異性愛者へ12の質問
そうかな? 厳密にいえば差別行為が不可能なのはことばを持たないひとたちだけだと思いますよ。もうすこし正確にいうとあらゆる音楽や美術といった自己表現すらできない、象徴化する能力を持たないひとたちだけじゃないかな。もちろん相対的な力関係はあるけれども。
というのも、しばしばひとはひとが欲しがるものを欲しがるということがあって、それはどういうふうにできているかというと、まずある象徴があって、多くのひとがそれに対してぬかづくかたちで上下関係が形成されるでしょう。たとえば中世プロヴァンスの宮廷詩人(トルバドゥール)たちは、自分には決して望むこともできない愛の対象として、自分よりも位が高い貴婦人に対して、恋愛詩を書き、永遠の忠誠を誓っていました(いわゆる騎士道精神)。こういう恋愛詩を王は奨励していたんだけど、それはそうすることでいちばん得するのが王だったからだ、という学説があるそうです。なぜなら、決して他の誰の手にも入れられない最高の貴婦人=妃を王そのひとは“所有”しているのであって、実は宮廷詩人が欲望していたのは貴婦人そのひと以上に最高の貴婦人を“所有”するために「王」になることだったから。ここに尊敬と嫉妬が生まれることで、逆に「下方」というものが相対的にできあがってくるわけです。これはいまでいうと、(あまりにもざっくり言ってしまうと、)たとえば異性愛者のセレブ女性の象徴に対するひとびとの尊敬のまなざしが、そのひとと婚姻関係を結ぶことのできるような異性愛者男性の象徴への羨望につながって、さらにはその男性の職業なり経済力なりがまさに欲望されることになるわけなんですけど(これを男女入れ替えても成り立つ)、すると「下方」というものが設定されることになって、このスケールのなかで非モテや同性愛者が差別されるということでしょう。
でも、同性愛者コミュニティのなかにもそれと類似した構造は少なからずあるはずなんじゃないのかな、とぼくは思ってるんですけれど、というのも、同性愛者間の欲望によって上下関係が生まれないということはありえないんじゃないのかな。そしてそのスケールは同時に、同性愛者から異性愛者を見たときにも関わってくるはずですし。
あるいは、同性愛者のなかにはそういった差別がほとんどないというのが事実だとすれば、それはそれでたいへんな可能性を同性愛者コミュニティは秘めていることになりますけれどもね。たとえば共産主義者のなかには、もしも完全な共産主義を実現させることができれば性差別さえ撤廃できると信じていたひとも多いから(現実の共産主義社会では一度もそうはならなかったわけですけれど)、そういう状態が現実的にあるのだとすれば共産主義者の理想の実現の手がかりになるのかも知れない。でも、現段階で、同性愛者コミュニティをそのような状態と見なすのは、ちょっと夢を見すぎているような気もする。
というのも、しばしばひとはひとが欲しがるものを欲しがるということがあって、それはどういうふうにできているかというと、まずある象徴があって、多くのひとがそれに対してぬかづくかたちで上下関係が形成されるでしょう。たとえば中世プロヴァンスの宮廷詩人(トルバドゥール)たちは、自分には決して望むこともできない愛の対象として、自分よりも位が高い貴婦人に対して、恋愛詩を書き、永遠の忠誠を誓っていました(いわゆる騎士道精神)。こういう恋愛詩を王は奨励していたんだけど、それはそうすることでいちばん得するのが王だったからだ、という学説があるそうです。なぜなら、決して他の誰の手にも入れられない最高の貴婦人=妃を王そのひとは“所有”しているのであって、実は宮廷詩人が欲望していたのは貴婦人そのひと以上に最高の貴婦人を“所有”するために「王」になることだったから。ここに尊敬と嫉妬が生まれることで、逆に「下方」というものが相対的にできあがってくるわけです。これはいまでいうと、(あまりにもざっくり言ってしまうと、)たとえば異性愛者のセレブ女性の象徴に対するひとびとの尊敬のまなざしが、そのひとと婚姻関係を結ぶことのできるような異性愛者男性の象徴への羨望につながって、さらにはその男性の職業なり経済力なりがまさに欲望されることになるわけなんですけど(これを男女入れ替えても成り立つ)、すると「下方」というものが設定されることになって、このスケールのなかで非モテや同性愛者が差別されるということでしょう。
