暗闇の中に俺はいた・・・  周りが見えないのだから暗闇といっても差し支えはないだろう。  現実感が無い暗闇。まるで幻のような虚無感。  そんな中で俺は戦っていた・・・  相手はわからない・・・どうやら女みたいだが確証は無い。  どちらも決定打に欠け、硬直状態が続いていた。  全く持って疲れる。俺は何でこんなことをしているんだ・・・  愛用の剣を構えなおし、敵に向かって直進する。  敵も勝負をつけるつもりらしい。いままでにない大技を繰り出すつもりだ。  その勝負に乗ってやる。  俺の今出しうる限り最高のタイミングで技が出せた。  相手の腹を俺の剣が貫いている。  しかし、相手も只者ではないようだ。  俺の腹にも・・・風穴が開いちまった・・・  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そこで意識が途切れた。  まったく嫌な夢を見た。昇華とパートナーを組んで二週間。  黒衣の集団の了を倒してからずっと、昇華と模擬戦をやっていた。  結局、一回も勝てなかったな。  それから、パートナーも変わって俺の平穏な生活が戻ってくるかと思ったがそれは間違いだった。  浅葱 神楽(あさぎ かぐら)。  神楽さんはすごいです。いろんな意味で・・・  今を去ること一週間前、俺は神楽さんに引き合わされた。  第一印象は寡黙な人。この中じゃほんとにまともな人。といったところだ。 「ここんところ、ハッカーの動きが活発になっているのは知っているな。  お前らには監視をかねてパトロールをしてほしい」 「了解」 「で、李緒には神楽と一緒に行動してほしい」 「私はかまわないが」 「というわけだ。くれぐれも慎重に行動してくれ」 「あなたがね」 「そこうるさい」 「ふふふ」  二条 冬(にじょう ふゆ)。双麻派唯一の非戦闘員だ。  双麻さんにここまで言えるのも彼女ぐらいだろう。 「特に、神楽。わかっているな?」 「わかっている、馬鹿にするな。とりあえず、怪しい奴を片っ端から縛ればいいんだろ」  この人、まるで話聞いてねえ!  これが地か! 「ほう・・・やっぱり、微塵にもわかっちゃいねえな? 基本的に戦闘行為は禁止だ」 「そうか。ならば問題ない。怪しい奴がいる。火急の事態だ。被害を出すわけにはいかない。よし、縛るか」 「戦闘は禁止だって言ってんだろ。ったく話聞いてねえな・・・」 「何を言っている、双麻殿。今のどこに戦闘行為があったと言うのだ?」 「縛るかとか、抜かしてたじゃねえか」 「縛ると言っただけだ。戦うとは言ってない」 「お前に限り、縛るのも禁止だ・・・」 「む。ならば、私に何をしていろと?」 「李緒に修行でもつけてやれ。そのために組めって言ったんだ」  え・・・何言ってんのこの人? 「そうか、春日殿を縛ればいいのだな」  こっちも、何言ってやがりますか? 「李緒ならかまわん」  って、ちょっと待て。 「よし心得た」  早っ、ていうかもう縛られてるしっ! 「春日殿。私がみっちり稽古してあげよう」  すげえ楽しそうだよこの人・・・ 「ちょっと待てえ。俺は了解して無いっ」 「李緒・・・お前がそんな漢だとは思わなかったよ・・・」 「なに言ってんですか・・・双麻さん」 「お前以外に神楽のとばっち・・・神楽の修行が必要な奴はここにはいないだろ」 「待て。いま、とばっちり言いかけたでしょ!俺、聞いたよ!ねえ、皆さん聞きましたよねぇ?」  全員首を横に振る・・・修までも・・・裏切り者っ! 「細かいことを気にするな。お前も漢だ。女性のエスコートくらいやって見せろ」 「そういうことだ。いくぞ。春日殿」 「って、それとこれとは話は違うっ」 「李緒。お前の犠牲は忘れない・・・」 「今、犠牲って言った!ぜってえ言った!俺、聞いたって!ちょっ、まっ・・・うわああああああ、覚えてろおおおお。俺は絶対に戻ってくるからなああああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」  それ以上は思い出したくは無い。 「りーおーーーーーーーー!!!!!」 「だあっ! うるせぇっ!」  ったく、朝っぱらからなんだよ。 「いつでもあなたのそばにいる、愛の天使ゆあすいーとはにーすず。ただ今惨状!」  ああもう、この時期はこうゆうのが増えるからいやなんだよ! 「がっこ、いこー」  ああもうだめだ。逃げられねえ。 「ほらはやくはやく」  鈴に引きずられて、学校へと行く。 「おはよー」 「モーニン」  挨拶がところどころから聞こえる。  やはりあいさつとは気持ちいいものだなと思う。 「春日ー。りおずすいーとはにーすず。おはよう」  ・・・気持ちいいものだと思う。 「りおずすいーとはにーすず。すずずすいーとだーりんりお。おはよう」  ・・・気持ちいいものだと・・・ 「思えるかっ!」 「何よいきなり叫んで」 「つうか、派生しすぎだ! なんだよ! すずずすいーとだーりんりおって! 馬鹿にしてんのか!」 「落ち着きなよ」 「落ち着けるか!」 「うるさいなあ。スクルドぱんち♪」 「ぐふ」  こうして俺は教室へと連行された。 「ずいぶんと眠そうだな、李緒」 「何故平気なんだよ」 「何がだ?」 「いや、なんでもねえ・・・」  GSから抜けた時間同じぐらいだってのに何故に奴は眠くないのだろう。 「言っておくが、私は一日三時間睡眠で事足りるぞ」 「心を読むな」 「顔に書いてるある。表情に出しすぎだ」  何かもう疲れた。・・・一時限は世界史か、寝よう・・・ 「何かもう疲れた。・・・一時限は世界史か、寝よう・・・」 「・・・・・・」 「ああ、ほんとだ。