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ホラーゲームバトルロワイアル 第屍幕

1 :ゲーム好き名無しさん:2011/12/13(火) 21:01:49.04 ID:Bn/rWlpV0
ここは、様々なホラーゲームのキャラクター達がそれぞれに不思議な経緯により
"ある場所"へと招き寄せられ、異常な状況下で生き残り生還することが出来るかという物語を綴る、
パロロワ派生の参加型リレー式二次創作スレッドです。

企画への参加はどなたでもOKです。
興味を持たれた方は、まずはまとめWikiからご覧下さい。


・まとめWiki
ttp://www23.atwiki.jp/deruze/
・したらば掲示板
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/13999/

・企画発祥スレ
ホラーゲームバトルロワイアル企画スレ
ttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/event/1201873545/
・過去スレ
ttp://game13.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1209650564(第一幕)
ttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1285236575/(第二幕)
ttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1299388606/(第惨幕)



詳しいルール・解説は>>2以降

2 :ゲーム好き名無しさん:2011/12/13(火) 21:03:29.44 ID:Bn/rWlpV0
【基本ルール】
・様々な時代、世界から様々な形で「サイレントヒル "らしき" 場所」へと招かれた「呼ばれし者」達は、
 「何らかの手段」を講じなければそこから出ることは出来ない「らしい」。
 この「場所」には「クリーチャー」が徘徊しており、「呼ばれし者」に襲いかかってくる。
 「町にいる他の呼ばれし者達を滅ぼす」事で、解放される「らしい」という話もあるが、詳細は不明。
 何故呼ばれたか、呼ばれたことに意味があるのかなどは現段階では不明。


【「呼ばれし者」と「クリーチャー」】
・新しい参加者(呼ばれし者)、クリーチャーを登場させる際には、出典と詳細情報を書く。
 (参加者枠は既に定員に達している為、新たな「呼ばれし者」を登場させる事は不可)
 出来る限り、該当ゲームをプレイしていなくとも書ける様にし、
 また曖昧にしか分からない部分なども含め、ここやSS内で示された以上の事は無理に書かなくても良い。
 他の書き手が必ずしも出典元を参照できるとは限らないことを前提に、
 SS内や補足情報で巧く補完することを心がけ、ルートによるゲーム内での変化なども含めて、
 ある程度「いいとこどり」でも調整する方向で。

・ゲームならではのお遊びやシステム上の都合としての不自然さなどは、無理に持ち込まない様にする。
 (『サイレントヒル』のUFOエンドや犬エンド、『バイオハザード』の豆腐モードからキャラを出す等)

・「呼ばれし者」は、呼ばれたときのアイテム、能力をそのまま持っている。ただし、必ずしも元通りに使えるとは限らない。
 
・アイテムはこの「場所」の中で様々なものを得ることもあるが、持ちうる範囲を超えて持ち運ぶことはない。
 あまりに展開上不自然なもの、展開を妨げうるものなどは考慮が必要。
 (逆に展開に不自然さがなければ、ちょwwこんな所にロケランあったんだけどww、というのもあり)

・この場所にいる際には、「呼ばれし者」同士、多言語での会話が可能。知らない言葉でも何故か意味が伝わる。

・アイテムは現実に存在するもの、又は既存のホラーゲームに登場するものを出典として持たせる、登場させる事が出来る。
 登場させたSSの最後に、出典と共にその内容に関しての解説を記しておく。

・「クリーチャー」は、この「場所」に置いて、各々の元の性質に近い行動をとる。
 場合によっては「呼ばれし者」が「クリーチャー」に転ずることもある。

・クリーチャーの初期情報を書く際のおおまかな能力基準は以下を元に。

 [能力の★について]
 ★ … 一般人以下。虚弱、病弱。愚鈍。
 ★★ … 一般人並み。特殊な訓練や能力のない人間キャラと同等。
 ★★★ … 一般人の中でも頑強。特殊な訓練をしている、軍属、アスリートレベルの身体能力など。
 ★★★★ … 人外の能力。野生の猛獣並みの身体能力など。
 ★★★★★ … 人外にして超越。不死、半不死等。




3 :ゲーム好き名無しさん:2011/12/13(火) 21:03:50.33 ID:Bn/rWlpV0
【エリアと地図】
・エリアは、特別な施設名以外は、大まかな位置を地名で表記する。
 進入や移動に制限のある場所、施設などはその旨も表記する。
 後のSSでは、それら既出の位置関係を元に展開させる。
 地図は、SSに描かれて内容から随時設定される。また、進行によって変化することもある。

【サイレンと裏世界】
・物語内時間では一日目の18時から6時間毎に「サイレン」が鳴り「特別なイベント」が起きる。
 「特別なイベント」には、「世界/地形が変容する」、「新たなもの/施設などが呼ばれる」、
 「クリーチャーが現れる」、「屍人が起きあがる」 等、様々なものがあり、
 実際にどういうイベントが起きるかはその時の展開などにより決められる。
 
・サイレンが何なのかは現段階では不明。

【作中での時間表記】
 深夜:0〜2時
 黎明:2〜4時
 早朝:4〜6時

 朝:6〜8時
 午前:8〜10時
 昼:10〜12時

 日中:12〜14時
 午後:14〜16時
 夕刻:16〜18時

 夜:18〜20時
 夜中:20〜22時
 真夜中:22〜24時

(OPの時刻は夕刻:16〜18時)

4 :ゲーム好き名無しさん:2011/12/13(火) 21:04:08.07 ID:Bn/rWlpV0
【書き手の注意点】
作品(SS)を書き込む際などにはトリップを推奨。SSの最後には状態表を記載し、投下終了したことを明示する。
障害、書き込み制限などで書き込みが出来ない場合は、したらば掲示板を活用し、
出来ればその旨を代行書き込みなどを利用して本スレに書くか、代理投下をして貰う。
以前書かれたSSや、元となった作品設定などとの明らかな矛盾、事実誤認、企画進行に支障をきたす不自然な展開などがある場合、
話し合いなどにより修正、破棄を行うこともある。ホラーなのはSSの中のみで。進行はノーホラーに行きましょう。

【予約制度】
一定期間特定のキャラを優先して書く権利が与えられるシステム。
このロワでは任意制となっているが、複数の書き手が同一キャラを扱った場合、
先に予約した者が優越し、一定の正当性を持つ性質は変わらない。

予約をする場合は、トリップを付けて本スレか、したらばの投下スレで該当キャラクター、クリーチャー名を書き込むこと。
予約期間の最中に他の書き手は、該当キャラクター及びクリーチャーのSSは投下できない。
期限が過ぎた場合は予約は破棄されたものと扱い、予約した書き手以外の方でも予約したりSSを投下したり出来る。
期限を過ぎても、他の人の予約やSSが入らない場合はそのまま投下できる。

・基本予約期限5日間。
・延長期限3日間。
・予約期限が切れた後は予約破棄。
・予約破棄から5日間は同じパートを再度予約出来ない。(ただしSSが完成すれば投下は可能)
・予約出来るのは基本的に1つの話にまとめられるパートのみ。
 1つの話にまとめられない全く別のパートを同時に予約を出来ない。

おまけ
トリップ作成テストツール
ttp://www.dawgsdk.org/tripmona/tools

【読み手の心得】
・このスレは投下・雑談を兼用しています。きたんなく雑談しましょう。
・この企画ではどのキャラもバイオ2のガンショップの親父の様にあっさり死ぬ可能性があります。
・好きなキャラがピンチになっても騒がない、愚痴らない。
・好きなキャラが死んでも泣かない、絡まない。
・荒らしは透明あぼーん推奨。
・批判意見に対する過度な擁護は、事態を泥沼化させる元です。
 同じ意見に基づいた擁護レスを見つけたら、書き込むのを止めましょう。
・擁護レスに対する噛み付きは、事態を泥沼化させる元です。
 修正要望を満たしていない場合、自分の意見を押し通そうとするのは止めましょう。
・「空気嫁」は、言っている本人が一番空気を読めていない諸刃の剣。玄人でもお勧めしません。
・「フラグ潰し」はNGワード。2chのリレー小説に完璧なクオリティなんてものは存在しません。
 やり場のない気持ちや怒りをぶつける前に、TVを付けてラジオ体操でもしてみましょう。
 冷たい牛乳を飲んでカルシウムを摂取したり、一旦眠ったりするのも効果的です。
・感想は書き手の心の糧です。指摘は書き手の腕の研ぎ石です。
 丁寧な感想や鋭い指摘は、書き手のモチベーションを上げ、引いては作品の質の向上に繋がります。
・ロワスレの繁栄や良作を望むなら、書き手のモチベーションを下げるような行動は極力慎みましょう。


5 :ゲーム好き名無しさん:2011/12/13(火) 21:04:43.52 ID:Bn/rWlpV0
【呼ばれし者一覧】(31/50)

【トワイライト・シンドローム】(2/3)
○岸井ミカ/●逸島チサト/○長谷川ユカリ
【SIREN】(3/6)
○須田恭也/○宮田司郎 /●美浜奈保子/○八尾比沙子/●神代美耶子/●牧野慶
【SIREN2】(3/4)
○阿部倉司/●藤田茂/○三沢岳明/○太田ともえ
【学校であった怖い話】(2/5)
●日野貞夫/○新堂誠/●岩下明美/●風間望/○福沢玲子
【ひぐらしのなく頃に】(3/6)
○前原圭一/●竜宮レナ/●園崎魅音/●園崎詩音/○古手梨花/○鷹野三四
【流行り神】(4/4)
○風海純也/○霧崎水明/○式部人見/○小暮宗一郎
【サイレントヒル】(2/3)
○ハリー・メイソン/○シビル・ベネット/●マイケル・カウフマン
【サイレントヒル2】(1/2)
●ジェイムス・サンダーランド/○エディー・ドンブラウスキー
【サイレントヒル3】(2/3)
○ヘザー・モリス/●ダグラス・カートランド/○クローディア・ウルフ
【バイオハザードアンブレラ・クロニクルズ】(2/4)
○ジル・バレンタイン/●カルロス・オリヴェイラ/○ハンク/●ブラッド・ヴィッカーズ
【バイオハザード2】(1/2)
○レオン・S・ケネディ/●シェリー・バーキン
【バイオハザードアウトブレイク】(1/3)
●ケビン・ライマン/●ヨーコ・スズキ/○ジム・チャップマン
【零〜zero〜】(3/3)
○雛咲深紅/○雛咲真冬/○霧絵
【クロックタワー2】(2/2)
○ジェニファー・シンプソン/○エドワード(シザーマン)



6 :ゲーム好き名無しさん:2011/12/13(火) 21:05:28.08 ID:Bn/rWlpV0

【登場クリーチャー一覧】

【複数存在】(15)
【SIRENシリーズ】(2)
○屍人/○古のもの(屍人、闇人)
【サイレントヒルシリーズ】(5)
○レッドピラミッドシング/○バブルヘッドナース/○ロビー/○ライイングフィギュア/○ナイト・フラッター
【バイオハザードシリーズ】(6)
○ゾンビ/○ケルベロス/○タイラント/○ハンター/○プラーガ/○ラージ・ローチ
【零シリーズ】 (1)
○幽霊
【流行り神シリーズ】 (1)
○死者の霊魂

【唯一存在】(6/7)
【バイオハザードシリーズ】(3/3)
○女王ヒル(@北条沙都子)/○ヨーン/○デルラゴ
【学校であった怖い話】(0/1)
●人形(荒井昭二)
【トワイライトシンドローム】(1/1)
○花子さん
【ひぐらしのなく頃に】(1/1)
○羽入
【サイレントヒルシリーズ】(1/1)
○スプリットヘッド


7 :ゲーム好き名無しさん:2011/12/13(火) 22:05:47.09 ID:8zQ1XYBC0
            <   ヒャッハー!スレ立て乙だー!    >
             //∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨
            n    ∧ =   ∧          ____ | | |
        ,、,、. l l   /::;;ヽ    /;;:::ヽ    =  |__  | ̄
      _ ( ´ロ`),! |  /::::::;;;;ヽ.= /;;;;::::::ヽ        _/ ./ ミ
     ιニニ   \/::::::::::;;;;;ヽ三/;;;;;::::::::::ヽ      |__/
    /     \  ∠::::::::::::;;;/三\;;;::::::::::/ヽ          ___    ヾ
            \    /, i ! .= i  ̄´ノ__!_       |___| ┌┐
  /         ,, `=- | | |  三 |`''ヽ〈 __,, ヽ       ___/ /
          / / ̄二ノ ノ = !、_nm\,ヽ、\    |___/   ‖
 i |      / ./ / |` ヽノ = ヽ.__,,ノ、  ヽ''  ヽ、   _____, -、
       /  ´  /  /     三     ヽ\      ̄ ̄      !
 ヽヽ  /     /  /    . 三      \ヽ、 _    __   ( 、Ц, )←>>1
    ナ/    /  (      = ヽ、    ヽ    ̄ ̄/ ノ∨ ̄∨
   //(、Ц , | |   ヽ,____;_ 三_,______;_ i'^、_,, -ー''´  彡
  /,,ノ  ∨ ∨| | .― | |_ヽ三    ||   | =`''ー---‐‐''´
         | |    ノ 」   三    ,|.|:  |
         し   `ー´    .= ヽ,,_>,__ >



8 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:35:58.54 ID:g9+G3fS70
 (一)

 空になった弾倉を入れ替えながら、ハンクは己が視ているものに対して首を傾げた。
 "研究所"と手軽な方法で訂正された看板には"ラクーン大学"と書かれている。懐中電灯を仕舞って、マスクを被り直す。
 白と黒で構成された世界に鎮座する、風格を感じさせる洋館めいた建築物。その三階部分にちらちらと光が見えた。先客がいるようだ。
 ハンクは溜息を吐いて、方向を変えた。
 誰かがいると分かった以上、正面から侵入するのは得策ではない。もし、三階にいる人間がこちらに害意を持つ相手であれば、格好の狙撃ポイントを取られたことになる。
 そうでなかったとしても、こちらの位置を既に把握されるような事態だけは避けたかった。有利にことを運ぶためには、如何に相手よりも情報を多く集められるかにある。
 なにより、相手を過小評価しないこと――。
 もっとも、相手は既にハンクに居場所を知らせるような悪手を打っている。そこから、少なくとも狙撃のために三階にいるわけではないと推察できる。
 しかしながら、襲いかかってきた"U.S.S."の同胞たちや、気の触れた東洋人のようなケースを除外できるほど楽観的にもなれなかった。
 少し通りを行くと、大学の裏側に出た。柵を乗り越え、ハンクは放置された車両の影に潜みながら校舎に近づいていく。
 周囲に気を張りながらも、芽生えた奇妙な感覚を消すことはできなかった。
 額面通り受け取れば、あれが"ラクーン大学"ということになる。
 それが腑に落ちない。他所の土地にも"ラクーン大学"というものはあるのかもしれない。しかし、"アライグマ"の大学に通う学生の羞恥は想像に余りある。まともな考えの親なら、そんな大学に子供を通わせたりはしまい。
 マンハッタンでもないのに、わざわざ"酔っ払い"の大学と名づけるようなものだ。
 どちらにせよ、そのような大学施設は経営的に存在しえないことは火を見るより明らかだ。紛らわしいので必ず訴訟の対象となるだろう。なにせアメリカ人は訴訟が大好きだ。
 そうなると、これは紛れもなく"ラクーン大学"という可能性しか残らなくなる。だが、それはそれで納得しがたい。
 だが、任務の前に頭に叩き込んだラクーンシティーの知識――その中に含まれていた"ラクーン大学"の校舎やその関連施設と目の前の風景は一致するのだ。おそらくは構造も一緒だろう。違うとすれば、河ではなく湖が傍にあることぐらいか。
 何か大がかりな悪戯に巻き込まれているのか。それとも、単に悪い夢を見ているのか。
 前者は、己が盤上にいる内は確かめようがない。
 後者は頬を張れば分かるらしいが、かつて夢の中で実行して痛みがあったことを思い出して直前でやめた。
 構えていた拳を解き、十分に接近した建物を観察する。一階の窓ガラスにライトのものらしき光が見えた。別の入り口をと首を巡らすも、目視できる扉は建物の中央付近の一つだけだ。しかも、電子ロックらしき機器が備え付けられている。
 待つことは苦でないが、しかし肝心の侵入経路に支障が出来てしまった。
 扉は如何にも頑強に作ってあり、蝶番を破壊するのも現状の装備では難しいだろう。下手に音を鳴らせば、先客に気付かれるだけでなく、要らぬ来客を引き寄せてしまうかもしれない。
 電子ロックが機能していない可能性を期待するのは元より愚かでしかない。
 もっと迅速かつ理知的で合理的な手段が必要だ――。

「……ひとまず、その辺の窓撃ち抜くか――」

 ふと、聞き慣れたローター音を耳が拾った。ハンクは上空を見上げた。その響きは、段々と夜の空気を大きく震わせていく。
 音は大学のすぐ上空ほどで漂っているのに、視界には星ひとつない夜空が広がるだけだ。
 ただただ夜の静寂が乱されていく。眠りを妨げられたか、駐車場の奥から怒りに満ち満ちた吼え声が上がった。
 即座に銃を構えたハンクの目に映ったのは、重々しい響きと共に突進してくる禿頭の大男だった。


9 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:36:19.16 ID:g9+G3fS70

(二)

 深紅の持つライトの光が"研究所"の纏う夜闇を剥いでいく。しかし、その光の輪は心許なく、返って"研究所"の広大さと不気味さを増幅させているように思えた。
 静寂に包まれた敷地は大半が闇の中にあり、取り返しのつかない袋小路に迷い込まされてしまったような不安感がしこりの様に広がっていく。
 植物か何かのように壁面を覆う血錆の装飾も然るところながら、"ラクーン大学"と記された看板に上書きされた血文字を見てしまったことがそう思わせるのだろう。
 警戒とは裏腹に、問題なくホテルから出られたこと、そしてこの大学に来るまで特段何もなかったことが罠という印象を強固なものにしていく。
 何かがいるはずなのだ。ゾンビたちを潰れた肉片に変えるような大物が――。
 誠は背中にかかる気障りな重みに内心舌打ちしながら、先行する深紅の背中を追った。圭一のどこか軽い足音がすぐ後に続く。
 幽霊が教える、得体の知れない薬――。それに頼らざるをえない状況が非常に腹立たしかった。日野が提案した、"クラブ活動"の余興を思い出し、臍を噛む。これまで使い捨ててきた玩具たちの嘲笑が今にも聞こえてきそうだ。

「――あれ、行き止まり?」
 
 深紅の戸惑いの声があがる。目を凝らせば、数メートル先に鉄柵が立ちふさがり、その先で石畳が途切れているようだ。
 ライトの移動に合わせて視線を這わせると、光の中に弧を描く縁が現れた。広場に大きな穴が空いているようだが、行く手を寸断するほどのものではない。別のルートを探す必要がないことに安堵の吐息をつく。
 穴の縁に、コンソールの様な影が視えた。

「……何の穴なんだろうな。やたら深いみたいだし」
「知るかよ。薬と無関係なことに気ぃ逸らしてねえで、もっと集中しろ」

 好奇心のままに呟いた圭一に対し、棘を隠さずに誠は告げた。襲撃を受けた際、一番不利なのは己だ。当然ジェニファーは捨てるにしても、そのために回避行動が遅れることは否めない。
 これまでのように圭一が応戦してくれるとは思うものの、それを信用しきることは愚かだ。万が一はどのようなときも存在する。それをカバーできるのは、結局己自身でしかない。

「――あっ!」
「今度はなんだ?」

 こちらの舌の根が乾かぬうちにまた声を上げた圭一に、誠は思わず足を止めて振り返った。一拍遅れて、上方に向けられた圭一の顔が照らし出される。

「上の方で何か光った……ような」
「光ったのか光ってないのか、どっちだ?」
「いや、目の端にチラッてしただけだから……気のせいかもしれないけど」

 語気の荒さに驚いたのか、圭一はばつが悪そうに言葉を濁した。

「誰かいるのかも。これまでも銃声が聞こえてきましたし」
「雛咲、"ヨーコさん"に偵察頼めるか?」
「………………。無理そうです。ここに来てから何故か感情が昂ぶってて、まともに答えてくれません」
「役立たずめ。だから地に足のついてねえやつは信用できねえんだ」

 吐き捨てる。ホテルを無傷で脱出できたのはヨーコの存在が大きかったが、"今"使えないのならば無意味だ。深紅が僅かに息を詰まらせた。
 緩やかな階段を上がり、深紅が年季のこもった扉を開ける。
 潜ると、弾力すら感じられそうな血生臭い空気が誠たちを出迎えた。
 エントランスホールは二階部分まで吹き抜けになっており、廻廊がこちらを見下ろしている。
 中央には受付らしきカウンターと大きな階段が据えられており、大学というよりも金持ちの屋敷かホテルのような装いだ。ビバリーヒルズ青春白書に出てくる大学もこのようなものであったが。
 内部も外と変わらず、不気味な静けさに包まれている。

10 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:36:35.36 ID:g9+G3fS70

「ヨーコさんが言っています。ここの三階に、薬を生成する機械……? があるみたいです。向こうの扉から行くんだとか」
「……この階段じゃ行けないのか? てか、何でわかるんだ? 偵察できねえってのは嘘か」
「……分かりません。ヨーコさんはずっと呟くばかりで……あとは頻りに"T‐ブラッド"と」

 舌打ちし、誠は深紅の示す扉に目を向ける。
 どこまで信用しきれるのか。深紅に視線を戻す。彼女は不安げな表情で腕を掻いていた。その様子が更に苛立ちを募らせる。
 行動を誘導されているような、この状況が気に入らない。
 勿論、感染していない可能性もある。そもそも、感染すること自体が出まかせかもしれない。ただし、存分に狩りを楽しむ以上は薬が必要だ。
 それが例え偽薬だとしても――。
 それでも他者に操られているような閉塞感は拭えない。

「新堂さん、ひとまずその機械のとこ行ってみようぜ」
「そう、だな」
 
 頷くと、圭一が先行し扉の先の安全を確かめた。問題ないという圭一の仕草を待って、誠は足を進めた。
 警備室か何かだろうか。電源の入っていないパソコンや監視用のモニターが設置された部屋を抜け、ロッカーの並ぶ細い通路に出た。
 その奥にエレベーターの扉はあった。しばし待って、降りてきたエレベーターの中に乗り込む。
 血錆に覆われた操作パネルに、深紅が一瞬躊躇いを見せた。圭一が小さく詫びて、代わりに三階のボタンを押した。
 唸り声のような駆動音と共に籠が上がっていく。
 到着後、素早く周囲の安全を確認し、深紅が急かされるように対面にある扉を開けた。薬品棚が並ぶ部屋――準備室だろう――を抜ける。
 流し台付きの机の並ぶ大部屋は、機器の電源が幾つも入っていて仄かに明るい。お互いの影が闇から浮き上がって見える。しかし、肝心の電燈はスイッチに汚れが詰まっているのか、ぴくりとも動かなかった。
 この部屋の奥に生成装置はあった。大きめの洗濯機のような無骨な姿だが、これに材料さえ供給できれば自動で薬を生成してくれる優れものらしい。
 下ろしたリュックサックから二つの容器を取出し、深紅がたどたどしい手つきで装置にセットする。

「これで薬作る場所は確認できたわけだな」
「ええ……」

 深紅の同意が返ってくるが、なぜか顔をゆがめている。とりあえず彼女のことは無視し、手近な机の上にジェニファーを下ろす。床に放り捨ててしまいたいところだが、どうにかその欲求を自制する。

「……こいつはこれでいいだろ。"T‐ブラッド"ってのを探しに行こうぜ」

 肩を揉みほぐしながら、誠は圭一に目を向けた。圭一もまた、似つかわしくない表情を浮かべている。何かを言うか言うまいか、悩んでいる顔だ。
 視線で促すと、圭一は小さく頷いた。

「材料探しは俺と雛咲さんで行くよ。新堂さんはここに残ってくれないかな?」
「……理由を聞こうか?」

 睨みつけながら、抑えた声音で問う。圭一は真っ直ぐにこちらを見ながら微笑して見せた。

「新堂さんは雛咲さんをまだ信用できていないんだろ? それじゃ、お互いにいいことはないと思う。だからって、女の子二人を置いていく訳にもいかないじゃないか。だから、役割分担しようぜ。新堂さんは、ジェニファーさんと装置を守ってくれよ」


11 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:36:53.80 ID:g9+G3fS70

 成程と、誠は胸中で呟いた。誠が深紅を信用していないから、圭一は深紅と行くのだという。つまり、圭一は己よりも深紅の方を信用しているわけだ。尤もらしく言い繕ってはいるが、要点はそこだ。
 加えて、自分の意志をその程度のことで遮られたことが何より腹立たしかった。澱が音を立てて、自分の中に溜まっていくのを感じる。
 圭一は裏切り者だ。その判断を下すと、膨れ上がっていた怒気は急速に萎んでいった。圭一もまた、その他のどうでもいい有象無象と同じだっただけのことだ。

「そうかい。分かったよ。さっさと行きな」
「……頼むぜ、新堂さん」

 無理やり笑ってみせると、圭一は屈託のない笑みを返した。戸惑った様子の深紅の背を押しながら、部屋を出ていく。
 残されて、誠は唾を床に吐き捨てた。机の上に転がるジェニファーの影が目に入る。彼女を壊すか。ざらついた衝動が首をもたげた。手を伸ばせばすぐ届く脆い獲物。その誘惑は抗しがたいものがあった。
 どうやって壊すか。ここは実験室だ。大概の器具はあるだろう。バットで叩き壊すだけでは詰まらない。
 しかし、誠は首を振った。魅力的な案だが、まだ圭一は利用価値がある。感情に任せて下手を打つわけには行かない。ましてや、今回の件でほぼ無関係のジェニファーを巻き込むのは若干気が咎めた。
 深呼吸を数度し、誠は隣の準備室に向かった。
 薬品棚は品質の変化を抑えるために冷却機能も付けられているようだ。唸るような駆動音が部屋に満ちている。
 軋みを上げるガラス戸を開け、誠は蛍光灯で照らされた小瓶を手に取る。ラベルは周囲と同様に汚れていて読めない。ひんやりとした空気が足元を流れていく中、漸くの目当てのアンモニア溶液らしき小瓶を探し当てた。ついでに生きているペンライトも見つけた。
 それらを手にジェニファーの元へ戻ると、誠は蓋を取って小瓶の口をジェニファーの鼻に近づけた。
 目が見開かれ、ジェニファーは咳き込みながら身を起こした。その激しさに、少々憂さが晴れる。
 漸く発作が止まり、彼女は辺りを見渡した。涙目になりながら、眩しそうに誠を見上げる。

「ここは? み、ミクとケーイチ……は!?」
「ここは研究所だ。そこにあるのが薬の生成機だそうだ。あの二人は残りの材料を探しに行った。俺は……あんたのお守りだ」

 ジェニファーが安堵したように深く息を吐いた。無意識に傍らの虚空を手で撫でようとして、彼女は動きを止めた。

「……ツカサは?」
「おまえの想像通りだよ」
「…………。そう」

 泣き叫ぶかと思ったが、ジェニファーは小さく呟いただけだった。感情を全部抑え込んでしまったらしい。
 舌打ちし、誠は腕を組んだ。
 風でも強くなってきたのか、外から断続的な重低音が聞こえる。音はどんどんと大きくなっていく。いや、近づいてきているのか。
 風などではない、もっと機械的な――。


12 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:37:11.45 ID:g9+G3fS70

「ヘリコプター?」

 誠とジェニファーが口にしたのは同時だった。
 窓を見やるが、星ひとつない闇が広がるだけだ。また、不思議なことに音が反響していて方角がつかめない。
 窓に駆け寄ったジェニファーが格子を持ち上げ、自分の存在を報せようと大きなジェスチャーで声を張り上げる。

「ここよ! 気付いて! お願い!」

 その様に、誠は皮肉気に口をゆがめた。
 どれほど声を上げてもコクピットまでは届きやしないだろう。それに、こんな早くにヘリコプターで救助されるなんて終わりは求めていない。ケチはついたが、まだこのサイレントヒルを楽しみ切っていない。
 と、近くで立て続けに銃声が響いた。他にも人がいるのだ。
 斬り下げるような風切音が混ざる――

「圭一の見間違いじゃなかったのか――」

 そう呟いた直後、耳を劈く破砕音が轟き、建物を振動が襲った。衝撃で窓ガラスが砕け散り、天井の一部分が軋みを上げながら崩れ落ちる。甲高い不協和音と粉塵の舞い散る中、実験準備室の中央付近に大きな人影が存在していた。
 影はゆっくりと立ち上がる。さらりと衣擦れの音が鳴った。
 全体像は分からないが、ホテルで襲ってきた三角頭と同じような巨体であることが分かる。煙霧の中で爛と光る双眸が誠を捉えた。
 その瞬間、誠は身体が硬直するのを感じた。指すら自由に動かせない。ただ視界に入っただけだというのに、巨人から漏れる鬼気に当てられてしまった。
 殺意も何もなく、ただ虚無そのもののような瞳――。
 これが畏怖というものだろうか。
 震えすら走らない。ただただ心と体が冷たく――無感覚になっていく。まるで周囲の大気が凍てついてしまったかのようだ。
 ジェニファーが悲鳴を上げた。
 巨人の視線が逸れた。途端、身体を抑えつけていた圧力が霧散するのを感じた。誠は踵を返すと脇目も振らずに実験室を飛び出した。
 半透明のカーテンが幾つも吊り下げられた部屋を駆け抜ける。ジェニファーは勿論、薬のことも、圭一たちのこともどうでもよくなった。
 死んでしまっては意味がない。
 あれはそういう相手だ。
 相対してはならない相手だ。
 己は上位の存在でもなんでもなかった。
 ただの、狩られる兎だ――。
 血流にのって怯怖が全身を駆け巡っていく。前方をふさぐカーテンをバットで振り払いながら、誠は漸く悲鳴を上げた。


13 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:37:46.66 ID:g9+G3fS70

(三)

 圭一がパネルを操作し、箱が効果を始める。旋毛を引っ張られるような独特の浮遊感は何回経験しても慣れるものではない。
 深紅は背負ったリュックの中にある、あのノートブックのことを思った。
 中年男性のこと以外にも読み取れたことはあったのだ。
 視えたのは中年男性だが、感じ取れたのは父親を慕う子供の心だ。狂おしいまでに純粋な、奔流のごとき父親への思慕――それは深紅がずっと抑え込んできた兄への想いを膨れ上がらせた。込み上がる熱いものを堪えるのに精いっぱいで、そこまで告げる余裕がなかった。
 だが、告げられなかった理由はもう一つある。
 そのイメージの奥から結ばれる像は一つではなかった。幼い子供と、己とそう変わらない年頃の少女の二つだった。
 噛み合わない異なる魂が混ざり合っているような、奇妙な感覚。
 そのことに戸惑い、結局その後も口にすることができなかった。
 あれはおそらくはハリー・メイソンなる人物の娘なのだろうが、ああも違って視えるものだろうか。
 
「……ヨーコさんは何て言ってる?」

 圭一が階層を示すパネルを見上げながら呟いた。
 
「……"T-ブラッドを探して"って。あとは人の名前。多分、ヨーコさんにとって大切な人たちだと思う」

 深紅は眦のあたりを抑えた。ヨーコはずっと急かし続けている。思念は前後の繋がりが曖昧で、感情そのものをぶつけられているような形だ。混乱しているようでもあり、歓喜しているようでもある。
 それでも単語は拾い上げることができる。特に"ここ"、"ケビン"、"アリッサ"、"T-ブラッド"、"時間がない"の四つの単語は繰り返し呟かれている。偶に"ジム"という名前が思い出したようにそこに加わる。
 腕のかゆみは気障りなほどに悪化していた。ゾンビに引っかかれた場所だということが気にかかる。
 ――時間がない。
 ヨーコの独り言は、深紅自身にも向けられている気がしてならなかった。
 本当に――。
 深紅は皮肉気に口を歪めた。本当に、己の人生はひとつも思い通りにならない。悪いことだけが積み重なっていく。

「探してって言ってもな。具体的にどんなものか分からねえもんな。ここのどこかにあるもんなのか? ゾンビ化させるウイルスに感染した奴の血ってことならゾンビ自体も当てはまるけど、それならとっくにヨーコさんそう言ってるはずだろうし」

 圭一は腕組みしながら首をひねった。
 "T-ブラッド"が具体的に何なのか、ヨーコ自身から聞いていなかった。圭一の言うとおり、ウイルスに感染した者の血でよければ深紅のものでも代用できるはずだ。
 メモには"サンプルを受け取る"とあった。きっと、何か特別なものなのだ。
 しかし、それが分からない。ヨーコはといえば、急かすばかりで要領を得ない。
 焦燥ばかりが募り、不安が胸を締め付けていく。
 電子音が鳴り、エレベーターが停まる。開いた扉から伸びるライトの中に動くものはない。
 それでも、圭一はいつでも振り下ろせるようにバットを構えてゆっくりと歩き出した。
 成長期特有の華奢な背中を見つめながら、深紅は素朴な疑問を投げかけた。
 
「……圭一さんは、ヨーコさんのこと信じてるんだね」

 圭一は立ち止まって、深紅を顧みた。

「勿論。俺、雛咲さんを信じてるからな。だから、ヨーコさんのことも信じられるよ」
 
 事もなげに、むしろ何故問われたのか分からないといった表情で圭一は答えた。
 その簡潔さに深紅は苦笑を浮かべた。

「何を根拠に? 居るかどうか確かめられないものを、どうやって信じられるの? 私が嘘を言っているっていう方が現実的でしょう?」

14 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:38:37.76 ID:g9+G3fS70
 意地の悪い問い掛けだと、深紅は認めた。
 圭一は事あるごとに"信じる"ことを強調してきた。その言葉に、彼がこれ以上ない拘りがあることは容易に想像がつく。
 ただ、だからこそ訊いてみたかったのかもしれない。兄以外の誰とも分かち合うことのできなかった秘密を抱えてきたからこそ、"信じてもらう"ことへの抵抗があった。
 圭一はドアノブに手を掛けながら頭を振った。

「根拠なんて、人を信じる理由にならないよ。どんなに情報を揃えたって確信にはならないだろ」

 圭一が慎重に扉を開く。深紅は隙間に懐中電灯を差し込んだ。エントランスホールは、変わらぬ静寂に包まれている。
 ふうと、圭一が息を吐いた。

「……根拠なんてさ、結局自分を納得させるだけの都合のいい材料でしかないんだ。その人を自分が本当に信じたいかどうかなんだよ。大事なことはさ」
「それって、とても危ないことのように思えるんだけど。悪い人に会ったら格好の餌食だよ」
「かもね。でもさ、信じるってそういうリスクも呑み込んじまうことだろ。騙されることはあるかもしれない。だけど、例え騙されても許すって覚悟を決めていればそんなのは全然怖くないんだ。
 そんなことよりも、信じなかったことで大切なものを無くしちまうことの方が、俺は怖いな」
「………………」

 二つの足音がホールに響く。忍び足を意識しても、嘲るように靴は床を鳴り響かせた。 

「新堂さんはさ、まだそういう覚悟はできないんだと思う。リーダーの責任があるし、俺と違って慎重だし。だけど、もう少し時間をおいたら分かってくれる。なんせ、新堂さんは会ったばっかの俺のこと信じてくれてんだぜ?
 お人よしには変わりねえよな。気長に待とうぜ。なんとかなる。どんなことでもさ」

 圭一が、人を惹き付けるあの笑顔を浮かべているのが分かる。
 望んでいた答えではなかったが、だがそれでも心を縛っていた枷が幾つか消えていく。
 信じるに値しないものを信じる。もしかしたら、それが本当に信じるということなのかもしれない。
 希望もまた、同じものだ。まず、なんとかなると己が信じなければ。
 これからの人生も――。
 孤独も――。
 今の深紅を取り巻く状況の全ても――なんとかなる。

「ありがとう」

 自然と口に出た言葉だが、少しばかり気恥ずかしかった。圭一も照れたように笑った。

「それに、人に言えない秘密って分かるしさ。ずっと秘密にしておく辛さも、話した時の怖さも」

 ふと、ヨーコが文字通り流れるようにしてホールの奥、階段の下にある扉の向こうに消えていった。
 突然走り出した深紅に、圭一が戸惑いの声を上げた。
 ヨーコのことを告げながら、勢いよく扉を開ける。通路に、ばちばちと何かが弾ける音が響いていた。
 ライトで周囲を照らすと、"危険"と書かれた柵の中に大きな機械が見えた。その傍には、裏口にしては立派な扉がある。反対側の奥には白いペンキで"C−3"と記されたシャッターがあった。
 ヨーコはそのシャッターの傍らに立っていた。
 付近に火の粉が舞っている。深紅はヨーコに走り寄った。
 ヨーコは一点を見つめていた。釣られて、深紅はライトをそちらへ向けた。
 切れた配線が蛇のように垂れ下がり、揺れながら火花を散らしている。これが異音の正体か。

15 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:38:59.15 ID:g9+G3fS70

「あっぶねえなあ。そこのスイッチで悪戯されちまうじゃんか」

 圭一は壁にあるスイッチにちょんとつついて見せた。
 深紅はヨーコに視線で問い掛けた。ヨーコは深紅に向けて、同じと一言告げた。大分落ち着きを取り戻してきたようだ。
 この建物なのだという。仲間と共に特効薬の材料を求めて歩き回っていたのだと、彼女は告げた。
 改めて"T-ブラッド"のことを問おうとしたとき、遠雷のような重低音が校舎を震わせた。音は段々と、建物と鳴動するように大きくなっていく。

「ヘリコプターかな、これ――」

 圭一がつぶやいた。
 と、大きな吼え声が上がった。それと共に、どこか軽妙な炸裂音が立て続けに響く。ほんのすぐ近くだ。
 一旦外へと出て行ったヨーコが、戻ってくるなり逃げてと叫んだ。しかし、それを圭一に告げることはできなかった。建物を轟音が揺るがしたからだ。天井から埃や塵がぱらぱらと落ちてくる。
 重い何かが降ってきて、校舎の屋根を突き破った。そんな噪音と衝撃だった。
 窓ガラスを影が横切ったような気がした。重い何かが外壁へとぶつかって拉げる鈍い音が耳朶を打つ。銃声と破壊音が交錯し、調べの如く闇に踊った。
 外で光が瞬き、窓ガラスを貫いた。深紅の頬を灼熱を帯びた何かが掠めていく。背後で、シャッターが甲高い金属音を奏でた。

「雛咲さん、無事か!?」

 壁に張り付くような態勢の圭一が叫んだ。頬に触れると、血が指先を濡らした。深紅は悲鳴を上げながら後ずさった。ぶつかったシャッターががちゃりと揺れる。
 穴の開いた窓ガラスを枠ごと突き破り、黒い何かが飛び込んできた。
 それは黒ずくめの衣装に身を包んだ男だった。顔はガスマスクで覆われていて、歳は分からない。手には拳銃が握られ、肩にも少し大きめの銃を下げている。
 男が床で一回転して立ち上がるのと同時に、裏口の扉が吹っ飛んだ。男が舌打ちする。
 吼え声を上げながら大男が現れる。黒ずくめの男の倍はある巨躯だが、それ以上に大男は異様な姿をしていた。
 右腕は欠損し、その替りとでもいうように肥大した左腕。
 その先端には五指の骨が穂先のように並んでいる。
 ライトに照らされる肌は黒く、顔の半分は火傷でどろどろに溶けて癒着していた。何よりも、上半身の一角を占める剥き出しの巨大な心臓が、大男が"人"ではないことを告げている。
 それでも陰部を覆うブーメランパンツが、大男が"人間"であったことの印のようで嫌悪感が募った。
 照らし出された悍ましい姿に圭一も深紅も言葉を無くした。ヨーコの声は、もう絶叫となっていた。逃げるべきだ。そんなことは分かっている。だが、魅入られたかのごとく体が動かない。それでも無理に動かすと、三歩もいかずに足がもつれ、深紅は尻餅をついた。
 破裂音を轟かせて、大男が床を蹴りあげた。床板を踏み割るような響きが通路に反響する。
 黒ずくめの男が一歩後退して拳銃を構えた。
 銃声と焔が闇を裂く。
 飛び出した空薬莢が床に跳ね、大男の悲鳴が迸った。右目から血を噴かせた大男が、角口で僅かに蹈鞴を踏む。黒ずくめの男は踵を返すと、立ち上がる深紅の横を走り去った。

「こンのぉ!」


16 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:39:20.16 ID:g9+G3fS70

 圭一が自分を鼓舞するように声を上げながら、壁のスイッチを操作した。配線の断面から青い稲妻が迸り、圭一の後姿を包む。

「あれ――?」

 圭一が間の抜けた声を漏らした。圭一の背中からは、白い大爪が生えていた。白い先端は血と肉片に飾られ、ぬめりと光っている。
 稲妻は大男を貫かなかった――。
 悲鳴は出なかった。代わりに、逆流した胃酸が深紅の喉を焼いた。
 圭一がごぼごぼと嗽の様な音を零した。その身体がゆっくりと持ち上げられる。独眼が、無感情に圭一の身体を見つめている。痙攣する圭一の真下に、真紅の池が作られていく。
 深紅は廊下を走り出した。壊れた人形の様に吊り下げられる圭一の姿は、抉りこむようにして網膜に突き刺さっていた。
 残ったヨーコが圭一の名を叫んでいる。
 圭一は助からない――。
 自分でも驚くほど冷静に、そう判断を下していた。同時に、彼を見捨てたことも認める。
 無駄と知りつつも助けようとするのが筋だとも思う。
 しかし、それは出来ない――。
 この大学に圭一を導いたのは己だ。圭一を死なせたのは深紅自身だ。
 圭一に縋りつき、"仲間を助けようとする女"として死ねば、心は満足するかもしれない。
 だが、誠とジェニファーはどうなる。彼らはこの事態を知らない。
 真相を知れば、誠たちは深紅から離れていくだろう。しかし、そんなことは些細なものだ。
 彼らまで死なせてなるものか――。
 その一念が、己を引き裂いてやりたいほどの慚愧を抑え込んだ。
 まずは二人の安全を確かめるのだ。あの、建物を揺るがした轟音。それは誠たちのいる実験室の方向に思えてならなかった。
 肉が引き千切られる音と圭一の絶叫が深紅を追いかけてくる。それを振り切って、深紅は開けっ放しの扉に飛び込んだ。
 廊下にはゾンビたちが転がっていた。動く様子はない。どれもが脳漿を壁や床にぶちまけていた。前方から銃声と打撃音が聞こえてくる。
 角を二つ曲がると、待合室の薄明の中に影が躍っていた。
 影は寄ってくるゾンビの懐に躊躇なく踏み込むと、そのゾンビの踝を踏み抜いた。態勢を崩すゾンビの頭部を掴み、無造作に壁へと叩きつける。吐き気を覚えさせる、重い軋みが響いた。
 踏み抜いた足を軸に影は僅かに方向を変えると、肘鉄で別のゾンビを突き飛ばした。そのゾンビが数歩後退する僅かな時間に、影は半身をずらして三体目のゾンビの背後に回り込んで膝裏を蹴りつける。膝をついたゾンビの後頭部に踵が振り下ろされ、そのまま床に叩き潰される。
 脛骨を踏み折るその遺響の中で、影は軽妙に足を踏みかえて残ったゾンビに向き直った。息ひとつ乱さぬまま、右手に握られた拳銃が火を噴き、先ほど突き飛ばしたゾンビの頭の半分が爆ぜ跳ぶ――。
 瞬く間に三体のゾンビを無力化し、影がエントランスホールへの扉を蹴破った。
 
「待って! お願い、助けて! 私に、協力してください!」

 深紅は叫んだ。
 三階が、自分一人ではどうにもできない事態に陥っている可能性に思い当たったのだ。たとえば、二人が瓦礫に埋まっているとか――。
 倒れたゾンビを飛び越え、深紅は待合室を駆け抜けた。ヨーコはまだ追いついてこない。
 影――あの黒ずくめの男は足を止め、肩越しに深紅を見た。後方で、壁を壊すこもった音が鼓膜を揺らす。
 乱れる呼吸を鎮める深紅に、黒ずくめの男は首を傾げて見せた。

「三階にいたのは君たちか。エレベーターはあそこに?」


17 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:39:54.93 ID:g9+G3fS70
 低く落ち着いた声音で発せられたのは、しかし、深紅への返答ではなかった。手袋に包まれた指が奥を示す。

「そうですけれど……あの?」
「降りてきてどのぐらいになる?」
「ついさっき、です」

 多少戸惑いながら答える。破壊音は続いていた。あの巨人の足音と雄叫びが聞こえる。
 しばし考え込んでから、黒ずくめの男は頷いて見せた。

「ふむ。協力と言ったな。私の記憶が間違っていなければ、協力とは、互いの役割をこなすことで不可能を可能にすることだ。たしかに、奴から逃げ切るのは難しいだろう。あれは殺戮本能の塊のようなものだ。殺せるものはすべて殺さないと気が済まない。厄介な手合いだな」
「ええと……」

 黒ずくめの男は拳銃から一旦弾倉を引出し、すぐにそれを戻した。音はすぐ隣の部屋に到達していた。

「猶予はないな。私からも頼もう。私に協力して欲しい」
「それは……勿論です。とにかく、私のとも――」
「ありがとう」

 短い礼と重なるようにして銃声が響いた。深紅は先ほどとは比べようもない熱と衝撃を膝に感じた。突き抜けた衝撃に足を払われる形で深紅の身体は突然バランスを崩した。どうにか床に手をついて体を支える。
 からからという金属音が床を転がった。
 熱い液体が膝から流れ出て広がっていくのを感じる。

「時間を出来る限り稼いでくれ」

 子供に使いを頼むような気安さで言い残し、黒ずくめの男はエレベーターに続く扉へと消えて行った。
 深紅は呆然とその背中を見送った。立ち上がろうとし、苦痛に深紅は身を捩った。左膝を拳銃で撃ち抜かれたのだと、深紅は漸く理解した。理解した途端、耐え難い痛みが体の中を暴れまわった。
 ずしんという鈍い響きが二階から聞こえた。次いで、階段を駆け下りてくる足音が耳に入る。
 痛みに耐えながら、深紅は音の方へ顔を向けた。ライトが顔を照らし、深紅は目を細めた。

「し、新堂、さん?」

 降りてきたのは誠だった。ジェニファーの姿はない。誠は深紅を無感情な表情で一瞥すると、すぐに正面扉に向けて走り出した。
 激痛の合間を縫って、深紅は誠の背に向かって叫んだ。
 
「じ、ジェニファー、さんは!?」
「知るかよ!」

 誠は険悪に吐き捨てると、正面扉を押し開けた。ひんやりとした夜気が床を這って流れ込んでくる。
 ついにエントランスホールの壁が破られた。轟音の幕を掻き分け、材木も鉄骨も区別なく粉々にしてあの巨人が入ってくる。思わずそちらにライトを向けた誠が短く悲鳴を上げ、外へと駆け出した。
 深紅は呆然と誠のライトを見送った。腕の痒みが全身へと広がっていく――。
 横殴りの衝撃が深紅の身体を弾き飛ばした。成す術もなく深紅は宙を舞い、床の上で幾度となく叩きのめされるように転がる。その最中、巨人が正面扉を殴り壊す音が聞こえた。
 漸く止まって、深紅は咥内を満たす血に咽た。だが、うまく腹に力が入らない。しかし一方で、身体を苛んでいた痛みが、波が引くように消えていくのを感じた。
 目を開けると、ヨーコが立っていた。彼女は悲しげに深紅を見つめている。
 
 ――ジェニファーは……――

 ヨーコが口を開いた。彼女が何を言っているのか、深紅にはもう分からなかった。

18 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:40:36.31 ID:g9+G3fS70

 (四)

 三四は興奮に乱れようとする吐息を抑えながら、次のページに目を落とした。
 手にしているのは一冊のノートだ。
 それ自体は"アンブレラ"なる製薬企業の社員の研究メモのようなものだ。
 しかし、その書かれている内容に、三四はページをめくる手を止められなかった。
 本人にしか分からない箇条書きの羅列のため、書かれている内容全てに理解は及ばないが、それでも読み取れることは大いにある。
 大まかに言えば、この研究員、引いては"アンブレラ"は"T-ウイルス"なるウイルスの軍事利用を目的に据えて研究してきたらしい。
 このウイルスの特性は、一つに適応性の高さ、二つに感染率の高さが上げられるようだ。そして、副作用として齎させる生物の狂暴化。
 それだけならさりとて珍しいものではない。
 この特性はインフルエンザ・ウイルスやエボラウイルスに見られるものだし、何より副作用も含めれば狂犬病ウイルスが連想させられる。まさか植物を含む全生物に感染するなどということはあるまい。
 それらと際立って違うのは、生物の遺伝子構造を恣意的に組み替え、融合させるという特性だ。インフルエンザ・ウイルスの様に、容易に突然変異を起こす場合はある。
 しかし、感染した宿主の遺伝子情報に変異を起こすウイルスなど聞いたことがない。悔しいが、世紀の大発見だ。遺伝子組み換えのため、制限酵素やDNAリガーゼを用いる過程すらいらなくなるかもしれない。
 ともすれば"キメラ生物"の研究を容易にし、それこそ神話の中の"キマイラ"さえ実現可能となりうる。
 いや、実のところ、それは可能だったのだろう。
 隣の部屋に吊るされていた、鱗の生えた大型類人猿のような生物。それこそ、哺乳類と爬虫類の"キメラ"にしか見えない。残念ながら、あの死体に対する記述はないようだが。
 この研究員は"タイラント"なる人型兵器の開発に心血を注いでいたようだ。ネグロイドを素体にした試作品を、死を司る神"タナトス"の名を授け、傑作と評している。
 しかし、現代のフランケンシュタインの理念は雇用主とは相容れないものであったようだ。企業は量産化を求め、彼は"タナトス"を唯一無二の存在にしようとした。
 彼にとって、量産化は考えられないほどに無粋で愚昧なことだったらしい。そこに至る筆跡の乱れから、綴られた痛罵以上に企業への失望が垣間見えた。
 それから彼は、ここの大学職員を利用してウイルスの特効薬を作ろうとしたようだ。その薬を作るための材料の一つが"タナトス"の血液であるとは皮肉なことだが。
 あるいは、それすら想定していたことなのか。
 ポール・バーグによって初の遺伝子組み換え実験が行われて十年ばかりだというのに、この企業による技術の進展には薄ら寒ささえ感じられる。
 いや、"十年"ではないのかもしれない。
 今現在を、レオンは"一九九八年"と言っていた。それをそのまま信じるわけではないが、このウイルスが発見されて二十年近く経過したのだとすれば、まだあり得る未来のように思う。所詮、可能性の海の彼方の話でしかないが。
 懐中電灯の光のみで読むのに少し疲れ、三四はノートから顔を上げた。
 この部屋は多目的ホールか何かなのだろう。汚れすぎていて分かりづらいが、ホワイトボードのようなものが確認できる。三四の前にある机の上には壊れた複数の小型モニターに、プロジェクターもあった。
 しかし、大きさの割に殺風景な内装で、居心地はあまりよくない。もう呑み込んだはずの過去を――あの児童養護施設の風景が重なる。三四は身じろぎして、マントを引き寄せて体に纏わりつけた。
 机の前には初老の男性が倒れていた。おそらくは、彼がこの手帳の持ち主だろう。そうでなければ、ただの覗き趣味の男か。
 アサルトライフルを傍らに置き、レオンはその男の死体を念入りに調べている。調べることで、どうにか現実感を取り戻そうとしているように見えた。もしくは、警察官の本分に徹することで平静を保っているのか。
 大学の事務室で目にした、死んでいるはずの状態で生きている人間たち。少し前に封切られたアメリカ映画の宣伝そのままの姿で、彼らはいた。レオンも同じことを考えたようで、彼らを"ゾンビ"と呼んだ。
 言葉による制止も聞かず、熱に浮かされたような足取りで近寄ってくる彼らの前から逃げ出したのがつい二時間ほど前か。死人憑きか、はたまた新手の感染症か。


19 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:41:09.27 ID:g9+G3fS70
 最近特定された、殺人バクテリア――ビブリオ・バルニフィカスという線もなくはない。しかし、組織が壊死しているのであれば歩けるはずがない。ということは、壊死しているのは表皮や脂肪だけなのか。
 三四は小さく吐息を吐いた。自分の知識だけでは、見たものの答えを見つけようにもピースが足りなすぎる。
 この大学は"ラクーンシティ"なる都市にあるものと同じ名前であるらしい。レオン自身は実際に目にしたことはないようだが、もし仮に"ラクーンシティ"と同じものだとしたら――腹立たしいことだが、好奇心が疼くのも確かだ。
 常識の範囲で考えれば、知らない内に海外旅行などできるはずがない。確実な記憶に依れば、三四は入江診療所で眠りに落ちている。三四自身はそれから朝まで入江診療所から一歩も出ていないはずなのだ。

(身体は今も入江診療所にある?)

 ならば、これは夢か。
 現実にはありえない、悪夢のような風景。だが、夢の風景とて何処かで見たことがあるものなのだ。本当に見たことがないものを人は作り出せない。
 もし、複数の夢が融合したとすれば、それはやはり悪夢のような風景を形作るに違いない。色を重ねれば、行き着く果ては澱んだ黒だ。
 そうでなければ、これは本当に――祟りなのか。
 三四の視線に気づいたのか、レオンは調査の手を止めて顔を上げた。いや、とうに調査自体は終わっていて、三四が読み終わるのを待っていたのかもしれない。
 成果を尋ねてくる彼に情報を掻い摘んで伝える。レオンは苦笑しながら頭を抱えた。

「そいつはもう非主流科学(フリンジ・サイエンス)だよ。常軌を逸している。スカリーも真っ青だ」
「何か主流で、何が非主流なのか。その線引きをすることは不可能なのよ。何が正しくて、何が狂っているのかもね」
「……じゃあ、時速88マイルで走ればタイムスリップ出来るって考えも馬鹿にできないな」
「随分とお手軽な時間旅行ね。その突飛な発想もジャンクじゃないわ。立証さえできれば」

 鼻で笑ってから、三四はノートに目を落とした。だが、レオンの呼びかけに遮られた。

「……時間っていうのは戻れないものなのか。全部リセットして、やり直せないものかな」

 随分と幼稚な問いかけをするものだと、三四は内心苦笑した。
 戻れないからこそ、人は必死に生きるのではないか。他を食いつぶし、懸命に己の価値を、場所を求めていくのではないか。
 加えて、やり直しはこれまで自分の時間に関わってきたもの全てを否定することにも繋がる。それはその時を生きたものに対する最大の冒涜だ。ましてや、祖父の存在を忘れることなど出来ようはずがない。
 忌まわしい記憶もすべて、大切な自分の歴史の一部だ。後悔することと、否定することは全く違うものだ。やり直しの利く人生などに価値はないし、あってはならない。
 答えないでいると、レオンは構わず続けた。

「俺がもっとうまく立ち回りさえすれば、あの二人を死なせずに済んだはずなんだ」
「……残酷ねえ。またその二人に死を味あわせるなんて」

 軽く嘲笑してやると、レオンは苦々しく三四を見やった。

「……今度は違う結果になるかもしれないだろ。少なくとも、どちらかは助けられたかもしれない」
「そうしたら、今度はその救えなかった方のことで悩むんでしょう? どうあっても、人は死ぬのよ。レオンくん。それにね、二人はもう生きてはいない。これはね、絶対に変わらないことよ」
「首尾一貫の法則ってやつだな。……そういう、逃れられない運命だったって納得するしかないってことかよ。俺には……小さい女の子も救えないって」

 レオンは自虐的な、泣き顔とも取れる表情で嗤った。聞いたことのない法則だったが、それを訊くのは止める。
 見ず知らずの男と少女のことでここまで気を病むとは、甚だしいまでのお人よしだ。引いては、彼がそれなりに幸せな人生を歩んできた証拠でもある。
 苦労知らずの坊やが、初めて壁にぶちあたった。そんなところなのだろう。時がたてば、過去を彩る傷の一つでしかなくなる。
 どうにもならないことなど、どこにだって溢れている。それでも、どうにか折り合いをつけていかなければ生きていけない。
 三四は肩を竦めた。


20 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:41:33.02 ID:g9+G3fS70

「運命なんて、逃げる口実にするには少し大仰すぎるわね。どうしても逃れられないなら、それは天災と一緒よ。意味を持たない単なる事象。そういうのは運命とは言わないんじゃない? むしろ、人が逃げたくなくて、立ち向かっていくものを運命って呼ぶんじゃないかしら」
「手厳しいね。なるほど、運命はカードを混ぜるだけ……か」
「ええ。勝負するのは自分自身。私なら、逃げないわねえ」
「……勝負するだけじゃ駄目だ。勝負するからには、勝たなきゃな」

 レオンは言い聞かせるように力強く頷いた。
 勝手に自己完結して立ち直ってしまったらしい。男とはこうまで単純なものかと、三四は呆れた。 
 だが、決して不愉快ではない。レオンの、真っ直ぐで力強い瞳には見覚えがあった。
 そうかと、三四は胸中で呟いた。自らの手で殺した男の幻影が一瞬映り込んだ気がした。郷愁に近いものが胸を突く。
 悲願を達成したはずなのに拭えなかった、己の中の虚ろ。
 富竹ジロウを失ってしまったことを己は悔いている。
 認めたくはなかったが、気づいてしまった以上、それは無駄なことだった。
 諦めを吐息に混ぜ、三四はノートを仕舞った。もう、読む気分ではなくなってしまった。

「レオンくん。そろそろ、地下に行ってみない?」

 髪を指先で弄りつつ告げる。レオンは頷きかけて、ふと動きを止めた。その理由はすぐに分かった。
 音だ。ヘリコプターのローターが回る、独特の重低音。それが段々と近づいてくる。
 しかし、窓ガラスから覗く夜空にはヘリコプターの姿はどこにもない。耳を塞ぎたくなるほどの大きさになっても、それは変わらなかった。
 銃声が聞こえた。そして、それを掻き消すように轟音と衝撃が建物を貫いた。
 三四は机をしっかりと掴んで身体を支えた。
 似たような態勢で、レオンが何事かと声を上げる。ローター音はいつの間にか前触れもなく消えていた。
 そして――医療用カーテンの向こうから悲鳴が聞こえた。
 この部屋で手に入れた拳銃を引き抜き、レオンが声のした方へ飛び出した。運命と立ち向かう絶好の機会とでも思ったのだろう。悲鳴を聞くと興奮する性癖だとしたら少し面白いが。
 確実なのは、他にまともな人間がいたということだ。三四も拳銃を握ってから、レオンに続いてカーテンを捲った。
 今度は情けない、男の裏返った悲鳴が聞こえてきた。
 同時にレオンが仰け反る。バットでカーテンを掻き分けながら、少年が飛び出してきたからだ。高校生だろうか。白いワイシャツに黒い学生ズボン姿だ。顔は青ざめ、まるで死人のようだ。滂沱のような汗が額に光っている。

「人殺しめ」

 少年はレオンを見るなり、目を見開いてそう呟いた。そしてレオンの制止も聞かず、そのまま脇を駆け抜けていく。アサルトライフルの持ち主が簡易ベットに横たわっているので、それで勘違いしたのかもしれない。
 少年が出てきた方向から、女性の悲鳴が聞こえた。困惑の色を消し、レオンは駆け寄ってドアを開けた。彼の懐中電灯が部屋の中を照らす。
 映し出されたのは、天井に大穴を空けて、他にも大幅に見た目を変えた実験室だ。
 粉塵の舞う室内には二つの人影があった。一つは、赤いハーフコートにロングヘアーの少女。歳は、園崎魅音とそう変わらないだろう。ゲルマン系だろうか。身震いするほどに整った容姿だった。
 そして、もう一つは――。
 銃声の響く中、レオンが息を呑んだのが分かる。
 二メートルを優に超す禿頭の大男がそこにはいた。巨体を踝まですっぽりと覆い隠すトレンチコートを纏い、肌は岸壁のような灰色だ。それだけならまだ奇妙の一言で済むかもしれない。
 しかし、目を見た瞬間に違うと知れた。水銀を流し込んだように底光りする双眸は何の感情も込められてなかった。
 人間にそっくりで、人間ではない――それは、怪物だ。


21 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:41:52.20 ID:g9+G3fS70

「君! こっちだ!」

 レオンが少女に向かって叫んだ。少女はレオンの声に素早く反応すると、こちらへと走ってくる。
 大男は黙して、少女の逃走を見送った。視線を動かし、レオンと三四に向き直った。大男は、ゆっくりと足を踏み出した。

「おい、止まれ! 警察だ。両手を頭の上で組んで、ゆっくり後ろを向け!」

 少女を背中に庇い、レオンが銃を構える。しかし、大男は逡巡する様子も見せずにこちらへと接近する。
 レオンが舌打ちし、コートに覆われた膝のあたりに向けて発砲した。一瞬の閃光が、舞い散る塵に煌めいた。
 しかし、銃弾はコートの表面にめり込んだだけだ。続けて三発銃声が上がるが、大男を抑止する役には立たなかった。胸への発砲も同様だ。潰れた弾丸が床に落ち、虚しい響きを残す。

「……ターミネーターかよ、くそ」
「レオンくん、一旦引きましょう。向こうからでも降りられるわ」
「……そうだな。君、走れるか?」

 少女が頷く。顔は恐怖で強張っているが、見た目に反して胆力は中々のものらしい。
 少しでも時間稼ぎをしようというのだろう。レオンが扉を閉めるのを音で確認した。
 三四は多目的ホールに戻り、奥の扉に手を掛けた。背後で、付いてきた少女が小さく悲鳴を上げた。死体に驚いたようだ。
 気にせず、三四は進んだ。壁の反対側から、実験室の扉が砕かれた音が聞こえた。
 三つの足音がグレーチングの上を転がっていく。梯子を下り、開けっ放しの扉を潜る。学長室だろうか。厚みのある絨毯と大ぶりの調度品、壁には肖像画らしき額縁が複数並んでいた。
 一階からは、壁を穿つような音と振動が床を震わせていた。

「この先の安全を確かめてくる。少し待っててくれ」

 告げて、レオンが部屋を出て行った。予想が正しければ、この先はゾンビがいた通路に繋がるはずだ。

「――マコトは……アジア系の男性が、そっちに、来ません、でしたか?」

 肩を激しく上下させながら、初めて少女が言葉を発した。マコトとは、先ほどの少年のことだろう。
 三四は彼女に微笑んで見せた。

「その子なら、さっさと逃げて行ったわよ。ご愁傷様。ババを押し付けられちゃったみたいねえ」

 少女は、そうですかと呟いた。傷ついたようだが、歳に似合わない諦観めいた覚悟が顔に浮かんでいる。
 ババを押し付けられたのは、むしろこちらかもしれないと胸中で付け足した。
 これでは、この大学を調査するというわけにも行かなくなってしまった。
 “ゾンビ”だけでなく、あんな怪物までいることも判明してしまったし、何よりこの女の子を放ってまでレオンが調査を続行するようにも思えない。
 かといって、彼と別れて拳銃一挺で動く気にもならない。己は絶対に脱出しなくてはならないのだから。
 三四は小さく溜息を漏らした。
 レオンが戻ってきた。安全だという彼の言葉を否定するように、銃声が響く。上から鉄が拉げる音が聞こえた。ついで、重い物をコンクリートの床が受け止めた響きが足元に伝わる。
 あの大男だ。グレーチングを叩き壊したのだろう。しつこいものだ。少女の美貌に魅せられでもしたか。
 理由はどうあれ、それを考える時間はない。
 三四たちは応接間らしき部屋を抜け、通路に出た。あの少年の仕業だろうか。通路に居たゾンビは、頭を砕かれて床に倒れていた。
 それを踏み越え、角を曲がる。大きな破砕音が、エントランスホールへ続く扉の先から響いた。
 ホールに出た。先の衝撃で砕けたのだろうか。廻廊の窓ガラスの穴から、正門の方へと動く懐中電灯の光が見えた。同時に、大きな吼え声も聞こえる。光がふっと掻き消えた。
 ひとつ溜息を吐いて、三四はレオンと少女の後を追った。

22 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:42:07.66 ID:g9+G3fS70

「外は危険みたいよ。一旦地下に行きましょう。あの大きな彼、エレベーターが使えるほど頭がいいようには見えないわ」

 特に同意は返ってこなかったが、異論があったわけでもないらしい。
 正面階段を下りて、レオンの足取りはエレベーターに続く管理部屋へと向かった。
 微かな呻き声と、ずりずりと何かが這いずっている音を耳が拾った。
 三四はそちらへと懐中電灯を向けた。受付カウンターの前に、高校生ぐらいの女の子が腹這いになっていた。日本人のようだ。女の子はライトの中で虚ろな表情を浮かべ、呆けたように口を開けている。
 血だらけだった床は、真新しい真紅で塗り直されていた。左腕は付け根から深く大きく抉れ、皮と腱だけでぶら下がっている状態だ。重度の傷を負っているのは明らかだ。まともに動くこともできないはずだ。
 しかし、女の子は残った右腕を使って、能面のような表情のまま三四たちの方へとにじり寄ってくる。割けた腹腔から飛び出した腸を気に留める様子もない。

「ミク……――」

 少女が息を詰まらせた。
 二階の壁が打ち破られる音が響いた。女の子の背後で、重々しい響きを立てて大男が降り立つ。纏ったコートの裾が、ばさりと音を立てて翼の様に翻った。
 立ち尽くす少女の手を引くレオンと共に、三四は先を急いだ。
 エレベーターの前に辿り着き、ボタンを押す。苛々するほどゆっくりと、箱が上がってくる。背後の壁が殴り壊され、通路の奥にあの大男が姿を見せた。
 扉が開くと同時に入り込み、地下一階へのボタンを押す。大男は、もう扉の前まで迫ってきていた。
 扉が閉まり、軋みを上げながらエレベーターは降下を始めた。
 少女は耐えるように歯を食いしばっていた。彼女の鼻を啜る音が場を占めた。
 レオンが何か励まそうと手を上げた。が、結局諦めたようだ。指が力なく宙を泳いだ。
 降下が停まった。ちんという音を立てて、扉が開く。
 レオンが三四を見やってから、少女にも目を馳せた。静かに、しかし力を込めて呟いた。

「俺が君たちを守るよ。絶対にだ。今度は、間違えない」

 外に出ると、そこは壁に剥き出しのパイプが血管の様に複雑に入り組んだ空間であった。無機質な光が辺りを照らしている。地下は照明が生きているらしい。
 辺りに反響する低い唸りは、あたかも獣の息遣いのようだ。
 学び舎の施設には似つわしくない光景だった。
 背後でエレベーターの扉が閉まろうとする。と、その向こうで金属の甲高い悲鳴が上がった。閉まりかけた扉の隙間から太い指が覗いていた。大きな軋みを上げながら、エレベーターの扉がこじ開けられていく。
 三四たちは奥へと一直線に続く長い道を走り出した。
 やがて――大きな足音が響いた。


23 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:42:31.93 ID:g9+G3fS70
 (五)

 大きな物音に、比沙子は顔を上げた。
 物思いにふける内に微睡んでしまったらしい。電車の椅子から腰を浮かす。
 結局、この数時間は無駄に過ぎて行った。
 この電車の傍にある機械で何かを操作するらしいことまでは分かった。機械には鍵穴があった。この機械を使うには、車の様に鍵を差し込む必要があるのだ。
 しかしながら、それはどこにも見当たらなかった。
 手詰まりとなり、比沙子は唯一外気に晒されているこの場所に戻ってきてしまっていた。
 先ほど響いたのは、ぐちゃりと、水の入った風船が潰れるような音だ。
 電車の外に出てみようか。漸く訪れた変化に、比沙子は自問する。
 がん、がんと、間を置いた音が段々と近づいてくる。金属を刃物で切り付けるような、甲走った音も混じる。音は――上から降ってくる。
 そう気づいたとき、大きな響きがすぐ外で上がり、比沙子の心臓は跳ね上がった。壁一枚を隔てて、人の様な、獣の様な、そんな吼え声が上がる。
 足音が遠ざかっていくのを待って、比沙子は電車の外に出た。
 ぱさと、髪に何かが落ちた。摘まみ上げて目の前に持ってくると、背面に気味の悪いイラストの描かれたトランプだった。
 それを捨て、足を踏み出した。底の薄い靴越しに、柔らかい感触が這い上がってくる。
 金属の床に、朱色が加わっていた。激しく潰れた肉片が辺りに散乱し、床へと張り付いている。今足の下にあるのも同じものだろう。確認したくないので無視したが。
 比沙子は一番大きな肉片に近づいた。それは血みどろの、人間の胴体だった。顔は完全に潰れている。背中には大きな足跡がくっきりと残っていた。押し出された内臓が、床の上で生々しく艶を帯びていた。
 それらは夏の朝に目にする、車に轢かれた蟇蛙を連想させた。
 体つきから男だと判別出来るが、歳などは分かりそうにない。少し離れた所に、へし折れたバットと粉々になった懐中電灯が転がっていた。
 惨状は一つの事実を比沙子に伝えた。
 ここには羽生蛇村とは違う、しかし同質かそれ以上の脅威が存在する。
 そして、恭也や村の人々が、この男と同じ末路を辿るかもしれないということも。
 比沙子は人の残骸から目を背け、出口に足を運んだ。足音は聞こえないが、代わりに何かを壊す音が流れてきていた。
 比沙子は大きく息を吸ってから、その音の正体を確かめるために目を閉じた。
 
 



【前原圭一@ひぐらしの鳴く頃に 死亡】
【雛咲深紅@零〜zero〜 死亡】※
【新堂誠@学校であった怖い話 死亡】
※厳密には死亡ではありませんが、深紅としての再起が不能であることから死亡扱いとしました。

24 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:42:49.57 ID:g9+G3fS70
【Dー3/地下研究所・地下1階・エレベーター前通路付近/一日目真夜中】

【鷹野三四@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:健康、自分を呼んだ者に対する強い怒りと憎悪、雛見沢症候群発症?
 [装備]:9mm拳銃(9/9)、懐中電灯
 [道具]:手提げバッグ(中身不明)、プラーガに関する資料、サイレントヒルから来た手紙、グレッグのノート
 [思考・状況]
 基本行動方針:野望の成就の為に、一刻も早くサイレントヒルから脱出する。手段は選ばない。
 0:T-103型から逃げる。
 1:プラーガの被験体(北条悟史)も探しておく。
 2:『あるもの』の効力とは……?
 ※手提げバッグにはまだ何か入っているようです。
 ※鷹野がレオンに伝えた情報がどの程度のものなのかは後続の書き手さんに一任します。
 ※グレッグのノートにはまだ情報が書かれているかもしれません。


【レオン・S・ケネディ@バイオハザード2】
 [状態]:打ち身、頭部に擦過傷、決意
 [装備]:ベレッタM92(10/15)、懐中電灯
 [道具]:ブローニングHP(装弾数5/13)、コルトM4A1(30/30)、コンバットナイフ、ライター、ポリスバッジ、シェリーのペンダント@バイオハザードシリーズ
 [思考・状況]
 基本行動方針:鷹野とジェニファーを守る
 1:T-103型から逃げる。
 2:人のいる場所を探して情報を集める。
 3:弱者は保護する。
 4:ラクーン市警に連絡をとって応援を要請する?

