弓削梨香ルート 7月17日 探し物は何でした? 弓削『遊佐、遊佐先輩』 遊佐「ん……弓削」 弓削『遊佐先輩のうそつき……』 弓削! 違うんだ! 曖昧な世界が反転するように、真っ白な世界と変わる。 遊佐「うわ、まぶし・・・」 母「起きたか、遊佐洲彬、バカ息子、昨日は先生つれてきたと思ったら今日は遅刻かい?」 遅刻? 時計を―― 遊佐「やべ、何で起こしてくれないの!」 母「昨日は早かったし。今日ももう行ったのかなと思ってね」 もう少し息子の動向を探ってください、お母様! 遊佐「ごめん今日も朝は――」 母「下種に食べさせるご飯は無い」 てか、時間がないな。うん。 何かお母様が仰ったようだけど気のせい。 母「あ、昨日破れたズボンは捨てておいたから」 ……容赦ないですわね。 とにかく、制服に着替えないと!ズボン、ズボン! 穿いて、ベルト絞めて財布をいれ―― 母「そういえばなんかズボンに、綺麗な髪留めが入ってたけどあれ誰の?」 !? 遊佐「髪留めって!」 母「大事なものならちゃんとしたものに入れな」 遊佐「何処にあった?」 母「ん?あんたがいつも財布を入れてるポケットのその奥。脱ぐ前に出さないから出し忘れるんだよ」 何でズボンの中に? 普通気づくだろ! 俺! 遊佐「それ!今はどこにあるの!」 母「まだ寝ぼけてるのかい。机の上、よくみな。よ〜く見るんだよ」 …… …………すみません次から片付けます。 遊佐「帰ったら片付けるよ……」 それは散らばった本の中で、光を浴びて輝いていた。 遊佐「これか!」 草原をイメージさせるような色使いで長方形の髪留めだった。 きらきらとしていてそれは、宝石のようで。弓削の話を聞かなくてもそれが大切なものだと分かるほどだった。 遊佐「弓削……、よかった」 母「バカ息子。女の子にプレゼントする前に、時間を厳守しな。遅刻は判定マイナス50点だよ」 やべ…… 遊佐「い、いってき……」 母「身嗜みは判定――」 遊佐「えぇっと、顔!歯磨き!」 昨日は昨日であわただしかったけど。なぜか今朝は時間に追われることが楽しかった。 走って走って走って走って―― 走り続けて約15分 遊佐「っっく〜」 きつい、きつすぎる。マラソンなんか比じゃないぞこれ! 身嗜みなんてしたって無駄になるぞ・・・ が! それもかまわない!まだいけるだろ俺の身体! ギアをトップに―― 霞「やっ、先輩おはよ! おっさきー」 遊佐「お、おうよ。おは……」 並んだと思ったら、早速抜かれたぞ俺!だからギアを最トップに! 井草「やっほー、朝からマラソン? 勝負!」 遊佐「勝負ってお前、自転車――」 井草「悔しかったら、遅刻しないようボクについて来るんだね」 遊佐「卑怯者〜〜!」 井草「じゃねー」 どいつもこいつも! 遊佐「弓削! 待ってろよ!」 後もう少し、ぎりぎり間に合うか?! 早乙女「閉門時間5分前!間に合いたい者は鍛錬と思い、死ぬつもりで走れ!」 ここまできたんだ、間に合わせてやるさ! って、あそこでへばってるのは中島 遊佐「中島ー!」 ……。 …………。 返事が無い……、ただのヘタレのようだ。 歩いてるけど、あいつ間に合わせる気が無いのか。なんか可哀相なゾンビを想像させるな 遊佐「おい、大丈夫か?」 リビングデッド・中島「遊佐、俺はもう……ダメだ、先にいってくれ」 ……時間が無いが、のってやろう。5分なら間に合うだろうし。 遊佐「中島!バカヤロウ!お前一人を置いていけるか!」 リビングデッド・中島「……ならこの荷物は任した!」 遊佐「…………あ?」 どさっ、と無理やりもってた鞄を背中のフックにかけられる。 