- 1 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ!
投稿日:2011/01/13(木) 06:52:19
かつて、大きな戦いがあった。
個人、組織、そして世界をも巻き込んだ戦い。
戦士達は屍の山を築き上げ戦い、
それでも結局、勝者を産まぬまま、
戦いは、全てが敗者となって決着を迎えた。
そして、『邪気眼』は世界から消え去った――――筈だった。
2 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/13(木) 06:53:32
《過去への扉》─カコログ─
邪気眼―JackyGun― 第零部 〜黒ノ歴史編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1225833858/
邪気眼─JackyGun─ 第T部 〜佰捌ノ年代記編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1251530003/
邪気眼-JackyGun- 第U部 〜交錯世界の統率者編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1260587691/
邪気眼-JackyGun- 第V部〜楽園ノ導キ手編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1267327455/
邪気眼-JackyGun- 第W部〜目覚ノ領域編〜
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1275651803/
《堕天使の集いし地》─ザツダンスレ─
http://yy702.60.kg/test/read.cgi/jakigan/1280151413/
《世界ノ真実》─マトメウィキ─
http://www31.atwiki.jp/jackygun/
Q.ここは何をする所だ?
A.邪気眼使いたちが戦ったり仲良くしたり謀略を巡らせたりする所です。
Q.邪気眼って何?
Aっふ・・・・邪気眼(自分で作った設定で俺の持ってる第三の目)を持たぬ物にはわからんだろう・・・
邪気眼のガイドライン(http://society6.2ch.net/test/read.cgi/gline/1261834291/)を参考にしてください。
このスレでの邪気眼とは、主に各人の持つ特殊能力を指します。
スタンドとかの類似品のようなものだと思っておけばよいと思います。
Q.全員名無しでわかりにくい
A.昔(ガイドライン板時代)からの伝統です。慣れれば問題なく識別できます。
どうしても気になる場合は、上記の雑談スレでその旨を伝えてください。
Q.背景世界とかは?
A.今後の話次第。
Q.参加したい!
A.自由に参加してくださってかまいません。
Q.キャラの設定ってどんなのがいいんだろうか。
Q.キャラが出来たんだけど、痛いとか厨臭いとか言われそう……
A. 出来る限り痛い設定にしておいたほうが『邪気眼』という言葉の意味に合っているでしょう。
数年後に思い出して身悶え出来るようなものが良いと思われます。
3 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/13(木) 06:56:12
世界観まとめ
邪気眼…人知、自然の理、魔法すらも超えた、あらゆる現象と別格の異形の力
包帯…邪気を押さえ込み暴発を防ぐ拘束具
ヨコシマキメ遺跡…通称、『怪物の口腔』
かつての戦禍により一度は焼失したが、アルカナを率いる男【世界】の邪気眼によって再生された。
内部には往時の貴重な資料や強力な魔道具が残されており同時に侵入者達を討ってきたトラップも残存している。
実は『108のクロニクル』のひとつ
カノッサ機関…あらゆる歴史の影で暗躍し続けてきた謎の組織。
アルカナ…ヨコシマキメの復活に立ち会い守護する集団。侵入者はもとより近づくものすら攻撃する。
大アルカナと小アルカナがあり、タロットカードと同数の能力者で構成される。
プレート…力を秘めた古代の石版。適合者の手に渡るのを待ち続けている。
世界基督教大学…八王子にある真新しいミッション系の大学で、大聖堂の下には戦時から残る大空洞が存在する。
108のクロニクル…"絶対記録(アカシックレコード)"から零れ落ちたとされる遺物。"世界一優秀な遺伝子"や"黒の教科書"、"ヨコシマキメ遺跡"等がある。
邪気払い(アンチイビル)…無能力者が邪気眼使いに対抗するべく編み出された技術
遺眼…邪気眼遣いが死ぬとき残す眼の残骸。宝石としての価値も高いが封入された邪気によってはいろいろできるらしい
4 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/13(木) 07:04:33
『荒ぶる獣』の襲来。
歴史を葬る洪水から逃れし者達は、この《方舟》にて仮初の物語を紡ぐだろう……。
《水底ノ墓標》―前スレログ―
ttp://mimizun.com/log/2ch/charaneta2/1287755863/
時は熟せり(Time Is Ripe)――――。
さあ、罪深き役者と観客達よ。血塗られた【死の舞踏】の再開だ!
5 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/13(木) 22:44:03
───────────────―――――
???、カノッサ機関直属部隊【オーケストラ】本部
───────────────―――――
(…ここが、……あの、『カノッサ機関』……!?)
(その光景は正に、「荘厳」の一言に尽きた。)
シューボックス
( 靴箱型 の広大な空間を隙間も間隙も無く埋める華美な装飾群、金色のヒレを付けた臙脂の垂れ幕)
(遥か後方まで整然と並んでいる客席も深紅の革張りで、今鷹逸が突っ立っている舞台は年季を重ねた格調高いマカボニー)
(一言で言えば、コンサートホールだった。) フィルハーモニー
(中世西洋の貴族様とかが毎週休みの楽しみにやって来る感じの。 音響楽団か海兵ブラスバンドみたいな。)
アルテオーバー
(最初は、一瞬『旧オペラ座』にでも跳ばされたのかと思った程の超絢爛な内装である。…案外、本当にドイツとかで、普段はコンサートとかしているのかも。)
(なんつーか、…すげぇな。)
(半ば呆れ混じりに苦笑してのける。)
(考古学的アプローチでも殆ど素性が分からなかった『カノッサ機関』。一説には、既に壊滅状態とも言われていた。)
(それが蓋を開けてみれば、こんなド派手な拠点を構えて悠々としている訳である。)
(「一応」、鷹逸も良い家の出ではあるし、しばしば本家を出入りしていたこともあったが。…正直、ここまで露骨では無かった気がする)
(結城家と総資産額の一、二位を争うほどの名家『有栖川』辺りなら、特段珍しいこともないのかも知れなかった。)
(しかし、)
(こんなに豪華じゃぁ、逆に休養できるかどうか微妙になって来やしねえか……?)
(そう。)
(鷹逸がわざわざこんな所にまで連れて来られたのは、連戦に次ぐ連戦による消耗や疲労を少しでも回復する為なのだった。)
カルディナル エデン
(青年としては、あのまま敵方『枢機院・楽園教導派』西方拠点要塞・”ラツィエル城”に殴り込みかける気マンマンだった訳で、格好良くキめたりもした訳だったが、)
(まあ、選択としては正しいっちゃ正しい、のか。
いざ突っ込んで、「結局何の役にも立ちませんでしたテヘ☆」ってオチじゃどうしようもねえだろうしな……。)
(今頃その古城では、『楽園教導派』と、以前敵対した暗部組織【アルカナ】が総力戦を繰り広げているはずだ。)
(そんな中に少数人数(最大2人)で飛び込もうと言うのだから、少しでも体力は戻しておいた方が良いだろう。…体調万全でも中々クレイジーな判断だが、気にしない。)
6 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/13(木) 22:47:11
(それはさて置き。)
(鷹逸はピアノと共に、ガラスエレベータ(恐らく異能超強化硝子製)で階下へ降りる。)
(幾つか階層を抜けた先に、またも絢爛豪華な空間が広がっていた。最初のホールよりは小さいだが、それでも下手なオペラ座よりも遥かに断然レベルが高い。)
(一応暗部組織なのだから自重しろよとも思う鷹逸だが、そこは「謎の技術」で何とかしているのか。)
(ウィーンというギャグみたいな謎の起動音で開いた透明なドアを、恐る恐る潜る。)
(上層とほぼ変わらぬ凄まじい内装に感嘆詞を漏らしてしまう前に、鷹逸の常人並みの視界が観客席の中央の人影を認めた。)
「うげっ…待ち構えてやがるし…」
(いや仮にも少女の体裁を採ってるんだから「うげ」はちょっとないだろ)
(内心でツッコむ鷹逸。)
(ピアノの容赦ないその反応からして、どうやら彼女の知り合いらしい。…いや、こいつなら見知らぬ他人でも同じようなリアクションを返しそうだが。)
(ピアノと知り合って数日も経っていないが、この少女の人となりが何となく把握でき始めていた鷹逸だった。)
(…というかそもそも、これまで彼が知り合った女性の中で、女性らしい女性と言うのはそんなに居なかったような気がする。)
(アスラは何だか残念だし、ヨシノはメイド服を着ていたけど男だし。『月』は性格に難アリ。……少女らしいと言えば、『星』とかステラぐらいのものではないだろうか。)
(もしかしたら、邪気眼の世界って曲者揃いなのか……?)
(自分もその一員ということに気付いていない鷹逸は、ピアノと男が何やらやり取りをしているのに気がついた。)
「…中に入れたって事は、少しは分かってくれてるの、よね?指揮者、さん…?」
「さんづけなんてするな、落ち着かないだろう。
それにお前が居なくなるのはいつもの事だ、2年もいなかった事がある癖に」
(あの傲岸不遜なピアノがさん付け……。
ということは、この男性は【オーケストラ】の偉い人、ってことになるのか? …成る程、如何にも只者じゃねえ気配してやがる)
(遠目でも判る。)
(あの威風堂々とした態度と、上に立つ者としての顔つき。…それは紛れもなく、遺跡の最奥で出遭った『奴』によく似た風格をしていた。)
(ただ、どっちかと言うとこの男の方が穏やかな感じがする。やはり年季が入っているからだろうか。『奴』を若き勇壮な戦王とするなら、この男は内政の賢王と言った処だろう。)
(人を食ったようなピアノの言い種に諦めたのか、深いため息を吐いた男は、今度は鷹逸に目線を向けてきた。)
7 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/13(木) 22:49:44
「で、誰かな君は」
(単純な誰何だ。)
(当然と言えば当然の質問だった。身内が連れて来たとはいえ、鷹逸の立場は『部外者』止まりなのだから。)
(…結城家は【旧世界】の頃からカノッサと”スポンサー”という形で深く関わり合いと持ってきた。だが鷹逸は、本家には程遠い遠戚の一〇八分家の子息。)
(接点があるっちゃあるし、ないっちゃない。
…おいおい、面倒くせえ立場なんじゃねえのか俺ってば。一体どんな感じで説明すりゃ一番良いってんだ…?)
(微妙な立場をどう伝えたものか惑っていると、ピアノがさっさと口を開いた。)
(そう言えば、自己紹介をした時もピアノは大した反応を見せずに受け流していた節があった。そこまで出自を気にするSAGAではないのだろうか。)
「あー…世界の選択(マスターピース)よ。それよりももっと重要な事g、」
……、g?
(ピアノの鈴の音のような声が、不自然に子音で途切れた。)
(見やると、何やらもがもがと呻いている。…図格好的に、どうやら突然開かなくなった口をどうにかして開けようと格闘しているらしい。)
(何、だ? タイプ
行為の強制中断? …干渉型の、能力? リバイヴやフェンリルの直接攻撃型とはまた違う種類の邪気眼……って、ことか?)
「すまないね、本人から聞かないと信用できないたちなんだ」
(凪いだ海面のように穏やかな声色で、鷹逸に向き直った中年の男はそう告げた。)
(…悪そうな人相ではない。どちらかと言うと部下思いというか、お人好しというか、手腕よりは人柄で尊敬される類の上司というイメージだ。)
(………但し、それは決して御しやすいことも意味しない。波の立たない海は至って日和も良いが、風に荒れ狂う波間は容赦なく舟を呑み込む厳しさをも持つのだから。)
「で、君は何者なのかな?その血糊と顔つきからして、只者ではないと思うがね」
(…とにかく、これでピアノの助けは借りられなくなってしまった。)
(腹を決めるしかない。拙くても何でも、とにかく誠意を込めまくれば何とかなると、結城本家のクソジジイが教えてくれたような気がする。金言実行、やるしかない。)
……あー、っと。…えー、結城鷹逸、って言います。
その、…これから枢機院の拠点に殴り込みかけに行こうと思ってんですけど、ちょっと疲れてて…。…申し訳ないんですけど、少し休ませて貰っても、いいです、かね?
(これはひどい。)
8 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/17(月) 06:46:14
やがて竜蹄は片手に杖をつきながらトレーラーに乗り込み、既に出そろっていた「管理役」の面々を見回す。
勿論、そこにはシェイドやステラの姿もある。シェイドは相変わらず堪忍袋の緒が切れかかったような表情で、
ステラは───何故だか、酒瓶を近くに置いたまま軽く酩酊していた。
(…………なんか知らんが、先行き不安じゃ…)
軽く額を抑えつつも、竜蹄は入ってすぐの中央に備え付けられたソファに腰を下ろした。
円卓を囲む形になる。やがてトレーラーの後部が閉じ、だれが運転しているとも分からないままにゆるりと発進しだした。
≪…まずは召集御苦労と言っておくかのう。管理役の「海外出張」など、考えてみれば大学創立以来かもしれぬか…ククク…≫
≪…さて、とっとと本題に入るぞい。事前に配った冊子には目を通したな? …通したか? 通したな? ついさっき死ぬ気で作ったんじゃぞ?≫
≪貴君らも我が大学を取り巻く「環境」については十分理解の上と見ておる──今回の一件は、「あの方」の明らかな契約違反と言えよう≫
≪元より、我々が求めるのはただ一つ──平穏のみ。
荒事に慣れ過ぎた諸君が幾年手を汚し、ようやく手に入らなかったそれを、奴らは簡単に奪い行く気じゃ≫
≪許せるか? おお、許せまいよ。我らが手にした平穏たる「大学」を愛する気持ちは、ここにいる管理役、誰一人変わりはせんだろう≫
≪そこで、じゃ。…これから我々は「枢機院」に対する警告の意も含め、「枢機院」の本部を強襲し、壊滅させる≫
ざわざわ、と、一部からどよめきが起こる。
≪静かに。儂とて死にゆくつもりはない。
さて、何故襲うのに本部を狙うか──その理由は「時機」じゃ≫
≪今現在、欧州のとある場所に位置する「枢機院」支部の一つ、「ライツェル城」がさる組織に強襲を受けておる。
現在「枢機院」勢力は不利、本部から幾人かの幹部組織「セフィロト」が派遣されるほどでの。
敵の目は今、ほとんどが「ライツェル城」に向かっておる。
我々はその隙を付き、一部の幹部勢力が留守の「枢機院本部」を強襲、壊滅させる──という訳じゃ≫
9 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/17(月) 06:49:03
≪概ね目的は分かったな?では次に役割の分担じゃが────≫
そういうと、竜蹄は管理役を小分けにしながらジャミング班、撤退準備班などに分けていく。
ステラとシェイドの二人は、本部に侵入し幹部連中を始末する「強襲班」に振り分けられた。
≪…時にステラ君、二重の意味で酔ってないかのう、君。≫
先程から顔が愉快に赤くなったり青くなったりしているステラに、竜蹄は心配そうに尋ねた。
≪…あー、うん。さて、君らの仕事は一番簡単なものじゃ。
「枢機院」で出会った邪気眼狩り信奉者、および幹部連中…平たく言えば、儂らの身を脅かす輩を全員始末してきてくれたまえ≫
平坦な口調でそう告げる。
瞳の奥には、無明の光がともっていた。
≪判断は君らに任せる。「悪の手先を殲滅しろ」などと狂信的な事は言わんし、「逃げる者は追うな」などと博愛主義な事を言うつもりもない。
……ただ、安寧を損ねると判断したものは残らず殺せ。我らに喰らいつく牙は歯肉ごと削ぎ落とし、我らに楯突く爪は指ごと切り落とせ。指令はそれだけじゃ≫
≪…準備と覚悟はよろしいか。儂は重鎮らしく、ここ【本陣】で待つとしよう。
…では、“かの御意志”に歯向かいし貴君らに、大いなる福音の降りん事を。≫
10 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/25(火) 09:47:56
「………」
(馬鹿野郎―――ッ!んな説明で分かるかァ――――!
怒らせないで!ただでさえ人見知り強いのに怒らせりゅ真似はよしてええええええ―――!)
何も喋れないピアノはもう脳内でそう叫ぶしか無かった。
いやしかし、それでもこれはひどい
しどろもどろで細かな説明も無しに真顔で「枢機院の拠点に殴り込みに行こうかと」なんて言うかフツー?
いやそもそも「殴り込み」という単語を真顔で言う時点でアレだ。そして指揮者の顔もヤバい
まず目が細い、超細い、どう見ても疑念の眼差しです本当に(ry
うわちょこっち見ないで私は何も知りません!こいつが勝手に言っただけなんです!-273.15℃の眼差し止めてくだしゃい!
「ピアノ、君が一般人を連れ込む事は以前もあったが…まさか男を連れ込むとはな」
あーうんそうだったね!ちなみに以前連れ込んだのはレイだったね!懐かしいね!7年くらい前だったかな!
男!?うん男だね!でも別に"その気"になった訳じゃないからね!レイの遺言みたいなもんだからね!
というか自分が休みたいからここに来ただけでkoituはオマケみたいなものなんだよ!うん!
「口をもごもごさせながら地球の言語じゃない言葉で話しても何も通じんぞ」
「ドゥブッハァ!ぜー、ぜー、」
指揮者が手を下した瞬間、口が自由になった。
「それで、本当に枢機院に殴り込むつもりか?」
息も絶え絶えなピアノに一歩詰め寄り、指揮者は落ちついた声で訊ねる。
「……まあ、そうね
こいつの説明でh」
またぴたっと口が閉じられる。ああ駄目だ、今日の指揮者は滅茶苦茶調子がいいらしい。
「十分だ。枢機院に殴り込む為に、私に協力しろとでも言いに来たのか?偉くなったものだな、ピアノ」
(違ーーーーう!ただ休みに来ただけなんです!私こんなとこで命ロストしたくないんです!鷹逸郎さん早く謝っテ!)
「しかも一般人まで連れ込むときた。以前の時の痴態を忘れたのか?長く生きてなお、学習能力に恵まれないとはな」
(以前…?ああそう言えば牢屋に二人仲よく突っ込まれたっけ………ヱ?)
「タムタム、こいつらを"コードボックス"に突っ込んでおけ。今日はきつめに頭を冷やしてもらおう」
(……オワタ)
11 名前:NGワードあぼ〜ん 投稿日:NGワードあぼ〜ん
NGワードあぼ〜ん
12 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/25(火) 16:09:24
───────────────―――――
[>???
[>カノッサ機関直属部隊【オーケストラ】本部
[>地下投獄監禁施設『コードボックス』
───────────────―――――
(所変わって、狭い一室。)
(二人(+α)を取り囲む黒壁は、異能絶縁性の強い材質『黒曜堕天石』性。)
(昏く鈍い光を放つのは、外界との扉を兼ねる鉄格子。…いや、石格子と呼んだ方が今回の場合は適切なのかも知れない。)
(――――要するに、投獄である。)
……予想外の展開にも程があるぞ、オイ。
いや、嫌な予感は薄々してたんだ。『機関』ともあろう大組織が、一般人の侵入に易々気を許すはずがないってのは……。
(薄汚れたフードを被った青年:結城鷹逸は、後方の壁に背を預けて騒ぐ二人の様子を見ていた。)
(正確には、一人と一匹。…より厳密には、それすらも定かではない。)
(一人は無論、ピアノ・ピアノ。だが彼女の話し相手を務めているのは、何だろう、根本的に生物の類型に嵌らない気がするのだが。)
「ピアノちゃん久しぶりヤネーwwwwwwまた変な事やらかして帰ってくるとかウケルーwwwww」
「あんたと話し合う気にもなれないわ…」
(犬のぬいぐるみであった。)
(さっきからピョンピョン跳ねるという無機物にあるまじき機敏な動きをしながら、やたら神経を逆撫でしてくる口調でぺらぺら喋っている。)
(…端的に言ってしまえば、ウザかった。)
(やがて辟易したのか、ピアノに殴り飛ばされたぬいぐるみは格子の隙間からもの凄い勢いで飛んで行った。)
(嬌声を木霊させて。)
(そこは悲鳴じゃねえのか、普通……?)
(そして、静寂が訪れた。)
(ピアノは鷹逸に不満を込めた一瞥を寄越したかと思うと、「最悪」と漏らしたまま沈黙を保ったまま何も語らず。)
(どうやら【オーケストラ】の構成員にとって、此処はそんなに良い思い出のある場所ではないようだった。…完全に牢獄なのだから当然だが。)
(―――しかし若い頃にやんちゃばかりしていた鷹逸にとっては、必ずしもそうではなく。)
13 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/01/25(火) 16:12:48
(……落ち着くな。懐かしい空気っつーのか、何つーか。
…悪友と悪さばかりしていた頃は、よくお仕置き部屋に放り込まれたんだっけ)
(今となっては振り返るべき、懐かしい記憶。)
(大きな広い結城のお屋敷を二人して駆け回っては、当主のお叱りを受けて地下室へと閉じ込められた。)
(丁度この牢屋のような感じで、光源と言えば豆っこい電球一つ。…物陰から何か飛び出すのでは、と怖がった思い出もある。)
(尤も、今の自分があるのはその経験のお陰だ。)
(そこには、邪気眼関連の文献が山のように死蔵されていた。)
(解放されるまでの間の暇潰しに、ふと思い立って読んでみたのが邪気世界への興味の始まり。)
(普段は立ち入りを禁じられているので、入るにはまだ悪さをしてお仕置きされなければならない。…全部読み終えるまで、何度叱られたことか。)
(…あれが無かったら、今頃俺は違う人生を送ってたのかもなあ。
そう考えると、つくづく数奇なもんだぜ。一つの出会いやすれ違いが、その後の未来に大きく影響するんだからな。)
(そんな回想に耽っていると、気分を暗くしたピアノの姿が目に入った。)
(「指揮者」とのやり取りでよほど精神を消耗したのか、先ほどの元気は木っ端微塵に消し飛んで今やすっかりダウナーだ。)
(……やっぱ俺の所為だよなぁ、これ。)
(当然である。)
(すっかり「怪しい人物」登録されてしまった挙げ句、投獄の憂き目に遭ってしまった。)
(突然こんな豪奢な処に連れて来られて自己紹介しろと言われたら誰でもとちると思うが、そんな自己弁護をしても始まらず。)
…ま、まぁ。
折角上等な寝床を用意してくれたんだし、俺達は肖って休養と行こうじゃねぇか。
……ん、あ、ベッドはピアノが使って良いぜ。俺は床で寝るのは慣れてるし。それじゃ俺はちょっと、休ませ、て……。
(語尾が不確かになったかと思うと、そのまま寝息を立て始めた。)
(体内の疲労が遂に限界を超えたのか、それとも開き直りなのか。無防備な面を晒して、暢気に眠りこけている様子。)
(現在牢屋に投獄された身にも関わらず、本当に何処までもマイペースな男だ。)
(すぐ脇に置かれていた変態セットには、終ぞ気付く気配もなかった。)
14 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/02(水) 15:14:18
生命機能を一度全部落とすという常軌を逸した対処法。
それよって戦線に復帰したアスラの、とどめの弾丸がケテルを砕く。
万物照応、頭蓋に宿った精神掌握の異能を破壊され、絶対の礎を失った精神世界のケテルもまた
デバイスの攻性プログラムに喰われゆく。
雌雄は決した。あとはただ、ゆっくりと冷えるのみの戦場に、立つのは二人とひとつの影。
>《――私の負けか》
>《……いや、これでいい。私は『創造主』様に歩み寄ろうなどと、驕り高ぶった思想を抱いていた。
私は過ちを犯したのだ。この敗北は、その罰として受け入れよう》
>《残念だが背信者よ、お前に私の全てを渡しはしない。そうなるくらいならば、私は自ら私を消滅させよう。
ふふ……私の身も心も能力も、全ては『創造主』様の為に……あるのだからな》
言って、ケテルは自死を選んだ。枢機院の頂点に立つ一人、無双の精神掌握者は、静かにほどけ、消えていく。
やがて光の一粒も残さず、生命の樹・第一セフィラ:"哲学"のケテルはその生命を終了した。
存在としての機能を、停止した。
「気にするな、お前は何も間違っちゃいなかった。好きな相手に近しくなりたいっていう気持ちは誰にだってある。
信仰する先を、『偶像(アイドル)』じゃなくちゃんと同じ土俵で、隣に立たんとする意志は素直に敬おう」
《え?え?そういう話なの?これ》
「だが、お前のやってることはAKB48の誰かに恋したおっさんが自分もAKBに入りたいと願うのと一緒だ!
根本的にズレてたんだよ……!お前の想いは届かなかった!だからこの話は、それでおしまいなんだ……!」
《本当に身も蓋もないよっ!なんなの、シリアスアレルギーかなんかなの!?》
「いやほら、あんまり話が重くなると後々辛いぞ?君なんか特に、存在の是非を問われかねない」
《えー……なにその気遣い……まあ、次戦あたりでホントにテーマになりそうだけどさ》
「そう、次戦だ」
アスラに応急セットを借りて、ケテル戦で創った傷の手当をしながら、ヨシノは述懐する。
ケテルの能力ゆえに外傷自体はアスラほどもないが、摩耗し疲弊した精神の回復が追いついていない。
ヨシノの軽口は、実際のところあまり重い話をする余裕がない、という証左ともとれた。
「姉さん、連戦の準備は十分か?俺たちがここでケテルを倒してしまった以上、最早ゆっくり休んでいる暇はないぞ。
丁度良い具合に俺たちは『枢機院』の本部に足を踏み入れている。奴らの喉元にだ。
戦況はこの上なくジリ貧だが、状況は確実に好転している。戦力さえ十分ならば、このまま一気呵成に枢機院を制圧することだって不可能じゃあないんだ」
無論、それをやらかすだけの戦力がないからジリ貧なのだが。
現状彼らは孤立している。ヨシノもアスラもフリーエージェントであるからして、援軍も期待はできない。
結論から言って、補給も連絡も絶たれたこの枢機院本部から脱出するには、さらに何戦か覚悟しなければなるまい。
「ここで本来の目的を確認しておこう。デバイスはこの本部の『地下』にある死霊の還る場所、へ行きたい。
俺はこの本部の地下に居るケブラーとかいう老害から旅団の死霊を奪還したい。姉さんは俺の護衛」
利害も目的も、向かうべき場所も一致している。
すなわち『地下への潜入』と、『ケブラーの打倒』。これさえ完遂できれば、他にかまける必要はない。
邪気眼狩りも、枢機院の目的も、どうだって良い。身に振りかかった火の粉を払い終えたら、日常に戻ればいいのだ。
「地下を目指そう。その途中どこかで補給ができれば良し、休憩ができればモアベター。あまりここには長居できまい。
枢機院の内部で俺たちがどういう扱いになっているのか――この一戦は枢機院としての決定なのか、はたまたケテルの私刑なのか」
前者であれば最悪だ。もはや逃げ場はない。
後者ならば――活路はある。それは光乏しい隘路だが、這いずってでも抜ける意志はある。
「賭けに出よう。姉さん、アンタの潜入手腕でうまくごまかし透かして地下への道を拓いてくれ。
枢機院全体が俺たちを殺しにきてるなら応戦しつつ撤退戦。ケテルの独断であればまだ俺たちの害意は他の連中に知られてない
はずだから、この潜入作戦はぐっと上手くいくはずだ。それでも地下の在り処を聞き出すのは一苦労だろうが……」
そこはアスラの面目躍如。卓越した処世術にかけるほかない。
【目的:地下への潜入。アスラに先導を依頼】
15 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/06(日) 02:40:05
>≪…さて、とっとと本題に入るぞい。事前に配った冊子には目を通したな? …通したか? 通したな? ついさっき死ぬ気で作ったんじゃぞ?≫
満を持して現れた学長は、最初に会ったときと同じあのノリで話を進めていく。
ステラにはそれが白々しく見えて仕方がなかった。この老人は好々爺の皮を被ってはいるが、その柔和な眼の奥に光るのは怜悧の光。
そのちぐはぐなアンバランスさ、捉えどころのない風格が一種の威圧すら醸している。
『強さの本質』を知る者だけが嗅ぎ取れる、絶対強者の匂い。
>≪そこで、じゃ。…これから我々は「枢機院」に対する警告の意も含め、「枢機院」の本部を強襲し、壊滅させる≫
「――っ!!」
周囲と同じく息を飲む。
こともなげに放たれた言葉は、世界そのものに弓引くと同義の指令。
世界最大の聖教組織と、懐を同じくする大学の一組織が、全面戦争を起こすと。そう言っているのだ。
>≪…時にステラ君、二重の意味で酔ってないかのう、君。≫
「大言壮語と一気呵成のこの流れに陶酔してるとすれば、三重の意味で寄ってることになるね。
……濃度が高すぎるよ、あなたの言葉は」
学長は奥歯にものの引っかかったような顔をすると、しかし眼の様相は変えずに続けた。
>≪…あー、うん。さて、君らの仕事は一番簡単なものじゃ。
「枢機院」で出会った邪気眼狩り信奉者、および幹部連中…平たく言えば、儂らの身を脅かす輩を全員始末してきてくれたまえ≫
全員を始末。物騒で荒唐無稽な言葉にステラが眉を立てたのを見てか見ずか、学長は補足する。
>≪判断は君らに任せる。「悪の手先を殲滅しろ」などと狂信的な事は言わんし、「逃げる者は追うな」などと博愛主義な事を言うつもりもない。
……ただ、安寧を損ねると判断したものは残らず殺せ。我らに喰らいつく牙は歯肉ごと削ぎ落とし、我らに楯突く爪は指ごと切り落とせ。指令はそれだけじゃ≫
「……了解」
現場の判断に委ねるということは、始末しなければならない対象にある程度の融通が効くということで。
後戻りのつかない後悔をなにより嫌うステラの信条にとっては適正な任務と言えた。
ステラは立ち上がり、酩酊してふらつく足取りでシェイドのもとへ向かう。座りきった眼で、睥睨する。
仇敵が目の前にいる。この位置からなら収束光条もファルシオンも徒手空拳ですら命に届く。
学長が止めに入るより早く、この白衣の悪魔の首を刎ねることだってできるはずだ。
それでも。
「――わたしにはまだ、お前を殺す"正当性"がないから。どうにか自分を抑える努力をしてみる」
最後の最後まで納得を優先する自分の悪癖を心底恨めしく思いながら、ステラは真っ直ぐな心情を吐露した。
やがて本部へ辿りつく。過程がどうであれ、今は自らの罪を贖うのが先だと、彼女は拳を固くした。
16 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/11(金) 18:10:49
「…ま、まぁ。
折角上等な寝床を用意してくれたんだし、俺達は肖って休養と行こうじゃねぇか。
……ん、あ、ベッドはピアノが使って良いぜ。俺は床で寝るのは慣れてるし。それじゃ俺はちょっと、休ませ、て……。」
「………」
何なんだこいつは、結果オーライな性格なんてものじゃない
"こうなってしまったものは仕方ないからポジティブに考えよう"という感じだ。
確かにポジティブなのはいい事だがここまで来ると空気が読めていないというか、先が見据えられてないと言うか
「殴りたいわこいつ…」
だがより問題をこんがらがったものにする訳にもいかない
とりあえず、これからまずどうしようか
そう考え始めたその時。
「ピアノさん…いますよね?」
「ヱ?」
先程布達磨が消えていった扉に、誰かが佇んでいた。
「…シロフォン?」
「ああ、良かった。オルガンさんから聞いたんです。ピアノさんがまた捕まったって」
「"また"…ね」
仕事仲間の何気ない一言が結構胸に響く
「でも…その話では濡れ衣だって、だから助けに来ました。」
ドアのそばにいた人影が牢屋の扉まで駆けよってくる。
逆光で見えなかった姿が良く見えるようになる、目に包帯を巻いた10歳前後の少女だった。
鍵がたくさん付いたホルダーをゴソゴソと探り、目当てのものを探そうと奮闘している。目が見えないのに、同じような形の鍵をどうやって見分けようと言うのか
17 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/11(金) 18:12:34
「助けにって…確かに濡れ衣だけどさ、私にも悪い部分があるのよ?いいわよ、その内飽きて出して貰えるんだから」
「そんな謙遜しなくて大丈夫です。
枢機院に乗り込むんでしょう?姉さんも手伝ってくれますし、オルガンさんの話では…何か大変だとか」
「何か大変って…何よ」
「えっと、秋葉原がどうとか言ってましたけど…」
「………」
見てやがったかあのアホ、と思ったが、その話をオーケストラで一番優しいと評判のシロフォンに話すあたり、あいつなりの親切なのかもしれない。
オルガンはピアノの性癖についてもそうだが、一番彼女の事をよく知っている人だろう。こっちとしては"その気"にはなれないが
「姉さんも手伝ってくれてます。V-TOLを用意して外で待っているそうですよ。
外に出るのは久々なので、ちょっとワクワクしてます。」
えへへ、とシロフォンは小さく笑う
「気楽ね…けど、向かうのはおそらく戦場よ?」
「はい、姉さんが武器を調達してましたから分かってます。」
相変わらず少し笑みを浮かべたままシロフォンは答える
「……なんでここには、そう度胸のある奴しかいないのかしらね」
「ピアノさんだって例に漏れてませんよ。いつも外にいるなんて、私にはできませんし」
褒め言葉になっていない気もするが、まあいい
そんな事も気にせず、シロフォンはたくさんある中から、迷わず一つの鍵をつまみあげた。
鍵穴にぴったりと差し込まれ、少し捻ればかちゃりという音と共に戸が開く
「相変わらずの"触覚"ね、羨ましい限りだわ」
「目が見えなくなれば、これぐらい誰でも出来ますよ。
あれ、ここにいるのピアノさんだけですか?確か連れの人がいるって聞いたんですけど…」
「あー…」
後ろを振り向く、鷹一郎はついさっき寝てしまったばかりだ、さすがに置いていく訳にはいかないだろう
「はぁ…」
どうしてこの男はこう分が悪いというか、タイミングがずれてるというか…ってこれ最初の方にも似たような事言ってたな…
ピアノは雑魚寝している鷹一郎の頭を足で小突く
「起きなさい鷹一郎、もっと休みたいのは山々だけど、どうやら私達にはそんな時間すら惜しいみたいよ…。」
18 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/16(水) 20:59:06
――――スタイリッシュage!
19 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/17(木) 15:22:24
───────────────―――――
[>???
[>カノッサ機関直属部隊【オーケストラ】本部
[>地下投獄監禁施設『コードボックス』
───────────────―――――
……大丈夫、もう起きてる。
(ピアノの足を片手に掴んで、鷹逸は壁に預けていた背をゆっくりと起こした。)
(微睡む視界に飛び込んだのは、凡そ真剣な表情をしたピアノ。)
(開け放たれた牢屋の扉と、そして新たな人影――――両瞳を包帯で覆い隠している、未だ幼気を顔立ちに残す少女だった。)
大体の話は聞いてた。
そこの、…シロフォン、って言ったっけか。……ありがとよ。正直、一刻の猶予も惜しい状況だったんだ。恩に着るぜ。
あんたの協力者っつー、姉さんとやらにも後で感謝しねえとな。
(そんな予断を許さぬ窮境で休息を取っていたあたり、とんでもない神経の図太さである。)
(大器の人物か、それとも馬鹿なのか。)
完全に偶然に頼った結果だが、とにかく準備は整った!
後はこの【オーケストラ】本拠地を無事に脱出して、外に待機してあるっつーその、V-TOL? で、ラツィエル城に飛び立つ訳だ。
……っつっても、ここからが難しいな。
仮にもここは、時の趨勢を誇った『カノッサ機関』直属部隊の拠点ってヤツだろ?
外へと出る手段はあのガラスのエレベータだけだって話だったよな? ってことは、そこを押さえられてる確率はかなり高いんじゃねえか。
と、なると……。
論点は、どうやってエレベータ付近の警備の目を逸らすか、……ってことになっちまうのか?
(正直、難問だ。)
(人数を分散させたとして相手は戦闘のプロ。それも異能を持っている集団な訳で、苦戦を強いられてる内に救援を呼ばれるのがオチだ。)
(不意打ちや奇襲の類も、看破されてしまえばそれまで。…現実とは往々にして、映画のようには行かない。)
(…………だが、その難問は思わぬ形で解決することになる。)
20 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/17(木) 15:25:01
───────────────―――――
[>???
[>カノッサ機関直属部隊【オーケストラ】本部
[>小ホール
───────────────―――――
……だ、誰もいねえ、だと?
(防音加工を施された、分厚い扉の僅かな隙間からホール内を覗く。)
(…そこから見えるのは仄暗い場内と、壁に掛かった臙脂の垂れ幕と同じく臙脂の観客席、舞台には円柱のガラスエレベータ、ただそれだけ。)
(警備に当たっている人影が、見当たらない。)
(おいおい、これって罠とかそういう類じゃねえのか?
いやでもシロフォンが救出に来てくれなかったら、脱出の方法なんて見当たらなかった程の堅牢な牢獄な訳だし……。
そもそもシロフォン自体が罠って可能性は?
……ありえねえな。そんなことして一体何のメリットがありやがるってんだ。
精々ピアノのお仕置きがますますハードになるぐらい……。…ってこたぁ、これは全くの不測の事態? ……本当に行ける、のか?)
(それに、そもそもエレベータを途中で止められては元も子もない。)
(不安材料は山ほどある。…何しろ脱獄準備も急拵えなのだ。粗があって当たり前とはいえ、大丈夫なのか。)
(…いや、悩んでいる時間も惜しい。)
(ここで足踏みしていては、最悪見つかってまた牢屋に逆戻りになる羽目になるかもしれない。)
(再度の脱獄は困難だろう。…ここまでに辿り着くのだって、相当な気を遣ったのだ。……出来ればこれ以上の負担は、是非とも回避したい所だった。)
……よし。
もうこうなったら行動あるのみだ。一気に駆け寄って、エレベータに乗り込む。
大ホールを出て、外に待機してあるV-TOLに搭乗。そのまま急離陸して、ラツィエル城へ向かう。…それしかねえな。
……行くぞ。………一、二の――――三ッ!!
21 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/17(木) 15:26:56
───────────────―――――
[>???
[>カノッサ機関直属部隊【オーケストラ】本部
[>大ホール
───────────────―――――
(結論から言えば、エレベータを止められることはなかった。)
(……最後の最後まで胸中には不安しかなかった鷹逸だが、そうこうしている間に大ホールへと着いてしまったのだ。)
(順調すぎやしないか。
まるで最初からお膳立てされていたみてえな、何だか奇妙な感じだぜ…。)
(今日の演奏予定はないのか、大ホールの照明は点いておらず、場内は薄暗い。)
(鷹逸達が現在いるのは舞台の上。そこから真っ直ぐ先に、暗闇に紛れて大きな鉄扉が佇んでいた。)
(恐らく、あれが出口へと繋がる通路へ通じているのだろう。)
(正直まだ不安はある。あまりに障害も何もなくここまで辿りつけてしまったので、逆に罠にでも嵌められてるんじゃないかと訝ってしまうのだ。)
(だがここで躊躇していて再び捕まっては、全てが水の泡だ…! ここまで来たら、行くしかない!)
(ち、くしょう……ッ! もうこうなりゃヤケだッ!! 行っちまえッ!!)
(不安を振り切るように先陣を切り、一気に駆け出す。)
(縁で片足に全体重を乗せて踏みきり、……そのまま、勢いよく跳躍した。)
(予想以上の高さで転びそうになるが持ち直し、着地に成功すると速度を殺さず扉へと一直線に疾走。)
(緊張で爆発しそうな鼓動を何とか歯を食い縛って抑え込み、そのまま体当たりでもするかのような速力で扉へと手を目一杯伸ばして、)
pausa della semicroma
「―――― 16分休止 。」
(………その動きが、ピタリと止まった。)
22 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/17(木) 15:30:34
な、……え。何、だ………ッ!??
(動けない。)
(力が抜けたのではない。)
(疾駆しているその途中で、まるで空間に縫い止められてしまったかのような状態だった。)
(まさしく微動だに出来ないと言って良い。ビデオテープを一時停止したみたいに奇妙な姿で、全身が硬直まってしまっていた。)
(直後、ガクンと突然自由になった身体がつんのめって床に転倒。)
(…何が起きた? 打ち付けた全身の疼痛と共に、疑問と混乱が頭の中を駆け巡る。…………否!)
(横からカツン、と足音。)
(…振り向くことはできないが、それが誰のものかは嫌でも解る。…この能力と、息を呑むような凶悪な威圧は、その正体を明確に教えてくれる――!)
…、「指揮者」………ッ!
(……薄暗闇から浮かび上がる、…漆黒の燕尾服を纏った中年の清潔な男の姿。)
(全く分からなかった。…こちらが興奮状態にあったこともあるが、それにしたって人の気配なんて全然しなかった!)
畜生! やっぱり罠だったのか……後少しだったってのにッ!
「……案ずるな、牢獄へ送り戻す心算はない。
ただ、出立前に少し老婆心ながら、話をしておきたいと思っただけだ。…特に君は一般人のようだから、…ここから先へ進むなら、忠告をしておきたい。」
(…牢獄に送り戻す心算がない?)
(要領を得ない。…ここに待ち伏せいていたのは、脱獄を見越して捕らえる為じゃないのか?)
(鷹逸が一体どういうことかを問い質す口を開く前に、「指揮者」は、……恐ろしく静かな声で、ゆっくりと言葉を発した。)
(まるで、子供を諫めるように。)
「ここから先は、君が踏み込むべき世界ではない。」
23 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/17(木) 15:33:18
.
……、は?
(意味が、分からない。)
(しかし鷹逸の理解を待たず、指揮者は矢継ぎ早に”忠告”を繰り出した。)
「失礼とは承知で、君の素性を調べさせて貰った。
結城 鷹逸。
八王子区立のミッション系大学、世界基督教大学に勤務する邪気学の教授。
巨大財閥・結城家の第一〇八分家に生を受け、数年後に妹が誕生。以後は四人家族で慎ましやかだが平穏な生活を送っている。」
(ふう、と一息置いて、)
「…総評するに、『全くの一般人』だ。
ヨコシマキメ遺跡の探索中、【アルカナ】と名乗るゲリラ集団の大規模テロを奇跡的に阻止に成功しただけの、な。
”日常の世界”で命を終えたいと願うなら。
君はまだ若い……ここから先の世界に踏み込むことは、決してお勧めしない。
『枢機院』は世界政府の一角を占める、超巨大組織だ。その保有する戦力や財力、権力、発言力は、我々カノッサのかつての全盛期に匹敵する。
…もしトップが本当に”あのお方”なら、それをも超えるかも知れない。
邪気学に造詣の深い君なら、その脅威と危険性は容易に想像できるものとお見受けする。……どうかね?」
………、……………。
(…反論は、出来ない。)
(カノッサ機関。文献や史料においてほぼ名前しか情報を確認できない、謎に包まれた秘密組織だ。)
(だが、全世界の同時代の文献に渡ってその名が散見できる。……それだけでも、当時誇っていた趨勢と権勢を窺い知ることは出来る。)
24 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/17(木) 15:45:03
「これ以上は引き返せない。
…裏を返せば、今ならまだ間に合うということだ。
カノッサ機関の施設内へ何も知らず不法侵入した一般人を一時的に拘留し、記憶を抹消した上で解放……こんな具合にな。
念のために繰り返すが。
・ ・ ・. ・. ・ ・
君はただ幸運にも窮地を乗り切れただけの一般人だ。
多少”特殊な力”を持っているだけの。……それも、偶然的に手に入れたに過ぎないのだ。
ピアノ、異論はないな? 元々彼は我々と何の接点もない。
……ああそれと、君の所有する『紅きプレート』は我々が預かろう。ヨコシマキメ遺跡に封印されていた代物とあっては、狙う輩が――――」
――――断る。
(………、……………。)
(動揺は、ない。「指揮者」は超然とした様子で、立ち上がった鷹逸に視線を流した。)
「……良いんだな? ファンタジー
ここから先は『童話やおとぎ話で語られるような虚構幻想』から逸脱した、無慈悲な世界が君を待つ。
背後にもう戻る道はない。
もう無垢なままではいられないぞ。何も知らずに、ただ”日常の世界”で安穏と生涯を閉じることはないだろう。
己と他人の血に塗れながら屍を晒す。それが常だ。もう友と語らうことも、恋を知ることもないかも知れない。……それでも、良いんだな?」
ヒーロー
……俺は、主人公を気取る訳じゃねえ。
(静かに扉へと歩み寄り、…片腕で、その重い鉄の扉を押し開く。)
(すると薄暗い闇が死める場内に、一筋の光条が差した。鷹逸の振り返った表情が、逆光で影に閉ざされる。)
そりゃあ、脇役よか主人公の方が良いけどよ。
俺には世界中の泣いている奴の元に駆けつけることは出来ねえし、困ってる奴皆を救える力なんてのがあるのかも怪しい。
それでも。
……それでも、守りたいものがあるんだ。
どんだけボロボロにされても、どんなに無様を晒そうと、……命を懸けてでも守りてえものが確かにあるって、心の底からそう思えたから。
25 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/17(木) 15:54:37
.
(穏やかな街の灯も。)
(賑やかな命の焔も。)
(薄暗き遺跡の奥で。自分が誰かの為に、こんなにも足掻くことができると知ってしまったから。)
<――――この身は全て世界の為に、我は最後まで『世界』であれ。>
ヒカリ ヤミ
(願いが何時しか怨嗟に蝕まれてしまった者の遺志も。)
<(……本当は、もっと生きたかった……死にたくなかったな……) >
ヤミ ヒカリ
(過去の檻の中から自由に手を伸ばした少女の悲哀も。)
<「私は、お前が好きだ。 ピアノも、なにもかも、この世界の全てが好きだ。」 >
ヤミ ヒカリ
(凶気の暗き衝動の果てに愛情を抱いた女の地獄も。)
(――――受け継がれざる痛み。その全てを抱き締めて、鷹は夜明け目指して飛翔する。)
カミ システム モノ
だから……運命なんて下らねえ 機能 に、これ以上大切な未来を奪わせはしない。
(それは、宣戦布告だ。)
(『枢機院』に対してだけではない。その背後に存在する、もっと遥かに大きな『敵』に向けて、だ。)
(鷹逸はきっともう、本能的に知っている。)
(この世界を運命という残酷な糸/意図で手繰る、常識的な認識を超越した上位存在を。)
(それはチェスの駒が、ゲーム盤やプレイヤーに反旗を翻すようなものだ。……あまりに、馬鹿げていると思わざるを得ない程、途方もない相手だ。)
(それは、愚者故に。)
(”愚者”の歩む旅路は”世界”に遥か遠く、そして限りなく近く。)
「……そうか。
もう引き留めることはしない。…何処へなりとも、好きにすると良い。
だがその前に、敢えて一言だけ。君への贐も兼ねて、贈らせてもらうとしよう。 ――――――ラ・ヨダソウ・スティアーナ。」
(鷹逸は力強く笑って頷くと、放たれた扉の向こうへと進む。)
(やがてその背中は外の光の中にかき消え、……もう後ろ姿は、見えなくなってしまった。)
26 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/17(木) 15:57:57
───────────────―――――
[>チェコ、プラハ
[>演奏ホール前広場
───────────────―――――
…………。
(石畳の絨毯だ。)
(ホールを出て数分で鷹逸の眼前に現れたのは、円形状をした公用広場。)
(中心にはどでかい噴水がでーんと。…青年の石像によって掲げられた壺から水がプワーっと噴き出し、何ともヨーロッパ風味。)
(その周囲を駆け回る子供達。……金髪とか、眼の色とか。)
「Dobre rano!」
「Pospes si!」
(そして飛び交うのはこの言葉である。)
(…少なくとも日本ではないと思っていたが、まさか西欧まで飛ばされているとは思わなかった。)
(これは、あれだろう。パスポートも持ってないし、空港を通じて正式な手続きで入国した訳ではないので、完全に不法入国罪に問われる感じだ。)
……何語だよ!!
い、いや、落ち着け。Dobre ranoだからここはチェコだな。赤レンガの屋根見えるし。
ってかここ何処だ? 大通りに面してるから、ヴァーツラハ辺りとか?
流石”百塔のプラハ”とか謳われるだけあって、ここから軽く眺めただけでも塔っぽいのがもうチラホラ見つかるんだな……。
ヴィシェフラット
やっぱプラハっつったら『天高き城の要塞』は見ておきてえよなあ、やっぱ西欧の城跡ってカッコ良……。
って馬鹿!! そうじゃねえだろ問題は!!
っていうかV-TOL何処!? そもそもV-TOLって何!? Vehicle-TOiLet!? あれ!? ピアノとシロフォン置いてきちまった!?
(錯乱状態が解けない鷹逸だったが、突然吹き付けてきた強風で新聞紙が顔に張り付き、ハッと我に返る。)
(…強風というか、……何だこれは。)
(自然風じゃない。強力な扇風機で盛大に煽られているような、と言った方がより正確な表現だ。……人工的に引き起こされている風、ということか?)
(……上を見上げる。)
(まるで空色の布を取り払うかのように、…忽然と現れた鋼鉄の鳥。)
(…即ち、”垂直離着陸機(Vertical Take-Off and Landing)”が迷彩機能を解除して、広場に堂々と着陸しようとしていた。)
27 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/18(金) 11:11:56
…ふむ、要するに片っ端から黙らせればよいわけだ。
相変わらず研究の足しにもならなそうな仕事だが…まあ、こちらはその「研究」の場を用意していただいている身だ。
日ごろの世話も兼ねて、派手にやらせていただくとしよう。さながら蒲公英の綿毛を吹くように…否、陸に上がった鯉をさばくようにな…クク…。
(嫌々ながらも、やけにノリノリのシェイドであった)
≪儂は重鎮らしく、ここ【本陣】で待つとしよう。…では、“かの御意志”に歯向かいし貴君らに、大いなる福音の降りん事を。≫
承った、学長殿。
我らが“信ずべきもの”に賭けて、奴らを路端の菜の花のごとく摘み取ってご覧にいれよう。
(馬鹿のように白々しく頭を下げる)
(彼の興味のベクトルは、既に大学の安寧には向いていない。
「魔導回路」──枢機院のエージェントが肌に刻んでいる、人の身でありながら異能を行使する技術。
今だ確立されていないその技術を盗み取る事。彼の興味は、ただそこにだけ働いていた)
(ステラ=トワイライトが、少しばかりふらついた足取りでトレーラーを降りる。
交錯する刹那、彼女は今だ熱冷めやらぬ敵意の瞳でシェイドの底なしの両眼を睨みつけた)
「――わたしにはまだ、お前を殺す"正当性"がないから。どうにか自分を抑える努力をしてみる」
…フン。貴様如きで私がどうにかなるとも思えんがな…。
まあ…いいだろう、私とて無駄な争いを好んでいる訳ではない。貴様の殺意が引っ込んでいられるというのなら。好都合だ。
(席を立ち、白衣の裾を翻す)
さっさと来い、暁光眼。今度は味方として、私のやり方を見ているといい。
私の至高で崇高で最ッ高な研究の片鱗に少しでも触れられたら、殺す気などたちまち失せてしまう事だろうな。
(トレーラーから飛び降りた「影」が疾る。今だ少しばかり酔いを引きずるステラを強引に引っ張って)
(【滅─ホロビ─】の舞台の、幕が開いた。)
28 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/18(金) 11:13:39
─────枢機院本部:南門
……さて。
表は「世界基督教楽園教導派」という大宗派の面の皮を被り、善良な市民を「創造主」色へ染め立てる。
四〜五年かけてが程良く染めたら、聖地巡礼などと称して本部へご招待。
さらに二年ほどかけてじっくりと脳を洗い終えた後…隠された「裏」へ案内し、自らの構成員とする…か。
ははは、中々よく出来たシステムだ。
洗脳学は私も齧った程度だが、このアイデアを出した奴には是非お目にかかりたいものだな。
…では転送班、「ヤタガラス」の準備をしてくれたまえ。
命令するな?フン、この私に命令するななどと命令するな。…命令するなと命令するなと命令するな?ええいならば──ん、準備が出来た?…そうか。
では暁光眼、こいつを持っておけ。
(ぱし、とステラにテニスボール大の金属製のメカメカしい球を渡す)
転送デバイス「ヤタガラス」だ。大学オリジナル故、アルカナとは少しばかり様式が違うかもしれんがね。
目の前に見える枢機院本部の「裏」が座標設定されている。表を突破するのは面倒なので、こいつで一気に懐に潜り込むというわけだ。
中に入ればそこから任務開始だ。まずは抵抗者から黙らせつつ、幹部の居場所を探るとしよう。
理解できたか?ではお先に。
(言いきると、シェイドは球体を握りしめ身体ごと「裏」へと転移させた)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(転移術式につきものの独特の揺らぎをその身に感じながら、やがてシェイドはゆっくりと目を開く)
(その場所は──よりにもよって、巨大礼拝堂の真上。さらに言えば、礼拝堂のど真ん中、漢字の十を歪に曲げたような像の上。
ホーリーシンボルのてっぺんに、背徳の科学者は全てを否定するように出現した)
おっ…と、こいつは…。
…クク…どうやら転送班は随分とエキセントリックな登場をお望みらしいな…!
(ぐるり、と首を回してあたりを仰ぎ見る。隣を見れば、像の右翼部分にステラ=トワイライト。どうやら転移自体は成功したようだ。
となればこの座標軸は全て転送班の故意という事になる──のだが、今のシェイドにそんな事はどうでもいい。
問題は、気の早い何名かの信徒が既に杖や剣を取り出しつつあるという事だ)
ならば…その期待に答えてやろうじゃないかっ!
(シェイドは襟元の「拡声器」をかちりと弄り、何かを耳に詰め込む。それから胸いっぱいに息を吸い込む)
(信徒の一人が撃鉄を起こす一秒前に、シェイドは耳をつんざくような大音量で叫んだ)
お 静 か に ぃ っ !
(鼓膜を突き破るような超音量に、一同の行動が一瞬だけ止まる)
29 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/18(金) 11:16:29
(鼓膜を突き破るような超音量に、一同の行動が一瞬だけ止まる)
我々は怪しいものではありませんっ!通りすがりの邪気眼狩り粛清勢力「アルカナ」所属「吊られた男」ことクレイン・トローリングと申しますっ!
本日は諸君らの行う「邪気眼狩り」が我々の生命を脅かすものと判断し、そのような輩を殲滅しに来た次第!
しかぁし!我々も鬼ではありません!貴君らの中に我々罪のない邪気眼使いを寛大に認めるとしてくれる者がいるのなら!
我々はその者に対して決して危害を加えないと約束しましょう!
どうか!賢明な判断をお願いしたい!返答は武器を降ろすことで答えられよ!
(抵抗した奴からみなごろす──そんな趣旨の台詞を吐き、シェイドは耳栓を外し、再び拡声器をオフにした)
…何故奴の名を出したか?しおりに書いてあっただろう、実名と大学の名前の公言は因果を招く故、NGだとな。
奴とは少なからず縁もあるし、ま、許してくれるだろう。多分。
(一秒、二秒と経ち、やがて信徒という兵隊たちが状況を把握していく)
(武器を降ろすものは、誰一人としていなかった)
『ふざ…けるな…神の御許から降りろ異端者ァァァァァァァッ!』
(誰かがそう叫び、彼らに銃を向ける)
黙れ。
『ガッ!?』
(刹那、彼の胸元には深々と一丁の鋏が突き刺さっていた)
(周囲からどよめきが沸き起こる。鋏を放った張本人は誰に許しを乞うでもなく、強いて言うなら傍らの「共演者」に語りかけた)
…安心しろ、殺しちゃいない。
血液は目の前の脅威を実感させる何よりの目印だからな…ま、もとより白魚のような手で通過できる状態ではないだろう?
(にやり、と口元を吊り上げて陰気に微笑む)
実のところ、私の「影探眼」は乱戦には不向きなのだ。
厄介な奴から順番に叩いていくから、暁光眼、貴様は雑魚の一掃を頼んだぞ。
(勝手にそれだけを告げ、枢機院の掲げる十字からふわりと音もなく着地する)
(がちゃがちゃと、ヘタクソな聖歌を奏でるように数多の武器がシェイドに向けて構えられる)
(四面楚歌もいいところのこの状況で、シェイドはまた新しい玩具を見つけた子供のように、ニヤリと邪悪に微笑んだ)
(そこを狙い、剣、刀、槌、あるいは銃弾など四方から各々の武器がシェイドに叩きこまれる)
(同時にそれは生体活動を停止──文字通りの「影」(シャドウ)は、膝をついて崩壊した)
『変わり身っ…!?』
模倣と侵食が私の能力の本質さ。さて、君には少し眠ってもらおう。
(驚いた男の背後から、白々しい声が顔を出す)
影探眼屍式──「泥濘と底なし呼び覚ます指先(トラウマ・オーケストラ)」ッッッ!
30 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/18(金) 11:17:27
(指先が黒い渦を描き、シェイドはそれをとん、と男の額に突き付けた)
(途端、男の頭に自分のものではない誰かの記憶が嫌に鮮明に、フラッシュバックされる)
───≪メモ帳:オリジナル武器ネタ≫
『何を───ガッ…!?あ、が、ガガガガガガガガガーーーッ!?』
───≪大監獄「大宰府」に囚われた八人の大罪人になぞらえて造られた、世界を滅ぼす八本の剣≫
───≪刀の銘は沈黙、非情、乱舞、嘲笑、狂気、服従、金銭、そして帝王の八つ≫
───≪高校生・木野信長はある日、倉の中で一本の刀を見つけ────≫
『あ…ア…アアアアアァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!』
(名も知れぬその男はまるで脳髄を掻き回されたかのように苦悶の表情を浮かべ、頭を抱えて膝から崩れ落ちる)
(それはまるで、脳の回線を直接焼き切ったような痛ましい顔だった)
…気分はどうかね、名も知らぬ兵士君。
…ほう、この表情…地獄の底を覗き込んだような面構え…まさにトラウマ、といったところか。
まあまあの邪気だな。大事に至らなければいいが、至ればご愁傷さまだ。
(乱戦中にもかかわらず、シェイドは懐からメモ帳を取り出しカカカカッと高速で何かを書きつける)
(その隙に後ろからこっそりと、一人の少年が手に持った大剣でシェイドのドタマをかち割ろうとした)
…まあ待て、少年。貴様はこの後だ。
(人を完全にナメたように、少年の方を一瞥もせずに言う)
(少年がぎくりとしたのもつかの間、シェイドは振り向きざまに人差し指をその額に押し当てた)
…脳に直接邪気を送り込むことで、人の心の「影」を操る新技だ。
…実のところ、この技はまだ調整中でな。アレだ、これだけのモニターが揃ってくれると、大変助かる。
(──それから、地獄のような光景が続いた)
(見た目だけなら、そこは返り血すら舞わない清潔感あふれる戦場のように見える)
(だが、そこに流れるBGMは数多の人間によって織りなされる悲鳴合唱)
(繰り出される攻撃を掻き分け、「異端」な白衣の男はとん、とん、とんと信徒たちの額へ指を乗せていく)
(そのたびにいくつもの黒歴史が各々の頭に繰り広げられ、エージェント達はみな一様に膝をつき狂声を上げた)
(再びシェイドは影に潜る。その手に、データ採取用のメモ帳とペンを携えて)
(数分もすれば、その礼拝堂にいた半数の兵士は「使い物にならなく」なっていた)
31 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/02/21(月) 23:35:38
───プルルルルルルルル‥‥‥‥‥‥───
緊急事態です。
枢機院、楽園教導派本部に襲撃。
既に裏口へ張り込ませた部隊の一つがほぼ壊滅状態に。
…ええ、恐らくは奴が――――布兵庵竜蹄が裏切ったかと。「アルカナ」は詐称と思われます。
現在本部に残っているセフィロト各員には出撃命令を通達済みです。
もっとも、まともに動けるのは『峻厳』と『勝利』、『栄光』、『慈悲』のみでしょうが…。
『王冠』と『理解』は死亡。
『知恵』と『美』は消息不明。
そして、『基礎』と『王国』は重傷を負って戦闘不能…。
政府軍の無断行軍も、世界政府の議長には伝わっているようです。
情報の伝達ルートは全て遮断していたはずですが、どうやら非公表のコネクションを保有していたらしく……。
最悪の場合、号令をかけざるを得ないかと。
かつての”天使”復活の号令を。……私もその一人として、ご命令を待機しております。
以上、バシュタロットからの報告を終了します。
ラ・ヨダソウ・スティアーナ…。
32 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/03/09(水) 20:21:13
「……大丈夫、もう起きてる。」
「…っ」
鷹一郎の腕が足を掴んだ瞬間、その冷たさに一瞬背筋が痒くなった。
元より男嫌いな彼女にしてみれば、生足を掴まれるという行為も背筋がぞわりとする行動だ。
一瞬気分が悪くなり、軽く頭を振る。
「大体の話は聞いてた、そこの、…シロフォン、って言ったっけか。
……あんがとよ。正直、一刻の猶予も惜しい状況だったんだ。恩に着るぜ。
あんたの協力者っつー、姉さんとやらにも後で感謝しねえとな。」
(寝てたくせによく言うわ…それとも夢の中で何か作戦でも練っていたのかしら?)
ぺしと足をはらうと、心の中で大きくため息をつく
相変わらず思考の読めない行動にイライラとさせられているのだ。
レイはよなぜこんな奴と一緒に戦っていて、最後にあの言葉が出せたのか。
(ま、レイも結構常識で抜けてる部分があったし…結構似てるのかしらねこの二人)
「完全に偶然に頼った結果だが、とにかく準備は整った!
後はこの【オーケストラ】本拠地を無事に脱出して、外に待機してあるっつーその、V-TOL? で、ラツィエル城に飛び立つ訳だ。
……っつっても、ここからが難しいな。仮にもここは、時の趨勢を誇った『カノッサ機関』直属部隊の拠点ってヤツだろ?
外へと出る手段はあのガラスのエレベータだけだって話だったよな? ってことは、そこを押さえられてる確率はかなり高いんじゃねえか。
と、なると……。 論点は、どうやってエレベータ付近の警備の目を逸らすか、……ってことになっちまうのか?」
「直属って程でも無いけどね、カノッサの傘下は100以上存在するわ、
表向きに関係を持ったものから、極秘に関係を持っている"企業"だってある。
私達はどちらかというと前者ね、カノッサが多忙な場合や、カノッサが赴くまでも無い問題に対してここに命令が流されるってわけ。
近衛みたいな事をしている本当の『カノッサ直属』はどちらかというと【ベーシック部隊】っていう特殊部隊だと思うわ」
「あの…タムタムさんが起きちゃう前にここ出た方が…」
シロフォンがそわそわとしながら呼んでいる。
そう言えばあの布団子は吹っ飛ばしておいたが、もしかするとその際頭でも売って気絶したか?
そうでもなきゃあいつが鍵を渡す訳も無い、何を隠そうここの鍵は奴の腹の中に入ってるのだから。
「そうね、あんまりチンタラしてるとすぐに見つかるわ。
脱出方法は分からずとも、脱出場所は1つしかないんだから、とりあえずそこに向かいましょ。」
33 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/03/09(水) 20:21:58
「……だ、誰もいねえ、だと?」
鷹一郎が扉の隙間からホールを覗き込み呟く。
「珍しい事でも無いですけど…広さに対して人が少ないから」
シロフォンは目が見えない代わりに、その他の感覚が常人より優れている。
特に優れているのは、"触覚"、先程の鍵でもあったように、
わずかな凹凸、空気の揺らぎ、気配に至るまで敏感に察知する事が出来るのだ。
「と、言っても、"聴衆"の一人も見当たらないのはおかしいわね」
カノッサから派遣されている警備兵、"聴衆"
彼らは自室を持っておらず、専らホールのテーブル辺りでカードゲームをしている筈である。
だが、間接照明だけで照らされた薄暗いホールには人っ子ひとりいない。
そもそも、ここは普段はもっと明るい照明のはずだ。間接照明にされる時と言えば、"演奏"の直前くらい
しかし演奏するにしても、楽器たちの気配すらない。
「……よし。
もうこうなったら行動あるのみだ。一気に駆け寄って、エレベータに乗り込む。
大ホールを出て、外に待機してあるV-TOLに搭乗。そのまま急離陸して、ラツィエル城へ向かう。…それしかねえな。」
「強行突破、ね 別に嫌いじゃないけど、ぶっ壊すのは止めてよ?」
緊張で身体をこわばらせている鷹一郎に対し、ピアノは気楽気に言う。
シロフォンも、周囲の様子を感じ取ってきょろきょろとしている。
本当に"誰もいない"という環境に、不安になっているのだろう。
既にピアノは薄々感じ取っていた。
ホールの明かりを落とすという手の込んだ事をするのは、彼くらいしかいないのだから。
「……行くぞ。………一、二の――――三ッ!!」
エレベーターへと一目散に走る鷹一郎、それを慌てて追うシロフォン。
ピアノはその後を追おうとして、ふと後ろから視線を感じ、振り向いた。
(…オルガン。)
ピアノの同僚、テンポ・プリモ・オルガンが、ニ階席に座っていた。
暗がりに座る彼女は、その痩せ体型と光ったように見える猫目のせいで幽霊のようにも見える。
34 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/03/09(水) 20:22:31
(…また変な事に巻き込まれてるね、ピアノ)
頭の中にオルガンの声が響く、"調律眼"の能力を応用したテレパシーだ。
(一つ忠告、"急がば回れ"
今からキミが行く場所は、これまでの戦場と違うよ。)
「分かってるわよ。」
(そうかな?)
「……」
意味深な言葉を送り込み、オルガンはくすっと笑った。
(とりあえず、ボクからの支援はこれで最後だから、あとは自分で何とかしてね。
最後に、ラッキーアイテム、"携帯電話"忘れずにね)
「ピアノさん、早く!」
シロフォンに呼ばれ、一瞬後ろを振り向く。向き直った時には、オルガンの姿はなかった。
「…携帯電話、ねぇ」
何か引っかかるが、思い出せない。まあいいやとピアノはエレベーターに乗り込む。
やはり何事も無くステージへと戻って来れた。来た、と言うべきか
相変わらず薄暗い、後ろのエレベーターが螺旋運動をしながら引っ込むと、その暗さがより際立った。
非常灯だけが照らす中、鉄製の扉がほんのりと浮かび上がっている。
そこを凝視してそわそわする鷹一郎。ピアノの視線はというと、そのすぐ脇だ。
椅子の暗がり、そこに誰かいるのが、肉眼でもかすかに確認できる。
扉しか眼中にない鷹一郎には見えないだろう。
と、鷹一郎は何かを決意したかのように大きく頷くと、ステージを飛びおり、一目散に扉へと駆けていく。
シロフォンが慌てて後を追おうとする、が、ピアノがそれを手で制した。
鷹一郎がもう少しで扉に手を掛ける、と思った瞬間。脇にいた人影がすっと手をかざした。
pausa della semicroma
「―――― 16分休止 。」
その一言だけが、広いホールに響いた。
扉を開く音も、外の眩い明かりも入ってはこない。
指揮者が、鷹一郎の行動を"拒絶"していた。
「…やっぱ来たわね。」
「わ、私の触覚には何も無かったのに…」
シロフォンも驚いた様子だ。
「気配殺しってもんじゃないわね、気配を出すのを拒絶でもしていたのかしら」
「そ、それよりも見つかっちゃいましたよ…!あ、こっちには気付いてない…かも…」
最後の方はぼそぼそと何を言っているかほとんど聞き取れないくらいだ。
そんな言葉をよそに、ピアノはすたすたと二人へ近づいていく。
何かを話しているらしい二人、ピアノが近づいた瞬間。指揮者がゆっくりと呟いた。
「ここから先は、君が踏み込むべき世界ではない。」
35 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/03/09(水) 20:23:15
そこから先は、概ねピアノの想像通りの事だった。
オルガンが全てを見ていたのなら、シロフォンだけではなく指揮者にだって話すはずだ。
指揮者は"素性を調べさせて貰った"と言っているが、この短時間であそこまで調べられるのはかなり難しい。
しかしオルガンが介入すれば話は別だ。さすがにこの短時間では無理だとしても、既に調べていたとすればなんら不自然ではない。
「台本通り、ってか」
後ろを振り向く、何度見てもホールとステージがあるだけだ。誰がこの地下に機密組織の本拠地があると考えるだろうか
と、薄暗い劇場に、一条の光が差し込んだ。振り戻れば、鷹一郎…じゃなかった、鷹逸が扉を押し開け、そこに佇んでいた。
「そりゃあ、脇役よか主人公の方が良いけどよ。
俺には世界中の泣いている奴の元に駆けつけることは出来ねえし、困ってる奴皆を救える力なんてのがあるのかも怪しい。
それでも。
……それでも、守りたいものがあるんだ。
どんだけボロボロにされても、どんなに無様を晒そうと、……命を懸けてでも守りてえものが確かにあるって、心の底からそう思えたから。」
正義のヒーローなんてこの世にはいない
誰かが泣いたその瞬間、助けに来てくれる個人などありえるはずがない
だが、だからこそ、人は人を護る、護りたいと思う。
「だから……運命(カミ)なんて下らねえ 機能(システム) に、これ以上大切な未来(モノ)を奪わせはしない。」
(命に代えてでも護りたいもの…か、私にはあるのかしらね、そういうの)
護りたいものはたくさんある。この場所、あの国、あの記憶。
だが、どれも命に代えてでも護りたいものではない。
もしかしたら、鷹逸のこの強さは、その想いから来ているのかもしれない。
ふーっ、っと、指揮者が大きく息を吐いた。
それは溜息のようで、どこかそれを予測していたような雰囲気があった。
「……そうか。
もう引き留めることはしない。…何処へなりとも、好きにすると良い。
だがその前に、敢えて一言だけ。君への贐も兼ねて、贈らせてもらうとしよう。
――――――ラ・ヨダソウ・スティアーナ。」
36 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/03/09(水) 20:23:56
それを聞いた鷹逸は、力強い笑みで頷くと、光の中へと飛び込んでいった。
ピアノは、シロフォンの背中を押しそれに続かせると、指揮者に歩み寄った。
「これで良かったんだな?」
「…私に聞かないでよ、そういうのは台本を組んだ当事者に」
「…それもそうだな。だが、いいのか」
「何がよ」
「知ってるだろう、枢機院も、カノッサも、"あのお方"のお膝元だった機関だ。
どちらが勝利しても、世界のパワーバランスは崩壊するだろう。
世界の均衡が崩れれば、お前自身も崩壊するぞ。」
「……何のことかしら。」
「原子爆弾。」
「っ……!」
ズキン、と頭に軽い痛みが走る。
「私が知らないとでも思っていたのか
いい加減楽になれピアノ、そんな過去を引きずる為に、お前は延命しているのか?」
「人の記憶を…いきなり掘り返さないでよ…!
私は…その償いの為に今を生きているの…!私のせいで死んだ幾万もの人の…償いの為!」
「生で死を償えるのか?
……話がそれた、世界の均衡が崩れればお前がどうなるかだが―――」
「もういいわよ!分かったわよ!何が起きるか!
でも確定じゃない!阻止できるかもしれない!たとえ世界が崩壊しても…そこに行きつかないかもしれないでしょ!」
あの時、雨乃が言った時と同じ、拳をかたく握りしめ、一歩踏み出して言い尽くした。
ピアノは、息を荒げその手を解くと、一つ深呼吸して言った。
「……あなたのおかげで、一つ分かったわ、指揮者。
私が命を懸けてでも護りたいもの。ボロボロに、無様になっても護りたいもの
世界、そして、この『地球』(ホシ)よ。」
それだけ言い残すと、光の中へと走り去っていった。
37 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/03/09(水) 20:53:25
「あ…ピアノさん」
すぐ外にはシロフォンが不安げに佇んでいた。
「あ、シロフォン…聞いてた…?
ごめんね、大きい声出しちゃって」
「あ…いえ…」
シロフォンは耳もいい、先程の会話は全部筒抜けだろう。
まあ、聞かれた所でどうなるというものでも無いのだが…
指揮者に知れていたのだ、誰にだって知られる可能性はある。
「それよりも鷹一ろ…じゃなかった、鷹逸はどこよ?」
「あ…あっちです、なんか狼狽してますけど」
「なんでよ。」
いつもの突っ込みの調子が出てきた。
シロフォンも言葉の調子が変わった事に安心したのか、少し安堵の表情を浮かべると、ピアノを広場のあたりへ連れて行った。
そこにはカノッサ機関の所有する垂直離着陸式巡航輸送機《CC-32 Riglet》が着陸していた。
そして開いた運転席には、軍服を着こんだ女性が、煙草をその機体でもみ消していた。
「遅かったなシロフォン、そして久しぶりだなピアノ。」
「ごめんなさいね、ちょっと事情があってさ」
軍服の女性、ビブラフォンは「いいって事さ」とピアノと拳をぶつけ合う。
この挨拶は本来は戦仲間で行うものだが、彼女の場合これが"こんにちは"のような意味を持っているようだ。
「で、鷹逸…ここに先に来てた男はどこよ?」
「そこで伸びてるぜ、光学迷彩がどうなってんだのなんだかんだって煩かったからさ、ちょいと延髄切りを…な
よく見ると結構いい男なんだが、なんというか、アホっぽいな」
「……否定出来んわ」
「まあいい、枢機院に殴り込みに行くんだってな?
シロフォンの願いとありゃ断れんが、戦争でも起こすつもりか?」
「詳しい説明は移動中に言うわ、それより野次馬が集まってきてるわよ。
ちゃっちゃと離陸しちゃいましょう。」
ビブラフォンは周囲を見渡すと、そうだなと呟き、颯爽とコックピットに乗り込んだ。
ピアノとシロフォンも鷹一郎が伸びている輸送室に乗り込む。
排気音が鋭く尖り、周囲の野次馬達が一歩引く、と、V-TOLは重力に逆らいふわりと浮かびあがった。
向かうはラツィエル城、鋼鉄の鳥は進路を西へと取ると、かすかな電磁音と共にその姿を消した。
38 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/03/10(木) 00:29:28
───────────────―――――
[>上空
[>垂直離着陸式巡航輸送機 『CC-32 Riglet』
[>輸送室
───────────────―――――
(気が付けば、鉄色の箱の中。)
……、…………ん? ……あ、あれ?
(前後が繋がらない。)
(頸元で軋む鈍痛に顔を顰めながら起き上がった鷹逸の視界に、二つの人影が映る。)
(ピアノに、シロフォン。これは脱獄した時と同じ面子だから、特に不思議でも何でもないのだが……一体、此処は何処だ?)
(広場に何かでかい戦闘機が着陸してきて……。
そうだ。その後、パイロットが降りてきたから色々話を聞こうと思って、……そこから思い出せない。
首とか痛いし何だか気持ち悪いし、おいおい全く訳が分からねえぞ……。)
(考えても解らないと早々に結論した鷹逸は、早速二人に話を聞くことにした。)
(……、…………、………………。)
……ひ、飛行機の中ァ!?
ってことは、だ。V-TOLってのは輸送機の事で、俺達は今正に空を飛んでる最中って訳か!!
何つーか、流石カノッサ機関って感じだな。スケールがでけえなぁ。
確か結城本家とか有栖川家辺りとかも、自家用のジェットとか持ってたはずだけどよ。こんなでっかい軍用機みてえなのは、流石に領分が違うぜ。
後、延髄切りの件は全然納得できねえ。
(にしても話を聞く限り、これは途轍もない超高機能航空機だ。)
(鷹逸の目の前で披露された、あの迷彩機能は勿論のこと。他にも様々な便利システムを多数搭載しているらしい。)
39 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/03/10(木) 00:32:14
.
