2011/02/26.Sat
心を強くする。
回復期に入ってから、私は「心を強くしたい」と考えるようになりました。
どうやったら強くなれるのか、いろいろな本を読んだり、
目標とする人をお手本にしてみたり、試行錯誤しました。
あるとき、ふと、
「心が強いって、頑丈ってことじゃなくて、やわらかいってことじゃないかな」
と思うようになりました。
それまで、「精神を鍛える!」ということばかり考えていましたが、
そうではなくて、「心をほぐす」ということに目を向けてみようと思いました。
心がやわらかければ、衝撃があっても、受け入れたり、
逆に跳ね返したりできるのかもしれません。
ネガティブなことに振り回されたりしないで、
人のことも考えてあげられるでしょう。
心がやわらかい状態……
リラックスして、優しくて、愛だったり夢だったりを持っていて。
楽しいとか、うれしいとか、気持ちいいとか、
そういうもので満たされていること。余裕があること。
そういう柔軟な心を持った人が、結果として「強い」気がします。
まだまだ修行中ですが、
私なりに、心ほぐしに取り組んでいこうと思います。
どうやったら強くなれるのか、いろいろな本を読んだり、
目標とする人をお手本にしてみたり、試行錯誤しました。
あるとき、ふと、
「心が強いって、頑丈ってことじゃなくて、やわらかいってことじゃないかな」
と思うようになりました。
それまで、「精神を鍛える!」ということばかり考えていましたが、
そうではなくて、「心をほぐす」ということに目を向けてみようと思いました。
心がやわらかければ、衝撃があっても、受け入れたり、
逆に跳ね返したりできるのかもしれません。
ネガティブなことに振り回されたりしないで、
人のことも考えてあげられるでしょう。
心がやわらかい状態……
リラックスして、優しくて、愛だったり夢だったりを持っていて。
楽しいとか、うれしいとか、気持ちいいとか、
そういうもので満たされていること。余裕があること。
そういう柔軟な心を持った人が、結果として「強い」気がします。
まだまだ修行中ですが、
私なりに、心ほぐしに取り組んでいこうと思います。
2011/02/25.Fri
出勤日
今日は出勤日でした。
私は週に2日だけ、内勤のお仕事をしています。
今の会社は5年くらいになるかな。
私がうつ病ということは、会社には知らせていません。
仕事も、息子が熱を出したとき以外は、自分の理由では休まずに行っています。
フルタイムだったら続けられなかったと思うのですが、
週2回なので、なんとかやってこれたのだと思います。
仕事も用事もない日は、今はほとんど寝ているような状態なので、
時々こんなふうに外に出て電車に乗って、人と話したり頭や体を使ったりということは
私の場合、うつ病にも良い作用を及ぼしているような気がしています。
基本的に仕事中はふつうにできているのですが、一度だけ、
会社で死にたくなってしまって、苦しくなったことがありました。
こっそり5分くらい抜け出して、非常階段の踊り場で「いのちの電話」に
携帯から電話をかけて、「死にたいです、助けてください」と悲鳴をあげていました。
それで解決はしなかったんですけどね。なんとか自分をだましてしのぎました。
私は頓服薬が効かないので、外で発作が起きたときほんとうに困ります。
合った薬に出会えていないだけなのかな。
年内までは、自分のペースでゆる〜くやらせていただいていたのですが、
年が明けてから体勢が変わり、かなりハードになりました。
前は、フロアの隅っこで誰にも干渉されずのんびりと仕事をしていたのが、
今では、小部屋に専務とふたりきりという状況になりました。
経費削減ということで社員数もかつての5分の1ほどにカットされ、
ひとりあたりの仕事量がすごく増えてしまったのです。
これまでとは違う仕事がどんどんきます。
そしてなにより、専務とふたりきり、密室でべったりです。
私の背後に専務がいるようなレイアウトなので、私が何をしているのか
ばっちりわかってしまって、さぼりようもありません。
次から次に「これやっといて」「それが終わったらこれね」と
仕事を振られるので、息つく間もない感じ。
でも、仕事があるだけありがたいんですよね。
この会社で働いているうちに40歳になってしまったので、
今さら他の会社を受けるのも大変そうだし。
専務を見ていると、決して自分はラクしているとか私をいじめてるとかじゃなくて、
彼もいっぱいいっぱいなのがわかります。
冬なのに、汗ふきながら仕事してるし(笑)。
私なんかでお役に立てるなら、使ってもらいましょう、と
今は思っています。なんといっても、お金になるし。
今まで気がつかなかったのですが、至近距離で専務と仕事するようになって、
彼がものすごくため息の多い人だとわかりました。
私は人の負のエネルギーに影響されやすいので、跳ね返さないと。
あと、営業スマイルで取引先と電話をしていたかと思ったら、
切ったあとに「なんだよ、うるせぇな」とか、ぼそっと言っているのが聞えて
ひえ〜と思いました(笑)。
私に対しても温厚な人なのですが、もしかして、私が
「今日休みます」とか電話したときに優しく受け入れてくれても
電話切ったあとに舌打ちとかしてるのかも??
