと、水素が未だに帰らない不安からもきていた。 「確かに水素はあの李信って男と全く正反対なのよ。でも今私達を守ってくれてるのは李信かしら。あの男も弱いなりに奮闘しているかしら。だから今は李信を信じて待つしかないのよ」 「弱い」という割には、ベアトリスもその李信の卍解の霊圧で震えが止まらなくなっている。 ◆◆◆◆◆ 「さて、第三幕といこうかサテラ。俺と一緒に身を投げよう。お前が死ぬまで俺はお前と一緒だ」 「誰が貴女なんかと…!私は水…」 『三段目・断魚淵(だんぎょのふち)』 李信の花天狂骨枯松心中の第三幕が発動する。文字通りどこからともなく湧き出た大量の水に対象が発動者もろとも飲み込まれてしまう。 サテラはもがきながらも水面を目指して手を伸ばし、浮上を図るがいくらやっても届かない。 「覚悟を決めたものたちは互いの霊圧の尽きるまで湧き出る水に身を投げる。いくらもがいてもお前は水面には辿り着けない」 見えざる手まで使って水を掻くサテラだが、やはり水面には浮上出来ない。次第にサテラは息が続かなくなり、苦悶しながら鼻や口を右手で抑える。李信は何ともないようだ。因みに李信は互いの霊圧と言ったが、この世界で霊圧を持つのは李信だけであり、当然サテラに霊圧は無い。 「女の情は如何にも無残。あけたる男に貸す耳も無し。いとし喉元光るのは、未練に濡れる糸白し。せめてこの手で斬って捨てよう。無様に絡む、未練の糸を。此にて大詰…」 『〆の段・糸切鋏血染喉(いときりばさみちぞめののどぶえ)』 霊圧の糸が現れ、それがサテラの喉を斬り裂いた。 刎ねられたサテラの首から上が李信の足元に転がる。李信は既に卍解も始解も解いている。卍解の解除と共に2人を沈めていた水も消滅する。 「李信…まさか貴女にやられるなんて…」 「首だけでも喋れるのか。大したものだな魔女は」 首だけになったサテラは最期の言葉を紡いでいく。李信は斬魄刀を鞘に収めながらそれを見下ろす。 「もう死にます…。しかし恋愛経験も無さそうな貴方が心中だなんて…ロマンチックどころか屈辱です」 「…よく分かったな。だがこれで死ねるぞ?最期に言い遺すことがあれば聞いてやる」 「私は…水素…を…」 サテラは遺言を言い切らずにこと切れた。二つに分かれたサテラの遺体をそのままに、李信はその場を後にした。 帝都では、エイジスこと氷河期が仲間1人の犠牲を払いながらも難敵である領那を倒すことに成功していた。 領那の襲来に街の住民達は恐れ慄いていたが、領那を排除した氷河期達に歓声を送っていた。そして、ほぼ同時に街へ侵攻している魔獣の群れが退却を始めていたのだ。李信が魔女サテラを倒したからである。しかし…まだ難敵は残っていた。 星屑は氷河期を支援し領那撃滅に一役かっていたが、凱旋する氷河期と別れを交わし次なる敵と対峙していた。 クロノス。かつてスカグルという組織を結成し率いていた男である。冒険者の甲冑を身に纏い、腰には剣を帯びている。 「星屑か。前に一度やりあったな」 クロノスが星屑の姿を視認して口を開く。 「あの時は取り逃がしたがそうはいかねえぜ。今の俺は全てのスタンド能力を使用出来る」 星屑が頭に被っている学帽をグイっと手で下げながら言う。 「ああ。今の俺は不本意ながら北条に操られている。頼む、俺を止めてくれ星屑」 「そのつもりだぜ」 短いやり取りが終わると、クロノスは《ザラキ》を発動、黒い霊球体を掌から星屑へと放つ。 「『ザ・ワールド』!時よ止まれ!」 星屑が《ザ・ワールド》を発動し世界の時を止める。クロノスが放ったザラキも星屑に命中する前に停止してしまう。 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!無駄ァ!」 ザラキを避けてクロノスに接近し、《ザ・ワールド》によるラッシュ攻撃を浴びせる。 穢土転生体は殺すことは出来ない。これが基本である。封印するか、特殊な能力や技で完全に体や動きを封じるしか無いのが原則だ。 星屑は《ザ・ワールド》のラッシュを時間停止可能な9秒間、クロノスに叩き込んだが当然殴ってもすぐに再生されてしまった。 そして再び時は動き出す… 「うっかり忘れてたぜ…。そうだ、穢土転生には普通の攻撃は無意味だったぜ」 星屑が帽子のつばを持ってズレを直しながらそう呟く。 「星屑、なんかないのか?お前には優秀なスタンドが沢山あるんだろ?」 クロノスは北条に操られている。自らの意思とは関係なく剣を振り上げ《ギガスラッシュ》を星屑に放つ。星屑は《ザ・ワールド》で白刃どりを行い間一髪で受け止める。 「あるにはあるが…周りの人間を巻き込みかねねえんだよ、あのスタンドは」 「なら究極生命体の膂力を利用して俺を人気の無い遠くへ投げ飛ばせ星屑!」 「その手があったか!」 クロノスが放った《メラゾーマ》を波紋エネルギーを纏った手刀で掻き消した星屑は、クロノスの右手首を掴んで西の方向へぶん投げた。 星屑はぶん投げたクロノスを追って背中の二枚の翼を出して高速飛行を始める。 クロノスは星屑に投げ飛ばされて帝都の外にある、地平線の彼方まで野原が広がる東の地帯に頭から落下した。クロノスは頭から地面にめり込むも、爆発呪文《イオナズン》を上位、広範囲の地面を爆破し抉り、脱出する。 そして、飛行してきた星屑がすぐにクロノスに追いついて再び対峙する。 「クロノス、何か言い遺すことはねえか?このスタンドを発動すればお前はもう話すことも戦うことも出来なくなる」 「何も無いさ。そんな相手も居ないしな。強いて言うなら北条に、そんなやり方じゃ平和は訪れないってな」 「伝えられるかは分からねえが確かに受け取ったぜ。」 2度も干戈を交えた相手への武士の情けというやつだろうか。星屑のクロノスへの最後の優しさが垣間見えた。 『ウェザー・リポート』 人型のスタンドを呼び出す。全身や眼の色が水色で、全身に雲を纏っている特殊なスタンドである。 『ヘビー・ウェザー』 星屑が唱えると、クロノスの体は原型を全く留めない巨大なカタツムリになった。 「このヘビー・ウェザーはウェザー・リポートの真の力…太陽光の性質を変化させ太陽光を見た者をカタツムリに変えてしまう…。これでお前は穢土転生体として機能しなくなった…。だがそのまま放置するのは酷だ。俺が楽にしてやろう」 星屑が跳躍し、右手で手刀を作り、そこに膨大な量の波紋エネルギーを流し込む。 『オーバードライブ!』 星屑の波紋による一撃が、カタツムリと化したクロノスを粉砕し、跡形も無く消し去った。 帝都グリーンバレーの南門。かつてガルガイド王国軍が大軍をもって攻撃したが、総大将アティークや将軍李信、星屑らの活躍により見事ガルガイド王桑田を討ち取り撃退した国門である。通常の城の城壁の倍以上の高さがあり、幅は1kmに及ぶ。その中でも、帝都へと続く門は僅か30mの、硬く閉ざされた扉しかなく、帝都の住民や国の要人、門番の許可を得た者のみが通行を許される。 現在、その南門を守っているのはエイジスこと氷河期が司令官となっているエイジス騎士団である。しかし氷河期本人は領那との激闘を制した直後なので不在であり、代理としてくれないが率いている。 『口寄せの術!』 輪廻眼を持つオレンジ色でショートヘアーの女が逆口寄せにより更に5人の輪廻眼を持つオレンジ色の髪を持つ(1人は頭髪は無いが)男達を呼び寄せる。全員が赤い雲が描かれた黒い外套を身につけている。 「ペイン六道、見参」 6人揃った〈ペイン〉は、くれないが守る南門を突破すべく近づいていく。 「何者だ!此処を許可無く通すわけにはいかん!」 南門に近づいてくるペイン六道に対し、くれないが門の前に出て立ち塞がる。 「我々はペイン。神だ」 歩みを止めずにそう答えたのは中心に居る〈天道〉である。 『北斗飛衛拳!』 自分が門の前に立ち塞がっているにも関わらず歩みを止めないペイン六道の中心である天道に対し、くれないはそれを帝都に害為す意思ありと見做し攻撃を試みる。ペイン天道に対して飛び膝蹴りを繰り出したのだが… 『神羅天征』 飛び膝蹴りが天道に直撃することはなかった。天道が強力な斥力を発生させてくれないを南門の扉、城壁の一部、エイジス騎士団の内数十人と共に吹き飛ばしたからである。 「くれない様がやられた!」 「急いで奴らの進路を塞ぐぞ!」 エイジス騎士団の面々はその光景を見てすぐさま動き始めた。 「エイジス様が留守の間は我々がこの南門を死守する!弓隊構えええええええええええ!!」 エイジス騎士団の内の部隊長の1人が前線に出て弓隊に斉射命令を下す。弓隊は一斉にペイン六道に向けて矢を放つが… 『神羅天征』 降り注ぐ矢をエイジス騎士団ごと全て斥力で吹き飛ばしてしまった。天下に名高き堅門も跡形も無く吹き飛ばされ、ペイン六道は難無く帝都に侵入してしまった。 『口寄せの術!』 ペイン唯一の女性個体である〈畜生道〉が巨大な三つの頭を持つ犬や緑色の怪鳥、ムカデを連続で口寄せし、帝都中に解き放つ。これら輪廻眼を持つ三匹の個体が帝都中で破壊活動の為暴れ始めた。次々と家屋や建造物を破壊していく。それを見て逃げ惑う住民。帝都は地獄絵図と化した。 (あいつら…一体何なの…!波紋模様みたいなのが何重にもある紫色の眼…あれは確か北条の輪廻眼…!急いでエイジスに知らせなきゃ…!) エイジスこと氷河期は領那戦の後、自宅に戻ってしまっている。領那戦で魔力を消耗した氷河期である。今こんな敵に襲われたらさしもの氷河期もただでは済まないと思い、すぐに知らせて逃げるように促そうと考えた。 「きゃっ!」 急がなければならないと急くあまり、少女は塀に頭をぶつけてしまった。それが運の尽きだった。ペインの1人・天道がそれに気づいたのである。 『万象天引』 強力な引力を発生させ、少女を強制的に自分へと引き寄せる。少女は必死に抵抗を試みてそこにあった柵にしがみついたが、手を放し、引き寄せられて天道にその首を掴まれてしまった。 (しまった…!) 「貴様に質問をする。正直に答えれば命は助けるが嘘をつけば死んでもらう」 そしてペインの地獄道が尋問を行い、背後に出現する閻魔のような顔(幻術の一種)が少女か魂を掴む。 「ぐっ…うぅ…」 「質問だ。エイジス・リブレッシャーは何処に居る?」 ペインを操作している北条はこの少女が氷河期の取り巻きの1人だと知っていた。故に聞いたのだ。 (そうか…やっぱりこいつらエイジスを…!でも私はエイジスを売るなんて絶対にしない!例え此処で死ぬことになっても!) 「アンタなんかに教えることなんて何も無いわ。エイジスを売るなんて真似、私はしない!」 少女は毅然としてそう答えた。 「そうか、ならば死ね」 地獄道が召喚した閻魔が少女の魂を引き抜こうとしたその時… 一本の宝剣が飛んで来て地獄道の右腕を貫いた。 ペインはその手から少女を離してしまった。首から手を離された少女は舗装された地面に尻餅をつく。宝剣が飛んできた方向を見ると、そこには異空間のゲートらしきもの背後に無数に展開している金髪赤目の男が立っていた。 「お前は…」 天道も男の方を振り向く。他のペインも同様だった。 「問いを投げねば分からぬ程貴様ら雑種は無知蒙昧なのか…。哀れな下賤の民に教えてやろう、我(オレ)は機嫌が悪くは無いからな。我が名は小銭…小銭十魔だ。我が拝謁の栄に預かれることに感謝するがいい」 「知っているぞ、小銭十魔。貴様が来るとはな。まあいい、貴様も抹殺対象に入っている」 小銭とペイン六道が対峙する。 「と、まあカッコつけはこの辺にしとくか。お嬢さん、怪我はないか?」 尻餅をついたままこちらを見ている少女に小銭が声をかける。 「は、はい…」 少女はホッとしたのと、恐怖に無理矢理抗った精神的な疲弊から解放されたのとで放心状態だった。 「此処は俺に任せろ。お嬢さんは早く逃げるんだ」 「あ…ありがとうございます!小銭さん!」 小銭に促された少女は思考が止まったまま立ち上がり逃げ出した。 「あの子に万象天引とやらを使わなかったな、今。お前の弱点が何となく見えてきたぞ」 小銭は無数に展開した異空間へのゲートから無数の剣を出現させる。 小銭の意思によりそれら無数の剣がペイン六道に向けて次々と射出されていく。が… 『神羅天征』 ペインの天道が強力な斥力を発生させて射出されてきた全ての剣を弾き飛ばしてしまう。 「この剣は一つ一つがAランク以上に相当する宝具なんだがな…。それを弾き飛ばすとは流石は北条だ」 小銭はそう言いながら再度異空間から剣を召還する。 「貴様…」 天道が苦い表情で小銭を睨む。 「んなことに気づかねえわけねえだろ?てめえらは北条に操作されてて、喋る言葉も北条が喋ってる言葉だ。使ってる術が北条のと同じな時点でお察しだぜ」 小銭は再び異空間から無数の剣をペイン六道に向けて射出するが、今度はペインの修羅道が腕からミサイルを放って迎撃する。両者の攻撃がぶつかり、爆発により剣を全て叩き落とされてしまう。 「成る程な…やはりそういうことか」 ペインの今の動きで小銭は更に何かを察した様である。異空間から赤い光を放つ文様を備えた三つの円筒が連なるランスのような形状をしている《乖離剣エア》を取り出す。そして、その三つの円筒がそれぞれ回転を始める。 『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!』 圧縮され鬩ぎ合う暴風の断層が擬似的な時空断層となって全てのペインに襲い掛かる。それに対し、ペインの餓鬼道が前に出る。 『封術吸引』 両手を正面に突き出し、掌を小銭が放った攻撃に当てて数秒で吸収してしまった。 「我が最強の対界宝具《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》が吸収されただと!?」 最強の宝具をもってしても、ペインに防がれてしまった現実が小銭から冷静な思考を奪う。 「どうした小銭十魔。対界宝具とやらの力はその程度か」 ペインの天道がそう小銭を煽った時である。天道の左右から2人の男が同時に打撃を撃ち込むべく急接近してきたのだ。 『暗琉霏破!』 『北斗十字斬!』 「無駄だ」 現れた2人の男は天道の《神羅天征》により吹き飛ばされてしまうも、2人とも魔闘気をその身に纏って50m程吹き飛ばされただけで踏み止まった。 (今だ!) 何を思ったのか、小銭は再び背後に無数の円形の異空間を出現させて雨霰の様に宝具を射出していく。先程の様に修羅道がミサイルで迎撃し撃ち落とすも、それだけでは処理が追いつかない数である。 『口寄せの術!』 畜生道が前に出て巨大なパンダを前方に召喚して宝具をその身に受けさせ盾とすることで射出されてきた宝具を防ぐ。 「小銭!」 「小銭、大丈夫か!」 先程天道に吹き飛ばされた2人の男…つまりセールとくれないが小銭のところへ駆け寄ってくる。 「セールにくれないか。お前らこそ派手に吹き飛ばされたけど大丈夫なのかよ?…ってのは愚問だな」 セールもくれないも見たところ外傷は殆ど無かった。流石、例え腐っても皇帝とその側近だと小銭は感心した。 「俺達は問題無い。それより小銭、こいつらは一体何なんだ?街の破壊被害は拡大するし、ただ者じゃねえぞ」 くれないが天道を睨みながら小銭に問いを投げた。 「我々はペイン。神だ」 小銭が答える前に天道が名乗る。 「神だと?寝言は寝てから言えこのヒョロガリが」 そう悪態をついたのはセールである。 「我々は世界に大いなる痛みを刻み、世界を変革し真の平和へと導く者。これを神と言わずして何と言う?貴様らも痛みを知れ」 天道が前に出てよく通る声で返す。 「セール、くれない。お前らのおかげで俺の推測は確信へと変わった。奴らは神でも何でもない不完全な連中だ」 「どういうことだよ小銭」 小銭が2人に小声で話し始めたところで、くれないが問いを投げる。 「今真ん中に居るペインのあの神羅天征とかって吹き飛ばす術は確かに強力だが弱点があるのさ」 「うむ、聞こう」 小銭が結論を言ったところでセールが相槌を打つ。 「お前らが奴に飛び込んで吹き飛ばされた後、俺は《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》で宝具を雨霰と撃ち込んだ。だが真ん中の奴は神羅天征を使わず他の奴の口寄せとかミサイルで処理させてたんだよ。つまり、神羅天征を使ってから再び発動するには、所謂クールタイムってやつがある」 「小銭にしては冴えてやがんな。で、そのクールタイムってのはどのくらいあるんだ?」 「俺が見るに、数秒だな…恐らく5秒ってところだ」 希望の光が見えたと薄ら笑いを浮かべたくれないに、小銭は割と絶望的な数字を突きつける。 「5秒だと?インターバルがそれだけ短いなら近づくことも出来ん」 寡黙なセールがここで口を挟む。その表情は険しかった。 「だがそこを狙うしかねえだろうよ。俺に考えがあるからお前ら協力しやがれ」 「仕方ない。ここは小銭の考えを聞こう」 「ああ」 セールとくれないは小銭の策に乗っかることを決意していた。 ◆◆◆◆◆ サテラを倒してレムやベアトリスと合流した李信は、そこで止まろうとはしなかった。森を抜け、水素邸の前にある木の切株に腰掛けて少し休憩すると蹌踉めきながら立ち上がる。 「屋敷に帰って水素の帰りを待て。お前らとはここまでだ」 「ミシン様、それは一体…!」 「お前、そんな状態でまだ戦うつもりなのかしら」 主人でも何でもない、顔見知り程度の関係である李信の言を聞き入れ従う程、レムもベアトリスも素直ではなかった。 「帝都にはまだ怪人族の大軍が侵攻している。俺はそれを食い止める」 しかし、フラフラとゆっくり歩き出す李信を、2人は見ていられなかった。 「やめて下さいミシン様!不本意ではありますが貴方はレム達の命の恩人です!見捨てるわけにはいきません!どうしてそこまで…!」 李信の右肩を支えながらレムは 訴える。 「俺が黒幕の北条を逃した。仲間に、俺に任せろと言っておいて北条に負けてこうなってしまった。だから俺が責任を取らねばならんのだ」 その眼だけは、復讐心故なのかは定かでないがギラギラと輝いているようだった。 「お前はあのサテラを倒したのよ。十分過ぎる手柄を挙げたかしら。もう無理はしないのよ」 ベアトリスの言葉が鋭く響く。 「あんなカスを倒したところで大勢に影響は無い」 「少なくとも、レム達は救われました!それにサテラは世界を滅ぼしかけた嫉妬の魔女です!弱いはずがありません!」 「お前ら2人だけ救っても将軍としての任を果たしたことにはならない」 レムは李信の右腕を掴んで引き戻そうとする。ベアトリスも左腕を掴んで協力する。 「ならばせめてもう少し体を休めるのよ。そして戦いに行く時はベティーも同行してお前をサポートするのよ。これ以上は譲れないかしら。一応命の恩人のお前をこのまま放っておけないかしら」 「レムもです!みんなで水素様が来るまで待ちましょう!」 2人の李信の腕を引っ張る力は徐々に強くなっていく。 「…もう少し休むのは分かった。だが、お前らを戦いに巻き込むわけにはいかない。お前らに何かあったら水素が…な。ただ、その気持ちがあるならやって欲しいことがある」 「何かしら」 「俺の霊力を回復させてくれ。そうすれば多少楽に戦える。お前らが出来るのはそこまでだ」 李信は再び切株に腰を下ろして2人に頼みを言う。 「…レム。お前のマナを少し徴収させてもらうかしら。この男の霊力を回復させるのよ」 「…はい」 ◆◆◆◆◆ 小銭は《王の財宝》により宝物庫へと繋がる無数の円形のゲートから宝具をペインの天道に向けて飛ばすも、天道の《神羅天征》に阻まれてしまう。が、小銭の宝具は絶え間無く打ち込まれ続ける。それを修羅道のミサイルや畜生道の口寄せパンダが阻むが、どちらも小銭の宝具に押し負け修羅道と畜生道に小銭の宝具は見事命中。無数の宝具をその身に受けた2人は倒れて動かなくなった。更に、その2人の隣に居た餓鬼道も宝具を被弾、戦闘不能となった。 「小銭十魔。中々強力な技を使う。持っている宝具も多彩だ。お前の様な奴は殺しておかねば後々厄介になる。此処で死んでもらう」 天道が《万象天引》を発動する構えを見せる。 (今だ!) 小銭が目を見開く。次の瞬間、天道の左右から現れたセールとくれないが手刀からの《岩山両斬波》を叩き込むべく接近するが… 「遅い!」 僅かに遅かった。天道の《神羅天征》が発動し、セールとくれないは弾き飛ばされていく。しかしその時、小銭の宝物庫から複数の鎖が現れて伸び、天道の全身を縛り上げてしまう。 「貴様、これが狙いだったのか…!」 「消えろ雑種!『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!」 小銭の《乖離剣エア》から強力な暴風が発生し、天道目掛けて時空断層となりながら迫る。ところが、倒した筈の餓鬼道が現れて《封術吸引》を使用、小銭の攻撃は吸収されてしまった。 「クソ!間に合えええええええええええええ!!」 宝物庫から宝具を無数に射出するが、天道のインターバルは終わってしまい《神羅天征》を発動してしまった。 小銭の攻撃は全て弾き飛ばされてしまった。間に合わなかったと歯を食いしばる小銭に対し容赦なく《万象天引》を発動するペイン天道。小銭の体を引き寄せその首根っこを掴む。 「小銭十魔…今思い出した。お前は確か不死だったが痛覚はあるようだ。じっくりその肉を裂き続けて精神を崩壊させてやる」 天道が鋭利な鉄の棒を取り出して小銭の首に狙いを定めた時である。 「スペルカード『氷符「アイシクルフォール」』 何処からか声が聞こえ、天道の上から無数の氷柱が降り注ぐ。 『神羅天征』 氷柱は全て弾かれてしまったが、小銭は脱出に成功し天道と距離を取る。 「何者だ」 「傭兵団所属の狼《フェンリル》、エイジス・リブレッシャー推参」 スペルカードをその手に持った氷河期が小銭の後ろから姿を現した。 「探したぞ氷河期。貴様も抹殺対象に入っている。小銭十魔とまとめて始末してやる」 「よく自分の周りを見るんだな」 ペイン天道は氷河期の言ってる言葉の意味に心当たりがあった。ペイン六道は全員が輪廻眼で視野を共有しているのだが、どういうわけか地獄道と人間道の視野が消えている。天道が辺りを見渡すと、地獄道と人間道は氷河期のスペルカードから繰り出された氷柱を脳天に受けて倒れていた。 「残り4体だ。これでもう復活は出来ないな」 氷河期は此処に来るまでの間に高台から見ていたのだ。小銭が《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》を放った際に、倒した筈の餓鬼道が何故現れて攻撃を吸収したのか。それは地獄道が呼び出した閻魔により復活していたからである。 地獄道は氷河期により倒された。これによりペインの復活は不可能となった。 「貴様…ペインの二体を…!」 「スペルカード『虹符「彩虹の風鈴」』」 スペルカードを取り出し発動することで複数の虹色の光弾をペインに向けて射出する。当然天道は《神羅天征》を発動し光弾の悉くを弾いてしまう。 だが、氷河期の狙いは此処にあった。詠唱破棄で《鉄血転化》を発動し、飛躍的に向上した速力をもってペインに斬りかかる。 『口寄せの術!』 畜生道により再び巨大なパンダが口寄せされて氷河期の進路を遮るが、小銭が宝物庫から放った無数の宝具がパンダを蜂の巣にし消滅させる。 続いて復活していた修羅道が氷河期に対してミサイルを放つが、それも小銭の宝具で迎撃されて不発に終わる。 爆炎を掻い潜った氷河期が天道に冷気を纏った剣を振り下ろす。《神羅天征》のインターバルが終わっていない天道は鋭利な鉄の棒でそれを受け止めるが、氷河期は天道の腹を蹴り上げた。天道が宙に浮かぶ。 氷河期は天道目掛けて《冷撃》を放つも、インターバルが終わった天道の《神羅天征》で弾かれてしまう。