■ 四日目 ■  ◇早朝ストーキング◇  ブラインドの隙間から、控えめに朝の日差しが差し込んでいる。  せっかちな夏の太陽は、人間の意志とは関係なく、自らの役割を果たしているようだ。  季節に似合わぬ凜と澄んだ空気が、今日の始まりを告げている。  ユキが目を開けると、そこには穏やかな寝息を立てているメイジの横顔があった。  年相応、という言葉があるけれど。メイジはあまりそれに見合った振る舞いが無い。  媚びへつらいではありえない、無垢であどけない笑顔と。  無知ゆえの残酷さとは趣の異なる、極めて打算的な判断を下した瞳。  幼子のように素直で純朴かと思えば、無慈悲で冷酷な側面もある。  両極端で相容れない気質を、この子は自然に内包しているのだ。  日曜日の明け方。週に一度、時間に拘束されることのない一時。  誰よりも早く目が覚めたユキには、無数の選択肢が用意されている。  起きだして朝風呂? それともすぐに二度寝? たまの散歩も美容にはいいかも知れない。  昨日買っておいたケーキでもつまんで、寝直してもいい。  どうしようか…。何しよう…。  結局、年相応の子供のようなメイジの寝顔を見ているだけで、時間は過ぎてしまった。  ◇eat eat◇  パジャマのまま四人はテーブルを囲んで、ユカリの用意した朝食を楽しんでいた。  伸び盛りの時期であるメイジは、脇目もふらず目の前の料理と格闘している。  木製のフォークを使って、せわしなくスクランブルエッグを口に運んでいたかと思えば、  急に思いついたようにポテトサラダに取り掛かる。  トースターで焦げ目をつけたフランスパンに、たっぷりとバターをぬろうとしているようだが、  その手つきはとても不器用で、危なっかしくて見ていられない。  一息ついたのか、牛乳を口にしたメイジを、ユカリがチラチラと横目でうかがっている。  目ざとくリョウコがそれに気づいて、意地悪く唇を歪めた。 リョウコ「ユカリ、何考えてるか当ててやろうか? メイジの口元についているポテトが気になる。    取ってあげたいけど、できれば舌で舐め取ってやりたいとか。そんな所だろ」 ユカリ「ううん。ちがうよ」(牛乳を口移しで飲ませてみたいとか考えてた) ユキ「しっかしメイジ夢中だなぁ。ユカリも作った甲斐があったってモンだね」 リョウコ「こう美形で器量好しだと、上流社会でも通用するようなレディの教育をしてあげたくなるな」 ユキ「不逞な輩に純血を奪われたら、泥水でアソコを洗うっていうヤツ?」 ユカリ「それ絶対間違ってるよ…。病気になっちゃう」 リョウコ「道路のど真ん中で、血ぃ垂らしながら股ひろげて急所洗う女と、通りすがる通行人、か」 ユキ「くやしい…でも…。とか泣きながら? レディって凄えな」  朝食を終えた四人は、食後の紅茶を飲みながら、今日の予定を決めている様子。  外出か、それともユキの家で過ごすか。メイジの頭上を真剣な討議が行き交っている。  当のメイジはただ単に皆で遊びたくてしょうがないらしい。  かわるがわる三人にちょっかいを出して、気を引こうとしている。  ようやくメイジの振る舞いに気付いた三人は、一日をユキの家で過ごすことにした。  ◇お電話◇  ユカリのお手玉に一喜一憂したり、ユキが持ち出してきた低周波治療器の電撃に  悶絶していたメイジだが、暫くするとポカポカとした陽気に誘われたのか、  ソファーでうつらうつらと居眠りを始めだした。  十時になると、リョウコが昼は自分が用意したいと言い出して、  一人で近くのスーパーに出かけていった。  それに合わせてユカリもドラッグストアに用がある、とユキの家を後にする。  留守番をすることになったユキは、二人が帰ってくるまでメイジの横で添い寝をすることにした。  