ダァンッ! おおきな、おとがした。 としあきが壁に叩きつけられた音が。 ノブの“力”で吹き飛ばされたんだ。としあきが壁にもたれてずるずるとくずおれていく。 その瞬間、私の頭の中は真っ白になって、気付いたらとしあきの名前を叫んですがりついていた。 「としあき!大丈夫ですか?どこか痛いところとか……」 私が呼びかけても彼は辛そうな表情をするだけで、返事もできないみたいだった。なのに…… とても苦しそうな顔してるのに、声も出せないぐらい痛いのに、彼の目だけは全然違う思いを伝えてる。 いつも私に『大丈夫だ』って言ってくれる時の優しい目。私の不安を和らげようとしてくれてる目。 今の私、そんなに酷い顔してるのかな……。 「そんな現地人はほっといて素直に帰ってきてよ。父さんが待ってるんだから」 背後から弟の声が聞こえた。自分のしたことを何とも思っていないような口ぶり。 どうして私がとしあきと一緒にいるのか知らないくせに。 としあきがどんなに優しいか知らないくせに。 としあきが私にとってどんな人か知らないくせに……! 「ノブ……としあきはね、私の大切な人なんです……。家族なんですよ……」 私はもう自分の中にある“力”を抑えていられそうになかった。 「はあああぁぁーーーっ!!」 「くっ!こんなところで!?」 ギシィッッ!!! ギチギチと何かが軋んだような耳障りな音が響く。“力”同士がぶつかり合った時の音。 私とノブは、僅かな距離を挟んでお互い手を突き出した格好で動けずにいた。 「互角……?聞いてた程じゃないんだね、姉さん」 少し意外そうな表情の後、余裕を含んだ声でノブが声をかけてきた。 私の方は話す余裕もない程に全力だ。 『ノブを許せない』 ただそれだけの今の私にはノブと話す気すらなかったのだけれど。 「ぐぅぅっ……ぅぅゥァァァ……ッ!!」 弾けるような音とともに周囲のカップや家具が破壊されていく。“力”の制御が……!? 「姉さん、ここまでにしない?これ以上は騒ぎになっちゃうよ?」 「……っ!!」 ノブの提案に、私は怒りの視線とより一層強い“力”の奔流で意思を伝える。 でも次の言葉は私の怒りを一瞬にして吹き飛ばすだけの力を持っていた。 「おっ…と。でも、このままじゃそこの彼も壊れちゃうけど?」 ノブの視線の先には気絶したままのとしあきがいた。 砕けたカップの破片が傷付けたのか、左頬に赤い筋ができていた。 「あ…あぁ…………」 一気に身体から力が抜けた。そして私は思い知ってしまったのだ。 としあきを傷付けたのは私自身なのだということに。 ノブのしたことだって元を辿れば私のせいだ。私の問題にとしあきを巻き込んでいる。 私は思わずその場にへたり込んでしまった。“力”もとっくに消えている。 「わかってくれたんだね。それじゃ僕は船に帰るよ。姉さんも帰りたくなったらいつでも来て」 ノブがメモらしき紙を置くのが視界の端に映った。恐らくは船の隠し場所のメモだろう。 でも私はそれに何の関心も湧かなかった。 その時の私は、ただ己のしたことへの後悔とこれから起こる破局に怯えるだけだったから。 「わた…し……どうすれば…」 ノブの気配が去った後も私はそこでいつまでも震え続けることしかできずにいた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ トンネルを抜けると、そこは雀荘だった。 「あんた、背中が煤けてるぜ」 開始一局目で決め台詞炸裂。俺は破滅が確定した。 「うおおおおっ、竜ーっ!」 観客のヤクザ軍団のテンションは上がる一方だ。 気が付けば俺の負債は内臓全部売っても足りないレベルにまで膨らんでいる。 超高レート+ハコ無しなんて地獄麻雀打つんじゃなかった。 「いややー!内臓全部売るからってその場でもつ鍋行きはいややー!!」 必死の抵抗も虚しく俺はヤクザに両脇を抱えられ、醤油味の鍋の中へ……。 「ぶぁっぢゃーーーーーーーーーっっ!!!」 「ひゃわぁっ」 叫びと共に身を起こすと、目の前には腰を抜かしたメイジが一人……。 はて、眼前に広がっていた汁とキャベツとニラはどこへ? 「やっと……やっと起きたぁっ!」 メイジが勢いよく俺の首に抱きついてくる。同時にようやく状況も思い出してきた。 そうだ、俺はなんだかわからんが気絶してたんだった。となるとさっきのは夢か。 「大丈夫ですか?どこか痛むところとかは?それに……」 「わかったわかった!大丈夫だから少し落ち着けって」 密着状態で一気にまくし立てるメイジを引き剥がして座らせる。 「別に痛むところもおかしなところもないよ。強いて言えば頬が……あれ?」 頬には微かな痛痒いような感覚と貼った覚えのない絆創膏があった。 絆創膏を触りながらメイジの方へ視線を向けると、メイジは「あっ」と小さく言って俯いてしまった。 しばらくの沈黙の後に顔を上げたメイジは、何かの決意を固めたかのように口を開いた。 「としあきに、話さなければいけないことがあるんです。