【概要】 ポケガイ民が理想の力(オリジナルも既存作品からのも)と容姿を手に入れ、二次元世界に生まれ変わる。力を使って戦いを繰り広げたり、二次元ヒロインと出会って生き抜いていく物語である。 【あらすじ】 ポケガイ住民のとある青年は、ある日呆気なくその短い生涯を閉じる。次に彼が目を覚ますと、そこは憧れの二次元世界だった。理想の力と容姿を手に入れた青年は様々な出会いと戦いを繰り返して生き抜いていく。 「さて今日もアニメ見たし遅いから寝るンゴ。」 この22歳の青年、日課の深夜アニメの視聴を終えていつも通り眠りにつこうとしていた。 ガチャッ 「!?」 電気を消そうとした刹那、深夜だというのに部屋のドアを開ける音がした。青年は身構える。 「アンタ、職探しもしないで毎日毎日アニメとネットばかり…いい加減にしなさいよぉ!アンタが居るからアタシの人生滅茶苦茶よぉ!もういやあああ!」 母親が怒気を強めた荒々しい声で絶叫しこちらへ向かってくる。その手に握り締められたのは包丁だった。 母親は有無を言わさず包丁を青年の胸部に突き立て、刃は青年を貫いた。 「…。」 心臓を貫かれた青年は即死していた。辺りには青年が咲かせた深紅の花が広がり、花は池となって部屋中を地獄の色に染め上げた。 青年の短い生涯は呆気なく幕を閉じたのである。 青年は目を覚ました。 「あれ?確かワイは母親に刺されて…」 母親に刺された筈の胸の辺りを確認するも傷は無い。 「ワイは死んだ…死んだ筈なんや…此処は何処や?」 目を見回す。煉瓦造りの建造物が並び、人が大勢往来し、多くの商人の周りに人だかりを作ったりと賑わっている。 東に目を向ける。西洋風の城が見える。巨大な、屋根が青い城である。天守と見られる建造物には旗が立っている。見たこともない国旗である。 「な、なんなんや此処は…此処があの世なんか?」 辺りをキョロキョロ見回していると周りの人間が徐々に目線を此方に向けていることに気付く。 周りの人間はどうやら…日本人では無いらしい。髪の色や瞳の色などがバラバラだ。 周りに目線を向けられて青年は自分の格好の異様さに気付く。 「ファッ!?」 左目に眼帯、表が黒で裏が赤のマント、黒尽くめの装束。伸びた長い前髪。 それに腰に刀を差している。日本刀か? 自分の格好を確認した時、青年は静かに口を開いた。 「いい歳してなんだこの格好は…それとなんj民口調はやめた方が良さそうだな。なんjなんて無い世界のようだ。」 周りの注目を浴びている、それも蔑みの目である。 「有象無象共、俺は見世物ではない。失せろ!」 語尾を強調し周りの人々の解散を促し、腰に差している刀を鯉口三寸抜いて威圧する。 人々は青年から目を逸らしてその場から我先にと去っていった。 「これ、顔は変わっているのか?鏡があるところをまずは探すか。」 青年の目に止まったのは紫色のフードを被り、水晶に手を翳している占い師だった。 青年は無言で占い師に近づいていく。 「御用ですか?」 占い師は青年を見るなりゆっくりと口を開く。声を聴く限り女だ。 「水晶を貸してくれ。占いは要らん。」 青年は返事も聞かずに水晶玉を取り上げ、顔の高さまで持ち上げる、 「なんだこの顔は…」 生前の不恰好な顔面とは似ても似つかない。それにすぐに分かる。生前より若くなっているようだ。黒い眼帯が何より目立つ。 「どうやら俺は生まれ変わったらしい。おい占い師。」 「はい。貴方の運勢を占いますか?」 「占いはいい。質問だ。此処は何処だ?」 「ご存知無いのですか?見たところ貴方様は奇抜な格好なのでただものではないと思いましたが…」 「質問に答えてくれ。」 質問に対する答えがすぐに返ってこないことに少年は苛立つ。 「此処はガルガイド王国の王都・ガルドリアです。」 「聞いたこともないな。だがお前の顔を見れば嘘は言っていない。邪魔したな。」 少年は呆気に取られた占い師を尻目にその場を後にした。 「だが困った。生まれ変わったとしても食糧が無くてはまた死ぬことになる。」 少年が途方に暮れて下を向き王都の街を歩いていると前から殺気を帯びた気配を感じる。 「誰だ」 少年は立ち止まり前を見据えると、そこにはブロンドヘアーをポニーテールに束ね、銀色の鎧に身を包んだ女が剣の切っ先を此方に向けていた。 「住民から奇抜な黒尽くめの格好をした不審者が居るとの通報を受けました。まずは身分証を見せなさい。」 女が険しい表情でにじり寄ってくる。 「そんなものは無い。俺は此処に来たばかりだ。持っているのはこの刀だけだ。」 少年は刀に手をかける。 「ということは貴方は密入国者ですね。国法により貴方を逮捕します。大人しく投降しなさい。」 「話を聞いてくれそうにないな。是非も無い。」 少年は抜刀する。 「止むを得ませんね。ですが貴方がたは手出し無用です。」 女は取り巻きの介入を制止する。 女が切っ先を此方に向けたまま踏み込んでくる。 少年はそれを咄嗟に右に避ける。 (そういえば顔も年齢も変わっているが、俺に特別な力はあるのか?) 少年は戦闘状態に入るなり、疑問を頭に浮かべた。それに生前は運動神経は最悪で碌に運動もしなかった筈なのに女の素早く鋭い剣を避け続けられている。 (まずは適当に試してみるか) 少年は後ろに跳んで女と距離を取ると、刀を振りかぶる。 「破道の七十八 斬華輪」 振り上げた刀に力を込め、それを振り下ろすと三日月型の斬撃となって女目掛けて飛んでいく。 「やはり能力者でしたか。ですがこの程度…」 女は剣を前に突き出し魔法陣を出現させて斬撃を防ごうとする。だが魔法陣は容易く破れて女は斬撃を浴びる。 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた少年は何かを確信した。 (俺には力がある…!それを試す好機が訪れたのだ…!) 「どうやら思った通り俺には特別な力が宿ったようだな。」 斬撃で土煙が辺りを舞うがそこから魔法陣が発生し、巨大な魔力の塊が光線となって少年に向かってきた。 「縛道の八十一 断空」 少年は目の前に大きく透明な障壁を作り出してそれを防ぐ。土煙が晴れ、破損した鎧の隙間から血を流している女が現れた。息を切らし、傷口を手で抑えている。 「この私としたところが…敵の力を見誤りました」 「俺は自分の力をもっと試したいんだが…勇んで挑みかかってくる割には弱いな。これで終わりだ小娘。」 男は左手を開いて力を込める。 「破道の八十八 飛竜撃賊震天雷砲」 少年の掌から極太の、稲妻を帯びた青い霊圧が一直線に放出された。 「呆気なかったな。」 少年が鬼道を放った正面を見据えると捨て台詞を吐いて残りの取り巻きも始末しようと、更なる鬼道を放とうとした時である。 「!」 背後に殺気を感じた。女が背後から黄色い魔力を帯びた剣を少年の首筋に斬りつけてきたのである。 「とった!」 女が声を上げた瞬間、少年の首筋の辺りから虹色に縁取られた白い霊気の壁が現れる。 「そんな…どうして!」 「動きは早いが、狙った場所が良くない。首の後ろは生物の最大の死角だ。そんなところに何の防御も施さないと思っているのか?」 白い壁は細長い六角形となって剣を受け止めている。 「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光以てこれを六つに分かつ 縛道の六十一 六杖光牢」 少年が鬼道を放つと、六つの光が女を囲んで動きを封じる。 「動けない…そんな馬鹿な…」 「喧嘩を売る相手を間違えたようだな。とどめだ。」 しかし少年は女にとどめを刺さなかった。いや、刺せなかった。少年の頭上から何かが落ちてくる。 「団長ー!!!」 狼の姿をした獣人である。 獣人は手に冷気を込めて真下の少年目掛けて拳を振り下ろす。 「エルエスクード!」 少年は頭上に透明な障壁を展開させて防ごうとするも破られる。 「チッ!」 拳を刀で受け止め、その衝撃は周囲を巻き込んだ。 「傷は深いけど…致命傷ではないみたい。腹部に受けたのが運が良かったわ。よく助けに来てくれたわね。」 「団長の危機とあらばどんな時でも駆けつけますよ!それが我ら騎士団の役目です!」 少年は獣人が話している隙に後ろに下がり距離を取る。 「新手か。」 「お前よくも団長を!何者だ!」 狼の獣人が短剣を抜いて切っ先を少年に向ける。 「それは俺が聞きたいくらいだ。その女にはいきなり密入国者だと言われ絡まれた。俺は火の粉を払おうとしただけだ。」 「とぼけるな!自分が誰かくらい、名前くらい分かるだろ!」 「この世界に来たばかりなんでな。知ったことではない。」 「いい加減にしろこの野郎!」 獣人が凄まじい冷気の塊を少年に放つ。 「縛道の八十一 断空」 だが、断空は冷気の塊を受けて破壊された。 少年は目を見開いて攻撃を受けてしまった。 「クソッ!調子に乗るなよ獣風情が!」 「来い!斬月!」 少年が叫ぶと刀は出刃包丁のような形に姿を変えた。 「月牙天衝!」 斬月を振り下ろし、青い霊圧を放出しそれが斬撃となって獣人を直撃するが、獣人は腕に冷気を込めて斬撃を振り払った。 「団長を傷つける奴は俺が許さない!」 獣人は魔法陣を頭上に出現させる。 「アイシクルブリザード!」 冷気の魔力を空へと打ち上げ、それが少年へと降り注ぐ。 「範囲が広い!広いが攻撃は俺のみを狙っている…!」 「月牙天衝!」 斬撃を放つが防ぎきれず、冷気と無数の氷の塊が少年を襲った。 まともに攻撃を受けた少年は全身から血を流し、斬月を杖代わりにしてよろめきながら立ち上がった。 「そこの女と違ってお前は出来るようだな…。面白い!その調子で俺を楽しませてみろ!」 少年は顔に手を翳すと、複雑な模様が浮かび上がった仮面が現れた。 「食らえ」 少年の掌から青い光線が発せられる。 「速い!」 獣人は避ける間もなく一撃を受けた。ダメージは大きく、獣人も血を流している。 「ならばこれならどうだ。黒虚閃(セロ・オスキュラス)!」 青が混じった黒い光線を放つ。 獣人はそれを魔力を込め、冷気を帯びた爪で切り裂く。そのまま斬撃となり少年に飛んでいくが、少年は更に虚閃(セロ)を放って掻き消す。 少年の姿が獣人の視界から消える。瞬間移動で獣人の背後に回った少年は渾身の力を込める。 「王虚の閃光(グランレイ・セロ)!」 だが獣人の反応も早く、素早く空中に跳んで避ける。 少年もそれを追って空中に瞬間移動する。 「お前、さっき団長を侮辱したな。絶対に許さねえ。」 怒りに満ちた獣人の目が少年を射抜く。 「弱い奴を弱いと言ったまでだ。この俺に刃向かうのであれば老若男女の別は無い。始末するまでだ。」 「そんなことさせるか!団長は誰よりも凛々しくて誇り高い、ガルガイド王国騎士団の団長だ!そして団長は強い!お前なんかに本気を出すわけ無いだろ!」 「俺も本気など欠片も出していない。小娘1人を屠るのにそこまでする必要は無いからな。」 少年は斬月を前に突き出す。 「どうやらお前も完全に本気ではないようだが、あの女よりずっと強い。俺もここで死ぬわけにいかないんでな。少し力を出すぞ。」 少年が斬月に霊圧を込める。 「卍解!」 黒い霊圧が少年を覆い、斬月が姿を変える。 「天鎖斬月」 黒い霊圧から現れた斬月は日本刀大の大きさになり、刀身が黒く輝いて赤黒い霊圧を纏っている。 「なら俺もだ!」 冷たい水色の魔力が獣人を覆って姿を変える。 「ほう…」 狼の獣人は龍へと進化し、少年を睨みながら雄叫びを上げる。 「月牙天衝!」 天鎖斬月から赤黒い斬撃が放たれる。声ともとれぬ悲鳴を上げてドラゴンが仰け反るがすぐに体勢を立て直す。 ドラゴンの口から巨大な魔法陣が現れて魔力を集中させる。巨大な冷気の魔力は最大になって放出された。 「月牙と黒虚閃の合わせ技だ。食らうがいい。」 ドス黒い霊圧を天鎖斬月の切っ先に溜めて放出する。双方の力が激突して大爆発を起こし、王都の空は水色の冷気とドス黒い霊圧に覆われた。 「間髪入れずに行くぞ。黒虚閃!」 今までにない規模の大きさの黒虚閃がドラゴンを直撃し、ドラゴンは悲鳴を上げて地に落ちていく。 だがドラゴンは死に物狂いで口から先程よりも巨大な冷気の魔力を少年に放つ。 「月牙天衝!」 しかし斬撃は冷気に押される。少年は防ぎ切れずにまともに攻撃を浴びた。 「凍らされてはかなわん!これで消えてもらう!」 「雷霆の槍(ランサデル・レランパーゴ)」 緑光の槍を作り出すと、それを振り上げて地に落ちていくドラゴンに狙いを定める。 「あの巨大な魔力のような物…まずいわ!あれを落とされたら王都…いえ国が吹き飛ばされるわ!」 女が表情を強張らせる。 女の声に応えるようにドラゴンは力を振り絞って再び天に舞い戻り、少年の手から離れた光の槍を、巨大な魔力の冷気を吐いて相殺しようとして受ける。 王都全体に響くようなドラゴンの叫びと共に光の槍は爆発し、王都の空を緑光で覆う。 「エイジス!」 女がドラゴンに向けて叫ぶも緑光の爆発は天に広がり続ける。 「少々力を使い過ぎたか。初戦はこんなもので終わらせねばな。まだ慣れていない。」 そう言って少年は顔の仮面と斬魄刀の解放を解き、爆発に巻き込まれる前に地に降りる。 「あの獣人は相当だ。これで死ぬかも分からない。さっさと去った方が良さそうだ。」 「待ちなさい侵入者!」 少年は瞬間移動…正確には高等歩法…瞬歩でその場を離れて後にした。 女は傷口を押さえながらほぞを噛んだ。侵入者の逃走を許したことがない彼女の誇りは大きく傷ついた。 そして部下を傷つけられ、守れなかった己の無力さを呪うのであった。 「クソッ…」 瞬歩で王都を逃れた少年は、王都から森林を隔てて離れた街に足を踏み入れていた。 途中、あの女騎士が通報したのか騎士団の追っ手が追いかけてきたが振り切った。力を使って始末すれば目立ってしまい、居場所が知られてしまうからである。 少年は全身から血を流し、いつの間にか足を引きずっていた。 「油断した…これ程とはな…」 息を切らしながら獣人を思い出す。女騎士は少年にしてみれば口程にも無かったが、獣人の力は相当のものであった。現に少年は深傷を負わされている。 「あの獣人、死んだか?いや、分からない。死ぬのを確かめる前に王都を飛び出したからな。だが普通なら生きてはいまい…あくまで普通ならだが…」 そんな独り言を呟いている内に悲鳴が聞こえた。高い女の声である。 少年の足は悲鳴がした方向へ無意識に進んでいた。 街の南へ出ると、黒長髪のゴスロリ服に身を包んだ杖を持った少女が仮面を顔に被った男に押し倒されていた。 「グヘヘヘヘ あの娘には劣るけどこれは上玉だなぁオイ!」 仮面の男が少女の服を脱がそうと手をかける。 「何をしている。」 「あぁ!?」 少年に気付いた男は仮面に覆われた顔を此方に向ける。 「見ての通り、上玉を見つけたんでこれからお楽しみの時間ってところだ!そうだ、お前もどうだ?!俺のお古で良ければな!」 押し倒された少女は恐怖に震え涙を流している。 「その女を放してやれ。」 「てめえ邪魔しに来たのかよ!せっかくこれからお楽しみなのによぉ!俺は不機嫌になったぜ!死んで償ってもらうぜ!」 そう言うなり、男の口から赤い霊圧の塊が一直線のビームになって放たれた。 「虚閃(セロ)か。だが威力はその程度か。」 少年も顔に手を翳して仮面を出現させ、少年の掌から青い虚閃が放たれ、瞬く間に赤い虚閃を掻き消して男の上半身を消し飛ばした。 「さっきの獣人が強かっただけに拍子抜けだな。」 仮面を解除すると地面に膝をつく。 「初日だというのに力を使い過ぎたか。まだ体が強過ぎる霊圧に慣れてないようだ。もう動けん…。」 少年は朦朧とする意識の中でハッと思いついた。それは再生能力である。今まで半ば無我夢中だった為に失念していたのである。 少年は意識を集中させると体の傷が塞がり出血が止まった。力を振り絞り疲弊した体を起こす。 「あ、あの…助けていただいてありがとうございました!」 仮面の男に押し倒され、震えながら涙を流していた少女が身を起こしていた。 「ああ。あまり人気の少ない所を女が1人で出歩くんじゃないぞ。」 少年がその場を後にしようと足を再び街の方に向けた時、 「あの、名前を聞かせて下さい。」と少女が願う。 「名前…名前…」 名前を聞かれてハッとする。獣人や女騎士にも何者だと問われて答えていなかったのを思い出す。 「この世界では人名はカタカナなのか?」 「え?いえ、漢字も平仮名も使われていますが…」 質問に対して思わぬ質問で返されて少女は目を丸くしている。 「そうか。だが名前が無くてな。名乗る名前が無い。」 少年は思案したが良い名前が思い浮かばない。この世界に来てまだ1日も経っていなかったので名前などあるわけがない。 「ということは身分証は持っていないんですか?」 「この世界に来たばかりでな。持っているのはこの斬魄刀だけだ。」 腰に差している刀の柄を叩く。 「ざんぱくとう…。その刀のことですか。それより、この世界に来たばかりってどういうことですか?!それとお金も身分証も無いって…!」 「そういうことだ。おまけに追われる身だ。じきに此処にも騎士団の追っ手が来る。じゃあな。」 街を後にしようとする少年だが、疲労の為かその足取りは重い。 「待って下さい!お金も無いのに食べる物はどうする気なんですか?!」 「魚を捕まえたり木の実を探したりするしかない。お前もさっさと俺から離れることだ。騎士に見つかれば一味だと思われるぞ。」 「お話は後でゆっくり聞きます。助けていただいたのにお返しもせずに貴方を見捨てられる筈がありません。ついてきて下さい。」 少女が少年の腕を掴む。 「いや、この程度のことを恩に感じなくていい。」 「いいから早く来て下さい!放っておけません!」 少女は少年を引きずるように街の中心へと歩き出した。 街の中心にある宿泊施設の一室でテーブルを挟んで向かい合う。 「砕けろ 鏡花水月」 少年が斬魄刀の始解を解除すると、少女から見て青いスーツに身を包んだ茶髪の男から元の姿に戻った。 「これで受付の男を完全催眠にかけて姿を偽り、紙切れを身分証に見せてこの部屋に入った。」 少年が刀を鞘に収める。 「貴方は俺のことは問題無いと言いますし受付ではヒヤヒヤしましたけどそういう能力だったんですね。それで何で追われているんですか?」 少女の質問を受けて少年はこの世界で目覚めてから今までのことを洗いざらい話した。 「ガルガイド王国騎士団の団長とあの《狼-フェンリル-》を!?」 少女が思わず声を大きくする。目は見開いている。 「団長とやらは大したことなかったがあの狼男は強かった。仕留められたかどうかも分からん。フェンリルとは?」 「その狼男のことです。フェンリルとは彼の二つ名です。巨大な氷の魔力と非常に素早い動きで敵を凍らせ切り裂く彼は王国騎士団最強の騎士です。この世界で彼に敵う人なんて…話だけならにわかに信じられません。」 「さっきの虚閃を見ただろう。」 「セロ…?あの青いビームのことですか。確かにあの威力なら納得いきますね。」 少年の虚閃は少女を襲っていた男の上半身を消し飛ばし、その先にある巨大な崖を消滅させていた。 「まだ力が体に馴染んでないから本来の威力を発揮できないが、あれで分かっただろう。」 「では貴方は突然この世界にやってきた異世界人で、とても強いけど力が不安定で奇抜な格好をした正体不明の不審者で、団長とフェンリルを瀕死にして逃げてきた人なんですね?!」 少女がテーブルに手を力強く叩きつけて立ち上がる。 「不審者…。フェンリルは瀕死かどうか分からん。だが雷霆の槍を食らって無事ということは無いだろう。それと何度も言うが団長は弱かった。」 少年が手を上げて下げるジェスチャーをする。座れという意味だろう。 「あの団長はとても強いんです。正確には王国の第二騎士団の団長ですが。騎士団は全部で5つあり、第二騎士団はその中でも精鋭揃いなんですよ?代々王国の騎士を務めてきた名門の家柄で、その中でもあの団長は有数の実力者、数世代に1人とまで言われています。」 「絶大な魔力を持ち、剣の腕も相当なもの。才色兼備の誉れが高く、気高くて誇り高い王国中の憧れの存在です。戦でも決闘でも未だに負け知らずで騎士団を束ねる力も高く、彼女の一声で士気は高まります。未だに侵入者や犯罪者を取り逃がしたこともありません。」 「妙に敵を褒めるな。いやお前にしたら敵ではないか。だがそんな奴も今日俺を取り逃がしたわけだが。」 少年は立ち上がって湧いていた湯を二つのコップに注いで紅茶を淹れる。 「貴方はとんだイレギュラーですね。騎士団は全力で貴方を捜索するでしょう。今日は此処で休んで明日は王国領から出ましょう。」 出された紅茶を少女を飲み干す。 「お前もついて来るのか?危険だからやめた方がいい。」 「王国領ではもう貴方は身分証を発行出来ません。貴方は犯罪者ですから。そういった手続きのやり方も知らない上にお金も持っていない、道も分からない貴方を1人にするわけにはいきません。」 真剣な眼差しで言う。 「…すまんな。だが王国では身分証が無いと答えると侵入者扱いされたのに他の国で発行出来るのか?入国出来るかも分からないぞ。」 「それはガルガイド王国は特に他所者に厳しく警戒を強めている国だからです。そこは問題ありません。グリーン王国には伝手がありますから。そろそろ夕食の時間です。食堂に行きましょう。」 (グリーン王国?聞いたことあるような名前だな。いや、まさかな。) 生前の記憶を辿りながらある男を思い出す。直接関わりがなかったが、いろいろな意味で印象的な男であった。 (グリーン王国の国王は多くの妻や妾を抱えてハーレムを築いている男かもな。生前の世界では性春童帝だったが。) どうでもいいことを考えている内に腹の虫が鳴る。そういえばこの世界に来てから何も食べていないことに気づいたのである。 一方、ガルガイド王国・王都ガルドリア ガルドリア城 「エイジス!しっかりしなさいエイジス!」 団長の金髪の女が全身血塗れで意識の無い狼男…もとい16~17歳程の人間の姿になったフェンリルことエイジスを力を込めて呼ぶ。 「意識不明の重体です。いつ目を覚ますのかも私共には…」 王宮に務める医者がベッドに横たわるエイジスを見やりながら険しい表情で団長に説明する。 「そんな…。エイジスがこんなことになるなんて…!私にもっと力があれば…!」 そこに医務室のドアを開ける音が響く。王国第二騎士団の騎士である。 「団長。王がお呼びです。速やかに王の間へお越し下さい。」 「分かったわ。」 眠っているエイジスを尻目に団長が部屋を出る。彼女自身も相当な深傷を負っており、医者による治癒魔法でかろうじて騎士の肩を借りて歩いていた。 王の間 玉座に腰をかけている、首の辺りまで髭を生やし、真紅の衣に身を包む壮年の王が団長に声をかける。 「しくじったそうだな。」 たった一言でズシリと重く厳しく、押し潰されるかと思うくらいの威圧を感じる。 「申し訳ございません。全ては私の力が及ばないばかりでございます。」 片膝をついて畏るも、黒尽くめの少年に負わされた傷がズキリと響く。平静を保とうとするがあまりの痛みに顔が思わず歪む。 「まさかお前を圧倒する強者が居るとはな。聞けばエイジスも重体というではないか。王国最強のエイジスをあそこまでにした男とは何者だ?」 一言一句が団長に重くのしかかる。今まで失敗など決してしなかった、敗北などありえなかった彼女の誇りをズタズタに引き裂いた憎き黒尽くめの少年の姿が脳裏に浮かんで消えない。 両手は悔しさで震えている。 「名を聞いても自分は誰だか分からないと答えていました。記憶喪失の類か、或は他国から派遣された者か…。身分証の提示にも応じず、攻撃を仕掛けてきたので已む無く戦闘になりました。」 自らの敗北と失敗の報告など経験の無い彼女は口を開くのも辛い。それでも振り絞って声を出す。それが王国騎士としての王への忠義だからである。 「それと、黒尽くめの男は不思議な力を使います。あれは魔力ではございません。」 「魔力を使わずにどうやってお前やエイジスと戦ったのだ?」 王が頬杖をつく。その姿勢がより一層目を細めて険しいものとなる。 「はい。魔力ではない、別の何かです。魔力とはまるで違う、重く濃い力です。奴はその力を斬撃や術等に変えて使います。」 「成る程。分かった。既に王国騎士団総勢に密入国者捕縛の命を下した。第二騎士団はお前とエイジスの傷が癒え次第任務に参加せよ。」 王が立ち上がり力強い声で命令を下す。 「はっ!」 「王国の秩序を乱す者はこのワシが許さん!お前は下がって良い。」 そう言うと国王は赤い衣を引きずりながら奥へと消えていった。 翌朝のことである。意識を失い医務室のベッドで眠っていたエイジスが静かに瞼を開いた。 「此処は…医務室…いてっ」 体を起こそうとすると全身が痛む。四肢や胸部にチューブが繋がれており、身動きが出来ない。 「そうか…俺はあの不審な侵入者と戦って…」 戦いの記憶を辿る。黒尽くめの男が作り出した光の槍を自身の冷気魔力で相殺しようと龍の姿で対抗したが、槍はエイジスに直撃し、王都の空を覆う大爆発を起こしたのである。 そこから先の記憶は無い。恐らく攻撃を受けて意識を失い、地に落ちたのであろう。 「そうだ!王都は!?団長は!?」 辺りを見回すが誰も居ない。時計を見るとまだ早朝4時であった。しかしエイジスの声に気付いた医者が部屋に入ってきた。 「エイジス様、お目覚めでございましたか。第二騎士団長様なら隣の医務室で眠っておられます。かなりの深傷を負っておられましたが王への報告まできっちり行ってから眠られました。」 「それと、王都は無事です。話によれば密入国者は戦闘後速やかに逃亡したとのことです。」 「良かった。王都も団長も無事で良かった。」 医者の報告を聞いて安堵の息を吐くエイジス。しかし表情は安堵から悔しさに変わる。 「俺が油断していなければ、これ程の不覚を取らずに済んだのに…そして団長を傷つけさせてしまった…。」 「逸る気持ちはお察し致しますが、今日1日は絶対安静です。」 医者が気の毒そうにエイジスを宥める。 「クソッ!あの野郎絶対許さねえ!」 左腕を力強く壁に叩きつけると、壁に大きなヒビが入った。頭からあの黒尽くめの男がどうしても消えなかった。 ガルガイド王国領南部の森林。グリーン王国へと続く道があるが、いくつもの道に枝分かれしていて初見では迷うこと必至の難所として知られている。 「あともう少し歩けばグリーン王国です。」 「あのグワダタウンではどうにか上手く蒔いたが、ガルガイドの追っ手に見つからなければいいが…。」 少女の先導で黒尽くめの少年がグリーン王国へと続く道を進んでいる。 馬の蹄と鎧が擦れ合う音が遠くで響き、それが段々と近づいてくる。 「言ってる側からこれか…。」 やがて騎士団の小隊が少年の姿を捉える。 「黒尽くめの男…。この者で間違い無いな。」 騎士の1人が調査書を取り出して確認する。 「そこの黒尽くめの男よ。今すぐに投降しろ。そうすれば命までは取らない。」 別の騎士が少年に投降を促す。 少年が刀の柄に手をかける。騎士達もそれを見て剣を構える。 「待って下さい。今手荒なことをすればガルガイドの騎士団は私達を追ってグリーン王国に雪崩れ込んできてしまいます。」 少年の腕に手をやり抜刀するのを少女が制止する。 「派手なことをすると面倒なことになるか…。ならば」 「縛道の六十三 鎖条鎖縛」 光の鎖が出現し、騎士達と馬を縛り上げる。 「うわっ、なんだこれは!貴様何をした!」 馬の制御が出来なくなり、小隊長格の騎士が落馬する。他の騎士達も次々に落馬し、身動きが取れなくなる。 「縛道の二十一 赤煙遁」 騎士達の群れを赤い煙が覆って視界を遮る。 「今の内に行くぞ。」 少年の言葉に首を縦に振って頷いた少女は駆け足で先を急いだ。少年もそれについていく。 「上手く蒔きましたね。」 少女は息を切らしている。騎士団を蒔く為にもう3kgは走った。運動に向いていない服を着ている彼女は特に辛そうな様子だ。 「実は瞬歩や響転(ソニード)、飛廉脚やブリンガーライトと言った高等移動手段がある。」 「何故それを使わないんですか!」 散々走る羽目になった挙句に後でそんなことを言われても納得がいかないのは道理であった。 「昨日も言ったがこの世界に来てまだ2日目だ。力が…霊圧が体に馴染むのに時間がかかるらしい。出来ればあまり乱発したくない。」 生前は全く体力など無かったのに今では長距離を走っても平気な自分に驚いていた。 「なら言う必要無かったですよね?」 息を切らしながら少女が言葉に怒気を含める。 「まあ、そうだな。それより見えてきたぞ。あれがグリーン王国の国門ではないか?」 王都らしい優雅な街並みがその目に映る。街ごと囲んでいる城壁に、門は備え付けられている。大きな鋼の門の前には緑色の甲冑に身を包んだ騎士が2人、槍を構えて立っている。 「ようやく着いたようだな。」 2人が国門の前まで辿り着くと門番の騎士が槍をお互いにクロスさせて阻む。 「身分証を提示していただく。」 騎士の1人が手を差し出す。少女はそれに従いスカートのポケットから身分証を取り出して騎士に渡す。 「ふん、成る程な。通って良し!次!」 騎士が身分証を確認して少女に返すと今度は少年の方へ手を伸ばす。 「わけあって身分証は持っていない。」 「何?なら通すわけには行かないな。」 「あ、あの。少し宜しいですか?」 門番とのやり取りの後に少女が割り込んでくる。 「私、国王陛下の側近・ぐり~ん2号様の御婦人と面識があります。御婦人に取り合っていただけないでしょうか。」 「何?ぐり~ん2号様だと?ちょっと待て。」 ぐり~ん2号という名を聞くなり、騎士の態度が変わり、魔力による通信無線で話し始める。 「あ、はい。カクカクシカジカでございまして。ええ。承知致しました。」 騎士は通信を終えると「お前も通っていいぞ。」と言って門を開けた。 「お前国の上層部と繋がりがあったのか。」 「はい。ぐり~ん2号様の御婦人・ぐり子2号様には幼少時に魔術の手ほどきを受けました。」 門を通った少年の前には緑色一色の壮大かつ異様な光景が広がっていた。 建造物が全て緑色なのである。 城も、住宅も、店も、騎士の甲冑も、何もかもが緑色である。 「夜になると王都の東の港では緑色のネオンライトが宵闇に照らされて絶景になるんですよ。この王都・グリーンバレーは全てが緑です。」 「ともかく此処なら鬱陶しい追っ手は来ない。まずは身分証を発行しなければな。」 「身分証の発行はグリーン役所で出来ます。案内しますので行きましょう。」 緑色一色の街並みに気を取られながらも、この世界で生きていく為に必要な肝心の身分証の発行という目的を思い出した。 「身分証発行の手続きですね。まずこの用紙に必要事項を記入して下さい。」 少女の案内で役所に到着した少年は役所の窓口で役人に促されて渡された用紙に目を向けた。 「そう言えば何も考えていなかった…。」 名前、年齢、住所、所属…そう、この少年には何も無いのである。 「そう言えば貴方、この世界に昨日突然来た正体不明の不審者でしたね。」 含み笑いしながら少女が皮肉を言う。 「その不審者の男を警戒もせずに同じ部屋で泊まって行動してきたお前もお前だがな。」 「助けていただいた恩は返さなければグリーン王国民の恥ですから。それに貴方は何となくそういうことはしないと信じられました。」 少女がクスッと笑う。 「今貴方の名前を思いつきました!今から貴方は不審者さんです!」 「冗談はさて置き、記入欄を埋めないと身分証は手に入らないわけだが。」 少女の冗談を無視しつつペンの尻で頭を叩いて考え込む。 「自分が好きな名前を付けてしまいましょうよ。住所や所属は何とかします!」 「お前に何か出来るのか?またぐり~ん2号夫人か?」 「はい。肩書きや住所ならそこから得られます。この役所に来る前にご夫人に通信でお願いしていたんです。あ、今お部屋が来ました。」 少女が耳元に小さな魔力力場を発生させて夫人と思われる女性と通信を始める。 「はい。はい。分かりました。ありがとうございます。ええ、それではまた。はい。失礼致します。」 通信が終わったようである。 「用紙、貸して下さい。」 少年から用紙を取り上げると、通信で指示された住所と所属を書いていく。 「これでよしっと。名前と年齢は私にはどうにも出来ませんが、後は自分で考えて下さい。」 用紙を少年に差し返す。 「いい名前が中々思いつかなかった。だから昔のコテハンを使うことにする。」 「コテハン?」 聞いたこともない単語に耳を傾げる。 「生前使ってた偽名のようなものだ。よし、これでいいだろう。」 でっち上げた名前、誕生日、年齢を書いて窓口に提出する。3分程待つと完成した身分証を役人に手渡された。 「これでこの世界で密入国者扱いされなくて済むな。何から何までお前のお陰だ。礼を言う。」 「それで、これからどうするんですか?」 「…何も考えてなかった。」 予想出来た筈の問いに答えられない。 「そうですよね。家無し無職の不審者ですもんね。その身分証の住所まで案内します。不審者さん。」 「もう好きに呼べ。済まんが頼むぞ。」 程無くして煉瓦造りの大きな城・グリーン城の付近に広がる城下町に辿り着いた。 「此処が貴方の家です。ああ、それと午後3時にグリーン城に来て下さい。ぐり~ん国王陛下がお呼びです。」 緑色の煉瓦造りの二階建ての家が目に映る。 「ぐり~ん国王が?俺に何の用だ?」 「貴方の所属、一応書類上はグリーン王国軍第一騎士団所属になってますから。それでは私は家に帰ります。今まで本当にありがとうございました。」 「ああ、今までありがとう。お前が居なければ此処まで逃げてくることは出来なかった。」 「また縁があればお会いすることもあるでしょう。それまでお元気で、不審者さん。」 握手を交わすと少女を一礼して去っていった。 「さて、新たな住居を見てみるとするか。」 中に入ると一階は居間、浴室、台所があり、二階に登るとベッド付きの寝室と個室、バルコニーがある。テレビや洗濯機、電子レンジや冷蔵庫といった家電も揃えられていた。 「誰がやったのかは知らんがありがたく使わせてもらうとしよう。この世界、一応文明は発展しているようだな。」 少年は居間のソファーに腰を掛けるとテレビのリモコンのスイッチを押す。 「次のニュースです。昨日午前10時から11時頃にかけて、正体不明の謎の男によるガルガイド王国王都ガルドリアへの襲撃事件が発生しました。死者や家屋の破損は無いとのことですが、ガルガイド王国第二騎士団のエリス・グリモワール団長が重傷、同騎士団所属のエイジス卿が重体に陥ったとのことです。男は2名と戦闘後に逃走し、騎士団は男の行方を追っています。」 「只今新しいニュースが入りました!ガルガイド王国はグリモワール氏の証言により男の似顔絵を公開し、周辺国に協力を要請し国際指名手配することを発表しました!」 ニュースキャスターの背後の映像パネルが公開された少年の似顔絵を映し出す。紛れも無く少年の顔である。印象的な眼帯もしっかり描かれていた。 「まずいな。グリーン王国に居ても危ないのではないか?いや、それは国王に会ってから判断するとしよう。」 テレビの電源を切り、時計は午後2時半を指していた。 「そろそろ行かねばな。」 少年は新居を後に、グリーン城に向かうことにした。 グリーン城 王の間 「国王陛下、そろそろ約束のお時間です。」 王の側近・ぐり~ん2号が王の傍に立って報告している。 「うむ。ここへ通せ。」 ぐり~ん2号が王の間の扉を開くと、黒尽くめの少年がツカツカと歩いて王の面前に立った。 「良く来たな。これまでさぞ苦労をしたことだろう。」 ぐり~んの顔が少年の目に映る。彼も少年と同じく生前とは似ても似つかない整った顔立ちをしていた。髪色と瞳の色は名前に違わず緑色である。 「貴様、国王陛下の御前であるぞ!平伏さぬか無礼者!」 ぐり~ん2号が少年の態度を咎めるが、ぐり~んは良い良いと言って制止する。 「ぐり~んよ。ニュースの件は知ってるか?」 少年は恐れもせず王にタメ口を利いて尋ねる。 「国際指名手配のことか。それなら安心するといい。ガルガイドの協力要請は断った。今日からお前はこのグリーン王国の民であり、グリーン王国軍の騎士だ。民を守るのが王たる俺の役目だ。俺は民を売るような真似は絶対にしない。」 ぐり~んは毅然と言い放つ。 「それは心強いな。お前とは生前殆ど関わりは無かったが見直したぞ。」 ぐり~んの言葉を聞いた少年は安堵の笑みを浮かべた。 「俺の肩書きである第一騎士団所属とは?」 少年はぐり~んの言葉を聞いて書類上の肩書きを思い出す。 「文字通りお前は今日から我が国の第一騎士団所属だ。但しあくまで肩書きだ。あまり気にする必要は無い。いざとなれば国を守る戦いに参加してもらうことになるが、ガルガイドのエイジスとやりあったお前なら心配無いだろう。」 「そうか。何故お前はここまで俺に良くするんだ?」 「お前も俺も、生前、不細工の痛みを味わった仲だろう。それにぐり~ん2号の身内に連なる者が認める男だ。理由などそれで充分だ。」 「そうか。恩に着るぞ。」 そう言うと少年は一礼する。 「また何かあれば呼ぶ。お前は自由気儘に生活するといい。だが、王国領からは決して出るな。このグリーン王国以外の周辺国は皆、お前の国際指名手配に協力する姿勢を見せてるからな。」 「結局あの女の名前、聞いてなかったな。俺も名前を教えていない。身分証も見せていないしな。」 城から出て城下へ下るとふと少女のことを思い出すが、すぐに頭から離れていく。 「おい、そこのお前!」 近くで声がするが此処はグリーン城の城下町である。人ごみなので誰が誰を呼んでいるかは分からない。少年は気にせず家を目指して歩く。 「無視すんな!そこの黒尽くめの男!」 その言葉で自分が呼ばれていることに気付く。声が聞こえた方向を探すと、中くらいの身長の筋肉質の男が立っている。 「俺に用か?」 「俺だよ。水素だよ。」 「何?お前が水素だと?」 男は水素と名乗る。生前親交のあった男の1人だが、やはりこの男も生前と姿が変わっていた。 「積もる話もあるが、ここじゃ人ごみだしあれだな。俺の家に来いよ。」 「しかし何故俺だと分かった?俺はお前に名乗ってないし生前と姿も変わっているが。」 「ニュースに映ってたお前が使ってたの、あの某漫画の技だろ?それに厨二病丸出しの格好だ。お前だってすぐに分かるよ。さあ行こうぜ。」 家に帰るつもりであったが思わぬ出会いがあった。少年は水素に付き合うことにした。 「お帰りなさいませ、ご主人様。」 大きな庭を持つ青い建造物である豪邸の扉を開けると青髪ショートのメイドが水素を出迎える。 「レイラ、客人だ。茶の用意を頼む。」 レイラと呼ばれたメイドは「ようこそおいで下さいました、お客様」という言葉と共に笑顔で一礼するとその場を去る。 階段を登り二階に上がると一室に通される。恐らく客間だろう。 「メイドが居るのか。快適な生活を送ってるようだな。」 「可愛かっただろ?やっぱ二次元の女の子は癒しだよな。」 ソファーに腰をかけながら水素は少年にも促す。少年もそれに従う。 「それで、この世界は一体なんなんだ?」 少年が昨日目覚めてからずっと疑問に思っていたことを切り出す。 「お前はまだこの世界に来たばかりのようだな。この世界は死後の二次元世界だ。だが死んだら誰でも行き着くわけではない。」 「どういうことだ?」 「この世界、どうやら死んで行き着くのは生前のポケガイ民だけのようだ。それ以外のこの世界の人間は元々この世界で生きてる人間達だ。」 「失礼致します。」 レイラが紅茶と菓子を用意して部屋に入ってくる。それらをテーブルに置くと「ごゆっくりどうぞ。」と一礼して部屋を出ていった。水素は「いつもありがとう。」と声をかける。 「しかも生前望んだ力なり地位なり容姿なりが大体の奴に備わってるようだぜ?お前も某漫画の技を使えただろ?その刀もその証拠だしな。」 紅茶を啜りながら水素が説明する。 「成る程。ようやく得心出来たぞ。ならお前にも能力があるのか?」 少年は出された茶菓子に手をつける。 「いや、それが無いんだなーこれが。特殊な能力なんてなーんも無い。」 「そうか。お前はハズレを引いてしまったのか…。」 少年が気の毒そうに水素を見やる。だが水素は落ち込むどころか笑っていた。 「まあ特殊な能力は無いがこっちの世界は楽しいぞ。お前は大変なことになってるようだな。」 水素は茶菓子を摘むと口に頬張る。 「目覚めたらガルドリアに居て女騎士に絡まれた。鬼道で黙らせてトドメを刺そうとしたら狼男が現れて虚と死神の力を駆使して戦った後に、まだ力が体に馴染んでいないことを感じてガルガイド領から逃げて此処まで来た。そしたら指名手配されていた。」 遠慮も無く少年はケーキを一気に口に運ぶ。 「それは災難だったな。だが此処に居るってことはぐり~んはお前を歓迎したんだろ?暫くはグリーン王国から出ないで暮らすんだな。」 「ああ。望んだ力と容姿を与えられた代わりにこの世界には酷い歓迎を受けた。」 紅茶を啜る音が部屋中に響き渡る。 「せっかくだ。この世界の説明を一通りお前にしてやろう。」 「まだ何かあるのか?」 少年は紅茶を飲み干すとカップをテーブルに置く。 それから少年は水素にこの世界についての説明を受けた。 クエストなるものが各国で存在し、達成すれば報酬を貰えること、 クエスト毎にランクがありSからFランクに分けらていることと、 各ランク毎に挑戦出来る資格がクエスト受注希望者の強さによって違うこと、 国が抱える軍はこの世界における高位魔力者の集まりだということ、 この世界の元々の住人も人によるが魔力を持ち戦闘能力を有していること、 この世界に来たポケガイ民の異能を持つ者を能力者と呼ぶこと、能力者の数は未だ僅かだということなどである。 さて、一通り説明は終わったがもうこんな時間か。お前、今日は此処で飯を食っていけ。」 水素は立ち上がるとレイラを呼ぶ為か部屋を出ようとする。 「ああ、お言葉に甘えるとしよう。」 その夜、少年は夕食をこの水素宅でご馳走になったが、舌を巻く程豪勢なものであった。能力の代わりに財産を手に入れていたとするなら納得も出来る。 「世話になったな。ではこの辺で俺は帰る。」 少年が立ち上がると、水素もそれに続く。 「お前の家までお前を護衛しよう。何があるか分からないからな。」 「能力は無いんじゃなかったのか?俺には強大な能力がある。心配無い。」 水素の申し出を断るが、水素は引き下がらない。 「まだ力を完全に使いこなせるわけじゃないんだろう?お前はまだ力の使用を控えた方がいい。行くぞ。」 「そこまで言うならそうしてもらうとしよう。」 水素はレイラに少年を送る旨を伝えると、少年に続いて家の外に出た。 家への夜道を水素と歩いていると、正面に人影が浮かんでいる。此処はグリーン城の城下町なので夜でも人が大勢居ても不思議ではないのだがその人影は此方を向いたまま動かない。 「おい、誰だてめえ。」 水素が違和感を感じて人影に詰め寄る。 「その問いには名ではなくまずは力で答えよう。だが此処では人や家屋が多過ぎて戦うには不都合だ。ついて来い。」 人影は此方が近づくに連れて徐々に姿を露わにしていく。赤い鎧に青い上下の衣服、青いサンダルのような履物、右目は生前よく見た黒い文様が浮かんだ紫と赤の瞳である。 「水素、無視しよう。今は面倒だ。それにお前は能力が無い。挑発に乗るな。こいつはヤバい。」 水素の肩に手をかけて制止するも水素はそれを振り切る。 「止めんなよ?久々に楽しめそうな相手に出会えたんだ。こいつは俺が相手する。お前は今の内に帰れ。」 「能力も無いのにどう戦うつもりだ?あいつを見ろ。あれは万華鏡写輪眼と輪廻眼だぞ。お前では無理だ。」 「心配すんな。おいお前、場所を変えるとか言ったな。さっさと案内しろ。」 少年の制止も聞かずに水素は目の前の男の挑発に答える。 「俺が戦いたいのはそこの尋常ならざる霊圧を持ってる黒尽くめの男なんだがな。お前からは霊圧もチャクラも魔力も気も何も感じない。お前に興味は無い。失せろ。」 男は水素をあしらうように答える。 「おい、喧嘩売っといて逃げる気か?もしかして俺にビビってんのか?」 水素は挑発に出るが、男は動じた様子は見せずに数秒間瞑目する。 「いいだろう。そこの黒尽くめより先にお前を前座として葬ってやる。ついて来い。」 男はそう言うと建造物に飛び移って素早く移動を始める。忍者らしい身のこなしだ。 水素はその速さに平然とついていく。能力は無いと言っていたが身体能力は非常に高いようだ。 「仕方ない。このまま帰るわけにも行かないだろう。」 少年はその後を瞬歩で追う。暫くすると城下町の中心にある巨大なドーム状の建造物に辿り着いた。 「此処はコロッセウムと言ってな。この世界で昔剣奴同士が殺し合いをさせられる民衆の娯楽の場だったようだ。今は催し物や決闘に使われるらしいが今夜は誰も居ない。此処なら戦いの場に相応しいだろう。」 そう言うと男は入り口からコロッセウムの中に消えた。水素と少年もその後に続く。 「本当に大丈夫なのか?」 コロッセウムのフィールドに3人の男が立っている。少年は心配そうに水素に確かめる。 「お前はフィールドの外に出ろ。一番上の観客席で俺の勇姿でも見てるんだな。」 水素は余裕を崩さない。能力も無いのに何を考えているのだろうか。 「俺は何度も止めたからな。だが危ないと思ったら助けに入る。」 「手出しはすんな。お前は見てるだけでいい。」 運動能力が高いだけで随分な自信だなと呆れつつ瞬歩で観客席に移動する。無論水素の言葉など信じていない。危険だと感じたら自分が忍者男と戦うつもりだ。 「話は終わったか?」 忍者男がフィールドの西に立つ。水素も東に立って相対する。 「ああ。さっさと来いよ。俺に喧嘩売ったことを後悔させてやるぜ。」 水素がシュッシュッとボクサーの真似事をすると身構える。 「ほざけ。お前は前座だ。さっさと殺してやる。」 忍者男が術の印を結ぶ。 「火遁・豪火滅却」 印を結んだ男の口から火炎が発射される。火の海となりフィールドを覆い尽くし、水素を飲み込む。 「いきなり豪火滅却か。まずいな。」 能力の無い水素に容赦が無いところを見た少年は初撃だからと止めに入らなかったのを後悔したが、それは杞憂だった。火炎を振り払った無傷の水素が出てきたからである。 「いやー、あったけえな今の。で、これで終わりか?」 「馬鹿な…!豪火滅却が効いていないだと…!貴様何者だ!」 「趣味でヒーローをやっている者だ。」 水素が勢いをつけて地面を蹴って忍者男目掛けて跳躍する。その反動でフィールドに衝撃波が発生する。 「須佐能乎!」 忍者男の万華鏡写輪眼の力で忍者男を覆う青色のチャクラの巨人が現れる。だがその須佐能乎は水素のパンチで容易く破壊された。 「普通のパンチ」 水素の拳が忍者男の腹部に炸裂する。鈍い音を立てて忍者男がフィールドの隅に吹っ飛ばされ、スタントが破壊される。 「加減はしてやったんだぜ。早く出てこいよ。少しは俺を楽しませろ。」 水素がクイクイと右手で挑発する。瓦礫となったスタントから忍者男が吐血しながらフィールドに戻る。 「お前を甘く見ていたよ。お前からは何の力も感じなかったんでな。だがその異常な強さは何だ!これなら少々本気を出しても良さそうだ!完成体須佐能乎!」 忍者男が先程よりも大きなチャクラの巨人を呼び出す。巨人はチャクラで出来た巨大な刀を抜刀して構える。 「天照」 忍者男の片目の万華鏡写輪眼の視点から水素が居る位置で黒い炎が発生するが既にそこには水素は居なかった。目にも止まらぬ速さで避けたのである。 「だがこの十束の剣を受けても余裕でいられるかな?」 須佐能乎が刀を振り下ろすも、高速で動いている水素には当たらない。刀が振り下ろされたところに深い切れ目が入るのみだ。 「普通のパンチ」 水素の拳が須佐能乎に直撃するが、今度は少しヒビが入るのみである。 「残念だったな!死ねえ!」 再び須佐能乎が刀を振り下ろすがそれは軽々と避けられる。水素はもう一度須佐能乎に迫る。 「連続普通のパンチ」 須佐能乎に右腕のラッシュが叩き込まれると須佐能乎に入っていたヒビが広がり、やがて破壊された。拳が忍者男の顔面を捉える。 「天照」 だが忍者男の目も水素を捉えていた。視点から発火し、水素の体を黒い炎が包む。 「須佐能乎」 黒い炎がついた水素の拳を一時的に避けて距離を取る為に須佐能乎を出す。須佐能乎は一瞬で破壊されるが忍者男は素早く後ろに下がって拳を避ける。 「天照の黒い炎は対象を焼き尽くすまで消えない。終わりだな。」 「そうか?この変な黒い炎、あったかいだけだぞ?っていうかヤバッ、服燃えるじゃん!」 水素は服が燃えていることに気づいて上着を脱ぎ捨てる。 「天照をも封じるか、ならば!」 輪廻眼の瞳術を発動させる。 「地爆天征!」 印を結ぶとコロッセウムのフィールドの地面や観客席までの全体が宙に吸い上げられていく。水素や少年の体も同様だった。上を見上げると黒い球状の核が凄まじい引力で周囲の物を2人ごと引き寄せている。 「このままじゃ俺まで巻き込まれる。仕方ない、おい水素、悪いが手を出すぞ!」 少年が水素の返答も聞かずに霊子で出来た光の矢を出現させる。 「神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)」 矢を黒い核に向けて放つと矢は核に突き刺さり、ヒビが広がって破壊される。 「地爆天征がこうもあっさりと…」 破られた。空中に引きつける引力が無くなったので水素と少年は落下して地に着地する。既にコロッセウムは地爆天征の影響で原型を留めておらず、フィールドがあった円を囲むように瓦礫の山を築いていた。 「手出しすんなって言ったろ。」 水素が不満そうに少年を見る。 「俺まで巻き込まれたんだから仕方ないだろ。後はお望み通り1対1で楽しむといい。お前の強さは良く分かったしな。」 そう言うと少年は飛廉脚で水素の遥か後方に下がる。 「お前も今は俺との戦いに集中しろよ。あいつに手出しさせるような真似すんな。」 水素が不満を忍者男に言う。 「木遁・花樹海降誕!」 忍者男が印を結ぶと無数の巨大な樹木が地面から出現し、複雑に入り組んで水素に襲い掛かる。 水素はそれを軽々と避け続けるが、忍者男の狙いはそこではなかった。 樹木から無数の花が咲き乱れる。花が開くと大量の花粉が舞い上がり、それが広範囲を包み込む。 「その花粉を吸ったものは身動きがとれなくなる。終わりだ!」 勝った!というセリフを口にしなくても顔に出ている。花粉は後方に離れている少年にも降り注ぐ。 「外殻静血装(ブルートヴェーネ・アンハーベン)」 少年は血装(ブルート)と呼ばれる力を守りに注ぎ、更に自身を取り囲む紋様を浮かべた球状の防御壁を展開して花粉を防ぐ。 水素の方は右腕を振り払うようにして横へ薙ぐと、花粉は水素にかかる前に吹き飛ばされた。 「趣味のわりい木をこんなに生やしやがって。」 拳を樹木に叩きつけると、全ての樹木が粉砕される。 「おいお前、この程度か?頼むからもっと楽しませてくれよ。」 水素が地面を蹴って忍者男目掛けて跳躍する。右の拳を忍者男に向けて突き出す。 「神羅天征!」 忍者男は両手を力強く合わせると凄まじい斥力が発生して男を中心に水素を含めて円状に周囲の物を吹き飛ばす。 「へえ、やれば出来るじゃねえか。」 吹き飛ばされるも水素は体勢を立て直して着地する。 「お前にはこれを出しても不足は無いだろう。来い、十尾!」 忍者男は手を合わせ、背後から十本の尾を持った単眼の、コロッセウムを遥かに超す大きさの化け物が現れる。 「まずいぞ!あんな物を出されたら街は壊滅する!」 少年が十尾の恐ろしさを水素に伝えるが動揺する様子は見えない。十尾は更に進化し、複数の角や耳が生えていく。 「食らえ!尾獣玉!」 十尾が大きな口を開けると黒い粒状の尾獣のチャクラが球状に集まる。口と同じ大きさになるまで集まると、十尾は下の水素の方へ尾獣玉を発射した。 「こいつはすげえ。俺も少し奥の手を使うぜ。」 水素は右腕の拳に力を込めてそれを尾獣玉に向けて突き出す。 「マジ殴り」 突き出されたパンチの余波で尾獣玉は大爆発を起こして掻き消され、十尾をも巻き込まんだ。余波を食らった街全体に響くような悲鳴を上げて消滅した。 十尾を倒したマジ殴りの余波は忍者男にも命中したが、忍者男はその場で消滅した。 「いつの間に…。そいつは影分身だ!」 外殻静血装(ブルートヴェーネ・アンハーベン)で大爆発を凌いだ少年が、正面に居たのは外殻であることに気付く。 「仙法・超大玉螺旋丸!」 水素の頭上から顔に橙色の模様を浮かべた忍者男の本体が攻撃を仕掛ける。 「普通のパンチ」 水素の拳と忍者男の超大玉螺旋丸がぶつかり合うが、拳を受けた超大玉螺旋丸は消滅し、そのまま拳は忍者男の胸部に叩きつけられた。 「馬鹿な…こんな強さ、出鱈目過ぎる…!」 遥か宙に打ち上げられた忍者男は血を吐きながら落下する。 落下した忍者男の体は地面に強く叩きつけられた。 「おいお前。確かに強かったぜ。今まで戦った中で多分一番強い。いい暇潰しになったぜ。」 水素が手をパンパンと二度と鳴らして手に付いた汚れを振り払う。 「なんなんだ…お前のその強さは…」 忍者男が掠れた声を口から吐く。 「知らねえよ。いつの間にか最強の力を手にしてたんだ。お陰で殆どワンパンで終わってつまんねえけどな。今日はいい退屈凌ぎになった。じゃあな。」 「自分が最強とばかり思っていたが、これ程強い奴が居るとはな…この世界はやはり面白い…!」 その場を立ち去る水素を横目に忍者男は呟いた後、意識を失った。 「で、某忍者漫画の術を使うあいつは結局何者なんだ?」 瓦礫の山となり原型を留めていないコロッセウムを後に、少年は疑問を呈する。 「そういや身分証見るの忘れてたな。まあいいだろ。多分その内また会うかもしれんし。」 今頃になってコロッセウムの異変を感じた近隣住民が集まり始めるが、事は終わった後だった。張本人の1人は意識を失い倒れ、もう1人は何事も無かったかのようにその場から去った。 集まった人々はマジ殴りの余波と尾獣玉のぶつかり合いを見ていたが遠過ぎて誰が戦っているのかは分からなかった。 それよりもグリーン王国が誇る歴史的建造物・コロッセウムが破壊されたという計り知れない損失が発生することになったが、水素の知ったことではなかった。 翌日 ランドラ帝国 帝都ランドラ ランドラ城 皇帝の間において1人の忍者が皇帝に拝謁していた。 「申し訳ございません。黒尽くめの男の力を測ること、叶いませんでした。」 片膝立ちで深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べる。 「何があった?お前の実力ならばあの国際指名手配犯とも渡り合える筈だ。」 皇帝が渋みを帯びた低い声で忍者の男に問う。 「邪魔が入りました。黒尽くめの男と行動を共にしていた男です。その男は何の特殊な力は持っておらず、魔力の類も一切感じられませんでした。しかし…」 「しかし、どうした?」 忍者の男は一旦溜める。 「ただ、尋常ならざる程強いのです。私の忍術で傷一つさえつけることが出来ませんでした。私の完成体須佐能乎を素手で破壊されました。特殊な分身に戦闘させたのが幸いでございました。」 「そいつは黒尽くめの男よりも危険な存在だな。黒尽くめの男の力を見極めあわよくば捕縛してガルガイドに引き渡し恩を売る考えだったが、とんだ邪魔が入ったものだ。」 「面目次第もございません。」 忍者の男から冷や汗が滴り落ちる。 「ご苦労だったな北条。下がって良い。」 皇帝に退出を促されると、北条と呼ばれた忍者は一礼して皇帝の間から静かに退出した。 同じ頃、グリーン王国王都グリーンバレーは騒然となっていた。コロッセウムが破壊された件である。 既に早朝のニュースではコロッセウムが何者かに破壊されたと報道され、大規模な戦闘があったのではないかとリポーターも述べていた。緑色の塊とも言える瓦礫の山が戦闘の激しさを物語っていた。 「お前らがコロッセウムでやらかしたのか?」 グリーン王国に在国し、黒尽くめの少年の国際指名手配により近隣諸国の外交情勢が緊迫している中、王都で大規模な戦闘が可能な力の持ち主は限られていた。既に多くの騎士が国境警備の為に出払っている。 水素と黒尽くめの少年は国王ぐり~んに呼び出されていた。 「水素、それに…今は李信と名乗っているんだったな。あれ程の破壊が可能なのはお前達くらいだろう。違うか?」 ぐり~んは玉座に腰をかけて2人を睨み据える。 「待てよぐり~ん、コロッセウムを破壊したのは俺だ。ちょく…李信は関係無い。こいつはただ観戦していただけだ。」 水素がぐり~んの問いに答える。 「お前と李信が戦ったのではないのか?」 「俺達に戦う理由は無い。忍術を使う謎の男が現れて李信との戦闘を求めてたんだ。俺はその忍術使いと戦ったんだ。」 記憶を思い起こしながら水素は説明する。 「お前と其れ程の戦闘を繰り広げるとは、かなりのやり手のようだな。」 「ああ。今まで戦った中で一番強かったと思う。多分あいつは他国の間者だ。」 「わざわざ派手な戦闘に及ぶ間者とな?」 ぐり~んが首を傾げる。 「あわよくば李信を捕縛して主国に引き渡そうと企んでたんだろう。そうはさせなかったがな。」 「して、お前ならば当然倒したのだろう。そいつの身柄はどうした?」 「奴は分身を使って俺と戦ってた。本体は何処かに潜んでいたんだろう。」 「もういい。分かった。それと実はな、李信。」 水素の報告を受けたぐり~んは黒尽くめの少年…李信に向き直る。 「恐らく水素と戦った忍びが報告したんだろう。諸国にお前がこのグリーン王国に居ることがバレた。」 ぐり~んが口惜しそうな表情で伝える。ぐり~んは説明を続ける。 「ガルガイド王国からの使者が先程訪ねてきた。お前の身柄を引き渡せと言ってきおったわ。」 「面倒なことになったな…。」 李信も苦虫を潰したような表情に変わる。 「安心しろ。もちろん断った。お前は俺の民だ。絶対に売るような真似はしない。」 ぐり~んが力強く李信を励ます。 「すまん。この恩は忘れん。」 「よくやってくれたな水素。当分の間、お前には李信と行動を共にしてもらいたい。万が一ということも考えなければならないしな。」 「分かった。任せろ。」 ぐり~んの頼みに水素が首肯する。 「それとだな。」 「まだあるのか?」 ぐり~んがバツの悪そうに切り出す。水素がそれに応じる。 「領内に謎の化け物か現れた。Bランクのクエストだ。お前達2人で事に当たって欲しい。我が国の騎士は皆国境警備に出払っているからな。お前達だけが頼りだ。詳しくは集会所で聞いてくれ。ではな。」 そう言うとぐり~んは玉座を立って奥の間へと去っていった。 ぐり~んの命を受けた水素と李信は集会所に来ていた。集会所には人だかりが出来ている。 「此処がグリーンバレーの集会所だ。此処でクエストを受注してクエストに向かう。」 水素が集会所の椅子に腰をかける。 「なんだその設定。あの某狩りゲームか?」 李信は生前そのようなゲームがあったことを思い出す。 「まあ、そんなもんだな。これがぐり~んに頼まれたクエストだ。」 水素が受注用紙を李信に手渡す。 「Bランククエスト 豚面の破面(アランカル)を倒せ?」 李信が用紙を読む。 「因みにBランク以上のクエストはこの世界でも相当の実力が無いと受注出来ない。この世界の魔力者や能力者にはランクがあることを昨日話したよな?」 水素が説明を始める。 「ああ。」 「身分証を見せてみろ。」 李信が水素に身分証を手渡す。 「成る程、お前はSSS(トリプルエス)ランクか。流石だな。」 水素が身分証を李信に返す。 「S~Fではなかったのか?」 ポケットに身分証をしまいながら水素に問う。 「特例でSSSランクとSS(ダブルエス)ランクが設けられる。つまりお前は最強ランクだ。Sランク以上は全てのクエストを受注出来る。良かったな厨二病。」 厨二病という言葉が引っかかるが事実なので否定はしなかった。 「お前のランクはなんなんだ?」 浮かんだ疑問を水素に呈する。 「お前と同じだよ。まあ俺には能力は無いが。それより、あと2人必要だ。メンバーを探すぞ。」 水素がそう言うと立ち上がる。 「あと2人だと?」 「Bランク以上のクエストはメンバーが4人揃わないと始められないんだよ。早く探すぞ。」 「何だその面倒なルールは…。仕方ない。」 李信も水素に続いて立ち上がる。 「おいお前ら、パーティメンバーを探してんのか?」 2人に声をかける男が居た。黒色で女かと思うくらい髪を伸ばした痩身の整った顔立ちで、何故か学ランを着ている男である。年齢は2人と近いように見えた。 「そうだが、お前ランクは?」 水素が男に問う。 「それは答えないでおこう。だが少なくともB以上だ。さっきお前らの話を聞いてたんだぜ。国王直々の命を受けた任務とは面白い。俺も混ぜろ。」 「どうする?信用出来るか?」 男の言葉を聞くなり、李信が水素に確かめる。 「今はとりあえず頭数を揃えなきゃいけない。それに本来なら俺1人で十分なクエストだ。頭数さえ揃えば何でもいい。おいお前、入っていいぞ。」 「よっしゃあ!暴れまくるぜ!俺は星屑っていうんだ。宜しくな!」 水素の許可で星屑のパーティ加入が決まった。 「星屑だと?お前もこの世界に来てたのか。俺は水素、んでこいつはちょく…直江だ。」 思わぬ知己との再会に胸からこみ上げるものが出てくる。 「おお!お前らマジで水素と直江かよ!久しぶりだなー姿が変わってるから全然分からなかったぜ!」 星屑も再会を喜ぶ。 「久しぶりだな星屑。共に戦えて嬉しいぞ。」 李信も星屑との再会に湧き上がる。 「直江ー、お前のことだから能力はどうせあの漫画のやつだろ?チートスペックじゃねえか。」 「お前の能力も大体予想がつくがな。」 「再会を喜ぶのもいいがあと1人頭数を揃えなきゃならんぞ。」 水素が用紙を左手に持ちながら切り出す。 「でもBランク以上なんて中々居ないぜ?元々この世界の住人となると更に限られてくるしなー。」 星屑がそれに答える。 「それでも見つけなきゃいけないんだよ。国王の命令だからな。」 水素が辺りを見回して探すが、他の連中はもうクエストに向かったのか先程とは打って変わって集会所は空いていた。 水素は一際目立っている人物に目をつける。ブツブツと独り言を呟いている。 「この世界には敦子たん似の子はいねえなあ。クソッ何で俺は死んだ上にこんな世界に居るんだよ!」 「おいお前、多分小銭だろ?いや多分というか絶対小銭だよな?ランクを教えろ。」 水素が独り言を呟いていた男に近づいて声をかける。 「俺を知ってるとはお前ポケガイ民か?ランクは秘密だぜ!でも多分強いぜ!」 小銭は自信満々で答える。 「じゃあお前もパーティに入ってくれ。お前に拒否権は無い。決定だ。おいお前ら、頭数が揃ったぞ!」 水素か小銭の返答も聞かずに強引に用紙に小銭の名前を記入する。 「やっと揃ったか。これで始められるな。」 水素が用紙を受付の職員に提出すると、職員からの許可が下りる。職員から目的地の地図を手渡され、4人は集会所を後にした。 一行が地図を頼りに王都から徒歩で数時間の原生林に辿り着く。 「ここら辺だな豚の化け物が出るってのは。俺が戦うからお前らは見てていいぞ。」 地図を確認しポケットにしまうと水素が他の3人に言う。 「あっ!?ふざけんなよ俺はまだこの世界に来たばかりなんだぞ!?力を試させろ!」 星屑が水素に反発する。 「うるせえ、最強の俺がやった方が早いんだよ!お前らは見てればいいんだよ!」 「まあ待てよ。星屑も小銭も力を試したいだろうし最強なら譲ってやれ。2人が苦戦になったら戦えばいいだろ。」 李信が水素を宥める。 「そうだぞ水素ー!1人だけでやるなんてズルいぞー!」 小銭も便乗する。 「仕方ねえなあ。じゃあ今回は星屑と小銭に任せてみるか。」 水素は渋々李信の言葉を承諾する。 一行がそれから暫く歩くと大きなクレーターが出来ている場所に辿り着いた。クレーターの中心に何かが居る。 「やっと見つけたぜ。こいつが今回のターゲットだ。」 水素が指差したその何かが此方を向く。 「アンタらグリーン王国の犬ってわけ?私はこれからグリーンバレーを襲撃しに行くのよ!邪魔しないで!」 豚のような形をした仮面を顔に被った化け物が口を開く。 「俺達はその王都襲撃を防げと国王に言われて来たんでな。此処で死んでもらう。」 李信がそう言いつつ後ろに下がる。 「何アンタ?強気なこと言っといてビビってんの?」 「お前の相手は俺じゃない。星屑、小銭。任せたぞ。」 星屑と小銭が前に出て水素は後ろに下がる。 「まずは俺が行くぜ!」 星屑が駆け足で豚仮面の破面と距離を縮める。 「そんな動きじゃ私には届かないわよ!」 豚仮面が口から赤い虚閃を放つ。 「スタープラチナ・ザ・ワールド!」 星屑の横に紫色の人型の形をした精神エネルギー…スタンドが具現化する。スタープラチナの能力で世界は灰色に染まり、星屑とスタープラチナ以外の時間が停止する。 「こんなショボいビームじゃ俺は倒せないぜ」 星屑は時間を停止させることで虚閃を避け、豚仮面の至近距離に迫った。 「この時間停止は数秒しかもたない…そして時は動き出す。」 時間停止が解除され、世界は色を取り戻す。 「なっ…!いつの間に此処に!」 「小銭、わりいな!お前の出番は無さそうだぜ!」 「オラァ!オラオラオラオラオラオラオラオラ!オラァ!」 星屑の叫びと共にスタープラチナが豚仮面に怒涛のラッシュを豚仮面に炸裂する。豚仮面の腹部や胸部がスタープラチナの攻撃で凹み、胸部から出血しているのが見えた。 星屑はトドメだと言わんばかりに最後のパンチを繰り出し、「グハァ!」という悲鳴と共に豚仮面の体は後ろに吹っ飛ばされた。 「やったか?」 「おい星屑。それフラグだぞ。」 小銭が星屑のおきまりのセリフにツッコミを入れる。 「良くも…やってくれたわね!」 小銭の予想通り、豚仮面は息を吹き返して起き上がる。 「だから言ったんだ。そもそもそんな簡単に終わるなら国王はわざわざ命令なんて出さないっしょ。」 「うるせえ!俺はキーレるぞ!」 「俺のネタを使うな!」 スタープラチナの攻撃でダメージを受けた豚仮面の体が一瞬の内に再生した。 「あれは…超速再生か。破面は超速再生は出来ない筈だが…。」 李信が豚仮面の超速再生に驚きを見せる。 「星屑には厄介な相手だな。国王が頼んでくるだけのことはある。」 隣に居た水素が冷静に返す。いざとなれば自分がワンパンで倒せばいいだけの話だからである。 「こいつ再生すんのかよ!スタープラチナじゃどうしようもねえぞ!」 「どいてろ星屑!次は俺の番だ!」 小銭が星屑の肩をどけて前に出る。 「再生出来ない傷をつけていけばいいだけの話だぜ!来い、ゲイジャルグ!ゲイボウ!」 小銭がポケットからランサーのクラスカードを取り出し、真紅の長槍と黄色の短槍を出現させ、両手に握る。 「行くぞデブ!」 小銭が豚仮面目掛けて突っ込む。 「そんな槍で何が出来るってのよ!喰らいなさい!」 豚仮面の虚閃が小銭を襲う。 「効くかよそんなもんがぁ!」 小銭が赤い長槍で虚閃を切り裂き、虚閃は真っ二つに割れて小銭の横を通ってクレーターに直撃し、地面を更に抉り消滅する。 「このゲイジャルグは魔力を打ち消す宝具だ!そしてこのゲイボウが…」 小銭が黄色の短槍を構えて豚仮面の胸に突き立てる。 「消えない傷を敵につける宝具だ!心臓を突いたぜ!お前は終わりだぁ!」 小銭が豚仮面の胸から血に彩られた短槍を引き抜く。豚仮面は小さな悲鳴を上げてその場で仰向けに倒れた。 「今度こそやったぜ!残念だったな星屑ー、今回は俺の手柄だぜ!」 「お前あのアニメの能力使いだったのか!これで任務完了だな!」 「つか、あいつ破面じゃん。魔力じゃなくて霊圧にも効くんだなゲイジャルグの効果。」 星屑が小銭の能力に関心を示す。 「そうみたいだな。おいお前ら終わったから帰ろうぜ!」 小銭が倒れた豚仮面に背を向けて歩き出す。 「馬鹿!油断すんな!まだ終わってねえぞ!」 豚仮面の様子を見ていた水素が大声で警戒を促す。それを聞いた小銭や星屑がパッと豚仮面の方を向く。 「アンタ達よくもやってくれたわね…もう絶対許さない!」 豚仮面が起き上がる。 「俺のゲイボウを心臓に喰らってまだ生きてんのか?どんなチート使ったんだよこいつ!」 「喰い尽くせ 喰虚(グロトネリア)!」 豚仮面が腰に差していた斬魄刀を抜刀して霊圧を込めると、赤色の霊圧の光が豚仮面を包み込んだ。 下半身が無数の虚(ホロウ)や変色した人間の塊となった豚仮面が姿を現す。背中には蛾のような羽と無数の触手が生えている。 「嘘だろ…ゲイボウでつけた傷が塞がってやがる!」 小銭は豚仮面の胸につけた傷が無くなっていることに気づく。 「アンタ達は皆殺しよ!黒虚閃(セロ・オスキュラス)!」 豚仮面の無数の触手に黒い霊圧が込められ、一斉に放出される。 「やべえ!スタープラチナ・ザ・ワールド!」 星屑がスタープラチナを出現させて時間を停止させる。星屑は黒虚閃の軌道から逃れた。 「そして時は動き出す。」 下半身が無数の虚(ホロウ)や変色した人間の塊となった豚仮面が姿を現す。背中には蛾のような羽と無数の触手が生えている。 「嘘だろ…ゲイボウでつけた傷が塞がってやがる!」 小銭は豚仮面の胸につけた傷が無くなっていることに気づく。 「アンタ達は皆殺しよ!黒虚閃(セロ・オスキュラス)!」 豚仮面の無数の触手に黒い霊圧が込められ、一斉に放出される。 「やべえ!スタープラチナ・ザ・ワールド!」 星屑がスタープラチナを出現させて時間を停止させる。星屑は黒虚閃の軌道から逃れた。 「そして時は動き出す。」 黒虚閃は星屑の横を掠めた。小銭はゲイジャルグで黒虚閃を防ごうとするも、防ぎ切れずに被弾した。 「おい小銭、大丈夫か!」 星屑が黒虚閃を被弾した小銭の無事を確かめるように叫ぶ。 「大丈夫だ。問題無い。…と言いたいところだがダメージヤベェなこれ。」 小銭は上半身の至る所から流血していた。二本の槍を杖代わりにして立っている。 「おいお前ら、そろそろ俺が出るか?」 クレーターの端で待機していた水素が口を出すが、星屑が「まだいい。お前は見てろ!」と返したので待機を続けることにした。 「こうなったらこのアーチャーのクラスカードを使うぜ!」 小銭がランサーのクラスカードを解除し、ポケットから出したアーチャーのクラスカードを具現化させる。 「何よその金ピカ鎧?ふざけてんの?」 小銭の全身を金色に輝く鎧を見て豚仮面は再び黒虚閃を放つ。 グリーンバレー国門前 グリーン王国とガルガイド王国の国境付近 「何故国際指名手配犯の身柄引き渡しを拒まれるのですか?奴の存在は今や国際問題、危険人物です。」 金髪ポニーテールの女騎士が国境を警備しているグリーン王国の騎士団長に詰め寄る。 「国王陛下のご命令だ。いくらガルガイド王国の要請と言えど此処はお通し出来ないし、あの少年は我が国民なので渡せないとの仰せだ。」 緑色の甲冑に身を包み、緑色の鞘にしまわれた大剣を背負った騎士団長が堅く道を閉ざす。後ろには数百人の騎士が従っている。 「貴殿、ガルガイド王国第二騎士団長のエリス・グリモワール殿だな。貴殿はあの少年に深傷を負わされて取り逃がし面目を失ったと聞く。私怨で執着するとは騎士の風上にも置けないぞ。」 「これは私怨ではありません、任務です。国王陛下にグリーン王国に居る国際指名手配犯の身柄確保を命じられています。速やかにお引き渡し下さいますよう、国王陛下にお取り次ぎをお願い致します。」 「何度取り次いでも陛下のお考えは変わらない。お引き取り願おう。」 エリスは一時退却を配下数百人の騎士に命じ、付近の丘で陣を張り野営することに決めた。 グリーン城 王の間 「ガルガイド軍の一隊が国門から退却し、付近の丘で野営を始めました!」 「ご苦労、下がって良い。」 「ハッ!」 伝令兵がぐり~んに報告し去って行く。 「これは威嚇ですな。李信の身柄を引き渡すまで奴らは帰らないつもりですぞ。それにあの団長は李信のせいで面目を失っていますから必死でしょう。」 「だからと言って李信を渡すわけにはいかん。ガルガイドもしつこいなぁ。」 ぐり~んがぐり~ん2号の話にため息をつく。 「奴らは暫く根負けしないでしょう。国境に近い王都に李信を居させるのは危険なので遠くの化け物退治を命じたのは英断でしたな。しかしこのままというわけにはいきますまい。」 ぐり~ん2号がこの状況を危惧している。 「李信には水素がついているし、更に追加で奥地での任務を与えるつもりだ。結局その場凌ぎにしかならないが。」 「陛下、私に考えがあります。」 ぐり~ん2号が道を貸せとジェスチャーするのでぐり~んが耳を傾ける。 「成る程、それは名案だな。早速手配してくれ。」 ぐり~んは相槌を打つ。「畏まりました。」とぐり~ん2号は王の間を退出した。 ガルガイド王国 王都ガルドリアのBAR 「団長は俺の力は知ってる筈だ。なのに俺に王都に留守番を命じたんだ…!俺は側で支えたい、戦いたいのに…。」 エイジスがカウンターに項垂れながら愚痴を呟いていた。 「だってアンタ、あの黒尽くめの指名手配犯に相当の恨みがあるんでしょー?アンタが行ったら無理矢理国境を突破して暴走するかもしれないってエリスさんは思ったんじゃないかしら?」 金髪ショートボブでメイドコスという格好をしたのBAR店主の少女が呆れた表情でエイジスの愚痴を聞いている。 「聞いてくれリーナ!俺はあの野郎を今すぐ八つ裂きにしてやりたいんだ!でも暴走なんてしない!俺は団長を助けたいだけなんだ!それにあの男は世界平和の害になる!」 「あーはいはい分かった分かった。こんな昼間からお酒浴びるように飲んで酔い潰れてアンタどうしようもないわね。」 エイジスは酔いが回ってその場で眠ってしまった。リーナと呼ばれた少女がカウンターを出てエイジスの背後に回る。 「ねえ咲。こいつもう動けないから上で寝かせるわ。運ぶの手伝ってくれないかしら?」 「うん。仕方ないねーエイジス君は。」 咲と呼ばれた茶髪癖っ毛の少女が足を、リーナが胴体をそれぞれ抱えて階段を登り、エイジスを2階へと運ぶ。 「これでよしっと。」 2人がエイジスを個室のベッドに寝かせ、リーナがエイジスに毛布をかける。 「団長団長ってエリスさんのことばかり。私のことも見て欲しいわ。私だって女の子なのに。」 