【第二部第二章 凪鞘編】 【♪イメージOP♪】Sign (アニメ「NARUTO疾風伝」より) 太古の昔、唯一神ヤハウェに仕える一体の力天使が存在した。 そんなある日のことである。 「主よ、何故貴方は人類をお創りになったのか。貴方がアダムとイブをお創りに、禁断の果実など彼らの傍に置かなければこのようなことにはならなかった筈です!思い上がった人類を間引く為に地球に大洪水を発生させ、地球は大損害を受けました!何故このようなことを!主に代わり地球を管理している私を信じて下さらないのか!」 熾天使は人類という不可解な部分ばかりで地球の害にしかならない生物を創ったことに関して疑問を抱いていた。 「面白いから」 それが唯一神の答えだった。 「何ですか…何ですかそれは!貴方は…!」 「力天使ドナルドよ。お前とていずれ地球の歴史に終止符を打つ役目があるのだ。私の存在意味に疑問を抱くなど不届き千万だ。貴様には堕天してもらう。今日をもって力天使の任を解く」 激昂した力天使ドナルドに唯一神は非常に厳しい沙汰を降した。力天使ドナルドはその場で唯一神に刃を向け、唯一神を倒し熾天使へと昇華した。 「神などというのは、全てこのような存在なのだ」 そう思い込んだ熾天使ドナルドは凡ゆる神々に闘いを挑んだ。自らが神々に成り代わりこの世の全てを支配下に置く為である。 「しかし神の数が多過ぎる。一斉に間引く方法は無いものか」 そんな中、熾天使ドナルドはヤハウェより更に上位、全ての神の頂天に位置する、この世を創造した超越神「凪鞘」を復活させて他の神々を全て滅ぼそうと思いついた。 以後、熾天使ドナルドは凪鞘の復活方法を探してこの世界を放浪しているという。 「と、これが凪鞘と終焉の熾天使にまつわる言い伝えだ」 セールが神話について記述されている本をパタンと閉じる。アティークとの激闘から三週間余りが経過していた。此処はペルセポリス城改めポケガイ城の一室。セールに呼び出された北条は長々と続いていたセールの音読を聴かされていた。 「そんな下らない幼稚な昔話を聴かせる為に俺を呼びつけたんですか?せっかく気持ちよく昼寝してたのに」 北条は不満そうな顔で不服を洩らす。 「その為だけに呼んだわけないだろう。実はこの終焉の熾天使ドナルドの目撃情報が上がったのだ。これを見てくれ」 セールは机の引き出しから何枚かのフィルムを取り出して机上に置いた。背中に6枚の光剣を纏った熾天使の姿が収めれているフィルムだった。 「これがドナルド?合成とかコラとかじゃないんですか?」 「その真偽も含めてお前に調査に行ってもらいたい。お前は忍だからな、こういう偵察任務にはうってつけだ」 北条の疑問に、セールが答える。 「場所も分からないのにどう調査しろって言うんですかね…」 「確かにこれらはどれも空を飛んでいるフィルムだが…。よく見ろ、このフィルムだ」 呆れたと言わんばかりの表情で言う北条にセールは一枚のフィルムを指差す。 「あーこれって…」 「かつてお前らがかっしー討伐に向かった天空の城ガルドリアの廃墟の一部が映っている。奴が実在するならば恐らく今はガルドリア城跡を拠点にしている可能性が高い。実在しているならば早めに我々で潰しておかねば世界は凪鞘復活と共に奴の支配下に置かれてしまう」 ガルドリア城とは、かつて北条、李信、マロン、Wあ、赤牡丹、オルトロス、星屑、小銭、リキッド、奇人、水素が乗り込みかっしーらと激闘を繰り広げた天空要塞である。 「凪鞘ってそんなにヤバいんですか?」 「何でも、あらゆる攻撃や能力を受け付けず、敵意を向けたり害と見做されただけで対象を消滅させる不死の神らしい。今は眠りについているが」 セールも凪鞘のことはもちろん伝承でしか知らないが、国を治める皇帝として最悪の事態に備えなければならない。 「皇帝として任務を言い渡す!北条、このフィルムをもとに終焉の熾天使ドナルドの存在の是非を確かめよ!」 「ポケガイ帝国の上忍・北条、その任務、謹んでお受け致します!」 北条はセールに敬礼し、フィルムを受け取って退出した。 北条はその日の内に旧ガルドリアに到着した。この地はガルガイド王国の王都として栄えていたが、昔日の闘いにおいて全て廃墟となっていた、 見渡す限り、瓦礫の山である。復興など全く進んでいないというか、誰もする気が無いのだろう。復興するとなると復興増税などという政策を打ち出さねばならない現実もあることが大きな要因だろう。それに瓦礫の受け入れの問題も発生する。 「で、あそこにぽつんと浮かんでるのがガルドリア城か。まだあったとはねえ…さて、さっさと任務を終わらせるか」 北条は完成体須佐能乎を召喚し、須佐能乎の翼による飛行で一気にガルガイド城跡へと踏み込んだ。 「うーん、あの闘いの時より不気味な感じだなあ」 城の中に入ると、屋内だというのに植物が生い茂り床を覆い尽くさんとしている。長い間人間が立ち寄らなかったせいであろう。 「ドナルドって奴は何処かねえ…」 北条は数時間かけて城内を隈なく捜すが、遂に見つかることはなかった。 「となると、やっぱりかっしーが居た王の間かねえ…」 残された場所はそこしかない。北条は王の間の扉を開けて踏み込む。 「やっぱ誰も居ないな。後は一応屋外も探索して帰って報告して一楽のラーメン食って寝よう」 王の間にも人影らしきものは全く無い。あるのはかっしーが使用していたぽつんと佇むかのように残っている王座だけだった。因みにこの王の間は空に繋がる吹き抜けになっており天井が無い。 それを確認した北条は須佐能乎を呼び出して屋外に出ようと万華鏡写輪眼と輪廻写輪眼を両眼に発動する。 「人の家に土足で上がり込んでおいてそれで済むと思っているのか?」 (!?) 空から声が聞こえる。エコーがかかったようなよく響く男の声である。 「誰だ!」 北条は声の主を探さんと辺りを見回しながら叫ぶ。 「此処だ」 声の主が天空から舞い降り、王座の前に現れる。背中に6枚の光剣、頭には光輪、まさしくフィルムに映っていた天使そのものの姿である。 「お前は…」 「俺はドナルド。終焉の熾天使ドナルドだ」 「そうか。残念ながら実在してたってわけか」 北条は再度よく確認するようにフィルムと目の前に舞い降りた天使を見比べる。完全に一致している。 「何やら俺のことを嗅ぎ回っているみたいだが…そんなことはさせん。此処に来たということはお前は俺の目的を知り、邪魔をしに来たということだ。お前が一楽のラーメンとやらを再び口にすることは無い。 何故ならお前は、今此処でこの終焉の熾天使ドナルドが始末するのだからな」 背中から一枚の光剣を引き抜いて右手に持ち構えるドナルド。 「始末ねえ…やってみろよ三下…須佐能乎!」 須佐能乎を呼び出して構える北条。 「炎遁・須佐能乎加具土命!」 須佐能乎が上空に黒炎を纏ったインドラの矢を放ち、矢は空中で無数に分かれて次々とドナルドに降り注ぐ。 「ホワイトホール」 ドナルドは左手を宙に翳してワームホール的なゲートを展開し、降り注いでくるインドラの矢を全てゲートで呑み込み無に帰した。 「中々強力な技を使うようだがこの熾天使ドナルドには意味を成さない」 「天照!」 ドナルドのセリフなど聞く耳持たずに輪廻写輪眼から天照を発動する。 「無駄だと言った筈だ」 黒炎はドナルドに発火する前に現れたホワイトホールに吸収されてしまった。 「忍術はダメか…ならば幻術だ。月読!」 北条は万華鏡写輪眼でドナルドと目を合わせて幻術・月読を発動する。月読の世界で十字架に張り付けられたドナルドを72時間刀で刺し続けたのである。 「少しは堪えたか?熾天使とやら」 現実世界に戻り、月読を喰らって両膝をついているドナルドにトドメを刺そうと天照を発動する。 しかしホワイトホールがドナルドの前面に自動展開されて天照は防がれてしまう。 「少し効いたが…俺が何年生きていると思っている?俺に精神的苦痛を与えるなど不可能だ」 即時立ち上がったドナルドによる光剣の一閃で北条は須佐能乎ごと斬り裂かれた。が、斬り裂かれた北条はそこで消滅する。 「火遁・超大炎弾!」 「さっきのは分身か!小癪な真似を!」 突如頭上斜め右から現れた北条の口から巨大な火球が発射される。ドナルドはその火球を光剣を振り払って斬り裂いた。北条は床に着地する次の術を発動する。 「魔幻・枷杭の術!」 「ぐわあああああああああああああ!」 北条の万華鏡写輪眼から幻術が発動する。ドナルドは自身の体に杭が刺されているかのように錯覚し、激痛を感じると共に金縛りにあってしまう。 (精神力が多少強いだけで種類によって幻術は効くようだ。それにさっきホワイトホールで吸収された俺の術は奴の視界に入っている時に前方から放ったもの。ならば…」 北条は自然エネルギーを一瞬で取り込み仙人モード化しながら瞬身の術でドナルドの背後に移動する。 「口寄せの術!」 北条は術の印を結んで妙木山の蝦蟇仙人である老蛙・フカサクとシマの夫婦を口寄せする。 「フカサク様、シマ様。強力お願いします」 北条は幻術でドナルドが金縛りにあっている隙にフカサクとシマに敵の能力や今の状況を説明した。 「分かったけん。まだらちゃんよ、ワシらと合体するぞ」 「まだらの小僧!ほな、いくでぇ!」 フカサクとシマが北条の肩に乗る。これが合体であり、フカサクとシマが北条の仙人モードをサポートするのである。 「小僧は油で父ちゃんは風遁じゃ!」 「仙法・五右衛門!」 シマの合図でシマは火遁、北条は油、フカサクは風遁をそれぞれ吐き出して三者の術を融合させ、超高温の油の波をつくりそれがドナルドに襲い掛かる。 しかしホワイトホールが背後にも自動展開され、五右衛門は吸収されてしまった。 「視界に入っていなくても自動発動するのか。なら上からなら…!」 北条は仙人モードで上昇した脚力で跳躍し、右手に巨大なチャクラの乱回転する球を形成する。 「超大玉螺旋丸!!」 頭上から頭部への超大玉螺旋丸。これで勝負は決まるかと思われたが… 「グラビティバリア」 魔幻・枷杭の術を破ったドナルドが頭上に手を翳して重力力場を展開し超大玉螺旋丸を消滅させた。 【♪イメージBGM♪】儀礼 (アニメ「NARUTO疾風伝」より) 「あいつ、俺の写輪眼による幻術を破ったのか…!」 北条は着地し、ドナルドの出方を窺う。 「中々高度な幻術を使うようだ。だが俺はお前のことを全て知っている。お前の経歴も、人間関係も、使う術も」 ドナルドは背中からもう一本の光剣を引き抜いて二刀流の構えを取る。 「どういうことだ?」 「俺は終焉の熾天使。この世界に存在する貴様ら人類のことは何でも知っている。俺はかつて力天使として唯一神ヤハウェに仕え、人間界の管理を任されていた。その時に身につけた全知の能力だ」 「貴様がどのような術を使おうと、この俺を倒すことは出来ない。お前には苗床の一つとなってもらう。何、殺しはしない」 ドナルドは少し息を置くと続けて話した。 「苗床だと?」 「超越神・凪鞘の復活の為には強大かつ膨大な魔力を有する5人の能力者を凪鞘のエネルギー源として取り込む必要がある。お前はその5人のターゲットの内の1人だ」 北条の質問にドナルドが淡々と、冷酷な低い声音で答える。 「そんな話を聞いたら益々負けるわけにはいかねえな。凪鞘を復活させるわけにはいかねえ。この世界はお前のおもちゃじゃねえんだよ」 「人間風情が俺に…そして凪鞘に刃向かうか。だがお前に勝ち目は無い」 ドナルドが高速飛行で北条に急接近し北条に二つの光剣を降り下ろす。が、光剣は北条の体を擦り抜けた。 「これは神威という俺の万華鏡写輪眼の瞳術の一つだ。知ってるだけで対抗できるかは別の話だ馬鹿め。 土遁・黄泉沼!」 ドナルドが着地したところでその足下に底無し沼を発生させてドナルドを引きずり込んでいく。 「下は無防備だったようだな。上も手を翳さなければ無防備だ」 「熔遁・石灰凝の術!」 ドナルドを引きずり込んでいく黄泉沼に対し口から多量の石灰を吐く。 「水遁・水乱波!」 更にその石灰に向けて口から水を放出して石灰と混ぜることで、セメントを形成してドナルドの身動きを封じる。 「これで終わりだ!膨張求道玉!」 莫大なチャクラを使い、ドナルドの頭上を中心に膨張していく巨大な求道玉を創り出す。求道玉は壁や床など触れたもの全てを消滅させていく。 「それに触れたものは問答無用で消滅させられる。俺が持つ最強の術の一つだ。お前の野望はこれで潰えた。観念しろ終焉の熾天使よ」 「そうだな…観念するべきだ。お前がな」 黄泉沼に埋まっていくドナルドの背中の光剣が更に光り輝き、黄泉沼もセメントも破壊し取り払ってしまう。 更に黄泉沼から脱出したドナルドの光剣の一つが光の正方形の塊となり頭上に展開し、求道玉の膨張を防いで消滅させてしまった。 「お前の術など俺には通じない。そう言わなかったか?北条よ」 「フカサク様、シマ様!お願いします!」 光剣を持ってゆっくり近づいてくるドナルドに怯まず、北条は次なる手を打ち出すべく両肩に乗っている二大仙蝦蟇のフカサクとシマに合図を送る。 「あいよまだらちゃん、準備出来たぞ!」 「父ちゃんとデュエットなんて小っ恥ずかしいけんのう!」 「つべこべ言わずにやるんじゃ母ちゃん!」 「魔幻・蝦蟇臨唱!」 2匹のちょっとした夫婦喧嘩の後、2匹は同時にグワァグワァと鳴き声で歌い始める。 「これは…!」 ドナルドは自らが直方体の水牢の中に閉じ籠められている幻覚を見せられ、金縛りにされてしまう。 「知ってはいてもそれに対抗できるかは別と俺もさっき言った筈だぜ」 北条は次なる術の印を結ぶ。 「木遁・木龍の術!」 金縛りに遭い、身動きが取れないドナルドに対し象のような鼻を持つ巨大な木製の龍を創り出して巻きつける。 「そして木は火を更に激しく強くする」 北条が火遁の印を結ぶ。 「火遁・爆風乱舞!」 北条の万華鏡写輪眼から神威による渦巻き状の風が発生し、それに火遁の火を吐いて乗せることで強力な螺旋状の火炎となり、木龍ごとドナルドを呑み込んでいく。 「トドメだ」 左手から雷の性質変化を加えたチャクラ放出、放電させることでチッチッチと鳥が鳴くような効果音が発生する。千鳥である。その千鳥に更に炎遁の黒炎を付加することで威力を大幅に上昇させる。 「建御雷神(タケミカヅチ)」 北条がそのまま跳躍、高速で接近し左手による突きを繰り出す。 「魔法陣」 金縛りを自力で解いたドナルドが正面に光剣から形成した魔法陣を展開、北条の建御雷神を受け止め無力化する。同時に北条の万華鏡写輪眼も輪廻写輪眼も元の瞳に戻り、仙人モードも解けてしまう。 【♪イメージBGM♪】暁 (アニメ「NARUTO疾風伝」より) (こいつ…もう幻術を!それに爆風乱舞も効いていない!) そのままドナルドは北条の腕を掴みあげてしまう。 「お前が今思っていることを当ててやろう。神威が何故発動しないのか、何故建御雷神が無力化されたのか、そうだろう?」 「!」 確かに、神威が発動してドナルドの手は北条をすり抜ける筈だった。 「クソ!離せ!」 北条は振り解こうと暴れるが、ドナルドの力を前に全く意味を成さない。もう駄目だと思った北条は両肩のフカサクとシマに交互に目線を向ける。 「お二人は早く俺の肩から消えて逃げられよ!そしてこのことをセールさんに必ず伝えていただきたい!」 「まだらの小僧!」 「まだらちゃん…分かった!必ず伝える!」 北条の覚悟を悟った両肩のフカサクとシマはドナルドに捕まる前に両肩から消えた。 「この魔法陣は触れた対象の異能を全て封じる。今のお前はただの人間だ。 安心しろ。殺しはしない。大事な魔力源だからな。お前のチャクラ、利用させてもらうぞ。 ハァァ!!」 ドナルドは別の魔法陣を出現させ、そこから半透明の太い腕のようなものを召喚する。 「超越神・凪鞘よ。まずは1人目だ。思う存分喰らわれよ」 伸びた太い腕から口のようなものが開き、北条を取り込んでしまった。 「北条、捕獲完了」 太い腕は北条を飲み込み魔法陣の中へと消えていった……。 ドンドンドンッ!と家のドアを強く叩く音が聴こえる。眠い目を擦りながら「誰だよこんな朝っぱらから~!」と半ギレ状態になって乱暴にドアを開く。 「小銭、すぐに支度しろ。セール皇帝がお呼びだ」 ドアを開けて出てきたのは皇帝セールに仕えている筋肉即売会だった。相変わらず全身に甲冑を纏っており、朝っぱらからドアを開いていきなり出てくるには刺激が強い出で立ちである。 「あ?今何時だと思ってんだよ?まだ6時だぞ?」 「いいから早く来い!」 「ったくなんなんだよ…」 寝起きで半ギレの小銭を怒鳴りつけて急がせる。数分すると、何処ぞの英雄王が着てそうな黒ジャージ姿で小銭が出てくる。 「やっと来たか」 呼び出されたポケガイ城の一室で腕を組んで神妙な眼差しを小銭に向けるセール。そしてセールが肘をついている机にはフカサクが小銭をジッと見つめて小型の椅子を設けて座っていた。 「おうセール。朝っぱらから何の用だよ?俺は安眠妨害されてキーレてんだよ」 「この子が小銭ちゃんか?」 小銭のセリフを無視し、フカサクがセールに確認する。 「ああ。こいつがあの小銭十魔だ」 セールが表情を変えずに短く答える。 「何だこいつ?蛙が喋ったぞ?」 小銭はフカサクを奇異の目で見始める。 「ワシはまだらちゃんの仙術のサポートをしている二大仙蝦蟇の1人でフカサクという。今日は小銭ちゃんに話があって呼び出したんじゃ。朝早くからすまんのう」 「まだら?ああ、北条のことね。俺はあいつとは親しくもないし絡みも殆ど無いけど。で、話って何よ?」 そこでフカサクが少し間を置いてから再び口を開く。 「実はな…まだらちゃんが囚われてしまったんじゃ」 やるせない気持ちを顔に出しながらフカサクが小銭に告げる。 「は?あいつが?あいつ確かあの忍者漫画に出てくる術とか全部使えるチート野郎だったろ。簡単に負けるとは思えねえんだが。つか北条を捕えたって誰がだよ?」 「小銭。お前にも話す必要が出てきた。事の経緯を全て話そう」 驚く小銭にセールが長い説明を始めた。 「ドナルド?凪鞘?で、5人のターゲット?何が何だか急過ぎてな。んで5人のターゲットの内1人が俺である可能性が高いってか?」 小銭はない頭で必死に話を整理する。 「で、グリーンバレーに残ってるターゲット候補は俺とお前だけだった。だから話しておこうと思ってな。因みに直江は究極のラーメンを探し求めるとか言って帝都を出ていったきり戻ってこない。氷河期は美少女と温泉とか言って長期留守中、ターゲット候補ではないがドナルドくらいサクッと倒してくれそうな水素は自分のメイドとどっか旅行に行きやがった。揃いも揃って使えない役立たず共だ」 セールは怒りを顔に滲ませて3人に対する不満をぶち撒ける。 「このままでは世界はドナルドや凪鞘に支配されてしまう。アティークを倒して世界は平和になったかと思えばこれだ。 ドナルドは程なくしてこの帝都に攻めてくるだろう。俺達残った能力者達で奴を倒すしかない」 「はぁーマジかよメンドくせえ。今日は風俗行こうと思ってたのによぉ」 セールの話を聞いた小銭は面倒くさそうに反応する。 「小銭ちゃんよ、ドナルドを倒したら風俗くらいいくらでも行ける。ここは我慢しんしゃい」 フカサクは小銭の態度を注意する。 「とにかく水素達には使いを送ってすぐに戻ってくるよう命令する。今は人手があまり足りていない。頼むぞ小銭」 「へいへーい。じゃあ暫くは自慰で我慢するわ。オカズ何にしようかなー」 小銭はそう言い残して退出していった。 「あんなことで大丈夫なのか小銭ちゃんは」 「あれでも相当の実力者だ。闘いになれば頼りになるだろう」 「だといいんじゃが…」 心配するフカサクだが、セールはある程度小銭の力は認めていた。 星屑は友人であるしずくなのと共に帝都から離れ、旧ガルドリアから北東25kmにある中華風の街「クワタン」に滞在していた。目的は観光である。 相変わらず高身長でしかも学ラン姿なので彼は目立つ。星屑は商店街を歩いていると屋台を出している中年の男に声をかけられた。 「そこのお兄さん!クワタンは初めて?クワタンに来たならお粥食べなきゃ!ホットコーラもあるよ!」 内心少し面倒だと思いつつも星屑は足を止めて男の屋台でお粥を買うことにした。 「んじゃ、お粥一つ」 「おーい!星屑そんなところで何食おうとしてるんだ!」 別の場所で買い物をしていたしずくなのが少し遅れて星屑に追いついた。 「何って、お粥だよ。お前も食う?」 「おっ!これまたガタイの良さそうな兄さんだねえ!兄さんもお粥どう?ホットコーラもあるよ!」 星屑がお粥を注文し、屋台の男がお粥を鍋で煮始める。 「馬鹿モン!コーラは冷たいものと相場は決まってるんだ!おい行くぞ星屑!これから俺の馴染みの店で昼飯食うんだよ!」 「お?お、お、おう……」 星屑はしずくなのに引きずられていった。 2人は暫く歩き、「愚倭田飯店」と描かれている看板を構えた大きな店に辿り着いた。 「此処がお前の馴染みの店?味はちゃんとしてるんだろうな?店の名前が如何にも日本を馬鹿にしてる中国人の店だ」 「味は保証するぜ。入るぞ」 星屑としずくなのは愚倭田飯店に入ると、外観から見ても分かるが広々とした内装だった。天井には大きなシャンデリア、そして数え切れない程のテーブルが並び、その奥に大きなキッチンらしき場所へ続く通路がある。 「いらっしゃいませー」 チャイナドレスを着た扇情的な格好の女性店員の案内で2人は席に着いた。 「あのー、少し宜しいでしょうか」 席に着いた星屑としずくなのに、隣のテーブルがある席に座っていた男がメニュー表を持って声をかけてきた。 「あ?何だお前は?あっち行け」 突然声をかけてきた男を星屑は威嚇する。 「まあまあ。いいじゃないか。で、お兄さんどうしたんだ?」 星屑とは対照的な態度でしずくなのは優しく用件を尋ねる。 「私は牡丹王国からの旅行者なんですが…えっとそんなことはどうでもよくて、メニュー表の漢字が読めなくて困っているんです。助けていただけませんか」 男は恭しくしずくなのに頼み込む。 「そういうことか!ならせっかくだし相席しよう!で、何の料理が食べたいんだ?ふむふむ、エビとアヒルとフカのヒレとキノコの料理ね。 おーい注文頼むー!」 「これとこれとこれ…あとこれも貰おうかな」 男から所望の料理を聞き出したしずくなのが女性店員を呼び出してメニュー表を指差しながら注文する。女性店員は畏まりましたと一礼して去っていった。 「お待たせ致しましたー。ご注文頂いた料理でございます。では、ごゆっくりどうぞ」 「おいしずく。これ牛乳と魚と貝と蛙の料理だろ。全然違うぞ」 星屑が運ばれてきた料理を見て指摘する。確かに、男の要求とは全く違う料理ばかりだった。 「おぉぉ~…」 男も全く違う料理が出てきて目を白黒させている。 「ハッハッハー!まあいいじゃないか!俺の奢りだ!こういう店は何を注文しても美味いもんだ!」 しずくなのが真っ先に料理に箸をつけて口に運んでいく。 「うん、美味い!」 「確かに美味そうだ。俺も食うか」 星屑も蛙の丸焼きに箸をつけて口に運んでいく。 「ほー、これは手間暇かけてこさえてありますなー!特にこの人参の形!」 男が料理の付け合わせの星型の人参を箸でつまんで上げる。 「スターの形…何か見覚えあるな~!」 ピキンッと星屑が男のセリフに反応する。 今まで触れてこなかったが、星屑の首筋には星型の痣が存在する。これはジョース◯ー家の血を引く者に代々発現する特異な物であるが、星屑は「ジョジ◯の奇妙な冒険」シリーズの能力を使用する為にこの痣が発現したのだろう。 この秘密は星屑本人しか認知していない筈であり、ましてや初対面のこの男が知っている筈が無いのである。それだけに星屑は身構えた。 「てめえ、何モンだ?」 「俺は終焉の熾天使ドナルド。貴様がスタンド、波紋その他諸々の使い手星屑だな」 男はドナルドと名乗り、席を立って背中の6枚の光剣を展開し真の姿を現す。 「俺はてめえとは初対面だ。何で俺のことを知ってやがる」 「これから死ぬ貴様に答える必要は無い。死ね!」 ドナルドは光剣の一枚を手に持ち星屑に斬りつける。 「チッ」 星屑はそれを右に跳んで回避する。店の床が次元ごと斬り裂かれて亀裂が入る。 「暗流靡波!」 しずくなのが横からドナルドに向けて魔闘気を放つが自動展開したホワイトホールに吸収されてしまう。 「雑魚は引っ込んでいろ!」 横から割って入ったしずくなのにドナルドは光剣から斬撃を繰り出して放つ。 「オーバードライブ!」 その隙を突いた星屑が波紋エネルギーを纏った手刀を急接近してドナルドの顔面に叩き込んだ。 「効かないな」 ドナルドは光の斬撃を星屑に向けて零距離で放とうと光剣を振り上げる。 「ザ・ワールド!」 星屑はスタンド「ザ・ワールド」を呼び出し時間停止能力を発動した。 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄、無駄ァ!!」 星屑はザ・ワールドで時間を停止させると、怒涛のラッシュ攻撃を開始する。しかも、ただのラッシュ攻撃ではなく触れた相手の体から熱を奪い凍りつかせるという波紋の応用「気化冷凍法」を合わせたラッシュである。 「WRYYYYYYYYYYYYYYY!!!」 ザ・ワールドによる時間停止の効果持続時間は9秒。その9秒間ラッシュを続け、最後の0.1秒程で渾身の力を込めて殴り飛ばす。 「そして時は動き出す」 ザ・ワールドの時間停止が終わり、氷漬けにされたままスタンドのあまりのパワーにより殴り飛ばされるドナルド。 「波紋、吸血鬼、究極生命体、そしてスタンド!俺は無敵だぁぁぁ!!」 星屑はテーブルに並べられた料理を乱暴に手掴みして次々とむしゃぶりついたり、口に運ぶ。 「この星屑の命を狙おうなど100年早いわ!貴様の持つ力など小さい小さい!!」 星屑は狂気じみた笑いを浮かべながら氷漬けになったドナルドに近づいていく。 「どれ、貴様の血を吸ってやろう」 星屑は波紋エネルギーを流して氷の一部を溶かし、ドナルドの首筋に鋭利な牙を突き立てる。更に額の氷も溶かして「肉の芽」を植えてしまう。 「中々優秀な下僕が手に入ったぞ!フハハハハハハハハハハハ!」 血を吸い終わり、波紋の力でドナルドについている氷を全て破壊する。 「さあドナルドよ、お前の主人は誰だ?言ってみろ」 「はっ!私の主は星屑様であります!」 「よく言ったドナルド!さあこっちへ来い!俺の小皿に料理をよそれ!」 ドナルドの返事と辞儀に気を良くした星屑はドナルドに最初の命令を下す。 「はっ!」 ドナルドは命じられるがままに星屑にゆっくりと歩み寄る。 ドナルドは星屑に近づき料理をよそう、と見せかけて光剣を背中から引き抜き手に持って星屑目掛けて振り下ろす。 「ザ・ワールド!」 瞬時に反応した星屑は再び時間停止を発動する。 【♪イメージBGM♪】Stardust Crusaders (アニメ「ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース」より) 「主人に刃向かうとは悪い下僕だ!お仕置きが必要のようだなァ!」 星屑は波紋エネルギーを纏った手刀をドナルドの胸に叩き込む。 「主人に刃向かう下僕など失敗作の不良日に他ならない!貴様の様な存在価値0のゴミは廃棄処分だぁぁぁ!!」 更に、ザ・ワールドによるラッシュを「無駄無駄」という掛け声と共に繰り出していく。 ドナルドの体はザ・ワールドのラッシュによってボコボコにされ、全身が凹まされてしまうと共に肋骨は粉砕され、内臓は破壊されてしまう。 「そして時は動き出す」 時が動き出し、ゾンビとなったドナルドは波紋エネルギーを喰らったことにより消滅する筈だったが… 【♪イメージBGM♪】Killer (アニメ「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない」より) 「貴様…俺の吸血でゾンビになったというのに何故波紋を喰らっても生きている!」 「逆に聞こう星屑。何故貴様ら矮小な人類の攻撃や能力がこの熾天使たるドナルドに通じると思ったのだ?」 ドナルドは涼しい顔で星屑の問いに答える。その表情からはかなりの余裕が窺える。 「暗流襲撃波ァ!!」 先程の光剣による斬撃を回避していたしずくなのが横から魔闘気をドナルドへ全力放出する。 「ホワイトホール」 魔闘気の塊はドナルドに届く前に自動展開されたホワイトホールに呑み込まれてしまう。 「暗流天破ァ!」 しずくなのは魔闘気で無重力空間を創り出してドナルドの感覚を一瞬のみだが自分から逸らさせ身動きを封じる。 「よくやったぞしずく!」 究極生命体の力を利用し瞬時にドナルドの頭上へ飛び出る星屑。 「爆発空気弾発射ァ!」 ストレイキャットとキラークイーンを呼び出し、ストレイキャットの空気弾にキラークイーンの指を触れさせてから発射する。 「暗琉霏破!」 しずくなのもまたドナルドの頭上に躍り出て魔闘気を拳から放つ。 星屑の爆弾空気弾としずくなのの魔闘気がドナルドに直撃して大爆発を起こす。爆炎が瞬時に広がり、愚倭田飯店は跡形も無く焼き尽くされ吹き飛んでしまう。 「やったか?」 しずくなのの視界は硝煙に遮られている。星屑からもドナルドの様子は見えない。 「成る程、北条にも劣らない優秀な技を持っている」 光剣の一振りで硝煙と爆炎を振り払ったドナルドが発した言葉だった。 「!」「!?」 まるで効いていない。一体どういうことかと2人は思考を巡らせる。ホワイトホールは確かに発動していなかったのだ。 「だが身動きを封じてその隙を突き上からの攻撃というパターンは北条のそれと同じだ。とっくに見切っている」 「貴様、北条とも闘ったのか」 ドナルドの口から出た北条という名前に星屑は反応する。別段親しいわけでもなく、顔見知り程度の間柄だが牡丹城などで味方として闘った過去があり、星屑は北条の高い実力を知っていた。 「あぁ。北条は超越神・凪鞘の復活に必要なエネルギー源だから捕らえて取り込んだ。だが貴様らはただの不要な邪魔者だ。故に消しに来た」 光剣を持ったドナルドが2人へと近付いてくる。 「星屑、此処は逃げよう!こいつはヤバい、俺達じゃ残念ながら敵わない!」 「そうするしかねえな。…やれやれだぜ ザ・ワー…」 「遅い!」 しずくなのの提案を受け、星屑がザ・ワールドによる時間停止を発動しようとした瞬間、光剣から放たれた斬撃がしずくなのを両断した。 しずくなのは頭から股まで綺麗に真っ二つに割れて地に倒れた。 「しずくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」 星屑は友の突然の死に際しその名を思わず叫ぶ。 「次は貴様の番だ星屑」 ドナルドが光剣を振り上げ斬撃の構えを取る。 「…逃げるのはやめだ」 星屑は静かに怒りを露わにする。 「てめえはくせえ。ゲロ以下の匂いがプンプンするぜ。てめえは生まれついての悪党だ。始末させてもらう!」 「何をほざき出すかと思えば、友の死で乱心したか星屑ゥゥゥゥゥ!!」 光剣から斬撃を繰り出すが、星屑は背中の翼で高速で低空飛行を始めドナルドの方へと向かいながら右に回避する。 「ならばこれを喰らえ!ダメージウォール!」 ドナルドは摂氏5000度の結界を展開して星屑の接近から身を守ろうと図るが… 「究極生命体たる俺にこの程度の結界が通用すると思ってるのかァァァ!!」 星屑は結界を突き破りドナルドの目の前に高速で躍り出る。 「スタープラチナ・ザ・ワールド!」 スタープラチナで僅かな時間だけ時間停止し、自動展開したホワイトホールを避けてドナルドの零距離に到達する。 「オラァ!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!オラァ!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!オラァ!!」 「グボァッ!」 星屑の渾身の力を込めた怒涛の高速ラッシュにより、ドナルドは全身から血を噴き出して後方へと吹っ飛ばされ、尻餅をついた後に仰向けに倒れる。 「てめーの敗因は…たったひとつだぜ……ドナルド…たったひとつの単純な答えだ………てめーはおれを怒らせた」 横たわったドナルドに星屑は歩み寄り、そう吐き捨てる。 「ついでに捕えたとかほざいてた北条も返してもらうぜ、出せ。北条を解放すれば楽に死なせてやる。拒めば凄惨な拷問の末に殺す」 星屑の怒りに満ちた仁王の様な表情を向けられても、虫の息の筈のドナルドは薄ら笑いを浮かべたまま動こうともしない。 「どうなんだ!」 星屑は焦れて大声でドナルドを恫喝する。 「ジョジ◯シリーズの能力使い星屑…まさか此処までやるとは… だが残念だったな…。お前は俺を殺せはしない…」 ホワイトホールがドナルドの真後ろに開かれ、ドナルドを吸い込んでいく。 「このゲートは俺だけが通り抜けることができるものでな…。次会う時が貴様の最期だ…。さらばだ星屑…」 「待ちやがれ!ハーミットパープル!」 ゲートへと消えていくドナルドにハーミットパープルを伸ばすが、間に合わなかった。ドナルドはゲートの向こう側へと消えていった。 「しずく…クソッ!しずくぅ…!」 敵を取り逃がし、得た結果は友の死のみ。星屑は無力感と虚無感、悲壮感に苛まれてしまう。 翌日、星屑はしずくなのの遺体をクワタン郊外の墓地に葬り、帝都へと帰っていった。 その前後、とある地下アジト 「熾天使御自ら北条を捕えるとは、流石は我らがリーダー。感服した」 薄暗い不気味な雰囲気の地下アジトで、帰還してきたドナルドを褒め称える仲間の声がする。 「星屑を殺し損ねた俺に対する皮肉か?竜崎。それにお前らのノルマはどうなってんだ?」 「とんでもありません、ドナルドよ。既に此方もターゲットの位置情報を得たので今日中に発つつもりです」 竜崎と呼ばれた男が薄ら笑いをしながらドナルドを皮肉った詫びを入れる。 「さっさと行け。グリーンバレーの能力者がバラけている今が好機だ。凪鞘の復活を急ぐぞ」 「畏まりました。必ずやまあやんと共に直江を捕らえて参りましょう」 竜崎はそう言い残してその場から姿を消した。 「我々 スカグル の目的は5人の魔力源を捕らえて凪鞘を復活させ、他の全ての神々を滅ぼし世界を管理下に置くことだ。その為には一刻も早く凪鞘を復活させなければならない。 世界に痛みを!」 ドナルドの言葉に、他の数人のメンバー達が敬礼して返した。 自己紹介をしよう。俺の名は小銭十魔。Fat◯シリーズの能力を扱えるという結構恵まれたスペックでこの二次元異世界に転生出来たラッキーマンだ。本当は好きだからガンダ◯が良かったんだがそれじゃあパワーインフレが激しいこの世界で生き残るのは難しい。GNフラッ◯を使ってたフクナガはトランザ◯しても星屑には勝てなかったからな。結果的にFat◯で良かったわ、やっぱ。 自慢の能力で数々の闘いをくぐり抜け、今やセールが皇帝として治めるこのポケガイ帝国でも結構な地位に居る。 現実世界では低学歴で女にモテずパッとしなかったこの俺だが、今やそこそこのイケメンで恵まれた能力を持ち社会的地位も高く、皇帝のセールにも一応力では期待されている。 そんな俺に漸く生まれて初めて「春」が来ようとしている。俺は本当の意味で生まれてきて良かったと、今初めて実感している。 昨日、快眠していたところをセールに呼びつけられても不機嫌状態のまま城から出た時の話だ。 「小銭将軍!お疲れ様であります!お手紙をお預りしています!」 欠伸をしながら城から出ると、門番の兵が俺への手紙を預かってるとか言って可愛い感じの封筒に入れられた手紙を渡してきた。何だこれ?可愛いデザインだな。まさかラブレター?いやいやそんなまさかwww とりあえず期待しないで自宅に持ち帰る。因みに自宅はマイホームの一軒家だ。しかも3階建てだぜ?数々の戦功を賞されてセールから贈られたんだ。あいつ太っ腹だよな。 帰って靴を脱ぎ捨ててソファーにドカッと腰掛ける。 小銭十魔様へ と書かれた封筒だ。送り主の名は…書いていない。封筒を開けて中身の手紙を出す。お、可愛いデザインだな。桃色に縁取られた…ハローキテ◯がプリントされてるぞ、女の子らしいなwえーどれどれ? 親愛なる小銭十魔様へ 私はこのグリーンバレーの住民です。一目お姿を拝見した時からお慕いしておりました。 是非直接お会いしてお話がしたいです。 急で申し訳ありませんが、本日の午後2時に「カフェ・ドゥ・マゴ」でお待ちしております。 文章は此処で終わっている。名前は相変わらず書かれていない。 いや、待てよ?これは罠かもしれん。いやーでも生まれて初めての女の子からのお誘いだぞ?フイにしていいのか? まあ仮に罠でも俺めっちゃ強いし?返り討ちにしてやるし?俺マジでアヴァロンとかいう宝具の能力で不死身だし? よし、騙されたと思って行こう。 漢・小銭十魔、人生初めての女の子からのお誘い、突撃してきます! 「カフェ・ドゥ・マゴ」?あー、「Cafe Rengatei」のことか。えっと、今日の14時だな。 で、とりあえず10分前くらいにグリーンバレーにあるカフェれんが亭に到着してアイスティーを一杯注文して待ってみた。5分くらいアイスティーを啜りながら待った。 「あ、あの…小銭十魔さんですよね?」 若い女の声!俺を呼ぶ声!見上げると…うお!俺の好みのタイプだ!うっひょー!何故かセーラー服を着ているぞ。この世界に学校なんてあったっけ?まあ細かいことは気にしないぜ。 「こんにちは、小銭十魔です!」 カッコつけて返事しようとしたけど恥ずかしくてやめた。これじゃいつもと変わらないな。 「私、りりあって言います!宜しくお願いします!」 え?今りりあって名乗った?ガチのマジでりりあたん!?うっひょー!りりあたんもこの世界に来てたんだ! 「とりあえず座ってよ」 向かいの椅子に座るように進める。りりあたんは「はい!」と返事してゆっくり腰を下ろす。 「で、その、さ。手紙は読んだんだけどさ。改めて用件を聞いていいかな?俺、女の子にこんな風に呼び出されたことないし、さ。 えっと、勉強教えてくれって言うなら無理だぞ?俺現実世界じゃFラン卒だし。 金は…まあ確かにあるか、これでも将軍だし。それとも犬や猫を貰ってくれって?いや俺動物あんま好きじゃないんだわ」 あれ?何言ってんだ俺。すげえテンパってるよ!やべえ! 「そんなことじゃあ無いんです!」 「小銭さん!私、思い切って言います!小銭さん……私、小銭さんのこと好きなんです!」 「え?マジで?」 あ、え~!マジで!?ま、手紙から見て期待してたけどね!グヘヘへへへw 「私一日中、小銭さんのことばかり考えているわ。この気持ちを打ち明けるのが怖くて、でも言わないでいると胸が張り裂けそうですし…。嫌われてもいいから勇気を出して告白しようって思ったんです!」 「小銭さん…彼女居るに決まってますよね?」 「いや、彼女居ない歴=年齢だけどさ。ひょっとして俺のことからかってるんじゃあ…」 俺が女に好かれる筈が無くね?良く考えてみたらさ。やはり何かの罠かもしれん。 「私、本気です! 小銭さん、この世界に来てから凄くカッコ良くなりました!なんか、こう、いろんな武器とか使って敵をバッサバッサと薙ぎ倒して世界の平和を守る…そんな小銭さんが好きになりました!」 「私、男の人の魅力って、将来性だと思うんです!小銭さんはそれが光り輝いています!」 そこまで言っちゃう?やべえマジ照れちゃう! 「そんなに持ち上げられると~www」 「小銭さん、私のこと好きですか?」 唐突だなオイ。普通好きかどうかじゃなくて告白の返事を求めるだろ。初対面なんだし。 「え、いや、急にそんなこと聞かれても、まあ好きだけどさ」 「何か歯切れの悪い返事…本当は嫌いなんですか?」 え?おいおい極端だな。 「いや、だからそんなことは…」 何か胸騒ぎがしてきたぞ…。 「どっちなの?!私のこと愛してるの!?愛してないの!?さっさと答えてよ!こんなに言ってるのに!」 テーブルをドンッと拳で殴りつけていきなり席を立ち、眼輪筋を痙攣させながら凄まじい形相で突然ヒステリーを起こすりりあたん。やべえよやべえよ…この女やっぱやべえよ…。 「あー!コーヒー零したわー!アンタのせいだからね!」 知るかよ…もう帰りてえ。とんでもねえ地雷だぜこの女。 「あ、あの…!つい夢中になって…!私って…!ごめんなさい!」 いや、今更謝られてもな。お前の本性知っちまったよ。喜んでた数分前までのトキメキを返せよクソが。多分今俺顔が唖然としてるぜ。 「ところで、また…会ってくれますよね…?」 もう嫌だ。 りりあたん、いや、りりあはそのまま泣きながら立ち去っていった。泣きてえのは俺の方だよ。俺の純情を…! 「今の見たか?あの小銭がまさか女とお茶するとはな。だがあの女はやべえわ」 木陰に隠れて一部始終を覗いていた男が2人居た。今セリフを発したマロンと… 「やっぱ三次元女って二次元に来てもクソだわ。純二次元美少女の方がいいぜ」 赤牡丹である。因みにこの2人、マロンは全身に金属器を装着しインド人っぽい格好をしており、赤牡丹は黒ずくめ、クロス、グラサンとかなり目立った格好をしている。 「小銭には悪いがここは知らんぷりしようぜ、巻き込まれたくねえ」 赤牡丹に促されてマロンが頷き、2人はそっとその場を後にした。 翌日いつものように昼休憩となりレストラン「トラサルディー」で食事をしようとそこに向かって歩いていると… 「ん?足音?そういやさっきからつけられてる気がする…」 そして右肩にポンと手を置かれる。 「私よ、小銭さん」 振り返ると…ぎゃあああああああ!出たー!りりあだあああああ! 「何してるの?」 「いや、見ての通り昼休憩になったから飯を食いに行くところだよ」 やべえ逃げてえ…そういや俺って闘わない時は霊体化出来たよな?よし…クラスカードを発動して… 「小銭さん、私昨日変なこと言っちゃって…あれ、忘れてくれますか?」 いや、忘れたくても忘れられねえよ。 「私ってその…思い詰めるとこうなっちゃうって言うか…恥ずかしいわ。人間って広い視野でものを見なきゃダメなのよね」 何だこの威圧感は…今なら分かる。二次元党の奴らが言っていたことが。女ってやっぱクソだわ、うん。 「これからも…普通の友達で居てくれますか?」 「えっ?ああ、うん」 何言ってんだ俺ええええええ! 「よかったー!私嫌われてたらどうしようって、一晩中眠れなかったの!」 いや、もう嫌いだよ。あー腹減った。 「それで、お詫びと言っては何だけど、これ!朝までかかって編んだんです!身長とウエストは知ってたんだけど肩幅が合ってるか心配で、でもぴったりみたい!よかったわー!」 りりあが出して来たのは白色のセーターだった。何で俺の身体情報知ってんの?何なの? 「お守りも作ったのよ?朝まで素敵な愛が見つかりますようにって!」 暫くは見つからねえだろうな。 「それとね?お弁当も拵えたんです!一緒に食べようと思って!」 唖然としている俺に更にりりあは追い討ちをかける。何だよこの重箱… 「この海老はね?今朝市場で買ってきたの。お魚屋さんにも売ってない新鮮さなのよ?ヒラメのムニエルは私が細かくピンセットで骨抜きしたのよ?」 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!ヤバい!!誰か助けてくれ~! 「ん?そこに居るのは小銭か?おーい小銭ー!」 ん?この声は!確かマロンの声だ!隠密の奴も一緒だ!助かったー! 「お!マロンに隠密じゃねえか!あ、りりあわりい!俺この2人と予定あるんだ!じゃあな!」 俺は2人の腕を掴んで引きずるようにしてその場から急いで離れた。 「で、りりあにストーカーされて困っていると」 隠密はそう言って頷いた。今トラサルディーで食事をしながら話を聞いてもらってたところだ。 「ぶっちゃけ知らんぷりしようと思ってたがあまりにもあの女ヤバそうだしお前も可哀想だし声かけたんだよ。ま、大体の事情は分かった」 マロンも分かったようだ。 「で、どうすればいいんだ俺。好きでも何でもないから纏わりつくなってはっきり言えばいいのか?」 それしかねえ気がするぜ。 「それは彼女の情熱という火に油を注ぐようなもんだ。お前がりりあから嫌われるような男になるしかねえな」 おお、それは名案だ!隠密お前天才だよ! 「どうすりゃ嫌われるような男になれるんだ?」 「不潔な男ってのはどうだ?お前今日から風呂入るな!パンツも取り替えずに歯も磨かない!頭にシラミを飼うとかいいかもな!」 「いや、俺は真面目なんだが。勘弁してくれよ」 聞いてみたらなんだこの答えは。マロンてめえふざけてんのか? 「俺も大マジだぜ!」 信じられねえよ。 「仕方ねえ。要はお前が将来性無い男だと思われればいいわけだ。俺達も協力すっからよ」 隠密よ、頼んだぞ。マロンもな。 夕方、りりあが散歩しているところに赤牡丹とマロンが立ち話をしている。わざとりりあに聞こえるように。 「でさー、知ってるか?小銭のことだよ!」 最初に話を切り出したのは赤牡丹である。 「ああ、ヤバいと思ったが性欲を抑えられなかったとか言ってたよな?流石に12歳の少女をレ◯プするのはまずいよな~!」 マロンも放送禁止用語を惜しげも無く使って返す。 「しかもあいつ生前現実世界で風俗嬢に無許可中出ししたそうだぜ?」 「最近はエロ本やAVを万引きして自慢してたぞあいつ。せけえ奴だよなー!」 「俺あいつと付き合うのやめよーっと!」 「俺も手を切ろうーっと!」 赤牡丹とマロンはこれ見よがしに立ち話を切り上げて密かにりりあの方に視線を移す。りりあは無表情のまま去っていった。 「よーしこれで大丈夫だろ」 赤牡丹が冷や汗をハンカチで拭いながら息を整える。 「小銭も明日からは安眠出来るだろ。よかったな」 マロンも一息ついて安心し切っていた。 その夜、俺は自宅に帰って就寝しようとベッドに入った。 「今日も色々あったな。隠密とマロンは上手くやってくれたかなー?もう寝るか」 小銭は目を瞑って寝静まる。が… ん?何だ?視界に何か女が映っている…。ゲッこいつはりりあ! 魘されて起きちまったぜ。何で夢にまでりりあが出てくるんだマジで勘弁してくれよ… 水でも飲むか、よいしょっと。ん?部屋の窓の方から嫌な気配を感じるぞ… 「小銭さぁん!!」 「う、うわあっ!!何でお前が此処に居るんだァ!」 嘘だろ?此処しかも二階だぞ?どうやって登ったんだよ?つか何で居るんだよ!窓に張り付いてやがる… パリーンと窓を破壊してりりあが部屋に侵入してくる。ひ、ひえ~! 「小銭さん、貴方友達の間であまり評判良くないようね!ん?」 りりあは俺の机の上にある、今日筋肉即売会から返されたポケガイ帝国軍一斉開催の学力テストの答案用紙を手に取った。点数は、100点満点中16点。 「男の人は頭の良さだけではないと言っても流石にこれは酷いわね。でも安心して?私が貴方を立派な男に協力してみせるわ!」 クソッこうなったら能力を使うしかねえ! 「クラスカード、アーチャー!」 俺はアーチャーのクラスカードを使いギルガメッシュの姿になる。 「おい、今すぐ帰れ!これ以上俺に何かしようってんなら容赦しねえ!宝具を次々に射出してお前の体を貫いてやるぜ!」 脅しをかける。流石にもう退くだろう、うん。 「やってごらんなさいよ!貴方の攻撃なんて私には通用しないわ!」 強気だなこの女。仕方ねえ… 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)!」 宝物庫から宝剣をりりあに向けて一斉射出する。が、りりあの体に直撃しても貫くどころか弾かれてしまった。 「馬鹿な!俺の宝具が効いていないだと?」 「私は1京2858兆0519億6763万3865個のスキルを持っているのよ。貴方の攻撃なんて効く筈が無いじゃない!」 りりあの髪が異常に伸びて俺の体に巻きつき持ち上げてしまう。 「これから私と一緒に暮らしながら立派な男を目指しましょ?」 隠密、マロン…逆効果だったぞ…。 俺は目を覚ますと、知らない天井が視界に広がっていた。どうやら俺はマジでりりあに拉致されたらしい。 「目が覚めた?」 りりあがルンルンルーンと口ずさみながら小銭の寝起きを確認する。寝ていたのか気絶していたのか、どちらが正しいかは分からないが… 「何だ此処?こんなところさっさと破壊して、クラスカード…!」 クラスカードが発動しないだと?何故だ…! 「私は沢山のスキルを持っていることは昨日話したけど、そのスキルの一つを使って貴方の能力を使えなくしてあるから!お腹空いたでしょ?今朝御飯にしますからね!」 りりあがベーコンエッグとかクロワッサンとかスープを持ってくる。いい匂いだ。…じゃなくて!クラスカードが発動しないならマスターの、魔術師の力を使えばいいじゃないか! 「トレース…オン!……あれ?」 やはり魔術師の力も使えない。どうしよう完全に監禁されちまったよ! 「貴方の能力を全て封じる結界を張ってありますからね!トレースしようが水銀を使おうとしようが無駄ですからね!」 何でこいつ水銀の魔術のことまで知ってんの?仕方ねえ、此処は用意された飯を食おう。隙を突いて逃げ出すんだ…! 俺は椅子に座りナイフとフォークを持って食べ物に伸ばす。 「待ちなさい!」 「!?」 え?まだ食べちゃ駄目なの?いきなり何だよ。 「勉強しながら食事してもらいます!では問題です!正解したらこの箱の中にある料理が食べられます!頑張りましょうね!」 りりあが3つ並んだ箱を持ってきてテーブルに置く。何か問題の答えらしきものが書いてある。あーだりー。俺は勉強苦手だし嫌いなんだよ! 「では問題です!前漢時代の相国の地位に就いた人物は僅か2名ですが、次の3名の人物からその内の1人を選んで答えなさい。 A.蕭何 B.呂産 C.夏侯嬰 さあ、答えなさい!」 は?知るかよ!ちょく…直江じゃあるまいしこんな問題答えられるわけねえだろ!直江助けてくれー!あいつ今何処で何してんだ?そういや最近あいつの顔全然見てねえな。氷河期も水素も居ねえ。 つか相国って何だよ!知らねえよ!江戸幕府でいう大老みたいな?多分そうだろ、うん。 「え、えーと…相国…相国…しょう…しょうだから蕭何…Aだな!」 やべえよ自信ねえよ…。 「正解です!箱の中身はゆで卵です!お塩かけるでしょ?今持ってきますからね! あー、それとね?Bの中身は石鹸で、Cの中身は消しゴムでした!」 は?石鹸?消しゴム?やべえこいつならマジで食わせてきそうだぞ…冗談じゃねえ! とりあえず俺はゆで卵に塩をかけて食ったが、こんなんじゃ足りねえよ! 「では第2問です!contrastを和訳すると? A.対象 B.対照 C.対称」 分かんねええええええええ!!紅蓮とかいぬなりとかエスパニョールみたいな高学歴じゃねえと分かんねえだろこんなの!エスパニョール助けてくれえええ!何処に居るんだあああ!! 「えっと…A…」 りりあの表情を見ながら答えるんだ!Aは違うようだな、険しい表情してやがる! 「いや、Bだな…」 りりあの顔つきが柔和な笑みに変わる。よし、Bだな! 「Bだ!」 俺ははっきりと答える。 「小銭さん、貴方今私の顔色を窺いながら答えたわよね!?罰としてAとC、両方食べてもらいますからね!Aはアスパラガスの英語辞書巻き!Cは英単語カードのコーンフレークよ!二つとも食べ終わるまで次の料理は出しませんからね!」 りりあが箱の中身を取り出す。声からは凄まじい怒気を感じる。つかこんなの食えねえよ!俺を家畜かなんかと勘違いしてねえか!? 「冗談じゃねえ!俺はお前のペットじゃねえ!こんな茶番付き合ってられるか!」 俺は二つの料理を小皿ごと床に叩きつけて割ると走り出す。やべえよこの女マジでイカれてやがる!逃げねえと命の保証はねえ! 「逃がさないわよ!」 りりあの髪が伸びて俺に巻きついて締め上げる。駄目だ…対抗手段がねえ…! 「小銭さん、貴方はこれから私を恨む気持ちになるかもしれない。でも貴方がこの家を出る時、一回りもふた回りも成長した自分を見てきっと私に感謝するでしょうね! ああ、自分にはこの女性が必要なんだ!りりあが居なければ生きていけないってね!」 「この家はね、既に空き家なのよ?それを私が金で買ったの。壁もバッチリ防音性です!だから助けを呼んでも誰も来やしないんだから! 最も、誰か来たところで関係無いけど!愛は無敵ですもの!」 りりあはそう言って部屋から出て行った。 終わりだ…!セール、隠密、マロン、筋肉即売会…誰でもいいから助けてくれえええええ!! 午前10時頃、俺は尿意を催した為にトイレを探していた。 「おいりりあ、トイレは何処だ!」 「トイレなら…」 りりあの答え通りの場所まで行くと、そのドアには…鍵がかかってんじゃねえかあああああ!!ん、何だこれ?問題が書かれた紙があるぞ? 問題:明応の政変が発生したのは西暦何年でしょうか?答えの年数を鍵を回して揃えることで鍵が外れます! 何だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?分かるわけねえだろこんな問題ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! おい、直江!お前今何処に居るんだ!こんな大変な時にお前は何勝手にどっか行ってるんだ!氷河期も水素もだ!セールの言う通りホント使えねえ奴らだぜ! って、そんなこと言ってる場合じゃねえ!やべえ漏れちまう!分かんねえよおおおおお!! …あ、今、パンツとズボンに暖かい感触が…オワタ… 「パンツとズボン、洗濯しておきましたからね。着替えに用意したものはサイズ合ってるかしら?」 りりあが用意したパンツとズボンの替えのサイズはぴったり合っていた。何でこいつ俺の身体情報知ってんの?怖い!怖過ぎる! 「恥ずかしいというか、人間として最低の気分だ…。なあ、こんな歳にもなってお漏らししちまうんだぜ?俺は。こんな男幻滅しただろ?もう解放してくれよ!なあ!」 「愛する人の尿ですもの。全然気持ち悪くないわ。例えウンコでもね。それに私は貴方を教育すると言ったでしょう?じゃあ私は食材の買い出しに行って来ますからね!」 りりあはそう言って出て行った。今がチャンスだ!助けを求めるんだ! りりあが家を出て行ってからある程度時間が経過したのを見計らい、俺は密かに家を出る。此処は…何処だ?グリーンバレーにこんな場所あったか?岬があるだけで周り何もねえ! 仕方ねえ行き先が何処かなんて気にしてる場合じゃねえ!逃げるぜ! はしーりだせ!はしーりだせ!そらー高く あざーやかに~♪ 体で感じていた謎の重みが消えた!恐らく結界の範囲外に出たんだろう! 「そうだ!念の為に…クラスカード、アーチャー!」 このエミヤの弓ならもし見つかっても助けを呼ぶ為の合図となる矢を放てる!行くぜ! トレースオンで剣を手に出現させ、それを矢として天に向かって射出する。誰か来てくれえええええ! 「あら?小銭さん!?何をしているのかしら!?」 怒気を強めた低いトーンで俺に近づいてくる声… 「ゲッ!りりあ!もう戻って来やがったのか!」 「食材の買い出しに行くなんて嘘に決まってるじゃない。貴方を試す為のね。だって家にはまだ食材が沢山あるんですもの。 ところで、逃げようとした悪い小銭さんにはお仕置きが必要のようね!」 やべえええええええ!罠だったのかよ!やべえやべえやべえやべえやべえやべえやべえやべえやべえ!りりあは髪を伸ばす能力使い始めたし! …こうなったら、腹くくるしかねえ!漢見せろ、小銭十魔!お前はポケガイ帝国の将軍の1人だろう! 「俺はもう!てめえの言いなりにはならねえ!帰らせてもらうぜ!」 偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)を弓でつがえてりりあに狙いを定める。 「喰らえええええええ!!」 カラドボルグⅡは弧を描いてりりあ目指して飛んで行く。行けるか!? 何のスキルを使ったのか知らねえが、りりあはカラドボルグⅡをあっさりと掴みやがった。 「小銭さん、貴方の攻撃が私に通用すると思っているのかしら!?」 りりあの奴、掴んだカラドボルグⅡを片手でへし折りやがった……こいつ人間か? 「トレースオン!」 エミヤの宝具である固有結界から二刀一対の短剣「干将」「莫耶」を取り出し両手に持って構える。弓が駄目なら接近戦だ! 「行くぞキチガイ女!武器の貯蔵は十分か!」 俺は干将と莫耶を手に高速で突っ込む。りりあは髪を操っては高速の俺の動きに対応して短剣を捌いてきやがる。この髪、切れねえ!どんな髪質してやがんだ! 「貴方は私には敵わない!潔く私のモノになりなさい! さっきまでは貴方を立派な男にする為に教育しようと思っていたけど、これからは違うのよ! これからはね、貴方に私を好きにさせる為の教育よ!」 眼輪筋が痙攣してるぞこの女…。構わず俺は高速で二刀を叩き込み続けるがこの髪には全く通じねえぞ…。 「私が今使っているスキルの一つ欲視力(パラサイトシーイング)は相手の視界を盗み見ることが出来るのよ! 貴方の動きが手に取るように分かる!分かる!分かる!!」 何だよその輪廻眼みたいな能力は!?りりあは何本かの髪を抜いて一本の剣を形成して俺の剣を受け止めて来る。 「最後の警告よ小銭さん!私のモノになりなさい!」 【♪イメージBGM♪】エミヤ_UBW Extended (アニメ「Fate/stay night [Unlimited Blade Works]」より) 「小銭さん、私のこと好きよね?好きって言いなさい!もしそうでないって答えたりしたら貴方を殺すわ!貴方を殺せば貴方は永遠に私のモノ! 私の心の中で貴方は私だけのモノとして生き続けるのよ!」 眼輪筋を痙攣させたまま、怒気の篭った口調でりりあは俺に答えを迫る。 「この際はっきり言わせてもらうぜ!お前みたいなメンヘラキチガイ女なんか嫌いに決まってんだろ! 無抵抗の相手を力で支配するようなクズを好きになるわけねえだろバカ野郎!」 俺は本心をりりあにブチまけて短剣を持つ手に渾身の力を込めると、短剣に巻き付けられていたりりあの髪が切断された。 やった!解放されたぞ!俺はその隙にりりあと距離を取る。 「俺はお前のモノじゃねえ!俺が好きなのは十字たんとゆうみんだ! 確かに、ラブレターを受け取った時、告白された時は嬉しかった!でもお前の異常性を知った時からお前には冷めてたよ!」 ギルガメッシュのクラスカードを取り出しながら俺は続けて叫ぶ。そうだ、こんなキチガイ女となんて冗談じゃねえ。例えタダで中出しさせてくれてもだ! 「言ったわね小銭さん!貴方をブチ殺すわ!もう許さない!」 怒りが頂点に達したりりあは俺に対して髪の毛先をまとめた鋭利な剣を伸ばしてくる。 