■ 三日目 ■  ──あの光景。  何度頭から追い払っても、すぐに鮮明な記憶としてよみがえる。  スローなコマ送りのように再生されるその映像。  弱った得物と、その価値を値踏みする狩猟者。いや、力関係の開きはそれどころでは無かった。  まるで爪楊枝を折るような無関心さで、メイジは人を殺そうとしたんだ。  私の知っている素人の喧嘩というのは、棒立ちが基本な訳で。  狙ってくる箇所を凝視して、相手目がけて直線的に動いて拳を振り下ろす。  素人はコレしかできない。  喧嘩の最中に足を使って間合いを測ったり、利き腕の方向に弧を描いて移動してくる奴は  何か武道を経験しているか、熱心なファンの類だ。  恐らくメイジはこのどちらでもない。  あの足裁きと、危険な技。力みの無い、急所を正確に捉える打撃。  それらをごく自然に扱っている上に、全くと言っていいほど迷いがない。  良く訓練された動き。命を刈り取るためだけに養われた技術。  それをあの年齢で修得しているのだ。どれほどの苦労と困難なのだろう。  そして、今までどれくらいの「人並みの幸せ」を享受したことがあるのだろう。  私は── 私がしてあげられることは──  ◇call me◇  『───、──────…。───』  知らない国の言葉が聞こえる…。昨日は確か…。とりあえず家と逆方向に走って…。  何処をどう走ったか覚えていなくて…。全力で走っていたのにメイジはちゃんとついてきてて…。  メイジが居ないよ…。ちっちゃくて、恐くって、可愛いメイジ。昨日確かに抱っこして寝たのに…。  『──…。─────……』  あの後、私はお風呂で泣いてしまったんだ。メイジは一生懸命私の頭を撫でて慰めてくれたのに…。  涙が止まらなくて…。メイジの気持ちは伝わるのに…。自分が泣いてる理由がわからなくて…。  ねぇ、メイジ、どこに電話してるの?…。お話の相手は私じゃダメなのかな…。  誰かに話を聞いて欲しいの?…。ねぇ、誰に…。  ユキは両目を見開くと、ベッドから跳ね起きた。  開けっ放しのドアから、居間の電話を使って話している小さな後ろ姿が見える。  義務的で抑揚のない声。その間、メイジの体は微動だにしない。  足音を忍ばせ、近くに寄って様子をうかがう。  他人のプライベートを盗み見ているような自己嫌悪が、ユキの胸中にどす黒く立ちこめた。  私の知らないメイジが、私の知らない誰かと会話をしている。  ユキは今まで経験したことのない焦燥感に囚われた。  「メイ、ジ?」  おそるおそる声をかけると、メイジは受話器の話口を手で押さえながら満面の笑みを浮かべて  『おハよウYuki!』と振り返って挨拶した。「うん、おはよう」とユキも応じると、  メイジは二言三言受話器に何かを告げただけで、あっさり電話を切ってしまった。  ペロッと舌を出してなにか言いかけたメイジだが、途端に悲しそうな顔をしてユキに歩み寄る。  メイジはユキの正面に立ち、ユキの両手を強く引っ張った。  ユキがかがんで座り込むと、メイジはユキの頬を優しく触る。  ユキには触られている感触がない。昨日男に張られた左の頬は、どうやら腫れてしまっているらしい。  メイジはユキの頬に手を添えたまま、目をつぶって小声で囁き始める。  何かのまじないだろうか。その透き通った歌声はメイジの可憐さと相まってひどく幻想的だった。  ◇if◇  朝食を終えると、メイジは元気いっぱいといった様子ではしゃぎ回っている。  テレビつけて、通信販売コーナーの野菜スライサーに感嘆の声を漏らしたり、  自分のぬいぐるみとユキのぬいぐるみを戦わせたり(?)していたが、  ユキがパソコンとつけるとそれは更にヒートアップしだした。『ハッテン! ハッテン!』  と言って側から離れない。「おのれリョーコ…」  とりあえず学園の方向に怨嗟を込めた毒電波を発しておいてから、  ブラウザを立ち上げ虹裏に移動する。残念ながら今日は開催が見送られたらしく、  カタログに無かった。