ここで氷河期はニヤリと笑った。何故なら… 『地獄の断頭台』 跳躍していたセールの右脚が天道に振り下ろされたのである。既に《神羅天征》を放っていた天道は対応出来ずまともに喰らい、顔面から地面に叩きつけられた。 小銭の宝物庫から餓鬼道に鎖が伸び、その手足を拘束し身動きを封じる。修羅道が小銭に向けてミサイルを撃ち込んでくるが、氷河期は先程のスペルカードを発動して虹色の光弾で相殺する。ついでに別のスペルカードを発動して氷柱を降り注がせて畜生道の脳天を潰す。畜生道は動かなくなった。 『暗琉霏破』 セールが魔闘気を餓鬼道に放ち、餓鬼道の体を粉砕する。 残った修羅道がミサイルを一行に放ってきたが氷河期が正面に巨大な氷の壁を展開してガードする。続けて小銭が宝物庫から宝具を射出し修羅道の輪廻眼を貫き、ペインは全滅した。 「何とか倒したな。中々強敵だった」 小銭が氷河期にそう呟いた時だった。セールの《地獄の断頭台》で倒した筈の天道が起き上がったのだ。 「中々強力なコンビネーションだったが俺を倒すには力不足だったな」 「スペルカード『恋符「マスタースパーク」』!」 スペルカードを発動し極太レーザーを天道に繰り出す氷河期だったが、遅かった。 「痛みを知れ。『神羅天征』!!」 天道を中心に巨大な斥力が発生し、氷河期、小銭、セールはおろか、帝都の大半を巻き込んであらゆるものを吹き飛ばしてしまった。 ポケガイ帝国の帝都として栄えた大都市グリーンバレーは一瞬でその7割が荒野と化した。 大半が荒野と化した帝都。まるで津波に押し流されたかの様に無に帰した空白地帯の外で、家屋や店を失った大勢の人間が茫然自失としていた。 「少しは痛みを理解出来たか?愚かな人間共」 天道は全てを吹き飛ばした荒野の中心に1人佇んでいた。 ◆◆◆◆◆ 「セール、氷河期!大丈夫か!」 家屋が破壊された後の瓦礫に埋もれていた小銭は何とか脱出していた。しかし、2人を読んでも返事は無い。 「遠くに飛ばされちまったようだな。って、何だよこりゃあ…」 小銭は外の光景に絶句する。先程まで世界有数の大都市だった帝都の大半が荒野と化していたからである。 「ペイン…いや、北条の野郎、絶対許さねえ…!」 小銭は北条への憎悪を募らせながら、仲間を探す為に走り出した。 ◆◆◆◆◆ 「これは…!」 小銭とは全く別の方向に吹き飛ばされていた氷河期もまた、荒野を見た時の反応はほぼ小銭と同じだった。 「小銭は!傭兵団のみんなは!」 小銭の安否もさることながら、傭兵団とは別行動であり単独で駆けつけたので彼らの安否が気になっていた。 『地爆天征!』 更に天道は、自らの頭上に強力な引力を持つ黒い球体を飛ばすことで、荒野となった帝都の土を更に抉り、また吹き飛ばせなかった残りの箇所も全て更地にせんと《地爆天征》を発動する。黒い球体に地面の土や岩、遠くにある家屋の瓦礫までもが引き寄せられ、一つの巨大な球体を形成していく。 「あのままでは今度こそ全てが…!」 遠目で見ていた氷河期は駆けつけて地爆天征を阻止したいところだったが、いかんせん距離が遠過ぎる。いや、近づけば自分は何も出来ずに巻き込まれる。このまま、誰かが犠牲になるのを見ているしかないのか、そう思った時である。 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!無駄ァ!!」 上空から急降下してきた星屑がスタンド『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』によるラッシュ攻撃でペイン天道を撲殺してしまった。 誰もが予想もしない呆気ない形で、ペインは今度こそ全滅したのである。 「あれは…星屑…?」 天道死亡と同時に地爆天征も止まった。突然やって来てペイン天道を倒した星屑が荒野の中心で立ち尽くしている。 「クッ…!俺が到着するのが後少し早けりゃこんなことにならなかったのによぉ。こりゃ俺の家もオジャンだろうな」 星屑は帝都から離れた場所でクロノスと交戦していた為に駆けつけるのが遅れていたのだ。 「星屑ー!」 そんな星屑の所へ、小銭が宝物庫から取り出した黄金の飛行船で飛んで来た。 「小銭か。何だよこの街の有様はよぉ。殆ど何も残ってねえじゃねえかよ」 「お前が倒したそいつの技だよ。こんな広範囲を吹き飛ばしやがったんだよ、ものの数秒でな」 「俺の家もお前の家も、これじゃあオジャンだぜ?」 「ああ…。だがこれでペインは全滅した。そういや途中から魔獣の群れはいつの間にか来なくなったし、怪人の軍勢もこっちまでは来なくなった。Wあ達が掃討したんだろう」 「じゃ、敵は全員撃退したってことか」 「そうみたいだ。一先ず勝ったみたいだな。だが犠牲や被害がデカ過ぎて全く喜べねえけどな」 だが星屑も小銭も予想もしていなかった。そう、本番はこれからだと言うことを。 ◆◆◆ 「チッ…!ペインが全員やられたか。流石は帝国の上位能力者共…やはり精鋭揃いだな。だが…」 「本当の地獄はこれからだ。新怪人協会が帝都を蹂躙し、能力者共を抹殺する…!」 「ククク…ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」 何処かの薄暗いアジトで、北条が盛大な高笑いをしていた。果たして、北条の言う「新怪人協会」とは一体…!? ◆◆◆ 「デュー様、既に我が怪人協会の軍勢3000が帝都北門へと到着しました。他の門からも各々の部隊が配置につき次第、同時に侵攻を開始します」 帝都から北の方向。既に怪人の大軍勢を率いているその新怪人協会が侵攻を始めようとしていた。巨漢の赤い皮膚を持ち、金髪青目の怪人に、黒いローブを纏った怪人が跪く。 「我が新怪人協会は全ての怪人が災害レベル竜…そして俺と、アルミュールよ、お前の災害レベルは神だ。負ける要素など何処にも無い」 「は、この世界の全てをデュー様のものにすべく手始めに帝都を我ら新怪人協会が征圧致します」 「我らも行くぞアルミュール。上に立つ者は自ら行動し下々の模範となり振るい立たせなければならん」 「はっ!デュー様の仰せのままに!」 金髪青目の赤い怪人「デュー」と、黒い鎧武者の怪人「アルミュール」の2人が、北門へ向けて動き出した。 怪人神デューの命令は伝令を介して全軍に行き渡った。ポケガイ帝国暦元年、新怪人協会の怪人約1万が帝都の各門を破壊し、帝都へ雪崩れ込んだのである。 目的は帝都の征圧と全能力者及び全住民の抹殺。能力者達により穢土転生された領那やクロノス、ペイン六道や魔獣、災害レベル鬼以下の怪人の連合を撃退し安堵していた帝都民は不意を突かれ恐れ慄き、とるものもとりあえず一目散に逃げ始めるが全ての門から雪崩れ込んできた新怪人協会の軍勢に容赦無く血肉や骨が裂かれ、或いはミンチにされていく。 ◆◆◆◆◆ ポケガイ帝国 帝都グリーンバレー ポケガイ城 災害対策本部 突如新怪人協会の侵攻を受けたこの災害対策本部は騒然となっていた。職員全員がモニターを注視しながら震えたり、叫んだり、本部内だというのに走っている職員が後を絶たない。職員の眼鏡をかけた男性がモニターを見ながら大声で叫ぶ。 「物凄い怪人の数です!その数約1万!」 「災害レベルは!?」 上司と思われるヒゲの男性が目を丸くして尋ねる。 「災害レベル…全員が竜!いや…災害レベル神が二体、北門へに近づいています!」 「竜が1万体で神が2体だとぉ!?そんな馬鹿な!」 「能力者達の所在を洗い出せ!今すぐ防衛に向かうよう通達するんだ!」 「至急帝都中に警報を発令しろ!」 「はい!」 しかし、災害対策本部の行動は遅きに失した。この時既に1500人以上の犠牲者が出ていたのである。 帝都中に警報が発令された。 「緊急警報!緊急警報!災害レベル竜と思われる怪人1万体が帝都に雪崩れ込んでいます!災害レベル神と思われる怪人が2体北門へ到達しています!全ての門を封鎖されている為帝都外への脱出は不可能です!住民の皆様は帝都の中心街に避難して下さい!」 「上位能力者の諸君は直ちに各門付近に向かい中心街に怪人が近づかぬよう死守されたし!今時分が居る最も近い門付近へ直ちに向かわれるべし!」 ポケガイ城災害対策本部より帝都中に緊急警報が発令された。しかし住民達の中には半狂乱になったり、逃げ遅れて怪人に殺されたり、恐怖で体が動かなくなって殺されたりする者が続出。既に2000人を超える死者が出ていた。 能力者達は状況を把握し逸早く門へと向かった。 マロン、赤牡丹は東門 Wあ、ソラは西門 セール、くれないは東門 オルトロスは北門 氷河期、星屑、小銭は中心街よりやや北に居たので北門へ向かうべく走り始める。 かくして、新怪人協会VSポケガイ帝国の能力者達の全面戦争が幕を開けたのである。 街々を覆い尽くす怪人の群れは住民や兵士達を容赦無く屠っていく。そこに老若男女の別はない。更に、逃げ惑う住民と近くの高台に避難して様子を見ながら震えているグループも居た。 「イタッ!」 逃げ惑う住民の中に、小さな…そう、8~9歳くらいの少女が居たのだがそんな少女でも怪人は御構い無しに踏み潰す。あっという間に人間のミンチの出来上がりだ。トマトみたいに潰れて死ぬのである。 「もう…おしまいだぁ…」 「能力者達は何をしてるんだ!俺らの税金で飯食ってる癖に役に立たないじゃないか!」 「もうみんなペインとか穢土転生とか魔獣との戦いで消耗してるんだろうよ…こんなの想定外だろうさ」 「俺達もう死ぬしかないのか…」 住民達は口々に言い合ったり、嘆く。そんな住民達が居る高台に2枚の翼を持った空色の二足歩行の怪人が飛んで来た。 「私は新怪人協会の幹部・天空神!覚悟しろ地上に巣食う蝿共~!」 天空神がその2枚の翼から暴風を起こそうとした時である。何者かが翼で天空神を空高く吹っ飛ばし粉微塵にしてしまった。 「何とか間に合っ…てねえみてえだなぁ」 現れたのは背中から2枚の黒い翼を生やしたオルトロスだった。高台の住民達は救えたものの、下を見下ろせば怪人の軍勢に殺された無数の死骸が転がっているのが見えた。 「オルトロス様だ!」 「オルトロス様が来てくれたぞ!」 「科学サイド第1位のオルトロス様だ!」 「これで助かるぞー!」 住民達は掌を返したようにオルトロスの到着を喜んだ。 「天空神がやられたようです、デュー様」 北門に到達したアルミュールからもその様子は視認することが出来た。デューもそれを見ていたが顔色一つ変えない。 「天空神を一撃で屠ったあの白髪頭は何者だ」 「あぁん!?この俺を知らねえとはモノを知らなさ過ぎなんじゃねえのかあ!?攻めてくるなら敵の情報くらい仕入れて来いよウスラバカ共」 デューが投げた問いに答えたのはアルミュールではなく、翼を使って高台から降り、ついでに周囲の怪人を消し飛ばしたオルトロスだった。しかし名前を聞いてもピンと来ないデューは首をかしげる。 「オルトロス?知ってるかアルミュール」 「いえ、我々がマークしている敵の特記戦力にはそのような名はありません」 「要するに雑魚か。すぐ終わらせてあの高台の人間共を皆殺しにした後中心街に侵攻するぞ」 「はっ!デュー様、此処は私が」 「いや、俺がやる」 アルミュールの申し出を退けたデューが3歩前に出る。 「デュー様御自ら…」 「ああ。体が少し鈍っててな。準備運動がしたい。此処は譲ってもらうぞアルミュール」 少々狼狽するアルミュールに、デューが振り返らずにそう答えた。 「どっちが先でも関係ねえよ。てめえらは此処でぶっ飛ばしてキンキラキンのお星様にしてやんよ!いや、汚ねえ花火かぁ!?どっちでもいい…だがな…」 「わりぃがこっから先は一方通行だ!」 オルトロスの狂気に満ちた歪んだ笑みを浮かべた顔が、そのまま開戦の狼煙となった。対峙していたオルトロスとデューの2人が同時に地を蹴って前に飛び出す。 オルトロスから無数の純白の翼を出してデューを攻撃するが、デューには全く通用しなかった。それどころか、デューの青目が光り輝いたかと思えばオルトロスの攻撃を反射してしまった。 攻撃を反射されたオルトロスは何が起こったのか理解する時間も与えられないまま、遥か彼方まで吹き飛ばされてしまった。 「嘘だろ…」 「オルトロス様が一撃でやられた…」 「そんなのありかよ…」 「もうおしまいだ…もう死ぬしかねえ…」 住民達は絶望的な光景を目の当たりし、半ば諦めていた。両膝をついて震えたり、恐怖のあまり涙を流したりする者も居た。 ◆◆◆◆◆ 警報を聴いていた李信は《探査回路(ペスキス)》で災害レベル神の怪人が来るのを察知、駆けつけんと立ち上がるが… 「俺は行く。ベアトリス、空間移動でレムと共に帝都の外の安全な場所で待機しろ」 「魔獣の群れとの戦いでそんなマナは残ってないかしら。あれ結構マナを食うのよ」 これ以上面倒は見切れない、もし何かあれば水素との関係がまずくなると考えた李信は避難を促すが、ベアトリスにあっさりと拒否されてしまった。 「レムはまだ戦えます!それにもうこの街に安全な場所なんてありません!ベアトリス様のマナ不足で移動魔法が使えない今、レム達は戦うしかないと思います!」 「…それもそうか。だが俺はお前らを水素から預かっている。預かりものに傷をつけたり壊すわけにはいかない。常に俺の指示に従え。分かったな?」 レムの言うことに間違いは無いと判断した李信は2人にそう言い含める。 「物扱いするなんて無礼な奴なのよ。でも承知したかしら」 「行きましょう!」 3人は、災害レベル神の怪人が居る北門へと走り始めた。 「次はお前らだ。覚悟しろ」 怪人神デューが住民達に右手の掌を向け魔力を込めビームを放つ構えに入る。李信の《虚閃(セロ)》と似たようなモーションではあるが、その威力は果たして… 『冷凍の矢(フリージングアロー)!』 ビームを放とうとするデューの右腕に氷の矢が複数刺さる。が、この矢本来の能力である、命中した敵を内部から凍てつかせる力は発動しない。冷凍の矢は住民達からこちらへ気を逸らすことにしか使えなかった。 冷凍の矢を放ったのは… 「領那、ペインと来て今度は災害レベル神の怪人か。今日は招かれざる客が多いな」 颯爽と現れたのは乱破師(サバター)の装備に身を包んだ氷河期だった。いや、氷河期だけではない。今のデューから見て正面の高台から跳び下りてきたのだ。 「エイジス様と星屑様と小銭様だ!3人も強い能力者が来てくれたぞ!」 「いくら強い怪人でもあの3人を同時に相手したら勝てないだろう!」 「3人とも勝って下さい!」 3人の登場で住民達は再び湧く。 「氷河期、見ろよ。こいつ冷凍の矢が全然効いてねえぜ」 小銭は、デューが自らの腕に刺さった冷凍の矢を顔色一つ変えずに引き抜いていく様子を観察している。 「確かに今日は面倒な来客が多い。やれやれだぜ」 星屑が先程の氷河期のセリフに同調する。 「また小煩さそうな蝿が3匹か…。さっきもオルトロスとかいう奴が突っ掛かって来たから吹っ飛ばしてやったが…どうせお前らもすぐそうなる」 「五月蝿えよ、てめえこそ北条の犬だろうが」 氷河期が額に青筋を浮かべて怪人神を睨みつける。 「何だと?」 「今日の俺は、阿修羅すら凌駕する存在だ!!」 何を思ったのか、氷河期は突然怒りを爆発させてデューに向けて叫ぶ。 「てめえら北条の犬のせいで今日だけで俺の大切な仲間が何人も死んだ…!この世界に来てからずっと一緒だった奴…この世界に来て初めて俺にいろんなことを教えてくれた奴…それに新入りの奴や傭兵団の傭兵も!全部てめえらに殺された…!」 「死んだ仲間の命の分、てめえらの命で償ってもらう!今は世界などどうでもいい!俺はてめえらを倒す!」 『我は鋼なり、鋼故に怯まず、鋼故に惑わず、一度敵に逢うては一切合切の躊躇無く。これを滅ぼす凶器なり』 『鉄血転化』 氷河期の皮膚上に血のような赤色の刺青のような紋様が浮かび上がり、瞳や髪が赤く染まる。氷河期は《鉄血転化》を発動した氷河期が二本の機剣(コンブレイド)を抜いて怪人神デューに突っ込んでいく。 「待て氷河期!無闇に突っ込むな!」 星屑がそれを制止しようと図るが氷河期は聞く耳を持たない。氷河期が二本の機剣をデューに向かって振り下ろすと、傍に居たアルミュールが現れ、得物のビームサーベルで受け止める。 「てめえもそこの赤い怪人の仲間か。ならぶっ殺す!」 「我は怪人神デュー様の側近にして新怪人協会のNo.2、アルミュールだ。デュー様には指一本触れさせん」 アルミュールのビームサーベルが押し勝ち、鉄血転化で膂力や身体能力が上がっている氷河期を一合の打ち合いのみで吹っ飛ばしてしまう。 「おい氷河期!クソ!」 見かねた小銭が宝物庫から無数の剣をアルミュールに向けて射出するも、アルミュールはその剣技で飛んで来た剣の全てを捌き弾き落とす。 「嘘だろ?ランクA以上の宝具を飛ばしたのに…!」 一方、吹っ飛ばされて瓦礫に埋もれていた氷河期が早くも戦線に復帰し、小銭や星屑の傍まで跳んで戻る。 「やはり鉄血転化だけじゃ駄目みたいだな」 「氷河期、1人で勝手に突っ込むな。気持ちは分からなくもないが奴らはマジで強い。3人で力を合わせないと勝てる相手じゃねえ」 そんな氷河期を星屑が嗜める。 「悪かった。冷静さを取り戻すとしよう」 氷河期は案外あっさり星屑の言葉に耳を傾けた。 「アルミュール、お前の忠誠心はありがたいがこいつらは俺の獲物だ。手出しはするな」 デューは自分の前に出たアルミュールも言葉で退ける。 「はっ!出過ぎた真似を致しました!」 アルミュールはその場から跳躍して付近の建造物の屋根に着地し、戦いを静観する構えを見せる。 「向こうはボスしか戦わない様子だな。だが3人力を合わせてというわけにはいかないだろう」 「どういうことだよ小銭」 小銭が建造物の屋根に飛び移ったアルミュールを凝視しながら言う。それに星屑が問いを投げる。 「相手が手出ししないって言ってお前はそれを簡単に信用すんのか?誰か1人が奴の警戒に当たった方がいいだろ」 「成る程確かにそうだな。なら俺が黒衣の怪人を警戒する。氷河期と小銭にボスは任せる」 「よし」 話の結果星屑はアルミュールの警戒に当たり、氷河期と小銭でデューに当たることになった。 「作戦会議…もとい死ぬ覚悟は出来たか?まあ出来てなくても殺すがな!」 怪人神デューが予想だにしないスピードで氷河期に迫り拳を突き出してくる。しかし鉄血転化状態の氷河期は素早く反応し体を右に逸らして回避する。 すかさず小銭が宝物庫から4本の鎖を出現させてデューの四肢に巻きつけ拘束する。これは小銭が所有する宝具《天の鎖(エルキドゥ)》である。 「その鎖は敵の神性が高い程硬度が上がる。後は分かるよな?怪人神」 デューは拘束から逃れようと身をよじったり暴れたりするが、頑丈なその鎖は多少の金属音を発するだけでビクともしない。 『待宵反射衛星斬』 この好機を見逃す氷河期ではない。スペルカードを発動し、至近距離で機剣から連続で強力な剣撃を叩き込む。 「喰らえ!我が至宝にして最強の宝具《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》を!」 氷河期はそのセリフで察して後方に跳び下がる。そして小銭が宝物庫から《乖離剣エア》を取り出し、エアの3つの円筒を回転させ、時空を斬り裂く暴風を起こしてデューに飛ばす。大地が抉れ、周囲の全てを飲み込むそれは、身動きの取れないデューに直撃した。 「やったか?」 「氷河期、フラグ立てんじゃねーよこのバカ!」 氷河期の規格外のスペルカードと小銭の最強の宝具の一撃を喰らったデュー。2人は殺せないまでもそれなりのダメージは与えられただろうと確信する。 しかし、2人の確信は間も無く露と消えてしまう。時空の歪みも、天の鎖も怪人神が放つ赤いオーラにより掻き消されてしまったのだ。 「この程度か。貴様ら、この国で何番目に強い?」 「あ?それがお前に関係あんのかよ」 小銭が全力の一撃を防がれたことで苦しそうに睨みつける。 「俺の目的は世界を俺達怪人の巣にすることだが、俺に敵う者はそうそう居なくて退屈しててな。せめていい勝負が出来る者は居ないのか」 「正確に何番目かは知らねえが帝国で五本の指に入ると思うぜ」 エイジスがそう答えるとデューは残念そうに溜息をつく。 「その程度で五本の指か。この国には失望した。貴様らを屠ることに何の喜びも見出せなくなったではないか!」 デューが今度は小銭に高速接近して《怪神拳》を腹部に叩き込む。肋が折れる音が鳴り、小銭は吐血して遥か彼方へと吹っ飛ばされてしまう。怪神拳の余波で軌道上の地面が抉れ、張り裂ける。 「小銭!」 「仲間の心配をする余裕があるのか?」 思わず小銭が吹っ飛ばされた方を見遣る氷河期にデューが高速の上段回し蹴りを繰り出してくる。氷河期はそれを《絶対魔眼》の境地でデューの動きを完全に見切り、《鉄血転化》で向上した身体機能をもってデューから繰り出される攻撃を回避していく。 「金ピカの男と違ってよく避けるがこれならどうだ?」 『連続普通のキック!』 脚にオーラを 纏わせて亜音速での連続蹴りを炸裂させるデューだが、《鉄血転化》と《絶対魔眼》を併用している氷河期はそれすら避けて見せた。 『殺人かかと落とし!』 《連続普通のキック》を全て回避した氷河期に強烈なかかと落としが振り下ろされる。氷河期はそれを鞘から抜いた長剣に冷気を纏わせた状態で受け止める。 「クソッ!腕が…!」 あまりの衝撃にミシミシと音が鳴ると同時に氷河期の両腕に激痛が走る。氷河期は2秒後、それは自分の両腕の骨が砕かれた音だと、手から離れて地に落ちた長剣の金属音で悟る。 ( (砕かれた!?このエイジスの腕が砕かれたのか!?) (おのれ怪人 許さぬ 許さぬぞ!) 「怪人ンンン!」 氷河期はその手に巨大な氷のハンマーを精製して渾身の力でそれをデューの腕目掛けて振り下ろす。すると、今度はデューの両腕が明後日の方向へ曲がった。 「帝国最強はこの俺だ!」 氷河期は水素のことなど忘れて最強を自称しデューに長剣による冷気の斬撃《エイジストラッシュ》を見舞う。 「効かんなあ!貴様の最強は軽過ぎる!喰らえ『怪人拳!』」 あっという間に砕かれた腕を再生させたデューの右腕から渾身の拳が氷河期の腹に繰り出され、氷河期は彼方まで吹き飛ばされた。 「トドメを刺してやるぞ、自称最強!」 吹き飛ばされた氷河期を、常軌を逸した脚力をもって地を蹴り前に向かって跳び、追撃を図るが、そんなデューに複数の赤い矢が次々に降り注ぎ命中、大爆発を引き起こす。 「ぬぅ?まだこの怪人神デューに抵抗する愚か者が居るのか」 デューは矢が飛んできた方向見遣る。その視界に入ったのは《アーチャー》のクラスカードを使い《エミヤ》の姿になった小銭だった。 「あの金髪、まだ生きていたのか。気が変わったぞ貴様から殺す!」 デューが掌にエネルギーを集中させてビームを放とうとした時である、その真横から冷気の塊である波動が襲い掛かった。 「余所見してんじゃねえよ、自称神」 冷撃を放ったのは氷河期だった。 「生きていたのか、だが腕を砕かれた貴様に何が出来る?それに俺は自称ではなく正真正銘の怪人神だ!」 『エターナルフォースブリザード!』 氷河期の掌から巨大な冷気の塊が放たれ、それが一気に拡散し、冷気の波となってデューに押し寄せ覆い尽くす。 『カラドボルグ!』 小銭は遠く離れた高層建造物から螺旋状に捻れた矢を黒い弓で番えて放ち、それが空間を歪ませながら氷河期の《エターナルフォースブリザード》を浴びたデューに追い討ちの様に命中する。 しかし2人の強力な一撃は覚醒したデューにより吹き飛ばされてしまう。全身の筋肉が膨張し、赤いオーラを放ち、瞳は赤に染まり、体には青い紋様が浮かび上がり、頭髪は金から銀に変色し、全身が光り輝いている。 『ゴッドモード!』 