「というわけで、今日からあなたのパートナーになった昇華よ」 「知ってます」 「何よ。ノリが悪いわね」 「いいえ、別に」  結局あの後、放課後まで目を醒まさなかったし・・・ 「まあ、これからしばらく君の事を苛め抜い・・・鍛えてあげるから覚悟しなさい」 「そうですね。覚悟しときます」 「そんなんで大丈夫? 今日は特別に楽しい仕事貰ったんだから」  不安だ。とてつもなく。 「とにかく修が時間を稼いでくれてるんだから急ぐわよ。  さっさと倒したいところだけど、君のために足止めだけしてもらってるんだから」  なんと悠長な。 「で、どんな奴です?」  まあ、それほど手強い奴でもないだろう。 「黒衣の集団の第七位。舌裂きの了」 「ぶぶーーーーーーーーーーー」 「おお、楽しそうね。お姉さんはうれしいぞ」 「ちょっと待て。勝てるか、んなもん」  黒衣の集団とは総員七人の小さな集団だ。  しかし、全員が高位Aクラス以上の実力の持ち主である。  クラスとは政府が指定したハッカーのランクでS・A・B・Cの四クラスに分類される。  特にSクラスに指定されている十七人は要注意だ。  カバラの10以下の一般兵はBクラス程度の実力で、これ以下はたいした脅威ではない。  高位Aクラスというのは、A−11からA−500のランクのハッカーを指し、  A−1からA−10は特に最高位Aクラスと呼ばれる。  了というのは黒衣の集団の中で一番ランクが低いとはいえA−487。  今の俺では逆立ちしたって勝てない。 「大丈夫。あんたは見てるだけ。最初から期待して無い」 「ひでえ」 「もともと、高度な実戦を見せるのが目的だからね。じゃあ、行くわよ」 「りょーかい」  現場に着くと、なにやら修が説得していた。 「確かに時間とは有限なものだ。こうして話している間にも時間は過ぎてゆく。  しかし考えても見たまえ。それほどまでに急いで行動してなんになるというのだ?  一度自分の行動を振り返ることも時には必要だと思わないかね?  いや、勘違いしないでくれたまえ。何もこれから君がやろうとしていることを止めるつもりは無いのだ。  ただ、じきに君に逢いに来る客人がいるのだ。そんな時君が行動を起こしていたらどうだね?  例えるなら、君が掃除や食事をしているときに来てしまったようなものだ。とても気まずいだろう?  私としても君を待たせるのは本位ではないのだ。人を待たせるというのはとても心苦しいものであるからね。  時間を守れない者は人として最低だと常々思っているのだが、今回ばかりは許してくれたまえ。  しかし、ここまで遅いとは・・・君も痺れを切らしているだろうがここは耐えてくれ。  私としても、君を待たせ続けるのは非常に心苦しいのだ。しかし、私も一度請け負ってしまったこと。  やはり、自分で請け負った仕事を放棄するのは、無責任だとは思わないかね。  いやいや、確かに私の都合だから、君にそれを押し付けるのも確かによくない。  そんなことをされても、君にとってはいい迷惑だろう。だが、君にとっても」 「おーい、修ー」 「おお。来たか、李緒。彼もお待ちかねだぞ」 「あ・・・ああ、すまない」  待つというかなんというか。あいつは話においてかれていただけじゃなかろうか。 「謝る相手は私ではないだろう」 「ああ、どうもすみません。わざわざお待ちくださって」  ・・・何やってんだ? 俺・・・ 「いえいえ。こちらも今来たところですから」  いや、嘘だろ。つうかなんだこの会話。 「ならいいわね。こっちも時間押してるから、さっさと死んでくれない」  昇華さん・・・あんたすげえよ。送れて来たのこっちなのに・・・ 「天上天下唯我独尊。世界は私の為にある。私の引き立て役になれることを光栄に思いなさい!」  うーん。ここまで言い切ってくれると逆に心地いいな〜。 「それでは愉しく踊り狂いましょう」  昇華のSA。双剣『ヨルムンガルド・ミドガルズオルム』  それを構えて戦う様は、まるで踊っているかのようで・・・  二本の刃は牙となり、しなやかな動きと相まって、それはさながら蛇のごとし・・・  そんな形容は意味を成さない。  