「クラスカード、アーチャー!」 俺はギルガメッシュの姿に変身し、宝物庫から一斉に大量の剣を射出した。 「この薄汚い雌豚め、せめて散り様で俺を興じさせよ、雑種!」 「雌豚ですって!?このヘナチン野郎があああああ!!」 宝物庫から射出した宝剣が一斉にりりあへと降り注ぐ。だがりりあの奴、その全てを髪で捌きやがる。 「目醒めよエアよ!」 駄目だ!埒があかねえ!宝具がどんどん弾かれていきやがる!こうなったら俺の最強の切り札でこの女を殺す!それしかねえ! 俺は宝物庫から乖離剣エアを取り出す。 「目醒めよエアよ!天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)よ!」 乖離剣エアが回転し、次元断層を地に発生させながらりりあへと迫っていく。これで終わりだ! …と思ったら、あいつ髪を前面に突き出して円状に固めて盾にしやがった!そのまま跳躍してエヌマ・エリシュを回避しただと!?あいつ、俺を宙から見下ろしてやがる! 「痴れ者が…天に仰ぎ見るべき俺を見下ろすか!その不敬は万死に値する! 雑種よ、最早肉片一つも残さぬぞ!」 何言ってんだ俺。ギルガメッシュの真似してどうする! しかし奴は飛行スキルまで持ってやがるみてえだぜ。ならば俺も… 宝物庫からヴィマーナを出し、玉座に腰を下ろす。ふっ…この俺専用の飛行艇と空中戦で闘うつもりか! 俺はヴィマーナで飛行を始め、次々と宝物庫からりりあへ向けて宝具を射出する。りりあは高速飛行しながらそれを伸ばした髪で弾いたり回避したりしてきやがる。 雑種め…ちょこまかと…! 高速飛行し無限に生える髪を棘みたいに射出してきやがるぞあの女…。何で沢山スキル持ってんのに髪に拘るんだ?というか似たような技をNAR◯TOの自◯也が使ってたような…。 俺はヴィマーナで飛行しながら辛うじてそれを回避し続け宝具を射出し続けるが奴の髪棘と相殺されて弾き落とされていく。そして宝具で捌き切れかかった髪棘が此方へ飛んでくる。 クソッ…空中戦でも不利かよ…。仕方ねえあんま使いたくねえがこいつを使うしかねえようだな! 「クラスカード バーサーカー!」 ※ここから小銭は凶化するので小銭視点での文章ではなくなります。 小銭はバーサーカーのクラスカードを発動しランスロットの姿になり全身に黒い霧を纏う。ヴィマーナの椅子から立ち上がり、凄まじい脚力で宝具「無毀なる湖光(アロンダイト)」を持って雄叫びを上げながらりりあに斬りかかる。 その力はやはりまた凄まじいもので、りりあの体を袈裟斬りにしてしまう。斬り付けられたりりあは二撃目を髪を硬化してガードするものの、それを小銭が掴んでしまう。 ランスロットの宝具「騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)」。その能力は、手に取った武器を自身の宝具にしてしまうというものである。 りりあの髪が一塊になり、真紅に輝く血管のような模様が浮き出る。この瞬間、りりあの髪は全て小銭の宝具と化してしまった。 小銭はりりあの髪を全てブチブチッと引き抜いてその髪の塊でりりあの胸を目掛けて突き出す。が、りりあは自身の体を硬化するスキルを使用することで攻撃を防いだ。 「よくも…よくも私の髪を!私の美しい髪を全て抜いたわね!ブチ殺してくれるわこのションベン垂れがァァァァァァァ!!」 頂点を突き抜けて顔に青筋や血管を全開で浮かべ激昂したりりあが剣を出現させて小銭に斬りかかる。 小銭はそれを巧みな剣技で捌ききり、りりあを重い剣の一撃で地に叩き落とす。 「あ、あれ小銭じゃねえの?あの黒い鎧つけてんのは小銭のクラスカードの能力だよ!」 その頃、小銭が先程空に打ち上げた矢が手がかりとなりようやく赤牡丹とマロンが駆けつけてきた。 「あいつりりあと闘ってるぞ!俺達も加勢しよう!」 マロンが飛び出そうとすると赤牡丹がその腕を掴んで制止する。 「待て、ありゃバーサーカーだ。小銭の奴凶化してるから近寄ったら見境無く攻撃してくるかもしれないぞ」 Fateシリーズに詳しい赤牡丹の言うことなら間違い無いと納得し、マロンも様子を見ることにした。 【♪イメージBGM♪】The Battle Is To The Strong (アニメ「Fate/Zero」より) 地に叩き落とされ背中から地面に叩きつけられるりりあだが、回復のスキルを発動しダメージを回復し傷を治癒する。 小銭は言葉にならない雄叫びを上げながら地に横たわるりりあ目指してアロンダイトを振り翳し急降下する。 因みにこのランスロット、原作劇中で戦闘機を取り込んで宝具としているのでその能力を使用し飛行が可能となっている。 「何なの…いきなり強くなって…!」 髪を瞬時に生やすスキルを使用し髪を固めて円状の盾とし小銭の剣を防ぐ。が、小銭は尚も剣(アロンダイト)とりりあから奪った髪を左右から交互に高速の連続突きを見舞う。 「しつこい…!なら無敵になるスキルよ!」 りりあは無敵になるスキルを発動し、防御の構えすら取らなくなる。小銭のアロンダイトがりりあの首に突き立てられるが、その皮膚は全く剣を通さない。 「触れた対象を死に至らしめるスキルよ!死になさい!」 りりあが小銭の剣を回避しその懐へと飛びかかる。小銭は攻撃モーション中で回避が間に合わずりりあに触れられてしまう。 「終わったわ…。小銭さん、貴方は私の心の中で私のモノとして永遠に生き続けるのよ」 だが、小銭はバーサーカーのクラスカードが解除されこそすれ、平然と立っていた。 ※ここから小銭視点文章に戻ります。 バーサーカーのクラスカードを使ってランスロットになって…で、今りりあに解除させられたのか。りりあは…ピンピンしてやがる。俺の切り札を使っても通用しないとは…。 実はもう二つの奥の手「ヘラクレス」と「ハサン」があるんだがどうせこいつは何通りも俺を殺す方法持ってるし、でも俺は全て遠き理想郷(アヴァロン)で不死だし、でもあいつスキルで心臓潰しても死なないし… キリがないぜ。どうしたもんかな。 「貴方…何で死んでないのよ!」 「俺、宝具のおかげで不死なんだよね!ざんねーん!」 ざまあ!wwwてめえに俺が殺せるかよバーカ!w 「これじゃ埒があかないわね。いいわ、此処は引いてあげるわ。目的も達成したしね」 「目的?お前の目的は俺を自分のモノに…」 「真の目的は別にあるのよ。じゃあ、また会いましょう小銭さん」 りりあの奴、消えたぞ?何か最後はあっさり退いたな。つか目的って何だ? 「おーい大丈夫か小銭ー!」 「小銭ー無事かー?」 隠密とマロンか。来るのが遅えんだよ全く。ま、りりあは撃退出来たし帰るか。 …ところで、此処は何処だ? 小銭がりりあに拉致された直後に遡る。 ポケガイ城の執務室では皇帝のセールが書類との格闘に追われていた。ただ玉座で踏ん反り返るような皇帝ではない。 セールは大将軍として広大な領土を治め続け、民や士卒達から慕われていた内政家の一面もある。 「やっと今日の分が終わった。ある程度は内政官達や筋肉即売会がサポートしてくれてるから助かってるが…」 時刻は既に0時を回り、日付が変わっていた。 「家に帰るのも怠いし此処で寝ようか」 セールは執務室に簡易ベッドを備えている。建国したばかりでどうしても皇帝は多忙を極めるのだ。 「大変だ!」 ベッドに横たわり眼を瞑るセールに、勢いよくドアを開けて飛び込んできた筋肉即売会が血相を変えている。 「何だ、こんな時間に」 もう眠らせてくれと言わんばかりにセールは迷惑そうな顔をする。 「帝都が…グリーンバレーが謎の襲撃者に襲われている!」 筋肉即売会が報告した瞬間、家屋が次々と破壊される音が響いた。 「下手人は誰だ」 「敵は1人だが…既に警備兵に犠牲が多数出ている!」 セールはそれを聞き、敵は上位の能力者だと察知する。 「筋肉即売会、お前は住民や将兵の避難と護衛だ。敵には俺が当たる!」 「しかし皇帝自らが前に…」 「呑気に遠出してる馬鹿5人のせいで今は人手が足りんのだ!早くしろ!それと、誰かに小銭を呼びに行かせろ!奴は今貴重な戦力だ!」 皇帝が軽々しく前線に出るべきではないと主張しかけた筋肉即売会に、セールは怒鳴りつける。因みに馬鹿4人とは氷河期、李信、星屑、水素、しずくなのである。 「…分かった。武運を祈る!」 筋肉即売会の行動は早い。風のように執務室から去っていく。 セールは急いで城から出る。城の外に出た彼が目にしたのは、既に半壊しているグリーンバレーの有様だった。家屋の多くや港も破壊されてしまっている。 破壊された家屋から炎と煙が舞い上がり天にまで伸びそうな勢いである。そして、また家屋が破壊された音が付近から聴こえてくる。 「あそこか!」 2分程走ると、悲鳴を上げながら避難していく将兵や住民達の群れの中で1人だけ立ち尽くしている人影を発見した。 「よう、やっぱお前が来ると思ってたぜ。声優豚セール」 聞き覚えのある声と容姿だった。セールはこの男を部下にしている筈だった。 「お前は…花澤信者のハンペル!」 この身の丈を遥かに上回る刀身を持つ長刀「正宗」を持ち、黒い片翼を背中から覗かせている男の名はハンペル。セールがまだグリーン王国に鞍替えする前からセールの部下だった男である。クワータリアの乱時にはセール軍の内の一隊を率いてシヴァタ城を陥落させ、城主の柴田正子の首を挙げる大功を立てている。 「俺は別に花澤信者じゃねえ。勝手に俺を声優豚にすんな声優豚」 「何でお前が此処に居る…?お前にはグリーンバレー北部の警務部隊隊長を命じてある筈だ」 セールはポケガイ城から離れた北部の統治をハンペルに命じ、周辺地域の統治を任せていたのだ。 「おめでたい奴だな~声優豚よぉ。マジで俺が心からお前に従ってたと思ってんの? ジャンジャジャ~ン!今明かされる衝撃の真実ゥ~! 俺はさあ、スパイだったんだよ馬鹿野郎!スカグルから派遣された、な!」 「スカグルだと?何だそれは」 「超越神・凪鞘を復活させて世界征服をしようって組織だ。俺はそのスカグルから派遣されたスパイってわけ。で、見事に上位の実力を持つ奴らの大半がこの帝都から離れてくれたから今が好機なわけよ。お前を捕えるにはな」 セールはそれを聞いて察した。ドナルドもハンペルもスカグルのメンバーであり、グルだったのだ。 「今ならワンパンヒーローも死神代行も六道仙人もスタンド使いも大英雄も狼も人造人間のパイロットも居ねえしィ?てめえを狙うなら今しかねえよなあ声優豚セールよぉ!?」 ハンペルが長刀を上段に構える。 「あーそれとてめえをブチのめす前にいいこと教えてやんよ!北条は既にドナルドが捕えて連行してるぜ?あ、これは知ってるか!w それとしずくなのはドナルドが始末したぜェ!?ついでに小銭だが、あいつは俺の仲間が今足止めしてるから此処には来れねえぜ? 文字通りてめえは1人だァ!覚悟しろ声優豚ァ!!」 ハンペルは狂気じみた笑いを浮かべながらセールに高速で斬りかかる。 「八刀一閃」 ハンペルは正宗を用いた高速斬撃でセールの体を8回連続で斬りつける。が、硬度の非常に高いセールの体には傷一つつかない。 「その程度か声優豚ハンペル」 セールは全身に魔闘気を纏い、反撃に出る。 「魔琉苛烈波」 至近距離のハンペル目掛けて魔闘気を撃ち出すが、ハンペルは片翼を使って高速で飛び上がりセールの攻撃を回避する。 「居合切り」 「岩山両斬波」 正宗の長いリーチを活かした広範囲に及ぶ斬撃が空中からセールに降り注ぐ。が、セールはそれを魔闘気を纏った手刀で掻き消してしまう。 「ただの斬撃でも高速で多方位から繰り出したらどうなるかな?」 普通の斬撃では効果が無いと見たハンペルが高速でセールを取り巻くように飛行しながら連続で斬撃を撃ち出していく。 「空極流舞」 次々に飛んでくる斬撃を流れるような身のこなしで回避しながら、更に飛んでくるいくつかの斬撃を破壊し尽くしてしまう。 「チャチな攻撃ばかりだな。この程度ではスカグルとやらもたかが知れている。この俺1人で皆殺しに出来そうだ。まず手始めにお前をさっさと殺してスカグルへの見せしめとしてやろう」 「ほざきやがる。他人を舐めてかかると痛い目に遭うぞ声優豚! ブラックマテリア!」 ハンペルは空中に巨大な隕石を出現させ、それをセールに向かって落とす。 「雑魚がどのような技を使おうと俺に傷一つつけられはしない 暗琉襲撃破!」 莫大な魔闘気を放ち、落下してくる巨大隕石を粉微塵にしてしまう。 「虚空」 ブラックマテリアを破壊されたハンペルは、再度接近戦に出る。セールが反応出来ない程の高速斬撃を、セールの傍をすり抜ける一瞬で繰り出し通り抜ける。 「ぐっ…!」 今度は効いたようで、セールの全身には切り傷が複数箇所できてしまっている。 「俺は未だ無傷。そして声優豚、お前はダメージを受けた! これがどういう意味か分かるか?お前より俺の方が強いってことなんだよ!」 ハンペルが再度、虚空の構えに入る。そしてその場から瞬時に姿を消す。 「北斗双龍破」 今度はハンペルの僅かな隙を見逃がさず、斬撃を繰り出される前に両手でハンペルの胸の秘孔を突いて突き飛ばす。50mほど突き飛ばされたハンペルは尻餅をついてその場で激痛に顔を歪ませながら血反吐を吐く。立ち上がろうとするも、秘孔を突かれていて上体を起こすことが出来ない。 「誰が誰より強いって? もう一度その血反吐を吐いている無様な口から言ってみろ」 セールはトドメを刺そうとゆっくりと余裕をもってハンペルに向かって歩き出す。 「馬鹿な…!北斗神拳…これ程とは…!」 「俺は少しも本気を出していないがな」 ある程度近づいてからセールが全身から魔闘気をハンペルに放とうとした時である。 「シャドウフレア!」 ハンペルは青い炎を複数出現させてセールを取り囲ませて大爆発を起こさせる。 「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!死ねえ声優豚セールゥゥゥ!! メテオ!」 更に、ブラックマテリアの時と違い、無数の巨大隕石を空中に出現させてシャドウフレアを受けているセールへと降り注がせる。 「ヒャッハー!声優豚は消毒だァァァァァァァァ!!」 セールはシャドウフレアによる青い炎に加えて無数の落下隕石の直撃をまともに受けてしまった。あまりの威力と攻撃範囲により、見渡す限りの建造物が押し潰され、焼き尽くされていく。 「この程度か?」 だが、セールを押し潰した筈の隕石は悉く撃砕され、青い炎も振り払われてしまう。 「弱くて皇帝が務まる筈が無い。そしてハンペル、お前は俺を怒らせた。我が帝都を滅茶苦茶にした罪はその命をもってしか贖うことは出来ない」 「リバースエナジー!」 眩い光がハンペルを包み込み、ヒーリングのような効果音が鳴り響く。 「これでさっき受けたダメージは回復した! そしてセール、お前には本気を出さねばならん時が来たようだな!」 ハンペルの姿がセールの視界から消えてセールの真横を一瞬影が通り抜けていく。セールが気づいた時には体には無数の切り傷、そして左腕が切断されていた。 「本番はこれからだ!」 間髪入れずに振り向いたハンペルが繰り出した斬撃がセールの腹部を浅くだが抉ってしまう。 「どうしたどうしたァ!そんなもんか声優豚ァ!」 次に4つのマテリアを召還し、セールに降り注がせると共に、セールに更なる斬撃を連続で無数に飛ばし続ける。 「調子に乗るな、雑魚が」 セールは右腕からビームサーベルを出現させ、それを魔力により100m以上伸ばして振ることで4つのマテリアと無数の斬撃を両断してしまう。 「俺と剣でやり合うと言うのか!?」 セールは視界に敵の動きを予測するシステムを展開させてハンペルとの剣戟に移行する。しかしハンペルの動きはあまりにも速く、このシステムを起動しても互角に切り結ぶのがやっとだった。 「八刀一閃」 ハンペルも高速で8回の斬撃を繰り出すが、全てセールに見切られてビームサーベルで受け止められてしまう。 「剣では互角か…!ならば!」 ハンペルはセールのビームサーベルを刀で受け止めた反動を利用して後方に跳んで距離を取る。 「逃がさん!」 セールはビームサーベルをビーム砲に変換して撃ち放つが、ハンペルは片翼で飛行することで回避してしまう。 「スーパーノヴァ!」 ハンペルは無数の隕石を地上のセールを取り囲むように召還し、それらを一斉に大爆発させる。凄まじい量の爆炎と爆風が巻き起こり、帝都の南半分以上をポケガイ城ごと呑み込んでしまう。 「これを喰らって生きてる奴は見たことねえ。終わったな声優豚」 だが硝煙を振り払って立っているセールがハンペルの視界に確かに現れた。体のところどころが破損しているが行動出来なくなる程のダメージにはならなかった。 「これがお前の奥の手か。確かに強力ではあるが俺を倒すまでには至らないな」 「そんな馬鹿な!」 流石にハンペルの表情にも焦りが見え始める。奥の手を防がれてしまっては、最早なす術が無い。 「仕方ねえ!此処は一旦退いて体勢を…」 ハンペルは南の方角に向かって飛び去ろうと飛行による移動を始める。 「逃がさん!暗琉天破!」 セールは魔闘気をハンペルに撃ち出し、無重力空間を創り出すことで飛行しているハンペルの感覚を狂わせる。 「うわっ!何だこれは!感覚が…!」 逃げる方向さえ分からずセールをも見失ったハンペルの更に上に、セールは足や腕に備え付けらているブーストを起動して飛び上がる。 「地獄の断頭台」 セールの脚が振り下ろされ、ハンペルの首元に叩きつけられる。その衝撃でハンペルは一気に落下し、倒壊した家屋に突っ込み破壊音を立てながら瓦礫に埋もれてしまう。 「ガ…カハッ…!」 セールの地獄の断頭台により喉を潰されたハンペルはまともに声を出せなくなっていた。すぐに回復魔法を使用しようとするが、セールの動きの方が速かった。 「北斗残悔拳」 ハンペルの目の前に現れたセールにより、ハンペルはこめかみを指で貫かれてしまう。 「お前はもう死んでいる」 3秒後、セールの決め台詞と共にハンペルの体は爆発を起こし、粉微塵になってしまった。 「まず1人」 粉微塵となったハンペルを背に、セールは歩き出す。スカグル1人目の犠牲者が出た瞬間だった。 だがハンペルにより帝都は半壊してしまっていた。勝利したセールを待っていたのは、見るも無残な荒廃した帝都の風景だった。 勝利したセールの心には、虚しさとやるせなさが残るのみだった。それでも、セールは歩みを止めるわけにはいかない。 その頃、帝都から遠く離れたとある温泉街では水素がお気に入りの青髪ショートのメイドと温泉旅館で呑気に混浴していた。 帝都が深刻な事態になり、しずくなのが戦死し、スカグルの活動が活発化する中、そんなことも知らずにこの男は美少女と混浴である。セールからすれば水素も氷河期も李信も大事な時に自分勝手に留守にしている不届き者である。 「水素君、飲み過ぎですよ」 美少女メイドが温泉に浸かりながら何杯も酒を飲んで顔が真っ赤になっている水素に注意していた。 「いいじゃんかー。こんな時くらいー! …何か臭わないか?」 酔っても嗅覚は衰えていない。何か、豚の体臭と生ゴミの臭いが混ざったような臭いが漂い始めたのである。 「わ、私の体臭じゃないですよ水素君!」 「お前からは良い匂いしかしないぞー!だがその良い匂いを掻き消す程の悪臭が…やべえ気持ち悪くなってきた!」 水素は吐き気を催し、右手で口元を押さえ始める。 「ちょっと!此処で吐かないで下さい!すぐに桶を…!」 メイドがそれを見掛けて急いで風呂から飛び出していく。 「は、早く頼むー!もうもちそうにない~!」 その頃水素が宿泊している旅館のすぐ外では茶髪のウィッグを被り黒いTシャツと黒い短パンを身につけた肥満の男が悪臭を放っていた。 「僕、お年玉貰ってないんだと思う。だからこのマグカップにお金を落としていって下さい。誰か俺に支援お願いしまーす!」 乞食行為である。当然この男に金を落とす通行人など居る筈も無く、汚物を見るような目で鼻を塞ぎながら通行人達は次々と通り過ぎていく。 「俺に支援するのがお前らの義務だろうがあああああ!」 男は金を恵んでくれる者が居ないことに遂に激怒した。 「こうなったらインターネットで生配信して金を募る!」 男は持ち歩いている黒いバッグからノートパソコンを取り出してスイッチを入れ、「ニヤニヤ動画」で顔出しの生配信を始める。 「こんばんわこくろ!こんにちは!最強生主のくろくろと申します! 今日はですね、このマグカップにお金をいっぱいにしていきたいと思います!まずはね、くーでもろお願いしまーす!」 「くーでもろ」とは、「く」か「ろ」と打ち込んでコメント投稿して欲しいという意味である。所謂コメ稼ぎというやつだ。しかし決まってそこでいつも流れるのは「われくそ」「くそくそ」などの暴言コメントである。 いつものように流れてくる様々な暴言コメントに対し、男…くろくろはコメント返しを行っていく。 「勝手に外でしかも人通りが多い場所で動画撮るなんて盗撮だと?許可取れよだと?自分しか映してねえんだから盗撮じゃねえよ!」 「ゴミ喰えよ豚?誰が豚じゃ!人間じゃ!」 「顔面アンパンマン?誰がアンパンマンじゃ!」 「デブはお前じゃ!」 「何処がデブなんですかどう見てもデブじゃないですよー!肉無いよー!これ皮膚って言うの!」 側から見れば画面に向かって独り言を延々と呟いている不審者でしかなく、道行く人々は奇異なものを見る目でくろくろを見下しながら通り過ぎて行く。 そこへ、1人の男がゆっくりと歩み寄りくろくろの背後に立った。 「ん?後ろに人が居る?」 くろくろはリスナーのコメントで背後の人間の存在に気づいて後ろを振り向く。 「こんにちはー」 「はいこんにちはー」 とりあえず挨拶をされたのでくろくろは挨拶を返すも、内心何だこいつと戸惑っていた。 「何してるのかなーと思って」 「あーこれ、自分映して生配信してるんですー」 どうやら男は興味本位でくろくろに声をかけたようだ。 「何かお年玉くれーとか言ってたから…」 「あー、まー…はい」 この男、最初から聞いていたのか?くろくろは男に何かありそうだと怪しむ様になる。 「こういう物乞い行為ってね、他の人の迷惑にもなるから。出来ればやめて欲しいんだけど。生配信も切ってさ」 「切るんですか」 男に対しやや反抗的な低いトーンでくろくろは返事をしながらノートパソコンを折り畳もうと手をかける。 「どちらから来られたんですか?」 「えーと…徳島から」 徳島とは現実世界の日本の徳島県のことである。くろくろはこの二次元世界の地理のことはよく分かっておらず、現実世界の地名を答えた。もっとも、くろくろは香川県住みなので嘘なのだが。 「何で嘘つくんですか?貴方、香川県住みでしたよね?」 「えっ?」 くろくろは焦る。何でこの男は自分の個人情報を掴んでいるのかと。もしや、現実世界からのリスナー!?そうとしか考えられない。 「結論から言うとですね、貴方悪臭凄いですし此処観光地なんで速やかに退去してもらいたいんですよ」 男の顔つきが急に険しいものに変化する。 「は?何だお前?俺に命令すんじゃねえよ!ぶち殺すぞ!」 くろくろも男の態度が急変したことで態度を硬化させる。 「俺と闘うってんならそれもいいが、後悔するぞ豚」 「誰が豚じゃー!俺は人間じゃー!」 くろくろは異空間から戦車を召還してそれに飛び乗り、戦車の主砲を男に向けながら前進を始める。 「戦車スイスイ!戦車スイスイ!」 くろくろは男を轢き殺さんとアクセルを全力で踏み込む。 「やれやれ、仕方ない。久しぶりなやるか」 男は上着を脱いで腰に巻きつけている変身ベルトを露出させ、決めポーズをとる。 「変身!」 男が変身したのは仮面ライダーだった。仮面ライダーウィザードのフレイムスタイルである。 「戦車スイスーイ!」 くろくろによる砲弾をところ構わず乱れ撃ちしながらのアクセル全開突進を高い脚力で難無く回避し、主砲が回らない角度に跳ぶ。 「おいふざけんな!そんなジャンプチートじゃねえかよ!チートチート!チートだチート!」 戦車内で喚くくろくろだが、闘いにフェアもクソも無いのだ。特に悪を排除する闘いともなれば尚更である。 男は聞く耳など持たずにウィザードリングを起動し魔法陣を展開する。 「喰らえ!これが俺のライダーキックだ!ストライクウィザード!」 右脚に炎のエネルギーを纏い、そのまま空中から戦車に向かってライダーキックを炸裂させる。 男のライダーキックは戦車を貫き粉微塵に爆破してしまった。 「ふざけんなァァァ!!そんな技チートだァァァ!」 ストライクウィザードをまともに食らってもボロボロの状態ながらも何とか生き永らえたくろくろは癇癪を一層強める。 「ぼっこ屋さんうどん下さ~い!」 仮面ライダーは癇癪を起こしているくろくろを煽り、更に神経を逆撫でする。 「こうなったら…!行くぜ! バトルモード!」 何処からか、革命機ヴァルブレイ◯の主題歌が流れてくる。その曲が流れ始めたのと同時にくろくろの全身を邪悪な黒いオーラが覆う。 「俺がGTA最強生主くろくろだァァァァァァァァ!!」 くろくろがゴルフクラブを持って仮面ライダーに突撃していく。 だが、仮面ライダーはウィザーソードガンのガンモードから弾丸を射出してくろくろの右脚の太腿を貫いてしまう。 くろくろは太腿を撃ち抜かれたと同時に前のめりに倒れてしまった。 「おい銃なんて卑怯だぞ!バトルモード、解けちゃったじゃねえか!」 「バトルモードよっわw」 仮面ライダーの煽りの通り、くろくろを覆っていた黒いオーラは消えてしまっていた。 そこへ黄色いヒーロースーツ、白いマント、赤の手袋にブーツといった格好の男が宙高くから着地し割り込んでくる。水素である。 「このデブが悪臭の原因か。よーし…」 「おいそこのお前!さっさと避難しろ!この豚は一般人には危険だぞ!」 水素がくろくろにトドメを刺そうとしているところへ仮面ライダーは声をかける。 「おっ、何だ?仮面ライダーか!」 水素はとりあえず仮面ライダーに任せて傍観することにした。 「重い!重い重い重い重い重い!重いって言ってんだろこれー!重いよー!重いよォォォォォォォ!!」 くろくろの絶叫と同時に、仮面ライダーは自身の体にとてつもない違和感を感じる。体がいつもより重いのである。 「まさか、これは!」 だが、それだけだった。自身と相手の体重を重くする。ただそれだけであり、くろくろにはもはや有効な打開策など存在しない…かに思われたが… 「行くぜ!モンスター召還!」 くろくろは魔法陣を前面に展開し、次々とモンスター◯ンターシリーズに登場するモンスターを召還する。 「行けお前らァァァ!あのチート野郎をぶち殺せ!」 ババコンガ、ドスランポス、そしてアルバトリオンが仮面ライダー目掛けて突進していく。 「何だよ、まともな能力もあるんじゃねえか。フレイムスラッシュ!」 ウィザーソードガンをソードモードに形態変化させてから炎の斬撃を放ちババコンガとドスランポスを両断する。しかしアルバトリオンはフレイムスラッシュを受けても無傷で突進してくる。 「ディフェンド!」 前方に炎の壁を展開して防御を試みるが、炎の壁は簡単に突き破られ、雷を纏った突進をまともに食らって突き飛ばされてしまう。 「チッ…油断したか…!これはまずいな…!」 仮面ライダーに変身して身体能力が強化されているとはいえ、アルバトリオンの雷を纏った突進をまともに喰らえば普通ならば立つことすら困難である。しかし仮面ライダーは蹌踉めきながらも立ち上がった。 「アルバトリオン!奴にトドメを刺せ!」 くろくろの命令を受けたアルバトリオンが仮面ライダー目掛けて口から火球を射出しようとした時である。横から割って入ってきた水素がアルバトリオンの頭部をビンタして空高くまで吹っ飛ばしてしまった。 「豚、うぜえ!」 「エ、エキニイカナキャ…」 水素にひと睨みされたくろくろはプルプルと震え上がり、太腿の痛みも忘れて全速力で逃げていった。 「さて、戻るか」 くろくろが逃げたのを確認した水素は旅館に向かって歩き出した。 「ちょっと待った!」 歩き出す水素を仮面ライダーが呼び止める。 「ん?」 「是非名前を教えて欲しい!」 「ああ、水素だけど」 仮面ライダーに呼び止められた水素が何だという表情を表し立ち止まる。 「弟子にしていただきたい…!」 「あ、うん。…え?」 急な申し出に水素は少し戸惑った様子を見せた。 「で、マジで来たの?え~と…」 水素が宿泊している旅館の部屋へ、仮面ライダーは変身状態のまま訪ねて来ていた。 「ソラです!水素先生!」 「その先生っていうのやめてもらえる?」 いきなり弟子になったつもりで先生付けする仮面ライダーの男に水素は迷惑そうな顔で答える。 「では師匠!」 「師匠もやめろ!」 「大体、変身状態解けよせめて。顔も見せない奴なんて信用出来ないだろ」 「それもそうですね!」 結局仮面ライダーの男は部屋に上がり込んでいた。ソラと名乗った仮面ライダーの男は水素に言われて変身状態を解除する。二十歳前後の青年の姿だった。 「あ、お前かー。成る程、この世界ではソラ名義なのね。もうタメ語でいいよ」 現実世界での水素の知り合いだったようであり、顔を見るなり誰なのかを察したようである。 「察しがいいな。久しぶりだな水素。さて、俺がどうやってこの世界に来たのかだが…」 「いや、それはいいよ」 「現実世界でのことだ。俺は現実世界でいつも通り仕事が終わり帰路についた時にだな…」 「人の話を聞かない奴だなー」 呆れ顔で水素はツッコミを入れるが話すだけ無駄だと悟り、適当に聞き流すことにした。 「人生マジつまんね。明日も仕事だりいなーと考えながらぼんやり人気の無い道を歩いていると、仮面ライダーの変身ベルトが道端に落ちていた。最初はなーんだどっかのガキが落としたオモチャかと思って素通りしようとしたんだが、 俺が近づくとその変身ベルトは眩い光を放ち始めたんだ。いい歳こいて恥ずかしかったが周りに誰も居ないのでつい装着してみた。変身ベルトが放つ光に包み込まれ、気がついたらこの世界に居たんだ」 「ふーん」 水素は興味無さげに茶を啜り話を聞き流す。 「ま、弟子にしてやってもいいけどさ。生憎今この世界は平和そのものでね。少し前まで神の力を扱う奴とかスーパーサイヤ人とかが暴れてたんだが俺らがやっつけちまったからなあ。つまり今この世界には戦う敵なんて居ないってことだ。強くなってもあんま意味ねえぞ、多分」 「今日は無理な頼みを聞いていただきありがとうございました」 「ああ、弟子にしてやるとか約束しちゃったしなぁ」 温泉街から更に離れたとある荒野で、水素とソラと名乗る変身ベルトを装着した男が対峙している。 「でも手合わせと言ってもガチじゃないんだろ?」 ソラと名乗る男は弟子として水素に手合わせを頼んでいた。直に水素の強さを体験し肌で感じる為なのだが、第一部前半辺りで李信も同じようなことを水素に頼んで手合わせしたことがある。 結果は全く本気を出していない水素の圧勝だった。いくら何でも強過ぎる。 「俺はそのつもりです。先生の本気を引き出せるようぶつかっていきます」 「変身!」 ライダーベルトの中心のコアが光り輝き、魔方陣が出現、ソラは仮面ライダーウィザードのフレイムスタイルに変身する。 「さあ、ショータイムだ!」 ウィザードはフレイムスタイルの状態で魔方陣を出現させ、5色のエレメントを纏ったドラゴンと共に高速で水素に飛び蹴りを見舞う。 「ヒョイッと」 水素はそれを驚異的な動体視力と反射神経で右に体を逸らして軽々回避してしまう。ウィザードは回避された勢いで水素の真横を通り抜け30m程水素と距離が離れる。 「ドラゴンブレス!」 スペシャルウィザードリングにより魔方陣を展開、胸部のドラゴスカルから火炎を放射する。 「あぶねー、服が燃えるところだった」 またもや軽々とジャンプで回避しながら水素は服の心配をしているようだ。 「ダメだ!こんなスピードでは…!」 インフィニティーリングを発動、インフィニティースタイルになることで飛躍的に戦闘能力を上昇させる。更にウィザードライバーにインフィニティーリングを翳すことでクロックアップを発動する。 「行きます!」 クロックアップの効果により、高速化を実現したスピードでカリバーモードとなったアックスカリバーを振り翳し水素に斬りかかる。水素はそれを左右に体を逸らして回避し続けるが、ウィザードも負けじと連続で斬りつける。 「当たった!」 斬撃と回避の応酬の中、手応えを感じたウィザードは更に斬撃を連続で続けるが、途中で変だと感づく。 「実体がない!?俺は残像を斬りつけていたのか!本体は…そこか!」 本体は右方50m程にいつの間にか移動していた。 「ハイタッチ!」 武器をアックスモードに変形させ、ハンドオーサーとハイタッチする。するとアックスカリバーが巨大化を遂げる。 「ドラゴンシャイニング!」 高く跳躍し、水素目掛けて急降下しアックスカリバーで斬りつけるがそれも後方に跳び退がられ避けられてしまう。 「はい俺の勝ちー!」 水素は大技を繰り出したウィザードの隙を突いて急接近、ウィザードの胸部にタッチする。 「フンッ!」 タッチしてきた水素目掛けてアックスカリバーを横薙ぎに振るうが水素は一瞬で跳んで回避してしまう。 「ハイタッチ!」 「シャイニングストライク!」 更に跳躍し水素目掛けて急降下、ドラゴンシャイニングを炸裂させるが水素は左手の人差し指一本で受け止めた。 「先生、この手合わせのルールを忘れたのですか? 回避可能な攻撃はちゃんと回避すること、ふざけずに真面目にやること、俺に気を遣わないこと…そして 俺が戦闘不能になるまで続けること、以上…」 (本人でさえ説明出来ない純粋な強さの秘密…この闘いで何かを掴めるかもしれない…!) ウィザードは至近距離に居る水素に更にアックスカリバーで斬りつけるが、水素は一瞬でウィザードの目の前から姿を消す。 ウィザードは後ろから殺気を感じた。振り向けば既に水素の拳が眼前に迫っていた。 「死」 この一文字がウィザードの頭に浮かんだ時、拳はウィザードの顔面に命中する寸前で制止された。 激しい衝撃音、破壊音が響く。後ろを振り返ると、山谷が大きく抉られて真っ二つにされていた。 「腹減った!メシだメシ!うどん食いに行こうぜ!」 水素はウィザードの頭を小突いてから振り返って歩き出す。 (俺が先生の強さに近づけるイメージが全く湧かない…。 次元が違い過ぎる…!) 深く抉られている山谷を見て、ウィザードは呆然としていた。 「どうしたのー?うどん嫌いなのー?」 既に数十メートル先を歩いていた水素が中々歩き出さないウィザードを見かねて声をかけてくる。 「いえ、行きましょう!」 ウィザードは、その場で深く考えるのをやめた。 ウィザード、もといソラが連れて来られたのはチェーンうどん店「ぼっこ屋」だった。 「いやー急にうどん食いたくなったんだよね、お前がうどん嫌いじゃなくて良かったよ」 テーブル席に腰を下ろし、メニュー表を取って眺めている水素が安堵の言葉を口にする。 「はい、好き嫌いはありませんので」 ソラは既に何を注文するかを決めたようだ。テーブルの上に置いてある呼び出しボタンをプッシュして店員を呼ぶ。 「ご注文は何になさいますか?」 少しの間水素と世間話をしていると、呼び出しに応じて店員がやって来る。ところが… 「あ、お前は…!」 ソラが見上げて確認した店員の顔…それは先程追い払った乞食生配信者のくろくろだった。 「あ、お前はさっきの!」 店員という立場も忘れてくろくろはソラを指差して思わず声を上げる。 「何でお前がぼっこ屋で働いてんだよwwwワロタwww」 ソラの向かいの席に居る水素も声を上げて笑い出す。 「あ、えと、えーと…別人ですよ…。あなた方とは初対面です」 見え見えの嘘を吐きながらくろくろをプルプルと震えだす。 「嘘つけwじゃあさっきの反応は何なんだよ!w」 「え、えと…人違いです…」 水素の指摘にくろくろは涙目になりながら必死に言い訳する。 「うるせえ!このアンポンチンカンプン!店員に喧嘩売ってんじゃねえよ!上下感覚どうなってんだよお前ら!俺はお前らのサウンドバックじゃねえんだよ!大人しくうどん頼むのがお前らの義務だろうがあああああ!!」 ついにくろくろはいつもの発作を起こす。疳高い老魔女の様な叫び声が店内に響き渡り、他の客もほぼ一斉に視線をくろくろの方へ向ける。 「は?何言ってんの?日本語で頼む」 しかし水素の言葉などくろくろには届かない。ひつ国人たるくろくろには正しい日本語は扱えないのだ。 「お前らみたいな客なんて…要らないよォォォォォォォォォォ!!ア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ア''ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!」 くろくろは仕事中であるにも関わらず、仕事着のままその場からいきなり走り出し、店の外へと逃げていってしまった。 「今の何だったの?」 水素がソラに尋ねるが 「さあ…後でまたリア凸してみませんか?」 ひつ国人特有の発作など理解出来る筈も無く、2人は暇潰しに後ほどくろくろにリア凸することに決めたのだった。 「なあ、次はあれに挑戦しようぜ」 お互い注文したうどんを平らげた後、水素がメニュー表にある一メニューを指差す。 「メガ盛りバケツうどん…10分以内に食べ終わったら代金無料。但しできなかった場合1万円…ですか」 ソラがメニュー表にある説明を読み上げる。 「よし、やりましょう!」 「凄いなお前…」 何とか10分以内に食べ終わったものの、水素は苦しくなりその場で突っ伏して盛大にゲップを漏らす。ソラはバケツを傾けて一気にうどんも汁も具も口の中へと流し込んで完食していた。 ハイツうえた 温泉街から少し離れた住宅街に、そのアパートは存在する。住人はそこそこ入っていたようだが、2階の201号室からの奇声や叫び声、生活音が非常に五月蝿いと近隣の住民から管理人へと苦情が相次いでいた。 この世界ではそろそろクリスマスの季節である。クリスマスと言えば何を連想するだろうか。やはりプレゼントだろう。プレゼントと言えば乞食である。そう、あの男にとっては。 ハイツうえたの201号室には、「魔物」が住んでいた。今日も近隣住人の平和な生活を破壊する魔物が眠りから目を覚ます。 「おはようございます!くろくろと申します! えーまずはね、くーでもろお願いしまーす!」 魔物…それはくろくろのことである。今日も近所迷惑など一切考慮せずに大音声で配信を開始するが、相変わらず流れるコメントは暴言ばかりである。 「今日はクリスマスイブなんでリスナーの皆さんね、僕にプレゼントを下さい!そうだなー、今僕が一番欲しいのはプレーテーション4です!皆さん僕にプレーテーション4を下さい!」 因みにプレーテーション4とはプレイステーション4のことである。くろくろはそれをプレーテーション4と間違った名前で覚えていた。いや、ひつ国語ではプレーテーション4なのかもしれない。 「あ、無理」 「乞食乙」 「何でてめえみたいなキチガイデブを支援しなきゃなんねえんだよ」 「乞食スイスイ」 「死ね」 案の定、返ってくるコメントはどれも批判的なものばかりである。 「俺を支援するのがお前らの義務だろうがあああああああ!!プレーテーション4寄越せえええ!」 くろくろはまたもや発作を起こした。近所迷惑など一切考えずに発狂、奇声を発するのである。感情を全力で表に出せば何でも思い通りになる。そう信じて疑わない幼児の様な精神を持つ25歳なのである。 「うっわ外までめっちゃ響いてるぞ…」 「先生、此処随分五月蝿いですね、どうやらビンゴみたいです」 水素とソラはくろくろが居住しているハイツうえたの201号室のドアの前に張り込んでいた。何故くろくろの居住地が分かったのか、それは付近にハイツうえたというアパートがあるとの情報を地図から知ったからである。彼らはくろくろの居所を徹底的に調べ上げたのである。 「じゃ、押しますよ先生」 ソラが201号室のインターホンを押す。 「やべえ…!何だ今のインターホン…」 インターホンが鳴ったことでくろくろはプルプル震え始める。自分が五月蝿くしていることに対する近隣住民からの凸を恐れたのである。 ピンポーンと、2度目が鳴ると震えは益々激しくなる。 「ちょっ…やべえ…!帰れよ今配信中なんだよ…」 リスナーからは「出ろよ」「居留守使ってんじゃねえよ」「逃げスイスイ」「居留守スイスイ」「おいぷるや」などコメントの嵐が見舞われている。 「宅配便でーす!くろくろさんいらっしゃいますかー!」 ピンポーンと3度目のインターホン。宅配便と聞き、くろくろはようやく出る決意を固めた。 「はーい」 くろくろが201号室のドアを開けると、立っていたのは宅配便の配送員などではなく、黄色いヒーロースーツに白いマントの男と、仮面ライダーウィザードに変身した男だった。 「お、お前らは昨日の!な、な、な…何なんだよ!」 「よう、ぷるやw」 住所が特定されリア凸されたことを悟ったくろくろは急いでドアを閉めようとするが水素に阻まれる。 水素とウィザードはそのまま201号室に押し入り、画面の前に姿を晒す。 「リア凸来たw」「マジでリア凸w」「おい仮面ライダーが居るぞw」「仮面ライダーモノホン!?マジ!?」「仮面ライダーだすげえw」「服装がサイタ◯の奴が居てワロタw」といったコメントが流れている。 「リスナーの皆さんどうもー!仮面ライダーウィザードでーす!今日はくろくろさんにプレゼントを渡しに来ましたー!」 ウィザードが何かを包装した箱を画面の前に置くとリスナーからは歓喜のコメントが多数寄せられる。恐らくみんなこれから起きることを予想しているのだろう。 「何なんだよお前ら!勝手に入ってきてんじゃねえよ!まだやる気なのか!?」 吼えるくろくろにウィザードはプレゼントを手渡す。 「闘いに来たんじゃないぞ。これ、例の4だから。俺達からのクリスマスプレゼントだ!今日はこれを渡しに来たんだ」 「じゃ、用は済んだから。じゃあな」 ウィザードと水素はそう言い残して早々に201号室から立ち去っていった。 プレゼントを渡されたくろくろは2人が帰った後歓喜する。 「これ、例の4って…プレーテーション4だー!」 プレゼントの中身がゲーム機だと信じて疑わないくろくろに、リスナーからは嘲笑のコメントが流れていくが… くろくろは早速プレゼントが入った包装を引き剥がして箱を開け始める。 「あれ?何かおかしいぞ?全然重くないよこれー!」 くろくろは気づいたようである。どう考えてもゲーム機が入った箱の重量ではないのだ。 「何これ?」 箱から出て来たのはプレイステーション4などではなかった。出てきたのは何とドッグフードである。 「ワロタw」「ドッグフードw」「貰ったんだからちゃんと食えよw」「お前人間じゃないしちょうどいいだろw」「食えよ豚」などのコメントが流れてくる。 「ふざけんな!こんなもん食えるかァァァァァァ!!誰が豚じゃ!人間じゃァァァ!!」と発狂する。 更に箱の中身を取り出す。ドッグフードの他に全8個入りなのに既に4個無くなっているチョコレートと、鷹の爪と、ベビーフードが入っていた。 「何だこれ!プレーテーション4じゃねえじゃねえか!ふざけんな要るかこんなもん!」 くろくろはドッグフードを部屋の窓から投げ捨てたが、流れてくるコメントは当然批判的なものばかりだった。 次に鷹の爪を口に入れたが、あまりの辛さにその場で吐いてしまい、リスナーからは爆笑された。くろくろの散々なクリスマスだった。 「例の4プレゼント上手くいきましたね、先生!」 「ああ。今頃くろくろは阿鼻叫喚、リスナーは大爆笑だろうよ。忘れられないクリスマスになって良かったなw」 ウィザードと水素はリア凸成功を祝い、この後ぼっこ屋で激辛メガ盛りバケツうどんを平らげた。 ハンペルが帝都における戦闘でセールにより討ち果たされた頃、世界の何処かにあるスカグルの地下アジトでは… 「ハンペルがセールにやられたそうだ」 「ハンペルめ、しくじったか…まあ奴ならば仕方ない」 「ククク…奴は我らスカグルの中でも最弱…」 「セール如きにやられるとは我らスカグルの面汚しよ…」 「それどころかリーダーまで星屑に負けて逃げ帰ってくる始末だしな」 「りりあ、お前も小銭十魔を仕留め損ねたな」 「…」 りりあは黙ったままだった。小銭への好意が任務への意識を上回ってしまったのだ。決意が鈍り、小銭を殺すことが出来なかった。 「ところで、直江を狩りに行った竜崎とまあやんはどうなっている?」 「未だに直江の所在が掴めないらしい。奴め、帝都を暫く留守にしている上に相当遠くへ出ているようだ。まだ位置を補足するのに時間がかかるだろう」 「氷河期捕獲の件はどうなっている?」 「既に領那と風炎が向かった。あの2人ならば如何に相手が氷河期とてしくじらない筈だ」 「最も厄介な水素はどうする?」 「未だに我らのことを知らない筈だ。泳がせておけ。気取られれば腕利きのツーマンセルを派遣して抹殺する」 「それでは各々、自らの任務を全うせよ。世界に痛みを!」 スカグルは本格的に動き出そうとしていた。 その頃何も知らない氷河期は牡丹王国の牡丹城で黒牡丹の接待を受けた帰りであり、王都を出て暫く歩いた場所にある山岳に囲まれた盆地にある集会所に居た。集会所と言えば、第一部の序盤に登場したあのクエストを受ける為の集会所である。 「おお、あのアティークを相手に闘った英雄エイジス様だ!」 「伝説の騎士エイジス様だ!」 氷河期が集会所に入るなり、集会所に居た者達は沸き立った。 「おう、どーも」 氷河期はそれを適当にあしらいながらクエストを受注する。受注したクエストはベリオロスとウカムトルムの討伐である。 氷河期は、長年愛用している剣や二対の短剣をこの二体のモンスターから取れる素材を使えば強化出来るという情報を地元の鍛冶屋から聞きつけて遥々此処まで来たのであった。既存作品の能力を使う他のレギュラーメンバーとは違う、オリジナル能力を持つ氷河期ならではである。 「1人で受注する。じゃあ行ってくる」 氷河期は集会所を出ると、早速付近の凍土へと足を向けて歩き出した。 暫く歩くと、凍土へと差し掛かる入口付近に到達したのだが、氷河期は此処で自分以外の気配を感じたのである。 (モンスターか?いや、この気配はモンスターではなく明らかに人間だ。他のクエスト受注者か?いや、ならば隠れて俺をつける理由は無いな。敵か…!) 氷河期は鋭い気配察知能力で襲撃を予感する。その時である。氷河期の右斜め後ろの崖の上から電気を帯びたコインが高速で一直線に飛んで来たのである。 氷河期はそれを剣を引き抜いて振り、弾き飛ばす。弾かれたコインは放電しながら地に落ちて土を焦がす。 「やはり襲撃者か。姿を隠してコソコソと小者みたいだな!俺の首が欲しければ堂々と出て来たらどうだ!」 氷河期が大音声で呼ばわると、崖の上に姿を隠していた人影が現れて氷河期の前へと飛び降りてくる。 「アンタが氷河期で間違い無いようね。私は領那。アンタを拘束させてもらうわ!」 領那と名乗る女はスカートからコインを取り出して氷河期に狙いを定める。 「領那?領那はもう死んだ筈だ。マロンの魔装により始末されたと聞いたぞ」 氷河期は名前を聞いて思い出す。ランドラ城の戦いで領那は戦死した筈だった。 「あれは私の細胞からつくられたクローンよ。本体はこの私!」 領那の右手からレールガンが射出された。 レールガンを剣で弾いた氷河期の頭髪と瞳は赤く染まり、顔にも赤い紋様が浮かび上がっていた。氷河期は鍛錬の末に鉄血転化を詠唱破棄で発動出来るようになっていた。 「学園都市第3位、レベル5の超電磁砲か。だがその程度の力で伝説の騎士と言われたこの俺を倒すのは不可能だ」 「アイシクル」 氷河期は右手の掌を領那に向け、無数の氷柱を全面に展開し一斉に射出する。が、領那の全身を覆い漂う黒い砂鉄が氷柱を悉く弾いて砕いてしまった。 「氷柱如きでは駄目か。ならば」 氷河期が念じることにより周囲の無から氷が大量に作り出される。氷は領那を取り囲み中に閉じ込め、更に巨大な左右の氷の壁から無数に鋭利な氷の柱が隆起して領那を串刺しにせんと伸びていく。 が、領那を閉じ込めた氷も無数の氷の柱も全て砕かれてしまった。氷河期の氷を砕いたのは、電気を帯びて輝く砂鉄と、領那の体の周りを漂う高圧電流を発する球雷である。 「確かに私のクローンはレベル5の超電磁砲(レールガン)だった。でもね、私本体はレベル5なんてもんじゃないのよ!」 領那は自身を覆うエレキフィールドから全方位に向けて放電、超高圧電流を放出する。 「やれやれ面倒な相手に絡まれたようだな」 氷河期もエターナルフォースブリザードで対抗、全方位に冷気を放出することで領那の電流と衝突、相殺される。 冷気による寒気とバチバチッと音を立てる高圧電流がフィールドを覆う。2人の技の激突によって周囲の山岳は全て吹き飛ばされていた。 「私の技と互角だなんて、少しはやるじゃない。でもまあ、予想の範囲内よ」 領那は砂鉄で剣を生成して右手に持つ。砂鉄剣はメーザー振動により超高温化し赤く輝いている。 「ふん、この俺を相手に接近戦を挑もうというのか」 「冷殺剣」 氷河期は剣に冷気を纏わせて強化する。 「行くわよ!」 先に動いたのは領那の方だった。風を切り突き進み、氷河期へと砂鉄剣を振るう。氷河期は冷殺剣で何無く受け止め、第二撃、第三撃と次々に剣を振るう。剣技でも身体能力でも劣る領那は遂に左肩を貫かれた。 「私のエレキフィールドを…貫通するなんて…」 「終わりだ。死ね」 自身を貫いた剣を片手で抑えながら声を震わせる領那の首筋に、氷河期の冷殺剣による一閃が…決まらなかった。氷河期の冷殺剣を領那の球雷が受け止めたのである。 「領那の奴、存外苦戦してるな。まああの氷河期が相手なら仕方ないか。だが氷河期は私の獲物だから手を出すな!とか強く言われたら簡単に出るわけにもいかないな。暫く様子を見るとしよう」 領那と共に氷河期捕獲に派遣された風炎は風の力で遥か上空に浮きながら領那と氷河期の戦いを傍観していた。 「甘いのよ!アンタのお気に入りの美少女に対する態度のようにね!」 領那の砂鉄剣が氷河期の心臓目掛けて突き出されるが、氷河期は瞬時にノーモーションで自身の意思のみでその箇所に氷の壁を創り出し砂鉄剣を防ぐ。 「冷却砲」 氷河期の左手から繰り出された冷気のビームが領那を覆う。その隙に更に氷河期は後ろへ飛び退がり領那との距離を開く。 「インフィニティーアイシクル」 鋭利な氷柱が領那を取り囲むように全方位に展開されて領那へ向けて一斉射出される。 「下からもだ。長旅で腹が減ってるだろう?たっぷりと味わわせてやる」 氷河期が念じることにより周囲の地面が瞬時に凍りつく。更に領那の足元から鋭利な氷の柱が無数に隆起して領那の全身を貫いたかのように思われた。 「はぁぁぁ!!」 領那のエレキフィールドは氷河期の攻撃を全て弾いていた。更に領那の前面に電気を帯びたコインが無数に展開される。 「今度はこっちの番よ!」 無数のレールガンが射出されるが、氷河期はそれらを高速でその場から離れて回避したかと思うと、領那の背後に回り込んでいた。 「エイジストラッシュ」 高速斬撃を零距離から連続で行い、領那の球雷を破壊する。 「…!」 反応が遅れた領那は氷河期の方を振り返り砂鉄剣を振るうが、氷河期はその前に領那の頭上を飛び越えて更に後ろへと回り込んでいた。 「冷殺斬」 氷河期が振り下ろした剣から放たれた冷気を帯びた斬撃が領那の体を両断するかのように浴びせられた。 「何が目的かは知らないが喧嘩を売る相手を間違えたな。遊び感覚で格上に挑むと死ぬのは当然だ」 氷河期はトドメだと言わんばかりに領那の肩に触れて全身を氷漬けにした。 「誰が格上ですって?格上はこの私に決まってるじゃない!」 凍らせた領那の体から黒炎が噴出し、氷を溶かして領那は再び現れた。 「しつこい」 氷河期は零距離から冷却砲を放つが、領那の黒炎と相殺されてしまった。 「phase0 玉藻前」 領那の腕から黒炎を凝縮したビームが放出されたので、氷河期はそれを見極めて跳躍し回避する。 「何だあれは?あいつまだ能力があるのか」 宙にいる氷河期を見上げた領那の手から次々と黒炎の火球が射出される。氷河期はそれを冷殺剣で次々と斬り防いでいく。 氷河期はそこから急降下して冷殺剣を領那に振り下ろす。が、領那は黒炎に守られて無傷だった。 「はぁ!!」 領那を覆う黒炎が形態変化して氷至近距離から氷河期へと迫り来るが、氷河期は素早く後ろへと跳ぶことで被弾を避けた。 しかし領那は間髪入れずに黒炎に復活した球雷による電撃を融合させて氷河期に連続で放ち続ける。氷河期が高速で走りながら回避を続けても黒炎球雷の連続射出は続く。 「小出しにしても駄目な様ね、ちょこまかとゴキブリみたいにムカつくのよ!」 領那は球雷によるエレキフィールドに黒炎を混ぜて、自身を中心に全方位広範囲に放出する。 「そう来たか。ならば」 そう呟いている氷河期を、黒炎と高圧電流を伴う雷撃が押し寄せて覆い尽くしてしまった。 「あちゃー!私ったらやり過ぎたかしら!殺しちゃいけないのに!」 スカグルのリーダーであるドナルドから領那に下された命令は氷河期を生け捕りにすることであり、殺すことではない。領那はつい力を出し過ぎたかと後悔している時である。 雷撃と黒炎を掻き消す音圧を伴う咆哮が、氷河期が居た方角から聴こえてくるのである。いや、聴こえてくるというより耳を劈くような… 「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」 狼と化した氷河期の咆哮が木霊し、大地と共鳴することで半径10kmに及ぶ氷のドームが創造される。 「な、何!?何なのよこれ!」 狼狽える領那に、ドームの壁から生えて伸びてくる無数の鋭利な氷の柱が迫る。領那は球雷と黒炎を全身から放ってそれらを破壊し続けるが、その内の破壊し損ねた一本が領那の左腕を貫いた。 「クッ…!」 貫かれた左腕の傷口から血が凍りついた地面に連続で滴り落ちていく。赤い水玉模様を作るように。 「ワオオオオオオオオン!」 氷河期は更に音圧と共に冷気を凝縮したビームを口から放出する。 右手を翳して黒炎と高圧電流を融合させた壁を前面に展開する。氷河期が放ったビームは音圧と合わさり威力が通常状態のそれとは比較にならないくらい増幅されていた。 「何なのよこの威力!これがフェンリルの二つ名の由来とでも言うの!?」 黒炎と高圧電流による防御壁に亀裂らしきものが入り、ビームは防御壁を突破した。領那は避けようにも左腕を氷の柱に貫かれており身動きがとれない。領那はビームをまともに喰らってしまった。 「ガルルルルルルルルルルルル…!」 氷河期はビームを浴びて凍りついた領那目掛けて飛び掛かる。そして領那を閉じ込めている氷塊を砕かずに中の領那のみを攻撃する技を繰り出す。 「ガルルルル…」 氷河期が四つ足で高速移動しながら鋭い爪からの連続斬撃を繰り出し領那の全身を斬り刻む。 「ガルル…」 「トドメだ」と言いたかったのだろう。氷河期は地面に前脚二本を叩きつける。すると鋭利な枝や蔦を持った無数の巨大な樹木が発生し、凍りついた領那を次々に串刺しにしてしまった。 「…たいわねっ…!」 樹木で串刺しにした筈の領那の声が聞こえる。領那を串刺しにしていた樹木も、閉じ込めていた氷もエレキフィールドにより破壊され吹き飛ばされてしまった。 領那は掌から雷球を創り出し氷河期に向けて射出、氷河期の顔面に直撃し氷河期は吹っ飛ばされた。 「phase1 神威」 領那が呟くと吹っ飛ばされ地に転がり横たわっている氷河期は激しい重圧で地面に体を押し付けられる。体が、動かない。 「雷や炎だけじゃないのよ!私は重力も操れる!アハハハハハハハハハ!」 領那は更に重力を強める。氷河期の体は強い重力に耐えられずミシミシと音を立てて脚や骨が砕けたり飛び散っていく。 「手脚全部ク^・阿・蕕い靴覆い肇▲鵐燭亙瓩泙┐蕕譴覆い・蕕諭・④い韻秒K瓩砲覆辰討發蕕Δ錣茵・彈br> 氷河期は遂に四肢の全てを破壊され、達磨状態にされてしまった。 「氷河期捕獲完了よ!チョロいわね!」 領那が勝利を確信して氷河期にゆっくりと近づいた時である。領那の視界から氷河期が姿を消した。 「phase2 審判」 領那の額に第三の眼が浮かび上がり、瞼を開く。瞳は青く、瞳の周りはエメラルドのように緑色に輝いている。 「私の雷神phase2はあらゆるものの死を見ることが出来る。そして…」 氷河期の実体は消えたままだが、領那は自身の体内の器官のあちこちが急激に冷え、呼吸が出来ないことに気づく。 「息が…出来ない…!」 領那は苦しさのあまり右手で胸をさすったり喉を抑えるが体内の臓器や血液が凍らされていくことに気づく。 「まさか…これは…!」 第三の眼を発動しているが、氷河期の生命反応は消えていない。つまり氷河期はまだ生きているのだが、肝心の氷河期の実体が視認出来ない。氷河期は何らかの能力であの場から姿を消し何処かに隠れて能力を使っている、領那はそう考えた。この第三の眼は能力による干渉を感知することも可能なので、これが氷河期の能力であることは間違い無いと確信していた。 「あっ…あがっ…ガァァァァァァァァァ!!」 領那は更にphase3 転移を発動することで自身と氷河期の立場を入れ替えた。すると今度は氷河期が冷気化状態から実体化して、領那が冷気化することになる。 だが、領那は冷気化して氷河期の体内に潜り込んだことで、自身の氷点下の温度に耐えられなくなり、まもなく絶命する…筈だった。 phase4 真性。領那の更なる能力の進化。領那はこの力により並行世界へ干渉、歴史をphase1の力で氷河期の四肢を潰したところまで戻した。 「こうなったら、phase5を発動するしかないようね。いえ、初めからそうするべきだったのよ」 「させないぜ」 四肢を潰され横たわっていた筈の氷河期が全回復を遂げて人間体に戻り五体満足の状態で二本の脚で立っている。 「コキュート…」 領那のphase5の発動前に究極魔法を発動しようとする氷河期。だが上空から突如飛んできたカマイタチが氷河期の右腕の肘から先を切断した。 「!?」 狼狽える氷河期だが、領那も何かを察してモーションを中止する。 「領那。その力をこんなところで使うのか?氷河期相手にそれは魔力の無駄遣いだぞ」 カマイタチにより頑強な氷のドームの天井を破壊し領那の隣に降り立ったのは、領那とツーマンセルを組む風炎だった。 「風炎、どういうつもり?氷河期は私の獲物だって言った筈よ!手を出すんじゃないわよ!」 闘いに水を差された領那は風炎に抗議する。 