■ メイジさんのとある一日 2 ■  ◇ブリーフィング?◇  メイジメイジ~! 当たった当たった! 遊園地行こう、遊園地!  なんと結婚資金も帰ってきちゃったんだ! 少しだけならリッチにすごせるよ!  ◇ミッション?◇  なにやら福引きという抽選システムのおかげで、このテーマパークを一日中遊び回れるらしいのです。  結婚資金というのはよくわかりません。なんでも一度放棄したとか寄進したとか諦めたとか。  そんなことよりも、先日送付されてきたテーマパークのフリーパスは二名様有効だったのです。  お留守番の二人は、ジャンケンでふるいに掛けられました。勝負の世界は敗者に厳しいんです。  今日メイジさんは居残り組の分も、この施設を遊び尽くしてやるんです。  ここは思いのほかに広いのです。一体全体、建設費用はいくらかかっているのでしょう?  今メイジさんの手を引いてくれてるのはユキさんです。人が多いのではぐれたら大変なのです。  一応リョウコさんのケータイデンワを渡されていますが、離ればなれにならなければ良いのです。  ユキさんの手をしっかりと握りながら、メイジさんはキョロキョロとあたりを見回します。  とりあえず、このメイジさんを楽しませてくれるアトラクションを見つけてやるのです。  むむっ。あれに見えるは絶叫型体感マシーンです。ローラー・コースターです。  メイジさんには子供だましなのです。高々度降下訓練では、およそ時速四百キロを経験しているのです。  単一動作の機械機構ごときで、体ひとつのスカイダイビングに勝る体験を出来るとは考えづらいのです。  安全が保証されたあの程度の速度とGで、このメイジさんが満足するはずがありません。  「メイジ、ジェットコースター乗りたいの? じゃあ行こっか!」  あれっ? ユキさんが勘違いしてしてしまったようです。  メイジさんの手を引いてローラー・コースターの順番に並びました。  人気が高いのか、思ったよりも待ち時間が長いのです。  ふふっ、ユキさんが乗りたいというのなら、メイジさんも付き合います。  大人の女は周りに合わせることができるのです。  ガタン…ガタン…。やっと発進しました。機体はゆっくりと頂上に向けて登っていきます。  待たせるなんて、じらすなんて姑息です。卑怯なのです。そして、その頂から一気に下って…  すっ、すごいスピードです! あっ、かっ、カーブが来ます! 減速、減速してくだ…『キャーーーッ』  不覚! なんてこと! つい声を出してしまいました。これでは恐がっているみたいじゃないですか!  おっ、ぉおっ、危ない、あのグルグルした所! この速度じゃ絶対危ないって、思いま…『アーーーッ』  逆! 逆! 逆になってますって! 上が地面で下がお空…『ヒーーーィ』  ……ベンチでヘコんでいるメイジさんの為に、ユキさんはオレンジジュースを買ってきてくれました。  ユキさんはメイジさんが好きな物をよく知ってます。どうしてでしょう?  教えたことも、喋ったこともありません。メイジさんはとっても不思議でした。  好きな物を食べている時は、あさましくも顔に出ているのでしょうか。  恥ずかしいかぎりなのです。それでは全くお子様なのです。  メイジさんはまだ少しフラフラしていましたが、強がって立ち上がりました。  座らせようとするユキさんをせっついて、次のアトラクションに向かいます。  ややっ。あのおどろおどろしい建物は、ホーンテッドハウスです。  人を油断させておいてビックリさせるヤツです。お金を払うというのに、心臓によろしくないという。  真の恐怖を克服できなければ、戦場で生き残ることは出来ません。人工の恐怖など片腹痛いのです。  だいたい、メイジさんは暗視ゴーグル無し、ゼロルクスでも活動できる訓練を受けています。  このメイジさんの度肝を抜こうなどとは、おへそでお茶が三杯沸いちゃいます。  「お化け屋敷行きたいのメイジ? あんまり楽しくないかもよ」  おやっ? ユキさんはメイジさんの心とは裏腹に、お化け屋敷の列に並びます。  ぜんぜん人気がないのか、五、六分待っただけで入場することが出来ました。  ふふっ、ユキさんがスリルを求めるというなら、メイジさんもやぶさかではありません。  大人の女は、楽しみ方を知っているのです。場を盛り下げるようなことはしません。  ヒタ…ヒタ…。薄闇の中、自分達の足音を聞きながら奥に向かいます。  メイジさんはユキさんの細い腰に、しっかりと腕を絡めてしがみつきます。  決して。決して恐いわけではありませんよ? 目を閉じて視覚情報を遮断し、周囲の気配を探ってるんです。  …どうやら意外に建物内の人数は多いようです…。10人、いや、12人でしょうか…。  「ゴトッ!」『ビク!』ふっ、ふふ…。無機物の奇襲とは恐れ入りました。精巧に出来た人形です。   このようなブービートラップに肝を冷やされるとは、私もまだまだ甘いようで…「つるりん」  わわっ、なんかヌメヌメしたのがほっぺたを…。あっ、床がブヨブヨする、歩きづらい、歩きづらいよぅ。  早く、早く出口に…。ひぃっ、アレは日本のカミカゼ、死して尚戦い続けると言われるサムライの亡霊!  ユキさん速く歩いて、速く歩いてくださいよぅ…。来る、来ます、コッチ来ますって、はっ、早く…。  絶対! 絶対わざとゆっくり歩いてるのです。あっ、もう、もうメイジさん涙を、我慢でき…『ぅわーん』  ……やっと外に出ました。眩しい夏のおひさまが、メイジさんを出迎えてくれます。  メイジさんは、意地悪したユキさんのおなかを、ぽかぽか叩いて抗議しました。  それなのに、「ゴメン、ゴメンよメイジ~」と、ユキさんは全然悪びれた様子がありません。  