■ May's one day 2/2■  ◇メイ&ジャンヌ&フェイ◇  本部が誇る最高の医療スタッフのもとへ、最前線から一対の兵器が空輸されてきた。  替えのきかない二つの強襲兵器は、先日素晴らしい戦果を上げると同時に、深い損傷を受けていた。  到着したヘリから降ろされているのはジャンヌとメイ。  そのまま担架に乗せられて、二人はただちに緊急病棟に運ばれていく。  彼女たちの顔色は青白かったが、医療班の呼びかけには答えている。  病棟の廊下で待ちかまえていたフェイが、松葉杖をついて立ち上がった。  その秀麗な眉目は包帯に覆われ、右腕と左足はギプスで完全に固定されている。  フェイは慣れない松葉杖につまずきながら、手術室に運ばれる二人にどうにか追いつくと、  泣きそうな顔でふたりに声をかけた。  「無理を言ってごめんなさい。ふたりとも、しばらくゆっくりと休んで」  それを聞いたふたりは、大きく口を開けて、心底おかしそうに笑い出した。  「頭をさげるんじゃない」「こんどお酒おごってよ」「というよりフェイだよな、包帯の中身」  慰めとはいい難い言葉をかけられたフェイは、どう切り返して良いのか解らず戸惑っていたが、  フェイが返答を返す前に、医療班は彼女をさえぎってしまい、二人の姿は手術室に消えてしまった。  ◇二年後 -メイ- ◇  私たちは一二人から始まった。だけど、だんだんとその数を減らし続け、今はもう五人しかいない。  マスターは軍人上がりのせいか、よく自らも戦線に赴いて陣頭指揮を行う。  後方支援ならまだしも、先陣を切ったりするのでタチが悪い。叩き上げの血が騒ぐのだろうか。  口だけの男ではないので、皆の信頼は厚い。マスターの為になら、みな進んで盾となるだろう。  統率力に優れ、実力と人望を兼ね備えた類い希なる人物だった。  そのマスターが先の作戦で榴弾を至近に浴び、昏睡状態になってしまった。  臨時の総司令兼作戦参謀としてフェイが皆に推薦された。  彼女は懸命に役目を務めていたが、どうやらその人事が裏目に出たようだ。  最大の敵対組織の幹部連中が近々ウラジオストクに集結するらしい、との報がもたらされると、  ジャンヌは無茶な作戦を立案し、フェイよりも格上なのをいいことにその案を押し通してしまった。  相手もそれ相応の準備は怠らないだろうに。単身で殲滅を試みるなどばかげている。  私はジャンヌに抗議することにした。  先月、両足に機銃掃射を受けた私は、ベッドから起き上がって車椅子に体を移す。  慣れてきたのでこの作業を不便に感じなくなったが、  なによりこの足のおかげで彼女は今回単独で出撃するのだ。この使い物にならない両足が恨めしい。  三ヶ月後の回復などどうでもいい。いま動かなければ、こんな足など生えている意味がないのだ…。  とんとん、と病室のドアがノックされた。  返事をすると、ジャンヌがイタズラげな表情をして、ドアの隙間からこちらを覗き込んでいる。  私が怒っているのを知っているのか、なかなか部屋に入ってこない。  私は車椅子を押してドアの前に移動し、彼女を正面から見据えた。  頑固なジャンヌが意志を曲げるとは思えなかったが、それでも説得をしたかった。  友人として、戦友として、相棒として。黎明期からこの組織を支え続けた彼女。  私たちはお互いの目を見ながらずっと無言だったが、根負けした私はついに口を開いた。  「ねえジャンヌ、一人で行くなんでやっぱりむりだよ」  「勝機を逃す訳にはいかない。それに、今五体満足なのは一人だけだ」  「パートナーの私を置いていくの?」  「メイには、待っていてくれる人がいる。それに考えを変えるつもりは無いんだ」  「そう。じゃあ私があんたを待つことにするよ」  「嬉しいけど、私が好きなのはいい男だぞ?」  ジャンヌは笑った。気取らない彼女の真っ直ぐな笑顔。私は大好きだった。  情報部の仕事は正確だったらしい。厳戒態勢の中、ウラジオストクで会合は行われた。  二日間が予定されていたようだが、結果一日しかそれは実現しなかった。  この日の為に相手は各国から数百万ドル級の傭兵団が雇い入れていたようだが、  ジャンヌはなんの躊躇いもなく単身で血戦を仕掛けたそうだ。  彼女は不可能と思われた殲滅作戦を完遂した。  その命と引き替えに。  ◇祈り◇  マスターが拾ってくれたこの命。  すこし偏屈な変わり者で、指図や命令の類を一切しない人物だった。  周りには私と同じような子たちがいて、何かと世話を焼いてくれた。  ここに身を置くようになってから、食べるために人を殺す必要が無くなった。  最初は単なる徒党だった。組織と呼ばれ出したのもつい最近の話だ。  弱小だった私たちは、常に死と隣り合わせだった。  助け合った。みんなで助け合ってなんとかここまで来た。  …髪が抜ける せっかく伸ばしていたのに  私は強化試験薬の実験体に志願した。仲間の誰かが薬物に汚染されるなど考えたくもなかった。  皆兄弟だった。面白い連中だった。似たような境遇の私たちはすぐに仲良くなった。  あの頃は、永遠に誰一人として欠けることはないと思っていた。  ジャンヌの存在はひときわ大きいものだった。  柔軟な戦術眼と抜群の制圧力。なによりも彼女の存在は私たちの心の支えだった。  彼女が命をとして成し遂げた功績によって、私たちに逆らう者は徐々にその数を減らしていった。  …目が見えない もうあの子を 見ることができない  あのときフェイは、足の骨折は完治したと偽り、ジャンヌについて行ったらしい。  戦闘は苦手な彼女だが、いてもたってもいられなかったのだろう。  ジャンヌはそれを見抜いていて、見事にフェイは出し抜かれて置いてきぼりを喰らったそうだ。  そして、結局ジャンヌはひとりで死んでしまった。  新たな世代の子供達が、順調に育っているようだ。  全員をこの腕にだいて伝えたいことがある。  家族の大切さ。死んでいった仲間のこと。死んでいった敵のこと。  …声が 音が聞こえない もう駄目なのか  ジャンヌは何を背負っていたのだろう。  組織では彼女の実力は最強を誇った。私を挙げる人もいるけれど、白兵では到底かなわない。  お互い過去の話はあまりしなかったのが心残りだったけど。  まぁ私は近いうちにいくらでも聞けるかな。  私にはかけがえのない拠り所がある。この世にたった一人の分身。  人工授精で産まれた私の子供は、薬の副作用のせいか少し他人とは異なる部分があった。  それにしても甘い性格に育った。私の教育方針は間違っていたのか。  …小さな手が 私の腕を握っているのがわかる  メイジ どうか幸せに過ごして欲しい  私の大切な たったひとつの希望