李緒、顔に出てるね」 「度が過ぎてるわっ!」 「鈴ちゃんには李緒君の考えてることは全部お見通しですよーぅ」  ふふふ、と笑いながら席へと舞い戻る。 「席つけー。HRはじめるぞ」  先生が来た。 「あー今日の日直は・・・」  先生が黒板を見る。しかし、高校にもなって日直かよ。 「高島と・・・りおずすいーとはにーすず、だな」 「!!!!!!!!!!!!!!!」  ちょっとまて、流すな。  おかしいだろ。なんで何事も無かったかのようにっ!  なんなんだよ、この教師! このクラス!  このネタ引っ張りすぎだよ! 何考えてんだシナリオ担当! 「どうしたー? すずずすいーとだーりんりお」  ちょっとまてぇーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!  いじめか? いじめなのか? 「・・・・・・先生その呼び方止めてください」 「そうか。俺は愉し・・・似合ってると思うんだが」 「・・・・・・もういいです」  そうもういい、疲れた。寝よう。  実に有意義な睡眠時間だった。  午前中の授業を全て寝て過ごしたわけだが・・・何をやっている俺は?  最早逃げられない。  なにせ、椅子に括り付けられている。  ・・・いつの間に。  目の前の机には、バイオ・ハザード。  この世のものとは思えない物体が小さな箱にひしめき合っている。  それはいわゆる一つの弁当箱であるのだが、弁当箱は別に食べ物を入れることに限ったものではなかったらしい。  だから、俺は一言だけ言いたい。 「弁当箱の中身は食べ物に限定すると言う法律を・・・この際、校則でもいいから作ってくれ」 「何言ってるの?李緒」 「うるさい。黒幕」 「どの口が言っているのかわからないけど、その口にはたっぷりご馳走しないといけないようね?」 「そんなことはない。全身全霊全力を持って遠慮させていただく所存だ」  とはいえ、椅子に括られている身。鼻が既に塞がれている今、口で息をしなければならない。  即ち、口を開けねばならないと言うことだ。  口を開けきらなくても息はできるだろうと素人は思うだろうが『それ』はどんな隙間でも開いてさえいれば進入してくるのだ。  皮膚呼吸だけでは酸素は足りないし、そもそもえら呼吸なんて器用な芸当はできない。  ならば、最後の手段にかける。 「修」 「あきらめろ」 「即答かよ!」  期待はしていなかったが、ここまであっさり言われると泣けてくる。  いや、俺には泣く暇さえ与えられないのだろうか・・・  せめて、トリカブトが入っていないことを祈る。 「では一口目」  ・・・俺は、とても綺麗な花畑を見てきた。  放課後になって、目が覚めた。 「起きたか、李緒」 「・・・ああ、修か」 「起きたなら、私は行くぞ」 「一緒に帰るんじゃないのか」 「すまないが、今日は見舞いの日だ。  だが、お前が起きるまで見ていてやってくれと頼まれたがゆえ待っていたのだ。  白鳥が立候補したのだが、強制的に却下された」  ・・・その光景が容易に想像できる自分が悲しい。  まあ、それはそれとして中等部の生徒会の役員が一人、半年ぐらい前に意識不明の重体となったと聞いたが、最近、意識が戻ったらしい。  修にGSに誘われる少し前だったからよく覚えてる。  名前は忘れてしまったけど・・・たぶん女の子だった気がする。 「あ・・・そうか、すまないな。起きるまで待たせてしまって」 「気にするな」 「ああ・・・」 「では会長。行きましょうか」 「ああ、明菜君」 「あ、待たせちゃって悪かったね」 「いえ、ご愁傷様でした」 「・・・ありがとう」  近野明菜、三条学園高等部副会長。  まだ二年だってのに、副会長になるすごい娘だ。  ちなみに会長は修。  どうやら、次期会長候補らしい。修が彼女に会長を引き継ぎたいみたいなこと言ってたし・・・ 「じゃ、さよなら。明菜ちゃん」 「ええ、ごきげんよう。先輩」  教室から出て行く二人。  なんていうか、二人そろうと絵になるとか通り越して、すごいオーラを放っている。  事実、あの二人がそろった時、まともな神経で前に立っていられる奴なんかそうはいないだろう。  まあいいや帰ろう。  その晩、同じ夢を見た。  俺は誰かと戦っていて同士討ちになった。  俺が持っていた武器はフレイヤにそっくりで・・・・・・ 「なあ、修」 「なんだ」 「スレイプニル・・・いや、フレイヤの前の使い手ってどんな人だったんだ?」 「そうだな・・・彼は、まっすぐな人間だった。負けず嫌いな人間だったと言っていい」 「・・・・・・」 「知ってのとおり、彼はあるハッカーと同士討ちになって倒れた。今もまだ病院で治療を受けている」 「どうなんだ・・・その・・・調子は」 「元に戻れるかはわからないが、意識を失ったんだ。そう簡単に治るものでもない」 「そう・・・だよな・・・・・・」  一度話がしてみたかったが、そうもいかない・・・か・・・・・・ 「李ー緒ー!」 「うわ」  いきなり飛び掛ってくる何か。敵か! 「やっと捕まえた」 「鈴。離れろ」 「折角の抱擁よ。遠慮しない」 「ギブ、ギブ」 「give? まかせて」  いや、違う。首絞まってる・・・苦し・・・ 「白鳥。李緒が気絶するから離れろ」 「な〜に? 気絶するほど嬉しかったの?」 「げほっ・・違うわ!」 「いいからいいから。また今度してあげるわ」 「頼む余計なことすんな」 「一息で言ってくれるわね・・・こんなにも!」  1 Hit! Combo Start! 「あなたのことを!」  5 Hits! 「大切だと思ってるのにぃーっ!」  