エイジスの寝顔を見て不満そうにリーナが呟く。 「あはは…。エイジス君はリーナさんのことも気にかけてると思いますよ。そうでなければこうして気軽に愚痴を吐きに来たりしません。」 咲が苦笑しながらリーナを慰める。 「それはそうだけど…そういうのじゃなくて…」 「愚痴相手や友達としてじゃなくて女の子として見て欲しいってことですよね?」 「…。」 咲の問いにリーナは口を閉じて俯く。数秒置いてからゆっくり口を開く。 「アンタだってこいつのこと好きなんでしょ。隠してても分かるわよ。アンタはこれでいいの?」 「それは…」 気持ち良さそうに眠りについているエイジスを横に、部屋には重い空気が流れていた。 グリーン王国領 原生林 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」 小銭が異次元空間にある宝物庫を無数に展開すると、それぞれから宝剣の宝槍が姿を表す。 「喰らえ!」 無数の剣と槍が一斉に射出され、豚仮面の黒虚閃を打ち消して全身に突き刺さり、血飛沫が舞い上がる。 「王虚の閃光(グランレイ・セロ)!」 攻撃を受けて怯むも、豚仮面はすぐさま反撃に出て触手から無数の巨大な虚閃を放つ。 「ザ・ハンド!」 星屑が別のスタンドを召喚して空間を削り取り、小銭を豚仮面の攻撃の軌道からずらした。 「助かったぜ星屑!」 「安心するのはまだ早いぞ。マジシャンズレッド!」 星屑が赤い鳥人のスタンドを呼び出す。 「クロスファイヤーハリケーン!」 マジシャンズレッドが十字に固めた炎の塊を豚仮面に放って命中すると、豚仮面を爆炎が包み込む。 豚仮面の皮膚が焼けただれていく。あまり熱さと痛みに甲高い悲鳴を上げる。 「キラークイーン!」 星屑が体の各所に髑髏を象った猫型獣人のスタンドを呼び出す。 「シアーハートアタック!」 キラークイーンが髑髏の顔を持った小型の戦車を出現させる。「こっちを見ろ」と低いエコーがかかった声を発し、クロスファイヤーハリケーンで熱を帯びた豚仮面に向かっていく。 「何よその変な戦車!」 無数の触手から黒虚閃で破壊しようと試みるが効いていない。 戦車は豚仮面の下半身の無数の顔の部分に張り付き爆発した。 「今だ!」 下半身は爆発するもののすぐに再生する。しかし豚仮面が攻撃を受けて仰け反った隙をつき、星屑は豚仮面に接近した。 「このキラークイーンは触れた対象を爆弾に変える!終わりだ豚野郎!」 キラークイーンが豚仮面の腹に触れる。 「逃がさない!」 豚仮面が触手で星屑を捕まえようと伸ばすが、無数の触手は飛んできた剣により切断される。 「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!」 剣を飛ばしたのは小銭のゲート・オブ・バビロンである。 「死ねやぁぁぁ!」 星屑がキラークイーンの指のスイッチを押すと、豚仮面の体は大爆発を起こし、木っ端微塵に砕け散った。 「今度こそ死んだな。」 星屑が爆発で木っ端微塵になった豚仮面の化け物の破片を見やる。 「アンタ達、このアタシに勝てるとでも思ってるの!?」 エコーがかかった豚仮面の声に星屑と小銭が驚きで目を見開く。 爆散した体の破片が一箇所に集まり見る見る内に豚仮面が再生した。 「なんなんだこいつ!殺した筈だぞ!」 星屑が豚仮面を睨みつける。 「…そうか!分かったぞ!」 後ろで口を開いたのは水素である。何かを閃いたようだ。 「その豚野郎は確かに死んだ。小銭のゲイボウとゲート・オブ・バビロン、星屑のキラークイーンの攻撃で既に3回死んだんだ!」 「どういうことだよ水素!?」 小銭がわけが分からんという顔を作る。 「奴の下半身の無数の顔だ!奴は1回死ぬ度に顔の数が1つ減っているのを見た!奴は今まで食った相手の命を取り込んでるんだ!その顔の数だけ殺せば奴は死ぬ!」 水素がクレーター全域に響き渡る大声で自ら辿り着いた答えを叫んだ。 「しかし原作の喰虚(グロトネリア)は喰った虚(ホロウ)の力を得て強化・進化する能力だけだ。」 水素の隣に居た李信が生前に某漫画を読んだ記憶を思い出して説明する。 「奴はその更に上を行く進化を遂げたんだ!」 「水素、アンタ目も頭もいいわねぇ!正解よ!けど、私が喰った相手の数は54829人!アンタ達は私には勝てない!」 豚仮面が羽を使って空高く舞い上がる。 「クソッ!どうやって5万回も殺すんだよ!宝物庫の剣にも魔力にも限りがあるのに!」 小銭が絶望で絶叫する。 「まだこの世界に来たばかりで全てのスタンドを使いこなせるわけじゃねえ!こいつはやべえぜ!」 星屑も勝つ希望を失って青ざめていく。 「無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)」 豚仮面の触手に赤い霊圧が込められると、触手の一本一本から無数の虚閃が連射される。 「範囲が広過ぎて…避けきれねえ!」 降り注いでくる虚閃を前になす術も無く立ち尽くす星屑だったが、星屑の前に小銭が飛び出す。 「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」 もう一枚のアーチャーのクラスカードを使って変身した小銭が7枚の光の盾を作り出し、折り重ねて花弁のような形に展開させて無数の虚閃を受け止める。 「小銭!」 「俺も一瞬諦めたけど、やっぱ諦めちゃ駄目だ星屑!」 「無駄よ!そんなものを出しても私の攻撃は防げない!」 光の壁は虚閃の連射を受けて一枚、また一枚と破壊されていく。 (クソッ!ザ・ワールドを使っても止められるのは数秒だけだ!それに数秒でこの広い範囲から外れて逃げ切れるわけがない!この状況じゃザ・ハンドを使っても対応が追いつかない!) 「クッ…うおおおおおお!」 小銭は必死で虚閃を受け止めているが、光の壁は次々に破壊されて最後の一枚になった。 「もう駄目だぁぁぁ!!!」 星屑が死を予感して叫びを上げた時である。突然虚閃の連射が止み、豚仮面の体は宙で吹っ飛ばされていた。 「!」「!」 星屑と小銭が驚いて宙を見上げると、空高く跳躍して豚仮面に拳を叩き込んだ水素の姿があった。 「星屑、小銭!お前達は強い!凄く強い!だがお前達はこいつとは相性が悪い!こいつは俺がやる!」 下の星屑と小銭に聞こえるように大きな声を出す。 「結局最後はあいつが美味いところをもっていくのかよ…けど助かったぜ…。」 「あの豚野郎は俺達の手には負えない。俺達は十分戦ったんだし休もう。」 星屑と小銭は命が助かった安堵と勝てなかった悔しさを胸に、李信が居るフィールドの恥まで下がった。 「2人とも大奮闘だったな。奴はどうだった?」 李信がほうほうの体で隣まで来た2人を讃える。 「自分の力を過信し過ぎてたよ。俺が最強なんだと信じて疑わなかったからな。」 「俺も星屑と同じだよ。それがこの有様だ。ところでお前は某漫画の能力や技を全て使えるんだろ?ならあいつと同じことが出来るんだよな?」 星屑と小銭は自分の甘さを思い知った。 「喰虚(グロトネリア)は使えるが俺は1人も喰ってないし奴みたいに命が沢山あるわけでもない。奴は特別だ。」 「やっぱり最後は俺が出てこないといけないみたいだな。ヒーローは遅れて登場するってやつだ!決着をつけるぜ豚野郎!」 下で3人が言葉を交わしている間に豚仮面は再生を使って水素の目の前まで舞い戻ってきていた。 「さっきの2人もアンタもアタシのことを豚豚五月蝿いのよ!いいわ!そんなに美人が好きなら存分に見せてやるわよ!」 そう言うと豚仮面を赤い霊圧が覆う。 「へえ。変身も出来るのか。随分可愛くなったじゃねえか。でも可愛くなったからって俺は情なんて持たないし容赦しないぜ。」 水素の前に姿を現したのは、銀髪ロングで騎士の剣を携えた美少女だった。 「アタシの刀剣解放は喰虚(グロトネリア)。喰った相手の命と能力を取り込むことが出来る。こうして取り込んだ奴の姿にもなれるのよ!確かこいつはガルガイド王国のレイン・ヴァントニルとかいう女騎士だったわね。」 「じゃあお前を殺さないとその美少女の供養は出来ねえなあ!」 跳躍は出来ても飛行は出来ない水素は一度地に着地して豚仮面…ではなく銀髪の美少女騎士に再び跳び上がる。 「極大魔法 ホーリー・サンクチュアリ!」 銀髪美少女の持つ剣から聖なる光が発せられ、光は広がり結界となった。 「このフィールド全体が私を強化する結界よ!受けてみなさい!セイント・クロス・エンフォース!」 美少女の剣から放たれた眩い光の斬撃が十字の形になって水素に張り付く。 「神の聖なる裁きを受けなさい!」 十字架に張り付けられた水素を無数の光の十字剣が取り囲む。 「アンタに判決を下すわ!判決は…死刑よ!」 無数の光の十字剣が水素に襲い掛かる。無数の十字剣が大きな光に破裂する。 「効かねえんだよ!」 「そんな!これで死ななかった奴は居ないのに!」 水素が光を振り払って拳を握り締めて美少女目掛けて再度跳躍する。 「連続普通のパンチ」 水素が高速で連続パンチを美少女にお見舞いする。美少女の顔面や体は原型をとどめない程に変形して吹っ飛ぶ。しかしすぐに鎧や衣服といった装備ごと再生して水素に向かって飛び掛かる。 「はああああああ!」 聖なる光を纏った剣で目にも留まらぬ速さで着地した水素を連続で斬り付ける。が、水素には傷一つついていない。 「そんな!無傷なんてことが!」 「連続普通のパンチ」 水素が容赦無く連続パンチを美少女に叩き込む。美少女の鎧を貫通し、水素の右腕は心臓を貫いた。 美少女は光の魔力力場を足下に発生させて後ろに下がり再生する。次に、美少女は無数の魔力力場を結界内で展開させ、力場と力場の間を瞬間移動し始めた。 「へえ、速いじゃねえか。」 「余裕で居られるのも今の内よ!アンタにこのスピードについて来られるかしら!」 力場間を瞬間移動しながら剣先から聖なる光の光線を放ち続ける。 「ちょこまか鬱陶しい蝿みたいな奴だな。」 「マジ反復横跳び」 水素が凄まじい速さで反復横跳びを始める。あまりの速さに美少女は追いつくことが出来ず、光の光線も全く命中しない。 「なんて速さなの!?追い付けない!」 力場間瞬間移動を続ける美少女の腕をマジ反復横跳びをしている水素が捕らえた。 「つーかまーえた。」 「しまった!」 水素が美少女の腕を掴んだまま地面に思い切り叩きつけると、クレーターにヒビが入り、それが広がって跡形も無くなり地形は瓦礫の山に変貌する。水素は仰向けに倒れた美少女の腹に馬乗りになった。 「これでもう逃げられねえな。魅力的なシチュエーションだが正体が豚野郎だと思うとアソコも萎えるぜ。お前に需要はねえ。」 「でも至近距離でこれを受けたらアンタはどうなるかしら!?」 両腕の拳を美少女に向けて構える水素に、美少女は口から黒虚閃を吐くが水素には全く効かなかった。 「終わりだ豚野郎。てめえが死なねえとその美少女も成仏出来ねえだろ。」 「ヒッ…ヒィィィィ!!」 「両手・連続普通のパンチ」 両手で繰り出される水素の拳が連続で美少女の頭部に炸裂する。 「アッアグォ…ヴォェ…アガッ…ガハッ…ゲヴォァ…!」 水素の高速ラッシュは容赦無く続く。一発一発が顔面や脳を破壊し肉片が飛び散るもその度に超速再生を繰り返すが再生が追いつかない。 「まだまだぁ!5万回以上殺さないとだからな!」 水素は手を休めない。普通なら美少女の顔面や脳が破壊され血や肉片が飛び散る光景などトラウマを抱えるレベルであろうが、正体はあの醜い豚の破面(アランカル)であることを考えると水素には一切の躊躇は無かった。 「不細工な!豚野郎如きが!美少女の!姿を!使うな!」 「アガッ…オエッ…アッ…ガバァッ…!」 水素の両手・連続普通のパンチは54822回続いた。 「お前の命、あと一つだな。」 「待って…!命だけは…!命だけはぁぁぁ!!」 美少女は水素の下敷きで命乞いをする。 「分かった。もう俺はやめてやるよ。これに懲りたら二度と悪さすんなよ?」 水素は美少女に馬乗りになっていた自分の体を立ち上がってどける。 「あ、ありがとうございますぅぅぅ!」 だが、次の瞬間、起き上がろうとする美少女の両腕と両脚に飛んできた剣が刺さり、美少女は地面に血を流しながら張り付けにされた。 「なっ…!」 「良くもさっきはやってくれたなオイ!まさか逃げられるとは思ってねえだろうなあ!?」 声が聞こえた方向を美少女が向くと、アーチャーのクラスカードを使い全身を金ピカの鎧に身を包んだ小銭が立っていた。 「話が違うじゃない!」 「確かにやめると言ったよ。俺はな。」 水素は冷たく言い捨てるとツカツカと歩いて離れていく。 「わ、私は…!可愛くなりたかった!生前だって不細工でデブでうだつが上がらなくてそれは辛かったわ!そしてこの世界に生まれ変わっても可愛くなるどころかもっと醜くなってた!でも私はこの力を手に入れた!この力さえあれば強くもなれるし可愛くもなれる!私はやっと理想の自分を手に入れたの!アンタ達なんかに…このみさくらぽんこつの何が分かるのよ!」 みさくらは四肢に走る激痛と悔しさで涙を流した。 「だがそれはてめえの可愛さじゃねえ。てめえが殺して奪った可愛さだ。てめえは自分勝手な理由で罪もねえ奴の命を奪った。それは決して許されることじゃねえ。」 小銭が見下すような表情でみさくらを睨み据える。 「待って!命だけは助けて!アタシお金もいっぱい持ってるのよ!だから!」 みさくらは命乞いをするが、此処に居る誰の心にも響かない。 「てめえのツケは 金では払えねーぜッ!」 みさくらに近づいてきた星屑がスタープラチナを具現化させた。 「オラァ!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!オラァ!」 スタープラチナの怒涛のラッシュが炸裂し、みさくらの体は再生が追いつかず木っ端微塵になった。 「ツケの領収書だぜ。」 星屑がみさくらの罪状を書いたメモをみさくらの肉片がある辺りに破って捨てた。 「終わったな。」 小銭が呟く。 「ああ。やっと終わった。みんな帰ろうぜ。」 星屑がそれに答える。 「そうだな。集会所にクエストクリアの報告に行こう。」 水素が先頭で王都がある方向に歩き出す。李信は黙ったままだった。 4人は激戦を繰り広げた原生林を後にした。 グリーン王国 王都グリーンバレーのクエスト集会所 「クエストクリア おめでとうございます!」 受付の職員がクエスト用紙に判子を力強く押す音が響く。時刻は既に午後11時を過ぎ、日付を跨ごうとしていた。 「こちらが報酬になります!」 職員が引き出しから通貨や札束をクエスト用紙と引き換えに水素に手渡す。 「100000Z(ゼニー)も貰ったぞ!」 水素が貰った報酬を他の3人が集まるテーブルにバンッと叩きつけるように置く。 「じゃあ、25000Zずつに分けようぜ!」 「おう、それでいいんじゃね?」 小銭の当然の提案に水素も賛成する。 「待てよ。このクエスト、何もしてねえ奴が1人居るぜ。」 星屑が向かい側の席に座っているその人物を睨むように見据える。 「あっ…確かに。こいつだけ何もしてねえじゃんそう言えば。」 ハッとした小銭もその人物の方を向いて言う。 その何もしていない人物とは、紛れも無く李信のことである。 「…。」 2人の視線を浴びた李信はただただ黙りこんでいる。 「まあまあ。こいつだって俺らと一緒に何時間も歩いたんだ。それに先に自分の力を試したいと言って俺と直江を下がらせて戦ったのはお前らじゃん。そうだろ?星屑、小銭。」 水素が2人を宥めようとする。 「俺達2人は必死に戦った。窮地に陥って水素は俺達を救ってくれた。水素のお陰で勝てた。だが直江だけはマジも何もしてねえだろ。それなのに分け前を貰うなんてズル過ぎねえか?」 星屑は右手を目と水平の方向に開いて言う。 「お前ら2人が力を試したいと言うから下がった。お前らの窮地にも俺だけで充分だと判断した。だから直江は戦わなかった、出番が無かった。元はと言えばお前らが戦いたいから邪魔をするなと言ったからだ。直江、お前も何とか言え。」 「その通りだ。」 水素のフォローに李信が静かに答える。 「大体お前ら、俺が居なきゃ今頃生きてねえぞ?こうして帰ることも報酬を受け取ることも出来なかった。だから俺の言うことを聞け。分かったか?」 「チッ仕方ねえな。」 「分かったよ。」 星屑と小銭が水素の言うことを渋々承諾し、報酬は4等分に分けられた。 翌日 ガルガイド王国 王都ガルドリア ガルドリア城 エイジスは国王に呼び出され、拝謁していた。 「表を上げろ、エイジス。」 国王の言葉でエイジスが顔を上げる。 「あの指名手配犯だがな、グリーン王国に匿われている。」 「存じております。」 エイジスはエリスに待機を命じらた時のことを思い出し、重い表情で答える。 「他の騎士団にも出陣の命を下した。お前も第二騎士団に合流し、グリーンバレーの国門前で野営せよ。此度は私も出陣する。グリーン王国に最後通告し、指名手配犯の身柄引き渡しに応じなければグリーン王国へ攻撃する。」 「ハッ!」 国王が力強い声でエイジスに命令を下す。 「奴を捕らえるのはお前だ、エイジス!」 「お任せを!此度こそは必ずや!」 エイジスは胸躍る思いだった。憎きあの黒尽くめの男にこの手で引導を渡す日が近づいたのを確信したからである。 グリーン王国 グリーン城 「申し上げます!ガルガイド軍総勢3万がこの王都グリーンバレーに向けて出陣!ガルガイド王国は指名手配犯の身柄引き渡しを要求しています!」 グリーン城は騒然となった。ガルガイドの大軍がグリーン王国に押し寄せてきたのである。 「陛下、如何なさいますか!」 ぐり~ん2号がぐり~んの指示を仰ぐ。 「止むを得まい。戦だ。国門に今動かせる全軍を集結させろ!それと、李信と水素を呼べ。」 「はっ!」 伝令兵は王の間を退出する。 ぐり~んに呼び出された李信と水素は王の間でぐり~んに謁見した。 「昨日のクエストでは良くやってくれた。状況は聞いているな?」 「ああ。」 李信が短く頷く。 「お前達には新たなクエストをやってもらう。お前が王都に居てはお前に危険が降りかかるのだ。」 「断る。」 「何!?」 「俺を捕らえる為の派兵、それも国王自らの親征と来た。全軍を差し向けるならあのフェンリルも来るだろう。今度こそ決着をつけてやる。それに、新たな力も手に入れたしな。」 李信はぐり~んの命令を拒絶し、フェンリルを倒すことを違う。 「心配無用だぐり~ん。俺がついてる。」 水素が前に出る。 「分かった。許可しよう。だが無茶はするなよ。」 2人はそれには答えずに城を出た。 ガルガイド軍はグリーン王国国門付近の丘で野営していた第二騎士団と合流し陣を張った。総勢3万の大軍である。 これに対してグリーン軍も12000の兵で国門の守りを固めた。 「よう直江。また会ったな。」 グリーン軍の陣に加わり野営する李信に小銭が訪ねてくる。 「お前か。何でお前が此処に?」 「俺の力でガルガイドのカス共をぶっ潰してやるのさ。」 「昨日の件で学んだだろ。あまり自分の力を過信するな。」 「まあ任せろって。」 李信は小銭に忠告するが、小銭には届かない。自信に溢れた顔をしていた。 「俺も居るぞ。」 星屑が幔幕をくぐって入ってくる。 「昨日ぶりだな星屑。」 星屑に水素が声をかける。 「いやーしかし面白くなってきたなー!」 「お前も昨日の件で何も学んでないのかよ…。」 水素が星屑に呆れていると、幔幕内に伝令兵が入ってくる。 「ガルガイド軍は最後の通告として李信殿の身柄引き渡しを要求してきました。ぐり~ん国王陛下はこれを拒否致しました。」 「戦か。」 「いつでも戦に対応出来るように支度せよとのことです。」 「…俺を国門の上まで案内してくれ。」 李信が立ち上がり歩き出す。伝令兵は首肯して李信を案内する。他の3人もこれに続く。 「拡声器はあるか?」 「はっ!これに!」 国門の上で伝令兵が李信に拡声器を手渡す。 「聞こえるか!ガルガイドのゴミ共!」 拡声器で李信の声が辺り一帯に鳴り響き、ガルガイド軍の将兵達はそれに反応してざわめく。 「そんなにこの俺を殺したくば来い!皆殺しにしてやる!」 「あの野郎…」 エイジスが李信の声に反応する。 「特にフェンリル!先日は殺し損ねたが今日こそ決着をつけてやる!俺は逃げも隠れもしない!貴様も出てこい!」 「団長、俺行きます。奴を捕まえるのは俺しか居ません!」 「ええ、奴を捕まえられるのは貴方しか居ないわ。頼んだわよ。」 李信の声に反応したエイジスがエリスの許可を得る。 「第三軍までに攻撃命令を出せ。」 ガルガイド国王が伝令兵を通じて突撃命令を下した。 「かかれー!」 命を受けたガルガイド軍が第一騎士団率いる5000から動き出す。それに続いて第二騎士団率いる5000と第三騎士団率いる3000が国門目掛けて突撃を始めた。 「この黒尽くめ野郎ー!」 エイジスは1人絶大な膂力で李信目掛けて跳ぶ。 「来たかフェンリル!今日こそ貴様を殺す!」 李信が抜刀してエイジスを待ち構える。 「他の雑魚は俺に任せな!」 小銭がライダーのクラスカードを発動し、出現した宙に浮かぶ二頭の黒馬に引かれる馬車に飛び乗り、赤いマントを身につけて腰の剣を抜く。 「王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)!」 小銭が剣を天に掲げると、固有結界により辺り一面が砂漠と化す。小銭の背後には彼に従う無数のマケドニア軍が出現していた。 小銭がマケドニア王イスカンダルの銀色に輝く甲冑に身を包む近衛兵団を召喚し、辺りは固有結界が作り出す心象風景である砂漠・荒野が広がる。 「蹂躙しろ!」 小銭の号令で大地を覆い尽くす銀色の塊が波打つようにガルガイド軍に押し寄せる。 「な…なんだこれは…!突如多数の敵の援軍が…!ええい怯むな突っ込めぃ!」 第一騎士団の団長が剣を振り翳し先頭切って銀色の塊にその身を投じる。 「ガハァッ!」 低い悲鳴を上げながら団長が落馬する。胸を槍で貫かれていた。 「この軍勢は将兵1人1人が魔力を持つ無双の軍勢だ。蟻が3万匹集まって向かって来ようと踏み潰すのは赤子の手を捻るようなもの。」 マケドニア軍が雄叫びを上げながら指揮官を失い指揮系統が麻痺したガルガイド軍の先鋒を押し戻し、逃げ散る敵兵を容赦無く突き伏せていく。 先鋒部隊の混乱は攻撃命令を受けてグリーン軍に突撃せんと移動を始めた第二軍と第三軍にも波及し、大混乱に陥った。 先鋒部隊を散々に打ち破ったマケドニア軍が獲物に追い縋る獣の如く第二騎士団率いる第二軍に迫り来た。 「怯むな!今こそ我ら王国騎士団の力の見せ所!国王陛下への忠義を示し、蛮族共を討ち滅ぼすべき時!命を惜しまず名を惜しめ!」 迫り来るマケドニアの大軍を前に第二軍を率いるエリスが剣を掲げて将兵を鼓舞する。 「オォォォ!」という猛りが荒野に満ち、第一軍壊滅の混乱により徴兵された兵の多くが逃亡し半数となったとは思えない士気の高ぶりを見せた。 「いいぞお前らー!そのままやっちまえー!皆殺しだー!」 小銭が第一軍壊滅の光景を後方から眺めて馬車から身を乗り出す。 しかし稲妻のような光がマケドニア軍の先頭に落ち、一気に数十人のマケドニア兵が倒れて動かなくなる。 「私はもう、失敗するわけにはいかない!」 エリスの魔法によるものだった。マケドニア軍のワンサイドゲームだった戦の様相が一変した。 一方国門があったところでは、李信とエイジスが剣戟を繰り広げていた。 「この野郎!」 エイジスが背中から二本の短剣を抜いて迫る。 「ふんっ!」 斬魄刀を抜刀した李信が解放しようと刀に霊圧を込めようとした時である。エイジスと李信の間に目にも止まらぬ早さで1人の影が割り込んだ。 「!」 エイジスの短剣はその影の胸を捉えていたが、あまりに頑丈な体は擦り傷一つついていない。影の主とエイジスはそのまま地に足を着けた。 「はいはーい!こいつを殺したいんだろうけどそうはさせないよー!」 影の主は水素であった。 「てめえ何者だ!何故邪魔をする!」 「趣味でヒーローをやっている者だ。それとこいつを殺させるわけにはいかないんでな。これも王命なんだわ。」 「お前!」 エイジスと決着をつけようとしていた李信は水素の介入を快く思わなかった。 「そう怒んなよ。お前には今ぐり~んから別の命令が下ったぜ。」 「別の命令だと?」 「小銭の軍が苦戦し始めたから指揮を執れってさ。だからこいつの相手は俺が引き受ける。」 「戦闘に加わるんじゃなくて指揮を執れだと?」 「そうだ。分かったらさっさと行け。」 「チッ!」 李信は舌打ちするとグリーン軍の本陣に下がっていった。 「待て!逃げんのか!」 エイジスが下がっていく李信を追おうと跳び上がる。 「お前の相手はこの俺だ。」 水素がエイジスの腕を宙で掴むと地面に投げ飛ばした。 「小銭、今すぐこの心象風景を解除させろ。」 指揮を執れとの命令で本陣に行き他の指揮官と命令の真偽や作戦を確かめ合った後、マケドニア軍を操る小銭の所へ李信は来ていた。 「え?何でだよ。この広い荒野の方が俺の無双の大軍を動かすのにいいだろ!」 「いいから解除しろ!お前の軍はあの女騎士によって押され始めている!お前はやっちまえだの殺せだの喚いてるだけで話にならない!」 「チッ仕方ねーなー。でもこいつらは俺にしか操れないぜ?」 「俺がお前に指示を出すからお前はそれを自軍に命令しろ。」 「分かった分かった。まずはこの心象風景の解除だな?」 小銭はマケドニア全軍に命令し、自らも魔力をもって心象風景を解除した。 心象風景が解除され辺り一面の景色、地形は元に戻る。 「よし、それでいい。次は軍を後退させろ。」 「何考えてんだお前?まあいいけどよ。おいお前ら!一時退却だー!」 小銭が軍に一時退却を命じると第二軍に正面から、第三軍に側面から押されているマケドニア軍は素早く向きを変えて国門に向けて退却する。 最前列となっていた部隊は殿に転じ、エリス達の剣戟や魔法を懸命に食い止めながら退却を図る。 「敵は退いたぞ!このまま追撃せよ!」 第二軍を率いながら先頭切ってマケドニア軍を斬り伏せているエリスが剣を前方に振り下ろし、敵の退却により勢い付いた自軍に反撃を命じる。 「よし、俺達も門まで退くぞ。」 「敵が勢いづいちゃってんじゃん。ホントに勝てるんだろうなあ?」 「俺が勝たせる。お前は俺の言う通りにしてればいい。」 「ったく偉そうに。分かったよ。低学歴の癖に賢ぶりやがって。」 小銭が乗っている馬車に李信も同乗し、小銭は二頭の黒馬の手綱を引くと馬車が反転して走り出す。それを追うように国門目指して退却するマケドニアの大軍が続く。 「このまま一気に国門まで迫り、国門を破って王都に雪崩れ込んでグリーン城を落とす!そして黒尽くめの男を捕らえる!この歴史的大戦に名を刻め!行くぞ!」 エリスの鼓舞で更に第二軍の士気は向上し、マケドニア軍の側面を攻撃していた第三軍、更には第一軍の敗残兵と合流して追撃を続ける。その数、後詰めに差し向けられた第四軍と合わせて20000。 マケドニア軍の殿部隊は懸命に防戦するが、エリスの剣術や魔法、勢いづいたガルガイド軍の前に1人また1人と屍を晒しながら逃げていく。 小銭のマケドニア軍がガルガイド軍の追撃を受けながら国門前までの撤退を完了した。 「国門は目の前だ!一気に敵を蹴散らして王都に雪崩れ込む!」 エリスを先頭に勢いに乗るガルガイド軍が国門に迫る。 「馬鹿が。罠だとも知らずにノコノコと追って来たな。」 小銭の馬車に乗りながら李信が右手を挙げて合図を送ると、国門の左右に切り立った崖から無数の巨大な岩石がガルガイド軍に降り注いだ。 「これは…!しまった!図られた!」 先頭に居たエリスが青ざめる。自分は敵の術中に嵌っていたのだと気づくが、全ては遅過ぎた。 優勢だと思っていた戦況が一変、そこは共に労苦や喜びを分かち合ってきた騎士や兵達が断末魔を上げながら岩石に押し潰され、血の川を流しながら肉塊に変わっていく地獄絵図と化した。 「ひ、怯むな!このまま突撃し敵を突破し王都に攻め入る!続け!」 残った兵で突破を試みるも、目の前には驚きの光景が広がっていた。 予め地面に埋めてあった馬防柵が、グリーン軍により紐を引かれて立ち並び、何処から手に入れたのか、馬防柵からはグリーン兵達がつがえた火矢が顔を覗かせていた。 更に、左右の崖からは樽が大量に投げ入れられ、ガルガイドの将兵達に命中し、破裂して油がぶち撒けられる。 エリスは体の震えを抑えられなくなる。これから起こる更なる地獄が脳裏に浮かび、彼女を金縛りにした。声が、出ない。 第二軍、第三軍は岩石によりこの場で最も兵力の多い第四軍や遥か後方の第五軍と国王の本軍、更に戦の最中に後詰めとして参陣した第六軍とも完全に分断されている。つまり、助けは来ない。 「やれ!」 李信の命令で正面と左右の軍が一斉に大量の火矢をガルガイド軍に放った。火矢は着火し、爆炎となって天高くキノコ雲のように舞い上がる。ガルガイド軍の断末魔が戦場に木霊した。 マケドニアとグリーンの軍の前に、夥しい数の焼死体と圧死体が転がる。 「こ、こんな…ことが…!」 声を震わせて呆然とするエリス。彼女は軍の先頭に居た為辛うじて圧死も焼死も免れたが、自らを守る100人ばかりを除いてガルガイド軍の第二軍と第三軍は全滅した。エイジスは水素と戦闘に入っている為、これを救うことは出来なかった。 「奴が第二軍の大将だ!討ち取れ!」 李信の号令で正面のグリーン軍が槍を持って一斉に襲い掛かった。 「お前らも行け!やっちまえ!」 小銭の命令を受けたマケドニア軍も残り僅か100人余りの第二軍に向かっていく。 総勢4万の兵が、エリス達を囲み迫る。 「クッ!こうなればいっそ華々しく散るまでよ!皆、一人でも多くの敵を討ち取り、国王陛下への忠義とするのよ!」 死を悟った100人の精鋭が、最後の戦いに挑もうとしていた。 「小銭。」 「何だよ。」 「策はまだある。」 「何?まだあんのか?」 李信と小銭が2人で馬車に乗りながら眼前で繰り広げられる戦いを悠々と眺めている。敵将の女騎士とその精鋭達は剣と魔法を駆使してその強さを存分に発揮してグリーンとマケドニアの軍を次々と倒していくが、もはや時間の問題である。 「岩石で分断した第四軍の背後をグリーン軍1500に突かせる。」 「第四軍の兵数は5000以上残ってるぞ?1500じゃ負けるだろ。」 「勝ちに乗じて士気の高いグリーン軍と目の前で味方を壊滅させられたガルガイドの第四軍では天地の差がある。それにこの目的は第四軍の殲滅ではなくあくまで引き付けだ。」 李信が珍しく頭を使って説明している姿に小銭は関心する。 「残り8000のグリーン軍を左前方の林に派遣した。」 「おいそれってまさか!?」 「今頃その8000は国門の左手にあるグリムリ山を迂回して密かに丘の麓付近に迫っているだろう。手薄になったガルガイド本軍を奇襲しガルガイド国王の首を挙げる!」 「マジかよ!?お前低学歴のゴミ野郎だけど少し見直したぜ!」 小銭が李信に聞いた策を聞いて歓喜する。 「我が軍が…壊滅しただと…」 ガルガイドの本軍が陣を張る丘。ガルガイド国王は壊滅させられた報を伝令兵から聞き、絶句した。 兵力ではグリーン軍を上回っていた筈である。それが謎の大軍の出現と何者かの采配によって国王が描いていた精強なガルガイド軍によるグリーンバレー攻略と指名手配犯捕獲の目的が頓挫したのだ。 「陛下、今すぐ全軍退却のご命令を!我が軍は総崩れです!」 国王の側近である男が国王に退却を促す。 「口惜しいがやむを得まい!殿は第五軍に任せる!これより我が軍は退却する!」 国王の命令で本軍、第五軍、第六軍総勢15000は退却することに決定した。 しかし後詰めとして来援した第六軍は本陣から離れた場所にグリーン川を隔てて布陣している。 天候悪化による増水で退路を絶たれるのを恐れての判断であった。 李信の作戦により、グリーン軍8000はグリムリ山を迂回し、ガルガイド軍本陣がある丘の麓まで進軍していた。 この軍を率いるのはグリーン王国のアティーク将軍である。その中に星屑の姿もあった。 (俺が国王の首を取って恩賞を頂いてやる!)と、星屑は息巻いていた。全軍が緑の甲冑なのに対して星屑は学ランなので一際目立っていた。 アティークが軍の先頭に立って大きく口を開く。 「皆の者良いかぁ!これは王国の威信を賭けた一戦である!敵の首は取らずに討ち捨てろ!目指すはガルガイド国王の首ただ一つ!」 「オォォォ!」という歓声が沸き起こる。 「かかれー!」 アティーク将軍の号令で8000のグリーン軍が国王本陣目掛けて突撃を開始した。 アティーク将軍の号令一下、8000人のグリーン軍が猛り狂い、ただ王の首を目指して猛然と丘を駆け上がる。アティーク将軍は先頭切ってガルガイド兵を斬り伏せていく。 「敵襲!敵襲ー!」 グリーン軍の奇襲に浮き足立ったガルガイド本軍はまともに応戦も出来ずに突き崩され、丘の中腹まで進撃を許してしまった。 「国王陛下!お逃げ下さい!此処は我らにお任せを!」 ガルガイド国王の近衛隊長が国王に退却を促す。 「おのれグリーン王国!おのれ指名手配犯!この借りは必ず返す!覚えておれ!」 「さあ陛下、この馬にお乗り下さい!お早く!」 「うむ。はぁっ!」 ガルガイド国王は数百人の近衛兵に囲まれ守られながら脱出を図る。 「旗本は是なり!是へかかれ!」 冠を冠った男と近衛兵の一団を視認したアティークが剣先で指して自軍を叱咤する。 王の姿を発見したグリーン軍の将兵は5つある内の4つの柵まで突破してガルガイド国王に追い縋る。 「此処を通すな!死守しろ!国王陛下をお守りするのだ!」 近衛士官の1人が残った兵を叱咤し突撃を命じる。グリーン軍から見てガルガイド国王の姿は見る見る内に小さくなっていく。 「狼煙を上げろ!」 アティーク将軍の命令で兵の一人が手筒から狼煙を空へ打ち上げた。 「狼煙だ!今だやるぞ!」 戦場の後方にあるグリーン川の上流で、グリーン軍に協力する住民達が、密かに築いていた川の流れを堰き止める為の堤を切って落とすと、グリーン川は濁流となって龍の如く暴れ出す。 濁流は第五軍、本軍と第六軍を分断し、前者の退路を絶った。 「よし、民達がやってくれたみたいだな!この機を逃すな!ガルガイド国王を討ち取れ!」 川の氾濫はアティーク将軍からも見て取れた。もはやガルガイド国王の逃げ場は無い。 「川が…そんな馬鹿な…!」 ガルガイド国王も退路を絶たれたことに気付いた。 「もはやこれまで!せめて奴らに一矢報いてくれる!」 腰の剣を抜くと、自らを取り巻いていた近衛兵にも命じて最後の突撃を敢行する。 「ガルガイド国王、その首貰ったー!」 アティーク将軍を追い越して星屑が飛び出した。 「ザ・ワールド!」 星屑はスタンドのザ・ワールドを呼び出し、時間停止の能力を発動した。星屑は剣を掲げてガルガイド国王の首を一閃した。 「そして時は動き出す。」 時間停止の能力が解除されると、星屑によって胴体から切り離されたガルガイド国王の首が転がり落ち、血飛沫が噴き出した。 「このグリーン軍の星屑がガルガイド国王を討ち取ったぞ!」 星屑がガルガイド国王の髪を掴んで首を掲げると、グリーン軍の歓声が沸き上がった。 グリーン軍本陣 「申し上げます!アティーク将軍の部隊がガルガイド国王を討ち取りました!」 伝令が本陣にガルガイド国王の首を挙げた報をもたらしたのはそれから暫く経った頃である。 「オォォォオォォォ!!」 その報にグリーン軍の誰もが沸き返る。李信と小銭にもこの報は伝えられた。 「やったぜ!俺達の勝ちだ!」 小銭が喜びで跳び上がる。 「後は…あのしぶとい女騎士だな。中々粘る。心を折ってやるとしよう。」 李信が馬車から立ち上がる。 「聞けぇ!ガルガイド軍の生き残り共!貴様らの王は討ち取った!」 「なん…ですって…!」 エリスは驚愕した。既に彼女を取り巻く騎士は20人程に減っていた。彼女を囲むように屍は積み重なっていた。彼女自身もマケドニアの大軍と戦い続けて腕や腹部、足に傷を負っていた。 「あの男は…黒尽くめの…あいつが…あいつが指揮してたのね!絶対に許さない!」 激しい怒りを露わにしたエリスが鬼神の如くマケドニアとグリーンの将兵を切り伏せるが、多勢に無勢であり、今にも力尽きそうな様子であった。 「嘘だろ…国王陛下が…!」 水素と戦闘中だったエイジスにも李信の声ははっきり聞こえた。 「馬鹿のくせにやる時はやるだろ?あいつ。」 そんなエイジスに水素は軽口を叩く。しかしエイジスはそれを無視してエリスの方へ高速で駆け戻る。水素は敢えてそれを見逃した。彼に与えられたのは李信を守れという命だけだからである。 「団長…残念ですが俺達の負けです。此処は逃げましょう!」 「敵を前にして逃げるなんてありえない!そんなの私の騎士道精神が許さない!1人でも多く道連れにして陛下の後を追う!それが騎士としての忠義でしょ!」 エリスは全力で拒否した。その顔は黒尽くめの男とグリーン軍への怒りに満ちている。 「小銭、マケドニア軍に攻撃を止めさせろ。」 「何でだよ!」 「俺達は勝った。これ以上被害を無駄に増やすのは無意味だ。」 「分かったよ。クラスカードの能力を解除するぜ。」 李信の指示で小銭はクラスカードの能力を解除し、マケドニア軍は消滅した。次に李信はグリーン軍にも攻撃を止めるよう命令した。 「おい、フェンリル。」 李信が瞬歩を使ってフェンリルとエリスに近づく。それを取り巻く騎士達が剣先を此方に向けてくる。 「さて、戦は俺達が勝った。この場は見逃してやる。さっさと失せろ。」 「貴様ァ!よくも!よくも!」 エリスが取り巻きの騎士を掻き分けて李信に斬りかかろうとするも、エイジスが制止する。 「こいつは俺が倒します。団長は残兵をまとめて逃げて下さい。」 「そんなのお断りよ!」 パシッと乾いた音が鳴る。エイジスがエリスの頬を叩いていた。 「なっ…!貴方自分が何したのか分かってるの!?」 叩かれた頬を手で押さえて激昂する。 「分かってますよ。俺は上官である貴方に手を挙げました。」 「上官不敬罪よ…!騎士失格ね!」 「ええ。それでいいですよ。後で俺から騎士の位を剥奪してくれても構わない。八つ裂きにしてくれても構わない。拷問にかけてくれても構わない。」 怒るエリスにエイジスは静かに、そして堂々と言い放つ。 「でも俺は貴方に生きてて欲しいんだ!死んで欲しくないんだ!頼む!此処は俺の言う通りにしてくれ!罰は帰ってからいくらでも受ける!この真っ黒野郎を倒して帰ったら!」 突然エイジスは込み上げてきた衝動を全て吐き出す。 「頼む…!此処は引いてくれ…!命を粗末にしないでくれ!」 エイジスが頭を深々と下げて懇願する。 「何で…何で貴方、そこまで私に…!」 「貴方が…好きだからです…!」 「!」 エイジスの思いがけない言葉に驚くエリス。 「分かった。でも逃げるのは貴方も一緒よ。」 「それは出来ません!こいつを倒さないと王国の平和は守られない!こいつは必ずまた牙を剥いてくる!陛下が身罷られた今、王国を再建するには奴は障害なんです!これは俺の我儘です!一生に一度の俺のお願いを聞いて下さい!」 エイジスは頭を上げずにエリスに訴える。 「上官である私に手を上げたり、告白したり、我儘言ったり…貴方はいつからそんな騎士道精神に外れたみっともない男になったのかしら?」 エリスは涙を浮かべてエイジスの頬を両手で持って、深々と下げていたエイジスの顔を持ち上げた。 「ここまでしたんだから、必ず生きて戻ってきなさいよ!これは上官としての命令よ!この命令だけは絶対に守ってもらうわ!破ったら絶対に許さない!」 「承知致しました!このエイジス、必ずやこの者を討ち果たして戻って参ります!」 エイジスが一礼して李信の方に向き直る。エリスは残兵に退却を呼び掛けてガルドリアを目指して落ち延びていく。 「冗長で安っぽい茶番劇は終わったか?」 李信が冷徹な笑みを浮かべてエイジスを煽る。 「てめえを…倒す!俺には待っている人が居るんだ!」 エイジスが腰の剣を抜く。 「俺はそういうのが嫌いなんだ。虫唾が走る。此処で失せれば見逃してやろうと思ったが気が変わった。お前には借りもある。此処で俺の手で殺してやる。」 李信も腰の斬魄刀を抜く。 「手出し無用だ!こいつとはサシで決着をつける!」 周りに手出し無用と大声で叫ぶと李信は指先に霊圧を込めた。 「縛道の六十一 六杖光牢」 李信の指先から放たれた光が飛びかかろうとしたエイジスの動きを封じる。 「縛道の六十三 鎖条鎖縛」 更に、光の鎖でエイジスを縛る。 「体が…動かない…!」 エイジスがいくら足掻いても体はビクともしない。 「滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧き上がり否定し 痺れ瞬き 眠りを妨げる 爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち 己の無力を知れ」 「破道の九十 黒棺!」 長い詠唱が終わると、エイジスを黒い直方体の霊圧が取り囲む。 「この俺が放つ完全詠唱の黒棺だ!貴様如きに争う術は無い!終わりだ!」 しかし黒い直方体は中のエイジスに縛道ごと打ち砕かれた。中から現れたのは大きな狼としたエイジスだった。 「こんなもんかよ、真っ黒野郎。」 狼の姿をして人間の言葉を使うエイジスに、李信は不気味さを感じた。 「完全詠唱の黒棺を受けて無傷とは…」 言いかけたところで、エイジスが強化された脚力で爪を李信に向けながら飛び掛かってくる。 「速い!だが…!」 エイジスの冷気を帯びた爪は確かに李信に届いた。しかし傷はついていない。 「鋼皮(イエ ロ)と言ってな。俺は硬い皮膚で覆われているのだ。」 李信は左手を顔に翳して虚の仮面を被ると、右腕の強い力でエイジスの頭を掴み、青い霊圧を込める。 「相手の頭を掴んで放つ虚閃(セロ)を掴み虚閃(アガラール・セロ)と言う。その頭ごと消し飛ばしてやる。」 青い虚閃がゼロ距離でエイジスの頭部を直撃した。しかしエイジスは頬に軽い擦り傷を負ったのみだった。今度はエイジスが李信の腕を掴み、動きを封じる。 「エターナルフォースブリザード…!」 エイジスの全身から絶対零度の冷気が発せらた。瞬く間に李信は氷漬けになり、辺り一面は氷に覆われた。 「てめえのような外道は絶対許さねえ…!その汚い口も封じてやる!今すぐに!」 「冷殺剣」 エイジスの剣が凍てつく霊気を帯びる。獣になりながらも武器を巧みに扱う器用さもエイジスにはあった。そして強化した剣を逆手に持つ。 「エイジストラッシュ!」 目にも止まらぬスピードで氷漬けの李信を連続であらゆる方向から斬りつけまくる。 しかし李信は氷を破壊して中なら出てくる。だが確かにエイジスの攻撃で体中に傷を負い、血を流していた。 「調子に乗るのもこれまでだ。これを見ろ。」 李信は黒い衣装を胸元まで脱ぐと、胸にある青く輝く宝石のような球状の物体を見せた。李信の傷は見る見る内に塞がっていく。 「これは崩玉という。つい先日俺が取り込んだ。そしてこれは主に対する防衛本能だ。」 李信はそう説明すると衣装を着直す。 「さあ、此処からが本番だフェンリル。貴様に俺が倒せるかな?」 「万象一切灰燼と為せ 流刃若火」 李信が斬魄刀を解放すると、刀身に爆炎を帯びた刀が姿を現した。 「貴様は氷属性。そしてこの刀は炎熱系最強の斬魄刀だ。貴様に耐えられるかな?」 「エイジストラッシュ…!」 李信の視界からエイジスの姿が消える。一瞬で李信の背後に回って霊気を帯びた剣で斬りつける。しかし李信もそれを瞬歩で避ける。 「流刃若火一ツ目 撫斬」 高速移動をし続け剣で狙ってくるエイジスの姿を捉えた李信が流刃若火でエイジスを切り裂いた。 「なん…だと…」 しかしそれは残像だった。 「エイジストラッシュ」 エイジスが先程よりも強い威力の高速斬撃をお見舞いした。 「クソッ!」 無数の傷をつけられ、その傷口が凍っていく。 「血液を凍らせて俺を死に至らしめるつもりか!だが!」 「再生する暇なんて与えるわけねえだろクソ野郎」 間髪入れずに冷気を帯びた高速斬撃を繰り出し、再生の隙すら与えない。しかし今度はまるで効いていなかった。 「てめえ何をした…!」 「静血装(ブルート・ヴェーネ)。滅却師(クインシー)が持つ血装(ブルート)の一種で己の防御力を飛躍的に高める能力だ。」 そして崩玉による李信に対する防衛本能でエイジスにつけられた傷が塞がり、氷は剥がれる。 「松明」 李信が流刃若火を横に薙ぎ払うと、爆炎が広範囲に発生し更に燃え広がる。だが炎に包まれる前にエイジスは高速移動でそれを避けた。 「裏を取ったつもりか?甘い。」 李信は振り向きざまにエイジスと鍔迫り合いになる。炎の刃と氷の刃がぶつかり合う。 「流刃若火の炎を受けて消えない冷気とは大したものだ。だが…松明」 流刃若火の刀身から爆炎が一瞬で広がり、エイジスを包み込む。 しかしエイジスが咆哮すると爆炎は冷気で消し飛ぶ。咆哮の効果で流刃若火は凍りつく。 「虚閃(セロ)」 李信が左手の掌から青い虚閃を発射するが、エイジスの咆哮は虚閃をも掻き消す。 李信の体も咆哮により下半身が凍りつく。 「これ程とは…だが!」 「動血装(ブルート・アルテリエ)」 「これは攻撃能力を飛躍的に高める血装(ブルート)だ。」 流刃若火が氷を破って爆炎を噴き出す。炎の熱で体の氷も一瞬で溶ける。 「撫斬」 李信が咆哮を続けるエイジスの体を爆炎を帯びた斬撃で一閃した。 「手応えあり!今度は残像では無いようだな!」 撫切で一閃されたエイジスの胴体は真っ二つに割れた。体の切断面から大量の血が噴き出す。 「鬼火」 更に流刃若火から火球が飛ばされ、エイジスの上半身に穴を開けた。 「喉を潰した。もう喧しい鳴き声は出せない。」 「虚閃(セロ)」 下半身と切り離された頭がつき、穴が空いている上半身に虚閃を撃ち込む。青い光線がエイジスを呑み込んだ。 「終わったな。」 だが終わったと感じたのは束の間だった。背後に冷気と殺気を感じたのである。 「!」 狼から狼の獣人の姿に変化したエイジスが背後に周り、弓矢をつがえていたのである。 「冷凍の矢(フリージングアロー)」 「静血装(ブルート・ヴェーネ)」 魔力を帯びた氷の矢を放ち、矢は血装を貫通して李信の肩に刺さる。 「馬鹿なっ!何故!手応えはあった!残像ではなかった筈だ!」 李信の肩に刺さった矢が冷気を発して徐々に内側から凍結されていく。 「狼から獣人に変化した時にダメージを負った体から意識を持って分裂したんだ。一度しか使えないがな。そしてその矢はお前の体内から凍てつかせる。とどめだ。」 「ファフニール」 冷気と魔力の光の柱がエイジスを覆うと、北欧神話に伝わる巨大な蛇龍が姿を現した。 狼の時よりも大きな咆哮が轟き、蛇龍と化したエイジスの魔力が急激に上昇する。そして蛇龍は舞い上がる。 「無想・樹海浸殺」 蛇龍の姿となりテレパシーのようなもので相手に言葉を伝える。蛇龍が空から急降下し、凍土と化している地面を腕で叩く。 無数の蔦が凍土を破って現れ、李信を球状に取り囲む。 「悍ましい量の魔力量…!これが最強騎士・フェンリルの力…!俺は甘く見ていた!この底知れぬ力は何だ!この俺が…ここまで…!」 李信を取り囲んだ蔦から無数の枝が生え、枝は体の内側から凍らされつつある李信の全身を突き刺した。枝を伝って蔦から李信の血が流れ出している。 「終わった。あれを喰らって生きていた奴に俺は会ったことがない。帰ろう、待っている人の所へ。」 エイジスの脳裏に自分の帰りを待つ人々の顔が思い浮かぶ。エリス、リーナ、咲…戦自体に負けはしたが、国王の仇を討って堂々と凱旋出来る。 そのことで胸が一杯になった時である。 「それが…貴様の全力か?」 李信の声が聞こえる。禁忌とされている必殺奥義まで使って倒した相手の声が。 無数の蔦と枝が炎で焼けて灰になる。中からは倒した筈の李信が今までにない霊圧を纏って現れた。傷も塞がっている。崩玉の効果であろう。 「この俺をここまで追い詰めたその実力…やはりフェンリルの名は伊達ではないようだな。だが、俺の力はまだまだこんなものではないぞ!」 「まだ生きてやがったのか!しぶと過ぎる!お前は一体何なんだ!」 「最強の霊圧をもってして生まれ変わった絶対の存在、それが俺だ!」 爆発させた霊圧を一気に流刃若火に流す。 「 卍 解 」 霊圧と炎の巨大な火柱が発生し、近くに居るだけのエイジスにとてつもない熱気を発する。 「残火の太刀」 始解時の爆炎が消え、焼け焦げたような斬魄刀が出現する。 「そんなものがお前の本気か!?」とあまりにもみすぼらしい刀を前にエイジスをその刀を嘲笑する。 「残火の太刀は始解である流刃若火の炎を全て刀身に凝縮した最強の卍解だ。お前の攻撃も、防御も、俺には通用しない。」 「ならそれが本当か試してやる。氷神の息吹(ブリザードフォース・ディバイン・バースト)」 エイジスの口腔に巨大な冷気の魔力が集まり、それが極太のビームとなって放出される。 「残火の太刀 西 残日獄衣」 李信の全身を炎の衣が包み込む。エイジスの攻撃は炎の衣に直撃すると一瞬で蒸発した。エイジスによって作られた辺りの凍土も同様に蒸発し消え失せる。 「この残日獄衣は太陽の中心に等しい1500万度の炎熱の衣。触れるどころか近づく者さえ消滅させる。」 エイジスは辺りが異常に熱いことに気づく。蛇龍となった体の隅々から滝の様な汗が流れ出ていた。 「だがこの残日獄衣を前に息をしていることは認めよう。普通ならば骨や灰すら残らない。」 「無想・氷樹海浸殺」 「残火の太刀 東 旭日刃」 次々と自分に向かって生えてくる氷に覆われた樹木や枝を李信が残火の太刀で切り付けると、灰となって崩れ落ち消滅した。 「この旭日刃は斬りつけた対象を消滅させる。貴様の攻撃など通用しないと言った筈だ。」 「俺の…禁忌にまでされている奥義が…!」 「確かに大したものだが貴様は俺に勝てはしない。熱と氷では天地の差がある。氷の温度は下限があるが熱にはそれがない。この勝負、最初から決していたのだ。」 「残火の太刀 南 火火十万億死大葬陣」 李信の周りを数体の骸が取り囲む。 「これは…!」 エイジスを目指して骸達は歩き始める。 「俺が今までに葬った者の骸だ。と言ってもまだ5人しか居ないがな。」 一体はグリーン王国に来る途中で倒した性犯罪者、もう四体はみさくらを倒しに行く時に鬼道で葬った雑魚怪人である。 「アッ…アノコ…アノコォォォ!!!」 骸の1人がエイジスに飛びかかる。 「きもちわりいんだよ!」 エイジスの氷の息吹で骸達は氷漬けにされ、砕かれた。 「こんなもんかよ。お前の卍解とやらの力は。」 「この気温の中で氷の息吹を吐けるなどありえない筈だ。俺も頭は悪いが冷気に限界があることくらいは分かる。」 李信はあっさりと破られた 南 の力を見て確信した。 「お前の冷気や氷は膨大な魔力により気温すら超越し、俺の炎熱に対抗してきた。でなければ流刃若炎を解放中でお前は冷気や氷を出せるわけがない。だが!」 「だが、何だって言うんだ?」 「俺の旭日刃と残日獄衣の前では貴様は無力!そろそろ終わりにしよう、この戦いを!貴様の死をもってな!」 残火の太刀を下段に構えて踏み込み、瞬歩でエイジスの目の前に迫る。 「コキュートス」 蛇龍エイジスの口腔と全身から青紫の魔力と冷気が周囲広範囲に噴き出される。滝の様に流れていた汗も冷気に変わる。李信の旭日刃と冷気の霧がぶつかり合い、激しい蒸発音がお互いの耳をつく。 「旭日刃に消し飛ばせないものなどない!」 しかし残火の太刀はエイジスの冷気によって徐々に刀身の先から凍りついていく。 「流刃若火の爆炎を刀身に固めた旭日刃を凍らせ、更に残日獄衣を纏った俺に接近されても死なないその肉体と冷気…ここまでの力があるとは流石に思っていなかったぞ…。」 「このコキュートスは絶対零度を遥かに下回る冷気で広範囲を襲う俺の最終奥義だ。見ろ、お前の残日獄衣とやらの力も虚しく俺の冷気により周りを氷の世界に変えてやったぞ。」 ハッと李信が辺りを見回すと一面見渡す限りが氷の世界と化していた。 「外道なお前の力など、全て俺の力で凍らせる。俺はお前を倒して故郷に帰らねばならない!」 エイジスが口から氷の息吹を吐く。李信は瞬歩で右横に避ける。 「と言っても、俺も魔力を使い過ぎた。お互い、そう余力は残ってないようだな。」 「ああ、次の一撃でケリをつける。」 李信が左目の眼帯を外すと一気に霊圧が数倍に跳ね上がり、残火の太刀についていた氷が蒸発する。青い霊圧は残火の太刀と合わさり赤色に変わり、周囲の全ての氷を消滅させた。 「てめえ、まだ奥の手を残してやがったのか!」 「ああ、貴様を殺す為に温存していた。この眼帯を外せば抑えていた霊圧が解かれ、その力は何倍にも上昇する。終わりにするぞフェンリル。俺と貴様の因縁に決着をつける。」 地中の奥深くすら太陽の中心と同じ温度の核と化すかのような、天すら圧する霊圧と熱を放つ李信は、残火の太刀を両手で持ち、上段に構える。 「俺は負けるわけにはいかない!王国の為、騎士としての誇りの為、愛する人の為、俺のもてる全ての力でてめえを倒す!」 「ユニコーン」 エイジスの姿が蛇龍から大きな角を持った白馬に変化する。 ユニコーンに変化したエイジスの魔力が更に上昇し、李信の霊圧とぶつかり合い、弾け合いを繰り返して熱気と冷気が見渡す限りの地平と空を二分し支配する。 「最大出力!究極魔法・コキュートス!」 「残火の太刀 北 天地灰燼」 エイジスの角の先からコキュートスが李信に集中して伸びていく。 残火の太刀から天にも届く爆炎が沸き起こり李信はそれをエイジスに向けて上段の構えから振り下ろす。 究極魔法と最強の卍解の激突は天変地異を起こし、辺りの地面は地割れを起こす。地割れが起こったそれぞれの場所からは溶岩と、溢れた冷気が作り出した氷塊が冷水と共に噴水のように噴き出す。 爆炎の霊圧と冷気の魔力が混じり合い、2人はお互いにその膨張した力による反発に巻き込まれた。 あまりに激しいぶつかり合いで反発した二つの力はお互いに混じり合い、相殺された。 力を使い果たした2人が相殺された炎熱と冷気が消滅することで、お互いに視認出来るようになる。 李信は斬魄刀の解放や虚(ホロウ)化が解除され、眼帯も左目に装着されている。エイジスは変化の魔法が解け人の姿に戻っていた。 お互いに傷つき睨み合い、どちらが倒れるかという思いで気力のみで立っている。 「エイジス、貴様の負けだ。俺には崩玉の力がある。傷は塞がる。」 崩玉の効果で李信の傷が塞がっていく。 しかし李信の体に異変が起きる。体の内側から冷気が溢れ、李信の体を下半身から氷漬けにしていく。 「…!」 李信が目を丸くし絶句する。 「俺が打ち込んだ冷凍の矢(フリージングアロー)の効果が残っていたようだな。」 「どういうことだ!」 「フリージングアローは冷気と共に自分自身の魔力そのものを塊にして矢とする技。お前の体に打ち込んだ俺の魔力が時間を経て今発動したのさ。」 エイジスがニヤリと笑う。李信の体は胸まで凍っている。更に氷は体に広がっていく。 「もうお前に抗する力は無い。俺の勝ちだ。」 エイジスが静かに李信に言葉をかける。氷は李信の首や腕にまで及んでいた。 「馬鹿な!こんな筈があるか!こんな…筈が!この俺が貴様のような、女相手に臭い茶番を演じる軟弱な男などに!」 「お前には人との繋がりが無い。俺は帰りを待つ人の為に戦った。お前の独り善がりな戦いとは違う。それがお前の敗因だ。」 エイジスが最後と言わんばかりに李信に呟く。 「俺はこんなところで終わらんぞ!必ずここから這い出てお前の喉元に刃を突きつけに来る!それまで…」 言いかけたところで氷が顔を覆い、全身が氷漬けにされていた。 「絶対零度の氷だ。力を出し尽くして余力も無い。もう生きてはいないだろう。」 「やりましたよ…団長!」 氷漬けになって動かない李信に見せつけるように、エイジスは拳を握り締めて天に突き上げた。 小銭が張った固有結界が解除され、水素、他のグリーン軍達が元の世界に足を着ける。 「これは…フェンリル、お前がやったんだな。」 氷漬けにされた李信を見つけ、水素がエイジスに言うまでもないことを口にする。 「そうだ。絶対零度の氷だ。もうそいつは助からない。だが俺は力を使い果たした。お前にすぐに発見されることは分かっていた筈なのにな。」 エイジスはそう答えると天を仰ぎ見て呟く。 「すいません、やっぱ俺約束果たせそうにありません。」 諦めの顔だった。全てを出し尽くして宿敵を倒した達成感と、生きて帰るという約束を果たせない悔しさで複雑な気分で胸が溢れる。 「行けよ。」 殺されると覚悟していたエイジスに、思いがけない言葉を耳が捉える。 「お前、今なんて…」 「行けよって言ったんだ。待ってる人が居るんだろ?」 耳を疑い確かめるエイジスに水素が押すように答える。 「俺を見逃すってのか?」 「これはお前とこいつの男同士の真剣勝負だ。俺も、そして他の誰にも水を差す権利はねえ。俺は自分のヒーローとしての誇りを貫く。だからお前も約束を守って騎士としての誇りを貫け。」 水素がいつになく真剣な眼差しで語る。 「すまん、恩に着るぜ。だがそれはそれだ。次会ったらその時は敵としてお前を全力で叩き潰す。」 エイジスはそう言うと背を向けて歩き出した。 「俺も次会ったら容赦はしない。無敵の俺にはお前でも勝てないさ。その時まで人生をせいぜい楽しむんだな。」 水素はエイジスの背にそう声をかけると氷漬けになった李信を持ち上げて右肩に担いで王都の方へ足を踏み出した。 「直江の奴、負けやがったのかだっせえなあ。」 固有結界から出てきた小銭が、氷漬けになった李信を担いでくる水素に合流した。グリーン軍の全軍が国門に戻り集結していた。 「こいつはあの漫画の能力や技を全て手に入れて強くなってたと思ったが上には上がいるもんだな。俺は最強無敵だけど。」 「へえ、つかこいつ死んじゃったの?」 「さあな。2人の勝負だし、合戦は終わってたから今回は敢えて手を出さなかったけどこれは生きてるか分かんねえ。」 変わり果てた李信の姿を見たグリーン軍の中にはは戦に勝ったにも関わらず複雑な顔を浮かべる者も居た。 「とにかくこの氷は取り除かないとな。よいしょっと。」 水素が担いでいた氷漬けの李信を地面に置くと右の拳を叩きつけて氷を破壊する。 「奇跡だ。息はしてるぞ!脈もまだある!まだ助かる!」 水素が李信の状態を確かめる。意識は無い。だが、かなり弱まっているものの脈もあり、息もあった。 「マジかよ!?早く病院へ!」 「言われなくてもそのつもりだ!」 一部を除いて湧き上がるグリーン軍を尻目に、水素と小銭は急いでその場を去っていった。 戦は、終わった。 グリーン軍の圧倒的勝利で幕を閉じたのである。ガルガイド軍は兵の過半数を失い、更に国王を討ち取られるという大敗北を喫した。 あの激戦から1日が経過していた。 グリーン軍を勝利に導いた男は、他の将兵と勝利の喜びに浸ることなく、病院の一室で生死の境を彷徨っていた。 「まさか勝ち戦の最大の立役者がね…。俺にクレイジーダイヤモンドが使えれば治せるんだが、全ての力を目覚めさせるにはまだ時間がかかる。」 星屑は水素、小銭と共に見舞いに来ていた。 「予め川の堤や油が用意されてとは言え、無い知恵絞って上手くやったな。意識を取り戻すといいんだが。」 「試合に勝って勝負に負けたってところだな。こいつ強いと思ってたんだが。」 水素の呟きに小銭が口を開く。 「相手が強過ぎたんじゃねえの?どんな奴かよく分からないけど。」 星屑が割って入る。 激戦で疲れ果てたエイジスは、木の枝を拾い杖代わりにしながら気力で足を前に前に進み、ボロボロの姿で明後日の午前2時過ぎに王都ガルドリアの隅の門に到着した。 「エイジス・リブレッシャーだ。門を開けてくれ。」 門番に身分証を提示すると門は開かれた。 「疲れた…早く家に…帰らないと…こんなところでは寝られない!」 激戦を制してここまで歩いてきた体が疲労の限界を迎え、意識が朦朧とする。 「もう…駄目だ」 気力だけで立って歩いていた体が俯せに倒れようとした時である。何者かがエイジスの体を抱き抱えた。 「あ、あれ?なんだろうこれ。凄く暖かい…。」 「良く…帰ってきたわね。」 エイジスが上を見上げると、帰りを待つと約束してくれた人の顔がそこにはあった。 「どうして…こんな遅くに 「ずっと待ってたわよ。私だけじゃないわ。」 横に振り向くと、いつも見慣れた少女が2人、涙を浮かべてエイジスを見ていた。 「この馬鹿!何でこんな無茶したのよ!」 リーナが駆け寄ってエイジスを抱き締める。 「だって…こうしなきゃ国もみんなも守れなかったんだ。だから俺は騎士として、男として全力で戦ったんだ。」 そして咲も目に浮かべた涙を溢れさせてエイジスに抱きつく。 「無事で本当に良かった!エイジス君に何かあったら私は!」 「本当よ?貴方、私の頬を張ったこと忘れてないでしょうね?」 「忘れてません。俺はどんな罰でも受けます。」 エイジスが蹌踉めく体を支えられながらエリスにしたあの時のことを思い出す。 「ちゃんと生きて帰って来てくれたから許すわ。これからも宜しく頼むわね。」 エリスの顔が柔和なものに変わる。 「はい!何処までも!」 「あーあ。何か妬けるわねー。見せつけてくれちゃってさ。私達も居るだけど。」 リーナが頬を膨らませて怒る。 「そうだよー。ちゃんと一緒に待ってた私達のことも忘れないでよね!」 「ごめんごめん、さあ帰ろうか。もうこれ以上歩けないや。」 2人に謝りつつ、エリスに肩を抱き抱えながら体を起こすエイジス。 しかし、王を失ったこの国が衰退するのは誰もが感じていた。ガルガイド王国をどう維持していくか、騎士達は新たな戦いの渦に巻き込まれることになる。 エイジスがガルドリアに帰還した翌日朝、グリーンバレーにある病院の一室で1人の男が静かに目を覚ました。 「ここは病院か…俺は生きているんだな。」 「やっと起きたか。お前2日間ずっと寝てたんだぜ。」 意識を取り戻した李信の目に映ったのは水素の姿だった。 「俺は…負けたのか…。」 「フェンリルにはな。でも戦には勝った。」 水素が淡々と事実を肯定する。 「フェンリルに負けた。この俺がだ。しかし命を落とさなかったのは幸いだ。奴は俺が死んだと思い込んでるだろう。」 「今は復讐のことは考えるな。これから論功だぞ。お前ちょうどいい時に起きたな。支度しろ。どうせ崩玉で傷は無いだろ。」 水素が李信の刀をベッドの脇から取って手渡す。 グリーン城大広間では論功行賞の為に大勢の将士が集まってきていた。 「静粛にー!」 ざわめく大広間をぐり~ん2号が制した。 「国王陛下のおなーりー!」 ぐり~ん2号の大広間に響く大声でぐり~んが入室し王座に腰を下ろすと、並み居る将士が一斉にひれ伏した。 「これより論功行賞を始める!まず第一功、小銭!」 ぐり~ん2号に名前を呼ばれて驚きつつも小銭が立ち上がる。 「我が軍が兵力差と敵軍の精強さに苦戦を覚悟していたところをこの者は5万もの援軍を出現させて形成を一変させ、勝利を大いに貢献させた!よってこの者を第一功として賞する!小銭、前へ!」 王の前に出た小銭が一礼し、両手を差し出す。 「小銭には王都の城下に屋敷を与え、王国領内のグリグリーンと3000000Zを与える!」 恩賞の内容が書かれた書類がぐり~んから小銭に手渡された。広間から歓声が沸き起こる。 第二功は8000の兵を率いて敵本陣を奇襲したアティーク将軍であり、彼には領地グリンローと2000000Zが与えられた。 第三功が作戦を立てて全軍を指揮した李信だった。城下の屋敷と1000000Zが与えられた。 特別功として李信を守り作戦の遂行を助けた水素とガルガイド国王の首を取った星屑に10000000Zが与えられた。 主だった功労者である5人を除いた者には後日に沙汰があるという。 敵総大将の首を取った星屑は第一功でないことに対する愚痴を零し、第一功に選ばれた小銭は大はしゃぎしていたが、後の5人は可も無く不可も無くという表情で城を後にした。 ともかく、戦いは終わったのである。論功行賞の後、李信、水素、小銭、星屑はぐり~ん直々に戦勝の宴に招かれ、その日の夜は賑やかに更けていった。 「今日は無理な頼みを聞いてくれてまずは礼を言う。」 翌日昼、グリーン王国領内のグリーン大砂漠に水素は李信に呼び出されていた。 「俺と手合わせしたいって?何でまたそんなことを。」 「思えば俺はこの世界に来てから戦績が芳しくない。先日もフェンリルに敗れた。だから今身近で最も強いお前と戦えば何か分かるかもしれん。あわよくば勝てるかもしれん。」 李信が腰の斬魄刀を抜いて上段に構える。 「成る程な。まあでも俺が本気出したらお前死ぬから。加減はするがせいぜい楽しませてくれよな。」 水素が右肩を回しながら歩いて李信と距離を取る。 「行くぞ水素!」 「散れ 千本桜」 李信の斬魄刀が無数の桜色の花びらと舞い散り、水素に向かって波のように押し寄せていく。 千本桜が水素に覆い被さる前に水素は残像を作るほどの速さでその場から離れる。 「逃がさん!」 李信が顔に手を翳して虚(ホロウ)の仮面を被ると、瞬速で視界から消えた水素を再び目で追う。 「そこか!」 水素の姿を目で捉えた李信が瞬歩で水素に接近を図る。 「捉えたぞ!破道の九十六 一刀火葬」 自らの左腕を媒体に、刀身状の巨大な火柱が発生する。媒体となり失われた左腕は超速再生で修復された。 「これで少しは…」 言いかけたところで背後に気配を感じ、すぐさま瞬歩でかわした。 「中々いい攻撃だが俺には効かねえな。もっと力を出していいぞ!」 「縛道の六十一 六杖光牢」 李信が鬼道を放つが水素にはすぐに避けられてしまう。 「ならば」 「卍解 千本桜景厳」 李信が右手から斬魄刀を離すと地に吸い込まれ、李信の背後に無数の刀身が出現する。刀身は億を数える刃となり、花びらのように舞い散る。 「そんなもんを使っても俺には当たらないぜー。」 億の刃が水素を捉えたように見えてもそれは残像であった。水素はただただ高速で跳び回り花びらの固まりを避けていく。 (手掌で操れば 速度は2倍!) 李信は手掌で億の刃を操る。そして遂に水素の動きを捕捉した。 (捉えた!) 「吭景・千本桜景厳」 千本桜の億の刃が球形になり水素を取り囲み、一気に包み込む。 「何処見てんだ?」 気付かない内に背後に回った水素が振り向き様に李信の肩に触れる。 「はい俺の勝ちー!」 「破道の三十三 双火墜」 李信が左の掌から蒼炎の固まりを直線に飛ばすが水素の姿はすぐに視界から消えた 背後に水素の気配を感じて振り向くが、遅かった。水素の拳が李信の顔面を捉えていた。 死 李信の頭にその一字が浮かび上がった時、水素の拳は李信の顔面に命中する寸前で止まった。 「終わりだ!飯だ飯!うどん食いに行こうぜ!」 李信の肩を叩くと水素は歩き出した。 李信は水素のあまりの強さに呆然と立ち尽くす。後ろを振り返ると、水素が先程寸止めしたパンチの衝撃波で砂漠の砂が大きく抉れていた。 「この力を手に入れた俺ですら手も足も出ないこの強さ…やはり上には上が居るのか…。」 「どうしたのー?うどん嫌いなのー?」 水素が李信の方に振り返って早く来いと催促する。 「いや、うどんは好きだ。今行く。」 李信は歩き出す。圧倒的力をもってしても敵わない者が存在するということを思い知らされるのであった。 国王・桑田をグリーン王国との合戦で失ったガルガイド王国では、次期国王の座を巡り後継者争いが勃発しようとしていた。 桑田には実子はおらず2人の養子を迎えていた。隣国・ランドラ帝国の皇族から迎えたサバと、桑田の甥であるかっしーである。 順当にいけば次期国王には王の血族であるかっしーが就任する筈である。しかしサバの後ろにはランドラ帝国があり、サバは桑田の娘であるルイを娶って娘婿となり、サバの勢力は無視出来ないものになっていた。 ガルガイド王国はサバ派とかっしー派に分かれて対立し、真っ二つに割れようとしているのである。 「なあエイジス。お前はサバ様とかっしー様どちらが次期国王に相応しいと思う?」 この日、エイジス宅にはエイジスの同僚であるリキッドが訪ねてきていた。リキッドは実力はあるものの、先日のグリーン王国との合戦の時にはランドラ帝国との国境を警備しており、参加していなかった。 「俺はかっしー様だな。サバ様はお人柄が良くない。傲慢で臣や民を顧みず、自分のことしか考えていない。」 エイジスが憚りもなくはっきりと答えた。 「俺もそう思う。だがサバ様にはランドラ帝国がついてるし、あの男が居るからな。」 リキッドは脳裏にある男の顔を浮かべていた。 その男とは、ただのハンターである。王国最強の騎士であるエイジスと互角の実力を持つとされ、第六騎士団が新設されるとその団長となった若き実力者であった。 「ただハンとランドラ帝国がついてる限り、かっしー様の王位継承は容易ではないな。」 エイジスが紅茶を啜りながらため息まじりに呟く。 「かっしー様は民からの信望も厚く篤実なお人柄だ。俺達の力で何としてもかっしー様を王位につけなければならん!」 力強くリキッドが主張する。 「しかし、また戦か。グリーン王国に敗れて多くの将兵を失った今、戦をしたらグリーン王国やランドラ帝国に付けいられるぞ。」 「どのみちランドラ帝国とは戦になるだろう。サバ様を王位に就ける為に既に戦支度を始めてるという噂もある。しかしグリーン王国の存在は厄介だな。」 リキッドとエイジスは、この国を取り巻く状況が逼迫していることを改めて思い、頭を抱えていた。 暫く唸った後にリキッドが口を開いた。 「いっそのこと、グリーン王国と和議を結ぶのはどうだろうか?」 「それは…ありえない!」 突然エイジスが机を強く叩いて立ち上がった。 「私怨か?」 「!」 リキッドに図星を突かれたエイジスが一瞬黙る。 「お前は戦いに参加してないからそんなことが言えるんだリキッド!真っ黒野郎の命令の下、残酷な作戦で多くの仲間が焼け死んだり、岩に押し潰されて死んだんだぞ!それに国王は奴らに打ち取られた!絶対に奴らは許さない!」 「それが良くないぞエイジス。先に攻め込んだのはガルガイドの方だ。グリーンはそれから守ったにすぎない。それに私怨で国事を考えるな。過去ではなく未来を見ろ。ランドラとグリーンを両方敵に回して俺達は勝てるか?」 「…。」 激昂するエイジスをリキッドが宥めると、エイジスは再び口を閉じたまま黙り込む。そんなことは分かっているが、やはり割り切れない気持ちがエイジスにはあった。 「少し考えさせてくれ。」 暫くするとエイジスが言った。 「例え俺が待っても時は待ってくれない。大人になるんだな。ごちそうになった。」 そう言うとリキッドはエイジス宅を後にした。 事態は風雲急を告げる。 その夜、かっしー派の大臣Lパッチと第六騎士団長のぷろふら重要人物達がLパッチ邸で密議を行っていた。 「速やかにガルドリア城の金蔵を抑え、軍資金を得るべきだ。」 「食料庫もだ。兵糧を抑えればこちらが一気に優位に立つことが出来る。」 Lパッチの提案にぷろふが賛意を示す。 「グリーン王国との和睦交渉はどうする?」 「俺が責任を持って進める。抑えた金蔵の金でグリーン王国との和議を結び、援軍を要請する。」 ぷろふの質問に答えるLパッチ。水面下で事は動こうとしていたのである。 かっしー派の動きは早かった。翌日夜、かっしー派のぷろふや平行が兵を率いてガルドリア城の金蔵と食料庫を占拠し、ガルドリア城の二ノ丸にかっしーを迎えたのだ。 これによりかっしー派とサバ派の対立は決定的なものとなった。 「皆、余への忠義による行い、誠に大儀である。」 二ノ丸の大広間にかっしー派の将士が集まり、かっしーが上座に着座する。 「この王国を他所者であるサバなどに渡す気は毛頭無い。皆、余の為いやこの国の為に力を尽くして欲しい。」 かっしーの言葉にぷろふが感極まって立ち上がる。 「良くぞご決意なされましたかっしー様!この国の王は貴方様を置いて他にありません!このぷろふぃーる、身命を賭してかっしー様にお仕えすることをお誓い申し上げます!」 「右に同ーじ!」「同じく!」「同じく!」「お味方致す!」 ぷろふに平行や他の将も続く。かっしー派の結束は高まったのである。 「かっしー様、抑えた金蔵の金を使い、グリーン王国と和議…あわよくば盟を結びます。グリーン王国が味方になればランドラ帝国とも互角に戦えます。」 かっしーの傍に控える大臣Lパッチが発言した。かっしーは首を縦に振って頷いた。 「皆の者、頼んだぞ!」 かっしー派の気勢は否が応でも高まり、サバ派を一歩出し抜いたのである。 「かっしー様、第二騎士団が馳せ参じましてございます!」 「おお!」 更なる味方の来着で湧き上がる大広間であった。 ガルドリア城の金蔵と食料庫を占拠されたサバは激怒した。 「この副管理人…いや、この俺を差し置いて王になろうなどと!俺よりも才覚の無いかっしー如きが!」 「サバ様、一先ずこの城を捨てましょう!金も食料も無ければ戦えません!」 「おのれかっしー!必ず貴様を殺して俺が王になってやる!」 第五騎士団長フクナガや堂明元師の軍勢に伴われてサバは城から脱出し王都を出た。そして王都に程近いクワータリア城に入った。 サバ軍とかっしー軍の戦いが始まった。王国各地の騎士や豪族達がサバ派とかっしー派に分かれて各地で戦支度を始める事態になった。 このサバ軍とかっしー軍の「クワータリアの乱」はやがて隣国のランドラとグリーンを巻き込む大乱に発展するのである。 かっしー陣営では第二騎士団が馳せ参じてきていた。 「先のグリーン王国との戦いで負傷したエリス・グリモワールに代わり、このエイジス・リブレッシャーが第二騎士団400、兵3500を率いて罷り越しました。かっしー様の為、この身を捧げ戦う所存でございます。」 「よく来たエイジス!頼りにしているぞ!」 「はっ!」 かっしーはエイジスの手を取って歓迎した。王都とガルドリア城を抑え、更なる味方を得たかっしー派の士気は大きな高ぶりを見せたのである。 グリーン王国 グリーン城にはガルガイド王国の内乱の報がもたらされていた。 「ガルガイドで王位を巡る内乱か…ご苦労であった。下がって良い。」 「はっ!」 伝令を下がらせたぐり~んはぐり~ん2号に王国内の主だった将を集めよと命じた。 「何?俺にも召集命令?」 ガルガイド王国との戦いの功により与えられた李信の屋敷を水素が訪ねていた。 