「貴様らも予想よりは粘るがやはり雑魚は雑魚だ。鬱陶しい蝿共は全力で叩き潰してやる」 怪人神デューのゴッドモードが発動した。カラドボルグとブリザードを防がれた2人は「嘘だろ?」と言わんばかりの顔を覗かせる。 「さらばだ虫けら共!」 デューの光速の一撃が氷河期の胸部に炸裂、氷河期の体は粉々に砕け散った。 「氷河期ィィィィィ!!クソ!あの怪人不死身かよ!」 『必殺マジシリーズ マジ蹴り!』 それを見ていた小銭は弓に矢を番えるが、矢を放つ前に光速で迫ってきたデューの全力の蹴りを腹部に受けて天高く吹き飛ばされていった。 「ん?妙に寒いな」 小銭を始末したデューを襲ったのは体内から込み上げてくる異常な寒気だった。 「貴様を血の一滴まで凍て付かせてやる。俺の能力『氷河期(アイスエイジ)』でな!」 氷河期は死んではいなかった。氷河期はデューの攻撃を受けた後にその体を絶対零度以下で気体化させてデューの体内に潜り込んでいたのだ。 「貴様…!いつの間にこんな…!」 「人類を、舐めんなよ」 デューは体内の血液や臓器から体外まで全身の全てを氷河期により凍らされ2mの氷像と化した。 「甘い」 ところが、デューを覆った氷はオーラで全て吹き飛ばされてしまった。そしてデューが実体化した氷河期に急接近してその首根っこを右手で掴み締め上げる。 「グッ…うぅ…」 器官を締め上げられた氷河期は苦しさのあまり苦悶の声を漏らす。デューはその苦悶の表情を見ながらニヤリと笑う。 「見たところ、貴様も小銭とやらも魔力の殆どを使い切ったようだな。我ら新怪人協会が侵攻するまでに北条が派遣した奴らによる襲撃があったようだが…。まあどの道貴様らが万全でも俺には勝てん。此処で死んでもらう」 「と、言いたいところだが俺は慈悲深い。お前に生き残る選択肢を与えてやる」 デューは左手に何かを出現させる。 「この丸薬を飲めば怪人化を遂げ急激にパワーアップすることが出来る。さあ、これを飲んで我がしもべになれ」 だがそのセリフを聞いた氷河期はデューの顔に唾を吐いて拒絶の意思を明確に示した。 「誰が…そんな気持ち悪いもんになるかよ…!死んでも…御免だぜ…!」 「そうか。ならば死ね」 デューの左手の掌が氷河期の顔面にかざされ、赤いビームを放つべくエネルギーを溜め始めた。だが、まさにビームが放たれようとした時、デューの真横から黒い三日月型の斬撃が直撃した。 『月牙天衝!』 月牙天衝。その技でダメージはなかったが、デューがビームの発射を中止して斬撃が飛んできた方向を見遣ると、死覇装と黒いマントに身を包んだ男が立っていた。青髪ショートとメイドと金髪ドリルの幼女と共に。 「何だ、また新手か」 「死神代行、推参」 その男と2人の少女(幼女)は高台から飛び降りてデューと対峙する。 「死神代行だと?何の話だ」 「まあ、代行というより死神他多数ってところか。お前には関係無い話だが」 締め上げていた氷河期を投げ捨てたデューが李信の方を向いてセリフの意味を問うが、李信にまともに答える気は無い。 「レム、お前は負傷者の回復と星屑の援護だ。ベアトリスは後ろから俺を援護しろ」 自身の後ろに控えている水素からの〈預かりもの〉達に李信は一切の遠慮も無く下知を下す。 「レムは水素様のものです。よって水素様の命令しか聞くつもりはありませんでしたが…今は緊急事態。不服ではありますが今だけはミシン様に従います」 レムは不服を言いながらも、李信の下知に従い氷河期に寄り添い回復魔法の使用を始める。 「確かに、主人でも何でもない赤の他人のお前に命令されるのは癪に障るかしら。でも今は特別に協力してやるのよ」 ベアトリスも仏頂面ではあるがきちんと下知通りに李信につく。 「直江、いいところに来た。だが何でお前が水素の下僕と一緒に居るんだ?」 「諸事情だ。それよりフォーメーションを組むぞ。星屑は俺の左につけ」 アルミュールを警戒していた為にデューとの戦闘に参加していなかった星屑が李信に尋ねるが、李信はそんなことを悠長に答えるようなことはしない。 「あの黒い奴の介入を防ぐ為に警戒しなきゃならねえ。それを解いたら万が一の時に対抗出来ねえじゃあねえか」 「星屑、お前には《アヌビス神》のスタンドがある筈だ。それを利用する」 李信は自身の左についた星屑を横目に自身の策を講じんとする。 「あれは相手が刀を拾わないと意味が無いんだよ。あの怪人神を見てたが奴は肉弾戦やビームで戦うからアヌビス神の刀を拾うとは思えねえ」 「刀を拾わせるのは怪人神ではなくあの黒衣の奴だ。お前はアヌビス神のスタンドを発動して奴の足元に刀を配置しろ。俺が鏡花水月でその刀を奴のビームサーベルだと錯覚させる。その前に全知全能で未来を操作して奴の手元からビームサーベルを離させる。まだそのくらいの余力はあるからな」 「成る程ね。Fランの癖に頭がキレるな直江」 「やるぞ星屑」 李信の言葉に星屑がコクリと頷き策を披露する時が来た。李信は負担のかかる《全知全能(ジ・オールマイティ)》をほんの少しだけ発動し、アルミュールの手からビームサーベルを落とさせる。 「俺が手を滑らせて剣を落とすとはな。まあ、たまにはこんなこともあるか」 すかさず星屑が密かに《アヌビス神》のスタンドを発動させる。手にとった対象を意のままに操る洋刀が出現する。しかし、アルミュールの目にはそれは自分が落としたビームサーベルに見えたのだ。元のビームサーベルは視界から消えている。李信が《鏡花水月》を発動しそうさせたのだ。 アルミュールは何も疑いもせずにそれを拾う。 ((かかった!)) 李信と星屑は心中でそう呟きニヤリと笑う。かくして、《アヌビス神》のスタンドがアルミュールに取り憑いた。 「…俺は今から新怪人協会を抜けて協会の怪人共の殺戮を開始する」 「どうしたアルミュール!」 取り憑かれたアルミュールはデューになど目もくれずに刀を持って街の中心街に高速で去っていった。そう、中心街に逃げた民を抹殺する為に中心街に侵攻した怪人達を狩る為に。 「貴様ら、アルミュールに何をした…!」 「さあな。気になるならアルミュールとやらに聞けばいいんじゃあねえのか?もっとも、俺らを倒して通れるならの話ではあるがなあ!」 側近を失ったデューが初めて怒りの感情を、静かにだが露わにする。 「これで4対1だ。人類に害を為す醜い怪人は俺の斬魄刀のサビにしてやる」 李信、星屑、レム、ベアトリスの4人が、怪人神デューと対峙した。 「星屑は俺の左、ベアトリスは俺の後ろ、レムは星屑の後ろだ」 フォーメーションは固まった。この中で一番目か二番目に近接戦闘手段が豊富な李信と星屑が前列に出るのは合理的な判断と言える。3人は異を唱えることなく李信の指示通りに動く。 『卍解』 李信はいつものように勿体振ることなく初っ端から卍解を発動する。二本の斬月がバスターソードを思わせる形状の天鎖斬月に変化し、李信は完全虚化の角や仮面を顔半分に被り、仮面紋が現れる。 『天鎖斬月』 「思い出したぞ。お前が斬魄刀という武器を使う直江とかいう能力者で、お前の横に居るのはスタンドとかいう能力を使う星屑って奴だ。後ろの2人までは知らないがな」 卍解というセリフを聞いたところでデューは北条から受け取った情報をようやく思い出した。 「後ろの2人には手を出さない方がいい。こいつらは最強の男からの預かりものだからな」 「支援する側を先に抹殺するのは戦いの常道!それに最強は俺だ!」 李信のセリフに反応したデューが《怪人拳》を繰り出してくる。李信はそれを真正面から迎え撃つ。星屑がすかさず波紋エネルギーを李信の天鎖斬月に流し込む。 『月牙天衝』 波紋エネルギーを纏った黒い月牙天衝が怪人拳と激突し、相殺される。 「水よ!」 「火よ!」 レムが間髪入れずに水球を無数に展開しデューに向けて射出する。ベアトリスが同時に無数の火球を飛ばす。 「そんな攻撃がこのデュー様に通用するとでも…」 『キラークイーン』 レムとベアトリスの攻撃は単なる目眩しである。本命は、その隙にデューに接近した星屑のキラークイーンだった。キラークイーンに触れられたデューの体が爆弾と化す。 「こんなスタンドが何だと言うのだ!」 「今だ星屑、やれ!」 「砕け散れ怪人神!」 李信の指示で、星屑がキラークイーンの起爆スイッチを押す。勝ったと思いきや、爆発して木っ端微塵になったのは星屑の方だった。 「なん…だと…」 李信がその光景を見て硬直する。いや、硬直したのはレムとベアトリスもだった。 「成る程…特殊能力を跳ね返す能力か…ならば威力で押し込むしかないようだな」 「ご名答だ死神の直江。だか仲間が死んだのにえらく冷静だな」 硬直はすぐに解け、李信は冷静にデューの能力を分析して言い当てた。デューはその李信の様子に違和感を感じる。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」 爆散した筈の星屑がデューの背後を取り《スタープラチナ》からのラッシュ攻撃を繰り出すが、デューには一切効いていない。 「クソ…これじゃあ手段がねえぜ」 「貴様、何故生きてる!」 デューが《怪神拳》を繰り出すが、星屑はそれを翼を使い飛行し回避する。 「俺は不死で再生も出来るからな、それより俺に気を取られてていいのか?」 「何!?」 デューの背後では、レムの水魔法とベアトリスの支援魔法で強化された月牙を纏う天鎖斬月を振り上げた李信が控えていた。 『月牙天衝』 黒と白い光と、水が入り混じった月牙天衝がデューの頭から股まで直撃した。 しかし、李信の月牙天衝を受けてもデューは全くの無傷だった。 「…!」 「どうした死神・直江。その程度か」 《怪神拳》を繰り出すデューに対し、李信はレムとベアトリスの支援魔法で強化した月牙天衝を纏った天鎖斬月をぶつけて応戦する。デューが次々と拳や体術を繰り出し、李信は天鎖斬月を振るい、受け止め、連続で斬りつけていく。 2人の近接戦闘の応酬が暫く続くが、痺れを切らしたデューが拳に込める力を強くすることで李信の天鎖斬月ごと吹き飛ばす。 「支援している女2人を始末してやる!」 《ゴッドモード》の自分と打ち合える李信を支援するレムとベアトリスを狙いビームを放つ構えに入るデューだが、そこで星屑の妨害が入る。 『クロスファイヤーハリケーン!』 スタンド《マジシャンズレッド》から強力な炎の渦が射出されるが、デューはそれを一蹴、星屑を《連続普通のキック》で蹴り飛ばす。そして無防備になったレムに手を伸ばす。 「キャッ!」 「やらせん」 瞬歩で現れた李信がその手を天鎖斬月で受け止めレムを庇う。 「必死だな。そこまでして守るような関係なのか、お前とその女は」 「いや、俺はこいつとは赤の他人だ。だが、仲間から預かってるんでな。傷一つつけるわけにはいかない」 「そうか。ならお前から死ね」 怪人神の蹴りが李信の腹部に直撃した。 だがその場で踏ん張り、李信はデューの手首を掴んで角先から零距離で赤い《虚閃(セロ)》を放つも、デューのエネルギーにより掻き消されてしまう。 そして、蹴りによる激痛で李信は両膝をついて崩れ落ちてしまう。吐血し腹を抑えて苦悶する李信に追い討ちをかけるように蹴りや殴打を加え甚振っていく。 「ミシン様!」 「李信!」 レムが水魔法をデューにぶつけるも、デューにダメージが通るはずがなかった。ベアトリスも魔法攻撃を連続で飛ばし続けてはいるがやはり効かない。 木霊する李信の悲鳴、そしてデューの高笑い。圧倒的な実力の差がそこにはあった。レムが「ミシン様!」と叫びながらモーニングスターをデュー目掛けて投げ飛ばすが、拳で粉砕されてしまった。 「最後のチャンスだ。直江、お前は俺の配下になる気は無いか?」 李信の胸ぐらを掴んで持ち上げながら、デューは最後のチャンスだと提案する。 「そのような醜悪な姿になるのは死ぬよりも耐え難いな…」 口から血を吐いてデューの顔面に飛ばした李信の抵抗が痛々しい。 「直江よ、お前ごときが俺に勝てると思っているのか?」 「勝てると思って戦ってんじゃねえ…勝たなきゃいけねえから戦ってんだよ」 「戯言だ」 デューは左手の掌からビームを放つ構えを見せる。李信もレムもベアトリスも同時に消し去るつもりである。 しかし、ビームが放たれる前にデューの左腕はもがれていた。そう、目に見えぬ速さで現れた男によって。 「何者だ!」 「趣味でヒーローをやっている者だ」 黄色のヒーロースーツ、白いマント、赤い手袋、赤いブーツ、黒革と金のヒーローベルト…そう、この男がついに現れた。 ラムを抱き抱えて現れた水素が、もぎ取ったデューの腕を投げ捨てる。デューは水素の方を振り向く。 「水素様!姉様!」 「これで助かる。そしてようやく来てくれた、ようやく会えた」その感情で心中が溢れたレムは感極まったのと、崖っぷちの状況から抜け出せた安堵で張りつめていた何かが切れ、ドッと涙が溢れ出す。 「やっと来たのよ。こっちは弱い能力者しか居なくて随分苦労したのよ。でも、よく来てくれたかしら」 弱い能力者とは、主に李信と星屑である。ほぼ二人掛かりでデューに手も足も出なかったのだから仕方ないことではある。守ってもらったベアトリスが言えることではないが。 「レムりんにベア子。遅くなって済まねえ。無事で本当に良かった。でももう心配は無用だ。全て終わらせてやる」 水素は李信の後ろに控えていた2人に声をかける。 「レム!よく無事でいてくれたわね!」 ラムは妹の無事を涙しながら喜び駆け寄る。 「預かりものは確かに返した。そこそこ役には立った」 預かりものとは、無論レムとベアトリスのことであり李信はようやく肩の荷が下りた思いだった。 「お前がレムりんとベア子を守ってくれてたのか。サンキューな」 尻餅をついた体勢から、天鎖斬月を杖代わりにして立ち上がろうとするも仰向けに倒れる李信に、水素は目を見遣った。 「何だそのふざけた設定と格好は…」 「ふざけてんのはてめえだろ。俺のレムりん…と、ついでにベア子に何しやがる。覚悟は出来てんだろうな?」 大切なものを傷つけられたり、手を出そうとした相手には容赦はしないのが男という生き物である。水素も例外ではなかった。 「知るか。俺は新怪人協会のリーダーにして怪人神のデューだ。邪魔をするのであれば老若男女の別はない。貴様もすぐに消してやる」 デューが再生させた左手の掌にエネルギーを集めてビームを放つ構えに入るが… 『必殺マジシリーズ マジ殴り!』 水素の右腕から放たれた渾身の拳がデューの体を無数の肉片と血飛沫に変えてしまった。 「えええええええええええええええええええええ!?」 高台から戦いを見守っていた住民達は一斉に驚愕の声を上げた。李信、星屑、氷河期、小銭がダメージさえ与えられなかった怪人の神を一撃で水素が倒したからであることは言うまでもない。 「すげえ!すげえ!」 「嘘だろ…」 「何だ今の!何が起きたんだ!」 「やっつけたぞ!助かったぞおおおおおおお!」 「一撃で仕留めちまったよ!ワンパンだよワンパン!」 しかし、歓喜に沸くこの場で空気の読めないオニオン頭でタラコ唇の男が前に出てきた。 「実はあんまり強くない怪人だったんじゃね?」 「いやでもいろんな能力者が負けてるぞ」 「負けた能力者が弱かったんじゃね?」 「それは…」 オニオン頭の男のセリフを隣に居た金髪の男が否定するも一蹴されてしまう。 「確かに今の見ると敵が弱く見えたけど…そこに居る変な格好した弱そうな奴が一撃で倒しちゃったんだぜ?(笑)負けた能力者達ってどんだけw レベル5だの騎士だの英霊だの究極生命体だの死神だの、ぶっちゃけ大したことないんだなw」 「おいやめろよ。一応命張ってくれたんだぜ」 隣に居た顎髭の男が、オニオン頭の男のセリフに気分を悪くして割り込んでくる。 「命張るだけなら誰でもできるじゃんwやっぱ怪人とか悪の組織とかを倒してくれないと上位能力者とは言えないっしょ!今回5人もあの怪人に負けて重傷負ってたよね?レベル5以外は再生能力あるらしいけどw そんな人達を今後も頼りにできるかっつーと疑問だよねwww」 男はニヤニヤしながら水素以外の能力者達を容赦無く冒涜していく。 「ま、結果的に助かったからいいけどさw水素以外の能力者なんてただ俺らの税金で無駄飯食ってるだけの不要な存在じゃんwさっさと辞めて欲しいよねw」 そこで隣に居た民間人がオニオン頭の言葉に我慢出来なくなり胸ぐらを掴む。 「おい!お前いい加減にしろよ!」 「何で?何で俺が怒られないといけないの?そもそもあいつら軍人は俺らの税金で飯食ってんだからさ、しっかり守ってもらわないと困るよね!実際今回はあの変な格好した自称ヒーローが1人で解決しちゃったわけだし他の奴らはやられにきただけだったよね」 「時間稼ぎなんて工夫すれば誰でもできるしさ、他の連中って存在自体が無意味だよね?」 「とにかく助かったんだ!それでいいじゃないか!」 「そうよ!そうよ!確かに他の能力者達は全然活躍できなかったけどそこを指摘するなんて性格悪いわよ!」 オニオン頭の男に他の民間人が反発する。 オニオン頭の男から発せられる容赦無い罵倒に耳を傾けていた李信が起き上がり、男にゆっくりと近づいていく。 「な、何だよ役立たずの死神!文句があるならもっと強くなってみろよ!」 オニオン頭の震えた声に、李信は反応せずにただコツコツと歩み寄っていく。 斬魄刀を鞘に収めながら男に歩み寄っていく李信の背中を水素とその一味3人、氷河期、星屑、ついでに再生復帰し地上に降りてきた小銭が見守る。 「お前、名は?」 李信が開口一番に口にしたのは怒りや脅しの言葉ではなかった。あくまでも冷静である。 「た、玉鱈 不佐男(タマタラ ブサオ)だよ…!それが何だよ死神!」 「玉鱈、お前の言っていることは半分正解しているが半分間違っている」 「え…どゆこと…?」 「確かに戦闘力で言えば俺達が束になっても水素には勝てない。いや、勝てないどころか瞬殺されるだろう。だが、水素1人で全てを守れるか?」 李信の玉鱈に向ける眼差しは鋭く、それでいて冷ややかなものだった。玉鱈はその視線に当てられて震えてるいる。 「水素だけでは全てを守ることは出来ない。何故なら水素がいつも現場に居るとは限らない。水素の体は一つしかない。今回、水素が来るまでにどのくらい時間がかかったか?本当に誰でも時間稼ぎは能うものだったか?」 「ぐっ…!」 玉鱈は李信に言い返すことができなかった。言い返す余地が無いからである。 「俺達とて、怪人神と戦う前に敵を倒してきた。それが無ければ更に被害も犠牲者も出ていただろう」 「だが、お前の言うことも間違ってはいない。俺達軍人はお前達国民が納めた血税でメシを食っている。そして、その血税を納めている国民全てを俺達は救えなかった……。軍を代表して謝罪する」 李信は深々と玉鱈に、そしてその場にいた住民全てに対して頭を下げた。 「………」 玉鱈も、他の住民達も唖然として誰1人口を開こうとしなかった。李信は10秒程頭を下げた姿勢を保った後に水素達の方に向き直る。 「まだ戦いは終わっていない!怪人の残党を掃討するぞ!」 李信の指示に一同は頷いて怪人が暴れている中心街に向かい出した。 中心街では、新怪人協会の怪人達が暴れ、殺戮と略奪を行っていた。筋肉即売会や、怪人神デューに倒されたオルトロスが、瀕死の状態から何者かの回復魔法を受けて何とか少しは戦える程度になっていたので奮闘していた。更に、アヌビス神に操られているアルミュールも怪人達を狩り続けていた。 そこへ水素(とついでにメイド姉妹とロリ)、李信、氷河期、星屑、小銭の一行が現れた。 「あれは水素達!あの怪人のボスを倒したのか!」 「俺達の勝ちみたいだな」 一行がここに来たということは、既にデューは倒されたということである。オルトロスはそれを確信し、筋肉即売会もまた察したようだ。 「新手か!そっちはデュー様が居た方向だぞ!デュー様はどうした!」 「それこいつのこと?」 水素は自ら倒したデューの目玉を持って怪人達に見せつけた。 「う、嘘だろ…デュー様が…!これじゃおしまいだ…!アルミュール様も止められない!逃げろおおおおおおおおおおおお!!」 「デュー様がやられただと!?信じられん!」 怪人達は雪崩を打って我先にと逃げ始めるが… 「散々暴れておいて逃げようったってそうはいかねえぜ。『神砂嵐!』」 星屑が両手の手首をフル回転させて竜巻を発生させ怪人の軍勢に追撃を与える。数十体の怪人が一斉に吹き飛ばされていく。 『破道の九十 黒棺』 『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』 『雪符 「ダイヤモンドブリザード」』 李信は鬼道を発動し黒い重力の奔流である直方体を無数に出現させ、小銭は螺旋状に捩れた矢を放ち空間穿ち、氷河期はスペルカードを発動し無数の氷塊を飛ばし怪人の軍勢を屠っていく。だが、前列に居て3人の攻撃から逃れた怪人達が帝都の南門目掛けて逃げていく。 『必殺マジシリーズ マジ反復横跳び』 音速で回り込んだ水素が容赦無く反復横跳びで発生させた衝撃波で残る怪人を粉砕した。 「流石は水素様です!」 「お見事です水素様」 それを見ていたレムとラムの姉妹が水素を賞賛する。 そして怪人を掃討した水素達7人のもとへ李信軍の兵が駆け寄ってくる。 「どうした?」 「南門、西門、東門に攻め寄せてきた新怪人協会の軍勢を各能力者のお働きにより殲滅または駆逐した模様。魔獣の群れも穢土転生の能力者の姿も確認出来なくなりました。全ての敵を掃討したことになります」 「報告ご苦労。退がって良い」 「はっ!」 それを聞いて表情一つ変えずに李信はその兵を退がらせる。 「そうか、Wあさん達もやってくれたか」 だが、勝利の喜びは薄い。見渡す限り、魔獣や怪人、穢土転生体の能力者達に破壊、殺戮、略奪を働かれた凄惨な光景が広がっていたからだ。 それを感じていたのは李信だけではなかった。星屑も小銭も水素も、素直に戦いの終わりを喜べるような心情ではなかった。 そして何より、今回の戦いで最も多くの失ったのは氷河期である。傭兵団や自警団の、大切な仲間と死に別れた。愛する者を失った。 「まだ、終わっていない。北条を倒すまで戦いは終わらない…!」 氷河期は右手を血が出るまで爪を突き立て深く握りしめていた。 「ニシン」 虚空を見つめている李信に声をかけたのは、水素の使用人であるメイド姉妹の姉であるラムだった。 「どうした」 「水素様とラムが居ない間にレムを守ってくれたから一応礼は言っておくわ」 「預かっただけだ。それに不幸があって水素のメンタルに影響したら俺も困るからな」 ラムからの礼をそう受け流した李信はツカツカと4人のところへ歩み寄る。 「皆、済まない。俺が終末の谷で北条に敗れて逃げられたばかりに事態を解決する機会を失った。これからも戦いは続くだろう」 李信は玉鱈達に頭を下げた時と同じように深々と頭を下げる。 「直江さん、アンタだけのせいじゃない。こちらも自分達だけで解決出来ないから星屑に来てもらった。俺が星屑に加勢願いをしなければアンタは星屑と2人がかりで北条を倒せてたんだ」 氷河期が李信の前に出て頭を下げる。 「俺も魔獣の群れやペインの相手で精一杯だったからな。俺が北条と戦って勝てるかも怪しいしお前のこと責める気にはならねえわ」 小銭はそんな李信に同情的な言葉をかける。 「まあ元はと言えば俺が呑気に遠くまで食糧やらを買い出しに行ってたから被害が膨らんだわけだ。誰か個人だけのせいってわけじゃねえ」 水素は、知らなかったとはいえ今日というタイミングで買い物に出掛けたことを深く悔いていた。 「やれやれだぜ。過ぎたことをくよくよいつまでも悔いてる暇は俺達にはねえぜ。北条の打倒、穢土転生軍団の打倒、街の復興…やることが沢山あるじゃあねえか」 星屑の前向きな言葉に、一同は首を縦に振り頷いていた。 