『Canossa non morietur. Sed vivificabit.』、か。
何つーか。俺が今まで見た世界ってやつは、氷山の一角に過ぎなかったってのを思い知らされるな……。
(『カノッサは決して滅びず。滅びて尚蘇る』。)
(鷹逸が諳んじた其の句は、とある文献に書かれていた著者の記述だ。)
(思い出すのは、ヨコシマキメ遺跡での一件。)
(あそこでリバイヴやフェンリルと言った面々に出遭わなかったとしたら、鷹逸は【旧世界】の実在を最後まで信じ切れなかったはずだ。)
(そして【アルカナ】と対峙しなければ、今でも「日常」の世界で安穏と過ごしていたかも知れない。)
(カノッサにしても、邪気学の常識として”現在は滅びてしまった組織だ”という結論が考察の末に出されていた。)
(しかし今でも全盛期とまでは行かないが、こうして勢力を保っている。)
(俺なんか、まだまだ浅え。
これから俺はようやく、本当の意味で。…………「非日常」の世界へと、足を踏み入れることになる。
幼少の憧憬をぶち壊しかねない光景を、目の当たりにする。
……揺らいでんじゃねえぞ、結城鷹逸。
そこに果てしないヤミが広がってるなら、ヒカリで照らすまでだ。……それでも、もし照らされざる程に深いヤミがあるってなら。……、その時は。)
(――――何はともあれ、今は空の旅だ。)
(束の間のこの時間が終わってしまったなら、後はもう、誰かの血と屍が地を這いずる戦場が待っているのみ。)
(そしてそれは必然的に、誰の物にもなり得る血であり、屍なのだ。)
(無論、己の物にも。そして、大切な誰かの物にも。)
(……右胸の懐に仕舞った、『白亜のプレート』を強く握り締める。)
(そして唯静かに、瞳を閉じた。)
40 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/11(月) 19:52:03
ラツィエル城。
中世の古城を改築したその内部は、基督教の威光を象徴するかの如く輝いていた。
高い天井を埋め尽くさんばかりの照明が、染みひとつない純白の壁に、大理石の床に、白磁の芸術品に降り注ぎ、光の洪水を創り出していた。
その、一面の白の中に、黒の点が1つ。
場違いな異物は、しかし誰にも咎められることのないまま奥へと進んでいく。
黒の点のはるか前方に、幾つかの光点が現れた。
(1,2・・・4人か。味方を呼ばれる前に倒したいな)
黒の点は姿勢を低く保ち、光に向かって走り出す。
「どうだ、わかるか?」
「いや。確かにこの辺りから邪気を感じたんだが・・・」
「城の4方から邪教徒どもの攻撃を受けてるんだ。直感が狂ってもおかしくはないさ」
「だといいが・・・」
光の点―――白金の鎧を身に纏った楽園教導派の兵士は、不可解な現象に首を傾げていた。
警備の手薄な区画に邪気眼使い特有の気を探知し、仲間を連れて駆けつけたはいいが、肝心の邪気が忽然と消えてしまったのだ。
彼は他の同僚たちに比べ戦闘力は劣っていたが、自分の探知能力に関しては抜きん出ていると自負していた。
今回も彼は自分の感覚に自信を持っていたのだが、いざ現場に着いてみると異能の気配は感じられず、それらしき姿も無い。
「すまない、どうやら気のせいだったようだ。いったん皆と合流しよう」
未だ釈然としないものを感じながらも、邪教徒の襲撃という未曾有の事態に動揺していたのだと自分に言い聞かせ、彼は仲間に声を掛けた。
仲間たちは死んでいた。
「――――――!!!」
馬鹿な。
なんの気配も、足音も、邪気すらも感じさせずに・・・
そして彼は、仲間たちと同様に、敵を知ることさえなく絶命した。
「・・・ふう。これで一息つける、か」
手にした小太刀に付いた血を振り払うと、『隠者』は大きな息を吐いた。
詰襟の学生服に身を包み、黒のマントを羽織ったその姿は、場所が違えば『校則に反しない程度におしゃれをしてみた学生』といったところだろう。
陰のある雰囲気を纏った、悪く言えば陰気な顔立ちは、服の色も相まって光溢れるこの場所ではかなり浮いて見えた。
「この階層にも転移装置らしき物は無し、か・・・。もっと上を捜索してみるか」
一人つぶやきながら、『隠者』は走り始める。しかし、その足取りは重い。
城内のあちこちから轟音が響き、空気が震えている。それは他のアルカナ達が本格的な戦闘に入ったことを告げていた。
(皆の実力はわかっているつもりだけど、早く『箱舟』を奪取して逃げないとさすがに分が悪いな・・・
でも・・・)
ずっと心の奥で渦を巻いていた疑問を、口にする。
「・・・その後、僕達は何をすればいいんだ?」
41 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/11(月) 19:53:59
アルカナは一枚岩ではない。
正確に言うならば、組織ですらない。
組織というものは、大なり小なり同じベクトルを持った人間が互いの力を持ち寄り、一定の方向に進むものである。
アルカナにはそれがない。
誰しもが違う目的を持ち、各々が勝手に行動する。
そこに横の繋がりは希薄であり、唯一人の王である『世界』と自分、という単純な上下関係しか存在しない。
彼らを結びつける糸はすべて(『星』と『太陽』などの例外を除けば)『世界』という絶対的な存在を介している。
よって『世界』亡き今、アルカナは、アルカナとして集う必然性が存在しないのだ。
「『世界』氏は死んだ。『月』女史ももういない。ヨコシマキメはあの有様で、――さあ、アルカナは何をする?」
『吊られた男』の言葉が頭から離れない。
あの時の会議では一応の方針が出たが、それはアルカナの新たなる門出と言うには程遠く、
『とりあえず目的を作っておこう』という程度のものに過ぎないことは多くの者が理解していた。
今は枢機院というわかりやすい敵対者が出てきてくれたお陰でかろうじて体裁を保っているが、それも長くはないだろう。
目的のある者はアルカナを去り、失った者もまた去っていく。
そして、自分のように行く末を決めかねている者がいつまでも『世界』の残骸にしがみついていくのだろう。
少なくとも『隠者』は、そう考えていた。
邪気眼という『力』に浮かれ、正義の味方を気取っていた少年は、すぐに世界のシンジツと自身の無力さを知ることになった。
打ちのめされた彼の前に現れた、救世主───『世界』。
世界に絶望していた自分に圧倒的な力を見せつけ、新しい世界を創造せんとする『世界』に『隠者』は心酔し、アルカナに入団した。
『世界』の言う通りにしていれば間違いない。『世界』に従っていれば、自分が望んでいた正しい世界が創られる。『世界』がいれば───
「それで、気が付けば身の振り方もわからない馬鹿になってた訳だ。やれやれだな。
本当に───僕は、どうすればいいんだろうな?『世界』」
口の端を吊り上げ、自嘲気味に笑う。
このまま枢機院を潰した所で、それはただ降りかかる火の粉を振り払ったというだけだ。後には何も残らない。
むしろ、曲がりなりにも世界の救済を掲げているあちらの方に理があるかもしれない。
(ならいっそのこと・・・いや、考えるのはよそう。今は戦いに集中しないと・・・)
陰鬱な思索を打ち切り、『隠者』は邪気眼を発動する。
「 【奏氣眼】 、発動」
42 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/11(月) 19:56:18
『隠者』の視界が一変する。
目の前に映し出される、七色に輝く霞のような曲線。それは水面の波紋のように空間を満たす。
空気の流れ、光や電波、あるいは魔力や邪気。
その大小強弱様々なエネルギーの流れ───『気』が、『隠者』には視える。
セカイにあまねく存在する気を感知し、働きかける───それが【奏氣眼】のチカラである。
(前方数十メートル、十字路の左奥から強大な魔力反応が近づいてくる。今までの雑魚とは違う。・・・今度も、気付かれる前に仕留めるか)
「───【雪隠れ】」
『隠者』は【奏氣眼】を使い、自らの邪気を極限まで抑える。
そして周囲の気流をも弱め、自身の衣擦れや足音を消す。
異能の戦闘において、音と邪気、2つの情報を外部に漏らさないということはつまり、『視認されない限りは他者に気付かれない』。
『雪隠れ』により完全に気配を絶った『隠者』は、十字路の直前で右側の壁を蹴り上げ、高く跳躍する。
壁を蹴った反動により、『隠者』の体は放物線を描きながら左の通路に突入する。
宙を舞う彼の眼下に「敵」が見えた。
(シスター・・・か)
基督教の修道女が身につけるようなクラシックな僧衣を纏ったふくよかな老婆が、のんびりと通路を歩いていた。
その歩みには緊張感の欠片も感じられず、彼女が戦士としての訓練を積んでいないのは明白だった。
だが、老婆から迸る膨大な魔力は、確かに彼女が高位の異能者であることを表していた。
(戦場でここまで無防備だなんて・・・自信があるのか、ただの馬鹿なのか・・・とにかく好都合だな)
相手はまだこちらに気付いていない。彼女の背後に音も無く着地した『隠者』は、左手で小太刀『月詠』を抜刀する。
『月詠』を逆手に構え、老婆の頚動脈目がけ必殺の一撃を───
「何か」に弾かれた。
「───なっ!?」
「あらあら、お客様かしら? ようこそいらしたわねえ。ここは神の庭が1つラツィエル城。皆を代表してこの『プロテクト』が歓迎するわ」
老婆が振り返り、その顔が柔和な笑顔を形作る。
その表情は戦場には余りにも不釣合いで。
「礼儀を弁えぬ邪教の輩にも『創造主』様は慈悲をくださいます。さあ、坊やにも大いなる慈悲───『穢れた魂の浄化』を与えてあげましょう」
その言葉が意味するものは余りにも戦場に相応しかった。
<『隠者』VS『プロテクト』>
<NPC:『プロテクト』
敬虔な基督教の教徒であり、慈愛の心に満ち溢れているが、それは枢機院の価値観においての慈愛である。>
<能力:『リドルクレイドル』
あらゆる物質を通さない不可視の障壁を創り出す。>
43 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/11(月) 19:59:08
『プロテクト』と名乗った老婆は、『隠者』がこれまでに遭遇したことのないほどに「異質」な相手だった。
まず、体格。
戦闘をするには明らかに余計な贅肉が付きすぎている。あれではまともに走ることすらできないだろう。自重を武器とするタイプにも見えない。
そして、表情。
それ以外の顔ができないのではないかと思わせるような、張り付いた微笑。
戦いに臨む者が少なからず見せるような気迫や殺気、緊張感といったものが『プロテクト』からは全く感じられない。
かといって自らの底を見せないようにしているとも思えない。
時と場所を考慮に入れないのであれば、彼女は休日に公園を散歩しているようなおばあさんそのものであった。
(だからこそ・・・まずい)
そう。その「どこにでもいそうな老婆」が枢機院の拠点たる場所に居るというアンバランスさが、逆に警戒心を煽る。
速やかに勝負を決めなければならない。何かが起きてしまう前に。
そう考え、『隠者』は『月詠』を構え直す。
「ねえ、坊やのお名前なんていうの?こんなに奥まで迷い込むなんて、とんだいたずらっ子ねえ。
お父さんとお母さんはどこかしら?お腹空いてない?お友達は?お家は・・・」
「黙れ」
『隠者』は『プロテクト』目掛けて突撃する。
相手の能力が分からず、あまり戦闘に時間を掛けられない以上、小細工は無用。
的外れな話を続ける老婆に向かって、もう一度『月詠』を振るう。
「【月奏・上弦】っ!」
青白く光る刀身。
【奏氣眼】の能力により、『隠者』の邪気が『月詠』に流れ込む。
邪気を纏い、飛躍的に破壊力が上昇した刃が『プロテクト』に迫る。
(この間合いなら回避は不可能! さっきはどんな能力で防いだのかは知らないが、今度は【月奏】で「それ」ごと切り裂けばいい!)
渾身の力が込められた『隠者』の斬撃。
───それは、いとも簡単に「何か」に止められた。
「いけない坊やねえ。人の話は最後までちゃんと聞きましょうって教わらなかった?」
『プロテクト』は一歩も動いていない。指一本動かしていない。
「おばあちゃんね、荒っぽい事は嫌いなんだけど───言う事聞かない悪い子にはおしおきしないといけないわねえ。
『リドルクレイドル』、やんちゃな坊やを躾けて頂戴」
そして、見えない「何か」が『隠者』を薙ぎ払った。
「が、はっ───!」
轟音。
『隠者』の体が壁に打ち付けられ、天井の破片がパラパラと彼の頭の上に降り積もる。
幸い骨折などはしていないようだが、先程の一撃はむしろ精神の方にに大きな衝撃を与えた。
(馬鹿な、どうなっているんだ!? なぜ見えない、いや、なぜ視えない?)
2度の攻撃を防ぎ、彼にダメージを与えたもの。
なんらかの物体であれば見えないはずはない。魔術や念動力の類であれば【奏氣眼】で力場の放つ気が視えないはずはない。
これではまるで「障壁」という概念そのものが突如として顕現したかのような───
「まさか・・・」
「どうやら気付いたようね。賢い坊や。これが、私が創造主様から賜わったチカラ。
不可視にして不可侵の絶対防御───『リドルクレイドル』。
剣も、銃も、炎も水も風も・・・坊やのどんな攻撃もこのriddle(ふるい)をくぐり抜けることはできない」
44 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/13(水) 23:43:06
『ケテル』は、消滅した。
文字通り肉片一つ残さずに、その体を星屑の欠片のような粒子と化し、風と共に消え去ったのだ。
「…宗教相手は面倒くさいわ。果たして、かの魂は救われたのかしらん」
血はおろか肉体すら残さない死。
どうにも殺した実感の湧かない相手に、アスラはぽりぽりと額を掻いた。
「姉さん、連戦の準備は十分か?俺たちがここでケテルを倒してしまった以上、最早ゆっくり休んでいる暇はないぞ。
丁度良い具合に俺たちは『枢機院』の本部に足を踏み入れている。奴らの喉元にだ。
戦況はこの上なくジリ貧だが、状況は確実に好転している。戦力さえ十分ならば、このまま一気呵成に枢機院を制圧することだって不可能じゃあないんだ」
「戦力さえ十分なら──ね。さーて、ここからどう動こっか?」
状況は好転したと彼は言うが、アスラはむしろ真逆だと考えている。
なにしろ今倒したのは紛れもない枢機院の「幹部」組織。
もとより邪気眼以上に得体のしれない力を使う連中だ。「ケテル」の死など、視認せずともすぐに伝わる事だろう。
なれば教会の連中がこちらに向けて牙を向くのも遠い話ではない。
加えて、この部屋は袋小路。追い詰められれば逃げ場はそれこそ窓くらいのものだ。
おまけに確固たる「目的」を持ち、また達成への「機会」を持っているヨシノらにとって、最初から撤退などという選択肢はない。
取る行動は、前進の一つしか残されてはいない。
「賭けに出よう。姉さん、アンタの潜入手腕でうまくごまかし透かして地下への道を拓いてくれ。
枢機院全体が俺たちを殺しにきてるなら応戦しつつ撤退戦。ケテルの独断であればまだ俺たちの害意は他の連中に知られてない
はずだから、この潜入作戦はぐっと上手くいくはずだ。それでも地下の在り処を聞き出すのは一苦労だろうが……」
「頼りにしてるぜ」というヨシノの視線がぶつかって弾ける。
アスラはそんな視線を避けつつ、壁にもたれかかって「音」を聞いていた。
それはどたどたと、けたたましい足音がコンクリの床を踏みつける音。
ひどく慌てている様子が聞いて取れる。数からすると…十人以上はいるか。
「………ヨシノ、デバイス」
申し訳なさそうに、修道女は口を開く。
「作戦を伝えるわ。──死ぬまで走れ。OK?」
45 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/13(水) 23:43:52
そう言い終えると同時に部屋唯一の扉を蹴り飛ばす。そこにいたのは、刃物を持った善良そうな青年が数名ほど。
どいつもこいつも殺意の視線を、あらんかぎりに「異端」の二人(+一人)へと向けていた
後ろの二人がリアクションを返すよりも早く、アスラは通路へ向けて小型の瓶をいくつか投げつける。
それは薬品でなく、中身は油。手榴弾よりも危険で発火が早い物質──いわゆる小型の火炎ビンである。
「走れっ!」
見た目に反しそれほど熱くはない。故に、敵をひるませるにはいい得物だ。
ヨシノがロクに口を開かぬうちにその手を取って、半ば引きずるように炎の中から飛び出す。
部屋の前に構えていた何人かの戦闘員は、不意打ちショルダータックルでうまく張り倒した。
「このまま隠れられる所まで突っ走る。守ってやるから死ぬんじゃないわよ!」
卓越した処世術──(笑)
アスラは片手にトランク、片手に特殊警棒といういでたちで、道を妨げるものを蹴り倒しながら進む。
あくまで音は控えめに暴れ回るあたり、騒ぎを大きくしたくないという一応の意思が見て取れなくもない。
《え…え、ええーっ!?おねーさん、仕事が雑すぎないっ!?》
「やかましいこの電波少女!「ケテル」倒した時点で私らの人生というルートはこうなる事が確定しちゃってんの!
若いんだから過去を振り向かずただ未来へ進めーーっ!」
ようやく脳が回り始めた「デバイス」がそんな苦情を叩きつけるが、完全無視。
なにしろ命を狙われているのは紛れもない事実。七にも八にも、逃げねば命が危ない。
枢機院側の追手はしつこくも追ってきている。
迫りくる飛び道具をかわしつつも、その中でアスラは敵の動きに「違和感」を感じていた。
「(……追撃の勢いが弱い…?)」
状況は四面楚歌、おまけに場所は相手のホーム。
その気になれば二人の人間と一人の思念体など、挟み撃ちなどして一瞬で駆逐できる筈である。
「(誘導されている…?いや、そんな回りくどいことをする必要が無い…だったら何故?)」
非戦闘要員であるヨシノにも、そろそろ電池切れが近づいている。
どこかで一度腰を落とす必要がありそうだ。
46 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/13(水) 23:44:18
「それっ!」
ある程度距離をとったのを確認し、振り向いて再び火炎ビンを投げつける。
『くっ…』
『怯むな、進めーっ!』
敵の足が止まった隙に目の前のT字路を左折。装飾の施された大扉の向かい、鍵のない小さな鉄扉を体当たり気味に開けて中に転がり込む。
幸い、その中に人影はなかった。
「ヨシノ、ドア閉めて。…良し、ひとまず撒いた…と」
鉄扉の閉まる重い音を聞くと、ようやくアスラは息を吐きだした。
横ではこういう時ばかり息の合うデバイスとヨシノが、何か言いたげな目でこちらを見ている。
…突発的にここまで全力疾走させたせいか、ヨシノの方はだいぶぐったりしていたけれど。
《…もう少しいいやり方は無かった訳?》
「じゃーアンタならどうしたって言うのよ。私は作戦通り撤退戦やっただけよ。…過去は過去。死ななかったから良し。これからの事を話しましょ」
仕事屋アスラ。彼女の切り替えの早さは超一流である。
「問題は…言わなくても分かるでしょうけど、「枢機院」全員が敵に回った所。どうやら私らが「ケテル」倒したのはモロバレらしいわね」
《……うん、そうだね》
何か言いたげに、「精神体」であるデバイスのビジョンに僅かな陰りが走る。
アスラも気持ちは分からないでもない。ここは彼女の古巣──何かと、思う所もあるのだろうか。
「(現役の私がシャイアーテックス裏切るようなモンかしらねえ……っていやいや、そりゃどー考えたって東京湾END直行フラグだから)」
元々彼女はここの人間だ。今はヨシノが(性的な意味で)支配下に置いているが、まだ日も浅く、また年齢から考えても割り切れてはいないだろう。
そういう意味では、ある種「ケテル」を再起不能にした事は無駄ではなかったと言えるかもしれない。
「……デバイス」
《…うん?》
「この際ハッキリ言わしてもらうけど、こうなった以上は地獄の底まで私らに付いてきてもらうよ」
《…分かってるよ、おねーさん》
一応、デバイスに釘を刺しておく。
枢機院幹部の殺害は、なにより彼女がこちら側につく確固たる決め手となったのだった。
《死ぬまで一緒…こーいうの、確か一連託生って言うんでしょ?》
「そーいう事。…まあ、実際に地獄の底が見えた時はアンタら踏み台にして私一人生き残るけどね」
《いきなり裏切る宣言!?やめてよマジな目でそういう事言うのは!》
「仕事屋にとって大切なのは、1が自分の命、2が依頼人の命、3が依頼。…だけどこれ、結局最後は自分の命一つあれば良しって事なのよね」
《…あれー?おねーさんは優秀な仕事屋って聞いてたけど、あれー?》
47 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/13(水) 23:44:57
閑話休題。
「…んで、まあ端的に言えば状況は最悪のアクね。これから私らは敵の目を掻い潜り「ゲプラー」のジジイの所へ行かなきゃならない訳だけど…」
《どーするのさ。まさか僕らを囮に…とか言わないよね?》
「そんな本末転倒な事しないわよ。…ふっふーん。実は状況をひっくり返す条件がいくつか見つかってるのよねえ、これが」
ちっちっち、とアスラは得意げに指を振る。
「───援軍が来てるかもしれないのよ」
《援軍?》
「その根拠は二つ。
一つは、枢機院側の追手が少なかったこと。幹部が一人異教徒に殺されてるんだから、本来なら総出で歓迎してやるのが礼儀でしょう」
《言われてみれば…やけにあっさり逃げられたなあとは思ったけど…》
「もう一つは、今ああして逃げ切る間にも嗅ぎ取れた「ドンパチの雰囲気」ってやつね。
全体的に浮ついてると言うか…状況は圧倒的に向こうが有利なのに、どこか余裕のない感じがしなかった?」
《…確かに、なんか落ち着かない風ではあったかも…ええと、つまりおねーさんは、僕ら以外にもここを狙っている奴がいるって言いたいのかな?》
「そういう事。それも、数も力もずっと大きい団体がね。
敵さんはそっちに力を割いていたから、こっちがおざなりになって運良く生き残れたんじゃないか…ってことね」
《…でも、あくまで推論でしょ?証拠は…》
鈍い刑事に事件を説明する名探偵のような調子で、アスラはとんとんと薄い作りの壁を叩く。
「…デバイス。ここの隣にあった大扉、何の部屋か分かる?」
《え…ああ。多分礼拝堂だと思うな。「生命ノ樹」を模したステンドグラスもあったし》
「礼拝堂…ねえ。そんじゃ耳を澄ましてみなさいな。とびきりの「聖歌」が聞こえてくるから」
《「聖歌」? …───っ!?》
礼拝堂とこの部屋との壁は少し厚いが、それでも注意して聞けばそれは嫌でも耳に残る。
何十、あるいは何百人もの、悲鳴合唱。
本来礼拝堂から流れる筈のないBGMが、まるで意識してなかった二人の耳にひどくこびりついた。
《………》
「…「客(ゲスト)」側にしては悲鳴の数がデカ過ぎるから…あの声は枢機院側かしら。
…いや、枢機院側だと「信じたい」わね。頼みの綱が悲鳴と共に切れるなんて冗談じゃないから」
《おねーさん》
「とにかく礼拝堂が落ち着いたら様子を見に行きましょ。「客」が有利ならば合流して共戦交渉、逆なら再度逃げて、「客」を探す…って感じかしら」
《「おねーさん」》
薄ぼんやりとした灯りの中、闇に浮かぶようなデバイスの声がいやにはっきりとアスラに届く。
48 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/13(水) 23:45:26
「…何?」
《おねーさんは、礼拝堂の中の組織と手を組むつもりなの?》
その声は淀みなく、どこか上から蔑むような音が入っている事をアスラは気づいていた。
「大体そのつもりだけど、何か問題ある?」
《…ボクを見れば分かると思うけど、枢機院のエージェントは老若男女を問わないんだ。
もちろん、異教者(イタンモノ)を制圧するために一通りの訓練は受けてるし、自分が死ぬかもしれない事は承知の上。だけど…》
デバイスは試すようなきつい眼差しをアスラに向ける。
《ここまで淀みなく女子供に声を上げさせられるような相手は、そうそういない。
この扉の向こうにいるのは援軍じゃない、さしずめ「帽子屋」だよ》
帽子屋──不思議の国のアリスに照らす所の、要するに狂人。
しかしアスラはそれがどうした、というようにフンと鼻を鳴らし、デバイスの目を正面から睨み返した。
「でしょうね。だけど帽子屋一人じゃ枢機院は傾かない。私が「団体」での乱入を予想したのもそれが理由。
例えドア向こうの人物がとんでもないイカレでも、そいつまとめてる奴にかけあえば、手を組むのは無理じゃない。
それに、私達は今や手詰まりで、この状況を打破するための駒がいるというだけ。
相手が狂人だろうと罪人だろうと外道だろうとハゲだろうと、今の私らには何も関係ないのよ」
アスラの三白眼とデバイスの無垢な瞳が、宙でぶつかり火花を散らす。
この考え方の差異の根本は、要するに汚れ方の差である。
デバイスは遠く希薄な目的のために、誇り高く血を流し、アスラは卑近な目的のために、誇りを捨てて血にまみれた。
元よりあまり気の合う性格ではなかったのである。歯車のズレた時期が、丁度今だったというだけの事だ。
睨みあう事数分、宙に浮いていた視線が不意にヨシノの方へ向いた。
「…こんな所で言い争っててもキリないわ。まあアンタの言いたい事も分かるし、第三者に意見を仰ぎましょ。
はいヨシえもん、私が出した以外になんかいい案はある?なけりゃデバイス引っ張ってでも交渉に向かうけど」
《きっと何か思いつくよね、なんてったってボクのお兄ちゃんなんだもん。ねえお・兄・ちゃ・ん?》
「あ、こら、それ反則」
【アスラ・デバイス・ヨシノ、礼拝堂脇の小部屋に潜伏】
49 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/14(木) 17:45:37
少年がふらつきながら立ち上がる。その顔は醜く歪んでいる。
おそらくそれは「痛い」からなのだろうと『プロテクト』は判断する。
『プロテクト』には「痛み」という感覚がわからない。
彼女の人生において、総ての危険は『リドルクレイドル』の内側に侵入することがなかったからだ。
ただ、「痛みというものは生物が避けるべきもの」「他者に痛みを与えるのは罪深い」ということは知識として知っていた。
故に『プロテクト』は邪教の少年に提案する。
「諦めて楽になりなさい。そうすればおばあちゃんが坊やに安らかな終末を与えてあげるわ」
「人、を・・・馬鹿にするのも・・・いい加減にしろっ!」
少年が『プロテクト』の側面に回りこみ、独楽のように回転しながら何処からか取り出したナイフを投擲する。
『プロテクト』は動かない。攻撃を目で追うこともしない。その必要がないからだ。
乾いた金属音が「2回」連続して響いた。
「おもしろいわねえ。1本目は囮。あえて大振りしてマントを翻すことで既に放っていた2本目のナイフを隠すことが狙いだった。
当然、2本目は1本目より早く到達する。
それに気付かない私は後から投げたナイフにしか対応できないタイミングで『リドルクレイドル』を発動させる・・・そんなところかしら?」
少年は黙ったままだ。しかし、その表情が彼の意図を雄弁に語っていた。
「坊やの作戦自体は良かったわ。おばあちゃんホントに危なかった。
・・・でも残念。
どんな攻撃が、いつ、どこから、どれだけの力で来ても、例え私が全く気付いていなかったとしても───
『リドルクレイドル』は、総てを防いでくれる」
「自動防御だと・・・!?」
「そう。もう満足したでしょ?『創造主』様の御意思を受け入れなさいな」
「ふざけ───うぐあっ!!」
『プロテクト』の意思に応じて鞭のように変形した『リドルクレイドル』が少年を殴打する。
何度も、何度も。鈍い音が城内に響く。
それは敵の心を挫く為の、いわば拷問。
『リドルクレイドル』の攻撃性能は非常に低い。
それはあくまで、温厚な彼女の性格を無意識的に反映した結果なのだが、皮肉なことに、それは敵対者には彼女の意図とは真逆の効果を与える。
そう、「相手への攻撃手段を持たぬまま、認識すらできない攻撃を受け、じわじわと嬲り殺しにされる」という地獄を。
「私がどうして自分から能力を明かしたか、わかる?
それは簡単。「諦めて欲しかったから」よ。
どう足掻いたって坊やに勝ち目はない。なら、わざわざ苦しい道を選ぶ必要はないわ。坊やだって「痛い」のイヤでしょう?幸福なまま逝きたいでしょう?」
『プロテクト』は懐から幾つかのカラフルな飴玉を取り出すと、その1つを床に這いつくばっている少年に投げて寄越した。
包み紙にはファンシーなマスコットが描かれていた。
「だったら、これをお食べなさいな。「痛み」無き幸福な死が待っているわ。
それが、貴方達邪気眼使いに許された最高の救いよ?」
彼女はこの申し出が断られるなどとは微塵も思わない。
なぜならば、どのような豪傑であれ「最強の盾」と「見えざる矛」を前にした者はいずれ絶望し、その慈悲を受け入れるのだから。
50 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/14(木) 17:47:47
(どこまでも人をコケにする・・・!)
両腕で体を支えながらなんとか顔を上げた『隠者』は、『プロテクト』を睨み付ける。
しかし、彼にとって状況は絶望的だった。
こちらに有効な手段は残されておらず、相手の攻撃を回避することもできない。
逃走という選択肢も、背後に障壁を創られてしまえば不可能だろう。
(くそ・・・どうして僕はこんなにも無力なんだ!?
『世界』を<Y>に殺され、アルカナをまとめることもできず、たった一人の敵すら倒せないなんて・・・)
考えれば考えるほど思考は泥沼に嵌り、『隠者』の精神を削ってゆく。
自棄になった彼はとうとう玉砕覚悟の突撃を───
「そのキャンディはねえ、本当に素晴らしい物よ。まるで『創造主』様の慈悲の御心が形を成したみたい・・・」
「──────っ!」
『プロテクト』の言葉で、現実に引き戻された。
『プロテクト』はこちらの様子など全く意に介さない。彼女は宙に目を泳がせながら、陶酔したように謳い続ける。
「ずうっと昔、おばあちゃんがまだここに来る前のことだったわ。
おばあちゃんはねえ、小さい頃考えてたの。
いくら邪気眼使いといっても、「痛み」に喘ぎ、苦しみながら死んでいくのはかわいそうなんじゃないかって。
彼らも呪われし存在とはいえ、魂を邪気に穢されただけの哀れな犠牲者なんじゃないかって。
だからそれを神父様に言ってみたの。
そうしたら聖樹堂からとっても偉い人が来て、このキャンディをいっぱいくれたのよ。
そしてこう言ったの。『彼の邪教徒たちにこれを与えれば、そなたの望みは叶えられるであろう』って。
だからその通りにしたら、本当に偉い人が言った通りになったのよ!」
老婆の顔が、歪んでいく。
「みんな楽しそうにはしゃぎ始めて、大きな声をあげながら踊りだしたの!
靴作りのおじさんも、花売りのお姉さんも、お父さんとお母さんも!
何日も何日も踊り続けてその後とっても幸せそうな顔をしながら泡を吹いてうごかなくなるの!
みんなうごかなくなってからえらい人がきてこういったの。
『なんじの親しきものにとりついていた悪まはじょうかされた。かれらはこうふくののちにそうぞうしゅさまのもとにめされるであろう』って!
だからわたしとってもうれしかったのだいすきなみんなをわたしがすくったんだってけきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!!」
涎と涙とよくわからない汁を撒き散らしながら『プロテクト』はヒステリックに叫び続ける。
彼女がなぜ涙を流しているのか。それはもはや本人にすらわかっていないのだろう。
「・・・・・・・・・・・」
ゆっくりとした動作で『隠者』が立ち上がる。彼の表情には先程までのような焦りも、絶望も、諦念もない。
あるとするならばそれは───怒り、だった。
「・・・あら、甘いのが苦手だったのかしら?残念ねえ。なら、できるだけ痛くないようにしてあげる。チクッとするでしょうけど男の子なら我慢しなさいな」
異変に気付いた『プロテクト』は狂気から一転、微笑を浮かべながら『隠者』の方に向き直る。
彼女は『リドルクレイドル』を槍のように凝縮し、その穂先を尖らせる。
それは『隠者』の心臓を串刺しにせんと一直線に伸びていく。
「僕はずっと気がかりだったんだ。もしかしたら本当は君達が正義の味方で、僕達アルカナが悪なんじゃないかって。
僕は『世界』の考えが間違っていたとは思わないけど、そのために汚い事にも手を染めていたのは事実だからね。
・・・でも良かった。少なくとも君達が正義ってことは無いらしい」
「何を言っているの?『リドルクレイドル』、彼の呪われし魂を浄化しなさい」
「枢機院───君達は、下衆にも劣る「悪」だ。この世界から消えろ」
───『隠者』は軽々と、見えざる矛を回避した。
51 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/14(木) 17:51:31
理解不能な光景だった。
(回避した・・・!?)
『プロテクト』以外の者にはその存在を知覚することのできないはずの『リドルクレイドル』が、避けられた。
(そんな、ありえない・・・ただのまぐれだわ)
すぐさま気を取り直した『プロテクト』は、槍状になった『リドルクレイドル』を2本、3本と更に増やしていく。
それでも、当たらない。少年は最小限の動きで攻撃を避けながら、『プロテクト』に近づいていく。
『リドルクレイドル』を他者が認識することは絶対に不可能である。なぜなら「そういう能力」だから。
そのはずだ。
そのはずなのに。
───どうして、一撃も、当たらないの───
「嘘よ。こんなの嘘。坊やに『リドルクレイドル』が視えているはずがない」
「ああ。確かに「それ自体」は視えない。僕はただ、【奏氣眼】で風を視ているだけさ。
まったく、こんな簡単なことにも気が付かなかったなんて・・・」
「風・・・?───まさか」
大気中で「どんな物も通さない何か」が動く時、そこにはわずかに風が起こる。
そして風とは流体エネルギーの動き───すなわち「気の流れ」である。
一見何も無い空間での不自然な気流の乱れ。そこが元々風の発生しづらい屋内であれば尚更「何か」の存在が浮き彫りになる。
「最強の盾」と「見えざる矛」という2つの言葉は、文字通り矛盾しているのだ。
「・・・それでも、坊やに勝ち目は無いわ。
例え『リドルクレイドル』が視えたとしても、それを突破することは決してできない。
最初から運命は決まっていたのよ。坊やはそれを少し遅らせたに過ぎないの」
そう。少年が何をしようと、その攻撃が自分に届くことは絶対にないのだ。
「不可視」を攻略された所で焦る必要はない。視えることで避けられるのであれば、視えても避けられない攻撃にすればいい。
槍となって伸びていた何十本もの『リドルクレイドル』が互いに絡まり合い、敵を内包する巨大な球体を形成する。
「閉じなさい、『リドルクレイドル』」
四方上下を完全に覆った障壁は、少年を押し潰さんと急速に収縮していく。
それは、避けることも逃げることもあらがうこともできない不可視にして不可侵にして不可避の『死の揺りかご』。
「おばあちゃんも本当はこんな惨いことはしたくなかったのよ? でも坊やが駄々をこねるから仕方ないの。
───揺りかごに揺られて、安らかにお眠りなさい」
「悪いけど、昼寝は趣味じゃない」
その瞬間、まばゆい閃光が──────
52 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/14(木) 17:54:50
な に ?
わからない。 熱い 、
いやだ 。 こ れ は?赤い
血 。
・・・・・・・・・ い たい 。
『プロテクト』の腹部が赤く染まっている。
僧衣の一点から、血が、流れていた。
(──────これが───「痛い」───あかるい───
あったかい───血───わたし───────────
───坊やが近づいて───まずい───はやく────
できない───リドルクレイドル───なぜ?─────
───このまま───では───私の揺りかご─────)
「おやすみ『プロテクト』。
───“揺りかごから、墓場まで”堕ちていけ」
「い──────ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
『プロテクト』の心臓に深々と『月詠』が突き刺さった。
53 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/14(木) 17:58:50
『リドルクレイドル』のriddle(ふるい)を唯一突破し得るもの。
それは、「光」。
『リドルクレイドル』は「不可視」という性質上、光を止めることも屈折させることもできない。
仮に光すらも防御できると仮定するなら、内側に光源でもない限り『プロテクト』の姿は真っ暗で見えないはずなのだ。
とはいえ、【奏氣眼】は『太陽』のように光を操る邪気眼ではないので、非常に面倒な手順を踏む必要があった。
まず、「素材」となる光線の確保。
天井にこれでもかというくらいに吊るされた照明の光を『月詠』の刀身で反射させることで一定の指向性を与えた。
次に、威力。
光とはそれ自体がエネルギーとしての性質を持つので、【奏氣眼】で出力を強化することは可能。
しかし、可視光線から殺傷力を持つレーザーにまで強化するのは邪気がいくらあっても足りない。
その点は光を強化する範囲を極限まで少なくすることで解決した。
そして最後に、照準。
大きさが針の一本にも満たない極小範囲低威力のレーザーではとても致命傷にはなりえない。
一撃で相手を死亡せしめる、あるいは障壁の発動を一時的にでも妨害できる部位。
それは異能を人工的に植えつけられた者に存在する、チカラの源泉たるもの。
───魔導回路の、核。
cradle(揺りかご)に守られた赤子と母の繋がりを示す部位。それは臍だ。
推測通り『プロテクト』を守る障壁は消え、『隠者』はとどめの一撃を見舞うことができたのだった。
「『不可視にして不可侵』だなんて───とんだフカシだったな。しかし危なかった・・・」
あえて能力を説明することによる心理的な無敵化。
例え相手が突破しうる能力を持っていたとしても、「不可侵」という先入観を植え付けられることで弱点が隠蔽されてしまう。
おそらく『プロテクト』本人も能力の穴を知らなかったが故の説得力に、その説明を疑うものはいなかったのだろう。
「それにしても・・・『創造主』とは、一体何者なんだ?」
(『創造主』とは、カノッサ機関の最高位に位置する者のことだったはずだ。アルカナが反カノッサである一因でもある。
だが、なぜこの場所で『創造主』の名が出てくる? 『世界』、君は何を知っていたんだ?)
───その時、虫の息だった『プロテクト』が、『創造主』という言葉にビクリと反応した。
「『創造主』・・・様・・・すべてを知り・・・すべてを叶え・・・・
そして・・・すべて・・・を・・・───する・・・我らが主・・・」
「主、だと? なら『創造主』が君達の親玉なのか?」
「・・・『創造主』・・・様・・・迷える・・・我ら、に・・・
地上の楽園を・・・・・・至上の楽園を・・・・・・・・・・
・・・世界の・・・・・選・・・・・択・・・・・・・・・・」
「おい、答えろ! それに“世界の選択”だと!? 枢機院は何を───」
『プロテクト』はもう動かない。
「───くそっ」
この老婆の目には、『創造主』以外の物は何一つ映っていなかった。
自身を超越した何かを盲目的に崇める様はまるで少し前の自分自身を見ているようで。
たまらなくなった『隠者』は老婆の亡骸から目をそらした。
「・・・とにかく今は『箱舟』だ。急ごう」
『隠者』が去った後も、老婆の瞳は開いたまま、いつまでも天上の光を見つめ続けていた。
<『プロテクト』:死亡>
<アイテム入手:枢機院特製の超ヤバイ飴玉>
54 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/15(金) 00:12:58
―――――ィィィィィ…ン
碧空を、不可思議に歪んだ空間…のようなものが突き抜けていく
ぽつりと浮かぶ綿あめのような雲が、「それ」と触れてわずかに紫電をふるった。
いや、逆だ、「それ」が、雲に向かって紫電をふるったのだ。
シームレス光学迷彩
装甲表面に電磁雲を纏い、それによって発生する疑似的蜃気楼によって姿を消す次世代型光学迷彩である。
蜃気楼を用いたステルスのため、移動によるラグや歪みが、表面に超小型スーパーハイビジョンカムと有機ELモニタを使用した旧式光学迷彩より優れている。
だが表面を強烈な電磁気が覆っている為、水に触れると、紫電を放ちながら一時的に解除されてしまう、近年は、更にその上に魔力エーテルを纏わせる事でそれを防いでいるものもあるようだが。
「なんで第一世代シームレスなのよ、私の情報網では更に歪みを抑えた第三世代まで開発されてるはずなんだけど」
「悪いが、もう私はカノッサじゃないんだ。貰えるものと言えば古くなったお下がりだけ。これでも私の中では最新型なんだぞ?」
ピアノが口を曲げて言う文句に、ビブラフォンがやれやれと溜息をつき応える。
まだ不満そうな表情のピアノに、更に続けて言う
「それに、今日は快晴だ。雲はほとんどない、雨が降る気配も無い、ラツィエル城まではっきりと見えるくらい空気も澄んでる。
光学迷彩にとっては、強い光が降り注いで視界を遮る場面が一番効果的なのはお前も分かってるだろ?」
「まあ、そうだけどさ
というか、もう見えたの?」
ピアノは席を離れ、ビブラフォンの座る操縦席の後ろ、ガンナー席だが、そこに手を掛け、突き抜けるような青空の彼方を見た。
なるほど、遠くの方に黒っぽい建築物が見える、あれがラツィエル城、現時点で分かる、この渦の中心に最も近い場所。
「…まだ遠いわね」
高所から眼下を眺めるという行為に、ピアノはふと、あの高所好きだった漆黒の剣士の事を思い出した。
嘆く事はしない、秋葉原で、枯れるほど泣いた。いつまでも嘆いてなどいられない
そこまで考えて、過去をずるずると引きずる身分が言う事じゃないな、と、ピアノは自嘲した。
「目測で20?ってとこか、あと10分もあれば着くさ、あの青年を起こしといてくれよ。」
ビブラフォンがわずかに後ろを向いて言う。視線の先ではシロフォンが用意した毛布にくるめられて寝ている鷹一郎がいる。
「到着するまで寝かしとくわよ、起きたら騒がしい奴だし」
自嘲の時よりも更に嘲るような目で、ぼろ布のような毛布にくるまったそれを一瞥する。
「ははっ、ピアノが男を分かってるとはな」
そんな様子を見もしないで、ビブラフォンは笑った。ピアノはそれを聞いて、非常に微妙な表情でガンナー席に座りこむ
そういえば、自分がこう言った席に座るのは初めてかもしれない、いつも"それ自体に変形する"ので、実際に見た事はほとんどなかった。
パイロット席よりは簡略であるものの、ごたごたと様々なものが置かれた戦闘航空機のコックピットは、人間工学によって、外見以上に扱いやすく、機能的な形に収まっていた。
同種の感性というのだろうか、それを見て、どこか美しいと感じてしまえる。
「…さすがに物に恋をするのは頂けないわね」
変な事は考えてないですよ?大丈夫、私は正常です。
そういえば物に恋愛感情を抱く人とかいるみたいね、あれって病気らしいよ。
55 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/15(金) 00:14:09
「で…どこに降下する?」
「え?」
随分とラツィエル城が近くなって来た時、ビブラフォンがふと思い出したように言った。
ラツィエル城周辺には、兵はあまりいない。ほぼ殲滅されてしまったのだろうか
いるにはいるものの、城内のほうに意識を向けているため、静音光学迷彩飛行の自分達にはほとんど気付いていない
「だがさすがに降下すれば噴射炎の風でバレる。こう言う時は高所からのロープ降下が定説なんだが…
あの青年にこの高さからロープ一本で降りる自身と気力があるか?」
ちら、と鷹一郎を見やる。まだ起こしていないため、眠ったままだ。
「ある、にはあるだろうけど…寝起き一発目でそれはねえ…」
目覚ましにはちょうどいいかもしれない、と思ったが、さすがに着地に失敗すれば、身体を打ち付けるだけではなく、展開している兵にも見つかる可能性が高い
さてどうしたものか、と思った矢先――――
ドガァンっ!
バチバチッ!
「うおっ!?」
「わっ!?」
突然V-TOLが"見えない何か"に阻まれ、空中に激突した。
衝撃で、光学迷彩がはげてしまう
機体も大きく軋むが、ビブラフォンの操縦テクはこの程度ではブレない、すぐさま体勢を立て直し、兵達に見つからないよう急上昇した。
「障壁(バリア)!?魔力反応も何もねーぞ!?」
光学迷彩が再配置(リチャージ)すると、ビブラフォンは吐き出すように言った。
「わずかな邪気反応が満ちてますけど…誤差レベルです!」
後ろで、ずっとサポートや鷹一郎の様子を見ていたシロフォンも、急に真顔になって、マルチ型点字ディスプレイに表示された計器を読み上げる。
「…枢機院の能力ね、奴らは魔法でも、邪気眼でもない特殊な能力を有してる。」
王国(マルクト)の「ケリッポドの地獄門」、基礎(イェソド)の「力の増大」、邪気眼とは違いながら、明確な方向性が決まった能力である。
汎用性の高い魔法とは明らかに違いながら、邪気も感じさせず、まるで「この世の理を捻じ曲げて作りあげた能力」のようだ。
しかし、どんなものであれここにそれが展開しているという事は、ここに枢機院のメンバーが少なからずいるという事。
56 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/15(金) 00:14:35
「少なからず?ダウト、幾人もだよ。」
「「「!!?」」」
突如、機内で男の声がした。
鷹一郎は寝っぱなしだ、寝言も発さないほどの熟睡っぷりである。
「こんなオモチャで僕の目を出し抜こうってのかい?―――ダスト・ダウト」
パン、という軽い音が機内に響く。途端、光学迷彩に異常を知らせるアラートが鳴り響いた。
ビブラフォンが慌ててアラートを切ろうとするが、鳴りやまない
「り、再構築不能(リチャージングエラー)…!?」
つまり、光学迷彩を張る事が不可能になったという事
本来、雨が降った場合などに起きるもののはずだが、外は相変わらずの快晴
コックピット内は午後の光を受けて明るく輝いている。
「…また変な能力者が出てきたわね、ダスト・ダウト…名前から察するに、偽装系の能力その他をすべて無効化する能力、かしら?」
ピアノは冷静に、後ろに佇む声の主へ振り返る。
「ダウト、惜しいね、でもそれだけじゃ、僕は戦闘要員になれないよ」
ちっちっちと指を振るのは、鷹一郎と同じか、少し若いくらいの青年。
外は暖かいというのに、パーカーを羽織り、暖かそうなズボンをはいている。
ふっくらとした顔付きから察するに、身体の膨れはただの着膨れではないだろう、丸メガネが何とも言えないアクセントになっている。
「っち…!」
ビブラフォンの動きは早かった、V-TOLをオートパイロットにし、腰の拳銃を引き抜いて、彼の後ろにいる愛妹に当たらぬよう的確な位置から引き金を引く。
この一連の動作を、わずか1秒足らずでやってのけた。
鉛玉は正確無比に、青年の額を貫く、はずだった。
「おっと残念、それはダウトだよ。」
パン
先程と同じ軽い音が響き、銃弾が紙くずになって飛散した。
「…!」
「ついでに、この飛行機もダウトだ。CC-32リグレットだね?」
ズ…と世界が歪んだ、と思った瞬間―――
ボンっ
V-TOLが紙吹雪となって四散した。
「きゃ…!」
「ち…!」
シロフォンとビブラフォンが小さく悲鳴を上げる、幸い高度は低くなっていた為、落ちてけがをするような事はなかったが
「さて、おそらくカノッサの人だろうけど…ここで何をしているのかな?」
何人もの兵士と、薄気味悪い一人の小太りの青年を前に、生きている心地はしなかった(ピアノ的主観含む)
<ピアノ一行 vs 『ノートブック』&楽園教導派兵士>
<NPC:『ノートブック』>
小太り丸メガネの青年、19歳。モテなさそうな顔、引きこもりの臭いがプンプンするぜぇー
<能力:『ダスト・ダウト』>
"自分の知っている物体、現象"を、無効化し、紙くずに変換する能力。
銃を無効化したのは"銃弾"と"慣性の法則"を彼が知っており、それを無効化した為
<補足>
ノートブックは基本引きこもって本を読む人間、本によって得た知識の数は膨大で、彼の知らない物質や現象はもはやほとんどない
彼に勝つには"未だ未発見の物質、現象"で戦うしかないという事。 ちなみにピアノ達はまだこの能力の細部には気付いていません
57 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/16(土) 18:03:43
┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
某国 枢機院東方拠点『ラツィエル城』前
┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━┫
(ど、どうなってんだ。一体何が起きたってんだ……?)
(気付いたら戦闘機の中ではなく、外にいた。)
(何を言っているのか意味不明だが、恐らく一番混乱しているのは機内で爆睡していた鷹逸本人だろう。)
(とにかく、外だ。)
(中世西洋の趣きを深く残した洋城『ラツィエル城』を臨む草原地帯。)
(敵方らしい小太りの青年と、武装に身を固めた兵士数十。対峙するのはつい先程知合ったばかりのカノッサ機関直属『オーケストラ』の楽団員3人。)
(じょ、状況からして……。
俺達が乗っていた迷彩機能輸送機が、撃墜された…? にしては周囲に被害はないし、俺達も怪我もしてないし……。
何より、輸送機の残骸がない。……ってことは。)
(敵の能力によるもの、と断定して良いだろう。)
(能力者は兵士の一団を引き連れている形で先頭に立つ、あのにやついた笑みを浮かべた小太りの青年、で良いのだろうか。)
(数の上からして、明らかに劣勢だった。)
(まずい、な……ッ!
数で圧倒されちゃ話にならねえ! 囲まれちまったら手も足も出せないぞ!
そんでもって相手の能力も分からねえってんだからな、畜生ッ! 出会い頭だってのにこれ以上ねえってくらいピンチじゃねえか!
ヨコシマキメ遺跡の時は、『世界』の奴の気まぐれか何かで多勢に無勢の状況は何とか免れた。
だが、こいつらは邪気眼持ちに遠慮は絶対しねえ……!)
(戦況は幸いにも未だ動かず、両者の睨み合いが続いている。)
(……いや、正確には多勢を前にして、ピアノ側が動き倦ねているのかも知れなかった。)
58 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/16(土) 18:05:05
(埒が明かねえ……ッ。
このまま膠着してりゃ、後はもう時間の問題だ! 何か、逆転材料……! せめて相手の能力が何か解れば……ッ!!)
(そう、こんな処で二の足を踏んでいる猶予はない。)
(辺りを必死に見回して、使えそうな物を探す。何でも良い、虚を作るだけでもこの状況下ならば充分。)
(とにかく、この状況を早々に突破し、『枢機院』本部へと繋がるテレポート装置を見付けなければ、もう話にすらなりはしないのだから。)
(見回して、見回して、見回して――――そして遂に、鷹逸は「それ」を発見する。)
(……は、? …そんな、………嘘だ、そんな、そんなそんな……ば、馬鹿な……ッ!?)
(だがそれは、逆転材料などではなかった。)
(むしろ逆。……こんな場所にはあってならないものだった。特に、この『非日常』が飛び交う世界においては。)
(草原に倒れている、女性。)
(少女のような幼い体躯をしているが、歴とした大人だ。鷹逸はそれを知っていた。)
(だって、彼女をいつも目にしていたからだ。回数こそ少ないものの、言葉を交わしたことだってある。……そうだ、鷹逸は彼女を知っていた。)
(世界基督教大学、民俗学教授。黒野天使。)
(サァッ、と、鷹逸の全身という全身から血の気が一瞬にして失せた。)
(不吉な脈動を打つ心臓。)
(倒れたまま微動だにしない彼女は、生きているのか? 悪い予感ばかりが頭の中で膨れあがり、冷たい汗がじわりと滲み出る。)
(だからもう、悩みや危惧など、頭から吹き飛んでしまった。)
59 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/16(土) 18:06:32
.
「大体予想は付くけどね、君達が何をしていたかなんて。
…それで。こう見えて僕達も多忙な身なんだよ、今戦争中だし。だから特に何もしてこないなら、もういいかな? ……そろそろ死んでもらっても、さ」
(にやにやと粘りけのある笑みを浮かべながら、ピアノ達に手を翳す『ノートブック』。)
(同時に、兵士達が武装を構えた。)
(幾人もの男達の手に構えられた多種多様な武具が、甲高い金属音を鳴らせながら白く光を放つ。何らかの魔術兵装のようだった。)
(当てられたように、オーケストラの一同も戦闘態勢を取る。)
(だが、衆寡は敵せず。……結局この劣勢は覆されないまま、いよいよ火蓋が切って落とされようとして、)
――――どけよ。
(青年の短い言葉が発せられたと同時、)
(強大な光と共に爆発的に増大した「邪気」が、兵士達の発光した武具の光を一瞬にして塗り潰す。)
(刹那、ゴオオウンッッ!!、と、猛烈な速度で何か放たれた。)
(術式の発動に全神経を集中させていた兵士達は、反応が致命的なまでに遅れてしまう。何とか身を掠めながら動けたのは『ノートブック』。)
(”手を翳さずに”、見た目に似合わぬ俊敏な動きで地面を勢いよく転がって回避する。)
(空を駆け抜けたのは、白い光で出来た一振りの槍刀。)
(兵士達を吹き飛ばしながら、コマ送りのような凄まじい速度で数百mの距離を飛び、)
(ゴガァァアアアンッッ!!!、という轟音をもって、彼方に臨むラツィエル城の壁面へと、勢いよく突き刺さった。)
「……これは、すごい」
(…回避体勢から身を起こした『ノートブック』が目にしたのは、城壁に突き立てられた巨大な光の槍。)
(そして、大きく数を減らされた兵団。)
(数の上では辛うじて優っているものの、少なくとも先程までの優勢は消えうせたと考えるのが妥当な兵数までに落ち込んでいた。)
(だが、)
(『ノートブック』は嗤っていた。…鷹逸を見る視線は、敵対者のそれではなく、むしろ。)
60 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/16(土) 18:09:27
.
ピアノッ!! ビブラ、シロフォンッ!! 後は頼むッ!!
(直後、手薄になった兵士達を鷹逸が一気に突破した。)
(突然の奇襲攻撃で混乱していた兵士は、対応することができずに後ろを振り返って見送ってしまう。)
(『ノートブック』は、動きもしなかった。)
(何らかの理由で直接の戦闘を避けたのか、それとも何か別の理由があったのか。)
(いずれにせよ、鷹逸と大勢の兵が離脱。残されたのは痛打を受けた兵団と『ノートブック』、対するはオーケストラの3人一行。)
「……さて。どうしたものかな。
うちの兵隊はほとんど使い物にならなくなっちゃったし。まあ、それでもこっちが優勢なのには変わりないんだけどね?」
(何故か先程よりも自信を増した笑みで、『ノートブック』が肩を竦めた。)
(平静を取り戻した兵士達は、術式を再起動させる。白く光を放ち始める、数々の人殺しの道具達。)
(まだ兵士の数は多い。)
(『ノートブック』の所有する能力も、まだ明らかになっていない。)
(……だが、鷹逸は、何も考えなくその場を後にした訳ではなかった。あの一合で、『ノートブック』の取った”行動”が、彼の弱点を示していた。)
(もしそれに気付いたなら、勝機がある。)
(そして、ピアノ達なら気付くはずだ、と鷹逸は確信していた。…『機関』は、カノッサは、凋落してなどいない何よりの証として。)
(戦闘から離脱した鷹逸は、倒れ伏した天使へと駆け寄る。)
(腕に抱き起こしてみるも、……ぐったりと頭を垂れ、返事も反応も何も返ってはこない。)
黒野先生……ッ、先生ッ!! ……黒野ッ!!
(もうこれ以上、喪う訳にはいかない。)
61 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/17(日) 11:51:10
< ラツィエル城・最上階付近 >
《こちら『皇帝』───『隠者』よ、まずお前に言っとくことがある。
──────電源勝手に切ってんじゃねえよこのアホンダラァ!》
ブリーフィングで配られたインカムの電源を入れると同時、聞き覚えのある怒鳴り声が飛んできた。
「電源を切ってた訳じゃない。始めから起動させてなかっただけさ」
《なおさら悪いわ! 何か? アレか? 俺をおちょくってんのか?》
「耳元で怒鳴られると隠密行動がし辛いんだよ・・・」
《テメエ・・・後で泣かすぞ。・・・とりあえず状況を報告しろ。》
「現在上層を探索中。ここまでに『箱舟』に続いていると思わしき転送陣は無し。たぶん最上階が怪しいんじゃないかな」
《理由は?》
「目標が最上階っていうのはゲームじゃお約束だから」
《ほう、経験が生き・・・てねえよ! ・・・だがまあ、当たらずとも遠からず、だな。ここの連中は防衛戦を想定していない。
そんな奴らが転移装置なんて頻繁に使うもんをまぎらわしい場所に隠しておく訳がねえ。
だが・・・わかってるな? ダンジョンの奥ってのは、ボスもいるんだぜ》
「・・・ああ。わかってる」
階段を上がる度に増大する、強烈なプレッシャー。【奏気眼】を使うまでもない。
おそらく、否確実に、この上に居る者こそがラツィエル城最強の───
(───セフィロトか)
ここまで『雪隠れ』を使い、戦闘による消耗を最小限に抑えては来たものの、単純な戦闘力ではアルカナ下位である『隠者』に敵う相手なのか。
「他の皆は?」
《ほとんどは下の方で交戦中だ。『吊られた男』が屋上にいるが、助勢に行けるかどうかまではわからん。
小アルカナがセフィロトの一人を足止めしてるってのが唯一の救いだな》
「そうか・・・」
(結局、僕一人か。まあ気楽でいいけど・・・)
偵察、潜入等の隠密任務を主とする『隠者』は単独で行動することが多い。
他のアルカナ達も、なまじ個々人の能力が高いゆえに他者の支援を必要とせず、やはり個別に行動する者が多かった。
皮肉にも、今回の攻城戦こそが、組織としてのアルカナの実質的な初陣になるのだった。
(もう少し早くこうしていれば、結果は違ったんだろうか・・・?)
本来、攻城戦というものは防衛側の数倍の兵力を投入して初めて互角の戦いが可能となる。
しかし、自分達はその数百分の一という少数で攻め入り、敵を翻弄している。
『世界』、そして多くの大アルカナを失っても、アルカナが「個」ではなく「群」として動けば「ここまで出来る」のだ。
『隠者』は考える。
「あの時」もこうだったなら、『世界』は死なずに済んだのではないか、と。
62 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/17(日) 11:53:59
《おいィ、あんましナーバス時空作らないでくれませんかねえ・・・》
「・・・なんのことだよ」
《しらばっくれてんじゃねえよ糞餓鬼。『世界』が死んでからこっち、アホみてえに腑抜けてただろうが。
ま、お前が何考えてようがそれはお前の勝手だ。だがそういうのは戦場では忘れろ。死にたくなけりゃな》
「それぐらい知ってるよ。『深慮はそれ故に崩壊も孕む』だろ?」
《あ? なんだそれ? ・・・っと、そろそろみたいだぜ》
赤い絨毯が敷かれた長い螺旋階段。あきらかに今まで移動していた通用路とは趣を異にする「魅せるため」の区画。
そこを3足飛びで駆け上がり、『隠者』は遂にラツィエル城の最上階───謁見の間に辿り着いた。
フロアのほとんどを占有する大広間の最奥・・・おそらく、在りし日には玉座が置かれていたであろう場所。
その空間に浮かんでいるのは、巨大な紫水晶。
重低音を響かせながら妖しく明滅する水晶。それが放つ気は、アルカナにとっては最も馴染みのある───
「ヨコシマキメの、邪気・・・!」
《ビンゴだな。どうやらあれが『箱舟』の子機だ。ただの転送陣じゃないってことは、おそらく『箱舟』への直通回線にもなってるはずだ。
さっそく転送───といきたい所だが、そうもいかねえな。・・・ボスのおでましだ》
『隠者』と紫水晶の中間、階段から延びる赤絨毯の先端に、男が居た。
肩膝を曲げて床の上にうずくまりながら、胸の前で両手を交差させ、静かに目を閉じていた。
灰色の髪と褐色の肌、そしてカジュアルを通り越してパンクの領域にまで達しているファッションスタイル。
それは荘厳な大広間において、かなり、痛々しいまでに浮いていた。
《おいィ・・・・・・》
「なんだこいつ・・・・・・」
「───幻惑の貴公子が見る夢はバラの匂いがする」
「うわ、喋った・・・まさか、今までずっとあの体勢だったのか・・・?」
「存在自体がインパクトになるのが一流の証明・・・」
《どうやらそうらしいな・・・確かにインパクトは大きかった》
男は立ち上がり、首を傾けて『隠者』を見据える。その瞳に宿るのはアンニュイな闘志。
「よくぞ来た邪気眼使い。俺は『生命の樹(セフィロト)』の"知恵"を司る男・・・『塵壊のコクマー』。
それなりに腕は立つようだがここまでだ。貴様らに『箱舟』は渡さん。
───死神とダンスを踊るには勇気がいるぜ?」
気の抜けた雰囲気を残らず吹き飛ばす程の魔力の奔流が、コクマーから放たれた。
<『隠者』 VS 生命の樹(セフィロト)『塵壊のコクマー』>
<能力:『アトミックレイ』
触れたものを原子レベルに分解、あるいは再結合する。>
63 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/17(日) 11:57:44
コクマーはまだ何もしていない。ただ、ほんの少し魔力を解放しただけだ。
それだけで、『隠者』は彼我の圧倒的なまでの実力差を思い知らされた。
差し詰め蛇に睨まれた蛙。足は竦み、腕は震え、さりとて目を離すこともできない。
逃げたい。
一秒でも早くここから離れたい。
駄目だこれは勝てない早く逃げないと無理だ急いで助けて死───
「───誰が、臆するものか」
その恐怖を、『隠者』は捻じ伏せる。
きっかけとなったのは、壊れた老婆への哀れみと、怒り。
「そうだ。僕は負けるわけにはいかない。君達のような奴らを、己が野心のために人を弄ぶような奴らを───のさばらせておくわけにはいかない」
覚悟は決まった。後は、戦うのみ。
『隠者』はコクマーに向かって走───
世界が、揺れた。
「──────っ!? 何だ!?」
耳を劈くような轟音と共に、ラツィエル城が大きく振動し、城内の構造物が悲鳴を上げる。
一瞬、『隠者』の意識が戦闘から逸れる。コクマーはそれを見逃さなかった。
「なるほどこれが“世界の選択”か。
甘いぞ邪気眼使い。火事場でも余裕をカマせる男気が上質を創る。
『管理権限』、 【アトミックレイ】 」
コクマーの掌から漆黒の波動が放射状に拡がり、『隠者』を襲う。
「チッ───!」
横方向への強引なヘッドスライディングで『隠者』はかろうじて黒の波を回避する。
床に倒れこんだ『隠者』が次に見たものは───空だった。
「壁が・・・消えた・・・?」
背後にあったはずの壁が、いつの間にか消えていた。宙にキラキラと光る砂を残して、きれいさっぱりなくなっていた。
(なんて破壊力・・・いや違う! 物理的な攻撃なら壁の破壊音が聞こえるはずだ。これはなんらかの「異能」が・・・)
「余所見をするとは俺も舐められたものだな。まだ漆黒の宴は始まったばかりだぞ。ついてこれるか?俺の伊達ワルストリームに」
間髪入れず、第二波が飛んできた。
64 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/17(日) 12:01:24
(マズい、マズいぞ・・・)
ジリ貧という言葉が、今の『隠者』の状況を的確に表していた。
【奏気眼】で魔力の充填率を探知することで攻撃のタイミングを予測することはできるが、
繰り出される波動を回避するのが精一杯で、中々接近することができないのだ。
その上、黒い波が通過した後は、壁も床も天井も全てが「粉微塵になって」消えてしまう。
壁はともかく、床が消えるということは『隠者』の移動範囲が削り取られていくということでもある。
このままではいずれ回避に必要なスペースすら確保できなくなるだろう。
「どうした? 威勢が良いのは最初だけか? 燃え上がるハートを持たないのならステージに立つ資格はない。
負け犬が足掻いても、この【アトミックレイ】からは逃れられない」
「台詞がいちいち欝陶しいんだよ───【月奏・下弦】」
『隠者』は回避行動に併せて邪気を付加した『月詠』を振り抜く。
すると刀身に蓄積されていた邪気が青白い衝撃波となってコクマーに飛んでいく。
【下弦】は【上弦】に比べて威力は劣るものの、速射性とスピードに優れている間接攻撃である。
しかしその攻撃も徒労に終わる。
───コクマーの目前で、【月奏】が霧散した。
「つまらんな。弱すぎる。否俺が強すぎるのか・・・強者ゆえの孤独か」
(まただ。破壊されたわけじゃない。かと言って完全な消失というわけでもない)
「・・・そうか。君の能力は「分解」───」
「まだ足りない。それじゃあ伊達ワルは名乗れないぜ? ───これは“返す”ぞ」
コクマーの手から、消滅したはずの【月奏】が発射された。
「 !? クッ───! 【月奏・下弦】 ッ!」
形状。威力。スピード。全てが先程放ったものと同じ攻撃。
慌ててこちらも【月奏】を放ち、衝撃波を相殺させる。
(反射!? それにしてはタイミングが遅すぎる。それに奴の能力は「分解」では・・・
いや待て。奴は『生命の樹(セフィロト)』の"知恵"を司ると言っていた。
"知恵"とはなんの知恵だ?
壁や床は砂になった。邪気の塊である【月奏】は散り散りになって消え、その後再び凝縮されてこちらに返ってきた。これはつまり・・・)
物質とは、原子や電子といった極小の粒子が結合したものである。
酸素なら酸素原子2つ。水なら水素原子2つに酸素原子1つといった具合に。
人間はそれらの法則を知ることはできても、「そもそもなぜそれらが結合し、時には分裂するのか」を理解することはできない。
それは正に神のみぞ知ることだからだ。
だが、神の叡智に届くほどの"知恵"を持つ者であれば、あるいは───
「あらゆる物質の分解と結合を自在に操作する・・・それが君の『管理権限』か」
「やっと気づいたか、俺という名の正解に。
我が二つ名は『塵壊』。セカイは俺の飴細工に過ぎない。
【アトミックレイ】の能力を看破したところで絶対王者という座を俺がゆずることはない」
65 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/24(日) 03:18:01
ヨシノが頼れる最強最後の蜘蛛の糸。
卓越した行動力と処世術で数多の戦場を潜ってきた歴戦の益荒女、シスター・アスラはかく語りき。
>「作戦を伝えるわ。──死ぬまで走れ。OK?」
思うより先に手を引かれる。
既に廊下まで接近していた枢機院の聖兵を蹴ちらし走る。駄賃ついでに廊下は燃える。。
可及的速やか、かつ穏やかに殴り飛ばす。片翼の特殊警棒が閃けば、もう片翼は火炎瓶をポイポイ。
「処世術どうしたぁぁぁぁぁぁ!!?」
そんなこんなで。なんとかかんとか追っ手を撒いた彼らは、手当たった鉄扉の中に転がり込んだ。
肩で息をするとはいうが、肩にも息をする機能があったらなあとか本気で考えちゃうレベルの酸欠。
ヨシノは文句言うこともままならず、ひたすら肺が求めるに応じて胸を上下させるのみ。
恨みがましく見た先では、何故だかアスラとデバイスが一触即発睨み合っていた。
(こ、こいつら……何故こんなところで喧嘩を……)
いや、その前に。デバイスはともかく。
「ね、姉さん……なんでアンタ、っは、こんだけ走った上で、っふ、そんな、長文、喋れるんだ……!」
なんでか喉の奥から鉄の味がする。息のし過ぎの空気摩擦で喉の粘膜が削れたとか。んな馬鹿な。
化物並の肺活量というか。ダンプ並のヘモグロビンというか。酸素運搬力とか色々おかしい。
>「…こんな所で言い争っててもキリないわ。まあアンタの言いたい事も分かるし、第三者に意見を仰ぎましょ。
はいヨシえもん、私が出した以外になんかいい案はある?なけりゃデバイス引っ張ってでも交渉に向かうけど」
>《きっと何か思いつくよね、なんてったってボクのお兄ちゃんなんだもん。ねえお・兄・ちゃ・ん?》
「とりあえず、ヨシえもんとかいうどこぞのポンコツロボのオマージュを受けた呼び名は撤回してもらおうか。
四次元ポケット的な意味では、アンタのほうが相応しいだろ、姉さん」
汗でズリ落ちた眼鏡を正しながら、ヨシノは脳に最優先で酸素を送る。
アスラの言う『援軍』が真にヨシノたちへ与するものであれば受け入れる他に道はない。
ただでさえの少数精鋭。現地で戦力の補填が効くなら願ってもない僥倖。こちらに塁が及ばないのであれば――
――慈悲なく無辜の人を殺す極悪非道の大量殺人犯とだって、手を組むべきだ。
デバイスはそれを『帽子屋』と揶揄したが、この際狂人であっても凶刃でさえなければ良い。
「よしんば狂犬だとしてもだ。飼い主の手を噛まない限りそいつは優秀な狂犬だ。
逆説、飼い主には忠犬たらしめるだけの力があるということだろう。頭越しでもいい、かけあってみるべきだと思うがな」
《……その結果が、もっと多くの無辜の民を血に染めることになっても?》
「たらればの話をいつまでもしているわけにもいかんが、そうだな。君は扉の向こうの"アレ"を帽子屋と言ったが……
話には続きがあるだろう。水銀を吸込み狂った帽子屋は、しかしたったひとりの少女を傷つけることはなかった」
すなわち。物語の主人公にして、ふしぎの国唯一の人間。武器も力も持たない、矮躯の少女。
「――君が『アリス』になれば良い。全ての悲しみと狂気に対する最強最後の抑止力。希望という名の盾《イージス》に!」
《良い事言った風でさらっと責任転嫁しないでよ!ボクはただの思念体なんだよ!?》
言われてヨシノは、袖から一丁の拳銃を滑り落とした。
特徴的な意匠と青い銃身を持つリボルバー。思念拷問銃「ファントムペイン」。
「知らないのなら教えてやるよデバイス」
武器としてではなく『証』として、ヨシノはそれを掲げた。
「俺達は、枢機院の頂点がひとり、セフィロト第一位『哲学のケテル』を倒したんだ。わかるか?精神を司る最強格だぞ。
――今さら狂人のひとりやふたり、なんの問題があるものかよ」
【姉さんの提案に乗る。『狂人』に協力を仰ぐようデバイスを説得】
66 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/24(日) 13:48:49
(奴の異能は「分解」と「結合」・・・。
体の一部か、あの黒い魔力波に接触すると「分解」されるって訳か。
そして「分解」「結合」という2つの機能を使い分けることができるのだから『プロテクト』とは違う「任意発動」だ。なら───)
「───僕にだって、勝ち目はある」
「まさか勝てると思っているのか?
貴様は俺にとって牙の折れた獣、二本足のサンドバッグだ。
泣け、命乞いをしろ、このコクマーにな」
「そう言っていられるのも今の内だよ。僕は君の能力を知っている。そして、君は僕の能力を知らない。
どちらが有利かなんて言うまでも無い。 【月奏・下弦】 」
『隠者』はもう一度『月詠』を振るい、同時にもう片方の手でナイフを投擲する。
「同時に2箇所を攻撃すれば分解しきれんとでも?
下らん。黒に愛されし男は凡庸では計れない。まとめて消し飛べ 【アトミックレイ】 」
「それを待っていた」
全てを飲み込む漆黒の波動が放たれた瞬間、『隠者』は「ある物」を放り投げた。
それは攻撃直後で隙が出来たコクマーに命中・・・することはなく、失速して床に転がった。
スプレー缶のような円筒状で先端のピンが抜けたそれは、
「音響閃光弾───スタングレネード。
魔力波は今撃ったばかりだし、この距離なら触れることはできない。爆発する方が先だよ」
爆音と閃光の二重奏が最上階に広がる。
視覚と聴覚を潰し、一時的に周囲の全生物を無力化する特殊兵器。
だが、その中でも『隠者』は動いていた。
見えずとも、視える。
【奏氣眼】が敵の位置を、コクマーの魔力反応を探知していた。
「そこか。 【雪隠れ】 、そして 【月奏・下弦】 」
スタングレネードで視覚と聴覚を、【雪隠れ】で邪気を消す。
完全な隠密状態となった『隠者』の高速の【下弦】による奇襲。
(君が【月奏】に気付くのは直撃した後だ。
どこから来るのか、いつ来るのか、どこに当たるのかもわからない状態では分解は不可能!)
白の閃光が薄れていく。
「分解、敗れたり」
胸部が大きく裂け、血まみれになったコクマーが現れた。
67 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/24(日) 13:51:31
明らかな致命傷だというのに、コクマーはふらつく事も無く立っていた。
こちらを喰い殺さんばかりの憤怒の表情を浮かべながら。
(だが勝負は決した。どれだけ厳しい顔をしても、戦況が覆ることはない)
『隠者』は勝利を確信していた。
しかし彼は失念していた。相手がただの異能者ではなく・・・『生命の樹(セフィロト)』だということを。
「これが貴様の策か。これが貴様の答えか。これが貴様の───全力なのか。
侮るな邪気眼使い。不機嫌なのは俺が最強でつまらんからだ!
【アトミックレイ】 、『 再 結 合 』 」
黒の閃光が薄れていく。
「・・・性質の悪い、冗談だな・・・」
胸部の傷が塞がり、全快になったコクマーが現れた。
(ふざけた能力だ・・・切断された細胞を「再結合」するなんて。【創世眼】じゃないんだぞ・・・)
化け物。
人外と称されることの多い邪気眼使いですら、このセフィロトの前では霞む。
先程まで抑えていたはずの恐怖が、再び顔を覗かせる。
「アルカナとはこの程度か。正直失望したぞ。否この俺を楽しませるようなぶっちぎりでスゲエ奴など最早この銀河にはいまい。
後はただ漆黒の光に釣られ纏わり付く羽虫共を蹴散らすだけか。・・・空虚な人生だ」
(落ち着け。奴だって一応は人間だ。まだ何か手があるはずだ。まだ何か───)
「ん? まだ居たのか羽虫。貴様にはもう飽いた。考えないワルは伊達の彼岸にたどり着けない。
貴様は意志も力も頭脳も足りん。光る気がないブラックはただの地味な色だ。
さっさと消えろ。 【アトミックレイ】 」
コクマーの前に白の光球が浮かぶ。
それは『隠者』が放ったスタングレネードの光が「分解」された後に「再結合」された姿。
「光まで分解できるのか・・・!」
「一流の男に手加減の文字はない。───“返す”ぞ」
秒速30万kmのレーザーが『隠者』を貫いた。
68 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/24(日) 13:57:18
喰らったのがレーザーで良かった。
聖銀弾ならもっと酷いことになっていただろうし、「分解」されるよりはマシだ。
心臓を外れたのも幸運だった。手足も無事だ。無理をすればまだまだ動けるはずだ。
今日はついてる。
───そんな「良かった探し」をしなければならないほどに『隠者』は追い詰められていた。
(最近、攻撃が効かない相手によく出会うな・・・当たれば終わりじゃないのかよ・・・くそっ)
正確にはまったく効かないという訳ではない。しかし、傷を「再結合」されてしまえばダメージを与えていないのと同じ話である。
(流石に流れ出た血液までは再結合できないだろうが、奴が失血死するまであと何回攻撃すればいい? その前に殺されるのが落ちだ。
ならどうする。回復される前に即死させるか?
【下弦】では威力が足りない。【上弦】なら可能性はあるが、そもそも接近できないならどうしようもない訳で・・・)
どれだけ知恵を絞っても、妙案は浮かんでこない。
(考えろ。無敵に見えた『プロテクト』にだって弱点はあった。きっと良い方法が・・・)
・・・・・・無い。
頭によぎるのは、最悪の可能性。
死。BADEND。GAMEOVER。フェードアウト。やはりあなたには不相応な役目でした。身の程を知るべきでしたね。
(・・・終わり、なのか?)
《投げ出してんじゃねえよ糞餓鬼。そうやってすぐに諦める浅はかさ愚かしい》
「───『皇帝』!?」
《他が落ち着いてきたから覗いて見りゃあ・・・なにやってんだテメーは》
「・・・すまない。どうやら僕はここまでみたいだ」
《あン?》
「無理だよ。僕は『審判』ほど強くもないし、『吊られた男』みたいに機転が利く訳でもない。こんな化け物、僕程度のチカラじゃ・・・」
《うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 強いとか弱いとかんなこた俺の知ったこっちゃねーんだよ!
どっちにしろ、お前が負けたらもう間に合わねえ。何もかもお終いなんだよ!
お前はそこで死んでもいいだろうさ。だがな、俺ァお断りだ。他の奴らだってそうだ。
死ぬのが怖いからってのは確かにある。痛てえのも出来れば避けたい。だが一番の理由は───自分(てめえ)自身を許せなくなるからだ。
・・・『隠者』よ、アルカナは『世界』1人が死んじまったぐらいでぶっつぶれるような貧弱一般組織だったのか?
俺たちはそんなに情けねえ連中だったのか?
───違うだろ。
そんなことは断じて有り得ねえ。有り得るハズがねえ!
だから俺たちは示さなきゃならねえ。アルカナがここに在ることを。俺たちの覚悟を!
これはお前だけの戦いじゃねえ。俺たち皆が新しく出発するための──────『アルカナ』の戦いなんだよ!!
わかったらさっさと立て! 死にたきゃそいつブチ殺してから死ね!》
「『皇帝』・・・・・・」
それは、小さな光。
69 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/24(日) 14:01:20
「まったく・・・僕は、まだまだ餓鬼だな」
『隠者』の顔が綻ぶ。恐怖は、どこかに逃げてしまった。
《なんだ、ようやくわかったのか。これに懲りたら年長者の俺を敬えよ?》
「それとこれとはまた別の問題だと思う。それはともかく───『皇帝』。頼みがある」
《言ってみ》
「奴に触れられれば、僅かだが、勝機はある。でも僕1人じゃ奴まで近づけない。
だから・・・援護して欲しい。できるかい?」
《当たり前だろ。俺を誰だと思ってやがる。『皇帝』様だぜ?》
─────1人で勝てないのなら、仲間に頼ればいい。
「懺悔は終わりか? ならば死ね。【アトミックレイ】、全てをオレ色に染め上げ───
《勝手なことしてんじゃねえよV系男。マジでかなぐり捨てんぞ?》
「──────!!!」
おびただしい数の“超小型”転移陣が、コクマーを包囲する。
「これは・・・・・・」
転移陣とは、効果範囲内の物質を目的地に転移させる術式である。
仮に、「対象が転移陣に収まりきらない状態で」、強引に転移させようとした場合・・・
《転移術式【ファランクス】。───穴だらけにしてやんよ》
<『アルカナ』 VS 『セフィロト・コクマー』>
<ミッション成功条件:『隠者』がコクマーに接触する>
<距離:あと 30 メートル>
70 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/24(日) 21:50:59
向けられる幾つもの銃口。
煌きを放つそれは、魔力兵装か、だとすれば弾丸は聖銀製の可能性が高い。
状況は、最悪だった。
自分的主観は含んでいない、確かにこれはまずい状況だった。数の面でも、戦力の面でも
唯一広範囲殲滅戦を得意とするピアノは聖銀弾で押さえこまれ、シロフォンはそもそも戦闘要員では無い
鷹一郎は不可思議な力を持つとはいえ、一般人だ。実戦慣れしているビブラフォンも、この数の差の前では勝ち目などない。
加えて、向こうには得体のしれない能力持ちがいる。下手に動けば、V-TOLのように紙吹雪となって地味な最期を遂げる事が出来てしまう。
それだけは勘弁だ。
だが、相手はそんな事は気にしない、してくれない、する訳がない。
けれど、こんな時にまず最初に引き金を引くのは、いつだってコイツだ。
「――――どけよ。」
ゴアアアアアァァァァッ!
