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人工言語憩いの場(旧)
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エスペラントの件でもちきりですね(^-^)  投稿者:クロ  投稿日:2007年10月24日(水)04時29分34秒
  >エスペラント関連の動画
おお(^-^;

としか言いようがなく、例えば作者がどんなに否定しても、使う側の人間を見てると「それはすなわち宗教である」という主張は正しいということがよく分かりました。

「宗教」というか、もっとソフトに言うのであれば、「コミュニティ」といったところでしょうか(若い人が少ないのが残念ですね)。

>Kamelioさん
音声学知ってる人にとって[]内に文字書かれると一瞬混乱しますです(文を読めば、それが音声記号でないことくらいはもちろん分かりますが)。。

ところで、以下の文を管理人様にお伝えしていただきたいのですが、

>理解しあえた
そうですね。メールでは確かにそうでした。
しかし、こちらの事情でこうなってしまったのですから、
私が無関心のまま放置プレーというのは少し違うでしょう?

メールでお話したことと反することが起きてしまったんですから、「嘘つき」と思われても仕方ないわけです。

不信感を持たれたまま接するのは嫌ですし、あなたもこれ以上関わって欲しくはないはず。

ですから、私から身を引くことにしました。
「理解しあえた」というのは幻想…は言いすぎですが、
それを思うには、「お互い少しばかり早すぎたのではないか」と言わざるをえません。

>人工語を語る人は
これはちょっと反感を買いそうな言い方ですよ?
私たちが「エスペラントを学ぼうとしてる人間は〜」というのと同じことと思います。
あるいは、もっと分かりやすく言えば「2chは〜」と外部の人が言ってるのと同じだということです。

>それでは人工語コミュニティーが発展することを祈念しております。
ありがとうございます。「知らぬが仏」とは言いましたが、お互い知ってしまった者同士、
喧嘩はよしてそれぞれが頑張りましょう。お互いの世界を貶しあっても仕方ないですから(もっとも、今回の件は喧嘩とか貶すとか、そういう問題でないことくらいは明らかですが)。

お互いに(良悪なしに)何らかの刺激になったという点では、「良かった」と思っています。


>A.I.さん
私に、というか言語を作り始めた者にとっては良い言葉だと思いますよ(^^)

過去に同じことが何度言われ、結論やらなにやらが出たとしても、
しょせんは過去のどこかで言われたことに過ぎないのですから。

今この場にいる人間が再確認するというのはとても良いことだと思います。

>ウィキペディア
何がきっかけで保護解除となったかは知りませんが、何はともあれ大変喜ばしいことです。
 

A.I.さんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月24日(水)08時16分45秒
  >Fundamento”を特別に神聖視したり、あるいはこれを作ったことに卓見があると考えるのはいささか早計ではないでしょうか。これがなければ言語が一言語として成立しない、という定義がその言語の”Fundamento"になるはずですから、これ自体は実用上欠かすことができないものでしょう。ザメンホフが行ったのはさしずめ十二表法の制定のように、それを目に見えるものにしたに過ぎないと思います。

先ず、卓見があるということは、Fundamentoの不可侵性が「投票によって決められた」1905年の大会までのZamenhofおよびE使用者が体験した20年近くに及ぶその実用の歴史を総括した結果であり、Zamenhof個人だけに帰するIdeoではありません。

>文法的に言えば自然言語というのはそんなに大したものではないと思いますよ。

ある意味ではその通りです。
従って、自然言語もFundamentoのようなものが無ければ、容易に変化「改良」といったものが必要以上に速く進んでしまい、通時性に重大な支障が出ることは避けられません。この変化を押しとどめているのは国家による、所謂、規範文法・慣習文法または伝統文法(Tradicia gramatiko)等と呼ばれているものを押し付けるべく権力による公教育を通じた統制です。
ある意味では自然言語の多くは人工言語と云える代物なのですね。
時間がなくなりました。(続く)
 

(つД`)  投稿者:A.I.  投稿日:2007年10月24日(水)09時00分13秒
  あまりにも恥ずかしい間違いを犯していたので、訂正。
「いっぱしの作者」とか書いていますが、
辞書でよく調べたら「ひとかど。相当。かなり。『いっぱしの学者』」という訳になっていたので、
まだ単語数500の作者が「いっぱしの」とか名乗れるわけないですねw
「一介の作者」とでも脳内変換をお願いします。
日頃の日本語力不足が露呈しておりますな。
 

急激な進化の歴史  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月24日(水)09時25分55秒
  > Kamelio Japanaさん
確かに変えないところが決められていないと変化は早いですね。人工言語アルカの場合、人もあまりいないので+に働いているようです。改定のたびに学習効率が向上したり、細やかな表現が可能になったり、常に試行錯誤でパッチを当てるネットゲームやパソコンソフトに似ています。

約23年にわたるアルカの急激な変化の歴史について。(2003/10/15 の資料)
http://kakis.cocolog-nifty.com/blog/files/sadarka.pdf

権利事項とか制アルカ文法は現在の物とは違います。今は同人誌的2次創作は自由ですので。
この資料が出来てから4年の間にも、文法・語彙の調整があって、ここに載っている文法は、通称:初期制アルカのものです。
このあとに、更に調整して中期制アルカというのが長らく続きました。

現在のものは、2005年12月版、通称:後期制アルカというもので、前回のものと比べると発音・聞き取り上の便宜を考えた語形の変化が施されています。
http://www33.atwiki.jp/kakis/pages/5403.html

現在の後期制アルカの文法詳細はこちら。
http://www2.atpages.jp/kakis/%90V%90%b6%90l%8dH%8c%be%8c%ea%98_/arka.html
 

FFかドラクエか  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月24日(水)09時30分12秒
  語彙は常に追加され続けているのは勿論のこと、先日、影響アスペクト「服を着ている(脱がれたヨレヨレの服が転がっている)」と状態アスペクト「服を着ている(今現在服を着るという状態になっている)」が同じく"sab-en"だったという曖昧さが発見され、後者を"sab-e er"で表すようになるなど、ほとんど微調整の時代に入ったとはいえパッチを当てる必要がまだあったようです。
ネトゲと同じように不備があったらパッチを当てるというのは、悪くない考えと思います。

すなわち変わらぬよさを追求する当たり外れもなければ急速な進化も期待できないドラゴンクエストか
常に改良の余地を見つけようとする急速に進化するものの当たり外れの激しいファイナルファンタジーか
という例えもできますね。
ちなみにアルカの作者セレン=アルバザード氏はファイナルファンタジーが好きらしいです。著作を見る限りドラクエも好きみたいですが、程度の差を言えばFF派に分類できます。
自分は、FFは10がベストで面白かったですが、FF12の激しいハズレぶりにガックリきたり。
ドラクエは毎回マッタリ楽しめるものの、グラフィックがFFと比べると何年も旧式だし真新しさは感じられないかも。通時的統一感はあっていいのですが。FFは偶数版と奇数版、ハードの移り変わりで毎回変わるので、通時的統一感はないかなぁ。チョコボとかモーグリとか飛空挺は毎回のように出てくるのですが、世界観は中世だったり近世だったり、産業革命時代だったり、現在社会だったり、未来世界だったりで・・・・・・・。
 

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月24日(水)10時18分56秒    編集済
  エスペラント以外の話をしたらエスペラント板から追い出された。
でも人工言語板でエスペラントだけの話をしてもモウマンタイ。
なんか不公平な気もするけど、「人工言語>エスペラント」だからセーフなのかな。

↓ツッコミ

>そして改良案が大差で否決された背景にはやはりZamenhofのオリジナルが非常に優れていたという事ですね。原案でも一般の使用者の殆どは不便を感じていなかったということです。

エスペラントにもノシロにもこういう意見が多いです。なんていうか、自分らの思想に合わない知識を踏まえてない。

優れてたのではなく既に慣れてたから変えるのが面倒だったんでしょう。日本語や英語と同じです。例えば、すべての動詞を5段活用にするという「優れた案」をやる日本人はいません。慣れの問題です。
だから、これじゃザメ案が優れてたことにはならんです。で、そういうことは言語論に書いてあります。黒田さんたちはこんなところで馬脚を顕しません。(その代わりそちらと違ってエスペラントの知識はそんなにないと思いますが)

エスペラントが好きなのか人工言語が好きなのか。後者なら、言語論を読んでみてください。16年続けた人間たちの経験談ですから、それなりに役立つはずです。ただ、僕の書いたものはエスペラント思想には役立ちません。人工言語総体を見てしまう「都合の悪いもの」ですから。

>パッチ

分かりやすい喩えだと思いました。
試験→補正→再試験→補正……という流れはあらゆる学問と芸術に必要です。

あと、FF好きね。言いえて妙かも。
リアルファンタジーの嗜好に近いのはFFだし。

ブログに書こうと思ったけど、久々に爆弾投下w
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月24日(水)12時39分6秒
  ○本日の面白動画

http://jp.youtube.com/watch?v=bPcm_8PwuZ8
若い人も結構いるけど・・・・・ノリが冷戦前の西側諸国でいかにも学生運動をやっていました的な感じで・・・・・・・。30〜40年タイムスリップしているかも。

http://jp.youtube.com/watch?v=bIr6nWh_SR0
ダンスっぽいけど、マンボとかファンクとかジャズとか言いながら服しか変わってなくて動きが同じwwww

http://jp.youtube.com/watch?v=xjwWWB3NWdM
激しく微妙な腕人形wwwwww


http://jp.youtube.com/watch?v=TppJLgaMaYg
国際補助語シェア第二位のインターリングアのCM

http://jp.youtube.com/watch?v=6qM06dXkyKs
大宮とかでオフ会やるのとほとんど同じでは・・・・
 

一般教養  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月24日(水)12時47分38秒    編集済
  > セレン氏
kekko. al wain na-ax ban.

> 人工言語に興味がある人々へ
新生人工言語論 http://lanxante.higoyomi.com/index.html
特に、人工言語をやるなら人工言語学あたりは一般教養として読んだほうがいいです。文型学問は歴史を知らないと無限ループですから。
 

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月24日(水)14時33分12秒
  確かにwainだわ。

「無限ループ」は言いえて妙ですね。
動画。axetより激しく宗教くさいわけですがw
やはり架空の宗教は現実の宗教ほどインパクトがないということか。
 

セレンさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月24日(水)17時57分45秒
  エスペランチストにも政治的見解も含めて様々な意見をお持ちの方が居りますので、どうかご容赦ください。
一つだけ弁解じみた事を言わせていただきますと一組織の掲示板を運営する責任を担っている人たち=Eの活動家は、特に本職を抱えながらやっている場合は時としては猫の手も借りたいくらい実践活動に忙しいと云う事ですね。

私の様に地方在住で身近な同士がいない場合、こう言った場に少しぐらいは時間が割けるといった具合です(勿論この様な議論が好きで無ければ無理ですがね)。

>優れてたのではなく既に慣れてたから変えるのが面倒だったんでしょう。日本語や英語と同じです。

全く、その通りです。優れていたというのは、Zamenhofの発表までに数多く「提案だけ」された人工言語に比べてということです。
しかし、このことが言語の「共同体」にとって良し悪しは別として最も根幹に係わる問題を孕んでいるのですよ。もし、数十人、数百人のグループであったとしたら変えることは可能かも知れません。いやむしろ逆に別な意味でその創作者が余程の権威者で無い限りかえって混乱に拍車をかけるかも知れませんが。。。

日本語や英語と同じようにEは既にテリトリーは持たないが「共同体」ともいえる準文化圏を既に形成していたのですね。これは計画言語にとってはまさに決定的なことなのです。短期間の内に共同体の成員間で実用に帰さない言語は人工語自然語の区別無く歴史の表舞台からは退場して行くのです。
この様に考えると文法的には不規則だらけの自然言語が容易に捨てられていっていない理由もお分かりでしょう。

もう一つ追加しておきますと、Eはその後に提案されたIdo等の有力な人工言語に比べてみてもアポステリオリ言語としては実用面では遜色ありません。

それは、当時の印欧言語中心嗜好の多くの言語学者の見解に比べZamenhofのEは「諸言語に分かれているが全人類」的観点からEをみると欠陥と思われていたことが、そうでも無いことが明らかになってきたということでしょうか。

Zamenhofが言語学者でなく自分の創作言語をひたすら実用に耐えうるように長期に亘り数々の実践を積み上げた上での公表だったことがEにとっては最も幸いな事だったのですね。勿論、彼がどれだけ印欧語族以外の言語に精通していたかは分かりませんが、その語彙の形成はともかく文法的には決して印欧語一辺倒には流されなかった事実は彼の天分を物語るものでしょう。

参考文献
パウロ・ロナイ著 「バベルへの挑戦」
J.C.Wells著   「Lingvistikaj aspektoj de Esperanto」
L.L.Zamenhof著  「Esenco kaj estonteco de lingvo internacia」
W.Girbert著   「Planlingvaj Problemoj」
Atanas D.Atanasov 「La lingva esenco de Esperanto」
 

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月24日(水)18時33分24秒    編集済
  あ、これはご丁寧に。

>一組織の掲示板を運営する責任を担っている人たち=Eの活動家は、特に本職を抱えながらやっている場合は時としては猫の手も借りたいくらい実践活動に忙しい

えぇ、僕も本業の英語出版をしながら夜な夜な人工言語界へのレス、辞書編集、事典執筆、小説書き、絵描きなど、色々やっておりますので、その苦労はよく分かります。

誤解があるといけないので、自分の主張をまとめておきます。

エスペラントについて

・人工言語で最大規模のもの。
・アルカも言語論もこれの邪魔立てをする気はない。アルカとは別次元の話。
・エスペラントの功績自体は認めているが、人工言語の歴史からみれば全部でなく一部である。人工言語=エスペラントという考えは誤謬。

ザメンホフについて

・言語屋の1人。事典や人工言語学の著者として客観的に見る必要があり、神格化はしない。

エスペランチストについて

・掲示板で書いてることが言語論で既に書いてあることというのが多いのが気になる。もう少し人工言語を勉強してほしい。

肝心の主張

・エスペラント止めなくていいし誇りを持って勉強していいけど、言語論読むなりして人工言語の知識をもっとつけてほしい。
 今のエスペランチストを見てると「思想家」か「宗教家」か「語学屋」に見える。人工言語なのに人工言語に興味を示さない以上、申し訳ないが僕とはお話できない。

非友好的な返答で申し訳ないが、人工言語全体を見る人間として、このスタンスは守ります。
 

Kakis Erl Sax さんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月24日(水)18時42分54秒
  >3世代もすれば、だいぶ違いますよ。200年もすれば別言語ですし。というのは問題ではないのでしょうが。

言語の持っている幾つかの機能の一つに文化の伝播というのがありますね。
そう、それを可能とするにlは少なくとも3世代以上は最低限でも必要な期間かと思われます。
Eはそういった意味では十分すぎるほどの寿命を有していますね。

>結局のところ、学習効率の最低ラインを超えていれば、多少の学習効率の優劣は問題にならず、あとは古き良き第一次大戦前の平和の時代のスタートダッシュで集めた人数と、その人々即ち知識層で最低限以上の経済力を持つ人々の経済力によりデファクトスタンダードが定まるというのは、自然言語の世界と同じでしたね。