仕事の体勢が変わって仕事がきつくなってからというもの、
仕事を終えて帰宅するといつも頭痛がして困っていたのですが、
今日は大丈夫みたい。慣れてきたのかな。
それとも、今週に入ってから飲み始めたキヨーレオピンが効いてきたのかも?
さあ、明日あさってと週末です。早起きしなくていいのがうれしいです。
また寝ちゃうんだろうな。でも今は、それもよしとしよう。
私は週に2日だけ、内勤のお仕事をしています。
今の会社は5年くらいになるかな。
私がうつ病ということは、会社には知らせていません。
仕事も、息子が熱を出したとき以外は、自分の理由では休まずに行っています。
フルタイムだったら続けられなかったと思うのですが、
週2回なので、なんとかやってこれたのだと思います。
仕事も用事もない日は、今はほとんど寝ているような状態なので、
時々こんなふうに外に出て電車に乗って、人と話したり頭や体を使ったりということは
私の場合、うつ病にも良い作用を及ぼしているような気がしています。
基本的に仕事中はふつうにできているのですが、一度だけ、
会社で死にたくなってしまって、苦しくなったことがありました。
こっそり5分くらい抜け出して、非常階段の踊り場で「いのちの電話」に
携帯から電話をかけて、「死にたいです、助けてください」と悲鳴をあげていました。
それで解決はしなかったんですけどね。なんとか自分をだましてしのぎました。
私は頓服薬が効かないので、外で発作が起きたときほんとうに困ります。
合った薬に出会えていないだけなのかな。
年内までは、自分のペースでゆる〜くやらせていただいていたのですが、
年が明けてから体勢が変わり、かなりハードになりました。
前は、フロアの隅っこで誰にも干渉されずのんびりと仕事をしていたのが、
今では、小部屋に専務とふたりきりという状況になりました。
経費削減ということで社員数もかつての5分の1ほどにカットされ、
ひとりあたりの仕事量がすごく増えてしまったのです。
これまでとは違う仕事がどんどんきます。
そしてなにより、専務とふたりきり、密室でべったりです。
私の背後に専務がいるようなレイアウトなので、私が何をしているのか
ばっちりわかってしまって、さぼりようもありません。
次から次に「これやっといて」「それが終わったらこれね」と
仕事を振られるので、息つく間もない感じ。
でも、仕事があるだけありがたいんですよね。
この会社で働いているうちに40歳になってしまったので、
今さら他の会社を受けるのも大変そうだし。
専務を見ていると、決して自分はラクしているとか私をいじめてるとかじゃなくて、
彼もいっぱいいっぱいなのがわかります。
冬なのに、汗ふきながら仕事してるし(笑)。
私なんかでお役に立てるなら、使ってもらいましょう、と
今は思っています。なんといっても、お金になるし。
今まで気がつかなかったのですが、至近距離で専務と仕事するようになって、
彼がものすごくため息の多い人だとわかりました。
私は人の負のエネルギーに影響されやすいので、跳ね返さないと。
あと、営業スマイルで取引先と電話をしていたかと思ったら、
切ったあとに「なんだよ、うるせぇな」とか、ぼそっと言っているのが聞えて
ひえ〜と思いました(笑)。
私に対しても温厚な人なのですが、もしかして、私が
「今日休みます」とか電話したときに優しく受け入れてくれても
電話切ったあとに舌打ちとかしてるのかも??