「あの氷河期を1人で相手しようなんて土台無理な話だった。やはり此処はツーマンセルで…」 「私がphase5を発動していたら簡単に勝てたのよ!」 やはり2人で、と言った風炎に領那は怒りを露わにする。 「だがお前のphase5以降の力の発動はリスクがデカ過ぎる。あれを安易に此処で使うべきではない」 「チッ…分かったわよ」 風炎に諭され少し頭を冷やした領那は渋々承諾する。 「2対1か。領那だけでも少し骨が折れるというのにもう1人とは…」 領那と風炎が2人で並んで氷河期と対峙する。ほぼ互角の形勢だったが、それは数的優位により覆されてしまった。 「領那、お前は左からだ。俺は右から行く」 「了解」 風炎と領那がそれぞれの技を発動しようとした時である。 「おうてめえら!2vs1なんてカッコ悪いんじゃねえのか三下共ォ!」 破壊された氷のドームの天井から謎の影が進入し、氷河期と二者の間に割って入った。 「嘘…アンタは…!」 領那の目に映ったのは、既に死んだと情報があったあの男… 「まさか、お前は…」 氷河期も驚きを隠せない。死んだ筈の男が目の前で自分に背中を見せているのだ。 「なんだなんだなんですかァそのザマはァ!威勢良く1人でかかって駄目だから結局リンチしないと勝てない無能ですってかァ!? そんなクソみてえなレベル5の面汚しにはよォ…レベル5最強のこのオルトロス様がしっかりレベル5の格ってモンを教えてやらなきゃなンねェよなァ!?」 「オルトロス…!お前北条に倒されて死んだ筈じゃあ…」 死んだ筈の男の急な登場に目を丸くする氷河期。 「ありゃ本物の俺じゃねえ。アティークの野郎、負傷した俺を回収して密かに研究材料にしやがった。奴の傘下にいる研究機関が俺の細胞から勝手にクローンを作って操ってやがった。目が覚めた時にはアティークは牢屋にぶち込まれてるし国の名前は変わってるしでわけが分からなかったがな」 オルトロスはポキポキと首を捻って音を鳴らしながら経緯を説明した。 「敵を前にしてベラベラ喋ってんじゃないわよ!舐めてんの!?」 領那がレベル5の能力を発動、オルトロスに落雷を落とす。雷による轟音が響き激しい光が一瞬辺りに満ちるが、オルトロスは無傷だった。オルトロスは落雷をベクトル変換により領那に反射したのだ。 「やっぱり効かないわね…。反射されてもこっちは元々雷を纏ってるから関係無いけど」 領那は跳ね返された落雷を浴び、その落雷を自身に纏っていた。バチバチっと雷が領那の周囲を取り巻き音を立てている。 「まずはてめえからだぜレベル5の面汚し!」 オルトロスは地面を蹴ってベクトルを変換し瞬間的に移動し領那の目の前に出ると、全面に球雷を出してオルトロスの攻撃を防ごうとする。 「効くかよォ!」 オルトロスが突き出した指が領那の肩に触れた。 「身体中の血を逆流させてやんよ!」 オルトロスの力により領那の体内の血液が逆流させられ、領那は息絶えた。かに思われたが、領那は位置を入れ替える能力により自身と氷河期の位置を入れ替えたのだった。 オルトロスの指が氷河期に触れてしまったのである。能力は発動してしまったかに思われた。 「やべえ…やっちまった…!」 「大丈夫だオルトロス。俺は生きている」 血液を逆流させられる寸前に一度冷気化して人間体に戻り、違う座標に移動して死を回避したのだった。 「ふっ…!驚かせてくれるじゃねえかレールガン!氷河期、さっさとこいつらを片付けるぞ!」 「言われるまでもない」 「氷河期、俺がレールガンを殺る。お前は風炎を殺れ」 オルトロスが領那を睨みつけながら対峙する。 「いいだろう。しくじるなよ?学園都市第1位」 氷河期も2、3歩右に移動し風炎と対峙する。 「貴様らは役割を分担する必要は無い。何故なら今此処で俺が2人とも斬り捨てるからだ!」 風炎の風を操る能力により、氷河期とオルトロスは胴体を斬り裂かれる。…いや、斬り裂かれる筈だったが、氷河期は冷気化して再生、オルトロスはベクトルを変換して高速移動をしていたので無傷だった。 「調子に乗ってんじゃねえよ!」 オルトロスが拳に大気の渦を纏わせて高速でそれを突き出す。風炎は風を操りオルトロスに向けて突風を起こして吹き飛ばす。 「グオッ!俺のベクトル変換が効かねえだと!?」 「この突風はどんな攻撃も吹き飛ばし無効にする。お前の能力など通じない」 吹き飛ばされ尻餅をつくオルトロスに、風炎は更に風を操り攻撃を仕掛ける。 「援護するわ風炎!」 領那は雷球を用いたエレキフィールドにより威力を増幅させた雷をオルトロスに撃ち出そうとするが、その瞬間に真横に瞬時に回り込んだ氷河期に冷殺剣で斬りつけられた。 「俺を無視出来る程余裕あるのか?舐められたもんだな」 冷殺剣により雷球は破壊され、砂鉄の守りも突き破られた。 「クッ…!」 瞬時に砂鉄の剣を創り出して領那は冷殺剣を受け止める。鍔迫り合いになるが、氷河期はその際に魔眼を発動させる。頭髪や瞳が赤に染まり、氷河期の視界に領那の急所が赤く表示される。 「精霊術で貫いたのにお前は死ななかった。未だにお前は動いている。それが何故か、今分かった」 「…!」 領那はムキになって砂鉄の剣を氷河期に向けて何度も振るうが、冷気により凍りつかされてしまった。 「お前は自分の身体中に電流を流して電気信号で体を動かしている。お前はもう長くは戦えない」 「…!」 「死ね」 図星を突かれて狼狽える領那に、氷河期の白刃が振り下ろされた。 氷河期が振り下ろした剣は風炎が起こした風の障壁により防がれてしまった。 「氷河期よ、俺を忘れてもらっては困る」 「てめえこそ俺のこと忘れてんじゃねえのか!?あぁん!?」 背中から2枚の黒い翼を生やしたオルトロスが風炎の突風を翼で突き破る。更に風炎本体に翼が触れ、風炎は吹き飛ばされた。 「しぶてえな、てめえ」 更に繰り出された突風により相殺された黒い翼の攻撃は、風炎の胴体を1割抉るのみに留まった。 「クソ…これがレベル5最強の力か…」 風炎が掌から更なる風属性魔法を発動しようとした時である。風炎と領那の精神に語りかける低い声が響く。 「緊急自体だ。領那、風炎、直ちにアジトに戻れ」 スカグルのリーダー、ドナルドの声である。 「戻れだと?どういうことだよ!まだ氷河期は捕獲してねえぞ!」 「事情が変わった。どうやらアジトの位置が敵にバレたらしい。今はその者の排除を最優先とする」 粋る風炎にドナルドは淡々と説明する。 「チッ仕方ねえ。領那、戻るぞ!」 風炎に呼びかけに、氷河期と交戦していた領那も頷く。 「おい待てよ!逃すとでも思ってんのか!?あぁん!?」 「私がphase5を発動すればアンタ達なんて!」 オルトロスの口上に領那は反応する。 「オルトロス、此処は退かせるべきだ。領那に本気を出させたら面倒なことになる。俺達とこいつらは相性が悪い」 「…チッ」 氷河期に諭され、オルトロスは不服ながらも返事する。 「次会う時がアンタ達の最期よ!」 「覚えておくがいい!」 領那と風炎は、風炎の風の力で宙に浮き、そのまま飛び去っていった。 「で、何でお前が来たんだオルトロス」 闘いが終わり、氷河期はオルトロスが此処に来た理由を聞き出そうとする。 「俺はセールに頼まれて来たんだ。氷河期を連れ戻して来いってな。今、都はハンペルって奴の襲撃を受けて半壊状態だ。更なる襲撃に備える為に戻って来いってよ。恐らくハンペルもさっきの奴らの仲間だ」 「そんなことが…。今みんな居るのか?」 「どっかのヒーローと死神と忍者以外はみんな居るぜ。北条は奴らに捕まった。後の2人は何処に居るのか分かんねェってよ」 「…とにかく、それを聞いたからにはすぐに戻りたいが……俺も用事があって此処に居るんだ。モンスターを狩って武器を強化しないと」 一連のやりとりの後、氷河期は凍土に向かって歩き出す。 「なら手伝うぜ。さっさと用事を済ませて帰るぞ」 結局モンスター2体は出会いがしらにオルトロスが急接近してモンスターの血液を逆流させて瞬殺したのだった。 「欲しい素材はあったか?」 「ああ。これで十分だ」 氷河期はオルトロスに渡された素材を皮袋に入れると、集会所で報酬を受け取って牡丹王国の鍛冶屋に剣と二丁短剣を加工してもらった。 「見た目は変わらないんだな」 「ああ。だがこれで性能は上がった筈だ。用は済んだ、帰るぞ」 鍛冶屋から受け取った加工された剣が活躍するのは、もう少し後である。 剣を強化した氷河期は道中でクシャルダオラで剣を試し斬りする為にとある洞窟へとオルトロスを伴い足を運んだ。 皮膚が非常に硬いことで知られるクシャルダオラだが、氷河期は軽々と竜巻を回避してクシャルダオラの背中から斬りかかり一刀のもとに両断した。 「ふむ。流石の斬れ味だ。これならより近接戦闘で敵より優位に立てるぞ」 氷河期は剣を鞘に納めながら感嘆する。 「で、クシャルダオラから取れた素材はどうすんだ?頼むから武器強化は都についてからで頼むぜ。セールから叱責されるのは嫌なんでな」 オルトロスが嫌そうな顔で氷河期に換気する。 「ああ、そうするよ。都に帰ろう」 氷河期とオルトロスは山を越え谷を越え、1週間程で帝都に辿り着いた。 セールの執務室 コンコンコンと三回ドアをノックする音が響く。セールがそれを受けて「入れ」と言うと、氷河期とオルトロスが入室してくる。 「頼まれた通り、氷河期を連れ帰って来たぜ」 「ご苦労、オルトロスもそのまま俺の話を聞いて欲しい」 セールに言われてオルトロスはその場に留まる。 「で、氷河期。今まで何をしていた?」 セールの表情が険しいものになっている。まあ、当然と言えば当然だが。 「美少女と旅行ってのはまあ冗談でして…。武器を強化するのに必要な素材を入手する為にモンスター討伐クエストに行ってました」 「オルトロス、本当か?」 氷河期の言うことを信じられないセールは、自らが派遣したオルトロスに真偽を確かめた。 「ああ、本当だ。クエスト中にスカグルのメンバー2人に襲撃されてるところを俺が加勢して撃退した」 「…どうやら本当みたいだな。今回の件は不問に伏す。その代わり氷河期、お前には都に転居してもらう。我が国の騎士団長として働いてもらう」 「…了解」 氷河期も隠遁生活には飽きてきていたので丁度いいくらいだと内心思っていた。 それからセールは氷河期とオルトロスに襲撃者についての詳細を説明させ、この日はそれで解散となった。 「ハァ…ヒーローと死神はまだ所在が分からないのか」 側近の筋肉即売会にセールは溜息混じりに尋ねる。 「派遣した使いからはまだ何の連絡も無い。足取りが全く掴めないんだろう」 筋肉即売会は険しい表情で現状報告する。 「あの馬鹿共は何をやってるんだ?ヒーローの方はいつもやる気の無さそうなボケーッとした顔をしてやがる。どうせ何処かで趣味の怪人退治で回ってたりするんだろう。 死神の方は…まあいつもやる気無いからな。何も無い日は一日中ベッドの上でネットしてるそうだ。奴に限っては最近碌な活躍もしていない。あいつが最近1人でも敵を殺したか?水素の力を頼ってどさくさに紛れてアティークを封印しただけだ。古い付き合いの誼で封印による功績で広い領地をくれてやったが、あんな奴帰って来る必要も無いか、うん」 イライラのあまり長々と口から愚痴が出てしまう。 「セール、気持ちは分かるがそう投げやりになるな。直江みたいな奴でもどっかで使い道はある。水素もいざという時は帰って来るだろう。今まで敵の親玉を倒してきたのは全てあいつだ」 「…筋肉即売会、気晴らしに街に出る。復興の具合を見て回る。供をしろ」 筋肉即売会に宥められたセールは一旦2人のことは忘れて席を立った。 「分かった。領土や民の様子を把握するのも上に立つ者の重要な勤めだ」 2人は仮の事務所(?)街に出た。因みに城は以前ハンペルに破壊されている。 騎士エイジス、というより現・氷河期は騎士団長として都の見回りを行っていた。 「都がこんなことになっていたなんてな。こりゃ治安が悪化するだろうな。気を引き締めて治安維持に力を尽くさねばならんな」 現実世界でも、数年前に発生した東日本大震災の時に、留守中の店や家屋を狙った窃盗事件で取り締まられた者が居たことを思い出す。 氷河期がそう言っている側から、何やら荒くれ者らしき風貌の男が慌てて逃げていくのを目撃する。 「うちのお金返してー!」 40代くらいの中年女性が男を追いかけている。追いかけられている男は氷河期の隣を過ぎ去ろうと走っている。 ザシュッという何かを斬る音が響く。同時に男の胴が真っ二つにされ、鮮血が舞い上がり飛び散る。氷河期が男を斬り捨てたのだ。 「あれは氷河期…何をやってるんだ?」 都の見回りに出ていたセールはたまたまこの顛末を目撃していた。 「おい氷河期、お前何をやってるんだ?」 目撃していたセールが氷河期に詰め寄る。 「みんなが一丸となって復興に力を注いでるのにこういう輩を許していては示しがつかんのでな」 氷河期は剣に付着した血を振って払いながら平然とそう答え、剣を鞘に収めた。 「いや、だがこれはやり過ぎだろう。こんな奴でも捕まえて労働力として役に立たせる道もあった。命の使い道ってやつだ。命は自分のも他人のも粗末にしてはいかん」 セールの言うことも確かに間違ってはいない。少なくとも法によって裁くのが法治国家である。現実世界の日本に慣れているポケガイ民からすれば尚更である。 「生まれてきたからと言ってそれが必要な命とは限らない。秩序を守り暮らしている善良な人間ばかりではないのが人間世界の現実だ。こういった悪人は見つけ次第斬り捨てるのが妥当だ。汗水垂らして復興の為に働いている者共のことを考えると尚更な。クズ野郎は許さないよ、絶対にね」 氷河期は真っ向からセールの意見を否定する。 「この国の長はこの俺だ。この国の騎士ならば法治国家としての在り方に従ってもらう」 「チッ」 セールの説教を受けて氷河期は舌打ちしその場から立ち去っていった。 因みに氷河期が斬り捨てた男が盗んだのは僅か100Z(ゼニー)だった。100Zは現実世界でいう100円である。 100円といえば決して大金ではない。一銭と言っても差し支えのない金額である。 この事件は後に「氷河期の一銭斬り」として世に広く伝えられることになった。 「…ということが今日あった。お前らはどう思う?」 夕方。勤務を終えた氷河期は「Cafe Rengatei」で小銭と星屑と共にお茶していた。 「どっちの言うことにも一理あるんじゃね?」 小銭は適当に答えながらアイスティーをストローで啜る。 「悪いが俺はセールが正しいと思うぜ。氷河期みたいなやり方は法もクソも無い残忍な刑罰が罷り通る修羅の国になっちまう。アンタ、反省した方がいいぜ」 星屑はコーヒーを啜りながら冷ややかに答えた。 「そうか…。いや、確かにそうだな。ありがとう」 氷河期はカフェオレを一気に飲み干して席を立つ。 「帰るのか?俺、美味いイタリアンレストランを知ってるからこれから一緒に晩飯でもどうよ?」 キツいことを言ってしまったと自覚する星屑が景気付けに氷河期を誘う。 「ん、じゃあ行くか。小銭も一緒に」 「俺もその店知ってるぜ。あの店はマジですげえぞ、小さいけど」 3人はレストラン「トラサルディー」に向かった。 「イラッシャイマセー!」 金髪のイタリア人らしきシェフが3人を出迎える。調理も接客も1人でこなしている小さなレストランである。 氷河期、星屑、小銭の3人は二つしかないテーブルの内の一つを選び席に着いた。 「新顔ノオ客様ガ、イラッシャイマスネー!」 店主が氷河期を見るなり笑顔でそう言う。 「ああどうも、氷河期って言います。で、メニューは?」 氷河期はテーブルにメニュー表が無いことに気づく。 「入口ノ看板ヲ見ナカッタノデスカー?メニューハ、オ客様次第デース!」 「お客様次第?どういうこったよ?」 氷河期の頭の上に?マークが浮かんでいる。そう見えるような表情だ。 「オ客様ノー、体調ヲ見テカラメニューヲキメルノデース!」 「よく分かんねえけど分かった。腹減ったからなんか料理出してくれ」 「カシコマリマシター!」 シェフは元気良く返事すると厨房へと消えていった。 「氷河期、とりあえずそこのグラスに注がれてる水を飲んでみろよ」 「水?ああ、喉渇いたしな。ところでこの水、800円とかしないだろうな?」 星屑に勧められてグラスを手に取るが、氷河期は警戒してグラスから手を離す。現実世界においてメディアに一時期よく出演していた有名な某イタリアンシェフの店が勝手に出しておいた水の代金を請求し、「年収300万や400万の人が飲むような水じゃない」とかいう発言をして炎上した件を思い出したのである。 「水は無料に決まってんだろw大丈夫だそんなカ◯ゴエみたいな酷い店じゃねえからw」 小銭も水をゴクゴク飲んでいるので氷河期も水をグラスの半分まで喉へと流し込む。 「ンマァァァァァァァァァァァイィィィィィィィ!!」 氷河期は思わず叫んだ。 「こんな美味い水、今まで飲んだことねえ!例えるならアルプスでハープを奏でる女神が飲む水だ!」 あまりの美味さに氷河期の目から涙が溢れ落ち、次第に滝のように押し出されていく。 「あ、あれ?涙が止まらねえぞ!?何だこりゃあ!?」 氷河期の目からは数リットル規模の涙が溢れ出ていた。 「お、おい何なんだこれ涙が止まんねえぞ!」 氷河期は水のあまりの美味さに泣いているわけではない。水を飲んでからというもの、ナゼか涙が止まらないのである。 「おいなんだこれ涙が止まんねえぞ!星屑、小銭!助けてくれ!」 しかし星屑と小銭も氷河期同様に涙を流していた。 「あーこれ、この店ならいつものことだから気にしなくていいぞ」 「泣くほど美味い水なんだよ!」 星屑と小銭は涙を流しながら平然と氷河期を宥めている。白目の部分が萎んでいる。 「やっと涙が止まったか…。ん?何かすげえスッキリしたぞ!10時間寝てから気持ちよく目覚めたような気分だ!」 氷河期は前日4時間しか睡眠を摂っていなかったので体に怠さを感じていたがいつの間にかそれが吹き飛んでいた。 「目玉がしぼむのは一時的なものです。そのミネラルウォーターはアフリカ・キリマンジャロの5万年前の雪解け水で眼球内を汚れと共に洗い流し睡眠不足を解消してくれる水なのです」 料理を持ったシェフが厨房から戻ってくる。 「アンティパストはモッツァレラチーズとトマトのサラダです」 3人の目の前に料理が並べられる。 「ん?何だこの料理?味がしないぞ?」 氷河期はチーズをフォークで口に運ぶが、大した味は感じない。 「モッツアレラチーズは脂肪抜きした柔らかくて新鮮なチーズのことです。イタリアではみんな好んで食べてる」 「いや、それは分かったが味がしないんだがこのチーズ」 氷河期は2枚目のチーズをフォークで持ってブラブラと上に向けて振りながら言う。 「違う違う。トマトと一緒に口の中に入れるんです」 シェフは口を開けて指でジェスチャーしながら説明する。 「成る程ね」 説明通りにトマトとチーズを一緒に口の中へと入れると… 「さっぱりとしたチーズにトマトのジューシー部分が絡みつくうまさだ!チーズがトマトを、トマトがチーズを引き立てる!」 「 「ハーモニーっつーんですか?味の調和っつーんですか?例えるなら水樹奈々とTMのデュエット!フィーネ様に対するイゼッタ!ONEの原作に対する村田雄介のワンパンマン!」 氷河期があまりの美味さに感嘆していると、急に肩の辺りが熱くなっていくのを感じた。 「お客様、上着を脱ぐことをオススメします」 「ん?」 シェフの言葉に従い氷河期は上着を脱ぐ。すると肩にソフトボールくらいの大きさの垢の塊が出来ていた。 「何だこりゃあ!」 「それは垢の塊です。お客様の体に溜まっていた垢がどんどん取れていっているのです」 「軽い!肩が馬鹿軽だよ!肩に風船つけたみてえに硬い!」 氷河期は肩凝りに日常的に悩まされる方ではない。しかし連日色々なことがあったり、暗殺者時代から闘いの連続だったので多少肩に疲労が溜まっていたのである。 「では少しの間失礼します。パスタの茹で加減を見に行かなければならないので」 シェフはそう言って厨房へと戻っていった。 「すげえなこの店…」 今まで行ったどの飲食店よりも凄い。水にしても、第一部で登場した喫茶店で扱っていた水よりも遥かに美味い。氷河期はそう感じていた。 「次はプリモ・ピアット。名付けて娼婦風スパゲティです!」 シェフが次に運んできたのはパスタである。この娼婦風スパゲティとは、あまりにも忙しい娼婦が適当に作ったら美味しかったという逸話からつけられた。 「このスパゲティ、唐辛子入ってんの?」 氷河期は恐る恐るシェフに尋ねる。真っ赤で細かく刻んである具材が見られたからである。 「はい、入ってます。娼婦風スパゲティはイタリアに伝わる古代のパスタソースです。私の生まれ故郷・ナポリが発祥の地です」 「…いや、それはいいんだけどさ。俺辛いの苦手なんだよね。苦いのは割と得意だけど。喫茶店でコーヒーばかり飲んでた時期あったし」 氷河期は嫌そうな顔でスパゲティをマジマジと見つめる。 「私のスパゲティは辛いのが苦手な人でも食べられるように作ってあるんですよ、それではメインディッシュを作って来ますので」 シェフは自信たっぷりな顔でそう言うと戻っていった。 「ホントかぁ?まあ騙されたと思って食ってみるか」 氷河期がフォークで娼婦風スパゲティを絡め取り口に運ぶ。 「美味い!美味すぎる!どんどん引き込まれる辛さだ!すげえ!」 氷河期の手と口の動きが止まらなくなり、気づいたらスパゲティを完食していた。すると氷河期の口から何と歯が飛び出てきたのである。 「あ、これずっと抜けてなかった乳歯だわ。やっと抜けたわ」 そして更に乳歯が抜けた場所から瞬時に歯が生えてきたのである。 「マジかよ…」 「この店じゃ普通だぞ。なあ星屑?」 「ああ、普通だな」 氷河期の様子を見ていた小銭と星屑は面白おかしそうに笑っていた。 「氷河期がスカグルとかいうダサくてセンスの無い組織のメンバーに襲撃されたと言っていた。水素は大丈夫だろうが直江の奴が心配だ。まだ奴の足取りは掴めないのか」 セールは執務室で休憩しながらぼやいていた。 「相当遠くに行ってるか、人気が全く無い秘境とかに居るとしか考えられんな」 筋肉即売会は多くの物見を世界中に放って水素と李信を探させているが全く手掛かりが掴めない状況だった。 「あんな奴でも一応戦力だからな。それを失うのは痛い。奴は能力には恵まれてるがその他のスペックは最低な上に知能指数も低い。舐めプもするしな」 セールがため息をついてから懸念の一つだったことを取り上げる。 「そういやあいつはアティーク編でも最後にアティークを封印しただけだったな。水素が居なければそれも出来なかった」 筋肉即売会がファイリングされている李信のデータを読みながら碌な功績が無いことを指摘する。 「知能指数は小銭とドッコイだし他は小銭以下だ。能力だけはクソチートだが。でもそれは本人の本来の力じゃない。現実世界では何も取り柄が無かったってことだからな」 「アンタ、あいつに対して結構辛辣だな」 筋肉即売会は小銭と李信のデータを見比べながらセールに適当に返事する。 「こんな時に何処かで油を売ってて俺を悩ませやがるんだ。disりたくもなるものだ」 セールが湯飲みに茶を注ぎながら愚痴を続ける。 「もう放っておいたらどうだ?あんな奴居なくても水素だけ帰ってくれば大丈夫だろ。あいつならスカグル全員を1人で相手にしても瞬殺出来る」 「…そうは行かないんだ。直江が捕獲されたりしたら面倒なことになる。凪鞘を復活させるわけにはいかないんだ」 「使えない上に敵に捕まりでもしたら主人公失格だな」 「主人公?主人公は水素だろ?」 「…もうそれでいいんじゃないかな」 舞台は再び都から遠く離れたとある温泉街に移る。 水素は温泉旅館の一室で寝転びながらニュース番組を視聴していた。 「えー、次のニュースです。昨日正午頃、温泉街として有名なT市北部に謎の黒豚の群れが襲来、T市F町の家屋を半壊させていきました。」 「今回の黒豚の襲来について、豚の専門家である汗豚氏にお話を伺いたいと思います。では汗豚氏、お願いします」 「えー、今回の黒豚は全くの新種である為、私も、分かりません!」 「帰れ!」 「以上、ニュースでした」 「うわあ、不潔そうな豚だなあ。近くに居るのかよ勘弁してくれよー」 水素が煎餅をバリバリと音を立てて頬張りながら嫌そうな顔で言う。 「にしてもソラの奴何処ほっつき歩いてんだ?またくろくろにリア凸しに行ってんのかな」 水素は愛用の白いマントを装着し、部屋を出た。 「さあ、始めよう?この街はなァ、テンションが下げてるんだよ!」 その頃、ソラを待ち構えている敵は気色の悪い笑みを浮かべていた。 うどんと温泉で有名なこのT市。ソラはT市の一部分にあるとある区に足を運んでいた。 目的は、大量発生した黒豚の駆逐である。 破壊活動を続ける黒豚の群れを追いかけ、ついにその震源地に辿り着く。高級住宅街の奥地に立つその震源地の存在とは… 「さあ、始めよう?」 以前3回も会ったことのある男の姿。常に全身黒ずくめの格好をし、カツラを被った不潔な肥満男。 「やはりお前か、くろくろ」 ソラの視界に映ったその男はくろくろだった。 「あー!お前は俺にプレーテーション4だと見せかけて変なもんプレゼントしやがった仮面ライダー!」 くろくろは目を見開いてソラを指差して怒りの叫びを上げる。 「誰がPS4をプレゼントすると言った?それにお前にPS4プレゼントする金があるならドブに捨てた方がマシだ。お前はリスナーから貰ったプレゼントを平気で破壊するからな」 ソラは澄ました顔でくろくろを煽る。 「黙れ!サイコブレイクがクソゲーなのが悪いんだ!俺は人間なのにドッグフードなんて送りつけやがって!誰が犬じゃ!人間じゃ!」 「犬以下のお前にはドッグフードでも上等過ぎるw」 くろくろの怒りに対してソラは嘲笑を返す。 「うるせえ!PS4寄越すのがリスナーの義務だろうがァァァァァァ!!PS4寄越せェェェ!」 「あ、無理」 癇癪を起こしたくろくろに、澄まし顔に戻ったソラがあっさりと拒否の言葉を口にする。 「ぜってえボコすゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」 「終了です!お疲れ様でした!もう僕の勝ち決定でーす!ンフフフフフフフ!w行きます!バトルモード!」 くろくろがバトルモードと叫んだ直後、何処からか謎のBGMが流れ始める。これは水樹奈々とTMのコラボ曲である。 くろくろは更に100体程の黒豚の群れを召喚してソラに襲い掛からせる。 「行けえお前ら!あの仮面ライダー野郎をぶち殺せ!」 迫り来る豚の群れ。しかしソラは落ち着いていた。 「変身!」 カードを使用し、変身ベルトから効果音が響き中心にあるコアが光り輝いた時、ソラは仮面ライダーディケイドに変身した。 「更にアタックライドで変身!」 仮面ライダークウガのマイティフォームに変身したソラは徒手空拳のみで瞬く間に黒豚の群れを道に横たわる肉片に変えてしまった。 「まだまだァ!戦車スイスイ!」 黒豚の群れなど所詮は前座である。くろくろは戦車を異空間から召還する。 「戦車には乗らせねえよ!」 クウガは高く跳躍し、足の底をくろくろが召還した戦車へと狙いを定める。 「マイティキック!」 封印エネルギーを解放し足に纏って空中から戦車へと急降下していく。 「アアアアアアアア!まだ戦車乗ってないのにィィィィィィ!!」 くろくろは発狂するが時既に遅し。クウガがマイティキックで戦車を貫いたことで爆破・炎上した。 「次はお前自身の番だ、デブ」 間近に迫られたくろくろは焦る。だが彼にもまだ手段は残されていた。 「こうなったら、俺自身が怪人になるしかないようだなァ!」 くろくろの体が突然変異を起こして元々人間離れした容姿だったのが文字通り人間のそれでは無くなっていく。 「これは…まさか…」 クウガが見たのは、現実世界の仮面ライダー番組で見たことのある怪人だった。 ン・ダグバ・ゼバ。仮面ライダークウガに登場するラスボスの怪人である。くろくろは白いフォルムに覆われた怪人の姿になった。 「くろくろがグロンギだったってことか…」 そう言っている間にくろくろはクウガに素早い渾身のパンチを見舞い、更に吹っ飛ばされ倒れたプラズマを発生させてクウガに浴びせる。 「グハッ!」 クウガは立ち上がろうとするが、敵は80トンの威力を誇る拳を持つ怪人である。体が、動かない。 「急に…強くなりやがって…」 クウガは何とか両手を地面につけて上体を起こすが、最強の怪人と化したくろくろはそう甘くはない。クウガが体勢を立て直す前にトドメを刺さんとカカト落としを見舞ってくる。 「俺は負けない!怪人や悪を倒す正義のヒーロー・仮面ライダーだからな!行くぞ!変身!」 クウガは邪悪なオーラに包まれてマイティフォームからアルティメットフォームへと変身を遂げる。 「無駄だ!死ねえ仮面ライダー!」 しかしアルティメットフォームと化したクウガはカカト落としを軽々と右に避け、くろくろの腹部に80トンの威力を持つパンチを見舞った。勢い余ってくろくろの右足は地面にめり込んでしまう。 「さっきの礼をたっぷりさせてもらうぜ。やられたらやり返す!10倍返しだ!」 某金融ドラマの主人公の名言を放ち、クウガはくろくろの上半身のあちこちに連続で80トンのパンチを叩き込んでいく。 「グハッ!オエッ!グボアッ!」 「くたばれ!」 連続でのパンチを見舞った後、ジャンプしてからの回し蹴りを顔面にクリーンヒットさせる。因みにキックは何と100トン。恐るべきパワーである。 「ま、待って…くれ…命だけは…」 もはや戦闘不能にまで追い込まれたくろくろはボロボロの状態になりながらも突然クウガに土下座をし始める。 「お前を排除する」 冷たく放たれたクウガのセリフ。そしてクウガの両脚に莫大なエネルギーが集まり始める。 「アルティメットキック!」 渾身のドロップキックは立ち上がり応戦しようとしたくろくろの体を貫いた。 「プレーテーション…」 くろくろの体は大爆発を起こし爆散した。 「やれやれ、やはりこんな出来損ないの豚野郎では大した戦力にならなかったか」 「誰だ!」 此処は住宅街である。60坪くらいある大きな住宅の影からその男は現れた。クウガは思わず身構える。 「俺の名はれおちゅウ。世界征服を目指す組織・スカイプグループの一員だ」 男はれおちゅウと名乗った。ソラは名前は知っているがもちろん面識は無い。 「さっきの口ぶりからするとくろくろはお前の手下だったってことか?」 くろくろは元々狂人ではあるが、街にいきなり豚を放って半壊させる程の被害をもたらして得るメリットは無い。何故くろくろはあんなことをしたのかと疑問に思っていた。 「そうだ。俺の神の狂気で俺の下僕にしたのだ。さっきの戦いをずっと見てたがお前は中々強そうだ。そこで爆散した豚と違ってな。だがその前に聞きたいことがある」 「聞きたいことだと?」 「李信は何処に居る?」 れおちゅウの口から出た聞き覚えのある名前。しかしソラはこの世界に来たばかりなので何処にその人物が居るかまでは知らない。 「いや、知らねえな。そもそもあいつがこの世界に来てるのかも知らなかった。あいつに何の用だ?」 「俺の下僕になるんだから特別に教えてやろう。世界征服を成し遂げるには古代の超越神凪鞘を復活させる必要がある。凪鞘を復活させる為には膨大なエネルギーが必要なのだ。李信はそのエネルギー源になり得るのだ」 「ふーん、そうか…よ!」 れおちゅウの話が終わったところでソラはアルティメットキックをれおちゅウ目掛けて炸裂させる。 「無駄だ。神気の結界」 それに対してれおちゅウは攻撃を吸収する結界を展開してアルティメットキックの威力を吸収し防いでしまう。 「馬鹿な…!クウガの中でも最強のアルティメットフォームでの必殺技だぞ!?」 「俺は森羅万象を司る神だ。仮面ライダーじゃ勝てやしねえんだよ!すぐにてめえを下僕にしてやるぜ!」 呆気に取られるソラに神の狂気を放とうとした瞬間、突如現れた影がソラを回収して神の狂気から瞬速で逃れさせた。 「我が神の狂気を避け、あてられてもなお自我を保つ。何者だ、お前は!?」 「趣味でヒーローをやっている者だ」 黄色のヒーロースーツに身を包んだ男が答えた。 「何だその適当な自己紹介。舐めてんのか?しかもめっちゃ弱そうじゃんw神の狂気を耐えたのは何かのまぐれとかだろう。操れないのであればお前は殺すしかない! と、その前にだ。お前、李信が何処に居るか知ってるか?」 れおちゅウの問いに対して水素は口を開く。 「暫く会ってねえし知らねえよ。つか、あいつに何の用だよ?」 「知らないのなら仕方ない。どうやら嘘をついてる顔でもないしな。なら第二の質問だ。水素が何処に居るか知ってるか?」 「俺が水素だけど」 水素はあっさりと答えた。警戒する必要などこの男には無いのである。 「そうか!お前が水素か!ならばお前を倒せば俺の大きな手柄になる!死んでもらうぞ水素ォォォォォォォォ!!」 神の気で刃を作り上げ、それを大きく振りかぶる。 「これは神剣の薙刀!如何なる防御技をも貫通する神の斬撃を食らって死ねえ!」 振り下ろすと同時に巨大な斬撃が放たれて水素に直撃する。 「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!このれおちゅウ様を前にして流石に手も足も出ないか!」 「いや、全然効いてねえけど?」 全く無傷の水素が瞬時にれおちゅウの至近距離に迫り右手からパンチを炸裂させた。 「ぐっはあああああああああ!」 れおちゅウは肉片になり血飛沫を撒き散らして無惨な死体に変わり果てた。 「またワンパンで終わっちまった……。クソッタレェェェェェェェェェェ!!」 れおちゅウを葬った自らの拳を見つめながら叫ぶ。少しは期待出来るかと思いきややはりいつも通りワンパンで決着がついてしまったからである。 「助けていただきありがとうございます!片付きましたね!流石は先生です!さあ、帰りましょう!」 「あ、ああ…」 水素は落ち込みながらトボトボとソラの後に続いて帰路に着いた。 読者諸君は覚えているだろうか? 第二部に入ってからまともな功績も無く、すっかり影が薄くなった主人公のことを。 その名は李信。この世界への転生を果たした死神代行である。 凪鞘編に入ってから何処か遠くへ行っていると度々説明されていたこの男は今、一体何処に居るのだろうか? 答えは、旧幻影帝国領である。幻影帝国ではホッサム以下、軍の全てが滅ぼされたことにより国を維持出来なくなり消滅、現在はポケガイ帝国領になっていた。 暫く出番も無く主人公は水素であるとセールにも言われてしまっているこの影の薄い主人公の久しぶりの登場である。 旧幻影帝国領・幻想山脈の秘境にある石造りの儀式台の様なもの(秘境なのでこれは天然であり人工物ではない)の上に上がり、胡座をかいてじっと目を閉じて微動だにもしないままの李信がそこには居た。因みに服装は洋装の黒マントと黒尽くめから死覇装の上にユーハバッハの黒いマントという格好に変わっている。 李信は精神世界…というより自らの斬魄刀の一部である斬月と対峙していた。 「私は斬月ではない。私はお前の力を大幅に抑えていただけの存在に過ぎない」 斬月のおっさんと呼ばれているロングヘアーの中年男性である。 「BLEACH読んでるから知ってるぞ。何で俺の力をセーブしてやがった」 「私はお前を戦わせたくなかった。お前は誰よりも弱く、そして脆い。就活で精神を摩耗して鬱になるくらい弱いのだからな。そんなお前が過酷な戦いの中に身を投じていくのを見るのが私は耐えられなかった」 目を瞑りながら斬月のおっさんはしみじみと語る。 「喧しい!メンタル強度が弱くなくてもあそこまで社会に冷遇されたら鬱にもなるわ!とにかく、お前が居るから俺はどの力を使うにしろ本来の実力を発揮出来ないんだよ!消えてくれ!」 李信は必死に訴える。今まで碌な活躍が出来なかった焦りから来ているのだ。 「ならば私は消えるとしよう。少しは強くなったようだしな。私が抑えていた力の全てをお前に返す。さらばだ」 斬月のおっさんは適当なことを言い残して消えた。 「感動もストーリー性もクソも無いな。だがこれで抑えられていた力が返ってきて虚(ホロウ)と滅却師(クインシー)の力が死神の力と溶け合い俺は強くなった。とりあえず街に戻るか」 街とは、幻影帝国の都だったディスピュートである。現在も商業都市として栄えている。 数日かけて徒歩で秘境を出ると、更に尾根伝いに歩いて山を越えて行かねばならない。そのような場所でずっと誰にも邪魔されずに斬魄刀との対話をしなければならなかったのでセールが捜索隊を派遣しても見つからなかったのは当然である。 カントー山、アイチ山という標高2000m級の山々を越え、李信はようやく地上へと再び足を踏み入れた。 「前世が引き篭もりだっただけにマジで疲れた…。ユクモ村で休むとしよう…」 李信がアイチ山の麓にあるユクモ村の集会浴場に向かおうとした時である。村の入り口まであと1000mというところで李信の前に立ちはだかる影が2人。 「お前がちょく…李信だな?」 この辺りは霧が深い。李信は斬魄刀を鞘から抜いて横に一振りして辺りの霧を払う。 「誰だお前ら」 抜いた斬魄刀を鞘に収めずにそのまま構える。 「我々は超越神凪鞘を復活させ世界征服を目指す組織・スカイプグループだ。凪鞘の復活の為には莫大なエネルギーが必要だ。お前にはそのエネルギー源として生贄になってもらう 俺はまあやん。そして…」 「俺が竜崎だ」 2人の内1人がまあやんと名乗り自分達の素性を何故か明かすと、隣に居た男も短く名乗る。 「李信様ですか?だろそこ~!貴方様を拘束させていただきます。だろそこ~! …という冗談はさておき、お前ら俺に勝てると思ってんの?」 「余裕だろ!お前仲間内でも戦績最低らしいじゃねえか!てめえみたいな雑魚は俺1人で十分だ!ゴムゴムの…! う、うわあああああああ!!」 竜崎が腕をゴムの様に伸ばす体勢をとった時、竜崎の体は宇宙空間に呑み込まれて消滅してしまった。 「まず1人だ。まだやるか?」 (こいつの技か?どうやって…) 「今のは想像を現実にする力だ。宇宙空間を竜崎の足元に想像して奴を消した」 考え始めるまあやんに、李信はわざわざ説明する。 「な、何だそれ…。化け物か貴様…!」 「俺は死神代行だ。それにスカイプグループって何だ?詳しくお前から話を聞きたくなった。お前は生け捕りにする」 「斬月」 李信の斬魄刀が大小二つに別れた。 「相手を殺さず捕らえなきゃならないのはこっちも同じなんでな… ハイトーンオブザシリウス!」 夜空に輝く星と共鳴しまあやんの全身が光り輝く。 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ~~」 「…超音波か」 星の力を借り自らの音域を超音波にまで昇華させたまあやんの音圧攻撃だが、李信は霊圧でそれを吹き飛ばした。 「おいおい…こんな強いなんて聞いてねえぞ?」 超音波を受け付けない李信の莫大な霊圧にあてられて身が竦んでいく。 「戦績がどうのと俺をナメてかかるからだ。俺はもう以前の俺とは違う」 「いいや、まだだ!ジエンドギャラクシー!」 銀河のエネルギーをレーザーに変換して手掌から放出、銀河を消し飛ばす威力の極太レーザーは李信を呑み込み後方の山脈を悉く消し飛ばした。 「ふぅ…やはり雑魚か」 「!?」 まあやんのジエンドギャラクシーは李信の斬月で防がれ、威力を大幅に殺されていた。故に山脈破壊程度で済んだのである。 「月牙十字衝」 大小二つの斬月から月牙天衝が同時に十字状に放たれ、まあやんの右腕を吹き飛ばして上半身を深く抉った。 「ぐああああああああああ!!」 「縛道の六十一 六杖光牢」 大ダメージを受けたまあやんに李信は容赦無く縛道を撃ち込んで拘束する。 「これでも月牙を加減してやったんだ。さて、俺の質問に答えてもらおうか。早く答えないと出血多量で死ぬぞ」 李信が大きい方の斬月の鋒をまあやんに向けて脅迫する。 「洗いざらい話してもらうぜ。まず凪鞘ってのは何だ?」 斬月を突きつけながら李信は鋭い眼差しでまあやんに問いを投げる。 「…お前なんかに話すことは何もねえよ。道連れにしてやるぜ!コピーペテルギウス!」 まあやんの全身を魔力のオーラが覆い、李信をも巻き込んだ大爆発が発生する。 爆散し跡形も無く消し飛んだまあやんに対して、李信は無傷だった。 「無駄死にとはまさにこのことだな。いや、仲間を売るまいと潔く死を選んだとも言うべきか… まあ吐いたら吐いたでその後始末してたんだがなw」 李信はユクモ村へと向かった。 ユクモ村に到着すると、李信はある意味村人達の手厚い歓迎を受けた。 「おい、あいつが…」 「さっきの爆発を起こした野郎か」 「あんな奴を村に入れてたまるか!」 村の男達が武器を構えながら李信を取り囲む。 「おい落ち着けお前ら。さっきの爆発は俺じゃない。俺が倒した敵だ」 「信じられるかそんなこと!怪しい風体してやがるし、帰ってくれ!」 李信が説得しようとしても取りつく島もらうも無かった。 「待ちなさい貴方達。その男は悪者じゃないわ」 何処からか歩いてきた桃色のショートヘアーと赤っぽい色の瞳を持ったメイド姿の少女が村人の群れを掻き分けて現れた。 「お前は確か水素の屋敷のメイドの1人の…」 李信はこのメイドに見覚えがあった。水素の屋敷を訪れた際に挨拶された程度であるが。 「私は水素様のメイドよ。はい、これが証拠」 ピンク髪のメイドは「OPPAI」とプリントされた水素のTシャツをポケットから取り出して掲げた。 「おお、あの水素様の!」 「水素様のメイドが言うなら間違い無いだろ!」 「よし、此処は退こう!」 水素はこのような遠く離れた場所でも知名度がある英雄だった。今まで強敵を倒し世界の平和を守ってきたのだから当然ではあるが。 「助かったぞ。水素のところの使用人だな?」 一度顔を見た程度ではあるがしっかりと覚えていたようだ。 「ええそうよニシン。貴方に伝えなきゃならないことがあって探してたの」 「俺は李信だ。ニシンじゃねえ」 「さあ、ネコメシでも食べながらニシンに色々話すわ」 李信と水素のメイドはアイルーが営む飲食店に来ていた。 「もちろん代金は貴方持ちよ、ニシン」 「李信だ。つか奢らせる気かよ。水素は金払い悪いのか?」 ピンク髪メイドは青髪メイドと違って毒を含んでいるような人物である。 「貴方が水素様の友人だとしても水素様の悪口は許さないわ」 ピンク髪メイドは李信を鋭い眼差しで睨みつける。 「で、伝えなきゃならないことって何だ?」 「その前に注文よ」 ピンク髪メイドは調子に乗ってかなりの品目を注文した。 「で、そろそろ話せよ。水素の使用人が俺に何の用だ?」 「ニシン、貴方スカグルって知ってるかしら?」 注文された大量の料理が運ばれてくるのを見て李信は溜息をつきながら話を切り出す。 「ニシンじゃない李信だ。スカグルってスカイプグループのことか?さっきスカイプグループって名乗って襲ってきた2人を抹殺したところだ」 「なっ…!貴方スカグルのメンバーを2人も倒したの!?」 李信については水素の友人で、碌な戦績も無く、更に水素に助けられてばかりだということしか知らなかったピンク髪メイドは目を見開いて驚いた。 「お前もか。戦績だけで判断するな。俺は元々強い。そして更に強くなった。今の俺ならお前の主人にも勝てる」 李信のその返事を聞いてピンク髪メイドはムッとする。 「貴方みたいなFラン大卒で就活に失敗して鬱になるような運動オンチのボンクラが水素様に勝てるわけないでしょう?」 「ああ、水素に勝てるってのは嘘だ。で、話の続きだ。スカグルってのは何なんだ?」 「そうだったわ。スカグルについてだったわね…。スカグルというのは…」 ピンク髪メイドは水素の留守中にセールに頼まれて水素とついでに李信を探して此処に辿り着いたこと、スカグルについて、しずくなのの戦死、北条の拉致、水素が行方不明、帝都が襲撃されたこと、凪鞘についてを全て李信に話した。 「ほう、成る程分かった。じゃあ、目的は定まった」 李信はピンク髪メイドの話を聞いたあと、椅子から立ち上がる。 「セールから都に戻ってくるようにと伝言を預かってるわ。私と一緒に帝都に帰ってもらうわニシン」 「いや、お前は先に帰るなり水素を探すなりしてろ。此処からは別行動だ」 李信は料理の代金を懐から出してテーブルに叩きつける。 「ニシン、これは一応皇帝の命令よ。私と一緒に…」 「俺は北条を助けに行く。お前は戦力にならない足手纏いだから先に帰れと言ったんだ。じゃあな」 李信はピンク髪メイドを置いて立ち去ろうとする。 「運動オンチで刀使いなのに剣術もからっきしで就活失敗した社会的弱者の癖に…!」 ピンク髪メイドは李信を憎らしげに見つめながら唇を震わせていた。 「と言っても、奴らのアジトを知らないからなあ」 李信は勢いで北条を助けに行くとは言ったものの、スカグルのアジトの位置など全く知らなかった。 「そうだ。あのピンク髪メイドから聞いた話をもとに位置を特定すればいいのか!対象はドナルドだな!」 李信は何かを思いつき、霊圧で陣を形成した。 「南の心臓 北の瞳 西の指先 東の踵 風持ちて集い 雨払いて散れ 縛道の五十八 掴趾追雀」 以前、黒影の位置特定に氷河期の絶対魔眼の力を借りたことがあったが、李信も同様の索敵能力を有していた。李信はこの鬼道によりドナルドの位置を捕捉したのだ。 「北西…旧仁王帝国領の旧都・タクアン付近か。此処から歩いて10日の距離といったところか」 李信はスカグルのアジトの位置を完全に特定した。後はアジトに襲撃をかけて北条を助け出し、スカグルを滅ぼすのみである。 そうと決まればすぐにでもこのユクモ村を出立すべきであるが、李信は今まで歩いて秘境から山を越えてきたので流石に疲れていた。 「今日はこの村で宿を探して泊まろう」 李信の決断は早かった。そう言えばこの村には集会浴場があり、集会浴場の建物は宿や酒場も備えていた。 「一泊したいんだが」 集会浴場に着いた李信は受付嬢に声をかける。 「畏まりました。ニシン様ですね?1人部屋禁煙で宜しいでしょうか?」 「ニシンじゃない李信だ。リ・シ・ン!ニシンじゃないからな!」 ピンク髪メイドと同じ間違いを口にした受付嬢に李信は訂正する。 「これは失礼致しました!李信様ですね!ではお部屋2階の201号室になります!ごゆっくりどうぞ!」 部屋の番号が書いてある鍵を渡され、李信は部屋へと向かう。 「此処が201号室…間違い無いな」 ドアを開けて部屋に入ると先程のピンク髪メイドが待ち構えていた。 「あら、ニシンじゃない」 「…俺部屋間違ってないよな?」 李信は部屋の外まで出て確かめる。だが李信は間違いに気づいた。201号室ではなく、此処は207号室だ。1と7を見間違えていたのである。 「此処は207号室よニシン。それで、間違えたフリして入ってきて襲うつもりなの?」 「いや、純粋に間違えただけだ。じゃあな」 李信がピンク髪メイドに背を向けて出て行こうとした時である。李信の背後から風の魔法によるカマイタチが飛んできたのである。 「縛道の八十一 断空」 李信はそれを鬼道による障壁で防ぐ。 「レディーの部屋に入って来ておいてそれで済むと思ってるのかしら」 ピンク髪メイドが李信を睨みつけている。 「お前はどう足掻いても俺には勝てんぞ。別にお前を襲いに来たんじゃあない。 …ま、詫びとしていいことをしてやろう」 「いいこと?まさかやはり…夜這いしに来たというわけね?私をどうにかしていいのは水素様だけよ!貴方みたいな下賎な男が好きにできる程私は安くないわ!」 「…喧しい。黙って見てろ」 取り乱すピンク髪メイドを手で静止し、李信は鬼道を発動する。 「南の心臓 北の瞳 西の指先 東の踵 風持ちて集い 雨払いて散れ 縛道の五十八 掴趾追雀」 鬼道の陣を形成し、水素の現在地を特定したのだ。 「お前の主人の位置を特定した。此処から西北西14日の距離、T市F町温泉街の旅館ぼっこ旅館だ。そこにお前の妹と…もう1人男が居るな。誰だかは分からんが」 李信はそう言い残すと陣を引き払って部屋を出て行った。 「ありがとう、ニシン」 ピンク髪メイドは本人が聞こえない声でボソッと呟いた。 生前、李信は何の取り柄も無く運動能力体力においても壊滅的だった。そんな彼が山を越え谷を越え10日間歩き通しでスカグルのアジトである洞窟の入口前に到着した。 「そういや生前あんなことがあったな…」 李信は思い出していた。生前の記憶をである。 会社を辞めた際に彼は親や社会から逃げる為に自転車を2日間で120km漕ぎ続けたことがある。 引き篭もり気質の李信が何故普段からはありえないようなことをやってのけたのか? 「人間、追い詰められたり重要な場面に直面すると普段からはありえないような力を発揮することがある」 という実体験に基づいた持論を他のガイ民に話していた。 「待ってろ北条。すぐに助けてやるぜ」 風に吹かれたユーハバッハのマントをはためかせ、洞窟を目指して再び足を進める。 「此処から先へは行かせないわよ!」 「飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことだな。探す手間が省けたぞ!」 洞窟の入口に現れた茶髪ショートで常盤台の制服を着ている女と黒髪のイケメンが李信の行く手を阻む。 「俺の襲来を予期していたかのような口ぶりだな。まあいい、北条は返してもらう」 李信は腰の鞘から斬魄刀を抜いて構える。 「ちょく…李信!アンタを捕らえて凪鞘復活の贄にするわ!」 まず領那がコインを指で弾いて李信に向けて超電磁砲を射出した。 「破道の六十三 雷吼炮」 右手の掌から鬼道の雷撃を放出し、レールガンをかき消して領那に浴びせる。 (馬鹿め。既にお前らは俺の掌の上で踊らされているのだ…) 李信は領那と風炎に気付かれずに難無くアジトへの侵入に成功した。 鏡花水月 始解発動を見た相手の五感と霊圧知覚を全て操るこの斬魄刀の能力で領那と風炎を完全催眠の支配下に置いたのである。領那と風炎は李信の幻覚と戦っているのだ。 「待て!お前がちょく…直江だな!此処から先はこの梨丸様が通さないぜ!」 「新手か。お前も鏡花水月に操られてろ」 最奥部への道を梨丸と名乗る男が塞いできたが、鏡花水月で完全催眠にかけて素通りした。 「警備がザルだな。元々小組織なのもあるが」 李信はついに地下の最奥部に辿り着いた。 「あの外道魔像っぽい変な呪器に北条が封印されてんのか」 巨大な祭壇に設けられている人を象った呪器に北条はどうやら封印されているらしい。 呪器には目玉の様な物が5つあり、その内一つは北条を封印したことで瞳を宿していた。 「破道の三十三 蒼火墜」 掌から蒼炎を固めた鬼道を打ち出して呪器を攻撃すると、目玉の瞳が消えて封印されていた北条が呪器の頭から吐き出される。李信はそこへ瞬歩で移動して北条の体を抱える。 「しっかりしろ北条さん。俺だ!起きろ!」 封印され意識を眠っている北条の体を揺さぶりながら声をかける。暫く繰り返していると北条がゆっくりと目を開けた。李信に気づいたようだ。 「此処は…?そういや俺はドナルドに封印されて…ってことは此処は奴のアジトか!」 「ご名答だ。さて、さっさと脱出するぞ。今なら警備もザルだからな」 意識を取り戻した北条がすぐに立ち上がる。李信は早急の脱出を促す。 「そうはさせない!」 脱出を図ろうとする李信と北条の眼下に先程李信が完全催眠にかけた梨丸、領那、風炎、そしてりりあが立っていた。因みにセリフを吐いたのはりりあである。 「鏡花水月の完全催眠を破るとは…」 此処に立っているということは、そういうことである。 「私は京単位のスキルを持つ能力者・りりあ!私のスキルの一つで貴方の完全催眠を解除したのよ!」 「4vs2か。北条さん、やれるか?」 4人に囲まれたという状況でも李信は余裕のある態度で北条に尋ねる。 「俺の神威でさっさと逃げるって手もありますよ。神威で逃げるか、奴らを消すか、どうしますか直江さん」 北条もニヤリと笑いながら質問を質問で返す。 「後々に禍根を残すのは面倒だ。始末するとするか。だが此処は狭くて場所が悪いな」 「ならまずこのアジトを破壊しますか!木遁・樹海降誕!」 李信の意を汲んだ北条が印を結んで術を発動する。地中から巨大な樹木が次々と出現し、洞窟アジトの壁や呪器を樹木が覆い尽くし、そして貫いて破壊していく。 「カマイタチ!」 「レールガン!」 木遁でアジトの破壊を行う北条に対して領那はレールガンを、風炎はカマイタチを打ち出して妨害を図る。 「縛道の八十一 断空」 それに対し李信が鬼道の障壁で2人の攻撃を防いだ。 北条の木遁によってアジトは完全に崩壊した。崩れ落ちた天井の岩壁が落下するが樹木によって粉々に砕かれる。 「俺たちのアジトが…」 風炎がアジトを破壊され呆然と立ち尽くす。 「土遁・地動核!」 北条は更に地下アジトという戦闘範囲が限定されるこの地形を嫌い、今自分達の居るこの地下の地盤を隆起させ、地上の平地と同じ高さにまで引き上げた。 「許せない…!私達のアジトを…」 領那はレールガンを北条に向けて打ち出す。 「神羅天征!」 北条は自身を中心に斥力フィールドを発生させてレールガンを弾き飛ばしてしまう。 「火遁・豪火滅失!」 樹木に取り囲まれたスカグル4人に向けて北条は火遁の印を結び、口から広大な範囲に広がる火炎を吐き出す。 「破道の七十三 双蓮蒼火墜」 李信も便乗する形で両手の掌から巨大な蒼炎を放出する。北条の火遁と李信の鬼道が合わさり炎は紫となって樹木を燃やしながら勢いを強めていく。 「フンッ!この程度の炎で俺達スカグルの精鋭を倒せると思ってるのか!」 風炎による突風は豪火滅失と双蓮蒼火墜を吹き飛ばし、押し返していく。 「餓鬼道・封術吸引!」 北条は迫り来る突風を吸収し、無効化した。 「あいつら…NARUTOとBLEACHの能力者だけあってやはり一筋縄ではいかないようね…」 自分達の攻撃が悉く無効化されている様子を見て領那が親指の爪を噛み締める。 「どうした!?4人がかりでその程度か!?ドナルドが居なければその程度か!?」 李信はそんなスカグル4人を嘲笑い煽る。 「竜巻カマイタチ!」 李信の挑発に乗った風炎が暴風に無数のカマイタチを乗せた広範囲攻撃を繰り出してくる。 「風遁・圧害!」 北条が口から風の塊を吐き出し、暴風を起こして風炎の竜巻カマイタチと相殺する。 「北条さん、遊んでないで勝負を決めちゃいましょう」 隣に居る李信が斬魄刀を構えながら北条に促す。 「…そうだな。…天照!」 北条はスカグルの4人をしっかりと視界に収めて輪廻写輪眼から天照を発動する。領那、風炎、梨丸、りりあの体から黒い炎が発火したのだ。 「う、うわあああああ熱い!何だ…この黒い炎は…!」 風炎が黒い炎を受けて転げ回る。 「天照。この俺の眼に宿った瞳術だ。視点から対象を燃やし尽くすまで消えない黒い炎を発火させる。お前らはこれでジ・エンドだ」 4人が悲鳴を上げながら転げ回っているかと思いきや、梨丸は何かを始めようとしていた。 「理想を現実に変える力」 梨丸が何かを念じる。すると対象を燃やし尽くすまで消えない筈の黒い炎が4人の体から跡形も無く消えたのだ。 「天照が…消されただと?」 北条が少し同様する。天照は対象を燃やし尽くすまで自身の意思以外では消えない筈だからである。 「何かネタがあるかもしれないが…。俺は頭を使うのが苦手でな。この能力で一気に決めさせてもらう」 李信は全知全能の能力を使い、4人が心臓麻痺によって死ぬ未来を創った。が、4人が倒れることはなかった。 「…馬鹿な」 「直江さん、どうしたんだ?」 冷や汗をかきながら小さく呟く李信に北条が声をかける。 「全知全能で奴らが死ぬ未来を創った筈なのに奴らが死んでいない…!どういうことだ」 「私のスキルの一つよ。時間や空間に干渉する能力の一切を封じたわ」 李信の能力を封じたのはりりあだった。 「そうか。だが無駄だ。この全知全能は見たり受けたりした能力を無効化する能力もある。今度こそ死ね」 しかしまたもや未来を創る能力が無効化され、4人は生きて立っている。 「相似に限りなく近いスキルを当てれば問題無いわね、そんな能力。と言っても無効化というより相殺がやっとだけど。アンタの霊圧が強過ぎてね」 「この女狐め…!」 イメージBGM←https://m.youtube.com/watch?v=8vKYzvuPEDU 「直江さん、貴方の鏡花水月、全知全能や俺の神威、天照といった能力は奴らに相殺されてしまうようですね。ならば取るべき手段は一つです」 「やむを得ないな。直接技や術で倒すしかないってことですかね」 視点を北条に見やりながら李信は返事をする。 「面倒ですがそうなります。ドナルドが来る前に決着をつけましょう!」 「分かった」 「作戦会議は終わった?なら今度はこっちから行くわよ!」 領那が雷を操り雷雲を空に形成して李信と北条へと落雷させる。 「須佐能乎!」 北条は完成体須佐能乎を呼び出して落雷による攻撃を完全に防ぐ。李信は霊圧で自身に降り掛かる落雷をかき消した。 「万象一切灰燼と為せ 流刃若火」 李信の斬魄刀から爆炎が噴き上がり、天地を焦がすかのような熱を発する。 「松明」 瞬歩で領那の背後に回った李信が爆炎を纏った刀で切りつけ、更に噴き上がった爆炎が領那の全身を火柱で包み込む。 「グッ…!それに速い…!」 流刃若火のあまりの威力にさしもの領那も自身を取り巻く球雷やエレキフィールドでは防ぎ切れずに半身に火傷を負う。 「終わりだ死ね。流刃若火一ツ目 撫斬」 流刃若火を領那に振り下ろした時、領那は風炎が起こした風に吹かれて回避した。 「まずは人数を減らさないとな。十拳剣(とつかのつるぎ)!」 須佐能乎が持つ巨大な霊剣がりりあに振り下ろされる。りりあはそれを高速移動スキルで北条の背後に回り回避する。 「ゴミを木に変える力!」 梨丸が持っていたポテチの袋を木に変えて北条に攻撃を仕掛けてきたが北条は須佐能乎が持つ盾・八咫鏡(やたのかがみ)で完全に防いだ。 「火遁・豪火球の術!」 須佐能乎の中から印を結んで火球を木及び梨丸に射出するが、梨丸はナイフを取り出して前に飛び出し豪火球を斬り裂く。 【♪イメージBGM♪】紅炎 (アニメ「NARUTO疾風伝」より) 「このナイフは俺の能力で何でも斬れるようになっている!」 梨丸がナイフを持って北条の須佐能乎に斬りつけてくる。 「水遁・大瀑布の術!」 突っ込んでくる梨丸に対して北条は水遁の印を結んで凄まじい水圧を持つ量の水を梨丸へと叩き落とす。 