粗、その通りです。
即ち「国際共通補助語」を目指すZamenhofのEは、他の国際語を目指す人工言語にとっては幸か不幸か、人類史的には彼の時代に彼の境遇と天分と努力という偶然にも主要な要素があいまって生まれべくしてうまれたもので、その一時期を除いては大衆運動となりうるものは今後も出て来れないでしょう。

卑近な例ですが、E.PresleyやBeatlesがあの時期特有のメディアの発展段階と英語圏という条件が無ければ世界的スターには成れなかったように。

早い話がEは歴史的産物なのです。

従ってこの事はEの本来の目的の実現はエスペランチストだけの努力だけでは不可能なことをも意味しています。
この事も人類の歴史的発展段階の要請にかかるところが大なのです。エスペランチストの中にはこの事を認めたくない人も多いのですが。。。
 

Kakis Erl Saxさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月24日(水)20時55分14秒
  >人類の歴史的発展段階の要請にかかるところが大
>エスペランチストの中にはこの事を認めたくない人も多いのですが。。。

この投稿を読むエスペランチストに誤解の無いよう確認したいのですが、学習及び実践歴のある程度長い大部分のSamideanoj達は上記の私の見解を理解してくれるものと思われますが、人情として「出来れば自分の生きている間に」と願う気持ちは私と同じです。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月24日(水)22時33分30秒
  > 歴史的発展段階
懐かしいマルクス史観ワードで。
確か原始共産制→奴隷制→封建制→絶対王政→資本主義→社会主義→共産主義でしたっけ。
どの国もまるで金太郎飴のようにこういう段階と歴史法則に沿って発展し、最終的に人類皆平等に対して労働しなくても豊かに暮せる社会が来るという非常に分かりやすくザル過ぎる仮説。
実際は、国によって事情は違いますし、現実の社会主義政権は開発独裁でしたし、理想と現実は違いました。1960年代後半ごろには、日本にも東側諸国の実情が伝わり、地上の楽園などないということで落ち着いて、1970年代に文化史という新しい歴史観が発達し、マルクス史観は崩壊、という流れでしたね。
このマルクス史観自体、キリスト教の創世より最後の審判までの6000年の歴史とほぼ同じように段階的発達・最終的に理想郷に到達し安定するという「未来予想史観」とどこが違うのかと、科学っぽいけど宗教じゃないかとと。

> 時代的要因
言語の習得に一番大事なものは、差し迫った必要性のようです。発展途上国のほうが英語がうまい人が多く、日本人は日常生活では日本語だけでもなんとか生きていけますので、差し迫った必要性はありません。
たとえば、英語もフランス語もドイツ語もロシア語も横並びにそれぞれが文学や思想や科学で強かった時代なら、共通の言語があれば便利だと思うでしょうが、今となっては英語が圧倒的に強くて、英語が出来ればそこから各国語の翻訳文献が簡単に読めますし、動画サービスYOUTUBEも日本のアニメでもしっかり英語字幕が入っていて、英語さえ読めれば、大体鑑賞に堪えてしまう現状です。それに、日本は有数の翻訳大国で、日本語が読めれば海外の主要な学術文献の翻訳文が読めてしまったり。
エスペランティストにとっては不幸な時代ですね。19世紀末の世界なら楽しく夢が見られたのでしょうが。
 

セレンさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月24日(水)22時49分10秒
  >言語屋の1人。事典や人工言語学の著者として客観的に見る必要があり、神格化はしない。

大変な誤解というか、知識の欠如が甚だしいですよ。何処を客観的に見ているのですか、お聞かせください。
言語屋の一人との見解ですが、この語から受けるニュアンスは看過できません。
一つには、人工言語作成における進化の時間軸で見ると創作言語の歴史においてもEの出現はその出来栄えはとしても画期的なものです。
人工言語製作のためのありとあらゆる素材がそろっている現代とは、全く様相が異なっています。
第二に、私はZamenhofを神格化していませんが、多くのエスペランチストがそのように取られているとしたら、それには十分すぎるほどの理由があります。
それは国際共通補助語の夢の実現に彼がかけた生涯に亘る献身と努力があるからこそなのです。
かのシュライヤーにしてもヴォラピュックの製作には、Zamenhofが細部に亘り莫大な時間を費やしたというような努力は見られません。神の啓示で一夜にして作り上げたという話があるくらいです。
Zamenhofは、国際共通補助語と銘打って発表した後は殆どあなた任せといった言語製作者達とは異なり、著作権を放棄したその言語の普及のためにも身を粉にして生涯働き続けた事実も他の「言語屋」とは大違いでした。
 

Kakis Erl Sax さんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月24日(水)23時19分52秒
  > 歴史的発展段階

この用語を使うとマルクス史観と取られるのですか。
私も過ってはマルクス主義の信奉者でしたからついこの用語を使ってしまうのですね。
残念ながら、私は学問や科学による生産力の発展が必然的に平等社会がくるとは、全く考えていません。物事には必ず始まりと終わりがあるように文明にも寿命があるでしょう。
地球温暖化に拠る環境危機は発展史観の限界を最も端的に示す最近の例ですね。
Eの国際共通語化も必ず実現されるかと云えば、そうではありません。
そういう時代が来るまでには、限られた文明時間があるとすれば、その実現までには時間不足で、これまで積み上げてきた人類の歴史の方がその前に終わってしまうことも十分ありうることです。

> 時代的要因

世界中のエリートがその社会的経済的地位を維持するために大衆にお仕着せの情報を流し、大衆も情報の媒介はエリート任せの時代というのがまだまだ続きそうですね。
 

Kakis Erl Saxさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月24日(水)23時27分28秒
  >英語が出来れば

さすが。。。慎重な方はこの言葉を必ず入れざるを得ませんね。
これが前回投稿の最後に述べた私の言葉が示唆した問題の本質ですよ。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月25日(木)10時21分48秒    編集済
  いとうかんじ『ザメンホフ原作全集完成記念仮想講演会』(永末書店 1983年) P92-93

エスペラント界というのは一種の秘境で、部外者が立ち居ることを極度にきらう一方、自分たちはご本尊のルドビコとエスペラントを祭り上げることだけに熱心で、その本当のありようや正しい由来などというあたじけない代物はモヤモヤとした雲の中に閉じ込めておいて、なるべく明らかにしないでおこう。雲を吹きはらってあからさまなところをむき出しにするなんて恐れ多い不敬の仕業はするべきではない。とでもいった空気があったように見受けられます。みんながよく知っているvipurとviperのちがい、それにedzの由来など、敬虔な信者さんの中でもとりわけ勇敢なお人がルドビコ大明神ご本人に恐る恐るお伺いを立てて御啓示をいただいた数少ない例だと申せましょう。さらに正直な感想をもう少し申し上げますなら、大明神様がお授けくださったお答えの方も、これまたいかにもあたじけないしろもので、本音を吐いたつもりなのか、古い昔のことなので記憶が怪しくなっていたのか、ちょっと首を捻りたくなるようなところが見受けられます。

熱心な内部関係者もそう思っていたのか・・・・・・・・・・。しかも良く調べたら、金正日神話同様、実際はフィクションがというのがわらわらと・・・・・・・・。
ただ、膨大な著作を翻訳したというど根性は認めます。神格化するかどうかは別ですが。
努力の凄まじい言語作者を神と見なさねばならないのなら、セレン氏を神とあがめなければならないわけで、どうもなぁ・・・・・・・。これ以上ただでさえ宗教くさいアルカをさらに宗教くさくしたくないし。っていうか、ノシロ語の水田氏も神の子孫、つまり天皇家ぐらいにあがめないといけないことになるからイヤだし。

p148 その詳しい事情はまだよく分からないにしましても、こうした一等資料に記載された歴史的事実が動かせないものといたしますなら、彼が学習書を受け取ってすぐにエスペラントが分かった、そこでさっそくあの無条件の約束を贈ったという、エスペラントがたいそうやさしい言葉であることを証言する美しい神話は、本当はかなり怪しい代物だ、年寄りのウロ覚えを元にした半世紀後の創作かもしれない、ということになってしまいました。
 

the bomb is set to blow  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月25日(木)10時36分6秒    編集済
  おはようございます。
すみません、分散すると見づらいのでこちらでまとめてレスを置かせていただきますm(_ _)m

・kamelioさん

>言語屋の一人との見解ですが、この語から受けるニュアンスは看過できません。一つには、人工言語作成における進化の時間軸で見ると創作言語の歴史においてもEの出現はその出来栄えはとしても画期的なものです。

ザメンホフは普及型アポステリオリ人工言語エスペラントを人工言語の歴史のかなり後のほうで作った一人の言語屋です。ほかの言語屋同様、業績の分だけ取り上げて書きます。

「言語屋」という「み」さんの作られた人工言語の術語を使われたことに対し、レスしました。

・Kakisさん

>人工言語界の寛容なところを見せるために話し合いは拒まない姿勢でやります。

偉いなぁ。というかよっぽど腹に据えかねたんですね。普段怒らない人が怒ると恐ろしい蛍に……。

>「遺賢」(己話題で恐縮です)

バファリンの半分はやさしさでできています。セレンの半分は激しく自己愛性人格障害な妄想でできていますw

以前、大修館の「言語」の編集とやり取りしたんですが、人工言語特集の記事について話していたときに、「どこに著者を求めればいいのか分からず困った」とのお話でした。
自分が出版なのでよく気持ちが分かります。で、最近は口コミでなければネットから著者を探すことが増えてきました。今やってる僕のもネットから人材発掘しました。

人工言語は金にならない分野なので出版もマスコミも実は取り扱いがありません。なので唯一人工言語ネタを探せるのは昔の書籍かネットだけです。
人工言語の場合、特に現在はネットが唯一の窓口です。なので、英語サイトを展開してないから何ともいえんけど、日本語サイトでは自分とこくらいかなと思ってああ書きました。
あぁ、もちろん2年越しでそんな下らん自慢をわざわざした主旨は浅学エスペラントへのあてつけで、録霊で下心を見事に言い当てられてますが。


・黒田さん

記事の件、了解しました。ご面倒おかけしました。
ところで数日前に地球語の方からメールが来て、今お話してるのですが、私のメアドをここから知ったとのことで、HPにメアドを置いていないことに気付きました。
結構ないと困るものなのかなぁ……どうしましょう。管理人は黒田さんですし……。
 

(無題)  投稿者:クロ  投稿日:2007年10月25日(木)12時09分17秒
  >メアド
すみません。以前、サイトすべてのページに掲載していたのですが、
私が送ったときはそのアドレスは使えなくなっていたので消したんです。
私のアドレスを載せるわけにもいきませんでしたし、消したままにしておくしかありませんでしたm(_ _)m

ですが、ないと困るということですので下記のページに記載しました。
著作権に関する権利事項
 

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月25日(木)12時52分19秒
  あ、いえ。あのときは僕のほうから消してしまったので、催促がましくて申し訳ありませんでした。ありがとうございます。  

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月25日(木)14時57分1秒
  実はログインしている状態で人工言語@BBのメンバーリストを見ると各人にメールを送信できるので電話帳代わりになりますよ。

下記のエスペラント本を読むと19世紀の皆さんも行動パターンは同じで、雑誌で宣伝記事を載せて、一生懸命手紙を送って意見したり、煽ったり、日記で愚痴をダラダラ書いたり、似たようなことをしていますね。今の人も、掲示板やHPで宣伝して、掲示板かメールで意見したり煽ったりして、ブログで恨みがましい愚痴をえんえん書いて・・・・・。

Vastalto のエスペラントの部屋の実用エスペラント小事典(.lzh)で調べてみたのですが、「日本の椿さん」でしたか。きれいな名前ですね。

幻日辞典(.pdf)で調べても、ツバキはまだないようでした。Camelliaの由来は18世紀イエズス会助修士で植物学に造詣の深かったゲオルグ・ジョセフ・カメルに由来しているとのこと。日本語のツバキは「厚葉樹」または「艶葉樹」から。「椿」は春の季語で冬から春にかけて咲くと。そこからアルカの語形を考えてみる。

axtein /// / 椿、ツバキ、つばき:axte\in \ 18:kakis:axtemina アシュテの花。 \

alisin(金木犀)があるからこういうのもあり。
 

椿  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月25日(木)15時42分9秒
  椿は『まっしろけのぽぷり』のせいでアルカでもtsubakiといわれることが多く、だからって明らかにアポステリオリだから辞書に載せてませんでした。

いい機会だからaxteinで行きましょうかね。でも椿って花系?つまり-inにするもの?あぁ、でもtsubakiを考えればaxteozよりaxteinのほうがいいですね。音も綺麗だし。

エノキ、ヒサギ(だったかな?)、ヒイラギも要りますかw
 

(無題)  投稿者:A.I.  投稿日:2007年10月25日(木)17時18分31秒
  >「日本の椿さん」
というより、単純に、ツバキの学名からでは?学名でCamellia japonicaというらしいですよ。
 

サザンカがツバキの近縁種らしいです  投稿者:末広優  投稿日:2007年10月25日(木)17時45分15秒
  改良品種の方が別種に見えるとです…( ̄Д ̄;)
茶の木が同じツバキ属に見えないとです…
アカメガシワとキササゲが同じヒサギに見えないとです…
ヒイラギがモクセイ科に見えないとです…
スエヒロです…×3

>セレンさん
明朝taphacが入ってないので後で探してみるとです
 

vandan vanda(axte  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月25日(木)18時10分36秒    編集済
  思想を語るより黒田さんが最初に言ったようにエスペラントを使って自分たちで文をもっと書いたほうがいいでしょう。
そういうところ、激しく水田さんです。

教授法に目を向けてもっと若手の育成に備えた方がザメ先生も喜ぶんじゃないかな。
というわけで読まないだろうけど参考書。思想を語るより勉強しましょう。
先日参考に挙げてきた偉そうな、そして私にとって既読な横文字思想資料ばかりに拘泥せず。

ジャック・C・リチャーズet al.(2007)『世界の言語 教授・指導法』東京書籍


・あ、末広さん、こんちです。俺にも山茶花には見えませぬ……( ̄Д ̄;)
 

montaigne  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月25日(木)18時20分27秒
  上掲の本、言語屋にはタメになるかも。
自分は今子供ができたので直説法に価値を見出しているところ。

これは第二言語を子供が母語を学ぶように教えることで、この本のp25では、モンテーニュの例が出ている。モンテーニュは16Cにラテン語だけで育てられたとか。
当時ラテン語ってかなりアポステリオリ人工言語に近い性質を持った自然言語だったから、これを見ると人工言語でもネイティブってできるんだよなぁと改めて思ったりします。

あと、同ページを読むといかにKakisさんの力が圧倒的かも理解できたり、まぁ学ぶことが多いです。
この手の本で2500円は安いし、東京書籍というのも驚き。
 

Camellia japonicaです。  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月25日(木)19時29分47秒
  山茶花は中文ではKamelioの一種です。
これは観賞用ですが、中国ではKamelioは元来お茶の葉様として専ら栽培されていました。尚、サザンカは本来「茶山花」という語順の発音から生じたものと思われますが、中文の「山茶花」を当てていますね。
椿はあくまで日本産の語でこれにあたるE名はJapana Kamelioです。

私事ですが、週末は多忙にて皆様の満足のいく返答が十分には書けないと思いますので、とりあえず、失礼いたします。
では、また時間の都合が付けば、いつの日か書き込みますので宜しくお願いします。Gxis la!
 