「お前この前の戦いでのことでアテにされてるんだろうなー。俺にも召集がかかってる。星屑と小銭にも命令が出たそうだ。」 「この間のはただのまぐれなんだが…。条件も整ってたしな。アテにされても困るぞ。」 李信が困惑した表情を見せる。 「だが召集がかかっちまったもんは仕方ない。行くぞ。」 「まあ能力バトルなら望むところだ。ガルガイドの戦うなら今度こそフェンリルをこの手で殺す機会が訪れるからな。」 「いいから、早く城に行くぞ。」 それから2人はグリーン城に急いで向かった。 2人がグリーン城大広間に到着すると、既に並み居る将が座についていた。 「おう、お前らも来たか。」 2人の姿を見て声をかけたのは星屑である。小銭も隣に座っていた。2人もその隣の座についた。 「また戦だ。今度こそ俺が大活躍する絶好の機会が訪れたのさ。今度こそこの手で強敵を倒せるんだ。ワクワクすっぞ!」 そう話している内にぐり~んが広間へ入ってきた。将達は深々と頭を下げて迎える。 「皆、話は聞いているだろう。ガルガイドで内乱が勃発した。次期王位を巡るサバとかっしーの争いだ。そして今、俺はグリーン王国の使者と会ってきた。」 グリーン王国の使者と聞いて広間はざわめく。「静粛にー!」というぐり~ん2号の制止で再び静まった。 「グリーン王国のかっしー派は我らと盟を結びたいと言ってきた。これについてどう思うか、お前達の意見が聞きたい。何なりと申してみよ。」 「その申し出は断り、グリーン王国に攻め込んで内乱と先の敗戦による国力衰退の隙をつき、滅ぼして領土を拡大すべきだと思うぜ!」 立ち上がって発言したのは小銭である。王の軍勢を持つ彼なら一気にガルガイドを潰せると思ったのである。小銭の発言に賛意を示す将が「そうだ。」「それがいい。」と口々に言い始める。 「いや、待て。」 異を唱える太く短い声が上がる。李信であった。 「直江、俺の意見に反対なのかよ?」 小銭の言葉に「そうだ。」と言った後に続ける。 「サバの背後にはランドラ帝国の存在がある。此処でガルガイドの全てを敵に回せば例えガルガイドを滅ぼしてもランドラと単独で戦うことになる。この国にそれだけの力があるか?」 「俺もそう思う。それよりもかっしー派を味方につけて戦い、共同でサバ派やランドラと戦った方がいい。かっしーを勝たせてガルガイドを残さなければランドラの次の標的はこのグリーン王国だ。サバが王になればガルガイドの全てが実質ランドラの物になる。それは避けなければならない。」 アティーク将軍も李信に賛意を示すと、意見が割れた広間に緊張感が走った。 「グリーン王国に速やかに攻め込んでいくらかの領土を得ればランドラとも戦えるではないか!お前達2人は臆病風に吹かれているのだ!」 将の1人が李信とアティークを指差して罵倒する。 「領土を得てもすぐに兵の動員は出来ない。それは難しいだろう。」 アティーク将軍がそう答えるとその将は黙り込んだ。 「じゃあサバ派やランドラに与すると言っておいてさっさと兵を出して切り取れるところまで切り取って力をつけて、残りのガルガイド領を手に入れたランドラと戦うのは?」 星屑が意見を出すが 「無駄に領土欲を出して国力が高いランドラをグリーン王国だけで対応するより、ガルガイドをかっしーに継がせてランドラを牽制させた方がいい。」 李信が星屑の意見を否定する。 「大体お前、フェンリルを殺したいんじゃなかったのか?」 「確かにそうだが、事態が事態だからそうも言ってられない。」 李信の答えに小銭は口を噤んだ。 「陛下、ご決断を。」 ぐり~ん2号がぐり~んに決断を促す。 「我がグリーン王国はかっしー派と盟を結び、サバ派と戦う!各々、すぐに戦支度をせよ!」 ぐり~んが決断すると、一同は深々と頭を下げた。国の方針が決定すると、ぐり~んはすぐに客室に控えさせていたガルガイド王国の使者と面会した。 「我がグリーン王国は貴殿らと盟を結び、かっしー殿を王位に就ける為に戦うと決定した。」 「お聞き届けいただき、ありがとうございます。」 「して、同盟の条件は?」 「はっ、これに」 使者はぐり~んに書状を手渡した。ぐり~んは書状を読み始める。 「一、金1000000000Zをグリーン王国に献上するもの也 二、かっしー即位の暁には、ガルガイド領グワダタウンを以南グリーン王国に割譲するもの也 三、盟の証として、お互いに人質を出すもの也。 四、グリーン王国は2万以上の軍勢を率いてガルドリアのガルドリア城に来援すること。」 ぐり~んは書状を読み終わるとそれを畳んで机に置く。 「この条件で承知した。かっしー殿にはそう伝えよ。」 「はっ!ありがたきお言葉!」 ぐり~んは盟を承諾した旨の書状をしたためると、それを使者に手渡した。 「良きに計らえ。」 ぐり~んの言葉に一礼した使者はそのまま退出し、風のように過ぎ去っていった。 グリーン軍25000人がグリーン城に集結したのは翌日午後のことである。グリーン軍が前回よりも多くの動員が出来たのは、密かにぐり~んが間者を放ってランドラ帝国に噂を振りまいていたのである。 「ランドラ帝国の西にある幻影帝国がランドラ帝国に攻め込もうとしている。 これを警戒したランドラ帝国は兵の相当数を幻影帝国との国境に割く破目に陥り、グリーン王国は西のランドラ帝国との国境に置いていた多くの兵をこちらに回すことが出来たのである。 李信、水素、小銭、星屑の4人はグリーン軍総大将を務めるアティーク将軍の本軍に加えられた。 「これより我らはかっしー派の軍と合流する為、ガルドリアへ向かう!出陣!」 アティーク将軍の号令で、25000のグリーン軍は動き出した。その日は王都を出てグワダタウンに着陣したのである。 翌日、グリーン軍25000がガルドリア城に到着した。 「援軍、誠にかたじけない。」 かっしーが自らアティーク将軍を出迎えて握手をした。 「ランドラを脅威に感じるのは我がグリーン王国も同じこと。共にランドラから国土を守り切りましょう。」 そしてアティーク将軍に従う李信ら4人も入城し、軍議への列席が許され座につこうと広間に入室した。そこではつい先日、壮絶な殺し合いを演じた宿敵との再会が待っていた。 「お前は…確かに殺した筈だ!何故生きている!」 李信の姿を見つけるなり、エイジスは飛び掛かって李信の胸ぐらを掴む。 「この崩玉が俺の命を長らえたのだ。だが死にかけた。危うく貴様に殺されかけるところだった。」 胸ぐらを掴まれながら平然と李信は答えた。 「俺は団長との約束を果たせなかったというのか!お前を倒すという約束を、俺は…!」 「そろそろ離せフェンリル。俺とてお前を殺してやりたいが此処に来たのは貴様と戦う為じゃない。俺は味方として来たんだ。」 李信はエイジスの手を振り払う。 「お、フェンリルじゃん。次会ったら容赦しないとかお互いに言ったけどまさか味方として再会するとはね。」 「お前はこの前の自称ヒーロー!」 水素が横から割って入る。エイジスも水素の姿を見て目を丸くする。 「俺達はお前らと共闘する為に来たんだぜ?もう啀み合うのはやめようや。俺達の敵はサバだろうが。」 「そうか、もうお前らとは決着をつけられないのか。」 エイジスが残念そうな表情を作る。それに水素がこう答える。 「もう二度と バトルできないねぇ。」 「お前のような外道と共闘しなきゃいけないとはな…。」 エイジスが李信を睨みつける。 「元はと言えばこの世界に来てたまたまガルドリアで目覚めただけの俺を、身分証を持ってないからと詰め寄って逮捕しようとしたあの女騎士が悪い。先に攻撃を仕掛けてきたのは向こうだ。」 李信がエイジスに事実を説明する。 「なっ、お前は身分証をこの世界に来た時に持ってなかったのか!」 エイジスの表情が怒りから驚きへと変わる。 「手に入れたのは理想の力とルックスだけで、金も身分証も地位も住居も無かった。それを攻撃してきたのは其方の方だ。」 「嘘をつくな!この世界に来る時にそんなことはありえない筈だ!」 「嘘なんてついてない。全てほあの女騎士の早とちりだ。」 李信の驚愕の答えに項垂れるエイジスだった。 「元々現実世界でのスペックが俺は最低レベルだったからな。その反動みたいなものじゃないか?」 「…。」 李信が推測を語るとエイジスは黙り込んだ。全ては誤解から始まったのだった。 「静まれ!これより軍議を始める!」 アティーク将軍がその場を静める。各々は話をやめ、座についた。 アティーク将軍とかっしー王子が2人で上座につき、軍議は始まった。 「アティーク将軍、サバはサバ派の軍勢と共にここから20km程のクワータリア城に立て籠もり、ランドラ帝国の援軍との合流を図っています。ランドラ軍は要請を受けて帝都ランドラを出立しました。その数、40000です。」 かっしーが用意していた絵地図を広げてアティークに状況を説明する。 「我が王の策略でランドラ帝国は幻影帝国との国境に兵を回した筈。それでも40000とは、これはかなりの大軍ですね。サバ派の軍勢は如何程ですか?」 「サバの軍勢は1万程です。我らの軍勢も1万程です。貴殿らの軍と合わせて35000となります。」 「皆聞いたか。敵は合わせて5万。我らは3万5千。如何にして戦うか、意見がある者は申し出よ。」 アティーク将軍が広間の将達に促す。 「グリーン王国軍李信だ。発言を求める。」 「李信、発言を許可する。」 アティーク将軍の本軍に加わっている李信が発言を求め、アティーク将軍がそれを許可した。 「速やかに出撃し、サバ軍1万が籠るクワータリア城を落とす。ランドラ軍は4万とは言えまだ到着まで3日はかかる。それまでにクワータリアを占拠し、クワータリア周辺の去就を決めかねている豪族を引き入れる。その後敗北したサバ軍が合流し士気が下がっているランドラ軍を叩く。」 李信は自分の意見を堂々と話す。 「ちょっと待て。籠城はしないのか?」 「ランドラ帝国は幻影帝国との国境に兵を割いたとは言え、一大強国だ。とりあえず4万を派遣してきたがまだ全兵力ではない筈。これ以上多くの援軍が見込めないのに籠城しても戦には勝てない。」 かっしーの質問に李信が答えた。敬語はない。相変わらず無礼で常識のない男である。 「いや、此処は籠城して敵が疲弊するのを待ち、一気に反撃する作戦を取るべきだ。」と反対意見を述べたのはかっしー派の平行である。 「座してランドラ軍がガルガイド領に侵攻し版図を広げるのを許してはこちらが不利になる。クワータリアを落として野戦で敵を叩き、此方に勢いをつけるのが肝要だ。」 「ガルドリア軍の平行だ。お前の作戦は危険な賭けだ!話にならない!」 「一旦守勢に入れば兵力で劣る此方は一気に不利になる。それが分からないのか?」 「このガルドリア城は桑田国王が築いた堅固な城だ。学の無いFランが偉そうに語るな!低学歴低能のお前の言うことは信用出来ないんだよ!」 「彼女にDVされる顎、お前のような奴が全体の足を引っ張るのだ。黙っていろ。」 「黙れ不細工低学歴!」 李信と平行が作戦を巡って激しく対立し口論に発展した。 「控えよ平行!グリーン王国の李信殿に無礼であろう!」 かっしーが平行を叱りつけた。 「お前も平行殿に謝れ。味方同士で啀み合うなと先程エイジス殿に自分で言ったのをもう忘れたのか?」 アティーク将軍も李信を叱り、平行と李信はお互いに礼をして口を噤んだ。 「俺も直江に賛成だわ。城を守るだけなんてつまんねーじゃん。俺の出番無くなるじゃん。俺はたたかいに来たんだよ!それに城じゃなくて外なら俺のあのクラスカードが活きるぜ!兵の数だって敵を上回るあれが!」 小銭が立ち上がって発言した。 「俺も守るのはつまんねーから出撃に賛成ー。」 星屑が怠そうに便乗する。 「外で戦おうぜアティーク。こいつの言う通りなんじゃね?城に篭ってどうすんの?」 水素も続く。 「ガルガイド軍のお歴々は如何ですかな?」 アティーク将軍がガルガイド側の将に意見を求める。 「俺は平行に賛成だ。危ない橋を渡って、万一その野戦に負けたらどうすんだ?手堅くいくべきだと思う。」 「ぷろふ、お前は城に篭って男子トイレを覗いたり、一箇所に集まった男を物色したいだけだろ。」 「そんなんじゃねえよ!」 水素に思わぬ指摘をされて怒るぷろふ。 「かっしー様、ご決断を!」 焦れた平行がかっしーに決断を煽ぐ。 「平行には悪いが今回はグリーン王国軍の方々の言うことに一理ある。李信殿の作戦を取る。」 かっしーがそう答えると落胆して座り込んだ。 「かっしー殿がそう言うなら俺もその作戦に従おう。」 アティークも賛同し、戦は出撃策に決定した。作戦が決まると陣立てが発表され、軍議は終わった。出撃は3時間後と決定した。急であるが、ランドラ軍が来るまでにクワータリアを落とさなければならないスピード勝負だからである。 軍議が終わり各々が進軍の支度をしていると、アティーク本軍と共に居る李信をエイジスが訪ねてきた。 「フェンリルか、まだ何か用か?」 李信が鬱陶しそうにエイジスを見る。 「済まなかった。」 エイジスが謝罪の意を口にした。 「アンタが直江さんだなんて知らなかった。アンタを本当の密入国者だと思ってた。アンタを殺さなきゃこの国を守れないと思った。誤解したままアンタを殺すところだった。」 「…。」 エイジスの謝罪を聞いて李信が真顔になる。 「俺を知ってるのか。フェンリル、お前は何者だ?」 「俺はエイジス、氷河期だよ。」 「…そうか。」 李信はそう言ったきり、その場を立ち去ってしまった。 水素が李信を追いかけ、こう言った。 「お前さんの復讐は 本日をもって終了だ。」 「少し黙れ。」 李信はそのままツカツカと歩いていった。 グリーンとガルガイドかっしー派の連合軍35000はその日の夕方にクワータリアに到着し、クワータリア城の包囲を始めた。 「クワータリア城を落とすのは俺1人で十分です!」 「お前の能力ならまあ大丈夫だろう。頼んだぞ。」 エイジスの申し出にかっしーはすぐに賛成した。 「俺も行くぜ。一応な。」 そう進み出たのは水素である。 「今度は味方として共闘だな。こんな城さっさと落としちまおうぜ。」 「分かった。水素、頼んだぞ。」 アティーク将軍も水素に許可を出した。 「自称ヒーロー、お前も行くのか。」 「俺は水素だよ。じゃあ行こうぜ。」 水素とエイジスは2人でクワータリア城に突入することになった。 「我は鋼なり、鋼故に怯まず、鋼故に惑わず、一度敵に逢うては一切合切の躊躇無く。これを滅ぼす凶器なり。」 エイジスが詠唱を唱えると、頭髪や瞳の色が赤に染まった。全身の皮膚に刺青のような赤い紋様が浮かび上がる。 「なんだそれ?初めて見るわ。」 隣に居た水素が初めて見るエイジスの能力であった。 「全身の気脈を活性化させて身体能力を大幅に高める力だ。行くぞ。」 「おう。」 最も2人から近い城内の二の曲輪から2人は新入した。 「サバは何処だ。此処で討ち取れば俄然有利になるぜ。」 「今鷹の眼を使って索敵している。少し静かにしてくれ。」 エイジスが鷹の眼を使い索敵していると、強敵の気配を感じた。 「近くに強敵の気配を感じる。気をつけろよ。」 「無敵の俺には無用の忠告だ。」 2人が走りながらやり取りしていると、声が上から聞こえる。 「侵入者発見!ただちに切断…じゃなくて排除する!」 「お、膨大な魔力をあの赤い男から感じるぞ?もう1人からは何も感じない、ただの雑魚かな?」 2人は城内を区切る城壁から降りてきた。 「俺は堂明元師!切断厨とよく言われるが切断厨じゃないぜ!」 「俺はフクナガ!見つけたからには生きて返さないぜ!」 「勝負だ赤い男!百獣の王たる男に勝てるかな?」 堂明元師の姿が二足歩行の獅子へと変化した。 「見掛けだけはご立派だな。だが俺は先を急いでる。お前に使う時間は無い。」 エイジスは二丁小刀を腰から抜くと逆手持ちに構える。 「ほざけ!獅子斬!」 堂明元師が鋭い爪を一閃すると、真空波となってエイジスに飛んでくるが、それを難無く避けた。城壁に真空波がぶつかり、三爪の傷をつけて大きく破壊される。 「当たらなければどうということはない。行くぞ!」 エイジスが強化された脚力で堂明元師に向かって跳ぶ。 「獅子斬!」 再度の獅子斬が飛んでくるが、それを一度地に足を着けて避ける。エイジスが堂明元師に接近し、二つの小刀で斬りかかる。 「手応えあり。」 エイジスの刃は堂明元師の腹部を斬り裂き深傷を負わせていた。堂明元師の傷口から血飛沫が噴き上がる。 「まだだ!喰らえ必殺!」 「獅子斬流星群!」 周囲の風景が夜空に変わり、堂明元師が爪を流星群の如く高速で、それも連続でエイジスに振り下ろす。 「速いな。だが見切れないわけじゃない。」 エイジスは獅子斬流星群を全て避けた。 「切断厨は俺が切断してやる。」 エイジスが二丁小刀をしまう。そして剣の柄に手をかける。 「俺の獅子斬流星群を避け切るとは見事。だがまだ俺には奥の手が…」 言いかけたところで堂明元師の体は左腰から右胸にかけて両断された。エイジスの抜刀術である。 「つまんね。」 エイジスは二つになった堂明元師の死体にそう吐き捨てた。 「俺はモビルスーツパイロットのフクナガ!来い!」 フクナガが手を天に掲げると、遥か点高くからモビルスーツが現れた。コクピットが開き、フクナガはモビルスーツに飛び乗る。 「俺の愛機はこのユニオンフラッグ・マスラオ!フラッグ・サキガケを改良したこのモビルスーツは、ガンダムとの圧倒的性能差を埋めるべく…オブァ!) モビルスーツに乗り機体の説明をしている途中のフクナガが悲鳴を上げた。水素がジャンプして拳を機体に叩かつけて破壊したのである。モビルスーツは爆発を起こして四散した。フクナガは脱出装置を使い「覚えてろよ!」と捨て台詞を残して去っていった。 「またワンパンで終わっちまった…。クソッタレー!」 あまりに早い決着と手応えの無さに水素は嘆いた。 「申し上げます!侵入した敵によりフクナガ様は逃亡、堂明元師様は討死されました!」 「あの役立たず共め!全兵をその2人に差し向けろ!」 伝令が城内のサバに伝えるとサバは激怒した。 「お待ち下さいサバ様。此処は俺が出ます。」 サバの傍で控えていた男が窓からの陽の光を浴びて姿を見せる。 「オルトロスか。もはやこの状況を打開出来るのはお前しか居ない。任せたぞ。」 「はっ!」 オルトロスと呼ばれた背の高い細身の男はサバの命令を受けると窓から飛び降りた。 城内二の曲輪では無敵ワンパンの水素と鉄血転化で自身を強化したエイジスが暴れていた。 「何人来ようがお前らに俺らは倒せねえ!」 逆手に持った二本の小刀で向かってくる敵兵を次々に斬り捨てていくエイジス。 そして矢や槍、剣を受けても傷一つつかない頑丈な体と敵をワンパンで倒し屍の山を築く水素。 「嘘だろ?敵はたった2人だぞ?こうなったら!」 敵士官の1人が魔法陣を自分の前に展開する。 「雷撃魔法、サンダーボルト!」 雷が魔法陣から発生して水素を襲うが、もちろん無傷である。 「あれ?何で?」 「攻撃ってのはな、こうやるんだよ。」 水素は素早くその士官の前に出て拳を突き出す。だが突如現れた影によりその拳は防がれた。何やら自分が影に叩きつけた拳による攻撃を自分で受けたような衝撃が体に走る。 「調子に乗るのもそこまでだ。」 「俺の拳を受けて無傷なのはお前が初めてだ。これは楽しませてもらえそうだな!」 「俺はオルトロス。有する能力はベクトル操作。今のはお前の拳による攻撃のベクトルを反射したのさ。」 影だった人物の正体が明らかになる。 「エイジス、お前は先に行け!サバを探すんだ!」 「分かった!」 水素が後ろで敵兵を斬り捨てているエイジスに言うとエイジスは高速で敵兵を斬り伏せ走りながら消えていった。 「お前らは手を出すな。」 オルトロスがそう言うと周りの敵兵が二の曲輪を捨てて本丸に走り去った。 「さて、2人きりになったところで始めるか!」 オルトロスが水素の視界から一瞬で消える。 「殺し合いをな!」 オルトロスが水素の左脇に現れ、右手の指を突き出した。 「俺が指でお前の体に触れればお前の体内の血液を逆流させて死に至らしめることが可能!」 しかし素早さでは水素の方が上である。オルトロスに触れられる前に水素はかわした。 「お前は自分が最強無敵だとでも思ってるんだろ?だが上には上が居るんだよ!」 オルトロスが再度ベクトル反射で高速移動し、水素に迫る。しかしまた楽々と避けられる。 「要するにお前に触れられなきゃとりあえず死なないんだろ?俺お前より速いし。」 「いつまでそんなことを言ってられるかな?」 オルトロスが両手を天に掲げると掌の上で竜巻が発生する。 「圧縮圧縮ー!空気を圧縮ー!」 大気を一箇所に集め、プラズマを作り出す。天は雷雲に覆い尽くされ、巨大なプラズマが生成された。 「へえー。大した規模だな。」 「いつまで余裕こいてんだてめえ!死ねえ!」 巨大プラズマが水素に向けて放たれた。 「やっぱ大したことねえなお前。」 プラズマを受けて無傷の水素が平然と突っ立っていた。 「フンッ!」 オルトロスが落ちている小石を弾丸の様に投げつけて水素の胸部に直撃するが傷一つつかない。 「俺ベクトルとか難しいことよく分かんねえけどとりあえず、反射能力ってことはさ…」 オルトロスが気づかない内に水素が背後に回る。 「連続普通のパンチ」 水素がオルトロスに拳を連打するが、パンチの衝撃が水素に跳ね返ってくるのみである。オルトロスがその際に水素に触れようとしたが間一髪のところで避けられた。パンチの衝撃を跳ね返された水素は無論無傷である。 「なんかちょっと思ったんだけどさ、お前俺に攻撃してみてよ。」 「何だと?まあいい、どうせてめえは俺には勝てねえ。おらよっ!」 オルトロスが落ちていたサバ軍兵の槍を高速で投げつけるも、またもや水素に避けられる。 「もっとだよもっと。それじゃ足りねえよ。」 水素が右手の人差し指を自分に向けてクイクイと動かし挑発する。 「てめえもしかしてドMか?」 オルトロスが後ろに跳び下がり、城壁の一部を破壊して持ち上げると、水素に向けてそれを投げる構えをとる。 「そこだ!」 水素が素早くオルトロスの脇に現れ、拳を繰り出す。 「あぶねえ!」 オルトロスが運動能力のベクトルを操作し高速でそれを避ける。捨てられた城壁が音を立てて地面に落下する。 「ははーん、お前の弱点分かったわ。」 水素がニヤリと笑う。 「お前は攻撃と反射を同時には行えないんだ。だからお前が攻撃する瞬間に俺の拳を叩き込めばジ・エンドだ。」 水素がオルトロスを指差して得意げな表情で能力の弱点を言い放つ。 「それが分かったから何だっての?運動エネルギーを操作してもっと速く移動すれば…」 オルトロスが目にも止まらぬ速さで水素の目の前に現れ、無反動で拳を突き出す。 「おしまいだよな!」 オルトロスの拳は水素を捉えていた…と思っていた。 「まさかの残像かよ!」 「ざんねーん。お前の速さはまさに理屈だけど俺の身体能力は理屈じゃないんだよね!」 オルトロスの頭上に現れた水素が拳は叩き込もうと突き出す。 「馬鹿め!お前の拳に触れてお前を!ってあぶね!」 オルトロスの攻撃は水素より遅かった。急いで反射ベクトルに戻し、水素の拳を防いだ。 「いつまでこのやり取り続くんだ?ワンパターンで飽きてきたぞ俺は。それに理屈とは言えやっぱお前のベクトル操作速すぎて攻撃を喰らわせられん。」 水素は最初は自分の拳を受けて無傷だった敵に会えて高ぶったものの、戦闘のワンパターンさに開き始めていた。 「俺はてめえさえ足止め出来ればいいんだよ。別に倒さなくてもな!」 オルトロスが目的を吐く。 「でも氷河期…つかエイジスがサバのところに向かってるぜ?あの自称副管理人終わったな。あいつはあの死神漫画の能力を持つちょく…じゃなかった直江に勝った実力者だからな。」 「氷河期ってあの赤髪野郎がか。へえ、死神漫画の能力持ちに勝ったねえ…。でも終わったのはあいつだな。」 水素とオルトロスが膠着した戦いの中で互いを煽り合う。 「強がるのはよせよ。あいつに勝てる奴はそうそう居ねえ。」 「そうそうは居ないかもしれねえが全く居ねえわけじゃねえからな。そいつはヘタすると俺より強い…ってことは絶対ねえがかなり強い。」 「まだ城内に実力者が居るのか。面倒なことになってきたな。」 水素の表情が曇る。 「ああ、ついでにてめえにも退場してもらわねえとな!」 オルトロスが水素の後方上に現れ指を突き出す。水素はそれを難無くかわした。 その頃、エイジスは本丸に居るサバを目指して無数の敵兵を剣術や弓術で倒しながら突き進んでいた。 「よし、本丸まであと少し!サバの首は近いぜ!」 「待ちな!」 突然上から降って下りてくる人影があった。 「誰だお前!」 エイジスが人物の姿を確認する。黒いコート、黒いサングラス、長身、筋肉質。 「俺は赤牡丹。お前を止めに来たぜ!」 「赤牡丹?確か現実世界で直江さんと仲良かった二次元派のコテか。俺はエイジス又の名を氷河期。二次元派同士だろ?戦う理由なんて…」 「今は立場が違うんだよ甘ちゃん!アンタが氷河期だろうが敵は敵!全力で行くぜぇ!」 赤牡丹は掌に炎を溜める。 「第四波動!」 炎熱が固まりとなりエイジスに一直線に伸びる。 「輝く流星の矢(スターライトアロー)!」 エイジスが弓矢をつがえて精霊術を行使する。神秘の光を纏う矢が拡散して第四波動とぶつかり合い、光と炎が混じり合い爆発を起こす。 「話を聞いてもらえそうにはないな!」 「そうだ!此処を通りたいなら俺を倒すんだな!」 爆発した炎と光が消え、赤牡丹の姿が視認出来るようになる。 「輝く流星の矢(スターライトアロー)!」 赤牡丹が光の矢を展開してエイジスに向けて発射する。 「俺の技を!」 光の矢が拡散してエイジスに降りかかる。 エイジスのそれよりも大きな矢が、エイジスのそれよりも多くの矢に分裂して襲い掛かる。 「氷の壁(ジエ ロ・ムーロ)!」 エイジスは魔力で氷の壁を作り出して無数の矢を防いだ。矢は防いだが、氷の壁は打ち砕かれた。 「俺の技を俺が使う時以上の威力で…!」 エイジスが歯噛みする。苦虫を潰したような表情である。 「俺の能力はポジティブフィードバックゼロ。一度見た能力や技をオリジナルよりも増幅して使える能力だ。アンタがいくら強くても勝ち目は無いぜ。」 赤牡丹が再びスターライトアローを出現させて放つ。 「なんだそのチート能力!反則だろ!」 「俺はアンタが勝った直江さん程甘くないぜ?あの人の能力も俺からすれば二流だな!」 拡散したスターライトアローがエイジスに降り注ぐも、氷の壁を出現させて再び防ぐ。 「第四波動!」 「エターナルフォースブリザード!」 エイジスの冷気の波動は炎熱の波動に打ち消された。 「氷の壁(ジ エロ・ムーロ)」 氷の壁を作り出して第四波動を防ごうと試みるが氷の壁に穴が開き、エイジスは波動の直撃を受けた。 「魔力による技や能力を使えば増幅コピーされる…ならば体術で勝負だ。」 鉄血転化による身体能力の大幅な上昇で赤牡丹に急接近する。 「お、体術勝負か?だがそうか簡単に近づけると思うなよ?」 赤牡丹が掌から巨大な火球を作り出す。 「ヴァルカンショックイグニション」 火球がエイジスに放たれる。エイジスはそれに突っ込んだ。 「避けずに突っ込むとは馬鹿な奴だ。…ん?」 エイジスが火球を突き抜けて赤牡丹に二本の小刀を突き出す。 「俺は肉弾戦やチャンバラは苦手なんでな。」 「リトルボーイ」 赤牡丹が右拳に爆炎を纏わせてエイジスの胸部を狙う。 「冷殺剣」 エイジスの小刀に魔力と冷気が宿る。二本の小刀は爆炎を切り裂いた。エイジスの刃が赤牡丹の喉元に迫ろうとする。 「カンガタストリング」 赤牡丹が寸前で指から無数の糸を作り出し、それを壁として刃を防ぐ。 「切れないだと!」 「この糸は神にしか切れない糸と言われている。お前の刃如きが通る筈も無い!」 「俺の冷殺剣が通じない…」 「ボサッとしてるとこの糸で斬り刻むぜ?」 赤牡丹が両手の指から出している糸をしならせてエイジスを切り刻もうと、右へ左へ動きしていく。エイジスはそれを素早い身のこなしで5回程避け、反撃に出る。 「ブリザード・ディバイン・バースト!」 小刀の切っ先に魔力を込めて冷気の波動を放つ。波動はカンガタストリングの糸を全て凍てつかせ、その先の赤牡丹の腕も氷漬けにした。 「エイジストラッシュ!」 休むことなく攻撃を繰り出す。高速での連続斬りを試みるが、エイジスの刃が赤牡丹に届く前に体が凄まじい引力で地面に突っ伏していた。 「グラビトン。重量を操る能力だ。すぐに押し潰してやる。」 赤牡丹が手を上に上げるとそれを振り下ろす。 「ジャイルグラビテイション」 重量が強まり、エイジスの体は地面にめり込む。 「分かったか?上には上が居るんだよ!世の中を舐めてるからこうなる!」 赤牡丹がエイジスに近づき、右手の掌を向ける。 「くたばれ。第四波動!」 赤牡丹の掌から炎熱の波動が放たれた。 「神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)」 突如飛んできた光の矢により、第四波動はエイジスに直撃する寸前で打ち消された。エイジスはその爆発を氷の壁を作り、魔力を注いで辛うじて防いだ。 「誰だ戦いに横槍を入れる奴は。」 赤牡丹が矢が飛んできた方向を見上げるとそこには厨二病趣味丸出しの黒尽くめの眼帯少年が1人。 「さあ、能力を見てから当ててみるといい。」 城壁の上から飛び降りて赤牡丹の前に立つ。 「戦いに水を差されるのは愉快な気分じゃないな。」 「敵の気持ちなんて考えると思うか?」 李信が右手の掌から虚閃(セロ)を放つ。 「第四波動!」 赤牡丹の第四波動と李信の虚閃がぶつかり合う。しかし虚閃は打ち消され、第四波動が李信に向かってくる。 「縛道の八十一 断空」 鬼道の防御壁を展開して第四波動を防ぐ。 「直江氏、そいつは見た能力や技を増幅コピーする能力を持ってる!迂闊に技を使っちゃダメだ!」 後ろのエイジスが立ち上がり注意を促す。 「そんな反則級の能力を持ってるのか。ならいろいろコピーされる前に倒さないとな。」 「待て氷河期、今こいつを直江氏って呼んだか?」 赤牡丹が李信の名前を聞いて動きを止める。 「そうだ。お前二次元派の仲間なら流石に直江氏とは…」 「虚閃(セロ)」 エイジスが言いかけたところで増幅コピーした虚閃を赤牡丹が李信に放った。 「縛道の八十一 断空」 虚閃は断空を突き破り李信に命中する。 「俺は赤牡丹。アンタが直江氏でも容赦はしねえ。現実世界とこの世界は違うんだよ!」 「成る程、赤牡丹さんか。だが敵に回るというなら仕方ない。此処で消えてもらうぞ。」 虚閃の直撃を耐えた李信が指先に霊圧を込める。 「縛道の六十一 六杖光牢」 「おっと!瞬間移動(テレポート)!」 鬼道の光が赤牡丹を捕らえる寸前に赤牡丹の姿が消え、鬼道は不発に終わった。 「そんな見え見えの技の技にわざわざ捕まるわけねえだろ!虚閃(セロ)!」 赤牡丹が西の方向に現れて特大の虚閃を放つ。 「The Balance(ザ・バランス)」 李信が能力名を口にすると、虚閃の威力は李信に届く前に弱まり消滅した。 「何をした!?」 「ザ・バランス。俺に起こる不運をお前に分け与えた。俺にとって増幅コピーの能力者と出会ったのは不運。その不運をお前に分け与えたに過ぎない。お前の能力は増幅コピーではなく劣化コピーになったのさ。」 「なん…だと…!?」 赤牡丹が再び虚閃を繰り出すが結果は先程と同じであった。 「こっちも忘れてんじゃねえよ!ブリザード・ディバイン・バースト!」 李信の頭を飛び越えたエイジスが掌から冷気の波動を放つ。 「第四…!」 「縛道の六十一 六杖光牢」 第四波動を放とうとしたところで鬼道を打ち込まれ、動きを封じられる。そしてエイジスの冷気の波動が赤牡丹を覆った。 赤牡丹は氷漬けになり、動かなくなった。 「さて、サバを探しに行くぞ。」 「あ、ああ…。」 李信が先に走り出すとエイジスもそれに続いた。 「サバが逃げた!?」 2人と合流した水素がもたらした報らせはエイジスを一瞬驚かせた。 「どうやって逃げたんだあの自称副管理人は。」 「側近に何らかの移動能力を持つ奴が居るらしい。オルトロスが言ってた。俺とあいつとの決着はつかなかった。あいつはどっかに行ったよ。」 エイジスとのやり取りの後、水素が目の前の氷漬けになった男を見やる。 「こいつがオルトロスが言ってた強い奴か。見事に氷漬けじゃん。」 「ああ、俺が見事に倒してやったぜ。」 エイジスがそう言うと詠唱を行う。 「我は戦いの終わりを告げる。我は人なり。」 全身の赤い紋様が消え、瞳と頭髪の色も元に戻る。 「城兵がサバの逃亡を知って逃げ始めている。俺達も戻るぞ。」 そう言ったのは李信である。我先にと逃げ始めた無数の城兵を捨て置き、3人は本陣に戻り始めた。 「と、いうわけで城は落としたがサバは逃げた。」 「ご苦労だった。今から陥落させたクワータリア城に入り、周辺豪族に味方につくよう使者を送る。明後日出立し、ランドラ軍を迎え討つ。」 「んじゃ俺ら3人は戦いの時まで休むわ。またな。」 水素がアティーク将軍に報告を終えると、エイジスと共に本陣の陣所を退出する。それに李信が続こうとすると 「あ、お前は残れ。話があるから。」 とアティーク将軍に言われたのでとどまった。 「何だ?何か今日は眠いんだが。」 「無責任なことを言うな。作戦の立案者はお前だろ。」 欠伸をしながら話す李信にアティークが厳しい表情で諭す。 「これから軍の首脳で軍議だ。お前も来い。」 「俺は首脳でも何でもないし後はお偉いさん達で頑張ってくれ。」 「おい!」 「…仕方ねーな。」 渋々了承し、軍議に入ることになった。 連合軍首脳陣(と、場違いな厨二病野郎)の軍議が終わり、宵闇は益々濃くなる時間帯となった。明朝、このクワータリア城を出立することに決した。 自分に与えられた陣所に戻ると、水素とエイジスが居た。 「ど、どうも直江氏…。」 戻ってきた李信にエイジスが恐る恐る挨拶をする。 「…ああ。」 そう言うと李信は黙り込んだまま座った。 「お前らポケガイでは仲良かったじゃん。なんだこの空気は、参ったなー。」 水素がにぎり拳を作って額に当てるポーズをとる。 「と、言われてもつい先日本気で殺し合ったからな。」 李信はそう言うと握り飯を口に放り込む。エイジスはバツの悪そうな顔で俯向く。 「よし、俺が話そう!ちょく…直江、いいか?」 「勝手にしろ。」 水素に視線も向けずに二個目の握り飯を口に運ぶ李信。 「氷河期はこの二次元世界に来てガルガイド王国に拾われて騎士になったんだ。」 李信が陣所に戻るまでの間、水素はエイジスとすっかり打ち解けていた。水素は話を続ける。 「氷河期は騎士になるのが夢だったらしく、ガルガイド王国に忠誠を尽くして戦ってきた。この世界に来た時に得た理想の力を使ってな。」 水素の話を興味無さそうに聞きながら李信は黙って味噌汁を啜る。 「騎士になって配属された部隊で、氷河期は恋をしたんだ。その相手はお前も知ってる筈だがあの金髪の女騎士団長だ。」 「2度会ってるからな。1回目は直接戦闘して殺し損ねた。2度目はあのグリーンバレー国門戦だ。」 李信は味噌汁を飲み干してようやく口を開いた。相変わらず視線は他を向いている。 「その女騎士の為に命を懸けて氷河期はお前と戦った。好きな相手の為に命を懸ける。かっこいいじゃねえか。」 「で?」 李信の一言は場の空気を重くした。 「あの女はいきなり俺を逮捕しようとした。あの女も、それを庇って俺を殺そうとしたそこの男も同罪だ。」 李信が冷たく言い放った。まだ根に持っているらしい。エイジスは何も言えずに黙り込んでいる。 「氷河期もお前の正体を知らなかったんだしさ。あの女騎士もお前の事情を知らなかったんだ。もう許してやれよ。お前一度氷河期に負けたろうが。男なら負けを認めて…」 「2度目は負けたが1度目は勝った。」 「1度目はお互い本気じゃなかったらしいじゃねえか。ガチバトルで負けたのはお前だ。此処は潔くだな…。」 「お茶貰える?」 水素はエイジスと和解しろとしきりに説得を試みるが、李信は知ったことかと言わんばかりである。李信は近くの番兵にお茶を所望した。番兵がお茶を差し入れるとそれを一気に飲み干す。 「お前さあ、恋したことないだろ。」 暫くして再び水素が口を開いた。 「せっかく憧れの二次元世界に来て、二次元美少女も居るのにお前全く恋とかしてないだろ。」 「愛する女の為なら命も投げ打つ。お前の正体が分からないから氷河期は尚更命を懸けてお前を倒したんだ。お前も二次元信者なら分かるだろ?」 水素は続け様に言う。 「なあ直江氏、団長がアンタに謝罪すればいいのか?」 エイジスがようやく口を開いた。 「約束しろ。戦が終わったらあの女を俺の前に連れて来い。殺しはしない。謝罪の言葉が聞ければいい。」 李信が妥協案を出すと、エイジスの表情は晴れやかになる。 「分かった。だから仲直りしよう。」 エイジスが握手をしようと手を差し伸べる。李信はそれを黙って取った。 翌日午後、かっしーとグリーンの連合軍は軍議で決した予定戦場であるクワッタに到着した。 「何で不細工論とか語るようなFラン低学歴の作戦を大事な戦いで使わなきゃならないんだ。」と布陣を終えてからも愚痴を言っていたのは一隊を率いるかっしー派の重鎮・平行四辺形だった。 「しかもあいつ肩書きはグリーン王国の騎士団所属ってだけらしいじゃないか!下っ端の癖に軍議に首突っ込んであれこれ好き勝手言いやがって!かっしー様にもタメ口だし何様のつもりだ!」 平行が愚痴を溢すのも無理は無い。平行の言うそのFラン低学歴が今回全ての作戦を決めたからである。その張本人はアティーク将軍の本陣に居た。 「では、頼んだぞ。」 アティーク将軍が床几に腰かけてながら李信に言葉をかける。 「いきなり一隊の将とは大抜擢だな。」 李信も床几に足を組みながら腰を下ろしている。 「お前のようなバカでも使わなきゃならん。我が国は人材不足なんだ。」 「バカって単語は引っかかるが、この世界は優しいな。」 「優しい?」 「現実世界では人手不足とかのたまっておいて人材を選り好みして応募しても雇わない企業ばかりだからな。人手不足だから素直にバカでも拾ってくれるグリーン王国に感謝だ。」 李信が生前、散々な思いをさせられた経験を苦々しい表情を浮かべながら思い出す。 「就活の辛さは分かるぞ。自分を落とした企業の採用ページとか見るとまだ募集してたりするんだよな。現実世界の愚痴話に花を咲かせるのも悪くないがそれは後でゆっくりしよう。そろそろ…」 「ああ、持ち場につく。互いに生き残れるといいな。じゃ。」 李信はアティーク将軍の本陣を後にした。 李信は3500の部隊を率いてエイジス率いる2500の部隊の前方に布陣した。エイジス隊の右には平行四辺形率いる2000が布陣する。これが左軍である。 中央軍は後方にアティークの5000、かっしーの本軍3500、その前方に3000、リキッドの2000、他に2部隊ありそれぞれ3000ずつ。 右軍は2000の部隊が3つと1500の部隊が一つで魚鱗の陣を敷いている。 軍議で決した通り、かっしーとアティーク将軍は全軍に土木工事を命じた。堀と土塁を巡らし、馬防柵を立てて防御陣地を築き敵軍との戦いに備えるのである。 サバ派との決戦が後に2日というところまで狭っていた。 各将が布陣を終えて土木工事をしている最中、こちらに後方から向かってくる軍があった。ガルガイド王国領クワータリアを中心に、王国領三郡の領主達5000の兵を束ねたまさっちである。 まさっちはサバ派だったが、クワータリアからサバが逃げたと聞いてかっしーからの使者に会い、内応を約束していた。まさっちはサバ派に気づかれないように連合軍35000が布陣するクワッタの南方にあるクワーダン山を迂回して、戦場全体を見渡せる位置にあるクワユキ山に布陣した。サバ派には「クワータリアが落とされるのが早過ぎて間に合わなかった。これから5000の兵を率いてかっしー軍を牽制する。」と使者を通じて伝えている。 「この山、絶景だね^^何て山なの?^^」 布陣を終えたまさっちが土木工事を行う連合軍を見下ろしながら側近に尋ねる。 「はい、この山はクワユキ山と申します。」 側近は短く答える。 「クワユキ山?^^クワタ山の方が語呂がいいと思わない?^^」 「いえ、私はクワユキ山の方が趣があると思いますが…」 まさっちの質問に側近が汗を浮かべながら答える。 「それって君の主観だよね^^」 「え、いやそれは…」 「はい論破^^」 何とも疲れる男である。 李信は内応したまさっち軍5000を戦場の東にあるクワユキ山に布陣するよう書状で指示(かっしーの名において)し、まさっちには「かっしー派とグリーンの連合軍がクワッタに布陣した為にそれを牽制する為にクワユキ山に陣取る。」とサバ派に伝えさせた。 まさっちを見捨てればサバの求心力は更に下がる。クワータリアでの敗北で既に1000以上の損害を出したサバとしては、まさっちの力は今後の統治の為にも必要なのである。 李信はそれを利用した。これでクワッタにランドラとサバの連合軍を引きずり出すことが出来るのである。 土木工事は1日かけて行われた。斥候の報告によれば、サバとランドラの軍はクワッタから15km離れたタカユキ平原を進軍中とのことである。 「いよいよ明日、決戦だな。」 李信の陣所にはエイジスが尋ねてきていた。 「勝てばサバをランドラに追いやることが出来る。この国はかっしーの物になる。だが…。」 李信が言いかけて暫く溜める。 「ただ、何だ?」 エイジスが口を噤んだ李信の態度に疑問を持つ。 「このままかっしーの世が続くとは思えない。」 はっきりと答えた。 「サバよりマシとは言え、かっしーに王としての器量は無い。この国はまた荒れるな。」 「…。」 李信のセリフにエイジスは黙り込む。 「氷河期さんも身の振り方を考えた方がいいぞ。このままこの国に居ても未来は無い。」 「俺は騎士だ。一度仕えると決めた国をそう簡単に捨てるわけにはいかない。」 エイジスがきっぱりと断った。 「忠告はしたからな。この国が嫌になったらいつでもグリーン王国に来るといい。俺がぐり~んに口利きしよう。」 「気持ちだけ受け取っておくよ。さて、明日は決戦だ。俺は戻って休む。武運を祈る。」 エイジスは立ち上がってその場を後にした。 「俺も寝るか。」 決戦前夜は静かに更けていった。 翌日午前2時頃、サバとランドラ帝国の軍49000余がクワッタに到着し、午前5時頃に布陣を完了した。 総大将はガルガイド王国の王子でランドラ帝国の皇族出身であるサバである。サバの本陣は北のクワキタ山に置かれた。サバの本軍は5000。 ランドラ帝国軍を率いるのは皇帝から派遣された大将軍・セール。セールの本営はクワキタ山の東、タカトー山に置かれた。その数15000。 右軍はオルトロスの3000、味噌カツの3000、真・ゆかりの2000。 中央軍はいぬなりの4000、ピザ屋の3000、くれないの3000、ぃょぅの2000。 左軍はああ@の3000、社員の3000、医学部ステハンの3000。 かっしー派に比べてサバ派には余裕があった。世界一の国力を誇るランドラ帝国には、この戦いに負けてもランドラ帝国に退けばまだまだ戦えるという思いがあったのである。 一方かっしー派には殆ど後がない。ぐり~ん王国の兵力はこの25000が精一杯だからである。まさに背水の陣だった。 そんな中、ランドラ帝国の大将軍セールの陣に、1人の使者が訪れていた。 「アティーク家臣・HOPEです。お目通りが叶い、恐悦至極に…」 「挨拶はいい。俺の内応についてだな?」 セールの陣にはアティークの家臣・HOPEが訪れていた。李信の指示でアティークが度々セールに使者を送り、内応を約束させていたのである。 「まずは主アティークよりです。 こちらに内応するのであれば、狼煙を上げた時点でタカトー山よりランドラ帝国とサバの連合軍を背後から突いていただきたい。かっしー派とグリーン王国の勝利の暁には本領安堵の上、ガルガイド王国領内の5郡を与え、貴殿をグリーン王国の大将軍とする。とのことです。」 「分かった。他には? 」 セールはアティークが出した条件に納得して次のHOPEの言葉に耳を傾けた。 「はい。主アティークの配下・李信より口上をお伝えするように仰せつかっています。」 HOPEは李信の書状を開き、読み上げる。 セール殿。現実世界ではいろいろあったが我々は同じ二次元派の仲間。私と志を同じくするのであれば、貴殿の英断を期待している。この戦いは世界平和への第一歩である。暴虐なランドラ帝国を共に倒そうではありませんか。 ランドラ帝国滅亡の折には貴殿に今の本領に加え、ランドラ帝国領の半分の統治をお任せしたい。当座の軍資金として私が先のガルガイド王国との戦いの恩賞としてグリーン国王から賜った10000000Zの内、前金として半分の5000000Zを納めさせていただく。残り5000000Zはこの戦の勝利の暁に支払わせていただく。 では、健闘を祈る。」 HOPEが読み終えると、HOPEの従者が、荷車で運んできた金を開け、セールに渡した。 「確かに500万ある。受け取っておこう。」 セールはそう言うと、配下の兵を呼んで箱を下げさせた。 「アティーク将軍に宜しくお伝えしろ。俺は狼煙を見たら攻撃を行うと。」 「はっ!では、これにて!」 HOPEはセールに一礼し、アティークの陣へと戻っていった。 「直江も必死だな。余程俺をアテにしてると見える。」 タカトー山の山頂に立つセールの眼下には、両軍合わせて8万以上の大軍勢が展開されていた。ランドラの旗が、ガルガイドの旗が、グリーンの旗が、風を受けて靡いている。 「はぁ?ガルガイド王国戦の恩賞で貰った金を全部セールに渡す?!お前馬鹿じゃねえの?」 李信の陣では、李信の部隊に配属された星屑が居た。 「勝つ為だ。負ければ我々の国が滅ぶ。そうすれば一文無しになる。負ければそれで財産を全て失うから持っていても意味が無い。なら勝つ為にそれを惜しみ無く使い、勝った時の恩賞としてそれよりも多くの見返りを貰えばいい。1000万Zでランドラ帝国最強のセールが味方になるなら安いもんだ。」 星屑の驚きに李信は平然と答えた。 「まあセールは1番兵を多く連れてるしな。でも本当に味方になるのか?」 星屑は半ばセールの内通を信じていない。 「確実に裏切らせる為にはもう一押し必要だ。」 「もう一押し?」 「俺達が戦いを有利に進めなければならない。此方が有利と見るやセールは必ず寝返りをうつだろう。」 李信が床几から立ち上がる。 「そろそろ始まる頃合いだ。アティークに指示しておいた。」 「何をだよ?」 星屑は話が見えていない。 「抜け駆けだ。戦端を切るのはガルガイドではなくグリーンの軍で無ければならない。戦後処理や外交を有利に進める為にな。先鋒のリキッドには悪いが。」 戦場になったクワッタという場所は周囲を山々に囲まれた盆地である。 この山々や盆地に両軍合わせて8万以上の軍勢が集結した。 クワキタ山にサバ軍総大将サバ、タカトー山にランドラ軍総大将セール、クワユキ山にガルガイド領3郡の盟主まさっち、グワグワ山にグリーン軍総大将のアティーク、バカンリニ山にかっしー軍総大将のかっしーがそれぞれ陣取っていた。 のどかな盆地と山々は人馬で埋め尽くされたのである。 かっしー派とグリーン軍には李信からアティークやかっしーを通してセールへの内応工作とその対応、セールが内応する場合しない場合の戦い方など、細かく作戦が伝えられていた。 敵の総大将を調略するという前代未聞の策に半信半疑の将も居たが、アティークやかっしーの名においての命令なので全軍が従う意志を固めていた。 午前7時、戦場全体は濃霧に包まれていた。その濃霧に紛れて先鋒を任されているリキッド隊の横を通り抜ける小隊があった。アティークの命で動いている家臣のカタストロフィである。 「止まれ!何者か!」 リキッド隊の騎士・庭師が通り抜けようとするカタストロフィの前に立ち塞がった。 「俺はアティークの家臣カタストロフィ。主の命で物見に向かうところだ。」 カタストロフィが馬上の人となったまま答えた。 「本日の先陣は主リキッドが承っている!物見も無用!」 庭師が力強く反論する。 「アティーク将軍はグリーン軍の総大将!戦場の状況を掴む必要がある!自分らの援軍として来た相手の軍事行動の妨害をするのがガルガイド王国騎士の作法なのか?」 「承知した。お通りシルガイア。」 庭師は引き下がり、カタストロフィ小隊は易々と先陣の前に躍り出た。 「よし、もっと敵に近づくぞ。」 カタストロフィ小隊は霧が立ち込める中、敵中央軍の先鋒・ぃょぅの部隊の前に出た。 「よし、弓隊構え。」 カタストロフィの指示で小隊の弓衆達が弓に矢をつがえる。 「放て!」 カタストロフィが振り上げた右腕を振り下ろすと、弓衆が一斉に矢を放った。ぃょぅ隊の10人程が射倒された。 「よし、退くぞ!」 霧がいつの間にか晴れ始め、カタストロフィ小隊は急いでアティークの本陣へと退がっていった。 「申し上げます!我が隊の最前列の数名が敵の弓隊により射られました!」 「かあやた。」 ぃょぅ隊の伝令兵の報告がぃょぅに闘志を掻き立てた。 「ち○く○ー!」 ぃょぅの号令一下、2000のぃょぅ隊が動き出した。対するのはかっしー軍の先鋒・リキッド隊2000である。 リキッドは激怒はした。 「誰だ仕掛けたのは!ι[`_`ι]彡」 「カタストロフィ殿にございます!キシッー!」 庭師の報告を聞くなり、リキッドはいきり立った。 「おのれこのリキッドを差し置いて!かかれー!ぃょぅ隊を揉み潰すのだ!ι[`_`ι]彡」 リキッドの命令でリキッド隊2000が突撃を開始した。 リキッド隊とぃょぅ隊がぶつかることで、戦場全体が動き出したのである。 「俺は負傷して参加出来ないエリス団長にこのガルガイド王国第二騎士団を任された。そして直江氏にはこの戦いにおける大役を任された…!2人の期待に俺は応えなければならない…!」 エイジスは自分に託された重大責任を改めて実感していた。緊張で胸が高鳴っている。全身が震えている。武者震いだと自分に言い聞かせるも、手から流れるように噴き出す汗が止まらない。馬の手綱が手汗で湿っていく感覚が、より一層エイジスの心臓の鼓動を早めている。 昨夜の回想 「氷河期さん、平行。呼び出したのは他でもない。我らグリーン・かっしー連合軍の左翼が明日展開する作戦を貴殿らに説明する。」 李信は左軍の部隊を率いるエイジスと平行を自分の陣所に呼び出していた。 「学の無いFランが立てる作戦に従わなきゃならないのが癪だが、お前の作戦を用いるとかっしー様やアティーク将軍が決めたからな。仕方ない。」 平行がそう言いながらも仏頂面をしていた。 「平行さん、そういうこと言うなよ。ここまで全て直江氏の作戦通りに事が進んでるじゃないか。俺達の命運はこの人に賭けられているんだ。」 エイジスが横から平行を宥める。 「氷河期さん、ありがとう。明日の我ら左軍の作戦を説明する。 我ら左軍8000は、敵右軍8000とぶつかることになる。俺の3500と平行の2500の計5500で敵右軍の攻撃を全て受け止める。その為に全軍に防御陣地の構築をアティークやかっしーに命じさせた。」 李信が絵地図を広げて指揮棒で叩きながら説明を始める。 「直江氏、俺は?」 エイジスが当然の疑問を吐き出す。 「貴殿には大役を担ってもらう。2000の兵を率いて崖に隔てられたこの間道を通り、敵右軍の側面を突き崩して欲しい。」 「おいその間道って敵に気づかれないのか?」 平行が横から尋ねてくる。 「出入口をカモフラージュする為の工事を命じ、完成させてある。氷河期さんが敵右軍を突き崩せば、正面の我らも守りから反撃に出る。右軍を突き崩せばその敗軍は敵総大将の1人であるサバの本軍の方へ逃げ込むだろう。戦場西は敵にとって丸裸になり、サバ軍は敗走兵の影響で混乱する筈だ。」 「そして、サバを討ち取るのか!」 エイジスが前屈みになる。 「いや、それで討ち取れる程甘くない。敵は中央軍の何割かを西の守りに回して我ら左軍にぶつけてくるだろう。」 李信は一呼吸置くと続ける。 「だがそれでいい。そうなれば敵中央軍は手薄になる。中央軍にはその時まで守りに徹するよう伝えられている筈だ。その時をもって中央軍には攻勢に出てもらう。」 「だがそれだけで勝てるかな?敵の方がそもそも数は多いんだぞ。」 口を挟んだのは平行である。 「敵右軍の崩壊が敵全軍に波及する。味方右軍には我が調略さえ実れば必勝の策を伝えてある。右軍が敵左軍の攻撃を跳ね返せばもう勝ちは見える。」 「どういうことだよFラン。」 平行は一言余計に付け加える。 「敵総大将の1人セールと、サバ派の将まさっちには内応を確約させてある。我らが狼煙を上げれば奴らを山を駆け下りて敵を攻める。そういう手筈になっている。」 「奴らの内応は確実なのか?」 平行は半信半疑である。 「奴らは莫大な利で釣ってある。敵が勝った時以上に奴らに与える恩賞よりも確実だ。それは調べがついている。後は我らが有利に戦いを進めるしかない。それが後押しとなる。」 李信は作戦の説明を終えると一息ついた。 「おいおいそんな賭け要素の強い作戦が成功するのか?やはり俺の言う通り籠城策の方が良かったんじゃないのか?」 平行は最後まで疑いの姿勢を崩さない。 「為さねば敗れ去るのみ。作戦にケチをつけるより作戦の成功の為に戦うのがお前の役目だ平行。もう賽は投げられている。」 「チッ…」 平行は舌打ちすると仏頂面のままそっぽを向く。 「俺はアンタを信じる!アンタがこの国を救ってくれると!大役、果たして見せる!」 エイジスは平行と真逆の態度で胸を叩き返事をする。 「勝つぞ。俺達の未来の為に。軍議は以上だ。各々、持ち場に戻り明日に備えよ。失敗は許されない。」 回想終了 エイジスは李信の指示で間道に入った。間道から敵の側面を突く指示を待っているのである。因みにこの間道は敵からは死角になっている。この戦場を選んだのも、この戦場に敵を引きずり出す為の準備も、全て李信の策だった。 リキッド隊とぃょぅ隊がぶつかり合うことで、戦火は戦場全体に飛び火した。 オルトロス、ゆかり、味噌カツの敵右軍が味方左軍の李信と平行に襲い掛かったのである。兵力差は2500。数の上では不利な戦いであった。 李信の部隊3500にはオルトロスとゆかりが、平行の部隊2500には味噌カツが押し寄せた。 「キモ男さん、あれを。」 押し寄せてくる5000の敵部隊を防ぐ。この決戦を想定し、李信は借金をしてまで入手した物がある。部隊の副官であるキモ男を呼ぶと、キモ男は配下に銘じて大砲を引いてきた。 「放てー!」 轟音と共に砲弾が発射された。弾はゆかりの部隊に命中し、炸裂する。一気に数十人の損害を与えた。爆散したゆかり隊将兵の血と肉片が断末魔と共に戦場に飛び散る。 「よし、だが大砲は一発放つのに時間がかかる。敵は多少怯むが数に物を言わせて押し寄せてくるぞ。引きつけてから矢を放て!」 李信が下知を飛ばすともう1人の李信隊副官・ポルクが弓隊に矢をつがえるよう命じる。 敵が堀まで押し寄せてくると命を下した。 「放てー!」 弓隊が一斉に矢を放つ。矢は放物線を描いてオルトロス隊とゆかり隊の兵を射倒していく。 空堀、土塁、幾重にも巡らされた馬防柵に守られた李信隊と平行隊の防御陣は堅く、兵力で勝っているにも関わらず敵右軍は攻めあぐねていた。 「放て!」 李信の命で砲弾が再びゆかり隊に発射され、弓隊の絶え間無い射撃と堅固な防御に怯んでいたゆかり隊に更なる損害を与えた。 オルトロス隊もゆかり隊もいたずらに犠牲者を増やすばかりである。 「俺が出る!」 業を煮やしたオルトロスの家臣・ぱしろへんだすがオルトロス隊の内1000を率いて出撃した。 「強弓隊、射撃用意!放てー!」 ぱしろへんだすは弓の名手であり、その配下も強弓の使い手揃いであった。通常よりも威力の高い強弓から矢が放たれ、李信隊の前列の弓衆が射倒されていく。 「第二射、放てー!」 ぱしろへんだすは自らも強弓を射る。次々と自隊の兵が射倒されていくのを李信はほぞを噛みながら見ていた。 「敵は怯んだぞ!柵を引き倒し突っ込め!敵将の首を取れ!」 オルトロスの大音声が鳴り響くと共に、オルトロス隊が李信隊目掛けて殺到しようと迫る。 「このままではまずい。槍隊用意!」 李信が叫ぶとポルクに指揮された李信隊の槍隊が隊列を作り前に出て槍を構える。 「絶対に柵を突破されてはならん!何としても持ち堪えろ!」 ポルクも必死だった。作戦を成功させる為には何としても守りきらなければならなかったのである。 「押し戻せー!」 平行隊2500と味噌カツ隊3000は一進一退の攻防を繰り広げている。平行隊は既に一の柵を突破され、二の柵まで迫られていた。 「このままじゃ俺が戦犯じゃないか!あのFランにも笑われる!何とかならないのか!」 平行が側近に怒りをぶち撒けるも、どうにもならない。すると1人の男が平行の前に出た。 「俺が敵の右側面を突きます。敵が崩れたら柵の外まで押し返して下さい。」 「お前か。よし行って来い!」 平行隊の副官が500の兵を率いて味噌カツ隊の右側面に回り込み、弓隊による射撃が行われた。側面を突かれた味噌カツ隊は浮き足立つ。 「槍隊前へー!」 副官部隊はそのまま突撃を開始し、味噌カツ隊を突き崩していく。 「あ、あの…態勢を立て直すからまた後で攻めるわ…。」 混乱する自隊を見て味噌カツが一時退却を命じる。しかしその時を見計らい平行隊は正面からも突撃を開始した。 平行の副官が慌てふためく味噌カツの側近衆を突き伏せ、味噌カツの眼前に迫った。 「も、漏れはまだ死にたくないんダナw」 味噌カツが馬を駆り、全速力で逃げる。 「逃がすか!」 副官が放った矢が味噌カツの後頭部に命中、味噌カツは落馬し起き上がることはなかった。 「味噌カツを討ち取ったぞ!」 平行隊から歓声が沸き上がった。この報は敵味方全軍に知らされ、反応は当然真逆のものだった。 指揮官を失った味噌カツ隊は隊の原型を留めず後方に逃げ去っていった。 「申し上げます!味噌カツ様お討ち死に!味噌カツ隊は平行隊に追撃され、此方に敗走しております!」 サバの本陣にもこの報は伝えられた。山の頂から戦場右を見渡すと、散々に打ち破られて追われている味噌カツ隊の姿がはっきりと見える。 「味噌カツがやられたかあの役立たずめ!中央軍のピザ屋隊3000を右軍に回せ!中央軍はそのまま攻撃の手を緩めるな!柵を突破しアティークとかっしーを討ち取るのだ!」 サバの命令を伝えられた伝令兵がピザ屋の陣に馬で駈け去っていく。 指揮官を失った平行隊は逃げる味噌カツ隊を追撃していたが、李信の指示があった為の追撃を中止して防御陣内に戻ることになった。味噌カツを討ち取り味噌カツ隊を撃破したことで、敵が中央から新手を此方に割いてくると読んだ李信が、伝令を通じて平行に守りに専念しろと言ったのである。 「柵内に戻る!次なる敵の来襲までに引き倒された柵を立て直すのだ!」 平行隊は再び守りを固めるのであった。 同じ頃、オルトロス隊とゆかり隊の攻撃を受けている李信隊は苦戦していた。オルトロス隊のぱしろへんだすの活躍により、李信隊は一の柵を突破されて二の柵に下がり、必死に敵を食い止めていた。 「こうなったらアティークの本軍に後詰めを要請するしか…」 李信隊副官のキモ男が切り出す。 「平行が味噌カツを討ち取り、敵中央を薄くしたのに我らはアティークに助けを乞うことになっては俺の面目が…!いや、今は面目に拘る時では無い!分かったキモ男さん、すぐに使者を遣わしてアティークに後詰めを…!」 言いかけたところで戦場に異変が起きた。瞬く間に李信隊の槍隊が竜巻に屠られていくのである。 「何処だ李信隊の指揮官は!俺がお前を殺して一気に勝負をつけてやる!」 敵指揮官のオルトロスが能力を発動し、一気に勝負を決めに来たのである。 「オルトロスか!キモ男さん、ポルクと共に此処を死守してくれ!俺が奴を倒して戦局を変える!」 李信はキモ男に一方的に指揮を任せる旨を告げると、オルトロス目指して飛び出していった。 「仕方ない、直江さんの面目を潰すことになるがアティーク将軍に後詰めを要請しよう。おい、頼むぞ!」 キモ男は傍で控えていた兵を呼び、使者として遣わした。 どのみち、オルトロスを倒さなければ策は為らない。李信は自隊を掻き分けて前に飛び出した。 「俺がグリーン王国軍の将・李信だ!」 「そこに居たか敵の指揮官!赤牡丹の仇を取ってやる!」 オルトロスが運動エネルギーをベクトル操作して高速で李信に向かってくる。 「破道の六十三 雷吼炮」 鬼道の雷はオルトロスを逸れてオルトロス隊の兵を呑み込む。 「こっちだ!」 オルトロスが背後に回って拳を突き出す。しかし拳は六角形型の白い防御壁に阻まれた。 「ミジョン・エスクードだ。俺に背後からの攻撃は通用しない!」 李信が抜刀し、背後に向かって振り向きざまに薙ぎ払うが、オルトロスの姿は既にそこには無い。 「こっちだよ間抜け!」 頭上からオルトロスから拳を振り下ろす。 「外殻静血装(ブルートヴェーネ・アンハーベン)」 血装(ブルート)の紋様が外に出現し球体の防御壁でオルトロスの攻撃から身を守る。 「効いてねえ!」 「俺にお前の能力は通用しない!俺は物理法則ではなく霊力で戦う者!ベクトル反射は無意味!」 「八爻双崖」 李信が外と隔絶された結界を展開する。 「簒奪聖壇(ザンクト・アルタール)」 更に李信は聖なる光の領域をオルトロスの周囲に作り出した。 「これで2人きりだ。将兵に遠慮なく全力でお前を討ち取れる!」 「ほざけ!霊力だからってベクトル反射や触れることによる攻撃は効かねえかもしれんが…!何?能力が出さねえ!」 オルトロス自分の身に起こった異変に気付いた。大気を集めてプラズマを作り出そうとするも、能力を発動することが出来ない。 「簒奪聖壇(ザンクト・アルタール)は相手の能力を奪う技だ。お前はもう無能力者なんだよ。」 李信が大気を集めてプラズマを作り出す。 「お前が俺にしようとした技で、お前を殺す!」 「ま、待て!そんなチート技反則だろ!」 オルトロスが怒りに任せて怒号を飛ばすも、力を失ったオルトロスに最早為す術はない。 「死ね。」 李信の掌に集められたプラズマがオルトロスに頭上から落とされた。 八爻双崖が解除される。再び景色は戦場へと戻る。両軍の将兵の怒号と悲鳴が耳を刺激する。 「サバ軍武将オルトロスをこの軍王国の李信が討ち取った!」 「これはいい能力を手に入れたな。オルトロスには感謝せねば。」 李信がオルトロスを討ち取り、李信隊は勢いを取り戻す。ぱしろへんだすが李信隊を猛攻しているがオルトロスの戦死を聞いて態勢を立て直す為に退却を開始した。 指揮官を失ったオルトロス隊が混乱し始める。だがオルトロス隊は退かない。ぱしろへんだすの他にオルトロス隊を受け持つ者が留まり踏ん張っているのだ。更にゆかり隊の猛攻が続いている。 だが息を吹き返した李信隊はゆかり隊を跳ね返し始めた。李信隊の槍隊がゆかり隊の騎兵を馬防柵で勢いを封じてから突き崩していく。更にオルトロス戦死の報でゆかり隊も混乱をきたし始めた。 「キモ男さん、アティークに再度使者を送れ!後詰めは無用と!」 「承知!」 オルトロス隊が力を失い始めた今、アティークの後詰めは不要になった。自身の面子もあるが、万一の為に総大将の兵は全体の為に温存したいのが李信の本音だった。 「今だ!ゆかり隊を押し返せ!」 ゆかり隊との攻防において前線部隊を指揮しているのは李信につけられた与力・マロンである。 「しぶといオルトロス隊を突き崩す!氷河期さんに合図を送れ!」 近くの兵に命じて狼煙を上げさせた。 「直江さんの合図だ!者共かかれ!オルトロス隊を殲滅する!」 エイジス隊が間道の出口からオルトロス隊の真横に出現し、オルトロス隊の左側面を突いた。不意を突かれたオルトロス隊は浮き足立つ。エイジス率いるガルガイド王国第二騎士団の騎兵が次々に混乱するオルトロス兵を突き伏せる。 「何事だ!」 「右側面が敵の別働隊が突如現れ攻撃に曝されています!エイジスの部隊です!」 ぱしろへんだすが側面の異変に気付き、伝令の報告を受ける。 「このままでは正面と側面からの挟撃ではないか!殿は俺が務める!退却するぞ!」 ぱしろへんだすは素早く断を下し、オルトロス隊は退却を始める。 「俺が追撃する!キモ男さんはゆかり隊を頼む!」 「承知!」 李信は1000の手勢を率いて逃げるオルトロス隊への追撃に移る。オルトロスを討ち取り勢いに乗る李信隊がオルトロス隊に追いすがり、討伏せていくが、ぱしろへんだすが獅子奮迅の働きで李信隊を跳ね返す。 「あの男が邪魔だ!俺がやる!」 「我は鋼なり、鋼故に怯まず、鋼故に惑わず、一度敵に逢うては一切合切の躊躇無く。これを滅ぼす凶器なり。鉄血転化!」 別働隊を率いて側面攻撃を行っているエイジスがオルトロス隊を切り伏せ続け、隊の指揮を第二騎士団の士官に任せてぱしろへんだすに向かって単騎斬り込みを開始する。 クワキタ山 サバの本陣 「申し上げます!オルトロス様お討ち死に!オルトロス隊はぱしろへんだす殿が率いて持ち堪えておりますがついに退却を開始、崩壊は時間の問題です!」 サバが遣わした斥候の1人が本陣に戻り、味噌カツ戦死に続く更なる凶報をもたらした。 「オルトロスまでもが…!一体何をしている!このままオルトロス隊が崩壊すればゆかり隊が危ないではないか!それに中央は何をしている!ピザ屋はどうした!何故動かん!右軍の援護に回れと命じた筈だ!」 兵力で勝るサバ・ランドラ連合軍の勝利をサバは信じて疑わず決戦に臨んだ。ところが、蓋を開ければ凶報ばかりが舞い込んでくるのである。こんな筈では無い、サバはそう強く感じているからこそ理想と現実の大きな乖離に焦りを募らせる。 「それが、ランドラ帝国のセール大将軍からこのような書状が届いておりまして…」 サバは兵が差し出した書状を強引に取り上げて開く。 「決戦を左右する中央軍を他へ回すわけには参りません。我が中央軍は敵中央軍の必死の抵抗に遭い、攻めあぐねております。此処はサバ様ご本人が出馬し、右軍の後詰めとして向かわれるべきかと思います。」 サバは読み終えると激怒して書状を破り捨てた。 「左軍も苦戦しておるではないか!何故セールとまさっちは動かない!出撃の狼煙を上げろ!」 「先程から何度も参戦を促していますが、頃合いを見計らっているとの一点張りで動く気配がありません!」 配下の兵の知らせに更に苛立つサバである。 「2人は何をしている!右軍こそ劣勢だがセールとまさっちの2万が参戦すればまだ巻き返せるではないか!」 戦が始まって3時間 サバ・ランドラ連合軍54000の内、戦っているのは3万余りだった。兵力で劣っているかっしー・グリーン連合軍に明らかに押されているのである。 中央軍ではリキッド隊がぃょぅ隊とぶつかり、頃合いを見計らって退却し馬防柵、空堀、土塁を利用して被害を与えていた。 ぃょぅ隊の苦戦を見てくれない隊といぬなり隊が参戦し、必死に猛攻をかけるが堅固な陣の前に苦戦を強いられていた。 リキッド隊の左右にそれぞれ3000の部隊が展開し、後ろを3000の部隊が固めている。この後ろの3000は前方に置かれていたが、リキッド隊と配置が入れ替えられていた。 李信はセールが仮に内応しなかった時のことを考え、味方中央に合計11000を配置して最も厚くしていた。セール隊を除いた敵中央軍は12000。数では僅かに味方が劣っているが、堅固な防御陣地により容易に攻撃を防いでいた。 しかしセールが内応しなければ敵は27000の兵力で攻めてくる。如何に堅固な防御陣地があるとは言え、ランドラ帝国最強のセールの大軍を受けてはひとたまりもない。そこで李信は自分達左軍が、中央軍が苦戦したら敵右軍を破った後に、敵中央軍やサバ本軍が味方左軍に向かってこなければ敵中央軍の右側面を突いて助成するか、それが不可能な状況ならばアティークやかっしーの本軍が後詰めするよう指示していた。 因みに味方左軍については李信は崩れることはないと確信していた。まさっちがクワユキ山に布陣して敵をこのクワッタに引きずり出した時点で実は内応を確信していたからである。 敵中央軍のぃょぅ隊が苦戦していると、いぬなり隊4000がぃょぅ隊と入れ替わりリキッド隊に猛攻をかける。くれない隊3000も味方中央軍に攻撃を開始した。 これを受けて味方中央右翼の星屑と中央左翼の小銭がリキッド隊の援護に入った。戦場中央はこのクワッタの戦いで最も激戦となる。 しかし敵の中央軍は戦いながら疑問を抱いていた。何故セールが参戦しないのかと。 セールは最も多くの兵を率いている。そのセールが何故中央軍に加勢しないのか、セールが加勢すれば一気に突破出来るのにと。 しかし、セールは動かない。まさっちも動かない。既に李信の策により調略を受けてかっしー・グリーン軍に内応していたからである。 中央軍右翼を率いるのは星屑であった。星屑隊3000は敵のいぬなり隊と激突していた。 「俺、軍を指揮するのなんて初めてなんだが。よっぽど人材不足なんだなグリーン王国。あれ?」 星屑が前を見やると柵や空堀、土塁を利用して守る自隊の前で見覚えのある顔を見つける。 「あれはフクナガ!今日こそ引導を渡してやる!」 宿敵フクナガの姿をいぬなり隊の中に発見し、星屑は前線に飛び出した。 「お前、フクナガだな!俺が星屑だ!今日こそケリをつけようぜ!」 柵の真後ろまで出てフクナガを呼びつける。 「お前は星屑か!ちょうどいい!我が新しい愛機・スサノオの力を見せてやる!来い!」 フクナガへ頭上に現れたモビルスーツのコクピットに飛び移り、乗り込む。 「そんなロボット、ぶっ壊してやる!マジシャンズレッド!」 因縁の対決が始まろうとしていた。 「このスサノオは擬似太陽炉を搭載したGNフラッグだ!会いたかった!会いたかったぞ星屑!貴様を殺すこの時を!俺はずっと待ち侘びていたのだ!」 星屑のスタンド・マジシャンズレッドのクロスファイヤーハリケーンをビームサーベルで切り裂く。 因みにフクナガと星屑の一騎討ちにより、いぬなり隊と星屑隊の将兵は戦闘を停止し、両隊と共に2人から距離を取った。(某春秋戦国時代漫画理論) 「邪魔は居ない!思い切り楽しもうぜフクナガー!クロスファイヤーハリケーン!」 マジシャンズレッドで再度、炎を十字に固めた攻撃をモビルスーツ・GNフラッグのスサノオに打ち込む。 「そんな小さな炎では、俺の心すら燃え上がらせ切ることすら不可能だ!GN粒子砲発射ー!」 スサノオがGN粒子を集め、赤いビーム砲が発射される。 「ザ・ワールド!」 星屑はスタンドのザ・ワールドで時間を停止させ、数秒の間にスサノオに接近する。 「そして時は動き出す。」 時間停止が終了し、世界の時間は再び動き出す。 「コクピットの目の前に星屑が!何故だ!」 フクナガの目には、突如星屑が目の前にワープしたように映っていた。 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!無駄ァ!」 星屑がコクピットをザ・ワールドのラッシュで破壊した。 「とどめだフクナガァ!」 ザ・ワールドでとどめを刺そうと、フクナガにラッシュをキメに行くが、スサノオの素早い動きにそれは避けられた。 「やるようだな!だがこれならどうだ!トランザム!」 スサノオの機体が赤く輝く。機体性能を上げるスサノオの奥の手である。 「GN粒子砲発射ァ!」 威力が倍増したビーム砲が星屑に向けて放たれる。 「スタンド・クリーム!」 スタンド・クリームを呼び出し暗黒空間を発生させ、ビーム砲を空間に飛ばすことで回避する。 「ビームサーベルの一撃を喰らえ!」 フクナガはGN粒子砲を回避されたことに反応を示さず、ビームサーベルで星屑に切り掛かる。 「無駄だ!我がクリームの暗黒空間の前にお前は無力なんだよフクナガァ!」 クリームが作り出した暗黒空間は、フクナガをスサノオごと呑み込んだ。 「グリーン王国の星屑がフクナガを討ち取ったぞ!」 「フクナガ殿がやられたぞ!なんだあの暗黒空間は!」 強者であるフクナガを討たれたことはいぬなり隊には衝撃だった。 「ついでにてめえら雑魚も俺の餌食にしてやる!」 星屑のスタンド・クリームの暗黒空間で次々といぬなり隊の将兵を呑み込んでいく。 「まずい、退却だ!退却してセール大将軍に出馬を乞うんだ!」 戦局を見て不利と悟ったいぬなりは退却を命じた。中央軍の主力であるいぬなり隊が敗れたことで中央の戦局はかっしー・グリーン側に傾く。 「追いたいところだが直江の策に従わないとな。」 いぬなり隊が退却しところで、ぃょぅ隊も戦闘を控える。今出れば星屑隊とリキッド隊を相手にすることになるからである。リキッド隊は正面に敵が居なくなったが、更なるぃょぅ隊といぬなり隊の攻撃を想定して動きを止めた。 中央右にくれない隊が取り残され、小銭隊と戦闘を繰り広げ続けていた。 「クラスカード・ランサー!」 クー・フーリンの姿に扮した小銭は自ら先頭切ってくれない隊に特攻を始めた。英霊の力を身に纏った小銭の素早い動きと槍術の前に、くれない隊は屍の山を築いていく。 「お前が小銭か!これ以上好き勝手はさせんぞ!」 指揮官のくれないが、小銭の暴れっぷりに痺れを切らして前に出てきたのである。 「来い!クリムゾン!」 くれないがクリムゾンという名前を叫ぶと、肩に乗る程の小型の龍が現れた。 「これは俺の精霊だ!この世界で発現した俺のオリジナル能力!お前みたいな丸パクりの紛い物能力とは違うんだよ!」 クリムゾンがくれないと同化し、くれないは炎の服と赤い瞳、龍の形を模した鎧を装着している。 「うるせえ!オリジナルかパクりかは関係ねえ!力が全てなんだよ!受けてみろ俺の魔槍を!」 小銭が跳び上がり、槍の鋒をくれないに向けて構える。 「ゲイ・ボルグ!」 小銭は真紅の魔槍を投擲した。ゲイ・ボルグはくれないの心臓目掛けて突き進む。 「ファイアーウォール!」 くれないが眼前に手を翳して炎の壁を作り出す。 展開された炎の壁とゲイ・ボルグが激突する。 「ゲイ・ボルグは相手の心臓を穿つという結果を発生させるもの。お前には防げない!」 「クッ…ウオオオオオオ!」 しかしくれない魔力を注ぎ込んでゲイ・ボルグの投擲を防いだ。ゲイ・ボルグは直線移動で小銭の手元に戻る。 「ゲイ・ボルグが防がれるとは思わなかったぜ。クラスカード・セイバー!」 