今日も今日とて家の中。 双葉としあきは屋内にて、音楽を聴きながら虹裏を嗜んでいた。 昼間から虹裏に浸かるのは最高の贅沢である。 「ぴったんぴたぴた……♪」 気分良く口ずさんでいるところに、玄関のチャイムが鳴る。 amazonで頼んでた品が届いたのかしらん、とドアを開けると。 「こ、こんにちは……」 「……こんにちは」 大きなトラベルバッグを引きずった、金髪の幼い女の子がそこに立っていた。 小さな子には笑顔で対応、がモットーのとしあきはとりあえず微笑んでおく。 幼女はもじもじとしながら、懐から一通の手紙を取り出し、差し出してきた。 「何かな?」 受け取ってみると、差出人のところに叔父の名前が。 何の仕事をやっているのか知らないが、海外を忙しく飛び回っている人で、現在はブルガリアにいるはず。 親戚の間ではヤクザな男と評判が悪い叔父。 だがとしあきはそんな叔父が割りと好きで、ちょくちょく手紙のやり取りをしていた。 ただ最近返事が返ってこないと思っていたが、まさかこんな幼女に手紙を持たせるとは。 どれどれ、と中身を読んでみる。 「……んー?」 手紙と目の前の小さな女の子を交互に眺める。 文面には、彼女をしばらく預かっていてほしいと書いてあった。 どうやらこの子はとしあきの遠い親戚らしい。 まさか金髪の親戚がいるとは思わなんだ。 改めて幼い少女の顔に視線を向ける。 不安そうにちらちらとこちらを窺っている幼女を見て、としあきは軽くため息を漏らした。 「お名前は?」 「……メイジって呼んで下さい」 「僕はとしあき。双葉としあき、ね。まぁ、これからよろしく」 おどおどとしていた幼女はぱっと顔を輝かせた。 「よろしくお願いします!」 幸い、としあきの住んでいるマンションは広い。 叔父の買った部屋なのだが、彼は全く日本にいないのでとしあきが使わせてもらっているのだ。 だからその意味でも、幼女……メイジを預かることには何の依存もない。 「とりあえず今夜はご馳走作らないとねー。歓迎会しないと」 何かあったかな、と冷蔵庫を漁っているとしあきの背中にメイジが声をかけてくる。 「あの……」 「んー?」 「お風呂借りていいですか」 「お風呂?」 振り向いてメイジの姿を確認してみると、確かに全体的に薄汚れていた。 長旅のせいだろう。 「どーぞどーぞ。……ていうか敬語なんか使わなくていいよ、メイジちゃん。親戚なんだし」 「でも……」 「いいの、いいの。これから一緒に暮らす家族なんだからね」 そう言って微笑むと、メイジは嬉しそうに頬を緩ませた。 「ありがとう、としあき! じゃあ私のこともメイジって呼び捨てて?」 はつらつとした様子の幼女に、としあきはぐっと親指を立てた。 「了解です、メイジ!」 メイジが風呂に行っている間に買い物にでもしてこようかと思いながら。 「……んー」 としあきの視界に姿見が目に入った。 性格にはそれに映る自分の姿が。 「これから女の子と暮らすわけだし、もうちょっと部屋着も何とかした方がいいかな」 鏡に映る自分は、何ともまぁ情けない格好をしていた。 顔半分を覆い隠す長い前髪に、野暮ったいメガネ。 伸び切ったシャツにスウェットを穿いたその容貌は、まさに模範的オタクである。 「この長い前髪はギャルゲの主人公っぽくて気に入ってるんだけどなぁ」 「としあきー上がったよー」 しょうもないことを呟くとしあきの背中を、とんとんとメイジが叩く。 「早いな。もうちょっとゆっくり浸かってればいいのに」 その辺は日本人じゃないなぁ、日本語めちゃめちゃ上手いけど、と笑いながら振り向く。 そしてとしあきは目を丸くした。 「……ふふ」 振り向いたそこで、メイジが一糸纏わぬ姿で立っていたからだ。 だいたい身体は拭いてきたようだが、まだ少し濡れた髪には艶がある。 「メイジ……」 としあきはメイジの顔から目を離さないまま、その名を呼ぶ。 「……うん」 「着替え無いの? まだ夕方だけどパジャマでも貸そうか?」 「……あら?」 がく、と少し脱力するメイジ。 「早く服着ないと湯冷めするよ」 「そうじゃなくて……もっと良く見て?」 流し目を送ってくるメイジ。 その年不相応な艶を持つ瞳に促され、としあきはメイジの顔から徐々に視線を落としていく。 まだ未成熟な身体はの、正面から見れば平らにも見える胸。 だが硬い果実のような小さな乳房が、桃色の乳首をつんと上向けて存在を主張している。 そしてすべらかな腹部の曲線が足の間に繋がるところ。 そこに、としあきは予想もしていなかったものを見た。 幼女の身体には本来ないはずの器官。 真珠色をした、美しい、百合のつぼみにも似たそれは。 「……わぁい」 思わず呟いてしまうとしあき。 男の子だったの、と言いかけた言葉を飲み込む。 小さいが確かに胸はあるのだ。 「どう……かな」 メイジは肌を見られて興奮してきたようだ。 白い陶器のような頬が染まると共に、『彼女』のつぼみは大きく膨らむ。 そこを注視してしまっていたとしあきは、そこにまたもう一つの発見をした。 と、同時に深々と頭を下げてみる。 「……としあき、何してるの?」 「礼拝」 メイジには意味がわからない返答をすると、としあきはがばりと顔を上げる。 