10 Hits! 「うらうらうらうらうらうらうらうらうらっ!」  99 Hits! 「必殺! ファイナルスクルドぱーんち!」  100 Hits! 「えくせれんとーっ!」  その日、俺は確かに鳥になった・・・ 「まったく・・・私は何も新記録樹立のために来たんじゃないのよ」 「俺としてはそれで終わっていて欲しい・・・」 「何か言った?」 「イエナニモ」  さわらぬ神になんとやら。 「今度の休みにどこかみんなで出かけようと思って」 「え?」 「いいじゃない、最近遊びに行くこともなかったし」 「でも、俺達受験生・・・」 「何言ってんの。赤点取らなきゃ、進学できるでしょ。うちはエレベーター式なんだから」  それを言うならエスカレーター式だと思うのだが、この際そのあたりは置いておこう。 「その赤点が厳しいのだが・・・」 「ふーん。でもGSつないでるよね?」 「な、何で知ってんだ」 「言わなくたってわかると思うけど・・・でも、危ないんだから止めたほうがいいと思うわよ」 「修には言わないのか?」 「修君、強いしー。李緒、弱いしー」 「やぶへびだった」 「ま、どっちにしても息抜きは必要でしょ」 「修、何とか言ってやってくれ」 「別にかまわないと思うが」  僕の周りには味方がいないようです。 「白鳥の言うように息抜きは必要だ」  確かに息抜きは必要さ。でも、鈴といて俺が息抜きできるとは到底思えない。 「お前が犠牲になれば、皆の息抜きになるのだ。それもまたよし」 「ほ〜う」 「じゃ、今度の休みに駅前集合。みんなで海へ!」 「基本的に俺の意見は無視か」 「当たり前じゃない」 「お前に拒否権など最初からなかっただろう」  いつからこの国はこんなにも人権が無視されるようになったのでしょう。 「あー言っておくけど李緒? ばっくれたら許さないわよ♪」 「はひ」 「春日殿、どうした?」 「いえ、なんでもないです」  いいんだ。GSが俺の安らぎの場所なんだ。 「気が抜けているな・・・縛るか」 「結構です」  この人も無口なんだが、口を開くと二言目は「縛るか」なんだもんなー。 「そこの二人! 止まりなさい!」  いきなり大声で呼び止められる。 「こんなところで何してんの!」 「あんたはどうなんだ」 「何か言ったかしら? お姉さん、聞こえなかったんだけど?」  あーこいつも昇華みたいなタイプかなー。やだなー。 「雪花さん。落ち着いてください」  こっちはまともそうだ。SPとして会った人物の中ではトップクラスにまともそうだ。 「殺るときは、相手の話をきちんと聞いて、納得できなかったときだけにしてください」  前言撤回。この人も大分順応してる。  この手の輩は、何言ったって納得するわけが無いんだ。するとすれば自分にとって有利な発言のみ。  こっちのお嬢さんもそれをわかっていっているに違いない。目が笑っているもの。 「貴殿らこそ何をしている? 五本の指が二人もこんなところで暇をもてあましているはずも無い」 「あんた!」  神楽さんの知り合いか?  いや待て。五本の指・・・聞いたことがあるぞ。  たしか・・・ 「政府軍所属、最強の五人か!」 「そっちの新顔君も私達のこと知っている見たいね」  はっきりいってハッカー以上に会いたくない相手であることは間違いない。 「何を隠そう。私達は政府軍最高執行部隊『五本の指』!  私の名前は、岩越 雪花(いわこし せっか)! 斬馬刀の雪花よ!」 「略して斬雪?」 「よく知ってるわね。それほどまでに私は有!名!人!なわけね」  あーやだなー相手にするの。 「由衣、あなたも自己紹介しなさい」 「私もですか」 「名乗り出ないのは武人の恥よ」  そんな話は聞いたこと無い。 「朝月 由衣(あさづき ゆい)です」  あー心底嫌そうだな。かわいそうに・・・  あーゆーのに捕まったら最後。なかなか逃がしてくれないんだよなー。 「それだけ? 仕方ないわね。私が代わりにしてあげるわ。  この子の名前は朝月由衣!」 「もう聞きました」 「うるさい! 混沌の舞姫、朝月由衣よ!」  あーもう帰りたい。 「で、あなたは?」 「はい?」 「あなたの名前よ! 名乗られたら名乗り返すのが武人ってもんでしょ!」 「武人じゃなくていいんで、先進めてください」 「いいから名乗りなさい!」 「言っちゃったほうが早いですよ」 「そうですね。由衣さん。すいません」 「どうやらわかったようね」 「春日李緒。双剣使い」 「で、雪花殿。こんなところで何をしているのかな?」 「あんたに教える気はないわ、神楽」 「ドロシーがこの辺りにいると聞いてやってきたんです」 「由衣! 勝手に機密洩らしてんじゃないわよ!」 「でも奈義兄が、双麻派の皆さんと協力できる時は手を貸してもらえって」 「そんなの関係ない!」 「で、七志呂殿はご壮健かな? 由衣殿」 「ええ、元気ですよ。元気すぎて困るくらいです」 「楽しそうに会話なんてしてんじゃない!」 「あのー、神楽さん、七志呂って誰です?」 「七志呂 奈義(ななしろ なぎ)。五本の指の頭目を務める者だ」 「政府軍最強の名を持つ人ですよ」 「覚えておきます」 「で、由衣殿。ドロシーとはもしや?」 「はい。童話の子供達(フェアリーテイル・チルドレン)のドロシーです」 「無ー視ーすーるーなー!」  雪花が吼える。あ、なんかこの人面白いかも。 「ふむ・・・春日殿。君は一旦落ちたほうがいいかもしれない」 「どうゆうことです?」 「ドロシーは童話の子供達の中で、アリス、ピーター・パンに続く戦士だ。正直、今の君では足手まといになる」 「・・・すごく納得しがたいですけどわかりました」 「それでいい。