東京外国語大学教授 渡邊啓貴
 
 フランスでは五年任期の大統領選挙戦の終盤を迎えています。今日はこのフランスの大統領選挙のポイントについてお話ししてみたいと思います  

今月22日に第一回目の投票が行われ、5月6日第一回目投票の上位二名の間で第二回投票が行われます。
今回の立候補者10人の中で、現在決選投票に残る二人の候補は現職のUMP民衆運動連合のサルコジ大統領・現職候補と社会党オランド候補と予想されています。この二人は世論調査では第一回投票で30%近くの支持率をえるといわれています。そして二回目投票ではオランド候補が10%近くの大差をつけて勝利するという予測が出されています。
この両候補に対して、極右「国民戦線」のマリーヌ・ルペン候補と左派の「左翼戦線」の元社会党有力者メランション候補はいずれも15%前後にとどまるとみられています。中道派バイルー候補は10%未満とみられています、
一昨日には第一回投票前の最後の大きな大会が開催されました。サルコジ陣営はパリのコンコルド広場で、自分の勝利は戦後の経済成長の再来を促し、保守派の歴史的節目となろうと訴えました。これに対して優位に立っているオランド陣営は同じくパリのヴァンセンヌ公園の前の広場で集会を開催し、サルコジ政権の失敗を非難し、冷静に確信をもって勝利に臨むように有権者に呼びかけました。
私は1980年代以後フランスでのほとんどの主だった選挙とすべての大統領選挙を現地で視察してきましたが、世論調査の結果が覆ることはなかなかありません。今回はどうなるのでしょうか。注目したいところです。
 
 それではまずオランド候補がなぜ優勢なのか、についてお話ししてみたいと思います。
それは、経済面での現状に対する国民の不満が強いからです。サルコジ大統領は五年前に「もっと働いてもっと稼ぎましょう」というスローガンを掲げ、ました。市場競争の原理をフランス国民に定着させることによってフランスの活性化を図ろうとしました。しかし2008年リーマンショックの影響を受けた低迷からフランスも逃れることはできませんでした。
1990年代後半以来はじめて失業率が10%に至り、雇用・景気、財政赤字の回復の見通しが立たない状況ではサルコジ大統領に旗色が悪くなるのは当然です。
競争原理の導入を強調することは、「強い者」「富めるもの」の論理になりがちです。これに対してオランド候補は、弱者や庶民の生活を第一に考えていこうという立場ですが、経済政策論争の論点が不明瞭な今日、フランスではこのような立場を社会主義とみなしています。
オランド候補は雇用増大、教育重視、年金給付制度の改正などの政策に重点を置いています。たとえば2017年には教員6万人の雇用増を実現することですが、その多くは幼稚園・小学生教育部門での雇用です。そのほかにも新学期手当の25%増額、60歳になった時点での年金の満額支払いなども政策として打ち出しています。つまり手厚い社会保障を進めていく政策です。
もちろん社会保障優先政策にはその財源をどこに求めるのか、という議論はフランスでもあります。サルコジ陣営はそこを強く批判しています。オランド候補はその財源を富裕層からの税の徴収に求めます。富裕税(ISF)の引き上げ、100万ユーロ以上、約一億円以上の年収に対して75%の高課税率を適用することなどはその目玉の政策です。
こうした経済問題についての国民的関心は高いものがあります。3月にアルジェリア系移民第二世代の青年によるテロ事件がありましたが、選挙戦に大きな影響は出ていません。失業・社会保障などを争点として認める国民が30-40%を占めるのに対して、テロ・治安を争点化する意見は10%にとどまっています。
 加えて、オランド候補自身のイメージがあります。エリート校出身の経済学者でもありますが、81年に今日の第五共和制になって初めて社会党政権の樹立に成功したミッテラン大統領を信奉して政界に身を投じた人です。実直な典型的な党人政治家で十年以上社会党の第一書記、つまり党代表を務めてきた人柄には定評があります。2002年前回の大統領選挙ではその事実婚のパートナーであったセゴレーヌ・ロワイヤル社会党候補を支えました。
 
 今回の選挙戦はこれまでになく、盛り上がりに乏しいといわれます。
ひとつには左右有力候補には派手さがないことです。までは、突出した人気を誇ってきたIMF前専務理事で社会党の大物政治家ストラス・カーンが昨年5月に買春容疑で失脚し、オランド候補が浮上してきたという経緯があります。他方で、人気がないにもかかわらず、党内人事の掌握にたけたサルコジ大統領の立候補は既定路線で、保守派の中で候補者選びのための目立った争いはありませんでした。
もうひとつは政策論争が低調であることです。80年代以来 左右の経済政策は決め手を欠いています。その意味ではフランス国民の政治離れを懸念する声も強くあります。棄権率の高さがオランド陣営では心配されています。社会党は浮動票に大きく依存する政党だからです。世論調査では、32%というこれまでにない高い棄権率となるという予測もあります。2002年に極右政党ルペン候補が社会党候補を破って決戦投票に残った時の棄権率は28%を超えていました。

最後にこの選挙が及ぼすヨーロッパへの影響についてです。サルコジ大統領はギリシアの財政危機の救出に尽力してきました。一月のEUの新財政安定協定は各国に厳しい緊縮措置を求めたものです。オランド候補はこの協定を再検討すると主張しています。国際条約ですから、そう簡単に修正は可能ではありませんが、これはドイツとの摩擦を起こしかねません。また5月6日フランス大統領選挙と同日にギリシアで総選挙が予定されています。ギリシア国民はこの財政安定協定に反発して左派が勢いを得ているといわれています。フランスとギリシアで同時にこの財政協定に反発する政権が誕生するということになると、EU通貨統合、財政統合への道に大きな影響が出てくることも考えられます。
 
フランス政治はもともと19世紀以来多数の政党が分立して合従連衡を繰り返しながら政府を構成するという伝統がありました。現在の第五共和制が1958年に成立するまでの内閣の平均寿命は一年に満たないものでした。その意味では現在の日本の事情によく似ています。これでは政治は安定しない。
それゆえ決戦投票で強い権限とリーダーシップを持つ大統領を直接国民投票の形で決め、政治をリードしていこというのが現在のフランス大統領制です。こうして選ばれた大統領は強い権限を持つリーダーです。したがって選出された大統領は首相の任免権と議会の解散権を持ち、公約の実現には大きな権限を行使します。そして五年に一回、このリーダーシップと政策の成否が問い直されるのが大統領選挙です。それはある意味で民主主義の原点でもあります。
こうしてみると、日本政治のリーダーシップの在り方を考えるうえで、フランス政治に注目することから新しい発見をすることも多いのではないかと思います。
先にも述べましたように私は長い間現場で多くのフランスの選挙を見てきましたが、こうした気持ちはますます強くなります。こうした観点から、今回のフランス大統領選挙に注目してみるのはいかがでしょうか。