でも、同性愛者コミュニティのなかにもそれと類似した構造は少なからずあるはずなんじゃないのかな、とぼくは思ってるんですけれど、というのも、同性愛者間の欲望によって上下関係が生まれないということはありえないんじゃないのかな。そしてそのスケールは同時に、同性愛者から異性愛者を見たときにも関わってくるはずですし。
あるいは、同性愛者のなかにはそういった差別がほとんどないというのが事実だとすれば、それはそれでたいへんな可能性を同性愛者コミュニティは秘めていることになりますけれどもね。たとえば共産主義者のなかには、もしも完全な共産主義を実現させることができれば性差別さえ撤廃できると信じていたひとも多いから(現実の共産主義社会では一度もそうはならなかったわけですけれど)、そういう状態が現実的にあるのだとすれば共産主義者の理想の実現の手がかりになるのかも知れない。でも、現段階で、同性愛者コミュニティをそのような状態と見なすのは、ちょっと夢を見すぎているような気もする。
異性愛者へ12の質問

この「同性愛者によく向けられる質問のパロディ」が「パロディ」という一見斜にかまえたエクスキューズしながら他者にヒエラルヒーを振りかざす根本原因=大欠点を、下の方で「「差別」の片務性の現れ 」と書きました。
そもそも恋愛とは、特定個人と特別な関係を取り結ぶこと、有る意味、その特定者とその他を個人的理由・嗜好で差別することに他なりません。そのようないわばベットの中での個々人【恋愛事情】と、「異性/同性」というような1【恋愛形態】に対する社会偏見を混ぜ、個々への「質問」=個人的【恋愛事情】経験のあぶりだし=カミングアウトという負を負担させた上で、この場で成り立たせようとしている異性愛以外【恋愛形態】優位構造(解答では異性愛事情しか表面化しない)しか見えてきていない形態片務性(=平場へのディスオリエンテーション)は続いてますから、苛立つスレとなるのでしょう。
異性愛者へ12の質問
まあ、差別の定義論になるなら、それこそ専門的な話になってくるし、ここではある程度一般的な意味で議論しても問題はないはず。
なにがどう「差別」か、というのは重大なテーマだけど、そもそもヘテロセクシズムやジェンダリズムが差別であり、(異性愛含む)クィアが今差別を受けてる事実はココの誰もが認めるところだ。・・・そのはず。
なので、正直そんなに見解の違いはないと思う。
ただ、私はここで注目すべきだと思ってるのは、既に指摘されたように、ヘテロセクシズム自体が被差別者だけの不利益ではない、ということ。
それはマジョリティの中のマイノリティの問題という意味だけではなく(というか、けっきょく「マジョリティの中のマイノリティ」というのは、たとえば障害者の異性愛者とか、ジェンダークィアの異性愛者、女性異性愛者ということで、それぞれ個別の差別を受けているケースと言えるから、「ヘテロセクシズムのみによる不利益」というのは複雑な背景を見失いかねない・・・。そもそも異性愛に基づく社会自体が純粋に「異性愛」規範・主義だけで構成されるのではなく、健常者主義や男性主義などとクロスして「正しい異性愛」社会を構成してるのは言うまでもない。そうしたマイノリティは、多数派の中で多種多様で個別な抑圧を受ける。誰もがマイノリティとマジョリティの側面を持つ、とはそういうことでしょう)、体制により利益を享受してる人すらも「加害者として」生きなけれならず、公平な社会と自身の人間性を損なわされているから。これは大きな不利益でしょ?
