■ 最終日 ■  ◇到着◇  いかにイレギュラーな権限を擁する組織といえども、  ブルガリア本国に直行できる訳ではなく、途中で幾度も給油と機体の乗り換えを行った。  台湾、シンガポールを過ぎてヨーロッパに入ってからは数え切れないほどだ。  それでも気苦労を重ねたのは二人のパイロットだけだったろう。  ふてぶてしくも積み荷にあたる三人は、ほとんどの時間を睡眠に費やしていたからだ。  寝ている女性陣が気になるのか、迎えに来た男はメイジの鼻をつまんだり、  リョウコの前髪をイタズラにかき上げて、眺めていたりしていたが、  起きていたユキが静かに「そっとしておいて下さい」と訴えると、  彼は首をかしげて軽く苦笑いをしながら、ブルガリア語で何かをつぶやいた。  その後の彼はとても紳士的で、乗り換えの待ち時間の際でも一切手を出してこなくなった。  やがて、四機目の自家用ジェット機がヴァルナ空港に降り立った。  黒海に面する、古くからの交通の要衝で、現在でも特に重要な観光拠点になっている。  航空の便を考えるとスイスあたりに拠点を置いた方が良さそうなものだが、  彼らの愛国心がそれを許さないのだろう。  今回の着陸も、ジェット機の車輪は滑らかに地面に接地し、着地したショックを乗客に感づかせない。  ベテランの神業でユキとリョウコは到着に気付かず寝込んでいたが、メイジに起こされた。  目的地に到着したことを知らされて、二人はメイジに手を引かれながらタラップを下りる。  気候が似ているのか、少し空気が薄くて乾燥している以外気にならない。  下りた先には、大型のリムジンと一人の女性が待ちかまえていた。  女性はスラリとした指を細い顎にあてて、不思議そうに二人の異国人を見やっている。  小さなため息をついた後、青い目に強烈な皮肉を込めて引率役の男を睨み付けた。  『マーチ、貴方の新しい日本の女かしら? こんな小娘が好きだなんて、失望だわ』  マーチと呼ばれた男は所在なさげに肩をすくめた。  取り合う気がないのか、この鷹揚な男が珍しく軽口をたたく。  『メイの愛人だ。俺のじゃないな』  『現地妻を連れてきておいて、言い訳とは見苦しいわ。男の風上にも置けないのね』  『男と女が一緒にいただけで、何かと決めつけたがるケツの青い小娘に言うような事は何もないな』  マーチはリムジンに歩み寄ると、後部座席のドアを開け、メイジたちに乗るよう目で促した。  長身の痩躯は完璧な礼を施しており、マーチは一歩引いた姿勢を保ちながら  軽く頭を下げて胸に右手を当てている。  その様子は実に様になっていて、主人に仕える一流の執事といった立ち振る舞いだ。  三人が乗り込んでしまうと、マーチは現任務の上司にあたる彼女に対しても、  ごく当然といった様子でドアを開け、うやうやしく一礼した。  皮肉を皮肉で返された女は、不快そうに細い眉をつり上げた。  彼は昔から彼女の教え子ではあったが、このように目上を敬った態度を取ったことは一度もない。  女はつかつかと彼の前を素通りすると、運転席にプルネットの髪を揺らしながら乱暴に乗り込む。  マーチはその様子を見て陽気な笑い声を上げた。  ◇帰還◇  車は都市部から離れ、工業地帯を抜けて郊外に向かっている。  一度二号線を南下したが、都内を避けるように北上を始めた。  助手席のマーチは手持ち無沙汰なのか、後部のキャビネットからビールを持ち出していた。  その様子に女は呆れたようだったが、特に咎めるでもなくハンドルを握っている。  後部座席が独立した設計思想のこの車は、ほぼ完璧な遮音がなされており、  運転席の会話が後ろに漏れる事はない。だが警戒しているのか、女は前を向いたまま、  ひそやかな声で今回のパートナーに声を掛けた。  『今回の処置は私が一任されているわ。貴方は一切口出ししないでちょうだい』  『場合による。あまりに意地が悪いと、後で怒るぞ』  『マスターの許可と協力も取り付けているわ。如何なる状況に陥っても、傍観すること』  『オールド、フェイ。貴女のやり口は、たまにいけ好かないんだ』  『マーチ、それは先代という意味かしら? 