北条の穢土転生により復活した領那やクロノス、北条が操っていたペイン六道、そしてサテラやそれが操る魔獣達、新怪人協会…。 彼らが遺した帝都への爪痕は計り知れない程大きく、甚大な被害をもたらした。 500万軒の家屋が全壊し、200万軒が半壊。約20000人が死亡、約10000人が行方不明。損害額は最低でも100兆単位だろうと、丞相であるああ袋が発表している。 これらの被害は、数字以上に人々に暗い影を落とした。愛する人や友人、家族を失い悲観に暮れている人間の数は死者や行方不明の何倍も存在する。 水素は李信の働きでレムやベアトリスを失うことなく再会を果たすことが出来た。後日李信は水素の屋敷に呼ばれた際に「預かりものだが、レムが暴走状態だったので勝手に鬼化のツノを切り落とした。文句があるなら聞く」と言い放ったが「いや、それでいい」と言われただけだった。 李信自身は自軍の兵士を19人失ったが、特に精神的に大きなダメージを負うような死に別れは幸い無かった。副官のポルク・ロッドが軽傷を負い、一応入院してはいるが。 一方、氷河期は傭兵団の団長や数人のメンバー、暗殺ギルドのリーダーといった縁が深い者を失っていた。その悲しみと、北条への憎しみの深さは氷河期陣営以外の人間が推し量れるものではない。 その氷河期が、自警団や傭兵団を代表して北条らとの戦いで命を落とした者達の合同葬儀を執り行う旨を、自警団と傭兵団が統合された傭兵団の本部で発表した。 「そうだな、最後にきちんとお別れして気持ちに区切りをつけた方がいい」 「それがいい。ちゃんと送ってやろう」 ディアベルやスワムは当然ながら二つ返事で賛同、他のメンバーにも異を唱える者は居なかった。葬儀は1週間後とされた。 「エイジス…」 この日は解散し、本部の屋上で黄昏ている氷河期を、氷河期の精霊術の師とも言える白銀髪の女が見つけて声をかけていた。 「ああ、俺は大丈夫だ…大丈夫だ…」 「大丈夫そうに見えないけど…」 氷河期は両手を強く握り締め、その手からは血が流れていた。 「…済まない。やっぱり大丈夫とは言えない…」 氷河期は弱音を吐いた。弱音を吐ける数少ない人の内の1人であり、傭兵団長や暗殺ギルド長の亡き今、氷河期に残された女性の仲間だった(既婚者とかその他諸々は居るが)。 「咲はエイジスがこの世界に来て初めて出来た仲間だし、エリスさんにはお世話になったからね。エイジスが辛いのは分かるわ」 「傭兵団のみんなは直江氏が北条にボロ負けして取り逃がして帰ってきたことを批判や罵詈雑言の嵐だったけど、俺はなレイン、直江氏が北条を倒さなくて良かったと思ってる」 氷河期は涙声で精霊術師の女に対して語り始める。あくまで顔は外に向けたままで見せることはしない。情けない表情を見られたくなかったからだ。 「エイジスは李将軍…いえ、李信とは仲良かったでしょ?どうしちゃったの?」 エイジスは李信を直江とか直江氏と呼び、李信はエイジスを氷河期氏とか氷河期殿と呼ぶ。お互い、正式名ではなく旧名で呼ぶので傭兵団のメンバーは混乱しやすい。レインも、直江氏という呼び名ではパッと李信であると頭に浮かばなかった。 「別に直江氏が嫌いなわけじゃない。でも直江氏が北条を取り逃がしてくれたお陰で俺は死んだ仲間達の仇を討つ機会を得た」 「エイジス…それって…」 「北条は直江氏ではなく俺が倒す…!それこそが俺があの2人に出来る最大の手向けだ…!」 李信が敗れた北条に、氷河期は勝つと、震えた声を振り絞りながら宣言した。しかし李信も氷河期も実力は大差無い。北条とも大差無い。つまり時の運とコンディション等の問題だが、それでも李信が負けたという事実が、氷河期に生きる理由を与えると共に懸念点でもあった。 「直江氏は次こそ北条と決着をつけると意気込んでいるだろう。だが直江氏には悪いが打倒北条は俺が果たす。それが俺の正義だからだ」 「正義…か。それが貴殿の正義か氷河期氏」 氷河期とレインの後ろから現れたのは李信だった。 「直江氏…何でアンタが此処に…」 「2人きりのところすまんな、だが下からは氷河期氏しか見えなかった」 李信は嘘はついていない。氷河期がまだ一人きりの時に少し離れた場所から姿を視認していた。氷河期が深刻な表情で黄昏ていたので心配になり足を運んだのだ。 「そうか、見えてたんだな」 「ポルクさんの見舞いの帰りだったしちょうどいいからな」 ポルクさんとは、ポルク・ロッドである。李信の副官を務め、セールに請われて行政や民政等にも参画しており、法律にも明るい、李信には勿体無いくらいの人材である。彼はペイン襲撃の際に軽傷を負い、入院していた。李信は彼を見舞う為にエスパニョール病院に足を運んだ帰りだった。 「ポルクって、アンタの仲間か」 「ああ、彼は我が子房であり、蕭何だ。いや、李斯とか李牧も入るかな?」 「シボウ?ショウカ?」 李信は有名な中国史の偉人にポルクを例えたが、氷河期はそんな分野に全く興味が無いので当然知らない。 「有名な中国史の偉人達だ。子房というのは前漢の高祖・劉邦に仕えた軍師・張良の字だ。元々は韓という戦国七雄で最弱の国で宰相を務めた名門の家柄出身だったんだが秦の内史騰率いる10万の軍に韓が攻め滅ぼされ、張良は…」 「もういいよ。アンタのそういう話、さっぱり分からない上につまらない」 氷河期がはっきり言うことで李信はペラペラ喋っていたその口を噤んだ。レインは李信を見て呆れたような、嫌そうな表情をしている。 「というか、本題に戻れよ。アンタ何がしたいんだよ、なあ」 「氷河期さん、貴方が振り翳す正義は矮小かつ自己中心的でしかない。自分が北条を打倒することに固執するのはやめろ」 李信はようやく本題を話し出した。 「氷河期さん、仲間が殺されて怒る気持ちは分かるが北条を打倒することに固執してどうする?貴方の目的は私怨を晴らすことか?」 「何だと?いくら長年の仲間であるアンタでもキレるぞ?」 李信は鋭く切り出すが、仲間を殺された氷河期の怒りに更に火をつけただけだった。 「貴方の正義は自分やその周りが幸せならばそれで良い、自分や身内の為に他を顧みず戦うというものだ。 だがそれは正義ではない」 「てめえふざけんなよ…副官の1人が入院しただけのてめえに俺の気持ちの何が分かるってんだよ!あぁ!?こっちはなあ、大切な身内を2人も殺されてんだよ!ポケガイ内での狭いコミュニティの延長でしか交わりや人脈のねえてめえに何がわかんだよ!」 氷河期の言うことも一理ある。李信にはこの異世界の原住民との交わりは殆ど無い。フェルトやロム爺に一時的に救われたこと、レムやラム、ベアトリスとちょっとした顔見知りであることくらいである。他はポケガイの延長で、氷河期や水素、星屑、ポルク・ロッド、キモ男、藤原、マロン、赤牡丹、Wあといった面々としか関わろうとしない。 「おまえさん、戦国史は好きか?」 氷河期は激昂する。だが氷河期のセリフには触れずに李信は突然吹っ掛ける。 「あ?戦国?興味ねえよ」 「俺は小早川隆景っていう毛利家の武将が好きでねえ。彼は織田信長に命令された羽柴秀吉に攻められて交戦し重臣を失うんだが、中国大返しの時に退却していく秀吉の背後を毛利家が攻めるのを止めて毛利家の安泰を図って見事に成功したんだよ。 男だよねえ。男ならそうするよ…なあ。おまえさんも小早川隆景にしてやろう。やめなよ、私怨に固執して戦いに身を投じるのは」 「…つまり何が言いたいんだよ」 氷河期には李信の話がわからなかった。興味が無いので当然だ。 「北条を倒すことに固執してその他がどうでもよくなると、思わぬところで敵を討ち漏らすし、足元を救われる」 「北条は俺が倒す。残飯はアンタが処理してくれよ、直江氏」 「それがいけない。北条の目的は世界征服と帝国の滅亡、そしてポケガイ出身の全能力者と帝都民の抹殺だ。ならばそれらや万民を守る為に敵は全て倒す努力をするべきではないのか」 北条打倒しか考えていない氷河期の言葉は荒い。李信はそこを指摘し始めた。 「勘違いすんじゃねえよ直江さん。俺は傭兵団のメンバーでアンタは帝国軍のナンバーワン。俺は身内を守り、アンタは国を守る。それがそれぞれの役割だろうが」 「氷河期さん、アンタも軍の人間でもあるだろう。それじゃ足元を救われて破滅する。大きなものを取り零して後悔する。憎しみに囚われるな」 氷河期は完全に憎しみに囚われており、李信の話など聴き分けようとはしない。 「うぜえよ…コミュ障戦史オタクのDT野郎。それ以上ほざいたらぶった斬る」 「コミュ障戦史オタクのDT野郎…いやまあ、事実なんだがそうはっきり言われるとな…。まあ、頭冷やせよ。一楽のラーメンでもどうだ?美味いもん食ったらスッキリ…」 普段は仲の良い仲間同士だが、氷河期は完全にムキになり李信にさえ暴言を吐く始末だった。 「うぜえよ。もう俺に話しかけんな。それにこれから葬儀の準備もある。てめえに関わってる暇はねえ」 「死者の思いを忘れないのは大切かもしれんが、死者に囚われるとは何と凡愚なことか。まあ俺は死んだアンタの身内とやらの1人は嫌いだったが。よく俺に突っかかってきたし、あれはトラブルの種…真面目が行き過ぎて柔軟性がなかったな」 氷河期が完全に李信を邪険に扱ったので李信は捨て台詞を吐いて去ろうと背を向けて歩き始めた。ところが… 氷河期は突如腰の鞘から長剣を引き抜いて冷気を纏った魔力の斬撃を背中を向けている李信に放ったのだ。だが斬撃は李信の技《ミジョン・エスクード》という背面を守る100万層の霊圧の盾に守られ掻き消えた。 「何の真似だ」 「傭兵団長だった彼女は誰よりも誇り高く誰よりも騎士道に行きた立派な人だった…!それを侮辱したてめえは許さねえ!」 《ミジョン・エスクード》で守られた李信が少し驚きながらも冷静に尋ねたが、どうやら李信は氷河期の怒りという火に油を注いだらしいと返答から気づいた。 「冷静になれ。今俺達が争って得をするのは誰だ?貴方が憎んでいる北条だ。それが分からないのか」 「うるせえ!」 『縛道の八十一 断空』 氷河期は掌から《冷撃》を放出し、李信を攻撃する。だが、李信も黙って攻撃されてやるわけにはいかずに正面に鬼道による障壁を展開し防戦する。 「やめてエイジス!李将軍は敵じゃないでしょ!?敵は北条でしょ!?こんな争いしたって意味無いよ!」 李信を攻撃した氷河期に、隣に居るレインが必死に制止を図る。 「止めるなレイン!俺の大切な人間を貶したこいつも北条と同じ敵だ!許さねえぞ直江ェェェ!!」 氷河期は剣に冷気を纏わせ《冷殺剣》とした長剣を李信に接近し振り下ろす。李信はその膂力に押し負けて建造物の屋上から宙に投げ出される。 「あの女の制止さえ聞かないか。冷静さを完全に失ってるようだな。仕方ない…」 氷河期が獲物を追う狼の如く屋上から身を投げ出し李信に追い縋っていく。李信は掌を氷河期に向けて応戦する意志を固めた。 『破道の三十三 蒼火墜』 右手の掌から青い爆炎を放出し氷河期に浴びせるが、氷河期は簡単にそれを剣で斬り裂き消してしまう。氷河期は長剣の剣先を李信に向けて《冷凍の矢(フリージングアロー)》を大量射出すると同時に李信目掛けて突っ込んでいく。李信は腰の鞘から斬魄刀を引き抜き、冷凍の矢を蒼火墜で打ち消し、氷河期に対しては斬魄刀で冷殺剣を受け止めるも、背中から地面に激突してしまう。 周囲にその影響により砂塵が舞う。砂塵がやがて消えると、仰向けになってクレーターとなった地面に倒れている李信に氷河期が剣を突き立て心臓目掛けて力を込めている。李信は寸でのところで斬魄刀で受け止めているが、氷河期が《鉄血転化》を詠唱破棄で発動した為にジリジリと追い詰められていく。李信も《完現術(フルブリング)》で身体能力や膂力は高いステータスを持っているが、こうなるともう、当人達の元々の身体能力や膂力がモノを言う。 「貴様…!本気で俺を殺る気か…!ただでは済まないぞ…!」 「こんな国知ったことかよ…!なら仲間全員で国を抜け出し農村でも開拓するか商業を初めて楽しく暮らすさ…だがその前にてめえを殺す!大切な人を侮辱したお前は北条と同罪だ!」 「そんなものは夢物語だ現実を見ろ。人間は所詮、国という大きな枠に収まり依存しなければ生きてはいけない…!それが世界のシステムだ」 「勝手にてめえが世界を語るな!世界を構築する人間をよく知ろうともしないてめえが!」 氷河期の剣が李信の心臓がある胸の中心に迫る。李信は仕方なく《虚化(ホロウか)》を発動し、その顔に虚の仮面を出現させる。 『月牙天衝』 虚化した李信が斬魄刀を二刀の斬月に解放し、大きな方の斬月から黒い月牙を放出し氷河期を吹き飛ばす。 「いい加減にしろ。そちらが本気なら俺も加減出来なくなるぞ」 「最初から俺は本気だ!」 李信の最後通告も虚しく氷河期はすぐさま体勢を立て直して剣を振り翳し突っ走ってくる。 「多少手荒でも仕方ない。すぐに黙らせて終わらせる」 李信は二本の斬月に霊圧を込める。 『卍解』 二本の斬月が一本の大きな卍解に変貌を遂げた。 『天鎖斬月』 突っ込んできた氷河期の冷殺剣と李信の天鎖斬月で剣戟が繰り広げられるが、やはり李信が剣術で勝てる筈などない。が、《鋼皮(イエロ)》や《静血装(ブルート・ヴェーネ)》により体に傷はつかない。 逆に、剣技では勝っている氷河期の剣が李信の手で受け止められた。ガッチリと受け止められた氷河期の冷殺剣は動かすことが出来ない。 「もうやめろ氷河期さん。今のアンタは見てられない」 『冷撃砲!』 李信は氷河期の左手から放たれた冷撃砲に吹き飛ばされ、付近にあったコロッセウムのスタンドに激突した。氷河期は更にそれを追いコロッセウムのスタンドを破壊、コロッセウムのフィールドに倒れている李信に冷殺剣で斬りかかる。 李信はそれを《響転(ソニード)》でかわした。 《響転(ソニード)》で氷河期の背後に回った李信が天鎖斬月を振り下ろすが、氷河期は瞬時に李信の霊圧を察知して冷殺剣で受け止める。 『霜符「フロストコラムス」』 氷河期は右手に持つ冷殺剣で天鎖斬月を受け止めながら左手でスペルカードを取り出しコロッセウムを一瞬で氷のフィールドに変えてしまう。すると冷気が李信を取り巻き足元から凍てつかせていく。 「あばよ将軍様ァ!」 「ナメるな」 氷河期が身動きの取れなくなった李信に対して冷殺剣を突き出すが、李信は掌から赤い《虚閃(セロ)》を放って氷河期を吹き飛ばした。虚閃をまともに食らった氷河期の腹から血が流れ始める。同時に、霊圧によりフィールドの氷を全て消し飛ばした。 『破道の九十九 五龍転滅』 『氷塊「グレートクラッシャー」』 李信は鬼道を発動し地中から五体の霊圧の龍を出現させ、氷河期はスペルカードを発動し巨大な氷塊を作り出し互いに飛ばし合い激突するが、相殺されて爆発が起き、互いに互いの姿が視認出来なくなる。 それを、完全虚化及び滅却師の力を解放した李信が天鎖斬月で薙ぎ払う。 「もうやめてよ…何で味方同士でこんなことしないといけないの?」 「これじゃ本当に殺し合いだよ…!」 「こんなことしてエイジスに何かあったら…!」 建造物の屋上に取り残されていた精霊術師の女は2人の戦いを見せつけられている格好となっていたが、その戦い…いや殺し合いの凄惨さに耐えられなくなりついに屋上からコロッセウムのフィールド目掛けて身を投げ出した。因みにだが、当然のようにこの女が心配しているのは氷河期だけであり、李信がどうなろうと割とどうでもよかった。 「チマチマ小技撃ち続けても拉致があかねえ。全力で叩き潰す!」 氷河期は準最強の氷属性魔術《コキュートス》を発動し、何と冷殺剣に纏わせた。 「こんなところで全力を出すとは愚かな…。だがそっちがその気なら仕方ない。俺も殺すつもりでいくぞ」 李信は《月牙天衝》と《王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)》を融合させて天鎖斬月に纏わせる。 2人が互い目掛けて地を蹴ったのが同時だった。2人の技が宙で激突しようとしていたその時… 「2人ともやめてよォォォ!!」 精霊術師の女がその間に割って入ろうと飛び込もうと近づいていた。 「クソッ!止めきれねえ…!」 氷河期はこのままでは攻撃が女に当たってしまうと察したがもはや止めることが出来ない。 「この女、死ぬ気か…!」 それは李信も同じだった。しかしそこで突如現れた黄色いヒーロースーツと白いマントの姿の男が2人の腕を掴み取り、コロッセウムのスタンドの方向に投げ飛ばした。 「派手な音聴こえるし派手な光とかが見えたから来てみたらこれかよ。何やってんの、お前ら」 《コキュートス》も、《月牙天衝》もコロッセウムのスタンドに激突し暴発、そのままペインの攻撃で荒野同然となっただだっ広い帝都の街の地面を大幅に抉り取った。 「あ、貴方は…」 「お前、氷河期のツレか。俺は趣味でヒーローをやっている水素というものだ」 間一髪のところで救われた精霊術師は2人をいとも簡単に止めてのけたその男に声をかけた。男は名乗った。そう、水素と。 「あの怪人神を一撃で倒したという…いやそれだけじゃなくて今まで数々の難敵を一撃で倒してきたという…」 「ああ、俺はその水素だ。というかお前、無策で突っ込むなよ。俺が来なけりゃお前確実に死んでたんだぜ?もっと考えて動けよなー」 「すいませんでした…」 精霊術師の謝罪を他所に、水素は投げ飛ばした2人にツカツカと歩み寄る。 「お前ら、今がどんな時か分かってんのか?特にちょっくん、お前一応将軍様だろうが。立場分かってんのか?」 水素が呆れた顔で2人に声をかける。 「先に仕掛けたのは向こうの方だ。俺は正当防衛だ」 めり込んでた状態から抜け出した李信が割と冷静に答える。 「ガッキーから仕掛けたってこと?何でそんなことしたんだガッキー」 氷河期は李信と同じくスタンドから抜け出るも、水素と李信を交互に睨みつけるだけである。 「水素、邪魔すんなら容赦しねえぜ」 少し間を置いて氷河期が剣先を水素に向ける。 「ガッキー、一回落ち着けよ。どうしたってんだよお前らしくないぜ」 水素は相変わらずの調子で諭そうとするも、氷河期は耳を貸さない。 「こいつが、このクソ将軍が…!」 氷河期は終始荒い口調で李信とこうなった経緯を水素に説明した。 「成る程、まあこれは将軍様が9割5分くらい悪いな」 氷河期の説明を聞いた水素は尻餅をついている李信をジロリと見下ろす。 「俺は憎しみしか頭や心に無い氷河期さんの頭を冷やそうとだな…」 李信は口答えをしようと図るが水素の拳が顔面にヒットする寸前まで突き出された。 「お前の考えも分からなくはねえけどな。でもお前は人の気持ちとかが分からなさ過ぎるんだよ。そういうのに疎過ぎる。そりゃそうだよな、お前、現実世界でも琢蔵くらいしか友達いなかったろ?それにこっちに来てから新しく仲間を作ったり、彼女が出来たりしたか?友達新しく出来たか?いないだろ?この世界でも俺とガッキーと星屑とマロンと隠密とだぶらとソラくらいしか仲間居ないだろ?あ、キモ男とポルクと藤原も居るか。意外と多いな…いやむしろ多い方じゃねえかよ…って、そんな話じゃねえよ、うん」 「………」 「沈黙するしかねえよな?事実なんだからさ。結局お前って自分の殻に篭ってるだけなんだよね。リアルでもこの世界でも。だから人の感情の機微とかさ、そういうのが分からない。リアルで人と関わらずにヒキってたらそうなるよな?」 「チッ」 水素に図星を突かれた李信は軽く舌打ちしただけだった。 「だが5%くらいガッキーも悪い」 「…」 水素は次に氷河期に顔を向けて言う。 「将軍様の安いセリフでブチギレて色々破壊してくれちゃってよー。それに先に手を出したのはお前だぜガッキー」 「…」 「頭冷やそうぜ。あとちょっくん、ガッキーに謝れ」 沈黙を貫きただ水素を睨み続ける氷河期からまた李信に視線を移す。 「………」 「こりゃ拉致があかないな」 「分かった。お前ら2人とも俺にかかって来い」 水素が2人を見かねて突然言い出す。 「何でそうなんだよ。今はバトルする気分じゃねえんだよ、俺一楽のラーメン食って帰るわ。バカには付き合ってらんねーよ」 李信が突然口語口調に変わり立ち上がると背を向けて帰ろうとするが… 「逃さねーよ?」 水素は突如水素を殴り飛ばした。殴り飛ばされた李信は反対側のスタンド側に激突した。 「何すんだてめえ…!」 「そう、それだ!俺に怒りをぶつけろ!それとガッキー、お前も俺を倒さないとちょっくんとは戦えないぞ!」 「上等だ水素。まずてめえからぶった切ってやる」 ギロリと睨みつける李信と氷河期を相手に挑発を行う。 「そんな…水素さん、エイジスと李将軍を止めてくれるんじゃ…」 「水素様はこんな時に意味の無いことはしません。きっと何か考えがあります。だから見守りましょう」 精霊術師の隣に現れてそう諭すように言ったのはレムだった。 「貴方は確か…」 「水素様の使用人のレムと申します。それより、始まりますよ」 レムが促すので精霊術師も3人の戦いを見守ることにした。ここは最強ヒーローである水素を信じることにした。 「レムりんも見てる。カッコ悪いとこは見せられねーな」 「こっちもレインが見てるんでな。それに直江を早くぶった切ってやらねえとなあ」 氷河期は水素とまず距離を取るように少しジャンプして離れる。3人はコロッセウムのフィールドで三角点のように三竦みの様相で対峙する。 2人はそれぞれ懇意にしている女性の目があり張り切っている部分があるが… 「相手が水素とか負け確じゃねえか…。トロピウスでメガボーマンダに挑むようなもんだ…。いや諦めるな俺…!逃げる方法を…時間停止か、いや鏡花水月で…」 李信は逃げることしか考えてなかった。 「いや、水素にそんな能力は効かないだろう。あークソ何でこうなるんだよ早くラーメン食いてえのに…!一楽か家系ラーメンで迷ってた幸せな数十分前の俺のハートを返せってんだ!いやそもそも俺がちょっかいかけなきゃこんなことには…」 李信。この男はコロコロ話し方や口調が変わるのでキャラが定まらない。髪を両手でワシャワシャと掻きながらそんなことを言うが… 「どうした早くかかってこいよ」 『月牙天衝!』 水素が催促するので逃げられないと悟った李信は嫌々ながらも覚悟を決めた。李信は天鎖斬月から《月牙天衝》を繰り出す。 「我が魔術の奥義を見せてやる…!『コキュートス!』!」 一方氷河期は《コキュートス》を剣先に魔力を込めてから水素に放つ。氷河期が持つ技の中でも最強クラスの氷属性魔術である。 2人が放った攻撃を水素は避けもせずに受けた。月牙の黒い霊圧とコキュートスの冷気が水素を包み込む。本来ならこの2人の攻撃を同時に受ければ不死能力が無い限り即死する筈だが… 「お前らの攻撃より蚊に刺された方が効くぞ」 水素にはダメージ一つ通らない。しかも服にも汚れや破れは無い。平然と立っている水素から発せられた言葉は明らかな煽りだった。 次に水素は李信目掛けて地を蹴り接近してくる。それを確認した李信は《王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)》を《月牙天衝》に混ぜて水素に放つ。 氷河期は素早く水素の背後に回り更に強力な魔術を放つ。 『万物死する氷の世界(デッドオブエイジス)』 全てを決して溶けない氷で凍てつかせ、絶対零度の空間が無限に広がるゲートへと強制的に相手を誘う氷河期の最強の技である。水素はそのゲートに李信が放った月牙と共に引きずり込まれる。 「俺の邪魔をするからそうなるんだよ水素。終わったな」 「終わったって、何が?」 ゲートに引きずり込まれ、月牙天衝の直撃を受けた筈の水素が無傷で立っていた。 「クソが!」 氷河期は冷殺剣を振り翳し水素に突っ込んでいく。李信もコンマ数秒遅れて地を蹴り天鎖斬月を振り翳して水素に接近する。 