私のことを……」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ むかーしむかし、地球から遠く離れたある星に、一人の王女様がいました。 王女様は家族に愛され、国民に慕われながら幸せに暮らしていました。 そんな王女様にも、たった一つだけ人に言えない秘密があったのです。 その星の古い言い伝えにある亡国の忌み子の伝承。 『王家に男児と女児、両の徴を持つ者あらば、その者は忌み子となり国を滅ぼす』 そう、王女様にはその徴があったのです。 ある日、ついに王女様秘密が公になってしまいました。 それまで王女様のことを慕っていた国民も、家族も、最愛の父である王様までもが王女様を忌み子として 嫌いました。 そして王女様は故郷の星にいられなくなり、ついには追放されてしまったのでした。 王女様は遠く離れた故郷によく似た星に辿り着き、そこで暮らしているといいます……。 「これでおしまいです。信じるかどうかはとしあきにお任せします……」 としあきは私が話している間中、黙って聞いていてくれた。 信じてくれたのだろうか?それとも荒唐無稽すぎて言葉もないのだろうか? 締め付けるような不安に思わずぎゅっと胸を押さえてしまう。 「……そっか。お前も大変だったんだなぁ」 そう言ってとしあきは優しく私の頭を撫でてくれた。 「信じて…くれるんですか?」 「ああ。そんな真剣な顔で話されちゃあ、な。心当たりもないわけじゃないし」 としあきの言葉と頭を撫でる手の暖かさに思わず涙がこみ上げてくる。 駄目だ。まだ泣いたら駄目。大切な事はまだ話し終えてないんだから。 「それで、あのノブって子はやっぱり……?」 「はい。私の、弟です。母が違うので年は同じなんですけど」 そのまま私は全てをとしあきに打ち明けた。 私やノブ、父様を含めた王族が行使できる“力”。地球で超能力と呼ばれるもののこと。 理由はわからないけど、ノブはお父様の命で私を連れ戻しに来たのだろうということ。 そして、これからのことを。 「私はノブの所に行って決着をつけてきます。このままじゃあの子はまた来るでしょうから」 「いいのか、それで?」 としあきは私の意思を確認するかのように私の目をじっと見つめている。 「いいんです。私の気持ちはあの日に決まってますから。故郷に捨てられ、また自分から捨てたあの日に」 胸の奥で何かがチクリと痛んだ。でも、もう決めたことだ。 「私の故郷はここです。以前にとしあきとずっと暮らしたいって言いましたよね?あの日から私の家族は  としあきだけです。勝手な思い込みだっていうのはわかってます。でも、それでも私にはもうとしあき  しか……としあきしかいないんですよ………!」 言ってしまった。こんな我が侭を言う私のことをとしあきはどう思ったんだろう。 としあきはじっと私を見つめたまま何も言ってはくれない。早く答えが聞きたいよ……。 「やっぱり駄目だ。メイジ、今は一度故郷に帰った方がいい」 「あ……やっぱり…そうですよね………。宇宙人なんて、迷惑…ですもんね……」 そう言いながら私の目から涙がこぼれた。止まることなく、ぽろぽろと。 ああ、やっぱり泣いちゃった。予想はしてたけど、辛いなぁ。 不思議とこんな時に浮かんでくるのが楽しい思い出ばかりで、それが余計に辛かった。 「そうじゃない、勘違いするな!今はってちゃんと言ったろう!」 「ぐすっ……ふぇっ?」 大きな声と共に急に肩を掴まれて私は思わず硬直した。としあきの真剣な顔がすぐ近くにあった。 「よーく、聞けよ?……俺のことを家族って言ってくれたのは嬉しかった。俺だってメイジのことは  もう家族だって思ってる。でもな、俺のことを家族だって言ってくれるからこそ、血の繋がった家族  から逃げたら駄目なんだと俺は思う」 「……うん」 私はとしあきの言葉を噛みしめながら、ゆっくりと返事をした。涙はもう止まっていた。 「一度は捨てられたのかもしれないけど、それまで幸せだったんだろ?捨てたことだって本心じゃなかった  のかもしれない。あっちが連れ戻そうとしてるんなら、ちゃんと納得できるまで弟とも父親とも話して、  本当の気持ちをメイジに確かめて欲しいんだ」 そんなこと、私は一度も考えたことなかった。古い言い伝えなんかで私を捨てて、みんな本当は私のことを 好きなんかじゃなかったんだって思い込んで、ずっと憎むだけだったから。 としあきはそこまで察して後で私が後悔しない方法を考えてくれてたんだ。 「そんなことまで考えて……。としあきはお人好しです。……もうっ」 私はさっきとは違う理由で溢れてきた涙を見せないように、としあきの胸に顔を埋める。 そんな私をちゃんと抱きとめてくれて、としあきはまた頭を撫でてくれた。 「それでさ、ちゃんと家族と話した上で俺と一緒にいてもいいと思ったら………また帰ってこい。な?」 「うん……!うん……!」 私、としあきと会えて、としあきと家族になれてよかったよ……。 全部終わったらちゃんと言葉にして伝えるから、もう少しだけ待っててね。 こうして、私は自分や家族と正面から向かい合うことを決めた。