遊佐「てめぇ!」 中島「ふははは、アディオス! アミーゴ!」 何が入ってるんだこれ!異常に重いぞてか、あいつ。 遊佐「待ちやがれ中島!」 ある程度予想はしてたけど……この荷物の重さは予想外。 早乙女「閉門時間1分前!まだ間に合うぞ、走れ走れ」 遊佐「く〜……」 重い……後50メートルくらいが異常に長く―― 早乙女「遊佐ー!生徒会役員なら底力を見せて走れ!」 生徒会役員は関係……あるな。弓削がしっかりしてるんだから俺もしっかりしないと。 力という力を脚にこめる。 あぁ……バランスが。 早乙女「しっかりせんか」 おぉ、いつの間にかこんなに近くに俺もなかなか 向うが来てくれたのか。 早乙女「一部始終は見せてもらった。お前も難儀だな、友の荷物を持ってやるとは」 遊佐「いや、俺は……」 早乙女「ほら、行くぞ」 やった少しは荷物を―― 早乙女「が、手は出さんからな、どんな理由があれ閉門時間はまもらねばならん」 さ、流石風紀委員。 叱咤激励をうけてやっと門の前へ立つ。 早乙女「お前が最後で――」 俺が通った後に門をガシャンと閉め。 早乙女「私の時計では、今が閉門時間だ」 そういって振り向いた後、靴箱へ。 遊佐「ありがと」 同じく靴箱に向かった。 ぎりぎり教室へ到着、代わらない風景の席に。 さっきまでの出来事の恨みをれず、まどの外を見る。 遊佐「結局見つかったのはいいけど、渡せそうなのは昼休みか」 10分くらいの休み時間じゃ1年の教室にはいけないだろうからな。 中島「何を渡すって?」 遊佐「てめぇ……」 中島「すまん、どうしても今日は遅刻したくなかったんだ。奢るから勘弁してくれ」 遊佐「…………仕方ない」 物でつられてやろう、今日は朝御飯も抜いたし。昼飯は学食って決定してるからな。 遊佐「だが、奢るって言ったからには。どうあれ奢ってもらうぜ?」 中島「え、あれ? 飢えてる?」 遊佐「……」 中島「そんな目で見ないでぇぇ」 中島、変な声を出すな。 片山先生「はいはい、賑やかなのは結構。HRはじめるわよー」 中島「さー、ディステニーが始まるぞー」 中島とふざけあいながらつまらない授業を受け流しつつ軽く勉強。 結局、何時もの時間すぎて昼休みに。やっぱり休み時間に弓削に会うことはできなかった。 先に会いに行ってもいいんだけど、あったら話ずっとしそうだし流石に腹減った。 中島にたからないとな。 中島「食いすぎだ……遊佐!俺の財布を空にするつもりか!」 目の前で、絶句しながら学食を口に運ぶ。 遊佐「そうか? 朝の件を帳消しにするには、このくらいは当然の報酬だろ?」 目の前にはカレー大盛りにその他もろもろのトッピング、隣にはパンの包装紙がくしゃくしゃにしておいてある。 中島「しかも何でそんなにがっついてるわけ……」 遊佐「んー、気にするな」 返事もそこそこに、満足するまでお腹に入れる。勿論、腹八分目ってのは忘れない。 時間はあんまりないしな、逢って話もしてたら5時限目すぐ来るぞ。 遊佐「ごっそさん」 中島「……お粗末さまでしたっ」 遊佐「さて、俺ちょっと行くとこがあるから行くぜ?」 中島「んだよ……だから急いでたのか。俺は淋しいぞ」 遊佐「はいはい……俺も淋しいですよと。んじゃ」 中島「あいよー」 遊佐「ん〜」 空気が変わる、陽射しが強い。 少しだけ足取りを早くして、弓削の教室へ。 少しぎこちない雰囲気、まだ学校に慣れていないのが分かる。笑いながら廊下をはしゃぐ奴なんているわけ無いか。 遊佐「ましてや、1年で生徒会委員のいる珍しいクラスの前ではなおさら……か」 教室を見渡す。