「はいドーン」 二方向から挟み打つように接近してきた2人を水素は両手の拳を使い、ぶっ飛ばした。 ぶっ飛ばされた2人が痛みと疲労で立ち上がることも出来ずに仰向けに倒れてしまう。そして水素は李信に近づいて胸倉を掴んで真逆の方向に居る氷河期の方へとぶん投げる。李信はコロッセウムのスタンドに激突し、所々から地を流しながら動かなくなった。眼は開いているが。やはり水素は加減している。 「これで分かったかお前ら」 水素が並んで倒れている2人に近寄って口を開く。 「何がだよ…!」 氷河期が水素をキッと睨みつける。李信は無気力な表情で黙ったままだった。 「お前ら、無意識の内に協力してたじゃん。俺を倒す為に」 「!」 氷河期が水素に言われてハッとなる。 「人間、共通の相手を持つと自然に協力し合うもんなんだよ。北条相手にも今みたいにやればいい。1人じゃ倒せない相手にも協力すれば勝てる可能性が上がるだろ?」 「そういうことか」 李信が声を搾り出すようにして呟く。 「だからさ、お前ら仲直りしろよ。今のままじゃ北条とその一派につけ入られるぜ?仲間の仇を討つんだろ?」 水素にそう諭された氷河期は隣で倒れている李信の手を取った。 「悪かったな。確かにムカついたが先に手を挙げたのは俺だ」 「俺も余計なことを言い過ぎた。発端は俺だ。すまない」 2人は右手と左手で握手していた。 「流石は水素様です!こんな方法で解決してしまうなんて思いもよりませんでした!」 戦いを見守っていたレムが水素のところへ駆け寄って来た。 「おうレムりん。もう片付いたし腹減ったから帰ろうぜ」 「はい!帰ったらすぐに食事の用意をしますね!」 水素とレムはイチャイチャを見せつけるようにして立ち去っていった。 「エイジス、私達も帰りましょ?もう陽も暮れてきたし…今日は私がご飯作ってあげるから」 「ありがとう。そうだな、もう帰ろうか。明日からまた忙しいしな。じゃあな直江氏」 「ああ」 駆け寄ってきた精霊術師の手を借りて立ち上がった氷河期もまた、肩を支えられながら帰っていった。 「さて、俺はラーメン食って帰るか…」 1人きりになった李信は虚化や卍解を解除、暫くして斬魄刀を立ち上がり歩き出した。李信にだけ迎えに来てくれるような人は居ないが、李信の意識からはそんなものは外れていた。 1人で一楽に向かう為に街を歩く。まだペインによる被害の少ない街の南東部。下を向きながら歩いていると… 「直江さんじゃん!」 と、声をかけてくる者が1人。 「…隠密さん!」 「どうしたんだよ直江さん1人でほっつき歩いて。そういや水素と氷河期がさっき女連れて歩いてたぞ。デートかな?」 「…さあな」 赤牡丹からの質問に李信は決まりが悪く答える。 「そうか。これからどうするんだ?俺暇なんだけどさー」 「…なら二次元党創設者、そして独り身…。似た者同士の誼で付き合って欲しい。隠密さんと2人になるのも久しぶりだからな」 「いいけど、何処行くんだ?」 「一楽のラーメン食ってから…ある場所に行く」 「ある場所?」 「ラーメン食いながらゆっくり話す」 「あと直江さん勘違いしてるみたいだけど、俺、彼女いるから」 「………」 気まずい雰囲気が流れる中、李信が先頭を歩き、赤牡丹がついて行く。二次元党創設者同士積もる話がある筈ではあるが、赤牡丹の最後の一言が道行く2人の間に静寂をつくりだした。 ラーメン屋 一楽 「お、今日は珍しい組み合わせだな将軍様!」 「何度も言ってるがその呼び方やめてくれ。俺が元いた世界でその呼び方されてた悪の独裁者がいるんだよ」 一楽の店主である中年の男性が、来店した李信に気さくに声をかけてくる。李信はそれに嫌そうに返す。 「おっさん、俺豚骨醤油チャーシュー大盛りね」 「俺は豚骨味噌チャーシュー大盛り」 李信、赤牡丹の順に店主に注文すると、店主は「はいよ!」と元気よく返事をして調理に取り掛かる。その補助をしている店主の娘が麺を切り始める。 「で、直江さん。ある場所って何処だ?」 ラーメンができる前だというのに、先程の話が気になって仕方ない赤牡丹は話を切り出す。 「隠密さん。俺達はこれから先、北条と北条が揃えてくる穢土転生軍団、そして怪人や魔女の残党と戦わなければならない」 「そうだな。俺も奴らには苦戦させられたよ。そっちはもっと大変だったみたいだが」 「そこでだ。並居る強力な穢土転生軍団に対抗する為には戦力の増強を図りたい。本当なら全部水素が居れば解決するんだが先日のようなことも考えられるからな。そこで俺はある男を解放することに決めた」 「おいそれってまさか…」 「ポケガイ城の地下牢獄・無間。そこに行く」 李信が差している「ある男」。それは赤牡丹も鮮明に覚えている人物であり、当然それは良い意味ではない。赤牡丹は自身の耳を疑った。 「おいブラックジョークだよな直江さん!?あいつは世界を武力と宗教で荒らした超危険人物だぞ?」 「俺はジョークを言わない性格(タチ)でねえ。それに毒には毒を、だ。背に腹はかえられない」 「マジかよ…」 赤牡丹はまだ納得出来ていないようだが、ラーメン屋で騒ぎ立てるわけにもいかないので抑えた。 ◆◆◆ ポケガイ城 皇帝の間 李信と赤牡丹は皇帝の間に赴き、皇帝であるセールに謁見していた。 「何の用だ直江。こんな状況だから俺は忙しい」 「国を守護する大司馬の立場から、今日は皇帝に上奏したいことがあって来た」 目の下にクマ…など無いセールに李信は堂々と言い放つ。 「貴様意味が分かって言っているのか?上奏とは主に政に関する提言。戦しか能の無い貴様が何の冗談だ?」 そう李信を煽ったのはセールの傍に居る文官の東大ああだった。 「文官風情が誰に口をきいてやがる。ねじり殺すぞ」 「何だと貴様」 「2人ともやめろ」 東大ああと李信が一触即発の状態になったのでセールが一言で2人を黙らせた。 「で、直江の提言とやらを聞こうか。なるべく手短かにな」 「無間に投獄されているアティークの解放を許可して欲しい」 「何だと?」 セールが示した反応もまた、赤牡丹と同じものだった。 「戦力の増強が俺達にとっての急務。最強ヒーローたる水素の体は一つだ。もし凪鞘級や怪人神級の敵が複数敵に回れば水素だけでは距離的に対処するのが困難になるかもしれん。実際今回の怪人神がそうだった。いつも現場に水素が居るとは限らない」 「なら直江、お前がその分働け」 「俺に水素と同じ働きが出来ると思うか?無理というのは嘘つきの言葉とでものたまうつもりか?」 「…だからと言ってアティークはないだろうアティークは」 意見をぶつけ合う李信とセールだが、赤牡丹は蚊帳の外だった。何で俺来たんだろうと思わずにはいられない。 「だったらアティーク以外に優れた能力者が他に居るのか?水素を除いたら奴が我ら帝国が持ち得る戦力では最も戦闘力が高いのは明白だろう」 「チッ…!どっかの死神が負けてばかりの雑魚で北条も逃すからからそうなるんだよ。お前がヘマしなきゃ全部解決してたんだよ役立たず」 「プロレス技とか肉弾戦しか取り柄の無い北斗神拳伝承者よりはマシだろう。聞いたぞ?ペインに吹き飛ばされて退場したみたいだな?俺より無様で役立たずじゃねえか。俺は魔獣の元凶を倒したぞ?お前は何かしたか?」 「お前ら、喧嘩してる場合じゃねえだろ」 李信とセールが口喧嘩に発展したその時、初めて赤牡丹が口を開いた。 「…」 「…」 「アティークを解決するのかしねえのか、どっちなんだ?それさえはっきりすりゃいいんだよ!」 先程アティーク釈放に難色を示していた赤牡丹が今は少し違う考えをぶつけて場を仕切り始めた。 赤牡丹の一言で場は静寂に包まれ、セールは悩んだ末に 「直江、奴の監督責任はお前にあるからな。それで良いならアティークの釈放を許可する」 「そのつもりだ。行くぞ隠密さん」 「俺、やっぱ居る意味無いよね?」 セールから許可を得た李信は赤牡丹を引き連れて早々に退出していった。 ◆◆◆ 地下監獄 最深部 無間 この地下監獄の最深部の、更に最奥部にアティークは収監されていた。彼は大帝国を築き武力と宗教での世界征圧を目論み封印され、更にスカグルの凪鞘計画にも加担した大罪人であり、彼は2度も捕まり収監されている。本来なら刑期2万年分、この無間に繋がれる立場であるが… 「アティーク、久しぶりだな」 刑務官に事情を説明して通された李信が赤牡丹を連れて、収監され椅子に拘束されているアティークに檻越しに声をかけた。 「直江か。今更俺に何の用だ?言っておくが神との契約の仕方など教えないぞ?教えてもお前には出来ないがな」 収監されている大罪人にもかかわらずアティークは不遜な態度で李信に対応する。李信はそれには返事をせずに刑務官から渡された鍵で檻を開け、更にアティークを椅子に縛り付けている拘束具の数々を全て外してしまう。 「おまえさんの身柄を引っこ抜いて、牢からシャバにぶち込んでやる」 「何の真似だ、貴様」 「っていうセリフが海外のドラマとかでよくあるよねえ。とてもやりそうにないことをやるっていう、謂わばブラックジョークなんだけど、俺はジョークを言わない性格(タチ)でねえ」 「どういうことだ?まだ2万年も経ってないだろう」 釈放されるというのに、アティークはあまり嬉しそうな反応は見せない。 「いいから出ろ。特例により釈放だ」 「何だと?」 「俺の監視付きだがな。事情は屋敷で説明する。不審な動きを見せれば容赦無く斬る」 「お前如きに出来るかな?」 「いいからさっさと出ろ」 「…いいだろう」 李信に促されたアティークはようやく檻から出て晴れて(?)シャバに出る権利を得ることになった。アティークを連れた李信を刑務官の面々は恐々としながら礼をして送り出した。 「直江さん、悪いけど帰りが22時を過ぎると同棲してる彼女がおこになるから帰るわ。じゃ、また今度な」 結局、李信と赤牡丹の2人は旧交をあまり暖めることなく別れることになった。嬉々とした赤牡丹の表情と足取りは、残念という言葉とは無縁のものではあるが。それ以上に、赤牡丹は神の力を持つ危険人物・アティークとあまり一緒に居たくないのであろう。 結局、アティークの相手をするのは李信1人になった。 「アティーク、付いて来い。俺の屋敷に案内する。妙な真似はするなよ」 李信が自身の背後を歩き付いてくるアティークに横目で睨みを利かせて言う。 「ああ。この俺が釈放されるってのはよっぽどの事情があるんだろう?どうせシャバに出す対価としてとんでもねえ仕事をさせられるに違いねえ。当たりだろ?」 「…察しがいいな。元々馬鹿だとは思ってなかったが」 図星を突かれた李信は短く答える。アティークは文学や宗教、神話の分野に通じていることを李信は知っていた。 「ま、言うまでもないが直江。俺を一度釈放したからには水素でも連れてこないと再び牢にはぶち込めないぞ?お前じゃ俺には勝てないしな」 そのアティークの言葉に李信は歯噛みしたが、厳然たる事実である。 「その通り。もう二度と、投獄出来ないねえ。だが俺達も切羽詰まっている。そう、例えるなら卒業を間近に控えているのに内定が無いFラン大学生のような状況だ」 「直江がそれを言うと言葉の重みが違うな…。つまり、選んでいられる余裕は無いってことか」 「益々察しがいいな。おまえさんの刑務所生活は本日をもって終わりだ」 そんな2人だが、屋敷を目指して歩いているうちに偶然水素とレムの2人組とすれ違った。 「お前らは、ちょ◯えとアティーク!」 「え?アティーク…!?」 李信とアティークに気づいた水素が指差して名を呼んでくる。アティークという名に驚いたレムが右手で口元を抑える仕草をする。 「何でお前らが一緒に…!つかアティークが何でシャバに出てるんだ!?」 「…」 驚いた水素が声を上げてくる。アティークは沈黙する。 「…俺がセールから許可を得てシャバに出した。来るべき北条勢力との戦いに備えた戦力増強だ」 「お前、みんなに相談もせずに勝手にそんなことを…!見ろ、レムが怯えてるじゃねえか!」 怒気迫る水素が李信の胸倉を掴んで持ち上げる。李信が横目で見遣ると、確かにレムは涙目になって身を震わせている。アティークの力や過去にやったことを知っているレムが怯えるのも無理は無い。 「見損ないました…」 レムが震えた声を李信に向けて搾り出す。 「この前は魔獣や怪人から守っていただきました…。だから少しは見直したのに、やっぱりミシン様はミシン様でした…。勝手にこんなことを…」 「思い上がるな水素のメイド。別にお前に見直してもらいたいなんて思ってない。俺は必要だからアティークを解放した。それだけだ」 怯えるレムにそう言い返した李信を、水素が殴り飛ばした。李信は鉄柵に頭から激突してしまった。 「…!」 「国の重鎮だから何をしても許されるというのは大いなる勘違いだよ。職権濫用って言葉知ってるかい?」 愛するレムに悪態をついた李信を水素は睨みつけた。 「仕方がなかった…。怪人神との戦いで分かった。水素、お前は確かに最強だがいつも現場に居るとは限らない。だから戦力増強を図った。俺や氷河期さんや星屑、ついでに小銭じゃ心許ないからな、皆揃って怪人神に敗北した」 流石に水素は加減していたがそれでもあの水素のパンチである。口元から血を流しながら痛みに耐えて声を搾り出した。 「自分の力じゃ足りないから人任せか。変わんねえな、お前」 水素はそんな李信に鋭い一言を浴びせる。事実であるだけに李信は反論の余地が無い。 「何とでもほざけ。俺はアティークの力が必要だから解放した。行くぞアティーク」 「直江、立てるか?」 アティークが差し伸べた手を取り李信は立ち上がる。 「何だか知らねえがてめえのメイドのメンタルケアくらいてめえでしろや水素。俺のせいにしてんじゃねえよ。てめえの力があれば俺が変心しても殴り殺せるだろ?じゃあな」 アティークはそう吐き捨て、李信と共にその場を立ち去っていった。 「レムりんにプロポーズしようと思って夜景が綺麗なこの場所に来たのにあいつらのせいで台無しじゃねえか…」 水素は小声でそう呟くと、レムの手を握る。 「水素様、今何と…?」 あまりにも小声であった為にレムは水素の呟きが聞き取れなかったようだ。 「何でも無い。アティークのことも北条のことも李信のこともレムが怯える必要は無いんだ。だってレムには俺が居るだろう?」 「…はい!」 レムの表情は一変、満面の笑みに変わった。 「なあレム。俺への呼び方だけどさ、もう様付けはやめてくれ。何かよそよそしく感じちまうんだ」 水素が突然もう片方の手でもレムの手を取り握り出して言いだす。 「すみません、レムはそんなつもりは…!」 レムは自責の念を抱き始める。 「分かってる。だけどさ、俺も段々と寂しく感じてきちまってな」 「じゃあ…す、水素…君…」 初めての君付けをするのでレムはぎこちない。 「いいねえそれ!もう一回」 「水素…君」 「さあつっかえずにはっきりと!」 「水素君。水素君。水素君…!」 「いや~最高だな!あのバカ2人のことなんてどうでもよくなったぜ!」 イチャついている水素とレムをよそに、李信とアティークは屋敷に到着した。アティークはこの白くて巨大な屋敷に度肝を抜かれた。恐らく、普通の民家の30倍はある。 「これが直江の家か。でっけーなあ!なあ直江、お前も水素みたいにメイドとかいるんだろ?まさかこんな広い屋敷に一人暮らしってことはねえよなあ?」 「…そのまさかだよ。いや、まあ居候っぽいというか、住人は居るんだがな」 「居候?」 李信が屋敷のドアを開けると、出迎えたのは何とポケモンのガブリアスだった。 「うおっ!?ポケモン!?これが居候か!?」 「そんなわけないだろ?こいつは…」 「あ、直江さんお帰りです。今日は来客もいるみたいですね。おいガブリアス、勝手にダイブボールから出てくんなよ」 階段から降りてきたのはガブリアスの持ち主であるWあだった。Wあはダイブボールをポケットから取り出してガブリアスを戻す。 「ただいまWあ先輩。こいつは今日から此処に住むことになるアティークだ。仲良くお願いします」 李信は横目でアティークを見ながらWあにアティークを紹介した。 「あ、どうもアティークです。世界征服を企んだ罪で塀の中に居たけど直江に釈放されました。宜しく。能力で炎を操れます」 「どうもWあです。ポケモントレーナーやってます。一応自分でもポケモンの技使えるけどダサくて嫌いなんで基本的にはポケモンに戦わせます。何で直江さんの屋敷に居るかって?最近自宅がペインとやらに吹き飛ばされたからです」 Wあは軽いノリでアティークに挨拶を返し、何の障害も無く打ち解けていた。精神年齢が高くなると過去のゴタゴタとかはどうでもよくなるらしい。 「さて、屋敷に着いたところで直江に頼みがある」 「ん?」 「俺、牢に居る間ずっと拘束されてたじゃん?神の力で死にはしないけど何も食ってないから腹減ったんだよね。何か食わせてくれ」 Wあは大きな音が鳴る腹を手で押さえながら李信に訴えた。 「…冷蔵庫に何かあったかなWあさん」 「2人とも待ってて下さい。今からバリヤードに何か作らせますから。行け、バリヤード!」 李信がWあに尋ねると、Wあはモンスターボールからバリヤードを繰り出した。 「バリ?」 「3人分の夕食を作ってくれ」 「バリ!」 Wあの指示を受けたバリヤードは早速厨房に向かっていった。 「何だこれ…」 アティークがそう洩らすのも無理は無い。バリヤードが次々と食堂に運んで来たのはとても3人分とは思えない程の中華料理のフルコースだったからである。 「こんなに材料買った覚えは無いぞ…」 李信も驚いていた。いつの間にこんな料理を作る材料が屋敷にあったなんて、という感覚である。 「隣国の牡丹王国の国王・黒牡丹がこのポケガイ帝国の被害を聞いて支援を始めたらしいんですよ。ありがたい話ですよね。で、この直江さんの屋敷には宰相の紫牡丹からアティーク封印の時のほんの恩返しの一部として大量に食糧や物資が送られて来まして。ああ、これでも送られてきた食糧の内のほんの一部の量ですね。そういやキモ男さんが居る直江さんの城にも大量に届いたそうですよ」 「そういや牡丹王国はアティークとの戦いの後に必死に領地開拓や開発、内政や外交に力を入れて石高が10倍以上、貿易利益や税収もかなり上がったって聞いたな。ありがたくもらっておくか」 と、Wあの説明を受けた李信は思い出す。 「恩は売っとくもんですね直江さん」 「売った恩は帰ってくるし仇も必ず帰ってくる。世の中よく出来てますよねー」 Wあと李信がそんなやり取りをしていると… 「今の話からして俺この料理食っちゃいけないんじゃ…」 アティークは当然複雑な心境である。自分が攻めた国から自分を倒した礼に送られてきた食糧である、無理も無い。 「細けえこたぁいいんだよ!」 李信はやる夫のAAさながらそう言い放ち、肉まんをアティークの口に無理矢理ぶち込んだ。 「あ、あっつ!何すんだよ直江!」 「さあ、3人で食うぞ。俺もさっき一楽でラーメン食ったとかそんなことは気にしない。だからアティークも気にすんな」 「どんな理屈だよそれ…」 奇妙な縁で集まった3人の食事風景。それは当人たちも自覚していた。 「で、何で俺は釈放されたの?」 空腹故に北京ダックや豚の丸焼きをを貪り喰いながらアティークが尋ねてくる。無論話の本題だ。 「戦力増強の為だ。実はこの国は危機に瀕していてな」 「まあ、此処に来るまでに街がかなり吹き飛んでたから何かあったとは思ったけどね」 アティークは李信と共に歩いた、牢から屋敷までの道で見た周りの惨状をその目にしかと焼きつけていた。 「あれは、北条がやった」 「何?北条はお前らの仲間だろ」 北条という名前にアティークは驚く。牡丹城決戦で自身に真っ先に飛び込み一番槍をつけてきたのはつい数ヶ月前のことである。 「つい数日前までは、な。だが突然牙を剥き野心を露わにしてきた。アティーク、かつてのお前みたいにな」 「じゃあ動機も俺と同じか」 「そうだ。そして奴は穢土転生という術で死者を蘇らせて駒として使役してくる。今まで俺達が倒してきた強力な能力者達が一斉に敵になる」 李信が神妙な表情でアティークに答える。 「だから俺の力が必要になったのか。成る程ね」 「お前の身柄は俺が預かる。謂わば俺はお前の保護観察官だ。下手な真似をすると水素を呼ぶからそのつもりでな」 「心配しなくても、もう俺に野望は無いよ。あの失敗で分かったからね。それにやり方は違ったけど俺もお前も、考えてることは同じ。そうだろ?」 「みんなが幸せになれる世界、だな」 「そうだよ。だから俺と直江は協力し合えると思うんだ。お互い現実世界では苦労したしな」 李信とアティークの志が重なった瞬間だった。 「私はゼロ!私は帰って来た!」 崩壊した帝都を見下ろせる位置にある高台で高らかに叫ぶ、仮面を被り、裏地が赤のマントを羽織り、西洋の騎士を思わせる衣装に身を包む男。傍には黒いナイトメアフレームが。 「帰って来たばかりで1人で自分に酔ってるところ悪いが話がある」 背後から男に声をかけたのは李信と共にいるアティークだった。 「太鼓侍が命じる!貴様らは今すぐ立ち去れ!」 太鼓侍と名乗った男は仮面の一部分を開いて赤く光るその瞳を李信達に見せた。 だが、その絶対遵守の力《ギアス》は2人に届く前に弾かれた。 「神の御手は邪なる力を遠ざける」 アティークが右手から光を発していた。 「ギアスが弾かれた…。久しぶりだな、グリーン王国のアティーク大将軍」 「元ガルガイド王国軍師・太鼓侍。生きていたのか。何故今更お前が此処に?」 面識のある2人が対峙するが、李信はこの世界では太鼓侍とは初対面なのでまずは口を閉じている。 「お前やセールの軍に敗れた俺だが、目覚めたら随分時が経っていたようだ」 「そうか。残念だがお前が俺と戦う理由は何処にも無い。お前が何処かで眠っていた間に」 「随分と変わったようだな、世界が。ところでお前は今何している?」 「俺はもう大将軍じゃない。それどころか罪人で投獄されていた。今は隣に居る御仁の監視下に置かれている」 アティークが目配せすると、李信が前に出る。 「初めまして天才軍師。俺は二次元党の直江と言えば分かるかな?」 「何だと?」 太鼓侍は仮面を外して素顔を晒す。何処かで見たことあるような黒髪で紫の瞳のイケメン…それにギアスにナイトメアフレーム…。 「直江…いや、直江さんだと?!この世界に来ていたのか!?」 直江と名乗ると太鼓侍は案の定目を丸くした。 「あなた方のドンパチが終わった後に転生してきたからな。ニートしてたら親に殺処分されてな」 「大変でしたねそれは…で、何で此処が分かったんです?」 「居場所を特定する術(すべ)が俺にはある。それにちょうどいいしな」 「ちょうどいい?」 太鼓侍に尋ねられ、李信は少し間を置く。 「その力、俺達と一緒に振るう気は無いか?タダとは言わん。恐らく住む場所も無いと見える。だから戦いの恩賞として土地と財と身分を提供しよう」 「おい直江、そんなこと簡単に言っていいのかよ?」 李信が太鼓侍に向けて手で胸を叩きながら言うと、アティークはそんなことが簡単に出来る筈が無いと感じて突っ込んでくる。 「俺が自腹切ればどうにでもなるしwinwinだろ。どうだ太鼓さん」 「…事情が呑み込めない。が、話は聞いてみるとしましょう」 太鼓侍は当然事情を知らないのでとりあえず中間案を出してくる。 「なら屋敷まで付いてきて欲しい。その前に、あと2人程のところを廻る」 「いいでしょう。行きましょう」 李信、アティークに続き太鼓侍はナイトメアフレームに搭乗して付いていくことになった。 大きなロボットに乗った仮面の男と神をその身に宿す大罪人を引き連れ街を歩く李信は当然、荒廃した街であっても奇異の目に晒された。 「あれはゾロアスター教のアティークじゃないか?何でシャバに出てんだよ…」 「あの黒い二足歩行の乗り物は何だ?中に人が乗ってんのか?」 