仕方がないので各サーバのカタログをタブで開き、メイジにマウスを持たせる。  初めはおっかなびっくりブラウザを操作していたメイジだが、すぐに慣れたようだ。  気に入ったものなのか、時折画像をピックアップして見入っている。  ユキはソファーにもたれて、メイジが飽きるまで後ろで眺めることにした。  ──あの男はどうなったんだろう。逃げてきてしまったが、メイジを警察に渡すわけにはいかない。  私は頼まれたんだ。絶対にやり通す。この身砕けても、っていうやつだ。  あの場の関係でいけば、私は共犯のような扱いになるんだろうか。とっさに救急車を呼んだけど、  今考えるとタクシー呼びつけて病院に搬送した方が良かったかも知れない。でもそれだと…。  ──治療は上手くいったんだろうか? もし上手くいっても、障害が残ってしまうだろう。  あそこで何人に顔を見られたのか。野次馬に一人でも私を知っている人間がいた時点でアウトだ。  もし自宅に踏み込まれたとして、言い逃れできるか?  メイジを隠し通して、私一人で被害者ぶることは可能なのだろうか?  ──知っている限りでメイジが見られた可能性があるのは、  ここに来たとき。リョーコと買い物に行ったとき、あの男を殺しかけた時の三回。メイジのことは  近所に知れ渡っていると考えて良い。オバサン連中の井戸端ネットワークの伝送効率は侮れない。  メイジが来る前のことを併せて考えると更に絶望的だ。日本の警察機関は優秀と言って良い。  ──私一人で名乗り出てみようか。凶悪犯罪でもない限り、対象の周辺聞き込みはしない、  という大前提が必須になる。この聞きかじりの知識は本当なのだろうか? 本当だと仮定すれば、  「たまたま知らない外人の子が迷子になっていました。一緒に親を探してあげようと思いました」  でさえどうにかなりそうな気がする。警察の誘導尋問は嫌らしく執拗だが単純で解りやすい。  根気と集中力さえあれば看破できる……。  『Yuki、Yuki』と。ウトウトとまどろんでいたユキを、メイジが揺すって起こす。  ユキは「んん、どうしたの、メイジ」と返事をしながら、目の前にあったメイジの髪をすいた。  手櫛で愛でられたメイジの表情は、ちょっと得意げであり、また少し不安そうでもある。  ユキがモニタを覗き込むと、いつの間にかペイントが起動してある。  タブレットはもちろんスキャナもないこのマシンで、マウスのみで絵を描いたらしい。  モニタ上には三人の人物の絵が映しだされていた。紛れもなく自分たちの絵である。  メイジだけの小さな世界。なにもかも思い通りになる世界なのに、  その世界にメイジの姿はない。何故かそれがユキの心を深くえぐった。  「うぅ、またあんたは私を泣かせて」  ここ半日すっかり泣き虫属性になってしまったユキはぽろぽろと泣いてしまう。  勢い余ったかユキはそのままメイジを押し倒してディープキス。  感謝の気持ちを伝えた後(?)ユキは早速画像を加工して携帯の待ち受けに設定した。  それを見せられたメイジは『ぉぉーぅオーぅ』と妖しく身悶えしている。  「メイジ、リョーコ達にも送っていい?」『Ryo-ko!』「アイツのおっぱい最近ムカつくから  最高画質で十発送ってやろう。リョーコの契約内容だと千円ぐらいか。行けっ! 一発百円!」  『Ryo-koイパァツハクレン』「リョーコ随分と安売りだな…リョーコ一発百円!」『Ryo-ko!イッパツヒャクエン』  「いいぞ~ベイベ~優秀な部下を持った上官の気分だ。このカタルシスを学生の身分で味わえるとは」  本当に学園の方向に悪意を込めたパケットを発信して、ユキは自己満足に酔いしれた。  単なるヒガミ根性だった。  ◇self-defense◇  遊び疲れたのだろうか。ちんまりとユキの隣に腰掛けていたメイジが、  突如として思い立ったようにキャリーバッグに歩み寄ってごそごそと中身を探り始めた。  