君も双麻派の戦士だ。きっと私よりも強くなる。だから今、無駄死にさせるわけには行かない」 「神楽さん・・・」  死亡フラグ立っちゃいましたよ・・・ 「死なないでくださいね」 「安心しろ。そう簡単にくたばりはしない」 「お話は終わったかしら?」  背筋が凍りつく。 「ドロシー・・・」 「お初にお目にかかりますわ。そしてさようなら」  手には巨大なハルバード。  それを軽々と振り回す。 「超重武器なら私も持ってるわ! 出でよ! 斬馬刀!」 「あらあら、優雅さにかけるわね」 「優雅さは二の次。大事なのは破壊力よ!」  雪花はその大きな刃を振り下ろす。だが、ドロシーは鮮やかにそれを受け流す。 「せっかちな人は嫌われるわよ」  ドロシーは距離をとり何かを呟きだす。 「勇気を持たない臆病なライオンは、せまりくる恐怖に怯えるうちに、近づく者皆噛み殺す獰猛な人喰いライオンとなりました」  召喚か!   「心を持たないブリキの樵は、何事にも感じることが無いままに、近づく者皆叩き割る冷酷な殺人機械となりました」  思ったとおり、召喚だった。ライオン、そしてブリキの樵が現れる。 「脳を持たない藁の案山子は、自分のすることがわからずに、近づく物皆絞め殺す狂った殺人人形となりました」  そして、案山子。  これは・・・オズの魔法使い! 「もし、彼らがオズの魔法使いに会えなかったとしたら、どうなっていたんでしょうね」  ドロシーは哂う。 「みんな、お行きなさい」 「春日殿! 退け!」 「はい!」  確かに俺がいたら足手まといだ。 「逃がしませんよ」  後ろに跳ぼうとした時、何かがぶつかる。 「人形?」  木でできた人形が一体。そこにはあった。 「よくできました。ピノキオ」 「いいところで来るのね。ジミニー」 「ええ、ドロシー嬢のお手伝いに」 「でも必要ないと思うわ。ちょうど四対四。逃がしようが無いもの」  実質、新手の所為で五対四だ。圧倒的に不利。 「じゃあ、俺も加勢するか」 「奈義兄!」 「この人が・・・」  突如、現れた謎の人物。彼が七志呂奈義・・・  なんかずいぶん都合のいい登場だが・・・ 「ずっと見てたわね、奈義」 「いや、ジミニーをつけてたら、お前らがいたんだ」  う、嘘くせえ・・・ 「久しいな。七志呂殿」 「おう。神楽、元気してたか」 「ええ」 「というわけで、俺がドロシーと戦るから、後は適当に決めろや」 「ちょっと! あれは私の・・」 「さっき、あしらわれてたのはどいつだ? あそこまで見事に受け流されちゃ、見事というしかないだろ」 「わかったわよ」  そうと決まれば話は早い。  斧を持っている樵には雪花。牙を持つライオンには神楽さん。何をしてくるかわからない案山子には由衣さん。  そして、俺は自動的にピノキオのジミニー・・・あれ? 俺だけ二人? 「安心しろ。ジミニーのほうは直接戦闘には参加しない」  確かに、コオロギは助言だけか。 「春日殿。ジミニーはAクラスとはいえ高位ランクではない。君なら十分戦えるようになっているはずだ」  こういう励ましはうれしい。そうだ。俺だって神楽さんと昇華に鍛えられてんだ。  こいつぐらいに勝てなくて、どうするんだ。  スレイプニルを構え、ピノキオに相対する。  ブーメランによる牽制をしつつ、周囲に気を配る。  集団戦の注意として始めに教えられたことは、自分の相手だけを見てはいけないということだ。  どこから攻撃が飛んでくるのかわからない。  雪花は斬馬刀で斧と打ち合いをしている。神楽さんも、鎖『フレイ』を投げて、縛りにかかっている。  樵とライオンは二人に任せておけば大丈夫だろう。  案山子は単純に由衣さんにとびかかっているだけだ。由衣さんはそれを問題なくかわしている。  結局のところ硬直状態。  誰も、決めにかからない。神楽さんや由衣さんはある程度、実力差があるようだから簡単に倒せるはずだ。  おそらくそれをしないのは、ドロシーがいるからだろう。  召喚型の能力は、SPが健在ならば、ある程度は再使用ができる。  奈義さんがいかにして、ドロシーを抑えられるかにかかっているわけだ。  ドロシーのSAがハルバードなのに対し、奈義さんは素手で戦っている。  すげえ・・・腕でハルバードをはじき返している。  身体強化系の能力か?  動きも雪花に比べて、無駄が無い。  政府軍最強というのも頷ける。  てことは問題は・・・俺か!  ピノキオの動きは単純だ。  今の俺なら十分に対処できる。  問題はピノキオを倒したところで、どうなるのかというところだ。  一般にこの手のSAはそもそも倒す・・・つまるところ破壊することができないに等しい。  よっぽどの攻撃力がなければ不可能だ。  双麻派でそれができるのは、双麻さんと昇華ぐらい、もしかしたら修がといったところだ。  ならば、SPを直接倒すしかない。  だが、ピノキオの動きを対処できるとはいえ、そんな中ジミニーを狙うことなど今の俺では難しい。  ジミニーに対する攻撃は、ことごとくピノキオによって弾かれる。  ピノキオに対する攻撃も足止めにするには時間が短い。 「ねえピノキオ?」 「ナンダイ? ジミニー」 「君は正直者かい?」  何を言ってんだ? 戦闘の最中に・・・ 「当タリ前ダヨ。嘘ナンテ一度モツイタコトナンテ無イヨ」  とたんピノキオの鼻が伸びる。 「うわ」  間一髪。奴の鼻が俺の鼻先を掠める。  そうか・・・ピノキオだったな・・・ 「嘘デス。ゴメンナサイ」  鼻が縮む。なんて能力だ! 「ピノキオ、遊びは終わりだ」 「ワカッタヨ。ジミニー」 「!」  途端に動きが速くなる!  