古いという単語を使われると著しく気分を害するわ。   それに私の裁定が不公平だったことが今までにあったかどうか、聞きたいものね』  『これはすまなかった。女心には気をつけるよ』  これといって悪びれた様子もなく、マーチは飄々とした態度をくずさない。  彼は意図的に彼女の矜持を傷つけたのだが、それはお互いに認識していることだった。  マーチは顔をそむけて小声でなにかを囁く。フェイの耳には「悪かったよ」にも聞こえたが  「知るかよ」と言っているような感じもする。きっと謝っているに決まってる、  とフェイは自分に言い聞かせたが、これは昔の教え子に対する、彼女のひいき目かも知れない。  良く整備された山奥の道路を走り続け、小高い丘をこえる。  目的地はそれほど空港から離れていないようだ。丘陵の先に高い外壁が見えてくると、  それまでだらしなく足を投げ出していたマーチが、面倒くさそうに居住まいを正す。  城壁のように高くそびえる門を通り、煉瓦を敷き詰めた庭園内の私道を十分ほど走ると、  やがて車は小さな洋館の玄関口にとまった。  そこには広大な敷地に不釣り合いな、こぢんまりとした邸宅があった。  運転していたフェイが先にたって、玄関の扉を開ける。  マーチは腰が軽いようで、身軽に後部座席のドアを開いて三人をエスコートしている。  待ちかまえるように扉の前に立っていたフェイが、メイジに対して初めて声を掛けた。  『おかえりなさい、メイ。それとも、さようならになるのかしら』  『うん。さようならかな』  メイジは薄く微笑したが、それは一瞬だけだった。  そのまま振り向かずに館に足を踏み入れたメイジの背中に向けて、  フェイは表情を崩さないまま言葉を投げかけた。  『欠けてしまうと、悲しいものよ、メイ』  ◇決着◇  邸宅内に移動すると、マーチは奥に控えるメイドに視線を送った。  途端に正面ロビーの階段が床にのみこまれて、隠された地下室への入り口が開く。  一行はその仕掛けを降りた先にある、この館の主の部屋を目指した。  地下の回廊は天井が高く、幅も十分で、圧迫感を感じさせない広々とした作りだ。  長い回廊の終端には、ひときわ目を引く厳重な両開きの扉があった。  フェイが扉を開け、マーチが三人を先導をする。  部屋のなかには、決してきらびやかではないが、年代を感じさせる調度品の数々が並んでいた。  持ち主の気品を現しているのか、派手な物は少ない。  奥の豪奢なデスクには、一人の老紳士が腰掛けていた。  老紳士はゆっくりとメイジを見ると、腹に響く威厳ある声量でメイジを先制した。  『罪を重ねてしまったか。大変なことをしてしまったな、メイ』  その重厚な威圧感に押し倒されそうな程、頼りない体躯のメイジだが、  威風をそなえ質量すら感じさせる主君の視線を真っ向から受け止め、毅然と反論した。  『マスター・ゼロ、私は組織を捨てた罪は償うつもりです。   でも、迎えを処断したことについては頭を下げるつもりはありません。   私の家族を傷つけるなどと。無礼に対して当然の報いだと私は考えます。   それに、電話での約束は一週間後というものだったと記憶しています』  『日本で家族と呼べる人間に出会えていたのか。確かに正論だ』  マーチとフェイは扉の前で片膝をついてかしずいている。  この国に着いてから、メイジはユキとリョウコの手を掴んで離さなかったが、  今メイジは自らそれをほどき、一人で主君の前進み出て、弁明を行っていた。  流れるように淀みなく言葉を紡いでいたメイジだったが、  主君の無感情な鉄面皮に業を煮やしたのか激情をあらわにした。  『逃亡の罪は、一週間後、帰還し復帰することで良いという約束だった筈。それを破った挙げ句、   私にとって大切な人間をを傷つけるなど。私は極東支部の蛮行を到底許せません』  メイジの言葉は、この老人にひとかけらの感銘も与えることはできなかったようだ。  『それは聞いているし、彼らはもう処分した。それでも、お前が組織を捨てようとした罪は拭えない』  『極東の上層部が欲しがっていた品物をお渡しします』  メイジはウサギのぬいぐるみの背中を引きちぎり、  中から親指大のケースを取りだして机の上に置いた。