ゴト、ゴトと周辺に荷物を置き分けながら、目的のモノを探しているようだ。  期待と不安で落ち着かないユキは、息をのんで見守っている。  やがて、薄めの箱と厚めの箱を取り出して、ユキの前に置いた。  いずれも長方形で、置いた時の音は質量感に溢れている。  メイジはテーブルに大きめのシートのようなものを広げてから箱を開ける。  中には拳銃一丁とマガジンが納められており、黒いシルエットが鈍い光沢を放っていた。   「メイジ、男の子な趣味してるんだね」とユキが震える声をかけるが、  メイジはニコッと笑って応じただけで作業をやめない。  メイジは一度スライドを引き、チャンバーに弾が無いことを確認すると撃鉄を起こした。  間近に聞こえるカン、カンという乾いた音は、ユキの脳裏にいやに大きく響く。  バレルに長い棒のようなモノを通し、駆動部にスプレーをかけたメイジは  満足そうな表情を浮かべると、続けてもう一つの箱を開ける。  何層かの油紙を丁寧に剥がして出てきたのは赤い紙箱。その中身はユキがどう見ても実銃の弾な訳で。  メイジはマガジンに弾丸を装填し始めた。四つのマガジンに込めた総数は三十六発。  ──なんかねー。そんな気はしたんだ。この子は本当だっていう直感?  鼻歌歌って上機嫌なところとかもうベテランの風格じゃない? そりゃあ開けて欲しくないよなぁ…。  どーすんだろ。私殺されるのかなぁ。まぁメイジに殺されるならいいや。  リョーコとユカリは許してあげてよね。(パニック)  メイジはユキの前で実演を始めた。小さな手でも安定するグリップ保持の方法。  射撃時、手首が強い衝撃が加わるので、十分覚悟をしておく必要があるという心構え。  グリップセイフティが存在すること。銃身を完全に固定をしてなお、  動く目標に着弾させることの難しさ。連続運用での熱による弾道の変化とバレルへのダメージ。  言葉は全くわからないけど、ティッシュの箱を目標に見立てて、とても熱心に説明してくれている。  メイジの動きを見れば、ズブの素人でさえ重点は理解できただろう。  ──メイジ、私に何させたいんだろう…。鉄砲なんか撃ちたくないよ。  まして生き物なんか絶対イヤだよぅ。もう悪いことしないから勘弁してよぅ。  なんかメイジの目が本気だよぅ、恐いよぅ…。(子供化)  メイジはユキに拳銃を持たせた。弾薬無しでもユキの想像よりはるかに重い。  呆けているユキを余所目に、メイジは更に何か思い立ったのか猛然とバッグをひっくり返して、  ガンホルダーを持ち出してきた。ユキの手を引いて屈ませてから上半身に合わせてベルトを調整し、  ホルダーにマガジンを取り付け始めた。その間ユキは、朦朧とした表情でなすがままされるがまま。  ピンポーン、ピンポーン。なに? 今ムチャクチャ忙しいんだけど。っていうより、  私コレ(ガンホルダー)つけて出なきゃいけないの? まだ二人とも来れない時間じゃない。  もしかして警察? 門扉閉めてるはずなのに…。昨日の事件についての聞き込みか何か?  警察は朝方踏み込むっていうし…。でもそれってちょっと仕事早すぎない?  周辺の聞き込みかなんかだろうか。居留守でも使おうか…。  大体の目星をつけてるとしたら、その家が居留守、っていうのは不自然で確定的だよなぁ。  うわ、めちゃくちゃウチの名字叫んでしてドア叩いてる…。諦めて出るしかないのか…。  何かのはずみで鉄砲バレたらどうするんだろう。私\(^o^)/オワタ。…いや、どうにかしてやる。  ふざけんな。令状ださねー限りドア開けねーぞ。申請すんのに時間かかるのは知ってんだ。   任意でどうにかできるもんならやってみやがれ公権の犬どもが。(噛ませ犬の思考)  「はーい。どちらさまですかー」(外面は花マル)   「あ、いつもお世話になっております。あの、今日は確認のためにですね…」「はい? 確認?」  「ですから確認の…」「恐れ入りますが、なんの…どういったご確認でしょうか?」  