トルルルル、トルルルル。と。静寂を打ち破る電子音が二度鳴り響くと、  静かに横たわっていたメイジはカッと目を見開いて、小走りに電話に駆け寄った。  昨日と同じく再度呼び出し音が響き、メイジは受話器を取る。  『────、──、───…』  メイジは鈴の鳴のような声で相手と話をしている。  これまでの様子と違って、穏やかで落ち着いた声だ。  昨日よりも長い電話がほどなく終わった後、慌ただしくメイジは身支度を始めた。  ユキのパジャマを脱いで、最初着ていた黒い外套を身にまとう。  『Yuki、Ryo-ko、Yukari───…』 メイジは真摯な面持ちで、静かに語り始めた  何を言っているのだろう? 何を訴えているのだろう?  極めて大事な用件をメイジは口にしている筈なのだが、ユキには理解できない。  大人びたメイジの表情。この場に居ない二人の名前。強い焦りと喪失感がユキの胸に渦巻いた。  ◇読めないユキさん◇  ユキは、メイジの後について玄関の外に出ていた。  メイジは着替えをすませてしまうと、ユキにピョコンと頭を下げて、家を出てしまったからだ。  門の脇で待ち人顔で佇むメイジと、隣には沈んだ表情のユキ。  キャリーバッグを家に置いたままなので、メイジはすぐに帰ってくるのかも知れないけど、  誰を待っているのか、何処に行こうというのか。この家以外に居場所があるのだろうか?  メイジの横顔を見ながらユキは考え続けた。  十分程経過した頃だろうか。ユキ達の目の前に一台の車が停車した。  黒い大型の外車で、ナンバープレートが日本の物ではない。  停車と同時に乱暴に後部のドアが開けられ、大柄な白人男性二人が車を降りてきた。  窓ガラスは分厚い防弾仕様のもので、男達の雰囲気も威圧的だった。  男達は興味なさそうにユキを見ると、メイジに近づき二言三言言葉を交わしている。  メイジは何度か首を振っている。本来ブルガリアでは首を左右に振るのは肯定の意味だ、  とリョウコが言っていたのをユキは思い出す。やり取りの後、メイジはユキに近づいてきて、  ユキを見上げて微笑んだ。ユキの耳に顔を近づけ、小さな声で何か二言三言告げると、  サッと身を翻してそのまま車に乗り込もうとする。  何かが違う。何かが終わってしまう。咄嗟にそう思ったユキはメイジに駈け寄ろうとするが、  男の一人が素早くユキを遮り、車に近寄らせてくれない。  ユキは反射的に肩を掴んでいた男の腕を打ち払った。  身をかがめて振り切ろうとしていたユキを軽捷にも再度捉えた男は、  むしろ面倒くさそうな表情でユキにボディブローをたたき込んだ。  大きな拳がユキの腹部に深々と突き刺さる。その威力はユキの体が僅かに浮き上がるほどだった。  ユキの体はくの字に折れ曲がり、そのまま糸が切れたように地面に崩れ落ちた。  「ゴ……カッ……」地面でのたうち回るユキが小さく苦悶のうめき声を漏らすと、  メイジは何事かと首だけで振り向いてユキの姿を探した。目線を泳がすが音の発生源が見あたらず、  ふと頭を下に垂らすと、自分の頭の位置よりもはるか下、地面の高さに探し求めた姿を捉えた。  『……』暫くの間、メイジは全く動かなかった。  表情筋に力がない呆けた顔、まるで草木でも見下ろすような眼。  それを見やった二人の男が、せかすように異国言でまくしたてているが、メイジの反応は無い。  男達はわずらわしくなったのか、ついに強行することにしたようだ。  一人が大股に近づいてメイジを抱え上げようとする。  男達はメイジの微妙な外面の変化には気付けなかった。  声にならない怒号を発してメイジが跳躍する。  まさに屈む瞬間の男の膝を踏み台にして、メイジは大男の頭に向かって飛びついた。  肘と膝を挟み込むように繰り出して大男の頭頂部と顎を同時に粉砕する。  