老紳士が控えているフェイに目配せすると、  彼女はケースを持って奥の扉に消えた。長い時間、重い沈黙がこの部屋を満たしていたが、  実際にはそれほど待たされなかったのかも知れない。不意に扉が開き、フェイが戻って来た。  彼女が何やら老紳士に耳打ちをすると、主たる老紳士は大きく何度か頷いている。  『間違いなかった筈です。それと引き替えにお願いがあります、マスター。   二人を見逃してあげてください。ご存じでしょうが、日本にいるもう一人も許してあげてください』  メイジが主君に懇願すると、堪えきれないように老紳士は哄笑した。  『確かにこちらの手落ちもあった。だが、組織の末端ではあるが二人。金で雇った傭兵が三人。   五人も殺されているんだ。とてもじゃないが、釣り合わない。それに組織の記憶は門外不出。   メイ、お前もそうだし、あの二人の日本人はこの私の姿を見ているんだ。生きて帰れると思うか?』  『私は構いません。その精算の為に来ました。ですが、あの三人は助けてあげてください。   私の家族なんです。それだけの代価を支払ったという自信はあります』  『ほう。言うじゃないか。考えが変わった。メイにやらせようかと思っていたが、   お前が信じるという日本の新しい家族とやらにやってもらうとしようか』  老紳士は書斎机から一丁の銃を取り出して机の上に置いた。  傍らに控えていたフェイが歩み寄って銃を取り、ユキの前にそれを放る。  拳銃は厚い絨毯の上にゴトリと落ちてはね、ユキの靴にぶつかった。  投げてよこしたフェイは、粗野な行動とは裏腹に、固い丁寧な日本語を話し始めた。  「その銃で、あなたのお友達か、私たちのメイか。どちらかをお選びになって、殺してください。   どちらが不必要であるのか、判断は貴女に任せます。そうしてくだされば、   残る総ての方の安全を保証いたします。弾は一発のみです。よくお考えください」  急に話しかけられたユキは、何故自分に声が掛けられたのか、何をやらされようとしているのかを  理解するまでに少し時間が掛かったが、やがて見る見る青くなり顔は血の気を失った。  足下の銃を何度か拾うものの、手の震えで取り落としてしまう。  その様子を見ていた老紳士は、冷酷に口元を歪めて笑い飛ばした。  『あの娘の親にそそのかされたそうだな、メイ。不覚にも出し抜かれ、   既にお前がこの国を去ったと聞いたときは、顔に唾を吐きかけられた気分だった。   親の不始末を子供がつける。良い方法ではないが、悪い方法でもあるまい』  それまで、一言も発さずに後ろで控えていたマーチがチラリと主君とフェイを覗った。  両方ともマーチの視線には気付いているものの、視線を合わせることは無い。  「嫌なやり口だ、もっとやりようがあるだろうに…」と彼は心の中で毒づいたが、  確かにこれなら試すことが出来る。だが直情の彼にとっては、いけ好かない方法だった。  エージェントの中でただ一人、動揺しているメイジが主君に向かって声を張り上げる。  『自決します、マスター。彼女は私の母であり、かけがえのない親友なのです。   普通の暮らしを営む一般人に、銃を扱えるとは思えません。私に当てることはできないでしょう。   一度組織を捨てた罪は私にあるはず。その精算の為に、この身はここまで来ました』  切願を続けるメイジを見た老紳士は、厳しい口調で切り捨てた。  『駄目だ。こちらも身内が殺られているし、それを見逃すわけにはいかない。   本当は皆殺しにしても足りないぐらいなのだが、最強の遺伝子で手を打とうというのだ。   日本の様々な機関を押さえ込むのには腐心が必要だった。残った人間を送り返す手間もかかる』  『……』  老紳士は、唇をかみしめてうつむいてしまったメイジを鋭い眼光で射抜いていたが、  ふと顔をそらし、入り口付近で狼狽を続ける日本人に目を向けた。  目線の先で未だに怯えている異国人は、ようやく銃を両手に持つことができたようだ。  少し計画を狂わせてしまったが、フェイはどうやら柔軟に対応している気配だ…。  