学校から徒歩で約五分、だらだらと話しながら歩いていると、あっという間に駅前の商店街に着く。ここの中程に中華まんを専門に売っている店があって、そこのにくまんが具沢山でなかなかにおいしい。けど、その分高い。 「俺が言ったにくまんって、コンビニのだったんだけど」  コンビニの倍以上するにくまんを紙袋から出し、三人に渡していく。すると、首にマフラーを巻いたデコが言った。 「にくまんと言ったらここのですよ?」  そういえば俺以外は皆マフラーを巻いている。学ランの奴はどうでもいいが、セーラー服の二人はなかなかどうして、こういうアイテムが一つ増えるといい意味で印象が変わるものらしい。  ガネもデコに味方して言った。 「我が校の生徒の間では常識で通っていることだぞ」  それにしても、デコとガネは特に悪びれたり、申し訳なさそうな様子でもない。ガネは俺が渡すのと交換で烏龍茶の缶を渡してきた。そして、ガネのしてやったりという顔を半ば無視し、部長の方へと向く。 「何か悪いことやったかな、俺」 「さあ、どうかな」  部長は小首をかしげて答えると、にくまんを受け取り、ちょっと熱そうにお手玉した。 「飴は甘いほどおいしいじゃない?」 「甘すぎるのもどうかと思うけど」  俺が苦笑いを浮かべると、部長はくすりと笑い、烏龍茶を受け取ろうとガネに声をかけた。あいつは選ぶのが面倒で全部烏龍茶にしやがったらしい。俺は自分の手に残ったにくまんを見下ろし、やれやれとため息をついて、下にくっついた紙をぺろっと剥がした。 「ほら、紙は?」  俺が尋ねると、三人は次々ににくまんから剥がした紙を俺に渡してきた。それを紙袋に入れると、デコが何を思ったのか袋の中を覗き込んできた。 「もうあいっえあいえうおうあう?」 「なに」  その口の中のものを一度飲み込んでから話せ。  デコは口をもぐもぐさせながら俺を上目遣いに見、んぐと飲み込んで、 「おまけはありませんねえ」 「一個じゃ不満かい」 「やっぱお昼時ですからねえ。後普通に二個はいけません?」 「二個はなあ」  と、俺もにくまんを食べる。皮はふっくらもちもちで、あんは肉汁たっぷり、たけのこの歯応えや、しいたけの香りなんかで、一瞬天国までトリップさせてくれる。この味だからこそ、貧乏な学生でもついつい帰りがけに買ってしまうというわけだ。 「先輩もこういう時は幸せそうな顔するんですねえ」 「ん?」  デコはまるで俺を実験動物のように観察していた。 「いつもイライラ怒り顔」 「それはたぶん、人相のせい」 「あは、先輩目つき悪いですもんねえ」  からからと笑って、デコは自分のをぱくりと食べた。 「でも、あんちゅうか。まあ、いいれす」 「なんだよ」 「なんれも、ないのれした」  デコはうむうむと頷きながら後退し、ガネと部長が話している前でくるっと振り返った。一体何が言いたかったんだ、あのデコっぱちは。  俺もとりあえずその輪の中に入り、にくまんをぱくつく。 「いや、やはり日本人なら烏龍茶。もしくは中華らしく茉莉花茶だろう」 「私は温かかったらお茶なんてなんでもいいですけどね」 「茉莉花茶って、ジャスミン茶のことだっけ?」  部長が尋ねると、七三メガネが歯切れよく「イエス」と言った。 「ああ、さんぴん茶のことですか」 「む、よく知っているな。もしやデコは沖縄出身か?」  ガネの問いに、デコは恥ずかしそうに手を振る。 「いえいえ違いますよ。旅行で一度沖縄に行ったことがあって、それで自販にさんぴん茶ってあったから買ってみて、そしたらジャスミン茶だったっていう、ただそれだけです」 「なるほど」  ガネは眉を上げ、自分の烏龍茶を飲むと、眼鏡を中指で押し上げた。 「で、この後どこ行きます?」 「飯か?」 「ガネ先輩はそれだけで満足できます?」 「無理だな。