ガツッ、という鈍い音がして、男の大きな体はよろめいた。  メイジは大きく傾いた男の頭にそのまま絡みついて反動をつけ、クルリと男の後部に回って  着地ざま後ろから頚部に手刀を叩き込んで失神させた。立て膝をついたまま意識を失った  男の上半身はぐらりと前のめりに倒れようとしたが、  メイジはすかさず後ろからスーツの裾を引っ張り上げて  あらわになったホルダーから手早く銃を引き抜いてスライドを引き、  今まさに懐から銃を出そうとしていた連れの男に向かって発砲した。  メイジの一連の動作は途切れることは無く、狙いすらつけずに片手で銃を操っているにもかかわらず、  発射された四発の弾丸は、男の利き腕、胸、腹、胸を立て続けに貫く。  得物を抜こうとした男は、自分の意志に反して二歩ほど前進した後、無様に顔面から倒れ込んだ。  体に穴を穿たれ、戦闘力はおろか生命さえも失いかけている男を横目に、  メイジは車内に残っている運転手に銃口をむけて続けざまにトリガーをひく。  今度は両腕でグリップを保持し、狙いをつけて同一箇所に集束させている。  通常、防弾仕様車は窓を開閉することが出来ず、特殊な機構を備えているものでなければ  ドアを閉めたままの状態では防弾車内部からの迎撃は不可能だが、  メイジの見知ったタイプの車種なのか、接近して発射間隔を開け、精密射撃を続けている。  やがて何層目かが崩れだし、運転席側の窓ガラスが悲鳴を上げだした頃、  運転手は仲間を見捨てたのか、大型の外車はタイヤを鳴らして逃走した。  メイジは首をかしげて目を細めると、ゆっくりと振り向いてユキにむかって歩き出す。  途中、顎を割られながらも何とか意識を取り戻して起き上がろうとする男の後頭部と、  徐々に血だまりを広げつつある男の頭を目がけて一回づつ。  まるでそれが当たり前であるかのように引き金を引いた。  メイジは銃をうち捨てて、胃液を吐いて苦しみ続けるユキを仰向けに寝かせた。  服の汚れや肌の外傷を探し、腹部を殴打された物であると判断すると顎を上げて気道を確保した。  虚ろな目を覗き込んで、ユキの瞳から流れ続ける涙を小さな手でぬぐう。  ユキの服をまくり上げて腹部を見やり、肌の状態を確認して腹と胸を触診したメイジは、  その場にペタンと座り込んでユキの手を握った。  ◇男前?◇ リョウコ「こっ…これどうなってるんだよ……」  買い物袋を下げたリョウコは唖然としていた。目の前の光景がとても受け入れられない。  独特の強い火薬の臭いが周囲に立ちこめ、何軒かの家は窓を小さく開けてこちらを覗いている。  ユキの家の前に大柄な二人の外人が、手足をあらぬ方向に投げ出して血だまりの上に倒れていた。  更にその先には、今まさに起き上がろうとしているユキと、それを気遣っているメイジがいる。  ハッとこちらを向いたメイジの表情は、今にも泣き出しそうな子供のものだった。  夢なのか? いや、今はそんなことはどうでもいい。リョウコはユキ目がけて走り寄った。  このむごたらしい惨状をユキの視界から塞ぐように目の前に立ちはだかり、ユキの両肩を掴む。 リョウコ「ユキ、メイジ、何があったんだ。喋れるかユキ?」 メイジ『……Ryo-ko……』 ユキ「メイジがやったの…。多分…私のせいだと…。思う…」 メイジ『Yuki……』 リョウコ「そうか、とりあえず一度家に入ろう。アタシの肩につかまれ、ユキ」 ユキ「うっ…。グ……」 メイジ『……』 リョウコ「どうしたメイジ? 来ないのか? そんな顔してるとユキが泣くぞ。ほら、早く来いよ」  すねたような表情をしていたメイジの手を、リョウコが強引に引いた。  少し力を入れて抵抗していたメイジだったが、やがて素直にリョウコの後に続く。  