【ジェニファー・シンプソン@クロックタワー2】
 [状態]:健康、悲しみ
 [装備]:私服
 [道具]:なし
 [思考・状況]
 基本行動方針:ここが何処なのか知りたい
 1:レオンたちについていく
 2:安全な場所で二人から情報を得る
 3:ここは普通の街ではないみたい……
 4:ヘレン、心配してるかしら


25 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:43:08.09 ID:g9+G3fS70
【Dー3/地下研究所・???/一日目真夜中】

【ハンク@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:健康
 [装備]:USS制式特殊戦用ガスマスク、H&K MP5(0/30)、 H&K VP70(残弾10/18)、コンバットナイフ
 [道具]:MP5の弾倉(30/30)×3、コルトSAA(6/6)×2、無線機、G-ウィルスのサンプル、懐中電灯、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:この街を脱出し、サンプルを持ち帰る。
 1:地下研究所で通信機器を探す。
 2:現状では出来るだけ戦闘は回避する。
 3:アンブレラ社と連絡を取る。
 ※足跡の人物(ヘザー)を危険人物と認識しました。
 ※具体的にどこにいるかはお任せします。

【Dー3/研究所・地下4階・ターンテーブル付近/一日目真夜中】
【八尾比沙子@SIREN】
 [状態]:半不死身、健康、人格が変わったことによる混乱
 [装備]:無し
 [道具]:ルールのチラシ、サイレンサー
 [思考・状況]
 基本行動方針:須田恭也と前田知子の捜索。
 0:幻視を駆使して状況を把握する。
 1:須田恭也と前田知子がいるならば、探し出して保護する。
 2:建物(研究所地下)の調査、及び脱出。
 ※主人格での基本行動方針は「神が提示した『殺し合い』という『試練』を乗り越える」です。


※大学のエントランスホールに這いずりゾンビ化した深紅がいます。ラクーン大学裏口付近には寸断された圭一の残骸が、地下研究所のターンテーブルの床には転落死した誠の残骸が散らばっています。
※深紅はゾンビ化した状態であるため、現段階で浮遊霊等にはなれません。
※大学一階の裏口からエントランスホール、二階の学長室からバルコニーまでの壁がそれぞれ壊されています。また、実験室とエレベーターの天井には大きな穴があいています。
※上記の破壊痕はサイレン後の世界には影響がないかもしれません。
※大学の3階実験室に、丈夫な手提げ鞄(分厚い参考書と辞書、筆記用具入り)、ヨーコのリュックサック(ハンドガンの弾×20発、試薬生成メモ、ハリー・メイソンの日記@サイレントヒル3)が置かれています。また生成機にはV-ポイズン、P-ベースが設置されています。
※研究所地下は、ラクーンシティの地下研究所にエレベーターで直結しています。エレベーター前の通路は原作よりも長くなっているようです。
※ターンテーブルには、新堂の持ち物(学生証、ギャンブル・トランプ(男)、地図(ルールと名簿付き))が散乱しています。
※今回登場したT-103型はバイオハザード2に登場した個体です。G-ウイルスの回収を目的とし、その障害となるものは排除しようとします。
※ヨーコが今後どういう行動を取るのか。どうなったのかは後続の方にお任せします。
※ターンテーブルを動かすには専用の鍵が必要です。
※地上の穴の縁、及びターンテーブルそのものにコンソールが設置されています。

26 :PITCH BLACK  ◆TPKO6O3QOM :2011/12/19(月) 20:43:26.43 ID:g9+G3fS70

・T-103型(通常形態)
形態:複数存在
外見:モスグリーンの防護コートを纏った大男。禿頭で、表皮は灰色。
武器:全身
能力:両腕を活かした肉弾戦、優れた自己再生能力。防弾・耐爆性能と暴走抑制のための防護コート。
攻撃力★★★★☆
生命力★★★★☆
敏捷性★★☆☆☆
行動パターン:受けた命令を実行するため、その障害となるものも徹底的に排除する。
備考:
"T-102型"のデータを元に作られたタイラントの発展型。
武器を扱えるほどではないが、命令に従えるだけの知性は有している。
コートを破壊されたり、生命の危機に瀕すると攻撃性の高いスーパータイラントへと移行する場合がある。


・タナトス(リミッター解除)
形態:唯一存在
外見:右腕が欠損し、左腕が巨大化し、手には鋭い爪が生えている。胸部の右側に心臓が露出している。黒い表皮はところどころケロイド状になっている。黒のアンダーパンツを着用。
武器:全身
能力:左腕を使った振り回しや突進、跳躍してからの踏み潰し。高い自己再生能力。
攻撃力★★★★★
生命力★★★★☆
敏捷性★★★★☆
行動パターン:視界に入る生物を執拗に追い、殺戮する。
備考:
アンブレラ研究員グレッグ・ミューラーが黒人を素体に作り上げたタイラントの亜種。
既にリミッターの外れた状態であるため、防御力・再生能力は落ちているものの、身体能力・攻撃力は向上している。
T-ウイルスの特効薬"デイライト"の作成のために必要な"T-ブラッド"が体内に流れている。
弱点は剥き出しの心臓のほかに、"デイライト"を撃ち込まれると肉体を維持できなくなる模様。

27 :ゲーム好き名無しさん:2011/12/30(金) 19:19:07.84 ID:t37m6XlK0
代理投下します。

28 :地球最後の警官 ◇czaE8Nntlw氏代理:2011/12/30(金) 19:19:49.23 ID:t37m6XlK0
「どこに行くつもりなんだ?」

マービン・ブラナーはショットガンを肩に担いだ目の前の老人に向けて問いかけた。
その質問には答えず黙々と歩を進める老人に少し苛立ちを感じたが、あくまで理性的に再度問いかける。

「おい、どこに行くつもりだ?ここは俺の知っている街とは大分様子が違う、観光案内はしてやれんぞ?」

ラクーン市警に長年勤務して仕事をこなしてきた自分にとって、この街は庭の様な物だ。
普段ならば、大通り沿いの店から主要な観光地、誰も知らないような裏通りまで地図を持たずに案内出来るだろう。
だが、その馴れ親しんだ街で最も長い時間を過ごした建物―ラクーン市警察署―の隣には、有るはずの無い物があった。
自身の正気を疑うような色に染まった湖。
ラクーンにも湖は有るが、都市部の警察署の真横、それも真っ赤に染まった湖など有るはずが無い。
なのにそれは確かにそこに存在していて、心なしか自分を惹き付けているようだった。
自身の復活、加えて有り得ない色の湖。
ここ数日街に起こっていた異変も霞んでしまいそうな程あまりにも現実離れした事の連続と目の前の未だ質問に答えない老人への対処をぼんやりと考え憂鬱に襲われつつ、自嘲気味に呟く。

「死んでからも苦労するのは相変わらずか…?」

自分と違って気楽で能天気な同僚をふと思い浮かべ、マービンは思わず溜め息をついた。

29 :地球最後の警官 ◇czaE8Nntlw氏代理:2011/12/30(金) 19:21:07.29 ID:t37m6XlK0









背後で唸る警官を一瞥し、志村は思った。
彼には迷いがある。
服装を見ればわかるが、生前は警官であったのだろう。大方自分を犠牲にして化け物達から生存者を庇い死んでしまった―という所か。
英雄と呼ぶに相応しい死に様だが、異形と化した以上は皆同じ。何を残そうと、どんなに誇り高き死に様だろうと。

生者の心に残るのは彼が悲劇的に死んだという事実。
死者が最後に持つ感情は生者を守り通した事への誇り。

彼は誇りを持って死んだ。それ故に、迷う。
正義を貫いた誇り、自尊心。守り通した生存者への生き抜いて欲しいという願い。
恐らく死の直前のそんな思いが迷いを生むのだろう。

他者を傷つけ、自分達の世界に引きずり込む事への迷い。
異形となってしまった以上、例え英雄であったとしてもそれは万人が受け入れなくてはならない宿命。
異形と化したのなら、異形としての宿命を果たす。
それが自分達にとって救済ではなく、一時的な逃避に過ぎない事は解っている。しかし、他に道は無い。死ぬ事も許されずに苦しみ続ける自分達に選択の余地など残されていない。
怪異から逃げ、化け物となる事を拒み、全てに絶望して銃口を咥えた哀れな男の成れの果てがこの姿なのだ。
もう、逃げ場など無い。
逃げようとすれば、最も望まぬ結果が訪れる。

人としてでは無く、異形としてある為に戦う。その逃れる事は許されぬ宿命と異形と化した自分達を、化け物―志村晃は深く呪った。

30 :地球最後の警官 ◇czaE8Nntlw氏代理:2011/12/30(金) 19:25:40.10 ID:t37m6XlK0









前を歩く老人の姿をぼんやりと眺めながらマービンは考える。
彼は何者なのだろうか。初めて会った時に狙撃銃を求めていた事から察するに、ハンター、若しくは猟師といったところか。
いや、もしかしたら第二次大戦あたりで活躍した伝説の狙撃兵かもしれないが。
そう思わせる風格と威圧感をこの老人は持っている。過去に何があったのかは知らないが、修羅場を潜ってきたのは確かだろう。
理由はともかく、銃の扱いに長けている事には変わり無い。銃は彼に持たせておけば民間人といえどそう簡単にやられることはないだろう。
と、そこまで考えた所で件の老人―シムラが重々しく口を開いた。

「お前さんは…どう思う」
「何が?」
「人として在るために苦しみ続けるか、受け入れて殺戮に興じるか、どちらを選ぶ?」
「どういう事だ?」
「さっき言っていたな。無関係な人々を巻き込みたく無い、と。」
「ああ。出来るなら誰も殺したくない。」
「それを選ぶとなると俺達は化け物として疎外され、忌み嫌われて一生、いや永遠に苦しみ続ける事になる。それより、化け物としての本能に従って仲間を増やし、俺達の楽園を作る方が楽だとは思わんか」

俺達の楽園、とはどういう意味だろう。確かに自分は一度死んだとはいえ、自我を残している。
シムラの言う肉塊やゾンビ達に比べればずっとましだと思う。自我が残っていればまだ人間らしい行動も取れるだろうし、社会を作る事も可能な筈だ。
だが、化け物と化した自分がそれを実現するには――――。
不意に昔読んだ小説を思い出した。

「俺達の楽園…か。シムラさん、あんた『地球最後の男』って小説を知ってるか?」
「いや、そうした文化的な物には縁の無い生活をしてきたのでな。」
「そうか…まぁ俺もよく覚えてないんだが、確か主人公以外の全人類が吸血鬼と化してしまった世界が舞台だったかな。
主人公はたった一人で吸血鬼の群れと戦い続けるんだが、とうとう最後には捕まっちまうんだ。」
「…………それでどうした」
「吸血鬼に処刑される直前に主人公は気付く。化け物と化していたのは自分の方だ、と。人々の寝静まる昼間にたった一人で次々と仲間を殺していく伝説の存在――――。」
「価値観の逆転、か。」
「そういうことだ。シムラさん、あんたの言う"俺達の楽園"ってのはこの価値観の逆転した社会の事だろ?」
「そうかもな」
「確かに化け物の俺達は忌み嫌われるだろうな。だから自分達の社会を作りたいってのも理解出来る。だがな、それは本当に無関係な人々を巻き込んでまで作る価値の有る物なのか?」
「………」

31 :地球最後の警官 ◇czaE8Nntlw氏代理:2011/12/30(金) 19:27:18.21 ID:t37m6XlK0
自身が何の為に生き残り、何の為に死んだのか。
答えは解っている。生存者達の為だ。警察を頼りに避難してきた数名の民間人と共に戦った同僚、生意気な新人達。
彼らの為に死ぬのなら、悪くないと思っていた。
しかし、その"名誉の戦死"を遂げた自分が生き返り、生存者達、我が身を犠牲にして助けた人々に襲い掛かったら?
そんな光景はここ数日で何度となく見てきた。だが自分は彼らとは違う。"自我"を残しているのだ。
"自我が残っていればまだ人間らしい行動も取れる"人間らしい行動とは何か?決まっている。かつて自分の生きていた時の様に振る舞うだけ。
自分のすべき事はコミュニティを作ったり、仲間を増やす事ではない。生きていた時の行動、それは生存者の救助。それが自分のすべき事。
ならば――――。

マービンは腰のベレッタを抜き出し、志村の鼻先に向けた。

「だから俺は、あんたとは違う俺の社会を作ろうと思う。不死身なら、警官として最適だろう?」
「……好きにするといい。」
「一つだけ聞かせてくれ。あんたは本当に考えを変える気は無いのか?」
「俺の様な頑固者は考えを変える柔軟さを持ち合わせてないんでな。」
「…世話になった。残念だ。」
「達者でな。」

表情一つ変えずに別れを告げる志村に銃口を向けたまま油断なく後退り、ある程度距離を取った所で背を向けて走る。目指すはかつての、いや、現在も自分の職場――――。

(STARSの連中に新入り、それと民間人。そいつらが警察署に来るかもしれん。俺はまだあそこを離れる訳にはいかないんだ。)


32 :地球最後の警官 ◇czaE8Nntlw氏代理:2011/12/30(金) 19:28:30.20 ID:t37m6XlK0
遠ざかっていく警官の後ろ姿を見つめ、志村はゆっくりと銃を下ろした。
撃てなかった。
彼の行動から察するに、今度会う事があれば彼は自分を撃つ事も嫌わないだろう。だから、ここで倒しておこうと思った。
なのに撃てなかった。
狙撃に向かないショットガンとはいえ、彼が背を向けた距離位ならば、致命傷とまではいかなくても動きを止める程度の威力の弾丸を放つ事が出来ただろう。
ただ、引鉄を引く事か出来なかった。
あの男には他者を傷付ける勇気が無かった。
自分も同じ――――。
いや、違う。自分は覚悟を決めたのだ。仲間を増やして楽園を作る。自分がする事はそれだけだ。
だが――――。
(それは本当に無関係な人々を巻き込んでまで作る価値の有る物なのか?)
頭に浮かんだ彼の言葉を振り払う様に、老狩人は天を仰いだ。

【C-2/教会前/一日目真夜中】

33 :地球最後の警官 ◇czaE8Nntlw氏代理:2011/12/30(金) 19:29:07.74 ID:t37m6XlK0
【マービン・ブラナー@バイオハザード】
[状態]健康、腹部に僅かな痛み(傷はほぼ完治)、希望と不安
[装備]ベレッタM92F(15/15)
[道具]壊れた無線機
[思考・状況]
基本行動方針:生存者(人間)の援護及び救助
1:警察署に向かう。
2:署内の武器の捜索。
3:少年(須田恭也)と軍人(三沢岳明)に会わないよう注意。

※"今のところは"他人を傷つける気は無いようです。


【志村晃@SIREN】
[状態]健康、他者を傷付ける事への迷い?
[装備]レミントンM1100-P(4/5)
[道具]ショットガンの弾(28/28)、村田銃の弾(32/32)
[思考・状況]
基本行動方針:人間達の殲滅。
0:…………。
1:何処に行くべきか…
2:マービンの行方が少し気になる。
3:村田銃を取り返したい。

※警察署内から他にも何か持ち出しているかもしれません。


34 :ゲーム好き名無しさん:2011/12/30(金) 19:29:29.28 ID:t37m6XlK0
代理投下終了です。

35 :ゲーム好き名無しさん:2012/01/13(金) 19:46:23.11 ID:AMJX6m3z0
代理投下します

36 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 19:47:45.76 ID:AMJX6m3z0
静かな丘のリトル・ジョン



口論の最中、堰を切ったように泣き出してしまった金髪の少年に、ヘザーと阿部はおろおろするしかなかった。
何も知らない子供から見れば、自分達が銃を持った不良少女とバールを振り回すチンピラにしか見えないことは、ヘザーと阿部も十分自覚していた。
この怪物が闊歩する血と錆びの街を彷徨い、いきなり不良娘とチンピラに遭遇すれば、まっとうな子供であれば泣いて当然である。
もっとも、当の何も知らない子供――の皮を被った殺人鬼から見ても、二人は立派な不良少女とチンピラにしか見えなかったのだが。

「おおおおい、どうすんだコレ。俺のせいか?俺のせいか?」
「あ、慌てないでよっ。それより泣き止ませなきゃ。早くしないと怪物が寄ってくる」
「そ、そうだな。よし、俺に任せろ!」

言うや否や、阿部は汚名返上・名誉挽回とばかりに意気揚々と少年の前に出てしゃがみ込んだ。
チンピラそのものの見た目からは想像できない自信満々な様子に、ヘザーは疑わしげに眉を寄せる。

「…大丈夫なの?悪化させないでよ?」
「心配すんな、こいつを見て笑わねーヤツはいねえ。おいボウズ、そのまま眼ェ閉じてろよ。1,2,3で俺を見るんだ、いいな!?」

いいなと聞きながらも少年の返事は待たず、宣言してすぐ阿部は俯いて両手で何やら顔をいじくり始めた。
ヘザーからは、角度の具合で何をやっているかはよく分からない。しかし見てはいけないような気がするので、無理に覗こうという気は起きない。
殺人鬼は、目の前でチンピラが何をしているのか少し気になりつつもそこは子供、嘘泣きの姿勢のままカウントを待つ。

「よし、いくぞ。1,2,3!」

3のカウントと共に阿部は手を添えたままの顔を少年に向け、少年もほぼ同時に指の隙間を広げて阿部を見た。
お互い目を合わせた二人の間に、一瞬の沈黙が通り過ぎ――

「…ゴホッ!」

少年が大きく咳き込んだかと思うと、弾かれたように阿部の隣に立つヘザーに縋り付いて再び泣き出した。

「あ、ありゃ?おっかしいな」

思ったような反応が得られず首を傾げる阿部に、ヘザーは「この馬鹿!やっぱり悪化したじゃない!」と殺気混じりの目を向けつつも、
急いで銃をスカートのベルトに収め、恐慌状態の少年を宥めにかかった。

「ごめんね、怖かったね。もう大丈夫だから。あなたを怖がらせたかったわけじゃないの」

父――ハリーが幼い頃の自分にしてくれたことを切ない心地で思い出しながら、少年の柔らかい金髪の頭と未成熟な背中を優しくさする

37 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 19:48:49.97 ID:AMJX6m3z0
ヘザーの胸元で泣きじゃくる殺人鬼は、思惑通り自分を宥めにかかるヘザーにほくそ笑みつつ、彼女の母性本能をくすぐる“哀れなか弱い少年”を演じる。
まずは抱きしめられた際に体をびくりと震わせ、頭と背中を撫でられるうちに少しずつ警戒心が解けていくように見せるため、徐々に体の緊張を緩めていく。
そしてとどめの一撃に、そっと顔を上に向けて涙に濡れた瞳でヘザーをじっと見つめた。
殺人鬼は、自分の幼く美しい容姿が女性の庇護欲を引き出すことを本能的に知っていた。
そしてそれはヘザーも例外ではなく、彼女は殺人鬼の行動が全て計算尽くであることなど全く知らずに、ぎこちなく微笑んで見せた。

ヘザーを完全に取り込めたことを確信した殺人鬼は、再びヘザーの胸元に頬を寄せて考える。
――さっきのは危なかった。危うく吹き出すところだった。
殺人鬼といえども、まだまだカートゥーンで爆笑できる年齢である。それに阿部が見せたあの顔の衝撃ときたら――ああやばい、また吹き出しそうだ。
しかしあそこで笑ったら負けのような気がしたのだ。それに、本気で爆笑したらか弱いイメージが崩れるし。
猫被りのプライドもある殺人鬼エドワードは、思い出し笑いが治まるまでの間、ヘザーの懐にお世話になったのであった。



天使の容姿と真っ黒な腹を備えた少年が加わった一行は、ひとまず近くの建物の――周囲から丸見えの金網ではなく、
赤黒い模様が生き物のように蠢くコンクリートの建物の――隙間に退避する。
阿部に周囲の警戒を任せ、ヘザーは身を屈めてエドワードの泣き腫らした顔を下から覗き込んだ。

「私はヘザー。さっきのおじさんはアベ。怖がらせてしまったけど、実際は噛み付いたりはしないから安心して。
 向こうの女の人はクローディア。この人も…まあ今は大丈夫。でも、何かあったらすぐ言って」

ヘザーは指で阿部とクローディアを示しながら軽く説明する。
その指に従ってクローディアと呼ばれた銀髪の女を見た瞬間、エドワードの青い目が大きく見開かれた。
この女の中で、未知の“力”が密かに胎動している。
量はいささか物足りないものの、質の点においては、病院で遊んだ女から奪ったあの宝石に勝るとも劣らない魅力がある。
宝石の魔力と併せてこの女の中にいる“力”を喰ってしまえば、赤い水で失った力を完全に取り戻すことができるだろう。
エドワードはクローディアという女が、今後の活動において無視できない存在であることを瞬時に理解した。
庇護者候補と共に現れた上質な栄養源に、心の中で歓迎の拍手を叩き鳴らしながら唇を舐める。
しかし、今優先すべきは身の回りを固めることである。エドワードはクローディアを怖がる振りをして、ヘザーの体にそっと身を寄せた。

「あなたは?」
「…エドワード」

エドワードは消え入りそうな声でそう名乗った。
会話の成り立つところまで少年が沈静化したことに安堵したヘザーは、「よろしくね」と努めて穏やかに微笑んだ。
阿部は周囲を警戒しつつも黙したまま事の成り行きを見守り、クローディアは、相変わらず何を考えているのか分からない目でエドワードをじっと観察している。

38 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 19:52:50.92 ID:AMJX6m3z0
エドワードは消え入りそうな声でそう名乗った。
会話の成り立つところまで少年が沈静化したことに安堵したヘザーは、「よろしくね」と努めて穏やかに微笑んだ。
阿部は周囲を警戒しつつも黙したまま事の成り行きを見守り、クローディアは、
相変わらず何を考えているのか分からない目でエドワードをじっと観察している。

「エドワード。今まで一人だったの?」
「ううん。病院で知らないおじさんと、お姉さんと遊んでた」
「…おじさん?」

ヘザーの目の色が変わる。
もしやこの少年は、ハリーかもしくはダグラスと遭遇していたのではないか、そんな期待が湧き上がる。

「そのおじさんって、ハリーかダグラスって名前?」
「…分からない。名前、聞かなかったから」
「そっか…」

ヘザーの期待はエドワードの返答でにわかに崩れかけるが、しかし消滅には至らなかった。
前回ここに来た時の記憶や、アレッサであった頃の記憶を掘り起こしながら、この街で病院といえば
ブルックヘブン病院かアルケミラ病院くらいであろうかと見当をつける。
そこで遊んでいたということは、今行けばひょっとするとどちらかに会える可能性がある。
よしんば既にいなかったとしても、父はライターという職業柄、何かと几帳面にメモをとっておく習慣があるし、
ダグラスもひょっとしたら何か痕跡を残しているかもしれない。

しかしそんな僅かな希望も、エドワードが暗い面持ちで続けた言葉によって、あっさり裂壊することとなる。

39 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 19:54:00.39 ID:AMJX6m3z0
「でもおじさんはどこかへ逃げちゃったし、お姉さんは死んじゃった」
「…そう、可哀想に」

よく見れば、エドワードの人形のごとく整った顔やショートパンツから伸びるほっそりした太ももには小さな掠り傷が付いており、
どこかの名門校の制服と思しき青いジャケットには血痕が付着している。
ヘザーは彼が怪物との戦闘に巻き込まれ、命からがら逃げてきたのだろうと解釈し、俯くエドワードの金髪を労るように撫でた。
そうしながら、彼が遭遇した『おじさん』は、父でもダグラスでもない可能性が高いと考え直す。
エドワードと一緒の現場にいたわけではないので、実際に何が起こったのかは想像の域を出ないが、少なくとも、
二人はそれまで遊んでいた子供を放り出して逃げ出すような人間ではないことは知っている。
あくまで経験に基づく勘でしかないのだが、とにかく病院へ行くという選択肢はヘザーの中からすっぱりと切り捨てられた。

一方、ヘザーに頭を撫でられるエドワードの瑞々しい唇は、僅かに弧を描いていた。
それは彼女の優しさに対してではなく、何も知らず殺人鬼に慈悲を傾ける無防備さに対しての嘲笑であった。
――本当はね、ヘザー。おじさんはお化けからじゃなくて、僕から逃げたんだよ。
それにね、お姉さんは死んだんじゃなくて、僕が殺して食べちゃったんだよ。
いずれ力を取り戻したら、ヘザーの服が真っ赤になるまでお腹も頭もたくさんチョキチョキしてあげるからね。
リトル・ジョンのお友達みたいに!

いかにして少女を真っ赤に染め上げるか構想する殺人鬼の内心など知る由もなく、
ヘザーはエドワードに名簿を見せようと、ポケットから地図を取り出す。
しかし地図を裏返した瞬間、名簿の変貌ぶりに目を見開いた。
後ろから名簿を覗き込んだ阿部も「うお、なんだコリャ!?」と驚きの声を漏らす。
前回確認したきりの名簿には、いつの間にか赤い訂正線が増えていた。
もちろんヘザーは何もやっていないし、阿部やクローディアに至っては触ってすらいない。
だが、ここは怪現象のテーマパークであることを思い出し、ヘザーはすぐに冷静さを取り戻す。

この場にいる者の名前には何もない。
最初はあまり気にしていなかったが、今改めてこの街を支配しているゲームの趣旨から推察してみるに、
この訂正線は――死亡者を表していると思われる。
阿部もそれに気がついたようで、恐る恐るヘザーに話しかける。

「…これってよォ、アレだよな…」
「…気が利いてる。有り難くて涙が出てきそう」

40 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 19:54:30.95 ID:AMJX6m3z0
気丈に悪趣味なサービスを皮肉るヘザーだったが、不安にかられて父とダグラスの名前を探してしまう。
二人の名前は、記憶通りの場所にちゃんとあった。
双方の名前がまっさらなままであることに、安堵と不安が入り混じる複雑な感情が渦巻いた。
この名簿からはダグラスとハリー・メイソンという名の参加者が健在であるかはっきりとしない。
それに、このハリー・メイソンという名の参加者がはたして本物の父なのか、そして本物であった場合、それは本当にヘザーにとって喜ばしいことなのか。
この疑問は、名簿を見た時から幾度もヘザーの脳内をかき乱している。

そもそもヘザーの記憶の中の父は、ソファーで事切れた姿を最後に時を止めてしまっている。
彼を失った深い悲しみは、やがて時と共に使い込んだレコードのように擦り切れていき、いずれは写真を見るたびに、あるいは先程エドワードを宥めた時のように、
ふとした拍子に小さな痛みと懐かしさを伴って思い返されるのだろう。
今のヘザーにとって、ハリーとは本来そうなるのが自然の理と言える存在なのである。
それが、肉の身を纏って目の前に現れたら?
偶然に偶然が重なってそんな人物と真正面から“遭遇”してしまった場合、どうすれば良いのか?
そして、もしこのイカれたゲームを破壊できたならば、その後“彼”はどこへ行くのだろうか?


「オイ、大丈夫か?」

41 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 19:55:45.29 ID:AMJX6m3z0
気遣わしげな声によって思考の海から引っ張り出され、ヘザーははっとして阿部を見た。
阿部は不安げにヘザーの顔色を伺っている。
パンキッシュな見た目の割に頼りない所があるが、根は悪くなく、決して底の浅い人間でもないことは、彼の口から語られた数奇な体験談もあり、短い付き合いながらも何となく解ってきた。
平穏とはかけ離れた人生を文字通り幾度も繰り返してきたヘザーにとって、阿部という人間が歩んできた人生には共感するものがあったし、加えて彼の持つちょっと抜けた微笑ましさが、
危うく揺れる精神状態をニュートラルに戻して発破をかけてくれる――ような気が、何となくしはじめている。
こういう状態を、なんと言うのだったか。…吊り橋効果?

ふと思考が脱線しつつあることに気づき、ヘザーは「大丈夫」と言葉を返してから、唇をきゅっと引き締めた。
悩んでいても始まらない。とにかく今は、一刻も早く父とダグラスを見つけ、そしてこの忌まわしい街に巣食うクソッタレの害虫どもを速やかに駆逐し、
無事帰還することに集中しなければならない。
ヘザーは決意を新たに、エドワードへ向き直った。

「エドワード。この中に知ってる人はいる?」

ヘザーから名簿を受け取ったエドワードは、まず自身の偽名「エドワード」の表記を認め、己が何者かによってこの世界に招待されたことを知る。
そして数多い西洋人の名前の中に、ある少女の名前を見つけて目を瞬いた。

――ジェニファー・シンプソン。
この少女こそ、エドワードがこの街に来る直前に遊んでいた相手であり、エドワードを次元の狭間へ追放した張本人でもあった。
ジェニファーによって開かれた次元の扉に吸い込まれる最中、彼女のブーツに包まれた足を掴んだ際に短剣で刺された痛みは、忌々しくもはっきり覚えている。
自分だけが今までの世界から切り離されたとばかり思っていたが、彼女もここへ迷い込んでいたとは、なんと気の利いた状況であろう。
もっとも、同姓同名の別人である可能性は否定出来ないのだが。

さて、どうするか。
この街にエドワードの本性を知る者が存在するのは面倒だが、それがジェニファーただ一人である点は幸運と言えた。これはもう一度彼女と遊ぶ、またとない機会である。
万が一彼女と遭遇した場合、自分を見てどんな反応を示すかは未知数だが、少なくともヘザーら庇護者と一緒にいる限り大したことはできまい。
10歳の子供を殺人鬼だなどと言い張っても、その場は多少混乱するだろうが、あっさり信用されることはまずないからだ。
むしろ周囲から『子供を殺人鬼呼ばわりする異常者』のレッテルを貼られる可能性すらある。むしろ、普通ならそちらの方が高い確率で起こるだろう。
エドワードにとって重要なのは、あくまで周囲に『善良な弱者』と認識されること。
つまりこれからすべきことは、これまで通り『記憶喪失の少年エドワード』を演じることである――エドワードは名簿を眺める数秒でそう結論づけた。

「皆知らない…僕を知ってる人がいても、多分判らないよ」
「…どういうこと?」

狙い通りの反応を返してくれるヘザーに、エドワードはいかにも同情を引きそうな儚い表情を浮かべ、視線を足元に落として見せる。

「この街に来る前のこと、覚えてないんだ」
「覚えてない?…記憶喪失ってこと?」

エドワードは頷いて肯定する。
ヘザーは困ったように阿部と顔を見合わせた。

「記憶喪失って、マジでか」
「本人がそう言うんだから仕方ないでしょ。それよりも、今はこの子をどうするかの方が問題ね」
「…連れてくのか?でもよ、いざって時に守りきれんのか?」
「難しいけど…でも、置いていくわけにも行かないし。
 せめて安全な場所に連れて行くくらいなら構わないでしょ?
 教会なら、魔除けの呪いとかそういう関係の資料が置いてあるだろうし」

42 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 19:56:35.10 ID:AMJX6m3z0
教団に限らず、宗教というものにとって悪魔――異郷の神というべきか――の排除は命題の一つだ。
今この街に跋扈する怪物の中には、教団にとって邪魔となる異郷の神々の眷属も少なからず存在する。例えば、阿部が話していた闇人や屍人なる存在がそれだ。
そういった敵の情報を知ることは戦術の基本である。つまり、教団が蓄えた知識の中に、異郷の神の知識およびそれらを封じ、排除する――例えば邪悪な存在を払うアグラオフォティスや、魔封じの力を持つメトラトンの印章など、
退魔の効果を発揮する道具や術式がいくつかある可能性がある。
そしてそれらを使えば、ゾンビや人間など一部の例外を除いた多くの敵が無力化できるかもしれない。
とは言うものの、アレッサの頃ほどの力がない今の自分では、どれほどの効果が得られるかは定かでない。まあやらないよりはマシだろう。

「頑丈な建物でバリケードを作って結界を張っておけば、ある程度エドワードを守ることができるはず」
「…お前って巫女さんみたいだな」
「ミコサン?」
「あー…日本の女の聖職者で、神様の言葉を聞いたり儀式とかで踊ったりすんだ」
「聖職者ね…まあ、当たらずとも遠からずと言ったところかな。…もっとも、神様なんてもう信じちゃいないけど」

ヘザーはその昔、実の母親に神への生贄として使われた忌まわしい過去を思い出す。それに伴って、儀式で負った火傷の痛みが皮膚に蘇り、それを忘れようとまっさらな腕をさすった。

しばらくヘザーと議論を交わした阿部は、大丈夫かよと重々しく溜め息を吐いたものの、もはやヘザーに反対するつもりはないようである。
阿部を説き伏せたヘザーは大きく息を吐くと、地図を折りたたんでポケットにしまい、クローディアを見た。

「…クローディア。この子を連れて行くけど、構わないわね?」

確認の体裁を取ってはいるが、この場合確認と言うよりは強制に近い。
それが身に染みて解っているクローディアは、「私に拒否権はないのでしょう?」と静かな口調で返した。
「そうね」とヘザーは淡白に呟き、改めてエドワードに向き直る。

「エドワード。ちょっと遠いけど、私達と一緒に安全な所へ行かない?」
「…良いの?」
「当たり前でしょ。アベはもう納得してくれたから大丈夫。どう?」
「…うん、行く」

少しの逡巡ののちに(もちろんこれも演技だ)エドワードが頷くと、ヘザーは安堵の表情を浮かべエドワードの手に向けて片手を差し出した。それの意図するところを汲んだエドワードは、彼女のその手に自らの手を絡める。
ヘザーは自身のものより少し小さな手を握り、阿部とクローディアの方に振り返った。

「行くよ」




エドワードを加えた一行は、改めて本来の目的地である教会へ向かうことにした。
子供が加わったことで、ヘザーと阿部は細心の注意を払って街を進む。
先行する阿部が周囲に視界を“借りる”ことのできる存在がいないかこまめにチェックし、視界に引っかかった怪物は弾薬を節約するため極力無視して、そして単体で倒しやすそうな個体ならば打撃で対処し、暗い道をなるべく静かに迅速に駆け抜けた。

視界を“借りる”ため定期的に立ち止まって瞑目する阿部を見て、エドワードは小首を傾げながら隣にいるヘザーに尋ねた。

43 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 19:57:30.62 ID:AMJX6m3z0
「ヘザーお姉ちゃん、アベのおじさんは何をしているの?」
「おじっ…俺はまだそんなトシじゃねえよ」
「アベは周りに危険なお化けがいないかチェックしてくれてるの。
 どういう仕組みかはよく分からないけど、他人の視界を借りてるみたいね」
「へえ…そんな力があるんだね。凄いなあ」

ささやかな抗議をさらりと無視され若干へこむ阿部だったが、褒められて少し気を良くして「まーな」と得意気に胸を張った。
単純だなと思いつつも、エドワードは心の中で大いに納得した。
誰にも聞かれていないはずの笑い声を阿部が知っていたのは、あの時視界を“盗まれていた”からなのだ。
この能力は厄介だ。『借りる』などというお上品な表現は相応しくない。なにせ盗まれる側にその自覚はまったくないのである。プライバシーも何もあったものではない。
庇護対象と見られている現在は視界を盗まれる危険性は低いが、それでもこれからは気軽に本性を曝け出すことはできない。エドワードは無邪気な少年の顔の裏で舌打ちした。

そうしながら北へ進むうち、一行はクローディアを捕えた遊園地付近まで戻って来た。
勿論ここで遊ぶ予定はない。バルカン教会で情報が手に入らなかった時は改めて向かうかもしれないが、
辿り着くまでに掻い潜らなければならない面倒な仕掛けや危険なトラップを考えると、今は見送るしかない。

阿部がふとヘザーを見ると、エドワードと繋いでいない方の手を自身の華奢な顎に添えながら、喉に魚の骨が引っかかったような表情を浮かべていた。

「浮かねー顔だな、気になることでもあんのか?」
「この街に呼ばれてる大勢の人間…皆して“普通”じゃないみたいね」
「…まあな」

サイレントヒルに因縁を持つヘザー。
教団の手にかかり命を落としたはずのハリー。
神の降臨のために殉教したはずのクローディア。
クローディアによってヘザーを取り巻く運命に巻き込まれたダグラス。
夜見島で人知を超える怪異に遭遇した阿部。
こうして分かっているだけでも、異様に濃い経歴を持つ人間ばかりである。
そして、新たに加わった記憶喪失の少年エドワード。

「エドワードも多分、何かここに引き寄せられる要因があったはず…今は分からないけど」
「つーかよ、あんたやあの不気味な女がココに来んのは別におかしいことじゃねーんだよな。関係者なんだしよ。
 けど、なーんで俺まで巻き込まれちまうんだろーなァ…」
「そういえば、アベはこの街で明らかに異質ね」

複雑な過去を背負っている点以外、阿部はただの日本人と言っていいだろう。
サイレントヒルに縁もゆかりもない彼が、この街に迷い込んだ原因がヘザーにはよく解らない。
彼の過去において特異な出来事である夜見島での一件が、サイレントヒルを支配する邪神と何らかの繋がりがあるのだろうか?
少なくとも、その邪神に深く関わったヘザーには、夜見島の怪異を引き起こした怪物と交差する点は思い当たらない。そもそも、ヘザーの知る邪神には時空に影響を及ぼすような力は無かったはずだ。

「死んだはずの父さんやクローディアがここにいるのなら、さっきアベが話したヤミジマで怪異を起こした存在も無関係ではないかもね。
 それならアベが呼ばれるのは必然と言えるし、死者が歩いててもおかしくない」

ただし、その仮説が正しければ、ここにいるハリーもクローディアも死者ということになってしまうが。

44 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 19:58:27.33 ID:AMJX6m3z0
「けどよ、もしそうなら逆に全然関係なさそうな外人が呼ばれるのが謎だろ。
 しかも夜見島どころか、日本ですらねえ外国に集められるとか意味不明じゃねーか?」
「そこなのよね…この街にいる参加者の共通点が分かれば、このゲームの主催者も見えてきそうな気がするんだけど」

深まるばかりの謎に、ヘザーと阿部は揃って釈然としない表情を浮かべた。



何事もなく――厳密には怪物との戦闘を極力回避し続けて何事もなく――遊園地を通り過ぎると、地図が正しければ、
もうすぐヘザーがアレッサであった頃に通っていたミッドウィッチ小学校が見えてくるはずだった。
しかし、ヘザーが目にしたのは、見たことのない赤く錆びついた鉄の門だった。
門の向こうは暗くて見えないが、懐中電灯の明かりがほとんど届かないことから、建物は数百メートル先にあると思われる。
暗闇の向こうからは車の走行音が聞こえてくるものの、これまで阿部が行った索敵には何も引っかかっていない。
そして、門を支える薄汚れた石の柱に嵌めこまれたプレートには、ヘザーらアメリカ人にとっては異国情緒溢れる書体で「雛城高校」と記され、赤褐色の汚れが涙のように垂れ落ちている。

「…ヒナシロ高校…?」

まったく見覚えのない名称に首を傾げるヘザーの横から、阿部が首を突っ込む。

「何だこりゃ、日本の高校じゃねーか」

ヘザーは目を見開いて阿部を見た。

「知ってるの?」
「いや、この雛城って学校自体は知らねーけどな。けど見りゃ分かる。このおカタい雰囲気は間違いなく日本の学校だぜ」
「…ねえ、ヤミジマにこの学校はあった?」
「いや、多分なかった」

ヘザーは今度こそ頭を抱えた。
この街が以前と構造が変わっているのは実際に歩いてみて気がついたが、施設が外国のものとそっくり入れ替わっていることにはさすがに絶句した。
この調子では、目指すバルカン教会がきちんとそこに存在しているのかすら怪しく思えてくる。
まさかとは思うが、いや万が一にも起こって欲しくないが、仏教寺院などと入れ替わっていやしないかという不安すら湧いてくる。
そして、サイレントヒルにも夜見島にも関係のない施設が出現したことで、ヘザーの心の内に無視できない危機感がじわりと浮かび上がった。
――もしかすると、この街で起こっている異常は今まで思っていたよりも深刻なものなのかもしれない、と。

「なあ、ここってバリケードに使えるんじゃねーか?」
「ここが?」
「日本じゃ学校は地震とかがあった時の避難所になるんだぜ。多分、頑丈にできてんじゃねーかな」
「…あんたにしては冴えた意見ね、ちょっと見直したわ。OK、候補に入れとく」

45 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 20:00:07.52 ID:AMJX6m3z0
異国の学校の門前で話し込むヘザーと阿部を、エドワードとクローディアは付近のT字路から見つめていた。

「記憶喪失だそうね」

エドワードの背中に無機質な女の声がかかった。
振り返ると、クローディアがエドワードを見下ろしていた。ニコリともしない陰気な顔であったが、その色素の薄い目だけは、
何かに魅入られたかのように爛々と輝いて見えた。
その視線からはクローディアの意図が読めず、エドワードは彼女を見上げたまま沈黙を返す。

「本当だとしたら、とても気の毒なことだわ」

疑われているのかとエドワードは思った。
その口ぶりは明らかに気の毒だなどと思ってはいない。自分を見つめる氷のような色の瞳からは、実験用のモルモットやマウスを観察する研究者ような、
冷静な好奇心しか感じられなかった。

「あなたが望めば、私はあなたの力になる」

だが、少なくともこのクローディアという女は、自分と敵対する意思は今のところ無いようだ。
何を企んでいるのか知らないが、自分を取り込みたがっているように感じられる。

「今すぐ決めろとは言わないわ。じっくり考えてみると良い」

あなたが望めば――?
では、お前の腹の中に眠っている“それ”をよこせと言えば、この女は何と言うだろうか。
そんな黒い好奇心が疼いたが、エドワードは今は“哀れな少年”を演じることに徹し、ひとまず無言を貫いた。

――クローディアは、エドワードの記憶喪失を疑ってはいない。
と言うより、このエドワードと名乗る少年がどんな過去を持っていようが、そして猫を被っていようが狐が化けていようが問題ではなかった。
重要なのは、目的達成のために使えるか否か。
己の力がどこまで使えるかを確認できれば良い。上手く行けば使える手駒が増えるし、もし思ったような結果を得られなくても、それは今後の活動内容をより具体的に組み立てる判断材料となる。
そして、もしこの少年が神の降臨の邪魔になるようであれば――

「色よい返事を待っているわ」

時刻は夜も深まり、あと一刻も経てば深夜に突入するであろう頃の出来事であった。



【A-4/雛城高校校門前/一日目真夜中】


46 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 20:01:26.95 ID:AMJX6m3z0
【ヘザー・モリス@サイレントヒル3】
 [状態]:見知らぬ異国の施設への困惑、この場所へ呼んだ者への殺意
 [装備]:SIGP226(装弾数15/15予備弾21)
 [道具]:L字型ライト、スタンガンバッテリー×2、スタンガン(電池残量5/5)、携帯ラジオ、地図、ナイフ
 [思考・状況]
 基本行動方針:主催者を探しだし何が相手だろうと必ず殺す。
 0:どうして日本の学校がこんな所に?
 1:教会へ向かう。
 2:エドワードを安全な所へ連れて行く。
 3:他に人がいるなら助ける。
 4:名簿の真偽を確かめたい。

【阿部倉司@SIREN2】
 [状態]:健康、日本の学校の存在への疑問
 [装備]:バール
 [道具]:懐中電灯、パイプレンチ、目覚まし時計
 [思考・状況]
 基本行動方針:戦闘はなるべく回避。
 0:なんで日本の学校がこんなとこに?
 1:ヘザーについていく。
 2:まともな武器がほしい。
 3:どうなってんだこの名簿?

【A-4/雛城高校付近のT字路/一日目真夜中】

【クローディア・ウルフ@サイレントヒル3】
 [状態]:良質な実験体を見つけてやや気分が高揚、神の成長は初期段階
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:神を降臨させる。
 0:この子は、使えるかも。
 1:ヘザ―に逆らわない。しかし神が危険な場合はその限りではない。
 2:邪魔者は排除する。
 3:赤い物体(アグラオフォティス)は見つけ次第始末する。
 4:アベを“生まれ変わらせて”みたい。

 ※神はいったんリセットされ、初期段階になりました
 ※アグラオフォティスを所持すると、吐き気に似た不快感を覚えます
 ※力の制限は未知数(被検体が悪い)。物語の経過にしたがって変動するかもしれません


47 :◇dQYI2hux3o 代理:2012/01/13(金) 20:02:05.74 ID:AMJX6m3z0
【エドワード(シザーマン)@クロックタワー2】
 [状態]:健康、所々に小さな傷と返り血、魔力消費(大)。
 [装備]:特になし。
 [道具]:『ルーベライズ』のパワーストーン@学校であった怖い話
 [思考・状況]
 基本行動方針:皆殺し。赤い液体の始末。
 0:阿部を強く警戒。
 1:クローディアの胎内の神に強い興味。
 2:か弱い少年として振る舞い、集団に潜む。
 3:魔力を取り戻す為、石から魔力を引き出したい。
 4:相手によっては一緒に「遊ぶ」。

 ※魔力不足で変身できません。が、鋏は出せるようです。(鋏を出すにも魔力を使用します)
 ※エドワードは暗闇でも目が見えるようです。魔力によるものか元々の能力なのかは不明です。
 ※『ルーベライズ』のパワーストーンに絶大な魔力を感じていますが、使い方は分かっていません。
  石から魔力を引き出して自分の魔力に出来るのかどうかは不明です。

代理投下終了です

48 :ゲーム好き名無しさん:2012/01/15(日) 00:59:25.13 ID:sOdn0uTLO
今期月報であります。

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
114話(+6)    28/50 (- 3±0) 56.0 (- 6.0)

49 :春のかたみ  ◆TPKO6O3QOM :2012/01/27(金) 20:54:23.42 ID:nt1Dd4g50

 太田ともえはジルたちのライトが照らす先を、呆然と見続けていた。
 大海に潜むというあやかしを連想させる大蛇の死体。警察署内で会った少年が、その異容に驚嘆とも歓喜ともつかない声を上げていた。
 しかし、ともえの目は弛緩し果てたその口から覗く、黒ずくめの人影に注がれていた。
 もう怪物は死んだというのに、影は動かない。
 なぜ動かないのか。怪我で動けないのか――。
 阿呆のような疑問を何度も胸中で繰り返す。答えは既に提示されているのに、感情がそれを拒もうとしていた。近づけばいいものを、今もこうしてジルたちから離れた所で佇んでいる。
 いや、近づかずともいい。目を閉じ、"視"れば全て氷解する。
 だが、出来なかった。それをすれば確認してしまうことになる。
 ケビンが死んだことを――。
 ジルからそう告げられたときのことを思い出した途端、足元が波打ったような感覚に襲われ、ともえはよろめいた。いや、それすら錯覚だったのだろう。己の足は少しも動いていない。
 銃声はとうに止んでいたが、あの狂ったような響きは未だ海鳴りのようにして耳朶の奥に残っていた。これまで耳にした幾つもの言葉が蘇っては、その響きに掻き消されていく。
 しかしそれは、鼻を擽る硝煙の香と共にやがてはこの白い霧に混じって薄れていくのだろう。
 再び発生した濃霧は、その姿すらともえから奪うかのように彼の影を隠していく。
 ケビンのことが――好きだった。
 ともえは静かに認めた。
 ただ、果たしてそれが恋と呼べるものだったのか――それすら分からぬままに、全ては何も始まらぬまま終わってしまった。助けてくれた礼すら満足に返せなかった。
 何もできなかった。他者の視界が見えるようになっても、大切なものを守れなかった。結局、己は何の役にも立てなかった。

(それなら、こんなもの、ただ気味が悪いだけじゃない――……)

 寂しさが胸を圧迫した。胸の奥には深い虚が空いている。この地で埋まることのないであろう穴が二つ――その穴から、乾いた風が絶えず吹きあがり続けているような気がした。
 ともえはそっと髪飾りに触れた。
 ただ悼めばよいのに、頭の隅を"滅爻樹"のことが過る。"滅爻樹"を用いなければと、脅迫にも似た焦りが湧き上がる。
 島ではそれが理であり、従うべき掟であった。だが、それは外から見れば死者を辱めているように見えやしまいか。
 ましてや、これはケビンを想ってのことではないのだ。ただ、全身に沁みついた島の風習に突き動かされているだけに過ぎない。
 夜見島は愛すべき故郷だ。その伝統は守り続けなければならない。だが、伝統を継ぐことと囚われることは全く別のものだ。囚われれば、ただ視野を狭くする。
 この町に来てから、そんな風にも考えられるようになった。
 囚われているから、己はケビンの死を真っ直ぐに想うことができない。
 ――泣いてはいけない。
 ジルはおそらく泣いていないのだから、不義理な己が涙するなどあってはならない。そう自制するも、鼻の奥が刺すように痛んだ。
 霧の向こうで影のとなったジルやジムたちの背中が滲んでいく。

「……そろそろ彼女たちのところに行こう。歩けるかい?」
「……大丈、夫」


50 :春のかたみ  ◆TPKO6O3QOM :2012/01/27(金) 20:54:45.08 ID:nt1Dd4g50

 一緒に居てくれたハリーが言った。頬を動かしたことで、鋭い痛みが奔る。
 歩き出す前に、ともえは覚悟を決めてそっと目を閉じた。ジルの視界が見えた。大蛇の口から半分毀れた、鮮血に染まったケビンの顔――青黒く腫れ上がり、生前の面影を見出すのが難しいほどだ。しかし、醜いとは思えなかった。
 ジルの腕が動き、握られた拳銃がケビンの頭に向けられる。ともえははっと瞼を開いた。前方で火花が咲き、銃声と共に彼女の影が色濃く映える。
 痛みも無視して、ともえは足を速めた。

「おい、何でそんなことをする?」

 こちらに気付いて振り返ったジルたちに向かって、ハリーが険しい声を上げる。ジルは哀しげに微笑んで見せた。ジムは苦い顔をしている。

「おまじないよ。彼がずっと眠っていられるようにって」
「……だといいがな」

 大蛇の傍に片膝をついていた禿頭の男が含むように呟いた。
 立ち上がりながら、男はこちらを無感情に見渡した。

「さて、休息は終わりだ。君たちに行く当てはあるのか? あるのなら、急いだ方がいい。騒ぎで何か良からぬものが寄ってくるかもしれない」

 朴訥とした口調で告げる。ケビンの死など、男にとってはどうでもよいのだろう。突然の銃声に固まっていた少年が、慌てて非難を込めた声を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。この人、このままにしておくんですか? 俺たちにとっては知らない人だけど、ジルさんたちにとっては……」
「……いいえ、彼が正しいわ。だけど、ありがとう」

 ジルが少年に向かって首を振った。 

「それに、彼ならこう言うでしょうね。ンなことに構ってねえで前に進めよって」

 彼なら言いそうな言葉だ。ジルの言葉がケビンの声で蘇り、ともえは深く息を吸った。
 周辺を歩いていたジルが地面から何かを拾い上げた。ケビンの拳銃のようだ。それを無造作に、羽織ったジャケットのポケットに突っ込んだ。
 ジムが逡巡するように目を瞬かせた後、思い切ったように話し始めた。

「俺、南の研究所に行きたいんだ。俺もケビンと同じだ。糞ウイルスに感染してる。だけど、前に俺たちでワクチン作ったんだ。ここの研究所に、その材料があるかもしれねえ。分は悪いが、それに賭けたいんだ。俺には、多分もうそんなに時間は残されてないから」
「……そういえばケビンも言っていたわね。駄目元とはいえ、何かあるかもね。ワクチンの材料って具体的に憶えてる?」
「でなきゃ、話にならねえよ。ええと、無駄にでかい蜂の毒に、なんかよく分かんねえ薬品、あと黒くてでかい海パン野郎の血だ」
「……随分な具体的ね」

 半眼になったジルに、ジムが明後日の方を向いた。

「まあ、曖昧なとこはフォースが導いてくれるだろうぜ」
「口を挟んで悪いが、ウイルスとは一体何だ?」


51 :春のかたみ  ◆TPKO6O3QOM :2012/01/27(金) 20:55:06.20 ID:nt1Dd4g50

 男が銃を肩に担いで首を傾げた。
 ジムが口早に説明を始めた。それを聞き終えた男が幾つか質問をする。ジムが口ごもった部分を、ジルが補足していった。
 ともえにはそれでも理解できない内容だったが、要は、ジルたちの故郷は"死体が蘇る"怪異によって滅びたということらしい。
 ただ、それは夜見島に伝わるような"古のもの"の仕業ではなく、余所者の持ち込んだ伝染病だった。ジルたちもまた、余所者に故郷を壊されたのだ。そして、ケビンとジムはその伝染病を患っている。
 "穢れ"のせいでなくとも、死体は憑かれる。しかし、蘇った死体――"ぞんび"は頭を撃ち抜けば蘇らないとジルは言った。
 ケビンに"滅爻樹"を用いる必要はない――その報せに、ともえは僅かに安堵した。
 
「なんていうか……映画みたいですね」
「須田、俺たちも行ってみるか? 通信設備ぐらいあるだろう。上手くいけば、頭を撃ち抜く以外の帰る手立てが見つかるかもな。少なくとも、ここよりはずっといい。ここはもうただの墓場だ」
「そうね。本当に、そう……」

 男の言葉に、ジルが警察署を見上げた。表情は見えないが、その後ろ姿は寂しげだった。
 須田と呼ばれた少年が男の誘いに同意する。ジムが大袈裟に肩を竦めた。

「へっ。"S.T.A.R.S."に、ニッポンの軍隊が一緒か。バッドボーイズよりずっと頼もしいね。そう思わねえかい、ハリー?」

 己を置きざりに、話は次々と決まっていった。
 決意をしたところで、結局流されるだけの自分に忸怩たる思いが募っていく。
 頬の痛みが、己を非難しているように感じられた。
 この負傷とて、勲章でも何でもない。自分の手落ちを、どうにか五分五分に持って行けただけだ。
 ジルならば――ケビンならば、そもそもあんな男に捕まったりしない。
 いや、あそこで自分が捕まったりしなければ、ケビンは生きていたのではないだろうか。
 彼を死なせてしまった一因が己なら、その埋め合わせをしなくていいのか。
 相手が死んでしまったら、礼は――返せないのか。

「よかったな。ジム、私はもう一度学校に行ってみようと思う。ここまで全部が全部空振りだ。だから、最初の手がかりに立ち戻ってみたい。ミヤタのことも気になるからな。ワクチンが手に入ることを祈っているよ」
「え……一緒に行かないのかよ?」

 静かに別れを告げたハリーに、ジムが戸惑いの声を上げた。

「娘は私の全てなんだよ。君に頼もしい同行者が出来たのなら、私は娘のことを優先したい」

 ハリーは体をゆすって、背負った少女の位置を直した。
 ジムが顔を顰めて唸った。
 今のような状態で別れるのことが自殺行為なのは明らかだ。いや、だからこそだろうか。
 ジムたちに手を煩わせたくないのかもしれない。そのときになって少女を捨てるにしても、あの状態からでは行動に移るのにどうしても遅れが出てしまう。
 男が小さく鼻を鳴らした。ジムに自動小銃を半ば押し付けるように渡しながら告げる。

「そうか。あなたは民間人だ。同行の強要は出来ないな」
「三沢さん!?」
「下手な道徳心ははんだんを狂わせるぞ、須田。あの蛇相手に、我々の主だった武器はなくなってしまった。あのような化け物が他に居ないとも限らない状況で、戦力の分散は好ましくないな。わざわざ離れていく相手のために、仲良く共倒れするのは愚かだ」
「でも、それじゃあ見捨てるってことじゃないですか……」
「ミサワの言う通りだよ、坊や。これは私のわがままだ。君たちまで付き合わせる気はない」

 男――三沢に食って掛かる須田の肩を、ハリーの手が抑える。


52 :春のかたみ  ◆TPKO6O3QOM :2012/01/27(金) 20:55:24.10 ID:nt1Dd4g50

「だけど、背中の女の子は、その、死んでいるんですよね? せめて下ろしていった方が……」

 少女をちらちらと見ながら告げる須田に、ハリーは頭を振った。

「親になるとね、合理的じゃいられなくなるんだよ。まだ分からないだろうがね」

 どこか悲壮さを湛えた眼差しでハリーは微笑した。

「私は……ハリーと行く。彼の"目"になれると思うから」

 ともえはそう口にした。付いてくるものだと思っていたのだろう、ジルが目を見張るのが分かった。
 馬鹿なことを言い出したとも思われたかもしれない。
 ともえの頭にあったのは、ただケビンならどうするだろうかということだ。
 ジルと三沢は兵士だ。彼女らに比べて随分とぎこちないが、それでもジムと須田はこういったことに慣れた感がある。
 ならば、一人で行くハリーをケビンは放っておかないだろう。
 彼に礼を返すのは今しかないと、ともえは思った。
 ケビンのように振る舞うことはできないが、彼には出来ないことが自分には出来る。他者の視界を盗み見ることができる。

「君も"視える"か。構わないだろう。確かに"目"になれる」

 三沢が何処か知った風に頬を歪めた。訝しげに思ったが、頬の痛みをおしてまで質す気にはなれなかった。
 代わりにジルが疑問の声を上げたが、本人に訊けと三沢は取り合わない。それどころか、まだ戸惑っているジムを促して警察署の外へと歩き始めてしまった。
 須田は困惑した面持ちで三沢とハリーの間に視線を彷徨わせていたが、やがては三沢を追っていった。
 ジルが苛立たしげに溜息を吐き、こちらを向いた。

「そういえば、中でもそんなこと言っていたわね。上手く説明できる自信ある?」
「私にも訳が分からないのよ。なんていうか、自分以外の見てるっ……ものが視えるの」

 そうとしか言いようがないのだが、いざ言葉にしてみるとさも愚かしい絵空事を語っているような気分になる。
 ジルが苦笑を漏らした。

「本当に訳が分からないわね……。ニンポーって奴? ねえ、トモエ。私も一緒に――」
「大丈夫、だから。私に任せてよ、ジル」

 動かす度に、頬が痛みで引き攣る。それを見て取ったジルの瞳が揺れた。
 ケビンがいない今、彼の役割を継げるのはジルだ。
 三沢の言っていることが正しいのはともえにも分かる。三沢たちと一緒ならば、ジルはきっと何かを守りながら戦わずに済む。
 それだけでも、随分と生き残り易くなれるはずだ。
 好きな人間を失うのは――そんな寂寞感をこれ以上抱えたくなかった。

「……それは、よく考えた末のことなのよね?」

 ジルの瞳から逸らさずに、ともえはゆっくりと頷いた。ジルは吟味するように一呼吸置いてから、小さく微笑んだ。

「そう。じゃあ、今度は私がトモエを信じなくちゃね」


53 :春のかたみ  ◆TPKO6O3QOM :2012/01/27(金) 20:55:44.03 ID:nt1Dd4g50

 釣られて笑みを浮かべようとしたが、痛みでうまくいかなかった。ひょっとしたら泣き顔に見えたかもしれない。
 誤魔化しも兼ねて、ともえはジルに切り出した。

「ジル、お願いがあるんだけど。ケビンの銃、わたしが、持っていちゃ駄目?」

 ジルのジャケットの膨らみを指さす。彼女は眉根を寄せた。

「銃が要るなら、私のを渡すわよ。扱いやすさは保証できるし」
「ありがとう。だけど、彼のを持っていたいの」

 ジルが肩を竦めて、ケビンの拳銃を取り出す。安全装置なるもの外し方や弾丸の装填の仕方を見せた後で、銃把をともえに差し向けた。

「手加減できない道具よ。訓練なしで当たるものでもない。正直言って、撃つ時間があるなら逃げることに使うべきね。それでも撃つのならば、躊躇しないで」

 受け取った拳銃は想像よりもずっと重たかった。こんなものをジルたちは自在に操っていたのだ。
 ジルに従いながら、実際に銃把を両手で握りこんで安全装置を外し、撃つ直前までの流れを試した。
 ともえに手解きをしながら、ジルが呟くように語りかけた。

「まったく、あいつの言った通りになっちゃったわね」

 最後に、ジルは弾丸を入れたポーチを一つ渡してくれた。それを懐に仕舞う。
 警察署の門から橋の袂まで行くと、霧の向こうに三つの光が見え隠れしていた。
 それを目に留めた後、ジルがこちらを振り向いた。口元に、少し寂しそうな笑みが刻まれる。

「具体的な再会の約束はしないでおきましょう。糞ったれた神に嘲笑われる気がするから。メイソンさん、娘さんのこと気にかけておくわね。名前は?」
「シェリルだ。無事を祈る」
「ええ。お互いに。うちのお嬢さんのこと、宜しく」

 走り去っていくジルの背中は、すぐに霧にまぎれて見えなくなった。
 橋を渡る間、水音のほかには二つの足音だけが霧の中に響いている。汚い軽口も軽妙な返しも、今はもう聞こえない。傍らにあった温もりは、もう感じられない。
 それを認識し、胸が急に萎まったような苦しさを感じた。
 渡り終えたところで、ともえは目を閉じてみた。幾つかの視界が過るが、ともえたちを捉えているものはない。距離が離れたせいだろうか。ジルたちの視界が映ることはなかった。
 そのことをハリーに告げる。彼も半信半疑なのだろう、ふと苦笑が漏れた。短く謝罪をしてから、彼は続けた。

「これからのことだが、まず教会を確認しておきたい。書置きを残したんだ。何か変化があるかもしれないし、そろそろこの娘を横たえてやりたい。ニッポン人の流儀とは違うかもしれないが、こういうのは生きている人間の自己満足だしな」

 反対する理由もなかったのでともえは頷いた。
 引き返しはもうできない。ケビンがやれたはずのことを、これから自分がやっていくのだ。
 帯に挟んだ拳銃に指を滑らせてから、ともえはハリーを追った。
 



54 :春のかたみ  ◆TPKO6O3QOM :2012/01/27(金) 20:56:10.97 ID:nt1Dd4g50

【D-2/南部/二日目深夜】


【ジル・バレンタイン@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:疲労(中)
 [装備]:ハンドライト、R.P.D.のウィンドブレーカー
 [道具]:キーピック、M92(装弾数9/15)、M92Fカスタム"サムライエッジ2"(装弾数13/15)@バイオハザードシリーズ
     ナイフ、地図、携帯用救急キット(多少器具の残り有)、ショットガンの弾(7/7)、グリーンハーブ
 [思考・状況]
 基本行動方針:救難者は助けながら脱出。
 1:研究所に向かう。
 ※闇人がゾンビのように敵かどうか判断し兼ねています。



【須田 恭也@SIREN】
 [状態]:健康
 [装備]:9mm機関拳銃(25/25)
 [道具]:懐中電灯、H&K VP70(18/18)、ハンドガンの弾(140/150)
     迷彩色のザック(9mm機関拳銃用弾倉×2)
 [思考・状況]
 基本行動方針:危険、戦闘回避、武器になる物を持てば大胆な行動もする。
 1:この状況を何とかする
 2:自衛官(三沢岳明)の指示に従う



【三沢 岳明@SIREN2】
 [状態]:健康(ただし慢性的な幻覚症状あり)
 [装備]:89式小銃(30/30)、防弾チョッキ2型(前面のみに防弾プレートを挿入)
 [道具]:マグナム(6/8)、照準眼鏡装着・64式小銃(8/20)、ライト、64式小銃用弾倉×3、精神高揚剤
     グロック17(17/17)、ハンドガンの弾(22/30)、マグナムの弾(8/8)
     サイドパック(迷彩服2型(前面のみに防弾プレートを挿入)、89式小銃用弾倉×5、89式小銃用銃剣×2)
 [思考・状況]
 基本行動方針:現状の把握。その後、然るべき対処。
 1:研究所に向かう
 2:民間人を保護しつつ安全を確保
 3:どこかで通信設備を確保する
 ※ジルらと情報交換していますが、どの程度かはお任せします。少なくとも幻視については話していません。


55 :春のかたみ  ◆TPKO6O3QOM :2012/01/27(金) 20:56:34.58 ID:nt1Dd4g50



【C-2/橋の袂/二日目深夜】

【ハリー・メイソン@サイレントヒル】
 [状態]:健康
 [装備]:ハンドガン(装弾数15/15)、神代美耶子@SIREN
 [道具]:ハンドガンの弾(20/20)、栄養剤×3、携帯用救急セット×1、
     ポケットラジオ、ライト、調理用ナイフ、犬の鍵、
 [思考・状況]
 基本行動方針:シェリルを探しだす
 1:教会に行って、美耶子を安置する
 2:学校に向かう
 3:機会があれば文章の作成
 4:緑髪の女には警戒する



【太田 ともえ@SIREN2】
 [状態]:右頬に裂傷(処置済み)、精神的疲労(中)、決意
 [装備]:髪飾り@SIRENシリーズ、ケビン専用45オート(7/7)@バイオハザードシリーズ
 [道具]:ポーチ(45オートの弾(9/14))
 [思考・状況]
 基本行動方針:夜見島に帰る。
 1:ケビンの代わりにハリーを守る
 2:夜見島の人間を探し、事態解決に動く。
 3:事態が穢れによるものであるならば、総領としての使命を全うする。
 ※闇人の存在に対して、何かしら察知することができるかもしれません
 ※幻視のコツを掴みました。


※警察署敷地内に、マシンガン(0/30)、グレネードランチャー(0/0)、MINIMI軽機関銃(0/200)が放置されています。


56 : ◆cAkzNuGcZQ :2012/02/18(土) 22:49:48.87 ID:j6wlyoYf0
保守がてらこちらにも書き込み。

式部人見@流行り神
霧崎水明@流行り神
長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム
岸井ミカ@トワイライトシンドローム

スプリットヘッド@サイレントヒル

予約で!