(無題)  投稿者:末広優  投稿日:2007年10月25日(木)19時38分22秒
  見れました( ゜∀ ゜)でも今から夕飯;  

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月25日(木)19時59分6秒
  > axtein
確かに、見た目が木だからaxteozのほうが正しいかも。桜も花っぽいイメージでも木だからserozだし。
それにaxteozのほうがいかにも「椿」ですし。次ので登録します。

axteoz /// / 椿、ツバキ、つばき:axte\oz \ 18:seren:人工言語憩いの場:axtezom アシュテの木 \

> エノキ、ヒサギ、ヒイラギ
榎、楸、柊ですか。それぞれアルカっぽくいうとfleaoz, alisoz, xieroz.
別の意味でアポステリオリな気もしないでもないですが・・・・・・・。
柊はバラがpindin(針花)だから、pindoz(針木)または古アルカ風にpintek(針葉)のどちらかかも。
でも、xieroz(シエルの木)の方が覚えやすいような気もするし悩むところですね。

> A.I.さん
なるほど、Camellia japonica学名でしたか。

> 広末氏
アルカフォント系はこちらへどうぞ。
http://www33.atwiki.jp/kakis/pages/5489.html

> 『アプローチ&メソッド世界の言語教授・指導法』(東京書籍 2007)
今年出たものなのに埼玉県立図書館(久喜)にしっかりあるとは仕事が早いですねぇ。

そういえばパウロ・ロナイ著 「バベルへの挑戦」は読んだことがあるような。
人工言語は「バベルへの挑戦」のはずが、言語数を増やすことで逆に言語混乱を招いているとか、そういう言語混乱の世界も楽しいから楽しもうじゃないかという結論だった気が。
結構いろいろな人工言語一般からエスペラントまでの歴史が書いてあって面白かった気がします。
 

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月25日(木)20時00分8秒
  末広さん、見れてよかったです。  

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月25日(木)20時05分56秒
  axteozですか。椿といったらあの花をイメージしましたが。
axteinの音気に入ったし、それでは別の何かをあてがいたいなぁ。

>榎とか

そのまま命名したらアポですね。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月25日(木)21時35分55秒    編集済
  > gxis la
Ĝis revidoの略?til theじゃおかしいし。とりあえず、「再会まで」。
久々に過疎な掲示板が祭りになって楽しかったので、またお越しください。

そういえば、この掲示板の表示が30件ずつに増えてますね。
総レス数も2000より増えていれば安心して無駄話ができるのですが。
 

(無題)  投稿者:A.I.  投稿日:2007年10月25日(木)22時01分59秒
  >柊
個人的につけるとしたらcamozですかね。でもこれcamzomとまぎらわしいし。
と思ったらあれはほんとはセイヨウヒイラギっていう全然違う目の植物らしいです。。

>gxis la
何でしょうね。こんな略し方があるんでしょうか。
でもなんかこういう発想がヨーロッパ的ですよね。Auf WiedersehenしかりAu revoirしかり。
Arrivederciなんてのもあったっけ。……そういえば中国語も「再見」だ。
「さようなら」が特殊なのかな?確かにこれを文字通り解釈して別れの言葉だとわかるのは至難の業かも。
 

>kakisさん  投稿者:クロ  投稿日:2007年10月26日(金)03時54分56秒
  >総レス数
お祭りはめったに来ないと思いますが、とりあえず表示件数は増やしておきました。
最大保持数を突破したらこれを50件に増やします。
レス数については、teacup側の問題ですので今のところこれ以上は増えませんです。。

2chのように板ごとdat落ちすることはありませんし、それぞれがログを取っていれば問題はないと思います。
安心してどんどんお話してください(^-^)

ところで、ここまで件数が伸びるのって結構ないかも。
しかも、「人工言語憩いの場」になってからおよそ半年で(トラブ語記事を除いて)1000記事ってスゴス。。
(まぁ、主要人物の発言数が多いからなのでしょうが…)

ところで、「よろず」のほうでは粛清された方がほかにもいらっしゃるようです。
もすこし寛容になれないものかなぁ。「夢や理想だけを見ていたい」という気持ちは、まぁ分からなくもないですが、例えば学習者がエスペラントの粗を見つけてそれを指摘した発言をしたとき、やっぱり同じように警告して、拒絶された側の人間が少しでも感情をあらわにしたらすぐ粛清するのかと思うと、「それはないよ…」と思うのは気のせいでしょうか。

やっぱりヒ●ラーです…

多分、あの掲示板は扱われる話題が狭すぎるので、パスワードを知らない人間には閲覧できないようにしたほうが正解なんじゃないかなと思います(私ならそうします)。。
 

>セレンさん  投稿者:クロ  投稿日:2007年10月26日(金)04時16分39秒
  その本面白そうなので買ってみますね。
ご紹介ありがとうございます(^-^)
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月26日(金)19時39分54秒
  > 黒田さん
ヒ●ラーというかエスペラントの作者ザメンホフが嫌悪した言論統制が激しすぎるロシア皇帝かと。
エスペラントの継承者が、そのような言論封殺の徒だとは、ザメンホフもあの世でtre lamentas(na-i tin emt).


ログは必要ですね。表示数の変化があるとアルカ@wikiでのログに重複がでるのが若干問題ですが。
重複があっても、大丈夫といえば大丈夫ですが。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月27日(土)11時34分57秒    編集済
  ようやくWikipediaの「人工言語」記事もまともに歴史が載るようになったと。
やはり、中世ヨーロッパからの歴史観ぐらい知っていた方が、無限ループ回避がしやすくなっていいと思いました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E8%A8%80%E8%AA%9E

12世紀の修道女ヒルデガルド・フォン・ビンゲンが作った「リングア・イグノタ」から、なんとなく人工文字を作りたい欲求というのは変わらないようで。
文型学問は無限ループ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Lingua_Ignota

そういえば、ようやくアルカの執筆も出来そうなのですが、書籍資料がない場合、消される可能性が90%以上なので、なかなか執筆意欲が湧かなかったり。
それにアルカといっても、『指輪物語』でいう「アルダの言語」とか『スターウォーズ』でいう「作品中に登場する言語一覧」のようなもので、複数の言語の総称だし、指輪物語レベルでファンタジー部分の説明記事も多数書く必要がありそうだったりで、少なくとも100記事以上ぐらい逝きそうで面倒な気が。

とりあえず、利用者ページにメモを作ってみる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E9%9D%92%E9%B4%89/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AB

アルカは22言語(といっても上位概念も含めて)の総称と言うことが判明。
アルダの言語の40強と比べればだいぶマシですがぶっちゃけ鬼なり。
 

(無題)  投稿者:クロ  投稿日:2007年10月27日(土)15時20分45秒
  >kakisさん
ロシア皇帝…確かに。
>ウィキペディア
仕事が早くて助かります(^-^)
 

月に関して…  投稿者:soreyue  投稿日:2007年10月27日(土)21時46分1秒
  昨日、日本でも月がとても明るかったですか?
昨日の夜、韓国では(私の家を基に) 月が かなり 明るかったです。(かなりじゃなく、
おかしいほどに明るかったんですよ)
あいにく、家に変えたとたんに、お母さんから "今日が 9年(幾年か的確に知りません。)前以来に、 月が 一番 明るい日" という言葉を、 聴きました。
日本では昨日の夜、どうでしたか?
 

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月27日(土)23時34分38秒
  soreyueさん、おひさしぶりです。
そういえば明るかった気がします。
僕の家は今日台風でした。今、雨が止みました。雲の向こうの月が確かに明るい気がします。月に虹がかかっていて綺麗です。韓国は月の虹が好きですか?
 

当然です~~セレンさん  投稿者:soreyue  投稿日:2007年10月28日(日)13時02分48秒
  さて、虹が 月にかかっていたと 仰ったことから見ると、本当、不思議です…
そんな景色もありましたか? 本当に知りたいですね。
韓国では未だ、そんな景色を見たことがありませんでした。いつかは、
見られたらいいですね。
そして、セレンさん ほんと お久しぶりですね。
(本当に 久しぶりに 出会ったようです。)
 

月虹  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月28日(日)19時51分24秒
  Moonbow http://en.wikipedia.org/wiki/Moonbow
an in-ula xante man esk tin.

エスペラント界は外部者を追い出し、ただ平和に朽ちてゆくようですねぇ。

そういえば、XAn氏が軽く「ノシロ批判」批判を展開している様子。
http://blog.livedoor.jp/xangaaukeet/archives/51246846.html

「言語的特長は、ほとんど普及の可否と無関係」というのは賛成します。
ラテン語やサンスクリッド語などかなりの難度の言語でも普及しますから。
ただ、その必要性・モチベーションは・・・・・・・ノシロから、というか人工言語全般から生じているかというと甚だ疑問ではあります。
アルカは、一応、オリジナルのファンタジー小説や歌や世界観が楽しめるとか、スタートレックなどと同様に、娯楽目的というモチベーションをもたせるコンテンツがありますが。
ノシロの場合は、エスペラント同様、思想というものをモチベーション手段としているようですが・・・・・・・・エスペラントすらも相当厳しいらしいです。確かに幽霊やUFOを目撃したという話以上に耳にする可能性がないとなるとキツイかも。
↓
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/7882/1190899600/
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/7882/1160136150/
 

Zamenhofについて  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月28日(日)21時34分5秒
  >ザメンホフは普及型アポステリオリ人工言語エスペラントを人工言語の歴史のかなり後のほうで作った一人の言語屋です。ほかの言語屋同様、業績の分だけ取り上げて書きます。

先日は反論する時間がなくて、大変失礼しました。遅くなりましたが、意見を述べさせていただきます。

その前に確認したいのは、次のことです。
先ず、物事の論証には用語の定義が不可欠です。でないと論議がかみ合わないまま、感情移入も加わって不毛なものに終わってしまう場合があったり、果ては喧嘩別れで残ったのは消耗感だけという具合になったりしかねません。

また、単なる言葉尻を捕らえて根拠も無く好悪の感情が先にたった反論や論議をする性癖の人もおります。

私の場合、自分がその事を指摘された場合は、極力知りうる限りの事実や論拠を挙げて論証を試みるつもりであります。
逆に私のほうで論争相手にそのことを指摘する場合も当然あります。過去に何回指摘しても故意かどうか、または議論というもののイロハを知らないのか、諭しても埒が開かない不毛なものもありました。
そういう掲示板にはもう投稿しようという気も萎えてくるでしょう。

さて、そこで気になったのは「アポステリオリ人工言語」という語についての共通認識です。言語学では勿論「アプリオリ人工言語」と対になる言葉でしょうが、私の認識ではこの表現が単なる時間軸で示される定義ではなく人工言語の構造的本質を表すものだと考えますが、如何でしょうか。

具体的に云いますと「アプリオリ言語」とは人間特有の言語中枢を中心とする様々な脳の働きや発声器官の働きとは関係なく考案された言語で自然語には存在しないもの、またはその特徴から云って出来ないもの。
例えば、Descartesが論理的に考案した図書分類符号の様な言語。音楽(楽譜)言語等。そして、現代でも数学原理を応用した数種の演算用言語等はアプリオリなものに入ると思いますが。

それに対して「アポステリオリ人工言語」としてE以上に優れているとハッキリ言える人工言語については、私はZamenhof以前の人工語についてその存在を知らないのですが、もしあるのだったら教えてください。

従って、
>普及型アポステリオリ人工言語エスペラントを人工言語の歴史のかなり後のほうで作った
と言う見解は何を根拠に主張なされているのかお聞きしたいのです。
私の意見は、アポステリオリ人工言語として完璧なものと云えるものは、Eが最初であると思いますが。。。そういえば日本人により考案されたものもありましたね。名前は丘浅次郎のジロンゴだったかな(正しい呼び名を知っている方は教えてください)。ちょっと記憶には自信がありませんが、名詞における単複の拘りが無いという優れた面もありましたが、概してEの方が優れていることを認めて発表をせずしてエスペランチストに「改宗」した人でした。

余談が長くなりましたが、「アポステリオリ人工言語」が百花騒乱になったのはEの存在があってこそ初めて起きた20世紀初頭の現象です。
それから、IdoもInterlinguaもOccidentalも国際共通語を目的とする言語ですが、それは当然のことですが、アポステリオルなもの以外では成立しませんね。
勿論、アプリオル、アポステリオルという言語学における用語の定義が私と異なっている場合は私の反論そのものが無意味となりますからご指摘ください。
 

歴史的背景の重要性  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月28日(日)22時45分30秒
  私は、Eの存在が、より正確に言うとEの20世紀初頭における他の国際共通補助語候補に対する限定的ではあるが相対的な「勝利」が他の国際共通補助語候補の追随を事実上不可能にした、と言うようなことをこの掲示板で述べたと思います。
エスペランチストの中にもEの普及の遅さや特に英語天下の現代政治至経済情勢の中では、Stagneco(停滞)的状況からEの現況に愚痴を溢すのを「趣味」としている方が居りますが、その方は世界史の動因の本質的なものを理解しないか、次の要因のほうが余程重要かも知れませんが、未だEを実用的にこなすレベルに達していないかエスペラント界から何らかの事情があって今離れている人ですね。

E界の中で実践されている方は、その有用性には自信を持っていますから、他界から何を言われようが動揺することはマズありますまい。
しかし、Eの最終目標の実現が直ちに自己の実践と連動する形ですぐに現れないからといって、E界だけに自己の活動を限定してしますことは、E運動全般にとってもマイナス要因になりますし、大変危険なことだと私は考えております。

また、余談が長くなりそうなので、このことに関しては後日触れたいと思います。

Eの出現は、というよりZamenhofをEの創作に駆り立てた彼の生きた時代が作り出した歴史背景的なものは、彼の以後の社会、そして現代のみばかりか未来においても現れることは皆無だと思われるからです。
19世紀後半に向けてヨーロッパの列強が植民地争奪戦で群雄割拠が顕著に現れつつあった時代。
強国に囲まれて国家の独立を奪われていたポーランド民族。さらに東欧に数多く存在し、蔑まれ虐げられていたユダヤ人の存在。
また社会主義運動に鼓舞された高まりつつあった労働者を核とする民衆運動の高まり。
そういった国内外の状況の中で国際共通語補助語が民族間の不和を解決する重要な手段であると確信し生涯をかけてそのための言語の創作と普及運動に献身する動機をもったZamenhofという人物の存在。