家に入った後、ユキは思い出したようにトイレに駆け込んで、胃の中の物を吐きだしていた。  苦しそうに何度も嘔吐を繰り返しているその背中を、メイジがさすっている。  どうにか落ち着いてきて、コップの水を飲み終わったユキは、ソファーに腰をかけて  メイジの肩を抱き寄せている。リョウコは姿が見あたらない。  辺りを見回すユキの目に、椅子に掛けられていたユカリのタンクトップが映る。  はじかれたようにユキは携帯電話を取り出して、ユカリに電話をかけた。  ユキはコール音を長く鳴らし続ける携帯電話を握りしめて、ユカリが出ることを祈る。  やがて受話器の向こうからユカリのおっとりとした声が聞こえてきた。 ユキ「ユカリ、電話は今大丈夫?」 ユカリ「うん、いいよぉ。ユキにもイイ物買ったんだ、もうすぐ着くよ」 ユキ「聞いてユカリ…。今すぐ寮に帰って。鍵は持ってる?」 ユカリ「えっ? 持ってるけど…。じゃあコレ届けてメイジの顔を見てからにするよ」 ユキ「ユカリ、ユカリお願い。それじゃあダメなの。絶対に来ちゃダメなの。お願い、お願いだから…」 ユカリ「……なんかあったんだ」 ユキ「できれば私から連絡があるまで、家には近寄らないで」 ユカリ「…わかった。そうする。リョウコも寮に帰ってきてるの?」 ユキ「多分そうなると思う…。ゴメンねユカリ」 ユカリ「ユキは大丈夫なの? メイジは?」 ユキ「メイジも私も問題ないけど、家が大変なんだ。メイジのこと、ちょこっと独占させて?」 ユカリ「うん。いいよ」 ユキ「また電話する。それじゃあ……」 リョウコ「おいユキ。お別れ会はおしまいか? 逃げる準備できたぞ」 ユキ「リョーコ、何してんの! 今っ! 今は…」 リョウコ「落ち着け、ユキ。アタシだって動転してんだ。さっきの光景を思い浮かべただけで   吐きそうなぐらいだよ…。人間が二人死んだ。理由は恐らくメイジ絡みだ。   生きてるのがユキとメイジなんだから、襲われたのは多分ユキ達なんだろう?」 ユキ「…ううん、こっちが仕掛けた感じ」 リョウコ「そうか。それは襲撃から身を守るという意味で?」 ユキ「迎えに来た人達を、殺しちゃったんだと思う」 リョウコ「車は? あいつ等歩いてここまで来たのか?」 ユキ「逃げちゃったみたい。メイジが仕留めようとしてた」 リョウコ「だったら応援が呼ばれたと思って間違いないな。もしくは、複数の人間によって   この家自体が既に包囲されているという可能性すらある。事態は一刻を争う、逃げよう、ユキ」 ユキ「違う、そうじゃない。なんでリョーコはすぐに裏から逃げないの」 リョウコ「お断りだね。ユキ、いいから少し話を聞け。これは想像だけどユキの目の前で生きている人間が   死んでしまったんだろう。そのショックはアタシには解らない。けどな、アタシはメイジやユキが、   自分の知らない所で殺されるかも知れないって考えただけで我慢ならねーんだよ。   ユキは今ユカリに電話しただろ。ベクトルは違うけど、本質は同じ思考だ」 ユキ「…うん」 リョウコ「きっと誰かが警察に通報しているだろう。警察に保護を申し出る手もあるが、   それだとメイジがただじゃすまない。アタシはそんなのはゴメンだね。   さっきの連中の仕返しが、警察より後に来るという保証もない」 ユキ「うん」 リョウコ「それに、メイジとユキだけが逃げてんなら実質一人で逃げているのと同じさ。   満足に相談も出来やしない。アタシが一緒なら交替で睡眠や警戒もできるし、   こうしてショボくれたユキを励ますことも出来る」 ユキ「うん…」 リョウコ「へっ、素直な子供みてーだな。何も考えなくていい、今すぐにアタシと一緒に逃げようぜ。   それから考えても遅くはない。