57 :ゲーム好き名無しさん:2012/02/28(火) 01:29:13.26 ID:Gth84+sj0
代理投下します

58 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 01:30:23.00 ID:Gth84+sj0
【忘我】


安曇くんの、あの暴れ狂っていた最期の姿は、今でも鮮明に覚えている。
燃え広がる炎。火の海と化し、崩れ落ちる手術室。
激痛で身体は指一本動かせず、火の粉の入り混じった粉塵を払う事も出来ないで、ただ遠のいていく意識の中でも、
彼のあの姿は――――まるで獣のように変わり果ててしまいながら、深く、暗い絶望を宿していたあの瞳は、
背中に残された禍々しい烙印と同じように、私の脳裏にくっきりと刻みつけられていた。

あの日、安曇くんに二度目の死の苦しみを味わわせてしまったのは、私だ。
思い出す。いや、忘れてはならない、私達のそれぞれの愚かさを。
安曇くんは――――余命いくばくもない妹の命をどうしても助けるために、との想いに取り憑かれていたとはいえ、
所詮はオカルトに過ぎない常世島の死者蘇生の伝承に縋りついて、
しかし、結局妹の命を救えず、逆に島の風土病に感染して仮死状態に陥ってしまった。
そして私は――――せめて彼までは死なせないために、との必死の想いがあったとはいえ、
有効性も実証出来ていない、素人が調合した薬とも呼べない代物を彼に投与してしまった。
結局のところ、それが安曇くんに与える必要の無い苦しみを与える事となったのだ。

その代償が、最愛の人が苦しみ抜いて死んでいったという結果と、
私の背中一面に残された、熱傷でも、裂傷でも、擦過傷でもない、原因不明の大きな傷跡。

整形すれば消せるであろうこの烙印を敢えて残しているのも、自身に対する戒めのつもりだ。
理に適わぬものに縋った故の悲劇を。私には人を救う資格など無い事を。決して忘れないための戒め。
あの後、水明くんのアパートのドアを叩いて彼にこの背中を見せたのも、そう。
私の愚かさの象徴を、信頼出来る人に知っておいてもらいたかった。
そうすれば私の愚かさが時と共に風化する事はない。あの時は、心の底からそう思ったから。

だから私は、オカルトを――――理に適っていないものの存在を認めるわけにはいかない。
保証もない。根拠もない。証明も出来やしない。
そんなものを認めてしまうのは、あの日の出来事を認めてしまうのと同義なのだから。絶対に、認めるわけにはいかない。


――――なのに。

59 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 01:30:55.22 ID:Gth84+sj0
私の信念は、この街でぐらつき始めている。
次々に起こる、理解の追いつかない異常事態に精神が参っているのだろうか。ロジカルな思考を保ちきれずにいる。
……ダグラスの遺体から携帯ラジオを手に取ってしまった事が、何よりの証拠だ。
その行動に抵抗が無かったわけではないのに。愚かさを自覚して投げ捨てる事だって出来たのに。
私は結局ラジオをこのモーテルまで持って来てしまった。

ラジオは、先程から、耳障りなノイズを立て始めていた。
ダグラスの言う事が正しいのならば、私の居るこのモーテルに何かが近づいて来ている。
近づいてくる者の正体は分かっている。あの……腐りながらも襲ってくる、彼らだ。

ビルから出た後すぐに、私の耳には、公園の方から上がる人が呻くような声が届けられた。
事故の前に聞いた彼らのものと同じ声だった。私達を見失い、公園に迷い込んだのだろう。
私は走った。彼らに気付かれる前に。ヘザーが居るかもしれないモーテルを目指して。
そこまで逃げたのなら、彼らも私を追ってこないかもしれないと思って。
だけどその考えが甘かった事は、あの携帯ラジオのノイズが教えてくれている。
彼らは正気を保ててはいないはずなのに、どういうわけかは知らないが、私を追跡してきたのだ。
耳に入り込んできた複数の人間の足音に、緊張が高まっていく。それに合わせるかのようにノイズの音も高まっていく。
まるで、チャチな設定のB級映画の世界に迷い込んだような気分。
……こんな考え自体が私らしくない。……それでも、止められない思考。
半開きだった安っぽいドアに何かがぶつかった。ドアが軋んだ音を立てて開かれていく。
無作法に部屋に踏み入る何人もの人間の気配。何人も、何人も、次々とこのモーテルの部屋に侵入してくる。
ラジオが更に音量を増していき、不快なノイズを撒き散らす。

私は――――――――『隣の102号室』にそのノイズを聞き、
タイミングを見計らってこの『101号室』を飛び出した。

まだ外に残っていた数人が、私に気付く気配を他所に、通りを一気に駆け抜ける。
思考能力が失われているらしい彼らの注意が、これであの一室に引きつけられてくれる事を期待して。

このモーテルではヘザーは見つからなかった。
居るかどうか分からないけれど、次の当てはブルックヘイブン病院。
行ってみるしかない。ヘザーを見つけ出さなくてはならない。
ヘザーが教団に狙われているという突拍子もない話や、
ヘザーの過去にまつわるサイレントヒルで起こったという事件。
それらの話を全面的に信じる事は…………私には、出来ないけれど。
真実が何であれヘザーにも危険が迫っているのなら、ダグラスの代わりに保護しなくてはならない。
そして、ヘザーに彼の死を伝えなくてはならない。
私には、ダグラスの死を看取った人間として、その義務があるだろうから。

いつ以来かも分からない全力疾走で、胸が、脚が、熱と痛みを帯びていく。
それでも私は止まらずに通りを走り抜けた。
愚かさを。悔しさを。苛立ちを。恐怖を。噛み締めながら。

60 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 01:31:28.03 ID:Gth84+sj0
【渦紋】


壁にめり込む形で押し潰されているゾンビ達は、全身の骨が砕かれている様子だった。
懐中電灯の弱々しい明かりの中でもそれは容易に理解が出来る。それ程に怪物達の身体はひしゃげている。
これが、あの太巻き女の力だと言うのか。
今の屋上では、水明が一歩間違えれば、自分達もこうして何かの標本や剥製のように飾られる事となっていたのだ。
最悪の想像。冷たいものがユカリの背筋を走り、思わず身体を抱きすくめた。

そのゾンビ達は、到底生きているとは思えない状態にも関わらず、尚も微かな唸り声を上げていた。
のこのことやってきた獲物の気配に歓迎の声を上げ、喰らいつこうとしているのだろうか。
もう二度と動けはしないであろう身体だというのに、信じられない生命力を持つ怪物達。
――――水明は今、その怪物達の前に立っていた。

「ねえ、オジサン! さっきから何してんの!? 危ないよ!?」

ユカリは階段の手すりに手をかけ、水明の背中に焦燥を乗せた声を浴びせかけた。
焦るのも当然。ゾンビが動けない状況だとは言え、水明が今居るのは怪物からほんの数十cmの距離。
僅かにでも手を伸ばされたら為す術も無く掴まれる位置だ。そんな所で水明は怪物を観察しているのだ。
尤もそれは、水明もゾンビが動けない事を確認した上で取っている行動だが、もしもの場合を考えれば気が気でない。

「オジサン!」
「…………ああ。……今行く」

漸く水明がこちらを向いた。
その表情は、先程に見たもの程ではないがそれでも充分に威圧的に見えた。
一度抱いた不安が、必要以上に恐怖を煽っているせいだろうか。

水明は、悪い人間ではない。出会って間もないが、それはユカリにも断言出来る。
確かに一見怖そうに見えるし、多々、嫌みたらしいところはある。
しかし、ユカリが今こうして生きているのは水明のお陰だ。
水明がいなければ、ユカリは緑髪の女に撃たれてあっさりと殺されていただろう。
水明が二度、三度と自身の命をかけて助けてくれているからこそ、ユカリは命を落とす事なく生きていられるのだ。
出会ったばかりの他人の為に身体を張れる者が、悪い人間であるはずはない。そのくらいは、ユカリも分かっている。
――――分かっているのに。頭では分かっているのに。胸の中の暗い靄は、一向に晴れようとしてくれない。
おそらくは、殺し合いのルールなんてものを読んでしまったからか。

61 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 01:32:02.65 ID:Gth84+sj0
何となく気まずい空気を勝手に感じ、ユカリは先に階下へと向かった。数歩遅れて、水明の足音がついて来る。
この建物内の怪物達はさっきの太巻き女があらかた片付けてくれたようで、二人のもの以外の足音は聞こえてこない。
だが今は、その静けさが逆に息苦しさを感じさせていた。
多少の気配でもあれば、そちらに注意を払う事が出来る。考える事が出来るのだが、こうも静かだと、何を考えるべきかも分からず――――唯一感じられる水明の気配がどうしても気になってしまう。
二階への踊り場を抜けて身体を翻す際、横目で水明の痩身を窺い見る。
相変わらずの仏頂面で、水明は何かを考えている。その水明が持つ拳銃に、ユカリの視線が落ちた。
後ろからあの拳銃で撃たれはしないだろうか――――撃つはずがない。
後ろから突き落とされたりはしないだろうか――――するはずがない。
こんな怯えなど下らない杞憂でしかないものなのに、次から次へと浮かんでくる。
不安を掻き立てる静寂が苛立たしい。こんな時に限って得意の饒舌を披露してくれない水明が苛立たしい。
静寂と沈黙が一階に到達するまで続くと、どうにも耐えかねてユカリは振り返った。

「ねえ!」

不自然に声が上擦ったユカリに、水明が怪訝そうな目を向けた。
赤面しつつも、それを誤魔化すようにユカリは先程抱いた疑問を口にした。
話題は、この静寂から解放されるのならば何でも良かったが。

「さっきの……アレってなんだったの?」
「……あれ?」
「御札。あんな魔法みたいなコトしてさ」
「ああ、あの御札か。あれは何の変哲もないただの御札だ」
「アレが? 何の変哲もない?」

水明は階段を降り切ると、懐中電灯を壁のあちこちに向けた。
やがてそれは一箇所で止まる。
照らし出されているのは、この建物の見取り図と、その横にかかっている別の地図らしきものだ。

「こいつは……サイレントヒルの地図?
 にしては……随分と簡略化されているというか、落書きのような代物というか。
 パンフレットのものとは別物だな……」

壁からそれを剥がし取り、表裏隅々まで眺めると、それをポケットに突っ込む水明。
そして見取り図で出口の方向を確認する。どうやら、壁を照らしたのはそれが目的だったようだ。
確認を終え、こっちだ、と先導する背中に、ユカリは続いた。
後ろにいられるよりは、そちらの方が幾らかは気分は楽だった。

「それ、持ってくんだ?」
「ああ……こいつの裏にはどういうわけか、ご丁寧に街のルールが記述されてあった。
 わざわざルールと一組にした地図を用意するなら、何か意味がある物なのかもしれん。
 嵩張るものじゃないし、とりあえず拝借させて頂くとしよう。
 ――――それはさておき、御札だったな?」

水明はそこで一旦言葉を切り、歩みを緩めた。曲がり角に行き当たったのだ。
注意深く死角を見回し、何もいない事を確認すると、ユカリに合図を送る。

62 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 01:32:30.26 ID:Gth84+sj0
「ま、君が驚くのも無理はない。あれには俺だって充分驚いているところだ。
 ……東京と神奈川の丁度境目辺りにある『鬼哭寺』という寺は知っているか?」
「キコクジ? ……ううん、知らない」
「『鬼』が『哭く』『寺』、と書いて『鬼哭寺』。
 かつては『おになきでら』と言ったらしいがな。
 ……君も高三なら、鬼子母神の伝説くらいは聞いたことあるだろう?」
「……知らないけど」
「むじなも知らなければ鬼子母神も知らない、か。まったく呆れ果てたやつだ。
 いいか? 鬼子母神というのは、元々はバラモン神話に登場するインドの神で――――」
「だからお勉強はいいっつーの! 先を話してよ!
 あたし気を持たされるのってキライなんだけど!」
「そうなのか? そいつは良いことを聞いた」

振り返った水明が愉快そうに口元を歪めていたのは、暗闇の中でも、いや、その顔を見ずとも分かる。
いいから早く行きなよ、とユカリは彼とは正反対の表情を浮かべて、無言で前方を指さした。

「『鬼哭寺』は、その鬼子母神を祀っている寺でな、
 あそこの住職は魔除け、厄除けといった効力の霊験あらたかな御札を書いてくれると、その筋では有名なのさ。
 ……さっきの御札は、その鬼哭寺で購入したものだ。
 もしもサイレントヒルの魔女、或いは神が実在するというなら、多少なりとも対抗手段に成り得るかもしれんと思ってな。
 御札に限らず、使えそうなものは他にも色々と用意だけはしてみた。
 さっきの化け物に殺されずに済んだのも、その内の一つの効果だ」

霊験あらたかな御札を書いてくれる住職。
そう言われてみれば、ミカが以前そのような話をしていた気もしてくる。
無論、ユカリにとっては興味のない話だったのではっきりと覚えているわけではないが。
ただの気のせいか、別の場所の話だったのかもしれない。

「御札、塩等を四隅に設置して空間を切り分けるという結界の貼り方も、ごく初歩的なもので、勿論俺自身に特殊な力があるわけじゃない。
 日本を発つ前に一度試しはしてみたが効果を体感するには至らなかったな。
 ましてやあれ程の強力な結界が出来るとは思いもしなかった。貼ったのは、まあ、本当に駄目で元々ってやつさ。
 さっきは一体何が起きたのか。あのエネルギーはどういった質のものなのか。
 俺にも正確なところは分からないが……ただ、これだけは言える。
 あそこの住職、なかなか独特な雰囲気を纏っていたと思ったが、どうやら只者ではないらしい」
「……要するに、その住職がすごいってコト? ……あと何枚あるの?」
「書いてもらったのは二十枚だが、半分は出発前に弟に渡したんだ。
 幸か不幸か、あいつもここに辿り着いてしまったようだが……持ってきてると良いがな。
 ……そういうわけで、御札の残りは後六枚。
 これ程の効力があると知っていたのならもっと書いてもらったんだが、それは今言っても始まらんな。
 シビルの言葉じゃないが、使い所は慎重に見極める必要がありそうだ。さて……見えたぞ、出口だ」

63 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 01:32:58.72 ID:Gth84+sj0
水明の持つ懐中電灯が、破壊されて床に落ちているドアを照らした。
この出入り口のドアも、太巻き女に破壊されたらしい。
そのドアが元々ついていたであろう大穴から覗く外側の景色は、懐中電灯を使うまでもなく、煌々と光で照らし出されていた。屋上の御札の結界は、未だ効力を失っていない。
ついつい足早に外に出ようとするユカリだったが、ズルリ、と、その耳に届く奇妙な音が、彼女の足を止めさせた。
何かが擦れるような音だった。出口の手前にある部屋の中から、その音はもう一度聞こえてくる。
その部屋の、内側に破られたドア――――ここにも太巻き女は立ち寄った痕跡が残されていた。
わざわざドアを破って侵入したのならば、そして部屋の中からは物音が聞こえてくるならば、その答えは一つ。
――――この中にも怪物が居る。それも、仕留め損なったのか、動けるやつが。
直ぐ様水明がそちらを照らす。円形の光の中に、室内から出て来る怪物の姿がはっきりと浮かび上がった。
そいつは、上にいたゾンビ達と同じものだった。ただし、下半身だけが潰されたのだろう。まるで匍匐前進でもしているかのように、上半身だけで這いずり寄って来る。
急いで出口に向かおうとしたユカリだったが、それよりも早く水明がユカリの肩を押さえた。

「おっと! 下手に出るな! 表には狙撃手が居ることを忘れたのか?」
「あ……じゃあ、どうすんの!?」
「勿論外に逃げる。ここで籠城したところで事態は進展しないからな。
 ただ、出たら絶対に立ち止まるな。
 今なら狙撃手も屋上の光に気を取られてるかもしれんが、外でマゴマゴしてたらすぐに発見される。
 ……その角材も、もう置いていくんだ。走るには邪魔だろう。
 目指すのは向かって右斜め前方だ。俺の記憶だとそっちはT字路になっていたはずだ。確か、ウィルソン通りだったか。
 路地に入ってしまえば少なくともさっきの狙撃手の的にはならないで済む」
「それって……結局運を天に任せるってコト?」
「有り体に言えば、そうなる」
「……マジ?」
「まあ、今回はそう分の悪い賭けじゃないはずさ。
 ……とりあえず、そっちの隅に行っててくれ。
 まずはここを切り抜けないとならない。こいつは俺が引き付ける」

そう言うと水明は、無造作にゾンビに近付き、ある程度の間隔を保って立ち止まった。
ユカリは言われるがままに壁に身体を寄せ、静かに角材を置く。そして、ゆっくりと出口に近付いていく。
近い方からありつこうと判断したのか、ゾンビは腐臭と、薄気味の悪い擦過音を撒き散らしながら、水明へと迷わずに向かっていく。
その動作は明らかに、鈍い。これに比べれば何かの映画で見たゾンビ達の方が遥かに速い。
広いとは言えない通路の中だとは言え、これなら余裕を持って回避出来るはずだ。

――――それなのに、水明は立ち止まったまま、動かなかった。
上にいたやつらとは違い、このゾンビは鈍い動作でも確実に距離を詰めてくる。
手を伸ばして水明を捕らえようとしてくる。
それでも水明は動かず、ただ鋭い眼光をゾンビにぶつけている。
プレッシャーを堪え切れずにユカリが声を荒げるも、水明は動かない。
右手に持つその拳銃を、ゾンビに向けようともしない。

64 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 01:33:36.16 ID:Gth84+sj0
「オジサン!? 早く――――」

撃ちなよ。
そう続けようとしたのだが、口から言葉が出せなかった。
拳銃を撃つ。そのイメージから過ぎったのは、先程の怪物にも劣らぬ水明の迫力。
あの水明は、出来る事なら見たくない。
しかし、撃たねば水明や自分に危険が及ぶ状況がある事も理解している。
今が、そうだ。ここで撃たねば、何のための武器なのだ。
ユカリは口を開き、もう一度叫ぼうとした。

「――――――――っ」

しかし、どうしても水明を促す言葉は出せなかった。
その間にも、ゾンビは映画さながらの呻き声を上げて水明の足に掴みかかろうとする。
そこまで引き付けて、水明はやっと拳銃を――――構える事はなく、ただ後ろに小さく飛び退いた。
そして獲物を捕まえ損なった手で床を叩くゾンビに目をやりながら、ユカリの下へと駆けてきた。

「何してたの? …………撃っちゃえば、よかったじゃん」
「……………………いや、ちょっとな。
 それよりも急ぐぞ。他にも動けるやつが残っていたらしい」

水明の言葉に一呼吸遅れて、ユカリは彼の後方に光を動かした。
床を這いずるゾンビが他にも数体、不気味に目を光らせて奥から近づいて来ている。
生じた疑問は、瞬間で頭の中から消え去った。
代わりに入り込む恐怖と、徐々に強まる腐臭、徐々に縮まる距離。それらに急かされるように、ユカリは出口へと足を運んだ。
水明が狙撃を警戒してか極力身体を出さずに外の様子を窺うが、とりあえず見える範囲には何もいないらしい。
行くぞ。小さな呟きを合図に、水明が外に飛び出した。その彼の背中を、ユカリは必死に追いかけた――――。

65 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 01:34:04.40 ID:Gth84+sj0
【流転】


背後から迫る気配が、自分の足よりも速いのは明らかだった。
空気を叩く羽の音。距離が離れるどころか、その音はみるみるうちに近付いてくる。
袋小路からの出口を目指して走り出したは良いが、このままでは逃げ切れない。だが、逃げるしかないのもまた事実。
とにかく、前へ――――ミカの逸る気持ちに対し、身体はついて来れなかった。
ヤバイ、と焦燥と共に悟るが、遅い。既にバランスは崩れていた。
足が縺れ、宙に浮く感覚。
咄嗟に左腕をアスファルトに突き出した。地面と触れ合った瞬間、掌に熱が走る。
凹凸で擦りむいたか。しかし、その程度で済んだのは幸いだった。
直後、体勢を崩したミカのすぐ上を、キイという鳴き声と共に羽の音が通過したのだから。
もしも今、転倒していなければ、或いは――――。

ミカはすぐに起き上がり、まだ瞳に溜まる涙を拭いながら踵を返した。痛みは、気にかけようとも思わない。
空を飛ぶ怪物。とても走って逃げ切れる相手ではなかった。ならば――――屋内へ逃げ込むしかない。
袋小路だったとは言え、扉が一つだけあった。左側の前方。建物の裏口らしき扉。あそこだ。
果たしてあの扉が開くのか、どうか。
これはもう賭けでしかない。だが、外を走っても逃げ切れない現状、他にミカに取れる選択肢は無い。

再び羽ばたきの音が耳に届く。
ミカはそれを、全力で無視した。
扉までの距離ならば、充分間に合う。後は――――。

「開かないってのは、ナシで!」

未だ震える喉。涙混じりの声で、ミカは祈った。
形だけかもしれないが、それでもチサトに告げたのだ。安心してください、と。
そう言って送り出しておきながら、舌の根も乾かぬ内にチサトに会いに行くわけにはいかない。そんなつまらない演出など願い下げだ。
汗ばむ手で乱暴にドアノブを掴み、一息に引く。錆びつきで多少の抵抗を感じさせたものの、扉は軋む音を立てて開いた。
ミカが開いた扉の隙間に身体を滑り込ませるのとほぼ同時に、扉が派手な音を響かせる。怪物が激突したらしい。
強制的に扉が閉じられた。中は、ただ黒一色で何も見えない。
完全な闇――――原始的な恐怖心を煽られ、一瞬ミカは立ち尽くしていた。
ふと気付き、右手に持っていた携帯電話の光を左右に動かした。
そこは、狭い廊下だった。正面には扉が一つ。廊下右には上に続く階段が見えるが、左は空き瓶やら箱やらが乱雑に置かれているだけで、行き止まりだ。
背後には――――慌ててミカは振り返り、入ってきた扉を抑えた。
しかし、その扉が開かれようとする様子はない。
外にはまだ怪物の気配はしているものの、どうやらあいつは扉の開閉までは出来ないらしい。
とりあえず、助かった――――。とはいえ、落ち着いていられる状況ではない。
扉一枚隔てた先に怪物が居るのだ。この扉だって破られない保証はない。早く、ここから離れねば。

66 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 02:00:02.67 ID:Gth84+sj0
早打つ鼓動を聞きながら、もう一度だけ瞳を擦り、ミカは改めて周囲を見回した。
出入り口の扉周辺を照らしてみるが、電灯のスイッチは見当たらない。裏口であるならばそれもやむを得ない事ではあるが。今は携帯の光で我慢するしかない。
次に目に付くのは正面の扉。開けようとするが、壊れているのか、ドアノブ自体が回らない。幾度か試すも結果は同じだった。
気を取り直し、携帯の画面を通路の右に向ける。
狭い階段。進めそうなのはこの先だけだ。
裏口があるのだから、普通の入り口もあるだろうが、それは二階にあるものだろうか。

「……ま、アメリカの建物のジジョーなんて知らないけどさ」

しばしの逡巡の後、ミカはそちらへ歩を進めた。
これからどうしていいかは正直分からないのだが、とにかく、今は進むしかない。
階段を上がり、二階に到達する。何者かが居るような気配は、感じられない。
二階廊下は、数m程の長さ。幾つかの照明器具も設置されており、携帯に頼らなくとも視界は確保出来た。
左手前と、右奥に扉が一つずつ。他に通路は無い。
とりあえず手前の扉を開こうとするが、一階のものと同様にドアノブが壊れていて開かない。
残るは奥の扉のみ。こちらが開かねば、出口は無い。
一つ唾を飲み込み、ミカは恐る恐る扉に耳をつけた。
中からは何も聞こえない。ドアノブは――――動かせる。
扉を開くと、そこはそれなりに開けた部屋だった。どうやら、バーのようだ。
女性を形どった低俗な趣味のネオンで、店内の様相が浮かび上がっている。
中に入り、せわしなく周りを見回す。
行き止まりかも。ミカの脳裏に嫌な考えが浮かぶが、彷徨わせる視線が薄暗い店内に一つの扉を捉えた。
すぐに駆け寄り、ノブを回す。錆のせいか、カエルの悲鳴のような耳障りな音を上げて開かれた扉。その先は、屋外の階段だった。

「やった!」

案外あっさりと建物を脱出出来る事に、ミカは思わず歓喜の声を上げた。
しかし、階段を降りる途中。上空から聞こえてきたのは、先程の羽ばたきの音。
空を見上げれば、闇の中から黒い影が目の前の路地に降り立とうとしていた。
慌てて階段を駆け戻り、ミカはバーへと飛び込んだ。扉を閉め、抑えつけるようにもたれかかる。

「どうしよ……。結局これじゃあ、出られないじゃん……」

入ってきた扉と、この扉。この建物に、出口は二つだ。
だがどちらから出ても、結果は同じだ。あの怪物が空を飛んで回り込んでくる。
どうすれば、あれから逃げられるだろう。思索を巡らせるが――――いい手は思い付かない。

とりあえずミカは携帯電話を取り出した。
先程、通じる事は通じた唯一の電話番号。
多少時間を置いた今ならば何か変化があるかもしれない。
そう思い、覚えたての操作で着信履歴を呼び出し、かけてみる。
だが――――何度かリダイヤルしてみても、やはり誰も出る事はなかった。
ミカは消沈した面持ちで携帯を閉じ、どうしよう、独りごちた。
建物から出れば、あの怪物に襲われる。
かと言って、立て籠もっていても助けを呼べるわけではない。
もう、チサトはいない。ユカリは何処に居るかも分からない。
今は、自分一人の力でどうにか切り抜けねばならないのだ。
そんな窮地で、ミカは今――――結局何も妙案は思い浮かべられず、途方に暮れる事しか出来なかった。

67 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 02:00:35.53 ID:Gth84+sj0
【面妖】


「アルケミラ……?」

やっとの思いで目的の病院らしき建物の前に辿り着いて、膝に手をつき荒い呼吸を整えていた私は、すぐにまた表情を曇らせた。
キャロル通りを南下し、通り西側に建つブルックヘイブン病院。
ヘザーが行く可能性のある場所の一つはその病院だと、ダグラスはそう言っていたはずだ。
ところがいざ到着してみれば、確かに病院は存在するものの、
緑色のレンガ仕立ての門柱にかけられたプレートの表記は『ALCHEMILLA HOSPITAL』。
つまりここは、ブルックヘイブン病院ではない。

ダグラスが場所を、或いは名前を勘違いしたか――――充分に考えられる。
ダグラスが情報を入手した後に、病院経営者の交代に伴い名前を変更した――――苦しいが、これも有り得ない事ではない。
ハンクと名乗った男の言っていたように、そもそもこの街はサイレントヒルではない――――可能性で言えば幾らかは思い付く。
しかし私の脳裏に強く浮かぶのは、街並みが変化している、というダグラスのオカルトめいた言葉だった。

背中の傷が、ジワリと痛んだ。比較的現実的に考えられる事柄でさえも、思考が定まらない。
こんな事で良いはずがない。こんな時こそ冷静さを保たねばならないというのに。

私は、揺れる思考を脳裏から追い払うかのように頭を振った。
とにかく、今はヘザーの事だけを考えよう。
私が今何に巻き込まれているのか。情けないが、それを理解するだけの知識は持ち合わせていない。
ここで立ち尽くして思案に暮れていても答えは出ないだろう。
それに、考えていてもヘザーが見つかるわけではない。
アルケミラにせよ、ブルックヘイブンにせよ。
ここがヘザーが立ち寄ったかもしれない病院ならば、入る以外の選択肢はないのだ。

乱れた髪を整えながら、今来た通りに目を向ける。
彼らの気配は、無い。傭兵達は――――いたとしたら私はとっくに蜂の巣にされている、か。
誰にも見られていない事を確認すると、私は正門を潜り玄関らしき扉まで歩を進めた。

その時、私の耳は院内から響く一つの音を拾った。
――――――――電話の、コール音だ。
オフィスビルでもモーテルでも使用不能だった電話が、ここでは生きている。
ここでなら、助けが呼べるかもしれない。
ドアノブを握る手に熱がこもるのを感じる。若干の期待と共に、私は扉を開いた。

68 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 02:01:04.19 ID:Gth84+sj0
「うっ…………」

その瞬間私は、反射的に眉を顰めてしまう程の悪臭に出迎えられた。
中は数十cm先すらも見えない完全な闇。それでも悪臭の正体は分かる。大量の血液だ。
それは血に慣れていない人だったら、吐き気を誘発されて逃げ出したとしても何ら不思議はない程の臭気だった。
この闇と悪臭の中に腐臭や呻き声はないが、それでも、何かしらの異常があるのは変わらない。
戸惑っている間に、コール音は鳴り止んでしまった。後に残るのは静寂だけ。
私は覚悟を決め、ダグラスの遺品であるペンライトを握り直し、中に進入した。
微かなオレンジ色の光が闇に差し込まれ、室内の一部分だけが朧気な色を帯びる。
まず確認出来たのは、すぐ左にある受付の木製カウンターだった。
その奥に見える一室は事務所だろう。電話はおそらくそちらにあるはず。
さっきのコール音は切れてしまったが、通じる事が分かっただけでも朗報だ。
そのまま壁に光を当てていくと、シンプルなタイプのスイッチを見つけた。
パチリと小気味の良い音を立ててスイッチを入れる。程なくして天井の電灯が数回の明滅を経て室内を鮮明に照らし出す。

思わず、私は息を呑んでしまった。急速に血の気が引いていく実感があった。
室内の様相は、比較的一般的と言える内装の待合室だった。ただし、正に地獄絵図そのものの惨状に目を瞑れば。
待合室の奥は、床も、椅子も、壁も、天井まで、大量のどす黒い赤色の血液で、薄汚いコーティングを施されていた。
塗料の元となるものは、考えるまでもなく血液だ。床に散らばっている、切断された人体から出たものだろう。
三人、いや、四人分だろうか。看護師と見られる制服を着用している死体が、おそらく四人分。
全員が全員、身体の至る所を切断され、バラバラ死体と成り果てていた。

「これは……何なの……!?」

所謂バラバラ殺人の被害者の検死解剖を行った事は幾度もあるが、
今まで私が手掛けたそれらのケースでは、死体の部位の切断は例外なく死後に行われていた。
でも、目の前に広がる光景。今回のこれは違う。
この被害者達は、確実に生前に切断されている。でなければ血液がこれ程までに飛散したりはしない。
そして奇妙なことに、これらの死体からは本来あるべきもう一つの悪臭がまるでしない。
これ程バラバラにされ、臓器を曝け出しているのであれば、排泄物の臭いも充満しているはずなのだ。
だが、その臭いは室内からは微塵も感じられない。
一体何故か。考えると同時に、もしやヘザーもこの中に――――そんな最悪の事態を想像する。
しかし私はすぐにその考えを打ち消した。
死体は全て看護師の格好をしている。
この異常な状況下で、まさかヘザーが看護師の制服に着替えているという事はないだろう。

ヘザーは、この中にはいない――――――――。

69 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 02:01:31.31 ID:Gth84+sj0
ふと、私は死体の頭部に目を向けた。
彼女達の首は床の上に四つ転がっている。その全ての顔が一様に、凹凸を持っていなかった。
近付き、しゃがみ込んで確認する。死体の切断面を見てみれば、それは――――奇妙な切り口だった。
解剖してみなくては、はっきりとしたことは分からないが、
二つの鋭利な刃物で左右から同時に切断されたような……まるで、巨大な鋏で切断されたような。そんな切り口。
しかし、顔面にはそのように切断された形跡はない。なのに、その顔には目も鼻も口も無い。
そしてそれらの部位の無い場所には、本物の皮膚が広がっているように見える。
…………精巧なマスクでも被っているのだろうか。
その当然の思考の裏には、やはりダグラスの言葉が過ぎっていた。この怪異の中には怪物がうろついている、との言葉が。
彼女達が、顔のない怪物……? のっぺらぼうのような妖怪だとでもいうのか。このアメリカで?
確かめるのは簡単だ。切断された首の一つを調べれば、マスクを被っているのかどうかはすぐに分かる。
私は首の一つに両手を伸ばそうとした――――だが、どうしても、その顔に触れる事が出来ない。
私の手が、それに触れる事を拒んでいる。
もしもダグラスの言葉を裏付ける事になってしまったら。
そう思うと、それ以上手を動かす事が出来なかった。
そう考えてしまう時点で、既に殆ど認めているようなものなのに。

躊躇いからか、死体から無意識に視線を外してしまった私は、室内にもう一つ気になる点を見つけた。
床に残る、血で作られた一人分の小さな足跡。
出口へと向かっている足跡は、室内にはそれだけだった。
まさか、これが犯人の足跡?
大きさから推測すれば、それは小柄な女性か、或いは子供のものだ。
しかし、これ程の惨劇を女子供が一人で成し遂げるなど、あり得ない。
あり得ないが、他に犯人のものらしき足跡は見られない。
……一体、ここで何が起きたというのだろう?

不意に、頭をもたげる一つの都市伝説があった。
『ノルウェーの鋏男』
確か、小柄な体格でありながら人間離れした怪力の持ち主で、巨大な鋏で人間を容易く切断してしまう怪人。
一度狙われたらどこまでも追跡してきて、決して逃げ切れることはないという。
そんな、ありふれたと言えばありふれた都市伝説だ。
この街では怪物だけでは飽きたらず、都市伝説まで実体化して襲いかかってくる?
……バカバカしい。いくら符合する点があるとはいえ、そんな下らないことまで連想してしまうなんて。

――――――――やはり今は……考えるのは、よそう。

背中が再び、ジワリと痛む感覚の中、結局私は思考を打ち切り、立ち上がった。
今は死体を調べていても仕方がない。犯人像を推理していても始まらない。
それよりもヘザーを探さないと。通じる電話を見つけて、助けを呼ぶ方を優先しないと。
冷静さを保てない自分の弱さから目を逸らすために、そんな、体のいい言い訳で自分を言い聞かせて。

受付のカウンターを乗り越えて事務所の奥へ入ると、電話はすぐに見つかった。
それはプッシュ式ではあるものの、通話以外の機能を持たない、相当古いタイプのものだった。
何故そんなものを使用しているのか。疑問には思うが、まあ気にかけている場合ではない。
受話器を上げ、耳に当てる。モーテルやオフィスビルでは聞けなかった発信音が確認出来た。
やはり、ここの電話は生きている。
これで――――やっと救助を呼べるのだ。

70 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 02:02:38.76 ID:Gth84+sj0
私は安堵の息を吐き、携帯電話を取り出した。
このゴーストタウンに入り込んだ時から常に圏外の文字が張り付き続けている携帯を操作し、電話帳を開く。
そして番号を入力したのだが――――しかし、電話は、どこにも通じることはなかった。
発信音は確かに聞こえ、プッシュボタンも問題なく押せる。
それなのに、呼び出し音だけが鳴ってくれない。
警察署にも、大使館にも、アメリカの友人の家にも、東京の家族にも、どこにかけても駄目だった。

「……どうして、なの……?」

期待していた分、落胆もまた大きかった。
安堵の息は、苛立ちのそれと変わり、口から漏れる。
背中の痛みに誘発されるように、こめかみに鈍痛が走り、思わず手を当てていた。

今も鳴り続ける発信音。聞いていると、意識が引きこまれそうな感覚に陥る。
この電話は、本当に使えないのだろうか。
今はたまたま調子が悪いだけで、何度か試してみれば通じるかもしれない。
いや、諦めてすぐにでもヘザーの探索に向かった方が……。
それともやはりもう一度試してみるべき?
それも通じないなら時間の無駄でしか…………。
かけるとしたら、今度は何処へかければ…………。
……駄目だ。頭が、上手く、回らない――――――――――――。

そんな働かない頭で、携帯のメモリーを何気なしに操作していた私の指は、一つの名前で止まった。
電話帳の中の、友人の名前。
表面上は同級生として対等に振舞っているものの、
そして、決してその態度を表に出すことはしないものの、
私がいつでも、最も信頼を寄せている、親友の名前。


『霧崎水明』


水明くん――――。


こんな時、彼ならどうするのだろう?


……教えてほしい。こんな状況に陥った時、あなたなら、どうするの?


あなたなら――――――――。


私の指は、吸い寄せられるように、通話ボタンに触れていた――――。

71 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 02:10:32.17 ID:Gth84+sj0
【濫觴】


「どうやら……このパンフレットの地図は殆ど当てにはならんな。
 これによると、さっき俺達が逃げ込んだホテルの位置には『駐車場』がある。
 その隣のビルも全くの別物だ。表記されている建物や施設が、実際とはかなり異なっている」
「……どういうコト?」
「さて、どういうことなんだろうな……。長谷川。君は『今』がいつの年代か、分かるか?」
「いつの年代って、えっと……あたしが1997年で、オジサンが……え? 今……って?」
「そう。君が90年代。俺が2000年代。シビルが80年代だ。
 俺達は全員が全員、別々の年代からこの街に集められている。
 だったら、そもそもこの街はいつの年代のサイレントヒルなのか、という疑問が生じるだろう?」

水明とユカリは、地図を確認しながらウィルソン通りを南下していた。
この通りを南に抜けて右折すれば、アルケミラ病院に辿りつけるはず。目的地は、もう間もなく――――だったのだが。
現在位置の定期的な確認は、フィールドワークの基本。とりあえずの安全が確保されたところでそれを行なったところ、これまで歩いてきた街並みと地図上の表記には大きなズレがある事に気が付いたのだ。
シビルの地図は観光パンフレットだけあって、通りや施設の名称まで事細かに記載されている。
しかし、この通りの周囲の建物を確認してみると、地図に記載されているものと一致しないものが数多くあった。
本当にここはウィルソン通りなのか。疑問に思うも、全てが一致しないわけではない。それ故、肯定も否定も出来ないでいるのだが。

「あ、じゃあさ、アレッサ・ギレスピーのいる年代ってのは?
 ソイツが原因でこんなコトになってるんだったら、ソイツが中心にいるってコトでしょ?」
「なかなか良いセンだ。
 『アレッサ・ギレスピーがこの事件の根底に関わっているのだとしたら』と仮定したら、だがな。
 ……では、その年代はいつの事だと思う?」
「えっと……シビルさんと同じ……?」
「……とも限らない。
 確かにシビルは過去にサイレントヒルで起きた事件を解決した人間の一人だ。
 つまりは、アレッサ・ギレスピーと同年代の人間だと言えるな。
 だが、俺達がこうして時間を越えている以上、シビルもまた時間を越えている可能性はあるだろう?
 とすると、シビルと今のアレッサの年代が一致するとは言えないわけだ。
 ……ここがシビルの年代よりも未来にあるサイレントヒルだとすれば、
 シビルの持っていたパンフレットにはない都市開発などが行われた可能性もある。
 こう考えると、この地図と、現実の街並みの不一致にも一応の説明はつくな」

パンフレットを拳で軽く叩くと、ただし、と水明は続けた。
ポケットから一枚の用紙を取り出して。

「今のところ、その根拠は何も無い。
 俺達が持つ情報は、街並みがパンフレットの地図とは違う、という事実だけだ。
 さて、こうなると、さっきのビルで拾ったこの地図が気になってこないか?」
「その落書きが? そっちが本物の地図だっての?」
「無条件でそう言い切るつもりはないさ。
 こっちには通りの名前も無ければ、施設の名称も最低限しか記載されていない。
 その上、地形だってまるで別物と来れば、地図としては落第点しか与えられない代物だからな。
 だがそれでもこの地図には、是非ともお持ち下さいと言わんばかりに街のルールが書かれている。
 本来の地図が実際の街並みとは異なるというのなら、こいつを街並みと照らし合わせて見る価値はあると思うがな」
「ちょっと貸して。……てゆーか、こっちが本当の地図だったら病院が研究所になっちゃうよ……?」

72 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 20:03:11.68 ID:h3a63+zj0
水明が二つの地図を渡すと、ユカリはそれをマジマジと眺めてそう言った。
確かに、二人が今目指しているのは、この先にあるはずのアルケミラ病院だ。
しかし落書きの地図に従うならば、目的の場所に病院は無く、代わりに記載されているのは研究所。
街の南西に病院の表記は一応あるものの、パンフレットによればそこはブルックヘイブン病院であり、
シビルから聞いたアレッサ・ギレスピーの関連施設とは無縁の場所だ。

「病院が無く、研究所が存在すれば、その地図は少なくともパンフレットよりは正確なものだという証明にはなる。
 その時はその時で、別の場所に向かえば良いだけのことだ」
「でも……シビルさんはどうするの? シビルさん、この地図持ってないじゃん」
「……彼女なら、いずれ追いつくさ。俺達はバイクよりも速くは歩けない」
「シビルさん………………大丈夫だよね?」
「それは……信じるしかない」

不意に、沈黙が二人を包んだ。
案じるのは、シビルの事。ユカリも、同じ想いだろう。
遠ざかっていたエンジン音は、今も聞こえてくる事は無い。
バイクに追いつけるような化け物はいない。そうシビルは言っていた。襲われたなら轢き殺してやる、とも。
だったら、何故未だに戻って来ないのか。――――先程の巨大な顔をした化け物の言葉を、水明は思い返す。

『こんなところ初めて来たから良く知らない』

シビルからもたらされた情報と、もたらされなかった情報。更にシビルが戻って来ないという事実。
それらを総合すれば、あの化け物の言葉は真実と見て良いのだろう。
つまり今回のサイレントヒルには、かつてはいなかった化け物が多数存在している、という事。
おそらくは、シビルが遭遇してしまったのは、彼女の知らない化け物だったのだ。
白バイで轢き殺せないような相手。勝てる保証の無かった相手。
だからこそ、シビルは囮となった。水明達を危険に晒さない為に。
ならば――――今もシビルは無事でいられるのだろうか。
名簿を確認したい衝動に駆られるが、ユカリが側に居る今、それは出来ない。

暗闇に二人の足音だけが反響していた。
気を紛らわせるかのように地図と周辺を見比べながら歩くユカリが、時折何かを言いたそうに水明に目を向けるが、結局その口から言葉が紡ぎ出される事はなかった。水明も、敢えて聞こうとはしない。
しばらくの間続いたそんな静寂を破ったのは、唐突に鳴り響いたバイブ音だった。

「な、何? 何の音?」

戸惑い気味に視線を彷徨わせるユカリをよそに、水明は訝しげな表情を浮かべてポケットに手を突っ込んだ。
マナーモードにしている携帯電話。鳴り出したのはそれだ。
だがこの街に入り込んでから、携帯のアンテナが立った事は無かった。それは何度か確認している。
誤作動か。そう思い液晶の小窓を確認した水明は、驚きで顔を強張らせ、そして素早く携帯を開いて耳に寄せた。
表示されていた文字は、『式部人見』。
この一ヶ月、連絡を取りたくても取れなかった、親友の名前だ。

73 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 20:05:25.97 ID:h3a63+zj0
「人見か!?」
『……………………』

思わず声を張り上げてしまう水明の問いかけに、反応は無い。
ただ、電話の向こうには確かに気配が感じられる。ボソボソと、何かを呟いている気配が。

「……人見なのか?」

もう一度、今度はトーンを抑え、静かに問いかける。
その際、無意識にユカリに目を向けてしまったのは、死者からの電話の話を聞いていたからだろうか。
圏外の表示は今も変わらない。本来ならば、繋がるはずはないのだ。
電話の中の沈黙が、いやに長く感じられた。
柄にも無く、緊張で息が詰まる。
待ち切れず、更に呼びかけようとしたその時――――。

『霧崎、くん……? どうして……?』

聞こえてきたのは、聞き間違えようもなく、十年来の親友の声だ。
ホッと息を吐き出すが、しかし、どこか力無い彼女の声には、眉を顰める。
そんな人見の声を聞くのは――――安曇優が死んだ、と告げられたあの日の夜以来だ。

「どうしてもこうしてもない。電話をかけてきたのはお前だ。
 人見、無事なのか!? お前今何処に居るんだ!?」
『私は……今………………………………ちょっと待って。どういうこと?』
「どういうこと? ……何がだ?」
『どうしてあなたが、無事か、なんて聞くの? こっちで何かあった?』

なるほど。と水明は頷いた。
人見の立場からすれば、彼女が日本を発ち、アメリカに入国したのは数日前。
その間、例え連絡が取れなかったとしても、たかが数日。心配される程の理由など無いはずだ。

「単刀直入に言う。実は俺も今サイレントヒルに迷い込んじまってるんだ」

いつもとは違う、水明の真剣な様子を感じ取ったらしい。
はっ、と人見が息を呑む音が伝わってきた。
しかし、続けて紡がれた『冗談でしょう?』という疑念の声。
人見らしくない、返答だった。
理屈に合わない事象を否定し切れていない。弱っている気持ちを隠し切れていない。
それが痛い程に理解出来てしまう声だ。

74 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 20:05:58.94 ID:h3a63+zj0
「冗談や嘘なんかじゃない。その証拠に……お前、この街で誰かと出会ったか?
 出会っているなら、姓だけで良い。言ってみろ。フルネームを当ててみせる」

水明はユカリから名簿を受け取り、人見の言葉を待った。
しばし、人見は口を閉ざしていた。逡巡しているのだろうか。
何のつもりか分からないけど、と前置きし、人見が口にしたのは『ダグラス』という一つの名前。
名前を確認し――――こんな時だが、つい苦笑が漏れた。
人見がこの街で何人の人間と出会ったのかは水明には分からない。
だが、人見に水明を引っ掛けようとする意図があるのは、彼の名前を見ただけで分かる。
こちらは、如何にも人見らしい。

「『ダグラス・カートランド』、だな?
 確かに『ダグラス』という名前は姓にも名にもなるが」
『…………何故分かったの……!?』
「ここで、街に迷い込んだ者のリストのようなものを拾ってね。これで、信じるな?
 何ならこの辺りの風景を撮影して画像を送っても良い」

人見は、リスト、と一言だけ呟き、水明の言葉を肯定も否定もしなかった。
黙り込む、電話口。――――少し、浅はかだったか。水明は、自問する。
彼女は、大学で初めて出会った頃から、オカルトには否定的な意見を持っていた。
そして、安曇の死を伝えに来たあの日から、その意見は更に顕著なものとなった。
以来、人見がオカルトを認めようとした事は一度として無い。
街に迷い込んだ者のリスト。冷静に考えてみれば、不自然極まりない代物だ。
人見が認めようとしない――――認めたがらないのは、当然かもしれない。
沈黙が、続いていた。葛藤している人見の様が目に浮かぶようだった。

「……とにかく詳しい話は後だ。お前、今何処に居るんだ?」
『……今は、病院よ。……アルケミラという病院の事務所に居るわ』
「アルケミラ……トルーカ湖の北側にある病院か?」
『いいえ。アルケミラがあるのは街の南西よ。霧崎くん。あなた、ここの地図は持ってる?』
「それは、エリア別に分かれてるやつのことか?」
『……他にあるみたいな言い方ね?』
「いや、いい。つまり、お前が居るのは『B-6』の病院ということだな?
 ……この地図の中で、お前が他に立ち寄った場所があったら教えてくれ」

人見は、少し考え込むように口を止めた後、
B-6のガソリンスタンド。C-5のモーテル。B-5のガソリンスタンドの三つを上げた。
ユカリが開いているパンフレットの地図に、B-6のガソリンスタンドは無い。
――――正確な地図は、落書きの方で決まりのようだ。

75 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 20:06:43.12 ID:h3a63+zj0
「分かった。……大いに参考になった。
 アルケミラ病院には俺も用があるんでね、出来るだけ急いで行くつもりだが……」
『……あなたは今、何処に?』
「そこからは正反対の場所になるな。E-3のウィルソン通りだ。少し離れちゃいるが、必ず行く。
 この街は危険だ。なるべくなら、俺が行くまでお前はそこから動くんじゃない」
『動くなっていうのは、約束しかねるわね。……私もしなくちゃならないことがあるの。
 人を……ヘザーという少女を探さないといけない……」
「ヘザー……? ……ダグラスという人は、今そこに居るのか?」
『……ダグラスは、死んだわ』
「……そう、か……」
『ヘザーは今何処に居るか分からない。
 霧崎くん。もしもヘザーを見つけたら保護してくれる? ダグラスが、探していた娘なのよ』

十年来の付き合いは伊達ではない。
人見が、こうと決めたら自分の意志を簡単には曲げない性格だという事は、よく知っている。
本音を言えば、人見にはこれ以上動いてほしくはない。
自分が行くまでその場でじっとしていてもらいたいのだが――――少女を救うためとなれば、それを期待するのは難しいだろう。

名簿を見れば、確かに『ヘザー・モリス』という人物もこの街に迷い込んでいるらしい事は確認出来た。
水明は了承の意を示し、代わりと言っては何だが、とユカリの友人二人の名を伝える。
互いの尋ね人の特徴を伝え合うと、続けて水明は、一つの疑念を切り出した。

「ところで……この辺りのことで一つだけ、お前に聞いておきたいことがあるんだが」
『……この街のことなら、あなたの方が詳しいんじゃないの?』
「いや、街のことじゃない。この地域のことだ。
 この地域には特有の伝染病が存在するか。それを聞いておきたい。
 例えば……人がゾンビのように変貌してしまうような病気があるのか、を」

水明を見るユカリの瞳が、驚愕の色に染まった。
そう。水明がゾンビを撃たなかったのは、それが理由だ。
あれは、人間ではないのか。ただ凶暴化してしまった人間ではないのか。水明は、そう考えたのだ。

巨大な顔をした化け物は、人間ではない事は一目瞭然だった。
神への対抗手段として持ち込んだ『太陽の聖環』の呪いが通用した事からも、それは証明出来たと言える。
サイレントヒルの神に対する呪いが何故あの化け物に通用したのか、については、
幾つかの仮説はあるが、それは断定とまではいかないので、今のところ保留だ。

問題は、聖環の通用しないゾンビ達が果たしてどのような存在なのか、だ。

ゾンビ達にはどれだけ近付いても聖環の効果が見られない事を、水明はあのビルで確認した。
確かに彼らの風貌は、映画等に出て来るゾンビそのものだ。
今回のサイレントヒルには、かつてはいなかった化け物や、サイレントヒルと無関係の化け物が多数存在している、というのならば、
ロメロの世界から出てきたゾンビが徘徊しているという可能性もゼロであるとは言い切れない。――――とは言え、何かしらの繋がりか理由はあるはずだ、とは水明も睨んではいるのだが。
ともあれ、彼らがサイレントヒルの神と一切の繋がりがない化け物であるならば、聖環が効かないのは都市伝説のルールとしては寧ろ当然と言える。
だが逆に聖環が効かないのであれば、彼らが「化け物である」と断言するだけの根拠もまた無いのだ。

76 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 20:07:44.29 ID:h3a63+zj0
人間が凶暴化する事例は存在する。
医学的にも。オカルト的にも。それらは確かに存在する。
それを知っているからこそ、水明は撃てなかった。
相手が化け物ならば、撃つ覚悟は出来ている。しかし、もしも彼らがゾンビのように見えるだけの人間であるならば――――それを撃つ事は、単なる殺人に過ぎないのだから。

『あなたも……彼らに襲われたの?』
「……お前もか。怪我は無いんだな?」
『ええ。私は平気。……彼らのようになる病気があるか、だったわね?』
「……ああ、そうだ」
『そうね……。肉体を腐らせてしまう病気というのは確かにあるわね。
 一例を上げれば、壊死性筋膜炎。
 ビブリオ・バルニフィカス菌やA群β溶連連鎖球菌に因る感染症よ。
 ……俗に人食いバクテリア菌とも呼ばれるわね。そう呼んだ方があなた好みかしら?
 初期症状としては、激痛を伴う皮膚の炎症で起こる赤みの紅斑と腫れなどが見られ、
 放置しておけば、筋膜に沿って壊死が広がる。数日で筋肉、脂肪、皮膚組織を腐らせていくの。
 中でも劇症型A群連鎖球菌感染症と呼ばれるものは、一時間に数cmの早さで壊死が進行して、
 早ければ半日も持たずに細菌が全身に回り命を落としてしまうわ。
 ……でも、この街で私が見た人は、全員ではないけれど、ほぼ全身を腐らせていた人も居た。
 壊死している体組織は神経もやられているから、痛みは感じないでしょうけど、
 それならそれで、その部位を動かすことなんて出来ないはずなのに……。
 そもそもあれだけの体組織が壊死しているなら、細菌が全身に回っていないとも考えにくい。
 本来なら生きていること自体があり得ないわね……』
「……だったら、薬物を使用したということは?」
『同じことよ。どうあれあんな状態で生きていられるとは考えにくい。ただ……』
「…………何だ?」
『…………現代医学ではまだ確認されていないものなんだけどね。
 人間が理性を失い凶暴化してしまう病気があることを、私は知ってる……。
 ある島の…………風土病よ』
「ある島の、風土病? それは、身体が腐る病気なのか?」
『……腐るわけじゃないわ。彼らがあの島の風土病にかかってると言うつもりもない。
 私が言いたいのは、未知の病気が存在する可能性は捨て切れないということよ。
 これ以上は、彼らの身体を検査してみないと何とも言えないわね』

77 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 20:08:18.55 ID:h3a63+zj0
話の途中、徐々にいつもの力強さを取り戻していた人見の声は、風土病の話を出した際にまた、ふと弱々しく変わった。
現代医学で確認の取れていない病気を何故一介の医師に過ぎない人見が知っているのか。
彼女の過去に何かがあったのだろうか。
気にならなくはないが――――それに割くだけの時間は、今は無い。
他ならぬ人見が言うのだ。いい加減な情報では、無いはずだ。

「分かった。お前からそれだけ聞ければ充分だ。礼を言う、人見」
『あら? 珍しく素直じゃない。……どういたしまして。
 ……それじゃあ、私はそろそろヘザーを探しに行くわね』
「……移動するのか?」
『ええ。と言っても院内よ。それなりの大きさだから、あなたの到着まではこの病院に居るかもね』
「出来る限りそうしてもらいたいんだがな……病院を出ることがあったら必ず連絡を入れてくれ」
『了解よ。それじゃあ……気をつけて』
「お前も」

電話は、人見の方から切れた。
画面を確認すれば、そこにはやはり圏外の表示。
どのような仕組みなのかは不明だが、電波の状況はこの街では関係無いという事らしい。

「……俺とした事が、先入観に囚われていたな」

薄い笑みを浮かべた口元でそう漏らし、水明はユカリに視線をやった。
ユカリは、どこか不満気な表情を浮かべていたが、水明はその様子に内心首をかしげつつも、言葉を続けた。

「長谷川。君の友人達は携帯電話やPHSは持っていないのか?
 携帯が使えるとは盲点だった。もしかしたら連絡が取れるかもしれんぞ」

78 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 20:08:55.82 ID:h3a63+zj0
【郷愁】


こめかみや背中に感じていた痛みは、僅かながら、和らぎを見せていた。

どうして電波の入らない携帯が通じるのか。私には理解出来ない。
試しに警察にかけてみるが――――やはり繋がらない。
……幻聴だったのだろうか。
いや、通話履歴はちゃんと残っている。あの会話は幻聴なんかじゃない。
水明くんは、この街に居る――――。

水明くん。
あなたとは対等でありたいと、いつも思う。
確かに私はあなたに頼りっぱなしだ。
当時の……いや、現代の医学でも原因を解明出来ない、この背中の烙印。
オカルトの爪痕とも言える傷跡を文字通り背負わされた私が、
それに押し潰されずにいられるのは、あなたがいるからだ。
いつもの議論で、あなたと張り合って、あなたの意見を否定しようと頭を巡らせる。
そんな、あなたとの変わらないコミュニケーションを続けられたからこそ、
私は、ロジカルで現実的思考を保ち続けることが出来た。
現実と非現実の境界を意識し続けることが出来た。
あの頃から、私の精神は、あなたに支えられてきた。
……あなたは、知らないでしょうけど。

だからこそ、あなたとは対等でありたい。
だからこそ、あなたには私の弱さを見せるわけにはいかない。
私はあなたに守られたいんじゃない。親友として、あなたと肩を並べたいのだ。
一方的に感じている借りだけど、返さないのは私の性にも合わないのだから。

水明くんがこの街に居る。
だったら、弱っている場合じゃない。私はここで、自分を見失うわけには、いかない。
彼と対等であるために。親友であるために。
私が、私であるために――――――――。

79 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 20:09:26.54 ID:h3a63+zj0
「…………ありがとう」

彼には決して伝わらない呟きを残して、私は顔を上げた。
水明くん。あなたのおかげで、私はまだつよがることが出来そうだ。

そうだ……。私は、認めない。
私は、決して、オカルトを認めない。
例え現在の科学では説明のつかない現象を目の当たりにしようとも。
例え怪物らしき者に襲われ、殺されようとも。
それがただの意地に過ぎないものだとしても――――私は、絶対に認めない。




「ヘザーを……探そう」




【B-6/アルケミラ病院・事務所1/一日目真夜中】


【式部人見@流行り神】
 [状態]:上半身に打ち身。
 [装備]:ペンライト、携帯電話
 [道具]:旅行用ショルダーバッグ、小物入れと財布 (パスポート、カード等)
     筆記用具とノート、応急治療セット(消毒薬、ガーゼ、包帯、頭痛薬など)
     ダグラスの手帳と免許証、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:事態を解明し、この場所から出る。
 1:病院内でヘザーを探す。
 2:ヘザーにダグラスの死を伝える。
 3:怪奇現象は絶対に認めない。例え死んでも。
※ダグラスの知る限りの範囲でのサイレントヒルに関する情報を聞いています。
※ダグラスの遺体から持ち出した物は、
 携帯ラジオ、ペンライト、手帳、免許証の四点です。

80 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 20:10:13.89 ID:h3a63+zj0
【悲喜】


あれからミカは何度かバーからの脱出を試みたが、それは全て徒労に終わる事となった。
あの怪物はバー内にまでは押し入って来ないものの、ミカがどちらの出口から出ようとも必ず察知し、空から回り込んで来るのだ。
気付かれる理由は、はっきりしていた。
開く度に、周辺に何かの鳴き声のような音を奏でる、錆び付いた扉のせいだ。
どちらから出ようとも、どれだけ慎重に開けようとしても、扉はやかましく喚き出してしまう。
ミカがどちらから脱出しようとしているのかを、律儀に怪物に教えてしまう。
結局ミカに出来る事は無くなり、ムーディーなネオンでぼんやりとライトアップされている店内で途方に暮れる事二度目。その最中――――。
バー内に、アラーム音が響き渡った。

「ん、誰だ、これ……?」

ビクリ、と身体を小さく跳ね上げつつも、取り出したポケベルの緑色の液晶に点滅しているのは、心当たりの無い数字の羅列だった。
桁数と文字列から推測すれば、それは電話番号であるとは思うのだが『090』から始まる番号などミカはこれまでに見た事が無い。
訝しむミカの手の中で、ポケベルは二度目のアラーム音を鳴らす。今度は、メッセージがスクロールしてきた。

『フ゛シ゛ナラテ゛ンワシテ ユカリ』

『無事なら電話して』。ギリギリの容量16文字で書かれた簡潔な文章。
――――ユカリからの。

「センパイ!?」

送信者が誰かを理解し、ミカは声を弾ませた。
しかし、それも一瞬の事。ミカの全身はすぐに寒気に包まれた。
連想してしまったのは、チサトの事。
死者からの連絡は、電話だけではない。
まだ電話の無い時代には、それは手紙という形で届いたという。
要するに、連絡手段であるならば、それは何を媒質としても起こりうるはずなのだ。例えば、ポケベルでも。

「そんなワケ、ない……」

ミカは震える声で、その可能性を否定した。
ユカリがこの街に居る。
魂だけの存在となったチサトがわざわざ教えてくれたのだ。それは嘘や間違いではないはずだ。
そして、チサトからその話を告げられたのは、つい先程。
この短時間でユカリまでもが死んでしまったとは、考えられない。――――いや、考えたくない。
寧ろ逆だ。連絡が来るならば、生きているからこそと考えるのが普通ではないか。
この街に迷い込んだユカリが、何処かで手に入れた電話を使ってミカに助けを求めようとベルを鳴らした。
そう考える方が、ずっと自然だ。そうでなくてはならないのだ。何故死んでいるなどと思い付いてしまったのか。

81 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 20:11:08.72 ID:h3a63+zj0
「そんなワケ、ない」

期待を込めて。いや、不安を押し殺すように、ミカは受信した電話番号を、携帯に入力していく。
一つ一つ数字を押す毎に、胸の辺りに生じた圧迫感が増していく。
最後の数字を入力し、通話ボタンを押せば、呼び出し音が当たり前のように鳴り始めた。
携帯電話に記録されていた番号では、一つを除き、得られなかった反応だ。
この先に居るのは、ユカリのはず。
『この先』――――果たしてそれは、ミカの居る『こちら側』か、チサトの居る『あちら側』か。
呼び出し音が、止まった。電話の中に、人の気配が生まれる。

『…………ミカ?』
「…………センパイ?」

それは、確かにユカリ本人の声だった。
しかし、どこか覇気が感じられない。夕方に聞いた怒鳴り声とは程遠い、気弱な声。
ともすれば泣き出してしまいそうな、ミカの知るユカリらしからぬ声だ。
電話の声は再び、ミカだよね、と呟いた。今度は少し力強く。ただ、嗚咽を含んだ声で。

ミカはその声に、先程のチサトの時と同じ印象を受けた。
どうしても頭をもたげる最悪の事態に、どうにも視界がぼやけ出す。
思わずミカの口から漏れてしまった言葉があった。

「……センパイ……死んじゃっ………………てる?」
『…………は?』
「死んじゃって…………ないよね?」

溢れ出しかける涙を堪えながらのミカの切実な問いに、二度目の反応は返ってこない。
沈黙は肯定の意。そう何かで聞いた事がある。
まさか、本当に。
焦燥が胸の中の不安を大きなものへと変えていく。
ミカは、ユカリの答えを聞く為、耳に意識を集中させ――――――――。
















『バカァッ!!!!!』

82 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 21:00:39.14 ID:h3a63+zj0
「ひゃっ!?」

時間にすれば、たかが数秒程度の間だったが、
嗚咽混じりの声は、一転、いつもながらの怒号に変わった。
条件反射でミカの身体が竦み上がる。抱いていた懸念は、その一喝で吹き飛ばされた。

『死んじゃってるぅ? それはこっちのセリフ! どんだけ心配したと思ってんの!?』
「ちょ、ちょっ……待って下さいよ〜。センパイ何怒ってんの!?」
『あんたが怒らせてるんだろ! 何? あんたはあたしを怒らせるのが趣味なワケ?』
「そ、そんなワケないじゃないですかー。
 センパイ怒らせるなんて素手でライオンと戦うくらいの危険性をトモナいますし。
 あたし自殺ガンボーなんてないですよ」
『誰がライオンだっつーの。あんたねえ、ホンットに変わってな…………。
 あ、ちょっ……何……オジ…………………………………………』

電話口から離れたのか、ユカリの声が遠くなる。
はっきりとは聞き取れないが、誰かと言葉を交わしている。

――――その様子が、何かおかしい。

何あれ。ユカリが叫んでいる。
走れ。男の声で、そう聞こえる。
何の前触れもなく緊張を孕んだ、あちら側の状況。
センパイ、ミカがと呼びかけるも、ユカリは答えない。
何が起きた。ユカリは誰と居るのだろうか。
その疑問の半分は、新たに電話口に出た低めの声が解き明かしてくれた。

『もしもし、岸井ミカくん、だね?』
「は……はい。……えっと、誰?」
『須未乃大学で教授をしている霧崎水明と申します。君の無事が確認出来て良かった。
 このまま感動の再会の余韻に浸らせてやりたいのは山々だが、申し訳ないが急用が出来てね』

キリサキと名乗った男の声からは、何故か焦燥が伺いとれた。
キリサキの後ろでは、慌てるように声を上げるユカリの気配。
電話口の向こうから、緊迫した様子が伝わってくる。
怪物と遭遇でもしたのか。それとも、殺し合いのルールを間に受けた人間に襲われているのか。
キリサキにそれを問いただそうとした、その時。
ミカの耳に、表からの金切り声のような音が届けられた。
ミカの鼻が、薄く漂い始めている嫌な臭いを感じ取った。
反射的に目が出口に向いた。外で、何か変化があったらしい。

83 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 21:01:37.87 ID:h3a63+zj0
『今の音は?』
「……分かりません。外で、何かあったみたいだけど……」
『つまり君は屋内に居るのか。地図は持っているか? そこの場所が分かるなら教えて欲しい』
「え? えーと…………あ、ヘブンスナイトっていうバーです! 趣味がイマイチな」

表への扉の横に、ネオンで描かれている文字『ヘブンスナイト』。
地図にも書かれている施設の名称。おそらくそれで正解のはずだ。
答えている間にも徐々に濃くなる臭いに、ミカは眉を顰めていた。

『ヘブンスナイト……B-5のこれだな。
 丁度いい。これから長谷川と一緒にそっちに向かう。
 出来る限りそのバーに隠れているんだ。
 もしも逃げざるを得ない状況になったら、B-6のアルケミラ病院に向かいなさい。
 そこに式部人見という女性が居る。君を助けてくれるはずだ』
「はい。えっと、センパイは……?」
『連絡が取れたばかりだと言うのにすまないが、代わっている暇は無いんだ。手が空いたらまた連絡を入れる』
「はい。あ、あの――――」

ミカが次の言葉を紡ぐよりも早く、機械的な信号が耳に入った。通話は終了だ。
ユカリとはもっと話したい事があった。伝えなくてはならない事があった。
しかし、切羽詰っているらしいあちら側の状況を鑑みればそれもやむ無しか。
ユカリとキリサキに何があったのか。気にはなるが、ミカには案じる事しか出来ない。

祈る思いで携帯を閉じ、ミカは扉に身体を寄せた。
ユカリの事は心配だが、先程の金切り声のような音――――こちらはこちらで何かが起きている。
とりあえず扉の前で耳を済ませるが、表の様子は何も分からない。
ただ、何かが動いているような気配は感じられる。悪臭の方は時間と共に強くなる一方だ。
外で何が起きているのか、この扉を開ければはっきりする。であれば――――。

ミカは慎重に、扉を押し開けた。外から、強烈な悪臭が風に乗って入り込む。
一呼吸で、虫酸が走った。
胃の中を蹂躙する吐き気にどうにか耐え、扉を開き切ると、
バー内のネオンの光が外に漏れ、階段と前方の路地の様相が照らし出された。

「な、何、あの人達……!? 何、してんの……?」

そこに見えたのは、人だった。数人の人間が、地面に伏している。
いや――――目を凝らせてよく見れば、その中心にはあの空飛ぶ怪物が倒れている。
倒れている怪物に、人が群がっているのだ。
ミカはその異常な光景を、唖然と眺めていた。その人間達の一人が、ゆっくりとミカを振り返る。

84 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 21:02:18.74 ID:h3a63+zj0
「っ……!」

その人間の顔は、腐り落ちていた。
そいつは怪物の肉を喰らいながら、崩れた顔で、白濁した眼球で、ミカを捉える。
ゾンビ――――その言葉が脳裏に浮かび上がるよりも早く、ミカは扉を閉めていた。
喉まで迫り上がっていた吐き気を、首筋に精一杯の力を込めて抑え込む。

「……っはぁ…………何……あれ……」

少なくとも、人間とは思えない。ゾンビとしか言いようのない見た目だ。
そんなものまで、この街には居るというのか。

カツン。表から、音が響く。
――――階段を、上る足音だ。
カツン。カツン。と、一段ずつ、ゆっくりと、上ってくる。
一人だけではない。ニ人か、いや、少なくとも三人分の足音。
ミカは胸のむかつきを押し殺し、扉から距離を置いた。
足音が、扉の前まで上がってくる。扉を荒々しくノックする音が、バー内を揺らす。何度も、何度も、ノックは繰り返される。

キリサキは、出来る限り隠れていろと言った。
ミカも出来る事ならば、そうしたい。
このままやり過ごせるならば、諦めて何処かへ行ってくれるならば、断然それがいい。しかし――――――――。

幾度目かのノックで、扉の一部が突き破られ、
生え出した不気味な腕がミカを探し求めるかのように蠢き出す。

「……無理だって!」

バーに入り込まんとする恐怖に押し出されるように、
ミカは廊下へと駆け出していた。


【B-5/ヘブンスナイト裏口付近/一日目夜中】


【岸井ミカ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:左掌に擦り傷、腕に掠り傷、極度の精神疲労、挫け気味の決意、吐き気
 [装備]:携帯電話(非通知設定)
 [道具]:黄色いディバッグ、筆記用具、小物ポーチ、三種の神器(カメラ、ポケベル、MDウォークマン)
     黒革の手帳、書き込みのある観光地図、オカルト雑誌『月刊Mo』最新号
 [思考・状況]
 基本行動方針:長谷川ユカリを優先的に、生存者を探す。
 1:逃げる。
 2:何かあったら病院に向かう。
※90年代の人間であるため、携帯電話の使い方は殆ど知りません。
※携帯電話の発信履歴に霧崎水明の携帯番号が記録されました。
※バーから何か道具を持ち出しているかどうかは後続の方に一任します。

85 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 21:03:07.07 ID:h3a63+zj0
【逢魔】


「あれ……何だったの? 恐竜?」
「……さあな。悪いがそっちは俺も専門外なんでね、確かなことは何も言えんが……。
 何にしても、UMAを見つけたからと言ってはしゃいではいられんぞ」
「そんなの分かってるよ! ミカじゃあるまいし!」
「とにかく、君はここに居るんだ。俺は一つ試したい事があるんでね」

息を切らせて問いかけるユカリに、同じく息を切らせて水明は答えた。
今二人が居るのは、ウィルソン通り沿いの、一つの住宅の塀の陰だ。

ユカリの友人と連絡が取れて喜んでいられたのは、束の間の事だった。
ウィルソン通りも間もなく終わりを迎えるであろう地点。
『研究所』ないしは『病院』が存在するはずの場所を目前にして。
一年ぶりとなる友人との会話で集中を欠くユカリよりも先に、その変化に気付いたのは水明だった。
響く足音と、僅かに鳴動する地面。そして鼻を刺激する異臭。闇の中から感じられるのは、何かが近付いてくる気配。
――――懐中電灯を向けた先に見つけたのは、これまでには見た事も無い巨大な生物だった。

ユカリの言うように、その姿から連想するのは恐竜だった。あくまでも、強いて言えば、だが。
全長は6〜7mはあるだろうか。身体の三割程を占める巨大な頭には、目や鼻等のパーツは見られない。
水明達を見つけた狂喜からか、その生物は頭の全てを縦に裂き、咆哮を上げた。
その中に見えるのは、太く、槍のように長い牙。どうやらそれが口らしい。
人間程度の大きさならば、数人は纏めて飲み込めそうだ。
ホッチキスと融合した、のっぺらぼうの大蜥蜴。大雑把に形容すれば、そんなところだ。

すぐに二人は通りを北に走った。
大蜥蜴は二人を追ってくるが、その速度は、精々が人間の歩行と同程度のもの。
振り切るのは、容易い事だった。だが、それを確認した水明は、一つのテストを思い付く。
それは、先程のビルで行ったものと同じテストだ。

シビルから聞いた情報に寄れば、彼女がかつて遭遇した怪物は犬や鳥等の動物が変貌したようなものだったという。
それならあの大蜥蜴も、恐竜や蜥蜴をモチーフに生まれた怪物である可能性は充分にある。
つまりそれは、アレッサ・ギレスピーの創り出した怪物だという事。
その読みが当たっているのならば、大蜥蜴には太陽の聖環が通用するはずなのだ。
読みが外れて聖環が通用しないとしても、走って振り切る事が可能な相手ならば試すだけの価値はある。

大蜥蜴の気配が感じられなくなる程度の距離を開けると、
水明はユカリに適当な住宅のブロック塀の陰に隠れるように指示を出し――――そして、今。

86 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 21:04:03.58 ID:h3a63+zj0
「試したいコトって……?」
「あいつを退治してみるのさ。
 念の為に君にこいつを渡しておく。もしも俺に何かあったらすぐに逃げるんだ。いいな」

水明は『太陽の聖環の印刷された紙』をユカリに渡すと、彼女の返事を待たずに通りに戻る。
背後から声を投げかけ、こちらに出てこようとするユカリを片手で制し、懐中電灯を前に向ける。
――――大蜥蜴が、来る。しかし、まだ距離には余裕がある。
隣接する住宅まで走り、今していたように塀の陰へと入り込んだ。
後は、ここで大蜥蜴が近付いてくるのを待つだけだ。

奇妙な咆哮。歯を打ち鳴らす音。地面を揺らす足音。真夏のごみ捨て場のような臭気。
暗闇の中、大蜥蜴の気配は一定のペースで確実に大きくなってくる。
冷たい汗が、水明の背中に滲んだ。
塀一枚向こうに巨大な怪物が居るのだ。一応は勝算があるとは言え、流石に落ち着いてはいられない。
酷く長い時間が経過したような、そんな錯覚すら覚え始める。

やがて――――怪物の上げる咆哮の様子が変わった。
怪物の歩むペースが遅くなる。いや、どうやら足を止めているのか。
通りを覗き込むと、水明から10m程離れた位置で、大蜥蜴が悶え苦しむように頭を振っていた。
――――ギャンブルは、成功のようだ。

「……ふむ。やはりこいつは、神の創り出した怪物には効果が高いということか」

シャツの下の聖環を押さえ、水明は苦しむ大蜥蜴に一歩一歩、慎重に近付いていく。
近付くにつれ、大蜥蜴は膝をつき、躯体を伏し、衰弱していく。
ふと思い付き、水明は逆に巨体からゆっくりと距離を開けてみるが、大蜥蜴が力を取り戻す様子は無い。
聖環の呪いで与えたダメージは、聖環から離れたからといって回復する事は出来ないようだ。少なくとも、短時間では。

しかし――――水明の脳裏で、一つの疑問が形を成す。
聖環の効力は本物だ。神の生み出した怪物に対しては強力な呪いになる。
だとするならば何故、聖環の力は神の創り出したこの空間には効力を発揮しないのか。
聖環は怪物への呪いではない。神への呪いなのだ。
神の創り出した怪物に効果があるならば、神の創り出した空間にも効果が無くては辻褄が合わないはずだ。それなのに、何故――――。

水明は背後を振り向き、ユカリがまだ出て来ない事を確認すると、名簿を取り出した。
先程確認した時よりも、名簿の赤い線は増えている。
この名簿も、イベントの主催者が創り出した物のはずなのだが、こうして聖環に近づけても異常は起こらない。
ならば――――このイベントには、神の力を持つアレッサ・ギレスピーは関わっていない、という事だろうか。

87 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 21:04:40.09 ID:h3a63+zj0
いや、と水明は頭を振った。
神の力は、今のところ怪物の存在のみとは言え、確かに働いている。
である以上、アレッサ・ギレスピーが関わっていないとは言えない。
では、神の力を使用しないでこんなイベントを引き起こす方法があるのだろうか。
――――ある。一つだけ、水明はその術を知っている。
それはユカリの持つオカルト雑誌に書かれていた情報だ。

『サイレントヒルは、人の心を吸収し、その潜在意識、妄想を具現化する性質を持つ』

つまり元凶となっているのは神の力ではなく、街の力の方だというセンだ。
これならば、名簿にも空間にも聖環の力が通用しない理屈にはなる。
問題は、それが何者の潜在意識なのか、だが――――流石にそこまでを推理出来る情報は無い。

「……とりあえず、純也に連絡をしておくか」

水明は名簿をしまい、代わりに携帯電話を取り出した。
人見から連絡があるまでは試す事もしなかったであろうが、今は携帯が使える事を知った。
純也もこの街に来ている。純也は純也なりに調査を進めているだろう。情報の共有は、必要だ。

「……オジサン? それ……倒したの?」

メールを作成しようと携帯を操作する水明の背後から、ユカリの声がかけられた。
振り向けば、彼女は不安気な様子で大蜥蜴を眺めていた。

「……いや、まだ生きているから気をつけろ。
 ……そうだな。動物虐待のようで気が引けるが、止めは刺しておくか。
 こんなやつが徘徊していたら、この街に居る皆が危険だ」

水明はメールを打つ手を止め、拳銃を構えた。
ユカリの顔が、ほんの少し引きつった。

「……それは、撃つんだ」
「俺もわざわざ撃ちたくはないんだが、やむを得んさ。普通の生物ではない以上はな……。
 長谷川、耳を塞いでた方がいい。まあ、君の怒鳴り声よりはマシかもしれないが」

ユカリが顔を赤くして何かを言おうとするのを尻目に、
水明は殆ど動かない大蜥蜴の口の中を狙い、拳銃の引き金を引いた。
その表情を、悲痛さで強張らせながら。

88 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 21:05:50.91 ID:h3a63+zj0
【スプリットヘッド@サイレントヒル 死亡】

【E-3/ウィルソン通り/一日目真夜中】

【霧崎水明@流行り神】
 [状態]:精神疲労(中)、睡眠不足。頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。右肩に銃撃による裂傷(小。未処置)
 [装備]:10連装変則式マグナム(0/10)、携帯電話、懐中電灯
 [道具]:ハンドガンの弾(15発入り)×1、宇理炎の土偶(?)
     紙に書かれたメトラトンの印章、自動車修理の工具
     七四式フィルム@零〜zero〜×10、鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×6、食料等、他不明
 [思考・状況]
 基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する。
 1:風海純也にメールを送る。
 2:地図に表記されている『研究所』の位置に何があるかを確認後、
   街の南東へ向かい岸井ミカと式部人見の保護に向かう。
 3:アレッサ・ギレスピーと関係した場所を調査する。
 4:そろそろ煙草を補充したい。
※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます。
※胸元から腹にかけて太陽の聖環(青)が書かれています。
 神の力で創り出されたクリーチャーに対しては10m以内に近付けば衰弱させられるという効果を持ちます。
※純也の持つ御札が鬼哭寺の御札かどうかは後続の方に一任します。


【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
 [装備]:懐中電灯
 [道具]:(水明が書き写した)名簿とルールの用紙
     太陽の聖環の印刷された紙@サイレントヒル3、地図
     サイレントヒルの観光パンフレット
     ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
 [思考・状況]
 基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
 1:ミカを助けに街の南西に向かう。
 2:とりあえず水明の指示に従う。
 3:チサトを探したい。
 4:シビルが心配。

※ミカの持つ携帯電話は非通知設定です。現状では水明に番号は伝わっていません。

【鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ】
一見は何の変哲もない御札。
流行り神2にて、鬼哭寺の住職が書いた御札は、黒闇天の絵に込められた呪いを封印していた。
また、犬童蘭子は退魔師としての修行をこの住職の下で積んでおり、
流行り神3では『四角に御札を貼る』という方法で編纂室内に悪霊の入ってこれない結界を作り出している。
書かれている文字次第ではあろうが、流行り神世界の御札は力のある者が使えば割と万能らしい。
その為、神に対抗する為に水明が書いてもらった御札も、
霊的な存在、或いは神に対してはそれなりには通用するものだと思われる。

89 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/02/28(火) 21:06:20.16 ID:h3a63+zj0
代理投下終わりです。長時間中断してすみませんでした

90 :ゲーム好き名無しさん:2012/02/28(火) 21:23:50.24 ID:WpcysFxD0
代理投下、お疲れさまでした!