小銭がセイバーのクラスカードを取り出し、聖剣を持つ騎士の姿になる。 「炎斬波!」 くれないの右手の掌に炎の刃が出現する。その炎の刃を振りかぶり、振り下ろすと炎の斬撃となって小銭に向かって飛んでいく。 「弱いな!」 小銭は聖剣で斬撃を切り裂く。 「なんだその武器、見えねえぞ!」 「これは風王結界(インビジブル・エア)と言ってな。風を纏わせて光を屈折させて見えなくしてるんだよ。」 小銭はくれないの疑問に答えると、一歩踏み込んでから跳んでくれないに接近する。 「炎の剣で勝負してやる!」 くれないが炎で出来た剣を作り出し、小銭と鍔迫り合いになる。 「剣が見えないんじゃ戦いづらい!」 「さっさと斬られて死ねよ。」 小銭が鍔迫り合いから一歩引いて再び踏み込み、一太刀、二太刀と繰り出していく。 小銭の剣を炎の剣で受けていくくれないだが、このままでは埒があかないと判断して距離を取った。 「パイロキネシス!」 くれないの掌から広範囲に向けて炎が発射される。炎は植物を呑み込み、小銭を呑み込もうと迫る。 「すげえ炎だなー。だが!」 天高く跳び上がることでパイロキネシスにより発生した炎をかわす。 「跳んで避けても意味ねえぜ!パイロキネシス!」 小銭の居る上空に向けて豪炎を放つ。小銭を捉え、炎が広がりながら天へと伸びていく。 「エクス…カリバー!!」 聖剣が姿を現し、振り下ろすことで眩い光の斬撃が放たれる。エクスカリバーの聖なる光は炎を呑み込んでくれないの体を頭から股まで両断する。 「よし!敵将くれない、この小銭がぶっ殺したぜ!」 小銭がくれないを両断すると、戦場の中央東で声が湧き上がる。小銭隊の将兵達である。くれない隊は将を失って後退していく。 同じ頃、李信隊のマロンがゆかりと出くわしていた。 「お前がゆかりか!」 全身を宝飾した派手な姿の女が将兵の人混みの隙間から光を放って現れる。 「私はこの世界のプリンセス、ゆかり!この美貌に加えて明晰な知能、更には…」 「来い!我がジン・バアル!バララークサイカ!」 マロンが腰に差している剣を抜き、稲妻のように折れ曲がった2本の角と龍のような尻尾を持つジンを召喚し、ゆかりに向けて稲妻を放つ。稲妻はゆかりと周囲の兵に命中し、兵は黒焦げになって倒れていく。 「ちょっと、まだ喋ってる途中よ!喰らいなさい、プリンセス・ゆかりアロー!」 全身を覆う宝飾を破壊され、深手を負ったゆかりがマロンの態度に怒り、桃色の光の矢を放った。 「バララークサイカ!」 剣より放たれた稲妻がその矢を打ち消し、ゆかりに最後の光を全身に浴びせた。稲妻が消えると、黒焦げになってこと切れたゆかりが前のめりに倒れた。 「来てくれ!隕鉄!」 ぱしろへんだすの握り拳に鉄の塊が握られ、それが刀となって出現する。 「この鉄血転化状態の俺に接近戦を挑むとはな。」 エイジスが二丁小刀をしまい、腰から長剣を抜いて構える。 「一刀修羅!」 ぱしろへんだすの周りに風圧が発生し、身体能力を極限まで上昇させる。 「フェンリル・獣人化!」 エイジスは鉄血転化状態のまま獣人化を行い、狼男となったエイジスの全身に赤い紋様が浮かび上がる。 「第二秘剣・裂甲!」 エイジスの眼前から突如姿を消したぱしろへんだすが背後に周りを斬りつけてくる。エイジスは素早く察知して振り向きざまに鍔迫り合いになる。 「今、色はいらない!」 ぱしろへんだすは視界から色を遮断して更に身体能力を上昇させる。 「第七秘剣・雷光!」 視認出来ない速さで不可視の斬撃をエイジスに放つ。しかし速さならエイジスも負けていない。 「エイジストラッシュ」 エイジスが高速でぱしろへんだすの体を斬りつける。ぱしろへんだすはそれを全て隕鉄で受け切る。 「成る程な、お前の剣術覚えたよ。俺の能力・模倣剣技(ブレイドスティール)でな!」 「何!?」 「エイジストラッシュ」 ぱしろへんだすがエイジスと同じ技の名を唱えると、エイジスと全く同じ動きで四方八方から剣撃を繰り出してくる。 「グハッ…!」 「どうだ?自分の技を受けて傷を負う感想は!」 ぱしろへんだすのエイジストラッシュを受けたエイジスは胸部や腹部の傷から血を流していた。 「だが俺にも時間が無いんだ!行くぞ!」 ぱしろへんだすが更に魔力を掻き集める。 「第一秘剣・犀撃!」 ぱしろへんだすが素早い突きを正面から突き出してくる。 「氷の壁(ジ エロ・ムーロ)!」 氷の壁を急いで展開してぱしろへんだすの突き攻撃を避けるが、ぱしろへんだすは高速移動で脇から同じ突き攻撃を仕掛けてくる。 「エイジストラッシュ!」 ぱしろへんだすの突きを間一髪でかわし、高速剣撃を見舞い全身を斬り刻む。 「この速さは!」 「無想・樹海浸殺!」 精霊の力を引き出し、両手を地面に叩きつけることで禁術が発動する。地面から無数の蔦が飛び出す。 「なら本気を出す!一刀羅刹!」 ぱしろへんだすは身体強化の極限を発揮し、無数に生えてくる蔦を隕鉄で斬り刻みながら突き進む。 「氷の槍(アイスブロック・パルチザン)!」 「第七秘剣・雷光!」 作り出した氷の槍と隕鉄の穂先が互いを捉え、ぶつかり合う。力でエイジスが上回り、ぱしろへんだすの隕鉄が砕け散る。 「お前、まあまあ強かったよ。身体能力が半端じゃねえ。でも、俺の方が上だったな。」 エイジスが言葉をかけると、為す術が無くなったぱしろへんだすの体を無数の蔦が囲い、鋭い枝で全身を貫く。枝や蔦を伝って流れるぱしろへんだすの血液が生々しく大地に滴り落ちる。 「我は戦いの終わりを告げる。我は人なり。」 エイジスは詠唱を唱えて元の姿に戻る。 「さて、これで敵右軍は壊滅だな。俺も持ち場に戻らなきゃ。」 ぱしろへんだすをも失ったオルトロス隊は、エイジス隊に蹂躙されていった。 かっしー・グリーン連合軍の右軍は、開戦当初から最も有利に戦いを展開していた。 それもその筈、味方右軍が守る陣は高台にあるのである。更に敵後方のタカトー山のセールが敵左軍に度々使いを出して「突撃を続けよ。」と無茶な命令を出していた。 無論、セールの姿勢を疑っていない敵左軍は敵中央軍と違ってセールの命令を鵜呑みにして従い続けていたのである。 「劣勢を装って三の柵まで退け!」 味方右軍を統括するのはガルガイド王国かっしー派のぷろふぃーるである。ぷろふぃーるが下知を下すと、5000余りの味方右軍が巧みに敵を引きつけて退却を始めた。 敵左軍は猛然とそれを追ってくる。頃合いを見計らい、味方が退却し、敵が高地の坂を登っているところでぷろふぃーるは合図をした。 「放てー!」 高地に横広く陣取っていた味方右軍が敵左軍を包囲し、矢を射かける。包囲一斉射撃、それがぷろふぃーるの狙いだった。三方から射撃を受けた敵左軍は大混乱をきたした。 「俺が行く!非医学部の雑魚共を蹴散らしてやる!」 前に出たのは医学部ステハンである。矢の雨を掻い潜り、最前列に躍り出て三の柵に肉薄する。 「お、敵将が来た。」 医学部の前に立ちはだかったのは白いマントをはためかせた水素である。 「何者だお前は。」 「趣味でヒーローをやっている者だ。」 水素が答えると、医学部ステハンの表情が変わる。 「なんだその適当な設定は!俺はこの世界に生まれ変わる人間共の知能指数があまりにも低いと世界が嘆くことにより転生した医学部ステハンだ!俺はこの天才的頭脳で世界を救うことを使命と思い、日々低知能共を抹殺する為に働いている!それを趣味!?趣味だと!貴様らは…」 医学部ステハンが怪人化し、言いかけたところで水素の拳が炸裂した。医学部ステハンの血飛沫と肉片がその場で飛び散る。 「またワンパンで終わっちまった…クソッタレー!」 またしても敵をワンパンで倒してしまい、水素は虚無感に襲われた。 「すまない。ホモ以外は帰ってくれないか。」 業を煮やしたああ@がぷろふぃーる目掛けて斬りかかるも、ぷろふぃーるを覆う謎のハート型の障壁が攻撃を一切受け付けない。 「なんだこのバリアーは!喰らえ、イケメンスラッシュ!」 魔力の光を帯びた騎士の剣をぶつけてもビクともしない。 「この性愛の障壁(セクシャル・バリアー)は自分と異なる性愛を持つ者の干渉を受け付けないバリアーだ。俺は同性愛者、お前は異性愛者。お前の攻撃は通用しない。」 「なんだその出鱈目な効果は!イケメンビーーーム!」 掌から光線を発射するも、全て性愛の障壁に阻まれる。 「ひ、退けー!」 包囲射撃を受けた自隊と敵わない敵が前に居ることから退却を決意したああ@だが、ぷろふぃーるからは逃れようもなかった。 「性愛の回転突き(セクシャル・ドリル)」 ハート型の柄尻を持つ光のドリルが現れ、ああ@の尻穴にぶち込まれる。 「アッー!!!」 ドリルは容赦無く尻穴を掘り続け、やがて頭の天辺まで貫通させた。ああ@の無惨な死体が戦場に転がる。 「もう二度と、ウンコ出来ないねぇ。」 「イケメンだけど俺の好みじゃないんだよな。残念。」 ぷろふぃーる率いる部隊は、同性愛者で構成されていた。男性同士のカップルを共に戦わせることで、恋人同士で守り合い、恋人の前だからこそ奮戦する、騎士達の戦意を高める目的があったのである。現在エイジスが率いている第二騎士団と王国最強の騎士団の座を争っている程である。この部隊は別名・神聖隊と呼ばれている。 「やはりホモが最強!異性愛者など恐るるに足らず!」 ぷろふぃーるがああ@の首を掲げると、神聖隊の歓声が湧き上がる。 「うわキッモ…二次元に来てまでホモかよ…」 隣の部隊を率いて戦う水素は、この味方を大層気色悪がった。医学部ステハンとああ@を失った敵左軍は、社員に率いられて退却していった。 戦いは、各将各部隊の奮戦とセール、まさっちが動かないことによりかっしー・グリーン連合軍の圧倒的有利に進んでいた。戦場西では一向に出撃許可を出さないセールの命令を破り、ピザ屋が李信隊、平行隊、エイジス隊からゆかり隊やオルトロス隊を救うべく出撃していたが、オルトロス隊やゆかり隊は壊滅した後だった。敵中で孤立したピザ屋は三部隊から攻撃を受けて戦死、ピザ屋隊も壊滅した。これにより、更に敵中央は手薄になった。 アティーク、かっしーそれぞれの本陣には李信が遣わした使者が訪れていた。 総攻撃をかけるから狼煙を上げろ。それで味方全軍にもセールやまさっちにも伝わるとの口上である。 承諾したアティークは狼煙を上げさせた。狼煙がグワグワ山から天高く打ち上げられた。 クワキタ山 サバの本陣 次々と舞い込んでくる凶報にサバは半ば青ざめていた。 そして敵本陣のグワグワ山から狼煙が上がったのを確認した。敵の総攻撃の合図である。 「狼煙を上げろ!セールとまさっちの出馬を促せ!」 先程から何度も狼煙を上げているが、セールもまさっちも傍観するのみであった。 サバ本陣から7回目の狼煙が上がった。既に敵が総攻撃をかけるべく進み始めていた。 「まだ敗残兵をまとめて俺も出馬し、セールの15000とまさっちの5000が動けば戦局を五分に持ち込める!」 「サバ様、あれをご覧下さい!」 近くの兵が西の方角を指差して叫んだ。タカトー山のセール隊とクワユキ山のまさっち隊が動き出し、下山を始めたのである。 「やっと応じたかウスノロ共め。これで巻き返しを…ん?」 サバは目を疑った。 「まさっち隊が左軍の社員の方に向かっている…あいつ、血迷ったか!」 まさっち隊が目指しているのはグリーン・かっしー連合軍右軍のぷろふぃーる隊や水素隊ではなく、味方の社員隊だった。 「サバ様!タカトー山のセール隊も!」 タカトー山に目を見やる。明らかに味方のいぬなり隊やぃょぅ隊を目指して下山しているのである。 「奴ら…奴らまさか!まさか!」 サバの頭に最悪の事態が思い浮かぶ。その最悪の事態が起きれば最早持ち堪えられない。味方の負けが確定するのである。 そしてサバの予感は現実のものとなった。まさっち隊が社員隊を、セール隊がいぬなり隊を攻撃し始めたのである。 「申し上げます!セール隊が味方中央軍を、まさっち隊が味方左軍を攻めております!」 目の前の信じ難い光景と、伝令兵の伝令が、サバを絶望へと叩き落とした! 「裏切った!まさっちとセールがこの俺を裏切りよったぁぁぁ!」 サバが激昂し、床几から立ち上がって抜刀するや否や、自身の馬印を切り倒した。 「アティークとかっしーの本軍が動き出しましたぁ!」 兵が正面の方向を指差して叫ぶ。この機に乗じてアティークとかっしーも総攻撃に参加すべく動き出したのである。 サバ・ランドラ連合軍は正面からかっしー・グリーン連合軍、西からまさっち隊、中央軍の背後からセール隊の攻撃を受けることになり、退路はサバ本陣のクワキタ山から南しか無くなったのである。 「サバ様!此処はお退き下さい!生きて再起を図るのです!」 サバの側近がサバに退却を促す。もはや勝敗は誰の目にも明らかであった。 「敵左軍の李信、エイジス、平行が此方に向かっております!お早く!此処は我らが食い止めます!」 サバの側近・トラウマがサバの腕を掴み、無理矢理陣幕から引きずり出して背中を押した。 「トラウマ…お前…」 「サバ様、諦めてはなりません!死んではなりません!ランドラ帝国に戻ればまだ十分戦えます!再起の道があります!」 サバはトラウマの必死の説得を受けてついに退却を命じた。 「無念だが勝敗は決した!これよりこのクワッタから俺は落ち延びる!」 サバは3000の兵をトラウマに与えて殿を任せ、自らは2000の兵を伴いクワキタ山から下山を始めた。目指すはランドラ帝国領である。 セール隊の裏切りにより、背後と正面から攻撃を受けることになったいぬなり隊は、壊滅寸前の状況だった。自らの部隊と敗残兵を合わせて8000以上居た中央軍は、もはや3000以下に減っていたのである。 「申し上げます!社員様お討ち死に!味方左軍壊滅!」 いぬなりにもたらされる更なる凶報。いぬなりは此処で死ぬ覚悟をより一層硬くした。 「いぬなり様、此処はお逃げ下さい!セール隊の先鋒と星屑隊、リキッド隊、小銭隊がこの陣に迫っています!」 「此処で逃げたら敵がサバ様の所へ雪崩れ込むではないか!少しでも時間を稼ぐのだ!サバ様が落ち延びる時間を!」 側近の言葉を否定し、自ら剣をとって戦い続けるいぬなりだが、ついに最期の時が訪れた。 「そこに居るのはいぬなり殿とお見受けする!」 「如何にも俺がいぬなりだ!」 「我こそはセール家臣・ハンペル!いぬなり殿覚悟ー!」 セール隊のハンペルがいぬなりの剣撃を受け流し、刀身が黒と紫に彩られたロングソードをいぬなりの胸部に突き立てた。 「セール…この裏切り者め…!」 いぬなりの遺骸から首が切り取られ、天高く掲げられた。 ランドラ帝国軍の部隊長の1人・ぃょぅ。彼にも最期の時が迫っていた。 「そこに居るのはぃょぅだな!俺は星屑!死んでもらうぞ!」 「かあやた。」 ぃょぅは星屑相手に剣を向け、魔法陣を展開して火炎系魔法を撃ち出すが、星屑のスタンド・クリームの前では無力だった。 「せめて痛みを感じることなく安らかに眠れ。」 ぃょぅは暗黒空間に呑み込まれた。ぃょぅの死により、中央軍は完全に戦闘不能に陥り壊滅したのである。 サバ・ランドラ連合軍の中央軍を撃破したセール隊、リキッド隊、星屑隊、小銭隊 更には敵右軍を壊滅せしめたぷろふぃーる隊、水素隊、まさっち隊が逃げるサバを追いかけるべく戦場西へと移動を始めた。 落ち延びていくサバを追い、左軍の李信隊、エイジス隊、平行隊がトラウマ率いる3000の殿部隊に殺到していた。更に右側面から中央軍や左軍を撃破した味方の部隊が駆け付け、トラウマ隊の側面を攻撃し始めた。 「もはやこれまでか…。サバ様は無事に逃げられただろうか。」 いつの間にか味方は屍の山を築き、自分1人が敵中に孤立していた。 「お前がトラウマだな。現実世界ではよくも俺に変なあだ名をつけてくれたな。俺がお前を殺してやる。」 「ほざけこの雑魚が!」 トラウマの水を纏った斬撃が李信の胴を斬りつける。だが傷を負ったのは李信ではなくトラウマだった。 「何故!斬ったのは俺の方だ…」 「オルトロスから奪った力は実に便利だな。トドメだ。」 深い傷から血を流して項垂れるトラウマの肩に触れ、血液を逆流させる。全身から血が噴き出し、トラウマの息は止まった。 時刻は既に夕方4時になっていた。アティークやかっしーから各隊の将に使者が派遣され、戦闘の停止命令が伝えられた。夜間での追撃は大いなる危険が伴い、ランドラ帝国の動きも読めないからである。 クワッタの戦いはかっしー派とグリーン王国の大勝利で幕を閉じたのである。 午後5時半頃 戦いを終えたかっしー派の各隊の将が続々とバカンリニ山のかっしーの本陣に集まっていた。 「此度の勝ち戦、誠に祝着至極!」 各将の方を向いて前で床几に座る平行が第一番にかっしーに祝いの言葉を述べる。 「まさかこれ程鮮やかに勝てるとは思わなかった!これも皆の力があってこそ!礼を言うぞ!」 「ありがたきお言葉!」 平行に続き、各将が床几に座したまま頭を下げた。 「そろそろグリーン王国の方々も来る筈だ。皆、粗相の無いようにな。」 グリーン王国軍の将達も集まろうとしていた。 グリーン王国の将達がかっしー本陣の陣小屋に続々と入る。 総大将のアティーク、人材不足の為急遽抜擢された小銭、星屑、水素、そして右軍の部隊の指揮官として参加していたグリーン王国の譜代である二代目ダメツナやヤナギの姿もあった。 「グリーン王国のお歴々、さあどうぞお座り下され。」 かっしーは自らの王位を確かなものとする為に援軍として馳せ参じ、奮戦した将達に低姿勢で接した。 「かたじけない。」と表面上は口にして着座する一同だがかっしーは欠けていることに気づいた。 「今回の大勝利の立役者が居ないようですが…あの者の策と調略のおかげで勝てたというのに…」 「李信ならセール殿とまさっち殿を呼びに行っています。寝返り組は顔を出しづらいそうで…」 アティークが答える。 「そうか。では全員揃うまで少し待つとしよう。」 陣小屋は勝利の喜びを分かち合う勝達の歓声で満ちていった。 「セール殿、まさっち殿。此度の大勝利は貴殿らのお働き無くしてありえませんでした。胸を張って堂々となされば良いではありませんか。」 李信は中々顔を出したがらないセールとまさっちの説得に当たっていた。 「ねえ君。俺達が白い目で見られない保証はあるの?^^;」 「まさっち殿、万事この俺がフォローしますので、何卒!」 「君がフォローすれば場の空気を保てるってこと?それって君の主観だよね^^はい論破^^」 まさっちは先程から態度を変えない。 「仕方ない。気が重いが俺は行く。堂々とな。」 セールが噤んでいた口を開く。 「おいセールさん、そりゃないぜ!」 まさっちがセールに突っ掛かる。 「セール殿ありがとうございます。まさっち殿も…」 「あー分かった分かった。俺らのおかげでお前らは勝てたんだからな!忘れんなよ!」 「その意気ですまさっち殿!」 李信に伴われ、セールとまさっちはバカンリニ山を登り始めた。 李信がセールとまさっちを伴いかっしーの陣小屋に到着したのは午後7時頃だった。 「おー、良くぞ来てくれたな李信殿、まさっち殿、セール殿!」 かっしーは三人を自ら出迎え、中に案内した。 中に入ると、既に他の将達は酒盛りを始めていた。 「皆聞けー!此度の功労者3人が来たぞー!」 かっしーの声で皆が視線を向けてくるが、酒が入っているせいか不穏な空気が流れることはなかった。 「さあ貴殿らも!ささ!」 かっしーは3人に最前列の席に座るように促すと、酒瓶と杯を3人に手渡し、順番に酌をしようと酒瓶を傾ける。 「かっしー待て。俺は酒は飲めんのだ。」 李信はそう言うと酌を拒んだ。 「そうなのか?残念だなー。まさっち殿とセール殿は?」 「頂きます^^」 「頂こう。」 かっしーはまさっちとセールの杯に酒を満たし、2人は一気に飲み干した。 「2人ともいい飲みっぷりですぞ!さあさあ!」 「しかし李信、お前の策のおかげで我々は勝てた!実に見事な策だった!数で劣る我らがこうも鮮やかに勝てるとは思わなかった!」 横から酒を含んだアティークが絡んでくる。 「いや、各々が奮戦して敵将を討ち取ったのが大きい。まさっち殿とセール殿の活躍も大きい。俺は大したことはしていない。」 「謙遜するなよー!何だお前酒は飲まないのか?」 李信が否定すると、アティークは尚も絡む。 「そうだ直江氏ー。酒だ酒だー。」 「氷河期さん、貴殿も酔っている。酔いを醒ました方がいい。」 更にエイジスが絡んでくる。余程飲んでいる様子だった。顔が真っ赤になっている。 「酒を飲んでるんだから酔って当たり前じゃないかー。」 「しかし李信、お前の策のおかげで我々は勝てた!実に見事な策だった!数で劣る我らがこうも鮮やかに勝てるとは思わなかった!」 横から酒を含んだアティークが絡んでくる。 「いや、各々が奮戦して敵将を討ち取ったのが大きい。まさっち殿とセール殿の活躍も大きい。俺は大したことはしていない。」 「謙遜するなよー!何だお前酒は飲まないのか?」 李信が否定すると、アティークは尚も絡む。 「そうだ直江氏ー。酒だ酒だー。」 「氷河期さん、貴殿も酔っている。酔いを醒ました方がいい。」 更にエイジスが絡んでくる。余程飲んでいる様子だった。顔が真っ赤になっている。 「酒を飲んでるんだから酔って当たり前じゃないかー。」 「勝てる戦を、僅か1日で…!」 クワッタの戦いに敗れたサバは2000の兵に守られながらランドラ帝国目指して逃げ続けていた。ランドラ帝国へ落ち延びる途中にマツモト城というサバ派の城がある。一先ずそこに入り休息してからランドラ帝国に帰還するつもりだった。 「兵力では勝っていた!それをセールとまさっちが!」 セールとまさっちの裏切りでサバ派の敗北は決定的になった。サバの胸にセールとまさっちへの憎しみの炎が燃え盛る。 「…誰かがこの戦いの裏で糸を引いていた!そうでなければありえない!」 サバはセールとまさっちを寝返らせた誰かを、八つ裂きにしてやりたい思いでいっぱいになった。 「サバ様、明日にはマツモト城に着きます。お気を強くお持ち下さい。」 兵に励まされながら、サバは惨めに落ち延びていった。 翌日昼頃、マツモト城に到着したサバは城主の捏造ステハンに迎えられて城の中にある風呂でルイと2人で入浴していた。 「良い湯だな。敗戦の疲れが癒されていく。」 「はい。極楽ですね。…何か音がします!」 ルイが具足が擦れる音が此方に近づいてくるのを感じた。 「はて?まあ戦支度だろう。この城まで敵が追撃してくることも考えられるからな。」 サバがそう言った途端、大浴場の戸がバタンという音を立てて開けられた。入ってきたのはマツモト城主・捏造ステハンの手下10名程であった。全員が武装し、刀を手に持っていた。 「無礼者!入浴中であるぞ!下がれい!」 サバが大音声で怒鳴りつける。ルイは恐怖で震えている。 「サバ様、主命によりお命頂戴仕る!」 捏造ステハンの配下達が剣を構えてサバに詰め寄ってくる。 「おのれ!裏切ったな卑怯者め!」 サバは近くにあった風呂桶に湯を満たして刺客に投げつけて抵抗するが、無駄な足掻きである。刺客の1人が振り下ろした刃がサバの肩を切り裂く。 「むっ…ぐぅ…」 サバの肩から胸にかけての傷から血が流れ、湯船を真っ赤に染めていく。 「お覚悟!」 仰け反ったサバの胸部を刺客の刃が貫いた。サバは絶命し、飛沫音を立てて湯船に倒れる。死体から流れ出てくる血が湯船の全てを真っ赤に染めた。 「ヒッ…!」 サバと共に入浴していたルイは恐怖で体を硬直させる。 「お覚悟!」 刺客はルイも始末した。湯船に2人の死体が並ぶように浮かんでいる。 「よし、首を取れ!捏造ステハン様にご報告するぞ!」 マツモト城 城主の間 「良くやった。下がって良いぞ。」 捏造ステハンは差し出された二つの首桶の蓋を開け、サバとルイの首を確認すると刺客達に退出を命じた。 「これらの首をすぐにかっしー殿に届けて来い!」 「はっ!」 捏造ステハンはすぐに使者をかっしーに向けて遣わした。これで自分の首は繋がり、本領は安堵される。そう信じて疑わなかったのである。 夕方、逃げるサバを追ってかっしーとグリーン王国の連合軍5万3000余はマツモト城を目指して進軍していた。そこへかっしーのもとにマツモト城からの使者が馬で駆けてきたのである。 「かっしー様、御目通り叶い恐悦至極に存じます。」 かっしーは進軍停止を命じて使者と会っていた。 「まずはこれをご覧下さい。」 使者が二つの桶をかっしーに差し出す。かっしーが受け取り、蓋を開けると驚きで目を丸くした。 「サバとその妻・ルイの首でございます。」 使者に言われずとも分かる。昨日まで王位を争った大きな敵は、無惨に首だけになってかっしーの前に現れたのである。 「つきましては、かっしー様への言伝を主・捏造ステハンより仰せつかっています。」 「言ってみろ。」 「本領安堵と命の保証を約束していただきたく…。」 「…。」 「そのくらいいいだろかっしー。そいつらのお陰でランドラ帝国へと逃げていくサバを追う手間が省け、こうして確実に首が手に入った。認めてやれ。」 横から首を突っ込んできたのは李信であった。クワッタの戦いの勝利にその智謀で大いに貢献した李信は、この軍中で大きな発言権を得ていた。 「李信殿がそう言うなら良いだろう。城主とその一族郎党並びに城兵全ての命を保証し、本領安堵を約束しよう。」 「ありがたき幸せ!私は戻って主に急ぎ伝えますのでこれにて!」 使者は嬉々とした表情で一礼して去っていった。 「かっしー、マツモト城に居る者は老若男女の別無く皆殺しにしろ。約束を守ると言って城を明け渡させ、降伏の証に武器を捨てさせる。そして一網打尽にする。」 使者が去ると、李信は先程とは真逆のことを口に出す。 「何を言ってるんだお前は!さっきと言ってることが違うじゃないか!マツモト城の皆を騙すのか!」 かっしーがあまりのことに激怒する。 「奴らは元々お前の敵だぞ。お前が勝ったからといって容易に鞍替えし、お前に擦り寄る。今更遅い。それに奴らを許して本領安堵すれば、此度の戦で戦った将兵に与える恩賞の地の確保がまた難しくなる。」 李信は平然と冷酷な性格を露わにする。 「ならん!絶対にならん!良いな!」 かっしーは李信に怒鳴りつけると、その場を立って再び進軍を命じた。 「アティーク、かっしーと話をつけて来い。」 グリーン王国軍総大将のアティークに、李信は話をつけようとしていた。 「何のことだ?」 「マツモト城の降伏に際しての手続きは我らグリーン王国軍が行う故、かっしー軍には待機していてもらいたいとな。」 「お前、何のつもりだ?」 「…かっしー軍の勝利は我らグリーン王国軍の手柄であると世界に誇示する為だ。戦後処理の一環であるマツモト城降伏の儀は我らが受け持つとな。」 アティークは納得したような表情に変わると、すぐにかっしーに向けて馬を走らせた。 「…。」 しかし李信の狙いは別にあった。彼の心の奥底の本性が表へ出ようとしていた。 「我らはグリーン王国軍である!マツモト城を検めに参った!城内の者共は武器を捨て、城外に出よ!」 アティークがかっしーに何とか話をつけてグリーン王国軍がマツモト城の降伏の儀を担当することになった。李信はアティークと話をつけてその担当者となり、李信隊が城の前に出ていた。 程無くして城主・捏造ステハンとその一族郎党、城兵の合計5000人が城を出て李信隊の前に出頭してきた。 「グリーン王国の李信殿ですな?私はマツモト城主の捏造ステハンと申します。此度は降伏をお許しいただき誠にありがとうございます。」 恭しく捏造ステハンが李信に頭を下げる。 「全員丸腰かどうか調べろ!」 捏造ステハンの言葉は無視し、自体の兵に降伏してきた5000人が丸腰かどうかを徹底的に調べさせた。 「よし、全員丸腰か。ならば良し!」 李信が右手を上げると、それが合図となり李信隊の兵達が弓矢をつがえる。 「これは一体どういうことでしょう!?李信殿!」 「やれ!」 捏造ステハンの声には耳も傾けず、自隊に射撃を命じた。 弓隊の射撃が丸腰の捏造ステハンとその一党を正確に射抜いた。女子供の断末魔が木霊するが、李信はまるで意に介しない。 数分経つと、そこには矢の雨を浴びた捏造ステハンとその一党5000人の死体が血の川を流して横たわっいるという、凄惨な光景があった。 「李信!何をしている!」 女子供の断末魔に気づき、アティークが駆け付けてきたが、事は終わった後だった。 「お前、独断でこんなことを!許されると思ってるのか!」 アティークが凄惨な光景を目にして額に青筋を浮かべて躙り寄る。 「戦後処理の為だ。それに…」 李信が言いかけたところで辛うじて息をしている捏造ステハンが力を振り絞って声を上げる。 「どうして…さっきと言ってることとやってることが違うじゃないか…。それに、まさっちやセールの裏切りは許されて何故俺だけ…」 「まさっちやセールは俺が調略をかけて裏切らせたのだ。だがお前は違う。お前は必要無いんだよ。」 李信はそう吐き棄てると、刀で心臓を突き刺してとどめを刺した。 「こいつらを許せば恩賞として配る土地が確保出来なくなるんでな。」 「何を言っている!ここはガルガイド王国領だぞ!まさかお前勝手にセールに…!」 「戦後処理の主導権は我々グリーン王国が握る。城の接収に行くぞアティーク。」 凄惨な光景は城外だけではなかった。 「こいつはひでえ…」 アティークは想わずそう呟いた。アティークと李信が目にしたのはサバを守っていた兵達の死体だった。城内に血の池が広がっていた。 「捏造ステハンの命令だろう。何らかの方法で武器を別の場所に置かせてくつろいでいるところで騙し討ちにした。」 李信が自らの推察を述べる。 「始末する手間が省けたな。」 「李信、お前どうかしてるぜ…。」 アティークが李信のあまりの冷血漢ぶりに声を震わせる。 「此処で奴らが騙し討ちにしてくれなければ、俺達はまた損害を出していた。奴らは後始末をした後俺に始末された。味方の被害を避け、更に戦後処理で有利に立つ良い展開だ。」 「死体を片付けろ!アティーク、暫く此処に留まるぞ。」 李信が配下に城の片付けを命じると、アティークにも指示を出す。 「おいてめえ、いい加減にしろよ。」 アティークが再び怒りを露わにする。 「何がだ?俺は最も有効な手段を用いているに過ぎない。」 「総大将は俺だ!お前に指図される謂れは無い!」 アティークが李信の胸ぐらを掴む。 「俺の指示を受けて軍を動かさなければクワッタの戦いは勝てなかった。戦いへのお膳立ても全て俺がやった。お前は最早俺無くして今後の戦後処理も進められない。俺がそう仕組んだからな。まさっちやセールへの調略は戦いの勝利の為だけでは無い!お前はもう俺には刃向かえない!」 李信の表情が悪い笑いへと豹変する。 「貴様…!本性を現したな!」 アティークの手に力が更に入る。 「俺が居なければ勝てなかったお前が偉そうに俺に意見するな。俺の言う通りにしていればいい。それに…」 「それに…なんだ!」 「お前も総大将として莫大な恩賞にありつける。俺の言う通りにしていれば全て上手くいく。悪いようにはしない。」 「…いいだろう。今はお前に従ってやる。」 アティークが李信の胸ぐらを掴んでいた手を離す。 「だがこれだけは言っておく。勝手な行動は慎め。総大将は俺だ。今後は俺に相談無く事を進めるな。」 「…いいだろう。」 李信とアティークは通路で繋がっている天守閣に入り、城主の間に進んだ。 マツモト城 天守閣 城主の間 かっしーとアティークが上座につき、主な将が集まっていた。 平行四辺形、ぷろふぃーる、リキッド、エイジス、二代目ダメツナ、ヤナギ、まさっち、セール、水素、小銭、星屑、李信。 「皆、此度の戦誠に大儀であった。」 かっしーの言葉で各将が一礼する。 「さて、今後の方策のことを協議したく皆には集まってもらった。何か意見はあるか?」 アティークが将達を見回してから確認する。そこで李信が立ち上がる。 「これを見ろ。」 李信が懐から書状を取り出す。それは幻影帝国皇帝のホッサムからであった。 「何でお前が幻影帝国からの書状を!まさかまた勝手に!」 「では、読み上げる。」 アティークを無視して李信は先に進む。他の将達は何が何だか分からないという様子である。 「まずはクワッタの戦いでの大勝利、誠に祝着至極。サバ派とランドラ帝国の主力は見事に壊滅せしめたと聞き及びこの皇帝ホッサム、嬉しき限りです。先日より李信殿とは文通させていただいておりましたが、よもや此れ程鮮やかな勝利を飾るとは思いませんでした。 さて本題ですが、我々幻影帝国はこれを機に貴殿らの存念次第でランドラ帝国打倒の兵を挙げたいと考えております。幻影帝国とグリーン王国、ガルガイド王国で一気にランドラ帝国に攻め込み、滅亡せしめたいと思います。貴殿らのご返答をお待ちしております。」 李信が読み終わると「以上だ。」と付け加えて書状をアティークに手渡した。 「お前、前から幻影帝国と勝手に交渉してたのか…。」 アティークが怒りを見せる。 「だがこの機に乗じてランドラ帝国は始末しておかなければ奴らは後々また厄介の種になるぞ。それに我々だけでは戦力が心許ない。」 「…。」 アティークは黙り込む。 「李信殿、私は貴殿に城主やその一党を殺すなと言った筈だぞ。」 かっしーが命令を無視した李信に怒りを露わにする。 「今更内応する者など信用能わん。それに奴らの存在は戦後処理の障害になる。消しておいた方が無難だ。」 李信は悪びれもせず返答した。 「それよりも幻影帝国への返事をどうするかだ。俺はこの機に幻影と共同してランドラを滅ぼすべきだと思うが。」 「お前の独断専行は問題だが、その案には賛成だ。」 「私も賛成だ。ランドラ帝国との因縁に決着をつけたい。」 アティークとかっしーは賛意を示した。 「待て!」 立ち上がったのは平行だった。李信の方を向いている。 「何だ。」 「この軍の総大将はかっしー様とアティーク殿だ!何でお前が勝手に幻影と交渉したり、城兵を虐殺したり、この軍議を仕切ってるんだ!何様のつもりだ!」 「ならお前は俺無しで戦に勝てたと思うか?幻影の力無しでランドラ帝国と戦えるか?ランドラ帝国を放置して攻めてきたらお前らだけで防げるか?」 「ぐっ…それは…」 平行は口を噤んでしまう。 「かっしー軍単独で出来ないから我々に助力を求めたんだろう。お前こそ立場を弁えろ。」 平行は黙って再び着席した。 「他に意見はあるか!」 李信が強い口調で確認すると、発言する者は居なかった。 「では、幻影帝国には共同侵攻同意の旨を使者を派遣して伝えることにする。」 李信がそう言うと着席した。 「で、では李信殿の交渉が決まるまで我らはこの城に留まることとする。」 かっしーが締めの一言を発し、諸将が一礼して軍議は終了した。 その夜、李信はまさっちとセールを一室に呼び出していた。 「何の用かな?^^」 「俺はこれから筋トレしたいんだ。手短かに頼む。」 「これからランドラ帝国との戦になる。そこで俺から貴殿らに頼みがある。」 李信は前置きを言い、続ける。 「ランドラ帝国攻めの先鋒を務めていただきたい。ランドラ帝国に侵攻する際、まず国境付近にあるシヴァタ城を攻めることになる。貴殿らの力で陥落させていただきたいのだ。」 本題を切り出した。 「寝返り組の俺達に箔をつけて約束した恩賞を受け取ることへの他の奴らの視線を少しでも弱くする為だな。」 セールが李信の意図を悟る。 「まあ、後は信用問題もあるし俺達は武功を挙げないとね^^」 まさっちも流石に気づいているようだった。 「御二方とも話が早くて助かる。このこと、肝に銘じていただきたい。要件は以上だ。」 話が終わるとまさっち、セールは退室していった。 次に李信に割り当てられた部屋を訪れたのはエイジスだった。 「氷河期さんか。何用かな?」 顔を見るなり李信はそう言った。 「直江さん、流石にアンタやり過ぎだぜ。」 「説教しに来たのか。まあいい俺も貴殿に話がある。」 良い雰囲気とは言い難かった。 「アンタ、独断専行が過ぎるぜ。いくらアンタの策で勝てたと言っても限度があるだろ。」 エイジスは李信に詰め寄る。 「ハーッ、こうでもしないと戦には勝てない。各将との協議にかけようものなら決定に時間がかかる上に平行やかっしー辺りが反対してきて進まないんだ。俺が独断でやらなきゃまさっちやセールも寝返らなかった。早く戦を終わらせる為だ。貴殿も平和主義なら少しは分かるだろう。」 李信はため息混じりに説明した。 「だがアンタが今日やったあの虐殺は騎士道に反する行為だ。少しは恥を知ってくれ。」 「俺は騎士じゃないんでな。それにああしないと戦後処理で支障を来すんだ。そうなればまた乱が起きるかもしれない。全てを救い尚且つ平和な世を築くなんて無理な話なんだ。貴殿こそ大人になるべきでは?」 話が平行線を辿りそうだと思った李信は話題を切り替える。 「かっしーは王の器じゃないとこの前話したが、決意は固まったか?」 「…。」 エイジスは答えない。 「騎士道もいいが、器じゃない王が治める国や民のことも考えてみろ。忠義やら正義は時として害になる。無能な王に尽くすのは悪政の手助けをするのと同義だ。それでも貴殿は騎士道とやらを貫くのか?あの女騎士と言い、貴殿と言い、騎士道とは人の視野を狭めて忠義という檻に閉じ込める悪しき道のようだな。」 李信が言い終わると、エイジスは李信の胸ぐらを掴む。 「おいアンタ、やっぱ調子に乗り過ぎだぜ。それに好きな人や騎士への侮辱はいくらアンタでも許さない。」 「胸ぐらを掴まれるのは今日で二度目だ。氷河期さん、一度騎士道から外れてものを考えた方がいい。」 李信は胸ぐらを掴まれても平静である。 「俺とアンタの誼みだ。今の話は聞かなかったことにしてやる。もし次に同じことを言い出したらこの間みたいに氷漬けにしてやる。覚悟しておけ。」 エイジスはそう吐き棄てると李信の胸ぐらから手を離して退室していった。 総大将であるかっしーとアティーク、寝返り組であるまさっちとセール、そして李信を除く将達は広間に集まって酒盛りをしていた。 「直江の奴、調子乗り過ぎでしょ。策や調略が上手くいったからってさ。」 平行が酒を含みながら言い出す。 「誰が総大将だか分からなくなるよな。かっしー様やアティーク様を差し置いて仕切ってるし。随分偉くなった気でいるんだろうな。」 ぷろふぃーるがつまみを口に運びながら平行に同調する。 「でもあいつ含めて俺らグリーン王国が居なきゃお前らは負けてたからな。お前らこそあんま調子のんなよ?」 小銭が2人に反論する。 「うるせえ、素人DTは黙ってろ!」 平行が小銭に杯を投げつける。 「彼女にDVされるお前よりはマシだよ!」 小銭が杯に酒を満たすと、それを平行に投げつける。平行の服に酒がかかり、アルコールの匂いが立ち込める。 「やったな性欲猿!」 「うるせえ不細工鉄オタ!」 2人は取っ組み合いを始める。 「くだらね。俺らはそろそろ寝るわ。」 「そうだな。」 星屑と水素は立ち上がり、その場を去った。残ったメンバーは仲裁に入ろうとしたが、あまりに激しい取っ組み合いに割って入ることが出来なかった。 数日後、幻影帝国からの返書が届き、3日後にランドラ帝国に侵攻がすることが決定した。 マツモト城では再び軍議が開かれ、諸将が大広間に集まっていた。 「李信、幻影帝国から返書が届いたようだな。」 アティークに呼ばれると、李信は幻影帝国からの書状を手渡した。 「ランドラ帝国滅亡の暁にはランドラ帝国領全35郡の内、南部12郡を幻影帝国領のものと、予てよりの交渉通りに致します。 残り23郡はグリーン王国とガルガイド王国で協議して決めるのが宜しいでしょう。滅ぼし切れなかった場合やどちらかが敗戦した場合は切り取り次第。 我々幻影帝国は3日後、ランドラ帝国南部のカントー口より攻め上がります。グリーン王国軍とガルガイド王国軍は北西のシヴァタ口よりの侵攻をお願い致します。」 それからはお互い同時に敵本拠地のランドラ城を攻めることなどが書いてあった。 アティークは書状を読み終わると、畳んで李信に返した。 「勝手に幻影との交渉を始めたのは論外だが、上手く交渉を進めたことは評価する。次からは総大将に相談するように。」 「いいだろう。」 アティークの注意を一言の返事で李信が済ませた。 「皆、聞いたな。ランドラ帝国侵攻は3日後だ。出陣は2日後。備えを怠るな。」 かっしーがそう言うと李信が侵攻路等を絵地図を広げながら説明し、軍議は終わった。 ランドラ帝国 ランドラ城 「やはり幻影とグリーン、ガルガイドが攻めてくるか。」 ランドラ帝国皇帝のゲノンは、忍の頭領である北条から報告を聞いていた。 「幻影軍4万がカントー口から、グリーン軍とガルガイド軍が4万1千、裏切り者のセール軍1万5千、同じくまさっち軍5千がシヴァタ口から侵攻してくる模様。」 北条が坦々と報告をする。 「合計9万1千か。クワッタの戦いで大惨敗を喫した我が国内で動員出来るのは残り5万余といったところか。それよりも、クワッタの戦いでのグリーン王国軍もかっしー派の軍もクワータリア陥落前より増えているのは何故だ?」 「かっしー派には諸豪族が味方につきました。グリーン王国は幻影と手を結んだ上、周辺国と不可侵条約を結んだようです。それ故、国境の兵を戦に回したものかと。」 「ご都合主義だな全く。とにかくこれより軍議を開く。諸将を集めよ。」 「はっ!」 ゲノンの命を受けて、北条は風のように消えていった。 ランドラ帝国 ランドラ城大広間では9万を超える侵攻軍をどう食い止めるかについて軍議が行われた。 「5万余の動員数で食い止めなければなりません。」 最初に簡単に状況を説明したのは紅蓮だった。 「やはり余の判断が間違っていたのか。もっと兵をクワッタの戦いに派遣していれば…。セールやまさっちの裏切りを防げたやもしれん。だが…。」 「幻影帝国の存在がそれを許しません。今それを論じても致し方ありません。大切なのはこれからの話です。」 後悔するゲノンを紅蓮が宥める。 「しかしまだ5万余も居る。敵は9万余。攻める側は守る側の3倍の兵が必要というのが兵法の常道。十分に防げます。」 紅蓮がそう希望を持って答えると、伝令兵が血相を変えて走って入室してきた。 「軍議中だぞ!」 紅蓮が伝令兵を叱責する。 「急報でございます!幻影帝国の同盟国・仁王帝国が3万の兵で幻影帝国軍と合流しました!」 伝令兵の報告は広間に居た諸将を凍りつかせた。 グリーン王国のNo.2であるぐり~ん2号が隣国の一つである仁王帝国と話をつけていた。仁王帝国は幻影帝国とも国境を接し、同盟関係を気づいていた。ぐり~ん2号は仁王帝国の劉や幻影帝国のまさよんと協議し、ランドラ帝国打倒の形成を築いていたのだった。 「北条の報告では、グリーン王国の李信がランドラ帝国打倒後の領土配分の取り決めはグリーン王国、ガルガイド王国、幻影帝国の三国で行う交渉をしていたそうではないか。これはどういうことだ!」 皇帝ゲノンが伝令兵に問うが、そこまでは分かりませんと返答するのみであった。 「敵は12万。兵法の常道に照らして考えば…。」 紅蓮が言いかけたところで制止する者が現れた。ランドラ帝国の将・連投ステハンである。 「二方向に軍を分けて防げる数ではありません。此処は全ての防衛戦を撤廃すべきかと。」 「ではあそこに兵を結集して食い止めると?」 「はい、国門・元国関に5万余の軍を集結させ、このランドラから補給を行いながら食い止めるのが上策かと。」 「それもそうだな。陛下、それで宜しいでしょうか。」 連投ステハンの意見に賛意を示した紅蓮がゲノンの判断を仰いだ。 「良いだろう。全軍を元国関に集結させろ!」 戦いの方針が決定した瞬間であった。 マツモト城を出陣したグリーン・ガルガイドの連合軍は国境付近のマツジュン城を経て国境を越えランドラ帝国領に入り、シヴァタ城を包囲していた。 このシヴァタ城攻撃を請け負ったのが、李信の調略に応じてクワッタの戦いでサバとランドラ軍から寝返って味方になったセールとまさっちの2万の軍だった。 対するシヴァタ城を守るのは城主・柴田と城将の加楽や丸嶋ら1500の軍勢だった。 「何かわけ分からん内に大軍が攻めてきたわ爆笑」 元国関に集結せよの命はシヴァタ城には到達していなかった。柴田は城主として能力にも問題があり、セール軍が加楽が守る二の丸を、まさっち軍が丸嶋を守る三の丸を難無く制圧した。 「申し上げます!加楽殿お討ち死に!」 「申し上げます!丸嶋殿お討ち死に!」 伝令兵が凶報を告げるが、柴田はいつも通りだった。 「まだや!イズミヤで貰ってきたおにぎりとアクエリアスが大量にあるんや爆笑大爆笑超大爆笑」 「無理です!降伏しましょう!」 「降伏ってなんや爆笑」 兵の進言を取り入れず、柴田は戦闘を継続した。 結局、柴田はセール軍のハンペルに討ち取られた。シヴァタ城は僅か2時間で落城し、城兵は戦死もしくは逃亡した。 「セール殿、まさっち殿。見事なお働きです。」 李信が城攻めを難無く成功させた2人に労いの言葉をかけた。 「いや、この城の将も兵も弱過ぎて話にならなかったぞ。」 「今回も俺の完全勝利だったお^^」 事実、2人の軍には殆ど被害は無かった。最前線を守る城だというのに弱過ぎて拍子抜けしたくらいだと、セールは後から付け加えた。 「報告ー!」 李信が放った斥候が戻って来た。 「ランドラ帝国は全ての防衛戦を撤廃し、元国関に全軍を集結しました!その数、5万!」 「そう来たか。ある程度予想はしてたが。」 その夜、グリーン・ガルガイド連合軍は攻略したシヴァタ城に入って夜を明かした。 グリーン・ガルガイド連合軍は幻影・仁王連合軍と連絡を取り合い、シヴァタ城を攻略した6日後に元国関前の風蘭平原に到着した。 4ヶ国12万の兵が集結し、これから始まる大戦を前に兵全員の表情から緊張感が伝わってくる。流石にこの世界で最も多くの兵が集まっただけに壮観である。 風蘭平原に設けられた4ヶ国連合軍の本陣には、各国の軍を率いる総大将が集まっていた。李信は総大将では無く一部将に過ぎなかったが、各国の総大将に呼び出されていた。ここまでの流れを作り、戦いを実質的に主導してきたからである。グリーン軍総大将のアティークと共に設けられた本陣を訪れた。 「もしやグリーン王国の御二方ですかな?私は幻影帝国軍総大将のシルバーです。お見知り置きを。」 全身を銀色の甲冑、銀色に輝くマントを身につけた、名前に相応しい堂々たる格好の男が挨拶してきた。 「グリーン王国軍総大将のアティークです。何卒よしなに。」 アティークが名乗り、一礼する。 「グリーン王国軍の李信。」 短く済ませ、一礼する。 「やはりグリーン王国の方だったか。最初に着いたのが俺でな。しかしこんなに大きな戦は初めてだ。武者震いがするのう!」 シルバーは急に馴れ馴れしい口調になる。どうやら本当に武者震いしているようだ。 「ではまだ仁王帝国の総大将は来ていないのですか。」 「そういうことだな。此方からもまだ1人来る予定なんだがまだ来ないな。少し世間話でもして待ってるか。」 アティークの質問にそう答え、シルバーは勝手にあれこれと話し始めた。 シルバーの話を聞き流していると、何者かが陣所に入ってきた。 「もう3人も来てるのか。」 入ってきたのはかっしーだった。 「ん?何か覇気が無いのが来たな。誰だ?」 アティークに対しては最初は敬語だったシルバーがかっしーにはあからさまな態度を取る。 「ガルガイド王国の王子・かっしーですが。いきなりご挨拶ですね。」 「あー、かっしー王子ね。グリーン王国の助けを借りてサバを討ったってのは。」 明らかに小馬鹿にしたような態度である。 「あと1人か?仁王帝国の総大将。」 かっしーが今更確認する。 「うちからもう1人来るよ。しかし頼りない顔触れだな。」 「余計な御世話だ。」 かっしーはシルバーに苦手意識を持った。 三日月の前立てをつけた黒い兜、右目に眼帯、戦国時代の当世具足、そして竹に雀の家紋が入った緑色のマント…何処かで見たことのある格好の男が入ってきた。 「仁王帝国軍総大将・伊達藤次郎政宗!只今参上仕った!」 「何かメンドくさそうなのが来たな…。」 シルバーが苦笑した。 「この独眼竜が今回、仁王帝国の総大将という重大な役目を任された!このワシが第一の武功を挙げてくれるわ!」 「あーはいはい。アンタの席はそっちね。」 呆れた表情でシルバーは伊達藤次郎政宗と名乗った男の席を指差した。 「そろそろうちの奴が来ると思うんだが…。」 シルバーが陣所の外に出ようとすると、入ってくる者が居た。 「俺が今回この4ヶ国連合軍の総大将を務める幻影帝国皇帝のHostSamurai、又の名をホッサムだ。」 「これで全員揃ったかな?」 ホッサムが陣所内を見回すと席が2つばかり空いている。 「いや、まだだ。もう来る筈だが。」 李信が返答するとすぐに2人が現れた。 「元ランドラ帝国の大将軍・セールだ。」 「元ガルガイド王国サバ派の将軍のまさっちだお^^」 セールとまさっちは遠慮なくドカッと着席した。 「さて、これで全員だな。軍議に入る前に全員揃ったところで改めて自己紹介をしたい。俺は幻影帝国皇帝・ホッサム。この4ヶ国連合軍の総大将を務める。」 ホッサムが立ち上がって今一度名乗る。 「幻影帝国軍総大将のシルバーだ。まあせいぜい宜しく。」 「仁王帝国軍総大将・伊達藤次郎政宗!」 「ガルガイド王国第一王子・かっしーです。」 「グリーン王国軍総大将のアティークです。」 「グリーン王国軍部将・李信だ。」 「ガルガイド王国軍部将のまさっちだお^^」 「元ランドラ帝国大将軍・セールだ。」 各々が立ち上がり、名乗りを上げて一礼する。連合軍首脳の顔触れが今ここに揃った。 軍議が終わり、各々が持ち場についた。 セール・まさっち連合軍2万は元国関東の山間部からの侵入を狙う。対するはランドラ帝国将軍の水瓶率いる1万。 仁王帝国、幻影帝国、ガルガイド王国の連合軍8万5千は元国関を破るべく正面に布陣。対するはランドラ帝国将軍の紅蓮、捏造ステハン、エリナ率いる2万5千。 グリーン王国軍2万6千は元国関の西に布陣し、ランドラ帝国の北条率いる1万5千と相対した。 後方には連合軍総大将のホッサムが控えている。 「すまんなアティーク殿。我ら幻影帝国はランドラ帝国に次ぐ大国だ。面子というものがある。この戦いの戦端を開くのは我ら幻影帝国でなければならない。」 ホッサムは後方の本陣で眼下に広がる8万5千の大軍を見下ろしながら隣に座るアティークに言った。 「構いません。どうぞ初めて下さい。」 「ではお言葉に甘えるとしよう。シルバーに始めさせろ!」 アティークに返答を聞き、ホッサムが命令を出すと何人もの旗持ちが順番に旗を上げていき、それがシルバーへの合図となった。 「幻影帝国軍総大将・シルバーより全幻影兵に告ぐ!」 シルバーが戦場全体に響き渡る大音声を発し始めた。 「我ら幻影帝国軍は此度の連合軍の盟主也!この大戦の栄えある開戦の一刃を幻影帝国軍が承った!」 「この戦でランドラは滅ぶ!!!」 「この戦はァ 深く歴史に刻まれること間違いない!!沈めランドラ!!全軍突撃ー!」 シルバーの号令で幻影帝国軍4万が元国関へ押し寄せる波の如く動き出す。 「幻影が出たか!出陣じゃー!独眼竜が出る!」 伊達政宗の号令で仁王帝国軍も幻影帝国軍に続いて動き出した。 「かっしー様、そろそろ我々も…」 ガルガイド王国軍では平行が傍に控え、かっしーに出撃を促す。 「うむ!全軍出陣!元国関を陥落させるのは我らガルガイドだ!」 ガルガイド王国軍15000もかっしーの号令で動き出した。 「アティークの代わりにグリーン王国軍を任されたが、敵はグリーンバレーで会ったあの北条とはな…。」 全戦場を見渡し、総大将のホッサムの傍に居るアティークにグリーン王国軍2万6千を委ねられたのは李信だった。 「キモ男さん、ポルク氏。俺が敵能力者と戦闘状態に入ったら俺の代わりに指揮を任せる。」 「分かった。」「了解。」 李信隊副官のキモ男とポルクに念を押して、戦いに備える。 「まだ出るな!北条隊が出てくるまで陣形を維持、待機だ!」 他の連合軍は自ら出撃していったが、李信は攻撃側でありながら敵の出撃を待った。 「直江さん、怖じ気づいたのか?出てこないとはな。なら此方から出る!出撃!」 忍でありながら部隊指揮官も兼任する北条の15000の部隊が出撃した。 「来たか。さて、どちらに行くか。」 李信は前衛右に小銭、前衛左に星屑、前衛中央に水素の部隊を配置し、自らは後方に布陣して本陣を置いた。 北条が前衛のどの部隊に攻撃を仕掛けるか、それを見極めようとしたのである。 北条軍は三つ鱗の紋が入った旗を押し立てて、兵の旗指物としても用いている。北条軍が突撃したのはグリーン王国軍右翼の小銭隊だった。 「守りに堅いと史上有名な北条の紋を用い、防衛戦でありながら何故自ら突撃を敢行するのか…。」 李信はふと考えた。だがその答えは北条軍の勢いを見てすぐに分かった。北条軍は瞬く間に星屑隊を突き崩さんばかりの勢いで圧倒しだしたのである。その勢いの源は、先頭の「地黄八幡」と描かれた黄色の旗指物を背負い、大太刀を奮う無双の勇者の存在だった。 「我こそは北条左衛門大夫綱成!この戦は既に勝っている!勝った勝ったー!」 勝った勝ったと大音声で叫び続けることで味方の兵を鼓舞し、猛然と攻めかかるのである。 北条軍には五色備えがある。この北条綱成の黄備え、富永直勝の青備え、多目元忠の黒備え、北条綱高の赤備え、笠原康勝の白備えである。 北条綱成の黄備えを戦闘に、5人の部隊長が率いる色備え部隊が気勢を上げて小銭隊を窮地に追い込んでいた。 「小銭隊が危ないな。中央の水素隊に北条勢の背後を突かせろ!」 瞬く間に小銭隊のチャイやしずくなのが指揮する部隊を打ち破り、小銭の陣がある手前の奇人まで迫る北条勢の勢いを封じるべく中央の水素に指令を下した。 「行くか。正義執行!」 水素が5000の兵を率いて北条軍の背後に回り込んだ。 水素隊5000が素早く移動して小銭隊を突き崩している北条軍の背後に回り込み、攻撃を開始した。背後からの攻撃を想定していた北条軍黒備えの多目周防守元忠は、水素隊の槍衾突撃に対して数百の火縄銃を打ちかけて巧みに応戦した。 「やはり足りないか。星屑隊に北条軍の左側面を突かせろ!」 水素隊が北条軍の背後に回り込んだ為、空白となった水素隊の陣の後を星屑隊が通り抜け、北条軍の右側面への攻撃を始めた。矢を撃ちかけて浮き足立った北条軍右備えの青備えの指揮官・富永三郎右衛門尉直勝の部隊に星屑隊が槍衾を作って突きかかる。勢いに乗って小銭の首を目指していた北条軍の攻勢が緩み始めた。 「李信隊出るぞ!北条軍の右側面を突き、完全包囲にて殲滅する!」 11000の李信隊が小銭隊の左を迂回し、北条軍から見て右に出る。これで完全包囲が完成した。 「名付けて鶴翼及び逆さ魚鱗の陣!」 右翼と左翼に小銭隊、星屑隊それぞれ5000を配し、それから少し突き出た中央へ水素隊5000を配した魚鱗の陣から変形した包囲陣がこれにて完成した。 「北条君、弱兵ばかりの小銭隊をすぐに見抜いたのは見事だった。やはり歴戦の将だな。だがこれで終わりだ。」 包囲を完成させたグリーン王国軍が一気に勝負を決めに行くが北条軍の精強さは流石で、少し浮き足立つもののすぐに小銭の陣まで迫ろうとしていた。 「やはり此処は俺が出る他ないようだな!キモ男さん、ポルクさん。指揮を頼む。」 北条自身も写輪眼を利用して小銭隊の兵の動きを見切り、突き出される槍や降り注ぐ矢を掻い潜り小銭の首を目指している。 「そこまでだ北条左京大夫殿。」 李信自身が自隊の先頭に躍り出て北条を睨み据えた。 「ほう、やはりあの時の黒尽くめの指名手配犯は貴方だったか。あの時は邪魔が入ったが今度はそういかん。この手で貴方を討ち取り名を上げる!」 「分身を使って俺をつけ狙っておいてよく言う。いいだろう。今度こそ俺が相手になってやる。」 李信が腰の刀を抜く。 「陸奥守、指揮は任せる。」 北条が馬から降りて指揮を家臣の北条陸奥守氏照に任せた。 「八爻双崖」 李信が鬼道による結界を展開し、外からの干渉の一切を遮断する空間を作り出す。 「これで邪魔は入らない。思う存分戦えるというものだ!」 李信が刀を下段に構えて北条に打ち掛かった。 李信が刀で斬りつけてくると北条はクナイを取り出して受け止める。刀とクナイでの接近戦の応酬となったが写輪眼のある北条の方が圧倒的有利だった。李信は頬や腕に何箇所かの傷を作り、一旦間を取る。 「軍略や策動には多少長けてるようだがやはり生来の馬鹿は隠せないな。写輪眼を持つ俺に接近戦で単純な武力勝負を挑むとは。」 「ただの小手調べだ。本番はこれからだ。」 北条の挑発を李信は軽く受け流す。 「火遁・豪火滅却」 北条が印を結び、火遁の上位に位置する術を口から吐いて繰り出す。 「破道の七十三 双蓮蒼火墜」 蒼火墜よりも威力が上昇した蒼炎を太くした直線状に両掌から撃ち出して対抗する。威力は拮抗し、火炎と蒼炎は衝突した後に相殺されて弾けた。 「ならばこれならどうだ?火遁・頭刻苦、風遁・圧害!」 両掌から上位の火遁と風遁の術を撃ち出し、撃ち出した先で混じり合い威力を倍加させて李信に襲い掛かる。 「紆余曲折(ザ・ワインド)」 火遁と風遁が合わさり巨大な火の海と化した攻撃は、李信が居る位置のみを避けていった。 「お前の攻撃など当たらない。この能力は敵の攻撃を屈折させる。」 「なら避けられない術を見舞ってやる!天照!」 北条の万華鏡写輪眼の瞳術が発動する。北条の視点から李信の体に黒い炎が発火した。 「対象を燃やし尽くすまで消えない炎だ!焼き尽くされて死ねぇ!」 「破道の九十 黒棺」 しかし何故か背後から現れた李信による鬼道が発動し、北条は霊圧で作り出された重力の奔流を持つ黒い直方体に覆われた。 「ガハァッ!」 北条を黒棺の内部から伸びる無数の黒い刃で斬りつけ、黒棺は消滅した。 「やはり詠唱破棄だと威力はこの程度か。」 全身から血を流す北条を見やりながら落胆する。 「確かに天照は命中した筈だ…!」 「あれはお前がそこに落ちていた木の枝を俺だと認識して天照を発動しただけのこと。」 李信が地面に目を向ける。北条も後ろを振り返りその地点を見ると、木の枝が黒い炎により焼かれていた。 「どういうことだ?…まさか!」 北条は最も深く傷つけられた腹部の傷を手で押さえながら生前の記憶を反芻した。 「鏡花水月の能力を使用した。始解の発動を見たお前を完全催眠にかけたのだ。」 「じゃあ最初に抜刀した時から…!」 「そうだ。」 李信が掌を突き出し、青色の霊圧を込める。 「虚閃(セロ)」 青色の霊圧が光線となって至近距離から発射される。 「須佐能乎!」 北条の万華鏡写輪眼の瞳術の一つである。青いチャクラの巨人が北条を覆う形で出現し、虚閃は巨人に当たり消滅した。 「そんな攻撃は俺には届かない!」 李信は跳び下がって北条と距離を取った。 北条が更に瞳術を発動させ、辺りに何とも言えない、世界の色が変わるような音が鳴り響く。 「幻術破りだ。これでお前の鏡花水月は使えない。」 「鏡花水月にも有効だったのか、厄介だな。」 北条は須佐能乎にチャクラで作り出された弓矢をつがえさせる。 「インドラの矢を受けてみろ!」 インドラの矢と呼ばれた巨大なチャクラの矢が放たれた。 「狂え!來空!」 李信の刀が両刃形態に変形し、その斬魄刀「來空」を右回転させてインドラの矢を空間ごと切り取り吸収した。 「何だその斬魄刀は!天照!」 天照を放たれる直前に來空を右回転させ、発生した空間に天照の黒い炎は吸収された。 「これは斬魄刀・來空だ。能力は見ての通りだ!」 來空を左回転させると、北条の背後に切り取った空間が復元され、インドラの矢と天照が北条に浴びせられた。 インドラの矢は須佐能乎により防がれたが、天照の黒い炎は須佐能乎の胴体に着火した。 「天照は対象を焼き尽くすまで消えない炎だったな。ならその須佐能乎はもう…」 李信が言いかけた時である。北条が瞳術によって須佐能乎に取り付いた黒い炎を消滅させた。 「黒炎のコントロールは俺次第だ。馬鹿め。そろそろ本番だ。」 須佐能乎が更に大きさを増し、姿も部将風の風格を兼ね備えた堂々たるものに進化した。 「完成体須佐能乎だ。これが繰り出す一撃に耐えられるかな?やれ!」 完成体須佐能乎がチャクラで出来た刀を抜刀して振り下ろす。 「來空!」 來空を右回転させて須佐能乎の右腕ごと切り取り、次いで左回転させて北条に須佐能乎の太刀を浴びせる。 が、須佐能乎の太刀では須佐能乎の体には傷一つつけられなかった。 「面倒だな。これでは埒があかん。」 李信の表情は険しくなった。 「月読」 北条の万華鏡写輪眼の第一の瞳術が発動する。精神世界に引きずりこまれ、李信は十字架に磔られている。 「これから72時間、お前を刀で刺し続ける。刺した傷は幻だが痛みは現実だ。」 刀を持った無数の北条が李信の眼下に出現し、磔られている李信の全身を刺し始めた。 「グアァァァ!」 これまで上げたことのない悲鳴を上げ、壮絶な痛みに耐えられず声を張り上げる。そうすることで辛うじて涙を堪えているのだ。 北条の攻撃は終わらない。一瞬を72時間と同じ感覚にさせて行うこの幻術は、万華鏡写輪眼が有する最強の幻術である。 「どうした?まだ30分しか経ってないぞ?あと71時間30分だ。」 ニヤリと笑みを浮かべながら刀で李信の心臓や内臓を抉り続ける。 「フッ…」 李信が北条に刀で刺されながらふと不敵な笑みを浮かべた。 「何だ?お前まさかMに目覚めたか?」 北条が嘲笑するような表情を李信に向ける。 「ようやくこの力を使える時が来たようだ。」 「全知全能(ジ・オールマイティ)」 李信が能力名を唱えると、幻術により作り出された精神世界は崩壊し、月読は解除された。 「全知全能(ジ・オールマイティ)は目にした力を知る能力だ。知った力は俺には通じない。だがこの世界に来て日が浅い俺ではまだ一回しか使えないが。だがもう月読は俺には通じない。」 とは言え、30分に渡り精神世界で無数の刀に刺され続けたダメージは大きく、崩れ落ちて片膝をついて息を切らしている。 「虫の息じゃないか直江さん。だが安心してくれ。今すぐ楽にしてやる。」 完成体須佐能乎からインドラの矢が李信目掛けて放たれた。 「朽ちろ 髑髏大帝(アロガンテ)」 李信が斬魄刀に触れると、斬魄刀が自らの等身以上のサイズの斧に変形し、青い霊圧が体と斬魄刀を包み込む。 「死の息吹(レスピラ)」 李信の周囲に黒紫の「老い」の力が広がり、インドラの矢に当たると矢は朽ちて消滅した。 「この世界に来て初めて破面(アランカル)の帰刃(レスレクシオン)を使ったが、中々協力だな。」 「完成体須佐能乎が放つインドラの矢を消しただと…!?その力は!?」 北条はトドメのつもりで放ったインドラの矢を消滅させられて戸惑っている。 「この髑髏大帝(アロガンテ)が司る力は老い。老いとは時間、最も強大で最も絶対的なあらゆる存在の前に立ち塞がる死の力だ。」 金色の王冠を被り、髑髏の顔に紫色の体を覆うマント、等身以上の大きな斧という異様な風貌に変形した李信が答えた。 「インドラの矢を老いの力で朽ちさせたってわけか!」 「そういうことだ。さて北条君、貴殿は二次元派の仲間だったが俺の前にあくまで立ち塞がるなら仕方ない。赤牡丹さん同様消えてもらおう!」 「死の息吹(レスピラ)」 死の息吹が須佐能乎に当たると、須佐能乎の体が朽ち始める。 「馬鹿な!俺の完成体須佐能乎が!」 死の息吹が須佐能乎を消滅させ、北条にも命中した。北条の指先から朽ちて骨だけになっていく。 「さあ、老いて朽ち果てるがいい。此処がお前の墓場だ北条!」 しかし北条の姿は李信の視界から消える。 「無駄な足掻きだ。大人しく朽ち果てろ!」 しかし死の息吹を受けていない状態の北条が左側面に突然現れる。 「死の息吹(レスピラ)を受けて無傷…そんな筈は…」 「イザナギだ。」 李信の疑問に北条が答えた。 「イザナギ。術者にとって不利な事象を夢に描き変える禁術だ。」 北条が腕をまくると、腕に埋め込まれた複数の写輪眼が姿を現す。その内一つの写輪眼が閉じたのを李信は視認した。 「そのイザナギとやらのネタは分かっている。その腕の写輪眼が全て閉じたらお前はその禁術を使えなくなる。それまで何度でもお前を朽ちさせるだけだ。」 李信が北条に向かって死の息吹を放つ。 「天之御中」 北条が万華鏡写輪眼の他のもう片方の目・輪廻眼による瞳術を発動させ、空間は転移して砂漠の世界が広がる。 「此処ならもっと遠慮無く全力を出せるというものだ。」 北条はそう言うと、首筋にある呪印の力を解放した。 「これが状態2ってやつだ。あまり姿は好きじゃないがな。お前のその形態を何とかしなければならんからな。」 「喋ってる場合か?貴様は2発の死の息吹を食らった。腕の写輪眼の数は有限だろう?モタモタしてると…」 「まあそう慌てんなよ。火遁・豪龍火の術!」 李信の言葉を制止し、北条は印を結んでから龍を象った炎を口から天に向けて何発も吐いた。 「何処を狙っている?写輪眼がありながら俺の姿すら見えないのか?」 「いいや、これでいいんだよ。これでお前のその髑髏顔の形態を攻略出来る。」 北条が天を指差すと、積乱雲が発生して広がり、大雨が降り始める。やがて雷が発生し、耳をつん裂くような雷の音が鳴り響く。 「来い!」 北条が雷遁のチャクラを右手に纏わせると、天から雷で出来た伝説上の生き物を象ったチャクラが出現する。 「術の名は麒麟。この一撃でお前の髑髏大帝(アロガンテ)を攻略する!」 「やってみろ!死の息吹(レスピラ)!」 死の息吹が麒麟に向かって伸びていく。北条は右手を振り下ろして麒麟を天から李信と死の息吹目掛けて落雷させた。 死の息吹はとてつもない威力の落雷に打ち消され、李信に直撃する。 「死の息吹を超える力をぶつければいいだけの話だ。まだイザナギも10回以上発動出来る。お前の負けだ。」 髑髏大帝(アロガンテ)が解除され、落雷による大火傷と深傷を負って突っ伏している李信が北条の視界に映る。 「これで勝ったつもりか?思い上がるなよ。」 李信の胸の真ん中から青い光が輝き、傷や火傷は治癒された。 「これは崩玉の主に対する防衛本能だ。負けるのはお前の方だ北条。」 李信が斬魄刀に霊圧を込める。 「瑞祥屠りて生まれ出で 暗翳尊び老いさらばえよ 餓樂廻廊」 斬魄刀が新たな始解を発動し、巨大な牙を生やす『口』を備えたヒグマほどの大きさの白い球形の生物を約30体ほど召喚する。 「そんな子供騙しで何が出来る!?」 「卍解」 北条の煽りをよそに、餓樂廻廊の卍解を発動する。半径数霊里を飲み込むほどの巨大な顎を地より出現させると、李信以外の全ての存在を喰らい砕く。 北条は顎に喰らい砕かれ、惨めに肉片となって消えていった。 「イザナギを忘れてもらっては困る。千鳥鋭槍!」 イザナギにより自らの死を夢に描き変えた北条が李信の頭上に現れ、形態変化で伸ばした千鳥を突き出す。 「破道の九十六 一刀火葬」 李信が自らの腕を触媒とした刀身状の爆炎を放つ。爆炎が北条を呑み込む。 「神威(カムイ)!」 万華鏡写輪眼の瞳術で爆炎を異空間に飛ばした北条が上空で印を結ぶ。 「俺は全ての尾獣の人柱力だ!」 北条が一尾から九尾までの尾獣のチャクラを集め、尾獣チャクラモードになる。 「影分身の術!」 8体の北条の影分身が現れ、それぞれが掌にチャクラを集める。 「尾獣螺旋手裏剣!」 合計9体の北条が一斉に尾獣のチャクラで強化された螺旋手裏剣を李信に向かって投げつけた。 「夢想家(ザ・ビジョナリー)」 李信が滅却師の新たな力を行使し、尾獣螺旋丸を消滅させた。 「螺旋手裏剣が消された…!?」 驚愕し北条は目を丸くする。 「夢想化(ザ・ビジョナリー)はVの聖文字(シュリフト)を持つ力。空想を現実のものとする力だ。例えば、こんな風にな。」 李信が念じると、巨大なブラックホールが上空に出現して凄まじい重力の力で砂漠の砂諸共北条は吸い込まれた。 「だからイザナギがあるって言ってんだろ!仙法・超大玉螺旋丸!」 尾獣モードに加えて仙人モードになった北条が李信に特攻する。 「無駄だと言った筈だ。」 北条の頭上にギロチンが現れ、北条を真っ二つに切り裂く。 「イザナギの発動回数は残り7回といったところだな。あと8回殺せばお前は終わる。」 「お前こそその力、まだ使いこなせてないみたいじゃねえか。よろめいてるぞ、お前。」 そう言われて李信は自分の体に大きな負荷がかかっていることに気づいた。」 「クソッ…!此れ程の苦戦、氷河期さんとの戦闘以来だ。」 「さっきから切り札を乱発してるみたいだがよお、もうお前限界なんじゃねえのか?あ!?」 北条が十尾を口寄せの術で召喚すると、自身のチャクラを十尾に注ぐ。 「ここで死ねわけにはいかないな。」 李信が顔に右手の掌を翳すと、顔面に虚(ホロウ)の仮面が現れる。 「今更虚(ホロウ)化かぁ!?無駄な足掻きなんだよぉ!尾獣玉発射ァァァ!!」 十尾の口から尾獣玉が発射され、北条を除く地平の彼方までを巻き込む。 「さて、そろそろくたばったかな?」 しかし尾獣玉の衝撃を耐えた李信が尾獣玉を掻き消して現れた。二本の角を持つ虚(ホロウ)の姿と化して。 「虚閃(セロ)!」 これまでに無い規模の青い虚閃を角の先から放つ。 「尾獣玉!」 北条も対抗すべく尾獣玉を発射する。世界の全てを巻き込むかのような爆発が発生し、爆音が鼓膜を襲う。 やがて爆発が消える。北条の視界に李信の姿は無かった。 「何処を見ている。」 響転(ソニード)で北条の背後に移動した李信が北条に斬魄刀・天鎖斬月を振り下ろす。 「ここで死ねわけにはいかないな。」 李信が顔に右手の掌を翳すと、顔面に虚(ホロウ)の仮面が現れる。 「今更虚(ホロウ)化かぁ!?無駄な足掻きなんだよぉ!尾獣玉発射ァァァ!!」 十尾の口から尾獣玉が発射され、北条を除く地平の彼方までを巻き込む。 「さて、そろそろくたばったかな?」 しかし尾獣玉の衝撃を耐えた李信が尾獣玉を掻き消して現れた。二本の角を持つ虚(ホロウ)の姿と化して。 「虚閃(セロ)!」 これまでに無い規模の青い虚閃を角の先から放つ。 「尾獣玉!」 北条も対抗すべく尾獣玉を発射する。世界の全てを巻き込むかのような爆発が発生し、爆音が鼓膜を襲う。 やがて爆発が消える。北条の視界に李信の姿は無かった。 「何処を見ている。」 響転(ソニード)で北条の背後に移動した李信が北条に斬魄刀・天鎖斬月を振り下ろす。 「神羅天征!」 天鎖斬月が北条の体を真っ二つにしようとする寸前で斥力を発生させて李信を遥かまで吹き飛ばす。 「厄介な術ではあるが神羅天征は発動後5秒のインターバルがある筈だ!虚閃(セロ)!」 原作の神羅天征の効果を思い出してすかさず青い虚閃を放つ。 「木遁・真数千手!」 北条の目の前に無数の腕を持つ、十尾を凌ぐサイズの巨大な千手観音を出現させて虚閃を防ごうと試みる。しかし初代火影の仙術ですら完全虚(ホロウ)化が放つ虚閃は一瞬で消し飛ばした。そして青い光が北条を呑み込む。 「信じられない威力だ。だがまだイザナギは6回使える!」 「虚閃(セロ)」 間髪入れずに虚閃を李信が放つ。極太の青い光が北条に伸びていく。 「神羅天征!」 虚閃を斥力によって弾き飛ばそうと試みるが神羅天征は虚閃に突破されてしまった。 「神羅天征に耐えるだとぉぉぉ!?」 虚閃が北条に直撃する。北条の腕に埋め込まれた写輪眼がまた一つ閉じる。 「万象天引!」 北条が右手を正面に翳し、引力を発生させる。李信の体は発生した引力により強制的に引き寄せられる。神羅天征とは真逆の能力の術である。 「塵遁・原界剥離の術!」 強い引力で李信を引き寄せながら、分子レベルで対象を分解する立方体を左手から撃ち出す。 (塵遁か。あれを喰らったらヤバい!) 「鉄鎖の壁 僧形の塔 灼鉄榮榮 堪然として終に音成し 縛道の七十五 五柱鉄貫」 五つの高い柱を鬼道により出現させ、引力に引き寄せられながら柱を駆け足で登って塵遁の射程範囲から外れた。 「木遁・樹海降誕!」 北条が地面を左手で叩くと、周囲から樹木が樹海を形成するかのように次々に李信に向けて生えていく。万象天征による引力を利用した攻撃である。 「破道の三十三 双火墜」 左手から蒼炎を放ち、樹木を瞬く間に焼き尽くす。 「風遁・真空連波!」 片手で印を結び、口から風の衝撃波を吐くが、天鎖斬月により切り裂かれる。ついに引力により李信が北条の眼前に迫ろうとする。 「仙法・超大玉螺旋丸!」 引力を利用して絶対に避けられない状況で超大玉螺旋丸を左手のみで作り、眼前に迫る李信に突き出す。 「虚閃(セロ)」 二本の角から青い霊圧の光が北条の至近距離で放たれる。超大玉螺旋丸は掻き消され、北条に直撃した。 北条の腕に埋め込まれた写輪眼がまた一つ閉じ、残り五つとなる。 「虚閃(セロ)」 先ほどの虚閃による死をイザナギで夢に描き変え、頭上に現れた北条を虚閃で呑み込む。 「そう何度も喰らうか!神羅天征!」 神羅天征で虚閃を斥力によって吹き飛ばそうと試みるが、斥力は押し切られて北条を押し包む。北条を呑み込んだ虚閃が天高く伸びてキノコ雲のような形に舞い上がると、花火のように弾ける。 「残り4つだ。諦めろ北条。」 李信が天鎖斬月を北条に向けて言う。 「俺は負けん!グハッ!」 気づかない内に北条の眼前に響転(ソニード)で眼前に現れた李信が天鎖斬月を北条に振り下ろす。 「しまっ…」 刹那のことだった。振り下ろされた天鎖斬月が、写輪眼が埋め込まれている北条の右腕を切り落とした。肘の部分から血の滝が流れ、砂漠の砂は赤く染まっていく。 「これでイザナギは使えない。お前の負けだ。」 「神羅天征!」 腕を切り落とされた苦痛に顔を歪めながら北条は尚も諦めない。斥力は李信を後方へ吹き飛ばした。 「残りチャクラももう限られている。この一撃で勝負を決するぞ!完成体須佐能乎!」 万華鏡写輪眼の瞳力で完成体須佐能乎を再度出現させ、インドラの矢を放つ構えに入った。 インドラの矢に炎遁・加具土命による黒い炎が加えられる。 「お前のこの世界での短い生涯を終わらせてやる!」 完成体須佐能乎が限界まで弓を引き絞る。 「俺も残る霊力をこの一撃に乗せる!」 天鎖斬月に霊力を込め、赤色に縁取られた黒い霊圧が纏われる。 「月牙天衝!!」 完成体須佐能乎を超える大きさの月牙が放たれる。完成体須佐能乎も黒炎を纏ったチャクラの矢を放った。2人の全力攻撃が衝突し、黒い霊圧と紫色のチャクラが混じり合って砂漠世界全体を巻き込む衝撃が発生し、2人はその中で何故か光に包まれた。 