小さな一言と共に、光で組み上げられた、一振りの巨大な槍が、大気を裂き、ラツィエル城の外壁へと突き刺さった。
「ピアノッ!! ビブラ、シロフォンッ!! 後は頼むッ!!」
なぜこういう時だけ彼はこんなにも能力を発現するのか、後を任され、ピアノはやれやれと首を振る。
先程の攻撃で、避けきれなかった兵士達は衝撃波によって吹き飛ばされ、何とか残っていた者も混乱し、鷹一郎をみすみす突破させてしまう
そして、『ノートブック』もまた、「あれ」を避け、その様子をただ眺めていた。
そう、「避けた」。
その事をピアノは、頭の中でもう一度復唱する。
鷹一郎のあの行動は、これを私に伝える為だったのか、走り去っていく際にこちらに向けた目には、明らかにその意志を感じ取れた。
成長、とでも言うのだろうか、無鉄砲に、我信する道を突き進んでいた彼とは、今は少し異なっているように見えた。
生意気ね、とピアノは思う。あのバカっぽい青年は、戦いの中で何かを変えつつあるというのに、自分は何も変わっていない。
まあ、いい
『ノートブック』はあの光槍を避けた。何故避けたのか?
単純だ、理解していなかったから
鷹一郎の能力はいまだ不明な部分が多い、と言うより、不明な部分しかない。
ピアノはこいつがV-TOLを破壊した時、それの名称を行っていた事を思い出す。
つまり
「『自分の知っている物体を無力化する能力』」
その言葉に、『ノートブック』が驚いた様子で目を見開く、が、すぐ元の表情に戻りちっちっちと指を振った。
「うーん、惜しいね、凄く惜しい、でもダウトだ。」
「惜しい…ね、じゃあこれ、何か分かる?」
ピアノは腰からハンドブラスターを取り出す。プラズマ炎を打ち出す炎熱兵器だ。
当然、地球には存在しない。
『ノートブック』が、それに答えるどころか、見る前にピアノは引き金を引いた。
オレンジ色のプラズマ炎が『ノートブック』の眉間を狙う。
「ダウト」
だが、プラズマ炎は途中で消えた。紙吹雪は、出ない、消滅してしまった。
「"燃焼"をダウトさせて貰ったよ。
僕がダウトできるのは物体だけじゃない、現象もさ
僕の知りえる範囲のものは、全て塵になり無へと返る。
これが、正解(セーフ)。」
71 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/24(日) 21:51:54
「なんだ、じゃあ簡単じゃない」
恰好つけて放ったであろう言葉に、ピアノはあっけからんと答えた。
『ノートブック』はその態度に、言葉にイラッと来たらしく、ピアノの足元を指さして言った。
「"摩擦"をダウト」
「っと!?」
途端、足がつるりと滑った。まるで氷に乗ったかのように、足が支えられなくなったのだ。
摩擦が無ければ、物は支えられない。どんなに踏ん張ってもだ。
ピアノは即座に理解し、ジェットパックを生成し空へと逃げた。
どうやら大気摩擦すらも消されているらしい、急加速で飛んだにもかかわらず、風を顔面に受けた感じがしなかった。
「へえ、便利な能力だね」
『ノートブック』はこちらを指さしたまま、更に何かを言おうとしたが、何を思ったのか口を閉じた。
ピアノはその隙に、腕を"マターガン"に変形させる。
地球上では未発見の物質「ダークマタ―」を撃ちだす兵器だ。本来は小惑星などをまとめて吹き飛ばす為の兵器だが…
「小型だし出力も調整済みっ!!!」
カァオ!と予想よりも軽い音と共に、空間が揺らぎ「ダークマタ―」が放出される。
『ノートブック』は、銃口を向けられている事に気付き、急遽思考を取りやめ、それに向かって叫んだ。
「"運動エネルギー"をダウト!」
ピタ、と空間の歪みが中空で停止した。
そしてそのまま重力に従い地面へと落ちると、ドバァァァァァン!という音と共に着弾地点周辺が炸裂した。
「運動エネルギーを止めるって…そんなのアリ!?」
未発見の物質でも、この世で動いている限りは、彼には届かないという事なのか
『ノートブック』は着弾地点の惨状を見て、冷や汗を拭う仕草をする。だがその表情は相変わらずのニヤニヤ笑い
「やれやれ、何が飛んできたかは知らないけど、凄い物を持ってるね」
胸糞悪い言い方だ、まるで、「止めてしまえば何も恐れる必要など無いんだよ?」と主張しているかのようだ。
鷹一郎の攻撃のように、行動原理そのものがこの世の理から外れたものでは無ければ、彼に勝つ事は出来ないのか。
72 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/24(日) 21:52:31
「…いや、待って。」
ピアノは地上に降り、シロフォンの隠れている塹壕へと滑りこむ。
摩擦は元に戻っていた。どうやら奴は1つずつしかダウト出来ないらしい。新しい発見だが、しかし今はそちらは重要じゃない。
ダスト・ダウトは使用者が知っている物質、現象じゃなければ無効化は不能
ならば人間がまだ発見してない現象を使えば勝機はある。
だが、人間がまだ発見していない現象で、兵器として応用できるものなどあるのだろうか
次元兵器?駄目だ、空間が歪曲するという現象は人類は既に知っている。時間系兵器も同様だ。
重力兵器も、素粒子兵器も無理だ。大体素粒子兵器は破壊力を微調整できない、下手すると地球ごと消し飛びかねない代物だ。
人類は意外にも発展していたのかと、ピアノは頭を悩ませる。未発見のエネルギー系兵器は、物質としてふるまっている為やはり運動エネルギーを消されておしまいだ。
ウィスから貰った宇宙技術の引き出しを漁る。無尽蔵にある技術、必ず勝てるものがあるはずだ。
だが全てを調べている時間はない、意識の片隅で、シロフォンが慌てているような声を上げているのが聞き取れる。
意識のほぼすべてを記憶を漁る事に集中させている為、何を言っているかは理解できなかったが、時間が無い事は分かった。
そんな中で、見つける。勝算となりえる"現象"を
「ピアノさ…、ひ!」
シロフォンが銃口を頬に突き付けられ、腰を抜かす。
気付けば、兵士達がもう目の前にいた。その後ろで勝ち誇った顔の『ノートブック』がふんぞり返っている。
「チェックメイトだねぇ…もう一人も時間の問題じゃないかな?あの青年も、同様にね
勝てる何かは見つかったかい?お譲ちゃん」
「テメーにお譲ちゃんて言われる筋合いはねえ!」
ぶっ飛んだ言葉を吐き、ピアノは腰を抜かしたシロフォンを引っ張って一歩後ろへ下がる。
その際に、手に持っていた鉄製の小瓶の中身を、外へとぶちまけた。
兵士達がその液体のような物質をまともに受け、一瞬ひるむ。
「…何だいこれは、水?」
『ノートブック』も、少しだけ服にかかった"それ"を、嫌がる様な顔ではたく
わずかに紙片が舞い、濡れた跡は消え去った。
「今さら水なんかで何を――――!?」
途端、『ノートブック』と兵士達は、凄まじい勢いで「西」へ向かってすっ飛んでいった。
見えなくなるのも、また一瞬。悲鳴など聞こえるわけがなかった。
「…反慣性物質。シュール&地味過ぎんだろこれ…」
ピアノは手元にある小瓶を放り投げた。小瓶もまた、彼らを追うように西へとかっ飛んでいく
―――反慣性物質。またの名を「絶対制止物質」。あらゆる動き、正確には"慣性"に反発し、「自分のいる場所」から動こうとしない物質の事である。
動かないゆえに発見は困難を極め、更にニュートリノのように、他の物質に干渉しないので、人類は発見はおろか存在すると考えた事も無い
彼らが西へと飛んでいったのは、「地球の自転」という慣性から解き放たれた為である。
地球の自転速度は赤道面で約1700km/h、少なく見積もっても1000km/hは出ていただろう、何にせよ、生きている訳がなかった。
73 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/25(月) 00:51:37
.
(何で…ッ! 何でこんな処に、黒野教授が……!?)
(ラツィエル城を臨む、広大な草原の一角)
(倒れ伏す少女のような女性――――世界基督教大学、黒野天使教授を腕に抱え、鷹逸は心肺機能の確認を試みる。)
(鼻腔からは微かな吐息が感じられた。…幸い、最悪の事態には陥っていないようだ。)
(しかし、このまま放置する訳にもいかない。)
(意識が戻るまで何処か安全な場所に寝かせるのが一番良いのだが、戦場にそんな場所がある筈もない。)
(畜生……ッ!
あの秋葉原でのことといい、何で今さらになって「非日常」側の世界が「日常」側に侵蝕してきてやがるんだよ……ッ!!?
今まで互いに相容れず、上手くやってきたんじゃねえのか!!
――それとも、実はそうではなかった?
今まで偶々均衡が取れていたってだけで、最近になって『何らかの切欠』が生じた…?)
(少なくとも鷹逸の知る限り、「日常」は「日常」たり得ていた。)
(つまり、「非日常」――幻想の満ち溢れる世界は、【旧世界】の時代の「化石」として、過去への憧憬と共に歴史の闇へと埋葬されていたのだ。)
(現代、「日常」の世界では見る事は叶わない……古代の覇を掌握していた幻の獣王、恐竜のように。)
(それが突然この現代に復活した。)
(それどころか、「日常」の世界を乗っ取るかの如く次々と異変を発生させ始めた。)
(ここからが問題だ。――――全てはいつから始まっていた?)
(秋葉原の襲撃事件が最初か? それとも、ヨコシマキメ遺跡の突然転移?)
(そして、それが本当に一番始めだったのか?)
(コクオシエ遺跡ではなくヨコシマキメ遺跡が、突然全盛期の状態で復活したのは一体何故だ?)
(<過去>の人間であるステラ達が復活した理由は?)
(そもそも、『世界』はどうして【アルカナ】などという秘密組織を作り上げた?)
(……誰かが、『柩』を開けた。)
(葬り去られし”黒ノ歴史”――――埋葬され二度と蘇るはずのなかった【旧世界】の『柩』を、何者かが暴いて、開けた?)
74 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/25(月) 00:55:02
.
(………ッ!
と、とにかく、今はそれどころじゃねえ!
このまま二の足踏んでたら、城やピアノ達の方から流れ弾が飛んでくるとも限らねえし……。…っつっても、何処に!?
彼方に見える城以外は見渡す限り野山と草っ原で、建物の一つも見えや……、……ん?)
(視界の端で何かを捉えた。)
(足と目線を動かし、それをはっきり確認する。)
(……テントだった。)
(それもキャンプやレジャーで使う二、三人用ではなく、もっと大きな。)
(例えるならモンゴルか何処かの移動民族が使用する物を更に巨大にしたような並外れたサイズの、ドーム状の天幕で覆われた仮施設。)
(鷹逸の素人考えだが、あれは急拵えで設営できるようなちゃちな代物ではない。)
(入念な準備計画と物資輸送、そして多くの労力が必要だ。)
(これで、偶然迷い込んだバックパッカーの線は消えた。…何らかの明確な意図を以て、この戦地に陣を張っている集団だ。)
(…傭兵とか、その辺りか?
もしくは戦争の当事者。…枢機院の拠点はラツィエル城だから除外。……つまり、残るはもう片方の勢力。
つまり、”枢機院に戦争を仕掛けた側”。
……おいおい、マジかよ。トップの『世界』を喪って、そう幾月も経ってねえってのに!
もう人員と指揮官揃えて戦い吹っ掛ける程までに立ち直ったってのか!? ……畜生、接触避けるルートは無理だな。)
(【アルカナ】。)
(ヨコシマキメ遺跡で鷹逸が『プレート』を巡り激突した、『世界』を頭領に据える組織。)
(ちなみに『世界』は、鷹逸達との死闘の末に命を落としている。……つまり鷹逸は、【アルカナ】にとって”『世界』の仇”なのだった。)
(さあ、黒野の命を優先するなら選択肢はない。)
(つまり、嘗ての仇敵の本陣へと、彼女を保護してくれと頭を下げに行くのだ。)
(は、はは……。…………俺、死ぬかも。)
(ピアノ達を置き去りにして、というのが何とも洒落にならないが。)
(だが迷っている暇はない。ふう、と深く深く息を吐いて鼓動を落ち着かせ、…………フードを、被った。)
75 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/25(月) 00:57:53
.
御機嫌麗しゅう、諸君。
……嗚呼、挑発の心積もりは無いのだ。此ばかりは癖の悪さと謂う事で、御容赦を戴きたい。
其れに今は我と汝等との間に争う由も存在しない。……”今は”、だ。『世界』氏の件に於いての問責は、願わくは後に回して貰おうか。
率直に言おう。人命が懸かっている。
然も、我々の事情に関係の無い全くの一般人、だ。君達の協力を仰ぎたい、然るべき寝床と休養の場を……、を?
(結論から言うと、誰もいなかった。)
(……当たり前と謂えば当たり前か。【アルカナ】にとっては普通の戦争と違い、獲られる領土も宝も何もない侵略戦争である。)
(それはそれで願ったり叶ったりだが、…このパターンはデジャヴュで不吉だ。)
(巨大テントの内部には月弧を描いた円卓と、大アルカナに準えた21と1つの空席。)
(そして、作戦会議用と思われるホワイトボード。…恐らくここら一帯の物だろうか、地図が貼り付けられている。)
…トラップの気配は、……一応仕掛けてあるみてえだが。
だが牽制っつーか、これは威嚇目的か? 少なくとも侵入者を殺傷する威力はない感じがするな。
まあ、一応解除しとくか。
もしかしたら連鎖式にとんでもねえ爆弾を起動させるタイプかも知れねえしな。
えー、っと。……あった。って、こんなクラシックなタイプを転用したのかよ。…えー、ここの要素構文は"Be For You"じゃなくて、"B4U"、と。
(簡単なトラップを解除し、中へと踏み入る。)
(…何か異変が起きないかを確認した後、仮眠用と思われるパイプベッドの上へと黒野を横たえた。)
(【アルカナ】の事だから、攻撃術式に対しての防衛機制は万全の筈だ。)
(トラップではない仕掛けにはとんと疎い鷹逸だが、そこら辺は【アルカナ】の実戦意識の高さを信じる他はない。)
(【アルカナ】なら上手くやってくれる気がする。敵対していたが故の、妙な信頼があった。)
(すべき事を終えた鷹逸は、ひとまずホワイトボードを覗き込んだ。)
(一帯の地理情報や、ラツィエル城の外観の写真が整然と貼り付けられている。…驚くべきことに、斥候も擁しているらしかった。)
(流石に作戦内容を書き残すヘマは踏んでおらず、あるのは地図と写真のみ。)
(だが、充分だ。)
(鷹逸の頭に仕舞った、異能の知識を紐解く。……幼き憧憬が積み上げた知が、鷹逸の力となる。)
76 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/25(月) 01:09:06
.
…ラツィエルは、ラジエルの異称だ。 コクマー
そんでもってラジエルは『知恵』の守護天使……城主は『知恵』と踏んで間違いない。
『セフィロト』の『万物照応』に従えば、『知恵』のいる場所は……ココだ。城の天辺の少し下、ここが『知恵』の位置だからな。
……っておい、ここって俺が光の槍をブッ刺しちまった場所の近くじゃねえか。
もし人がいたら悪いことしたな……。
(適当なサインペンを手に取り、ホワイトボードに書き連ねていく。)
(聖書の一節、セフィロトの図、ヘブライ語にまで遡っての語源からの解明、凄まじい知の奔流。)
(ここに来て、やっと学者らしい一面を見せることができた鷹逸である。
(……だが、その姿を誰も目にしていないのが何よりも不遇。)
(肝心の転移装置の在処は……うーん、微妙だな。 ダアト
『知恵』自身が護ってる気もするし、裏を掻けば"門"を示す隠しセフィラ……『知識』の場所かも。
だが最大戦力の傍に置かねえってのは、中々大胆な策だぜ。
何せその情報を握られちまったら、戦わずしてかっさらわれちまう。…ってことはまさか、装置を二つに分断してるってのか?
万一に備え、片方だけじゃ動かない機構とかで……、…有り得そうだ。)
(『知恵』を冠するなら、これ位の頭は回るかも知れない。)
(自分が敗北するという”場合”に備えて、最後の「悪」足掻きを用意しておく位は。)
(写真を見た限りでもラツィエル城は巨大だ。)
(西方拠点の大軍勢を相手にした後での大捜索と言う重労働は、中々現実的でも効率的でもない。)
(心を折れるし、何よりその後で立ち往生した敵対軍に対して更に多数の軍勢で攻め入れば、正しく『勝負に負けて試合に勝つ』と同じ構図だ。)
(円卓の上には、予備か何かの通信機が置いてある。)
(欠員者の為に用意した物だろうか。…何にせよ、これで連絡手段も手に入れた。)
(全ては整った。)
(そうと決まれば、足踏みなどしていられない。【アルカナ】の設営テントから顔を出し、ピアノ達を手招く。)
(丁度戦闘が終了したらしい彼女らに、いつもの不敵な表情で声を掛けた。)
――――行動指針が決まったぜ! そうと決まれば突入準備! 『知識』のセフィラへと向かい、そこにある『片割れ』を抑えるッ!!
77 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/30(土) 17:43:47
【ファランクス】───御大層な名前だが、実際にはただの転移術式となんら変わりないものである。
しかし、ただそれだけのものが、発動すればそれぞれの効果範囲だけをくり抜いてどこかしらに放逐する攻撃手段となる。
・・・あくまで、発動させてもらえれば、の話だが。
「何かと思えば転移陣か。この程度で俺を倒せると思ったのか? 我が力は全てを分解する。
陳腐な自己主張に俺は冷笑で応えてやる」
コクマーの体から吹き出た漆黒の風が渦を巻き、瞬く間に転移陣を分解して・・・・・・
(・・・なんだ、この数は。───分解しきれん!)
《時間切れだぜ。転移開始!》
「チィッ──────!」
飛び退いた直後、燐光がきらめき、コクマーが居た空間を細切れにして転移させる。
しかしそれで終わりではなかった。
《2杯目だ。残さず喰らいな!》
再び大量の【ファランクス】がコクマーを襲う。
コクマーがどれほど分解を繰り返そうとも、その都度新たな転移陣が配置される。
『皇帝』の卓越した能力が可能にする、一瞬の休息をも許さない連続攻撃。
・・・その隙を突いて、『隠者』は走り出した。
「やらせるか! 本気の男は姑息を打ち砕く─── 【アトミックレイ】 !」
【ファランクス】への対応を完全に放棄したコクマーは、狙いが定まらぬよう絶えず移動し続けながら魔力波を放つ。
『隠者』もまた、回避行動に要する時間を極限まで減らし、1cmでも前に進もうとする。
避ける、避ける、走る、避ける、走る、避ける、走る、走る、避ける、走る、走る、───走る!
コクマーの攻撃頻度が、目に見えて下がっていた。
《ヒャッハー! お前の言う通りになったな!》
「ああ。奴はこの戦闘が始まってからほとんどその場から動いていなかった。それは“動く必要がなかった”からだと思っていた。
でも違った。“動かない方が戦い易い”からだったんだ」
「何を馬鹿な事を。貴様の全てを返り討ちにできる自信が俺をそうさせただけだ」
「そうかな? いくらセフィロトとはいえ、所詮は人間だ。広範囲に連続して魔力波を撃ち出すには相当な精神集中と魔力充填が必要なはず。
これだけの力を持ちながら、なぜ前線に打って出なかったのか・・・それは、城内で乱戦になった場合、十全に能力を発揮できないからだ。
一対一ならまだしも、四方から来る敵の攻撃を全て「分解」できる訳じゃあない。不意打ちだってあるだろうからね。
必然、君は一箇所に留まって攻撃に専念することが出来なくなる。そして全方位を警戒しながらのゲリラ戦では集中は阻害される。
それを避けたかったから君はここに居た、最上階への道はあの螺旋階段ただ1つ。しかもここは大広間だ。余計な遮蔽物がほとんど無い。
不意打ちの可能性は限りなく低く、君は一方だけに注意を払えばいい。最高の舞台って訳だ」
《だったらお前が集中できねえように邪魔してやればいいだけの話だ! どうせ最初の妙なポーズも瞑想か何かだったんだろ》
「おそらくはね。・・・つまり、君の特性は『塔』と同じ「砲撃手」! 機動戦には向いてない!」
「貴様らァ・・・・・・!」
確実に、彼我の距離は縮まっていた。
<あと 20 メートル>
78 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/30(土) 17:46:10
《オラオラビビってんじゃねーぞセフィロト! 今から俺の舎弟がブチのめしに行くからな!》
「誰が舎弟だ・・・まあ、その後は間違ってないけどね」
「死に損ないが、粋がるな! 術者を潰せばそれで済む!」
声を荒げながらも、コクマーは冷静に、『隠者』の背後に意識を向けていた。
(これだけ精密なピンポイント攻撃を行えるのだ。確実に相手はこちらを視認できる位置に存在する。
ならばこのフロアのどこかに潜んでいると考えるのが妥当。居場所が割れれば俺が勝つ)
『隠者』を狙う魔力波に微妙な角度を付け、後方の壁や天井を残らず「分解」していく。
(隠れる場所がなくなれば、最早相手は袋のネズミ。転移で逃げれば前衛を、味方を逃がせば術者を殺す!)
もう、『隠者』の背後には床ぐらいしか残っていない。
・・・術者は、いなかった。
「・・・・・・馬鹿な。どういうことだ」
《そんなとこにいるわけねえだろバーーーーーーカ!! せっかくだから教えてやるぜ。
俺は最初からずーーーーっと城の外にいるんだよ!
毎度ご丁寧に壁をぶっ壊してくれるお陰でお前の姿は丸見えでな。望遠鏡でも使えば距離だって屁でもねえ。
ああ、もちろん探したっていいんだぜ。『隠者』に背を向けて外を眺める暇があるんならな!》
「そういうことだ。どちらにせよ、君は“詰み”だよ」
『隠者』が更にスピードを上げる。
彼の前進を阻むことはコクマーにはできない。
連射速度の下がった「分解」の魔力波では牽制にすらならない。
───それでも、コクマーは揺るがない。
それは己が能力に、そして己が“知恵”に絶対の自信を持っているからであり、それが彼を『セフィロト』たらしめている真の理由でもあるからだ。
コクマーはずっと退屈だった。
『創造主』にチカラを与えられてからここまで、彼は多くの戦いを経験してきた。その数は千を下らない。
彼はそれら全ての戦いにその力と頭脳で以って悉く勝利し、今ではこの西方支部の守護を任されるまでに至った。
それでも、それ故に彼は渇いていた。
誰かいないのか。
俺の、この俺の力を、“知恵”を凌駕する者は。
(あるいは、それが貴様ら『アルカナ』やもしれん───!)
「実に愉快だアルカナよ。予想以上に楽しめた。しかし所詮はそこまでだ。
神の知恵に人が届く道理は無い。そして何より・・・無骨なアウトローの誇りは、誰にも崩せない。
我が名は『塵壊のコクマー』。『創造主』に仇なす者を塵芥と化す龍の咆哮!
【アトミックレイ】、 分 解 !」
しかし、宣言に反して、彼は心の中で呟いた。
───「結合」と。
<あと 15 メートル>
79 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/30(土) 17:49:36
コクマーの背中に【アトミックレイ】の能力を付加した漆黒の6枚羽が顕現する。
その姿は正に漆黒の堕天使と呼ぶに相応しい。
3対の両翼が唸り声を上げて大きく羽ばたき、前方の『隠者』へと迫る。
しかし、大量の魔力を一気に消費し尽くしたため、それは『隠者』の寸前で掻き消えた。
・・・それでもコクマーには十分だった。
彼の翼が消失した時には既に、『隠者』とコクマーを隔てるように、薄紅色の霧が充満していたのだから。
その霧の名は“NOx”───窒素酸化物。
酸素原子と窒素原子が「結合」することで生成される劇物である。
しかし最大の脅威はそれではなく、黒の翼が通過した部分の酸素が、残らず窒素と結合してしまった、ということ。
通常、空気中には約20%の酸素が含まれている。
人間が酸素濃度16%の空気を吸うと、脈拍数が上昇する。
8%なら昏倒する。
そして0%なら・・・・・・即死する。
酸素の存在しない死の空間。『隠者』がコクマーに近づく為にはそこを越えねばならない。
間断なく全力疾走を続けていた彼が息を停めながら走り抜ける事は不可能。
かと言って息を整える時間などコクマーが与える訳も無い。
(あのスピードでは突入は避けられん。警戒すべきは術者の能力。だが貴様とて大規模な転移陣を配置するには時間が足りん!)
「仕舞いだアルカナ。───ブリリアントな罠に篭絡されろ」
「予想通り。『皇帝』、今だ!」
《了解!》
───両者の間に、巨大な転移陣が出現した。
《おっかねえ技だが、タネが分かってりゃ怖くねえ。“換気”させてもらうぜ》
そして高濃度NOxを含んだ無酸素空間は、新鮮な外気と交換された。
「我が知恵が───見透かされていただと!? 俗人にこの漆黒の輝きを見極めることができるはずがない!」
能力が知られている以上、「何をしたか」を推測されること自体は不可解ではない。
しかし相手にとって、魔力波の効果が「分解」か「結合」か、というのは発動した後で初めてわかることだ。
あらかじめ「どちらなのか」を知り、転移陣を忍ばせておくことなど到底できるものではない。
だが、もしもそれを知ることが出来る者が居るとするなら・・・
「何度も“視た”んだ。「分解」と「結合」でそれぞれ充填される魔力の波長が違うことくらい気付くさ」
「そうか、索敵型か邪気眼使い!」
「ご名答。だから、君が何をするのかなんてすぐにわかるんだよ。だから“詰み”だって言っただろ?」
<あと 5 メートル>
80 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/30(土) 17:54:25
残りわずか数メートル。
あと一息、ほんの数歩で『隠者』はコクマーを射程内に収めることができる。
「ここまで来れば小細工は不要! 魔力を充填し終える前に奴を倒す!」
「負けるか! 負けるものか!! 磨き続けた己に伊達ワルの神は裏切らない!」
《努力してきたのはお前だけじゃねえんだよ! 見せてやるぜ、アルカナの実力をな!》
「つけあがるなアルカナ。セフィロトを、このコクマーを舐めるなァッ!」
《セフィロト(笑)
だったら俺も言ってやるぜ。
───アルカナを、無礼(なめ)るんじゃねえ》
戦に敗れ、頭を失い、力尽き朽ち果てるだけだった者達。
死すべき定めの骸。
───それを、繋ぎ留めた男がいた。
淀んだ風、篭り切った空気、停滞あるいは緩やかな衰退。
閉じた思考思索。
───そこに、新しい風が吹いた。
船頭なき航海、暗中模索、月も星も太陽も見えぬ旅。
烏合の衆。
───それが、同じ方向を向いた。
『さて……如何でしたか? 私は貴方々の仲間になるに、『魔術師』の名を頂戴するに相応しいだけの物を示せましたかな?』
『貴方の為に、私は何だってしますから。ただ一つ、私に貴方を愛させてください』
『――気に入ったぜ、その意志(チカラ)とその性格(ココロ)。頼りにさせてもらうよ』
『――僕らに喧嘩を売ったことを、後悔させてやろう』
いつしか首の無い戦士は立ち上がり、真に向かうべき戦場へ走り出す。
「充填完了だ。バトル・ステージの勝利者は俺1人でいい。これでとどめだ! 【アトミック───」
「もう遅い。【陽炎】」
痛烈なボディブロー。
『デュラハンで、良いじゃねェかァッ!!!』
───デュラハンの剣先が、遂にドラゴンの鱗を捉えた。
<あと 0 メートル>
81 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/30(土) 18:00:24
(所詮、邪気眼使いなどこの程度か・・・。
打撃ならば「再結合」が使えないと考えたようだが、防ぐ手段はそれに限らん)
『隠者』の攻撃を予測したコクマーは表皮細胞を一時的に「結合」させる。
鋼鉄並みの硬度を保った外皮は衝撃を完全に防ぎ、内臓へのダメージを0にした。
「呆れたものだ。ここまで来てこのような策しか思いつかなかったのか。
このような浅知恵で“知恵”を下せると考えていたのか。
・・・もういい。不快だ。目障りだ。
貴様らとの戦いは暇潰し・・・に・・・・も・・・・・?」
歪む視界。
コクマーが、膝をついていた。
「な・・・・・・に・・・・・?」
意思に反して立ち上がれない。体が動かない。【アトミックレイ】が発動しない。
頭痛。悪心。眩暈。悪寒。耳鳴。前後不覚。
脳を掻き回されるような不快感の中、『隠者』の声が響く。
「【陽炎】───君の「気」を“乱した”。
本来は遠くから使用して相手の集中を削ぐ技だけど・・・“直”に喰らうと、なかなかのものだろう?
さっきも言ったけど、君の能力は発動に高い集中力を必要とする。
まともに立つこともできない状態で、体内の魔力を乱された状態で・・・「分解」や「結合」ができるはずもないね。
知恵比べは僕の勝ちだよコクマー。そして───」
その後に続く言葉だけは、はっきりと聴き取れた。
「───この戦いは、“僕達”の勝ちだ」
(俺の、負けか)
【アトミックレイ】を封じられた時点で、コクマーに打つ手は無かった。
『セフィロト(生命の樹)』のコクマーは、『隠者』に、否、『アルカナ』に負けたのだ。
彼は生涯で初めて自らの敗北を認め・・・そして、笑った。
「ふ・・・ふふふ・・・ふははははははははは!!! ははははははははは!!!」
嘲笑ではない。気が触れたのでもない。
彼はただ嬉しかったのだ。
「ははははは! 負けたのか! この俺が! 何ということだ!
この俺ですら計り知れん事が、まだこの世界にあったとは!
信じられん! 信じられんが・・・真実だ!
見事だ邪気眼使い!! 見事だ『アルカナ』!!
俺は────────────貴様らを認めよう!!!」
それは、傲岸不遜な態度を貫き続けてきた彼の、最高の賛辞。
「さあ往くがいいアルカナ。陽光の先に見据える伊達ワルの未来へ! ガイアが貴様らにもっと輝けと囁いている!
そんな貴様らに敬意を表し、“この世の全てを貫く破烈の黒騎士”の称号を」
《いらねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!》
転移ゲートから突き出た『皇帝』の拳が顔面にめり込んだ。
<“イカつくキュートな武闘派エンジェル”コクマー:戦闘不能>
82 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/30(土) 18:05:11
《最後の最後で味噌が付いたが・・・勝ちは勝ちだ。さっさと『箱舟』パクってずらかろうぜ》
「ああ・・・・・・」
残存勢力を相手にする必要は無い。
『箱舟』本体に通じる転移装置はこちらが抑えた。
あとは内部の機構を操作して枢機院の転移網を掌握、その後他の皆を召喚すれば終了だ。
枢機院は“足”を失い、アルカナは古巣ヨコシマキメを奪還する。
『隠者』はこれが自分だけの手柄ではないことを理解していた。
アルカナの全軍による決死の陽動が、『隠者』をここまで導いたのだ。
皆で勝ち取った勝利だと思うと、なんとも感慨深い物があった。
長かった一日が、終わろうとしていた。
水晶の中心に触れ、「転送」の思念を送る。
最後に一度だけ振り返ると、『隠者』は別れの言葉を口にした。
「ラ・ヨダソウ・スティアーナ、ラツィエル城・・・・・・」
<ラツィエル城攻防戦─────終了>
『 caution! この端末からのアクセスはブロックされました。 』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
《おいィィィィィィィィィィィィィィイィィィィィィッ!?》
<ラツィエル城攻防戦─────再開>
83 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/30(土) 22:50:45
戦いは一応の決着をつけた。
もちろん、こんなものなどまだ入り口にすぎない。セフィラでもなんでもないモブキャラに勝ったところで、ひとしお程の喜びも感じられない。
ピアノはただ、小さくため息をひとつ吐くと、その若葉色のマントをさらに身体に巻きつけた。
ビブラフォンもまた、司令塔を理解しかねる方法で失って、混乱状態にあった兵士達を手早く捌いていた。
殺しはしていない、いかなる戦場においても、むやみな殺傷は無意味だ。それに敵の情報を入手できる可能性も格段に上がる。
シロフォンは…塹壕の中で縮こまりながら、そろそろと辺りの様子を伺っていた。
「もう大丈夫よ。落ち着いて、周囲の状況を把握しときなさい。
ここは戦場、いつ襲われてもいいようにしとかなきゃだめよ」
ピアノの声に、シロフォンは無言でうなづく。
これ以上彼女をこの戦いに巻き込むのは危険だろう。そもそも、これは結城鷹一郎、そしてレイのための戦いだ。
「オーケストラ」とは、何の関係も無いし、手伝ってもらう理由などない。
「――――行動指針が決まったぜ! そうと決まれば突入準備! 『知識』のセフィラへと向かい、そこにある『片割れ』を抑えるッ!!」
ふと、鷹一郎の上機嫌な声が聞こえてきた。
どうやら、何かの情報を得たらしい。
やはり、変わりつつあるように感じる。生意気にも「結城鷹逸郎」は、進化の途上にあるようです。(ブーン系小説タイトル風に)と言う感じだろうか。
邪気眼を持たないので、比較対象にはならないと分かっていても、追い越される。という感覚が、ピアノの胸を抉るように触っていった。
こんなまだまだ若んぼうのウブ男に追い抜かれるなんて、一生の恥だわ…とピアノは思いつつ。何ひとつ変わる事も無く、戦いに身を投じてきた自分にも気が付いた。
「機甲眼」は変形したい機械をイメージするだけで、それになれる。細部まで記憶する必要も無い、大体こんな感じ。というイメージで十分なのだ。
それは便利である反面、努力の必要なしに戦闘能力を向上させてしまう。
ただひたすら高みを目指し走り続ける人をよそに、人類が、宇宙のどこかの文明が整備してきた科学の道を、ただ道なりに歩き回っているだけ
これはそんな能力なのだと、気付いた。
「………」
ピアノも変わらなくちゃね…と自分自身に言い聞かせる。
結城鷹逸郎、彼と出会って、ピアノの中でも、何かが化学変化を起こし始めていた。
84 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/30(土) 22:52:37
鷹逸郎の話は、非常に専門的で、かつ自分の知識が試されるものでもあった。
旧約聖書に精通しているだけでなく、異能の起源、歴史をその手に握っていなければ、そう易々と紐解けないものだ。
「そういや、あんたは一応にも"邪気学教授"だったわね……」
その知識を、もっと前に使えなかったのかという気持ちもあるが、ピアノ達が向かう場所、つまりは行動指針が決まっただけでも、良しと出来る仕事だ。
向かう場所は、『知識』(ダアト)。 隠れ、神の真意に最も近いとされる、セフィラの中でも最も異質な存在。
「…鷹一郎、『知識』はセフィラの中でも異端よ。
隠れたセフィラ、数字も守護天使も無く、異なる次元に存在すると言われてるわ。
何をしてくるか、全く予想がつかないわよ?」
だが、鷹一郎の説明を批判はしない。
むしろ、"門"である『知識』を焦点に当てたのは素晴らしい事だと賞賛できる。
だが、彼の説明はそれから先、実際に"戦闘"するとなると、の部分には、まったく触れられていなかった。
隠れたセフィラである『知識』、『美』(ティファレト)と『王冠』(ケテル)の間にあるとされるが、一説には『王国』(マルクト)と繋がっている、とされる話もある。
いや、『王冠』と『王国』は繋がっているという話はよく聞くから、もしかするとその仲介役となっているのかもしれない
何にせよ、『知識』に対する情報は少ないのが現状だ。
だがもちろん、行かない訳にもいかない。転移装置を叩かなければ、こちらの打つ手は、まったくと言っていいほど無くなってしまうのが現実。
敵のスペックも、それを調べる時間もなく。出来る事と言えば一つ
「突撃あるのみ。」
シロフォンは無理だろう。これ以上、彼女に無理をさせる意味はない。
ここで、鷹逸郎の同僚だという小柄な女性(意外と可愛い)の看病を頼む。
ビブラフォンもまた、シロフォンが心配だという事でここに残るだろう、だとすれば、戦力は最初に戻って、ピアノと鷹逸郎のみとなる。
またこいつと2人っきりか…とピアノは肩を落とすが、1人では無理がありすぎるから連れていく他はない。
「鷹逸郎、断っておくけど、これは作戦なんてもんじゃないわ。ただ突っ込んでいって、相手を叩くだけの簡単なお仕事。
今現在出来る最高の策であり、最も死ぬ危険性の高い行動。それでもいい?…って聞くまでも無いわよね
ピアノは深く息を吸い込み、覚悟を決めて言った。
「やるしか、ないんだから」
85 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/04/30(土) 22:53:14
ラツィエル城、中層。
一階層上では、ちょうど『知恵』のコクマーが、アルカナと戦いを繰り広げているはずだ。
あの男の事だ。おそらく「唯我独尊」的思考で相手をしているに違いない。
小さく、薄暗いホールの中、隠れしセフィラ『知識』のダアトは、祭壇に座りこみハァと溜息をついた。
その祭壇には、暗いこの部屋を淡く照らす水晶が、ゆっくりと回転しながら漂っている。
紫の補色となる「黄色」のそれは、サーバーのような軽い駆動音を響かせながら、艶めかしく明滅している。
と、その明滅が一瞬大きくなり、そして駆動音がふっと止んだ。
すぐにそれは回復したが、ダアトは、かすかに後ろを振り返り、そのまま天井を眺め、そして肩を竦める。
「コクマー…なにやっているんだよ
これで、ボクの仕事の重要性が格段に上がっちゃったじゃないか」
その言葉は抑揚が無い。
ごろりと祭壇の上に寝転び、ほんの数センチ上を浮かんでいる水晶をついとつつく。
水晶は鋭く、冷たい快音を鳴らして、きらきらと煌きながら回転する。
「でもまあ…それが"神の真意"に近づくための試練であるのなら、僕は甘んじてそれを受け入れるよ。」
再度むくりと起き上がり、その肩に羽織った小さめのガウンを掛け直す。
「そして、ボクは貴方に逢う。その為にここまでやって来たんだよ?――――創造主。」
何もいるはずの無い中空に、言葉を投げかける。
生命の樹(セフィロト)、隠れしセフィラ『知識』(ダアト)
小さなガウンを肩に羽織り、柔らかな、しかし冷たい表情を浮かべる…青年?
どうやら"創造主"を信仰しているようだが…
能力<?????>:知識と経験を最適化する能力?
86 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/01(日) 14:39:44
――――ラツィエル城正門内。
「分析班! 敵軍共が仕掛けたあの結界を調べろ!!」
「お、恐らく邪気子を極限まで凝固させ、耐性と反発性を極限まで向上させた……か、隔離結界かと思われます!」
「困難の分割……! 小細工をッ!! 狼狽えるな、我らは主に祝福されし神なる軍勢であるッ!! 相手は雑兵、何としても此処で食い止めろッ!!」
カリステ
護るは『城壁軍』、対するは小アルカナ大隊『剣』。 ティファレト
『剣』が仕掛けたのは分断――極大戦力であるセフィロト第六位『 美 』を結界に封じ、軍勢を突破する目算である。
しかし、七十強の『剣』に対して『城壁軍』は凡そ数千。
その上一瞬虚を突かれて突破されかけた軍勢だったが、直ぐさま勢いを立て直し小アルカナの行く手を妨害する、脅威の集団練度を見せた。
信仰と厳罰、恍惚と恐怖が、兵に狂おしい士気を与える――そういう強さも存在する。
速力を昂めて突破したアルカナには、錬成された青銅の柱が降り注ぐ。
転移術式で極限まで遠隔座標へ跳んだアルカナには、突然生い茂る茨が巻き付いて動きを封じる。
輪で囲む兵の壁へと直接突っ込んだアルカナには、圧倒的な戦力で迎え撃つ。
鎖された結界に封じられた『美』も棒立ちではない。
餌役として結界内に残った隊長及びその部下数名は、やはり圧倒的な異能を誇るセフィロトの脅威を痛感していた。
攻撃は無効化。
防御も無力化。
全てを真なる虚飾と帰す『美』の理不尽な力を前に、ただ足止めの務めを果たそうと立ち上がり続ける。
死線、否、死戦。 ハテ
血で血を濯ぐ狂騒の輪舞が、際限もなく拡がり続けるのみ――――。
(つまり、城内へと入るには何としても其処を突破しないとならない。)
(そこで鷹逸が『選択』したのは、何とも馬鹿げた――。)
87 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/01(日) 14:41:09
.
どけぇぇぇえぇえぇえええええええええええええぇぇええええええッッ!!!
(爆音と轟音、直後に負けず劣らずの怒号)
(剣と刃が競り合う戦鉄の調べに割り込んだのは、見覚えのある”城門を食い破る竜の牙”。)
(ケルト神話に登場する、太陽神が掲げし槍の名を冠したそれは――――自走式魔導破城槌『ブリューナク.10Ka』――!)
「あんれえええええええええええ!?」
「オ、オイ、あれ? 何か滅茶苦茶見覚えあるフォルムが突っ込んできたよぉ?」
「明らかに俺達が使った破城槌だろうが!! しかも上に誰かライドオンしてんだけど!? ……って嘘だろこっちに来たぞ!! 避けろおおおおおおおおおッ!!」
「な、何だあれは!? これも奴らの作戦か!?」 ゴルティクス
「怯むな!! 誰であろうと、城内への侵入は決して赦さんッ!! 『神理閉門』、防壁展開ッ!!」
(城壁を文字通り吹っ飛ばして強襲してきた、巨大な鉄杭)
(明らかに制御不能と思われる不安定な軌道で爆走するそれは、丁度死闘の戦場を直線突破する形で安定した。)
(蜘蛛の子が散るように慌てて軌道上から離れるのは、小アルカナ大隊)
(よく解らないがとにかく突破は許すまじと、七色の光を反射する奇妙な偏向性を有した魔術防壁を発動させる『城衛軍』。)
(そしてそれを撃ち破ったのは、トラックの何倍という凄まじい爆走槍の衝撃と、ひたすらに白い光の怒濤と、後は理解不能な技術レベルの超科学攻撃。)
バトリングラム
(最上級である筈の防壁を突破され戸惑う枢機院軍に向かって迫る、城食い破る鉄槌。)
(散開と隊長各の軍兵が命じるのと同時、超巨大質量の激走による余波で数人がその場から吹き飛ばされる。)
「己アルカナァッ!! 実験の失敗作風情がアッ!!」
「いや俺達じゃねーし!! むしろ俺達が知りてえよブリューナクちゃんパクられてんだぞこっちは!!」
(後はもう、成すがまま。)
(暴走破城槌が城内へと疾り去った戦場は、城壁には風穴が空き石畳の床は破れ壊れの惨状。)
(暫く呆然としていた両軍だったが、我に返ったのは同時。)
(突然の闖入者にぐちゃぐちゃにされた隊列を整えようとしたのも同時。)
(ただ一つ不幸にも違ったのは――巨大な軍勢である『城衛軍』の編成には若干の時間が懸かり、小回りの利く少数軍の『剣』は復帰が早かった事。)
(そして、再び死闘が始まる――今度は、アルカナ軍の猛火のような猛襲で幕を開けた。)
88 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/01(日) 14:43:29
.
<――――ラツィエル城、内部通路>
……し、死ぬかと思った……。
(斜めに傾いで城壁に突き刺さっている、破城槌ブリューナク.10Ka)
(その上部――つまりブリューナク本体の上に乗っかってぐったりしているのは、フードを目深に被った鷹逸である。)
(このバカみたいな突破方法を思いついた経緯は至って単純。)
(城門近くまでやってきた鷹逸達は、正門が派手な破られ方をしているのを発見。)
(すなわち破城槌を用いたことを察すると、それを利用して戦場を突破することを思いつき、放置されているであろうそれを探し当てたのであった。)
(ただ想定外は、それが自走式である事。)
(そして、思ったよりも凄まじいサイズとエネルギーで少しだけ死を予感してしまった事。)
と、とにかく結果オーライだ。
無事城内に突入成功したし、後は隠しセフィラ『知識』の所へ行くだけだぜ。
隠しセフィラってんだから、そう分かりやすく作ってねえはずだ。秘密部屋か、あるいは何かの仕掛けで現出する仕組みか……。
まあこういうのは得意だから心配しなくていいぜ。
元々職業柄、トラップだらけの遺跡に足を運ぶことは山ほどあったからな……っと。
(ピアノと槌を降り、城内を巡る。)
(派手な戦闘音がする地点は避け、回り道と近道を駆使しつつ目的の場所へとじわじわ距離を詰めていく。)
(どうやら内部の構造をある程度想像し、それを基に動いているらしい。マッピング技術も、複雑な遺跡内部の探索には重要なスキルだ。)
(やがて足を止めたのは、部屋のない通路の一地点。)
(存在するのは石を敷き詰めた中世建築の壁と床、後は仄明るい灯と薄暗い闇程度だった。)
この辺のはずだぜ。
何処かに部屋を解放する機構があるはずだ。石の色が違うとか、叩くと軽い音がするとか、妙につるつるしているとか。
ちょっとした違和感でいいんだ。
微量の邪気が漏れてたりっていうのだと、異能者のピアノじゃねえと分からない。
とにかく周囲と少し違った所を探してみてくれ。薄暗くして見付けにくくしてるってことは、そんなに小難しい仕掛けじゃねえはずだからな――――。
89 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/01(日) 14:45:18
.
<――――ラツィエル城、隠し部屋>
「頑張ってるねえ。発見されるのは時間の問題かな。
だって、そんなに難しい所には設置してないしね。……その仕掛けを解けるかどうかは話が別なんだケドさ」
仄かな暗闇が、退屈そうな少年の姿を淡いベールの向こうに覆い隠す。
密林深くの石階段のように高く組まれた祭壇。
その頂で超然と、或いは悠然と。
普通、もしくは異質な存在感を醸しながら椅子に背を預ける少年――『知識』ダアトは、石壁の前で機構を探す二人の姿を『識』る。
隠しセフィラ、『知識』。
神の膝元へと還る永い旅路の果てで羊達に立ちはだかる、最後の難関。
楽園を追われた罪人達に科せられるのは、知を以て楽園へと繋がる堅く鎖された門を潜る、それだけのこと。
そのセフィラを名に冠する少年は、つまらそうに、乃至は愉しそうに頬を緩ませる。
「……まあ、大丈夫か。
っていうか”彼”が本当に我等の『主』となり得る存在なら、これぐらいは突破して貰わなくっちゃね。
面倒なのは、あの引っ付き虫か。忌まわしき片割れ、カノッサの徒。……全く、『王国』の異能があれば随分と楽できるんだけど。
さて、『器』の方は問題ないとし、て。
問題なのは、『知恵』のヤツがやられちゃったことなんだよなあ……」
ダアトは伸された『知識』の姿を『識』つつ、それを成した彼――否や、彼らを『識』やる。
アルカナの『?:隠者』と『?:皇帝』。
面倒くさいな、とダアトは胸中で愚痴る。
ダアトは別に『知恵』の仇討ちなど望んでいないし、そもそもそんな感慨や悲哀など浮かぶはずもない。
少年にとっては、己以外の他は基本的に全てどうでも良いのだった。――ただ一人、少年が唯一頭上に戴く『あの方』を除いては。
「ま、これも”神の試練”だよね。
ボクが『あの方』の元へと至るには、避けて通れない難事。そんな訳だから、不承不承はやめて恭しく承るとしようか」
90 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/01(日) 14:47:29
.
<――――ラツィエル城 上階、『知恵』の室>
<<<コングラッチュレーショオーン! アルカナの『隠者』さーん! 『皇帝』さーん!>>>
ブロック
それが聞こえてきたのは、丁度『方舟』のアクセスが拒否された時だった。
軽快なファンファーレの音楽と共に、明るい少年の声がした。
否、何処か冷静な節もある。
言葉の内容は確かに祝福の文言だが、この世のありとあらゆる憎悪を込めた呪怨でも浴びせられているかのような不快感もある気がする。
―――そして『少年』という呼称及び表現は、男性と女性の両方に用いる事が出来る。
男か女かの区別がしづらい、高い声。
<<<ラツィエル城ボス、『知恵』塵壊のコクマーを見事撃破しました!
チャプターエンド! クエストコンプリート! ステージクリア! おめでとうございまーす!>>>
<<<でもここで残念なお知らせ!
今貴方が触れている『方舟』は、単体では起動しませえん! もう一つの子機をアクティブにしないと作動しない仕組みでーす!
そしてその子機は今その場所にはありませーん! この意味がお分かりですかー?>>>
死闘に打ち勝った青年の耳に届くのは、新たなる絶望の報せ。
恭しく招かれる”神の試練”。
主の坐す天界へと続く門を潜る者に訪れる難関。
神の力を浅ましく求め、神域を踏み躙ろうとする愚かな欲深き猛者には、狂を発する残酷な神罰を。
真に敬虔なる”神の羊”のみが、祝福の園へ招かれる資格を持つ。
<<<制限時間は、援軍が到着するまで!
それまでにこの『子機』を見付けられないと、更に数千の軍勢がラツィエル城に押し寄せまあす!
それではそれではエクストラステージの始まりです!
勝利条件は『方舟』発動の為の『子機』の発見! 敗北条件は『探索の失敗及び到着した援軍による一方的な殺戮虐殺大処刑』!
血反吐吐くまでこの広大な城を這いずり回って、どうか頑張って見付けて下さいね!
さあ、忌/呪わしき眼の落とし子達――――ラツィエル城エクストラステージ、『知識の門』の始まりだ。>>>
91 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/02(月) 20:42:38
積み上げてきた勝利が、一瞬にして徒労に変わる。
無情な合成音が、彼らを嘲笑う。
《マジかよ!? ここまで来てアク禁とかちょとSyれならんだろこれはァ!》
「クソッ! 間に合わなかったのか! 『皇帝』、皆に撤退指示を───」
<<<コングラッチュレーショオーン! アルカナの『隠者』さーん! 『皇帝』さーん!>>>
そして聞こえてくる、耳障りなファンファーレ。
<<<ラツィエル城ボス、『知恵』塵壊のコクマーを見事撃破しました!
チャプターエンド! クエストコンプリート! ステージクリア! おめでとうございまーす!>>>
人懐っこい、それでいて突き放したようなボーイソプラノ、あるいは少女の声が『隠者』の頭に入ってくる。
「これは・・・テレパシー!? いや、『皇帝』と同じ情報転移か!?」
《わからねえ。だがこのタイミング・・・転送指示を止めやがったのはコイツだな》
<<<でもここで残念なお知らせ!
今貴方が触れている『方舟』は、単体では起動しませえん! もう一つの子機をアクティブにしないと作動しない仕組みでーす!
そしてその子機は今その場所にはありませーん! この意味がお分かりですかー?>>>
『皇帝』の言を証明するかのように告げられる新事実。
子機は、2つあった。
一方を押さえても、もう一方が健在であればアクセスを遮断できる2重のセキュリティ。
しかし、わざわざ敵にその情報を教えるというのはあまりにも非効率。
絶対の自身故か、かく乱のための虚言か、それとも・・・・・・
(・・・罠か)
とはいえ迷っている時間など無い。
当初の作戦が破綻した今、これは崖っぷちのアルカナに垂らされた、ただ一本の蜘蛛の糸。唯一の光明。
<<<制限時間は、援軍が到着するまで!
それまでにこの『子機』を見付けられないと、更に数千の軍勢がラツィエル城に押し寄せまあす!
それではそれではエクストラステージの始まりです!
勝利条件は『方舟』発動の為の『子機』の発見! 敗北条件は『探索の失敗及び到着した援軍による一方的な殺戮虐殺大処刑』!
血反吐吐くまでこの広大な城を這いずり回って、どうか頑張って見付けて下さいね!
さあ、忌/呪わしき眼の落とし子達――――ラツィエル城エクストラステージ、『知識の門』の始まりだ。>>>
「いいさ、乗ってやる。・・・ただし、僕なりのやり方で、だ。
君の思い通りに進む気はないよ」
【エクストラステージ:開幕】
【クリア条件:『知識』の撃破】
92 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/02(月) 20:45:22
声は消えた。
程なくして数千の軍勢が到着する、という絶望的な事実を突き付けて。
残された時間で『隠者』が最初に行ったことは、「落ち着くこと」だった。
(落ち着け『隠者』。無闇に動かず、体力と邪気を回復させながら考えろ。
焦るな。それこそ奴の思う壺・・・)
《上等だテメエ表出ろやコラァ!》
「だから落ち着けよ・・・僕まで恥ずかしくなるだろ・・・」
《お前もスカした態度取ってんじゃねえよ! あの野郎は俺らを虚仮にしやがったんだぞ?
今の今まで戦いに出もしなかった野郎が、自分の仲間が戦ってるってのに助けに来なかった野郎がよ!
これがキれずにいられる訳ねーだろ!》
火のついた馬鹿(皇帝)は止まらない。
元々沸点の低い彼ではあるが、今回は特にお冠らしく、通信機越しでも周囲に響く程の爆発っぷりを見せていた。
そして開かれるのはアルカナの全通信機へのオープンチャンネル。
そこに、『皇帝』は放火した。
《野郎ども・・・と一応淑女ども元気かぁ? オッスオラ『皇帝』!
お前らに良い事教えてやるぜ!
実はもうちょっとでここにスゲエ数の増援が来るんだとよ! そんでそいつらは俺たちを皆殺しにするらしいぜ!》
通信機の向こうから、様々な感想が聴こえてくる。
しかし、その戦意は未だ衰えていない。
《奴ら、それ聞いた俺たちが震え上がると思ってる。だが生憎俺たちは「伊達ワルの未来に往く者」らしい。
ワルなら相手の期待に応えちゃいけねえ。むしろぶっ壊すぐらいでないとな。
『剣』の4人! あとどれくらいセフィロトを抑えられる?》
《一時間ってとこっス》
《お、俺は30分くらい・・・》
《いいや・・・10分がいいとこ》
《じゃあ俺は5分で───》
《《《《 ──────勝っちまうぜ! 》》》》
《よぉし、いい返事だ!
いいかお前ら。『箱舟』は必ず確保する。だから───死ぬ気で生きろ!》
各々の言い方で、了解の意味を告げる言葉が耳元で唱和した。
「『皇帝』・・・ああまで言うってことは、何か考えがあるんだね」
《あ? んなモンあるわけねーだろ。ま、何とかなるって》
「おいおい・・・・・・・・」
頭が痛い。
何の根拠も勝算も無く、余裕綽々に勝利宣言を挙げる事ができる。
それが『皇帝』の美点でもあり、欠点でもあった。
93 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/02(月) 20:49:38
『皇帝』に期待できない以上、『隠者』1人で推理するしかない。
今までに得た情報から、有意なものを抜き出していく。
まず、2機目の『箱舟』子機の存在。これは真実。
まず嘘をつく意味が無い。こちらは先程まで一機だけだと思い込んでいたのだから、黙っていれば2機目を奪われることはない。
あえて希望をちらつかせて、増援の到着までこちらを引き留めておくことが目的だろう。
次に敵の正体。おそらくは隠れたセフィロト『知識』=ダアト。
転移機構を守っているのであれば、コクマーと同列の可能性が高い。『知識の門』という単語から敵の役割が推測できる。
そして『知識』の能力。詳細は不明だが、わかっている事も幾つかある。
相手は『隠者』とコクマーの戦いを感知していた。そして『隠者』と『皇帝』に思念を送ることが出来た。
索敵型と断定することはできないが、少なくとも高い探知能力を持つことは確かだし、セフィロトの1人であるということは当然それだけではないのだろう。
万が一障害物を無視するような概念干渉型であった場合、味方にも影響が及ぶ可能性がある。
「『皇帝』、君は一旦本陣まで戻ってくれ。
それと、他の皆に「城内に深入りせず、城門辺りまで下がるように」伝えて欲しい。
もちろん、城内で『知識』の捜索をしてくれるのなら大歓迎だけど」
《お前が仕切ってんのが気に喰わねえが・・・いいだろう。伝えておくぜ。従うかどうかはそいつ次第だがな》
「・・・すまない」
このラツィエル城でアルカナが優位を保っている理由の一つに、入り組んだ構造を利用した各個撃破、というものがある。
もし、『知識』が本格的に動き出し、その探知能力を使って部下に的確な指示を出した場合、逃げ場の無い城内はかえって危険となる。
万が一の事態に備えて、できるだけ『知識』の潜む何処から離れた所、できれば探知範囲外に居たほうが良い。
《そういやコクマーの野郎はどうするんだ? まだ起きそうにないが・・・念のためにトドメ刺しとくか?》
「いや、大丈夫だろう。起きたとしても、狡い小細工をするようなタイプじゃない」
《まあ、な。・・・そんじゃ俺は一旦帰るわ。ヤバくなったらいつでも呼べよ。文字通り跳んでいくぜ》
「ああ。またあとで」
(さて、ここからが問題だな・・・)
『知識』は、一体どこにいるのか。
城内であることは間違いない。しかし、セフィロト級の「気」を『隠者』が見逃したとは考え難い。
秘密のセフィロトという特性から鑑みるに、聖銀か結界により魔力を遮断した隠し部屋、あるいは位相のずれた空間にいるのだろう。
(だいたいの目星がつけば【奏氣眼】で探知できるだろうけど、この広い城内でどうやって───)
《おいィ? 帰ってきたら女の子がいっぱいいるんだが・・・》
「え?」
94 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/02(月) 20:53:01
「『皇帝』・・・君は何を言ってるんだ?」
《いやな、テントん中入ったら知らん女がくつろいでんだよ。つーか仮眠室で寝てる奴もいるし!》
「───まさか」
本陣の入り口にはトラップが仕掛けられていた。それを解除できるのであれば、一般人ではない。
だが、枢機院がもぬけの殻である本陣に侵入する意味は無い。
他の勢力であっても、わざわざ忍び込んだ場所で眠るような真似をするはずがない。
『隠者』は一つの真実に思い当たる。
「そうか・・・遂に君も“実在しない女の子が視える人”になってしまったんだね」
《人をヤバイ奴みたいに言うな! マジで居るんだって! リアルに!》
「皆そう言うんだよ。でも安心してくれ。僕はその手の偏見は無いから。脳内彼女とかタルパって言うんだろ? ネットで見たよ」
《人の話聞けよ! ってそんなことしてる場合じゃねえな。お前ら動くな!
お前らには、お前らには・・・・・・・その、アレだ、・・・そうだ黙秘権! 黙秘権がある!
お前らの今後の発言は全て証拠物件として───》
そこで、沈黙する。
十数秒後、いつになく真剣な『皇帝』の声が聞こえた。
《“これ”を書いたのは───お前らなのか?》
「・・・『皇帝』?」
《・・・『隠者』よ、朗報だ。───ヤサが割れたぜ》
『皇帝』の説明は非常に分かり難かったが、要するに、枢機院に敵対する誰かが『知識』の居場所を見破り、それを書き残した、ということらしい。
ボードには正確な位置までは記されていなかったが、おおまかにさえわかれば『隠者』には十分だった。
「『知識』・・・君はミスを犯した。僕は『隠者』だ。隠れんぼは大の得意さ。隠れるのも、見つけるのもね」
同時機動によって操作できるのであれば、2つの子機は同種のものであるはず。
ならば、それが放つ邪気も同じくヨコシマキメ由来のもの。
『知識』がどれだけ自身の気=魔力を隠しても、子機の気=邪気を隠す事まではできない。
例え聖銀に覆われた隠し部屋であろうと、僅かに漏れ出る気はある。
【奏氣眼】でそれを探知した『隠者』は、目的地へと歩を進める。
──────だが彼はまだ“識”らない。
その先に居る者が、『知識』だけではないということを。
その先に居る者が、彼に何をもたらすのかを。
その先に居る者が──────“『世界』の仇”だということを。
95 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/03(火) 17:06:35
< ラツィエル城・正門周辺 >
「往け同志たちよ! 異教徒どもをその命の炎で以って浄化するのだ!」
「「「「 全ては『創造主』様の為に!! 」」」」
自身の命を、それどころか仲間の命すら顧みない怒涛の徒花が満開になる。
ある者はその身に余る大魔法を使い衰弱死。
その骸を踏みつけ突撃した者は全身を生体爆薬と化し自爆死。
その巻き添えに死亡した仲間の肉を喰らい、死者の異能を得て更に強力な人間爆雷が完成する。
瞬く間に積み上がる、狂人の死山血河。
しかしその数は一向に減る気配が無く、恍惚に笑い声を上げる者はいても、臆する者はいない。
枢機院にとって、人間とは代換の利く消耗品に過ぎない。
敬虔な信者の価値観を少々弄り、魔導回路を植え付ければあっという間に戦士という名の殉教者が出来上がるのだから。
「死ね、死ね、死ね! 死に絶えろアルカナ! 『創造主』様に刃向かった事を死して後悔するがいい!
だが貴様らに死の安らぎなど訪れん。
その魂は最終懲罰窟に囚われ、永劫の冥罰を受けるのだ。世界が終わるその時までな!
貴様らの罪は唯1つ───邪気眼使いに与した事よ!
『邪気眼』・・・世界の理を捻じ曲げる忌まわしき悪魔の種子! 存在自体があの御方に弓引く原罪そのもの!
そのような汚らしい異物が『創造主』様の統治する清らかなる世界に在って良いはずが無いわ!
貴様らのようなおぞましい者どもは神の子たる我らが掃除する!
消えろ世界の寄生虫! それが“世界の選択”だ!」
数にして力にして圧倒的有利な無垢の軍勢による玉砕承知の波状攻撃。
───それを前にしても、『剣』は折れない。
「正に“宗教は阿片”だな。俺たちにはお前らの方がおぞましく見えるぜ!」
「なんせ全員が神風特攻隊の集まりだからな。
生きるために戦う俺らと死にたがりのお前ら、どう考えても異常なのはお前らじゃねえか」
「原罪だぁ? そんなもんより任務失敗した時の『世界』の方が怖いっつーの!」
「ず、図に乗るな異教徒!
じきに数千の同志たちが援軍に駆けつける。たかだか数十人の貴様らなど時間稼ぎにすらならんわ!」
「勘違いするなよ。俺たちは時間稼ぎをするんじゃねえ。お前らをボコボコにするつもりなんだよ!
行くぜ狂信者ども。──────アルカナを侮辱した罪は原罪程度のレベルじゃないぜ」
戦力は拮抗していた。
96 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/08(日) 13:06:26
「どけぇぇぇえぇえぇえええええええええええええぇぇええええええッッ!!!」
鷹逸郎の怒号が、硝煙をもたらさない戦場の、澄んだ碧空に響き渡る。
アルカナの部隊がえっちらおっちら運んでいたらしい"それ"は、巨大な攻城兵器。
それも、ピアノの「作戦」にあまりにもぴったりな…"圧倒的な質量と速度で突き破る突撃型兵器"だった。
「あまりにもぴったり過ぎて恐いわ…」
そんな事を考えながら、"それ"―――自走式魔導破城槌『ブリューナク.10Ka』の前方に、青緑色の粒子防壁を展開していた。
さすがに、これが圧倒的破壊力を誇る攻城兵器だとしても、相手は枢機院の中心、これだけの破壊力を持ってしても不足かもしれない
突撃型兵器の一番の弱点は空気抵抗だ。空気抵抗とは大気分子が高速で移動する物体に衝突する事で発生する。
ならば、"大気分子を消失"させてしまえば、空気抵抗は皆無。ピアノの展開する「プライマル・アーマー」はそういう代物だった。
別に環境汚染はしないので、使用後も安心。
「―――嘘だろこっちに来たぞ!! 避けろおおおおおおおおおッ!!」
「勝手に借りてごめんなさいね!でもあんたら邪魔!」
ハリウッドダイブで避けるアルカナ攻城部隊を尻目に、ピアノはプライマル・アーマーをより強める。
目前に迫るのは七色に光を反射する魔術防壁らしきもの、科学の結晶と魔術の結晶が衝突し、金色の粒子を吐き散らす。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおぉッッッ!」
鷹逸郎の叫びと共に、白光の奔流が噴き上がり、魔術防壁を大きく歪ませた。
その隙を逃すことなく、ピアノはプライマル・アーマーを一点に収束させ――――
「アサルト・キャノン!」
ゴバァァァァァアァアァンッッ!!
青緑色の粒子と、白い光が絡みあい、七色の防壁を打ち砕いた。
その光景に唖然とする防人共に、波城の権化は容赦なく突進し続ける。
内壁を食い破り、2つ3つと部屋を貫通し突き抜けていく
城を貫通してしまうのでは、と思い始めた時、大きく傾いだ波城槌は勢いを失い、壁を少しばかり食い破って停止した。
97 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/08(日) 13:06:49
「どけぇぇぇえぇえぇえええええええええええええぇぇええええええッッ!!!」
鷹逸郎の怒号が、硝煙をもたらさない戦場の、澄んだ碧空に響き渡る。
アルカナの部隊がえっちらおっちら運んでいたらしい"それ"は、巨大な攻城兵器。
それも、ピアノの「作戦」にあまりにもぴったりな…"圧倒的な質量と速度で突き破る突撃型兵器"だった。
「あまりにもぴったり過ぎて恐いわ…」
そんな事を考えながら、"それ"―――自走式魔導破城槌『ブリューナク.10Ka』の前方に、青緑色の粒子防壁を展開していた。
さすがに、これが圧倒的破壊力を誇る攻城兵器だとしても、相手は枢機院の中心、これだけの破壊力を持ってしても不足かもしれない
突撃型兵器の一番の弱点は空気抵抗だ。空気抵抗とは大気分子が高速で移動する物体に衝突する事で発生する。
ならば、"大気分子を消失"させてしまえば、空気抵抗は皆無。ピアノの展開する「プライマル・アーマー」はそういう代物だった。
別に環境汚染はしないので、使用後も安心。
「―――嘘だろこっちに来たぞ!! 避けろおおおおおおおおおッ!!」
「勝手に借りてごめんなさいね!でもあんたら邪魔!」
ハリウッドダイブで避けるアルカナ攻城部隊を尻目に、ピアノはプライマル・アーマーをより強める。
目前に迫るのは七色に光を反射する魔術防壁らしきもの、科学の結晶と魔術の結晶が衝突し、金色の粒子を吐き散らす。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおぉッッッ!」
鷹逸郎の叫びと共に、白光の奔流が噴き上がり、魔術防壁を大きく歪ませた。
その隙を逃すことなく、ピアノはプライマル・アーマーを一点に収束させ――――
「アサルト・キャノン!」
ゴバァァァァァアァアァンッッ!!
青緑色の粒子と、白い光が絡みあい、七色の防壁を打ち砕いた。
その光景に唖然とする防人共に、波城の権化は容赦なく突進し続ける。
内壁を食い破り、2つ3つと部屋を貫通し突き抜けていく
城を貫通してしまうのでは、と思い始めた時、大きく傾いだ波城槌は勢いを失い、壁を少しばかり食い破って停止した。
98 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/08(日) 13:07:42
「……し、死ぬかと思った……。」
鷹逸郎が今にも倒れそうな口調で、自分が今生きている事を確認する。
「生きている事って素晴らしいわね、しっかしなんでこんなチート級兵器をほっぽり出しておくかな…アルカナも稚拙な所があるわね」
ふと突き破りかけた壁を見てみれば、外光がかすかに差し込んでいるのが分かる、どうやら本当に貫通しかねない勢いだったようだ。
「と、とにかく結果オーライだ。
無事城内に突入成功したし、後は隠しセフィラ『知識』の所へ行くだけだぜ。
隠しセフィラってんだから、そう分かりやすく作ってねえはずだ。秘密部屋か、あるいは何かの仕掛けで現出する仕組みか……。
まあこういうのは得意だから心配しなくていいぜ。
元々職業柄、トラップだらけの遺跡に足を運ぶことは山ほどあったからな……っと。」
高さだけでもゆうに5mはある巨大な槌から降り立つ、城は…至って普通なものだった。
石造りで、窓はステンドグラスがはめ込まれている。枢機院らしい旧約聖書の絵だ。
ブリューナクが開けた壁の大穴からは、小アルカナ部隊と近衛隊達がドンパチ繰り広げている。
それを避け、鷹逸郎はずんずんと進んでいった。確かに慣れた動きだ、常に片手を壁に付けていたり、トラップを見抜いて解除したり…
脳内マッピングもかなりのもののようだ。ピアノからすれば、三次元マッピングなどお茶の子さいさいなのだが、鷹逸郎は経験と感覚で、それをこなしているようだった。
「適材適所ってやつね、ダンジョン探索はあんたの十八番って訳か」
そんな事を呟くと、鷹逸郎はぴたりと目の前で立ち止まった。
「…この辺のはずだぜ。
何処かに部屋を解放する機構があるはずだ。石の色が違うとか、叩くと軽い音がするとか、妙につるつるしているとか。
ちょっとした違和感でいいんだ。
微量の邪気が漏れてたりっていうのだと、異能者のピアノじゃねえと分からない。
とにかく周囲と少し違った所を探してみてくれ。薄暗くして見付けにくくしてるってことは、そんなに小難しい仕掛けじゃねえはずだからな――――。」
ピアノはあたりをキョロキョロと見回し、壁面を撫でる。
「邪気の漏れは…感知できないわね。」
石も普通のものだ、邪気を遮断する黒曜堕天石や、対異能に万能な効果を発揮する聖銀は含まれていない。
その石も、全体的にごつごつしており、一部滑らかな感じのものがあるが…やはり何も無い。
「…違和感は、何も感じられないけど?」
赤外線、紫外線、X線…様々な電磁波でのスキャンでも、ここ周辺には何も映らなかった。
両脇に入口の無い部屋があるが…この城、入口の無い部屋が多すぎてそれすらも普通に思えてしまう。
第一、部屋の中には何の反応も無い…生体反応も、鷹一郎が言う「片割れ」も
「まあ…相手は異なる次元に隠れたセフィラ…そう簡単に『視』えたら困るわよね…」
壁は厚くはない…素材も石のはずだ。ならば突き破ればいいのではないか、という案も浮かぶが、力押しで出来るとは思えない
ピアノですら知覚できない"何か"によって、この壁が護られているかもしれない、いや、きっとそうだろう。
ピアノは壁をこんこんと叩く、その反響は廊下にこだまし、反響はこの奥にあるはずの部屋を包み込んだ。
ソナーと同じ原理で、その音響マップを視る。やはり何も――――
パキッ
「え?」
ピアノの叩いた石に亀裂が走り、パラパラとその表面が崩れ始めた。
それにつられる形で、周囲の石も表面が砕け、崩れ落ちていく。
その裏にあるのは、壁画の様にも見える…文字?
「古代文字…?私の分野じゃないわね…教授さん、頼むわ」
99 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/08(日) 13:09:16
「おいィ?帰ってきたら女の子がいっぱいいるんだが・・・」
「ふぇ!?」
いきなり後ろから声を掛けられ、シロフォンは驚いて尻もちをついてしまった。
鷹逸郎さんの同僚だという黒野…天使さん?の看護をしていたせいで、"触覚"を疎かにしてしまっていた。
そういえば、ここはオーケストラでは無い、自分の味方では無い人たち同士が戦い合う戦場。
あわわ…とシロフォンは尻もちをついたままずりずりと後ずさりする。
悲鳴を聞いたらしいお姉ちゃんビブラフォンが、G36アサルトライフルを片手に飛び出してきた。
「くそ…ここの持ち主か?」
ビブラフォンはシロフォンを抱え起こすと、舌打ちをしてG36を構える。
やってきた男は、何やら通信機とぎゃあぎゃあ喚きあっていたが、銃を向けられている事に気付くと、両手を掲げる。
「ってそんなことしてる場合じゃねえな。お前ら動くな!
お前らには、お前らには・・・・・・・その、アレだ、・・・そうだ黙秘権! 黙秘権がある!
お前らの今後の発言は全て証拠物件として───」
「…何言ってんだこのおっさん」
姉の言葉に、シロフォンは小さく頷く
動けないのはそっちの方だし、黙秘権は黙ってていい権利だ、証拠物件って…家じゃないんだから。
両の手を天に掲げたまま、男はきょろきょろと落ち着きなく周囲を見回し、そしてホワイトボードに書かれているものを見て、急に真顔になった。
そして両手を下ろすと、ホワイトボードをまじまじと見つめる。ビブラフォンが銃口を向けるが、お構いなしだ。
「“これ”を書いたのは───お前らなのか?」
とてつもなく真剣な口調で、男はホワイトボードをこんこんと叩いた。
シロフォンはふるふると首を横に振る。
「それを書いたのは…ある男だ、そいつは今、あの城ん中にいる。」
ビブラフォンがシロフォンを自分の後ろに隠し、詳細を話す。
男は、そうか…と小さく呟くと、通信機に話し始めた。
「・・・『隠者』よ、朗報だ。───ヤサが割れたぜ。」
アルカナ、枢機院、カノッサ機関…
三者三様な歯車は、それぞれがまったく狂う事無く、回り始めていた。
100 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/08(日) 17:22:35
――――枢機院・楽園教導派東方支部「ラツィエル古城」
――――仄暗い石廊
「古代文字…?私の分野じゃないわね…教授さん、頼むわ」
(ピアノが叩いた壁の一部が崩れ、露わになったのは壁画と古代文字。)
(でかしたぜ!、と賞賛と労いの言葉を投げ掛けた鷹逸は、腰を屈めると慎重に覗き込み始めた。)
(それは有り体に言えば、蛇がのたうち回ったような曲線が一定の法則性を以て並んでいるような、得体の知れない内容だった。)
(壁に描かれた絵画にも見えるし、文字のようにも見える。)
(何も知らない人間が見たところで、これではその意味の片鱗すら掴めないだろう。)
こ、こいつはえげつねえ。
絵と文字をごちゃ混ぜにしてやがる。唯でさえ解りにくい言語なのに、生半可に知ってるだけじゃとても解けたもんじゃねえぞ……こりゃあ。
しかもぱっ見、文字を幾つかに分解してやがるみたいだな……畜生、面倒くせえ。
まず有意味と無意味の部分に分別して……。
後は発音記号の組み合わせ……ニクダーに注意、ってオイオイこれは絵か文字かどっちなんだ……?
(この複雑さは、最初から嫌がらせする為に作ったような印象さえ受ける。)
(……もしかするとこれを作った人間は、こういう事態……つまり、城主が敗れることを予見していたのかも知れない。)
(『知恵』自身が、或いは――隠れたセフィラ、『知識』か。)
(成る程、これはまさしく知識の門と呼ぶに相応しい。)
(無知なる者には、舞台に上がることすら赦さない。知っていて初めて、スタートラインに立つことが出来る。)
(やがて、ふう、と鷹逸の手が止まった。)
(壁画には様々な加え書きが添えてあるが、専門的な発音記号の羅列なので一見ただのイタズラ書きのようである。)
(始めこそ複雑な意匠の壁画だったが、解読して現れたのは非常にシンプルな一文。)
……”主を讃えよ”。成る程、な。それならこの暗闇は関係ねえって訳だ。
(方法は解った。)
(だが、『知識の門』と対峙する前にやらなければならない事がある。)
101 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/08(日) 17:25:12
.
突入する前に、少しやらなきゃならない事がある。
ちょっと待っててくれ。
(――――と、同時。)
(鷹逸は腰のベルトに固定した無線機のスイッチを、後ろ手でオンにする。)
(アルカナが設置したと思しき仮拠点の中で見付けた物だ。無論電源を入れれば、以後の会話は全てアルカナの耳に入ることになる。)
(もし、『知識』のセフィラが存在する場合。
”セフィロトの樹”に照らし合わせりゃ、神の膝元に一番近いのは……やっぱり『知識』。
はっきり言って、危険過ぎる。秋葉原で出会した『基礎』のヤツの滅茶苦茶な強さを鑑みると、正直援軍が到着するまでの間に勝てるかは怪しい。
唯でさえ、まともに相対するのは避けた方がいい敵だ。
やるべきことは――――敵を増やさないことと、仲間を増やすこと。)
(緊張を隠せぬように、震える息を吐く。)
(暫く深呼吸を繰り返した後、やがて乾き気味の口で声を紡ぎ出した。)
――――アルカナ諸君。我の声が聞こえるか?
(数日前、ヨコシマキメ遺跡。)
(そこで【アルカナ】と対峙したのは、世界基督教大学邪気学教授の”結城鷹逸”ではない事になっている。)
(つまり、【アルカナ】と話すには、”彼”でなければならないのだ。)
(鷹逸は、捨てたはずの仮面を被る。)
(『世界』との戦いで消え去った友の仮面を――結城鷹逸は今、再び<Y>となる。)
(突然の出来事で呆然としているであろうピアノに、沈黙のジェスチャー。)
(取りあえず話を合わせてくれ、と言うことらしい。)
遺跡での対峙から幾日、か。
何の因果か解らんが、奇しくも又同じ戦場で出遭うとはな。
それもどのような縁か、”共通の目的”で。更に可笑しなことなのだが、我等はどうやら補完的な関係にあるようなのだ。
102 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/08(日) 17:27:42
.
順を追って説明しよう。
君達の拠点には今、少女が三人程いる。
一人は病人だ、残りは彼女の護衛兼看病役と思ってくれたまえ。
彼女らを休ませる為に暫し、休養の地として無断利用させて貰ったことについて、先ず謝罪を。
心配しなくとも、彼女らには君達と敵対する理由がない。その内、病人の少女は『この世界』とは関係ない一般人でね。上手く取り計らって貰いたい。
ホワイトボードに残した情報は、その礼代わり。
簡潔には”対価”、と表現できるだろう。君達が求める情報を、其処に記しておいた。
(つまり、『知識』の所在地であり、鷹逸達の現在地。)
(古城全体をセフィロト樹形図に照応して考えた場合の、”門”を示す『知識』のセフィラが存在する中央地点。)
(一見して普通の廊下にしか見えないが、この壁画が違うことを証明する。)
(しかし、これだけでは解決しない問題がある。)
(それがアルカナに示すメリット――この秘匿部屋の解放だ。)
……さて、ここからが本題。
汝等は、巨大転送装置の子機を探しているはず。…否、一つは既に手に入れた後だろうか。
『片割れ』――もう片方の子機に関しては、未だ手の空いた者で目下捜索中。それも戦闘で疲弊した直後の状態でだ、捗るまい。
また、これは推測だが、時間を掛けられない状況にある。
援軍で圧殺すると宣告されたのではないかね、そしてそれを知っている城内の兵は降伏せず、抵抗を止めることはない。
我は、その在処に辿り着いている。
……正確には、在処と思しき場所の目の前だ。どうやら秘匿された部屋のようでね、目立った入り口がない。
解放には更に古代文字を解読し、機構を解除する必要がある。
ここで更に時間を潰されては絶望的だろう。…更に『子機』はセフィロトが護っている筈だ、彼らの滅茶苦茶な戦闘力は目の当たりにしているかな?