91 :ゲーム好き名無しさん:2012/02/29(水) 00:25:53.56 ID:bvL3eqeL0
>>89
とんでもございません。代理投下お疲れ様でした!

92 : ◆TPKO6O3QOM :2012/03/08(木) 19:07:10.21 ID:InKGqvq70

 駅を出ると、眩い日光が視界を白くする。昼の日差しに暖められた路面からは、薄らと陽炎が立ち上っていた。
 九月を過ぎても残暑は続き、時折、湿り気を帯びた熱い風が駅前の通りを吹き抜けていく。
 普段ならゼミの準備をしている時間だけど、私は今霞ヶ関に立っている。
 別にサボりってわけじゃない。
 霧崎先生が海外に出張し、ゼミはしばらくの間休講となっているんだから。
 出張の目的は、知る人ぞ知る"サイレントヒル"の現地調査。
 オカルトジャーナリストを志すものとして是非とも同行したかったのだけれど、哀しいかな、苦学生の私には飛行機のチケットを手配する余裕もなく――結局、居残りとなってしまった。
 数日前、純也くんもまた休暇を取ってアメリカに行くのだと言っていた。
 私だけ除け者のようで少し寂しい。
 とはいえ、純也くんも霧崎先生も物見遊山で行ったわけではない。霧崎先生の友人である式部人見さんが旅行先で行方不明になり、その捜索に向かったのだ。
 そんなことは現地の警察の仕事だとは思うものの、人見さんの向かった先が問題だった。
 そう。人見さんは"サイレントヒル"に向かったかもしれないというのだ。
 人を惑わし、誘い込む魔の町――サイレントヒル。
 犬鳴村、××村、皆神村、夜見島、月の宮駅、雛見沢村、氷室邸――存在を実しやかに語られる、地図にはない空白の土地。
 "サイレントヒル"もそんな都市伝説の一つだ。
 だけど、もし"サイレントヒル"に本当に誘い込まれてしまったのだとしたら――モルダー捜査官のいないアメリカ警察の手には負えない案件だ。
 解決できるとすれば、霧崎先生と私をおいて他にはいない。次点で純也くんか。
 ただし、あの人見先生が"サイレントヒル"に行くなんて考えにくいんだけどね。オカルト嫌いな人だし、そうした場所に面白半分に向かう浅慮な人でもない。人間の絡んだ事件に巻き込まれた可能性の方がずっと高い。
 それはそれで心配だけど、居残りの私には吉報を待つ他何もできないことには変わらない。
 よって、与えられた膨大な時間を有意義に使うことに決めた。元々そんなに講義も取っていないことだし。いや、ちゃんと計算したし、単位は大丈夫……のはず。
 もっとも、霧崎先生はご丁寧に課題を出していったんだけど。
 テーマは自由で、四千字程度のレポートという難物だ。
 自分はアメリカ行くんだから、その辺解放してくれてもいいもんなのに。
 私は小さく溜息を吐く。
 道行く人には、恋に悩む乙女にでも見えただろうか。この可憐な乙女の脳みそがオカルティックな単語に占められているなど、誰も想像できまい。
 珍しく、私のテーマは既に決まっていた。
 それは、"神隠し"。
 多摩地域に広まる"人面ガラス"の噂とも迷ったんだけどね。
 色々と検討した結果、タイムリーな話題でもあるし、私の原点ともいえる怪異に的を絞ることにしたのだ。
 そもそも、"神隠し"とは何か。


93 : ◆TPKO6O3QOM :2012/03/08(木) 19:07:47.22 ID:InKGqvq70
 一言で表すなら、人が痕跡を残さずに消えてしまうこと。
 もう少し色を付けるなら、この世ならざるもの――神や魔に取り隠され、この世ならざる世界――異界に連れ去られてしまうこと。
 今でこそ、これを信じる人間は少なくなったが、かつては人が失踪する事象の合理的な説明が、この"神隠し"であったのだ。
 "神隠し"には大まかに分けて三つのパターンがある。
 一つ目は、消えた人間が無事帰還するもの。二つ目は死体として帰ってくるもの。三つ目は死体すら帰ってこないもの。
 一つ目のパターンの首謀者は天狗や狐が多いという。ちょっと人間をからかってやろう。遊び相手になってもらおう。そんなイタズラをしそうなイメージを伴うのが、この二つの神なのだろう。
 特に、"神隠し"の別名を"天狗隠し"と言うほどに、天狗の仕業というのは大変多い。平田篤胤の"仙境異聞"に出てくる寅吉も、天狗に"神隠し"にされた男の子だ。
 一方で、二つ目、三つ目のパターンになると穏やかじゃなくなる。相手もまた、鬼や山の神といった上位の存在だ。魅入られたが最後、無事でいられない。
 隠されたものは異界で生涯を終えることとなる。その期間の長短は別にしても。
 さて、この"神隠し"だけど、調べてみると面白い法則がある。
 まず、起こり易い時間帯。
 これは想像がつきやすいかな。
 そう。夕暮れ時。彼は誰時とも呼称されるこの時間は、物の輪郭がぼやけて、方向を見失いやすい。
 また、親たちが子供たちの失踪に気付くのも、夕飯時を迎える頃だ。それまでは子供は外で遊んでいるものだったからだろう。
 そういった要素から、昼は身を潜めていた隠し神たちが夕闇にまぎれて人を連れ去るのに絶好の機会と考えられていたのだ。
 そして、この夕暮れ時に隠れ遊びをすると神隠しに遭いやすいという。
 考えてみると、隠れ遊び――かくれんぼって疑似的な"神隠し"と言えるんじゃないかな。
 "もういいかい?"
 "まぁだだよ"
 この繰り返しの後に、"もういいよ"と告げられた"鬼"の目の前に広がるのは、友人たちで犇めいていた光景とは打って変わって殺風景な広場だ。
 友人たちの痕跡はどこにも見当たらない。隠れている方も、鬼の居る空間とは一枚隔てた何処かで身を潜める。お互いの居る空間に、疑似的なずれが生じている。
 だからこそ、隠し神が寄ってくるんじゃないだろうか。
 怪談を話すと、物の怪が寄ってくるのと同じ。その遊びをしている時点で、既に浮世と異界の境目が混ざり合っていると言えるのかもしれない。
 次に、人選。
 神隠しに遭うのは、年端もいかない子供たち、知能に何らかの障碍を持つもの、そして女性だ。どれも道に迷いやすい、もしくは攫われ易い存在だ。
 前者二つは天狗の獲物となることが多く、後者は鬼だ。このあたりも、修験者には同性愛が、山人には好色がって風にそのモデルとなった者たちへの先入観が大きく反映されているのよね。
 また、前者二つは、今では差別と取られてしまうけれど、未だ人ではない半端な存在と見られていたこともあるらしい。偶然とはいえ、人の世と神の世を繋ぐ、媒介者という役割も当て嵌めるのにもぴったりだったと言える。
 最後に、神隠しに遭った者への捜索方法。
 決まって、村人総出で村の中から山や谷までを、鉦や太鼓を鳴らしながら探す。勿論、これは一番遠くまで届く音程だという合理的な理由がある。
 もっとも、柳田国男は音で隠し神を呼び寄せるって解釈をしているんだけど。要するに、捜索ではなくて奪還ってことよね。まんまと来ちゃった神に向かって、さあウチの子を返しやがれぇ。って。
 信州大学のある教授は、神隠しの捜索方法は、音による、異界とのコミュニケーションって風に説明づけていた。これには、神事や仏事で鉦や太鼓が用いられてきた歴史を踏まえられている。
 ただ、私にはどこか、諦めるための過程を踏んでいるようにも思える。葬送にも似た、一種の儀式というか。
 さて、隠された者たちは皆異界に連れ去られるわけだ。その訪問譚なんてのも各地に存在する。
 じゃあ、その異界って一体何なんだろう。


94 : ◆TPKO6O3QOM :2012/03/08(木) 19:08:53.81 ID:InKGqvq70
 かつて、私たちは人間が住む世界の他に、また別の世界が存在すると考えていた。
 多くは遠い海の向こうか、暗い地中の底、または遥か高い山脈の向こう――人が到底辿り着けないような場所に異界はあると言われていたのね。
 だけれども同時に、海や山、辻などには時空の裂け目のようなものがあるとも信じられてきた。云わば、異なる世界同士をつなぐ、結び目の様なものね。
 知らず知らずのうちにそこに触れたものは、そこから異界、浄土、幽世、彼岸、常世――様々な呼び方があるけれど、つまりは向こう側に引き込まれてしまう。
 地方によっては、その結び目を閉じるためには誰かの命を投げ出す必要があるなんて伝わっている場合もあるみたい。馬頭観音は、裂け目から主人を守るために命を捨てた馬たちを祀ったものなんて解釈もあったりね。
 一番有名な異界のお話は"浦島太郎"じゃないかな。
 助けた亀に連れられて〜の唄の通り、太郎は竜宮城に連れて行かれるわけだけど、竜神の妻・乙姫に別れを告げ、結局彼は常世から、こちら側に返ってきてしまう。しかし、人の世では何百年も経過しており、太郎を知る者は一人もいなかった。
 これは視点を変えれば、何百年も前に海辺で失踪した若者が、その当時の姿のままで帰ってくるという"神隠し"のお手本ともいうべき要素が揃っている。
 そして、これは人が容易に異界に隠されてしまうことも示している。
 海の向こうにあるとされる異界だけど、それは同時に人の生活圏の中、薄皮一枚隔てた場所に存在しているとも解釈できるのだ。
 山や海――自然は人の世界と隔絶されているなんていうのは西洋的な考え方で、伝統的な日本人の見解からすれば、自然と人に境目なんてない。
 故に山も海も、人の営みと同じ場所に併存していたと考えるべきだ。
 引いては、異界もまた人のすぐ隣にあったと容易に解釈できる。隔絶された遠い世界でありながら、異界は人にとってとても近しいものであったのだ。
 そして、だからこそ"神隠し"が、迷信ではないある種の事実としての立ち位置を形成できたのだろう。
 というよりも、"神隠し"は事実でなくてはならなかった。
 人が消える理由――私自身の立場としては、怪異としての"神隠し"が皆無であるとは思いたくないけれど、未解決の失踪事件の全てがそうであると思ってもいない。
 "神隠し"が事実とされた、過去の日本。そこにおける人の失踪の理由として何が挙げられただろうか。
 家出、人身売買、駆け落ち、心中、口減らし――事故以外にも、人が消える理由は多くある。
 そして、村社会にとって、例え周知の事実であっても露見すれば、何事もなしという訳にも行かなくなる。
 そこで利用されたのが"神隠し"だった。人が消えれば、それは全て"神隠し"と片付けられた。
 人だけでなく、事実すら"神隠し"は隠すのだ。
 それは忌むべき慣習にも見えるけど、人が生きていくための優しい嘘と言えるのかもしれない。
 辛さ、哀しみ、苦しみ、怨み――憂世にあるそうしたものを覆い隠し、一時の夢まぼろしを見せてくれる手段。
 消えてしまった子供の親たちの絶望を、ここと異なる世界――それもずっと良い世界で生き続けているという希望として。
 何らかの理由で姿を消し、舞い戻ってきた者たちを、"神隠し"からの帰還者として、蟠りなく再度受け入れる儀式として。
 子や娘などを売り、捨てざるを得なかった者たちの罪を隠し、コミュニティを存続させるための方便として。
 苦痛多き世界を覆う哀しくも優しい霧となって、"神隠し"は事実として扱われてきた。
 ただ、これはあくまで過去の日本だ。民俗学の見地での、"神隠し"の解釈に過ぎない。
 西洋化が浸透し、知性で捉えられるものこそが絶対視される今日の日本において、人の失踪は"神隠し"などで片付けられる筈はない。
 しかし、それでも解決されない行方不明者は毎年千人程度いるという。しかも、オカルトめいた語り口で述べられる事件も少なからず存在する。
 現代において"神隠し"と噂される事件は、ではどう説明をつけるのだろうか。
 共産圏による拉致か。殺され、山深くに捨てられたのか。運悪く死体が見つからないだけなのか。
 本当に、それだけで説明がつくのだろうか。そして、それらを単に行方不明事件とせず、何故"神隠し"という表現を使いたがるのか。そこを突き詰めれば、現代人の抱える闇や羨望が浮き彫りにされてくるんじゃないだろうか。


95 : ◆TPKO6O3QOM :2012/03/08(木) 19:10:27.29 ID:InKGqvq70
 私は、現代における"神隠し"として、ネットで拾った二つの事件を調べてみることにした。
 一つ目は、千葉県にある私立鳴神学園で起きたと噂される集団失踪事件。
 この鳴神学園は、今では珍しい生徒数千人を超える超マンモス校だ。だが、同時に毎年大勢の行方不明者・死亡者が出ていると"噂"される、曰くつきの学校であったりもする。
 もっとも、あくまで噂だ。ただし、同時に学校に纏わる怪異譚は膨大な数にのぼると言われていて、霧崎先生ならば、抑えつけられた真実が漏れだしているとでも言うかもしれない。飴玉ばあさんなんて、ネット上でも人気の妖怪の発信元でもあったり。
 勿論、その失踪事件もそうした有り触れた噂の一つとして、ネット上でしばしば挙げられている。
 噂の概要はこうだ。十数年前、旧校舎の取り壊しを記念して、新聞部の主催で学園七不思議を語る会が催されることになった。
 その当日。語り手として呼ばれた六人の生徒は順番に怪談を披露していく。語り終える度に怪現象が起こり、その語り手は姿を消していく。会場には、新聞部の生徒唯一人が残された。
 後日、語り部たちの死体が旧校舎の壁の中から見つかるなんて風にオチがつく場合もある。
 調べてみると、この噂の原型となったであろう失踪事件は実在していた。事件が起こったのは、1995年の6月。
 だけど、ここに問題がある。実際に消えたのは、四人なのだ。
 日野貞夫、岩下明美、新堂誠、風間望――当時の新聞に載っていたのはこの四つの名前だ。いずれも高校三年生。当初は、受験のストレスによる集団家出と解されていたようだ。
 けれども、とうとう彼らが帰宅することはなかった。下校し、梅雨の闇の中で四人の高校生は永遠に消えてしまった。
 追加された二人の名前は、当たり前と言えば当たり前だが、どの噂でも明言されていない。そもそも、実際の被害者である四人の名前すら噂に上がることはない。それほどまでに事件は風化してしまっているということだろう。
 噂の原型なんだから、もっと語り草になっていてもいいのに。
 話を戻そう。
 この数字の食い違いは、よくある誇張とも取れるんだけど、それならば七不思議にかけて、七人の失踪にするのが筋なんじゃないだろうか。六人という中途半端さに違和感を禁じ得ない。
 この六人という数字に、何か意味はあるのだろうか。消えたのは、本当は四人じゃないのか――。
 先日、私は実際に鳴神学園に足を運んだ。とはいえ、警備の厳しい昨今、部外者が勝手に入れる訳もない。レポートのための取材といえば承諾してくれるかもしれないけど、内容が内容だ。
 だから、下校途中の生徒を捕まえて突撃取材――だったんだけど、収穫はゼロだった。
 皆一様に、まさかと笑った。そんなものはない、ただの噂だと。
 ただ、その定型文的な誤魔化し方に疑念が生まれたのは確かだ。誰ひとり、気にも止めていないのか、実に呆気ない反応だった。一人ぐらい、面白おかしく語ってくれるお調子者が居てもいいものだろうに。暇人と憐れむようなあの視線を、私はしばらく忘れられそうにない。
 とはいえ、しつこく訊いて、不審者に思われても仕方ない。私は敗北感に打ちのめされながら、朝希に愚痴ってその日は眠った。
 気分を入れ替えて、今日はもう一つの事件について調べる予定でいる。
 それは、都内にある雛城高校で起きたと噂される女子生徒失踪事件。
 同じく十数年前、二人の女子生徒が行方不明になったと噂されている。
 トイレの花子さんに攫われただとか、裏側の霧の町に誘い込まれただとか、展開には幾つかパターンが存在する。
 勿論雛城高校にも突撃取材に行くつもりだけど、その前に実際にあった事件かどうか証拠見つけておかないと。1996年の冬頃にそういう事件があったという書き込みを見たし、心許ない情報源ではあるけれど、まずそれを頼りに国会図書館で当時の新聞を探してみるしかない。
 まあ、その前に何か食べよう。腹が減っては取材は出来ぬって言うしね。
 お店を探す私の目に、見覚えのある大きな人影が映った。人ごみの中で、頭一つ分以上抜けている巨体は見間違えようがない。小暮宗一郎という、純也くんの同僚の刑事さんだ。強面だけど、これが実にからかい甲斐のあるオジサンなのだ。
 小暮さんはどこかうきうきとした歩調でコンビニに入っていった。せっかくだし、純也くんから何か連絡があったか聞いてみようか。こちらから掛けてもいいんだけど、国際電話だ。ちょっと躊躇してしまう。ていうか、純也くんから私に連絡あってもいいと思うんだけど。
 と、歩行者信号が赤となり、人の流れが止まる。ああ、もうタイミング悪い。


96 : ◆TPKO6O3QOM :2012/03/08(木) 19:11:05.15 ID:InKGqvq70
 じりじりと焼けるような日差しの中、再び信号が青に変わる。
 コンビニの前に立つ直前、一際強いビル風が通りを駆け抜けた。その強さに、私は思わず目をつぶる。こういう時、短髪でよかったと心底思う。雑踏の中、自動ドアの開く音が聞こえた。
 手櫛でざっと髪を整えて、私は小さく溜息を吐いた。
 気を取り直して、私はコンビニの自動ドアを潜る。ざっと見た限り、店内に小暮さんの姿はない。トイレにでも入っているのかな。
 そう思って雑誌棚奥のトイレに目を馳せると、丁度細身の男の人が出てきたところだった。
 ……えーと、あの人が今までトイレに入っていたってことよね?
 じゃあ、小暮さんは何処?
 棚の陰になんてのは、小暮さんに限ってありえないし。
 私がコンビニから目を逸らしたのは、風が吹いた一瞬――とまでは言わないけど、小暮さんのように目立つ人が出てきたならすぐに分かる。
 ま、悩んでも仕方ない。
 私は長々と続く行列を押しのけて、店員さんに質問した。会計しようとしていた長髪の男が大量のホットサンドを床にぶちまけたが、勿論無視する。

「あの! 無駄にでかい身体で、岩みたいな顔した男の人、ここに来ましたよね!?」
「え? ええ。その人なら、今お会計して出ていきましたけど――」
 
 何故か非難に満ちた目で私を見ながら、店員さんが自動ドアを指さす。
 私は足早にコンビニを飛び出した。人通りの中に、あの大きな背中はない。このコンビニの出入口は一つしかない。搬入用の裏口を使うなんてのも考えにくい。
 いや、そもそも自動ドアが開く音を私は聞いている。しかし、ドアのすぐ傍にいたにも関わらず、出てきた人間の姿を私は見ていない。
 もしかして、あれが小暮さんだったのだろうか。
 私は、自分の肌が粟立っていくのを感じていた。私の周りだけ、あの冬の夜に戻ってしまったかのように空気が冷えていく。
 たった今、小暮さんは消えたのだ。なんら変わることなく自動ドアを通って、そのまま異界に引き込まれた。
 空間の裂け目――。
 薄皮一枚隔てた、向こう側の世界――。
 私が立つ、この位置に裂け目は有った。こんな、何の変哲もないコンビニのドアの前にも。
 ドアの横に身を寄せると、私は携帯電話を取り出して躊躇なく純也くんの番号を呼び出していた。だけど、呼び出し音すら鳴らずに電話は切れてしまう。霧崎先生も同様だ。
 痛いほどに鼓動が激しくなっていくのを感じていた。
 携帯電話の液晶画面から顔を上げた時、一瞬だけ、霧に覆われた街並みが見えたような気がした。
 純也くん、霧崎先生――……大丈夫、だよね?


97 :ゲーム好き名無しさん:2012/03/08(木) 19:11:46.08 ID:InKGqvq70
以上で、 天狗風――隙間録・間宮ゆうか編の本投下終了です

98 :ゲーム好き名無しさん:2012/03/08(木) 19:57:03.58 ID:k8sazfL70
投下乙であります!

99 :ゲーム好き名無しさん:2012/03/15(木) 08:54:10.17 ID:auzLNOhj0
今期月報であります!
話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
117話(+3)    28/50 (- 0)   56.0 (- 0.0)


100 :ゲーム好き名無しさん:2012/03/21(水) 19:19:35.23 ID:QPfnIgNL0
代理投下します

101 ::The Thing ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/03/21(水) 19:20:24.04 ID:QPfnIgNL0
鳴動する世界の中で、"それ"は己の内々から活力が溢れ出ていくのを感じていた。
 荒れ狂う力の奔流は出口を求めていた。目指すべき形を探していた。その迷いを現すように、尻尾はゆらゆらとゆっくり揺れている。
 再び視界を覆い始めた霧の中で、"それ"は口吻を歪めた。
 必要なのは、奪うための力だ。世界を――あの殻を――奪い返す。それだけでいい。それさえ出来ればいい。
 そのためには、今の姿では足りない。何も満たされていない。
 力は、意志の方向へと膨張し、伸びていった。
 肉が爆ぜ、真っ白い毛皮を黒く濡らす。裂けた前足から飛び出した筋繊維が絡まり、太く逞しい新たな肉を作り上げていく。
 その変化は足だけに留まらず、全身のあちこちで血と肉が跳ね躍った。耐えきれず、纏っていた黒布が音を立てて弾け、地面に広がる。
 大きく、鋭く張り出した爪で地面を咬み身体を支える。奔流ははち切れんばかりに高まり、ふとすれば己が身ものとも跳ね飛ばしてしまいそうだ。
 ただ徒に身体を大きくするだけでは意味がない。この殻は俊敏性こそ優れているが、獲物を仕留める手段が一つしかない。
 そう気付くのと同時に、頭部が膨れ上がって口が大きく裂けていく。骨が肉を掘り進み、新たな組織が形を成していった。
 双眸はせり上がり、額の中央で一つに溶けあった。
 かつて眼窩となっていた二つの場所からは大きく丈夫な骨と関節が飛び出し、そこを更に強靭な筋肉が覆っていく。先端には、鋭い爪を備えた太い四指が生き物のように蠢き、音を奏でていた。
 口吻を跨ぐようにして生まれた二腕を、“それ”は振るった。肩部を覆う耳が、その猛るような唸りを聞き取る。
 奪い取るための腕は出来た。奪い取ったものを守っていくための腕は備えた。
 しかし、尻尾は不満そうにしな垂れた。
 まだだ。その最中で壊してしまっては意味がないのだ。殻は壊れやすい物だ。あの殻は特に――。
 胸を突き破り、幾つもの腕が生まれた。頭部の二腕と比べると、随分と華奢な腕だ。しかし、それで構わないのだ。殻が“それ”の同胞となるまで、優しく包み込むためのものなのだから。
 “それ”は大きな単眼を瞬かせた。世界は再び、白く変わっていた。
 そのせいだろうか、刻み込まれてきたこれまでの匂いの道は見えなくなっている。だが、いずれは風が殻の匂いを運んでくるだろう。
 “それ”は地面に広がった黒布を拾うと、白い身体を覆い隠した。四肢に加えて二腕の指骨を地面に突いて身体を支えながら、“それ”は轟くような吼え声を上げた。
 尻尾を高く持ち上げると、新たな身体を試すように“それ”は四肢で大地を蹴った。黒布がばさりと翻り、その姿は霧の中へと消えていった。


102 ::The Thing ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/03/21(水) 19:20:58.60 ID:QPfnIgNL0

【B-3/北部/二日目深夜】

【ケルブ(闇人)】
 [状態]:ケルブ甲式
 [装備]:黒い布切れ
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動指針:美耶子の殻の確保および地上の奪還
 1:美耶子の殻を確保
 2:目的の邪魔者は殺す
 3:目的の邪魔にならない者はどうでもいい
※甲式に変化しました。変化は以下の四つです。
・体格の全体的なボリュームアップ
・単眼
・頭部に二本の剛腕
・胸部に複数の腕
※成長は止まりました。これ以上身体が巨大化する事はありません。
※T-ウイルスは死体には作用を及ぼさないため、ケルブ自身に変化はありません。しかし、ケルブに接触した他者が感染する可能性はあります。

代理投下終了です

103 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/01(日) 01:13:00.02 ID:zK5aXD9C0
WIKIまた侵略されてるwww
削除から守らねえとwww

104 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/01(日) 07:16:21.73 ID:q1Y+Z5Es0
去年痛い目を見たのに懲りないなw

105 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/01(日) 14:50:35.13 ID:zK5aXD9C0
ってかコメント人いすぎだろw
俺らこんなにもいたんだな

106 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/01(日) 18:41:14.86 ID:DEmxUe+m0
そう、こんなにいたんだ。
しかし実際に何人いるのかとかは考えるなよ! 絶対に考えるなよ!

107 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/01(日) 20:47:40.76 ID:rgt5OZB30
>>106
フリかwwwwww

108 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/01(日) 23:12:40.45 ID:q1Y+Z5Es0
異星人撃退おつかれさまでしたー

109 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/02(月) 00:00:03.68 ID:CRC84EM0O
一応こっちにも。
したらばやWIKI元に戻すのは明日の夕方以降になります。
地球防衛お疲れ様でしたー!w

110 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/02(月) 00:02:05.23 ID:Hgze3m1x0
したらばも侵攻されてたのか!
専ブラで見てるから気づかなかったわ…

111 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/02(月) 00:07:55.37 ID:SMeN0d/S0
>>110
あー……WIKIトップページの「編集タグ」→「このページにファイルをアップロード」から、
一応使用した画像だけは閲覧出来ますw
「スンバラリアクリーチャー」と「スンバラリアタイトル」ってやつ。

112 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/02(月) 00:25:07.64 ID:Hgze3m1x0
>>111
見れた!風間の画像が気色悪いww
教えてくれてありがとう!

113 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/02(月) 04:13:15.70 ID:EsMoeBnY0
おい、おい、おいwww
まさか侵略退けてすら別の奴らに占拠されるとはw

114 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/07(土) 16:29:32.15 ID:JuzATiVs0
一応こちらにも告知。

明日の4月8日(日)にしたらばにて第一回ホラゲロワ人気投票を行います。
時間は0:00〜23:59。投票場所はしたらば雑談スレで。一応当日だけIDが表示される設定となります。
詳しくはこちら。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/13999/1279993697/506-509

115 :ゲーム好き名無しさん:2012/04/21(土) 19:50:39.59 ID:nEutBbVQ0
代理投下します。

116 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 19:51:38.36 ID:nEutBbVQ0
(一)


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                                              ◆◆
                                              六◆
                                               ◆
                                               ◆
                                               ◆
                                               ◇





 ぼくたちがすべきことは――






          街の調査だ
  ピッ⇒      救助活動だ
      ◆  誰かの意見を聞いてみようか


--------------------------------------------------------------------------------

117 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 19:54:17.42 ID:nEutBbVQ0
 風海純也たちは通りを北上して十字路に来ていた。
 彼らの歩みは西へと向かっている。目指す先は学校だ。海外ではどうか分からないが、日本では有事の避難場所の一つとして学校が指定されているものだ。
 そこでならば市民からの情報収集と救助活動、その両方を行うことができるだろうと考えてのことだった。
 もっとも、警察署も機能していないこの街の状況では、市民たちが学校に残って悠長に救助を待っているというのも現実離れしているように思えたが。
 ただ無闇に動き回るよりは、人に会える可能性は高いはずだ。
 西に向かうにつれ、広い通りには空気を上塗りするように血臭が濃くなり、路上には死体が散見されるようになった。血臭だけではない。排泄物の臭いも混じっている。
 その多くは人間だ。全て銃殺――周囲の塀や壁に刻まれた銃痕から、それも手当たり次第に乱射されたことが容易に推測できた。
 死体に見られる惨い傷痕は、日本に住んでいる限り目にすることはなかっただろう。もっとも、どんな死体であっても慣れるものではないだろうが。
 純也は皆で食事をとったことを後悔していた。入国してから買ったチョコバーやビスケットといったものだが、口の中に酸味を帯びた何かが広がろうとしているのが分かる。
 体力の維持は大事なことだが、今の状況は胃に物を入れておいて見る光景ではなかった。
 後ろから聞こえてくる小暮宗一郎の歩調は重い。血が苦手な彼にとって、この光景ほどの悪夢はないだろう。
 微かな風音は、横たわる亡者たちの唸り声のように響いていた。
 純也は、思考を巡らせることで嘔吐しそうになるのをどうにか堪えていた。
 気にかかるのは、死体の死亡時間に差異が見られることだ。つい今しがた死んだようなものもあれば、死後数日かそれ以上経過していると思われる状態のものもある。捜し人である式部人見ならば、もっと具体的なことが分かっただろうが。
 これは常ならば"気にかかる"程度で済まされることではない。そんな長期間に渡って、この街が無法地帯になっていた証であり、死体を片付けるほどの秩序すら失われている表れでもある。
 加えて、無残に人々を銃殺していった殺人鬼がここ数時間の内にいたという痕跡にも他ならない。
 しかし、純也の思考はその点を更に思索することを許さなかった。その時点で半ばパニックになっていたのかもしれない。最初こそ古手梨花の目を手で隠していたが、その手がすでに払われていることにも純也は気づいていなかった。
 死体は人間だけではなかった。巻き込まれたのだろう。犬や大きな鳥らしきものの残骸も混じっている。
 そして――どう表現したらいいのだろうか。人とその他――その二つで括ってよいのか分からないものが混じっていた。
 全身をラバーのようなものでぐるぐる巻きにされた肉塊。
 ナース服を纏ったのっぺらぼう。
 極少数だが、表皮を剥された人のようなものや、鱗と長い爪を備えた類人猿のようなものもあった。
 それらは人間に近い姿をしていながら、明らかに人ではなかった。
 化け物――その言葉が一番しっくりとくる。
 死体は西に行くにつれて増えている。懐中電灯の届かない闇の中――そこに絨毯のように敷き詰められた死体の山を想像して、すぐに純也はその考えを掻き消した。
 恐ろしく馬鹿げた光景だが、それが有り得ない光景ではないことを自分の嗅覚と勘が告げている。
 純也は静かにかぶりを振った。
 正気を繋ぎとめるために、別の部分に意識を向ける。
 念頭に持ってきたのは、殺し合いのルールだ。
 そして、羅列された人々の名前。その上にいつの間にか引かれていく赤い線――。
 この現象が意味するのは、おそらくその名前の持ち主の死だろう。勿論、死体を確認したわけではないからあくまで推測の枠を出ないものだが。
 氷室霧絵が遭遇し、そして"呪い"を掛けたという日野貞夫にも朱線は引かれていた。小暮の足取りが重い理由には、このことも影響しているかもしれない。
 "呪い"と"死"に明確な因果が見出せない限り、霧絵が現代の法の裁きを受けることはない。しかし、小暮が気にしているのはそんなことではないのだろう。
 脱線しかけた思考を元に戻す。もし仮に推測の通りだとすると、通りに転がる死体の数と朱線の引かれた名前の数が合わないのだ。仮に日野がこの中に含まれているとしてもだ。

118 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 19:55:20.37 ID:nEutBbVQ0
そもそも、梨花を襲った赤坂なる刑事の名前も名簿には載っていない。
 梨花本人が気にしていないがために、それにつられて己も疑問にも思っていなかった。
 それが間違いだった。疑問に思わなければいけなかったのだ。
 純也は、ようやく自身の手が振り払われているのに気づいた。慌ててその姿を探すと、梨花は小暮たちの方に行っていた。あちらにしばし任せてしまっても大丈夫だろう。一つ息をついて、純也は顎に手を当てた。
 名前のない、大量の人間たち。その存在は、この名簿の、引いてはルールそのものの意義が消えることを意味することになる。
 この町の住民が全員退避させられた上でこの殺し合いが行われているわけではないことは、通りに広がる死体の山が物語ってくれている。
 元々の住民だけでなく、自分たちのように他所から連れてこられた者も含めて、相当数にのぼる人間がこの町には存在しているのだ。
 そうとなれば殺害対象者と、その他の住民を見分けることはほぼ不可能だ。これは名簿を含めたルールが"ルール"として全く機能していないことを示しているし、事実上、最後の一人など存在しないことになる。
 もしくはこの名簿が殺し合わされる人間たちを示したものではなく、"鬼"による人間狩りの獲物のリストと見ることもできる。この場合、赤坂刑事が"鬼"の一人となるわけだ。
 ただし、そうすると獲物に渡されるルールの表記はただの嘘か、混乱を助長させるための一手としての役割でしかない。
 この殺し合いが既に何回も行われているという説はどうだろう。これは死体の経過に差異が見られることの一応の理由にはなる。また、名前のない人物はそのときの生存者と当て嵌められるだろう。
 しかし、その場合であっても、もっとも重要である"町から解放される"というルールは守られていないことになる。
 また、あくまで推察でしかないが、赤坂刑事を仕留めたであろう梨花ちゃんに何らかの贈り物がされた様子もない。名簿にない人物だからだろうか。
 何より、殺し合いという場に町ひとつ丸ごとというのはあまりに合理性に欠けるのだ。コロシアムのように、もっと限定的な場所を選んで然るべきだ。もしくは、より殺し合いが発生しやすくなるように何かしらのアクションが起こされるか。
 しかし今のところ、この殺し合いの首謀者はルールを提示しただけで、それ以上の進行が何も見えてこない。
 どの道、まだ情報が足りなすぎる。今の段階では想像は方向を定めずに、あらゆる形に膨れ上がるだけだ。思わず大きく嘆息し、鼻腔に広がる腐敗臭に純也は顔を顰めた。
 と、懐に入れていた携帯電話が突然震えだした。存在がまったく意識の外であったために、純也は思わず悲鳴を上げた。

「先輩! 何事でありますか!?」
「いかがなされましたか、風海様!?」
「どうしたのです、風海?」

 あまりに情けない悲鳴を聞いて、三人が口々に問い掛けながら駆け寄ってくる。

「け、携帯です! 何でもありません。あ、安心してください」

119 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 19:56:21.11 ID:nEutBbVQ0
跳ねる魚を取り扱うようにして携帯電話を取り出しながら、純也は告げた。言い終えて内心苦笑する。誰に向けて安心しろというのだ。携帯電話のバイブレーションに肝を冷やしているのは、一体どこの誰だ――。
 携帯電話の液晶画面にはメールを受信した旨が浮き出ていた。電波状況は圏外のままだが、確かにメールが来ている。
 開いてみると、差出人は"霧崎水明"と出ていた。

「兄さんからです。兄さんのメールです」
「霧崎先生からでありますか!?」

 小暮に頷きながら、内容に目を通す。
 "元気か? 余裕があるなら連絡が欲しい" 
 簡潔にそう書かれている。兄らしい文面に、純也は顔を綻ばせた。送信時刻は今しがただ。一時的に電波が通じたのだろうか。いや、ずっと保留されていたならともかく、これは偶然にしては出来すぎている。
 圏外であっても、ここでは携帯電話は通じるのかもしれない。外部は別として、サイレントヒルの内部にある電話同士ならば――。
 兄たちの捜索は後に回すと言ったものの、電話が使えるかもしれないと分かった以上、兄の声を聞きたいという誘惑は抗い難かった。

「連絡が欲しいそうです。……少し、時間をもらっていいですか?」

 躊躇いがちに告げる。断る理由がないと、三人とも快諾してくれた。もっとも、霧絵と梨花はよく分かっていない様子であったが。
 通りの真ん中で立ち話は不用心すぎるということで、手近な一軒家の敷地に入る。
 簡単ではあるが何も敷地内にいないことを確認し、家の陰に隠れて携帯電話を操作する。

「こんな小さいものが電話なのですか? 風海」
「うん? ああ、そうだよ」

 もの珍しそうに梨花が携帯電話を覗き込む。好奇心に輝くその瞳は年相応で、思わず純也は微笑んだ。彼女の故郷には、まだそれほど携帯電話が普及していないのかもしれない。
 見張りをする小暮の姿を視界の端に捉えながら、機体を耳に当てた。呼び出し音が数回鳴り、相手が出る。

『――純也、無事か?』

 聞き慣れた声音に、純也は思わず涙ぐみそうになった。
 なんとか平静を装って言葉を絞り出す。

「……無事だよ、兄さん。小暮さんも一緒なんだ。そうだ。シビルさんと会ったよ。兄さんたちのことも聞いた」
『そうか。彼女は無事か。安心したよ。……おい、シビルは無事だそうだ』

 水明の口調が安堵に緩んだのが分かった。後半は近くにいる誰かに向けて発せられる。シビルから聞いた同行者、長谷川ユカリだろう。
 水明は簡潔に幾つかのことを話した。
 式部人見を始めとした水明たちの捜し人に関すること。
 そして、このサイレントヒルの怪異に纏わること――。
 シビルから得た情報と重なる部分もあったが、それ以上に収穫は多かった。特に、怪異に対して魔除け・まじないの類が有効であるという情報は大きい。
 同時に、それは水明がこの町で、純也たちとは比べものにならないほどの危険に遭遇してきたことを察するには充分であった。
 一先ずは身内二人が安全な状況にあることに安堵しつつ、純也もまた、これまでの経緯を説明した。
 水明がとりわけ興味を持ったのは霧絵と、氷室邸についてだった。
 霧絵本人から話を聞きたいという水明の要望を、小暮におぶさっている霧絵に告げる。
 驚くことに、彼女は電話そのものを知らないようであった。霧絵は恐る恐るといった手つきで電話を受け取った。

120 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 19:57:24.39 ID:nEutBbVQ0
「斯様な絡繰は不得手でございまして……小暮様。こう、でございますか? ……あ、声が――いえ、失礼を致しました。風海様の兄上さまにございますね――」

 小暮の指示を受けながら要領を掴んだのだろう――とはいえ、普通に話せばいいだけなのだが――、霧絵は水明と話し始めた。
 純也は肩を竦めながら、小暮に代わって辺りに目を馳せる。先ほどと比べて目立った変化はない。
 気を配りながら、純也はルールについて再び考え始めた。
 水明の推察に出てくる、怪異の中心として候補に挙がるアレッサ・ギレスピー。
 もしそうだとして、単純に考えるならば、街に広がる殺し合いのルールも彼女の発案と考えるのが自然だ。
 しかし、純也は顔を顰めた。
 自然なのだが、釈然としない。シビルや水明から聞く彼女の生い立ちと惨い末路は、世界の全てを怨んでもおかしくない。
 だが――純也は、梨花と出会う直前に見た人影を思い起こしていた。純也は、あれがアレッサなのではないかと当たりをつけていた。
 アレッサの幻影は、純也を梨花のところへ導いてくれたように思える。それも、梨花のために。もし出会う直前までの経緯が純也の推察通りだとすれば、一人ぼっちの梨花は完全に"鬼"と化していただろう。身の内に渦巻く負の感情に耐えきれずに。
 梨花をそんな化け物にさせんがために、自分を彼女の元に送り込んだ。そう考えるのは、自分を買被りすぎているという気もするが。
 しかし、アレッサのことを語ったシビルの様子も含めて、彼女からこの殺し合いのルールが生まれたとは考えにくかった。
 彼女は確かに一度街を異界に呑み込ませたのかもしれないが、それは本意ではなかっただろう。ただ苦しみを終わらせたかっただけに違いない。
 しかし、人の心理は分からないものだ。己自身にすら分からないのだから。無意識という言葉があるように、自身ではない部分に責任と本音を押し付けてしまうことも多々ある。それこそ、無意識のうちに。
 かつてアレッサがシェリルなるもう一人の自分を生み出したように、梨花を助けようとするアレッサとは別に、他者を破滅させようとするもう一人のアレッサが生まれた可能性もあるのではないだろうか。否定する要素はどこにもない。
 そこまで考えて、純也は首を振った。こんな荒唐無稽な推察を真面目に検討するようになると入庁した頃の自分が知ったら、どう反応するだろうか。
 丁度、霧絵と水明の話は終わったようだ。
 狐に摘ままれたような面持ちの彼女から携帯電話を受け取る。
 耳に聞こえたのは、水明の満足そうな声だった。

『彼女は面白いな。姓が違うもんで、俺は出奔した放蕩兄貴、おまえはそのために家を継ぐことになった次男坊って風に思ってるぞ。武家の次男坊が家名を名乗って役を得るにはそれぐらいしかないからな』
「まあ、見方によっては大体合ってるしね――いや、待って。武家って一体何のことだよ?」

 苦笑した後で、慌てて問い質す。

『気づいていなかったか。彼女は今を江戸時代と思っているってことだよ。おまえら二人は役付きの武士だ。俺は家を飛び出して学問に走った国学者ってとこだな。大層な箱入りだったらしく、具体的な年代は分からないが、おそらくは江戸の後期だろう』
「……それは、霧絵さんがそう思い込んでいるってことかな?」

 霧絵は浮世離れした所があり、呪いや自身が死人であると信じていることから、そんな風に記憶を置き換えてるのかもしれない。
 しかし、それに対する水明の言葉は否定だった。

『本当に江戸時代の人間である可能性は否めないさ。"神隠し"という事象は時空を超えることが多々ある。そして異界の性質上、過去と未来が同時に存在しても何らおかしくはない。
現にシビルは1980年代、ここにいる長谷川は1990年代の人間だ。それを嘘や勘違いと断じるのは容易いがな。そこにいるもう一人、古手梨花くんだったか。彼女は、果たしていつの人間なんだろうな?』
「………………」

 整理しきれずに純也は沈黙した。都市伝説の世界に入り込み、殺し合いに化け物ときて、とうとうタイムトラベルと来た。
 押し黙ったこちらに対し、水明は苦笑を溢した。

121 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 19:59:18.40 ID:nEutBbVQ0
『悩むなよ。タイムスリップなんてのは、事象そのものは別にして、そこまで気にすることじゃない。生きる時代が異なるからといって、その人の人品が変わるわけじゃないだろう? 興味深いのは"家"の方なんだ。純也、"氷室邸"を知っているか?』
「……霧絵さんの家、としか知らないけど」
『そうか。じゃあ、話そう。こういう都市伝説があるんだ。あるところに、古くより忌地を封印し続ける一族の屋敷があった。その屋敷では一族の選ばれた娘を人身御供の巫女とし、縄を用いた凄惨な儀式で封印を守り続けてきた。
しかし、二百年ほど前に儀式は失敗し、屋敷一体は瘴気漂う死の土地となった。その屋敷に足を踏み入れたものは、縄を携えた巫女によって呪われ、五体を裂かれて死に至る――』
「待ってよ、兄さん。そ、それって――」
『その屋敷はな、"氷室邸"と呼ばれているんだ。氷室女史の語った内容はこの都市伝説とほぼ同じだ。いや、違うな。彼女の話がオリジナルなんだ。彼女は儀式を五体を裂く"裂き縄の儀式"と呼び、忌地も"黄泉の門"なる冥界との繋ぎ目という具体的な形で語っている。
短絡的かもしれないが、シビルと同様、彼女もまた、都市伝説の元となる事件の当事者と考えるのが自然だな。つまり、呪いをかける巫女本人――引いては、彼女は言葉通り"死人"ということだが』

 純也はちらと小暮たちの方を見た。互いに遠慮がちに、しかし睦まじい様子で何事か会話を交わす二人の影を、提灯がぼんやりと浮かび上がらせている。
 死者と生者の対話。その様子は薄ら寒さよりも、どこか切なさが込み上げてきた。

『この話を、小暮くんたちに伝えるかどうかはおまえの判断に任せるよ。そうじゃない可能性も十分にある。まあ、敢えて無理に話す必要はないだろう。少なくとも、彼女は彼女にとっての事実をおまえたちに既に語っているわけだからな』
「そう……だね」

 純也は苦笑する。単なる事実として受け止めるには、事が難解すぎた。常識の内と外――それぞれ対極にある可能性を公平に扱えるほど、自分は器用に出来ていない。
 水明は改まるように、電話の向こうで一旦間をおいた。

『本題はここからだ。氷室邸を使って、ここから脱出できるかもしれない』
「元の場所に帰れるってこと? どういうことさ?」
『説明は……難しいな。まだ勘に近いんだ。そこにあるっていう"黄泉の門"だったか。そいつをどうにかして開けられればいいんだが』
「その門を通るの? だけど、開ければとんでもないことが起きるって――」
『ああ、彼女にもきつく止められたよ。勿論、彼女の意見は尊重するつもりだ。だが、可能性があるのなら、どちらにしても調査はしておきたい。彼女が拾ったっていう御伽噺の紙片だが、後で写真を送ってくれ』
「分かったよ。霧絵さんに借りておく」

 会話が途切れた。兄は電話を終えようとしている。
 純也は逡巡した。安穏と電話をし続けていいような状況ではない。
 事が済んだのならば、必要以上に拘束するべきではない。
 それは重々に理解しているが、欲求が自制を押し潰そうとする。
 ルールについての疑惑は、耐え難いほどに膨れ上がってきていた。いや、持て余しつつあった。
 吐き出すだけであれば、小暮がいる。彼は黙って聞いてくれるだろう。
 だが、捜査の方向を得たいとき、純也は常に水明か人見に意見を求めてきた。
 これは甘えだと承知していた。彼ら二人が、純也がそれぞれに引き摺られず自分で見出せるよう、配慮してくれる点も含めて。
 胸中で、純也は諦観の溜息をついた。
 どの道、自分は彼ら二人に追いつくことはない。ずっと"弟"のままなのだ。年齢を追い越せないだけでなく――。
 
「……ところで、さ。兄さんは殺し合いのルールについてどう思ってる?」
『うん? そうだな……まず、おまえはどう思ってるんだ?』

122 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 20:00:30.85 ID:nEutBbVQ0
 後ろめたさを感じつつ、純也は疑問に思う点をつらつらと並べた。吐き出し始めると、止めるのが困難であった。
 その間、水明は黙って、適当な場所で言いやすいように相槌を返してくれていた。
 
『なるほど。事実に基づく洞察だな。それじゃあ、俺の分野から分析してみよう。
 まず、このサイレントヒルについてだ。今いるここが本物の"サイレントヒル"であるかどうか。
 "本物"のサイレントヒルに氷室邸があるはずはないし、事実、シビルの持っていた地図ともここは大きく地形が変わっているようだ。
しかし、"偽物"かというとそうも言い切れない。これについては後で話そう。この"サイレントヒル"が、広まっている噂や伝承の数々とも符合しているのは確かなんだ。
 そういう意味では、ここはまごうことなく"サイレントヒル"でもあると言える。この町はしっかりと"サイレントヒル"として機能しているんだ。ここまでが前提だ。大丈夫か?』
「……うん、いいよ」

 どうにか整理をつけ、純也は言葉を絞り出した。
 要するに、裏の裏は結局表ということだろう。 

『さて、この前提から見てみると、殺し合いのルールは明らかにおかしいんだ。サイレントヒルには、断罪の町という性質がある。ここが先住民たちの聖地であり、同時に囚人の監獄があったことも影響しているのだろう。心に闇を抱えた罪人を呼び寄せ、罰するとな。
 この断罪の場としてのサイレントヒルと、俺たちが手にしている殺し合いのルールは対極にあるものだ。罪を罰する地であるのに、このルールは罪を犯すことを強いている。つまり、町の性質とルールが矛盾しているんだ』
「殺し合いそのものが裁きであるって可能性はあるかな?」
『ないとは言い切れないな。全ては可能性の海の中にあることだ。ただ、罪という概念は社会や風土、時代、宗教、政治――その他さまざまな理由で変化するものだ。これと定める基準なんてないだろう? それに関しては、純也、おまえの方が詳しいはずだ』
「まあ……そうかな」

 自信はなかったので言葉を濁す。電話の向こうで、水明やにやりと笑ったような気がした。

123 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 20:03:23.84 ID:nEutBbVQ0
『大抵の人間は何等かの罪を犯しているものだ。後悔と言い換えてもいい。だけどな、誰かを殺して晴れる罪なんてものはないよ。それを罪と認識しない人間なら、そもそもそいつに罪は存在しない。
明文化されない罪は、自認する以外に存在しえないからな。それに、この紙の内容から感じ取れるのは、超自然的な存在による無慈悲な試練ってよりは、人間の悪意かな』
「ということは?」
『この紙に書かれたルールは、"サイレントヒル"そのものとは無関係ってことさ。サイレントヒルには、引き込んだ人間の精神を世界に反映してしまうという側面もあるんだ。
 例えば、日本にあるはずの氷室邸がここに存在するのは、氷室女史の心が具現化したものととれるってわけだ。氷室邸は、彼女にとっての悔恨の象徴のようだしな。また、シビルの体験もアレッサ・ギレスピーの心が生み出した"サイレントヒル"と解釈していいだろう。
 つまり、サイレントヒルは二つ存在するのさ。現実に人が生活する"サイレントヒル"と、人の心を反映する写し鏡のような"サイレントヒル"だ。要は"表"と"裏"だ。噂として広まっているのは、この"裏"の"サイレントヒル"のようだ。
 とすればだ。殺人を好む、もしくは願望として強く持っている悪趣味な人間がいたとしたら、そいつの心が反映された結果がこの紙っぺらと考えることができる。
 これなら殺し合い自体が、町の現状と噛み合ってないことの説明もつく。第一、サイレントヒルに纏わる数多の噂において、殺し合いの話なんてもんは聞いたことがない』
「ということは、景色がこんな風に変わってしまったのも、その人間のせいってことかな」
『どうだろうな。世界そのものに影響を与えるには、それ相応の強い力が必要なんじゃないか? 第一、この世界の変容はシビルが体験した異世界と酷似しているらしい。
俺が、アレッサを怪異の中心にいると考えた一端はそこにある。無論、今回もアレッサが中枢にいるとはまだ限らないが。
 ただし、そこから察すると、世界の変貌はそいつが原因とは言い難いだろうな。それに、おまえも気づいたように、この紙がばら撒かれていること以外に、殺し合いが有効に働くような変化が一切ないんだ。
つまり、殺し合いは町の根幹に存在しちゃいない。言い換えれば、原因となった人間はこんな紙っぺら一枚を具現化するぐらいしか力がないのさ』
「じゃあ、例えばの話だけど、その原因となった人間が死ねばこの紙も消えるのかな?」
『もう、そうとは言い切れないな。この紙がどれだけ広まっているかは分からないが、少なくとも俺たちはこのルールを認知している。
認知されてしまえば、虚構も事実となる。作られた噂であっても、広まればそれは独立し、一人歩きを始めるものさ。ダグラス・カートランドという名前だが、今どうなってる?』
「ちょっと待って――……赤い線が引かれているよ」
『そうか。人見が彼の最期を看取ったそうだ。あいつのことだから、見立ては間違いないだろう。まるで"人別帖"だな。そんな風に、少なくとも名簿については既に町の事象として作用はしているんだ。それに――』

 水明は言葉を切った。

『釈迦に説法だとは思うがな、危険なのはルールじゃない。そいつを見て、その気になっちまう連中が問題だ。残念だが、理性的な人間ばかりじゃあない。引き金を引くのは、常に人間自身だ』
「それは……分かってるつもりだよ」
『ついでに言えば、程度の差こそあれ、精神が強く反映されるってことは心の持ちようが大切になってくるだろう。いつもよりもっと致命的な形で、世界に己自身が関わってくるわけだからな。そう簡単に絶望なんてできないぞ?』
「希望を常に持てってことかい?」
『いや、見限らないってことだよ。何に対してもな』
「……頑張ってみるよ」
『そう気負うなよ。いつものおまえでいれば大丈夫だ。風海純也警部補』
「ありがとう。ここで切るね」
『ああ。声が聞けて嬉しかった。またな』
「ぼくもだよ。またね、兄さん」

124 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 20:05:06.94 ID:nEutBbVQ0
 今度こそ別れの言葉を告げて、通話を終える。
 純也は長く息を吐いた。人見のことは、水明に任せてしまっていいだろう。あの二人が揃うならば、自分が手を貸せる余地はない。
 自分がなすべきは得た情報をどう扱っていくかだ。有効に使わなくては、情報に意味がない。
 水明から渡された札は持っている。しかし、もう一つ――青で描いた太陽の聖環だったか、それはまだ手にない。水明は教会にならば紋章があるはずだと言っていた。こういったものは正確にしなければ意味がないとも。
 学校へ向かうのは一度棚上げして、少し戻って教会に行ってみた方が今後の活動もし易くなるだろうか。ほんの一ブロック先だ。試してみるには充分な距離と言える。
 気がかりなのは、長谷川ユカリの友人である岸井ミカのことだ。水明たちが怪物に襲われたために一度通話を切り上げて以降、彼女から新たな連絡はないらしい。遠慮しているのかもしれないが、彼女の身にも何かあったと想像するのは杞憂とは言えないはずだ。
 湖の東端にいる水明よりは、自分たちの方が近い。
 小暮と再会できたのは喜ばしいことだが、電話が使えると分かった以上、一度ここで手分けした方がいいかもしれない。
 先の手腕を見る限り、霧絵と共にいる小暮はおそらくこれ以上ないぐらいに安全な状態にある。まして、人間相手ならば小暮が遅れをとることはまずない。また、可憐な女性を背負っているという状況は、誤解を受けやすい小暮の印象をずっと和らげてくれるはずだ。
 それに梨花のことがある。今は落ち着いているように見えるが、今後どうなるかは分からない。例えば、霧絵の正体が真の死人と知ったとき、どういう反応を起こすか予想できないのだ。巫女という同じ立場に、今は親近感を覚えているようだが。
 万が一の場合、犠牲になるのが一人で済むのならそれに越したことはない。互いの無事は電話で確かめられれば、それでいい。
 見上げてくる梨花に頷いて見せてから、純也は小暮たちを呼んだ。
 まず、霧絵から童話の切れ端を貸してもらい、それを写真に撮る。フラッシュが、一瞬だけ辺りを焼いた。
 そして、水明から得た話を簡単にだが纏めて話していく。ただし、霧絵本人に関することは伏せた。水明のアドバイスに従ったというより、口にしたくなかったのだ。口に出してしまえば、小暮と霧絵自身すらも苦しめるだけのように思われた。
 勘のいい梨花には後で訊かれるかもしれないが。
 氷室邸の探索を水明が視野に入れていることに対し、霧絵は心配そうであった。他人の意向を無視して強引に何かを進める人間ではないと説明したものの、言葉だけで信用させるのは無理だろう。何しろ"放蕩兄貴"だ。直に会って、人柄を確かめてもらうしかない。
 最後に目的地の変更を告げる。小暮が勢いよく同意を返してくる。

「了解であります! では、さっそく――」
「いえ、教会にはぼくと梨花ちゃんで行きます。携帯電話が使えると分かりましたし、手分けしましょう。小暮さんたちは岸井ミカさんの保護を兼ねて病院に向かってください。
シビルさんが先に保護しているかもしれませんし、道すがら見つからなければ、そのまま兄さんたちと合流を。できれば、兄さんの調査に協力してあげてください」
「……しょ、承知したであります……押忍」

 身体全身で落胆を表現する小暮に、純也は浮かんだ苦笑を顔を伏せて隠した。
 メールで、小暮に水明の電話番号とメールアドレスを送る。ほぼ同時に、水明にも童話を添付したメールに小暮のものを載せた。
 一時の別れの言葉を交わし、足先を北に向ける。
 何も見限らない覚悟――それを決められるほど、自信も経験もないが、水明たちが動いていることを意識するだけで随分と心が楽になる。
 御札をいつでも使えるようにポケットに突っ込みながら、純也は一歩を踏み出した。

125 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 20:07:19.30 ID:nEutBbVQ0
(二) 


 水明が電話を切った。その口元には、これまで浮かべたことがない優しい微笑みが刻まれていた。
 それほどまでに、彼の弟は心を許せる相手なのだ。母親との関係を修復し切れていないからこそ、それがユカリは正直羨ましかった。
 彼から一旦目を逸らす。波音が耳朶を満たす。砕け散る飛沫が旋律に度々変化を差し込んでいく。東に広がる赤い海は、ある程度近づくとそれ自体が微かに昏く光を放っているのが分かった。
 水明が湖の沖合に蠢く大きな影を目にしたために、ユカリたちは一度東へ進路をとった。
 最短経路を辿れなかったことに――それがユカリ自身の安全も考えた結果とはいえ――もどかしさはあるものの、水明に抱いていた畏怖は、もうユカリの心の中から消失していた。
 鬼の表情に見えたのは、水明が辛さに耐える表情だったのだ。命を傷つけ、奪う――その行為の罪深さと痛みに歯を食いしばる。それを怖いと拒絶するのは、あまりに卑怯だ。フェアじゃない。
 鼠であっても、殺して気持ちのいい人間は少ないはずだ。まして、それよりも大きく、苦痛を表現する生き物ならば尚のことだ。
 命を嬲ることに喜びを見出す類の人間はいるが、少なくとも水明は違う。
 ふてぶてしくて、皮肉屋だが、それは彼の持つ優しさの裏返しだ。
 水明は優しい。無関心に見えて、しっかりと周りを見て他人に心を配っている。それはタイプこそ違えど、友人のチサトを思い起こさせた。
 ミカと同じく、彼女もこの町を彷徨っているはずだ。それを思うと、鼓動が――幾許か早くなる。
 水明に視線を戻す。彼の背後、映画に出てくるような装甲車が置かれた広場の向こうに、大きな建物の影がある。近くを通った時、病院というよりも大学だなと水明は言っていた。
地図の表記に従えば、あそこが"研究所"に当たるのだろう。クーンツ通りにて実際目にした看板にも、辛うじて研究所という文字が読み取れた。
 落書きのような地図の情報の方が正しいとは、なんとも皮肉的だ。

「ねえ、ここから抜け出せるって本当?」

 南に向かって歩き出した水明を追い掛けつつ、問い掛ける。
 水明の電話は殆ど最初から付いていけなくなったため、内容の大半は聞き流していた。
 ただし、脱出できるという、その部分だけはしっかりとユカリの記憶に引っかかっている。
 振り返ることなく、水明は滔々と述べ始めた。

「"氷室邸"に"黄泉の門"というものがあるらしい。拾った地図で"屋敷"と書かれている所だろうな。黄泉っていうのは分かるとは思うが冥府――死者の国のことだ。
 つまりは、こちらではない、あちらの世界。異界ということだ。古来より、異界ってのは険しい山の頂や海の向こう――そして、地下の奥深くにあると考えられてきた。
 だが、一方で、その異界に通じる扉、異界との繋ぎ目ともいうべきものは人の生活の近くにあるとも考えられてきたんだ。
 六道珍皇寺という寺を知っているか? そこの井戸は冥界に通じていて、小野篁という役人が夜な夜なそこを通って、地獄で閻魔大王の補佐をしていたらしい――」
「いや、そんなデンセツはどうでもいいんだけどさ」

 半眼で告げると、水明は肩を竦めて見せた。

126 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 20:08:42.05 ID:nEutBbVQ0
「異界ってのは、そこまで隔絶されたもんじゃないってことさ。必ず、現世との接点があり、ふとしたことで混ざり合ってしまう。そのことを、日本人は理解するまでもなく感性として受け入れ、文化に取り入れてきた。
 たとえば、能は過去の召喚だ。楽士はその演目の人物そのものとなり、舞台は過去の一篇を浮き世に召喚している。舞台で繰り広げられるのは過去の再現ではなく、過去そのものだ。
 百物語もそうだ。閉め切った部屋に蝋燭を百本立て、暗闇の中で人々が集う。日常と異なる空間。それを作り上げることが、百物語の目的の一つなんだ。異界は簡単に呼び出せ、作り上げることができる」
「いや、言ってることは分かるけど、それって今のこことは違うでしょ? オジサンが言ってるのは、あくまで建前というか――」
「観念的、か? そうだな。そのとおりだ。だけどな、そいつをその場にいる誰もが信じていることが重要なんだ。
ただそれだけで異界なんてものは、容易に現れ、現実を侵食する。その入り口もな。いとも簡単に、裂け目は作られる。襖、階段、穴、辻――あらゆるものが、裂け目となることができる。
更に言えば、入り口がなければ、異界は"異界"にならない。何かに観測されなければ、異界は存在できないんだ。異界は、確かな形を以て存在するものではないからな。だから、完全に閉じて、その世界だけで完結することはできない」
「えーと、これまでの無駄話を全部端折ると、絶対にあるはずの異界と現実の接点が、そのお屋敷にあるってこと? だけど、その屋敷って本当にあったとしても日本にあるんでしょ? じゃあ、ここのは本物じゃなくて偽物でしょう?」
「いい質問だ。長谷川の言うとおり、本物じゃないはずなんだ。だけどな、その門は厳重に封印されている。どうしてだろうな?」

 答えは既に分かっているという口調で水明は問い掛けてくる。そのことに苛立ちつつ、ユカリは少し逡巡してから答えた。

「……開かれると、何か都合が悪いから?」
「そういうことだな。もう一つ。具現化した以上、それはこの町の一部として機能しているはずなんだ。氷室邸は、この町における異界の繋ぎ目としての役割を引き継ぐには適しているように思う。頭の回転は心配ないようだな。一年ぐらいのハンデ、君なら十分取り戻せるだろ」

 肩越しにそう水明は言った。彼が言っているのは来年のことだ。
 そんなこと考えもしていなかったことに、ユカリは気づいた。
 周囲が受験勉強や就職活動に邁進する中、ユカリはチサトとミカのことで気が気ではなかった。サイレントヒルからの手紙が来てからは、猶更であった。
 チサトは留年して、そして進学するだろう。単位は自分も危うい。仲良く留年か。ミカも留年するだろうから後輩のままだ。
 だが、自分は――どうしたいのだろう。未来のビジョンを何も作ってこなかった。
 変わらぬ日々なんて、どこにもないのに――それを求めてはいけないのだと、あの黄昏の町で悟ったのだから。
 いつだって変っていかなくてはならないのだ。時は必ず終わり、誰もが変化していく。
 と、水明が面白そうに口を覆っている。眉を顰めて何だと問いかける。

「いや、元の時代に戻れば君は俺より年上なわけだ。それを考えると、こうして教師のように接しているのがおかしくてな。マーティ少年の気分だ」
「……うわ、サイテー。オジサンより年上っても母親って程の差じゃないでしょ……」

 呻いたとき、何の前触れもなく周囲にヘリコプターのローター音が響いた。すぐ近くの様な、ずっと遠くの様な――居心地の悪くなる響きが周囲を包む。
 上空を見上げても何も見えない。そうしている内に西で大きな物音がした。その前後から敷地内では銃声が鳴り響き、大きく物が破壊される音まで聞こえてくる。
 水明は眼差しを厳しくすると、急ぐぞと告げた。 

「あっち、人がいるみたいだけど……」
「そいつはどうかね。だがどちらにしろ、銃を持っている相手に自分たちがしてやれることは何もない。的になるか、足手まといが関の山さ。俺たちは神様じゃない。やれることをやっていこう。岸井くんにライオンを引き取って貰わなくちゃな」

 騒ぎの遠鳴りを背に受けながら、ユカリは水明の背中を追った。水明の懐で、バイブ音が場違いに悠々と奏でられた。

127 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 20:09:27.38 ID:nEutBbVQ0
【C-2/北部/一日目真夜中】

【風海 純也@流行り神】
 [状態]:健康、梨花の鬼化に対する警戒心
 [装備]:拳銃@現実世界、鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×10、携帯電話
 [道具]:防弾ジャケット@ひぐらしのなく頃に、防刃ジャケット@ひぐらしのなく頃に
     射影器@零〜zero〜、名簿、自分のバッグ(小)(多少の食料、他)
 [思考・状況]
 基本行動方針:出来る限り多くの人を救出して街を脱出する。
 1:教会に向かう。
 2:学校に向かう。
 3:水明、人見の救出よりも一般人の救出を優先する。
 4:老人、鷹野三四を警戒。
 ※過去にサイレントヒルで起きた出来事と霧崎水明の考察を知っています。
 ※純也が所持していた札は[[暗闇を照らす光の中では]]での描写を受け、鬼哭寺の御札と変更しました。

【古手 梨花@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:疲労(小)、L3-、鷹野への殺意、自分をこの世界に連れてきた「誰か」に対する強烈な怒り
 [装備]:山狗のナイフ@ひぐらしのなく頃に、山狗の暗視スコープ@ひぐらしのなく頃に
 [道具]:懐中電灯、山狗死体処理班のバッグ(中身確認済み)、ルールの紙
 [思考・状況]
 基本行動方針:この異界から脱出し、記憶を『次の世界』へ引き継ぐ。
 1:自分をこの世界に連れてきた「誰か」は絶対に許さない。
 2:風海は信用してみる。
 3:日野という男と老人を警戒。
 ※皆殺し編直後より参戦。
 ※過去にサイレントヒルで起きた出来事と霧崎水明の考察を知っています。

128 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 20:09:59.32 ID:nEutBbVQ0
【C-3/南部/一日目真夜中】

【小暮宗一郎@流行り神】
 [状態]:満腹
 [装備]:二十二年式村田連発銃(志村晃の猟銃)[6/8]@SIREN、氷室霧絵@零〜zero〜、携帯電話
 [道具]:潰れた唐揚げ弁当大盛り(@流行り神シリーズ)、ビニール紐@現実世界(全て同じコンビニの袋に入ってます)
 [思考・状況]
 基本行動方針:一般市民の保護。凶悪犯がいれば可能な限り逮捕する。
 0:出来る事ならあのカメラを使いたいけど使いたくない
 1:岸井ミカを保護する。出来なくても病院で水明たちと合流する。
 2:一般市民の捜索と保護。
 3:日野と老人を逮捕する。
 4:犬童警部への言い訳。
 ※過去にサイレントヒルで起きた出来事と霧崎水明の考察を知っています。
 ※霧崎水明の携帯番号とメールアドレスを手に入れました。

【氷室霧絵@零〜zero〜】
 [状態]:使命感、足の爪に損傷(歩行に支障あり)、疲労(中)、小暮に背負われている
 [装備]:白衣、提灯@現実
 [道具]:童話の切れ端@オリジナル、裂き縄@零〜zero〜、名簿、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:雛咲真冬を捜しつつ、縄の巫女の使命を全うする。裂き縄の呪いは使わない。
 0:基本的には風海と小暮に従う。
 1:小暮達と共に人を捜し、霊及び日野の危険性を伝える。
 2:真冬の情報を集める。
 3:黄泉の門の封印を完ぺきにする方法を捜す。
 ※真冬の名前を知りました
 ※過去にサイレントヒルで起きた出来事と霧崎水明の考察を知っています。

129 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 20:10:39.82 ID:nEutBbVQ0
【E-3/南部/一日目真夜中】

【霧崎水明@流行り神】
 [状態]:精神疲労(中)、睡眠不足。頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。右肩に銃撃による裂傷(小。未処置)
 [装備]:携帯電話、懐中電灯
 [道具]:10連装変則式マグナム(0/10)、ハンドガンの弾(15発入り)×2、宇理炎の土偶(?)
     紙に書かれたメトラトンの印章、自動車修理の工具
     七四式フィルム@零〜zero〜×10、鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×6、食料等、他不明
 [思考・状況]
 基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する。
 1:街の南西へ向かい岸井ミカと式部人見を保護する。
 2:アレッサ・ギレスピーと関係した場所、および氷室邸を調査する。
 3:そろそろ煙草を補充したい。
※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます。
※胸元から腹にかけて太陽の聖環(青)が書かれています。
 神の力で創り出されたクリーチャーに対しては10m以内に近付けば衰弱させられるという効果を持ちます。
※氷室邸の黄泉の門がサイレントヒルからの脱出口になるのではと考えています。



【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
 [装備]:懐中電灯
 [道具]:(水明が書き写した)名簿とルールの用紙
     太陽の聖環の印刷された紙@サイレントヒル3、地図
     サイレントヒルの観光パンフレット
     ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
 [思考・状況]
 基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
 1:ミカを助けに街の南西に向かう。
 2:とりあえず水明の指示に従う。
 3:チサトを探したい。
 4:無事とはいえシビルが心配。

130 :Edge of Darkness  ◇TPKO6O3QOM氏代理:2012/04/21(土) 20:11:19.37 ID:nEutBbVQ0
―――――――
ハンターα

出展:バイオハザードシリーズ
形態:多数
外見:刃物のような長い爪を備えた、鱗に覆われた類人猿
武器:両腕の爪
能力:跳躍力と敏捷性を中心とした優れた身体能力。爪は容易に人の頸部を両断する。命令を遂行できるだけの知能。
攻撃力★★★☆☆
生命力★★★★☆
敏捷性★★★☆☆
行動パターン:獲物を求めて徘徊し、同種がいる場合は連携を取って襲いかかる
備考:
人間の受精卵に爬虫類などの遺伝子をT-ウイルスを介して組み合わせた、ハンターシリーズの元祖。高い身体能力と獲物を追い詰める追尾性能に優れている。


代理投下終了です。

131 :代理 復讐の女神  ◇cAkzNuGcZQ:2012/05/05(土) 17:47:06.38 ID:oQziDwap0


――――――――足りない。


一片の光も差さない暗く、静まり返った地下の中で、『そいつ』は今、硬いレールの上を這いずっていた。

『そいつ』の宿主はあの凄まじい爆発で、頭部を吹き飛ばされた。腕を二本とも付け根からもぎ取られた。紅炎に巻かれ、茶褐色の肌や剥き出しの筋繊維は、黒ずむまでに焼け爛れた。
個体の持つ代謝による回復だけでは、最早追いつかず。並大抵の個体ならば致命傷に等しいダメージを受けた宿主は、炎の中で膝から崩れ落ち、高熱を帯びた金網に巨体を倒し、ただ焼かれていた。

その宿主にとって幸運だったのは――――――――寄生生物『NE-α型』、通称『ネメシス』。『そいつ』が取り付いていた事だ。

そいつは宿主が負傷した直後から、宿主が負わされたその負傷を、宿主が奪われた部位を、一刻も早く再生させようと。その生存本能を激しく働かせ、細胞組織を賦活させる成分の大量分泌を始めていた。
それは、その寄生体と宿主を創り出した者達の想定を超える事象。宿主の首が千切れていて尚もネメシスが活動を行うとは、誰もが想像すらしなかった。
死を待つだけとなった筈の肉体を確実に再生させる為に。大量に、それこそ異常なまでの量を分泌されたその成分は、宿主の新陳代謝をもまた異常に促進させ、身体に歪な再生を施しながら、全身を巡った。
焼け爛れ、脆く変わり果ててしまった肉体の内側で、黒ずんだ筋繊維は脈動を繰り返し、気味の悪い音を立てて盛り上がった。
もぎ取られた腕は、復元する事は叶わなかったが――――その付け根からは、紫色の触手がくねりを見せながら突き出され、まるで腕の様に伸びた。
延髄付近に独自の脳を形成し、瘤状の隆起と変化していたネメシス本体もまた、失われた首にすげ変わるかの様に、切断面まで這い進み、それを塞いだ。
そして宿主の負傷を補いながら、ネメシス自身もこの危機的な状況に変質を始めていた。
宿主の全身を突き破りつつ絡み付いていた毒々しい触手もまた、自己の身を守ろうとする防衛本能か、或いは敵を排除する殺戮本能か、盛り上がる宿主の肉体と連動するかの様に膨れ上がり出していた。

寄生体の分泌物と、宿主の新陳代謝の暴走により、首と腕を失いながらも、しかし、悍ましい触手を全身から覗かせ、短時間で二回り以上もの大きさへと形態を変えた怪物。
シビル・ベネットが見届けたものとは、その姿だった。


――――――――足りない。


遥か上方から硬い地面に激突したにも関わらず、ネメシスの生存本能と殺戮本能は宿主が力尽きる事を許さなかった。
しかし――――その恐るべき再生能力にも限界は訪れる。
落下の衝撃で砕け折れた骨や、潰れた臓物。爆発の負傷の再生を完全には終えていない肉体に上乗せされた、新たな外傷。
全てを再生しきるだけの余力は、今のネメシスには無かった。
細胞賦活作用を有する分泌物は、無限ではない。それを作り出す為には、必要な物質がある。
それが、T-ウィルス細胞。ネメシスは自己の増殖の為に、T-ウィルス細胞を糧とする寄生体なのだ。
度重なる負傷と再生により、最早再生に回せるT-ウィルス細胞は体内に残されていない。このままでは、宿主の命は尽きてしまう。


――――――――足りない。


T-ウィルス細胞が、足りない。
ネメシスの本能は、その一点に重点を置き、効率よくT-ウィルス細胞を取り込む為の更なる変形を見せた。
首に乗せた本体部分がもう一度膨れ上がり、二つに割れ、長い口吻の様な形を取る。それは、消化、吸収の為の器官。
最も望ましいのは同個体を取り込む事。だが、とりあえずは、T-ウィルス細胞を補給出来さえすれば――――。

ごく短い変形を終えるとネメシスは、触手を操り、芋虫の様に巨体を這わせ始めた。
優先するのは、T-ウィルス細胞。呼ばれし者は、その後で良い。
そう、何者かに書き換えられた使命を、自己の本能で塗り潰して。

132 :代理 復讐の女神  ◇cAkzNuGcZQ:2012/05/05(土) 17:47:25.22 ID:oQziDwap0



【???/地下・線路上/一日目深夜】


【タイラントNEMESISーT型・形態不明@バイオハザードシリーズ】
 [状態]:タイラント部分の腕部及び頭部完全破壊(ネメシス部分が補っている)、全身及びネメシス部分肥大化。
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:『呼ばれし者』の皆殺し
 0:T-ウィルス細胞の補給。完了するまでは1以下の行動は保留。
 1:シビル・ベネットを優先的に追跡、殺害する。
 2:それ以外の「呼ばれし者」と遭遇した場合、その場で殺害する。
 3:シビル・ベネットとそれ以外の「呼ばれし者」を同時に発見した場合、シビル・ベネットの殺害を優先。
 4:シビル・ベネット殺害を完了し次第、新たな標的の探索に戻る。

※シビル以外の参加者と遭遇し、逃走される等してそれを殺害出来なかった場合、
 シビルを追跡するか新たな標的を追跡するかの優先順位は後続の方に一任します。
※タイラントNEMESISーT型の形態は損傷の度合いとその再生方法によって変わる為、必ずしも原作通りの変化をするとは限りません。
※タイラントNEMESISーT型が落下した位置はB-2ですが、現在どの地点まで移動しているかは後続の方に一任します。
※T-ウィルス感染者の呼ばれし者を見つけた場合、ネメシスが何を優先するかは後続の方に一任します。


133 :ゲーム好き名無しさん:2012/05/05(土) 17:47:45.70 ID:oQziDwap0
代理投下終了です

134 :ゲーム好き名無しさん:2012/05/15(火) 00:44:12.72 ID:S0qN/+NW0
今期月報であります!