仕事の体勢が変わって仕事がきつくなってからというもの、
仕事を終えて帰宅するといつも頭痛がして困っていたのですが、
今日は大丈夫みたい。慣れてきたのかな。
それとも、今週に入ってから飲み始めたキヨーレオピンが効いてきたのかも?
さあ、明日あさってと週末です。早起きしなくていいのがうれしいです。
また寝ちゃうんだろうな。でも今は、それもよしとしよう。
2011/02/24.Thu
音読
ラミクタールを飲み始めてから2ヶ月ほどは、順調でした。
このまま治っちゃうんじゃないか?と思うくらいでした。
波はありましたが、希死念慮からは離れられたように思いました。
でもやはり、10月の終わりごろの日記には
「歩いてて後ろから人が来ると、刺し殺してくれないかなと思う」
などと書いています。
11月には、またネットで「自殺」とか「死」などを検索しまくっていました。
ドグマチールのときもエビリファイのときもそうでしたが、私の場合、
飲み始めは効いたようでも、少しするとまた戻ってしまうのです。
そんなとき、ネットで「音読がうつに効く」という記事を読みました。
11月の一番最後の日でした。
音読すると、前頭前葉が活発になるそうです。
うつ病の人は脳内の血流が滞っているので、
血流を良くすることでも効果があると書いてありました。
なるほど、うつ病は「心」ではなく「脳」の病気なのです。
認知療法などで考え方を変えるという方法もありますが、
脳に直接働きかけて元気にしてあげる、というのが
とても効果的に思えました。
音読ならタダだし、誰にも迷惑はかからないし、そんなに大変なことじゃないし。
私は、よしもとばななさんのコラム集を1日に2編ずつ読むことにしました。
ネットの情報によると、「1ヶ月くらいでやる気がわいてくる」とありましたが、
私はてきめんに効きました。
一週間もしないうちに、ドラマを観て感動したり、
「今私の周りにいる人のことが大好き。生まれ変わってもこのメンバーでまたやりたい」
などと思うようになったのです。
「やる気まんまん、生きる力にみなぎる」というのではありません。
フラットな状態で、「死」を遠いところに感じるのです。
まあ、いつ死んでも悔いはないな、というふうには思うのですが、
自分から命を絶ちたいとは思わない、平常心。
薬が効いてきたときよりも、はっきりとした手ごたえがありました。
めきめき良くなったと感じたのは2ヶ月くらいでしょうか。
今、やはり波があります。
たまに、発作的に死にたくなったりもします。
一直線に回復するということはないようです。
ただ、音読を始めてから、基本ラインが前より上がったように思います。
音読は一生続けるつもりです。
私の場合、薬にしろ音読にしろ、良くなったときにものすごく
期待してしまうので、ちょっと落ちたときにひどく下がったように
感じてしまうのかもしれません。
たとえるなら、以前の私は、数学のテストでいつも20点しか取れない状態で、
たまに50点がとれればいいほう、という感じだったのが、
音読によって一度80点をとってしまったために、60点だとすごく悪いように
感じてしまうのではないかと思います。
前はずっと20点だったのだから、60点なんて合格点なのに。
これからも、落ちたり浮上したりを繰り返していくのでしょう。
でも、少しずつ良くなってきている。そう信じたいと思います。
このまま治っちゃうんじゃないか?と思うくらいでした。
波はありましたが、希死念慮からは離れられたように思いました。