つまりギリギリで解読に成功し部屋を暴いたとして、どうやら間に合いそうにない。
これは最初から汝等に勝ち目のないゲームだった。
それは我等にも然りと言うべきことなのだが――我等が一致団結すれば、勝てる目が出る可能性がある。
103 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/08(日) 17:29:55
.
知っての通り、我と汝等の間には禍根がある。
お互いがどのような目的で対立していたにせよ、我は『世界』を討ち取った、汝等から『世界』を奪った人間だ。無理もない話。
忘れよ、とは言わない。
怨みを捨てよ、とも言わない。
唯、同じ目的を抱いたこの瞬間だけは汝等と共に力を合わせ、共に窮地を乗り切りたいと願う。
(鷹逸は唯、『世界』と対立した訳ではない。)
(『世界』が世界に仇為す理由を知り、その狂おしい悲哀と絶望と憎悪を知り。)
(それでも、世界を守る為に戦った。それは決して、『世界』の戦う理由を真っ向から否定していた訳ではない。)
(あの仄暗い遺跡の最奥で。)
(ヤミを灼き尽くす眩いヒカリと、ヒカリを呑み込む深いヤミの混じり合ったモザイクのような世界で。)
(歴史の闇に沈みかけた『世界』の遺志を、鷹逸は受け継いだ。)
(”不条理で残酷な運命に弄ばれる、この世界を守る”。)
(手段を誤り、倒れてしまった『世界』に代わって立ち上がったのが、結城鷹逸だったというたったそれだけの話。)
女々しく弁明を並び立てる時間も惜しい。
返答を求む。承諾か、拒絶か。
104 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/13(金) 16:52:22
「・・・ここか」
ラツィエル城の中層にある一室、その扉の前に『隠者』は居た。
城内でよく見られるものと同様の装飾が施された、何の変哲も無い扉。
しかし、その内部からは『箱舟』のものと思われる微量の邪気が漏れ出ていた。
「ようやく見つけたよ、『知識』。
聖銀で部屋を覆っても完璧に気を遮断することはできない。
たとえ異次元に部屋を隠しても、もう一つの子機とリンクするためには城内の空間に繋いでおかなければならないから、そこから「気」は漏れる。
あまり【奏氣眼】の探知能力を甘く見ないで欲しいね」
『隠者』は扉を大きく開け放つ。
・・・・・・中には、何も無かった。
「あれ?」
『知識』の姿はおろか、邪気を探知していたはずの『箱舟』の子機すら存在しない。
がらんとした部屋の隅に椅子が何脚か放置されているだけの、ごく普通の空き部屋だった。
「???」
「狐につままれた感覚」というのはこういうことを言うのだろう。
第一、ここが外れだというなら自分は今まで何を探知して──────
その時、『箱舟』の邪気が、なんの前触れも無く隣の部屋に現れた。
(──────!? ど、どうなってるんだ!?)
慌ててそちらに向かうが、やはり、ただの空き部屋があるだけだった。
しばらくすると、今度は通路の突き当たりの部屋に、そして次は遥か下層に反応が移っていく。
嫌な汗が滴り落ちる。
『血反吐吐くまでこの広大な城を這いずり回って、どうか頑張って見付けて下さいね!』
「『知識』・・・やってくれる・・・!」
相手を少しでも侮っていた自分が恨めしい。『隠者』は唇を噛んだ。
(定期的に部屋の位置が転移するのか!? なんて嫌らしい仕掛けなんだ・・・)
『隠者』は自身の【奏氣眼】を信頼するが故に、“もう一つの可能性”に思い至ることはなかった。
後に彼はその推測が間違っていたことを思い知らされる。
(いちいち目先の反応を追っていては永遠に辿り着けない。
2つ目の子機は敵にとっても重要な防衛拠点なんだから、どこかに正規の入り口が存在するはずだ。
本陣に残された情報が正しければ、この近辺に何か手がかりが・・・そもそもあれを鵜呑みにしていいのか? 疑い始めるときりが無いな)
もし虚偽や罠でないのなら、あれを書いた本人も又、同じ階層で探索を行っている可能性が高い。
そう思った『隠者』が【奏氣眼】のピントをずらしてみると・・・・・・居た。
少し離れた位置に、反応が2つ。1人は邪気眼使いだろう。もう1人は普通人のようだが・・・どうにもよくわからない。
(それにしても、この「気」、どこかで──────)
《――――アルカナ諸君。我の声が聞こえるか?》
突如として、錆びた声が通信機から聞こえてくる。
『隠者』の心臓が大きく脈打つ。その声、そしてその仰々しい口調――――忘れる訳が無かった。
――――『隠者』などもおるのだろう? その者には「深慮」はあるのだが、故に「崩壊」も孕むのだ。考えすぎには注意するに越したことはない――――
「<Y>・・・・・・だと・・・・・・!?」
105 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/13(金) 16:56:26
《遺跡での対峙から幾日、か。
何の因果か解らんが、奇しくも又同じ戦場で出遭うとはな》
(「何の因果か」・・・そんなことは分かりきっているじゃないか。
『世界』の死んだあの日からずっと僕は君を探していた。
あんなに会いたくて会いたくてたまらなかった相手に今巡り合った・・・これは運命、神のお導きだよ)
『隠者』がこの世に生を享ける遥か昔から、表裏に関わらず、世界は多くの勢力によってがんじがらめに縛られていた。
『世界皇族』、『SAGA』、『シャイアーテックス』、そして『カノッサ機関』。
各々が独自に構築した世界規模のシステムは新時代の到来を認めず、ただ彼らの欲望と繁栄のためだけに多くの可能性が摘み取られていった。
それを知った『隠者』は立ち向かった。正しい者が、失われることのない未来を求めて。
だが、世界という海原に小石を投げ込んだところで、何かが変わることなどあるはずも無かった。
だからこそ彼は、縛られし世界の鎖を解き放とうとしていた『世界』に希望を見た。その希望に縋った。
(その希望を、壊した。
確たる理想も持たず、ただ偶然ヨコシマキメに迷い込んだだけの盗掘者が、僕達の希望を、壊した。
・・・何処だ? 今君は何処に居る? 早く早く教えてくれ。
君への呪詛をこらえているのが大変なんだ。
何の用でも構わない。どんな状態でも構わない。何処に居るのか教えてくれ。すぐ駆けつけて殺してやるから・・・!)
《ホワイトボードに残した情報は、その礼代わり。
簡潔には”対価”、と表現できるだろう。君達が求める情報を、其処に記しておいた》
(・・・そうか、じゃあ、あの「もう1人」か。すぐ近くじゃないか)
その後、<Y>はアルカナの戦況分析などを展開していたが、『隠者』にはどうでも良かった。
有利だとか不利だとか共通の敵がいるとか、そんなことは今の彼には大して意味を成さなかった。
復讐。それだけが彼を動かしていた。
《これは最初から汝等に勝ち目のないゲームだった。
それは我等にも然りと言うべきことなのだが――我等が一致団結すれば、勝てる目が出る可能性がある》
(団結、だと・・・? その手でアルカナを半壊させておいて、今さら何を言う!
もう『箱舟』も枢機院も後回しでいい! 今ここで仇を、息の根を止めてやる───!)
心の中で吐き捨てると、『隠者』は通信を最後まで聞くことも無く走り出した。
もし、『隠者』が殺意も顕わに飛び出して、彼らに攻撃を加えた場合、それは必然的に“アルカナの総意”と受け取られる。
『隠者』が、『プレート』の所持者である結城鷹逸郎と超科学兵器を駆使するピアノ・ピアノの2人を相手に勝利する可能性は皆無である。
戦闘は『隠者』が命を落とすことで決着が着くだろう。
そしてアルカナと<Y>、両者の断絶は決定的なものになり、例え<Y>が『知識』に勝利したとしても、アルカナが『箱舟』の恩恵を受けることは叶わない。
あるいは、この状況こそ『知識』が手を下さずしてアルカナを破滅させる罠なのかもしれなかった。
仮に、コクマーを倒し、<Y>に接触するのが他の者であれば、穏便に協力体制を取り付けることができたのだろう。
しかしそうはならなかった。ある意味では、これは悪意をもった偶然であり、必然でもあった。
何者かの意思すら見え隠れする運命の悪戯───それをある者は“世界の選択”と呼んだ。
かくして世界は『知識』の、引いては『創造主』の思惑通りに進む。
───筈だった。
「・・・・・・・・・・・・・せ か い・・・・・?」
“世界の選択”を狂わせたのは。
“『世界』の選択”だった。
106 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/13(金) 17:04:12
今や目と鼻の先、後一つ角を曲がった先に居る、<Y>と思わしき者。
その気に混じって、ほんの僅かながら懐かしい気が───『世界』の邪気が、感じられた。
【奏氣眼】ですら、ここまで接近しなければ感知することが出来なかったほどの量であったが、それは確かに彼から発せられているものだった。
(な・・・なんで、『世界』の邪気が? 『世界』は死んだはずじゃなかったのか!?
僕はこの目で見たんだ、ボロボロになった『世界』が頭を撃ち抜かれるのを。
それが、どうして───)
そこで『隠者』は思い出す。
あの戦いの折、<Y>と『世界』の間で起こった、『プレート』支配権の奪い合い。
それは『プレート』という人知を超えた物体の上で行われる、ココロとココロのぶつかり合い。
その過程で、一方の因子がもう一方に流れ込んでもおかしくはない。
しかし、相反するベクトルの精神エネルギーが長期に渡って同居するということは考え難い。
魂魄とは弱肉強食。悪霊に憑かれた者が自我を失うように、弱い方が飲み込まれ消滅するのが常である。
両者の力関係に明白な偏りがあるにも関わらず、互いが争うことなく均衡を保って共存しているということは───
(───『世界』が、<Y>を認めた? そして、<Y>も『世界』を・・・・・・?)
そうとしか、考えられなかった。
(どういうことだよ・・・・・・なんで<Y>を認めるんだよ!?
計画を妨害して自分を殺した男だぞ? わかり合えるはずなんて無いだろ!?
なんでそんな奴なんかに力を貸すんだよ、『世界』?
くそっ・・・僕にはわからない・・・わからないよ・・・。
それどころか、僕は──────『世界』がどんな人間だったのか、一体何を考えていたのか、まるでわかっていなかったんだ───!)
『隠者』だけではない。アルカナの内で、『世界』を正しく理解していた者などほとんどいなかった。
そういうことは、無意識的に考えないようにしてきた。
世界に対して無力だった彼は、絶対たる存在に依存して、その先を考えることをしなかった。『世界』の目的を知っていても、その意図まで知ろうとはしなかった。
自ら意見することも異を唱えることもしない、忠臣とは名ばかりの怠惰な服従姿勢。
そんなものが真の忠誠ではないことを知りつつ、目を背けてきた。
<Y>は、『世界』と真っ向から向き合った。
『隠者』は、ただ『世界』に追従するだけだった。
結果として<Y>は『世界』に認められ、残された『隠者』は何もわからぬまま途方に暮れていた。
その事実を突きつけられた以上・・・もはや、復讐というお題目を掲げて自分を騙し続けることは、できなくなった。
(なんだ、最低なのは僕の方じゃないか・・・。
『世界』をろくに知ろうともせず、自分が安心するための手段として崇拝して、手前勝手な願望を仮託して・・・そのくせ『世界』が死んだら仇討ちだって?
馬鹿も休み休み言えよ糞餓鬼が・・・・・・!)
107 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/13(金) 17:10:19
『隠者』は立ち尽くしていた。
果たして、自分は何を抱いて<Y>と相対すればいいのだろう?
『世界』はもういない。誰が何をしたところで、彼は戻ってこない。
『隠者』に出来る事はもう何も無い・・・・・・のだろうか? 本当に?
それでも、<彼>を通して、『彼』の見据えていたものを知ることはできる。
標を失ったはずのアルカナが在る、その真の意味を探ることはできる。
それはもしかすると、自分の安寧のために『世界』を損ない続けてきた『隠者』の、せめてもの償いになるのかもしれない。
通信機の向こうからは、仲間達の動揺が窺い知れた。
皆、迷っている。
過去にこだわり、提案を跳ね除けるか。
未来のために、共闘を呑むか。
(───僕は、どうする?)
仇敵を討ち果たし、“かつて”の遺恨を絶つか。
『世界』の真意を追い求め、『アルカナ』の“これから”を拓くか。
自分にとって、『世界』にとって、そして、『アルカナ』にとって最良の道とは。
《返答を求む。承諾か、拒絶か》
『隠者』の選択は。
燐光揺らめく薄暗い回廊。そこに、青年と少女がいた。
その2人の前に、音も無く『隠者』が現れた。
「久しぶりだね、<Y>。といっても君は覚えていないかな。あの時僕は“その他大勢”の内の1人だったからね。
僕は大アルカナの一柱、『隠者』だ」
自己紹介もそこそこに、『隠者』は口を開いた。
「君の提案は聞かせてもらったよ。『世界』を殺しておいて、お互い仲良く協力しましょうだなんて随分ムシの良い話だね。
それだけじゃない。君達のお陰で『月』も『正義』も・・・多くの仲間が失われ、僕達はヨコシマキメを追われた。
それを水に流すことなんて、できる訳がない」
恨みも、憎しみも、そう容易く消えはしない。
「──────でも」
少年の眼には、それを超える何かが映っていた。
「もし、君がただの破壊者ではないのなら。
僕達が最後まで知ることの無かった『世界』の想いを・・・・・・『世界』が焦がれ、目指し、それでも叶うことの無かった何かを・・・・・・
いなくなってしまった者達の“遺志”を受け継ぐ“意志”を持つ者であるのなら。
──────それは、『アルカナ』が道を共にする理由としては、十分だ」
偽りの神が目論んだ予定調和の未来に、僅かな歪ができつつあった。
<『隠者』及び『アルカナ』:協力要請を受諾>
108 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/16(月) 21:24:54
.
(言うべき事を言い終えて、通信機から耳を離した。)
(表情には疲弊の色合い―――それは慣れぬ頭を使った所為なのか、それとも。)
これで、いい。
……どの道、俺達二人だけじゃどうにもならねえ相手だろうからな。
【アルカナ】との協力を取り付けられなけりゃあ、どう足掻こうが藻掻こうが、……ここで俺達は、『詰み』になっちまう。
(鷹逸は、戦力差と現在の状況を客観的に分析していた。)
(秋葉原での『基礎』との戦いから考えて、相応の被害を代償にだが、勝利すること自体は可能かも知れない。)
(だが、勝利条件を満たせない。)
(つまり、数千の援軍が到着するまでの間に勝つことは現実的ではない、と予想した。)
(『知識』のセフィラ――どんな能力かは定かではないが、セフィラの名を冠するからして一筋縄では行かない相手であることは容易に想像がつく。)
(戦力を出来うる限り集中させての一点突破。)
(戦闘を短時間に収めて尚かつ勝利するための、一番原始的な作戦である。)
(――――だが、問題は。)
……”頭を屠られた組織が、その屠った奴と手を組むか”、か。
(有り得なくはない。)
(だが、有り得ないに限りなく近い。)
(鷹逸も解ってはいた。)
(解っていて、敢えてこんな馬鹿正直な方策を採ったのには理由があった。)
(仮に不承不承手を組まざるを得ない状況にすることは、手持ちの「カード」を最大限に利用すれば、まあ出来ないことではないだろう。)
(だが、そんな奸計を図れば怒りを買うだけだ。) ・ ・ ・
(遺跡の最深奥、『世界』とのエンカウントで第一印象として感じたのは、【アルカナ】は全体的に頭が切れるということ。)
(下手に裏を掻けば、その更に裏から首を掻っ裂かれるのは請け合いだと鷹逸は判断した。)
(何より鷹逸個人として、汚い手を【アルカナ】に使いたくなかった。)
(必定、真正面から向き合う。それしかない。)
109 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/16(月) 21:26:30
.
(永遠とも思える数分の後に。)
(蝋燭の灯のみが照らす仄暗い古城の回廊で、第三の人影が来訪者の存在を告げる。)
(不意を突くように出現した――あるいは突然現れたのか――のは、学生の装いに身を包んだ少年だった。)
(異彩を放つのは、背中に垂れる漆黒のマント。)
(その双眸に宿るのは憎悪と、後悔と、懐想と、…それらを超克する意志の光。)
(少年は自らを『隠者』と名乗る。)
(鷹逸の記憶の片隅に、その姿ははっきりと在った。…ヨコシマキメの暗闇の向こう、『世界』を囲んでいた人垣のその一人の姿が。)
「君の提案は聞かせてもらったよ。『世界』を殺しておいて、お互い仲良く協力しましょうだなんて随分ムシの良い話だね。
それだけじゃない。君達のお陰で『月』も『正義』も・・・多くの仲間が失われ、僕達はヨコシマキメを追われた。
それを水に流すことなんて、できる訳がない」
(女々しく弁明を並べ立てることはしない。)
(それは少年も、否、【アルカナ】その全ての構成員が理解しているだろうと察していたからだ。)
(対峙した理由、名分、それらを遥かに超えた所で、『世界』を討ち取った一人である結城鷹逸――<Y>に怨みと憎しみをぶつけているのが解った。)
(愛されていたんだな、と鷹逸は心の隅で彼を想う。)
(『世界』は何処か青年と似ていたが、それでも決定的に違っていた点の一つだった。)
「──────でも」
(瞳に燃える憎悪と怨恨の炎を、しかし少年は意志の光で呑み込む。)
(鷹逸はその光に、確かに絶対の意志を見た。)
「もし、君がただの破壊者ではないのなら。
僕達が最後まで知ることの無かった『世界』の想いを・・・・・・『世界』が焦がれ、目指し、それでも叶うことの無かった何かを・・・・・・
いなくなってしまった者達の“遺志”を受け継ぐ“意志”を持つ者であるのなら。
──────それは、『アルカナ』が道を共にする理由としては、十分だ」
(この瞬間。)
(決して二度とは交わらぬ筈の、相反する双つの運命が今、鮮やかな奇跡を描いて一つの道となる。)
110 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/16(月) 21:29:12
.
(長く、また短い会話の後。)
(鷹逸は通信機の送信可能な音量を最大まで引き上げ、腰元のベルトに固定。)
(通信機を所有する【アルカナ】、その全ての人間が聴けるようにしてから、いよいよ秘密部屋解放の”謎解き”に入ることにした。)
(これでホワイトボードの文字が鷹逸の物であると証明する。)
(メリット・デメリットを考える者には効果的だろう。そういう手合いには利用価値をはっきりさせるに限る。)
これは数千年前に使われていた古代文字。
当時としては公用語にもなってたりしたんだが、段々と廃れていって今じゃ博物館の文献でしか中々お目に掛かれねえアンティークだ。
ミミズみてえな字だが、これを一定の規則で分解してる。
その上に紛らわしい絵文字を混ぜてるから、これじゃあ専門知識があっても苦戦するだろうぜ。
まずこれを発音記号で分解した後、パズルの要領で組み合わせていく。……すると、極々シンプルな文章が出現する。
(――――”主を讃えよ”。)
讃えよ、ってのは恐らく、名前を声に出せ、ってこったろうな。
主は言わずもがな――『創造主』。
『創造主』を讃える言葉といったら、あまりに有名で、かつピッタリ過ぎる一文フレーズがあるよな?
さあ、覚悟はもう決めたか?
行くぜ――。
――――――”ラ・ヨダソウ・スティアーナ”。
(瞬間、ガコガコガコ、と奇妙な音が石廊に響き渡る。)
(何だと疑問に思った直後、石壁から、石畳から、石天井から、石塊が次々と浮出した。)
(中空に浮いたブロックは裏返しになった後、再び元の位置に納まる。それを繰り返し、繰り返し、また繰り返し、その繰り返し。)
(否、裏返っているのは石塊だけではない。)
(次元が、空間が、風景が、全てが裏返し。)
(斯くして/隠して、その場所は一瞬にして様相を一変させた。)
(静謐な空気を湛えた薄暗いホール。組み上がった祭壇。空中で回転する水晶玉。――その頂にて嗤う、「少年」。)
「やあようこそ、ここは楽園へと続く試練の門――――神の『知識』無き者、其の進入と生存を禁ず」
111 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/18(水) 08:12:19
(隣の部屋で修道女と学生と思念体とが秘密の会合をしている事などつゆ知らず、当の≪帽子屋≫は何をしていたのだろうか)
…成程、成程…いい恐怖だ。絶望的だ。…瞳孔の開き方、悶絶の姿勢、息遣い…こうか。ああそうか、成ぁる程なぁ!
(脳に邪気を送り込まれて悶絶する枢機院の聖兵たちを、ただひたすらに見聞していた)
(礼拝堂に集った兵士たちは、ほとんど牙を殺がれていた。その理由は、二人の邪気眼使いが扱う圧倒的な実力の差)
(そしてもう一つ、ここまでやられて、誰も殺されてはいないという事実)
(確かに外道科学者の手によって半数以上は「死ぬより辛い状態」にされている。が、今敵を討つために武装した聖兵士たちは誰一人として、死んではいなかった)
(傷つけられれば怒る事が出来た。命を奪われれば激昂することができた。だが、相手はそうはしてくれない)
(真綿で首を絞められるような攻められ方に、枢機院の兵士はすっかり戦意を折られていた)
「……殺せ…殺せェェェェェェェェェェェェェェッ!!」
(兵士のうちの一人が絶叫する。その言葉の向かう先は、味方か、相手か)
(自身でそれすらも分からずに、男はやみくもに剣を振り回し、まるで子供のように異端者の懐へ突っ込んだ)
いや、私は人殺しはしない主義なんだ。
(科学者は、ポケットに手すら入れなかった)
(すらりと伸びた病的に細い足で、兵士の鳩尾を蹴り入れる)
「ガッ…!」
まあ、出直せ若造。今の貴様は殺すにすら値せん。
(男を一瞥すらせずに、くるりと両つま先を揃えてターンする)
(その視線の先にあるのは、礼拝堂の大扉───)
……ほう。
(梟のような声を上げ、扉を食い入るように見つめる)
……少しは楽しめそうなのが、いるな。
ステラ=トワイライト、ここは貴様に任せた。私は一寸、お客にあいさつしてこよう。
(毎度のことながら返答もろくに聞かず、ドアに向かい狙いを定める)
(そして小振りな黄金色の鋏を構え、投擲する。投擲する。投擲する投擲する投擲する投擲スルトウテキスルトウテキスルトウテキスル…)
(どす、どす、どすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどすどす…)
微量ながら邪気が感じ取れた。我々同様の招かれざる客だとお見受けする。
…そんなところで隠れてないで、出てきたまえ、御来賓?
(二人のゲストが部屋に闖入する前に、ドアは開いた)
(──開いた、というよりは、穴を開けた、と言った方が正しいのだが)
112 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/18(水) 22:01:11
「……”主を讃えよ”。成る程、な。それならこの暗闇は関係ねえって訳だ。」
しばし壁画を見ていた鷹逸郎は、ふむふむと頷くと、こんな事を呟いた。
ピアノはぼけっとそんな様子を眺めるだけ、古代文字なんて読める訳はないし興味も無い
確かに諜報部ではあるが、こういうのはオルガンの方が得意だ。自分は情報操作や統制の方が専門である。能力ゆえに
「突入する前に、少しやらなきゃならない事がある。
ちょっと待っててくれ」
「あそ、あんたに全部任せてるから別に断りいれる必要はないわ
好きにやって頂戴な」
ひらひらと手を振り、あっけからんと応える。
興味の無い事にはとことん興味が無い、シンプルな彼女の性格はひたむき過ぎて恐怖すら感じられるレズ属性にも表れていた。
いやあれはどっちかというと病み系にまで踏み込みかけているのか?
筆者は病みは嫌いでは無いが好きでも無いので、この件は読者で勝手に補完してほしい
まあ何にせよ、ピアノは興味が無い事には欠伸で返事するような性格だったのだが、さすがに鷹逸郎が放った次の言葉には一瞬驚かざるを得なかった。
「――――アルカナ諸君。我の声が聞こえるか?」
「は!?」
思わず声を上げてしまったが、鷹逸郎は口元に人差し指を当て「少し黙っててくれ」とジェスチャーしてくる。
色々と突っ込みたい衝動が駆られるが…
先程の言葉、「アルカナ諸君」という言葉から分かる。察するまでも無い、あの通信機はアルカナのものだ。
と言う事は彼の言葉はアルカナに包抜けと言う事、ここで騒げば、アルカナ全員に醜態を見せつける事になるし、何より場所もバレる。
いや、通信機を使っている時点で、逆探機能がついていたらお終いだ。
そしてなにより、敵であるはずのアルカナに自ら話しかける事と、その口調の違いに突っ込みを入れたかった。
「遺跡での対峙から幾日、か。
何の因果か解らんが、奇しくも又同じ戦場で出遭うとはな。
それもどのような縁か、”共通の目的”で。更に可笑しなことなのだが、我等はどうやら補完的な関係にあるようなのだ。」
鷹逸郎はわずかに強張った顔のまま、淡々と話を進める。
ピアノはその言葉で、早速理解した。
幾日前に"遺跡"でアルカナと対峙した―――――
アルカナが向かう、いや、邪気眼と関連性のある"遺跡"といえば、ヨコシマキメ。
太古の都とも、怪物の口腔とも言われる、伝説上の遺跡。
絶対に無い、とは言いきれない存在、むしろある可能性の方が圧倒的に高かった"異物"
多くは語られないそれは、数日前に"とある大学"の地下に突如現れた。
そして消えた。『世界』の邪気と共に
そういえば…レイは鷹逸郎に「君は『世界』と対峙したのか」って言ってたっけ…と、ピアノは思い出す。
あの時は興奮していてよく考えていなかったが…それはつまり、この男はアルカナの首領と対峙し………勝ったという事。
「あの『創世眼』を打ち破ったっての……?本当に何者よこいつは…」
113 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/18(水) 22:02:29
鷹逸郎は淡々と話す。それは簡潔に言えばアルカナに助力を請うものだった。
しかし、自分の予想が正しければ…いや、というか本人が自分から明かしてくれた。
アルカナにとって、この男は『世界』の仇なのだ。
相手は当然のごとく憤慨しているだろう、現にアルカナは立ち直れぬほどに被害を受け、こうして枢機院に押されている。
そんな相手に、「偶然目的が合致しているから助けてほしい」などと言われ、誰が信用するものか
中途半端に使われ、裏切られ、目的の物を奪われると思っているに決まっている。
そう、今まさにこちらに向かう殺気がそれだ。
レイがいれば、鷹逸郎を引っ張ってまで退かせただろう、何たってピアノですら感じられる憎悪の感情だ。
「…どうすっかなぁー」
ぽつりと呟く。
引き金を引いたのは鷹逸郎だ。私は何の関係も無い
彼が殺されるのは、レイの"遺志"に反するから、それはさせないが
「"急がば回れ"でしょ?」
唐突としてオルガンの忠告を思い出す。
気を早めてはいけない、のんびりと、起きる事を待つのも、また「回る」事だ。
「ん…これはどっちかというと"果報は寝て待て"かしら?」
そんな事を呟くと同時
「久しぶりだね、<Y>。といっても君は覚えていないかな。あの時僕は“その他大勢”の内の1人だったからね。
僕は大アルカナの一柱、『隠者』だ」
目の前に、現れた、
少年。
「また男かよッッッ!!!?」
あーあーシリアス空気台無しだわー
でも仕方ないね、ピアノだもんね
114 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/18(水) 22:03:59
2人は無視。というか聞こえていなかったらしい(それでいいんだろうけど)
あ、でも鷹逸郎通信機スイッチ入れっぱだ
うわ恥ずかしい
まあいいんだけど
開き直って通路の隅で二人の様子をぼけっと眺めるピアノ
会話は、もう終わったらしい。短いが、情報量は膨大だ。
もちろん内容は大体理解したつもり
鷹逸郎はただ『世界』と戦い、倒した訳ではないということ
『世界』も、鷹逸郎も、進むべき目的は同じであった事。
平たく言えば、鷹逸郎とアルカナは違う道から同じ目的地に向かって歩いていただけ。
いつかはぶつかるし、その瞬間が、今まさにここ。
「これは数千年前に使われていた古代文字。
当時としては公用語にもなってたりしたんだが、段々と廃れていって今じゃ博物館の文献でしか中々お目に掛かれねえアンティークだ。」
話を終え、ひと段落ついた鷹逸郎は、早速"謎解き"に入った。
脈略も無い、いきなり文字の説明から…謎解きの説明をするときは「さて…」から始めると誰かに習わなかったのだろうか?
あと、謎解き中は横口を挟まないのもマナーだ。
「ミミズみてえな字だが、これを一定の規則で分解してる。
その上に紛らわしい絵文字を混ぜてるから、これじゃあ専門知識があっても苦戦するだろうぜ。
まずこれを発音記号で分解した後、パズルの要領で組み合わせていく。……すると、極々シンプルな文章が出現する。
――――"主を讃えよ"。
讃えよ、ってのは恐らく、名前を声に出せ、ってこったろうな。
主は言わずもがな――『創造主』。
『創造主』を讃える言葉といったら、あまりに有名で、かつピッタリ過ぎる一文フレーズがあるよな?」
ピアノは無言でうなづく。
今や創造主と反発する運命にあるカノッサ機関ですら、伝統によってこの言葉を使い続けている。
表の正史にすらチラホラと見受けられるほどの"著名"なフレーズ。
「――――――”ラ・ヨダソウ・スティアーナ”。」
ゴ、ン
途端、空間が…世界が、組み換わった。
ピアノの知る限りの技術では不可能、明らかな異能の気配が、空間に蔓延する。
漆喰で塗られたかのような石壁、静謐な、しかし異常な空気が澱むホール。
そして、浮かぶ黄金色の水晶と、その下に座りこむ、
「やあようこそ、ここは楽園へと続く試練の門――――神の『知識』無き者、其の進入と生存を禁ず」
青年。
115 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/18(水) 22:05:13
「まァた…」
「ん?」
「男……かよィッッッッッッッ!!!!!!!!」
どず、ん
と、ピアノの地団太が城を揺るがす。
さすがのピアノもイライラが有頂天のようだ。
ノートブック、楽園教導派兵士、そして隠者に『知識』(たぶん知識)
「皆皆皆皆、男ばっか…っ!!何!?戦場に女性がいるのがそんなに変!?黒野さんだけじゃん!気絶してるじゃん!!!介抱中じゃん!!!!!!!
しかもどいつもコイツもなよなよした面しやがってんでェ…###」
怒りの対象が多すぎてどこに向けばいいかも分からず、イライラと周囲を見渡すピアノ。
その隙に場所の分析。
何の事はない、部屋だ。黒い部屋。
ステンドグラスには生命の樹が描かれ、『知識』がある場所が強く光るように作られている。
6本ほどの柱が両脇にあり、高い天井を支え、その天井の下に黄金色の水晶―おそらくあれが『片割れ』だろう―がある。
「…なんて言った?」
「ハいィ?」
突如、『知識』が少々怒りを含んだ感じの声で言った。
右脳で状況分析、左脳で怒りを体現していたピアノは、変なイントネーションが含まれた言葉で返事をする。
「『また男』って言ったよね…?」
「んだけど?」
その時、ふとピアノの頭にある予感が走った。
そして、第六感がギュン!と疼く
「僕は……"女"だッッッ!!!!!!」
「な」
確かに、ゆったりした感じの胸元をよく見れば…わずかに膨らんでいるように見える。
「な」
確かに、声は中性的だが、男というにはいささか細すぎる気がする。
「な」
確かに、行動の一部に女性らしさが見受けられるような…
「な ん だ っ て ―――――――――――――!!???」
【『知識』】
典型的な「ボクっ娘」というかほぼ男。けどそう言うと怒る。
かつては『プロテクト』同様、『創造主』を崇拝する巫女であったが
創造主によって"選ばれ"、生命の樹の一柱となった。
プロテクトほどではないにしても、『創造主』を敬うのはこれが由縁である。
116 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/19(木) 20:18:29
「な ん だ っ て ―――――――――――――!!???」
驚嘆の叫喚を上げる若葉色の少女。
直に言葉を交わしてはいないが、彼女が同性に並々ならぬ関心を持っているということは類推できた。
しかし何故敵の性別にまで拘ったのか。戦いともなれば性別はもちろん人種国籍年齢所得など何の意味も成さないというのに。
(まさか、彼女の異能は『女殺し』───!?)
そんな訳は無い。
ともあれ『隠者』はまず、この緊張感に著しく欠けた空気をなんとかすることにした。
「・・・あの、そろそろいいかな? ほら、折角謎解き終わってさあ決戦って流れだし、そんなに“時間も無い”から───」
少女(そういえば名前を聞いていなかった)の方に向き直り、彼女を宥めるフリをしつつ、それを取り出し、ピンを抜く。
『知識』の死角、3人にだけ見える位置に提示されたそれ。
戦場に身を置く者であれば、それが何なのかをすぐに理解するだろう。
コクマー戦で使用した特殊爆薬・スタングレネード。
「───さっさと済ませよう」
手首のスナップを利かせて打ち上げられたそれは、『隠者』の手を離れてから一秒も経たぬ間に、薄闇のホールを白熱に置換した。
同時に跳躍。途中、重力に負けた運動エネルギーによって体が下降を開始する直前に、柱を蹴って高さを稼ぐ。
そこから孤を描いて祭壇の上、『知識』が「気」を発する場所に寸分違わず
「【奏氣眼】・・・便利な能力だね。でも、もうそれは“識”ってるんだよ」
いない。
声を頼りに振り返る。
『隠者』の背後数メートル、祭壇と同高度の中空に『知識』が立っていた。
(当たらなかったか・・・まあ、予想はしていたけれど)
負け惜しみではない。この程度で倒せるのなら『セフィロト(生命の樹)』などと呼ばれてはいない。
重要なのは「どのようにして避けたのか」という事。それを考えれば、ただの空振りにも意味を見出せる。
戦闘に限った話ではない。誰が、何故に、如何にして、何を為したのか。真実の断片はあらゆる所に転がっている。
(僕は、知ろうとはしなかった。探そうとはしなかった。だから大事な物を見落としてきた。
・・・もう、二度と同じ間違いはしない)
逆位置に固定されていた『隠者』の寓意が、傾く。
117 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/19(木) 20:22:39
先程の攻撃は、閃光で視認できなかったとはいえ、確かに『知識』の魔力反応を探知し、そこを正確に狙った。
なのに、そこに『知識』はいなかった。
超スピードだとか催眠術というより、始めから見当違いの位置に攻撃していた、という感じだった。
(・・・そういえば、さっきも似たようなことがあったな)
目的地に着いた瞬間に忽然と反応が消えた、『箱舟』の邪気反応。
あの時『隠者』は、部屋が転移していたのだと解釈していた。
【奏氣眼】から得られる情報から、そう判断した。
しかし、それはあくまで【奏氣眼】が正常に探知できているという大前提の上での判断であって、その前提が覆されるようであれば話は違う。
転移以外のもう1つの可能性。それは、
(───【奏氣眼】が、ジャミングされている?
なら奴の能力は「撹乱」・・・なんて事だ、相性最悪じゃないか)
元々、【奏氣眼】は索敵に多くのリソースを割く後方支援用の邪気眼だ。
その最大のウリである探知能力が無効化されたとなれば、実質的に『隠者』は「戦闘力の低い極普通の異能者」でしかない。
とはいえ、それだけなら大した脅威ではない。1対1ならともかく、今回は3対1。『隠者』を止めても、残りの2人は止まらない。
(なのに、この余裕。まだ裏がありそうだな・・・)
「まあいいさ。何かあるなら、暴いてやればいいだけだ。【月奏・下弦】」
最小限の動作で『月詠』を振り抜き、一回り小さい衝撃波を放つ。
2者の間隔は数メートル。身構えていても、単純な移動で回避するにはやや厳しい距離だ。
(さあ───受けるか、避けるか、どちらにしても、君の能力を見せてもらうよ)
『知識』は特段構えもせず、無造作に片手を突き出した。
2本の指が、“まるで糸切りバサミの様に”『月奏』を挟み込む。
「それも“識”ってる」
小気味のいい金擦り音と共に、『月奏』は真っ二つに切り裂かれ、その形を失った。
魔具や魔剣の類を使用した痕跡は無い。正真正銘、彼女自身の異能。
『隠者』の推測した「撹乱」とは何の関連性も無い、第二の異能──────?
118 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/19(木) 20:27:36
「僕はこんな役回りだからさ・・・なかなか異能者に出逢えなくて退屈してたんだ。
もっとも、3人もここまで来たのは意外だったよ。彼1人だと思っていたのに」
『知識』は<Y>の方に顔を向ける。『隠者』を、もう1人の少女までも意識の外に置いて。
「でも、きっとこれはあの御方が僕に与えたもうた“神に至る試練”。
───謹んでお受けします、我らが『創造主』」
その眼差しは畏怖と畏敬を帯び、まるで<Y>を敬っている様な錯覚すら覚えた。
(敵を目の前にして余所見をするなんて僕も舐められたもの・・・ん? そういえば僕も同じ事を言われたな。因果応報か・・・)
とはいえ、相手の注意が逸れたのは幸いだった。
『隠者』は懐の通信機に手を掛け、『皇帝』を呼び出す。
現状ではまるで異能の正体が掴めないが、彼の助力が必要であることは確実だった。
「『皇帝』、援護を・・・・・・『皇帝』?」
・・・通信機からは仲間の声ではなく、耳障りなノイズが聞こえてくるだけだった。
こちらに振り返った『知識』はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
それはまるで、攻略本を片手に装備を万全に整えた子供が、如何様に魔王を蹂躙しようかと企む姿にも似て。
アルカナの通信機はただの電波式無線機ではない。『皇帝』の転移術式を利用した情報転移式の通信機だ。傍受やジャミングは通用しない。
しかし事実として、『皇帝』謹製の新型通信機は使用不能状態に陥っている。
何らかの能力が転移そのものを妨害しているとしか考えられない。
(またか・・・もしかして、対アルカナ専用の異能者とかじゃあないだろうな・・・)
荒唐無稽な話だが、ここまで見事に行動を封じられると、あながち誇大妄想とも言い切れない。
撹乱、切断、転移妨害。これらを1つに繋ぐミッシングリンクなど『隠者』には見当もつかなかった。
───ならば、発想の転換。
単一の異能で説明できないのなら、複数の異能を修得していると考えるのが自然。
「気をつけろ。おそらく奴は複数の異能を──────」
『隠者』が全てを言い終える前に、彼の全身を悪寒が襲った。急速に室内の気温が低下していく。
「ありがとう。僕は君たちから多くの知識を得て、あの御方にまた一歩近づいた。
そしてさようなら。“識”り尽くした後の搾りカスは必要ないよ」
顕現するは無数の氷柱。彼女が指をパチンと鳴らすと、それらはホール内の至る所に向かって飛散した。
──────ただ、<Y>の周囲を除いて。
119 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/20(金) 13:35:29
.
「・・・あの、そろそろいいかな? ほら、折角謎解き終わってさあ決戦って流れだし、そんなに“時間も無い”から───」
(呆れか焦れか、『隠者』が諫める口を挟む。)
(――――と見せかけて、さり気なく鷹逸とピアノに死角で見せたのは、沢山の小さな穴が空いた小型の筒。)
(特殊な形状の物体、死角で見せてきた意味。)
(その二つの意味を理解した瞬間、鷹逸は急いで目と耳を塞いだ。)
(子供の頃に軍事雑誌とか読んでおいて良かった――そう若気の至りに感謝する間もなく、爆音と共に仄暗いホールが強烈な閃光に呑み込まれた。)
スタングレネード
(”爆光手榴弾”。)
(殺傷能力はほぼ皆無だが、視力を一時的に潰す光量と、航空機のエンジン以上の爆音で相手を無力化する兵器である。)
(成る程、電撃戦には打って付けの選択だ。手広い【アルカナ】の戦略に舌を巻く。)
(『隠者』は人間離れした運動能力で高度へ跳躍すると、探査系:【奏氣眼】で『知識』の居場所を探知。)
(即ち、祭壇の頂へと放物線を描きながら向かって、)
(、――――向かっ、て?)
「【奏氣眼】・・・便利な能力だね。でも、もうそれは“識”ってるんだよ」
な……ッ!?
(『知識』がいたのは、『隠者』の数メートル背後の”中空”。)
(一体いつの間に移動したのか、祭壇からいつの間に消え去ったというのか。)
(いや、そもそも最初からその場所にはいなかったのか。誤認を誘発させるジャミング系能力、と鷹逸は当たりを付ける。)
(だが、『隠者』は動じない。)
(元より当然だというような素振りで振返り、最小の動作にて小太刀を抜刀――衝撃波を宙に滑らせる。)
(回避も防御も困難な絶妙な間合い。飛来する快刀が風を裂くように『知識』へと襲来した。)
「それも“識”ってる」
(が、通じない。)
(二つの開いた指に挟まれ、閉じられた瞬間、衝撃波は二つに切り裂かれて姿を消した。)
(恐ろしい程に冷静な対応だ。こんな場所に隠れていた割に滑らかな身のこなしは、どうやらかなりの場数をこなしていることを思わせる。)
(しかし、真に恐ろしいのはそこではない。)
な、んだ……!? 今の、ジャミングと全く関係ねえじゃねえかッ!! そんな馬鹿なッ!?
120 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/20(金) 13:37:04
.
(ジャミングと、放射系攻撃の打消し。)
(前者はどちらかと言えば後方支援向きのサポート能力だが、後者に関しては前線で活躍できる実戦的な異能だ。)
(つまり、両者が完全に独立した二つの異能を、『知識』は有している――。)
(有り得るのか、そんなことが!
自然発生した生来能力者ならいざ知らず、異能の核を埋め込まれた人工能力者だぞッ!
セフィロトの持つ強大な能力的性質を一つの人体に二つ以上詰め込んだら、キャパシティオーバーして暴走状態になっちまうはずだッ!!
畜生、さっぱり解らねえ……何かトリックがあるはずだ、考えろ!!
『知識』の名、性質、連想されるその全、て――――ッ!?)
(ゾッ、と。)
(思考が、得も言われぬ不快な悪寒に遮られる。)
(気が付けば、『知識』が鷹逸に微笑を向けていた。)
(戦闘の真っ最中だというのに、その相手を全く意に介さず。……しかもその瞳には皮肉や嘲笑といった悪意はない。)
(畏敬、そして畏怖――それは、決して敵に捧げる類の表情ではない。)
テ、メ、エ……何、を。
「『皇帝』、援護を・・・・・・『皇帝』?」
(『知識』の注意が逸れた隙を狙って、『隠者』が通信機で連絡を取る。)
(仲間の中に強力な援護系の能力者がいるのか、それとも加勢を要請しているのか。……だが、少年の周りを不穏な空気が漂っていた。)
(恐らく、応答が無い。)
(その声に反応した『知識』が、微笑を『隠者』に向けた。)
(……無知への嘲笑、侮蔑。ありったけの憎悪を全て込めたような、見ているだけで総毛立つ、悪意の表情。)
(鷹逸の脳裏に駆け巡る、冷たい予感。)
「気をつけろ。おそらく奴は複数の異能を──────」
(刹那、『隠者』が忠告の為に、僅かに意識を鷹逸とピアノの方へと向ける。)
(その刹那であった。)
(冷凍室のように、急激に室温が低下した。)
(熱を奪ったのは、『知識』の浮く中空一帯を埋め尽くすようにして出現した、悪夢と信じたくなる程に無数、無数無数の氷柱。)
(密集しすぎていて、一柱一柱の形状が解らない。……まるで、巨大な禍々しい氷の薔薇だ。)
121 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/20(金) 13:39:05
.
「ありがとう。僕は君たちから多くの知識を得て、あの御方にまた一歩近づいた。
そしてさようなら。“識”り尽くした後の搾りカスは必要ないよ」
(中性的な声色で、高らかに勝利宣言をする『知識』。)
(白魚のような細指でパチリ、と軽やかな音を鳴らし、――――ただそれだけで、処刑は執行される。)
(そして、氷の薔薇は爆ぜた。)
(殺人的な極大質量を巨体に宿す氷柱が放射状に加速して、ホールの空間を豪速にて埋め尽くし、回避可能な空間容積自体をそのまま殺す。)
(それはまるで、雨粒を避けようとするのと同じ。微細な隙間は、人の身体を通さない。)
(質量と速度は凶大なエネルギーとなり、三人、否、二人に牙を剥く。)
(ホールの壁に、天井に、床面に、次々と爆速で突き刺さる巨大な氷柱は、異能の駆け引きなど泡と帰す力の奔流。)
(セフィロトに相応しい、圧倒的な異能の君臨。)
(これが『カノッサ機関』、『枢機院』を通して行われてきた、”人工邪気眼計画”の集大成なのか。)
(百を繰り返しても安定せず暴走していた当初とは比べものにならない程の完成度で、楽園の門前に立ちはだかる最悪の門番。)
(斯くして、『知識』は君臨する。)
(あっけない幕切れと、その場に佇む憐れな青年を残して。)
……ふ、ざけてんじゃねえぞ、てめえ。
(氷塵の霧の向こう。)
(ただ一人だけ『攻撃対象』から外された力無き青年の震える声が、死の沈黙が統べるホールに響き渡る。)
(期待通りな結果だったのか、『知識』が表情を綻ばせた。)
(邪魔は消えた。)
(此処に生きているのは、二人きり。これでやっと、『本題』に入れる。)
「あはは、良かった。
僕に限って狙いを間違えるなんて事は無いだろうけど、少しだけ不安だったからね。
余計な人たちは消えたし、本題に入らせて貰うよ? これだけ強引に事を運んだんだ、『世界政府』本部も気付いてるだろうし。
君には、『枢機院』の本拠に足を運んでもらう。
その後は色々面倒な手続きや調整があるけど、君ハ何モ心配イラナイ。」
(くすくす、と笑う『知識』。)
(そう、全てはこの為に――『器』さえ手に入れてしまえば、『世界政府』でさえ後はどうにでもなるのだから。)
(長き悲願の機はここに熟し、時の砂は遂に満ちる。)
122 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/20(金) 13:41:24
.
「君は主の全てを理解し、全てを受継ぐだろう。
『器』とは杯を満たすのが役割だ。神の霊は肉を授かり、改めてこの地上に君臨するという訳さ。
そう、全てはこの為に。
君が遺跡でその『無銘のプレート』を手に入れたのも、【アルカナ】の『世界』に勝利したのも、君をこの楽園の門へと導く為に。
我等はようやく待ち望んだ『器』を、『約束の刻』に手に入れる。
さあ――新たな世界の『夜明け』だよ、結城鷹逸。
マスターピース
否、”世界の選択”。
Mesterpiece Master's piece Master of peace
即ち、 ”最高傑作” の ”創造主の手駒”、”永き治の君臨者”! そう……君が”黎明の紡ぎ手”だ!!」
(全ては最初から決まっていた。)
(それはきっと、鷹逸が生を受ける以前から。結城鷹逸の命は、この日の為に生かされていたのか。)
(恭しく招かれる、運命のヤミ。)
(この世界を統べる残酷なシステムは、絶対者――神の名の下に運用されるだろう。)
(ゲーム盤の駒が、プレイヤーに刃向かえないのと同じこと。ナイトもクイーンもキングでさえ、全ては盤上の遊戯の駒に過ぎないのだから。)
(『知識』の奇妙な視線も、全て納得がいった。)
(そう、”全てを理解”した。……後は、”全てを受継ぐ”しかない。)
「君は絶望するかい、この世界に。
それでいいんだ。
元々この世界は、そんなに美しくもなければ綺麗でもないのだから。
ただ汚れが見えないよう取り繕っているだけ。歴史の中で多くの血が流されていることなんて、誰でも知ってることだっていうのにね?
僕はね、醜い世界に絶望したんだ。
だから美しい世界に憧れた。神の国にね……今の君なら、それがきっと理解できると思う。
受け継ぐんだ。 MASTER PEACE
このクソったれな世界をぶち壊して、完全なる秩序を作り上げるんだ。君が、その神なる世界の王として君臨する。
どうだい、悪くない話だろう?
ヤミ ヒカリ
さあ――全ての汚穢を洗い流し、ここに新世界の夜明けを築こう――――我等が主の名の下に!」
123 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/20(金) 13:43:15
.
――――つまらねえ話は終わったかよ、クソッタレ。
(え、と『知識』が呆けた顔を晒すその刹那。)
(氷の霧を切り裂いて、光輝の巨槍が強大な圧力をもって『知識』に真っ直ぐ襲いかかった。)
(突然のことに慌てながらも、落ち着いて手を翳す――冥きヤミが奔流となって光の槍と激突し、爆圧と共に相殺された。)
(が。)
「きゃあっ!? い……ッ!!?」
(突如の鈍痛に、思わず少女らしい悲鳴を上げる。)
(――――『知識』の肩に勢いよく衝突したのは、氷の大きな塊だった。)
(先ほど彼女が錬成した無数の氷柱、その破片である。恐らく、あの光の槍と同時、どさくさに紛れて投げつけてきたのだろう。)
(ハッ、と顔を上げる。) ・ ・ ・ ・. ・. ・. ・ ・ ・. ・. ・ ・
(氷塵の晴れた向こう。……一帯に突き刺さった氷柱と、ピアノを引き寄せて庇った鷹逸。)
(『隠者』の眼前には白い光の壁が聳え立ち、少年の肉と骨を打ち砕くはずだった氷柱の群れを一身に引き受けていた。)
「ば、馬鹿な……確実に心を折ったはず。
僕は”識”っているぞ、君の精神力はもう限界を迎えているはずだ!!
睡眠ぐらいで回復するような簡単な力じゃないはずだろう……大学で、秋葉原で、そして此処での連戦で既に力は枯渇しているはずだッ!!
それに君は”世界の選択”じゃないか……。
”君の行動は常に我々の有利となるように設定されている”ッ!! なのに、何故!?」
だからうるせえぞ、てめえ。
何でも”識”ってるような口をぺらぺら利きやがって、冗談じゃねえってんだ。
てめえは予想できたのかよ。
『世界』を俺に討ち取られた【アルカナ】が、自分たちの個人的な憎悪や私怨を呑み込んでまで俺達に協力してくれたことを。
最愛の人を最悪の形で喪ったコイツが、心を裂かれるような痛みを乗り越えて立ち上がることを。
何でもてめえらの掌の上とか思ってんじゃねえぞ。
俺は確かに言ったはずだぜ。
カミ システム モノ
――――運命なんて下らねえ 機能 に、これ以上大切な未来を奪わせはしねえってな。
124 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/20(金) 13:45:03
.
「くっ……!?」
(顔を歪めた『知識』が、中空に手を翳す。)
(顕現したのは光を拒む影の槍、それを三人を取り囲むように無数に配置。)
(もはや霧か壁と化した回避不能のそれが、凄まじい加速度を得て中心の三人に向かって虫の群がるが如く一斉に殺到した。)
(だが、通らない。)
(影を打ち消したのは、ヤミを曝く新たなるヒカリ。三人を守った、ミスリルの性質を持った白光の壁。)
(鷹逸の体内には、『世界』との精神戦の時に入り込んだ『創世眼』の因子がある。)
(秋葉原、『R』の時のように、それは極希に発現するものであった。)
(しかし鷹逸は基本的に【白眼の者】、無能力者である。邪気眼の纏う邪気は一般人には極度に相性が悪く、死に至る危険もある。)
(けれど、鷹逸と『世界』は違った。)
(双子のように似通った性質と、お互いの進むべき意志が一致して、奇跡的な適応を果たしたのか。)
俺の、俺達の目指す『夜明け』は、てめえらとは違うッッ!!
てめえらみたいな手前勝手な救済を振り翳して、周りの人間を傷つけるようなやり方じゃねえんだよッッ!!!
人間は、この世界は、てめえらが思ってるほど弱くなんかねえ。
それでもてめえらが、手前の身勝手な目的の為にこの世界を蹂躙するってなら、受けて立つ。
”世界の選択”? ”完全なる秩序”? 知ったこっちゃねえッ!! 俺は、俺達は、俺達の信じた何かの為に立ち上がるんだッ!!!
(猛り吼える鷹逸に、『知識』は笑う。)
(その言葉は、かつて彼女が忘却に打ち捨てた理想だったのか。)
(それとも最初から歯牙にすらかけてもいない、夢見る愚か者の理想事だったのか。)
(何れにせよ、今の彼女には関係ないことだ。『創造主』に己の夢を重ね、委ね、巫女として君臨していた彼女にとっては。)
「フ、お説教は結構……。
ならば僕も、僕の信じた物の為に戦うとしよう。『器』をあの方に捧げ、この世界に新たな秩序を作り上げる!
『全ては創造主の御意志の儘に(ラ・ヨダソウ・スティアーナ)』ッ!!」
ヤミ ヒカリ
いいぜ、てめえらが何でも思い通りに出来るってなら――――そんなふざけた”運命”は、俺達の”意志”で撃ち払うッ!!!
125 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/24(火) 20:26:19
>「とりあえず、ヨシえもんとかいうどこぞのポンコツロボのオマージュを受けた呼び名は撤回してもらおうか。
> 四次元ポケット的な意味では、アンタのほうが相応しいだろ、姉さん」
「ポンコツ?そうかしら。ドジで抜けててそのくせ駄目少年には人道を説くようなロボットって、逆に高性能だと思うんだけど。
あ、だったらアンタはヨシのび太君だ。さあ、映画版のようにいいセリフを決めるがいい」
アスラの無茶振りにも、ヨシのびた君(仮)は顔色を変える事もなく(と言っても既に悪いのだが)───。
>「俺達は、枢機院の頂点がひとり、セフィロト第一位『哲学のケテル』を倒したんだ。わかるか?精神を司る最強格だぞ。
> ――今さら狂人のひとりやふたり、なんの問題があるものかよ」
蒼い拳銃を掲げる。自らが打ち倒し、証明した「力」を掲げ、きっぱりと言い放った。
「ひゅー、さすが劇場版。のび太君なりに格好いいじゃない」
《……全く、どうなっても知らないからね》
ふてくされるデバイスを尻目に、アスラはさっそく戦闘準備に入る。
四次元トランクから取り出したるは、サイレンサー付きの拳銃。先程の撤退戦ではなく、潜入用の代物だ。
「足音が聞こえないから、ひとまずは安全だと思うけど…私が先に行くわ。合図したらついてきて」
細心の警戒をはらい、鉄扉を開ける。
“絹衣”をいまだに着用しているとはいえ、流石に今見つかればどうなるか分かったものではない。
「……オーケー」
廊下の静寂を確認し、後続の二人に声をかける。
礼拝堂の大きな扉の前に立ち、アスラは少し呼吸を整えた。
「ひとまず交渉は私がやるわ。…なーに、口八丁の二枚舌、二つ合わせて十六枚舌のアスラ様に任せなさいって」
ともすれば死亡フラグのような台詞を放ったその瞬間───。
126 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/24(火) 20:27:26
どすり。
ドアノブに掛けられたアスラの手をかすめるように、黄金色の鋏が、扉を破って突き刺さった。
「な──っ!?」
一発? 否、数十発。
一度撃ち込まれるが早いが、次々に礼拝堂の大扉からやたら研がれた鋭利な鋏の先端が顔をのぞかせる。
どす、どす、どすどすどすどすどすどすどすどす……。
「わたっ、ちょ、待って、ええっ!?」
ドア越しとはいえ、刺されば十分痛いレベルだ。
アスラは愉快な動きで鋏を避けつつ、銃を構えてドアの向こうへ身構えた。
やがて鋏の連弾が終わる。金色の穴はぴったりドアの形に刺さっており、ドアは半強制的に、倒れこむようにして開いた。
>「微量ながら邪気が感じ取れた。我々同様の招かれざる客だとお見受けする」
>「…そんなところで隠れてないで、出てきたまえ、御来賓?」
その声を聞いた瞬間、ぞくり、と、アスラの背筋に寒気が走る。
それは狂気で病的で猟奇的、殺人現場での笑い声を想起させるような不快音。
「…アンタか…クソ白衣…」
扉を蹴り飛ばし、傍若無人に中へ入り込む。
中には幾人もの兵士たちに囲まれて、白衣の男が一人立っていた。
127 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/30(月) 23:12:53
「・・・あの、そろそろいいかな? ほら、折角謎解き終わってさあ決戦って流れだし、そんなに“時間も無い”から───」
「ぬ…」
調べたい事(スリーサイズとか肌の質感とか諸々)は色々あったが、『隠者』の言葉に踏み出しかけた足を引く。
ピアノとしてはテンション駄々上がりな状況だが、残念ながら相手は敵。それも一筋縄では到底いかないであろう相手だ。
「色々弄りたいのに出来ない苦悶……うごごごごご」
「───さっさと済ませよう」
そんなピアノの感情を察したのか、猛烈な賛同を送りたい言葉を呟く『隠者』
ピンを抜かれ、放り投げられた閃光手榴弾(スタングレネード)は、強烈な光を発し視界を白転させる。
※ただし可視光線に限る。
「サーモアイなら目視できてよ?」
この程度の機械なら反射的に作る事が可能だ。目が潰れる、と思った瞬間、こめかみ部分が展開し、赤外線カメラに作り替えられたのである。
あの独特のスペクトルで表示された赤外線が、ピアノの頭の中に直接投影される。身軽に飛び上がり、攻撃を仕掛ける『隠者』はもちろんの事、中空に漂う『知識』もはっきりと。
「ふむ、浮遊系の能力持ち…っと、空中戦にはしたくないわね」
鷹逸郎にも分かるように、あえて言葉を発する。
ここは天井が高い、上空から攻撃されてはたまったものではないだろう
現時点で空中戦が可能なのはピアノだけだ。2人の対空戦闘能力がどれほどかは分からないが、不利になる事は間違いないだろう
(って…あいつ何してんのよ)
ジャンプして、浮かぶあいつを叩き落とすのかと思っていた『隠者』が、あらぬ場所に落とし蹴りを叩きこんでいた。
明らかに、地上にいる何かを踏みつぶそうとした攻撃である。
隣で鷹逸郎が息を飲むのも分かる。どうやら2人とも、『知識』の場所をしっかり把握できていなかったらしい
「【奏氣眼】・・・便利な能力だね。でも、もうそれは“識”ってるんだよ」
意味深な事を呟く『知識』。
対する『隠者』は、外す事を見越していたのか、至って冷静に次の一手に出た。
最小限の動きで腰の小太刀を引き抜くと、小さな衝撃波を打ち出す。
間合い的にも、速度的にも、避ける事は不可能だと思われた。
しかし
「それも“識”ってる」
パチン、
小気味いい音と共に、『知識』の人差し指と中指が、衝撃波を鋏のように断ち切った。
128 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/30(月) 23:13:45
「…どう言う事?」
ピアノは少し混乱する。
魔力反応は無い、邪気反応も薄い、という事は、今までの全てが『知識』の能力だという事だ。
中空にとどまる浮遊能力、攻撃を当てさせない撹乱能力、そして今の衝撃波を消す能力。
(一つの能力じゃ無理よ、という事は複数能力(マルチスキル)持ち?
んなアホな…先天性の能力じゃあるまいし、そんな事をしたら暴走して肉体が崩壊するわ…)
ピアノにもその程度の知識はある。というか、身近に人工邪気眼の元被検体がいるのだから、否応にも耳に入る。
2つ以上の能力を埋め込まれた人は、例外的な場合を除いて身体と精神が剥離し、暴走。最悪、身体が耐えきれず"爆死"するというものだ。
聞いただけでゾッとする話である。
「!?」
実際に、背筋が凍った。
いや、さっきの言葉は比喩だ。本当に背筋が凍った思いはした事が無い
とすれば、この感覚はもっと他の―――
「テ、メ、エ……何、を。」
ハッと顔を上げれば、『知識』の冷ややかな目が、鷹逸郎を見据えていた。冷たく、何も感じていないような眼。
…いや、これも違う。こちらに向いていないのだから、この寒気はもっと別の…寒気?
「…っ!?」
室内の気温が、目に見えて低下していた。薄着のピアノだからこそ知覚出来た程度の差だが、自然発生にしてはあまりにも異質すぎる。
その証拠に、展開されたままのサーモカメラは、『知識』を中心に、まるで氷のように熱を吸収している事を伝えていた。
「気をつけろ。おそらく奴は複数の異能を──────」
「逃げっ!!!」
ピアノは『隠者』の言葉を遮って、極限まで短い一言で回避を呼び掛けた。
同時に、両腕を前に突き出し、展開する。
ガコガコと鉄塊を吐き出す両腕の向こうでは、『知識』を中心に、氷室の壁と見紛うばかりの無数の氷柱が生みだされていく。
(冷気系能力…一体いくつ持ってんのよこいつは…っ)
キッ、と中空に留まったままの『知識』を睨む。
それに気付いたのか、『知識』もピアノの方に振り返り、にこりと微笑み返してきた。
可愛らしさは、無い。
そして、その口元が小さく動く。薄い唇の動きから、ピアノは無意識に何を言っているのか読みとった。
(【機甲眼】―――"識"ってるよ。)
バチィッッ!!
「痛っ!?!?」
氷柱を融かすためのヒートガンを展開していた腕が、火花を上げて弾けた。しゅうしゅうと煙を上げ、その動きが停まる。
「ショート!?なんで―――」
キン、と小さく、それでいて鋭い音が響いた。
顔を上げた時には、茨のような氷柱の壁が、既に目の前
129 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/30(月) 23:16:27
「っ…は」
気がつくと、何か布のようなものに顔を埋めていた。
記憶が、はっきりしない まるで冬の朝に起きたばかりの様だ。
布はほんのりと暖かく、凍えるような空気の中で、そこだけが心地よい
「う…」
もぞ、と更に顔を埋める。
(何をしていたんだっけ)と鈍くなった頭を回す。
『君は絶望するかい、この世界に。
それでいいんだ。
元々この世界は、そんなに美しくもなければ綺麗でもないのだから。
ただ汚れが見えないよう取り繕っているだけ。歴史の中で多くの血が流されていることなんて、誰でも知ってることだっていうのにね?
僕はね、醜い世界に絶望したんだ。
だから美しい世界に憧れた。神の国にね……今の君なら、それがきっと理解できると思う。
受け継ぐんだ。 MASTER PEACE
このクソったれな世界をぶち壊して、完全なる秩序を作り上げるんだ。君が、その神なる世界の王として君臨する。
どうだい、悪くない話だろう?
ヤミ ヒカリ
さあ――全ての汚穢を洗い流し、ここに新世界の夜明けを築こう――――我等が主の名の下に!』
何か言葉が聞こえる、だが頭に入らない、理解が出来ない。
そしてようやく気付く、脳内に常に展開していたはずの計算補助マイクロコンピュータが無くなっていた。
ピアノの超常的計算能力は、このチップと脳の連携によって成り立っているのだが、それが無くなったせいで、計算に不具合が起きて脳が理解する事を拒んでいた。
すぐにマイコンを展開すれば話は早いのだが、この温い布の心地よさをもっと堪能したくて、更にぎゅうとしがみ付いた。
「――――つまらねえ話は終わったかよ、クソッタレ。」
そして、すぐ側から聞き慣れた声が聞こえた。
すぐ側というか、自分がしがみついている抱き枕のようなものが声を発した。
そしてぐらりと揺れた、数秒後、何かがぶつかる音と、甲高い悲鳴が合わさる。
「だからうるせえぞ、てめえ。
何でも”識”ってるような口をぺらぺら利きやがって、冗談じゃねえってんだ。
てめえは予想できたのかよ。
『世界』を俺に討ち取られた【アルカナ】が、自分たちの個人的な憎悪や私怨を呑み込んでまで俺達に協力してくれたことを。
最愛の人を最悪の形で喪ったコイツが、心を裂かれるような痛みを乗り越えて立ち上がることを。
何でもてめえらの掌の上とか思ってんじゃねえぞ。
俺は確かに言ったはずだぜ。
カミ システム モノ
――――運命なんて下らねえ 機能 に、これ以上大切な未来を奪わせはしねえってな。」
「……?」
ぼんやりと焦点も合わさっていない目で、しがみついている"それ"を見上げる。
「俺の、俺達の目指す『夜明け』は、てめえらとは違うッッ!!
てめえらみたいな手前勝手な救済を振り翳して、周りの人間を傷つけるようなやり方じゃねえんだよッッ!!!
人間は、この世界は、てめえらが思ってるほど弱くなんかねえ。
それでもてめえらが、手前の身勝手な目的の為にこの世界を蹂躙するってなら、受けて立つ。
”世界の選択”? ”完全なる秩序”? 知ったこっちゃねえッ!! 俺は、俺達は、俺達の信じた何かの為に立ち上がるんだッ!!!」
「せかいの、せんたく…?」
理解を拒む頭が、その言葉を反復する。
それを何回も、何回も反復するうち、自然と一つの単語が浮かびあがった。
「よー、いち…ろ?」
途端、今まで全てを受け流してきた頭が、一瞬で覚醒する。
「フ、お説教は結構……。
ならば僕も、僕の信じた物の為に戦うとしよう。『器』をあの方に捧げ、この世界に新たな秩序を作り上げる!
『全ては創造主の御意志の儘に(ラ・ヨダソウ・スティアーナ)』ッ!!」
ヤミ ヒカリ
いいぜ、てめえらが何でも思い通りに出来るってなら――――そんなふざけた”運命”は、俺達の”意志”で撃ち払うッ!!!」
「――――――――――――っ!!!??」
二人の決め台詞に重なる様に、ピアノは、声を発さないほどの絶叫を発した。
130 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/31(火) 20:37:18
「逃げっ!!!」
悲鳴のような少女の警告。ハッと顔を上げるとそこには、
(なんだよ、なんなんだよこれは・・・!)
『隠者』の眼前に、一瞬にして展開された夥しい量の氷柱。
それら1つ1つの鋭利さもさることながら、恐るべきはその密度。
小指1本の間隙さえ見えぬ霧氷の剣山が、オワリを告げる合図と共に、爆発する。
もはや「線」ではなく「面」の攻撃と言ってもいい程の圧倒的質量を持った氷の壁が、それなりに広大であったはずのホールを圧殺していく。
(馬鹿な・・・有り得ないっ! 『審判』クラスの攻撃特化技能だと!?
いくら奴が多異能保持者だとしても、こんなレベルの異能は明らかにオーバースペックだ!
まさか、真の能力は多数の異能を統括する「何か」なんじゃ・・・クソッ、もう時間がない!)
硝子の破砕するようなけたたましい音を響かせ、高速で『隠者』に迫り来る氷柱群。
他の2人よりも『知識』から近い位置にいた彼に残された時間は多くない。
(迎撃は無理だ。『月奏』はあくまで斬撃。これを突破するだけの攻撃範囲は持ってない。
同じ理由で相殺も無理だ。防御は論外。
回避も不可能。入り込む余地が無いし、運良く避けられたとしても、部屋中に氷柱が放たれている以上、安全な場所は見当たらない。
そうだ『箱舟』! あれの転移能力を・・・駄目だ。おそらく、あれにも転移妨害が効いている。
なら、いっそのこと『箱舟』の子機の裏に隠れるのは? 流石に重要施設を破壊するような真似はしないだろう。
そうと決まれば早く───)
───間に合わない。
死の香りを漂わせる冷たき青が、目前にまで到達していた。
(う、嘘だろ? こんな・・・こんな所で終わるのか?
アルカナが総力を挙げてようやくここまで来たんだ。やっと僕は自分のすべき事が分かりかけてきたんだ。
『箱舟』にも、僕が知りたかった事にも、あと一歩で手が届くんだよ!
それが、こんな半端な所で躓いてどうする!? そうなったら僕はただの負け犬じゃないか!
死んでたまるか・・・死んでたまるものか!
もう少しで僕は──────!)
『隠者』の逡巡も焦燥も慟哭も、轟音の中に掻き消えて。
全てが終わった後、完全なる静寂が訪れた。
131 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/31(火) 20:41:05
・・・・・・一体、どうなったんだ?
視界が真っ白だ。霧? まさか、あの世とか言うんじゃないだろうな。
マズい。3対1で負けたなんて『世界』に知れたら殺される。2回も死ぬのは嫌だ・・・。
───霧が薄らいできた。向こうにいるのは・・・女の子? アルカナの誰かが迎えに来たのかな。
『星』? 『戦車』かもしれない。『月』は・・・そんな柄じゃないな。
「君は絶望するかい、この世界に。
それでいいんだ。
元々この世界は、そんなに美しくもなければ綺麗でもないのだから。
ただ汚れが見えないよう取り繕っているだけ。歴史の中で多くの血が流されていることなんて、誰でも知ってることだっていうのにね?」
まったくだ。
一見煌びやかなセカイでも、その裏側にはいつも汚らしい悪意と打算、そして悲劇が転がっている。
掃除しようって気が失せるぐらいにこびり付いた汚ればっかりで、本当にやる気が萎えるよな。
「裏側」を知ってから僕はまだ数年だけど、そんなのはこの眼でうんざりするくらいに視てきた。
それにしても・・・同じような事を考える人もいるものだな。なんだか親近感が湧いてくるよ。
「僕はね、醜い世界に絶望したんだ。
だから美しい世界に憧れた。神の国にね……今の君なら、それがきっと理解できると思う」
そう。だから僕は『アルカナ』に入団した。『世界』の考えこそが真理だと思ったから。でも・・・今は、どうだろう。
本当にそれが正しかったと、その方法しか残されていなかったと、そう言えるのか?
「受け継ぐんだ。
このクソったれな世界をぶち壊して、完全なる秩序を作り上げるんだ。君が、その神なる世界の王として君臨する。
どうだい、悪くない話だろう?
さあ――全ての汚穢(ヤミ)を洗い流し、ここに新世界の夜明け(ヒカリ)を築こう――――我等が主の名の下に!」
ああ───なんだ。どうにも聞いたことがあると思ったら。
君は、ほんの少し前の僕じゃないか。
───霧が晴れる。
132 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/31(火) 20:44:55
「・・・まだ、生きてる」
『隠者』の全身を貫き、ズタズタに引き裂くはずだった氷柱の嵐。
それらは全て、彼の鼻先数十センチを境に粉々に打ち砕かれ、床面に横たわっていた。
その境に聳え立つのはうっすらと白く輝く光輝の障壁。
「『ファイアウォール』・・・」
なんらかのダメージを受けたのか、顔を歪め、肩を抑えている『知識』。
仕返しとばかりに、闇を纏った槍が雨のように降り注ぐ。
それを迎え撃つかの如く新たに出現したのは、聖銀と並んで邪気世界で最高級の防御性能を持つ、白銀のオーロラ。
「今度はミスリルか・・・とんでもない男だな」
異能は勿論の事、世に多く存在するどんな技術であれ、一朝一夕で身に付くものなどない。
気の遠くなるような反復作業とたゆまぬ努力、その上で自身の能力を深く理解してはじめて“身に付いた”と言えるものである。
『プレート』の加護や相性の問題があるとはいえ、常人が『創世眼』のような強力な異能を短期間で使いこなすのは決して容易なことではない。
それを可能にしているものは、おそらく<Y>の持つ膨大な「知識」。
邪気、邪気眼、そして未だ全容が解明されていないと言われる、異能によるセカイへのアクセス手順。
彼がこれらの知識に少なからず精通している者なら、先天的異能者の直感ではなく、論理的なアプローチから意識的に異能を操ることができるのだろう。
(もしそうなら、<Y>は研究者なのか? ・・・とてもそうは見えないが)
異能の研究者などという者は、ヨレヨレの白衣を着た慇懃無礼なマッドサイエンティストと相場が決まっている。
薄暗い部屋で怪しげな実験を繰り返す姿は、危険度Aクラスの遺跡に無手単独軽装かつ飲酒状態で突入するような男には似つかわしくない。
この男に最も相応しい名は───
「俺の、俺達の目指す『夜明け』は、てめえらとは違うッッ!!
てめえらみたいな手前勝手な救済を振り翳して、周りの人間を傷つけるようなやり方じゃねえんだよッッ!!!
人間は、この世界は、てめえらが思ってるほど弱くなんかねえ。
それでもてめえらが、手前の身勝手な目的の為にこの世界を蹂躙するってなら、受けて立つ。
”世界の選択”? ”完全なる秩序”? 知ったこっちゃねえッ!! 俺は、俺達は、俺達の信じた何かの為に立ち上がるんだッ!!!」
「『愚者』、だな。まったく、簡単に言ってくれる。
悪いけど、君の考えを全て肯定はしないよ。長い歴史の中で、多くの者が君と同じ志を抱きながら死んでいった。
目指す場所が高くなれば高いほどに、道は険しくなる。足を引っ張られることもある。足を踏み外すことだって。知らずに進めばあっという間に奈落の底だ。
それでも進むと言うのなら・・・露払い程度であれば、手伝うよ。それはきっと僕の役目だろうから」
『愚者』の0が意味する物は虚無か、あるいは無限の可能性か。その答えは誰にもわからない。
「僕は『隠者』。知恵と知識と経験を真理の灯火に変え、愚者(タビビト)の道行きを照らす者だ」
《──てく────ね──、あの野────》
「・・・ん?」
133 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/31(火) 20:50:58
「馬鹿馬鹿しい。誰も彼も、僕にとっては無知な子羊にしか見えないよ」
目視できるほどの魔力が凝縮し、一定の形を成していく。
二度も奇襲されてはたまったものではない。少しでも時間を稼ぐため、『隠者』は挑発を試みる。
「そっちこそ、あまり“識”った風な口を利かない方がいい。残念だけど、君みたいな思考の人間は世に溢れている。さして珍しくもない」
「・・・そう。だったら教えてあげるよ。真の絶望を」
効果はあった。ありすぎた。
『知識』の手に招来したそれは、槍の形をしていた。
簡素な木製の柄に似合わぬ威圧感と、穂先に刻み込まれたルーン文字が意味するものは。
「おいおい・・・まさか」
「『グングニール』、貫け」
長大な槍が放たれる。幸い、少女の細腕による投擲では、たいした初速は得られない。
それでも、あらゆる物を貫く神槍は空気抵抗すら無視した加速度で『隠者』に飛来する。
『グングニール(貫くもの)』の名に相応しく、『隠者』を守っていた防壁がたわみ、歪み、無数のヒビと共に砕け散る。
「う、うわあっ!」
ミスリルとの激突を物ともせず、傷1つない『グングニール』が『隠者』の脇腹ギリギリを通過して背後の壁に突き刺さり、その更に向こう側へと貫通していった。
間一髪だった。ファイアウォールとミスリルの二重防壁が、かろうじて『隠者』が回避する時間を与えてくれた。
“回避”する、時間を。
───回、避?
(違う。これは『グングニール』じゃない。『グングニール』は“必中必殺”。これは必中特性を持っていない偽物だ。
わざわざレプリカを召喚するメリットはないから、これ自体が1つの能力だな。
大方、「何でも貫く能力」とかその辺り───────)
「あ」
ようやく、繋がった。
“真理”は、最初から目の前にあった。
1つ1つを個別に見ていては永遠に辿り着けないが、一歩退いて全体を見渡せば、これほど簡単なものはない。
ただ、『隠者』は他の2人に比べて判断材料が多かった。『知識』が見せた異能は、ある意味で「彼が既に知っていた能力」ばかりだったから。
「邪気知覚の妨害」「邪気の切断」「転移妨害」「冷気」「影」「防御貫通」。
(逆、だ)
「邪気探知」「邪気の接続」「転移」「炎」「光」「絶対防御」。
「対アルカナ専用の異能者」という推測は半分正解だった。
正確にはそれより上位の「対異能者専用の異能者」ではあったが。
「敵より有利な異能を生成するカウンター能力───!?
<Y>っ! こいつ、異能喰らい《マンイーター》だ!」
134 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/31(火) 20:57:33
「異能喰らい《マンイーター》なんて無粋な表現はやめて欲しいな。これは“進化”だよ」
『知識』はその笑みを濃くする。能力が見破られたからといってなんの支障もない、とでも言うかのように。
「とはいえ、ご名答。そこまで“識”ったなら、わかっているんじゃないかな? どう足掻いても、神の前には無力だって、ね。
運命を覆すことなんて誰にも出来はしない。
あの御方の預言通りに『世界』は敗れ、神を脅かす黒き鴉も地に堕ちた。それは君たちもよく“識”ってることだよね?
だから、君たち邪気眼使いはここで終わる運命なんだよ。
ああ、正確には終わりじゃないかな?
異教徒の魂は最終懲罰窟に送られて、ゲブラーの玩具になる。そして・・・まあ、その先を君たちが“識”ることはないだろうね。
どっちにしても─────」
「そんな言葉で諦める奴がここに居るとでも思っているのかい?