ていうか、速すぎだろ・・・ 「遅イヨ?」  いつの間にか背中にピノキオが廻り込んでいる。 「ボクハ、トッテモ正直モノサ」  急激に伸びた鼻は、俺の身体を弾き飛ばす。 「しまっ・・・」 「ミンナミンナ大好キダヨ」  また伸びる。 「君ヲ傷ツケタクナイノニ!」  さらに伸びる。  なんかボールにされてる気分だ。 「どうだね、嘘の代償(ノーズ・びよよ〜ん)の威力は!」  なんて嫌な名前だ。  嘘の代償・・・恐ろしい技だ。 「嘘の代償! 嘘の代償! 嘘の代償!」  どうにかしないと・・・ 「嘘の代償!」  しかし、こう空中に打ち上げられていると鳥になった気分だ。 「嘘の代償!」  しかし、痛いな・・・ 「嘘の代償!」  って! のんびり考え込んでる場合じゃねえ! 「嘘の代償!」 「があああああっ! びよよ〜んびよよ〜んうるせえっ!」  まじきれた。  仕方ねえ。実戦投入は初めてだがやってみるか。 「影縛り!」  ピノキオの影をナイフが突き刺す。 「ガガ・・・何ヲシタ! 動ケナイ」 「ちょっと黙ってろ!」  鼻の連撃からは逃げ出せた。 「クソウ。コンナ奴相手ニシタクネエ」 「戦え、ピノキオ」 「ヤダネ。自分デヤリナヨ。ジミニー」  不完全だった影縛りはすぐに解けてしまったようだ。  ピノキオは戦闘を拒否する。 「そうか・・・私の言うことを聞かないつもりか?」 「ハッ。 アンタノ命令ナンテ聞クツモリハナイネ」 「そうか、ではしかたない」  ジミニーの指先から何か出てる・・・  あれは・・・糸か? 「ア、ヤメテ。ウアーーー」  糸はピノキオの身体の要所要所にとりつく。 「秘儀、ゼペット・・・」  ピノキオはがらんと、それこそ魂の抜け殻・・・マリオネットのようになってしまった。 「人形は人形らしく使い手に従っていればよかったものを・・・」  なんて野郎だ。いくら作られた人格だからといって・・・むしろ自分でつくったものを強制操作にするなんて。 「春日と言ったね。手加減は・・・しないほうがいいよ」  ピノキオが動く。  だが、その動きはさっきまでとは比べ物にならないほど複雑だ。  若干スピードが落ちてはいるが、動きが読みにくい。  ピノキオの意識が途絶えた今、嘘の代償は使えないと思うが、どんな隠し技があるのかわかったもんじゃない。 「ピノキオの技は嘘の代償だけではないぞ」 「何!」  やはりか! 「くらえ、飛空掌(ロケットパァァンチッ)!」 「なにい!」  ピノキオの拳が飛んでくる!  こ、これは漢の夢のひとつ! ロケットパンチ!  まさか・・・ドリルも! 「驚いたか!」 「ああ、めっちゃ驚いた。次は何が出てくるんだ」  楽しい。なんて楽しい奴だ! 「ならば見せてやろう!」  ピノキオの目が一瞬光る。 「魔眼光(目からビィィィッム)!」  おおおおおおおお。まさか目からビームまで・・・ 「魔眼光! 魔眼光! 魔眼光!」  俺は今、いまだかつて無い強敵に出会った気がするぞ。 「ははははは! 見たか、この威力! ゼペット発動時のみしか扱えないのが難点だが、最早君には勝ち目は無い」 「しまった!」  いつのまにかピノキオが抱きついている! 「ボクハ嘘ナンテツカナイヨ?」  しかも意識が戻ってる!?  まさかこれは・・・ 「嘘の代償」 「がっ・・・・」  ピノキオの鼻が額に直撃する。  今のはかなりキた。だが、まだ戦える。 「マダ、倒レナイノ? 案外シブトイネ」  立ち上がったことに驚くピノキオ。 「もう一度だ、ピノキオ。繋ぐぞ」 「オーケー。ジミニー。カタヲツケヨウ」  再度接続。ピノキオの意識が途絶える。 「仕方があるまい。今ので倒れないのなら・・・我らが最強最大奥義を見せてやろう!」  な、なんだ・・・? 「漢の夢(ノーズ・ドリル)」  は、鼻が回転したーーーーー!  しかも鼻先が尖ってる!  ドリルだ! 本当にドリルだ! 「いけ、ピノキオ」  ドリルの鼻を持つ人形がこっちに向かって突進してくる。  なんて怖い。  スレイプニルを交差させ、鼻を押さえる。  すると鼻の回転が止まる。 「魔眼光!」  あ、あぶねえ。間一髪当たるとこだった。 「漢の夢」  再度、鼻が回転を始める。  しかも今度は、ビームのおまけつきだ。  同時使用が可能とは・・・欲しい。 「何かいい方法は・・・」  そして目に映るは糸。  最大の弱点がそこにはあった。  もっと早く気づけよ、俺。  スレイプニルを持ち、ピノキオの横をすり抜ける。  相手にとっても予想外だったのか・・・一瞬動きが鈍る。  とった。  糸を全て切り払う。これでビームもドリルも使え・・・ 「てるぅぅぅぅ!」  ビームは止まっているが、ドリルは健在だ。 「いい忘れていたが、接続が強制遮断された場合、継続型の技の起動キーはオンになったままだ。それがどういうことかわかるかい?」  ま、まさか・・・ 「モウコンナコトシタクナイノニィ」  鼻が! 鼻が伸びたあ! 「嘘の代償」  長い鼻がドリルで・・・ああもうなんてこった。  リーチ長すぎ。  ああもう、顔をそんなに振るな!  鼻が! 鼻が当たる!  はやく、勝負をつけないともっと危ないことになりそうだ。 「鼻を何とかしねえと・・・」  そうか、影縛りなら・・・そう、一瞬でいい。  動きを止められれば・・・ 「スレイプニル・・・分裂」  六本に増やす。  いつでも放てるように準備。 「影縛り使用可能状態へ移行」  くっ・・・かなり負担がかかるな・・・ 「さて、行くか」  スレイプニルを六本全て投げる。 「何本残るかな・・・」  投げると同時にピノキオに向かって走る。  