そういうところから脱出するために、ただ自分の差別行為をやめるだけでなく、自分の足場である構造を疑ったり、反差別運動の足を引っ張らないなどが重要になってくる。
そういうのを前提として、今の私はこの質問は扱っていきたい。
なにがどう「差別」か、というのは重大なテーマだけど、そもそもヘテロセクシズムやジェンダリズムが差別であり、(異性愛含む)クィアが今差別を受けてる事実はココの誰もが認めるところだ。・・・そのはず。
なので、正直そんなに見解の違いはないと思う。
ただ、私はここで注目すべきだと思ってるのは、既に指摘されたように、ヘテロセクシズム自体が被差別者だけの不利益ではない、ということ。
それはマジョリティの中のマイノリティの問題という意味だけではなく(というか、けっきょく「マジョリティの中のマイノリティ」というのは、たとえば障害者の異性愛者とか、ジェンダークィアの異性愛者、女性異性愛者ということで、それぞれ個別の差別を受けているケースと言えるから、「ヘテロセクシズムのみによる不利益」というのは複雑な背景を見失いかねない・・・。そもそも異性愛に基づく社会自体が純粋に「異性愛」規範・主義だけで構成されるのではなく、健常者主義や男性主義などとクロスして「正しい異性愛」社会を構成してるのは言うまでもない。そうしたマイノリティは、多数派の中で多種多様で個別な抑圧を受ける。誰もがマイノリティとマジョリティの側面を持つ、とはそういうことでしょう)、体制により利益を享受してる人すらも「加害者として」生きなけれならず、公平な社会と自身の人間性を損なわされているから。これは大きな不利益でしょ?
そういうところから脱出するために、ただ自分の差別行為をやめるだけでなく、自分の足場である構造を疑ったり、反差別運動の足を引っ張らないなどが重要になってくる。
そういうのを前提として、今の私はこの質問は扱っていきたい。
異性愛者へ12の質問
なんだか頭がこんがらがってきましたが(苦笑)、それはともかく。
差別一般でいえば私もとうぜん自分の差別的な行為により構造に加担しているのは明白だけど(私も差別行為をして生きてる)、その加担の仕方はポジションによって正に一様ではないでしょう。
そこらへんは「おもねる形で加担している」「特権を享受する加害性」あたりの議論で書いたとおりです(それぞれクロスするけれど、ともかく)。
なぜなら、差別構造は等しく誰にとっても共通の足場ですが、差別行為自体は当人のポジションによっては実行不可能なものもあるから。(少数派というか弱者側からは、強者を排除できない。というのはそういう意味のはず)
そして、社会的強者に対する暴行がヘイトクライムに加えられないように、似た行為でも背景が異なる場合、その行為の社会的意味も異なってくる。
で、2問目でも書いたけど、「いつ判断したか」が差別的な行為になるのは、まず一方にばかり問いかけ、ディスオリエンテーションを引き起こす構造が前提にあるためですね。
この意味で時に構造は個々の行為を(本人は無自覚であれ)差別行為としてからめとっていく。そんなわけで、そもそも“一方的な問いかけ”をする個々の行為自体が構造から要請されたものと言えそうだ。しかしながら、それだけではなくって、個々の行為が構造を支え強化する。・・・みたいな相互関係はあると思います。
差別一般でいえば私もとうぜん自分の差別的な行為により構造に加担しているのは明白だけど(私も差別行為をして生きてる)、その加担の仕方はポジションによって正に一様ではないでしょう。
そこらへんは「おもねる形で加担している」「特権を享受する加害性」あたりの議論で書いたとおりです(それぞれクロスするけれど、ともかく)。
なぜなら、差別構造は等しく誰にとっても共通の足場ですが、差別行為自体は当人のポジションによっては実行不可能なものもあるから。(少数派というか弱者側からは、強者を排除できない。というのはそういう意味のはず)
そして、社会的強者に対する暴行がヘイトクライムに加えられないように、似た行為でも背景が異なる場合、その行為の社会的意味も異なってくる。
で、2問目でも書いたけど、「いつ判断したか」が差別的な行為になるのは、まず一方にばかり問いかけ、ディスオリエンテーションを引き起こす構造が前提にあるためですね。
この意味で時に構造は個々の行為を(本人は無自覚であれ)差別行為としてからめとっていく。そんなわけで、そもそも“一方的な問いかけ”をする個々の行為自体が構造から要請されたものと言えそうだ。しかしながら、それだけではなくって、個々の行為が構造を支え強化する。・・・みたいな相互関係はあると思います。
異性愛者へ12の質問
異性愛者へ12の質問
異性愛者へ12の質問
正確にレスするのは私が混乱しているのでやめておく。ざっと。