『知識』を冠しておきながら、案外“識”らない事が多いんだな」
『知識』は“識”らない。先程、通信機からノイズ混じりではあるが、かすかに声が聞こえてきたことを。
それは転移妨害が完全に機能していない証左。その前後に『知識』は強力な攻撃の対消滅と、大火力攻撃を連続して発動している。
(なるほど。異能の数は無限でも、同時に発動する数には限界があるのか)
どれだけ多くの水を蓄えていても、ヒトという蛇口の大きさは一定である。
ならば勝負は短期決戦。無効化など好きなだけさせておけばいい。『隠者』が無駄骨を折った分、他の2人が自由に能力を使えるのだから。
「奏でろ『月詠』、夜明けの前奏曲を───『魂振』」
邪気を宿した『月詠』を思い切り水晶にぶつける。
『月詠』の邪気と、『箱舟』の子機に流れる邪気。2つが音叉のように共振し、互いに増幅し合い、空間を伝わっていく。
ホール全体に邪気が満ちる。それは邪気をチカラの源とする者達に力を与えるだろう。
「そして喰らえ! 『下弦・二式』ッ!」
刀身から繰り出された大型の『下弦』は、徐々に前後に伸びて行き、遂には分離する。
1つの衝撃波が連続した多数の斬撃となって『知識』を襲った。
「ここからは我慢比べだ。僕の邪気が空っぽになるまで嫌がらせしてやる───!」
135 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/31(火) 21:03:21
《いいぜ、てめえらが何でも思い通りに出来るってなら――――そんなふざけた”運命(ヤミ)”は、俺達の”意志(ヒカリ)”で撃ち払うッ!!! 》
「言ってくれるじゃねえか、あの野郎・・・」
世界を討ったと嘯く<Y>なる人物からの通信、そして共闘要請。
それに対し『アルカナ』としてどう返答すべきか、『審判』に判断を仰ごうかと思案している内に『隠者』が先走り、
勝手な行動に異を唱えようとした矢先に長々とした謎解きが始まり、それが終わったかと思えば『隠者』からの通信が途切れ、
ようやく繋がった先から聞こえてきた声は、<Y>のものだった。
断片的ではあったが、それでも感じ取れるものがあった。
『不撓不屈』
それだけわかれば、他の瑣末な事は『皇帝』に必要なかった。
「───おもしれェ。
おう『審判』よ、俺は“乗る”ぜ。アイツらにな。
つってもこれは俺と『隠者』の独断だ。この戦いが終わった後でアイツ等をどうするかってのは・・・まあ、そこん所はおまえ等に任せる。
文句がねえなら迎えてやれよ。文句があんならブン殴れ! そんじゃロスタイムも気合入れていくぞ野郎共ォ!」
煽るだけ煽って通信を終えると、未だ銃口を向ける来訪者に顔を向ける。
「つー訳で、だ。これ持っとけ。皇帝様特製の通信機だ。どーだ、イカすだろ?
コイツはアルカナの識別信号が出てるから、回収されずに置いてきぼりにされるって事はねえはずだ」
円卓に放置されていた予備の通信機が燐光に包まれ、彼女たちの前に落ちてくる。
「俺はちと野暮用だ。暇ならそれで応援でもしてやってくれ。
きっとアイツ等血涙流して奮起するだろうよ。なんつっても小アルカナは男ばっかだからな! そんじゃ後ヨロシクぅ」
後ろ手でヒラヒラと手を振りながら、『皇帝』は入り口のベールを捲って出て行った。
「さぁて・・・」
『皇帝』は1人、本陣の近辺にある林の中に入っていく。
「邪気の抑え方も知らねえ素人か、抑えてそのレベルのバケモンか・・・
どこの組織か知らんが、今取り込み中でな。大人しくするんなら悪いようにはしねエ」
返事はない。更に奥へ進んでいく。
辺りに散見される戦いの後。大地に深く根を張っていたであろう何本もの大木が切り倒され、その滑らかな切断面から流麗な年輪をさらしていた。
「コイツァ・・・まさか『スクランブル』か? あれ? でもアイツ邪気なんて出してたっけか?」
チーズのように切断された木々を見て、練議苑を襲撃した少年が思い浮かぶ。
ある意味では、そちらであった方が、事は単純だったのかもしれなかった。
───侍がいた。
136 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/05/31(火) 21:08:01
刀。
薄暗い林の中でも尚光を受けて輝く純白の日本刀が、抜き身の状態で地面に刺さっている。
圧倒的な邪気を周囲に振り撒きまがら。
侍。
無垢の装束に身を包んだ男が、音も立てず、静かに倒木に寄りかかっている。
裏の世界において、その1人と1振りを知らぬ者など数えるほどしかいないであろう。
味方であるなら畏敬と共に、敵であるなら恐怖と共に、その名は知られている。
──────白亜の侍、と。
「ちょ、おいィッ! 【デュランダル】の総隊長だとォ!? なんだってこんなトコにいやがるんだ!?」
邪気世界では、サムライ───特に、名刀の所持者───との近接戦闘は死を意味する。
あまりにも唐突にして絶望的なエンカウント。ガルキマセラかドルムキマイラ、はたまたギルガメ、神竜か。
とはいえ、ここで背中を向けるという選択肢はない。
「畜生! こうなりゃヤケだ、やってやらあ! 来やがれ白亜ァッ!」
「・・・・あれ? 来ない? ・・・・・・・コイツ、気絶してる・・・の、か?」
薄闇に光が遮られ、意識の有無を見極めることができない。
こちらを引き付けて、間合いに入った瞬間に切り伏せられる可能性もある。
(どうする? コイツは『魔術師』を殺した野郎だ。攻撃するか? でもさっき「大人しくするなら悪いようにはしない(キリッ」とか言っちまったしなあ・・・。
どうする? どうする? どーすんだ、俺!?)
しかし悲しいかな、『皇帝』の神経は長考に耐えうるほど優れたものではなかった。
「あーーーーーーーーーー面倒くせえ! とりあえずテメエは捕虜だ! これからは中立って『審判』も言ってたしな!
お前には黙秘権が・・・これ言うのも面倒くせえ!
とにかく! そういうことだ!」
そういうことになった。
137 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/03(金) 13:32:33
.
「――――――――――――っ!!!??」
っだああうるせえ!
否や、うるさくねえけどでもうるせえッ! お前が男嫌いなのは解ってたけどこうするしかなかったんだよッ!!
っつうか今はそれ処じゃねえってのッ!!
.コエ
(愕愕と声無き悲鳴を上げるピアノを、身体から引き剥がす。)
(丁寧にツッコミしてやりたいのも山々だが、今回ばかりは状況が予断を許さない。)
(薄暗いホールの中空に君臨するハイドセフィラ・『知識』ダアト――中性めいた少女の瞳に燃盛るのは、狂おしき神仰の憤怒。)
(だが、誰も臆すことはない。)
(彼女の操る圧倒的な異能を目の当たりにしても尚、それは揺らぐことはない。)
(『立ち向かう』とは、そういうことだ。)
(力を萎す恐怖を、心を殺す絶望を、己が両足で乗り越えることだ。)
(異能を持たぬ無力な青年も、新たな戦場を選んだ少年も、色褪せた世界で奏でる少女も――戦いを選んだ以上、同じ強さを胸に宿して立ち上がる。)
「そっちこそ、あまり“識”った風な口を利かない方がいい。残念だけど、君みたいな思考の人間は世に溢れている。さして珍しくもない」
「・・・そう。だったら教えてあげるよ。真の絶望を」
(死闘の火蓋が再び切って落とされた。)
(『隠者』の挑発に乗った『知識』がその手に喚び寄せたのは、北欧が誇る神話の武具。)
(【万理貫殺神槍】――グングニルと名の付いたその槍は神の理に従い、障害する万象を悉く破壊しながら目標へと突進む。)
(少女の手から放たれた槍は物理法則に背くことなく、常識的な速度で『隠者』の元へ飛来する。)
(但し常識を逸脱するのは、その破壊力。)
(全てを強大な反発効果によって跳退ける『ファイアウォール』、対魔対物共に最上級の強度である『ミスリル』の双璧の表面に、いとも容易く亀裂が走った。)
(数秒と掛からず一気に粉砕。)
(だがその僅かなラグが功を奏し、『隠者』が無理な体勢ながらも直撃を確実に回避する。)
(――そう、確かに少年は、”避けた”。)
138 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/03(金) 13:34:15
.
(避……、避けた!?
グングニルってのは『必中必殺』、投げ擲てば必ず敵を貫殺す特性を持つ!
ってことは、何だよ。今のは厳密なグングニルって訳じゃなく、”障害の無効”っつー性質のみを抽出したレプリカってことになるのか?
クソッ、解らねえ!
ジャミング、攻撃の打消し、今の神具レプリカの召喚……そこにどんな共通点があるってんだ!?)
(考察を巡らせど『知識』には届かない。)
(後一つ、後一つ決定的となる判断材料が不足していた。)
(焦燥が鷹逸をせっつく。自分にだけ攻撃が来ないことへの申し訳なさと不快感もあって、思考に必要な冷静さがじわり、じわり、と削られていくのを感じる。)
(しかし遂に、真相に『隠者』が辿り着く。)
(何故ならその真相は、ある「判断材料」を持っていなければ分かり得ない――――そう、「対象となる能力」を知らなければ。)
「敵より有利な異能を生成するカウンター能力───!?
<Y>っ! こいつ、異能喰らい《マンイーター》だ!」
マ、、異能喰らい――――だとッ!!??
(鷹逸の中で、全ての疑問点が一瞬にして繋がれた。)
(確かに、多くの異能を抱えている不自然さも、そして『知識』というセフィラの異能的性質も完璧に符合する。)
(『知識』は相手の能力を”識”ることで、それを上回る上位能力をを生成する。)
(しかも一度生み出した力は、自分の能力として行使するのが可能となるのだろう。複数能力(マルチスキル)のような現象は、これで説明が付く。)
(”カウンタースキル”―――鷹逸の知る異能のどれにも当てはまらない、完全異質な能力だった。)
「異能喰らい《マンイーター》なんて無粋な表現はやめて欲しいな。これは“進化”だよ」
進化……!?
……成る程、能力を識れば識るほど、お前の能力が増加・多角化していくからか。
神へと至る”識”者の能力。 アドバンテージ
『全知』に近付けば近付く程に『全能』――人間に許された永遠の伸び代、さしずめ、”進化の余地”といった所かよ。
ふざけてんじゃねえぞ、滅茶苦茶だ! 複数能力を実質的に実現し、その上相手の能力に優位な能力を生成するだと……幾らなんでも馬鹿げてる!
139 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/03(金) 13:36:49
.
「一つ違うね。
神の階を昇ることを許されるのは、主を真に仰ぐ者のみ。
つまり神へと近づけるのは、真なる神の徒……つまり、僕だけなのさ。他の奴らなんて、腹に一物を抱える有象無象に過ぎない。
僕だけが、主の膝元に還ることが出来る。
そしてその時こそ――主を受継いだ君が穢れた地上に降臨し、神の国が顕現する!!」
(それは、究極の選民思想。)
(主の膝元とは、人類が逐われた楽園のことだ。)
(聖書の創世記に記されし”原始の男女”をも否定し、楽園に住まう”穢れ無き光の衣を纏う者”は自分一人で充分だと、『知識』は咆えている。)
(付き合ってられないとばかりに、『隠者』が『知識』に再び攻撃を仕掛ける。)
(だが、『隠者』もピアノも異能を無力化されている。鷹逸の光の奔流も相殺されてしまう。)
(戦力差に絶望的な開きがあった。)
(『知識』を倒すには、その圧倒的な差をどうにかして乗り越えなければならない。)
(かといって悠長に長期戦をしていては時間切れ。敵の援軍が押し寄せ、あっという間に制圧されてしまうだろう。)
「あはは、焦ってるかい?
【奏氣眼】、【機甲眼】を封じた今、君達の保有する戦力は僅少にして微少。
君の『プレート』の力も、当然僕には通じない。ここまで削がれて、まだ立ち向かう気力があるのは流石の僕も恐れ入るしかないね。
けど、無意味だ。
これ以上は、君達の首を絞めるだけだよ。君達を慮って言う。……いい加減、諦めた方がいい。」
(『知識』が飛来する無数の斬撃に手を翳す。)
(途端、その全てが「切れ味を失って」、『知識』の柔肌に傷一つ刻むことなく霧散してしまう。)
(悉く通じない。)
(真正面から仕掛けた攻撃という攻撃が、塵同然に意味を失っていく。)
(異能も、攻撃も、その全てが『知識』の前では意味を成さない。………名実共に、”反則”。間違いなく、最強の部類に入る能力だ。)
(だが、勝機はある。)
(先ほど『知識』の肩に衝突した氷の塊――それが示すのは、『知識』の能力に隠された弱点だ。)
(『隠者』もきっと、既にそのことには気付いている。だからこそ、たった一人で『知識』に立ち向かって行ったのだ。)
(……ならば、その決意に報いなければ!)
ピアノ、能力は復活してるな?
……お前に頼みたいことがあるんだ。協力してくれ。
140 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/03(金) 13:38:51
.
(ドズンッッ、と、ホールが揺れた。)
(突然濛々と舞い上がった冷たい青色の靄が、地上を覆っていく。)
(必然、或いは当然、二人の姿はその煙の中に隠れてしまった。……『知識』は冷静に『隠者』の攻撃を捌きながら、目の前の現状を分析する。)
(フン……なるほど。
ホールのそこら中に突き刺さっていた氷柱を粉砕して、氷の霧を作りだしたのか。
目眩まし……ということは、不意打ち狙い。不覚にも僕が肩に負傷を許してしまった、あの”リプレイ”をしよう、って魂胆だろうね。
アドバンテージ アンチスキル
僕の<進化の余地>は対象異能に絶対優位な対極異能を生成し、貯蓄する。
異能戦なら敵無しの能力だと自負するけれど……。)
(あくまで、異能に対してのみだ。)
(例えば能力による攻撃自体を相殺できたとしても、その余波で生じた瓦礫や爆風などに関してはは完全に対象外。)
(無論、戦闘機の爆撃や機関銃の掃射も、別途防御手段が必要となる。)
(その辺りは、能力者の機転と発想に懸かっている。)
(やはりどれだけ完全な能力であったとして、それを使うのは所詮人間であることに変わりはない。)
(ならば、機転と発想を利かせようじゃないか。
何……攻撃が来ると予め解っていれば、さして恐ろしいことでもないんだよ。――解っていれば、ね。)
(【アルカナ】の対極異能だけでは限界がある。)
(だが、『知識』が手にしている対極異能は、何も【アルカナ】に対する物だけではない。)
(例えば――――)
(強襲部隊の『プロブレム』は切れ味を付与する『リッパートリッパー』を持つ。)
(その対極異能とは、「切れ味を奪う能力」。つまり、これで『隠者』の斬撃は完全に無力化出来る。)
(例えば――――)
(ナインスセフィラ『基礎』イェソドは、力を上昇する『アルスウィレス』を持つ。)
(その対極異能とは、「力を減退させる能力」。つまり、これで殺傷能力のエネルギーを削ぐことが出来る。)
(そう、攻撃が来ると”識”っていれば何も怖れることはない。)
(だからこそ、『知識』は相手の出方を待つ。時間も、戦況も、戦力差も、戦場を構成するその総ての要素が、少女に味方している状況。)
(何も怖れることはない。何も、怖れることは、ない。)
141 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/03(金) 13:42:32
.
(『知識』の異能は確かに強大だ……。
だが、それだけだ。『知識』自体が強いっていう訳じゃねえ!
例えるなら、PCとそれを扱う人間の関係。
PCは規定のプログラムに従って厳密な処理を繰り返すが、人間ってのはどうしても精緻で精巧な生き物にはなれねえ。
つまり、人間自体には限界がある!)
(『知識』の異能は、照準合わせをしなければならない。)
(知覚さえすれば確実な処理が出来るが、そもそも知覚出来ないものには反応しようがないのだ。)
(”意識外の攻撃”。)
(人間の知覚レベルのスペックを超えた攻撃。)
(そこに、『知識』を打ち破る方策がある。不意打ちも一つの手だ。だが、処理能力を破綻させるのに効果的なのはやっぱり――――。)
集中砲火ッ!! 畳み込めええええええええええええッッッ!!!
(氷霧を切り裂いたのは、白輝の槍。)
(『隠者』とは全く別の方角から迫り来るそれを、『知識』はそれでも冷静に闇の奔流で迎え撃つ。)
(――だが、相殺されない。)
(打ち消し合うことなく、白光と黒闇が拮抗し合っている。)
(否や、若干だが光の槍が闇の奔流を押し返しているようにも見えた。鍔競り合うように、両者の攻勢は一進一退を繰り返す。)
(そうか……徐々に力を込めている!
常に相手の出力に劣ることのないように、じわじわと……ッ!! ……くッ、何でこんな力が残って……ッ!!)
(押し負ける訳にはいかない。)
(『知識』も闇の出力を上げ、槍を押し返す。深みを増した闇が、光を段々と呑み込んで行く……。)
(が、)
(ズバン、と何かを切り裂きながら駈け抜ける風の音。)
(数瞬遅れて、『知識』の頬から血が噴き出した。……鷹逸に意識を向けすぎた結果、『隠者』への攻撃の対処が疎かになったのだ。)
(【同時発動の限界】。)
(極大のキャパシティを持つにも関わらず、『知識』が有する致命的な弱点の一つ。)
142 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/03(金) 13:45:18
.
「……ッ!? な………!!」
てめえは隠しセフィラだったよな。
ってことは、前線に出る機会はそうそうなかったはずだ……精々、気紛れにいたぶるぐらいだったろうよ。
だが今回は勝手が違った。
転移装置の防衛、世界の選択である俺の到来!
そして他の【生命ノ樹】が次々と戦闘不能になっている事実! 『枢機院』も、てめえを駆り出さざるを得なくなったってとこか……。
(槍は推進力を増していく。)
(鷹逸の精神力は連戦に次ぐ連戦で枯渇寸前の筈だが、そんな弱々しさは何処にも見当たらない。)
(槍に集中しすぎれば、『隠者』の斬撃を防ぎきれない。)
(かといって『隠者』を意識しすぎると、鷹逸の槍が一気に闇の奔流を突破するだろう。)
(『知識』は、能力のバランスの絶妙な均衡を強いられることとなる。……だが、前線の経験が不足している『知識』は、そんな器用な真似は出来ない。)
てめえの異能は確かに強大だ。
相手の異能を上回る異能の生成、獲得。ああお見それしたぜ、能力戦闘じゃまず敵無しだ。
キャパシティも莫大。氷柱といい闇の杭といい、彼程までの物量をいとも容易く一瞬で錬成できるってのは、反則と言っていい。
それでも、てめえにはそれを最大限活かせない。
実際の戦闘の経験があまりねえもんだから、適切な出力方法が解らない。
しかも自分の能力の弱点さえ、ろくに把握出来てねえ!
てめえの異能は強大さ。
だがな、肝心のてめえがその異能を扱う器じゃねえんだよッ!!
「ふ、ざ、け、る、な……ッッ。
僕は主の御許に最も近づける……僕が最も主に近い存在なんだ……そんなことがあるはず……ぐううあああああッ!!」
(『知識』の全身から血飛沫が迸る。)
(光の槍の莫大な出力が、辛うじて保たれていた能力の均衡を崩していく。)
(『隠者』へ向けるべき意識が完全に疎かとなり、無数に連続した斬撃の群れを無効化できず、華奢な『知識』の肢体を次々と切り裂いていく。)
(―――――、限界だ。)
143 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/03(金) 13:47:07
(前 線経験がない『知 識』に は、この痛みを耐 える術 さ えない。)
(痛覚 神 経の 圧迫で処理 能力が 鈍磨し、キャパシ ティの容量は 凄まじ い勢い で削ら れて し まうだ ろう。)
(そ う なれば、もう『知 識』にはこ の異能 は使えな い。)
(神 に 選 ば れた者 の 証 である 異 能 が。神 に 与え られ た知恵 の果 実 であ るこ の異 能が。)
ヤ
( ソ ナ ノ 、 イ ダ 。)
ン
ハ
「……、g……kr…………sajfds………あああアアア亜吾唖蛙嗚阿呼………!!!」
(――――招かれるのは、強大な異能の暴走。)
(キャパシティオーバー。)
(全身を切り裂かれた痛みによって低減した処理能力では、この凶悪な異能を制御しきれる筈がなかった。)
(人工異能であるが故の結末。人の身に過ぎた力は、溢れだし、暴れ回る。)
(少女の背中から現れたのは、『翼』。)
(”神の使徒”とでも言わんばかりに、天使のような神々しさを湛えた――否、神々しすぎて不気味な程の神聖で清廉な光の集合体。)
(翼の周囲には、古代で使われていたであろう文字が浮遊している。)
(それは、歴史に堆積した”知識”の象徴なのだろうか。)
ち……ッ!!?
(暴走した異能は、少女の周りに上位異能を無作為に出現させる。)
(闇の杭、氷柱、その他見たこともないような何か。)
(その全てがザザザザザザッ!!と打ち消し合い、混ざり合い、溶け合いながら、おぞましい邪気を寄せ集めて環を描き、禍々しい何かを生み出そうとしている。)
(鷹逸は直感する。)
(「アレ」は、まずい。もしあの直撃を貰ったら、塵も遺さずに消し飛んでしまう確信。)
144 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/03(金) 13:49:48
.
……予定は狂っちまったが、支障はねえ!
『隠者』ッ!! アイツの照準が利かない今なら、ジャミングは発動してねえはずだッ!!
お前の力を借りたい。
あのままじゃ、『知識』の脳が焼き切れて廃人になっちまう!
【奏氣眼】、だったよな。……氣を詠み、働きかけるその力で、アイツの異能の核をブチ抜く。それで、異能を強制停止させるんだ。
(ピアノも呼び、概要を伝える。)
(本来は処理能力の限界を迎えた所で更にピアノが科学兵器で、胸部の核を撃ち抜く作戦だった。)
(『知識』が無効化発動前にピアノの位置を確認したことから、照準を合わせなければ能力の無効化は出来ないことに気付いた。)
(そこでまず氷の霧を再び発生させ、ピアノの居場所を解らないようにしたのだった。)
(だが、こうなってはその作戦だけでは不十分。)
『知識』の周囲で輪になってるあれは、恐らく普通の威力じゃ撃ち抜けない。
邪気子の密度が高くなってる状態だろうからな。擬似的な結界作用を生み出してて、攻撃を遮断されちまうはずだ。
ピアノ、城門突破の時のこと覚えてるな?
あの時の障壁を破壊した応用だ。……お前のレーザー兵器を、『隠者』の力で一点に収束させる。
それで環を貫いて、そのまま胸部の異能の核を撃ち抜くんだ。
(『隠者』の機転のお陰で、幸いこのホールには邪気が充ち満ちている。)
(そこまで計算に入れても、確率は五分五分の”賭け”。)
(だが、鷹逸は敢えて不敵に笑う。)
(下らない運命を、望まない未来を、残酷な結末を、全てのヤミをヒカリで撃ち払う為に。)
(それは、敵である『知識』に対しても同じだった。――――救われないオワリなどぶち壊してでも、誰もが望んだ未来を手に入れる為に。)
ラツィエル城、最後の戦いだぜ。
ラストシーンはビシッと決めて、枢機院に乗り込むとしようじゃねえか――――!
145 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/07(火) 18:47:01
「っ…う」
反射的に悪寒が背中を突き抜け、声になっていない叫び声を上げたピアノだが、何故自分がそんな感覚を抱いたのかは理解できないでいた。
確かに"理解を拒んでいた"脳ははっきりと目覚めている。周囲の言葉、一字一句がしっかりと脳内に刻み込まれていく。
だが、理解に至るには処理に時間がかかり過ぎているのが現時点の状態だった。まだマイクロチップは無いままだし、作ろうと思っても本能が駄目だと伝えていた。
ピアノの第六感、本能、もしくは直感…それにはほとほと感心させられるのみだ。
そう、現在、この部屋の中には電磁パルス波が充満している。重厚な対EMP装甲を施した機械でも軽くショートさせてしまうほどの高濃度なものが、だ。
発生源は当然、部屋の中心に佇む『知識』。【機甲眼】のアンチスキル《パルサー》、カノッサの傘下である《オーケストラ》だ。『知識』能力を知っていても何もおかしくはない。
もちろん、《オーケストラ》は彼女一人では無い、『滅裂眼』『情熱眼』『嵐音眼』…様々な魔術師も在籍している。それらの対能力を『知識』が保有しているのも、想像には難くないだろう。
「…あう」
思わず鷹逸郎から離れると、ぐら、と身体が傾ぐ。脳が駄目なのだ、呼吸、心拍などの"生命活動に最低限必要なもの"は最優先に復旧するが…
いや、むしろそれらを優先的に復旧させたせいで、三半規管は相変わらずイカれたままだった。唯一、言語機能がわずかに稼働しているのは、先程の覚醒のおかげなのか
がし、ともう一度鷹逸郎の身体を掴む。ぞわ…とまた悪寒が走り、また放す、また身体が大きく揺れ、遂には地面に倒れこんでしまった。
「ピアノ、能力は復活してるな?
……お前に頼みたいことがあるんだ。協力してくれ。」
「う、まって…よ」
無理だ。と直感という名の"メモリ"を介して、ピアノは素早く返答した。
だが、猶予も無いのはかろうじて理解できる。
ピアノは無理やりに脳を叩き起こす。"記憶"を呼び起こさせる。100年以上にもわたる自分の"記憶"を
余計なものも多い、遥か宇宙の超技術群だ。自分の力となるはずのそれらが、今では障害にしか感じられない。
例えるならば…絵本が好きな子供の目の前に、学術論文の膨大な山が鮨詰めにされ、その奥に自分の求めている絵本があるような状況だ。
見ても理解できないのに、否応にも目に入る。その大半は基礎の理解すら出来ないものだったが、記憶を探り当てるうちに、幾つかが"理解できるようになってしまう"
まだ自分の身体すら管理しきれていない脳が、そんなものを理解するなどオーバースペックにもほどがある。
ズキズキと"処理落ち"によって生じる頭痛を猛烈に感じ、ピアノは更に床に縮こまった。
だが、ようやく目的のものを見つける。長い時間生きた事によって生まれていた『経験』を
「…はっ…はぁ」
呼吸を整え、理解してしまっていたモノを意識から排除する。
外の戦況は、もう随分と進んでいた。鷹逸郎の光の槍が、『知識』を押し続けている。
それにどんな意味があるのか、理解など出来ない、そんなことより今は自分が最低限の判断できるようになる必要がある。
掘りだした『経験』を元に、ピアノはゆっくりと立ち上がる。
「は、ふぅ……よし、大丈夫。100年以来ね、シラフの状態で色々しなきゃならないなんて…っ」
ズキ、とまた傷んだ頭を軽く押さえつつ、ピアノは安堵を含んだ溜息をついた
146 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/07(火) 18:48:35
機甲眼】は、自分の知っている機械でなければ、生み出す事は出来ない。
そこで問おう、100年前に、計算を補助するコンピューターなどあっただろうか?
つまり、100年前のピアノは"自分の思考能力だけ"で、様々な機械を自らの手で生み出していた、という事。
その"経験"をピアノは掘り出し、今の自分に適応させたのだ。
もちろん不備も多い、当時の機械は単純な、アナログに制御され、アナログに稼働するもの。現代のような高密度集積回路による超高速デジタル制御は存在しない。
ピアノの能力は高度な技術になればなるほど、求められる計算能力が鼠算のように累乗されていくのだ。
事実、秋葉原の偽セレネライブでの"空間認識計算"は、世界中のコンピューターに分担させていたし、キニャックを作り出す時も、あの小人に補助を頼んで――――――――
「あれ?」
そう言えば、あいつはどこに行ったのだろう、いつの間にやら居ないではないか
どの瞬間にいなくなったんだっけ…と頭を捻ろうとしたが、また頭痛がしたのでやめておいた。
「これが終わったら探しに行きますか…っ」
ぐりぐりと頭に拳骨を捻じり込み、頭痛を少しでも誤魔化そうとする。
と、その時、何かがはち切れる…いや、破裂するような音が拳骨を捻じり込んでいた脳をぐわんと揺らす。
瞬間、バチン!と音を立てて、今まで切れていたブレーカーが弾け上がるように、意識が一瞬にしてクリアになった。
襲ってくるのは、先ほどとは逆の意味での「理解の拒絶」。あまりに唐突に視界が開け、おぼつかなかった脚がしっかりと身体を支えるようになり、軽い混乱が襲う。
「っ…もう、何なのよ!」
叫ぶ言葉に、頭が揺れる事はもう無い、脳内計算補助マイクロチップがはっきりと起動しているのが分かる。
高い計算能力は、混乱を一瞬で収め、通常通りの運転を再開する。だが、意識がそれについていけなかった。
加えて、眼前で起きている"状況"――――
「…何よ、あれ。」
『知識』の周囲に生まれ出でては消える、得体のしれない「何か」
ぶくぶくとグロテスクに溶け合いながら円環を描き、狂おしいまでの正常なる"力"を放っている。
「…能力の暴走!?」
鷹逸郎の説明に、ピアノはもう一度、禍々しくも神聖なる「何か」を見上げる。
アンチスキルが作動しなくなったのは、能力が暴走し制御できなくなったからなのか
それを見つめるたびに、マイクロチップの復活で鈍りがちにある"直感"が、振りきれそうなほど悪寒を滴らせる。
このままでは、マズイ。それは鷹逸郎と『隠者』も共通認識だろう。これを見て何かが起きないと思える人間などいるはずがなかった。
147 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/07(火) 18:49:28
「『知識』の周囲で輪になってるあれは、恐らく普通の威力じゃ撃ち抜けない。
邪気子の密度が高くなってる状態だろうからな。擬似的な結界作用を生み出してて、攻撃を遮断されちまうはずだ。
ピアノ、城門突破の時のこと覚えてるな?
あの時の障壁を破壊した応用だ。……お前のレーザー兵器を、『隠者』の力で一点に収束させる。
それで環を貫いて、そのまま胸部の異能の核を撃ち抜くんだ。」
「言われなくても分かってら!」
鷹逸郎の言葉に、ピアノはぶっきらぼうに答える。いまだ意識が付いていかない頭を素早く回転させる。
城門突破の際に使用した「アサルト・キャノン」は駄目だ。チャージに時間を要するし、そもそもあれの攻撃種別は「粉砕」だ。
あの円環の結界は、高濃度の邪気…に近い異能の力の塊だ。粉砕した所で、一瞬で修復してしまうのがオチだろう。
ああいったものに最も役立つ攻撃種別は、当然の事ながら「貫通」。アサルト・キャノンを使用する際に展開していた粒子防壁「プライマル・アーマー」も貫通攻撃にはとても弱い。
貫通兵器の最高傑作、それは、人類が既に作り出せるものの中にある。
「展開(オープン)!X-2 HCL素粒子加速投射砲(ニュートリノランチャー)!」
素粒子加速器。
素粒子同士を電磁加速によって衝突させ、宇宙の始まりなど調べる円環状の巨大装置だ。
宇宙の真理を調べる機械が、神の真理に近づく者を討つ。なんと皮肉めいた事だろうか
「素粒子加速開始…リミッターカット!臨界速度まで高加速!」
ピアノの周囲に、まるで『知識』の対になる様に展開した円環。素粒子を加速させるループだ。
重く、どろどろとした音を響かせる『知識』に対して、電磁加速の甲高い音が響き渡る。
「あと10秒!臨界速度到達と同時に投射するわ!合わせてよ…!
5!」
その音に負けないように、ピアノは『隠者』に指示した。
「4!」
カシャン、カシャン、と、円環の途中から砲身の代わりとなる筒が伸びる。
「3!」
鷹逸郎に、手振りだけで伏せていろと伝える。
「2!」
自分の脚をしっかりと地面に突き刺し、固定する。
「1!」
『隠者』と一瞬だけ目を合わせる、準備できていなくとも、もう止める事は出来ない。
かち、とトリガーに指を掛けた。
ヴォォォォォォォォォ――――――ォォンンンンン…
強烈な光と共に、鈍く重い、チェロの弦を素人が叩いたかのような音が響き渡る。
「貫通」の極致に至る素粒子投射砲は、着弾という概念が無い、それほど長くない射程の上に存在するもの、全てを貫通する。
もちろん、一歩間違えば「粉砕」の極致…超破壊兵器禁止条約SSランクに位置する「対惑星砲(プラネットバスター)」に変貌するが
貫通された物質は、一拍置いてから原子崩壊を始め、ぐちゃりと崩れ落ちる。そんな兵器だった。その際に出るわずかな放射能が、部屋に充満する。
「…っはぁ」
投射口から放射能除去の為の煙を硝煙のように燻らせながら、ピアノは大きく息を吐く。
禍々しい気は、もう感じられない、やったか。と顔を上げると。
148 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/07(火) 18:51:01
「困りますよ『知識』。あなたが死なれては私が面目立たないではないですか。」
軍服を羽織った女性が、その腕にぐったりとした『知識』を抱えながら、その頭を撫でていた。
背中に大きく描かれた十字架、腰のホルスターにしまわれた聖銀弾を弾丸とするコルトハンドガン
鷹逸郎も、ピアノも、その姿には見覚えがあった。
「……なんで、なんであんたがいんのよ。……死んだはずじゃ。」
第十のセフィラ、『王国』。
『王国』は、ピアノの方を振り向くと、くすりとかすかに笑う。
「すみません、私は『王国』なので」
理由になっていない理由を返し、更に『王国』は続ける。
「この戦いは、一旦お預けです。
ここまで私達が追い詰められるのは、正直言って予想外でした。
ですから、次に会う時には、私はあなた方と本気で対峙をするつもりです。枢機院としてではなく、私個人の意見として
本当ならばここで駆逐したいところですが…『知識』の事もありますし、何より、世界の選択…あなたにこんな形で死なれては私達にも何かと不備がある。」
そこまで言って、『王国』は自らの後ろに控える"片割れ"を、その手で触れた。
ポォン、と木琴のような、透き通った音が響き。水晶の回転が止まる。
何か水晶の上に文字が流れ、水晶の表面が水面のように並みだったかと思うと
「よォ…世界の選択(マスターピース)、久しぶりだなァ」
秋葉原で、レイと対峙していたガチムチ巨漢が現れた。確か彼は…『基礎』。
その肩には、気絶しているのだろうか?灰色の髪と褐色肌のパンクスタイルな男が担がれている
「色々話してェ事はあるが…『王国』はそういうのに口うるせェからな。ここでは控えとくぜ」
『基礎』はそれだけ言うと、『王国』の抱えていた『知識』を、逆の肩に担ぐ。
「じゃァな、枢機院で待ってるぜェ…お前を殺せる瞬間をなァ…」
妙に静かに、しかしぞっとするほどの殺気の籠った言葉を残し、『基礎』は"片割れ"の中に消える。
それを見届けた『王国』は、鷹逸郎、ピアノ、『隠者』を順番に見ると、小さく口を開いた。
「先程、ここまで追い詰められるのは予想外だと言いましたが、ある程度は予測の範疇でした。最悪の状況ですがね
ですが、我々にも"プライド"があります。『創造者』もまた同様。
そして同時に、望んでおられます。どれだけ追い詰められようと、我々は最後の一片まで戦う事を。
真の最後の戦い……枢機院でお会いしましょう。」
『王国』は軽く一礼をすると、"片割れ"の中へ消えていった。
ピアノは慌てて走りよるが、黄色の水晶は断固として扉を開けようとしない
簡単だが、解くのが恐ろしく面倒な"施錠"が掛けられていた。
149 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/08(水) 20:37:16
異能の戦闘はジャンケンに例えられる事が多い。
なぜなら、どのような能力にも一長一短があり、相性次第で鼠が猫を殺しうるからだ。
番狂わせが起きる事も珍しくはない。
例えば、物理攻撃に対して絶対の防御能力を持つ『プロテクト』に『塔』が勝てる見込みは無い。
しかし、全身を光に変化させる『星』ならば、今度は『プロテクト』が手も足も出せなくなる。
グーは、どれだけ強くとも、パーには勝てないのだ。
多数の密集した衝撃波から成る『下弦・二式』。
『隠者』が多大な邪気を消費して繰り出したそれらは、『知識』の手に触れただけで、あっけなく無効化される。
“切れ味を失った”斬撃は、少女の体にかすり傷1つ付ける事すらできない。
それでも『隠者』は攻撃を止めようとはしない。
(【奏氣眼】の索敵能力がイカレてる今、奴を見失ったらお終いだ。
彼らの準備が整うまで、奴を釘付けにする。僕にできる事はそれしか無い。
逆に言えば、それさえこなせば───勝てる!)
グーでありチョキでありパーでもある『知識』の反則異能『アドバンテージ』を打ち破る唯一の方法は。
「集中砲火ッ!! 畳み込めええええええええええええッッッ!!!」
ジャンケンを放棄して殴りつける。ただ、それだけだ。
ヒカリを纏った白の槍と、ヤミを纏った黒の奔流が衝突する。
濡れた布に墨汁を垂らす様に、黒が白を呑み込む・・・・・・事は無かった。
両者は互角、否、少しずつ、ヒカリがヤミを淘汰していく。
負けじと『知識』がヒカリを押し返そうとしたその時だった。
「処理能力の限界、か。案外早かったな」
赤い滴が落ちる。
『下弦』が、『知識』の頬を切り裂いていた。
「……ッ!? な………!!」
「てめえの異能は確かに強大だ。
相手の異能を上回る異能の生成、獲得。ああお見それしたぜ、能力戦闘じゃまず敵無しだ。
キャパシティも莫大。氷柱といい闇の杭といい、彼程までの物量をいとも容易く一瞬で錬成できるってのは、反則と言っていい。
それでも、てめえにはそれを最大限活かせない。
実際の戦闘の経験があまりねえもんだから、適切な出力方法が解らない。
しかも自分の能力の弱点さえ、ろくに把握出来てねえ!
てめえの異能は強大さ。
だがな、肝心のてめえがその異能を扱う器じゃねえんだよッ!!」
「ふ、ざ、け、る、な……ッッ。
僕は主の御許に最も近づける……僕が最も主に近い存在なんだ……そんなことがあるはず……ぐううあああああッ!!」
(現実を認められずに錯乱したか・・・。奴も、終わりだな)
前後不覚に陥った『知識』が適切に異能を行使できるはずもない。
新たに追加された『下弦』が、ホールに赤い雨を降らせる。
未熟な精神に強大な異能、そして極限まで増大した負荷(ストレス)は、当然の帰結を導く。
「……、g……kr…………sajfds………あああアアア亜吾唖蛙嗚阿呼………!!!」
───暴走。
150 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/08(水) 20:40:42
これまでに彼女が得てきたであろう数々の異能がドロドロに混ざり合い、『知識』の周囲に超高密度のエネルギー塊を生成する。
ある種神々しさすら感じさせるその光は、太陽の様にまばゆく輝きながら、徐々に膨れ上がっていく。
(あれは溜め込んだ知識・・・邪気と魔力の集合体!?)
『知識』が自我を失った為か、【奏氣眼】の探知能力が正常に戻る。
しかし、そんなものを使わずとも、「あれ」を放置すればとんでもないことになる、という事は誰の目にも明らかだった。
「……予定は狂っちまったが、支障はねえ!
『隠者』ッ!! アイツの照準が利かない今なら、ジャミングは発動してねえはずだッ!!
お前の力を借りたい。
あのままじゃ、『知識』の脳が焼き切れて廃人になっちまう!
【奏氣眼】、だったよな。……氣を詠み、働きかけるその力で、アイツの異能の核をブチ抜く。それで、異能を強制停止させるんだ」
「あれを止めるのには賛成だけど・・・強制停止って、奴を助ける気かい?
・・・まあいいか。僕にも思う所はあるし、君にはさっき助けられた借りがあるからね」
「ピアノ、城門突破の時のこと覚えてるな?
あの時の障壁を破壊した応用だ。……お前のレーザー兵器を、『隠者』の力で一点に収束させる。
それで環を貫いて、そのまま胸部の異能の核を撃ち抜くんだ。」
「言われなくても分かってら!」
「任せてくれ。幸い、「気」を一点に集める方法なら、少し前にリハーサルを終えたばかり───」
「展開(オープン)!X-2 HCL素粒子加速投射砲(ニュートリノランチャー)!」
「え?」
念のため確認しておくと、『隠者』の位置は『箱舟』子機の前・・・<Y>達とは『知識』を挟んだ向かい側である。
「あと10秒!臨界速度到達と同時に投射するわ!合わせてよ…!
5!」
「ちょ、待───」
ピアノと呼ばれていた少女の周りに練成される、大型の金属的な円環。
いつかのニュースで見た物よりは小型であったが、それはれっきとした「粒子加速器」であった。
加速器に莫大な電磁力が集中していくのが【奏氣眼】で確認できた。もう中断することはできないだろう。
(クソッ、少しくらい待ってくれてもいいだろうにっ!)
『隠者』は射撃体勢に入ったピアノに向かって全力で疾走する。
ろくに休息も無しに城中を走り回った上での3戦目だ。体力、邪気共に限界が近い。
しかし、ここで失敗すれば全てが水の泡となる。
発射の寸前で、こちらを見たピアノと目が合った。
彼女が何を考えているのかはわからなかったが、その目に宿る意志の強さだけは十分に理解できた。
『隠者』は息を切らしながらも粒子加速器の射出口に向かって精一杯手を伸ばし、【奏氣眼】を発動させる。
「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
『知識』の生み出したエネルギー塊にも劣らぬほどの光。そして腹に響くような重低音。
その中で『隠者』は見た。ピアノの放った素粒子砲が『知識』を貫いた瞬間を。
そして視た。僅かな「気」の揺らぎと共に、もう1つの「気」が現れた瞬間を。
「困りますよ『知識』。あなたが死なれては私が面目立たないではないですか」
151 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/08(水) 20:43:18
軍服を纏った銀髪の女性が、『知識』を抱き留めていた。
怜悧さと酷薄さを覗かせるその瞳から連想されるのは、無慈悲な戦場の死神・ヴァルキュリア。
「……なんで、なんであんたがいんのよ。……死んだはずじゃ。」
ピアノが呆然と呟く。対して女性は艶然と笑う。
こちらとの絶対的な力量差を見せ付けているかのような、余裕を持った笑み。
「すみません、私は『王国』なので」
(『セフィロト』か・・・出現の仕方からして、転移能力者、か?)
『王国』の能力を分析しようとした矢先、『箱舟』の水晶が煌き、燐光の中から『魔術師』もかくや、というレベルの筋肉男が現れる。
木の幹のような大きさの肩に担がれているのは、『知恵』のコクマー。
そして男からも、『知識』『王国』『知恵』と同質の、人工じみた「気」が発せられている。
「よォ…世界の選択(マスターピース)、久しぶりだなァ」
男は『王国』から『知識』を貰い受けると、人間2人を軽々と抱えながら水晶の中に消えていく。
───血の凍るような声で、捨て台詞を残して。
「じゃァな、枢機院で待ってるぜェ…お前を殺せる瞬間をなァ…」
「───────ッ!」
男の言葉は『隠者』に向けて言ったものではない。
それでも、「殺される」、と思った。
鼠は猫に勝てるのかもしれないが、ミジンコがどれだけ策を弄しても、恐竜に勝つ可能性は存在しない。
次元が、違う。
「先程、ここまで追い詰められるのは予想外だと言いましたが、ある程度は予測の範疇でした。最悪の状況ですがね
ですが、我々にも"プライド"があります。『創造者』もまた同様。
そして同時に、望んでおられます。どれだけ追い詰められようと、我々は最後の一片まで戦う事を。
真の最後の戦い……枢機院でお会いしましょう。」
男が消え、『知識』と『知恵』が消え、最後に『王国』が消えて、『セフィロト』達はいなくなった。
彼らが残していったのは、神に逢う道程に聳える大きな壁。
『箱舟』の子機が、“施錠”されていた。
152 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/08(水) 20:47:32
「これはまた・・・嫌らしいやり方だな」
『隠者』は水晶に近づくと、【奏氣眼】で封印を精査する。
水晶に施された封印は決して複雑な物ではない。むしろ極めて単純な部類に属する。
状況からして、おそらく大掛かりな術式を施す時間が無かったのだろう。
物理的ではなく、『箱舟』の動力を利用した邪気術式なので、【奏氣眼】を使えば、こじ開ける事自体は不可能ではない。
───だが。
「なんて量の邪気を使っているんだ・・・。このペースだと1週間で『箱舟』が枯れてしまうじゃないか」
例えるならばそれは南京錠。構造が単純な故に、多大な時間と労力を必要とする。
1足す1の答えを延々と書き続ける作業にも等しい。
解除できたとしても、その頃にはアルカナは全滅している。
(それでも、ここまで来て諦める訳にはいかない。
仲間が死ぬのは、もう・・・たくさんだ。
それに、ようやく僕にも見えてきたんだ。アルカナが本当に戦うべき相手が)
『創造主』。
因果を自在に操り、“世界の選択”を利用してセカイを弄ぶ超絶的な存在。
『世界』を亡き者にして、彼の生きた証(アルカナ)をも消し去ろうとする『アルカナ』の“真の敵”。
歪んだ教義と価値観でセカイをあまねく覆う“人類の敵”。
そして、“世界の選択”そのものに成り代わり、文字通りの神に至ろうとする“世界の敵”。
“裏社会の遊撃手(ストライカー)”───『審判』の言葉は、偶然にも正鵠を得ていた。
過ぎた力で暴虐の限りを尽くし世界のバランスを崩す存在とは、正に『枢機院』のような者達を意味するのだから。
『隠者』は水晶の前に立ち、ゆっくりと息を整える。
「 『空蝉』 」
『箱舟』を施錠したのは、『王国』。『隠者』はそれを見た。否、「視た」。
『隠者』の「気」が蝋燭の様に揺らめくと、その波長が少しずつ変化していく。
本来の「気」とは似ても似つかぬ、まるで“誰かさん”そっくりの「気」を発するようになった『隠者』は、震える手でそっと水晶の表面に手を伸ばした。
「とりあえず、これで枢機院の転移機構『箱舟』へのアクセス権は得た。解除方法は簡単だけど、【奏氣眼】だけじゃ、とてもじゃないけど間に合わない。
───だから、君達2人の力を借りたい。
僕は【奏氣眼】で術式に干渉して道筋を作る。
ピアノ。さっきの攻撃を見る限り、君は機械の生成か、変身能力を持っているみたいだね。その能力で高速演算処理を担当して欲しい。
そして<Y>。君は『プレート』を使って2つの異能をまとめて欲しい。
そうすれば、あっという間に「スパコン並の処理能力を持った邪気干渉能力」の出来上がりだ。
複合異能なんて聞いたこともないけれど、『プレート』を使えばたぶんできるはずさ。だからこそ、君は【創世眼】が使えるようになったんだからね」
雑念を押さえ込み、『隠者』はただ1つの思念を『箱舟』に送る。
「・・・よし。準備はいいかい?
それじゃあ、返してもらおう。『アルカナ』の“約束の地”を・・・・・・『箱舟』、いや、『ヨコシマキメ』を!
『セフィロト』・『王国』が命じる。───開錠せよ」
153 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/08(水) 20:50:54
聖樹堂。見知った部屋だが見知らぬ天井。
医務室か。入ったことは幾度もあるが、世話になるのは初めてだ。
自分の体を把握する。
頭が痛い。顔も痛い。しかしそれだけ、息災だ。
首を起こして見渡せば、ダアトの姿が目に入る。
動かない。が、生きている。胴に貼られた符の数が、傷の深さを物語る。
それでも寝顔は安らかだ。偶然急所を逸れたのか?
「あるいは・・・情けをかけられた。
征服者はいつでもスマートさを忘れないということか。
甘いな。が・・・甘さも極めれば妖艶な価値を持つ」
しかし何ゆえ、何事だ?
ダアトの力はセフィロト最強。心が未熟であったとしても、奴らが勝つのは難しい。
その上“世界の選択”だ。奴がその場にいたのなら、負けることなど有り得ない。
主のチカラは運命操作。主が望めば思いのままだ。
ダアトが負けたとするならば、因果支配の綻びか、それとも・・・
「主よ、もしやあなたは───」
あるいはそうだとするならば。何がどうしてそうなった?
(ヒントは少し、見えている。考えうるのは唯1つ。
───それは”世界の選択”だ)
そこから先が手詰まりだ。
限定された情報は、答えの周囲を撫でるだけ。
(皮肉なものだなコクマーよ。『知恵』を名乗っておきながら、主の真意も見通せん)
とにかく体を休めよう。
アウトローは見えない明日も気取らず超越。
再びベッドに寝転ぶと、上に吊られた照明の、眩しいヒカリが目に入る。
「結城鷹逸郎、か・・・・・・・。
貴様は一体、何をしたというのだ?」
154 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/09(木) 21:39:45
.
(鷹逸は戦慄する。)
(吊されたような体勢で宙に浮く『知識』の四肢に、力は無く。)
(『翼』――古代文字を纏った、気持ち悪い程に清浄な光を放つ一対のそれは、”天使”のイメージを彷彿とさせた。)
(初めて目の当たりにする、『能力の暴走』。)
(自我が強大な力の濁流に呑み込まれ、理性も意志も失くした暴虐が顕現する光景。)
(異能の産物が互いに噛み合うことなく強引な収束をし、環状のおぞましい「何か」が産み落とされようとしている。……全身を叩くのは、神聖にして邪悪な圧力。)
(何としても、止めなければ。)
(これ以上オーバースペックの負荷が続けば、『知識』の脳神経が耐えきれずに壊れてしまう。)
(ふざけんじゃねえぞ……ッ!
被験者の容量に見合わない莫大な異能を詰め込めばどうなるか、簡単なことじゃねえか!
知らぬ存ぜぬは通らねえぞ。『核』を埋め込む前に被験者の能力的性質と適性が条件を満たすか、徹底的に検査する筈だからなッ!!
『知識』の異能は、他のセフィラと比べても明らかに桁違いだ。
幾ら敬虔な信者達の中でも、暴走を心配して被験を拒否したヤツは出ただろうよ……。)
(それを知らされていたであろう『知識』が、それでも尚受諾した理由。)
(鷹逸には、何となく想像が付いた。)
(『知識』は、憧憬の的である創造主に近付きたかった。)
(ただ、それだけだったのだろう。異能を知れば知るに全能になるという解りやすい能力は、『知識』が求めて止まなかった物に違いない。)
(この能力を受け容れれば【生命ノ樹】の仲間入りを果たし、より創造主に近い存在になれるのだから。)
(だが、其処に付き纏う犠牲と代償は大きい。)
(暴走は常に危惧される程に、極大のスペック。ハイドセフィラとして前線に出なかったのは、そんな理由もあるだろう。)
チカラ
(まだまだ年齢的に未成熟で不安定な精神じゃあ、強大な異能なんざ制御しきれるはずがねえ。
そんなこと、技術者が一番よく知ってなきゃおかしいだろうがッ!
考えられる理由は一つ。
戦力の拡充を急いだ『枢機院』は――その危険性を把握していながら、強行したんだッ!!
『知識』の他者を凌ぐほど高い信仰心を利用してッ!! 暴走する可能性の方が大きいことを把握していながら、それでも敢えてだッ!!)
155 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/09(木) 21:43:03
.
(予想より早く【同時発動の限界】が訪れたのは、その証左。)
(幾ら何でも早すぎた。ホールを埋め尽くす程の攻撃を一瞬で出現させる、莫大なキャパシティがあったのにも関わらず。)
(少女の精神力では、扱える領域に著しい限界があった。そう考えるのが妥当だろう。)
(『知識』はきっと、『枢機院』を怨むことはない。)
(むしろ自分を創造主の元へと近づけてくれた彼らに、感謝さえ捧げるかも知れない。)
(例え脳に深刻な障害を負うとしても、暴走の果てに死んでしまうとしても、それは最期の最期の瞬間まで変わることは絶対にないのかも知れない。)
(だが、そんなふざけた結末は認めない。)
―――――下らねえ運命はここで終わりだ、『知識』。
(極限まで収束した一筋の光条が、環状の脅威ごと貫通して『知識』の異能の核をぶち抜く。)
(禍々しいまでの力を急激に失った環に、ガラスの割れたような亀裂が走った。)
(漆黒が覗く歪な隙間から、漏れ出すように溢れる光。)
(少女の背中に生えていた『翼』が空気に溶けるように消え、環が崩落を始めると共に、『知識』の華奢な身体が地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。)
(そしてそれを確認する間もなく、鷹逸は全力で地面を蹴った。)
(岩盤崩落のように次々と落下する巨大な異能の塊を掠めるように避けながら、『知識』の落下地点目がけて一直線に突っ走る。)
(―――数え切れない罪を犯し続けた者にとって、更正など今更な話でしかない。)
(だから、罪を重ね続けることでしか生きられない。)
(幻想にも、美談では済まない現実がある。)
(罪を犯せば、償えども怨みは残る。怨恨と悪意が一生雨のように降り続けるような場所は、地獄と呼ぶのだろう。)
(そんな残酷な世界に身を落とすなら、死んだ方が良いと思うかも知れない。)
(それでも。)
(まだ幼い少女に、生きて欲しい世界があった。)
(少女が見知らぬ世界。笑顔が溢れ、些細だが、確かに存在する幸福を享受できる世界。――己の手を血で汚さずに、生きられる世界。)
(少女は、まだ引き返せる。)
(例えそれを望まなかったとしても、少女の命は、こんな運命で終わらせない。)
156 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/09(木) 21:44:56
.
(咆吼を上げながら、腕を必死に伸ばす。)
(指先に、確かな感触。)
(鷹逸は、遂に『知識』の衣服に手をかける。後は少女を引っ張り込んで抱えた後、その場から急いで離脱するだけ――――。)
(少女が、消えた。)
(突然、空間に空いた穴に呑み込まれた。)
(至近から気配。)
(スローになった視界で、鷹逸は背後を振り返る。『知識』の身体は、近代的な軍服に身を包んだ女性の腕にあった。)
(見覚えがあった。)
(記憶からその姿を見つける前に、そして鷹逸が驚愕の表情を表す前に、女性の姿は忽ち消え去り、)
(その直後。)
(脱出する時間をも奪われた鷹逸は、崩れ落ちた環の残骸に呑み込まれた。)
「困りますよ『知識』。あなたが死なれては私が面目立たないではないですか」
(崩れ落ちた環、瓦礫が成した残骸の山。)
(その頂に君臨するのは、機動隊に採用されているような最新式の軍服を着込んだ、北欧系と思われる透き通った肌の美しい女性。)
(銀髪を揺らしながら軽く微笑むその姿は――――見惚れるのを越して、寒気すら覚える。)
テンス
(第十セフィラ、『王国』マルクト。) アンビシャス
(上位権限異能、亜空間を介して空間と空間を繋ぐ『ケリッポドの地獄門』。そして、野望に応じて力を与える呪われしプレート:No.11『野望の章』。)
(最下位でありながら単体で極大の戦力を有する、【生命ノ樹】構成員。)
(だがこの女性は確かに、屠られたはずだ。)
(ピアノの光学兵器によって、跡形もなく吹き飛ばされ、消え去った。そのはずの存在だった。)
「……なんで、なんであんたがいんのよ。……死んだはずじゃ。」
「すみません、私は『王国』なので」
(呆然としたピアノの問に、禅問答のような答を返す『王国』。)
(遊んでいるのか、余裕の現れなのか、それとも、その答えこそが彼女の本質なのか。)
157 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/09(木) 21:46:59
.
(『王国』は謎めいた笑みを残したまま背を向け、背後の”片割れ”の水晶に手を触れて何かの操作を始めた。)
(――――が、それを阻むように、残骸の山が大きく弾ける。)
(突き破るように現れたのは、光の奔流。一瞬にして巨槍を象ると、真っ直ぐに『王国』へと飛来する。)
(しかし、遅かった。)
(燐光に包まれて突如出現した男が、何らかの力で光の槍を切り裂いた。)
(男は、足下の残骸の堆積に足を勢いよく振り下ろす――不可解な衝撃に爆散する異能塊。鷹逸はその勢いに紛れ、飛び出すように離脱する。)
(『王国』と男は軽やかに地面に降り立ち、鷹逸は地面を転がりながら体勢を整える。)
(因縁の相手が、其処にいた。)
「よォ…世界の選択(マスターピース)、久しぶりだなァ」
『基礎』……ッ! てめえッ!!
ナインス
(第九セフィラ、『基礎』イェソド。)
(あらゆる力を上昇させる上位権限異能を持つ、【生命ノ樹】構成員。)
(――――否、彼の場合は”持っていた”、が正しい。秋葉原での死闘の末に、『基礎』の異能の核はレイが打ち砕いたのだ。)
(……が、まだ『基礎』は何らかの隠し球を持っている。)
(あの時電気店のビルの床を破壊してまんまと逃げおおせた、そして今披露してみせた「謎の力」を。)
(『基礎』の肩には、渋谷で見かけそうな軟派な服装の男が担がれている。)
(あれが『知恵』だろうか、と鷹逸は推測した。)
(ということは、二人が此処へとやって来た理由は……敗残した【生命ノ樹】の回収、と言った処だろうか。敵軍の撤退は順次進んでいるのだろう。)
(息巻く鷹逸を笑うように、『基礎』は肩を竦めた。)
(『王国』から『知識』を受け取り、逆の肩に担ぎながら、囁くような声色で話しかける。)
「色々話してェ事はあるが…『王国』はそういうのに口うるせェからな。ここでは控えとくぜ。
・ ・. ・. ・ ・. ・
じゃァな、枢機院で待ってるぜェ…お前を殺せる瞬間をなァ…」
158 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/09(木) 21:49:35
.
(ゾグンッッ!!、と、ホール内に殺気が一瞬で満ちた。)
(秋葉原でも味わった、戦意を萎縮させる圧倒的な殺意と戦意。…何れ程の死戦を潜れば、此程の威圧が可能だというのか。)
(鷹逸は、不意に襲ってきた本能的な恐怖感と脱力感に必死で抵抗する。)
(一瞬でも気を抜けば、即失神しかねない鬼の気迫。)
(拳を握る――屈する訳にはいかない。)
「先程、ここまで追い詰められるのは予想外だと言いましたが、ある程度は予測の範疇でした。最悪の状況ですがね
ですが、我々にも"プライド"があります。『創造者』もまた同様。
そして同時に、望んでおられます。どれだけ追い詰められようと、我々は最後の一片まで戦う事を。」
……どの口がほざきやがる。
(「最悪の状況」、と、『王国』は嘯いた。)
(確かに西方拠点のラツィエル城が陥落したことで、『枢機院』は本拠に攻め入られる憂き目を味わうことになる。)
(だが、それは最悪ではない。)
(【生命ノ樹】の構成員はまだ残っている。――それも、まだ顔すら見せていない者が。)
(この局面で顔を見せていないということは、戦力外に数えられているのか、それとも最大最強の”切り札”であるか、その二つのパターンしかない。)
(そして『枢機院』は『知恵』が敗北した時のカードとして、『知識』を備えておいた。)
(戦力外は有り得ない。…まだ、とんでもない奴を隠している。)
(『枢機院』は、真に追い詰められてなどいない。)
(いるはずがない。――相手は旧世界において権勢を誇った、あの『創造主』が統べる大組織なのだ。)
(鷹逸の懸念に気付いたのか否か、『王国』は青年を見やると、順番にピアノ達を流し見て、最後に一礼を以てその場から消失した。)
「真の最後の戦い……枢機院でお会いしましょう。」
(そうして、戦いは終わった。)
(更に熾烈で苛烈な、凶悪で強大な戦いを誘う、”前哨戦”が。)
【○ 鷹逸・ピアノ・『隠者』 VS 『知識』 ●】
【但し、身柄の確保はならず】
159 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/09(木) 21:54:58
.
(無線機からは、敵軍の撤退を歓ぶ声が次々に入ってきた。)
(特に、虚構を真実へと変えるシックススセフィラ・『美』ティファレトの足止めという絶望的な任務を最後まで完遂した餌役達の歓び様はでかい。)
(早く彼らの元に駆けつけて凱旋したいのは山々だが、三人には後一仕事が残されていた。)
(三人が覗き込むのは、『方舟』の起動に必要な”片割れ”の水晶。)
(早速手持ちのもう一方と連動させてスイッチを入れたい所だが、どうやらそんな簡単にはいかないようで。)
”施錠”……。
畜生。最後の最後まで、なんつー悪足掻きだ。
(どうやら施錠の仕組み自体は、さほど難解な物でもないらしい。)
(だが、作業量が尋常ではないようだ。…しかも、時間を掛けすぎれば邪気が枯渇し、『方舟』は単なる水晶のオブジェと化す。)
(『隠者』が顔を上げる。)
(そして、鷹逸とピアノに施錠解除の助力を求めてきた。)
(……正直、鷹逸は内心で意外であった。遠慮のない協力態勢を敷くには、もっと多くの時間を要するものかと予想していたのだが。)
「とりあえず、これで枢機院の転移機構『箱舟』へのアクセス権は得た。解除方法は簡単だけど、【奏氣眼】だけじゃ、とてもじゃないけど間に合わない。
───だから、君達2人の力を借りたい。
僕は【奏氣眼】で術式に干渉して道筋を作る。
ピアノ。さっきの攻撃を見る限り、君は機械の生成か、変身能力を持っているみたいだね。その能力で高速演算処理を担当して欲しい。
そして<Y>。君は『プレート』を使って2つの異能をまとめて欲しい。
そうすれば、あっという間に「スパコン並の処理能力を持った邪気干渉能力」の出来上がりだ。
複合異能なんて聞いたこともないけれど、『プレート』を使えばたぶんできるはずさ。だからこそ、君は【創世眼】が使えるようになったんだからね」
(とんでもないことを言い出した。)
(いやいやいやいや! マルチプル
それはちょっと遠慮なさすぎじゃね!? 複合異能なんて俺も聴いたことねえよ!!
か、かといって『世界』の遺志を継ぐ(キリッと決めたばっかりの口で「複合異能とか聴いたことないので抜けますね^^;」なんて言える訳ねえだろうがああ!!
お、落ち着け! これは信頼の証なのだ、まさに試されているのだ俺は!!
これぐらいできなくて何が『世界』だ氏ねって感じで!!)
160 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/09(木) 21:58:47
.
(両瞳を閉ざし、精神を集中させる。)
(――改めて思えば、何とも曖昧な力を使って生き残ってきたものだと思う。)
(普通、プレートと言う物には『銘』がある。)
(プレートに選ばれた者にしか読めない、特別な銘だ。それを口に出して唱えることで初めて、正当な主と認められるという。)
(だが、遺跡から持ち帰って色々調べてみたが、このプレートには銘らしい文字が何も無かった。正しく銘も無き、『無銘のプレート』であったのだ。)
(だが、逆の発想を得る。)
(銘が無いのではなく、そもそも”銘が無いことそのものが銘なのではないのだろうか”、と。)
(難しく考えるな。
邪気眼のルーツってのは妄想だ。想像力を何処まで深く、拡げられるか……。
それなら、俺の得意分野じゃねえか! こちとら小っせえ頃から、本家の納屋の中で邪気世界の妄想ばっかりしてたんだからよ!
クリアランス
新たな可能性を拡大しろ。
別々の個を繋ぎ、新たなる個を創り上げる。…俺に答えてくれ、『プレート』――――【創世眼】――――。)
(『プレート』。)
(【邪気眼】。)
(これに《魔剣》を合わせた3つは、邪気学の専門用語で”三大異能”と呼ばれる。)
(これら3つの関係は、三竦みという解りやすい関係に表される。)
(即ち、【邪気眼】は『プレート』に弱く、『プレート』は《魔剣》に弱く、《魔剣》は【邪気眼】に弱いという閉じられた関係に完結されるのである。)
(だが、鷹逸はそう考えると特異な存在であった。)
(『プレート』を持ちながらも、その体内には【邪気眼】の因子が共存している。)
(これは最早、従来の常識では説明されえないのではないか。つまり、異能のあり方について全く新たな可能性を、無意識に提示しているのではないか。)
(青年は、唯の”瞳”を開く。)
(莫大な奔流を放出するだけだった光は、繊細な操作で両の手にゆらゆらと揺れていた。)
(この光を媒介として、両者の全く異なる邪気を連動させる。……何分、初めてのことだが、それでもやれるはずだと信じる他ない。)
――――いいぜ、準備出来た。いつでも行けるぞ。
(確信めいた響きで、青年は新たな可能性の発現を告げる。)
(そして、”錠”は解かれ。)
(今、楽園の扉が、開かれる――――。)
161 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/20(月) 19:56:55
<枢機院本部・礼拝堂>
「微量ながら邪気が感じ取れた。我々同様の招かれざる客だとお見受けする。
…そんなところで隠れてないで、出てきたまえ、御来賓?」
「旦那、壁の花に声掛けるのはちぃと待ってくれよ。俺様はまだアンタと踊ってないぜ?」
礼拝堂に木霊する嗚咽と苦悶の交響曲に、テンポ違いの低音が混じる。
「っと、その前にこの悪趣味なBGMを止めさせてもらうぜ。俺様はもっとハイテンポなロックが好きなんでな。
【バレットパレット】、“麻酔弾”」
空気の抜けるような短音が連続した後、不意に交響曲は終わりを告げた。
一転して静かになった礼拝堂に靴音が響く。
深紅のコートに白い髪、そして両手に二挺拳銃。
何に影響されているのか丸わかりな男が、奥の扉から現れた。
「難攻不落の『聖樹堂』に現れる邪気眼使いの軍勢・・・それを独り迎え撃つ俺・・・
しかも守衛の奴らはこのザマで、いけすかねえ『ストレイト』も遠征中・・・
つまり、当分は俺様の一人舞台・・・!
おいおいおい、これマジでウマ過ぎるシチュエーションじゃねえかっ!」
虚空を見上げ、なにやらブツブツ呟きながらニヤケ面を晒していた男だったが、周囲の生温かい視線に気付くと真顔に戻り、咳払いを1つ。
「旦那、運が悪かったな。俺様が来た以上、ここから先は通行止めだ。
だからっつって大人しく返す訳にはいかねえ。アイツ等を可愛がってくれたお礼、たっぷり受け取ってくれや」
1つ目の銃口が白衣の男───アリス・シェイドを捉える。
同時に、2つ目の銃口が大扉の方に向けられる。
その先に居るのはメイドと青年と───半透明の少女。
「『デバイス』・・・お前が裏切るとは正直意外だったぜ。
だが安心しろ。俺様ァ酸いも甘いも噛み分けた大人の男だからな。お前の気持ちはよーくわかってるぜ。
愛ゆえに・・・ってことだろ。
否皆まで言うなっ! 愛と信仰の板挟みに苦しむお前の心、俺様ともあろう者が気付かないはずがあろうかっ!?」
少女が露骨に否定の態度を取っているような気もするが、馬鹿には正しく伝わらない。
「戦友(トモ)として祝福してやりてえのは山々だが、悲しいかなそいつぁ邪気眼使い、『創造主』サマにとって不倶戴天の敵!
俺様とて『創造主』サマに仕える身・・・見逃す事はできねえ。
せめて想い人共々この『ガンショップ』様の美技で果てるがいいさ!
【バレットパレット】、“マグナム弾”ッ!」
礼拝堂に戻った静寂は、1人の馬鹿と2対の爆音によって、1分と経たずして失われた。
<『ガンショップ』:デビルハンター気取りの馬鹿。協調性ゼロなのでアルカナ襲撃メンバーから外された。>
<能力:【バレットパレット】 聖銀弾以外のあらゆる弾を無限生成できる。>
162 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/21(火) 00:49:11
>「ひとまず交渉は私がやるわ。…なーに、口八丁の二枚舌、二つ合わせて十六枚舌のアスラ様に任せなさいって」
アスラが得意げにそう言い、扉の中へエントリーしようとした瞬間――
ドアの向こうから、黄金の刃物が生えてきた。よく見たら、それは鋏だった。
この分厚い扉を、刺突に優れぬ鋏が貫通してきたのだ。
止まらない。鋏は一つで終わらない。秒間何連射かといったスピードで規則的に突き出た鋏が連なっていく。
やがてドアを綺麗に縁った黄金の羅列は、ドアを一回り小さい風穴へと変えた。
>「微量ながら邪気が感じ取れた。我々同様の招かれざる客だとお見受けする」
>「…アンタか…クソ白衣…」
扉の向こうから現れたのは、白衣を纏った冷悧な双眸の男。苦悶を漏らす死屍累々を背に立っていた。
苦み走ったアスラの口調は、未知の敵に対する警戒ではなく――既知の強敵に対する懸念のそれだった。
《もしかして、知り合い?》
「……ん、どっかで見たことあるような――」
実際ヨシノはこの男を、何度か学内で見かけていた。世界基督教大学関係者だ。
拙い記憶の糸を辿る。その視線の先に、白衣とは別の影がゆらりと現れた。
>「旦那、壁の花に声掛けるのはちぃと待ってくれよ。俺様はまだアンタと踊ってないぜ?」
「ちょっ、姉さん姉さん、新手新手」
白衣と睨み合うアスラの袖を引き、新手の男を指さした。
男は厨二病丸出しのファッションで、懐から二丁のこれまた装飾ゴテゴテな拳銃を抜き放つ。
>「っと、その前にこの悪趣味なBGMを止めさせてもらうぜ。俺様はもっとハイテンポなロックが好きなんでな。
【バレットパレット】、“麻酔弾”」
「いちいち恥ずかしいなこいつ――おっ!?」
BGM音響機器と成り果てていた死屍累々が機能を停止しスリープモードに入る。
隣で所在無げに浮いていたデバイスが、ようやく顔と名前を記憶から一致させたようで柏手を打った。
《『ガンショップ』……》
>「『デバイス』・・・お前が裏切るとは正直意外だったぜ。
だが安心しろ。俺様ァ酸いも甘いも噛み分けた大人の男だからな。お前の気持ちはよーくわかってるぜ。
愛ゆえに・・・ってことだろ」
《はあっ!?》
デバイスが、今まで聞いたこともないような素っ頓狂な声を上げる。開いた口が塞がらないといった感じで。
>「否皆まで言うなっ! 愛と信仰の板挟みに苦しむお前の心、俺様ともあろう者が気付かないはずがあろうかっ!?」
《ちょっと本当にわけが分からないよ!そんな垂直発射的な発想に至ったのがまず不思議!
そしてそこまで残念な脳を持ってそこまで育っちゃったのがすごく不思議!なんで死のうという発想に至らなかったの!?》
>「戦友(トモ)として祝福してやりてえのは山々だが、悲しいかなそいつぁ邪気眼使い、『創造主』サマにとって不倶戴天の敵!
俺様とて『創造主』サマに仕える身・・見逃す事はできねえ。せめて想い人共々この『ガンショップ』様の美技で果てるがいいさ!
【バレットパレット】、“マグナム弾”ッ!」
ガンショップの二丁拳銃のうち、一丁の銃口がこちらを捉えた。ひとりでにスライドが前後し、薬室に弾丸が送られる音がする。
引き金を握り込むように引いて、大口径の弾丸がけたたましい音に追い立てられて飛来した!
「銃突きつけて長口舌!三流のやることだな!」
ヨシノの対応は早かった。馬鹿正直に銃を向けたまましゃべくっていればいくらでも反応のしようはある。
バックステップで斜線から逃れ、攻性思念銃『ファントムペイン』を構える。
「デバイスは確かに俺の嫁だが……鉛玉とはずいぶんなご祝儀じゃないか!引き出物に敗北をくれてやろう!」
『倒錯眼』で「説明書」を代替し、既にこの武器の使い方は理解していた。回転弾倉に攻撃意志を込め、思念ウイルスとして打ち込む。
ケテルは『痛み』の思念を込めて使っていたが――ヨシノならばどうするか。瞬間的に、彼の脳裏にいくつものイメージが展開する。
その中の一つを掴みとり、ファントムペインに装填した。狙いをつけられないよう大股で歩きながら、相手を照準し――射撃。
『大学生になって地元のスーパーでレジ打ちのバイトしていると、小学生の頃好きだった娘が頭の悪そうな男と子連れで
来店し、しかもレジ打ちやってる自分にまったく気付かず会計を済ました時の心の痛み』
を封入されたファントムペインの蒼き弾丸が、『ガンショップ』の胸元目指して飛翔する!
【戦闘対応。ファントムペインでガンショップを銃撃】
163 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/22(水) 00:53:38
>「旦那、壁の花に声掛けるのはちぃと待ってくれよ。俺様はまだアンタと踊ってないぜ?」
(どこか戦場に似つかわない軽薄な声)
(この暑い中こっちが溶けそうな真っ赤なコートを着た枢機院エージェント『ガンショップ』は、妙に明るい声色で、ぬるりと姿を現した)
>「難攻不落の『聖樹堂』に現れる邪気眼使いの軍勢・・・それを独り迎え撃つ俺・・・
> しかも守衛の奴らはこのザマで、いけすかねえ『ストレイト』も遠征中・・・
> つまり、当分は俺様の一人舞台・・・!
> おいおいおい、これマジでウマ過ぎるシチュエーションじゃねえかっ!」
新手…か。…ほう、なかなか邪気邪気しい外見じゃないか。
…ああいや、すまない。確か君らは「それ」を嫌悪していたのだっけな。
>「旦那、運が悪かったな。俺様が来た以上、ここから先は通行止めだ。
> だからっつって大人しく返す訳にはいかねえ。アイツ等を可愛がってくれたお礼、たっぷり受け取ってくれや」
ほほう…面白いじゃないか。礼とは何をくれるのかな?
命か?魂か?異能の刻まれたその体を頂けると私は嬉しいのだが───!
(『ガンショップ』は扉にいた人物に一瞥をくれると、大口径の銃の一つをこちらに向け遠慮なくぶっ放した)
……っと!
(身をよじり放たれたマグナム弾を避け、物陰に一度身を置く)
…鉛玉とは、予想外だったな。
異能の種は…その銃か。【バレットパレット】と言っていたな。メモしておこう。
さて、何はともあれ──まずは「御来賓」と合流しなければな。
やれやれ…話を途中で遮るやつは嫌いだよ。
164 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/22(水) 00:54:56
>「デバイスは確かに俺の嫁だが……鉛玉とはずいぶんなご祝儀じゃないか!引き出物に敗北をくれてやろう!」
(ヨシノが『ガンショップ』に仕掛けた隙を狙い、影のようにゆらりと礼拝堂入口まで駆け抜ける)
初めましてだな、客人…ん?
(そこに集う男女とエーテル体を見て、少し驚いたように)
…いや、久しぶりと言うべきだな。
何故貴様がここにいる、尼公。おまけにそっちは我が大学の学徒ではないか。確か…「倒錯眼」の使い手だったか。
いやなに、驚く事は無い。大学内の邪気眼持ちは全員リストアップされているのだよ。無論、君の────!?
(語るシェイドの視線が一点で急激に止まる。そこにいたのは、霊体少女こと枢機院元エージェント『デバイス』である)
君は…いや、そんな…まさか……
≪…な、何だよう≫
(『デバイス』の半透明な身体を上から下まで確認するかのように眺めると、シェイドは膝をつき『デバイス』の透けた手頸を取った)
───君は自分という存在について深く学びたくはないかね。
≪えっ≫
よく考えても見たまえ。経緯は知らんがその体は完全なるエーテル体。本来ならば常人には視認不可のオーブとして扱われる筈の幽かな存在な筈だ。
それがこの身体はどうだ。目視可能でその上口を開き声を出すなんて科学の限界を打ち破っている。いやだからこその異能であるのかもしれないのだがな。
いやしかし君…これは既存の幽体学というものを根底から覆す新しい理論だよ。一体どういう原理で……
…はっ!?まさか貴様、思念体だな!?あああああああああ!成程、成程、なるほどなぁ!!分かった、そういう事か!
脳に住み着く存在として宿主から一定範囲に存在する人物にダウンロードさせて存在を成立させているという訳なんだな!!
なんとまあ、この異能を考え出したのは君かね!いや全く他人の発想にはいつも驚かせられる!私もまだまだ究極の叡智には程遠いな!はははははっ!
しかしかの脳髄を喰らう魔人でさえ脳の仕組みを解き明かすのは難しいといわれているというのに…ふふ、君の存在は魔界すらも揺るがすよ!
いや見事。探究者アリス=シェイド感服した。実に面白い発想だ。で、結局何が言いたいかと言うとだな────。
私の実験室で素敵な被検体ライフを送る気はないか?
≪謹んでお断りします、このド変態≫
(知らぬ所で「帽子屋」と称されたこの男は、その気になればアリスだろうが焼いて潰して茶受けにしてしまう外道さんだった)
…チッ。
まあいいだろう。今の私は被検体一体に逃げられても許してやるだけのキャパティシーを持っている。…運が良かったな、思念体?
≪おねーさーん!ボクこいつと組んだの絶対失敗だったと思うんだけどー!≫
「組む」…か。そうだな、そろそろ本題に入らせてもらうか。
…おい修道女、どうやら貴様が一番うまく説明できそうだ。
私があの「赤コート怪人」に狙われる前に、とっとと今の状況を教えてくれたまえ。
165 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/23(木) 22:43:46
な…なんなんでしょうか、これ。
あちこちで人が戦って、血を流して、倒れて―――。
ああ、また1人倒れちゃいました。
生きてるんでしょうか、あの人…。もしかしたら亡くなっているかも…。
一体何が起こってるんですか、ワケがわからない。
『神様』のお声の通りに遠路はるばる聖樹堂まで来ましたが…。
あり得ない、こんなこと。
. . . . . . . .
「ここは聖堂なのに、何でみんなこんなに慣れてるんですか…。」
邪気眼。
破滅と混沌をもたらす呪われた力―――。
ぼくは知ってます。『神様』から教えていただきましたから。
さっきからずっと邪気眼に反応して、ギプスの上からでも判るほど右手が光ってる。
こんなぼくでさえ体が震えて、心臓がバクバクいって、泣きそうになるくらい怖いのに。
あ、涙落ちました。泣いてますね、これ。ホント情けない…。
力を持って生まれたぼくだって怖くて泣きながら震えてるのに、怯える人は誰もいないなんて。
みんな兵士みたいな顔して自分から敵を探してる。この大聖堂おかしいですよ。
それぞれ武器を持ってて、指示を出す人がいて、しっかりと統率されてる。
まるで軍隊じゃないですか…。こんなの間違ってる。
神の家が、聖なる場所が、絶叫轟く地獄絵図だなんて、こんなの間違ってる。
聖職者ともあろうものが誰一人諭すこともせず、暴力に訴えかけるなんて、
こんなの間違ってる…!!