「ゴボボ…」 水に流されていく梨丸だが、北条の背後にはりりあが迫っていた。 「梨丸ばかりに気を取られてていいのかしら!?」 りりあが髪を伸ばして攻撃してくる。 「炎遁・加具土命!」 万華鏡写輪眼により黒炎をコントロールし、それを八咫鏡に付加する。りりあが伸ばした髪に黒炎が発火してしまい、炎は広がり燃え始める。 「しまった!」 りりあは黒炎がこれ以上燃え広がるのを防ぐ為に自らのスキルで髪を切断した。 「陽動もコンビネーション攻撃も駄目なら…オラァ!」 大瀑布から何とか逃れた梨丸が北条に向けてナイフを投擲する。 「届かないな」 須佐能乎の十拳剣が振り下ろされ、ナイフは異次元へと封印されていった。 「そんな…!」 項垂れる梨丸に北条からの容赦無い攻撃が浴びせられる。 「木遁・大槍樹!」 梨丸の周囲から尖った樹木が大量に隆起し梨丸の全身を串刺しにしてしまった。 「よくも梨丸を…!」 「お前も目障りだ。さっさと消えろ」 須佐能乎の十拳剣がりりあに振り下ろされる。 虚閃(セロ)は領那の右腕を吹き飛ばしていた。右肩から先を吹き飛ばされた領那は激痛に顔を歪めて傷を手で抑える。 「…う、腕が…!私の腕がァァァァァァァァ 「偽善っぽくなるが敢えて言わせてもらう。お前らみたいな屑が居るからいつまで経っても世の中が良くならないんだよ」 李信がトドメだと言わんばかりに虚閃を領那に放とうとした時、李信の四方八方を強力な竜巻、風圧が取り囲んだ。 「そうかい。やっぱお前は仲間にはなってくれないのか。じゃあ消えてもらうしかないわな」 風炎が風の力で空中へと飛翔しながら李信を見下ろしている。 「風炎の裁き」 李信の足元から東京スカイツリーくらいの高さと体積のある巨大な火柱が発生、更に風炎が空中から李信の頭上に放った大火球(ポケモンのダイナミックフルフレイムの10倍くらいの大きさ)が合わさり爆炎がキノコ雲の様に空へと打ち上げられる。 「この技は風と炎を合わせて火力を高め敵を灰に変える俺の必殺技だ」 だが、炎の中からは全く無傷の李信が現れ、霊圧で炎を全て吹き飛ばしたのだ。 「!」 「!」 驚愕する領那と風炎。李信は口元を緩める。 「俺を倒す為に練り上げた技や手段は、そのままお前らの実力の証だ。 そして…それはそのままお前らの持つ希望の数だ。ならば俺の為すべきはその全てを打ち砕くこと」 李信が流刃若火を風炎に振るう。風炎は突風、反対側に居る領那も雷の防壁を風炎の全面に作り出して攻撃から身を守ろうとするが、その悉くがあっさり流刃若火の炎により焼き尽くされて風炎を炎が呑み込む。 流刃若火の炎を浴びた風炎はその場で灰燼に帰した。 「そんな…!風炎!風炎ーーん!! 聞いてない…こんなに強いなんて…!だってアンタはヒノ荒らしやアティークに手も足も出なくて…!」 目の前で仲間である風炎を失った領那が恐怖で唇を震わせる。 「卍解も使っていないというのにもうくたばったか。だが恐れなくていい。お前もすぐに仲間のところに送ってやる。 そうだ、焼き加減の注文を聞こうか。レアか?ミディアムか?ミディアムレアか?まあ、注文通りには出来そうにないんだがな」 「うるさい!消えろォォォォォォォォォォォォ!!」 領那が李信に雷を放つが、流刃若火の炎で消し飛ばされてしまう。 「注文しないのか?分かった。灰燼コースで承ろう」 流刃若火の一振りが領那を襲う… 「躱したか。電気能力使いは昔から素早さとセットというセオリーみたいなモンがあるからな」 流刃若火から噴き出る炎「松明」を高速移動で領那は反対側に移動して避けていた。 「これならどう!?」 領那は砂鉄を集めて鞭状にして李信に向けて振るってくる。 「鬼火」 砂鉄剣は李信に届く前に炎で吹き飛ばされてしまう。 「まだ卍解も虚(ホロウ)化もしてないんだが、お前弱くね?」 「まだよ!私にはまだ手がある!」 「ほーん。なら見せてくれよ。どーせしょーもない能力だろ?」 ボロボロの領那と無傷の李信。勝敗は見えたかに思えたが領那は自身の更なる力を引き出す。 「転移」 領那は自分のすぐ後ろに居る蛇を電流を掌から発して殺すと、自身の能力で蛇と李信の死を入れ替えようと念じる。 「嘘…何で死なないのよ!」 「いや、俺崩玉の力で不死だし」 「ならば…天罰!」 領那の持つ最強の能力。真実を上書きする能力である。領那はもちろん、先程の能力が李信に通じたという真実に書き換えた…つもりだった。 「 領那はその場で即死し倒れた。 「鏡花水月でお前の感覚を狂わせて自分で自分に能力を使うように仕向けた」 李信は領那の死体にそう吐き捨てた。 一方、北条は未だにりりあと戦闘状態だった。 「傷を回復するスキル」 りりあはスキルを使い北条の木遁により瀕死のダメージを受けた梨丸を回復した。 「面倒だ。圧倒的な力を持って貴様らを処刑してやる」 北条が須佐能乎に全ての十尾を含む尾獣のチャクラを集める。須佐能乎から光り輝く目のようなものが現れ、水色の本体らしき中身が現れる。 「この状態の俺を倒せる者はそうは居ない。居るとすれば水素とアティークくらいだ」 更に十拳剣と八咫鏡にも尾獣と雷遁チャクラ、更に加具土命の黒炎を纏わせる。 「本気っぽいな…。なら俺も神器を使う!一ツ星神器・黒鉄!」 梨丸は神器を呼び出す。この神器は大砲であり、腕に装備する。 「喰らえ!」 木の砲弾を発射するが、八咫鏡で防がれてしまう。 「私も居るのよ!」 背後からりりあが北条に剣で斬りかかる。スキルにより絶対に対象を斬り裂く能力を備えている。 「城郭炎上」 しかしりりあの攻撃を許さない存在が居た。領那と風炎を倒した李信である。彼は流刃若火から炎を噴き出し炎の壁をりりあと北条の間に創り出して妨害した。 「りりあ。北条ではなく俺と遊んでもらおうか」 流刃若火を右手に持ち、りりあとの距離が10mくらいというところで足を止める。 「貴方…貴方が此処に来たってことは…」 「既に風炎と領那は始末した。次はお前の番だ。ああ、それと更にいいことを教えてやろう。お前らの仲間の竜崎とまあやんもこのアジトに来る前に葬った」 李信が不敵な笑みを浮かべながら絶望をりりあに与える。 「嘘よ!考えられないわ!1人でスカグルのメンバーを4人も…!それもよりによって貴方が! だって貴方は今まであまり活躍が無かったって情報が…!そんな貴方が…!」 「確かに…水素や氷河期さん、北条さん、セールさん、星屑、小銭達に比べれば俺の功績は微々たるものだ。だがその人間の真価というものは情報だけ見ても推し量ることは出来ない。その眼で見て、力に触れてようやく正確に理解する。お前らは情報だけ見て俺に対して油断しきっていた」 絶望で声を震わせ叫ぶりりあに李信は余裕を見せつけるように話す。 「ふふふ…私と遊ぶですって?貴方確か三次元女が嫌いだったわよね!?あれは嘘だったのかしら!?やはり貴方もモテ願望があるのかしら!?哀れな男ね!」 「ああ、三次元女だからこそ遊びたいんだ。殺し合いという名の遊びでな!」 流刃若火を持った李信がりりあに斬りかかる。 【♪イメージBGM♪】Showing Off (「劇場版BLEACH The DiamondDust Rebellion」より) 李信の流刃若火とりりあの剣がぶつかり合い火花を散らす。 「私の剣は全てを斬り裂く剣の筈なのに…」 りりあは鍔迫り合いの状態から引いて再度剣を打ち込むが流刃若火は斬れない。 「お前の矮小なスキルなど俺の霊圧で抑えてみせる!」 流刃若火をりりあに何度も打ち込んでいくが、りりあもスキルを駆使して流刃若火の炎の威力を殺していっている。 「純粋な剣術勝負なら私の方が有利ね!」 完現術(フルブリング)で筋力や身体能力が向上したとはいえ、李信は元々は何の取り柄もない引き篭もりニートである。剣術武術など身につけている筈も無く、りりあと何度も打ち合っている中で不利になっていく。 「もらったァ!」 20秒程の打ち合いの末、李信に生じた隙をりりあが突き、その胸元に刃を突き立てる。だが、その刃が皮膚を貫くことはなかった。 「何これ…硬すぎて…」 「鋼皮(イエロ)という。その程度の攻撃では通らないな」 李信はりりあの刀を掴んでりりあを引き寄せ、流刃若火をりりあの心臓を目掛けて突き出した。 しかし突如現れた素早い影がりりあを救った。影は実体としてはっきり見えるようになり、それは見たこともない男だった。 「危なかったな、りりあ」 全身青尽くめの衣装で統一された男は、剣を持って流刃若火の一撃を防いでいた。 「新手か?誰だお前」 後ろに跳び下がった李信。そして男が再び口を開く。 「俺はぶる~。こいつらの仲間だ。仲間達が随分世話になったようだな。たっぷり礼はしてやるよ」 ぶる~は何と自身の剣から流刃若火よりも更に大きな炎を放ち始めた。 「俺のスキルは相手の技や能力を1.2倍の力で使うことが出来るというもの。つまりお前は絶対に俺には勝てない」 「りりあ、梨丸。お前らは退がって別のターゲットの捕獲に行って来い。此処は俺だけで十分だ」 「でも!」 「しかしターゲットが2人居るんだぜ?全員で全力を挙げて…」 ぶる~に促され、りりあと梨丸は躊躇する。 「お前らじゃ無理だこいつらは。犬死にするのか他のターゲット捕まえて手柄を上げるかさっさと選べ!」 ぶる~の現実的な言葉を聞いたりりあと梨丸はお互い顔を見合わせて頷き、りりあのスキルによるテレポートで何処かへ去っていった。 「これで心置きなくお前らを捕まえられるってもんだ」 りりあと梨丸の退却を確認したぶる~が炎を纏った剣を構える。 「やってみろよ、ウスラトンカチ」 北条が万華鏡写輪眼と輪廻写輪眼でぶる~を睨みつける。 「おーおー怖い怖い。俺はスカグルのナンバー2だ。お前ら如き相手にもならねえ…よ!」 ぶる~が剣を振るい、炎を北条と李信に飛ばしてくる。 「水遁・水陣壁!」 「縛道の八十一 断空!」 北条は水の壁を、李信は鬼道の壁を前方に展開して炎を防ごうとするが、いずれも炎の前に消し飛ばされて2人は浴びてしまう。 北条は炎を浴びたかと思いきや、輪廻写輪眼の瞳術「天手力」を使いぶる~の背後の砂粒と自らの位置を入れ替えることにより瞬間移動し、刀に雷遁チャクラを流したガード不可の「草薙剣・千鳥刀」でぶる~に斬りかかる。 「よっと」 ぶる~は掌に刀を形成し千鳥を流して素早い反応で振り向いて迎え討つ。千鳥刀同士がぶつかり合って鍔迫り合いになる。 「こっちも居るんだよ!」 正面からは流刃若火を持った李信がぶる~に飛びかかるが、炎を纏った剣で受け止められてしまう。 「二刀流だと」 北条が呟いた直後、ぶる~の剣からは「松明」が、刀からは「千鳥流し」が地面に向けて放たれ北条と李信を攻撃する。 「なんつー威力だよ!」 瞬歩でぶる~から距離を取り回避した李信が掌に霊圧を溜める。北条も瞬身の術を使って回避していた。 「王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)ォ!」 李信の掌から強力な青い破壊の閃光が放出される。 「尾獣玉ァ!」 北条は尾獣のチャクラを集めて尾獣玉を放つ。 「やれやれ。だから無駄なんだってば」 ぶる~は剣と刀を収めて両掌からそれぞれ王虚の閃光と尾獣玉を2人のよりも大きなサイズに作り放つ。 ぶる~の放った王虚の閃光と尾獣玉は2人のそれを押し返し、2人は直撃を受けてしまう。その衝撃で広範囲を巻き込む大爆発が発生する。 「君達よりも俺は必ず1.2倍強くなるんだから、君達に勝ち目は万に一つも無いんだよ」 しかし爆炎の中から鬼道の光が飛んできてぶる~の身動きは封じられてしまう。 「今だ!北条さん!」 「ああ!」 李信が鬼道でぶる~の身動きを封じた隙に北条が千鳥刀でぶる~の心臓を貫いた。 「存外大したことなかったな」 北条がぶる~の心臓を貫いて勝ちを確信した時、ぶる~の口が開く。 「ああ、君達がね」 「馬鹿な…!心臓を貫いた筈だぞ…!」 北条の千鳥刀は確実にぶる~の心臓を貫いていた。にも関わらずぶる~は倒れない。 「だってお前らって不死属性あるんだろ?お前らの能力を1.2倍でコピーしてんだから俺が死なないのは当たり前だよなァ?」 「北条さん、避けろ!」 李信が思わず口走った。ぶる~は李信の鬼道を自力で打ち破り、北条の首根っこを貫こう右腕を突き出したのである。 北条はそれに素早く反応、瞬身の術で回避する。 「今のは俺の千鳥…!」 ぶる~の右腕には雷遁のチャクラが纏われていた。 「行くぞ!」 北条は千鳥刀を持って再びぶる~に接近する。接近戦なら写輪眼のある自分が有利だと踏んだのである。 そして北条の千鳥刀をぶる~が千鳥刀で受け止め剣術勝負が始まる。北条は跳んだり宙返りしたりしてぶる~の背後に回ったり刀での足払いを使ったりして巧みに攻撃を繰り出すがぶる~はその都度素早い反応で避けたり受け止めてくる。 「君の二つの写輪眼もコピーしたよ!1.2倍の精度でね!」 北条は次第に劣勢となり、ク・「簣栃△鯲・瓩蕕譴銅蟒・鯢蕕辰討靴泙Α・br> 「剣術でもダメか!ならば!」 北条は瞬身の術を使い後ろに退がり距離を取る。そして術の印を高速で結ぶ。 「火遁・灰積焼!」 北条が口から大量の高熱を帯びた灰をぶる~に向かって吐き出す。吐き出された灰はぶる~を覆う。 「なんだいこれ?目眩しかい?そんな小細工でどうにかなるとでも…」 ぶる~のセリフの途中で北条は奥歯に仕込んでいた火打ち石で灰に着火し、灰は爆炎に変わりぶる~を襲う。 「虚閃(セロ)」 李信も灰積焼で発生した爆炎の中に更に虚閃を撃ち込み追い討ちをかける。 死なないなら体を機能不全にして動けなくすればいい。それが北条と李信の考えだった。ところが… 「やるね~。目眩しと見せかけての火遁か~。でも僕にはコピーした鋼皮(イエロ)と霊圧がある。こんなもん効かないよ~」 ぶる~はコピーした流刃若炎の炎で灰積焼と虚閃を吹き飛ばしてしまった。 「須佐能乎!」 小技(?)の応酬では埒があかないと思った北条は万華鏡写輪眼と輪廻写輪眼の力で完成体須佐能乎を顕現させる。 「十拳剣(とつかのつるぎ)!」 須佐能乎の腕に顕現した霊剣をぶる~に振り下ろすが、ぶる~も完成体須佐能乎を召還し、十拳剣で北条の十拳剣を受け止める。 「なら俺も少々本気を出すか…」 「卍 解 ! !」 完成体須佐能乎を召還し本気の一片を見せる北条を見て、李信も流刃若火を卍解する。 「残火の太刀」 卍解して流刃若火が放っていた炎が消え、焼け焦げた刀身の形状となる。 「残火の太刀 東 旭日刃」 刃先に流刃若火の炎を凝縮し、瞬歩で接近してぶる~に斬りかかる。 「加具土命の剣!」 十拳剣を受け止められた北条は須佐能乎の右腕の武器を十拳剣から天照の黒炎を集めて創って加具土命の剣に持ち替えて李信とタイミングを合わせてぶる~に振り下ろす。 しかし… 「卍解 残火の太刀!そして加具土命の剣!」 自身の右腕に残火の太刀を、須佐能乎の左腕に加具土命の剣を持ったぶる~が2人の攻撃に対して押し切ってしまう。 「ぐあああああああ!!」 「ぐおおおおおおお!!」 北条の完成体須佐能乎は破壊されてしまった。李信も「残火の太刀 西 残日獄衣」を纏うが押し切られて手傷を負ってしまう。 「まだだ!六道仙人の力を受けてみろ!」 六道仙人モードになり、髪色が白く染まり、全身が緑化し求道玉が背後に現れた北条が掌にチャクラを集める。 「仙法・陰遁雷派!」 掌から無数に分かれる紫色の雷撃を放ち、ぶる~を完成体須佐能乎ごと身動きを封じる。 「ぐっ…!動けない!」 「念には念をだ!縛道の六十一 六杖光牢!」 李信は光を放ってぶる~の拘束を強める。 「須佐能乎!」 北条は再び須佐能乎を呼び出し、尾獣全てのチャクラを集めて須佐能乎に纏わせる。 「直江さん!一気に勝負を決めましょう!」 「ああ!」 李信は眼帯を外して抑えていた膨大な霊圧を解放し、残火の太刀に霊圧を込める。 北条も須佐能乎の矢に全ての尾獣チャクラと千鳥による雷遁チャクラを乗せる。 「インドラの矢!俺の最強の物理攻撃だ!」 「残火の太刀 北 天地灰尽!」 須佐能乎からインドラの矢が、残火の太刀からは前方の延長線上にある対象を両断する斬撃が放たれた。 2人の最大の攻撃が拘束されているぶる~に直撃し、半径数十キロに及ぶ大爆発が発生した。 「俺達の本気の攻撃だ。やったか…?」 北条の思惑とは裏腹に、少々体に傷を負っただけのぶる~が霊圧で陰遁雷派も六杖光牢で消し飛ばして現れる。 「なん…だと…」 李信は思わず口を開く。 「今のが、全力か?」 ぶる~は2人に確認するように尋ねるが、呆然としている2人からの返事は無い。 「…どうやらそうらしいな。残念だ」 ぶる~の須佐能乎からはインドラの矢が、残火の太刀からは天地灰尽が放たれようとする。 「直江さん!こいつはヤバい!逃げよう!」 「…やむを得ないな。こんな化け物がスカグルに居たとは…!」 「逃がすかよ!」 ぶる~から攻撃が放たれるが、北条は神威を使い自身と李信を異空間へと吸い込んで戦場を離脱、逃亡に成功した。 「危なかったですね…」 「北条さんの神威が無ければ面倒なことになってたな」 息を切らしながら北条は李信に声をかけ、李信はそれに応じる。 「なあ直江さん」 「何だ北条さん」 「…俺達、帝都に戻るべきじゃないかもしれませんね」 「ああ。ぶる~は俺達を必ず狙ってくる。あんな化け物を帝都に招くわけにはいかない」 「暫くどうします?」 「…心当たりがある。そこへ行こう」 「分かりました。直江さんに同行します」 「俺の方こそよろしくお願いします北条さん」 2人は今後のことについて話し合った。 水素はT市の住宅街にあるマンションを購入して住んでいた。何故かソラも居候している。 ソラは私用で出かけている、そんなある朝のことである。 水素は眠りからかばっと目覚めはね起きる。何かが破壊される轟音によって。 そう、水素が住んでいる部屋の壁が破壊され、巨大な怪人の手が水素の頭を鷲掴みにしたのである。 「ぐおっ!」 更に怪人はもう片方の手で水素の横っ面にパンチを見舞い、マンションの10階から地上へと突き落とす。 「お、俺んちが…」 自宅を破壊されたのを見た水素に更に巨大な拳が叩きつけられ、水素の全身は吹っ飛んでガードレールに叩きつけられる。 「何だ、お、お前らは…!」 怪人の一撃を受け、頭から血を流している水素の視界に映っていたのは、異形な顔を持つ二足歩行の怪人の群れだった。 「何だとは失礼だな。我々は真の地球人だぞ」 水素の横に現れた怪人が話し始める。 「貴様らは我々を地底人と呼ぶそうだがな。 我々は数が増え過ぎた。そこで地上を頂くことにしたんだが地上人も中々多いらしいな。 邪魔だから絶滅してもらうことにした」 立ち尽くしている水素に対して更に怪人の話は続く。 「我々が侵攻を開始してから既に7割の地上人が土に還った。これも生存競争だ、潔く受け入れて欲しい。 それにしても驚いたな。殴っても死なない地上人はお前が初めてだよ。 …だが地上は頂く。消えろ!」 地底人と名乗る怪人の一体が水素に襲い掛かるが、水素はそれをワンパンで粉々に粉砕する。 「それはこっちも同じだ。こんなに手応えのありそうな怪人は久しぶりだ…地底人!」 この水素のセリフに反応し、怪人の顔にある目が赤く輝く。 「我々は地球人だ!」 「はぁぁぁぁぁぁぁ!」 殴りかかる怪人の拳を軽々と避けてパンチを見舞うと、怪人の体は無数の肉片に変えられ血飛沫が舞い上がる。 「何?」 「何だ?」 仲間が一撃で倒されたことにより怪人達に動揺が走る。水素はニヤリと笑っている。 「小癪な!消えろォ!」 怪人の一体が両腕を振り上げ水素に振り下ろす構えを取る。水素はそれをも回避して飛び上がると怪人の一体の頭を踏み台にして高く跳躍、橋の上を走っている道路に躍り出る。 怪人達も跳び上がり水素が着地した道に出て次々と殴りかかってくる。三体の怪人による一斉攻撃が水素の頭上からのしかかり、その衝撃で橋は崩落する。水素は馬鹿力で三体の怪人を殴り飛ばす。 だが尚も数の多い怪人達が襲ってくる。水素はそれらを回避しながらパンチや蹴り、逆立ちしながらの回し蹴りなどを駆使して倒していく。 だがついに怪人の一体の拳が水素を捉え、水素は地平線の彼方まで吹っ飛んでしまう。その際に道路は削れ、水素がガスタンクにぶつかった衝撃で引火、大爆発が起きる。 「終わったな」 「一体何者だったんだ…!あの地上人は…!」 水素をようやく倒したと思っていた怪人達が口々に言う。 「俺は…趣味でヒーローをやってるモンだ!俺は負けない!地上は…俺が守る!」 爆炎の中から現れた傷だらけの水素が拳で胸を叩いて怪人達に尚も挑み掛かる。 「ほざけ!弱小種族が!」 怪人数体が一斉に迫り来るが、ワンパンでその全てを殴り飛ばす。 更に襲いかかってくる怪人達。水素はその全てをワンパンで肉片に変えていく。跳び上がり、ワンパンで倒し、前後から同時に巨大な拳に挟まれても左右の拳でワンパンで倒す。 だが水素も殴られる度に傷が増えていく。巨大な怪人の拳が水素の顔面にヒットする。 (何だ…この気持ちは…!この鼓動の高鳴りは!? このピンチ この緊張感は!) (久しく忘れていた この戦いの昂揚感は!) 「ハァ…ハァ…」 怪人の群れを全て倒し息切れを起こしている水素。 (そう、そうだ!これだ!) 「おやおや、息子達が随分と世話になっているじゃないか!」 地中から怪人達の親玉と目される四本腕、四刀流のライトセーバーらしきものを持った巨大怪人が現れる。 (これが、俺の求めていた…!) 「この地底王が相手をしてやろう!」 水素と地底王が激突する…その時だった。 リリリリリリリリリリ…と目覚まし時計の音が鳴り響く。 水素は目覚まし時計を拳で叩き壊して目覚めた。そう、この地底人や地底王との戦いは全て夢だった。 夢であることに気づいた水素だが、今度こそ外から破壊音が響いてくる。 水素が部屋の窓を開けて地上を見下ろすと、そこには夢の中で出てきた地底王や地底人が居た。 「ふはははは!地上は我々が頂く!地上人には死んでもらう!地上人共、覚悟し…」 セリフの途中で部屋から飛び降りてきた水素のドロップキックが地底王を倒してしまう。 「さあ、やろうか!」 水素は目を輝かせて地底種族達に勝負を申し込むが、地中からは「すいませんでした」という旗が出てきただけだった。彼らは水素の圧倒的な力に恐れをなして地底へと逃げたのだ。 「え…?」 夢と現実の乖離に水素は言葉を失う。 (俺は強くなりすぎた) 「あら、水素様。此方にいらしてたんですか」 地底王をあっさりと倒し、拍子抜けしている水素に声をかけたのはピンク髪ショートヘアのメイドだった。 「あ、久しぶり」 寝巻姿のまま外に出ている水素を見て不思議そうな顔をするが、すぐに元の表情に戻る。 「今はこのマンションを拠点にしてるんだ。まあ入ってくれ」 水素の案内でピンク髪メイドが部屋へと入る。 「いやーそれにしても久しぶり。急に来るなんて何かあったのか?あ、今お茶淹れるわ」 「いえ、そのようなことは私が」 「いいからいいから。それより、多分何かあったんだろ?聞かせてくれよ」 お茶を淹れようと台所に向かう水素を引き留めようとするピンク髪メイドだが、水素はそれを優しくどけて台所に行き茶を淹れ始める。 「つかよく此処が分かったな。セール達にも俺の居場所知らせてないのに」 水素が茶が入った湯呑みを二人分ちゃぶ台に置きながら声をかける。 「偶然水素様のお仲間にユクモ村で会いまして…その人の能力で水素様の居場所を教えてもらいました」 「俺の仲間?誰だそれ」 「黒い眼帯と黒マントをつけてる痛々しい男です。えっと…名前はニシンとか」 ピンク髪メイドは素で間違えているのかわざとそう呼んでいるのか、それは誰にも分からない。 「あ、そいつニシンじゃなくて李信ね。へえ、そうかあいつがねぇ…あいつ今どうしてるの?」 水素はわざわざ間違いを訂正する。 「それが…北条を助けに行くとか言ってスカグルのアジトに1人で行ってしまいました」 水素はわけが分からないと言いたげな表情に変わる。アジトだのスカグルだの言われても、水素はまだ知らないのだ。 「あの…アジトだのスカグルだのってマジで何のこと?俺全然知らないんだけど」 「あ、これは失礼しました!スカグルというのは…」 ピンク髪メイドはスカグルのことに関する情報をこれまで起きた事件や戦いも踏まえて知っている限りの全てを水素に話した。 「ふうん。で、北条は攫われて帝都は半壊、あいつは北条を助けに1人でアジトにねえ…」 「水素様、今帝都がスカグルに狙われているんです。お願いします。帝都に戻ってきて下さい」 「と言われてもねえ。今はこの街も大変なんだよ」 水素は帝都に戻ることを渋る。 「…そうですか。申し訳ございません」 「なあに、帝都にはセールに氷河期に小銭に星屑にオルが居るんだろ?あいつらも俺ほどじゃないけど十分強いから大丈夫だ!」 落ち込むメイドに水素が慰めるように言う。 ウウー ウウーという警報が街中に響き始める。 「警報、警報!怪人がT市F町内に出現しました!災害レベル・鬼!繰り返します…」 「こんな風にこの街も今危機にさらされてるのさ。じゃあ行ってくるから留守は頼むわ」 水素はそう言って素早く部屋の窓から飛び出していってしまった。 T市に現れた怪人達がビル街で暴れまわり、破壊の限りを尽くしていた。次々と高層ビルが倒壊し車は叩き壊しされていく。 「我々は深海族!貴方達人間の地上を頂きに来たわよ~ん!」 3m程もある大きな体躯、ハート型の乳首、黄色い目、緑色の体、筋骨隆々…まさに異形の怪人だった。その怪人が更に無数の深海族の怪人を引き連れている。 「助けてくれー!」 「誰か能力者は居ないのか!」 「この街に能力者なんて居るわけないだろ!逃げろー!」 住人の1人を深海族の一体が腕で握り潰そうとした時、その深海族の腕の肘から先が切断されてしまった。 「何者だ!」 「俺は仮面ライダーウィザード。お前を排除する」 仮面ライダーウィザードに変身したソラがウィザーソードガンのソードモードで切り裂いたのだった。 仮面ライダーウィザードはウィザードライバーとハリケーンドラゴンリングを使用してハリケーンドラゴン形態となる。 「仮面ライダーだと?ヒーロー気取りの雑魚め!死ねェ!」 深海族の怪人達が次々とウィザードの方へと向かってくる。 「ドラゴンソニック+サンダー!」 怪人達の周囲を何度も旋回しながら飛行する事で電撃を付加させた竜巻を起こし、竜巻で拘束した敵の上空に発生させた雷雲からの強力な落雷で怪人の群れ全てを倒してしまった。 「助かったぞ!ヒーローだ!正義のヒーローが現れた!」 「仮面ライダーだ!かっけえ!」 「ありがとう仮面ライダー!」 ウィザードに救われた周囲の人々がウィザードへの賞賛を口々に送った。 「やれやれ、この程度か。骨の無い奴らd…」 言いかけたところでウィザードは突如背後に現れた深海王の殴打を受けて吹っ飛んでしまった。 「クソ…油断したか」 「私は深海王!この地上の全てを人類から奪う為に深海から参上したのよ~?さあ、大人しくくたばりなさい!」 深海王が強力な溶解液を口から吐き出してくる。 「スラッシュストライク!」 ウィザードは溶解液を風の斬撃で斬り裂く。 「災害レベル鬼如きがこの仮面ライダーウィザードに勝てると思ってるのか?」 ウィザードは余裕をかましている。 「ならこれならどうかしら?」 深海王は近くに居た幼女に向かって口から溶解液を飛ばす。 「危ない!」 ウィザードはカブトに変身しハイパークロックアップにより高速移動、幼女を抱えて溶解液を回避する。 「お前、こんな真似して恥ずかしくないのか?」 幼女を優しく下ろしたウィザードが深海王の方へ向き直る。 「私の恥は、人間共に敗北することよ!」 カブトに向かって体内うつぼを口から飛ばす深海王だが突如現れた影が体内うつぼを引き千切ってしまった。 「グハッ!ちょっと誰よ!」 怒りを露わにする深海王の前に現れたのは、水素だった。 「趣味でヒーローをやっている者だ」 水素のあまりの適当な自己紹介と風貌で深海王は少しの間言葉を失う。 「私は深海王。海の王…海は万物の源であり母親のようなもの。 つまり海の支配者である私は世界中の全生態系ピラミッドの中でも頂点に立つ存在であるということ。 その私に盾ついたという…」 「うんうん分かった分かった。雨降ってるから早くかかってこい」 水素は深海王のセリフを耳をほじりながら途中で遮った。それに怒りを露わにした深海王が水素に殴りかかる。 水素はそれを横に逸れて回避し右腕から拳を繰り出し深海王にお見舞いした。 深海王の体に大穴が空き、その場で体液をぶちまけて倒れてしまった。 深海王の倒した翌々日くらいのことである。 「ソラ、今日は鍋にしようぜ!」 「急にどうしたんですか、水素先生」 突然水素が言い出すもので、ソラは尋ねる。 「こんな寒い日は鍋だ!チゲ鍋がいい!」 「いいですね!じゃあ俺が材料を買いに行って来ます!」 水素の提案にソラも賛成してその場から立つが、水素はソラを手で制止する。 「いや、俺が行く。お前は留守を頼む」 「え、いや、でも、先生だけに行かせるわけには…」 ソラが申し訳無さそうに言う。 「いいから!最近は物騒だからな。お前はしっかりこのマンションを守ってくれ。じゃあ行ってくる」 「先生!」 ソラを強引に振り切る形で水素は窓から外へ飛び出していってしまった。 さて、T市のむなげやは…ちょっと遠いな。歩いて10分くらいか」 水素が地図を見ながらスーパー「むなげや」に向かっていると、何やら前方の公園広場で衝撃音が聴こえてくる。 「何だ?また怪人か?」 怪人だと察した水素の動きは速かった。彼は高速で走り出したのである。 時間は少し遡る。 「直江さん、心当たりってこのT市ですか?」 「ああ。此処にはスカグルのどいつでも敵わない最強の男が居る。もはや俺達はその男を頼るしかない」 先日、ぶる~と激闘を繰り広げた李信と北条は「ある男」を頼る為にこのT市を訪れていた。 T市は広い。ある男の居場所まではまだ距離があるが、北条が「あそこの公園に自販機がありますね。俺喉乾いたから休みましょう」というので休憩することにした。 「俺達でも勝てない奴に勝てるって…そんな奴1人しか思い浮かびませんよ」 「ああ、今北条さんが思い浮かべてる男で間違いない」 2人は自販機でコーヒーを買って共にベンチに腰掛けながらコーヒー缶を開けて飲み始めた。 「みーつけたー!」 そこに突如、コーヒーを飲み始めた2人の前に、コンクリートを破壊しながら現れる煙に紛れた人影。 「いやー探すのに手間取った…わけでもないな!お前らからコピーした霊圧知覚とチャクラ感知があるし!」 その正体はぶる~だった。彼は2人を追っていたのだ。 「ぶる~…!こんなところで…!」 北条は額に汗を滲ませる。 「仕方ない。こうなったら戦うしかないな」 李信が斬魄刀を腰の鞘から抜き放つ。 「お前らは此処で捕らえられて凪鞘復活のエネルギーになるんだよ!」 ぶる~が完成体須佐能乎を纏い、更に千鳥刀と流刃若火をその両手に出現させた。 それに対して北条は六道仙人モード、万華鏡写輪眼、輪廻写輪眼の状態になる。李信は斬魄刀を斬月として始解し、大小二つの斬月を両手に持って構える。 「俺はお前らの技や能力を1.2倍の威力・精度・効果でコピー出来る! 防御は北条の完成体須佐能乎に八咫鏡!更に李信の残日獄衣! 攻撃は卍解すれば李信の旭日刃に北条の炎遁がある!今の俺は完全に無敵!貴様らに勝ち目はなーい!」 ぶる~はそう言いながら加具土命の剣を須佐能乎から振るう。 「炎遁…」 「月牙十字衝!」 北条は瞬身の術、李信は瞬歩で加具土命の剣を上に避けて回避すると、空中で合体技を発動する。 李信が左右大小の斬月から放った月牙十字衝に、北条が炎遁の黒炎を纏わせて放った。 合体技「炎遁・月牙十字衝」はぶる~の須佐能乎に直撃したが傷一つつけることは出来ない。 「NARUTOとBLEACHの夢の合体技か~。感動だな~。でも君達の攻撃は効かないよーん。なんたって1.2倍増しの完成体須佐能乎と残日獄衣があるからね~」 ぶる~の須佐能乎が持つ加具土命の剣に更に流刃若火の炎を纏わせた。 「神威!」 北条が神威で空間を捻れさせてぶる~の首を切断しようとするが、ぶる~も神威を発動して異空間に逃げて回避してしまう。 「駄目だ…俺達じゃ奴には…」 北条が言いかけたところで神威空間から再び姿を現したぶる~が加具土命の剣で2人に切りつけてくる。 北条と李信はすんでのところで瞬身と瞬歩で加具土命の剣を避ける。 北条はそのまま飛行して九尾を纏う。 「影分身の術!」 印を結び、影分身の術を行い九尾の頭部が三つに増えて腕も増える。 「直江さん!力を合わせるぞ!」 九尾の腕を使い左右に「超尾獣螺旋手裏剣」を創り出す。 「おう!行くぜ北条さん!」 李信はその超尾獣螺旋手裏剣に月牙十字衝を放ち、二つの技が融合する。更に北条はそこへ炎遁を付加する。 「炎遁・超尾獣螺旋月牙手裏剣!」 2人の技が融合した螺旋月牙手裏剣がぶる~に向かって投げ放たれる。 「また合体技か!だがそんなもん意味ねえんだよ!」 「喰らいなよ!流刃若火・インドラの矢!」 ぶる~も完成体須佐能乎の能力で飛翔する。ぶる~の須佐能乎からは尾獣チャクラと雷遁チャクラ、更に流刃若火の炎を付加したインドラの矢が放たれる。 北条・李信の合体技とぶる~の技が地上から1000mくらいの上空で衝突するが、ぶる~の技が2人の技を押し退けて2人に直撃してしまう。 「クッ…うおおおおおおおおおおおおお!」 「ぐわあああああああああああああああ!」 大爆発が2人の呑み込む。やがて爆炎と爆煙が消えて2人は地に落下してしまった。 「君達はよくやった方だよ。この俺を相手にね。さて、君達には大事な仕事がある。凪鞘のエネルギーになるという大事な仕事がね。君達の技で君達を捕らえるとしよう」 地上に落下し倒れている北条と李信を追って地上に降り立ったぶる~が左右の手の指先から縛道と陰遁雷派を放つ。北条は陰遁雷派、李信は六杖光牢で拘束されてしまう。 「クソ!動けねえ!」 「てめえ如きが俺の技を…!」 「と、その前にだ。君達を念の為にもう少し痛めつけておくよ」 ぶる~は左手から王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)を、右手に尾獣のチャクラを纏って尾獣玉を創り出す。 「今までよくも盾ついてくれたね。お仕置きだね」 ぶる~の両手から二つの技が発射される。しかしそこに突如現れた人影に二つの技はかき消された。 強化された王虚の閃光と尾獣玉をかき消した人影の正体は水素だった。ぶる~は邪魔が入ったことで苛立った。 「まだらにちょっくん…じゃなくて李信じゃん!お前らこんなところで何やってんだ?」 倒れて身動きの取れない北条と李信を見やって水素が声をかける。 「何者だい?邪魔しないでくれるかな?」 「趣味でヒーローをやっている者だ」 ぶる~の質問に対して飄々とした表情で人影の主である男が答えた。 「趣味?ふざけないでくれよ。俺は組織の悲願の為に戦ってるんだ。いい加減な理由で邪魔しないでもらえるかな?こっちは真剣なんだよ」 ぶる~は苛立ちながら水素に抗議する。 「何が真剣だ。お前のせいで街が破壊されたらどうすんだよ。何なんださっきの爆発は。ありゃ尋常な規模じゃなかったぞ。上空だったから良かったものの、あれが地上だったらどうすんだ」 「知るかよこんな街一つ!俺達の野望は世界なんだよ!」 水素の最もな意見に、ぶる~は野望を口にする。 「いいか!そこをどけ!どけば見逃してやる!どかなきゃお前を消すぞ!こっちはなァ、全てを斬り裂く炎の刃と最強の封印剣と完成体須佐能乎と残日獄衣を1.2倍の力でコピーしてるんだよ!最強の攻撃に最強の防御だ!お前みたいなふざけた格好をした奴なんか瞬殺なんだよ!死にたくなければさっさとどけ!」 「消す?やれるもんならやってみろよ」 ぶる~の警告をあくまで突っぱねる水素に、ついにぶる~が怒りを爆発させた。 「卍解 残火の太刀!」 「残火の太刀 西 残日獄衣!残火の太刀 東 旭日刃!」 流刃若火で卍解し、完成体須佐能乎に加えて、残日獄衣を纏い最強の防御を得たぶる~。更に旭日刃と加具土命の剣を水素に接近して振り下ろす。 「素直にどけば良かったものを」 水素を消した。ぶる~はそう思っていた。しかし…水素は旭日刃と加具土命の剣を浴びても傷一つついていなかった。 「そんな…馬鹿な!あり得ない!何かの間違いだろ?1.2倍に強化された残火の太刀と炎遁だぞ!?」 ぶる~はこの世のものとは思えないと目を見開いていた。この攻撃を受けて無事な奴が居る筈が無いと信じていたからである。 「ならばこれならどうだ!残火の太刀 北 天地灰尽!」 ぶる~が残火の太刀を振るう。しかし水素を両断するどころかその体には傷一つついていない。服が着れたのみである。 「もういいや。お前。つまんねえわ」 「ぐっはあああああああああああ!」 水素が右腕から拳を繰り出す。その拳は完成体須佐能乎を破壊し、残火の太刀 西 残日獄衣すら意味を成さなかった。拳がぶる~の腹部に直撃し、ぶる~は無数の肉片と変えられた。 「ちょっくんにまだら、もう終わったぞー」 ぶる~が死んだことで李信と北条の拘束も解除されていた。 「2人とも立てるか?」 水素が2人に歩み寄って手を差し伸べる。2人は水素の手を取って立ち上がる。 「ナイスタイミングですよ水素さん。まさに貴方を頼って俺達はこのT市に来たんです!」 北条は笑いながら水素に返事を返す。 「助かったぞ水素。あんな奴水素くらいにしか倒せないからな」 李信もホッと胸を撫で下ろす思いだった。偶然水素が現れなければ完全に「詰み」だったのである。 「にしてもお前らマジで久しぶりだな。うちのメイドから話は大体聞いてるぜ。積もる話もあるが…そういや俺はむなげやに買い物に行く途中だったんだ。お前らも居るから6人分だな。買い物付き合え」 水素がそう言って歩き出す。北条と李信は少しの間ぽかーんとしていたが慌てて水素の後を追う。 「え?俺達も?」 「いや、そこまで世話になるわけには…」 「マンション一棟丸ごと買ったんだ。お前らは俺の隣の部屋な。それと今日はチゲ鍋にするから。お前らもちゃんと荷物持てよな」 李信と北条が言いかけるが、水素はそれから有無を言わさず2人の処遇と夕飯のメニューを決めてしまった。 「此処は好意に甘えよう、北条さん」 「…そうですね」 2人は意を決した。それにしても、6人分とはどういうことだろうか。水素と自分達を合わせたら3人の筈である。それが地味な疑問だった。 「此処が俺の部屋だから。さあ上がって上がって」 むなげやでの買い物が終わり、水素は北条と李信をマンションの自分の部屋へと案内する。 「水素様、お帰りなさいませ」 「水素様、お帰りなさいませ」 帰宅した水素を双子姉妹のメイドが出迎えた。ピンク髪と青髪で、顔がよく似ている。 「今日は客がいるんだ」 部屋へ通される北条と李信だが、メイド達の反応は違った。 「いらっしゃいませお客様」 「いらっしゃいませお客様」 そう、北条の方だけ向いて挨拶をするのである。 「お前ら、ちょっくんに対する態度が露骨だな…」 メイド達の反応を見た水素が苦笑する。 「あらニシンじゃない。居たの?」 ピンク髪の方がわざとらしく声をかけてくる。 「…水素、お前配下の指導教育がなってないようだな」 「…まあ仕方なくね、相手がお前だし」 「……。」 水素のセリフで李信は言葉を失う。 「重度の厨二病で眼帯とかマントをつけて気取ってる癖に水素様より弱いニシンだから当然よ」 「姉様姉様、月牙天衝とか黒棺とかカッコつけた技を使う癖に弱い死神ってこのお客様ですか?」 「そうよ。おまけに前の世界では落ちこぼれのろくでなしだったらしいわ。おまけに引きこもりでコミュ障、相手が女性でも容赦無く攻撃するそうよ」 「最低ですね…」 「お前ら、流石にそのくらいにしてやれよ…」 李信を此れでもかと扱き下ろす2人に水素は形だけの注意をした。 「俺の名誉の為に言わせてもらうが俺はスカイプグループのメンバーを4人倒したんだぞ」 「直江さんが言ってることは本当ですよ水素さん。大した苦戦もせずに領那と風炎を倒してました」 散々扱き下ろされたので李信は抗議の形で訴える。北条は横からフォローする。 「え?お前そんな強くなったの?」 「俺の力を抑えていた俺の内に居る存在を消した。今の俺は強いぞ」 少し驚く水素に李信は答える。 「よし、じゃあどんだけ強くなったか見てみたいし手合わせしようぜ!」 水素の提案で李信は水素と手合わせすることになり、T市にある広大な荒野を訪れた。水素と李信が向き合って対峙する。北条とソラも崖上から様子を見ている。 「ルールは1vs1。俺に傷一つでもつければちょっくんの勝ちだ。準備はいいか?」 「承知した。此方から遠慮なく行かせてもらうぞ!」 李信が霊圧を込め始める。 「破道の九十 黒棺!」 水素を重力の奔流である黒い直方体が取り囲む。しかし水素はそれをワンパンで粉砕してしまう。 「どうしたどうしたちょっくん!そんなもんかー?」 「斬月!」 水素の挑発に乗った李信が斬魄刀を斬月として始解する。 「お前相手に手を抜いてたら勝てやしないことは分かってる。行くぞ!卍 解 !」 二つに分かれていた斬月が一つの大剣となった。 「天鎖斬月」 クインシーとホロウの力が溶け合い融合したことにより、黒い部分を白い部分が囲うバスターソードの様な形状の天鎖斬月が現れる。 「それが新しい卍解かー。中々強そうじゃん」 「月牙天衝!」 李信が黒い月牙天衝を天鎖斬月から飛ばすが、水素はそれも拳でかき消してしまう。 「まあ予想通りだな。だがこれなら…」 髪が逆立ち、顔の左半分に完全虚化を思わせる仮面紋(エスティグマ)と胸部には虚の孔を象った仮面紋(エスティグマ)があり、左側頭部に角が出現した姿となる。 これが死神の力と溶け合った虚(ホロウ)の力を完全に発現する真の虚(ホロウ化)である。 更に、李信は自身の霊圧を大幅に抑え込んでいる眼帯を外してこれまでとは比べ物にならない程の膨大な霊圧を放つ。 「姉様姉様、何だか気持ち悪くなってきました…」 「ニシンの霊圧のせいよ。私も強過ぎる霊圧にあてられて気分が…あの男、中々やるようになったのね…」 崖上で北条やソラと共に観戦していたメイド姉妹はあまりの強さの霊圧にあてられてその場で倒れてしまった。 「直江さん、割と本気だな。あの姿は初めて見た」 「そういやアンタ李信の仲間だったな。自己紹介が遅れた。俺はソラだ。水素先生の弟子で仮面ライダーに変身出来る」 観戦していた北条にソラが横から声をかける。 「俺は北条。まだらでもいい。忍術、幻術、体術、瞳術、封印術を使いこなすが特に得意なのは忍術と瞳術だ。左眼は常時この輪廻写輪眼だが仕様だから気にしないで欲しい」 北条が前髪を手でどけて輪廻写輪眼をソラに見せる。 さて、崖上で言葉のやりとりが行われている一方で、力を解放した李信が水素に攻撃を仕掛ける。 「うおっ!すげえ霊圧だな! 「行くぞ水素ォ!」 李信が瞬歩ではなく響転(ソニード)で水素の背後に回る。完全虚(ホロウ)化と天鎖斬月の力が融合したことで超速を実現可能になった。 背後に回った李信は水素に切り掛かる。が、水素の反応も早く振り向きざまに右腕で防がれてしまう。 「月牙…天衝!!」 ゼロ距離から黒い月牙天衝を放つ。だが月牙天衝はかき消されて水素の左腕が伸びてくる。 (速い!) 李信は水素の左腕の動きに反応して響転で後ろに距離を取り回避する。 (速いな) 水素も左腕からの攻撃を避けられたことに驚いた。最も李信が本気なのに対して水素は全く本気ではないのだが。 「次の手だ」 李信は超速で水素の周囲を移動し始める。あまりの速さによりいくつもの李信の残像が現れ水素を取り囲む。 「月牙天衝」 月牙天衝を放つ。残像も一斉に放つのでどれが本当の月牙天かは分からない。…普通なら。 水素は本体を既に見切っていたので拳で月牙天衝を消してしまった。 「こっちだ」 李信が水素の真横に現れる。そして… 「喰らえ!」 王虚の閃光(グラン・レイ・ゼロ)を月牙天衝に混ぜてゼロ距離で放ち、水素はその直撃を受けてしまう。 「これなら流石の水素も…」 しかし月牙と王虚の閃光が消えた次の瞬間に水素の拳が高速で李信に迫ったのだ。 驚きの言葉を発する間も無いまま、李信は水素のパンチを腹部に受けて吹っ飛んだ。 「グハッ!」 パンチにより吹っ飛んだ李信が崖に叩きつけられて全身が大きくめり込んでしまう。 「確かに攻撃の威力もスピードも前までとは桁違いだ。強くなったな」 真の虚化状態から放たれた月牙天衝と王虚の閃光をゼロ距離で受けても無傷な上に平然としている水素が言った。イマイチ説得力に欠けるフォローだが、李信のパワーアップはちゃんと感じたようだ。 因みに水素のパンチを受けても李信が死んでいないのは崩玉による不死属性と虚の力による超速再生もあるが、水素は仲間との手合わせなのでパンチの威力を加減していた。 (虚(ホロウ)化とか卍解とかで追いつける次元じゃねえ…。いくら何でも強過ぎる…。俺とは次元が違い過ぎる…。全く勝てる気がしねえ…) 李信は水素の異常に強い力を改めて実感した。 「次、まだらー!」 「え、俺もやるんですか?」 水素に言われるがまま、北条は崖上から飛び降りて水素と対峙する形で立った。 「まだら、覚えてるか?お前と初めて会った日のことだ」 「もちろん覚えてますよ。あの時は水素さんに手も足も出ませんでした。でも今回はそうはいきませんよ!リベンジさせてもらいます!」 水素が言った初めて会った日というのは、第一部の序盤で李信がグリーン王国に逃げてきて水素と夜道を散歩していると待ち構えていた北条と水素が交戦に及び、北条は水素に手も足も出ず敗れたことである。 つまりこの手合わせは北条の水素へのリベンジマッチだった。 「須佐能乎!」 北条の両目の瞳力が完成体須佐能乎を呼び起こす。更に全ての尾獣のチャクラを纏い異形の姿へと変わる。更に北条自身は万華鏡写輪眼、輪廻写輪眼に加えて六道仙人の力も発動する。 「木遁・木人の術!」 木で出来た巨大な人間型の像を創り出し、その拳から水素を殴り掛からせる。 だが迎え撃った水素のパンチが木人を粉砕してしまう。しかし木人を粉砕した直後、見えない何かが水素を殴った。 「輪墓・辺獄」 感知・目視も不可能な見えざる世界「輪墓」に存在する自分を呼び出す術で北条は自身を4体創り出した。その輪墓で創り出した北条が水素を殴ったのだ。もちろん水素は輪廻眼など持っていない為輪墓は見えない。 「こんな術持ってたんだな、お前」 当然、殴られただけで水素にダメージがあるわけもないのだが。 そして水素は突然足元に現れた底なし沼に足を取られ下半身を引きずりこまれる。北条の土遁・黄泉沼である。 「火遁・火龍炎弾!」 「水遁・水鮫弾の術!」 「雷遁・雷獣追牙!」 「風遁・大突破!」 北条本体と4体の輪墓がそれぞれの性質変化における強力な術を水素に放つ。 「必殺マジシリーズ…マジ反復横跳び」 ただ高速で反復横跳びするだけであるが、北条が放った術を全て衝撃波で吹き飛ばしてしまった。 「こんなのはウォーミングアップさ。だがこれなら…!」 北条の全ての輪墓が、全ての尾獣チャクラを纏った完成体須佐能乎を纏う。 更に全ての輪墓の完成体須佐能乎が十拳剣と八咫鏡を持ち、一斉に十握剣で水素を突き刺そうとする。 十拳剣は突き刺した対象を永久に幻術世界に封印する霊剣である。が、水素は十握剣を受けてもそもそも突き刺されない。その肉体は十握剣の貫通を赦さないのだ。 「連続普通のパンチ」 高速で普通のパンチを連続で全方位にぐるぐる回りながら繰り出して全ての輪墓を破壊してしまう。輪墓達が纏い、装備していた八咫鏡も完成体須佐能乎も輪墓ごと粉砕されてしまう。 「見えないお前か。でも何となく感で破壊したわ。さて、次はどうする?」 そのセリフを吐いた時、水素は北条と目を合わせていた。 「月読!」 この世界では忘れられがちだが、写輪眼と目を合わせてはいけないのはNARUTO世界では常識である。万華鏡写輪眼なら尚の事。目を合わせれば強力な幻術にかけられてしまうからである。 北条は万華鏡写輪眼による瞳術・月読を発動した筈だったが、何故か水素には月読を一瞬で破られた。 「俺は幻術が効く程ヤワでも繊細でもないぜ」 「須佐能乎!」 幻術が無意味だと判明したところで北条は完成体須佐能乎を両眼の瞳力で呼び出す。 「インドラの矢、俺の最強の物理攻撃ですよ!」 全ての尾獣のチャクラに雷遁、更に炎遁を付加した須佐能乎の矢が水素目掛けて放たれた。矢は水素に直撃し荒野は大爆発に覆われる。 「うーん…完全虚化したちょっくんの月牙天衝プラス王虚の閃光の融合技と互角くらいかな?中々の威力だな、これ」 当然の様に無傷の水素が爆炎を振り払いながら技の感想を述べる。 「建御雷神(タケミカヅチ)!」 北条は今度は完成体須佐能乎の左手に千鳥と炎遁の黒炎を纏わせて水素に突進を敢行する。 「力比べか?いいね」 北条の建御雷神と水素の普通のパンチがぶつかり合うが、すぐさま完成体須佐能乎の左腕は破壊され建御雷神は破裂しながら消滅する。左腕から入った亀裂が全身に広がり完成体須佐能乎は粉砕された。 「成る程、これも中々の威力だな。流石は忍者だ」 ワンパンで粉砕した水素が言ってもあまり説得力は無い。 「クッ…」 完成体須佐能乎を破壊された北条は印を結び左手に千鳥を纏う。そして北条は水素の視界から消える。 「千鳥!」 瞬身の術で水素の背後に回った北条が左手の千鳥を水素の背中に突き出す。が、千鳥は水素の体を貫通出来ない。 「はい俺の勝…」 「神羅天征!」 水素が振り向いてパンチを繰り出す前に北条の神羅天征が発動する。神羅天征は自分を中心に斥力を発生させて対象を弾き飛ばす瞳術である。 「これ何て術なの?」 水素は神羅天征に耐えた。いや、耐えたというより全く効いていない。 「チッ…」 だが北条は速い。六道や尾獣の力がある彼は高速で移動出来るのだ。北条はまたもや水素の視界から消える。 「スピード勝負か?おもしれえ」 水素は高速で走り始め北条を捕捉するとパンチを繰り出す。北条は反応して全身に雷遁チャクラを纏うが構わず殴り飛ばされた。 殴り飛ばされた北条は崖に激突、全身をめり込ませてしまった。 「結局また俺の負けか…。にしてもやはり水素は強いなんてもんじゃないな。異常過ぎる」 水素の異常な強さを改めて感じた。この男には一生勝てないだろうと。 「ちょっくんもまだらも強くはなったがまだまだだなー。まだら大丈夫かー?立てるかー?」 水素がこちらまで高速で走って接近する。そして北条に手を差し伸べる。 「やっぱり強いですね。全く勝てる気がしない」 水素の手を取った北条が立ち上がる。 「当たり前だ。悪に立ち向かうヒーローは誰よりも強くなきゃいけないんだ。悪から逃げたらヒーローじゃねえ。たった独りでも悪に立ち向かうのがヒーローだ」 「…理屈も何も無いですね」 手合わせは終わった。李信も北条も水素に手も足も出なかった。この男だけは強さの次元を異にしていると認めざるを得なかった。 「姉様姉様、やはり北条さんも駄目でした」 「あの2人、やっぱり弱かったようね。水素様に傷一つつけられないしいいようにあしらわれてた」 「お前ら、分かってないな。あの2人が弱いんじゃない。水素先生が強過ぎるんだ。そりゃ先生に比べたらどんな奴もカス同然だ」 手合わせを見ていたメイド姉妹は李信と北条を酷評したがソラは2人の名誉を守ろうとフォローした。 「これからどうします?」 水素の部屋で水素、ソラ、李信、北条の4人はちゃぶ台にあるチゲ鍋を囲んでいた。そんな中、北条が口を開いた。 「俺はセールさんから凪鞘復活を目論むドナルドの調査を命じられてガルドリア城に向かいドナルドに捕まって助け出されて今此処に居る。筋からすれば帝都に帰りセールさんに諸々の報告をすべき立場だ。俺は明日此処を発つ」 「待ちな」 北条の意思に水素が待ったをかける。 「お前のことや今の情勢はメイドから聞いている。メイドには悪いが帝都に行きまだらの代わりにセールに報告してもらう。まだらは此処に残れ」 「…何故です?帝都は今スカイプグループに狙われています!早く戻らないと!」 「何故狙われてると思う?凪鞘復活のエネルギー源が居るからだ。帝都に居る奴らがみんなドナルドを始めとするスカイプグループに捕まって、まだらまでまた捕まったらどうなると思う?」 「…あ」 水素に言われて北条はハッとなった。 「みんな仲良く捕まって凪鞘復活なんて洒落にならないぞ。分散していた方がいい。此処には俺も居る。俺はこの街を見捨てられなくてな。この街は今、度々怪人が現れている。この街を離れられない。ちょっくんもまだらもこのマンションを拠点に暫く居てもらう」 「分かりました」 水素の説得に北条はあっさり折れた。 「しかしスカイプグループとやらがこの2人を狙ってこの街に来たら…」 「最強のヒーロー、仮面ライダー、死神、忍者が居て倒せない相手は居ないだろう」 ソラが懸念を口にするが李信がそれに答える。 「何を言っている?俺もお前らも本来必要無い。水素先生だけで全ての敵を倒せる。だがスカイプグループとやらがこの街に来て人的、物的被害が出たらまずいと言ったんだ」 「そうはさせない。来たらすぐに俺は感知出来る。俺には他者の悪意を感知する能力がある」 北条が自身の能力の有用性を説く。 「だ、そうです。先生」 「うん、なら多分問題無いな。さて、煮え切ってグズグズになる前に食うぞ」 話はこれで終わった。夕食を済ませた李信と北条は用意されていたそれぞれの部屋へと入った。 水素の部屋は101号室、メイド達の部屋は102号室、北条の部屋が103号室、李信の部屋が、104号室である。 「夜食が食いたいな」 夜、小腹が空いた北条はそう言ってコンビニに行く為に外に出た。コンビニまでは徒歩5分の距離である。 「北条、何処に行く」 夜道を歩いていた北条に後ろから声をかけたのはソラだった。 「帝都に勝手に帰るんじゃないだろうな?」 「心配なら着いてくればいいだろ。コンビニまで出掛けるだけだ」 疑いの目を向けるソラの方を振り向きもせずに北条は歩き続ける。 「そうさせてもらう」 ソラは北条を監視する意味でついて行くことにした。 数分歩いて昼間ぶる~と交戦した公園広場に差し掛かる。 「…居たぞ。奴が北条だ」 「一緒に居る奴は誰だ?」 「知らん、あんな奴の情報は無い」 「夜のうちにさっさと捕まえて帰るぞ。明るくなると面倒だ」 「よし、行くぞ」 謎の2人が北条とソラの前に突然立ち塞がる。 「俺を写輪眼のまだらと知っての振る舞いか?…お前は…梨丸か。」 北条は右目の万華鏡写輪眼を輝かせて睨みつける。 「その通りだ。お前に敗れ逃げたままというわけには行かないからな。ぶる~の姿が無いようだしな」 「ぶる~なら水素がワンパンで倒したぜ。もうこの世には居ない」 北条は薄ら笑いを浮かべて梨丸に仲間の死を告げる。 「ぶる~が?信じられん。あいつはスカイプグループのNo.2の実力者だぞ!?」 「上には上が居る。俺もさっきそれを思い知らされた。今度は俺がそれをお前に思い知らせてやる」 北条は腰の鞘から草薙剣を抜き放って構える。 「で、北条と一緒に居るお前は誰だ?北条の仲間か?そうでないならどけ」 「俺は…ソラとでも名乗っておこう。まあ、北条の仲間というか…こっちサイドの人間だ」 ソラの前に立って居るのはスーツで身を包んでいる男だった。 「ふうん。なら今からそっちサイドの人間をやめろ。そうしたら見逃してやる」 「それは出来ない相談だ。俺は水素先生の弟子だからな」 勧告されてもソラの考えは変わらない。彼の辞書に裏切りの二文字は無い。 「なら消させてもらう」 スーツの男が破壊の粒子ビームをソラに向けて放出する。 「変身!」 ライダーベルトが光り輝き、ソラは仮面ライダーカブトへと変身を遂げた。 北条vs梨丸 「火遁・豪火球の術!」 高速で火遁の印を結んだ北条が口から身長大以上の大きさの火球を吐き出す。 「二ツ星神器 威風堂堂(フード) 」 梨丸の目の前に大きな木の腕が現れて豪火球を弾く。 「火遁の中でもランクの低い術を使うとは…俺も舐められたもんだな」 「目の前のことばかりに気を取られているからそんな感想が出てくるのさ」 「何?」 梨丸が気づかない内に北条の影分身が梨丸の背後をとっていた。北条が印を結ぶとその影分身は爆破される。 「チッ…!対応が遅れたか…!」 北条の分身大爆破に反応した梨丸は寸前で神器を自身の後ろに出したが完全に防ぎ切れず腹部や胸部からは明らかに流血している。 「どうした?動きが鈍いぞ」 梨丸は分身大爆破からは辛うじて身を守ったが、北条の素早いワイヤーアクションにより捕らえられてしまう。 「くそッ!」 「火遁・龍火の術!」 北条がワイヤーを伝う火炎を口から吐き出す。 「二ツ星神器 威風堂堂(フード) !」 梨丸は急いで木の腕の神器を前方に呼び出して火炎を堰き止める。 「三ツ星神器 快刀乱麻(ランマ) !」 更に梨丸は右手の中に大きな刀の神器を呼び出して自身を縛っているワイヤーを斬り裂く。 「千鳥流し!」 北条は地面に千鳥を流すが、梨丸はジャンプで避けるが… 素早い北条が草薙剣に千鳥を流した千鳥刀を持って眼前に迫っていた。 「この!」 千鳥刀をランマで受け止める梨丸だが、千鳥刀によってランマの刀身に切れ目を入れられていく。 「理想を現実にする力!」 梨丸はこの能力によりランマをどんなものでも斬れる刀に変える?すると北条の千鳥刀に切れ目を入れられている現象が止まり、鍔迫り合いになる。 「千鳥刀はガード不可なんでな。どんなものでも斬れる刀とは矛盾に近い関係だ!」 北条は鍔迫り合いの状態から刀を引き、再度何度も打ち込んで行く。剣術勝負になるのだが、写輪眼のある北条の優位は明らかだった。梨丸は北条の剣術の前に追い詰められていく。 「終わりだ」 ついに北条が梨丸の心臓を捉えた。千鳥刀が梨丸の胸に向かって突き出されていく。しかし千鳥刀は梨丸の衣服を貫通することが出来ない。 「油断したな!」 梨丸が北条の左腕を掴んでランマで北条の胴に斬りかかる。 「神羅天征!」 梨丸のランマが北条の肩に振り下ろされた瞬間、北条は自身を中心に斥力を発生させて梨丸を弾き飛ばした。 「口寄せ・修羅道!」 北条は更に何発ものミサイルを口寄せして一斉に射出した。複数のミサイルがいくつもの軌道を描いて梨丸へと飛んでくる。 「うおおおおおおおおお!」 梨丸は何と全てのミサイルをランマで斬り裂いてしまう。斬り裂かれた複数のミサイルは梨丸の後方で爆発した。