■ May's one day 1/2■  ◇メイ&ジャンヌ◇  鬱蒼と茂る熱帯の樹木が日の光を遮っており、昼にもかかわらず周囲はほの暗く視界がきかない。  あたりを取り巻く暖地特有の植物は強い毒素を持ち、またその威容も奇怪であり馴染みが薄い。  未開のこの地には、一年ほど前までは人為的な建築物などは存在しなかったのだが、  今ここは二つの組織が戦闘を繰り広げる激戦区になり、数多くの要塞や砦が建設されていた。  抗争の傷跡だろうか。あちこちに焼け野原が点在していた。   周囲の木々には銃弾がめりこみ、排出された薬莢が回収されるあてもなく散乱している。  軍靴に踏みにじられた草は力なくしおれ、敷設された地雷は動物たちを無差別に傷つけていた。  我が物顔で闊歩する人間どもは、この地の生物にとっては迷惑以外の何者でもなかったかも知れない。  場違いなことに、二人の女性がこの地を悠然と歩いていた。  彼女たちの容姿もそうだが、雰囲気は更には戦場の地には似つかわしくない。  あくびをしながら干し肉をかじったり、時折大きく伸びをしたりしている。  のんびりとした表情を絶やさず、珍しい爬虫類などを見つけると、足を止めて一喜一憂したりしていた。  ジャンヌとメイ。彼女たちの名前である。これでもれっきとした戦闘要員であり、  目的地に向かって前進を続けている途中、すなわち任務の真っ最中だった。  華奢な体に大がかりな装備をしょいこんでいるが、軽やかな足取りはその重量を感じさせない。  だらしのない行軍を続けるふたりに、ふいに本部から無線が飛び込んできた。  ジャンヌは背中の無線機を素早く地面に降ろすと回旋をつないで通信を始める。  <<ジャンヌ、メイ。こちらフェイ。悪い知らせよ。計画していた補給が間に合わないわ。   連戦して頂戴。そのまま前進して、一二時間以内に前方六十キロのタルタス砦を壊滅させて>>  参謀からの指令を直接受けたジャンヌは、顔をしかめて抗議をはじめた。  戦場のただ中であるが、何とも無遠慮な大声を上げている。  <<なんだよ、負傷はしていないが、もうほとんど弾がないぞ>>  <<お願いジャンヌ、この方法しかないの>>  <<私らは陽動なのか? それとも攻略しろっていう命令なのか? 本当のことを教えてくれよ>>  <<主力のあたたたちが今タルタスを叩くことによって、   敵軍は多数の戦力を砦に集結させると思う。最後の要だからね。   人員を割かれて手薄になった要所に、他の兄弟達を差し向ける計画なの、お願い>>  <<そうか。わかった、わかったよ作戦参謀どの>>  ふてくされたようにジャンヌは無線を叩き切った。  たらしていた長い髪を、邪魔くさそうに後ろにまとめながら、ジャンヌは悪態をつき始めた。  「なあメイ、あの子あせってるんじゃないか? 責任の重圧で」  ジャンヌのひん曲がった口元をみて、メイはたしなめるように笑顔を作った。  「しょうがないよ。私でも多分おんなじ計画を立案、実行すると思うしね。   それより軽く休憩したらすぐいこう、ジャンヌ。期待にこたえなきゃ」  メイはマシンガンの整備を始めた。今回の得物PKは一メートルを超える銃身を誇り、  通常銃座に固定して使う代物だが、彼女はそれを立ったまま両腕で二丁同時に操ることができる。  あまり得意な武器ではないが、敵軍の倉庫から頂戴した物だ。文句を言える筋合いではない。  「メイは昔のフェイを知らないからなぁ。カワイかったんだぜ? おねーちゃん、おねーちゃんってさ。   それが今じゃどうだい。どうしてあんな風になっちまったのかね」  ジャンヌの愚痴にメイは何か言い返してやろうかと思ったが、やめておくことにした。  口では何かとけなすものの、フェイには甘いジャンヌなのだ。  最近あまり自分に甘えてこないので、自立した娘を見るような錯覚に囚われ、  さみしく感じているのだろう、というのがメイの考えで、それは概ね当たりだった。  彼女たちは二人きりの再編成をはじめた。  その内容は異質なもので、食料、水といった最優先すべきものから破棄している。  すべての弾薬をベストに引っかけて、RPG-7にロケット弾を取り付けると、  あろうことか無線機すらも打ち捨ててしまった。  