神様、決めました。ぼくは戦います。
救いを与えるべき場所で暴れ回る不届き者たちに、罰を与えることを―――
「―――ひっ!あぶな…流れ弾飛んできた…。」
もう許せません!ぼくはこの混沌を排除するっ!!
「まずはそこの……えっと、家政婦さんとメガネのお兄さんと白いおじさんとなんか薄くなっちゃってる人、
それからマニアクスな魔人っぽい人!!待って下さい!」
ちょっと喩えまずかったかな…うわぁ見てるすっごくこっち見てる…。
「何があったか知りませんけど、ここは聖堂ですよ!これ以上混沌を見過ごす訳にはいきません!
武器を納めなければ、僕が全員折檻し―――― ぐぅっ!?み、右手が…。」
いだだだだだだなにこれメチャクチャ光ってるんですけど…!
まさかこの中に邪気眼使いが!?いや、疑ってかかるのはよくありませんね。スマイルスマいだだだだ!
166 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/23(木) 22:48:00
―――馬は蹄の音を立て、険峻山野をひた走る。
白馬を駆るは『女教皇』、その者向かうはラツィエル城。
薔薇の薫りを振りまいて、花弁のごとき髪が舞う―――。
「まだここに居るかなぁ。間に合えばいいんだけど…。」
西方の山奥にそびえ立つ、枢機院の拠点として使われる古城。
そこはアルカナが創造主の駒と死闘を繰り広げる『ほんの足掛かり』となるはずの場所だった。
幾ら大軍勢といえども、『ヨコシマキメ』『真紅の石版』『創世眼』、そして『大アルカナ』と『小アルカナ』、
これほどの戦力が揃っていれば攻略はごく簡単だったはずだ。
そして本陣へ乗り込み、そこで初めて『死闘』が始まる。
そのはずだった。
そのはずだったんだ。
なのに…なんで『世界』まで…。
思えば、始まりのヨコシマキメ遺跡、あそこから何かが狂っていった気がする。
きっとショボンがやられた時からだ。いや、もっと前からかもしれない。
彼がやられるには早過ぎた。白虎だってそうだ。
世界は「此度の貴様らは遅すぎた」と言っていたけれど、先手を打たれていたのはアルカナだったんだろう。
とにかく、僕の知らないことが起こるなんて信じられなかった。
だから調べる必要があった。
自分の仕事をするためだ、逃げたんじゃない。
でも、僕がみんなと一緒にいたら、死なせずに済んだのかな…。
………思い上がりか。あの時ボクにそれ程の力は無かった。
力がなければ、創造主に歯向かうこともできない。
奴の脅威となりえる力を持って、初めて同じ土俵に上がれるんだ…。
鉄の味がする。
気付けば唇を噛み締めていたみたいだ。鈍く痛む。
「あはは、流石にずっと走りっぱなしだと変なことばっかり考えちゃうな。
でももう城門は見えてきた。ねぇお馬さん、もう少し急いでもらえるかい(清麗微笑」
たてがみを撫でながら首をぽんぽんと叩いてやると、風よりも速く駆ける名馬になる。
「いい子だね、ありがとう(キリッ」
僕達には力が足りない。
でも枢機院が動き出すってことは、いずれ厄介な存在になるってことだろう。
だから、彼らを失うわけにはいかないんだ…!
―――馬は蹄の音を立て、蒼天緑野をひた走る。
駿馬を駆るは造反者、その者求むは共犯者。
薔薇の薫りを振りまいて、花弁のごとき髪が舞う―――。
「あれ?」
また僕の知らないことだ。
アルカナのテントに、本来居るはずがない人が居る。
馬の首を軽くタップすると、今度は静かに止まってくれた。
「キミ達はカノッサ機関の人だよね?こんなところで一体何をしてるの?(キリッ」
167 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/25(土) 09:32:40
「南京錠をかけるとは…必死ね、奴らも」
ピアノは堅実かつ単純な鍵がかかった水晶を眺め、はぁ…と溜息をつく。
普通に解くのでは、1週間以上はかかる様な多重複合式の概念鍵。
もちろん、複数の鍵を同時にしているも同義なので、消費エネルギーも半端なものではない。膨大な邪気の残るヨコシマキメと繋がる箱舟だからこそ、出来る代物だ。
ふと、隠者がピアノの脇をすり抜け、水晶に触れる。
そしてその邪気が、まるで水の流れが入れ換わる様に『王国』のものへと変化する。
【奏氣眼】―――気の流れ、エネルギーの対流を操り、様々なものに非物理的に干渉する能力。
見た目までは変えられないが、自分の邪気を変える事くらい容易いのだろう、『隠者』の名に相応しい、隠密向きの能力だ。
「とりあえず、これで枢機院の転移機構『箱舟』へのアクセス権は得た。解除方法は簡単だけど、【奏氣眼】だけじゃ、とてもじゃないけど間に合わない。
───だから、君達2人の力を借りたい。
僕は【奏氣眼】で術式に干渉して道筋を作る。
ピアノ。さっきの攻撃を見る限り、君は機械の生成か、変身能力を持っているみたいだね。その能力で高速演算処理を担当して欲しい。
そして<Y>。君は『プレート』を使って2つの異能をまとめて欲しい。
そうすれば、あっという間に「スパコン並の処理能力を持った邪気干渉能力」の出来上がりだ。
複合異能なんて聞いたこともないけれど、『プレート』を使えばたぶんできるはずさ。だからこそ、君は【創世眼】が使えるようになったんだからね」
「また無茶言うなオイ」
開口一番にそれか、とピアノは肩を落とす。なんとも急ぎ足な解錠方法だ。確かに高密度演算+邪気操作が行えるならば、解錠など朝飯前だ
だが別の能力を「一つにまとめて」行うなど聞いた事が無いし、下手すると先程の『知識』みたく暴走してしまうかもしれない。
邪気眼は1人につき1能力であり、別々の能力とは相性の問題にもよるが水と油のように分離しててしかるべきなのだ。
しかし鷹逸郎はすでに瞑想状態に入り、隠者も雑念を取り払い、自らの能力に集中している。
「"急がば回れ"…ハァ
ごめんなさいねオルガン…忠告聞けそうにないわ、このアホどものおかげで」
ピアノはため息交じりに仕事仲間に謝る。
「――――いいぜ、準備出来た。いつでも行けるぞ」
「・・・よし。準備はいいかい?
それじゃあ、返してもらおう。『アルカナ』の“約束の地”を・・・・・・『箱舟』、いや、『ヨコシマキメ』を!」
「はいはい…っと」
ピアノは秋葉原で行ったのと同じ、前もってばら撒いておいたコンピューターウイルスによる全世界のPCの同時並列演算…の回答を送りだす。
邪気子の対流、質量差、エネルギー密度、それらを合計して割り出された純エネルギー総量…。
スパコンですら数時間はかかる超絶計算も、世界に云十億台…いや、云百億台ある平凡なPCの前にはコンマ秒で済む。
「『セフィロト』・『王国』が命じる。───開錠せよ」
『隠者』の言葉と同時、薄みがかっていた黄色の水晶が、黄金色に煌きだす。
そしてその表面に、すう文字が浮かび上がった。
-Unlocked-
-Welcome to the Ark-
168 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/25(土) 10:27:45
「つー訳で、だ。これ持っとけ。皇帝様特製の通信機だ。どーだ、イカすだろ?
コイツはアルカナの識別信号が出てるから、回収されずに置いてきぼりにされるって事はねえはずだ
俺はちと野暮用だ。暇ならそれで応援でもしてやってくれ。
きっとアイツ等血涙流して奮起するだろうよ。なんつっても小アルカナは男ばっかだからな! そんじゃ後ヨロシクぅ」
「………」
そんな言葉を残して出て行った『皇帝』が居なくなったテント。
まあ鷹逸郎に負けず劣らず自由奔放な男だと、第一印象はそれだった。
「結局、なんだったんでしょう?」
シロフォンが首をかしげて呟く。
「…ま、敵では無いって事は確かだな。回収してくれると言っていたし」
目の前でチカチカと煌きながら沈黙する通信機を眺め
「……応援、します?」
手を伸ばして手元に引き寄せる。
「馬鹿言うな、敵じゃあないが、味方でもない
カノッサからしてもアルカナは邪魔な存在だった、ただ目的が合致してたってだけでな」
「…んん」
同じ目的を持っているなら手を貸せばいいのに、とシロフォンは思う。
「まあ、お前がやりたければいいさ。応援程度なら目を瞑ってくれるだろ」
煙草を取り出して、ぎいとパイプ椅子に腰かけるビブラフォン。
シロフォンは、少し笑ってうんと頷くと、通信機のスイッチを入れ
「あれ?」
「へぅっ!?」
た瞬間に、外から声が聞こえた。
ああっ、今の声、通信機通っちゃった!?
聞こえた?聞こえてないよね?
「キミ達はカノッサ機関の人だよね?こんなところで一体何をしてるの?(キリッ」
「…あんたは、『女教皇』か」
ビブラフォンは静かに煙草を曇らせながら、テントの入り口で佇む艶麗な女性を見つめる。
「『皇帝』から話は聞いてないのか?
…まあいい、とりあえず私達は"今は"味方だ」
通信機を持ったまま慌てるシロフォンをよそに、ビブラフォンは『女教皇』と話し始める。
少し喧嘩腰なのは、やはりどこかでアルカナを信用しきれていないからだろう
169 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/25(土) 10:28:01
「つー訳で、だ。これ持っとけ。皇帝様特製の通信機だ。どーだ、イカすだろ?
コイツはアルカナの識別信号が出てるから、回収されずに置いてきぼりにされるって事はねえはずだ
俺はちと野暮用だ。暇ならそれで応援でもしてやってくれ。
きっとアイツ等血涙流して奮起するだろうよ。なんつっても小アルカナは男ばっかだからな! そんじゃ後ヨロシクぅ」
「………」
そんな言葉を残して出て行った『皇帝』が居なくなったテント。
まあ鷹逸郎に負けず劣らず自由奔放な男だと、第一印象はそれだった。
「結局、なんだったんでしょう?」
シロフォンが首をかしげて呟く。
「…ま、敵では無いって事は確かだな。回収してくれると言っていたし」
目の前でチカチカと煌きながら沈黙する通信機を眺め
「……応援、します?」
手を伸ばして手元に引き寄せる。
「馬鹿言うな、敵じゃあないが、味方でもない
カノッサからしてもアルカナは邪魔な存在だった、ただ目的が合致してたってだけでな」
「…んん」
同じ目的を持っているなら手を貸せばいいのに、とシロフォンは思う。
「まあ、お前がやりたければいいさ。応援程度なら目を瞑ってくれるだろ」
煙草を取り出して、ぎいとパイプ椅子に腰かけるビブラフォン。
シロフォンは、少し笑ってうんと頷くと、通信機のスイッチを入れ
「あれ?」
「へぅっ!?」
た瞬間に、外から声が聞こえた。
ああっ、今の声、通信機通っちゃった!?
聞こえた?聞こえてないよね?
「キミ達はカノッサ機関の人だよね?こんなところで一体何をしてるの?(キリッ」
「…あんたは、『女教皇』か」
ビブラフォンは静かに煙草を曇らせながら、テントの入り口で佇む艶麗な女性を見つめる。
「『皇帝』から話は聞いてないのか?
…まあいい、とりあえず私達は"今は"味方だ」
通信機を持ったまま慌てるシロフォンをよそに、ビブラフォンは『女教皇』と話し始める。
少し喧嘩腰なのは、やはりどこかでアルカナを信用しきれていないからだろう
170 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/26(日) 19:20:27
「おう今帰ったぞ───ってうおおっ! なんじゃこら!?」
転移でテントに戻ってみれば、馬づら頭が眼前に。
毛並み麗しい白毛の馬が、テントの入り口から顔を覗かせていた。
「いきなり零距離ガン見とかちょとSyれならんだろこれは・・・
マジで焦るんでやめてもらえませんかねえ・・・?」
馬を相手に凄みを利かせる大人気ない男『皇帝』は、横目で仮眠用のベッドを見やり、片手を軽く振り下ろす。
すると、あらかじめ林の中に設置しておいた術式が発動し、眠りにつく女性と隣り合ったベッドの上に拘束術式を施された『白亜の侍』が横たわる。
「うっし、完了だ。まあ、それはいいとして・・・」
テントの内部では軍服の女性が剣呑な雰囲気を醸し、その横では小柄な少女がオロオロとしている。
2人の視線は揃って白馬の傍らに居る何某に注がれていた。
数多の優れた移動手段の中からわざわざ馬を選ぶハイセンスさと、テント内に漂う濃密な薔薇の芳香。
多芸多彩で変人だらけの大アルカナでも、流石に思い当たる人物は1人しかいない。
『皇帝』は白馬を押し退けると、その向こう側にいた彼───否、彼女に対面する。
「おいィ? いくらなんでも遅刻しすぎでしょう?」
桜色の長い髪をたなびかせ、一枚の絵画よろしく佇む男装の麗人。
大アルカナが1人、『女教皇』その人であった。
「『女教皇』よお・・・俺ちゃんと練議苑に集合って言ったよな?
たしかに遅れるのは勝手だが前もって裏テルするとかそれなりの遅れ方があるでしょう?
大体お前がいねえ間に色々とややこしい事態にだな・・・」
『女教皇』に詰め寄ってグチグチと恨み言を続ける『皇帝』であったが、ふと顔を上げると、「それ」を見やり、一転してニヤリと笑った。
「───なんとか間に合ったじゃねえか。奴等、ついにやりやがった」
見上げた先はテントの中央、支柱の上端。
そこを中心として、転移術特有の燐光が徐々に光量を増しながら、幾何学的な文様を宙に描いていく。
「色々と言わなきゃなんねえ事はあるんだが・・・話は後だ。とりあえず“帰ろう”ぜ」
テントを呑み込むまでに成長した魔法陣は、眩い光を放ちながら彼らを“帰還”させる。
171 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/26(日) 19:22:11
<ヨコシマキメ遺跡・深層>
ヨコシマキメの下層に広がる大空洞。
かつて『世界』と『世界の選択』が互いの信念を懸けて死闘を繰り広げた場所は、
今や、自らの信義すら絶対者の意思に委ねてしまった狂信者たちの巣穴と成り果てていた。
至る所に掲げられた光源が闇を駆逐し、柱には生命の樹をあしらった大きな旗が括り付けられている。
展開された結界により邪気は消え亡霊は排斥され、ヨコシマキメに在り得ざる程に「清浄」な空間を創り出している。
そして部屋の中央にはまさに塔と見まごうばかりの巨大な円柱───『箱舟』が鎮座し、その足元で神徒たちが働き蟻のようにうろついていた。
『箱舟』の動作を逐次シミュレートしているのか、塔の表面を周回する夥しい数の文字列が、「それ」が正常に稼動している事を伝えている。
しかし、その規則正しく秩序立った流れが、唐突なピープ音にせき止められた。
『 error! 不正なアクセスを確認しました。 』
それを皮切りに、頻発する大量のエラーメッセージが瞬く間に塔全体を覆い尽くしていく。
「クラッキングだと!? 一体どこからだ!?」
「これは・・・ラツィエル城です!」
「そんな馬鹿な事があるか! 大体、あそこはマルクト様が直々に封印を施したのだぞ!
我等はただ『箱舟』が枯れ果てるまでここを保守すればいいと、そういう話だったはずだ!」
「そう言われましても・・・」
思いもよらぬ異常事態に兵士達がざわめきたつ。
何処にも繋がらぬ界の狭間に浮かぶ『箱舟』に敵が辿り着けようはずがない。
絶対たる安心をあっけなく砕かれた蟻たちは、一瞬にして大混乱へと陥った。
果敢にも『箱舟』中枢への侵入を阻止しようと試みる者、みすみす奪われるならと『箱舟』を破壊しようとする者、右往左往する者。
しかし、いずれも効果を上げぬまま、徒に時間だけが過ぎていく。
「何をモタモタしているのだ!? さっさと遮断すればいいだろうがっ!!」
「無理です! 奴等、優先度Aのセフィロト専用回線からアクセスしているらしく・・・」
「言い訳はいらん! 早くどうにかしろっ!!
・・・おい、何か出たぞ。これは何だ、何て書いてある!?」
「嘘だろ・・・・・・。
敵、中枢に侵食! 3秒後に転移して来ます!!」
「なっ──────」
辺り一帯を埋め尽くす無数の燐光が『箱舟』を囲むように顕現し、白く輝きながら舞い降りる。
それはさながらダイアモンドダスト。
光のシャワーをくぐって出づるは、神に牙剥く反骨者。
「アルカナ・・・・・・まだこんなに残っていたのか・・・」
「は、早く侵入者を迎え撃て! 奴等を『箱舟』から生きて帰すな!」
「色々間違ってんぞお前。
ここは『ヨコシマキメ遺跡』で、侵入者はお前らだ。
───さっさと俺らの家から出て行けよコソ泥ども」
<鷹逸郎・ピアノ・アルカナ全軍 VS 『箱舟』守備隊>
<緋月命・黒野天使・シロフォン・ビブラフォンを『ヨコシマキメ遺跡』に収容>
172 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/26(日) 19:24:16
「予想以上だな・・・」
『隠者』は所在なさげに戦況を傍観しながら、ひとりごちる。
正直、ここまですんなり行くとは思っても見なかった。
異能の複合などという荒業なだけに、もう少し手間取るのではないかと思っていたのだが、<Y>は仕損じる事無くそれをやり遂げた。
ピアノにしてもそうだ。
単純な仕掛けとはいえ、十重二十重どころか何億何兆といった多重封印を解除するのだから、少なくとも数時間は掛かるだろうと考えていた。
(たった数人でラツィエル城に乗り込むだけの事はある・・・って事か)
予想以上といえば、小アルカナもだ。
先の戦いを経て傍から見ても満身創痍であるはずなのに、その勢いは未だ衰えず、敵を圧倒している。おかげで『隠者』は手持ち無沙汰だ。
まさに怪力乱神を語り継ぐが如く。彼らを突き動かしているものはどこまでも真っ直ぐな、唯1つの想い。
「いくぜええぇぇぇぇぇ! 『へぅっ!?』って萌え台詞を発した女の子のハートは俺が射止めるッッッッ!!」
「させるかよ! ここは俺の華麗な剣技でメロメロにだな・・・」
「ッフ・・・貴様等素人にはわかるまい。・・・あの声を聞いただろう? 気が強そうで男嫌い・・・最ッッッッッ高じゃないかァ!!」
「オマエらが誰にうつつを抜かそうと───俺はッ! マリーちゃんをッ! 諦めないッ!」
「「「「 うおおおおおおおおおおおおっっっっっっっ!!!!! 」」」」
「煩悩も予想以上だな・・・そんなに飢えてたのか・・・・・・。
・・・ん、『皇帝』、君も無事だったみたいだね」
鬼神さながらの活躍を見せる小アルカナを尻目に『皇帝』が歩いてくる。その後ろに居る宝塚顔負けの女性に『隠者』は見覚えがあった。
「君は・・・『女教皇』? 確か、アルカナ本部が襲撃された時には居なかったと記憶しているんだけど・・・」
「なんでか知らんが、いきなり馬で来てな。とりあえず連れて来たぜ」
「馬? ・・・まあ、とにかく元気そうで何よりだ」
『隠者』は『女教皇』とそれほど親しい訳ではなかったが、彼女は単独行動が多く、あまり同僚との交流を持っていない、ということは伝え聞いていた。
その彼女がわざわざ向こうからやって来るからには、それなりの理由があっての事なのだろう。
一方、『皇帝』は相も変わらずのノリで<Y>とピアノに絡んでいた。
「へへ、『世界』に勝ったっつーから『魔術師』みたいなデカブツを想像してたんだが、あんま変わんねえな。
俺はアルカナ一の天才、『皇帝』様だ」
「うん・・・まあ、確かに紙一重っていうからね・・・」
「さりげなくネガキャンするなよ前歯ヘシ折られたいのかお前? ・・・まあいい。
とりあえず俺から言うことは特にねえよ。行動で示してくれりゃあ、それでいい。
つっても心中穏やかじゃねえ奴もいるから、そこはまあ・・・勘弁してくれや。
ま、いずれは落ち着くところに落ち着くさ。一段落ついたら全員でメシでも喰いに行こうぜ!」
屈託の無い笑みで<Y>の肩を叩く『皇帝』。おそらく彼なりに色々と考えた結果なのだろう・・・たぶん。
閑話休題。各々が自己紹介やら何やらを終えた後、『皇帝』が呟いた。
「それにしてもヒマだな。制圧が終わるまでやることもねえし・・・ウノでもするか? テントん中ならスゴロクもあるぜ」
「修学旅行かよ・・・。
それより、まだ時間があるならこれからの段取りを決めよう。実は少し前から考えていた作戦があるんだ。
───うまく運べば、労せずして枢機院を丸裸にできる」
173 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/26(日) 19:26:09
「作戦といっても大した事をする訳じゃない。情報をリークするだけさ。
僕達が知りうる限りの枢機院の全てと、『箱舟』から得た各拠点の位置情報をね」
「リークって、どこにだよ?」
「カノッサでも世界政府でも・・・とにかく、ありとあらゆる異能機関に彼らの事をぶちまけてやるのさ」
「わけがわかんねえぞ。そんなことして一体何になるっていうんだ?」
「情報を整理してみよう。まず、枢機院は長きに渡ってその存在を知られていなかった組織だ。
彼らの悲願は邪気眼使いの殲滅、そして『創造主』を「神」に昇華させる事だ。
そこで思い出して欲しい。組織を構成する異能者の内、最もポピュラーで、かつ最も重要視されているのは何か?
それは──────邪気眼だ」
「ほう・・・」
「枢機院は、敵を作りすぎた。
数多の組織が覇権を巡って互いに眼を光らせ合う現状で、聞いたことも無い名前の組織が「神を目指す」だなんて、それだけでも目を付けられる。
しかも、そいつらは自分達邪気眼使いを滅ぼすことを至上としていると来た。
母体が宗教である以上、媚びへつらってもお目溢しをしてくれるとは考え難い。
それならどうする? 答えは1つだ。───戦うしかない。生きるために」
「なるほど。つまりそいつらを煽って枢機院を袋叩きにするってえ寸法か。だがよ、そう上手く行くかぁ?」
「いくさ。最低でもカノッサは確実に動く。沽券に関わるからね。
裏社会の最大派閥であるカノッサ機関が動けば他の組織もそれに追従する。中には枢機院に恨みを持つ組織だって居るだろう。
そうなればもうこっちの物だ。尻込みしていた連中が、勝ち馬にいざ乗らんと殺到する。
枢機院は世界各地で総攻撃を受け、転移網は敵の手に堕ち、満足な補給も受けられず、戦力を集中させることもままならない。
『聖樹堂』は、完全に孤立する。
対して『アルカナ』は強力な友軍を得て、各組織と多少なりともコネクションを得ることができる。
幸いにもアルカナの目的を知っている組織は少ない。この際だから無関係の振りをして恩を売ってやろうじゃないか」
「お前、性格悪いな・・・。
それより気をつけろよ。───雲行きが怪しくなってきやがったぜ」
174 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/26(日) 19:28:08
「おやおやぁ? なんだか旗色悪いねえ、今回のクエストは」
剣戟轟く戦いの中で、人を小馬鹿にしたような声が響く。
『箱舟』の下部の端末にに備え付けられた丸椅子が回転し、頬骨がくっきりと浮くほどに痩せこけた男が姿を現した。
「しょうがない、分の悪いクエストほど燃えるって言うしねえ。
“セッション開始”だ。ダイスは6面2つ、C値は8でF値は3にしようか。この『アトランダム』の強運、見せてあげるよ」
男がその言葉を口にすると同時に、言い様の無い“違和感”が部屋全体を包む。
「そういえば君たちは知ってるかい? ヨコシマキメの腹の中に潜む四聖獣の話を。
『箱舟』はヨコシマキメの腹にある邪気を動力としているからねえ・・・もしかすると、間違えて吸い上げちゃう、なーんてこともあるかもしれないなあ」
『アトランダム』はポケットをゴソゴソと探ると、サイコロを2つ、指で弾いた。
地に落ちた2つの6面ダイスはしばらく回り続けた後、「5」と「3」の目を天に晒した。
「プククッ・・・クリティカル。幸先良いねえ」
『箱舟』が淡く輝いたかと思うと、その頂に、両翼に地獄の業火を携えた赤き妖鳥が現れる。
「げえっ! 『朱雀』ッ!?」
「大変だ、『箱舟』の動力回線を通って、朱雀がやって来たぞ!
朱雀は眠りを妨げられて怒ってるみたいだねえ。それじゃあ、彼あるいは彼女が僕をターゲットにするのか判定してみよう!」
ポケットから新たなサイコロを2つ取り出し、地面に投げる。
出目の合計は、12。
真紅に燃える翼を羽ばたかせ、眼下を睨みつける『朱雀』。
『アトランダム』はサイコロをもてあそびながら余裕綽々に腰掛けている。
「いやあ、俺って本当に運が良いなあ。こぉんなにツイちゃってていいのかなあ?
フヒヒヒヒ・・・・・・ヒハハハハハハハハハハハッ!!」
<NPC:『アトランダム』 虚弱貧弱男。オタク。>
<能力:『フォーチュンフォース』 周囲にサイコロの目が影響を与える“領域”を創る(誰が振っても良い)。出た目が低いと悪化、高いと好転。
クリティカル(C)なら大成功、ファンブル(F)なら大失敗。>
<NPC:『朱雀』 四聖獣の一。火を司る。強い。>
175 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/28(火) 22:39:38
> …おい修道女、どうやら貴様が一番うまく説明できそうだ。
> 私があの「赤コート怪人」に狙われる前に、とっとと今の状況を教えてくれたまえ。
「相変わらずの変態っぷりね、「歩く大迷惑物質」アリス=シェイド。それと今の私は修道女じゃないわ。
闇から闇へ仕事をこなす、謎の美少女メイドアスラと呼んでちょうだいな」
長髪をばさりと掻きあげて、アスラは得意げにふん、と胸を張る。
「んで状況説明ね。簡単に言うと、私は今あんたの言う学生君の護衛中。で、ピンチなんで助けてくださいってな具合。
これはお願いなんだけど、あんたが今所属している組織の樹の影に、そっと私らを忍ばせておいてもらえない?
無論、ただとは言わないよ。共戦してくれるなら───」
そこでメイドはちらりと『デバイス』を見やる。
「あんたの大好物の「とっても面白いもの」をくれてやるわ。
…断る理由は無い筈よ。あんたって、結局知的好奇心が満ちれば何でもいいわけでしょ?」
≪え?あれ、えーと、これって…≫
むむむ、と『デバイス』は可愛らしく考え込む。
そしてしばらくすると、
≪あっさりボクを売ったーーーっ!?≫
両手で頭を抱えて絶叫した。
≪ええいもうなんなんだよ!宿主は変態だしパートナーは裏切るし会う人みんなどっかネジぶっ飛んでるし!
こんなんじゃ枢機院のがずーっと常識踏まえた平和組織じゃないかぁ!ええい、こんな場所にいられるもんか!ボクもう一人で行動するからねっ!≫
のしのしと死亡フラグを呟きつつ怒り心頭で出ていこうとする『デバイス』を、アスラがひょいと襟首つかんで引き戻す。
176 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/28(火) 22:40:00
「待てい」
≪ぐえっ≫
耳元に口をそっと近付け、手早くデバイスに耳打ちした。
「(馬鹿、ただのハッタリよ。いざとなったら精神攪乱して逃げりゃいいし、そもそもアンタの身を引き渡すとは一言も言ってないでしょうが)」
≪(え、ええー…あの人、なんだか約束破ったら地獄の果てまで追いかけてきそうな雰囲気があるんだけど…)≫
「(そんときゃ私がなんとかする。どっちにしろ、今はあいつにエサ吊るさなきゃにっちもさっちもいかないの!分かったら黙ってなさい!)」
≪(うっ……ああもう、どーしてこう不安定な状況ばっかり続くんだよぅっ!)≫
嘆く『デバイス』を尻目に、アスラはじゃきん、と魔剣を引き抜く。
「不安定?笑わせてくれるわね。私らの人生は年中無休の荒くれ波よ。
“最後に生き残って笑顔でいられりゃ、過程や方法なんてどうでもよかろう”ってなもんよ。安定は幸せ者の証、覚えときなさい」
諭すような調子で言いながら、アスラは礼拝堂の一帯を見回した。
>「何があったか知りませんけど、ここは聖堂ですよ!これ以上混沌を見過ごす訳にはいきません!
> 武器を納めなければ、僕が全員折檻し―――― ぐぅっ!?み、右手が…。」
ヨシノは敵と交戦中。新たに得た武器は魔銃「ファントムペイン」、飛び道具である。こちらも重火器中心のアスラとでは、連携は少し難しい。
まずは軽い露払いの意味を込め、アスラは炎芽吹く魔剣を一般人くさい生き残りの少年に突き付けた。
「全国三千万人のショタコンお姉さまに謝っておくわ──「炎の揺りかご(デス・コロッセオ)」!」
剣の切っ先から巨大な火球を吐き飛ばす。だが、それは少年への加害を狙ったものではない。
炎はドーム状に展開し、少年を覆うように燃え盛った。
燃焼効果でドーム内部の酸素を一時的に欠乏させ、相手を酸欠で眠らせる比較的穏やかな技である。
「ヨシノ!私は雑魚掃除のあと支援に向かう!あんたは上手い事生き残っといて!」
大雑把で一方的な指示を飛ばし、アスラは火球の向かう方へ凛として大剣を構えた。
177 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/28(火) 23:04:23
.
――――ヨコシマキメ遺跡 深層
(ヨコシマキメ遺跡、地底深き胃腔の大空洞。)
(亡霊も邪気も存在しない――否、祓われ、退けられた其処には、唯「清浄」が充ちる。)
(古には多くの能力者達の運命が紡がれ、そして甦った現在も尚、冒険者達の名と実を葬る墓場として在り続けた畏怖の象徴、”怪物の口腔”。)
(しかし聖人が悪竜を退治する伝説の如く、今は神聖の下に蹂躙され、)
(十字軍が聖地の奪還という大義を掲げて侵略するように、『枢機院』の兵達によって占拠下に置かれていた。)
(その場所に眠る記憶も、生命も、歴史も、【枢機院】にとってはさした価値も興味もありはしない。)
(大切なのは、ただ務めるべき役割。)
(やがて遺跡に死の枯渇が訪れるまで、神は怪物を食い荒らす。)
(だが、それも終わる。)
アラート
(突如響き渡るのはけたたましい警告音。)
(中央に聳え立つ『方舟』の画面を兼ねる壁面に、警戒を示す赤色のメッセージが怒濤の勢いで空白を埋め尽くす。)
(己の役割を越えた想定外の事態を前にして、何も出来ずに狼狽える占領兵。)
(彼らを余所に、3カウントを終えた『方舟』が白く輝き始めた。)
(柱を覆うように降りた燐光の粒子は、「清浄」を騙る虚栄のヒカリを更に撃ち払う、強きヒカリ。――眩い輝きを纏うように、ヴェールの向こうより現れる数々の人影。)
(立ち上がる理由は違う。)
(されど、刃を向けるべき敵と、胸に抱く意志の炎は同じ。)
カミ ヤミ
(――――遂に開かれた、終の楽園の扉。欺瞞の神理と無慈悲な運命に挑む、彼らの真の戦いが始まる。)
「オイオイ勘弁してくれよ、少し留守にした間に気色悪いインテリアで溢れ返ってやがる! 模様替えの前に、全員で大掃除と行こうかアッ!!!」
ネツァク
「嗚於我等が主よ、『勝利』様の御加護が在らん事を―――『方舟』を奴らに明け渡すなッ、無知にして蒙昧なる異教徒共を殲滅せよッ!!!」
(勇み進むのは、【アルカナ】の強者集いし万軍の咆吼。)
(迎え撃つのは、『方舟』の警備を任された精鋭兵師団の怒号。)
(両軍、激突。)
178 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/28(火) 23:06:15
.
(そこから先は、凄まじい光景だった。)
(精鋭兵は強化術式と補強術式とを巧みに圧縮詠唱し、自身の運動性能を神速の域にまで高めて襲いかかってきた。)
(白く光を放って震動する武器は、共鳴で力を倍増し、異教徒へと神なる牙を剥く。)
(――――が、【アルカナ】はその牙を正面から打ち砕く。)
(軽やかに舞う人形と糸の繰り手が、猛り狂う火炎の巨砲が、一を司る異能の力が。)
(制約と禁止の秤り手が、運命視の少女と紀行の少年が、駈ける白刃の小軍勢が。)
(個として独立しながらも全体として噛み合う奇妙な優勢は、【アルカナ】と謂う一匹の竜が戦場を猛々しく暴れ回っているようで。)
(それを目の当たりにした鷹逸は、ただ息を呑むしかなかった。)
(正直、彼の出る幕は殆ど無い。)
(……すげえな。
ラツィエル城で戦闘をぶっ続けた後のほぼ休みなしだってのに、フル回転してやがる。
それだけ戦い慣れしてるってことか……。此奴等は、こういう物騒な日々をひたすらずっと繰り返してきたのかもな。
いずれにしろ、休ませてくれるのは有り難い。
黒野教授の容体も安定してるみてえだし……とにかく、今んとこは俺の出番は無いってことだな。)
(そう鷹逸が地面に座って回復に努めていると、彼に声を掛けてきた人物がいた。)
(飄々とした、だが、何処か芯を感じさせる青年。)
「へへ、『世界』に勝ったっつーから『魔術師』みたいなデカブツを想像してたんだが、あんま変わんねえな。
俺はアルカナ一の天才、『皇帝』様だ」
(『魔術師』みたいなデカブツ――戦闘に紛れてちょくちょくポーズを取っているアイツのことだろうか。何処らへんが魔術師だ。)
(気色悪さを通り越して逆に優美な、ある種肉体の完成形。)
(その彼を守るように傍に控えている少女の姿が、何やらもうすごくミスマッチである。)
(彼は『皇帝』と名乗った。)
(聞き覚えがある。『知識』戦で、『隠者』が通信機でコンタクトを取ろうとしていた相手の名だった、気がする。)
「うん・・・まあ、確かに紙一重っていうからね・・・」
「さりげなくネガキャンするなよ前歯ヘシ折られたいのかお前? ・・・まあいい。 」
179 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/28(火) 23:08:03
.
(『皇帝』は、『隠者』の完璧なディスりを軽く流して、)
「とりあえず俺から言うことは特にねえよ。行動で示してくれりゃあ、それでいい。
つっても心中穏やかじゃねえ奴もいるから、そこはまあ・・・勘弁してくれや。
ま、いずれは落ち着くところに落ち着くさ。一段落ついたら全員でメシでも喰いに行こうぜ!」
(気さくな言葉を掛けてくれた『皇帝』に、鷹逸はああ、と頷く。)
(そして、深く感謝を。)
(【アルカナ】に示すことは、もう決まっていた。鷹逸の意志を、そして『世界』の遺志を。彼にしか出来ないことが、そこにはある。)
(――――だが、『隠者』や『皇帝』は”希少種”であることをつくづく痛感する。)
(鷹逸は、自分に向けられた様々な視線を痛い程に感じていた。)
(興味深げな視線、呪うような怨嗟の視線、静観を保った視線、嘲るような侮蔑の視線、警戒を強める視線。)
(その中で、最も強烈な視線があった。)
(挑戦とも、品評とも、幸甚とも……一つ言えるのは、燃え盛る炎のような熱を溜めた眼差し。)
(鷹逸は「彼」の方を向いた。業火に抱かれる人影が一つ。燃やされているのではなく、「彼」こそが敵を灼き付くす炎、その唯一無二の統べ手であった。)
(レザーのジャケット、金髪、スタイリッシュな意匠のアクセサリー。)
(二人は、遂に邂逅する。)
「『審判』。
『世界』の代理に俺達【アルカナ】の操舵士を買って出た、まァ所謂、(現)【アルカナ】(仮)トップ(笑)、ってトコロだな」
(鷹逸の心中を察してか、『皇帝』がからかうような声で「彼」の名を告げる。)
(『審判』。)
(深紅に揺らめく炎を越えて、二人の視線が交錯する。――やがて『審判』は口元を何か伝えるように動かすと、更に敵兵を減らすべく業火へと消えた。)
(何言ったんだアイツ?、と首を傾げる『皇帝』。)
(鷹逸は理解した。声が聞こえた訳ではないし炎で口元もよく見えなかったが、それでも理解した。)
(―――――”夜明けは、近い”。)
(その言葉がどんな意味を示すのか、それは分からない。)
(だが、それは確かに鷹逸の胸に刻まれた。)
180 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/28(火) 23:08:58
.
(『隠者』は、新たな人物を伴って近くにいた。)
(――男装の麗人とは、正に彼女の為にある言葉だろう。)
(少女を革命せんばかりの王子様オーラ。同性にモテるタイプだと見た。許すます!)
(互いに交わした自己紹介から、彼女が『女教皇』であることが分かった。……遺跡では見かけていない顔である。恐らく、ここで初めて出遇ったことになる人物だ。)
(言葉を交わしながら、鷹逸は【アルカナ】の印象を振り返る。)
(しっかし、強力な個性を持ったキャラ勢揃いだな。
”世界基督大のマッドサイエンティスト”に優るとも劣らないんじゃねえか?
いや、まあ、あの人は突き抜けた変人だが悪い人じゃねえんだけどな。ただ色々な価値観が俺達とは何光年も懸け離れてるだけで……。
……ん?
今更だけど、そういやあの教授の雰囲気って。一般人のそれっていうより、どっちかっつーと……。)
(もしかしたら。)
(……なんて考えて、まっさかなああははなんて現実逃避してみる。)
(何処か現実から遊離した雰囲気、妙な圧力、もう何処からどう見ても能力者のそれだ。…有り得ない、と言えないのが怖い。)
(と言うか、学生のヨシノだって能力者だった。)
(確証の無い話だが、意外と異能持ちであることを隠して日常生活に溶け込んでいる能力者は多いのかも知れない。)
(様々な思惑はあるのだろうが――それでも、少し希望的な展望が持てる。)
(「日常」、そして「非日常」。)
(もしかしたら、この二つの世界は、共存が可能なのかも知れない。)
(無論、簡単な話ではない。)
(旧世界も共存する世界であったが、『機関』が覇権を握ろうとした結果戦乱と争乱の時代と化した。)
(だが、社会形態として未成熟な時代であったことも確かだ。権力やシステム論の考えが発達した現代ならば、あるいは成し得るのかも知れない。)
(まだ夢想の段階だ。)
(現実的に突き詰めていくことで、問題点は幾らでも露見するはず。……しばらくは胸の内に仕舞っておくことにしよう。)
(その間、『隠者』はこれからの作戦について弁舌を振るっていた。)
(あまりに巨大すぎる相手、”枢機院”との戦い方。)
(鷹逸も話の輪に加わることにする。)
181 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/28(火) 23:10:18
.
「枢機院は、敵を作りすぎた。
数多の組織が覇権を巡って互いに眼を光らせ合う現状で、聞いたことも無い名前の組織が「神を目指す」だなんて、それだけでも目を付けられる。
しかも、そいつらは自分達邪気眼使いを滅ぼすことを至上としていると来た。
母体が宗教である以上、媚びへつらってもお目溢しをしてくれるとは考え難い。
それならどうする? 答えは1つだ。───戦うしかない。生きるために」
「なるほど。つまりそいつらを煽って枢機院を袋叩きにするってえ寸法か。だがよ、そう上手く行くかぁ?」
「いくさ。最低でもカノッサは確実に動く。沽券に関わるからね。
裏社会の最大派閥であるカノッサ機関が動けば他の組織もそれに追従する。中には枢機院に恨みを持つ組織だって居るだろう。
そうなればもうこっちの物だ。尻込みしていた連中が、勝ち馬にいざ乗らんと殺到する。
枢機院は世界各地で総攻撃を受け、転移網は敵の手に堕ち、満足な補給も受けられず、戦力を集中させることもままならない。
『聖樹堂』は、完全に孤立する。
対して『アルカナ』は強力な友軍を得て、各組織と多少なりともコネクションを得ることができる。
幸いにもアルカナの目的を知っている組織は少ない。この際だから無関係の振りをして恩を売ってやろうじゃないか」
(――――成る程。
汚いな流石にn、『隠者』きたない……が、確かに有効な戦い方だ。
巨大な敵と戦うには味方を増やすに限る。結託とは行かないまでも、共通の敵がいりゃ手を組む理由にはなるしな……。
……だが、問題は。)
(それは、『知識』の暴走を見て顕在化した懸念だ。)
(手段を選ばなければ、彼処まで強大で凶悪な戦力を生み出すことが出来る組織である。)
(切り札に、とんでもない物を用意している可能性は無くは無い。……鷹逸個人的には、その可能性は非常に高いと踏んでいる。)
(邪気眼を一掃する戦術兵器。)
(或いは、大軍を相手に立ち回れる極大戦力。)
……仮定の話だ、ネガる訳じゃねえけどよ。
『枢機院』は――全世界を敵に回すことを、計算に入れている可能性はねえか?
折角今の今まで潜伏してたんだぜ?
それが急に動きを見せてきた。政府に断りのない無断行軍、各地異能拠点の襲撃。
これってよ、丸っきり”宣戦布告”そのまんまじゃねえか? 世界総てを相手取って戦争する『準備』が出来たみてえな――――少し飛躍しすぎ、か?
(杞憂で済めばそれで構わない。)
(「落空」にも似た、壮大過ぎる懸念だったからだ。…だが相手が『創造主』と言うのが、どうも鷹逸の胸に引っかかっていた。)
182 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/28(火) 23:11:49
.
(一方その頃。)
(【アルカナ】勢の猛攻の甲斐あって、【枢機院】軍は大幅に兵数を減少させてしまっていた。)
(師団級の数を揃え、しかも選りすぐりの精鋭兵にも関わらず、だ。【アルカナ】の連携は追随を許すことなく、草毟りでもするように戦力を次々狩り取っていく。)
(深く考えずとも、勝敗は決まったも同然であった。)
(万一”不慮の事態”が起きたとしても、隕石が落下でもしない限り難しい。そんなレベルの戦況だった。)
(が、それは起きた。)
「おやおやぁ? なんだか旗色悪いねえ、今回のクエストは」
(ゾッ、と、背筋に走る、悪寒。)
(『プロブレム』と名乗る【楽園教導派】の人工能力者が、世界基督教大学へ奇襲を仕掛けに来た時とまさに全く同じ感覚。)
(心臓がピシピシと凍り付く錯覚。……”戦慄”と呼ばれるそれが、鷹逸を襲った。)
(声が聞こえたのは、丁度『方舟』の方角だ。)
(弾かれるように向いたその先には、下部に取り付けられた丸椅子に座る見知らぬ男の姿。)
(頬骨が浮く程に痩せこけた、髑髏を思わせる不気味な男。)
「しょうがない、分の悪いクエストほど燃えるって言うしねえ。
“セッション開始”だ。ダイスは6面2つ、C値は8でF値は3にしようか。この『アトランダム』の強運、見せてあげるよ」
(…空間全体が、何かに浸食されるのを感じる。)
(既存のルールが全く別のルールに塗り替えられてしまったような――「違和感」に近い感覚。)
(此処はもうさっきまで知っていた世界ではない。)
(そんな予感がして、鷹逸は身構える。休んではいられない、『アトランダム』と名乗った男の出現で、戦局は一変してしまったに等しい。)
(この男は恐らく――能力者だ。)
「そういえば君たちは知ってるかい? ヨコシマキメの腹の中に潜む四聖獣の話を。
『箱舟』はヨコシマキメの腹にある邪気を動力としているからねえ・・・もしかすると、間違えて吸い上げちゃう、なーんてこともあるかもしれないなあ」
(『アトランダム』はポケットから取り出した2つのダイスを宙に弾いた。)
(落ちた地面でくるくると回る6面ダイス。)
(身体を縛りつける緊張感。やがて動きを止めたダイスが天を差した目は――――5、3。合計して、C値、8。)
183 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/28(火) 23:14:04
.
「プククッ・・・クリティカル。幸先良いねえ」
(喜悦とした言葉と同時。)
(言いようも無く凄まじい圧力が、鷹逸の全身を貫いた。)
(ぐる、と内蔵器官が棒を突っ込まれてそのままかき回されたような不快感。そしてそれは、何処か懐かしいそれ。)
こ、の……感覚、は………ッ!!!
(知っている。)
(鷹逸が「非日常」の世界へ足を踏み入れる切欠となった、あの事件。)
(微細な違いはあるが、似通っている。)
(人では無い。獣でも無い。大いなる力を以て地を統べる、恵みにして畏れをもたらす自然の象徴。)
(気が付けば、円柱状の『方舟』の頂が燃えていた。)
(否や、違う。燃えているのではなく、炎そのものが其処に在た。より正確には、業火を両翼に宿す巨大な紅の鳥。)
(『聖獣』、朱雀。)
「大変だ、『箱舟』の動力回線を通って、朱雀がやって来たぞ!
朱雀は眠りを妨げられて怒ってるみたいだねえ。それじゃあ、彼あるいは彼女が僕をターゲットにするのか判定してみよう!」
(『アトランダム』が進行役のような口調で、再びダイスを投げる。)
(目は12――6面ダイスを2つ使用した場合に、それが最高となる限界数値。)
(つまり、それを上回る数値など出せはしない。『朱雀』の視線が、下に向いた。――――赫怒に彩られた、紅蓮の瞳が。)
「いやあ、俺って本当に運が良いなあ。こぉんなにツイちゃってていいのかなあ?
フヒヒヒヒ・・・・・・ヒハハハハハハハハハハハッ!!」
(哄笑を上げる『アトランダム』に従うかのように、聖獣・朱雀が高らかに啼いた。)
(『方舟』の頂から飛び立ち、上空へと舞い上がる。)
(炎の軌跡を描く両翼の翼――。)
――――ッ!! まずいッ!!
(その瞬間、鷹逸が『プレート』を懐から抜き去る。)
(同時、羽撃く朱雀の両翼の炎が風に乗って巨大な渦を描き、灼熱の鉄槌となって地上へと振り下ろされた。)
184 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/28(火) 23:16:27
.
(ズドオッッ!!!、と腹に響く衝撃。)
(刹那、熱を孕んだ真空波が、遺跡の大空洞を大きく揺らす。)
(鉄槌を阻んだのは、白く輝く光壁。『ファイアウォール』――異能に対して凄まじいまでの強力な反発効果を持つエネルギー障壁。)
(鷹逸の握り締めた『プレート』が、光を放つ。)
(『世界』を散々苦しめたこの力が、今は【アルカナ】を守る為に揮われる。)
ぐ、あ…………おおおおおおおおおおァァッッ!!!
(精神に襲いかかる莫大な負荷。)
(人知を遙かに超越した、凶悪な威力。これでは弾道ミサイル相手の方が幾分かは楽かも知れない。)
(歯を食い縛り、咆吼を上げ、灼熱の渦を打ち破る。)
(こんな物が地上に降り注いだら、一体何処まで被害が拡大するのか。)
(『方舟』の損壊か、遺跡の落盤か。何方にせよ、この聖獣・朱雀の一撃一撃が、自軍にとっては戦慄の脅威となる。)
(たった一撃。たった一撃を防御しただけで、体力と精神力の大半を削り取られた気がした。)
(膝を着き、荒ぶる息を落ち着かせる。)
(な、んだ!?
何が起きた……奴が何か、振ったと思ったら、いきなり……。
……いや、いきなりじゃねえ。アイツの一番最初の発言といい、直前に感じた「違和感」といい……異能は既に発動してたんだ。
考えろ、奴の異能を暴き出せ!
そもそも何故朱雀は現れた、一体何処から……。待てよ、アイツの発言って……。)
・.・.・ ・
TRPG……。
C値はクリティカル、F値はファンブル。
ダイスは行動や進行の決定に用いるし、セッションってのはゲームプレイって意味だ。
それにさっきの奴の口調は、TRPGのゲームマスターそのものじゃねえか! ……ちょ、……おいおい待てよ、ってことは……!?
(TRPGのルールを、現実世界に適用した。)
(つまりそれは、この世界の法則を限定的に書き換えてしまったことを意味する。)
(鷹逸の把握している異能の中で、そんな滅茶苦茶なことを可能にする力は――――1つ、しかない。)
…”領域”能力者!! 俺達は今、奴がGMをしているTRPGのプレイヤーなんだッ!!
185 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/29(水) 15:46:02
――罪は、欲を可とするより大なるはなく
禍は、足ることを知らざるより大なるはなく
咎は、得んと欲するより大なるはなし。 ――― 老子46段
Rとセレネ三千院の戦いはいつしかシベリアへと場所を移し、ツンドラの永久凍土を溶かし尽くしてしまうのではないかと思えるほどの熱量で続けられていた。
だが、明けない夜がなく止まぬ嵐もないのと同じように、この語られざる歴史的戦闘も終焉を迎えようとしていた。
すなわち、セレネの恐るべき召喚獣『無双竜機ボルバルザーク』と、Rの破滅的大魔法『ドラゴンの嵐』の激突である。
時間を伸張させ怒涛の攻撃を仕掛けるセレネと巨竜を、魔力の晴嵐によってこの世界へと現れたあらゆる次元のドラゴンが迎え撃つ。
この二人を中心とする破壊波動はさながら台風か竜巻のように大渦(Maelstorm)を作り出し、天空から地上に至るまであらゆる存在を破壊しながら揺れ動いていた。
その『あらゆるもの』の中には、当然というべきか、セレネとRも含まれている。
古えの『真竜の戦い』を想起させる極限状態の中で、ついに二人の鵬洛客(プレインズウォーカー)の戦いに終末が訪れた。
だがこの戦いに勝者はなく、敗者もまたいない。
なぜならば、いま一人の大いなる存在によって強引に制止させられたからだ。
「プレインズウォーカーよ、そこまでだ」
――天からの叫び声が夜空を引き裂き、雲間から運命の響きを轟かせる。
脈動する大渦を引き裂いて、まばゆい光が降り立った。
それの正体に思い当たるところがあったのか、セレネは器物破損を咎められた児童のような表情でしばし硬直した後、痕跡も残さずにその場から消え去ってしまった。
大渦の残滓がたなびく霧かあるいは雲のように流れていく空の中で、制圧の輝きがRに向き直る。
「我は神なり。
我こそが『創造主』なり」
『創造主』!
この世界の『裏側』を支配し続けてきた二つの組織、『カノッサ機関』と『枢機院』の首魁にして、それらの幹部構成員の中にすらも存在を疑問視する声がある謎の人物……いや、謎の存在。
少なくともこちら側に身を置く人間であれば、その名は畏怖とともに記憶しているであろう。
その絶対的存在を前にして、Rの凍りついた相貌には――ほんの僅かに、怒りと苛立ちの欠片があった。
「その神が、何ゆえに私の邪魔をするのだ?
あの人間との戦闘には、久しく味わうことの無かった歓喜と緊張、そしてもしかしたらという期待があった。
私も神を名乗っていたころに、戯れで他の存在が目的を果たそうとするのを邪魔した事があるが、それと同じことなのか?」
もしそうであれば――という無言の圧力が、その言葉にはあった。
相当な使い手でさえ、秘められた静かな感情と魔力のほとんど物理的な迫力に遁走せずにはいられないだろう。
創造主はそれに臆することなく、殊更に気にする風も無く、ただ尊大に告げる。
「プレインズウォーカーよ、時空の放浪者よ。我の庭に踏み入り闊歩蹂躙せんとする汝の所業、我は捨て置けぬ。
されど我は慈悲深き神なり。
今一度汝に与えよう、汝が敵を。
邪なる力に狂いし魍魎なれど、汝を屠るに能う者共ぞ。」
――高き王座に鎮座して……天界との虚しき戦争を飽きることなく続ける。――ジョン・ミルトン『失楽園』
創造主にしてみれば、Rという存在は自らの求める完全な秩序を破壊しかねない不倶戴天の敵であり、邪気眼遣いを始めとする彼の手によらない異能力者たちもまた同様。
ここでそれらを潰し合わせることが出来れば、それが最良である。
「ふむ、埋め合わせとして戦場を提供してくれるというのか。
なるほど未知の存在との戦闘というものは興味深い。だが明らかな問題として‥‥」
瞬間、漂う霞が幾千幾万の刃と化して創造主へと飛んだ。
「君という存在との戦闘も、また同様だ。
先ずは近くのものから消化していくというのは、君たちの哲学では許容されうるはずだ。」
――「なぜお前を生かさねばならぬのか?」この彼女のお気に入りの謎かけにきちんと答えた者はいない。
しかし、刃は一つとして創造主に触れることなく、真っ直ぐに飛んで消えていった。
彼は先程までと変わらぬ全てのものを見下した目でRを見据え、ひらりと手を翳して自らの背後に空間の穴を開ける。
「プレインズウォーカーよ、因果の迷い子よ……
来たれ、我が館へ……
来たれ、『聖樹堂』へ……」
Rを挑発するように殊更派手なゼスチュアで空間の穴へ飛び込むと、創造主の存在そのものが薄れ行くようにその先へと消えてしまい、後にはRのみが残された。
いつの間にかセレネの姿から、この世界に来たときの『理解』の姿に戻ったRは、しばしの沈黙の後、創造主の消えた穴へと向かい、手をかざした。
ほんの一瞬が経つと、もう一つの空間の穴が開き、Rはそれを通ってシベリアの地から消え去った。
Rが創造主の用意したワープホールを使わずに自らの能力で移動を行ったのは、別に罠やその他の害意を案じてのものではない。
ただ彼の、子供染みた敵愾心とでも言おうか、創造主の、敵となりえる存在の思い通りに動くことは避けたいと思っただけに過ぎない。
ともあれ、彼は聖樹堂に現れた。
狂気をも招く外宇宙の魔力と、かつてここにいた人間の姿を携えて。
――やがて戦争に到る時代は、奇妙な前触れに満ちていた。斥候や牧人たちは、灰燼に帰した村々や、畑から消えた農民たち、
そして、群れをなして平原をさまよう、忌むべき怪物どものことを口々に噂した。嘘ではない。私は全員から、直接話を聞いたのだから。 ――伝承の紡ぎ手ハキーム
186 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/29(水) 20:35:21
「銃突きつけて長口舌!三流のやることだな!」
「…鉛玉とは、予想外だったな」
爆進する2つの弾丸。しかし難なく回避する白衣と青年。
「ハッ! 流石に前奏曲で転ぶほど無粋じゃあなかったようだな!
だが今はまだオープニングッ! 余裕を持ってステップを踏めるのも今の内だぜ?」
それに対し、やはりそう来なくてはと言わんばかりに口の端を吊り上げ犬歯を見せ付ける『ガンショップ』。
相手の移動先に素早く照準を移動させながら、弾倉に新たな弾丸を顕現させようとするが、不意にそれを遮るものがあった。
「まずはそこの……えっと、家政婦さんとメガネのお兄さんと白いおじさんとなんか薄くなっちゃってる人、
それからマニアクスな魔人っぽい人!!待って下さい!」
「なぬぅっ───!?」
あどけない声に反応して映した視線の先に居たのは、まだ幼さの残る顔立ちの美少年。
黒の学ランと学生帽をキッチリと着込んだその姿は時代に逆行したデザインと右腕のギプスを除けば正に模範的と言わざるを得ない。
「書生だぁ? おいおい今日は礼拝も懺悔も受け付けてねえぜ?
坊主が邪気眼使いだってえなら別だが違うんなら回れ右して家に帰るんだな。お前にも家族がいるだろう?
つーかお前だってある意味マニアクス系列───」
予想外の闖入者につい反応してしまい、2人への追撃が中断される。
あらゆる者に分け隔てなくスタイリッシュな対応をするという信条故に、彼は敵に反撃の機会を与えてしまう事になった。
『ガンショップ』の銃口を振り切ったヨシノがその手に構えたのは、『生命の樹』が1人、ケテルの愛銃『ファントムペイン』。
使用者の思念を具現化する精神攻撃銃が、霊魂にも似た蒼のオーラを纏った弾丸を射出する。
「この野郎・・・『ファントムペイン』を使いこなしただとぉ!?」
「デバイスは確かに俺の嫁だが……鉛玉とはずいぶんなご祝儀じゃないか!引き出物に敗北をくれてやろう!」
謎の少年に注意を払っていた『ガンショップ』は、突然の飛び道具による奇襲に致命的な遅れを見せてしまう。
(チィッ───避け切れねえか。だが『ファントムペイン』に物理ダメージはねえ。根性で耐えりゃあいいだけの話───)
187 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/29(水) 20:37:46
いらっしゃいま───あ。
・・・? 何か・・・?
あ、あのさ・・・もしかして昔──────
ママーママーアイスかっでよーアイスかっでー
!?
昨日食べたからダメ。ちゃんと我慢しなさい。
やだーかっでかっでかっでよーアイスかっでー
いい加減にしなさい。・・・すみません、早くお会計していただけますか?
か、かしこまりました。あ、あの、ポイントカードはお餅───
おうおう兄ちゃん、はようせえや。ワシの可愛い可愛いヨメさんが困っとるやろうが!
そや、これも頼むで。2カートンな。
!?
もう、禁煙するって言ったばかりじゃないの? 約束忘れたの?
そやから禁煙したやないか。今日まだ1箱しか吸うてへんねんぞ。大進歩じゃ。
それは普通禁煙って言わないの。困った人ねえ・・・。
すみません、見苦しい所をお見せしてしまって。気にせずお会計続けて下さい。
い・え・・・御気に・・・・・・なさら・・・・ず・・・・・
・・・お会計、に、にせん、にせんきゅう───
口がさびしいのう、ワシの口がちゅーちゅーちゅーちゅーケムリを吸いたがっとんのじゃ。
ケチケチせんと買わせえや。なあなあ、1カートンでええから。な?な?
アイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイス
アイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイス
アイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスアイスかっでよーーーーーーーーーーーー
─────────や
・・・や?
「 や め て く れ ェ───────────────────────────────ッ!!!!!!!! 」
188 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/06/29(水) 20:40:15
「gjfjぢおfじゃうぇfklふぃgjdrぉうえrghぺrjぎおr!!!!」
意味不明な叫び声を上げて『ガンショップ』はのた打ち回る。
全身を激しくバタつかせながら、それでも拳銃を離さないというのは流石というべきか。
「やめろやめろやめろォ! こんなの嘘だッ! 俺様は信じねえぞ!
しかもまだ続くのかこれ!? もういい、もういいんだよゴールしてもよぉ・・・」
単純な痛みや恐怖であればいくらでも耐えることが出来るが、心理的なトラウマを突いた絡め手には滅法弱い。
それは、画一的な教育によって融通の利かない信仰を植え付けられた枢機院のエージェントが共通して有する弱点でもあった。
しかし、それはあくまで普通の・・・ある意味真面目な人間に限った話である。
「待てよ・・・よく見りゃあおかしいじゃねえか! こりゃ他人の空似だぜ!
ポイントカードの名前見てみろよ、苗字違うだろ? ほら別人だ。驚かせやがって・・・。
よくよく考えてみりゃ俺様の好きな子があんなDQNと付き合う訳が無い!
きっと本当のあの子は幼き日の誓い(捏造)を胸に俺様を待っているんだよ」
『ガンショップ』が立ち上がる。目がかなりアブナい。
「ほら・・・見えるだろう? 海の見える教会・・・その前の草原に佇む黒髪ロングストレートスレンダー体系白ワンピの清楚な女性が。
風が強いな。リンゴン、リンゴンと鐘が鳴っているよ。
嗚呼、彼女の麦藁帽子が風に吹かれて天高く─────────」
虚空を仰ぎ、見えてはいけないものを見つめていた『ガンショップ』の瞳にようやく焦点が戻る。
「味な真似をしてくれるじゃねえか、色男。
お陰でウイスキーをしこたま呑んだ日の朝みてえな気分だ・ぜ!」
気だるげに拳銃を振り上げ、ヨシノの足元に向かって射撃する。
命中こそしなかったものの、床に着弾した弾丸は、衝撃でひしゃげた弾頭から白煙を上げ始めた。
「【バレットパレット】、“催涙弾”。ちと口径が足りねえが、そこは手数で補うぜ」
ろくすっぽ狙いも付けず、手当たり次第に銃を乱射する『ガンショップ』。
大量の白煙が濃霧となって礼拝堂を白一色に染め上げる。
「それと坊主・・・もう一度忠告してやる。お前がナニモンかは知らねーが、死にたくなけりゃあさっさと逃げな。ここからはオトナの世界だ。
それでも留まるってえ言うんなら───俺様は、お前をガキじゃあなく1人の「戦士」で「敵」だと認識するぜ」
催涙ガスによって完全に遮断された視界の中、『ガンショップ』は2つの拳銃をやや下向きに構える。
「【バレットパレット】、“炸裂弾”」
着弾時に内部火薬が爆発することで鉄片を撒き散らす特殊弾頭。
異能により拳銃に見合ったサイズまで縮小されてはいるが、鉄片に当たれば当然無傷では済まないものだ。
「───往くぜ。一夜限りの胡蝶の幻夢、《仮面舞踏会(マスカレードパーティ)》の開幕だ!
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ踊れ踊れ目が痛ェッ!!!!!」
189 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/02(土) 05:29:19
>「まずはそこの……えっと、家政婦さんとメガネのお兄さんと白いおじさんとなんか薄くなっちゃってる人、
それからマニアクスな魔人っぽい人!!待って下さい!」
「ま、待て!まるで俺がメガネキャラである以外に個性のない人間みたいな呼び方をするな!約一名と被ってるぞ!」
《大丈夫だよ……お兄ちゃんは、この上なく出オチな属性持ってるし》
「ほう。――参考までに訊いておこうか」
《自覚ないの!?世界を股にかける邪気眼使いが性犯罪者っていうキャラ付けそのものが出オチだよっ!》
「性犯罪者だと!なぜ俺が毎朝毎朝ランニングしてる若者を装って、通学する女子小学生と何度も挨拶してることを知ってる?」
《そんなことしてたのーーっ!?あれ、でも予想してたのよりかは随分とソフトな……》
「女子小学生の吐いた二酸化炭素で炭酸水つくりたい」
《モノホンだったああああ!?もうやだこの宿主!助けて書生風のひと!》
>「何があったか知りませんけど、ここは聖堂ですよ!これ以上混沌を見過ごす訳にはいきません!
武器を納めなければ、僕が全員折檻し―――― ぐぅっ!?み、右手が…。」
《うわああああああこの人も駄目なほうだったああああ!まともなひといないのこの本部!》
言うなり、書生風の少年が炎上した。否、炎の壁が彼を取り囲んでいる。
その炎の気配には覚えがあり、傍ではアスラが魔剣を抜き放っていた。
>「ヨシノ!私は雑魚掃除のあと支援に向かう!あんたは上手い事生き残っといて!」
「マジで言ってんすか姉さん!相手バリバリの武闘派なんですけどぉ!」
見る。ファントムペインの銃弾を直撃したガンショップは、焦点の合ってない目でぶつぶつ唱えていた。
ぶっつけ本番だったが、攻撃は成功したようだ。さすがは精神系能力の頂点たるケテルの形見だけあってその性能、強力無比。
「やったか……!?」
>「味な真似をしてくれるじゃねえか、色男。お陰でウイスキーをしこたま呑んだ日の朝みてえな気分だ・ぜ!」
やってなかった。すばやく復帰したガンショップは両手から銃撃を放つ。
吉野に着弾こそしなかったものの、足元を穿って果てた弾丸から白い煙が吹き出した。予想していなかった事態。
ヨシノは煙を吸い込んでしまう。
「……!ぶえっふ!げっほげほっ!ど、毒か!?」
>「【バレットパレット】、“催涙弾”。ちと口径が足りねえが、そこは手数で補うぜ」
(そんなものまで撃てるのか!融通効きまくりじゃないか……!)
ガンショップはそこら一体へ催涙弾をばら撒き、大聖堂は咽咳性の煙で充満しようとしていた。
さっきの部屋に戻ってやり過ごそうにも、どこかのアホ白衣のぶち開けた穴のせいでそれもままならない。
《! ――三時方向、二発!》
デバイスの指示に弾かれるようにしてヨシノは床を転がる。彼の頭上を弾丸が擦過していき、遠くで爆発した。
炸裂弾だ。一発でも貰えば、邪気による身体強化を以てしてもあの世行きは確定。
催涙ガスが効かないエーテル体のデバイスにガイドさせるが、いずれ限界が来る。
音速を越えて飛翔する拳銃弾は、畢竟注意を飛ばす声よりも速くヨシノへ届くからだ。
190 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/02(土) 05:29:37
>「───往くぜ。一夜限りの胡蝶の幻夢、《仮面舞踏会(マスカレードパーティ)》の開幕だ!
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ踊れ踊れ目が痛ェッ!!!!!」
「せっかくのお誘いだが、俺はフォークダンス派だ。もちろん女子と手を繋ぐその為だけに生きてきたッ!」
ヨシノはファントムペインを下ろし、右目に宿る邪気眼を喚起する。練り上げる邪気は、いつもの逆回転。
彼の『倒錯眼』は、道具の対象を広範囲に『拡散』する能力。しからばその逆も可能なのではないか。
否、できる。邪気眼はなんでもありの能力。『できると信じる』その想いこそが、全てに優先する絶対の現象法則!
「――撚り合わせろ、倒錯眼!!」
翳した掌を中心に、大聖堂に充満していた催涙ガスが渦巻いてその規模を小さくしていく。
ヨシノの倒錯眼によって、ガスの拡散性質が『集束』していく。
集まってきた高濃度のガスを、そのままガンショップにぶつけようとして、
「げほっ……あっ」
咳によって手先が盛大にブレ、催涙ガスの束は白衣の狂人へと流れて行った。
(やっべー!味方(おそらく)に攻撃しちゃったぞ!)
《お兄ちゃん……グッジョブ!》
(君はあの男に何のうらみがあるんだ!?)
ともあれ、催涙ガスの煙幕は晴れた。相手の攻撃を避けやすくなり、そして――相手に攻撃が届く。
ヨシノは今度こそファントムペインを取り出して、攻撃思念を装填した。今度は二発。ガンショップと、書生風の少年に。
『お兄ちゃん想いでしっかりものだがどこか甘えんぼうな気質もありまだまだ兄離れができてない妹(身長200cm・体重150kg)』
ガチムチマッチョ妹の痛烈なイメージを撃ち放つ。
これを回避した場合、炸裂して周囲に甚大な精神汚染を拡散させることとなるだろう。
【催涙弾の煙幕を倒錯眼で集め、収束させて打ち返すつもりがシェイドに誤爆】
【ガンショップに反撃・ドサクサにまぎれて書生風の少年にも同じ種類の弾丸で射撃】
191 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/02(土) 11:46:06
「っふう…」
ピアノは一休みするように息を吐く。いくらお手製ピアノ・ウイルスのおかげとは言え、云十億台に達する何の変哲もないPCに何の影響も無くハッキングをこなさせるのは少々骨が折れる。
「邪気も随分使っちゃったわね…」
しかし、戦いはまだ始まったばかりなのだ。休んでいる暇など無い
が、今は"一息"だけはつけるようだった。残存アルカナ部隊も同時に転移されてきて、早速周辺の敵を掃討しているのだ。
よくこれだけの気力が続くものだと感心するがどこもおかしくはない理由もある。
「いくぜええぇぇぇぇぇ! 『へぅっ!?』って萌え台詞を発した女の子のハートは俺が射止めるッッッッ!!」
「させるかよ! ここは俺の華麗な剣技でメロメロにだな・・・」
「ッフ・・・貴様等素人にはわかるまい。・・・あの声を聞いただろう? 気が強そうで男嫌い・・・最ッッッッッ高じゃないかァ!!」
「オマエらが誰にうつつを抜かそうと───俺はッ! マリーちゃんをッ! 諦めないッ!」
「「「「 うおおおおおおおおおおおおっっっっっっっ!!!!! 」」」」
「…変態共め」
一番ピアノに言われたくはない言葉だが、それも彼らの力の源となる。まさしく変態。
対異能、もしくは高度魔術によって固められた枢機院の近衛兵が、まるで天災を前にしたかの如く蹴散らされていく。
その力には大アルカナの面々も大きく関わっているはずだが、それらを差し引いても小アルカナもまた、相応の力を有していた。
まあ何にせよ、彼らにはこちら側から手を入れる隙はない。そんなわずかな時間の一息で、鷹逸郎と『隠者』そして『皇帝』は「これから」について話し合っていた。
会話内容については割合する。既に2回リピートされているしなによりピアノ(と中の人)は面倒が嫌いだ。いいか、俺は面倒が(ry
「まあ、どっちに転んでも邪気眼陣営と枢機院陣営で大戦が起こる事は避けられないわね…」
ぽつりと呟く、覚悟をしてきたはずなのに、みしりと小さな胸の奥が軋んだ。
せっかくあの時雨乃を止めたのに、自分の目の前で、戦争の引き金が引かれようとしている。
192 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/02(土) 11:46:32
「…止められない、のよね」
今なら『隠者』を止められるかもしれない…
そんな今にも崩壊しそうな理性を必死に抑え、苦笑いしながら空一点を見つめる。
引き金は、何度止めても次に持ちこされ、少しだけ先に延びるだけだ。
情報をリークしなくても、カノッサの人海術ならば、枢機院程度の存在はすぐに明らかになるだろうし
枢機院が全世界と戦えるだけの力を持っていようといまいと、根深い邪気眼排他主義の彼らをカノッサに始まる機関達は黙っている訳も無い
何より、先の大戦のもたらした仮初の平穏は、既に瓦解を始めている。
最後の枷となる"平和"ですら、もはやその意味を失いつつあったのだ。
ただ、火種が"表"に飛ばないで欲しいと祈る事しかできない
「…つぅ」
気分が悪い、それもこれも、自分の過去の所為だ。
"裏"の戦いが、"表"へと飛び火した70年前。それを揉み消す為に落とされた核。否、"落とした"核。
指揮者は言っていた、いつまでも過去に縛られるな、と
無理な注文だ。あれほどの苦悩の末に、自分に植え付けてしまったのだ、精神に異常をきたしていない今の時点で充分な奇跡。
今は、もう二度と戦争を起こさせないと誓い、それによって持ちこたえてきた身が崩れ落ちそうになるのを堪えるだけで必死だった。
気分を変えたい、何か今の思考を忘れられるものが――――
「おやおやぁ? なんだか旗色悪いねえ、今回のクエストは」
193 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/02(土) 11:47:51
それは彼女(ピアノ)にとっての幸運(クリティカル)だった。
突如降り注ぐ異能の気配、振られるダイスと、現れる紅蓮の怪鳥。
思考を捨てて、半ば反射運動で走り出す。
「いやあ、俺って本当に運が良いなあ。こぉんなにツイちゃってていいのかなあ?
フヒヒヒヒ・・・・・・ヒハハハハハハハハハハハッ!!」
「五月蠅い黙れ耳が腐る」
気色悪い笑い声を上げる『アトランダム』に、業火の内から鉄拳、文字通り鉄でできた拳が叩きこまれた。
「ヒハハハヘブゥッ!?」
強烈な衝撃に、その痩せこけた身体が大いに吹っ飛ぶ。
鷹逸郎の力によって業火を退けたピアノが、その腕を巨大な鉄塊に変えて殴り飛ばしていたのだった。
「鷹逸郎!こんな輩に"力"使うんじゃないわよ!ただでさえ、限界超えてんでしょうが!
戦いはまだ始まったばかりよ!?こんな調子でどうするつもり!」
自らを護った白い光を握りつぶすように掃うと、鷹一郎を叱咤する。
「こいつはピアノに任せんしゃい!アルカナの面々!『朱雀』は任せた!
おいィ!?という感じの視線が身体中を貫くが、ピアノはそれに天使の微笑みで答える。
「安心しなさい、ギャンブルやボードゲームは得意分野よ。あと」
そして一転、エターナルフォースブリザードより冷たい眼差しで、未だ動かない『アトランダム』を蔑視する。
「こいつの外見、話し方、全部私の"嫌いな分野(ファンブル)"だから」
194 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/03(日) 08:10:37
(シェイドはアスラの軽口を鼻で笑いつつ、持ちかけられた共闘交渉に耳を傾ける)
>「あんたの大好物の「とっても面白いもの」をくれてやるわ。
> …断る理由は無い筈よ。あんたって、結局知的好奇心が満ちれば何でもいいわけでしょ?」
要するに、我等の「組織」に身を隠させろという事か…。ふむ…。
(少しばかり顎に手を当て、思案する)
いや…悪いがこちらも、足手まといを抱えて歩けるほどの余裕は無くてね。
……ん? ああ、いや、そういう意味じゃない。なにも「断る」と言っているわけではないのだ…。
分からんか? つまりは、「足手まといにならない事を、身を持って証明しろ」という事さ。
まずはこの戦いで、貴様らの力を見せてくれたまえ。
「倒錯眼」はレア能力だし、貴様の人類にあるまじきしぶとさにも見るべきところはある。
私の興味を惹くほどの活躍を見せてくれれば、私は喜んで君らと共に闘おうじゃないか。
…ああ。無論、私もそれなりに戦闘には介入する。出番を取られないよう、せいぜい気をつけてくれたまえよ。
(そうこうしているうちに、背後から敵の銃撃が襲い来る)
>「───往くぜ。一夜限りの胡蝶の幻夢、《仮面舞踏会(マスカレードパーティ)》の開幕だ!
> オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ踊れ踊れ目が痛ェッ!!!!!」
ふふ…敵もそう待ってはくれないようだな…っと!
(言いながらも、シェイドの眉間にはいまにも到達しそうな一発の鉄鋼弾が迫りくる。
シェイドはさっと左手を額にかざす。刹那、親指ほどもある炸裂弾を、あろうことか指で受け止めてしまった。
──否、それは指のようで、指では無い。正確には人差し指と中指の間…そこにぽっかりと空いた、「真っ黒な何か」へと、鉛玉が吸い込まれていった!)
それっ! おっと! …そらっ!
(シェイドは妙な動きをしながら、飛来する弾を悉く「ブラックホール」でキャッチする)
…ふむ、悪くない反応だ。「バレットパレット」と言ったか?それもまた異能には違いあるまい…。
貴様ら枢機院が出す「邪気にも似た妙な気の流れ」と感応するように我が「影」を配置すれば、飲み込むのはそう難しくないのだよ…おっと!
(言いながらまた一発、鉄鋼弾を「影探眼」の影に飲み込ませる)
…少しひやりとさせられるがね。
さあ、反撃と行く───「げほっ……あっ」───かっ!?
(今にも仕掛けそうなシェイドの動きを遮ったのは、意外にも先程共戦条約を結んだばかりの味方であった。
収束された催涙ガスがまとめてこちらに飛来し、思わずシェイドは呼吸を抑える)
何だと!?…がはっ、げふっ…くっ…え…「影探眼」っ!
195 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/03(日) 08:10:57
さて、それでは…少し余興が入ったが、きっちり殺らせてもらおうか…っ!
(嬉々として、あるいは危機として。爛々と、あるいは乱々と、シェイドの両目がぎらりと光る。
白衣の懐に手を突っ込み、細く白く長い指でつまむようにして取りだすのは黄金色の一本の鋏)
穿てっ!
(声と共に、ブーメランの要領で鋏を『ガンショップ』の元へと飛来する。
だが狙いは大きく逸れ、『ガンショップ』を挟みこむようにしてヨシノとの直線上の位置にかたんと落ちる。その鋏から漏れ出るのは「邪気」!)
…おや、狙いが狂ったか…?
(邪気を帯びた鋏の「影」は不気味に盛り上がり、やがてチューリップの花のような形を形成する)
「鋏の影」を操る…「影探二式:百花繚乱」!
(『ガンショップ』が避ければヨシノに向かうような位置取りで──チューリップの花は、先程ブラックホールに吸い込まれた「炸裂弾」を全て吐き出した)
…いやしかし、このままだと流れ弾が青年のもとへ届いてしまうな。
…ふむ、鋏の操作をしくじったのは私の過失…だがまあ、先程の青年のミスと合わせれば帳消しだろう。
……ふむ? それでは私もまた、ドジっ子の一人であったと言う事か…? …成程、丁度いい。新しいimageを試すいい機会だ。
確か、世のドジっ子とやらは…ああそうだ、己の過失を認めた時、こう言い放つのだったかな。
───────てへっ☆
(その瞬間、枢機院礼拝堂の屋根の向こうで、カラスが地の底から沸きあがる断末魔のような鳴き声で鳴いていたという)
196 名前:業務連絡 投稿日:2011/07/03(日) 23:53:00
>>194-http://www1.atchs.jp/test/read.cgi/nanaitahinannjo/248/195-195">>>195
…ん?
おや…参ったな。少しばかり【歪】による所の≪時空のブレ≫が生じていたらしい…フ、私とした事が…な。
だが問題はない、『補完』は可能だ。助手A、「闇の保管室」から返答言語≪レス≫R−1932番を。
…では諸君、上記のレス間に以下のワードを含めておいてくれ。
■
(両手を天にかざし、影を発動させる。対象は部屋全体。礼拝堂は、まったくの暗闇に支配された)
「ガス」をっ!「催涙ガス」のみを集めて徐々に縮小!
(途端に闇は、空気の抜けた風船のように縮みあがる。
それは人や物を──ガスを除くすべての物をすり抜けるように通し、やがてボール大の大きさになって停止した)
…ふう。しかし…クク…なかなか味な真似をしてくれるじゃないか、青年。
以前、同僚が読んでいた雑誌にあったな…そいつが、「ドジっ子アピール」というやつかね? image changeのいい参考になるな…。
■
ふむ……再度「しくじった」事だし、
今後の私の健やかなる研究生活の構築のためにも今一度私の人畜無害なimageを定着させる役割も兼ねて言っておこう。
てへっ☆
…それでは、ここから再開だ。
なにぶん非力な研究者でね…お手柔らかに頼むよ、諸君?