これらの要因の総てが揃う歴史的状況がこれから生まれ出る可能性は0に限りなく近いだろうと思われるからです。

と言った訳で、
国際共通補助語運動にとってもEの完璧な失敗が無い限り他の候補が出てくる余地はないものと思われます。しかもEの失敗はたの候補が云々より国際共通語運動の全般に関しての最終的敗北となるでしょう。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月28日(日)22時59分3秒    編集済
  なんというか・・・・・・・英語版のウィキとか日本語版のウィキを見て少しでも勉強していれば、そういう質問は出ないような。まず、アプリオリ言語とアポステリオリ言語の定義について。あなたの言っているのは、人間が話すことを目的とした言語と数式やプログラミング言語の対立かと。ちなみに、ウィルキンスのような「語彙を自然言語からパクってない言語」はアプリオリに該当し、これでも人間が話すことを目的としています。アルカも「人間が話すことを目的とし、かつ語彙を自然言語からパクってない言語」に相当します。

人工言語 - Wikipedia (2007年10月27日 (土) 06:10)より

人工言語は、大半において(著者の発想と自動計算的手段を用いて)ゼロから作られた文法と語彙をもつアプリオリ言語(a priori languages)と、一つまたは複数の自然言語から由来する文法と語彙を持つアポステリオリ言語(a posteriori languages)によく分けられる。

次にアポステリオリ言語は、自然的か部分的に自然な語彙があらかじめ定められた規則に適応するよう変形される図式派言語(schematic languages)と、自然的語彙がその通常の音声と外見を保持する自然派言語(naturalistic languages)に分けられる。エスペラントが一般的に図式派とみなされる一方、インターリングアは自然派と見られる。イド語は、図式派言語として、または2つのタイプ間の中間物として様々に示される。


次、エスペラント界でも有名なルイス・クチュラさんもエスペラント前からずいぶんアポステリオリ型がドカンとたくさん出ていることを当然知っててまとめ本を書いている件について。

すでに『百科全書』において、注目はアポステリオリな補助言語に集中し始めた。ジョアシム・フェーギュ(Joachim Faiguet)は、既にLangueの記事においてフランス語の「簡潔」または規則的文法の短い提案を書いた。19世紀の間、当惑するほど多数のそのような国際補助語(IALs)が提案されたので、ルイス・クチュラとレオポルド・リューは、『普遍言語の歴史』(Histoire de la langue universelle, 1903)で38件のプロジェクトを概説した。

国際的衝撃を与えた最初のものは、1879年ヨハン・シュライヤーによって提案されたヴォラピュクであった。十年以内に283のヴォラピュキストクラブが世界中で作られた。しかしその甚だしい成功のため、この言語はその統一をその失って数年で無名状態に陥り、1887年ルドヴィコ・ザメンホフに提唱された、今日までに最も成功した国際補助語であるエスペラントに道を譲った。1907年に公式となったイド語は、エスペラントの改作である。最終的にインターリングアが1951年にに現れ、同年国際補助語協会がインターリングア英語辞典と同封の文法書を出版した。
 

人工言語の有用性  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月28日(日)23時21分3秒
  私が、今まで述べたことは、E以外の人工語創作や研究が必要ないということでは、毛頭ありません。Male(反対に)大変重要なことだと思います。

Chomskeyの変形生成文法理論の基底にある仮説は重要なことを示唆しています。彼の理論の出現以来、言語学は大脳生理学や人体器官が先天的に有している機能と切り離して「自然語」を論じることが出来なくなりましたし、言語学の発展自体も大きな飛躍を遂げています。

詳しいことは、ここで簡潔に述べる能力は私にはありませんが、今の段階で云える事はEは言語学の科学的展開の契機となった記述言語学による世界の言語分布から見て、またTransformationalGrammarの観点から見ても粗平均的な言語に属していると言うことです。代表的なものを挙げると、SVOの語順についても然り、母音が5つと言う点においても然りであります。屈折・膠着・孤立の語形に関しても等々。

またEのFundamentoが不可侵性にも「目標達成までは」という条件が付いている訳で近い遠いは別として将来の地球社会の状況に合わせてその時代における共通補助語についての学識者の指導助言により、さらに完全なもの(今の段階では想定不可能ですが)へと進化する可能性もあるのです。
そのためにも「人間にとって実用可能」な計画言語の研究は大いに役立つものだと思いますよ。
 

Kakis Erl Saxさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月28日(日)23時56分5秒
  あなたの見解と言うか何方が書いたか分かりませんがウィキの書いてることは分かりました。
私も今の記憶では不正確と言われても弁解できませんが、ウィキより遥か以前にこのことに関しては何冊かの本で昔読みました。お前の捕らえ方が間違っていたと言われれば、そうかも知れませんが。。。
ウィキばかりに頼るのも如何ですかね。私のような記憶違いの者も執筆しているのですから。

で、アプリオリとアポステリオリの言語の分類が行き着いた本質的違いは何ですか。

Zamenhofは彼以前の人工言語の総てに関して知っていたわけではありませんが、彼は時間をかけて思考実験を重ねてきました。そしてアポステリオリな人工言語の創造のためには自然言語をモデルとするしかないということを確信したのでしたね。結局、当時の言語学の到達水準では語彙もそうですが、音韻論、統語論、意味論等において自然言語をモデルにしか人間の使える(言語の本質として発声や発話に容易に耐え得るもの)言語を作り出すことが不可能だったのですね。人間言語の属性を決める本質的要素が何かと言う基本理論が未だ確立されていない時代でしたから。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)00時02分28秒
  アポステリオリ人工言語として完璧なもの
↑
あなたの定義で言うと「人間が話す人工言語として完璧なもの」に翻訳できますが、何を持って完璧とするかは主観的問題です。話せて書ければOKとすれば、その前にも結構ありますし。学習効率を極限まで高めるということを考えると、エスペラント自身、100年前から言われていますが、欧州の大陸に住んでいる人でなく、英語の人や中国語の人の目線で考えると改良の余地はありますので、はたして完璧なのだろうかという話にもなってきます。
「老我愛若汝」と「若汝愛老我」と言えば十分に意味が伝わる民族に、
「老a 我o 愛as 若an 汝on」と「若a 汝o 愛as 老an 我on」と言えといっても・・・・・・・・頭を抱え込まれそうですし。そもそも格・数一致は「若a 我on 汝o 老an 愛as」のような形容詞と名詞を接触せずとも意味が通じるようにするための仕様なのですが、ラテン語やギリシャ語じゃあるまいし、そんな無駄仕様は学習効率のためにばっさり切ったほうが楽かなとは思います。また、形容詞形と名詞形があるのは、それも形容詞を前につけるか後ろにつけるかがはっきり決まってないからというのが大きいと思います。これも古代語じゃあるまいし、無駄仕様だから切った方が楽かと。思い切って前置修飾限定にすれば-aも-oもなくてもどちらがどちらに修飾しているのか分かるので楽かなとは思います。人工言語の国際語という思想は17世紀以前の欧州の共通文語であるラテン語があまりにも難しかったために出てきた思想だというのに、みごとにラテン語の轍を踏んでいます。ただ、ザメンホフが詳しく知っていた言語の中に英語のような孤立構造の言語はなかったので仕方ないともいえます。たしか、ザメンホフが英語に出会ったとき、あまりの簡単さに衝撃を受けたというエピソードがありませんでしたっけ?
あと、仮定法も無駄仕様だと思います。seがあるのにわざわざ動詞まで変形する必要があるのかどうか・・・・・。
反実仮想であることを強調したいのなら、それようのseの代わりになる1語をもってくればいいような気もしないでもないとか。あとPCにとってどころか、タイプライターの時代から致命的だったのは、キャレット方式かと。入力の手間がかかりますので、英語と比べてもどうなのでしょうかということになります。昔は特殊な文字のため印刷コストも高くついたとか。いまでも、入力のために試行錯誤をしなければならないし・・・・・・。いわゆる、ネトゲで防壁展開詠唱が終わる前に相手の火炎放射が当たるみたいな・・・・・・・。
どれもこれも100年前からずっと言い古されている意見ですけど。

また、順序の問題ですが、ジョアシム・フェーギュ(Joachim Faiguet)が作った簡易フランス語なども、普通に会話可能であり、ヴォラピュクも難しくとも、ラテン語よりは改善が見られるため、使えることは使える。更に人工言語を「少人数によって短期間に集中的に作られた言語」とすれば、トク・ピジンなどのピジン言語・クレオール言語の例もありますので、12世紀のヒルデガルド・フォン・ビンゲンより始まる西欧人工言語史の相当後のほう、「自然言語から語彙を借用する人工言語」が主要となった18世紀末からみても100年近く後の方で、集大成として現れたという感じが本当なのではないでしょうか。
 

IdoとInterlinguaについて  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)00時14分49秒
  Eの改良と銘打って出されたIdoやInterlinguaは結果的にはより欧州言語に近いものであって、結果的にはEより後退と言えます。
Idoのより論理言語志向(skimismeco)はむしろ自然語のファジーな点をむしろ欠点と捉えたインテリ達の誤りから来たものでした。
この世に生を受けた様々な人格を持った人間が使う言語はそのがファジーさ故に使用に供されているのです。そして自然言語には一定の文明をもった言語である限り物事を正確に表現できるParolturuno(表現形式、表現法)も必ず同時に備えています。まあ、尤も出来なきゃ数式表現という手もありますが。。。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)00時18分14秒
  >アプリオリとアポステリオリの言語の分類が行き着いた本質的違い

あなたの用語に翻訳すると「人間が話すことを想定していない言語」と「人間が話す言語」の違いのようですが、結局のところ、発音・・・・・というと違和感が・・・・・・。
数式も発音しますし、プログラム言語も発音できますし・・・・・・・。一種の人工言語である手話となると発音しませんし・・・・・・・。
結局のところ、「人間が話すことを想定していない言語」と「人間が話す言語」の本質的な違いは日常生活での汎用性だと思います。つまり、数式・プログラミング言語・図書館分類法・シソーラス・暗号は、限られた分野の中での合理性を追求したものであって、「牛肉が食べたいなぁ」みたいな日常会話を表すことは想定していません。一方、「人間が話す言語」はこういう論理的な話から男子部のいやらしい会話までいろいろ話せるようにすることを目的としているということが違います。

ちなみに、Roのように図書館分類法向きの人工言語で話そうとするとひどく苦労しますし、
ロジバンのようなプログラム言語向きの言語で話すとこれも難しい。

ちなみに、単語を自然言語から流用せずとも、人間が話すに耐える言語を作ることは可能です。何しろ、単語というのは恣意的なもので犬を"inu"といおうが"hund"といおうが"dog"といおうが"oma"といおうがなんでもありなのですから。もし、無理ですなどというとアマゾンの少数民族は会話できるのかという話になります。だから例え、ある特定の自然言語に依拠せずとも、適当に思いつきで作った自然言語に由来しない語でもOKなので、こっちのアポステリオリ言語、すなわち「自然言語から語彙を借用しない言語」は実用に耐えます。
 

(無題)  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)00時19分44秒
  >集大成として現れたという感じが本当なのではないでしょうか。

これには納得。その通りですね。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)00時35分26秒
  >自然語のファジーさ
先にあげた案は、自然言語に必須のファジーさとは関係ないような。
それでは形容詞が格・数一致しない英語・中国語・日本語・韓国語の話者はどうなのかとか、中国人は論理的過ぎてつまらんということになるというか・・・・・・・。実際はそうではありませんね。
むしろ、イドが伸びなかったのは、発足後まもなく第一次世界大戦が勃発し、人工言語の国際補助語の要請が終わりを告げ、各国のナショナリズムが尊ばれるように時代の空気が変わったということが大きいかもしれません。需要が続いていたら、どうなったかは分かりません。
 

(無題)  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)00時37分58秒
  私もEの学習開始時期に人工言語の歴史を詳しく勉強したことがありました。
あなたのお書きになってることは、懐かしい思い出を彷彿させてくれます。
でも、社会運動からE界へ入ってきた私にとって言語研究には短期間で見切りをつけました。勿論Eの改良についても自分なりに考えたりしましたが、それも不可能なことだと悟りましたし、何よりも長い間実用に耐えるためには言語の安定性がとりあえず最も重要だと考えるようになりました。Kakis Erl Sax 様のようにより完全な人工語を求める事を「生きがい」と言うか「楽しみ」というか何と言ったら良いのでしょうか、それとは人工語に携わっている動機も違いますので私が国際共通補助語運動にとってEしか現在ではその実績や人工統計学的観点から言っても残されていないと言っても分かって頂けないのでしょうかね。。。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)00時47分48秒    編集済
  haan, ti ten-ila osis nat hot ten.

夜は、感情が高ぶりすぎてまともな議論が出来なくて駄目ね。人様の神様にいちゃもんつけるのはよくないわよ!私たちの信仰も論理的に見たら、きっと穴がたくさんあるんだから!

vant, eta.

こういう話はTVタックルと同じでひたすら平行線で・・・・・・。
そもそもの原因は彼我の立場の差、彼我の利害の差があって、互いに意見を押し通すのは『バカの壁』があって無理と。

あと、「国際補助語運動」というもののなかでエスペラントが2位以下遙かに超越した圧倒的優位・圧倒的シェアを占めているということは同意します。
私は、国際補助語よりも、学習効率最強の言語とか文化コンテンツが面白い言語を求める純粋語ヲタであって、社会運動云々といわれてもあまり興味がないというか。むしろ、エスペラントよろず掲示板では社会運動と思想を語る方が尊ばれていたようですが・・・・・・・・。
私個人としては、世界の平和や民族の言語的平等よりも、自分自身の知的快楽や創意工夫や遊びの方が重要なものであり、ここの住民はだいたいそうだと思います。
まさに「水鉄砲は武器に使うな。遊びに使え。」の実践者ばかりです。
 

(無題)  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)01時02分4秒
  >自然語のファジーさ
仰ることが今一分からないのですが。。。

第一次世界大戦でIdoが伸びなかったとありましたが、それはEにとっても同じことです。Idoはすでに大戦前にEに水を開けられています。「反乱」当時はボーフロンはフランスの多くのインテリを引き連れて旗揚げしたために有利かと思われましたが間もなく実用者の多くはEに戻ってきました。
大戦後はEはフランスでも特にドイツでも息を吹き返しました。そして後はむしろ思想的分裂と言ったほうが近い状態が続きましたが、Eを媒介とした双方の論争の過程で、改良案が相次ぎ迷走状態に陥ったIdoよりも遥かにその実用性がより一層明らかになったのでした。
 

(無題)  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)01時14分10秒
  >各国のナショナリズムが尊ばれるように時代の空気が変わったということが大きいかもしれません。

これは欧州中心的な考え方で、私に言わせれば、またこの分析自体誤りです。
ナショナリズムの尊重と言うのは国際連盟の創立や各種の国際条約の発効からそう見えるだけで対立がひとまず均衡状態に落ち着いたということでしょう。
次の対戦の単なる中継ぎに他なりません。常備軍が当たり前となった国家による民衆支配がより確かなものになったと言ってよいでしょう。民衆間同士ではむしろ共通語の需要は潜在的に増大して言った時期です。
 

(無題)  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)01時16分54秒
  >夜は、感情が高ぶりすぎてまともな議論が出来なくて駄目ね。人様の神様にいちゃもんつけるのはよくないわよ!私たちの信仰も論理的に見たら、きっと穴がたくさんあるんだから!