あいつの意識は自分に向かってくる攻撃にのみ向けられている。  スレイプニルは全てはじかれようとしているがそれでいい。  俺は奴の背後に辿り着く。  タイミングが勝負だ。  ブーメラン発動。  ピノキオを挟んで反対側にある三本をこちらへ呼び寄せる。  同時に上空に跳ね飛ばされた一本を影に突き刺さるように誘導する。  残りのうち一本は俺の手元へ来るように調節。 「クルナッ」  ピノキオに向かって飛ぶ三本はことごとく跳ね返される。  それでいい。  まったく、単純な奴だな・・・  跳ね飛ばされた三本を手元に呼ぶ。  同時に、ピノキオの影にスレイプニルが突き刺さる。  ピノキオの鼻の回転が止まった。 「ちっ! ゼペット・・・」 「させるかぁっ!」  ピノキオに向かって飛ぶ糸をことごとく切り裂く。  スレイプニルが戻ってくると同時に、ピノキオの影に向かって投げる。  これで、ピノキオはしばらく動けない。  今まで空中に放置していたスレイプニルが落ち始めている。  間に合うか・・・?  手元に残った一本のスレイプニルをジミニーに向かって投げる。 「こんなもの!」  スレイプニルがはじかれる。だが、俺の攻撃はそれで終わりじゃない。 「な・・・」 「終わりだ・・・ジミニー」  スレイプニルがジミニーの腹部に突き刺さる。 「な・ぜ・・」  スレイプニルを投げた時の手の位置と同じ高さに落ちてきたスレイプニルにブーメランを使う。  軌道さえ修正できれば、空から落ちてきたスレイプニルは俺が投げたスレイプニルにうまく重なって見えないわけだ。  用はタイミング、投げる瞬間の手の位置が落ちてきたスレイプニルの高さとずれたら失敗だった。  今回はうまくいったが、もうやりたくねえな。  と、神楽さんたちはどうなった? 「あら、ジミニー。 大丈夫?」 「なんとかね」  ちっ。急所を外してたか。 「仕方ないわねえ。帰りましょうか」 「すまない」 「いいのよ。どの道、七志呂さんまで出てきた以上、勝てる見込みは少なかったし」  逃げるつもりか! 「やっぱりお家が一番! やっぱりお家が一番! やっぱりお家が一番!」  靴の踵を鳴らす。 「待て!」  時、既に遅し。ドロシーたちは姿を消していた。 「くそっ」 「かまうな。春日殿」 「でも、逃がしちゃいましたよ」 「アリスが出てくる前に終わらせることができたんだ。上出来だろう」  神楽さんにしてこう言わせるアリスとは一体・・・ 「逃がしちゃいましたねー。奈義兄」 「ま、しゃあねーだろ」 「しゃーなくなーい!」 「うわ」  びっくりした。いきなり大声なんて出すから・・・ 「偉そうなこと言っといて! 結局、傷ひとつ負わせてないじゃない!」 「そういうな。適当に足止めするのが目的だったんだから」 「は?」 「今ドロシーに危害を加えたら、アリスがすっ飛んでくるだろ」 「む」 「んなことになってみろ。たちまち全滅だ。  というわけで、ご苦労だったな。あー名前は?」 「春日・・・李緒です」 「私の時はなかなか言わなかったのにーーー。えこひいきだーーーー!」 「うるさい。由衣、そのバカ連れ帰ってくれ」 「わかりました」 「バカって言うなーーーー!」  強制連行される雪花。  なんか、似たような人を知ってる気が・・・ 「で、李緒。よくやったなー」 「え? はい、なにが?」 「ジミニーとの戦闘、なかなか楽しめたぜ」 「見てる余裕あるなら助けてくださいよ」 「そー言うな。あれぐれえ、一人で何とかできないとな」 「う・・・」  そう言われると反論できない。 「春の旦那もいい拾いもんしたじゃねえか。神楽、せいぜい鍛えてやんな。こいつは面白え逸材だ」 「ああ」  褒められてるのか・・・ 「李緒、強くなれ。これからでっけえ事が始まるぞ」  それだけを言い残し、奈義さんは消えた。 「それにしても、よくやったな。春日殿」 「いえ、なんだかんだで、結構危なかったですよ」 「それでいい、慢心は油断を生む」 「あ・・・」  全身から力が抜ける。 「大分疲労したようだな。今日はもう落ちろ。報告は私がしておく」 「はい、お願いします」  やべ・・・意識が遠のく。  無理しすぎたかな・・・・・・  気付くとそこは闇の中だった。 「ここは・・・・ん?」  気配を感じる。  誰か・・・いるのか? 「****・・・今日こそお前を・・・・・・」  何を言って・・・ 「うわ」  その「誰か」が斬りかかってくる。 「何をっ、戦う理由なんて・・・・・」  戦う理由なんて・・・・・・ 「そう・・・必要ないよな」  そうだ、そんなもん必要ない。  あいつは****で、俺も****なら、戦う理由なんていくらでも見つかる。  だからこそ必要ない。  俺は剣を構えて「誰か」を睨む。 「出逢っちまったら『や』るしかないよな」  そして、俺と「誰か」の最後の戦いは始まった・・・・・・  あーまた嫌な夢見た・・・  なんだってんだ一体・・・・・・  つうか夢にして大分リアルだよな・・・  あの敵と対峙した時の緊張感は本物だった・・・ 「ん・・・やべ」  時計は既に六時を回っている。  七時に駅に待ち合わせだったよな・・・ 「急がねえと・・・」  ジミニーとの戦闘から三日。身体も大分、調子を取り戻してきた。  今日は何故か皆で海に行くことになってしまっていたので、行かねばなるまい。 「と、考え込んでる場合じゃねえ」  支度しないと・・・ 「セーフ」 「ギリギリだな、李緒」 「あー修、はよー」 「もー遅いよー李緒。もっと早く来なさい」  うるせー、と言おうとして、鈴を見る。  もちろん今日は私服だ。  