「世界」２月号の普天間特集 - 問題を解決するのは花神の伊波洋一
名護市長選から３日後の1/27も平野博文の暴走は止まらなかった。開き直りに次ぐ開き直りで、「地元との合意は不要」「法的措置はある」の発言を繰り返している。昨日は参院予算委の答弁に立つ場面があったが、野党の追及は手ぬるく、平野博文の増長を一撃する質問にはほど遠いものだった。沖縄の民意が踏みにじられている。踏みにじっているのは、沖縄県民が期待を託して一票を入れた民主党政権だ。国会で野党が何も追及できないのなら、ジャーナリズムがその任を負わなければばらないが、残念ながら、今日の朝日新聞の紙面には平野博文の暴言問題について一行も記事がない。不自然に沈黙している。やはり、官房機密費が新聞幹部に流れているのだろうか。ようやく、中日新聞（東京新聞）と西日本新聞が口を開いた。地方紙には官房機密費は行き渡っていないようである。だが、地方紙の反応も鈍すぎると言わざるを得ない。同じ事が自分の県で起きたらどうするのか。米軍基地の建設を押しつけられ、反対する首長を地元住民が選挙で当選させ、官房長官が地元との合意は不要だと民意無視の発言をしたとき、その新聞社は黙って口を閉じているのか。それとも、それは問題が起きた県の自己責任だから、その県の新聞だけが反論すればいいと言うのか。何故、地方紙は沖縄の問題を自分の問題だと考えられないのか。琉球新報に加勢して声を上げることができないのか。
「世界」の２月号が普天間問題を特集している。この号は平常より販売が好調だろう。記事を寄稿している論者は、寺島実郎、入江昭、西谷修、我部政明、翁長雄志、宮城篤実、伊波洋一、鈴木宗男、ダスティン・ライト、外岡秀俊、屋良朝博、前泊博盛となっていて、質量ともに充実した執筆陣が並び、編集部の力の入れ方が目次の一覧から伝わってくる。寺島実郎は、月刊誌の「世界」にエッセイを連載していて、嘗ての「文藝春秋」の司馬遼太郎の「この国のかたち」のような位置になっている。この連載はＴＢＳのサンデーモーニングの解説と並んでレギュラーの仕事の重要な一つだが、通常は３頁で終わる小稿を今回は特別篇として８頁の分量に増やした。記事の中身は、年末からずっとテレビで言い続けている話をテキストに纏めたもので、特に新しい分析や提言はないが、「普天間移設問題の真実」と題した大型特集の基調論文として鎮座するに相応しいジェネラル・セオリーとなっている。要するに、冷戦期の日米安保の固定観念から脱却して新しい時代の日米関係を再構築せよという耳にタコの主張である。だが、どれほど聞き慣れた議論ではあれ、「日米同盟の危機」だの「米国は我慢の限界」だのと、親米保守のマスコミがプロパガンダのシャワーで国民の日常を洪水状態にしている中で、寺島実郎のメッセージは何度でも繰り返し発信されて言説空間の中でシェアを確保しなければならず、言論戦の銃弾を撃ち続けなければならないのである。
豪勢に並んだ執筆陣の中で、私が特に注目したのは、我部政明（琉球大学教授）の「普天間問題の淵源」と伊波洋一（宜野湾市長）の「日本を最前線化する新基地建設」の二本の記事である。我部政明は、５年前の２００５年１２月号の「世界」（特集−米軍再編の真実）にも寄稿していて、「沖縄に新たな基地を作る余地はない」と題した記事が印象深く読んだのを覚えている。前回も啓発されたが、今回も大いに勉強させられた。今回の記事のテーマは、特に１５年前の出来事、９５年から９６年に何があったかという問題だった。９５年９月の少女レイプ事件を発端として沖縄で空前の反基地運動が盛り上がり、大田昌秀知事（当時）が米軍用地契約の代理署名を拒否した経緯から始まり、ＳＡＣＯの中で普天間基地の代替案が検討され、紆余曲折の中で辺野古沖案が浮上する過程が整理されている。短い論文に纏めために窮屈な感じはあるが、重要なポイントが押さえられていて非常にわかりやすい。ここに書かれた内容がテレビのドキュメンタリー番組として制作され放送されれば、沖縄問題の世論はずいぶんと違ってくるのではないかと思うのである。この記事は、まるでテレビの報道者のために書かれた原作のようだ。ニュースステーションが始まった頃は、こうした感じの１５分か２０分ほどの特集報道をよくやっていた。時事の問題を過去に遡って追跡し検証する報道があった。テレビの報道マンとは、こうした特集を企画し、過去の資料映像を探し集め、今を撮り、編集できる人間のことだった。
我部政明の記事の中で次のような件がある。「日本政府と沖縄県の関係は、政府の繰り出すお金を軸に、県知事の態度変更を誘い出すには有効だった。（中略）それ以降、日本政府は経済振興策を梃子にして沖縄の保守層を鼓舞し、知事選挙や名護市長選挙に関わっていく。この過程で、日本政府の沖縄米軍基地問題への取り組みにおける県知事の影響力が低下していった。政権を握っていた自民党や公明党というチャンネルだけでなく、むしろ官僚、とりわけ防衛省（庁）や内閣府のなかで沖縄の米軍基地と関わる役人と、沖縄県内の政治勢力との直接的な結びつきが増大していった。つまり、官僚は、所管事項の範囲内で個々に派生する基地問題について、地元の自治体のみを相手として対応していったのである。米軍基地は沖縄全体に影響を及ぼす問題であるにもかかわらず、その関係者問題の範囲が極小化されていった。それはまた、ごく普通の沖縄の人々が具体的な基地問題から排除されて過程でもあった」（P.432）。この部分には考えさせられる。 記述の表現は総括的で抽象的である。だが、我部政明の頭の中には具体的な事例が幾つもあるのだ。この内容はぜひ具体的に詳しく説明して欲しい。一言で言えば、政府総がかりの沖縄買収工作であり、その主役は政治家ではなくて官僚だったという事実である。官僚が予算（カネ）を持って沖縄の自治体に行き、首長や議会を接待づけにし、ハコモノ予算をバラ捲き、基地反対運動を封殺していったという話である。革新系の首長を出させないようにカネを撒いたという話だ。