ただ一言「美しい」と言えば事足りる・・・  あんな性格なのに・・・よくあんな動きができるものだ。  いわゆる馬子にも衣装ってやつか? 「さあ、かかってきなさい黒子雑用団の第七位。下働きの了!」  思いっきり間違えたーーーーーーーーーー!!!!  ヘイカモンといわんばかりに挑発し始める昇華。  相手は・・・ 「・・・・・・」  泣いている!? 地雷踏んだか!? 「フ。図星のようね。あんたは主役にはなれないのよ!」  ひどすぎる・・・こっちが泣けてきた。 「来ないんならこっちから行くわよ」  牙を構えて舞う昇華。  振り下ろされる蛇の牙は一撃一撃がとても鋭い斬撃と化す。 「だらしないわねえ。それでも高位Aクラスなのっ!」 「再起不能状態まで追いやっておいてそれを言うかっ!」 「な〜に? 李緒〜。あんたが代わりに相手してくれるの?」 「俺に高位Aクラスと戦えと?」 「何言ってんの。私とよ」  空気が凍りつく。今何ト仰イマシタカ? 「このチキンが」  何で俺はここまでいわれにゃならんのでしょう?  誰でもいいから教えてくれ。そう例えば修とか。  って、いねええええええええっっっ! 「修ならさっき帰ったわよー」  余裕ですね、あんた。  つうか、逃げたのか奴は。 「しかし、なんだかんだ言って強いよなー昇華」  実際こうやって戦うのを見るのは初めてだが、見とれてしまうほどだ。  普段の彼女とは別人に見える。  そもそも最初に会ったのは、俺が初めて双麻さんにあったときだ。 「あの子が昇華さんですか?」  とりあえず、メンバーの一通りの名前を聞かされたときにやってきたのが彼女だった。 「昇華さんなんて呼んだら怒るぞ。挨拶する時は昇華ちゃんと呼んでやれ」 「はあ」  今思えばこれは策略だったのだ。 「あの・・・」 「ん? ああ、君が新入りね」 「はじめまして。よろしくお願いします。昇華ちゃん」  こめかみを何かが掠めた。 「今なんて言った?」 「は・・・はじめまして」 「そうじゃなくて」 「昇華・・・ちゃん?」 「聞き間違いじゃなかったようね〜。ん〜死にたいのカナ?」  怒ってる・・・顔は笑っているけど目は全っ然笑ってない。 「いや・・その・・・双麻さんが」 「あんのバカ春がぁ〜っ。新入りに何教えてやがるっ!」  豹の如く走り去る昇華。既に脱兎の如く逃げ出している双麻さん。 「まてっ。冤罪だ!」 「なら何故逃げる〜!」  初日の教訓。彼女は絶対にちゃん付けで呼んではならない。  ・・・以上、回想終了。  ろくなもんじゃねえな・・・  いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。  昇華の戦い方を目に焼き付けておかないと。 「蛇牙(スネイク・ファング)」  昇華は剣を逆手に持ち、相手の肩目掛け一気に振り下ろした。 「あれが・・・蛇牙」  悪戯神の娘(ロキ・チルドレン)の異名を持つ昇華の三技のひとつ。  高速で振り下ろされる二本の牙が敵を切り裂く・・・らしい。実際見るのは初めてだ。  三技にはあと、蛇突とオロチというのがあるらしいが、くわしくは聞かされていない。 「どうしたの? これで終わり? これで高位Aクラスとでも言うの?」  うわー。かなりいっちゃってるね、あの人。 「もっともっともっと私を楽しませてくれない?」  言動はかなりいっちゃってるのに、動きは全く乱れていない。  だが、昇華がたとえ強いといっても、仮にも高位Aクラスだ。  このまま終わるとも思えない。 「さよなら、ぼうや。もう少し強くなってから出直しておいで」  昇華が決めにかかる。 「蛇牙」  耳を切り裂くような金属音。  了の手には盾。  昇華の手からは剣がなくなっていた。  ヨルムンガルド・ミドガルズオルムともに、昇華から離れたところに落ちている。 「ちっ」  昇華が舌打ちをする。  どうやら突如出現した盾で剣が弾かれたらしい。 「ボクを甘く見てたようだね。悪戯神の娘さん?」  