「李将軍って実はヤバい奴なんじゃ…」 住民達は仮設住宅の窓を開けて3人をそんなセリフを吐きながら眺めていくが、当人たちは気にしていない。そんな3人は李信を先頭に、ペインの被害から逃れたエリアにある民家を訪問した。 「どうもー直江ですー。マロン君居る?」 民家の扉をドンドンと2回ノックするとマロンは扉を開けて現れた。 「直江じゃん。何か用?って、何でアティークが此処に居るんだ?!太鼓のナイトメアフレームまで!」 「説明は後でするから何も言わずに俺の屋敷まで付いて来て欲しい」 マロンの反応は李信の想定内だが一々説明するのが面倒なので要は黙って付いて来いと催促した。 「なんかワケありみたいだな。直江が必要なら俺は助けるよ」 「流石マロン。持つべきものは友だな!あ、屋敷まで行く前に隠密さんと星屑を尋ねて連れて行くからな」 新規であるアティークや太鼓侍に加えて自分に近しい人物を屋敷に集めるという李信の思惑は何なのだろうか。 星屑を訪ねると星屑は基本的に李信に協力的な者なので快諾して付いて来た。赤牡丹は李信と親しいがアティークの存在で少し渋ったが結局付いて来た。 李信はアティーク、太鼓侍の新規2人に加えて星屑、赤牡丹、マロン、Wあといった親しい仲間を屋敷の食堂に集めた。食事をしながら何かを話す腹づもりであることは明白である。 「で、直江。そろそろ話してくれよ。俺達を集めて何がしたいんだ?」 Wあのバリヤードが作ってきたイタリア料理を食べながら星屑が尋ねてくる。 「つかこの人選しっくり来ないんだよな。特に俺ら古参4人は直江と親しいってのが共通点だけどそれなら何で氷河期と水素とソラが居ないんだ?」 と、疑問を口にしてきたのはマロンである。 「その3人を呼ぶと都合が悪いからだ。というか、その3人を含めた数人は反対してくるだろうから此処で口裏合わせをするのさ。まあそれと氷河期さんは今この街には居ない。死んだ仲間の葬儀の為に場所は忘れたがどっかに出掛けてるからな」 氷河期は、先の戦いで死んだ傭兵団や自警団のメンバー達を弔う為に各人の故郷を廻っている。つまり暫くは不在である。それが李信にとっては好都合だった。氷河期が居ない間に多数派工作の準備を済ませられるからである。氷河期は反対するだろうと李信は読んでいた。 水素は昨日の件で反対派であることは明白であり、ソラは親水素である為呼んでいない。 「直江さん、どういうことだ?」 隣の席の赤牡丹も尋ねてくる。 「此処に居るアティークと太鼓侍さんを我らの戦力としたい。俺の監察・指揮下に入ってもらう。その為に君達の同意を得ておきたい。反対派を数で黙らせる」 「成る程、ね。じゃあ賛成」 あっさりそう答えを出したのは星屑だった。 だが… 「俺は悪いがすぐには認められないね」と、異議を唱える者が居た。赤牡丹である。 「二次元党で長年直江の相棒だった隠密が直江に異議を唱えるとはな」 星屑が言う。 赤牡丹が曰く 「何ヶ月も封印されていたアティークは本当に全盛期の実力なのか?実は直江さんとか星屑と大差無いんじゃねえか?」とのことである。 「つまり、アティークの力を示せと」 「然り」 マロンの問いに赤牡丹が答える。 「成る程…この俺が力をお前らに知らしめればいいのか。確かにお前らの心配は最もだ。ならば見せてやろう、我が神の力を」 アティークが立ち上がり、輝くミスラの腕輪を見せつける。 「ならば相手は俺が務める。俺が言い出しっぺだし、実力的には俺がアティークのワンランク下くらいだからな。つまり俺に勝てないようでな全盛期の力であるとは言い難いわけだ」 李信が立ち上がり、アティークと目を合わせる。 「ならば午後2時にコロッセウムで俺と直江の決闘を始める。いいな?直江」 「臨むところだ」 こうして、2人による決闘が行われることになった。 アティークと李信はコロッセウムのフィールドで対峙した。コロッセウムのスタンドで観戦しながら星屑、赤牡丹、マロン、Wあ、太鼓侍が邪魔が入らないように固めていた。 「準備はいいかアティーク」 「その前にだ直江。俺達が戦ったらとてもこのフィールドの規模じゃ収まり切らない。だから結界を張る」 アティークの腕輪が光り輝き、赤い半透明の結界がフィールド全体を覆うように展開された。 「さあ、思う存分戦うぞ直江」 「臨むところだアティーク」 先手を打ったのはアティークだった。アティークはミスラの剣を引き抜いて剣先から巨大な火球を繰り出す。それは、北条の《火遁・豪火球の術》を遥かに上回るサイズだった。 『縛道の八十一 断空』 李信は鬼道による防壁を正面に展開したが、簡単に突き破られてしまった。李信は慌てることなく響転《ソニード》で回避する。 『虚閃(セロ)』 アティークに向けて右手の人差し指から青いビームを放つ。アティークも熱戦を掌から放ち、2人の技が激突する。アティークの熱戦に李信の虚閃は突き破られてしまう。 李信は響転(ソニード)でアティークから放たれた熱線を回避する。 (流石はアティーク…やはり明らかに俺より実力的に格上だ。だが俺もただ一方的に負けるわけにもいかないな…) 『卍解 雨露柘榴』 李信は斬魄刀を鞘から引き抜き、いきなり卍解を発動した。それも珍しく天鎖斬月以外の卍解である。 だが、李信の斬魄刀の見た目に変化は一切無い。 「何も変わってないし何も起こってないぞ直江?たった二撃で勝負を捨てたか?」 「よく見ることだ。今の自分をな」 李信が念じることで、空気の刃が突然アティークの腹部を貫いた。 「なっ…!」 そして、無数の空気の刃がアティークの全身を貫いた。 「動きを止める。『縛道の六十一 六杖光牢』『縛道の六十三 鎖条鎖縛』」 李信は比較的高位の縛道でアティークの身動きを封じ、更に… 「喰らうがいい」 『滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き 眠りを妨げる 爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 地に満ち 己の無力を知れ 破道の九十 黒棺』 『散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる 破道の六十三 雷吼炮』 『君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ 破道の七十三 双蓮蒼火墜』 『千手の涯 届かざる闇の御手 映らざる天の射手 光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな我が指を見よ 光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 皎皎として消ゆ 破道の九十一 千手皎天汰炮』 無数に召喚した義骸を操り、その全てから高位破道を発動、アティークに全てが降り注ぐ。 高位鬼道の連発。それをアティークは全て被弾してしまった。 「勝負あったか?アティークやっぱ弱体化してんな」 赤牡丹はしたり顔で言う。 「いや、というか直江がここまでやるとは思わなかった。言っちゃ悪いけど直江はいつも負けてるイメージが強くてな」 マロンは正直な感想を吐露する。 「相手が悪かっただけなんじゃねーの?直江は俺と同レベルくらいの実力の筈だぞ」 星屑は李信に同情的である。 「いや、やっぱりアティークの方が上みたいだ」 冷静に見守る太鼓侍が呟く。それを聞いた一行がフィールドを注視すると… 「今のは中々だったが俺には効かねえな」 無傷のアティークが立ったいた。神の加護による再生能力である。 「アフラ・マズダーよ、我に力を!」 アティークの剣と腕輪が光り輝き、その髪の光がアティークを包み込む。 「俺も本気を出さねばな」 李信は右眼に装着していた眼帯を外し、自身の全霊圧を解放する。解放された膨大な青い霊圧が火柱状になり、天高く伸びていく。 「直江も本気になったか。さあ、悔いが残らないようにやろう!」 アティークは李信に巨大な火炎放射を放出する。李信はそれを雨露柘榴の力で自身に命中する前に屈折させて逸らしてしまう。 「雨露柘榴はこの帝都の全てと融合している。つまり帝都に居て雨露柘榴を解放している限り全ては意のままだ」 アティークに無数の空気の刃が降り注ぐ。 「いくらお前に強い能力であろうと所詮は死神だ。神の力の前では無意味!」 アティークは炎の壁を展開して無数の空気の刃を防御する。 「こんなもんか直江ェ!」 アティークは全方位に炎熱の波動を放つ。 「チッ…!防ぎ切れん!」 李信は空気を操り波動の屈折を図るが間に合わず呑み込まれてしまった。 超速再生。李信は焼け爛れた肉体を自動的に再生させる。 『太陽(アフタブ)!』 アティークは掌から火の神の力を放ち太陽を生成、それに引力を付加して李信を引きずり込み閉じ込めようと図るが… 『王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)ォ!』 響転(ソニード)で零距離までアティークに迫った李信がアティークの頭を掴んでビームを放つ体勢に入る。 アティークも抵抗して李信の腹部に炎の波動を撃ち込み、両者の技がお互いに直撃する。 王虚の閃光を受けたアティークだが全くダメージは無く、空間転移を使い波動で腹に穴を空けられた李信の頭上から炎の剣を振り下ろす。 李信が常に自身の背後に仕掛けている100万層からなる霊圧の光の盾《ミジョン・エスクード》が発動し、アティークの炎の斬撃を食い止めるも… 「馬鹿な…!ミジョン・エスクードが…!」 破られた。アティークの炎の剣が李信の体を頭から両断したのだ。 しかし崩玉と超速再生の二重効果で再生を遂げた李信が膨大な霊圧を纏った斬魄刀を振り向きざまに横へ振るう。アティークは炎の剣で受け止める。 「剣術でやるのか?」 李信とアティークの接近戦が始まる。 20合以上打ち合う内に明らかに李信が劣勢となり、空気の刃で李信は不意打ちを狙いアティークの右肩に突き刺さる。 アティークが怯んだところで李信は距離を取る。 「卑怯とは言わないが感心しないな直江」 「戦いには卑怯やルールは存在しない。最後に立っていた方が勝者だ!」 李信はセールのビーム砲台や核兵器を強制的に引き寄せてアティークに雨霰と放つ。 『破道の八十八 飛竜撃賊震天雷砲』 更に掌から放つ高位破道の極太光線により、火柱が巻き起こる。だが、アティークは全てを炎の壁を展開して防いでいた。 「甘いぞ直江!」 アティークの剣先から放たれた炎の巨大な龍が李信を呑み込んでしまう。李信は再生こそするが、怪人神戦の消耗もあり、霊力に余裕を感じられなくなってきた。 「そろそろ限界か。ここで決着をつけねばなるまい」 李信は雨露柘榴により融合していた帝都にある全ての霊子を凝縮し、双極以上の霊圧を持つ刃を創り出す。噴き出す青い霊圧が天をも穿つかのような光の柱となる。これが卍解を解除した雨露柘榴の始解である。 「ああ。俺も久しぶりで魔力が限界に近い」 結論から言うと、やはりアティークは完全に力を取り戻してはいない。その証拠に、アフラ・マズダーと融合してもアティークの見た目は殆ど変わらず、神と同化した姿にはならないからである。 だが、李信も怪人神戦や氷河期戦での消耗があるのでお互い様である。 『アーテシュ・シャムシール!』 アティークは残る全ての魔力を使い、自身の掌に巨大な剣状の炎を創り出す。 李信とアティークが同時に地を蹴り衝突した。李信の『雨露柘榴』とアティークの『アーテシュ・シャムシール』がフィールドの中央で激突、フィールドは霊圧と爆炎で包まれ外からは何も見えなくなった。 やがてそれらが消え、すれ違い、互いに背を向けて立っていたが… 「アティーク…お前の勝ちだ…」 倒れたのは李信の方だった。戦闘終了により、アティークによる結界がフィールドから消え去る。 「ふう…割と余裕で勝った。魔力は使い果たしがな」 無傷で立っていたアティークが星屑らギャラリーに手を振る。これにより、アティークの実力が認められることとなった。 「やっぱアティークすげー!直江を倒しちまったぜ!」 「これは戦力に加えるべき実力だな!」 「これは認めざるを得ないな」 「想像以上の強さですね」 「天才軍師たる俺を破ったアティーク大将軍はこうでなくては」 星屑、マロン、赤牡丹、Wあ、太鼓侍が次々と歓声を上げる。 しかし、そこへやってきたのは李信とアティークの戦いを途中から外から見ていた水素とレムだった。 「お前ら、こんなところで何してんの?」 怯えているレムを抱きとめながら、水素は一同を睨みつけていた。 「何って…見ての通り直江によるアティークの力試しだよ。久しぶりにシャバに出たアティークがちゃんと戦えるかテストしてたのさ」 星屑が前に出て水素に説明する。 「アティークをマジで復帰させる気なのかよ。お前らアティークがしたことをもう忘れたのか?特に星屑、お前はアティークとガチの殺し合いをしただろうが」 水素は一同に睨みを利かせて言う。 「直江の言うことなら俺は基本的に反対しないからなー。過去のことはどうでもいいし」 「直江さんが言うならいいんじゃねえかな。それにアティーク強かったし」 「俺はペインに家を破壊されて直江さんに世話になってるしなあ」 「アティークも改心してるみたいだしいいじゃん」 星屑、赤牡丹、Wあ、マロンが口々に答える。 「お前らは直江教の信者か?直江が白と言えば白なのか?これだから二次元党は…って1人見ねえ顔が居るな」 水素が視線を向けたのは太鼓侍だった。 「太鼓侍が命じる!此処から消えろ!」 太鼓侍の瞳が鳥の翼のような赤い形状に変化し光を放つ。が、水素には何の変化も無い。 「馬鹿な…。俺のギアスが効いてないだと?!」 「ギアスの能力者か。残念だが俺にはそんなの効かねえぞ」 「ギアスが通じない…お前もアティークと同じ神の力を持つ能力者か?」 太鼓侍は水素の力を恐れた。 「いや、俺は趣味でヒーローをやっている水素という者だ。つかお前太鼓かよ、何だよその如何にも厨二な容姿と格好は。つかポケガイの時と比べて性格変わりすぎだろ」 水素は目の前の男が太鼓であることを知って少し目を丸くした。 「私はゼロ!強気を挫き弱気を助ける黒の騎士団の…」 「そういうのいいよ。要するにお前もちょ◯えの愉快な仲間たちの1人なんだろ?お前らさあ、周りの住民とか国民の気持ちとか考えないでアティークを釈放して受け入れてるわけ?」 「…」 太鼓侍は水素に言われて黙ってしまった。 「俺はもう天地神明に誓ってあんなことはしない」 太鼓侍が答えられないでいるところに、アティークが前に出る。 「信用出来ねえんだよなあ。今のバトルちょっと見てたけどさあ、ちょ◯えに勝ってんじゃん。つまり此処に居る誰もがアティークが裏切ってもアティークを止められないわけだ」 「お前が居るだろ」 アティークは水素にそう返した。 「俺はレムりん達と暮らしてるから。ちょっくんみたいに二次元に来ても女と無縁な哀れな男と違ってさ。アティークと暮らすなんてムリムリ。アティークを常に監視出来るのはちょっくんだけださ。だからすぐに現場に駆けつけられるとは限らないよね」 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」 突然横からスタープラチナで星屑が水素にラッシュ攻撃を見舞うも、水素には全くダメージは無い。 「星屑、俺とやる気か?ちょっくんと同じくらいの実力しかないお前じゃ俺には勝てないねえ」 「うるせえよ。あんまり仲間の悪口聞いてると気分悪くなるんだよ」 星屑と水素が睨み合う。 「もうやめて下さい!」 と、叫んだのは水素の隣に居たレムだった。 「レムりん…?」 「アティーク大将軍が居なくても水素君が居るじゃないですか!ミシンさんはどうしていつもいつも余計なことばかりするんですか!」 神の力を使い世界征服を企んだアティークへの恐怖と、それをあっさり許して戦力に組み込んだ李信、それから李信の取り巻き達にレムは怒りをぶつける。 「水素が今言っただろう。水素の体は一つしかない。いくら水素が最強でも出来ないことはあるんだよ。来たる北条との戦いにアティークの力は必要だ。それに俺と星屑が居れば例えアティークが変心しても押さえ込めないことはない」 李信が立ち上がりヨロヨロと歩きながらレムに返答した。 「それに余計なことだと?今考えてみればお前をあの時守ったのが余計だったかもな」 「…!」 李信の一言でプツンと切れたレムがモーニングスターを李信に投げつけた。 「バシャーモ、飛び膝蹴りだ!」 そのモーニングスターは、Wあが繰り出したバシャーモによって砕け散った。 「直江さんに手を出させるわけにはいかないんですよねえ。彼が居ないと宿無しになってしまうんで」 Wあはメガストーンをポケットから取り出していた。 「静まれい!」 そこへ現れたセールの大喝が、場の空気を沈静化させた。 「セール…!何でお前が此処に…」 星屑が最初に反応を示す。 「こんなところで派手にバトルすれば目にもつく。水素。アティークの釈放と加入は直江の監視下という条件で俺が許可を出した。皇帝である俺に不服があるのか?」 「アティークの存在が、レムりんや多くの人の不安の種になっている。牢屋に戻すべきだ」 レムを抱きとめながら水素が公然と言い放つ。 「アティークが居なきゃ北条の軍勢に各地が蹂躙される危険が更に増すわけだが?そっちの方が心配じゃないのか? 大人しく直江に従って心を入れ替えてるアティークを復帰させた方がその不安は和らぐんじゃないか?」 「…レムりん、帰ろう」 「水素君…」 セールのセリフに何を思ったのか、水素はレムを連れて帰っていった。 「セールに借りを作るとはな…」 李信は歯噛みしながらそう呟いた。 一方、エイジスこと氷河期。 多くの仲間を失った彼は、帝都から数日もの距離離れたところにあるとある街で、北条が穢土転生で復活させた能力者と戦って死んだ傭兵団や自警団のメンバーの合同葬を催す。今日がその当日の朝である。 「エイジス、多くの人が来てるね」 氷河期の精霊術の師とも言うべき銀髪の女性が傍に寄り声をかける。 「それだけ彼らが慕われていたってことだな。そしてそんなメンバー達と共に戦えたことを俺は誇りに思うよ。それに、彼らが亡くなって悲しんでくれる人がこんなに居る。嬉しいことだよ」 氷河期は10000人以上の参列者の行列を眺めながらそんなことを吐露する。無論、このセリフには多分に強がりが入っているのだが。 「エイジス殿、このような時で大変申し上げにくいことではありますが…」 そんな氷河期に、傭兵団の1人が駆け寄ってくる。 「こんな時に何だ」 こんな席である。あまり俗世のことは考えたくない氷河期だった。 「4日前、李将軍がセール皇帝陛下の許可のもと、地下牢に繋がれていたアティーク元大将軍を解放して監視下に置き戦力として加えました」 「そうか…。あの馬鹿がまた余計なことをしたか…。分かった、ありがとう」 「はっ…!」 氷河期は虚空を睨みながら傭兵団のメンバーに席に着くように促した。 「エイジス…」 「揃いも揃って馬鹿しかいないよあそこは。直江氏は言うに及ばず、セールもな。それ日頃から直江氏にほぼ無条件に協力する星屑もね。アティークを解放するなんて正気の沙汰とは思えないよ」 氷河期は時計を見ながら葬儀の始まる時間を確認していた。 土地の豪族や名士といった有力者や住民等1万人の参列者と、死亡者の親族や同僚、上官や部下数百人規模の合同葬儀が始まった。 自警団や傭兵団設立に貢献し、最も多くの武勲を挙げたエイジスこと氷河期が弔辞を述べる。 「皆様方におかれましては、お忙しいところをお集まりいただき誠にありがとうございます。私はエイジス・リブレッシャー…現傭兵団の幹部を務めております。 文字通り命をかけて彼らは街や民を守りました。自らの命を顧みずに戦い抜いた英雄達の勇姿を私は忘れませんし、忘れてはなりません。本日は彼らと最後の御別れをすべく、このような葬儀を執り行うこととなりました。 私の彼らへの思いはこんな短い弔辞だけではとても全て表せませんが、あまり長々と話すのも良くないのでこの辺に致します。 それでは、黙祷」 氷河期が自己紹介と弔辞を述べた後に手を合わせて目を閉じる。心から、成仏し黄泉へと無事に辿り着き、来世は争いの無い世界で幸せに暮らして欲しいという願っていた。 氷河期に続いて傭兵団のメンバーや死者の親族、参列者の全てがそれに続いた。 続いて、修道士達が壇上に現れて何やら歌を歌い始める。賛美歌というやつであるが、無宗教である氷河期には何を言っているのかさっぱりわからなかった。因みに、この修道士達はウルクという今はもう滅びてしまっている国で修道士を務めていた生き残りらしい。 賛美歌が終わると、修道士達は聖書の朗読を始めた。もちろん、無宗教の氷河期にはさっぱりわからない。意味は分からないが、言葉の一つ一つが、死んだ仲間たちの魂を安らかにしてくれるような、そんな気がした。 続いて、参列者全員による棺への献花が行われる。1万人以上居る為にもっとも時間がかかるプロセスである。 死者の亡骸が入った純白の棺が司祭によって開かれる…その時だった。 突然異空間から発生する渦巻く歪みが発生し、棺は全て吸い込まれてしまった。 「エイジス…!あれは…」 「あの野郎…現れやがったか…!」 隣に居たダリの一言に反応する形で氷河期は床を蹴り跳躍、祭壇の前に飛び降りた。 「こいつらは…まあ肉壁くらいにしかならないが穢土転生させて駒として使ってやろう」 全ての亡骸を納めた棺を《神威》で神威空間に吸い込んだ北条が、神威空間から姿を現した。 「北条!」 怒気迫る氷河期が鞘から剣を引き抜いて相対する。 「久しぶりだな氷河期。突然ではあるがお前には死んでもらう。今此処にまともな能力者はお前しか居ない、これ程の好機は無い」 「てめえ…どんだけ俺の誇りを踏みにじれば気が済むんだ?」 氷河期の瞳が赤く輝き始める。北条は既に万華鏡写輪眼と輪廻写輪眼になっている。 「みんな逃げろ!こいつの目的は俺だ!此処に居る中で北条と戦えるのは俺しか居ない!」 当然周りはざわめき始める。半狂乱になり落ち着きを失った参列者の群れが我先にと逃げ惑う。 「良い判断だ。俺の目的はお前のみ。雑魚には用は無い。棺の奴らはただのオマケだ」 その北条の一言に怒った氷河期が剣に冷気を纏わせて斬りかかっていった。 「悉く予想の範囲内の反応で失笑さえ禁じ得るな」 そう言う北条の体を、冷殺剣で斬りかかった氷河期の体がすり抜けてしまう。 『螺旋丸』 自らに背を向けた格好となった氷河期の背中に、北条の右手に形成された螺旋丸が叩き込まれた。氷河期は螺旋状に吹き飛ばされ、葬儀の会場に人型の穴が空く。 「さて、用があるのは氷河期だけだが念の為微弱と言えども戦力は削っておくか」 北条はスワムやダリ、ディアベルやレインの居る方に向かって火遁の印を結ぶ。 『火遁・豪火滅却』 北条の口から火の壁と形容しても差し支えない量の多量の火炎が吐かれた。火の海が広がり彼らに迫り来る。 「火の神アフラ・マズダーよ!我に加護を!」 彼らが火の海に呑み込まれる前に、炎の壁が現れて豪火滅却を完全に打ち消した。 「貴様は…!」 「俺は神の代行者・アティーク。忍者北条、お前に神の裁きを下す」 現れたのは、アティークだった。地下牢で封印されている筈のアティークが視界に現れたことに、北条は驚きを隠せなかった。 「貴様は地下牢に封印されていた筈では…!」 『大聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)』 アティークの答えとなる者、即ち李信が会場の天井を突き破り、光の矢の雨を北条に降らせた。