アタシが邪魔になったら、寝てる間に置いていってくれよ」  ぎゅっと唇をかみしめて、二人の様子を見守っていたメイジは、不意にユキの腕から抜け出した。  トコトコと電話に歩み寄って受話器を取り、ボタンを押し始める。  ほどなく部屋に微かに呼び出し音が響き、メイジは祖国の言葉で話し出した。 メイジ『────!、──、───!、───……』 リョウコ「電話?…。この状況で電話する相手……?」 ユキ「リョーコ、解った。メイジの電話が終わったら、メイジと一緒に逃げよう」 リョウコ「でかしたユキ。やっといつもの顔だ。安心したぜ」  電話を終えたメイジはグッと体をちぢこませて、なかなか逃げようとはしなかった。  ユキとリョウコが、かわるがわる声をかけても、イヤイヤをして抵抗する。  途方に暮れたユキがカバンを置き、メイジの横に座って語りかけると、  それまできつく拒絶の色を示していたにもかかわらず、今度はオロオロと落ち着かない。  二人が本格的に荷物を下ろしてしまうと、とうとう決意したのかキャリーバッグに歩み寄り、  自作のカスタム・コルトとガンホルダー、ぬいぐるみをユキに差し出した。  キャリーバッグは不便なので置いていくらしい。ユキはそれらを手早くカバンに詰めた。  リョウコは玄関から靴を持ってきて、勝手口に並べる。  三人の逃走が始まった。  ◇こっちにも!◇ リョウコ「どこに向かおうか? なにか案はある?」 ユキ「とりあえず人通りの多い場所を目指そう、それとメイジは見られてるんだ。メイジの格好を」 リョウコ「そうか、まずそれだな」  自宅の裏から他人の家の敷地を立て続けに疾走し、地元民がよく使う小道、  いわゆる抜け道を多用しながら歓楽街を抜けて駅前に向かう。  駅ビルの隣にあるショッピングモールにたどり着くと、  巧みに人混みに紛れながら、駅ビルの女子トイレに身を滑らせる。  個室に入ってメイジを座らせると、ユキとリョウコは細くて柔らかい  メイジの髪を手分けして三つ編みに結い始めた。  華やかな光沢のブロンドと長い自然なウェーブは、歩くだけで居場所を宣伝しているようなものだ。  二本の三つ編みを作り出すと手際よくピンでまとめ、頭の上でお団子にして帽子をかぶせる。  ユキはメイジの黒い上着を脱がせ、ガンホルダーとマガジン取り出してメイジにつける。  銃を手渡し、メイジの外套ををカバンにしまって、メイジのおでこにキスをした。  家を出てからずっと暗く湿った表情をくずさなかったメイジが、  急にポタポタと涙をこぼし始める。メイジは二人の腕を強く握りしめながら、  声を出さずに泣き出した。二人はメイジの感情がおさまるまでメイジを慰めた。  メイジが鎮まると、三人はトイレの小窓から抜け出して、ショッピングモールに足を向ける。  念のためにユキの上着も替えることになり、空腹を満たすために食事も取ろうということになった。 リョウコ「腹が減る、っていうのは生きている証拠なのかね。それにしても、おでこにキスしたから   メイジ泣いたんじゃないの? 口じゃない、愛がたりない! ってさ」 ユキ「ゲロ味のチューはできませーん。というより店で買った服すぐその場で着るのなんか抵抗あるなぁ」 メイジ『Yuki、Yuki!』 ユキ「なあにメイジ。お風呂入って歯磨いた後だったら、下のお口だろうと   お尻だろうと、どこにだってチューするよ?」 メイジ『Обичам Yuki』 ユキ「んーっ、メイジその顔! 可愛すぎ」 メイジ『Ryo-ko、Ryo-ko!』 リョウコ「ううん? どうしたの、アタシの愛奴隷(スゥィーツ)」 メイジ『(チュッ)』(飛びついてリョウコにキスした) ユキ「ええええええええっ、なんか扱い違うくない?」 