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
120話(+3)    28/50 (- 0±0)  56.0 (- 0.0)


135 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/09(土) 23:58:31.58 ID:cDkGwB+q0
代理投下します

136 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 00:02:03.81 ID:N405RWJI0
【Sun】


エドワードの事は、一旦は置いておくとして――――。
二人だけで話をしている事に何かしらの不審を抱いたのか、睨む様な目でこちらへと迫り、
エドワードの手を引いて再び離れ行くヘザーの背中に、クローディアは感情を殺した瞳を向けていた。

クローディアの胸中には今、様々な想いが複雑に織り混ざり、暗い澱みが生じていた。
軸としてあるのは、失望。ヘザー達の会話を聞けば聞く程、自身の胸は失望の色に染まりゆく。
何故、ヘザーは分からない。
何故、ヘザーは的外れの考察を続けている。
初めから、答えは出ているというのに。

話を再開したヘザー達から視線を外し、ゆっくりと首を巡らせれば、“神の力を反映したままの世界”がその目には映った。
――――そう。街の様相を変貌させたのは、“神”だ。
ヘザー達がどの様な推論を立て、論じ合おうとも、この一点に於いてクローディアは、確認こそしてはいないが絶対の確信を抱いていた。
確かに、ヤミジマという極東の地の島でのアベの体験は、非常に興味深い。
異形と化した死者の復活は、伝承や物語ではそれなりにありふれた話ではあるが、実例としてとなると流石に聞いたことはない。
他人の視界を借りる力や、赤い津波もそう。それらは、クローディアがどんな資料からも見聞きした事のない怪現象。俄には信じられない事ばかりだ。
恐らく、その背景にはアベの知る由もない何か特殊な力が隠されているのだろう。
17年前の、或いは前回のこの街の変貌に、神の力が関わっていた様に。
だが、ヤミジマに何かが隠されている――――その推測が正しいものだとしても、それが一体何だというのだ。
不可思議な体験を切り抜けた人間がこの地に招かれたからと言って、その体験がこの街に関係しているとはいくら何でも話が飛躍しすぎている。
ヘザーはこの街の何を見ているのだろうか。


137 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 00:03:25.57 ID:N405RWJI0
辺りには、前回の変化と全く同じものが見て取れるというのに。
ヘザーが育て、今はこの胎内に宿る神が創り出した変貌と同じものが見て取れるというのに。
何故そこに異国の怪現象が入る余地があると考えてしまうのだろうか。
そんな余地など、有り得ない。
仮に、ヤミジマに隠されているものが異教の神であるとしよう。
では、それが我らが神と全く同じを変質をこの街に施す事が出来るだろうか――――出来る筈がないではないか。それはまるで別の存在なのだから。
初めから、答えは出ている。街の様相が、既に証明している。この変貌は、神の力に因るものなのだという事を。

そもそも、ヘザーは前提からして履き違えている。
ヘザー達が先程から疑問に上げていた幾つかの謎。招かれた意味、参加者の共通点、ゲームの主催者、等々。
二人は、クローディアが遊園地で出会った少年――もう顔も名前も忘却の彼方へと消えつつあるが――の持っていた馬鹿げたチラシの話を真に受けてしまっているが、
あんなものは、断じて神の創り出したものではない。
神は、人々の殺し合いなど決して望まない。神の望みはただ一つ。楽園の創造だ。
多少の破壊は伴うが、神は人々の罪を裁き、洗い流す。そして人々を許し、救い、その果てに永遠を築き上げる。
争う事もない。飢える事もない。全ての人々が、全ての苦しみから解放され、幸福の中で永遠を生きる。それが神の楽園。
その過程に於いて、人々に殺し合いを強要させ、新たな大罪を犯させようなど――――そんな事があろう筈もない。
殺し合いの強要――――そんな低俗で愚か極まりない事をどうして神が望むと思えようか。
その様な考えは、神に対する冒涜でしかないのに――――。

138 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 00:04:07.85 ID:N405RWJI0
殺し合いは神の望みでは決して有り得ない。
この世界は、クローディアに与えられた試練なのだ。
聖女として。神の母胎として。クローディアが成長する為に。神を成長させる為に与えられた試練。
それを理解していれば、あのチラシや名簿が何なのかも自ずと答えは導き出される。
クローディアは知っている。神の創り出したこの世界では、人々の潜在意識が具現化する事を。
前回の出来事で、ヘザーもそれを体験した筈だ。時として、それはメモであり、ノートであり、音声であり、映像であり。街の至る所で、様々な形で出現したのだから。
あのチラシは、その程度の取るに足らない物だ。
一見、殺し合いの為に人々を呼び寄せた様に書かれていると読み取れなくはない。
殺し合いの為に重要となる街のルールを書き連ねてある様に見えなくもない。しかし――――。


1,殺せ
――――神は、殺し合いなど望まない。


2,サイレンにより、世界は裏返る
――――裏返るというのが街の変貌の事だとするならば、これは初めから神の世界の事象の一つだ。
神が反応を示したあのサイレンが何なのか。それには心当たりは無いが、少なくともサイレンに関わらず、街は変貌する。
クローディアが教会で目覚め、外への扉を開いた時、この目には、神の力を反映したままの遊園地が映った。
“神の力を反映したままの遊園地”だ。そこはサイレンが鳴る前から、“霧に包まれながらも血と錆に塗れた世界だった”のだ。
つまりは、真理をついてはいない。


3,定期的に追跡者が追加される
――――追跡者は街を跋扈する怪物達の事だろうが、これも単なる神の世界の事象に過ぎない。


4,最後の一人には、完全なる幸福が約束される。
――――楽園を指しているのならば、見当違いだ。神は全ての人々を楽園へと導くのだから。
そこには確かに破壊と犠牲を伴う。しかし、この様な手段では、断じてない。

139 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 00:07:21.23 ID:N405RWJI0
ルールは、根本的に出鱈目なのだ。
チラシはチラシ。所詮は単なる紙切れであり、それ以上の物では無い。神の世界に迷い込み、世界の性質を誤解した愚者の意識が具現化したといったところだろう。
そして、単なる紙切れであるのだから、招かれた理由や参加者の共通点などの謎もまた存在しない事となる。
ヘザーはルールを気にかけるあまり、あの事実にも気が付いていないのだろうか。――――或いは、忘れているのかもしれないが。
あのショッピングモールで、クローディアがヘザーを見つけ、彼女に宿っていた神の力を引き出した時。
異界と化したショッピングモールでは、クローディアやヘザーと全く無関係な人々も巻き込まれ、神の復活の為とは言え痛ましい犠牲となってしまっていた、あの事実を。
無関係であろうとも、神の変化させた世界に“迷い込む”者は確かに存在する。
その逆もまた然りで、関係者や街の住人であろうとも、迷い込まない者もまた多数居る。
彼らに、差など無い。巻き込まれる者は、無作為に巻き込まれるだけであり、ここにはやはり意味や意志など何も無い。
名簿も、またルールと同様だ。
神の世界に迷い込んだ者達は、言い方を変えれば神に呼ばれし者達。
その人々の名前が。街に迷い込んでしまった者達の意識が。一枚の用紙となり、形としての体を成してしまっただけの事。
つまりは、ヘザーが重要視してしまっている『ゲーム』とは、“ルール”と“名簿”の二つが具現化してしまったが為に生じた誤解に過ぎない。
謎でも何でもなく、全ては神の世界の事象。それだけの事なのだ。

140 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 00:22:10.75 ID:9lpcRWx5P


141 :代理投下 My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ:2012/06/10(日) 10:24:58.31 ID:PpwMb/r40
ただし、クローディアも今回の出来事全てに説明がつけられる訳ではない。一つだけ、分からない事がある。
聞けばアベは日本からこの世界に迷い込んだという。名簿にも、数多くの日系人の名が連ねられている。
その内の全員が、ではないだろうが、中にはアベと同じく日本から直接迷い込んだ者も居るのだろう。
それは、確かに『迷い込む』という事象の延長上の出来事ではある。
ルールや名簿のチラシにしても、多少特殊な形を取ってはいるが、『意識の具現化』という事象の延長上にはある。
地形の変化も同様に、『変貌』の延長上だ。
しかし、それにしても、流石にどの事象も規模が大きすぎるのだ。
神が完全な状態で誕生していたとするならばまだしも、あの時の神はアグラオフォティスのせいで弱体化していた。ヘザーに敗れ、死の淵まで追い込まれていた。
その、初期状態までリセットされてしまった筈の神が、どうしてこれ程の規模の変貌を引き起こす事が出来たのか――――分からない事とは、それだ。

クローディアは、静かに、自身の腹部に手を当てた。
神の胎動。神は今、確かにそこに宿り、力を蓄えている。
ヘザーの話によれば、クローディアとヘザーが対峙し一つの決着がついたあの時から、今は数週間が経過しているらしい。
と言う事は、この数週間の間に一度、神が力を取り戻すだけの何かがあったのだ。
そして力を取り戻した神は神話にもあるように、楽園を創り出そうとした。しかし途中で力尽き、クローディアを蘇らせて胎内で再び眠りについた。そういう事になる。
では、神が力を取り戻すだけの何かとは、一体何だったのか。神がクローディアを蘇らせる以前に、一体何が起こったのか。
――――分からない。クローディアには、何も思い当たらなかった。

だがそれは、特に判明せずとも良い事でもある。
クローディアの役割は、神を守る事。同時に、神を復活させる為の負の感情をこの身に集める事。
その方針に沿って行動する上では、神が一度力を取り戻した理由を知る必要性は何も無い。クローディアはただ、役割を果たせればそれで良いのだ。
そしてクローディアには、当然と言えば当然だが、自身の考察や確信をヘザーに伝えるつもりは一切無い。
クローディアが試練をやり遂げ、聖女としての役割を果たす為には、ヘザーには迷走してもらっている方が都合が良いのだ。
少なくとも、ヘザーが答えに辿り着けないでいる間は、クローディアと神に危害が及ぶ事は無いのだから。

ただ――――クローディアは、再びヘザーに視線を向けた。今度は、僅かばかりの悲しみと、切なさを乗せて。
愛しいアレッサ。
大好きだったアレッサ。
本来の聖女である筈の彼女が、神を信じないが故に答えに辿り着けない。
その皮肉めいた現実は、クローディアは失望を感じさせていた。
いや、理解はしている。
ヘザーがもう神の誕生を望んだアレッサではない事も、ヘザーが答えに辿り着けば神が殺されかねない事も、良く理解している。
頭では、理解しているのだが――――未だに心の奥底は、彼女に対する微かな未練で疼いていた。

父親から体罰という名の虐待を受け、泣き喚くだけだった子供の頃の日々。
幸せだった覚えなど何も無かった、あの地獄の様な日々。
クローディアがアレッサと出会ったのは、その日々の中だった。
それは今はもう遠すぎる記憶で、最早断片的な映像でしかないけれども。
バルカン教会の中。ミサだっただろうか。母親に連れられたアレッサと、父親に連れられたクローディア。それが初めての出会いだったと記憶している。
幼かった二人が身の上話を交わすような事は無かったが、その暗い目と、傷だらけの身体を見れば、同じ様な境遇なのだろうとは直感的に感じ取れた。
彼女に自身を重ね合わせ、親近感はすぐに芽生えた。自然と仲良くなり、二人が一緒に過ごすようになるのには然程時間はかからなかった。
それからは――――アレッサとの時間だけが、クローディアの安らぎの時だった。アレッサだけが、クローディアに安らぎをくれた人物だった。
地獄の様な日々の中に見つけた、たった一つの安らぎの時。
アレッサは、クローディアを長い暗闇からを救い出してくれた恩人だったのだ。

142 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:25:15.44 ID:GozfcN870
ただし、クローディアも今回の出来事全てに説明がつけられる訳ではない。一つだけ、分からない事がある。
聞けばアベは日本からこの世界に迷い込んだという。名簿にも、数多くの日系人の名が連ねられている。
その内の全員が、ではないだろうが、中にはアベと同じく日本から直接迷い込んだ者も居るのだろう。
それは、確かに『迷い込む』という事象の延長上の出来事ではある。
ルールや名簿のチラシにしても、多少特殊な形を取ってはいるが、『意識の具現化』という事象の延長上にはある。
地形の変化も同様に、『変貌』の延長上だ。
しかし、それにしても、流石にどの事象も規模が大きすぎるのだ。
神が完全な状態で誕生していたとするならばまだしも、あの時の神はアグラオフォティスのせいで弱体化していた。ヘザーに敗れ、死の淵まで追い込まれていた。
その、初期状態までリセットされてしまった筈の神が、どうしてこれ程の規模の変貌を引き起こす事が出来たのか――――分からない事とは、それだ。

クローディアは、静かに、自身の腹部に手を当てた。
神の胎動。神は今、確かにそこに宿り、力を蓄えている。
ヘザーの話によれば、クローディアとヘザーが対峙し一つの決着がついたあの時から、今は数週間が経過しているらしい。
と言う事は、この数週間の間に一度、神が力を取り戻すだけの何かがあったのだ。
そして力を取り戻した神は神話にもあるように、楽園を創り出そうとした。しかし途中で力尽き、クローディアを蘇らせて胎内で再び眠りについた。そういう事になる。
では、神が力を取り戻すだけの何かとは、一体何だったのか。神がクローディアを蘇らせる以前に、一体何が起こったのか。
――――分からない。クローディアには、何も思い当たらなかった。

だがそれは、特に判明せずとも良い事でもある。
クローディアの役割は、神を守る事。同時に、神を復活させる為の負の感情をこの身に集める事。
その方針に沿って行動する上では、神が一度力を取り戻した理由を知る必要性は何も無い。クローディアはただ、役割を果たせればそれで良いのだ。
そしてクローディアには、当然と言えば当然だが、自身の考察や確信をヘザーに伝えるつもりは一切無い。
クローディアが試練をやり遂げ、聖女としての役割を果たす為には、ヘザーには迷走してもらっている方が都合が良いのだ。
少なくとも、ヘザーが答えに辿り着けないでいる間は、クローディアと神に危害が及ぶ事は無いのだから。

ただ――――クローディアは、再びヘザーに視線を向けた。今度は、僅かばかりの悲しみと、切なさを乗せて。
愛しいアレッサ。
大好きだったアレッサ。
本来の聖女である筈の彼女が、神を信じないが故に答えに辿り着けない。
その皮肉めいた現実は、クローディアは失望を感じさせていた。
いや、理解はしている。
ヘザーがもう神の誕生を望んだアレッサではない事も、ヘザーが答えに辿り着けば神が殺されかねない事も、良く理解している。
頭では、理解しているのだが――――未だに心の奥底は、彼女に対する微かな未練で疼いていた。

父親から体罰という名の虐待を受け、泣き喚くだけだった子供の頃の日々。
幸せだった覚えなど何も無かった、あの地獄の様な日々。
クローディアがアレッサと出会ったのは、その日々の中だった。
それは今はもう遠すぎる記憶で、最早断片的な映像でしかないけれども。
バルカン教会の中。ミサだっただろうか。母親に連れられたアレッサと、父親に連れられたクローディア。それが初めての出会いだったと記憶している。
幼かった二人が身の上話を交わすような事は無かったが、その暗い目と、傷だらけの身体を見れば、同じ様な境遇なのだろうとは直感的に感じ取れた。
彼女に自身を重ね合わせ、親近感はすぐに芽生えた。自然と仲良くなり、二人が一緒に過ごすようになるのには然程時間はかからなかった。
それからは――――アレッサとの時間だけが、クローディアの安らぎの時だった。アレッサだけが、クローディアに安らぎをくれた人物だった。
地獄の様な日々の中に見つけた、たった一つの安らぎの時。
アレッサは、クローディアを長い暗闇からを救い出してくれた恩人だったのだ。

143 :代理投下 My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ:2012/06/10(日) 10:25:16.85 ID:PpwMb/r40
――こんな世界、なくなってしまえばいい――

いつだかに聞いた、アレッサのあの言葉は、今も鮮明に脳裏に浮かび上がる。
アレッサが神を降臨させる為の聖女だったのだと知ったのは、彼女を火事で失ってからしばらく経ってからの事。
それを知った時から、クローディアは誰よりもアレッサを特別視していた。
自分の大好きだったお姉ちゃんは、クローディアの心を救ってくれた様に、聖女として世界を救おうと考えていたのだと。
世界を創り直し、人々を楽園へと導く特別な存在になる為に、あの火災で生まれ変わったのだと。信じて疑わなかった。
だからこそクローディアは、神を降臨させるべく、司祭への道を進む決心をした。
全ては、アレッサの意志を引き継ぐ為に。
アレッサを目覚めさせ、神を復活させる為に。
幼い頃に芽生え、抱き続けてきた大切な想い。
それを支えにしていたからこそ、クローディアは父親の虐待に堪え、辛い現実に心を擦り減らしながらも、ここまで歩んでくる事が出来たのだ。

それなのに――――漸く再会出来たアレッサは、この17年の間に変わり果ててしまっていた。
ヘザーの中に眠るアレッサと再会して突き付けられたのは、アレッサによる神の否定という、何よりも無慈悲で、残酷な、現実だった――――。





一度は壊れた筈の思い出。蓋をした筈の記憶。
それでも。
それらが砕け散った筈の今でも。
幼心の残滓は、この胸を締め付けている。

簡単に忘れられる筈がない。諦められる筈がない。アレッサは、クローディアの全てだったのだから。
そして――――その事を忘れられない、諦められない自分自身にも、クローディアは苛立ちを感じていた。
アレッサであるヘザーに抱いてしまう期待と、神を信じようとしないヘザーに生まれる失望。
失望を感じてしまう程に、未だにヘザーに期待を寄せてしまっている自身への嫌悪。
切り捨てるべきなのに、どうしても心の奥底から消せないアレッサへの想いと未練。

感情を殺した振る舞いの裏で、クローディアの中には様々な想いが生まれていた。
それは複雑に絡み合い、織り混ざり、強いやるせなさを募らせ、胸中に暗い澱みを創り上げる。
澱みは少しずつ、少しずつ、溜まり続け、胸の中で重みを増していく。
息苦しさを覚えたクローディアは静かに目を閉じると、静かに一つ、長い溜め息を吐いた。




胎内から、重く、鈍い痛みが、拡がり始めた――――。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


144 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:26:19.58 ID:PpwMb/r40
ぬう。被った。どうぞ。こっちは支援やりますんで

145 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:27:31.06 ID:9lpcRWx5P


146 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:29:21.16 ID:GozfcN870
【Never Forgive Me, Never Forget Me】


「――――でさあ、その漫画何かにつけて『世界が危ない』とか『人類は滅亡する』とか煽りやがってさあ。ガキだったから信じちまうじゃん?
 で、いざ1999年になっても何にも起こりゃしねえだろ? あったま来ちまってさあ。占いとかノストラダムスとかそれで嫌いになっちまって――――」
「ねえ、ちょっと! さっきから黙って聞いてれば、その話が今何の関係があるの?」
「いや、だから――――って、なぁ、あのオバチャン大丈夫なのかよ?」
「……子供じゃないんだから平気よ。あの子なら化け物に襲われたって勝手に何とかするでしょ」

当面の目的を、教会にするか。それともヒナシロ高校の下見にするか。
その打ち合わせの途中から、少々、いや、相当話を脱線させていたアベは今、戸惑い気味の視線をヘザーとヘザーの後ろに行き来させていた。
それは、クローディアを一人で少し離れた場所にほったらかしにしている事が気がかりだからだろう。そう解釈して敢えて無視していたのだが――――。

「そうじゃなくてさぁ……あれ、何か腹の調子でもワリィんじゃねーかな」

アベのその言葉に、ヘザーは目の色を変えて振り返った。
――――クローディアが、腹部を押さえて蹲っていた。いつかのヘザーと同じ様に。

「便所連れてってやった方がいいんじゃねーか? 下痢ってさぁ、すっげぇ辛――」
「ちょっと黙ってて!」

今はアベに構っている場合ではない。
剣幕に驚いたように黙り込むアベには目もくれず、ヘザーはクローディアに歩み寄った。ベルトに挟んだ拳銃に、手だけは置きながら。

「そう言えば、教団も17年で少しは変わったみたいね」

無表情を装い、クローディアを見下ろす。
黒い司祭服に全身を包んだ幼馴染は、苦痛に歪ませた顔でヘザーを見上げた。
一瞬だけ絡み合った視線を緩やかに外し、襟元から肌の様子を窺うと、見える範囲では白いままだ。

「その司祭服、あの人が着てたのに比べると随分とシックになった。それともあなたの趣味だったり?」

言い終えるや否やヘザーは、腹部を押さえているクローディアの片腕を取ると、それを捻り上げつつ、背後に回った。
勢いに流され、クローディアが呻き声を漏らしてアスファルトの地面に膝をつく。捻った腕を若干持ち上げ、左手で一息にその袖を捲れば、その下の肌もやはり白いまま。
神による侵食は、まだ最終段階にまでは進んでいない。

「丈が長すぎるのは私の好みじゃないけど。動きにくいったらないもの。すぐ汚れるし」
「……着てくれる、予定があったのかしら? アレッサ」
「……大昔には一応ね。でも今は絶対に願い下げ」

捻り上げていた腕を放すと、ヘザーはクローディアにはもう見向きもせず、ゆっくりと彼女から離れていく。
まだ、クローディアに拳銃を使う必要は無い。しかし、その時は、そう遠くは無い予感はあった。
かつての妹を、この手にかけねばならない“その時”は。

147 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:29:34.31 ID:PpwMb/r40
風来の支援

148 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:29:54.95 ID:GozfcN870
――小さなクローディア。私の愛しき妹――

ヘザーの目に、うっすらと滲むものがあった。
たった今見た、面影の残る顔が、ヘザーの心を懐かしさで優しく揺らしていた。
無邪気に微笑みかけてくれていた、あの頃の顔と重なっていた。

本当なら、クローディアを殺したくはない。
アベに言った言葉は本心からのものだった。
無論ハリーを殺された恨みが完全に消えている訳ではないが、形はどうあれ一度は決着の着いた復讐だ。
クローディアへの殺意は、あの時全て産まれ出た神にぶつけてしまった。
結局、あの後に残ったものは父親を失った事の喪失感と、深い悲しみだけ。
復讐劇は、事件の一つの区切りにはなったものの、自己満足すら生んでくれなかった。――――ダグラスの、言っていた通りだった。
それを知ってしまった今。そして、父ハリーが、このクローディアの様に蘇っている可能性も否定し切れない今。
今回のゲームではヘザー同様に一参加者に過ぎないクローディアを、憎み切れない気持ちが確かにある。
出来る事なら、殺したくはない。
クローディアを、殺したくはないのだ。

だが、それでも。
神は、誕生させる訳にはいかない。
アグラオフォティスも手元に無いこの状況では、母胎として神を宿しているクローディアを自らの手で殺さなくてはならない時は、いずれ必ず来る。
“その時”の事を想像すると、ヘザーの胸には仄かな悲しみが生じた。
恐らくは“その時”、この胸の悲しみは激しい痛みへと変わり、ヘザーを襲うのだろう。
今の自分には、クローディアを愛していた頃の記憶が、鮮明に思い浮かべられるのだから。
母親にも、クラスメートにも、誰にも愛されなかったあの頃の自分を、たった一人愛してくれたクローディア。
あの頃の記憶が、鮮明に。

自分は果たして“その時”が来たら、躊躇わずにいられるのだろうか。
撃とうが撃つまいが、神が産まれればどの道クローディアは死ぬ。
ならば神を殺す為には、撃たねばならないのだが――――この薄れ切った憎しみで、クローディアに引き金を引けるのだろうか。

その自信は、今は――――。

149 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:30:42.10 ID:GozfcN870





「……またスゲー顔してんな」

投げかけられた声に、反射的に目がいった。
見やれば、アベが呆気にとられた表情でこちらを眺めていた。
――――引き金を引く覚悟は、今はする必要はない。目を細め、暗い思考を無理矢理に切り替える。
憂鬱を誤魔化そうとするかの様に。ヘザーはおどける様にアベに近付き、意地の悪い笑みを作った。

「そんな面白い顔してるあんたが言う? ねえエドワード、おじさんの顔見てごらん。笑える」
「って、何でお前までおじさんとか――」

エドワードがその言葉に従い、隣に立っていたアベに顔を向けた。
その気配に釣られて、アベはヘザーへの文句を止め、視線を下ろした。
数秒間、じっと顔を見合わせていた二人だったが、やがてエドワードの方が先程の様に顔を曇らせてしまった。
まずい――――ヘザーは慌ててエドワードに駆け寄り小さな身体を抱き締めたが、手遅れだ。エドワードは胸元に顔を埋め、小刻みに震えていた。

「ちょっと、何してるのよ! 泣かせてどうすんの!」
「い、今のは俺のせいじゃねぇだろ!? 見ただけじゃねーか! 何で泣くんだよ! ……つーか、あっちはどうすんだ? ほっとくのかよ?」
「……あの子なら、良いの。あれはお腹の中の神様が元気に育ってる証拠だから」
「ああ、そういう事か…………って、それはそれでやばくねぇか?」
「心配しなくても大丈夫。いざとなったら私がロック・ボトムからのピープルズ・エルボーでスマック・ダウンしてやるんだから」
「お、おう。頼むぜ。……何だかよく分かんねーけど」

多少は慣れてきた手つきでエドワードの背中をさすりながら、ヘザーはクローディアの様子を横目で視認する。
彼女は、丈長のスカートに着いた汚れを払いながら立ち上がろうとしていた。もう痛みは引いたのだろう。
ほら、汚れた。口の中で呟き、視線を戻す。エドワードも、今度はすぐに落ち着いてくれた。
少年の頭を軽く撫で、ヘザーはアベを見上げた。

「それで、アベ。さっきの話――――」

アベに声をかけながら、立ち上がる――――その途中。
ふと首を巡らせたヘザーは、不自然に身体を硬直させた。


一つの影を、その目に捉えて。

150 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:30:57.53 ID:PpwMb/r40
支援なギロリー

151 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:31:00.60 ID:GozfcN870
【Letter - From The Lost Days】


ヘザーがその方向へと振り向いたのは、何気なくとしか言いようがなかった。
何かが視界に入った訳でもない。物音を聞いた訳でもない。
振り向いたのは、本当に理由など無く、ただ何気なくだった。

暗闇に隠れた日本の校舎から出てくる一つの影。それを、ヘザーはフェンス越しに見つけていた。
100m以上は離れた闇の中にも関わらず、不思議とその輪郭だけはくっきりと見て取れた。

それは、一人の人間のシルエットだった。
見覚えがある。
あの歩き方は、良く知っている気がする。
あれは、誰だったか――――。

一瞬後。
ヘザーは目を大きく見開き、全身を悪寒に震わせていた。

そんな馬鹿な。
居る筈がない。
見間違いだ。
それとも幻覚か。

幾つもの否定が瞬く間に浮かぶが、その影は目の中から消えはしない。
それどころか、凝視すればするほど、鮮明さを増していく様な気がした。


その、一人の少女のシルエット――――アレッサ・ギレスピーのシルエットは。


言葉としての形を成さない声が、半開きの口から零れ出た。
校舎の脇から奥の暗闇へと溶け込む様に消えていく人影に、目が惹き付けられていた。
固まるヘザーの横で、アベが心配した様子で声をかけてくるが、その声も今はどこか遠くに聞こえる。
人影が完全に見えなくなるまで、ヘザーはただ硬直し、それを眺めてしまっていた。

「――――よお! なあ! どうしちまったんだよ」

アベの声が、次第にボリュームを取り戻す。
だが、今のヘザーにその声に答えている余裕は無かった。
確かめなくては――――全身を包んでいた悪寒が、熱に変わる。
その想いと熱に突き動かされる様に、ヘザーは目尻を吊り上げ、走り出していた。
単なる見間違いにしても、何かが居たのは確実だ。絶対に確かめなくてはならない。今の人影の正体が、何なのかを。

152 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:31:22.27 ID:GozfcN870
「ちょ!? おい! おぉい! 待てよ!」
「あんたはそこに居て! 二人をお願い!」

アベの返事を待たずに、ヘザーは校門を潜った。
背中にかけられる声も耳に入れず、グラウンド横の舗装された地面を駆け抜ける。
グラウンドを走るトラックに一瞬気を取られ立ち止まるが、運転席に誰もいない事を確認すれば、よくある事、と片付け追跡を続行した。
校門外の道路からでは暗くて距離感が掴めなかったが、実際に走ってみれば校舎脇に到達したのは30秒足らず。
肺に篭った息を吐き出し、その先にライトの光を差し込むと、校舎裏にはもう一棟の校舎が見えた。
左側には草木が生い茂っており、山中と殆ど変わらない様相。最早ミッドウィッチ小学校の名残は何処にもない。
人影は――――素早くライトの灯りを辺りに向けてみるが、見当たらない。
どこへ行ったのか。あの影は校舎の裏の方向ではなく、山の方へと消えていった様に思える。
ヘザーは上方へと続くであろう山道の側を照らした。痕跡らしき物は見当たらないが、つまりはこちらだ。

――――後ろから、数人の走る足音が響いてきた。
肩越しに見れば、アベ達が追いついてくるところだった。
ヘザーの側まで来ると、息を切らしながらもアベは口を開いた。

「どう、したんだよ。いきなり」
「……あそこに居てって言ったじゃない」
「んなわけ、いかねーだろうが。あんな、ワケ分かんねートラックまで、走ってやがるし」
「よくある事」
「あり得ねーっつーの!」
「……人影を見たの。よく知ってる女の子のね。見間違いかもしれないんだけど」
「女の子?」

言葉を受け、アベは顔を上げるとあちらこちらに懐中電灯を回し始めた。
その光が人影を捉える事は無かったが、しばらくすると道の脇を射したまま、止まった。

「お、あれ……純金じゃね――――って、何だこりゃ? 看板?」
「純金と看板なんてどうしたら間違えられるの!? ボケるのもいい加減にして」
「いや……何か光った気がしたんだって」
「どうせ釘か何か――――ああ、もういい!」

「禁足」「立ち」「禁ず」「四鳴山」「太田」
拾ったボロボロの看板に書かれていた文字を、アベはぶつぶつと読み上げていたが、聞こえてくる声を無視してヘザーは再び山道を照らす。
やはり人影らしきものは見られない。――――だが。

「……ん?」

ライトの光がブレた。
いや、正確にはブレた訳ではない。ライトを動かしてみて理解する。ライトの光と重なる別の光が、山の上方で発生し始めたのだ。
光は、炎の様な揺らめきを見せていた。何処か不安を駆り立てる光だった。あの人影は、そこに居るのだろうか。
一つ大きく呼吸をすると、ヘザーは心を決め、山道に足を踏み入れた。アベ達が僅かに遅れて、それに続いた。

153 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:32:07.22 ID:PpwMb/r40
支援はチョコレート箱のようなもの

154 :My Dear Sweet Sister  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:32:50.41 ID:GozfcN870
ほぼ視界の取れない暗闇をライトの光で払い退け、四人は坂道を走り登る。
あの光。ヘザーは、心当たりがある様な気がしていた。
いや――――ヘザーは既に、確信に近いものを抱いていた。
胸の鼓動が勢いを強めていく。逸る気持ちがヘザーの足を次第にテンポアップさせていく。
光との距離が縮まるに連れ、徐々にその輪郭が明確になってきた。

「何だ、ありゃ?」

アベが率直に疑問を漏らす。
道から外れた山中の地面の上で、光が揺らいでいた。まるで、静かな海面に反射する陽光の様に。
草木と重なり合う様に存在する紋様。二重の正円の中に三角形を描いたその光。
それが何なのか、ヘザーには良く分かる。
それは、ヘザーが想定していたもの、そのものだったのだから。
生え渡る草木を踏み分けて、四人はそれに近付いた。

「これは……まさか、メトラトン……!?」
「メト……何?」

光を目前に、荒い呼吸を繰り返して立ち止まる中。当惑した面持ちで解答を呟いたのは、クローディアだった。
そう。地面に描かれているのは、見間違えようもない、あのメトラトンの印章。
17年前の事件で、アレッサ・ギレスピーだった自分が死を望んで描いた、神の力を消滅させる為の魔方陣だ。
それも、その光はかつての時よりも力強さを増している様に見える――――。

「アレッサ。あなたの見た女の子の人影って……?」

最早、決定的だった。
混乱して纏まりを見せない思考の中でも、その確信だけはある。
あの人影――――以前この街では、自身の抜け殻の様なものが襲いかかってきた事もあったが、あれはそんなものではない。
目の前のメトラトンの印章が、それを証明している。
あれは、見間違いや幻覚、抜け殻などではなく――――。




「……アレッサ……ギレスピー。……あの子が……あの子が、いた……」




――――17年前の、自分自身なのだと。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

155 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:33:16.68 ID:PpwMb/r40
裏切り支援!

156 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:34:19.38 ID:GozfcN870
【Flower Clown Of Poppy】


「アレッサがいたって……どういう意味なの?」
「アレッサって……おめーのあだ名じゃねぇか」

クローディア達の声がその耳に届いているのか、いないのか。
ヘザーは何も答えず、厳しい険しさを張り付かせた顔で、ただ頻りに辺りに視線を巡らせていた。
周辺。地面からの眩い光が照らし出している範囲には、微かな風になびく樹々以外に、動くものは無い。その樹々一つ一つの動きすら見落とすまいとしているかの様だ。
――――その様子は、只事ではない。
ヘザーが動揺を露にし始めたのは、彼女が人影を見つけたと言う校門前からだ。
ヘザーにこれ程までに衝撃を与える、その人影。
もしや、アレッサが居たと言うのは、言葉通りの意味なのか。その人影が、ヘザーにはアレッサに見えたのか。
ならばヘザーが動揺するのも、当然の事だが――――。

有り得ない。クローディアは直ぐ様その考えを否定した。
確かに、アレッサには力があった。直接目の当たりにした事こそ無かったが、それは断言しても良い。
四人の足元に輝く、このメトラトンの印章。
この印章も、かつてのアレッサならば作り出せたとしても不思議は無いだろう。
だが――――当の本人は今、ここに居るではないか。
あの頃の力を失い転生したアレッサ。それがヘザーなのだ。
ヘザーがこうしてここに居る以上、アレッサが存在している訳がない。
その事は、ヘザー自身が一番良く理解している筈。なのに、何故ヘザーはアレッサなどと言い出したのか。

――――いや。違う。
クローディアは己の間違いに気付き、眉根を寄せた。
そうではない。アレッサが既に存在していない現実は、ヘザーが一番良く理解しているのだ。
常ならば、人影を見たからと言って、それがアレッサだと思うだろうか。――――思う筈がない。見間違ったと思う方が自然だ。その可能性は、先程ヘザー自身も示唆していた。
にも関わらず、ヘザーは今、アレッサの名前を出したのだ。
つまりそれは、メトラトンを発見した後に見間違いの可能性を完全に捨てたという事。
ヘザーはアレッサの存在に、余程の確信を抱いたという事に他ならないのではないだろうか。

となれば、どういう訳だ。
本当にアレッサが存在しているというのか。
ヘザーではないアレッサが今この場所に居て、メトラトンの印章を作ったというのか。
そんな事は有り得ない。クローディアには、有り得ないとしか考えられないが――――。

「アレッサ。『アレッサ』がいたって、どういう意味? あなたは、何を見たの?」

もう一度、クローディアは問いかけた。
ヘザーの様子からすれば、正確な答えが返って来る事は期待出来ないが、それでも、聞かずにはいられなかった。
ヘザーは、混乱を隠し切れていない瞳で一瞬だけクローディアを睨みつけるが、結局答える事はなく。

157 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:34:36.41 ID:GozfcN870
「見つけなきゃ……大変なことになる……」

誰に言うでもなく呟き、再び走り出した。
頭を掻いて舌を打つアベと、無表情で魔方陣を見つめていたエドワード。
二人と共に、クローディアはヘザーの後を追いかける。
メトラトンから離れ、視界のほぼ効かない暗闇に戻る中、ヘザーと並ぶやいなやアベが苛立った様子で疑問をぶつけた。

「なあおい! ありゃあ何なんだよ!? 何が大変なんだよ!?」

しばしの沈黙の後、二人よりもやや遅れて走るクローディアの耳にも、その返答の声がはっきりと聞こえてきた。
ヘザーが話すのは、メトラトンの印章の事。
ニュアンスに多少の差はあれど、ヘザーの語るそれはクローディアの知るメトラトンの効力とほぼ同じだ。
完成すれば、迷い込んだ者全てを巻き込み街が消滅する可能性がある。
そこまでを聞けばアベも慌てふためき、キョロキョロと辺りに視線を動かし始めた。
だが結局、メトラトンを作った者――――アレッサについての説明は伏せられていた。
いや、それはヘザー自身にも答えようがないという事だろうが。

山中を駆けるヘザーとアベのライトは、未だにその人影を捉えない。
クローディアは会話を続ける二人の後を追いながら、考えを巡らせていた。
ヘザーが、メトラトンを作った者をアレッサだと考え、その存在に確信を得ている。それは間違いないとしよう。
では、何故ヘザーはもう一人の自分が居る事の確信を得たのか。――――全ては、恐らくメトラトンにある。

メトラトンの印章。それは、17年前にこのサイレントヒルで起きた事件の概要にも登場する。
あの事件の真実を、実の所クローディアは知らない。いや、正確にそれを知る者は、今のサイレントヒルには存在しないのだが。
事件の概要は一つではなく、様々な内容で伝わっているのだ。
例えばヴィンセントが好んでいた、アレッサの悪夢が具現化したという話。
例えば信者の一人が信じていた、メトラトンの印章を悪用して神を封印しようとする異端者達の話。
クローディアの知る事も、幾つかの概要と、そして自身のアレッサに関する記憶から推測したものに過ぎない。
ヘザーのこの様子からすれば、メトラトンがかつての事件に深い関わりを持っている様ではあるのだが――――。
『アレッサ』と『メトラトンの印章』。
今のヘザーとは違い、当時は神を生み出す事を望んでいた筈の聖女と、神の力を消滅させる魔方陣。
何故ヘザーは、その『アレッサ』が『メトラトンの印章』を作り出すと確信しているのか。その関連性が分からない。
直接聞き出せれば話は早いのだが――――それは、不毛な期待だろう。

158 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:34:57.23 ID:PpwMb/r40
フォースと共に支援ことを

159 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:37:14.05 ID:PpwMb/r40
「今この時間も私たちのように支援している人がいるのかしら」
「もちろん。そうじゃなきゃ世界を支援する意味がないだろ」


160 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:38:19.94 ID:PpwMb/r40
「その支援、好きなの?」
「最高の友だ。こいつは無口だし、俺と同じで根がない」
「スレに植えれば、根を生やすわ」

161 :You're Not Here ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:38:45.15 ID:PnlwpaBnO
クローディアは答えの出せない疑問に、軽く首を振った。
視点を、変えよう。一旦、ヘザーの得た確信については保留だ。
では――――何故『アレッサ』は存在しているのか。こちらはどうだ。
ヘザーが存在し、同時に『アレッサ』が存在する、その理由とは。

17年前の事件の、様々な概要。
今それを思い返していたクローディアは、その中に一つ、符合する話があった事に気が付いた。
それは、肖像画として描かれている、『神の母にして神の娘・聖アレッサ』のモチーフともなった――――魂の分裂の話。

――神は楽園を否定する異端者達から逃れる為、その聖なる魂を分裂させ娘を産み出し、姿を隠した――
――やがて神は再び一つに戻り、異端者達を排除するが、正しく生まれる事が出来ずに聖母の中で今一度の眠りについた――

要は、メトラトンの概要の亜種とも言えるものだ。
魂の分裂。ヘザーとアレッサが同時に存在する理由としては、適当である様に思える。
しかし、これも考え難い。今のヘザーは、流石にそれ程の力を持ち合わせてはいない筈だ。
仮にそれ程の力があるとしても、ならば、ヘザーがアレッサの存在に動揺を見せるというのは理屈に合わない。
唯一思い当たった説だが、これも正解には成り得ない――――そこまでを、考えた時。

「魂の……分裂……?」

脳裏に、一つの刺激が走った。
思わず、走る足の動きを鈍らせる。
思考から派生した、一つの閃き。それは、あまりにも突飛な考えだった。到底有り得るとは思えない考えだ。
しかし、思い付いてしまえば、その他に理屈に合う答えなどとても考えられなかった。

まさか。

視線が、自然と自身の身体に向いた。

まさか、ヘザーが言っている『アレッサ』とは――――――――。










その時。

162 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:39:05.32 ID:9lpcRWx5P


163 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:40:08.59 ID:GozfcN870
唐突に、視界が閉ざされた。
何かが、瞼の上に張り付いている感触がある。
反射的にクローディアは足を止めていた。
指で触れ、取って確認してみれば、それは単なる一枚の木の葉。
樹から落ちてきたのか。特に疑問に思う事なく結論付け、顔を上げたクローディアは、目の前に広がる光景にハッと息を呑んだ。

「これ、は……!?」

それは、不自然な光景だった。
クローディアの目の前で、木の葉が舞い躍っていた。
風も出ていないのに。何枚も、何枚も。首を巡らせば、それはクローディアを中心に渦を巻くように。
大量の木の葉が、静かに舞い上がり、音も無く舞い躍り、クローディアを包んでいたのだ。

「一体、何が――――」

疑問を漏らすよりも早く、木の葉は“止んだ”。
今まで舞い躍っていたのが何かの間違いかと思える程に、木の葉は不意に躍りを止め、土の上に落ちていく。
何が起きたのか分からず、クローディアは戸惑いの色を帯びた視線を辺りに向けた。
木の葉はもう、動かない。動くものは――――遠くにヘザーのライトの光が見えた。
立ち止まってしまったのはほんの十秒にも満たないが、距離が離れてしまうには充分過ぎる時間だ。
追わなくては。そう思い一歩踏み出したクローディアは、その気配に気付き、そのまま自然と足を止めた。

振り返った先には、いつの間にかエドワードが立っていた。
哀れで儚い表情も、庇護者を必要と思わせる様な弱々しい気配も、今は無い。
浮かべているのは、殺戮者を思わせる不気味な笑み。
醸し出しているのは、悪魔のものと思わしき禍々しい魔力。
これが、この少年の正体か。木の葉が舞ったのも、この少年の仕業か。それは、何の為に――――。

164 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:40:42.15 ID:9lpcRWx5P


165 :代理 You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ:2012/06/10(日) 10:40:50.87 ID:PpwMb/r40
クローディアは答えの出せない疑問に、軽く首を振った。
視点を、変えよう。一旦、ヘザーの得た確信については保留だ。
では――――何故『アレッサ』は存在しているのか。こちらはどうだ。
ヘザーが存在し、同時に『アレッサ』が存在する、その理由とは。

17年前の事件の、様々な概要。
今それを思い返していたクローディアは、その中に一つ、符合する話があった事に気が付いた。
それは、肖像画として描かれている、『神の母にして神の娘・聖アレッサ』のモチーフともなった――――魂の分裂の話。

――神は楽園を否定する異端者達から逃れる為、その聖なる魂を分裂させ娘を産み出し、姿を隠した――
――やがて神は再び一つに戻り、異端者達を排除するが、正しく生まれる事が出来ずに聖母の中で今一度の眠りについた――

要は、メトラトンの概要の亜種とも言えるものだ。
魂の分裂。ヘザーとアレッサが同時に存在する理由としては、適当である様に思える。
しかし、これも考え難い。今のヘザーは、流石にそれ程の力を持ち合わせてはいない筈だ。
仮にそれ程の力があるとしても、ならば、ヘザーがアレッサの存在に動揺を見せるというのは理屈に合わない。
唯一思い当たった説だが、これも正解には成り得ない――――そこまでを、考えた時。

「魂の……分裂……?」

脳裏に、一つの刺激が走った。
思わず、走る足の動きを鈍らせる。
思考から派生した、一つの閃き。それは、あまりにも突飛な考えだった。到底有り得るとは思えない考えだ。
しかし、思い付いてしまえば、その他に理屈に合う答えなどとても考えられなかった。

まさか。

視線が、自然と自身の身体に向いた。

まさか、ヘザーが言っている『アレッサ』とは――――――――。










その時。


166 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:40:59.47 ID:GozfcN870
「……私と話でもしたかったのかしら?」

少年が、一歩ずつ、近付いて来る。
どうやら、話をする雰囲気ではなさそうだ。

「交渉は、決裂という事?」

白い歯を剥き出しにした口元から、ヒヒッと妖しい笑い声を零し、少年は詰めてくる。
それが、少年の出した答えか。どの様な力を持っているのかは知らないが、少年は、ここでクローディアとの戦いを選んだ。そういう事だ。

「そう。残念ね……」

微かに首を振り、深い瞬きを一つ。
開いた目には感情を宿さず、クローディアは右手を少年に向け、力を翳した。
クローディアにとっては、どちらでも良いのだ。エドワードが協力的だろうと、戦いを挑んでこようと、どちらでも良い。
どちらにせよ、これは己の力を試す絶好の機会。これで、はっきりするだろう。自身の力がどれ程衰えているのがか。

少年は――――力を受け、初めてその顔に狼狽を浮かべた。不安気な様子でクローディアを睨みつけ、頭を抑えていた。
しかしこれには、クローディアにも些かの驚きがあった。
クローディアが翳した力は、遊園地の少年に向けたものと同じ。瞬間的に意識を奪う想定だったのだから。
抵抗されている。それだけの力を、少年は備えているというのか。――――ますます興味深い。
おぼつかない足取りで、少年は尚も歩を進めていた。しかし、やがて耐え切れなくなったのか、膝を折り、地面にくずおれた。

「受け入れなさい。そうすれば、楽になる。悪いようにはしないわ」

その言葉を受けて顔を上げた少年は――――再び、妖しい笑みを浮かべていた。
そして、そのか細い右腕をクローディアに向けた。何かを、仕掛けようとしているのか。
あくまでも受け入れないというのならば、やむを得ない。クローディアが、力を強めようとした、その刹那だった。

「――――ぐっ…………!?」

突然に走った衝撃。遅れて喉に生じた熱と、異物感。
数瞬、思考が、停止し――――ふと気付けば、クローディアは、巨大な金属をその目に映していた。

いつの間にか、少年の腕からクローディアに伸びていた、その巨大な金属を。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

167 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:41:28.60 ID:9lpcRWx5P


168 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:42:09.70 ID:GozfcN870
【A Stray Child】


アベを観察していて、二つ、分かった事があった。“視界を借りる力”についてだ。
一つは、その力はそれ程には遠くまで届かない事。せいぜいが、50m位だろうか。
もう一つは、その力はどうやら、動き回りながらでは使えないであろう事。
アベがその力を使用する時には必ず足を止めていた事から、それは窺えた。
この二つの付け入る隙を念頭に置けば、後はチャンスを待つだけだった。
エドワードの正体に、どういう訳だか感付いているらしい奇妙な女、クローディアを始末し、口を封じるチャンスを。
現時点で女に敵対の意志が無いのならば、敵対の意志が生まれる前に始末する。それだけの事だった。

そして――――そのチャンスは、予想外に早く訪れた。
集中を欠いて山中を駆けるヘザー。闇雲にそれを追いかけるアベと、自分達。
その時点では、流石に手を出せるとは思いもしなかったが、この状況で何故か女の足が遅れたのだ。
たちまちの内に離れる女と二人の距離。すかさず、エドワードは行動に移っていた。
取った手段は、サイコキネシス。
木の葉を舞わせ、女の足を完全に止めさせ、アベ達との距離を更に広げさせる。
それは、ほんの十数秒程度の時間稼ぎ。最悪、未必の故意止まりでも一向に構わなかったのだが――――存外、事は上手く運んだ。
多少の抵抗はされたものの、アベ達にばれるような展開にもならず、敗北する事にもならなかったのだから。

生温い血液が、突き刺さった大鋏を伝い、一滴、また一滴と土の上に滴り落ちていた。
首から胸まで、縦に大きく開いた致命傷。
女が仕掛けてきた、意識を遠のかせる奇怪な術の効力も、鋏が突き刺さるとほぼ同時に解けていた。
女の全身から力が抜け、大鋏に全体重が掛けられた。
驚愕の色を帯びた目で、女はエドワードを見つめていた。まだ、息があるらしい。
それも腹の中の“力”によるものだろうかと推測するが、どうでもいい事だ。

――あなたが望めば、私はあなたの力になる――

持ちかけてきたのは、そちらの方だ。
それでは、お言葉に甘えて。取引に乗らせてもらおう。
力になって頂こうではないか。

大鋏を持つ手に力を込めて、押すように手放せば、女の身体は鋏ごと後ろへと倒れ込む。
使い慣れた獲物を掴み直し、僅かに開くと、傷口は更に大きく裂けた。
仰向けに倒れた女の身体の下で、血溜まりが広がりを見せる。
口からは、ゴボリと血の逆流する音が漏れ、口内にみるみる溜まり、溢れて頬に垂れていく。
それだけ損傷した喉では、息があろうとも最早声は出せまい。

上機嫌で鋏を抜き取ると、大きく裂けた傷口からは血が吹き出し、エドワードの全身を濡らす。
エドワードはそれを意に介する事無く、その傷口に、自身の細い腕を躊躇いなく突っ込んだ。
女の顔が、激痛に歪む。身体の奥に腕を進ませる度、その顔は様々に歪む。それが可笑しくてたまらない。
生きていながら声も出せないとなれば、その表情をずっと眺めていられる。これは実に遊び甲斐のある玩具だ。
だが、残念な事に遊んでいる暇は無い。エドワードや女が後ろにいない事に、アベとヘザーがいつ気付くかは分からないのだ。
迅速に目的の物を手に入れ、女には止めを刺さなければならない。

169 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:42:10.39 ID:PpwMb/r40
名誉の支援で俺達の最後を飾ろう

170 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:42:34.54 ID:GozfcN870
胸元から侵入させた腕で、腹の中を大きく掻き回す。
“力”が感じられたのは腹の下辺りだが――――。

「――――ッ! ヒヒ!」

――――あった。
胎内に蠢いていた、実体とも精神体とも言えない、魔力の塊。
いつの間にかそれは、先程エドワードが感じた時よりも強大な魔力を宿らせていた。
しかも、これは、もしかしたら――――。

“力”を捕まえた右腕を、女の身体を抉り取りながら、引き抜いた。
零れ落ちそうなくらいに大きく見開かれた目。その瞳はもう、何かを映し出す事は無い。
絶叫するかの様に大きく開かれた口。その喉はもう、声を作り出す事は無い。
それから、間もなく。女は数度の痙攣を見せた後、その色素の薄い瞳から、光を消した。
試しに腹を、胸を、顔を、鋏で幾度か突いてみるが、もうその身体からの反応は得られない。
推測通り、女はこれの“力”に生かされていたという訳だ。

右手の中で、30cm程の大きさの真っ赤な胎児が苦しそうにその身を捩っていた。
やはり――――エドワードは不気味に口端を吊り上げた。
これの“力”は、その弱々しい姿からはとても考えられない程に、とてつもなく強大だった。
こうして直接握り締めてみれば、はっきりと感じられる。
今のこれに秘められている魔力は、病院での少女が持っていた石を遥かに凌駕するのだと。

用の済んだ得物を女の身体に突き立てて、エドワードは開いた両手で胎児を抑え込んだ。
それを胸元に寄せ、その魔力の吸収を試みれば―――すぐに胎児の持つ膨大な魔力が、エドワードの身体に流れる様に入り込んできた。
本来女の肉体に宿り、守られていなければならない魔力。
あの石とは違い、剥き出しで、無防備な魔力。
質の違いこそあれど、それを吸収する事は実に容易く。
取り込んだ魔力が、己の魔力として還元され、身体中を駆け巡っていた。
その魔力の全てを吸収された胎児は、エドワードの両手の中で見すぼらしく縮み、やがて消滅していった。後には、何も残さずに。

胎児を還元し終えれば――――。
奇声を上げて小躍りしたくなる程に、身体が軽くなった。
誰彼構わず切り刻みたくなる程に、力が漲っていた。
無尽蔵と思える程に、次々に魔力が湧き出してくる。

これ程とは、思ってもみなかった。
嬉しい誤算とはこの事だ。
込み上がる笑いが止められない。
赤い液体で失ってしまった魔力は、これで、漸く、完全に取り戻せた――――。

力さえ取り戻せば、後は彼本来の姿に戻り、思う存分に遊ぶだけ。
アベでもいい。ヘザーでもいい。
我慢を強いられていた分、相手を問わず今すぐにでも遊びたい気分だった。

171 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:42:55.95 ID:GozfcN870
――――そんな、気分ではあるのだが。
実に残念な事に、それもまだしばらくはお預けだろう。
今はまた、多少状況が変わってしまったのだから。

案じているのは、先程ヘザー達と一緒に見つけたメトラトンとかいう魔方陣の事だ。
あれからは、不愉快な、非常に不愉快な力が感じ取れた。
あれは、あの忌々しい赤い液体と、同質とまでは行かないが近しい性質を持つものだ。
すなわち、己の魔力に影響を及ぼしかねないものだという事。
そして、己の魔力に影響を及ぼしかねないものを作り出せる者が居るという事。
このままあの魔方陣と、魔方陣を作り出した者を捨て置く事は出来ないだろう。
赤い液体と同様に、それらも必ず滅せねばならない。

となると――――今、欲望のままにヘザーと遊んでしまうのは、この先を見据えればマイナスにしかならない。
エドワードの知る限りでは、ヘザーはあの魔方陣を作った人物についての心当たりを持つ唯一の人間なのだから。
故に、ここはまだ我慢する。
その者を見つけ出し、始末するまでは。ヘザーと遊ぶのは先送りだ。
その時が来るのを心待ちにしていよう。――――もしも我慢が出来なくなったら、別の者となら遊んでしまうのも悪くはないが。

さて。と、エドワードは早速、取り戻したばかりの魔力を解放させた。
――――サイコキネシス。落ち葉を操ったものと同じ力を、エドワードは己に向ける。
と、全身に付着している女の返り血が、不自然に剥離していくではないか。
数秒後、宙に浮かび上がるのは赤一色の不完全な人形(ひとがた)。
それはエドワードの身体からゆっくりと離れ、ある程度の距離を取ると、摂理に逆らっている事に気が付いたかの様に、前触れもなく土の上に流れ落ちた。
返り血はこれで解決だ。後は、この状況の説明だが――――それは何でもいいだろう。
それらしい説明が何も思いつかなければ、エドワード自身も見つけた時はこうだったと。知らぬ存ぜぬで押し通せば良い。
それで二人は、勝手に悲劇のストーリーを作ってくれる。お人好しというのは、そういうものだ。

「……ん?」

数百m程遠くに見えていたヘザー達のライトが、動きを変えた。
漸くエドワード達がいない事に気が付いたらしい。
側に来られる前に、適当なところで泣き真似でもしておかなくては。

血の海に沈む女に向き直しエドワードはしゃがみ込もうとして――――ふと、ポケットに圧迫感を覚えた。
そうだ。ポケットには、病院の少女から奪ったあの石が入っているのだった。
魔力がこうして完全に戻った今、これは無用の長物と成り果てた。最早、必要は無い。

エドワードは、ポケットから琥珀色の宝石を取り出すと、それを空中に放り投げ――――。


――――甲高い金属音の中に、石が砕け散る鈍い音が生じた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

172 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:43:16.28 ID:GozfcN870
【Please Love Me... Once More】


呆然と。
ただ呆然と。
ヘザーは、その光景を眺めていた。

先に気が付いたのは、アベだった。
いつの間にか、エドワードとクローディアがついて来ていない。
それを教えられた時、背筋が凍りつく様な感覚に見舞われた。
アレッサを探す事に、気を取られすぎていた。冷静さを欠きすぎていた事を、その時になって初めて自覚した。
躊躇いはあったがすぐに捜索を断念し、草木を掻き分け、迷いながらも道なき道を戻ってみれば――――やがて聞こえてきたのは、少年の泣き声。
そして、暗闇を照らす円形の光が捉えたのは、座り込んで泣きじゃくるエドワードと、ほんの十数分前まで話していた、幼馴染の無惨な姿だった。

何も、考えられなかった。
全身を巡る血液が、沸き立った様に熱かった。
エドワードを問い詰めるアベを諌める余裕もなく。
そのアベに泣いて首を振る事しか返さないエドワードを慰める事も出来ず。
まばたきも忘れて。
呼吸すらも止めて。
立ち尽くしてしまっていたのは、どれ程の時間だろう。

正体の分からぬ感情が込み上がり、当て所なく広がり、渦巻いていた。
時が経つにつれて戻りつつある理性が、漸くその感情を吐き出そうとヘザーの口を動かした。

「あ…………っと…………」

顔が、不自然に引きつった。
さっきの様に、おどけて皮肉を言おうとした。
だが、上手く笑みが、作れない。
どうしても、笑みが、浮かべられない。

173 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:43:16.66 ID:PpwMb/r40
支援タ

174 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:43:33.81 ID:GozfcN870



――小さなクローディア――

「ま、た、勝手に、死んだんだ」

やっとの事で紡いだ言葉は、震えていた。
こんな終わりが来るなんて、思いもしなかった。
ハリーを失った時、誰にでも終わりは唐突に来るものだと学んだ筈だ。
今回のゲームでは、誰かが今も命を落としている、誰でも命を落としうるのだとは知っていた筈だ。
それでも――――クローディアだけは、自分の手で殺す事になるのだと、思い込んでいた。





――6歳のお誕生日おめでとう――

「そんなに……そんなに、私に殺されるのが、いや?」

こんなにも早く“その時”が来るなんて想像もしなかった。
まだ、心の準備をしていない。
覚悟を決めていない。
それなのに、こんな死に方――――不意討ちも良いところだ。





――私は本当の妹のようにあなたが大好き――

「だったら、何で生き返って…………! 何で――――ッ!」

言葉が、詰まった。
自分が何を言いたいのか。何を言って良いのか。分からなかった。
父親を殺した相手の筈なのに。恨むべき人間の筈なのに。
そう強く意識するも、胸の中に生じた痛みは、想像していた以上に大きくて。
一度クローディアを失ったあの時とは、比べ物にならない程に激しくて。
湧き上がる感情のままに言葉を紡ぐ事すら、させてくれなかった。

「何で…………何で…………」

唇を震わせて、ヘザーは黙り込んだ。
エドワードは、泣きじゃくるままだ。
アベは、いつの間にか周辺に気を配ってくれていた。
三人が立てる物音以外には、後は、静寂だけがその場を支配していた。

175 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:43:44.90 ID:PpwMb/r40
子供時代は二度と続かない
でも支援は一生続く

176 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:44:28.72 ID:PpwMb/r40
支援する覚悟をすることと、支援したがることは似ているようで全く違う

177 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:44:43.21 ID:9lpcRWx5P


178 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:45:16.70 ID:GozfcN870



――――そんな中。
あのサイレンが、鳴り始めた。
夕方に聞いた、あのサイレンと同じものが、遠くから響き始めた。


何処かそれは、怒りの咆哮にも聞こえる。
何処かそれは、悲しみの呻き声にも聞こえる。


再び、霧が立ち込めだす森の中で。
ヘザーは錯覚を抱いていた。
上手く感情を出せない自分の代わりとして。
サイレンが、泣いてくれている様な。
サイレンが、全てを吐き出してくれている様な。
そんな、錯覚を抱いていた。





――だからこれからも仲良くしてね。アレッサより――


クローディアのことが大好きだったあの頃に。

クローディアにプレゼントしたバースデイカードが。

クローディアの小さな笑顔と一緒に、ずっと頭にちらついていた。







Child's Days Memory――――思い出は、色褪せる事無く。







【クローディア・ウルフ@サイレントヒル3 死亡】
【クローディアに宿っていた神@サイレントヒル3 消滅】

179 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:45:30.52 ID:PpwMb/r40
支援はみんな死ぬが、本当に生きた支援は少ない。

180 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:45:59.43 ID:9lpcRWx5P


181 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:46:05.69 ID:PpwMb/r40
親方! 支援から女の子が!

182 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:46:35.12 ID:PnlwpaBnO
シャキンと支援

183 :You're Not Here  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/06/10(日) 10:46:51.37 ID:GozfcN870
【A-3/雛城高校・裏山(四鳴山)/一日目深夜】


【ヘザー・モリス@サイレントヒル3】
 [状態]:見知らぬ異国の施設への困惑、この場所へ呼んだ者への殺意、言い表せぬ激しい感情
 [装備]:SIGP226(装弾数15/15予備弾21)
 [道具]:L字型ライト、スタンガンバッテリー×2、スタンガン(電池残量5/5)、携帯ラジオ、地図、ナイフ
 [思考・状況]
 基本行動方針:主催者を探しだし何が相手だろうと必ず殺す。
 0:……………………。
 1:『アレッサ』が、どうしてここに?
 2:主催者は、絶対に殺してやる。
 3:教会へ向かうか。避難所候補として学校を調査しておくか。
 4:エドワードを安全な所へ連れて行く。
 5:他に人がいるなら助ける。
 6:名簿の真偽を確かめたい。


【阿部倉司@SIREN2】
 [状態]:健康、疲労(小)
 [装備]:バール
 [道具]:懐中電灯、パイプレンチ、目覚まし時計
 [思考・状況]
 基本行動方針:戦闘はなるべく回避。
 0:……何がどうなってんだよ。
 1:四鳴山ってどっかで聞いたような。
 2:ヘザーについていく。
 3:まともな武器がほしい。
 4:どうなってんだこの名簿?