数人と目が合って目をそらされた。 怪しい人じゃないのは分かってるよなぁ、まぁ2年生が着たらそりゃ少しは驚くだろ。 霞「あれぇ?先輩じゃないですか」 遊佐「お、霞ちゃん良いところに」 霞「なんですかー?」 っと……これは肌蹴すぎだぞ。落ち着け俺 遊佐「とりあえず服装をもうちょっと直そう、な?」 霞「え〜……梨香ちゃんと一緒の事言うんですねー。しかたないな〜」 遊佐「いや、一応俺も弓削と同じ生徒会員なんだが……」 霞「はい!これでど〜ですか?」 遊佐「ん」 霞「それで〜どうしたんですか。それを言いにきたんじゃないですよね?」 遊佐「そうそう、弓削みなかった?」 霞「梨香ちゃんですか?え〜……ごめんなさい、分からないです〜」 遊佐「いつ出て行ったか分かる?」 霞「そ〜いえば、近頃いつも休み時間になったら姿が見えなくなりますね〜。で、私は学食でしたので分からないです」 あ……そうだっけ。霞ちゃんも同じだった。ここにいても見つからないな。 遊佐「ありがと邪魔したな」 霞「なんか知らないけど、がんばってください」 遊佐「ん」 弓削の教室を後にする。 他にいきそうなのは〜…… あ、生徒会室!クーラーに涼みに着てるって言ってたな。 先に生徒会室覗いてから昼に来るべきだったな。 陽射しが一番強いこの時間に、締め切った部屋。それなのに人影が数名……。 『生徒会室 入るときはノック!』 すりガラスのど真ん中にお手製の注意書きが掲げられていた。 左端に甲賀先輩を書いたのか、可愛いキャラクターが胸を張っていた。 コンコン 遊佐「失礼します」 甲賀「遊佐クンも涼みにきたのかい」 古本屋のようにインクの匂いがたっぷりしみこんだ書類が律儀に積み上げられてる真ん中に甲賀先輩が陣取っていた。 妙に片付いている席を見る。 遊佐「いえ、それより弓削着ませんでした?」 甲賀「まだ来ていないね〜」 遊佐「他に行きそうなところとか分かります?」 甲賀「ん〜、クーラーはつけてるけど、あの子がくるほど熱くはないから。案外、君の教室に行ってるんじゃない?」 遊佐「なるほど、ありがとうございます」 甲賀「頑張れー、青春君」 小走りになって教室へ戻る、時計を見ると昼休みも20分をきっていた。 おなじみの風景を見送って……教室の前へ―― いないな……弓削なら教室前で待ってるだろうし。 聖「遊佐どうした? 息なんか荒げて」 ましろ「汗いっぱいでてるよ?」 遊佐「弓削来なかったか?」 聖「弓削?」 ましろ「聖ちゃん、甲賀先輩にいつも後ろについて回ってるあの子」 聖「あぁ、あの子か。いや、来ていないな」 ましろ「もし来たら、探してたって伝えてあげようか?」 遊佐「あ、ごめんありがと」 くそ……どこにいるんだよ。せっかく見つけたのに、今度は弓削がいないと意味が無いじゃないかよ。 すずめる場所といえば……あと屋上か。 行って帰ってくるだけでそれで昼休みがつぶれるけど仕方ない。 熱っ……。風が強くて涼しいけど直射日光は熱すぎる。 日陰じゃないと入れないぞこんな所……。 ドアの後ろ側に行ってみよう。丁度底辺りが陰になってるはず。 遊佐「誰かいませんかっと……」 いない…… よなぁ。 保健室は調べなかったけどまさかいないよな? 時間だし、戻り―― 遊佐「弓削!」 部室棟と校舎を繋ぐ通路に弓削の後姿をやっと見つける。 遊佐「そか……今なら部室棟のほうにいけば静かだし木陰もある」 なにより弓削の教室に近い。急いでも……間に合わないな。 少しくらい遅れてもよさそうだけど次の授業は片山先生、そうディステニー片山なのだ。 