フェイが二人の客人に何かの説明を続けている。日本の言葉を理解できるのは、  ここにいる人間では話している彼女と、ユキとリョウコだけだった。  「もう一度説明を聞きますか? ああ、それとその銃はダブルアクションといわれる物で、   変わり種ですのでセイフティはございません。引き金を引くだけで結構です。   繰り返し念を押すようですが弾は一発です。もし標的を外した場合は終わりになります。   要するに先程の契約が無効になることを意味します」  「本当に、この鉄砲で誰か一人を殺したら、他のみんなを助けてくれるの?」  「その発言は我々に対する侮辱と受け取れます。組織の約束は絶対です。天地神明にかけて。   不幸な手違いがありましたが、その粛正はすでに行っております。ご安心を」  ユキは視線を床に落として、だらりと下がった自分の手に収まる銃をじっと見つめている。  今までじっとそのやりとりを聞いていたリョウコは、肩を揺らして大きく息を吐くと、  ユキが見たことのない穏やかな微笑を、その端正な顔に浮かべた。  悪戯げに自分の眉間にチョイチョイと指を突き立てると、「今まで楽しかった。来た甲斐があったよ」  と静かな声でユキに語りかけ、目を閉じた。言葉とは裏腹にリョウコの頬や唇は色を失い、  握りしめている両手は微かに震えている。  リョウコの様子に気付いたメイジは、弾かれたように飛び出した。  銃弾は自分の脳髄を貫く筈なのに、なぜリョウコがあのようなしぐさをして、ユキに体を向けたのか。  どうしてそんな顔をしているのか。主君は非情だが義理は守る。代償の命はなぜ私でないのか。  それとも一つの命で手を打ってくれるという私の考えが甘かったのか…。  駈け寄ろうとしたメイジを、予期していたかのような手際でフェイが取り押さえる。  必死に抵抗し、あがき続けるメイジだったが、もし技量が同じだったとしても体格の差がありすぎた。  後ろ手を完全に採られ、メイジは無様に床に叩きつけられたが、  体の自由を取り戻そうともがきながら、力の限り二人の名前を呼び続けている。  広い空間を擁するこの部屋には、今やメイジの泣き声に似た痛烈な声だけが響いていた。  薄く目を開けたリョウコは、メイジの瞳を見つめた。「チャオ」と口を動かして、瞼を閉じる。  それを見たメイジの抵抗は一段と激しくなった。もがいて暴れるたびに、  メイジに覆い被さっているフェイの体が時折大きく跳ね上がるほどだった。  だが小柄な体は完全にフェイに掌握されていた。フェイは容赦なくメイジを押さえ込む。  メイジが呼び続ける二人の名前は、最早ほとんど聞き取れないが、  それでも悲鳴のような呼びかけをやめなかった。  何度も組み伏せられ、後頭部を押さえつけられながらも、  メイジは苦しみあえぎながら、嗚咽まじりの悲痛な叫び声を上げ続ける。  小さな命の、必死の想いが響き渡る中、ユキは震える声で親友に告げた。  「リョーコ。メイジをお願い」  ユキは自分の頭に銃口を押しつけて引き金を引いた。  ◇エピローグ -ユカリ- ◇  今日は化学の講習があったから、あたしは登校日だったんだ。  一ヶ月近い夏休みも、もうチョットで終わる。  夏休みが終わると、アッという間に秋になっちゃうんだよね。  一人で寮に帰ったあの日の夕方にすぐ、婦人警官があたしを訪ねてきたんだ。  気を遣ってくれているのか、私服だったんだよね。  そんで、近くの喫茶店でいろいろ事情を聞かれたんだ。  ドラマとかと違って、なんかすっごく優しい人だったよ。  警察は二人一組で行動するって原則があるらしいけど、その人は一人だったなあ。  話が終わってから、その人は「私たちが守ってあげるよ、大丈夫」とかって言ってさ、  おっきい白いバイクで走り去っていったんだ。なんか大人の雰囲気だったなあ。あこがれた。  深夜のテレビには、「抗争? 外国の組織…」とかってユキの家が映しだされた。  それを見た瞬間、本当に心がつぶされそうだったよ。  あたしから二人に電話を掛けていいのかどうか、本当に悩んだ。  