【エドワード(シザーマン)@クロックタワー2】
 [状態]:健康、所々に小さな傷と返り血、魔力完全回復
 [装備]:特になし。
 [道具]:特になし。
 [思考・状況]
 基本行動方針:皆殺し。赤い液体の始末。メトラトンを作る者の始末。
 0:えーんえーん。……いつまでやってればいいんだろ。
 1:メトラトンの印章とやらを作り出した者を始末する。
 2:ヘザーと「遊ぶ」のは先送り。
 3:か弱い少年として振る舞い、集団に潜む。
 4:相手によっては一緒に「遊ぶ」。
 ※魔力を完全に取り戻しました。


※クローディア、及びヘザーの参戦時期は、原作終了後より数週間経過後です。
※砕けた『ルーベライズ』のパワーストーン@学校であった怖い話(SFC)がクローディアの死体付近に落ちています。
※雛城高校の裏山が四鳴山@SIREN2となっています。ただし、これまでの本編中の描写との矛盾や不自然さが出ないように鉄塔は無いものとします。

184 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:46:52.14 ID:PpwMb/r40
一つの命を救える支援は、世界も救える。

185 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:47:46.34 ID:GozfcN870
代理投下終了です。
支援もお疲れ様でございました。

186 :ゲーム好き名無しさん:2012/06/10(日) 10:47:47.74 ID:PpwMb/r40
過去は安い本と同じ。
読んだら支援してしまえばいい。

187 :鬼の霍乱  ◇cAkzNuGcZQ:2012/06/17(日) 11:53:23.78 ID:4MNQ3ODZ0
観光パンフレットには載ってすらいない道を南下し、突き当たった頃。
シビルから聞いていた事だったとは言え――――唐突に訪れたそれには、水明もユカリも驚きを隠せなかった。

時刻は丁度午前一時。
何処からともなく響き出すサイレン。
町中が、蠢き始めた。

血と赤錆。赤と黒をベースとした、不快と不安を刺激する風貌が消えて行き、その代わりに辺りを覆い出したのは白い濃霧。
ゴーストタウンには変わりはないが、視覚的、精神的にはまだ優しい、一般的な様相の町並みが現れる。
ほう。と水明が感嘆の息を吐き出した。それに機敏に振り返ったユカリは、彼の前に掌を突き出した。
何かを言おうと開かれた水明の口が、不可思議そうに止まった。

「余計な都市伝説とかはいらないからね」

一拍を置いて水明は、その少しこけた頬に苦笑を見せた。

「別にお勉強をさせようとしたわけじゃないんだがな。ただ、映像化されたキングの『霧』よりはまだ視界が利くようだと思っただけさ」
「……無駄話には変わんないじゃん」

何処となく気恥ずかしさを覚えたのか、ユカリは顔を赤く染め、水明から顔を逸らす。
一頻り、辺りの建物を照らして様子を確認すると、観光パンフレットに挟んでいた一枚の用紙を取り出した。

「ねえ……これってさ、ルールに書いてあったよね……?」

用紙の上に懐中電灯の光を当てるユカリの目線は、とある一点を見つめていた。
水明は、敢えて見ずとも該当箇所は頭に入れてあった。

「オジサンさ、さっき氷室邸が町の一部として機能してるって言ってたよね……? このルールも……やっぱりおんなじなんじゃないのかな?」
「ふむ。つまりルールも町の一部として機能している、と」
「……うん。だって、今のサイレンって……」

言葉を濁すユカリだったが、言わんとする事は水明にも通じていた。

188 :鬼の霍乱  ◇cAkzNuGcZQ:2012/06/17(日) 11:55:38.47 ID:4MNQ3ODZ0


“ルール2。サイレンで街は裏返る”


裏返る。その意味の解釈次第ではあるが、“ルール2”が今起きた現象を書き表していると見るには何の不自然さも無い。
そして、ルールの一つが――――それも超常現象としか考えられない事象が確かに機能していると言うのならば、他の全てのルールが同様に機能していると考える事にもまた不自然さは無い。
いくら水明の弟、風海純也の側でルールや名簿と現実に食い違いを見つけようとも、ユカリにとってそれは伝聞に過ぎない。
実体験としてルールを実感したユカリが改めて不安を抱いてしまうのは、やむを得ない事だ。

「そうだな。はっきり言ってしまえば、ルールが町の事象に組み込まれていないと断定することは俺には出来ない」

自ら言い出した事だったが、否定の言葉を期待していたユカリは意外そうに水明を振り返った。
ユカリの目に、真剣な眼差しを返し、水明は続ける。

「サイレンの鳴る町。霧の立ち込める町。それからさっきまでの赤錆の世界は全て“都市伝説・サイレントヒル”の噂として語られているものだ。
 それらの事象が起きたとしても、それは単にサイレントヒルという町の特色とも言える。
 ただ、今の変化がチラシに書かれている“ルール2”と符合しているように見えるのも確かだ。
 つまりこの場合の変化は、そもそもの町の事象として起きたものなのか、ルールとして起きたものなのか、可能性としてはどちらとも取れるってことだな」

曖昧に、ユカリは頷いた。
なんとなしに、用紙に目を落として。

「後者にしても、そもそもの町の事象がチラシに書かれただけだという可能性もあるが……。
 いずれにせよ、どちらと断定するだけの判断材料は無い。だがな、そんなことはどっちでも良いし、どうでも良いことなんだ」
「……どうでもいいって?」
「さっきも言ったが、殺し合いのルールと町の異界化には直接的な関係は無いと俺は考えている。弟のおかげでな。
 ……直接的な関係が無いのなら、ルールを無視したところで怪異の中枢にいる者の気を損ねることも無いだろう? まあ、要するに――――」

水明は一旦言葉を切ると、ユカリに歩み寄り、手を伸ばした。
僅かに構えるユカリだったが、彼の手が目的としたのは、ユカリの持つ用紙とパンフレットだった。

「重要なのは、怪異の原因を突き止めることだ。
 根底から外れているルールが町の事象として組み込まれていたところで、俺達のやることは変わらない。
 君は友人達を見つけたい。俺は原因となったものを突き止め怪異を終わらせたい。それだけさ。そこに殺し合いのルールが関わってくる余地はない。必要以上に構えなくても良いんだ。
 ルールを真に受けて殺し合いに乗るような輩が危険なのは否定しないが、町に跳梁跋扈している魑魅魍魎に比べればまだ話が通じるだろうよ」

言っている間に、水明はパンフレットからもう一枚の用紙を取り出していた。
その用紙は、地図と抱き合わせとなっていたルールの用紙。
それを予め出されていたルールの用紙と合わせ、地図を見ながら右手に取ったペンでパンフレットに書き込みを始める。




189 :鬼の霍乱  ◇cAkzNuGcZQ:2012/06/17(日) 11:58:20.45 ID:4MNQ3ODZ0

「それでも、君がどうしても気になるというなら………………よし、こんなところだな」

そしてパンフレットのみをユカリに返し、一度口元を吊り上げると、水明は二枚のルールの用紙に両手をかけた。
――――彼の手の中で、紙の破られる音が繰り返し立てられた。

「ちょっ……!? 何してんの!?」
「これでどうだ? 気休めくらいにはなるだろう?」
「気休めって……いいの? ……地図だってあるのに」
「構わないさ。このルールは俺達には不要なものだからな。地図は今、簡易にだがそのパンフレットに書き写した。心配はいらない。……もう一度言うぞ。殺し合いのルールなんて、今はもうどうでも良いことなんだ」

会話の最中に、バラバラに千切られた用紙が、開かれた水明の手からヒラヒラと地面に落ちた。
その様が、ユカリには妙に儚げに見えた。

「なんか……ごめん」
「ほう? 珍しく素直じゃないか。普段からそうなら岸井くんも楽なんだろうがな」

それは、先程水明が似た者同士の親友に言われたものと同じ様な言い回し。
そうとは気付かず口にした水明に、晴れない顔をしていたユカリは、大きなお世話、とそっけない呟きを返して、いたずら小僧の様に笑う彼を睨みつけた。
水明には、例によって意に介した様子は全く無い。

「さてと。恐らくここはネイサン通りと言って良いんだろう。東に向かえばすぐに町と外との境目だ。何があるのか一応確かめて――――」

そこで言葉を止めた水明は、眉間に皺を刻んでいた。
東からの風に乗る、仄かに漂う異臭。明らかに、先程まで二人が嫌という程嗅いできた臭いだった。
ユカリもそれに気付き、水明に声をかけた。
東に目を向けた二人が見るのは――――闇に混ざる真っ白の濃霧だけ。
しかし、その先に何が居るのかは、二人とも容易に想像がついていた。

「……確かめるのは、次の機会にするとしようか。行こう。もたもたしているとまた厄介なことになりそうだ」
「うん……!」

細切れになったルールの用紙が二人の足に踏みつけられ、蹴られた拍子に舞い上がった。
風に乗ったそれは中空で散り散りにばら撒かれ、ささやかな紙吹雪となり、すぐに霧の中に溶け込む様に消えていった――――。




【E-5/ネイサン通り/二日目深夜】


190 :鬼の霍乱  ◇cAkzNuGcZQ:2012/06/17(日) 12:02:57.17 ID:4MNQ3ODZ0


【霧崎水明@流行り神】
 [状態]:精神疲労(中)、睡眠不足。頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。右肩に銃撃による裂傷(小。未処置)
 [装備]:携帯電話、懐中電灯
 [道具]:10連装変則式マグナム(10/10)、ハンドガンの弾(20発)、宇理炎の土偶(?)
     紙に書かれたメトラトンの印章、自動車修理の工具
     七四式フィルム@零〜zero〜×10、鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×6、食料等、本物のルールと名簿のチラシ、他不明
 [思考・状況]
 基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する。
 1:街の南西へ向かい岸井ミカと式部人見を保護する。
 2:アレッサ・ギレスピーと関係した場所、および氷室邸を調査する。
 3:そろそろ煙草を補充したい。
 4:氷室邸は異界からの脱出口になるかもしれない?
 ※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます。
 ※胸元から腹にかけて太陽の聖環(青)が書かれています。


【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
 [装備]:懐中電灯
 [道具]:太陽の聖環の印刷された紙@サイレントヒル3
     地図を書き込んだサイレントヒルの観光パンフレット、(水明が書き写した)名簿
     ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
 [思考・状況]
 基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
 1:ミカを助けに街の南西に向かう。
 2:とりあえず水明の指示に従う。
 3:チサトを探したい。
 4:無事とはいえシビルが心配。


※[[Edge of Darkness]]〜今作の時間帯の間に、小暮、風海、ミカと電話で連絡を取った可能性も有り得る事とします。
※水明が破り捨てたのは、骨董品屋で水明が書き写したルールの用紙と、裏面に地図が描かれているルールの用紙です。




191 :代理 蒼い朝 修正版  ◇cAkzNuGcZQ:2012/07/09(月) 18:52:04.33 ID:RtZLlY0V0
ふと空を見上げたのは、生物としての本能だろうか。

深い霧と、今は蒼くなりつつある闇。
どす黒い血液で額にへばりつく金髪の隙間から見えるのは、それだけだ。
しかし、確かに感じる気配がある。
予感と言い換えても良いかもしれない。
目に見えるものではないが、遥か頭上から『彼女』の苦手とするものが広がり始める予感。
暗闇が薄まるにつれて、『彼女』の身体を焼くものが静かに密度を増してくる予感。

「このままでは、まずい、ですわね……」

脳を取り込み、記憶の再生までは完了したが、未だに肉体の全てと融合を終えた訳ではない。
この肉体のままでは、間に合わない。急がねば、ならない――――。

迫る危険に、本能が後押しされるかのように。
『彼女』の宿主――――北条沙都子――――の死体の表皮が、唐突に、不自然に、蠢き始めた。
肉体の表面だけを覆っていた『彼女』の組織。
小柄な身体を動かすだけならばそれでも充分だったのだが、危険を感知した今、悠長に構えてはいられない。

肉が押し潰され、骨が砕ける小気味悪い音が、ワゴン車付近に立つ北条沙都子の肉体から鳴り続けていた。
それは可能な限り早く、効率良く融合を果たす為の作業だった。
体組織を取り込み、『彼女』のものへと変換していく為の単純な作業。
殊に時間のかかる記憶の取り込みは最初に済ませてある。後は、そう時間を取られる事は無い。

――――周囲の蒼さが消え、霧の向こうから日光が路地に差し込み始めた、その時。
光に反応するかのように、北条沙都子の小柄な肉体は急速な肥大化を見せた。
衣類が破れ落ち、中から現れたのは滑りつく灰色の体表に数本の触腕を携えた、人型のフォルムをした巨大なヒル。
宿主の肉体は全て自身のものとした。身体組織の融合は、完全に果たされたのだ。
これで、死体を操るよりも遥かに俊敏に動く事が出来る。危険から――――『彼女』の躯体の最大の弱点である紫外線から逃れる事が出来る。

数度、感触を確かめる様に触腕を靡かせると、『彼女』は肥大した足でアスファルトの上を滑るように移動し始めた。
ズルリ、ズルリと立てられる擦過音。次第にその音は硬質を帯びていく。まるで、革靴が立てる足音の様な硬質を。
軟体の躯体はいつの間にか凝縮し、滑りついた体表に人間や衣類の質感を持たせている。
数秒後――――『彼女』の全身は、宿主であった北条沙都子の姿へと完全に擬態していた。
攻撃擬態。融合が『彼女』の生物としての生存本能故の行動であるならば、獲物を捉える為の擬態もまた生物としての本能だ。

北条沙都子を模したそれは、光の強まるその場から迅速に離れ行く。
危険から逃れる為に。
己の食欲を満たす為に。


192 :代理 蒼い朝 修正版  ◇cAkzNuGcZQ:2012/07/09(月) 18:53:10.50 ID:RtZLlY0V0
【E-2/ワゴン車付近/二日目早朝】


【女王ヒル@バイオハザードシリーズ】
 [状態]:人間形態(北条沙都子に擬態)
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:日光から逃れられる場所で食料を探す
 1:日の当たらない場所へ潜む。
 2:食料を補給する。
※北条沙都子の肉体と融合を果たした事により北条沙都子に擬態する事が、また、女王ヒル第一形態になる事が可能となりました。
 第一形態のサイズは、取り込んだ北条沙都子の肉体とそう変わらない大きさとします。
※北条沙都子の記憶を持っています。




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193 :ゲーム好き名無しさん:2012/07/15(日) 16:51:53.23 ID:deepvy1l0
今期月報であります!

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
123話(+3)    27/50 (- 1±0)  54.0 (- 2.0)

194 :ゲーム好き名無しさん:2012/08/01(水) 21:40:04.88 ID:iW/IfTRT0
さっすがにもう何があっても驚かないと思ったけど、ものすごく保守だね

195 :ゲーム好き名無しさん:2012/08/03(金) 21:54:20.77 ID:ks7HqERZ0
これからも驚いていってもらえるよう頑張りたいと思ってますw

196 :ゲーム好き名無しさん:2012/08/04(土) 10:52:31.69 ID:6cLkM7BoO
いいSSだ、感動的だな、だが乙だ

197 :ゲーム好き名無しさん:2012/08/07(火) 17:55:23.82 ID:+A1qHAnT0
代理投下します

198 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 17:56:05.80 ID:+A1qHAnT0
(一) 

 むかしむかし、ある所に大きな門がありました。
 その門の向こうからとてもこわく、とても悪い怪物がおりてきて、人をつかまえては、自分達の仲間にしてしまうのです。

 まわりの村に住んでいる人は怪物がこわくて、だれも外には出られません。

 それを聞いた主さまはとても困りました。
 こまってこまって、うーん。うーん。とうなり声をあげるけど、どうしたらいいかなんてわかりません。

 そこへ神さまに仕える巫女さまがやってきました。
 とてもやさしく、とても良い人です。
 主さまは巫女さまに門を閉じてくれるようにたのみました。

 巫女さまは主さまの願いを聞いて、門へとむかいます。
 やさしい巫女さまは自分のからだを縄にかえて扉を抑えつけてみようと思いました。

 だけども門は巫女さま一人ぶんの力では閉まりません。
 それでも巫女さまは門を抑えつけるのをやめませんでした。

 主さまも村人もやさしい巫女さまを助けるために、次々と新しい巫女さまをつれてきました。

 巫女さまたちはなんども、なんども、門のところへ行きました。

 しかし、最後の巫女さまは好きな人がいたので嫌がりました。

 でもそうしているうちに村人たちは悪い怪物になってしまいます
 主さまも村人もこれまでに縄になった巫女さまたちも怪物になってしまいました。

 やさしいやさしい巫女さまにとってそれはとてもかなしいことです。
 仕方なくからだを縄にかえ、扉を完全に閉じ、村人たちを元に戻しました。

199 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 17:56:47.25 ID:+A1qHAnT0
ある時、いなくなったはずの怪物たちよりもさらに大きな怪物がやってきました。
 その怪物はとおい所から、別の道を通ってやってきたのです。
 大きな怪物はいいました。

『おれにはけんもやりもやくたたずだった。ゆみやもてっぽうもはねかえしたんだ』

 なのにどうしたことだと、怪物は泣き出しました。

『たったのひとことでおれはしんでしまった、もうあいつにはあいたくない。だから、もんをまもるからかわりにおれをかくまってくれ』

 巫女さまは大喜びでいいました。

『わかりました、それじゃあもしあなたが嘘を吐いたときのために、あなたを殺したじゅもんを教えてくれたらかわってあげましょう』

 大きな怪物は口に出さないよう、じゅもんを地面に書きました。

 ――Tu fui,ego eris……

 じゅもんを胸に刻みつけた巫女さまは、好きな人に会いにいこうと歩きはじめました。
 風のささやきが巫女さまの背中を後押しします。
 かいぶつは、小さくなっていく巫女さまの背中を見おくってました。

 いつまでも、いつまでも――見えなくなっても、ずっと。

200 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 17:57:23.23 ID:+A1qHAnT0
(二)


 呻き声と拙い足音が通り過ぎる。
 大分距離が離れているが、音はねじ込むように耳朶にその響きを残した。
 傍で、ユカリが安堵の――そして幾ばくかの苛立ちも籠った吐息をつく。
 彼女は、預けた携帯電話の液晶画面を見つめていた。純也からのメール以降、誰からも連絡はない。
 少しでも携帯電話の寿命を延ばすならユカリを咎めるべきだ。ずっと見ていたところで、連絡が来るわけではない。
 だが、このまま放っておこうという気持ちも同時に湧き起こる。多少投げ遣りになる程度には疲れてきているらしい。
 結局のところ、好きにさせたままでいる。使えるか分からない充電器は別にしても、予備の電池は持ち歩いている。
 水明は自身の溜息を呑み込んで、天井を見上げた。淡い光の中で、ぶら下がった白熱灯の表面が鈍く光っている。
 ガソリンスタンドの管理小屋も兼ねたコンビニエンス・ストア内は埃っぽい湿気が充満していた。
 隠れているカウンターの裏は窮屈だった。店員のものだろうか。古いプレイ・ボーイ誌が何冊も床に積まれ、大胆な格好で腰かけた金髪女性が挑戦的な眼差しを投げかけていた。
 カウンターの背後を守るようにして並ぶ冷蔵庫の電源は入っておらず、店内を反射するガラス戸の奥にペットボトルの影が鎮座しているのが分かる。
 水明はカウンターから顔を出した。窓ガラスの向こうで、復活した街路灯が闇を照らし、白い風景を浮かび上がらせている。その霧の中で蠢く人影がゆっくりと消えていく。
 天井から引っ掻くような物音が聞こえた。小鳥が屋根の上で遊んでいる時と似た物音だが、音の主が小鳥のように可愛らしい大きさでないことはその響きから容易に想像がつく。
 まだ動くことは得策ではないようだ。
 もう何度目になるだろうか。
 何かしらの異常を感じたら立ち止まり、何処かに身を潜め、成り行きを待つ。幸い、隠れる物陰は豊富にあった。しかし、それは同時に死角が多いということでもある。
 自然と早足になるのとは裏腹に、実際の移動時間は減っていった。それでも、岸井ミカが連絡をくれたクラブはもう通りを一本隔てた場所まで来ている。
 だが、そこから動くことができない。身体を腐らせた亡者たちの数が増えている。
 元々そうなのか。それとも、何かに引き寄せられているのか。後者の場合、引き寄せている"何か"について、最悪のケースがどうしてもちらついてしまう。
 もし、人見か小暮のどちらかが岸井ミカを保護出来たならば、おそらくは何らかの連絡があるはずだ。
 それがないということは、まだそれぞれ合流できていないのだ。もしくは、連絡をよこせるような状況にはいないのか。それとも、保護されていたとしても、当の岸井が名乗れるような状態にないのか。
 いや、そもそも電話が繋がらないという状況も考えられる。最後に見た時も、携帯電話の電波状態は圏外であった。
 引いては、本当であれば繋がらない状況で通話できたことが例外なのであって、現在不通であっても不思議はない。そもそも、いつまでも電話が使える保障があるものでもない。 
 だが、用もないのにこちらから電話するのは躊躇われた。
 安否の確認は、一旦気にしてしまえば終わりがない。
 便りがないのは無事な証拠――そう、割り切るのが一番なのだと自戒する。
 物事をどれほど突き詰めていっても疑念は残る。確実ではないのだから――絶対はないのだから、不安は在り続ける。
 ましてや、命を懸けられた状況であれば尚のことだ。
 不安へ対抗するには、人は信じることしかできない。信じることで、心の均衡を保とうとする。
 厳しい目で解すれば、これは逃避と言われるだろう。だが、同時に救いでもある。
 信頼と不安は、常に表と裏だ。
 死のリスクは、いつでもすぐ隣に存在するのだ。暗がりで、そっと息を潜めている。
 亡者の呻き声が、幾分か近くで聞こえた。ユカリが僅かに身じろぎをした。足音が通り過ぎていく。
 亡者たちはどうやら主に視覚に頼っているらしい。聴覚や嗅覚も機能しているようだが、用心して身を隠せば取りあえずは凌ぐことができる。
 しかし、それは彼らが人と差のないことの証でもあるように感じられた。

201 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 17:58:36.18 ID:+A1qHAnT0
水明は、ベルトに挟んだ拳銃の重みに意識を向けた。
 人でないと確信が持てない以上、撃つことは出来ない。いくらでも言い繕えるだろうが、本心は人道的な理由ではないことを己が一番よく知っている。
 単に、怖いのだ。
 明らかな化け物を仕留めることでさえ、吐き気を及ぼすほどの嫌悪感に苛まれた。
 だが、いつか必ず撃たねばならないときが出てくるだろう。覚悟を決めるその時を延々と先送りにできるほど、この町は甘くないはずだ。
 水明は口元を指で揉んだ。口の寂しさが無性に気になった。煙草はカウンター脇の棚に幾つか並んでいるが、手に取る気分にはならなかった。
 もっとも、吸えるような状況でもないが。
 ふと、中学時代の友人――に含めてしまってもいいだろう――の姿が浮かんだ。団子鼻に引っかかった眼鏡――その度の強いレンズの向こうに、
 小型犬のような瞳が鈍い光を放っている。
 彼ならば嬉々として、あらゆる真相の可能性を追求しようとひた走るだろうか。
 風の便りで警察機関に就職したと聞いていたが、脳裏に浮上した彼の姿は中学生のままだった。
 多分、とても懐かしい光景を目にしたせいだ。
 己にとって転機と言える、忌まわしい事件――幼馴染とクラスメイトを失ったあの日の公園が、この町に在った。
 霧にこそ包まれていたが、それは記憶に残る景色と寸分違わぬままで眼前に広がっていた。違わぬからこそ、偽物だと断定できる。
 しかし――と、水明は微苦笑に頬を歪めた。サイレントヒルが映し出すのは、その者の心の景色だ。あれは、あの日から彼がずっと前に進めていないことの証左かもしれない。
 足を前に踏み出しているようで、その実、あの公園の敷地内をぐるぐる回っているだけに過ぎないのか。皮肉めいた感情が煙のごとく胸中に立ち昇る。
 古ぼけたファイルを抱えたまま、まだ中学生の自分が内側に眠っている。
 しかし、この町から抜け出せなければその足踏みすら止まってしまう。
 郷愁にも似た想いを掻き消し、水明は巫女の童話に思考を向ける。
 一言で言えば、童話は奇妙なものであった。登場する巫女の身上が、それを語る氷室霧絵自身と所々重なるところから、
 この内容には彼女の精神が少なからず影響している代物と捉えられる。
 気になるのは、まず、物語の中で事態が解決していないことだ。
 物語は、呪文を胸に刻んだ巫女が封印に身を変えた怪物を残し、想い人の許へ向かうところで終わっている。
 巫女は想い人と一緒になれたであろうことは想像がつく。ハッピーエンドとも言えるかもしれない。
 しかし、扉の件が放置されてしまう。怪物はそのまま大人しくしているだろうか。呪文は使われることはないのか。起承転結の転で止まり、結末にまで至っていないのだ。
 そもそも、何故封印を解く呪文を童話は示しているのだろう。
 憶測とはいえ、アレッサか、町そのものに不都合があるからこそ扉を怪物で封じているのではないか。
 殺し合いのルールがそうであるように、呪文そのものは無意味なのか。
 だが、氷室霧絵は呪文そのものに忌避感を覚えたという。
 門の封印が解け、災厄が齎されることを恐れたのだと彼女は言っていた。
 サイレントヒルは心が大きく影響を与える町だ。童話を読めば、呪文の役割は当然頭に入っている。たとえ、呪文そのものが無意味でも、
 役割を認識して口に出せば効果は顕在化するかもしれない

202 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 18:00:02.51 ID:+A1qHAnT0
"言霊"という思想がある。言葉には魂があり、良い言葉を口にすれば吉事が起こり、よくない言葉を口にすれば凶事が起こるという考えだ。名前を付けられることでモノがそれに縛られるようになるのと同じように、
言葉に乗っただけでも事象に意味が起こり、型が生まれ、形を持つ。
 事象の具体化は物事を矮小化させることがある反面、枠に嵌めて定義づけられることで力を持つようになることもある。
 後者のケースが、言霊の発現だと言えるだろう。
 例えば、実話怪談の蒐集家の間には"封印された話"というものがある。書いたり話したりすると変事があるので発表できないという代物だ。当然語られないのだから、憶測が憶測を呼び、ファンの間では、
どんな恐ろしい話なのだろうと好奇の対象となっている。
 しかし、実際は何の変哲もない、普通の怪談であるらしい。仕事の関係でそうした蒐集家の一人と言葉を交わす機会を得た際に教えてもらったことだ。特別恐ろしいわけでもなく、忌わしい謂れがあるわけでもない。
そうであるにも関わらず、語ることができない。

 つまり、原因は内容ではないのだ。語ることそのものに障りがある。都市伝説における"牛の首"も、元を質せばこうした"封印された話"の一つであったのかもしれない。
 内容如何に関わらず、怪談を語ることに怪異が潜む。言葉となることで、怪異が形となって現実を侵食するようになる。
 しかし、そうであればこそ、呪文は隠されるべきではないだろうか。無論、無意味が組み合わさって意味を持ってしまったイレギュラーなケースであるとも考えられなくはない。
 だが、もしも――呪文を教えることこそが目的だとすればどうだろうか。
 気になるのは、この呪文が、あくまで音としてでしか認識できないことだ。異国の言葉を、ダイレクトに意味として脳が理解できるような状況にも関わらずだ。
 この事実こそ、呪文が無意味である証左とも言えるかもしれないのだが、呪文として使われた言葉の意味を考えるとそうではないように思えた。 
 怪物を殺す呪文"Tu fui,ego eris"――墓碑銘に刻まれるラテン語の一つだ。
 意味合いは"私は貴方と同じく生きていた、あなたもやがて私と同じく無に還るだろう"とでもなるだろうか。誰にでも訪れる死の普遍性を示した言葉だ。死の呪文としてそう外れてはいない。
 一方で、直訳すれば"貴方は私であり、私は貴方であった"となる。
 言葉通り受け取れば、巫女と怪物の同一性を示すことにもなるのだ。巫女は怪物であり、怪物は巫女だ。封印の一部として、両者は共通する部分を持つ。
 死の呪文は怪物から伝えられた。主体は怪物になる。とすれば、呪文は後者の意味に変じるのではないだろうか。つまり、封印の交代、もしくは同化だ。
 呪文を唱えたものが、怪物となって封印を担う役割になってしまう。たとえ境界の裂け目を突き止められたとしても、怪物を殺す呪文は町にとって不利益でなくなる。
 いや、こうしたメビウスの環を形作ることこそが真意とすれば、呪文は餌だ。試さないことには呪文が有効かはわからない。そして試せば、裂け目に辿り着いた者は消える。
 同時に複数人いた場合は呪文が無効という経験は残るが、感情として"封印は解けない"という想いが強まる。下手をすれば、現実に封印そのものを強化することにも繋がりかねない。
 伝え手によって二重の意味を同時に持つために、呪文は音としてしか認識できない。
 あくまで町は閉じようとしている。そのまま、永遠の箱庭でも作るつもりなのか。

203 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 18:01:07.67 ID:+A1qHAnT0
目的はさておき、怪物を除けるには別の方法、もしくは呪文が必要と考えた方がいい。
 そして、もう一つ。なぜ氷室霧絵は封印の前に放り出されていたのか。裂け目が見つけられないことに越したことはないのだ。
呪文の媒介者として必要だったのか、それとも――。
 思考に沈み込んでいると、近くで間の抜けた低音が聞こえた。
 音の源へ視線を向けると、ユカリが腹部を焦った様子で押さえつけている。指の隙間から似たような鳴き声が漏れた。
 その緊張感を欠いた音色に、水明は失笑した。
 この状況に巻き込まれてから六時間以上経過している。ろくに休憩もしていなければ、食事も摂っていない。一度意識すれば、
水明自身の胃も不満を訴えて捩り動こうとする。
 ユカリは無駄な努力を止めたようで、身体を脱力させて溜息を吐いた。

「……なんか、食べる気しないよね。今は普通だけどさ」

 短く詫びた後で、ユカリが囁いた。カウンターのラックに積まれたスナック類のことだろう。何の変哲もないが、
つい先ほどまで汚泥と錆に塗れていたことは想像に難くない。



204 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 18:02:40.08 ID:+A1qHAnT0
「まあな」

 同意を返すが、手に取りたくない理由はユカリが示したものばかりではない。
 頭をよぎるのは"黄泉竈食い"のことだ。黄泉の国の釜で煮炊きしたものを食べると、二度と浮世に戻ることは出来ない――。
 この町に有るものは、すなわちこの町が生み出したものだろう。人々の心を反映したとしても、それを仲介するのはあくまで町の力だ。
 では、町の力とは何なのだろうか。
 元々、この町は先住民にとっての聖地だった。すなわち、地脈や気と称される大地のエネルギーの強い場所であったと考えられる。
 だが、力そのものに意味はない。力の持つ性質は、その向かう方向に左右されるものだ。
 ヨーロッパからの入植による先住民の迫害、伝染病、刑務所で行われた処刑、そしてアレッサ・ギレスピーの起こした異界化――そうした忌わしい出来事によって力の方向が歪められてしまったのだろう。
 謂わば、何重にも折り重なった"死"に侵食されているのが今のサイレントヒルという土地だと言えるだろう。
 数多の死が土地そのものに影響を与えると言われても、気分的な問題以上の障害がないように思えるかもしれない。
 しかし、そうだとは限らないのだ。
 "穢れ"というものがある。目には見えないが、在ると信じられてきた。思想や宗教というよりも、日本人の文化や思考を形成する上での基盤の一つといってもいいだろう。かといって、日本固有のものではなく、ユダヤ教やイスラム教、
ヒンドゥー教などにも同質のものが多く見られる。
 "穢れ"は、"罪"と同様の物として並べられるが、簡単に言えば、人為的なものを"罪"とし、自然的なものを"穢れ"と大別する。神道に於いては、罪は"天津罪"と"国津罪"と二部され、前者は共同体を阻害する犯罪であり、
後者は人為的・自然的に人が疵付く事象を指す。"穢れ"は後者に該当する。
 "穢れ"を多く付着させた人間は祭事に関わることを禁じられ、人との接触すら制限されることとなった。人が生きている限り蓄積していくものだが、犯罪や病、出産の際にはより強く身体に付くとされた。
その最大のものが、死した際に付く"死穢"である。
 そして、重要なのは"穢れ"は伝染するということだ。 
 三大格式の一つである『延喜式』において、"死穢"は甲乙丙丁と強さが四段階に分けられている。そして、死人を出した――つまり、甲の"穢れ"に包まれた家に招かれ食事をした人間は、乙の"穢れ"に感染し、持ち帰った先の家族までが汚染される。
それ故に、人が死んだ場合には三十日の、
家畜が死んだ場合には五日の謹慎が定められていた。
 とはいえ、この伝染は人を介するごとに弱まり、期間を経れば消える。禊や祓を受けることで落とすこともできる。
 だが、消える暇もなく"死"が続いたとしたら、どうなるのだろうか。
 無論、そのような場所は世界中にある。

205 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 18:03:53.32 ID:+A1qHAnT0
 しかし、サイレントヒルは聖地となるほどの強い力を持つ土地だった。
 そして、おそらくはその力の流れが歪められ、"穢れ"を祓うのではなく、むしろ引き込む様な性質に変わっている。いわば、
サイレントヒルという地が一つの大きな付喪神に変じてしまった。
 行き場を無くした"穢れ"は払われることなく、土地に滞留し続けるだろう。それはやがて澱みのようになり、サイレントヒル全体がその中に沈んでいる。
 そうだとすれば、己たちは"穢れ"の中で呼吸し、動き回っていることと同義だ。
 頭をよぎるのは、先ほどまで町を侵食していた血錆のことだ。
 サイレントヒルは、土地そのものの記憶も反映するのだろうか。あの血錆は、土地を汚染する"穢れ"の象徴のようでもある。
 水明は自分の持ち物に視線を置いた。
 持ち物は町の変化に影響を受けない。これはシビルの経験から導き出せるし、影響を受けるならば町に入った時点で変化しているだろう。
町の所有物ではないから、影響の外にあると考えるのが自然だ。
 だが、"穢れ"は中に入ったものを汚染する。
 いずれは外から持ち込んだ物も町に囚われる。いや、物だけでなく、人間も――。
 また、情けない音が聞こえた。
 微苦笑を漏らし、水明は鞄からスナックバーを取り出した。そして、羞恥で俯いているユカリに手渡す。
入れっぱなしだったせいだろう、包装が潰れてしまっている。

「町に来る前に買っといたもんだ。見てくれは悪くなってしまったが、中身に影響はない」
「……加齢臭が染みついてそう」
「大人の魅力というんだよ、そういうのはな」

空気の中に、微かに甘い匂いが混じった。
 ふと、水明は違和感を覚えた。周囲に目立つ音は、ユカリの咀嚼する音だけだ。
 それ以外に目立つ音が聞こえない。周囲をうろついていた亡者たちの足音が――ない。天井の気配もなくなっている。
 ユカリも気づいたのか、気味悪そうに首を巡らせている。
 不気味な静寂が店内を包んでいた。

「……外に出てみる。長谷川はまだ中にいるんだ。外で何か起こっても、事態が落ち着くまで絶対に動くな」

206 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 18:04:36.36 ID:+A1qHAnT0
 ゆっくりと立ち上がり、水明は出口へと近寄った。
 ガラス戸から外を伺うも、霧の中にあるのは動かぬ家々の影だけだ。その光景は何処か空々しく映った。
 扉を開ける際、蝶番の軋みが酷く致命的な物音のように感じられた。しかし、予感と反して、
開けた途端に覆いかぶさってくる襲撃者などはいなかった。
 外に出た水明の周りで、霧が音もなく動いている。
 羽ばたきを耳が拾った。思わず屋根の下から出した顔を引っ込めるが、こちらに気付いた訳ではなさそうだ。羽音は遠ざかっていく。
 音は北から聞こえてくる。通りに出て見やると、湖畔に立つ街路灯の明かりの中で、何かを襲うように急降下する大きな影が見えた。
その真下では、複数の人影が霧の中に消えていく。
 通りに居たものたちは、何かを追いかけて行った。そのように見える。
 しかし、全ての亡者たちがある一つの獲物に惹きつけられるなどあるだろうか。
 だが、事実、通りから彼らの姿は消えている。耳を澄ますと、鳥の様な鳴き声が微かに響く。音の方角から推測するに、彼らは湖畔を東へと向かったようだ。
 わざわざ、彼らを呼び集めるようにして誰かが逃げているのか。
 この不自然な光景に水明は口を曲げたが、移動する好機には違いない。
 足早に店に戻って、ユカリを呼んだ。
 怖々とした足取りで、ユカリは水明についてくる。何もいないという状況を怪しむように、忙しなく彼女は周囲を見やっていた。
 ふと、ユカリの動きが止まる。
 釣られて、水明もまた通りの南へと視線を向けた。 
 霧の向こう――十数メートル先に人影が立っていた。詳しい容姿までは分からないが、十代半ばの少女のようだと判別できる。
 影はこちらに気付かれるのを待ってたかのように、一拍の間を置いて南へと去っていく。

「ミカなの!? ねえ!」

 そう叫ぶが早いか、ユカリが駆け出した。

「おい、待て!」

 引きとめようとするも、水明の手をユカリはすり抜けた。
 舌打ちして、水明はユカリの後を追った。思いのほか、彼女は健脚だった。髪を振り乱す彼女との距離は、想像以上に縮まらない。
 少女の影は、こちらを誘うように一定の距離を保ちつつ逃げ続ける。
 あれが、ユカリの知る岸井ミカであるはずがない。水明は彼女の容姿を見たことがないが、それだけは断言できる。
 どうして――この霧で"少女"と判別できるのだ。まるで、霧が少女を避けているようではないか。
 遠目だが、あの影は車の前に飛び出してきた少女と似ている――つまり、アレッサ・ギレスピーと。

207 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 18:06:04.40 ID:+A1qHAnT0
ユカリが呆然としたように呟いた。その場で膝をついた彼女から、水明は手を放した。
 随分と走ってしまったようだ。シャツのボタンを幾つか外して、上気する身体を落ち着かせる。
 水明は脇に目を向けた。
 アルケミラ病院と掲げられた建物が、鉄柵門の奥で威圧感を以て水明たちを出迎えていた。




【B-6/キャロル通り・アルケミラ病院前/二日目黎明】



【霧崎水明@流行り神】
 [状態]:精神疲労(中)、睡眠不足、空腹、頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。右肩に銃撃による裂傷(小。未処置)
 [装備]:携帯電話、懐中電灯
 [道具]:10連装変則式マグナム(10/10)、ハンドガンの弾(20発)、宇理炎の土偶(?)
     紙に書かれたメトラトンの印章、自動車修理の工具
     七四式フィルム@零〜zero〜×10、鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×6、食料等、本物のルールと名簿のチラシ、他不明
 [思考・状況]
 基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する。
 1:岸井ミカと式部人見を保護する。
 2:アレッサ・ギレスピーと関係した場所、および氷室邸を調査する。
 3:そろそろ煙草を補充したい。
 4:氷室邸は異界からの脱出口になるかもしれない?
 5:門の怪物を倒すには別の手段、もしくは呪文が必要?
 ※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます。
 ※胸元から腹にかけて太陽の聖環(青)が書かれています。

208 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 18:06:53.47 ID:+A1qHAnT0
【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
 [装備]:懐中電灯
 [道具]:太陽の聖環の印刷された紙@サイレントヒル3
     地図を書き込んだサイレントヒルの観光パンフレット、(水明が書き写した)名簿
     ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
 [思考・状況]
 基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
 1:ミカに会いたい。
 2:とりあえず水明の指示に従う。
 3:チサトを探したい。
 4:無事とはいえシビルが心配。

※キャロル通り付近に居たクリーチャーたちはネイサン通りの公園方面へ移動しました

代理投下終了です

209 :Obscure  ◇TPKO6O3QOM 代理:2012/08/07(火) 18:07:28.57 ID:+A1qHAnT0
備考追記です。


※表世界になったため、ナイト・フラッターはエア・スクリーマーに変化しました。

エア・スクリーマー

出典:『サイレントヒル』シリーズ
形態:多数
外見:ケロイドのような肌をした翼竜
武器:嘴と足の爪
能力:翼で飛行し、上空から急降下して噛みついたり、すれ違いざまに爪で攻撃を仕掛けてくる。
攻撃力★★☆☆☆
生命力★★☆☆☆
敏捷性★★★☆☆
行動パターン:普段は上空を飛び回っている。大きい個体は仲間を呼ぶ習性がある。
備考:ナイト・フラッターの表世界での姿。

210 :ゲーム好き名無しさん:2012/08/07(火) 21:23:07.49 ID:rMx2I8Sf0
代理投下乙であります!

211 :代打 MEMORY――隙間録・三上脩、加奈江編 :2012/08/17(金) 21:19:37.57 ID:R5pEHLjQ0
◆cAkzNuGcZQ氏作 

【 三上脩 】 夜見島/蒼ノ久集落/三上家二階 1976年某日 20時09分29秒




【 三上脩 】 夜見島/蒼ノ久集落/三上家二階 1976年某日 20時09分30秒




【 三上脩 】 夜見島/蒼ノ久集落/三上家二階 1976年某日 20時09分31秒




【 三上脩 】 夜見島/蒼ノ久集落/三上家二階 1976年某日 20時09分32秒




「あのね! おねえちゃんがきょうね、おねえちゃんのおかあさんのおはなししてくれたんだよ」

父親が整えている布団の中から、三上脩の幼い声が上がった。喜びの込められた純粋な声だ。
眠りに落ちる前のほんの僅かな時間。脩がその日一番の出来事を語るのは、三上家の日常的風景だった。

「ん?」
「かみさまがしんだの。そしたらおねえちゃんのおかあさんがうまれたんだって」
「はっはっは。神様か。おねえちゃんがそう言ってたのか?」
「うん!」

満面の笑みを浮かべて頷く脩に対し、父・隆平はぎこちない笑みを返していた。
“お姉ちゃん”――――数ヶ月前に夜見島港の岩場に流れ着いていた少女、加奈江の事だ。
少女は記憶を失っていた。身元を証明する様な私物も無く、その身に何が起きたのか、一体何処の誰なのか、未だに誰にも分からない。
脩が少女に妙に懐いてしまった事や、少女が隆平の亡き妻・弥生に瓜二つだった事等々の事情から、隆平には少女を捨て置く事は出来なかった。
故に発見したその日から、隆平の家で保護する運びとなり、今に至る訳だが――――その加奈江の言動や行動には、誰の目にも奇妙に映るものが多い。
少女が脩に対し、夜見島に古くから伝わる文献――とても一般的には知られていないはずの代物だ――の一部を詩として語っていた事もあった。
少女は一体何者なのか。隆平が少女の事を思い浮かべる度に頭をもたげてくる疑念。
この時にも同様だ。隆平の笑みの裏には、その疑念が生まれていた。




212 :代打 MEMORY――隙間録・三上脩、加奈江編 :2012/08/17(金) 21:20:26.18 ID:R5pEHLjQ0

「それでね、おねえちゃんのおかあさんはね」

隆平は話を続けようとする脩の頭に、緩やかに手を乗せた。
その眼差しは、加奈江の事を案じる気持ちとは裏腹に、優しく、暖かい。

「脩。もう遅いからな。お話はまた明日聞かせてくれるか?」
「わかった!」
「お休み、脩」
「おやすみなさい!」

脩が目を瞑ると、隆平は息子の頭を撫でていた手を静かに離して立ち上がった。
電気が消され、隆平が階段を降りていく足音のみが脩の寝る和室内に届く。
脩は閉じた目の中で加奈江から聞いた“お話”を反芻していた。
明日、父親に話して聞かせる事をとても楽しみに思いながら。




おねえちゃん おはなししてくれた

おおきいかみさま しんだ

おねえちゃんのおかあさん うまれた

いっぱいうまれた

おねえちゃんのおかあさん とんでいった

とおいところ しらないところ いっぱいとんでいった

おねえちゃんもいけないところ いっぱいとんでいった



みかみしゅう 4さい




213 :代打 MEMORY――隙間録・三上脩、加奈江編 :2012/08/17(金) 21:22:25.93 ID:R5pEHLjQ0







【 加奈江 】 夜見島港/沖合 1976年08月03日 05時46分46秒




【 加奈江 】 夜見島港/沖合 1976年08月03日 05時46分47秒




【 加奈江 】 夜見島港/沖合 1976年08月03日 05時46分48秒




【 加奈江 】 夜見島港/沖合 1976年08月03日 05時46分49秒





空が明るさを増していく。
海面に浮かぶ加奈江に、朝日は容赦無く降り注ぎ、身体を徐々に焼いていく。
身を隠す場所は無い。全身を包む海水は黒衣の代わりにはなりはしない。もう加奈江が助かる望みは何処にも無い。

だが、それを選んだのは他ならぬ加奈江自身だ。
母の力を受け入れて母の元へと帰還する。その道も無い訳では無かった。
帰還してさえいれば、こうして光に焼かれる事も無かったのだが――――。

脩。
脩を、守りたい。
脩を、母の住む世界――――虚無の世界へと送り、殻として扱いたくはない。
加奈江はその一心で、母を裏切り、帰還を拒んだのだ。

島民達に追い詰められ、海へと落下した場所が灯台付近だったとはいえ、その灯台にあった小舟が流される二人の側に漂ってきたのは本当に幸運だった。
脩を助ける為の唯一の希望。身体に残された力を振り絞り、どうにか小舟まで泳ぎ切り、脩をそれに乗せる事には成功した。
あいにくそこで力尽き、自らが乗り移る事は叶わなかったが、構わない。舟の上だろうと下だろうと、どうあれ加奈江が陽光から身を守る手段は無いのだから。
残る不安は――――救助隊に発見されるまでの間、脩の体力が持つかどうか。
それは運次第となってしまうだろうが、出来るだけの事はした。助かって欲しい。助かってくれるはずだ。そう祈るしかない。

214 :代打 MEMORY――隙間録・三上脩、加奈江編 :2012/08/17(金) 21:23:24.62 ID:R5pEHLjQ0
加奈江は安らかに両目を閉じた。
これでもう、鳩としての使命も終わりだ。
陽光に曝された身体は、数分もしない内に全てが焼き尽くされるだろう。
呆気無いと言えば、実に呆気無い最後だ。自分が帰還しなかった事に、母は落胆しているだろうか。
それでも加奈江には後悔は無い。
このまま消滅しても。母を裏切る結果となってしまっても。
脩を、守りきれた。それだけで、充分だ。
脩の安否以外には、後悔も、未練も、加奈江の中には無い。

――――ただ。
加奈江の脳裏には、とある疑問が生じていた。
それはあの赤い津波の中での事。
あの津波は、母が自分を呼び戻す為に引き起こした現象だ。
津波そのものは幻に過ぎないが、現世に干渉する母の力が形として現れたものだ。それは、間違いない。
しかし、あの時。
加奈江が赤い津波に呑み込まれ、写し世へと流れる濁流の中で脩を守ろうと必死に抗っていた時。
濁流の中に、“母のものとは異なる力と意志”が紛れ込んでいた事に、加奈江は気が付いたのだ。
母の力が、巻き込まれた島民達を写し世へと引きずり込んでいく最中に、その異なる力が確かに“写し世ではない何処か”へと通じる入り口を開いていた。

加奈江には心当たりの無い、謎の力と意志。
母のものとも、出来損ないの屍霊達のものとも違う力だったが、それでもあの力からは、何処か母と近しいものを感じ取れた。
そして、あの意志からは、何処か加奈江のものと似た想いが感じ取れた。


加奈江と、似た想い――――。
加奈江の、脩に対する想いと似た――――。


あれは――――そう。
誰かに対する、思慕、だったのではないか――――。




しかし、一体あれは、何者の力と、意志だったのか――――。


215 :代打 MEMORY――隙間録・三上脩、加奈江編 :2012/08/17(金) 21:24:34.50 ID:R5pEHLjQ0










閉じていた瞼が光に焼かれ、溶け落ちて。視界が無理矢理に開かれた。
脩が小舟から、加奈江を見つめていた。
何が起きているのかまでは理解し切れていないだろうが、溶けゆく加奈江の身体を、脩が見つめていた。

「脩、見ちゃダメ」

後悔も未練も無かったはずが、たった今生まれた悔いがあった。
このままでは脩に、自身が人間ではないと悟られてしまう。
脩に、泥々に溶解する自身の身体を見せつけてしまう。
それだけは、どうしても嫌だった。

「見ないで」

脩には、醜く消える姿を見られたくなかった。
怯えさせたくなかった。
嫌われたくなかった。
だが、今の加奈江に残された力は無い。
願いを口に出す事すら、加奈江にはもう、出来なくなりつつあった。

「脩、見ないで」

それが最後の言葉となった。
海水と同化する様に、自らの身体が溶けていく。
意識もまた、同様に。


暗く落ちる意識の中。加奈江は、見ないで、とそれだけを願っていた。


脩が見つめ続ける中。加奈江は、ただそれだけを願っていた。






――――Continue to SIREN2


216 :ゲーム好き名無しさん:2012/08/17(金) 21:26:20.71 ID:R5pEHLjQ0
以上です。
名前欄が長さで拒否られたので、変則的に代打で

217 :ゲーム好き名無しさん:2012/08/25(土) 15:08:25.22 ID:GS2MDrya0
第3回(?)ホラゲロワラジオは、8月31日(金)の20時〜22時の予定
ラジオの聴き方
ttp://blog.livedoor.jp/ladio_guide/archives/13606126.html

質問等ありましたらこちらに!
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/13999/1298088418/448-450

218 :代理 ◇cAkzNuGcZQ:2012/08/26(日) 21:20:40.56 ID:ih2062WR0

窓の外には、真っ白い霧が充満していた。
目を凝らしても、映るものは流れゆく霧の動きと、流れの隙間に時折見える木々の陰ばかり。
相変わらずの、ホワイトアウト。“レイクビュー”とは名前負けも良いところだ。
本来は静かで美しい湖畔の景観も、これでは誰かの心を安らげる事は出来そうにない。

やはり、それも――――私のせいなのだろうか。
ホテルの図書室で、木製の小さな椅子に腰を落ち着かせたまま、私はこれまでの経緯を振り返る。
町の異常や、町を跋扈する怪物は、自分と何かしらの関係がある。薄々は勘付いていた事だ。
それと同じく、町に到着してから一度として晴れる事の無かったこの不自然すぎる濃霧も、やはり自分と関係していたのだろうか。

目を背けていたかった現実を覆い隠そうとしていたのか。
それとも無くしてしまった記憶を追いかける焦燥感が形となって現れていたのか。
いや、どちらにしても既に私は現実を理解している。
妻との――――メアリーとの思い出が残るあの部屋で。つい先程確認したビデオテープの映像で、全ての記憶は取り戻されている。
それでも、未だに霧は晴れていない。町も私も、怪異から開放されていない。記憶を取り戻しただけでは、終わらないのだろうか。

――――当然か。結局私は、肝心な事は何も成していないのだから。

耳につけているヘッドフォンの音が途絶えてから、どれくらい経ったのだろう。
聞かされていたのは、絶望と苦痛の始まりの声だった。
妻の担当医から、彼女の余命を告げられた、三年前のあの日の思い出。
もう記憶は取り戻しているというのに。この場で改めて現実を突き付けられて。
呆けた様に眺める霧の中には、この三年間の苦しみが映像となり、走馬灯の様に移り変わって。
最後に浮かんだものは、もう誰の温もりも感じられない、空っぽになってしまった冷たいベッドだった――――。

やはり、向き合わねばならない。
自分の心に対して。そして、死なせてしまった――――いや、殺してしまった妻に対して。
けじめをつけない限りは、この怪異は恐らく永遠に終わりを迎える事は無いのだ。
それが例え、どの様な結論であり、どの様な結末に至ろうとも。決着は、私自身でつけなくてはならない。

私はゆっくりとヘッドフォンを耳から外し、デスクの上に戻した。
そしてナップザックをデスクの上に置き、中から道具を一つ一つ取り出して並べていく。

ブルー・クリーク・アパートの一室で見つけた、『白の香油』。
ガソリンスタンドに置き忘れられていた、『書「失われた記憶」』。
歴史資料館の割れたガラスケースに展示されていた、『黒曜石の酒杯』。
そして、この図書室でつい今しがた手に入れた、『赤の祭祀』。

町をさ迷い歩く中で、何故だか手にしてしまった道具の数々だ。
その理由も、今ならば分かる。
私は惹かれていたのだ。この町の、とある伝承に。




219 :代理 ◇cAkzNuGcZQ:2012/08/26(日) 21:24:14.52 ID:ih2062WR0



この町は、サイレントヒル。

ここには古から伝わる神達と、それを崇める人々がいた。

彼らは、力を持っていた。非現実的な――――死をも否定する力。

死者を、甦らせる事の出来る力。



もしもその伝承が真実であるならば――――。
トルーカ湖の中央辺りに浮かぶという離れ小島で、これらの道具を用いて死者蘇生の儀式を行えば、メアリーは、還ってくる。

私は、それを求めてしまった。
現実から逃げ出して、都合の良い記憶を作り出し、己の醜さからは目を背けていたくせに。
心のずっと奥底では、妻が甦り幸福だったあの頃を取り戻すという希望を求めていたのだ。



――――そんな事が、許される筈もないのに。



妻の顔に枕を押し付けた時。
枕の下で必死に抵抗していた彼女の力強さは、今の私の手には鮮明に蘇る。
あの痩せ細っていた身体のどこにそんな力を残していたのか。
それは、気を抜いてしまえば私の方が押し負けてしまう程に強い力だった。

三年間の闘病生活で体力などすっかり失われていた筈なのに。
死にたくない。
生きていたい。
その想いを剥き出しにして、メアリーは最後の時まで力強く抵抗した。

そんな、本心では決して死など望んでいなかったメアリーを。

薬の副作用と死の恐怖に苦しみ、外見も性格も醜く変わり果ててしまったメアリーを見ている“私”が辛いから。
治る見込みなど無いメアリーを、いつまでも介護していなくてはならない地獄の様な日々から“私”が解放されたいから。

そんな、己の醜いエゴで殺しておきながら――――あまつさえ、そうする事がメアリーの為なのだと、その責任すら転嫁しておきながら。
彼女と共に幸福に生きる未来を求める事など、許される筈がないではないか――――。




220 :代理 ◇cAkzNuGcZQ:2012/08/26(日) 21:25:49.60 ID:ih2062WR0


デスクに並べた道具を一瞥し、私はもう一度窓の外に目を向けた。
記憶は全て取り戻した。
この町に来た本来の目的も。
妻が今どこに居るのかも。
その目的の為には、儀式の道具は必要ない。私には、その資格もない。
このまま、ここに置いていこう。

そして、そろそろ向かわなくてはならない。
この先で“私の中のメアリー”が待っている筈なのだ。
これ以上逃げている訳にはいかない。答えを出しに行かなくては。
一面が乳白色で覆われているこの殺風景な霧の世界も、それで晴れてくれると良いのだが。
妻との思い出の景色をこのままにしておくのは、とても忍びないのだから。

私は立ち上がり、図書室の扉を開いて――――。













――――それが、十時間程前の出来事。




221 :代理 ◇cAkzNuGcZQ:2012/08/26(日) 21:27:24.43 ID:ih2062WR0
私が図書室を出て、異形と化した妻の幻影と対峙し、そして当初の目的――――トルーカ湖での入水自殺を果たしてから、岸辺で目を覚ますまで。
時間にしてみれば半日も経過していない筈だった。

その間に、一体何が起きたというのだ。

現在の時刻は、午前二時半を回ったところだった。
私は今、再びレイクビューホテルの図書室に戻って来ていた。
いや、“戻って来た”という表現が正しいのかどうかは良く分からない。
レイクビューホテルは、本来とは全く別の場所に存在していたのだから。

そうだ。今は何故か、このサイレントヒルの町並みが変化しているのだ。
濃霧に包まれた岸辺で意識を取り戻し、訳の分からぬままに町の中に戻り、さ迷い歩いて、私はその事に気が付いた。
このホテルもさっきまでは湖の北岸にあった筈だが、今はどういう訳だか湖の東側に存在している。こうして辿り着いたのは、はっきり言えば全くの偶然だ。
その時点では、本当にここが私がさっきまでいたレイクビューホテルなのかどうかも断定は出来なかった。
私がこの図書室まで戻って来たのは、それを確かめる為でもあったのだ。――――いや、他に向かう宛が無かったのも事実なのだが。

そして結論を言えば、位置は変化していても、ここは間違い無くあのレイクビューホテルの様だ。
図書室内の書物も、デスクの上に置きっぱなしのヘッドフォンも、動かした椅子の位置も、私が最後に触ったままの形で残されていた。
建物の間取りも、覚えている限りの範囲では違和感は無い。ここが別のホテルだという可能性はまず無いだろう。

ただ一つだけ、この図書室内にはさっきとは異なる部分があった。
確かにデスクの上に置いた筈の二つの道具と、二冊の本。
死者蘇生の儀式で使用する道具と本が、全て消えて無くなっていたのだ。
どうやら誰かが持ち去ったらしいが、あれらの道具の意味を知っての事だろうか。
誰かが誰かを甦らせようとしているのだろうか。
だとしたら――――。

――――いや。
それは私にとっては大した事ではない。
あれらの道具が何処に消えようと。誰が使おうと。私にはもう関係は無い。
重要なのは――――こちらだ。

私は顔を上げ、窓の外の濃霧に目を向けた。

そう。
重要なのは、こちらだ。
怪異は、今もなお続いている。
終わっていないどころか、その度合いを増している様に思える。
どういう事だ。
私はまだ、罪を償えていないという事なのだろうか。
まだ、思い出せていない記憶があるのだろうか。
それとも、今度こそ私は狂ってしまったというのか。
或いは――――これは私とは無関係の事なのか。




222 :代理 ◇cAkzNuGcZQ:2012/08/26(日) 21:28:30.87 ID:ih2062WR0



分からない。
私には、何も分からないが。
とにかく、私は戻るしかないのだろう。

もう一度。
この町の中へ。
この、真っ白い霧の中へ。

私の罪が許されたのかどうかを知る為に――――。






【D-3/レイクビューホテル/OPより約14時間前】


【ジェイムス・サンダーランド@サイレントヒル2】
 [状態]:困惑
 [装備]:無し
 [道具]:黒革の手帳
 [思考・状況]
 基本行動方針:怪異の原因を突き止める
 1:私はまだ許されていないのか……?




――――Continue to Silent Syndrome




223 :代理 ◇cAkzNuGcZQ:2012/08/26(日) 21:30:23.38 ID:ih2062WR0
【アーカイブ解説】

【白の香油@サイレントヒル2】
ガラス瓶に入った白く濁った香油。
Rebirthエンドを見る為の必須アイテム。



【黒曜石の酒杯@サイレントヒル2】
黒曜石で作られた古めかしい杯。
Rebirthエンドを見る為の必須アイテム。



【赤の祭祀@サイレントヒル2】
ある古き神について書かれている。
Rebirthエンドを見る為の必須アイテム。

語れ。
我は真紅のものである。

嘘と霧は、彼らではなく、また我である。
汝らは我が一人であることを知っている。
そう、一人は我である。

おお、信じる者よ。
四百の僕、七千の獣と共に
言葉を聞き、そして語れ。
太陽の下にあっても、
それは忘れてはならない。

無限の盲目と降り注がれる矢、
それは我の復讐である。

枯れ行く花の輝きと否定される死者、
それは我の祝福である。

汝らは我と我の司る全てを
沈黙のうちに称えよ。

赤き心臓の四方へ放つ誇り高き香りよ。
白き酒を満たす杯、全てはそれに始まる。


224 :代理 ◇cAkzNuGcZQ:2012/08/26(日) 21:31:54.77 ID:ih2062WR0
【書「失われた記憶」@サイレントヒルシリーズ】
この町やその近辺の伝承や歴史について書かれている。
サイレントヒル2ではRebirthエンドを見る為の必須アイテム。
サイレントヒル2・マリア編やサイレントヒル3にも同様のアイテムが登場する。

一、
その名前は、この土地を奪われ、そして追われた彼らの伝承に由来する。

『静かなる精霊眠る場所』、ここでいう精霊とは自然世界における構成要素であり、同時に死者であり、崇めるべき存在だという。
そしてこの伝承は、そう呼ばれるこの土地が、神聖な祭祀のための場であったと語る。

しかし最初に彼らからこの土地を奪い、移住したのは、今この町に住んでいる人々の祖先ではない。それより前にも、移住者たちはいた。
その時は、この町は別の名前であった。だが、それが何という名前なのかは、記録はなく、知る者もいない。
わかっているのは、その名前があったということ、そしてこの町が何らかの原因により、一度は放棄されたということだけである。

二、
根強く期待――それは信仰と言い換えても良い――されているのは、『死者の復活』という奇跡である。

光落ちた丘の上で獣は歌う
その言葉は血に、
その滴は霧に、
その器は夜に
かくして墓は、ただの野に変わり
すべての民は再会の怖れと喜びにふける
スチェルパバの救いの下に
私は迷わず

古い伝承の中にもそれは語られる。
元々、この宗教では必ずしも死は終わりではなく、死者は過去の存在ではない。
死は人を精霊あるいは自然へと帰す通過点でしかない。それも可逆な変化である。




225 :代理 ◇cAkzNuGcZQ:2012/08/26(日) 21:33:26.16 ID:ih2062WR0
以上で投下終了です。
タイトルは「Born From A Wish――隙間録・ジェイムス・サンダーランド編」です。

226 :ゲーム好き名無しさん:2012/08/26(日) 21:34:20.83 ID:ih2062WR0
内裏終了でおじゃる

227 :ゲーム好き名無しさん:2012/08/31(金) 19:59:10.65 ID:FAf9Di2n0
ホラゲロワラジオ

ttp://www.ladio.net/src/dYqT
アドレスはこちら!


228 :ゲーム好き名無しさん:2012/08/31(金) 20:24:34.18 ID:FAf9Di2n0
新アドレスはこちら

ttp://www.ladio.net/src/dYrk

229 :ゲーム好き名無しさん:2012/09/10(月) 17:11:08.76 ID:0/W7B4SK0
初めまして、そうでない人はお久しぶりです。
現在、投票で決めた各パロロワ企画をラジオして回る「ロワラジオツアー3rd」というものを企画しています。
そこで来る9/22(土)の21:00から、ここを題材にラジオをさせて頂きたいのですが宜しいでしょうか?

ラジオのアドレスと実況スレッドのアドレスは当日にこのスレに貼らせて頂きます。

詳しくは
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/5008/1175356039/367
をご参照ください。

230 :R-0109 ◆FRuIDX92ew :2012/09/10(月) 17:12:33.95 ID:0/W7B4SK0
トリキー失念……とりあえずRPGのトリップで代用させていただきます

231 :ゲーム好き名無しさん:2012/09/11(火) 12:20:40.82 ID:1tRJryx/O
日程決まりですか! 楽しみにしております!

232 :ゲーム好き名無しさん:2012/09/11(火) 20:27:36.74 ID:weMsab+00
楽しみですー

233 :ゲーム好き名無しさん:2012/09/15(土) 09:29:20.26 ID:ejmGsiGo0
今期月報であります!

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
126話(+3)    27/50 (- 0±0)  54.0 (- 0.0)

234 :内裏 ◇czaE8Nntlw:2012/09/17(月) 19:57:13.25 ID:6S90SECc0
一面を白く染める霧を懐中電灯の光が丸く切り裂いていく。
ハリー・メイソンは隣を歩くともえの横顔をチラリと眺めると、再び視線を前に戻した。
彼女が着いて来ると聞いた時に感じたのは頼もしさではなく不安だった。恐らくそれは彼女も同じことだろう。民間人が連れ添って行動するより、警察官であるジル達と行動した方が安全なのは言う迄もない。
ただ、自分には我が身の安全を確保するよりも大切な事があった。それは背中の彼女の事であり、愛娘の捜索でもある。
トモエも同じように何か胸に抱くものがあるのだろう、そうでなければ戦闘経験のない一般市民と行動を共にするといった不利益な行動を取るはずはない。生憎とそれが何なのかを伺い知る事は出来ないが。

「どうして…ケビンはあんなことをしたのかしら。」

不意にトモエが口を開いた。本人は気丈に振る舞っているつもりだろうが、彼女がショックを受けているのは誰の目にも明らかだ。
彼女はケビンの死に際して自身に少なからず責任があると考えているようだが、責任があるという点では自分も同じ、あの場にいた全員が責任者だ。
何せ、彼の死をただ見ていることしか出来なかったのだから。


235 :内裏 ◇czaE8Nntlw:2012/09/17(月) 19:58:05.26 ID:6S90SECc0

「彼のことかい?」
「ええ…どうして、ケビンは自分が死ぬと分かってるのにあんな無茶をしたのかしら。……勘違いしないでね、ハリー。私は彼の後を追うつもりはないから。」
「それは安心したよ。私の“目”になってくれるんだろう?目を失っては私も困るからね。」

微笑みを返しながらハリーは言った。
彼が何故あのような行動に出たか。彼と親しかった訳ではないし、どのような性格であったかという事さえ知らない。だから彼が命を失った時にも憐れみの情を抱きこそすれ、悲しいとは思わなかった。
ただ、彼の決意は自分のそれと似通っていたのかもしれない。
自分も、トモエも。そしてケビンも。
何故進んで自分の身を危険に晒す?
まるで自分の命などいらない、くれてやると言うように。そこまでして守るべきものは?

「…私は彼についてよく知らない。君やジル程長い間一緒にいた訳でもないし、ジムのように友人だった訳でもない。でもね、彼の考えた事が少しだけ解るような気がするんだ。」
「どういう事?」
「私は、人間には譲れないものが一つはあると思うんだ。
私にとってのそれは娘だ。私は娘の為ならなんだってする。自分の命だって惜しくはない。
彼はきっと、譲れないものを守ろうとしただけなんじゃないかな。…慰めにしか聞こえないかも知れないが、彼のお陰で私達はここに生きていられるんだ。」
「譲れないもの…?」
「そうだ。君にもあるはずだよ。そうでなければわざわざ私に着いて来たりしないだろう?」

ハリーに疑問を投げ掛けられたともえは一瞬だけためらい、帯に挿した拳銃のグリップをなぞりながらはっきりと告げた。

「私は、ケビンに守ってもらったから。だから私はケビンの代わりに誰かを守ってあげようと思ったの。
ケビンの代わりに誰かを守ってあげる事が、私の“譲れないもの”よ。」
「感謝する。私も、私の譲れないものを早く見つけてやらないとな。」
「ええ、私も……!?
ハリー、あれ!!」

ともえの叫び声にハリーは内心舌打ちしながら振り返った。すぐ前方、15メートル程先にナース服を着たモンスターが歩いている。

(こんなに近くに…霧の所為で気付かなかったか……。)

ハリーは内心で舌打ちしながら振り返った。ミヤコを背負っている状態では銃を撃てない。銃の初心者であるトモエの射撃もあまり期待出来ないだろう。
だが、幸いにも相手は自分達に気付いていない。ならばこのままどこかに隠れてやり過ごすのが得策だ。



236 :内裏 ◇czaE8Nntlw:2012/09/17(月) 19:59:20.07 ID:6S90SECc0

「よし、トモエ。あいつの視界は見えるか試してくれるか?」
「ええ…やってみる。」

しゃがみながら小声でともえに告げる。

「………ダメ。何か変なもので覆われてるみたい。」
「そうか…仕方ないな。なら」

少しここで隠れていよう、と言おうとしたハリーの声は突然の爆音に掻き消された。
爆音の発生源であろう大型の白バイは先程までそこにいたモンスターを断末魔と共に轢き潰し、呆気にとられるハリーの目の前に停車した。流れるような動作でバイクを降りた運転手は無言のままともえに向けて拳銃を構え、引金を引いた。

鈍く重い音を立ててともえの真後ろで先程とは別のモンスターが倒れる。それを確認した運転手はヘルメットを外し、ハリーに再会の挨拶を行った。

「久しぶりね、ハリー。相変わらず元気そうじゃない。」
「シビル!?シビルか!?」






「緊急事態とはいえ、恐がらせてごめんなさいね。トモエさん。」

互いに自己紹介を終えた後、シビルはともえに非礼を詫びた。

「大丈夫。助けてもらったんだから、文句は言わないわ。」
「そういってもらえるとありがたいわね。…ところでハリー、貴方は何故ここに?」

あの奇怪な名簿に名前があった以上ハリーがもう一度サイレントヒルへ来ているであろう事は容易に予想出来たが、その理由が分からない。
娘を失った忌々しい土地に再び来訪する理由が。

「娘を探しているんだ。さっきも言っただろう。そうだ、この辺りで娘を見かけなかったか?」
「娘さん…?いえ、見かけてないけど……。」

おかしい。
ハリーは数年前に娘を失ったはずだ。それもこのサイレントヒルで。なのにこのハリーは未だに娘を探し続けている。

237 :内裏 ◇czaE8Nntlw:2012/09/17(月) 20:04:11.09 ID:6S90SECc0
(このカミカクシの正体はタイムスリップのようなもの、ね…。)

キリサキの言っていた言葉が頭をよぎる。もしハリーが自分よりも過去の存在だとすれば、娘の死に気付いていないのも合点がいく。

しかし、この状況をハリーに対してどう説明すれば良いのだろうか。突然現れて娘の死を告げたところで、彼がそれを信じるとは到底思えない。

(そういえば、死んでいない可能性もあるんだっけ…。)

アレッサが現在も教団によって生かされているというキリサキの推理。本人は推測に過ぎないと言っていたが、もし当たっていたとしたら………。
とりあえず、今この話をするのは止めておこう。ハリーの為にも、自分の為にも。
バイクに寄りかかりながら思案するシビルの横で、ハリーは美耶子を背負い直した。

「彼女は?娘さんじゃなさそうだけど。」
「この子はもう死んでいるんだ。少しの間一緒にいたから、放っておくのも忍びなくてね。」
「ああ…。それで教会に?」
「いや、それだけじゃない。娘が教会に行くと言っていたのを聞いていた人がいてね。」
「なんですって!?」

有り得ない、と叫びそうになるのを必死で抑える。
…どうやら最悪の形でキリサキの推理は当たってしまったらしい。“自分に”届いた手紙と僅かな情報を頼りに教会を目指したハリー。恐らく彼女はまだ“生かされて”いて―――――

(私達を引き合わせようとした、のかしら…。)

「この辺りにシェリルはいなかったんだろう?なら教会の中にいるかも知れない。」
「ハリー、待ちなさい。私も一緒に行くわ。」

既に教会のドアに手を掛けているハリーを押し退け、ドアノブを握る。片手は拳銃を握ったままだ。

(さて……アレッサ、今度は何を伝えたいというの?)

中で待ち受けるのは、アレッサか、『ヘザー』か。あるいはもっと恐ろしいものかも知れないと思いながら、シビルはドアを開けた―――――。



238 :内裏 ◇czaE8Nntlw:2012/09/17(月) 20:04:59.73 ID:6S90SECc0
【C-2/教会玄関前/二日目 黎明】



【シビル・ベネット@サイレントヒル】
 [状態]:精神疲労(中〜大)、肉体疲労(小)
 [装備]:SIG P226(2/15) [道具]:旅行者用バッグ(武器、食料他不明)、グレネードランチャーHP LV4(炸裂弾5/6)@バイオハザードアンブレラクロニクルズ、白バイ、スタンレー・コールマンの手紙と人形
     白バイのサイドボックス(炸裂弾:13、アグラオフォテス弾@オリジナル:23、他不明)
 [思考・状況]
 基本行動方針:要救助者及び行方不明者の捜索
 0:アレッサとヘザーには何か関係が?
 1:ハリー、ともえと教会内部を探索
2:その後キリサキ、ユカリと合流する
 3:前回の原因である病院に行く
 4:ハリーに過去のサイレントヒルでの出来事を伝える

※風海達と情報を共有しました。
 ※白バイのサイドボックスに道具が入っているようです。
  サイドボックスの容量が普通だとは限りません。
※ハリーが自分と異なる時代から来ていることに気付きました。
※アレッサが自分とハリーを教会に呼び寄せたと思っています。


【ハリー・メイソン@サイレントヒル】
 [状態]:健康
 [装備]:ハンドガン(装弾数15/15)、神代美耶子@SIREN
 [道具]:ハンドガンの弾(20/20)、栄養剤×3、携帯用救急セット×1、
     ポケットラジオ、ライト、調理用ナイフ、犬の鍵、
 [思考・状況]
 基本行動方針:シェリルを探しだす
 0:シビル、ともえと教会内部を探索
1:美耶子を安置する
 2:学校に向かう
 3:機会があれば文章の作成
 4:緑髪の女には警戒する


239 :内裏 譲らぬ決意 ◇czaE8Nntlw:2012/09/17(月) 20:05:41.22 ID:6S90SECc0
【太田 ともえ@SIREN2】
 [状態]:右頬に裂傷(処置済み)、精神的疲労(中)、決意
 [装備]:髪飾り@SIRENシリーズ、ケビン専用45オート(7/7)@バイオハザードシリーズ
 [道具]:ポーチ(45オートの弾(9/14))
 [思考・状況]
 基本行動方針:夜見島に帰る。
 0:ハリー、シビルと教会内部を探索
1:ケビンの代わりにハリーを守る
 2:夜見島の人間を探し、事態解決に動く。
 3:事態が穢れによるものであるならば、総領としての使命を全うする。
 ※闇人の存在に対して、何かしら察知することができるかもしれません
 ※幻視のコツを掴みました。

240 :ゲーム好き名無しさん:2012/09/18(火) 21:16:36.50 ID:pHrRXqGN0
代理投下乙でありました!

241 :ゲーム好き名無しさん:2012/09/22(土) 21:03:06.74 ID:tUUlxNzs0
ロワラジオツアー3rd 開始の時間となりました。
実況スレッド:http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/5008/1348314738/
ラジオアドレス:http://ustre.am/Oq2M
よろしくおねがいします

242 :ゲーム好き名無しさん:2012/11/15(木) 00:30:25.12 ID:tmBqRmLd0
今期月報であります!