こいつの私服姿なんてほんとに久しぶりだが、いやなんというか・・・  普段の鈴からは想像もつかないような・・・  まあ、大人っぽいと言うかなんというか・・・  こういう格好をしていると年相応に見えてくるから不思議だ。  こう、いつもとは違う鈴に俺は・・・ 「見惚れません」  当たり前だ。まかり間違っても、何で俺が鈴に見惚れなきゃならんのだ。世の中間違ってる。 「李緒お兄ちゃん、おはようございます」 「あ、桜ちゃん。おはよー」  白鳥 桜(しらとり さくら)ちゃん。なんと鈴の妹だ。  鈴とは似ても似つかないほどよくできた娘である。 「って、私には挨拶もなしかーいっ!」 「心の中でした。聞いてないお前が悪い」 「そ、そうだったのー! あ、遅れてやってきたわ! なになに、今日は一段と可愛いね、まいすいーとはにーすず。やだもうてれちゃうー。これぞ愛(ラヴ)ね」 「嘘つけ。俺はそんなこと言ってないし、テレパシーも送ってない。まして、電波なんて扱えない」  そもそも電波など鈴にしか使えない。 「じゃあ、行きましょうか」  あ、明菜ちゃんも呼んだのか。 「まてまてー。そこの御一行」 「誰だ!」 「よくぞ聞いたな! 我が名は傀儡吊 朔(くぐつり さく)! 柳修の最初で最後の強敵(とも)だ!」  アホだった。 「鈴ちゃん、おおきに。呼んでくれて嬉しいわあ」  彼女は・・・梓野 空(しの あき)。隣のクラスの委員長で生徒会の会計をやっている。 「梓野さんも呼んだのか」 「お邪魔でしたかえ?」 「いや、そうゆうわけじゃない」  一瞬目が光った気がする。  今、俺の中で怒らせてはいけない人物リストに加わった。  そういや、あのアホも生徒会の書記だったっけか・・・  鈴といい、あれといい、こんなんで大丈夫なのかうちの学校・・・ 「柳よ! 今日こそ俺と貴様! どちらがナイス眼鏡か白黒つけようではないか!」  あーそういえば聞いたことがある。  隣のクラスにやたら修をライバル視してる奴がいると・・・こいつか。 「はっはっは。今年のベスト眼鏡っ男賞は俺のものだーーー!」 「好きにしてくれ」  修は眼鏡を抑えつつ、呆れ顔で答える。  修をここまでにさせる男とは・・・侮れん。 「早くしないと電車に遅れるよー」  そうだった。こんなアホなことをしている場合ではなかった。 「海だー!」  叫ぶバカ一人。もちろん鈴だ。 「では、着替えが終わったら集合。男子はパラソルでも立てといて下さい」 「オーケー艦長」  鈴を放置して話がサクサク進む。  ちなみに仕切っているのは梓野さんだ。流石に手際がいい。  というわけで、男子の着替えなど、わざわざ描写はしたくないので、さっさと着替えて浜辺へ出る。  パラソルを立て終えた頃、一人目が出てきた。 「李緒お兄ちゃんどうですかー?」  うん、なんともかわいらしい水着だ。  ピンク色の水着は桜ちゃんにぴったりの色だと思う。 「よく似合ってるよ」 「わーい、ありがとう、えへへ」  うん、とってもかわいい。  なんか昇華が前に可愛さこそ正義とか言っていたが、全くその通りだと思う。 「ご苦労様です」 「ご苦労様でした、先輩方」  梓野さんの水着は、なんというか清楚ってな感じだ。  藍色っていうのか・・・? まあ、ともかく素晴らしい。  対する明菜ちゃんは、黄色い水着。  見た目こそ派手だが、彼女が着るとしっくりくるのは何故だろう?  あと一人、感想を言うべき人間がいるような気がするが、なんとなく嫌な予感がする。 「なあ、桜ちゃん。鈴の水着って・・」 「え、あ、あのその・・なんというか・・・」  さっぱりわからないが、嫌な予感が膨らむ。 「ねえ、明菜ちゃん」 「わ、私はなんとも・・・」  こんなに慌てる彼女を見るのは初めてだ。一体何をやらかしたんだ・・・あいつは。 「なあ、梓野さん?」 「私から言うべきではないでしょう」  ああ・・・もう嫌だ。 「お待たせー」  あー来てしまった。一体奴は・・・ 「ぶぶーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」  ス、スクール水着! 「あら、李緒? 私の水着姿を見て興奮しちゃった?」 「アホかーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」  くそっ。みんな目を逸らしてやがるっ! 「お前、すぐ着替えろ。即着替えろ。直ちに着替えろ」 「無理よ。他にもってきて無いもん。まさか、裸になれと! きゃ、恥ずかしい! 李緒のえっち。きゃは」 「見ているこっちが恥ずかしいわーーーーーー!!」  肩をつかんでガクガクと揺さぶる。 「こんなに明るいうちから・・・もう、李緒ってばダ・イ・タ・ン♪  さらば、少年の日の夏。こうして大人への階段をまた一歩上っていくのでしたっまるっ」  帰りたいー。 「帰れないー♪」 「心の中を読むなー!」  最初っからつかれた。  もう嫌だ。泳ぐ気力なんて無い・・・ 「なあ、李緒」 「なんだ?」 「桜君が帰ってこないのだ。探しに言ってくれないか」 「かまわないが、どこへ行くと言っていたんだ?」 「出店を見てくるとは言っていたが・・・」 「わかった。じゃあ行ってくる」 「ああ、よろしく頼む」  というわけで、まずは海の家。 「ねえ、一人? 一緒に遊ばない?」  ナンパか、やっぱ多いな。 「あのー、困りますー」  ・・・今の声は・・・・・・  やっぱり桜ちゃんだ。 「まあ、そう怯えないでさ」 「あーそこそこ、嫌がってるでしょ・・・」 「何だお前。この子の何なんだよ」  あー嫌だ。こんなお決まりの台詞しかはかない奴は相手にしたく無い。  