「お忙しいところ恐れ入りますが、一軒一軒お訪ねして歩いて…」「どちら様でしょうか?」  「ああ、わたくし、○○新聞の…」「ドゴァ(中からドアを蹴る音)」「うおっ」  「てめー外門こえて勝手にウチの敷地に入ってんじゃねーぞこのクソ虫がぁ! いいか? 良く聞け。   ウチの家族は一家そろって字が読めねーんだよ! 何度も言ってるだろ、いいかげん侮辱罪だぞオイ?   お前、門のインターホンが見えねぇんだから、ソコにある監視カメラも見えてねーんだろ?   今更キョロキョロしてんじゃねーよ。間抜けな顔してんなぁ? お前馬鹿みてーだぜ?   今度ウチにお前んとこの連中が来やがったら今録画したビデオ持って警察に駆け込んでやるよ。   仲間の代わりにお前が檻ン中で掘られて来いやこのクズ。解ったか? 理解できたら二度と来んな。   お前、次にこの辺で見かけたら、問答無用で弾いてやるよ。仕事続けんなら遺書書いとけや」  「うわーん(タタタタッ)」  ふーう♪ さっぱりした。まぁ監視カメラなんてついてないけどね!  見ず知らずの若い人、ごめんなさい。鬱だった気分が、こうスコーン! と晴れたね。  若い男でストレス発散かぁ。ユカリの頭なら、これだけでまたエラく夢が膨らむんだろうか。  っていうより、最後の方の私脅迫行為じゃないのコレ? (三十万以下の罰金または二年以下の懲役)  ユキがくるりと振り向くと、ソコには拳銃を手に持った悪戯顔のメイジが立っていた。  メイジはユキに拳銃を手渡すと、自分は人差し指と親指で形を作り、  玄関の扉に向けてポーズを決めて『BAN』とつぶやく。  フッ、と人差し指に息を吹きかけ、ユキに向かって軽く首をかしげて促す。  その仕草で、ユキはこの拳銃の意味をおぼろげに理解することができた。  「メイジ、鉄砲メーなの。メー」『メ~ェ?』「え~っと…ネ! なの。ネ!」『Не~?』  「そうだよ、ネ」『nnn……enemy out.』「違うの。殺しちゃダメなの。敵じゃないの。メー」  『メ~ェ?』「らめぇ~」『ラメ~ェ?』「そっ、そこはらめなのぉぉ~」『ラめなおぉぉおぉ?』  やってることがリョウコさんとこれっぽっちも変わらないユキだった。  ◇mam?◇  「なんだよ、ユカリまだ来てねーのか」合い鍵を使って遠慮無くあがりこんだリョウコは、  居間のソファーに寝ころがっているメイジの肩を叩いて挨拶した。  チャイムが鳴らなかったことに驚いたのか、メイジは目を丸くして飛び上がり、『Ryo-ko、Ryo-ko』  とはしゃぎながらリョウコの足下にまとわりついている。  「可愛いなぁ。世間一般の、いわゆるお母さんになりたい気持ちっていうのが少しだけ理解できるな」  リョウコはメイジを抱きかかえてソファーに座った。  ポケットから髪留めを取り出して、櫛を使いながらメイジの髪を結い初める。  ユキが前に鏡を置くと、嬉しそうなメイジはソワソワと落ち着かない感じだ。  その様子を見守っていたユキが、表情を改めて口を開いた。  「リョーコ、真剣な話があるんだ。聞いて欲しい」「解った。何でもござれだ」  ユキの方をチラリと見ただけで、リョウコはすぐに顔色を切り替える。  ユキは昨日の一部始終を話した。メイジが人を殺しかけたこと。その際の鮮やかな手際。  そしてメイジは何ら罪悪感を感じていない様子であること。実銃を所持していること。  リョウコは途中でなんどか質問することはあったが、それ以外は黙ってユキの話に聞き入っている。  「そうか…。表に出た時は、メイジは何かを警戒しているのかも知れないな」  「外部からの攻撃か、前の身内からの粛正か…そういう世界に生きてきた以上、なんかあるのかもね」  「しかしどうするユキ? 下手すりゃ人生が左右されるかも知れねぇぞ」「やるっつったらやるんだ」  「その男、様子はどうだった?」「マズかったけど…わかんない…良くても後遺症とかは残ると思う」  「自業自得だな。先に手ぇ上げたんだ、殺されても文句は言えねぇだろ。