編成を終えた二人は、密林のさらなる奥へと疾走を始めた。  その顔立ちは先程のしまりのないものではない。戦士を思わせる鋭く剽悍なものだ。  ブッシュには敵軍が配置したトラップが散在していると考えて良い。  最低限、行軍速度を落として警戒するべきなのだが、彼女たちはその地帯を無造作に走り抜けていた。  時折上体を横にかわしたり、軽く飛び跳ねたりしている。  待ち伏せがある迂回路を通らず、正面トラップ地帯を軽快に踏破しながら、  彼女たちは敵軍の予測を遥かに上回る速度で砦に到達した。  ◇エネミー・H.Q.◇  「敵影を確認しました。その数二。正面地雷地帯を突破して接近を続けています」  「城壁東に榴弾が着弾…。中破…。いや、大破です。東門はすでにその意味を失いました」  「第3トーチカ攻撃を受けています。デルタ・チームが交戦開始」  予想外の奇襲を受けて司令部は騒然としていた。  上官の怒号が乱れ飛び、オペレータは何度も同じ報告を繰り返している。  「ふたりだと? ふざけた報告はよせ。援護や伏兵を捜すんだ」  「見あたりません」  「よりにもよってウチの索敵班は節穴ぞろいなのか? 敵の攻撃ヘリは何機だ?」  「もういちど申し上げます。敵影はふたつ、種別は歩兵。ガンシップの類は確認できず。   恐れながら、かの子供達であると小官は考えます」  司令部は大きく狼狽した。高級仕官でなくとも、その噂は彼らの間では有名だった。  だが、経験豊富な生粋の軍人ほど、夢物語だと鼻を鳴らして取り合わない内容でもある。  馬鹿な話だと一蹴してしまうのが常であったが、この砦に現実の災厄として降りかかっているあたり、  その存在を認めざるを得ない。  「狙撃手は何をやっている」  「やらせていますが、全く当たりません」  「そんなはずがあるか。では片方を狙え。一匹ずつ仕留めろ」  「引き金に指をかけると、サイトからロストするとの報告です」  「なんてことだ…」  指揮官は舌打ちすると、大きくため息をついた。  軍の経験が長い男だったが、身を以て知る日が来るとは夢にも思っていなかった。  素早く決断すると、指揮官は出力を最大にして本部へ秘匿回線を繋いだ。  十分な強度で暗号化がなされているが、慎重派の彼はあまり信用していない。  <<本部、こちらタルタス砦。緊急事態だ。死神の襲撃を受けている。   ただちに三個中隊の増援を要求する。急ぎ強襲機をよこしてもらいたい。   それと自由撤退の権限、やむをえない場合砦放棄の許可をお願いする>>  <<こちら本部。気まぐれ猫の散策、了解しました。   なお、いかなる状況に陥っても後退や砦放棄は認めません。   切迫した状況下であるため、三十六時間後の増援が決議案として提出される模様です>>  <<馬鹿な! 半分の時間で済むはずだ。繰り上げて先発部隊を空輸してもらいたい>>  <<繰り返します。三十六時間後まで、死力を尽くしてタルタス砦を堅守してください。ご武運を>>  無情にも通信は本部側から一方的に遮断された。  指揮官はしばし呆気にとられていた様子だったが、拳を握りしめて無線機に振り下ろした。  憤怒の激情を隠そうともせずに、大声を上げて怒鳴り散らす。  「くそっ! おまえら聞いたか! 死ねとのご命令だ!」  負の感情に支配されてしまった指揮官の絶叫を、かたわらに控えていた副官が厳しく制した。  「そうお考えあっても、指揮官たる者が態度に出してはいけません」  激昂をあらわにしていた指揮官が、ゆっくりと無線マイクを台座に置いた。  いまだ感情がおさまりきらないのか、口を堅く結んで無線機を睨み付けていたが、  やがて自分の行いに恥じいったらしく、自嘲気味に副官の男に小さく頭を下げている。  その間も、司令部には刻々と戦場の様相が届いていた。  淡々と報告を続けるオペレータの声。戦友の死を嘆く悲壮な現場の声。  錯綜、混乱している無線ではあったが、タルタス砦の劣勢は明らかだった。  「第3トーチカ制圧されました。デルタ・リーダーからの応答なし」  <<後方、ポイント47に展開して迎え撃つ。自信はないが、恐らく相手も人間だ。   疲労には勝てんだろう。