ノヴは今夜も疲れた足を引きずって街を歩いていた。 見た目は14、15歳ほどの金髪の見目麗しい美少年。 彼はとある組織に所属するエージェント見習いだ。 特殊な訓練を施されたノヴは、戦士としては一流だが、人殺しとしてはルーキーである。 まだ人を殺した経験のない彼に今回与えられた任務 それは組織の幹部たちに愛用されていた『玩具』の回収、もしくては抹殺だ。 どうしても組織に連れ戻したい存在ではない『玩具』だが、黙って見逃すのは面子に関わる。 殺しても殺さなくてもよい、という難易度の低い任務は現時点のノブには良い訓練になると判断されたのだ。 「殺しはともかく……外国での任務は下地を整えるのが面倒だね」 流暢な日本語でノブはぼやいた。 地元組織との打ち合わせ、公的機関への根回しなど、『玩具』を探す前にやらなければならないことは多い。 その手の雑務がようやく終わったのは、日本に来て半月ほど経ってからのことだった。 そろそろ本格的に『玩具』を探しに行くことができる。 自分は人を殺せる人間なのかどうなのか。 それは実際にその状況になってみないとわからないが、ノヴは出来れば『玩具』を殺したいと思っていた。 何故なら訓練の成果を自分で確認したいから。 もし殺せなければ今までの血の滲む訓練が無になるどころか、『玩具』に落とされる可能性もある。 『玩具』になるのだけは嫌だった。 「そのためにも気合を入れて探索しないと」 ぐっ、と小さく拳を固めた途端、腹から情けない音が漏れた。 ノブが時間を確認すると、深夜の二時。 夕食をとったのはかなり前だし、少々小腹が空いてきた。 「軽く夜食でも食べるかな……」 そう呟きながら目についたコンビニに足を踏み入れる。 この国の良いところは、夜道をのんびり歩いていてもわりと平気なこと。 それと食べ物が平均的に美味しいことだ。 ノヴはこの国のジャンクフードが結構、気に入っていた。 「いらっしゃいませ、こんばんはぁーっ♪」 思わずノヴはもう一度時間を確認してしまった。 やはりまだ深夜二時である。 少しきょとんとしながら、レジの中にいる店員に視線をやった。 さらさらした栗色の髪に、紅いヘアピンを付けた小柄な店員。 見たところ自分と同じ年頃であろうか。 名札には名前が書かれているのだろうが、ノヴには漢字は読めなかった。 会話は完璧だが、日本語は漢字ひらがなカタカナローマ字とが入り混じっていて難しすぎる。 読み書きはほとんど習得できていないノヴだった。 にこにこと爽やかに微笑んでいる店員の態度は、まるで今が昼間かと思ってしまうほど愛想の良いものだ。 深夜のコンビニはよく利用するノヴだが、ここまで愛想の良い店員は初めて見た。 営業スマイルとはとても思えない笑みを浮かべる店員を気にしながら、ノヴは適当な弁当を選んでレジへと運ぶ。 店員は嬉しそうにそれを受け取ると、楽しげにバーコードを読み込んで値段を告げる。 紙幣を渡し、お釣りを受け取る時。 「こちら249円のお返しになりまーっす」 ノヴの全身に電流が流れた。 店員はノヴの手を優しく包み込むように握りしめてお釣りを返したのである。 ただ単に丁寧すぎる接客といえばそれまでかもしれない。 だが、今のノヴは疲れていた。 そして 「またお越し下さいませーっ♪」 弾む声を出してお辞儀する店員は、ノヴの好みにど真ん中ストライクだったのである。 「……良い」 「はい?」 くりくりした瞳をノブに向けて、小首を傾げる店員。 「い、いや何でもない」 逃げるようにノヴは袋を掴み、店へと飛び出た。 人懐っこい輝きを持つ瞳と、整った目鼻筋。 柔らかそうな線の細い身体は、抱きしめたらどんな感触だろう。 ……と、そこまで考えてふるふると頭を振り回すノヴ。 「な、何考えてるんだボクは」 言いながらも、目に焼きついた先ほどの店員の笑顔は消えてくれない。 ほとんど無意識に先ほど握られた手を頬に当てながらノブは。 「……でも、明日もまた来よう」 などと鼻歌交じりに歩き出すのであった。