でもやはり、10月の終わりごろの日記には
「歩いてて後ろから人が来ると、刺し殺してくれないかなと思う」
などと書いています。
11月には、またネットで「自殺」とか「死」などを検索しまくっていました。
ドグマチールのときもエビリファイのときもそうでしたが、私の場合、
飲み始めは効いたようでも、少しするとまた戻ってしまうのです。
そんなとき、ネットで「音読がうつに効く」という記事を読みました。
11月の一番最後の日でした。
音読すると、前頭前葉が活発になるそうです。
うつ病の人は脳内の血流が滞っているので、
血流を良くすることでも効果があると書いてありました。
なるほど、うつ病は「心」ではなく「脳」の病気なのです。
認知療法などで考え方を変えるという方法もありますが、
脳に直接働きかけて元気にしてあげる、というのが
とても効果的に思えました。
音読ならタダだし、誰にも迷惑はかからないし、そんなに大変なことじゃないし。
私は、よしもとばななさんのコラム集を1日に2編ずつ読むことにしました。
ネットの情報によると、「1ヶ月くらいでやる気がわいてくる」とありましたが、
私はてきめんに効きました。
一週間もしないうちに、ドラマを観て感動したり、
「今私の周りにいる人のことが大好き。生まれ変わってもこのメンバーでまたやりたい」
などと思うようになったのです。
「やる気まんまん、生きる力にみなぎる」というのではありません。
フラットな状態で、「死」を遠いところに感じるのです。
まあ、いつ死んでも悔いはないな、というふうには思うのですが、
自分から命を絶ちたいとは思わない、平常心。
薬が効いてきたときよりも、はっきりとした手ごたえがありました。
めきめき良くなったと感じたのは2ヶ月くらいでしょうか。
今、やはり波があります。
たまに、発作的に死にたくなったりもします。
一直線に回復するということはないようです。
ただ、音読を始めてから、基本ラインが前より上がったように思います。
音読は一生続けるつもりです。
私の場合、薬にしろ音読にしろ、良くなったときにものすごく
期待してしまうので、ちょっと落ちたときにひどく下がったように
感じてしまうのかもしれません。
たとえるなら、以前の私は、数学のテストでいつも20点しか取れない状態で、
たまに50点がとれればいいほう、という感じだったのが、
音読によって一度80点をとってしまったために、60点だとすごく悪いように
感じてしまうのではないかと思います。
前はずっと20点だったのだから、60点なんて合格点なのに。
これからも、落ちたり浮上したりを繰り返していくのでしょう。
でも、少しずつ良くなってきている。そう信じたいと思います。
2011/02/24.Thu
うつ病になった過程��
リフレックスは残念なことに体に合わず一度で中止になってしまったのですが、
ドグマチールが3倍になったことで、すとん、と調子が良くなりました。
食事も、少なめですがだいたい摂れるようになったし、
なんといっても、「消えたい」という気持ちが起こらないのです。
私は、自分が未熟だからこんなことを思うのではないか、と思っていたのですが、
薬でこんなに良くなるなんて、やっぱり病気だったんだ!とびっくりでした。
ところが、3週間ほどたったら、また憂鬱な気分がやってきて、
「消えたい」という気持ちが前よりも強く現れるようになりました。
薬が体に慣れてしまったのでしょうか?