昨日の件もあるし遅れることは避けておこう。 中島「よっ、ぎりぎりじゃん。」 遊佐「あぶね〜」 時計を見るときっかり5時限目開始の時間。 片山先生「はい、チャイムなる前に席についてー。」 チャイムと同時に片山先生が入ってくる。眠いのにこれから地獄だな…… 中島「ハァハァ……何時見ても、あの太ももは国宝級だぜ」 若干1名、大興奮してるわけですが。 遊佐「中島、さっさと席につけよ〜」 中島「俺を虜にする太もも、全く恐ろしい…………フフフ」 発言がやばくなってきてますね、特に最後の笑いが。 遊佐「戻ってこい中島、そして席につけ」 中島の怪しいうわ言を聞き流しつつ、5時限目は終了。 放課後になると眠気と格闘も終わり、残すは生徒会活動のみ。 遊佐「失礼しまーす」 甲賀「っや」 遊佐「あれ?弓削は?」 甲賀「あ〜会えてなかったんだ。今日は仕事がないから弓削は他にいってるよ」 他?部活かなんかか? 遊佐「それで、甲賀先輩。弓削はどこに?」 甲賀「多分、部室棟の方に行ったんじゃないかな?」 遊佐「わかりました、行ってみます」 甲賀「弓道部にいると思うよ〜」 遊佐「ありがとうございます。」 甲賀「ん、青春ガンバ」 あんまり行ったことないけど、まぁ聞けば分かるだろ。 昼休みとか比較的静かだったのに、やっぱり放課後は部活動があるから結構にぎやかだな。 特に剣道なんかは掛け声と打ち込みの音で凄い。 早乙女「どうした、遊佐」 遊佐「お、いいところに」 タオルを片手に汗を拭いている早乙女がいた。 早乙女「何だ?部活に精を出したくなったのか?」 遊佐「いや、弓道部に顔を出したくなってさ。勝手に入っていいのかな?」 早乙女「問題ないと思うが、弓道でもやるのか」 遊佐「弓削が弓道部にいるって甲賀先輩に聞いてさ。」 早乙女「ふむ、女性目当てというのは好かんが。」 遊佐「用件があるんだ。ちょっと渡したいものがあってね。」 早乙女「そうかそれはすまなかった、入るときはちゃんと声をかけるように」 遊佐「ありがとう、恩に着る」 早乙女「着せた覚えは無いがな」 遊佐「はは、じゃ部活頑張って」 早乙女「ああ」 剣道部の隣の林をまたいだその先、弓道部の広い庭のようなものが見える。 遊佐「この学校の生徒なのにここには、はじめてきたような気がする」 剣道部とは違い、静かな雰囲気を漂わせる。 この場所だけ別の空間にいるみたいで、立ってるだけで鳥肌が立つよな。 顧問先生「君、うちに何かようかね?」 遊佐「すみません。ちょっと、中の人に渡したいものがあるんですけど入っていいですか?」 顧問先生「かまわないが皆、集中している。あまり騒ぐようなまねはしないでくれよ」 遊佐「はい」 俺だってそれぐらいの礼儀はあるぞ? 遊佐「失礼しまーす」 …………、返事はなく、ただあるのは風を切る音と的を射る音だけ。 ――電子音があったかと思うとそれが合図だったのか。敷地は静まり返る。 遊佐「あ……」 矢を取ってるわけか。確かに何も合図もないと危ないよな。っとそれより弓削を。 ずっと見渡してみる。 遊佐「いないな」 いない、奥で着替えでもしてるんだろうか? 遊佐「しばらく待ってみるか……」 ――― 一人の部員に目が留まる。小柄だがしっかりとした目つきは、まるで鷹のように。的を見つめていた。 遊佐「……」 綺麗だな、構えとか矢を射った後の真剣な顔とか。女性に対する綺麗じゃなくなんていうかこう。 俺にはわからないけど、あれが『洗練』されているってやつなんだろうな。 遊佐「本当に綺麗だ」 構えて、うつ。ただその動作だけがとても綺麗に見えた。 