こういう書き方は相手に不快感を与えるものですよ。それとも意識的に所謂ファジーな色を使ったのですかね。
 

おひさしぶりです(でしたっけ)  投稿者:XAn(nash改め。)  投稿日:2007年10月29日(月)01時18分26秒
  >kakisさん
ブログへのご意見ありがとうございます。あんまり批判的なこと書く気は無かったのですが、批判的とも取れる内容でしたね^^

てか、ちょっと読むのを怠ると過去ログ読むのが大変です(>_<)ここで論ぜられた内容のまとめサイトキボンヌ
 

Kakis Erl Sax さんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)01時45分16秒
  よく勉強されておりますね。感心します。
私も眠くなりましたから一つだけ申し上げて休ませていただきます。
よく、Eでは対格語尾と数の形・名一致の問題を採り上げられるのですが、言語学理論で云われる言語における情報伝達の確実性の議論をご存知ですか。
それによるとmian amikon, miajn amikojn  nian amikon, niajn amikojnといった一見無駄にも見えるものでも言語の、特に音声言語にとっては伝達内容の正確性を帰する上で無駄でないこともあるのです。
例えば、英語、フランス語なんか典型的だと思いますが、語尾の子音とリエゾンしたりアンシェヌマンしたりして正確性を補完したりします。
また、動詞の活用についてもスペイン語やイタリア語等など人称の区別や時制の区別をこれほど正確に表現しているものはありません。
こういうと薮蛇でしたかもしれませんが、Eの話者にとっては、mi,vi,li等の人称代名詞の区別やis,as,os等の時制の区別に関しては特別に耳をそばだてなくてはならないのです。尤も、それを補っているものがアクセントやイントネーションということですね。このことからも、発話があくまで大切な要素であることは云うまでもありません。
 

E宣伝フィルム  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)09時28分41秒
  著名なE-istoで心理学者でもあるClaude PironさんのE宣伝Filmoの日本語字幕付き(未だ未完成ですが)のものを下記のアドレスで見ることが出来ます。

http://dotsub.com/films/thelanguage/index.php?autostart=true&language_setting=ja_1683
 

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月29日(月)09時57分58秒
  Kamelioさんにレスをもらったが、Kakisさんとほぼ同意なので、重複を避けます。
というか見ていたらもはやKakisさんのほうが私より通時論に明るいのではないか。

強いて補足するなら――

>で、アプリオリとアポステリオリの言語の分類が行き着いた本質的違いは何ですか。

「参照言語を持つか否か」です。
自然言語の場合、姉妹語を規定できますね。だから比較言語学が成り立つ。
でも人工言語は?人が造ったものだから、自然言語の比較言語学は適応できない。

じゃあ人工言語で比較言語学はできないの?
いやいや。それを解消するために「参照言語を持つか否か」「持つなら何を参照したか」という価値判断があるのです。

あなた方にとってアポステリオリは思想的な区分かもしれない。
だけど人工言語学というなるべく客観的な立場に立たなければならない概念にとっては、アプリオリ・アポステリオリというのは人工言語の比較言語学を成立させる必要条件に過ぎない。

従って「本質的な違い」への回答は「人工言語の比較言語学を成立させる必要条件」です。


・Kakisさん

>自分自身の知的快楽や創意工夫や遊びの方が重要なものであり、ここの住民はだいたいそうだと思います。

そうね。言語に対する接し方が「研究or遊び」なのか「思想」なのかの違いで、温度差は大きいかも。
 

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月29日(月)10時46分7秒
  >Moonbow http://en.wikipedia.org/wiki/Moonbow

どうも僕の言ってるのは 22° halo のことのようです。てゆうかaxeltってproduced by refraction through hexagonal ice crystals in cirrus cloudなのね。知らなかった……。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)11時02分46秒
  > 自然語のファジーさ
つまり私が指摘した格数一致・品詞表示語尾・仮定法は、自然な人間が話す言語として、必須要素ではなく、人間が話す言語として、「最低限必要な曖昧性を持たせるもの」とは全く関係ないといいたかったのです。
曖昧性がなさ過ぎるというと、「私は風邪です」というと本当に「私は「風邪」である」としか解釈が出来なくて、「風邪さんですか?」とか呼ばれる言語とか、「天に昇るおいしさ」といったら、「空を飛ぶのか?」としか解釈できない比喩禁止の言語とかなのではないでしょうか。

対格語尾はSVOという構造上、動詞の後は対格であると決まっているので、-nは無駄かなとは思います。敢えて言えば、他の格を表す手段は「al mi」のように前置詞なのにこれだけ接尾辞というのも、システムの統一性がないとも考えています。倒置で使うとすれば、「n mi」でよさそうなものなのにとか、「mia」は「de mi」でいいんじゃないかとか・・・・・・・・。

> ピンクの字
ありがたい姉御のあなたへの援護射撃を悪口と受け取るとは、どうもよくないようで。
せっかく言い争いはやめろと私にいさめてきたというのに。
というか、解離性同一性障害って知ってますか?
新しく来た人は混乱されるでしょうが、彼女は私の脳内の同居人です。
2ちゃんはともかく、古巣のやブログやアルカウィキでは結構発言します。
私自身も生まれながらにいるオリジナル人格ではないというかまだ1年と9ヶ月目なのですが。
とりあえず、アルカ使いは精神的にリアルヤヴァイ人が多いので注意です。
 

統計  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)11時04分23秒
  > ナショナリズム
というか・・・・・客観的データとして、第一次大戦後、1966年の第二次黄金期が到来するまで長い下火の時代にということは事実らしい。

アメリカ議会図書館によるエスペラント本統計 by Kakis
http://catalog.loc.gov/cgi-bin/Pwebrecon.cgi?PAGE=bbSearch&SEQ=20071028205514&PID=8481
1887 0
1888 0
1889 3
1890 0
1891 0
1892 0
1893 0
1894 0
1895 0
1896 2
1897 0
1898 1
1899 1
1900 4
1901 0
1902 1
1903 2
1904 4
1905 7
1906 8
1907 29 ←異常に増えた。
1908 30 ←ピーク
1909 19 ←ピーク過ぎた。
1910 15
1911 8
1912 10
1913 10
1914 11
1915 4 ← 戦争でガクッと減った。
1916 2
1917 1 ← 死に過ぎww
1918 6 ← 大体戦争が終わったらしい。
1919 10 ← 欧州人復活したらしい。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)11時05分40秒
  1920 6
1921 10
1922 9
1923 10
1924 12
1925 2 ←何があったんだ?
1926 11
1927 11
1928 6
1929 5
1930 12
1931 10
1932 5
1933 6
1934 3
1935 4
1936 7
1937 3
1938 4
1939 2
1940 0 ←死んだ・・・・・
1941 2
1942 2
1943 1
1944 1
1945 3
1946 4
1947 6
1948 7
1949 9
1950 5
1951 4
1952 5
1953 2
1954 3
1955 6
1956 7
1957 5
1958 8
1959 15 ← なぜか増えた
1960 5
1961 7
1962 5
1963 6
1964 14 ← なぜか増えた
1965 9
1966 16 ← セカンド黄金期突入?(学生運動とかベ平和連合とか左派が元気な時代)
1967 15
1968 14
1969 14
1970 19
1971 15
1972 16
1973 7 ← セカンド黄金期終了
1974 9
1975 9
1976 10
1977 10
1978 13
1979 8
1980 10
1981 8
1982 13
1983 10
1984 4
1985 12 ←第三黄金期
1986 15
1987 17 ←百周年でピーク終了
1988 7
1989 17 ←また増えた
1990 8
1991 8
1992 19 ←冷戦終了記念か?
1993 16
1994 10
1995 7
1996 13
1997 3
1998 5
1999 11
2000 9
2001 6
2002 3
2003 4
2004 8
2005 5
2006 6
2007 7
 

セレンさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)11時07分41秒
  >あなた方にとってアポステリオリは思想的な区分かもしれない。

思想的?全く違います。

>だけど人工言語学というなるべく客観的な立場に立たなければならない概念にとっては、アプリオリ・アポステリオリというのは人工言語の比較言語学を成立させる必要条件に過ぎない。

なるほど、無難な回答です。

>従って「本質的な違い」への回答は「人工言語の比較言語学を成立させる必要条件」です。

また、分かりにくくなりました。
こういうことでしょうか。
「人工言語の比較言語学を成立させる必要条件として人工言語作成の違いを方法論的に分類する便宜上の用語」

では私の見解を述べましょう。
言語学的にみて人工言語学のかの区分に拠る創作言語作成の違いの歴史的経験は、「単に方法論的な違いに見えた」ものが言語の本質に迫る後々の研究のための理論的橋渡しとなったことです。

N. Chomskyの出現以来、彼の理論をたたき台にして多大の研究成果を齎した最新の言語学的仮説として、人間の実際に使うことの出来る言語には人間自身が持っている生物学的条件と無縁では無いことを示唆しています。
還元すれば自然言語が成り立つには本質的にそれを規定する幾つかの条件を満たしていなければならないと言うことです。
まあ、至極当たり前と言えば当たり前のことなのですが、人工言語の製作の歴史の初期段階では、その論理性を至上命題とする「アプリオリ言語」が圧倒的に多かったのでした。そういった言語の一つの特徴として発話の難しさがありました。机上製作であったため多くはこの点一つをとっても実用に耐えるものは殆ど無かったと言っていいくらいでした。
勿論、尤も最初から記号言語または書き言葉に限定した意図で作成されたものもありましたが。。。
「言葉」には人間の使用に耐え得るものとそうでないものの粗明確な相違がある。
この事を理解できないために必然的に辿らなければならなかった歴史の一時期があったと言うことですね。言語学の成果として今日では自然言語には全く存在しない語彙を用いて人工言語学で分類したアプリオリ的手法でも人間の使用に耐える言語を作成することは可能です。勿論人間にとって発音が可能かつ容易で無ければなりませんが。。。時間が来ました。(続く)
 

Kakisさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)11時14分52秒
  > ピンクの字

そうでしたか。堅物の頭で申し訳ありませんでした。
その他に対する私の見解は今日の晩に書かせていただきます。
Gxis la (renkontigxo).
 

統計分析  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)11時18分48秒    編集済
  ・最大のピークは1907年〜1908年、つまりボーフロンが分離独立してイド語を立ち上げた頃、以後、それを越えるフィーバーは存在せず。

・第一次大戦後、第二次大戦を見ると戦争中は極端に出版数が減少し、戦後、平和の空気の中一時的に増える傾向があり。

・第一次大戦後〜1966年の第二黄金期にいたるまで、エスペラントは下火の時代。

・66〜72年、いわゆる学生運動やベトナム戦争やヒッピーやビートルズの時代に巨人のV7時代の如く7年にわたる黄金期に突入する。つまりは、学生運動の生き残りのような雰囲気が漂うのは、現在のエスペランティストの多くは、この時代の熱狂のもとに生きたからと考えられ、高齢者が多く見えるのは、現在もエスペラント活動はこの時代の若者が主力であることを裏付けている。

・その後、百周年の1987年と冷戦終結直後の1992年や1993年にピークがある。

・1993年から2007に至るまでエスペラント下火の時代が続いている。

たぶん、かなり貴重なデータなので要保蔵と。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)12時29分58秒    編集済
  > 宣伝ビデオ
確かに英語よりは楽ということは認めますが、やってもあまり利点がないかも。
あのやたら難しいラテン語が流行ったのは学術・宗教・文学コンテンツが圧倒的で、やれば相当な知識が獲得できるからで、英語もそれと同じ。すくなくともエスペラントを話せる人より英語を読み書きできる人の方が多いわけで。というか、説明を英語でやっている時点で、英語は現実的には最もポピュラーで多くの人が分かるということを認めていることにほかならないような。
というか大半の人間は自分の国・地域・部族の言葉だけ話せれば生きていけますし。
まず、これについてこのおじいさんにはfacing up to realityして欲しい気もしないでもない。

なんか極端なものを挙げている様な。office, offical, day, dailyみたいなのも多いのに。
moon (luno) > lunar (luna)
urbo (city) > urba (urban)
jaro (year) > jara (annual)
というかdeをつかってlun > de lun, urb > de urbみたいにすれば もっと楽なのに。

ekster:外:wai
land:国:guo
ano:人:ren
中国語の方が楽に見えますが。とくに日本人だから

eksterlandano
waiguoren
foreigner
ninkan
語形の短さではアルカ最強と。

ただ、この人はエスペラントが学習できる短編小説Gerda malaperisを執筆した人で、娯楽のコンテンツとして広めるという手法をとったところは現実を見ているようです。
ちなみにhttp://www.esperanto.org/gerda/lec/で普通に読める様子。
http://www.esperanto.org/gerda/vl/vortlisto.enで語彙リスト。
 

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月29日(月)13時19分46秒    編集済
  >「人工言語の比較言語学を成立させる必要条件として人工言語作成の違いを方法論的に分類する便宜上の用語」

はい、それで結構です。

>、「単に方法論的な違いに見えた」ものが言語の本質に迫る後々の研究のための理論的橋渡しとなった

うん、それで、これはアポステリオリ・アプリオリの定義でなく、「アポステリオリ・アプリオリという概念がどう活かされたか」ですよね。
じゃあアポステリオリ・アプリオリの定義自体は上掲で行きましょうよ。

僕みたいに自分の言語を含めて広範囲に分析しなきゃいけない人間にはね、上記の定義の方が便利なんですよ。
エスペラントにとって用語の便利な定義のしかたは別にあるかもしれません。それはそっちで各々決めていただいければ問題ないと思います。
普及型には皮肉な結果ですが、折り合いが付かない場合は互いに用語の通じないバベルを築くしか道はないですよね?
 