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
127話(+1)    27/50 (- 0±0)  54.0

243 :ゲーム好き名無しさん:2012/11/24(土) 19:01:00.81 ID:iQ0UfjB50
君は野心家のようだ。しかし高価なバックに安物の靴とは野暮な格好だ。
都会に憧れる田舎娘――栄養が良く背は伸びた。……しかし両親は貧しい階層だ。そうだろ?
ウェスト・バージニアの訛りが少し残っている。君の父上の仕事は? AA職人じゃないか?
君はいつもスレッドの目次を引いた。そして車の中でスレの保守。でも、そんな生活から逃げたかった。
だからFBIに飛び込んだ……

244 :ゲーム好き名無しさん:2012/12/18(火) 23:42:06.47 ID:khEhwk+f0
代理投下します

245 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/18(火) 23:42:56.92 ID:khEhwk+f0
夢と現の、曖昧な境目。
不安も、苦痛も、安らかな浮遊感の中へと溶けて薄まる微睡みの世界。
今、彼が体感している感覚は、その心地良さに近しいものだった。

月明かりも街灯も無く、ただ暗闇に覆われているはずの街は、幻想的な光で彩られている。
小さな、優しい光。
街の中を緩やかに漂う、無数の発光体。
エンジェルやフェアリーの姿を連想させるその光は、時には地面から。時には何もない中空から。
何処からともなく現れて、何処へともなく消えていく。

まるでファンタジー映画の世界にでも迷い込んでしまったかのような風景だ。
警察署で意識を取り戻した時から見えていたそれは、今では一層美しさを増していて。
眺めているだけでも安らぎに包まれる様で。

すぐ側を舞う光の一つに、吸い寄せられるように彼は手を翳していた。
軌道を遮るように広げられた掌。軌跡のままに中空を泳ぐ光は、掌に重なるも――――触れる事無く、すり抜けていく。
彼の虚ろな瞳は、そのままただ何となしに光を追った。
光は気紛れに宙を舞いながら、遠ざかる。
やがては闇と同化するかの様に、その輪郭を朧気なものとし、消えていく。

その光と入れ替わる様に、彼の瞳が捉えたものがあった。
光の消えた先。交差する通りの反対側に、一つの人影が見える。
男、だろう。何やら黒い布を纏っている。
こちらには気付かずに通りの奥へと向かっていくが――――あれは、『仲間』だろうか。
幻想的で、安らぎに満ちた世界を共に生き、やがては大いなる存在の元で一つとなる『仲間』なのだろうか。
それとも、まだ『こちら側』には来ていない者か。そちらの可能性も、充分に有り得る。
もしもそうだとしたら――――。

彼は恍惚の笑みを浮かべ、男の後を追うように足を踏み出した。
もしもそうだとしたら、導いてやらねばならない。
あらゆる苦しみの無くなる、安らぎに満ち溢れたこの美しい楽園への道へと導いてやるのだ。
仲間を増やす事。
それが、彼や『仲間達』が遥か彼方、この街ともまた異なる世界に住まう大いなる存在から与えられた使命なのだから。

246 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/18(火) 23:44:12.61 ID:khEhwk+f0
男は暗闇にそびえ立つ建物の前で足を止めた。
建物の門を奇妙そうに見上げる男の横顔が、彼の眼に映る。
何処か、覚えのある顔だった。彼はあの男を良く知っている。そんな気がした。
だが、男が誰なのか。それを思い出そうとするよりも早く、彼は右手のハンドガンの銃口を向けていた。
男が誰であれ、思い出す必要は無かった。男は『仲間』ではない。それだけが分かれば、用は足りる。
『仲間』ではないなら、こうして『仲間』に引き入れる。それだけの事だ。

ハンドガンの照準が、男の身体に合わさった。
もうすぐあの男は、この素晴らしい世界を共に分かち合う『仲間』の一人となれる。
引き金に乗せた人差し指に、ゆっくりと力が込められていき――――。

「……………………ンァ?」

ふと、一つの抵抗を覚えた。
何かが気になる。何かが躊躇われる。
目の前に掲げたハンドガン。
何かしらの抵抗を、それに覚えた。

このハンドガンは本当にこう使うべきなのかと。
自分の使命は本当にこうする事なのかと。
何かが訴えかけている。

こう使う、とは。
使命、とは。
自分は今、何故あの男を狙っている。
あの男を撃つ事は、本当に自分のやる事なのか。

違う、気がしていた。
ゆっくりと、男から銃口を外し、彼は戸惑いの眼差しで手の中のハンドガンを見つめ直した。
そのハンドガンは――――ベレッタM92F。
ありふれてはいるが、彼の誇りとも言える拳銃。
彼と共に幾多の使命をこなしてきた拳銃だ。

247 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/18(火) 23:45:04.12 ID:khEhwk+f0
誇り。
使命。
それは、何の。
それは『仲間』を増やす事だったか――――いや、違う。

ベレッタM92F。
そう。それは殺戮を行う為のものではない。
それは、人々を助けるもの。彼の手の中で、幾度となく人々を守ってきた彼愛用の拳銃なのだ。

己の誇り――――警官としての、誇り。

己の使命――――人々を守る、使命。




そうだ。




自分は――――――――――――――――。

248 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/18(火) 23:46:06.34 ID:khEhwk+f0
「…………はっ」

大きく息を吸い込み、マービン・ブラナーは夢見心地の世界から抜け出した。
やや朦朧としている意識。今の感覚は一体何だ。夢、だったのだろうか。
状況が掴めない。自身が今、何処に立っているかも分からず、マービンは首を巡らせる。
後ろを見れば、赤い湖が視界いっぱいに広がっていた。そこは、橋のすぐ側の十字路だった。

――――そうだ。
自分は、署に向かう為に通りを引き返し、橋を渡ろうとして――――そこで精神に変調をきたしたのだ。
原因は、恐らくこの湖。
どうしてか今の自分は、この赤い湖に惹きつけられている。
橋を渡る途中で、ふと見下ろしたこの湖に見入ってしまい、そして、安寧に包まれたのだ。
今こうしている間でも、気を抜けばまた惹きつけられ、惹きこまれてしまいそうになる。
それも、先程シムラとこの橋を通り抜けた時よりも強く、だ。
まるで母親の様な。ここが己の帰るべき場所であるかの様な。
そんな絶対的な安堵感が、この湖からは感じられていた。

「くそ……っ!」

意識を強く保て。自らに言い聞かせながら、マービンは湖から目を切った。
ある一つの恐怖と予感が、彼を襲っていた。
この症状はもしや進行するのではないか――――絶望へと繋がる、そんな予感が。
無意識に腹部の傷口に視線が落ちる。いや、傷口があった箇所というべきか。
既に完治している傷口。化物の証とも言える身体。
先の警察署では、ゾンビと変わり果ててしまった者達が、リッカーと名付けた異形への変貌を見せつけた。
それと同じように、この身体もいずれ更なる変化を迎えてしまう可能性はあるのではないだろうか。
それが身体だけの事ならば良い。だが、あの惹きつけられる感覚。
確かに今は自我を保てているが、再びあちら側に強く惹きつけられる時が来たら、今度はどうなる。
その時に生存者達の側に自分が居たとしたら、どうなってしまう。
他の人間を巻き込みたくはないが――――抗い切れるものなのだろうか。
こんな有様で、生存者達を救う事が本当に可能なのだろうか。
可能だと、そう信じたいところだが、あの感覚を体験してしまった今ではそれは断言出来るものではない。

『それを選ぶとなると俺達は化け物として疎外され、忌み嫌われて一生、いや永遠に苦しみ続ける事になる。
 それより、化け物としての本能に従って仲間を増やし、俺達の楽園を作る方が楽だとは思わんか』

不意にシムラの声が浮かんだ。
彼と別れてから、そう時間は経っていないはずだ。なのに、早くも彼の言った通りに自分は苦しさを覚えている。
シムラは正しかったのだろうか。
彼が言うように化け物としての本能に従い、この湖に惹きつけられるままに行動する。
確かにそうすれば楽にはなれるのだろうが、それが正しいのだろうか。

249 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/18(火) 23:47:10.01 ID:khEhwk+f0
――――違う、とマービンは頭の中で再びシムラを否定する。
今の自分が人間ではない。それはどうする事も出来ない事実だ。
それでも。自分が人間ではなく、化け物の一匹にすぎないのだとしても。
それでも、警官ではありたい。シムラに銃を向けたのは、己が警官である為なのだ。
人々を守る使命は忘れてしまいたくはない。例え肉体がどうなろうとも、警官としての誇りだけは失いたくはない。
その誇りを否定する事など、何者にも出来るはずがない。
自分は、間違っていない。そう信じたい。だが、しかし――――。

(抗えなければ、意味は無いんじゃないか……?)

行き着いた先は、苦悩が始まった場所。
答えなどあるはずもない思考。
あてどない迷宮にマービンが陥ろうとしていた、そんな時――――彼の耳に、ギィと鉄の甲高く軋む音が届いた。

「あれは……!?」

聞き慣れた、格子状の鉄門が開かれる音だった。
夢の中での記憶を思い返すように。或いはデジャヴを感じるような感覚で。マービンは『惹きつけられていた際』の記憶を思い出す。
音の方向――――彼の目的地でもあるラクーン警察署へと目を向ければ、門の前に一人の男の姿を捉えた。
見覚えのある姿だ。若干遠目な上、黒い何かを羽織っている為にはっきりとはしないが、それが誰なのかは容貌や仕草から直感的に分かる。
惹きつけられていた時の自分が銃口を突きつけていた男の事を、マービンは今思い出した。

「ケン、ド……?」

ロバート・ケンド。
ラクーン警察署の目と鼻の先に店を構える、ケンド銃砲店の主人。
口は悪いが気の良い男で義理堅く、署員の中にも彼に世話になっている者は多数いた。
ゾンビ事件の発生でラクーンシティがパニックに陥った際、市民の救助活動に尽力してくれた一人でもある。
最後に会ったのは――――ケビンが署に新聞記者やら鉄道職員やらを避難させてくる前だったか。それ以降は連絡も取れなくなってしまった。
安否を気遣ってはいたのだが、まさかこの奇妙な街で再会を果たそうとは。

「ケン…………」

開かれた正門から署の敷地内へと姿を消したケンドに呼びかけようとして、マービンは声を飲み込んだ。
迷いがあった。このまま普通の人間達と合流してもいいものかと。
だが、数秒の逡巡の後、意を決してマービンは駆け出した。
この症状が進行するにしても、今ならまだ抗う事が出来る。
ならば今のうちに出来る限りの事をしたい。例えば自分のような化け物の存在を伝えるだけでも、彼らの生存確率は上がるはずだ。
それに、一般市民とは言えケンドならば信頼出来る。
信頼出来て、協力してくれる者と一緒にいられれば。
生存者を守る、その人間らしい思考を常に保っていられれば。
或いはこの症状の進行も抑えられるかもしれない。そんな、捨て切れない望みに縋って。

250 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/18(火) 23:48:17.71 ID:khEhwk+f0
マービンが正門に辿り着いた時、辺りにケンドの姿は見当たらない。
開きっぱなしの玄関扉から中の様子を窺うが、そこにも人影は無い。
既に署の奥へと移動してしまったようだ。だが、何処へ。
東と西。左右の扉に目を向ける。先程は閉じられていたはずの西側オフィスへの扉が開いていた。

「こっちか……?」

署の西側でケンドが目的とする部屋。心当たりがあるとすれば、S.T.A.R.S.のオフィスくらいか。
ケンドはS.T.A.R.S.の連中とは懇意にしていた。特にバリーとは妙にウマが合っていたように思える。
ケンドが自ら装備品の搬送を取り行う事も珍しくなく、S.T.A.R.S.オフィスには頻繁に立ち入っていた。
今のこの状況ならば、ケンドが武器を求めてS.T.A.R.S.オフィスに向かう可能性は、限りなく高い。

ミカエル・フェスティバル、兼、新人警察官歓迎会。
企画倒れで終わってしまったパーティ会場内での一応の確認を済ませ、マービンはオフィスを抜ける。
続く倉庫、階段下にもケンドはいない。あるのは腐った市民や同僚達の成れの果てだけだ。
それらを尻目に階段を上がる。二階も前と変わらず、特に異常は見られない。
そして――――S.T.A.R.S.オフィス前。
薄汚れたプレートに表記されたS.T.A.R.S.の文字が、弱々しく明滅する照明の光で照らし出されていた。
ケンドが来るとすればここのはず。その予想が的中したのかどうか。中からは、確かな気配が感じられていた。

「……ケンドか?」

赤錆だらけの扉に向かい、マービンは躊躇いがちに呼び掛ける。
中に居るのがケンドなのか、別の人間なのか、それともゾンビ達が入り込んでいるのか。
可能性は様々だが、とは言え、確かめない訳にはいかない。

マービンの声に、中の気配は動きを止めた。
しばし待つがそれ以上の反応はない。これで最悪でもゾンビのセンは消えたが――――。

「いるなら返事をしてくれ。俺だ。マービンだ」
「……マービン。お前さんか」

扉越しに聞こえてきたのは、抑揚の無い冷たい声。しかし、確かにケンドのものだった。
中にいる者はケンド。それが分かり、無意識にマービンは緊張を緩めていた。

「無事で何よりだ、ケンド。すぐにでも再会を祝いたいところだが……俺の方に厄介事が起きていてな」
「厄介事? ロメロやらキングやらのペーパーバックの世界に入り込んじまうよりも厄介な事なんてあるのか?」
「……さあな。どっちが厄介かなんて俺には分からん。とにかく、落ち着いて俺の話を聞いてくれ。
 今からドアを開けるが、絶対に、撃つんじゃあないぞ」
「…………」

251 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/18(火) 23:49:07.57 ID:khEhwk+f0
腰のホルスターに銃を収め、マービンはゆっくりと扉を引いた。
そこに生じる違和感。室内には明かりが点いておらず、暗闇に包まれていた。
この身体になってからは多少の暗闇には悩まされる事は無いが、疑問は浮かぶ。

「おい……どうして電気を点けないんだ?」

奇妙に思いながらも、マービンは両腕を上げてオフィス内に足を踏み入れる。
瞬間、視界の端で影が動いた。
左――――顔を向け、バリーのデスク前にいるケンドの姿を捉えると同時に、マービンは三連続の破裂音を聞いた。

「…………え?」

それが3点バーストの銃声だと分かったのは、目の前のケンドの構えと、彼が両手で握るサムライ・エッジを認識した時だ。
遅れてやってきた、身体を駆け抜ける三つの激痛。胸から吹き出す血液が、以前の負傷で既に血に染まっていた彼の制服を、更に赤く染め上げていく。
口からは呻き声と共に血を吐き出して、マービンは胸を押さえながら床に片膝をついた。

「何か妙だと思ったぜ。死に損なっちまったのか?」

何を言っている――――困惑の思いでケンドを見上げ、そして漸く気が付いた。
黒い何かを纏う彼の顔が、人間のように見えている事の不自然さに。

「S.T.A.R.S.の連中がやんちゃ坊主なら、お前さんは落ちこぼれってとこか」

先程遭遇したアジア系の軍人と子供の二人は、人間であるが故に化け物に見えたはずだ。しかし今のケンドにはそれがない。
つまりは――――彼もまた、既に化け物の一匹と成り果てていた。それも、シムラや自分とはまた別種の化け物に、だ。
胸の銃創が蠢き出し、激痛の中に奇妙な感覚を呼ぶ。マービンは片腕までをも床につき、蹲るような姿勢でケンドの声を聞いていた。

「ま、これで殻が一つ増える。安心してくたばっちまいな」
「……カ、ラ……?」
「俺達の『仲間』になるのさ。マービン。お前さんなら良い殻になれる。
 下で熱烈な歓迎パーティ開いてやるぜ。ミカエル・フェスティバル並の盛大なやつだ」
「…………そうか……あんたもか……」

同じだ。マービンは、思う。
種類は違えど、やる事は同じ。彼はもう、シムラと同じ目的を持ってしまっているのだ。
仲間を増やす目的を。人間を殺す目的を。
――――ならば。
胸の銃創から三発の銃弾が押し出され、掌の中に落ちた。
蠢く傷口は、再生の証。完治までは程遠いが、痛みは徐々に和らぎつつある。動くには充分だ。
ケンドからは完全に死角の右腕。すかさずマービンはケンドの顔面目掛け、下から押し出すように手の中の銃弾を投げつけた。
虚を突かれたケンドは驚愕の表情で、しかし、トリガーにかかった指を引く。

銃声がオフィス内で反響し、鮮血が舞った。

252 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/18(火) 23:49:55.58 ID:khEhwk+f0
「ぐっ……!」

頬から左耳にかけて、焼けつくような熱が走った。恐らく耳は吹き飛んでいるだろう。
だか、それは想定の範疇の事。
ケンドはマービンから顔を背けていた。顔面に投げつけられた銃弾を反射的に避けようとして、だ。当然、銃口はぶれている。
マービンが欲しかったのはその隙だ。
急所にポイントされているであろう銃口を外し、自らがホルスターからベレッタを引き抜く隙が欲しかった。
行動不能に陥らない箇所であれば、銃撃を受けるのは覚悟の上で。
ケンドがその両目を開きマービンを見据えた時、既にマービンはベレッタを突きつけ、狙いを定めていた。

――――再度の銃声は、マービンの手の中から。
ケンドは口を開くも、その声は数発の破裂音に掻き消されていた。
喉に、額に、顎に、風穴が開いていく。黒い体液が飛散する。
断末魔の悲鳴を残す事もなく、ケンドの身体は床に倒れ込んだ。すぐ側のデスクを巻き込みながら。
デスク上に置かれていた組立途中のモデルガンの部品がばら撒かれ、床で細かな音を鳴らしていた。

「悪いが、簡単には死ねないらしいんだ。そのパーティはキャンセルしてくれ。
 ……あんたにこの銃を使わなきゃならんとは、残念だよケンド」

その言葉は、どこか、力なく。
マービンは再び胸を押さえて、脱力したかのようにその場に座り込んだ。
手の中の傷口は、今もそれ自体が生き物であるかの様に蠢いている。
頬や耳もそうだ。胸と同じように蠢いて元に戻ろうとしている。再生の、慣れない奇妙な感覚だった。

「不死身の肉体……助けられたな」

ただの人間であれば確実に致命傷だったはずなのに。
異形と化したケンドを殺せたのは、この身体のおかげだ。
警官に最適な肉体。その一点においては、自らの言葉に間違いはなかった。
自分の選択は、間違ってはいなかったのだ。

――――しかし。
同時に、マービンは理解していた。
この選択は、正しくもなかったのだと。

今の彼が感じているのは、あの安堵感だった。
近くに赤い湖がある訳ではないのに。
意識が先程同様に惹きつけられている。
望まぬ安寧が、容赦無く襲いかかってくる。
その理由は――――どうやら、この血らしい。マービンは、己の血塗れの掌を見返した。
制服の染みを広げていく赤い血液。
首筋に垂れ落ちている赤い血液。
この身体から血を流してしまう程、症状の進行は早まっていくという実感が確かに感じられていた。

253 :ゲーム好き名無しさん:2012/12/18(火) 23:58:56.59 ID:Vk793KEPO
支援

254 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/19(水) 00:00:26.87 ID:0YF8qm2v0
これでは、この不死の身体を活かしようもない。
マービンの胸中に、諦めの気持ちが広がっていく。
例えばこの先で――――生存者と共闘する未来が訪れたとしても。
人間を守る為に戦い、血を流す度に意識まで化け物に近付いていくのであれば。
遅かれ早かれ自分が行き着く果ては、シムラやケンドのような人間を殺す存在だ。
警官らしくあろうとすればする程、自分は化け物でしかいられなくなる。本末転倒も良いところではないか。
つまりはこれから先に、自身が生存者達に対して出来る事は何もない――――。

「……いや、まだだ。まだ、一つだけ……俺に出来る事はある」

マービンは立ち上がると、ケンドの身体に歩を進めた。
マービンの開けた風穴からは、黒い液体流れ出ていた。これが何かは不明だが、ケンドが変貌した化け物としての特徴なのだろう。
今のところ、その傷口の再生は見られないが――――いずれ自分のように蘇らないとも限らない。
オフィス内から二つの手錠を見つけ出すと、マービンはケンドの後ろ手にした両手と両足を拘束し、その手錠同士にも自身の装備品である手錠をかける。
海老反り状態での拘束だ。これでケンドが再び蘇ろうとも、身動きは取れない。

次に――――。
入り口まで歩み寄ったマービンは、扉を閉めて内鍵をかけた。
そしてドアノブの側部にベレッタを向けると、僅かな躊躇いの後に、引き金を数回引いた。
耳障りな金属音を立ててドアノブは弾け飛び、床に転がった。

「化け物二匹の拘置、完了だ……」

マービンは、扉にもたれ掛かるように腰を下ろした。
これで、扉を破壊しない限りはマービンはここから出られない。
これから、死ぬまで。いや、死ねないのだから永遠だ。永遠にマービンはここで化け物の看守役を引き受ける事になる。

「永遠に苦しむか……彼の言った通りになりそうだ」

先程も浮かんだシムラの言葉が再び思い出された。
そして、彼との別れ際の言葉も。

「シムラさん。頑固者はあんただけじゃなかった。どうやら、俺も大概らしい」

だが――――それでいい。
下手に抗い、守りたい者達に危害を加えるようになってしまうよりは、その方がずっとマシだった。
マービンは、顔を歪めていた。
それは、自虐的な笑みのような。永遠への恐怖を必死で堪えているような。
どちらともつかぬ、顔だった――――。

255 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/19(水) 00:02:10.97 ID:0YF8qm2v0
そのまま何をするでもなく、どのくらいが経った時か――――。

256 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/19(水) 00:02:50.36 ID:0YF8qm2v0
マービンの耳に、マシンガンやショットガンのものと思われる銃声が届いた。
それは、署の中での事だろうか。それとも外だろうか。
発砲しているのは人間なのか。それとも化け物同士での抗争か。
何一つ、はっきりとはしない。マービンには分かりようもない。
だが、意識を音に集中させていると、唐突に流れ込んでくる映像があった。
化け物が――――いや、あれが人間か。人間が、マシンガンを持った迷彩服の『化け物』を蹴り倒していた。
不意に耳元で誰かの声が上がる。不自然な程にくぐもっていて判別しにくいが、何処かで聞いた覚えのある声だった。

(これは、何だ……?)

自分が他の誰かに成り変わっているかのような感覚。
惹きつけられて見る幻覚にしては、安らぎとは無縁の映像。
これは、幻覚ではないのだろうか。

しばらくして、映像の中の人間がいるのはこの警察署の前だと気付いた。
やたらと大きな黒衣の犬や、三角錐の金属を被る大男。
その場には、様々な怪物達が入れ替わり立ち替わりでやってきては去っていく。
恐らくこれは、幻覚ではない。すぐ外で起きている現実なのだ。救助に駆け付けられない事をもどかしく思うが――――。
やがて、集まってきた三人の人間達。
その内の二人は、異形の姿に見えるとはいえ、誰なのかは一目で分かった。

「あいつら……来てたのか」

S.T.A.R.S.アルファチームの紅一点。ジル・バレンタイン。
数時間前まで行動を共にしていた脳天気な同僚。ケビン・ライマン。
自分よりも場数を踏んでいる、二人の警察官だ。
マービンは、思わず口元を吊り上げていた。
今度は確かな喜びで、笑みを浮かべていた。
ジルとケビン。彼等もこのおかしな街に来ていた事は、喜んでいい事では無いのかもしれない。
それでも、ここから動けない自分の代わりになってくれる存在がある。
その事実は、マービンの胸に僅かばかりの希望を与えてくれた。

「……お前達なら大丈夫だろう」

マービンは、呟いた。
彼等ならきっと上手くやれる。
自分には出来なかった事を、きっと成し遂げてくれる。
彼等が自分のような化け物になってしまう事は、きっとない。
それは何の根拠もない、妄想に過ぎないものかもしれないが。
そんな願望を乗せて。
期待を込めて。
マービンは、もう一度呟いた。

「お前達なら、大丈夫だ…………!」

257 :YOU'RE GONNA BE FINE  ◇cAkzNuGcZQ 代理:2012/12/19(水) 00:04:28.25 ID:0YF8qm2v0
【D-2/警察署二階・S.T.A.R.S.オフィス内/一日目深夜】


【マービン・ブラナー@バイオハザードシリーズ】
 [状態]:屍人化への不安と恐怖。ジル達への期待と希望。
 [装備]:ベレッタM92F(4/15)
 [道具]:壊れた無線機
 [思考・状況]
 基本行動方針:他人を傷つけない
 1:屍人化の進行に逆らえる限り逆らう。
※“今のところは”他人を傷つける気は無いようです。



※ケンドの持っていた銃は、サムライエッジ・バリー・バートンモデルです。


代理投下終了です

258 :ゲーム好き名無しさん:2013/01/01(火) 15:44:59.95 ID:etViF3460
代理投下します

259 :代理:2013/01/01(火) 15:46:34.69 ID:etViF3460
三沢岳明の精神は、常に悪夢と共にあった。





事の発端は、二年前。三隅郡直下型地震による、羽生蛇村大規模土砂流災害の被災地救助任務の際。
現世にいながらにして垣間見た、現実と常識の外にある『あちら側』の世界。
三沢を引きずり込もうとする、この世のものとは思えぬ空間。

三沢は、それに触れてしまった。

剥き出しの無防備な精神が、直に包み込まれたかのように。
怪異に晒された三沢は、それが幻覚だと否定する余裕すら持てず、感じたがままにそれを受け入れた。

それ以降、頭の中に刻み込まれた怪異の痕。
ふとした時、昼夜を問わず蘇る、悍ましい幻覚と悪夢。
羽生蛇村で救出した少女が化け物となり襲い掛かってくる。無数の手が三沢を捉えようと伸びてくる。
全て、幻覚だ。ただの、悪い夢。恐怖を少し堪えれば、三沢の前には必ず明確な現実が広がっている。だが、すぐにまた別の悪夢。
現実と。悪夢と。また現実と。また悪夢と。目の前は脈絡無く移り変わり。
心を落ち着けられる時も、場所も、最早何処にも得られず。
浮かび上がる恐怖を抱え込む事しか出来ず。強靭な冷静さで押し殺す事しか出来ず。
この二年の中で。
そして、唯一の逃げ道である『現実』すらも曖昧な悪夢と変わらなくなってしまった夜見島の中で。
三沢の精神は、一見したところの沈着な振る舞いの内側で、徐々に崩壊に近付いていった。

その――――「おかげ」と言うべきか。その「せい」と言うべきだろうか。
どちらにせよそれが原因となり、この世ならざるものに対する三沢の直感力は鋭さを増していく。
夜見島での怪異に巻き込まれた際、誰よりも早く事態の異常さを感じ取り、対応出来たのはそれ故だった

260 :代理:2013/01/01(火) 15:47:20.78 ID:etViF3460
それは、勘としか言い表せないもの。
己の感覚としてしか認知出来ないもの。
言葉としての体を持ち得ないもの。
無論それは、人の身を超えたものでは決してないが――――。

その直感が、二つの事を告げている。
一つは、彼の後ろを歩く須田恭也の事。
須田は、混ざっている。

今はほんの僅かに、だが。『あちら側』の気配がある。恐らくは、あの永井頼人の成れの果てに感じたものと同質の異変。
いずれ須田が永井のように襲い掛かってくる可能性は充分に有り得るのだろう。

ならば、殺すのか。いや、違う。それを感じ取りながらも、三沢には今すぐに須田をどうこうする気はなかった。
今の須田は紛れもなく人間だ。しかし殺してしまえば、永井のように“蘇る”。或いは死体に取り憑く奴らに一つ武器を与える事に繋がるか。
どうあれ殺す方がリスクが高まる。その時が来るまでは、むしろ対処するべきではないだろう。須田に関しては現状維持のままで良い。

そしてもう一つの事。――――この“世界”についてだ。
警察署内から外に出て、“世界”に直接触れた事でより色濃く感じる“本質”。

羽生蛇村での“本質”とも、夜見島での“本質”とも、ここに在るのはまた別のものなのだと。
漠然とだが、三沢には感じられていた。
この“世界”に潜むものが何であるのか。明確な姿形までは感じ取れようもない。
しかし、この二年間押し殺し続けてきた、己の精神を蝕み行く恐怖と絶望に比べてしまえば。
羽生蛇村や夜見島で体感した、現実に侵食してくる悪夢に比べてしまえば。
この“世界”で感じるそれらは、明らかに――――。

「ふっ、ははっ」

三沢は、小さく笑った。
久しぶりに、悪くない。
薬に頼らずとも、悪くない気分だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

261 :代理:2013/01/01(火) 15:48:57.58 ID:etViF3460
夜霧に混ざり、明瞭さを無くして静かに揺らぐ、三つの光と三人分の人影。
ジル・バレンタインが足早に追いかける、それらの内の一つから素っ頓狂な声が上がったのは、目視でも
一人一人が誰であるのか判別出来る程には距離を詰めた時だった。

「おい、マジかよ、勘弁しろよ!」

――――反射的に周辺に警戒を向ける。
レミントン――ハリー・メイソンが一旦は警察署の前に放棄した物だ――を構えるが、特に反応したものは見当たらない。
つい息を吐き出したのは安堵の表れか。或いは声の主に対する呆れか。
続いて響いた声に、ジルは肩を竦めた。

「何だよこれ!? 犬用!? 犬用なの!?
 ちっくしょう、せっかく見つけた食いもんだと思ったのに……いくら非常時でもこんなもん食えねえって!
 あの家に犬小屋なんて無かったじゃねえか。何でこんなもん置いてんだ。ちぇっ!」

悪態をついた声の主、ジム・チャップマンの手から一つの物体が投げ捨てられる。
やや遅れてその場を通過する際にジルが目を向けてみれば、確認出来た物はパッケージの破られたビーフジャーキーだった。
噛んだ形跡は――――見られない。一応、口にせずには済んだらしい。

「……やっぱりツイてねえなあ俺って。なあ、お前もそう思わない?」

騒がしい独り言は、隣を歩く少年に向けられた。
少年は困惑の目をジムに返すも、律儀に受け答える。

「え? いや、よく分からないけど……大変ですね」
「大変ですね? ……それだけ? 何かもっと気の利いた言い回しとか無いわけ?
 なあミサワ。あんたはどう思うよ?」
「黙っていた方がいい。喋ると余計に疲れるぞ。強要はしないがな」

前を行く軍人には、にべもなく突き放され。

262 :代理:2013/01/01(火) 15:49:41.91 ID:etViF3460
「おいおい、どいつもこいつもコミュニケーション不能かよ。
 ったく、日本人は感情表現が下手ってホントかもね。何考えてるのか全然分からねえ。自己主張が足りないって言うかさ」
「あなたがさっきから煩いのよ、チャップマンさん。ちょっとは黙りなさい」

漸く追いつき隣に並んだジルも、思わず冷たい言葉を浴びせかける。
ジムはポカンと口を開けて振り向くと、オーバーアクション気味に両腕を上げた。

「S.T.A.R.S.の姉ちゃんにそう言われちゃしょうがないけどさ。
 こんな辛気臭い街でスティーブン・セガールみたいに黙りこくってたって気が滅入っちまう。
 ……ああ、俺の事はジムでいいよ。みんなそう呼ぶんだ」
「ジム、ね。私もジルで良いわ」

S.T.A.R.S.なんて、もうないから。
自虐的な言葉を続けようとして、ジルは言い淀む。
ジムの言葉を借りる訳ではないが、今は気の滅入る話題は極力口にしたくはなかった。
ラクーン警察署で見た、数多くの同僚達の死と、ケビンの死に様。
覚悟していた事とは言え、つい先程見せつけられたばかりの度重なる悲劇に、こたえていないと言えば嘘になるのだから。

263 :代理:2013/01/01(火) 15:51:47.23 ID:etViF3460
それは恐らく、ジムの方も同じなのだろう。
ジムとケビンの間柄は詳しくは知らないが、ラクーンシティの崩壊からこれまでを共に生き延びてきた仲間同士なのは確かだ。
このような振る舞いをしているが、ショックを受けていないとは思えない。
もしかすると、ケビンの死から目を逸らす為に意識的に他愛もない話を続けているのか――――。

「まあ、ケビンだけはジミー、ジミーっつってガキ扱いするみたいに茶化しやがったけどな。
 その呼び方はやめろ って何回言っても聞いちゃくれなかった」

――――と、そう思えたのも束の間だった。
どうやら単に、気遣いの出来るタイプではない、という事らしい。

「それで……えーと、何話してたっけ? ……そうそう、やっぱり俺ってツイてねえんだよ」

そしてなおも口を止めようとしないジムに、今度こそ呆れの息が漏れた。
忠告する気も何処かへ失せてしまったが、ボリュームだけは下げるように一言注意をして、ジルは聞き役に徹する。

「毎日毎日便所とブリーチの臭いが混ざったクセー職場で汗水たらして働いてたよ。
 やる事って言ったら大半がバカ野郎共の相手でさ。面倒臭いったらありゃしねえ。
 人手が足りないってのに仮眠室に酒持ち込んでサボる同僚にゃケツ蹴っ飛ばして文句言ってさ。
 たかだか25セント・コインが券売機に詰まったからってギャーギャー突っかかってくるオバちゃんはまだマシな方だ。
 やたら育っちまったネズミ共はいっつもどっかにクソ引っ掛けてくし。
 ホームから落っこって線路で寝ちまうデブの酔っぱらいなんかは何よりも最悪だぜ? 持ち運ぶ身にもなってみろってんだ。
 こないだなんてパーカーの下にわざわざ南軍Tシャツなんて着込んで見せつけてくるクソガキもいやがった。ありゃ絶対アーリア系だね。
 そんなバカ共の相手してさ、ほとんどそれだけで一日が終わってさ、それからまた次の日だ。毎日、毎日、毎日、毎日。
 代わり映えもしないし良い事なんか何もない。不満だったらいくら並べても並べきれない仕事だったよ。
 それでもさ、我慢出来なかったわけじゃないんだ。そりゃそうだろ? あんなでも真っ当な仕事だもんな。
 ギャング連中みたいに電車ん中でカツアゲしたり物陰でシャブ売ったりしなくてもメシ食ってける。あれに比べりゃマシなもんだ。
 だから俺は愚痴も溢さず……そりゃまあちょっとは愚痴る事もあったけど、ありつけた仕事にしがみつくように頑張ってきたんだよ。
 嫌な事みんな我慢して、我慢して、頑張って働いてさ。つまらない一日だけど、締め括りにはせめて気晴らししたくてさ。
 バスケ見に行ったり、クロスワードパズル解いたり、美人の姉ちゃんのいるバーで一杯やったり。
 そんなどうって事ない楽しみを励みにして、頑張ってたんだ……」

264 :代理:2013/01/01(火) 15:52:34.81 ID:etViF3460
ジムは、そこで口をつぐんだ。
沈黙に釣られて彼の横顔を見れば、淋しげな表情が目に止まる。

「……あの時もあのバーで飲んでたんだよ。
 俺とケビンが知り合ったのもあそこだった。J'sバーさ。
 あんたを見かけた事は多分無いと思うけど場所くらい知ってるだろ?」

ジルは無言で頷いた。
ジャックス・バー。通称J'sバー。
ラクーン警察署からはそれなりに距離が離れているが、ツケが利く、美人がいる、という理由からケビンが足繁く通っていたバーだ。

「ケビンがシンディにちょっかいかけて、ウィルに睨まれて軽口叩いて。
 俺はそれをクロスワードやりながら眺めてた。いつもとなーんにも変わらない日常だったのにさ……。
 本当にあっという間だったよ。イカれた乞食が店に入り込んできたと思ったら、そいつがウィルに噛みつきやがって。
 それが始まり……変わらないはずの日常が地獄にすり替わっちまった瞬間さ。
 気が付いたら店がクソゾンビ共に囲まれてた。窓の外から何十匹ものゾンビがこっち見てた。
 ワケ分からないまま逃げようとしたよ。入り口からは出られねえ。裏口も駄目だった。どうにか逃げ出せたのは屋上からでさ。
 でも店の周りだけじゃなかったんだ。外に出てみりゃ、とっくに街中がゾンビで埋め尽くされてた。
 現実味なんか無かったけど、とにかくバーにいた連中と一緒になって必死こいて街中逃げ回ったよ。
 俺達最初は八人もいたんだぜ? でも、逃げ回ってる内に一人、また一人っていなくなってってさ。
 シンディは象に踏み潰されちまった。マークやデビットや……ヨーコとは逸れちまったんだけど、あいつらどうなったんだろうなあ。
 …………そんなこんなで、いつの間にやらこの街だろ? ここじゃとうとうケビンまでが死んじまって、残ったのは俺一人。
 未だに信じられねえよ。あのケビンがだぜ? あんなタフな奴まで死んじまった。それなのに何で俺なんかがまだ生きてるんだ?
 ツイてるからか? はっ。そんなわけないよな。ツイてる奴なら最初っからこんな事に巻き込まれねえ。
 つうより、俺が何したって言うんだ? 何にも悪い事なんかしてねえよ。
 俺はただ、いつも通りの細やかな楽しみを満喫してただけじゃねえか。
 なのに、こうだ。気付いたら、家も仕事も友達も、なんもかんも無くなっちまって。
 こんな所でこんな物騒なもん持って歩いてる事にも慣れちまっててさ……。ホント、ツイてねえよ……」

265 :代理:2013/01/01(火) 15:53:31.51 ID:etViF3460
徐々にその声はトーンを落として行き、やがて聞こえなくなった。
そのジムに、ジルは一人の男の姿を重ねていた。
随分と前の事のようにも思えるが、たった半日程前にラクーンシティで出会い、別れた男。確か、ロッソと名乗ったか。
娘を失い自暴自棄になっていた彼の姿が、今のジムと重なって見えた。

彼等ラクーンシティの市民に対して、後ろめたさは強く感じている。
もしもあの事態を未然に防ぐ事が出来た者がいたとすれば、それはアンブレラの正体を知るジル達S.T.A.R.S.の生き残りだけだったのだから。
この数ヶ月、やれるだけの事はやってきた。アンブレラを潰す為に最善を尽くしてきたと信じている。
しかし、たかが数名の警察官が足掻いた程度では、強大な敵の牙城を崩す事はおろか、迫る事すら困難だった。
調査に進展が全く無かった訳ではない。時間さえあれば、いずれはアンブレラ社を壊滅に追い込めたのかもしれないが、あれ程の大惨事が引き起こされてしまった今となっては何もかもが台無しだ。
人口約10万人。その殆どが生ける屍と化したラクーンシティ。
ジル達は、間に合わなかった。守るべき市民を救えなかった。結果としては、そういう事でしかない。
無論全ての元凶はアンブレラであり、理屈の上ではジル達に責任などあろうはずもないが――――彼等市民に慰めの言葉をかける資格があるとも、ジルには到底思えなかった。

ジムに対し、ジルは何も言ってやれずにいる。
今、彼女の耳に入る音は、濃霧の中に反響する四人分の足音のみ。
それすらも妙に耳障りに聞こえるのは、歯痒さからくる苛立ちのせいか――――。

「でもさ……」

居心地悪さの漂う静寂の中で、不意に一つの声が上がった。
ジルはそちらに顔を向ける。ジム、ではない。彼の隣の少年だ。

「俺、ジムさんはツイてる方なんじゃないかって思いますよ」
「はぁ? 何をどう聞いたらそうなるんだ?」

266 :代理:2013/01/01(火) 15:54:30.51 ID:etViF3460
「ジムさんのいた何とかって街が最悪だったのは分かります。
 でも、その街からは逃げれたんだし、それだけでも悪くないっていうか、ラッキーなんじゃ。
 そりゃあここだって変な化け物とか大蛇とかいたけど、街中を埋め尽くすほどじゃないみたいだし。
 だったらもうジムさんは最悪なんて通り越してるし。さっきまでどん底にいたなら、ここからは登るだけですよ。
 その……研究所にワクチンだってあるかもしれないんでしょ?
 そしたらもうすぐジムさんは病気も治って、後はこの街から逃げ出せば。ね?」

まだどこか幼さを残す少年は、無邪気な顔でそう言った。
青臭くて、安っぽくて、ありきたりな激励。
ジルには、無責任過ぎてとても言えない言葉だ。聞いているこちらが赤面してしまいそうになる。
ただ、少年――――キョウヤと言ったか。彼の言葉が本心からのものだという事は、不思議と伝わってきた。
キョウヤ自身は、素直で前向きな性格なのだろう。心の底からジムを励まそうとしている。
考え方にはその容姿同様まだ幼さが残るようだが、毒気や俗気に染まっていない彼の性格に、ジルは好感を抱いていた。

「そんな風に言うのは簡単だけどよ……。俺が言っちゃなんだけど、ワクチンもあるって決まったわけじゃないしな。
 もしワクチンがあっても、この街だっておかしなもんだ。良く分からねえ怪物共にあのサイレンだもんな。
 それにハリーが言ってただろ? 街の外に出る道が瓦礫や岩で塞がれてたって。簡単に出られるもんなのかねえ」

ジムの言葉を受けてキョウヤが何かを言いかけた、その時。
後ろを振り返る事もなく、前を行く軍人が口を開いた。

267 :代理:2013/01/01(火) 16:00:50.56 ID:etViF3460
「いや。須田の言う事も、あながち間違っちゃいない」
「え、…………三沢さん?」
「死体になるか。あいつらになるか。あそこじゃ他に道は見えなかったがな。
 ここは、どうやら混ざってる。悪い夢の続きにしちゃ生温い。そんなに分は悪くなさそうだ」
「み、三沢さん?」

それは、独り言のようでもあり。
先程からどうも彼という人物が掴み切れずにいた。
キョウヤとは正反対に、まるで本心の読み取れない男だ。

「どういう意味? あなた、何を言ってるの?」
「ちょ、待て待て。あんた何か知ってんの!? ならケチケチしないで教えろよな!」

ジルとジムが率直に問いかけるがミサワは答えない。再び口を閉ざし、ただ先行するだけだった。
ジムは少し歩みを早めると、ミサワの横に並び彼を問い質し始めた。だが、やはりというか取り合ってもらえない様子だ。
そのまま二人の背中に交互に視線を移すと、ジルは幾度目かの溜息を吐き出した。

「随分変わったお友達ね。いつもああなの?」
「さあ……俺もさっき知り合ったんで」
「ああ。そう言えばそうだったわね」

自然と隣り合う形となったキョウヤに、ジルは目を向けた。
視線に気付いたキョウヤはこちらを向くが、ジルと目が合うと慌てたように顔を背けた。

268 :代理:2013/01/01(火) 16:01:41.56 ID:etViF3460
「聞いても良い?」
「え……っと、何ですか?」
「あなたも“視える”の? トモエやミサワみたいに」

トモエとの話の続きだ。
ミサワと行動を共にしていたから。ミサワやトモエと同じ日本人だから。
聞く理由としてはその程度のものだが、もしもこの少年にも同じ力があるのなら、確認だけはしておきたかった。

「幻視の事……ですよね。まあ、一応」
「ゲンシ?」
「そう言ってました。詳しい事は俺にも、よく……」
「言ってたって、ミサワが?」
「そうじゃなくて。この街に来る前に会った女の人で……って、名前聞いてなかった。えと、教会の人みたいでしたけど」

そう言って少年が話し始めたのは、彼がこの街に迷い込んだ経緯だった。
とは言え基本的にはジルと同じだ。要するに、いつの間にか迷い込んだという事だが。
違うのは、そもそもの居場所。キョウヤが居たのは日本のとある村だったようだ。
幻視とやらが出来るようになったのもその村での事らしい。

「幻視って、日本じゃメジャーなものなの?」
「いや、聞いた事ないです」
「確か、自分以外が見てるものが“視える”のよね? ……さっきから尋問みたいで悪いわね。
 疑うわけじゃないんだけど、ちょっと試させてもらえる?」
「良いですけど……うわっ!」

許可を得るや、ジルは着ていたジャケットを脱ぎ、キョウヤの頭にそれを被せた。
彼の死角を増やし、自分は後ろに付く。これでジルが何をしているのかは、キョウヤは見えないはずだ。通常ならば。
歩くペースを落とし、前の二人を見失わない程度の距離を保ちながら、ジルは幾度かのテストを行った。
ジルの見ているものは何なのか。建物、文字、記号等、様々なもので。
果たしてキョウヤは、その全てを言い当てた。ジルに疑問を抱かせる余地の無い程、完璧な答えだった。

「本当なのね……。どうなってるのかしら」

ジルはキョウヤの頭からジャケットを取ると、それを羽織り直しながら感嘆の声を上げた。
何故か顔を赤らめていたキョウヤはただ一言、分かりません、と呟き返す。
仕組みはまるで分からない。ニンポーとも違うらしい謎の超能力。
怪しげな代物だが、これを使いこなせるのなら、怪物達からの不意打ちを受ける危険性が薄まるのは確かだ。
命を落とす確率は、格段に減る――――。
ふと、トモエの顔が過ぎった。
別行動を取る事になった一般人二人の身は今も気がかりではあったが、トモエにはこの幻視がある。
無理さえしなければ、充分に生き延びる目はあるだろう。それが分かっただけでも、多少は気が楽になる。

「ねえ――――」

この幻視を、キョウヤはどうやって得たのだろうか。自分にも身に付ける事は出来ないだろうか。
そんな疑問を投げかけようとするジルだったが。

269 :代理:2013/01/01(火) 16:02:40.15 ID:etViF3460
「おい! おいおいおいおい! マジかよ!」

その疑問は、前方の人影からまたも上がった素っ頓狂な声によって遮られた。
思わず苛立ちを乗せた視線を走らせる。
そこはT字路だった。地図上で言えばD-3。
話の間に、目的地まで目と鼻の先の位置にまで来ていた事になる。
ジムは立ち止まり、夜霧の中に朧気にそびえ立つ巨大な陰を見上げていた。
随分と立派そうな建物だ。あそこが「研究所」なのだろう。

「………………?」

陰を見ていると、刺激される記憶があった。
デジャヴ、だろうか。
この建物の陰に、何処か見覚えがあるような。
――――いや、ここは、まさか。

「ここラクーン大学だよ。ワクチンがあるかもも何も、俺達がワクチン作った場所そのものじゃねえか」

困惑か。興奮か。
ジムの声は震えていた。
そんなばかな。ジルも一旦はそう思う。
しかし、記憶の中にあるラクーン大学の姿は、確かに見上げている陰の雰囲気と一致していた。

「ラクーン署の次は大学までかよ。もうわけ分からねえけど、この際ワクチンが手に入るんならどうでも良いや。
 キョウヤの言う通り、確かに運が向いてきたのかもしれねえ。どん底から這い上がれそうな気がしてきたぜ。
 そう、ロッキー3みたいにだ。シュッシュッ! ……へへっ、アイ・オブ・ザ・タイガーが流れてきそう。
 ワクチン作ったら、ハリーやミヤタにも持ってってやらねえとな。……そうだ。景気づけにやっとくか」

ジムはポケットから一枚の硬貨を取り出した。
それを親指でまっすぐ上に弾く。手の甲に落ちたを硬貨をしっかりと掴み、中を確認して――――。

「……裏かよ。締まらねえな」

バツが悪そうな顔を作ってぼやくジムを尻目に、ジルはもう一度建物を見上げた。
ラクーン駅、警察署に続き、現れたラクーンシティの施設。いくら何でも出来過ぎてはいないだろうか。
もしかしたら何かの罠なのか――――そんな考えも過るが、どれだけ案じたところでこの場に大学が存在する理由など分かるはずもない。

「何にしても中に入るしかなさそうね……。期待してるわね」
「はあ」

曖昧に頷くキョウヤの背中を軽く叩き、ジルはジム達に続いた。
――――アイ・オブ・ザ・タイガーが流れてきた。ジムの声だった。

270 :代理:2013/01/01(火) 16:03:43.99 ID:etViF3460
【D-3/クライトン通り・研究所前/二日目黎明】

【ジル・バレンタイン@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:疲労(中)
 [装備]:レミントンM870ソードオフVer(残弾6/6)、ハンドライト、R.P.D.のウィンドブレーカー
 [道具]:キーピック、M92(装弾数9/15)、M92Fカスタム"サムライエッジ2"(装弾数13/15)@バイオハザードシリーズ
     ナイフ、地図、携帯用救急キット(多少器具の残り有)、ショットガンの弾(1/7)、グリーンハーブ
 [思考・状況]
 基本行動方針:救難者は助けながら脱出。
 1:ワクチンを入手する
 ※闇人がゾンビのように敵かどうか判断し兼ねています。
 ※幻視についてある程度把握しました。


【須田 恭也@SIREN】
 [状態]:健康
 [装備]:9mm機関拳銃(25/25)
 [道具]:懐中電灯、H&K VP70(18/18)、ハンドガンの弾(140/150)、迷彩色のザック(9mm機関拳銃用弾倉×2)
 [思考・状況]
 基本行動方針:危険、戦闘回避、武器になる物を持てば大胆な行動もする。
 1:この状況を何とかする
 2:自衛官(三沢岳明)の指示に従う


【三沢 岳明@SIREN2】
 [状態]:健康(ただし慢性的な幻覚症状あり)
 [装備]:89式小銃(30/30)、防弾チョッキ2型(前面のみに防弾プレートを挿入)
 [道具]:マグナム(6/8)、照準眼鏡装着・64式小銃(8/20)、ライト、64式小銃用弾倉×3、精神高揚剤
     グロック17(17/17)、ハンドガンの弾(22/30)、マグナムの弾(8/8)
     サイドパック(迷彩服2型(前面のみに防弾プレートを挿入)、89式小銃用弾倉×5、89式小銃用銃剣×2)
 [思考・状況]
 基本行動方針:現状の把握。その後、然るべき対処。
 1:民間人を保護しつつ安全を確保
 2:どこかで通信設備を確保する
 ※ジルらと情報交換していますが、どの程度かはお任せします。

271 :ゲーム好き名無しさん:2013/01/01(火) 16:04:45.21 ID:etViF3460
【ジム・チャップマン@バイオハザードアウトブレイク】
 [状態]:疲労(中)
 [装備]:89式小銃(30/30)、懐中電灯、コイン
 [道具]:グリーンハーブ×1、地図(ルールの記述無し)
     旅行者用鞄(26年式拳銃(装弾数6/6 予備弾4)、89式小銃用弾倉×3、鉈、薪割り斧、食料
     栄養剤×5、レッドハーブ×2、アンプル×1、その他日用品等)
 [思考・状況]
 基本行動方針:デイライトを手に入れ今度こそ脱出
 0:Risin' up, back on the street Did my time, took my chances〜
 1:ワクチンを入手する
 2:死にたくねえ
 3:緑髪の女には警戒する
 ※T-ウィルス感染者です。時間経過でゾンビ化する可能性があります。

代理投下終了です
題名はSurvivor ――Eye of the Tiger――  です

272 :ゲーム好き名無しさん:2013/01/06(日) 22:23:57.31 ID:7qJFc+JE0
投下乙〜
ジムのついてねーのくだりの長台詞がなんかすんごい実感篭ってて好きだなあ
そっからの後は這い上がるだけとかの流れも
こいつら結構好きなチームだわ

273 : ◆cAkzNuGcZQ :2013/01/07(月) 20:04:01.45 ID:7g2MxL1c0
おお、こちらにも。

感想ありがとうございます!
ジムに関しては無駄に一番考えたところなので、評価されると嬉しかったりしますw
キャラ的にも能力的にもバランスいいチームですよね、ここ。

なお、したらばの方でも次の投下来てますので、そちらもご確認ヨロであります!

274 :ゲーム好き名無しさん:2013/01/10(木) 18:43:28.03 ID:m0AFgC8x0
代理投下します

275 :ゲーム好き名無しさん:2013/01/10(木) 18:44:35.79 ID:m0AFgC8x0
(一)

 ベッドには若い白人女性が横たえられていた。二十歳前後だろうか。金髪のかかった顔は少女のような幼さも伺えた。
 死斑の表見は弱いが、軽く押しても分散しなかった。筋肉は完全に硬直している。少なく見積もっても、死後一日近くは経過しているだろう。
 身に着けたライダースーツは血まみれで、ラクーンなる大学のロゴの大半を塗りつぶしていた。
 死因は、失血性ショック――刃物で斬りつけられた様な深い傷が四本、肩口から背中にかけて刻まれている。大きな獣に襲われたと見えるが、爪痕と表現することは些か躊躇われた。
 ぎこちなく胸元で組まされた両手は、ここに運び込んだ第三者によって為されたのだろう。そこには不器用な優しさが伺えた。
 生き物の気配のない空間の中で、そこだけ人間の温かみが仄かに残っているように思える。もっとも、それは周囲の冷たさを際立たせるだけだったが。
 この病院の中に漂う死の香りに、思わず咽そうになる。環境そのものは己の職場とそう変わらないが、確実に人見の精神をすり減らしていた。
 ここに生きた人間はいない――。
 そう結論づけようとするも、また足音らしき物音が耳に入った。何かに集中していれば気づかないほどの微かに、だが思考の間隙を狙い撃つように耳朶に滑り込んでくる。
 二階に踏み込んだのも、足音を聞いたからだ。
 またポルターガイスト現象かと、人見は頬を歪めた。廃棄された地下鉄駅で体験したばかりだというのに。無論、あれは何らかの人為的な仕掛けに違いはないのだが。
 もっとも、今起こっている事柄はポルターガイスト現象ですらない。
 学生時代、水明が面白くもなさそうに語っていた内容が記憶の水底から浮かび上がる。
 20世紀初頭、フランス警察はポルターガイスト現象に対する調査を行っていた。後年、エミール・ティザーヌなる警官がその報告書を纏め、ポルターガイストで発生する現象を九つの項目に分類した。
 外部からの異物投擲、家具等の強打音、発生源不明の音、扉の開閉、内部の物質移動、異物の侵入および出現、そして温度変化――。ただし、あくまで分類しただけで、
 それらを満たそうと満たすまいとポルターガイスト現象と確定するわけでもない。
 大体、人間の認識など信用するにはまったく足りないものなのだから。
 ただ、この項目に当てはめてみるにしても、この病院で起こっているのはこれらの内の異音のみだ。それもおそらく家鳴りの類だろう。
 水明ですら本気でポルターガイスト現象だと騒ぐことはないレベルだ。
 それを足音だと錯覚してしまった己は、やはり疲れているようだ。
 死体から顔を上げる。

276 :ゲーム好き名無しさん:2013/01/10(木) 18:45:40.16 ID:m0AFgC8x0
窓ガラスに、ペンライトを持つ自分の姿が映っている。やつれているように見えるのは、ペンライトの青白い光のせいだけではないだろう。
 ふと、窓ガラスの上部に何かが張り付いていることに気付いた。それは――あり得ないことだが――人間の足裏のようだった。
 蜘蛛の糸を出すスーパーヒーローか何かのように、
 外壁に誰かが張り付いているとでもいうのか。
 訝しんで動こうとした矢先、爪先が床に落ちていたトレイを蹴とばした。甲高い音を立てて、トレイが床を滑っていく。
 それと重なるようにして、窓ガラスが内側に爆ぜた――。

(ニ)

 砕かれる扉の悲鳴が追いかけてくる。
 その音の指先が触れる前に、岸井ミカは裏口の扉を勢いよく開け放った。外は袋小路で、出口は一方にしか開かれていないことなど、彼女の頭からは消し飛んでいた。
 夜気が頬を擽る。無明に近い闇だが、辺りの空気には饐えた腐臭が加わっている。
 カサカサと足元を何かが這い回ってる音が聞こえた。嫌悪に悲鳴を上げる直前、ついに扉が砕かれる音が響いた。複数の呻き声が重なる。
 悲鳴よりも焦りの方が上回った。思わず咽そうになるのも堪え、ミカは足を送った。足元で何かを踏み潰した感触が這い上がってきたが、無理やり無視する。
 風が流れてくる方向――無意識だが、そこへと身体は向かっていた。
 路地を抜け、水音が出迎えた。ぽつぽつと申し訳程度に街路灯が並んでいるが、光は弱弱しい。
 ユカリと一緒にいた男――キリサキだったか――はアルケミラ病院に行けと言っていた。場所は――どこだったろう。
 電話の後、地図を確認する余裕はなかった。今から確認しようにも明かりが無い。携帯電話のバックライトは使えるかもしれないが――。
 脳裏に過るのは、よくあるホラー映画のワンシーンだった。暗闇で迷う人物。背後に立つ殺人鬼。視聴者も、殺人鬼もみんな状況を掴んでいる。
 分からないのは、暗闇で彷徨っている人物だけ。
 つまり、今の自分――。
 今度の衝動は抑えることができなかった。

277 :The Others  ◇TPKO6O3QOM 代理:2013/01/10(木) 18:46:28.55 ID:m0AFgC8x0
ミカは弾けるように走り出した。周りを覆う闇の至る所から、今にも腐った腕が伸びてきそうだった。それは妄想だが、まったくの幻影とも思えなかった。
 呻き声は聞こえていた。たどたどしい足音も。問題は、それらがあらゆる方角から己に降り注いでいるということだった。
 病院のことは頭から消え去っていた。ただ身を縮ませて、"闇"から逃げ続けるだけだった。
 己の制御がきかない。纏いつくような重い"闇"に、手足が絡み取られそうになる。闇から伸びる手は、ミカの中では質感すら伴っていた。
 視界の中に、白い人影が横切った。走る人影を追って、複数の人影が闇の中に消えていく。
 他にも人が近くにいる――そのことで、ミカは幾ばくか落ち着きを取り戻した。それは、単純に孤独ではないことからの安堵であったかは本人にも分からなかった。
 一旦足を止めて、ミカは首を巡らせた。
 とん――と、質量のない、しかし、意識としては人とぶつかったような、そんな判じ難い感覚をミカは覚えた。
 何かが己の身体を通り抜けて行った――外国の制服を纏った後ろ姿が、瞼の裏に映ったような気がした。
 困惑に拍車をかけるように、後ろの方で、甲高い鳴き声が上がった。まだ距離はあるようだが、また同じものが来るという恐怖にミカは駆られた。
 反射的に、ミカは幻影が走っていった方角に向けて駆け出した。何か直感があったわけではない。単に身体がそちらを向いていたからに過ぎない。
 ふいにまた奥へと走っていく背中が見えた。陽炎のような、どこか揺らめくように人影は闇の奥底へと向かっていく――瞬きをすると、それは見えなくなった。
 左右に立ち並ぶ街灯は炎のように朧気に揺らめき、一種の幻想さを齎していた。
 ミカの前方に続く道だけが異なる次元に取り込まれたかのように、呻き声も何も耳に入ってこない。響くのはアスファルトを叩く足音と己の吐息だけだ。
 暗がりのため、自分がどれだけ走っているのか分からなくなった。ほんの僅かのようでもあるし、もっとずっと長いようにも感じられる。
 ふいに誰かに呼ばれたような心地がしたと同時に、周囲の音が戻ってきた。動悸に上下する胸を抑えながら、ミカは足を止めた。
 息を整えながら、周囲に目を配る。
 薄明の中に、高い塀と鉄柵門が浮かび上がっていた。"アルケミラ病院"と門柱のプレートには掲げられている。たしかユカリの同行者の――キリサキとかいうオジサンの知り合いがいるのが、この病院だったはずだ。
 その門の足元から丸い大きな瞳が、ミカを見返していた。一瞬息が詰まるが、すぐに猫のそれと気づいた。

278 :The Others  ◇TPKO6O3QOM 代理:2013/01/10(木) 18:47:08.42 ID:m0AFgC8x0
 門扉に手をかけると、双眸はさっと闇の奥へと引っ込んでしまった。
 肩を竦め、力を込める。思っていたよりも門扉の奏でる軋みは大きく、ミカは思わず手を止めた。生じた僅かな隙間にどうにか身を滑り込ませ、門を閉じる。
 入り口らしき扉の窓ガラスから光が漏れていた。人がいる――証だ。
 ミカの口から安堵の吐息が漏れる。
 足を進めていくと、既に先客がいることが知れた。段差の上に、猫がちょこんと座っている。黒い毛皮は周囲の闇に溶け込んでおり、鼻先から腹まで続く白いラインが際立って見えた。
 しゃがみ込み、ミカは舌を鳴らしながら手を差し伸べた。
 猫の方も心細かったのか、案外すぐに警戒を解いてミカの掌に頭を擦り付けた。そのまま抱き上げると、猫は抵抗も少なく腕の中に納まった。伝わってくる温もりが、自身の心を落ち着かせていくのをミカは感じた。
 まだ身体は小柄で、細い。子供と大人の中間といった具合だろう。つまり、同い年かとミカは微笑んだ。
 扉を開ける。ミカを出迎えたのは、懐かしさすら覚える室内灯の明るさと――肌を撫ぜるほどの濃厚な血臭であった。
 喉が引き攣った。
 室内灯の明かりを、床に広がった血の池がぬめりと反射している。その中に、無造作に放られた人の腕や足、正体を知りたくもない物体が散らばっている。
 犠牲になっているのは看護婦だろうか。駅で目撃した男の残骸が否応にも思い出される。
 このまま扉を閉めてしまいたかったが、どこからか聞こえる甲高い声がその衝動を制した。
 嫌悪と恐怖を押し潰し、ミカは病院の中へと足を踏み入れた。
 腕の中の猫に縋るように、ひしと抱き直す。靴裏が、粘り気を帯びた水たまりのような感触を伝えてくる。
 床に散らばる物を見ないようにしながらロビーを観察する。
 血飛沫は壁までも染め上げていた。まるで血のプールで子供がはしゃいだかのような有様だ。
 長椅子やテーブルの幾つかは倒れ、天井近くテレビのブラウン管にまで血飛沫の一部が降りかかっている。
 この病院で何が起こったのかは明白だ。キリサキの知り合いが、この残骸の中に含まれていないとも限らない。
 少なくとも、ミカの来訪を出迎えてくれる人間はいない。
 受付カウンターの奥に扉があった。控室か事務室だろう。カウンターを乗り越えれば入れるが、様々なものが付着した台に手を着くのは躊躇われた。
 とても静かだ。自分の足音が酷く気障りに感じられる。
 診察室、事務室と続けて覗いてみるが、人っ子一人いない。
 ロビーの奥にある扉から顔を出す。
 電燈は点いていない。ロビーから漏れた明かりが、床にミカの影を長く伸ばした。
 闇の中、二階へと続く階段が薄らと見えた。

「……ねえ、誰かいる? いるんだったら、返事して欲しいンですけどー?」

 少し声を抑えて呼びかける。

279 :The Others  ◇TPKO6O3QOM 代理:2013/01/10(木) 18:48:44.61 ID:m0AFgC8x0
 声はそのまま消えていく。返答は、ただの静寂だった。
 いや――反応はあった。
 ぱたぱたと軽い足音が奥から聞こえたような気がした。
 耳を澄ますと、何か音がする。それらは、会話する複数の肉声のようにも聞こえた。上からではない。
 猫の背を撫でて、一呼吸置く。
 照明のスイッチが分からないため、ミカは携帯電話を取り出した。
 ほんの数メートルだが、周囲の様子が知覚できるようになった。
 壁を確認に、それ伝いに足を進めていく。通路の突き当りの扉が開いていた。
 少し腕をきつくしてしまったのか、猫が不満げに声を上げる。
 扉をくぐると、声はもっと奥から漏れている。
 通路を進むが、自然と注意は後方に向いていた。誰かの足音が付いてくる。そんな妄想が振り払えない。
 自分の足音が、どこか不自然な気さえしてくる。
 ふうと項に息が吹きかけられた心地がして、ミカは思わず振り返った。その先に、ぼうとした白い人影が見え、身体を跳ね上げる。
 いや――違う。それは自分の姿だ。窓ガラスに携帯電話をかざす己が映り込んでいるだけだ。古いガラスなのか、そこに映り込む像は歪んでいるせいで怪しく見えたのだ。
 暗闇にぽうと浮かび上がる自分の姿は酷く頼りない。
 窓ガラスの幾つかは割れていて、そこから風が入ってきたらしい。
 怖がりすぎただけと笑おうとするが、早鐘を打つような鼓動は収まりそうにない。背中への意識も止めることができなかった。
 また不満げに鳴いた猫に、ごめんねと告げる。
 通路の曲り角から、薄く光が伸びている。そこが終着点だと思えた。辿り着けば、今の心細さから解放される。
 足元に注意しながら、ミカは早足に角を曲がった――。
 女と目が――あった。
 音を立てていたのは、エレベーターの扉だ。それが何度も閉まろうとしては、叶わずにまた口を開ける。
 異物が挟まっているからだ。それが邪魔をしている。
 女の――頭だ。長い黒髪の女の頭部が転がっている。開閉の度にごろりと向きを変えていく。
 鼻骨は醜く潰れていた。顔の肉には痕が刻まれ、その幾つかは裂けている。年齢は分からないほどに破損している。
 ただ――目が――。
 転がるのに、眼だけはずっとこちらを向いている。怨めしげに見開かれた瞳が、ミカを睨め上げている。
 嬌声が耳元で聞こえた――。
 気持ちの抑えはもう利かなかった。
 絶叫を上げながら、ミカは元来た道を走り出した。直後に建物全体を揺るがす、大きなサイレンの音が響いた。
 その轟音が更に心を乱していく。ミカは携帯電話に指を走らせた。リダイヤル画面を呼び出す。
 ユカリの声が聞きたい。ユカリの声さえ聴ければ――。
 焦る指が滑り、意図しない番号が発信された。けたたましいコール音が響く――。
 フゥーッと腕の中で猫が威嚇の声を上げた。

280 :ゲーム好き名無しさん:2013/01/10(木) 18:49:29.67 ID:m0AFgC8x0
 思わず立ち止まったミカの鼻先を、大きな獣のような影が横切った。一瞬だが、それは四つん這いの人体模型のように見えた。
 影は、半開きだったロビーの扉を跳ね飛ばして中へと入った――。
 呆然としていると、いきなり腕を掴まれた。
 横手に引き込まれる。更に悲鳴を上げようとした口を、別の手に覆われた。

「静かにっ」

 鋭い女の声だ。
 目だけを動かすと、薄闇の中で顔の輪郭が見えた。黒髪を肩のあたりで切った美人だ。そして、輪郭が分かることにミカは違和感も持った。
 無明だった通路に、光が生まれているのだ。そもそも病院の様子が一変している。古びているが、錆や汚泥に塗れてはいない。
 そして腕から温もりが消えている。猫が腕の中から逃げ出していたのにも気づかなかったようだ。
 猫はどこにいったのか。眼で探ろうとしていると、女と目があった。

「一旦、上にいくわよ」

 女が囁き、ミカを立たせた。
 ミカが頷き、女の後を追った。 
 ロビーの方では、コール音と共に物が壊れる音が続いている。
 階段に、ぽつぽつと赤い滴が垂れていた。それは――先行のする女の左手から垂れていた。
 上がりきったところで、コール音が止んだ。


【B-6/アルケミラ病院・二階/二日目深夜】


【式部人見@流行り神】
 [状態]:上半身に打ち身、左腕に裂傷、T-ウイルス感染
 [装備]:ペンライト、携帯電話
 [道具]:旅行用ショルダーバッグ、小物入れと財布 (パスポート、カード等)
     筆記用具とノート、応急治療セット(消毒薬、ガーゼ、包帯、頭痛薬など)
     ダグラスの手帳と免許証、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:事態を解明し、この場所から出る。
 1:病院内でヘザーを探す。
 2:ヘザーにダグラスの死を伝える。
 3:怪奇現象は絶対に認めない。例え死んでも。
※ダグラスの知る限りの範囲でのサイレントヒルに関する情報を聞いています。
※ダグラスの遺体から持ち出した物は、
 携帯ラジオ、ペンライト、手帳、免許証の四点です。
※T-ウイルスに感染しました。

281 :ゲーム好き名無しさん:2013/01/10(木) 18:50:04.06 ID:m0AFgC8x0
【岸井ミカ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:左掌に擦り傷、腕に掠り傷、極度の精神疲労、挫け気味の決意、吐き気
 [装備]:携帯電話(非通知設定)
 [道具]:黄色いディバッグ、筆記用具、小物ポーチ、三種の神器(カメラ、ポケベル、MDウォークマン)
     黒革の手帳、書き込みのある観光地図、オカルト雑誌『月刊Mo』最新号
 [思考・状況]
 基本行動方針:長谷川ユカリを優先的に、生存者を探す。
 1:二階へと逃げる。
※90年代の人間であるため、携帯電話の使い方は殆ど知りません。
※携帯電話の発信履歴に霧崎水明の携帯番号が記録されました。
※バーから何か道具を持ち出しているかどうかは後続の方に一任します。  


※一階ロビーから事務所に入る扉と事務所の電話はリッカーによって壊されています。
※205号室の窓ガラスが割れています。

代理投下終わりです

282 :ゲーム好き名無しさん:2013/01/15(火) 07:58:16.79 ID:lrs9HCIK0
今期月報であります!