197 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/04(月) 01:42:13
ギャアアアアア!! ギャアアアアア!!(断末魔のようなカラスの鳴き声)
198 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/10(日) 01:26:20
「へぇ、よく知ってるね。でも、答えになってない。」
煙草の長さからすると、まだ火を点けたばかりなのかな。落ち着いたのはついさっきってところか。
『オーケストラ』のシロフォンとビブラフォンさんに、寝ているのは黒野天使さん。
服に血が付いてる。相手は判らないけど、戦闘があった証拠だ。
「『皇帝』?あ、いっけね。スイッチ切ってたんだった!
あははは、ごめんね?いやーまさかアルカナとカノッサのキミ達が協力してるなんて思わなかったよ!」
嘘ではないみたいだね。でも ――――早過ぎる。
今はまだアルカナとカノッサの間に有効なコネクションは無いはずなのに…。
やっぱり食い違ってる。バタフライエフェクトかな?
これは驚いた。……驚いた、か。何年振りの感情だろう。
なんにしても、これじゃあ『先』の知識はあんまり役に立たなそうだなぁ…。
「僕の名前はアナナエル・ロラァエッセルクァ(キリッ。発音しづらいだろうから、アニーって呼んでね。
そんなに警戒しないでよ。折角仲間になったんだ、仲良くしよう?(流麗微笑」
そう簡単にはいかない…か。そりゃそうだよね。
ん、この声は…。
皇帝!そんな所に現れるなんて、相変わらずだなぁ。
『うまのなかにいる!!』じゃなくてよかったよ。
あれは…緋月命!カノッサ機関魔剣士隊の総隊長、幹部級じゃないか!
協力してるのは彼女達だけじゃなかっ……拘束されたね、期待し過ぎだ。
「やぁ、久し振り(流麗微笑」
そう言えば、アルカナのみんなとはもう何日顔を合わせていないだろう…。
一番最初に見るのがこの顔っていうのも何だろうね。
「うっ…。そりゃあ悪かったけどさ、ポーターの付いてるコサージュが散らされちゃって…。」
散らされてないんだけどね。
連絡しても「おいィ?おまえら今の聞いたか?」なーんて言ってくるからなぁ…。
うー…長い、早く終わってくれ…。
199 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/10(日) 01:28:48
あれ、どこ見てるんだろう。
「―――これは…。『箱舟』への扉が開いたのか。
ああ、帰ろう。ヨコシマキメへ!(キリッ
あ、ついでに新しいポーターもらえるかな?」
ヨコシマキメ遺跡。僕は、帰ってきてもよかったんだろうか―――――。
「もう制圧戦が始まってるね。連戦だろうに、凄い気迫だ。」
あっちに居るのは噂の味方の人達かな?
「やぁ、『隠者』じゃないか!みんなとまた会えて嬉しいよ(流麗微笑
『仕込み』が終わってね。目当てのプレートは回収されちゃったけどさ。」
葉隠くん、なんだか雰囲気が変わったなぁ。
少し頼もしい顔になった気がする。
それとこっちは……ピアノ・ピアノさんか、やっぱりオーケストラだ。
協力関係にあるのはカノッサ傘下のオーケストラ機関、それも数人だけってところかな。
それにしても、あんな格好で歩けるなんてすごいなぁ…。
もう1人は―――――
―――誰だ。情報に符合する知識が存在しないなんて、徒者じゃない。
『上の住人』にだって、数える程度だけど知ってることはある。これはまるで――――――――――。
世界に勝った男、か。やっぱりヨコシマキメを離れたのは失敗だったかもしれないな。
仲間に付けて正解なのか、即座に処分…いや、世界に勝ったんだ、手に負える相手じゃない。
この男は、少し調べる必要がある…。
「初めまして!僕はアルカナ二十二柱、女教皇のアナナエル・ロラァエッセルクァです。アニーって呼んでください。
世界に勝ったと言われる貴方とは、是非一度、ゆっくりとお話をしてみたいですね(キリッ」
社交辞令だと思われたかな。
しかし『Y』、か。なんて捕らえ所のない奴なんだ…。
「和気藹々と遊んでなんかいたら『節制』に禁止されるか、『審判』にこっぴどく怒られるね(流麗微笑
隠者のその作戦、聞いてみたいな(キリッ」
200 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/10(日) 01:32:13
なるほど、全世界で戦争を起こすのか。そこまで考えていたなんて。
僕の考えに近いものがあるみたいだ。
でも、そう都合良く進むだろうか。Yの言う通り、カルディナルには備えがあるはずだ。
消耗しすぎれば、創造主の力で一網打尽だろう。圧勝でなくちゃならない。
それぞれの指導者にもそれぞれの思惑があるし、何より戦争は人々の感情を集めすぎる。
世界中から戦争という一点に向けられた莫大な負のエネルギーは、人間の手に負えるものではなくなってしまう。
それこそ、すべてを滅ぼしかねない。
もしこの作戦が失敗したら、創造主によって世界はリセットされ、本当に『神』になってしまうかもしれない。
失敗は許されない。タイミングが重要だな。
「………ん?ピアノさん?」
そうか、この人は先の大戦に…。
一見小さな女の子にしか見えないのにね…。
たとえ勝利したとしても、その爪痕は大きすぎるってことか。
「あれ、急に空気が変わった…?」
円柱傍のあの男は、『アトランダム』がここで出てくるのか…!
まずい、展開を阻止しないと!!
くっ、これじゃダメだ、間に合わない!
「油断してたよ。今はもう、何が起こるか判らないんだった。」
くそ、『フィールド』が展開された。
先の知識に頼りすぎていたみたいだ。いざというときに融通が利かくなってる。
相手がセフィロトじゃなくてよかった。
「四聖獣だって…!?こんな所で呼び出す気か!」
箱舟は使用できる状態で奪わなきゃだめだ。円柱の周りで派手な戦闘はできない。
白虎は侵入者にやられたはず。何が出る、黄龍は少し遠慮いただきたいな…。
201 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/10(日) 01:33:11
っつ!眩し……来るか…!
「『朱雀』…。一番派手なのが出てきたね…(キリッ
みんな!この場所で大技は使えない!箱舟が壊れたら僕達の負けだ、被害が出ないように気を付けて!」
ホントに嫌なやり方をする。あのダイスを何とかしないと、状況は悪くなる一方だ。
「くぅっ、仕掛けてくる!はっ!?Y、何を―――
あれはプレート…!!使うつもりなのか!」
あの輝きは!!凄い…なんて力だ…!
でも、あの苦しみようは…。
「まさか、まだ『リーディング』していないのか!
なんて無茶苦茶な奴だ、取り込まれるぞ…。」
それにしても、未読のプレートでこれほどのことができるなんて…。
真っ白だけど、あれはもしかしたら真紅の石版なんじゃないのか…?
あっ。ピアノさん!ナイスパンチ!
「わかった、朱雀は僕達に任せて!小アルカナと審判達は、気にせずに制圧を進めてくれ!
皇帝、もし箱舟や制圧中のみんなに被害が出そうだったらフォローしてくれるかな?僕もできる限りは防いでみる。
手伝ってくれるかな、隠者。戦いが長引けば朱雀だけじゃ済まなくなる。
鷹いt……Yは、不測の事態が起きた時の対処をお願い(流麗微笑」
アトランダムに気を付けて戦わないと…。
今回のフィールドは恐らくこの大空洞全体、アルカナ全軍が奴の掌の上にいることになる。
「戦況を、革命する力を―――――― 『レボリューション』!!(キリッ」
プレートを読み上げて本来の力を引き出し、体に取り込むすることで制御する。これがリーディング!
大抵は変身しちゃうのがネックなんだけど、まぁ僕の場合上着が貴族服になるだけだし、野獣になるよりはマシかな。
まずは朱雀の気を引いて、箱舟の中枢から遠ざける!
「さあ来い朱雀、僕が相手だ(キリッ
真空波なら僕にだって作れる!行け!!」
剣で空気を斬ればいい、それだけのこと!
202 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/10(日) 01:37:01
『しょせい』ってどういう意味なんですかね。処世?しょせー。しょせー。し……あっ…。
いやそうじゃなくて今この人「礼拝も懺悔も受け付けてない」って…。
この人はここの関係者なんでしょうか…?いやいやいやそんなバカn―――
――――――――――!!
言った、今確かに!『邪気眼使い』って言った!やっぱりこの礼拝堂は邪気眼使いに関わってるんですね…!
あ…やっぱり呼び方悪かったですね…。でも個性と言っても特に……えっ…。
『 世 界 を 股 に か け る 邪 気 眼 使 い が 性 犯 罪 者 』
しかもうった!!勧告したのに!さっきの人めっちゃゴロゴロしてってかビチビチして…うわきもっ!こわっ!
なんてむごい……こ、この邪気眼使いは危険すぎる…!!
右手はさっきからこの人に反応してるんですね!
きっと罰当たりな邪気眼使いたちが礼拝堂に襲撃してきたんだ。
平和な教会に攻め込んで来るなんて、許せない。混沌の中心はやっぱり邪気眼でしたね!
野放しにしてはおけない、一刻も早くあの女の子を助けないと!
「ぐっ…わかりました、待ってて下さい!ぼくが必ず助けま――― ひっ!?」
火の玉!でっかい火の玉飛んできたあああああああ!
これまずいですってえええ!こんなのどうすれば…!
そうだ、アルシブラは外からは破壊できない!あの火の玉の前に『卵』を出せば!
「円錐型絶対卵、『アルシブラ』っ!」
………嘘だ。信じられない。
「冗談ですよね……こんな簡単に卵を突き破るなんて…。
ひやああああああっ!!」
熱い熱い熱いいうあああああああれ?思ったよりも熱くない。
しゃがんで外套に隠れたせい?いやいやいや。
「これは…。」
203 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/10(日) 01:39:13
やられました。炎の中にすっぽり閉じこめられてますね。あははどうしよう。
それにしても!
「そこのあなた、これは一体どういうつもりですか!
女性なのにいきなり攻撃してくるなんて、品性を疑いますよ!
あなた日本人ですよね、日本女性たるものたおやかにおしとやかに慎ましやかにあるべきです。
それに掃除するって言っても家政婦さんなのに雑巾一枚持ってないじゃ…な……。」
い、いきなりめまいが…。
まずい、息が苦しい!このままここに閉じこめられてたら…。早く脱出しなきゃ…!
でも卵は一瞬しか保たなかった。いや、飛び出す一瞬にだけアルシブラを使えば…!
「いっけええええええ!! あっ。」
無事抜けられたのはいいんですけど、目の前で思いっきり待ち構えてますね。
ちょっと勢いよく格好付けて飛び出してたらあの剣にぐっさり刺さってました。
よく見ると心なしか顔がこわいです。怒ってるんでしょうか。
でも
「はぁっ、はぁっ、一回は一回ですからね、お返しです!」
右手に意識を集中させて……!
うっ、こんな時に目が…何ですかこの煙っ。催涙弾?ただでさえ苦しいのに…
「ゲホッゲホッ!ゲフッ! くっ…天使ゲホッ創ぞゲッホゲホゲホ!」
眩しい。手がビリビリする。当たったのかな、判らないけど。
あ、さっきの色んな意味でキまっちゃってる人いきてたんですね。よかった。
でも何で僕の方向が………。しまった、腕が光ってる!
走りながら隠さないと、止まったら狙われる!
「ひゃあっ!?ゲフッ!ゲフッ!あぶなっこわっ!」
あっちこっちから弾が!弾が!
あれ、今度はちゃんと卵が保ってる。何でだろう…。
ん、煙が引いてく。っつ!また右手が…。あのバイオレントお姉さんは…よかった、結構距離がある。
『とうさくがん』、邪気眼の力のようですが、助かりました。ようやく息を整えられますね。
とりあえずあの色んな意味で危ない人に一言断っておこう。
204 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/10(日) 01:41:19
「ゴホゴホッ!はぁっ、はぁっ、コホン!ぼくはキサラギ・サクノジョウって言います。
『神様』のお声に導かれて、日本からここへ来ました。あなたは聖樹堂の関係者か信徒の方ですか?
悪の邪気眼使いに襲われてるんですよね?そしてか弱い女の子が汚れた欲望の犠牲になろうとしている…。
事情が変わりました。死にたくはありませんが、この混沌は断じて見過ごせません!
敵だと思っていただいても結構です。微力ですが、勝手にお手伝いさせていただきます!
そ、それから…その…お、オトナの世界とか……そんな…こんな場所でっ…そ、そういうのはいけないとおもいます…っ/////」
そういえば、あのお姉さんは邪気眼使いの仲間なん―――
「うわっ、なんだこれ暗っ。
何も見えない……痛っ!また腕が…!『えいたんがん?』でしたっけ、これも邪気眼ですか!」
今のうちにもう少し場所を移しておこう。
闇が引いてく…。あの白衣のおじさんも邪気眼使いだったんですね。
なるほど、あの時異常に痛んだのはやっぱりそのせいだったんだ。
でも、あのお姉さんの炎は痛くならなかった。つまりあれは邪気眼じゃない?
アルシブラが全然通用しなかったのは何か関係があるんでしょうか…。
「お姉さん、さっきは失礼なこと言ってごめんなさい…。
お姉さんは邪気眼使いじゃないんですよね?きっとあの悪の邪気眼使いに操られてるんです!
目を覚ましてください…!『天使創造』っ!!」
もっと力を溜めて、もう一発!
あれ、あの邪気眼使いたち、仲間割れしてる?………なんだ、ただのおっちょこちょいか。
「すなわち光…!今、助けてあげますからね!はぁぁぁああああああっ!!」
すごい!今気付いたけど溜めて撃つとこれギプスがちょうど×バスターみたい!
ん?あの黒いのなんだろう。入り口の方から…。
「あ、カラス。の群れだ。うわあああああここに突っ込んでくる!!」
十数羽くらいいる!こわっ!こないで!こわっ!
205 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/15(金) 18:32:54
「よりにもよって朱雀かよ!? 鈍亀の玄武なら良かったのに・・・」
「怯むな! 手負いとはいえ、俺たちだって白虎と渡り合えたんだ!
今さら朱雀ごときでビビってんじゃねえよ!」
思わぬ伏兵の登場にも心折れず、闘志奮わせ立ち向かう小アルカナ。
しかし、それら全てを嘲笑うかのように、圧倒的な力の奔流が戦場を蹂躙する。
『方舟』から悠然と飛び立った朱雀がその翼を大きく振るう。
他の鳥類であれば特段何のことも無い、唯一度の羽ばたき。
しかし、太古の四聖獣はたったそれだけで、大空洞全体を嘗め尽くす焼け付いた旋風を巻き起こす。
ひとたび吹き付ければ人の身など影も残さず蒸発させるそれは正に厳粛にして無慈悲なる自然の体現。
裁きの風は思い上がった人共を灰燼に帰さんと振り下ろされ───
まばゆいヒカリに、押し留められた。
───が。
「ぐ、あ…………おおおおおおおおおおァァッッ!!!」
「な・・・・・・<Y>ッ!?」
苦悶の表情が意味するものは、『知識』が陥ったのと同じ、過剰な精神負荷。
広範囲に渡って防御障壁を展開すること自体並大抵の労力ではない上に、この威力の攻撃を防ぐとなれば、その消耗はいかばかりか。
おそらく、次は無い。
さしもの『ファイアウォール』ですら、あの一撃を防ぎ切ることはできないのか? あるいは・・・
「まさか、まだ『リーディング』していないのか!
なんて無茶苦茶な奴だ、取り込まれるぞ…。」
「・・・『リーディング』?
よくわからないけど、<Y>は正規の手順を踏んでいないってことなのか?」
『リーディング』なるものがなんらかの通過儀礼だとするならば、<Y>の異状は『プレート』の力を十全に引き出せていない故の疲弊なのかもしれない。
だが、それを悠長に待っている時間はない。
『隠者』は戦況を一変させた者達を見やる。
アルカナに敵意を剥き出しにしながら大空洞を飛び回る、四聖獣『朱雀』。
そして、『方舟』の膝元で呵呵大笑する不気味な男、『アトランダム』。
「…”領域”能力者!! 俺達は今、奴がGMをしているTRPGのプレイヤーなんだッ!! 」
「TRPGって、ダイス振って色々決めるアレかい? ・・・なるほど。だからセフィロトでもないのにあんなに余裕こいていられるんだな」
ようやく人心地付いた<Y>が『アトランダム』の能力を看破する。
つまり、『アトランダム』の異能とはダイスロールによる限定的な運命支配。
どれだけ強力な攻撃でも、外れてしまえば意味は無い。
たった一発の銃弾でも、急所に当たれば命を落とす。
その振れ幅をダイスの目によって決めてしまうというのであれば、極端な話、最高の目が出続ける限りは無敵という事になる。
(これは、面倒なことになったな・・・。
ダイス判定が間に合わないくらいの波状攻撃なら倒せるだろうけど、朱雀がそれを許さない。
かといって放置すればもっと危険な事態に───)
206 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/15(金) 18:34:16
「五月蠅い黙れ耳が腐る」
朱雀による攻撃が止んだ直後、いつの間にか距離を詰めていたピアノが高笑いする『アトランダム』に鉄拳制裁を加えていた。
「ヒハハハヘブゥッ!?」
勢いよく吹っ飛ばされる『アトランダム』。地面に転がった骨皮男を尻目にピアノは檄を飛ばす。
「こいつはピアノに任せんしゃい!アルカナの面々!『朱雀』は任せた!」
「おいィ!? ちょと待てよ! いくら非戦闘タイプの能力だっつっても、1人でどうにかできる相手じゃねえだろうが!」
「安心しなさい、ギャンブルやボードゲームは得意分野よ。あと」
ピアノは『皇帝』の制止を軽く受け流し、そして、
「こいつの外見、話し方、全部私の"嫌いな分野(ファンブル)"だから」
絶対零度にまで冷めた眼差しで『アトランダム』を射抜いた。
「・・・これは、問題なさそうだな」
「なんつーパワフルロリだよ・・・。いいのか? 放っといて」
「大丈夫さ。彼女もかなりの手練れだし、何より勝算があるからこそああまで言ったんだろう」
『知識』戦と封印解除の運びにおいて、既にピアノの実力は証明されている。
今は消耗しているとはいえ<Y>も伊達に数々の戦いを生き抜いてきた訳ではない。気遣いは不要だろう。
(むしろ一番の不安要素は・・・僕か)
皆の戦いを見て改めて実感する、『隠者』自身の非力さ。
力が強い訳ではない。
頭が良い訳でもない。
戦況を引っくり返すような能力でもない。
なにより───勝利を確たるものにする為の何かが、自分には欠如している。
これから相対するであろう強敵に、果たしてこれまで通りの小細工が通用するのか?
(───僕は、足手纏いになってはいないだろうか?)
「手伝ってくれるかな、隠者。戦いが長引けば朱雀だけじゃ済まなくなる」
「え? あ、ああ・・・わかった。
共闘するのはこれが最初だったね。僕は支援系だからあまり攻撃には期待できないけど・・・
それでもいいなら、よろしく頼む」
『女教皇』の言葉で現実に引き戻される。どうやらぼうっとしている間に話が進んでいたようだ。
(そうだ。弱さを嘆いている暇は無い。今は敵を倒す事だけを考えろ。呆けていたせいで負けたなんて、言い訳にもならないぞ。
とにかく“この場所”で“2度目”が起きることだけは絶対に防がないと・・・)
207 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/15(金) 18:36:32
現在、朱雀は『方舟』を周回しつつ、アルカナを牽制している。
迂闊に近づけば、再びあの熱風が地上に吹き荒れ、ともすれば『方舟』の損壊も有り得るだろう。
「まずは朱雀を『方舟』から引き離さないと、まともに戦う事もできないな・・・」
とはいえ、飛行する朱雀を遠距離から捉えるのは中々に難しい。
どうしたものかと『隠者』が攻めあぐねていると、不意に『女教皇』が進み出た。
彼女が取り出したるは小さな石版。それが放つ「気」は邪気ではなく、むしろ───
「戦況を、革命する力を―――――― 『レボリューション』!!(キリッ」
───『プレート』。
それは悪魔の与えし混沌の種子『邪気眼』と対を成す神威の欠片。
適格者に様々な異能を与え、それに秘められた莫大な力は使い道を過てばセカイの崩壊すら招く、旧世界のオーパーツ。
刻まれた銘は『革命』。セカイに新たなる変革をもたらす流転の章。
『女教皇』の声に呼応するかのように、掲げた『プレート』から光が溢れ、彼女の全身を包み込んでいく。
「プレート使い!? 道理で邪気がしないと思ったら・・・!」
「おお、なんか服装もちょっとゴージャスになってるじゃねえか!」
それだけではない。『プレート』本体をも遥かに超越する程の「気」が、『女教皇』から湧き出ている。
大いなる自然の象徴たる朱雀に勝るとも劣らぬ『プレート』の力に触れた『隠者』の邪気眼が僅かに萎縮する。
(あれが、『リーディング』・・・。『プレート』と同調して更なる力を引き出しているのか。
邪気眼使いとしては敵に回したくない力だな・・・)
「さあ来い朱雀、僕が相手だ(キリッ
真空波なら僕にだって作れる!行け!!」
『女教皇』が剣を一振りすると、空を裂く音と共に、白き飛刃が大空洞を照らしながら飛翔する。
一瞬の後、上空からは甲高い鳴き声が上がり、火の粉を被った羽毛が舞い落ちた。
顔を上げれば、片翼からマグマのような血を流しながら、怒りの形相でこちらを向く朱雀。
───釣れた。
208 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/15(金) 18:38:30
「どうやら、トサカにきたようだね。怒りに我を忘れてくれれば御の字だけど・・・そう上手くはいかない、か」
こちらを当面の標的に据えた朱雀は、しかし怒りに身を任せる事は無く、様子見とばかりにその場で滞空しつつ嘴からその身と同色の炎を吐き出した。
炎は円軌道を描きながら紅き大蛇のように迫り来る。
先程の熱風には劣るものの、それでも回避困難な程度には広範囲な火炎流。
『隠者』は慌てない。
なぜなら『アトランダム』の異能はショボンと同タイプの領域型。効果は範囲内の全てに適応される。
「───つまり、僕達にもダイスを振る権利はある! 『皇帝』ッ!」
「おうよ、こんな事もあろうかと既にサイコロを召喚しておいたぜ!」
「本気でスゴロクやるつもりだったのか・・・・・・とにかく、助かった!
『女教皇』、君の分も代行しておくよ」
『隠者』は『皇帝』の転移術で渡されたダイスを4つ、地面に落とす。
2つの合計値は、10。そして残りの2つは、1と、2───
「『月奏・下弦』」
ダイスが静止するその刹那、衝撃波が地面を穿ち、その風圧が、ダイスを再び回転させる。
今度は、8と出た。
その直後、全てを焼き尽くす劫火が2人を包んだ・・・かのように見えた。
だが、『隠者』は運良く直撃を避けたのか、あちこちに火傷を負っているものの、大したダメージは受けていない。
『女教皇』に至っては、朱雀が狙いを誤ったらしく、そもそもの攻撃が見当違いの方向に飛んでいった。
当の朱雀は遠距離からの攻撃が無意味だと悟ったのか、燃え盛る翼を大きく広げ、こちらに向かって一直線に突撃してくる。
「よし。これで致命傷は防げたな」
「よし。じゃねえっ!! どう見てもインチキじゃねえかッ!」
「言いがかりはよしてくれよ『皇帝』。僕は指一本触れてない」
「おいィ? お前それでいいのか?」
「・・・・・・」
無論、正々堂々と戦って勝てるのであれば、それに越したことは無い。
しかし、自分の実力でそれが不可能である以上、多少卑怯な手を使ってでも勝利を得るべきだというのが『隠者』の持論だった。
(弱い僕が皆と並ぶためには、きっとそれ以外の方法は無い)
それでも、『隠者』は解っていた。
遠からず、小手先の戦法では通用しない相手に・・・真なる強さが試される“強敵”に出会うという事を。
「・・・いいさ。今はまだ、これでいい。───『陽炎』」
対象の「気」を乱し、集中を阻害する、不可視の干渉攻撃『陽炎』。
文字通り風を切って急降下する朱雀が、突如として狂った自身の身体感覚に動揺し、わずかにバランスを崩した。
「『女教皇』、今だッ!」
209 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/15(金) 18:45:45
「鷹逸郎!こんな輩に"力"使うんじゃないわよ!ただでさえ、限界超えてんでしょうが!
戦いはまだ始まったばかりよ!?こんな調子でどうするつもり!」
その瞬間。
ぴたり、と。
さながら、舞台演劇のワンシーンのように。
神徒たちの動きが、止まった。
皆一様に、油の切れたブリキ人形よろしく首を回す。
視線の先に居るのは未だ動かぬ同志でもなく、その同志を手にかけた少女でもなく。
「鷹・・・・・・逸・・・・・・郎・・・・・・?」
ぎらついた瞳の奥に燃ゆるは狂信の炎。
爛々と光る、肉食獣じみた数百の眼が一点に集束する。
「救世主(メシア)・・・」
「救世主(メシア)だ・・・!」
炎は瞬く間に伝播し彼らの脳髄を焼き切る。
知性と理性が取り払われ、あらゆる価値観から信仰のみが先鋭化する。
それは純真であれど・・・無垢ではない。
「救世主(メシア)はなぜここにおわす?」
「救世主(メシア)は巡礼されるのだ、我等の聖地に」
「ならばお連れせねば」
「救世主(メシア)はなぜ異教徒の傍らにおわす?」
「救世主(メシア)は囚われておるのだ、異教の豚どもに」
「ならば助けねば」
「救世主(メシア)はなぜ救世主(メシア)であるか?」
「救世主(メシア)は器なのだ、主が満ちるための」
「ならばまず───空にせねば」
「救世主(メシア)が救うはこのセカイ」
「ならば我等は救世主(メシア)を救おう」
「さあ参られよ」
「神の御許へ」
「「「「「「「「 それが“世界の選択”だ 」」」」」」」」
正気と常軌を逸した蟻たちは、極上の餌、神の供物に群がった。
「───俺たちを無視してんじゃねえよカルトども」
横薙ぎの閃光が蟻の群れを吹き飛ばす。
空白となった部分に、青年と蟻を隔て立ちふさがる影が4つ。
小アルカナ部隊長、以下3名。
唯人の身でありながら『セフィロト』を退けた、『剣』の精鋭だった。
「勘違いするなよ。あくまで俺たちのためにやったんだからな」
「隊長、セリフがツンデレしてます」
「揚げ足取んなよ! デレてねえ!
いいか、<Y>とやら! お前の役目は『創造主』をブチ殺す事であって有象無象相手に消耗する事じゃねえ。
ここは甚だ不本意だが───俺たちが「剣」になってやる」
「ま、つまりアンタはアンタにしか出来ない事をやれ、とウチの隊長は言いたいわけだな」
「要約すると「雑魚は任せろ」ってコトっスよ」
「ツンデレ解釈してんじゃねえええぇぇぇぇ!!!!」
210 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/15(金) 23:36:35
>「私の興味を惹くほどの活躍を見せてくれれば、私は喜んで君らと共に闘おうじゃないか」
「…ふーん。面白い条件じゃない…
いいわ、アンタが見せ場を全部持っていけるなんて思っているようなら、まずはその幻想をぶち殺してあげる」
火球のドームに気を配りつつ、アスラはシェイドの条件に同意する。
この男の興味は『ガンショップ』へと移ったようだ。共闘者ヨシノの無事を思い、彼女は胸の前にそっと十字を切る。
そうこうしていると、火炎壁の中から元気のよい声が聞こえてきた。
>「そこのあなた、これは一体どういうつもりですか!
> 女性なのにいきなり攻撃してくるなんて、品性を疑いますよ!
> あなた日本人ですよね、日本女性たるものたおやかにおしとやかに慎ましやかにあるべきです。
> それに掃除するって言っても家政婦さんなのに雑巾一枚持ってないじゃ…な……。」
炎の中から聞こえてくる少年の声は、時間経過と共に明らかにかすれてきた。
「はいはいTHE・END、っと。おねーさんと踊るには背丈と年齢が足りなかったかしらねー?」
先程はなんだか妙なものを出していた気もするが、言動からしてこの男の子は紛れもない一般人だろう。
どっかの外道の行いのせいで、今日の出来事はトラウマは確定。巻きこんだ事に罪悪感がないわけではないが、それを気にするほどの善人でも無し。
因果な商売ね、と呟き、炎を解除しようとしたその刹那───。
>「いっけええええええ!! あっ。」
「なっ…!?」
卵、だろうか。平たくした球状の物体に乗り込み、少年は炎壁を突破した。
そのままゴロゴロと転がり、少年はアスラの目の前にセリ市のマグロの如く登場する。
ふと視線が交錯し、二人の間に変な間が流れた。
「(一般人…じゃ、ないのかしら?無意識系の異能者…あるいは自覚のない異能使い?)」
片手に剣を携えながら、アスラは目の前の少年を値踏みするように睨みつける。
──そうしていると、視界に何か白いものが現れた。
不自然なほどに真っ白な煙、そして瞳と喉に襲い来る激痛は──ッ!
211 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/15(金) 23:36:55
「催涙ガスか!?」
舌打ちをし、一度後ろへ飛ぶようにして地面を転がる。
比較的ガスの薄い一角に陣取り、地面に顔を近づけて呼吸を確保した。
「(コート野郎か──くそっ、あいつに気を取られて反応が遅れた!)」
自分を叱咤しながら、物陰に身を潜め「少年」の動向を伺う。
>「ひゃあっ!?ゲフッ!ゲフッ!あぶなっこわっ!」
催涙ガスにのたうちまわり、『ガンショップ』の流れ弾にタップダンスを踊らされていた。
おまけに楕円形のなにかで銃弾を弾きつつ、右腕を光らせながらのたうちまわっている。まるで悪魔に憑かれたような光景だった。
「(……あれは…卵と、光か。アイツの特殊能力…?
んー、どっかで…ルチアの奴から聞いたことあるような、無いような…?
……思い出せない…ええいクソッ、もっと真面目に聞いときゃよかった!)」
後悔するも、もはや後の祭り。
そうこうしているうちに少年はなんとか体勢を立て直し、礼拝堂の全員に向けて、狙撃してくれと言わんばかりに語りかける。
>「ゴホゴホッ!はぁっ、はぁっ、コホン!ぼくはキサラギ・サクノジョウって言います。
> 『神様』のお声に導かれて、日本からここへ来ました。あなたは聖樹堂の関係者か信徒の方ですか?
> 悪の邪気眼使いに襲われてるんですよね?そしてか弱い女の子が汚れた欲望の犠牲になろうとしている…」
か弱い──その言葉にアスラはかすかに反応した。
>「事情が変わりました。死にたくはありませんが、この混沌は断じて見過ごせません!
> 敵だと思っていただいても結構です。微力ですが、勝手にお手伝いさせていただきます!
> そ、それから…その…お、オトナの世界とか……そんな…こんな場所でっ…そ、そういうのはいけないとおもいます…っ/////」
かちゃり、と、大剣の刀身が無感情な姿をさらす。
アスラはあくまで自分の「底」を晒さぬよう、むしろ挑発するような笑顔で少年に呼びかけた。
212 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/15(金) 23:37:27
「…へえ、なるほどね。本当にただの信徒って訳か…。でもねキサラギ君、今のはすこーし地雷踏んだよ?
私はね、人からか弱い子扱いされるのが大っっっっ嫌いなのさっ!」
闘志に満ちてぎらぎらと輝く、ただの瞳をその眼に宿し、
アスラは大剣の切っ先を躊躇なくキサラギに突き付ける。
>「お姉さんは邪気眼使いじゃないんですよね?きっとあの悪の邪気眼使いに操られてるんです!
> 目を覚ましてください…!『天使創造』っ!!」
「「デスフレイム」、ちょいと早期教育に付き合ってもらうわ!
箱入り息子のボンボンに、世界の広さってやつをを教えてやろうじゃないの!」
腕から発せられる光に向けて、凛としてアスラは剣を構える。
振るうかと思われたそれを思い切り地面に叩きつけ、そして剣先から炎を吐かせた。
「力技・なんちゃって畳返しっ!」
先の銃撃戦でだいぶボロボロになった礼拝堂の床石に強引に剣先を割り込ませ、炎の勢いで無理矢理捲り上げる。
岩のシールドになったそれに隠れ、ひとまず光をやり過ごした。
「…ステラみたいな太陽光線系の攻撃ではないか…どっちかというと、不思議パワー的な光線かしらね。
攻撃は熱でなく、質量系…OK、アンタの能力は掴めてきたわ!」
一時的な勢いでめくった石板が倒れる前に躍り出て、剣先を定め炎を振るう。
アスラは剣を一振りすると、テニスボール大の火炎弾を何発も飛沫のように飛ばした。
「ガードは全方位系だけど、強度に弱い…だったら、これならどーよ!」
高速で迫る何発もの火炎弾が、キサラギのもとへ一斉に飛来した。
213 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/16(土) 21:42:01
――ヨコシマキメ遺跡 深奥
「鷹逸郎!こんな輩に"力"使うんじゃないわよ!ただでさえ、限界超えてんでしょうが!
戦いはまだ始まったばかりよ!?こんな調子でどうするつもり!」
「鷹いt……Yは、不測の事態が起きた時の対処をお願い(流麗微笑」
(――クソッ、何やってんだ俺は……!)
(仲間に気を遣わせてしまった。)
(己の不甲斐なさに思わず歯噛みしながらも、感情を堪えて臨戦態勢を整える。)
(無力さを嘆くのは後で良い、今は眼前の危機を乗り越えることが先決。優先順位は明確にしておかないと後で息切れしてしまう。)
ネガ
(卑屈りそうになった頭を切り換え、敵の分析を進める。)
「鷹逸」って呼んでくれ、アニー! テリトリー フィールド
どうやらアニーは知ってるみてえだが、『アトランダム』と名乗った男の異能は、”領域”――現象法則を丸々塗り替える固有世界を展開する、ムチャクチャな力だ。
”領域”には法則のコアがあって、それを克服したりブチ壊すのが基本的な戦い方になる!
”ダイスの目によって現象を確定させる”ってのがそれだろうな。
相手の土俵で戦ってる以上、長引くとこっちが不利だ! 早めに打開策を見付けてぶちのめせ、頼むぞピアノッ!!
(『アトランダム』によって召喚された四聖獣、朱雀の相手は【アルカナ】が務めてくれている。)
(鷹逸に任された役割は、不測の事態の対処。)
イレギュラー イレギュラー
(異分子には異端児……悪くねえ。
『女教皇』、アナナエル・ロラァエッセルクァ、か。遺跡攻略時にはたまたま居なかった、ってことらしいが。)
(『女教皇』アニーが、自身の力を発現する。)
(それは邪気眼ではなく、『プレート』――失われし石版の力、革命の章『レボリューション』。)
(鷹逸の調べた文献では詳しい効果は載っていなかったが、どうやら強力な力を秘めていることだけは確からしかった。)
(『隠者』は素晴らしい機転で朱雀の攻撃を捌き、他の大アルカナも各個で大車輪の活躍を見せている。)
(相当、強え。いよいよ底が知れねえぞ、【アルカナ】……!)
214 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/16(土) 21:43:17
(その時、)
(鷹逸はふと、自身を取り巻く空気が厭に静謐であることに気付いた。)
(――ざわつく予感を胸に宿しながら周囲を見渡すと、『枢機院』の信者達の様子が、何やら、おかしい、ような。)
(幾つもの目が爛々と、爛れた光を秘して。)
(それらが真っ直ぐ、取り囲んで、射貫くように、鷹逸へと向けられていた。)
「救世主(メシア)はなぜここにおわす?」
「救世主(メシア)は巡礼されるのだ、我等の聖地に」
「ならばお連れせねば」
「救世主(メシア)はなぜ異教徒の傍らにおわす?」
「救世主(メシア)は囚われておるのだ、異教の豚どもに」
「ならば助けねば」
「救世主(メシア)はなぜ救世主(メシア)であるか?」
「救世主(メシア)は器なのだ、主が満ちるための」
「ならばまず───空にせねば」
「救世主(メシア)が救うはこのセカイ」
「ならば我等は救世主(メシア)を救おう」
「さあ参られよ」
「神の御許へ」
「「「「「「「「 それが“世界の選択”だ 」」」」」」」」
――――ッ!!
(ザアッッ!!、と。)
(狂信者の雲霞が、鷹逸の元へと殺到する。)
(それは海嘯が波止場の小舟を呑み込もうとするのに近かった。実際、呑み込むには充分な人海で群がって来たのだから。)
(一瞬の戦慄に行動の自由を奪われた鷹逸は、咄嗟に反応できない。)
(代わりに狂信者を退けたのは、【アルカナ】の誇る精鋭小アルカナ部隊、『剣』の面々であった。)
「 いいか、<Y>とやら! お前の役目は『創造主』をブチ殺す事であって有象無象相手に消耗する事じゃねえ。
ここは甚だ不本意だが───俺たちが「剣」になってやる」
(その言葉がどうにも、頼もしくて、また、己が情けなくもあった。)
215 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/16(土) 21:44:46
.
(チクショウ――――不甲斐ねえなぁ、俺。)
(仲間に守って貰うのは、恥ずべきことじゃない。)
(だが現状を客観的に見るに、疲弊した鷹逸は明らかに足を引っ張っていた。)
(『剣』も、もし鷹逸が万全に戦える状態であったなら、他のアルカナのサポートに何の懸念なく出向けたはずだったのに。)
(力ヲ求メナサイ、と、脈打つ鼓動の底で囁く声。)
(鷹逸は直感する。)
(燃え盛る深紅の炎――この声は、青年の持つ『プレート』の本性……【深紅のプレート】の囁きなのだと。)
(フェンリルが【神々の怒り】と呼び、その力を心の底から狙っていたと思われる、それ。)
(『世界』が歴史を洗い流す為に利用しようと目論んでいた、それ。)
(そして今、鷹逸が所有者となっている、それ。)
(応じれば、力が手に入るだろう。)
(プレートは深紅に染まり、浮かび出た銘を『リーディング』すれば、それだけで莫大な力を得られる。)
(少なくとも、【神々の怒り】と称される程には強力で、世界の歴史を全て無かったことにできる程には強大な……何か、大切なモノを代償にして。)
(―――悪ぃが、乗ってやれねえな。
タイミングはバッチシだった。だが、誘う相手が最悪だぜ。
心理的な揺さぶりには滅法強い方みたいなんでね、例え蛇の甘言にだってへらへら笑って一捻りにしちまうぜ。)
(一蹴する。)
(典型的な”悪魔の誘ない”だったが、そんな誘惑に釣られるほど柔な精神じゃない。)
(しかし、今のは『プレート』より『魔剣』に近かったと思う。)
(『魔剣』――厳密に限定するなら『大罪の魔剣』だが、どうやら意志を持ち、所有主を自らで選ぶらしい。)
(そして魅惑的な取引を持ちかけ、最期には主を破滅させると言う。それを繰り返しながら、世界各地を転々と渡り歩いていた、と文献にある。)
(元々あったヨコシマキメ遺跡に戻って来たからか?
しかしビビったな……まさか、『プレート』から話しかけられる日が来るなんてよ。)
(まあとにかく、今は回復に努めよう。)
(そして、出来ることを着実に見付けていくしかない――膝を抱えて戦局を見守るなど、鷹逸の柄ではないのだから。)
216 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/16(土) 21:53:28
.
「ファンブルッッ!!!」
(『アトランダム』の叫び声がした。)
(は?、と鷹逸が『方舟』の方角を向く。)
(その下部に立つ『アトランダム』は鷹逸を強く睨みながら、まさに狂笑とも言うべき怖ろしげな表情を浮かべていた。)
(どういうことだ。)
(何故奴は、こっちを向いて、ファンブルなどと唱えている。)
(――――、まさか。)
(『隠者』の言葉を思い出す。)
<「本気でスゴロクやるつもりだったのか・・・・・・とにかく、助かった! 『女教皇』、君の分も代行しておくよ」 >
(?代行?。)
(……もし、代行のシステムが機能状態にあるなら。)
(鷹逸のターンのダイスを、『アトランダム』が勝手に不在者代理の名目で振ってしまうことが、もし可能であったのだとしたら……?)
(おいおい、と表情が引き攣る。)
(それは反則じゃねえか。”領域”、成る程ね、とんでもねえ能力だ。)
(朱雀が舞い上がる。)
(紅蓮の炎に包まれていた両翼が青白く瞬き出す。)
(火力、つまり威力が上がったのだ。……矛先は「方舟」。最悪の一撃が、最悪の標的に向けられていたのだ。)
(鷹逸にとってのファンブル、ということは、きっとそれは鷹逸にしか防くことはできない。)
(周囲に被害を出さず受け止める、あのファイアウォールでしか。)
(遅滞する時間。)
(冷静に状況を分析する――『アトランダム』が出した目は1と2、合計してF値である3。)
(あまりにピンポイント過ぎる、狙ったとしか思えない目だ。……もしや『アトランダム』は、『隠者』と似たような……そう、いかさまをしているのかも知れない。)
(――――――力ヲ求メナサイ、と、脈打つ鼓動の底で囁く声。)
217 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/16(土) 22:00:25
.
(クソくらえ、と心の中で悪態を『プレート』に返す。)
調子に乗りすぎたな――――狙った目があまりに出過ぎだぜッ、『アトランダム』ッッ!!
(鷹逸はファイアウォールを全力展開。)
(朱雀の攻撃の軌道上に、十重二十重と白い結界障壁が連続して錬成されていく。)
(同時、朱雀が羽ばたかせた両翼から蒼炎の海嘯を放った。)
(空気を吸い込みながら加速していく業火の渦は、最短距離でまず最初のファイアウォールと激突する。)
(一瞬で破壊。次に到達、破壊。到達、破壊。到達破壊、到達破壊到達破壊到達破壊到達破壊到達破壊到達破壊到達破壊到達破壊。)
(一枚錬成する度、一枚破壊される度。)
(バキバキバキ、と音を立てながら鷹逸の精神にヒビが入る錯覚。)
(未読状態――。)
(銘を読まない仮所有主の状態、そのリスク。)
(耐え難い精神の苦痛に真っ向から逆らうように、鷹逸は腹の底から咆吼を『アトランダム』に浴びせかける。)
おぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!
(やがて――――最終障壁に到達、破壊。)
(寸前で絞り出すように、一枚追加で錬成した障壁が、青炎を完全に打ち消した。)
(相殺された青炎が爆風を吐き出す。)
(その場で踏ん張る力すら抜け落ちていた鷹逸の身体が、煽られてボロくずのように地面を転がる。)
(あーあ――――ホンット、不甲斐なさすぎだろ、俺。)
(でもまあ、最終的に防げたから及第点でいいか、と鷹逸は笑ってみる。)
(愚カナ仔、と、脳裏に響いた女の声。)
(鷹逸の回収を命じる『アトランダム』の声が、意識が途切れる寸前に耳へと届いた。)
218 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/17(日) 12:19:46
催涙ガスにより視界を封じた上での乱射攻撃。
撃った本人すら弾道がわからないのだ。避けられるはずがない。
───そう、思っていた。
が、2人の踊り手は『ガンショップ』の上を行く。
《! ――三時方向、二発!》
少女の警告が響き、それに応えるようにうっすらとした人影が動く。
「そうか、デバイスッ! 確かに思念体にとっちゃガスなんざ屁でもねえよな!
そしてこのコンビネーション・・・「手に手を取って」てか? ・・・妬けるじゃねえか!」
そしてもう1人の男もまた、巧みにも「何か」を操り、弾丸を無効化しているようだった。
「…ふむ、悪くない反応だ。「バレットパレット」と言ったか?それもまた異能には違いあるまい…。
貴様ら枢機院が出す「邪気にも似た妙な気の流れ」と感応するように我が「影」を配置すれば、飲み込むのはそう難しくないのだよ…おっと!」
「成る程旦那は影使いか。重畳、重畳! 目が見えねえでもそれなりのやり方があるってえ事かよ!
だが所詮一時凌ぎだ。いつかは捌き切れなくなるぜ。
一方、俺様に弾切れは存在しねえッ! エンドロールは時間の問題───」
「――撚り合わせろ、倒錯眼!!」
「───ッ!?」
突如として礼拝堂につむじ風が発生し、周囲に充満していた白煙が一点に、ヨシノの掌に凝縮されていく。
霧が、晴れる。
(ぬぅ・・・やべえ)
あのガス球がこちらに向かえば、今度は『ガンショップ』がゼロ視界での戦闘を強いられる。
流石の彼も、その難局を1対2で切り抜ける自信は無い。
ヨシノは掌を身構える『ガンショップ』に向けようとして、
「げほっ……あっ」
「さあ、反撃と行く───「げほっ……あっ」───かっ!?」
盛大に誤爆していた。
「・・・なんか知らんが、ツイてるぜえッ! コイツァ信心の賜物か!?
マジ感謝だぜ『創造主』サマッ!」
『ガンショップ』は胸の前で十字を切り、『創造主』に感謝の意を示そうと天を仰ぐ。
───その「天」が消えた。
219 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/17(日) 12:21:21
まるで全てが闇に喰われたかのような、漆黒の世界。
「まさか───白衣の旦那か!?」
「「ガス」をっ!「催涙ガス」のみを集めて徐々に縮小!」
礼拝堂を覆った闇・・・否、「影」は、急速に収縮しながら、破裂した催涙ガスを再び球状に戻す。
「さて、それでは…少し余興が入ったが、きっちり殺らせてもらおうか…っ!」
打って変わって戦意溌剌、嬉々快々とした表情で鋏を投擲するシェイド。
しかしまだ本調子ではなかったのか、鋏は大きく孤を描いた後、『ガンショップ』の背後に落ちた。
その間に『ガンショップ』はもう一方の戦いを見やる。所属不明の書生はメイド魔剣士を相手に善戦しているようだった。
「逃げねえのか・・・。度胸があるのか何なのか、ともあれお前もオトナの仲間入りだな坊主!」
「ゴホゴホッ!はぁっ、はぁっ、コホン!ぼくはキサラギ・サクノジョウって言います。
『神様』のお声に導かれて、日本からここへ来ました。あなたは聖樹堂の関係者か信徒の方ですか?」
「ああそうだ。俺様は『ガンショップ』。夜闇に紛れ華麗に邪気眼を狩るスタイリッシュ・デビルハンターさ」
「悪の邪気眼使いに襲われてるんですよね?そしてか弱い女の子が汚れた欲望の犠牲になろうとしている…」
「ん・・・? ちょっと待て、話が読めねえぞ。いや、前半は合ってるんだが・・・か弱い女の子ってのはデバイスの事か? ありゃ同意の上・・・」
おかしい。何かがズレている。
もしや、自分は大変な思い違いをしているのではないか?
そういえばさっき、白衣の男が何か言っていたような───
『───君は自分という存在について深く学びたくはないかね』
『私の実験室で素敵な被検体ライフを送る気はないか?』
「・・・・・・そうか。
・・・・・・そうだったのか」
だが、戦場は彼の思索を待ってはくれない。
ファントムペインを構えたヨシノが再び思念を込めた弾丸を発射する。
それが放つ禍々しい気は先の一発とは比べ物にならない。一目見ただけでも、、掠っただけで精神を破壊されるレベルの何かが込められているのが理解できた。
根源的な恐怖を感じた『ガンショップ』はファントムペインへの回避行動にのみ全神経を集中させる。
それ故、「もう1つの攻撃」に対する反応が遅れた。
「「鋏の影」を操る…「影探二式:百花繚乱」!」
「鋏、だとォ!? 野郎、さっき外したのはフェイク───!」
床に落ちた影が膨れ上がり、その中から襲来する大量の炸裂弾。
「クソがッ! 【バレットパレット】、“照明弾”ッ!」
上半身だけを反り返し、鋏の周辺に数発の銃撃を見舞う。
多数の光源により、影の面積は減ったものの、光ある所に影もあり。完全に影を消すには至らない。
既に発射されたいくらかの弾丸が『ガンショップ』の体を撫で、その内の一発が、足に命中する。
「グッ──────!!!!」
脚部に走る激痛。おそらく、これでは走ることもままならないだろう。
それでも、『ガンショップ』の戦意は衰えない。それどころか───
220 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/17(日) 12:24:45
『ガンショップ』は泣いていた。嘆いていた。
彼らの数奇な運命に。彼らの悲しき運命に。
「・・・すまねえ、デバイス。俺様はどうやらとんでもない勘違いをしていたようだな。とんだ大馬鹿野郎だ。
キサラギ・・・って言ったか。ありがとよ。お陰で誤解が解けたぜ。
お前はそっちのメイドさんを救いな。こいつらは───俺様が救う。
【バレットパレット】、“焼夷弾”」
『ガンショップ』の銃口が向いた先は敵ではなく、2つの小戦場の間に位置する床だった。
着弾した焼夷弾は内部の油脂を撒き散らし引火する。
炎は瞬く間に広がり、高熱の壁となって礼拝堂を分断した。
「冷静になって考えてみりゃあ・・・お前らが枢機院を襲う直接的な理由がねえ。どこか遠い国で・・・2人で暮らすってえ手もあったはずだ。
つまりお前らとしても本意じゃねえと、そういう訳だ」
そう、『ガンショップ』はようやく彼らの事情を。
「白衣の旦那の態度を見て、やっとわかったぜ。
───お前の体は今、旦那に囚われ、世にも恐ろしげな実験の対象にされているって事か。
そしてデバイスの体を返す見返りとして提示されたのは枢機院襲撃への協力!
男は愛する者のために死地に赴き、女は愛する者を守るために旧友に刃を向ける・・・
くうっ、泣かせるじゃねえか畜生! ロミオとジュリエットかよ!」
誤解していた。
「俺様は俺様の正義のためにお前らを倒す! だが決してお前らを離れ離れにはしねえとも約束するッ!
聖樹堂にゃにゲブラー爺さんも居るんだ。お前らがあっちでも一緒に居られるように俺様が頭下げとくからよォッ!!!」
『ガンショップ』は1丁の拳銃を投げ捨て、両手でもう1丁を構える。装填された弾丸はただ1発。
「さらば戦友(トモ)よッ! そして強敵(トモ)よッ!
【バレットパレット・コンパウンド】ッ! “マグナム弾&炸裂弾&焼夷弾”───広範囲爆裂弾ッ!」
彼が横を向けば見えたであろう。
何処からか侵入したカラスがファントムペインの直撃を受け、近くのカラス共々泡を吹いて絶命しているのを。
彼が振り向けば見えたであろう。
遥か後方に着弾したもう一発のファントムペインの弾丸が、暴発する瞬間を。
漏れ出た大量の思念が蒼い霞となってとぐろを巻いているのを。
それらが雪崩のように広がっていく所を───!
221 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/19(火) 23:12:45
――「我来たりぬ」豪腕の怒鳴り声に、次元は震えた。 ――始まりの書
Rの身体から放射あるいは漏出され続けている莫大な魔力は、彼女がそうと意識せぬままに魂を震わす叫びとなっていた。
とはいえその遠く響く呼び声も、既にそこかしこで始まっている戦闘の当事者たちには自らの邪気に阻まれて聞き取ることは難しいだろう。
どこか戦場の喧騒から取り残されたような雰囲気すら漂う大霊堂の中を、彼女はただ待っていた。
自身の超自然的な知覚能力をもってこの戦場を値踏みする目的もあるが、もうひとつ待つ理由があった。それは――
「ここが異様な邪気の源か!」
「我らが聖地たる聖樹堂に侵入しようとはなんと冒涜的な輩!」
「手始めにまずはお前から……『理解』様!?」
「確かにそうとしか見えないけど、あの方は異国の地で殉教なされたはず……!! それに、この禍々しい邪気はなに!?」
Rの現れた直後からこちらへ向かっていた四つの反応、すなわち四人の敵をまず最初の戦闘対象と定めたからだ。
そのカルテットはみな判で押したように同じドレスと鎧の合いの子のような扇情的な服装をした女性、というより少女たちで、驚きの目でRを見つつも臨戦の気迫を放っている。
「ほう、この身体を使用していた人間と知己であったのか。ならばお前たちの感情を高めるために伝えておかねばなるまい。
その人間は私と戦闘し、精神の死亡あるいは消滅に至った。そして今や仇たる私がこの身体を占有している、とな。」
「何だと……! 『理解』のエロヒム様の仇が、お前であるというのか!!」
「しかもその聖なる亡骸を奪い取って辱めるなど、百度裁きの業火に焼かれても足りぬ業罪です!」
「もはや聖戦の完遂に一片の躊躇もなし! あなたの死をもって贖いとしなさい!」
「忌むべき異郷の未開地より出でし悪魔よ! われら『クァドラプル』がお前に裁きを下す!!」
Rの挑発じみた言葉は、狙い通りに『クァドラプル』に火をつけたようだ。
四人組が突如として散開し、事の経過をほんの少しの興味を持って見守るRを瞬く間に取り囲んだ。
――聖なる怒りの火ほど熱く燃えるものはほかにない。
「動かないのは余裕のつもりか!? それは命取りの慢心だと教えてやる!」
言うや、『クァドラプル』の四人の間を、Rを閉じ込めるように光とも電気ともつかぬ輝きが走る。
「われら『クァドラプル』は、聖なる三位一体(トリニティ)からさらに一歩を踏み出した者たち!」
その輝きの中は神秘的な力場に覆われ、エロヒムの姿をした怪物はもはや手足も満足に動かない。
「すなわち、神の無限へと続く果てしなき道のりの最初の一石なのです!」
結界の強度は、概算ではあるが彼女たち一人一人で術を行った場合の十六倍以上に達しているだろう。信仰による団結力の強さを物語る実例と言えるかもしれない。
「この『スクウェア・ヴォイド』の縛鎖の中で、己が罪を悔いるがいい!」
『創造主』の信奉者たちが勝利の叫びを挙げる中、今や沈黙したRの腕がほんの少し、痙攣でもするかのように動いた。
それで終わりだった。
222 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/19(火) 23:16:21
Just a little time ago in a galaxy far,far away...
(ほんの少し前、はるか銀河の彼方で……)
とある銀河の中心近くにある、円環世界(リングワールド)・ファウンデーション(百科辞典財団)・永遠(エタニティ)等とさまざまに呼ばれる組織、銀河連邦。
その一角に存在する宇宙軍、いわゆるスペース・パトロールの司令部に、緊迫した面持ちの伝令から通信が入った。
「エイブ指令! 宇宙開拓・探検協会の未開地監視部外宇宙観測班から緊急の報告を預かりました!」
よほどの大事らしく、司令官との通信だというのに息は上がっており衣服にも汚れが見える。
エイブと呼ばれた人物はその様子からただならぬ雰囲気を感じ取ったらしく、顔の造形が平面的・戯画的なことを除けばほぼ地球人と変わらない姿をモニタに向けた。
「緊急報告だと? 数百年前の伝承族との戦い以来、あまり耳にする機会がなくなっていた言葉だな。」
「はっ! もっとも、今すぐあの時のような危急の状況にはならないと思いますが、不吉な符号が見られるので万一のため、ということです。」
そう言う伝令の表情は厳しく、知らずエイブの顔にも緊張が浮かんでいた。
「……覚悟はできた。聞かせてくれたまえ。
できれば君や開拓協会の連中の思い過ごしであることを願うよ。」
「私もそう願います。その報告というのが……
『暗黒の星』(タマスターラー)が動いた、それも……彼らの推測によれば、あれは巨大なエネルギー生命体だった、というのです!!」
「……なんだと!?」
銀河連邦宇宙軍司令部を押し包んだ沈黙を破ったのは、指令官エイブのそんな言葉だった。
「こう言っては何だが、とても信じられん。『暗黒の星』が生きていた、だと!?
まるで三流の冒険小説か何かのようだ!」
「私自身そう思いますが、開拓協会の観測部が出したデータを見ますとそうとしか考えられません。」
答える伝令の顔には、隠しきれない恐怖の色があった。
「『タマスターラー』……銀河連邦発足以前の古い方言で、『暗黒の星』を意味する言葉……。
およそ六億光年にもわたる広大な宇宙の超空洞(ボイド)の一つに発見された、光も無く、重力も無く、超精神波のみを放射する『宇宙最後の謎』の一つ……。」
「それが突如として変動し、空震を伴って消失した、とのことです。」
エイブもまた、深い困惑の只中にあった。
「……だが、それだけでは大衆の耳目を喜ばしめる怪奇現象に過ぎまい。
伝承族戦争以来絶えてなかった緊急報告を行わせるほどの何かがあるのだろう?」
「はっ……ここから先は、探検教会と重犯罪セクション、および私の推測になりますが……」
伝令はそこで言葉を切り、しばしの、しかし耐えがたい沈黙の後、口を開いた。
「リプミラ座第四星第三惑星(※)において、恐るべき陰謀が行われているのではないか、ということです。」 (※)地球のこと。
「どういうことだ!? なぜ重犯罪セクションなどが『暗黒の星』に関わってくるのだ!?
それにリプミラ座第四星第三惑星だと!? あそこは陰謀どころか文明すら存在しない不毛地帯のはずだ!」
会議に使うため広く作られている司令室に、エイブの声が響き渡った。
窓から差し込む繁華街人工衛星のネオン光が、司令官の顔を様々な色に染めている。
「……困惑されるのも無理はありません。私も、最初にこの話を聞かされたときには耳を疑いましたから。
順を追って説明しましょう。事の発端はWissです。」
「Wiss? あの『生ける青写真』Wiss、『禁忌の大図書館』Wissか!?」
地球人のために説明しておくと、彼女の知識の中には多くの『禁止兵器』のデータが含まれており、悪用の可能性を恐れた銀河連邦によって生死不問の指名手配を受けている。
予断ながらその小型女性という外見から市民の間ではアウトローとしてかなりの人気があり、彼女を主人公とした物語も多く作られているそうである。……閑話休題。
「はい。銀河連邦警察部重犯罪セクションの調査によって、リプ4-3に彼女が潜伏していることがほぼ確実になったとのことです。」
「信じられんな……。いや、信じられないことこそが信じる理由足り得るか。
あの惑星、否、あの星系に注目したものは銀河連邦の知る限りいない。それは星の数ほども存在する生命が生まれなかった星系の一つだからだと今まで何の疑問も持たず思っていたが……。」
「Wissの今までの行動をわかる限りで追ってみると、彼女が本能レベルで知識とそれを持つ文明を求めていることは明らかです。
また、開拓協会にリプ4の精査を依頼したところ、非常に高度な魔力遮蔽と思われるものが発見されたそうです。」
エイブがほんの少し、何かしらを求めるように自らのいる司令室を見渡した。
危機感と、ほんの少しの落胆を浮かべて言う。
「魔力遮蔽を行わなくてはならないような連中が、Wissを迎え入れた……。となれば、何を考えているのかは自明だろう。
それは確かに大問題だ。……だが、それと『暗黒の星』がどう関係するというのだ……!?」
いまやエイブ指令の声には、はっきりと恐怖が聞いて取れた。
「もうお分かりでしょう。……『タマスターラー』のものと一致する超精神波が、リプ4-3から観測されました。」
今度の沈黙は、先ほどよりももっと長く,そして絶望的だった。
エイブも伝令も、長い時間石化したように押し黙っていたが、再びエイブが沈黙を破る。
「……やむを得まい。」
「えっ?」
「休む間もなくですまんが、お前にまた伝令の役目を果たしてもらおう。」
「はっ! もとより私はそのために銀河連邦スペース・パトロールにいるのですから!」
「……では、……織田宇宙軍に伝えてくれ。
……リプ4-3の陰謀を暴け、…………手段は選ばない、と。」
伝令の顔が凍りついた。エイブもまた、大いなる苦悩の只中にあった。
223 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/19(火) 23:17:36
――主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、
これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。
しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった。
アブラハムは朝早く起き、さきに主の前に立った所に行って、
ソドムとゴモラの方、および低地の全面をながめると、その地の煙が、かまどの煙のように立ちのぼっていた ――旧約聖書・創世記第19章24-28節
「……以前、ある人間がこう言っていた。」
火山を思わせる不快な刺激臭が漂う霊堂の中に、虚ろな声のみが響きわたる。
それを聞くものはなく、言葉は空しく反響して消えていった。
「『弱者たちを踏みつけにするならば、かの者たちはおまえの足を傷つけ、這う以外に動けなくするだろう。』という言葉を、今も覚えている。」
『クァドラプル』たちの闖入によって開け放たれた扉から風が吹き込み、四つの灰の塊のようなものを吹き散らしていく。
「その言葉が正しいとするならば……お前たちは弱者ですらない。」
誰に言うでもなく言葉を放ち、Rは霊堂から去った。
後には風と、虚無のみが残った。
――眼をのぞきこんでも何も映っていなかった。あまりに虚ろな魂が、光さえのみ込んでしまうのだ。
224 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/21(木) 19:17:22
「・・・これは、問題なさそうだな」
「なんつーパワフルロリだよ・・・。いいのか? 放っといて」
「大丈夫さ。彼女もかなりの手練れだし、何より勝算があるからこそああまで言ったんだろう」
後ろから聞こえる『隠者』と『皇帝』の話声
ピアノはそれを振り返る事無く、眼前で未だ動かない『アトランダム』を見据えながらそれを小耳に聞いていた。
(勝算…か、ぶっちゃけそんなもんないのよね)
不幸にも、ピアノは領域系能力者との戦闘経験が浅い
それには、対領域能力に秀でた同僚が近くにいるせいもある。
『調律眼』を持つオルガンである。
いかに空間を自らの好きなように変更しても、その変更された音程(リズム)を調律されては無意味だから
オルガンの能力は、実質的に領域支配系に対する対能力(アンチスキル)なのである。
(けど…こいつの能力は大体掴めてる
サイコロを振り、その出た目によって状況を決定する能力。
鷹逸郎はTRPGって言ってたわね…まあ、いい感じの例えね)
と、むくり、と今まで襤褸切れのように動かなかった『アトランダム』が起き上がる。
「うぅーむ…痛かったなあ」
わざとらしい声を上げる『アトランダム』の脇には、1と2…計3
「おやおや…プククッ、本当に俺は運がいい…」
ひょいとそれを拾い上げ、『アトランダム』は気色悪い笑い声を上げる
先程の攻撃が"ファンブル"となった そういう事だろう
「…うぜぇ 死ねばいいのに」
「くははは…こりゃ随分と恐いお嬢さんがきたねえ。
うん、そういえばさっきギャンブルが得意とか言ってたね
どうだい?ひとつ、賭けごとをしないかい?」
そう言って『アトランダム』は再度ダイスを振る。出た目は4と4
「…っけ」
ニヤニヤと笑う『アトランダム』の前に、ピアノは座りこむ。
逃げる事は出来ない、この一帯は彼の支配下なのだから
「ルールは単純、より出目の大きい方が勝ちさ、ただし、F値ではどんな状況でも負け、C値ではその逆
…うーん、これじゃ単純だねえ よし、ぞろ目を出した場合は強制負けとしよう、ただしF値C値のほうが優位性は高いからね」
つまり、先程『アトランダム』が出した44はクリティカルなので勝利という事
逆に66では最高値だが強制敗北という事だ。実質的な最高値は、11、最低値は3になる。
どことなく、アジア圏で愛される「大小」というギャンブルに近い
「さて…賭け金はどうしようかねえ、ククッ、まあもう決まってるんだけどね」
チャリチャリとサイコロを鳴らしながら、『アトランダム』はうすら笑いを浮かべる。
その目線の先にあるのは、『隠者』『皇帝』それを含むアルカナの面々―――そして鷹逸郎。
「…仲間を、賭けるってわけね」
「理解が早くて助かるよ もちろん、俺が負ければこっちの戦力も減る…
ていのいい"チップ"だと思わないかい?」
225 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/21(木) 19:18:30
「さて、じゃあ早速"開場"だ。
まずは先行後攻を決めなくちゃね」
『アトランダム』がピアノにサイコロを二つ、投げて寄こす。
ピアノはそれを目を細めて少しだけ見つめ、床へと放った。『アトランダム』もそれに続く
「…7」
「10だ…ククッ、俺が先行」
嬉々とした表情の『アトランダム』
対するピアノは冷めた表情でサイコロを見つめる。
「さあて…ロールだ」
カラン、と硬い床に再度サイコロが落ちる、しばらく転がったそれは、4と5の目を出して止まる。
「うーん…惜しいなあ、クククッ
さあ、どうぞ」
「………」
ピアノはサイコロを握り締め、目を閉じている。『アトランダム』はそれを見て少し怪訝そうな顔をするが
すぐに彼女がサイコロを投げたのと、サイコロは何の変哲もない、間違いなく自分が渡したものである事を見届けるとにたりと笑う。
小さく転がったサイコロが出した目は
「5と6、私の勝ちよ」
「…!」
ぞろ目は敗北、だとすると4、5の目に勝つのは5、6…最高値しかない、しかしピアノは、さも当然のようにそれを弾きだした。
『アトランダム』は驚愕した様子で、それを見つめ、細い目でピアノを睨みつける。
「何か問題でも?言ったでしょ、ギャンブルは、得意だって」
「ふ、ふふふ…くはははは、なるほどね
いいだろう、この『アトランダム』の強運、本当の力を見せてあげるよ」
「その前に、賭け金を貰うわよ」
ちら、と狂信者に囲まれつつある鷹逸郎を見やる。
途端、今まで別の場所で戦っていた『剣』の面々が、弾かれるように狂信者どもを跳ねのけた。
「…随分と、あの男が大事みたいだねえ」
「恋人の遺志でね、護る必要があるのよ」
振り向き直った時、ピアノの目に映ったのは、サイコロを落とすように振る『アトランダム』の姿。
落ちたサイコロは、まるで吸い込まれるように1と2の目を出す。
「ファンブルッッ!!!」
それを見ずして、『アトランダム』は叫んだ。まるで最初からその目が出る事が分かっていたかのように
途端、鷹逸郎の周囲の状況が、一変した。
226 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/21(木) 19:18:45
「…く!」
これだけ離れていても肌を焼きそうなほどの熱波
炎の中に、障壁によってそれを必死に防ぐ鷹逸郎の姿がかすかに見える。
「…博打会は破綻って事ね」
「やっぱり俺はこっちの方が性分に合っているからね
ギャンブルはすぐ飽きる」
相変わらず座ったままの『アトランダム』はぽんぽんとサイコロをお手玉のように回している。
「さあて皆、彼を、救世主(メシア)を連れて行こうか―――神の御許へ」
ざぁ…っと『剣』によって退けられていた狂信者達が再度鷹逸郎を取り囲む
口々に「救世主(メシア)」「救世主(メシア)」と呟く彼らは、まるで心の無い人形のようにも見え、ピアノはわずかに戦慄した。
「…いいのかい?『大事な人』が連れて行かれてしまうよ?クハハハッ
サイコロを投げれば…もしかすると止められるかもしれないねえ…」
「……っ」
あからさまな誘導、狂信者程度、ピアノならば蹴散らすのも容易いだろう。鷹逸郎を拾って、一時的にここから撤退するのも簡単にできる。
だが、アトランダムはいやらしく笑っていた。自分の足元に落としたサイコロ、その5と3の目を見ながら。
「………」
もう、彼の提案から逃げる事は出来ない
ピアノは自分に言い聞かせる
大丈夫だ、イカサマの原因は取り除いた。
最初に目をつぶって握り締めていた時、サイコロの中にある"おもり"は抜き取った。
もうこれで、このサイコロの出る目は完全ランダムのはずだ。
自慢ではないが、運はそこそこいいほうだと思っている。
3が出なければいいだけの話
なのに
何なのだろう、この不安感は
サイコロが、振られる。
227 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/07/21(木) 19:19:01
人の消えた秋葉原。
あの惨劇の傷跡が未だアスファルトに染みをつくり、警察と世界政府の部隊とがもめあっている
そんな地上に響く喧騒を他所に、電気店のビルの屋上は静かに風だけが吹いていた。
「………」
彼女は、夕凪に化学繊維で出来た黒髪を揺らしながら、ひっそりと佇む。
日本はもう夕暮れだ。宇宙(ソラ)を見上げ、そこに浮かぶ幾らかの星と、薄い円弧となった月を見上げる。
「『タマスターラー』」
呟く言葉は、地球のものではない
どこか、遠くの…計り知れないほど遠くの言語
「…いつかは行きたいとは思っていたけど
まさか…向こうから来るなんてね
ただ、姿を眩ませられる星だと思ってたけど…かなりの訳あり、か」
ふっと視線を下げ、眼下に映る地上―――それなりの文明が広がっている世界を眺める。
「未開の地かと思っていたら、これだけの『文明』が成り立っていて
聞いた事すらない不思議な能力『邪気眼』があって
そして……『暗黒の星』がきて
ここは本当に面白い星、今回は運が良かったなあ…」
その、レンズと素子でできた電子的な瞳に映るのは、純粋な"好奇心"
知りたい、という欲求。
「ピアノからいくらか情報は貰ったけど…やっぱり実地調査が無いとね♪」
Wissはひょいと立ち上がると、自らの欲を満たす為に立ち上がる。
食事も睡眠も必要としない彼女にとって、"知識"は自らを満たしてくれる唯一の欲望だった。
それ故に、彼女は危険だったのだ。
228 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/03(水) 02:38:34
>「鋏の影」を操る…「影探二式:百花繚乱」!
白衣が放った影による斬撃は何故かヨシノのほうまでとんできた。
何故かじゃない。自明の理だ。
「うわああああああ根に持ってるぞあいつううううう!もう限界だ!土下座するねッ!」
《早いよ音を上げるの!》
>「クソがッ! 【バレットパレット】、“照明弾”ッ!」
ガンショップが照明弾で一帯を照らし、殺傷力のある影を減衰させる。
細切れにされる一歩手前まで追い込まれていたヨシノは命からがら命を拾った。
(助けられた……!?)
焼夷弾により戦場が分断され、実質的に白衣とヨシノでガンショップを挟み撃ちするかたちになる。
ガンショップ本人がそれを望んだ。根底にあるのは絶対の勝算か、己への過信か。それとも――
>「冷静になって考えてみりゃあ・・・お前らが枢機院を襲う直接的な理由がねえ。
どこか遠い国で・・・2人で暮らすってえ手もあったはずだ。つまりお前らとしても本意じゃねえと、そういう訳だ」
訥々と垂れられる推量に、ヨシノは密かに舌を巻いた。
この男、馬鹿のようでよく人を見ている。状況の中核をなす情報を得ぬまま、二三度刃を交えた相手をここまで分析するとは。
《そうかなあ……?ガンショップって、脊髄でものを考えてそうな顔してるよ?》
(君は本当にこの男に対してだけは歯に衣を着せないな……)
《えっ、いやいや、お兄ちゃんやシスターさんに対しても結構辛辣なこと言ったと思うけど》
(っふ、我々にとってはあの程度の誹りなど朝晩の挨拶程度に過ぎんよ)
《誇らしげだーーっ! それって、ボクがまだ突っ込み入れてない暗黒の領域が残ってるってことでしょ!?》
(おっと、ここから先はソフ倫規制だ)
《映像作品なんだ……》
閑話休題。今はガンショップの話だ。
やがて彼は、真実を見据える曇りなきまなこを以て核心を指摘した。
(ただの馬鹿かそれを装う切れ者か……見極めさせてもらうッ!)
>「───お前の体は今、旦那に囚われ、世にも恐ろしげな実験の対象にされているって事か。
そしてデバイスの体を返す見返りとして提示されたのは枢機院襲撃への協力!
男は愛する者のために死地に赴き、女は愛する者を守るために旧友に刃を向ける・・・
くうっ、泣かせるじゃねえか畜生! ロミオとジュリエットかよ!」
《馬鹿のほうだったーっ! なんでそこまで気付いてて最後の結論を斜め上に捻っちゃうの!?馬鹿なの!?大喜利なの!?》
>「俺様は俺様の正義のためにお前らを倒す! だが決してお前らを離れ離れにはしねえとも約束するッ!
聖樹堂にゃにゲブラー爺さんも居るんだ。お前らがあっちでも一緒に居られるように俺様が頭下げとくからよォッ!!!」
《話を聞けええええええええええっ!!》
>「さらば戦友(トモ)よッ! そして強敵(トモ)よッ!
【バレットパレット・コンパウンド】ッ! “マグナム弾&炸裂弾&焼夷弾”───広範囲爆裂弾ッ!」
「こいつは……ヤバいっ! 『倒錯眼』!!」
右眼に手を当てて逡巡。どうする。どう逃げればいい。
これまであの男が使ってきた強力無比の弾丸が一度に発揮されるとなれば、その威力は必殺が必定。
(戦場を分断したのはこれが目的か――!)
逃げ場がない。もとよりそう広くない部屋だ。半分に分かたれた状態では、確実に足のつく範囲の全てが焼き尽くされる!
仮に炎の及ばない場所を発見しそこに逃げ込んだところで、それは確実に誘導さろう。今度こそ狙い撃たれて詰みだ。
(だったら――)
逃げ場がないなら。
逃げない。
袖から一瞬で滑り落としたのは、生協で売っている大学謹製ボールペン。
「――空白を埋めろ!」
邪気眼が発動し、自分とガンショップとの『彼我という空白』をペンが埋める。結果、生まれるのは刹那による肉迫。
ヨシノは、ガンショップの胸先三寸の位置にいた。
広域殲滅攻撃における唯一の安全地帯とはすなわち敵の懐。この類の攻撃は、何よりも自分の安全を前提とする。
「あんたは良い奴だ。そんなふうに真っ直ぐに他人を想える奴がこの世にこうして居るのなら、世界はまだまだ大丈夫だって思うよ。
だがッ!あえて言おう、その必要はない!――今も昔も駆け落ちの資格は自身で勝ち取るものなのだから!!」
そのままファントムペインを構え、ありったけの思念を装填する。
込めるのは苦しみではなく、痛みでもなく、過去のトラウマや黒歴史でもない。
「正義で愛が語れるかぁぁぁぁぁ!」
――たった一つの、幸せな未来を!
《捏造ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?》
奇しくも暴発したガチムチ妹のアレと挟み撃ちになる形で、幸福の弾丸を至近距離からガンショップへぶち込んだ。
229 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/10(水) 18:36:09
>「クソがッ! 【バレットパレット】、“照明弾”ッ!」
(「ガンショップ」はそう叫ぶと、迷うことなく銃弾を叩きつける)
(辺り一帯に光を炸裂させ、影を消滅させ弾丸の発生そのものを無かった事とした)
(そしてその対応の仕方に、アリス=シェイドは敵ながら感心する)
ほう…よく見ているじゃないか。確かに我が影探眼は影ありきの力。影さえ消滅すれば、いかに熾烈でも即座に無効化する。
まあ、合格点をやろう。「ガンショップ」…と言ったか。君はなかなか楽しませてくれそうだな?
>「冷静になって考えてみりゃあ…お前らが枢機院を襲う直接的な理由がねえ。
どこか遠い国で…2人で暮らすってえ手もあったはずだ。つまりお前らとしても本意じゃねえと、そういう訳だ」
(熾烈な戦闘は尚も続く──と思いきや、「ガンショップ」はどこか遠い目をして、ヨシノと「デバイス」を取り巻く背景について推測を巡らせている)
(そのため、その辺の事情に明るくないシェイドは、少しばかり置いてけぼりになっていた)
おや…来ないのかね?
三対一の必然的劣勢の中、相手の事を気に掛ける余裕があるとは…これも元同僚を憂う気持ちがあってこそ、と言う事か。
…まあ、今宵の私は少しばかり空気が読める。今の所は、手持無沙汰を堪能させてもらおうか。
(言いながら、シェイドは「ガンショップ」の放つ電波チックな誤解に耳を傾けた)
>「───お前の体は今、旦那に囚われ、世にも恐ろしげな実験の対象にされているって事か。
そしてデバイスの体を返す見返りとして提示されたのは枢機院襲撃への協力!
男は愛する者のために死地に赴き、女は愛する者を守るために旧友に刃を向ける・・・
くうっ、泣かせるじゃねえか畜生! ロミオとジュリエットかよ!」
…ん?
(はた、とシェイドの手が止まる)
……おい待て、また私が悪役扱いか?一度ゆっくり聞きたかったんだが、君達は一体私の何処をみてそんな仮定を考えたんだ?
よく見ろ、私の姿を。親しみやすい研究者そのものだろうが。
今期はimage changeさえ行って対立を減らそうと励んでいると言うのに…ふう、やれやれ。世間の目はかくも非情なものかね…。
(誤解される理由など、言うまでもなくその性根と外見であるのだが……骨の髄まで黒く染まったこの男に、そんな事が分かるはずもなかった)
230 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/10(水) 18:36:45
>「さらば戦友(トモ)よッ! そして強敵(トモ)よッ!
【バレットパレット・コンパウンド】ッ! “マグナム弾&炸裂弾&焼夷弾”───広範囲爆裂弾ッ!」
おっと…いよいよ来たか。
不本意な私の扱いについてはさておいて、先ずはこの状況を凌がなくてはな…!
さて「焼夷弾」──言ってしまえば、こいつは非常にやっかいだ。地表を灯りで埋め尽くし、影の存在を希薄化させてしまう。
…ふむ、影をも焼き尽くす灼熱の光…か。私に対して言えば、確かに最善の策とも言えるかもしれないな。
…だが、まだ甘いのだよ。
(シェイドはニヤリと呟くと、マグナム弾が飛来するよりも早く靴底を地面へ叩き付ける)
(途端に靴裏が爆ぜ、二重底の二段目に仕込んだ遁走用術式が始動した)
風よ、我が身に宿れっ!