では僕はこれで。  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月29日(月)15時43分49秒    編集済
  Kakisさんも指摘していましたが、ウィキとか新生人工言語論あたりを読めば分かることを書いている辺り、そちらはこちらの資料を読んで話し合おうという姿勢が見られないですね。
エスペラントが人工言語の代表で、エスペラント>allという公式があるので、取るに足らない意見など聞くまでもないということですね。

Kakisさんは相当エスペラントの資料もアルカの資料も読まれた上で論戦している。
貴方は自分側の主張しかしていない。相手の資料を読んでもいない。それじゃ対等な話し合いはムリ。

従って、私はここで手を引きます。貴方が対等に話せるようになったら態度を変えますが、自分たちの掲示板から人を追い出しておいて、黒田さんの掲示板でお構いナシに話しているところを見ると、そこまで成長する見込みは薄いでしょうね。
これで僕は貴方にはレスをつけませんので、捨て台詞は自由にどうぞ。
 

またお邪魔します  投稿者:言語ファン  投稿日:2007年10月29日(月)17時49分34秒
  人工言語学会みたいなのができることを期待してる者の一人ですが、
学会向きの理論重視のアルカおよび同系の言語と、理論と現実の折衷型の
ようなノシロ語のような言語と、進化にさようならしてしまったエス語
みたいな言語とが、どう共存するのかなって考えると、やっぱ学会は無理
なのかなって気もしてきま
 

セレンさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)18時01分39秒
  >エスペラント>allという公式があるので、

これが貴方の独りよがりの少なくとも私の意見に対する一方的見解だというのです。
私がこれまで述べてきたことは、歴史的経過でEの確立した現在の地位は、その出来不出来は別として、幸か不幸か(私自身はこれまで述べた理由で幸いだと思っていますが)、他の人工語の追随を事実上不可能にしている、と言っているだけでそれ以上でもそれ以下でもありません。

>取るに足らない意見など聞くまでもないということですね。

こういう(あなたの様な)言い回しはしたくはありませんが、正直言いまして、その通りです。
人工語を研究されるのは結構ですが、その成果を目に見える形で国際共通補助語運動に参加せよとまでいいませんが、いつかは我々の至らないところについて貢献してもらえることを期待しております。

>従って、私はここで手を引きます。

それは残念です。あなたの、いやKakisさんのかな、自由気ままに楽しむためにやっているなら必要なときに適当に参加すればいいと思いますが。。。

>貴方が対等に話せるようになったら態度を変えますが、

よく分かりませんが私の理論水準が低くてお話にはならないと言うことですかね。

>自分たちの掲示板から人を追い出しておいて、黒田さんの掲示板でお構いナシに話しているところを見ると、そこまで成長する見込みは薄いでしょうね。

追い出したのは私ではありませんので誤解無く。私自身あの掲示板で論議できないことを残念に思っていますし、私もここの掲示板で書ける内容は一切投稿できません。

>これで僕は貴方にはレスをつけませんので、捨て台詞は自由にどうぞ。

残念です。

Kakisさんへ
統計分析は参考になりました。
私にとってはE運動モチベーションを世界史における時空のなかで再認識させるものです。
私は以前、国際共通補助語(以下略して国際語と書きます)を目指す運動の中にZamenhofの占める位置が何故大きいかを書いたと思いますが、Eそれ自体の完成度より彼の示した国際語運動に対する彼の生涯をかけた貢献度が如何に大きいかと言うことがEが他の国際補助語の追随を許さない大きな要因にもなっているのです。
Idoの提唱者やInterlinguaの考案者がそれらを提案する以外に生涯において後継者を惹きつけるどれだけの活動を生涯を通して行えたでしょうか。
Eが既にあったからか。そうだとしても彼らの人工語の方がEより優れていれば、Eより早く国際共通語の理想に世界を惹きつけ得た可能性があります。
彼らには元々国際語の実現が必要と言う理由の裏づけになる強力な動機を欠いていたのです。所謂、単に人工語としてのそれに更なる完全性を求めたと言うのが主要な動機だったからです。
Zamenhofが単なる「言語家」という言葉を耳にするととても敏感になるのはこう言った理由からです。
私が何度も云ってきたようにEが特定の歴史背景プラスZamenhofという条件があったからこそ今の今に至るまで他の国際語候補の追随を許さなかったと言っているのがお分かりでしょうか。

E運動の高揚と停滞または低迷の時期はZamenhofの少年時代からの国際語創作の動機(即ち「民衆の民衆ための民衆自身による」国際交流による平和、換言すれば世界的規模での民主主義の進展)、と図らずも相関関係を示しています。

Eの理想にとって対局の状況である戦争時を前後して運動は後退し、復興期や社会改革の理想に民衆の意識が高まるときにはEは拡大しています。
そうは見えない時期でも、例えば、スターリン批判後に徐々に息を噴出した東欧での運動の高まり、ゴルバチョフのペレストロイカとE発表100周年の重なった時期以降の数年間と言う風にね。

こう考えると現在の英語一極支配的な言語統計学で示される世界の状況と言うのは世界的に民主主義が後退している時代かも知れないですね。
 

Kakisさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)19時22分33秒
  E運動の進展度を示す次のようなデーターもあります。
これはEで書かれたOriginala Vekaroの各年度の発表数です。

http://www.liberafolio.org/2007/jarcentoderomanoj/
 

Kakisさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)20時53分34秒
  > 宣伝ビデオ

やはり、あなたの見る視点の違いは私の予想通りです。
「このおじいさん」が云っている様に彼(元国連職員で通訳でもあった)の様なエリート中のエリートでも英語を話すには意識的緊張感を覚えると言うみたいな事を言っているのですよ。ましてや欧州人でも英語をNativeと同じレベルに習得できる人は非常に少ないとも云っています。
それに対して英米人はどうでしょう。
言語習得の公平性という観点では如何ですか。
例えば我々日本人が英語学習に費やすお金は生涯どれ程に上るでしょうか。
それに対して結果はというと背筋が寒くなりますね。Bilanco(貸借表、この場合は費用対効果を見る表)を見るまでもなく如何に無駄に金が投資されているか分かります。

>多くの人が分かるということを

英米人の多く英語を母語としない一部のエリートが上記にあたりますね。
5%プラス5%ですか。

>英語は現実的には最もポピュラーで多くの人が分かるということを認めていることにほかならないような。

多くの人の意味は先に述べた通りです。

その英語を各民族語に翻訳する作業がそれぞれの国のE-istojが担っており欧州の大多数の言語による字幕タイトルは既に完成しています。これも非常に数少ない英エス両方に通じた同士が今尚行っている作業です。

ところで、そもそもこれまでのあなたの論議を拝見していますとあなたの言う英語を初めとする言語の話者とは語学習得の才能者かその手のエリートしか眼中にないようですね。

別の視点から
>facing up to reality
と言う言質はそっくりそのままあなたにお返ししたいです。

またあなたのEの理解にも偏りがあるようです。
luna と de luno では文脈によって意味の違いが出てきます。

>
ekster:外:wai
land:国:guo
ano:人:ren
中国語の方が楽に見えますが。とくに日本人だから

あなたもご存知かと思いますが、文字で書くと短いようですが言語進化の一要素である省エネ化作用で孤立語化した中文には四声の区別を際立たせるための長音化や二重・三重母音化が存在します。決して発話時間が短くなっているのではありません。孤立語化への進化の途中とも言える英語にも似たような傾向がありますね。これは前にも何所かで述べましたが情報の正確性を確保するために必然的に生じた音韻的変化です。

>
eksterlandano
waiguoren
foreigner
ninkan
語形の短さではアルカ最強と。

これを実際声に出して云うとどれだけの長さになるのでしょうね。
アルカ語の発音の仕方を私は知らないが、他の言語ではそれ程変わらないでしょう。Eksterlandanoという代わりにEではAlilandanoと云う言い方もありますが実際に発音すると長さは殆ど変わりません。
子音一字と母音一字の組み合わせの多い言語は話し方が速く聞こえるのはこう言った理由です。母音が5つのスペイン語、日本語なんかそうですね。

また、単語の発音時間の長さには、もう一つ別の無視できない要素もあります。情報伝達の正確度を無視するにしても極端に短い発音時間しか持たない単語の組み合わせに人間の脳が付いていけなくなると言うことです。勿論、私が云っているのは語学の天才のことではなくて平均的人間の話です。
もし、極端な例ですが、名詞の長さが一音節の短母音と精々一子音からなっている単語しかない言語があるとしましょう。
さて、その言語のイントネーションや音価はどういった特徴になるでしょうかね。
AはB。の様な文だけならいいのですが。。。

余談ですがEのestis/estas/estosが長すぎると言う話が良く出てきますが、第二言語として習得する場合esti(不定詞)の長いお蔭で詰まらずに話せたと言う経験を何度もしました。勿論、Eの上達につれてこの単語をもっと短くしても良い様に感じるようになりましたが、それはEが勝利した世界の人たちがあくまで決める問題です。
 

横レス  投稿者:末広優  投稿日:2007年10月29日(月)22時01分38秒
  孤立化の結果は形態素を補う復音節化であって
声調と多重声母の原因はあくまで発話の省エネとなる語尾子音の脱落ではないのでしょうか?
 

(無題)  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)22時06分13秒
  >AはB。の様な文だけならいいのですが。。。

ちと、不正確な説明でした。補足します。
例えば、日本語で言うとTsu wa shi.日本語の発音はツワシ。日本語のイントネーションでは一秒ぐらいで終わってしまう長さです。
漢字で表現すると
津は市。しかし文脈の中で表現したとしても正確性を帰するために実際のスピードは「つうはぁし」ぐらいの長さに拡大されることでしょう。これをタワシのような単語の長さでは誰も発音しようとしないはずです。

この様に一定の情報を表現するにはその情報量に見合った音素の数が必要であるし、平均的人間の脳が処理できる音素の数も一定の時間における最大数が決まっていると言うことです。
こういうところが文字言語と話し言葉が基本の自然語が大いに異なっているわけです。Komputiloコンピューターの様に脳のシナプス回路を伝わる伝達速度を一定以上に速めることは出来ませんからね。

>「語形の短さ」ではアルカ最強と。

この言葉から推測するとアルカは形と言う視覚で捕らえる言語で話し言葉とは無縁なのかも。。。
 

(無題)  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月29日(月)22時13分42秒
  >孤立化の結果は形態素を補う復音節化であって
声調と多重声母の原因はあくまで発話の省エネとなる語尾子音の脱落ではないのでしょうか?

なるほど合理的な説明ですね。省エネの代償を声調と多重母音化で補っているのかも知れませんね。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)22時41分47秒
  ファイナルファンタジー ヴォーカル・コレクションズがネ申だからどうでもよくなってきたわな。
人間は卑小というか、どうでもよさそうな論争で熱くなれるのが不思議でならないなぁ。

> 言語ファンさん
はい、おっしゃるとおり学会は難しいと思います。
例えるならば、キリスト教と神道と摂理が一堂に会してお互いの信仰をぶつけ合うようなものです。
人工言語は本来は、文法構成・語彙構成・語法・フォント作成のノウハウを論ずるべきで、作った言語でどうこうするのがメインというわけではないはずなのですがねぇ・・・・・・・・・。どうも思想の話になっているようで。

> 統計分析は参考になりました
それはどうも。

> 後継者を惹きつけるどれだけの活動
たしかにザメンホフにただの言語作者というのは、イエス=キリストにただの私生児でDQNな大工出身の暴力アジテーターかつペテン師と言い放つ並に信者の皆様には失礼極まりないことだということは理解しました。姉御のおかげで。奇跡の技巧の美しさよりも人の心を掴む技に長けていたというのはすばらしいことです。

アルティス教に翻訳すると「リディア?ハァ?ただの猫ヲタじゃん。「にゃ〜ん♪」っていい年した娘が10年遅いわ!」と言う並に失礼らしいです。正解は「偉大にして美しきリディア・サプリ・ルシーラ・テオ・ルティアは、かつてテームスを封印した高貴なるルティアの姫君にして第4期第3代ルシーラ・エ・アルシェたるリーザ・ルティアの娘であり、いくつもの言葉に別れた世界を神々の言葉古アルカを改良した制アルカを作り、これを人はおろか神々や悪魔にも広めた偉大なる第4期第4代ルシーラ・エ・アルシェにして伝説の英雄集団アシェットの首領たる異世界よりの救世主セレン・アルバザード・ラ・ルシーラの妻であり、久遠のときの間いがみ合っていたエルト神族とサール神族を結び、神々から人間への蔑視をやめさせるほどに輝かしく、神々と人を苦しめ続けた悪魔たちの源テームスを倒し、世界をアデルの恐怖から解放した史上最強の聖なる大召喚士(サルタン)である。」ぐらいにやらないと不敬極まりなくて即収容所送りらしいです。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月29日(月)22時52分37秒
  > 言語的不公平
どうでもいいといったら、安田講堂に散った憂国の士に失礼かなぁ・・・・・・・。
自分が苦しいからといって、相手にまで苦しみを味わわせるというのは違うかなと思います。
その辺は、日中戦争中の共産党支配地で、貧農が富農を弾劾して、身包み剥いで財産を奪うのとなんか近いものを感じるのです。そのうち、上のほうから順に順に弾劾されて、最後はこの貧農自身が、極貧の小作人につるし上げられるはめになるというパターンが眼に浮かんで、なんか生産性がない気がするのです。結局この土地に住むみんなが極貧になって終わって、村落が枯れていくように思えるのです。
むしろ、もてるものにノーブレスオブリージュの精神を持たせるようにさりげなく誘導するのが、この地域が全体的に潤う方法だと考えます。持てない者を援助したり、堤防の補修費用を払うぐらい当然の持てる者の義務であり名誉であると思わせる雰囲気が大事だと考えます。事実、ローマ帝国や大英帝国はこのジェントルマン精神で栄えたのですから。
つまり、英語の人が有利にのびのび研究できるのなら、それを敢えて邪魔してまで平等にする必要はなく、その成果を隠すことなく、ネットにさらし、各国の言語に翻訳できる状態にしておくというのが、持てる者の義務ということでいいのかと考えます。具体的には、ウィキペディアなどでは、英語版から自由に転写して訳すことができますから。

これは、別のたとえをすれば、視覚障害者のために、図書はすべて廃止し、DVD音声資料にするというようなものといえば、分かりやすいでしょうか。

あと、英語学習の費用よりも・・・・・・これまでの歴史的古文書から図書をエスペラントに翻訳したり、各自治体のサービスにエスペラント対応スタッフを配置したり、各企業のスタッフに講習会を受けさせたり、新たにエスペラントを担当する教師を育成・配置するための人件費の方が・・・・・・・・・実質的に高いのではないかと考えます。人件費だけでなく、看板・道路標識・教材・その他諸々があって、社会保険庁の消えた年金よりも高い金がかかりそうなので、実際、1907年の熱狂以上に大きな活動になるかどうかは甚だ疑問といわざるを得ません。

> 英語を初めとする言語の話者とは語学習得の才能者かその手のエリートしか眼中にない
ええ、私みたいなひたすら雑用な仕事をしている人には、あまり言語能力が必要という場面に出くわしたことはありませんから。日本に生きる90%以上の人は、日本語だけで十分日常生活を送ることが可能です。翻訳は出来る人がやればいいのです。残念ながら人間は能力までは平等でないということはよくよく分かっていますから。セレン氏とか末広氏の英語力はトイックが900越えとか英検が準1級とかテラ高いわりに、私や黒田氏は、どうも英語は苦手で。

> 偏り
ええ、ありますよ。目茶苦茶。だいたい欧米の宣伝ビデオどおりのイメージです。最初からやる気なしですし。
自分の感性に合わないものには偏見の塊というのが標準的な2ちゃんねらーと日本人というものです。

>音
http://lanxante.higoyomi.com/arka_4.html
英語よりはゆっくり言いますが、語形が短いので「にんかん」というのとほぼ同じ。「えksてrらんだーの」よりは短いようです。また、短くても問題がないということは、日本語の略語の類で分かるのではないでしょうか。語形もそれなりに人体実験のすえ調整されたものなので、分かるようには出来ているはずです。

> 話し言葉とは無縁。
ええと、新生人工言語論とか読んでないようで。
いくらでもご鑑賞ください。
http://www33.atwiki.jp/kakis/pages/5488.html

スマソ、姉御。そろそろ飽きた。信仰の問題はいくらいっても効きようがないし。
あちらの命題が「エスペラントはすばらしい」のならば、まぁ、真でいいじゃない。
そのすばらしい自体が、大いに主観に基づくので、自分にとっては、アルカが限りなくベストだけど。
 