そして部長は足しにもならんだろう」 「いや、わざわざこっちに振らなくていいから……」  と、困ったように両手を前に広げたが、部長、既に完食している。 「とっしー先輩はどこ行きたいですか?」 「俺?」 「にくまん的プライオリティがとッしー先輩には発生してます」 「なんだそれは」  俺が顔をしかめると、部長が胸元を強調するように腕組みして言った。 「いいんじゃない? にくまん的プライオリティ」 「適当に行きたい店を言え。俺と部長で一品くらいおごり返してやる」 「え、私も?」  と、部長は眉をぴくりと動かし、デコは自分を指差して問う。 「私はいいんですか?」 「お前は後輩特権で免除だ」  というガネの意見には俺も同意できる。部長に目をやれば、おごること自体には納得がいってないようだけど、デコに関しては特に構わないらしい。俺が適当に安めな店をチョイスすればこの場はよさそうな気配。 「じゃあ……」  俺は駅前にある飲食店を脳内で軽くピックアップしてみた。 「無難にファミレスなんかどうだ?」  すると、ガネが俺の意を百パーセント汲み取ったように頷いた。 「ふむ、貴様はパフェをご所望か」 「なんでパフェなんだよ」 「デザートにパフェだろう?」  部長が首をかしげて問う。 「とっしー君ってばパフェが好きなの?」 「いや」 「男でも糖分が好きだって奴は少なからずいるからな。そう恥ずかしがる必要もない。前にも二杯三杯とおかわりしたじゃないか」 「それはお前だろうが」  何を勘違いしたのか、デコはにこにこと笑っている。 「二人とも甘い物好きなんですね」 「男二人で隠れてこそこそ、ファミレスでパフェを注文か。ふうん」 「いや……」  俺は別に甘い物が好きじゃない。嫌いでもないが、ことある毎に変な記念日を捏造してまでケーキを買ってくるようなお袋や、自分の気分次第でプリンを買いに走らせようとする姉貴みたいに好きってわけじゃない。昨日のあの子ほどヨーグルトに感動したこともないし。 「……あ」  と、突然思い出した。  そして不安を覚える。  三人は俺の変化に怪訝な表情をしたが、 「悪い、家にチビッコが一人いるの忘れてた」  後はガネに説明を任せ、軽く別れの挨拶を言って一足先に帰ろうと早足で三人から離れた。そしてふと言い忘れたことを思い出したので、振り返って手を上げ、比較的大声で言った。 「ガネ、今度の購買な!」  ガネは多少肩をすくめると、応えるように手を振り上げた。 「期待しておけ!」  デコも元気よく、部長はちょっとだけ控えめに手を振っている。俺はそれに手を振り返し、三人に別れを告げた。  商店街を抜け、住宅の中を歩く。  後五分も歩けば家に着くわけで、家から学校までは徒歩で約十分と近い。 「とは言っても、俺は一人徒歩。あいつらは電車」  両手に花。花と呼べるかどうか少し怪しい気もするが、二人とも俺の個人的及第点を余裕でクリアしている容姿だから、ガネが毎日のようにあの二人と電車で何を話しているのかというのは気にならなくもない。ならなくもないが、まあいい。気にしたってしかたがないし、一応降りる駅が三人とも違うらしいから、家まで送るなんてことはないだろう。いや、別にあったって構わない。そういう年頃なんだから。 「はあ」  七三メガネがベッドで二人を抱きかかえている想像をしてみて、無駄に落ち込むっていうのは、高二の男子として間違っていなくはないか。なんであいつがそんないい思いをしなきゃならんのか。それは違うだろうと思って自分に挿げ替えてみようとしたものの、その寸前で想像しきれなくなり、イメージが真っ白になる。童貞にはまだ早いと言うのか、本能の俺よ。  じゃあ、もし俺がまだまだお子様だと言うのなら、巨乳の部長や、意外と腰の位置が高いデコみたいな今時の女子高生とは不釣合いなのか?  