まさか、昇華の手から武器を奪うとは・・・やるな・・・ 「結構やるわね・・・」  昇華にしてもこの評価。手強い相手だ。 「まさか、一人称がボクとは・・・」 「って、そこかいっ!」 「いきなり何よ。大声なんか出して」 「何よじゃねええ! 一人称なんてどうでもいいだろ! てっきり手強いとか思ったんだと勘違いしたじゃねえか!」 「実際手強いわよ。一人称がボクの美少年。お姉さんそうゆうのに弱いのよ」 「何言ってんだあんた!」 「じゃあなに? あんた女の子の一人称がボクでもあたいでもどっちでもいいっていうの?」 「そりゃあ、それだったらボクっ娘のが好きだけどさ!」 「じゃあ、どんなのが好みだっていうのよ」 「俺が一番好きなのは・・・って! んなことどうでもいいんじゃボケ!」 「ちっ」 「ちっ、じゃねええ!」 「まったくそんなに大声出して疲れない?」 「誰のせいだと思ってるんだああ!」 「さっきから文句ばっかり言って・・・  あんただって、相手が自分の好みのゴスロリ系の美幼女とか美少女とかだったら戦いにくいでしょ」 「それとこれとは話が別だあああ!」 「あら、否定しないのね。図星?」 「うるせえ!」 「ふふ、してやったり。まあでも、冗談抜きに戦いにくいのはほんと。  できるだけそうゆうのとは戦わないようにミズホにも言われてるし」  ミズホさんと昇華は旧知の仲らしい。  昇華はどうもミズホさんに頭が上がらないようだ。 「じゃあ、どうするんです?」 「どうもこうも私が戦うに決まってるでしょ。ほんと、こうゆう子には弱いのよねえ。  すっごくかわいいんだもの。ほんとうにいじめがいがあるわ」  う・・・今、聞いてはいけないような言葉を聞いてしまったような気がする・・・ 「ねえ、ぼうや? 悪戯神の娘から剣を奪ってはいけないって聞いたこと無い?」  そういって鞘に手をかける。 「私、実はこっちのほうが得意なのよねえ」  もしや、これは・・・ 「じゃあ、再開と行きましょうか?」  棒術! 「えい」  繰り出される正確無比の突き。  盾の中央、ただ一点を狂いなく打ち続ける。 「そろそろ終わりかなっ!」  それが最後の一撃。盾は跡形もなく粉砕される。  昇華の勝ちだ。 「奥の手は最後まで取っておく物よ」  ん?  あれ?  最後の一撃?  俺はてっきりあれで終わりだと思ったのだが・・・  昇華は鞘で了を打ちつける。何度も、何度も! 「これで終わりなの? 盾を再構築して防いで見たら?  もっと別のSAは無いの? あるなら早く出しなさい。  Hurry! Hurry! Hurry! Hurry!」 「「ひいいいいいいい」」  了は怯える。俺も怯える。  誰か助けてと心で叫ぶ。 「昇華! ストップストップ!」 「何? 李緒? せっかくいいところなんだから邪魔しないで」 「いや、そろそろ女王様発言が出てきそうなんで」  靴をお舐めとかなんとか。  まあ、それ以上にやばい台詞がでてきそうだからってのもあるのだが。 「まあいいわ。あとよろしく」 「やるだけやって後任せかよ!」 「それぐらいはしなさい」 「はいわかりました」  なんか怖いので言うとおりにする。  CSDのデータを取り、強制転送する。 「昇華やりすぎだ。もう少しで死ぬとこだったんじゃないか」 「棒術の真髄は“不殺”よ。その辺は大丈夫」 「嘘だ・・・」  双剣の時のほうが、そのあたりの心配りはあった気がする 「剣だと手加減して無いと殺しちゃうからねー。  その辺、棒術だと手加減しなくてもそう簡単には死なないもん」  死なないもんって・・・・・  この人なんか間違ってます。 「それに今回は特別。相手が私好みの子だったからね。つい」  ついって・・・あんた・・・・ 「李緒は私の好みじゃないけど、いじめがいの才能はあるから、目一杯可愛がってあげるわ」 「そんな才能いりません」  だいたいなんだよいじめがいの才能って。 「口答えは許さないわよ♪」 「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」  ある意味、鈴以上の天敵が生まれた瞬間である。