それ以降、ドグマチールを3錠/日をずっと続けていましたが、
希死念慮にとりつかれ、長い間苦しみました。
それから2010年の8月いっぱいまで、私は同じような状態で過ごしました。
むかむかはだいぶおさまってきましたが、相変らず食欲はなく、体重も増えず、
いつも死にたいと思っていました。
何をしていても心から楽しめないし、いろんなことがめんどうでおっくうでした。
一時期は、自殺サイトばかりめぐり、「完全自殺マニュアル」も取り寄せ、
どうやって自殺するのが一番ラクで確実かを研究していました。
遺書まがいのものも書くようになり、家族にも自殺をほのめかすようなことを
口走ったりしていました。
一番つらいのが家事・育児でした。
特に食事の支度はしんどかったです。
自分が食べたくもないのに、メニューを考えて買い物して料理して……というのが
とても苦痛でした。
スーパーに行っても、何を作ればいいのか、思い浮かばないのです。
空のかごを持ったまま、スーパーをうろうろする毎日。
食卓には惣菜ばかりが並ぶようになりました。
そして、いつもいつも眠くてだるい状態が続きました。
薬のせいもあるのかもしれません。
寝ても寝ても眠いのです。
眠くてだるいので、何をするにも、さっぱりやる気が起きません。
考えるのはただただ、死のこと。
2010年9月、初めて夫につきそってもらってクリニックを受診しました。
そのとき、先生が
「食欲を出す薬を新しく出しましょうか。これはホルモンバランスに影響があるけど」
と言ったのですが、夫が
「きりんが今一番求めてるのは食欲じゃなくて、精神安定じゃないのか?」と
言ってくれたのです。
私はドグマチールでずっと生理が止まっており、そのことも悩んでいました。
これ以上ホルモンバランスに影響のある薬なんてこわくて飲めません。
そして夫の言うことはもっともです。
そこで、ラミクタールが処方されることになりました。
先生は「これは薬疹が出ることがあるから、もし皮膚に異常が出たらすぐやめて」と
なんだかかなり心配していました。
結果、ラミクタールは私にとても合っていたようです。
薬疹も出ませんでした。
ラミクタールを飲み始めてから2ヶ月くらい、希死念慮も薄れていました。
「うつ病になった過程」は、ここで終わります。
ドグマチールが3倍になったことで、すとん、と調子が良くなりました。
食事も、少なめですがだいたい摂れるようになったし、
なんといっても、「消えたい」という気持ちが起こらないのです。
私は、自分が未熟だからこんなことを思うのではないか、と思っていたのですが、
薬でこんなに良くなるなんて、やっぱり病気だったんだ!とびっくりでした。
ところが、3週間ほどたったら、また憂鬱な気分がやってきて、
「消えたい」という気持ちが前よりも強く現れるようになりました。
薬が体に慣れてしまったのでしょうか?
それ以降、ドグマチールを3錠/日をずっと続けていましたが、
希死念慮にとりつかれ、長い間苦しみました。
それから2010年の8月いっぱいまで、私は同じような状態で過ごしました。
むかむかはだいぶおさまってきましたが、相変らず食欲はなく、体重も増えず、
いつも死にたいと思っていました。
何をしていても心から楽しめないし、いろんなことがめんどうでおっくうでした。
一時期は、自殺サイトばかりめぐり、「完全自殺マニュアル」も取り寄せ、
どうやって自殺するのが一番ラクで確実かを研究していました。
遺書まがいのものも書くようになり、家族にも自殺をほのめかすようなことを
口走ったりしていました。
一番つらいのが家事・育児でした。
特に食事の支度はしんどかったです。
自分が食べたくもないのに、メニューを考えて買い物して料理して……というのが
とても苦痛でした。
スーパーに行っても、何を作ればいいのか、思い浮かばないのです。
空のかごを持ったまま、スーパーをうろうろする毎日。
食卓には惣菜ばかりが並ぶようになりました。
そして、いつもいつも眠くてだるい状態が続きました。
薬のせいもあるのかもしれません。
寝ても寝ても眠いのです。
眠くてだるいので、何をするにも、さっぱりやる気が起きません。
考えるのはただただ、死のこと。
2010年9月、初めて夫につきそってもらってクリニックを受診しました。
そのとき、先生が
「食欲を出す薬を新しく出しましょうか。これはホルモンバランスに影響があるけど」
と言ったのですが、夫が
「きりんが今一番求めてるのは食欲じゃなくて、精神安定じゃないのか?」と