リョウコ「まぁ、これで一回ずつってコトだろ」(嬉しい) ユキ「グアアアAAhhaahaーーっ、この腹の底からこみ上げる力は何だ!」(嫉妬) 男1「あっどうもコンニチワー。君たちこれか…」 ユキ「うるせぇ、どけ」(上半身を寝せて体勢を屈め、左足を大きく踏み込んでみぞおちに肘打ち) 男2「えっ、ちょっとお前…」 ユキ「消えろ」(上体を起こしながら足で金的&手頃な位置に下がって来た顎にやっぱり肘打ち) リョウコ「ヒーーッ」(ブルブルブル) メイジ『ヒーーッ』(リョウコに抱きついてる) ユキ「エッ? あっ、ヤッ、ヤダ…。私ったら…」(自分の髪型を直している) リョウコ「…このノビてる量産型1号と2号はどうするんだ?」 ユキ「ねぇメイジ…。私のゲロチュー、もらって?」(聞いてない&メイジの頭を両手でわしづかみ) メイジ『(ガクガクガク)』(涙目) リョウコ「 目 を さ ま せ !(ゴチン)」(ユキに渾身の頭突き) ユキ「うぐっ…。ウウッ、ゴメンよぅメイジぃ。こんな私を引っぱたいておくれ…」 メイジ『(チュッ…チュッ…)』(濡れた瞳のまま、ユキの頬やら首やらにキスしだした) ユキ「うわーん。メイジ、メイジぃ…」(怒濤のキス返し。なんかメイジの顔がエロい) リョウコ「クッ、この桃色空間…。このアタシが内股にならざるを得ないなんて…」  三歩歩けば忘れる人達だった。  ◇無力◇  ユキの服を量販店で調達し、通りのコンビニで適当に食事を買い込む。  いかに夏といえど明るい時間はもう長くはない。時刻はとうに五時をすぎている。  万が一の為尾行を識別する意味で同じ所を何度か周回したものの、とりあえず姿は見あたらない。  少し安心した三人は行儀悪く歩きながらパンをかじり、今日の宿を考えていた。 リョウコ「おいユキ、あのビジネスホテルなんかどうだ?」 ユキ「う~ん。あそこだと三人別々になっちゃうから、別の所にしよう」 メイジ『(ンクンク)』(初めてのツナサンド) リョウコ「おっ、あそこ行こうぜ。2~3名様オッケーだってよ」 ユキ「うう~~ん」(ホテルの周囲をグルグル歩いて確認) リョウコ「? 駄目か? 朝食味噌汁付きだぞ」 ユキ「ちょっとね…。あっ、ココにしよう!」(裏手のラブホテルを指さして)  ユキが推薦したラブホテルに入る。独特の空気に怯えたのか、メイジは気後れしているようだ。  意外にも清潔感のあるロビーに面食らいながら、  三人は真ん中にある機械に歩み寄り、初めての操作に戸惑いながらどうにか部屋を選ぶ。  リョウコは二階の角部屋を強く勧めたが、ユキは最上階から2つ下、真ん中あたりの部屋を選んだ。 リョウコ「マジで? どうせなら最上階のプラチナスイート行こう」 ユキ「ダーーメ」 メイジ『(ソワソワ)』(エロいのするの?の目)  エレベータで六回まであがって部屋にたどり着く。鍵を開けて異様な色調で統一された部屋に入ると、  メイジは目で素早く間取りと周囲の建物と位置関係を探っているようだ。  眼球だけを動かして、部屋の間取りをチェックしている。  あちこちせわしなく動き回っていたメイジだが、  浴室の換気口を見やるとホッとした表情を浮かべて部屋の中央にあるテーブルについた。  足をブラブラさせながら、テーブルの上に置いてあったピンクローターを興味深げにいじりだす。  ユキもソファーに座って、カバンから銃を取り出してテーブルの中央に置いて一息つく。  家を出てから走りっぱなしだったので、さすがに疲れたのか大きく手足を広げて伸びをしている。  リョウコは何やら冷蔵庫を開けてドリンクの一気飲みを始めていた。  交替で手早く入浴をすませて髪を乾かすと、三人は今後について話し合った。 ユキ「これからどうしようか」 リョウコ「このままじゃジリ貧だ。