我部政明は、「それはまた、ごく普通の沖縄の人々が具体的な基地問題から排除されて過程でもあった」と書いているが、このプロセスは実際にはもう少し政治的に生臭い話のはずで、いわゆる革新系の基地反対運動が潰され、そうした運動が民意を吸収できず、住民の期待や要求の受け皿になれなくなり、政治的にも退潮して勢力を失っていった現実が念頭にあるのだろう。そうした情景を想像するのはたやすい。そして我部政明の議論を聞きながら思うのは、沖縄の基地問題において最も重要なターニングポイントは、９８年の沖縄県知事選で大田昌秀が稲嶺恵一に敗れた事件だったのではないかということである。あの選挙で革新側が勝ち、大田県政が３期、４期と続いていたなら、我部政明の言うような官僚による沖縄の買収工作も進捗することはなかっただろうし、普天間問題（辺野古問題）も今とは違った展開になっていたのではないかと思われる。テレビの報道を見ても、また「世界」の論文を見ても、沖縄は常に自治体の選挙が基地問題の賛否と政治対立の場にされ、住民同士が二つに引き裂かれたという言説がある。そのことを沖縄の人間は被害者的に憤って語り、また東京の報道の人間は気の毒に思う態度で申し訳なさそうに語っている。その様子を見て、何が違うのではないかと私には思えてならない。沖縄の自治体選挙が基地問題を問う選挙になるのは当然ではないか。それが避けられたように言うのは幻想か欺瞞か詭弁だ。沖縄の場合、政治選択の全ては基地問題が第一で、住民の意思を反基地で統一して、その姿勢を徹底して本土に示さなければならなかったのである。
伊波洋一の「日本を最前線化する新基地建設」は面白い。論文ではなくインタビュー記事だが、いわゆる普天間問題を理解する上で必要な知識と最新の情報が最もコンパクトに収められたテキストである。これは、基地を抱える自治体の首長が語っているというより、安全保障のプロフェッショナルが研究者の視点で語っている内容であり、まさに普天間問題の論壇をリードする第一人者の議論そのものだ。「世界」の特集に記事を上げているほとんどの論者が、伊波洋一が１１月に問題提起した米軍海兵隊のグアム全面移転計画の内部資料を参照し言及している。実際のところ、１１月の問題提起の政治的影響は大きかった。日米政府が１２月中に現行案で最終決着させようとした政治を押し止め、５月決着の先延ばしに至らしめた抵抗の最大の原動力は、伊波洋一による米内部資料の暴露にあったと言って過言ではない。このようなプロフェッサーが宜野湾市の市長をやっていたことが奇跡のようであり、この時期の天佑に感動を覚える。普天間問題についての分析と知見において、伊波洋一を越える説得力を持った人物はいないだろう。誰も伊波洋一を論破できない。まさに花神、村田蔵六のような男である。伊波洋一は琉球大学の理工学部物理学科を卒業、宜野湾市の市職員の経歴の男だった。花神的で素晴らしいではないか。伊波洋一によれば、米側が辺野古移転に拘るのは、沖縄に本格的で最新鋭の艦隊基地が欲しいからで、日本政府が３０億ドルの軍港をプレゼントしてくれるからだと言う。これから米国は軍事費を削減せざるを得ない。しかし、この新軍港は太平洋に出る中国海軍を押さえる戦略的要衝として喉から手が出るほど欲しい。
中国海軍の艦船(潜水艦)が西太平洋に出て活動しようとする場合、沖縄本島はまさにその通路水域の中心にあり、出口を塞いで匕首を突きつける絶好の戦略位置になる。横須賀や佐世保と比べて拠点としてずっと好位置になる。米国が欲しいのは辺野古の海兵隊の滑走路ではなく、隣接して建設させる大浦湾の軍港なのである。その伊波洋一が、１１月の知事選で現職に対抗する野党統一候補として擁立されるという情報がある。伊波洋一が沖縄県知事になったら、日本と米国の関係は大きく変わることになるだろう。我部政明が説いているとおり、誰が県知事になるかで基地問題は劇的に変わるのであり、知事の持つ権限や意味が限りなく大きいのである。名護市長選は重要な選挙だったが、沖縄県知事選はさらに重要な選挙となる。日本の政治の転換点となる意味を持つ。決戦だ。鳩山由紀夫は５月決着を言っているが、おそらく５月に最終決着することはできない。鳩山由紀夫の器量では、県外国外に決めることもできないし、辺野古に決めることもできない。伊江島や下地島への移設も決められない。現状維持を現状維持でなく見せかけ、何か新しい解決策のように偽装して「新合意」を取り決めるだろう。普天間問題は続く。鳩山由紀夫が首相を降りても、普天間基地問題は何も解決することなく、民主党政権は具体的展望を打ち出せない。その能力がない。普天間移設を争点にすれば、社民党が連立から離れるだけでなく、民主党の党内が二つに割れる。「沖縄ビジョン」の扱いをめぐって党が二分される。だから、民主党は普天間問題を参院選の争点から外したい。少なくとも、トロイカの論理はそうだろう。普天間問題は５月を越え、１１月の知事選で真のヤマ場を迎えるのだ。この問題を解決できるのは、指導者となるのは、新知事となる伊波洋一だろう。