神威によって回避されてしまったが。 「俺がアティークを解放した。北条、貴様を倒す為にな」 「直江…貴様生きていたのか…!」 祭壇に着地した李信が北条と対峙する。 「俺は何度でも蘇る。お前を倒す為にな」 「そういうことだ北条。死神と神のタッグの前にお前は倒される」 李信とアティークが二方向から北条を挟む形になった。 「直江にアティーク…。貴様ら負け犬が雁首揃えて俺に対するとは滑稽だな。共通の敵の前にかつての敵と手を組む…敗者の習性とはこのことだ…」 北条はほくそ笑みながら李信とアティークを煽る。 「3vs1だ北条。観念するんだな」 アティークがミスラの剣を鞘から引き抜いて鋒を北条に向ける。 「まさか貴様が来るとは想定外だアティーク。流石の俺も神使いには勝ち目が無いな。だが!」 北条は神威空間から棺を出し、念により棺の蓋を開ける。 『口寄せ・穢土転生!』 棺の中から現れたのは、かつてのアティークの宿敵である燦々だった。北条は燦々の後頭部に札がついた苦無を埋め込む。 「馬鹿な…燦々だと?俺があの時倒した筈だ!」 忘れる筈が無い。アティークはこの世界に来て初めてとも言える家族のような存在…マリアンを失った。そう、この燦々が起こしたクーデターによって。 だが、アティークは燦々を倒した筈だ。それが今、アティークの目の前に確かに存在している。 「神には神だ!さあ、アティークを殺せ燦々!」 北条の命令で燦々は聖書を懐から取り出し唱える。 『ギルガメシュ叙事詩第6の石版、天の牛'グガランナ'』 天から巨躯を持つ聖なる牛が召喚され、アティーク目掛けて突っ込んでいく。 「アフラ・マズダーよ、我に力を!」 魔力全快のアティークは完全に火の神アフラ・マズダーと同化した姿になる。しかし… 「こいつを殺せば神の裁きが下る…!」 燦々と一度戦っているアティークはこの牛を殺せば厄介なことになることを知っていた。 『連続普通のパンチ』 その時、横から入り込んで来た何者かの拳により牛は無数の肉片と化した。 「何者だ!貴様は!」 「趣味でヒーローをやっている者だ」 燦々の叫びに答えたのは、唯一無二にして我らの最強ヒーロー・水素だった。 「いやー暇だったからさー、ちょっくんとアティークの後を密かにつけてきたからこれだもんなー。ま、俺が来たからにはお前ら終わりだよ」 水素は右手で後頭部をかきながら独り言のように言った。 「終わり?終わりは貴様だ水素。貴様は自分が最強だと思い込んでいるだろうがそれは傲りだ。貴様に最強を見せてやろう!」 『口寄せ・穢土転生!』 神威空間から現れた棺から出てきたのは何と… 「凪鞘…だと…!?」 姿は白銀髪の人型ではあるが、彼こそが紛れも無い最強の敵である超越神・凪鞘だった。 「クックック…ハーッハッハッハ!超越神は今や俺の細かいだァ!さあ凪鞘、水素を殺せェ!」 凪鞘第一形態が目を覚まし、全てを斬り裂く漆黒の剣《ゴッドブレード》を水素に振り下ろす。 そうこうしている内に螺旋丸で吹っ飛ばされた氷河期が立ち上がり戻って来ていた。口や腹から血を流しとても健常な状態とは言えないが。 「水素とアティークを封じて勝ち誇るとは…まだ2vs1であることを忘れていないか?」 李信が斬魄刀を鞘から抜いて北条に向けながら言う。 「慌てるな直江。お前にも相手を用意してある。『口寄せ・穢土転生!』」 神威空間から出現した棺から出て来たのはサイヤ人ことカタストロフィだった。 「終末の谷で俺に敗れた負け犬の相手を何故しなければならない?お前の相手などサイヤ人で十分だ」 北条が不敵な笑みを浮かべて言う。カタストロフィは以前、李信と交戦し敗北まで追い詰めたが李信の加勢に来たセールにより倒されたサイヤ人である。 「北条め…!早いとこサイヤ人を倒して氷河期さんに加勢せねば…!」 サイヤ人vs死神の対決が始まる……。 「ということでまた1vs1だ、氷河期。精霊術を使えない貴様は俺には敵わない」 北条の万華鏡写輪眼の瞳の黒模様が回転する。 「能力の強弱は関係無い。北条、俺はお前を倒す!」 氷河期は冷殺剣を逆手持ちにして構える。 『我は鋼なり、鋼故に怯まず、鋼故に惑わず、一度敵に逢うては一切合切の躊躇無く。これを滅ぼす凶器なり』 『鉄血転化』 詠唱を唱えた氷河期の頭髪が赤に染まり、顔には赤い紋様が浮かぶ。 「今更そんな気休めの身体強化が何になる?貴様は俺のスピードにはついてこれやしない!」 北条は氷河期が反応するより先に素早く氷河期に接近する。 そして氷河期を蹴り上げ、宙に浮かべる。空中に浮いた氷河期の背後を取る。回し蹴りで敵の脇腹を蹴る その反動を利用して一回転し反対側から殴りかかる。氷河期の上に回り腹に回し蹴りを叩き込む。氷河期を地面に叩きつける。この一連の流れを抵抗すらさせずに北条はやってのけた。 『獅子連弾!』 北条の超スピード体術を受けた氷河期は口から吐血してしまう。 「グハッ…!」 「お前は所詮そんなもんなんだよ。氷河期」 千羽の鳥の地鳴きにも聞こえる効果音と共に、北条の左手に電撃が纏われる。獅子連弾のダメージで動けない氷河期に《千鳥》が振り下ろされる。 が、千鳥は防がれた。氷河期が冷殺剣でガードしたからである。冷気を浴びせて不意を突き北条を蹴り上げた氷河期が立ち上がり体勢を立て直す。 対する北条も体勢を立て直し鞘から抜いた刀《草薙剣》に千鳥を纏わせて千鳥刀とする。 『天照』 だが、千鳥刀は氷河期の意識を刀に反らせる為のトラップであり、本命は輪廻写輪眼から発せられた黒炎《天照》であった。 氷河期は氷の壁を展開することで天照を辛うじて防いだが… (読み通り視界を自ら遮ったな…!) 全ては北条の計算通りだった。北条は傭兵団メンバーの亡骸を奪うことで氷河期の怒りを煽り冷静さを奪うことで、氷河期に自分へ突撃させて螺旋丸や獅子連弾で物理的なダメージを氷河期に与えて動きを鈍らせ、避ける余裕を無くして天照を発動、そうなると氷河期は氷の壁を展開することでしか天照への対処法が無いのだ。 氷河期の背後にある塩ビに覆われた瓦礫の一つを北条は輪廻写輪眼の瞳術《天手力》で自分と位置を入れ替え氷河期の背後に一瞬で回る。 「グハッ…!」 氷河期の心臓を《草薙剣・千鳥刀》が貫いた。 「じゃあな、カス野郎 「じゃあな、カス野郎」 北条の氷河期への罵声は、過去に何度も敵対してきた恨みを一言に凝縮したものだった。 氷河期は力無くうつ伏せに倒れた。 「残念だったなァ…仲間の仇を討てないでよォ。所詮お前の実力なんてそんなもんなのさ氷河期。類は友を呼ぶとはよく言ったもんだぜ」 北条は氷河期から千鳥刀を引き抜いて鞘にしまった。 三途の川が、見える。三途の川の向こうには死んだ傭兵団や自警団の仲間達やリキッド、Lパッチ達が立ったいた。かつて同じ王国で戦った戦友達だ。 「よう氷河期。随分こっちに来るのが早かったじゃねえか」 久しぶりに聴くリキッドの声に、氷河期は涙さえ流れ出ていた。 「リキッド済まない。俺はお前を…」 「そんなことはもういいんだよ。それより、もう管理人のギアスは解けてんだろ?何でこんなに早く此処に来ちまったんだよ」 氷河期の謝罪の言葉をリキッドは笑った遮った。 「負けたのさ、北条にな。あいつ強いよ。俺は正義の味方には結局なれなかった。絆の力を証明出来なかった」 「そんな弱音は聴きたくねえよ氷河期。お前は光を掴むんだろ?みんなを守るんだろ?騎士道精神を貫くんだろ?だったらさ、その川渡る前に引き返せよ」 泣き言を言う氷河期にリキッドは激励の言葉をかける。 「もう無理だ…無理なんだよリキッド…!俺にそんな力は無いんだ!後は俺なんかよりずっと強い水素や星屑、小銭達に未来を託せばいいんだ!」 氷河期は止め処なく溢れる涙を拭いながらリキッドに訴えた。 「水素や星屑…ましてや名前は出てないけど直江やアティーク、セールなんかじゃ無理だな」 「どうしてだ…!」 氷河期は感極まって両手でリキッドの肩を掴む。 「水素はヒーローではあるが深い正義感は無い、所詮は趣味の適当な奴だ。 星屑は直江に何でも協力的だから無理だ。 セールはカリスマ性に欠ける。人々を治める器じゃない。 直江やアティークは確かに正義感はあるが歪んだ正義だ。奴らは現実世界の体験から強い思い込みを抱き自己の正義を他人に押し付ける自己中人間だ。 小銭は言うまでもなく論外だ。 だが氷河期、お前は違う。お前には純粋な正義の心と、多くの原住民を纏める器がある。 世界を真に導き正義を為せるのはお前しか居ないんだよ」 「だが俺には力が無い…!」 氷河期は首を横に振りリキッドの言を否定する。 「力が足りないなら、補えばいい。氷河期、お前はもうその方法を知ってる筈だぜ」 「俺が?」 氷河期は涙を拭い目を見開く。リキッドの言葉の意味を理解はしていない様子だ。 「お前が今まで紡いできた、築いてきたものは何だ?」 「…!」 リキッドにここまで言われて氷河期はハッとなった。氷河期は思い出す。 花屋に加入し活動した日々、ガルドリア城に殴り込みに行った時、桑田にギアスをかけられた後の戦いや日常、李信や水素にギアスの洗脳から救い出された後の周囲の目に晒された日々の日常、領那との戦い。 その全てに、氷河期の周りには常に仲間の存在があった。そう、仲間と築いた絆の力で氷河期は乗り切ってきたのだ。 「そうか…足りないなら補えばいいんだ!絆の力で!」 氷河期は気づいて叫んだ。 「そうだ氷河期!お前には他の誰にも無い、多くの絆の力がある!」 リキッドが氷河期の肩を掴む。 「リキッド、それにみんな…俺に力を貸してくれ!みんなとの絆の力を!」 リキッドから受け取った力の象徴である光球を掲げて氷河期は叫んだ。 「氷河期、俺の絆の力だ」 「そうだエイジス!北条なんかに負けるな!」 「エイジス!」 「エイジス!」 「エイジス!」 次々に仲間達が光球を氷河期に向けて飛ばして行く。 「みんなの力、確かに受け取った!北条は…俺が倒す!」 氷河期は三途の川を渡ることなくリキッドに肩を押されてこの世に引き戻された。 「北…条…!」 再び意識は元に戻り、視界には自分に背を向けて歩いている北条の姿が。しかし氷河期の声に気づいた北条が振り返る。 「馬鹿な…!千鳥刀で心臓を貫いた筈だ!何故生きている!」 「光を…掴む!」 三途の川の岸で仲間達から受け取った絆の力の象徴である光球を左手に掴む。すると青い光球は一つに纏まり溢れ出す。 氷河期は、かつてない程の膨大な魔力のオーラに包まれた。 「北条ォォォォォォォォ!!」 氷河期が北条目掛けて突き進み冷殺剣を振り下ろす。 『須佐能乎!』 咄嗟に北条は完成体須佐能乎を身に纏い氷河期の斬撃から身を守ろうとするも、完成体須佐能乎の腹部には亀裂が入り吹き飛ばされる。 「馬鹿な…!完成体須佐能乎にヒビが!」 『冷撃砲!』 氷河期の剣先からは冷撃砲が放たれる。 「調子に乗るなよ格下がァ!」 北条の完成体須佐能乎が黒炎を付加した巨大な弓矢を構える。 『炎遁・須佐能乎加具土命!』 だが、黒炎が付加された巨大な矢は冷撃砲に押し負け、打ち消され、完成体須佐能乎の腹部を吹き飛ばす。 しかし北条も負けてはいられない。このままでは氷河期に圧倒されると感じた北条は六道仙人の力を解放し、全身の肌が黄緑色、髪は白に変化し、頭には額当てのような部位から二本の角が生え、白を基調とした衣装を身に纏い、背後には9つの黒い求道球が出現する。 すると、破壊された完成体須佐能乎は修復され、更なる眼光で威圧を始めたのだ。 「本番はこれからだ。『地爆天星!』 北条の輪廻写輪眼の力が発動、氷河期を巻き込んで葬儀会場の壁や床を抉り、天に浮かぶ一つの球体に押し固めてしまう。 『建御雷神(タケミカヅチ)!』 飛行した須佐能乎の左手から繰り出される《千鳥》と《炎遁・加具土命》の合わせ技が球体に炸裂する。 だが… 「ナメるな」 氷河期の魔力と冷気を纏った剣閃が球体を両断、北条の須佐能乎と激突する。 「北条ォォォォォォォォォォォォォォォォ!」 「氷河期ィィィィィィィィィィィィィィィィ!」 激突した2人の力は拮抗、大爆発を起こし会場は跡形も無く吹き飛んだ。 結果として、互いに遥か後方に吹き飛ばされた。戦いは、まだ終わらない。強者同士の戦いとは泥沼化するものである。 その後超スピードで氷河期の眼前に現れた北条は両手で印を結ぶ。 『火遁・豪火滅却』 すると完成体須佐能乎から膨大な量の火炎が吐き出され、一帯は火の海と化す。 『霜符「フロストコラムス」』 絆の力で強化された氷河期のスペルカード。凄まじい冷気を前方に放出することで豪火滅却と相殺された。 「まさかこの俺が精霊術を持たないお前如きと互角とはな、氷河期。これは…もう一押しが必要そうだ」 北条は両手を使い術の印を結ぶ。 『口寄せの術!』 口寄せの術を発動した北条の眼前に、氷河期の前方に現れたのは九つの尾を持つ、橙色の毛に覆われた狐の化け物…即ち九尾である。 『威装・須佐能乎』 北条の力により、九尾に完成体須佐能乎が纏われた状態となる。 「なんだよそれはァ…」 「須佐能乎を九尾に纏わせた。最早力でお前が俺に勝つ術は無い!」 須佐能乎を纏った九尾の口腔から尾獣球が氷河期に向けて発射される。 「吹き飛べ氷河期ィィィィィィ!!」 一方、時間を少し巻き戻して李信vsカタストロフィ 「久しぶりだなカタスさん」 「直江さんか。俺って生き返らされて操られてる感じだよな?北条に」 カタストロフィはセールにより倒され死亡した筈だった。それが今、生き返って李信と対峙しているのを不思議に思っていた。 「穢土転生って術でな。貴方は今北条の野望に利用されている傀儡の状態だ。いや、駒という方が正しいかな」 「そうか。なあ直江さん、俺のバトロワSSを覚えてるか?」 「ああ、愛読させてもらってたからな。あれでも貴方はサイヤ人だったな」 カタストロフィは唐突にポケガイで自身が書いたバトロワSSの話を持ち出してくる。 「それもそうだが、あのSSで俺は北条をNARUTOの術が使える設定にしたからな。それが原因かもな」 「俺も死神だしな。まあ水素やアティークはあのSSとこの世界じゃ全く違う能力だから関係ないんじゃないか?」 「うーん、そうか。まあいいや、直江さんに頼みがあるんだ」 「何かな?」 「自分で書いといて何だけどさ、俺あのSSでサイヤ人だったけどすぐ死んで碌に出番無かったんだよ」 「確か、ななたんに騙されて殺されてたな」 「そうそう。そこで、今回は華々しく活躍したい。今度こそな」 「…貴方が活躍するってことは北条側に有利になり此方に損害が出るってことなんだが」 「だから直江さん、俺と戦って苦戦した末に倒してくれ。最高に熱いバトルでな」 「…何なんだその注文は。まあどの道、俺のスペックじゃ超(スーパー)サイヤ人は簡単には倒せないだろうけどな」 カタストロフィと李信の2人の間に一陣の風が吹き抜ける。それは戦いの始まりを告げるものだった。 先に動いたのはカタストロフィだった。彼は右の腰に両手をやり構える。 『か~め~は~め~波ー!!』 《気》を集中させた青い光線が李信に向けて放たれる。 『虚閃(セロ)』 虚(ホロウ)の力を持つ者が扱える霊圧を集中させた破壊の閃光(というかビーム、李信の場合は基本的に青色)を放ち李信はかめはめ波に対抗する。 だが、その威力の差は歴然だった。瞬く間に虚閃はかめはめ波に食い破られ、李信は直撃を浴びてしまった。 「どうした直江さん!こんなもんか?オラ、ワクワクしないぞ!」 「カタスさん、調子こいて悟空の真似すんな!」 かめはめ波の直撃を浴びた李信は超速再生した後に《響転(ソニード)》でカタストロフィの背後に迫る。 『月牙天衝!』 斬月に解放した斬魄刀から青白い斬撃を繰り出す。 …が、カタストロフィには全く効いていない。傷一つついていない。カタストロフィは李信の右肩を左手で掴む。 「いっくぞー!『ジャン拳!』」 カタストロフィの右手から殴打、目潰し、張り手の連続コンボが李信に炸裂し、李信は吹っ飛ばされた。 吹き飛ばされた李信は葬儀会場の壁に全身がめり込んでいた。潰された目や殴られた打撲痕や内臓は超速再生で瞬時に回復した。 「やはり戦闘力は向こうが上か。このままでは勝ち目は無いな」 李信はそう言いながら顔に右手を翳した。右手から赤黒い霊圧が現れ、赤いラインが入った白い仮面が現れる。 更に、二本の斬月に霊圧を注ぎ込む。 『 卍 解 』 二本の斬月が赤黒い霊圧に包まれ、バスターソードを思わせるような一本の天鎖斬月が現れる。 『天鎖斬月』 「もう虚(ホロウ)化と卍解を使うのかぁ!オラワクワクすっぞ!でも速攻で勝てそうな気もすっぞ!」 虚化と卍解を視認したカタストロフィが李信目掛けて地を蹴り接近してくる。 『気円斬!』 気で作り出した刃で李信に斬りつけてきたのだ。 『月牙天衝』 虚化と卍解の力を発揮した月牙天衝が気円斬を斬り裂き、カタストロフィを巻き込んで吹き飛ばしていく。 「あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ」 形成は逆転したかに思われた… 李信は更に畳み掛けんと天鎖斬月を振りかぶる。 『月牙…』 『かーめーはーめー…』 カタストロフィもやられっぱなしではない。両手の右腰の横で合わせて気を溜め始める。 『天衝!』 『波ァァァ!』 李信の天鎖斬月から放たれた赤黒い三日月型の巨大な斬撃と、カタストロフィの両手から放たれたかめはめ波が激突した。 月牙天衝がかめはめ波を突き破り、カタストロフィに直撃し一気に拡散する。 「フッ…暫く白星が無いんでな。今度こそ勝たせてもらう」 李信がニヤリと笑みを浮かべた時、自分が優勢であるというその認識は誤りだと思い知らされる。全身から膨大な量の気を発し、髪は逆立ち金髪になっているカタストロフィが現れたからである。 「まだバトルは終わらねえぞ!こっからが本番だ!」 「超(スーパー)サイヤ人…やはり出たか」 李信は気を引き締めて天鎖斬月の柄を握り締める。 「いっくぞー!直江さん!」 カタストロフィは目にも止まらぬスピードで李信に迫り、李信を空中に蹴り上げる。 (!?) あまりにも速すぎて李信は一瞬何をされたのか理解が追いついていなかった。気づけば空中に上がっていたのである。 (カタストロフィは何処だ?) 李信はカタストロフィの存在が視界にないことを確認、首を振り180度見渡すがカタストロフィは見当たらない。 「何処見てんだ!」 カタストロフィは李信の背後に現れ気を纏った拳で李信を更に蹴り飛ばそうと足を突き出す。だが、李信が常に施している霊圧で出来た100万層の多角形の白い光を放つ盾《ミジョン・エスクード》が発動した。 「首の後ろは生物の最大の死角だよ。そんな場所に何の防御も施さず戦いに挑むと思うかい?」 李信の余裕に満ちた表情が一瞬で豹変する。超(スーパー)サイヤ人の力で100万層の盾は全て突き破られてしまったからである。 李信は慌てて《静血装(ブルート・ヴェーネ)》を発動するがそれも軽く突破され更に蹴り飛ばされてしまう。 「グハッ…!調子に乗るな!『王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)』!」 李信は吐血しながら王虚の閃光を左手から放つが、その先には既にカタストロフィは居なかった。 「クソが…!何処にいやがる…!」 そして李信の眼前にカタストロフィが現れ、ほぼゼロ距離でエネルギー波を両手から李信に叩き込んだ。 『月牙…!』 エネルギー波に呑み込まれんと月牙で対抗するも掻き消され、李信は地に叩き落とされた。 「どうだ直江さん!超(スーパー)サイヤ人になったオラの力は!」 「調子に…乗るな…!」 李信は血反吐を吐きながら天鎖斬月を杖代わりに何とか立ち上がり、《響転(ソニード)》でカタストロフィの背後に回る。 『一閃月牙』 天鎖斬月を下から上へ斬り上げ月牙でカタストロフィに斬りつけた。 月牙天衝の一閃。しかし超(スーパー)サイヤ人となり戦闘力が飛躍的に上昇したカタストロフィに李信の攻撃が通用することはなかった。 『八手拳』 カタストロフィの反撃。高速で8回連続で拳を繰り出し李信を吹き飛ばしてしまう。 「肋の5~6本はイったか?」 カタストロフィがドヤ顔で、尻餅をついて仰向けに倒れた李信を見下ろす。 「俺を一瞬で消滅でもさせない限り肋を何本折ろうが超速再生してやる」 李信はそう言って全てのダメージを再生させて平然と立ち上がる。 「だがこのままでは決定力に欠けるのは事実。どうやら本気を出さねばならんらしい」 李信を滅却師(クインシー)と虚(ホロウ)の霊圧が火柱のように包み込み、虚の仮面を頭の半分に被り虚や滅却師の力の証が顔に仮面紋(エスティグマ)等になり現れる。 「見違えたな、完全虚化って奴か?ならオラも本気を出すぞ!」 カタストロフィは全身の気を爆発的に高めて超サイヤ人状態のまま更に青いオーラを纏う。 「超(スーパー)サイヤ人ブルー。これがオレの真の力だ。…と言いたいところだがオレにはまだ上がある。『界王拳!』 全身の気を更に高め、赤いオーラまで纏い飛躍的に戦闘力を高める《超サイヤ人ブルー界王拳》をカタストロフィは発動した。 「お互い小手先の技や形態で戦うのはまどろっこしいしもうやめだ。行くぞ直江さん!」 「…上等だ」 と、返しつつも李信は薄々感づいていた。 …そう、自分に勝ち目が無いことに。 燦々の能力は《ドゥームズデイ・ブック》。その能力の本質は自分が読んだ書物の内容を再現することである。 アティークは念じる。目の前の燦々の体を炎により焼き尽くさんと。そして、それは火の神の力により現実となる。 燃え盛る炎の中で、焼き尽くした筈の燦々の人影が徐々にくっきりとアティークの視界に映る。 『レゲンダ・アウレア第52章。'主のご復活'』 かつてアティークが記憶を焼き、復活は不可能にしたにも関わらずこの穢土転生体の燦々は復活を発動したのだ。 「何故だ…!お前を倒した時の戦いで記憶を焼いた筈だ!」 「倒しただと?仲間に助けてもらわなければ逆に死んでいたお前がそれを主張するのか?」 「答えろ!何故記憶を取り戻している!」 「これから死ぬお前に教える必要は無い!」 燦々にアティークの問いに答えるつもりは毛頭無い。燦々は経典のような書物を取り出して開く。 『ダンテ作神曲 天国篇第三十三歌。'神の視認'』 天国への門が、開かれた。 天使が羽ばたき、今まさに神が門から出るため、その巨大な手でこじ開けようとしたその時。アティークは火の神の力を使い龍を象った巨大な火炎を放ち、天国への門を焼き尽くしてしまった。 「あの時と同じだな。アフラ・マズダーはゾロアスター教の唯一神。貴様のまがい物の神で勝てはしないのだ…!」 アティークは更に剣先から火炎が凝縮された極太の熱線を燦々に放つ。熱線は燦々に直撃しその身は焼き焦がされていくが… 『レゲンダ・アウレア第52章。'主のご復活'』 当然、キリスト復活に擬えた燦々が復活した。 「さて、記憶がある限り戦える僕と魔力が尽きればジ・エンドの君。どちらに勝機があるかは火を見るより明らかだろう?更に畳み掛けてやろう」 『レゲンダ・アウレア第7章 '聖女アナスタシア'』 「?」 アティークは身構えるも、その行為に意味はなかった。既にアティークは堪え難い空腹と、鼻と口を水で塞がれたような尋常ではない息苦しさを覚え始めていたからだ。 何が起こったのか理解出来ずx~クヨス譴靴爛▲謄?璽?鮖検垢腕涵个Α 「フッフッフッ…聖女が受けた苦痛と受け損ねた苦痛…両方をたっぷり味わいながら狂い死ね」 アティークは地面に横たわり、のたうちまわる。言葉を返す力さえ湧いてこない。 アティークは自らの口と鼻の中を自らの意思で炎で満たす。想像を絶する熱と苦痛で苦悶し更にのたうちまわる。 「ふん、馬鹿な奴め。