というのがアタシの意見」  「ああゆう手合いは自覚とかが無いコトが多いから、普通に警察に言うと思うんだよね…」  「ユキ、あんたの腫れた顔を見てると、今すぐアタシがそいつを始末してやりたいぐらいだよ。   植物人間にでもなっちまえってんだ」「私も結構煽ったからなぁ。アイツメイジにも手ぇ出したし」  「ぐぉーっ! 殺す! 許せん!」「違う、メイジの帽子を取ろうとしたんだ」『Ryo-ko!』  「ううん? どうしたの、アタシの天使(エンジェル)」『Ryo-ko! イッパツヒャクエン! イッパツヒャクエン!』  「安いな! 一万もありゃあアタシのオマンコ裂けちまうじゃねーかメイジぃ…。ってユキ、   そう言えば携帯に嫌がらせ送ってきやがって…。泣けるぜ。ところでコレメイジの絵?」  「そうだよ」「お邪魔しまーす」「おおっ、エロのパイオニアがご到着だっ」  「意味が違うというより、それはリョーコのコトだと思うけど…」  『Yukari! おカエリ!』「わぁ、ただいまメイジ。ユキにやってもらったの? 似合ってるよー」  「リョーコが嘘教えたの解ってんのねメイジ。頭いいなぁ」  「ああっ、そのツインテールアタシがやったのに…」("ユカリの中の自分像"に少し泣く)  ◇friends◇  ユキはかなり迷ったが、ユカリにも全て話すことにした。  ユカリには、変な気苦労や負担をかけたくない、というのがユキの本音であったから。  ユカリはなかなか信用しなかったが、ユキがメイジのバッグから拳銃を持ち出して見せると、  さすがに顔色を変えた。少し目をつむって自分を落ち着かせている。  「悪いが見せてくれ」とリョウコが言い出したのでユキが渡すと、  リョウコは銃の品定めを始めた。メイジと同じ手順でチャンバーを確認すると、  パーカーライジングが施された殺人の為に加工された鉄の道具を、  遠慮無くあれこれといじり回している。 リョウコ「M1911A1? いや違うな…。飛び出した肉厚のバレルに…。デコッキングレバー、か。   他社からも腐るほどリリースされてるガバメントの中でも、こんなのは見たことねーなぁ…。   メイジの体に45口径は反動が大きすぎるし、恐らく後年市販された38口径ベースだろうな。   特注のカスタムガンにせよ、トップクラスのガンスミスがチューンしたものにせよ、   こいつはスゲーな痺れるセンスだ…。ん? セイフティが引けねぇな。ハンマー起こさないと…… ユキ「あらヤダ。リョーコ、リョーコったら! こっちに帰っておいで?」 ユカリ オドオド(全ーー然、意味がわからない) メイジ『(ニコニコ)』(自分で作った銃なので、認められて嬉しい) リョウコ「38スーパーは45ACPと比べて初速はどれだけ差が出るんだろう…。銃にもよるだろうけど…。   いや、こういう装備にジュールは関係ないかもな。劣悪な環境下で、要求に応えるタフな信頼性…… ユキ「オラオラー(バチコーン)」(往復ビンタ) リョウコ「ハッ。ア、アタシ今まで一体?…」 ユカリ「ところでどうしよう…。メイジを隠した方がいいんなら、カーテンとか閉め切った方がいいのかな」 リョウコ「いや、やめておこう。日中からだとあからさまに怪しいし、急に閉めるのも不自然だ」(復帰) ユキ「私は一度、昨日の男の病院に行こうと思ってるよ」 リョウコ「とどめさすの? 殺っちゃう?」 ユキ「違うっつーの。やっぱり気になるんだ。話せる状態か判らないし、生きてんのかも怪しいけど」 リョウコ「危ねぇなぁ。アタシも行くか」 ユキ「夕方になったら行こうと思う。ユカリ、お留守番お願い」 ユカリ「また喧嘩とかしないでよ…」  陽がまだ高い夏の午後、二人は家をあとにする。  残されたユカリは、メイジにどうにか自分の意志を伝え、キャリーバッグの中身を調べることにした。    ◇grow up◇  二人は一度銀行に立ち寄ってから、駅前に向かった。  