(シェイドは靴に風の力を宿し、刹那、中央に飾られた大十字架よりも高く跳躍した)
確かに、強烈な炎は地表から影を消すだろう。だが影を完全に消し去る事は容易ではない…。
面さえあれば、影とはどこにも現れるものなのだよ。
(そう言いながら空中で白衣を脱ぎ、焼夷弾から身を覆い隠すように広げる)
(地上で盛る焼夷弾の炎──その明かりとシェイドの翳した白衣により、天井の一部に「影」が発生した)
そして私は影使い。こういう真似もまた、お家芸だ。
(ジャンプの勢いで天井に足を付け、その刹那、創り出した白衣の影と自分の足を同化させる)
(天井に張り付いたの男の姿は、さながら蝙蝠のようにも見えた)
さて、それでは行かせてもらおうか…!
(聖なるものの象徴として名高い大聖堂。その天井を、黒き影が疾駆する)
(片方の手に影を、もう片方の手には、光からその身を隠す邪に白い探究衣(はくい)を掲げて)
(そして、弾幕と爆炎の渦中──「ガンショップ」の元へ辿り着く)
(前でもなく後ろでもなく真上から、研究者は陰惨な笑みを浮かべて一息に飛びかかった)
「ガンショップ」!能力(ちから)は応用性の利くなかなか興味深いものだったな!
君の才能は、全てこの私が引き継ごう!だから今は…ゆっくりと眠るといいさ!
(奇しくもヨシノの「ファントムペイン」が火を噴いたその直後──「ガンショップ」の元へ、数十丁の鋭利な鋏が雨嵐と降りかかった)
231 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/10(水) 20:48:36
あの言葉を聞いた時、身体が硬直し、悪寒が駆け巡り、鳥肌が立った。
まさに本能が拒絶する感覚だな。身の毛も弥立つ、『世界の選択』という響き。
メシアとは、この世界を救済する創造主の器。
世界の選択、つまり代行者ではなく、創造主に身体を明け渡して執行者になる人のこと。
それが、鷹逸さん。要約するとこんな感じかな。
『救済』のために創造主には器が要るってことだろうか。
そのために、あいつらの目的は聖樹堂への侵攻阻止から鷹逸さんの拉致に切り替わった。
鷹逸さんのことを知らなかったのは、彼が世界の選択だったからだろう。
知識と事実がズレていたのは、きっと鷹逸さんがそこに関わっていたからだ。
この人は危険だ。でも手放すこともできない。一体どうしたら………。
――――――簡単だ。考えるまでもなかったね。
鷹逸さんは抗ってる。それなら、見捨てるなんてできないじゃないか!!
「『トサカにきた』かぁ、あはは!上手いこと言うねぇ!でもまぁ、現時点ではこっちに注意を引ければ十分だよ。
僕はちょっと準備するから、そのあいだ色々よろしく!(流麗微笑
聖書の断片よ、今こそ、我が呼び声に答えよ!『技術革命』!!」
技術革命の制限時間は3分。『ポエム』を使うのは久し振りだけど、うまくやれるかな。
かつて世界を股に掛ける死の商人達がつくりあげたという戦闘技術。言葉によって、邪気を増幅させるもの。
ポエムはただ使うだけ。革命するのは、その発声術!
「虚言空想欺瞞の蝙蝠。獣で在りて鳥で或る。語るは二律。示すは背反。映し鏡の二枚舌。
舌の剣は命絶つ。巡り廻れる其の業すらも、更なる嘘の環に舞わす。廻れ、舌三寸の二重螺旋。
『二重詠唱』!!」
「互い結して交わらぬ、 鎖絡まる木霊の糸。 」「 空転し虞無き狂い歯車と成れ。 」「 廻せ 廻せ 廻せ 廻せ 廻せ 廻せ 廻せ 廻す! 」
「違い決して交わらぬ、腐り絡まる言霊の意図。」「空転し畏れ泣き狂い歯車と為れ。」「舞わせ舞わせ舞わせ舞わせ舞わせ舞わせ舞わせ舞わす!」
「我こそ言を征す者。『四重詠唱』!スペルマスター!!」「我こそ事を制す者。『四重詠唱』!絶対言語支配者!!」
232 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/10(水) 20:50:29
朱雀が攻撃してきたけど、隠者が上手く機転を利かせてくれた。
多重詠唱中に他のことはできないから助かった。仲間がいるって、本当に心強いな。
さて、これで約1分ってところかな。あと2分、ここから先は一応隠しておこう。
「ゴン ウンタル ウンドルンウンドルンウングラフウル ウルメドドンファムウルゲル」
「闇よ。」「全てを包み込む暗き夜の王よ。更なる暗黒を与えよう。」「我が元に集いて、この口元を隠し賜え。」
「ガルウンドンヴェドルングラフファムファム ゲドウンギサナーハスグラフドン ギサメド ナーハスゴンガルグラフ ギサナーハスグラフ タルゴン タルメドヴァウギサナーハス」
「風よ。」「自由を司る妖精の主よ。美しきその姿に歌を捧げよう。」「我が元来たりて、嵐に声を閉じ込め賜え。」
1人の人間がブラフを混ぜながら全く同時に4つの声を出せば、それを聞き分け理解することはまず不可能だ。
でも、この場に居る人達は常識が通じる相手じゃない。用心して掛からないと。
「ヴァウゴンドルンガル ヴァウゴンメドゴングラフドルンギサ ギサメド ドルンメドギサ ガルゴンファムファムゴンマルスウンギサグラフ タルゴンヴァウメドゴンヴェグラフ」
「土よ。」「星を守りし大いなる力の権化よ。孤独な揺り籠は我が揺らそう。」「我に寄り添い、この響きを受け止め賜え。」
「ファムウンギサ ウンドルンゲドグラフドン ギサメド グラフドンウンファムグラフ タルゴン ドングラフヴァウグラフドンペグラフドンウンギサゴンメドドルン」
「タルウンヴェゴンヴェメドドルンガルグラフ ゲドメドタルドルンドルングラフ ファムヴァウセフウンヴェヴァウ」「ゲドウンタルウンドルンファムナーハスゴンギサグラフドルングラフ」
残り1分。重要なワードは使ってない。これで混乱は防げる筈だ。
『始まりの言葉』。人間だけが失った、同じ言葉。
動物、植物、昆虫、風、雲、海、大地、炎。人々を除くすべてのものと、声の届く限り話すことができる、いわば『神の言葉』。
この存在を知った僕は、プレートを探した。人間が永遠に失った言葉は、人間が発音することすらも不可能だから。
人間を超えるしかない。そして手に入れた『革命の章』。代償はあったけど、その力であらゆるものを味方に付けた。
そして話せるようになるこの3分間だけ、彼らの力を借りることができる。
他の誰かと協力することで、絶大な力を発揮するプレート。それがこのレボリューション(革命の章)!
「 」「 」「 」
「 」「 」「 」
「 」「 」「 」
「 」「 」「 」
僕は力を借りるだけ。操られていたら、声は届かない。けけけば。」
233 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/10(水) 20:52:44
訂正:僕は力を借りるだけ。操られていたら、声は届かない。
朱雀、あなたはアトランダムのルールに支配されているから、僕の声には答えられないんだよね。
隠者が朱雀に隙を作ってくれた。もたついては居られない、こうするしかないんだ。許してくれ。
風を背中に、雷光を剣に、水を身体に纏って、あとは、せめて苦しまないように―――――。
『革命の輪舞』
「 」
――――――――ただ一瞬で気絶させるだけ。
「ふぅ、タイムアップだね(キリッ
朱雀の8つの急所を衝いたから、もう数日意識は戻らないよ。
ありがとう隠者!キミの助けが無かったら、朱雀を倒すまでに相当消耗させられていたよ。」
「おいお前らあまりにもひきょう過ぎるでしょう?
活躍の場を奪っておきながらヒキョウ技でとてつよ倒して俺はサイコロ出しただけってマジでかなぐり捨てンぞ?
俺にも一撃を入れさせろ」
「卑怯って、キミは失礼なことを言うやつだなぁ!
いいかい?頭脳っていうのは時に何よりも優秀な武器になるんだよ。人間は腕力を捨ててまで知力を―――」
「お前はばかすぐる。頭脳が武器になるわけないクイズでもやってるのかよ。
って……あれ…おい、お前…その腹一体…。」
「ん?何だよ、僕のお腹がどうしたって ―――っぐ…!?え、ぁ…は…っ…痛……。」
な、なんで僕……お腹に…槍…刺さって………。
「救世主(メシア)」「救世主(メシア)を助けよ」「救おう」「豚」「豚ども」「囚われた救世主(メシア)」「助けねば」
「異教」「救世主(メシア)は救いなされる」「神」「助けねば」「参られよ」「選択だ」「異教徒」「器」
バカな、こいつら!
「う、後ろから…他のアルカナにやられた信者が起き上がってる…。こいつ下半身がないのに、なんて執念なんだ…っ!
まずい……鷹逸さんが…うぐ…っ……。」
最初は集結していた戦力が、攻め込んだために分散してる!
依然連携は取れてるけど、これじゃあ敵の波に飲まれてしまう…。
「我ら、我ららららららが助けねば、救世主(メシア)を、豚共、助け助け助けたすすすすすけて差し上げねばばば。助けて差し上げねば。
救世主(メシア)、わ我らが助らがられれらが助け我ら、助けて、ねば。けけけけけけけけけけけけけけけけけけば。」
234 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/10(水) 20:53:47
オトナの仲間入り、しちゃっていいんでしょうか…。立志式もまだなのに…。
あ、この女の人も笑ってる。やっぱり悪い人じゃないん―――――えっ。
なんか「すこーし」って雰囲気じゃないくらい怒ってるようにみえるんですが、これは気のせいなんでしょうか。
「うわっすごい、なんて筋力だ…床石を捲り上げるなんて…。
女性だから、と思っていたのは謝ります。でもか弱い子扱いって、気にし過ぎだとおもいますよ?」
でも、これできっとこの人の攻撃の理由が切り替わったはず。
誰かが間違った道を進んでいるなら、誰かが連れ戻してあげないと。
勝負に出るのは、あの家政婦さんが反撃に出てくる時。きっとあの床石が倒れると同時に――――
―――早い!倒れる前に出てきた!!
でも、問題ないですね。攻撃してきたなら、ぼくが取るべき行動は変わりません。
「………………………………ぐぅっ!っは…ぁっ!あぐっ!っううううううううああ!!」
痛い、冷たい、それから一拍おいて熱さを感じる。
さっきの熱さの比じゃないくらい、直に感じる熱さ。身体が焼ける感覚。
意識が飛びそう…。でも耐えなきゃ。ちゃんと逃げずにそのまま全部受けきったんだから。
吹っ飛ばされて背中も打っちゃったから、また呼吸が苦しい。
このまま叩き込まれたら、きっと死んじゃいますね、ぼく。
「うっ…ぐ…っ!げっほげほっげほっ!
……お姉さん、ぼく…お姉さんに…1つ言いたいことがあるんです…。」
でも、立ち上がらなきゃ。
せっかくあの人がぼくに注目してるんだ。
「ぼくのことを…げほっごほっ!箱入り息子って言いましたけど…あぐっ…それは…ちょっと違うとおもうんですよ。
親、知りませんから…。どうも産み捨てられちゃったみたいで、えへへ…ぐっ…。当然ですよね、腕光ってますし。
教会のドアの傍に…居たらしいので、その教会で育ちました。と言っても、教会名物的な…感じで…。まぁ…腕光ってますし。
だから…うぐぐ…ちょっと違うと思うんです。なんて言うんでしょうね、ケージ入り息子?」
力が入らない…。
でも、立てるはず。立ってこの人を止めるんだ。戦いを止めて、正しい道に…。
怒ってる人に怒り返すのは間違ってる。怒らせてしまったぼくが悪いんだ。
怒ってるなら、気が済むまで受け入れてみせる!
あれ?足が痛くない。治ってる…?いつつ!足だけだったのか。これもこの腕の力なのかな…。
でも、これなら立てる!
「それでも、教会がぼくの家であったことに変わりは無いんです。
この聖樹堂とは違う場所ですけど、ここで戦って欲しくないんです。
あなた方は、何故こんなことを…。」
235 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/11(木) 20:29:46
「あばよ、お2人さん・・・永久に安らかに」
相手の能力は戦闘型ではない。線の攻撃は回避できても、面攻撃には為す術も無い。
『ガンショップ』は自身の勝利を確信すると同時に、不意に染み出した一抹の罪悪感から逃れるためにシェイドに意識を移した。
「…ふむ、影をも焼き尽くす灼熱の光…か。私に対して言えば、確かに最善の策とも言えるかもしれないな」
「まだ薀蓄たれる余裕があるとは大したもんだな! だがもうここに影はできねえよ。アンタにゃ爺さんのお仕置きフルコースを───」
「…だが、まだ甘いのだよ」
シェイドが靴を打ち付けると同時に甲高い音が響く。
「風よ、我が身に宿れっ!」
礼拝堂を嘗め尽くす爆炎が到達するよりも速く、シェイドの体が上昇し───天井に“立った”。
赤々と燃える焼夷弾の炎が翻った白衣を照らし、天井に「影」を作っていたのだ。
「さて、それでは行かせてもらおうか…!」
眼下の炎熱地獄を悠然と見下ろしながら、ひたひたと死神が近づいてくる。
「クソッ、往生際が悪いぜシンデレラ! パーティはもう終わりなんだよ! 【バレットパレット】ッ!」
『ガンショップ』はすぐさま拳銃を構え直し、上空のシェイドに狙いを定め、引き金を、
引く音が、聞こえた。
「───ありえねえ。一秒そこらで詰められる距離じゃあねえはずだ・・・」
胸に当たるひやりとした銃口。
ファントムペインを構えたヨシノが、そこに居た。
「あんたは良い奴だ。そんなふうに真っ直ぐに他人を想える奴がこの世にこうして居るのなら、世界はまだまだ大丈夫だって思うよ。
だがッ!あえて言おう、その必要はない!――今も昔も駆け落ちの資格は自身で勝ち取るものなのだから!!」
何をしたのか。なぜ無傷なのか。少しでも注意を払っておけば対処できたのかもしれないのに。
かつての仲間と、その親しい男の死に様から目を背けようとしたが故の失態。
「「ガンショップ」!能力(ちから)は応用性の利くなかなか興味深いものだったな!
君の才能は、全てこの私が引き継ごう!だから今は…ゆっくりと眠るといいさ!」
直後に降り注ぐ銀の雨。雨は容赦なく彼を穿ち、地を赤く染める。
『ガンショップ』の腕から力が抜け、拳銃が滑り落ちた。
「感傷で・・・勝ちを逃すたぁな・・・。これじゃあ正義の味方失格だぜ・・・」
「正義で愛が語れるかぁぁぁぁぁ!」
「ハハッ・・・ちげえねえ───」
そして、前後から襲い来るファントムペインの蒼き炎が彼の視界と意識を覆った。
236 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/11(木) 20:31:20
「───ちゃん。───お兄ちゃん」
「・・・ん? あ・・・?」
「お兄ちゃん。起きてよ、朝だよ、遅刻しちゃうよぉ」
「あぁ・・・なんだ、夢だったのか。
あと5分だけ寝かせてくれ・・・兄はさっきまで世界を守ってたんだ」
「ダメだよぉ、そんなこと言っていっつもお寝坊するんだから。
わけかんないこと言ってないで、学校行こ? ほら、早く早くぅ!」
「わかった、わかったから飛び跳ねるなって。下着見えてるぞ」
「お兄ちゃんだったらいいもん」
「はははそれは光栄だな。折角だからもっと見せてくれ」
「・・・お兄ちゃんのエッチ。
で、でも、お兄ちゃんがどうしてもって言うなら・・・いい、よ?」
「え・・・?
い、いいのか・・・? 本当に、いいんだな?」
「・・・・・・うん。だから、お兄ちゃんだけに見せてあげる。
私の──────────『一品』の、筋肉をッッ!!!」
「えっ」
「んぬおおおおおおおおお! スァイド・チェストォオオオオオオオオオオオオオ!!」
ぎ え あ ぁ ぁ ぁ ぁ──────────────! ! ! !
237 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/11(木) 20:34:46
「・・・舞踏会は、これにて御開き・・・結局、来賓にリードされっぱなしだった・・・ぜ・・・」
『ガンショップ』はその精神が崩壊する正に一歩手前で、生き長らえていた。
あるいは、相反するベクトルの思念が彼の内で混合し、互いに中和し合った結果の幸運なのかもしれなかった。
しかし、突き刺さった鋏の傷は深く、いずれは彼を死に至らしめるだろう。
「『創造主』サマのお膝元でトチるとは・・・情けねえ・・・。
調子こき過ぎてバチがあたったのか・・・。いや、情に流されたのが一番の敗因だ、な・・・」
精神的過負荷によりビジー状態に陥っている彼には、もはや異能を発現できるだけの精神力は残されていない。
ただぼんやりとした思考の中で反射的に言葉を紡いでいるだけの状態だった。
「確かに、「情」は尊いものだ・・・。
ある時は敵を倒す剣となり・・・またある時は理不尽に耐えうる鎧となり・・・時には飢えを凌ぐ糧にも・・・なる。
──────だがな」
宙を泳いでいた目線が、ほんの一瞬、ヨシノと交錯する。
「「情」は・・・同時に酒でもある。
その想いが強ければ強いほどに酔いは回り・・・知らぬ間に足は揺らぎ目は霞み思考は鈍る・・・。
だから・・・正義は、情を殺して進まなきゃならねえのさ・・・。
せいぜい毒酒を注がれねえように、気を付け・・・な・・・」
そこまで言うと、『ガンショップ』は直立不動のまま、支えを失った板切れのように倒れ伏した。
<ガンショップ:死亡>
238 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/11(木) 20:36:44
「『ケテル』め・・・! 邪教の輩に敗れたばかりか、我が冥罰からも逃げ果せるとは!! この期に及んで小賢しいわあっ!!」
「・・・・・・・・・・・」
「じゃが・・・儂が手を下さずして彼奴らに堕ち行かれても興が削げたというもの。特別に水に流してやろうではないか・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「それにしても・・・『ケテル』を討ち果たすとは、中々に愉しめそうな輩よ。
幾重にも鍛えられた鋼ほど、砕ける時には心地良い音を立てるからのう・・・。
折角の趣向が無駄にならずに済みそうじゃ・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「くくく・・・そうであろうな。貴様らにとってもこの上なく望ましかろうて・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「彼奴らに・・・否、全ての不届き者達に知らしめるのだ・・・!
常世に在りうるあらゆる苦悶も! 悲痛も! 絶望も! 虚無すらも!!
すべからくより合わせたとて! この『峻厳』には及ばぬのだと!!」
「・・・・・・・・・・・」
「さあ・・・疾く来やれ、邪気眼使いよ。
この儂直々に、煉獄の何たるかを教えてやるわ・・・!
くくく・・・くくくくく・・・・・・!」
239 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/11(木) 20:40:48
『陽炎』により朱雀に発生した一瞬の隙。
『女教皇』は剣を構えるでもなく、ただ、何事かを呟いた。
「 」
「・・・・・・?」
聞こえなかった。
否、確かに『女教皇』が何かを言ったのは理解できたのだが、その内容だけが全く認識できない。
ただ1つ解った事といえば。
「それ」は、指一本動かさずに朱雀を無力化してしまったという事だけだった。
「ふぅ、タイムアップだね(キリッ
朱雀の8つの急所を衝いたから、もう数日意識は戻らないよ。
ありがとう隠者!キミの助けが無かったら、朱雀を倒すまでに相当消耗させられていたよ。」
「・・・実際、僕の助けはあまり必要なかったような気がするけどね。ともあれ、これからも頼りにさせてもらうよ」
タロットのイメージからてっきり戦闘には不向きだと思っていたが、朱雀に手傷を負わせた剣技といい、かなりの実力者のようだ。
(これだけの力があればあの時の戦いでも・・・いや、あるいはこの力を得るために単独行動をしていたのかもしれない。
どっちにしても、頼もしい仲間が増えたのは確かだな)
『女教皇』の力にほんの少しの羨みを覚えながら、『隠者』は戦況を見渡し───
───戦慄する。
「お前はばかすぐる。頭脳が武器になるわけないクイズでもやってるのかよ。
って……あれ…おい、お前…その腹一体…。」
「ん?何だよ、僕のお腹がどうしたって ―――っぐ…!?え、ぁ…は…っ…痛……。」
『女教皇』の腹部を槍が貫く。それを為したのは、大アルカナの攻撃によって死んだはずの、死ななければおかしいはずの。
・・・「胴から下の無い男」。
「『女教皇』ッ!? くっ、往生際の悪い───!」
男を思い切り蹴飛ばして『女教皇』から引き離し、『月詠』を心の臓に突き立てる。
確実に致死の攻撃。
それでも、男は動き続ける。「救世主(メシア)」「救世主(メシア)」とうわ言のように繰り返しながら、ゆっくりと這い寄って来る。
周囲でも同様の光景が繰り広げられていた。倒したはずの兵士達が、生物学的に有り得ない状態で、地獄への道連れを求めて立ち上がる。
神聖などという言葉とは遥かに縁遠い、幽鬼の群れ。
「う、後ろから…他のアルカナにやられた信者が起き上がってる…。こいつ下半身がないのに、なんて執念なんだ…っ!
まずい……鷹逸さんが…うぐ…っ……。」
「クソッ、奴ら、<Y>を見て狂信に火がついたのか・・・! とにかく、優先すべきは『方舟』だ! あそこまで辿り着けば、敵をまとめて放り出す事が───」
240 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/11(木) 20:43:07
「ファンブルッッ!!!」
状況はさらに悪化する。
まるでこれが勝利宣言だとでも言うような嫌らしい笑みを浮かべた『アトランダム』。
その瞬間───朱雀が、目を開けた。
『女教皇』の干渉を受け、微動だにする気配のなかった朱雀が、その火力を更に増大させ、見えない糸に操られるように飛翔する。
巻き起こる青白き火炎嵐。その狙いは『方舟』。朱雀は全ての力を吐き出し終えた後、苦しそうな鳴き声を上げて、墜落した。
<Y>の展開する多重障壁を瞬く間に破りながら破壊の炎が『方舟』へと接近する。
不幸中の幸いか、最後の障壁がかろうじて朱雀の攻撃を相殺した・・・が。
同時に、<Y>の精神にも限界が訪れていた。
「<Y>───ッ!!!
1人で無茶をしてっ! 君が捕まったらそこで終わりなんだぞ!!」
あの時の光景がフラッシュバックする。
<Y>が防がなければ『方舟』は破壊されていた。そう頭ではわかっていても、怒鳴らずにはいられなかった。
今もまた指をくわえて見ていることしかできなかった自分の無力さがもどかしく、そして憎らしかった。
力を使い果たしその場に倒れる<Y>を狂信者達が包囲する。このままでは『剣』が倒れるのも時間の問題だろう。
「…いいのかい?『大事な人』が連れて行かれてしまうよ?クハハハッ
サイコロを投げれば…もしかすると止められるかもしれないねえ…」
『方舟』の直下では『アトランダム』の甘言に応え、ピアノがダイスを投げていた。
それが罠であることは誰の目にも明らかだった。そして、おそらく『アトランダム』がイカサマをしているという事も。
それでもダイスの判定によって「提案に応じるように」運命が操作されている以上、為す術は無い。
『隠者』はただ、呆然とその光景を見つめている事しかできなかった。
「そんな・・・・・・。
僕は・・・また、何もできないまま終わるのか・・・?」
ダイスが、落ちる。運命が、決まる。
何者にも運命に逆らうことなどできはしない。
この遺跡で始まった物語は、この遺跡で終わりを告げる。
そ れ が 世 界 の 選 択 で あ る 。
241 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/11(木) 20:48:21
.
────筈だった。
「嬢ちゃん、跳べッ!!!」
突如としてピアノの足元に出現する転移ゲート。
2つのダイスは地面に着く寸前に吸い込まれるように落ちて行き・・・・・・消えた。
何も、起こらない。
絶えずニヤニヤと笑っていた『アトランダム』の顔が、僅かに引きつる。
「───『”領域”には法則のコアがあって、それを克服したりブチ壊すのが基本的な戦い方になる』・・・だったよな、<Y>。
やっとその意味がわかったぜ。
そもそもサイコロなんざ振らせなきゃいいんだよ。見ろ、見事なカウンターで返した。調子に乗ってるからこうやって痛い目にあう」
「そうか・・・! ダイスは「地面に落ちる」「静止する」どちらか一方でも欠ければ目は確定しない!
しかも、こっちの妨害を防ぐためにはまたダイスを振らなきゃならないから堂々巡り・・・勝てるぞピアノッ!」
奇しくも“世界の選択”である<Y>の一言が、絶望的な戦況に一筋のヒカリを与える。
勝機が見えたとはいえ、事態は予断を許さない。『隠者』は急ぎ『女教皇』に駆け寄り傷口に手を翳す。
「『女教皇』、ここが正念場だ。【奏氣眼】で患部の気を整える。治癒能力は全くないけれど、痛みはマシになる。
クソ・・・こんなことになるなら『教皇』に頭下げてでも回復術式を習っておけば良かったな」
とりあえずの応急処置を終えた後、『隠者』は顔を上げ、今や敵の大半が集結しつつある<Y>の近辺を見やる。
「・・・よし、これで終わりだ。これからどう動くのかは、君に任せるよ。
僕はちょっと───償いをしに行くよ」
そう言うと『隠者』は『女教皇』の返事も待たずして、死と狂気が蠢く狂信者の渦中に飛び込んだ。
「・・・わかっているさ。僕の力じゃ敵を全滅させる事は出来ない。・・・だけど、命を懸ければ、希望を繋ぐことぐらいはできる」
242 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/11(木) 20:53:14
「救世主(メシア)」「救世主(メシア)を助けよ」「救おう」「豚」「豚ども」「囚われた救世主(メシア)」「助けねば」
「異教」「救世主(メシア)は救いなされる」「神」「助けねば」「参られよ」「選択だ」「異教徒」「器」
「正直、君達が羨ましいよ。そこまで迷い無く命を懸けられるんだからね」
腹中に侵入した異物を食い潰さんと蟲が殺到する。
『隠者』は【奏氣眼】の探知能力をフルに活用しながら、四方八方から襲い来る兵士達を次々に倒し、いなし、すり抜け、飛び越えていく。
おそらくこれはただの自己満足なのだろう。
あの時、自身の非力さを口実に『世界』を見殺しにしてしまった罪を、『世界』が認めた<Y>を救うことで帳消しにする。
そんな事をしても償いになりはしない。その事は『隠者』自身が一番良くわかっている。
(それでも・・・ここで命を懸けないと。あの時の下らない腰抜けの自分と決別しないと・・・!
僕は先に進めない───!)
斬られ、撃たれ、殴られ、踏みつけられながら、一歩、また一歩と渦の中心に近づいていく。
もう少し。人だかりの向こう側で『剣』の怒号が聞こえる。
「僕は───胸を張って『世界』の仲間だと・・・『アルカナ』だと言いたいんだよ──────!!!」
囲みが、割れた。
そして、背中に生暖かい感覚。
足が絡まり、体が前のめりに傾く。
「ふ、ふふふふっ・・・・・・。
僕の、勝ちだ・・・!
──────『空蝉』『月奏・朔月』」
その体が転倒する刹那、『隠者』は『月詠』を振るう。
『月奏』に込められた「気」は邪気ではなく、『空蝉』で模倣した、<Y>自身の「気」。
(確かに回復術式は使えないけれど・・・精神力の消耗なら話は別だ。こうやって自分の「気」を分ければいい)
「やれやれ・・・あの時も、こうすれば・・・良かったな───」
243 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/14(日) 11:31:28
.
( ―――― 力 ヲ 求 メ ナ サ イ 。 )
(鷹逸の意識は闇を彷徨う。)
(此所は何処か、現在は何時か、全てが朧のまま。)
(世界の輪郭も掴めず、自己の輪郭も解らず、宙か地かも定かで無しに、無窮の漆黒を蹣跚に放浪する。)
(光が見えたとき、其処は森だった。)
(小鳥の囀り、朝の光、冷たい露の滴る木の葉と草、それだけの世界。)
(彼方に、天を摩するような巨大な樹が見えた。)
(高層ビルなど赤子のような、本当に、蒼い空に向かって何処までも伸びる大樹だった。)
(その根元の方から、人々の騒がしい声が聞こえて来る。赤ん坊の泣き声……誰かが母親になったのだろうか、声だけで幸福な気分になる。)
(次の瞬間。森が、炎に包まれた。)
(数十人の悲鳴が聞こえた。)
(老いも、若きも、男も、女も、皆等しく業火に抱かれる。)
(赤ん坊の泣き声。誰かの叫び声。誰かの笑い声。紅蓮――否、紫色の、『紫微炎』が、あの空まで届く巨樹にまで到達する。)
(鷹逸は、それを眺めているしかない。)
(身体があるならまだしも、意識だけではどうすることもできない。)
「君が此所に至るには、今は未だ早すぎる」
(背後から聞こえた声。)
(落ち着いた、威厳のある男の声だった。)
(振り返って、その姿を確かめたかったが、意識体でしかない今はそれを赦されてはいなかった。)
「還るのだ、在るべき世界へ。君が『君』の名前を取り戻した時、また此所で逢おう」
(暗転。)
244 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/14(日) 11:33:55
.
「立て」
(意識は再び、深い昏い闇の中。)
(微睡みを誘う水底で、鷹逸に浴びせられたのは威厳ある男の声だった。)
(立て、と言われても。)
(今の鷹逸は意識体だ、立つも座るも無い。)
(肉体を抜け、何処とも知れぬ漆黒の世界を、宛てもなく流離い、ただ彷徨うことしか出来ない身なのだ。)
「戦況は悪化している。
. 『女教皇』、『隠者』は共に負傷。楽園教導派の狂信者共が再び盛り返し、苦戦の様相を呈し始めた」
(男は淡々と、説明口調でそう述べる。)
(許されるなら彼らに一刻も早く加勢したい所なのだが、この状態ではどうにもなるまい。)
(精神力を使い果たし、体力も尽き果てた。断言しても良い。)
(これが限界だ。)
(白眼の民には、これが限界だ。)
「お前が斃れたら全てが焉わる。
. 『創造主』はお前の肉体に乗り換わり、この世界に君臨するだろう。
アクム
. 旧世界の再来だ。
. 世界政府による統治は討たれ、力が支配する暴虐の園へと世界は巻き戻ってしまう。
. あの時代、どれだけの命が散り、奪われたか。お前には想像も付くまい。この平和な時代に至るまでに、どれほどの屍が積み上げられたか。」
(知らない訳ではない。)
(ヨコシマキメ遺跡の最奥、『世界』との戦いで、鷹逸はその目で視た。)
(数多の絆が引き裂かれ、嘆きと悲しみが人々を染め上げた時代。時の牙城、カノッサ機関による恐怖支配と人体実験。)
(怒りと苦しみを繰り返し、やっと訪れた未来。)
(この世界は、旧世界の人々が血と涙を流しながらも手を伸ばした、彼らの理想郷であった。)
245 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/14(日) 11:35:37
.
(俺に、どうしろってんだ。)
(精も根も、とっくのとうに底を尽いてる。)
(アンタが誰だか知らないが、分かってるんだろ。最初から、これがヤツらの策だったんだ。まんまと乗せられたのさ。)
(もう、指先だって動かせねえよ。)
(いくら俺が妙な「体質」だからって、膂力までササッと回復できるほど万能じゃねえんだろ?)
「彼らはどうなる。
. 今まさに、死戦の真っ直中に立つ彼らだ。
. 負傷者が出続けている。このまま蹂躙を許せば死者さえ出かねん。――お前を信奉する狂信者だ、お前を差し置いて誰が収拾を付けられる」
(だから、どうしろってんだ。)
(まさかあの怪しげなプレートの囁きに耳を傾けろって?)
(歴史を葬り去る程の力を秘めてんだぞ。リーディングしたところで制御しきれる訳がねえ、暴走するのがオチだぜ。)
「再び立ち上がるには、それしかない」
(全の為に個を贄とする、ね。)
(だが、個が全を道連れにしちゃ意味ねえだろうが。)
(どうしてもやれってんなら、少なくとも皆を巻き込まねえだけの保証が欲しいもんだな。プレートの魔性を退ける、何かの切り札がよ。)
「既にお前は持っている。
. 異能三属性の相克を思い出せ。邪気眼はプレートに弱く、プレートは魔剣に弱く、魔剣は邪気眼に弱い。」
(『世界』の創世眼の残滓のこと言ってるのか?)
(馬鹿野郎、邪気眼はプレートに弱え、って自分が言ったこと忘れてんじゃねえだろうな?)
「この関係性は三竦みであると同時、力の均衡を意味する。三とはそのような数字だ」
(…、成る程。創世眼の残滓なら可能だな。……理論上は。何が起きるか分からねえぞ、それでもやれってんだな?)
246 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/14(日) 11:37:13
.
「お前なら出来る。
. これは根拠無き蒙昧な確信ではない、確固たる信頼だ。――任せたぞ、『世界の選択』」
(分かってる。)
(守りきってやるから、安心して視てろ。)
(誰も死なせやしねえ。果たせなかった遺志は、俺が必ず未来に届けてやるぜ。……『約束』、だからな。)
zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz
(ザッピングノイズを経て。)
(鷹逸の意識は、肌寒い孤独な遺跡の深奥に舞い戻る。)
(冷たい岩に臥し、泥のように動かない身体を、強引に、引きずるように、立ち上がろうと足掻き、足掻き、足掻く。)
(これでも大分マシになった方だった。)
(先程までは、足掻くことすら叶わないほどに枯渇していたのだから。)
(傍らに倒れる、『隠者』の尽力に依るお陰だろう。)
(見るに堪えない怪我を身体に刻みながら、それでも鷹逸を助けに来てくれた。)
(善良な衝動か、それとも贖罪か。)
(……どっちだって、構いはしねえよ)
(穿たん勢いで、地に指を這う。)
(砕けた足腰を再び揮わせ、幽鬼の如く不確かに、しかし確かな決意の炎を宿し、ゆっくりと立ち上がる。)
(殺到しかけた狂信者の群れが、どよめく。)
(領域によって場を支配していた『アトランダム』でさえ、例外ではないだろう。)
(今度こそ、人間の限界を超えた。この瞬間という時だけ、結城鷹逸は、日常に甘んじ、己が人間であるということを捨て去った。)
(『世界の選択』。)
(旧世界から言葉だけは語られてきたその存在が、人の皮を破り捨てる。)
「…救世主」「お立ちなされた」「大いなる後光」「救われん」「王の器」「神霊を満たす杯器」「導きたまえ」「神の名の下に」
247 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/14(日) 11:39:47
.
――うるせえよ、ごちゃごちゃ。
(烈火は静まり、蒼炎と化す。)
(乱れた黒髪の間隙から、刃の眼光を狂信者の壁に叩き付ける。)
(その声は、深奥に木霊するが如き。小さな囁きが、雑音と轟音を透過して遺跡の最奥に波紋を広げて響きわたる。)
(狂信者に静寂の帳が降りる。)
(熱狂なる信徒が黙するというのは不気味な光景だが、救世主の誕臨に際せば不思議ではない。)
(しかし、)
(その救世主は、)
(彼らを救い給う主ではない。)
我が呼び声に答えろ、『邪気眼』。
(鷹逸の左眼に、世界を示す輪環の紋章が浮かび上がる。)
我が呼び声に答えろ、『プレート』。
(鷹逸の胸前に、閃光に輝く魔性の石版が浮かび上がる。)
我が呼び声に答えろ、――――『魔剣』。
(左眼に浮かぶ紋章が、光の粒子を放つ。)
(鷹逸に右手に燐光が収斂し、現れたのは漆黒の刀身を持つ、暗闇の剣。)
(創世眼の残滓で造り出された、紛い物の魔剣だ。……だが、それで充分だ。最低限必要なのは、魔剣という属性。)
大いなる摂理を輪転せしめん。
相克を転じ均衡と為せ、異界の法則を司る三属性。
古に綴じられし恐懼を、悲痛を、憎悪を、遙かなる悼みの空を越え、未だ視ぬ世界をこの手に引き寄せよ。
248 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/14(日) 11:47:04
.
(三つの力が渦を巻く。)
(邪気ではない、聖気でもない、龍気でもない。)
(ヤミとヒカリが溶け合って混ざる。マーブル模様を描いた球が、凄まじい速度で回転する。)
(何が起こるか分からない。)
(邪気に精通した鷹逸でさえ踏み込んだことのない、前人未踏の領域。)
(しかし、賭ける。)
(例えこの身が朽ち果てようとも、目指すべき未来がある。)
(あの日、この場所で、黒き夢に溺れ、破れ、朽ち果てたあの男と、約束した世界へと飛翔する為のヒカリを。)
(球に、稲妻のような亀裂が走る。)
(ヒカリもヤミも抱き締めて、鷹は運命に立ち向かう翼を得る。)
エターナルフォース
『 至 天 す る 第 四 の 選 択 』 ―――― ! !
Eternal Forth/Fourth
(ヒカリが溢れた。)
(白ではなく、紅でもない。)
(極天の光にして天へと至る、七彩を放つ輝きが、暗闇に鎖された遺跡の深奥を悉く塗り替え、染め上げていく。)
(狂信者の群から崇拝と信仰の囁きが漏れた。)
(しかし、凄まじい光量で放たれた極彩光は、信者達を次々に吹き飛ばして行く。)
ありがとうな。
ここからは、俺がお前等を助ける番だぜ。
(『隠者』に、『女教皇』に、『剣』に、【アルカナ】に。)
(不敵に笑いかけると、七色の光を纏う男は勢いよく狂信者の残党へと突っ込んだ。)
(全滅は、時間の問題だろう。)
249 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/15(月) 14:11:02
「何故こんな事を、ですって?」
アスラは炎に包まれてなおこちらへ語りかけるキサラギ少年へ向け、ずいと一歩進んで答えた。
「そいつはアマチュアの問いね、キサラギ君。少し考えれば分かる事でしょう?
あんたがここに居合わせたのも、礼拝堂がめっちゃくちゃになってるのも、私がここにやってきたのも───全て、“ただの偶然”じゃないの」
にこりと微笑み、アスラは引き金に指をかける。
照準は、キサラギ少年の眉間にぴったりと合わせられていた。
「私には私の“理”があり、あんたにはあんたの“理”がある。今回は私達の“理”と枢機院の“理”がぶつかった。
ひとつだけよ。それがあんたの問いに対する、たったひとつのシンプルな答え」
──雇われであるアスラ本人はともかく、依頼者であるヨシノとデバイスの境遇はそこそこに不幸なもの。
そのエピソードをこの場で気持ち悪く色づけて語れば、共感、あるいは同情のひとつも引けたかもしれない。
しかしアスラはその選択を打ち壊す。そして『語る必要のない最も残酷な真理』をキサラギに突き付けた。
それは、業火に燃やされかけて尚対話を求めるキサラギへの一種の敬意。
“仕えないメイド”アスラは、冷酷な瞳で語り続けた。
「キサラギ君、君はいい子だから、平和的解決を望んでいたんでしょうね。
話し合いで解決できると信じていたからこそ、こうして私に語りかけようとするんでしょう。
……でも、残念ね」
ふっ、とアスラの口元に笑みが漏れる。
「私達はみんな狂人で、理のために人殺しすら厭わない究極のエゴイストだから。
…君がもう少し大人なら私達を止められたかもしれない。でも、今の君にはどだい無理な話」
だから、と小さく呟き、アスラは冷たい銃口をキサラギの額に突き付ける。
「今の所は、眠っときなさいな」
そしてくるりと銃を手元で回転させ、一瞬のうちにグリップを首元へ叩きつけた。
250 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/28(日) 11:33:04
うぅ…こっち向かってくる…。
でも、何度来たって耐えてみせる。死ぬまでやられたって、死ぬまで耐えきるっ!
絶対にこの人を…
アマチュア。そっか、この人『プロ』なんだ。
きっと数えるのも嫌になるくらいの修ら場をその目に焼き付けて来たんですね。
どおりで強いわけですよ…。
存在感は誰よりもきはくなのに、威圧感は人一倍強いこの感じも納得がいきます。
だけど、ただのぐう然だって言うのは…
「ぐう然なんて……そんなの、全然解りません…。」
あ、あれ銃かな。そんなものまで持ってるなんて、プロって凄いなぁ。
いやちがうちがう。マズイですよね確実に。頭うたれたら死ぬまで耐える耐えないじゃなく普通に死にますって。
そうだ、死んじゃうんだ。
「『理』………。それぞれの理がそれぞれの理に則り、ぶつかり合うのもまた理…。
ただの偶然、これも神様のお導きなのでしょうか…。」
この人が僕を殺す気だったら最初からそれができたんですよね。
理を通す力もなく、ただわめき散らすだけ…。まるで聞き分けのない駄々っ子みたいだ。
争いを止めるはずが、逆にそれをたしなめられた。
思ってる形とは違ったけど、結構うまくできたかな…。
たった数分でも、この人の『戦闘』を止めましたよ。身体を張ったかいは有ったみたいです。
「へへへ…。」
と言っても、所詮はこの程度ですね…。
『ガンショップ』さん、ぼくはやっぱり子供でした。
このお姉さんは操られてるわけじゃなかったけど、助けるには、ぼくは無力すぎましたよ。
お姉さんの言う通り、ぼくがもう少し大人なら、この人達が戦わなくて済むようにできたんでしょうか。
「大人だったら…。」
銃って冷たいんですね。涙、出ちゃいます。これだけ近いとアルシブラは出せないなぁ…。
怖いよぉ…お父様お母様、どこにいるんですか…。
抱きしめてもらいたかった。ぼくも大人になりたかったよ。ああ、神様…。
「……えっ?―――――――――――」
【キサラギ・サクノジョウ:昏倒、気絶。】
【気絶を確認したアスラが目を離す直前、サブリミナル的に、キサラギが目から無数の蟻を流す青年の姿になる。】
251 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/31(水) 19:19:41
嬢ちゃん、跳べッ!!!」
「!!」
言葉が耳から脳へと伝わると同時、ピアノのスパコン並みの演算能力を持つ頭は既に行動を開始していた。
屈脚、跳躍。途端、足元に転移陣が現れ、ピアノの放ったサイコロは沼地に落ちるようにそこに飲み込まれる。
「───『”領域”には法則のコアがあって、それを克服したりブチ壊すのが基本的な戦い方になる』・・・だったよな、<Y>。
やっとその意味がわかったぜ。
そもそもサイコロなんざ振らせなきゃいいんだよ。見ろ、見事なカウンターで返した。調子に乗ってるからこうやって痛い目にあう」
「そうか・・・! ダイスは「地面に落ちる」「静止する」どちらか一方でも欠ければ目は確定しない!
しかも、こっちの妨害を防ぐためにはまたダイスを振らなきゃならないから堂々巡り・・・勝てるぞピアノッ!」
「よっしゃ!」
「うごっ!?」
息を飲む『アトランダム』に、ピアノは空中回し蹴りをぶちかます。
状況が"少しでも"良くなったというのなら…そこを押し広げてでも状況を好転させる。
いや、させなければいけない。
折角ここまで来て、敵の本拠地まで目と鼻の先という所まで来て地に倒れ伏すなんて死んでも御免だ。
「……『アトランダム』様を御守りしろ」
派手に飛んでいった『アトランダム』を見て、ほんの一握りのわずかに頭の切れる信者が、鷹一郎へと群がる狂信者へと告げる。
彼らとて無知無能という訳でも無い、今は"救世主(メシア)"を目の前にして少しばかり興奮してはいるが、ここ"箱舟(ヨコシマキメ)"に、屯う兵団だ。
宗教兵団、その最たる特徴は確固たる上下関係。下級兵士にとって、上層部とはつまり自らよりも神に近い場所にいる者達だ、そんな彼らから命令が下れば抗う理由も無いし、むしろ進んでやる事だろう。
もちろん、現在目の前にはそんな少し偉い人の命令などよりもはるかに重要なファクターがいるのだから、その命令を忠実に実行したのはわずかに一握りだった。
だが、箱舟(ココ)を占領する枢機院本隊、そもそもの分母の数が圧倒的に多い。"一握り"という数値はピアノをわずかに足止めするには十分すぎる数であった。
「この…!どきなさい!」
「『アトランダム』様」「救世主(メシア)を御下へ」「此の異教の徒は我らにお任せを」
言動は狂信者だが、先程までの奴らとは空気が違う、ただ当たって砕けるだけの馬鹿ではなく、意思をしっかりと持った者達。
そうでなければ最重要要素である鷹逸郎を置いてまでピアノの妨害はしない。
いわば、精鋭。
その中には『箱舟』に関わっていた魔術師もいて。
「第三位虚数法陣、展開。」
ウォン…と軽い音と共に、彼らの眼前に漢数字が描かれた魔法陣が姿を現す。
漢数字…と言っても、自然数では無い。漢数字には負数の概念はない。
そこに描かれているのは、虚数。
存在しえない数字。
252 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/31(水) 19:20:14
「高位東方魔術ッ!?」
さすがは敵の重要拠点と言うべきか、生半可な魔術師では扱うどころか、発現する事すら困難極める虚数魔法陣をさらりと出してきた。
「破!」
「…っプライマル・アーマー!」
攻城戦の時に、魔術の粋を集めた7色の防壁を撃ち破った粒子の壁が、超数学的な"それ"を受け止める。
粒子の壁がみしりと軋むが、もたもたなどしていられない。
「アサルト・ウェイブ!」
リアクティブアーマーのごとく粒子を爆散させ、法撃もろとも自分を囲む敵を弾き飛ばす。
一瞬の勝負ではあったが、その一瞬は『アトランダム』が鷹逸郎の元へと走り寄るには十分すぎる時間だった。
こちらを振り向き、勝ち誇ったように笑う『アトランダム』、鷹逸郎は相変わらず膝をつき、俯いたままピクリとも動かない。
「俺の能力を破った事は褒めてあげよう、君たちの強運もなかなかのものだったよ。
けれど、俺の"勝ち(クリティカル)"だ。クククク…
ハハハハ…ハハハハハハハッ!!」
「――うるせえよ、ごちゃごちゃ。」
「ハ…」
『アトランダム』の笑い声の残滓が、シンと静まり返った遺跡の中に反響した。
双眸を見開き、かすかに震える『アトランダム』
それは、畏れからくるものか、それとも恐れからくるものか
高々と掲げていた両手を恐ろしいほどゆっくりと下ろし、振り返った彼の目に映ったものは
全てを包み込む、神々しき極彩の光。
『至天する第四の選択(エターナルフォース)』
しかし、彼はその名を聞く事無く、その光に身を焼かれ水泡として焼け落ちていた。
253 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/08/31(水) 19:20:33
『 至 天 す る 第 四 の 選 択 』 ―――― ! !
Eternal Forth/Fourth
「…な」
何だ、これは
燃え盛る光は、狂信者を薙ぎ、この暗い遺跡をあたかも別の場所であるかのように照らしあげた。
精神的に、物理的に、あり得ない"力"が、まるでホワイトホールのような『それ』が、その直視できぬほどの奔流の中に飄々と佇んでいる。
「ありがとうな。
ここからは、俺がお前等を助ける番だぜ。」
男は笑みを浮かべて、爽やかに言い放つ。
言い放ち、衝撃波をなんとか退けた狂信者の残党へと駆ける。いや、跳ける。
そこには一切の迷いも無い。
そんな彼の姿を眺め、ようやく、ああ、と理解する
「選択…したのね」
鷹逸郎は、今この瞬間、変わったのだと、少女は理解した。
自らは、ほとんど変わる事が出来ていないというのに
それは、彼女が男性に対して初めて灯した、本当の嫉妬と、羨みの感情だった。
254 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/02(金) 02:46:17
ザクッ
土を耕す音がする。
調子よくスコップで土を切る音がする。
ザクッザクッ
サクッ
ザクッザくっ……
幾ばくかしたところでスコップが地面から突き刺さったまま止まる。
疲れたのだろう、男は土いじりをしているには妙なほどきれいな軍手で汗をぬぐう。男には、違和感があった。
まず背が異様なほどに高い。
どういう育ちをすれば2mはあるかという背丈になるのだろう。間違いなく日本人ではないが身長を除く身体的特徴は間違いなく日本人である。
ふたつに彼の放つ雰囲気にある。
見た目はどう見ても土いじりをする(馬鹿みたいに)背の高い中年男性なのだが、王でもなし侵略者でもなし、しかしはっきりとした威圧がある。
さいごに……彼の耕した土から「自力」で花が咲き誇っているのだ。
ただの花などではない。折ってインクを吸わせたわけではない『自生の青い薔薇』なのだ。
あまりに奇妙な事が重なっているが念のために付け加えよう。ここは公園の花壇である。
「……ふう、今日も綺麗に咲いてくれた」
男の名前はない。彼自身が捨てた。
あえて呼称があるとすれば能力名『庭師(GARDENKING)』。
太陽の光が彼の頬を濡らす。
「……ここにも追っ手が来たかな、しかたがないね。だって私が悪いからね……悲しいけど」
と、誰に聞かせるでもなく、影に聞かせるようにつぶやきながらスコップの土をぬぐう。
どこに向かおうか、とりあえずはなるべく力の及ばない所にいこうか。
……そこまで考えて彼は頭を振った。
「逃げないんじゃなかったのか?」
心臓の高鳴りが知らず知らず胸を圧迫する。
彼は怯えていた。世界で起きている出来事、自分の身から出た錆に。それから逃げることを考える自分に。
スコップを担ぎ、花壇から離れる。
「……次、戦うような事があったら」
空を、仰ぎ見る。
「……正義の味方になるんだよ、私は」
立ち去りし跡、青い薔薇が、住宅街の中で不自然に揺れていた。
【▼『庭師』がログインしました】
255 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/09(金) 23:09:14
「さて、そうは言えとも現在は逃亡中だからなぁ、どうするかね?」
現在、東京郊外。
「まず千葉はだめだ、なっちゃんがいる、だめだ・・・大学のほうに隠れるのもいいけどなんか騒がしいからなぁ、どうしよう京都に逃げるかなぁ」
ぶつぶつ言いながら電車に乗り、思考をめぐらせる。
恐ろしいほどに電車に乗るとは思えない格好と、日本の電車ではおさまりきれない木偶の坊のような体を折り曲げて座るその車両に、電車に誰も人は乗っていない。
仮にこれが偶然だとしたら恐ろしくよくできた偶然だ。
「うーん、でもいい加減世間を見ないと分からないことも多いからなぁ」
仙人のつもりか、天然なのか。それとも含みがあるのか。
しかしあえていうと彼の思考は5分後には変わっている事が多い、ゆえに無意味である。
暫く前から彼はこの気変わりの早さを諦めるようになっていた。時に相手を怒らせてしまうことがあるが、気に病んでも自分にはもうどうしようもない。
彼はだいぶ前から、人間からかけ離れていた。
「ああそうだ、秋葉原っていうのが最近の流行?なんだっけ?」
誰もいないのに誰かに尋ねる。返答はない。シャベルが倒れる音だけが空しい響きをたてる。
そんな事を気にも留めず、自分で返答を重ねた。
「うんうん、そうだ秋葉原にいこう」
そういったとき、電車内の広告が全て『秋葉原』の文字で埋め尽くされる。
ゴシック体の文字と背景の色彩的な対比がチカチカして非常に眼に悪く、現代風なのに趣味が悪いことこの上ない。
一方庭師は漫画であればルンルンという効果音が付きそうなぐらいご機嫌だった。
やがて電車は無人の秋葉原駅に止まる。
仮にコレが偶然だとしたらあまりにも都合がよすぎる。まるで彼が存在する事で世界自体が遠慮をしているかのような都合のよさ。
彼の能力の副作用なのだと、もし彼に話しかけられれば答えるのだろう。
ただし話しかける際にはSAN値チェックが入ること請け合いだ。
彼の容姿は確かに今は2m越えしたツナギの男性だと明記しているが、もしかするとそれは彼の空間の中での姿かもしれない。
いずれにせよ、現段階で彼についてこちら側から分かる事は少ない。
「あれ?こんなに空気悪かったかな?」
秋葉原で起きている事など彼が知る由もない。情報弱者はいつの時代も死に急ぐものだ。
情報弱者になることを彼自身が選んだのだからしょうがない話なのだが。
ふと、彼の地獄耳になにかを呼ぶ声がきこえる。
>>『『『『オールハイル・三千院!』』』』
ぱぁ、と彼の顔が明るくなる。
256 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/09(金) 23:13:32
「面白い事やってる?!」
かつてアイドルがくると中学生ぐらいまではきゃっきゃとはしゃいだものだが、今の庭師の反応はそれに近い。
実際に見たら勘違いでものすごく興ざめするとともに自分に絶望したりするが今の庭師にはそんなことは関係ない。
てくてくと先ほどの声のほうまで歩いていく。
なぜか、歩いた跡がぐずぐずと腐っていたのだが。
257 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/09(金) 23:51:48
>>254>>256
ぴんぽんぱんぽーん、業務連絡です。
ごめんね、すごく酷いミスしたんだ。笑って許してほしいんだ。いや許さなくてもいいけど。
該当箇所は
>「ああそうだ、秋葉原っていうのが最近の流行?なんだっけ?」
>誰もいないのに誰かに尋ねる。返答はない。シャベルが倒れる音だけが空しい響きをたてる。
>そんな事を気にも留めず、自分で返答を重ねた。
>「うんうん、そうだ秋葉原にいこう」
>そういったとき、電車内の広告が全て『秋葉原』の文字で埋め尽くされる。
>ゴシック体の文字と背景の色彩的な対比がチカチカして非常に眼に悪く、現代風なのに趣味が悪いことこの上ない。
>一方庭師は漫画であればルンルンという効果音が付きそうなぐらいご機嫌だった。
>やがて電車は無人の秋葉原駅に止まる。
>仮にコレが偶然だとしたらあまりにも都合がよすぎる。まるで彼が存在する事で世界自体が遠慮をしているかのような都合のよさ。
>彼の能力の副作用なのだと、もし彼に話しかけられれば答えるのだろう。
>ただし話しかける際にはSAN値チェックが入ること請け合いだ。
>彼の容姿は確かに今は2m越えしたツナギの男性だと明記しているが、もしかするとそれは彼の空間の中での姿かもしれない。
>いずれにせよ、現段階で彼についてこちら側から分かる事は少ない。
>「あれ?こんなに空気悪かったかな?」
>秋葉原で起きている事など彼が知る由もない。情報弱者はいつの時代も死に急ぐものだ。
>情報弱者になることを彼自身が選んだのだからしょうがない話なのだが。
>ふと、彼の地獄耳になにかを呼ぶ声がきこえる。
>>>『『『『オールハイル・三千院!』』』』
>ぱぁ、と彼の顔が明るくなる。
>
+>>256全文
上記内容を次のとおりに書き換えてほしいんだよ。
>「……」
>ふと、彼の空間に異様な穴があく。暗く深いオニキスのような穴。
>「……気まぐれでも、かまわないよね?」
>見れば見るほど不安になるそれに、彼は足をつっこんだ。
>彼は「世界の庭師」。それが世界にあればどこだっていける。だからこそランダムに飛ぶための穴も容易につくれるのだ。
>そうしてつっこんだのは、誰かの真上だった。
ごめんね、それじゃあよろしくね。
258 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/14(水) 23:11:59
――そは風にあらず、そは一組の帆。 行くべき先を我らに告げるは。 (エラ・ウィーラー・ウィルコックス「運命の風」)
いまだ静寂を守り続ける礼拝堂から戦場と化した城内へ、一つの影が向かっていた。
礼拝堂の高い天井に反響する足音がどことなく虚ろなのは、気のせいではないだろう。
なぜなら、彼女は人の姿を借りた無限の虚無だからだ。
「‥‥これはどうやら、創造主とやらに感謝しておいたほうがよさそうだ。」
救いはある。彼女は自らの破滅と死を求め、それに最も近い行動である戦いを求めている。
救いはない。あらゆる宇宙、あらゆる世界にとって、彼女はあまりにも強すぎる。
希望はある。世界の理すらも書き換える力というものが、もしここにあるのならば――
「まずは魔力捜査しながら視覚および聴覚でも戦闘相手を探索するというのが命あるものたちの常道だったと記憶している。
ならば私もそうすべき――」
そう言うRは、まもなく訪れる戦いの空気に興奮してでもいたのだろうか、あるいは彼女なりにフェアな戦いというものをするつもりだったのか、一切の超自然的感覚を閉じていた。
それゆえ、上空の黒洞より現れた異様な珍客に気付かず、頭蓋と足裏が派手な音を立てて激突するまで微動だにしなかった。
――我々はありえなさそうなことに対して訓練をしています。雷が同じ場所に二度落ちるとか、そこらじゅうに同時に落ちるとか。 ――――海の門の民兵隊長、ナンダーリ
さきほど、音を立てて激突するまで微動だにしなかったと書いたが、それは正確な表現ではない。
より正確に記述するなら、彼女は長身の男が頭上に降り立ってもなお、微動だにせず立ち尽くしていた。
黒髪の美少女の上に長身の美男子が立っているという光景は筆舌に尽くしがたい異様な雰囲気を放っているが、そのような外見など彼らの本質に比べれば些細なことに過ぎない。
少女と見えたものは、久遠の闇より生まれ出でし、破滅の魔神。
「ほう、君もまた命あるものにして力あるものか。
今私はこの建造物内部にて戦闘を行おうとしているのだが、君はどうするつもりなのだ?
もし一切の邪魔をせずこのまま通してくれるなら、まずはあちらの戦場に赴きたい。
もし私がこの建造物内に進入するのを阻止したいなら、先ほどの失望を吹き払うためにも口直しに君と戦ってから進入しよう。
もし君が私と戦闘を行うことを望むなら、存分に――出来ればあちらの戦場に存在しているものたちも巻き込んで行いたい。」
そして男と思えたものは、天地を編成する、世界の庭師。
大いなる者たちの邂逅は、世界に何をもたらすのか――或いは、何を奪うのか。
時だけが、その答えを知っている。
――時は過ぎゆき、時は這い回る。 しかし時は決して動かぬ。
259 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/15(木) 18:43:34
「───っだらあ! ウジャウジャ沸いてきやがって鬱陶しいんだよォッ!!」
力任せに振り払われた剣先に呑まれ宙を舞う兵士達。
何かがひしゃげ、割れる音。それは戦いの中で幾度も聞いた、ヒトが終焉を迎える時の音。
しかし、絶命必至の一撃を受けたはずのそれらは、四肢を欠損し爆ぜた鎧の内からどす黒い血を流しながら・・・動き出す。
「・・・クソが。一体、何がどうなってやがる・・・」
並外れた信仰の為せる奇跡なのか。あるいは、狂気の前には死すらも慄き道を開けるというのか。
『剣』はそれらに対する認識を改めざるを得なくなった。
それらはヒトではない。枢機院の長きに渡る“教導”の末に誕生した───バケモノだ。
「隊長、何なんスかコレ? こいつら殺しても全然死なないんスけど」
「俺が知るかよ。 大方、馬鹿は死んでも治らねえって事だろ」
「いや、別に上手い事言わなくてもいいんで・・・。というか、俺ら完全に囲まれてますよ」
「救世主(メシア)」「救世主(メシア)を救え」「死に絶えろ汚らわしい豚ども」「我等が楽園を」「清浄なる地へ」「お導きを」
全方位を間隙無く埋め尽くす狂信者の円環。
口々に唱和する単語は多重奏となって怖気立つような不協和音を形成する。
それは正に、あまねく世界を侵食する狂気の波。
「おいおいマジかよ・・・何百人いるんだこりゃ」
「第2ステージなだけにヤバさも2割増しだな。これ聖樹堂まで行ったらとんでもない事になってんじゃね?」
「無駄口叩くな馬鹿野郎。だったら逃げるか? “お前ら3人なら”囲みを抜けるぐらい楽勝だろ」
「・・・隊長は?」
「俺は有言実行がウリなんでな。コイツのお守だ」
そう言うと彼は傍らに倒れている青年を顎で指す。
その心身を削って2度も彼らを守り、ぴくりとも動かない青年を。
「・・・・・・・・・」
皆一様に顔を見合わせ、頷き合う。
「アホくさ。『剣』が尻尾巻いてどうするんスか」
「借りを作るのは性に合いません。ご一緒します」
「時間稼ぎはウチらの得意分野っしょ。こんなもんティファレトに比べりゃ余裕余裕」
「上等だ。んじゃ、いっちょアイドルの追っかけ退治としゃれ込もうぜ!」
4本の剣が扇状に展開し、聖者亡者の大瀑布と───激突する。
260 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/15(木) 18:45:41
『剣』に誤算があったとすれば、それはこの戦いが「防衛戦」だという事だった。
ただ敵を倒せば良いという訳ではない。自陣に入り込まれぬように立ち回りながら、前線を死守せねばならないのだ。
必然的に小兵ゆえの利点である機動力は殺がれ、圧倒的物量を正面から相手にせざるを得なくなる。
加えて先の戦闘による疲労。尽きぬ敵の大群。孤立無援。
寄せては返す白の波は怒涛の突撃と僅かな後退を繰り返しながら少しずつ、しかし確実に城壁を削っていく。
じりじりと狭まる包囲網。
気が付けば、仲間同士の肩がぶつかり合うまでに追い詰められていた。
「隊長・・・」
「言うな。泣き言は禁止だ。死ぬ気で耐えろ」
「・・・了解」
敵の攻撃は更に苛烈さを増していく。加勢に来たらしい『隠者』も、こちらに辿り着くや否や限界を迎えてしまった。
これ以上後は無い。援軍も期待できそうに無い。
さしもの『剣』にも、敗北の2文字が頭をよぎり始める。
「隊長・・・」
「泣き言禁止っつったろうが。死ぬときゃガタガタ言わずに前のめりに死ね」
「いえ、そうではなくて・・・その発言もどうかと思いますが・・・1つだけ質問が。
・・・これが、最期かもしれませんから」
「・・・なんだよ。さっさと言え」
流石に「最期」という言葉まで出されては無碍に返す訳にもいかず、視線を敵から離さぬまま『剣』の隊長は先を促した。
「あの時、隊長は『俺たちが剣になってやる』って言いましたよね。
・・・らしくないと、思います。
コイツは『世界』を殺しました。一時休戦といっても、隊長がコイツにそこまでしてやる義理なんてないでしょうに。
───なぜ、あんな事を?」
なんだそんな事か、と彼は笑う。
あの発言は、僅かでも『彼』を知る彼にとっては至極当然の事だったからだ。
「決まってるだろうが。俺たち(アルカナ)の為だ」
「・・・アルカナの為、ですか?」
「そうだ。
なあ・・・お前らは、なんで『世界』が負けたんだと思う?」
怒号と剣戟、狂喜と叫喚が飛び交う中、彼はぽつりと呟いた。
かつて此処であった1つの戦いに、遥かな想いを馳せながら。
「え? そりゃあ・・・3対1だったし、邪気の供給が無くなったりミカドさんが負けたりとまあ、色々あったんで・・・」
「そう、色々だ。何か1つでも違っていれば、結果は変わってたのかもしれねえ。ありゃあそういう戦いだった。
・・・だがな。ここにいる馬鹿どもは、それが運命だったから・・・“世界の選択”だったからだと、そうほざいてやがるんだよ」
261 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/15(木) 18:52:35
「運命・・・使い勝手の良い言葉だよな。こいつにかかりゃあなんだって運命だ。
俺たちがここに居る事も、<Y>の野郎がここに居る事も・・・『世界』が死んだ事もな・・・!」
ぎりりと噛み締め、声を絞り出す。それは、怒りの発露だった。
「気に入らねえ・・・気に入らねえ、気に入らねえっ!!!
俺たちの勝利も! 敗北も! みんな俺たちの物だ!!
運命だか“世界の選択”だかにやるモンなんざ何一つとしてねえんだよ!」
運命に抗った『世界』の、そしてアルカナの決して忘れることのできない敗北。
それを運命として・・・セカイの規定事項として片付けられるという最大級の冒涜を、彼は許すことができなかった。
「コイツが負ける事は絶対に許されねえ。そうなりゃ奴らはしたり顔して「これが運命だ」なんてほざきやがるんだからな。
お前らはそんなクソみてえな結論に耐えられるのか? 認められるのか? ・・・ンな訳ねえだろうが!
だから俺たちは<Y>を勝たせなきゃならねえ。アルカナの敗北を汚されねえために、奴らの言う運命なんざ嘘っぱちだって鼻で笑ってやるためにな!」
血と汗で滑る剣を握り直し、眼前を睨みつける。
狂信者の波を割って現れたのは「運」に祝福された神の使徒───『アトランダム』。
「俺の能力を破った事は褒めてあげよう、君たちの強運もなかなかのものだったよ。
けれど、俺の"勝ち(クリティカル)"だ。クククク…
ハハハハ…ハハハハハハハッ!!」
「強運だと・・・? 舐めたこと言ってんじゃねえぞ骸骨野郎。
アルカナは運になんざ頼らねえ。
これは俺たちの選択───その結果だッ!!!」
そして。
セカイが、凪いだ。
「ハ…」
大笑する『アトランダム』が硬直する。兵士たちも、その動きを止めていた。
あらゆる視線が『剣』の背後にあるものを見つめていた。
「我が呼び声に答えろ、『邪気眼』。
我が呼び声に答えろ、『プレート』。
我が呼び声に答えろ、――――『魔剣』」
その左眼を、彼らは知っていた。
畏怖と敬意を持ちながら、いつも見上げていたのだから。
滅びてはいない。
意志は、受け継がれていたのだ。
エターナルフォース
『 至 天 す る 第 四 の 選 択 』 ―――― ! !
Eternal Forth/Fourth
「ありがとうな。
ここからは、俺がお前等を助ける番だぜ」
殻を破り、地の底から舞い上がる鷹に『剣』の隊長は歯を見せて笑い返す。
「へっ・・・さっきまでぶっ倒れてた割に随分威勢が良いじゃねえか。
だったら俺たちに見せてくれよ。そんで、奴らに思い知らせてやれよ。
『世界』を倒したのは運命だとか救世主(メシア)だとか“世界の選択”なんていう訳のわかんねえモンじゃねえ。
もっととんでもねえ───スゲエ奴なんだってよ!!」
262 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/15(木) 18:57:25
霞む視界の中、『隠者』の眼は確かにそのヒカリを視ていた。
それは、奇跡を起こす力。
それは、原罪を受け止める力。
それは、不可能を可能に変える力。
本来ならば相反しあい、ともすれば世界をも滅ぼしかねない3つの力が、絶妙な均衡を以ってそこに存在していた。
「ありがとうな。
ここからは、俺がお前等を助ける番だぜ」
その眼差しを、『隠者』は知っていた。
彼はあの時も、圧倒的な「かつて」を前にしても尚、自らの望む「これから」を勝ち取ろうとしていた。
そして、今も。
(・・・ああ、そうか)
今なら理解できる。『世界』が何を望んでいたのかを。
薄闇のヨコシマキメに鮮やかな虹が架かる。
それが答えだった。
「<Y>・・・。君が視えていた『世界』・・・僕が視えなかった『世界』・・・ようやく、わかったよ」
最後の気力を振り絞り、『隠者』は重い唇を動かす。
薄らぐ視界では<Y>に聞こえているのかどうかを確認する術は無い。
それでも、言わなければならない事があった。
「『世界』は・・・世界を愛していたんだ。
でも、彼はあまりにも愛しすぎて、「かつて」を何一つ捨てることが出来なくなって・・・「これから」を犠牲にしようとした。
その内に、「かつて」に有った全ての色が歪んで混ざって・・・黒くなってしまったんだ」
漆黒のヤミに呑まれてしまった者がいた。
「そして、『創造主』は・・・今の世界に、うんざりしているのかもしれないね。
だから、彼は「これから」のために「かつて」の全てを滅ぼそうとしている。
全ての光を束ねて集めて、白一色に───ゼロに戻そうとしている」
そして、純白のために全てを焼き尽くすヒカリを求める者がいる。
「・・・本音を言うとね、僕も彼らと同意見なんだよ。
こんな腐った世界に「これから」なんて存在しない。さっさと滅ぶか、1から作り直した方がずっと良い。
でも・・・君は知っているんだろう?
世界は───真っ黒なんかじゃない。
こんなにも美しい色が、世界には溢れているのだと」
『世界』が<Y>の中に見たもの。それは、口にすれば本当に陳腐な、使い古された言葉でしか表現できないようなものなのだろう。
だが、それこそが今日まで世界を保ってきたのだ。
「だから───頼む。
勝って、証明してくれ。
「かつて」に縛られずとも、「かつて」を捨てずとも───極彩色の「これから」は拓けるんだって事を────!!!」
これで、いい。
伝えたいことは、全て言い終えた。
あとは、彼次第だろう。
力を使い果たし意識が完全に落ちる刹那、こちらに駆け寄ってくる『女教皇』と、虹に照らされて仄かに輝く『月詠』の刀身が見えた。
263 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/15(木) 22:10:13
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(『畏怖』と『恐怖』。)
(どちらも、理解の範疇を逸脱した事態を前に沸き起こる、衝動的な感情。)
(だが両者の間には、絶対的な差異が存在する。)
(『畏怖』とは、信仰に似る。)
(大いなる力をあるがままに受け止め、受け容れ、恐み仰くこと。)
(精神的な土壌が醸造されていなければ、中々至れない感情の境地――その点、信者達は優秀であった。)
(『恐怖』とは、侵攻に似る。)
(己の与り知らぬ未知という怪物への恐怖を、解明し開明すること。)
(学問研究に昇華されるが、歴史的には熱狂的な侵略感情の引き金――その点、精鋭軍は典型であった。)
(遺跡の深奥を、虚栄のヒカリを暴きながら照らす極光。)
(敵軍の反応は見事に二分する。)
「嗚呼、救世主様が御降臨成された……! 今ここに我等の悲願は成就召されたのだ、剣を取る理由は最早無い!」
「莫迦を抜かすな、狂信者共ッ! あれは正真正銘の化け物だ、ここで叩かねばいずれ我等に火の粉が及ぶッ!!」
(『畏怖』のままに、剣を置く者。)
(『恐怖』のままに、剣を取る者。)
(『アトランダム』が突然倒されたこともあり、一丸であった枢機院軍は混迷に耐えきれず暴走の堰を破壊する。)
(こうなってしまえば、もう戦いもへったくれも無い。)
(「方舟」で本部に撤退する者、決死の覚悟で剣を手に突貫する者、もうバラバラだ。)
……いいぜ。
救済を勝手に気取って、俺達の過去を、現在を、そして未来をッ!! 歴史を全部無かったことしようって言うならッ!!
ヤミ ヒカリ
――――――てめえらのふざけた神様の”運命”は、俺達の”意志”で撃ち払うッッ!!!
(去る者は追わず、来る者は拒まず。)
(深奥を照らし出す極彩色の光撃が爆発し、今度こそ敵軍の戦意を悉く捻り潰す。)
(……やがて遺跡が元の静けさを取り戻したその頃には、剣戟も、怒号も、悲鳴さえ、ただ静謐の中に呑み込まれ消えてしまっていた。)
264 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/15(木) 22:11:51
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(息の詰まる、ひどく苦しい戦いだった。)
(「死線」と称される戦闘だったに違いない、と、鷹逸は膂力の疲弊を確かめ思う。)
(深奥は静寂に包まれていた。)
(辛うじて立てた連中が臥す者を担いで撤退したので、人影は殆ど無い。)
(ただ一つだけ―――重傷を負って気絶した『アトランダム』が、ごろりと取り残され地面に横たわるのが見えた。)
(この男が、取りあえず「敵軍の将」として扱って良いだろう。)
(将を倒し、この戦いは終結した。)
(なら、まず言うべき言葉はただ一つだけだ。)
俺達の――――俺達の、勝利だッ!! 『方舟』を、何よりこの場所を……この『ヨコシマキメ遺跡』を今、お前等の手に奪還したぜッ!!
(戦いは終わった。)
(無論、まだまだ厳しい局面は残されているが……その一つの節目となる、重要な戦いが終わった。)
(極彩色の光が終息する。)
(鷹逸は深い深い溜息を吐いて、そのまま膝から崩れ落ちた。)
(一応「大丈夫」とだけ断って、冷たい岩壁にそっと身を委ねて凭れる。身体に溜まっていた熱が、急激に冷やされる心地よさを感じた。)
(鷹逸はずっと、この戦いが【アルカナ】にとって意味するモノを考えていた。)
(この地は、彼にとっても大切な場所だったからだ。)
(ハジマリの場所であり、オワリの場所。)
(ここで全てが終わり、そして、ここでまた全てが始まった。)
(だから、ここが枢機院なんて訳の分からない奴らに占領されていた彼等の気持ちと言えば、察するに余りあった。)
(そして、この場所を奪還した彼等の今の気持ちも。)
(どうだよ、『世界』……。これで約束は果たしたぜ。仲間も、この場所も、皆で守り通したんだ。)
(朦朧とした意識で、交わされた約束。)
(それが果たして幻影との契りだったとしても、鷹逸に去来する想いは遠く。)
(また始まる新たな戦いを前に、鷹逸は暫しの休息を得る。)
265 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/15(木) 22:12:33
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枢機院、深部。
【生命ノ樹】には、それぞれ個人用の部屋が割り当てられている。 ザイン
その一つ、石材を剥き出しにした、他と比べて明らかに質素、簡素なこの一室の床には、 ”7” というヘブライ文字が刻まれていた。
文字通り、「セブンスセフィラ」の為の空間。
普段何人も立ち入りを禁じられるその場所に燐光が瞬き、数十の兵士達が現れては倒れていった。
彼等は運が良かった。 ヘー
此処以外へ転移していたら、恐らく峻厳の”5”、その拷問癖の餌食となっていた。
己が身の過ぎた幸運に感謝しながら、兵士達は薄暗い部屋を隔てるヴェール、その向こうにいるであろう「セブンスセフィラ」へと恐る恐る闖入の非礼を詫びる。
「…………」
沈黙は、事情の説明を促す合図。
その圧倒的な気配に萎縮しつつ、兵士達は降り掛かった災難を報告する。
『方舟』の防衛の失敗。
「世界の選択」が発現した、新たな極光の力。
貴重な領域能力者の『アトランダム』が倒され、残存する兵力も極々僅か。枢機院を取り巻く事態は益々以て悪化の一途を辿りつつある、と。
既に、本部にも何者かによる襲撃が行われている。
現在の所は何とか門前で勢力を押し留めている様子だが、いずれ突破されるのは時間の問題だろう。
「…………」
後悔と悔恨とでひたすら謝る兵士達に制止を命じ、顔を上げさせる。
そして、現状の説明を滔々と垂れた。
『切り札』があると。
創造主はとある”星界からの脅威”の懐柔に成功し、今まさに呼び寄せたばかりであること。
そうでなくとも、未だ残る能力者と【生命ノ樹】は何れも比べ物にならぬほどの猛者が揃って待ち受けるのだから、決して悲観する局面ではないと。
”彼女”が言うならそうなのだろう。
兵士達の咎を責めるつもりはないとした「セブンスセフィラ」の判断に、泣き咽んで感謝という感謝の言葉を並び立てる。
266 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/15(木) 22:13:33
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「…………」
嗚呼、彼女は正しく聖女。
虚飾と欺瞞で着飾った他の聖職者とは違う。
無慈悲の中の慈悲、暗黒の中の光明、彼女はこうして兵士達の狂信とも言える絶対の信頼を絶妙に勝ち得ていく。
兵士達は、彼女に勝利を誓う。
【創造主】への忠誠とのバランスが崩れかけていることにも気付かず。
薄く、しかし絶対のヴェールの向こうからシルエットのみを見せる彼女は、白皙の顔に静かな微笑みを作る。
幼げを残した、少女の肢体。
屈強なる猛者達の心を次々と屈する、純潔の聖女。
セブンスセフィラ、『勝利』のネツァク。
『切り札』の一つである彼女は、ただ静謐の随に約束の時を待つ。
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267 名前:名無しさん。もっと、熱くなりきれよ! 投稿日:2011/09/18(日) 15:21:19
ごつ、と衝突……というより激突したのは、一見黒髪の美少女だった。
足裏から伝わった感触が想像していたものと違い、思わず下をみれば少女が微動だにせず彼の足の下にいる。まあなんとシュール極まりない光景なのか。
そして外見にそぐわぬその本質に、彼は思わず顔を顰める。顰めると同時にこの少女がどうしてこの場所にいるのか気になった。
なんと呼べばいいのか、どこかで見たような……例えばアイドルが黒くなって魔法少女で白い獣が契約を迫ってきて彼女がそれを追い払う魔法少女ならぬ兵器少女でそれで・・・
ここで、彼女から問いが入る。
>「ほう、君もまた命あるものにして力あるものか。
> 今私はこの建造物内部にて戦闘を行おうとしているのだが、君はどうするつもりなのだ?
> もし一切の邪魔をせずこのまま通してくれるなら、まずはあちらの戦場に赴きたい。
> もし私がこの建造物内に進入するのを阻止したいなら、先ほどの失望を吹き払うためにも口直しに君と戦ってから進入しよう。
> もし君が私と戦闘を行うことを望むなら、存分に――出来ればあちらの戦場に存在しているものたちも巻き込んで行いたい。」
と、問われ、ようやく庭師は妄想から回帰する。
庭師は少し悩む。彼女について彼は敵意を抱いていないし、ましてや知りもしない。
ここで庭師は今いる場所がどこなのか気がつく。彼がある意味で嫌いな組織、つまりは・・・
「うんとねー、別に君と敵対するつもりはないんだよ。ただ、僕あいつらのことが嫌いでさぁ、だからこうしようよ」
彼女の上からひょい、と降りる。
そしてスコップを地面に突き立て、彼女に向かって手を差し伸べた。
「僕、君の力に興味がある。だから戦わせてくれよ……あいつらを巻き込みながらさあ」