消極的な話だが、ミスにつけこむという手もある>>  「離陸中のWZ-9、狙われています。パイロットは緊急離陸を中止してください。離陸中の……」  <<アルファ・ツー! 無理をするな、さがってこちらの指揮下にはいれ! アルファ・ツー!>>  「全ての攻撃ヘリが撃墜されました。…目標が第二封鎖線を突破。タンゴ・チームの壊滅を確認」  <<おい、おまえら聞こえるか。ブラボーリーダーだ。俺の声が聞こえる奴、今すぐ助けに行ってやる。   でかい声で叫べ。一矢報いて、先に行った連中に自慢しようじゃないか? ええ?>>  「ブラボーリーダー。直ちにそこを破棄し、第一トーチカまで後退してください。ブラボーリーダー」  <>  「目標が絶対防衛線を突破。プラボーリーダーの戦死を確認」  よく訓練され、選抜された精鋭達がこともなげに散っていく。  ベテランと呼ばれる程、実戦経験豊かで戦場のカンを知り尽くしている彼ら。  新兵は全体の二割ほどであったが、それでも教育課程で好成績を納めた生え抜きだったのだ。  指揮官の男は一度大きく天を仰ぐと、毅然とした表情で館内マイクを手に取った。  大勢の有能な部下たちが、一秒ごとに無為に死んでいく。  これを食い止めることはできないだろう。だが最後の賭けにでなければならない。  彼は振り切るように大きく息を吸い込んだ。もともと無能な男ではない。  通信兵に指示して全館に向けて回線を開かせると、彼は自分の最後の役目を果たした。  「この砦すべての同胞に告ぐ。なお、この命令には将官クラスも含まれることを理解してもらいたい。   全軍、武器を取って奮戦せよ。これよりかの伝説に終止符を打つ。聞こえた者は私に続け」  ◇メイ&ジャンヌ◇  「おいメイ。本当に弾が一発もなくなっちまったぜ」  「困ったね、私もだ。ここが最後になるのかも」  ふたりは敵の支配下にある砦で笑い合った。お互いの目には、満身創痍の相棒が映っている。  額が裂け、傷口は赤黒く変色していて、綺麗だった髪の先端が焼け焦げている。  メイの片腕はだらりと垂れ下がっており、ジャンヌの大腿からは血が流れ続けていた。  着込んでいる戦闘服を含めて、血のついていない箇所を探す方が難しいといったありさまだったが、  二人の笑顔は悲嘆や憂いとは無縁だった。  緊迫とは程遠い雰囲気のトーチカ内だったが、  座り込んでいたメイが少し疲れたような様子で立ち上がった。  今倒したばかりの敵の死体にふらふらと近づくと、持ち主がなくなった武器を拝借し始める。  「少し借りるよ」  メイは男のアサルトライフルをジャンヌに渡し、違う敵兵から自らの銃も調達している。  マシンガンとは違い、反動の小さな突撃銃は扱いやすい。メイにはやや物足りないが、  いまや銃撃の反動で傷口が大きく広がって血が噴き出してしまうので、ちょうど良いのかも知れない。  ジャンヌは新たな銃を構えてトーチカの外を警戒しながら、弾薬を探して歩いているようだ。  「実践慣れしてなかったか、焦って撃ちまくったか。マガジンが残ってない奴が多いな」  「最前線だからね。経験に関係なく駆り出されたんだ、きっと」  彼女たちは交替で哨戒しながら、手早く応急処置を始めた。  メイは使い物にならなくなった片腕を、ベストの中に乱暴に突っ込んだ。  ジャンヌはふとももの銃創から流れ続ける血を、ロープでぐるぐる巻きにして止めている。  おざなりな治療を施すと、身軽なメイはジャンヌに一つの提案をした。  「私がこのまま、あの窓から一気に突入するよ。援護して」  言うが早いかメイはトーチカから飛び出した。  同時に、凄まじい密度の銃弾が一斉にメイに向けて集束する。  爆音をあげてロケット弾が飛来し、周囲の空気は轟音とともに鳴動した。  「おい、せめて隊長の話を聞けよっ」  ジャンヌは悪態をつきながら援護する。素早く視線を周囲に巡らせて  メイを狙う無数の射線から位置を割り出し、残存する敵兵を次々と打ち倒していく。  司令部からは破裂音がつらなりつづき、爆炎の連鎖であたりは一時的な酸欠状態におちいった。  熱風がうなり、屋外でさえ粉塵をはらんだ重い煙がのしかかって視界は一メートルに満たない。  二時間後、たったふたりの侵入者によって砦は完全に制圧された。