注意深くロータリー上の歩道橋から目的地を観察し、意を得たのかアーケードを抜けて横道に入る。  通称ナンパ通りに足を踏み入れた二人は、歩哨のような役割をこなしていた目的の若者に声をかけた。  人の悪い笑みを浮かべてゆったりと姿を現したリョウコを見ると、若者は即座に逃げようとした。  若者は巧みに死角に陣取っており、あらかじめ知っていなければ声をかける者などいない。  逃げた若者は裏にある細い路地に駆け込もうとしたが、あらかじめ先回りしていたユキがいた。  諦めて肩をすくめた若者は、どうやらこの厄介者の話を聞く気になったようだ。  「情報売ってよ。昨日、上でブチのめされた男いたでしょ? アイツのこと詳しく教えてくんない?」  ユキはその男に五千円札を渡す。若者は、帽子を目深にかぶったユキの左頬にチラリと目をやり、  考え込んでいる。「ウチらは元は言わないよ」とリョウコが駄目押しすると、  随分渋っていたが、ついに名前と高校名、病院と部屋番号を口にした。  礼を言ってユキがもう一度五千円札を出すと、若者は首を振って断り、足早にその場を立ち去った。  二人は急いで近くの○○総合病院の三階に足を踏み入れる。  面会は時間的に危ぶまれたが、受付との交渉の結果、最後の面会として許された。  ユキの記憶からいくと三階はそれほど重病者は居ない筈だ。  また、親族でない同級生という身分でも面会可能という事実は二人を大きく安心させた。  相部屋の病室は、彼一人が占拠していた。  男は横になり、網のようなゴムで両耳にある大きなガーゼを止めている。  ユキの顔を見て顔をしかめた男は、ふてくされたように視線を外した。  「こんばんは。アンタにぶたれた女だけど。だいじょうぶなの? この声ちゃんと聞こえてる?」  「……聞こえるよ」  「聴取はもう受けた? 解ってると思うけど、あの子は普通じゃないんだ。   警察になんて話したか、教えてもらえるかな」  「いきなり来て何を勝手なことを…」  リョウコが遮るように声を荒げる。  「あのなぁ、お前が勝手に声をかけたからこんな事になったんだろうが。   被害者面してんじゃんーよ。お前は加害者でもあるんだよ。傷害で引っぱられてーのか?」  「リョーコ、ちょっと待って…。お願い、落ち着いてチョットだけ話を聞いて…。   ねぇ、アンタ。このままじゃアンタが危ないの。あの子はアメリカ大使の娘で、   あの子の親は今回のことをとっても怒っているの」  「…それで?」  「大使の娘ということは、警察はその権力を行使された場合、   絶対に逮捕できないということなの。アンタ多分殺されるわ」  「……」  「これを信じるのも信じないのもアンタの勝手だけど、警察に話した内容を教えて欲しい。   それによって、私たちの出方も変わるし、アンタの今後も大きく変わる。それが今回の用件」  「子供にのされたなんて言えねえよ。自分で転んだの一点張りで通した」  「…そう。もう一ついいかな? 後遺症とかそういうのは、医者になんて説明された?」  「左の鼓膜は元には戻らないけど、日常生活に不便はないってよ」  「そう、ありがとう。ハイこれ、治療費の足しにでも。良かったら使って」  「憐れみの同情なんかいらねえよ」  「いらないなら、そこのゴミ箱にでも捨てて。こっちはもうそのお金は引っ込めないよ」  ユキは立ち上がって病室をあとにする。リョウコも男に一瞥をくれた後、ユキに続く。  病室には、暗くかげった表情の男だけが残された。  ◇come back◇  帰り道。出発から続いていた剣呑とした空気は既に無い。  無理をすることも、自らを取り繕う必要も無くなったユキはご機嫌な様子。  リョウコも嬉しいのか、二人は人目も気にせず大声を出して騒いでいた。 ユキ「うぉーっ! 良かった! 脳でも破裂して死んだんじゃねえかと気が気じゃなかったんだよね!   くっ、おてんとう様が眩しいよ。これがシャバの空気かっ、ウホホーイ!」 