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
130話(+3)    27/50 (- 0±0)  54.0

283 :ゲーム好き名無しさん:2013/02/27(水) 20:05:39.97 ID:HInq0+Ub0
代理投下します

284 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2013/02/27(水) 20:06:46.18 ID:HInq0+Ub0
吉村俊夫 / 大字波羅宿 / 耶辺集落 / 1976年 / 6時00分11秒




何処からか聞こえてくるサイレンに、じわりと不安が掻き立てられていく。




――――気を失っていた。
気怠い微睡みの中で、吉村俊夫はそう認識していた。
何処か息苦しい目覚め。頭の中でサイレンが反響している。微睡みは徐々に意識としての形を成していく。
纏まりつつある意識が感じ取るのは、辺りの様子への違和感だった。
微かな風が、湿った衣服を撫でていた。
その度に走る寒気。体温の下がった身体は肌寒さで震えていた。
泥の臭いが間近に感じられた。
背中に接している感触は冷たく、僅かに泥濘んでいた。

――――何故。
自分は今、何処に倒れている。
答えを求める意思に、瞼は薄く開かれる。
白く、霞む世界。霧。恐ろしい程に深い霧が辺りを包んでいた。
霧を透した向こうに流れているのは、灰色の煙――――いや、あれは雲か。見えているのは、曇天の空。
外だ。自分は今、外にいる。濡れた地面の上に、仰向けに倒れている。
身動きを取れば、鈍い痛みを全身に感じた。
何故痛む。何故倒れている。一体、自分の身に何が起きたというのだ。

気怠さと鈍痛を押し殺し、俊夫はゆっくりと上体を起こす。
泥に濡れた身体。気色の悪さに顔を顰め、視線を上げれば、彼の家が前方にあった。その家もまた泥に塗れ、若干の損壊すら見せていた。
愕然としつつ、覚醒し切れぬ頭で昨夜の記憶を一つ一つ遡る。
夜中に――――大きな、地震があった。それは覚えている。
土砂崩れを懸念して、緊急避難場所に指定されている教会に車で避難しようとしていた事も。
元々俊夫と、妻である吉村郁子の住む耶辺集落一帯は、土砂災害の可能性を指摘されていた地域だ。
この数日の豪雨で地盤が緩んでいる恐れもあり、危険性は更に増していた。
――――そうだ。
俊夫と郁子は、産まれて間もない我が子らを抱えて、万一に備えて避難しようと表に出た。
そして、双子を抱いた郁子が助手席に座るのを手伝い、俊夫自身も運転席に回ろうとしていた、その時。

285 :ゲーム好き名無しさん:2013/02/27(水) 20:07:25.92 ID:HInq0+Ub0
「…………土砂……崩れだ……」

俊夫の脳裏に蘇る、恐ろしい記憶。
耳を劈く凄まじい轟音と、何もかもを覆い尽くす巨大な黒い影が、容赦無く俊夫を呑み込んだ筈なのだ。それなのに、何故。

記憶の全てが思い出されるのを見計らった様に、響き続けていたサイレンが木霊を残して消えて行く。
取ってかわる様に聞こえてきたのは、俊夫の最も大切な者の声だった。
この数週間の悩みの種でもあり、同時に喜びでもあった、赤子達の泣きじゃくる声――――。

「…………っ! 郁子っ!」

声は彼の後ろからだった。
首を捻れば、ほんの数メートル先に、やはり泥に塗れた彼の自家用車の後面部が見えた。
俊夫は立ち上がった。身体の痛みなど忘れていた。
助手席に確認出来る、妻の姿。
慌てて車に駆け寄りドアを開けば、郁子は鈍い動作で虚ろな瞳を俊夫に向けた。
彼女もまた、目覚めたばかりなのだろう。一見では怪我をした様子は無い。

「大丈夫か?」
「……私は、平気。たかちゃん達も。俊夫さんこそ怪我はないの?」
「ああ、ちょっと痛むけど大したことないよ」
「……でも……何で私達助かったの? あんな、雪崩みたいな土砂が降ってきたのに……」
「……分からないよ。でも、あれは多分夢なんかじゃない。……家も、駄目みたいだ」

振り返り、損壊した我が家を見るなり、郁子の顔は青ざめた。
恐らくは、先程の俊夫も彼女と同じ様な顔をしていた筈だ。
暮らしていたのはたったの数年。それでも確かに彼等二人の安らぎがあった場所。
子供達も生まれ、これからの未来図を描いていた場所だった。――――それが、失われてしまうかもしれないのだから。
予測されていた災害が実際に起きてしまった今、暫くの間はこの地域に戻って来る事は難しいだろう。
この先、子供達を育てていかねばならないというのに、住む家が無くなってしまってはどうにもならない。
これからの事を考えてしまえば、やり切れない思いばかりが胸の奥底まで広まっていく。

――――ふと田堀の実家の事を思い出す。
田堀は、彼等二人の両親が住んでいる地域だ。
こうなってしまっては、当面はどちらかの家に厄介になるしかないだろう。
ただ、田堀もまた、波羅宿程ではないが土砂災害の危険性を疑われていた地域だった。
あちらは、無事なのだろうか――――。また一つの不安が広がった。

286 :ゲーム好き名無しさん:2013/02/27(水) 20:08:02.22 ID:HInq0+Ub0
「……ねえ。お父さん達、大丈夫かな?」

どうやら同じ様な事を連想していたらしく、郁子の表情は硬い。
せめて、彼女の不安だけでも取り除きたい。俊夫は、無理に微笑んだ。

「あっちの方はきっと無事だよ。今頃みんな教会で俺達を心配して待ってるんじゃないか?」
「……そうよね。……みんな大丈夫よね」
「とにかく、教会に行こう。余震が来たら今度こそ危ないかもしれない」
「うん。この子達も早く安全な場所に連れてってあげなきゃね」

俊夫は車のドアを閉めると、窓越しに見える郁子達の姿に目を細めた。
未だ泣き止もうとしない赤子をあやそうと、妻は二人を抱え直していた。
守るべき家族。新米の父親だが、果たすべき義務は分かっている。
自分がしっかりせねばならないのだ。弱音を吐いては、いられない。
俊夫は最後に一度、壊れかけた家を一瞥し、燻ぶり続ける暗い思いから目を背けて運転席へと移動する。

――――と、その俊夫の目に止まったものがあった。
車前方の霧に紛れる一つの影。今までは気が付かなかった影だ。いや、そもそもあの場所に、影などあっただろうか。
乳白色の霧の中で、影は揺らいでいた。揺らぎながら、徐々に近付いてくる。
それが人影なのだと理解するまでには、数瞬を要した。
そして、それが知り合いのものだと判別出来るまで、更に数瞬――――。

「……川崎さん?」

それは、つい最近までこの集落に暮らしていた男だった。
救助に来てくれたのか。一瞬はそう思った。
しかし、男の様子がおかしい事に、俊夫はすぐに気が付いた。

死人の様な灰色の肌。
気でも触れたかの様な不気味な笑み。
目から垂れている赤いものは、血液なのだろうか。
その手に持つ鍬で、一体何をしようとしている。

戸惑いながらも、俊夫は男へと数歩だけ足を踏み出し、もう一度声をかけた。
しかし男は俊夫の言葉に反応するでもなく、突然獣の遠吠えの様な奇声を上げた。

「川……崎、さん……?」

人間味のまるで感じられない声。
常人とは思えぬ異常な容姿と行動に、胸中には漠然とした恐怖が沸き上がる。
男は、本当に気が触れてしまっているのか。
車内の妻に目を向ければ、彼女もまた強張った表情を浮かべていて――――その顔が、驚愕のものに変わる。
彼女の見ている、先――――視線を前に戻した俊夫の口から、小さな悲鳴が漏れた。
男は不気味な笑みを携えたまま、鍬を振りかぶっていたのだ。
そのまま俊夫を目掛けて振り下ろされる鍬。突然の事に、よろける様に後退りをするのが精一杯だった。
足から僅か数センチ先の地面が錆び付いた刃先に抉り取られ、泥が飛び散った。
三歩も下がらぬ内に、身体がボンネットにぶつかった。これ以上、下がれない。だというのに、再び鍬は高く振り上げられた。

287 :ゲーム好き名無しさん:2013/02/27(水) 20:08:41.48 ID:HInq0+Ub0
「やめ、てくれ!」

叫び声を上げながら、俊夫は身を捩っていた。
空気の切り裂かれる音が耳のすぐ横を通過する。直後にボンネットに叩き付けられた鍬の刃先が、辺りに鈍い金属音を響かせた。
妻の悲鳴が上がった。子供達の泣き声が増した。
その声に気を引かれたのか――――男の灰色の顔が、車内の三人を覗き込む。そして――――。

「ヒッ……ヒヒ……!」

薄気味悪く引きつらせた顔を、一層醜く歪めた。
郁子達を狙っている――――悍ましさに、背筋には悪寒が走った。
しかしそれ以上に、頭には血が上っていた。顔がかぁっと熱くなり、無意識に身体は動いていた。

「やめろぉ!」

男の身体を両手で突き飛ばす。
腕力に自信などは無い。しかし男は存外に呆気無く地面の上を転がった。
今の内に逃げなくては。動転する気持ちを抑えつけながら、急いで車に乗り込みエンジンをかける。
発進させた車のバックミラーの中で、立ち上がった男の姿が小さくなっていった。

「なんなの……? なんなのあれ!?」
「分からないよ! 正気じゃなかった!」
「川崎さんどうしちゃったの!? どうしてあんな事するのよ!?」
「知らないよっ! 分からない! だから正気じゃなかったんだって! あの顔見な――――」

そして――――それには、何の前触れもなかった。
興奮気味の二人の会話を遮ったのは、走行する車のすぐ前方に降りてきた、強い輝きを放つ一本の光。
避けられない。反射的にハンドルを切る余裕も、叫び声を上げる暇も無かった。
ただ強い焦燥だけを抱いて、俊夫は眩い光の中に突っ込んだ。
激突の衝撃は無かった。――――その筈だった。
しかし、車体は光に捻じ曲げられる様に歪んでいく。その振動が俊夫の全身に伝わっていく。
シートベルトをしていなかった俊夫の身体は前のめりに浮き上がり、ヒビ割れたフロントガラスを音もなく突き破った。

288 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2013/02/27(水) 20:10:04.93 ID:HInq0+Ub0
それは、ほんの一瞬の出来事の様に感じられた――――。

車外に飛び出した直後、俊夫は極彩色の世界に包まれていた。
幾多もの光彩が、身体の中を通り抜けていく様な奇妙な感覚。
自身がどういう状況にあるのか何も分からない。見える物は、様々な彩りの移り変わりのみ。

それは、ほんの一瞬の出来事。
しかし同時に、その一瞬が永遠まで間延びした様でもあった。
俊夫は輝きの中で、一瞬と永遠を同時に感じていたのだ。

一瞬と永遠。交錯する時の狭間で、俊夫は確かに見た。
移り変わる彩りの中に、唯一変わらぬ光が在る。
眼前の光景を二分するかの様に、天より降りる、一筋の真っ白な光の柱。
それはまるで、数日前にも村で観測された光柱(ひかりばしら)現象そのものだった。
或いは、たった今俊夫の車が飛び込んだ光そのものの様に思えた。
唯一異なるのは、光柱の遥か上部に見えるもの。
そこには、太陽の様に一際強く輝く光があった。
そこからは、細く、長く、巨大な腕が生えていた。
二本ずつ。光柱を中心に、左右に対となり。合わせ鏡の様に果てしなく重なって。
それ自身が光を放ち、生物のものとは思えぬ光沢を帯びて――――。

それは、ほんの一瞬の事。
同時に、永遠の事。
光柱との距離は、段々と狭まっていく。
近付いているのは俊夫の方か。光柱の方か。それすら分からないが。
光柱の始まりの場所。上方の強い輝き。その中より落ちてくる物質があった。
初めは小さな点の様な大きさ。それは次第に、人の首程の大きさにまで広がっていく。

289 :◇cAkzNuGcZQ 代理:2013/02/27(水) 20:10:52.10 ID:HInq0+Ub0
――――不意に、一つの幻覚が、その物質に重なって見えた。

巨大な生物が、見えていた。
落ちてくる物質とは、それの首部分の様だった。
神々しさと、禍々しさを併せ持つ、巨大な生物。
昆虫の様な、海洋生物の様な外形をした、巨大な生物。

怪物。
それが、近付いて来る。
無機質な瞳で俊夫を見下ろし、光の柱から降りてくる。
その光柱も、もう目の前だ。柱からの輝きが、完全に俊夫を包み込もうとしていた。
極彩色の世界が、薄まっていく。ただ一色の白が、世界を塗り替えていく。
頭の中でサイレンが鳴っていた。
いや、それは怪物が鳴いているのか。
しかし――――既に怪物のその姿も光に遮られていた。
怪物が何処まで近付いて来ているのかも、俊夫には見えない。
光の中で、サイレンだけが聞こえていた。

それは、ほんの一瞬の出来事の様に感じられた――――。







その、「一瞬の出来事」の後――――。
俊夫の身体は暗闇の中空へと放り出されていた。
すぐ下には一台の車が走っている。
為す術もなく、俊夫は車に激突し、地面に転がった。
何が起きたのか。俊夫がそれを考える事は一切無かった。
彼の思考は、あの一瞬に見た化け物への戦慄で覆い尽くされていたのだから。

来る。

そのイメージだけが、俊夫を支配していた。
妻の事も、子供達の事も、その最期の時ですら――――彼の脳裏には蘇りはしなかった。




【吉村俊夫@SIREN 1976年時の現世の羽生蛇村に帰還】

290 :ゲーム好き名無しさん:2013/02/27(水) 20:11:36.87 ID:HInq0+Ub0
舗装されていない、刈割へと続く泥濘んだ田舎道。
刻まれたタイヤ痕は、不自然に途切れている。
車の代わりに残された物は、一つの小さな肉の塊。
御神体――――村で崇められている神の象徴が、ひっそりとその場に佇んでいる。

神の首は帰還した。
とある力の干渉を受け、異なる世界に引き込まれながらも。
因果律の理に導かれ、うつぼ舟も、白髪の女も必要とされない時と場所に。
一瞬と永遠の交錯する、もう一つの虚母ろ主に。
運命の双子を、牧野怜治と宮田涼子の元へと届ける流れの中に――――。





この日、もう暫くの時を置いて――――この異界に元より存在していた神の首は、志村晃一の手により焼き払われる。
しかし、首は決して失われる事は無い。
既に、「戻って来ている」のだから。
未来も過去もない、閉ざされた世界。
何物の意志でもなく、因果律の理に因り、歪な旋律を繰り返し刻む不安定な世界。
首は、ここにある。
この世界の求導女に拾われ、現世に帰るその時まで。
御首は、ただ静かに、ここにある――――。




【堕辰子の首@SIREN 1976年時の異界化した羽生蛇村に帰還】




――――Continue to SIREN

291 :ゲーム好き名無しさん:2013/02/27(水) 20:12:36.55 ID:HInq0+Ub0
これは――――。
もしも宮田司郎がもう暫くの間、あの『空間』に留まっていたならば、見届ける事の出来た筈の彼の過去の『映像』。
宮田司郎の頭の片隅に常に在り続けている、選ぶ事さえ許されなかった運命の分岐点。

雛城高校の地下に生まれたのは、入った者の心の奥底にある無意識を反映する『空間』だった。
かつて、アレッサ・ギレスピーの創り出した異世界に侵食され、人々の潜在意識を具現化する巨大な触媒へと変貌を遂げたこのサイレントヒル。
その時と同質の変貌がこの場所に起こったのは、アレッサ・ギレスピーの訪れに因るものなのか。
それとも――――。





何れにせよ、宮田司郎が立ち去ると同時に二十七年前の『映像』は薄れ行く。
やがて光は姿を隠し、映し出されるものは何もない。この『映像』を見た者は誰もいない。
『空間』は、ただ静かに、そこに在る――――。





※雛城高校の地下に「入った者の心の奥底にある無意識を反映する空間」が存在しています。
 宮田の見た、二十七年前の羽生蛇村の映像は消滅しました。





【光柱現象@SIREN】
堕辰子が降臨する前兆として観測される現象。
SIREN本編では、奈落へと落ち、御神体が求められる全ての時代へ向かう存在となった八尾比沙子が降臨する際に発生していた。
しかし、1976年の儀式が行われる(村が異界化する)数日前に現世の羽生蛇村でもこの現象が観測されている事から、
光柱現象=八尾比沙子の降臨という訳ではない、と思われる。

292 :ゲーム好き名無しさん:2013/02/27(水) 20:13:17.68 ID:HInq0+Ub0
219 : ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:53:46
以上で投下終了です。
タイトルは『羽生蛇村異聞 第三話・外伝『理尾や丹』――隙間録・吉村俊夫編』です。

代理投下終了です

293 :ゲーム好き名無しさん:2013/03/15(金) 07:22:33.34 ID:qx8BrcYL0
今期月報であります!

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
131話(+1)    27/50 (- 0±0)  54.0

294 :ゲーム好き名無しさん:2013/04/01(月) 00:04:02.59 ID:/Ih0tdWQ0
今年も何かあるのかな

295 :ゲーム好き名無しさん:2013/04/01(月) 00:19:23.49 ID:/Ih0tdWQ0
と思ったらスネーク!
流石ホラゲロワ!

296 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/15(水) 00:05:44.31 ID:l7YdkFJHO
今期月報であります!

話数(前期比) 生存者(前期比) 生存率(前期比)
132話(+1)    27/50 (- 0±0)  54.0

297 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/16(木) 07:36:13.49 ID:OsWXnWRHO
代理投下します

298 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/16(木) 07:40:26.59 ID:OsWXnWRHO
これは――――。



とある未来で。



とある世界で。



とある次元で。



あったかもしれない、物語――――。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

299 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/16(木) 07:42:27.19 ID:OsWXnWRHO
「何も起きない、か」

49番目の名前の上に赤い線が浮かび上がってから、もう何時間も経過していた。
現在の名簿に残る名前は『宮田司郎』ただ一つ。殺し合いのルール上、優勝者は宮田の筈だ。
しかしそれからは、サイレンが二度鳴り、世界が二度裏返った以外には、特別な変化は一切起こらなかった。

「これで証明されたな」

「 『サイレントヒルのルール』なんてうそ 」――――おかっぱの少女から聞かせてもらった情報だ。
ルールのチラシに書かれた“Not True”の文字。――――おかっぱの少女から見せてもらった情報だ。

殺し合いなど、まやかしに過ぎなかった。最後の一人となって、それは漸く証明出来た。
そのルール自体はこれまでも特に気にしてはいなかったのだが、これによって『外国のお姉ちゃん』はある程度正しいと証明されたわけだ。
では何故50人もの人間――いや、あの幻覚の中の人々を合わせれば数え切れない程の人数が、だが――この世界に呼び寄せられたのか。
誰が何の目的で、この街に人間達を集めたのか。
楽園とは何なのか。
その辺りの事は、結局未だに何も分からないままだ。
『外国のお姉ちゃん』を見つける事も出来ず、何一つ謎を解き明かす事も出来ずに、宮田は最後の一人となってしまった。

「行くか」

一人になってしまったが、やる事は変わらない。
ここに囚われている人々の救済は、今でも諦めはしていない。
求導師の役目を引き継ぐ。宮田はその決意を改めて思い返す。

300 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/16(木) 07:43:48.91 ID:OsWXnWRHO
と――――不意に周囲が光を帯び始めた。
暗闇だからこそ感じられる仄かな光。
首を巡らせば、光が宮田を囲む様に――――いや、見える範囲の道の上に広がっていた。

「……何だ?」

光は徐々に強くなる。足元が徐々に白く染まる。
宮田の踝を。膝を。下半身を。白い揺らめきが昇ってくる。
眩く。眩く。光は宮田を、そして、街中を覆い隠していく。
その眩さに耐え切れずに宮田が視線を逃した先は、まだ光に包まれていない漆黒の空。

「っ!? これは……!?」

そこに、宮田は見た。
雲の高さ程の遥か上空で揺らぐ、幾つもの円によって形作られている恐ろしく巨大な紋様を。
見覚えのある紋様。それこそは正に、メトラトンの印章。

「どういう事だ……この光が空に反射しているのか? ……この光そのものが、メトラトンの――――――――うあっ!」

眩さが目に映るもの全てを覆い尽くす。
眩さの中で、匂いも、音も、そして、自らの身体すらも失われていく。
自身の推測が正しいのかどうか。もう宮田には確かめる術が無い。
ただ、その輝きの中に、一人の少女の姿が朧気に浮かび上がっていた様な気がしていた。
とても悲しげな表情で、宮田を見つめる少女の朧気な姿が。

あの少女には、見覚えがある――――。
そう、彼女は――――。
あの時の――――。

記憶の中にある少女の姿が、輝きの中の少女の姿と重なり合う。
だが――――宮田司郎が、意識を保てたのはそこまでだった。
苦痛は無かった。ただ全てが失われていくという喪失感だけが、最期のその時まで残っていた。


【宮田司郎@SIREN 消滅】


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

301 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/16(木) 07:45:05.07 ID:OsWXnWRHO
サイレントヒルの町は、今、全体が巨大な破魔の魔法陣による輝きで揺らめいていた。
誰にも見通せない輝きの中。異界と化したこの町は、アレッサ・ギレスピーの手により音もなく消滅していく。

この町に生み出されていた者達も。
この町に生み出されていた物達も。
この町に迷い込んでいた者達も。
この町に囚われていた人々も。
この町を異界へと変えた存在も。
そして、アレッサ・ギレスピー本人も。
異界は全てを道連れにして、光の中で消えて行く。

やがて現象は収束を迎える。
光すらも消えて行き、その場所に姿を現したのは、小さな一つの田舎町。
その町は、サイレントヒル。
動くものの姿は何処にも見えない、寂れ果てただけのかつての観光地。

その町に何が起きたのか。
それを解き明かせる者はもういない。

その町に何が起きたのか。
それに気付ける者すらもういない。

謎も。
答えも。
記憶は光の中へと失われたのだから。

302 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/16(木) 07:46:11.97 ID:OsWXnWRHO
やがてその町には何も知らぬ人々が再び集い、暮らし始めるのだろう。
或いは、そのまま打ち捨てられたままになるのだろう。

どちらだとしても。
その町は、サイレントヒル。
いずれ心に深い闇を抱いた誰かが迷い込む町。

いずれ再び霧は町を隠すだろう。
いずれ再び闇は町を隠すだろう。
しかし、その時の物語を話す者は、今はいない――――。










    ―――――――― GAME OVER ――――――――










    /Try again/ → /トップページへ/
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※最後の一人になったとしても、何かが起きる事はありません。

303 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/16(木) 08:03:25.27 ID:OsWXnWRHO
代理投下終了です。タイトルは「失われた記憶――隙間録・宮田司郎編」です。

304 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 14:02:10.77 ID:bbfFFLz/0
代理投下します

305 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 14:03:26.71 ID:bbfFFLz/0
240 :さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:40:41
不気味な程に静まり返った闇夜の中の住宅地。
雛咲真冬は石製の階段上にある建物を懐中電灯の灯りで照らし出していた。
血と、錆と、得体の知れない黒ずみと。
単に荒れ果てているだけではない。御多分に漏れずと言うべきか、建物の壁には生理的な不快感を刺激する、触れる事を躊躇わせる様々なものが浮き出している。
今からこの中に足を踏み入れなければならないのだが、この分であれば内部の様子も大差ないであろう事は想像に難くない。
自分一人ならば、我慢すれば済む話ではあるが――――案内役の玲子に再び不快な思いをさせてしまう事には、多少の後ろめたさを覚えていた。
とは言え、表に一人で居させるのも躊躇われる。今は連れて行く他ないのだろう。
自分のすぐ後ろに立つ玲子に、真冬は目をやった。

「玄関はあそこなんですね?」
「えーと……はい。でも……ホントに入るんですか…… ?」
「ええ。もしかしたら何か分かるかもしれない。行きましょう」

足元に楕円形の光を移し、一段一段慎重に上がっていく。
鉄製の手摺は赤錆で腐り切っていて、触れる事を躊躇わせた。
反面、石段は頑丈そのもので、壁に付着していた様な汚れも無く足を滑らせる様な心配も無い。手摺の世話にならずとも済むのは細やかな幸運か。
階段を昇り切り入り口の様子を確認する真冬の背中に、玲子の声がかけられた。

「でも……荒井先輩は死んじゃってるんですよ? 分かる事なんてあるのかなあ?」

玲子が最初に目を覚ましたアパートの前に、彼等二人は立っている。
巨大ゴキブリの襲ってきた民家から飛び出してみれば、真冬達を見失ったのか、それとも単に外への出口を見つけられなかったのか。
理由は不明だが、虫達は外にまでは追っては来なかった。
音の正体が何だったのか、玲子は知りたがったが、真冬はそれを正確には伝える事はしなかった。
この年頃の少女がゴキブリを恐れる様はよく知っているつもりだ。妹がそうなのだから。
果たして玲子も虫は得意ではないらしく、靴ほどの大きさの虫が襲ってきた、との真冬の事実を濁した返答でも悍しそうに身を震わせていた。
そうして二人は通りに出た。
一つの危機を脱し、安堵の息を吐いたところで、真冬の脳裏に浮かんでいたのは玲子との話に出て来た荒井少年の事。
ゴキブリのせいで聞きそびれてしまったが、玲子は名簿に載っていない人物と行動を共にしていたというのだ。
トイレにあった細田友晴の白骨死体といい、荒井の存在といい、どうにも分からない。
その疑問を玲子に打ち明け、色々と話を聞いてみれば――――。

306 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 14:04:19.80 ID:bbfFFLz/0
「――――でね、荒井先輩こう言ったの。『福沢さんの話は僕の記憶に無い事です』って」
「記憶に無い?」
「はい。私達はパラレルワールドから呼ばれたんじゃないかって言ってました」
「それは……SF小説や映画なんかである、あのパラレルワールドという事ですか?」
「他にあるんですか?」
「いえ…………ただ荒井君は本気でそれを信じてたのかなと思って。
 いくらこんな状況とはいえ、あまりにも突拍子もない話だ。こう言ってはなんですが、荒井君にからかわれたのでは?」
「え〜、そんなことないと思いますけど? 後は……そうそう、『僕達は断罪の為に集められたんじゃないか』とか」

その言葉に、真冬は強く惹き付けられた。
断罪。確かジェイムスの霊が似た様な事を話していたと記憶している。
――――そう。『私は罰を受けたんだ』。ジェイムスは確かにそう言っていた。妻を手にかけ、意思を裏切った罪に対する罰を受けたのだと。
罪を裁かれたと考えてたジェイムスと、自分達が呼ばれた理由を断罪の為だと推測していた荒井。これは偶然なのだろうか。
いや、偶然かどうかはさておくとしても、荒井という少年がやはり何かを知っていた可能性は充分に考えられる。
であれば、彼の霊魂に話を聞く理由は一つ増える。
無論話せるかは分からないし、最悪射影機を使わねばならない状況に陥るかもしれないが、危険を押して行くだけの価値はある筈だ。
真冬達がこのアパートの前まで来たのは、それ故だった。

荒井が死んでいるのに分かる事などあるのか。
そう疑問を呟いた玲子に、真冬は振り返ろうとしなかった。何と答えようか、言葉に詰まってしまった。
“ありえないもの”が見える体質。玲子にこの体質を打ち明けるつもりは真冬には無い。
玲子が信用出来ないから、ではない。それは玲子に限った事でもない。
真冬にとっては、それを打ち明けない事は至極当たり前の事だからだ。


――――絶対に誰にも霊が見える事を話してはならない――――


幼い頃からずっと。真冬達兄妹は母深雪にそう言い聞かされて育てられてきた。
心優しく、いつでも誰とでも穏やかに接していた母だったが、その時だけはまるで憑かれた様な気迫を見せて。
何故話してはいけないのか。それを問い返した事はない。真冬も深紅も、それこそ直感的には知っていたからだ。
母から遺伝したというこの能力は、兄妹には感受性の鋭さも与えた。
他人の心が読める、という訳ではないが、他人の心の動きを敏感に感じ取れてしまうのだ。
特に、負の想いに晒された時にそれは顕著になる。それは人に限らず、“ありえないもの”の想いでも。
故に分かってしまう。下手に他人に打ち明ければ、好奇の目に晒されるか、異端視される事になると。――――幼少時代の母がそういった扱いを受けてきた様に。
決して他人とは分かり合えない体質なのだ。心を許せるのは、同じ体質を持つ身内だけ。
友人であろうと、恩人であろうと、親しくしようと考えていても、無意識の内に距離を置いてしまう付き合い方。それが真冬にとっては当然の事。
自らを曝け出さない事には、慣れ切ってしまっている――――。

307 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 14:05:40.27 ID:bbfFFLz/0
諦めにも似た冥(くら)さをその瞳に浮かべていた真冬は、結局玲子に振り向く事も答える事もせず、扉に手をかけた。
静寂と闇、そして普段の世界には有り得ない程に強い瘴気が支配する世界の中で、錆び付いた軋みを小さく立ててドアは開く。
内部を覗き見れば、様相は確かに荒れ果ててはいるものの、想像していたよりも幾分かはまともな状態ではあった。
照明も死んでおらず、薄暗い事は薄暗いのだが、懐中電灯無しでも不自由しない程度には明るさを保っている。
とりあえずの危険が無い事を確認し、真冬達は中へ入る。再びの軋みを立てて、ドアは閉まった。
然程広くもない空間。ここは非常階段であるらしい。
四方に灯りを巡らせても、階段以外にはアパート内部へ通じると思われる扉しか見当たらない。

「それで、荒井君はこのアパートの何処に……?」
「この上です。階段の上で……三角形の頭した怪物に襲われて……」

玲子が指した階段上に、真冬は灯りを向けた。アパートに入ってすぐの事だったとは、何となくだが考えていなかった。
とりあえず下からでは死体は見えない。“気配”も今のところ感じられない。

「二階ですか? 三階ですか?」
「あ、三階行けませんでしたよ」
「……そうですか。分かりました。福沢さんはここで待っていて下さい」
「え? でも……」
「無理に見る事はありませんよ。大丈夫、すぐ上なんでしょう? 何かあったら呼んで下さい」

玲子を気遣う気持ちも本音ではあるが、半分は真冬の都合でもある。
もしも荒井の霊と遭遇出来たとしても、玲子に側に居られてはまともに話す事も出来ないのだから。
不安気な玲子に一度だけ微笑むと、真冬はショルダーバッグから射影機を取り出し、階段を上がった。



二階の様相は、基本的には下と同じだった。
奥へのドアが開きっ放しにされている事と、学生服を着た無惨な死体がある事を除けば、だが。
これが荒井少年の成れの果てなのだろう。――――そう考えつつ灯りを死体に向けた刹那、真冬は違和感に首を傾げていた。

(……これは、作り物なのか?)

顔と胸。どちらにも大きく開けられた風穴から見えるのは、生々しい脳味噌や腸ではなく単なる木片と思わしき物質。
真冬とて本物の死体を見た経験は、精神を病んで庭で首を吊った母親のものを含めてほんの数回しかないが、死亡した状態を基とした“ありえないもの”は数多く見てきている。
目の前のそれが、ただの作り物――――人形であり、人の死体では無い事は瞭然だ。
とすると、ここで死んだ筈の荒井の死体は何処に行ったのだろうか。
辺りに意識を集中させるが、やはり“気配”は無い。いや、それどころか――――。

(血の跡すらない……?)

308 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 14:06:43.62 ID:bbfFFLz/0
ここには人が殺された様な痕跡すら無い事に、真冬は漸く気が付いた。
場所が違うのだろうか。いや、玲子はすぐ上と言ったのだ。外から見ればこのアパートは三階建てだったが、三階への階段もこの場所には無い。
念の為に開け放されたドアから廊下を見てみるも、そこにあるのは得体の知れない異形の死体のみ。まさか、こちらが荒井という事もあるまい。
真冬はもう一度非常階段の辺りを見回す。やはりあるのは人形だけだ。
もしかすると、荒井が怪物に殺されたというのは玲子の思い違いなのだろうか。
荒井はあくまでも負傷しただけで、玲子が去った後に自力で何処かに逃げたという可能性もあるのではないだろうか。
だが、それでも怪物に襲われたからには血痕の一つや二つはある筈だ。それが一切見当たらないというのは――――。

ふと脳裏を過ぎる、暗い疑念。真冬は階下の玲子に意識を向けた。
思えば、荒井の話は玲子から聞かされただけに過ぎない。その話に信憑性はあるのだろうか。

名簿に載っていない少年の存在。
もしも荒井に関する話の全てが、彼女の狂言だったなら――――。

あるべき場所に無い死体。
もしもこの場所に真冬を誘き寄せる為の、でまかせであったなら――――。

殺し合いの掟が支配する町。
もしも彼女が、真冬を殺そうとしていたのなら――――。

(いや、違う……。彼女が嘘を言っていたようには思えない……)

浮かび上がろうとしていた疑念を、真冬は直ぐ様打ち消した。
確かに理屈の上では、玲子の言動は辻褄が合わず疑わしく思える。
しかし、これまでの彼女が見せてきた怯え、喜び等の様々な感情が偽物だとは、真冬にはどうしても思えないのだ。
人を騙そうとするよりも寧ろ、感情をすぐ顔に出してしまう様な素直さ、率直さ。玲子から感じ取れたのはそんな単純な印象だった。
根拠の根底にあるのは所詮は己の直感でしかないが、真冬本人としてはそれで充分な事。
玲子は少なくとも嘘をついてはいない筈。真冬はそう信じる。玲子を、ではなく、自身の感性を。
――――であるならば、ここでは一体何が起きたというのだろうか。

(福沢さんに聞いてみるのが一番早いんだろうが、その前に……)

この場に唯一残されている不自然な物。人形に、真冬は目を向ける。
玲子の言う通り怪物の襲撃がここであったのだとすれば、この人形が破壊されたのもその際の事である可能性は有る。
何かを、感じ取れるかもしれない。試すならば玲子の居ない今の内だ。
僅かな逡巡の後、真冬は比較的損傷の見られない人形の肩の部分に手を伸ばす。そして、指先がそれに触れた直後――――。

真冬は息を呑んでいた。
脳裏に流れ込んできたある一つの思念。
それは、決して有り得ない筈の思念だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

309 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 14:10:25.15 ID:bbfFFLz/0
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



――――ちっ、マジかよ。お前は食堂来るんじゃねえって言ったろ。お前が目に入るだけで吐き気するんだよ。

――――ろくに動けないデブが一緒じゃ勝てねえって。あいつフリースローも届かないんだぜ。マジいらねえ。4人の方がマシだ。

――――昨日の試合凄かったな。コーナーに追い詰めてからのあの連打さ。こんなふうに! ……おい、サンドバッグが動いてんじゃねえ。じっとしてろ。

――――最悪。エディーの隣なんて嫌よ。カビ生えた雑巾の臭いがするのよ。誰か席変わって!

――――あいつ豚のケツから生まれてきたんだってさ。クセーわけだよな。 じゃあマザーファッカーっつったら? 豚のケツとヤってんじゃねえの? ギャハハハ…………



聞こえてくる言葉はいつだって、聞きたくもない言葉だった。
誰かに優しい言葉をかけられた記憶など、ただの一度も無かった。

とろい。
臭い。
気持ち悪い。
頭が悪い。
何言ってるのか分からない。

時には面と向かって。
時にはわざと聞こえる様に。

誰からも蔑まれ、疎まれ、嫌われ、小突かれ、笑われた。
友達なんか一人もいない。
良い思い出なんか何もない。
馬鹿にされるのは当たり前。
チヤホヤされるのは決まって別の誰かの方。
そんな立ち位置を甘んじて受け入れてきた。

理不尽に対して媚びへつらった事もある。
泣きそうになるのを、ただじっと堪えた事もある。
抵抗なんてしなかった。出来やしなかった。
何故かなんて分からない。
いや、そこに理由なんか無かったのかもしれない。理屈なんか無かったのかもしれない。
ただ、とにかく、逆らう事が怖かった。

毎日毎日、腹の中にドス黒いものを感じて暮らしてきた。
それを吐き出す事も出来ず、ずっと抱え込んで耐えてきた。
出来る事なら自分を馬鹿にする奴等を見返してやりたい。
そんな妄想には毎日の様に耽っていた。

310 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 14:13:04.35 ID:bbfFFLz/0
でも、それだけだ。出来る事は、妄想に耽るくらいのものだった。
現実には何も変えようとしない。何も変えられない。臆病で、怠惰で、何も取り柄のない人間。
馬鹿にされて当然の、ゴミと変わらない存在だって分かっていた。
見下されて当然の、何の価値もない存在だって分かっていた。

子供の頃から、ずっとそう。
きっとこれからも。ずっと、ずっと――――。





「うあっ……!」

浅い微睡みの中でうなされていたエディー・ドンブラウスキーは、弾かれた様に起き上がった。
いやに不快だった。身体中から汗が吹き出していた。何か夢を見ていた。最低の気分になる夢だ。心臓が早鐘の様に鳴っていた。
何の夢だったか。脳裏には曖昧で断片的な映像が残っている。しかし、その断片を形として紡ぎ合わせようとすればする程、それは纏まりを見せずに忘却の彼方へと消えていく。
汗塗れの額を拭いながら、エディーは困惑混じりの視線で室内を見渡した。
ここは何処だ。自分は何をしていた――――覚醒し切れていない頭で答えを探る。
そう。ここはボウリング場に着く前に立ち寄っていた、二棟並ぶアパートの片側だった。
そのアパートの208号室。少しばかりの休憩の為に寝転がったベッドの上。記憶は徐々に鮮明になる。
逃げてきた。抱えた恐怖を堪えきれなかったから。
死体を見た。また恐怖を覚えた。自分がそうはなりたくなかったから。
怪物が居た。動かなくなるまで殴りつけた。そうしなければ最後の一人になれないから。
最後の一人になる。最後の一人とは、何の事だったか。
頭の中に蘇る、あの音の割れたスピーカーからの声。
――――殺し合いのゲームを匂わせる、あの甲高い声。

「そうだ……俺は…………人を殺したんだ……!」

思い出した事を見計らったかの様に、アパートの何処からかドアが閉まる気配が伝わってきた。
誰かがこのアパートに侵入したらしい。思えば、アパートの外で誰かが話している気配が夢現の意識にも聞こえていたような気がする。
部屋の薄い壁の向こうから聞こえてくる、階段を昇る足音。
エディーの瞳から困惑が消えていき、代わりに狂気の色に染まっていく。
抱え込んだ恐怖が捻じ曲がり、殺意と変わって込み上がる。

こんなゲームではどうせ誰だっていの一番に自分を狙うに決まっている。
殺しやすいカモにしか見られていないに決まっている。
そうはさせない。やられる前にやってやる。
入ってきたのが誰だかは知らないが――――自分をバカにする奴等は、あの犬の様に、あの医者の様に、自分以下の存在に変えてやる。
エディーは醜く顔を歪めると、ベッドから飛び降りた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

311 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 15:02:47.08 ID:bbfFFLz/0
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「これが……荒井君」

我に返った真冬は、陥没した人形の顔に向かい呟いていた。
頭の中に流れ込んできた思念は、思いも寄らぬものだった。
玲子と共にこのアパート内部を探索しながら考察を重ねていたのは、紛れもなく目の前で砕けて転がる人形の姿。
俄には信じ難い光景だったが、残留思念が嘘を見せる事は無い。あれは全て本当にあった事なのだ。
動く人形。それが名簿に載っていない荒井少年の正体。
だが、一体それはどういった存在なのだろうか。
精巧に造られた人形には霊が宿るとは、よく囁かれている事だ。
それは真冬が大学時代に学んでいた民俗学の中にも、伝承として残されているものはある。
彼も何らかの霊が人形に取り憑いていたという事ならば、その霊がまだ近くに漂っていてもおかしくは無いのだが――――今もやはりその気配は無い。
そして残念ながら、今の思念から見えた映像からはこの世界に関する情報は何も得られなかった。
荒井の考察も、結局はただの考察以上のものではなかったらしい。
危険を覚悟で調べに来たのは良いが、呆気無く手詰まりとなってしまった。

これからどうするべきか――――真冬が思考を切り替えようとしたその時だった。
ハッとして、真冬は廊下へのドアに向かって振り返った。

(何かが、来る……)

廊下を、歩く気配があった。
ひたひたと。こちらに近付いて来る足音。
物理的に立てられている音ではない。概念として存在している様な、ありえない音。
つまりは、この世のものではない――――真冬の直感が、そう感じ取る。

ゆっくりと、真冬は射影機を構えていた。
荒井の霊だろうか。或いは別の誰かのものか。
何にせよまだ理性を保てている霊ならば良いが、そうでなければ確実に襲ってくる。

開け放されたドアのすぐ手前まで、それはもうやって来ている。
真冬はファインダーを覗き込み、階段付近まで下がった。
四角く切り取られた空間の中で、そいつは姿を現した――――。

「え?」
「あぅ……」

それは、薄紫の髪をした、独特の巫女装束を纏った少女の霊だった。
いや、霊なのか。霊とは――――何かが違う。
実体の無い存在である事は確かだ。しかし、真冬のこれまで見てきた“ありえないもの”とは明らかなる差異が感じられるのだ。
具体的に何がどう違うのか。その説明は真冬にも出来ない。ただ異なる存在であると、直感として理解出来るとしか言えないのだが――――。

312 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 15:03:35.53 ID:bbfFFLz/0
「もしかして僕のことが見えるのですか?」

驚きと戸惑いを併せ持つ、感情豊かな表情。
人間と変わらぬ様な振る舞いで、それは話しかけてきた。
これも霊の行動としては、真冬の経験上では記憶に無い事だ。
射影機を下げると、真冬は小さく頷いた。

「本当に見えてるのですか!? 梨花以外の人に僕の姿が見えるなんて……」
「君は……誰なんだ?」
「あぅあぅあぅ……僕は羽入と申します」
「ハニュウ……?」

ハニュウと名乗る、明らかに人ではなく、霊とも異なる精神体。
荒井のこの人形もそうだが、町のルールで彼等を分類するならば――――。

「君は、『鬼』なのか?」
「ぼ、僕は鬼なんかじゃないのです……! 鬼なんかじゃ……」

今度は怒りと悲しみも交えた顔で、ハニュウは呟いた。
その答えには何処か噛み合わない印象を受けるものの、確かに鬼であるならばルールとしては人を追い詰めるもの、つまり人を襲う存在でなければならない筈だ。
なのに荒井もハニュウも人を襲える状況で襲おうとしない。それに、鬼に関しての情報誌にも載っていなかった。となると一体彼等は何だというのだ。
ここに来れば何かが分かると考えていた真冬だったが、求める答えは得られず混乱は増すばかりだ。

「それじゃ、君はどうしてここに?」
「それは――――」

真冬の問いにハニュウが答えかけるのとほぼ同時に、再びの足音が廊下から聞こえてきた。
今度は霊のものではない。明確に、生身の身体を持つものの立てる足音だと分かった。
真冬は咄嗟に射影機をバッグに入れ、鉄パイプを引き抜いた。
廊下には異形の死体があった。このアパート内にも怪物は居るのだ。今近付いて来るのがそうだとしたら、戦わなければならない。
そちらを振り向いたハニュウは、おろおろといった様子で廊下と真冬に交互に視線を動かしていた。

やがて扉口から覗かせる姿。
それは、一見ではどこにでも居る様な男性だった。
特徴として上げれば白人である事と、やや肥満体である事くらいか。彼にはハニュウは見えていない様子。
その男性は何処か虚ろな瞳で真冬を見据えると、独り言の様に呟き出した。

313 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 15:04:36.46 ID:bbfFFLz/0
「お前だって……そうなんだろ」

ジェイムスの時と同じく、彼の言葉が日本語として理解出来る事に違和感を覚えるが、とりあえずそれは無視だ。
男性から伝わって来るのは、真冬が最も好まない思いだった。
今までに感じた事もない程に強く、暗く、そして重い、負の思い――――。
その念に晒された真冬が、鉄パイプを握る手に力を篭めてしまったのは不可抗力だった。
だが男性は、真冬のその些細な動きを見逃してはくれなかった。

「その鉄パイプで俺を殺そうとしてるんだろ? 弱そうなやつだって思ってるんだろ?」
「……違います。殺し合いなんてする気はありません。落ち着いて下さい」
「ほらな。やっぱりだ。俺のことバカだと思ってる。騙せると思ってんだ。分かってんだよ。そうさ、誰だってそうなんだ」

どうやら、この町を支配する掟に囚われてしまった人間らしい。
異形の存在ならばともかく、人間と争う気は真冬には無い。
ふとハニュウに目をやると、彼女はやはりおろおろしているだけだった。害を及ぼそうとはしないらしいが、荒井の様に頼りになる訳でもないらしい。
自分で何とか説得するしかない。真冬は、そう判断する。

「落ち着いて下さい。貴方を馬鹿になんてしていません。今からこれを床に置きますから」

真冬は男性を刺激しない様、ゆっくりとしゃがみ込むと、床に鉄パイプを置いた。
そしてそれを、一瞬の迷いの後に、部屋の隅に滑らせる様に蹴り飛ばす。
そこで漸く、男性の目には若干の戸惑いが見えた。ここから、慎重に説得を重ねればきっと――――。

「いいですか、僕は殺し合いをする気はありません。落ち着いて話を聞いて――――」
「真冬さん……? 誰かいたんですか? 何か話し声がしたけど……」

しかし計算外だったのは、背後からかけられた声の主だった。振り返れば、階段の踊場に玲子が居た。
こちらの状況も良く分からずに、階段を上がって来ようとしていた。
そして真冬の止める暇も無く、青年を見つけるなり玲子は叫んでいた――――。

「あ! デブサイク!」

言ってから、玲子は慌てた様子で口を噤んだ。
しかし、すぐに無邪気そうな笑顔を見せる。

「あ、そうか。外人だし言葉分からないよね。キャハハ」

これには流石の真冬も、思わず顔を顰めていた。
視線を男性に戻すと、彼もまたその表情を酷く歪めていた。



――――先程よりも一際濃い負の念を、真冬は確かに感じていた。

314 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 15:05:18.92 ID:bbfFFLz/0
【C-5/西側アパート(ブルークリーク・アパートメント)・非常階段二階/一日目真夜中】

【雛咲真冬@零〜ZERO〜】
 [状態]:脇腹に軽度の銃創(処置済み→無し)、未知の世界への恐れと脱出への強い決意
 [装備]:無し
 [道具]:メモ帳、射影機@零〜ZERO〜、クリーチャー詳細付き雑誌@オリジナル、
     細田友晴の生徒手帳、ショルダーバッグ(中身不明)、懐中電灯
 [思考・状況]
 基本行動方針:サイレントヒルから脱出する
 0:男性(エディー)を説得したいが……
 1:ハニュウに話を聞いてみたい
 2:この世界は一体?
 3:深紅を含め、他にも街で生きている人がいないか探す

【福沢玲子@学校であった怖い話】
 [状態]:深い悲しみ、固い決意
 [装備]:ハンドガン(10/10発)
 [道具]:ハンドガンの弾(9発)、女子水泳部のバッグ(中身不明)、名簿とルールの書かれた紙
 [思考・状況]
 基本行動方針:荒井の敵を撃ち出来るだけ多くの人と脱出する
 0:デブサイク!
 1:真冬についていく
 2:人を見つけたら脱出に協力する。危ない人だったら逃げる
 ※荒井からパラレルワールド説を聞きました
 ※荒井は死んだと思っています

【エディー・ドンブラウスキー@サイレントヒル2】
 [状態]:肉体疲労(中)、女(福沢)に対する怒り
 [装備]:ハンドガン (0/10)
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:とにかく最後の一人になる
 1:最後の一人になる
 ※サイレントヒルに来る前、知人を殺したと思い込んでいます

【羽入(オヤシロ様)@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:精神体
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:???
 0:おろおろ
 1:梨花以外に僕が見えるなんて……

※鉄パイプ@サイレントヒルシリーズが西側アパート・非常階段二階に落ちています。

315 :ゲーム好き名無しさん:2013/05/28(火) 15:13:31.65 ID:bbfFFLz/0
250 : ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/26(日) 00:02:34
以上で投下終了です。
真冬の「大学で民俗学を学んでいた」という点につきましては、
零公式サイト(ttp://www.tecmo.co.jp/product/zero/staff_co.htm)に掲載されている真冬の設定(23歳大卒)と、
刺青に登場する真冬の友人の手紙の内容(ttp://www.cameraslens.com/fatalframewiki/index.php5?title=Kei_Letter_3/ja)からのものです。
攻略本だと21歳と書かれていて、ゲーム内では年齢が明かされず、結局公式設定としての年齢が二つ存在するらしいのですが、本ロワ内では23歳説採用という事でお願い致しますw

ご指摘、ご感想ありましたらお願い申し上げます。

代理投下終了です

316 :ゲーム好き名無しさん:2013/06/24(月) 22:57:26.99 ID:lGkhzHBB0
代理投下します。

317 :The FEAST  ◇cAkzNuGcZQ代理:2013/06/24(月) 22:58:11.20 ID:lGkhzHBB0
一つだけ、腑に落ちた事がある。

幅のそう広くないグレーチングの足場を囲うのは、間隔の広く置かれた格子状で構成される金属製の手摺。
そこから乗り出した半身で、ハンクは空間に立ち昇る熱を感じていた。
作業員の姿など何処にも見当たらないというのに、遥か下方に見える加熱処理用熔鉄炉は愚直に運転を続けており、そのものが放つ熱気で時折揺らいでいる。
――――やはり同じだ。
幾度めかの記憶の確認を行い、ハンクは確信に至る。
エレベーター前の廊下から続くポンプ室も。
動力室と表記された扉を潜った先の――――この部屋にそびえ立つ、施設の心臓部と思われる巨大な柱の様な機器類も。
そして、下階に確認出来る熔鉄プール室も。
この大学の地下階層は、ハンクらU.S.S.αチームがG-ウィルス回収の為に突入し、結果崩壊する運びとなったラクーンシティのアンブレラ地下研究所とほぼ同じ間取りなのだ。
今のところ確認したのはたったの数部屋ではあるが、異なる部分と言えば、設置された金網や器材等の細かな部分を除けば、廊下の長さと荒れ果てている様相くらいのものだ。

何故、これ程までに似通っているのか。
単なる偶然、である筈がない。全く別の街にある二つの巨大施設の間取りと設備が全く同じ物となる偶然など、有り得ないのだから。
無論そうなる可能性が100%無いのかと問われれば否定し切る事は不可能だが、しかし、そんなものは所詮は確率論の戯言。
現実的に捉えるならば、単なる偶然だけで一致する確率は0と見做すべきなのだ。
偶然とするよりは、何者かの意志によりラクーンの研究所を模して造られたと考える方が遥かに自然であり、筋が通る。或いはラクーンがこちらを模した物なのか。
つまるところ――――ここの『ラクーン大学』もまた、ラクーンシティ研究所と同じくアンブレラの所有物だったという事だ。恐らくはラクーンシティにあるラクーン大学も同様に。
だからこそ、この地下施設はラクーンシティ地下研究所と同じ構造で建設されている。
そして、だからこそ――――。

(同じ名称で訴えられる事も無い訳だ……)

何故この大学が、ラクーンシティのラクーン大学との訴訟沙汰に巻き込まれずに存続出来ているのか。
漸く腑に落ちる答えが導き出され、ハンクは一人頷いていた。

(……これ以上は確認の必要もないだろう。とりあえず地下の構造全てをラクーンと同じだと仮定するなら……)

この幾日か、さ迷い歩いていたラクーン研究所。間取りは鮮明に思い浮かべられる。
目的の部屋を定め、ハンクは身体を翻して錆だらけの金属板の上を戻る。
その足が、幾度目かの小さな音を立てた時だった。扉の向こう側から、男の怒鳴り声が発せられたのは。

「オーケーだ! 来い!」

隣のポンプ室に人が雪崩れ込む気配。
誰かがいる。それも複数人。ハンクは静かに扉に近付き、耳を澄ます。
鋼鉄製の分厚い扉と、周囲で絶えず唸る様に上がっている機器類の低周波音に阻まれ、怒声以外の聞こえてくる声に明瞭さは無いが、焦燥混じりの様子は伝わってくる。
飛び降りろ。男の言葉に続き、鉄板を鳴らす軽い衝撃音が――――三回。暫く待つが、四回目の衝撃は無い。
あちら側の人数は三人か。そう思うや否や、まるで車でも衝突したかの様な轟音と振動がハンクまで伝わった。
金属と金属が擦れ合いぶつかり合う耳障りな高音の中で、またも男が怒鳴る。乗るんだ、と。
扉一枚先の向こうが抜き差しならない状況にあるのは容易に想像がついた。
三人の人間が何者かに追われているのだ。追手側は上で見た大男――――恐らくはタイラントの亜種であろうあの禿頭の可能性が濃厚か。
すると今の轟音は、奴が扉を破壊した音だという事になりそうだが、ただ、それにしては奇妙な事が一つ。
追手が奴にしてはポンプ室の気配は静かすぎる。奴が獲物を見つけたならばもっと暴れ狂う筈だ。実際ハンクに対してはそうだった。
それ程の動きが感じられないという事は、彼等を追っているのはまた別の何かなのか。

318 :The FEAST  ◇cAkzNuGcZQ代理:2013/06/24(月) 22:59:28.10 ID:lGkhzHBB0
再び衝撃音が響いた。鉄板を重たい何かで叩いた様な音。先の三人同様に、追手が飛び降りた音だろう。
ほぼ同時に、吹き抜けを通じて下方からリフトの稼動音が伝わってくる。
すぐ手前の手摺の隙間から熔鉄プール室を覗き込めば、ハンクのほぼ真下付近の位置で三人の人間がリフトから降りる姿が確認出来た。
見たままに判断するなら、男が一人、女が二人。
男の着衣がラクーン警察署警官隊のユニフォームと似ている事に気付くが、明確にそうだと判別出来る程の距離ではない。

瞬時に浮かぶ損得勘定。仮に男がラクーン署の人間だとして、接触する事にメリットは有るだろうか。
――――流石にそれは不明だ。有るかもしれないし、無いかもしれない。
ただ、彼等の逃げ込んだその先は行き止まりだ。
この動力室もではあるが、下の熔鉄プール室も部屋からの出口は一つしか無く、この段階で既に彼等は追手に追い詰められた格好となってしまっている。
となると、彼等と接触するには必ず彼等を追う相手と対峙せねばならない。
それを選択したとして、果たして得られるリターンに対してリスクは如何程のものだろうか。

三人が60フィート程度の足場を一通り走り切り、漸くそこがデッド・エンドだと気付いた頃、三度の衝撃が鳴った。
それもやはりハンクの位置よりほぼ真下。下階のリフト前の床に突如現れていた物は、モスグリーンの大きな塊。
一瞬後、ハンクはその認識を改める。あれはただの塊ではない。生物だ。それも――――。

(タイラント……あれはまさか、新型か?)

着地の衝撃で身体を屈めていたそいつは、ゆっくりと立ち上がると、おもむろに顔を上げる。
無機質な視線が、ハンクの視線と絡み合った。

「何……?」

僅かに困惑が走った。
何故奴はこちらを見上げたのか。その疑問が浮かんだ。
己の気配を感じ取られたとは思えない。そもそも状況からして奴の狙いはあの三人だ。
それなのに、タイラントはハンクを見上げていた。気付かれる要素など一つも無かったのだが。
直ぐ様ハンクはその睨み合いを打ち切り、ポンプ室の扉を開いて中へ。
そして迷いなく向かいのフロアに飛び移ると、エレベーターへと通じる廊下に素早く走り込む。

319 :The FEAST  ◇cAkzNuGcZQ代理:2013/06/24(月) 23:00:34.36 ID:lGkhzHBB0
タイラント。アンブレラ社の造り出したB.O.W.の中でも最高級の性能を持つ“究極の生命体”。
――――と聞いている。
ハンクはアンブレラ社の特殊工作部隊(U.S.S.)に身を置く人間だ。
個人としては人的資源の重要性、貴重性は認識しているが、それはともかくとして、上層部から見れば結局自分達は使い捨ての駒に過ぎない。
その為、任務に必要とされない限りはB.O.W.一種一種の性能などを細かに知らされる機会は無いのだ。尤も、その点に関してはハンク自身も必要性を感じた事は無いのだが。
“究極の生命体”と称されるタイラントに関してもそれは同様であり、実際に戦闘を行った事も、性能を調べた事もハンクには無い。
知能が高い新型タイラントの研究が進んでいる事は小耳に挟んでいたが、知識としてはそれだけだ。
タイラントが非常に強力なB.O.W.である事は理解しているが、それ以上の具体的な性能となれば知る由もない。
確実なのは、戦えば勝敗はどうあれそれなりの手間がかかってしまうという事。

故に、接触は無しだ。
追手が新型タイラントだと分かれば、尚の事危険は冒せない。
タイラントも、アンブレラ社が何かしらの目的で送り込んだものではあるのだろうが、それをフォローする義務もない。
社から直接の任務変更の指示は無いのだ。社の目的を勝手に推測して動くなど愚の骨頂。己は己で、与えられた本来の任務を遂行する為に行動するだけで良い。

――――切り替える。
ハンクはもう一度、研究所の間取りを思い浮かべた。
地下の構造全てをラクーンと同じと仮定するなら、外部との連絡が取れるだけの設備がありそうな場所は、B5のモニター室。
同じくB5の電算室。
B6のセキュリティセンター。
そして、もしも最下層に地下運搬施設や貨物列車までが有るのならば、それも候補の内だ。
場合によっては列車運転室の通信機器を利用する手段もある。
ならば当面の目的地はB5。向かうにはまずB4までエレベーターで降りて、同フロアを通り抜けねばならない。

エレベーターに突き当たる頃に、後方から響いた小さな銃声。
特にそれを気に留めた様子もなく、ハンクは操作スイッチに手をかけた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

320 :The FEAST  ◇cAkzNuGcZQ代理:2013/06/24(月) 23:01:44.70 ID:lGkhzHBB0
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「駄目、やっぱり行き止まりです!」
「下もこれじゃあ……無理に通ろうとすれば火傷じゃ済まないでしょうね。レオンくん、どうするの?」
「ああ…………やるしかないだろうな、畜生! 二人共そこから動くなよ!」

沸き上がる焦燥が苛立ちに変わり、怒声として吐き出された。
胸程の高さの手摺に囲われただけの、狭く短いクランク型の足場の上。
額から大量の汗が滲み出るのは、異様に高い室温のせいだけではない。
胸の中に不快感が生じているのは、辺りに強烈に漂う鉄臭さのせいだけではない。
モスグリーンのコートを纏う大男――――冷静沈着なその見た目とは裏腹に、壁や鋼鉄製の扉を腕一本、その身一つでいとも容易く排除して迫る荒々しい怪物。
そいつが今、足場の角を曲がり、感情の一切が欠落した白眼でレオンを見据えてゆっくりと近付いて来る。
――――命を狙われる実感がもたらす緊張と恐怖。自覚しているものはそれだ。
プレッシャーとはこうも重たく伸し掛かってくるものだったとは。出来れば知りたくもなかった。
しかし、そんなものに押し潰される訳にはいかない。
足場の先。先行したは良いが、行き場を無くして立ち尽くしているミヨと少女。
フジタとあの子の分まで守ると決めた二人の女性の命が、レオンの腕には預けられているのだから。
もう失敗は許されない。今度こそ、必ず、守り切る――――。

「勝負するのは自分自身……。勝負するからには……勝たなきゃなっ!」

自然とレオンは叫んでいた。胸中に伸し掛かる圧力を跳ね除けようとする気概を込めて。
煮えたぎる鉄から発せられる焔に不気味に揺らめく大男に、熱く鋭い眼光と共にベレッタを突き付ける。
最早、警告も威嚇射撃も――――情けも躊躇も無い。照準は顔面に定めている。
通路の丁度中間辺りに差し掛かる大男。レオンの指が連続でトリガーを引く。それに合わせてくぐもった銃声が二度響いた。
焔に溶け込むマズルフラッシュ。大男の頬が、続いて額の肉が爆ぜ、赤い血が飛散する。
しかし――――止まらない。衝撃に僅かに仰け反りを見せたものの、大男は変わらず重い足音を響かせた。
三発目の銃声。次に爆ぜたのは鼻の頭。それすらも敵は意に介さず。怯むどころか拳を振り被っていた。

「くそっ!」

零した悪態が掻き消される程の風切り音が、屈み込んだレオンの金髪を掠めた。
振り下ろされた丸太の様な腕を間一髪掻い潜り、レオンは床を滑るように大男の背後に回る。
今ならば距離が取れる――――――――だが。
一瞬の弱気を押し殺して直ぐ様立ち上がると、レオンは振り向きかけた大男の横顔に狙いを付けた。
銃声が立て続けに反響する。ひたすらにトリガーを引く人差し指に反動が伝わり、微かな痺れが生じ出す。
大男の頭が幾度と無く揺れた。こめかみを中心に、鮮血が顔中に広がっていき――――。

321 :The FEAST  ◇cAkzNuGcZQ代理:2013/06/24(月) 23:03:18.09 ID:lGkhzHBB0
ベレッタがホールドオープン状態になった時、顔を顰めていたのはレオンの方だった。
撃ち込んだ銃弾は、確かに大男の皮膚を貫きはした。
だが、それだけだ。
皮膚の上。いや、頭蓋の上か。銃弾はそこで潰れていた。明らかに、骨にめり込むまでには至っていない。

「ターミネーターにも……程があるだろ」

仮面の様に変わらぬ表情と、無機質な両眼が、レオンを捉え直す。それがミヨ達二人に向けられない事は願ったりだが。
顔面に開けた筈の穴、最初に撃ち込んだ銃弾の痕を見れば、レオンは呆れた様に小さく息を漏らしていた。
その傷口は蠢き出し、筋繊維の再生を始めていたのだ。

「しかもその図体でロバート・パトリックの方かよ」

今度こそ後ろに距離を取りつつ、弾切れのベレッタを投げ捨ててホルスターからブローニングを引き抜いた。
引き抜いて――――ここから、どうする。
この至近距離で浴びせかけた十発近い銃弾を、耐え抜いたどころか物ともしていない化物に、一体どうやって勝てば良い。
ブローニングに残っていた弾は三発か。四発か。アサルトライフルにも予備の弾は無い。
撃ち尽くせばそれで終わりだ。そして、それだけの弾薬では到底殺せない相手であろう事は、たった一度だけの攻防でも充分過ぎる程に予想がついた。
銃で殺せないのならば、何か、別の手段は――――。

その時レオンの視界に入り込んだ、手を振る少女の姿。ちらりと視線を二人に移す。
何かを考え込む様子で口元に手を当てているミヨの横で、少女は指を差していた。
その手が示すのは、熔鉱炉。思わずレオンは頬に苦笑を刻んだ。

「なるほど、ターミネーターだ……!」

後退りの向きを、熔鉱炉側へ変える。
より一層狭くなる足場。より一層増す熱気。足を炉へと寄せる度に、身体中から汗が噴き出してくる。
熔鉱炉へ突き落とす。十代半ば程の少女が思い付くには少々えぐくて容赦がない手段だが、銃で殺せない以上、今は他に方法が無い。
レオンの考えを知ってか知らずでか、尚も変わらず歩みを止めない大男。
下がろうとするレオンの踵が、遂に手摺にぶつかった。
行き止まり。真後ろの手摺を越えればその下には熔鉱炉。ここが、正念場だ。

322 :The FEAST  ◇cAkzNuGcZQ代理:2013/06/24(月) 23:04:21.44 ID:lGkhzHBB0
「さあ、来いよ!」

次の一歩で、大男は右腕を大きく後ろに引いた。
限界まで引かれた右腕から、豪腕のラリアートが襲い来る。
タイミングはギリギリだった。辛うじて身を屈めれば、真後ろの手摺が大きな叫びを上げた。
レオンは大きく一歩踏み込んだ。男の腕の下をすれ違う様に潜り抜ける。身体を捻り、見据えるは巨大な躯体。
下腹部に力を込め、レオンは大男の背中に向けて渾身のショルダータックルを浴びせかけた。
鈍い音と共に重たい衝撃が肩に走る。突き飛ばされた巨体は手摺を越えて熔鉱炉に落ちていく――――その筈だったのだが。

「うっ!?」

壁か何かにぶつかったかの様な手応えだった。
巨体は、微動だにしていない。
熔鉱炉まではたかが数フィート。どんな巨漢相手だろうとその程度の距離を突き飛ばせない程自分の肉体と訓練は柔ではない。それなのに――――。
動揺が硬直を呼ぶ。
瞬間、強い浮遊感を覚えると同時に、目の前の巨体が勢い良く遠ざかっていく。
振り払われた。そう気付いたのは、後方の手摺に身体が打ち付けられる直前だった。

強烈な炸裂音が、背中から全身を貫いた。掠れた呻き声が口から漏れる。
予想だにしていなかった衝撃は、瞬間的にレオンの五感の全てを奪い去った。
その場で身体が崩れ落ちていく感覚も。痛みすらも。レオンは全く感じられずにいた。
限界まで薄れた、ただ手放さないだけの意識の中で、逆光に切り取られた怪物の巨大なシルエットだけが見えていた。
徐々にレオンに近付いてくる、巨大なシルエットだけが――――。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

323 :ゲーム好き名無しさん:2013/06/24(月) 23:07:25.12 ID:eQbu3Q2rO
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


閉じた両目の中に映し出されている光景は、まるで現実味が無いものだった。
遥か上方から落下してきたこの視界の主は、比沙子の倍近く程はある高さから研究施設内を見下ろし、徘徊していた。
時折視界の左側に見え隠れしているのは、触れる物全てを破壊するべく進化を遂げたような、巨大で無骨な左腕と爪。
怪物がここで徘徊を始めてから、その左腕は進行を妨げる物全てに幾度と無く振るわれてきた。
廊下に並ぶストレッチャーだろうと、積み重なる瓦礫だろうと、鋼鉄製の扉だろうと、お構いなしだ。
驚愕するしかなかった。まるで現実味の無い光景だが、これは受け入れるしかない事実だ。視界の主は、恐るべき怪物だった。
羽生蛇村で見てきた村人達の成れの果ても、命の危険を考えれば充分に脅威的な存在ではあったが、これの脅威は彼等を軽く凌駕していた。

今もこの怪物は、瓦礫に阻まれている扉へと近付いていく。
それは、先程の比沙子では通れなかった扉の一つ。
視界の端で左腕が動いた。これまで同様、これも破壊する気だ。
耳を塞ぎたい衝動に駆られるが――――それは、無意味だと言う事は嫌という程に思い知らされている。
爪が突き出されるその瞬間、比沙子は反射的に首を竦めるが、その細やかな抵抗を嘲笑う凄まじい音が彼女の耳を容赦無く劈いた。

「っ……」

より強く閉じた両目の中に映し出されている物は、グレーチングの床の上で微動している歪に変形した扉と砕け散った瓦礫や壁。
無理矢理に抉じ開けられた扉の奥に、映像はゆっくりと移動する。
そこは、広々とした闇の中に数畳程度の金属製の足場が突き出しているだけで、上にも下にも闇以外には見えるものは何も無い吹き抜けの空間だった。
その足場は格子状の手摺に囲われていて、下の階に通じると見られる梯子が中心にあるだけの簡易な造りとなっている。
怪物は階下には興味が向かないのか、幾度か辺りに視界を巡らせると、やがて来た道を戻り始めた。
比沙子は、そこで一旦視界を自身に戻し、両目を開いた。

「戻ってくる……!」

今、あの怪物が居るのは『WEST AREA』。これで怪物は、この階層を一通り回り終えてしまった。
あれが探索をしていない場所と言えば最初の分岐点で選ばなかった通路のみ。つまり、比沙子が今居るこのエリアだ。
もたもたしていれば鉢合わせになる。
蒼白の顔面に滲む汗を拭う事もせず、比沙子は電車へと向き直した。
否応無しに目に入る、床に散らばり広がる肉塊と血溜まり。
極力踏みつけぬ様に努めながら慎重に、しかし、迅速に車内に戻る。あれに見つかってしまえば、次にそうなるのは自分だ。
幸いにして、この電車の窓にはシャッターが降りている。扉は、怪物が来る側からは車体の陰となる為に、一見では見つかりはしない筈だ。
問題は、あの怪物が施設内の壁や扉と同様に電車まで破壊しようとした場合だが――――。
そもそも比沙子の居るこちら側のエリアの構成は、電車の他には小部屋が一つ。瓦礫に阻まれて通れない廊下が一つ。
つまり隠れられそうな場所は小部屋か電車か。それしか無いのだ。
扉という扉を破壊して徘徊する怪物から身を隠すならば、まだ電車の方が凌げる率は高い筈。後は運を天に任せるしかない。

324 :The FEAST  ◇cAkzNuGcZQ代理:2013/06/24(月) 23:11:43.01 ID:eQbu3Q2rO
開閉時の音を出来るだけ抑えようと、出入口の扉を半開きの状態で保ち、比沙子は幻視を再開する。
予想した通り、怪物の薄く濁った視界は連絡通路を越えてこちらのエリアに戻ってくるところだ。
怪物に初めに破壊された扉がその足に踏みつけられ、奇妙な高音を立てて振動している。
その音が視界の中で、そして直にも比沙子の耳に届いてきた。
近くと遠くとで同時に聞こえてくる同じ音。怪物がすぐ側に存在すると、実感としても伝わって来る。
ごくり、と思わず鳴らした喉の音がいやに大きく、耳障りに聞こえてしまう。

怪物はこのエリアの廊下に戻ると、一度視界をぐるりと巡らせた。
それは獲物を見つけ出そうとしているのか。それともとにかく破壊の対象を選ぼうとしているのか。
視界は通路から巡り、比沙子の居る電車で止まる。
まさか、気付かれたのか――――異様に長く感じられる時間の中、不安が身体中を締め付ける。
しかし、実際にはそれはほんの僅かな間の事。すぐに視界は瓦礫で封鎖された通路に向けられた。

怪物は瓦礫の前に立つ。どうやら次の移動先にはその通路を選んだらしい。
この視点からだと良く見える。その通路は、長い一本道だった。100mかそれ以上はあるだろうか。突き当たりには扉らしきものも見える。
これで、状況は変わるかもしれない。比沙子は思った。
これまでの傾向からして、怪物はあの扉を目指すだろう。
怪物が扉の奥へと消えてくれたなら、それはこの電車から離れる絶好の機会だ。
幸運と言うべきか、怪物が施設内を徘徊してくれたおかげで新たな道は開かれている。下の階に通じる梯子。あれだ。
あの様な怪物が徘徊する階に留まるよりは、まだ下の階に逃げた方が安全だろう。
それに、この階の何処を探しても見つからなかった電車の鍵。それは下にあるのかもしれない。
行くべきだ。怪物が、あの通路に入ったならば。

見出せた一つの希望を胸に、比沙子は機を窺う為に幻視を続ける。
だが――――比沙子では手も足も出せなかったその瓦礫を、怪物がものの一撃で破壊してフロアを大きく揺るがした、次の瞬間だった。
バタンッと、大きな音が間近で鳴った。それは怪物の視点ではなく、比沙子の耳に直接飛び込んだものだった。
抱いた希望は、瓦礫と共に脆くも崩れ去っていた。

「え?」

つい、幻視を解いていた。
目の前には閉じられた扉がある。半開きにしていた筈の扉が今、閉まっている。
何が起きたのか、咄嗟には上手く飲み込めないでいた。
だが、ややあって理解する。破壊により生じた大きな振動。それは当然の如く電車まで伝導し、扉を揺らしてしまったのだと。

325 :The FEAST  ◇cAkzNuGcZQ代理:2013/06/24(月) 23:14:19.55 ID:eQbu3Q2rO
音を立てて扉が閉まる。事象としてはたったそれだけの事。
しかし、この場合においてそれは、何よりも致命的な出来事だった。
事態を飲み込めた時、たちどころに襲い掛かる不安と焦燥。比沙子の表情は凍りついたかの様に強張っていた。
果たして今の音は怪物まで届いてしまっただろうか。
いや、届くだけならまだ良い。問題は怪物の気を引いてしまったかどうかだ。
震える手。比沙子は顔を覆う様に近付ける。確かめる為に、恐る恐ると瞼を閉じる。
そこに捉えたのは――――この、電車だった。
怪物は、既に比沙子の居る電車へと向かおうとしていた。

「ど、どうすれば……!」

幻視は直ちに打ち切った。
このままでは殺される。そうは思うも、何をして良いのか分からない。
狭い車内を見回すも、ここには身を隠せる場所など何処にも無い。
逃げ出そうにも扉は一つ。怪物に見つからずに外に出る事など不可能だ。
使えそうな道具も見当たらず、あるものと言えば「アンブレラヌードル」と表記された非常食くらいのもの。
いっその事、殺されるのを待つよりは外に飛び出してみるか。――――駄目だ。とても走って逃げ切れる自信は無い。
何も答えを出せず、ただ焦燥の中で立ち竦むだけの比沙子の耳に、壁一枚の向こうから咆哮が響いた。
無意識に比沙子は、顔の前で両手を組んでいた。
神へ縋る事。最早彼女に出来る事は、それだけしかなかった。

「ほってろですきりんとすぴりとさんとのみつのびりそんな
 ぐるりやぐるりやぐるりやぐるりや
 きりとやえれんぞきりとやえれんぞきりとや…………あれ?」

そしてその祈りの最中に感じ取るのは、一つの違和感。
足音が遠ざかっていく。怪物が走り去っていくのだ。
こちらに向かって来ないのか。助かったのか。しかし、それは何故。
奇妙に思った比沙子は祈りを止め、遠ざかる足音へと意識を飛ばす。
すると――――閉じた両目の中に映し出されたものは、あの通路のずっと奥に立つガスマスクを被った黒尽くめの人物だった。
突き当たりの扉から出て来てしまったらしい。怪物は、その人物に向かって猛然と走り迫っていたのだ。
逃げて。切実にそう願う比沙子の瞼の裏で、映像は徐々に乱れていく。
それは怪物が比沙子から離れて行く事の証明。だが、比沙子の心は絶望に支配されていた。あの人は、逃げられない――――。
灰色に染まる視界の中、黒尽くめの人物はマシンガンらしき銃を構えて屈み込んだ。
その姿を最後に、映像は完全に砂嵐に覆われた。


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326 :The FEAST  ◇cAkzNuGcZQ代理:2013/06/24(月) 23:18:25.86 ID:eQbu3Q2rO
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「来るわっ! 早く起きてっ! ねえ、早くっ!」

真横でレオンに投げかけられた少女の悲痛な声も耳に入らない様子で、三四は思考を巡らせていた。
モルモットを観察するような視線――それは要するに彼女のデフォルトだが――の先には、床に崩折れたレオンに詰め寄る大男の背中がある。
あれが“タイラント”なのではないか。彼女の思考が行き着いた場所はそこだった。
ノートのニュアンスから推察するに、アンブレラという企業は“タナトス”こそ量産には至っていなかった様だが、“タイラント”という兵器自体は決して“タナトス”一体ではないらしい。
目の前にいるコートの男が“タナトス”なのか、別の“タイラント”なのか、或いは全く別の何かなのか。現時点では明確な判別がつけられる訳ではない。
だが、“タナトス”や上で見たキメラ生物等の研究を進めていた大学施設内で襲いかかって来た、人の姿を模した怪物。
結びつけて考える事は、至極当然の発想というものだ。何より、ノートに書かれていた“タイラント”としての形骸的特徴は一致している様には思える。
とりあえず、この大男を“タイラント”だと仮定すれば――――。
人を素体とした生物兵器。知能が著しく低下しているのは間違いないが、これまでの経過を見ればそれは確かに信じ難い能力を秘めている。
素手の拳で金属を発泡スチロールか何かの様に打ち破り、顔面に銃弾が直撃してもまるで動じない、人間としては途方も無い屈強さ。頑丈さ。
強化されているのは筋力だけでなく、骨格までもなのだろう。更には銃弾による負傷をごく短時間で完治させてしまう再生能力まで兼ね備えている。
何処を取り上げても恐るべき性能だ。
これが仮に“タナトス”なら、芸術作品として唯一無二の存在へと留めようとした研究者の気持ちは分からないではない。
これが仮に“量産されているタイラント”なら、その能力には只々舌を巻く他無い。
どちらにせよこれが“タイラント”であるならば、T-ウィルスなる未知の病原菌が人体に与える影響とその応用性が、雛見沢寄生虫を遥かに凌ぐ事は認めざるを得ない事実。
これを世界に公表すれば、その研究者は確実に未来永劫その名を残す事になる。――――即ち、神になれる。
あのノートを見て。そしてその研究成果と思われるものを目の当たりにして。三四は一研究者として、T-ウィルスに対する興奮、胸の高鳴りを確かに感じていた。
しかしその一方で、先程から自身の胸中で暗い何かがじわりと広がりつつある事も、三四は自覚していた。
嫉妬だろうか。それとも羨望か。正体は分からないが、それは微かな痛みとなって胸の奥で燻り続けている。
いや、それは単なる気のせいに過ぎないのかもしれない。或いはT-ウィルスではない別の事柄に感じている事なのか。
そして現状、そんな些末事に気を取られている場合ではない事も重々承知している。
考えるのは後だ。三四は、差し迫った脅威に注意を戻す。レオンは、未だ動かない。

(こうなれば逃げるのも手かもしれないけど……)

執拗にレオンのみを標的とするこの大男の眼中には、先程から三四と少女の姿は一切入っていない。
がら空きの背面。今ならば通り抜けてリフトへと辿り着くのはそう難しい事ではないだろう。だが――――。

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