爆風が追い風となり梨丸の髪を前へと靡かせる。 「一ツ星神器 鉄(くろがね)!」 梨丸の左腕に大砲が装備され砲弾が北条に向けて発射される。 「無駄だ!神羅天征!」 しかし神羅天征でも砲弾を弾くことは出来なかった。梨丸は鉄による砲弾をどんかものでも破壊し貫く砲弾に変えていたのだ。 砲弾はやがて北条の胸部から腰にかけての広い部分を貫いて大穴を開けた。北条は当然その場で倒れてしまう。 「対したことなかったな、忍術使い!」 しかし砲弾に貫かれ倒れた北条の体は丸太に変わって転がり落ちた。 「変わり身だと!?本体は何処へ!?」 驚く梨丸の頭上から北条が飛び掛かってくる。 「超大玉螺旋丸!」 巨大な螺旋丸を伴って。梨丸の反応も早く、ランマで超大玉螺旋丸を北条ごと斬り裂く。が、今度ら影分身だった。 「九ツ星神器 花鳥風月(セイクー) !」 影分身や変わり身を多用出来る北条だが、空から見れば把握出来ると考えた梨丸はこの神器により背中に生えた二枚の翼で飛び上がる。 「見つけたぞ、北条!十ツ星神器 魔王(まおう) !」 北条の本体や影分身の位置を上空から確認した梨丸はこのコバセンの姿をした神器を召喚して一気に勝負を決しようと図る。 「俺は…散っていった仲間達の思いを受け継ぎ、そして実現しなければならない!!その為に、お前を必ず捕まえる!」 梨丸の想いの強さが込められた弾が発射される。弾は地面に着弾し爆発を起こす。 「これで北条も…!」 「何処を見ている?」 「!?」 完成体須佐能乎で飛行している北条が瞬時に現れ、梨丸と目を合わせることで万華鏡写輪眼による瞳術を発動させる。 「月読!」 梨丸は月読空間に迷い込み、いつの間にか十字架に縛り付けられていた。 「月読の世界では空間も時間も質量も全ては俺が支配する。これから72時間、お前を刀で刺し続ける」 「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」 月読世界での72時間、梨丸は無数の北条により全身を刀で刺され続けた。 北条がソラが戦っている衝撃音で水素は眼が覚める。 「誰か戦ってんのか?行かなきゃ!」 水素は急いでヒーロースーツに着替えて部屋を飛び出るが、勢いよくドアを開けた先に居たのは李信だった。 「北条さんとソラがスカグルのメンバーと戦っているようだ」 「やっぱそうか!ちょっくん、助けに行くぞ!」 李信の言葉を聞いた水素は塀を越えて飛び降りようとするが、李信は水素のマントを掴んで制止した。 「行くな。やめておけ」 「あぁ?見捨てるわけにはいかないだろ!」 「お前が敵をワンパンで倒して終わったらあの2人の見せ場や戦績が無になるだろ。可哀想だからやめておけ。お前は強過ぎる」 「………。」 李信に言い聞かせられて水素は飛び出すのをやめる。確かに李信の言うことにも一理あると感じたのだ。 「それもそうだな。だがマジで危なくなったら行くからな」 「少しは2人を信じろ。確かにお前よりは弱いが北条は十分強い。今日が初対面だからソラはどうだか知らんがな」 「ああ…….」 李信に説得された水素は暫く2人の戦いを見守ることにした。 月読世界で72時間刀で刺され続けた梨丸は精神崩壊を起こし気絶、地上に落下してしまった。 「地爆天星!」 強力な引力を持つ黒いチャクラの球体を作り出しあらゆるものを引き寄せる。球体の周囲は地面ごと引き寄せられ拡大した球体はまるで小さな星となる。梨丸も当然巻き込まれて球体の中で粉微塵に押し潰された。 「スカグル、まず1人だ」 北条は地に降り立ち、須佐能乎を解除して万華鏡写輪眼も解く。帝都組の対スカグルの戦果がセールが倒したハンペル1人だけなのに対し、T市組の戦果はこれで7人目となった。 「この程度の奴を倒すなど造作も無いことだ」 ソラvsスーツの男 ソラはスーツの男が翼から放った殺人光線をジャンプで回避し再び着地した。 「俺の方からもお前の名を聞いておこう」 「俺は元カブトムシ05、今は黒わんこ。俺はペルシャ帝国の黒わんこにより未元物質として創造された複製、そして自我を得て黒わんことなった」 「わけの分からないことを…。お前を排除する」 ソラがカブトクナイガン・アックスモードで黒わんこの胴体を真っ二つにする。 「大した威力だ。だが未元物質である俺は無限に再生する!」 真っ二つにされた上半身の断面から失われた下半身が再生される。 黒わんこは翼で飛行、素早い動きで仮面ライダーカブトを翻弄する。 「オラオラどうしたどうしたァ!」 翼を羽ばたかせ飛行しながら翼から烈風を打ち出してソラを吹き飛ばす。 「ぐあああああああ!」 「はははははは死ねえ!」 黒わんこが更に翼から無数のカマイタチを繰り出しそれらがソラに襲い掛かる。烈風で吹き飛ばされたソラは空中にいる為身動きが取れない。 「仮面ライダーを舐めるな」 カブトクナイガン・アックスモードで迫り来るカマイタチ全てを斬り裂く。 「カブトクナイガン・ガンモード!」 着地したソラはカブトクナイガンをアックスモードからガンモードに変形させ、エネルギー弾を連射で黒わんこに向かって打ち出す。 「効かないぞ!」 黒わんこは翼を分解させ前方に展開、カブトクナイガンによるエネルギー弾射撃を全てを弾き飛ばす。 「まだまだァ!!」 カブトクナイガン・ガンモードでエネルギー弾を連射し続けるが、黒わんこは今度は高速飛行で回避を続ける。 「遅い!遅いぞ仮面ライダー!お前如きが学園都市第2位のこの俺に敵う筈が無ァい!」 黒わんこは高速で飛行しながら殺人光線を翼から打ち出した。 「スピードでこの仮面ライダーカブトに勝てると思っているなら実に愚かだ!行くぞ、ライダーフォーム!」 マスクドアーマーの飛散後、顎を基点にカブトホーンが起立して顔面の定位置に収まり、「Change Beetle」の電子音声が発声される。 更にソラはライダーベルトの横についているスイッチを押す。するとライダーベルトから「Clock up」という電子音声が発声される。 「ガキ向けの特撮ヒーロー如きがこの学園都市第2位の能力者に対抗できる筈が…」 黒わんこが言っている途中で気づく。仮面ライダーカブトの動きが先程までと比べて尋常では無い程に速くなっていることを。 カブトは黒わんこを遥かに上回るスピードで動き、飛行している黒わんこをジャンプからのかかと落としで地に落とす。黒わんこの体はコンクリートにめり込んでしまう。 「クソ!特撮ヒーローの分際でよくも!」 かかと落としを決めた勢いで空中から強力な回し蹴りを見舞う。黒わんこは立ち上がり、翼による防御を試みるがクロックアップ状態のカブトのスピードに追いつけず右頬に回し蹴りを受けてしまう。 「グハッ!」 回し蹴りを受けた黒わんこの体が吹っ飛ばされ、公園に植えてある大樹に激突する。 タキオン粒子が体を駆け巡って、時間流を自在に行動できるようになり、ワームに対抗してクロックアップする能力を有する。 (『テレビ朝日|仮面ライダーカブト』、「マスクドライダーデータブック」、「カブト」) 「クロックアップは厳密にはスピードアップではない。俺からすれば水素先生以外の奴などこのクロックアップを使えば殆ど止まっているようにしか見えんな」 「喧しい!俺は天照でも死ななかった学園都市第2位の能力者だぞ!所詮お前はスピードだけだ!」 黒わんこが翼から衝撃波を放つも、カブトは軽々とジャンプして回避する。 「ならば終わらせてやる。俺のこの一撃で…!」 ゼクターの脚に当たるスイッチを順に押していき、ゼクターホーンを一旦マスクドフォーム時との中間位置に戻し、再び倒すことで「Rider Kick」の発声とともに発動する。そう、ライダーキックである。 カブトはジャンプで勢いをつけ跳び上がると、足の甲の装甲ライダー・ライダーストンパーによりタキオン粒子を波動に変え、黒わんこの顔面に上段回し蹴りを炸裂させた。 カブトが放った回し蹴りが黒わんこの頭部にめり込み、やがて全身にその衝撃でヒビが入り、やがて原子レベルで粉々に粉砕された。 「こんな雑魚、水素先生が出るまでもない。俺で十分だったな」 カブトはキメポーズを取りながら捨て台詞を吐いた。 北条に続いてソラの活躍により、スカグルのメンバー死亡8人目となった。 北条が梨丸を、ソラが黒わんこを倒した次の朝… 「水素様、おはようございます」 ニッコリと笑顔を浮かべながら水素の寝室で水素に囁いているのは水素のメイド姉妹の妹の方だ。 「あー、今日も君の笑顔で癒されるよ、おはよう」 「朝食をご用意致しましたのでリビングへどうぞ。その前に、お顔を洗って来て下さいね」 「おう」 寝起きだというのに水素はご機嫌である。お気に入りの青髪メイドが起こしてくれる幸せを毎日噛み締めながらこの男は生きている。 水素は洗顔を済ませて居間へとドアを開けて足を踏み入れる。そこには水素の分だけではなく他にソラの分の朝食が用意されていた。朝食のメニューはバターロール、目玉焼き、ソーセージ、スープといった比較的洋風である。 「おう、ソラおはよう」 弟子で居候しているソラは先に朝食を食べていた。ナイフとフォークを用いて器用にソーセージを口に運んでいる。 「あ、先生。おはようございます」 ソラは何故かマンションの他の部屋に住まずに水素の部屋で厄介になっている。なんでも、「水素先生の生活から強さの秘訣が分かるかもしれない」とのことである。 「今日も美味そうだなー。流石は俺の自慢の◯◯りんだよ」 「そんな…私はそんな大したものじゃ…」 「謙遜すんなって。もっと明るくいこうぜ。自己評価低すぎだぜ◯◯りん」 メイドにそう言って水素は目玉焼きをフォークで口に運び一口で平らげる。 「先生、今日のご予定は?」 「特に無いな。スカグルや怪人が来たら倒しに行くけど」 「そうですか。でな俺は街をパトロールして来ます」 「はいよ」 先に朝食を済ませたソラは「ご馳走様。じゃあ行ってくる」とメイドに声をかけて外へ出ていった。 「水素様、少しお話があるのですが…」 メイドが張り詰めたような表情で水素に尋ねる。 「水素様のご友人の話です」 張り詰めた表情でメイドが尋ねる。何かあったのかと水素は少し不安げになる。 「ソラのこと?」 「いえ、ソラさんではなくミシンさんと北条さんのことです」 「あいつらがどうかした?」 水素は何故メイドが李信と北条についてそこまで深刻に思い悩んでいるのか見当もつかなかった。2人はこのメイドとは殆ど接点など無い筈である。因みに姉同様この妹も李信の名前を間違えて呼んでいるが敢えて突っ込まないことにした。 「あの人達は、この世界に無いエネルギーを使って戦うんですよね?姉様から聞きました。ミシンさんは霊圧、北条さんはチャクラという特殊なエネルギーを持っているとか」 「ん?ああ、あの2人の力は特殊でな。ちょく…李信は霊圧を放出して斬魄刀の能力を引き出したり鬼道を発動したり虚(ホロウ)や滅却師(クインシー)の力を用いて戦う。まだら…じゃなくて北条はチャクラを練りこんで術を使う。俺と手合わせしてたのを見たろ?卍解とか月牙天衝とか写輪眼とか須佐能乎とかがそれだ」 「その…ミシンさんと北条さんは本当に信用出来るんでしょうか」 一層顔を張り詰めさせたメイドが水素に視線を注いでいる。 「どういうこった?あいつらは俺の仲間だぞ。スカグルのメンバーを倒してるしな」 「あの人達から邪悪な匂いがするんです……。そう、まるで魔女の…いえ、それよりももっと濃くて、黒くて、暗くて、深くて、寒くて…凄く嫌な邪悪な匂いがするんです」 「ああ、そりゃ虚(ホロウ)や万華鏡写輪眼のせいだな。それがあいつらの元々の力だよ」 「私は…あの人達が信じられません…!あの人達がもし水素様に…!」 メイドはか細い声を振り絞って訴える。そう、涙を目に滲ませながら。 「おいおい、あんな奴らでも俺の仲間なんだからあんま悪く言ってやるなよ。それに君は俺が必ず守る」 「はい…」 話はそれで終わった。水素にかけられた言葉を頼もしくも感じたが、メイドの不安の全てを払拭したわけではなかった。 「水素様、私お買い物に行って参ります」 「ああ。気をつけて」 何かを胸に募らせながら水素に見送られてメイドは外へ出て行った。ガチャンと部屋のドアを閉めると、偶然外出しようと自室から出て来た李信と鉢合わせた。彼の持つ霊圧という名の物理的重圧がメイドに重くのしかかり、意識を保つのに集中しなければ倒れてしまいそうになる。濃く、ドス黒く、寒さを感じさせられ、邪悪な匂いを振り撒かれている感覚に陥る。 「おはようございますミシンさん」 危険視し嫌っているものの、一応主人である水素の仲間なので挨拶はする。だがその顔は全く笑っておらず、目の奥に闇を抱えているのは明らかだった。 「ああ。それと俺はミシンでもニシンでもない。李信だ」 「では、ミシンさん」 李信のツッコミは無視して真顔で会釈して去っていく。去り際に李信は睨まれたかのように感じた。 「あの姉妹、揃って俺を嫌ってるな。やはり俺は現実でも二次元でも他人に嫌われる質らしい」 李信はセリフの後溜息をつくとスタスタと階段を降りていく。李信は特に予定が無い。近頃公園の自販機でココアコーヒーなる物が販売され始めた噂を聞いたので興味本位で飲みに行くつもりである。 因みに李信は現実世界で割と最近までコーヒーを飲めなかった。意外な一面かもしれない。 「さて、今日は公園で手裏剣術でもやるか。でもまだ眠いから寝よ」 一方北条は自室で惰眠を貪っていた。カーテンの僅かな隙間から一筋の日光が射し込んでくる。それが睡魔に襲われている人間からしたら鬱陶しいことこの上ない。北条は少し起き上がり乱暴にカーテンを閉めると再びベッドの上で眠りについた。 いくら対スカグルで多大な戦果を挙げたとは言え、これがT市組の日常である。まあ帝都組もイタリアンレストランで涙を流したりカフェでのお茶から痴情の縺れに発展したりと割と同レベルではあるが。 「むなげやでの買い物も終わりましたし早く帰ってお昼ご飯の支度に取り掛からねば。それにしてもあの薄汚い死神は何処に行ったんでしょう。紫色の変な眼を持つ忍者と合わせて始末しなければ。それが水素様の為です」 食料が大量に入ったレジ袋を手にぶらさげながら、この青髪メイドは李信と北条に対する憎悪と危険視を強めていた。 「私は水素様のメイドでレ◯と言います」 「レ◯の主人の水素様は誰よりも強くて、カッコよくて、正義の精神に溢れていて、私の…いえ世界一の正義のヒーローです!」 「でも、最近レ◯は水素様のご友人を間近に見て思ってしまいました」 「眼帯の人は角が生えた化け物に変身して禍々しい力を使います。黒い斬撃や黒い直方体を繰り出して戦います。1500万度を誇る炎を操ったりもするそうです」 「左目が紫色の波紋の人は異形の巨人を呼び出したり、雷や火を操ったり、高速移動を使って戦います。眼帯の人と同じく瞬間移動も出来るみたいです」 「レ◯はそんな2人から悪寒と寒気を感じました。眼帯の人は何やら霊圧というのがエネルギーらしく、その霊圧が濃くて、寒くて、暗くて、禍々しいのです」 「左目が紫色の人はチャクラというのがエネルギーらしく、そのチャクラが暗くてとても寒いのです」 「この人達は本当に水素様のご友人なのでしょうか。レ◯はこの人達が味方だとはとても思えません。もしかしたら水素様の命を狙っているかもしれません。巨大な悪事を企んでいるかもしれません」 「魔女よりももっと危ない匂いや寒さをあの人達から感じます。あの人達は危険すぎます」 「水素様や世界に害を為す前に、レ◯があの人達を消さなければ…!」 そう決心した青髪メイドは公園で1人コーヒーを飲んでいる李信に近づいた。 「あの、ミシンさん」 「水素のメイドか。何か用か?あと俺はミシンじゃない李信だ。姉妹揃って人の名前を間違えるな」 メイドの方から声をかけてくるのは珍しいと李信は感じている。 「ミシンさんにお願いがあります」 「お願い?あとミシンじゃなくて李信だ」 青髪メイドはお願いがあると言って溜める。李信はお願いと言われてもピンと来ない。 「…死んで下さい」 青髪メイドが鎖で繋がれたモーニングスターを顕現させ、いきなり李信に対して投げつけてくる。 「何だお前!?水素のメイドが何で俺を狙うんだ!?」 「レ◯が水素様のメイドだからです!」 モーニングスターを振り回し連続で投げつけてくるのに対して李信は瞬歩で避け続ける。 「この女マジで俺を殺る気かよ…!」 李信は青髪メイドによるモーニングスターの振り回し攻撃を避け続けながら、考えた。水素が命令したのか?いや、そもそも水素が俺を殺して何のメリットがある?それともこの女の独断か?襲われるようなことをした記憶は無いぞ?と。 それと同時に李信はすることも無くて退屈していた。遊び相手が現れたのは良い暇潰しになる、とも思った。 「お前が何で俺を襲うのかは分からんが少し遊んでやろう。破道の四 白雷!」 一筋の雷撃がモーニングスターを貫き亀裂を入れて粉々に砕いてしまう。 「やりますね!ならばこれなら!」 この青髪メイドは水魔法も扱うことが出来る。前面に水で出来た針を無数に展開して李信に向けて射出する。 「火遁・鳳仙火の術!」 突如李信の目の前に現れた北条が複数の火の玉を吐き出し青髪メイドの水魔法を蒸発させる。 「直江さん、これどういう状況ですか?」 「分からん。急にこの女が俺を殺しにかかって来たんだ」 北条が後ろに目配せしながら尋ねるが、李信も状況が良く分かっていない。 「北条さんも来ましたね。探す手間が省けました…!貴方達には死んでいただきます!」 青髪メイドの水魔法による水の激流が2人に押し寄せてくる。 「はぁ…ちょっと懲らしめる必要がありますね。水遁・五食鮫!」 北条は水面歩行の行を使用し激流の上に立って術を発動する。鮫を象った水の塊が5匹水中から現れて青髪メイドに襲い掛かる。因みに李信は断空で激流を防いでいた。 「こんなもの!」 水の壁を前方に展開するが、五食鮫に食い破られてしまう。そのまま五食鮫はメイドの体に食らいついた。 「ああああああああああ!!」 腕や足の皮膚の一部が食い千切られ、激痛が走り悲鳴を上げる。 「この辺にしてやるか」 メイドの悲鳴を聞いた北条は印を結んで術を解いた。 「縛道の六十一 六杖光牢」 李信は悲鳴を上げているメイドを鬼道の光で拘束した。 「で、何で俺達を殺そうとしたの?ちゃんと答えないとその傷治療してやらないからな」 六杖光牢で拘束されて動けないメイドに北条が問い詰める。北条と李信はメイドを前から取り囲むようにして立ち威圧する。 「しらばっくれないで下さい!お二人とも魔女以上の邪悪な匂いがします!水素様に害を及ぼす気なんでしょう!絶対に許しません!」 青髪メイドが李信と北条に向けた表情は憎悪そのものだった。普段からは考えられない程声を荒げて泣き叫ぶ。 「あ?邪悪な匂い?お前男の匂い嗅ぐ趣味でもあんの?引くわー」 「直江さん、貴方は小銭に次ぐ馬鹿なんだから素を出さない方がいいですよ。クールキャラ演じてる厨二病モードの方がマシです。…で、メイド。匂いって何だ?」 李信がメイドを煽り始めるが北条が一言で黙らせて話を元に戻す。メイドは涙を目に滲ませながら再び口を開く。 「あなた方は霊圧やチャクラというエネルギーを使って技や能力を発動します。そのあなた方の霊圧やチャクラがどちらもドス黒くて寒気を覚えるんです。あなた方の放つその力が、邪悪な魔女以上の匂いを放っているんです。 そんなものを持っているあなた方はいずれ水素様に害を為す悪人に違いありません。あなた方は明らかに正義の側ではありません」 「いや、あのねぇ……。そりゃそうかもしれないよ?俺は万華鏡写輪眼とか輪廻眼とか使ってるからそうなるんだろうし直江さんには虚(ホロウ)の力があるんだから。でもそれだけだぞ?そういう性質の力ってだけだからな。この力は俺達がこの世界に来た時から元々持ってたものなんだよ」 「大体、お前俺達と水素の手合わせを見てなかったのか?俺達が仮に悪人だったとして水素に勝てると思うか?俺達2人がかりでもあいつには絶対勝てない、というか秒殺されるのがオチだ」 北条と李信が自分達の力の正体や水素との実力差を説いてメイドを宥める。 「…確かにそうでした。貴方達ごときが水素様に敵う筈もありません!水素様は、最強のヒーローなんですから!貴方達は所詮最強の水素様の金魚の糞、主人公である水素様の脇役ですからね!」 言われてメイドはハッと思い出す。この2人とも、水素に手も足も出ずにワンパンで決着をつけられていたのだ。 「…何か言い方が引っかかるが分かったならそれでいい。医療忍術で治癒してやるから動くな。と言っても縛道で縛られてて動けないか」 北条はメイドの傷口に両手を翳してチャクラを流し込み始めた。この医療忍術でメイドの傷は見る見る内に塞がっていく。 「あの…お二人とも、申し訳ございませんでした。何とお詫びしたら良いのか…何か償いを…」 「要らん。強いて言うなら治療が終わったらさっさと帰れ。水素が心配してるだろうからな。俺はぼっこ屋でうどん食って帰って明日まで寝る」 「は、はい…」 北条に諭されたメイドは治療が終わるとすぐさま走って帰っていった。 「全く、気の早い奴でしたね。直江さんも一緒にうどん食いに行きません?」 「ぼっこ屋のうどんって美味いの?」 「はなまるうどんよりは確実に美味いらしいですよ」 「…せっかくT市に来たんだしうどん食いに行くか」 一方メイド姉妹の姉の方であるピンク髪メイドは馬車で移動しながら帝都を目指していた。T市を出発して1日。そこへピンク髪メイドの元へ1匹の鷹が空から肩へ舞い降りてくる。 鷹の脚には文が巻きつけられていた。それに気づいたピンク髪メイドは文を解いて開く。鷹は羽ばたいて何処かへ飛び去っていった。因みにこの鷹、北条が契約している口寄せ動物の内の一体であり名をガルダという。 「対スカグルの戦果の追加報告。俺が梨丸を倒しソラが黒わんこを倒した。以上 北条より」 文面はそれだけだった。ピンク髪メイドは「その手があるなら鷹に全ての報告を記した文を持たせて帝都に送ればいいのに」とも思ったが、思い出せば自分は帝都に残留してセールから水素への帰都命令を伝える役を命じられていた立場だったので仕方ないとも思った。 「お客様も居候も少しはやるようね。水素様には遠く及ばないけど」 そんな独り言を呟きながら馬の尻に鞭をくれて先を急がせる。帝都への道のりはまだまだ長い。 「水素と直江の馬鹿2人の居場所はまだ掴めないのか?」 帝都グリーンバレー。修築されつつあるポケガイ城の執務室で、皇帝セールは若干苛立ちながら側近である筋肉即売会に尋ねていた。 「まだ手掛かりを掴んだという報告は無い。だが奴らに頼らずともこの帝都には十分な戦力が居るではないか」 「直江が捕まりでもしたら面倒なことになる。それにやはり万一の場合も考えると最強戦力である水素は必要だ」 「まあまあ茶でも飲んで落ち着けよ」 「お前が淹れてこい」 「はいはい」 筋肉即売会は執務室を後にした。セールは机に左手の人差し指をトントンと突つき続けながら書類仕事を再開した。 数分待つとドンドンと2回ドアをノックする音が執務室に響く。 「入れ」 筋肉即売会が茶を淹れてきたんだろうと察したセールが入るように促す。 「失礼します」 筋肉即売会の声ではない。というか男の声ではない。明らかに女の声だ。そして入ってきたのはピンク髪メイドだった。 「お前か…」 「ただいま戻りました」 ピンク髪メイドは慇懃無礼に深く頭を下げる。 「で、水素は見つかったのか?」 セールが椅子に座りながら腕組みをして険しい眼差しで尋ねる。 「水素様とニシンはこの帝都から北東に10日程の距離のT市におります」 「ニシン?李信のことか。あの馬鹿共、そんな遠くにいたのか…!こっちはスカグルに対抗しなければならないというのに…!で、連れ戻せたんだろうな?」 睨みつけるような上目遣い。決して如何わしい意味の方ではない。 「いえ、お二人とも陛下のご命令を拒否してT市におります。私も説得はしたのですが…力及ばず申し訳ございません」 「…訳でもあるのか?」 怒鳴るのではなく、静かな怒りを顔や声に出すのがセールという男である。普段は。 退室して行ったピンク髪メイドと入れ替わるように筋肉即売会が入室してくる。 「筋肉即売会、すぐに帝都に居る主な能力者をこの城に集めろ。緊急会議を行う」 テーブルにお茶を置くなりセールに命じられて筋肉即売会は頭上に?マークが浮かぶような顔をしている。 「さっきのピンク髪メイドから重要な報せがもたらされた。早急に頼む」 「分かった」 察した筋肉即売会は退室して行った。 セールには光明が見えていた。行方が分からなくなっていた水素、李信、北条の所在をようやく掴んだ上に、その者達の活躍で既にスカグルメンバーの大半が倒されていたのだ。 「使えない死神だと思っていたがやる時はやるようだな」 水素は当然として、今まで大した戦果を挙げていなかった李信が北条を助け出した上にスカグルのメンバーを4人も葬ったことが意外に感じた。 「さて、俺も準備をして会議室に移動せねば」 筋肉即売会が淹れたお茶を一気に飲み干すと、セールは必要書類を持って城にある会議室へと足を進め始めた。その足取りは軽い。 セールに命じられた筋肉即売会により、帝都に居る主な能力者達に緊急招集がかけられた。 「急に呼び出されんだが一体何があったんだ?」 木製の長方形の数十mはあるテーブルに、20人分程の椅子が備わっているこの会議室に、セールの次に入室してきたのは氷河期だった。 「氷河期か。うむ、少しスカグルを巡る情勢が一変してな。詳しくは全員到着したら話す」 「ふーん。今日は休日だったから久しぶりに取り巻きの美少女4人と一緒に喫茶店を開店して過ごしてたんだが」 「済まんな。だが情勢が情勢だ。分かって欲しい」 「アンタがそう言うならよっぽどなんだろう。このポケガイ帝国騎士団長の氷河期が国の危機を見過ごすわけにもいかないからな」 「そう言ってもらえると助かる」 氷河期は久しぶりの休日、新しく取り巻きの美少女達が開店した店の手伝いをして過ごしたいたのだが筋肉即売会が手配した使者の来訪を受けてこのポケガイ城に急行して来たのだ。 「チィーッス!小銭十魔でーす!wん?氷河期じゃん!お前も呼び出されたの?」 続いて小銭が入室してくる。相変わらず軽い口調である。 「小銭か。セールさんから大事な話があるそうで、今帝都に居る主な能力者全員に招集がかかったらしい」 「ま、俺はどうせ暇してたからいいけどね!お前と違ってモテねえし!」 小銭はそう言ってセールから見た一番手前のどかっと席に座る。厚かましい男である。 「小銭、そういうのは席次をよく考えろ。こういうのは地位や実力が上の人間が皇帝に近い席に…」 「あ?氷河期お前、俺が弱いって言いてえのかよ?w」 氷河期に咎められた小銭は冗談交じりに返す。 「いや、一応俺は騎士団長だからな。うん」 「じゃあお前は俺の向かいに座ればいいだろ。そこも皇帝から見て一番近いぜ」 言われた氷河期は溜息をつきながら小銭の向かい側の席に座る。 「確かに小銭は実力は十分だが頭がなぁ…。此処は実力が同じくらいで小銭より頭がキレる星屑に…」 「あ?」 セールが言い掛けたが、小銭の反応を鬱陶しく思ったのでもう放置することにした。 「くだらねえことで喧嘩してんじゃねえよ。席なんて何処でもいいだろうが。つかまだお前ら3人しか居ないのな」 続いて星屑がやって来て氷河期の隣の席に座る。 「星屑、お前は…」 「俺は今日は出仕してたから特に問題無いね。それより、多分スカグルのことだろうが話の内容が気になるぜ」 「全員揃ったな」 今回セールが招集をかけたのは帝都に居る主な能力者全員…すなわち氷河期、星屑、小銭、マロン、赤牡丹、Wあ、オルトロスである。それにセールと、その横に立っている側近の筋肉即売会を合わせ9人が揃い、会議は始まった。 「皆忙しい中集まってくれてまずは礼を言う」 セールは形式的な前口上から述べ始める。 「集まってもらった理由は他でもない。現在世界征服を目論み凪鞘復活の為活動している悪の組織・スカグルについて、そして行方が分からなくなっていた北条、李信、水素の3人についてだ」 「直江の居場所が分かったのか!?」 「今から話すから暫く静かに聞いてくれ」 星屑が思わず立ち上がって大きな声を上げるがセールに促されて再び着席する。 「ドナルドに捕えられていた北条はスカグルのアジトに連れて行かれたが直江により救出された。北条救出に向かう途中に奴はスカグルの竜崎とまあやんを倒し、北条救出の際に領那と風炎を倒した。因みに直江はそれまで山脈の奥地にある卑怯で斬魄刀と対話の修行をしていたらしい」 「マジかよ?俺達2人がかりでも倒せなかったのにあいつ1人でやりやがったのか」 「直江さんに差をつけられたか…」 領那と風炎と戦ったオルトロスと氷河期が口を開く。オルトロスは驚いており、氷河期は歯痒い思いをしていた。 「北条は梨丸とりりあと交戦していたとのこと」 「その後、直江と北条は駆けつけて来たスカグルのNo.2・ぶる~と交戦するが敗れてこの帝都から10日の距離にあるT市に辿り着く。どうやら直江の鬼道で水素の位置を特定したらしい。ぶる~に追いつかれて再び戦闘になるが現れた水素によりワンパンでぶる~は倒された」 「やっぱ最後は水素か…」 「まああいつはデタラメに強いからな」 氷河期と小銭が呟くが、セールは尚も話を続ける。 「その後T市にスカグルの梨丸と黒わんこ…もとい黒わんこが生み出した未元物質白カブトが襲来してきたが梨丸は再戦した北条が倒した。黒わんこを倒したのはソラとかいう水素の新たな仲間らしい」 「水素はこれらの話の前の時期に既にれおちゅウというスカグルメンバーをワンパンで倒している、これでスカグルメンバーの内8人がT市に居る4人によって倒されたことになる。俺達が帝都の復興や警備を進めている中、既に事態は大きく動いていたのだ」 「うおおおおおおお!あいつらすげえええ!」 セールの長い説明が終わり、まず小銭が驚嘆する。 「スカグルとかいう奴ら、全部で何人かは知らんがこれで大半の戦力が削られたんじゃないか?」 と、マロン。 「やるなあいつら!」 と、小銭。 「暫くまともな功績が無かったが、直江の奴たまにはやるな」 と、星屑。 会議室の面々は沸き立った。此処に居る誰にとってもセールの話は吉報だった。思ったより早くスカグルの野望を阻止出来るかもしれないと、そう誰もが思った。 「いや、皆さんまだ油断は禁物ですよ」 そう言って警戒を促すのはWあである。 「そうだ、まだ恐らく数人奴らは生き残ってる。メンバーの大半が死んだことで活動が更に活発になるかもしれないぞ」 Wあに続いて赤牡丹が初めて会議で口を開いた。 「Wあや隠密の言う通り、奴らは活動を活発化させる可能性がある。それに水素からの伝言でな、水素含むT市組は帝都に帰って来れないそうだ」 「あ?あいつら帰って来ねえの?じゃあ残りは俺らだけで何とかしなきゃなんねえのか」 セールからの報せで小銭が少しがっかりする。そう美味い話は世の中には無い。 「T市では最近怪人が度々襲撃をかけてくるから見捨てられないのと、ターゲットを帝都に集中させるのはリスクが高いからだそうだ」 「まあ、一理ありますね」 Wあは腕組みしながら頷く。 「で、水素が寄越してきた使者が持ってきた地図だ。直江と北条の話を元に作成したらしい」 セールは筋肉即売会に持って来させていた3m四方の大きな地図をテーブルに広げる。 「あいつらの話によれば此処が奴らのアジトらしい」 赤い丸で囲まれた場所を指差す。李信と北条がスカグルと交戦したアジトの位置である。 「よし、それが分かったならこっちのもんだ!殴り込みに行こうぜ!」 小銭が調子良く声を上げるが… 「あの2人によってアジトは破壊されたらしい。それに一度場所がバレたアジトをそのまま使い続けるとは考えにくい」 「じゃあ結局奴らの居場所は分かんねえのかよ…」 「いや、これにより奴らが大体どんな場所に巣食っているかが分かった。そこで、本題は此処からだ。 奴らのアジトを暴く為の調査隊を編成する」 「おいちょっと待て。帝都の守り薄くしてどうすんだよ」 星屑がセールに噛み付く。あくまで比喩的表現でだが。 「やられる前にやる。さっき活動が活発化する可能性があると言ったが奴らも体勢を立て直すために多少時間をかけるだろう。その隙を突いて機先を制するのだ。既に人選は決めてある。 …マロン、赤牡丹、Wあ、オルトロス!お前らフォーマンセルでこの地図を頼りに奴らのアジトを暴き出せ!」 この人選には無論理由があった。それは… 「凪鞘のエネルギー源対象では無い俺達なら動きやすいし向こうからの警戒も弱いってことか」 「察しがいいなオルトロス。急で悪いが明日出発してもらう。その他の者には引き続き帝都の守りに当たってもらう。会議は以上だ」 Wあ、赤牡丹、マロンも何か含むところもあるが一先ず了承した。会議はお開きとなり、セールは筋肉即売会と共に退室していった。 「エイジス、此処で何してるの?」 俺はエイジス・リブレッシャーこと氷河期。帝国最強の騎士…と言えるかは分からない。俺は現世で通り魔にホームから突き落とされこの異世界に来た。それから精霊術を『爺さん』から教わり、この名に相応しい氷属性魔法をマスターした。 しかし悲しいかな、後からやって来た死神代行とか、写輪眼を持つ忍とか、どんな敵でもワンパンで倒すヒーローとか、スタンド使いとか、北斗神拳伝承者とか…とにかくチートじみた能力を持った連中が次から次へとこの異世界に転生してきた。 俺が最初持っていたのは鉄血転化という身体強化術だけだったのに対し、彼らは最初から強力な能力を持っていた。 俺は必死にこの異世界で修行したり、激闘を潜り抜けて此処まで強くなった。やっとみんなに追いついた…筈だった。 その自信は、今さっき儚くも砕かれた。セールさんによればさっき取り上げた死神代行やワンパンヒーロー、忍者共がスカグルの大半を抹殺したらしい。俺がギリギリの死闘を演じた奴らを相手に、彼らはあっさり勝って戦果を挙げていた。 俺は悔しい。自分の無力さを今、痛感している。 「ねえ、エイジスってば!」 「お、おう…!お前か。どうした?」 「どうしたって聞きたいのはこっちよ!さっきからエイジス、ボーッとしてて!」 「ああ、悪い悪い。さて帰ろうか」 どうやら道端でずっと立ち尽くしていたらしい。俺の帰りが遅いのを心配した金髪ショートヘアの美少女が迎えに来てくれていた。ずっと物思いにふけっていた俺が気付くまでずっと声をかけてくれていた。 「皇帝陛下からのお話って何だったの?」 「ああ…帰ってから話すよ」 「元気無いわね。やっぱり何かあったんでしょ」 「…済まんな。心配かけて」 俺が落ち込んでいるのはお見通しらしい。そういやこいつとも随分長い付き合いになるからな。 俺はこんな調子で重い足取りで帰った。 俺は帰宅した。此処は喫茶店兼自宅だ。アティーク討伐時の武功によりセール皇帝から恩賞として貰った金で20坪程の土地を買い、そこに現代風の割と洒落た喫茶店を建て、それぞれの住む部屋を内包した。何かウサギっぽい丸い生き物も居る。当店のマスコットだ。因みに、喋る。 俺と、美少女4人で住んでいる。まさにハーレムなわけだが今はそんなことで鼻の下を伸ばす気にはなれない。 俺はとりあえず二階の自室に戻ってベッドに寝転がった。 思い返す。 繰り返す。俺はエイジス・リブレッシャーこと氷河期。帝国で何番目に強いのかは分からない。 俺は死神よりも忍者よりも強かった。2人を同時に相手に戦ったこともある。死神が投げた光の槍と忍者が巨人から放った雷の矢を俺の究極魔法で相殺した。 いつからだろうか。2人に追い抜かれたのは。2人とも時間と共に使える技や能力が増えたり、霊圧やらチャクラが増大したらしい。俺は魔力で戦うから霊圧だのチャクラだのを持っている奴らの感覚なんて分からないが。 死神は最近修行してもっと強くなったとか。何故だろうか、彼にはまだ伸び代があったということか。 どっかのヒーローに至ってはそ4人を凌駕する実力だ。そもそもダメージを受けてるところを見たことがない。 俺もみんなに追いつこうと技を磨いた。時間凍結や体の液体化気体化固体化、絶対零度以下の異空間に敵を吸い込む奥義…どれも強力だ。それらを身につけてやっと追いついた…筈だった。 「まだまだ俺は足りない…!もっと強くならなければ…!」 スカグルのメンバーは今まで戦った連中の比では無い。現状に満足していては先は無い。 「エイジス、入るわよ」 2回ノックして入って来たのは俺の元上官のブロンドヘアーの女性。騎士だった人…と、さっきの金髪ショートだ。 「この子から聞いたわよ、何か落ち込んでるらしいじゃない」 「…いえ、大したことじゃありませんよ」 「そんなわけないじゃない。様子が明らかに変よ」 2人から問い詰められた俺は話すことにした。セール皇帝からの話の内容、今の俺の思いを。 「俺はさ、最初は基本的な身体能力強化術しか使えなかったんだ。だから、強くなる為に強力な精霊術や氷属性魔法を習得した。修行や戦いの中でな。 貴方は戦ったことありますよね?李信という男です。彼は特殊な能力や技を使います。魔力では無く、霊圧というエネルギーを有しています。その李信が…」 氷河期は李信の実力や彼が挙げた戦果、北条や水素について、対スカグルの自分や李信、水素、北条の戦績、セールに話された内容などを洗いざらい話した。 「李信…ええ、その名前を聞くと思い出すわね。彼は身分証を持っていなかったから捕縛しようとしたら逆襲してきたわ。その時彼が使ってきたのは…破道とか縛道とか言ってたわね。後は卍解とか月牙天衝とか…後で知ったんだけどあの時彼は異世界からこの世界に来たばかりだった。なのに自分が使う技の名前をスラスラ叫んでたわ。自分で考えたとは考えにくいし……」 女性は李信の名で思い出した。彼に殺されかけたこと、氷河期と激闘を繰り広げていたこと、見たこともない力を使っていたこと。強くて、情が無くて、冷たくて、痛々しくて、とにかくこの女性は李信が嫌いだった。氷河期と李信が和解し仲間になった後も。 「李信や北条、水素は俺と同じで元々はこの世界の人間ではありません。彼らは元の世界で販売されていた漫画やアニメといった創作作品の能力や技を使えます。俺はその彼らに…遅れを取りました。それが悔しくて…」 俺は俯きながら話していた。 「私、思うのよ。エイジスは決して李信や北条には劣ってない。ただエイジスが戦ったスカグルとやらのメンバーと能力の相性が悪かったのよ。だって話を聞いている限り、李信や北条とエイジスの能力は互角だもの。だから、自信を持ちなさい。貴方は強い。 だって、今まで貴方は私達や世界を守ってくれたじゃない。水素も李信も北条も関係無い。私達の中では貴方が最強の騎士よ」 彼女の言葉では少し元気が湧いてきた気がした。やってやるぞ!という気持ちになった。 「そうよ!あんな奴ら、大したことないわよ!北条なんて無様にドナルドとやらにに捕まったし、李信なんてスカグル戦まで大した活躍も伝わってない奴じゃない!ずっと必死に戦って世界を守ってきたのはエイジスよ!」 と、金髪ショート。ありがとう、俺は2人の言葉に救われたよ! 「ちょっと行ってくる!」 俺はそう言って部屋を飛び出そうとドアを勢いよく開けた。 「何処行くのよ!?」 「修行だ!あいつらに負けてられないからな!」 金髪ショートに尋ねられてそう答えた俺はそのまま階段を駆け下りて家を飛び出した。 ジ・オールマイティにも神威にもマジ殴りにも負けない能力や技を開発してやる! 李信。 死神と一口に説明していたが奴は虚(ホロウ)や滅却師(クインシー)、完現術者(フルブリンガー)、バウント等々のサラブレッドらしい。崩玉を胸に嵌め込んで融合してるし、超速再生も出来る。 早い話が、チート野郎だ。俺が血の滲むような努力や過酷な戦いで手に入れた強力な技や能力と同じくらいの力を奴はこの異世界に来た時から有していた。 好きに未来を改変したり見たり受けたりした相手の能力を無効化するジ・オールマイティ、触れてきた相手や攻撃を消し去ったり斬った相手を消し飛ばす残火の太刀、受けたダメージを相手に移すザ・バランス、相手の五感を操る鏡花水月、見えない空気の刃を任意の場所に創り出す雨露柘榴、創造を現実にするザ・ヴィジョナリー、それに強力な鬼道や虚閃、完全虚化、超高速移動の響転や瞬歩……ふざけてんのか? 彼は生前ポケガイで古い付き合いの仲間だが正直こういうところが非常に気に食わない。努力せずに自堕落に生きてきた人間らしい。 北条。 永遠の万華鏡写輪眼と輪廻写輪眼を持つ忍。 瞬身の術や雷遁チャクラ、九尾や避雷針による超高速移動、相手の動きを見切る両眼二つの写輪眼、引力と斥力を操る天道、特殊攻撃を無効化する餓鬼道、視点から相手を燃やし尽くす天照、それを操る加具土命、目が合ったらジ・エンドの月読、無敵化と完全封印一体の神威、それにイザナギも…その他この世界で見せてないだけでまだまだあるだろう、チートな術や能力が。 2人の実力は…恐らく互角か?いや、北条の方が強いのかもしれない。彼らは互いに対立勢力に所属し戦って、勝ったのは北条だった。いや、だがスカグル相手の戦果は李信が上だ。この2人に、俺は追いつきたい。実力で。 ならば、どんな技を編み出すべきか。高速移動?俺も出来る。俺はフェンリルのあだ名を持つ。速度は負けてない。 勢いで出てきた。啖呵を切って。 修行やら鍛錬やらの前に、どんな技や能力を開発するかを考えなければならなかった。 …因みに水素だが、彼には全く勝てる気がしない。奴だけは別格だ。あれは人間とか、能力者の範囲に居る奴じゃない。 アティークの技を思い出した。あいつな念じた対象を燃やし尽くせる技を持っている。俺も念じた対象を凍らせて更に氷ごと粉微塵に出来る技を身につけよう! しかし習得する方法が思いつかない。こうなったら… 「セールさん居ます?」 俺はポケガイ城の執務室の前に来てセールさんを呼んだ。 「入れ」 「で、何か用か?」 許可が出たのでドアを開けて入室すると、足組をしてリラックスしているセールさんに早速用件を尋ねらた。 「アティークってこの城の地下に収容されてたよな?」 「ああ」 「会わせてくれ。会って聞きたいことがある」 「何でまた…アティークに…。何を聞こうというんだ?」 「新技を開発しようと思ってな、奴からヒントが欲しい」 「…まあそのくらいなら。だが奴がヒントを寄越すとは思わないがな」 分かってるさ、そんなこと。それについて無策のまま尋ねたりしない。会えるだけでいい。俺に考えがある。 セールさんに命じられた刑務官2人の案内で俺は城の地下にある重犯罪者を収容する牢獄がある『無間』という層に辿り着いた。 「面会は1日10分までと定められています。氷河期様、くれぐれもお忘れなく」 「では」 2人の刑務官は無間の外の階段エリアで待機することになっていた。 「アティーク、久しぶりだな。俺が誰だが分かるか?」 アティークはグリーン王国の大将軍だった。グリーン王国の軍を束ねる総帥的な立場である。しかし後から王国に入ってきた大将軍・セールに総帥の座を奪われ不満を抱きグリーン王国に叛旗を翻し一夜にしてクーデターを決行し滅ぼした。更にゾロアスター教を奨励し世界を宗教の力で掌握しようと各地に侵攻したが、牡丹王国での決戦で敗れた。その結果今はこのポケガイ城の地下牢獄最下層の『無間』に収監されている。 牢の中で拘束椅子に手脚を拘束され、眼にも黒い目隠しの拘束具がかけられている。これが世界を震撼させた帝国を築いた男の成れの果てであると、氷河期は敵ながら世の無常に複雑な思いを抱いた。少しだが。 「その声はエイジス…氷河期だな。お前が俺に会いに来るとは珍しい。用件は何だ?」 「新しい技を開発したい。お前は念じた対象を燃やし尽くせる技を持っている。それをどう発動してるのか教えて欲しい」 「ふうむ…そうか。だが断る」 収監されてからずっと声を発していないにも関わらず、その声には吃りなどは一切無い。氷河期の頼みをアティークは割とあっさり断った。 「お前にそんなことを教えても俺には何のメリットも無い。ましてや俺達は敵同士。牡丹城の戦いで殺し合った関係にある。そんな相手に聞きに来るとは実に愚かだな、エイジス・リブレッシャー」 アティークは敢えて氷河期をエイジス・リブレッシャーの名で呼び、浅慮だと詰る。それもそうだ、アティークからすれば何のメリットも無いし、敵に塩を送るような真似をする意味が無い。特に直接殺し合いを演じた内の1人なのだから尚更だ。 「ま、そう言うと思ってたよ。別に言葉で聞き出せなくても他に方法はある」 氷河期の瞳が赤くなり、頭髪も赤に染まる。氷河期の絶対魔眼が発動したのだ。 「成る程、ね。お前の記憶と体内を巡る魔力を覗かせてもらった。おかげで技の参考になりそうだ」 氷河期は此処最近、帝都で鍛錬した結果、絶対魔眼で対象の記憶や体内を巡る魔力の流れを覗けるようになっていた。索敵や相手の動き、弱点を見切る力に加えて得た力。まるで写輪眼である(通常の写輪眼よりは高性能)。また、遠視能力も開花していた。 氷河期は絶対魔眼を解除し元の姿に戻る。と言ってもアティークからは見えないのだが。 「また力をつけたか忌々しい奴め。お前の声を聞くと不快になる。さっさと消えろ」 「ああ、多分これが今生の別れだよ。出来れば来世でも会いたくないね」 アティークの言葉に対し皮肉を混じえて返した氷河期は、ドアを開けて無間から去っていった。 「しかし実に滑稽だな。俺よりも弱い奴らが必死になっていると思うと、な。フフフフフ…ハハハハハハハ!」 「囚人番号072番!面会以外での発声は禁止だ!」 「次に規則を破れば口にも拘束具をつける!」 アティークの高笑いを聴いた刑務官が駆けつけ、アティークに厳しく注意した。 アティークの体の魔力の流れ、記憶を見た俺が見つけた答えは『脳』。 当たり前だが、人間は脳で何かを思い、考え、念じる。脳に膨大な魔力を送り込み、更に脳から全身、体外の任意の場所へ……それがアティークの技『燃焼』の答えだった。アティークはそれを瞬時にやってのけていた。流石は神使いというところだろうか。 アティークとの面会が終わり城から出た俺は、帝都にある大きな広場に来ていた。無論、アティークから得た情報をもとに新技を開発、会得する為だ。 「お、氷河期じゃん」 また会ったな小銭十魔。お前が広場に何の用だ? 「小銭か。お前こんなところで何してるんだ?」 「俺はニヤニヤ生放送でKの嵐を配信しようと思ってな。そうだ!お前も手伝ってくれよ!」 こいつ、ノートパソコンを持っている。成る程、またあの痛い配信シリーズをやる気か。懲りない馬鹿だな。 小銭はノートパソコンを開いて木製の台の上に置き、ニヤニヤ生放送を始める。つか、俺も無断で映されている。おい、てめえ。 「チィーッス小銭十魔でーす!今日もKの嵐配信しようと思いまーす!今回は何と協力者が居ます!氷河期さん、どうぞ!」 何で俺が協力することになってんの?まだ返事してないんだが?まあいいやたまには遊んでやろう。 「どうも氷河期です。勝手に協力者にされました。まだ何をするのか分かりません」 「えー、今日やろうと思ってるのはァ…氷河期と俺のバトル配信でーす!」 は?今こいつ何て言った?バトル?この前ゴーストタウンの公園でやったよな?またやるの? 「というわけで氷河期、お前そこに立て。俺は…ここら辺でいいか」 「いやいやいやいや…待て待て待て待て!」 小銭は歩いて俺と距離を取り対峙する。あのさあ… 「何でバトルなの?」 「俺らのバトルなんて一般人はそう見れるもんじゃない。俺らはかっこいいとこ見せられるし再生数やコメントも稼げるし、良くね?」 そうだ、こいつを使って実戦しながら修行しよう!こんな馬鹿にも使い道はあるんだな! 【♪イメージBGM♪】24 Tragedy and fate (アニメ「Fate/Zero」より) 「クラスカード『アーチャー』!」 小銭はアーチャーのクラスカードをポケットから取り出して発動、黄金に輝く鎧を身につけたギルガメッシュの姿になる。 「行くぞ騎士団長!魔力の貯蔵は十分か!」 おい、小銭。それはアーチャー違いだ。それギルガメッシュじゃなくてエミヤのセリフだ。お前ギルガメッシュだからエミヤにやられる役だ。 「冷殺剣」 俺は氷属性のモンスターから剥ぎ取った素材で強化した剣に冷気を纏わせて更に強化する。 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」 小銭の宝物庫が異空間の様に開かれ、その異空間から次々に大量の宝剣や宝槍が射出されていく。 「絶対魔眼!」 見える。見えるぞ。射出されてくる剣や槍の軌道が。これなら簡単に回避出来る! 俺は次々と飛んでくる剣や槍を冷殺剣で叩き落としたり回避しながら小銭に接近する。 「冷血刃」 白刃を小銭に振り下ろす。が、小銭は乖離剣エアを取り出して俺の剣を受け止める。 「天の鎖(エルキドゥ)」 小銭の宝物庫から鎖が四方から俺の手足へと伸びてくる。成る程、俺の身動きを封じる気か。 「エイジストラッシュ」 冷殺剣による目にも止まらぬ高速連続斬撃。モンスターの素材により強化された冷殺剣は鎖すら斬り裂く。 「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」 小銭も負けていない。乖離剣エアから繰り出される次元断層に俺は呑み込まれていく。 だが、甘い。俺は体を冷気化させることでエヌマ・エリシュを無傷でやり過ごした。 「そのクラスカードじゃ俺には勝てないぞ。小銭十魔!」 俺は冷殺剣から冷気の斬撃を繰り出す。 「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」 小銭のエヌマ・エリシュ。流石に最強宝具から放たれる一撃に俺の通常技が勝てるわけがなく、冷殺斬はエヌマ・エリシュにかき消される。俺はジャンプして小銭の一撃を回避すると、冷殺剣を再び振るう。 「強化された冷殺剣の技、受けてみるがいい…!」 冷殺剣を振るうと、見渡す限りの世界の空間が凍結される。無論、俺を除いて。小銭も空間と共に効率化されて身動きが取れなくなった。 「今なら試すチャンスだな」 脳に、魔力を送り込み、更にそれを体外に……!魔力コントロール…制御…思念…! しかし念じて凍るのではなく、何やら霧が辺りを包み込んだ。小銭を覆う氷は更に分厚くなる。 そして小銭の体は俺が念じてから1秒足らずで氷ごとバラバラに破壊された。本来なら凍らせてから氷ごと破壊する技だが、既に空間凍結により凍っていたのでそのまま破壊された。 「上手くいったぞ…!こんなに早く習得出来るとはな……!」 戦いは終わ…らない。何故なら小銭は『全て遠き理想郷(アヴァロン)』という宝具の能力により不死だからだ。バラバラになった小銭の体が再生されていく。 そしてこの冷殺剣による空間凍結も1分が限界だ。普通の奴なら空間凍結だけで死ぬんだが…相手はあの小銭十魔だ。 「ギルガメッシュじゃ駄目みたいだな。クラスカード『ランサー』!」 クー・フーリンの姿になった小銭は赤い呪いの槍『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』を振るって接近戦を仕掛けてくる。無駄だ、俺には絶対魔眼がある。 小銭が素早く連続で、槍による突きや払いを繰り出してくるが俺は冷殺剣で巧みに捌いていく。絶対魔眼で小銭の動きを全て見切れるのだ。 「冷却砲!」 小銭の突きを右に体を逸らして回避、至近距離で左手の掌から冷気のビームを放つ。 「ケッ!」 小銭の槍が冷却砲を突き破って俺の心臓目掛けて伸びてくる。俺はそれすら避ける。 「ならばその身で受けるか!我が呪いの槍を!」 小銭が高く跳躍して槍を投げる姿勢に入る。 「穿つは心臓 謳うは必中!!『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』!!」 小銭が右手から朱槍を投擲した。心臓に命中するという結果を先に作り出し、投擲するという原因を行う因果逆転の呪いの槍だ。 小銭が投擲した槍が俺の心臓目掛けて直線的な軌跡を描いて飛んで来る。 「うおおおおおおおおお!!」 俺は冷殺剣を振るい刃の部分を飛んで来た槍の穂先に当てて激突する。この魔眼があるからこそ為せる技だ。 数秒程の剣と槍との衝突、そしてその後に俺は槍を叩き落とした。 「行くぞ、小銭…十魔…!」 俺は大きく前へ跳躍し、冷殺剣を小銭に振るう。お互い不死(氷河期は厳密には違うが)だから決着はつかない。それでも俺は証明したい。俺が小銭より強いということ。李信よりも、北条よりも、星屑よりも、セールよりも強いということ。水素?あ、無理。万物死する氷の世界(デッド・オブ・エイジス)ならば小銭でも葬れる。だがあれは魔力消費が激し過ぎて使えば数日は魔力を使用出来なくなる。 『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!』 アーチャーのクラスカードを発動しエミヤの姿になった小銭が宝具の真名を解放し7枚の光の盾が花弁のように展開する。 「くっ…!硬い!」 やはり冷殺剣での通常攻撃ではいくら素材で強化しているとは言え、この伝説の盾にはヒビ一つ入れることさえ叶わない。流石はギリシャ神話のトロイア戦争でアイアスが使用した盾に起源を持つ宝具だ。一枚一枚が古の城壁と同等の防御力を持ち、英雄ヘクトールの投擲を唯一防いだという逸話から投擲に対しては無敵とされる。 だがこれは投擲ではなく斬撃だ。だがやはり駄目なようだ。 『フェンリル』 強化形態フェンリル。俺は狼の姿になり前脚二本で冷殺剣を持ってアイアスに斬りつけまくる。アイアスは遂に一枚破壊された。 「冷撃砲!」 口から咆哮による音圧と混ぜた冷気の極太ビームを放出、アイアスは一気に全て破壊された。だが小銭は『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』でビームを斬り裂いた。エミヤによる投影『トレースオン』だ。 「トロイア戦争で大英雄ヘクトールの投擲を防いだアイアスでさえもたないのか…」 アイアスの防御力には自信があったらしい。 「偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)」 小銭が黒羊弓を固有結界から取り出し、更にドリルのように捩じれた刀身を持った剣を取り出して矢へと変えてつがえる。そう、俺に狙いを定めて。 その真名を解放してやることで、螺旋剣は空間をも貫く無敵の徹甲弾と化す強力な宝具だ。 「はぁっ!」 小銭が黒羊弓からカラドボルグⅡを放つ。ほぼ一直線に軌跡を描いて俺目掛けて飛んでくる。 「冷凍の矢(フリージングアロー)!」 俺は瞬時に空気を凍りつかせて氷の矢を無数に創り出して射出する。そしてカラドボルグⅡと冷凍の矢はぶつかり合った。 結果はカラドボルグⅡの勝ちだった。冷凍の矢は空間ごと捩じ切られる。俺は飛んで来たカラドボルグⅡの直撃を浴びてしまう。 「氷河期よぉ、確かにお前も強いけど俺も負けてねえんだぜ」 勝ち誇った小銭の声。だが甘いな。この程度の攻撃で俺が本当に負けるとでも? 「やっぱり再生しやがったか」 俺は一度冷気化し、人間体として再生復活を果たした。 「お前のその能力、チート過ぎんだろ!トレースオン!」 小銭が干将・莫耶の二つの短刀を固有結界から取り出して構える。面白い、俺も接近戦で相手してやろう。俺は腰の鞘から二つの短剣を振り抜いて構える。 小銭も俺も互い目掛けて突進するように跳ぶ。そして剣と剣がぶつかり合う金属音が響く。 互いの武術をかけた勝負になる。互いに体をしなやかに動かし、剣を振るい合う。数えきれない程の金属音。互いのク・「・蘚・觀譟・br> 魔眼のある俺が少し押しているが小銭も強い。流石は武に長けた英霊の力だ。しかし俺の剣が小銭の干将・莫耶を破壊した。 「もらったァ!」 俺が突き出した短剣が小銭の心臓を捉えた時である。 「お前ら、その辺にしとけよ」 気がついたら俺は小銭と10m程距離を取っていた。さっきまで至近距離で打ち合いをしてたのに。 さっき声が聞こえた方向を見ると星屑が立っていた。ということは、今のはこいつのスタンドか。 「あ…ありのまま 今起こった事を話すぜ!俺は小銭の心臓目掛けて短剣を突き出したと思ったら小銭と引き離されていた! な…何を言っているのかわからねーと思うが 俺も何をされたのかわからなかった… 頭がどうにかなりそうだった… 催眠術だとか超スピードだとか 、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」 こいつの俺は実はこいつのスタンドや戦闘能力を間近で見たことは殆ど無い。記憶の限りではあの黒影戦だけだ。 「今のは俺のスタンド『ザ・ワールド』だ。時間を一度につき数秒に渡り停止させその中を自分だけが動ける。熱が入ってるところ悪いが止めさせてもらったぜ」 星屑の横には人型の霊みたいなものが居る。これがスタンドってやつだな。黒影戦でも見たが。 「お、星屑じゃん!お前もKの嵐に協力してくれんの?後さっきは助かったぜ!」 心臓を貫かれそうになった小銭からすれば助かったんだろう、当然だ。 「お前らとりあえずバトルはやめろ。お前らのバトルは街中を巻き込みかねないぞ。それに目立ち過ぎだ、こんな時期なのに」 ……星屑、お前の言うことは確かにそうだ。 「俺はもういいや。これで来場者数もコメントもかなり増えただろうしな」 小銭は星屑の言うことを素直に聞いて矛を収めた。そしてスタスタとノートパソコンのある木製台のある場所へ戻っていくと…… 「おい氷河期!凄いぜ!来場者数100万人!コメント200万以上だ!」 「え?マジ?それも◯う先生並みじゃねえか!」 俺は小銭の方へ駆け寄り、モニターを見せてもらった。やべえマジだったわ。 事件は夜に起きた。 ポケガイ城地下牢獄最下層『無間』 背中の5枚の光の剣を一つに束ねてマントとし、1枚を取り出し右手に持ったドナルドがホワイトホールを使いワープし潜入していた。これにより厳重に警備されている道をスルー出来たのだ。 「止まれ!何者だ!」 「此処は許可を得た者、関係者以外立ち入り禁止だ!」 夜勤の番の刑務官2人が剣を抜いてドナルドの前に立ち塞がる。 「邪魔だ、消え失せろ」 ドナルドはホワイトホールを前方に展開、2人の刑務官は吸い込まれていった。 「囚人番号072番は居るか」 獄に繋がれているアティークの囚人番号を呼ぶ。