「此処は…北条君か。」 李信が目を覚ますと、目の前に北条が居る。光に包まれた何も無い世界に。 「よう。今度は思い切り戦えたぜ。結果がどうなろうが悔いはねえ。」 先程までの様子から想像もつかない笑顔の北条がそこには居た。 「何故君はそこまで…」 「アンタと全力で戦いたかったんだ。この世界に来てこの国に拾われていろんな奴と戦ってきた。国の任務に従事もしてきた。ある日テレビをつけると、隣の王国で王国最強騎士と渡り合うアンタの姿がニュースで映ってた。俺は純粋にアンタと戦いたいと思ったんだ。」 李信の質問に屈託の無い笑顔で北条は答える。 「任務でニュースに映ってた黒尽くめの指名手配犯、つまりアンタを追ってグリーン王国で見つけた。アンタと全力で戦える日が早くも来たと心踊ったよ。そしたら何のオーラも感じない、肉体だけで戦うおかしな男が居たんでな。何かあると思って分身を使って接触してみた。そしたら分身はその男に手も足も出なかったんだ。」 「あの男に邪魔されて俺は悔しかった。でも今度ばかりはアンタと戦う機会に巡り会えた。俺は満足だ。」 北条が続けて自分の胸の内を語った。 「互いに全力を尽くした。もう悔いは無いんだな?」 「ああ。」 李信の質問に北条が答えると、光の世界は消滅し、意識は元の世界へと戻った。 2人が向かい合って立ち尽くしている。暫くの沈黙の後、先に倒れたのは李信だった。 「まずい…もう立てない…」 倒れた李信に向かって北条が体を引きずりながら歩み寄る。 「もういいんだ。これで戦う理由は無くなった。元の世界に戻ろう。」 北条の輪廻眼の瞳術が解除され、李信が張った結界の中に戻る。 「くっ…!」 北条もチャクラを使い果たしてその場で倒れこんだ。 「結界を解除してくれ…。」 北条が弱々しい声で頼むと、李信はそれに応じて結界を解いた。 舞台は再び戦場へと移る。 「戦闘やめーーーい!!!」 弱った体で力を振り絞り、2人は同時に叫んだ。 「殿、どういうことでございましょう!?」 北条氏照にはその言葉の意味が解せなかった。 「もう戦う必要は無い。俺は降伏する。お前達も戦闘をやめろ。これ以上は無意味だ。それにこの国にはもう愛想を尽かした。軍事にばかり金を費やし増税に次ぐ増税だ。民の怨嗟の声が聞こえない日など無い。こんな国は消えてしまえばいい。」 「殿…。」 北条の声を聞いた北条軍の将兵達は次々と武器を捨てていった。北条軍はグリーン王国軍に降伏したのである。 「そういうわけだ。これからは世話になる。」 北条は笑みを浮かべてグリーン王国軍の将兵に声をかけた。グリーン王国軍将兵も戦闘を停止した。元国関西方の戦場は奇妙な形で決着をみたのである。 「よし、すぐに元国関裏に回り込むぞ。」 力無い声で指令を下す李信に北条が答える。元国関の裏にさえ回り込んで制圧すれば、ランドラ城へはもはや障害は無い。 「輝く流星の矢(スターライトアロー)!」 エイジスとエリナは戦闘状態に入っていた。エイジスが放った光の矢が分裂し雨のようにエリナに降り注ぐ。 「氷河期は心臓病だなぁ!」 エリナは自分の指に噛み付き出血させると、謎の黄色い光がエリナを包み込み、火柱のように天高く伸びる。 「氷河期は小さいなぁ!」 「これは…!」 生殖器を持たない全裸の巨人になったエリナが姿を現した。エイジスが放った矢は分厚い皮膚に全て弾かれる。 「俺の能力は巨人化なんだなぁ!お前のチャチな攻撃なんて全然効かないんだなぁ!」 戦場全体に響く声でエリナが吐く。 「あのデカい人間は何だ?」 遠く本陣で戦いを見守るホッサムが呟く。 「多分、一時期アニメ化して話題を呼んだ某漫画に出てくる巨人だろうね。この世界に巨人化出来る奴が居るとは思わなかったけど。」 隣に座るアティークが記憶を辿って質問に答える。 「体長15メートルはあるか?こんな巨人と戦ったら周りを巻き込んでしまう!」 「氷の世界(ブリザード・ディメンジョン)!」 エイジスが魔力を全身から放ち、自身とエリナのみを異次元空間に飛ばした。 「此処は何処なんだなぁ!寒過ぎるんだなぁ!」 エリナの目に映るのは地平線の彼方まで広がる氷のみの世界だった。 「そりゃ堪えるだろうな。何しろ此処の気温は絶対零度と同じなんだからな。巨人化してなきゃお前は死んでたぜエリナ。」 「こんな能力、並みの奴ならすぐ死ぬんだなぁ!チート過ぎてズルいんだなぁ!」 エリナの目に米粒の様にも映るエイジスがそう答えると、全身に魔力を込め始める。 「ズルくねえよ。これよりズルい能力を俺は見てきた。それに大切な物を守る為に力を行使するのは当たり前だぜ。」 「フェンリル」 エイジスが狼の姿へと変化する。そして咆哮を始めると、音の衝撃波がエリナの鼓膜を破り、更に足元から凍りつかせていく。 「耳が聴こえないんだなぁ!足が冷たいんだなぁ!」 エリナの巨体は下半身を氷で覆い尽くされ、腹部の方まで氷は広がっていく。 「氷の千本槍(サウザンド・ブリザードランス)」 エリナの胸部の周りに無数の氷の槍が出現し、一斉に射出される。氷の槍はエリナの分厚い皮膚をも貫通し、全てが突き刺さった。 エリナの胸部に無数の氷の槍が突き刺さり、その槍からエリナの血液が滴り落ちてくる。エリナを覆う氷もやがて頭の天辺まで広がり、巨人の冷凍化が完成する。 「今回の敵は大したこと無かったな。」 エイジスが一息ついた時である。エリナが自らの巨体を覆う氷を突き破り、拳を振り上げてきた。 「これくらいじゃ俺は死なないんだなぁ!」 エイジスに振り上げた拳を全力で下ろす。エイジスは間一髪のところでそれを狼ならではのすばしこさで走って避ける。 「雑魚キャラ感満載の割にはタフじゃねえかよエリナ。」 「お前の攻撃が大したことないんだなあ!」 いつの間にかエリナの鼓膜は回復していた。胸に刺さった氷の槍も傷が癒えると同時に傷口から押し出され、氷の地に音を立てて落下した。 (これは何か仕掛けがあるな。例えば、崩玉だの超速再生だの医療忍術だの回復魔法だのを持ってないこういうタイプには必ず体の何処かにコアがある。そのコアの位置を探り当てなければ俺に勝機は無い。) エイジスが思案し、一つの答えを見つけ出した。 「何か考えごとかなぁ!お前は此処で死ぬから無駄なんだなぁ!」 エリナの巨大な足がエイジスを踏みつけようと、地団駄を踏むように連続で炸裂する。 「巨大の癖に意外と動きが速い!」 エイジスは四つ脚で走り続けて地団駄を避けていく。 「フェンリル・獣人化」 エイジスが狼男に変化して腰に差している剣を抜く。 「冷殺剣」 剣に冷気と魔力を纏わせて強化する。 「お前が何をしようと此処で死ぬ運命は変わらないんだなあ!」 エリナがサッカーボールを蹴るようなフォームでエイジスに蹴りを繰り出す。 「そんなモーションがデカい攻撃が当たるかよこの木偶の坊!」 獣人化して更にスピードを上昇させたエイジスの高速移動で蹴りはスカされる。 「エイジストラッシュ」 蹴りを避けた勢いで高速で連続剣撃をエリナに繰り出す。足元から胴体へ間髪入れずに斬りつけ続ける。 冷殺剣の鋭利な刃と冷気がエリナの体を斬り裂き続け、巨体から噴き出る血飛沫が氷の世界に赤を与えるかの様に池を造って広げていく。 「痛いんだ…なぁ!」 体に剣を突き刺しながら高速剣撃を繰り出すエイジスをエリナは両手の手で体のあちこちを叩き始める。蚊を叩く要領だ。 「当たんねえよノロマ!」 エリナはビンタの高速ラッシュを自らの全身に叩き込むが、スピードはエイジスの方が上だった。エイジスはビンタをかわし続けながら剣撃を次々と繰り出していく。 エイジスがエリナの胸部まで到達した。エリナは危機を感じて全力で自身の巨体を遠心力を利用して回転させる。 「痛いって言ってるんだなあ!」 「オワァ!」 エイジスはエリナの遠心力を利用した回転に振り落とされてしまった。エリナの傷はまたしても自動治癒されていく。 (心臓がある胸部を貫いても奴は死ななかった。胸部までエイジストラッシュを見舞ってもダメだった。やはり首から上にコアがあるようだな。) 弱点を突くことには失敗したが、エイジスは今の攻撃で確信した。弱点は首から上にあると。 「今度はこっちの番だなあ!」 エリナが両腕の拳によるラッシュ攻撃をエイジスに次々と繰り出す。 「氷の壁(ジエ ロ・ムーロ)!」 エイジスが展開した氷の壁がラッシュを防ぐが、3発程受け止めると破壊されてしまった。 「氷河期を蟻みたいにペシャンコにしてやるんだなあ!」 氷の壁を破壊してエイジスを殴り潰そうとラッシュを繰り出すが、エイジスはラッシュを避け続けた後に跳び上がり、エリナの左腕の上に乗った。 「うわ!蚊みたいな奴だなあ?いい加減潰れるんだなあ!」 エリナが右手の掌で左腕のエイジスが居る肘辺りの位置を叩くがエイジスは素早い身のこなしでそれもかわす。 「お前の弱点は、頭だぁぁぁ!」 エイジスは冷殺剣を下段に構えながらエリナが繰り出すビンタを避け続けてついに頭部の天辺に到達した。 「地獄の氷の世界で永遠に眠れ!」 暴れて振り落とそうとするエリナの脳天に突き刺した冷殺剣から発せられる魔力と冷気が、エリナの脳に大きな傷を造った。 「頭が痛いなあ!」 「!」 エリナが頭の天辺を自ら叩こうと右手を繰り出す。エイジスは地に向かって跳んで回避する。 「脳をやった筈だぞ…!こいつ不死身か!?」 エリナの頭部の傷は自動治癒で塞がっていた。 「氷河期は蚊みたいだなあ!いや、蝿かなあ!どっちでもいいなあ!不快な思いをしたから肉の塊に変えてやるんだなあ!」 エリナが両手を重ねて振り下ろす。 (いや、まだだ!弱点は必ずある!) 「氷の億本槍(ブリザード・ビリオンランス)」 氷の千本槍の十万倍の氷の槍がエリナの周囲に展開され、一斉に射出された。 「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!痛いなあ!!!」 容赦無く全身に氷の槍が次々に突き刺さってはエリナな自動治癒により傷が塞がって押し出されるのを繰り返すが、エリナは一箇所だけ氷の槍が当たらないように庇っていた。それは両手を回して押さえている首筋の後ろの部分である。 「そこが弱点か!」 エイジスが首筋の後ろこそエリナの弱点だと確信する。 「夢想・樹海浸殺」 無数の蔦を凍土から生えさせてエリナの手足の動きを封じる。 「動けないなあ!中々取れないなあ!」 エリナは自身に巻きついた無数の蔦や枝を取り払おうともがくが、頑丈なそれは中々思うようにどけることが出来ない。 「氷の槍(アイスブロック・パルチザン)」 エリナの首筋の後ろに到達したエイジスが氷の槍を作り出して鋒を向ける。 「あああああああああ!!そこはやめてお願い!!!何でもしますからあああ!!すいませんでした氷河期様あああああ!!!」 「今頃謝ってもおせえよ、この異次元世界で永遠の眠りにつけ。」 必死に命乞いをするエリナの懇願を受け流し、エイジスは氷の槍を首筋の後ろに深く突き刺した。 「ああああ…!」 エイジスが後ろに跳び下がるとエリナは悲鳴を上げて絶命した。 「さて、戻るか。」 氷の異次元世界を魔力で解除し、エイジスは元の世界に戻った。 「オラァ!水瓶何処だぁ!出てこい水瓶ェ!」 自軍の兵そっちのけでセールは飛び出して水瓶軍を圧倒的武力で粉砕し、水瓶の本陣を単身で急襲した。 「お前、俺の1万もの軍を単騎で突破してきたのか!」 水瓶が抜刀してセールに斬りつけるが、セールの体に刃が触れても金属音が鳴るだけで傷一つついていない。 「よう水瓶ェ!やっと会えたなァ!さあ始めようぜ俺達のバトルを!」 水瓶の刀を拳で握り、砕いたセールが悪意に満ちたような笑顔で水瓶に対する。 「よくも俺の将兵を壊滅させてくれたな声優豚セール!引導を渡してやる!ハアアアアア!!」 水瓶の体が突然変異が起きたかのように変色し、形を変えて周囲の山々を凌駕するほどの青い正八角形の要塞に変化した。 「うおぅ!デケェなこりゃ!だが図体だけデカくなってもしょうがねえんだぜ水瓶ェ!」 セールが右腕を大砲のような巨大な兵器の形に変化させ、砲口を水瓶に向ける。 「テポドン発射ァ!」 右腕の砲口から発射されたのは何と核ミサイルだった。テポドンは尻から火を噴きながら軌跡で弧を描いて水瓶に命中する。 命中するや否や、水瓶を中心に周囲の山々が消し飛ぶ程の爆発と爆風が巻き起こった。 「この大将軍セールの能力の一つだ。現実世界に存在したあらゆる兵器を魔力により生成し、使用が可能となる。しかも攻撃範囲はかなり調整出来るから本来は地球壊滅規模の核兵器でもこうして対象とその周囲くらいに留めることが出来る!しかもしかもぉ!何と範囲を調整して狭めた分だけその威力は凝縮される!俺こそがこの世界最強の能力者・セール様だぁ!」 「へえ?最強ねぇ…」 セールが血湧き肉躍る衝動を抑えきれずに自らの能力を語っていると、テポドンの一撃を受けた筈の水瓶が爆発を掻い潜って現れた。 「核兵器が効かない生物がこの世に存在するなどありえんぞ水瓶ェ!貴様どんなチートをこの世界に持ち込んだんだぁ!」 「本当に喧しい声優豚だな。よく見ろマヌケ!」 水瓶の体を守っているのは虹色の光の八角形を重ねた形の障壁だった。 「これはアブソリュートテラーフィールド略してATフィールド!通常兵器は効かねえバリアなんだよ分かったか声優豚ァ!」 「ATフィールドォ!?てめえ使徒かよ!だが構わねえ通常兵器が通用しねえならこれならどうま水瓶ェ!」 セールの右腕の砲口から紫色の超高密度な粒子砲が水瓶に向けて発射されたが、またしてもATフィールドに阻まれる。 「この最強の俺の攻撃を弾きやがったな水瓶ェ!許さんぞ水瓶ェ!何が何でもてめえをぶっ殺して俺が最強であることを証明してやるぞ水瓶ェ!」 セールが水瓶への強い敵愾心を露わにしながら右腕の砲口に新たな兵器をセットする。 「これが第二次世界大戦時に日本で猛威を奮ったリトルボーイ、そして…」 左腕までもが右腕と同じ形状になり、新たな兵器が装填される。 「これがファットボーイだぁ!原子爆弾2発で消し飛ばしてやるぞ水瓶ェ!」 「だから通常兵器は俺には通用しねえって言ってんだろ声優豚ァ!」 「そいつはどうかな!?この兵器には俺の魔力をぶち込んであるんだぜぇ!」 水瓶のエコーがかかった声にセールは大声で答える。 「発射ァ!原爆で溶けて消し飛べェ!」 リトルボーイとファットボーイ、2つの原子爆弾が使徒となっている水瓶に向かって射出された。 「ATフィールドォォォ!!」 水瓶はATフィールドを多重に展開して2つの原子爆弾を押し潰すように前に向けて押し出す。 原子爆弾とATフィールドが激突した。原子爆弾はATフィールドを次々に突き破り、水瓶まで後1層というところまで迫った。 しかしATフィールドは無限に展開し続ける。原子爆弾はATフィールドを突き破れずに爆発と爆風を引き起こした。 「バーカめぇ!所詮は声優豚だなセールゥ!てめえがこの戦いで出来るのは地図を描き変えさせるだけだぁ!そろそろ俺の出番だぁ!受けてみろ声優豚ァ!」 「加粒子砲ォォォ!」 水瓶の体の表面から極太の赤いビームが発射される。 「ATフィールドは使えねえが俺にもバリアはあるんだよ水瓶ェ!」 セールが魔力による紫色のバリアを展開するが、加粒子砲のあまりの威力に圧倒されて突き破られてしまう。 「フハハハハ死ねェ声優豚ァ!もう二度と アニメ見れないねぇ!」 加粒子砲がセールの体を呑み込み、セールが更地にした範囲より広大な山々を吹き飛ばす。 「くたばったか?五月蝿い筋肉男だったぜ。だが俺でなければ対抗出来ない能力者だったな。」 「誰が…くたばってぇ!?俺は生きてるぞ水瓶ェ!」 水瓶の視界にはダメージを受けて人間の皮膚が剥がれ、機械や金属で出来た全身を露出したセールの姿だった。 「てめえ人間じゃなかったのかぁ!?」 「俺はターミネーターT800の特別製超改良二次元世界版だぁ!」 金属や機械で出来た体が生体細胞の活性化により再生し、人間の姿に戻る。 「だがATフィールドは面倒だな。こうなったらどんなに抑えても今の俺ではこの戦場全体を吹き飛ばしちまうが米国が誇る新式の核ミサイルを…」 セールが腕を変形させた時であった。 「セール将軍よぉ!1人で楽しんでんじゃねえよ俺も混ぜろよ裏切り者同士仲良くしようぜぇ!」 聴こえてきたのはまさっちの声だった。しかし巨大なロボットのような機体(?)から聴こえる声だった。その二足歩行の物体は全速力で地面を踏み付けながら使徒と化した水瓶に向けて突っ走る。 「出たな裏切り者まさっち!セールと一緒に仲良く裏切り者同士あの世に送ってやるぜぇ!ATフィールド展開!」 水瓶がATフィールドの多重展開で機体(?)諸共まさっちを押し潰そうと図る。 「この汎用人型決戦兵器 人造人間エヴァンゲリオン初号機でお前をぶち殺すぜぇ!」 ATフィールドに押されつつも、エヴァンゲリオンと呼ばれた機体…ではなく人造人間が二本の腕でATフィールドを次々にこじ空けるようにして破壊していく。 「サシじゃなくなっちまったが…いいぞまさっち!そのままATフィールドを全部破壊しちまえぇ!」 無限に展開され続けるATフィールドだが、ついに至近距離のATフィールドをエヴァンゲリオン初号機が突破した。 「よくやったまさっち!行くぜダブルテポドン発射ァ!」 すかさずセールが両腕の砲口からテポドンを射出する。 2つのテポドンが水瓶の体表面に着弾し、水瓶の至近距離に居たまさっちが搭乗するエヴァンゲリオン初号機ごと巻き込む大爆発と爆風が発生する。 あまりの爆風の勢いでエヴァンゲリオン初号機も吹き飛ばされ、仰向けに倒れて地面にめり込んでしまう。 爆発が収まると使徒化した水瓶の体からコアのような赤い物体が露出する。 「今だ行くぜぇ!」 倒れていたエヴァンゲリオン初号機が起き上がり、搭載されている大型ナイフを取り出して投げつける。ナイフは一直線に飛んでコアに命中し砕け散る。水瓶の体から血のような赤い液体が溢れ出して水瓶自身は消滅した。 「何とか勝ったな!」 エヴァンゲリオン初号機が指でVサインを作る。 「まさっちお前俺からおいしいとことってんじゃねえよ!てか何でテポドン受けて平気なんだよ!」 セールがエヴァンゲリオン初号機に向けて怒鳴りつける。 「いや俺もATフィールド展開してたし。それでも吹き飛ばされるんだからとてつもない威力だなお前の核ミサイル。つか俺が居なきゃ水瓶を倒せなかったろうが文句言うなセール。つか俺を巻き込んで殺すつもりだったのかてめえ!」 「お前キャラ変わってね?いつもの^^はどうした?」 セールがすかさず話題を変える。顔には冷や汗が垂れている。 「おっと、バトルでつい熱くなってしまったな。このキャラはバトル用なんだよね。紳士キャラに戻らなきゃ^^」 「お前本性現したよな…」 戦場に残ったのは遥か後方に控えて呆然としているセールやまさっち軍の将兵と、エヴァンゲリオン初号機と、ターミネーターと、つい数分前まで山々が存在した更地であった。 「性愛の障壁(セクシャルバリアー)」 元国関前の戦場では未だガルガイド軍とエリナ軍の残兵の戦闘が続いていた。ガルガイド軍の部隊長の1人・ぷろふぃーるはエリナ軍残兵の謎の全裸男と交戦していた。 「蘇芳悠太・エンジェルモード!」 蘇芳悠太と名乗った男が背中に天使の翼を生やして舞い上がり、急降下してぷろふにラッシュを叩き込んだ。 「セクシャルバリアーが破れた…同性愛者にしか破れない筈なのに!」 ラッシュのダメージで吐血しながらこれは夢ではないかと思うぷろふ。 「だって俺、ゲイだもん♂」 「…。」 暫くの沈黙の後、2人は手を取りあった。同性愛者同士何か通じるところがあったのだろう。 「俺、戦闘やめる♂」 「俺も。これでエリナ軍完封だ!」 「なあ、お前俺の好みだから後で楽しもうぜ!ウホッ!♂」 この後めちゃくちゃハッスルした。 態勢を立て直した李信率いるグリーン王国軍と北条軍が元国関の西の山を迂回して元国関の裏に出る。 「小銭、お前の出番だ。」 「おう!任せろ!」 李信の指示で小銭がクラスカードを取り出した。 「クラスカード・ライダー」 小銭がイスカンダルの衣装を纏い、二頭の黒馬に引かれる馬車に跳び乗った。 「王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)!」 数万のマケドニア軍が召喚され、辺りはマケドニアの将兵で埋め尽くされる。 「蹂躙しろー!」 小銭の命令でマケドニア軍が元国関裏を守備するランドラ帝国軍に襲い掛かった。 「うわっ!何だあの軍は!いつの間に!グワァ!」 無双のマケドニア軍は圧倒的な力で守備兵を殲滅し、裏から元国関の門を開けてしまった。更に階段を次々に登り、元国関の上を守備する将兵をも皆殺しにした。僅か1時間以内の出来事であった。 「やっぱグレンだけじゃ無理だわ!あばよ!」 伊達藤次郎政宗と交戦していた紅蓮はロボットの頭部のみで応戦していたが、伊達藤次郎政宗には敵わず元国関もマケドニア軍に制圧されたのを見て何処かへ飛び去った。 捏造ステハンはシルバーの雷系魔法の一撃で絶命していた。 僅か数時間で難攻不落の元国関は連合軍によって陥落したのである。 「残りは皇帝ゲノンのみだ。行くぞ!」 李信の号令でグリーン王国軍、マケドニア軍、北条軍が戦闘となってランドラ城を目指して進軍を始めた。 先頭にグリーン王国軍、続いてマケドニア軍、北条軍、そして水瓶軍を突破したセール・まさっち軍、その後ろに元国関を突破した諸国の軍が続く。 15万を超える大軍はさしたる抵抗も無く敵の本拠・ランドラ城に辿り着いた。 「俺達が1番乗りだな。早くゲノンをぶち殺そうぜ!」 「そうだな。さっさと制圧しよう。かかれー!」 小銭が逸る気持ちを伝えると李信が攻撃命令を下した。ゲノン直属の近衛兵1万程が抵抗してきたが、無双のマケドニア軍の前に殲滅された。城内にはゲノンの近衛兵の血の海が広がっていた。 「よくやったぞ小銭、もうクラスカード解除していいぞ。」 「おう!」 小銭がクラスカードを解除して元の姿に戻る。グリーン王国軍はついにゲノンの居る王の間に辿り着いた。 「貴様ら!俺を誰と心得る!俺は皇帝ゲノンだぞ!頭が高いぞ!」 追い詰められたゲノンが威丈高に振る舞う。哀れな姿だった。 「皇帝だと心得てるから来た。暴利を貪り民から不当な増税搾取し、自らとその側近や都合の良い者にのみ利益を分配し、軍事にばかり金を費やし、国や民を顧みなかった貴様にこの俺が誅を下してやる。」 李信が抜刀して鋒をゲノンに向けながら言い放った。余談だが、一刀火葬で無くなった腕は超速再生により復活している。斬り落とされた北条の腕は星屑のスタンド能力で元通りになっている。 「やれるもんならやってみろ!出てこいお前達!」 ゲノンがパンッと手を叩くと、王の間の天井が開いて5人の近衛部隊長らしき人物が降りてきた。 「こいつらを蹴散らせ!」 ゲノンが正面を指差して命令を下す。5人は李信達一向を囲むように取り巻いた。 「私は領那!レベル5のレールガンよ!」 5人の紅一点・領那がスカートのポケットからコインを取り出すと、右手の親指で上に弾き、降りてきたコインを人差し指で弾いて飛ばす。コインは電気を帯びて李信隊のマロンに向けて飛んでいった。これこそ学園都市…ではなくランドラ帝国が誇る最強の電撃姫(笑)が放つレールガンである。 「来い!我がジン・バアル!」 レールガンはマロンの剣にあっさりと止められた。剣にはジンを宿す証である魔法陣が刻まれている。 「私のレールガンが!」 「電撃ってのはこうやるんだよ!雷光の剣(バララークサイカ)!」 剣から放たれた稲妻が領那に浴びせられ、呆気なく絶命した。 「レベル5のレールガンがこんな簡単に…!」 ゲノンは恐怖のあまり尻餅をついた。体はガタガタと震えている。 「俺はゲノン皇帝陛下の近衛隊長の1人・四酸化炭素だ!」 四酸化炭素と名乗った長髪で黒マントを着用している男がカードを取り出すと、詠唱を唱え始める。 「灰には灰に 塵には塵に 吸血殺しの紅十字!」 火炎が発生し、李信に襲い掛かるが、李信の前に星屑が躍り出る。 「クロスファイヤーハリケーン!」 スタンド・マジシャンズレッドが放つ十字型の炎が四酸化炭素の炎と相殺された。 「ザ・ワールド!」 スタンド・ザ・ワールドを召喚し時間停止能力を使い、星屑は四酸化炭素に近づく。 「そして時は動き出す。」 「なっ!いつの間にそこに!」 星屑は四酸化炭素の反応など歯牙にもかけずに別のスタンドを召喚する。 「キラークイーン!」 スタンド・キラークイーンが四酸化炭素の体に触れる。 星屑は跳び下がって四酸化炭素と距離を取った。 「来い!イノケンティウス!」 四酸化炭素のカードが燃え散り、炎の怪物が召喚される。3000度の温度を持つ怪物が星屑に食らいつかんと飛びかかる。 「おせえよ、ボケ。」 キラークイーンの指先にあるスイッチを押すと、四酸化炭素の体は見るも無惨に爆散し、イノケンティウスは消滅した。 「俺はゲノン皇帝陛下の近衛隊長の1人・イケ面(ヅラ)!喰らえ必殺!暗黒魔導砲!」 魔法陣が展開され、紫色のラインが入った黒いビームが撃ち出された。 「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」 小銭が光り輝く聖剣を振り下ろし発生した光の斬撃が闇の一撃を呑み込んでイケ面の体を2つに分けた。 「ゲノンの近衛隊長ざっこw」 小銭がゲノンに向かって嘲笑の目を向けた。ゲノンはただ震えているばかりである。 「まだだ!この俺が残っている!俺は近衛隊長の1人・ぁょぅ!行くぞ!」 ぁょぅが腰からライトセーバーを取り出し、李信に切り掛かる。 「ヘブンズ・ドアー!」 星屑がスタンド・ヘブンズ・ドアーを呼び出し、ぁょぅの顔や体を本のページに変えてしまう。 本となったぁょぅは動かなくなった。 「連合軍の誰に対しても攻撃出来ないっと!これでいいだろ!」 星屑はぁょぅの体にペンでそう書き込むと、ぁょぅの体を元に戻した。 「え…?攻撃が…出来ない!」 「お前の体に俺達を攻撃出来ないって書いたからな。さあ非戦闘員はさっさと失せな!」 「ヒ、ヒッー!」 星屑がさっさと行けと手振りでも表し、ぁょぅは王の間の扉を勢いよく開けて逃げ去った。 「さて、残り1人だ。」 星屑が残った1人の近衛隊長に目を向ける。 「俺が皇帝陛下をお守りする!俺は毎年!有する能力は…!」 「あーもう面倒だから死ね。クリーム!」 星屑のスタンドの能力により、毎年は暗黒空間へと消えていった。 「さーて残るはお前だけだぜゲノン!」 近衛隊長全てを倒され(1人は逃亡だが)、ゲノンは声を出せずに身が竦んでいる。近衛隊長の戦闘能力には自信があったようだ。 「皇帝へは俺が引導を渡す。縛道の六十一 六杖光牢!」 李信の指から放たれた鬼道の光がゲノンの動きを封じる。 「縛道の六十三 鎖条鎖縛」 「縛道の七十九 九曜縛」 光の鎖と9つの黒い丸型の鬼道がゲノンの拘束を更に強める。 「千手の涯 届かざる闇の御手 写らざる天の射手 光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな 我が指を見よ 光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 皎皎として消ゆ 破道の九十一 千手皎天汰炮!」 桃色の鬼道の光が無数に現れ、ゲノンへと襲い掛かる。ゲノンは避けることも出来ずにまともに上位鬼道を喰らった。 「なーんてな!」 「なん…だと…」 ゲノンは無傷だった。余裕綽々の笑みを浮かべながら鬼道により拘束を素手で破壊する。 「俺が弱いわけねえだろバーカァ!」 ゲノンは素早い動きで李信の目の前に現れ、拳を腹に叩き込んだ。だが、叩き込んだ攻撃はゲノンに跳ね返る。 「オルトロスから奪ったベクトル操作の能力だ。」 「だからなんだ?反射しても俺にはノーダメだぜ!」 攻撃を反射されたゲノンはまたしても無傷だった。 「これでは勝負がつかないな。」 北条との戦闘で弱っているのであまり霊力は使えなかった。ベクトル操作もゲノンには効いていない。気のせいか息も上がっている。 「なら、俺が行く。」 白いマント、赤い手袋、黄色のヒーロースーツを着用した男が颯爽と前に現れた。 「なんだそのふざけた格好は!何者だお前は!」 「趣味でヒーローをやっている水素という者だ。思えばこの最強たる俺の出番が暫く無かったじゃねえか。だから俺が相手になるぜ。一目見て分かる、お前は強い。」 ゲノンの前に颯爽と姿を現したのは水素だった。水素はボクサーの真似をして拳を2度ほどシュッシュと突き出し構えをとる。 「最強は俺だぁ!俺の流水岩砕拳を受けてみろぉ!」 ゲノンが身につけている服を破り捨て、上半裸になると筋骨隆々な逞しい肉体が露わになった。 「へえ、中々魅せてくれるじゃねえか。だが当然見た目だけじゃねえよなあ!?」 ランドラ帝国を巡る最終決戦の幕が切って落とされたのである。 水素の拳がゲノンの腹に叩き込まれる。 「ブハアッ!聴いたぜ今のはぁ!」 ゲノンが腰を使って捻りを加えた拳を水素に叩き込む。 「俺のパンチで死なない奴はこの世界で2人目だよ。お前は楽しませてくれそうだな!」 ゲノンの拳を受けた水素にダメージは無い。ゲノンは馬鹿な!とでも言いたげな顔で水素に次なる一撃を高速で叩き込むが、やはりダメージは無い。 「連続普通のパンチ」 水素が一度に多くの拳が見える程の速さで連続でパンチをゲノンに見舞うと、ゲノンは吐血しながらもその場に踏ん張って持ち堪えた。 「お前のその技覚えたぜ!連続普通のパンチ!」 ゲノンが水素と同じ技を繰り出す。ゲノンの拳が水素の顔面を捉え、高速ラッシュで殴りつけた。 「へえ。相手の技を盗めるのか。」 相変わらず平然としている水素が少し感心している風を醸し出す。 「そうだ!俺は相手の格闘技を見て瞬時に盗むことが出来る!本番はこれからだぁ!」 水素とゲノンの格闘の応酬が続く。戦いが長引くにつれてゲノンのダメージは増えていくが、経験値も増えていく。水素の動きの速さに徐々に追いつき、水素の拳や蹴りを回避して拳を叩き込み応戦していく。しかし相変わらず水素は無傷である。 「連続普通のパンチ」 ゲノンは顔面に飛んでくる水素の高速ラッシュを上半身を反らせてかわし、その勢いでバック転しながら水素の顎に渾身の蹴りを見舞う。 「何度やっても…傷一つつけられねえ!何でそんなにピンピンしてんだてめえ!」 「決まってんだろ?そんなのよぉ…それは俺が」 「最強だからだ。」 ゲノンは目の前に立っているこのおかしな衣装を着た男が自分よりも何倍も大きく感じた。存在が、大き過ぎる。 自分が最強とばかり思っていた。この世界で強大な力を得た者は誰もがそう思い込む。しかしそれらの者は皆、自分より上の存在を知り高く聳え立つ壁にぶつかる。中には決して乗り越えられない壁もある。ゲノンはそれを頭の中で必死に否定しようとした。しかし自分が最強だとどんなに言い聞かせても目の前に立つ男が自分の中の声を遮るのである。 「流水岩砕拳!」 頭で考えても無駄だ。この男の強さは理屈ではない。行動することで自らの心の奥に巣食う絶望や臆病という病を断ち切らんとする姿勢が、流れる水のような華麗なフォームを生み出し、それでいて硬い岩さえ軽々と砕くかのような力強い一撃が完成する。 (そうか…これが流水岩砕拳の真髄!今頃になって俺は!) 血反吐を何度吐こうとも、体の傷や痣が増えようとも、この男は止まらない。迷いが消えたその心は一点の曇りも無く拳に現れ、ついに水素の鳩尾を捉えていた。 「これが…これこそが…流水岩砕拳!」 今だけは、政治のことも戦争のことも国や民のことも、全てを忘れて己の拳に己の全てを乗せることを考える。 ゲノンは激しい戦いに己が身の全てを捧げている。 「ああ。伝わってくるよゲノン。お前の魂が。」 ゲノンの拳を受けその腕を掴み、振り払った水素が感嘆を漏らした。 「楽しかったぜゲノン。今のお前は悪政を敷き暴利を貪る皇帝じゃない。ゲノンというただ1人の一流の格闘家だよ。」 「水素、てめえ…」 「世界中の誰もがお前を悪の為政者としか認めなくても、俺の中でお前は一流の格闘家であり続けるさ。この俺を此処まで手こずらせた男としてな。」 完成した流水岩砕拳ですら水素には叶わなかった。 「だから俺はお前に敬意を払い、全力でお前を倒す!行くぞゲノン!」 「来いよ水素ォ!」 2人の熱き男の戦いが終幕を迎えようとしていた。 「流水岩砕拳!」 「マジ頭突き!」 ゲノンの拳と水素の頭蓋が重なる鈍い音が鳴る。そしてゲノンの体は拳から全身へと砕けていった。砕け散る瞬間、ゲノンの顔は全てを出し尽くし満足した笑みを浮かべていた。 「さらばだ、強敵(とも)よ。」 水素の心に勝利の喜びは無かった。強敵と戦えた喜びと、それを失った虚しさが胸を支配していた。 戦いは、終わった。 皇帝ゲノンの死をもってランドラ帝国は滅びた。 1人の男の出現により、この世界は大きく動いた。運命という巨大な力はその男を否が応でも巻き込んだ。 その男を巡り大戦争が勃発し、戦争が戦争を呼び起こした。 ある者は忠義を貫く為、ある者は領土の為、ある者は金の為、ある者は力を誇示せんが為、ある者は大切なものを守る為、様々な思いが交錯しそれが弓矢の儀となって無数の屍の山を築き上げ、血と涙が流れた。 この世界の乱れは正され、その屍の山と血の海の上に平和が築かれた。 ランドラ帝国の滅亡と連合軍の勝利という結果によってこの物語は一応の区切りを迎えたのである。 戦いを終え、それぞれの者にそれぞれの人生が待っている。 しかし、男の物語はまだまだ続いていく。 戦いが終わって2ヶ月が過ぎようとしていた。一連の乱の功績により、李信にはグリーン王国領の内の3郡と与板城を与えられ、王都内に更に大きな屋敷を与えられていた。城の守備や領内の統治は内政に秀でたキモ男やポルク・ロッドに任せ、李信は王都に与えられた屋敷で暮らしていた。 勝手にセールやまさっちと旧ランドラ帝国領やガルガイド王国領を与える約定を交わしていた李信は新たにガルガイド王国の国王となったかっしーの怒りに触れ戦後処理は難航したが、李信は屁理屈と恫喝を駆使してガルガイド王国を黙らせた。セールとまさっちには約束通りの領地が与えられた。 仁王帝国に関しては、幻影帝国との取り決めで幻影帝国が得た領地の内3郡を得ることで話はついた。 戦後処理を終え、世界に平和が訪れた。この世界に来てから李信の生活はようやく穏やかになろうとしていた。 ピンポーンと、李信の屋敷のインターホンが鳴った。 「誰かな?」 李信が屋敷の扉を開けると、初めてみる細身で整った顔立ちの男が立っていた。 「いきなり訪ねて来てすみません。この世界に来たばかりなんでね。貴方には挨拶したかったので。」 「…とりあえず中へ。」 李信は男を屋敷内の一室に案内した。 「現実世界では貴方と一度会ってるんですけどね。直江さん。」 李信に促され、男が部屋のソファーに腰を下ろす。 「俺とオフ会した住民ってことですかな?数名居るので特定は難しいですが…。」 生前のオフ会の記憶を辿る。大勢居て目の前の男が誰なのかは分からない。 「この世界では初めまして。俺はWあです。」 男が名乗った。李信がよく親しくしていた住民である。 「Wあ先輩でしたか!お久しぶりです!ようこそこの二次元世界へ!あーちょっとお茶淹れますね!くつろいでて下さい!」 名前を聞くなり、李信は人が変わったかのようにその男を丁重にもてなした。この世界に来て以来装っていたクールキャラの仮面が剥がれた瞬間である。 「さあどうぞどうぞ!この辺で売ってる1番高いケーキとお茶です!」 「これはご丁寧などうも。」 Wあにこの世界のことについて数々の質問を受けた李信は一つ一つに丁寧に答えた。 「ところでWあ先輩、住まいは大丈夫ですか?」 「それが今日来たばかりでしてね、まだなんですよ。」 「なら俺のこの屋敷を使って下さい。何とこの屋敷、この建物だけじゃないんですよ!更にあと5つあるんです!まあ見たから分かるでしょうけど。その内一つを是非使って下さい!」 むしろ李信から頼み込む始末であった。 「いや、でもそれは悪いような…。」 Wあが遠慮する。 「貴方が居れば心強いです!むしろ俺からお願いします!あー飯とか諸々の心配は無用です!生活費は俺が負担します!」 「いや、そこまでしてもらうわけには…」 「俺はこう見えてもこの国の将軍の1人なんですよ!領地も持ってます!金も入ってきます!心配無用です!では屋敷に案内します!」 「は、はぁ…」 半ば強引にWあの住処が決定したのであった。 一方ガルガイド王国では… 「お前、騎士をやめるのか…。」 「ああ。悪いがやはりかっしー様は日に日に傲慢になっていく。それに直江の勝手な交渉のせいで領地を削減されたのがかなり腹に据えかねたらしく八つ当たりの増税で民の暮らしは苦しくなるばかり。酒に溺れ始めたようだしな。俺はもうこの国には尽くせないよ。」 「これからどうするんだ?」 「土地や建物も買ったし、そこでのんびり古書店をやるよ。じゃあな氷河期、今まで世話になった。」 リキッドはエイジスと別れの言葉を交わしてその場を後にした。 「リキッド…今までありがとな。俺はこの国がどうなろうと守り続けるよ。お前の分もな。」 エイジスはリキッドの後ろ姿を暫く眺めてから自宅へと足を進め始めた。 それぞれの人生が始まろうとしていた。 「暫く休暇を貰ったんだ。だから今日は此処でゆっくり酒でも飲ませてもらうよ。」 その夜、エイジスは久しぶりにリーナが営むバーに足を運んでいた。 「夜のバーでもいいけど、この店は昼には喫茶店になるんだからその時も顔出しなさいよね。アンタは王国最強騎士でサバ派を打ち破った英雄なんだからいい客寄せになるわ。」 「英雄…か。俺はこの国を守れなかったよ…。」 エイジスはカクテルをあおりながら突然涙を流し始めた。 「ちょっ!アンタ何でいきなり泣いてんの!?大丈夫なの!?」 リーナがエイジスに駆け寄ってハンカチを渡した。 「全ては直江…李信の陰謀だったんだ!俺は奴からこの国を守れなかったんだ!俺は、俺達は奴の掌の上で踊らされていたんだ!」 エイジスが憚らずに号泣する。リーナはエイジスの背中を優しくさすり始めた。 「確かに奴の策で戦いには勝った!サバを倒した!でも奴は勝手にセールやまさっちにこの国の領地を恩賞として与える約束をしやがったんだ!戦いが終わって数日して俺はその話を初めて聞いたんだ!この国は、ガルガイド王国は奴の調略の功を挙げさせる道具だった!事実奴は大幅な領地の加増を受けて城まで与えられている!」 エイジスは言葉を並べて泣き叫んだ後一旦間を置いた。 「奴のせいでかっしー様は荒れている!俺は守れなかったんだ…奴からこの国を…!」 エイジスがカクテルの入ったグラスを握り締めながら泣き続ける。 「よしよし、アンタは頑張ったよ。それに荒れてもやり直せばいいじゃない。人間ってね、生きてる限りやり直せる生き物なのよ。かっしー様は元々そんなお方じゃなかったんだし、きっとまた気づいて下さるわよ。アンタはこの国を守る騎士なんでしょ?なら王様を信じなさいよ。」 優しく諭すようにリーナがエイジスの悲観に希望の光を差す。 「そうだな…。俺は騎士なんだ。王様を信じなきゃな。」 リーナに渡されたハンカチで涙を拭う。 「その李信って人とも、話し合えばきっと分かると思うわ。だから…」 「ありがとう。吐き出して楽になったよ。もう一杯くれ。」 「もう10杯目よ。しょうがないわね全く。」 エイジスがグラスを突き出し、リーナがそれに酒を注ぐ。暫く味わえなかった味と時間にエイジスは世の中のいざこざをしばし忘れた。 翌朝 「よう。手伝いに来たぜ!」 エイジスが喫茶店となったリーナの店にやってきた。 「手伝いに来たぜ!じゃないわよ!何よその酒臭さは!浴室でシャワー浴びて来なさい!」 「え、あ、ああ…。すまない…。」 リーナに背中を押されてエイジスはリーナの住処になっている二階の浴室へと足を運んだ。 「これ着替えね!今着てる衣類は全部この洗濯機に入れてね!後で洗濯しとくから!」 「ああ、いろいろすまんな。」 手渡された着替えを浴室の脇に置き、リーナが去ったのを確かめてから衣類を全て脱いで洗濯機に放り込む。 「あれ?シャワー浴びて来なさいと言ってたのに浴槽に湯が張ってあるじゃん!気がきくなリーナは!」 掛け湯をしてから浴槽に入り温まる。昨日泣き腫らしたことを思い出し、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。 「いろいろ世話焼いてくれるけど、何でリーナは俺にこんなにしてくれるんだろうな。あんな可愛い子に尽くされて幸せだけど。いや何を考えてるんだ俺は!浮気はいかん!俺には団長が!いやでも付き合ってるわけじゃないし!あの告白の返事もしてもらってないし!」 グリーン王国国門戦でエリスに告白したことを思い出し、湯の温度で赤くなっている顔が更に紅潮する。 「勢いであんなこと言っちゃったけど団長、どう思ってるんだろ。やっぱり軽蔑されたかなあ…。」 考え込みながら浴槽から出る。石鹸とタオルを手にとって体を洗う為に泡立てる。 その時、浴槽の扉が開く音がした。 「入るわよー。」 「オワアアア!ってもう入ってるじゃねえか!いきなりなんだよ!」 リーナが入ってきたのである。それも水着姿である。胸の部分があまり盛り上がってないマニアにはたまらない格好である。 「背中流してあげにきたのよ。ほらそのまま後ろ向いてて。」 エイジスからタオルと石鹸を取り上げて、背中を擦り出す。 「あのー、恥ずかしいんだけど…。」 「アンタさ、私がこの格好で入ってきて胸見たでしょ?」 エイジスの訴えを無視してジト目で背中を強く擦る。 「いや、あの…すみません、はい。」 エイジスは観念して正直に答えた。やはり視線に気付かれていたと後悔する。 「ねえ、小さい胸は嫌い…?」 リーナがそっと呟くように尋ねる。 「え…いや、まあ男の好みはそれぞれだよ!小さい胸が好きな男も居るよ、うん!」 「人の需要じゃなくてさ、アンタの需要を聞いてるんだけど!」 背中を擦る力が急に強くなる。意図的なものだった。 「痛い痛い痛い!いきなり何だよ!もうちょっと優しく頼むぜ!」 「はぐらかさないで答えて!」 「だからいきなりどうしたんだよ!お前今日なんかおかしいぞ?」 顔だけ後ろに向けてエイジスはリーナを見やる。リーナが急にしおらしい表情になったと思うと胸をエイジスの背中に押し付け始めた。 「おかしくないよ…。アンタさっき私のこと可愛いって言ってくれたじゃない。だから…」 「なっ!?お前聞いてたのか!」 エイジスは羞恥を憶えた。先程の独り言は全て聞かれていたと悟った。 「全部聞いてたわよ…。ねえ、エリスさんはアンタには高嶺の花よ。私じゃ駄目?」 「そりゃ可愛いって言ったけどあれは客観的にと言うか、うん…」 エイジスは苦し紛れに答えた。 「私、ずっと前からアンタのこと好きだったんだよ?だからエリスさんには正直嫉妬してた。胸も大きいし。」 勇気を振り絞り、目に涙を浮かべてリーナは思いをエイジスに告げた。 「私もエリスさんみたいに胸が大きければアンタに好きになってもらえたのかな…。今からでも豊胸手術をして…」 「それは違う!」 エイジスが突然強くリーナの言葉を否定した。 「その胸も含めて全部がお前の魅力なんだ!神に与えられたその可愛さ、魅力をいじくっちゃ駄目なんだ!お前はお前にしかない輝きが、魅力がある!だからそんなこと言わないでくれ!」 「エイジス…ありがとう。じゃあ私もエイジスに需要があるってことだよね?他の男に需要があっても私には意味なんて無いのよ。」 涙を滲ませながらリーナはその顔をエイジスに近づける。 「俺さ、やっぱり駄目な男だわ。最低だわ。」 エイジスはリーナの顔を見て俯く。 「え…?」 エイジスの言葉にリーナがキョトンとする。 「そんなこと言われたらお前のことも好きになっちまったじゃねえか…。お前は可愛いし、尽くしてくれるし、良い女だよ。お前が好きだ!でも団長も好きだ!そして咲も好きだ!俺には選べねえ!俺は浮気者で最低な男だあああ!!」 「フフッ…馬鹿ね。」 エイジスが家全体に響く程の大声で叫ぶと、リーナは笑い出す。 「それでいいじゃない。みんなもアンタのこと好きだし。もちろんエリスさんも。みんながアンタを好きでアンタもみんなが好き。それならみんなハッピーじゃない。」 リーナがエイジスに抱きつきながら優しく言葉をかける。 「え?団長が俺を?いや、それは残念ながら無いかな…あはは…」 「この前エリスさんと話ししてたのよ。そしたらエリスさんがアンタに告白されたことを話したわ。」 ~此処から回想~ 「私、この前エイジスに告白されたわ。愛の告白ってやつよ。それも戦場でよ。信じられないわ。」 エイジスがランドラ帝国との戦いを繰り広げていた時の話である。ランドラ帝国とグリーン王国との戦いで負った深傷が完治したエリスは、リーナが営むバーに来ていた。 「え…?へえーそうなんだ…。で、返事はどうしたの?」 明らかにリーナは動揺していた。リーナもエイジスに好意を抱いているからである。この日が来ることを覚悟はしていたが、やはり辛いものは辛いと感じた。 「返事はしなかったわ。戦場だから立場があるし。でもあいつは私を守る為に必死に戦った。その時私はエイジスに男を見たのよ。」 カクテルが入ったグラスを口につけながら真顔でエリスが言った。 「それって…」 恐る恐るリーナが口に出してみようとするが、最後まで言葉が出ない。やはり怖いのだ。 「私、エイジスのことが好きみたい。」 「そ、そうなんだ…お幸せに…。」 ~回想終了~ 「と、いうことがあったのよ。」 「そうだったのか…。何か団長に申し訳ないな。浮気者になっちまったよ俺…軽蔑されるだろうなあ…」 「そうなっても私が居るじゃない!咲も居るわ!」 満面の笑みでエイジスに抱きついている腕の力を強く入れるリーナ。 「みんなに受け入れられないと意味無いんだあああ!」 エイジスは大声で胸の内を吐いた。 「エイジス君とリーナちゃんったら。さっきから丸聞こえなんだけどなぁ。」 2階にやって来ていた咲が呟いていた。エイジスのハーレムが形成されようとしていた。 「いらっしゃいませー!」 店の手伝いをしているエイジスが元気よく接客をこなしていた。 昼間、珍しい出で立ちの客が来店した。全身を銀色の鎧に包み、一振りの剣を腰に差している長髪の少女だった。 その姿を見た時、エイジスの右手からコーヒーカップが滑り落ち、ガシャンという音を立てて飛び散っていた。 「お前もしかして…レイン?」 「ただいま、エイジス。ただいま、みんな。」 呆然とするエイジスにレインと呼ばれた少女が笑顔で答えた。 「お前…今まで何処に…!いや、無事で良かった!」 エイジスが駆け寄ってレインに抱きつく。 「嘘!?レイン!?」 「ホントにレインちゃんなの!?」 リーナと咲もレインという名前を聞いて飛び出してきた。 「うん。レイン・ヴァントニル、ただいまガルドリアに帰って来ました。」 昔から共に騎士としての力を磨き続けてきたレインとの再会にエイジスは胸から熱いものがこみ上げてくる。気づけばそれは涙に変わっていた。 「今日の仕事終わったから来たわよー。ってレイン!?」 偶然来店したエリスもレインの後ろ姿を見て思わず声が上ずってしまう。 「はい、エリスさん。レイン・ヴァントニルです。」 思わぬ再会に皆が沸き立った。この日は店の都合で急遽閉店となった。 ガルガイド王国騎士 レイン・ヴァントニル 16歳。エイジスや他の面々と懇意にしていた少女だったが数年前に行方不明となり、今まで所在が全く掴めないでいた。 レインは今までのことをエイジス達に詳細に話した。 数年前、ガルガイド王国は財政難に陥っていた。そんな中、当時の国王・桑田にある話が持ち掛けられる。それは性奴隷売買を生業とする悪徳商人・神チーという者が、レインを一目見てこれは高く売れると見込み、レインを高値で売って欲しいという恐るべき内容だった。 財政難に悩まされていた桑田はこれをあっさりと承諾。翌日レインを呼び出すと偽りの任務を命じた。命令により王都から離れたグリーン王国へと続く道がある森へと向かったレインは、そこで神チーとその一味の待ち伏せに遭い、神チーの謎の秘密道具の前に手も足も出ず抵抗虚しく拉致されてしまった。 しかし隙を見てレインは檻から脱出、ガルガイド王国にはもはや戻れないと悟ったレインは数年間各地を放浪しながら力を磨いたという。ガルガイド王国、なにより桑田に失望したレインは何も告げずに行方を眩ませた。ガルガイド王国ではこのことは隠蔽され、任務中の事故として処理された。 放浪中、みさくらと名乗る豚の仮面の名残を顔につけた怪物に出会い襲われたが、自らの技で消えない分身を作り上げたレインはその分身を身代わりにして逃げおおせたという。後で知ったことだが、その怪物は最近になってグリーン王国の星屑、小銭、水素という者達が退治したらしい。 最近、グリーン王国とガルガイド王国の戦争がありその戦争で桑田が戦死し、跡目争いの後に新たな王が即位したことを風の便りで聞いて帰って来た。 「話はこれくらいかな。」 レインは俯きながら話を終えた。忠義を尽くしてきたこの国の闇を、エイジスやエリスは突き付けられたのである。 「何だよそれ…!桑田国王陛下はお前を売ったって…!俺はそんな王の為に今まで戦ってきたのかよ…!」 エイジスの中でこの国は絶対の存在だった。忠義を尽くすべき絶対の対象だった。そんなエイジスの心が揺らぎ始めた。 「私も今まで国の為に全てを捧げてきた。陛下の為に戦い続けた。でもそれが事実だとすれば…私は…!もうどうしたらいいか分からない…!」 エリスの顔にも暗い影が射す。 「団長…」 エリスも自分と同じなのだとエイジスは察した。国の為に尽くす誇り高い騎士であるエリスのこんな姿を、エイジスは見たことがなかった。 「団長、俺は暫く出仕をやめます。自分の気持ちに整理をつけたいと思います。」 「ええ。でも今の王はかっしー様よ。もう桑田様は居ない。」 「分かっています。俺は桑田様を許せなくなってしまった。こんな気持ちで騎士を続けられるのか自信が無くなってしまいました。だから…」 「分かったわ。貴方の願い、確かに聞き届けたわ。」 その後はレインがどんな放浪生活を送ってきたのかという話になった。数年間分の話は長く、あっという間に日が沈んでいた。 ガルガイド王国の王都ガルドリアのはずれに、新装された古書店が佇んでいた。騎士を引退したリキッドが開いた店であるが、客足は一向に近づいてはこなかった。古書を買い求める客は、の話であるが。 「あの、この本おいくらですか?」 尋ねてきたのは20代中盤くらいの女性だった。一冊の古書を手に取り、値段を店主であるリキッドに確かめる。この店ではこれが定着していた。 「いくら出せるの?」 騎士を務めていた頃と打って変わり、サングラスをかけた坊主頭のリキッドがレジの隣にある椅子に腰掛けながら、客の女性に尋ねる。 「お給料の…3ヶ月分で。」 震える口から自分に出せる額を女性が答える。 「…上がって。」 リキッドが女性を上の階へと案内する。上の階はリキッドと相棒の住処となっていた。 「なんや?依頼人?」 相棒の男がすぐに立ち上がり、読んでいた雑誌を片付けて座布団を敷いて女性を待ち受ける。 「あの、その方は?」 リキッドの相棒の姿を見つけて女が聞く。 「俺は奇人って言うんや。宜しく。」 奇人と名乗った男もリキッドと同じく依頼人にもタメ口をきく。首くらいまで髪を伸ばしたエセ関西弁を使う筋骨隆々な男である。 「3年前のことです…。」 敷かれた座布団の上に座り、ちゃぶ台の上に出されたお茶を啜りながら女性は話し出す。 「ある夜、私は姉と2人で王都の商店街で買い物をした帰りに用を足したくなり、姉に外で荷物を持ってもらい公共トイレで用を足しました。トイレから出ると、姉は荷物を放り出したまま居なくなっていました…。」 「私はおかしいと思い、辺りを探したのですが見つかりませんでした。役所に捜索願を出しましたが結局見つかることはありませんでした。」 女は涙ぐみながら話を続ける。 「姉は拉致されていました。そこでカースオブキャットと名乗る男に拘束・監禁されて散々犯された後、チェーンソーで切り刻まれて殺されていました。その映像を撮影しスナッフビデオとして売り捌いていました。」 女性の目から溜まっていた涙が溢れ出す。 「カースオブキャットは逮捕されましたが、国王・桑田の側近の甥という続柄から何と無罪放免となったんです!あの男は今やかっしー政権の重鎮!私の姉は惨たらしく殺されたのにあの男はのうのうと生きて政治にまで関わっている!私はそれが絶対に許せないんです!」 一呼吸置いて落ち着いた女性が一口茶を飲んでまた口を開く。 「お願いします。あの男も、同じくらい苦しませて殺して下さい…!」 女性の悲痛な声は、リキッドと奇人の心を確かに捉えていた。しんみりとした表情で聞いていた奇人が女性の肩に手をかける。 「任しとき!アンタのお姉さんの仇は絶対俺らがとってやるで!」 奇人は女性の肩を優しくポンポンと2回叩くと、リキッドに視線を移す。 「その依頼、引き受けたよ。奴の居所は分かってるから早速今夜にも実行するよ?それでいい?」 サングラスをかけた威圧感のあるリキッドが女性に応えた。女性はゆっくりと首を縦に振って頷いた。 その夜、ガルドリアにあるカースオブキャット邸でカースオブキャットは寝静まっていた。2階の窓付きの部屋である。 カースオブキャットは便意を催して目を覚まし、起き上がって家のトイレを目指して部屋を出て歩き出す。そこに待ち構えていた奇人がカースオブキャットを数発殴り、彼がわけの分からない内にリキッドが後ろから顔に袋を被せてその袋についている紐を縛る。 「一先ず上手くいったなリキッド。」 「ああ、こいつを廃工場に連れて行くぜ。復讐代行開始だ。」 2人はカースオブキャットを交代で担ぎながら王都のはずれにある廃工場を目指して走り出した。 シャッターが閉ざされた廃工場内で、カースオブキャットは全裸にされて椅子に拘束されていた。 「…!?此処は何処だ…!?おいなんだこれは!離せ!」 目が覚めたカースオブキャットは状況が呑みこめずに混乱する。 「よう、お目覚めかいカースオブキャット大臣。」 リキッドが鉄パイプを持って炉につけた火で熱しながらカースオブキャットに語りかけた。 「貴様ら、誰だか知らんが私はこの国の大臣だぞ!?こんなことしてただで済むと思っているのか!?」 拘束を振り解こうと必死に暴れるが、紐が頑丈でキツく縛ってあるのでそれが出来ない。 「お前さんこそ、私利私欲で1人の女性を無惨に殺しておいてただで済むと思ってるんじゃないだろうねぇ?」 「!」 リキッドに言われてカースオブキャットは背筋が凍る思いをした。まさか今頃になってそのことで復讐する奴に狙われていたことを悟った。 「おい、奇人。」 リキッドが呼ぶと、奇人はカッターナイフを持ってツカツカとカースオブキャットに近づく。するとそのカッターナイフでカースオブキャットの喉に切れ目を入れた。 「へっ…!?」 痛みと驚きで目を丸くするカースオブキャットにリキッドはこう言う。 「声帯の一部を切った。これで大きな声は出せない。」 リキッドは熱していた鉄パイプをそのままにして立ち上がり、奇人からカッターナイフを取り上げるとカースオブキャットの睾丸に刃を当てがう。 「まずはこいつだ。」 リキッドがカースオブキャットの睾丸に当てがった刃を、腕に力を込めて切れ目を入れ始める。睾丸の切れ目はどんどん深くなり、血が溢れ出していく。 「お、おい…冗談だよな?」 カースオブキャットは恐怖と痛みのあまり涙を流し始めた。やがて睾丸は完全に切り取られた。 「お前さんの精子工場は 本日をもって閉鎖だ。」 リキッドが切り取った睾丸を掲げて見せつけながら言い放った。 「なんだよそれ…なんなんだよちくしょう…!」 カースオブキャットは下を向いて叫ぶ。声帯が切れた小さな声で、切り取られた部分を見つめながら。 「お前さん、蒼天◯路って漫画は好きか?」 リキッドが急に尋ね出した。その質問にどんな意図があるのか、カースオブキャットはまだ知らなかった。 「蒼天◯路ってのは三国志の時代の魏の曹操を主人公にした漫画なんだけどね。その漫画を読んでて俺はあるキャラクターに目を惹かれたんだ。」 「曹操の従兄弟で夏侯惇っていう武将なんだが、彼は戦場で目を矢で射たれてしまったんだ。夏侯惇がその時とった行動が今でも俺の目に焼き付いてるよ。」 「何と彼は矢で射たれた目ン玉を食ったんだ。後で夏侯惇について三国志演義で調べてみると、親にせっかく貰った目を捨てるのは勿体無いから、だそうだ。」 「男だよねぇ。男なら夏侯惇みたいな男に憧れるよねぇ。だからお前さんも夏侯惇にしてやろう。」 リキッドが長い語りを終えると切り取った睾丸を男の口の中へ無理矢理詰め込んだ。 「アボォ…ゴボォ…」 悲鳴にならない声を上げてカースオブキャットは自分の一部を胃袋に収めた。食道を通る感覚がたまらなく気持ち悪かった。 「どうだ?親から貰った陰嚢の味は。」 「…。」 リキッドの質問に対してカースオブキャットはただ涙を流しているだけで何も答えない。 「アンタァ、被害者の女性の肛門に異物を挿入して撮影してたんだってねぇ。マニアに高く評価されて映像をビデオにして売り捌いたとか。今度はアンタの番だねぇ。」 リキッドは熱し続けていた鉄パイプの尻を持って取り出すと、カースオブキャットを拘束している椅子に一箇所だけ空けておいた穴に狙いを定める。 「お、おい待てよもう反省したから許して…」 大臣の威厳などそこには無かった。あるのは拘束されて無様に命乞いをする惨めな男の姿だった。 リキッドは容赦無く熱した鉄パイプをその穴に思い切り突っ込んだ。 「あああああああああああああ!!!!!」 カースオブキャットが小さな声で出せる最大限の大きさで思い切り悲鳴を上げた。穴は何とカースオブキャットの肛門の位置に合わせて空けた穴だった。 「もう二度と 大便出来ないねぇ。」 平然とした顔でリキッドが言い放った。そればかりか、鉄パイプを肛門に突っ込んだままグリグリと回し始めたのである。 「待って下さい。もう結構です!」 その時である、廃工場内で隠れて眺めていた依頼人の女性が飛び出してきたのである。 「アンタがやってくれって頼んだからやってんのに、もうやめちゃっていいの?」 「私見てて思ったんです。こんなことをしても姉はもう生き返らない、虚しくなるだけだって。だからもう十分です!ありがとうございました!」 女性は涙ながらにリキッドに訴えた。リキッドはそれを聞いて熱した鉄パイプをカースオブキャットの肛門から引き抜く。 「もう2度とこの女性の前に現れるな。」 リキッドの言葉にカースオブキャットは安堵した。ようやく解放される、命までは取られないとそう思ったからである。 女性はリキッドと奇人に一礼すると廃工場を出て去っていった。リキッドはそれを確認するとカースオブキャットを椅子から解き放ち、全裸に縄で縛ったまま外に担ぎ出す。 「私はもう大臣を辞めるよ…。今回のことで反省したんだ。次からは人を直接助けることをしていきたいんだ。」 改心したかのような言葉を吐くも、リキッドはそれには反応せずに橋に向かって歩き続ける。 橋に到着すると、男を橋に設けられた柵の上に乗せた。そして口を開く。 「お前さんまさか、本気で生きて帰れると思ってないだろうねぇ?」 安堵していたカースオブキャットの表情が絶望に変わった瞬間だった。 「え?でもあの女性はもういいって…」 「何の罪も無い女性を自分の欲望の為に犯して殺すような屑を 生かして帰すわけねえだろバカ野郎。」 リキッドは柵に縄を括り付けてカースオブキャットを橋の下へと押して放り込んだ。 翌朝、古書店「リキッド古書店」の2階でリキッドは奇人と共に朝食を摂っていると、つけていたテレビに昨夜にカースオブキャットを縛り付けて投げ込んだ橋が映っていた。 「本日未明、ガルガイド王国のカースオブキャット大臣が逆さまに縛り付けられたまま遺体で発見されました。騎士団は自殺と他殺の両面で操作を進めております。以上ニュースでした。」 ニュースを見終えてテレビの電源を消すと、奇人が口を開いた。 「なあリキッド。お前は国の為に尽くす騎士だったんだろ?今更だがこんなこと初めて良かったのか?」 「俺はもう騎士じゃなくて復讐屋だ。この王国に蔓延る、法で裁けない悪を裁く為のな。俺は国を見限ったんだ。これからは国では無く民の味方になりたい。こんな形でしかそれが出来ないけど、自分にやれることをしたいんだ。」 リキッドは白米を口に運びながら答えた。 「こういう暮らし、悪くねえよな。この味噌汁の味噌凄く美味いけど何処で買ったんだ?」 奇人が話題を変える。しんみりとした雰囲気は奇人はあまり得意ではなかった。 「今度一緒に買いに行こうぜ。いい物を取り扱ってる店があるんだ。」 リキッド古書店は平凡な朝を迎えていた。 ある夜、王都ガルドリアの中心から少し離れた建物の中で、事件を匂わせる講習が開かれていた。 「ハイパーピース 女大好きィィィ!」 受講生20人程の小規模な講習であり、スクリーンには如何わしい映像が映し出されていた。ホワイトボードには「すぱーく先生のハイパーピース講座」と赤字で書かれていた。 すぱーくは腰を落としながら両手を上げてピースを作るというおかしなポーズをにやけ顏で作り、受講生から拍手を受けていた。すぱーくが語り出す。 「この世界の女はどんな男に惹かれるか…。イケメン?違う!金持ち?違う!ではどんな男が女に好かれるか、それは強い男だ!魔力や能力を持っている人間自体、この世界の実にたったの2割弱!君達は、その選ばれた2割弱なのだ!」 一々おかしな決めポーズを作りながら受講生達を指差して話を区切ると、再び語りだす。 「魔力を持った男が言い寄れば女は簡単に股を開く!間違いない俺が断言する!」 「では女が股を開いたらどうすればいいか?そんなの!決まっている!」 「挿れるしかないでしょう!」 受講生から拍手喝采が送られる。 「この世界の女は皆ヤリたがっている!俺達は!その期待に!答えるのだ!ゴムをつけるなんて以ての外だ!ナマで!ヤるんだ!ナマの方が気持ちいいから女も喜ぶ!アーユーオーケイ?」 「オーケイ!!」 すぱーくの掛け声に受講生達は元気良く答えた。そして事件へと繋がる計画の話へと入った。 王都にある貸切の居酒屋に、すぱーくとその受講生の一行は入店した。すぱーくとその取り巻き3人程が同じテーブルを囲んで座敷に座り、他の受講生は違う座敷や席に座ってそれぞれが違うグループ客であるように演じた。 「お、来た来た!こっちだよ!」 18歳と20歳くらいの姉妹だった。彼女達が来店するのを待っていたすぱーくは自分の隣の座敷に座るように促し、姉妹は指示に従い腰を下ろした。 「初めまして!◯◯(オリキャラだから名前思いつかなかった)です!」 「初めまして!△△(上に同じく)です!」 姉妹が元気良く自己紹介するとすぱーくは店主を呼んでこう言った。 「じゃ、いつもの宜しくゥー!」 店主が全て分かったかのように答えるとジョッキに酒を注いで2人に運んだ。 「このお酒なんですかぁ?」 「それはね、この店特製のお酒だよ~。君達は可愛いから特別サービスだぁぁぁ!さ、飲んで飲んで!」 すぱーくが勧め、何の疑いも無く姉妹は酒を一気に飲み干す。 「2人ともいい飲みっぷりだねー!さあもう一杯!店主、頼むぜ!」 店主が2人に2杯目を持ってくる。姉妹は2杯目も一気飲みしてしまった。 「いやー2人ともお酒強いねー!鍛えたの?」 「いえいえ体質ですぅー!」 すぱーくと姉妹、受講生の談笑が数分ほど続いた。 「あ…なんか眠くなって…。」 「私も…。」 姉妹は眠ってしまった。すぱーくも店にいた受講生達も、店主も、計画通りと言わんばかりにニヤけた。 「ふふふ…この店特製のハイパーハメハメサワーが効いたようだな。アルコール度数50%、更に強力な媚薬と睡眠薬入りの代物だ。さあ2階に運ぶぞ!」 すぱーくの指示で受講生2人が姉妹を担いで階段を登る。すぱーくや他の受講生、店主もそれに続く。 居酒屋の2階で、姉妹は衣類を全て脱がされて全裸にされていた。 「じゃあ姉の方の1番槍は頂くぜえええ!」 すぱーくがズボンとパンツを脱いで下半身を丸出しにする。腰を落とすと姉の秘所に勃起した自らの一物を当てがう。 「いい感じに濡れてるねぇー。じゃあ、挿れちゃおうか!ハイパーピーーース!」 一物を一気に奥まで挿入する。 「うお!このマ◯コすげえ締め付けいいじゃねえか!最高だ!やべえ腰が止まんねえ!」 すぱーくを腰をフルに使って激しいピストン運動を数分ほど繰り返す。姉は眠りながらも媚薬の効果で嬌声を漏らしている。 「そろそろ出る!ナカに出すぞ!」 すぱーくは絶頂を迎えて自らの欲望の熱い奔流を姉の中に放った。 「妹の方は処女でしたよ!すげえ締め付けて来ます!あ、出る!出る!」 妹を犯していた店主の方も絶頂に達していた。 「ちょっと2人とも、俺達も居るんですから中出しはしないで下さいよ~!」 受講生の1人が姉の方に一物を挿入しながら苦情を吐く。 「この世の女は全員、俺のチ◯コを挿れるオ◯ホールなんだよ!」 すぱーくがキメ顔でそう答えた。 「ギャハハハハハ!名言頂きましたー!」 結局、輪姦は明け方まで続いたのであった。姉妹2人に対して総勢22人の男でマワしたのである。翌朝姉妹が起きた時には何事も無かったかのように片付けられて布団で寝かされていることに気づいた。 更に数日後、妹は自宅で起きて朝風呂に入ろうと浴室の扉を開けると、カッターナイフで腕の脈を切り、湯に浸してこときれている姉を発見した。 すぱーく主催の飲み会へは姉が妹を誘ったのである。妹は下衆な男達に処女を奪われ、男性に対してトラウマを抱かされ、心に深い傷を負った。最近、生理も来ていない。そんな妹の様子を見たり話を聞いていた姉は罪悪感を感じて自ら命を絶ったのだった。 「お姉ちゃん!?お姉ちゃん!?しっかりしてお姉ちゃん!」 しかし姉の体は既に冷たくなっていた。妹の胸を支配するすぱーく達に対する憎悪な念が更に強まった瞬間だった。 更に数日後 リキッド古書店 リキッドはいつものように店番をしていた。奇人は2階で相変わらず絵を描いている。 「ごめんくださーい。」 18歳程の女性が訪ねてくる。リキッドはいらっしゃいませとも言わずその様子を覗き込んでいる。 「あの、この本おいくらですか?」 女性がリキッドに古書を差し出して値段を尋ねた。 「いくら出せるの?」 「バイト代の…3ヶ月分で。」 「上がって。」 リキッド古書店で行われる定番のやり取りである。リキッドはいつも通りに女性を2階に案内し、それに気づいた奇人が絵描き道具を片付けて茶を淹れる。 女性はすぱーく達に輪姦された姉妹の妹の方だった。妹はこれまでの経緯を詳細に話し、何と妊娠して下ろしたことも伝えた。 話によれば、すぱーくはこの王国の騎士であり、100人隊の隊長という地位に居た。更に国王かっしーの側近の1人の縁戚の息子で将来は重職に就く筈のエリートであるという。だから事件が発覚しても揉み消されたのだった。 女性の目には姉を失った悲しさと、騙された悔しさや怒りが涙となって溜め込まれていた。 「そんな下衆野郎、許せへんなあ!なあリキッド!」 奇人が先程まで描いていた妊婦の絵を隠しながら女性の話に頷きリキッドに同意を求める。 「ああ。俺達に任せろ。お姉さんの仇は必ずとってやる。」 リキッドは二つ返事で答えた。その目には正義の炎が灯っているように、女性には見えた。 復讐屋の2人の仕事がまた始まろうとしていた。 その夜、リキッドと奇人は王都の街路の人気が少ない場所で建物の影に隠れながらすぱーくを待ち伏せしていた。 「おい、来たぞ。」 「ああ。」 リキッドと奇人は騎士姿のすぱーくが此方に向かって歩いてくるのを確認すると、すぱーくの前に飛び出した。 「あん?誰だお前ら。道開けろよ。邪魔だ。」 すぱーくが2人を見るなりイラッとした口調で威圧する。 「俺達は復讐屋だ。依頼人の要請でお前を排除する。」 奇人がサイボーグの体を唸らせ、機械音を放って負けじと威圧する。関西弁?あれは気紛れな縁起だ。 「奇人、此処で殺すなよ。こいつには俺達の拷問を味わってもらうんだからな。」 「分かってるさ。」 リキッドが奇人に注意を促し、奇人は首肯する。 「さっきから何ブツブツブツブツほざいてんだ!?殺されてえのか!?あん!?」 すぱーくが腰の剣を抜いて構えた。 「俺の邪魔をしようってんなら仕方ねえ。てめえらをこの封雷剣の錆にしてやるぜ!」 手に持った剣から雷が発生し、すぱーくは剣先から雷を奇人に向かって放出する。 奇人はそれをサイボーグ特有のジェット噴射で飛んでかわす。 「雷光眼」 奇人のサイボーグの目から激しい光が発せられてすぱーくの視界を遮る。 「目、目がぁ…」 「マシンガンブロー!」 視覚を封じられたすぱーくに、奇人が上空から勢いをつけた拳の連打を叩き込む。街路のコンクリートがヒビ割れて大きなクレーターが出来る。 「それだけかよ。カスが。」 すぱーくの強力な雷の斬撃が奇人の胴を捉えるが間一髪のところで後ろに下がってかわす。 「雑魚の癖に俺様の前にしゃしゃり出てんじゃねえよ!」 剣から稲妻が奇人に放たれる。 「焼却!」 奇人の掌から勢いよく火炎が放射される。火炎と稲妻がぶつかり合って爆発を起こし、暗い夜の闇を明るく照らす。 「奇人、俺も出るぞ。」 後ろで見守っていたリキッドが前に出る。 「悪鬼纏身 インクルシオ!」 リキッドの顔を含む全身を変身ヒーローを彷彿とさせる鎧が覆い、背にはマントが、右腕には赤い穂を持つ槍が出現する。 「1vs1には拘ってねえ。こいつを早いとこ捕まえちまおうぜ!」 奇人がリキッドに応じて爆発が止んだ前方を見据えると、すぱーくが更なる攻撃を繰り出そうと全身に雷を纏っている。 すぱーくの姿が2人の視界から消えると、背後から稲妻の音が聞こえる。 「死ね!」 すぱーくの剣がリキッドを捉えて振り下ろされるが、リキッドにダメージは無かった。 「俺の封雷剣が効いてない…」 「この帝具・インクルシオは竜を素材として作られた鎧だ。お前如きの攻撃など効かん。更に!」 リキッドは再び瞬間移動をしようとするすぱーくの腕を掴んで右手に持つ槍をすぱーくの胴鎧に突き刺す。 「この槍・ノインテーターの攻撃力も強力でな。お前の鎧如きじゃ防げない。」 すぱーくの鎧がノインテーターの突きを受けて砕け散った。 「マシンガンブロー!」 守りを失ったすぱーくの横から奇人のラッシュが叩き込まれる。すぱーくは血反吐を吐きながら倒れた。 「おい、殺してねえだろうな?」 「息はしている。此処からが俺達の仕事の本番だからな。行こうぜ。」 2人によって担がれ、すぱーくの身柄はあの廃工場へと移された。 ガルドリアはずれの廃工場 すぱーくは奇人の攻撃で意識を失っていたが、暫くして目を覚ました。すると自分の足が鎖によって天井に向かって繋がれ、腕も手錠で拘束されていた。それも全裸である。 「おい!なんだこれは!この拘束を外せ!ここから出せ!おいコラァ!」 「まあそう大声出すなよ。声が外に漏れたらまずいだろ。」 奇人がカッターナイフですぱーくの声帯に切れ目を入れる。 「これで大声は出せねえな。うん。リキッド、後は任せる。」 リキッドはそれには返事も頷きもせずに奇人からカッターナイフを取り上げる。 「俺達はアンタに輪姦された女性の依頼を受けたんだよねぇ。」 リキッドがすぱーくに言い放つ。 「俺はこの王国の重役の縁戚で将来を約束されたエリート騎士だぞ!こんなことしてただで済むと思うなよ!」 すぱーくが小さな震える声で精一杯声を絞り出す。 「以前依頼を受けて始末したカースオブキャットとかいう大臣も同じようなこと言ってたけどねぇ。お前さんこそ、か弱い一般国民を騙して身勝手な欲望を満たして傷つけて、それでただで済むと本気で思ってる?」 リキッドがカッターナイフをすぱーくの局部に当てがう。 「お前さんのチ◯コを引っこ抜いて、ケツの穴にぶち込んでやる。」 「…って感じのセリフが欧米の映画とかドラマとかでよく使われてるけど、まあこういうのはそんなことをするわけがないと思ってる上での、言わばブラックジョークなんだけど…」 「俺はジョークを言わないタチでねぇ。」 リキッドが話を終えると、カッターナイフですぱーくの一物を切り取り、それを肛門に文字通りぶち込んだ。 「許して下さいー!ごめんなさいー!」 一物を切り取られた局部とそれを挿入された肛門の痛みに耐えながら、すぱーくは命乞いを始めた。 「お前さんのような下衆を生かして帰すなんて真似はしない。」 リキッドは冷たく言い放った。 すぱーくはリキッドに廃工場から担がれ、近くを流れるグワダ川の水面にすぱーくの顔を押し付けて溺死させられた。遺体は運ばれてすぱーく宅の門前に晒すように捨てられた。 「ニュースです。ガルガイド王国騎士・すぱーく氏が自宅前で遺体となって発見されました。局部が切り取られて肛門に挿入された状態での発見で、王国騎士団は他殺の線で捜査に当たっています。」 昼のニュースを見ながら昼食のラーメンを2人で啜っていたところに、古書店を訪ねる客があった。 「リキッドさん、奇人さん、本当にありがとうございました。これで姉も少しは浮かばれると思います。」 復讐代行を依頼した女性だった。 「お姉さんを偲ぶ気持ちは分かるけど、これからはちゃんと自分の人生を考えないといけないよ。」 リキッドが女性に優しく諭す。 「俺達は法で裁けない、国が裁かない、裁こうともしない悪を裁く復讐屋だ。また何か会ったら来なよ。」 「リキッドさんは復讐屋という仕事に誇りを持ってるんですか?」 女性が恐る恐る疑問をぶつけてみる。 「どうだろうねぇ。少なくとも、君の依頼によってすぱーくは始末された。それで大勢の女性が狙われることもなくなって助かったと思うねぇ。」 リキッドの答えを聞いて満足した女性は、一礼してリキッド古書店を後にした。 リーナ・ロシアンティが営む喫茶店兼バーでは、リーナ含めてエイジス・リブレッシャー、エリス・グリモワール、そしてガルガイド王国騎士団に復帰したレイン・ヴァントニル、照葉樹林咲が貸切で集まっていた。 