>Kamelioさん  投稿者:クロ  投稿日:2007年10月30日(火)00時45分21秒    編集済
  URLの記述が不適切だったため、リンクされていませんでした。修正いたしましたので、今一度ご確認願います。

ウィキとか新生人工言語論あたりを読めば分かることを書いている辺り、そちらはこちらの資料を読んで話し合おうという姿勢が見られないですね。

そういうことなので、「読んだのか読んでないのか」だけでもお答えください。
読まれていない場合は、下記をご参照願います。

新生人工言語論
人工言語の大まかなことについてはページ上部にある「人工言語Q&A」。
言語の作り方などは「序文」「人工言語の作り方」「回顧録」。
人工言語全般の、いわゆる人工言語史については「新生人工言語」、より詳細になら「人工言語学」をご参照ください。
また、アルカがどういう言語なのかを知りたいのであれば「人工言語アルカ」をご参照ください。

上掲のリンクは、すべて「新生人工言語論」内のものです。

ウィキペディアについてはご存知かと思いますが、念のため。

人工言語(日本語版ウィキペディア)
この記事は、英語版の記事を青鴉氏が機械翻訳し、利用者ページに載せていたものをコピーしたものです。
(原記事→Constructed language
*2007年2月下旬に翻訳した記事を載せているため、現在の原記事と内容が異なる可能性があります)

その辺の経緯は「履歴」をご参照ください。
 

相変わらずの指針  投稿者:言語覧  投稿日:2007年10月30日(火)04時24分0秒    編集済
  はじめて書きますが、kakis氏の相変わらずの調査・評価能力には感服します。
米国サイトにてのエスペラント文献発刊傾向調査など、あたまが下がります。

話が平行線(特定言語支持者との)なのは、信条が先にあるものについては
どんな議論も集約されないからですね

信条が先にあるなら、論理的帰結など二次的なものだから

ここに集う者と、特定言語を信条としてある者とは、その点で大きな違いがありますね

言語好きと、特定言語好きは全然違う視点で見ているんですね

kakis氏の隠れファンでーす。
 

クロ(管理人)さんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月30日(火)17時41分21秒
  はい、サイトには行きましたが、詳しくは読んでいません。
何しろいつも時間に追われていまして、この掲示板に参加させて頂く者として大変申し訳ないと思っています。時間はかかると思いますが、出来る限り時間を見つけて読んでみようと思います。
 

Kakisさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月30日(火)17時49分26秒
  私は頭が悪いのでしょうか、あなたの言うことが良く分からないのですが。
何か自分が大変優れている人間だと絡めてから態の良い知識をヒケラカシテ自己の世界に入って来れない人間はまるでだめ人間だとでも云いたいのでしょうか。
自分の世界に浸って、下界の人間には理解できない言辞を駆使して人をコケにしたいだけなのでしょうか。
全く論理も糞もあったもんじゃないですね。どういう頭の構造をしているのでしょうかね。
 

(無題)  投稿者:クロ*  投稿日:2007年10月30日(火)18時12分14秒
  もちろんお時間のある時で構いません。ただ、人工言語史に関与することはサイトを一通り読んでいただいた上で議論していただくと、こちらの話ももう少し理解できると思います。

あと、kakisさんはコケにはしていないと思います。恐らく、理念やら何やらの「思想」が大幅に異なるため、両者の食い違いがはっきり現れているだけに過ぎないと思います。

あなたに同じ言葉を返すとしたら、「E」とかいきなり使ってきたり、"fundamento"などのように、エスペラントを用いた表現を文中にちりばめられるとよく分からなくなります。

あなたの定義する「議論」には沿わないと思います。議論するなら、無駄な箇所に隠語を晒すことはせず、Eはエスペラント、"fundamento"などの用語は適切な日本語に置き換えるなどして、議論しましょう。

では、また後ほど。
 

クロさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月30日(火)19時25分57秒
  >Eはエスペラント、"fundamento"などの用語は適切な日本語に置き換えるなどして、議論しましょう。

てっきり分かっているという前提にたって書いてきました。
皆様E(Esperanto以下略してEと書きます)はともかくFundamentoはご存知でない方も居られるのですかね。以外と皆様Eに関しては不勉強な様で(この言質に当たらない人には御免なさい)。。。
だから、私の様なものに対して「思想」云々という、私の議論の中身も吟味しないでレッテルを張ってやり込めたような気がしている方が存在する訳ですね。Kakisさんの様にクタクタと訳の分からないことを書き綴って的の外れた「反論」をする方を相手にしますと逆に「信じることは疑わないこと」の恐ろしさが良く分かります。

分かりました。仰せの通りにいたします。
 

(無題)  投稿者:セレン  投稿日:2007年10月30日(火)19時59分1秒    編集済
  もうこれを期にツリー型にしよーよぉ……。
強制的にこれ関係のレスを見せられるので、来づらくなっちゃうよ……((;д;))

スレの中へ魔封波してほしくなってきた。

エスペラントなんでも掲示板の2ch型はイイ
 

セレンさんへ  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月30日(火)20時44分55秒
  「エスペラントなんでも掲示板」の2ch型はイイ

そちらへいらしたら?
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月30日(火)21時54分15秒
  >言語覧さま
応援ありがとうございます。

> 「津は市」
普通に聞き取れますが。「蚊が2」も「毛を5」も普通に。
おばちゃんのやたら早いマシンガントークでも聞き取れるので大丈夫でしょう。

>何しろいつも時間に追われていまして
その割には朝から晩まで書き込むというあなたの努力には脱帽します。
忙しいのに、こんなところに非常に考えられた長い文章を書き込む努力はすばらしいです。

>何か自分が大変優れている人間だと絡めてから態の良い知識をヒケラカシテ自己の世界に入って来れない人間はまるでだめ人間だとでも云いたいのでしょうか。
あなた自身が、ですか?私自身もですが。
その辺ははたから見たらお互い狂信者なので仕方ありません。
お互い自己愛性人格障害者としてがんばりましょう。

もう!人格攻撃に人格攻撃で返すのは最低よ!

すみません。早まりました。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月30日(火)21時55分54秒    編集済
  >「信じることは疑わないこと」の恐ろしさが
はい、良くわかりました。あなたのおかげで。
これは互いにとって良い勉強になったと考えます。


○現実
世界人口(2007年) 6,222,551,715

・エスペラント
母語:200〜2000 (約0.000003%〜約0.00003%)
流暢な話者:推定160万人 (約0.026%)
実際にはもっと少ないと推測される。※

外国語話者を除いて(多く見積もって):1602000人(約0.026%)

・英語
母語:約3億8000万人 (約6.1068%)
5%より多いけど概数で許されるかな。

第二言語として:約6億人 (約9.6423%)
あのおじいさんは5%とか逝ってたけど2倍いるし。

外国語として:10億人以上 (約16.0705%)
絶対意図的に隠してるし。ほとんどのエスペランティストはこのレベルなのに。

外国語話者を除いて:9億8000万人 (約15.7492%)
10%しかいないって明らかに意図的な情報操作だったわけか。

ちなみに外国語で学習する人を含めるとすごい%に。あのおじいさんの10%はどうもねぇ
総数:訳19億8000万人 (約31.8197%)

母語の比率:190,000倍〜1,900,000倍
第二外国語ないし流暢な話者の比率:375倍
合計:約611倍

エスペラント話者の人口=多く見積もっても札幌市1,894,344マイナス30万人
=埼玉県さいたま市1,189,999のプラス川口市491,002マイナス10万人

120年かけても世界のたった0.026%の人しか使わない言語なのに、本気で夢が見られるのが不思議。
しかも、本の出版傾向をみても、70年代から減少こそしても増加はしていないはずなのに。
自分の住んでいる町や県の人口を少しでも調べれば、実感として例え国際補助語シェアの圧倒的な第一位でも、きわめて無謀だということはすぐ分かるはずなのに。
「英語が世界を支配するのは横暴だ!」といいますが、中学校の2学年か中学校3個分しか母語話者がいない一団体の言語を世界中で通用するようにしようというのは・・・・・・・・さて、どちらが横暴な考えでしょうか?
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月30日(火)21時57分22秒
  ○現実その2

ネット内で机上の空論をするのはよくないので、外の様子を見てみる。
某本屋に入ると、DVDや本がたくさんあるのですが、DVDでエスペラントを探しても・・・・・・・なし。
本棚を見ると、C言語やJAVAの本が大量にあって流石(人が話す奴でなくても)人工言語の時代だと感激。
文学を見ると、『指輪物語』や『星界の紋章』や『スターウォーズ』など人工言語が作中に使われる小説があって、結構、地味に芸術言語系もがんばっているなと思い感心。DVD化までされていて喜び絶頂。CDコーナーでもエンヤやアクエリオンの意味不明な人工言語の歌があって流石だと関心。さて、そろそろエスペラントの本を探そうと、言語コーナーへ英語は当然のことながら、棚の半分以上を占める圧倒的シェア。残りに中国語・ドイツ語・フランス語・韓国語・イタリア語・ロシア語とメジャーな言語が続き、フィリピノ語やフィンランド語などのマイナーな言語まで入っていて、場合によっては現在使用されていないラテン語まであってなかなかの品揃え。とおもっていたら、唐突に本棚が終了。あれ?エスペラントは・・・・・・・?ない・・・・・orz

と言う状況が、地元の本屋5ヵ所での調査結果でした。
人工言語は、プログラム言語としては大々的に、物語としては地道に存続しているものの、
どうやら、もはや国際補助語目的に分類されるものは小説の中の人工言語以上に需要がないようです。

例えるならば、人工言語は錬金術であり、科学として進化したプログラム言語は化学同様大成功して生き残り、芸術的インスピレーションとして『鋼の錬金術師』『武装錬金』のような文学の中に生き残り、本気で水銀と硫黄と血液と銅で金を作ろうとする錬金術師、つまり人工言語の国際補助語の普及を考えるエスペランティストやイディストやインターリングアの使い手は極めて稀。

すいません、クロさん。やっぱり自分は意志が弱すぎるわりに今のところ姉御とか押しのけられるようで。
 

(無題)  投稿者:A.I.  投稿日:2007年10月30日(火)23時11分34秒
  >ツリー型
セレンさんに賛成です。
一つだけの話題で掲示板を独占されるとさすがに閉口します。
せめて建設的な議論になっていれば……

http://www.toolsloop.com/
↑ここのマルチスレッド型なんかはどうでしょう
 

私の立場の再確認  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月30日(火)23時27分49秒
  1.エスペラントを人工言語の最高形態だとは、私は言っていない。

Eは印欧言語をおよそ整理して作られたものであるから、その語彙の源泉(その半分以上はLatinidojラテン系言語から)も含めて言語構造は極めて印欧語族的である。全人類を念頭に置くと完全に公正・中立とはいえない。
従って、公平・中立と言ってもあくまで相対的なものである。

しかし、
2.国際語は「学習へのアプローチがより多数の人にとって容易であるべき」という観点から印欧語族に基礎を置くものが最も望ましい。

なぜなら
歴史的に形成された世界の地政学的Demografia distribuo(人口統計学的分布)は、その良し悪しの論議は別として印欧言語が圧倒的状況を明示している。
勿論、
どの言語にも属さない語彙を採用(作成と言うべきかな)し、地球上のあらゆる言語をミックスし且つ平均化したような統語法を持つものも可能ではあるが、そういった人工語は逆に誰にとっても学習の取っ掛かりを難しくするものである。(アプローチが出来にくいと言う点でより公平・中立と言えるが)

3.人工語が国際共通語に相応しい資格は自然言語と似た歴史的過程を経験しなければならない。

第一条件
言語の一定期間における安定性。(通時性)
Eはその誕生以来100数十年に亘って自然言語と同じ様に十分な使用経験者を有する。
翻訳文学からオリジナルに至まで、あらゆる分野の文献の蓄積。(これらを世代を経て読むことが可能です。)

第二条件
話し言葉としてどのケースでも例外なく使用可能なこと。
国際会議での討論からDenaskaj Esperantistoj(Eを母語とする人たち)同士の喧嘩に至まで、話し言葉としての莫大な実録。(近年ではSkypeによる遠距離会話も可能で実際多くの人が利用しています。)

上記のことを保障したのが言わずと知れたEsperanta Fundamento(エスペラントの基礎)の不可侵性を定めたことに他なりません。

4.結論
Eはその自然語同様の不完全性を少々有しているが世界の主要言語(大言語とも云う)と呼ばれるものに比べると学習の容易さは格別と言える。

ここまでは、殆ど異論が無いと思いますが。。。

私はEのみが使用可能な最良の人工語だとは主張しておりません。
ただ、国際共通補助語の候補としてはその他の人工語の追随を許さないものとなっている。100歩譲って少なくとも現在に至るまでは、です。
その理由としてはこれまで私が投稿した論をよく吟味して見れば分かってもらえると思うのですが。
それからE自体はただの言語です。「思想」も何もありません。

ただ、ある運動目標を実現するためにはエスペランチスト達にとっても例外なく確固とした戦術・戦略目標が必要でしょうね。Zamenhofはそれについても彼なりの見通しは持っていたのですが、所謂、マルクスやレーニンに代表される
世界の政治・経済・社会学に関する分析はしておりません。人類人主義のようなエスペランチストとしての行動指針を推奨しただけです(彼はEの実用性を証明する事例を試作することや、その普及に生涯をかけましたから時間的にも不可能だったことは当然のことだと思います)。結果的には、その事はEにとってプラスでしたね。歴史的結果となる事実と彼の考えは無関係でしたから。
しかし、実際はZamenhofの理想を実現可能にすべく様々な政治理念を持つ人たちがE界に集っていることは事実です。この事をある時代のある状況下では敬遠されることもあることは、事実です。この事でエスペランチストの多くが何かカルとの「信仰者」のように呼ばれることがありますが、それはE運動に対する無知を露呈したものに他ありません。

私の見解は多くのエスペランチストとも共通するものだと思いますが、

国際語の最終目標も達成されるか如何かに関しても実は定かではありません。
マックス・ウェーバーに従えば人類史において一定の背景の下に特定の人間の恣意的行動が歴史を大きく変えることもあるし、下からの民衆自身の民主主義的運動さえも権力によって完全に封じ込められたり、逆にその流れの勢いから全く予期しない方向に行ってしまうこともあるからです。

従って、
私が前にも述べた様に、Eの理想の実現の前に第一次大戦を契機に今まで築かれてきた人類文明がやっとこさ到達した「国際平和秩序?」と曲がりなりにも呼べる状況が崩壊し、はるか昔の暴力だけが支配する血なまぐさい群雄割拠時代に似た状態に世界が戻ることもありえます。そうなれば、Eを中心に動いてきた人工国際語の歴史も同じく振り出しに戻ることになるでしょう。

最後に、
私がこの掲示板に登場したのはEに対する誤解を少しでも解きたいと思ったからです。私はアルカ語について批判めいた言葉を述べたことはありません。アルカ語について聞いたことも無かったし。。。

逆にEの「不備」に関しては散々批判を浴びせられました。
自分たちの人工語を国際共通語にという目標も見受けられません。単なる楽しみで机上の研究で満足している方(その方を初めから非難するつもりは毛頭ありませんでしたが)の国際共通語として部分的にでも既に機能しているEに対する嫉妬としか思えませんが。。。
 

(無題)  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月30日(火)23時53分38秒
  まあ「私と同様(いつの間にか仲間にされてしまった。まあ、あなたがそう仰って満足するならかまいませんが)」な自己愛的性格者になにを云っても駄目のようですが。

>120年かけても世界のたった0.026%の人しか使わない言語なのに、本気で夢が見られるのが不思議。

あなたが楽しんでいる夢にも勝るとも劣らない楽しい夢ですよ。Kakisさんともいつかこの夢を共有したいですね。

>しかも、本の出版傾向をみても、70年代から減少こそしても増加はしていないはずなのに。

アルカ語は70年代には増加に転じていたのですか?