リョウコ「メイジ手加減でもしたのかねぇ…しかしユキは大嘘つきだぜフフゥ、ハァー」 ユキ「女はみんな…。嘘つきなのよ…」 リョウコ「それじゃあ最終回に屋根の上で死んじまうじゃねぇか…」 ユキ「何かに怯えた過去の日々、さようなら。こんにちは、愛と自由の毎日」 リョウコ「めくるめくラマンと肉欲、インモラルの世界へようこそ」 ユキ「エロはパス」 リョウコ「なんだとこの不法所持めっ!!」 ユキ「ヒィーッ」(ガタガタガタ) リョウコ「堪忍して欲しいんか? 堪忍して欲しいんかい?」 ユキ「リョーコ…私、前からリョーコにだったら、あげてもいいと思ってたんだ…」(しなっと) リョウコ「オオウ、ムードの無い…。だがカワイイやつだ。優しくしてやるよ、来な」 ユキ「ウハッ、リョーコマジ男前」 リョウコ「ハッ、あたりめーだろ? メイジの一番を貫くのはこのアタシよ」 ユキ「流石にそれは無理なんじゃぁ…」 リョウコ「このゴッドフィンガーでッ! こう! こうしてから! こうだっ!」 ユキ「イヤン」(赤面)  聞くに堪えない応酬が周囲にこだました。  ◇come back?◇  「ただいまーっ」「ただいマンコーッ、ユカリママ、晩ごはーん!」  騒がしく玄関の扉を開けて二人が帰宅すると、今にも泣きそうな顔をしたユカリと、  笑顔のメイジが出迎えた。ユカリは素早く二人の身なりを観察した後、「遅い」  と文句をいいながら、珍しく二人を強くなじった。  「また喧嘩したんでしょ? お風呂入ればアザとかすぐ判るんだからね!」「違う、違うよユカリ」  窘められても、ユカリの激昂はなかなか収まらない。  様子を見かねたメイジがユカリの腕を強く握るまで、ユカリは落ち着きを取り戻さなかった。 ユキ「ゴメンよ、ユカリ。一人で考え込むのは良くないんだね。   自分で言っておきながらこのザマだった。今回は本当に身にしみたよ」 ユカリ「またそうやってはぐらかして、教えてくれないんだから…」  四人で卓を囲んで夕食をとる。  ユキは自分たちの成果を事細かに報告していたが、  大金を置いてきたことに関しては伏せてあるようだ。  頷いて聞いていたユカリにも報告があるらしく、二人が居ない間にメイジの所持品を調べたらしい。  異質なその内容について、かなり興奮気味に話し始めた。 ユカリ「拳銃とか弾の他に身元がわかるもの探してみたんだけど、パスポートとかビザとか持ってないの。   それに、なんか吸引器と袋が出てきて…」 リョウコ「…この葉っぱ、触らない方が良いね」 ユキ「ブルガリアってコレ合法だっけ? 違うよね」 リョウコ「メイジっ! 悪い子! 悪い子っ!」(メイジの乳揉んでる) メイジ『ぅ~うぅ』(乳はどうでもいいから、目の前の御飯食べたい) リョウコ「メイジの瞳孔見たけど、ヤってるようには見えねぇなぁ。他人の?」 ユカリ「う~ん。どうなんだろ。ビザは親とか、この国に同行した人が持ってんのかなぁ」 リョウコ「これまた不法!!」 ユキ「ヒーーッ」(ブルブルブル) ユカリ「ユキどうしたの? 大丈夫だよ…」 リョウコ「さっきから面白いんだ、ユカリもやってみ?」 ユカリ「そんなヒドいことできないよ…」  トルルルル。トルルルル。 ユカリ「あれ、電話だ。ユキのご両親じゃぁ…って、切れちゃった」  急にメイジは立ち上がって、居間の電話に走り寄った。まもなくもう一度電話がかかってきて、  それを待ち兼ねたようにメイジが受話器を取り、異国の言葉でなにかやり取りをしている。  声色は冷酷で色が無く、リョウコとユカリは初めてきく声だった。  ユキは、今朝のメイジを思い出した。何か気分が良くない。  多感である筈の小さな子供が、こんな事務的な表情をする事自体、我慢ならない。  ユキはてっきり安全な人物にでも電話しているものだと思いこんでいた。  荒事に慣れているであろうメイジが、固定電話を使用する相手だから…という先入観もあった。  電話は組織との交渉であり、そしてこの四人にとって不可避な災厄の始まりだった。