・「加害者の覚悟」を引用して掲げている点でid:nodadaさんは対話できない人とは捉えない。と言うかこのキーワードに対話不可能な人がいるようには思えない。だから議論が無駄とは考えない。
・それでも口が悪いと言うのは議論の際に要らない軋轢を引き起こしがちなのでもったいないとは思う(まぁこれは別の話)。
・「差別」が「偏見や先入観などをもとに,特定の人々に対する不利益・不平等な扱い(をすること)」ならそれは多数・少数に拠らない。
強者の力を元にしようが貴族社会は差別である。しかしそれはマイノリティが受ける強権のない多数が無意識から送る抑圧と分けて考えられるべきかも。
・多数の個が不見識によって形作る抑圧は「社会構造」と呼ぶべきなのか、ちょっと違和感がある。うまく説明できないし大外れの可能性もあるが一応。
・うまい言葉が見つけられなかったが、お互いレスを付け合いながらお互いの論旨とずれたレスをしてるように見える。(上段から失礼)
・「俺には話しかけるな」ってのはハイクのシステム的に無理。「もうちょっと対象を正確に表現しろ」ってのはありかも知れないけど。
・「加害者の覚悟」を引用して掲げている点でid:nodadaさんは対話できない人とは捉えない。と言うかこのキーワードに対話不可能な人がいるようには思えない。だから議論が無駄とは考えない。
・それでも口が悪いと言うのは議論の際に要らない軋轢を引き起こしがちなのでもったいないとは思う(まぁこれは別の話)。
・「差別」が「偏見や先入観などをもとに,特定の人々に対する不利益・不平等な扱い(をすること)」ならそれは多数・少数に拠らない。
強者の力を元にしようが貴族社会は差別である。しかしそれはマイノリティが受ける強権のない多数が無意識から送る抑圧と分けて考えられるべきかも。
・多数の個が不見識によって形作る抑圧は「社会構造」と呼ぶべきなのか、ちょっと違和感がある。うまく説明できないし大外れの可能性もあるが一応。
・うまい言葉が見つけられなかったが、お互いレスを付け合いながらお互いの論旨とずれたレスをしてるように見える。(上段から失礼)
・「俺には話しかけるな」ってのはハイクのシステム的に無理。「もうちょっと対象を正確に表現しろ」ってのはありかも知れないけど。
異性愛者へ12の質問
あの質問を投げかけるキーワードを立てたのはあたしですが、今ここで見られる
わたし\回答者
の対立構図は、何かしら奇妙な対立にも思えます。
そもそも、少なくとも現在、この質問に対してどのようなアプローチをするのも自由なはずですが(むろん私自身を無視する形で書き込むことに私は抵抗はありません。一部荒らしは面倒ですが)、実際質問自体の問題を突き詰める事で、同性愛/異性愛という対立構図から少しだけ、いったん離れ、より構造の問題(しかも個別の立場から異なる問題が見えてくる、この構造の問題!)として、キーワードを扱えるようになってきてるはずです。
コレは実は、この質問に大きな意義が与えられ始めてる事を意味します。
ところで私は、現在第2問目まで「問い直し」作業をしていますが、それへのレスポンスは、私らへの反感に比べ、若干大人しげに見えます。
この質問を問題だと捉えるなら、本来この問い直しに向き合う必要がありますが、そこへの参加があまり積極的でないのは私の文章がいたらないせいでしょうか。それもおそらくあるでしょう。すいません。・・・ただ、それだけでしょうか?
この意味でも、私/回答者の対立構図は何か少しずつ芽生えているはずの問題意識を周縁化させてるように感じます。
わたし\回答者
の対立構図は、何かしら奇妙な対立にも思えます。
そもそも、少なくとも現在、この質問に対してどのようなアプローチをするのも自由なはずですが(むろん私自身を無視する形で書き込むことに私は抵抗はありません。一部荒らしは面倒ですが)、実際質問自体の問題を突き詰める事で、同性愛/異性愛という対立構図から少しだけ、いったん離れ、より構造の問題(しかも個別の立場から異なる問題が見えてくる、この構造の問題!)として、キーワードを扱えるようになってきてるはずです。
コレは実は、この質問に大きな意義が与えられ始めてる事を意味します。
ところで私は、現在第2問目まで「問い直し」作業をしていますが、それへのレスポンスは、私らへの反感に比べ、若干大人しげに見えます。
この質問を問題だと捉えるなら、本来この問い直しに向き合う必要がありますが、そこへの参加があまり積極的でないのは私の文章がいたらないせいでしょうか。それもおそらくあるでしょう。すいません。・・・ただ、それだけでしょうか?
この意味でも、私/回答者の対立構図は何か少しずつ芽生えているはずの問題意識を周縁化させてるように感じます。
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