言ってくれたのです。
私はドグマチールでずっと生理が止まっており、そのことも悩んでいました。
これ以上ホルモンバランスに影響のある薬なんてこわくて飲めません。
そして夫の言うことはもっともです。
そこで、ラミクタールが処方されることになりました。
先生は「これは薬疹が出ることがあるから、もし皮膚に異常が出たらすぐやめて」と
なんだかかなり心配していました。
結果、ラミクタールは私にとても合っていたようです。
薬疹も出ませんでした。
ラミクタールを飲み始めてから2ヶ月くらい、希死念慮も薄れていました。
「うつ病になった過程」は、ここで終わります。
2011/02/24.Thu
うつ病になった過程��
その夏、私は、いろんな大きさの「むかむかの波」を繰り返しながら過ごしました。
食後の胃もたれは続きました。(今でも、時々あります)
食後でなくても、突然気分が悪くなることもしょっちゅうでした。
そして、むかむかが来ると、気分がものすごく落ち込んで、
「消えたい……」と思うようになりました。
そのころはまだ、「自殺だけはしてはいけない」と思っていました。
それは自然の摂理に反することだ、と。
でも、「もう何もかも放り出したい」「無になりたい」という思いが
自分をどんどん支配してくるのです。
今は、いろんなところで「心と体の不調を感じたら、心療内科に行きましょう」
と勧告されています。
まるで、心療内科に行きさえすれば、不調は解決するかのような言い方です。
でも私は、うつになる前から心療内科に通っているのに、悪化するなんて……
通院しながらうつになっていくことに納得がいかず、もどかしさを感じました。
秋には、私はかなりまいっていました。
もう、むかむかがないときでも、常に死にたいと思ってしまうのです。
クリニックの先生に不調を訴えても、
「波が通り過ぎるまで待つしかない」と言われ、
なんだか行き場を失っていました。
生まれてきたことを後悔し、もう絶対に生まれ変わらなくていい、と
思いました。
そして私は、「精神の病で自殺するなら、それは病死じゃないか」と
自殺を肯定するようになりました。
12月の頭、診察日のことです。
私のげっそりした様子を見た先生が、さすがにこれは悪いと思ったのか、
「ちょっと集中してきちんと治療したほうがいいですね。
ドグマチールを1錠から3錠に増やして、リフレックスを追加しましょう」
と言いました。
私にしてみれば、「やっと先生が動いてくれたか」という感じでした。
そのときにはもう、私のうつ状態は、かなり進行していたのだと思います。
こんなふうにして、私は、うつ病になっていきました。
食後の胃もたれは続きました。(今でも、時々あります)
食後でなくても、突然気分が悪くなることもしょっちゅうでした。
そして、むかむかが来ると、気分がものすごく落ち込んで、
「消えたい……」と思うようになりました。
そのころはまだ、「自殺だけはしてはいけない」と思っていました。
それは自然の摂理に反することだ、と。
でも、「もう何もかも放り出したい」「無になりたい」という思いが
自分をどんどん支配してくるのです。
今は、いろんなところで「心と体の不調を感じたら、心療内科に行きましょう」
と勧告されています。
まるで、心療内科に行きさえすれば、不調は解決するかのような言い方です。
でも私は、うつになる前から心療内科に通っているのに、悪化するなんて……
通院しながらうつになっていくことに納得がいかず、もどかしさを感じました。
秋には、私はかなりまいっていました。
もう、むかむかがないときでも、常に死にたいと思ってしまうのです。
クリニックの先生に不調を訴えても、
「波が通り過ぎるまで待つしかない」と言われ、
なんだか行き場を失っていました。
生まれてきたことを後悔し、もう絶対に生まれ変わらなくていい、と
思いました。
そして私は、「精神の病で自殺するなら、それは病死じゃないか」と
自殺を肯定するようになりました。
12月の頭、診察日のことです。
私のげっそりした様子を見た先生が、さすがにこれは悪いと思ったのか、
「ちょっと集中してきちんと治療したほうがいいですね。
ドグマチールを1錠から3錠に増やして、リフレックスを追加しましょう」
と言いました。
私にしてみれば、「やっと先生が動いてくれたか」という感じでした。
そのときにはもう、私のうつ状態は、かなり進行していたのだと思います。
こんなふうにして、私は、うつ病になっていきました。