王都ガルドリアで最近立て続けに発生している要人殺害事件に対応すべく、国王かっしーの命令で騎士である3人にも4日後の神チー相国就任式における護衛役として召集がかけられたのである。 4日後に大臣に就任する神チーは、以前話にあった通りの悪徳商人であり、レインを騙して誘拐した犯人である。 現実世界には「奇貨居くべし」という言葉がある。 春秋戦国時代末期、秦の相国にまで上り詰めた呂不韋が残した言葉である。彼は商人であったが、後の始皇帝である秦の王子・政を自らの財力によって王位に就けることに成功し、相国に就任したのである。 神チーはかっしーに目をつけ、悪徳で稼いだ財力をかっしーに注ぎ込み、王太子の1人にまで格上げさせた。先王桑田の養子に先になったのがサバであり、当然サバが次期国王だと誰もが思っていた。 かっしーは母親の身分が低い故に、桑田の甥でありながら王太子候補ですらなかったのである。それを押し上げて王太子にしたのが神チーだった。 かっしーがサバとの後継者争いに勝利し王となったので、かっしーにとって第一の功績者である神チーが相国に就任することになった。 しかし神チーが過去にしたことをエリス達は知っている。そこで今後の去就をどうするか話し合う為に集まっているのである。 ガルガイド王国の国政を担う大臣や上位の騎士が2週間で8件も発生していた。暇を出していたエイジスを除いて、エリスやレインにもその際に召集がかかり、事件の捜査にあたっていたが犯人を特定するには至らなかった。 そんな中、神チーの護衛は最優先課題となったのである。 「俺は…どうすればいいんだ。」 エイジスは迷っていた。大切な人を、レインを騙して売り飛ばそうとした卑劣な男がこの国のNo.2になろうとしている。まだ気持ちの整理がついていない上に、こんな事態になっているのである。 「俺は王国に忠誠を誓った騎士だ。だが、レインがされたことを考えると…!」 エイジスは立ち上がって店を出ようと足を進めた。 「エイジス、何処行くの?」 「少し1人で考えさせてくれ。」 レインにそう答えたエイジスは険しい表情のまま店を後にした。 「少し1人にしてあげた方がいいわね。」 リーナはコーヒーを淹れ始める。 「こんな時にエイジス君に何もしてあげられないなんて…」 咲は暗い顔でそう呟いた。 エイジスは自宅の自室で数時間もの間、思い悩んでいた。 「レインのことも、国のことも俺は諦められない…!どちらかを捨てるなんて、俺には…!」 大切な人への思いと国への忠誠の板挟みになり、エイジスはこれまでに無いほど苦しんでいた。 ピンポンと、自宅のインターホンが鳴る音が聞こえる。ドアを開けると、レインが立っていた。 「急にごめん。エイジス、入っていい?」 「…ああ。」 自室に案内すると、レインは笑いながら言った。 「エイジスの部屋、久しぶりだわ!」 「そうだな、今お茶でも淹れるよ。」 エイジスは1階の台所に行き、紅茶を2人分淹れて持ってきた。 「ねえエイジス、貴方は騎士なんでしょ?」 紅茶を啜りながら、レインは決まりきったことを聞いた。 「当たり前じゃないか、だから苦しんでるんだ。」 エイジスが苦しげに答えた。 「エイジス、私の為にこんなに悩んでくれてる。」 「当たり前じゃないか、お前は大切な人なんだから。」 チビチビと紅茶を啜りながらレインの問いに尚も答える。 「私のことを真剣に考えてくれて、それでいて騎士として忠誠を捨て切れないでいる。そんな貴方が私は好き。」 「好きって…その…」 突然の告白に戸惑うエイジスの口を、レインの唇が塞いだ。 「!」 急なことだった。エイジスは目を丸くしている。 「ねえ、もう迷わなくていい。国への忠誠を貫くエイジス・リブレッシャーでいいじゃない。私なら大丈夫だから。そんなエイジスが好きだから。」 唇を離したレインに、今度はエイジスが自らの唇を押し当てた。 リキッド古書店に新たな依頼人が訪ねてきていた。 「この本、いくらするの?」 依頼人が本を手に取り、リキッドに差し出す。 「いくら出せるの?」 「給料の3ヶ月分で。」 聞き覚えのある声である。リキッドが見上げて顔を見ると、確かに見知った男だった。 「お前、平行じゃないか。まあ上がれよ。」 「ああ。」 リキッドは平行を2階に案内し、いつもの様に奇人が茶を淹れて差し出す。 「で、どんな依頼なの?」 リキッドに話を催促され、平行は茶を啜って暫くすると口を開いた。 「4日後に神チーの就任式が行われることはお前も知ってるよな?」 「ああ。それがどうかしたのか?」 平行の口ぶりでリキッドは依頼の内容を大体察した。 「4年前になる。俺の部下は偶然奴が性奴隷の売買を行っているところを発見し、気づかれて殺された。」 「俺は立場の問題もあるし、納めている領地や民や家臣のこともあり、仇を取ることが出来ない。だからお前に頼む。部下の仇を取って欲しい。神チーを討ち果たして欲しい。」 平行は話を終えるとアタッシュケースを取り出してリキッドに渡した。リキッドが中を確認すると、はち切れんばかりの金貨が詰まっている。 「分かった。俺達復讐屋の手で神チーを討ち果たす。」 「相国を殺すのか。これは腕が鳴るぜ!」 奇人が両手を合わせて鳴らした。 「頼んだぞ、復讐屋。」 平行はアタッシュケースを置いて立ち去っていった。 3日後の夜である。エイジスはエリスやレインと共に翌日行われる就任式に備えて神チーの護衛任務に就いていた。 神チーは他の大臣との打ち合わせの為に、官邸を訪ねる為に自邸を出発し、護衛されながら馬車で人気の無い街路に出ていた。 「来たぞ。あの馬車に乗ってるのが神チーだ。」 奇人が馬車を確認すると、リキッドに目配せをする。 「あの護衛の騎士は氷河期…!いつかこんな日が来ることは予感してたが、案外早かったな。」 エイジスの姿を見たリキッドは覚悟を決めた。 「浪漫砲台パンプキン!」 リキッドは銃型の帝具を出現させて馬車に狙いを定める。そして引き金を引いた。 パンプキンが放つ弾道が一直線に神チーの乗る馬車に伸びていく。しかしすぐに気づいたエイジスの槍によって弾かれてしまった。 「誰だ!」 襲撃を察したエイジスが辺りを見回す。 「俺だよ氷河期。お前相手に黒いコートとか被って正体を隠してもすぐに剥ぎ取られるのがオチだろうから此処は正面から行くぜ。」 帝具を持ったリキッドと、奇人が氷河期の前に姿を現した。 「リキッド…じゃあ最近起こっていた要人連続殺人は…!」 「それも俺だ。」 かつての仲間による犯行を知り、歯をギリギリと食いしばって苦い表情をエイジスは作った。 「リキッド…そうか。お前はそういう道を選んだんだな。だが俺はこの国に忠誠を誓った騎士だ!お前のしたことを、これからしようとしてることを見過ごすわけにはいかない!」 「冷殺剣!」 エイジスは腰の剣を抜いて上段に構える。 「俺は復讐屋だ。依頼人から復讐を依頼されればそれを遂行する。もう二度と 引き下がれないねぇ。この国に救う癌を俺は一掃する!」 「万物両断 エクスタス!」 等身程ある鋏の帝具を出現させて持ち手に手をかけるリキッド。 「リキッドォォォ!」 「氷河期ィィィ!」 道を違えた2人の生き様が今、交差する。 「リキッドが氷河期を引きつけてる間に俺が神チーを…!」 サイボーグ奇人が念動波で地面を叩き、自らのスピードとパワーを上昇させる。 「焼却!」 奇人の腕から大量の火炎の塊が直線的に噴出され、神チーが乗っている馬車を燃やし尽くさんと飛んでいく。 「クロスホーリーシールド!」 焼却を防いだのはレイン・ヴァントニルの技だった。 「何事だ?」 中の神チーが馬車の扉を開けて外の様子を確認する。 「襲撃者です!エイジスが1人を、私がもう1人を引きつけます!その間にお逃げ下さい!」 レインが後ろを振り向いて神チーに進言した。 「分かった。頼んだぞエリス。」 「はっ!」 馬車の中に戻った神チーがエリスに守られて逃走を図ろうとする。 「逃がさん!焼却!」 奇人が辺り一帯を巻き込む勢いの火炎を全身から噴射させて神チーの行く手を阻んだ。 「エイジストラッシュ」 エイジスが冷殺剣でリキッドに高速剣撃を繰り出そうと飛び掛かる。 「鋏(エクスタス)!」 リキッドが持つ鋏の帝具・エクスタスから眩い光がエイジスに向けて発せられる。 「目が…!」 エイジスは光に視界を遮られた。 「この万物両断 エクスタスはどんな対象でも両断出来る帝具だ!」 鋏の刃と刃が開かれ、間に居るエイジスを捉えて両刃の距離が縮まった瞬間、エイジスは上に跳んで回避した。 「思えば長年一緒に居たがお前の能力を見たことは無かったな。だがお前にどんな力があろうと王国最強騎士の俺には敵わない!」 「冷凍の矢(フリージングアロー)!」 氷と冷気の矢が放たれる。リキッドはそれをエクスタスで受け止める。しかしエクスタスは凍り始めてしまった。 「まだまだぁ!帝具はまだある!」 「五視万能 スペクテッド!」 「一斬必殺 村雨!」 リキッドの額に目の形をした帝具が、右手には日本刀の帝具が出現した。 「輝く流星の矢(スターライトアロー)!」 エイジスが放った聖なる光の矢が無数に分裂してリキッドに降り注ぐ。リキッドはそれを村雨で全て弾いた。 「お前のその動き、さっきとは大違いだな。」 「スペクテッドは敵の動きを読んだりすることが可能な帝具だからな。お前の動きを未来視することも出来る!」 リキッドが下段に構えて村雨を持ちながらエイジスに特攻する。 「読めてもついていけないんじゃ意味無いんだぜ?エイジストラッシュ!」 高速剣撃がリキッドに炸裂した。全身を傷つけられ、血飛沫が舞う。リキッドの村雨はエイジスに届かなかった。 「クソッ!」 リキッドが膝を地につけて刀を杖代わりに何とか上体を保つ。 「名残惜しいが終わりだリキッド。氷の千本槍(ブリザード・サウザンドランス)!」 千本の氷の槍が宙に展開され、次々にリキッドに降り注ぐ。 (こんなところで死ぬわけにはいかない!俺には遂行しなければならない正義がある!) 「インクルシオォォォ!!」 リキッドの魂の鼓動が帝具・インクルシオを顕現させ、更に進化して姿を変える。黄金に輝く龍型の鎧となり、背中に翼が生えた。 覚醒した帝具の力を得たリキッドがインクルシオの副装備である槍・ノインテーターで降り注ぐ氷の槍を全て砕き落とした。 「行くぞ氷河期ィィィ!!」 高速飛行で氷河期目掛けてノインテーターを突き出す。 「氷の槍(アイスブロックパルチザン)!」 エイジスが氷の槍を作り出して応戦するが、氷の槍はノインテーターに簡単に砕かれた。 「うおおおおおお!!」 ノインテーターがエイジスの胸部を捉えて突き刺された。 ノインテーターを胸部に突き刺されたエイジスが吐血し、動きが止まった。 「勝った…!勝ったぞ!王国最強騎士に勝った!待ってろ奇人!今すぐ加勢に…!」 「ブリザード・ディバインバースト」 背後から寒気と強烈な気配を感じると、冷気の波動がリキッドを呑み込まんと伸びてきた。 「ッ!」 リキッドはインクルシオの飛行能力でそれをギリギリのところで回避した。上空から地上を確認すると、殺した筈のエイジスが立ってリキッドに視線を向けていた。 「一回の戦闘で一度しか使えない、死ぬ程の攻撃を受けた後に分裂して生体と意識を転移させる技だ。使ったのは2回目だ。」 分裂した後の死体の方のエイジスの体が地に横たわっていた。 「仕留めたと思ったんだがな。」 リキッドが苦虫を潰した様な表情で漏らす。 「進化した帝具で俺を圧倒したつもりだろうが、俺にもまだ進化形態があることを失念したわけじゃないよな?」 エイジスが全身に魔力を流して冷気が周囲に流れる。 「フェンリル」 エイジスの姿が狼に変化する。 「エターナルフォースブリザード…!」 エイジスの全身から冷気が溢れ出す。広範囲の冷気波動がリキッドのインクルシオの翼や下半身を凍りつかせた。リキッドはそのまま地に落下してしまった。 「リキッド。この俺を相手にそこそこ以上に戦えたのはこの世界でお前が3人目だ。誇っていい。」 地に倒れ伏したリキッドにトドメを刺すべく、口に冷気と魔力を込め始める。 「図に乗るなよ氷河期。もう勝ったつもりか?」 倒れ伏したながらリキッドが声を振り絞る。 「強がるな。お前はもう虫の息だ。」 「まだだ!もっと力を俺に寄越せ!インクルシオ!」 インクルシオがリキッドの声に応え、更なる進化を遂げて竜人のような姿になった。 「ブリザードフォースディバインバースト」 エイジスの口から冷気波動が放出されるが、リキッドは氷を破壊して立ち上がり、ノインテーターで薙ぎ払った。 「あと一回殺せばお前はもう復活出来ない!」 瞬速でエイジスの頭上に飛び、ノインテーターを投擲する。 「オオオオオオオオオオオオオオオオン!」 狼となったエイジスの咆哮が音圧の衝撃波となり、投擲されたノインテーターの威力を抑えるが完全に威力を殺し切れずにエイジスの前脚に突き刺された。 「ファフニール」 エイジスが莫大な魔力を放出しながら狼から龍の姿へと変化する。 「この姿で戦うのはお前で2人目だよリキッド。」 腕を傷つけたノインテーターを全身から発せられる冷気で凍らせた。 「無想・氷樹海浸殺」 龍の姿のエイジスが咆哮し、それに呼応するかのように大地から無数の氷に覆われた蔦が出現し、高速飛行で逃れようとするリキッドを捕らえて枝で串刺しにした…筈だった。 「ノインテーターは返してもらうぞ。」 枝や蔦を破壊したリキッドが素早く飛行して氷漬けにされたノインテーターを回収すると、表面を覆っていた氷は消滅した。 「その鎧の進化による強さ、俺の禁術を打ち破る程とはな。だが!」 「サウザンドフォースブリザードバースト」 エイジスから見て眼前から無数の冷気の波動がリキッドに向けて放出された。 「グオオオオオオオオオオオオオ!!」 異常な冷たさの冷気と魔力をノインテーターで防ごうとするも、防ぎきれない。リキッドを無数の冷気波動が呑み込んだ。 「へえ、まだ生きてるか。」 リキッドは命を繋いだが胸から上を除いて凍ってしまっていた。しかし今回の冷気は絶対零度を1℃程下回る攻撃であり、リキッドのインクルシオは耐えきれず消滅していた。 「勝ったのは俺の正義だったようだなリキッド。」 エイジスがトドメを刺すべく全身に魔力を込め始める。 「此処までか…すまない平行、依頼は失敗だ。」 リキッドが死を覚悟した時である。 「ヒャッハァァァァァ!!」 甲高い叫びと共に何と神チーの自宅を持ち上げている男がエイジスの頭上に現れ、神チーの自宅をエイジスに投げつけた。 しかしエイジスにそんな単純な物理攻撃が効く筈が無いのだが、エイジスの体には大きな痣と傷がつけられた。龍の体から大量に血飛沫が舞う。 家の下敷きになって道のコンクリートにエイジスがめり込んでいる隙にオルトロスはリキッドに近づいた。 「ようリキッド!今の内に逃げるぜ!」 男は拳を叩きつけてリキッドについている氷を破壊し、手を取った。 「お前は、オルトロス!クワッタの戦いで力を奪われて討たれた筈じゃ…!」 「話は後だ!こいつはやべえ!今はさっさと逃げるんだよ!」 呆気に取られるリキッドの腕を掴んで、ベクトル操作の能力を使い高速移動で逃走を図る。 「待て、奇人がまだ残ってるんだ!」 「じゃあそいつも回収して逃げるぜ!」 「待て!逃がさないぞ!夢想…」 エイジスが反撃する前にオルトロスがリキッドの体を持ち上げて右肩に担ぎ、その場を高速で離れた。オルトロスは女騎士3人と交戦中の奇人も回収して左肩に担いでその場を逃げ去った。 「後少しだったのにとんだ邪魔が入って逃げられたか!クソッ!」 エイジスは自らに覆い被さる家の残骸を吹き飛ばすと、元の姿に戻った。 同じ頃、李信はマロンや新たに仲間になったWあと共にグリーン王国の王都グリーンバレーで深夜徘徊に繰り出していた。 「この世界、24時間営業のコンビニとか無いんだよなー。あー、アイス食いてえ。バニラ味の。」 この世界に来てクールキャラを演じていた李信はすっかりその仮面を気分次第で外すようになっていた。 「居酒屋とキャバクラと風俗店くらいしか開いてないですねー。二次元美少女とあんなことやこんなことをするのも悪くないですよ直江さん。」 Wあが言っている通り、王都には風俗街がある。店前で客引きをする肌を露出させた嬢が何人も見受けられる。 「Wあ先輩、俺は今女よりもアイスが食いたいんすよ。アイス。何処で売ってんのかなアイス。」 Wあが思案していると、マロンが口を挟む。 「そもそもこの世界にアイスクリームってあるの?見たことないんだが。」 「確かに見たことないな。仕方ない此処はチョコレートで手を打とう。」 マロンの指摘が最もだと思い、李信は考えを改める。 「今食い物がある店は居酒屋以外開いてないですよ。」 Wあが的確に突っ込む。 「居酒屋に甘い物あるのかな?まあ行ってみましょう。」 「風俗街はまたの機会にな。今はムラムラしないんで。ちょっと離れるが居酒屋に行きますか。」 3人は風俗街を後にした。 3人は人気の無い道に差し掛かった。 「Wあ先輩、マロン君。」 李信は不意に2人に声をかけた。 「はい、俺も感じますよ。」 「誰か居るよな。」 2人も首肯で頷く。気配を感じるのである。 「第四波動」 炎熱の波動が3人目掛けて建造物の上から突然降ってくる。 「縛道の八十一 断空」 李信が鬼道による防御壁を展開してそれを防ぐ。 「破道の三十一 赤火砲」 李信は掌から赤色の火球を、第四波動が放たれた場所に向けて撃ち放った。 「バルカンショックイグニション」 巨大な火球が放たれ、赤火砲と相殺される。すると襲撃者がテレポートで突然李信の目の前に現れ、両腕を合わせてドリルに変形させて突き出す構えを見せる。 「デッドリーメイルストロム」 「外殻静血装(ブルートヴェーネ・アンハーベン)」 ドリルによる突きを球型の防御壁で防ぐと、後ろの2人が襲撃者に攻撃を繰り出す。 「破壊光線!」 「バララークサイカ!」 Wあとマロンが放った遠距離攻撃は襲撃者を捉えた。 「大聖弓(ザンクト・ボーゲン)」 李信も無数の光の矢を至近距離で襲撃者に浴びせかける。 「テレポート」 襲撃者は3人の攻撃をテレポートで回避し、3人から見て左に姿を表す。 「鳴け 清虫」 李信が跳躍し、襲撃者の真上に出る。 「清虫二式・紅飛蝗」 抜刀された李信の斬魄刀から無数の刃が分かれて展開されて雨のように襲撃者に降り注ぐ。 「女神の盾(シールド・オブ・イージス)」 襲撃者は左手を宙に翳して無数の刃による攻撃を無力化する。 「亜空切断!」 李信の攻撃を受け止めている襲撃者にWあが空間を切り裂く斬撃を飛ばす。 「極大魔法・雷光滅剣(バララークインケラードサイカ)!」 魔装したマロンが放つ極大の雷がWあの斬撃と合わさり、襲撃者に襲いかかる。 「縛道の六十一 六杖光牢」 襲撃者が攻撃に対処出来ないように、李信が宙から鬼道を放ち、動きを封じる。Wあとマロンの攻撃が襲撃者に命中した。 凄まじい爆音と共に、周囲の建造物を悉く吹き飛ばす。 「やったか?」 爆風を手で遮りながら目を細めたマロンが呟く。 「やってないようですね。」 Wあがそれに応えると、爆発が止んだ場所に襲撃者が立っていた。 「ドッペルゲンガーによる再生能力とシールド・オブ・イージスを駆使しなければやられていたな。」 襲撃者に外傷は見受けられない。 「俺の魔装を使っても駄目なのかよ!」 マロンが拳を地に叩きつける。 「2人とも離れてくれ。俺がやる。」 李信の言葉に頷いて2人はWあのテレポートで後方に距離を取る。 「ほう?お前に何が出来る?」 「卍解」 地に降り立って襲撃者の背後に回った李信の斬魄刀から大きな霊圧が漏れる。 「清虫終虫・閻魔蟋蟀」 李信と襲撃者を取り囲む巨大な黒いドーム状の空間が出現する。 「これで視覚・聴覚・嗅覚・触覚・霊圧感知を封じた。死ねぇ!」 襲撃者は感覚を封じられて何も出来ない。その状態の襲撃者に刀を上段の構えから踏み込んで振り下ろした。 「重力操作(グラビトン)」 振り下ろした刃が襲撃者の胸に斬りつけられようとする瞬間、凄まじい重力が発生し、李信の体は地に叩き伏せられる。地面に体がめり込む程の重力が完全に動きを封じた。卍解も解除されてしまう。 「こんなものは子供騙しだろ?」 襲撃者が仮面の内側から声を発して挑発する。 「聖唱(キルヒエンリート)」 李信が短く唱えると、2人を取り囲むように光の結界が構築され始める。 「聖域礼賛(ザンクト・ツヴィンガー)」 光の柱を中心に、円形の結界が完成する。 「神の光に切り裂かれろ!」 無数の光が結界の上下から襲撃者に降り注ぐ。襲撃者の仮面は光によって切り裂かれ、その顔が露わになる。 「テレポート」 面が割れた襲撃者はテレポートで、当たれば致命傷に成り得る攻撃を回避し、後ろへ距離を取った。 「お前は…」 「クワータリアで氷河期に凍らされた赤牡丹だよ。」 顔を見て一瞬絶句する李信に襲撃者が名乗る。 「生きてやがったのか。また俺を殺そうってか?上等だ。」 刀を下段に構え、次なる赤牡丹の出方を窺う。 「いや、もうアンタと敵対する気は無い。今のは力試しだよ。サバも死んで領地もかっしーに没収されたんでな。世話になろうと思ったが、ただ再会するだけじゃつまらない。そこで遊びに付き合ってもらったのさ。」 赤牡丹が正体を隠す為の黒いコートを脱ぎ捨てて戦闘継続の意思が無いことを示した。 「いいだろう。今から3人で行こうとしている所がある。そこでいろいろ聞こう。」 刀を腰の鞘に収めてWあとマロンに目配せすると、2人も戦闘態勢や魔装を解いて歩き出す。 4人は王都の中心街にある居酒屋に入り、テーブルを囲んで椅子に腰を下ろした。 「店員さん、アイスクリームあります?」 メニュー表を開いて見るのも面倒だった李信が店員を呼び止めて尋ねる。 「はい。セルフサービスになりますのであちらの容器を取ってあちらの機械から味を選んで出して下さい。」 「はーい。」 御目当てのアイスクリームがやっと食べられると思うと、速やかに席を立ってアイスクリームを取りに行く。 「で、殺そうとした相手に世話になろうだなんて貴方も図々しいですねぇ。」 Wあが真顔で赤牡丹に言葉を突き刺す。 「昨日の敵は今日の友って言うだろ?それに俺達同じ二次元派じゃん仲良くしようぜWあさん。」 「面の皮が厚いですね赤牡丹さんは。」 赤牡丹の返答にWあが呆れたと言わんばかりの顔をする。 「まあいいんじゃね?よろしくな隠密。」 「おうよろしくマロン。」 「話は分かった。領地が没収されて行き場が無いのな。俺の空いてる屋敷を使っていいよ隠密さん。あーアイスうめえ!次はチョコレート味食う!」 「流石は直江さんだ!話が早い!」 先程までのことなど忘れたようにすっかり二次元派時代のように打ち解けていた。Wあも元々大人なので引きずることはせず丸く収まった。 「で、何で生きてんの?氷河期さんに凍らされた筈だよな。」 「あーあれ?あの後君達が去った後、俺の炎熱系能力で何とか脱出したんだよ。でも戦おうにもなー人数的に分が悪いからそのまま逃げた。」 赤牡丹はそれからこれまでの経緯を話した。かっしーによって領地が没収された後、旧領は直轄地になったらしい。それから暫く持っていた金で放浪しながら生きいたが、このままではいずれ餓死すると考え、グリーンバレーに来たとのことだった。 「あー、かっしーマジうぜえ。ぶっ殺してやりてえけどさ、俺1人じゃ厳しいじゃん?それにぶっ殺しても俺の食い扶持が確保出来るわけじゃないじゃん?だから此処に来た。」 「ま、その内動きがあるだろ多分。ほら飲め。」 赤牡丹の話を聞き終わると、李信が赤牡丹に酒を勧めた。赤牡丹はそれを一気に飲み干した。 翌早朝、李信の屋敷を訪ねてくる者があった。まだ6時だというのに屋敷のインターホンが鳴る。熟睡していた李信は眠りを見事に妨げられた。 「二日酔いでねみー。最近客が多いなー。はーいどなたー?」 「よう…ちょっと急用でなあ、中に入れてくれや。」 李信が扉を開けるとリキッドと見知らぬサイボーグを担いだ、自らが殺した筈の男が立っていた。 「で、リキッドは傷だらけだし俺がこの手で力を奪って殺した奴が生きてるし何があったんだオルトロス。」 「お前が殺した俺ってのは俺のクローンだよ。お前アニメは見てたろ?レベル5の某電気使いを大量生産したあれだ。しかも最近の技術は素晴らしい!能力、強さを丸々複製したコピー体を作れるんだ!まあそうすると一体しか作れないんだがな。しかも俺しかその対象にはなり得ない!すげえご都合主義だろ!コピーがお前と戦ってる間に俺がどうしてたかとかそういう細かいことは気にすんな!此処二次元なんだし!」 オルトロスが遠慮も無く大きな声で話す。 「おい朝っぱらからでけえ声出すなよ。俺は二日酔いなんだ。慣れてないのに酒なんて飲むもんじゃねーな。で、リキッドとそのサイボーグは何なんだ。」 李信が頭を抱えながら掠れた声で問い質す。 「よう直江ェ…久しぶりだなぁ…。元国関の戦い以来だなぁ…。」 傷だらけの体でリキッドが口を開く。 「何があった?」 「氷河期の野郎と戦ってこのザマだ。危うく死ぬところをオルトロスに助けられたんだ。」 リキッドがか細い声で答える。 「何で同じ国の騎士同士が殺し合うんだ?わけわかんねーな。」 「俺、ガルガイドの腐敗を見てもうこの国には尽くせないと思って騎士を辞めたんだ。んで、復讐屋を始めて依頼でガルガイドの大臣や騎士を拷問して殺してたんだ。ある日平行が訪ねて来て、相国に就任する神チーへの復讐を頼まれてな。神チーを見つけたんだが氷河期が護衛してやがったんだ。戦闘になってこのザマよ。」 リキッドが声を振り絞って最後まで話し終える。 「俺は奇人だ。あんな国はもう必要無いと思う。腐敗が進み、上層部の身勝手な欲望や重税の為に苦しんでいる。俺とリキッドは復讐屋として色々な奴を拷問にかけて抹殺してきたがどれも吐き気を催す下衆ばかりだ。」 奇人がリキッドの手当てをしながら話す。 「俺が予見したことが現実になったようだな。奴らを滅ぼしこのグリーン王国の領土とすれば民は救われ、この俺の領地も増える。よし、協力してやろう。それと増えた領地の領民には善政を敷くから安心しろ。政治をやるのは俺じゃなくてキモ男さんとポルク氏だがな。それとお前らにはこの屋敷の一室をそれぞれ使わせてやる。」 「ありがたい。恩に着る。」 奇人が一礼し、リキッドの手当てを続ける。 「さて、グリーンに話を通すか。外出の支度をしなきゃな。」 昼、李信は3人を伴ってグリーン城に登城した。 「と、いうわけだ。今回は直接ガルガイドと国を挙げて戦争する必要は無い。お前にはこいつらを匿うことと、諸々の許可を貰いたいだけだ。」 「この国を戦争に巻き込むのだけは勘弁な。勝ったとは言え、先の戦争で国は疲弊している。」 「分かってる。」 「ならいい。もう行け。」 グリーンとの対面は終わった。 神チーの就任式はエイジス達の尽力によって無事に終了した。神チーがガルガイド王国の相国になったのである。 「ご苦労だったな氷河期。これは礼だ。受け取れ。」 式を終え、エイジスは神チーに相国の部屋に呼び出されていた。神チーはタ◯コプターを手渡した。 「これって…」 エイジスは見覚えのある道具を渡されて戸惑う。 「タ◯コプターだ。これをつけて空から王都を眺めるのも悪くないぞ。」 「ありがたく頂戴致します。」 エイジスは両手でタ◯コプターを受け取ると、一礼して部屋を退出した。 「これでみんなでゆっくり遊べる日が来るといいな。その為にはリキッドのような反逆者は排除しなければ。」 エイジスは取り逃がしたリキッドのことを考え、険しい顔つきで城を出た。 翌日、エイジスはエリスやレインと共に城に呼び出されて王の間でかっしーに謁見していた。 「偵察任務…ですか。」 「グリーン王国の李信に不穏な動きがあってな。李信の与板城を預かるキモ男という者がセール領のランドラ城でセールと密かに会って商談をしているとの話が出てきている。ランドラまで行ってそれを確かめて来て欲しい。また戦争を始めるつもりやもしれん。」 任務の内容を聞いたエイジスは頭を深々と下げ、「承知致しました。」と答えた。 「すぐに行け、エイジス。」 「はっ!」 エイジスは一礼して王の間を後にした。 「お前達には別の任務がある。反逆者・リキッドがグリーンバレーの李信の屋敷に匿われているとの噂が流れている。その偵察に行ってもらいたい。噂が本当なら、李信からリキッドの身柄を引き渡させるのだ。お前達は我が王国が誇る強き騎士。幸い李信は個人戦闘での勝率はあまり高くないそうだ。頼んだぞ。」 「はっ!」「はっ!」 2人の女騎士も一礼して退出した。物語は再び動き出そうとしていた。 旧ランドラ帝国領 現セール領 ランドラ城 先の戦争による功で、グリーン王国により本領安堵に加えてガルガイド王国領の内5郡と旧ランドラ帝国領を与えられた大将軍・セールは、もはや一つの国と言っていい程の勢力となっていた。本拠をランドラ城と定め、日々力を蓄えている。 そんなセールのもとに、1人の男が交渉の為に訪ねていた。ランドラ城の中御殿の一室でキモ男は待機していた。暫くすると、筋骨隆々の男が扉を開けて入室してきた。 「グリーン王国与板城代・キモ男です。大将軍セール殿にお取次ぎ願いたい。」 「セール家臣・筋肉即売会です。承りました。」 筋肉即売会が一礼して去る。暫くすると、筋肉即売会が戻ってきて本御殿に通された。先の戦争で水素がゲノンを倒したのもこの場所である。キモ男は筋肉即売会の案内で本御殿のセールと対面した。本御殿にある一室で、円卓を囲んでの対面である。 「与板城代・キモ男です。本日は城主の意向により参りました。」 「大将軍・セールだ。用件を聞こう。」 「と言っても用件を聞く必要は無いな。直江に頼まれた新式銃500丁と弾薬は用意してある。持って行け。他には売らないからな。特別だぞ。あいつのおかげでこんな大領を領することが出来たんだからな。」 セールは自信の能力であらゆる武器や兵器を使用することが出来る能力者だった。その力を使って、この世界で製造出来そうな銃に目星をつけ、ついに2000丁の製造に成功したのだった。 「ありがとうございます。これは銃の代金になります。」 キモ男はアタッシュケースを3つ取り出してセールに差し出した。セールがケースを受け取り、中にある金を数える。 「確かに受け取った。弾薬ならいつでも売ってやる、武器は製造次第だが、と直江に伝えてくれ。それと、新式銃や弾薬の輸送は俺の方で手配した。俺の軍の輸送隊にすぐ運ばせる。キモ男殿も一緒に与板に帰るといい。その方が安全だ。」 「しかと心得ました。お心遣い、痛み入ります。それではこれにて。」 セールの厚意に感謝を述べてキモ男は一礼して去り、組織された輸送隊や購入した品物と共に与板城への帰路についた。 「あいつは確か戦争で直江の隊の副官だったキモ男とかいう奴じゃねえか。セールの兵に守られながら荷車で何かを大量に運んでやがる。」 「阻止したいところだがセールと戦闘に及ぶのはまずい。国際問題をガルガイド側から引き起こすことになるからな。此処は帰って有りの侭を報告しよう。」 エイジスは身を隠しながら旧帝都ランドラで偵察任務についていた。ランドラの中心街で、セールの輸送部隊2000程に守られながらグリーン王国の李信領に向かっているキモ男を発見したのである。エイジスはこういった活動にも長けていた。 「やはりあいつは何かを企んでいる。奴の野望は俺が打ち砕かなければ…!」 エイジスは持ち前の俊足で急いでガルドリアへの帰路についた。 同じ頃、李信はグリーンバレーの国門を出て1人でグリーン王国領となったグワダタウンに来ていた。クエストである。付近でモンスターが現れるので討伐して欲しいとのことだった。そこで別のクエストを終わらせた水素、星屑、小銭と合流する予定である。 「あいつらはまだか。暇だし森にでも出てみるか。受注はしたし俺1人でもいいだろ。」 李信はグワダタウンを出て、ガルガイド王国領との国境付近の森に繰り出すが、時間帯が悪いらしく、モンスターはまだ居なかった。 モンスターの気配は無いが、人間の気配を感じる。殺気のような気配が2人分であった。 「誰だ!」 李信は声を張り上げて威嚇した。すると2人の女騎士が森の茂みを掻き分けて李信の前に出た。 「グリーン王国将軍・与板城主の李信殿ですね。私はガルガイド王国第二騎士団団長 エリス・グリモワールです。」 「同じく、第二騎士団所属 レイン・ヴァントニル。」 李信にとって2人とも見覚えのある顔だった。1人は初めてこの世界に来た時に交戦し、グリーンバレー国門戦で策をもって追い詰め、1人はみさくらが殺して化けた筈の女だった。 「久々に見る不快な女の顔だな。何の用だ?まさか俺の首を取りに来たわけではあるまい。今日は氷河期さ…エイジス・リブレッシャーは一緒じゃないのか。」 李信は余裕を笑みにして顔に出して悠長に構える。 「貴方にはガルガイド王国への反逆者 リキッド・レイニーデイを匿っている容疑がかかっています。速やかに家宅捜索及び取り調べにに応じていただきたい。」 エリスが前に出て険しい表情で李信に用件を述べる。 「ぐり~んの許可は出ているのか?証拠も無いのにそんなことをしたらぐり~んも黙ったままではないだろうな。俺はグリーン王国の将軍だからな。」 「貴公こそ、戦争後に取り決められた国際条約の条文をお忘れですか?」 「ふんっ。」 エリスの問い質しを鼻で撥ね付ける。 「それは拒否という意向と受け取って宜しいのでしょうか。」 「だったらどうする?」 エリスの毅然な態度にも全く李信は動じない。 「かっしー国王陛下より、貴公が拒否した場合は実力行使を許可されております。」 エリスがより険しい表情で李信に迫る。 「俺に勝てると思ってるのか?以前俺に無様に敗北した貴様が。」 李信は嘲笑するような笑みで挑発する。 「今回は私も居ます。二対一です。大人しく要求に応じて下さい。」 レインがエリスの後ろから李信に脅しをかけるように言い放つ。 「だが、断る。」 李信は一言でそう断ると、腰の斬魄刀を抜刀する。 「致し方ありません。実力行使でいかせてもらいます。レイン、いいわね。」 「承知しました団長。」 2人も騎士の剣を抜いて構える。 「蟻が1匹から2匹に増えただけで大した差は無い。少し遊んでやろう。」 李信が掌から鬼道の光を放つ。 「破道の三十二 黄火閃」 左手の掌から放たれた黄色の鬼道の光がエリスに向かって伸びていく。 「防御魔法・ナイトシールド!」 エリスが魔方陣を展開させて鬼道を防ぐ。 「セイント・クロス・エンフォース!」 エリスの後ろで構えていたレインが高位の魔術を放つ。彼女に化けたみさくらが水素に使った技だった。 剣から放たれた聖なる光の十字架が李信に取り付いた。 「聖なる神の判決を下します。貴方は死刑です!」 展開された無数の光の十字剣が李信に降り注いだ。光が辺り一帯に漏れる程発せられる。 「やりましたか?」 エリスが言った途端、光は振り払われた。傷一つついていない李信が立っていた。 「強固な防御能力を持つ俺には貴様らの攻撃など通じない。」 李信は無傷のまま余裕な態度を崩さない。 「極大魔法 ホーリー・サンクチュアリ!」 レインの剣先から巨大な光の結界が展開された。使用者を強化する魔法である。 「貴方の結界の恵み、私にも伝わってくるわレイン。ザ・ライトニング!」 エリスの剣先から魔方陣が展開され、無数の稲妻が発生し、李信目掛けて稲妻は数を増していく。結界は味方の能力も引き上げるようだ。 「断ち切れ 雷火」 斬魄刀が解放され、尻の貝殻のような部分からブーストの様な火と音を噴き、剣先が鉤爪状に曲がった始解が姿を現す。斬魄刀・雷火から繰り出された炎の斬撃が全ての稲妻を打ち消した。 「ライトニングボール!」 「クロス・リベレーション!」 雷を球状に固めた魔法と光の十字架がそれぞれの剣先から展開されて、放出される。 「無駄だ。」 雷火から放出された火炎が2つの攻撃を掻き消し、2人をも巻き込んだ。 「クロス・ホーリーシールド!」 レインの方が2人を守れる大きさのシールドを展開して火炎を防ぐ。 「ほう。ならこれならどうだ。」 雷火の刀身が赤く染まり、剣先から火球が発せられる。 「ホーリークロス…」 「ライトニング!」 エリスとレインが互いの剣を天に向けて重ね合わせ、聖なる光と稲妻が融合する。無数の聖なる光に包まれた無数の稲妻が雷火から放たれた火球を打ち消し、李信に降り注いだ。 「今のはそこそこではあるな。」 雷火の炎で光の稲妻を振り払う。ダメージは全く無かった。 「貴様らを蟻だと思っていたが訂正しよう。蝿くらいには強い。」 李信が雷火に霊圧を込める。 「何か来る!気をつけてレイン!」 「もしかしてあれは、エイジスが話してた卍解とかいうやつじゃ…」 「卍解」 雷火が赤い炎と霊圧に包まれる。 「雷火・業炎殻」 柄の部分が大きな貝殻の様な形状の盾となり、その先端に巨大化した雷火の刀身が伸びた姿に変わる。 「それがエイジスが言ってた卍解ですね。戦闘能力が飛躍的に上昇すると言う。」 レインが変化した雷火の姿を視界に収めながら確かめる。 「そうだ。もう少し遊ばせてくれよ。」 雷火・業炎殻の鋒を前に向け、無数の火球を出現させる。 「雷炎弾!」 無数の火球が2人目掛けて飛んでいく。 「こんなもの、当たらなければ!」 水素に披露された、魔力力場を結界内に無数に展開させてその間を超高速で移動し続ける技をレインが繰り出す。エリスも魔力による加速魔法で火球の雨を回避した。 「高等歩法を俺も使えるが、今は面倒だ。」 そんな李信の頭上からレインが、背後からエリスがそれぞれ剣に聖なる光と雷を帯びさせて切り掛かる。それを李信は頭上には雷火・業炎殻を振り上げ、背後からの攻撃はミジョン・エスクードで防いだ。 「金髪、貴様も学習しないな。背後には防御を施してあるのを忘れたか?」 「ッ!」 2人は再び加速魔法で距離を取り、レインの方は瞬間移動を続けて次の攻撃を繰り出す準備をする。 「蝿の様にちょこまかと…」 李信は雷火・業炎殻の鋒を地面に叩きつける。 「業炎龍牙!」 広範囲に無数の火柱が出現し、加速魔法を続ける2人に火柱が直撃する。2人は悲鳴を上げながら炎に包まれる。 更に李信は雷火業炎殻から別々の位置に居る2人に向けて火炎を放射し、薙ぎ払う。火炎放射攻撃は火柱による大ダメージを受けた2人に容赦無く覆い被さった。 火炎が止むと、両膝をついて息を切らしている2人がもがくように立ち上がろうとしている。 「何故かっしーは貴様らを派遣したんだろうな。氷河期さんなら貴様ら蝿と比べものにならないというのに。俺があまり勝ってないからと甘く見たか?俺と氷河期さんの交戦内容をよく聞いていないようだな、奴は。」 「貴様らの騎士道は 本日をもって閉鎖だ。」 李信が雷火・業炎殻を振り上げる。 「業炎龍牙・焔!」 業炎龍牙の炎を不死鳥の様な形に固めて振り下ろして放つ。2人の命数が尽きようとしていた。 その時である。突如横から伸びてきた水圧砲が業炎龍牙・焔を打ち消した。 「何者だ!」 李信が水圧砲が伸びてきた方向を向くと、木々を掻き分けて黒髪を背中まで伸ばした男が目の前に現れた。 「俺はガルガイド王国の勝負尻ってんだ。今日は非番でこの辺りに松茸を取りに来てたら他所の隊ではあるが可愛い女の子2人が、変な武器を持って厨二病丸出しの格好をした変質な男に襲われてるのを見たから助けに入ったってわけだ。」 「貴方は…勝負尻殿…!」 「助けていただき、ありがとうございます…!」 エリスとレインがボロボロの体で立ち上がりながら勝負尻に礼を言う。 「いいってことよ!二次元美少女を傷つける奴は俺が許さねえ!」 勝負尻が高速流動による水の刃を右手の掌から出現させて李信に向けた。 「先に剣を抜いたのはその女達の方だ。俺は応戦したまでのこと。弱者の分際で俺に刃向かうからこうなるのだ。」 雷火の鋒を勝負尻に向けて応える。 「お前みたいな変質者の都合なんて知るかよ。二次元美少女を傷つけた報い、俺が受けさせてやる!」 勝負尻が水の刃を李信に向けて伸ばそうとした時である。 「おーいちょく…直江ー!そこに居るのかー!」 「直江ー何処だー?」 戦闘で焼け野原になった森を大声で叫びながら李信を探す声が聞こえる。(勝負尻が掻き分けた木々はもっと遠くにあったということで。) 「小銭!星屑!俺は此処だ!」 李信の声に応じて小銭と星屑が駆け寄ってきた。 「直江、そいつらは?」 「これで其方は戦闘不能の雑魚2人とお前、此方は無傷全快の3人。それでもやるか?」 星屑の問いには答えず、赤くなった雷火・業炎殻の刀身を勝負尻に向けながら意思を問う。 「確かに不利だ。2人とも、無念だが此処は退こう!」 「ですがこれは任務で!」 「そうです!このまま引き退るわけには!」 踏みとどまろうとするエリスとレインに、勝負尻は巨大なシャボン玉を覆い被せた。 「命の方が大切だろ。ほら逃げるぞ!」 自らもシャボン玉の中に入り、空高く浮遊して飛び去っていった。 「メガ盛り激辛バケツうどん食ってたら遅れちゃったよー。で、モンスターは見つかったの?」 水素も数分程遅れて到着し、李信が先にモンスターを倒したのかと尋ねた。 「いや、氷河期さんの上司の女騎士と、みさくらが殺して化けてた筈の女騎士が出て来た。俺が匿ってるリキッドを引き渡せとか言うから拒否ったら剣を抜きやがったからボコボコにしてやった。トドメを刺そうと思ったら勝負尻が出てきて邪魔された。3人とも逃げていった。」 これまでの経緯を簡単に説明した。 「ガルガイドの騎士と揉めちまったかー。まあしゃーない。あの国おかしくなってるからな。」 「元からおかしかっただろ。」 水素の言葉に李信が的確に突っ込んだ。 「おい、モンスターを探そうぜ。」 星屑が此処に来た本来の目的を忘れてないだろうな、と言わんばかりで行った。 「何か鳴き声が聞こえないか?」 小銭が西の方向を指差す。モンスターの角らしき物が確かに視認出来た。 「出たぞ!あれがベリオ◯ス亜種だ!」 小銭が指差した方向には、赤い体と二本の角を持つ龍が此方を見据えていた。 「よし、此処は俺のスタンド エコーズで…」 星屑がスタンドを召喚する前に、水素が風圧を発生させる程の勢いでその場から消えた。風圧で砂埃が舞い、3人が目に飛んでくる異物を腕で遮る。 水素がベリオ◯ス亜種に拳を叩き込むと、血飛沫が飛び散り、原型を全く留めていない死体の肉片が無数に転がった。 「…俺らの出番ねえじゃん。」 李信があっという間のことで唖然としていた。 「お前はさっき騎士とバトルしてたろ!俺らは何しに来たんだ!」 「報酬の為だろ。あと、此処に来る途中で草食モンスターから生肉取れたから焼いて食おうぜ。」 「そうだな…。」 肩を落とす星屑を励まし、小銭は星屑に生肉を差し出した。 「ガルガイドからの書状?」 「はい、お読み下さい。」 数日後、李信の屋敷にはガルガイド王国からの使者が来ていた。使者から受け取った書状を開いて目を通す。 「なになに?要約すると、リキッドの身柄引き渡しを拒み続けるならお前の領土に攻め込むぞこの野郎!ってことだな。」 暫く目を通して内容を掻い摘んでまとめて口に出した。 「今返事の書状書くからちょっと待ってろ。」 李信は筆と紙を取り出して書状を書きしたため、それを折り畳んで文箱に入れて使者に渡した。 「これが俺の返事だ。かっしーに渡せ。」 「はっ!」 使者は文箱を両手で受け取ると一瞥して屋敷を出ていった。 「早くもバレたようだな。噂って怖いねぇ。で、何て書いたんだ?」 部屋のクローゼットに隠れていたリキッドが使者が帰ったのを見計らって部屋に出てきた。 「要約すると、やれるもんならやってみろバーカ」って書いたんだよ。 この書状は後にこの世界で「直江状」と呼ばれるようになったとかならなかったとか。 「お前すぐに城に帰らなくていいのか?」 「キモ男さんとポルクさんが居るから大丈夫っしょ。」 リキッドが心配そうに尋ねるも、李信は全く危機感が無いようだった。 「それに俺らにはやることがあるだろ?」 「やること?」 「敵が大軍を与板城に派遣した隙にガルドリアに殴り込みに行くんだよ。」 李信の考えを聞いて、リキッドはいよいよかと言わんばかり強く首を縦に振って頷いた。 ガルガイド王国 ガルドリア城 王の間 グリーンバレーの李信の屋敷から戻って来た使者からかっしーに書状が手渡された。 「この返事、人を馬鹿にしてるのか!」 「何が書かれているんですか?」 書状を読んで憤怒の形相を露わにしたかっしーが右手を薙ぎ払うように神チーに書状を手渡した。かっしーが強く握った為に端の部分が皺くちゃになっている。神チーは書状を受け取り音読を始めた。 「リキッドの身柄引き渡しは拒否する。雑魚騎士2人を派遣したところで脅しになるとでも思っているのだろうか。実に滑稽である。 そもそも、女騎士は戦争後に4か国で締結した国際条約を持ち出してきたが、先に条約を破ったのは交易船の関税を定められた割合以上に徴収した貴国の方であり、何故私ばかりが咎めを受けなければならないのか。 リキッドを義に悖る反逆者と誹るが、条約を真っ先に反故にした貴国の方こそ義に悖っているのではないだろうか。 そもそも反乱分子を出す程の悪政を敷いている貴国の政に大いに問題があると推察する。我が城将であるポルク・ロッドの配下の視察やリキッド・レイニーデイの証言によれば、貴国は交易関税を不正に徴収するに飽き足らず、民に不当な重税をかけ、無法の徒を裁きもせずにのさばらせていると言う。 私が身命を賭し、策や調略を巡らせて貴国の敵を排除し、王権を確立させたというのにこれでは貴国に協力した意味を考え直さざるを得ない。 更に悪徳商人を宰相に任じて圧政に拍車をかけているとの情報も掴んでいる。 私は不義なる貴国に屈することは無い。かくなる上は弓矢の儀に及んでも致し方無し。 堂々とお相手する故、何万でも我が領内に派遣してこられるが宜しい。」 長い文が綴られている書状を読み終えて神チーが怒りの余り、書状を丸めてから破り捨てた。 「神チー、直ちにありったけの軍を与板城に派遣しろ。奴の地盤を徹底的に潰すのだ!」 「はっ!して、奴自身は如何致しましょう?」 「今はまだ能力者を動かすことは出来ない!あの目的があるからな!」 「畏まりました。」 神チーはかっしーの命により、軍の編成に取り掛かった。 4日後、ガルガイド王国の将軍・コアラ少年を総大将とした30000のガルガイド王国軍が、グリーン王国の李信の本拠地・与板城を目指して進軍を開始した。 国力が決して高いとは言えないこの国が何故3万もの動員をやってのけたか、それは李信を潰すという意志を固くしたかっしーと神チーにより、国内の領民を強制的に徴兵したからである。その為、軍の士気は低かった。 この報告は翌日に与板城にもたらされた。 グリーン王国 李信領 与板城 「報告!昨日、コアラ少年を総大将とするガルガイド王国軍がこの与板に向かって進軍を開始!その数3万!」 「遂に来たか。ご苦労だった。下がって良い。」 「はっ!」 斥候の報告を動じずに腕を組みながら受けていたのは李信から城と領土統治を任されたキモ男である。 「いよいよ来ましたねキモ男さん。」 隣に居た城将のポルク・ロッドも全く動揺はしていない。 「この日が来ることは予想してましたからな。既に敵を迎える準備は出来ています。何万こようと我らの敵ではありません。」 キモ男が自信に満ちた顔で城下を見下ろしながら答えた。 「敵は3万、我らは3000。腕が鳴りますね。」 ポルク・ロッドも窓に手をかけて自信に満ちた笑みで返した。 この世界の歴史に残る合戦の幕が開けようとしていた。 ガルガイド王国軍李信領侵攻の報はグリーンバレーに居る李信にももたらされていた。 「遂に来たか。キモ男さんとポルクさんに任せてある。2人に宜しく伝えてくれ。」 李信は斥候にそう告げると、斥候は一礼して屋敷を退出していった。 「クワッタの戦いで披露したお前の軍略が無くて大丈夫なのかよ?」 李信にそう問いをかけたのはオルトロスだった。 「あの2人を甘く見ない方がいい。ガルガイドのゴミ共に当てるにはもったいないくらいだ。何故俺が2人に城を任せてるか、それがこれから分かる。それに、この時の為に手は打ってある。」 口には出さなかったが、それは大将軍セールから新式銃を500丁も購入したことであった。銃の概念が無いこの世界においては戦で必ず絶大な威力を発揮するに違いなかった。 「さて、俺達も支度をするぞ。」 李信がソファーから立ち上がった。 「いよいよ行くのか?」 オルトロスもティーカップをテーブルに置いて立ち上がる。リキッドや奇人もそれに倣う。 「この時を待っていた。ガルガイドのほぼ全軍が俺の城に差し向けられた。今から能力者のみでガルドリア城に強襲をかけに向かうぞ。」 与板城のキモ男とポルク、グリーンバレーの李信と能力者達。それぞれの戦いが今まさに始まろうとしていた。 「集まったか。」 李信の屋敷の庭に李信の仲間となった者、ガルガイド王国に反感を持つ者、成り行きで合流した者達が集まった。 「これより我ら能力者のみでガルガイド王国王都・ガルドリア城へ強襲をかける!目指すは国王・かっしーの首だ!」 それぞれの思いや願いを持ち、この世界の秩序を乱す悪を打ち砕くべく、9人の男が立ち上がった。 李信、星屑、小銭、マロン、Wあ、赤牡丹、リキッド、奇人、オルトロス。 「誰1人欠けることなく生きて帰ろうぜ!」 オルトロスが握り締めた拳を前に突き出すと、それに他の8人も倣い、円を組んで互い互いの生還を誓う。 「あれ?水素は居ないの?」 「この国の奥地でアルバ◯リオン、ア◯ツマガツチ、ウカム◯ルム、アカ◯トルム、ラージャ◯、ラオ◯ャンロン、シャガル◯ガラが一斉に出現したらしくてな。ぐり~んの要請でそっちに行った。多分後から来るだろう。」 小銭の疑問に対して、先に水素から連絡を受けていた李信がそう説明した。 「では、行くぞ。」 9人の男が、絶対に負けられない戦いに身を投じようとしていた。一行が王都内を縦に並んで進んでいる様子を見た住民達はその圧巻で息を飲む程であった。 翌々日、9人はガルドリアに到着していた。与板征伐にほぼ全軍を差し向けていたので、王都内の警備兵すら殆ど見当たらない。愚かとしか言いようがない判断であると誰もが感じた。 ガルドリア城に入ろうとすると、100人程の警備兵がガルドリア城を取り囲んでいたが、9人がそれぞれの力で殲滅した。 「中に入るぞ。かっしーを討つ!」 一行はガルドリア城に入った。すると、姿は見えないがエコーがかかったかっしーの声が聞こえ始めた。 「ようこそガルドリア城へ!諸君が来ることは予想がついてたよ!だがもう遅い!俺の世界征服はもはや誰にも止められない!さあ起動せよ!天空の城ガルドリアよ!」 かっしーの口上が終わると、9人それぞれが、城が宙に浮いたのが感じられた。 「おいおいこれマジで浮いてんのか?何だよこのぶっ飛んだ展開!?」 小銭が地震のように揺れながら天空に浮遊するので驚きを隠さなかった。 「天空の城ガルドリアがついに完成した!この城は民や能力者の生命エネルギーを喰らい成長し続ける!今まで民から重税を徴収していたのは莫大な量の古代文の解読に金がかかり、この城を動かす最初の動力源が高価で取引される宝石類だったからだ!この城は無敵!絶対要塞だ!この城から俺に逆らう奴を一人残らず消して回る!この城が目覚めることで俺も力に目覚めたのだ!」 かっしーがこれでもかという程ご都合主義展開を口上披露すると、ガルドリア城の奥へと続く壁にある隠し扉が開いた。 「さて、諸君は私の世界征服の邪魔だ。此処で全員死んでもらう!奥に行けば俺の配下達が待ち受けているぞ!俺を止めたければ配下達を倒して此処まで来るんだな!最上階で待ってるぞ!」 かっしーの長い口説が終わった。 「…だとよ。急過ぎてわけわかんねーけど行くしかなさそうだぜ。」 オルトロスが呆れた口調で言う。 「能力バトル物にありがちな展開だよなこれ。しかも前触れもなくこんな展開ってこれは駄作アニメかよ。脈絡無いしな。」 星屑は両手を外側に広げて首を横に振る。 「とにかく行くぞ。かっしーを止めなきゃいけないからねぇ。」 リキッドがそう言いながら開いた扉に向かって歩き出すと、他の8人も歩き出した。 一行は隠し扉を通って最初の部屋に出た。強固なシェルターの壁に囲まれた200m四方で高さ50mの巨大な部屋である。しかしその向こうをよく見ると、扉も無い2m四方の出入り口の存在を確認出来る。 「良く参りましたね。グリーン王国の能力者の方々そしてガルガイド王国の裏切り者の方々。新顔も居るようですが。」 一行を呼びかけたのはこの部屋で一行を待ち構えていたエリスら、エイジスの取り巻きである元々この世界の住民だった女達4人だった。 「お前らは神チーへの復讐代行を妨害した女共+αじゃねえか!」 エリスの声に応じたのは、神チーへの復讐代行を妨害された際に交戦に及んだことのある奇人だった。 「貴方はあの時の改造人間…!それにやはり貴方も居るようですね、李信!」 最もエリスと因縁が深いのは李信である。既に3度も会っており2度の交戦に及んでいる。 「また会ったな女騎士。悪虐非道を極めるこの国はもうすぐ俺達9人の正義の勇者によって滅ぼされる。だが安心しろ。慈悲を与えてやる。 貴様らが亡国の徒と成り果てる前に閻魔大王の下へ導いてやる。誇り高い騎士として最期を迎えるがいい。」 李信が女の呼びかけに応じて言い放ち、前に出る。しかしそんな李信より前に出て左手で制止する者があった。 「待て直江。此処は俺の出番だ。復讐代行失敗の清算は俺が行う!お前には、最も倒さなきゃならない相手が居る筈だ!必ずそいつはこの城で待ち構えている!」 進み出たのは奇人だった。 「奇人、お前…」 李信は奇人の目を直視する。奇人は小さく頷く。 「お前らは先に行け!そして絶対かっしーの息の根を止めるんだ!此処は俺に任せて先に行け!」 奇人が笑顔で右手の親指を立てて他の8人に先に行けという強い思いを伝える。 「奇人、後で絶対また会おう!まだまだ世の中に悪はいる!俺達の仕事は続くんだ!」 リキッドが再開を約束しようと言葉をかける。 「俺を誰だと思ってんだ。鬼サイボーグだぞ?また会うなんて当たり前だ!早く行け!」 奇人の強い意志に促され、8人は女達の横を走って通り抜けて次なる部屋への道に続く出入り口へと急いだ。 「行かせません!ザ・ライトニング!」 「クロス・リベレーション!」 エリスが8人に雷属性魔法を、レインが光属性魔法を後ろから放つが、奇人が素早く回って腕を薙ぎ払い攻撃を打ち消した。 「何処見てんだよ。お前らの相手はこの俺だ!」 奇人が両腕を前面に突き出し、火炎を放出する。部屋全体が焼却砲による炎で包まれた。 最初の部屋の敵を奇人に任せた8人は通路を暫く走ると、最初の部屋と同じような場所に辿り着いた。しかし幅、面積は先程の部屋の数倍はあった。 「直江さん、いや我が王国の仇敵李信!待っていたぞこの時を!俺はお前の野望を必ず打ち砕く!そして王国を守る!」 2つ目の部屋で待ち構えていたのはエイジス・リブレッシャーこと氷河期だった。 「黙れ、悪に与する不義の徒め。俺がこの手で今度こそ成敗してやる!」 李信は腰に差している刀を抜き放ち、その確固たる意志を吐き出す。 「直江、俺もやる。こいつには仮があるからねぇ。お前らは先に行ってくれ。」 リキッドも李信に続いてエイジスの前に進み出る。他の6人に先に行けと告げる。 「任せたぜ2人とも!よし、先を急ぐぞ!」 オルトロスがリキッドの声に応え、6人が先を急いで部屋の外へと走り出した。 「直江、リキッド。お前らはこの国にあくまでも牙を剥くんだな。2人とも騎士にあるまじき愚かな行為だ。前の様に今度も負けるのはお前らだ。」 エイジスが剣を抜いて上段に構える。以前に勝った相手に対しても容赦は無い。 「貴様が振り翳すその騎士道が人民を苦しめているのだ。国とは、国の為のものではなく人民の為のものでなくてはならない。国の為の国など害悪そのもの。世界の平和を乱す根源だ。それを排除することこそ俺の正義!」 李信が霊圧を全身から垂れ流しながらエイジスを討つことを宣言する。 「あのねぇ、まだよく分かってないみたいなんだけど…お前さん、俺が騎士だとまだ思ってる?俺は騎士でも無ければガルガイドの国民でもない。 俺は 復讐屋 だからねぇ。」 リキッドがエイジスの言葉に対してサングラスを外しながらそう返答した。3人の視線が交差する地点で火花が飛び散りそうな勢いだった。 「我は鋼なり、鋼故に怯まず、鋼故に惑わず、一度敵に逢うては一切合切の躊躇無く。これを滅ぼす凶器なり。」 「鉄血転化!」 エイジスの顔面や全身に赤い紋様が浮かび上がり、瞳や頭髪も赤く染まった。身体能力を上昇させるエイジスの奥義である。 「浪漫砲台 パンプキン!」 リキッドが銃の帝具を呼び出して構える。神チー暗殺未遂の際に用いた帝具である。 「鎖せ 黒翼大魔(ムルシエラゴ)」 李信は斬魄刀の力を解放し、頭部の半分を覆う仮面、目の下から伸びる緑色の紋様、背中には蝙蝠の翼という出で立ちになる。 「行くぞ氷河期!黒虚閃(セロ・オスキュラス)!」 李信の右手の人差し指から緑色がかった黒いビームがエイジスに向けて放出される。エイジスはそれを宙に飛び跳ねて回避した。 「俺も忘れんなよ!パンプキン発射!」 パンプキンの銃口から橙色のビームが発射され宙に居るエイジスを呑み込もうとするが、エイジスは剣でそれを斬り裂いた。 「威力が足りない!ピンチが足りないか!」 「冷殺剣」 剣を冷気と魔力で強化したエイジスがそれを下段に構えて急降下し、リキッド目掛けて振り下ろす。 「流石にその鉄血転化はスピードも上昇させるようだな。だが俺にも響転(ソニード)がある。」 響転で瞬間移動(本当は高等歩法だが)でリキッドを庇うように前に出てエイジスの冷殺剣を緑色の光の刃「フルゴール」で受け止めた。 「エイジストラッシュ」 高速剣撃を繰り出すエイジスの攻撃を見切り、光の刃・フルゴールで受け止め続けるが最後の一撃が胸部を捉えてしまう。が、傷は殆どついていなかった。服の胸の部分がエイジスの剣によってはだけた。首元の虚(ホロウ)の穴の真下の胸元には、崩玉が埋め込まれている。 「破面(アランカル)の持つ特性の1つ、鋼皮(イエロ)だ。この穴は虚(ホロウ)特有のものだ。」 2度目なので驚きもしないエイジスにそう説明すると、暫しの鍔迫り合いの後にフルゴールで斬り上げた。エイジスが後ろに飛んで距離を取る。 「ルス・デ・ラ・ルナ」 距離を取ったエイジスにフルゴールを勢いをつけて投げつける。エイジスはギリギリのところでそれを剣で弾く。 「葬る!」 一斬必殺の帝具・村雨を持ったリキッドが宙から勢いをつけてエイジスの背後から振り下ろす。 エイジスは腰の後ろに差している二本の小刀の内の一本を抜いて逆手持ちでリキッドの村雨に合わせて防いだ。 「俺に接近戦で勝てるとでも?リキッド。」 エイジスが膂力でリキッドの村雨を跳ね上げる。リキッドは一旦僅かに距離を取る。 「直江、前後から行くぞ!」 「了解。」 リキッドが後ろから村雨で、李信が前からフルゴールで、それぞれエイジスを挟み撃つように目にも止まらぬ素早い連続の突き攻撃を繰り出す。 「挟み撃ちにすれば接近戦でも上回れると?甘いぞ直江、リキッド!」 右手の冷殺剣で李信のフルゴールを、左手の小刀でリキッドの村雨を的確に受けていく。高速剣戟が暫く繰り広げられ、李信の頬に冷殺剣による浅い傷がつく。 「俺には超速再生がある。」 見る見るうちに傷が塞がり、再度フルゴールによる連続突きを繰り出す。リキッドもそれに呼応して村雨による連続突きを仕掛ける。 「無駄だ!」 前後からの攻撃を剣で防ぎ続ける。高速剣戟の中で李信がリキッドに目配せをした。 「黒虚閃(セロ・オスキュラス)」 李信の指から黒い虚閃が放たれた瞬間、リキッドは後ろに跳び下がって距離を取り、宙へと飛び上がる。黒虚閃はエイジスのみを呑み込んだ。 「クソッ…!」 黒虚閃をまともに受けたエイジスの全身は焼け爛れたような痕が全身に広がっていた。両膝と両手を床につけてもがく様に立ち上がる。 「葬る!」 跳び上がったリキッドの村雨の鋭利な刃が仄かな光を受けて燦めく。その名の如く妖刀に相応しい光を受け、エイジスの背中を捉えた。 「調子に乗るなよ、忠誠心の欠片も無い蝙蝠共が。」 「フェンリル」 エイジスを中心に魔力の渦が巻き起こり、宙に居るリキッドを吹き飛ばした。 「もうちょっとだったのにねぇ…!」 「ワオオオオオオン!」 狼の姿になったエイジスの咆哮が、音圧と冷気を呼び醒まし、部屋全体が氷に覆われる。床や壁の氷からリキッドや李信目掛けて尖った鋭利な氷の塊が無数に発生し接近してくる。 「こんなもの!」 リキッドは村雨で自分を突き刺さんと迫る氷を高速で全て斬って捨てる。 「俺の響転(ソニード)には追いつけはしない。」 李信は無数の氷の塊をソニードで回避し続けながら、フルゴールを握り締めて咆哮を続けるエイジス目掛けて振り下ろす。 「ワオオオオオオオオオン!!」 エイジスは口を開き、冷気の魔力を球状に溜め始める。至近距離での冷気魔法を放つつもりだった。 「させるか。黒虚閃(セロ・オスキュラス)」 水色の眩い光を放つ冷気波動と黒虚閃が至近距離でぶつかり合い、魔力と霊圧が混じり合う大爆発が渦を巻く様に巻き起こった。 「今の爆発音は…!」 「直江とリキッドが氷河期と派手にやってるみてえだ。俺達も先を急ごうぜ!」 「此処から先は通せないな。」 次の間で、マロンとオルトロスの話に介入してくる声があった。 「僕はLパッチ。この国の大臣の1人さ。僕はかっしー様に選んでいただいた特別な存在だ!君達如き僕の敵ではない!」 奇妙な導師服を纏った男はLパッチと名乗り、一行の行く手を阻まんと前に出た。 「此処は俺が行くぜ。」 マロンがLパッチに相対して睨み据える。 「俺も残りますよ。こいつはヤバそうだ。1人で戦えそうには見えない。俺とマロンさんに任せて4人は進んで下さい。」 Wあもマロンの隣に進み出て、他の4人に前進を促した。 「分かった。死ぬんじゃねえぞ!」 オルトロスがそう言い残して走り出した。星屑、小銭、赤牡丹もそれに続いた。 「逃がさないって言ってんだろ!」 先を急ぐ4人に黒い念動力の玉の様なものを飛ばすが、Wあのクロスフレイムとマロンのバララークサイカにに阻まれる。 「追わせませんよ。お前は俺達が引き受けたんですからね!」 「さっさと片付けて後を追わないといけないからな!」 「チッ!じゃあ僕もお前らをさっさと片付けて先に行った奴らを始末しに行かないとね!」 「焼却!」 最終の部屋では、鬼サイボーグこと奇人がエイジスの取り巻きの女4人に対して1人で戦っていた。奇人の焼却砲はレインの魔法によって受け止められた。 「今まで隠していましたが、本気を出させてもらいます…!」 エルフの耳が剥き出しになり、握っている剣に新たな力が宿る。 「これは元々霊気を編んだ剣。そして、私の本来の魔法は光属性魔法じゃない。」 剣に反応して火・風・水・木のエネルギーがレインに集まる。 「私は自然に愛されるエルフの一族。貴方には悪いですが、王国の為に消えていただきます!」 「私もエイジスの為に本気を出す!」 リーナが鬼の角を頭から生やし、等身以上もある巨大な大剣を作り出した。剣には炎熱系と神聖系の魔力が纏われている。 咲も闇属性の魔力を全身に纏う。 咲が高速で奇人の背後に移動し、闇の魔力を纏った暗器を投げつける。 「焼却!」 奇人の腕から発せられた焼却砲が暗器を溶かし尽くす。咲自身は高速で奇人の眼前に現れ、闇属性魔法を至近距離で叩き込まんと、新たな暗器を胸目掛けて突き出す。 「雷光眼!」 奇人の目から激しい光が部屋全体に発せられた。彼女達は見事に視界を遮られてしまう。 「マシンガンブロー!」 硬い機械の腕で高速ラッシュを咲に叩き込む。咲は闇属性の魔力力場を正面に展開してダメージを軽減するが、腹に受けた一撃が重く吐血してしまう。 「リカバリーヒール!」 リーナが唱えた回復魔法が咲のダメージを回復させた。 「ライトニングスラッシュ!」 気配を消したエリスが剣に稲妻を纏わせて奇人の頭上から振り下ろす。 「くっ…!」 奇人の左腕が肩から切断されてしまった。 「アマデウス!」 「ウィンドミル!」 追い討ちをかけるように、リーナが発した神聖系魔術の広範囲攻撃と、レインが放った風属性魔法が奇人を襲った。 立て続けに攻撃を受けた奇人の体は錆と損傷でボロボロになっていた。 「終わりね。早くこいつやっつけてエイジスの加勢に行かなきゃだし。」 リーナが神聖系魔術の発動の為に大剣の鋒に魔力を溜め始める。 「今こそエスパニョ~ル博士が開発してくれたパーツを使う時だな。」 奇人が胸を開いてエネルギーコアと右腕を直結させると、凄まじいエネルギーが発生する。更に腕や肩、内部のパーツを取り出してエスパニョ~ルが開発した新パーツに一新された。 「ハァァァァァ!!」 奇人が両腕を床に叩きつけると、全身に静電気が纏われる。床はその衝撃で大きく焼け爛れた。 次の瞬間、奇人の姿が4人の視界から消えた。奇人はリーナの前に現れた。 「ハイボルテージフィスト!」 両腕の拳をリーナに叩き込み、エネルギーによる爆炎を放出する。リーナは殴打と爆炎の衝撃で吹き飛ばされた。 「アスタロト!」 闇属性魔術により悪魔を召喚し、悪魔が奇人に闇の波動を放つ。 「デスライトニング!」 エリスが脇から威力の上昇した紫と青がかった稲妻を剣先から無数に繰り出す。 「焼却!」 奇人が両腕を2人に向け、エネルギーコアにより威力の増した焼却砲を発射した。 奇人の焼却砲と2人の魔法の衝突が部屋全体を巻き込む爆発を起こす。 「ハァァァァァアアアアア!!」 鬼の力を行使するリーナが爆発を掻い潜って大剣を鉄球に変化させて奇人に投げつける。 「ロケットパンチ!」 奇人のサイボーグの右腕が高速で伸び、鉄球とぶつかり合い室内に金属音が響く。鉄球が奇人のロケットパンチを押しのけて奇人の右腕を砕く。 此処だとばかりにリーナは鉄球を大剣に変化させて神聖系と炎熱系の魔力を纏わせて、凄まじい膂力で奇人目掛けて連続で上段の構えから下段の構えの斬撃を繰り出す。 奇人はジェット噴射で飛び上がる瞬間、左足の膝から下を全てリーナが薙ぎ払った大剣で切断されてしまう。 「暗黒魔導砲!」 「デスライトニング!」 「ダストデビル!」 宙に居る奇人目掛けて3人が魔法による遠距離攻撃を仕掛ける。咲くらは闇属性の波動が、エリスからは無数の稲妻が、レインからは旋風を起こす魔法である。 「ロケットスタンプ!」 奇人がジェット噴射による勢いを利用した踵落としをリーナに繰り出し、3人の魔法は不発に終わる。リーナは大剣で踵落としを防ごうとするが、大剣は砕かれリーナの頭部に強烈な踵落としがヒットした。 「アガッ…」 短い悲鳴を上げ、リーナはその場に前のめりになって倒れる。だが奇人の右足にも亀裂が入り、破壊されてしまった。 「まだ1人しか仕留められてないというのに…!」 その隙を残った3人が逃す筈が無い。フルパワーの魔法を繰り出すべく、それぞれが魔力を溜め始めた。奇人は己の最期を悟った。 「済まないリキッド。もう一度2人で復讐屋をやる約束、生きて帰る約束、最早果たせない。済まないエスパニョ~ル博士。長年の貴方の努力を無駄にしてしまった。済まないみんな。せめてみんなは生きてくれ。」 奇人の目には今まで関わってきた者達の顔が映っているようだった。復讐屋の相棒のリキッド、自分の体を改造し強化してくれたエスパニョ~ル、そして共にこの城に乗り込んだ7人の男達。 「こうなったら最後の手段だ。俺はただでは死なん!せめてお前らを道連れにしてやるぞ!」 奇人が自らの胸のパーツを取り外して打ち捨て、中にある自爆装置を起動した。 「あの機械男、一体何を!?」 リーナが奇人の奥の手を察知するが、遅かった。奇人のコアが青白く光り輝く。漏れた光が部屋全体を満たし、3人の女の視界を潰す。 「じゃあな、みんな…。」 強固なシェルターの壁が砕け散る程の大爆発が発生した。凄まじい威力の爆発は、咄嗟に防御魔法を展開した3人のそれを一瞬で突き破って巻き込んだ。 それ以降、この部屋から一切の音や声を発する存在は無かった。 「バララークサイカ!」 「10万ボルト!」 マロンの剣から青い稲妻が、Wあの全身から黄色い電撃が放出され、二方向からLパッチに迫る。 「僕の超能力の前ではそんな攻撃は無意味だよ!それと、僕をあまり怒らせない方がいいよ?君達が僕を攻撃したり、闘いが長引く程僕のストレスのボルテージが上がっていくからね!」 Lパッチは両手をそれぞれの攻撃の方へ翳し、念動力で無効化した。Lパッチのボルテージは既に50%にまで達していた。 「超能力には超能力だ!サイコキネシス!」 Wあが超能力による念動でLパッチの体を操ろうとするも、Lパッチにすぐに無効化された。 「僕はさぁ、弱い癖にゴキブリみたいにしつこい奴が大嫌いなんだよ!」 Lパッチのボルテージが78%にまで上昇する。Lパッチの念力がWあとマロンを吹き飛ばし、2人は部屋の壁に体を叩きつけられた。 「こんなダメージが何なんだ?自己再生!」 Wあの体のダメージが瞬時に回復する。 「こうなったら魔装を使うぜ!魔装・バアル!」 白いルフがマロンを取り巻き、ジンであるバアルを彷彿とさせる魔装がマロンの身を包んだ。 「極大魔法・バララークインケラードサイカ!」 「ブラストバーン!」 マロンの剣先からシェルターを破壊する威力の稲妻が、Wあが床を叩きつけた地点から発生した噴炎がLパッチに迫り来る。 「いい加減ウザいんだよ!」 Lパッチが超能力によるバリアを展開するがあっさり破壊され、巨大な稲妻と炎による攻撃が爆発を起こしながらLパッチを押し包んだ。 Lパッチの怒りのボルテージが100%に達した。するとLパッチを中心に周囲を念動力による虹色のオーラが取り囲み、Lパッチは髪が逆立ち、瞳が赤へと変色した。 「てめえら、この僕を怒らせたな!」 念動力の塊がまずWあを襲う。Wあの体は念動力の塊に押し出され、その衝撃で壁に叩きつけられた。その衝撃でシェルターの壁に亀裂が入った。Wあの肋骨が2~3本ほど折られ、肺に肋骨が刺さってしまいた。 「グハァッ!」 あまりの痛みにWあが短く鋭い悲鳴を上げる。超念動力の波動はWあにトドメを刺す為に再び放出された。 「魔装・ヴァレフォール!」 赤い宝石の金の首飾りに宿るジンの力を魔装し、三角耳や尻尾を持つ姿に変化したマロンがヴァレフォールの能力によりLパッチの超能力の波動の動きを止めた。 「凄まじい念動力だ!Wあさん、早く自己再生を!」 「いつまでもつかな?オラ死ねぇ!」 マロンがジンの力でLパッチの攻撃を止めているものの、長くはもたないらしく、Wあに即座の回復を促す。 「回復の薬!」 Wあは異空間からスプレー状の回復の薬を取り出して自分にかけると、折れていた骨が元通りになり傷も塞がった。 「俺も使わせてもらいます。本気モードってやつをね!」 Wあは懐からキーストーンを取り出して上に掲げた。 「我が心に応えよキーストーン!進化を超えろ メガシンカ!」 キーストーンにWあの腕に装着されているメガストーンが反応し、眩い光が体を包む。 「メガWあ、爆誕!」 背中に龍の翼を生やし、頭には鬼の様な白い角を生やし、全身は赤と青のラインが様々な方向に張り巡らされたWあが姿を現した。 マロンのヴァレフォールによる能力が押し切られ、マロンは念動力の波動を食らってしまう。 「ガリョウテンセイ」 Wあが緑色の光を纏い、部屋のシェルターの天井を突き破ってLパッチ目掛けて急降下する。 「はぁぁぁ!」 念動力でそれを受け止めようと図る。Wあの動きがLパッチを目前にして緑色の光を纏ったまま止まる。 「ヴァレフォール!」 マロンがヴァレフォールの力でLパッチの念動力を停止させ、WあのガリョウテンセイがLパッチに炸裂した。 「ぐっはぁぁぁ!!!」 腹部にガリョウテンセイの突撃を受けたLパッチの体が壁に叩きつけられる。 「破壊光線!」 Wあの掌から破壊光線が放出された。Lパッチは血反吐を吐きながら無言でそれを念動力で受け止めて打ち消す。Lパッチの超能力でWあとマロンの体が宙に浮かび上がり、2人の体が吸い寄せられるようにぶつかり合う。 「フハハハハハハ僕がお前如きの攻撃でやられるわけないだろう!お前らは僕のなすがままだ!」 2人の体はそれぞれ壁や床に亀裂が入る程の威力の超能力により連続で叩きつけられる。 連続でなされるがままに壁や床に叩きつけられたWあとマロンは顔が腫れ上がり、全身から血を流していた。 「これなーんだ?」 Lパッチが懐から二つのナイフを取り出しながら歪んだ笑みを浮かべる。 「このナイフでお前らの心臓をグサッといってやる!僕に刃向かったことをあの世で喰い続けろ!」 超能力でナイフを直線状に2人に向けて射出した。 「守る」 Wあは眼前にシールドのような技を展開して何とか防ぎきった。マロンもヴァレフォールの力で射出されたナイフを停止させた。 「いい加減、僕のあの世への道案内に従えよ!」 マロンのブァレフォールによる停止能力を突き破って、念動力を纏ったLパッチが拳を握り締めながらマロンに向かってくる。 「ブァレフォールの力が効いてない!」 Lパッチの拳がマロンに炸裂する。マロンは吐血しながら吹っ飛ばされ、更に追いついたLパッチのラッシュ攻撃を受ける。 「フォカロル…!」 マロンはラッシュ攻撃を受けながら、右手首の銀の金属器から新たなジンを呼び出し魔装した。 伸びた髪や両手足が羽のようになり、上半身に羽衣を纏う。マロンはフォカロルの力により自身に対して風を発生させてLパッチのラッシュ攻撃から距離を取り逃れた。 「電磁波」 Lパッチの意識がマロンに集中している隙にWあが電磁波を放つ。Lパッチの全身を静電気が駆け巡るようになる。 「体が…痺れて…念動力が…」 Lパッチは からだがしびれて うごけない ! 「どくどく」 Wあが、重複出来ない筈の状態異常技をかける。 「てめえ、チート使ってんじゃねえ!反則だ!切断してやる!」 Lパッチは どくのダメージを うけている ! 「現実見ろよ。現実じゃゲームみたいに切断出来ねえよ。