「びっくりした、びっくりしたよ」 「こんな身体……気持ち、悪い?」 濡れた瞳を向けてくるメイジに、ふるふると首を横に振る。 「いいや。アリだね。アリと思うね。……綺麗だよ、メイジ」 「嬉しい……」 そっとメイジはとしあきに身を寄せる。 彼女の身体が震えているのは、寒さのせいではないだろう。 「一緒に暮らしてくれるお礼。私に出来ることは何もないから……としあきの好きにして?」 「……メイジ」 名を呼ぶと、彼女はさらに深く身を任せてくる。 「としあき……」 メイジは顔を上げ、まぶたを閉じた。 長いまつ毛が震えている。 としあきもそれに習いそっと瞳を閉じると。 「ちゅー」 「……へっ?」 おでこに軽く口付けた。 きょとんとするメイジ。 としあきはぱっと身体を離すと、照れに照れ切った様子で身をよじらせた。 「うひゃー恥ずかしー。会ったばかりの幼女にでこちゅーしちゃったよー」 「……あのー」 置いてけぼりのメイジは居心地悪そうに自分の肩を抱く。 「あ、メイジ。僕はちょっと買い物してきます。着替え無いならそこのタンスから適当に見繕って」 何だか満足げな顔のとしあきは、さっさとリビングから消えてしまった。 メイジはぽりぽりと頭を掻くと、小さなくしゃみを一つ。 「……もっかいお風呂入ってこよ」 メイジは適当な服を借りて着ると、トラベルバッグの中身を確かめる。 黒っぽい鉄の塊。 それなりの量がある白い包み。 そして薄汚れた、ウサギのぬいぐるみがあった。 メイジはそこから、ぬいぐるみを宝石でも扱うような手つきで抱き上げる。 「おじさま……。としあきはやっぱり良い人みたいです」 ぬいぐるみを愛おしい様子で見つめながら、メイジはぽつりぽつりと呟く。 「でも。だからこそ心苦しい。私はここにいていいのかな……やっぱり出て行った方が……」 「Every body pottin!」 「ひあっ!?」 いきなり玄関の方から聞こえてきた声に、メイジは驚いて飛び上がる。 としあきが帰ってきたのだろうか、それにしても何てテンションの高い……。 すたすたとこちらに向かってくる人の気配。 とりあえずトラベルバッグを片付けた頃に、見慣れない人物がリビングに入ってきた。 「たっだいまー。色々と買ってきたよ。奮発したから今夜はごちそうだー」 両腕に白い買い物袋を掲げた人物。 くりくりした瞳が特徴的なその人は袋から嬉しそうにプリンを取り出して見せる。 「何か知らないけどプリンが安くてさー。いっぱい買ってきちゃった」 にこにこと微笑みながら袋の中身を冷蔵庫の中に片付けていく。 明るい茶色のダッフルコートを脱いでイスにかけると、手早くエプロンを代わりに身に着けた。 「じゃあ今からご飯作るからしばしお待ちをー」 「あの……」 「んー?」 メイジは恐る恐るその人物に声をかける。 「あなた……誰?」 「よ?」 メイジの問いかけに、きょとんした顔をする。 それからその人はしげしげと自分の姿を見下ろした。 真っ白なニットにジーンズのラフな格好。 何気なく触った前髪は、紅いヘアピンで纏められている。 「としあきだけど?」 「嘘だッ!!」 思わず叫んでしまうメイジ。 「何がさ」 「としあきってさっきはもっとダサかったよ!?」 「あはは」 動転するメイジをけらけらと笑い飛ばす。 「外出る時まであんな格好なわけないじゃない。ていうか今もそんな大した格好してないし」 「メガネは?」 「今はコンタクト」 「あの長い前髪は?」 「ヘアピンで纏めてる。うっとおしいから」 メイジはごくり、と生唾を飲み込む。 「……としあきって女の子だったの?」 としあきは、実はかなりの女顔である。 人懐っこい輝きを持つ瞳と、意外に整った目鼻筋。 栗色の髪は、きちんと纏められた今は野暮ったさなどまるで感じさせない。 それに身体の線もかなり細い。 全体的に小柄で、身長も160cmに届かないとしあきは、まるで少女のような柔らかい雰囲気を持っていた。 「良く言われるにゃー」 薄紅をさしたような色合いの唇にあどけない笑みを浮かばせて、としあきは料理に戻った。 「高校の頃はモテモテだったもんよー。……体育会系のお兄様方に」 ぶるりと身を振るわせる。 何か嫌なことを思い出してしまったらしい。 「高校の頃は……って。としあきまだ高校生じゃないの?」 「失敬な。僕は大学生だよ。21歳だよ」 「ふええええ!?」 驚きの声を上げるメイジ。 「ごめん。正直まだ中学生くらいかと思ってた……」 「それも、良く言われる。同級生にはお前は无(ウー)だろ、三只眼はどこだとか言われてるし」 「東洋の神秘だわぁ……」 自分の身体のことは棚に上げ、メイジはひたすら感心した様子である。 「もういいから。ご飯できるまで大人しくしてなさい」 「はーい」 傍から見れば仲の良い姉妹のような二人は、それから楽しく夕食を共にした。 ブルガリアでは何が流行っているのか、この辺で遊べるところは、等などと。 他愛も無い話ばかりだったが、そんな会話を重ねることによって初対面という壁は崩れていく。 メイジととしあきは少しずつ距離を縮めて、その夜は一つのベットで仲良く眠ったのだった。