としあきとメイジが共に暮らすようになって、半月ほどが過ぎた。 一緒に生活するようになって気づいたことがいくつかある。 一つ、としあきは意外と外に出る。 てっきりとしあきは引き篭もりかと思っていたメイジだが、彼は週に三回ほどバイトに出ている。 深夜12時から朝6時にかけて、コンビニで。 で、朝まで働くと家に一度戻り、シャワーを浴びて軽い朝食を採ると、そのまま大学に行く。 それから食料などを買いだめして帰ってくるのだ。 案外行動的な人なのかしら、と最初は思いかけたメイジ。 だが、それもまた違った。 家から出ない日は、本当に一歩も外に出ないのだ。 窓を開けるのも億劫がる。 つまり、としあきは一気に働き、まとめて休むタイプの人間なのであった。 そして今日は行動の日。 早朝に帰ってきたかと思うと、慌しく大学に向かってしまったのでほとんど会話もしていない。 メイジは与えられた自室で、ウサギの人形を抱きながらごろごろとしていた。 退屈である。 だが、不快ではない。 こうやって誰かの帰りを待つということが、こんなに心地良いものだとは知らなかった。 前に居た場所ではこんな穏やかに時を過ごすことはなかったので、新鮮な日々である。 としあきが疲れて帰って来るのに備えてお風呂を沸かし、簡単な夕飯の支度をしておいた。 メイジにはパスタを茹でるくらいしかできないが、としあきは十分喜んでくれる。 時計を見ると、夜の7時。 そろそろ帰って来る頃だろうと、玄関で待ち構えることにする。 玄関マットの上でちょこんと正座して待機していると。 「ただいまーっとぉ」 両手に白い買い物袋を提げたとしあきが帰ってきた。 メイジは三つ指ついてそれを迎える。 「お帰りなさい、としあき」 にっこりと微笑みを投げかける。 「お風呂にする? ご飯にする? それとも……」 言いながら、シャツのボタンを外し、すっと肩を見せた。 「……私にする?」 「お風呂ー」 「ぷぎゃっ」 としあきは投げやりな態度でメイジの頭の上に買い物袋を二つ落とした。 「メイジがヨーグルトばっかり買わせるから荷物が重くてさー。まいっちんぐですよー」 「だ、だからって頭の上に落とさないでよー」 痛みにうっすらと涙を浮かべているメイジを尻目にさっさと風呂に行ってしまうとしあき。 わりとぞんざいな扱いだ。 しかしメイジは挫けない。 風呂の中でわっしゃわっしゃ頭を洗っているとしあきの背後に、そろそろと近づいていく。 今のメイジはバスタオル一枚巻いただけの格好。 「ねぇ、背中流してあげようか?」 ぴったりと背中に張り付き、耳元で囁いてみる。 としあきはシャワーで泡を流してしまうと、振り返ってにっこりと笑顔。 「ほんと? 悪いね」 何だか普通に了承されてしまった。 「じゃあコレで力いっぱい頼むよん」 言いつつ、としあきはヘチマを手渡してきた。 「え?」 きょとんとするメイジに、ぐっ! と親指を立てるとしあき。 「がりがりお願いね、がりがり!」 その後、力いっぱい背中を擦るはめになったメイジ。 やってみると意外と大変で、としあきが満足する頃にはぐったり疲れてしまった。 それから一緒に湯船に浸かる二人。 メイジを後ろから抱きかかえるような格好のとしあきは、気持ちよさそうに目を閉じている。 少々メイジとしては落ち着かない体勢だが、背中に当たるとしあきのご子息が平常心なので何とも言えない。 それに、他に触れている箇所が妙に柔らかいので、メイジは変な気分になってくる。 ご子息の感触さえ無ければ、女性に抱かれているような感触だ。 にしてもとしあきはメイジに動じない。 先ほどから、としあきをからかってみようとしているメイジの方が恥ずかしくなってきた。 だんだん頬が熱くなってくるのを感じたメイジ。 としあきに悟られては照れくさいと、慌てて立ち上がる。 「先に上がるね」 立ち上がりかけたその腕を、としあきがすっと掴む。 「メイジ」 「な、何?」 今さらながら胸と下腹部を隠しながら振り向くと、としあきは恐ろしい宣言を放った。 「100数えるまで浸かりなさい」 「えええ?」 「しっかり温まらないとね」 「で、でも……」 ちらりと今の湯の温度を確認する。 現在、42度。 ブルガリア生まれのメイジには……辛い。 「さーて、ご飯ご飯」 「ふえええ……」 目を回しているメイジを食卓に座らせ、としあきは上機嫌だ。 風呂から上がってほとんど食事の準備が出来ていることが嬉しいらしい。 しばらく、二人で談笑しながらパスタをつつく。 バイト先であった面白いことや、メイジが昼間見た面白い番組の話など他愛も無い話題で盛り上がる。 そんな中、ふととしあきが話題を変えた。 「あ、そうそう」 「なぁに?」 「実は色々調べてみたんだ、メイジのこと」 その一言で、メイジの全身の血が凍った。 まさか、ブルガリアでやっていたことを知られてしまったのだろうか。 フォークを持つ手がガクガクと震える。 せっかく何もかも振り切って、楽園と夢見たこの地にやってきたのに。 やはり過去は捨てられるものではないのか。 としあきにだけは知られたくないのに。 俯いてテーブルに視線を落とすメイジに、としあきは続けて言葉を投げかける。 「あとでパスポート貸してよ、滞在期間調べないといけないし。 それか長いことここで暮らすつもりなら他にも手続き必要らしいし、小学校に転入する準備とか……」 「……へ?」 予想外のとしあきの言葉に、メイジは目を丸くする。 「いやー。世間知らずなもんだから調べるの大変だったよ。結構面倒くさいもんだね」 ふぃーとため息を漏らすとしあき。 それを見て、メイジは思わず噴出してしまう。 「……何さ?」 「あは、あははははははははっ」 いきなり笑い出したメイジに、としあきは不思議そうに首を傾げる。 「あははは。……ねぇ、とっしー」 「とっしー言うな。何だよー」 一回りも年の離れたメイジに誘惑されても手を出さないし、手続きなどの保護者の義務を果たそうとする。 そんなとしあきに、力いっぱいメイジは微笑んで。 「としあきって普通の人よね」 「まぁね。友達少ない分、普通以下やもだけど」 ブルガリアでは辛いことが多すぎた。 色んな人に迷惑をかけながら、一か八かで日本にやってきた。 迷いながらの行動だったが、ここに来て正解だったと心から思う。 胸の奥に暖かいものを感じながら、メイジはとしあきをうっとりと見つめるのであった。