不意にこんなことを思い出した。  中学の時、掃除の時間に誤ってほうきで女子のスカートを捲ってしまったことがある。故意じゃないっていうのにさめざめと泣かれて、その後微妙に女子と話しづらくなった。あれ以来、女子に話しかけるのが少し億劫になった気がする。  他には、その頃の姉貴がまだ今みたいに獣じゃなくて、どちらかというと高飛車な優等生って感じだったんだけど、今と変わらず拳やら蹴りやらが容赦なく飛んできて、どこがどう違うと女はこんなに変わるのかと、ひどく悩んだ覚えもある。  それに、お袋みたいに酒の川が流れるお花畑でけらけら笑っているような人種もいるわけで。 「例えにもならん……」  だったら、今家に来ているチビッコくらいがよかったりするのか?  途中、そこそこ大きくて緑が多い公園を通り、ショートカットする。ここにはブランコや滑り台などの基本的な遊具と、小学生が駆けずり回るには丁度いい広場がある。付け加えると、エロ本が置き捨ててあるような人目につきにくい茂みなんかもある。飯時だからか、人影は見当たらない。  あれもあれで変わり者な気も……。 「いや、俺はいい。いいよ」  自分が普段寝ているベッドを薦めるというのも変な話だった。  首を横に振り続けた彼女に、尚もやんわりと意を示す。 「いいんだ。俺は適当に何かくるまって寝るから」  お袋の布団はお袋以外に使用権がないし、親父のは親父以外が使ったら、お袋が愛ゆえにきれる。客用の布団なんてどこにあるか知らないし、姉貴に頼るというのは個人的に論外だ。  ところで、なぜお袋はこうも肝心な時に友人宅で酔いつぶれたりするのだろうか。わざわざ電話をかけてきてくれた友人には感謝するが、泊まるって聞いた時は、正直自分の母親だということを否定したくなったぞ。 「本当にここでしか寝ちゃいけないの?」  彼女はまっすぐに俺のことを見据えてくる。あまりそういった経験がない俺には少々恥ずかしい。その視線に耐え切れず横に向くと、やはりそっちの方が決まり悪くて、不自然だと思いながらも視線を戻してみた。彼女はうさぎのぬいぐるみを抱きかかえ、薄暗い蛍光灯の明かりを赤い瞳に反射させている。 「今現在、家の中で一番寝心地がいい場所なんだよ」  彼女は俯き、ピンク色のもこもこな腕をふりふりと動かした。 「ここ以外は全部だめなのね」  腕を振るうさぎの目は黒く、大きくて、どこかうつろにも見える。 「うん」  居間も玄関も台所も、廊下も階段もどこもかしこも全部だめだ。  十歳児がそんなとこで寝ようなんていかん。  俺は膝を曲げ、彼女の目線の高さに合わせた。 「今日はここで寝てくれ」  うさぎはぎゅっと強く抱き締められ、悶えるように身をよじった。 「わかった、けど」 「けど?」 「としあきも一緒に寝なきゃ、だめ」  ぷかぷかと綿雲が浮いている。  昼寝をするにはよさそうだ。  飯を食べて落ち着いたら、一眠りするのも悪くない。  気がつけば、昭和染みた我が家がもうすぐそこに見えていた。友達が遊びに来ると決まってカツオ呼ばわりされるか、あるいはちびまる子ちゃん家だとからかわれる。もうこの季節だと隙間風が寒かったりするので、普通の現代建築に憧れたりもするけど、まあこの佇まいは嫌いじゃない。  門をくぐり、戸をがらりと開ける。 「ただいま」  この一言を言うと、なぜかどっと疲れが押し寄せて来るんだよな。  筋肉痛の体で二時間以上走ったのが堪えたか。 「あら、おかえりぃ」  廊下の突き当たりにある台所からのん気な顔が覗いた。 「お袋、帰ってたのか」 「母は強し!」  と、おたま片手にエプロン姿でガッツポーズを決めている。それからにまっと笑うと、シロップみたいに甘高い声で嬉しそうに言った。 