つまり、金がなくなったらアタシ達も終わりってこと」 メイジ『(ヴィーン)』(ローター振り回して遊んでる) ユキ「相手をやっつけることとかできないかな? どうにかして」 リョウコ「無理だと思うな。絶望的なぐらい不可能な話だ」 ユキ「本当の意味での殺し合いで、自動小銃とかで完全装備した素人10人と、   経験豊富で拳銃一丁のプロ1人。小さな五階建てぐらいのビルで起きた屋内戦だと考えて、   この場合素人に勝ち目はあると思う?」 リョウコ「ビルの状況や装備に大きく左右されるけど、最後に一人でもイイから立ってりゃ勝ちってんなら   素人の勝率は上手くいって二割ぐらいだな。下手すりゃプロは拳銃の弾を半分も消費しないね」 ユキ「相手の武装を奪うっていうこと?」 リョウコ「そうだ。素人がバラけないで行動したと仮定してだ。まあ二班に分かれて行動したとしても、   そんなに時間は掛からないな。人間の仕組みを知りつくしたプロは、その盲点や死角をついてくる。   素人のクリアリングには絶対引っかからないだろうし、逆に居場所を特定して奇襲してくるぞ」 ユキ「そっかーぁ。メイジを守るために私達にできることって、何にもないのかな。   食事係みたいなもんだし、鉄砲の弾が飛んできても、弾よけの人の壁ぐらいにしかならないし…。   でも、近くに私達が居るっていうのが、メイジの心の支えになると信じたい」 リョウコ「うん、そうだな」 ユキ「もし襲われたら、私達はメイジの邪魔をしないようにすることぐらいしか出来ないのか…」 リョウコ「…思い出させるようで悪いけど、メイジの腕はユキの目から見てどのぐらいなんだ?」 ユキ「ヤバイ。なんか、本当に難しいことを簡単にやってのける本物のプロだと思う…。   おいでメイジ…。(抱っこ)うーん軽い。可愛いヤツめ。私達がなんとかしてあげるからね」 メイジ『(ヴヴヴヴ)』(ローターをユキの乳首に押しつけている) ユキ「うおっ、メイジダメ、今は、ダメだっつーの」 メイジ『イマは、らめなおぉぉおぉ?』 リョウコ「ほほう? そっちの意味か。玉好きの肉の壁とな? 頭が下がる思いだ」  ◇寝むてえ◇  三人はソファーに寄り添い、静寂の中で薄く目を閉じていた。  ユキはこれまでの事、これからの不安を考えると、脳が興奮しているのかなかなか寝付けなかったが、  休息は絶対必要であるので「自分は眠い」と言い聞かせて羊を数え始めていた。  リョウコの形の良い唇からは静かな寝息が漏れており、  ユキは親友の切り替えの早さを羨ましく思った。  ユキが二千三百十二匹目の羊を数えた頃。パチリとメイジが目を開ける。  メイジはゆっくりと立ち上がると銃を手にして、ユキとリョウコを揺すって起こした。  ユキには周囲の変化など全く感じられないが、何か驚異がせまっているらしい。  無理矢理起こされたリョウコは、まだ夢うつつなのかぼうっとしている。  メイジの目は真剣そのもので、雰囲気もいつもと違う。  落ち着いた風格を漂わせており、その小柄な体躯から威厳すら放っている。  メイジは壁際の化粧台に歩み寄ると、銃把を使って化粧台の鏡を叩き割った。  そのまま大きな音と共に割れ落ちた鏡の破片の品定めを始め、手頃な大きさの物を何枚か拾う。  一枚を入り口のドアに立て掛けて、もう一枚を持ったままベランダの窓の前に移動する。  ユキとリョウコは急いで身支度を調えた。  室内にも関わらず靴を履いた三人は、息を潜めて変化を待った。  閉まったままの窓の前でつまらなそうにしていたメイジだったが、急にピクッ、と反応する。  メイジはガバメントのスライドを引き、大きく息を吐いて目を閉じた。  窓の外から「サーーー」という微かな擦過音が聞こえだす。ユキとリョウコがベランダの窓を見やると、  そこには揺れる一本の線のような影が映し出されていた。