厳重の警備をワープでク_砲だ・辰謄螢好箸鯑・蠅靴討い拭・br> 「何の用だ。それに何者だ?」 返事はすぐに返ってきた。暗闇の無間の中でドナルドの光剣が輝き懐中電灯代わりになり、牢の中で拘束椅子に拘束されているアティークを照らしだす。 「俺はスカグルのリーダー・ドナルド。アティーク、貴様を迎えに来た」 「スカグルだと?」 アティークは牢に繋がれて以来、当然だが外の世界を見ていない為に世界情勢や社会のことは把握していない。スカグルの名前を出されても分かる筈が無い。 「俺は超越神凪鞘を復活させて凪鞘の力で世界を滅ぼし再び創り変える。新世界にて王となる為に。スカグルはその為の組織だ。 お前の火の神の力、取り戻させてやる。お前にも新たな力を見せてやる」 「俺は此処から出られて自由になれればいい。力か…アフラ・マズダーは俺の中にまだある。だが俺の言うことを聞かなくてな」 「アフラ・マズダーが再びお前に従うようにしてやる。さあ、此処を出てお前はスカグルの一員となるのだ」 ドナルドは牢を光剣で切り裂き、拘束具を破壊した。 「察するに、水素達に組織のメンバーを殺されて人手不足だから俺が欲しいんだな?いいだろう、もう一度この力を使って今度こそ世界を掌握してやる」 立ち上がり牢から出たアティークがドナルドの図星を突く。 「行くぞ」 ドナルドが展開したワープホールでドナルドとアティークはその場から消えていった。 アティーク、脱獄失踪。 その報はすぐに久しぶりに自宅に戻り眠っていたセールにもたらされた。 「セール、大変だ!」 この1000坪はあるであろう広大な敷地と屋敷セール宅に血相変えて駆けてきたのはセールの側近・筋肉即売会である。彼は時間帯も憚らずに大声で、ドンドンドンドンとドアを叩きながらセールを呼ぶ。 「…喧しいぞ。こんな時間に何の用だ」 「アティークが失踪した!」 3分程してセールが不機嫌な顔でドアを開けて出てくる。筋肉即売会は前置きもなく伝えた。 「何だと?」 寝起きのセールの眠気を一発で覚ます程の威力だった。セールの顔が不機嫌から驚きへと変わる。 「すぐに支度するからそこで待ってろ!」 セールは寝巻き用のジャージ姿から着替えて普段の服装になり3分程で出てきた。 「とりあえず城に行くぞ筋肉即売会!」 セールが有無を言わさず走り出す。筋肉即売会も状況を理解しているので急いでセールを追う。 「既に捜索隊を帝都の半径20km以内までに出している!帝都の警備も更に増やした!」 「よくやった筋肉即売会!だが、恐らく捜索は徒労に終わる」 「何故だ」 「アティークの脱獄を幇助したのは恐らくドナルドだ。北条の蛙や星屑からの報告で奴がワープすることは分かっている」 「チッ…!してやられたか!奴が仮に外で力を取り戻しでもしたら…」 セールと筋肉即売会は走り続けて城へと辿り着いた。 「皇帝陛下!」 狼狽している兵達がセールの姿を見て駆け寄ってくる。 「話は筋肉即売会から聞いた!領内全てに非常事態発生警報を出す!急げ!」 アティークとドナルドにより領内の人間に危害が及ぶかもしれないと考えたセールの対応は早かった。 少し前。 氷河期宅にもアティーク失踪の報はもたらされる。氷河期宅にはインターホンがついている。いや、セール宅にもあるのだが筋肉即売会は少々気が動転していてインターホンさえ目に入らなかった。 ピンポーンと家中に響くインターホンが鳴る音。時刻は既に深夜0時。皆寝静まっている頃の筈。 それでも小銭十魔はインターホンを何度も押す。今は相手が寝ていることや常識などを考えている場合ではない。小銭はそう思っていたからである。 小銭もつい先刻に自宅で寝ていたところを兵の1人に訪ねられてアティーク失踪を聞いたばかりである。 「…どちら様でしょう?」 ドアを開けたのは銀髪ロングの美少女だった。外見年齢はまだ現世で言えば中学生くらいに見えた。寝間着姿である。寝ていたところをインターホンで起こされたのだろう。眠い目を擦っている。 「俺は小銭十魔だ。氷河期は居るか?」 「エイジスさんならもう眠っているかと…」 「緊急事態だ。起こして来てくれ」 「どういったご用件で…」 「いいから早く!」 夜中に急に押し掛けてきて命令するとは何て奴だと内心思いながらも、小銭が切羽詰まった表情なので何かあったんだろうと何となく察した銀髪美少女は「少々お待ち下さい」と言って急いで氷河期を呼びに行った。 暫く待つと氷河期が出てくる。完全に寝間着のジャージ姿だ。 「おい小銭。何時だと思ってんだ?流石にキレるぞ?」 ぐっすり眠っていたらしい。氷河期はかなり不機嫌だった。小銭を睨みつけている。 「悪いな。だが緊急事態なもんでな。アティークが脱走しやがった」 「何…だと…?」 「詳しくは後だ。早く着替えて来い!」 「すぐ着替えるからちょっと待ってろ!」 氷河期は急いで2階の自室に駆け戻ると、4分くらいで着替えて出てくる。 「行くぞ!」 「お、お前らもかよ!」 走り出そうとするとする小銭に声をかけて来たのは星屑である。 「ってことは星屑、お前も知ってるんだな?」 小銭が星屑に尋ねる。 「ああ。やっと苦労して封印して牢屋にぶち込んだアティークに逃げられたらしいじゃねえか!とにかく城に行くぜ!セールからも何か話がある筈だ!」 「そうだな。水素も直江も北条も、オルトロス達も居ない今俺達でこの都を守るしかないからな!」 氷河期は忘れ物が無いかと自らの体の周りを手で探って確認し頷く。 星屑、小銭、氷河期の3人は走ってポケガイ城を目指した。 「お前ら、揃って来たな」 ポケガイ城の執務室で待っていたのはセールではなく筋肉即売会だった。彼は腕組みをして3人の顔を真顔で見つめ始める。 「筋肉即売会かよ!セールはどうした!」 セールの姿が無いことについて小銭が筋肉即売会に問い質す。 「皇帝陛下なら自宅で休まれている。後で俺が呼びに行く。お前らには皇帝陛下の代理として俺から指令を出す。各自その通りに動け。いいな?」 筋肉即売会の重みと何処か厳しさがある言葉が3人にズシリと響く。3人は揃って首肯する。 「氷河期、お前はお前直属の騎士団の内5000人を率いて捜索隊として率いて帝都周辺の探索にあたれ」 「承知」 氷河期は一礼して短く返事をするとすぐに執務室から去っていった。 「星屑、お前は兵5000を率いて帝都内を隈無く探せ。まだ帝都内にアティークや不穏分子が隠れてるかもしれん」 「やれやれだぜ」 星屑はそう言って氷河期同様早々に退室する。 「筋肉、俺は?」 「小銭は兵5000を率いて帝都内の警備だ。特に帝都の内外を繋ぐ門は厳重にな」 「分かった」 小銭も自らの役割を理解して早々に立ち去る。 「さて、俺は俺でやらねばならんことがある。まずはセールを呼びに行かねば」 結局、ポケガイ帝国は全力を挙げて捜索したがアティークの手掛かりを掴むことは出来なかった。世界を震撼させたペルシャ帝国のアティークが脱獄した事実は世界中に知らされることになり、世界中が大混乱に陥った。 「夜が明けても見つからなかったな…」 筋肉即売会が溜息をついてから険しい表情でセールに声をかける。 「氷河期も星屑もよく捜してくれたが…1万の軍を捜索に投入しても手掛かりが無いということは捜索を始める前から既に遠くに逃げたってことだ。つまり…」 「つまり?」 セールが一旦溜めるので筋肉即売会も相槌を打つ。 「ドナルドのワープ能力。それが星屑から得ているドナルドの情報だ」 「ドナルドがワープで無間に潜入してアティークの脱獄を幇助、アティークを伴いワープで逃げたと」 「無間の最奥部の警備をしていた刑務官2名が行方不明になっている。ドナルドのホワイトホールで消されたんだろう」 セールの推測は見事的中していた。全てはスカグルのリーダー・ドナルドの仕業だった。 「T市の水素達にも念の為…」 「ああ。使いを出して知らせておいた方がいいな。筋肉即売会、すぐに使者を派遣してくれ」 「承知した。では後ほど」 「ああ」 筋肉即売会はセールとのやり取りを終えて執務室を去った。 慌ただしい夜が明けた。 セールからスカグルアジトの捜索を命じられた調査隊…すなわちオルトロス、赤牡丹、マロン、Wあの4人の旅立ちの朝が訪れた。 4人は帝都の港に集まっていた。これから船に乗り込んで出港し、海路での旅が始まるのである。 「出発前に言っておきたいことがあります」 Wあが他の3人の前に出て向き直る。 「俺達のこの旅には世界の命運がかかっています。決して物見遊山の旅ではありません。それを肝に銘じて、それから全員揃ってまたこの帝都に帰りましょう」 Wあの目は澄んでいた。透き通るような声を発した。 「ああ、当然だ」 オルトロスがやる気無さそうに頷く。 「行こうぜ、そろそろ出港の時間だ」 「そうだな」 赤牡丹が港にかけられた船の高架を歩き出す。マロンも続き、オルトロス、Wあも船に乗り込んだ。中型船である。大きさにして500石積みの安宅船だ。 「出港だ!」 マロンの一声と共に白地の帆が掲げられて船が出港する。日の出に照らされ煌めく海原を掻き分けるように船が進んでいく。 ところで何故、陸ではなく海なのか?セールから内々に行くように指示されているある場所に行くには海路の方が近いからである。 彼らの旅路に一体何が待ち受けているのか?それまだ、誰も知らない。 【♪イメージBGM♪】儀礼 (アニメ「NARUTO疾風伝」より) ポケガイ帝国領外 某所 スカグル新アジト 「知っての通り北条に逃げられた。そして我がスカグルは水素や李信、北条、そしてソラとかいう仮面ライダーに変身する男により8人が倒された。我らは残り4人。大望を果たすには心許ない」 「そこで新たな仲間を2人迎えることにした。まずはアティーク、自己紹介しろ」 スカグルアジトに残る4人が影だけ集まり会議を始めている。因みに眼だけはきちんと映し出されている。ドナルドに促されて2人の影が新たに現れる。 「俺はアティーク。この度スカグルに新規加入することになった。能力は火の神アフラ・マズダーの力を行使すること。…だが今は出来ない。俺は必ず力を取り戻す!そして神の力をもって世界を浄化する!」 アティーク。この世界でその名を知らぬ者は居ない。ついこの間まで世界最大の版図を築いた帝国の皇帝にして、数少ない神使いの1人だからである。その実力は他の神使いとも一線を画している。 「ケッ!だが李信とかいう野郎に封印されてから火の神の力を使えないそうじゃねえか!こんな役に立たない奴は荷物にしかならねえ!おいリーダー、何でこんな奴連れてきた!」 反発の態度を見せたのはかいとである。 「アティークには力を取り戻してもらう。その為の準備は出来ている。 そしてもう1人、仲間が増えた。自己紹介しろ」 ドナルドに言われたもう1人の影が現れる。 「俺はドナルドⅢ世。目的はこの世界に痛みを与えること。管理人により創られしこの世界を壊し、造り替えるのだ。1から…いや0から」 「このドナルドⅢ世は周知の通り現実世界で旧ガイを閉鎖に追い込んだ男だ。俺の旧知でもある。これからはアティークとドナルドⅢ世を加えた6人でスカグルは動く」 他のメンバーは2人を拒みもしないが、歓迎もしなかった。 「ケッ!ホントに役に立つんだか…!」 「口を慎めかいと。要らぬ内輪揉めを起こすな」 「フン…」 ドナルドに諭されたかいとは口を噤む。 「アティークには早速力を取り戻す為の儀式を行ってもらう。他は暫く様子を見る。今は様子を見て鋭気を養う時だ。世界に痛みを!」 ドナルドの影が消え、会議は終了となった。 海の浅瀬に架けられた短い桟橋に腰かけ黄昏ているドナルドⅢ世。何をしているかといえば、そこに生息している鮫の観察だった。澄んだ水面の奥に見えるのは、共食いを行う鮫の稚魚の群れ。 「貴方がドナルドⅢ世さんですか?」 慇懃無礼な口調で後ろから近づいてくるのは同じスカグルの坂崎だった。 「私は坂崎。スカグルの一員にしてガンダムを操るパイロットです。おや?鮫の観察ですか?好きなんですねぇ、鮫」 自己紹介する坂崎に対してドナルドⅢ世は無言である。坂崎に構わず鮫の観察を続ける。 「旧ガイを閉鎖に追い込んだ貴方のことはよく知ってますよぉ。私もベクトルは違いますが二次元党という組織に居ながら三次元の女性に恋した裏切り者ですからねぇ。同胞を裏切るあの感覚は口で言えるもんじゃありませんよねぇ…ドナルドⅢ世さん」 「……よく喋るなお前。俺の事を分かっているつもりだろうが、お前自身はどうなんだ?  霧の中を迷ってここへ来た…。自分で行き場所を決められないごろつき。……違うか?」 坂崎に言われたことが気に食わなかったのか、ドナルドⅢ世は口を開く。話し方は割と淡々としているが。 「いいことを教えてあげましょう…。 …鮫は卵胎生といい、 卵をお腹の中で孵化させてから出産するんですが…、ある鮫は卵から産まれた稚魚の数と、母鮫のお腹から出てくる稚魚の数が違うんです………どうしてだと思います?」 坂崎は続ける。 「共食いですよ…。孵化してすぐ母の子宮内で稚魚同士が食い合うんです。生まれてすぐ仲間内で殺し合いが始まる。…自分以外は全て食うためのエサでしかない……。今日からアナタも私と同じスカグルの仲間です。気をつけて下さい……私には…。」 「お互いにな」 ドナルドは坂崎の、暗に自分には気をつけろという隠されたメッセージを察して対抗するように鋭く言う。 「クク…。まあ…仲良く楽しくやりましょうよ。お互いが最後の相手にならない事を願ってね。」 そう告げる坂崎にドナルドⅢ世は言い返す。 「一度でも仲間を裏切った人間は、ろくな死に方はしないものだ。覚悟はしておけ。」 「クク……。ならアナタも私も…、すでにろくでもない人間って事ですね。」 坂崎は不気味に笑う。 「いや…俺達は魚じゃない。人間だ。どんな奴でも最後になってみるまで、自分がどんな人間かなんてのは分からないものだ………。死に際になって自分が何者だったか気づかされる。死とはそういう事だと思わないか?」 坂崎はドナルドⅢ世を歓迎しているのか。どちらでもいい、ドナルドⅢ世はただ与えられた任務を果たしていくのみであると思っていた。 「光あるところに必ず影がある」 「だが俺は必ず世界を創り変えてみせる。そう、人類や神界を自らの意のままに支配することしか考えていない愚かな神々を滅ぼし新たな世界を創造し俺が凪鞘の力を使い支配する」 「これは他の神々とは違う。破壊と創造の先にあるのは俺が全ての者の幸福を追求する世界となる」 「勝者がいれば必ず敗者が居る。金持ちが居れば必ず貧乏人が居る。イケメンが居れば必ずブサメンが居る。複数内定者が居れば必ず無内定者が居る。強者が居れば必ず弱者が居る」 「そのような世界を、俺は壊す」 「勝者だけの世界、平和だけの世界、愛だけの世界」 「それを創造する為に俺は動く。凪鞘はその力がある」 唯一神ヤハウェを殺したのを皮切りに、天界において神々を殺し回っていた終焉の熾天使ドナルドは1年前、アステカ神話のテスカトリポカに敗れた。テスカトリポカにより天界から地上に追い落とされたドナルドは、自らの手で全ての神を抹殺し世界を掌握することは不可能と感じていた。 人界に追い落とされたドナルドが丘の上から最初に見た光景。それは戦争だった。 「これは……」 木霊する絶叫、慟哭。狂気に支配された血走った眼、武器を振るい殺戮を続ける人間同士。広がる血の川。 矢の雨が降り注ぎ、投石機から発射された巨石が人間を押し潰したり、血にまみれた剣を持ち進んでいる光景。ドナルドは絶句した。 「暫く天界での争いに身を投じていただけで人間はこうも愚かしくなったというのか?これがヤハウェがノアの方舟を創って生き残らせた者共の子孫なのか?」 ノアの方舟に入れられず、洪水により間引かれた多くの人類を目の当たりにしていたドナルド。あの時は人類を救おうとした。それがどうだ。自分が人類の為に戦ってきたというのに人類は殺し合いをしているのだ。 「俺は今まで何をやっていたんだ…」 数千年に渡る神々との戦い。それらは全て無意味だったのか。その解を見つける為にドナルドは1ヶ月ほど世界を旅し見て回った。 「間引かねばならない。愚かな人類を。作らねばならない、新たな世界を」 決意した。そして思考を張り巡らせた。 「その為には俺でさえ出会ったことのない力が必要だ。世界を創造したという古代の超越神・凪鞘をな」 凪鞘。この世界にかつて存在していた世界を創った超越神。この凪鞘を復活させて世界を創り変えるのだ。 天界にある古文書を読んだことがある。いずれ世界には莫大なエネルギーを持つ異世界人が転生してくる。凪鞘の復活にはその者達を贄として捧げる必要があるという未来予知に近い文章を覚えていた。 「これより行動を開始する。凪鞘計画の始まりだ!」 スカグル。名前の由来はスカイプグループの略である。何故スカイプを利用していないメンバーばかりなのにこの名がついたのか?答えは『適当』である。他に良い名前が思いつかなかったんだろう。ならば他にもっと良い名前は無かったのか?『見えざる帝国』とか『暁』とか『ヒーロー協会』とか『アオギリの樹』とか『フレア団』とか『幻影旅団』とか……。 スカグルは元々20人程の組織だった。その目的は「世界を平和に導く為に、対話による和平を結ばせ国家間の戦争を無くすこと」 スカグル誕生の話はそこから始まる……。 ドナルドが転生してくる更に3年前。グリーン王国とNAK帝国の領土に周りを囲まれている小さな国『徐』があった。グリーン王国とNAK帝国の境に位置し、グリナ峠周辺を領土とする、面積にしてヴァチカン市国と同じくらいの小さな小さな国。峠や山脈に囲まれた盆地であり総人口は僅か5万人。この小さな村落同然の国から、スカグルの全てが始まったと言っても過言ではない。 その国には、3人の若者が居た。名を領那、風炎、クロノスという。外見年齢は領那が11歳くらい、風炎が14歳くらい、クロノスが15~16歳くらいだった。 彼らは現実世界からこの異世界に転生してきた『転生者』である。 この小さな国『徐』に転生し、住民達に迎え入れられ住民となった3人。彼らには転生者特有の『異能』があった。 「風炎、クロノス!今度は何して遊ぶ?」 無邪気な笑顔でコインを右手に握り締めながら次は何をして遊ぶかと聞いてくる領那。此処は住宅(と言っても茅葺の屋根の木造建築が主体)に囲まれた広場のような場所。 「じゃあさ、此処じゃ狭いから山に行こうぜ!んで、俺達の能力で狩りをするんだ!」 風炎が腰に帯びている剣に手をかけながら答える。 「村の近所奴らの分も狩猟してやろうぜ!」 3人は徐の領内にある、野生動物が多く生息している山地へと歩き出した。 木がところどころに生い茂る徐領内の山の中… 「よーし見ててー!いくよー!」 コインを右手の親指で上に向かって弾き落ちてきたところをまた指で正面に向かって放つ、領那の得意技『超電磁砲(レールガン)』である。コインは電撃を帯びて獲物であるブルファンゴの胴を貫いた。貫かれたブルファンゴは悲鳴を上げて血の池を広げながら倒れて動かなくなった。 「おお、こりゃ大物だな!やったな領那!」 風炎は領那の頭を撫でて褒めると領那は「このくらい当然よ!」と誇らしげに笑う。 「おい、何か聴こえないか?」 「何がだ?…足音か」 突然クロノスが言い出すので風炎も耳を澄ましてみる。すると大きな足音が近づいてくるのが分かる。 「こりゃ大物だな!行くぞ!」 クロノスが足音が聞こえる方向に一目散に走り出す。 「待てよ!1人じゃ危ないだろ!」 「待ってよクロノス!」 2人の制止も聞かずにクロノスの姿は木々に隠れて見えなくなってしまった。 近づいてきた足音はアオアシラだった。アオアシラはクロノスの姿を見ると雄叫びを上げながらクロノスの方へ突進してくる。 「下位のモンスター如きが俺に勝てると思っているのか?」 クロノスは腰に帯びている鞘から剣を振り抜いて振りかぶる。 「ギガスラッシュ!」 振りかぶった剣をアオアシラの脳天目掛けて振り下ろす。するとアオアシラは悲鳴さえ上げずに真っ二つに斬り裂かれた。 「今日は熊鍋だな」 追いついてきた領那と風炎も今日は「熊の肉を沢山食べられる!」「わーい熊鍋だー!」と喜んでいる。 「もうちょい狩猟したら帰ろうぜ。飯の準備もあるし」 「そうだな、次は何がいいかな」 クロノスと風炎は獲物を探し始める。領那は2人について行く。 3人が獲物を何体か狩って村へ帰る。山の中から村へと続く獣道を歩いて村の入口に出ると、そこには目を覆いたくなるような光景が繰り広げられていた。 この徐は、グリーン王国とNAK帝国の戦争の戦場にされていた。緑色の甲冑を纏った将兵達とNと描かれた旗指物を指した将兵達が数千人規模で血で血を洗う凄惨な殺し合いを繰り広げている。 緑に囲まれた村落は一変して血に染められていた。兵士達が村落の人間にも手を出し、略奪や誘拐、殺戮をした為に壊滅状態となっている。家々には火が放たれ、天をも焦がす勢いで煙が舞い上がっている。 「何だこれ…でも徐は…」 「ああ、徐はグリーン王国とNAK帝国の両方から戦場にしないというお墨付きを貰ってた筈だ」 風炎が言いかけてクロノスが補足する。そう、この徐は両国の国境にある国。しかし戦場にしないという約定をグリーン王国とNAK帝国の間で交わされていた筈だった。 「きっと…約定を破ったのよ。そう、互いが互いの虚を突く為にね」 領那の手にはコインが握られていた。怒りでワナワナと震えている。領那は身体中から電撃を放出してグリーン王国、NAK帝国の兵士達を攻撃する。 「な、何だこれは!ぐわあああああああ!」 電撃を浴びた兵士達はその場で倒れていき、1人も動かなくなる。 「絶対に許さない…!グリーンも!NAKも!」 3人が廃村となった村を馳け廻る。しかし視界に入るのは世話になった村長や村人達の死体、血の池、焼かれた家ばかりだった。 「村…全滅しちゃったわね…」 村落の中心にある村長の家の前で領那が廃人の様に俯いて呟く。 「大事なのはこれからのことだ」 風炎が言う。 「そうだな。依り代がなくなっちゃったからな」 クロノスもこの凄惨な光景を見て落ち込みを隠せない。 「ねえ、どうして戦争なんて起きると思う?」 領那からの2人への質問。子供じみていると言えばそれで終わってしまうが、人間が社会という名のコミュニティを構築して以来、いやむしろそれ以前からの永遠に解決しないテーマとも言える。 「領那、俺達はさっき動物を狩ったろ?何の為に狩った?」 「それは…もちろん生きる為の食糧としてよ」 何を当たり前のことを、という態度でクロノスの質問に答える領那。当然だ。人間は生きる為に他の生き物の命を奪わなければならない。自然破壊を行わなければならない。それが人間として生まれた者全てが背負う業であり、原罪である。 「人間が戦争をする理由も似た様なものさ」 今度は横から風炎が答える。 「似た様なもの?私達が狩りをするのと人間同士が殺し合うのが?」 「そうだ。お前が言った通り、俺達は生きる為に動物を殺した。人間が戦争をするのも同じようなものさ。食糧不足だから近隣の村や国から食糧を奪う。経済的に厳しいから他の国の資源や富を奪う。宗教的な理由なんかもあるが、戦争が起きる理由は大体こんなもんだ」 領那の質問に風炎がところどころ声に強弱をつけて答える。 「じゃあ、人間が存在する限り戦争は無くならないってこと?戦争を無くすことは出来ないってこと?」 「………」 「………」 この領那の質問に風炎もクロノスも答えられなかった。いや、答えなかった。 そうだ。人間が存在する限り戦争は無くならない。現実世界の日本は太平洋戦争が終結して以来、平和主義国家を築き戦争を行うことはなくなった。しかし、海外に目を向ければどうだろうか。中東やアフリカでは未だ戦争や紛争が絶えない。 更に現在では国家を持たないテロ組織とアメリカによる熾烈な戦争が行われている。オバ◯大統領の命令でアメリカ軍がアルカイ◯のリーダーを射殺した数年前の作戦は世界中から反響を呼んだ。 そんなことは分かっている。分かっているからこそ答えられない。ここで真実を答えたら領那はどんな顔をするのだろうか。 「なあ、飯にしないか?悲しいことや辛いことがあっても腹は減る」 「そうだな。俺達は生きなければならない。熊鍋にするから領那は電気で火を起こしてくれないか」 自分達が住んでいた家は偶然無事だった。3人は家に戻り、腹ごしらえをしながら今後について話し合うこてにした。 出汁で溶いた味噌を放り込み、グツグツと音がするとすかさずアオアシラの肉を放り込む。3人で食べるにはアオアシラは大き過ぎる。残りは干し肉にして保存食にしようと話し合いながらそれぞれ野菜や肉をお玉で掬って自分の椀に入れて食べる。 「これからどうするよ?幸い俺達の家は無事だ。このまま此処で……」 「そうはいかないだろうな。此処はどうせまた戦場にされる。今日はグリーン王国もNAK帝国も一般の将兵しか居なかったものの……。ぐり~ん2号やNAK3号は強力な能力者だ。俺達3人では襲われた時心許ない。更に大将軍のアティークとなると…」 風炎が甘い考えを口にするが、すぐにクロノスが遮る。 「ねえ、私達ってこの世界の中でどのくらい強いと思う?」 突然領那が脈絡も無く疑問に思っていることを2人に尋ねる。 「恐らく強い方ではないか?そりゃ神使いのアティークとかには敵わないが。そういやガルーラとガイドを合わせたような名前の国では強力な氷属性の魔法や変化とかを使う強い能力者が出たって最近有名だな」 「多分俺達はそいつと同じくらいの実力だろう。それがどうかしたか?領那」 クロノスと風炎がそう答えた。 「強いんだったらさ、使おうよ。この力。私達の力」 領那が言った言葉の意味を理解しかねた風炎とクロノスは顔を見合わせる。 「平和な世界を作る為に私達の力を使えないかな?」 「!」 「!」 風炎とクロノスは領那に尋ねられてハッとする。 「力で力を抑え込む。私達に力があれば、私達の話を聞かざるを得ない。例え国であろうとも。だから作るの。話し合いで戦争を終わらせて世界を平和にする組織を。 私達が力を示せば、私達は世界各国から無視出来ない存在になる!」 領那の提案により、たった3人による組織が発足した。目的は「世界中の戦争を対話により無くすこと」。 しかし組織名が中々決まらない。3人が先程から案を出し合っているがどれもピンと来ないのである。 「組織名はスカイプグループでどうだ?」 クロノスが新たな案を出す。 「スカイプグループ?」 「何よそれ」 風炎と領那が意味を尋ねる。 「話し合いだからスカイプ。組織だからグループ」 意味は至って単純だった。何の捻りも無い。 「スカイプグループ…略してスカグル…。いいわね、それ!」 領那が目を輝かせる。クロノスは無理矢理自分を納得させようと頭の中で自問自答している。 「決まりだ。俺達は今日からスカグルだ!」 クロノスが満面の笑みを浮かべながら宣言する。かくして、此処にクロノス、風炎、領那の3人から『スカグル』は発足した。 「リーダーはクロノスがいいだろう」 「え?風炎、お前じゃないの!」 風炎が言うには、「組織名を考えたのはクロノスだし、一番外見年齢が高いのもクロノスだから」ということである。 「分かった。引き受けよう。俺がスカグルのリーダー・クロノスだ!」 スカグルの活動が始まった。 翌朝から早速スカグルの活動は始まった。 「まずやらねばならんことはメンバー集めだ。3人だけではまともな活動も出来まい」 クロノスの言葉は最もだった。3人だけでは如何に立派な名前(笑)を付けようと組織として成り立ち活動するのは難しい。 「メンバー集めをする為には力を示さねばならない。力を示せば自ずと強者が集まってくる。だから結局は俺達3人がまず行動するしかないのだ」 風炎の言うことも最もだ。何の実績も無い組織でメンバーを募集しても集まる筈もないのだ。 「だったら行動あるのみよ!噂なんだけど、隣国の呉と越で境にある金山を巡って争っているそうよ!私達が割って入って止めるのよ!」 領那の案にクロノスも風炎も賛成し、3人は馬を駆り3日の距離にある呉と越の境にある金山の麓に到着した。 「うわあ、やってるねえ、戦争」 相変わらず繰り返されている凄惨な血で血を洗う戦争。呉と越。小国同士の資源を巡る戦争は既に始まって一週間程が経過している。 「行くぞ!」 干戈を交える両軍の間に割って入ろうとクロノスが飛び出していく。領那と風炎もそれに続く。 「両軍とも止まれ!」 互いが血走った目で剣や矛を振るい、斬り合い、刺し合いを続けている戦場にクロノスの低い声での一喝が響く。しかし、何の力も示しておらず、知名度も無いクロノスの叫びなど誰が耳を貸そうか。しまいにはクロノスに剣で斬りかかる兵士が現れた。 「アルテマソード!」 クロノスは右手に持つ剣に青い魔力を込めて振り下ろす。その呉軍の兵士の体は脳天から股まで真っ二つに裂けて血飛沫を舞わせながら倒れた。 「ヒッ…何だあいつは…!」 「 戦場に介入し突如自軍の兵士を斬り捨てられた呉軍は浮き足立った。 「縛虎申千人将!あいつらどうします!?」 「相手はたった3人だ!一揉みに揉み潰せ!」 縛虎申と呼ばれた千人将の命令により、呉軍はスカグルの3人目掛けて剣を持って斬りかかる。 「止まれって言ってるのが分からないの?!」 領那が斬りかかってくる呉軍の兵士達に電撃を全身から放出して浴びせる。バタバタと次々に兵士が倒れていくと両軍共に再び動きが止まった。 「縛虎申千人将!これでは…」 「やむを得ん…!全軍止まれ!」 縛虎申千人将の指示により呉軍は戦闘を停止し、兵士達の動きがぴたりと止まった。 「黄離元千人将!此方も…!」 「仕方ない、今は戦闘を停止しろ」 「ハッ!」 千人将の判断により、越軍の動きも止まる。スカグル3人の強さを目で見て無視は出来ないと踏んだのだ。 「俺達はスカグルだ!対話により戦争を集結させる為に結成した組織!お前達の戦闘をやめさせる為に介入した!」 リーダーであるクロノスが自身の名と目的を明かすと、呉越両軍がざわめき出す。こいつは何を言ってるんだ?と。 「話に応じるなら我々も矛を収める!しかし応じないというのであれば実力行使もやむを得ない!」 クロノスは続けて自身達の力を背景とした恫喝にも似た宣言を行う。 「両軍の総大将に出てきて頂こう!」 風炎のこのセリフがもうひと押しとなり、やがて両軍の総大将が前へと現れる。 「私が呉軍総大将の孫武だ。要件を聞こう」 「越軍総大将の伍子胥だ。スカグルとやら、一体どういう了見だ?」 「我々は対話により戦争を無くすべく活動する組織・スカグルだ」 力を見て無視出来ないと考えた両軍の総大将が出向いてきたところで、クロノスは改めて挨拶する。 「スカグル…聞いたことがないな」 「さよう、昨日発足したばかりの組織だからな」 「そんな子供のお遊びに付き合ってられるか!」 「我々の力は先程お見せした筈だが?話に応じないのであれば実力行使に出るしかないな」 「…」 伍子胥が反発するが、先程力を見せられているのでクロノスが少し脅すと黙り込んだ。 「スカグルとやら。我々の一存だけでは戦争をやめることは出来ない。王のお許しを得なければならないのだ」 そこに入ってきたのは孫武だった。孫武の言うことは正しく、全軍を指揮する総大将はあくまで王から指揮を委任された代理人であり、総大将の一存で終戦することは出来ない。 「分かった。我々スカグルは此処で待つ。孫武殿、伍子胥殿。直ちに王へ使者を遣わしてもらいたい。用向きは…分かるな?」 「承知した」 「…やむを得んな」 クロノス及びスカグルの説得により、その後両国の王からの終戦命令が全軍に伝えられて呉越の戦争は集結した。金山資源は両国が半分ずつ分け合うことと決められた。 これが、スカグルが挙げた初の成果である。 ※著者が怠いと感じてきたんでスカグルの過去編はかなり端折るかもしれません。ご了承下さいませ。 僅か3人から始まったスカグルの活動。小国間の争いであるものの、成果を残したスカグルの名は世界中に轟いた。…一瞬だが。 その成果を聞いた近隣の国々の戦士や騎士達が10人ほどスカグルに入団したいと志望して徐領の領那達3人の家に集まってきた(因みに全員ポケガイ民ではない名無しのモブ。名前?考えるの面倒臭い。能力は適当な魔法)。 クロノスは「志がありある程度の能力があるならば歓迎する」と言って志願者全員をスカグルに迎えた。これによりスカグルは3人から一気に20人の組織となった。 彼らはクロノスのカリスマに惹きつけられたのだ。 そして、もう一つのスカグルの課題、それはアジトだった。どの国にも所属しない又は人気の無い場所で隠れることが可能なアジトだった。 「ガルガイド王国領なんてどうだ?」 クロノスが家の中での会議中に提案する。 「何故ガルガイド王国領なんだ?」 クロノスの突然の提案。この世界の地理に疎い風炎にしてみれば疑問が浮かぶのは当然だ。 「ガルガイド王国領の東端ら辺にあるサバラ砂漠という所は、どうやら無人らしい。そこなら誰にも気づかれることなくアジトとして機能するだろう」 「だが砂漠だと水とかが無いだろ。生活出来ない」 風炎が反発する。 「いや、噂によれば水はオアシスがあって湧いてくるらしい。食料は…サバラ砂漠にもリノプロスとか色々出るらしいからいいだろう。よし、サバラ砂漠だ!サバラ砂漠に行くぞ!」 クロノスの強引な決定でスカグル一行はサバラ砂漠へと移ることになった。 「但し20人で大移動になるので勘付かれやすい。何か良い案は無いか」 「はい。俺、30人までならステルスの魔法が使えます!」 「よし、採用!各自明朝までに支度すること!解散!」 新しく入団したモブの申し出により、懸念は消えた。 かくして、スカグル一行20名はサバラ砂漠に到着、オアシスの近くにぽつんと(?)立っている太さ200、長さ30m程の大樹の中身をくり抜き改造した。5層構造のスカグルのアジトが完成したのである。 早速スカグルはこのアジトを拠点に活動を開始、ルイ様帝国やしまっちゃう王国などの小規模な国同士の戦争を力と対話をもって次々と終結させた。 成果に次ぐ成果を重ね、スカグルはついに世界中にその名を轟かせた。 そこに、全世界に激震が走る事件が発生する。超大帝国のランドラ(名前の由来はコードギアスに登場する地名であるペンドラゴンと、セール氏が好きなランボーから)帝国と、ガルガイド王国(名前の由来はガルーラ+ガイド)領へ侵攻する為の準備を進めているというのだ。 「皆聞いてくれ。ランドラ帝国がもうじきガルガイド王国に侵攻を始める。その前に何としても戦争を阻止したい。その為にはランドラ帝国領に乗り込んで侵攻をやめさせるしかない。俺と領那と他10人で行く。風炎と他7人は留守を頼む」 「承知した。必ず生きて帰って来いよ」 「当然だ」 クロノスの決断は早かった。風炎をアジトに残し、自らは領那に伴い夜陰に紛れてランドラ帝国領に密かに進入した。もちろん、警備の目を掻い潜って。 目指すはランドラ帝国の軍の総帥であるセールの屋敷である。 セールを説得し、皇帝・ゲノンに掛け合わせる。そういう計画だった。 ガルガイド王国領とランドラ帝国領の国境から急いで5日。ついに帝都ランドラにあるセール邸に辿り着いた。 屋敷は300坪はあり、豪邸と言っていいだろう。庭には大きな噴水や雨宿り用の屋根もある。そして数多くの花に彩られていた。 「お前らはこのまま屋敷を包囲だ。領那は俺と来い」 「了解しました。ご武運を」 「分かったわ」 クロノスと領那はセール邸の敷地へと裏口から進入を図るが……その時である。 「止まれ!何者だ!」 どうやら警備が居たようだ。それも、たった一人。深夜で真っ暗闇なので良く見えない。が、その人影が近づいていくにつれて姿が見えるようになる。 その男は、額に見覚えのある額当てを巻いていた。 「此処をランドラ帝国大将軍・セール殿の屋敷と知っての狼藉か!」 額当てを頭に巻いている少年が大音声で呼ばわる。服装は白い胴着の様な物に紫色の袴とズボンを融合させたような感じの物を履いていた。腰には紫色の縄が巻きつけられ、刀を一振り差していた。わざわざ大音声で叫ぶのはセール邸を守備している他の兵達にも注意を喚起する為である。 「そのセール大将軍に用があって参った。セール大将軍と話をさせてもらいたい」 クロノスが怖気づくことなく用向きを伝える。 「何処の誰とも知らん奴をセール殿に会わせるわけにはいかんな、それに堂々と正面からでなく忍び込もうとした奴の言うことなど信じられるか」 「我々はスカグル。俺はスカグルのリーダー・クロノス。セール大将軍と…」 「くどい!」 警備の男が手裏剣を腕に巻きつけているリストバンド状の物から出現させて投げつけてくる。 「簡単に2人とも通してくれそうにはないか…」 クロノスは腰の鞘から剣を抜いて手裏剣を弾き返す。 「クロノス、此処は私が引き受ける!クロノスはセールの所へ!」 後ろに居た領那がクロノスの前に出て警備の男と対峙する。 「分かった!絶対死ぬなよ?」 「私を誰だと思ってんのよ!私は学園都市第3位の能力者よ?さあ早く行って!」 領那の言葉に頷いたクロノスは警備の男の横をすり抜けてセール邸の敷地内へと走っていった。 「行っていいと誰が言った?」 警備の男が手裏剣をクロノス目掛けて投げるが領那の放った電撃が手裏剣を弾き落とす。青い閃光が辺りに満ちる。 「妨害していいと誰が言ったかしら?」 「チッ…!」 クロノスの進入を許した警備の男は舌打ちし、領那の方へ向き直る。 「まずお前を始末してからクロノスを改めて始末してやる」 「貴方は私が此処で食い止める!」 領那が全身から放電する構えを取ると、警備の男の右眼が赤く光り、三つの勾玉の様な黒い紋様が浮かび上がる。 「それは…!」 「写輪眼。聞いたことはあるだろう?」 前髪で隠れていたがこの男、左眼も写輪眼である。 「写輪眼ってあのNARUTOに出てくる…」 「その写輪眼だ!俺はこの国の忍・北条!写輪眼の北条だ!」 警備の男は北条と名乗り両手で高速で術の印を結ぶ。 「火遁・豪火球の術!」 チャクラを火に性質変化させて胸骨で一度溜め、口から身長大以上の火球を吐き出す。 「このレベル5の私に勝てるかしら!?」 全身から放電、豪火球を電撃でかき消して北条へと電撃の範囲を広げていく。電撃によりセール邸の敷地の花は黒焦げになって散り、鉄製の門も消しとばされていく。 「千鳥流し!」 北条は全身に千鳥を流して領那の電撃を相殺する。チチチ…と千羽の鳥の地鳴きが聞こえるかのような効果音と共に。 「火だけじゃなくて電気も使えるの!?アンタ…」 レベル5の『超電磁砲(レールガン)』である領那の電撃を相殺する程の力…領那はこれ程の実力者が世界には居たのかと目を丸くして驚く。因みに、北条の千鳥は性格には電気ではなく雷の性質変化である。 「余所見してる暇は無いぞ!」 今度は左手に纏った千鳥を形態変化させて槍状に伸ばす『千鳥鋭槍』で領那の心臓を狙う。 「調子に乗らないことね!」 千鳥鋭槍は領那の体を貫くことは無かった。領那の全身を駆け巡る電気が領那の体を守っているのである。 「私に電気系や雷系の技は一切通じないわ!私は電気で守られてるからね!」 領那が両手を地面に叩きつけてそこから大量の電気を北条に向かって流していく。 「口寄せ・三重羅生門!」 三つ(受・減・拡)の羅生門を縦に並ぶように口寄せし、領那が流した電撃を封殺してしまう。 「なっ…!」 「風遁・獣破掌!」 草薙剣を鞘から抜いて羅生門を飛び越えた北条が空中で草薙剣から風の刃を飛ばす。 NARUTOの世界の性質変化では、雷遁は風遁に弱い。領那は電気使いということで北条は風遁を使用した。だが北条が放った風遁は領那の電磁バリアにより弾かれてしまった。 「残念ね!そんな弱い攻撃じゃ私の熱いハートを痺れさせることは出来ないわよ!」 領那が全身から放電しての落雷攻撃が北条に直撃する。 「雷は千分の一秒・・・音よりも速い」 by NARUTOのゼツ とのことなので、如何に北条が写輪眼を発動していても落雷を回避することは出来なかった。 「写輪眼の北条が聞いて呆れるわね!その程度でこのレールガンの足止めをしようなんて100年早かったのよ!」 落雷を浴びて横たわり動かない北条。領那は勝利を確信した。早くクロノスを追わなければと、領那は倒れた北条を横切ろうとする。 次の瞬間、北条の体が勢いよく燃え上がり、領那の体を炎で包み込む。それは全身に駆け巡る電磁バリアでも弾くことは出来なかった。 北条の体は炎となり領那の視界から完全に消えていた。領那は自身の体に電気を張り巡らせてようやく鎮火するが、全身に大火傷を負ってしまった。 「油断は大敵だぞ、超電磁砲(レールガン)」 背後から聞こえてくる北条の声。領那が振り向いた瞬間、北条の写輪眼の紋様が変化する。 「今の…炎は…?それに、その眼…」 「あれはオリジナル術『火遁・影分身の術』だ。お前が今まで戦ってたのは俺の分身だ。 だが、眼というのは分からないな。俺の眼がどうかしたのか?」 北条は自身の写輪眼の変化に気づいていないようだった。因みに火遁・影分身の術はNARUTO原作には登場しない。とある生放送主によるオリジナルの術である。 「アンタの…眼…瞳の模様が変わって…」 「そうか、…ククク…ハハハハハハハハハハ!ついに開眼したのか!万華鏡写輪眼が!」 北条は領那に指摘されて初めて気づいた。自身があの『万華鏡写輪眼』を開眼したことに。 「喜べ超電磁砲(レールガン)!貴様を俺の万華鏡写輪眼開眼記念の初の実験台にしてやる!俺の瞳力を試す実験台にな!」 北条の万華鏡写輪眼が効果音を発する。 一方クロノスはセール邸に飛び込んで階段の上に居るセールと対峙していた。 「貴殿が大将軍のセール殿か」 サングラスをかけ、黒いレザーコートに身を包んでいる筋肉質の男。彼こそが大将軍・セールである。 「外が騒がしいと思ったら貴様の仕業か。夜分に何の用だ?堂々と屋敷の入り口から入り込んでくる辺り暗殺ではなさそうだが」 セールは低い、精悍で重みのある声でクロノスに尋ねる。サングラスの奥の眼が見えないので表情は掴みにくいが。 「俺はスカグルのリーダー・クロノス。セール大将軍、今日は貴殿に用があって来た」 「スカグル…最近世界中の戦争を止めて回っているという忌々しい組織か。ならばその用件というのも察しがつく。察した上で答えよう。答えは…ノーだ」 セールの非情な言葉。しかしクロノスは屈しない。 「何故だ!貴方はこの国の軍の最高司令官!その立場ならゲノン皇帝を説得することも…!」 「貴様は勘違いをしている」 クロノスの言いかけたところでセールが遮った。 「勘違いだと…?」 「そうだ。何故戦争が駄目なことだと決めつける?」 「なんだと?」 セールの発言にクロノスは目を丸くした。セールの口から驚くべきセリフが吐かれたからである。 「戦争は必要だ。必要だから行われるのだ。戦争のメリットを教えてやろう。まず戦争は自国民の為に行われる。自国民が飢えれば他国から食糧を奪わねばならない。自国民が更なる富を欲すれば他国から資源を奪わねばならない。 増え過ぎた人口を減らす為にも戦争は必要だ。人間は増え過ぎれば食糧難や雇用難に世の中が見舞われ人々が怨嗟の声を上げることになる。 更に、戦争は科学技術の革新にも繋がる。そう、民は戦争を忌み嫌うどころか望んでいるのだ」 セールの口から出てくる耳を疑うような発言の数々にクロノスの頭には完全に血が上っていた。 「セール!お前は間違っている!お前は自分や自国民のことしか結局考えていない!」 「俺は戦争で故郷を失った!親切にしてくれた人を沢山失った!戦災孤児になった子供達を沢山見てきた!母子家庭になって貧しさに喘ぐ人々を見てきた!腕や足を失った人達を見てきた!半身麻痺になった人達を見てきた!愛する人を失い泣き崩れる人達を見てきた!戦争は所詮強者による暴力だ!お前のような身勝手な奴が弱き者を虐げているのだ!」 「言いたいことはそれだけか?弱者」 セールは右腕を変形させてガトリングガンをクロノスに向けて連射する。 「クッ…!」 クロノスは全ての弾丸を剣で弾いたり叩き落とす。 「遅い!」 セールが腕や足についているロケットブースターでクロノスに急接近する。 (速い…!) 「キン肉バスター!」 セールは対応が遅れたクロノスの両脚を手で掴み頭上に逆さに持ち上げたまま飛び上がり、相手の首を自分の肩に乗せた状態で尻餅をつくように着地する。横たわったクロノスの首の骨は折られ、背骨も折られ、股も裂けて大量に出血している。 「その程度の力でこの俺に意見しようなど烏滸がましい話だ。弱者らしくそこで惨めにくたばれ」 「ベホマズン」 回復魔法で回復したクロノスがセール目掛けて剣を振り下ろす。 「ギガブレイク!」 青いオーラと黄色の稲妻を纏ったクロノスの剣がセールの右腕に振り下ろされた。が、セールには傷一つついていない。 「まだだ!メラゾーマ!」 クロノスの呪文。巨大な火球がセールの頭上に現れ、セール目掛けて落下、セールに直撃して爆発を起こす。屋敷に火が燃え広がり、火災に見舞われてしまう。 「やったか…?」 だが炎の中からセールの腕が伸びてクロノスの腕を掴む。 「新キン肉バスター!」 キン肉バスターと逆の要領で身体を回転させ上昇気流を起こし、天井に着地する。クロノスの首の骨と背骨はまたしても粉砕され、クロノスは天井から床に頭から落ちてしまう。 セールのプロレス技により生き絶えたかと思われたクロノスだが、技を受けている最中に既に『ベホマズン』を発動しており、プロレス技を喰らって数秒後に蹌踉めきながらも立ち上がった。 「空烈斬!」 剣を振り下ろし『真空波』と『ギガスラッシュ』を融合させた斬撃を放つ。 「まだ力の差が分かっていないようだな」 セールは指一本で斬撃を弾いて決してしまった。 「お前がどんな剣技や魔法を使おうとこの俺には無力。力の差を教えてやろう」 セールがクロノスの脇下を両手でがっしりと掴む。次に掴んだクロノスの体をブリッジで空中に打ち上げることにより抵抗力を奪い、自身も飛び上がり自身の腕での相手の腕をチキンウイング気味につかみ、左足で相手の左足、右足で相手の首をロックし、最後は仰向けの状態で相手の身体の上に乗るように両腕、両足を掴み床に激突させてしまう。 全身の骨が砕け、関節が曲がり、骨が肉から突き出し鮮血が舞う。 「この大将軍セールに刃向かおうなどと大それたことを…。それにしても死体の後片付けが面倒だなこれは」 セールがそう呟いた時、クロノスが回復魔法で再び立ち上がる。 「仕方ない。これを使うしかないか…」 『ザラキ!」 クロノスが指先から闇の光弾をセールに向けて発射せんと人差し指をセールに向ける。。その時、屋敷の扉が勢いよく開かれてクロノスの体から黒炎が発火した。 『天照!』 屋敷に入ってきたのは北条だった。彼はクロノスの背後から万華鏡写輪眼の瞳術『天照』でクロノスの魔法発動を妨害した。 「何だこの黒い炎は!?熱い!熱い!熱いーー!!」 「天照。視点から発火する、相手を燃やし尽くすまで消えない炎だ」 「あああああああああああああああああああ!!」 黒い炎に焼かれながらクロノスは倒れた。 「いいところに来たな北条」 セールが北条に声をかける。 「大将軍、お怪我はありませんか」 「問題無い。それよりこいつをどうしてくれようか…」 回復魔法で焼かれた肉体の部位を回復し、またもや立ち上がるクロノス。そしてクロノスは北条の姿を見て顔が真っ青になる。 「貴様…領那はどうした!」 怒気が多分に含まれた一喝。しかし北条は涼しい顔で答える。 「俺が此処に居るってことは…分かるだろ?」 領那が死んだ。目の前の写輪眼を持った忍者によって。そして自分もその忍者とセールに挟み込まれている。まさに絶対絶命の状況だった。 「だが俺も鬼じゃない。仲間は返してやる」 北条は眼から異空間を創り出して吸い込まれていた領那を出す。もっとも、死体であるが。 「さて、仲間は返してやった。お前もその死んだ仲間のところに送ってやる」 北条の万華鏡写輪眼から血が流れ出る。 「月読!」 「マッスルスパーク!」 「ルーラ!」 北条の万華鏡写輪眼『月読』とセールのプロレス技が発動・炸裂する前にクロノスは領那を抱えて移動呪文で姿を消した。 「すみません大将軍。取り逃がしました」 「いい。俺にも責がある。それよりこのことを皇帝に報告しないとだな」 「はい」 クロノスを取り逃がしたことを頭を下げて陳謝する北条だがセールはそれを不問に付した。 しかし、戦争を止める方法などいくらでもある。セールと北条はスカグルを撃退したことで一件落着だと思い込んでいたが、この少し後に衝撃の報せが2人に舞い込んでくるのだ。 移動呪文『ルーラ』でクロノスが着いた先はランドラ城にある兵糧(食糧)庫だった。実はスカグルの団員であるモブ達にも、セール邸の警備兵に手こずるなら透明になる魔法で身を隠してこの兵糧庫に集まるように指示していた。 先に到着していたモブ達が兵糧庫周辺の警備兵を始末し、クロノスを待っていたのだ。クロノスが説得に成功しようが失敗しようがルーラで移動して合流する算段だった。 「セール大将軍の説得には残念ながら失敗した。なのでこれよりこの食糧庫の焼き討ちを行う」 「あと領那、起きろ。『ザオリク』」 クロノスの蘇生呪文により聖なる光が領那の死体を包み込む。すると領那は目を開けて起き上がった。 「あの忍者…!今度会ったらただじゃおかない!」 「気持ちは分かるが此処は敵地だ。大きな声を出すな。今からランドラ城のこの食糧庫を破壊する」 憤る領那の人差し指を当てて制止するクロノス。領那は慌てて口を噤んだ。 この兵糧庫だが、三角形状の鉄の屋根、分厚い鉄製板を重ねて造られた鋼鉄の要塞状のものであり、南北に800m、東西に1000mある超巨大兵糧庫である。一体どのくらいの兵糧を溜めているのか想像もつかない。 「しかし、何で兵糧庫なの?」 「人間が生きていく上で必要不可欠な物は何だ?」 領那の質問に対してクロノスは質問で返す。そこに答えがあるのだ。 「そりゃ、食べ物でしょ」 「そう、食糧だ。そしてどんなに強い能力者でもどんなに強い将兵でも、食糧が無ければ戦えないし生命を維持出来ない。ランドラ帝国という軍事主義国家が仕掛ける強引な戦争を止めるには、その戦争に必要な食糧を無くしてしまえばいい」 「成る程、そういうことね!じゃあやるわよ!」 領那は理解すると即座に全身に電流を流し始め、攻撃体勢を整える。 「みんなも各々の攻撃魔法をこの兵糧庫に撃ち込め!食糧を全て台無しにするんだ!」 クロノスの指示で各々が火や風、雷、水などの魔法を兵糧庫の扉に向かって撃ち込んでいく。領那は兵糧庫の扉を電撃で破壊、モブ達が放った魔法は中に備蓄されている大量の米俵や樽などの食糧が入った物に直撃、兵糧庫はたちまち炎上し始めた。 「メラゾーマ!」 クロノスの攻撃魔法。巨大な火球が天から兵糧庫の屋根に落とされ屋根は吹き飛び、兵糧庫の中に舞っている小麦粉などの粉塵に反応して粉塵爆発を起こす。 攻撃開始から5分もすると、兵糧庫は跡形も無く炎に焼かれ、破壊されて消し飛んでいた。天をも焦がすかのような炎が赤々と天に舞い上がっている。 「目的は達成した。弾くぞ」 クロノスの指示により、スカグル一同はその場から姿を消した。 「大変です!」 ランドラ軍の下っ端兵士が血相変えてセール邸に駆け込んでくる。 「何だ騒々しい。俺は眠いんだ」 「それどころではありません!我が軍の兵糧が全て燃やされました!」 「何だと?!」 急いで走ってきていた為に兵士の兜からは多量の汗が覗かせている。滴り落ちようとする汗を拭いながら兵士は必死に声を張り上げた。 「兵糧が…?セール大将軍、これは…」 「言うまでもなくスカグルの仕業だろう。してやられた…!兵糧が無ければ戦は出来ない!ガルガイド侵攻計画が水の泡だ…!」 北条がセールに声をかけると、セールはこの状況に対して怒りを露わにして拳を手すりにぶつける。 「北条将軍とセール大将軍は至急登城するようにとの皇帝陛下のお達しです!」 「…!今から田村ゆかりのお休みボイスを再生しながら眠ろうと思っていたのに…!」 「大将軍、それどころじゃありませんよ。急ぎ登城しなければ。これは国家の緊急事態です」 「分かっている。行くぞ北条」 「はい」 ボイスレコーダーを名残惜しそうに手放して台に置きながら愚痴を吐くセールを北条が宥めた。2人はそのままセール邸を出て城へと走って行った。 城内部 皇帝の間 「セール大将軍、北条将軍。話は聞いているな?」 「兵糧が燃やされたらしいな。これじゃガルガイド王国侵攻も中止するしかないだろう」 セールはゲノンに対しても遠慮無くタメ語である。ゲノンもがっくりと肩を落としていた。 「ゲノンさん、済まない。俺がクロノスを取り逃がしたばかりに…」 北条は責任を感じていた。月読を発動する前にクロノスに逃げられたことで兵糧庫が焼き尽くされ破壊されたのだから。 「北条、お前の責任ではない。奴らの動きを想定して兵糧庫の守りを厚くしなかった俺に非がある」 ゲノンは打ち拉がれ、玉座に座りながら項垂れてしまった。 「今は誰の責任かなんて話している場合じゃありませんよ。ガルガイド侵攻にあたる軍議を開かねばなりません」 横から口を挟んできたのはこの招集に列席していた将軍の1人・水瓶だった。 「は?何言ってんのお前。兵糧がねえって言ってんだろうが」 北条が水瓶の居る右を振り向いて頭上に?マークを浮かべたような顔で反応を見せる。 「何言ってんのお前だと?それは此方のセリフだ。兵糧が無いから戦えないなんて甘えでしかないんだよ」 「いや、飲まず食わずでどう戦うんだよ。俺達はサイボーグじゃねえ人間なんだぞ」 北条の言うことはもっともである。食わなければ死ぬ。3歳児でも分かる道理だ。にも関わらずこれを理解しないで戦争を行い負けた国家が現実世界にもあったりしたのだが。 「いや、隠し兵糧庫にはまだ兵糧は10万の兵が通常2週間食えるだけの兵糧が残っている。それを使えば十分戦えるだろ」 水瓶が言っているのはこの城の地下にある隠し兵糧庫にある兵糧のことである。 「ガルガイドは大国だぞ?2週間で落とせるわけないだろ。そもそも帰国する日数分も数えたら2週間分で足りるわけねえだろ。MARCH卒の癖にそんなことも分からないのか」 「分かってないようだな。俺は通常2週間分と言った。つまり米をお湯でふやかして薄く伸ばして量も減らせばもっともつのだ」 「ふざけるな!腹が減っては戦は出来ん!」 水瓶の意見に横槍を入れたのはセールだった。 「お前らは甘えてるんだよ。そもそもな、人間は食べ物なんて食べなくても感動を、ありがとうを食べれば生きていけるんだ」 水瓶のブラックトークが始まった。 「そもそもな、国や故郷・家族のことを思い、考え必死に勝とうという気持ちで戦えば食べ物なんて口に入るわけがないんだ。人間は国や家族からのありがとうで生きていけるんだよ。勝った時の感動、勝とうとする気持ち…それを食べて将士は強くなる」 水瓶がそう語った。左手を胸に手を当て、右手でジェスチャーしながらの狂気の熱弁である。 「……おいお前それ、まんまあれじゃん。ワタ◯じゃん。ブラック企業の社長の言うこと真に受けてんのかよクレイジーだな」 北条が、頭のネジの何本かは緩んでいるであろう水瓶の発言にドン引き。 「水瓶、お前は引っ込んでろ。所詮お前の言ってることは感情論と根性論、時代遅れだ。普通に考えて空腹の兵で落とせる程あの国は甘くない。本当に恐ろしいのは有能な敵ではなく無能な味方…つまりお前のことだ。戦争は精神論では勝てない。あらやる物事を合理的に思考し、計算し、判断しなければならない」 昭和軍人やブラック企業経営者さながらの精神論・根性論を唱える水瓶をセールが鋭く批判した。 「お前ら、一回ブラック企業の営業職とかで根性叩き直して来いよ。飲食業とかもいいぞ」 「断る。1人でやってろクソが」 「じゃあお前だけ明日から飯食うな偽ミキティー」 セールと北条は水瓶を非常に煙たがっていた。 「水瓶、お前はもう喋るな。現実的に考えて食糧が無ければ戦えない。残念だがセールと北条の言う通り侵攻作戦は中止だ」 ゲノンを流石に水瓶に呆れたのか、冷ややかな目を水瓶に向けながら口を開いている。 「陛下!ならば現地調達という手は…!」 「焦土作戦を取られたら?食糧を全て持ち去られたら?置いていく食糧に毒を入れられたら?それとも略奪するのか?そしたら占領地の統治に支障が出るとは思わないのか?」 「…!」 「もう喋るなって言ったろう水瓶。頭を冷やして来い」 これにて会議は終わった。結局戦争は中止となり、この国は暫く戦争など出来る状態ではなくなってしまった。 サバラ砂漠 スカグルアジト 「セール大将軍の説得には失敗したものの、結果的に俺達スカグルは大国同士の戦争を止めることに成功した。皆よくやってくれた。 だが、もう恐らく次からは食糧庫の襲撃は不可能となる。今回の件で各国は食糧庫の守りを厳重に固めるだろうからな。各々、心して欲しい。 そして早速次やらねばならないことが出来そうだ。隣国のグリーン王国がガルガイドへの侵攻を計画しているとの情報を耳にした。今回は領那に加えて風炎にも参加してもらう。出立は明後日だ。それまで各自体を休めておけ」 リーダークロノスは団員達への労わりの言葉と次のターゲットについて語ると、奥の自室に戻っていった。 「次はグリーン王国か。グリーン王国ってどんな奴が居るんだ?」 「神の力を宿すアティーク、一撃必殺の水素、スタンド使いの星屑、英霊使いの小銭…どれも強力な能力者よ。気を引き締めて行かないとね」 「北条やセールより強かったりするのかぁ?厄介だなぁ」 「特に水素とアティークには用心した方がいいわね」 クロノスが去った後、風炎と領那は次なる標的となるグリーン王国について話していた。 「だがそれだけの大国ならば…」 「それだけの火種を消せば世界平和への道はぐっと開けるってことよ。やりがいがあるわね」 グリーン王国は最強無敵のヒーロー・水素、神使いのアティーク、スタンド使いの星屑、英霊使いの小銭を抱えた最強の国である。そのグリーン王国が隣国にあたる桑田の国への侵攻を計画しているという。グリーン王国はそれだけ世界にとって大きな火種であり、グリーン王国を機能不全にすることで周辺国との戦争も止むのである。 その夜、クロノスから作戦の詳細な説明があった。グリーン王国は8万の軍でグリーン川にかかる性春大橋を渡りガルガイド王国を目指すとのことである。 スカグルはその橋を破壊することでグリーン王国軍の進軍経路を潰し、戦争を食い止める算段である。 果たして作戦の行方は…。