「そしてついさっき、母さん特製カレーセットが完成したのよ!」 「昨日の残り?」 「を、母さんがサディスティックに味付け! お昼まだでしょ?」 「ああ」  玄関に腰を下ろし、靴を脱ぎながら答える。  しかし、お袋はまだ酒が入ってるのか? 「だったら汚物を早く洗濯機に入れちゃって、それでそれでー」  汚物ねえ。 「適当に着替えたりなんなりして早く召し上がりあそばせぇ!」 「はいはい」  話半分に答え、脱ぎ捨てた靴を綺麗に並べる。そしてやけに重く感じる体を動かして立ち上がり、脱衣所にイモジャージなんかが入ったスポーツバッグを投げ入れ、そのまま廊下を進んで急な階段を上る。 「ご飯だって二人にも声かけてー!」 「わかった」  二人というのは、たぶん姉貴とメイジのことだろう。  姉貴は自分の部屋にいるだろうから、 「聞こえたー?」 「わかった!」 「はあい」  まあ、メイジは俺の部屋にでもいるのだろう。  階段を上って一部屋目は親父の書斎。二つ目が俺で、一番奥が姉貴の部屋になる。いたって単純な構造だ。  がちゃ。 「ただいまーっと……」  ぱたん。  ドアを閉める時は極力弱めに。  なぜかといえば、天使のような寝顔がそこにあったからだ。  おそるおそるベッドに近づき、物音を立てないようにそっと腰を下ろす。 「ほう……」  今朝方、俺が家を出る時はまだ青パジャマを着ていたはずだが、今は随分としゃれっ気のある服をお召しになっている。ふわふわの白いセーターに白いソックス。チェックのミニスカートに、三つ編みされた髪もお揃いの柄のリボンで結ばれている。これは確か、姉貴が小さい頃に着ていた服のような気がしなくも……。  余程大切なのか、仲良しなのか、ピンクのぬいぐるみを抱いたまま眠っている姿には、どんな鋼鉄の頬でも緩んでしまうこと間違いなしって感じだな。南向きの窓から入る日差しのおかげで、そのあどけなさがより一層パワーアップされている気がしなくもないのは、気のせいじゃないような……。 「ん……」  と、こっちを向いていたメイジが仰向けに寝返った。  すると、どうも不審なものが、目に留まった。 「ん……?」  なんだろう、これは。  これは、なんだ。  なんですか。 「んにゅむにゅ……」  ちらりとメイジの寝顔を窺う。  とっても幸せそうだ。  幸せそうなのは大変結構なんだが。  この、スカートを押し上げる異様な突起物は、一体? 「………」  じっと観察すること数秒間。  はっとして振り返るも、ドアはきちんと閉まっている。 「ふう……」  このまま触れない方がいいような気もしなくもないが、一度気になったことはとりあえず納得がいくまで調べたくもなるよな、うん。  俺が予想するに、俺がそういう経験をしたのが中学を過ぎてからだったから、この場合、俺が時期的に遅かったのか、それともこの、これが早いのか。十歳でそうなるっていうのは、統計的にもどうなんだろうとか思ったりもするけど、なくはなさそうで、成長が早いとそういうことも十分あり得るんじゃないかとも思える。  しかし、なぜ女装するのか。  ブルガリアでは、そういう伝統だのなんだのがあったりするのか?  ぴらっ。 「ふむ……」  確かにある。  あっちゃったよ。  しかもまじまじと見てしまった。  それにそっとスカートを被せる。 「………」  顎に手を当てて考えること数秒間。  こんな女物のリボンが付いたパンツを男がはくなんて許せない、というのもあるだろう。それに、どうせ白無地ならブリーフをはけ、とも言いたい。言いたいのだが、ここまで女物が似合うっていうのは、いくら十歳児でもあり得ない気がするのだが、どうだろう。どうなんだよ、その辺。  とりあえず全部いってみるか。  見間違えじゃなかったらブリーフの刑。  