白い細いか弱そうな腕で矢を取り。 揺るりと構えて――― 次の瞬間には手から一線が放たれていた。 一線は、まっすぐと的の真横に当る。 しかし、それが当たり前の結果ように鋭い目つきのまま―― 次の矢をかまえる。 すぐさま構えて―― 討つ。 栗毛の長い髪は腰下まで届き、それなのに決してなびきはしなかった。 見ているだけで鳥肌が立ってくる。 遊佐「すげ……」 思わず口に出した言葉さえ周りの空気に吸い込まれていった。 ――電子音が鳴る。 彼女は目を細めて的をじっと見つめていた。 遊佐「あ、やべ」 弓削のこと聞かないと。撃ってる人は邪魔しちゃ悪いし、弓を調整してる子にきこう。 遊佐「すみません」 男子部員「はい?」 遊佐「ここに弓削梨香はいません?」 男子部員「弓削……梨香?そんな子部員にいたっけ?」 あれ?おかしいな 遊佐「甲賀先輩……じゃなくて生徒会長にここに居るって聞いたんですけど」 甲賀先輩っていってもわからないかもしれないしな。 男子部員「ちょっとまってて部長よんでくる」 ゆっくりと立ち上がるとすぐ近くに居た上級生らしい女生徒に話をしていた。 弓道部部長「生徒会の人がきたって言うから何事かと思ったじゃない」 男子部員「すみません」 遊佐「あ、ども。お邪魔してすみません」 弓道部部長「いいわ、でも梨香ちゃんね。 遊佐「はい」 弓道部部長「ならあそこに居るじゃない。さっきからずっと」 遊佐「へ?」 指をさしたほうを見てみる。 …… よく見れば確かにその面影はあるけど…… 弓道部部長「呼んできてあげるから君はそこで待ってなさい。」 遊佐「は、はい」 音も立てず指を指した方へ歩いてゆく。 タイミングを見計らって話をしているみたいだった。 疑問の顔を浮かべこちらにふりむき―― 弓削「遊佐先輩?」 愛らしい何時もの聞きなれた声が届く。 驚いた、髪をほどくだけで弓削って凄い綺麗だ。 凛とした目つきは柔らかく変わり、何時もとはまた違う雰囲気のまま。こちらをじっと見つめていた。 はっきり言って、やばい。 あれは、やばい。 自分の血液を送る機関がギアを一段上げた感じ。 遊佐「よ!じゃない!ほら弓削これ!」 あわてて手を差し出す 弓削「……っ」 弓削はすぐ手に取らずに髪留めを見た後―― 涙目で笑った。 遊佐「先輩の意地を甘く見るなよ?」 いつもと違う髪型の頭を優しく撫でてやる。 大人しく目尻に涙をためて撫でられている様子は、さっきとは違い可愛かった。 弓削「あぅ…」 弓削の声で我に返る、恥ずかしくなったので慌てて取り繕う。 遊佐「で、でな。意外なところに――」 弓道部部長「お二人さん、長くなるようだったら。外で休暇してくれないか?」 弓道部部長「流石に他の部員も気になってきてるみたいだから。」 弓削「すみません!!休暇してきます」 遊佐「お、おい、待て引っ張るな」 急に手を引かれ慌てて後を追う。 弓道部部長「あーーー今日はあっっっっついわねー!」 スミマセン。 いてて、そんなに握り締められても。逃げはしないって。意外と握力あるんだな。 木陰を見つけるとやっと立ち止まってくれる。 遊佐「急がなくても良いだろ」 弓削「あ、いえ、その〜…」 遊佐「ん?」 弓削が焦ってるようだが。内心、俺がかなり焦っていたりする。 弓削「弓道部の皆さんに、迷惑かけるのはいけませんから!」 遊佐「渡したらすぐ帰るつもりだったんだがな。弓道部には迷惑――」 弓削「全然迷惑じゃないです!あ私は」 どっちだ? 遊佐「とにかく落ち着け、見つかったのが嬉しいのは分かるから」 弓削「いえ!あ、ありがとうございます」 ぺこりと勢いよく頭を下げる弓削。 