>自分の住んでいる町や県の人口を少しでも調べれば、実感として例え国際補助語シェアの圧倒的な第一位でも、きわめて無謀だということはすぐ分かるはずなのに。

夢に無謀も何も無いでしょう。実現が遠い夢ほどその世界が広がって益々快感を刺激するものです。

>「英語が世界を支配するのは横暴だ!」といいますが、中学校の2学年か中学校3個分しか母語話者がいない一団体の言語を世界中で通用するようにしようというのは・・・・・・・・さて、どちらが横暴な考えでしょうか?

いっそのこと日本人も英語を母国語とすべきだと提案してみてはいかが?

尚、妹子がその他様々に書いている事実に関することは先刻承知しておるのでもう書かなくても宜しい。時間が勿体無いでしょうが。
まあ、妹子の自己愛を満たす為に必要と考え我慢して読みましょうか?
 

(無題)  投稿者:Kamelio Japana  投稿日:2007年10月31日(水)00時18分55秒
  人工語憩いの場
この言葉につられて入ってきたのが間違いでしたかね。
Eに対する批判者のたまり場みたいなところですかね。
E運動を応援して欲しいとまでは望みませんでしたが、まるで誰に迷惑をかける訳でもないE運動をまるで世界的犯罪者であるかのように批判する方が多く居られるとは、この掲示板の参加者の方々の心理構造はどうなっているのかな。益々興味が沸いてきました。

自分の現世利益しか見ない。英語一辺倒の世界が英語を母語とする人にとってどれだけ有利になっているかも見ようとしない。世界は常に変わっていくことが想定できない。自分の殻に閉じこもって理想を追うものを悲壮にしか思えない。過ってのしらけ世代の後継者かな。
Eの理想も然ることながら私にとってはEを実用して人と触れ合うことの方がもっと楽しいことなんです。
なんか、眠くて論理性が揺らいできました。また、明日まで。Gxis morgaux!
 

>Kamelioさん  投稿者:クロ  投稿日:2007年10月31日(水)02時30分19秒
  いい加減よしませんか。
いつの間にかこちらに憎悪を向けていらっしゃるようなので。

悲観的なのは認めますが、「国際補助語」とか、「一つの言語で世界平和」というのはこのような議論のとおり、「完全な平和」などは望めないのですから。それを踏まえたうえで、じゃあ人工言語で何ができるのかを模索したのが「新生人工言語論」なのです。

国際補助語という大義を唱えずとも、「自分の作った言語をみんなに使ってもらいたい!」でいいじゃないですか。それも目標でしょう?

ところで、「学習の容易さ」というのは私たちの間では「自然言語より簡便な」というのは当たり前のことです。
そのうえで、他の人工言語よりどれだけ論理的かつ合理的かつ、自然言語並みの表現ができるか。
それを実証したのが演出系符牒型言語のアルカなのです。
あと、これはあなたもご指摘のとおりですが、「学習の容易さ」なんてものは所詮、どれだけ母語に近いかによって決まるものですから、確かにあまり重要でないのかもしれません。

しかし、例えば日本語を母語とする私たちでも、英語より簡単な言語は何であるか、エスペラント(もしくはイド)より簡単な言語は何であるかくらいは分かります。それを人工言語としての「学習の容易さ」であると、私は捉えています。

それと、「アルカ語は70年代には」って、だから記事を読んでくださいとちゃんとリンクしたでしょう?
アルカはその年代には存在してないんですよ。
それとも何ですか?「だったらエスペラントに云々言うんじゃない」ですか?

そもそもですね、エスペラントに嫉妬してるがどうのと仰られてる時点で的外れも甚だしいのですよ。
エスペラントに嫉妬してどうするわけ?どうにもならないし、そんなドンキホーテみたいなことここにいる人は誰もしないんですよ。
エスペラントの実績を認めつつ、その上で「国際補助語は限界がある」と言ってるのです。
これからは、国際補助語とかでなく、小説なり架空世界構築のための言語を作ろうと、そういう話を新生人工言語論はしているんですよ。

エスペラント云々というより、エスペラント使用者であるあなたが、エスペラント以外の人工言語はどうのと言ってるから、それについて誤解があるようでしたので、こちらもそれについて説明をしたというわけです。

エスペラントに対する誤解と言われても、「思想」が異なるのですから、
例えばkakisさんが仰ったように、キリスト教徒がイスラム教徒に布教しているようなものなのです。

「夢は人それぞれ」。そういうことでよろしいでしょうか?
こちら側の夢をあなたに押し付けてしまったのでしたら申し訳ありません。
確かに、エスペラントの普及を望むあなたがたには失礼ですね。

「人工言語憩いの場」はエスペラントに対する批判者のたまり場ではありません。
批判というより、新生人工言語論や関連書籍を基に、「分析した結果を論じている」と捉えていただければと思います。

従って、くれぐれも断っておきますが、「エスペラントへの嫉妬」というのはそれこそ全くの誤解です。

ただ、「エスペラント運動」に関してはこの掲示板で行なうのは不適切であることはご承知ください。
あくまで、「少しの間自分の言語を紹介し、サイトを紹介する」程度を目安としています。
新規作成された言語は常識の範囲内でしたらいくらでも結構ですが、エスペラントは事情が異なります。

エスペラントは「新興人工言語」ではありません。既に人工言語シェアNo.1を誇る国際補助語です。

そのような言語をこちらで紹介してもらっても「?」ということです。
というか、「世界的犯罪者であるかのような」って、大袈裟です。
でも、国際補助語に重きを置いてないコミュニティにエスペラントの有用性を訴えたのはちょっと間違いだったかもしれません。

で、こういうのは言いすぎだと思ったのではっきり言いますが、
人格攻撃はやめていただけませんか?

心理構造はどうなってるって、人の勝手じゃないですか。
それを平然と言えるあなたの心理構造こそどうなってるんだと、同じ言葉を返します。

分かる?議論するのは勝手ですが、あなたも議論とは関係なしに自分の人格を否定されたら悲しいでしょう?

最後に、
「自分の現世利益しか見ない〜」
そうですね。確かにその傾向があるようです。
しかし、「英語一辺倒の世界が〜見ようとしない」。

何度言わせるおつもりなのか。それを踏まえたうえで、「だが現実はそういうことだろう?」と言ってるのです。
それと、その辺の事情は新生人工言語論にも書いてあるはずですが、掲示板でくだらない議論をする前に、もう少し読んでいただけると大変ありがたいのですが。

>世界は常に変わっていくことが想定できない。
想定しているからこその言語論なのですが?
「国際補助語は世間の受けが良くない。小説とかの芸術言語は受けが良い。じゃあ国際補助語はしないで自分の作りたい言語を作ろう。」

なにか間違ってますでしょうか?
国際補助語を作るのは勝手ですが、あまり追いきれない夢を追い続けて終わらないようにねとしか言いようがありません。

私もかつてそれを夢想した人間ですが、遊びでやるにはあまりに荷が重すぎることです。
自分で作りたいと思うこと以上の十字架を背負って言語作るなんて、私にはできません。

>理想を追うものを悲壮にしか思えない。
これには少し納得です。確かにエスペラントやノシロなどにはそう思っていますから。
ですが、理想を追うものに対しエールを送る者がいることもまた事実です。

私がそれを経験しました。みなさん優しい方ばかりで、言語普及に関して色々アドバイスしてくださいました。
みなさん、その節はどうもありがとうございました。

――そろそろ終わりとしましょう。
無駄です。建設性なさすぎです。同じことの繰り返しです。その議論から話がそれて人格攻撃をしています。

やめましょう。


新たな国際補助語についてならここで述べてもよし。
しかし、エスペラントに関してはどうもここでは難しいので、別のところでお願いします。
あなたの発言を削除したり投稿そのものを規制したりはしませんが、これを無視していつまでもエスペラントの議論を続けるおつもりなら流石に然るべき処置を取るほかありません。

これは管理者一任でなく、実際に当掲示板の読者から苦情が寄せられているからです。
従って、これ以上の発言はお控えください。

私へのレスは一度きりでお願いします。それで済まない場合は管理者メールまで。
それすらしたくないのであれば、これを無視して、あなたからは二度とエスペラントに関する話はしないことを望みます。

あなたが例えば、ほかの人工言語について今後の参考に知っておきたいというのであれば、
今までのことは水に流し、丁重に対応いたします(「それとこれとは別」ということです。もっとも、みなさんがどう思うかは知りませんが)。


当掲示板をご利用頂き、誠にありがとうございました。
私からは以上です。途中、感情が入っていますが、その辺は無視するなど、冷静にご対処願います。
 

インテルリングアのサイト  投稿者:papageno  投稿日:2007年10月31日(水)07時48分52秒    編集済
  はじめまして。
「エスペラント語への疑問」というブログを書いている者です。「エスペラントなんでも掲示板」にも出入りしています。ここの掲示板は昨日発見して読ませていただきました。

それと今日、Yahoo!掲示板に「イド語エスペラント語インテルリングア語 」というトピックを発見したのですが、そこからインテルリングアのホームページに行きますと、日本語のページもありまして、「インテルリングアは 汎欧州 インテルリングアとは英語、伊語と西語/葡語、仏語、さらに独語、露語など欧州のさまざまな生きた言語の流れを汲むものなのです。」という表現が見られまして、「あ、これいいなあ」と思った次第です。
http://www.interlingua.com/interlingua-ja

というのはエスペラントも同じ事だからです。エスペラントも言語としては全く汎欧州なのですが、いつもまるで汎世界、汎地球の言葉であるかのように語られます。そこに無理があります。Kamelio Japana さんが(失礼な言い方になるかも知れませんが)どうも肩肘張ってものを言っているのも、そもそもエスペラント(が汎世界の言葉であると言う主張)に無理があるからではないでしょうか? エスペラントはヨーロッパ語でいいじゃないですか? 私はヨーロッパ語の一種としてエスペラントを学んでいますし、それで充分楽しいですよ。

http://ameblo.jp/esperanto2/

 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月31日(水)09時58分50秒
  > 地球上のあらゆる言語をミックスし且つ平均化したような統語法を持つものも可能ではあるが、そういった人工語は逆に誰にとっても学習の取っ掛かりを難しくするものである。

賛成。ノシロ語とかを参照するとまさにそうですね。
複数の言語の単語を参照した言語だと、英語のように統一感を失うというのは賛成です。ただ、エスペラント自身も、程度の差こそあれ、欧州の多言語の単語を参照したアポステリオリ言語であり、ある程度統一感を失っているのは事実です。
逆に地球上の自然言語に存在しない全く新規の単語をある程度記憶しやすいように計画的に語形を決めたのが、アルカのn対語システムです。

tus(大きさ) tas(大) ⇔ tis(小)
sur(高さ) sor(高) ⇔ ser(低)
vart(誕生)→virt(生)→vort(死)
fas(昨日)→fis(今日)→fos(明日)
kefu(方位) kefa(南) ⇔ kefi(北) kefo(西) ⇔ kefe(東)
uf(ねつ) af(暑) → if(暖) → of(涼) → ef(寒)

> 人工語が国際共通語に相応しい資格は自然言語と似た歴史的過程を経験しなければならない。
英語は、まずローマ人に侵略され、ノルマン人に侵略され、フランス人に侵略され、大英帝国として、世界中の言語に接触し、これでもヨーロッパ大陸の言語よりは、簡略化が進んでいます。いろいろな民族にもまれていらないものがたくさん切り捨てられていますので。
すくなくとも、軍事力と文化力とかつて地上の広大な版図を支配したという経歴と膨大な当時の最先端技術と文化の膨大な文献なくして、国際共通語に相応しいとはとてもいえません。ラテン語も古代中国語も結構学習が困難ですが、それなりに国際共通語として機能しましたので、言語の性能と国際共通語の適正に相関関係は存在しません。必須要因は、上記のような単純な「暴力と財力と萌」だけです。

ちなみに、ここはこのような国際補助語としてどうこうではなく、単純に言語学としてどうなのかということを論じる場らしいので、いろいろ批判を受けるのは仕方ありません。
 

(無題)  投稿者:Kakis Erl Sax  投稿日:2007年10月31日(水)09時59分56秒
  > カルト
偏見かと思っていましたが、ここ数日のやり取りを通して事実だということが判明しました。

> Eの「不備」に関しては散々批判を浴びせられました。
当然です。ここは身内でも駄目っぽいところは批判の対象ですし。例えば、アルカでもn対語の循環系のものは分かりずらい間違いやすいといわれますし、さらに激しく宗教臭いとも言われますし、ジェン語も日本語から訳すのは良くても、ジェン語本体から日本語に訳すのは至難の業とかいわれますし、アスガル語はシステマチックでも少々過剰論理的で使いにくいとか、ノシロ語は多言語参照アポステリオリ言語で分かりにくいとか、トラブ語も改善は見られても基本的に目標と多言語参照の語彙構成というコンセプトはノシロと同類とか、ノジエールは書きにくい読みにくいとか、というか字上符のある人工言語は大体PCで書きにくいし、ましてや表語文字系はPCでの実用性から見て論外とかいろいろ忌憚なく、言語学的・思想的な批判は言い合える場所ですから。
たしかに、よろず掲示板のように批判者を書込み禁止にする甘すぎるコミュニティーと比べれば、きついでしょうが、2ちゃんねるとくらべれば、ちゃんと「電波」「基地外」「氏ね」という罵詈雑言でなく、意見を言う分はるかに優しいコミュニティーであると考えます。

> Eに対する嫉妬
仲間内の内緒話や小説や個人的な楽しみや研究で人工言語を作る人々が、どうして世界中で通用することを目的とする言語に嫉妬を覚えられるのか不思議です。そもそも目指す方向が違いすぎるのです。

> 自己愛的性格者になにを云っても駄目のようですが
はい、無駄です。同様の自己愛性人格障害を患っているセレンさんにも無駄です。
あなたにも無駄のようです。
どうみても診断基準(5個以上で発症)にあてはまっておられるようです。

1 誇大な感覚
2 限りない空想
3 特別感
4 過剰な賞賛の渇求
5 特権意識
6 対人関係における相手の不当利用
7 共感の欠如
8 嫉妬または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
9 傲慢な態度

> アルカ語は70年代には増加に転じていたのですか?
http://lanxante.higoyomi.com/arka_1.htmlここの三行目すら読んでいないようで。
 

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