それとも自殺願望があったのかアティーク」 燦々は面白がりながらアティークが悶絶する姿を眺めている。だが、10秒ほどでその光景は終わった。アティークが何も無いかのように立ち上がったのである。 「聖女アナスタシアは餓死刑を告げられたが食糧を摂らずとも生き延び、船に乗せて沈めんとも生き延びた。俺は神の炎を喰らい糧とし、同時に体に入った余計な水は蒸発させた。その程度の聖典の再現で俺を倒せやしないぞ燦々」 「成る程。君は黄金伝説をよく理解しているようだな。と、言いたいところだがそうでもないらしい」 「何だと?」 「アナスタシアが殉教したのは火刑によってという最も大事なことを君は忘れている」 「!?」 アティークは燦々のセリフを聴き終わった直後に、自身が纏っている炎が急激に熱くなっていることを感じ始めた。 「そもそも火の神の力を使いこなしている君なら体内にその火を入れても熱さは感じない筈。その時に何故アナスタシアの殉教が頭に浮かばなかったんだい?そこが君の底なのさアティーク」 「ぐっ…!ぐああああああああああああああああああああ!」 「自らの炎に焼かれて死ね!フハハハハハハハハハハハ!」 自らが纏う炎に焼かれて全身が爛れ焦げていくアティークを眺めながら、燦々は勝利を確信し高笑いを始めた。 アフラ・マズダーはゾロアスター教における唯一神。アティークからすればこの世における最も崇高なものであると言える。 故にアティークはアフラ・マズダーをその身に宿し、振るい、心を通わせてはきたが、直接口を利いたことなどないし、声を聴いたことさえない。 人間如きが神と顔を突き合わせ直に通じることなど不敬であると同時に不可能だ。アティークはそう考えていた。 だが、アティークは燦々の《ドゥームズデイ・ブック》の力でアナスタシアの殉教の再現により死にかけていたその時に唯一神の姿をその視界に収めることになった。 アティークは直接アフラ・マズダーに声をかけられ、対話した。しかしその内容を知る者はアティークを除き誰1人として後世に存在することはないだろう。アティークはこのことを伏せたからである。彼の信心が非常に篤いことを示すものだった。 アフラ・マズダーとの対話を終えたアティークは神の力を完全に取り戻した。そして、アナスタシアが殉教した火刑の再現を排除し、再び炎を味方につけた。 「馬鹿な…!何故…!」 勝負を決したと信じて疑わなかった燦々は狼狽える。 「アフラ・マズダーは俺の信心の深さをお認め下さった。直江に封印されていた力を完全に取り戻し、更に新たな力を授かった。悪である貴様はこの善の世界に必要無い。俺が貴様に審判を下す」 アティークは左手の掌を上に向けると、無数の光の粒子が集まり、やがてそれが書物の形となり具現化する。 「アティーク…何を言っている…?」 「これがゾロアスター教の経典『アヴェスター』だ。俺は真の教徒として認められた。更に」 アティークは燦々の質問を聞き流し、経典がアヴェスターであることを明かすと更に自身の体に新たな聖なる光を纏う。 「『守護霊プラヴァシ』。アフラ・マズダーは俺を守って下さる」 アティークが剣先を燦々に向けながら言い放つ。 「ふざけるなよ…!たかが一神教の力で、全てを再現出来る僕に敵うと思うなよ…!」 「『レゲンダ・アウレア第71章 '聖パンクラティウス』!」 燦々が再現した黄金伝説によりアティークの首は胴から切断されるもすぐに繋がってしまう。 「無駄だ。貴様には神の裁きを下すと言った筈だ」 そしてアティークが新たな力を発現する。 「アフラ・マズダーは俺にアムシャ・スプンタをお預け下さった。食らうがいい」 『フシャスラ・ワルヤ』 アティークが守護神の名を口にすると、灼熱の溶鉱で世界を焼き尽くし、浄化するとされるという話に准え、灼熱の溶鉱が燦々の頭上から降り注ぎ、覆ってしまう。 悲鳴さえ聴こえない。燦々は存在ごと溶けて消えた。アティークはそう確信した。 『レゲンダ・アウレア第52章 '主のご復活'』 「無駄な悪足掻きだアティーク。所詮君は…」 『火の寺院(アヴェスタン)』 突如、火炎に包まれた寺院が燦々を取り囲み、覆い尽くす様に顕現した。その寺院は燃えているのではなく、炎を纏っており、焼け崩れる様子は一切無い。 「何だこれは…!」 「ゾロアスター教の礼拝所…それが火の寺院だ。異教徒である貴様が足を踏み入れれば…そう、善なる火で焼かれ続ける。例え何度再生しようと永遠にな」 『ダンテ作神曲 地獄篇 第九圏 裏切者の地獄 - 「コキュートス」』 それでも対抗をやめない燦々はダンテの神曲による力を発動し、アティークを氷漬けにしてしまう。しかし、アティークは守護霊プラヴァシの加護とアフラ・マズダーの火の力で氷を一瞬で溶かした。 「無駄な足掻きだ燦々。神の炎に焼かれて消え失せろ」 「クソがああああああああああああああああああああああああああ!!」 火の寺院が纏う炎により、燦々は全身を焼き尽くされた。 「…神や神話をただ自分の道具としか思っていない貴様と、神を信じて崇拝してきたこの俺…その差がこの勝負の明暗を分けた」 燦々の灰を視界に収めながら、アティークは呟いた。 水素vs凪鞘 凪鞘の放ったゴッドブレードを水素は左手で苦も無く受け止めた。 「このゴッドブレードは我が超越神の力で受けた者の命を問答無用で奪う神の剣…何故この凪鞘の刃を受けて貴様は生きている、平沢水素」 「お前が俺より弱いからだろ」 水素の拳が凪鞘の顔面に炸裂し、地平線の彼方まで吹っ飛ばされていく。 「第一形態の時に倒せば凪鞘も余裕だな」 「ほう、この凪鞘を相手にして余裕とな」 空間転移。超越神さながらの力で損傷を再生した凪鞘が水素の眼前に現れ両手の指からキャノン砲を放つ。 『連続普通のパンチ』 迫り来る全てのキャノン砲を連続普通のパンチで粉砕した水素はそのまま凪鞘の胸部から腹部に拳を連続で炸裂させる。 しかし凪鞘は超越神。神懸かり的な反射神経と動体視力をもってゴッドブレードで連続普通のパンチを捌き、防ぎ切る。 「どうだ?どんな相手でも一撃で屠れる自分のパンチが防がれた感想は」 「嬉しいぜ」 意外な水素の答えに凪鞘は目を細める。その意を凪鞘は解しきれないのだ。 「嬉しい…だと?」 「ああ。李信にしろエイジスにしろ北条やアティークにしろ、サバやHopeやぶる~にしろ、今まで戦った奴らは殆ど手応えの無い奴らでな。殆どワンパンで勝負がついちまった。 俺は最強の力を手に入れたヒーローになった。だから苦戦することもなく楽勝だらけだった。戦いへの情熱を失っちまったんだよ。 でもよ、思い出したんだよ。赤屍氏やお前のおかげでな。久しく忘れていたこの………戦いの高揚感ってやつをな!」 水素は地を蹴り勢いに任せて凪鞘に拳を突き出す。凪鞘はゴッドブレードを振り下ろして水素の拳にぶつける。 拳と刃のぶつかり合い。刃が欠け、やがて大きなヒビとなり凪鞘は余波で吹き飛ばされていく。 「どうした超越神!もっと俺を楽しませてくれよ!」 「言わせておけば人間風情が…!」 凪鞘は上空に飛び上がり、先程の《イモータルキャノン》を地上の水素に向けて雨霰の様に無数に両手の指先から放つ。水素はそれを避け続けるが、音速を超える無数のキャノン砲を回避し続けるのはさしもの水素でも至難の業だ。 「どうした?避けるだけか?後手に回っているぞ平沢水素!」 《イモータルキャノン》の容赦無い連射は地表に無数の穴を開けていく。そしてあわや水素の体に命中しようとした時である。水素は神業レベルの動体視力と反射神経を発揮して《連続普通のパンチ》で降り掛かるキャノン砲を粉砕していく。 「いつまでもつかな?」 しかしこのままでは拉致があかないと判断した水素はその場で地を蹴り、驚異的な脚力で凪鞘の眼前に迫る。 「馬鹿な…!この凪鞘が反応出来ない速度で…!」 復元させたゴッドブレードで凪鞘はかろうじて水素の《普通のパンチ》を受け止める。そして二撃、三撃、四撃…と拳とゴッドブレードのぶつかり合いが続く。 「だが所詮貴様は人間…!」 水素は人間であり、飛行能力は無い。ただ驚異的な脚力で高く跳んでいるだけなので、撃ち合っている内に重力により地上に落下するのは自明の理だった。 落下する水素にゴッドブレードから巨大な斬撃を放つ凪鞘。しかし水素はそれさえ拳で粉砕する。 「ならば手数を増やす」 凪鞘は《イモータルキャノン》を両手の指先からだけではなく、自らの念により創り出し再び雨の様に地上に着地した水素に放つ予備動作を取る。 『必殺マジシリーズ マジちゃぶ台返し』 水素は凪鞘の《イモータルキャノン》により形成された、瓦礫の山を両手で全て空中へと投げ飛ばす。だが、そんなものは凪鞘のキャノン砲に貫かれてしまう。 「相変わらず大した膂力だがそんなことをしてもこの凪鞘に届くことはない」 だが、その余裕にも翳りが見えた。凪鞘の視界には水素は映っていなかったからである。 (目眩しか?奴は何処だ?) 頭上、前、下、左右。見回したところで水素の姿は無い。 (後ろか…!) 感じた水素の気配。反射的にゴッドブレードを振り向きざまに振るわんとするが遅かった。 『両手・連続普通のパンチ!』 水素の両手から繰り出される怒涛のラッシュが、凪鞘の肉体の木っ端微塵に粉砕した。 「凪鞘は復活する。そう、何度でもだ!」 凪鞘は粉砕された自身の肉体を瞬く間に一箇所に集めて超速再生を果たす。そして凪鞘を聖なる神の光が包み込む。そのあまりの眩しさに水素でさえ右腕で目を覆う程であった。 「凪鞘は復活する…そして凪鞘は進化する!我こそが全世界…いや、輪廻や浄土さえも支配する神!平沢水素…あの時は油断したが再び我が人間に敗れることはない!」 凪鞘は半身が機械化しており、機械で出来た翼を左半身から、聖なる神の翼を右半身から生やしていた。 「行くぞ人間代表・平沢水素!人間と神、どちらが格上かを思い知らせてやる!」 凪鞘は両手に双剣を顕現させて振りかぶる。超越神である凪鞘が振るう最強の剣である。そしてその双剣から巨大な斬撃が水素へと振り下ろされる。 『必殺マジシリーズ マジ反復横跳び』 超越神が放つ高速かつ、宇宙どころか次元さえ切断する斬撃を水素は全速力で反復横跳びすることで回避した。 「一度避けたくらいでいい気になるな人間風情が!」 二つの腕から振り下ろされる連続の斬撃が容赦無く次々と水素に振り下ろされていく。 「無造作に乱発すんなよ。超越神の品位が失われるぞ」 水素は斬撃の網を掻い潜り跳躍し凪鞘の懐に飛び込んでいく。 「水素ォォォォォォォォォォ!」 凪鞘はゴッドツインダガーを水素に向けて連続で振るう。 『両手・連続普通のパンチ!』 ゴッドツインダガーと両手・連続普通のパンチの高速の打ち合いはまさに互角。互いに一歩も譲らずたった3秒で数十発打ち合う。 「拉致があかん…!」 凪鞘は空間転移を使い、水素と距離を取る。水素は重力で落下し着地する。 「あってはならぬことだ…!この凪鞘の剣が人間ごときに受け止められるなど…!」 だが凪鞘は現実的な考えも持っていた。このままでは水素への決定打にはならない。 『オーバーゴッドデストラクショ…』 『必殺マジシリーズ マジ頭突き』 凪鞘が技を発動する前に再び跳躍した水素の頭突きが凪鞘の顔面に直撃した。更に水素はそのまま《普通のキック》を凪鞘に見舞う。 『デウス・エクス・マキナ』 しかし水素の攻撃も決定打にはならない。再生を果たした凪鞘は自身と水素を異空間に転移させ、自らが創造した機械仕掛けの神を幾重にも召喚して水素を包囲させる。 《デウス・エクス・マキナ》で召喚された機械仕掛けの神達はそれぞれが意思を持っている。 「やれ、機械神達!神に刃向かうこの人間を跡形も無く消すのだ!この凪鞘の威信にかけて!」 「了解した。我が主・凪鞘よ」 機械仕掛けの神の中でも一際大きな体を持つ神が凪鞘の命令を承服すると、機械仕掛けの神達は念動力で連動を強め、その証に目が青く光る。 「凪鞘の障害となるこの目障りな人間を消す…!」 理想を現実に変える、念動力の力。超越神凪鞘が誇る奥義の一つである。凪鞘自身も同じことが出来るがこの《デウス・エクス・マキナ》は違う。念じるのが一体ではなく多数の為、その力は何倍にも何十倍にも増幅されるのだ。 一際大きな体を持つ神が自身の体内にあるスイッチを作動させると、他の神達もそれに倣う。 「終わりだ…!平沢水素…!」 しかし、機械仕掛けの神数十体が、水素が消滅する想像を行なった結果… 「何故だ!何故我々の力が通じないのだ!」 水素は涼しい顔をしていた。それは即ち神達の想像の力が水素という一体の存在に敗れたことを意味する。 「皆もっと強く念じよ!この人間を消すのだ!」 神達は最大の力で強く念じた。それぞれの神が全力を引き出して水素が消滅する想像を浮かべた結果… 「あっ…!いてっ!いや、やっぱ痛くないわ。でもこんなの初めてだよ~やるな流石は超越神!」 水素に与えたダメージは、左手の掌に出来た、1cmにも見たない細い傷だった。だが、その意味は非常に大きいと言えるだろう。水素は今までの戦闘でどんな技や能力でも傷一つつかなかった。その水素が、ほんの僅かとは言え傷を負ったのである。 「で、これで終わり?」 しかし、水素の求めるレベルではなかった。この水素の発言が凪鞘を怒らせることになる。 「粋がるなよ人間!ならば我の想像の力も…!」 『必殺マジシリーズ マジ殴り』 水素は渾身の一撃を地に放ち、凄まじい余波と振動で機械仕掛けの神の世界を崩壊させた。 「馬鹿な…!こんなことがあってたまるか!こんなことが!我は凪鞘だぞ!?超越神だぞ!全ての神々の頂点に位置する存在だぞ!?何故だ…!何故この凪鞘が、あろうことか人間ごときに!」 《デウス・エクス・マキナ》を一撃のもとに破壊された凪鞘は蝋梅の色を隠し切れない。宙から水素を見下ろしながら、しかし水素に及ばないという現実を突きつけられたのだ。 「人間だからだよ」 水素の答えは一言だった。 「何だと?」 「超越神で頂点ってことはもうそれ以上は上がらねえんだ、お前は。だが俺は人間だ。人間は死ぬまで成長し続けるんだよ。失敗しながら、苦しみながら、後悔しながら、それを乗り越えて人間は生を謳歌するんだ。でもお前は違う。最初から高みにいるお前は俺という人間に追い抜かれる運命だったのさ」 「戯言を!」 水素の言に激怒した凪鞘が《ゴッドツインダガー》を振るい斬撃を繰り出す。水素のx?「罰曚?曚鵑両?契擇譴椴?譴垢襦 「俺は人間だ。人間だからこそ大切なものの為に戦う。お前の世界征服だの超越神語りだのはウンザリだ。俺の日常を、レムやラムやベア子との生活を邪魔すんじゃねえ。お前の独り善がりな姿勢がみんなの日常を、成長し続ける人間の生活を邪魔し続けるんだよ」 かすり傷を負いつつ、水素は歩き続ける。そして… 「黙れ黙れ黙れ!消え去れ下等生物が!」 凪鞘は自身の念により水素の存在を消し去ろうとするが、そんなものが水素に通用する筈もなく… 『必殺マジシリーズ 連続マジ殴り』 跳躍した水素の渾身の拳から放たれる連撃が、凪鞘を無数の肉片に変えたのだった。 「さて、これで終わりというわけにもいかないだろうな。どうせ李信は苦戦してるだろうし」 水素のその予感は、まさに的中していた。 李信はカタストロフィを相手に手も足も出ない状態だった。戦闘力数億を誇る《超サイヤ人ブルー界王拳》を前に、《完全虚化》では戦闘力が足りなかったのだ。 『月牙天衝!』 吠える李信。振り上げられた《天鎖斬月》が振り下ろされ、黒き霊圧が噴き出しカタストロフィに突き進む。だが、月牙天衝は空を切るだけだった。カタストロフィは目で終えない神懸かり的な速度で回避したのである。 『かーめーはーめー……!』 空中に移動したカタストロフィが気を集中させ、『かめはめ波』を放つ構えに入るも、《響転(ソニード)》で移動した李信が天鎖斬月を背後からカタストロフィに振り下ろす。 (わざわざ溜める時に伸ばして技名を叫ぶから隙が出来るのだ、バカめ…!) ニヤリと綻ぶ李信の口元。だがカタストロフィが纏う気の力により傷一つすらつけられていないことを見て目を見開く。 『波ー!』 溜められたエネルギーが李信の方を振り向いたカタストロフィの両手から放出されるも、李信は響転でその場から消える。 「キメの時に背後から襲うなんてセオリー違反だぞ直江さん!」 「凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。 故に善く奇を出だす者は、窮まり無きこと天地の如く、竭きざること江河の如し。 終わりて復た始まるは、日月是れなり。死して復生ずるは、四時是れなり」 カタストロフィからの文句に対して、李信はそう返した。カタストロフィは首を傾げる。李信が何を言っているのか理解が出来ない。 「何言ってんだ?おめえ」 「孫子の兵法だ。戦の時は正攻法で対峙し、奇襲をもって攻める」 「わけわかんねーこと言ってんじゃねえ!」 苛立ったカタストロフィは気で刃をつくり李信に突進していく。 『王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)』 響転で避けたことによりカタストロフィは勢いあまって全身を地面にめり込ませてしまう。その背後から李信が《王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)》を至近距離で叩き込んだ。 超高速戦闘。 この2人の戦いを一言で言い表すならまさにこれだろう。余計なセリフ回しは終わった。後はお互い全力をぶつけるのみである。 《王虚の閃光》を超スピードで寸前回避したカタストロフィが李信の後ろを取るが、李信も響転でカタストロフィの脇に現れ天鎖斬月を振るう。カタストロフィは気の力で刃をつくり天鎖斬月にぶつけて対抗する。 李信はこの鍔迫り合いの状態から無言で『月牙天衝』を放つ。しかし放った時にはもうカタストロフィはそこには居ない。 カタストロフィもまた李信の脇に現れ気の刃を振るうが、振るう寸前に李信はカタストロフィの視界から消える。 《天鎖斬月》は《卍解》としての戦力をその小型の形状に押し固めたことにより超高速戦闘が可能な卍解である。そして虚化の戦闘力上昇もあり、スピードだけは何とか追いついている(ように見えるだけ)のである。 互いに瞬間移動を繰り返し、向きや現れる方向や場所を変えて何撃も何撃も気の刃と天鎖斬月をぶつけ合う。 その最中、李信は移動し打ち合いを続けながら霊圧を角先と天鎖斬月に込める。それが終わったところでカタストロフィとぶつかり合うタイミングを図り、《月牙天衝》と《虚閃(セロ)》を同時に放つ。 しかしカタストロフィにはかすり傷一つつかない。そもそもの戦闘力が違い過ぎるのだ。そしてカタストロフィは技を放ったばかりの李信の隙をつき、李信の両腕と角を気の刃で斬り落とす。 「しまっ…!」 角を斬り落とされたことにより李信の《完全虚化》が解除され、元の姿に戻ってしまった。そればかりか、両腕を斬り落とされたことにより天鎖斬月が離れてしまった。 「地球のみんなオラにちょっとだけ元気をわけてくれ!!」 空中に移動したカタストロフィは両手を天に掲げ、この世全ての生体からエネルギーを集め始める。 「自ら無防備を晒すか、愚かな!」 李信は超速再生で腕を復活させ、《虚閃》を放つも今更そんなものはカタストロフィの気により消滅させられるだけだった。 (まずい…!あれは避けられない!それどころか地上に当たれば世界が…!) しかし、遅かった。カタストロフィのエネルギー充填は完了してしまったのだ。 『元気玉!!』 巨大なエネルギーボールがカタストロフィの両手から投げつけられた。 (これまで…か…) 観念したように項垂れる李信だが、突如李信の前に現れた何かが飛び跳ねて元気玉を粉砕してしまった。 「誰だ!オレ達の真剣勝負を邪魔する奴は!」 元気玉をかき消されたカタストロフィの目に映ったその男は… 「趣味でヒーローを…いや、このセリフ今回2回目だし流石に湿気るな…。とにかく俺はヒーローをやってる水素ってモンだ」 「水素…よく来てくれた。ここに来たってことは…」 「ああ、凪鞘はもう倒した」 水素が誇ることも無く李信にそう答える。額や頬のかすり傷が凪鞘との激闘を物語っており、振り向いた水素の顔を見て李信は何か思うところがあった。 (平然と答えたが水素、お前が例え僅かなかすり傷だとしても傷を負うとはな…。凪鞘…やはり此処で消したのは大きい。北条の切り札だったようだしな) 李信は安堵した。自身の力では勝てなかったがカタストロフィも水素が現れれば敗北は必至である。 「ふざけんな!戦いに水を差すんじゃねえ!」 と憤るカタストロフィに対し 「ふざけんな!日常に水を差すんじゃねえ!」 と水素は返す。 『かーめーはーめー…波ー!』 《超サイヤ人ブルー界王拳》の状態から放たれた《かめはめ波》だが、水素は拳でそれをかき消してしまう。 「なっ…!」 『必殺マジシリーズ 両手・マジ殴り』 両手の拳から繰り出された渾身のパンチが、カタストロフィの肉体を粉砕した。 「相変わらずワンパンかよ…」 自分が歯が立たなかった相手をさも当たり前の様にワンパンで倒す水素。この光景は何度目にしても複雑な感情を抱かずにはいられない。 再び、エイジスvs北条 北条の《威装・須佐能乎》を纏った九尾の口腔から発射された《尾獣玉》が氷河期目掛けて突き進む。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 雄叫びを上げる氷河期を取り囲む様にして地中から湧いて出て来たのは、《須佐能乎》と同規模の巨大な氷のゴーレムだった。巨大な氷のゴーレムは氷で造られた自身の身長の3分の2程もある巨大な剣で尾獣玉を真っ二つに斬り裂いた。 真っ二つに斬り裂かれた尾獣玉は氷のゴーレムの脇を掠めていき、暴発した。 「お前にそんな技があったとはな氷河期」 「ああ、初めて出した。何が何でもお前を殺す為にな、北条!」 氷河期の念により氷のゴーレムは動く。氷の剣を振り翳し、《威装・須佐能乎》目掛けて振り下ろす。《威装・須佐能乎》も両腕に持つ剣で氷のゴーレムの剣を受け止めた。 『尾獣玉ァ!』 そして零距離からの尾獣玉が発射されるが、氷のゴーレムの体には僅かにヒビが入るのみである。 『火遁・豪火滅失!』 『コキュートス!』 印を結んだ北条の口からは最大の規模の火遁が、氷河期の右手の掌からは氷属性最強の魔術が放出された。炎と冷気がぶつかり合えば、当然それは蒸気となる。2人の視界を全て遮る程の蒸気が巻き起こる。 そして氷河期の視界を遮ったのを好機と、北条は九尾に3発連続で尾獣玉を発射させる。2発は氷のゴーレムの両腕の氷剣で斬り裂いたが、1発が胸部に直撃してしまう。 「うおっ!」 衝撃でゴーレムが押し込まれる。その隙を狙い、《威装・須佐能乎》が両手に剣を掲げて畳み掛けてくる。更に、剣には《千鳥》が纏われている。 「はああああああああああああああ!」 氷河期の叫びに応じて氷のゴーレムが両手に持つ剣を一つに合わせて迎え撃つ。二つの力が拮抗し、鬩ぎ合い、やがて破裂し拡散した。 氷のゴーレムと須佐能乎は消滅し、九尾もダメージにより口寄せが解除され消えていた。 「氷河期…精霊術も無いお前がまさかここまでやるとは…少々実力を見誤っていたようだ」 「そうかよ…じゃあそのまま死ね!」 氷河期は《冷撃砲》を放つも、北条は《神威》によりすり抜けた挙句に神威空間へと消えていった。 「今度会った時は必ず殺す。その時を楽しみにしていろ」 神威空間に吸い込まれる直前の北条のセリフが氷河期の脳裏にこびりついて消えない。 「逃げられた…畜生…!」 氷河期は追い詰めながらも北条に逃げられた遣る瀬無さと悔しさで一杯だった。両膝を地につけて拳を握り締める。