ユキさんは目の前にしゃがみこんで、メイジさんの涙を、いい香りのするハンカチでふいてくれました。  さらに近くの売店でイチゴのシェイクを買ってきて、メイジさんのご機嫌を取ろうとしています。  メイジさんは、そんじょそこらの俗物とは違うのです。シェイクが嬉しいんじゃありません。  ユキさんの気持ちが嬉しくて、ご機嫌を直すのです。ああ、シェイクはもちろんおいしいですよ?  ◇褒賞?◇  「メイジっ、メイジ観覧車に乗ろうよっ!」  むむっ。あの大きなホイールは初めて見るのです。それにしても回転速度がスローです。  あれの何が楽しいのか、このメイジさんの豊富な知識をもってしても、全く予測不可能です。  あのポイントから狙撃でもするんでしょうか? しかしガラス越しの狙撃などは現実にはありえません。  距離にもよりますが、いかに軟質の障害物とはいえ、弾道は無秩序に変化するものなんです。  間違いなく弾は外れます。そしてターゲットが狙撃手の存在に気づくだけなのです。  それら総てを計算した上で、初弾、かつ距離800という状況下で  誤差プラマイ10センチという精度を叩き出す男を一人知っていますが、  メイジさんはスナイプは苦手科目だったのです…。    まわりには、怪しいオーラを放つオトコとオンナの二人組か、小さな子供を連れた親子連れしか居ません。  ユキさんは一体なにを期待しているのでしょう? メイジさんには解りません。  しかし、ユキさんがやれというなら、メイジさんは何だってやってのけちゃいます。  大人の女は不可能だって可能にしちゃうんです。  タタン…タタン…。最初は骨組みの鉄骨しか見えませんでしたが、  ゴンドラはゆっくりと時間を掛けて、メイジさんの視線をだんだんと高く高くしてくれました。  あっ、あれは駅前のショッピングモールです! アーケードが赤くってとっても目立ちますよう!  わーぁ、あれはきっとユキさんのお家なのです。丸見えなのです。あそこはみんなのお城なのです。  あのしましま色の屋台は、この前行ったアイス屋さんです。その隣にはクレープ屋さんがあります。  一度食べてみたいんだけど、あそこのクレープは高くって、メイジさんのお小遣いでは買えません。  限りある資金の計画的な運用を求められます。世の中とは、こうも世知辛いものなのです。  メイジさんは養育費として、持参したお金をユキさん達に渡そうとしたんですが、  どうしてもユキさんは受け取ってくれません。米ドルで十万はあるはずなのです。  多分そのお金があれば、ユキさん達の幸せ指数がちょっぴり増すと思ったんですけど。  今でもそのお金は、メイジさんのキャリーバッグの中で手つかずなのです。  おやや? ユキさんが、背中にしょっていたカバンから、ごそごそと何かを取り出しました。  ゴンドラはもう少しで一番高いところになりそうです。やはり、誰かを仕留めるのでしょうか?  窓が開閉式ではありません。破る必要があります。足場は不安定に揺れて移動を続ける上に、  射線の風見を行っていません。試射は許されるのでしょうか? 困難です。実に難儀なクエストであります。  …少し小さめの箱です。組み付けたとしても長さが足りません。ショートバレルなのでしょう。  しかし、ここまで手が込んでいるというだけで、このミッションの重要性を推し量ることが出来ます。  「メイジ! メイジっ! これリョーコとユカリからプレゼントだよっ!」  ユキさんが箱を空けると、中にはちいさな靴が一足、ちょこんと鎮座していました。  もうヒモが通してあります。あとは履くだけの状態に見えます。  おしゃれなスポーツタイプのその靴は、ユキさんの足には小さすぎました。  「本当は四人で来ようとしたんだけど、ユカリがこうしよう、って言ったんだ。   自腹を払って行くよりかは、敗者なりにメイジの思い出に強く残るほうがイイってさ」  箱の裏には「from ryoko yukari」と書かれています。  ユキさんは、メイジさんが履いているアーミーブーツのファスナーを下ろし始めました。  ひょひょいとメイジさんの履いているブーツを脱がせて、早速二人のプレゼントを履かせてくれます。  ぽかんとしているメイジさんの足には、真新しいスポーツシューズ。  ユキさんはメイジさんの顔をのぞきこんで笑顔を作り、箱に入りきらない泥んこのアーミーブーツを、  無造作にカバンにしまい込みました。  この国に来てから。ユキさんにはおぱんつを買ってもらって。  リョウコさんとユカリさんには靴を買ってもらっちゃいました。  思いもよらない好意。メイジさんは嬉しくって、ゴンドラのなかで飛びはねて喜びました。  とっても高く飛び上がることが出来ます。足がほんとうに軽いんです。  鉄の補強も、刃の仕込みもない、軽いスポーツシューズ。  メイジさんは目にゴミが入っちゃったんです。  ユキさんが飛び跳ねるメイジさんを見て、あたふたとあわてていますが、バレる訳にはいきません。  メイジさんはユキさんの胸に顔をうずめました。強く、強く。  帰ったら、あの二人に感謝の気持ちを伝えなければいけません。  そのときに、最高の笑顔でいられるように。  ◇記憶◇  ──お母さんはだんだん寝込むことが多くなりました。  その肉体は並外れた活動時間を誇ったと聞き及びます。極めて強靱な精神力を持った逸材だったとか。  銃器の扱いに特化した能力を持ち、任務の達成率は九割を超えていました。  優秀なエージェントだったけど。そんなことよりも、若くって、とっても綺麗で、みんなの人気者で、  チョットお人好しだった、私の自慢のお母さん。  お母さんがいなくなってから、私は常に一人でした。