とにかく落ち着いてくれ……。 弓削「それで遊佐先輩――」 遊佐「あ、あった場所な?」 弓削「え……あ、はい」 遊佐「俺のポケット」 弓削「……え?」 遊佐「だから俺のポケット」 弓削「嘘じゃないですよね?」 遊佐「嘘じゃないぞ、でもポケットに入ったら普通気がつくよなぁ。すまん」 弓削「あ、いえそういう意味じゃないんです。どうしてポケットにってことです」 遊佐「それはだな、理由としては」 弓削「理由としては?」 遊佐「打ち上げの時一緒に歌っただろ?」 弓削「はい!一緒に歌いました、遊佐先輩巧くてついていくのががやっとで」 遊佐「あの後、弓削俺に抱きついて大喜びしただろ?」 弓削「はい!抱きつきまし――」 見る見る赤くなっていく、それが夕暮れ時とか関係なく。 遠くからも見えるんじゃないだろうか。 遊佐「あの時たまたま、入ったとしか」 弓削「え? あ、あの私、本当にその時その……」 遊佐「?」 弓削「抱きついたんですか?」 遊佐「だな」 さらに赤く染まっていく顔 弓削「っっっっ!?す、すみません!スミマセン!!」 何を謝ってるんだ? またあわてだしておかしいぞ? 遊佐「だから少しは落ち着けって」 弓削「は、ハイ! あの私、興奮したり驚いたりすると何も考えないでその時したいことをしちゃうんです」 あぁ……それで。 今はさしずめ興奮して理由を説明したいわけだな。それと、『これ』もだな。 遊佐「そっか、ならとりあえず落ち着いてさ」 弓削「はい、ちょっと待ってください」 すー っと片手を胸にあて深呼吸をする。 弓削「よし!」 遊佐「ん、それでだな」 弓削「はい」 遊佐「弓道場からずっと握ってる手を放してくれないか?このままでもいいけど、流石に」 弓削「へ?ひゃ!」 あわてて手を放す。 放された手は外が涼しいと感じるほど熱かった。 中にあった髪留めもしっとりぬれているくらいだ。 弓削「ごっご、ごめんなさい!」 遊佐「クセなら気にするな。あと謝りすぎ次ぎ謝ったら〜……そだなちょっと髪をくしゃくしゃにするぞ?」 俺も嬉かったりするしな。 弓削「ごめんなさい……」 遊佐「ん、1回目」 クシャクシャと髪を撫でてやる 弓削「あぅ……」 …… …………。 ……ごめん! 妹とかいないけど、こんな妹なら俺、大歓迎!幻想でもいい! 撫でた後に軽く髪を手ですいてみる。 遊佐「ほぅ……これはこれは」 計り知れないほどさらさらだった。 無意識に髪全体を触りたくなって―― 弓削「ん……」 弓削の声ですべきことを思い出す。 それと同時に髪をすいていた手をどける。 遊佐「すまん!ほ、ほら弓削!」 髪留めを差し出す。 弓削「……?」 弓削「…………あ!」 弓削「ありがとうございます」 遊佐「ん」 弓削「はぁ……よかった……」 遊佐「すまん、本当に渡すの遅くなっちまって」 弓削「いいえ、遊佐先輩が見つけてくれたのなら、何でもいいです」 大事そうに、両手で受け取った髪留めを早速下ろしていた髪に付けだす。 何時もの髪型にはならないんだな。 遊佐「で、ずっと聞きたかったんだがその髪型どうしたんだ?」 弓削「これですか?」 さらりと、弓削が肩のほうから髪を手に取る。 仕草はそのままだが、まるで弓削が弓削じゃないみたいだ。 弓削「ここにきてる時だけ髪を下ろすんです、両方に分けると邪魔になりますから」 遊佐「確かに邪魔になるかもしれないな」 弓削「それに、髪を下ろすと何か集中できる気がして」 弓削「でも……今日は、あたってくれるイメージがわかなくて……」 遊佐「心配事があったからだろ?」 