おにび」 Lパッチは やけどのダメージを うけた! 「あやしいひかり」 Lパッチは こんらんした! Lパッチは わけもわからず じぶんをこうげきした! 「極大魔法・バララークインケラードサイカ!」 バアルを魔装したマロンが追い討ちをかけるように極大魔法による雷を見舞う。混乱しているLパッチは全く対処出来ずに雷を浴びた。Lパッチの体は服が破け、雷による火傷痕が覆い最早虫の息だった。 「このこだわりメガネをかけてからの一撃を受けてみるがいい!」 Wあはこだわりメガネを取り出してかける。 「りゅうせいぐん!!」 異空間から無数の隕石が降り注ぎ、Lパッチの体を無惨に押し潰した。念動力は感じられなくなり、2人はそれによりLパッチの死亡を確認した。 「あの世でしっかり覚えておけ、Wあのりゅうせいぐんはつよい。」 隕石に埋もれたLパッチにWあはそう吐き捨てた。 マロンは魔装を解き、元の姿に戻る。 「何とか勝ちましたね。」 「マロンさん、これ回復の薬。使っといて。」 Wあは二つ分の回復の薬を取り出して一つをマロンに手渡した。 赤牡丹、星屑、小銭、オルトロスの4人はかっしーの居る最奥部を目指して通路を走っていると、またしても新たな部屋に出た。部屋のつくりは今までと同じである。 「タラララッタラー!ぼく神チー!かっしー様の邪魔をしようとする悪い奴らをやっつけるんだ!」 四次元ポケットを腹部に装着している神チーが待ち構えていた。 「変な奴が出てきたな…。こいつが相国の神チーか。」 星屑が神チーの四次元ポケットに視線を移しながら言った。 「このふざけた野郎は俺がやる。」 そう言ったのは小銭だった。 「俺もやるぜ。相国相手に1人はやべえっしょ。」 続いて買って出たのは星屑だった。 「2人とも任せたぞ。俺とオルトロスは先に行く!」 「また後でな!」 赤牡丹とオルトロスは小銭と星屑にその場を任せて先を急いで走り去っていった。 「クラスカード・アーチャー」 小銭がアーチャーのクラスカードを使用してギルガメッシュの姿になる。 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」 小銭の宝物庫が無数に展開され、宝剣や槍の数々が姿を現す。小銭が右腕を前に振り下ろしたのを合図に宝剣や槍が次々に射出された。 「ひらりマントー!」 神チーが四次元ポケットからひらりマントを取り出してそれを翳すだけで射出された武器の軌道を目の前でズラして回避する。 「ザ・ワールド!」 星屑のスタンド ザ・ワールドの時間停止能力が発動する。 「死ねぇ!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!無駄ァ!」 しかしザ・ワールドのラッシュ攻撃は全く神チーに効いていなかった。そうしている内に時間停止が解除される。 「予め体を硬化する錠剤を大量に服用したからねぇ。そんな猫の手で繰り出す様なパンチは効かないよ。」 「目醒めよ乖離剣エアよ!」 小銭が3つの円筒を持つ特殊な形状をした黄金に輝く剣を宝物庫から取り出す。 「天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)!」 3つの円筒が別々に回転し、暴風を巻き起こす。圧縮された暴風の断層が擬似的な時空断層となって範囲を広げていく。 「ひらりマントー!」 しかし断層は神チーを避けていった。エヌマエリシュにより部屋は崩壊し、神チー、小銭、星屑は城ごと天空に浮遊している大地に足をつけた。 「ふざけた道具ばかり使いやがって!クラスカード・ランサー!」 小銭がケルト神話の英霊 クー・フーリンの姿に変化し、跳躍して真紅の魔槍を振り上げる。 「ゲイ・ボルグ!」 小銭が真紅の魔槍 ゲイ・ボルグを神チー目掛けて投擲する。 「心臓を穿つという結果を必然とした投擲だ!そのマントじゃこの槍は回避出来ねえ!」 ゲイ・ボルグが神チー目掛けて急降下していく。 「エコーズ ACT3!」 星屑のスタンド エコーズの能力で神チーの体は前のめりに倒れ、体は地面にめり込み身動きが取れなくなる。 「はっはっはっ!ガルガイド宰相破れたり!」 星屑が勝利を確信した時である。ゲイ・ボルグを鉛筆型の羽が生えたミサイルが迎撃し、ゲイ・ボルグは丸焦げになってその場で落下した。 「予めペンシル・ミサイルをセットしといて良かったー!」 次に星屑の体が前のめりになってその場で倒れてしまう。動こうとしても起き上がることが出来ない。 「お返しハンドの能力だ。これは装着すると相手にされたことを3倍返しする能力だ。」 神チーの両肩に機械の腕が装着されている。 「チッ!エコーズ、奴の拘束を解け!」 星屑の指示によって神チーの拘束が解除され、起き上がる。 「スーパーてぶくろ」 神チーの両手に赤い手袋が装着され、全身の筋力が大幅に強化される。 「かくれマント」 神チーがマントを羽織ると、姿を消してしまった。 「あの野郎何処行きやがった!」 「?!ガハッ!!」 消えた神チーを探す為に周囲を見渡す星屑の腹を突然強烈な打撃が襲う。星屑は吐血しながらうずくまる。 「星屑!大丈夫か!クソッ、このままじゃ!」 小銭が星屑に駆け寄ろうとするがそんな小銭の顔面にも強烈な打撃が見舞われた。 「なっ…!」 鼻血を噴きながら吹っ飛ばされてしまう。 「クラスカード ライダー!」 小銭は体勢を何とか立て直し、ライダーのクラスカードでイスカンダルの姿に変身する。 「王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)!」 固有結界が発動し、一面が地平線の彼方まで広がる荒野に移り変わる。そこにはイスカンダルが率いる数万のマケドニア軍が整然として控えていた。 「敵は透明になって姿を隠してる!奴の居場所を何としても探り当てるんだ!」 数万の兵で自身と星屑の身を守りながら姿を隠している神チーの居場所を突き止めるべく、マケドニア軍に命令を下した。 数万のマケドニア軍が一斉に動き出し、神チーの気配を感じ取る為に剣を振るい、槍を突き出す。 「こ…ぜに…」 「しっかりしろ星屑!」 腹部に強烈な打撃を食らった星屑が口元から血を流しながら小銭をか細い震える声で呼ぶ。 「…クレイジーダイヤモンド」 星屑のスタンドが出現し、小銭の顔面に受けたダメージを修復する。 「ありがとう星屑。でも自分の傷は治せないスタンドだったな。星屑はもう危険な状態だ。どうするか。」 小銭がどうすれば星屑を救えるかと思案し始めたところで、マケドニア兵の1人の槍が神チーを貫いた。 「クソが!人海戦術とは卑怯な!」 脇腹を槍で貫かれた神チーが姿を現した。 「見つけたぞ神チー!いや、待てよ?」 小銭が何かを閃いた様子を見せた。 「神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!」 小銭はキュプリオトの剣で空間を切り裂き、二頭の神牛に引かれるチャリオットを出現させた。 「星屑、乗るぞ!」 星屑を担いでチャリオットに乗せて自身も飛び乗ると、高速飛行で神チーに接近する。 「熱戦銃!」 神チーが不思議な銃を取り出してチャリオットに狙って引き金を引いた。 「やべえ!避けろ!」 高速飛行で熱戦銃から射出される熱戦を回避し続け、ついに神チーに迫った。 「星屑、奴にクレイジーダイヤモンドを!」 高速飛行しながら神チーの真横を通り過ぎる瞬間、星屑のクレイジーダイヤモンドが地面にめり込ませた時に出来た傷を治した。すると神チーのお返しハンドの能力が発動し、星屑の傷やダメージが完全に回復した。 「成る程、お返しと言っても悪いことや攻撃だけじゃないからな!お前にしてはよく気づいたぜ小銭!」 「まだだぞ星屑、ザ・ワールドだ!」 「ザ・ワールド!」 小銭の意図を理解した星屑がザ・ワールドによる時間停止能力を発動し、上空を飛ぶチャリオットから飛び降りると、神チーの両肩に装着されているお返しハンドに狙いを定めて接近した。 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」 ザ・ワールドの高速ラッシュでお返しハンドを破壊し、スーパー手袋を脱がせて奪い、四次元ポケットを奪い去った。 「そして時は動き出す。」 時間停止が解除され、四次元ポケットを奪われた神チーの哀れな姿があった。 「俺の四次元ポケットが!」 神チーは四次元ポケットを奪われたことに気づき、苦虫を噛み潰したような表情に変わる。 「ついでに念の為にこのポケットは処分するぜ!マジシャンズレッド!」 星屑はスタンド マジシャンズレッドの火炎で四次元ポケットを焼き尽くして灰にした。 「四次元ポケットの無いお前なんてゴミカスなんだよ!お前ら、奴を始末しろ!」 小銭の命令でマケドニア兵達が一斉に神チーに襲い掛かる。 「調子に乗るなよカス共」 神チーは予めポケットから出して懐にしまっておいた錠剤のビンを二つ取り出し、ビンの中の錠剤を一気に口に流し込んだ。 「フフフフフ…力が!漲ってくる!」 神チーが更に服の中に隠しておいた刀を取り出すと、迫り来るマケドニア兵達を悪鬼の如く次々と斬り捨てた。 「体を硬化する錠剤、スピードを上昇させる錠剤、敵の動きに合わせて自動で動く刀!僕は無敵だあああああ!!」 マケドニア兵の死体の山が積み重なっていく。 「クラスカード アーチャー!」 小銭がアーチャーのクラスカードを発動させることで固有結界とマケドニア軍は消滅する。小銭はクラスカードの効果で赤いロングコートを羽織った二丁小剣を持つ英霊の姿になる。 「体は剣で出来ている。 (I am the bone of my sword.) 血潮は鉄で心は硝子。 (Steel is my body,and fire is my blood.) 幾たびの戦場を越えて不敗。 (I have created over a thousand blades.) ただ一度の敗走もなく、 (Unaware of loss.) ただ一度の勝利もなし。 (Nor aware of gain.) 担い手はここに独り。 (Withstood pain to create weapons,) 剣の丘で鉄を鍛つ。 (waiting for one's arrival.) ならば我が生涯に意味は不要ず。 (I have no regrets.This is the only path.) この体は、 (My whole life was) 無限の剣で出来ていた。 ( "unlimited blade works")」 小銭が詠唱を唱えている間、星屑がスタンド イエローテンパランスで神チーの姿に化けて応戦していた。 小銭の長い詠唱が終わると、見渡す限り無数の剣が突き刺さっている荒野の固有結界が発動する。 「なんだこりゃあ!?さっきから景色を変える術ばっか使いやがって!お前を斬り捨てて終わりにしてやる!」 神チーが星屑と距離を置いて小銭に刀を向けて言い放つ。 「行くぞ四次元王。道具の貯蔵は十分か!!」 四次元ポケットを失った神チーに皮肉の言葉を浴びせると、二丁小剣を両手に持って神チーに突撃を開始する。 「この名刀電光丸の前ではどんな武器であろうと塵に等しい!」 小銭は駆けながら無数の剣を展開させて神チーに射出するが、電光丸に全て叩き落とされてしまう。 「死ねえ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」 神チーが素早い動きで小銭に接近し、斬り合いに持ち込む。スピードを上昇させ、名刀電光丸を持った神チーが小銭を圧倒し、二丁小剣を粉砕した。 「トレース・オン!」 小銭は神チーの名刀電光丸を複製して対抗する。 「そんな贋作で僕の秘密道具に勝てると思ってんのかあああ!」 名刀電光丸同士で幾度も切り結び、勝負がつかない。 「偽物がオリジナルに勝てない道理なんて無い!」 小銭は右手に持った電光丸で神チーの電光丸を受けながら、別に複製したもう片方の剣で神チーの心臓を狙う動きを始める。 「馬鹿かお前は!?僕は錠剤で体を硬化させてるんだよ!そんな剣が僕を傷つけられるわけ…」 「エコーズ ACT2」 星屑のスタンド エコーズACT2がグニャッという擬音文字を神チーに張り付ける。すると神チーの体は文字通り石のような硬さからグニャッとした軟体に変化した。 「終わりだ神チー!」 小銭の剣が神チーの心臓に突き刺さった。神チーは即死し、口から血を吐きながらうつ伏せになって倒れた。 固有結界が解除され、元の風景に戻る。小銭のアーチャー形態も解除された。 「ふざけた野郎だったが強敵だったな。」 「危うく死に掛けたぜ。さあ、赤牡丹とオルトロスを追うぜ!」 小銭と星屑は短いやり取りの後、崩壊した部屋があった場所を上空を見遣る。 「どうやって行くんだ?」 「俺のライダーの宝具で。」 グリーン王国 李信領 与板 コアラ少年率いる3万の大軍が与板城付近の城下付近に布陣していた。 「手筈通りだ。良いな。」 城を預かるキモ男とポルク・ロッドは軍議で打ち合わせた作戦通りに事を運ぼうとしていた。キモ男が与板城兵3000の内、800程の兵を率いて城下付近のガルガイド軍から視認出来る位置まで進出してきていた。 「鉄砲隊、用意!」 キモ男の一声で100人程の鉄砲手が弾薬を装填を完了させる。 「放て!」 100丁の新式銃が火を噴いた。弾丸の殆どがガルガイド軍兵を撃ち抜き、一気に血の池と屍の山が出来上がった。 「李信軍の部隊が少数で一気に出てきたか!しかしこの世界に鉄砲があるのか?まあ良い、数に物言わせて一気に踏み潰してやる!かかれー!」 キモ男隊の銃撃を察知したコアラ少年の命令で3万の兵が次々にキモ男隊目掛けて動き出した。 「計画通りだな。敵を引きつけつつ城まで後退するぞ!」 キモ男隊800はガルガイド軍が此方に向かって進軍を開始したのを確認し、城下に後退を始めた。 李信達がガルドリア城でガルガイド国王かっしーを打倒すべく、能力バトルを繰り広げている間にこの与板城では合戦の火蓋が切って落とされたのである。 与板城の城下は迷路の様に道が入り組んでいる。既にキモ男やポルク・ロッドが領民に指示を出して城下から民は避難している為、城下町は与板城兵以外の姿は無い。 キモ男は巧みな采配で後退を続けガルガイド軍を城下町まで引き込むと、3万の将兵がグリーグ川を渡河して続々と城下町に雪崩れ込んだ。 しかし大軍が足枷になり、狭い路地での進撃は困難を極めた。しかも予めキモ男やポルク・ロッドの指示で城下の至るところに進撃を妨害する逆茂木や乱杭が配置されており、思う様にキモ男隊に追いつくことが出来ない。 「放て!」 キモ男の指示でキモ男隊の鉄砲100丁から再び銃火を浴びせ、進軍に窮しているガルガイド軍の将兵を次々に撃ち倒した。撃ち抜かれた将兵の血が逆茂木や乱杭にかかり、真っ赤に染まっていく。 「あれだけの小勢相手に何を手間取ってるんだ!さっさと進まんか!止まる奴は俺が斬り捨てるぞ!」 コアラ少年が抜刀して脅しをかけるので将兵達は懸命に逆茂木や乱杭を避けて駆け足でキモ男隊を追い続ける。 このようなやり取りを10回程繰り返し、ガルガイド軍は遂に与板城の城門前に到達した。 キモ男隊が城門前まで敵を引きつけたのを見計らったポルク・ロッドは城門を開けるよう指示、城門は開かれキモ男隊は城内まで速やかに撤収した。 「城内が開かれたぞ!一気に攻め込んで落城させろ!」 コアラ少年の号令一下、ガルガイド軍が城内にまで押し寄せるが、そこに待っていたのは200丁の鉄砲による一斉射撃だった。城内を区切る塀に空いている穴から新式銃が一斉に火を吹き、ガルガイド兵の死体の山を築いていく。 恐れをなしたガルガイド将兵だが、コアラ少年の命令で仕方なく銃火を潜り抜けて更に内部へと進む。二の丸に到達したガルガイド軍を待っていたのは、土塁の上から浴びせられる大量の矢の雨と、次々に転がってくる丸太や巨石だった。 ガルガイド兵の断末魔が城内に響き渡る。 「申し上げます!我が軍、二の丸から全く進撃出来ません!」 軍後方のコアラ少年に次々と同じ内容の報告が飛び込んでくる。コアラ少年が逡巡している間にが軍の死体は夥しく増えていき、城内で倒れているのは殆どがガルガイド軍の将兵だった。 「一旦退いて立て直す!者共退けー!」 キモ男やポルクの部隊の激しい迎撃に遭い、いたずらに死者を増やすだけの展開にコアラ少年も考えを改めて全軍に撤退命令を下した。 「全て思惑通りだな。城下に潜む兵に合図を送れ!」 ポルク・ロッドの下知により城内から狼煙が天高く打ち上げられると、来た道を急いで引き返すガルガイド軍の撤退を阻まんが為に、城下の建造物に潜んでいた李信軍の兵達が油をかけて積み上げてある城下の至る所に配置していた藁に次々に火をつけて軽快な動きで退散していく。 忽ち火は燃え広がり、城下は火の海と化した。乱杭や逆茂木に阻まれて思う様に撤退出来ないガルガイド軍を襲う。炎に巻かれたガルガイドの将兵達はバタバタと倒れていく。煙を吸って倒れる者も多かった。 勝負尻率いる先発隊がようやくグリーグ川にまで差し掛かる。無数の人馬でグリーグ川は埋め尽くされた。 「合図を送れ!」 ポルク・ロッドの下知により2度目の狼煙が城から上がる。狼煙を確認したグリーグ川上流で待機していた部隊が川の堰を切って龍の様な凄まじい水流が流れ出す。 「しまった!」 部隊後方で撤退を指揮していた勝負尻が気づいた時には既に遅し。水流は渡河していたガルガイド軍を容赦無く押し流し、多数の溺死者を出してしまった。 「与板西砦の藤原の部隊に合図を送れ!」 ポルク・ロッドの下知で3度目の狼煙が打ち上がる。狼煙を確認した与板城の西の丘にある砦で待機していた藤原率いる500の部隊が門を勢いよく開いて出撃した。 「申し上げます!西から敵の部隊が我が軍の側面を突こうと出撃してきました!」 「何!?」 伝令兵の報告に目を丸くするコアラ少年の部隊に、藤原の部隊が鉄砲100丁で銃撃を浴びせかけた。鉄砲の威力に怯んだガルガイド軍を藤原隊が容赦無く槍衾を作って突き掛かった。 大混乱をきたしているが軍は少数の藤原隊に突き崩され、押されまくって水嵩が急激に増した軍川に身を投じて我先にと逃げようとするが、悉くが水流に押し流されて溺死者を増やすばかりだった。 「今だ!撃って出る!」 城内で待機していたキモ男率いる800の部隊が城門を出て出撃する。火の海に晒されなかった城下の迷路を潜り抜けて大混乱中のコアラ少年の部隊の東側の脇に出る。 「かかれー!」 銀色の古代中華風の甲冑に身を包むキモ男が愛用している二丁斧を振り下ろして全軍に突撃命令を下し、キモ男を先頭に800の将兵が塊となって波の様にガルガイド軍に押し寄せた。 「我こそは李信軍副官・キモ男なり!ガルガイド軍総大将・コアラ少年は何処だ!出逢え出逢え!」 キモ男が大音声で喚きながら自ら先頭を馬で駆け、二丁斧を振り回して悪鬼羅刹の如くガルガイド兵を斬り倒していく。 「ヒッ…キモ男だ!キモ男が来たあああ!!」 恐れ慄くガルガイド兵は何も出来ずに次々とキモ男によってまるで枯れ草を薙ぐかのように切り倒されていく。 「あれはキモ男ではないか!皆固まって俺を守れ!俺が撤退するまでもちこたえろ!」 鬼神の如く突き進んでくるキモ男を前に怯えるガルガイド兵は最早コアラ少年の声など聞こえていなかった。 雷を帯びた二丁斧でガルガイド兵を薙ぎ続けるキモ男の視界に、コアラ少年と思われる男が映った。コアラ少年はひと際派手な甲冑に身を包んでいたからである。 「其処に在わすはガルガイド軍総大将・コアラ少年殿とお見受けする!我は李信軍副官のキモ男なり!その御首級、頂戴仕る!お覚悟!」 「ヒッ…!来るな!来るなあああああ!!」 愛馬を駆りながらキモ男はコアラ少年の眼前に迫り、雷を帯びた二丁斧を横に薙ぎ払うと、コアラ少年の首が胴から切断され、血飛沫が舞い上がった。 「ガルガイド軍総大将・コアラ少年をこの李信軍副官・キモ男が討ち取ったり!」 切断されたコアラ少年の頭部の髪を掴んで掲げるキモ男の声を聞き、ガルガイド兵はより一層恐怖を募らせて川に飛び込んでは流されていく。まさに前門の虎、後門の狼だった。 キモ男は更に先頭部隊の勝負尻を捕捉して突き進んでいく。 「奴とて、人間!鬼神ではあるまい!俺が奴を倒してこの敗戦の汚名を少しでも注いでやる!」 勝負尻は水属性魔法で遠くからキモ男を狙って高圧水流ブレードを伸ばすが、雷を帯びたキモ男の二丁斧にいとも簡単に阻まれた。 「貴殿が勝負尻殿か!いざ尋常に勝負!」 瞬く間に勝負尻隊の兵は薙ぎ倒され、キモ男は単騎で勝負尻に迫った。 「お前がキモ男か!この屈辱をお前の首で注いでやる!」 勝負尻が水属性魔法による水球を無数に展開してキモ男に飛ばすが、全てキモ男の二丁斧に斬り裂かれた。 勝負尻は次に高圧水流ブレードを作り出してキモ男目掛けて伸ばすが、キモ男は持ち前の動体視力でそれを回避し、勝負尻に接近した。 「迅雷脚ー!!」 キモ男は飛び降りてそのまま雷を帯びた脚から繰り出される強烈な蹴りを勝負尻に見舞った。落馬し、倒れ伏した勝負尻が立ち上がることは2度と無かった。 「勝負尻を討ち取ったり!」 勝負尻の首を斧で切断し、高らかに掲げる。総大将と副将を失ったガルガイドの大軍は最早烏合の衆に過ぎず、次々にキモ男や藤原の部隊に切り崩され、逃げようとした者は水流に押し流された。 夕暮れ時には与板城とその城下に3万のガルガイド軍の死体の山が積み重なっていた。つまりガルガイド軍は全滅である。 計画された作戦とキモ男の鬼神の如き武が、ガルガイドの野望を完全に叩き潰したのであった。 この日以降、キモ男の名を聞くとガルガイドの兵や民は震え上がるようになった。泣いている子供を泣き止ませる為に親達が「キモ男が来るぞ」と言うと、どんなに泣き喚いている子供でもピタリと泣き止んだという。 与板城の戦いは李信軍の完全勝利に終わった。 「キモ男さん、天晴れな働きでした。」 その夜城内の広間で催された酒宴では、ポルク・ロッドの作戦立案とキモ男の鬼神の様な働きで話は持ち切りになった。ポルク・ロッドがキモ男を労って酌をするとキモ男もポルク・ロッドの杯に酒を満たした。 この完全勝利の報が李信にもたらされるのは、もう少し先のことである。 舞台は再び移り、ガルドリア城最上階 天井が無い最上階の大広間の奥にある王座で、その男は赤牡丹、オルトロスを待ち構えていた。 「よく此処まで来たな。俺の要する最大戦力をぶつけた筈なんだがな。」 ガルガイド王国第24代国王・かっしー。この男の野望が始動しようとしていた。 「やっと辿り着いたぜかっしー!てめえをぶちのめして野望を打ち砕く!」 オルトロスが拳を握り締めて肘を上に曲げながら吠える。 「今迄仲間達がてめえの手下共を引き受けてくれたから此処まで来れたんだ!此処でてめえを止めなきゃ仲間達に合わせる顔がねえ!」 赤牡丹も負けじと大音声である。 「しかし少々遅かったようだな。全ての準備がたった今整った!俺の世界征服への第一歩、その幕開けをその目に灼きつけるがいい!」 かっしーの背後にある特殊な巨大宝石に魔力が城の下からどんどん集まっていく。 「なんだこりゃあ!」 「よく分かんねえ、分かんねえけどこれだけは言える!これはやべえ!」 赤牡丹とオルトロスが見たのは、更にその宝石に集まる魔力を右手の掌に球状に集め始めたかっしーの姿だった。 掌サイズに圧縮した魔力の塊を、かっしーは何と口に含んだ。 「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」 かっしーの体を莫大な量の魔力が駆け巡る。魔力を吸収したかっしーの瞳は赤と青のオッドアイとなり、悪魔を彷彿とさせる黒い鎧を身に纏っていた。 「たった今、この世界の、能力者にある魔力を全て集めて俺が喰らった!今の俺はこの世界で最強!誰にも止めることは出来ない!この力で俺は世界征服を成し遂げる!ハーハッハッハッハ!」 かっしーが力を得たのを確かめるように右手の指を前後に動かす。 「感じるぜ…凄まじい魔力だ…!だが生憎俺は科学サイドなんでなあ!てめえの魔力吸収は効かねえんだよ!」 オルトロスが床を右足で踏みつけると、かっしーの居る場所の床が尖ったように盛り上がり、かっしーを串刺しにしようとする。だがかっしーは謎の暗黒空間を足元に発生させて攻撃を無力化した。 「第四波動!」 続いて赤牡丹がかっしーに熱を吸収した炎の波動を放つが、かっしーから見て正面に出現した暗黒空間に吸収されてしまった。 「貴様ら如きの攻撃などでは俺は傷一つつかんぞ!」 かっしーが正面に右手を翳して暗黒空間を応用した無数の漆黒の矢を出現させて一斉に赤牡丹とオルトロスに向けて射出した。 「オルトロス!俺の後ろへ!シールド・オブ・イージス!」 赤牡丹のフラグメントが発動し、暗黒の矢による攻撃を防ぐ。 「俺の能力は全てのフラグメントをオリジナルの数倍の性能で使えること!そして見た能力を数倍の性能で使えることだ!」 赤牡丹はかっしーと同じ能力を使おうと試みるが、全く発動しない。 「!」 「世界中の魔力を集めた超越者たるこの俺の力をコピーなど出来る筈が無いだろう!」 かっしーが無数の暗黒空間の穴を出現させてその中から更に暗黒空間の玉を射出する。 「隠密!」 オルトロスが赤牡丹を腕を掴んで大きく跳躍してかっしーの攻撃を回避する。 「圧縮圧縮!空気を圧縮ゥゥゥ!!」 オルトロスが片手でプラズマを作り出してかっしーに向けて撃ち出す! 「効かん!」 かっしーは暗黒空間によるバリアでプラズマを全て吸収する。 「バルカンショックイグニション!」 巨大な火球をかっしーに向けて赤牡丹が放つが結果は一緒だった。 2人は広間の床に降り立ち、次のかっしーの出方を窺う。 「流石にオルトロスは能力のせいで素早いな。動きを封じさせてもらうぞ。」 かっしーが4つの暗黒玉をオルトロスに超高速で飛ばし、オルトロスの四肢を拘束した。 「オルトロス!」 「体がピクリとも動かねえ…!」 赤牡丹が呼びかけるが、オルトロスは自分の意志で動くことが出来ない。 しかしかっしーにも異変が起きた。 (暗黒魔法が発動出来ない…!やはりまだ力が体に馴染んでいないか!) かっしーの表情から、赤牡丹はかっしーに異変が起きたことに気づいた。 「ブラックホールダストエンジェル!」 赤牡丹はすかさず超能力によりかっしーの居る地点にブラックホールを作り出す。ブラックホールはかっしーを徐々に呑み込み、重量の渦により圧縮されてミンチになった。 「かっしーを倒したぞ!」 赤牡丹がガッツポーズを決めた瞬間、暗黒光線により腹を撃ち抜かれた。鈍い痛みが数秒経ってから腹部に走る。正面を見るとミンチにされた筈のかっしーが此方に指を向けていた。 「死んだんじゃ…なかったのかよ…」 赤牡丹は止め処なく溢れ出る血を腕で抑えながら両膝をついた。 「隠密!?大丈夫か隠密!」 拘束されているオルトロスが赤牡丹に声をかけるも虫の息である。出血が止まらなく、顔から血の気が引いていくのが見て取れた。 「お前もすぐに仲間と同じ目に逢わせてやる。2人仲良く地獄へ堕ちろォ!」 かっしーの指先から、オルトロス目掛けて暗黒光線が発射された。 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」 突如上空から降り注いだ宝剣の雨によって暗黒光線は防がれた。しかし暗黒光線を防いだ宝剣は消滅してしまう。 「思ったより来るのが早かったな。」 暗黒光線を防がれたかっしーが空を見上げると、小銭と星屑が空高くから降り立った。 「真打ち参上!俺の名は小銭十魔!」 全身を金ピカ鎧で身を包んだ小銭と、ザ・フールのスタンドで空中飛行していた星屑がかっしーの前に姿を現したのである。 「何が真打ちだよ!でも助かったぜ!だが隠密が…」 オルトロスは自分が助かったことに対する感謝を述べ、横で荒い息を上げながら蹲っている隠密を悲痛な表情で見やった。 「クレイジーダイヤモンド」 星屑のスタンド クレイジーダイヤモンドの能力で赤牡丹の腹部に開いた穴が塞がり、元通りになった。 「上から見てた。奴は確かに強いが弱点がある。その弱点を突けるかどうかだ。」 星屑がかっしーを見据えながら話し始めた。 「ああ。俺も感づいたよ。あいつの、命中した対象・範囲を確実に消滅させる暗黒魔術は無限に連発は出来ない。60秒程使うと10秒くらいのインターバルが発生するんだ。その10秒が鍵だ。」 星屑が説明する前に感づいていた赤牡丹が分析を述べた。 「よく気づいたなお前ら!だが気づいたところでお前らに勝ち目はナァイ!インターバルの10秒間なら俺を倒せるとでも?この城以外に存在する世界中の魔力を吸い尽くした俺とお前らには最初から圧倒的な力の差があるんだよ!」 かっしーが暗黒光線を眼前に無数に展開して4人に向けて射出した。 「なーんてな!最初からこの手があるんだよバーカ!ザ・ワールド!」 星屑はスタンド ザ・ワールドの時間停止能力を発動し、無数の暗黒光線の軌道を避けるように迂回してかっしーに接近すると、ザ・ワールドによるラッシュ攻撃を繰り出した。 「無駄無駄無駄無駄…あれ?」 星屑は異変に気づいた。かっしーの体にラッシュを叩き込もうにも、ザ・ワールドの拳が体がをすり抜けるのである。 「恐らくインターバル時間以外は無敵ってことかよクソが。」 ザ・ワールドの時間停止が解除され、時は再び動き出した。 「時間停止させてその隙に攻撃を浴びせようとしたんだろうが無駄だ!暗黒光線!」 至近距離からの暗黒光線を浴びようとしていた星屑の体が即座に宙に浮いて回避された。 「おい星屑、独断専行はよせ!今みたいに失敗したら厄介なことにもなる!」 星屑を救ったのは赤牡丹のフラグメント・「超念動力(サイコキネシス)」だった。星屑は赤牡丹によって元の位置まで引き戻された。 「失敗じゃねえ、成功さ。この方法じゃ倒せないってことが分かったんだからな。」 「インターバルの間に奴には俺のブラックホールダストエンジェルを食らわせたが復活された。奴にはまだ何かあるんだ!とにかく1人で突っ込むな!」 「分かったよ。それにオルトロスの拘束を何とかしなきゃな。お、そうだ!エコーズACT2!」 赤牡丹とのやり取りを終えた星屑はエコーズACT2の能力でオルトロスを拘束している暗黒にボキッという擬音をくっつけると、暗黒拘束具は見事に折れて外れた。 「助かったぜ星屑!」 「前を見ろ!また攻撃が来るぞ!」 かっしーは今度は等身大程の大きさの暗黒兵を無数に召喚する。 「行け!」 かっしーの下知で暗黒兵達が剣を振りかざしながら4人に襲い掛かってきた。 「ブラックホールダストエンジェル!」 赤牡丹がブラックホールを出現させて暗黒兵を呑み込もうとするが、暗黒兵に全く変化はなく不発に終わった。 「天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)!」 小銭が宝物庫から乖離剣エアを取り出し、暴風から巻き起こる時空切断による亀裂で暗黒兵達を消滅させ、攻撃はかっしーが居る位置まで届こうとしていた。 「俺が放出する暗黒空間はあらゆる能力や技の効果を受け付けない!暗黒兵は低魔力で作り出したから消せただけだ調子に乗るなよ!時空断層!?無駄無駄無駄ァ!」 小銭の最強宝具による必殺技 エヌマ・エリシュをもってしてもかっしーの暗黒空間を破ることは出来なかった。 「フハハハハハハ4人まとめてあの世に送ってやる!心配するな閻魔大王には俺から言っておいてやる!」 かっしーは正面に右手を翳して巨大な球状の暗黒空間を作り出し、4人に向けて投げつけた。 「テレポート!」 赤牡丹はテレポートで30m程宙へ移動し、巨大暗黒球を回避する。オルトロスは運動エネルギーを変換して赤牡丹と同じ高さまで跳躍した。 「天翔る王の御座(ヴィマーナ)!」 小銭は黄金とエメラルドで作られた飛行船を宝物庫から取り出し、飛行船に備えつけられている椅子に座り、飛行船を起動させて上空に飛んで暗黒球を回避した。 「バステト女神!」 星屑はふと閃き、新たなスタンド バステト女神を繰り出し暗黒球そのものを磁石に変え、かっしーの体質も磁石に変えようとしたが、やはり暗黒球には通じなかった。 「やはりダメか!ザ・ワールド!」 星屑はザ・ワールドの時間停止能力を利用して時間を稼ぎ、その間に走って暗黒球の軌道から外れて回避した。 ザ・ワールドの時間停止が解除され、かっしーは全員に巨大暗黒球を回避されたことに気づく。 「60秒経った!みんなこの隙に奴に遠距離から可能な攻撃を撃ち込むんだ!」 赤牡丹が時間を数えていたらしく、かっしーがインターバルに入った瞬間を見抜いた。 「第四波動!」 テレポートで地に降り立ち、周囲の熱を吸収した赤牡丹の強力な炎熱波動が発射された。 「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」 小銭が乖離剣エアからの必殺技を飛行船で宙に浮かびながら発動させ、時空断層がかっしーを襲う。 「あの世に行くのはてめえだ三下ァァァ!」 オルトロスはかっしーの周囲に無数の酸素の刃を作り出してかっしーを次々に突き刺す。 3人の攻撃がかっしーに命中するも、かっしーは膨大な魔力を全身に張り巡らせたバリアとして、無傷だった。 「ザ・ハンド!」 星屑がかっしーとの間の空間を削り取ってかっしーを自らの目の前に引き寄せた。 「何をするつもりだ?無駄だと言っている!」 「キラークイーン!」 星屑がキラークイーンを召喚し、かっしーの顔面にキラークイーンの拳を触れさせる。 「このスタンドはなぁ!触れた対象を爆弾に変えるんだよ!おい赤牡丹!」 「はいよ!」 赤牡丹がサイコキネシスで星屑を浮遊させかっしーと距離を取らせると、星屑はキラークイーンの指先にある起爆スイッチを入れた。 かっしーの体が爆発し、爆音が鳴り響く。 「やったか?」 「やってねえよ!三下はお前らの方だったなぁ!」 星屑の期待を裏切る様に、爆発したかのように見えたかっしーの体は無傷だった。 「あいつには弱点がねえのかよ!」 星屑が苛立たしげに叫んだ。 「仮説が出来たんだが。」 星屑の苛立ちに反応するかのように赤牡丹が口を開いた。 「奴の暗黒空間は元々の奴の能力に吸収した魔力が合わさって強力になったものだ。そしてインターバル時の無敵状態の仕掛け…それは吸収した魔力を消費して行っている!つまり奴は魔力を全て使い果たした時、奴の無敵状態は解除され、暗黒空間による攻撃しか行えなくなる!そして暗黒空間はただ吸収するだけの能力になり、他の能力の効果を受けるようになる! 奴はさっき、暗黒空間はあらゆる技や能力の効果を受け付けないと言った!元々奴自身は無敵じゃない!」 「だが、あの三下は世界中の魔力を集めてんだぜ!?どうやって使い果たさせるんだよ!」 赤牡丹の少々長い考察の間にも、かっしーは容赦なく暗黒球や暗黒光線による攻撃を飛ばしてくる。4人はそれぞれ空中で回避しながら話を聞く。赤牡丹の仮説に突っ込んだのはオルトロスだった。 「幸い俺らは小銭以外は魔力関係無く戦える能力者だ!奴に魔力を使い果たさせるまで戦い続けるしかない!」 「マジかよ…」 オルトロスの疑問に絶望的な答えを出されて肩を落としたのは小銭だった。 ガルドリア城の2番目の部屋では、李信&リキッドVSエイジスの激闘が繰り広げられていた。 李信の黒虚閃(セロ・オスキュラス)とエイジスの冷気波動が至近距離で激突し部屋全体を巻き込む爆発を起こした後、リキッドは帝具・インクルシオを装備して爆発を凌ぎ、李信とエイジスは互いの攻撃で傷ついていた。李信はすぐに超速再生で回復した。 その後暫く一進一退の戦いが続いていたが、その状況に焦れたエイジスが更なる力の解放を試みていた。 「ファフニール・龍人化!」 莫大な魔力による青いオーラと冷気が止んで出現したのは、通常のファフニールと時の龍の姿を象った青い魔力オーラの兜や鎧を身につけたエイジスだった。傷も塞がっている。 (消えた!?) 李信の視界からエイジスが突如消え失せた。と同時に、背後から凄まじい殺気と冷気を感じた。 「冷殺剣斬(ブリザード・ブレード)!」 エイジスが上段の構えから冷殺剣を李信に振り下ろす。李信の反応も素早く、フルゴールを作り出して冷殺剣を防ぎ、鍔迫り合いになった。 「そんなか細い光の槍で龍人化状態の俺の剣を受け止められると思ってるのか?」 フルゴールが冷殺剣の威力により破壊され、李信に斬撃がヒットする。鋼皮(イエロ)をも貫く威力の斬撃が李信の体に斜めの長い傷を肩から脇腹にかけてつける。 「だが…!」 「超速再生などさせん!エイジストラッシュ!」 エイジスが怒涛の連続攻撃を仕掛けようとした瞬間、エイジスの脇から帝具・村雨を持ったリキッドが突き入れた。 村雨の刃先がエイジスの脇腹を掠めようとした瞬間、エイジスは高速移動でこれを回避した。 「俺を忘れてんじゃねえよ!」 リキッドが左手で村雨の峰の部分を持ち上げながらエイジスに言った。 「忘れるものかよ。お前ら2人は俺が必ず殺すんだんからな。」 「そうかよ!だが俺もまだ奥の手がある!」 エイジスとのやり取りの後、リキッドは村雨を自らの首筋に当てがうと、自害するように切った。すると呪いの様な黒い紋様が現れ、リキッドは今まで自らが殺してきた者達の声を聞きながら雄叫びを上げた。 リキッドが目を開くと、瞳は赤色に瞳の周りは黒色に変化し、瞳の中には呪いの黒い紋様が回りながら浮かび上がっている。村雨からは黒と紫の呪いのオーラが発せられている。 「そいつが奥の手か?」 リキッドはそれには答えず、瞬間的にエイジスの背後に現れて村雨を突き出した。エイジスはそれを冷殺剣で受け止める。 「黒虚閃(セロ・オスキュラス)」 李信が自分に意識を向けさせる為に黒虚閃をエイジスに放つが、エイジスは高速移動で黒虚閃の射線からもリキッドの刃からも逃れた。 「それで逃げたつもりか?」 エイジスの頭上に現れたリキッドが村雨を振り下ろすが、冷殺剣に受け止められた。 「フンッ!」 響転(ソニード)で移動した李信がエイジスの正面からフルゴールを心臓目掛けて突き出すと、エイジスは冷殺剣を盾代わりにしてガードする。 リキッドは僅かなその隙を見逃さず、村雨をエイジスの背中目掛けて突き出した。だが、村雨がエイジスの背中を掠めて少し傷つけただけでエイジスの高速移動で回避されてしまった。 「助かったぞリキッド。お前のおかげで超速再生することが出来た。」 「俺も直江のおかげで奴を仕留められたよ。」 李信の礼に一瞥したリキッドがエイジスに向けて村雨の鋒を向けた。エイジスの方を見ろという意味だろう。 「俺を仕留めただと?少し傷をつけた程度でか?笑わせんなよ。」 しかし李信が見たのは全身に呪いのような紋様が広がっているエイジスの姿だった。 「なんだこの模様は!」 「村雨は一斬必殺の帝具だ。少しでも傷をつけただけで相手は村雨の呪毒によって死に至る。」 「なん…だ…ガハッ!」 リキッドの言葉に返す間も無く、エイジスは吐血して前のめりに倒れた。 「エターナルフォースブリザード…!」 倒したと思ったのも束の間、エイジスの体は分裂して新しい方の体が意思を持って攻撃を仕掛けてくる。エイジスの剣先から発せられる魔力と冷気が部屋中を覆い尽くす程の威力で放出された。 李信は霊圧で何とか全身が凍りつくのを防いだが、足元から腹部までが絶対零度以下の氷に覆われてしまった。 リキッドも帝具・インクルシオを速やかに装着したがあまりの威力に左腕や左足が凍らされてしまった。 「お前ら、俺と戦ったことがあるなら分かるよなあ!?俺は2回殺されねえと死なねえんだよ!」 一回の戦闘につき一回だけ使用可能なエイジスの特殊能力であった。 「やっぱ簡単には行かないねぇ。でもそれならもう一回村雨を…!」 リキッドが村雨を出そうとしたが、エイジスが瞬時にリキッドの前に現れた。 「お前の帝具は厄介だ。お前から先に死んでもらうとしよう!」 エイジスが左の腕と足が凍って動きが鈍くなっているリキッドの右肩に狙いを定めて右腕のみで冷殺剣を振り上げる。 「させるか!」 李信がフルゴールを横からエイジスに投げつけるが、エイジスは左手で簡単にキャッチして握り潰してしまった。エイジスは冷殺剣を両手で持ち直し、リキッドの右肩に振り下ろす。 冷殺剣はリキッドの肩を深く切り裂いたが、そこから先に斬り下げることはなかった。 「インクルシオの…耐久性能を舐めるな!」 リキッドは肩を傷つけられて力の入れない右手にノインテーターを持ってエイジスに突き出すが、簡単に回避されてしまう。 「インクルシオ!俺にもっと力を!」 村雨での再度攻撃を諦めたリキッドの魂の叫びにインクルシオは答え、更に龍に近い形状へと変化した。 同時に、リキッドの左腕と左脚を覆う氷が粉々に砕け散る。 「行くぞ氷河期ィィィ!!」 リキッドが今までに無い程の力でノインテーターをエイジスに突き出そうと驚異的な速力で接近する。しかしエイジスも速い。ノインテーターの連続突きに的確に反応して冷殺剣で捌いていく。 「セロ…」 「いい加減お前は凍ってろ直江ェェェ!」 リキッドの槍を左腕で捌きながら、黒虚閃を放とうとした李信に右腕で冷気砲を射出すると、李信は全身を氷漬けにされてしまった。 「これでお前を始末することに専念出来るぞリキッド!」 ノインテーターと冷殺剣の打ち合いで、エイジスは次第にリキッドを圧倒した。極限まで進化したリキッドのインクルシオを、エイジスの冷殺剣が斬り刻んでいく。 「どうしたどうしたァ!そんなもんかァ!」 「クッ…!何て強さだ…!」 エイジスの力を込めた一撃でリキッドのノインテーターは折られ、リキッドのインクルシオに斬撃が直撃した。 斬撃はインクルシオを貫通し、リキッドの胸を深く抉っていた。最早致命傷だった。 「お前さんの人生は 本日をもって閉鎖だ。」 エイジスは虫の息のリキッドに狙いを定めて冷殺剣を振り上げる。 「もう2度と 復讐出来ないねぇ…。」 それがリキッドの辞世の言葉だった。静かな部屋の中でリキッドはふっと目を閉じる。振り下ろされた冷殺剣はリキッドの体を両断した。 リキッド。騎士として王国の下で戦いながら、国のあり方に疑問を抱き、自らの正義を貫くべく復讐屋に転じた熱い魂を持つ1人の男の生涯の幕が閉じられた。 「ようやくリキッドを始末出来た。次はお前だ直江。お前とはこの世界で様々な因縁があったが、今その因縁にも終止符を打ってやる。」 「無想・樹海浸殺!」 エイジスが凍った床に両手を叩きつけると、以前李信と交戦した時よりも多くの蔦が次々に床から生え伸びて氷漬けになっている李信を襲う。やがて李信は無数の蔦に球状に取り囲まれた。李信を取り囲む蔦から無数の尖った枝が生えて李信の全身を氷ごと貫いた。 李信の血が枝や蔦を伝って流れ出る。 「終わった…!終わったぞ…!ようやく不忠の輩を成敗したぞ!さあ、我らが王の加勢に行かねば!王国に逆らう不義の者共を俺がこの手で抹殺する!」 エイジスが部屋を後にしようと足を向けた時である。緑に縁取られた海底に居るような重い霊圧が殺した筈の李信が居る位置から突然発せられたのである。 「なんだこの異常な霊圧は!まさかお前、まだ生きてるってのか!」 「そうだ。」 蔦や枝を霊圧で消滅させた李信が中から出てきたのである。 「俺を倒したと思ったか?絶望したか?教えてやろう。これが真の絶望の姿だ。」 李信を重い霊圧が覆う。頭に二本の角が生え、瞳は中心を黒として黄色、その外は緑に染まり、両腕と下半身は黒い体毛に覆われ、四肢には鋭い爪という姿に変化した。 「刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダエターパ)」 「この黒翼大魔(ムルシエラゴ)の二段階目の刀剣解放だ。貴様に絶望を教えてやる。」 「黒虚閃(セロ・オスキュラス)」 一段階目の解放の時よりも桁外れの威力の黒虚閃が右手の人差し指から発射された。 「ブリザードフォース・ディバインバースト!」 エイジスは右手から極太の冷気砲を射出して対抗するが、黒虚閃に一瞬で呑み込まれてしまう。エイジスは黒虚閃の直撃を受けた。 「ハァ…ハァ…ハァ…クソッ!輝く流星の矢(スターライトアロー)!」 エイジスが光の矢を無数に李信に放つが、李信は背中に生えた蝙蝠の翼でそれを弾いた。 「なら!」 エイジスが高速移動で李信の目の前に出現し、冷殺剣で下段の構えから斬りつけようとするが、李信の尻尾がエイジスの腕に巻きついて攻撃を防いだ。 「ラティーゴ」 しなる動きで尻尾による連続打撃をエイジスに見舞う。エイジスの全身に鞭で打たれたような痕や傷がつけられる。尻尾はやがてエイジスの首に巻き付き、締め上げながら体を持ち上げた。 「貴様の騎士道はこれにて潰える。さらばだ。」 李信はエイジスの胸の中心に黒虚閃で穴を開けた。尻尾による拘束を解き、エイジスはその場でうつ伏せに倒れた。 (聞こえる…みんなの声が…。王の声が、騎士達の声が、団長の声が、喫茶店のみんなの声が…!こんなところで終わるなと俺を叱咤している!) (俺は負けるわけにはいかない!俺がこの国を守らなきゃ!守るんだ!俺が…俺が守る!) 突如膨大な魔力が倒れているエイジスを包む。 「なんだこれは…?」 李信が茫然としていると、膨大な魔力を帯び、翼を持つ天馬の姿になったエイジスが現れた。 「あの時のユニコーンか。いや違う…!あの時よりも強大な…!」 李信が言いかけたところでエイジスは飛び上がり、頭の角で天井を破壊して急上昇した。 「成る程。この部屋で手狭だということか。誘いに乗ってやる。」 李信もエイジスを追って飛び立ち、黒虚閃で天井を破壊してエイジスに向かい合った。 「ヒヒィィィィィィィィン!」 エイジスの嘶きが響き渡り角からは天をも覆い尽くす冷気が上空に打ち上げられた。次の瞬間、空から大量の冷気砲と氷柱の雨が李信に向かって降り注ぐ。 「これは…!」 響転(ソニード)で回避し続けるが、氷柱の一つが李信の右腕を引き千切った。雨はやがて止んだ。 エイジスは此方を窺っている様子だった。次の動きを見せない。 「大した攻撃だが、腕を一本もいだくらいで動きを止めて様子を見るようでは…この俺を倒すことなど不可能だ。」 「雷霆の槍(ランサデル・レランパーゴ)」 李信は両腕に溜めた霊圧からフルゴールよりもサイズの大きい光の槍を作り出す。 「近づくなよ。そこに居ろ。出来ればこいつを近くで撃ちたくはない。」 李信のそう言って光の槍をエイジス目掛けて投擲した。 超速再生で再生した右腕で、李信が光の槍を投擲すると、エイジスは持ち前の素早さでそれを回避した。回避された光の槍は遥か下まで落下し、城下町に着弾した。 凄まじい轟音を上げながら城下町からこの天空の城を突き抜ける程の高さの巨大な火柱が上がる。火柱は城下町を飲み込み、エイジスの目の前をも掠めた。 「外したか。やはり扱いが難しいな。」 李信が再度光の槍を作り出した。次の瞬間、李信の視界からエイジスの姿が消える。 眼前に現れたエイジスが頭の角で冷気を込めた突きを李信の腹部に見舞うと、李信の腹部に大きな穴が空き、血飛沫が上がった。 李信が対抗しようと光の槍をエイジスの頭に振り下ろすが、エイジスの技の発動の方が早かった。 「コキュートス」 エイジスの全身から絶対零度を遥かに下回る冷気と悪寒を感じるような膨大な魔力が溢れ出し、天の彼方まで覆い尽くす程の勢いで放出された。 対処する間も無く、コキュートスは李信を呑み込んでしまった。 「前と違って強化された俺のコキュートスを直に受けた。もう生きてはいまい。」 エイジスはようやく勝つことが、李信の息の根を止めることが出来たと安堵の思いが胸から湧いてくることを感じた。 コキュートスにより氷漬けにされた李信は先程まで戦っていた部屋の床まで落下した。 濃く黒い霊圧が氷の中から溢れ出し、氷を突き破って李信が出てきた。 「俺が眼帯を外していないのもあるが、前よりもコキュートスの威力が増してやがる…!」 李信が眼帯を外し、今まで以上に濃く黒い霊圧を発する。莫大な霊圧が火柱のように天高く上がることで偉いも李信がまだ生きていることに気づく。 「あのクソ野郎…!まだ生きてたのか往生際の悪い奴だ!前戦った時よりも更に霊圧が増してやがる!」 エイジスが李信目掛けて急降下して迫り来る。 「黒虚閃(セロ・オスキュラス)」 エイジスに黒虚閃を放つ。エイジスはそれを角に魔力を込めて切り裂きながら突進を図るが、黒虚閃を受けたエイジスの天馬の翼が少し散ってしまった。 「接近戦か!ならば!」 雷霆の槍(ランサデル・レランパーゴ)を作り、突進してくるエイジスの角目掛けて突き出す。2人の力が激突し、霊圧と魔力が入り混じった爆発が発生する。 爆発は互いを後方に吹き飛ばして距離を取る形になった。 「このままじゃ勝負がつかねえな…」 城内で雷霆の槍を投擲すればエイジスに大ダメージを与えることは出来る可能性はあるが、他の部屋で戦っている仲間達まで巻き込みかねない。黒虚閃は少しダメージを与えたものの押し破られ、接近戦は互角。李信は決め手に欠いていた。 「建御雷神(タケミカヅチ)!」 突如エイジスの頭上に現れた人物が天照の炎遁と千鳥の雷遁を組み合わせた突き攻撃をエイジスの翼に繰り出した。エイジスの片翼はもがれてしまう。 「忘れた頃にやってくる!俺は北条、又の名をまだら!これより直江さんに助太刀する!」 衣装をガラリと変えて背中にうちはの家紋が入った胸元がはだけた服を着こなし、背中には刀を差している。万華鏡写輪眼と輪廻写輪眼を片目ずつに宿し、膨大な量のチャクラを感じさせる。 「横槍入れてんじゃねえ!外野は引っ込んでろ!」 エイジスが冷気砲を北条に向けて放つ。 「北条君!来るぞ!」 「神羅天征!」 北条がエイジスの攻撃をエイジスごと神羅天征で吹き飛ばす。 「北条君、何故此処に!?」 「激闘を繰り広げた強敵(とも)の危機に駆けつける!やはり主役はこうでなきゃな!細かい話は後だ!今はこの馬野郎をぶっ飛ばそうぜ!」 「そうだな!俺達2人で悪を倒そうぜ!直江山城、天に代わりて不義を討つ!」 何処かのゲームで聞いたことあるセリフを真似て李信は北条に応えた。 「悪はお前らだろうがあああ!!!」 北条の介入に激怒したエイジスが冷気を纏って突進してくる。 「完成体須佐能乎!」 北条の万華鏡写輪眼の瞳術が発動し、背中から翼が生えた紫色の巨人が現れる。エイジスの突進は須佐能乎に抑えられてしまった。 「そんなに俺に起こったか?ならついて来い!」 北条は須佐能乎で飛行し始め、部屋の天井が破壊された場所から空に出る。 「火遁・豪火球の術!」 北条は追ってくるエイジスを須佐能乎の中から火遁で攻撃を仕掛けるが、全てエイジスには回避される。エイジスは片翼を物ともせず須佐能乎よりも高く飛翔する。 「エターナルフォースブリザード!」 高速で飛行しながら北条目掛けて角から冷気砲を撃ち出す。北条が放つ豪火球とぶつかり合うが、大幅強化されたとはいえ豪火球は中忍級忍術であり、エイジスの冷気砲に突き破られた。 冷気砲が須佐能乎に着弾する寸前で、下から伸びてきた黒い虚閃と激突して相殺された。 「俺も居るぞ!」 北条やエイジスと同じ高さまで飛翔した李信が黒虚閃をエイジスに向けて放つ。 李信がエイジスと交戦して時間を稼いでいる間に北条が火遁・豪火球の術を空に何発も打ち上げると、大気が急に温められて積乱雲が発生する。 「直江さん、氷河期から離れろ!」 北条が左手に雷遁のチャクラを流し、天空から麒麟を出現させる。李信は北条の指示で響転(ソニード)で距離を取る。 「このデカい雷の生き物は…!?」 「この術は天照と同じだ!絶対にかわすことは出来ない!」」 麒麟が天空からエイジス目掛けて落とされる。音より速い落雷は如何にエイジスと言えども避けることなど出来ず、雷が落ちる音と周囲を照らす一筋の鋭い光と共にエイジスの体は雷を浴びた。 「今の雷…確かに応えた。やはりお前らは危険だ。此処で俺の全力をもって消さねばならない。」 落雷を受けて残っていた片翼の半分、そして後ろ脚の左と尻尾を失い全身に火傷を負ったエイジスが角の先から魔力を込め始めた。 「此処で決めに来たか。」 北条はエイジスの様子を見て自らも全力攻撃を仕掛ける為に全ての尾獣のチャクラを解放し、完成体須佐能乎をそのチャクラで強化すると炎遁による黒炎、雷遁による雷、尾獣チャクラを乗せたインドラの矢をつがえ始めた。 「インドラの矢。俺の最強の術だ。消し飛べ!」 「雷霆の槍(ランサデル・レランパーゴ)」 李信も光の槍を作り出す。やがて北条の須佐能乎がインドラの矢を放ち、李信が光の槍を投擲した。 「コキュートス」 自らの全ての魔力をこの究極奥義に乗せて放つエイジス。コキュートスとインドラの矢、雷霆の槍がぶつかり合い、ガルガイド王国全ての空を覆い尽くす程の魔力と霊圧とチャクラの大爆発が発生した。 天空で発生した爆発で3人は大ダメージを受けてガルドリア城の元いた部屋まで落下した。3人は暫く倒れていたが、北条が最初に這い蹲りながら立ち上がった。既にチャクラを使い果たし、尾獣チャクラモードは解除されて完成体須佐能乎も消えていた。 「本気の俺と直江さんの技を合わせても互角とはね…。だがこれで終わりだ!アマテラ…!」 万華鏡写輪眼による瞳術を発動しようとした瞬間、彼の目に痛みが走った。 「流石にチャクラを使い過ぎたか…!」 「よう忍者野郎。俺のコキュートスを食らってまだ生きてんのか…。」 エイジスも蹌踉めきながら立ち上がっていた。エイジスも魔力を使い果たし、元の人間の姿に戻っていた。 「俺も…生きている!」 眼帯が装着され、刀剣解放も解除された元の姿の李信が立ち上がった。超速再生で傷は無い。 「我は鋼なり、鋼故に怯まず、鋼故に惑わず、一度敵に逢うては一切合切の躊躇無く。これを滅ぼす凶器なり。」 「鉄血転化」 エイジスの全身に赤い紋様が浮かび上がり、頭髪や瞳も赤く染まる。二本の小刀を取り出して北条に飛びかかった。 「写輪眼のある俺に近接戦を挑もうとはいい度胸だ。影分身の術!」 北条は影分身の術で自らの分身を4体作り出す。飛びかかってきたエイジスの顎を捉えてフックを見舞い打ち上げる。すると4体の分身が順番に掛け声を上げながらエイジスの腹に蹴りを入れて更に高く打ち上げる。 「ほ・う・じょ・う!まだら連弾!」 最後の1人が背中に踵落としを決めてエイジスは床にめり込む程叩きつけられた。 「調子に乗ってんじゃ…ねえ!」 エイジスが渾身の一撃を起き上がり様に北条の腹部に炸裂させた。小刀の柄の部分を使った強力な突きである。 「グハァ!」 北条は倒れまいと踏ん張るが、エイジスが容赦無く小刀を北条の胸に突き刺さそうとした時である。 「!?」 エイジスの左頬に李信の拳が叩き込まれた。エイジスの体が右に吹っ飛ぶ。 「超速再生がある俺は霊圧は使い果たしたが手負いのお前と違ってまだまだ動けるんでな。」 「貴様ァァァァァ!!!」 エイジスが跳び上がり李信に小刀を振り下ろそうとするが、今度は北条が鋭い動きでエイジスの両腕に手刀を当てて小刀を手放せさせた。 「オラァ!」 北条の拳がエイジスの左頬に見舞われる。エイジスの体が弧を描いてから床に落ちた。 それからは二対一の殴り合いが暫く続いた。 鉄血転化により身体強化が成されたエイジス、両目の写輪眼により相手の動きを見切る北条、超速再生により瞬時にダメージを受けても回復出来る李信。 この3人による肉弾戦はまさに熾烈を極めた。 「超速再生能力を有する俺が肉弾戦を制するのは必然だったな。其れに此方は2人だ。もう諦めろ。」 「ハァ…ハァ…クソが!」 李信の言葉に血反吐を吐きながら苛立つエイジスが、瞳力の使いすぎで弱っている北条の腹部に拳を入れた。 「忍者の方はもうヘトヘトじゃねえか!お前こそ諦めろ!外野がしゃしゃり出るからこうなるんだよ!」 口元から血を流しながらエイジスが倒れている北条に更に叩き込もうとする。 「俺が諦めるのを、諦めろ。」 起き上がった北条のカウンターを顎に受けたエイジスがその場で仰向けに倒れる。その時、鉄血転化は解除されてしまった。 「貴様の負けだ、氷河期。」 李信が腰の斬魄刀を抜いてエイジスに向ける。 「なんなんだよてめえは!何度も何度も何度も何度も何度も!俺の邪魔ばかりしやがる!てめえは一体何がしたいんだよ!」 エイジスは何度もという言葉と共に拳を床に叩きつけて苛立ち紛れに叫ぶ。 「俺は現実世界で失意の内に死んでこの二次元世界に来た。憧れの能力、憧れのルックス、憧れの衣装、憧れの声を手に入れた。最初は驚いたと同時にとても嬉しかった。」 「何を…言ってやがる。」 エイジスの言葉には応えずに李信は語り続ける。 「だがな、現実世界と変わらないところもあった。国によっては民に重税を課して圧政を敷き、自らや自らに都合のいい人間だけに利益を配分したりするような国があったってことだ。」 「せっかく夢見た二次元世界に来たのに、こんなことが許されていいのか?国の上層部だけが良い思いをするなんて、それなら現実世界と何の変わりもない。」 「だが現実世界に居た頃と違い、俺には力がある。間違った政を正す力が。ならばこの力、行使しないという手は無い。」 「氷河期さん、国ってのはな。国の為の国じゃいけないんだ。人が集まってできたのが国で、多くの人の代表として政を行うのが国なんだ。だったら上層部や国の体制維持の為だけの国なんて根本から間違っている。」 「そこに住む可能な限り全員の幸福を願い案じて政を行う。そんな、人の為の国こそが本来あるべき国の姿だろう。」 「王権神授説を唱え振りかざす国家元首など不要だ。自らの欲望を満たすだけの暴君などに人の上に立つ資格は無い。国や国家元首はあくまで国民の代表、社会契約説の上に成り立たねばならない。」 「氷河期さん、アンタの国は、この王国は人の為の国と言えるか?アンタは民の顔を見て幸せそうだと感じたことはあるか?この国が実り多いと感じたことはあったか?」 長い語りを終えた李信がエイジスの目を見て問いかける。 「例え仕える国が民にとって理想じゃなくても、俺は騎士だ!主に、国にこの身と心を捧げて戦う、それが騎士だ!自らを引き立ててくれた国に叛くなど以ての外だ!不義理、不道徳だ!騎士の道に反する!それに、信じて戦えばいつかきっと国も豊かになり良くなる!戦って国を守って領地を広げれば豊かな国になるじゃないか!」 エイジスが目を見開き、李信の問いに怒りを露わにして応えた。 「豊かになるのは国だけだ!徴兵され税を納める民に還元されることはない!そんな国を守る為に忠義を尽くすと言うならばそもそも騎士など必要無い!今ここでお前を殺してこの国の騎士を皆殺しにしてやる!」 「貴様ァァァ!!!」 李信の返答に激怒したエイジスが力を振り絞って立ち上がり殴りかかる。その時である。遥か遠くの王の部屋から巨大な魔力の塊らしきものが天高く出現し、一箇所に集まっていくのが3人の目に映った。 「直江さん、あれは魔力なんかじゃない!」 両目に白眼を発動させた北条が魔力の塊らしきものの根源を辿って見つけていた。 「じゃああれはなんなんだ?」 「生命だよ。国民のね。かっしーが国民から生命力を奪い取って死に至らせて更なるパワーアップをしてやがる!」 北条の言葉に李信とエイジスは呆然とする。 「氷河期さん。これでもアンタはこの国の、いやかっしーの為に戦うのか?」 「…。」 エイジスは李信の問いにしばし黙り込んでしまう。 「どうなんだよ!おい!」 李信はエイジスの胸ぐらを掴んで威嚇した。 「どうやら俺は大きく道を誤ったらしい…。まさかこんなことになるなんて思っていなかった。多くの民の生命まで奪う王に尽くすことに、俺は…尽くせない!」 エイジスが李信の手を払い除けて云い放つ。 「エイジス・リブレッシャー。只今を以てこの国の騎士を辞める!この国の民であることも辞める!」 エイジスは毅然と決意を表明した。 「済まないリキッド。これでお前の仇討ちとさせてくれ…。」 部屋の床に横たわるリキッドの遺骸にそう語りかけた李信は、両手を合わせて冥福を祈った。 「あれを止めに行きたいところだが、俺達はもう力を使い果たしている。かっしーのことは仲間達に託そう。」 「奴らならきっとやってくれる。俺はそう信じてる。」 北条と李信は短いやり取りの後に激闘による疲労でその場に座り込んだ。 ガルドリア城 王の間 李信、リキッド、北条がエイジスと激闘を繰り広げていた間にこの王の間では、かっしー VS 赤牡丹、星屑、小銭、オルトロスの4人と、途中で参戦したWあ、マロンを加えた6VS1の戦いが行われていた。 しかしかっしーはこの上位能力者6人に対して1人で互角以上に渡り合い、逆に6人を追い詰めていた。膨大な量の魔力量に加えて国中の民から奪った生命エネルギーにより大幅に強化されたかっしーの力に抗う術を、さしものこの6人も持っていなかった。 「魔力を使い果たさせるなんて無理なんだよ!死ねぇ!」 かっしーが巨大な暗黒空間を作り出そうとした時である。1人の人影が現れてかっしーの顔面に拳を叩き込んだ。 「ボハアッ!」 拳がめり込んで変形した顔面から血を流しながら部屋の壁まで吹っ飛ばされて叩きつけられ絶命する。しかし民から奪った生命エネルギーにより完全復活を遂げて立ち上がった。 「何者だ!お前は!」 かっしーの視界には先程まで戦っていた6人と、新たに登場して自身を殴りつけた黄色のヒーロースーツに赤い手袋に白いマントといった格好をした男が中心に映っていた。 「趣味でヒーローをやっている者だ。」 「ふん、水素か。だが来るのが遅かったなァ!俺は全国民100万人以上の生命エネルギーと全世界の数え切れない奴等から魔力を奪った最強の王だ!お前に俺を倒すことなど出来ん!」 「要するに100万回お前を殺せばいいんだよな?上等だ。」 水素が腕を鳴らしながらかっしーに近づいていく。 「跪け!貴様はガルガイド王の前に居るのだ!」 「民の居ねえ裸の王様だろうが。」 水素はかっしーの言葉に皮肉で返すと、かっしーが目で追い切れない速さで拳を腹に叩き込んだ。 「グハァッ!」 かっしーの体が絶命しまた復活しながら城の壁を突き破って城下町に落下していく。 「連続普通のパンチ」 落下していくかっしーに右腕による連続パンチを叩き込み、更に落下速度を増したかっしーがやがて地に激突してめり込んだ。 「この城下の有り様は…そうか、エイジスと戦った奴が!やはりあの時下から打ち上がった火柱がそうか!」 起き上がり這い出てきたかっしーが見たのは原型など何も留めていない、全ての物が消し飛ばされた荒野と成り果てた王都・ガルドリアだった。かっしーは6人と交戦中に下から天高く上がった巨大な光の火柱を視認していた。その場に居た誰もが視認出来る程の大きさだったのである。無論それはエイジスと交戦中だった李信が投擲した雷霆の槍によるものである。 「俺の王都をよくも滅茶苦茶にしてくれたな!あれは直江の霊圧だった!水素、お前を始末した後に奴も始末してやる!」 かっしーが水素に向けて暗黒光線を発射するが、水素にはまるで効いていなかった。 「馬鹿な!俺の暗黒が効いてないだと!?」 「お前に俺は始末出来ねえよ。行くぞ!」 「マジちゃぶ台返し」 水素が地面にめり込んでいる大きなコンクリートの塊を持ち上げてそのままかっしーに投げつけた。 かっしーはそれを暗黒空間を作り出して消滅させる。 「両手・連続普通のパンチ」 マジちゃぶ台返しに気を取られていたかっしーに水素の両腕から繰り出される連続ラッシュが炸裂し、かっしーの血や肉片が飛び散る。 「まだだぁ!暗黒球ァ!」 正面に天の城まで伸びて行くと思える程の無数の暗黒球を作り出して水素に一斉に射出した。 「呑み込まれろォ!」 しかし水素はそれらをいとも簡単に突き破ってかっしーの眼前に迫る。 「普通のキック」 水素の強烈な蹴りがかっしーを数百メートル後方へと吹き飛ばす。荒野となった王都に軌道を妨げる障害物は無かった。水素は猛烈な速度で跳躍しながらそれを追う。 「暗黒の矢!」 復活したかっしーが暗黒の矢を無数に水素に飛ばすが、水素はそれを左腕で払い除けると更なる拳を叩き込む。 かっしーは悲鳴を上げながら更に吹っ飛んでいく。行き着いたのは港があった場所だった。三方を海に囲まれた大きな出島である。此処に交易船などが出入りしていた。 「お前の懐を支えてた港も今じゃ見る影もねえな。」 「黙れ!」 かっしーは暗黒光線を水素に向けて無数に射出する。 「お前には本気を出す必要があるようだな!」 かっしーが全世界から集めた魔力と生命エネルギーで進化を遂げ、全身が真っ黒い悪魔のような姿に変化した。 「ダークデビルモード!」 「行くぞ水素ォ!」 かっしーが瞬時に水素の背後に回り、暗黒の力を込めた拳を連続で炸裂させる。 「ダークネスエナジーバースト!!!」 遥か水平線の彼方の海の方へ吹っ飛んでいく水素に更に超極太の闇の波動砲を放って水素を呑み込む。 「トドメだ!」 服のところどころが破けてボロボロになった水素に暗黒の力を纏ったかっしーが踵落としを腹に炸裂させた。 踵落としを受けた衝撃で水素の体は海底を突き抜けてこの世界の地球の裏側にまで達してしまっていた。 「此処は砂漠か。砂ばかりで何も無い。早く戦場に戻らないとな。」 これ程の威力の攻撃を受けても平然としている水素は、自分が出てきた穴に飛び込み地球の中心やプレートや海を突き抜けてかっしーが居る場所まで数秒で舞い戻った。 「信じられん…貴様人間か?」 かっしーが水素の人間離れした離れ業に冷や汗をかいた。 「どうした?こんなもんかよお前の力は。」 水素が右手の指をクイクイと内側に寄せる仕草で挑発した。 「貴様程の強さを持った人間の存在など忘れていた。こうなったら致し方ない、奪った魔力と生命エネルギーを全て変換して貴様諸共この世界を消し飛ばしてやる!」 かっしーがヤケになり、奪っていた魔力や生命エネルギーを自らの胸の中心に全て凝縮させた。 「超究極崩界暗黒魔導砲ォォォォォォォォォ!!!」 数え切れない程の魔力と100万人分の生命エネルギーを注ぎ込んだ暗黒の塊が極太のビーム状に射出された。 「マジ殴り」 水素が本気の力を込めたパンチを超究極崩界暗黒魔導砲に向かって打ち出し、パンチの余波は超究極崩界魔導砲を打ち消してかっしーに命中した。 「馬鹿なァァァァァァァァァァァァ!!」 かっしーはパンチの余波で王都があった場所まで吹き飛ばされた。 「まだ息があるのか。しぶといな。」 かっしーに追いついた水素が、かっしーにまだ息があることに気付く。 「なんなんだ…その異常な強さは…」 「この世界に来たら備わっていた力だ。俺は空気を操ったり鎌鼬を出せる能力が欲しかったんだがな。」 最後の力を振り絞ってかっしーが声をあげる。水素がそれに真顔で答える。 「見つけたぞかっしー!」 その声を発したのは上空から赤牡丹の超能力で降り立った星屑だった。 星屑、赤牡丹、小銭、オルトロス、マロン、Wあが王の間から地上に降りて来たのである。 「第四波動!」 「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)!」 「プラズマァァァ!」 「雷光滅剣(バララークインケラードサイカ)!」 「破壊光線!」 何の前触れもなく、星屑を除く5人がそれぞれかっしーが遠距離攻撃を叩き込む。水素は察して瞬時に避けた。 「ゴールドエクスペリエンスレクイエム!」 5人の攻撃がかっしーに命中すると同時に星屑はスタンドを呼び出してかっしーの背中をフルパワーでスタンドで殴り、腹に穴を空ける。そして5人の攻撃が入り混じり爆発が起きた。 「このスタンド ゴールドエクスペリエンスレクイエムは動作や意思の力をゼロにする。つまりこの場合は 死ぬ という真実に辿り着くことなく永遠に死に続けるのさ。多くの人間の命を奪った罪をお前は永遠に償い続けろ!」 「嫌だあああああ!せめて死なせてくれえええ!」 星屑のスタンドの能力により、星屑含めた6人によるトドメの攻撃によりかっしーが死ぬという事象が永遠に続くことになった。 第24代ガルガイド国王・かっしーは7人の勇者によって倒された。 7人の勇者とは 赤牡丹、オルトロス、星屑、小銭、Wあ、マロン、水素である。 かっしーは生命エネルギーをガルドリア城内に居る者以外の全ての王国臣民から奪い取っていた為、ガルガイド王国はこれにて滅亡した。 ガルガイド王国の旧領はグリーン王国により接収され、グリーン王国領となった。 その中から今回の戦いに参加した者達に恩賞として3分の1以上に相当する領地が分け与えられた。ランドラ帝国での領地を失っていた北条もこれに含まれる。 王都・ガルドリアは李信の技により全てが破壊され更地になってしまった為にその政治経済都市・住宅地としての機能を全て失った。 ガルドリア城は一行が去った後、何故か自壊した。王が居なくなったからだと考えられるが詳細は不明。 因みにエイジス・リブレッシャーは李信の口利きで赦免されてガルガイド王国旧領に戻って行った。新たな居住地を見つけ、自分のあり方を見つめ直すのだという。 戦死したリキッド・レイニーデイの遺骸は李信、北条、エイジスがガルドリアを去る際に墓を作って葬った。 奇人は自爆した為、遺骸どころか毛髪の一本すら見つかることは無かった。 李信はキモ男やポルク・ロッドが完全勝利を収めた報を後から聞き、2人や藤原に領地を加増した上に藤原を与えられた新領の代官とした。 1ヶ月後 李信は昼のグリーンバレーの街を何となく歩いていた。人気の無い通りまで出ると、星屑が1人でしゃがみながら建造物の陰でブツブツと独り言を呟いていた。 「星屑、何してんだ?」 「おわっ!直江かよ!この金はやらねーぞ!」 星屑が手に抱えていたのは大量の小銭(ポケガイ民の小銭ではない、金の小銭の方)だった。 「俺はお前より多くの領地を持ってるし収益もある。そんなはした金要るかよ。」 「まあお前は昔一緒にポケガイでJTOを運営したりメ◯プルストーリーをプレイした仲だから教えてやろう!このスタンド ハーヴェストでグリーンバレー中の落ちてる小銭を収集してたのさ!」 星屑の足元には500体以上の小さな虫型のスタンドが並んでいた。 「いや、聞いてないんだが…。そのスタンドの能力は大体分かったがそれでセコセコ金集めか?お前にも領地があるだろ?」 「そりゃあるけどさー、何か副収入欲しいじゃん?そして俺はその金で魔法少女に会って遊びたい!今集めたので合計300000Zだ!」 星屑が腕一杯に抱えている小銭を見せつけて自慢する。 「なら小銭集めよりいい方法あるだろ。宝くじ集めとかさ。」 「それだぁぁぁ!」 李信のアドバイスにこれだとばかりに星屑が反応した。 「星屑、すぐにそのスタンドで街中の宝くじを集めるんだ!」 「よし!行けお前ら!」 星屑が500体を超えるハーヴェストに命令すると、ハーヴェストはそれぞれ散っていった。 「だが星屑、この世界に魔法少女なんて居るのか?」 「此処は二次元だぜ?信じれば必ず会える!」 李信の疑問に星屑が根拠の無い自信を持って答える。それから数時間程待つと、ハーヴェストがありったけの宝くじをゴミ箱や道端から拾い集めてきた。 「さて、面倒だが確認作業だ!直江も手伝えよな!」 「構わんが賞金は山分けだぞ?」 李信が念を押してから宝くじの確認作業に入る。地道な作業は更に数時間もの時間を要した。 「あ、あ、あ!あったぞ!」 「どうしたんだよ直江、配当額デカいの来たのか?」 李信が一枚のくじを両手で広げて思わず声を上げた。星屑が隣で覗き込むように身を乗り出す。 「2億Zだああああああ!」 「おいそれ期限切れてないか今すぐ調べるぞ!」 2億Zの当たりくじを見つけてはしゃぐ李信だが、星屑は興奮を抑えつつ手に持っている雑誌で確認した。 「おいやべえぞ直江!まだ後期限が3日ある!早速引き換えに行くぞ!」 「よっしゃ行くぜ星屑!」 既に時刻は夜7時になっている。2人が2億円の宝くじを換金しに行こうとした時である。複数人の影が突如現れて2人を取り囲んだ。 「そこまでよ!」 女の声である。リーダー格と思しき女が2人に近づいて来た。 「私はむった。元ガルドリアの住民よ。1ヶ月前のガルドリア崩壊の時には旅で幻影帝国領に居たけど。」 女はむったと名乗った。何故か学校の制服を着ている。 「で?レズ女が俺らに何の用?俺ら忙しいんだよね。」 星屑がむったに睨みを効かせる。 「その宝くじは私の物よ!みんな出てきて!」 むったの掛け声で4人の女が現れて李信と星屑を取り囲むように近づいてきた。 「なんだか知らねえがこの宝くじは俺と直江のもんだ!お前らにやるわけねーだろバーカ!」 星屑は宝くじを懐にしまってむったを挑発する。 「元々は私の物よ!5日前にせっかく当たった宝くじを無くしてしまったので血眼になって探してたらまさかアンタ達が見つけてたとはね!今すぐ返しなさい!」 むったが物凄い剣幕で2人に詰め寄ってくる。 「その2億Zは換金してガルドリア復興募金に募金するのよ!返しなさい!」 「落としたお前が悪いんだよ!落とした時点でこの宝くじの所有権はお前から離れたんだよ!今は俺らの物だ!ウヒャヒャヒャヒャ!」 むったの威嚇に屈しもせずに更に挑発を続ける星屑。 「アンタが直江ね。ガルドリアを更地にしたっていう。」 李信の後ろに居た女が声をかけてきた。 「だったら何だ?」 「私はもとさん。今は私達は違う所に住んでるけど、ガルドリアは私達の故郷なのよ。ガルドリアを破壊したアンタなら尚更ガルドリア復興募金に協力すべきじゃないの?」 「フハハハハハハハ!!確かに2億Zは大金だがガルドリア復興となると数百兆規模の金が必要な筈だ!それに対して2億Z如きでムキになるとは実に滑稽だ!」 「塵も積もれば山となるって言うわ。いいから返しなさい!」 もとさんと名乗った女が李信に宝くじを返すように迫るが李信も星屑同様その意思が無いことを示した。 「アンタ、ガルドリアをあんなにした罪悪感は無いの?」 「あんなゴミみたいな王が支配するゴミみたいな国のゴミみたいな都なんざ遅かれ早かれああなる運命だったんだよ!もう行くぞ星屑!」 「直江の言う通りだ!じゃあなメンヘラキチガイ女共!」 李信はもとさんを右腕で払い除けてその場から離れようとする。