翌々日の朝、スカグル合計15名がアジトを出立した。 クロノス、風炎、領那を始めとするスカグル一行は数日後の深夜にグリーン王国領の帝都から5km離れた性春大橋前の森の出口に辿り着いた。 「では、手筈通りに俺と領那は本隊8人を率いて橋を破壊する。注意を引きつけている間に風炎率いる別働隊は付近にある輸送物資保管拠点を破壊しろ。行くぞ!」 「承知。武運を祈る」 クロノスの指示で風炎は別働隊を率いて本隊から分かれ、そこから東の方角へと移動を始めた。風炎、領那は本隊として橋の破壊を行う為にそのまま北へと移動する。 クロノス率いる本隊が性春大橋に到着する。この橋はグリーン王国により大河であるグリーン川に架けられた軍用通路となる長さ2km、高さ60m、幅500mにも及ぶ大橋であり、グリーン王国にとって重大な進路であり、退路であり。 「よし、さっさと終わらせるぞ。領那、電撃を」 「了解!」 領那が全身に電流を張り巡らせる。しかしその時… 「おわっ!」 領那とクロノス目掛けて鋭利な羽根のような物が無数に正面から飛んで来たのである。領那は電磁バリアで、クロノスは羽根を剣で弾き落として事なきを得た。 「俺達の領地に何か用か?ネズミ共」 橋の奥の方から高速で近づき、クロノスや領那らから10mというところまで接近してきた謎の男…。 「誰だ」 「それはこっちのセリフだ。人様の土地に土足で踏み込んできて何をするつもりだ?」 「やはり邪魔が入ったか。戦うしかないようだな。メラゾーマ!」 クロノスが魔法を発動、男の頭上から巨大な火球を落とす。 「スタープラチナ!」 男の隣に紫色の肌をした人型の霊の様なものが現れ、拳で火球を消し飛ばす。 「俺は星屑。スタンド使いの星屑だ。この俺のスタンドを見て生きて帰った敵は居ない…」 「ギガスラッシュ!」 青き魔力をその剣に乗せて放つ高威力の斬撃…クロノスは星屑に接近して上段から剣を振り下ろす。 「輝彩滑刀!」 星屑の右腕から光り輝く刃が出現してクロノスのギガスラッシュを迎え撃つ。 「何だその脆い剣は…!」 星屑の輝彩滑刀によりクロノスの魔力を帯びた剣は叩き折られてしまう。 「!」 「死ね。オーバードライブ」 「ぐわあああああああああ!!」 波紋のエネルギーを右手に纏い、手刀の形でクロノスにぶつける。クロノスは胸から全身へと波紋エネルギーを流し込まれて後方に吹っ飛ばされた。 「その程度の力でこの究極生命体星屑に挑もうなど…甘く見られたものだ」 「アンタこそ…私を忘れてるわよ!「」 領那が正面10mの距離からコインを指で弾いてのレールガンを放つ。コインは10億ボルトの電流を帯びて直線軌道を描きながら凄まじい速さで星屑に接近するが… 「サンライトイエローオーバードライブ」 星屑は驚異的な動体視力でそれに反応、波紋エネルギーを流し込んだ左手の手刀でレールガンを弾き飛ばした。 弾き飛ばされたレールガンは全く同じ軌道を逆行してそのまま領那に跳ね返ってくる。 「ふん!」 領那の全身に張り巡らされている電磁バリアは自らのレールガンすら弾き、身を守る。 「ザラキ!」 回復魔法により復帰したクロノスによる領那の右斜め後方から星屑に向けて放つ一撃必殺の魔法『ザラキ』。黒い魔力の塊が星屑へとカーブの軌道を描いて飛んでいき、直撃する。そう、星屑は敢えて回避しなかった。 「即死魔法か。だがそんなもの究極生命体たる俺には何の意味も持たない」 星屑は黒い魔力の塊を波紋エネルギーで吹き飛ばすと、驚異的なスピードで低空飛行し領那に接近する。そして領那の至近距離まで迫るとスタンド『スタープラチナ』を繰り出す。 「領那ァ!」 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!オラァ!」 見ていたクロノスが叫ぶが遅い。全身に張り巡らされてる電磁バリアでさえ、星屑のスタープラチナのラッシュによる攻撃の威力を完全に殺すことは出来ない。領那は全身に電流を張り巡らせて攻撃から身を守る一方で全身から放電して星屑への反撃を試みるがまるで効いていない。 「キャア!」 スタープラチナから繰り出されるラッシュを受けて領那は吐血しながら吹っ飛ばされてしまう。 「領那!大丈夫か!すぐ回復魔法をかけてやる!ベホマズン!」 聖なる光が領那を包み込み、折れていた骨や体内外の損傷を全て回復させた。 「ナイスよクロノス!」 「やれやれだぜ…お前ら、使う技からして最近世界に名が通っているスカグルとかいう連中か。その程度の力でノコノコ俺の前に立つってのか?」 「黙れ。そうやって戦争を続けることで何十万人が犠牲になったと思っているんだ!」 「お前は今まで食べたパンの枚数を覚えているのか?」 「貴様ァ!」 星屑の非常な言葉に頭を血を上らせたクロノスが新たな剣をモブ団員から受け取り、それに雷を纏わせて星屑に向かって突っ走る。 「援護するわよ!」 領那がポケットからコインを取り出し指で弾いて『超電磁砲(レールガン)』を直線上に撃ち出す。領那のレールガンとクロノスの『ギガソード』のタイミングを合わせて同時に星屑に攻撃を加えるのが目的である。そうすれば星屑は片方にしか対応出来ずどちらかの攻撃は通るという目論見だ。 「ギガソード!」 雷を纏わせて振り下ろされたクロノスの斬撃。そして領那が放ったレールガン。 「次にお前は 何だと!? と言う!」 「何だと!?」 星屑のスタンド『スタープラチナ』は左手でレールガンを、右手でギガソードを受け止めていた。 「俺のスタープラチナはラッシュによる攻撃力もさる事ながらこうした精密な動きを得意としていてね。音速レベルのレールガンだろうが、それに合わせたコンビネーションだろうが俺には通用しない!」 「まだだ!ビッグバン!」 クロノスに呪文が発動し、自身は後ろへ跳んで距離を取り、星屑の周囲で大爆発を引き起こす。 「スカーレットオーバードライブ!」 太陽のエネルギーを利用した炎の波紋。星屑はそれを高速飛行でクロノスに急接近して右手に纏い突き出す。 「ギガブレイク!」 雷を剣の形状にして左手に持ち、星屑のスカーレットオーバードライブに向けて振り払う。ギガブレイクとスカーレットオーバードライブが激突し、その衝撃と爆発により橋は真っ二つになり崩落した。 「チッ…!橋が…!だが貴様も橋と運命を共にするがいい!波紋疾走連打!」 橋が崩落し、星屑とクロノスは橋と共に川へと落下していくが、星屑は背中の翼で飛行しながら波紋エネルギーを両手に纏ってクロノスに連打を叩き込む。 「クソッ!」 剣でガードするが早過ぎる連打を防ぎ切れず、クロノスは川へと落下、着水してしまった。 「海ならぬ川の藻屑となるがいい!さて、残りも始末しないとな!」 星屑は翼による飛行で対岸へと着地して領那を見据える。 「さあ諦めて此処で果てろ偽善者共!弱者が振りかざす正義などパン一枚よりも安い価値しかないのだ!」 「果たしてそうかしら!?」 「何!?」 領那が何故かニヤリと笑う。そう、星屑の東の方向を見据えながら。星屑が後ろを振り向くと、後方にある物資保管庫から大きな爆音が響いて炎上を始めている。 「物資保管庫が!どういうことだ!」 星屑の表情が余裕と不遜から狼狽へと変化し冷や汗が流れてくる。 「残念だったわね!私達の仲間が既に向かってたのよ!」 「貴様らは最初から囮だったということか…!いやしかし物資保管庫は小銭が守備していた筈…。奴がしくじるとは…」 「私達の仲間は強いからね!これでアンタ達グリーン王国は大打撃よ!」 グリーン王国の領内には帝都を含めいくつかの食糧庫とは別に巨大な軍事物資用の保管庫(倉庫)がある。武器や弾薬、医薬品、燃料、幔幕、木材など製品は多岐に渡る。領内の何処でもすぐに軍事行動に備えられるように、補給出来るようにとの体制だが、それが仇になった。 「これでアンタ達、戦争出来ないんじゃない!?」 「貴様らァ!」 星屑は右手に波紋を流し込んで領那に手刀を振り下ろすが、領那は全身に強力な電流を流し込んで波紋を相殺する。 「これでグリーン王国も戦争が出来るようになるまで相当の時間を要するだろう。星屑とやら、俺に考えがある。話を聞いてくれ」 川に落下したクロノスが何とか這い上がって星屑の真後ろに辿り着いていた。全身ずぶ濡れで息は乱れている。 「貴様、しぶといな。で、話とは何だ」 状況が状況だけに、星屑は話だけでも聞いてやろうと態度を少し軟化させた。 少し前 グリーン王国 性春大橋より東北東の方角 物資保管庫敷地内 この重要拠点を守備していたのはグリーン王国きっての将・小銭十魔だった。小銭は保管庫の中に居て今日も異常が無いかを目を光らせながら部下にも指示を出している。 軍事物資の管理かつ守備は、まだ実力が突出した能力者が少ない時代のこの世界の戦争において最重要と言っても過言ではない。前線に如何に効率的な運搬、必要な数の物資を補給出来るかは勝敗を左右する要素である。 王都グリーンバレーで大将軍のアティークが軍備を進め、軍を編成していく中で小銭はこの保管庫を任されていた。 「何か嫌な予感がするからちょっと外の見回りに行ってくる。チャイとしずくはこのまま保管庫の守備と指揮を続けてくれ」 「おう、任せとけ」 「気をつけろよー」 小銭には2人の副官がおり、戦いでも普段でも大きく補佐されていた。それがリア友でもあるチャイとしずくなのである。小銭はこの2人のおかげで安心して今みたいに背中を預けられるのである。 「さーて外回りついでにファミチキ買ってくるかー」 保管庫の裏に出てそんなことを呟いていた時である。見知らぬ男がコソコソと保管庫を見つめて何かの機を窺っている様に見える。 「クラスカード『アサシン』!」 小銭はアサシンのクラスカードを取り出して発動、アサシンクラスの英霊『ハサン・サッバーハ』の姿に変身した。 「疑わしきは罰するってね。死ねや」 「苦悶を零せ。――『妄想心音(ザバーニーア)』……!! 」 小銭は宝具の真名を解放すると共に黒く長い布で巻かれている腕から赤い腕が露出させ、男の胸部へと一直線に伸びていく。 「チッ気づかれたか!」 男は小銭の伸びた赤い腕に触れられることで茂みに潜んでいたことに気づかれた共に察知して周りの木々を風の刃で斬り裂いて姿を現す。 「今頃何をしても遅い」 小銭は擬似心臓を掌の上に創り出してそれを握り潰す。すると男が何も言わずにその場でうつ伏せになって倒れた。 「やっぱり敵だったか。戦争するならまず補給から断つってか?ガルガイドも考えたもんだが、相手が悪かったな。このKの嵐の小銭十魔様を出し抜けると思うなよ」 「ああ、簡単に出し抜けそうだ」 「!」 殺した筈の男の声が小銭の真後ろから聴こえてくる。振り向いた瞬間、小銭の胸を風の刃が貫いた。 「小銭十魔とやら。油断は禁物だ」 「クラスカード『セイバー』!」 風の刃を心臓に受けたにも関わらず、小銭は『全て遠き理想郷(アヴァロン)』により損傷箇所を全て再生した。 「小銭十魔…やはり一筋縄ではいかないようだな!『カマイタチ』!」 風炎による発生する風の刃が指定した座標…つまり小銭の腰を境目に体を真っ二つに斬り裂く。 「さあ、その状態からも再生出来るかな?」 「いってえな…コラァ!」 アヴァロンの治癒能力により傷が治癒し結合した小銭は怒りに任せて見えない剣を振りかざし風炎に斬りつける。 「武技で勝負しようというのか?面白い!」 風炎が腰の鞘から剣を振り抜いて小銭の見えない剣が振り下ろされるのと同時に振り払い鍔迫り合いとなる。 「武器を隠して勝負を挑むとは卑怯者め」 「知らないのか?敵ってのは卑怯なもんなんだぜ?ハアッ!」 小銭の膂力が風炎を剣ごと押し返して吹っ飛ばす。 「大した力だ。それもクラスカードとやらの力か」 「まだまだァ!」 小銭は前へと勢いをつけて足を浮かせて接近、風炎に見えない剣を何度も叩き込んでいく。風炎はそれを風と炎を剣に纏わせて対抗するが、セイバーの英霊と化した小銭に剣技では勝てず、何度も打ち合っていく内に押されていく。 「もらった!」 小銭の見えない剣が風炎の喉元を捉えた。 「風王鉄槌(ストライク・エア)!」 不可視化する為に纏わせた風を突きと共に解放することで破壊力を伴った暴風として撃ち出す。 「炎の壁!」 喉元に黄金の聖剣が突き出されようとした時、風炎は咄嗟に前面に炎の壁を展開し、一筋の暴風を完全にガードする。 「晒したな、秘蔵の剣!」 風王鉄槌(ストライク・エア)により風王結界(インビジブル・エア)が解除され剣の不可視化がなくなったことにより、間合いを測りかねていた風炎には僥倖だった。 「これで間合いが取りやすくなった!不可視化を解いたのは失敗だったな!」 風炎が好機と捉え、風と炎を纏った剣を連続で打ち込んでいく。剣術勝負は小銭と互角となり、どちらも決め手に欠く状態となった。 「風炎斬!」 風の力で炎の威力を強めた斬撃を鍔迫り合いの状態から取り出す。暴風に煽られた炎が小銭を呑み込み範囲を拡大させ、やがて辺りは火の海と化す。 「竜巻カマイタチ!」 暴風に無数のカマイタチを乗せて撃ち出す。火の海は更に煽られて範囲を広げていく。無数のカマイタチを乗せた竜巻が小銭が吹き飛ばされたであろう範囲も巻き込み、天にも届く勢いで吹き荒れる。 「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」 真名を解放することで所有者の魔力を光に変換、集束・加速させることで運動量を増大させ、光の断層による“究極の斬撃”として放つセイバーの最強宝具。 光の巨大な斬撃が火の海や暴風を斬り裂き、吹き飛ばして現れ風炎目掛けて突き進む。 「炎の壁!」 風炎は自身の前面に先程よりも大きな(幅100m、高さ120mくらい)炎の壁を展開する。が、光の斬撃は炎の壁を突き破った。 「馬鹿なっ…!」 風炎は光り輝く 斬撃により風炎は頭の天辺から股まで綺麗に斬り裂かれ真っ二つになったが、その体は地に横たわる前に炎へと変わり爆炎で辺り一面を満たした。 「雑種め…!本体は何処だ!」 小銭は自身の周囲をキョロキョロと見回すが風炎の姿は確認出来ない。その矢先、物資保管庫から爆音が響き爆炎が噴き出した。 「しまった!」 小銭は察知した。自分が分身と戦っている間に本体は物資保管庫を破壊すべく狙っていたのだ。 「分身を見破れないとは…!」 セイバーの直感Aのスキルを持ってしても風炎の精巧な分身を見破ることは出来なかった。物資保管庫にはチャイやしずくなのが居る。急がねば。逸る気持ちが小銭の足を急がせる。 物資保管庫の敷地内に到着するが、時すでに遅く全ては燃え盛る炎に包まれていた。 「チャイー!しずくー!大丈夫かー!生きてるかー!」 必死に友の名を呼ぶ。物資は全てオジャンにされた。だがせめて仲間の命だけはと必死に叫ぶ。 「小銭ー!」 すると燃え盛る炎の中からしずくなのの返事が聞こえてきた。 「しずく!」 しずくは焼き落ちた保管庫の中から出て来て小銭と合流した。 「しずく、無事か!チャイは!?」 「チャイならお前がサボりに行ったんじゃないかと探しに外に出たぞ。今頃近くのコンビニにでも向かってるだろう。俺は魔闘気で炎を防いでこの通り無傷さ。だが兵達は皆焼け死んだ」 しずくなのが自身の筋肉美を見せつけるようにしてくる。傷も火傷もない。 「しかし一体なんなんだこれは…」 「さっきの奴の仕業だ」 「小銭十魔、それにしずくなのだな」 小銭の背後から声が聞こえてくる。振り返ると、先程の男の姿がそこにはあった。 「よくも俺達の重要拠点を燃やしてくれたな、雑種。その罪は万死に値するぞ」 「おい小銭…じゃあこの火事は…」 「こいつの仕業だよ。こいつ、分身で俺を足止めしている隙にやりやがった」 しずくなのの質問に歯軋りしながら小銭が答える。 「何なんだてめえ。ガルガイドのモンか?2対1で勝てると思ってんじゃねえだろうな?」 小銭の答えを聞いたしずくなのが男を睨みつけて威嚇する。 「俺はガルガイドの人間じゃない。俺はスカグルの風炎という」 「スカグルだあ?最近世界各地の戦争を止めて回ってるっていう…」 「そのスカグルだ。今回はグリーンとガルガイドの戦争を阻止すべく動いている。故に対ガルガイドの前線補給拠点であるこの保管庫を破壊させてもらった。これでお前らグリーン王国は侵攻計画を練れまい」 小銭もスカグルの名は聞いたことがある。それを確認するように問うと風炎からの答えはビンゴだった。 「それで補給を狙ったってことか。やり口が陰湿だなあおい!」 自身が守っていた保管庫を破壊され面目を潰された小銭は怒りに任せて剣を振るい風炎に斬りつける。 「目的は達したんだがな。もう俺に戦う理由は無い」 「お前に無くても俺にはあるんだよ!せめててめえの首を貰う!」 直感Aスキルにより風炎の剣捌きや行動を先読みし、それに合わせたり回避しながら剣を振るったり突き出していく。風炎は次第に追い詰められていく。 「暗流天破!」 しずくなのの北斗琉拳の奥義により魔闘気で無重力空間を発生させて風炎の感覚を大きく狂わせる。 「クッ…何だこれは…!」 「今だ小銭!奴を討ち取れ!」 「エクス…カリバー!」 零距離からのエクスカリバーが風炎の体を今度こそ真っ二つに…斬り裂けなかった。風炎は咄嗟に剣から突風を放出して光の斬撃を相殺、無効化したのだ。 風炎は風により自身を後ろへと飛ばして瞬時に2人との距離を取る。 「無駄な争いはしないのがスカグルのポリシーでね。目的は達成したし俺はもう戦う理由無いんだわ。じゃあバイナラ!」 一方的な物言いと共に風炎は一陣の風に吹かれてその場から消え去った。 「畜生…!逃げられた!俺の面目丸潰れじゃねえか!」 任されていた物資保管庫を守れず、部下達を失い、その犯人を取り逃がすという失態を小銭は演じてしまった。 「小銭。気持ちは分かるが落ち込んでる暇は多分無いぜ。スカグルがこの保管庫を狙ったってことは近くにある性春大橋も狙われてるぜこりゃ」 「あそこを守ってんのは星屑か!加勢に行かねえとやべえかもな…!」 「星屑が心配だ。急ごうぜ!」 がっくりと肩を落とし落ち込んでいる小銭だが、しずくなのに奮い立たされる。そう、落ち込んでいる場合ではない。物資保管庫に加えて橋まで破壊されてしまえばグリーン王国のガルガイド王国への攻撃機能を大幅に失われる。 失態を演じた小銭にとって戦争は挽回の機会であり、それを潰されるわけにはいかないのだ。 「クラスカード『ライダー』!」 小銭が腰に帯びている剣を抜いて天に掲げると積乱雲が発生、一筋の雷が地に堕ちると共に二頭の黒牛とそれに引かれる牛車が現れる。黒牛の激しい嘶きが辺りに響く。小銭は牛車に飛び乗ってしずくなのに手を差し伸べる。 「急ぐぞ!」 しずくなのは差し伸べられた小銭の手を取り牛車に飛び乗る。 「出せ!」 「おう!」 小銭が手綱を引き締めると二頭の黒牛が鳴きながら走り、空へと飛翔し駆ける。 「間に合ってくれよ…!スカグルとやらの好きにはさせねえぞ!」 しかし、時は既に遅かった。 性春大橋南岸 戦闘に及んでいたものの小銭が守る物資保管庫の炎上を受けて星屑は手を止めてとりあえずクロノスの話に耳を傾けることにした。 「話だけは聞いてやろう。俺の気が変わらない内に話せ」 星屑が考えていること。それはスカグルが考えていることを知れば有利に立ち回れる、グリーン王国に有利になる情報となるかもしれない。考えを聞いている姿勢を見せれば油断を誘えるという目論見もあった。 「今のこの世界の情勢は地球の北半球と南半球で大きく分けられている。俺達スカグルは北半球の大小様々な国から戦争を止めてきた。そして、北半球にはガルガイド、グリーン、ランドラの三つの大国が存在する。が、力が等しいわけではない。グリーンが最も強大で次にランドラ、三国で最も力が劣るのがガルガイドだ」 「そしてガルガイドに侵攻せんとするランドラの食糧庫を破壊し、ランドラの侵攻計画を頓挫させた。ランドラが立て直しに手をこまねいている内にガルガイドは力をつけるだろう」 「今回グリーンの物資保管庫を破壊し、また軍事道路であるこの性春大橋を落とした。特に物資保管庫を破壊されたのはグリーンにとって大きな痛手の筈だ。グリーンの軍事物資の数割を保管していた保管庫だからな。故にグリーンも立て直しに時間を割く羽目になったわけだ」 「これを機にガルガイドには内政に注力してもらい、ランドラとグリーンに並ぶ力をつけてもらう。三国の力を均衡させ、鼎立させる。そして互いに牽制させることで戦争を防ぐ」 「これがこのクロノスの北半球戦争根絶の策…天下三分の計だ」 天下三分の計…何処かで聞いたような戦略構想であるが…。これがクロノスの構想だった。 「で、それで俺らにメリットはあんのかよ?」 クロノスの話を聞いた星屑が問う。 「無駄な血を流さずに互いに盟約を結び、等しく緩やかに国を成長させていく。国力に開きがあればそれはまた火種になるからな。俺が目指すのは国家間の社会主義・共産主義だ。お前はこの構想を自分の策として王に献じればいい。誰も血を流すことなく平等に豊かになれる世界…お前はその世界の立役者の1人となるのだ」 「成る程ねえ…」 クロノスの話を聞いた星屑は躊躇し始めた。グリーン王国軍人の立場としては此処でスカグルを始末するべきである。しかしクロノスが持ちかけてきた話は悪いことばかりではない。星屑も進んで戦争をしたいわけではなかった。さっきまではああいう態度だったが。 そしてグリーン王国のぐり~んは平和を愛する男である。ガルガイドへの侵攻の理由は、ガルガイドの方からグリーン王国を狙っている為に機先を制するというものである。 「話に乗ってやってもいいが条件がある。口約束では信用出来ない。スカグルの誰かを人質として差し出せ」 顎に手を当てて思考した後、星屑は条件を提示する。 「誰がいい?」 「そうだな。ではそこの電気使いをグリーン王国の人質として預ろうか」 「そうはいかない。一方的に人質に取られて言いなりになるつもりは無い」 星屑は領那を人質に出すように求めたが、星屑の要求は現実的ではない。もし人質を出したりしたら、グリーン王国はスカグルに一方的に様々な要求をするに決まっている。スカグルは平和な世を築く為の組織であり、グリーン王国の犬ではない。 「人質を出せないなら話はなかったことにする。此処でお前らには死んでもらう」 星屑は未だスタンドはスタープラチナしか使えない。しかし波紋と究極生命体の力があれば十分に倒せると踏んでいた。 「やはり説得は無理か。仕方ない。無理矢理にでも俺達はガルガイド領に退いて桑田王に奏上するとしよう。それに星屑、よく頭を使え」 「何だと?」 「橋が破壊され保管庫も炎上した今、お前にはこの道しか残されていない筈だ。お前は失態を演じた。ならば国にとって有益な策を提示するしか体裁を保つ方法は無いのではないか?」 「何が有益だ。それは有益ではなくただの補填に過ぎない。此処でお前の首を取るか、次なる戦場で手柄を立てる以外に挽回する方法は無い」 星屑とクロノスの駆け引き。クロノスは自らの構想を語り星屑の協力を求めるが、星屑はそれを悉く退けていく。 そんな中、牛の嘶きが遠くから響いてくる。何事かと思い星屑とクロノスは振り向くと、空の上を二頭の黒い牛と戦車(チャリオット)が2人の男を乗せて走っているではないか。 「あれは…!」 「残念だったなスカグルとやら!援軍が来た!お前らにを此処で殺す!」 星屑はすぐに飛んでいるのが小銭だと気づく。味方の加勢が望める状況になった以上、スカグルの話に耳を傾ける必要はない。 「おーい星屑ー!俺も居るぜ!」 「こんにちは!グリーン王国の小銭十魔です!つか橋破壊されてんじゃねえか!」 しずくなのと小銭が地に降り立った牛に繋がれているチャリオットから降りて星屑へと駆け寄ってくる。 「しずくなのに小銭!いいところに来た!こいつら俺らの邪魔しやがるから3人がかりでぶっ殺す!加勢しろ!」 星屑は小銭とはこの異世界に転生してから関わりを持った程度の間柄であるが、しずくなのとはとあるオンラインゲームを介して現実世界でも仲が良かった。なのでしずくなのには遠慮無く何かを言ったり頼んだり出来るのである。そのしずくなののリア友が小銭なので、その繋がりで小銭とも多少の交流を築いている。 「奇遇だな星屑。俺らも物資保管庫を破壊された。スカグルとかいう奴らの1人にな」 「風と炎の能力を使う野郎だった。こいつらはその仲間か?」 しずくなのと小銭も持ち場を破壊されたことでスカグルに面目を潰された恨みを星屑同様抱いていた。 「ああ、こいつらもスカグルって名乗ってる。保管庫を破壊した奴の仲間だ」 星屑は右手に波紋エネルギーを帯びて構える。 「お呼びかな?」 一陣の風が吹くと共にその物資保管庫を破壊した張本人である風炎が颯爽と現れた。 「星屑!こいつだよこいつ!保管庫を破壊しやがった奴だ!」 しずくなのが風炎を指差して星屑に訴える。それも怒気迫る表情で。 「これで上級能力者3対3か。数的優位は失ったが関係ねえ!これでひっくり返してやんよ! 見よ我が無双の軍勢を!『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』!」 小銭が剣を天に掲げて宝具の名を叫ぶ。すると宵闇に包まれた元居た場所の風景が、砂が吹き荒れる荒野へと変化する。『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』が創り出す心象風景であり、固有結界である。 「この世界、この景観を形にできるのは、これが我ら全員の心象であるからだ!見よ!我が無双の軍勢を! 肉体は滅び、その魂は英霊として世界に召し上げられて、それでも尚余に忠義する伝説の勇者達!! 彼らとの絆こそ我が至宝!我が王道!!イスカンダルたる余が誇る最強宝具!!『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ) 』なりぃいいいいいいいいい!」 「然り!然り!然りィィィ!」 小銭、星屑、しずくなのを取り囲み、小銭の檄に応じて天にも轟く閧を上げる数万の古代マケドニアの将兵たち。小銭はイスカンダルの愛馬であるブケファラスに跨り剣を天に振り上げる。ヘタイロイとはイスカンダルの近衛兵団を指す。重装騎兵団であり、その攻撃力は軽装騎兵や歩兵を圧倒する。 「おい小銭、何だこの大軍勢は!?お前が出したのか?」 「如何にも!此処にいる数万の重装騎兵は全て我が近衛兵団だ!1人1人が魔力を持つサーヴァントだ!無論この我が愛馬ブケファラスもな!」 星屑が初めて見た小銭の強力な宝具に目を奪われていた。照りつける太陽の下、数万人vs20人の戦いが始まろうとしていた。 「これは…!待て小銭!話し合おう!我々スカグルは…!」 「蹂躙せよー!!」 クロノスが対話による解決を図ろうとするも、小銭は聞く耳持たずに配下の軍勢に号令を下す。小銭の号令一下、重装騎兵団数万が一斉に雄叫びを上げて駆け出した。 「おい小銭、これって俺らの仕事は…」 「もし仕留め損ねたら後始末頼むわ。じゃ、行ってくる」 星屑の役割すら奪い、小銭は麾下の軍勢と共に馬を駆って突撃を敢行し始めた。 スカグルの団員達は全員がクロノス、領那、風炎の前に出て彼らを守らんと次々に挑み掛かる。各々が使用出来る魔法や武技で対抗するが小銭麾下の将士には全く通用せず、一方的に突き伏せられ、斬り伏せられていった。最早戦いではなく虐殺である。 「みんなァァァァァァァァ!!」 仲間を殺されたクロノスの悲痛な叫び。やがてそれは怒りへと変わる。 「グリーン王国…やはり話が出来る連中ではないようだ…。やるぞ、領那、風炎!」 「小銭はああは言ったがやはりあの3人相手をマケドニア軍だけに任せるのは不安だ。行くぞしずくなの!」 「おう!そうこなくっちゃな!」 星屑が軍勢の渦中から飛び出さんと駆け出した。しずくなのも全身から魔闘気を放出しながら星屑に続く。 一方小銭とマケドニア軍は、そしてスカグルの3人は… 「よくも仲間をやってくれたわね!覚悟しなさい!」 領那によるマケドニア軍への落雷攻撃。照りつけるような陽射しが雷雲に隠され、荒野の色を黒く染める。そして発生する落雷。容赦無く将兵たちに降り注ぐが、将兵たちはそれをものともせずに突き進んでくる。 「アララララーイ!!」 小銭がブケファラスを駆りながら後続の軍勢と共に剣を振りかざして突撃してくる。 「竜巻カマイタチ!」 風炎は小銭が駆けている位置目掛けて剣から無数のカマイタチを乗せた竜巻を撃ち出す。数十から数百単位のマケドニア軍を次々に吹き飛ばしていくが、何と外傷は与えられない。 そうこうしている内に眼前まで小銭が迫り、馬上から雷を帯びた剣を振り下ろしてくる。 「アララララーイ!!」 「調子に乗ってんじゃねえ雑魚銭ート如きが!風炎斬!」 炎と風を帯びた斬撃と雷を帯びた剣がぶつかり合う。風炎斬が小銭の剣に斬り裂かれて鍔迫り合いの様相を見せる。 「スタープラチナ・ザ・ワールド!」 その瞬間、横から入ってきた星屑が『スタープラチナ・ザ・ワールド』を使用、世界の時間は停止した。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」 時間が停止し、星屑以外の何もかもが停止する。星屑はその隙を突いて波紋エネルギーを纏ったラッシュを風炎に高速かつ連続で撃ち出す。 「そして時は動き出す」 スタープラチナ・ザ・ワールドは2秒程しか時を止められない。しかしその2秒は短いようで長い。現に、星屑が風炎の息の根を止めるのに2秒は十分な時間だった。 風炎は無数の肉片と血飛沫に変えられて悲鳴すら上げずにその場で倒れる。 「風炎ー!」 仲間の死に狼狽えるが、領那はすぐに気を持ち直して目の前の敵に対する。 「絶対に許さない!」 領那はコインを指で弾いて星屑にレールガンを撃ち出す。だが、星屑のスタープラチナがいとも容易くレールガンを受け止めてしまった。 「ザラキ!」 続いてクロノスが即死魔法を小銭に向かって放つ。 「あっ…また失敗…」 黒い魔力球は小銭に届く前に消滅してしまった。ザラキを発動したクロノスの表情が青ざめる。 「小銭をクロノスのところへは行かせない!」 クロノスの右方に居た領那が全身に電流を流して放電しようとするが… 「暗琉襲撃破!」 しずくなのがありったけの魔闘気を体内から体外へ、そして領那へと横から放った為に放電は失敗。暗琉襲撃破により領那の体は無数の肉片に変えられた。 「ははははは!残るはお前だけだァァァ!!」 ブケファラスから降りた小銭がクロノスの間近に迫り、雷を帯びたその剣をクロノスに振り下ろす。 「ギガスラッシュ!」 クロノスが剣に魔力を込めて小銭の剣に合わせて振り上げて対抗する。二つの剣の衝突により、大きな金属音が鳴り響く。 「もうお前しか残ってないんだ諦めろバーカ!」 「グランドクロス!」 鍔迫り合いの状態から一度剣を引き、十字に剣で空を切る。十字型の斬撃が小銭に向かって飛んでいく。 「ふんっ!」 領那を倒したしずくなのが駆けつけ、魔闘気を纏った拳でグランドクロスを打ち破る。 「波紋・オーバードライブ!」 左方からは風炎を倒した星屑が翼による飛行で急接近、波紋を纏った右手の手刀をクロノスに振り下ろす。 「終わりだ!」 振り下ろされた手刀がクロノスの肩に直撃、波紋により肩を抉られ右腕をもがれたクロノスが大きく吹っ飛ばされる。 「スカグルを仕留めたぜ!俺達3人の勝利だ!」 クロノスにとどめを刺した星屑がガッツポーズをしながら横たわるクロノスを見下すような笑顔で叫ぶ。 「それは…どうかな…?」 「ベホマズン!」 クロノスによる回復魔法。それは一度(領那は2度目だが)命を失ったスカグルのメンバー全員の亡骸に再び命の炎を灯す好意の魔法。聖なる光がそれぞれの無言の体を包み込み、新たな命を与える。 すると星屑、小銭、しずくなのに敗れて生き絶えた者達がムクムクと立ち上がる。揺らめきながら、蹌踉めきながら。それでも世界平和という夢の実現に向かってひた駆ける不屈の魂が復活した。更にクロノスは自分自身に回復魔法をかけ、星屑による体の損傷は完全に再生された。 「これが我々スカグルだ!何度倒れても蘇る!不死鳥の如く!」 スカグル総勢15人が立ち並び、星屑、小銭、しずくなのと相対する。 「おいおいおいおい!ぶっ殺した筈なのに生き返りやがったぜ!?」 しずくなのが思わず叫ぶ。 「殺したと思ったが…仕留め損ねたか…!」 星屑が歯軋りしながら苦い表情を浮かべる。 「対軍宝具では駄目みたいだな。ならば…クラスカード『アーチャー』!」 小銭が創造した固有結界と心象風景が消滅、小銭は金ピカの鎧に身を包んだギルガメッシュの姿に変化する。 「小銭、ついにアレを使うのか?」 「そうだ。もうアレしかねえ…!一気に葬るしかねえだろうがよ…!」 しずくなのの問いに答えた小銭が宝物庫と現世を繋ぐ異空間から乖離剣エアを取り出す。 「この宝具こそ我が切り札・乖離剣エア。そしてこのエアから繰り出すのは時空間すら斬り裂く最強の対界宝具…!」 乖離剣エアの三つの刀身が螺旋状に渦巻くように徐々スピードを上げて回転する。 「まずい!小銭十魔め本気を出すつもりだ!撤退する!」 「了解!インビジブル!」 「逃がすかよ!『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!」 小銭が持つ乖離剣エアから圧縮され鬩ぎ合う暴風の断層が擬似的な時空断層となって絶大な破壊力を生み出す。だがその時空断層がスカグルの面々に届く前に、彼らはその場から姿を消してしまった。当てるべき的を失った天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)は数十キロにも及ぶ広範囲の地面や木々などの物体を抉り、消滅させ、その爪痕を大いに残した。 「クソッ!逃げられたか…!」 自らが持ち得る最強の宝具まで出したというのに逃げられた小銭の悔しさは想像に難くない。彼の表情からは敵を撃退した達成感などは微塵も感じられない。 「性春大橋も物資保管庫も破壊され、スカグルにも逃げられた。ぐり~んにどう報告すりゃいいんだこれ?ハァ…」 星屑が溜息混じりに呟く。 「だがスカグルとやらの使う技や能力の情報は得られた。情報は持ち帰れる。それをぐり~んに報告すれば…」 「失敗したことに変わりはねえよ。これでグリーン王国はガルガイド侵攻の足掛かりを失った。俺達はいい恥晒しだぜ」 しずくなのが場を和ませようと言葉を選ぶが、そんなものは気休めにしかならないと星屑は暗に指摘した。場はお通夜ムードだった。無理も無い、上級能力者が3人も居て持ち場を守れず、更に下手人に逃げられたのだ。 「とりあえず王都に帰るぞ。此処でウダウダしてても仕方ねえ。言い訳は帰り道で考えるぞ」 小銭は宝物庫から天翔る王の御座(ヴィマーナ)という名の空飛ぶ黄金の舟を召還し、それに飛び乗る。 「しずくも乗れよ。これで帰るぞ。星屑は自分で飛べるだろ?」 「サンキュー小銭」「ああ」 しずくなのが飛び乗ると、ヴィマーナは水銀を燃料とする太陽水晶によって太陽エネルギーを発生させ駆動し、空中へと飛翔する。星屑は自身の翼でヴィマーナを追うように飛び立った。 小銭、星屑、しずくなのvsスカグルの戦いから1週間が経過した。メンバーの1人による透明化魔法により逃げ果せたスカグル一行はアジトに身を隠していた。 スカグルの働きによりグリーン王国はガルガイド王国への侵攻を断念せざるを得なくなった。これによりランドラに続いてグリーンもガルガイドへの戦争をする力を失い、クロノスの計略『天下三分の計』の実現に近づいたのである。 そんな中、ガルガイド王国の国王・桑田貴透が是非スカグルを王都に招き入れ、活動の援助をしたいと口にしているとの情報が王国領中に広まっていた。桑田貴透はランドラとグリーンという二大大国の戦力を削り、戦争を阻止したスカグルの働きとその世界平和を目指す志に心を打たれたというのである。 「クロノス、この噂をどう見る?罠か?それとも…」 「桑田が今俺達を葬る理由は無い。何故なら俺達の存在や力がランドラやグリーンへの楔になるからだ。桑田からすればこの二大国に戦々恐々していた状況を打破した俺達は利用価値がある。俺達の存在を、力を利用したいというのが本音だろう。だから誘いに乗ることにする。天下三分の計の為にな。奴が俺達を利用するなら俺達も奴を利用する。それだけのことだ」 風炎から投げかけられた疑問にクロノスは利害や状況を交えて答えた。 「私もクロノスと同意見よ。行きましょう、王都ガルドリアに」 領那が横からクロノスに賛意を示す。スカグルの今後の活動指針は決まった。善は急げという言葉があるように、スカグルの面々はクロノスの指示の下、早速出立の支度に取り掛かった。 数日後、クロノスらスカグル一行はガルガイド王国の王国・ガルドリアに到着した。 「此処がガルドリアか…」 「すげえ賑わいだな」 「ランドラとグリーンが攻めて来ないって分かってるから街も活気付いてるのよ。戦争なんてやっぱり無い方がいいのよ」 クロノス、風炎、領那の3人は各々の感想を口から漏らすと、スカグルメンバーを引き連れて早速ガルドリア城を目指して歩き出す。事実、都は戦争騒ぎなど嘘であったかの様に賑わっている。様々な商品を取り扱う店が街道沿いに並んでおり、それを買い求める客でごった返していた。骨董品、日用雑貨、食料品、家具…とにかく何でも揃っている。 来る人来る人がスカグル一行とすれ違う度に視線を向けてくる。都の人間はスカグルの存在は知っているが、メンバーの顔までは知らない。だが20人も固まって行動しているとどうしても目を惹くのである。 30分程歩く。そして一行はようやくガルドリア城に到着した。5km四方の城域を持つ洋風設計、煉瓦造り中心の巨大な城である。その姿はスカグル一行の度肝を抜いた。まさに圧巻というやつだろう。 スカグル一行は城域の入口で国王・桑田に謁見する予定がある旨を衛兵に伝えた。衛兵が城門正面から身を退く。これが「通って良し」の合図である。 更に進んでいくと、城の本丸区画に入る。そこまで来れば本城は目と鼻の先だ。日本風に言えば天守閣というやつだろう。地上9層、半径900mにも及ぶこの本城は桑田が贅を尽くし、また防衛機能も申し分無い石造りのような、煉瓦造りのような外見の城である。 「我々はスカグル。俺はスカグルのリーダー・クロノス。桑田王に謁見する為に参った。お通し願いたい」 本城の入口を守る数百人の衛兵の代表者であろう、中世ヨーロッパ風の鉄製の甲冑に身を包んだ男にクロノスが伝える。 「国王陛下がお待ちです。お通り下さい」 面倒なトラブルも無く、衛兵の代表者がその場を退く。一行は苦も無くガルドリア城内部へと進んだ。 更に内部を進む。すると、別の衛兵の案内で王の間へと繋がる扉の前に出た。縦3m、横4m程のこの扉は赤く塗られており、金箔で装飾されている。桑田王は派手好きな人間なのだと見ただけで推察出来る。そしてこの扉の向こうに桑田が居る。一同はそれを考え息を呑む。 「行くぞみんな」 クロノスが小声で一同に合図すると、一同はそれぞれ首肯する。それを確認したクロノスが扉をゆっくりと開けた。 扉を開けると、赤いシルクのマットが真っ直ぐに敷かれており、その先に桑田が座る玉座がある。王の間は流石に広く、高さ25m、広さは200m四方といったところだろうか。天井には大きなシャンデリア、壁には金箔が張り巡らされており、高級感漂う部屋だ。 クロノスを先頭に、スカグル一行は桑田の手前まで進んで跪き、こうべを垂れて礼に服する。 「この度は御招きいただき誠に恐悦至極に存じ奉ります。私クロノス以下スカグル20名、桑田王の御招きにより馳せ参じましてございます」 クロノスが挨拶の言葉を述べる。 「クロノス、面を上げよ」 桑田の低い声が響く。言葉通りクロノスのみが頭を上げる。 「余が国王・桑田貴透である。遠路より遥々ご苦労であった。さて、早速話の本題といこうか。余がおぬしらスカグルをこの都に呼び寄せたのにはわけがある。無論、余とおぬしらの利害が一致したというのは言うまでもないこと…」 「今この世界の北側ではこのガルガイドとグリーン、ランドラで三大国などとは言われているが…ガルガイドはグリーンやランドラに国力で劣っている。最近ではランドラとグリーンがこのガルガイドに向けて侵攻を計画していたが、おぬしらスカグルの働きで頓挫させることが出来た」 桑田は話を続ける。 「しかしまたいつ力を取り戻して我が国に侵攻してくるか分かったものではない。我がガルガイドはその為にも力をつける必要がある。 そこでおぬしらスカグルにはその間このガルガイド王国を守って欲しい。何、ただでとは言わん。おぬしらの活動に必要な資金や生活費の面倒を全て見る。住まいも提供しよう。高級アパートに(マンション風)1人1部屋用意してある。自由に使え。不足があれば遠慮無く申せ」 桑田は話し終えると傍に侍っている衛兵に顎で飲み物を持ってこいと指示する。如何にも贅沢な雰囲気が出ているトロピカルジュースを衛兵が受け取り豪快に飲み干す。 「桑田王のご厚情、痛み入ります。お言葉に甘えさせていただきます。我らの当面の目標は北半球の恒久的平和。私はこの目標の為に天下三分の計を考案致しました」 それから桑田に対してクロノスは自らが考案した天下三分の計の内容を詳細に桑田に語った。 「成る程。それは良き考え。こちらてしても願ったりかなったりだ。これからよろしく頼むぞスカグル」 「ハハーッ!」 程無くして桑田との謁見は終わった。しかしクロノスは天下三分の計の全てを桑田に話したわけではない。クロノスの天下三分の計の「仕上げ」までは、桑田に話すわけにはいかなかった。 「桑田め。我らを利用して力をつけた後にグリーンやランドラと戦争して勢力を拡大するつもりだぞ。ぬけぬけと…欲深い男だ」 謁見が終わり庭園に出ると風炎が口遊む。 「そんなことは分かっているさ。だがそうはさせない。必ず我らスカグルの大望を果たすのだ」 クロノスが暗に、自分にも考えがあると言わんとしていたが此処はガルドリア城。軽率な発言は控えた。 そして、そんな会話をしている内に一行は鋭い視線を感じていた。 「どなたかな?」 視線を感じた方向にクロノスも視線を向ける。すると柱に隠れていた男が姿を現す。身長は平均的な現実世界の日本の成人男性と同じくらいで、一振りの剣、そして二丁小剣を腰に携えている。鷹のような鋭い眼差しはまるでクロノス達を凍てつかせるかのようだった。 クロノスは察した。この男、姿を隠すつもりなど無い。明らかに自分達を威嚇する為にわざと気配を丸出しにして視線を向けているのだと。 「お前らが噂のスカグルとやらか。その様子を見るに、国王陛下に拝謁してきたみたいだな」 「質問してるのはこっちよ!いきなり睨んできてどういうつもり?私達とやろうっての?!」 クロノスの横に居た領那が電流をビリバリと体に流しながら男を威嚇し返す。 「俺はこの国の騎士の1人・エイジス・リブレッシャーだ。貴様らは何か良からぬことを企んでいるらしいがそうはいかない。もしお前らがこの国に害を為すようであればこのエイジスが即座に斬り捨てる。ゆめゆめ忘れるな」 エイジスと名乗った男の瞳は赤い光に覆われていた。この瞳、この光、一体それが意味するものとは…。 「何よその態度!アンタ如きが私達に勝てると…「よせ領那」 領那が言いかけたところでクロノスが手を伸ばして制止した。 「エイジス殿、ご忠告痛み入る。だが私からも貴殿に言っておく。我らはこの国に仕える者ではなく平和の為に働いている。あくまでこのガルガイドの客分に過ぎない。全てをガルガイドに捧げることは出来ないのだ。ガルガイドの騎士である貴殿とは立場が違う。そこはご理解いただきたい」 「…あまり軽率な行動は控えるんだな。このエイジスが居る限りガルガイドに手出しはさせない。何があってもな」 エイジスと名乗った男はそう吐き捨てるとスタスタと歩き去ってしまった。 「何なのよ今の!感じ悪いわね!」 「俺は領那とは別の意味であのエイジスって男から気味の悪さを感じた」 領那が感情的な感想を述べていると、クロノスは横から口を開く。 「ああ。目が赤い光に覆われていたな。あれは何だったんだ?まさか…いや、まさかな…」 風炎はエイジスの目を覆っていた赤い光の正体に心当たりがあった。 「あれは…多分ギアスだ」 「ギアス?」 風炎が口にした単語が分からずに尋ねる領那。クロノスは察しがついたようだ。 「他人に対して絶対服従を強制、どんな命令でも相手の眼から脳を伝って執行させる絶対遵守の力、それがギアスだ。まさか桑田がギアスを持っていたとはな…」 「だが奴がギアスを使えるなら我々にかけてこなかった理由が分からないな」 「何か理由があるんだろう。用心するに越したことはない」 グリーン王国 王都グリーンバレー この王都グリーンバレーの一角に白を基調とした大きな、そう、250坪程の大きな屋敷があった。庭園には噴水や屋根付きの木製の雨宿り小屋など、如何にも金持ちの屋敷という感想を抱かせる造りである。 この屋敷の主は、ここ最近にこの異世界に転生してきた最強のヒーロー・水素である。 「水素様水素様、よろしいのですか?」 青髪ショートヘアのメイド・レムが部屋のソファに寝転がりながら漫画『ONE PANCH MAN』を読んでいる水素に声をかけてくる。 「んー何がー?」 水素は風船ガムを膨らませながら気怠げな声で答える。 「最近スカグルと名乗る人達がこのグリーン王国の邪魔をしてきたとか…水素様もグリーン王国の所属ですし、何もしなくてもよろしいのかと…」 「必要無いねえ。俺は軍人じゃなくてヒーローだ。スカグルの活動で世界が平和になるならそれでいいんじゃね?ヒーローは世界平和の邪魔はしないさ」 言い出しにくそうな顔をしながらも何とかレムは水素に尋ねる。そして返ってきた答えがこれだった。 「俺はさ、もう2度と戦争出来ないねえって言えるような世の中にした方がいいと思うんだ。ぐり~んが言ってることが間違ってたら俺は止めるぜ。それがヒーローだからな」 「流石は水素様です!そんな水素様だからこそレムは…」 「ん?どうしたどうした?w続きをどうぞ~」 「もう、水素様ったら!」 レムが顔を赤くしながら続きを言うのを躊躇う。水素はそれを少しからかうがレムの口から続きの言葉が出ることはなかった。 「水素様水素様、アティーク様がお見えです」 部屋のドアがガチャリという音を立てて開かれると、ピンク髪ショートヘアーのメイド・ラムが入ってくる。 「ん、ラムちーか。分かった今行く」 水素は読んでいた漫画をパタリと閉じて無造作にソファの上に置くと、早足で部屋から出て階段を降りていった。 水素邸内 応接室 「で、用件は何かなアティーク大将軍」 ミスラの剣を腰に携え、黄金の腕輪を手首に装着しているこの男の名はアティーク。グリーン王国軍の頂点・大将軍の地位を占める男で、神の契約者である。 「これよりグリーン王国はランドラ帝国と同盟を結びガルガイド侵攻作戦を練り直す。水素、お前に協力して欲しい」 「やなこった。俺は戦争反対だ。茶と菓子くらいは出すが飲み食いしたら帰れ」 アティークの話を聞くなり水素はアティークを無碍に扱い始める。部屋に入ってきたラムとレムに紅茶と茶菓子の用意を命じた水素は懐にしまっていた「善悪の屑」第1巻を読み始めた。これ以上アティークの話をまともに聞くつもりは無いようだ。 「平和主義者であるお前だからこそ、ガルガイド侵攻作戦に参加する意義がある。俺はそう思う」 「どういうこったよ?」 言葉に反応したのを見て、まだ望みはあるとアティークは判断した。 「ガルガイドの国王・桑田貴透をこのまま野放ししておいたらそれこそ世界中が戦乱に巻き込まれることになるってことだ。これはイスラム教風に言えば聖戦(ジハード)ってやつだ。俺はゾロアスター教徒だが」 「話せ」 水素が善悪の屑を閉じて懐にしまう。話を聞く姿勢になった水素を見てアティークは一気に叩きみかけんと頭をフル回転させる。 「桑田貴透…つまり管理人について噂がある。端末を操作して物事を操ったり、ギアスという能力を使って人を操ったりするんだ。桑田はそれで瞬く間に広大な領国を手に入れ、ガルガイド王国を建国した。因みにこの国名のセンスの無さだが…ポケモンで猛威を振るってるガルーラとポケモンガイドからつけたらしい。 …おっとそんなことはどうでもよかった。 んで、ガルガイド王国を建国したまではいいが、国力はこのグリーン王国と隣国のランドラに劣っている。桑田はスカグルによる工作を利用し俺達が動けない内に国力をつけて…グリーンとランドラを滅ぼしてやがては世界征服を目指す腹だ。 我がグリーン王国は基本的には平和主義だが平和を乱し民に害を為すガルガイド王国は強大化する前に叩かねばならない。それがぐり~んの考えでもある。 水素、お前が真に平和を愛するなら戦ってくれ。グリーン王国…いや、世界の為に!」 アティークが長い話を終えると一息ついてから水素の様子を窺う。 「長い!」 突然水素が目をカッと見開いて一喝する。 「話が長いんだよ!20字以内で簡潔にまとめろ!」 「…分かった。少し時間をくれ」 水素に一喝されたアティークは暫く考え込む様子を見せる。やがて口を開いた。 「桑田の世界征服を止める為に戦ってくれ」 漢字も用いれば18字…アティークは何とか20字以内に収めて水素に伝えた。 「分かった。戦ってやるよ。それが平和の為ならな」 アティークの必死の説得が効いたのか、水素はようやく戦争への参加を承諾した。 「本当か水素!?」 「ああ、本当だ。男に二言は無い」 アティークが目を輝かせて水素の手を取る。 「よしっ!」 アティークはメイド姉妹が茶を淹れてくるのを待たずに軽い足取りで水素邸を出ていった。 「しかし、物資を失ったこの国がどう戦争するんだろうねえ。何か考えがあるのかねえ」 この水素の疑問は、既に水面下で動いているある外交工作が解決に結びつこうとしていた。 アティークが水素邸を訪ねてから5日が過ぎた。 密かにではあるが、既に戦争への流れは形成されつつあった。グリーン王国とランドラ帝国の境にある「童帝寺」という寺院。100m四方の敷地面積で、三方を森林に囲まれているこの寺において、世界の命運を左右する密談が行われようとしていた。 ミスラの剣と黄金の腕輪、そして道服のようなものを古代ペルシャの甲冑の上に陣羽織の様に着ているグリーン王国の大将軍・アティークは副官のHopeや9名を引き連れて寺院の一部屋に入り、着座した。 テーブルを挟んで対峙するのは大将軍・セールとその副官・筋肉即売会、そして側近のくれない他8名。 寺院の外には待機している軍勢は居ない。あくまで密談なので、軍勢を動員すればガルガイド王国に動きが露見してしまうからである。 「グリーン王国大将軍・アティーク。只今参上した」 「大将軍・セールだ。今日お越しいただいたのは他でもない」 「我ら二国の同盟の仕上げ…つまり同盟の締結…」 「如何にも」 両国の軍のトップが顔を付き合わせる場面など滅多にあるものではない。セールとアティークの低い声が双方の側近達にまで緊迫感を与える。 「我が国は先日スカグルに兵糧庫を焼かれ、軍事行動に必要な兵糧の調達で困難を極めている」 「我がグリーン王国は先日スカグルに物資保管庫を焼かれ、軍事行動に必要な武器弾薬や医薬品等が不足している」 セールとアティークは交互に自国の窮状を訴えた。 「アティーク殿、我らの利害は一致している。あの強欲な暴君・桑田が治めるガルガイド王国…あの国がもし我らの内どちらかでも滅ぼしその領土を吸収すれば…」 「もう一方の国もたちどころに呑み込まれ、奴が世界の覇権を手にすることになる…そうですな、セール殿」 セールが語り出したことに、アティークが付け足しをしてお互いの認識を確かめ合う。 「如何にも。そうなる前に何としてもガルガイドを叩くか、潰さねばならない」 「そこで、利害が一致した我々二国が手を結び、同時に侵攻する。桑田を滅ぼさない限り、この世界に未来はありませんからな」 「我らランドラ帝国はグリーン王国に武器弾薬、医薬品等を提供する。その対価として軍事行動に必要な量の兵糧をグリーン王国から提供していただく」 セールが控えている寺院の僧に目配せする。すると僧は起請文用の紙をセールに差し出す。 「互いに不足している物を補い合えば十分に軍事行動を起こせる。既に我が王ぐり~んからの許しは出ています。我がグリーン王国は鉄や木材、硝石等の武器弾薬に必要な原料の産出はそこそこだが、その分肥沃な土地故に米や麦、野菜や肉はよく取れる」 「我が国は鉄や硝石などは良く取れるが食糧の産出は微妙ですからな。では、互いにこの起請文に筆を」 グリーン王国は大穀倉地帯である。グリーンという名前だけに稲穂などが良く育つ。総石高は何と約3000万石。因みに豊臣秀吉が行った太閤検地の結果では、当時の日本の総石高は約1850万石。つまり1000万石以上グリーン王国の方が米が取れる。 セールは僧に差し出された紙に筆でサラサラと同盟における条文を書き記す。 「アティーク殿、これでよろしいか」 セールが起請文をアティークに向けて掲げて見せる。 「問題ありません。では、互いに血判を」 互いに自身の血を指につけて起請文に押し、起請文を半分ずつのサイズに切り取り交換する。これを以って両国の同盟は成立したことになる。 「これで我らの同盟は成立した。それでよろしいなアティーク殿」 「依存は無い。セール殿」 その後、セールとアティークは兵糧や物資の搬入の方法や期日などの細かい打ち合わせを終えると、互いに一杯の酒を交互に半分ずつ飲み干した。これも同盟の仕来たりの様なものである。それが終わり、両者は速やかにそれぞれの国への帰途に着いた。長居をすればガルガイドに動きを察知される可能性がある。キングダムの様に同盟成立の宴などを開いている場合では無いのだ。 両国の同盟が、両国の軍のトップの間で、両国の王及び皇帝の許可の下で締結された。 同盟が締結された両国は早速お互いの国への必要物資の提供・搬入を行う。ガルガイド王国に動きが察知された時の為に、搬入作業の過程では荷駄隊に強力な護衛がつくこととなった。 ランドラ帝国側でこの任を命じられたのは北条及びオルトロス、そして赤牡丹でありグリーン王国側はマロン及び星屑と小銭、しずくなのである。特に星屑、小銭、しずくなのは物資保管庫をスカグルに破壊された失態を挽回すべく、この搬入作業を何としても成功させるという意気込みがあった。 荷駄隊の護衛を命じられた北条と赤牡丹は馬上から自軍を指揮して国境の寺院・童帝寺付近に続くゲノミン街道を進んでいた。 「隠密さん、胸騒ぎがしませんか」 2人で馬の轡を並べて進んでいる時、北条は嫌な胸騒ぎを覚えた。 「奇遇だなまだらさん。俺も何か…そう、視線を感じるんだよ」 赤牡丹も殺気を帯びた視線を感じているようだった。だが、辺りをキョロキョロ見回しても自軍や荷駄隊以外の姿は無い。 「隠密さん。このまま荷駄隊の護衛と指揮を頼む。俺の部隊のこともな」 「まだらさんは?」 「俺は感知能力もあるんでね。ちょっと見てくる。隠密さんは荷駄隊と共にこのまま進んでくれ」 「分かった。無茶はするなよ?」 北条は全てを赤牡丹に預けて自らは馬を降りて隊列を離れ、視線を感じた西の方向へと走り出した。 「北条隊長は諸事情あって離脱した。北条隊長の部隊はこれよりこの赤牡丹の指揮下に入ってもらう」 北条の家臣である武将達にそう伝えた赤牡丹は速やかに進軍を再開した。 魔力感知をした北条が行き着いたのは隊列から見て西方500m程の距離にある廃された石造りの塔。高さは50m、幅は半径60mといったところだろうか。 「我が軍の動向を覗いている者、居るのは分かっている!出て来い!」 「…距離はあった筈だが…。よく気づいたな」 薄暗い塔の上の階から何者かが階段を降りてくるコツコツという音が聴こえてくる。やがて現れ、薄暗い闇から、外の光が射し込むことで見えたその男は一瞬で北条の中に印象付けた。瞳が赤い光に覆われているのだ。 「その剣、二丁短剣…赤い光に覆われた瞳…能力者…軍人といったところか。だがお前など見たこともない。我が国の者では無さそうだな」 赤い光に覆われた光を、北条はこの男自身の能力による者と勘違いしていた。この赤い光は桑田の能力『ギアス』という、命令を強制的に実行させる能力である。 「俺は桑田国王陛下に仕えるエイジス・リブレッシャー。二国の間で協力関係が構築されているのを確認した。会うのは初めてだがお前のことを知っている。写輪眼の北条だな。まあいい…これから王都へ帰り見たままを王へご報告せねばならん。これにて失礼する」 「行かせると思うか?我らの動きを見たからには死んでもらわなければならない」 「そうか。だがこの塔を墓標とするのは貴様の方だ。北条!」 エイジスが腰に帯びている剣を抜き放つと、そのまま前へと跳んで北条に振り下ろす。北条もまた腰に帯びていた草薙剣を抜いてエイジスの剣を受け止める。 「冷殺剣」 エイジスは魔力を使い剣に冷気と魔力を纏わせ強化する。近づくもの全てを凍てつかせるかのような冷気を発し、北条の草薙剣の刀身を徐々に凍らせていく。 「千鳥流し!」 北条は雷遁チャクラを草薙剣に流してそれに対抗する。『草薙剣 千鳥刀』である。千羽の鳥の地鳴きの様な効果音と共に流れる雷遁チャクラが刀身についていた氷を瞬時に分解する。 エイジスは冷殺剣を一度引いて至近距離から冷気を纏った斬撃を北条に向けて放つ。 「写輪眼に見切れない攻撃は無い」 北条は寸でのところで斬撃を右に避ける。斬撃を回避したところで北条は左手に千鳥を流し始める。その次にそれを無数の針状に形態変化させて広範囲に飛ばす。千鳥の形態変化の一つ『千鳥千本』である。 エイジスは自分の前方に氷の壁を展開させて自分に向かってくる千鳥千本を完全に遮断する。 「火遁・火龍炎弾!」 北条がチャクラで軌道を操り大量の火炎を口から吐き出してエイジスが創り出した氷の壁を溶かしてしまう。 (居ない!?) 北条は氷の壁を溶かしたその先を視界に収める。が、そこにエイジスの姿は無かった。しかし感知能力を有する北条は鋭い。直後に背後からエイジスの存在を感じて右に跳んで斬撃を回避する。 (屋内だと奴が薄暗い暗闇から攻撃してくる…ならば!) 「風遁・圧害!」 北条は口からとてつもない大きさと威力の暴風を吐き出してエイジスをも巻き込み石塔を粉微塵にして吹き飛ばしてしまった。 (これで開けた地での戦闘になる。多少は戦いやすくなった) しかし圧害自体はエイジスが自身の魔力と冷気を放出して吹き飛ばされてしまっていた。 