ブラウン管に映ったユキの家の入り口には、黄色いテープが張り巡らされていて、  青いシートが玄関を隠してた。知ってる人も、何人かインタビューに答えてた。  ウチの学校も映しだされて、朝には学校の門の前には報道陣がうじゃうじゃ沸いてたらしいんだけど、  三日ぐらい経ってから、急にマスコミの人達が誰もいなくなったんだよね。  あたしは気になってしょうがなくて、一度ユキの家を見に行ったんだ。  そしたら、テレビでは物々しかったのに、何事もなかったように普通だった。  がんじがらめに貼ってあったテープなんか、跡形もなく無くなってたし、  そこら中を塵芥のように徘徊していたテレビ局の車も、一台も見なくなった。  あれほどテレビでもやってたのに、いきなり全然報道されなくなった。  やっぱりメイジは、ブルガリアのスゴイお姫様かなんかなのかな、と本気で思ったよ。  きっと堅苦しい生活がイヤで、逃げ出してきたんだ、ご令嬢という大義名分を奪い合う、  腹黒い部下たちが一悶着おこしたんじゃないかな、って。  ユキに帰れと言われたあの日、あたしはずーっとリョウコを待ってたんだ。  ユキの家で人が死んだって、親友の口からじゃなく、深夜のニュースで知ったんだよ…。  実は悔しくて、チョット泣いちゃった。あたしだって一緒に行きたかったのに。  結局その日は徹夜したんだよね。あたしだって役に立ちたい。  メイジと会話する為の翻訳ソフトを手に入れようと思ったんだ。  必要ないかも知れないけど、やっぱり何かしたかった。もしそれが無駄骨でもでもね。  実は結構危なかったんだ。穴が開いているサーバは簡単なんだけど、  対策を怠らない、まっとうなサーバはキツイんだよね。  ログ消しが間に合いそうもない時は冷や冷やしたよ。  結局、総ての足跡の消去には成功したんだけどもね。大手企業はヤバイよ。  隣を歩いているリョウコ。今までドコで何をしていたのか、詳しく教えてくれない。  しつこく何度も聞いたんだけど、はぐらかされているような気がする。  「ユキは死んだんだ。いや、メイジもだな」「まぁアタシでも良かったんだけどね」  「結構すぐにバレたみたい。アタシ達とメイジのこと」「ウサギのカプセルでばれたんだって」  「おみやげのバラの香水つけてるだろ? ユカリ。おねーさんは嬉しいよ」  「ユキのお父さんが隠れていたメイジを見つけて、こっちによこしたんだってさ」  「でも結局、あの人達メイジの宝物返してくれたんだ」「もともと大丈夫だったみたい」  「メイジのママさ、なんか凄かったんだって」「アタシ達は合格したらしいよ」  「あの国、たまに水道の水がウンコ色になるんだよ、信じられるか?」  ぜーんぜん、全ー然、意味が解らない。いっつもそうだ。絶対意地悪してるんだ。  アッタマにきたから、あたしリョウコのこと寮で押し倒して、問い詰めようとしたんだ。  そしたら、リョウコは口を大きく開けて笑いながら「もう少し待ってよ、ユカリ」  って言ってさ、ヒョイって簡単にあたしの体をはらいのけたんだ。  逆にリョウコに馬乗りになられちゃって、あたしは本気で怒っているのに、  あたしを弄ぶリョウコの指はとっても上手で、あげくの果てに何回かイかされ…。  そんな慰め方ってないよ…。  いつものなだらかな下り坂をリョウコと二人で降りていく。  駅の手前にあるモールで、いつものショップでクレープを買った。  あたし達はワンパターンで、二人が頼んだのは相変わらずチョコと抹茶だった。  居ない人には申し訳ないけど、チョット幸せを堪能。それにこの味がいいんだよね。おいしいし。  テラスでおやつを食べ終わったあたし達は、駅前のロータリーを通り過ぎようとした。  あれ、わざわざ来てくれたんだ。小っちゃな手の平を目いっぱいに広げてこっちを見てる。  ぴょんぴょん跳ねて、腕を大きく振り回してアピール。  嬉しいこともいくつかあって、あの子は外でも屈託なく笑うようになったんだよね。  リョウコとあたしは走り出す。人目なんか気にならないし、そんなことより大事なことがある。  その先には、ベンチで眠りこけるユキと、弾ける笑顔の、メイジがいて。