猛虎姉SS 「ランチタイムのケダモノ」  お昼のランチも終わる頃、角煮町をふらふらとうろつく一匹の少女が居た。  おなかをへらした猛虎姉(もうこねえ)、である。  彼女、仮にも”虎の子”だという自負があり、けっこうプライドが高い。もっとも、だからこそ苦労ばかり多いのだが…。 『武士は食わねど高楊枝』  ということで猛虎姉、ランチ戦争に負けたことを必死に隠しているのだ。  頼りない足取りとは打って変わって、きらりと輝く牙のあいだに爪楊枝を挟んでいる。どことなく、ご満悦なご様子だ。 「うふふ、むふふふふふ、ぬふふ…! 」  彼女の瞳が光って唸る、お前を食せと轟き叫ぶ。もはや、限界寸前だ。道端の猫たちは、彼女の放つケダモノのソレに怯えて少しずつ去っていく。  以下、彼女に近づいた愚かなる被害者たちの記録である  揚妖狐(あげようこ)は、いわゆるお稲荷サマの一種である。  平たく言えば「目立つこと」と「騙すこと」を好みとしており、まあ悪趣味という他にない。   そんな彼女のこと、「空腹そうな人間」なんて面白そうなものを見つけてじっとしていられようものだろうか? 否だ。  さっそく揚妖狐、店屋の軒先にある「レプリカ」を調達してくる。  しかも特大オムライスだ。オムライスなら、オムライスならきっとやってくれる…!  遠方を見渡すと、なにやら両手をぶらぶら揺らしながら歩き回っている猛虎姉を探し出した。  道端にエサを置き、百発百中の奥義「落とし穴」を仕掛けるだけだ。もちろん、あっけなく落っこちても「竹ヤリ」などの物騒なものは仕込んでいない。安全なよう、プールになっている。 「さあて、これでズブ濡れよん…♪ 」  なお救助のことを考え、すでに彼女もまた水着姿で木陰の裏にスタンバイしている。二人で遊ぶために買ったウォーターガンもある。準備は万全だ。  ふらり、ゆらり、のらり、くらり。  はぁ、はぁ、はぁ。艶めかしい…を越えて生暖かい吐息を吐きながら、一匹のケダモノが歩いていた。  効果音さえあればいつだってビームの一つや二つくらい打てそうな、無感動な丸い目をしている。拘束具である胸部のサラシ巻きが、今にもほつれそうだ。 『オムライス』  彼女の視界に、ソレが入った。 『でっかいオムライス』  猛虎姉、沈黙。 『でっかいでっかいでっかいオムライス』  猛虎姉、再起動。 「ウオヲォヲォヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲオゥン…! 」  ビーストは飛ぶ。    高く、早く、遠く。  縦に身体をひねり、回転するナイフのように飛ぶ。  スポンジをえぐるようにエサへ突き刺さる手刀。着地の衝撃により落とし穴が開く刹那、そこにもう彼女は居なかった。 「わたしのこと、だましたのね…! 」  揚妖狐は、耳元に聞こえる小さな声に震え上がるしかなかった。 「おばあちゃんが言っていたの…。たとえ友達でも、相手にしちゃいけないことが二つあるって…。一つは、苦しんでいる友達を助けないこと…」 「あと一つは…? 」 「――忘れた♪ 」  以下、流血描写等を省略させていただく。  では、これにて終わりと相成ります。    モ ウ コ ネ エ ヨ !