弓削「違うと思います」 遊佐「じゃなんで?」 弓削「分かりません……」 分からない……か 弓削「でも、今なら絶対出来る気がします」 遊佐「そっか、なら今撃って――」 弓削「いいえ、今は他にやるべきことを見つけました」 遊佐「見つけた?でも折角、自信が出たのに」 弓削「遊佐先輩、今なら絶対出来るんです。どんな事があろうと、どんな事になろうと」 ?それは自信があるって事か? 弓削「射るための的なら最初からいりません。狙えば良いだけですから」 言ってる意味が分からないんだが…… 遊佐「なんか難しいな」 弓削「要するに、イメージできなかっただけです」 満面の笑みで弓削がじっっと見つめてくる。 遊佐「そっか」 むぅ、釈然としないが弓削がそういってるのならそうなんだろう。 弓削「まずは」 遊佐「まずは?」 弓削「一緒に帰りましょう!」 遊佐「は?」 弓削「ちょっと待っててください!すぐに準備してきますから!」 遊佐「お、おう」 珍しい帰り道。少しだけ違う時間、少しだけ違う風景になぜか居心地よさを感じる。 弓削「で……」 遊佐「…………」 弓削「遊佐先輩聞いてます?」 遊佐「!すまん」 弓削「疲れてるんですか?」 遊佐「いや、違うんだ」 見ほれてたって言ったら、また真っ赤になって可愛いんだろうな。 でも、今は冗談がいえないな。なにより 綺麗過ぎる。 弓削「寝てない―――」 弓削「遊佐先輩こっち見てください」 何だ?前の弓削みたいにクマなんか出てないぞ。ちゃんと寝たし。 ってかちょっと恐いぞ 弓削「昨日の事、片山先生から聞きました。それと朝の件も」 っげ……しまった。 そりゃ、そうだよなぁ……生徒会員で生徒会長の補佐もかねてるはずだからそれは耳に入らなきゃおかしい。 遊佐「あ……あれはだな」 弓削「言い訳は聞きません。聞きたくありません」 遊佐「し、仕方ないだろう!?」 弓削「遊佐先輩は人に『無理をするな』とか『休め』とか言ってるわりに卑怯ですね。」 遊佐「先輩の言うことは聞くもんだ!大体だな――」 弓削「少々、対処しなければなりませんね」 …………。 こえー…… この目つき刃向かったら眉間を打ち抜かれそうだぞ! 弓削「そうですね、今後明日からちゃんと送れないよう補導されないよう監視する必要があります」 遊佐「っは?」 弓削「それと栄養管理面でも朝食を抜いたり、昼食を学食で済ましているしてるようですからそこも対処しましょう」 な……何をいってるんだ? 分かれ道に立つ、まっすぐ行った先には何時もの帰り道が見えた。 弓削「明日から夏休みまで登校する時に7時にここへ集合。昼食は私が持っていきますので」 はいぃぃぃぃ?! 遊佐「え、はぁ?」 弓削「……だからですね……」 淡々としゃべっていた顔がだんだん顔を赤らめて―― 弓削「一緒に登校してお昼は私のお弁当でかまいませんかっっ」 なんか息も荒げてるんだが……まさかあの目つきとかは全部……カムフラージュか? 遊佐「あ、いゃ。弓削がそれでかまわないのなら……というかお願いします…………」 あまりの出来事に拍子抜けしてしまう。 弓削「や、やった!こちらこそよろしくお願い――じゃなくて任せてください!」 そういって思いっきり走っていった。 揺れる髪はいつもどおりの弓削の後姿だった。 ただ違うとしたら。 遊佐「いや、でもなぁ?」 凄く綺麗だったあの姿と、泣きそうな笑顔がこの後ずっと消えずにいたことだった。 遊佐「なんか柄にも無く、走りたくなったな俺も」 まるで宝物を見つけた子供のように……。 蒼く暮れかけた町並みは、本当に子供の頃に戻ったようだった。