見間違えだったら、俺が筋トレ三十回五セットの刑。  するっ。 「む……」  んむ……。  んん?  うむ、うん……?  え?  なんだ?  ええと、んと……?  とりあえずパンツをはかせて、もう一度脱がしてみる。 「んん……?」  この場合はどっちも無しか?  それともどっちも執行すべきなのか?  いや、俺の目がおかしいのかもしれん。  とりあえずパンツをはかせて、もう一度脱がしてみるか。  というわけで、実行してみた。 「んむ……」  ついていて、なおかつすじがある。  普通はこう、かたっぽだけだよな?  両方なんて、ないよな?  試しにもう一度だけ、はかせて脱がしてみる。 「ううむ……」  やはりついていて、なおかつすじがある。  これはあれか?  産まれてくる時に何らかの刺激でどうのこうのっていう……。 「なにしてるの?」  不意に声をかけられ、体がびくんと跳ねた。 「なに、してるの?」  パンツを下ろして股の中を覗き込んでいる、なんて言えるわけがない。 「なに、してるの……」  おそるおそる声がするほうに目をやると、ルビー色の双眸に激しく揺らめく炎のようなものが見えた。見えてしまった。  瞬間、彼女はうさぎのぬいぐるみの口に手を突っ込み、中から何か引っ張り出したかと思うと、それを俺の額にぴたりと合わせた。 「全部忘れさせてあげる」  それがテレビや映画でよく見る黒いやつだというのはなんとなくわかったけど、それよりはむしろ頬を引きつらせ、右手の人差し指を引き絞ろうとする彼女の表情の方が数段恐ろしく感じられたわけで、人間何が怖いかなんてその時にならないとよくわからないんだな、なんて頭の隅っこで納得したりも……。  パンッ!  乾いた破裂音と同時に、小さな紙テープや紙ふぶきが頭上に舞った。 「は……」 「ふぇ?」  これはもしや迫真の演技で並々ならぬ冗談を遂行したのかと十歳の彼女を疑いの目で見もしたが、彼女自身トリックにはまってしまったかのように呆気にとられていて、そのぽかんとした表情は確かに十歳児そのもので。 「……ん?」  舞い散る紙切れの中に一枚、小さく、丁寧に折り畳まれたものを見つけた。  ベッドに転がったそれを開いてみると、達筆な字でこう書いてあった。 『流石に息子の頭蓋を打ち抜かれては堪らないので細工を施しておく。  これでも精一杯の冗談なので楽しんでくれなかったら父さんは泣く』  親父め。  パンツを引っ張り上げたメイジが俺の手の中にある紙片を読み、すると、みるみるうちに顔が真っ赤になった。わなわなと腕を震わせ、急に部屋のドアに向かって銃を撃つ。  パンッ!  見事に放たれる、ミニチュアサイズの万国旗。先っちょを拾い上げて見てみると、ご丁寧にもブルガリアらしき国旗が先頭に、日本の国旗が二番目に並んでいた。どうやらこの二国が順番に並んでいるらしい。  メイジは沈黙したまま俺の手の中にある国旗の連なりを見つめていたが、今まで大事そうに抱いていたうさぎのぬいぐるみを天井近くに放り投げると、溜め込んだ怒りを解放するかのように、ぬいぐるみに向けて銃を放った。  パンッ! 「くるっぽー。くるっぽー」  いや、親父……。  完全に虚を突かれた俺とメイジの前で、畳の上にうさぎのぬいぐるみがぽとりと落っこちる。そしてそこに白い生き物が二匹、まったく愛嬌のない顔でばたばたと降り立った。 「くるっ、くるぽ、くるっぽー。くるっぽー」  白い鳩が二匹。  いや、二羽か……。  俺がメイジの方を見ると、メイジも俺のことを見ていた。  そして、鳩がかくかくと首を動かす沈黙の中、俺達はこの一瞬、言葉に頼らず、確かにお互いの意思を通い合わせていたのだ。 「ぜんっぜん、つまらない!」  後で姉貴が俺を蹴り飛ばしに来るくらい、それはどでかい声だった。