星屑もそれに続くが、2人の行く手を更に3人の女が阻んだ。 「あ?あんま俺らを怒らせない方がいいよ?俺らマジ強いから!」 星屑が行く手を阻む女達に脅しをかける。 「私達も強い!今ならまだ許すから宝くじを返しなさい!」 「そのうるせえ口を封じてやる!スタープラチナ!」 女の1人がしつこく宝くじを返すように迫ってきたので苛立った星屑はスタンドを呼び出す。 「こうなったら実力行使しか無いようね!勇者システム起動!」 5人の女達がそれぞれポケットから携帯端末を取り出して勇者システムを起動し勇者の姿に変身を遂げた。 「魔法少女じゃなくて勇者かよ…。まあ仮に魔法少女でも現実世界のブスなてめえらの顔を知っちまってるから意味ねえんだけどな!」 星屑が更に5人の怒りに火を注ぐ。 「最近戦闘が無くて退屈してたところだ。星屑、こいつら皆殺しにするぞ!」 李信が斬魄刀を抜刀する。 「了解!俺らに逆らったらどうなるか思い知らせてやる!」 星屑と李信は背中合わせになって先ずは相手の力を見てから動こうとしていた。相手の力を見てみたいからである。 「花風紊れて花神啼き 天風紊れて天魔嗤う 花天狂骨」 李信の斬魄刀が青龍刀のような形状に変化して更に二本に分かれる。 「宝くじは絶対に取り戻す!」 変身して頭髪が桃色に変化し、スパッツ状の勇者服を身に纏ったむったがまず星屑に襲い掛かる。むったは強化された身体能力から突き攻撃を拳で繰り出す。 「このスタープラチナと拳で勝負する気かぁ?オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」 星屑のスタープラチナの破壊力と連打の手数の前にむったの体は僅か数秒で肉片と化した。星屑は顔に返り血を浴びた。 「よくもむったを!もう宝くじを返してもらうだけじゃ許さない!アンタ達2人共殺す!」 「受けてみなさい!」 いさなとろっどがそれぞれ巨大な剣と刀を持つ大きな腕を4本装備したろっどが李信に切り掛かってくる。 「何となくだが1人ずつ片付けてやる。不精独楽!」 花天狂骨を横に薙ぎ払って竜巻を飛ばしていさなの動きを封じたが、その隙をついてきたろっどの斬撃を受けて肩から腰を斬り落とされた。 「まず1人!」 ろっどが李信を始末したと思った瞬間、倒した筈の李信が頭上から花天狂骨を振り下ろす。 「嶄鬼」 ろっどは頭から二つに割られて息絶えた。 「お前が見てたのは影送りによる残像だ。」 次に李信は不精独楽で動きを封じたいさなの背後に瞬歩で移動してその影を踏む。 「影鬼」 いさなの影に花天狂骨を突き刺していさなの背中から胸部にかけて貫通する黒い刃が発生し、いさなは仰向けに倒れて動かなくなった。 「俺のスタープラチナは精密動作性が高くてな。至近距離で銃を撃たれても銃弾を掴み取るんだよ。」 遠距離に回って星屑を狙撃していたA姫の銃弾を受け止めながら近づいた星屑。 「狙撃すら受け止める…そんな能力聞いてない!」 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」 星屑のスタープラチナのラッシュでA姫の体は砕け散った。 「影鬼」 李信も残る1人であるもとさんを始末していた。 「こいつら弱かったな。換金しに行こうぜ。」 斬魄刀の解放を解いた李信が星屑の居る位置の近くに瞬歩する。 「こんなんじゃ肩慣らしにもならねえよな。まあかっしーみたいなチートは御免だがな。」 星屑が返事をしながら歩き出す。李信もそれに続く。 「俺はかっしーとは戦ってないんだが、そんなに強かったのか?」 「ほぼ無敵だからな。何故か水素に圧倒されて倒されたけど。」 2人はガルドリア城に乗り込んだ時の話をしながら歩き、宝くじを換金しに行った。 換金を終えた2人は2億Zを半分ずつに分けてアタッシュケースに入れてそれぞれの自宅に帰ろうとしていた。 「っしゃあ1億Zゲット!」 「今日の直江はテンション高いな!」 ガッツポーズをしたり談笑したりして帰路を進んでいると、遠くから若い男の悲鳴が聞こえた。 「星屑、今のなんだ?」 「俺が知るかよ。行ってみようぜ。」 「そうだな。」 2人が悲鳴の聞こえた方へ行ってみると、そこは王都内の公園だった。 「おい何だあれ、きめえ…。」 そこには肩や腰や尾てい骨の辺りから細い赤い線が入った黒い謎の物体を生やし、瞳は赤くその周りは黒といった人型の生命体が若い男を捕食している光景があった。 「見たな…?」 その生命体は捕食を終えると2人に気づいたようである。ギロリと目を剥いてこちらを睨み据える。 「ああ見たよ。お前きめえな。」 星屑が臆することなく即答する。 「見られたからにはお前らを生かして帰すわけには行かない。悪いが此処で死んでもらう!」 その生命体が高い跳躍力で星屑の方に飛び掛かってきた。 「バッドカンパニー!」 星屑は小さな軍隊のスタンドを呼び出して一斉射撃を命じると、小さな兵士達は戦車の主砲を発射したり銃の引き金を引き絞った。砲弾や銃弾は生命体に命中するが、黒い触手の様な物で全て弾かれた。 「このスタンドじゃダメか!ならキラーク…」 「行け!グロリアスドラゴン!」 星屑が別のスタンドを呼び出そうした時、10m程左から声が聞こえ謎のドラゴンが召喚された。ドラゴンは星屑に襲い掛かっていた謎の生命体を封印された力を解放して闇の光を口から解き放って焼き尽くした。 「舞い戻れ グロリアスドラゴン!」 ドラゴンは再び持ち主の元へ封印された。 「2人とも怪我は無いか?」 グロリアスドラゴンの主がゆっくりと近づいてきた。 「別にお前がいなくても俺だけで充分だったんだが。誰だよお前。」 「俺は庭師だ。キシーッ」 星屑の問いに男は庭師と名乗った。右手の甲にはグロリアスドラゴンを封印している紋章が浮かんでいる。 「ていしかよ。」 「ていしじゃねえ庭師って呼べ。それよりお前らの正体を当ててやる。ミニ軍隊を出してたのが星屑で刀を腰に帯びてるのが直江だ。」 庭師は簡単に名乗ってもいない2人の正体を交互に指指しながら当てて見せた。 「何で分かったんだよ?」 「お前のさっきのあれはスタンドだろ。直江の刀はどうせ斬魄刀だろ?お前らあれだけ好きな作品アピールしてたから分かりやすいんだよ。」 庭師はポケガイでの記憶を持ち出していたのである。 「そういう庭師はグロリアスドラゴンのSS書いてたよな。お前も分かりやすいぞ。」 庭師が来て初めて李信が口を開いた。 「俺はこの世界では召喚士(サモナー)だ。我が手に宿る伝説の龍・グロリアスドラゴンの闇の光で敵を魂ごと焼き尽くす!」 庭師が右手の甲の光る龍を象った紋章を掲げて見せつけた。 翌日、ぐり~んからの使者にぐり~んから呼び出しがあると伝えられ、李信は登城していた。 ぐり~んの家来の案内で円卓がある部屋まで通されると、既にそこには10人程のポケガイ民出身の能力者達が集まっていた。 赤牡丹、Wあ、マロン、星屑、小銭、オルトロス、アティーク、庭師、北条、水素という顔触れだった。 「お、直江じゃん遅かったな。」 入室して最初に声をかけてきたのは星屑だった。 「みんな勢揃いじゃねえか。何があったんだ?」 「いや、知らん。これから説明があるだろ。とにかく座れよ。此処が空いてる。」 「そうだな。」 星屑が隣の空いている椅子の淵をポンポンと叩いて腰を下ろすよう促すのでそれに従うことにした。 「皆揃ったな?」 最後に入室してきたのは王であるぐり~んだった。入室するなり人数と顔触れを見回して確認している。 「ぐり~ん、何で今日は上位能力者勢揃いなんだ?」 李信がぐり~んに疑問をぶつける。 「それをこれから話す。黙って聞いてくれ。」 ぐり~んはリモコンを手に取り、モニターにある画像を映し出した。 モニターに映し出されたのは1人の女占い師だった。 「稀代の占い師・kanarinだ。kanarinの預言は必ず当たると言われている。そのkanarinがあまりの絶望的未来を預言して死んだ。」 「死んだ?あまりの絶望的未来を預言するのにエネルギーを使い果たしたのか?あとお茶貰える?」 ぐり~んの説明に口を挟み、ついでにお茶を要求したのは水素だった。 「いや、死因は餅を喉に詰まらせての窒息死だ。kanarinは生前、こんな預言を遺している。」 ぐり~んがリモコンのボタンを押してモニターに映し出された映像を再生すると、kanarinが喋り出した。 「世界がヤバい!」 セリフはそれだけだった。 「…それだけかよ。それじゃ何が起こるのか分かんねえだろ。使えねえ占い師だな。」 そう不満を漏らしたのはオルトロスだった。 「とにかく、kanarinの預言は当たる。今世界は最大の危機を迎えようとしているんだ!」 ぐり~んが両手で机をバンッと音を立てて力強く叩いて主張した。 「そういや昨日、人を食う奴に出くわしたな。あれも何か関係あるのか?」 星屑が昨日の出来事を思い出した。 「この俺様のグロリアスドラゴンで焼き尽くしてやったがな。キシーッ」 庭師が必要あるのかどうか微妙な補足を付け加えた。 「最近このグリーンバレーで怪人や能力者の襲撃の目撃情報、被害情報がチラホラと上がり始めている。こういうのは恐らく何か良くないことが起こる前触れだ。世界がヤバくなる予兆と俺は考える。」 「そこで人数ごとに担当地区を割り振ることにした。各々には騎士団を率いて担当地区の警備にあたってもらう。」 ぐり~ん自らが割り振りをした表を正面のボードに磁石で止めて張り出した。 「そういや昨日、人を食う奴に出くわしたな。あれも何か関係あるのか?」 星屑が昨日の出来事を思い出した。 「この俺様のグロリアスドラゴンで焼き尽くしてやったがな。キシーッ」 庭師が必要あるのかどうか微妙な補足を付け加えた。 「最近このグリーンバレーで怪人や能力者の襲撃の目撃情報、被害情報がチラホラと上がり始めている。こういうのは恐らく何か良くないことが起こる前触れだ。世界がヤバくなる予兆と俺は考える。」 「そこで人数ごとに担当地区を割り振ることにした。各々には騎士団を率いて担当地区の警備にあたってもらう。」 ぐり~ん自らが割り振りをした表を正面のボードに磁石で止めて張り出した。 ・第一班 西地区 赤牡丹、マロン、Wあ ・第二班 東地区 オルトロス、庭師、アティーク ・第三班 北地区 小銭、星屑、水素 ・第四班 南地区 北条、直江 「おい、他は3人なのに俺らは2人だけか?」 表を見た李信がぐり~んに突っ込んだ。 「追加で1人増援を寄越すからそれまでは2人で当たれ。他に質問が無いなら締め切る。」 ぐり~んは質問が無いことを確認すると、会議を締め括った。 「では以上、解散!各々の役目を全うせよ!」 11人の能力者達は散っていった。 南地区班 グリーンバレー南地区では李信が北条と共に騎士団1000人程を率いて警備にあたっていた。南地区は商店街の範囲が広く、港もある。以前、桑田が軍を率いて攻めてきた国門もこの地区にあった。南地区を更に頭部と西部に分けて担当することに決めた。500人ずつ率いている。 「李信班長、今のところ異常はありません!」 「異常が無いのもこういう時は問題だな。退屈でたまらん。」 「そういうことを仰るのは流石に…」 「うるせえ。黙って聞き流せ。」 「はっ…」 南地区頭部にある港付近の塔の最上階にあるバルコニーで船や海を眺めながら騎士の1人に悪態をついていた。 「そろそろ腹減ってきたな。メガ盛り激辛バケツうどんでも食いに行こうかな。」 そんなことを呟いていた矢先に、騎士の1人が血相を変えて飛び込んできた。 「商店街東口付近に襲撃者が出現!幸い民間人に被害はありません!現在騎士10人と交戦中!至急応援を!」 「やっとか。俺が行く。」 李信は塔から飛び降り、瞬歩で商店街東口に向かった。 李信が現場に駆けつけると、10人の騎士が血の川を流しながら無惨な姿で倒れていた、中心に、眼帯をつけた男がサーベルを持ちながら立っている。 「君がこの騎士達の隊長かね?」 落ち着き払った声色で李信に声をかけてくる。 「貴様がやったのか。」 「見れば分かるだろう。アホな見た目通りアホな男だね君は。私はねおんてとらという。オツムは残念だが戦闘には期待しているよ!」 ねおんてとらがサーベルを下段に構えて素早く踏み込んでくる。次の瞬間、ねおんてとらのサーベルは李信の腹部を貫いた。 「馬鹿な…鋼皮(イエロ)も静血装(ブルート・ヴェーネ)も貫きやがったってのか…!」 「何だか知らないが、君の防御能力など私には取るに足らない力だよ。この憤怒のホムンクルスの私にはね!」 「ホムンクルスだと?今度は鋼の錬金術◯ってわけか。」 李信の言葉は受け流し、ねおんてとらは李信の腹部に刺さっているサーベルを引き抜くと後方に飛び下がり距離を取る。 「君も能力を出したまえ。それまで待ってやる。」 ねおんてとらは余裕を隠さない。 「舐めやがって。行くぞ、斬月!」 李信が斬魄刀を抜刀して斬月を解放した。 「月牙天衝!」 超高密度の霊圧を青色の斬撃として飛ばす。しかしねおんてとらは月牙天衝をサーベルで下から切り裂いた。 「君、私を少々見くびっているのかね?まだ力を出し惜しみしているだろう。本気を出さないと…」 「死ぬことになるよ?」 ねおんてとらが上段の構えで踏み込んできた。 (速い!) ねおんてとらの速さについていけず、李信は胸を貫かれた。 「心臓を潰した。呆気なかったな。」 「そもそも元々のスペックが低かったんだろう。二次元世界の加護を受けてこの程度の運動能力と反射神経、動体視力…。おまけに頭も悪いときた。この世界に来て強大な力を得て自らを過信していたのだ君は。現実から目を背けて、逃げて、この世界に辿り着いて力を得て、まるで自分は特別な存在であるかのように思い込む。なんて哀れな男なんだ君は。」 ねおんてとらはそう吐き捨てると李信を貫いていたサーベルを引き抜いて、サーベルに付着した血を振り払う。 「うるせえ!卍 解 !」 胸を貫かれた筈の李信が息を吹き返し、斬月の二段階目の解放を行う。 「天鎖斬月」 卍解した斬月が漆黒の日本刀状の姿になって現れた。 「心臓を貫いた筈だが…」 言いかけたところでねおんてとらは李信の胸や腹の傷が塞がっていることに気づく。 「君も私と同じ化け物というわけか。これは面白くなってきたな。」 「余裕かましてられるのも今の内だ、ホムンクルス。」 「ならば再生が追いつかない速さで君を切り刻むだけだがね!」 ねおんてとらがサーベルを持って素早く突っ込んでくる。 「そんなスピードで大丈夫か?」 李信はねおんてとらを取り囲むように残像を残しながらの高速移動を始める。 「ならば私も速力を上げるとしよう!」 ねおんてとらが眼帯を取り外すと、その目には賢者の石に適合したホムンクルスである紋章が刻まれていた。 李信が背後からねおんてとらに斬りかかると、ねおんてとらは即座に反応して振り向きざまにサーベルを薙ぎ払ってくる。天鎖斬月とサーベルの鍔迫り合いになった。 「君、膂力も大したことないな。」 ねおんてとらが李信の天鎖斬月を押しのけて肩から斬りつけてくる。李信は天鎖斬月で防ごうとするが、あまりにも速い剣撃に全くついていけずに全身を切り刻まれて行く。 「再生が…追いつかない!」 ねおんてとらの衣服に李信から浴びた返り血が付着していく。李信は傷の再生が追いつかず、上半身の傷を次々に深く抉られて行く。 「剣術もまるでなっていない。君は戦士失格だよ。期待しただけにがっかりだ。」 「うるせえ!月牙天衝!」 李信が赤に縁取られた黒い斬撃を放つが、至近距離に居るねおんてとらにいとも簡単に避けられてしまった。 しかし一度月牙天衝を避ける為にねおんてとらが攻撃をやめた為に李信の体は超速再生を果たした。 「何度再生しようと君が死ぬまで斬り刻むのみ!」 ねおんてとらは再び攻撃体勢に入るが李信は瞬歩でねおんてとらの視界から姿を消した。 「月牙天衝!」 背後に回った李信が月牙天衝を放つ。その顔には虚(ホロウ)の仮面が現れていた。 速度と威力が飛躍的に上昇した李信の月牙をねおんてとらはかわしきれなかった。三日月型の黒い斬撃がねおんてとらを真っ二つに斬り裂いた。 頭から股まで両断されたねおんてとらが再び言葉を発することはなく、死体からは賢者の石が転がり落ちた。 「これ、賢者の石か。念の為壊しておくか。」 李信は賢者の石に向かって月牙を放ち、粉々に砕いてしまった。 「中々強かったが、俺の方が上だったようだな。」 二つになったねおんてとらの死体にそう吐き捨てると、李信はその場を後にした。 北地区では 水素、星屑、小銭の3人が1000の騎士を束ねて警備にあたっていた。 3人は暇だからと喫茶店のエントランス席でアイスコーヒーを飲みながらトランプに興じていた。 「報告!北地区広場付近にて襲撃者出現!住民3名程の死亡が確認されました!至急出動願います。」 騎士の1人が慌てて報告をしにきた。 「俺が行く。大体、俺の出番ってみさくら戦以降あんまねえじゃん。俺レギュラーキャラの筈だよな?ということで俺の出番増やせ。分かったか、星屑と小銭。」 「各戦いでラスボスを倒す活躍しといてお前何言ってんの?まあいいけどさ。」 「そうだよお前ゲノンとかっしーを倒しただろ。まあ好きにすれば。」 星屑と小銭の了解を得て、水素は相変わらずの跳躍力で現場に急行した。 北地区の広場は、現実世界の古代ギリシャにある都市国家(ポリス)にあった、民衆が集まって思想や政治論を語り論じる広場のような場所である。面積は東西に150m、南北に200mも広がるグリーンバレーが誇る古くからある歴史のある広場である。 その広場に、下半身はブリーフ一枚、上半身は蟹型怪人という奇妙な生物が暴れまわっていた。 「こいつが襲撃者か。弱そうでがっかりだ。」 現場に着いた水素が怪人を見るなり落胆する。 「プクプクプクー?お前が次の獲物かな?この清涼飲料水様に立ち向かうとは愚かな奴だプク!」 独特の口癖を出しながら水素の方を振り向く蟹型の怪人は清涼飲料水と名乗った。 「災害レベル虎か、ゴミめ。さっさと死ね。」 水素は拳の一撃で蟹型怪人を粉砕した。 「北地区はハズレみたいだな。つまんねーところに配属されちまったわ。」 水素が腹いせに地面に痰を吐くと、その場を後にしようとした。その時である。 「待て!そこの白いマントに黄色いヒーロースーツの男!」 地中から声が聞こえたのである。 「我は地底王凪鞘ステハン!勝負だヒーロー!」 4本の腕に青色の剣を持つ地底怪人が地中から舗装されている広場の地面を突き破って現れた。 「災害レベル鬼のカスは引っ込んでろ。」 水素は相変わらず落胆した表情でそう言うと、地底王の頭上まで跳躍し、ドロップキックを頭部にかました。地底王の体は頭から足まで全てが砕け散った。 「つまんねえんなあ。」 水素はバラバラになった地底王の顔面に痰を吐き捨てて広場を後にした。 「水素、どうだった?」 喫茶店に戻ってくるなり小銭が尋ねてきた。 「雑魚とカスしか居なかったわ。この地区、敵が弱すぎるハズレ地区だぜ?ぐり~んめ後で覚えてろよな。」 水素はぐり~んに対する不満を漏らすと、店員を呼んでアイスコーヒーとサンドイッチを注文した。 「最強のスタンド使いたる俺が出る幕は無さそうだな。」 星屑は焼きうどんパンを頬張りながら小銭としている最中だった7並べの続きをするべく、トランプのカードに手を伸ばした。 東地区 オルトロス、庭師、アティークの班 東地区を統括するアティークは真面目に騎士達の指揮を執っていた。東地区は隣町へと続く道が伸びる交通の重要地区である。アティークは東地区と隣町への道を結ぶ関所に陣を張って騎士達に指示を出し続けていた。 「オルトロスと庭師め、これは遊びじゃないのに2人で豚骨ラーメンを食いに行きやがった!緊急自体になったらどうするつもりだ!」 オルトロスと庭師は東地区にオープンした博多ラーメンの店に行っており、真面目に警備にあたっているのはアティークだけだった。 「アティーク将軍!報告です!襲撃者がこの関所に町側から向かってきます!」 騎士の報告を聞いてアティークが立ち上がった。 「思えば長かった…。ガルガイド王国がこのグリーン王国に攻めてきた時の戦いで初登場してからかなり経つ。桑田を討ち取る武功は星屑に取られ、サバやランドラ帝国との戦いでは俺が総大将なのに直江に実質全て仕切られ、ガルガイド王国滅亡編では一切の出番無し!しかもだ!今まで能力を出す機会すら無かった!」 「そんな俺の!真のデビューが!待っている!今行くぞ襲撃者!俺のデビュー戦の生贄になってもらう!」 アティークは他の騎士達が理解出来るような出来ないような愚痴や感動の思いを吐き出して襲撃者が居る方向へと胸踊る気持ちで走り出した。 「やっほー♪グリーン王国ちゃんの皆ッo(≧∇≦*o) あありんだよー☆」 襲撃者はあありんだった。飲食店が並ぶ東地区の中心で破壊活動を始めていたのである。魔法少女が着る白い戦闘服を着用しているあありんは英語を話す赤いビー玉のようなものがはめ込まれた魔法の杖から桃色のビームを射出して家屋や店舗を破壊していた。 「俺の初バトルデビューの生贄になるのはお前のようだなァ!」 アティークが腰に帯びている古代兵が使う剣を抜いて意気揚々とあありんを見据える。 「あなただーれ?あありんは、上の人に言われてこうしてるだけだよーo(≧∇≦*o)」 「上の人って誰だ?それと俺はグリーンバレーを統括する将軍なんでな。理由や事情は関係無い。お前を排除するぞ!」 アティークの瞳の色が紅蓮に染まり、背後には現実世界で彼に所縁のある国の宗教で信仰される神 アフラ・マズダーが顕現する。 「あたしに勝ったら教えてあげるーo(≧∇≦*o)いっくよー!」 あありんが魔法の杖をアティークに向けて魔力を溜め始める。 「ディバインバスター!」 魔力の杖から桃色の魔力ビームが射出された。 「神を宿すこの俺にそんな攻撃は効かん!」 アティークはディバインバスターを炎を帯びた剣で切り裂いた。 「まずはほんの腕試しだ!」 アティークは剣先から小さな太陽の様な形状の火球を無数に作り出して撃ち出した。 無数の火球はあありんを目指して飛んで行くが、あありんは杖に跨って飛行しそれを回避する。 が、火球は直ぐ様軌道を曲げたり方向を変えて直進したりという動きを見せ、飛行回避を続けるあありんを追い続ける。 「その火球は追尾型なんだよォ!」 「嘘!いや!避けられない!」 火球が猛スピードであありんに追いつき着弾すると、他の火球も着弾した火球に合わせて誘爆し上空で大爆発が起こった。 「神よ!我に翼を与えたまえ!」 アティークは目を瞑り祈る様に剣を両手で天に向かって突き上げると、背中に片方ずつ光と炎でできた翼が現れた。 「とどめと行くぜー!」 アティークは光の翼から聖なる光の光線を、炎の翼から熱風を引き起こして大爆発が起きた地点に攻撃を繰り出す。 「エクセリオンバスター!」 その方向からディバインバスターよりも威力が上昇したビームが伸びてくる。しかしアティークの力は圧倒的であり、ビームは掻き消されてあありんは光と熱風に包まれた。 「いやああああああああああああ!!!」 あありんの大きな悲鳴が鳴り響く。あありんの服や肌が部分で焼け爛れて行くのが遠目からもよく見えた。 「おいおいかなり加減してんのにこのザマかよ。こいつが弱過ぎるのか?いや、俺が強過ぎるんだ、うん。」 アティークは自問自答していた。実際にアティークは本来の力のほんの一部しか出していなかった。 「いったいしあっついなー!もうあありん怒ったもんね!絶対許さない!」 攻撃に何とか耐えたあありんが全身の大火傷の痛みに耐えて涙を滲ませながらアティークを睨み据えた。 「これが私の全力全開!いっくよー!o(≧∇≦*o)」 あありんの魔法の杖の先に膨大な魔力が溜められる。 「スターライトブレイカー!!」 桃色の極太の魔力ビームがアティークに向かって一直線に伸び、アティークは何の対処もせずにスターライトブレイカーを被弾した。 「スターライトブレイカーは私の最強の必殺技!勝負あ…」 あありんが言いかけたところで、あありんの右肩から先が熱線によって切断され落とされた。 「ああああああああ!アタシの腕があああああああ!」 右腕を切断されたあありんが恐怖と痛みのあまり絶叫する。 「これが本気?俺は傷一つねえぞ。笑わせんなよ。」 アティークの剣先から炎の波動砲が放出され、あありんを呑み込み一瞬で灰にした。 「やっと俺の能力を使えたぜ。弱くて物足りなかったがな。」 アティークは神の力を宿している自身の状態を解除して剣を鞘に収めた。 西地区 赤牡丹、Wあ、マロンの班 3人は固まって直感に頼り西の関所付近の古代建造物・グリーン神殿に足を踏み入れた。 「よく此処が分かったな!美味そうなのが3人も居る!このSSSレートの喰種(グール)である聖マリの御馳走になってもらうぞ!」 「グールだと?ていしが倒したのはお前の仲間か?」 「あいつは名も無きステハンの雑魚グールだ!俺は一味違うぜぇ!」 紅い瞳に黒い目玉、腰から生えている赫子がグールの証拠だった。聖マリと対話したのは赤牡丹である。 「行くぜぇ!まずはお前から食ってやる!」 聖マリが赫子を使って跳躍し、赤牡丹に飛び掛かってくる。 「ブラックホールダストエンジェル」 赤牡丹がフラグメントの一つである超能力を使い強力な重力力場を発生させて聖マリをミンチにしてしまった。 「雑魚じゃん。」 赤牡丹はあまりの手応えの無さに拍子抜けした。 「隠密。アンタが強過ぎるんだよ。」 マロンが赤牡丹にツッコミを入れた。 「どんな敵が来ても隠密さんが居れば楽勝そうですね。」 「そうとは限らない。かっしー戦では歯が立たなかったからな。」 Wあの珍しい希望的観測を赤牡丹は即座に否定した。 結局、アティークは初バトルに熱くなるあまり、あありんから答えを吐き出させずに殺してしまっていた。アティークが己の軽率な行動を後悔している時、騎士の1人がアティークの本陣に駆け込んでいた。ついでに、豚骨ラーメンを替え玉で3杯も食べて満腹になったオルトロスと庭師は幸福に満ち足りた顔で戻り、アティークに激怒された。 「大変ですアティーク将軍!あれをご覧下さい!」 騎士の1人が上空を指差して狼狽している。アティークも地面を見て感じていた。迫り来る影が大きくなっていくのを、である。 「なんだありゃあ!」 「謎の飛行物体キシーッ!」 声を上げたのはオルトロスと庭師だった。アティークも空を見上げる。視界に広がったのは王都全体を太陽の光が当たらないように遮る黒い飛行物体だった。 「これがkanarinが預言した世界の危機ってやつなのか…?」 アティークが歯をギリギリと擦らせていると、飛行物体から声が聞こえてくる。 「聞こえるか?グリーンバレーの諸君!我々は宇宙から来た侵略者 暗黒盗賊団・荒喧!」 飛行物体からグリーンバレー全体に響くエコーがかかった声が発せられた。 「この世界の地球を征服すべく遥か彼方の星から我々はやって来た!手始めにこのグリーンバレー、そしてグリーン王国の領土を頂く!」 声は自らの目的を明かした。これがあありんが言っていた者共の正体である。 「荒喧だと?あいつらガイドで暴れまわっただけじゃ飽き足らずこの世界でも暴れようってか。」 オルトロスは荒喧の面々とはガイドでかつて起こったJTO戦争で戦っていた。 「舞い降りろ我が四天王よ!グリーンバレーの上位能力者達を残らず潰せ!」 エコーがかかった声が配下に命令を下すような言葉を発すると、巨大な飛行艇から4人の者がそれぞれ飛行艇から伸びる光に包まれて東西南北の地区に降り立った。 「如何にお前達がこの世界の上位能力者であろうと、宇宙最強の我々荒喧の前では赤子も同然!お前達を潰せばこの世界を頂いたも同然なのだ!」 エコーがかかった声が止んだ。恐らくこの声はボスのものであろう。 アティーク、オルトロス、庭師の視界には荒喧が遣わした1人の男の姿が映っていた。 「俺様は荒喧四天王の1人 キングクイーンだ!今から起こることは幻ではなく現実!手始めに…」 キングクイーンは特殊な術式を使用し右肩から第三の腕を出現させる。その第三の腕を振り、3人の近くに居る騎士達を1人残らず塵に変えた。 「てめえ、何した?」 オルトロスが不可解な現象に幻想と現実の区別がつきにくい状態になる。 「この腕が俺の能力だ。お前らが今まで戦ってきた能力者など我々荒喧に比べればその塵に等しい!お前らは今まで雑魚に勝ちまくって上位能力者などと呼ばれて悦に浸り自分が強いと錯覚していただけなんだよ!それを今から教えてやる!」 キングクイーンが目を見開いて口元を歪ませながらオルトロスを威圧する。 「こいつはかっしーよりヤバそうだな…。」 ベクトル操作の能力を持つオルトロスですら冷や汗を滲ませ震えが止まらなくなる程の恐怖と悪寒。オルトロスはこの能力を知っていた。 「チート過ぎてこの世界にいるはずがないと思ってたぜ…。それがついに出てきやがった。もう世界はおしまいかもな…。」 オルトロスが愛読している、とあるライトノベルが現実世界に存在した。そのライトノベルで登場するチートとしか思えない力を持つキャラクターが居る。オルトロスはライトノベルでその力を知っているだけに絶望したのである。 「オルトロス、諦めんな!何としてもこの世界を…」 「無理だ。」 アティークが言いかけたところでオルトロスが遮った。 一方、李信と北条の前にも1人の男が現れていた。 「お前達が私の相手か。私は蒼。最強の錬金術師にして神だ。」 白い腰巻を身につけ、上半裸で金の長髪の男は蒼と名乗った。 「神だと?神なら何で他人に従ってるんだ?」 李信が蒼の言葉の矛盾点を突く。 「物語というのはそんな矛盾点は気にしないものだ。お前は二次元で何を言ってるんだ?」 「…。」 開き直った蒼の回答に李信は黙るしかなかった。 「神だの他人に従うだの、どうでもいい。要はお前を倒してお前のボスも倒せば全てが終わる。自称神よ、お前は今日をもって神でなくなるんだよ。」 北条が前に出て構えを取る。 「私の力を前にしてそんなことを言ってられるかな?」 蒼は掌で小型の太陽を作り出した。 「神たる私にならこうして太陽を作り出すことも可能だ。」 蒼は作り出した小型太陽を北条に投げつけた。 「須佐能乎!」 北条は永遠の万華鏡写輪眼と輪廻写輪眼を発動させ、完成体須佐能乎を呼び覚まし太陽を防ごうと図るが、完成体須佐能乎ですら太陽の前では粉々に砕け散った。太陽は北条に直撃してしまった。 「まず1人。そこの黒尽くめの眼帯男もすぐに仲間のところへ行かせてやる。」 「何処見てんだよ!天照(アマテラス)!」 太陽の直撃を受けた北条は影分身だった。本体の北条が瞳術の天照を発動させて蒼の全身に黒い炎が発火した。 「天照は視点から発火する、対象が焼き尽くされるまで消えない黒い炎を出す術だ。四天王だか何だか知らねえがこれでお前はジ・エンドだ。」 しかし蒼の体は黒い炎で焼かれても体から赤い閃光を発しながら再生を繰り返す。 「再生能力持ちかよ…!クソが!」 「私は神だと言っただろう。さあ死にたまえ。」 蒼が北条に破壊光線を飛ばす。しかし破壊効果は北条をすり抜けた。 「俺の万華鏡写輪眼の能力の一つだ。」 北条は万華鏡写輪眼の能力の一つを発動していた。物体をすり抜ける力である。 蒼が北条に気を取られていると、蒼の体を突如無数の空気の刃が発生して全身を貫かれた。 「!」 「1人にばかり気を取られていいのか?この雨露柘榴を前にして余裕でいられるのか?」 李信が普段腰に帯びている斬魄刀が消えている。 「多少時間がかかったが無理をして数時間でこのグリーンバレーと辺り一帯との融合に成功した。グリーンバレーは俺の支配下、思うがままだ。」 李信は卍解・雨露柘榴を斬魄刀で解放し、グリーンバレー全体と雨露柘榴を融合させて支配下に置いていたのである。 「斬魄刀を周囲と融合させて支配下に置く卍解、それが雨露柘榴だ。例えばこんなことも出来る。」 李信はグリーン城の武器庫から一瞬で大量の火矢と油を浮遊移動させて眼前に展開した。そしてありったけの油を蒼の体に振り落としかけて火矢を一斉に射出した。 「ぐおおおおおおおお!!」 蒼の体が勢いよく燃え上がるが、賢者の石による再生能力により体が焼かれるごとにその箇所を赤い閃光を放ちながら再生し続ける。 「北条さん、こいつは不死ではない。賢者の石のエネルギー分殺せば確実に死ぬ。」 「それって何人分だ?」 「恐らく5千万人分だ。」 「そんなにチャクラもたねえぞ…」 北条の表情が険しくなる。李信もそこまで霊圧がもつか疑問だった。 「出来るだけこれで命の数を削る!」 李信が雨露柘榴の能力で大量の自らの義骸を召喚すると、義骸達は鬼道の詠唱を唱え始めた。 「破道の六十三 雷吼炮」 「破道の七十三 双蓮蒼火墜」 「破道の八十八 飛竜撃賊震天雷砲」 「破道の九十 黒棺」 「破道の九十一 千手皎天汰炮」 「破道の九十六 一刀火葬」 李信が作り出した数百体の義骸達が重複詠唱を終えると、一斉に高位鬼道を蒼に向けて発動した。 「超大玉尾獣螺旋手裏剣!」 六道仙人モードになった北条が全ての尾獣のチャクラと影分身を使って9つの超大玉尾獣螺旋手裏剣を作って蒼に投げ飛ばす。 数え切れない程の高位鬼道と超大玉尾獣螺旋手裏剣による怒濤の超威力一斉攻撃が蒼を包み込み、激しい爆発が発生する。戦場である港全体を吹き飛ばす威力の爆発と爆風が李信と北条をも巻き込む。 「螺旋手裏剣は経絡系を切り裂く術だ。まともに喰らえば能力を2度と使えなくなる。」 「この調子で数百体による高位鬼道を撃ち込み続けて奴の息の根を止める!」 北条と李信はそれぞれの能力を発揮して蒼を追い詰めようとしていた。 「ほう、息の根を止める?この私の?」 爆発が止み、無傷の蒼が姿を現わす。 「なん…だと…?」 李信が思わず声を上げる。蒼は赤いバリアによって李信と北条の攻撃を全て防ぎきっていた。 「お前達の力はその程度か?ならば今度は私の番だ。」 蒼は防いだ攻撃の全てを李信と北条に跳ね返した。 再び先程と同じ規模の爆発が発生する。高位鬼道の一斉放出と超大玉尾獣螺旋手裏剣はそれぞれ使用者にそっくりそのまま返された。 「直江さん!生きてるか!」 万華鏡写輪眼の能力により攻撃をすり抜けさせた北条は無傷だった。しかし李信に同じような能力は無い。 「北条さん、俺は生きてるぞ。しかしこの能力を使わねばならんとはな。」 「全知全能(ジ・オールマイティ)」 李信も無傷だった。自らが有する最強の能力を使用したのである。 「これは自分が見た能力や技を受け付けない能力だ。しかも未来改変も可能だ。例えば…」 李信が能力を発動すると、蒼の全身から大量の赤い閃光が満ち、体内の賢者の石のエネルギーが放出されていく。 「今、俺は4千万回お前が死ぬという未来に書き換えた。4千万人分の賢者の石のエネルギーがお前から放出された筈だ。」 李信が今起きた現象の説明を蒼に行う。 「貴様!ならばお前達を賢者の石に変えてやる!」 蒼が李信と北条を賢者の石にすべく赤い閃光を飛ばした。 しかし李信は全知全能の能力で、北条は万華鏡写輪眼による透過能力により蒼の2人を賢者の石に変える力は通用しなかった。 「賢者の石のエネルギーが最後の1つ分になるまで死ね。」 「グワアアアアアアアア!!」 李信は未来を書き換え、蒼の賢者の石のエネルギーを残り1つになるまで放出させた。 「さて最後の命だが、これで貫いてやろう。」 「万物貫通(The X-axis)」 巨大なライフルを出現させて蒼に狙いを定めて構える。 「そんなもので私を殺せると思っているのかああああああ!!」 蒼が破壊エネルギーを李信に放出するが、その攻撃は李信の体をすり抜けていく。(前述した同じような能力は無いというのは死神の能力で、という意味) 「バ…カな…」 「最後だ。見せてやる。滅却師(クインシー)の力の完全解放を。」 「神の裁き(ジリエル)」 李信の背中に四対の光の翼が生え、エヴァンゲリ◯ンに登場する使徒のような姿に変化する。 「これが滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)というやつだ。さあ、お前を地獄に案内してやろう。」 「ま、待て!何が欲しい!?賢者の石か?金か?人体錬成か?」 「裁きの光明」 蒼の命乞いは無視され、李信の翼から万物貫通の光が射出され、蒼の中の賢者の石を貫いた。 「神たる私をこうも簡単に…貴様の戦闘記録を見る限りこんなに強くは無かった筈だ…」 そう言い残した蒼の体は灰となって風に吹かれていった。 「そりゃそうだ。今まではこの世界に来て日が浅く、霊圧コントロールが出来なかった俺はこうしたチート級能力は少し使うだけですぐにバテた。だがようやく体が霊圧に馴染んだようだ。今の俺はまさしく最強!誰にも負ける気がしないぞ!」 李信は絶対の自信に満ちた笑みで右手の拳を胸の高さまで上げて握り締めた。 「直江さんチート過ぎだろ…」 戦闘を見ていた北条が唖然としている。 「フフフ…この力があれば俺に叶うものなど居ない!だが北条さん、君もチャクラが体に馴染んだ頃じゃないのか?」 「言われてみれば…そろそろだな。これからどうする?」 李信に言われて北条も不安定だった自らのチャクラが体に完全に馴染んだことに気づいた。自身も十分過ぎるほどチートなのである。 「あの飛行艇に乗り込みに行く。ボスを倒して全てを終わらせる。」 「よし、須佐能乎!」 北条の須佐能乎の飛行能力で2人はグリーンバレーの空を覆う飛行艇を目指した。 水素、星屑、小銭が担当する北地区に1人の女が降り立った。 「私は雨飴。荒喧四天王の紅一点!」 荒喧四天王唯一の女性・雨飴は名乗った。しかも露出が多い。胸の左右半分をはだけさせ、そのまま腹部も丸見え、股の際どい部分までが露出されていた。右目には不思議な形状の眼帯、頭には魔女が被るようなつば広の帽子を被っている。裏地が赤で表は黒のマントを装着している。 「チッ!とことんハズレだなこの地区は。雑魚怪人の次は女かよ。」 水素が落胆の表情を見せる。 「女だからって甘くみないことね!私は魔神の頂点に立つ者!あらゆることを確実に成功させることができる!」 この雨飴を見て星屑と小銭は戦慄した。 「おい水素、こいつはやべえぞ。此処は逃げた方が…」 実力者である小銭ですら悪寒を感じガタガタを震えながら水素に警告する。 「お前らは下がって見てろ。この女は俺がやる。」 水素は聞く耳など持たなかった。 「試しにやってみてくれよ。どんなことでも成功出来るんだろ?」 水素は雨飴の言葉を信用していない。 「そうねぇ。例えば…」 雨飴は太陽を指差し水素、小銭、星屑の3人に太陽がある方向の空を見るように促す。すると次の瞬間、太陽が消滅した。 「太陽を…消しやがった…」 最強のスタンド使いである星屑でさえ震えが止まらなくなる能力者が目の前に現れてしまったのである。 「そして太陽をまた作り出すことも出来る」 雨飴は空に人差し指を向ける。すると先程消滅させた太陽が復活した。 「ねえそこの3人。私の手下になるならその命、助けてあげてもいいわよ。」 雨飴が揺さ振りをかけてくる。この3人は能力者(水素は無能力だが)としての実力は非常に高い。雨飴は3人を手駒にして四天王内での自らの地位を上げたいと考えていた。 「なあ星屑、どうする?俺この女に勝てる気しねえよ。ぐり~んやみんなには悪いけど此処は…」 「黙れ小銭。女の下につくくらいなら俺は死んだ方がマシだ。」 小銭の提案を星屑は即座に却下する。覚悟は出来ているようだ。 「おいそこの自称魔神!俺はそんなんでビビらねえぞ!かかってこいよ!俺は趣味でヒーローをやっている水素だ!ヒーローは悪には屈しねえんだよ!」 水素は前に出て右の拳で胸を叩いて雨飴など恐れていないとアピールした。 「交渉決裂ね、残念。じゃあまず貴方から消すことにするわ!」 雨飴は水素を消滅させるように念じる。しかし水素は全く動じない。消滅もしない。 「おいどうしたよ?さっきの太陽みたいに俺を消してみろよ。」 「私の、成功率100%の能力が効いてない!?い、いや…そんな筈は!こうなったら!」 涼しい顔で煽ってくる水素に、雨飴は慌てふためいた。 「これならどう?!」 雨飴は天空に長さ数kmの巨大な弩を出現させて水素に向けて射出した。 「着弾すると王都がヤバいな。」 水素は弩が王都に落ちて被害が出ることを懸念して高い跳躍力で跳び、遥か上空1kmの高さで弩と遭遇してこれをキャッチして握り潰した。水素が大したことはないという表情で地上にほぼ一瞬で戻った。 「まさか、これだけ?」 「貴方、一体なんなのよ!何で私の能力が効かないのよ!」 雨飴は狼狽する。こんな出鱈目な奴だなんて聞いてない。そう言わんばかりである。冷や汗が滲んでいる。 「だから言ったろ。趣味でヒーローをやってる水素ってモンだ。もう終わりなら今度はこっちが行くぜ。」 水素は正面に向かって跳び進み、右の拳を雨飴に叩き込む。雨飴の体は木っ端微塵に砕け散った。 「あーあ。またワンパンで終わっちまったよ。これならゲノンやかっしーの方がやりがいあったぜ。」 雨飴の肉片と血液が飛び散り、見るも無惨な荒喧四天王の姿がそこにはあった。 「さて、お前達もさっきの騎士みたいに塵に変えてやろう!」 キングクイーンが第三の腕を振り、オルトロス、庭師、アティークの3人を消滅させようと図る。しかし3人は消滅しなかった。 「俺様の第三の腕の能力が発動しない!?」 キングクイーンが初めての出来事に驚愕する。 「なんだか知らんが、お前の特殊能力は俺が封じたぜ。」 キングクイーンの第三の腕の能力にアティークの紅蓮の瞳が反応している。 「そんな筈があるか!ええいもう一度だ!」 キングクイーンが再び第三の腕を振るが、結果は同じだった。 「俺の力は炎だけじゃない。敵に対して発動する能力がある。それは自らや味方に対して直接ダメージを与える目的、防御する目的、回復する目的以外の技や能力を全て強制的に封じる力だ。お前の第三の腕で出来ることはこれで限定された。」 アティークの紅蓮の瞳がメラメラと燃え、爛々と光を放っている。瞳にはアフラ・マズダーと契約した証の紋章が刻まれている。 「なんだその出鱈目な能力は…お前は…」 「俺はグリーン王国騎士団統括騎士団長兼近衛統括隊長兼グリーンバレー所司・大将軍アティークだ。お前を倒す男の名だからよく覚えておけ。」 アティークが長々と自らの名前を役職名と共に名乗る。 「そうかよ!だが攻撃技は封じられてないってことだよなあ!」 キングクイーンは第三の腕を振ってアティークに元素破壊の能力を持つ極太のビームを発射する。 「俺の出番だあ!」 アティークの前に出たのはオルトロスだった。元素破壊ビームをベクトル操作の能力で反射し、キングクイーンに浴びせた。 「行け、グロリアスドラゴン!」 隣に居た庭師が右手の紋章を光り輝かせてグロリアスドラゴンを召喚する。 「奴を魂ごと焼き尽くせ!ダークブレス!」 庭師が攻撃を命じると、グロリアスドラゴンは口腔から闇のエネルギーを凝縮した魔力砲をキングクイーン目掛けて吐き出した。 「能力が限定されたからなんだってんだ?俺様が誰よりも強力な攻撃と防御が出来ることに変わりはない!」 キングクイーンはバリアを張ってオルトロスのベクトル反射とグロリアスドラゴンのダークブレスを完全に防いでいた。 「この攻撃で王都を消し飛ばしてやろうか?あぁん!?」 「させねえよ!神よ、我らを神の世界に導きたまえ!」 アティークが神に祈りを捧げると、4人は光に満ちた世界にワープした。 「此処は何処だ?」 「我が善の神の世界の一部だ。見ての通り光しかないが、此処でなら街や人の被害を気にせず戦える!」 キングクイーンの質問に答えたアティークは剣先から炎の魔力砲を放射する。 「燃えろ燃えろォォォ!」 オルトロスが酸素を炎に送り込んで威力を上昇させる。 「グロリアスドラゴン、ダークホーリーブレス!」 庭師の指示によりグロリアスドラゴンが闇と光の入り混じったブレスを吐き出す。 「無駄なんだよ!」 キングクイーンが第三の腕を振ってそれらの攻撃を打ち消すと、巨大な青光の球を作り出した。 「宇宙全てを消し飛ばす威力の攻撃をその身に受けるがいい!」 光の球は破裂し、光の世界でビッグバンに匹敵する光の大爆発が発生した。 「この神の右席の力を手に入れた荒喧四天王・キングクイーン様に逆おうなんざ100000000年はええんだよ!」 光しかこの世界で大爆発が起きようとも世界が破壊されることはない。しかし妙だとキングクイーンは思った。この手の能力は使用者を倒せば解除される筈である。 「!?」 キングクイーンは爆発が収まり正面を見て驚愕する。3人とも生きているのだ。 「お前達、あの規模の攻撃を食らってなんで生きてやがる!」 「この世界は神の加護を得た俺が築きし神の世界。神が俺を生かすのは当然のことだ。まあこの世界は一回につき制限時間があるがな。」 アティークの神の加護でオルトロスと庭師も守られていた。 「その腕を斬り捨ててやる。」 アティークが剣から伸びる巨大な炎の刃を作り出してキングクイーンの第三の腕に斬り付ける。 「無駄だって分かんねえのか?あぁん!?」 第三の腕を振り、バリアを作り出したキングクイーンはアティークの攻撃から身を守った。 「その腕が目障りなんだよォ!」 オルトロスは超高速でキングクイーンに飛び掛かった。 「いいのか?攻撃する為にベクトル変換するということは反射ベクトルは使用出来ないということだ。」 キングクイーンが核エネルギーを凝縮した光の球をオルトロスに飛ばすが、それはオルトロスに反射されてしまった。 「フェイントだよバーカァ!さっさと消え失せろ!」 右腕を振る前に反射された核エネルギーの攻撃をキングクイーンは受けてしまった。 核爆発が巻き起こる。それが収まり、3人はキングクイーンの姿を確認した。 「俺様の第三の腕があああああ!!」 キングクイーンの第三の腕は肘から下が消滅していた。 「これじゃ半分程の効力しか発揮しねえじゃねえか!クソがあああ!」 キングクイーンは半分となった第三の腕を振って怒りに任せて攻撃を仕掛ける。キングクイーンの第三の腕から光線が射出され、3人の心臓を貫いた。 「最初からベクトル反射出来ない攻撃を撃つんだったぜ…そういや再生は可能だったな。」 第三の腕を振り、第三の腕を完全に再生させた。 「これで光の世界は…ってあれ?おい!」 使用者であるアティークの心臓を貫いたのに元の世界に戻れないとキングクイーンは気づく。 「神は善行を積む我らを救って下さるのだ。そして…」 アティークが剣先に向けて念じることでキングクイーンの第三の腕に突如爆炎が発火し、一瞬で焼き尽くして灰にした。 「神の世界に足を踏み入れさせていただき、許された時間の終わりを迎えた時、神は我らに最大の加護を与えて下さる。故に俺は悪を成してはならず、善行を積み続けねばならない。」 光の世界から4人は元の世界へと戻った。 「俺様の…俺様の腕があああああ!」 第三の腕を消されたキングクイーンが発狂する。両手を頭に当てて絶叫する。 「やれ、グロリアスドラゴン!闇の光で奴を魂ごと焼き尽くせ!」 庭師のグロリアスドラゴンが口から闇の光を吐いてキングクイーンの全身を焼き尽くした。キングクイーンは跡形も無く消滅した。 「舞い戻れグロリアスドラゴン!」 グロリアスドラゴンは光となり庭師の右手に収まった。紋章が激しい光を放ってグロリアスドラゴンが再び封印されたことを告げる。 「やったな。あんなチート野郎に勝てるわけないと諦めてたが、何とかなるもんだな。」 「俺は最初から勝てると思ってたぞ。グロリアス苦笑」 「やっと存分に力を発揮出来た。それだけの敵にやっと出会えた。もう満足だ。」 強敵を見事倒した3人は無事に陣所に帰還した。 「私の戦闘力は530000です。 ですがもちろんフルパワーであなたがたと戦う気はありませんからご心配なく… 」 赤牡丹、Wあ、マロンが担当する西地区に現れた荒喧四天王は、まず容姿からして人間離れしていた。 小柄な体躯、短い円錐型の黒い2本の角、紫色の頭部、全身は白色に近い色で宇宙人と思えるような容姿をしていた。 「戦闘力…そのセリフ…その容姿…成る程ドラ◯ンボールか。」 「その通り。私は荒喧四天王の1人で幽霊と言います。宇宙では地上げ屋をやっております。」 マロンの指摘に荒喧四天王の幽霊が名乗りながら答えた。 「こいつから満ちるエネルギー、気…こいつはヤバそうな敵だぜ…かっしーよりヤバいかもしれない…」 赤牡丹も肌で恐怖を覚えた。ドラ◯ンボールと言えば惑星を破壊するような戦闘力を持つ連中が普通にゴロゴロ登場する作品である。 「隠密さん、マロンさん。時間を稼いでもらえますか?俺は積み技を重ねて自身を強化します。」 Wあは物怖じせずに冷静だった。相手がどんなに強かろうが倒さなくてはならないのである。 「分かったが、なるべく早くお願いしますよ。あんな化け物相手にどのくらいもつか分からない。」 「行こうぜ隠密。怖いけど負けてられないからな。」 恐怖を覚えながらも隠密とマロンは真っ直ぐ幽霊の目を見ながら前に出た。 「来い、我がジン・アシュタロス!」 マロンが腰に帯びている刀を抜き、蛇のような髪と鱗、ドラゴンのような鋭い爪を持つ男性の姿を持つジン・アシュタロスを呼び出す。 「全身魔装!」 刀は刀身の端が黒い細身で両刃の長剣になり、ジンと同様髪の色が赤からオレンジ色の蛇の鱗のような長髪になって全身がオレンジ色の鱗に覆われ白い炎の竜を纏った姿になる。 「行くぜドラ◯ンボールのフリー◯こと荒喧四天王幽霊!俺がお前を倒す!」 強力な全身魔装をしたことにより気が大きくなったマロンは時間稼ぎのことなど忘れて幽霊に突っ込んで行く。 「実力差を量りもせずに突っ込む…それは勇猛ではなく蛮勇というのだよ!デスビーム!」 幽霊が人差し指の先から光線をマロンに向けて放つ。 「うおおおおおおお!」 全く本気を出していない幽霊のデスビームは全身魔装したマロンの刀の爆炎でかろうじて斬り裂かれた。 「特攻・ヴァルカンショック・リトルボーイ!」 テレポートで幽霊の背後に回った赤牡丹が全身に炎を纏って幽霊に突進攻撃を繰り出す。赤牡丹の突進攻撃により前に押し出された幽霊は正面のマロンからの爆炎を纏った斬撃を受けた。幽霊の体を炎が包み込むが、すぐに炎は振り払われた。幽霊は無傷であった。 「やれやれ…。ナメッ◯星…ではなく荒喧が誇るこの幽霊をその程度の攻撃で倒せると思ってるのかね?もう少し楽しませてくれたまえよ!」 幽霊はエネルギーを解放して自分の周囲をマロンや赤牡丹、Wあ諸共吹き飛ばす。 「すまんWあさん!時間稼ぎは難しそうだ!」 吹き飛ばされて破壊された建造物に埋もれたWあにマロンが詫びる。 「いや、たった今積み技を積み終わりました。今の俺は全てのステータスが6段階上昇している状態です。」 Wあはメガシンカも済ませていた。しかし前回とメガシンカ時の形状が変わっている。というより、メガシンカエネルギーを取り込んだだけで姿は全く変わっていない。 「Wあさんメガシンカの格好変わってないか?」 「だってあの格好ダサいですしね。」 赤牡丹の疑問に即座に答える。 「この私を前にしてペラペラ喋ってる暇があるのかね?デスボール!」 幽霊が3人に向けて黒い気を球状に押し固めたスパークを纏った球を放つ。 「白閃煉獄竜翔(アシュトル・インケラード)!」 それに対してマロンが極大魔法。巨大な竜の形状の白い炎を放つ。 「炎神の閃光(アグニッシュ・アーカーシャ)!」 赤牡丹は炎のビームを掌から放って応戦する。 「これがCを6段階上昇させた俺が放つ破壊光線だ!」 Wあは威力を上昇させた強力な破壊光線を掌から放つ。 3人がそれぞれ持ち得る強力な遠距離攻撃を繰り出すが、幽霊が放ったデスボールと衝突すると一瞬で掻き消されて3人はデスボールの着弾による爆発を浴びてしまった。 「ゲホッゲホッ!2人とも大丈夫ですか!?」 技・まもるによってかろうじて幽霊の攻撃から身を守ったWあがマロンと赤牡丹を探す。 「俺は…何とか生きてます…Wあさんの技のおかげです。」 マロンが瓦礫の山から必死に這い出る。 「あいつ、強過ぎる!まるで歯が立たねえ!」 血塗れになりながら赤牡丹も何とか瓦礫の山から脱出した。 「それが君達の全力かね?私はまだ戦闘力10000程でしか戦っていないのだがね。期待外れもいいところだよ。」 「ブラックホールダストエンジェル!」 赤牡丹が超能力のフラグメントを使ってブラックホールを作り出し幽霊を吸収しようと試みるも、幽霊の気によりすぐにブラックホールは振り払われた。 「さて、君達にも飽きたし早いけどそろそろ死んでもらうとしよう。」 幽霊は右手の掌を天に掲げて大きなエネルギー弾を作り、それを3人目掛けて投げ飛ばした。 「冷凍の矢(フリージングアロー)!」 突如マロン、Wあ、赤牡丹の3人の後ろから氷の矢がエネルギー弾目掛けて飛んで行った。 「白閃煉獄竜翔(アシュトル・インケラード)!」 「第四波動!」 「Wあのりゅうせいぐんはつよい!」 マロンが先程と同じ極大魔法を、赤牡丹は炎熱の波動砲を、Wあは異空間から無数の隕石を飛ばして冷凍の矢と合わさり、幽霊のエネルギー弾と相殺された。 「この私のエネルギー弾を相殺したか。突然現れた君は何者かね?」 「俺は元ガルガイド王国騎士・エイジス・リブレッシャーこと氷河期だ。」 幽霊の問い掛けに答えるその男の声も容姿も、3人は知っていた。 「氷河期、助太刀はありがたいが何で此処に居るんだ?」 「ガルドリア城での戦闘の後、俺は旧王都から離れた街に住居を構えて暮らしながら自分の生き方を見つめ直してた。ガルガイド王国が滅びてその領地がグリーン王国領になってからというもの、人々に笑顔が増えたと感じた。彼らの笑顔の為に行われる政治を敷くこのグリーン王国こそ、守る価値のある国だと気付いた。」 「だがもう俺は国の為に戦うんじゃない、人の為に戦う戦士だ!」 マロンの問いにエイジスが胸を張って答えた。 「ベラベラ喋ってるんじゃないよ!デスビーム!」 幽霊が人差し指の先からビームを繰り出してくる。エイジスはそれに対して冷却砲を放つ。 「特殊磁界(マグネティックワールド):幽霊!」 「なんだ…!?私の体が…!」 赤牡丹のフラグメントが発動し、幽霊の体を強制的に自らが居る方へと引き寄せる。その途中で幽霊は自らが放ったデスビームとエイジスの冷却砲に衝突してまともに浴びてしまう。 「白閃煉獄竜翔(アシュトル・インケラード)!」 対象を焼き尽くす白い炎をマロンが繰り出し、念じるまで消えないその炎を幽霊は浴びながら引き寄せられれる。 「拘り鉢巻持ちフレアドライブ!」 Wあが炎を纏い、赤牡丹による引力を利用して幽霊に突進をかますと、幽霊は吹っ飛んだ。 「輝く流星の矢(スターライトアロー)」 エイジスが無数の光の矢を吹っ飛んだ幽霊に対して追い討ちをかけるように降らせる。 「でんじは!おにび!どくどく!あやしいひかり!」 幽霊がエイジスの攻撃を受けている間にWあが状態異常技を叩き込む。 「ぐわああああああ!!」 4人の一斉攻撃を受けた幽霊は全身に光の矢を浴び、大火傷を負い、消えない炎に焼かれ、痺れて動きが鈍くなった上にジワジワと毒のダメージを受け始め、更に混乱して自分で自分をデスビームで攻撃し始めた。 「畳み掛けてやる!無想・樹海浸殺!」 エイジスが地面を両手で叩くと無数の蔦や枝が次々と生えて幽霊を取り囲み、そこから生える無数の鋭い枝が幽霊の全身を貫いた。 「あがああああああああああ!」 幽霊の絶叫が西地区に木霊する。枝や蔦を伝い幽霊の血が溢れるように流れ出て血の川を形成していく。 「倒したか。」 マロンがそう呟いた矢先、枝や蔦は幽霊が放つ気によって振り払われた。 「この私をここまでイラつかせるとはやりますね!ではこちらは第二形態となりましょう!」 幽霊の身長が倍程になり、角が牛のように伸び曲がった。これが幽霊の第二形態である。 「毒や火傷のダメージが体力の限界に達する前に勝負をつける!バニシングブラスター!」 幽霊の掌からエネルギー波が射出される。 「冷却砲!」 「拘り眼鏡持ち破壊光線!」 エイジスとWあが応戦するが2人の攻撃は一瞬で掻き消される。 「女神の盾(シールド・オブ・イージス)」 赤牡丹のフラグメントの能力で何とかエネルギー波を防ぎ切る。 「氷獣結晶陣(ガルフォル・キレスタール)!」 ブァレフォールで全身魔装をしたマロンがその能力で幽霊に気づかれない内に背後に回って掌の目から魔法を放ち、幽霊を氷の中に閉じ込めた。 「はあああああああ!」 氷を突き破り、幽霊が這い出てくる。 「俺の極大魔法が…!」 狼狽するマロンを幽霊のエネルギー波が呑み込む。 「マロンンンンンンン!」 「人の心配をしている場合か?スーパーノヴァ!」 エネルギーを両手の掌に集めて数百メートルの巨大な光の球を作り出して赤牡丹、Wあ、エイジスに投げつける。 「女神の盾(シールド・オブ・イージス)!」 「まもる!」 「氷の壁(ジェロ・ムーロ)」 3人はそれぞれ防御技を繰り出して防ごうと試みるが簡単に突き破られてしまう。 「エイジストラッシュ」 残像を残して幽霊の背後に居るエイジスが高速剣撃を繰り出す。 「効かんよそんな攻撃は!」 幽霊の拳がエイジスの腹部を捉えて彼方まで吹っ飛ばした。 「このオレに勝とうなど530000年早いんじゃないのかね?」 第二形態に変身して一人称も変わった幽霊が悪意の笑みを浮かべて4人を嘲笑した。 「絶葬鎌(ベリオル・ゴルドレーザ)!」 エネルギー波で吹き飛ばされた筈のマロンが左肩の金属器から魔法を発動した。 「貴様何故生きている?いや、それよりも私の右腕が動かない!」 「今のは感覚を刈り取る魔法だからな。お前は2度とその右腕を動かすことは出来ない。因みにさっきのエネルギー波はブァレフォールの能力で回避したんだ。」 「!」 幽霊は更にWあから受けた毒や火傷のダメージが重くのしかかっていることを実感する。 「おのれぇぇぇぇぇ!」 自らの死期を悟った幽霊は最後の足掻きとばかりに左手だけで気を集めてエネルギー波を繰り出そうと予備動作に入る。 「絶葬鎌(ベリオル・ゴルドレーザ)!」 エネルギー波で吹き飛ばされた筈のマロンが左肩の金属器から魔法を発動した。 「貴様何故生きている?いや、それよりも私の右腕が動かない!」 「今のは感覚を刈り取る魔法だからな。お前は2度とその右腕を動かすことは出来ない。因みにさっきのエネルギー波はブァレフォールの能力で回避したんだ。」 「!」 幽霊は更にWあから受けた毒や火傷のダメージが重くのしかかっていることを実感する。 「おのれぇぇぇぇぇ!」 自らの死期を悟った幽霊は最後の足掻きとばかりに左手だけで気を集めてエネルギー波を繰り出そうと予備動作に入る。 「アイスブロック・パルチザン」 エイジスが幽霊の頭上から氷の槍で脳天を貫いた。幽霊は声も上げずに倒れた。即死だった。 「一回なら俺は死ぬ攻撃からも生還出来るからな。」 エイジスは口を開ける筈もない幽霊に対してそう言った。 「俺達も…何とか生きてますよ…。」 「何とか耐え切った。命あっての物種だからな。」 Wあと赤牡丹もボロボロの状態ではあるが何とか幽霊のエネルギー波を耐え切り生還していた。 「2人とも生きてて良かったぜ!」 マロンがホッと胸を撫で下ろす。 「皆さん、回復の薬を。この地区の警備を続けるにしろボスの所に乗り込むにしろダメージがあるのは喜ばしくないですからね。」 Wあが3人に回復の薬を手渡し、各々が回復する。 「実はさ、俺本当は南地区の増援なんだけど南地区の担当者達が居なかったんだよね。だからこの西地区に来たんだ。」 回復の薬を使用し終えたエイジスが話し出す。 「南地区って直江さんと北条だった筈だぞ?さてはあいつらサボったか?」 赤牡丹が2人の任務怠慢を勘繰る。 「いや、南地区の四天王を既に倒して多分飛行艇に乗り込んだんだろう。ボスを倒す為にな。」 「やっぱそうだよな。俺も加勢に行く!」 マロンの推測にエイジスが同感し、加勢に行く意思を固める。 「俺達は西地区の警護を続けますよ。何があるか分からないですし。後は任せました。」 Wあ達に押されてエイジスは龍に変化し、飛行を続けて飛行艇の入口を見つけ出して乗り込んだ。 飛行艇内 最奥部 李信と北条は途中出現した怪人達を楽々と倒し続け、遂に最奥部のボスが控える部屋に辿り着いた。 「こいつがボスか…単眼の宇宙人とは奇妙な容姿だな。」 「早く倒して全部終わらせよう。」 「良く我が四天王を倒して此処まで来たな!」 李信と北条の声に応えるかのように、単眼で青い肌をした特殊な鎧を着込んでいる宇宙人のボスが椅子から立ち上がり口を開いた。 「俺が暗黒盗賊団 荒喧 首領・ヒノ荒らしだ!」 ボスが名乗りを上げる。 「ガイド系列最強組織の代表だった男が二次元世界でも組織のボスってわけか。」 「その通りだ!冥土の土産に俺の姿と強さをその目に焼き付けておけ!」 北条が両眼に万華鏡写輪眼と輪廻写輪眼を発動させる。 「全知全能(ジ・オールマイティ)」 李信が未来改変の能力でヒノ荒らしを瞬殺しようと試みる。が、全く通用していない。 「何故だ…?俺の最強の能力が…」 「お前ら下等な地球人の能力などが宇宙の覇者たるこの俺に効くとでも思ったか?」 涼しい顔でヒノ荒らしは李信の能力を無効化した。 「万象天引!」 北条も輪廻写輪眼に宿る術を発動するが、ヒノ荒らしを強制的に引き寄せるどころか何も起こらない。 「さっきも言ったろう。貴様ら地球の下等生物如きの能力などこのヒノ荒らしには無意味だ!」 ヒノ荒らしが2人に向かってゆっくりと歩き出す。 「天照!」 「大聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)」 北条は輪廻写輪眼から消えない黒い炎を、李信は無数の光の矢を繰り出すがその攻撃の全てが消滅した。 「もう終わりか?地球人共。」 ヒノ荒らしがツカツカと歩きながら2人に迫ろうとしている。 「万象一切灰燼と為せ 流刃若火」 「卍解 残火の太刀」 李信が斬魄刀を抜刀して一気に卍解まで解放する。 「完成体須佐能乎!そして尾獣共よ、お前らのチャクラを俺に!」 北条は完成体須佐能乎を召喚し全ての尾獣のチャクラを引き出して須佐能乎と自身を強化する。 「残火の太刀 東 旭日刃」 「建御雷神(タケミカヅチ)」 李信は流刃若火の爆炎を刃先に全て押し固めた刃を、北条は須佐能乎の腕で千鳥と天照の炎を融合させた突きをヒノ荒らしに繰り出す。 が、2人の攻撃はヒノ荒らしに素手で簡単に受け止められてしまった。 「!」 「!?」 「なんだこの蚊が止まったような攻撃は。まあ所詮は地球人のレベルか。」 ヒノ荒らしは李信の斬魄刀の解放も北条の須佐能乎や尾獣チャクラも強制的に解除させた。 「な…!」「…ッ!」 「下等生物は大人しく俺に従っていればよいのだ!弱者が俺に楯突くな!」 ヒノ荒らしは2人に両腕を使って鳩尾に拳を叩き込んだ。 「ガハァッ!」「カハッ…!」 2人は吹っ飛ばされ、部屋の隅の壁にめり込んだ。 「虚…」 肋骨を折られ、李信は血を吐き息を乱しながら虚閃を放とうとするが近づいて来たヒノ荒らしにその腕を掴まれて手首の骨を粉々に砕かれた。 「グアアアアアアアアア!」 想像を絶する痛みに李信は悲鳴を上げる。 「直江さ…グフッ!」 北条が息も絶え絶えになりながら助けに入ろうとするが、腹部にヒノ荒らしの蹴りを受けて踞る。 「馬鹿が!俺には超速再生があるんだよ!」 超速再生でダメージを全回復した李信がヒノ荒らしに斬りかかるが、刀は片手で受け止められた。ヒノ荒らしは李信の腹部に打撃を叩き込む。 「ガッ…!」 口から血が流れていく。 「選べ地球人共。この俺の手駒となり荒喧の一員になるか、此処で一欠片のDNAも残すことなく消し飛ばされるか。」 ヒノ荒らしは圧倒的な実力差を見せて2人に選択を迫る。 「誰が…てめえなんかの手下に…なるかよ!」 北条が立ち上がろうともがきながら手下になる提案を拒否する。 「そうか。なら此処で2人仲良く消し飛べ。血の一滴すら残させん。」 ヒノ荒らしが体内の潜在エネルギーを2人に放出する構えを見せた。 「冷却砲!」 部屋の南西にある出入り口からヒノ荒らしに冷気が押し固められた魔力砲が伸びていく。 「ふんっ!」 しかしヒノ荒らしは片腕でそれを振り払ってしまった。 「エイジス・リブレッシャー推参!」 冷却砲の主はエイジスだった。エイジスは出入り口からコツコツと歩いて入室する。 「また命知らずな下等生物がノコノコと出て来たか。決めたぞ。貴様ら3人仲良く消し飛ばしてやる。」 「氷河期さん…何で此処に…」 北条が死に体で氷河期に声をかけた。 「北条さんに直江氏!?アンタら2人揃ってやられてんのかよ!」 「お前もじきにその2人のようになるんだよ!」 ヒノ荒らしがエイジス目掛けて突っ走ってくる。 「フェンリル」 エイジスは狼の姿になり、咆哮による音圧と口腔から吐き出す冷却砲でヒノ荒らしを攻撃するが全て片腕で振り払われて腹部に強烈な蹴りを入れられた。 「グハァッ!」 エイジスの変身が解除され、エイジスは吐血しながら前のめりに倒れてしまった。 「3人まとめて死ねぇ!地球の虫けら共ォ!」 ヒノ荒らしにより李信、北条、エイジスの3人がエネルギー爆発により始末されようとしたその時だった。 何者かがヒノ荒らしの胸部に強烈な打撃を叩き込み、ヒノ荒らしが装着している鎧を粉々に粉砕して吹っ飛ばした。3人はハッとなり同時にその者に視線映す。 「地球人にも出来る奴は居るらしいな。貴様は何者だ?」 「趣味でヒーローをやってる水素という者だ。」 ヒノ荒らしの問いに黄色いヒーロースーツ、白いマント、赤い手袋を装着したその男は答えた。 「つか直江にまだらに氷河期!?お前ら大丈夫か!?」 血を吐きながら倒れている3人を発見して水素が驚いた様子を見せる。 「水素、俺達ではこいつに全く歯が立たなかった。だから世界の、地球の未来を…お前に託す…!」 李信はそう言ってそれ以上戦闘に干渉するのを諦めた。他の2人も倒れたまま動ける様子ではなかった。 「水素とか言ったな!俺のこのエネルギーを大幅に封じる鎧を破壊したのも、俺が鎧無しで相手をするのも貴様が初めてだ!貴様となら血湧き肉躍る闘いが出来そうだ!さあ始めるぞ!」 エネルギーを全身に漲らせてヒノ荒らしは自身を強化する。 「ワンパンで終わらないことを祈るぜ!」 水素がヒノ荒らしに急接近して拳を叩き込む。が、ヒノ荒らしは小さく悲鳴を上げながらもその拳を見事耐え切る。 「お前は遣り甲斐がありそうだ!名前を教えろ!」 「俺は暗黒盗賊団 荒喧 首領・ヒノ荒らしだ!勝負だ水素ォォォ!」 エネルギーを纏った拳をヒノ荒らしが水素に打ち出した。 ヒノ荒らしは水素に対して猛スピードラッシュを両腕で繰り出す。宇宙エネルギーを纏った絶大な威力のラッシュだが水素も両腕を高速で繰り出してラッシュを受け止める。 「会いたかったぞ!貴様のような強者に!」 「お前本当は地球征服より強者との闘いが目的だったんじゃねえのか?」 「そうかもしれんなァ!」 お互い部屋の柱から柱を高速移動しながら拳の応酬を続けた後、ヒノ荒らしが水素の腹部に拳を叩き込んで柱の中心くらいの高さまで突き上げる。水素の体は何本もの柱を破壊しながら突き抜けていく。 更にヒノ荒らしが両足で水素に高速ドロップキックをキメようと突っ込むが水素はそれを素早く回避する。 ヒノ荒らしは尚も水素に連打攻撃を繰り出すので、水素はそれを受け止めながら部屋の天井を突き破って飛行艇の甲板に出た。ヒノ荒らしもその後を追い、2人はそこで向かい合った。 「いい動きだ!流石に強いな!」 ヒノ荒らしは自らの四天王すら軽く凌駕する実力を持つ水素を褒め称えた。 「このヒノ荒らしと互角に戦えるのは貴様が初めてだ!水素ォォォ!」 ヒノ荒らしは胸部にある目玉から全身に漲るエネルギー砲を水素に向けて放出した。 「体内にある莫大なエネルギーの放出!雑魚がこれに触れれば骨すら残らん!」 半径数kmもある巨大な飛行艇の甲板全域を巻き込むエネルギー爆発が発生し、爆炎と爆風に包まれた。 水素はそれを受けても無傷だった。しかし背後に猛スピードで回ったヒノ荒らしが水素の後頭部に拳を叩き込む。 「手応えあった!どうやら勝敗が見えてきたな!」 しかしヒノ荒らしも一連の水素との応酬で左腕を粉砕されていた。 「過酷な環境の星で生存競争を勝ち抜いてきた俺の種族は宇宙でも随一の自然治癒力を持つ。」 「中でも俺は自然治癒力も身体機能も潜在エネルギーもズバ抜けて優れていた。」 「貴様ら地球人共が死ぬような深傷でも数秒あれば再生が可能!」 「もげた腕もエネルギーを集中させ治癒力を爆発的に高めれば、この通りだ!」 ヒノ荒らしのもげた左腕が再生され元通りになった。 「それに対して貴様はダメージが増すばかり!体力も徐々に減っているように…」 「うるせえ」 ヒノ荒らしが話しているところを水素が遮った。 「ペラペラペラペラと!もう終わりなのかよ?闘いは!」 水素は全くダメージなど受けていなかった。険しい表情でヒノ荒らしに更なる闘いを求める。 「いや、まだだ!」 「メテオリックバースト!」 ヒノ荒らしの姿が変化する。全身が淡い桃色に輝き、血管のような青い筋が無数に全身に張り巡らされた姿になる。全身からは今までに無い程の莫大なエネルギーを放っている。 飛躍的に全ての能力を上昇させたヒノ荒らしが水素に急接近して拳を顔面に叩き込む。水素はその衝撃で数百メートルも後方に吹っ飛ばされる。その攻撃は莫大なエネルギーを伴い甲板に爆発を巻き起こしていく。 (体内エネルギーの放出を推進力として生物の限界を超えた速度とパワーを引き出す…!) ヒノ荒らしの右膝が水素の腹部に強烈な飛び膝蹴りを見舞い、水素は遥か上空、成層圏を越えて月の表面まで吹っ飛ばされた。 (この形態は長くはもたない。奴がこれでくたばったなら良いが、そうでなければ…!) そんなヒノ荒らしの思惑とは裏腹に、月の表面に体がめり込んだ水素は息を止めながら驚異的な脚力で地球の元の場所に舞い戻る。 「お、行けた!」 水素がしてやったりと言わんばかりの笑顔をヒノ荒らしに見せつける。 (この男には 俺の全てをぶつけたくなった!) 「オォォォォォォォォォォ!!」 ヒノ荒らしが全速力で水素目掛けて突っ走り接近、水素に高速連打を繰り出すが水素の反撃の拳を受けて吹っ飛ばされ、体の半分が砕かれる。 「そうだ!それでこそ倒しがいが…」 自然治癒力により再生したヒノ荒らしに水素の更なる攻撃が炸裂する。 「連続普通のパンチ!」 水素の右拳から繰り出された高速の連続パンチがヒノ荒らしの全身を消し飛ばす。が、ヒノ荒らしは更に全身を再生させて今度は跳躍する。 「こうなったら俺の切り札を喰らえ!この星を貴様諸共消し飛ばしてやる!」 ヒノ荒らしの莫大なエネルギーが顔面の単眼に集中する。 「崩星咆哮砲!!」 ヒノ荒らしの単眼から青色に輝く極太の、地球の表面を焼き尽くす威力のエネルギービームが放出された。 「ならこっちも切り札を使うぜ!必殺マジシリーズ…」 「 マ ジ 殴 り 」 水素が全力で右腕の拳をビームに向かって突き出すと、とてつもない威力の余波がビームを二つに切り裂いてヒノ荒らしに命中した。 水素のマジ殴りの余波は地球を覆う雲をも掻き分けた。闘いは終わった。 飛行艇の甲板には、体が黒く朽ち横たわっているヒノ荒らしの姿があった。 「この俺が…地球人に敗れた…。」 力無い声でヒノ荒らしが虚空を見つめながら呟いた。 「俺のマジ殴りを受けてまだ息があるとは大した奴だな。やっぱ強いよお前。」 勝者である水素が立ちながらヒノ荒らしを見下ろす。 「お前には余裕があった…。最初から…勝負にすらなっていなかったのだ…この俺がまさか地球人に…」 ヒノ荒らしの体は朽ち果てた。塵となって風に吹かれていった。 「楽しかったぜ、ヒノ荒らし。」 水素はそう言ってその場を後にした。 「そういえばあの3人回収しなきゃ!あーめんどくせ!」 水素はヒノ荒らしに敗れた3人のことを思い出し、急いでボスの部屋に向かっていった。 3人を回収し、超速再生能力を持つ李信を除く2人を担いで水素がグリーンバレーの地上北地区に戻ってきていた。 「水素、もう終わったのか?」 水素の帰りを出迎えて一番に口を開いたのは小銭だった。 「ああ、結構強かったぜ。楽しいバトルが出来た。」 「で、お前ら3人は?」 小銭の横に居た星屑が喋り出す。 「荒喧のボス・ヒノ荒らしは俺達の技や能力を一切受け付けなかった。完敗だ。水素が来なければ3人揃って御陀仏だったよ。」 北条が悔しそうな表情で歯軋りしながら答えた。 「俺も数秒でKOされた。あんな出鱈目な奴は初めてだ。」 エイジスも苦々しい表情で呟いた。 「だが流石は水素だ。これで世界の平和は守られた。」 李信はあまり悔しそうではなかった。 「だがまあ氷河期さん、助けに来てくれてありがとう。」 「ああ。」 この世界に来てからずっと啀み合っていた李信とエイジスは和解の握手を交わした。 「帰るのか?」 「ああ。俺には旧ガルガイドの土地が合うようだ。」 「そうか。またな。」 「ああ、またいつか。」 闘いが終わり数日後、エイジスは李信に見送られてグリーンバレーの国門を通り抜けて旧ガルガイド領の街へと帰っていった。 「さて、面倒だが曲がりなりにも俺は将軍だ。荒喧に破壊された王都の復興作業の指揮を取らないとな。」 李信はエイジスの姿が見えなくなるとグリーンバレーの中へと戻っていった。王都は騎士や住民達が復興作業に勤しんでいる。 思えばこの世界に来て様々なことがあった。転生して早々捕縛されそうになり、自分の身柄を巡って戦争が勃発し、力を使い時には策を弄して敵を倒していった。全ては自分のこの世界への転生から始まったように思う。 そんな記憶を辿りながら李信は歩く。平和が訪れたグリーンバレーは復興作業に精力的に従事する人々の活気的な声があちこちに響いていた。 「おい直江、サボってないで手伝え!」 横から大声で自分を呼ぶ声がする。星屑の声だ。 「おう!今行く!」 李信は駆け出した。人々の方へ、そして未来に向かって。 この物語は二次元世界に転生した1人の男と、二次元世界で理想の自分を貫く志を胸に秘めたもう1人の男の物語である。 「Re:じゃないけど始めるポケガイ民の二次元生活」 完