最近、少しノヴの様子がおかしい。 毎夜毎夜ふらふらと深夜にでかける相棒を見て、エージェント・セプは怪訝に思う。 双子の弟でもあるノヴと共に日本へやってきてから早くも一月以上が過ぎようとしていた。 日本での活動のための地ならしは十分に済んだので、そろそろ本格的に『玩具』を探さなければならない。 だというのに。 「じゃあ、セプ。今夜も頑張ろうか」 「ええ……」 何故ノヴは妙に楽しそうに出かけるのだろうか。 セプは正直、気が重くて仕方が無かった。 何しろ今回、自分たちは『玩具』を殺すか、死んだ方がマシな場所へ送り込むかしなければならない。 生まれた世界が悪かったと思って真面目に任務に取り組むつもりではあるが、決して楽しい仕事ではない。 それは弟も同じだと思っていたのだが。 「もしかしてノヴには素質があるのかもね……」 結構なことかもしれないが、やはり弟が堕ちるのを見るのは辛い。 ため息を一つ吐き、気を取り直して自分も出かけることにする。 地元の組織にも協力を仰いではいるが、やはり頼りになるのは自分の足だ。 セプはノヴの探索している場所とは少し離れた場所へと、足を運んでいった。 「……全然見つからないわねー」 三時間ほど歩き回って。 「この辺りの地域に潜んでいるのは間違いないとは思うんだけど。……協力者でもいるのかしら」 の手がかりはまるで見つからなかった。 『玩具』の外見は幼い白人の少女である。 わりと目立つ容姿のはずだが、特に目撃情報もない。 本格的に潜伏している可能性があるわね、とセプは親指の爪を噛む。 「長期戦を覚悟する必要もあるわね……。ああヤダヤダ」 重い気分と足を引きずりながら、アジトへと戻っていくセプ。 その途中で、ふとコンビニが目に入った。 アジトの近くにある店舗だが、そういえばまだ利用したことはない。 日本のジャンクなお菓子が結構好きなセプは小腹も空いたことだし少し寄ってみることにした。 「へぇー。それでお兄さんはわざわざお仕事でブルガリアから?」 「そ。なかなか大変なもんだよ。日本ってごちゃごちゃしてるしさ」 「ご苦労なさってるんですねぇ……まだ若いのに」 中では、さらさらした栗色の髪に、紅いヘアピンを付けた小柄な店員と、金髪の少年が朗らかに談笑していた。 思わず固まってしまうセプ。 そんな彼女に気づいた店員は、慌てて頭を下げた。 「いらっしゃいませ、こんばんはぁーっ♪」 現時刻が深夜とはとても思えない、実に爽やかな声であった。 しかし、セプはそれよりも目の前の少年に意識が集中している。 「ノヴ……。何こんなトコでナンパなんかしてるわけ? 探索は?」 「セ、セプ!? これは違うんだ! 一仕事終えて一息ついてただけだ!」 双子の姉にじっとりと睨まれ、狼狽するノヴ。 「ふぅーん……いいけどねー」 「うう……」 「おや?」 二人のやり取りを聞いて、店員はきょとんした声を漏らす。 「私はナンパされてたんですかー」 「違う違う! 世間話してただけだって!」 店員の反応にノヴはさらに動揺し始める。 「いやぁ、よくご利用して頂けてるとは思ってましたが。……このオマセさんっ♪」 「キミだってそんな年変わらないだろ!」 「えー。困ったなぁ。電話番号でも渡しましょうか?」 「ほ、本当?」 「ふふ。もうちょっと頑張って口説いてくれたら渡しますよー」 「そうか……。……って! だからナンパじゃないってば!」 何をやっているのだろう、この愚弟は……。 コンビニの店員と微笑ましい会話を繰り広げているノヴを見て、セプはぐったりと脱力してしまう。 堕ちるどころか、非常に健全な人間関係をいつの間にか作ろうとしているとは。 「まぁ任務に支障がなければ別にいいけどね。……えっと、双葉さん?」 突然名前を呼ばれ、少し目を丸くする店員こと双葉。 「おや。お姉さんは日本語読めるんですねぇ」 「まあね。それにしても随分ノヴと仲良くしてくれてるみたいで」 「常連さんですから」 にっこりと人懐っこい笑みを浮かべる。 双葉って言うんだ……と、少し頬を染めているノヴをちらりと横目に見て。 「私はセプ、その子はノヴ。またちょくちょく来るからさ。仲良くしてくれると嬉しいな」 少し弟の手助けをしてやろうと思ったセプであった。 「ええ、喜んで。私も金髪の美少年や美少女とお近づきになるのはやぶさかではないですし」 「そうか! じゃあまずは番号の交換でも……」 勇んで携帯を取り出すノヴを、双葉は笑顔で制す。 「それはまぁ、もうちょっと双葉さんルートを進めてからですねぇ」 「……そうか」 「あ、セプさん。これ私の番号なんですけど、良かったらどうぞー」 「あら。ありがとう」 「なんでだよ……」 さらさらと番号を記したメモをセプに渡す双葉を見て、ノヴは恨めしげな声を漏らす。 「いやー。双葉さんってば美少女は大好物なもんで。ぜひセプさんルートを進めたいなっと」 「じゃあ私の番号を渡すのはもうちょっと高感度上げてからにしましょうかね?」 「ありゃりゃ」 苦笑を浮かべて肩をすくめる双葉を見て、可愛いコだな、という感想を抱くセプ。 でも年がいくつくらいなのか微妙にわからない。 自分たちと同じ十台半ばにしか見えないが、こんな深夜に働いているのだから実際はもっと上のはずだが。 その後お菓子をいくつか買って、しばし三人で雑談を楽しむ。 「それじゃあ私たちはそろそろ帰るから。お仕事がんばってね、双葉」 「また来るよ」 「はぁい。またお越し下さいませーっ♪」 飛びっきりの笑顔をもらって、セプとノヴは共に店を出た。 「ふぅ……」 堪能した、と言わんばかりの吐息を漏らすノヴ。 「えらく気に入ったみたいねぇ?」 「セプこそ。初対面の人間にあれだけ親しく話すなんて珍しい」 「だってまるで無害なんだもの」 「……だな」 「素人だしね。ノヴ、気に入ったんなら遠慮なく落としちゃえばいいのよ?」 「だ、だから別にそんなんじゃ……」 「じゃあ私が狙っちゃおうかしら」 セプの発言に、ノヴは少し目を丸くする。 「何を言ってるんだよセプ」 「別にいいじゃない? 双葉も私を気に入ってくれたみたいだしー?」 ひらひらと電話番号の書かれたメモを見せびらかすセプを、ノヴは恨めしげに睨む。 「……当然、あとで僕にも教えてくれるんだよな?」 「ダーメ。自分でがんばりなさい」 「……くそ」 他愛もない話をしながらアジトへと戻る二人。 もちろん血生臭い任務のことも、『玩具』のことも忘れてはいないけども。 ほっと息のつける宿木を見つけた二人の足取りは、少し軽くなっているのだった。