「エターナルフォースブリザード」 エイジスが掌から大量の冷気を前方に放出し、左右の地平線の果てまで範囲を広げた冷気攻撃を北条に浴びせようとする。大地が、草が、野鳥が、周囲にある全てが凍りつく。野原だったこの場所は瞬く間に凍土と化していく。 「火遁・豪火滅却!」 両手で印を結んで口から多量の火炎を吐き出す。広範囲を焼き尽くし対象へ炎の壁のように押し寄せるこの火遁の術が凍土を溶かしながらエターナルフォースブリザードの冷気の壁に向かって突き進む。 そしてついにエターナルフォースブリザードと火遁・豪火滅却が激突する。北条は自身のチャクラを火の性質変化に練り上げて吐き出し続け、エイジスは自身の魔力を冷気に変えて右手の掌から放出し続ける。 火遁も冷気も一歩も引かず暫く互角のぶつかり合いが続いたが、何と火遁が徐々に押し負け始めた。 (俺の方が押している。あの名高い写輪眼の北条を討ち取れるかもしれない…!) 冷気で火を押す程の膨大な魔力をぶつけることの出来る力を自身で再確認したエイジスは勝利が見えてきたと思っていた。 一方、北条の瞑っている左眼からは血が流れ始めていた。 「天照!」 瞑っていた左眼の血走っている万華鏡写輪眼が開かれ、最強瞳術の一つ『天照』が発動する。北条の視点から黒い炎が沸き起こり、エイジスのエターナルフォースブリザードを全て燃やし尽くしてしまった。 天照による黒炎が北条とエイジスの周囲を取り囲む。 (これは確か万華鏡写輪眼の瞳術の一つ・『天照』…!まさか奴め、既に万華鏡写輪眼を開眼していたのか…!) ジリジリとエイジスは反射的に、そう天照の恐怖から自分の意思とは逆に脚が一歩、また一歩と後ろへ退いていく。 「怖いか?この万華鏡写輪眼が。怖いだろう。だが恐怖を感じたことを恥じる必要は無い。この万華鏡写輪眼の前ではあらゆる能力者は無力となる。あらゆる能力者が恐怖する。今のお前の反応が自然なのだ。 だが安心するがいい。すぐにお前から永遠に恐怖を取り除いてやる。その命を永遠に絶つことでな」 「…そう、死とは即ち自由なり。魂の救済なり」 『月読!』 北条は両眼の万華鏡写輪眼を見開いてエイジスを幻術にかける。そう、精神世界で永遠の時を過ごさせて緩やかな死を迎えさせる為に。想い人と結ばれ、子を授かり、緩やかに老いて死ぬ。月読での幻術世界での死と共に肉体も死を迎える。…しかしそうはならなかった。 「ウ…ウ…ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!」 エイジスの眼から発せられる強い拒絶反応が、彼自身の瞳を覆う赤い光が一層強まると共に現れ月読を破られたのである。 「馬鹿な…!月読が…破られただと…!?これは一体…月読を破る程の力がエイジスに…?」 「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」 情報によればエイジス・リブレッシャーという男に万華鏡写輪眼に対抗し得る幻術系能力は無い。氷属性魔法、精霊術、体術、剣術を得意とし、王国最強と謳われている男ではあるが。 『幻術・写輪眼!』 北条はエイジスの眼を見て写輪眼を使い記憶を読み取る。 (これは…!?) 「桑田貴透が命じる!エイジス・リブレッシャーよ、我に従え!」 エイジスの記憶を覗いていると国王・桑田がガルドリア城の王の間で左眼の瞳に紫色の瞳を宿し、瞳の中央に不死鳥のシンボルを浮かべながらエイジスに命令を下している。 「イエス・ユアハイネス!オールハイルガルガイド!オールハイルクワタ!」 桑田が左眼から発せられる力をもってエイジスに命令を下すと、エイジスの瞳を赤い光が覆い、エイジスは洗脳されたかの様に桑田に服従を誓う言葉を叫ぶ。 (これは…ギアス…!月読を撥ね退ける力の正体はこれか!エイジスめ、桑田に操られていたのか) 「エイジス。お前は操られている!眼を覚ませ!お前は桑田にギアスをかけられている!」 エイジスの記憶を覗いた北条が幻術から帰ってきたエイジスに声をかける。 「そんな必要は無い。この身は全て桑田国王陛下と王国に捧げている。北条、お前の妄言など聞くに値しない!」 エイジスが自身の周囲に無数の氷の槍を展開し一斉に北条へと射出する。 「木遁・木城壁!」 北条が両手にチャクラを集めて地面に叩きつけると巨大な木の壁が沸き起こり氷の槍から身を守る。 「オォォォルハァァァイルガルガイドォォォォォ!!」 エイジスはそう叫ぶと共に膨大な魔力を放出しながら辺りに冷気を撒き散らして四つ脚の狼へと変化する。 「月読も撥ね退けられ、説得も出来ず、ただただ暴君桑田に操られるアンタを見ると心が痛む。…同じ二次元派の仲間としてアンタに俺がしてやれることはもう…アンタを殺してやることだけだ。済まない、俺が非力なばかりに…!」 敵であるエイジスに贖罪の言葉を述べた北条は、両眼の万華鏡写輪眼の瞳力により自身を覆う紫色の鎧武者を呼び出す。 「須佐能乎!」 須佐能乎。圧倒的な防御力と攻撃力を併せ持つ万華鏡写輪眼の瞳術である。 「ワオォォォォォォォォォォォォォォォォン!」 大きな鳴き声と共にエイジスが口から極太の冷気ビーム『冷撃砲』を放つ。だが須佐能乎の防御力の前では無力であり、弾かれてしまった。 「火遁・豪龍火の術!」 北条はエイジスではなく何故か上空に向かって龍を象った炎の塊を連射する。 「せめて…楽に殺してやる。安心しろ。この術は天照と同じだ。絶対にかわすことは出来ない。アンタがいくら速く動き廻ろうと、な」 空が積乱雲に覆われ陽の光の一切が閉ざされる。雷雲の発生、そして雷が起こり始める。 北条は左手に千鳥を発動、その雷遁チャクラにより積乱雲から巨大な稲妻の塊『麒麟』が出現する。 「雷鳴と共に散れ…!」 北条が千鳥を纏った左手を使い麒麟をエイジスへと誘導し、麒麟が音よりも速い速度でエイジスに直撃する。その破壊力は辺り一面を野原から更地へと一瞬で変えてしまう程だった。 「終わった…。氷河期さん…いやエイジス。安らかに眠ってくれ」 麒麟の影響でまだビリビリと稲妻が辺りに流れている。エイジスはというと、変化が解けて人間体になり俯せで倒れていた。 「オールハイル…ガルガイド…!」 「!?」 しかしエイジスは蹌踉めきながらも起き上がった。彼は麒麟を喰らう直前に全身に魔力を纏ってダメージを軽減していたのである。 「この俺を…ここまで追い詰めるとはな…!だがまだ終わらない!ファフ!」 「呼んだポン?」 エイジスが契約精霊の名を呼ぶ。白黒で、おたまじゃくしの様な形状をしている精霊が現れた。 「俺に力を貸せ!桑田国王陛下に仇為すあの愚かな忍者を消す!」 「承知したポン!」 ファフの姿が光の粒子となって消滅し、それがエイジスの頭上から降り注ぐ。エイジスの体は緑色の光と精霊の魔力に包まれる。 「力が…!漲ってくるぞ!」 エイジスの姿が北条の視界から消える。北条は背後に気配を感知し振り向きざまに千鳥刀を振るう。エイジスが振るった冷殺剣と鍔迫り合いになる。 「炎遁・加具土命!」 須佐能乎に黒炎を纏わせるが、それに気づいたエイジスがすぐさま剣ごと身を退いて回避する。 「炎遁・加具土命 飛燕!」 須佐能乎の右手の掌から黒炎がエイジスに向けて射出されるも、エイジスはそれを軽々と避け続ける。 「夢想・樹海侵殺!」 距離を取ったエイジスが地面に両手を叩きつけると、無数の樹木や蔦、枝が地中から発生して北条へと伸びていく。 刺し貫かれた北条の分身達から爆炎が噴き出し、エイジスを呑み込んでいくが冷殺剣の一振りで全てを薙ぎ払う。 『『『『『『『天照』』』』』』』 7人の北条により一斉に発動する天照がエイジスの出した氷の柱を次々と燃やし、エイジス自身の体にも…と思いきや… (これは…) エイジスの全身に幾重にも張り巡らされている精霊の加護により、天照の黒炎は防がれてしまったのだ。 「夢想・氷樹海浸殺」 氷に覆われた地面が地中から無数に発生、北条の分身達を刺し貫いて次々と消していく。刺し貫かれた北条の分身達から爆炎が噴き出し氷樹海浸殺を焼き尽くし、吹き飛ばしていくが、この技による目的は分身の破壊。もはや問題では無かった。 しかし、全ては影分身だった。北条の本体は何処か?そう考えていると… (速い…!) 「仙法・超大玉螺旋丸!」 真横に急接近してきた北条による超大玉螺旋丸が精霊の加護を破ってエイジスの脇腹に炸裂した。炸裂した超大玉螺旋丸はエイジスを吹き飛ばしながら渦巻いて拡散、やがて収束した。 「ハァ…ハァ…ハァ…貴様…仙人モードも使えたのか…」 「終わりだ」 千鳥刀を持った北条が瞬身の術でエイジスに急接近し、上段から振り下ろす。 「舐めるな」 冷殺剣で千鳥刀を受け止め鍔迫り合いに縺れ込む。 「超大玉螺旋丸を喰らってまだ動けるのか」 「精霊の加護でダメージを軽減した」 互いに一度剣を引き、再び同時に斬りかかり、打ち合う。何度も何度も何度も何度も…上段から、中段から、下段から、そして正面、足払い、眼…斬り込み、突き出し互いに空を斬り続ける。 「もらった!」 斬り合いになれば写輪眼を持つ北条が有利なのは明白だった。ガード付加の千鳥刀だが、勝負はつかなかった。エイジスの首筋に千鳥刀が突き刺さる。だが北条が突き刺したエイジスは張り直した幾重にも重なる精霊の加護で守られており、全てを破壊する前にエイジスを左に体を逸らして回避していた。エイジスはそのまま後ろに大きくジャンプして後退する。 「輝く流星の矢(スターライトアロー)」 エイジスの意思により天空に無数の光り輝く矢が現れ、北条へと降り注ぐ。 「土遁・多重土流壁!」 北条が印を結んで地面に両手を叩きつけると、岩で出来た壁が幾重にも現れて光り輝く矢を防いでいく。 「遅いな」 だがその隙を突いてきたエイジスの高速の剣技で対応が遅れた北条は心臓を貫かれた。 「グフッ…!」 心臓を貫かれた北条の両腕がぶらんと下へ下がる。口からは血を吐いており、言葉を出そうにも声が出ない。 「さっき死とは自由、魂の救済と言ったな?ならば俺がお前を救済してやる」 エイジスの左手から冷気を固めたビーム『冷却砲』が発射された。零距離で冷却砲を浴びた北条は為すすべもなく氷漬けにされてしまった。 「さて、邪魔者は消したし国に帰るか」 「そうだな。土に還ってもらおうか」 突如エイジスの背後から千鳥刀が突き出され、エイジスを腹部を貫かれた。千鳥の雷遁チャクラが体に響き、痺れて動けない。 「馬鹿な…心臓を貫いた筈…」 腹部を貫かれ吐血するエイジス。吐いた血が顎や胸を伝って刺し貫いている千鳥刀に付着している腹部から出た血と混じり合う。 「お前が貫いた心臓は俺が持つ五つの心臓の一つに過ぎない。 救済されるのはやはりお前の方だ、エイジス」 「…!」 北条の左手に千鳥、更に加具土命による黒炎が纏われる。そして… 「建御雷神(タケミカヅチ)」 エイジスの心臓が貫かれた。 「この万華鏡写輪眼を開眼せし俺を此処まで手こずらせたのは褒めてやる。アンタは別に弱くない。むしろ今まで戦った中で多分一番強かった。だからな恥じるな、誇って黄泉へと旅立て」 北条が既に声を発しなくなったエイジスに語りかけると同時に、突き刺していたエイジス胸から左腕を引き抜く。エイジスはうつ伏せになって横たわり、動かなくなった。 「しかし、俺もまだまだだな。万華鏡写輪眼だけでは足りん、万華鏡写輪眼を超える六道仙人の究極瞳術・輪廻眼を早く開眼したいものだ」 北条はそんなことを呟きながらエイジスの遺体に背を向けて歩き出した。 一方エイジスは… 「俺は……死んだのか?」 既にこの世での意識を無くし、2度目の死を味わったことになる。エイジスは死んで自分の精神世界の中に意識を移されていた。光に満ち溢れた世界。見渡す限り光しか無い。 「そうだポン!氷河期…いや、エイジス!君は一度死んだポン!北条に負けたんだポン!」 エイジスの言葉に答えるタイミングを見計らっていたかのようにファフが現れる。 「でも安心して欲しいポン!ファフは特殊な力を持つ精霊だポン!君を生き返らせることなんて造作も無いことだポン!」 ファフは何度も飛び跳ねながらエイジスに語る。 「な…何!?本当なのか!」 その言葉を聞いたエイジスの表情にも光が射した。もちろん比喩表現だが。 「ただしこの力は一回の戦いにつき一度しか使えないポン!ファフの力も無限ではないポン!命は大切にするポン!」 「分かった。ファフ、やってくれ!俺は奴に負けたまま終わるわけにはいかない!」 「承知したポン!では始めるポン!」 エイジスの体を眩い光が包み込む。エイジスは光に満たされていく中で意識を閉ざしていった。 「早く隠密さんに追いつかねば…まあ瞬身の術があるからすぐだが…」 北条はエイジスを倒したと確信して先に荷駄輸送の為に国境まで向かった赤牡丹やオルトロスらを追い始めようとしていた。 そこで、北条は違和感を感じる。いや、違和感というよりは…その違和感は膨大な魔力を感知したのだと次第に理解する。 「何だこのとてつもない量の魔力は…!まさか、殺した筈だぞ!?」 後ろを振り返る。すると精霊の光に包まれ膨大な魔力を解き放っているエイジスが立っているのを視認した。 「ファフ、変身だ!」 「分かったポン!」 『ファフニール!!』 エイジスとファフの声がハモった瞬間、ファフが光の粒子となりエイジスを包み込むと、強力な魔力反応が巻き起こる。冷気が振り撒かれ、北条は反射的に須佐能乎、それも完成体を発動して身を守る。 冷気と魔力のオーラが振り払われるとそこには北欧神話に伝わる巨大な龍・ファフニールが飛行しながら北条を見据えていた。 「まだそんな手を残していたのか。だがわざわざ的を大きくしてくれたな!天照!」 北条の左眼の万華鏡写輪眼の視点から天照が発動するが、黒炎はやはり幾重にも張り巡らされた精霊の加護により防がれてしまう。ファフニール状態のエイジスが嘶きながらとぐろを巻くように飛翔する。 「やはりそう上手くは行かないか。ならば…」 『神威手裏剣!』 須佐能乎の両腕から大きな手裏剣をエイジスに向かって投げるが、エイジスは飛行しながら回避する。 「図体デカい割にすばしっこい奴だな!八坂ノ勾玉!」 数珠状に連なった霊器の勾玉を須佐能乎から飛ばす。エイジスはそれに対し口から冷気を凝縮した極太の波動砲を放つ。冷気と霊器がぶつかり合い、威力は互角で互いに膨張した後に相殺、消滅した。 エイジスの嘶きが大地を、空をも揺るがし地中から氷に覆われた無数の樹木や枝、蔦が発生し、天空からは無数の巨大な氷柱や冷気ビームが降り注いでそれぞれ北条を攻撃しに掛かる。 「天と地からのサンドイッチってわけか。だがこの完成体須佐能乎は破壊出来ない」 『十拳剣(とつかのつるぎ)』と『八咫鏡(やたのかがみ)』が須佐能乎の右手と左手に顕現し、地中からの樹木や枝は十拳剣で斬り裂き続け、空からのビームや氷柱は八咫鏡で防ぎ切った。 だがそんなことをしている内にエイジスが急降下してきて至近距離で冷撃砲を口腔から放出してくる。北条の須佐能乎はそれに合わせて正面に八咫鏡を構えた。 巨大な冷気ビームが、八咫鏡により防がれて、軌道を逸らされ須佐能乎は無傷だった。 「永久に幻術世界へと封印してやる!十拳剣!」 北条の完成体須佐能乎の右手に握られている霊剣・十拳剣がエイジスを貫こうとするが、エイジスは巨大の割に軽快な身のこなしで輪を作り十拳剣を回避する。エイジスはそのまま口から冷撃砲を発射する準備を行いながら完成体須佐能乎へと突き進む。 「八咫鏡がある以上貴様の攻撃など効きはしない!」 突き進んでくるエイジスに対し完成体須佐能乎が左手に持つ八咫鏡を向けて冷撃砲からの防御を図る。 「何!?」 エイジスはそれを身を捩らせて尻尾で須佐能乎の手から弾き飛ばしてしまう。 「チィッ!身のこなしまで自在とはな!火遁・豪火滅失!」 弾き飛ばされた八咫鏡を拾いに行くのではとてもエイジスの冷撃砲の対処に間に合わない。完成体須佐能乎の防御力には自信があったが、ファフニール状態のエイジスがどれだけの威力の技を繰り出すかは八咫鏡で防いだ事実だけでな計りかねる。そう考えた北条は火遁系忍術最強の豪火滅失をぶつけて冷撃砲の威力を相殺しようと思いついたのである。 エイジスの巨大な口腔から冷撃砲が発射される。両手で術の印を結んだ北条の口から膨大かつ強力な火炎が放射される。両者が放った攻撃が互いに零距離でぶつかり合う。 「クッ…!だが防ぐのには成功したようだ」 豪火滅失は冷撃砲の威力を殺しながらもかき消されるが、冷撃砲自体は完成体須佐能乎で防御することに成功した。 「木遁・樹海降誕!」 続いて北条の木遁が発動する。夢想・樹海浸殺に劣らない量の樹木が地中から発生、エイジスの巨大を完全に拘束する。飛行による回避を図ったが、間に合わずに拘束されたのだ。捕らえられたエイジスの叫びが木霊する。 「炎遁・螺旋手裏剣!」 須佐能乎の右手の掌の上に『風遁・螺旋手裏剣』を形成、それに『炎遁・加具土命』の黒炎を付加してエイジス目掛けて投げ飛ばす。 「さらばだ、エイジス・リブレッシャー」 北条のその言葉と共に炎遁・螺旋手裏剣はエイジスの胴体に直撃した。 黒炎を撒き散らしながら螺旋手裏剣は拡散、一気に膨張してから収束する。 「終劇」 炎遁・螺旋手裏剣は相手を焼き尽くすまで消えない炎と共に直撃した相手の経絡系をズタズタに斬り裂く奥義・極意レベルの術である。しかし… 止むどころかさらに大きくなって聴こえるエイジスの嘶き。螺旋手裏剣が魔力と冷気によって振り払われた先に北条が見たものとは… 『精霊変化・ユニコーン!!』 背中から生えた二枚の純白の翼と長く伸びた角、白く艶やかな毛並みと四つ脚を持つ…そう、天馬の姿に変身しているエイジスの姿があった。 「まだ奥の手を残してやがったのか…だが!」 北条は先程エイジスに振り落とされた十拳剣を完成体須佐能乎で拾い上げ、その右手に持って構える。 「この完成体須佐能乎の敵ではない!うちはの瞳力と俺の忍術を舐めるな!」 北条はそう力みながら両手で術の印を結ぶ。 「仙法・明神門!」 北条が印を結ぶと天空から自然エネルギーを流し込む鳥居を口寄せしてエイジスの体にのしかかり空から地へ圧で押し込めて動きを封じ込める。 「天翔ける天馬も地に堕ちればただの駄馬だ!死ねェ!」 完成体須佐能乎から黒炎が付加された霊矢が放たれる。霊矢は弧を描かずに真っ直ぐに軌道を描いて明神門の中のエイジスに向かって突き進む。 しかしエイジスの嘶きと共に発生した音圧で明神門は吹き飛ばされてしまい、エイジスは再び飛翔して須佐能乎の矢を回避する。エイジスはそのまま空中から北条を見下ろし、少しの間が空く。 (来るか…!) 【♪イメージBGM♪】角都 (アニメ「NARUTO疾風伝」より) エイジスが急降下しながら角に膨大な魔力と冷気で形成した巨大な刃を向けて完成体須佐能乎に突進してくる。 「無駄だ!」 北条は完成体須佐能乎の十拳剣で迎え討たんと構えるが、十拳剣の斬撃は高度な飛行技術を持つエイジスに回避され、更に八咫鏡に冷気の刃が突き刺さる。 「馬鹿な!何だこの衝撃は!」 破壊こそされないものの、八咫鏡で刃を受けたにも関わらずその衝撃が完成体須佐能乎内部にまで響いてくる。 「火遁・豪火滅失!」 エイジスを振り払おうと口から多量の火炎を吐くが、まさに焼け石に水状態であった。精霊の加護も強化されたエイジスの体は最強の火遁忍術であっても寄せ付けない。 「消えろォ!」 続いて右手の十拳剣をエイジス目掛けて振り下ろす。 振り下ろされた十拳剣。だがエイジスは精霊の加護によりその斬撃を受け付けない。更に八咫鏡を破壊出来ないと悟ったエイジスは八咫鏡の下に角を入れてテコの原理と有り余る膂力を利用して須佐能乎の手から吹っ飛ばしてしまった。 「チィッ!」 八咫鏡を失った須佐能乎の左手に千鳥を纏わせてエイジスに突き出す。エイジスの冷気の刃と千鳥が激突する。 「なん…だと…!?」 エイジスの角の冷気の刃が完成体須佐能乎の左腕に突き刺さり、ヒビが入ったのだ。まずいと思った北条は瞬身の術で後退し、エイジスから距離を取る。 「このままでは…!」 続いてエイジスの角から先程までとは比べ物にならないサイズの冷撃砲を発射する。完成体須佐能乎はなす術も無く氷漬けにされてしまった。 (おのれエイジス!) (終わりだ…北条…!) エイジスの嘶きが空と大地に共鳴し、地平線の彼方からまで生えてくる樹木や天空から降り注ぐ無数の氷の刃が次々に須佐能乎に突き刺さってしまった。 「こんなところで…終われるかよっ…!」 広がっていく須佐能乎のヒビ。北条の敗北は決まったかに見えた。 「六道仙人よ、俺に力をォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」 北条の左眼の万華鏡写輪眼に突然変異が起きた。万華鏡写輪眼は薄い紫色で波紋の様な形状の、更に写輪眼の黒い勾玉模様が浮かび上がる。 輪廻眼。三大瞳術と呼ばれる特殊な眼球の1つで、写輪眼、白眼、輪廻眼と確認されている。その中でも輪廻眼は、最も崇高にして最強の瞳術とされ写輪眼が最終的に辿り着く究極系である。更に輪廻写輪眼は写輪眼及び万華鏡写輪眼の力を併せ持つ特殊な瞳術である。 「神羅天征!!」 輪廻写輪眼を手に入れた北条が新たな術『神羅天征』を発動、自身を中心に強力な斥力を発生させて樹木や氷の刃を全て吹き飛ばす。 「さあ、決着をつけるぞエイジス・リブレッシャー!」 輪廻写輪眼の開眼により完成体須佐能乎が強化されて復活する。しかし北条のチャクラも、エイジスの魔力ももうそうは残っていない。決着の時が近づいていた。 【♪イメージBGM♪】黒点 (アニメ「NARUTO疾風伝」より) 「尾獣共よ、俺に力を!」 北条が一尾から九尾までの全て尾獣のチャクラを集めて完成体須佐能乎に付与することで、そのチャクラが水色のチャクラとなって完成体須佐能乎の中身として現れる。そして背中に生えた二枚の翼を使いエイジスと同じ高さにまで浮上する。 一方エイジスは大きく嘶きながら角から特大の冷撃砲を発射する。 「餓鬼道・封術吸引!」 新たに得た輪廻眼の力の一つである餓鬼道の術でエイジスの冷撃砲を吸収し無力化する。しかし冷撃砲を吸収している間にエイジスは先程よりも更に巨大な冷気の刃を角の先に形成、北条及び完成体須佐能乎に向けて特攻を仕掛ける。 「尾獣玉ァ!」 尾獣チャクラを練って、特攻してくるエイジスに向けて特大の尾獣玉を放つが簡単に突き破られてしまう。 「神羅天征!」 北条は特攻してくるエイジスを神羅天征で吹き飛ばそうとする。エイジスはそれに抵抗し数秒その場で突き進もうと更に力を強める。 「馬鹿な…神羅天征に耐えるだとォォォ!!」 エイジスはそのまま神羅天征を突き破って完成体須佐能乎が持つ八咫鏡にその刃を突き立てる。更に精霊の加護を付与して強化した巨大で鋭利な氷の柱を無数に完成体須佐能乎に降り注がせる。が、そちらは完成体須佐能乎に傷一つ与えられなかった。 「炎遁・加具土…クソッ!」 八咫鏡に加具土命を付加してエイジスを焼き尽くさんとした時、北条に異変が起きる。術が上手く発動出来ないのだ。そればかりか、八咫鏡と十拳剣まで須佐能乎の手から消えてしまった。 「流石にチャクラを使い過ぎたか…!このままではまずい!」 八咫鏡が消えたことでエイジスの冷気の刃は完成体須佐能乎の左手に突き立てられる。 「建御雷神(タケミカヅチ)!」 完成体須佐能乎の左手に千鳥と加具土命が付与される。冷気の刃と建御雷神がぶつかり合い、上空で大爆発が発生する。 大爆発が止む。互いに高威力の技をぶつけ合ったことで完成体須佐能乎のヒビが入った左手の小指、薬指と、エイジスの角が破壊されてしまっていた。そして爆風により互いに吹き飛ばされていた。 「もうチャクラはそう残っていないな…。次の一撃で勝負を決める!行くぞ!」 尾獣チャクラと雷遁チャクラを纏わせた巨大な矢を完成体須佐能乎がつがえて放つ。一方エイジスは全身から残る魔力の全てを冷気として放出する。エイジスの究極魔法『コキュートス』である。 (インドラの矢。俺の最強の物理攻撃だ) インドラの矢とコキュートスが正面からぶつかり合った。見渡す範囲全てを巻き込む大爆発が発生、地面を抉り、雲を穿つ。 エイジスと北条は互いに魔力、チャクラを使い果たして空から地へと落下しその場で倒れた。 「ハァ…ハァ…ハァ…この俺がここまで本気を出さねばならんとはな…!」 草薙剣を杖代わりに、抉られた地面に突き刺して蹌踉めきながら北条は立ち上がり歩き出す。既にチャクラを使い果たしたので輪廻写輪眼の黒い勾玉模様が消え、万華鏡写輪眼も通常の黒い瞳に戻っている。 「それは…こっちのセリフだ…。ユニコーンまで使う羽目になるとはな…」 エイジスもまた疲弊しきった体に鞭打つかのように立ち上がり、北条に向けてヨロヨロと歩き出す。 そして…互いに相手に辿り着くまでに力尽き、意識を失い倒れた。 激闘の終了を告げるかのようにポツポツと雨が降り始め、倒れている2人に鞭打つかの様に大降りになり降り注ぐ。 結果として、この激闘は痛み分けに終わったのだった。 「エイジス!」 数時間は経過しただろうか。エイジスの精霊術の先達者であるレインがエイジスを捜して現れた。 「息はある。意識を失ってるようね」 倒れているエイジスを抱き上げて息があるのを確認したレインはそのまま抱き上げた。 「向こうで倒れているのは…あれは写輪眼の北条!」 北条と面識は無いが、その名と実力は世界中に知られている。俯せではあるが髪型や服装、所持している草薙剣を見て北条だと確信した。 「此処で葬るべきか…いえ、無粋な真似はやめておきましょう。エイジスが命をかけて戦った結果に水を差すのは良くないわね」 レインは敢えて倒れている北条を見逃した。これも騎士道精神というやつだろうか。レインはエイジスを抱きかかえたままその場を後にした。 戦場には意識を失った北条だけが取り残され、雨に打たれ続けていた。まるで走り疲れた馬に容赦なく鞭打つかのように。 エイジスが次に眼を覚ましたのはガルドリア城内の医務室のベッドだった。 「此処は…?医務室…?」 ランドラ領内で北条と激闘を繰り広げ、そこで倒れた筈。誰かが自分を運んできてくれたのだろうとすぐに察しながら上体を起こそうとするも、ズキっと上半身全体に痛みが走る。 「…ッ!」 「まだ起きちゃ駄目だ。安静にしてなさい。魔力も体力も使い果たして限界の状態だったんだ無理も無い。あと数日は大人しく寝てなさい」 隣でエイジスを見守っていた医者がエイジスの動きを静止する。 「エスパニョール先生か…。そうだ!奴は!?北条は!?」 「医務室で大きな声を出すな。北条についてまでは俺は知らない。相当熾烈な戦いだったというのはお前が意識を失ったことから分かるが」 エスパニョールと呼ばれた医者はカルテを眺めながらエイジスに応える。 「そうか…。この俺がしくじるとはな…」 「しくじってなんてないさ。お前は情報を掴んでこうして生きて帰ってきた。生きている限り負けはない。本当の失敗や敗北ってのは死ぬことさ」 「そうか。情報は持ち帰れた。それに北条の能力についてもな」 「俺も今はお前しか患者が居なくて暇でね。北条との戦いや奴の能力について聞かせてくれよ」 国を代表する医者なのに仕事が無いのか?クビにならないだろうな?と口には出さないながらもそう思う。 「ああ。奴は万華鏡写輪眼を開眼していた。強力な瞳術をいくつも使ってくる。特に驚異的だったのは天照と須佐能乎だな。ファフニールまで使ったのに歯が立たなかった」 エイジスはゆっくりと語り出した。エスパニョールにしようとしている話を、いずれ桑田にも話さなければならない。 一方北条はというと、やはりこちらも帝都の本城にある医務室のベッドで眠っていたが、まる2日眠っていたようだが、ついにその目をゆっくりと開いた。 「医務室か…」 何度か見慣れた真っ白な天井。横から射し込む日光。 まだ意識がぼんやりとしている。辺りを見渡す。誰かが居る。視界もぼんやりとしており誰だかははっきりと分からない。 「ようやく目を覚ましたようだな、まだら」 声を聞けば分かった。帝国の大将軍にして、自らの上官であるセールの野太い声は聞いただけで分かってしまう。しかし大将軍が何故こんなところに居るのか?視界がはっきりとしてきたところでその答えは見えた。どうやらたまたま見舞いに来たようでバスケットにバナナやメロン、りんご、ぶどいといった果物を右手に持っていた。しかしこの精悍なルックスとフルーツ…絶望的に合わない。 「セールさん…俺はどのくらい眠っていたんですか」 「まる3日だ。まあ無理も無い。スタミナもチャクラも使い果たして倒れてたんだからな」 セールの発言でハッとなる。あの時自分が倒れた。そして同時にエイジスも倒れたが、自分は今こうして此処に居る。エイジスはどうなったのか?奴に逃げられればこちらの動きが王国に筒抜けになってしまう。 「エイジス…氷河期は!?」 「氷河期だと?」 「俺はこちらの動きを偵察していた氷河期と戦ったんです!氷河期と戦って…互いに力尽きて倒れて…氷河期は居ませんでしたか!?」 「そういうことか。残念ながら俺の部下のくれないがお前を見つけた時には氷河期の姿は無かった」 「すいません…!俺に力が足りなかったばかりに…!」 こちらの動きを、グリーン王国との同盟のことを王国側に知られてしまった。そう言いたかったが、出てこなかった。 「同盟のことがガルガイドにバレたな…。だが別にお前は悪くない。荷駄の輸送は無事完了したからな。それに力が足りなかったというが、その左眼…新たな力に目覚めたようだな」 北条の輪廻写輪眼を見てセールは言った。輪廻写輪眼は戦闘時以外でもずっとそのままであり、そういう仕様だった。チャクラが尽きればただの輪廻眼になるが。 「これは輪廻眼…正確には俺のこれは輪廻写輪眼です。瞳術の究極系で、様々な強力な術を使えたりします。しかし氷河期は強かった。輪廻写輪眼を開眼した俺と互角の実力でした」 「敵側にそんな強い奴が居るのはかなり厄介だな…。氷河期がガルガイドに居ることは知ってたし、王国最強騎士と言われていることも知っていたが…輪廻眼を持つお前と互角にまで強いとは思っていなかった」 「荷駄の輸送は終わったんですよね?ガルガイド侵攻はいつになるんです?」 北条は既に汚名返上、名誉挽回に燃えていた。 「 近日中、としか。荷駄の輸送は終わったが兵站を含め軍備の支度もあるんでな。北条、動けるか?」 セールは病み上がりの北条を心配し、本当に戦えるかを聞いたのだ。 「もう3日も寝たんで問題ありません。ガルガイドのクソ共を根絶やしにしてやりましょう!」 「頼もしいな。よし、戦の支度だ。行くぞ北条!…と言いたいところだがお前はもう少し寝てろ。お前の軍のことはこっちでやっておく」 力む北条に、やはりまだ心配なセールは寝てろと釘を刺す。 「じゃ、俺は行く。後これは見舞いの品だ。食えば力がつくぞ」 セールは大量の果物が入ったバスケットを北条が横たわっているベッドの隣にある台に置いて医務室から去っていった。 話は少し遡る。北条がエイジスと激闘を繰り広げていた頃、荷駄隊を率いる赤牡丹やオルトロスも鋭く察知していた。そう、桑田が派遣した斥候である。 「ガルガイドの斥候は質が低いようだな。素人の俺にも気配を察知されるとは」 「所詮は三流国家だ。三流国家の斥候は所詮三下なんだよ」 拓けた野原から進んで森林の中へと続く道に出ていた。暫く進むと樹海や茂みに潜んでいる人間の気配を察知したのだ。 「出て来いよォ!三下ァ!」 オルトロスの一喝。しかし気づかれていないフリをしているようで姿を現す兆候は全く無い。 「隠密、お前ちょっと炙り出してやれ」 痺れを切らしたオルトロスが隠密に言う。 「第四波動!」 右手と左手の掌から吸収した熱を取り込んで放つ炎熱を凝縮した波動砲が樹海の広範囲を一気に焼き尽くす。天をも焦がすかのような炎や煙がたちまち舞い上がる。 「くせェ…!こりゃ人体が焼けた匂いだぜオルトロス」 何故こんなに鼻が良いのかなどと突っ込んではいけない。 「人間バーベキュー成功ってかァ?w多分ガルガイドの斥候だぜェ。急がねえとヤべえな」 第四波動により激しく燃え上がる樹海に囲まれた道を、一行は急いだ。国境の童帝寺まではまだ遠い。 一方星屑、小銭、しずくなの、マロンはガルガイドが派遣した斥候にやはり勘付いていた。 「ハイウェイスター!」 性春大橋の戦いから日が経ち、星屑はスタープラチナ以外のスタンドも徐々に使えるようになってきていた。人型のスタンドを呼び出し、そのスタンドの匂いを追って追跡を始める。物陰に隠れている斥候の1人に取り付いて全ての養分を吸収し絶命させてしまった。 「雷光剣(バララークサイカ)!」 マロンは剣を鞘から引き抜いて雷撃を起こし、周囲の障害物を破壊、更に広範囲の地面すら抉る。尚、味方に当たるのは調整して避けた。 「エグいな…お前の攻撃…今ので敵全員死んだろ」 本気を出していない状態ですら山をも穿つだろうその威力に星屑は驚嘆する。戦闘回数が多くはないが彼は隠れた実力者である。 「お前の今のスタンドよりはマシだよ。俺のは純粋な破壊力だから」 「それより、マロンのせいで今回俺の出番ねえんだけど…」 クラスカード『ライダー』の宝具であり愛馬『ブケファラス』に乗り横から入ってきた小銭が不満を訴える。 「だがもし取り逃したら向こうに情報掴まれて失敗することになるぜ。誰の手柄とか関係ねえ。それにお前ら十分戦闘してんだろ。俺の出番もっと増やせよ」 「メタ発言すんなよ…。それを言うなら忍者とかヒーローの異常な出番の多さは何なんだよ…」 マロンが全てを知っているかのようなセリフを口走る。メタ?気にしない方がいい。しかし主人公であるにも関わらず出番があまり無い奴も居るので気にしてはいけない。 「任務を全う出来るなら何でもいいだろ。さあ口より手を動かすぞ。時間は有限なんだ」 マロンと小銭の間に割って入ったしずくなのの言葉に感化され、小銭、マロン、星屑は持ち場に戻って行軍指揮を再開した。 童帝寺は、近い。 赤牡丹率いる帝国軍と星屑率いる王国軍は童帝寺で合流、そこで互いに率いていた荷駄の交換を行った。互いに交換した荷駄をそれぞれの国許へと無事に届けることに成功した。 グリーン城 王の間 「今回の荷駄輸送、無事に完遂したようだな。よくやった星屑、しずくなの、小銭、マロン」 グリーンの4人への賞賛のイケボが王の間に響き渡る。 「元はと言えば俺らがしくじったから荷駄輸送する羽目になったんだがな。んで、荷駄輸送が終わったとなるといよいよ…」 「星屑、お前らがあそこでしくじったからこそランドラと同盟を結ぶことが出来た。これより戦支度の仕上げに入る。お前らも将として出陣してもらうからそのつもりで準備してくれ。総大将はアティークだ」 「いよいよスカグルと桑田をぶっ潰す時が来たか。腕が鳴るぜ。じゃあ俺達は戦支度があるから帰るぜ」 星屑はぐり~んと一言二言話すとその場を後にした。マロン、小銭、しずくなのもぐり~んに一言かけてから星屑に続く。 「桑田め調子に乗り過ぎたな。出る杭は打たれるってな。調子に乗ればどうなるかを教えてやる」 ぐり~んは勝ち戦を確信していた。此方にはあの水素とアティークが居るし、星屑や小銭らも強力な能力者である。 「ぐり~ん2号、今回はどのくらい動員出来る?」 「幻影帝国やNAK帝国への抑えに兵を残さねばならんから掻き集めて5万っていったところだな。ぐり~ん、油断は大敵だぞ」 動員数を尋ねられたぐり~ん2号がぐり~んに釘をさす。 「5万か。ランドラは7万の兵を集めたらしいな」 「合計12万。ガルガイド王国の最大動員兵力は5万といったところだな。この戦をお前はどう見る」 「攻撃側は守備側の3倍の数が必要と言われている。アティークや水素が居るとは言え向こうも何か隠してるだろう…簡単にはいかないかもな」 ぐり~ん2号はあくまで冷静だった。既に北条とエイジスが戦ったことも耳に入っている。ガルガイドには既に同盟のことを知られていると考えるのが自然だろう。だからこそ楽観は出来なかった。 ガルドリア城 エイジスの命懸けの偵察によりランドラ帝国とグリーン王国の同盟とガルガイド王国への侵攻計画が明るみに出ていた。二方面よりの大国からの侵攻に晒されることになったガルガイド王国は窮地に立たされた状況である。 エイジスの帰還と報告により事態を知った桑田は各地に斥候を更に放ち、それによりランドラ帝国軍は7万、グリーン王国軍は5万の大軍ということが発覚した。帝国の総大将はセール大将軍、王国の総大将はアティーク大将軍とのことだった。どちらも優秀かつ強力な指揮官であり、能力者である。 「国王陛下、如何なさいますか」 国王・桑田の側近の1人であるLパッチが報告を聞いて狼狽を隠せずに居た。 「そう焦ることはない。ランドラ帝国戦線は全て奴に任せることにする。そろそろ来る頃だな…」 傍に居たLパッチにそう答えた矢先、王の間の扉が開かれる。 「来たか」 黒い洋風の、如何にも王族の軍人の正装といった衣装、裏地が赤紫で表は黒のマント、宝石をぶら下げた異様な眼帯といった某ロボットアニメの劇場版の某キャラにそっくりな出で立ちの男が入室し、コツコツと黒い靴で赤いカーペットが敷かれた道を踏みならしていく。 「御召しとお聞きして参上致しました、国王陛下」 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら男は跪坐く。 「陛下、この男は確か…」 「来たか、太鼓侍」 傍に居るLパッチの疑問に答えるかのように跪坐いている男の名を桑田が呼ぶ。 「仔細は聞いているな?お前に仕事がある」 「仰せになるまでもないこと。この太鼓侍が参り。ランドラ帝国軍を撃滅して参りましょう!そう、全ては盤上のゲーム、この私が戦争という名のゲームを制し、陛下に勝利をもたらし、王国に繁栄をもたらす為の余興に過ぎません!」 「戦争を、それもこの不利な状況をゲームと捉えるか。やはりお前は面白いな」 桑田は隣に控えていたLパッチから王笏を受け取り、それを跪坐きながら両手を前へ差し出している太鼓侍に歩み寄って授ける。 「この私が居る限り、ガルガイドに負けはありません!オールハイルガルガイド!オールハイルクワタ!」 太鼓侍は立ち上がり、「万歳」という意味のセリフを高らかに叫ぶ。 「改めて任を言い渡す。太鼓侍よ、対ランドラ戦線マツモトに赴き、総大将としてセール率いる帝国撃滅せよ!お前に対ランドラ戦線の全権を委ねる!」 「イエス ユア マジェスティ!」 2000もの王族直属の近衛兵団に守られ、馬車に引かれながら太鼓侍は悠然とマツモト城前に到着する。太鼓侍の護衛を務めていたのはエイジスである。馬車には国旗であるモンスターボールが描かれおり、高貴な人間を乗せていることが窺い知れる。これは国王から認められた限られた高貴な人間のみが使える馬車であり、格式の高さを示すのである。 「長旅お疲れ様です。エイジス殿は写輪眼使いと戦って倒れた後の病みあがりだというのに…」 そう言って馬から降りたエイジスに迎え、手を差し伸べたのたのはガルガイド王国の将軍・まさっちだった。因みに総大将の出迎えなので此処ではふざけた話し方は控えている。 「いえ、国が直面している危機に比べれば俺のダメージなど些事に過ぎません。それに俺は回復が早いのが取り柄でね」 そう言ってエイジスは差し伸べられたまさっちの手を取る。 「しかし、国王認可の馬車で、この王国において名高い騎士である貴殿が護衛とは…お連れいただいた方はさぞかし国王陛下の覚えめでたきお人のようですな」 まさっちがそう言った瞬間、エイジスの後ろの馬車からゆっくりと黒尽くめの男が降りてきた。 「なんだ、迎えはこれだけか。 しかし私が帰還する時には、勝利に歓喜し、我が名を連呼する民が、このマツモトを埋め尽くすことになるだろう。 皇帝のご命令により、これよりランドラ戦線の作戦計画はこの私!軍師・太鼓侍がすべて執り行う!」 黒尽くめの男…太鼓侍がニヤリとしながらまさっちを見据える。 「まさっち殿、この方がランドラ戦線の総大将となり、全権を国王陛下より委ねられた太鼓侍殿です」 「そうでしたか。お初にお目にかかります太鼓侍殿。私は将軍のまさっちです」 一方スカグルのリーダーであるクロノスは国王・桑田貴透に王の間に呼び出されていた。跪いているクロノスに桑田が上の段にある王座から声をかける。 「来たかクロノス。挨拶はいい。早速任務についてだが…」 「帝国戦線は太鼓侍殿やエイジス殿が向かわれたとお聞きしました。ということは我らはグリーン王国戦線」 「察しがいいな。分かっているとは思うがグリーン王国と帝国がこの国を滅ぼすようなことがあれば今度は王国と帝国で領土争いが必ず巻き起こる。そうなれば戦乱に歯止めがきかなくなる。三国の均衡こそ平和への道。グリーン王国を抑えなければ平和は無い。 向こうはアティーク大将軍を総大将とした5万の大軍だ。我らは既に帝国戦線に3万を派遣している。クロノスよ、2万の兵と共にグリーン王国を撃退せよ。まずは南方にあるグワダ城へ迎え。軍を率いるのは神チーだ」 「ハハッ!承知致しました!」 「よし、すぐにスカグルを率いて出立してくれ」 「ハッ!では失礼致します」 「あー、それとだが…水素については心配しなくていい。既に手を打ってあるんでな」 クロノスの去り際に桑田はそう伝えた。確かにクロノスの一番の懸念事項は水素の存在だった。今まで並み居る敵をワンパンで倒してきたという最強の戦闘力を誇る水素こそが万の大軍よりも恐るべきものだった。桑田が打つ手のことが気になっていたが、任せていけるだけ心に余裕が生まれた。 「と、いうことだ。明朝に出立するから各自抜かりなく支度せよ」 桑田より与えられていた高級マンションの集会所でメンバー全員を集めたクロノスが説明を終えたところである。 「敵はあのアティーク大将軍。一筋縄ではいかないだろうな…」 クロノスの話を聞いた風炎がボソッと呟く。 「関係無いわよ。私達だって強い。神の力なんて大したことないわ!しっかりしなさい!」 隣で呟きを聞いていた領那がそんな風炎に喝を入れる。 「油断は大敵だが、自信を喪失しつ勝てる相手ではない。気を引き締めていくぞ。ではまた明朝此処に集合、全員の集合を確認したら出立する。支度と睡眠を怠るなよ」 クロノスはそう言って自室へ戻っていった。 翌日、クロノスや領那、風炎らスカグルメンバー20名全員の集合を確認し、ガルガイド王国領グワダ城へ向けて出立した。 総大将である神チー率いる1万(残る1万は別の拠点)の兵が籠城するグワダ城に到着したスカグル一行はグワダ城に入った。クロノス、風炎、領那は早速神チーに挨拶する為に天守閣にある一室に出ていた。 グワダ城はグリーン王国との国境に近い要害であり、対グリーン王国戦線における重要拠点である。標高215mのグワダ山の上に建つ山城で、本丸、二ノ丸、三ノ丸とある。天守閣は5層に及ぶ。山という地形を生かして土塁を掘り土や石垣を高く積み上げたまさに戦争用の城だ。 更に、この城には工夫がなされている。それは馬出の存在である。馬出とは、半円型に築かれた反撃の為の拠点であり、狭い通路に敵が集中している時などに馬出から攻撃を加えることで大打撃を与える。これは戦国時代に甲斐武田家が好んで用いた仕掛けであり、大島城や新府城に用いられた。 「俺が総大将の神チーだ。この度の戦でグリーン王国戦線を任されている。貴殿らがスカグルか」 服装は至って普通の甲冑姿である。腹についている白いポケットを除いては。 「如何にも。俺がスカグルのリーダー・クロノス。そして右が風炎で左が領那だ」 右、左と目をやってクロノスは幹部メンバーを紹介する。 「風炎だ」 「領那よ」 「貴殿らの働きは聞いている。貴殿らが味方についてくれれば百人力だ。到着したばかりで悪いがこれから早速軍議を行うから貴殿らも参加してくれ」 「無論のこと、我らは戦う為に参ったのだ」 クロノスは胸を右手の拳で叩いて闘志をアピールする。 「頼もしいお言葉、かたじけない」 クロノスらスカグル3名は神チーに案内されて天守閣内の大広間に通された。既に居並ぶ将達が床几に腰を下ろしながらクロノスらに目を向けてくる。 この場に居るのは平行四辺形、ぷろふぃーる、かっしー、リキッドである。 「彼らが援軍に来てくれた客将のクロノス殿、風炎殿、領那殿だ。お三方はそこの空いている席に着席されよ。これより侵攻してくるグリーン王国軍に対する防衛戦に向けて軍議を執り行う」 クロノスらが長方形の床机の、神チーから見て奥にある空いている席に着席すると軍議が開始された。 「さて、我らグワダ城に籠る兵は1万。アティーク率いるグリーン王国軍は3万。この兵力差でどう迎え討つのか…それで考えてみたのだが」 神チーは地図を床机の上に広げながら話し始める。 「此処は鉄則通り籠城でいこうと思うのだが、異存は無いか?」 「異存無し。少ない兵で籠城から野戦に切り替える理由も無い」 平行四辺形が一番に返事をする。 「待たれよ」 と、発声したのはリキッドである。 「どうしたリキッド将軍」 「援兵は来るのだろうな?援兵無き籠城など下策中の下策だ」 リキッドのいうことは確かで、援軍が見込めないのなら籠城は下策である。厳重に包囲された際に囲みを破れなければ兵糧や矢弾が尽きて滅ぶのを待つしかない。 「そこは問題無い。いずれLパッチが5000を率いてこのグワダ城を包囲するグリーン王国軍の背後から攻撃する算段だ。それを踏まえて話を進めていくとしよう」 凸型の黒い駒を地図に置き、今言ったことはこういうことだと駒を動かしながら暗にも諸将に伝える。 「次は具体的な戦術の話だ。皆これを見て欲しい」 神チーは更に違う地図…城とその周辺が書かれた地図を広げながら話を切り出す。 「敢えて敵を城内に誘い込んで一網打尽にする策を採用したいと思う。まずは…」 神チーの話はこうだった。 城の前面の防備を一手に引き受けている大馬出は、城の軸からずらしてやや南に設けられている。これは、あえて脇を空けるように北側に空間を空けることにより、敵は北側に偏って攻めて来る。そこで三曲輪の北側隅に設けた桑田曲輪の兵に襲わせるという策である。 そして、敵兵力を削いだ後に桑田曲輪をわざと取らせる。そうすれば敵は更に二の曲輪や三曲輪からの横矢弾を浴びながら奥へと侵攻してくる。 本曲輪へと続く道だと錯覚した敵は行き止まりに当たり、そこで立往生した敵を残らず討ち取る。 このグワダ城は甲斐武田家の大島城や新府城で使われた甲州流築城術を使って築かれた要塞であり、その城の機能を遺憾なく発揮してグリーン王国軍を迎え討つ算段である。 だが、一抹の不安があった。 大島城は武田信廉(武田信玄の弟)が守備していたのだが、織田信忠や滝川一益、森長可ら織田軍5万迫るの報を聞いて戦わずに遁走した。 新府城は武田勝頼が自ら火を放って戦わずに炎上した。 つまり、参考にはしているものの、参考元での守城戦の例が無い。 しかし神チーは止まるわけにはいかない。今最も有効な策はこの籠城策しかないのである。城の防御機能を巧みに利用し敵兵力を削ぎながら時間を稼ぎ、Lパッチ率いる援軍と城兵で敵を挟撃する。 神チーの策に反対する者は居なかった。軍議は1時間足らずで終わり、各々がそれぞれの持ち場へと散っていった。 一方アティーク大将軍率いるグリーン王国軍はグリーン城を進発、そのグリーン城で行われた出陣式には国の上層部のみならず多くの民衆も駆けつけ、将士達の勇姿を拝み、その勝利を祈願した。 大将軍アティークが拝将台に上がり、跪いて両手を差し出し国王グリーンより金銀が散りばめられた宝剣を賜る。 「大将軍アティーク!グリーン王国を代表して全軍を率い、平和を脅かす火種・桑田貴透を撃滅せよ!」 「ハハッ!グリーン王国大将軍アティーク、身命を賭してガルガイドを討ち果たします!」 見物している民衆からは拍手喝采が沸き起こる。アティークは両手で宝剣を受け取るとそのまま立ち上がり、姿勢を保ちながら壇上から下がる。そして後ろに控えている3万の将士の方に体を向け、グリーンより賜りし宝剣を天に向けて掲げる。 「運は天にあり 鎧は胸にあり 手柄は脚にあり 何時も敵を我が掌中に入れて合戦すべし 死なんと戦えば生き 生きんと戦えば必ず死するものなり 運は一定(いちじょう)にあらず 時の次第と思うは間違いなり 武士なれば 我進むべき道はこれほかなしと 自らに運を定めるべし!」 アティークが出場の言葉を述べると、それに応える将士達の雄叫びが王都に木霊する。 「この戦は世に混乱と戦乱をもたらす暴虐の王・桑田貴透を討ち、全ての民の安寧を守る戦と心得よ!これは侵攻ではない!誅伐だ!聖戦だ! 全ての将士にはこのアティークがついている!必ず神の御加護がある!このゾロアスター教の旗が我ら最強のグリーン王国軍の証!旗に恥じぬ戦いをせよ!いざ、出陣!」 アティークの号令で、小銭十魔率いる第一軍から行軍を開始した。 今回のグリーン王国軍の編成は以下の通りである。 第一軍 小銭十魔 5000 第二軍 星屑 5000 第三軍 しずくなの 5000 本軍 アティーク 15000 後詰 マロン 5000 合計3万のグリーン王国軍が、王都のグリーン道を通り国門を通過して北へ進軍していく。王都を出るまで民衆の歓声が止むことはなかった。それだけ民衆もガルガイド王国の桑田に怯えており、この軍にかける期待は非常に大きいのである。 「申し上げます!アティーク率いるグリーン王国軍3万が王都グリーンバレーを進発、このグワダ城へ向かっております!」 グリーン王国軍の出場は斥候を放っていた神チーの知るところとなった。 「大儀である。だが迎え討つ支度は既に整っている。この難攻不落のグワダ城がある限り、グリーン王国軍はガルドリアに進むことは出来ない!」 神チー率いる1万のガルガイド王国軍は既に全ての軍の配置と籠城準備を終えて万全の構えであった。甲州流の築城術の粋を結集したこの要害で敵兵力を削り、Lパッチ率いる別働隊と挟撃し殲滅する。 しかし、作戦通りには必ずしもいかないのが戦という生き物である。 アティーク率いる35000のグリーン王国軍はグワダ城から2kmの地点に差し掛かった。 「申し上げます!アティーク率いるグリーン王国軍が2km地点のグワダ山麓まで迫っております!」 「いよいよか。このグワダ城は難攻不落の堅城だ。かかって来いグリーン王国軍!」 第一陣、第二陣、第三陣、本軍、後詰と隊列を組んで幅100m程の街道を進んできたグリーン王国軍はこの標高200mのグワダ城からも一望出来る。万全の防備を固め、Lパッチとの連絡も取っている神チーは既に自軍がグリーン王国軍を撃滅して勝利に湧いている様がありありと脳裏に浮かぶようだった。 ところがである。 グリーン王国35000は一度グワダ山麓で一旦進軍を停止して陣を張ったのだ。グワダ城は目の前であるにも関わらずである。 「申し上げます!Lパッチ率いる別働隊1万は此処から25kmを、桑田川を渡河している模様!」 幕舎の中で斥候の報告を聞きながら、床机に広げている地図を睨むアティーク。 「打ち合わせた通りだ。しずくなの、マロン、10000を率いて先行し、カンリに陣取りガルガイドの別働隊を食い止めろ」 「分かった。じゃあ俺はもう行くぜ」 「お前らの武運を祈ってる」 アティークから任を言い渡されたしずくなのは即座に床几から立ち上がって幕舎を後にする。 「後はこのまま暫く待機とする。敵に動きがあれば即座に連絡せよ」 アティークはそう言って1人立ち上がって幕舎から出て行った。残された星屑と小銭はそのままそこで飯を食い始めた。腹が減っては戦は出来ぬということだろう。握り飯を豪快に頬張り始める。 アティークの作戦は敵を夜戦に引きずり出すことだった。グワダ城は難攻不落の要害であり、まともに攻めれば時間もかかり多くの犠牲者を出すことになる。その時にLパッチ率いる別働隊の攻撃を背後に受ければひとたまりも無い。 しかして、マロンとしずくなのの部隊を先行させる。それに神チーらが釣られてくればマロンしずくなのの1万と自らが率いる2万5千で挟撃し、神チーらが釣られて来なければそのまま先行させて別働隊の抑えに向かわせる。 まだLパッチ率いる別働隊とは距離があり、別働隊が到着するまでに時間がある。挟撃で一気に神チー率いる本隊を叩いて全軍で別働隊の殲滅に向かえば良し、そうでなくてもマロンやしずくなのがLパッチを抑えている間にアティーク率いる本隊は後からグワダ城の横を通過する。 そうすれば神チーらは出撃しないわけにはいかなくなる。そこを野戦で、平野での戦で2.5倍の兵力を利用して叩くつもりだった。 謂わば「二段構え釣り出し」である。 そうとも知らない神チーらはアティークらの攻撃を今か今かと待ち構えているのだが。 マロンとしずくなのの10000はグワダ城を無視して、グワダ城に向かう桑田街道ではなく法田街道へと進路を取り、進軍を開始した。その様子なもちろん神チーらが籠城している桑田城からもハッキリと見える。 「申し上げます!グリーン王国軍のマロンとしずくなの率いる10000が法田街道を通り抜けて法田の坂に差し掛かりカンリの方へ進路を取っています!」 「見れば分かる!Lパッチの別働隊を食い止める為だろう。だが皮肉だな。攻めてきているグリーン王国軍が守る為に作戦を展開し進軍しているのだからな。だがLパッチ率いる1万はカンリ三山に陣取れば…山上に陣を張れば容易に奴らも抜くことは出来ない。膠着状態に持ち込めば侵攻は食い止められる。だがそれでは我らだけで残り25000のグリーン王国軍本隊を相手にせねばならん。援軍の見込みが無い籠城は愚策中の愚策… アティークも考えたな。 だが忘れていないかアティークよ。我らにはまだ強力な援軍がある。冬将軍という援軍がな!」 神チーの言っている冬将軍とは、冬という季節、その季節がもたらす気候そのものだった。ガルガイド王国領は冬になれば積もるほどの雪が降り、寒さも厳しくなる北国の性質が存在する。厳しい寒さと雪の中で、グリーン王国軍はいずれ撤退を余儀無くされるのだ。 ところが、である。 マロンとしずくなのの別働隊1万が進発した後、2日経過してアティークの本隊はようやく進軍を再開した。だが、グワダ城方面ではなく法田街道に進路を取ったのである。 「何だと!?どういうことだ!」 1万もの兵が籠るグワダ城を無視して通り抜けるとはどういうことなのだろうか。そんなことをすれば背後に1万の敵を残したまま侵攻することになる。戦の常識では考えにくい。 仮に王都まで侵攻出来ても王都には更に現地民や騎士に召集をかけて、更に近衛兵も合わせた15000程の守備兵が居る。王都守備隊を相手にしながら背後も警戒など出来る筈が無い。 ともあれ、神チーはこのグリーン王国軍本隊を素通りさせるわけには行かなかった。立場がある。敵の素通りを何もせずに許せば後々重罪に問われることにもなりかねない。 「止むを得ん。作戦変更だ!出撃する!諸将を集めよ!」 完全に計算が狂った。難攻不落のグワダ城で万全の備えをしていた。その全てが無駄になったのである。 神チーの召集に応じた各将が集まったのはそれから20分ほど経過してからである。 「諸君、作戦を変更する!今から出撃しアティークの後背を突く!此処で素通りを許せば我らの立場が無くなる!」 神チーが焦りを隠せずに言い放つ。 「だが出撃は無謀では?」 「無謀ではない!敵はこれから法田の坂に差し掛かる!あそこは道も狭く森林に囲まれている!そこに差し掛かっている間に後背を突けば兵力差があっても勝てる! 此処で何もせずに素通りさせたら我らの国での立場が無くなるぞ!それにただ指を咥えて敵が王都を攻めるのを待つのか!」 リキッドが異議を申し立てたが、神チーの訴えを否定出来る者は居なかった。スカグルの面々は面倒なので呼んでいない。 結局、出撃することに決定された。 神チー率いるガルガイド王国軍はグワダ城を出て法田の坂に差し掛かろうとしているアティーク率いるグリーン王国軍本隊の背後を突くべく法田街道に出て急行した。 その報せを持った伝令将校がアティークを追って馬上で礼をした後声を張り上げる。 「申し上げますアティーク大将軍!ガルガイド王国軍が桑田城を出て我が軍を追って進軍中!」 「ふふふ…ははははははは!!簡単に釣り出されてくれるとはな!よし、全軍反転!鶴翼の陣を敷くよう申した伝えよ!」 「ハッ!」 アティークの指令を他の指揮官であるカタストロフィ、Hope、小銭、星屑にも伝えろという意味である。因みに、鶴翼の陣とは自軍の部隊を敵に対峙して左右に長く広げた隊形に配置する陣形である。単に横一線に並ぶのではなく、左右が敵方向にせりだした形をとるため、ちょうど鶴が翼を広げた様な三日月形に見えることから、この名がついた。古来より会戦に用いられ、防御に非常に適した陣形である。 主たる戦術的意図は、前進してくる敵軍を翼包囲することにある。兵力差が大きく開いている時や、籠城戦等を考慮した時のために、なるべく兵の損失を出さない為に考えられた策。突撃してきた敵軍に対して集中攻撃を加え自軍の被害を抑えることができる。 アティークの指令が他の部隊指揮官にも伝令将校により通達され、グリーン王国軍25000は事前の打ち合わせと全軍への浸透もあり、ガルガイド王国軍に追いつかれる前にすぐさま鶴翼の陣を敷き終わる。 中央にアティーク率いる本隊5000。その北東にHope率いる5000。その更に北東に星屑率いる5000。 アティークから見て北西にカタストロフィの5000。更に北西に小銭の5000。計25000のグリーン王国軍の布陣が法田街道にて完了した。 一方グリーン王国軍を追って法田街道を駆けてきたガルガイド王国軍を率いる神チーは、既に布陣が終わって待ち構えているグリーン王国軍を見て愕然とした。 「速過ぎる!もう布陣が終わっているではないか!まさか…全てアティークの策…!」 「残念ながら我々はアティークに釣り出されたようですね。これで城の防御機能も捨てさせられて兵力の劣る野戦に持ち込まれました。今からグワダ城に退却しようとしても間に合わないでしょう」 神チーの横に居たスカグルのリーダー・クロノスが自分を軍議に呼ばなかった皮肉を込めながら毒を吐く。 「仕方ない。斯くなる上は魚鱗の陣で一点突破を図りアティークの首を挙げるしかない!全軍に魚鱗の陣を敷くように伝えろ!」 神チーの指令を全軍に通達する為に幾人もの伝令将校が駆け回り始めるが時は既に遅かった。 「かかれー!!」 「押し出せー!!」 グリーン王国軍の先鋒である左翼の小銭隊と右翼の星屑隊が、布陣を待たずに押し寄せて来たのだ。 こうして法田の戦いが開戦したのである。