そこは一時より使用されはじめたオフィスの一角だ。  棚とデスクとソファーがあるだけの簡素な室内。  上等なものといえば今ノヴが使用している椅子ぐらいな物で、 その椅子と対になる机すらも一介の事務員が使う机と同じものだ。  それはそこに座る小柄な年端も行かないような少年が、 殺人を生業とする集団の序列11位を名乗る事を許されて居る事と同じく 酷くちぐはぐな装いの室内だった。  その少年が、やはり似つかわしくない無表情で紙の束に目を通している。  それは今彼の障害となっているモノの一端にかかわる情報だ。  食い入るように見つめる一枚をめくるため、 摘み上げようと手を動かそうとして、 「入るけど良いよね?」  突如として響く女性の声。  落ち着いた声は人懐っこい。  その声はノックの音も響かせず、 およそ入室するものの礼儀とは思えない乱暴さで部屋を横切ってきた。  扉の両脇を固めていた者達もその余りの無礼さに閉口しているのが伺えた。  ただそこはむしろ笑うところだろうノヴは思う。  序列7位ジュリィはそういう女性だ。   「君は会社でのマナーというのは教わってないのかい?」 「?? あぁごめんね。ちょっと顔見せで寄っただけのつもりだったから。」  フランクに接してくるジュリィ。  しかしその出で立ちは黒のレディーススーツとしっかりしたものだ。  そして何より、 「イギリスからわざわざここに?」  彼女は本国の方に居たはずである。  彼女は肩をすくめて笑うと 「組織がノヴ君のお手伝いしなさいって。今日から同僚よ。」  そう自分のきた理由を明かしてきた。    手伝い。    既に組織側には一回目のメイジ奪還が失敗に終わったことを報告してある。  故に増援したとジュリィは言う。 (ありえないことだな  ノブは即座にそう思った。  序列を得た段階で組織は自分に一個師団と同等の戦略行動を行えると考えている。  それゆえに作戦が長期化することも念頭に置かれている。  何より一回目の作戦は相手の状態を探るという面も含んでいる。  この失敗で危惧するところは何一つない。  ジュリイはそれ以上何も言わない。  ただその皮肉った笑みだけがノヴに何が起きているのか教えてくれていた。 「そうか。よろしくお願いするよ。」 「OK。これからよろしく。」  そういってジュリィは手を伸ばす。  その手を取るのは、彼女の立場を理解することだ。  そう心の内で理解しながらもノヴは迷わず手を握った。 「じゃぁ先ずこの資料から目を通し…」 「えぇ?早速?モーニングがまだなんだけど?」 「……後一時間もしないで昼だよ?」 「じゃちょうど良いじゃない。一緒に食事行きましょう?」  さすがにノヴもその乱暴さには迷った。  確かに自分も食事には行かないといけないが。  なら仕方あるまい。  ノヴは何も言わず重厚な椅子から腰をあげついでに資料を摘み上げる。 「…車の中ででも読んで。」 「ほんと仕事熱心ね。」  本来ならどっちの姿勢を呆れるべきか・  ジュリィは自嘲しながらも言われた通り渡された資料に目を通した。  と、そこで表情が凍る。  それは傍から見れば急に表情が抜け落ちたように見えただろう。 「これは?」 「今障害となってる人物。の、関係者。  正確には父親だ。」  そこに写っているのは幼い子供とその子供の手をもつ男性の姿だ。  その服装は日本の民族衣装でこれは何かのイベントだろうと、 七五三を知らないジュリィは思った。  何も驚くところはない。  ただジュリィの視線はその成人男性を捕らえて離さない。 「障害はこのかわいい子?」 「今はハイスクールを卒業してるよ。  正直、彼の指揮能力が異常すぎてね。  分断を考えてる。」 「素性は?」 「分からない。  本当にその写真一枚探すのにも苦労したよ。」  話している間、どれだけ意識を釘付けにされたか。  気づいたときにはジュリィもノヴも車の前にいた。  ドアがひとりでに開き、中に二人は入る。  ひとりでにドアが閉まる。  そして走り出したあたりを確認して、独り言のようにつぶやいた。 「双葉鉤明。父親がボスの宿敵じゃなかったらその程度の資料もできなかったよ。」