まあ・・・突拍子の無いこと言う奴もやだけど。 「なに黙ってんだよ」 「ったく。台詞に芸の無い奴はあっち行った。そんなボキャ貧じゃこの子にゃ、つりあわないよ」 「何様のつもりだよ」 「お兄様だ。ちなみに、その程度の精神力や語彙力じゃこの子の姉についていけんぞ」  まあ、ついていける奴のほうが少ないと思う。それができそうなのは俺は一人しか知らない。 「これ以上言ってもわからないんなら、実力行使に出させてもらうけど」  担任直伝のステキ笑顔を使って脅しをかける。 「ちっ。しらけちまったぜ・・・」  そう言って去っていく。まあ、こんなもんか。 「桜ちゃん。できるなら一人で出歩くのは・・・って」 「今暇かいお嬢さん」 「また捕まってるーーーー!!!」  しかも今度は中年かよ。  ん、あれはもしや? 「どうした、李緒?」  親父だーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!! 「おい、クソ親父。仕事もしねえで何やってやがる」 「はっはっは。お前の父親は無職だぞ? 知らなかったか?」 「おじさん。お久しぶりです」 「可愛くなったねえ、桜ちゃん。前にあったのはほんとに小さかった頃だからなあ」  まったく・・・鈴とまともな会話ができる俺が知る中でただ一人の人物が来てしまった・・・ 「久しぶりです。おじ様」 「ああ、君も元気そうで何よりだ。李緒との仲はどうだね」 「嫌ですわおじ様。そんな野暮なことお聞きになって。も・ち・ろ・ん、ラヴラヴですよぅ」 「それは結構。鈴ちゃんが俺の娘になる日も近いかな」 「じゃ、練習しとかないとっ。お義父様」 「はっはっは。では、李緒をよろしく頼むよ」 「任せてください。お義父様」  あーもうこの人たちどっかいってくれ・・・ 「親父、何しに来たんだよ・・・」 「若い娘の観察」 「帰れ」 「二割がた冗談だ」  二割かよ。 「李緒、忘れ物だ」  これは・・・スイカ? 「そうだ、スイカ割りだ。目隠しして、目を回してお嬢さん方の胸の中へ! ああっ、おじ様のえっち(はあと)」 「キモいわっ!」  もうやだ・・・泣きそう。 「あースイカだー」 「スイカ割りー」 「そうだな、それもいいだろう」  どっから湧いて出た。おまえら。  というわけでスイカ割り開始。 「で、俺が最初か」  五回転の後、ゆらゆらと歩き出す。  トス。砂をたたく感触。 「へたれー」 「へたくそー」 「いくじなしー」 「ちょっと待て! 何故そこまで言われにゃならん」 「ノリよノリ」  鈴、手前いつか殺す。  二番手は修。  目隠しをしているのにも関わらずスイカにまっすぐに向き合う。  流石・・・だ。 「明菜君」 「はい」  ・・・なんだ? 弓?  修は持っていた棒を矢にして弓を引く。  そして矢は・・・見事命中した・・・  すげえ・・・ 「ダメだよ。修君。ちゃんと割らなきゃ」  そうだそうだ、と四方から聞こえる。  あれはあれですごいと思うのだが・・・スルーか? 「ああ、すまない。しくじった」  あ、謝るんだ・・・  三番手は鈴。 「よーし。見てなさいよ。必ず割ってあげるわ」  なんか嫌な予感がする・・・  鈴はまっすぐに歩いている。  俺のほうに。  俺、逃げる。鈴、追ってくる。  棒をぶんぶん振り回しながら・・・ 「ちょっと待てえ!」 「そっちか! 待てえ!」  やめうわなにすん。 「とったーーーーー!」 「うわっ」  よ、避けられた・・・  俺、生きてる・・・よね? 「結局、割れなかったじゃないか」 「まったく、そこまで追い詰めといて・・・」  あの・・・僕達がやってるのってスイカ割りですよね?  で、結局誰も割れやしない。  梓野さんと桜ちゃんは力不足で割れなかった。  明菜ちゃんはちょっとだけ、ひびが入ったけどやはり力不足。  傀儡吊は・・・修に対抗して弓を使うとか言い出した。  もちろん、あたるわけもなく・・・いや、俺に当たった。 「だからちゃんと割れって言ってるでしょーーー!」 「外したお前に言われたくないっ」  すいません、こいつらスイカと俺とどっちを割るつもりなんでしょう?  そして・・・ 「まだまだ若いな」  親父が出てきた。 「つうか、子供のイベントに混じるなよ」 「持ってきたのは俺だ」 「・・・・・・」  目隠しをした親父は右手で棒を持つ。 「見えたっ!」  ・・・・きっちり七等分に斬った・・・・・・ 「で、俺の分は?」 「何を言っている、外した奴にはやらん」 「傀儡吊とか鈴だって外したろー」 「傀儡吊の坊主はちゃんとお前に当てたろ。鈴ちゃんだってお前が避けなきゃ当ててた」  ・・・・・・もういいです。 「あの・・・李緒お兄ちゃん。食べる?」 「ありがとう? 桜ちゃん。でも、それは君が食べるんだ。負け犬は食べちゃいけないんだよ・・・」  夕暮れ時、静かさと同時に少しさびしくなる時間帯・・・ 「春日、そのまま聞け」  俺の隣にいきなりやってきた傀儡吊がそんなことを言った。 「もっと強くなれ。でないと、アリスに殺られるぞ」 「な・・・何を言って・・・」 「ジミニー・クリケットはピノキオの良心だから。伝えるべきことは伝えないとな」 「お前!」 「大声を出すな、梓野に感づかれる」 「お前がジミニーだったのか」  あーこいつが「びよよ〜ん」とか言ってたんだ・・・なんか納得。 「ああ、そして、梓野がドロシーだ」 「そんな事、俺に言っていいのか?」 「・・・あいつにハッカーを辞めさせてくれ・・・それだけだ」  その言葉は、俺が聞いた傀儡吊の言葉の中で一番真剣な言葉だった・・・・