■お泊り3(ランクS) 「……お、終わったかぁ……収録5本はさすがにきつかったよな、本当にすまん」 「いえ……これも事務所やファンのためです。これで年末年始の分は全て終わりですね」 分単位のかなりタイトなスケジュールを全部消化したのは、未成年が仕事をしてはいけない 法律ギリギリの時間だった。しかも最後の収録にいくにつれ、普段どおりのテンションを維持するよう 気持ちを入れなおすので消耗度合いも激しかった。 無理していた分の疲れが一気に出てしまい、スタジオを出た途端、千早の動きが鈍くなるのが分かる。 「本当にお疲れ様、千早。今日は小鳥さんに頼んで直帰扱いにしてもらったから、直接マンションまで送るよ。 あ、運転手さん……車の暖房、強めてくれます?千早が風邪をひかないように」 Sランクの国民的アイドルともなると、TV局の扱いも違ってくる。 いつもは会社の車で移動だが、今回ばかりはTV局が手配したハイヤーに乗っての帰還。 しかも、高木社長が信用できる筋から声をかけてくれたため、運転手のスキルや機密保持の心得も完璧。 プロデューサー自身もかなり疲れを溜めていたので渡りに船といったところだった。 「ありがとうございました。では、お気をつけて」 すっかり寝てしまった千早を背負い、運転手に挨拶を済ませたプロデューサー。 タクシーと勘違いしてお金を払おうとしてしまったあたりは、まだこういう環境に慣れていない証拠。 高級マンションの地下駐車場から、指紋認証キーを使って中に入る。 【いずれ必要になるから】と、わざわざ千早自信が追加してくれた、プロデューサー自身の指紋認証だった。 千早の気遣いに感謝しながら、エレベーターを使って26階まで上り、千早の部屋のドアを開けた。 「ふぅ……俺もだいぶキてるな。クリスマスライブのプランを練って、今日は千早の年末仕事だから、 ずっと付いてて……何時間寝て無いっけ?もう48時間を越えたあたりから数えてないけど……」 正確に数えてしまうと怖いので、一旦忘れて千早の世話に入る。 靴下を脱がせて、アルコールの染みた布で殺菌。千早の食生活は大変バランスも良いので基本的に心配無いが、 それでもニキビや水虫のリスクは常に警戒しなければならない。 「……よし、これで大丈夫。後は千早が起きたらシャワーを浴びれば問題なし、だ」 着の身着のままの状態ではあるが、千早をベッドに寝かせて、一安心したプロデューサーだが、 その一安心が、引き金となった。 「……う………目が回る……やば、ここで疲れと眠気が襲って……いかん、耐え……ろ、俺……」 すぐそばには、安らかな寝息を立てる千早。彼女のベッドから、ふわりといい匂いがした。 ■ 「ん……あふ、ここは……私のマンション……」 目が認識するより、鼻と肌が自分のベッドの匂いと感触を感知し、ここが寝床だと気付く。 馴れ親しんだ場所は、脳よりも身体全体が記憶しているからだ。 「そうか……わたし、最後の収録が終わったら、そのまま寝ちゃったんだ…… プロデューサーは、わたしをここまで運んでから帰ったのかな?」 その予想を完全否定するかのごとく、千早の五感が非日常を訴える。 触覚は、自分ひとりではあり得ないほどのベッドのスプリング沈下を感知していたし、 嗅覚は、自分以外の匂いが半径1メートル以内にあることを感知していた。 最後に視覚が、自分のすぐ横に突っ伏すように寝ているプロデューサーの姿を捉えた。 「え……ええぇぇえっ!?ぷ、プロデューサーが、一緒のベッドに、寝て……!?」 慌てて自分の身体を見るが、服は多少緩められているが、仕事時のまま。 プロデューサーの方も、何かしたとは思えない。 「……そういえば、クリスマスライブの演出やら取り決めで、あまり寝てないって言ってた……」 それでも、千早のケアまで済ませてから倒れた彼に、プロとしての根性を感じる。 とりあえずは寝なおすためにシャワーを浴びて、しっかりと身体を洗う。 髪を乾かして寝室へ戻ると、相変わらず泥の様に眠るプロデューサーの姿があった。 「……私一人じゃ、プロデューサーは運べないし……仕方ない、ですよね……」 突っ伏して寝ている彼をベッドまで引き上げ、風邪をひかないようにと毛布をかける。 セミダブルのベッドは、十分二人が並んで眠れるほどの大きさがあった。 「プロデューサー……あったかい……」 彼が良く眠れますように、としっかり手を握り、千早はふたたび眠りに落ちた…… ■ 翌日の昼……昨日年末進行の仕事を終えた千早の出社はお昼から。 徹夜を繰り返していたプロデューサーも、遅番の出勤だ。 「おはよう、小鳥さん。昨日はありがとうございました」 「おはようございます、音無さん」 並んでオフィスに入る二人に、小鳥は妙な違和感を覚え、駆け寄ってきた。 何をするのかと見守る千早が声を上げる暇も無く、彼女はプロデューサーに抱きつき、スーツに顔を埋めた。 「ちょ、ちょっと小鳥さん、何ですか!?」 「音無さんっ!!いきなりプロデューサーに何と言うことを!!」 「くんくん……すーすー……」 何をするかと思えば、どうやらプロデューサーのスーツの匂いを嗅いでいるようだった。 「プロデューサーさん……あなたと言う人は、ついに最後の一線を……」 「い、一体何を言ってるんですか?」 「お姉さんの目……いや、鼻は誤魔化せないわよ!!プロデューサーさんのスーツから、 千早ちゃんの【S.エピデルミディス】が匂うわ。あと【M.フルフル】も!! 千早ちゃんの表皮常在菌が、プロデューサーさんをかもしてるうぅぅっ!!」 「小鳥さん、俺の机の上にある漫画、読みましたね……」 「話を逸らしても無駄よっ!!事の次第によっては社長に報告しなきゃ!!」 「待ってください音無さん!!プロデューサーは……」 〜30分経過〜 「なるほど……そういう事ね。はぁ……よく考えたら、プロデューサーさんにそんな度胸、 あるわけないもんねぇ……」 「酷いなぁ……小鳥さん。でも、その言い方だと期待してたみたいですよ」 「ぎく……ま、まぁでも凄いわよね。とうとう二人はベッドで一夜を共に……キャー♪」 「極限まで疲れ果てた結果です!!わたしや765プロのために働いてくれたプロデューサーを、 追い出せと仰るんですか!?」 「あはは……ごめんね。あくまで冗談だから。でも、やっぱり一緒に寝ちゃったのね……キャー♪」 「ですから!人の話を……」 「まぁ、いいってば千早。誤解は解けたんだし俺達がヘンに動揺すること無いよ。 でも、本当にごめんな……千早のベッドで寝ちまうなんて。やっぱり気分的にイヤだよな。 今日仕事上がったら、シーツとかちゃんと洗って……いや、俺が原因だし俺が洗うよ」 「ダメです!!そんなの勿体……いえ、その……」 (……まぁ、この二人ならそういう仲になるまでにすっごく掛かるかも……ね。 ああんっ、わたしもプロデューサーさんのなら【P・アクネス】だって大歓迎なのになぁー) ※小鳥さんの能力に【異常嗅覚】が追加されました。 木曜深夜の某アニメを知っていれば、ちょっと楽しめるかもしれません。